仲間はルピで集めた (雨 唐衣)
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彼の生きる環境は/セフィラ島

主人公は2歳ほど年上です


 走る。

 荘厳なる調べが吹き鳴らされる中、一人の少年が駆けていた。

 まだ年若い年齢、十代半ば過ぎのどこか幼さの残る顔つきい、色濃いブラウン色の髪を乱雑に切り揃えた少年。

 幾度にも地面を転がったのか土と砂ぼこりに、全身のあちこちから薄く血を滲ませながら苦痛の色を顔に浮かべることはない。

 跳ね飛ぶように駆ける動きに合わせて、真紅の外套が風を切るようにはためく。

 

 ――審判の時が来たれり。

 

 手に握る肉厚の刀身剣、柄も剣型すらも質素。

 大きく膨れ上がった剣は異形と呼ぶにふさわしく、幾度の衝撃に巻き上げられた大地の残骸に触れる度に火花を散らす。

 火属性の魔力を宿した剣――デルタ・モヌメン。

 

 ――汝の罪を裁かん 

 

 管楽器の荘厳なる旋律が鳴り響いた。

 少年が駆けながら天を見上げる。

 そこに異形がいた。

 それは天に浮かぶ管楽器、メビウスの如く絡まった形、白・黒・白・黒と色違いの猫たちが口をつけて喇叭(ラッパ)を吹き鳴らしている。

 一見すればそれは可愛らしい小動物のパレードにも見えるだろうが、そこから伝わる威圧感を感じて微笑ましく笑える者などいない。

 通常の生物ではない。

 星晶獣(セイショウジュウ)

 かつてこの世界には戦争があった。

 覇空戦争。

 空の世界を侵略してきた【星の民】とそれを迎撃した【空の民】による戦争。

 星晶獣とは星の民が生み出した不滅の生物兵器。

 幾ら傷を負わせようとも致命傷を与えても弱体化・休眠状態に入るだけで決して滅びることのない不滅の存在。一部の選ばれた武器でしか狩ることが出来ない、殺すことのできない究極の生物兵器。

 それの一体がこの宙に浮かび、管楽器を吹き鳴らす異形だった。

 

 ――覚醒か死か、裁きの輝きよ。

 

 深く染み渡り、魂すらも引きずり出されてしまいそうな声が"奏でられる"。

 同時に大地が、虚空が、爆ぜた。

 人間大程度の大きさならば原型も残さぬような爆発。それを真紅の外套の少年が爆ぜる数瞬前に加速し、あるいは頭を下げて、剣を握りしめたままジグザグに駆け躱す。

 管楽器の星晶獣の鳴らす喇叭。その一挙一動の数瞬前に、爆ぜる箇所が"歪む"のを観た。

 星晶獣の音は読みやすい。

 神経を集中し、肌から伝わる力のうねりに、敏感に反応しながら避ける。捌く、飛びあがるように避けて、距離を詰める。

 ただの十数歩を詰めるのに、十度は人が死ぬような攻撃を受けても少年は怯まない。

 淡々とリズムを刻み、吹き荒れる曲に乗るように避ける。

 

 ――裁きの喇叭よ鳴り響かん。

 

 空間が軋んだ。

 

「ッ!」

 

 少年の前方から景色が歪む。

 縦列するように視界が、音が、光が、色が歪んだ。

 ――連続破砕(サボンスフィア)

 眼下の大地一帯を消滅させんとばかりに甲高く喇叭が鳴き、大地が爆砕されていく。

 瞬きごとに大地が震える。

 

「――剣よ」

 

 その光景に少年が歩調を変えた。ステップを踏むような軽い足取りから、旋転し、前へ。

 前進の一歩を力強く踏み、右半身から青眼に構えたデルタ・モヌメンの刀身に素早く指をなぞらせる。

 火ッと火花が散った。目の前の視界が瞬くように。

 

「解放!!」

 

 剣心。

 燃え盛る炎の魔剣が真紅の軌跡を描いて、揺らめく空間を割断する。

 歪んだ蜃気楼を、陽炎の軌跡が塗り潰し――衝撃が剣を振り抜いた少年の左右で爆ぜた。

 左右で粉々に散った石礫が舞い上がるが、外套に阻まれて届かない。

 加速前進。

 踏み出すように燃え上がる刀身を構えて、真紅の外套が前進する。

 喇叭の音が鳴る。空間が爆ぜる、それを断つ。

 共鳴する。破滅の裁きを、破壊するように捌く。

 

「弾けろ!!」

 

 十数度目の破砕を斬り捌くと同時に轟々と燃え上がった刃を薙ぎ払う――真紅の斬焔が飛ぶ。

 刀身に蓄積、集気された剣の闘気――剣気の放出。

 炎の属性も含んだそれが空を舞う星晶獣の肌を撫で焼き、吹き鳴らしていた黒猫の一体が火達磨となって吹き飛んだ。

 ガシャンと陶器が割れるような音を響かせて、地面に落下した黒猫が灰色に砕け散る。

 

 ――!?

 

 攻撃を捌くと同時に反撃を行うカウンター。

 吹き鳴らしながら自らを強化していた星晶獣に痛手を負わせた。

 それを確認し、少年がサイドステップを踏むように横跳びに跳ねる。

 手には爛々と燃える魔剣。コォオオオと口笛を吹き鳴らすかのように息を吸う。

 土埃が舞い上がり、自らの炎で乾燥した空気にも拘らず息を吸いながら剣気を練り集める。

 剣士の息遣いというよりも東洋の武芸者が操る呼吸法に近い。

 忍者の心得も少年は積んでいる。

 武器を握る手では印を組むことは出来ないが、気を練り上げることに制限はない。

 

 ――このまま押し切れるか?

 

 まだ体力には余裕がある。

 削り合いでならば十分勝機はあると少年が思索した瞬間、手に握る魔剣が覚えのない振動を生じた。

 

 ――汝、罪在り(ギルティ)

 

 魔剣の火が消えた。蝋燭の火に水を浴びせたように消失する。

 

「?!」

 

 放出していた魔力をやめた記憶はない。

 星晶獣の力、無垢を謡う祝福の調べから、断罪を叫ぶ威圧的な旋律へと変化している。

 ギルティ。

 "審判"を名乗る星晶獣の力は己が潔白を謳い、己が罪があると認めたものに咎を被せる。

 そして、罪があると認定された存在はその纏う術式を、力を剥奪される。

 裁きの権能。

 魔法や魔導を用いた防護や増幅の力は全て無慈悲にも剥がされ、身の着のままに引きずり出されるのだ。

 これが鳴らされた状態では少年の刃は、剣の力は<審判>には届かない。

 少年の刃は、嘲るように目を細めた黒猫には届かない。

 

 ――飛来した矢が黒猫の頭を射抜く。

 

 ――上から降り注いだ火の玉が管楽器の口を吹き飛ばす。

 

 ――漆黒の奔流が獣の横腹を引き裂く。

 

 三点の破砕音が同時に鳴り響いた。

 審判が衝撃と混乱にグルグルと中空に回転する。メリーゴーラードのように猫たちが管楽器に捕まりながら、悲鳴を上げた。

 

「命・中!」

 

「よ、よかった」

 

「油断するな、まだ終わっていないぞ」

 

 幾重にも巻き上げられた土煙を裂いて、三つの人影が現れる。

 一人は少年――緑色の外套に、自然と溶け込む土色の衣装、頭に被るのは草木を用いて染色されたレンジャーベレー。

 一人は少女――褐色のローブ、とんがり帽子につけられた無数のキャンドル、絵に描いたような魔女の恰好をした緑色の目の少女。手にはピンク色の猫のぬいぐるみ。

 一人は青年――幾重にも包帯に巻かれた右手、顔、ざんばらに伸びた髪の下に輝くぎらついた琥珀の瞳、漂い溢れる魔力の迸り、擦り切れた外套から垣間見えるナイフポーチに差し込まれているのは魔封じの短剣マンダウ。

 ウェルダー、アンナ、ゼヘク。

 出身も年齢も職業もバラバラの彼らに共通するのはただ一つ。

 

「周囲の掃討は終わった!」

 

「仕留めるぞ!!」

 

「だんちょー、いけるよ!」

 

 三者の声の先、視線の先で剣を掲げた少年の仲間。騎空団のメンバーである。

 

「剣神・解放!!」

 

 円を描くように、デルタ・モヌメンの刃が閃いた。

 真紅の外套を纏う少年の意志を受けて、魔剣の魂が解放される。

 剣神解放、デルタ・モヌメンの力はその身に宿る激情の如き炎の熱。炎の如き怒涛の攻勢。

 掻き消していたはずのギルティの効果は不意打ちの攻勢によって乱れて弱体化した。

 だから。

 少年の姿はその場から火花を残して掻き消えた。

 

 ――!!

 

 体勢を立て直さんとした審判は剣の煌めきと解放に目を向けていた。

 生物兵器として残っている機能が、瞼が瞬き。

 眼前に少年の刃があった。

 一撃は燃える刃の斬り上げ。

 ――二撃は踏み台に砕かれた管楽器の薙ぎ切り。

 ――――三撃目は炎の奔流。

 三度の致命打が、閃光のように獣を切り裂き、蹂躙した。

 

「これで」

 

 少年は着地する。

 

「終わりだ」

 

 炎上する星の獣を背に、赤熱化した剣を払い、残心のままに向き直る。

 その先の獣はピシリと燃えながら凍てついたように固まり。

 

「――アーカルムシリーズ」

 

 災厄の獣に、少年は、剣聖の業を担う彼は告げる。

 

「何度でも滅ぼしてやる」

 

 そして、砕け散るように審判は爆ぜた。

 真っ白な雪のように散る。

 

 

 

 それを無言で見る顔も知れない誰かたちの気配を感じながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦いは終わった。

 念のため周囲を警戒し増援がないことを確認してから剣を鞘に納める。

 そこで近寄る気配を感じた。

 

「いやあ何度戦っても星晶獣との闘いはゾクゾクしますね。サンプルが取れないのがとても悲しいですが」

 

「団長ー! もっと強い、拳でわかり合える奴はいないかー!」

 

「うるせえよフェザー。あ、終わったぞ団長」

 

「みなさ~ん、怪我はないですかー? 小鳥さんはもう周りに敵はいないっていってますし、治療をしましょう!」

 

「お酒が切れたにゃー。もう帰るにゃ~!」

 

「レディ、キャンプに戻るまで我慢を」

 

「ラムレッダ、少しは節制するべき、体は大事にする、大事」

 

「……あー吐きそう、死ぬかと思った」

 

 歩み寄る八人の男女が、ウェルダーたち三人と合流する。

 彼らは少年の仲間だった。

 

「ご苦労様、そっちのアーカルムシリーズは……どうだった?」

 

 少年が声をかけたのは、獣の耳をした年若いエルーンの少年。

 

「めっちゃ大変だったけど、また同じ奴だよ」

 

 剣を握る右手以外に、部分甲冑を付けたエルーンの少年。

 スタンは億劫そうに断言した。

 

「本物の星晶獣じゃない。分身とかだと思う、英霊って奴のいつものパターンだったし」

 

「そうか。フードの奴しか出てない?」

 

「ああ、毎度お馴染みのパターンだ。出てきやがらねえな、"例の奴ら"は」

 

 フェザーと一緒に歩いてきた金髪の少年を呼び掛けた長身の男が肩をすくめる。

 

「やっぱりもっと奥地にいくしかねえんじゃねえか?」

 

「そうにゃねー。でも結界の配置も奥に進むほど硬くなってるにゃー」

 

「奥に行けばいくほど魔物も強くなります、皆さんを過小評価するつもりはありませんが、現段階では厳しいかと」

 

 長身の男のぼやきに、空になった酒瓶を片手にしたシスター服のドラフがうげーと息を吐き、子供のような背丈の少年――ハーヴィンの男がハンカチを流れ続ける右目に当てて諫めるように言った。

 

「そうだね、パスポートチケットの期日には余裕があるけど……」

 

 調査予定の日数を頭の中で計算し、周囲の警戒を仲間に任せながら、地図を取り出す。

 広げたそこに書いてあるのは幾度となく挑戦と調査を行い書き込みを増やした内容だ。

 

 そして、調査の深度はこの一か月微々たる進行で止まっている。

 

 理由は簡単だ。

 戦力不足、この一言に過ぎる。

 

(これ以上進むことを考えるなら誰かを失いかねない。今の規模じゃあここが限界だな)

 

 12人の騎空団。

 規模としては少数精鋭と言っても過言ではない自分たちの仲間たちに文句なんてなかったが、質も当然だけど数がいる。

 この島での調査にはそれが不可欠だった。

 

「今回はここで引きあげよう。チケットの枚数も余裕がないし、残りは第二陣に任せよう」

 

「わぁい、やったにゃー!! しゃばに戻れるにゃー」

 

「やったぜ!! ぁー平和な島に戻れる!」

 

「じゃあ次はパンデモニウムだな! あっちの連中もどんだけ溜まってんのか楽しみだぜ!」

 

「まだ暴れたりねえのか、お前は」

 

 一部の戦闘狂を除いて休めると喜ぶ団員たちに、少年が苦笑する。

 この数か月ぶっ続けでこの魔境で戦い続けてたから無理もないが。

 

(そうだね、ちょうどいい機会だ。一月ぐらいは休息期間にしようかな)

 

 撤退支度を手早く済ませ、帰路をいつも通り陣形を取りながら歩きながらそう提案すると、サブリーダーでもあるハーヴィンの男が頷いた。

 

「それはいいかと。我々もなんだかんだで無理をしっぱなしでしたし、装備の更新や武芸の磨き直し、それと仲間を増やす伝手に当たりたいと思ってましたので」

 

「ってことは共闘してるところに募集をかけたほうがいいかな?」

 

「いえ。共同依頼という形や戦力としてでしたら申し分ありませんが、それはお勧め出来ませんね」

 

「ヴェリトール?」

 

 ヴェリトールと呼ばれた男は流れる涙をすっかり黒ずんだハンカチで拭うと、周囲を濡れた目で見渡した。

 

 

「この"セフィラ島"は魔境です。加えるとすれば連携の取れるメンバーでなければ全員の命が危ないでしょう」

 

 

 軽く思い返すだけでも他の島々では見ることのできない生態系。

 騎士団でもなければ討伐が不可能な大型の魔物、星晶獣に匹敵する力や凶悪さを持つ怪物。

 一癖も二癖もあるが皆場数を踏んだ騎空士だという自負すらも、打ち砕かれた地獄の如き世界。

 

「他の騎空団で完成されたチームを加えてかみ合わなければ最悪です、それぐらいなら信頼のおける仲間を増やして、育成というのもおごがましいですが、パンデモニウムや戦場で連携を磨き、呼吸を合わせていくべきかと」

 

 この意見は間違ってますか? と見上げてくるヴェリトールに、少年は首を横に振る。

 

「……いや間違ってないよ。僕も同意する、ここの攻略をするには仲間を増やしたい。でもそれは息の合った仲間じゃないと意味がない」

 

「ええ」

 

 少年の答えに、ヴェリトールが薄く微笑み。涙を瞬きで払いながら言った。

 

「幸い、私にも何名か腕の立つ知り合いに覚えがあります。一月もあれば何名か誘えると思いますよ」

 

「ありがとう、ヴェリトールの知り合いなら信頼出来るからね」

 

「ふふ、こんな変わりものですから知り合いが多いだけですよ」

 

 涙を流し続ける特異な体質に、彼は子供らしい背丈に相応しくない大人の顔を浮かべる。

 

「じゃあ、俺もちょっとバルツ帰るついでに知り合いとか声かけてみようかな……死んだ扱いになってないといいけど」

 

「うんんんん、知り合いか。師匠ぐらいしかいない……すまない」

 

「ぼ、ボク、森にいて、その、ごめんなさい……ううぅ」

 

「大丈夫だ! ジェイドにたっぷりお土産を聞かせたら、俺も手伝うぜ!」

 

「私はこの地でも使える薬の開発やレシピも頑張りますね!」

 

「僕は溜まってる魔物の研究資料をまとめようかな、このセフィラの生態系は実に興味深くてね」

 

「え、エシオ……修行する、故郷で自分を磨き直す……」

 

「俺も修行だああ!! うぉおおお!! もっと強くなって、奥に眠るまだ見ぬ強敵と分かり合いたいぜ!」

 

「うっせえやつだな、おめえは。勝手に一人でいくんじゃねえぞ?」

 

「あれ? この流れ、たっぷり飲んだくれお休みタイムしてたらダメかにゃー??」

 

 仲間たちの相変わらずの行動方針に、少年は思わず微笑んだ。

 故郷を飛び出してから数年。

 死にそうになったり、騙されたり、ひどい目に合ったり、奴隷として売られそうになったり、ドリルマシンで穴開けられそうになったり、色々あったけれど頼もしい仲間や友人たちが出来て間違いなく自分は幸運だと実感する。

 あとは探している人が見つかれば文句はないのだけど、さっぱりそちらの情報は入らない。

 思うようにはならないものだ。

 

「ああ、そうだ」

 

 くるりとヴェリトールが少年を見上げて言った。

 

 

「グラン、貴方はどうするつもりですか?」

 

 

 少年、グランは少し考えて答えた。

 

「一度ザンクティンゼルに戻ろうかな」

 

「ザンクティンゼル……?」

 

 ひょいっとぬいぐるみのカシマールを抱きかかえたアンナが小首をかしげた。

 

「僕の故郷だよ。ちょっと報告したいこともあるし」

 

 そう言いながら手紙だけは送っている妹分のことを思い出す。

 ――ジータ。

 自分を拾ってくれた義父の娘、血は繋がっていないけれど間違いなく自分の妹。

 

(そういえばもう15歳かな)

 

 彼女の父親であり、自分の義父を探して数年。

 そろそろ顔を出すにはいいころだろう。

 きっと修行もして強くなってるに違いない、本人に希望があれば騎空団に誘ってもいい。

 そんな気持ちでグランは頷いた。

 

「元気にしてるといいけど」

 

 

 

 

 

 彼は知らない。

 自分がセフィラ島に潜っている間に彼女は既に旅立っていることを。

 彼は知らない。

 独力で探してたら「おっす、空の果てでまってるぜ」 みたいな手紙がジータに届いていることを。

 彼は知らない。

 妹分が一度死んで、そのあとなんだかんだでスーパーザンクティンゼル人な勢いで、エルステ帝国の追っ手を蹴散らしながら逃亡劇を行っていることを。

 彼は知らない方がいい。

 ジータは既に自分の騎空団を結成し、凄腕の騎空士や伝説級の逸材をたくさん仲間にしていることを。

 そして、彼は知らない。

 なんか近所に住んでいた婆がとんでもなくやばい強さで、自分がいない間にジータを仕込んでいたなんて……

 

 知る由もなかったのである。

 

 

 

 

 

 




ジータはアニメ仕様です
お前も課金面に落ちるがいい


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彼の帰る場所/ザンクティンゼル

 Q.星晶獣って伝説の生物兵器でもう全滅したんじゃなかったっけ?(グラブルオープニングのカタリナより)
 A.ああ!(伝説って?)



 

 

 

「ジータならいないよ」

 

「え」

 

「ビィもいないぞ」

 

「えっ」

 

 久しぶりに帰ってきた故郷。

 懐かしい空気を胸一杯に吸い込みながら、妹分にさてどんなお土産話をしようか考えていたグランは予想だにしない事態に頭が真っ白になった。

 家に帰れば誰もおらず、外出中なのだろうかと顔見知りの近所に挨拶がてらに質問した結果がこれである。

 

 

「え、えーとどこかに出かけてるってことですか? あ、いつもの森かな!」

 

「いや旅に出ちまったんだよ」

 

「え」

 

 気を取り直したグランがブローを喰らったようによろめく。

 

「だ、だんちょー!」

 

 その背を慌てて支えるのはアンナ。

 敬愛していた祖母の死去から戻る家に戻っても独りぼっちだという理由でグランと共にザンクティンゼルに訪れていた。

 

「た、旅ってどこにいったの?」

 

『自分探しの旅にでもでたんじゃねーのか?』

 

 呆然としているグランの背からアンナと抱えるぬいぐるみが顔を覗かせるが、男は首を横に振った。

 

「いやいや違う。なんでもな、親父さんから手紙が来たんだとかなんとか言ってたぜ?」

 

「えっ」

 

「この間、村の近くにエルステ帝国の船が来てな。それからすぐだったかな、ジータの奴がいなくなっちまったのは」

 

 まあジータの奴ならどこかで元気にやってんだろ。

 などとしみじみ腕組みするおじさんに別れを告げて、グランたちは自分の家へと戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうしょう」

 

「どうした団長ー! 元気出せ!」

 

「気分が落ち着くハーブティーがありますが、飲みますか?」

 

 グランの家。

 正確に言えばグランと今はいないジータの家にて、清掃を終えていたウェルダーたちがグランたちを迎えてくれた。

 アンナ、ウェルダー、ジャスミン、ゼヘク。

 この四人が今グランと一緒に行動をしている仲間だ。

 セフィラ島での調査を後陣の騎空団に引継ぎしてから、グランの騎空団は半ば解散していた。

 サブリーダーのヴェルトールは仲間集めのために離れており、フェザーとランドルは腕を鈍らせないためといってパンデモウニムへ、スタンとエシオは故郷に顔出しに、ウィルは集めた魔物資料の清書といって知り合いでもある魔物絵師のとこへ、ラムレッダは途中まで一緒だったのだが地酒を求めて途中で降りた。合流地点は決めているのでまた会えるだろう、多分。

 

「……なるほど、エルステ帝国か」

 

 グランとアンナの説明に、包帯を巻き直しながらゼヘクが口元に手を当てる。

 グラン、アンナ、ウェルダー、ジャスミン、ゼヘク。

 

「何か面倒なことに巻き込まれて出たと考えるべきだろうな」

 

「ロザミアさんの時みたいに?」

 

 ロザミア。以前出会ったことのある元帝国の騎士のことである。

 装着者の能力を増幅するという仮面をつけており、その呪縛からの解呪のために帝国の施設を襲撃していた女性でかつてグランたちも事情もあり共闘をしたことがある。

 そのため帝国の脅威と闇についてはグランたちも承知している。

 

「こんな辺境に帝国の船が来たというのも気にかかるな。グラン、帝国が求めるものに心当たりは?」

 

「いや、まったく」

 

 ゼヘクの問いに、グランは首を横に振る。

 グランの記憶にある限り、ザンクティンゼルは平和な田舎の島だった。

 穏やかで、時間が止まっているかのように平穏な日常を繰り返すだけの辺境。

 未だに行方知れずのジータの父を探すために、島を飛び出してから故郷がどれだけ平穏だったのか実感するぐらいだった。

 

「ジータに父さんからの手紙が来たみたいなんだけど、それの中身も分からないし」

 

「団長さん、確かジータさんとは手紙のやりとりをしてたんですよね? そのことは?」

 

「それが……15才になったら旅に出るつもりだっていうことぐらいで」

 

 しかもそれを知ったのがつい先日のことである。

 セフィラ島に潜っている半年間の間、外部との連絡が出来ずに、自分へと当てられた手紙は交流のある商店へと預けられていた。

 

「セフィラに潜ってる間にそういう手紙がきてたんだけど、それから先は手紙はなかった」

 

「うーん、世間から置きざりになっていたか」

 

「しょうがないと思うぜ、セフィラのことは封鎖されたんだし」

 

 セフィラ島。

 ファータ・グランデ空域において高々度に存在する島であり、かつて覇空戦争での激戦地として幾多に戦火に焼かれた大地である。

 そこを支配権として封鎖と調査を行っているのがネメア皇国であり、その内部に関しては国家機密だ。

 グランたちがこのセフィラに関わったのは、騎空団連合ラファールでの任務が遠因だった。

 ラファール所属の騎空団でも信頼された騎空団にしか任務に与えられない【パンデモニウム】

 そこに少数精鋭の騎空団でありながら調査任務に加わっていたのがグランたちの騎空団であり、パンデモウニム内部において無限としか言いようがない魔物の群れに、幽世と名乗る軍勢。

 これを歴戦の騎空団たちが調査と口減らしに連戦を繰り返しており、参加している中には古の戦場――定期的には覇空戦争時代に撃墜され、あるいは封印された星晶獣が活性化して復活する全空屈指の激戦地において上位の戦績を残す騎空団も所属している。

 人間はここまで強くなれるのかと言いたくなるぐらいに極まった騎空士たちであるが、秒単位で数十の魔物を蹴散らす彼らでさえ代わる代わるに潜り、第五層と呼ばれる戦域に踏みとどまり、復活し続ける魔神を滅ぼしながら押し留めているのが現状の精一杯だ。未だに赤き地平も、地上も見えてこない。

 グランたちはその面々の一席に席をおいていたが、その少数精鋭のフットワークの軽さを見込まれたのだろう。

 ラファール経由で秘匿任務としてネメア皇国からセフィラ島の調査隊として参加依頼を受けていたのである。

 

「しかし、困りましたね」

 

 グランが遠い目をしながら、地獄としか言いようがない激戦の記憶に思いを馳せていると、新しくハーブティーを入れ直したジャスミンの呟きが耳に入った。

 

「ジータちゃんも騎空士でもやっているんでしょうか? それならラファールで情報が入るかもしれませんけど」

 

「団長、ジータは島にはいないんだよな?」

 

「うん。それは間違いないみたいだ」

 

 村のみんなが見なくなってからそれなりの時間が立つらしい。

 となれば別の島に移動してるのは間違いない。

 

「ポート・ブリーズで情報を集めよう!」

 

 帝国の船が何故ここにきていたのか気になるが、もしもジータが島から出たならばそこで準備なりをしていてもおかしくはない。

 何か事情や事件に巻き込まれているなら守ってやらないといけない。

 

 僕はジータの兄貴分なのだから。

 妹を護るのが兄の義務だ。

 

 そうしてグランたちは久方ぶりの故郷から慌ただしく旅立った。

 

 姿を消した家族を探して。

 

 

 

 そして、その先で不死鳥の獣と出会うことになることをその時は知らなかった。

 




一方その頃、ジータは無能チビ凸が操る光大砲星晶獣を思う存分に殴り壊していた。


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天秤の勝負師/ポート・ブリーズ

衣装変えでクラスとスキルが変わるなんて空の民にとっては日常茶飯事です



 

 

「クェアアアアアアアアアアア!!」

 

 真紅の炎が舞っていた。

 熱く、暑く、夜闇を染め上げんばかりの真紅の輝き。

 炎の鳥。

 それが一面に広がる草原の空を舞い上がっていた。

 

「許サヌッ! 許サヌッ! 我ハ帰還セシ不死ナル炎!」

 

 吼え上がる。

 けたたましく憎悪に塗れた熱意の吐息が、甲高く響き渡った。

 憎悪を吐き散らすのは真紅の炎、炎の翼を持った異形。

 星晶獣フェニックス。

 

「我ガ屈辱、我ガ侮辱ノ罪ヲ思イ知ルガイイ!」

 

 昼夜が逆転したかのような輝き。

 島一つを焼き尽くすといわれる熱風を放つという伝承を持つフェニックス。

 怒りに我を忘れた不死鳥の暴挙に。

 

『アサルトタイム!!』

 

 無数の攻撃が突き刺さった。

 強大なる力を秘めた星晶獣に対する空の民による問答無用の撃墜。

 覇空戦争ではよくある神話の光景が今蘇る。

 

 

 

 

 

 

 

 ポート・ブリーズ群島。

 ファータ・グランデ空域に所属する、空を行き交うものたちが集う豊かな風に恵まれた群島。

 途切れることのない穏やかな風によって騎空団の交流の地として発展した群島であり、主島エインガナを中心に交易が行われている。

 必然、物資と同時に情報も大量に流れ込み、情報収集をするのに最適の場所だった。

 

「なんでも大嵐があったらしいぜ」

 

「大嵐?」

 

「ああ。なんでもそれで通行止めになったとか、伝説のティアマトが現れたとか、帝国の船で港が破壊されたってさ」

 

 人込みに酔ったのを野草のサラダでむしゃむしゃと食べながら、ウェルダーが報告をする。

 

「ティアマトって確か星晶獣だよね?」

 

「ああ、こちらのほうだとあくまでも伝承とされているようだが……」

 

 常日頃から星晶獣あるいはそれに匹敵する怪物と戦い過ぎて感覚がマヒしているが、一般的に星晶獣は覇空戦争で眠りについたとされている伝説の存在だ。

 星の古戦場やパンデモウニムなどに突っ込んで戦っていたから違和感があるが、本来はいない。

 いや、今更思い返すとなんであんなに普通にいるのか。これが分からないと思う。

 他所の島だと伝承混じりだが、星晶獣の加護を受けて反映している島もあるけど……

 

(うん、深く考えるのはやめよう)

 

 グランは思索を取りやめた。世の中には考え過ぎてはいけないことが多すぎる。

 

「それなら俺も似たような話を聞いたな」

 

 ウェルダーの報告に、酒場で情報を集めていたゼヘクが相槌を打つ。

 騎空団の中では有名な事件らしい。

 

「どうやら帝国は星晶獣を狙ってこの群島に来たらしい」

 

「ああ。でもそれはあっという間に去った、嵐の時には港にあった騎空団の船を破壊したとか」

 

「相変わらずの暴挙ですね……聞くだけで許せません」

 

「でもそれを解決したのが、このポート・ブリーズにいた操舵士のラカムさんとその船、グランサイファー」

 

「こちらの避難所からでも凄い嵐が吹き荒れていて、それに飛び込んだとか」

 

「……多分星晶獣と戦って諫めた?」

 

「腕のいい操舵士と騎空艇があれば戦えないわけじゃないですしね」

 

「空から落ちなければなんとでもなるからなぁ」

 

 グランたちの一団は基本的に自分の騎空艇はもっていない。

 明確な旅の目的地があるわけでもないし、一番は少人数だからだ。

 護衛依頼なども兼ねて定期便などに乗り、それで島と島を移動している。そういうスタイルの騎空団も決して空では珍しくない。

 グランは自分の義父を探すためにも立ち寄る島で情報を集める必要もあったし、騎空団連合ラファールに所属してからはそこでの共闘のために運ばれる大型船に同行することも多かった。

 それでも以前は小型だが、騎空艇と操舵士なども雇っていたことはあったが……

 

(ものすごい勢いで戦いばっかりに巻き込まれるから、辞めちゃったんだよなぁ)

 

 苦い思い出である。

 どうにも面倒ごとに巻き込まれやすい体質なのか、大規模な魔物の嵐とか星晶獣とかにぶつかることがあった。

 その度になんとか切り抜けたが、騎空艇はボロボロになるし、たまったもんじゃないとやめる操舵士が出るのだ。

 

(僕が狙ってやってるわけじゃないんだけどなぁ)

 

「はぁ、で、ジータは……結局行方不明か」

 

 ため息をつきながら、グランは懐からメモ帳を取り出す。

 広げたそこにあるのはここ数日拾い集めたジータや帝国に関する噂話だ。

 

「大嵐の時にそれっぽい女の子の騎空士がいたっていう話だけど、女性の騎空士なんて幾らでもいるよなぁ」

 

 もぐもぐと草を口に詰め込みながらウェルダーが横にいるジャスミンとアンナに目を向ける。

 空の世界の女性は逞しい。

 女だから戦えないとかか弱いとか、そういうのはまるでないのだ。

 

「もしもジータ……って子が…騎空士…ならまだ新米……のはず」

 

「うん、島から出たのが数か月前だからまだ新人だね」

 

「……ならそう簡単に噂にならない、はず。しっかりあつめてから……ボクはいいとおもう……」

 

『そうだそうだ、お前らせっかちすぎるぜ。セミかよ』

 

 アンナと抱えるカシマールがいう言葉に、グランはうなずくしかなかった。

 

(もっともだ、いくらあのジータっていっても騎空士になって数か月。そう簡単に目立つはずが、ない)

 

 記憶にある限り、殆んど一人で朝から晩まで剣を振って。

 ザンクティンゼルの魔物を単独で切り払い。

 それでいてコミュ力も高くて、素直に自慢できる妹分だからと言って空は広いのだ。

 しっかりと探さないと見落としてもしょうがないだろう。

 

「となるともうしばらくポート・ブリーズで探しますか?」

 

「そうだね。とはいえ何もせずにやみくもに探してもしょうがないから探す方法を変えようと思う」

 

「変える?」

 

「うん、ジータも身の気のままで多分出発したんだ――つまり、手持ちはそんなに多くない。だからどこかで依頼を受けてルピを稼いでるはずだ」

 

 それも新人でも受けられる依頼のはず。

 

 そう続けようとした時だった。

 

「大変だー!!」

 

 鐘の鳴り響く点呼と大きな叫び声が聞こえたのは。

 

 

「魔物が逃げ出したぞー!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぉおおお!!」

 

 今、リチャードは自分が不運の揺り戻しに合っていると痛感をしていた。

 丁寧に櫛を通された自慢のブロンド、分厚く身を彩る革のコートに、胸元を飾る赤いストール。

 どこからどうみても立派な色男であり、賭博場を巡る歴戦のギャンブラーである自分が、必死になって野原を走っている。

 喉が痛い。

 脇腹も痛い。

 手に持っていた護身用の銃は弾切れで、無茶な姿勢で撃ち過ぎた手が熱を持ったままに痺れている。

 だがそれでもこれを落としたらお終いだとわかっていた。

 いや、落とさなくても終わりかもしれない。だって。

 

「く、くんなあああああああ!!」

 

 轟々と燃え盛る火、火、火。

 燃え盛る魔物が一直線に、必死に逃げるリチャードの背を草原を燃やしながら追いかけている。

 その数は少なく見ても十数体。

 腕に自信があるわけでもないリチャードが倒せるわけもない。

 絶体絶命だった。

 

(どうしてこうなった!? どうして!!)

 

 ひぃひぃと喘ぎながら逃げて、リチャードは己の不運を、幸福の始まりを思い出す。

 切っ掛けは一月前の降焔祭。

 そこで出会った可憐なるデュエリスト、彼女との刺激的な一時の想い出、そして別れ。

 そして新たに出会った運命の恋、宝石の姫。

 リチャードは彼女に恋をした、まさに運命だった。

 だがしかし、彼女は気まぐれに空を旅をする子猫ちゃん。あっという間に見果てぬ空へと旅立ってしまった。

 しかしリチャードは、運命の子を諦めたりなどしなかった。僅かな一時で、彼女は宝石に対して強い興味があることを知り、その心を射止める宝石を求めて賭博場を巡った。

 熟練のギャンブラーであるリチャードにとって金など些細な問題でしかない。

 順調に金を稼ぎ、そして名高い逸話のある宝石が手に入るめどが立った。

 そのために商人と契約をし、それを受け取りに来た。

 ただそれだけだったのに。

 

「なんで積み荷から魔物が出てくるんだぁああああああ!」

 

 待ちきれずに郊外近くまでやってきた商人へ受け取りに来た。

 だがそこで新人らしい騎空士が荷物をぶちまけてしまい、そこから出てきたのは魔物。

 見世物らしい魔物、しかもなんとなくトラウマしかない火の魔物の山で。

 何故かリチャードが一番多く追われていた。

 

「なぜだぁああああ!!?」

 

 半ば泣きながら逃げるが、街に逃げ込むつもりが逆方向。

 隆起激しい丘の道なき道を転げ落ちながらリチャードは逃げる。

 手には赤い宝玉、商人から受け取ったばかりの宝石、これだけは離すわけにはいかない。

 だがなぜだろうか。

 それを見て魔物たちが追いかけてきているような気がする。

 

(まさかこれが目的なのか!? だが、これを離したら俺の全財産が!!)

 

 迫りくる魔物たちから逃げながらも、リチャードは自問する。

 これを離せばもしかしたら助かるかもしれない。

 だが、これさえあれば運命の想い人から微笑まれる未来がある、かもしれない。

 まさに運命の選択。

 勝負勘の問われる時だった。

 

「おれは、おれは……」

 

 背が炙られる。

 吼え猛る咆哮に押されながら決めた。

 男らしく。

 

 

「死んだらどうにもならん、てええい!!」

 

 コールせずに降りた。

 損切りの決意と共に、リチャードは遠くに宝石を投げた。

 それに多くの火の魔物が目を奪われるようにおいかけて――

 それはそれとして目の前のリチャードを喰らわんと牙を剥いた。

 

「なんでぇ!?」

 

 予定外とばかりに硬直し、足が止まる。

 思わず顔を護るように手で覆い。

 

 ――銃声が轟いた。

 

 魔物たちの頭が同時に弾け飛ぶ。

 

「へ?」

 

 銃声が響く。

 リチャードの周りにいた魔物の手が、頭が、腹が、燃える血潮をまき散らしながら崩れ落ちる。

 

「フォレストレンジャー参上!」

 

「うぉ!?」

 

 呆然と何が起こったのか周りを見渡そうとした瞬間、横から声がした。

 目を向ければいつの間にいたのか、緑色の装束をした青年が横に、短刀と長銃を構えてたっていた。

 

「な、い、今のはお前か?」

 

「おう! って言いたいところだが、俺じゃない。うちの団長さ!」

 

「団長?」

 

 フォレストレンジャーと名乗った青年の目線に従い、リチャードは目を向けた。

 そこには一人の青年がいた。

 

 グレーのコート、手足からを覆う無数のベルトに、ガンホルダーから引き抜かれた両手の拳銃。

 

 ただの一瞬で六発の銃弾を全て命中させた銃使い(ガンスリンガー)

 

 

 

 そして、リチャードはこれから本当の不運、否、幸運の始まりと遭遇することになる。

 

 不死鳥の再来。

 

 そして、自分が運命を共にする騎空団との出会いとして。

 




ジータ「……」
モブ「あの嬢ちゃん、なんであんなに目が死んでるんだ」
モブ「あんなにメダルを稼いでるつうのに」
クリスティーナ(あのお嬢ちゃん、ただ一つの正解に辿り着いているね。そうこのカジノで必要なのは強運でも手持ちでもない、大事なのは)


一方その頃、ジータは心を殺してポーカーを回していた。


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不死鳥の撃沈/ポート・ブリーズ


 名も無き騎空士たちの強さですが、はじブルの13話ぐらいの強さです。
 ありがとうフレンド!


 

「パンデモニウムの連中が倒せない?」

 

 昔の話。

 まだパンデモニウムの戦いに不慣れだったころの話だ。 

 騎空団連合ラファールで日々秒単位で原型・星晶獣(オリジン)を文字通り秒殺している騎空士たちとの談合でそんな相談をしたのだ。

 

「時間を掛ければなんとか倒せることもあるんだけど、それだと押し負けちゃって」

 

「確かにあいつらは無尽蔵に出てくるからな、せめて分単位で殺せねえとやってられねえだろ。理想は秒単位だ」

 

 謎多き地の底へと繋がる監獄パンデモ二ウム。

 ここでの戦いは巨大な魔物、大星晶獣相当の一騎相手に"最悪三十分"と言われている――常識的に考えると一騎空団どころか騎士団総がかりで討伐し、三十分どころか歴史に残るような戦争になるのだが、ラファール所属の上位騎空士はその常識に当てはまらない。星の古戦場で荒稼ぎしてる連中も同類である。

 話を戻そう。

 三十分の制限時間、これはこれ以上戦った場合、増援が出てきて前線が崩壊するリスクがあるためだ。

 故に三十分、それ以上伸びるようならば切り替わり、他の騎空士が怒涛の勢いで殴り倒す。

 さらにパンデモウニムだが、これへの一回の突入の制限時間は一時間と決められている。

 一時間がむしゃらに死に物狂いで戦って精魂使い果たすのもそうだが、パンデモ二ウムに充満するあまりにも濃厚な魔力は瘴流域の瘴気にも匹敵するほど――何で動けるのかは鍛え抜いているからとしかいいようがない。の危険性があり、突入ごとに切り替わり、小休止を挟みながらローテーションを組んで無尽蔵に思える幽世の住人を吹き飛ばし続けているのである。

 ファータ・グランデ空域の平穏の一角にはラファールに所属する騎空団の活躍が貢献しているのだ。

 それを義父の手がかりを求めてラファールに所属し、数多くの騎空団と交流をしたグランは知った。

 

「そうだな……手っ取り早いのは武器を揃える、面子の攻勢を考える、あとは薬をキメて……ん?」

 

 ふと指折りしながら思案していたドラフの騎空士がグランを見た。

 その後ろにいる騎空団の仲間たちも含めて。

 

「そういえばお前たち、アレやってねえのか?」

 

「アレって?」

 

「アレっていえばアレだよ」

 

 

 

 

 

「アサルトタイム」

 

 

 

 

 

 

     

 ――超カッコいい銃撃(スタイリッシュ・シュート)

 ガンスリンガーとしての銃撃を持って魔物を打ち抜きつつ、やっぱりかっこいいなと我ながら自画自賛する。

 

(久しぶりに使ったけど、やっぱり吸い付くなぁ)

 

 名も知らない銃の安全装置を入れ直し、グランはホルスターに仕舞いこんだ。

 昔、ウェルダーの誘いで購入し手に入れたライフル弾も使えるハンドガンである。

 セフィラ島で使っていた銃は酷使もあって整備に出していて、これはサブの銃だが、島に入る前までは使っていた愛用銃だ。昔通りの感覚のままに全弾命中。

 思わずにっこりしてしまう。

 

「と、大丈夫ですか?」

 

「あ、ああ。えっと君たちは?」

 

 魔物に襲われていた金髪の男の人に、軽く周囲を警戒してから声をかける。

 

「僕はグラン、そちらがフォレストレンジャーのウェルダーです」

 

「怪我はないみたいだぜ、団長!」

 

「了解、みんなが追い付くまでは警戒よろしく」

 

「おう!」

 

 先行していたウェルダーが事前に傷の具合を確認をすまし、そのまま周囲の警戒に専念してくれる。

 数多くの戦場を一緒に渡り歩いた戦友同士の阿吽の呼吸だ。

 

「通りすがりの騎空団です、貴方は?」

 

「あ、ああ。俺はリチャード、旅のギャンブラーだ」

 

(ギャンブラー?)

 

 何故ギャンブラーがこんなところで魔物に襲われてたんだ?

 そんなグランの目線に気付いたのだろう、バッバと衣服に着いた土埃を恥ずかしそうに払いながらリチャードが答える。

 

「実は、ここに商人に頼んでいた商品を受け取りに来てね」

 

「商品っていいますと……」

 

 ふと気づいた。

 街から飛び出し、散らばるように暴れ回る火属性の魔物たちに追われていた彼がさきほど何か投げたような……

 

「まあ今さっき失ってしまったんだけどね」

 

 はぁあああああああああと大きなため息を吐きだすリチャード。

 俺の全財産がぁああと今にも崩れ落ちてしまいそうだった。

 

「ああくそ、やっぱり大人しく街に来るまで待ってるべきだったよなぁ」

 

「えっと商人の人から受け取る予定だったんですね」

 

 その商人というと街の方に逃げてきた人だろうか。

 スゴイ逃げ足だったからこっちが引き留める間もなく町中に逃げ込めたとおもうけど。

 

「ああ。だがなんかわからんが、いきなり魔物が荷物から飛び出してきてなぁ」

 

「飛びだしてきた?」

 

「さっきの魔物いるだろう? あれ商人が運んできた奴らしいんだ、火の魔物さ」

 

「なっ!? さっきの魔物が?」

 

「ふええ」

 

「ナニカンガエテンダ、バカジャネーノ」

 

 グランがえって顔をしている中、周囲を警戒していたウェルダーとアンナ(とカシマール)も突っ込んだ。

 確かにポート・ブリーズでは中々見ない種別の魔物だったが……

 

「み、密輸とかそういうことですか?」

 

 憲兵に突き出すべきかと考えるグランに、リチャードが慌てて手を横に振る。

 

「違う違う。<降焔祭>での一件をもしかして知らないのか?」

 

「降焔祭?」

 

「確か聞いたような聞かなかったような……」

 

 降焔祭とは、ポート・ブリーズで年に一度行われる恒例行事である。

 島の内外から訪れる商人で露店が立ち並び、珍しい魔物を集めた見世物小屋やカジノ艦<ジュエル・リゾード>の寄港などもある一大行事なのだとリチャードは説明した。

 

「とはいえそれが一月前に終わったんだが」

 

 何故今更魔物を集める必要が?

 

「出たんだよ。フェニックスが、ああいや本当なんだぜ? 嘘じゃない、星晶獣のフェニックスが出たんだ」

 

 元々降焔祭とは年に一度出現する炎の星晶獣フェニックスを鎮めるために、火の力を宿す魔物を捧げる儀式が始まりなのだという。

 そして、今まではそれは迷信や伝説上の出来事だと思われてたのだが……

 

「一か月前の降焔祭で出やがったんだよ。いやあやばかったぜぇ、あのお嬢ちゃんたちと俺がいなかったらこの島一つ焼け野原になってもおかしくなかったな、うんうん」

 

「なるほど」

 

「あ、その目信じてないな! 本当だぞ!! 星晶獣が出たんだ!」

 

「いや信じてますよ?」

 

「大丈夫、信じるから」

 

『イマサラダヨナー』

 

 今更星晶獣の一匹が出たところで驚くこともない。

 むしろよく今まででなかったなと思うぐらいだ。

 

「それでもしかしてあの魔物も?」

 

「一か月前に祭りは終わったんだが一応伝説が本当だったってことで追悼の鎮魂祭りが行われるってんで仕入れたらしいぜ。あの時は強引に叩きのめして、なんか恨めしそうだったからなぁ」

 

「貴方が……星晶獣を倒せるというのは強いんですね」

 

 星晶獣というのは並みの騎空士じゃあ対処仕切れない強大な存在だ。

 それを倒せるというのは目の前にいるギャンブラーを名乗る彼も凄腕の使い手に違いない。

 この空だとよくある話だ、騎空艇を持っていた時に同行していた風祷師の少女なんかも村育ちだったのに偉い強かったし。せんべい焼きの名人のおばあちゃんなんかもせんべいで魔物を両断していた。

 

「ん? あー」

 

「? どうしたんです?」

 

「ああ、もちろんさ! こう見えても凄腕なんだぜ」

 

 ハッハッハと笑って見せるリチャード。

 

「事情は分かったし、一度街に戻ろう」

 

「うん、帰ろう。魔物は大体掃除できたみたいだし」

 

 さっと気配を探ると、大体の逃げ出した魔物はもう仲間たちや、他の街に詰めていた兵士たちが倒したようだ。

 仕入れた商人は大損だろうが、まあ不運な事故だったと思って諦めて欲しい。

 大規模な魔物の襲来だと思って足止めメインのガンスリンガーに切り替えてたが、無駄足で済んだようでよかった。

 

「あれ? 団長、あそこまだ残ってる……?」

 

 アンナがふと何かに気付いたように指を差した。

 そこには虚空に火の粉が舞い上がっている。

 

「いや……違う!」

 

「団長、なんか来るぞ!」

 

「へ?」

 

 ウェルダーとグランが同時に銃を抜き、アンナが帽子のつばを掴んで二人の後ろに回る。

 リチャードは三人の動きに首をかしげて、次の瞬間驚愕の声を上げた。

 

 

「フェニックスだと!?」

 

 

 

「クェアアアアアアアアアアア!!」

 

 真紅の炎が舞っていた。

 熱く、暑く、夜闇を染め上げんばかりの真紅の輝き。

 炎の鳥。

 それが一面に広がる草原の空を舞い上がっていた。

 

「許サヌッ! 許サヌッ! 我ハ帰還セシ不死ナル炎!」

 

 吼え上がる。

 けたたましく憎悪に塗れた熱意の吐息が、甲高く響き渡った。

 憎悪を吐き散らすのは真紅の炎、炎の翼を持った異形。

 星晶獣フェニックス。

 

「我ガ屈辱、我ガ侮辱ノ罪ヲ思イ知ルガイイ!」

 

 昼夜が逆転したかのような輝き。

 島一つを焼き尽くすといわれる熱風を放つという伝承を持つフェニックス。

 怒りに我を忘れた不死鳥の登場に。

 

「くっ! まさか復活したってのか!?」

 

 リチャードが懐に手をいれて、愛用のカードを掴み出す。

 リチャードの持つ特異技能。

 今日の幸運の代償に、明日の不幸を得る。

 任意で操れるほどの幸運はないが、その副産物として賭けになるがその場にいる全員に吉兆を齎すことは出来る。

 

(テレーズさんも、あの"めちゃくちゃ強いお嬢ちゃん"もいないってのに!)

 

 上手くいけば全員が逃げられるかもしれない。

 しくじれば全員が死ぬ。まさにギャンブルだが。やらなければ全員が死ぬ。つまりノーリスク。

 

「いく」

 

 覚悟を決めて発動のトリガーを引こうとした瞬間だった。

 

 

『アサルトタイム!!』

 

 

 ボッとグランが、ウェルダーが、アンナが光った。燃え上がるように。

 

「スタイリッシュ・シュート!」

 

 グランの銃弾が!

 

「カースドブレイズ!!」

 

 アンナの魔女火が!

 

「スティルショット!」

 

 フォレストレンジャーの銃撃が!

 

「え? ジョーカーショット!」

 

 リチャードの札が!

 不死鳥に無数の攻撃が突き刺さり。

 

『『『『アブソリュート・ゼロ!!!』』』』

                         

 渦巻く奥義の奔流の口火と化した水の連結爆陣(チェインバースト)が不死鳥を粉々に砕いた。

 

「      !!!」

 

 そして、フェニックスは声も凍り付いたまま撃墜された。

 不死鳥は堕ちた。

 

 

 

 




「アサルトタイムがなにかって? 騎空団がやる一種の体調管理だ。ここで使う活力剤のドーピングと似たようなもんだが、食事の時間や生活リズムを合わせて、調子がいいタイミングを意図的に合わせる。これをやっておくことでどの時間帯でなら一気にブーストがかけられるか、最初の一撃で全力を出し切れるかっていう戦法ヨ。ヤバイ強敵なら最初からおもっくそぶち当たって、瞬殺する。これも一種の戦術って奴だな」

 パンデモニウムの幽世の住人はそれに加えて魚類を抱えた剣豪、謎の三つ目の洗礼、ぴかっと光ったら相手が死ぬ剣の爆撃を受けているようだ。


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