月から聖杯戦争のマスターが来るそうですよ? (sahala)
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おつきさまのむかしばなし

 皆様、お盆休みをいかがお過ごしでしょうか? コロナウイルスによってあまり外出してない、という人がほとんどだと思いますが、そんな方でも自分のssを楽しんで貰えれば幸いです。
 最新話の代わりに、今まで温めていたネタを昔話風に書き上げました。自分で書いていて、何だこれ? な代物ですが、どうかお楽しみ下さい。


 それはとてもむかしむかし。まだ神さまがたくさん生まれていた頃。

 神さま達は自分の神話(せかい)こそが正当(絶対)だと主張して、毎日の様に争っていました。

 そうしていく中で沢山のお星さまが生まれては消え、神さまに付き従う人間(子供)達の文明も生まれては消えていきました。

 

 ある日、ふと空を見上げて、神さま達は首を傾げました。

 

“あれは何だろう?”

 

 空に浮かぶどの星よりも明るくはっきりと見え、どの星よりも大きく見えるまん丸なもの。

 いつの間にか浮かんでいた“ソレ”に、あれはどこの神さまが作ったのだろう? と思いながら、おそるおそる“ソレ”に神さま達は触れてみました。

 

 そして―――“ソレ”が何をしているか、分かってしまいました。

 

 “ソレ”はずっと前から―――神さま達にも分からないくらい、ずっと前から―――神さま達や人間達の事を見ていて、それを全部記録していたのです。

 神さま達は大変驚き、“ソレ”を作ったのが誰か分からなかった事に慌てて―――“ソレ”をどうにか自分だけの物に出来ないか、と考え始めました。

 もしも“ソレ”を手に入れる事が出来たら、敵の神さま達の事も全部分かるし、そうなれば何でも思い通りにする事が出来てしまう。自分だけでは限界のある事も、“ソレ”の力を手にすれば限界なんて無くなる。そう気付いてしまったのです。

 

 “ソレ”を手に入れようと、さらにたくさんの争いが起きました。中には神さまとは呼ばない者達も戦いに現れ、地上にたくさんの血が流れました。それなのに、“ソレ”の中枢には誰も入れません。神さま達は“ソレ”が何をしているのかが分かっても、“ソレ”を自分だけの物にする事がどうしても出来なかったのです。

 “ソレ”と同じ物を作ろうとした神さまもいました。しかし、“ソレ”を詳しく調べていく内に、“ソレ”は自分達では―――恐らく、遠い未来であっても―――到底理解しきれず、同時に作り出す事も叶わないと思い知る羽目になりました。

 

 

 そうして長い年月が流れ、ようやく神さま達は“ソレ”を独り占めするのではなく、皆で分けて使おうと考えます。

 何度かの話し合いの後、神さま達に馴染み深い方法で権利を十五個に分けて、その権利を持った者だけが“ソレ”に触る事が許される様になったのです。時を同じくして、“ソレ”に“月”という名前がつきました。

 そんな風に色々の事が取り決められましたが、“ソレ”―――お月さまは、そんな神さま達の争いなんて知ったこっちゃない、と言う様にずっと観察を続けていました。そして月に触れる権利を手に入れた神さまは、そんなお月さまを大事にしようと思いました。

 中枢に入れないとはいえ、表側にある情報だけでも神さま達もとっくの昔に忘れてしまった事や、敵となった者達の弱点となる情報を知る事が出来たし、何より今は無理でもいつかはお月さまの全部を手に入れられる機会を合法的に得たのです。大事な、大事な権利を手放さない様にしようと神さま達は心に決めます。

 

 神さま達は自分達の権利を“月の主権”と名付け、同時に“月の主権”で色々な事を決められる様にしました。

 海の満ち干きや地球(ほし)の重力、季節や時間の決め方、さらには神さま達の宇宙(せかい)のカタチや法則なども“月の主権”を基に決めていきました。そうする事で神さま達はより強くなり、神さま達に付き従う人間達の生活も豊かになっていきました。そしてますます神さま達はお月さまの事を大事にしました。

 

 神さまも人間達もお月さまのお陰で笑顔になっていきました。でも―――白夜の王様は面白くない顔でした。

 自分の力の源であるお日さまを差し置いてお月さまがチヤホヤされてるのは面白くないし―――何より、どの神さまやお星さまよりも先に生まれた自分ですらも何なのか―――そもそもいつ置かれたのか、すら分からない“ソレ”が白夜の王様には気味が悪い物として見えていました。

 そんな白夜の王様の話を何人かの神さまは真剣に聞いてくれましたが、ほとんどの神さま達は聞く耳を持ってくれません。

 

 何故なら―――昔の白夜の王様は、永く太陽の力を独り占めにしてきたし、そして自分の力を守る為に多くの神さま達を虐めていたのです。だから、多くの神さま達は白夜の王様の事が嫌いでした。そんな嫌われ者の白夜の王様の言う事なんて聞きたくないし、何よりお月さまの全部を手に入れれば、今まで自分を虐めてきた白夜の王様を出し抜けるんじゃないか? そう思うと、白夜の王様の言う事にみんな耳を傾けようとは思いません。

 

 不満顔の白夜の王様を差し置いて、お月さまの影響はますます大きくなりました。どの神さま達も“月の主権”を欲しがったし、その神さまを信仰している人間達の文明はとても大きく、立派なものへとなっていきます。

 

“ああ―――なんて便利なのだろう”

 

 “月の主権”を手に入れた神さま達は、お月さまの機能に喜びました。

 

“ああ―――なんて美しいのだろう”

 

 地上の人間達は、お月さまによって栄えた自分達の文明とそれをもたらしてくれた神さまに感謝の祈りを捧げました。

 

“ああ―――なんて美味しそうなのだろう”

 

 ―――はるか遠く。空の彼方で星々を巡っていた彗星は、お月さまを見て涙を流しました。

 

 




 これだけではイミフだと思うので、一つだけ。
 Fateの“お月さま”とは性能が少し異なる、という感じです。


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プロローグ『Who am I?』

 はじめまして。あるいはお久しぶりです。sahalaと申します。個人的な事情により約一年半の間、SS活動を停止していましたが今回から復活します。
 新しく生まれ変わった「月から聖杯戦争の勝者が来るそうですよ?」をぜひご覧ください。よろしくお願いします。


 ―――かくして、閉幕の鐘は鳴る。

 

 戦争があった。国家や民族が争う戦争ではなく、人と人が争い合って月の王へと至ろうとする戦争があった。

 七つの海は踏破され、熾天の玉座への道は今こそ開かれる。月は新たな王を迎え入れた。 

 されど、月の新たな王―――■■■■は知っていた。自分は所詮は紛い物。故に玉座に着いたと同時に察知され、消去される運命にあるという事を。

 

「・・・・・・・・・」

 

 それでも■■■■は躊躇わなかった。玉座に着き、異常を察知される前に王としての命令を下す。

 まずは白衣の賢者が起こした戦火の火種を消すこと。

 次に共に戦ってくれた友人を月から生還させること。

 最後に―――二度とこの様な戦争を起こさない為に、月を誰の手にも触れられない様に封印すること。

 

「――――――」

 

 秒にも満たない刹那、月は新たな王の下した命令を実行する。そして―――月は新たな王が紛い物だと看破し、消去すべく動き出した。

 

“―――ここまでだな”

 

 王は長いため息と共に、天を仰ぐ。

 電子の海の底へ沈みながら、走馬灯の様に今までの戦いに想いを馳せる。

 

 思えば、遠い所まで来たものだ。

 戦争の参加者の中で誰よりも弱かったというのに、ついには月の玉座に至るなんて・・・・・・・・・。

 だが、それは自分一人の力ではない。支えてくれた友人がいて、共に戦ってくれた従者がいた。だからこそ、自分は最後まで戦えたのだ。

 手足の先から光の粒子へと変換されていく。消えた先から感覚が無くなっていく。だが、不思議と恐怖は無かった。

 

“さようなら、■■―――”

 

 共に戦い、地上へと生還する少女に別れを告げる。そして―――

 

“さようなら、■■■■■―――”

 

 共に戦い、残される従者に別れを告げる。

 そして全身が光の粒子へと変換されていき、――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――■■■■は、光に包まれた。

 

 ***

 

『悩み多し異才を持つ少年少女に告げる。

 その才能を試すことを望むならば、

 己の家族、友人、財産、世界の全てを捨て、

 我らの"箱庭"に来られたし』

 

「ヤハハハハハハハハハハハハッ!!」

 

 高度5000メートル。目も眩む様な高さから落下しながら、少年―――逆廻十六夜は爆笑していた。

 彼が着ているのは普通の学ランであり、パラシュートなどの落下に対する補助道具は一切身に付けていない。普通の人間ならば、このまま地面に激突して無惨な墜死体になるだろう。

 そんな絶望的な状況だというのに、十六夜の爆笑は止まらなかった。

 

「ハハハハハハハハハハハハッ! 何だアレ!? あり得ねえ! あり得ないだろ!?」

 

 すぐ横を見たことも無い怪鳥が通り過ぎていく。その奥には縮尺がおかしくなりそうなくらい巨大なドーム型の建物がある。その更に奥には、世界の果ての様な断崖絶壁が広がっている。

 どれも常識には無い、見たことも無い風景に十六夜の乾ききった心が急速に満たされていく。

 逆廻十六夜は、今まで自分を取り巻く世界に辟易していた。山河を一撃で砕く身体能力、類い希な明晰な頭脳を持つ彼にとって元の世界は窮屈すぎた。人を、社会を壊さない様に自らに枷を嵌めて生きてきたのだ。ショベルカーに乗りながらも、周りの幼児が怪我しない様に砂遊びする様な生活は十六夜の心を腐らせていくには十分だった。

 しかし、それはもう昔の事だ。

 養母の遺言書に導かれたこの世界は、きっと十六夜を退屈させる事はない。もう退屈なんてサヨナラだ。自分の全力を出せる世界が、いま目の前に広がっている―――!

 

「さようなら、マイ・ワールド! こんにちは、ニュー・ワールド! ここが今日から俺の新世か、ゴバッ!?」

 

 突然、水の膜の様な物体を叩きつけられる。大口を開けて爆笑していた十六夜は肺に水を吸い込んでむせた。呼吸困難になりかけている間にも水の膜は次々と現れて十六夜の落下速度を落としていく。落下地点にあった湖に着水する頃には、プールサイドから飛び込んだ程度の衝撃になっていた。

 

(・・・・・・・・・まずはこんな素敵な方法で呼び出した相手にお礼参りだな)

 

 胸元まで浸かる程度しかない深さの湖から出ながら、十六夜は脳内予定リストにしっかりと刻み込む。

 ふと振り向けば、十六夜の他にも二人の少女が湖から上がっていた。

 

「もう! 信じられない! 手紙を読んだと思ったら、突然空に放り出すなんて!」

「ハ、同感だよクソッタレ。招待した奴はさぞかし礼儀を知らない奴だろうさ」

 

 プリプリと怒りながら岸部に上がる黒いストレートの髪の少女に十六夜は同意しながら、相手を観察する。

 白のブラウスに膝下まである黒のスカートという些か古風な服装だが、気品の高さが何気ない仕草からも滲み出ていた。良家の子女だろうか?

 

「あるいはこれが異世界での挨拶かもな。初対面の相手をずぶ濡れにするのが、この世界なりの歓迎だろうよ」

「・・・・・・・・・そんな礼儀なら、会いたいとは思わない」

 

 視線を向けると、栗色の髪をボブカットにした少女が岸部から上がってくる所だった。ショートパンツにノースリーブのシャツという動きやすさを重視した服装の少女だったが、どことなく表情が乏しい。先程の少女を動だとすると、こちらは静。人見知りをする性格なのか、十六夜達に目を向けずに手に抱いていた三毛猫にかまっていた。

 

「大丈夫、三毛猫?」

「ニャア・・・・・・・・・」

「それにしても、ここは一体どこなのかしら?」

「さて、ね。世界の果てらしきものは見えたから大亀の背中だったり―――」

 

 ザッパアアァァンッ!! と派手な水しぶきが十六夜の言葉を遮った。見れば湖に新たな水柱が上がっていた。

 

「まったく、千客万来だな」

 

 この湖が何らかの出入り口になっているのか? と呆れながら、十六夜は落ちてきた人間を観察する。新たに落ちてきた人間は湖に浮かんだまま、ピクリとも動かず―――。

 

「って、オイオイ・・・・・・・・・」

 

 さすがの十六夜にも緊張が走る。新たに落ちてきた人間は全く動く気配はなく、顔を水につけたまま浮かんでいる。あのままでは窒息死してしまうだろう。

 自分の異世界生活のスタートで誰かが溺死体になる様を眺めているなんて幸先が悪い。着ていた学ランの上着を手早く脱ぐと、十六夜は再び湖へと飛び込んだ。

 

「おいコラ。このまま魚の餌になるつもりか?」

 

 水死体になりかけていた相手を水面から引き起こし、十六夜は岸部に戻った。引き上げられたのは、自分と同年齢くらいの少年だった。ベージュ色の学生服を着た少年は目を閉じたまま、十六夜の呼びかけに答えなかった。十六夜は少年の意識を覚醒させる為に頬を軽く叩く。

 

「………! グッ、ゲホッゲホッゲホッ!!」

「OK、落ち着け。まずは深呼吸だ」

 

 水を吐き出しながら目覚めた少年を介抱していると、黒髪の少女が安堵の溜め息をついた。

 

「まったく・・・・・・・・・変な手紙で呼び出された挙げ句に死にかけるなんて、貴方も災難ね。招待状の送り主は人を何だと思っているのかしら?」

「・・・・・・・・・手紙・・・・・・・・・?」

 

 ようやく呼吸が落ち着いてきた少年は、黒髪の少女の言葉に首を傾げる。

 

「私も変な手紙を受け取ったと思ったら湖に投げ出されたけど、君は違うの?」

 

 ボブカットの少女は少年を見ながら首を傾げる。少年は力なく首を振った。

 

「・・・・・・・・・分からない。何のことなのか、全然分からない。それに・・・・・・・・・ここはどこなんだ?」

 

 コイツだけ違う理由で呼ばれたのか? と十六夜は訝しんでいたが、少年の次の一言に思考を止めざるを得なかった。

 

「俺は・・・・・・・・・誰なんだ?」

 

 ***

 

(さて・・・・・・・・・どんな方達が召喚されたのやら?)

 

 十六夜達が落下した湖へと駆けながら、ウサギ耳の少女―――黒ウサギは、まだ見ぬ召喚者に期待を寄せていた。

 この黒ウサギこそが十六夜達を箱庭へ召喚した張本人だった。とある退っ引きならない理由から、彼女は十六夜達の様な異能を持つ人間を欲していたのだ。

 

(あの御方の話では三人とも人類最高峰のギフトを持っているとの事ですが・・・・・・・・・)

 

 やがて黒ウサギの目に湖が見える距離まで近付いた。黒ウサギは速度を抑え、コッソリと湖の周りに生えている林へと入る。会話の主導権を得るためにも、最初のインパクトが重要だ。何よりも、この世界は神魔の遊戯場である“箱庭”。召喚したホストとして、盛り上がる演出で登場しようと息を潜めてタイミングを計り―――。

 

(あれ? 気配が四人?)

 

 黒ウサギのピンと立ったウサ耳が、自分達が召喚した三人以外の気配を捕らえた。

 

(おかしいですね? 招待状を送ったのは、確かに三通のはずでしたが・・・・・・・・・)

 

 頭にクエスチョンマークを浮かべながら、黒ウサギは茂みからコッソリと湖の方を伺う。見れば、金髪の少年が誰かを湖から引き上げて――――

 

「え・・・・・・・・・・・・・・・・・・?」

 

 ドクン、と黒ウサギの鼓動が跳ね上がる。隠れている事も忘れて間の抜けた声が口から漏れる。

 ベージュ色の詰め襟。少し茶色がかった髪。体型は痩せ過ぎでもなければ太り過ぎでもなく、顔立ちは至って普通。唯一、気になる所は左手の薬指に金の指輪を嵌めているくらい。街中で会えば、気にも留めずにすれ違う様な少年が湖から引き上げられていた。

 しかし、黒ウサギの―――月の兎の本能が、ある名前を口に上らせた。

 

月天(チャンドラ)・・・・・・様・・・・・・・・・?」

 

 




リメイク版の変更点

主人公が■■■■に。招待状は貰っていない。とある女王は気に入らないかもしれないけど、それは後々の展開で。


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第一話『Who are you?』

「整理しましょう」

 

 黒髪の少女―――久遠飛鳥はこめかみを抑えながら、記憶喪失の少年と向き合う。

 

「まず、貴方の名前は?」

「・・・・・・・・・分からない」

「貴方の出身地は?」

「・・・・・・・・・分からない」

「・・・・・・・・・湖に落とされる前に、何をしていたのか少しは覚えていないの?」

 

 飛鳥は少し迷う素振りを見せ、やがて自分の異能を使う事にした。

 

『ちゃんと思い出してみなさい』

 

 飛鳥の異能は相手を隷属させるものだ。どんな相手でも彼女が力を込めて命令すれば、意思をねじ曲げて彼女の言葉通りに行動してしまう。他人を洗脳する様なこの力を飛鳥自身は嫌っていたが、今はそんな事を言える状況ではない。目の前の少年が嘘をついているならもちろん、たとえ本当に記憶喪失だとしても彼女の命令通りに記憶を思い出すはずだ。しかし―――。

 

「・・・・・・・・・分からない。本当に何も覚えていないんだ」

 

 力なく首を振る少年に、飛鳥は苦い顔になる。自分の異能が効かないのか、それとも本当に記憶喪失なのか。いずれにしても、飛鳥の力が及ぶ事ではなかった。

 

「駄目ね。本当に何も覚えていないみたい」

「多分、この人は嘘をついてないよ」

 

 自分だけ我関せずという態度を取るのは気が引けるのか、ボブカットの少女―――春日部耀も記憶喪失の少年をジッと見つめていた。

 

「嘘つきは独特の臭いがしたり、目線がキョロキョロしたりするけど、この人はそんな物が全くない」

「嘘つきの臭いって・・・・・・・・・そんなの分かるものなの?」

「ん・・・・・・・・・一応」

 

 驚いた顔をする飛鳥に、耀は目線を地面に落として押し黙る。何か触れられたくない事を聞いてしまったのか、と飛鳥は怪訝に思ったが、貝の様に口を閉ざしてしまった耀とは会話が完全に途切れてしまった。

 

「まあ、自称・記憶喪失が太鼓判付きの記憶喪失だという事は分かったな」

 

 重くなった空気を変える様に、十六夜が岸部の岩に腰掛けながら軽薄そうな笑みを浮かべる。

 

「異世界に着いた矢先に見つかった記憶喪失の人間、か。ゲームならベタ過ぎ、ついでに儚げな美少女キャラにすれば野郎共の意欲が上がると購入者アンケートに記入する所だが・・・・・・・・・。それで、俺はお前を何と呼べば良いんだ?」

「・・・・・・・・・?」

「いつまでも名無し(ノーネーム)じゃ困るだろ。仮にでも名前があった方が呼びやすい。名乗る名が無いなら、土左衛門とでも呼ばせて貰うが?」

 

 首を傾げた少年に、十六夜はジッと答えを待ち―――。

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・フランシスコ・ザビ、」

「それは絶対違う」

 

 少年が告げた名前をバッサリと切り捨てる。どう見ても東洋人な少年が、何をどうすればスペインの宣教師になるのか?

 

「まあ、良いか。名無しと呼ぶのも気の毒だからザビと呼ぶか」

「そうね。よろしくね、フランシスコ・ザビ君」

「ンニャーオ」

「三毛猫もよろしく、だって。フランシスコ・ザビ」

「・・・・・・・・・何かしっくり来ない」

「自分で名乗った名前だろうが」

 

 ザビザビと連呼されながら、どこか納得のいかない顔の記憶喪失の少年改めフランシスコ・ザビ(仮)。

 

「その指輪は? 俺と同年代に見えるが、妻帯持ちだったりするのか?」

 

 え? とザビは自分の左手を見る。そこには装飾の無い簡素な金の指輪が薬指に嵌まっていた。

 

「これは一体・・・・・・・・・?」

「覚えてないか。なら指輪に何か書いてないか? こういう指輪は内側に何か刻まれている事が多いぞ」

 

 そう言われて、ザビは指輪を外そうとする。しかし―――

 

「あ、あれ? 外れないな・・・・・・・・・」

 

 ザビが力を込めて引き抜こうとしても、指輪は薬指に嵌まってびくとも動かない。

 

「唯一の手掛かりかもしれないのに・・・・・・・・・」

「ええと、こういう時は石鹸を使うと外れやすくなるんだっけ?」

「まあ待て、お二人さん。あれこれと憶測を語るより、まずは人里を探す方が良い。いつまでもここで駄弁っているわけにはいかないしな」

 

 ガサガサ、ガサガサ。

 

「そもそも俺達を呼んだ奴に、呼び出された理由を含めて説明が欲しいわけだが・・・・・・・・・」

 

 ヒョコ、ヒョコ。

 

「・・・・・・・・・あーあ、何処かに居ねえかな。第一村人なメッセンジャー」

 

(ブツブツ・・・・・・・・・)

 

「それって、あそこにいる人に話を聞いてみようという事?」

「・・・・・・・・・ああ、それしかねえか」

 

 ザビが指差した先を見ながら、十六夜は深々と溜め息をつく。そこには茂みからウサギの耳がついた頭がチラチラと見え隠れしていた。

 

「ええと、あれって隠れているつもりよね?」

「隠れんぼなら可哀想だから見なかった事にしたくなるけどな」

「せめて風上に立たなければマシなのに・・・・・・・・・」

 

 三者三様に溜め息をつく。そんなわざとらしい遣り取りも聞こえてないのか、ウサ耳頭は一向に出て来ようとしない。明らか過ぎるほど挙動不審で、はっきり言って話しかけたくない。

 どうしたものか、とザビが三人に振り向くと三人はザビをジッと見ていた。

 ザビは自分を指差す。

 三人はコクンと肯く。

 仕方無しにザビはウサ耳頭へと近寄って行った。

 

「あれは・・・・・・・・・あの方は本当に月天(チャンドラ)様? いえ、そんなはずは・・・・・・・・・。あの方から神格は感じられませんし・・・・・・・・・でもあの方こそが月の王だという気が・・・・・・・・・いえ、確信? とにかく黒ウサギの本能が訴えているのです。いや、でも・・・・・・・・・」

 

 ブツブツ、と茂みから呟き声が聞こえて来る。ザビはおっかなびっくりしながら、茂みの中を覗いた。

 そこには一人の女の子がいた。飛鳥とは質が異なる黒髪からウサギ耳を生やし、豊かな谷間やムチッとした太ももが見える様な露出の多い服。一見するとバニーガールの様な少女がブツブツと独り言を言いながら、考え事に没頭していた。近くまで来たザビに気付いてもいない様だ。

 

「あの、」

「ひゃわっ!?」

 

 ザビが意を決して話し掛けると、ウサギ耳の少女はびっくりして跳び退き―――本当に跳び退いた。十メートルくらいの高さを助走も無しに跳び上がる。オリンピック選手も真っ青なジャンプにザビはポカンと見とれていた。

 

「何これ? ウサギ人間?」

 

 茂みから飛び出したウサギ耳の少女に飛鳥は値踏みする様に睨む。十六夜と耀もようやく出て来た少女に一言言いたいのか、少女を取り囲む様に並び立つ。囲まれたウサギ耳の少女は精一杯の愛想笑いを浮かべながら、三人に話し掛けた。

 

「や、やだなあ御三人様。そんなに睨まれたら黒ウサギは怖くて死んじゃいますよ? ええ、ウサギは古来よりストレスに弱い生き物なのです。そんな脆弱な黒ウサギに免じて、ここは一つ穏便に御話を」

「断る」

「却下」

「お断りします」

「ワオ、取りつくシマもございませんね♪」

 

 降参、とウサギ耳の少女は両手を上げた。

 

「まず聞きたいのだけど・・・・・・・・・君は誰?」

「は、はい! 初めまして! わたくしは帝釈天の月の兎の末裔であり、箱庭の貴族。名を黒ウサギと申しま、フギャっ!?」

 

 ウサギ耳の少女―――黒ウサギはザビに何故か顔を上気させながら自己紹介しようとしたが、耀に耳を引っ張られて変な声を上げた。

 

「い、いきなり何をするんですか!?」

「いや、この耳って本物かなぁと思って」

「そうだと思っても初対面の兎の耳を引っ張りますか!?」

「好奇心故に?」

「何で疑問系!? いいから離して下さいまし!」

 

 耀の手からどうにかウサギ耳を引っ張り出す黒ウサギ。しかし―――

 

「本当に頭から生えているのね」

「ふうん、どれどれ見せてみろ」

 

 すぐに飛鳥と十六夜にウサギ耳を掴まれる。しかも片耳づつ仲良く分け合った状態で。

 

「イタタタタ!? だから引っ張らないで下さい!」

 

 黒ウサギは涙目で抗議するが、十六夜達は聞く耳を持たずにウサギ耳を引っ張る。

 恐らく黒ウサギが十六夜達を召喚した人物だろう。しかし召喚して早々に高所から湖へダイブさせられた十六夜達からすれば、これくらいは迷惑料として受け取って貰いたいものだ。あと意外とスベスベして肌触りも良い。

 

「そこまでだ」

 

 静かに、しかしハッキリと通る声でザビは二人の肩を掴んだ。

 

「まだ俺達は事態を把握できてない。この人から話を聞く事が先決だよ。あと、カメさんを苛めるのは良くない」

「カメじゃなくてウサギです!」

「・・・・・・・・・仕方無いわね」

 

 少し残念そうな顔で飛鳥は抗議する黒ウサギの耳から手を離した。

 

「ザビに免じて勘弁してやるよ。状況の説明なり竜宮城への道筋なりを教えな、カメさん」

 

 ヤレヤレと肩をすくめながら、十六夜も手を離す。

 

「だからウサギですってば・・・・・・・・・んん、とにかく」

 

 ようやく話を聞く姿勢になってくれた問題児達に、黒ウサギは咳払いをした。そして―――

 

「ようこそ、"箱庭の世界"へ! 我々は皆様にギフトを与えれた者達だけが参加できる『ギフトゲーム』への参加資格をプレゼントさせて頂こうかと召喚いたしました!」




リメイク版の変更点

フランシスコ=ザビ・・・!?


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第二話『scouting』

 今回のギフトゲームはアニメ版から。視聴者から「意味があるのか?」という扱いだったそうですが、ザビ(仮)のギフトのお披露目という事で。


 箱庭の貴族―――黒ウサギと名乗る少女の説明を要約すると、こんな内容だった。

 

・ここは"箱庭"と呼ばれる世界で、様々な修羅神仏や悪魔、精霊といった存在が跋扈している。

 

・箱庭ではギフトと呼ばれる特殊な能力を競い合うギフトゲームが存在する。

 

・ギフトゲームは金品、土地、利権、名誉、人材など様々な物をチップに行われ、勝者は賭けられたチップを全て手に入れられる。

 

・箱庭にも法はあるが、ギフトゲームを介して行われた取引は適用外となる。なお、ギフトゲームは参加する以上は全て自己責任となる。

 

・ギフトゲームに参加するには、特定の集団―――“コミュニティ”に加入しなくてはならない。

 

 一通りの説明を済ませた黒ウサギにザビが手を上げた。

 

「ちょっと良いかな?」

「何でしょうか?」

「この世界の事は大体分かった。ただ・・・・・・」

 

 チラリと同じように説明を聞いていた十六夜達を振り返り、再び黒ウサギと向き直った。

 

「十六夜達にギフトがあるのは確かだろう。でも、本当に俺にもそんな特別な力があるのか? はっきり言って、実感が湧かないんだ」

「それは・・・・・・」

 

 黒ウサギは困惑した表情で黙り込んでしまう。

 逆廻十六夜達には強力なギフト保有者独特の覇気やオーラが確かにある。それは黒ウサギの200年に渡る人生で見てきた実力者達に通じるものだ。

 それではザビはというと―――そういったオーラを全く感じさせない。自称記憶喪失の一般人。黒ウサギの経験がそう結論づけている。

 

(でも・・・・・・この方には月に纏わる何がある。黒ウサギのウサ耳が、そう訴えているのです)

 

 今までの経験則ではなく、月の兎としての本能。それがこの男こそが月を統べる者だ、と囁く。

 もしかすると自分の様に月の主権を持っているのか? はたまたどこぞの月神の関係者なのか?

 いずれにせよ黒ウサギの直感が目の前の少年を放置してはならない、と告げていた。

 

「・・・・・・はい、間違いなく。貴方様には強力なギフトが宿っている。月の兎である黒ウサギが、自信をもって断言いたします」

「そ、そうか・・・・・・」

 

 微塵の疑いもない黒ウサギの目にザビは気圧される。そんな事を言われても記憶喪失の自分に黒ウサギが期待している様なギフトが本当にあるのだろうか・・・・・・?

 

「そうですね・・・・・・。ここは一つ、ギフトゲームをしてみませんか?」

 

 え? と四人が驚いている間に、黒ウサギはサラサラと何処からか取り出した羊皮紙にペンを走らせる。

 

「この箱庭でギフトゲームとはどういった物か、それを知る為には実際に経験してもらうのが良いでしょう。まあ、軽いお試し版という事でひとつ」

「チュートリアルというわけか。親切(easy)すぎて涙が出てくるな。で、何をチップに賭ければ良いんだ?」

 

 値踏みする様に不敵に笑う十六夜に、黒ウサギもまた不敵に笑った。

 

「今回はお試しという事でチップは頂きませんが―――強いて言うなら、皆様のプライドを賭けて貰いましょうか」

 

 ほう……? とザビを除いた三人から闘志が湧き上がる。安っぽい挑発とはいえ、それを流せる程の鷹揚な精神は持ち合わせていない。三者三様に思うところがあるとはいえ、自分の異能(ギフト)に自信を持つ彼等にとって、招かれた異世界で力を試す良い機会だ。

 

「では―――こちらをどうぞ♡」

 

 ***

 

『ギフトゲーム:scouting

 

ゲームマスター:黒ウサギ

プレイヤー:逆廻十六夜、久遠飛鳥、春日部耀、フランシスコ=ザビ

ゲームルール:プレイヤーは用意された52枚のプレイング・カードから一枚引く。

勝利条件:絵札を引く。

敗北条件:絵札以外を引く。

 

 上記のルールを尊重し、ゲームを執り行う事を誓います。

 “サウザンドアイズ”印』

 

(まさかカードゲームとはね………)

 

 手にしたカードを見ながら、ザビはこっそりとため息をついた。

 黒ウサギがお試しゲーム(チュートリアル)と称して手渡したのは、何の変哲もないトランプのカードだった。こんなものでゲームが成立するのか? という十六夜の指摘もあったが、ギフトゲームには武力だけでなく知恵を必要とするものもあると言われて大人しくゲームを受ける事になった。今はカードに不正が無いか全員で調べているところだ。

 

(まあ、武力を見せろと言われても勝てる自信なんて無いけど)

 

 単純に考えれば絵札を引く確率は13分の3。およそ23パーセントだ。純粋な運試しとしても、このゲームならザビにも勝てる要素はある。

 ふと目を向けると、飛鳥がカードを念入りにチェックしている―――様に見せかけて、裏面を爪で傷をつけていた。別の場所では耀はカードを三毛猫に舐めさせている。何かの目印となるのだろうか?

 

(カードに細工はするな、と言われてないけど―――いや、)

 

 むしろ、これがギフトゲームを挑む姿勢として正しいだろう。ギフトゲームを挑んでくるのは人外の存在達。そんな相手に勝つ為には知恵を絞り、あらゆる手を尽くす必要がある。人間の常識で考えてはならない。

 

(それなら俺も手を尽くさないと駄目だな)

 

 自分の甘さに反省し、ザビもカードに印をつけ始めた。

 

 ***

 

 数分後、カードに不正がない事を調べ尽くし(ついでに目印をつけた)、ザビ達は黒ウサギにカードを手渡す。

 

「さて、皆様の準備が整った様なのでゲームを始めさせていただきますが………」

 

 パチン、と黒ウサギが指を鳴らすとザビの目の前にゲームテーブルが現れる。そして―――テーブルの上には真新しいカードセット。

 

「カードが色々と汚れている様なので新しい物に取り替えますね♪」

「ちょっと待ちなさい! カードを取り替えたら調べた意味が無いじゃない!」

「ふふ~ん♪ 誰もこのカードを使うなんて言ってませんよ~♪」

 

 飛鳥の抗議に黒ウサギはどこ吹く風と言わんばかりだ。

 

「確かにゲームルールには『カードセットは取り替えない』とは書かれてないけど………こういうのはありなの?」

「ありもあり、大ありです!」

 

 子供の様な主張に呆れた顔をする耀に、黒ウサギは力強く断言する。

 

「ギフトゲームは神魔の遊戯。ゲームルールを深読みせずに挑む様な愚か者は、ゲームマスターにとってカモに過ぎないのです! とはいえ、こんな手段はほんの序の口。本物のゲームマスターは更に悪辣な手段を使ってくるでしょう。そこで………黒ウサギのコミュニティに来れば、皆様にこの箱庭で生きていく為の知恵を色々と伝授させて、」

「ああ、そうかい」

 

 勧誘に入ろうとした黒ウサギを十六夜は不敵な笑いを崩さずに遮った。

 

「なあ、黒ウサギ。さっきは素敵な挑発をありがとう」

 

 スッと拳を振り上げ、

 

「これはホンの―――礼だ!」

 

 バンっ!

 拳をテーブルに叩きつけ、衝撃でカードが浮かび上がる。そして半分近くのカードが表になってテーブルに落ちた。

 

「なっ・・・・・・!?」

「あら、やるじゃない。私はこれね」

「じゃあ、私はこれ」

 

 あんまりな力技に黒ウサギが言葉を失っている間に、飛鳥と耀は表になった絵札を手に取る。

 

「これもルール違反にはならないよな?」

「うっ・・・・・・、で、でも十六夜さんとザビ様がまだです!」

「おいおい、俺を舐めてもらっちゃ困る」

 

 叩きつけた拳の下にあったカードを黒ウサギに差し出す。そこにはスペードのキングが威厳を込めて黒ウサギを見つめていた。

 

「偶然じゃねえぞ? 例えばこれは―――」

「クラブのジャック」

 

 十六夜が振り向くと、ザビがテーブルを見つめていた。手に取ったカードは―――ザビの宣言通りクラブの兵士が十六夜を見つめていた。

 

「………それじゃこれは?」

「ハートのクイーン」

「こっちはどうだ?」

「それはダイヤのキング、こっちはスペードのクイーン」

「じゃあ、この絵札は?」

「それはハートの3。絵札じゃない」

 

 カードを次々と指差し、めくっていく十六夜。それをザビは次々と言い当てていく。

 

「驚いた。ザビ、ひょっとしてカードを透視していたの?」

「いや、さっき十六夜がカードをばらまいた時に全部見えていたんだ」

「見えたって………あの一瞬で? 全部のカードを?」

 

 耀と飛鳥は驚いてザビを見る。言っている事が本当ならば記憶力と動体視力が人並み外れている。何の才能も無さそうなザビがそれをやってのけるのは、二人にとって意外だった。

「とりあえずこれで全員クリアかな?」

「へ……? は、はいっ! 皆様の勝利でございます!」

 

 黒ウサギが驚きながらもゲームの終了を宣言する。だが、どこか嬉しそうな声音だった。

 

(これは……もしかすると、ザビ様もギフト保持者だったという事でしょうか? いえ、黒ウサギのウサ耳は疑いようがないと言ってましたけど………何にせよ、四人もギフト保持者がコミュニティに入ってもらえるなら………!)

 

 当初の予定だった三人に加えて、予想外のオマケ(ザビ)がついて黒ウサギにとって召喚は大成功だった。にやけない様に表情を変えるのに顔の筋肉を全力で押しとどめなければならない程に。

 ―――そんな黒ウサギを十六夜は、どこか冷めた目で見つめていた。

 

 

 




リメイク版の変更点

ザビ(仮)の記憶力と動体視力が人並み外れている。この時点では、だから何だ? と言われる程度のギフトですけどね。

書き溜めていた分はこれで無くなったので、次の投稿は少し時間がかかるかも。


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第三話『Go East』

 自分の場合、ムラッ気があるから筆が遅いです。要するにのっている時は2000文字とか行けるけど、何日経っても十文字も進まない時もあります。読者の皆様は予めご了承ください。

 ただ……さすがに白夜叉とギフトゲームするどころか、箱庭都市に入れてすらないのは自分でも驚いています(白目)


 「~~~♪」

 

 ザビ達とのギフトゲームを終え、黒ウサギは召喚した四人を自分のコミュニティへ連れて行く為に大天幕へと案内していた。足取りは軽く、表情は晴れ晴れとしていた。

 いよいよ自分達のコミュニティにゲームプレイヤーが加わるのだ。それも人類最高峰と“ある御方”から保証された三人に加え、予定外に一人。その一人も月の兎の直感が強力な恩恵の持ち主だと訴えている。

 

(それにさっきのゲームで全くの無能力者ではない、と証明された様なもの! 今からでもギフトの鑑定が楽しみです!)

 

 そう考えると自然と心が弾み、鼻歌が漏れ出す。はっきり言って浮かれている状態だ。しかし、それも無理もない。

 四人には意図的に知らせていないが―――黒ウサギのコミュニティは危機的な状況だ。それこそ今回の召喚が失敗すれば、今の住処を離れて行く当てのない旅へ出なければならない程に。残り少ない財産を賭け金にしたギャンブルがまずまずの成功となったため、黒ウサギの心は安堵と嬉しさで一杯だ。

 

(あとは皆様をコミュニティに案内して、契約を結んでもらえば完璧です! 騙す様で心苦しいですが……こちらも一歩も譲れないのです!)

 

 一度コミュニティに入ると決めてもらえば、簡単に脱退は出来なくなる。この箱庭において契約は必ず遵守されるもの。後になって話が違うと抗議しても、確認せずに承諾した方が悪いという事になるのだ。

 黒ウサギのコミュニティの現状を伝えれば、大半の人は敬遠するだろう。彼等がコミュニティの事を知らず、箱庭の常識もまだ把握していない今が好機だ。

 黒ウサギは罪悪感を感じながらも、それを召喚に成功した喜びで見ないふりをしようとしていた。

 ―――そんな風に気持ちが上の空だったからだろう。後ろからついて来る人数が二人減ったことに気づけなかったのは。

 

 ***

 

 森林の中を十六夜は駆ける。一歩踏み出すごとに盛大に砂塵が舞い上がり、彼が通った後の空間に衝撃波が発生して周りの木々が強風に煽られてギシギシと悲鳴を上げた。まるで漫画の様な疾走をしていた十六夜は、ある地点でようやく止まった。

 

「よし、ここらへんでいいか。ほら、着いたぞ」

 

 肩に担いでいた荷物を下ろす。ザビ(荷物)はドサリ、という音と共に尻餅を着きながら目を回していた。

 

「悪い、シェイクし過ぎたか?」

「あ、謝るところは・・・・・・そこじゃない・・・・・・・・・」

 

 胃から逆流しそうになる物を何とか飲み込みながらザビは答える。

 黒ウサギの後ろを歩いていたら、十六夜が突然良い笑顔で「ちょっくら世界の果てまで散歩するけど、お前も行くよな?」と言って、有無を言わさずザビを担ぎ上げたのだ。おまけに飛鳥達は「あら、散歩? あまり遅くならない様にね」「行ってらっしゃい」と心を込めてない言葉で送り出してくれたのである。こんちくしょう。

 

「おいおい、俺からすればほんの少し早歩きしたくらいだぜ? もうグロッキーか?」

「あのね………。記憶喪失でも時速313キロで走る人間がおかしいのは分かるからな………」

「ほう? えらく具体的な速度が言えるじゃねえか」

 

 新幹線に生身でしがみついている様な状態で、よく無事でいれたな……と他人事の様に関心していたザビだが、十六夜の指摘に押し黙ってしまう。

 

「速度計なんて持ってないだろうに、どうして時速313キロなんて詳細な数字が出せたんだ?」

「何故と言われても………身体にかかる重力とか風圧とか、流れていく景色とかから判断したのだけど」

 

 そう言いつつも、一番納得していないのはザビ自身だった。先程のギフトゲームもそうだ。特段に意識したわけでもないのにカードがばらまかれた瞬間、まるでスローモーションの様にカードがゆっくりと落ちていくのが見えた。これが普通の人間には出来ないという事はザビでも分かる。

 

(本当に俺は何者なんだ……?)

 

 自分の記憶が定かでなく、しかし黒ウサギが言うように異能らしき能力はある。それが示すものは何なのか? 立ち位置すら分からない状況にザビの心は不安に染まっていく。

 

「案外、それがお前のギフトかもな」

 

 顔を上げると十六夜はいつもの軽薄そうな笑いを消し、じっとザビを見ていた。

 

「確定に至らない情報を話すのは好きじゃないが………。これまででお前が出来た事をギフトのおかげだとするなら、『見たものや聞いたもの。感知したものを具体的な情報として収集する』のがギフトだろうよ」

「それは………そうかもしれないけど。でもどうして俺にそんな力が………?」

「それは考えるだけ無駄だ。今の時点じゃ情報が足りん。不安になる気持ちは分かるが、現時点でどうしようもない事にあれこれと気を揉むだけ損だ。立ち止まるより、動いてみた方が何か思い出すかもな」

 

 今まで傍若無人そうに見えていた相手から気遣いとも取れる事を言われ、ザビは驚いて十六夜を見る。

 

「………ひょっとして、励ましてくれているのか?」

「将来の夢はお気遣いの紳士だった様な気がするんでな」

「噓つけ。いま考えただろ」

 

 ヤハハハハと大笑する十六夜にザビも少し気が晴れた。ようやく体調も落ち着き、ゆっくりと立ち上がる。

 

「そんなわけで現在進行形で記憶喪失のフランシスコ=ザビ君には、治療も兼ねて世界の果てツアーにご招待したわけだ。感激したか?」

「乗り物が安全バー無しのジェットコースターで無ければ言う事無しだったかな」

「言うようになったじゃねえか。なら、ここからは歩きだな。ちょうど水場も近そうな雰囲気だしな」

 

 そうして歩き出した二人だが、十六夜はザビに聞こえない程度の音量でこっそりと呟く。

 

「それに―――相手が記憶喪失なら、と詐欺を働く奴も気に入らなかったからな」

 

 ***

 

 それから二人は水の流れる音や匂いを頼りに歩き続けた。鬱蒼とした森を抜け、その先に広がっているいたのは―――

 

「これは………」

「へえ、随分と大きな河だな」

 

 十六夜は目の前に広がる大河に口笛を吹く。

 

「昔に見たラプラタ川くらいの川幅か? それにこの音……近くに滝があるのかもな」

 

 一見して地形を把握していく十六夜に対し、ザビは目を見開いて大河へと近付いていく。

 

「これは……これが、河なのか? なんて大きい………」

 

 まるで生まれて初めて見た、という様な反応に十六夜は声をかけようとし―――即座に警戒の色を強めた。

 

「逆廻」

「ああ」

 

 ザビも先程の呆けた顔が噓の様に油断なく身構えていた。

 

「何かが……いる!」

 

 ゴボゴボッ! と水面が泡立つ。最初は小さく、やがて気泡は大きくなって水底からギラリと輝く目を覗かせる。水流は激しく荒れ、大きく波打つ。そして―――!

 

『―――我が神域を侵すのは誰ぞ?』

 

 頭の中に直接響く声と共に、それは激流から姿を現した。

 身の丈は十メートルを超えているだろうか。巨大な注連縄を首に巻き、雪の様に白い鱗に全身を覆った大蛇。しかしその目にはれっきとした意思を持って、ザビ達を睥睨していた。

 水神。そうとしか表現しようのない存在が、大河から現れた。

 

『我が名は白雪。白夜叉様よりこの地を任せれし水神である。小さきもの達よ………何用で我が神域に入り込んだ?』

 

 威厳をもってザビ達を見下ろす白雪に、ザビは驚きながらも答える。

 

「ええと、俺はフランシスコ=ザビ……? と言います。その、ここに来た理由は観光……かな?」

『……ふざけているのか?』

「本当なんですよ、困った事に」

 

 傍から聞けば戯言の様な内容だが、真剣に困惑しているザビを見て噓を言ってるわけではない、と判断した白雪は鼻を鳴らすと再び威厳を込めてザビに語りかける。

 

『まあ、良い。いずれにせよ貴様らが我が神域に無断で侵入したのは事実だ』

「あー……その、知らなかったとはいえ大変失礼しました?」

『待て。招かざる客とはいえ、せっかくの客だ。盛大に持て成そうではないか』

 

 くつくつと白雪はザビ達を見下しながら嗤う。蛇である為に表情は分からないが、言葉の端々からは隠しようのない驕慢さが滲み出ていた。これにはさすがのザビも不愉快そうに眉をひそめる。

 

『そうさな……特別にギフトゲームを開いてやろうではないか。光栄に思うがいい、貴様ら人間が神格を宿す私のギフトゲームを受けられるなど、滅多にない―――』

「待てよ」

 

 今まで黙って事の成り行きを見守っていた十六夜が白雪を遮る。その表情はいつもの人を小馬鹿にした様な笑みが浮かんでいた。

 

「中々に挑発的な文句だが……アンタはそれほど口と実力が釣り合っているのか?」

『……ほう?』

 

 ピリッと空気が張り詰める。目を細めて威嚇した態度を露わにする白雪に対し、十六夜はどこ吹く風という態度だ。

 

「俺の見立てじゃアンタはそこまで大した神様じゃなさそうに見えるんだが、そこのところはどうよ?」

『我が威容を見て尚もそんな口が聞けるとはな。貴様ら、余程の阿呆か道化の類だったか?』

「鏡を見ろよ。この中で自分が一番強いと思っている井の中の蛇が見れるぜ。というか、そういう御託はいいんだよ」

 

 スッと十六夜は半身になって拳を握る。

 

「来いよ、シロヤシャ様とやらにド辺境を任されている程度の神様。俺を試せるか、試してやるよ。もっとも、アンタがその程度ならボスも期待できそうにないけどな」

 

 チョイチョイと手招きし、尚も挑発的な笑いをする十六夜に白雪は目を細めた。

 

『―――無礼者』

 

 来る、と十六夜の直感が告げる。どんな攻撃が来るかと身構え―――

 

「右に避けろ、逆廻!」

 

 突然の大声に十六夜の体が反応する。サイドステップで右に大きく跳び退く。その一秒後、十六夜がさっきまでいた地面から間欠泉の様に水が噴き出していた。爆発する様に上がった水流は人間一人くらい、苦も無くバラバラにする威力が込められていた。

 だが、そんな事より十六夜は後ろを振り返った。そこには十六夜と同じ方向に避けていたザビの姿があった。

 

「お前………」

『ほう。カンが良いな、小童』

 

 十六夜がザビに何か言う前に、白雪の声が響き渡る。

 

『だが、これで分かっただろう。これが私の力だ。長年の修行の末にあの御方に認められ、神格を頂戴した力だ』

 

 スッと瞳孔が縦長に細まる。

 

『―――人間風情に愚弄される謂れはないぞ。小童共』

「待ってくれ、白雪」

 

 怒気を露わにする白雪に気圧されながらも、ザビは前に進み出た。

 

「貴方の住処に無断で入った事は謝る。俺の友人が、その……貴方に対して失礼な事を言った事も謝る。だから、ここは怒りを収めて貰えないか?」

『出来ぬ相談だな。そこの金髪の小童は私の誇りを傷つけた。それを貴様(人間)風情の謝罪で収めろと?』

「いや、だから―――」

『くどい。もはや我が怒りは、貴様等の命で贖うものと知れ』

 

 ビリビリと肌が揺れる様な殺気が辺りに奔る。木々はザワザワと身震いする様に揺れ動き、鳥達は一斉に空へと逃げ出していく。普通の人間ならば卒倒する様な殺気を前に、ザビは目を閉じ―――

 

「―――やるしか、ないか」

 

 ザビが目を見開いた瞬間、十六夜は自分の目を疑った。

 記憶を失くして自分のパーソナリティに悩んでいた普通の少年。それが先程までのザビだったはずだ。

 だというのに、これはどういう事か。今は眼光を鋭くし、表情(かお)は十六夜が同年代の中では見られなかったものになっている。

 それはまさしく―――

 

「逆廻」

「……何だ?」

 

 内心の動揺を悟られない様に、いつも通りの軽薄な声音でザビに応える。

 

「力を貸してくれ。君の力が必要だ」

「……一つ聞きたいんだが。お前、逃げないのか? アレは俺が怒らせた様なモノだぜ? 俺に全部押し付けて一目散に逃げても、誰も責めやしないだろうに」

「……その発想は無かったな」

 

 でも、とザビは白雪を―――まるで一挙手一投足すら見逃さない様に―――見たまま、十六夜に答えた。

 

「俺が世界の果てを見たいと思った。そして今の状況がある。だから、これは俺の選択だ。俺は―――自分の選択から逃げない」

 

 十六夜はいつもの笑みを消し、ザビの顔をジッと見つめた。

 

「―――ハ、そもそも世界の果てを見に行くと言い出したのは俺の方だけどな。むしろお前は無理やり連れ出された、と言えるわけだが?」

「それについて行く、と決めたのは俺だ。それなら、やはり俺自身の選択だ」

「真面目な奴だな。まあ―――その真面目さに免じて、無償サービスで引き受けてやるよ」

 

 スッと十六夜はザビの前に出た。

 

(………こいつ、本当に何者なんだかなぁ)

 

 目の前の怒れる水神を前に、十六夜の意識は後ろにいる記憶喪失の少年の方に向けていた。

 あの表情(かお)。あれは十六夜が元いた世界でも何人かに見られたが、決して自分と同年代の少年少女からは見ることは無かった。

 あの表情(かお)はまさしく―――

 

戦う者(・・・)。本当の戦いを知っている表情(かお)だ。いやはや、俺と同い年にしか見えないというのにどういう修羅場をくぐり抜けて来たんだか………)

 

 しかし当の本人は記憶喪失だという。まさに謎の塊だ。そんな謎に十六夜は―――いつもの作り物ではない、心からの笑いがこみ上げてくる。

 自分の知識で測れないものがこの世界にある。

 自分の常識が通用しないものがこの世界にある。

 そして―――自分の認識にはなかった人間がここにいる。

 

(ああ、本当に―――)

 

「来るぞ、逆廻!」

 

(退屈しないな、ここは!)

 

 

 




リメイク版の変更点

・ザビが飛鳥達と箱庭都市に行くのではなく、十六夜と世界の果てに行く。

・十六夜が知る戦う者の表情

 金糸雀や丑松の翁の他に十六夜が「こいつは別格」と元いた世界で認めた一部の人間が見せていた表情。政治や経済などの戦場を問わずに、相手と命のやり取りをするとはどういう事かを知っている人間の顔。……普通なら、そんな事を高校生が知る事自体がおかしいのですけどね。


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第四話『First battle』

中途半端な切れ方ですが、これ以上投稿が遅れるよりはマシなので投稿しました。そして間違えて旧作の方に投稿してしまい、焦りましたとも(苦笑)。


「ああ、もう! どこに行っちゃったんですか、あの御二人は!?」

 

 森林の中をピンク色の影が横切る。音すらも置き去りにする様な速さで黒ウサギは箱庭世界の果てへと続く森林を駆け抜けていた。

 箱庭都市の入り口で黒ウサギはようやく十六夜達がいなくなっていた事に気付いた。飛鳥達から二人が世界の果てに向かったと聞いて、慌てて後を追っている最中だ。

 世界の果てはギフトゲームの為に放し飼いにされている幻獣や下級の神霊の住処となっている。彼等が気紛れでギフトゲームを開催すれば無事には済まないだろう。

 

(十六夜さんはともかく、ザビ様は戦闘に長けている様には見えません! どうか……どうかご無事でいて下さい!)

 

 つい先程、偶然出会った一角獣(ユニコーン)からそれらしき二人がトリトニスの大滝へ向かったという情報を手に入れた。それが事実である事を示すかの様に先程から大河の方向から地響きが鳴り渡り、遠くからでもはっきりと見える程の巨大な水柱が上がっている。明らかに普通のギフトゲームでは有り得ない光景だ。黒ウサギは最悪の事態を覚悟しながら大滝へと走る。

 やがて視界が開けて森を抜けた。そこで―――黒ウサギは信じられない光景を目の当たりにした。

 

 ***

 

 十六夜の目前に水弾が迫る。一つ一つの大きさが十六夜の体の大きさ程度はあり、当たれば人間の体など容易く砕け散るだろう。

 

「右へ五メートル移動! その場で最初の水弾を迎撃!」

「そらよっ!」

 

 後ろから聞こえてきた声の通りに動く。直撃するはずだった水弾はさっきまで十六夜がいた地点で不発に終わる。移動した場所ですぐさま拳を振るう。十六夜に迫っていた水弾は拳の風圧で弾け飛び、弾け飛んだ水滴が散弾銃となって白雪を襲う。

 

『ぐぬう……っ!』

 

 鱗に突き刺さる様に弾ける水滴に顔をしかめながら、白雪は十六夜の足元に間欠泉を出現させようとする。

 

「足元から来る! 後方へ回避!」

「ほい来た!」

 

 不意打ちとして放った攻撃は、十六夜の後方から響いた声に看破される。彼等からすれば死角から繰り出された筈の水流は、誰も捕らえられずにその場で水をまき散らすだけに終わった。

 

『ええい、鬱陶しい!』

 

 苛立った声で白雪は十六夜の後方へと水弾を撃ち出した。轟音と共に森の木々が吹き飛ぶ。そして―――抉れた地面だけが白雪の目に写った。そのすぐ横でザビが体勢を立て直してすぐに森林へと走っていく。

 

『そこか!』

「おおっと! 俺を忘れるなよ!」

 

 白雪の鼻先に第三宇宙速度で投げられた石が迫る。白雪は苦々しく顔を歪めながらも水弾を吐き出して投石の威力を相殺した。

 

『猪口才な!』

 

 すかさず白雪は反撃を加えようとし―――

 

「右から来る! 上空へ跳んだ後、正面を警戒!」

「あいよ!」

 

 蛇身を鞭の様に振りかざした一撃は十六夜に避けられ、それを避ける為に身動きの出来ない空中へ跳躍した愚か者を狙った水弾も十六夜の拳によって防がれた。

 先程からこの繰り返しだ。白雪がどんな攻撃しようとザビに看破され、十六夜にダメージを与えられない。ザビに攻撃しようとすれば十六夜がそれを阻み、その隙にザビは周りの木々に隠れて白雪の視界から消える。時折、十六夜からの反撃をもらい、白雪は徐々に追い詰められていった。

 

(何故……何故、私の攻撃が悉く読まれる!? 奴は未来視のギフト持ちだというのか!?)

 

 霊格も身体能力も自分より遥かに劣る人間に追い詰められているという事実に白雪は焦りながら思考する。だが、焦りのあまり思考が定まらない。時間を経つごとに状況が不利になっていく事を感じながらも白雪は状況を打破する策が思いつかなかった。

 

 ***

 

 白雪が焦る一方で、十六夜は悠然と思考していた。

 十六夜の中で勝敗はもはや見えていた。この水神は十六夜が箱庭に召喚される前に戦った燕尾服の死神より、二段階も三段階も劣る。はっきり言って、十六夜が本気を出せばすぐに片が付く。

 

(ホント、こいつは何なんだか……)

 

 それなのに十六夜は手を抜いて戦いを長引かせていた。理由は今も背後の木々で白雪の攻撃から逃げながら指示を出しているザビの事だ。指示の通りに動くと、まるで予見していたかの様にザビが指定した地点に攻撃が来た。そして攻撃を避けた後に十六夜がいる場所は反撃するのに絶妙な場所だった。そのお陰で十六夜は完封試合さながらに白雪と戦えていた。

 

(俺一人でもこの大蛇を倒すのに問題はないが、ここまで相手に反撃を許さずに完封するのは難しいな)

 

 今の状況を例えるならば、将棋の名人対アマチュアだ。相手の一手に対してノータイムで打たれたくない位置に駒を動かし、一手の反撃も許さない。

 そして―――それをやっているのが、さっきまで記憶喪失で不安そうにしていた少年なのだ。

 

(こんな名軍師ばりの指示が出せるのに記憶喪失って……ホント、面白すぎだろお前!)

 

 今の状況ならどう判断する? 次の一手にはどう返す? この攻撃は? どんな一手を見せてくれるのか?

 すぐに終わらせるなんてもったいない。ザビがどういう試合運び(ゲームメイク)をするのかが気になってしまい、十六夜はついつい手を抜いて戦いを長引かせていた。

 

 ***

 

 十六夜が状況を楽しむ一方、ザビは不思議な感覚に戸惑いながら戦っていた。白雪が放つ攻撃がスローモーションの様にはっきりと見える。どう動けばいいのか、すぐに頭の中に浮かぶ。十六夜をどう動かせばいいのかが手に取る様に分かる。黒ウサギのギフトゲームの時と同じだ。ザビが必要とする情報が、そしてザビが望む結果を手に入れる為にすべき行動が頭の中で即座に答えが出てくる。

 

(何なんだ、この感覚は……?)

 

 足元から迫ってきた間欠泉を事前に察知して回避しながら、ザビは思考する。

 戦いが始まった途端、ザビの頭の中で雷が奔ったかの様に思考が冴え始めた。白雪の次の行動、十六夜の現在の位置、周囲の環境などなど……。あらゆる情報がザビの頭の中に高速で流れていく。それ程の情報量だと普通の人間ならば扱いきれずに混乱するだろう。ところがザビは混乱するどころか、どんどん思考が冴え渡っていく。白雪の次の行動(コマンド)が、今のザビには全て見えていた。

 

(俺は……いったい………?)

 

『なめるな……なめるなよ、小童共ォォォッ!!』

 

 怒り狂った白雪の声が辺りに響き渡る。同時に津波の様な魔力の高まりがザビに感じられた。

 

『貴様らに……貴様ら(人間達)ごときに! この私が敗れては、あの御方に申し訳が立つものか!!』

 

 轟、と音を立てながら白雪の周りに幾つもの水流が立ち上がる。それらはまるで龍の様にに天へと昇り、鉛色の雲を発生させて空を曇天に、そして滝の様な暴風雨へと天候を変えた。同時に白雪の頭上に巨大な水の竜巻が唸りを上げて逆巻く!

 

「っと、さすがに怒らせすぎたか」

 

 十六夜はザビの前に立ちながら、やれやれと首を振った。

 

「ま、それなりに楽しめたから幕引きといこうか。お前は下がって……ザビ?」

 

 ザビは十六夜の声など聞こえていないかの様にその場に立ち尽くした。

 目の前に肌を突き刺す様な雨風が吹き、この辺りの地形を一変しそうな巨大な水の竜巻が自分達に襲い掛かろうとしている。だというのに―――ザビはその光景に強い既視感を感じていた。

 

「まるで―――嵐みたいだ」

 

 ザビの意識がホワイトアウトする。次の瞬間、ザビの目には別の映像が映し出されていた。

 

『野郎共! 時間だよ!』

 

 そこは光も差さない海の底。周りには朽ちた船が転がる亡霊の墓場(サルガッソ)

 その中でひと際巨大で、輝く船に乗った女海賊がザビを見下ろした。

 

『嵐の王! 亡霊の群れ! ■■■■■■■の始まりだ!』

 

 女の宣言と共に船の砲門が開く。女の乗った船だけではない。周りの亡霊船も女に付き従うかの様に、一斉に砲門を開いてザビへと照準を向ける。

 ザビは思わず身を竦め―――目の前に人影が立ちふさがった。

 

「え……?」

 

 ザビは驚いて人影を見た。人影はボンヤリとした輪郭で何なのか判別がつかない。男にも見えるし、女にも見える。だが、何故かザビはその人影を知っている気がした。

 

「君は、誰……?」

 

 人影はザビに背を向けたまま答えなかった。まるでザビを守るかの様に女海賊の船団と対峙していた。その背中を見ていると、ザビの中に安堵感と共に何かが体の中を駆け巡る。

 

(そうか……君がいるから、俺は安心して戦えるのか)

 

 体の中を駆け巡る何かは、血液の様に全身に行き渡り、ザビの手が知らず知らずのうちに持ち上がった。

 

(だったら、俺は……俺がすべきことは―――!)

 

 コンピューターの起動音の様な音と共にザビの目の前にコンソールが浮かび上がる。ホログラム画像の様に浮かび上がったそれに、ザビは迷いなく指を走らせていく。

 

「―――術式(プログラム)起動(アクセス)

 

 目の前の画面にザビのタイピングに連動して、0と1の数字の羅列が高速で流れていく。そして―――!

 

「code―――add_invalid()!」

 

 ザビの力強い宣言と共に光の壁がザビ達の前に現れる! 一秒遅れて、白雪の渾身の攻撃が放たれた!

 轟音。

 水の竜巻は地盤ごと抉りながらザビ達を呑み込む!

 

『オオオオオオオオッ!!』

 

 白雪は唸り声を上げながら水の竜巻を操る。巻き込まれた岩が数秒と経たずにバラバラに砕け散った。

 

『消エロォォォォォォッ!!』

 

 噛み締めた牙が頬肉を切って、口から血が垂れる。だが白雪は構わずに水の竜巻に全ての霊力を注ぎ込んだ。

 一分は経っただろうか。やがて水の竜巻は回転が遅くなり、次第に細くなって消えた。

 

『ハア、ハア……』

 

 白雪は荒くなった呼吸を整える。辺りは水煙が立ち込め、白雪の視界を真っ白に染め上げていた。だが、その破壊力は絶大だ。ザビ達が来る前は木立ちだった岸部は、今は巨人の手で掘り起こしたかの様に抉り取れていた。

 

『ハア、ハア……フン。少しムキになりすぎたな』

 

 今だ水煙が立ち込め、はっきりと見えないザビ達がいた地点に目を向けながら白雪は堂々と言い放つ。

 

『既に消し飛んでいるだろうが、称賛をくれてやろう。私がここまで本気になったのは白夜叉様のギフトゲーム以来だ。ただの人間にしては貴様らは中々やったと言える―――』

 

「ああ、そうかい」

 

 ギョッと白雪は声のした方向に目を向ける。一陣の風が吹いて水煙を飛ばした。そこには、先程の攻撃で抉られた地面と―――ザビ達を取り囲む様に展開された光の壁が見えた。

 

『なっ………!?』

「なら、ついでに覚えておけよ。お前を負かしたのは逆廻十六夜と、フランシスコ=ザビ(仮)ってな」

 

 光の壁が消え、中から十六夜の不敵な笑い顔が出てくる。当然の様に傷はない。それどころか壁に囲まれていた地面だけ竜巻が来なかったかの様に平坦なままだった。そんな奇跡をやってのけたザビは―――

 

「……やっぱり改名しようかな」

 

 真剣に自分の名前に悩んでいた。

 

『馬鹿な! ただの人間が神格を宿した私の一撃を防いだだと!? ありえん!!」

 

 白雪は混乱のまま、もう一度竜巻を作ろうとする。だが、それは大きな隙だった。

 

「ま、中々だったよ。お前」

 

 ドン、と大地を踏みしめる音と共に十六夜の姿が消える。白雪の頭上へと跳躍した十六夜は、拳を振り下ろした。

 落雷の様な轟音が辺りに響く。脳天に隕石の様な衝撃で拳を落とされた白雪は、痛みを感じるより先に意識を地面に叩きつけられた衝撃と共に手放していた。

 

 

 




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次の一手に受ける攻撃を無効化する。


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第五話『My belief』

 遅くなり申し訳ございません。今日から新元号の令和ですが、令和の年も皆様にとって幸福な年でありますようにお祈り申し上げます。


 地響きを立てながら巨大な白蛇が倒れる。辺りの木々を揺らし、叩きつけられた水面は激しく波打って水飛沫を雨の様に降らせた。服が濡れるのも構わず、黒ウサギは茫然と立ち尽くしていた。

 

「そんな、馬鹿な・・・・・・」

 

 目の前で起きた事が信じられず、無意識に黒ウサギは呟いていた。

 

(ただの人間が神格保持者の攻撃を防いだ? ただの人間が神格保持者を腕力だけで捻じ伏せた? そんな、そんな事って……)

 

 黒ウサギの今までの常識には無かったデタラメな力を見せられ、目の前に起きた出来事が現実なのか区別がつかなかった。

 

「黒ウサギ……だよな?」

 

 気付くとザビがこちらを向いていた。

 

「その髪はどうしたんだ? さっきと全然色が違うけど……」

「きっとイメチェンしたい年頃なんだよ、察してやれ」

 

 月の兎としての力を出す時に、黒ウサギの髪は鮮やかな朱色に変わる。その為、何も知らない人間からすれば短時間で髪を染めた様に見えるのだろう―――。

 

「って、んなわけないでしょうが!!」

「おお、いいツッコミだ。教科書に載せたいくらいだ」

 

 ケラケラと笑う十六夜の相手をしながら、黒ウサギは心の中で大きな喜びが芽生え始めていた。

 

(この二人は大変な逸材なのですよ! 彼等がいれば、コミュニティの再建も夢じゃない―――!)

 

 黒ウサギの中で鼓動が高まる。先程の戦闘を見る限り、彼等の実力は箱庭の上層にも通用するレベルだ。少なくともいまコミュニティがある階層で相手になるコミュニティはいない。コミュニティに残してきた皆が喜ぶ顔を目に浮かべていると、大蛇が小さく呻いた。

 

「う、うう………」

「お? それなりに手加減したとはいえ、完全に意識を失ってないのか。結構頑丈だな」

「やっぱり手加減していたのか……」

「気付いていたのか?」

「ん……何ていうか、十六夜の動きを見る限り、実力の半分も出してないだろうなとは思ったよ」

「……ハ、本当にお前は目が良いな。というか、最後のあれは何だ? プログラム・アクセスとか言っていたやつ」

「あ! それ、黒ウサギも気になります! ザビ様は自分のギフトを思い出されたのですか?」

 

 十六夜はワクワクとした顔で、黒ウサギは期待する様な顔でザビに問い質した。しかし、ザビは自分の手を不思議そうに見ていた。

 

「分からない。でも、あの時に咄嗟にやり方が頭に浮かんだんだ。確か、こんな風に……」

 

 ザビが手をかざすと、コンピュータの画面とキーボードが立体画像の様に現れた。

 

「これは、いったい……?」

「まるでラプラスの悪魔みたいなギフトですね」

「ラプラスの悪魔? 物理学で定義された超越的存在の事か?」

 

 ザビが出した立体画像を見ながら呟いた黒ウサギに、十六夜が怪訝そうな顔で黒ウサギに聞いた。

 

「Yes。この箱庭世界では外界で伝承に語られたり、概念という形で認識される存在が擬人化されます。ラプラスの悪魔も上層に本拠を構えるコミュニティとして存在しているのデスよ」

「じゃあ、ザビはラプラスの悪魔に関係ある人間という事か?」

「うーん……恐らくは。それと……ザビ様はもしかすると魔法使いなのかもしれません」

「魔法使い?」

「人類の幻想種の事ですよ。民話や伝承に登場する森の賢者から、神話で神々から指導を受けた者など様々な種類がいますけど。ザビ様が先の戦闘で見せた術は何かしらの魔法じゃないかと思うのです」

「魔法使い……この俺が?」

 

 信じられない面持ちでホログラムのキーボードを見るザビ。まさか漫画やアニメの様な力が自分に宿っているなんて、考えもしなかった。

 

「魔法使い、ねえ……。プログラムとか言っていたあたり、優れたハッカーを意味する魔術師(ウィザード)の方が合ってる気はするけどな」

「魔術師、か……そっちの方がしっくりくる気はする」

「ほう? 人畜無害な顔して実は国際指名手配のハッカーだったりするのか?」

「そっちは覚えが無いな……いや、でも俺に記憶がないだけで本当はそういう可能性もあるのか?」

 

 からかう様な十六夜に対して、真面目な顔で考え込むザビ。答えの出そうにない問題に陥りそうになっている状況を変える為に、黒ウサギは慌てて話題を変えた。

 

「ま、まあ、ザビ様が何者なのかはコミュニティに帰ってから、じっくりと調べれば良いのですよ。ともかく、今は蛇神様からギフトだけ頂いていきましょう。ゲームの内容がどうあれ、御二人が勝者なのは間違いないですから」

 

 黒ウサギはいまだに気絶している蛇神に向き直った。

 

「その為には起きて頂かないと困るのですが……」

「……ちょっと待ってくれるか?」

 

 ザビが蛇神の前に立った。思わず声をかけようとした黒ウサギに、十六夜は黙っていろと手で制した。

 そんな二人を尻目に、ザビは思考に埋没する。

 

(さっきは咄嗟の事で意識していなかったけど、攻撃を防ぎたいと思ったら頭の中にあの術のやり方が浮かんだ)

 

 白雪の攻撃を防ぐ時に見ていた幻覚は今度は見えない。しかし、ザビが今からやろうとする事はできるという予感があった。

 

(だったら……今度はこの蛇神を治すには―――)

 

 ザビが手をかざすと、再びホログラムのキーボードと画面が現れる。そしてザビの手がまたも淀みなくキーボードをタイピングしていき、画面に0と1の羅列が高速で流れていく。そして―――。

 

術式起動(プログラムアクセス)―――code:heal()」

 

 タンッとザビが実行(Enter)キーを押すと、白雪の身体が緑色の淡い光に包まれる。光の中で白雪の身体に受けた傷が塞がっていく。

 

「これは……!」

 

 黒ウサギが驚く横で、十六夜は称賛する様に口笛をヒュウと吹く。そして光が収まると、白雪は傷一つ無い身体でゆっくりと目を開けた。

 

「貴様は………」

「ああ、良かった。完治したみたいだ」

 

 安堵の溜息を漏らすザビに、白雪はじっと見つめた。

 

「……貴様が私の治療をしたのか。何故だ? つい先程まで殺し合いをしていた間柄だというのに」

「それは―――」

 

 ギフトを貰う為と答えようとして、それは違うと思い直した。そんな理由で白雪を治したかったのではない。白雪を治療をしたのは―――。

 

「……命を」

「なに?」

「命を、奪いたくなかったから」

 

 白雪にじっと見つめられながら、ザビは自分の考えを紡ぎ出す様に語り始めた。

 

「命を掛けて戦う時は、確かにあると思う。貴方がシロヤシャ様という人を馬鹿にされたから怒った時もそうなんだと思う。でも、殺すというのは相手の可能性を全て奪う事なんだ。生き残った方は、殺した相手の全てを背負わないといけない」

 

 だから、とザビは白雪にまっすぐ向き合う。

 

「俺は、殺したくない。相手の可能性を意味もなく潰す事だけは、絶対にしたくない。何より、俺は貴方の事を知らない。貴方が背負った物が何か分からないのに背負おうとするなんて、傲慢だ。だから、殺さない」

 

 ―――何を言っているのだろう、俺は。

 ―――自分の事すら覚えていない人間が、どうして命のやり取りを語っているのだろう。

 そう思いながらも、ザビの口は勝手に動いていた。いや、口というよりも心が、と言うべきか。

 白雪は無言のままザビを数秒間見つめ、ふと後ろに立った黒ウサギに気付いた。

 

「貴様……月の兎か? この者達は貴様のコミュニティの者か?」

「ええと、一応……」

「なるほど……箱庭の貴族が属するコミュニティの者ならば、私が相手になるはずも無かったか」

 

 ふう、と白雪は溜息を一つついて目を閉じた。すると―――

 

「え? わわわっ!」

 

 突然、黒ウサギの目の前に強い光が灯り出す。水面を反射する太陽光の様にキラキラと輝き、何かを形作っていく。黒ウサギが慌てて、両手を差し出すと彼女の腕に抱える程の苗木が現れた。

 

「私が育てた中でも一層に上等な水樹だ。私に勝利した恩恵としては十分だろう」

 

 ズルリと胴体をくねらせながら、白雪は河へと戻る。途中でザビ達に振り返った。

 

「貴様等、名を何と言う?」

「逆廻十六夜だ。覚えておいてくれや」

「ええと、フランシスコ=ザビ? 記憶が無いから自称だけど……」

 

 ザビの言ったことに白雪は一度だけ怪訝そうな顔になるが、すぐに水神の名に相応しい威厳を見せた。

 

「十六夜、そしてザビとやら。ここは清き水でしか生きられぬ動植物が育つ土地である。貴様等が単に世界の果てを見に来ただけというならば、かの者達の住処を不用意に荒らさぬ事を切に願う」

「その……勝手に入って、ごめ―――」

「謝るな」

 

 謝罪しようとするザビを拒絶する様に、白雪がピシャリと言い放つ。

 

「この箱庭世界において、勝った者だけが権利を主張できる。如何なる事情があろうが、敗者に権利などない」

 

 ビクリ、と黒ウサギの身体が震えた。それを十六夜は黙って見ていた。

 

「故に……勝者が敗者を気遣うなど、あってはならぬ。貴様の考えは、いつか貴様自身を押し潰すだろう」

「……それでも俺は、ただ勝っただけの人間ではいたくない。もしも命をかけなければいけないなら、相手の事を知った上で戦いたい」

「……好きにしろ」

 

 ザビに短く言い残すと、白雪はザバンと音を立てて水底へと帰って行った。辺りに、再び静寂が戻る。

 

「行ったか……」

 

 それまで黙っていた十六夜がザビに話しかけた。

 

「まあ、今回のゲームはほとんどお前が主役だったわけだし、文句は特に無いが……さっきの持論、あれはお前の経験談か?」

「……分からない。でも、それだけは譲れないと思ったんだ」

 

 ふう、とそれまで張り詰めいていた精神を弛緩させる様にザビは大きく息を吐いた。

 実に不思議な物だ、と十六夜は思う。戦いで見せた不思議な術、歴戦の軍師を思わせる判断力に、語っていた信念。殺したくない、と言うのもただの甘さでは無いのだろう。ザビなりに苦しんで打ち出した答えだ、と十六夜は感じた。そして、そこまで一般人とかけ離れた姿を見せながらも、戦いが終わった今は普通の青年にしか見えない。

 

(記憶喪失も全て演技……なわけねえな。そこまで器用には見えねえ)

 

 会ってからまだ一日も経ってないのに、ザビの人間性を信用し始めている事に十六夜は少し驚いた。あるいは、そう思わせる様なものが、ザビにあるのだろうか?

 

(いや、ホント記憶を失くす前は何処の誰なのか、真面目に気になるが……)

 

「……? 何か俺の顔についているのか?」

「いや、今まで見たことのない珍獣だな、と思っていたところだが?」

「せめて人間扱いはしてくれ……」

「まあ、そんな珍獣くんに免じて、俺も棚上げにしていた問題を片そうか」

 

 いつもの様な小馬鹿にした笑みを消し、十六夜は黒ウサギに向き直った。

 

「な、なんでしょうか?」

 

「なあ、黒ウサギ―――お前、俺達に隠している事があるよな」




 原作だと白雪相手にここまで時間は掛からないのですが、ザビの初めての戦闘という事で時間を掛けました。記憶を失ったザビが、戦う上で何を信念とするのか? そこをはっきりさせたいと思いました。なお、ザビの考えはあくまでこのSS独自の物であって原作とは異なる事をご了承ください。


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第六話『No name』

新しい仕事が始まり、色々と覚える事や勉強する事があった為、以前よりもssにかけられる時間は少なくなりました。でも、ssの更新はマイペースながらに進めていきたいと思います。


「つまり―――黒ウサギのコミュニティは壊滅寸前。魔王という素敵ネームな奴のお陰で、百人近い子供以外に使える人材はゼロ。ついでに名前も旗印も無い、箱庭において最下層に位置する“ノーネーム”というわけだな?」

 

 河原の岩にドッカリと座った十六夜に、黒ウサギは真っ青な顔で項垂れていた。その反応は確認した内容が事実であると物語っていた。

 白雪とのギフトゲームが終わり、十六夜は召喚された当初から黒ウサギに感じていた不信感を問い質したのだ。コミュニティへの加入を急がせていた事、自分とザビの戦闘能力の高さを見て大喜びした事などなど……。黒ウサギの態度は、何か特別な事情がある事を察するには十分過ぎた。

 

「なんというか……信じられないくらいに崖っぷちなんだな」

「信じられないのはそんな状況を隠して詐欺同然にコミュニティへの加入を迫った黒ウサギの良心だけどな」

 ザビと十六夜の言葉に黒ウサギの身体が震えた。確かに新たな同志となる人達に詳しい説明をしないでコミュニティに取り込もうとしたのは事実だ。良心が痛まなかったわけではない。しかし、それでも黒ウサギはやらなければならなかった。

 

「……皆さんを騙そうとしたのは謝罪します。でも、それでも! 黒ウサギは、“ノーネーム”を守りたかったのです! コミュニティを解散させず、いつの日か魔王から旗印と名を……何よりも仲間と誇りを取り戻すには、あなた方の様な強大な力が必要なんです! お願いします! どうか我々に力をお貸し下さい!」

 

 地に頭が着きかねない程に黒ウサギは頭を深く下げた。恥も外見もかなぐり捨てた姿は、それ程までに必死なのだと知るには十分だった。しかし、そんな姿を見ても十六夜の表情が変わる事はなかった。

 

「………ザビ、お前はどうしたいんだ?」

 

 ザビが振り向くと、十六夜は真剣な顔でザビを見ていた。

 

「はっきり言って、お前が“ノーネーム”に入るメリットはゼロだ。ただでさえ記憶喪失というハンデがあるのに、百人近いガキ共の世話まで引き受けるのは賢明じゃねえな」

 

 黒ウサギは唇をキュッと噛み締めた。しかし、事実なだけに何も言い返せない。

 

「黒ウサギの反応を見る限り、お前のギフトはそこら辺のコミュニティから厚遇されるくらい強力なんだろうよ。衣食住の確保も難しそうなコミュニティに行くより、賢い選択をしても誰も責めないぜ?」

「……十六夜はどうするつもりだ?」

「俺の事は今はどうでもいいんだよ。連れションみたく付いて来る気か? 自分の事は自分で決めろ」

 

 もっともな事を言われ、ザビは考え込む。

 どうしたいか? と問われるなら、まず記憶を取り戻したい。過去の記憶が無いザビは箱庭に裸一貫で放り出されたも同然の状態だ。行く当てなど当然無く、唯一寄る辺となる自分自身すらも記憶が無い為にしっかりと確立できない。まさに星空すら見えない夜の海にコンパスも持たずに漂流してる様な心細さだ。

この箱庭が神魔の遊戯場だというならば、ザビの記憶を取り戻す手段も見つかるだろう。しかし、その為には対価を支払わないとならない筈だ。それくらいはザビにも予想がつく。その対価を稼ぐ為にはその日の生活すら困難そうな“ノーネーム”よりも、キチンとしたコミュニティに所属した方が賢明だ。

 

(そう。それは分かっているんだ……)

 

 ザビは黒ウサギを見る。黒ウサギは頭を下げたまま、肩が細かく震えていた。まるで寒空の下に放り出された雛鳥の様だ。触れれば折れてしまいそうな可憐さを見せる身体には、子供達とコミュニティの未来という重い荷物がのしかかっているのだろう。今の黒ウサギはあと一押しで潰れてしまいそうに見えた。

 

「……なあ、黒ウサギ。一つ聞きたいんだ」

「……何でしょうか」

「黒ウサギは、俺にも招待状を送っていたのか? 自分の記憶すら無い、この俺に」

 

 ザビの質問に黒ウサギの顔が一層に強張る。少し躊躇う素振りを見せ―――彼女は正直に話す事にした。

 

「………いいえ。黒ウサギ達が異世界に送った招待状は三つだけです。他のお三方は招待状を受け取った、とお聞きしました。ですから……ザビ様は、黒ウサギ達とは無関係に召喚されたのだと思います」

「………そうか」

 

 短く呟いたザビの顔を黒ウサギは怖くて直視できなかった。怒っているだろうか? それとも軽蔑しているのだろうか? いずれにせよ、たった今黒ウサギ自身の口から言ってしまったのだ。貴方は自分達の都合とは無関係な存在なのです、と。

 

(でも……これで良かったのです。ただの迷い人であるザビ様に黒ウサギ達の事情に付き合わせようとしたのが、そもそも間違いだったのです)

 

 黒ウサギは諦観した気持ちで項垂れていた。今となっては、あまり期待していなかった二人が神格保持者と渡り合っていた事に喜んでいた自分が恥ずかしい。コミュニティの仲間は兵器では無いのだ。真実を話さずに契約を迫り、あまつさえ自分達の為に働いて下さい、なんて虫が良いにも程がある。

 絶望と自らの不義を恥じる気持ちで、黒ウサギは目の前が真っ暗になっていき―――

 

「それでさ、コミュニティの加盟は招待状が無い人でも受け付けているかな?」

「………え?」

 

 一瞬、黒ウサギは自分の耳を疑った。

 

「おいおい、話を聞いていたのか? 黒ウサギのコミュニティに入っても、全くメリットが無いんだが?」

「まあ、そうなんだけどね……」

 

 呆れた様な十六夜に、ザビはゆっくりと話し出した。

 

「それでも、黒ウサギ達の力になりたいと思ったんだ。可哀想だからという同情なんかじゃない。俺がそうしたいと思ったんだ」

 

 まるで自分自身の言葉を確かめていく様にザビは話し続ける。

 

「俺には記憶が無い。だから、自分が何者なのかも分からない。自分が何を行動の方針としていたのかも。黒ウサギ達が“ノーネーム”と言うなら、俺はまさに名無しの誰か(ノーネーム)さ。でも……こうして感じた心だけは確かな物だ。俺は、その心を―――魂を大切にしたい」

 

 ザビは未だ頭を下げたままの黒ウサギと目線を合わせる様にしゃがみこみ。

 

「黒ウサギ。騙そうとしていたのは、はっきり言って良い気分はしない。でも、そうまでしたかった気持ちは本物なんだろう?」

「それは………」

「だから―――正直に答えて欲しい」

 

 黒ウサギは顔を上げる。そこにまるで水面に映る月の様に静かなザビの目があった。

 

「君が欲しいのは、強力なギフトを持った人間? それとも―――共に歩む仲間か?」

 

 その一言に、黒ウサギは胸を貫かれた様な衝撃が奔る。今まで心の奥で凝り固まっていた壁を壊された様に感じた。

 

「私が……私達のコミュニティが、欲しかったのは………」

 

 溢れそうになる涙をこらえ、黒ウサギは顔をあげる。

 

「共に歩む仲間です。コミュニティに誇りと同志を取り戻す為に、共に戦ってくれる仲間です! 十六夜様、ザビ様。お二方を謀ろうとして、誠に申し訳ございませんでした。だから、改めてお願い申し上げます。どうか、私達と戦って頂けないでしょうか。ただの戦力としてではなく、コミュニティで共に歩む仲間として“ノーネーム”に入って下さい!」

 

 再び黒ウサギはザビ達へ頭を下げる。しかし、その姿は先程の弱弱しい雛鳥ではなく、戦うと決めた決意が湧き出ていた。その姿にザビは優しく微笑む。

 

「それが黒ウサギの真意なら、俺は喜んで力を貸すよ。まあ、自分の事も不確かな怪しい人材だけど」

「……本当にいいのか?」

 

 頬をかきながら苦笑するザビに、それまで黙って事の成り行きを見ていた十六夜が口を開いた。

 

「さっきも言ったが、もう少し条件の良いコミュニティでもお前は望める。そこでなら記憶喪失を治療するチャンスがノーネームよりも手に入りやすい。それを放棄してまで、黒ウサギ達に手を貸すのか?」

「ああ。そうしたい、と俺の心が言うんだ」

 

 十六夜はザビを見る。その目は見たことのない骨董品の価値を推し量ろうとする鑑定家の様に真剣だった。

 

「温かなものを守りたい。温かなものを信じたい。きっと、記憶を失う前の俺はそういうものに価値を感じていたんだ。だから、そう感じた心を大切にして動きたい」

 

 十六夜はたっぷり十秒くらい見つめ、やがて大きなため息をついた。

 

感じた(・・・)心で動く(・・)、ね……。一つだけ、はっきりとした事があるな。お前は間違いなくお人好しな人間だった。それも超天然級にな」

「突然、何さ? 困っている人がいるなら助けようとするのは当たり前のことだろ」

「ああ、そうだな。でも実行に移せるのはそうそういねえさ」

 

 いつもよりも少し柔らかく笑いながら、十六夜もまた黒ウサギと向き合う。

 

「まあ、俺もコミュニティに入ってやるよ。こんな天然記念物がいるなら、退屈はしないだろうからな。それに……感動に素直になれ(・・・・・・・・)。それが、俺の信条だからな」

「十六夜さん……ありがとうございますっ!」

「礼にはまだ早えよ。残りの二人はお前自身で説得しろ。騙すのも嵌めるのも構わねえが、後腐れない様にしろよ」

「っ……はいっ!」

 

 力強く頷いた黒ウサギが見せた笑顔は、ザビ達がこの世界に来て初めて見せたいい笑顔だった。

 

 ***

 

 トリトニスの滝は夕焼けの光を浴びて朱色に染まり、跳ね返る水飛沫が数多の虹を作り出していた。楕円形の様にも見える河口は遥か彼方にまで続いており、流水は世界の果てへと流れ落ちていた。

 絶壁から飛ぶ激しい水飛沫と風に煽られながら、黒ウサギがは滝の音に負けない様に大声を出す。

 

「これが、箱庭の世界の果てと言われるトリトニスの大滝でございます! どうですか? 見に来た甲斐はありましたか!?」

「………ああ。素直にすげえな。ざっとナイアガラの滝の倍はありそうだな」

 

 十六夜は目を輝かせながら、感慨深そうに頷く。白雪がいた大河から半刻ほど歩いた場所にあった大瀑布は、十六夜の心を満たすのに十分な物だった。未知なるロマンを追い求めていた彼からすれば、元の世界では見られなかったこの大自然は彼のお眼鏡にかなった。

 

「で、どうよ? お前もここまで来た甲斐はあっただろ―――」

 

 ザビの方へ振り向き、十六夜は言葉を詰まらせた。

 ザビは―――静かに涙を流していた。目を閉じる事なく、両目に眼前の景色を目に焼き付けながら、涙が頬をつたって流れ落ちていた。

 

「ザビ様……?」

「これが自然……滝なのか……。なんて、綺麗なんだ……」

 

 黒ウサギがかけた声も聞こえないかの様に、ザビは眼前の景色にただ心を奪われていた。

 

「………こんな大自然を見るのは初めてか?」

「分からない。でも―――」

 

 グッと涙を拭いながらも、水飛沫が乱反射して宝石の様に輝く大滝から目を逸らさなかった。

 

こんな景色を見たかった(・・・・・・・・・・・)。そんな気がするんだ……」

「……そうかい。じゃあ、目に焼き付けておけよ。これが、ロマンというやつだ」

「ロマン、か……」

 

 静かに涙を流しながらも煌めく大瀑布を、ルビーの様に真っ赤な夕日を見続けるザビに十六夜は懐かしい気持ちになる。

 

(そういえば、あいつもこんな風に初めて見た海に感動してたな……)

 

 ほんの短い間、共に旅をした今は亡き友人を十六夜は思い出していた。

 

(不思議なもんだ……。人種も年齢も違うのに、どこかイシと似てるんだよなあ、こいつ)

 

 沈みゆく夕日を見ながら、異世界から来た二人は感慨にふける。夕日は彼等を優しく照らしていた―――。

 

 

 

 

 

 




ノーネームの現状

書けば書くほど、この現状で入りたいと言わせるのが難しいです。なのでザビがノーネームに入る理由付けはかなり悩みました。

ザビが泣いた理由

今の時点では秘密です。


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第七話『What is he?』

 話が全く進んでない上に、いつもより短いです。でも、ここで投稿しないとモチベーションが保てないだろうなと思って投稿しました。


「な、なんであの短時間で”フォレス・ガロ”のリーダーと接触して喧嘩を売る状況になったのですか!?」「しかもゲームの日取りは明日!?」「それも敵のテリトリーで戦うなんて!」「準備の時間もお金もありません!」「聞いてるのですか三人とも!」

 

「「「ムシャクシャしてやった。今は反省してます」」」

 

「黙らっしゃい!!」

 

 広場に黒ウサギの怒声が響き渡る。ザビ達と共に箱庭都市に入った黒ウサギを待っていたのは、飛鳥達が近隣で最大規模のコミュニティ・“フォレス・ガロ”にギフトゲームを挑んだという衝撃の展開だった。

 話を聞くと、黒ウサギ達が世界の果てに行っている間に飛鳥達は“フォレス・ガロ”のリーダーであるガルド・ガスパーから勧誘を受けたそうだ。近隣のコミュニティを吸収して勢力を拡大している自分に従えば間違いないと言ってきたガルドの話に飛鳥は疑問を持ち、ギフトを使って“フォレス・ガロ”を拡大させた方法を白状させたところ、ガルドはコミュニティの子供を人質にとってゲームを強要させていた事が判明した。

 そしてーーーガルドは人質の大半を既に殺している事も。

 

「あんな外道を野放しにするなんて、許される事では無いわ。取り逃がしてこちらを狙いに来る前に、ここでキッチリと決着をつけて起きたいの」

「お話は分かりますが……」

 

 複雑な顔で黒ウサギはガルドと取り決めがされた契約書類を見る。

 

①“フォレス・ガロ”は“ノーネーム”に対して明日にギフトゲームを行う。

②“ノーネーム”が勝利した場合はガルド・ガスパーは法の裁きを必ず受ける。残っている人質も無事に帰す。

③“フォレス・ガロ”が勝利した場合は“ノーネーム”はガルド・ガスパーの罪を永久に黙認する。

 

「まあ、自己満足だな。時間を掛ければ捕まえられる相手をわざわざ取り逃がすリスクを背負っているわけだからな」

「あら、リスクに見合うチップはあるわよ。契約書類で記されている以上、あの虎男(ガルド)が箱庭都市の外へ逃げても必ず執行されるわ。それにゲームが終わるまで残った人質に手出しはできない」

 

 十六夜の指摘に飛鳥は勝気な笑顔で返す。自分が負けるとは考えていない自信に満ちた顔だった。これ以上なにかを言っても梃子でも動きそうにない様子を見て、黒ウサギは諦めた様に溜息をつく。

 

「まあ、いいです。“フォレス・ガロ”の狼藉は黒ウサギも腹が立ちますから。十六夜様とザビ様がいればガルド相手なら楽勝でしょうとも」

「十六夜は分かるけど、ザビが頼りになるの?」

 

 耀が懐疑的な視線を向ける。そこには―――

 

「………………」

 

 ぐったりとザビが項垂れていた。今にも「燃え尽きた……真っ白な灰に……」と言いそうなくらい、静かに項垂れていた。

 

「なんでザビ君はあんなに元気無さそうなの?」

「いやな、世界の果てまで行ってきたから急いで帰らにゃならん、という事で黒ウサギに担いで貰ったんだ。その結果、地上十数メートルを連続バンジーする羽目になったわけだ」

「………本当に頼りになるの?」

「ぜ、絶対に力になりますって! 黒ウサギが保証しますとも!」

 

 黒ウサギは必死にアピールするが、異世界女子二人は何とも言えない目を向けていた。十六夜と共に世界の果てに住まう水神を倒したと聞いたが、目の前でぐったりしているザビを見ているとどうしても信じる気になれない。

 

「あの……大丈夫ですか?」

 

 知らない声を自分にかけられて、ザビはようやく顔を上げた。そこには丈が合っていないダボダボのローブを着た少年がいた。

 

「君は……?」

「ジン=ラッセルと申します。その、若輩ながら“ノーネーム”のリーダーを務めさせて貰っています」

 

 どこかオドオドとした様子でジンは挨拶した。11歳でリーダーという大役を任せられた事で緊張しているのだろう。神格保持者を倒したザビに失礼がない様に、とガチガチに硬くなっているのが目に見えた。

 

「神格保持者を倒せるほどの実力者がコミュニティに入って頂けるなんて光栄です。是非ともガルドのゲームにも御力を貸して頂け、」

「は? 俺もザビも参加しねえぞ」

「十六夜様!?」

 

 突然の十六夜の不参加宣言に黒ウサギが驚愕の声を上げる。十六夜は真顔で黒ウサギを睨んだ。

 

「いいか? これはお嬢様達が買った喧嘩だ。そこに俺等が出しゃばるのは無粋だろうが」

「分かってるじゃない。あんな虎男、私達だけで十分よ」

 

 フン、と飛鳥は十六夜に挑発的な笑顔を返す。

 

「というわけでザビ、お前も今回は見学だ」

「……分かったよ。言ってもお互いに聞きそうにないみたいだな」

 

 ザビは溜息を一つつき、飛鳥へ向き直った。

 

「な、なに?」

「もしも手伝える事があったら何でも言ってくれ。必ず力になるよ」

「え? そ、そう………」

 

 真剣なザビの顔に、思わず飛鳥はたじろいた。

 

「ザビ様、もう動いても平気ですか?」

「ああ、大丈夫。この後はどうするんだ?」

「ええと、それではジン坊ちゃんには先に帰って頂いて―――」

 

 黒ウサギと今後の予定を話すザビを、飛鳥は狐につままれた様な顔で見ていた。そこへ十六夜が近寄る。

 

「な? 面白い奴だろ?」

「なんというか……調子が狂うわね」

「一応、弁明してやるとザビはお嬢様達を軽んじたわけじゃねえぞ。あれは完全に善意の申し出だな」

「分かってるわよ、そんな事」

 

 ニヤニヤと笑う十六夜に対し、飛鳥はムスッとした顔になる。

 今まで飛鳥に近付く人間は、飛鳥のギフトを恐れて化け物を見る様な目を向けるか、媚び諂っておこぼれを預かろうとする様な人間ばかりだった。そんな相手を何度も見てきた飛鳥にとって、ザビは今まで見たことない分類だった。

 

(本当によく分からない人よね……)

 

 自称・記憶喪失。容姿はどう見ても平凡。しかし十六夜と共に世界の果てで水神を倒したという。それ程の力があるのに本人の態度は十六夜の様に傲岸でもなければ、耀の様に他人に無頓着でもなく謙虚そのものだ。はっきり言ってギフトの無い一般人と言われた方がまだ納得がいった。

 

「まあ、お嬢様達の初陣にザビが混ざったらどう動くか気にならないわけじゃないが、今回は自粛しますかね」

「言ってなさい。あっという間にクリアして二人の出る幕なんて無かったと言ってあげるから」

「そりゃ楽しみだね」

 

 十六夜の含み笑いに飛鳥は毅然とした態度で返す。もうじき地平線の向こうへと消えていく夕日が、彼等の姿を優しく照らした。




ザビの世界の果てツアー

行き:音速ジェットコースターIZAYOI(安全ベルトなし)
帰り:タワーオブ●ラー(LEVEL:BLACK RABBIT)

舞浜駅付近のテーマパークの看板アトラクションに無料で(しかも並ばずに)乗れたと思えば得だろう。‥‥…多分。


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第八話『Thousand eyes』

覚悟はしていましたが、社会人になると自分の時間は中々取れないです。でもこのSSは自分が書きたい物なので、完結を目指して頑張ります。

7/22でFate/EXTRAは9周年を迎えました。
sahalaはこれからもFate/EXTRAを応援しています。


 日が暮れて街灯がポツポツと灯り出した通りをザビ達は歩いていく。歩いていく内に見てきた建物や街道の造りから察するに、この周辺は商店街なのだろう。通りでは店仕舞いを始めている店がいくつも見えてきた。

 

「本当にこんな時間に行っても大丈夫なのか?」

「はい、大丈夫です! 店主の方とは話をつけてありますから!」

 

 心配そうなザビに、黒ウサギは元気よく答える。

 

「皆様のギフトがどういった物なのかを正しく把握する為にも、“サウザンドアイズ”で鑑定をして貰わなくてはなりません。明日に初めてのギフトゲームが行われるのは予想外でしたが、だからこそ早くご自身のギフトの正体を知るべきです」

「もっともな話だけど、本当に鑑定はして貰えるの? 私達のコミュニティが?」

 

 耀の疑問ももっともだ。黒ウサギ達のコミュニティは箱庭では最下層に位置する“ノーネーム”。店側からすれば、門前払いして当然な対応になるだろう。

 

「御心配なさらず。今から行く店の店主は黒ウサギ達が御懇意にさせて頂いている方です。皆様を召喚したギフトもその方から売って頂きました」

「ほう? それは興味深いな。“ノーネーム”を相手に商売してくれるとは、ずいぶん気前が良い店主じゃねえか」

「もともと先代の頃から付き合いのあった方ですから。といっても、先代の縁が繋がっているのはその方くらいですけど……と、見えましたよ」

 

 ジンが指差した先に十六夜が目を向けると、そこには周りの店と比べてひと際立派な門構えの店が見えた。看板には剣を持った双女神の旗印が描かれている。

 

「こりゃまたご立派な―――」

「イヤッホオオオオオウ! よく来たな、黒ウサギィッ!」

 

 十六夜が店の感想を言う前に、店の中から和装の少女が飛び出す。少女は店から走り出し、獲物に跳びかかる猫の様に黒ウサギに目掛けて跳躍した。

 

「ほれ」

「へ?」

 

 トン、と背中を押されてザビは黒ウサギの前に出される。頭上には先程の少女がザビに振ってくる。

 

「ちょっ―――!」

 

 待った、と言う前にザビの身体は動いていた。少女を受け止めると、そのまま背中から地面へ倒れこむ。両手は受け止めた少女をしっかりと抱え、体を横回転(ローリング)させながら地面を転がった。

 

「おお、教科書に載せたいくらい綺麗な受け身だ」

「って、言ってる場合ですかお馬鹿様!」

 

 こんな状況を作り出しておきながら呑気な感想を言う元凶(十六夜)にハリセンがとぶ中、怪我をさせない様に下敷きとなったザビは少女を見上げる。

 

「イタタ………大丈夫?」

「…………」

 

 少女はザビに跨ったまま、じっとザビを見つめていた。

 

「あの、何か……?」

「おんし……いったい、」

「おーい、いつまで他人様のコミュニティの同士を下敷きにしているんだ?」

 

 ヒョイと十六夜が少女の首根っこを掴んでザビからどかした。

 

「い、十六夜さん! あまり雑に扱わないで下さい!」

「はあ? 今のはどう見ても突っ込んで来たチビ助が悪いだろ」

「チ、チビ……!? その方がさっきの話の店主です!」

 

 何だと……? と、十六夜が胡散臭げに顔を顰める。少女は首根っこを掴まれたまま、不敵な笑みを浮かべる。

 

「久しぶりじゃのう、ジン。そして黒ウサギよ。召喚の儀式は無事に成功したようじゃな」

「はい、白夜叉様のお陰です」

「謙遜するでない。私はクイーンの召喚術が込められたギフトを売ったに過ぎん。召喚が成功したのはおんし等に時の運があったからじゃろうて」

 

 少女―――白夜叉は異世界から来た人間達を品定めする様に睥睨し、十六夜とザビに意味ありげな目線を送る。

 

「なるほど。随分と面白い人材を確保できたのう」

 

***

 

「改めて自己紹介しよう。私は白夜叉。四桁の門、3345外門に本拠を構えている“サウザンドアイズ”の幹部であり、この2105380外門支店のオーナーである。以後よろしく頼む」

 

 白夜叉の私室に通された“ノーネーム”の一同は、目の前の少女と改めて対峙する。着物に白い髪。頭に生えた角を除けば、見た目は少し風変わりな少女だ。しかし彼女こそが、“ノーネーム”を幾度も支援している店主だというのだ。。少女にしか見えない外見といい、先程までの言動といい、どうにも肩書きと一致しない様に見えて十六夜は相手を計りかねていた。

 

「まあ、良いが………外門ってのは何だ?」

「箱庭の階層を示す外壁にある門ですよ。数字が小さいほど都市の中心部に近く、同時に強力な力を持つ者達が住んでいるのです。因みに私達のコミュニティは一番外側の七桁の外門ですね」

 

 黒ウサギの説明に、異世界組はなるほどと頷く。箱庭都市は言うなら、巨大バームクーヘンみたいなものだ。そして一番外側のバームクーヘンの皮が、いま自分達がいる場所だ。

 

「そして私がいる四桁以上が上層と呼ばれる階層だ。その水樹を持っていた白蛇の神格も私が与えた恩恵なのだぞ」

 

 そう言って、白夜叉は黒ウサギの横に置かれた樹の苗を指差した。それを聞き、十六夜は得心がいったと言う風に頷く。

 

「ああ、思い出した。あの蛇が言っていたシロヤシャ様はお前の事か」

「その通り。白雪に神格を与えたのはもう二百年前になるがな」

「へぇ? じゃあお前はあの蛇より強いのか?」

「ふふん、当然だ。私は東側の”階級支配者”だぞ。この東側で並ぶ者がいない、最強の主催者(ホスト)だからの」

 

 それを聞いた途端―――十六夜・耀・飛鳥の三人が立ち上がった。

 

「最強の主催者ねえ………。つまり、お前を倒せば俺達が最強というわけだ」

「ええ、なかなか景気が良い話じゃない」

「ちょっ、ちょっと皆さん本気ですか!?」

 

闘気をむき出しに白夜叉と対峙する異世界組にジンは制止しようとする。そんな中―――。

 

「うん? おんしはやらんのか?」

 

 闘気をぶつけられてもニヤニヤと笑っていた白夜叉だが、一人だけ立ち上がらなかったザビを見て怪訝そうな顔になる。

 

「あら? ザビ君は怖気づいたのかしら?」

「ちょっと待て、お嬢様」

 

 挑発的に笑う飛鳥を十六夜が制する。白雪との戦いでザビの人並み外れた戦術眼を目の当たりにしていた十六夜は、ザビが険しい顔で白夜叉を見ているのに引っ掛かりを感じた。

 

「お前……こいつに何を見ているんだ?」

「…………彼女は、」

 

 ザビの額から、冷や汗が一筋落ちる。頭の中でノイズ塗れの映像が見える。

 距離感が可笑しくなりそうな巨大な和風の神殿。

 虫の様に小さな■■を見下ろす巨大な■■の■。

 直視しているだけで目が潰されそうな圧倒的なエネルギー。

 正確に思い出せないながら、何故か目の前の少女が記憶にある存在と重なって見えていた。カラカラに乾く口で唾を飲み込みながら、ザビは口にする。

 

「彼女は、太陽………いや。()()()()()()()()()()()()だ」

 

 それを聞いた瞬間、白夜叉の目が見開き―――ニヤリと口角を上げ、周りの景色が砕け散った。

 

「な、何!?」

 

 突然の事態に耀が辺りを慌てて見渡す。部屋全体が硝子細工の様に景色が砕け、次々と景色が切り替わっていく。湖畔、砂漠、樹海、廃虚……テレビのチャンネルを何度も替える様に耀達の周りの景色が流れていき―――気付けば水平に太陽が廻る、白い雪原と凍った湖畔がある世界にいた。

 

「……なっ………!?」

 

 突然の事態にさすがの問題児達も息を吞む。まるで現実感のない光景だが、肌を刺すような冷たい風がこの上ない現実感(リアルさ)を感じさせていた。

 

「よくぞ見破った。ザビとやら」

 

 悠然と少女―――否。幼き魔王はザビに話しかける。

 

「初対面にも関わらず、私の本質を看破するとはな。いや本当に大したものだ。相手の力量を即座に見抜く眼力はギフトゲームでは必須だからのう」

 

 ピシ、と音を立てて白夜叉の周りの氷が罅割れる。彼女が身じろぎ一つするだけで、空間が軋む様な圧力が襲い掛かる。

 

「改めて自己紹介しようか。私は”白き夜の魔王”―――太陽と白夜の星霊・白夜叉。星を司る魔王である」

 

 くつくつと笑いながら、白夜叉は名乗る。もはやこの場にいる誰もがその言葉を疑っていなかった。少女の様な身体つきだというのに、問題児達の目には何十倍も巨大な存在に見えていた。

 

「さて………聞き違いで無ければ、私を倒すそうだが」

 

 パンと扇子を開いて口元を隠しながら、白夜叉は問題児達を見下す。

 

「そなた達が挑むのは戯れのゲームか? それとも………命を賭けた殺し合いか?」

 

 ドクン、ドクン。十六夜達の耳に自分の鼓動が煩いくらいに聞こえる。手が震えているのは、けっして寒さだけではないだろう。しばらく経ち、十六夜は苦い顔になりながら頭を掻きむしった。

 

「………はあ。分かった、降参だ。今回はあんたの勝ちだよ、白夜叉」

「ほう? あっさりと負けを認めるのだな」

「ああ。だから今回は大人しく試されてやるよ」

 

 白夜叉の笑い声が響く。試されてやる、とは随分と可愛らしい意地の張り方だ。ひとしきり笑った後、白夜叉は残りの三人に問う。

 

「くっ、くくく……して、他の童達も同じか?」

「……ええ。私も試されてあげるわ」

「右に同じ」

「今は勝てる手段が無いからな」

 

 全員のゲーム参加の同意を得られ、白夜叉は覇気を抑えた。一連の流れを見ていた黒ウサギ達はようやく安堵の溜息をつく。

 

「も、もう! お互いにもう少し相手を選んで下さい! 初日で“階層支配者”に喧嘩を売る新人も、新人の喧嘩を買う“階層支配者”も初耳です!」

「いやいや、すまん黒ウサギ。久々にイキの良い童達じゃからからかいたくなっての。それにしてもザビよ。よくぞ私の霊格を見抜けたな。それがおんしのギフトの能力か?」

「それは……うまく言えないけれど、前に同じ様な相手に会ったことがある……と思う」

 

 歯切れの悪い言葉に白夜叉が首を傾げると、ジンが捕捉する様に話した。

 

「ザビさんは箱庭へ来る前の記憶が無いそうです。その上、ご自身のギフトも覚えていない様です。まったくの無能力では無いとは思いますが……」

「なんとまあ、難儀な状況じゃのう」

「その事で白夜叉様にご相談があるのですが……」

 

 黒ウサギは神妙な顔で白夜叉へ向き直る。次の一言はザビ達を驚かせるには十分だった。

 

「ザビ様の記憶を取り戻せるギフト。それを売って頂けないでしょうか?」

 




原作との変更点や作中の説明など

・黒ウサギ達は最初から白夜叉から懇意にされている。

 原作だと白夜叉がいるとは知らずに“サウザンドアイズ”を訪ねていますが、このSSでは最初から白夜叉がいる事を知っているし、白夜叉からも特別に便宜を図って貰っている状態です。他にも召喚のギフトも白夜叉が売ったという設定になっています。

・ザビ、白夜叉を見抜く。

 旧作でもやりましたが、金色白面と対峙した事がある■■は太陽神としての側面も持つ白夜叉を見ていると既視感を覚える様です。

・記憶喪失を治療するギフト

 箱庭にはそれくらいあるよね、多分。


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第九話『Gift card “You are unknown"』

 珍しく時間が取れたので、短時間で投稿できました。まあ、大きな理由としてはルルハワで同人誌を作る作業に飽きtゲフンゲフン! とはいえ、色々とシーンを削る羽目になりました……。


『ギフトゲーム名"鷲獅子の手綱"

 

プレイヤー一覧

 

逆廻十六夜

久遠飛鳥

春日部耀

ザビ

 

・クリア条件:グリフォンの背に乗り、湖畔を舞う。

・クリア方法:“力”、“知恵”、“勇気”。いずれかでグリフォンに認められる。 

・敗北条件:降参、またはプレイヤーが上記の勝利条件を満たせなかった場合

 

 宣誓。上記を尊重し、誇りと御旗と主催者ホストの名の下、ギフトゲームを開催します。

 

“サウザンドアイズ”印』

 

***

 

「春日部さん、大丈夫かしら……?」

 

 グリフォンに乗って飛び立って行った友人の背中を飛鳥は心配そうに見つめる。

 

「なあに、春日部だって勝算があるから立候補したんだろ。心配すんなお嬢様」

「それはそうだけど……」

「ゲームはもう始まったんだ。今さらあれこれ言っても仕方ねえ」

 

 飛鳥とは対照的に、十六夜はどっしりと構えた態度を崩さない。彼は冷静にゲームの進行を見守っていた。

 あの後、白夜叉はあっさりと黒ウサギの頼みを承諾した。この箱庭では失った記憶を取り戻せるギフトは、いくつもあるのだと言う。

 

「まあ、他ならぬ可愛い黒ウサギの為じゃ。売ってやるのは吝かでは無いが……」

 

 意味ありげな笑みを浮かべながら、ザビ達を見る白夜叉。

 

「とはいえ、私は曲がりなりにも“サウザンドアイズ”の支店長である。そなたらが客に値するか見極めさせて貰おうか」

 

 そう言って白夜叉が呼び出したのがグリフォンだった。そしてグリフォンと聞いた途端、それまで会話にあまり口を挟まなかった耀が真っ先に立候補したのだ。

 

「無事に帰ってくれるといいな」

 

 耀から目を逸らさず、ザビは独り言ちる。

 

「本来は俺が受けるべき試練(ゲーム)だったのに……」

「いやいや、お前が引け目に思うのは違うだろ。そもそもお前じゃ、グリフォンの背に乗っていられないだろうが」

 

 十六夜の指摘はもっともだ。耀達の姿は遠目に小さく見える程度まで距離が離れているが、それでもグリフォンが耀を背中から振り落とそうとしているのは見えていた。急降下、急上昇、急旋回。さらには錐揉回転の様なアクロバット飛行を駆使している。

 白夜叉の本質を看破できる程の真眼があっても、ザビの身体能力は一般人の範疇だ。ザビが同じ事をしようとすれば、あっという間に振り落とされているだろう。

 

「……分かっているさ、そのくらい」

「まあ、手慰めに遊んでやると言ったのは私だからな。あの小娘がクリアしても、おんし等の要望は聞いてやろう」

 

 カラカラと白夜叉は笑いながらウインクする。

 

「もちろん対価はお忘れなく、じゃ」

「黒ウサギ達は良いのか? 安くないギフトなら、後回しにしても全然構わないのに」

 

 ザビの心配そうな顔にジンは首を横に降る。

 

「良いんです。黒ウサギから聞いた蛇神とのゲーム内容や白夜叉様の本質を見抜いた事から察するに、貴方には強力なギフトが宿っていると思います。それなら多少高価でも記憶を取り戻して貰って、ギフトを十全に使える様になって貰う方がコミュニティにとっても有益だと思います」

「同士は助け合うものデスから♪ コミュニティの一員になって貰ったからには黒ウサギ達もザビ様を全力でサポートするのデスよ!」

「……ありがとう、みんな」

 

 屈託無く答える二人にザビは感謝する。彼等の心遣いは記憶喪失のザビの心に温かく染み込んだ。少し湿っぽい空気になりかけた場を明るくしようと、飛鳥はわざとらしく咳払いをした。

 

「それにしても、もう何も見えないわね。春日部さんは大丈夫かしら?」

 

 遠くを見通そうと手を水平にしてオデコに当てたが、飛鳥の視力では耀達は豆粒の様な点にしか見えなかった。今がどんな状況なのか、さっぱり分からない。

 

「なんだ、見えないのか? お嬢様は目が悪いんだな」

「お言葉ですけど、普通の人間は望遠鏡が必要な距離を見通すなんて出来ませんからね」

「ちょっと待ってて」

 

 飛鳥がムッとした顔になった横で、ザビが動き出した。手元にホログラム映像の様なコンソールを呼び出し、キーを高速でタイピングしていく。すると———。

 

「ほう?」

「これは……!」

 

 それぞれが驚きの声を上げる。ザビの前に画面が現れ、グリフォンにしがみ付いている耀の姿がリアルタイムで映されていた。

 

「これでどう?」

「え、ええ。ありがとう」

 

 戸惑いながらも飛鳥は礼を言う。十六夜の話を聞いただけでは信じられなかったが、目の前で披露されてようやくザビもギフト保持者であると認識できた。

 

「これがザビさんのギフトですか……。まるで“ラプラスの悪魔”の様なギフトですね」

 

 興味深そうに画面を見ながらジンがポツリと呟いたのを十六夜は聞き逃さなかった。

 

「黒ウサギも言っていたが……箱庭じゃ、“ラプラスの悪魔”というのはどんなコミュニティなんだ?」

「主に情報収集や情報の管理を行うコミュニティですね。直接見た事はありませんが、大きなギフトゲームになると実況映像を流す為に呼ばれるそうです。ザビさんのギフトは話に聞く“ラプラスの悪魔"に似ていると……白夜叉様?」

 

 ジンが不思議そうに尋ねる。白夜叉は何かを考え込む様子で、ザビが出したコンソールや画面をじっと見つめていた。やがて白夜叉はおもむろにザビに話し掛けた。

 

「……これはおんしのギフトか?」

「え? ええと、多分……」

「いま写っている映像以外の情報は出るのか?」

「あ、ああ。ちょっと待ってて」

 

 ザビが手早く何かをタイピングしていく。すると、耀が写る映像を中心に複数の画面が現れた。

 

「これはなんじゃ?」

「いま耀がいる場所の外気温や外気圧。あとは耀の体温や心拍数とか、だな」

「ではこちらは?」

「グリフォンがいま出している速度。他には飛んでいる方角とか、加速度とか色々」

「おいおい……」

 

 ザビの説明に呆れ半分、驚き半分といった様子で十六夜が溜息をつく。

 ザビがいま見ているのは只の中継映像ではない。味方と敵の状況を詳細に分析した観測画像だ。それも距離が離れても問題なく、手に取る様にギフトゲームの進行状況やプレイヤーの体調が把握できている。

 

(こいつ……ギフトゲームの内容次第じゃ化けるんじゃないか?)

 

 今回の様に身体能力に頼るギフトゲームではザビは無力だが、それでもサポートにつければ相手の情報がほとんど開示されていく。スパイ衛星も真っ青な情報を探知しているザビに、十六夜も驚きを隠せない。白夜叉も同意見なのか、厳かに頷いた。

 

「驚いたな。相手の情報を感知するギフトは多々あるが、短時間でここまで分かるものはそうそういない。おんしは感知や分析に特化したギフトの持ち主なんじゃな」

「そう……なのかな? 記憶が無いから実感が無いけど。今だって、やり方が勝手に頭に浮かんでくるというか……指が無意識に動くという感じ、かな」

「ふむ? 記憶を無くしても肉体は覚えているという事か? 興味深い話じゃな。以前に私と同じ様な者に対峙した記憶といい、そのギフトを身に付けた経緯といい、私もおんしに興味が出てきたのう」

 

まるで面白い玩具を見つけた様に白夜叉は笑う。そして画面の中ではいよいよギフトゲームが佳境を迎えていた―――。

 

***

 

「見事である! よくぞグリフォンの試練を突破した!」

 

 白夜叉から賞賛を受け、耀は照れながらも地面へと降りていく。まるで風を踏み締めながら歩いている様だった。

 ゲームの終盤、ゴールと同時にグリフォンから振り落とされた様に見えて黒ウサギ達は一瞬慌てたが、耀は先程までのグリフォンの飛翔術を身に付けていたのだ。

 

「黒ウサギと出会った時に“風上にいなければ"と言ってたから、他種族とコミュニケーションをとるだけじゃなく、その特性を手に入れるギフトだと推測していたんだが……まさか幻獣も例外じゃないとはな」

「違う。これは友達になった証」

 

 興味津々な十六夜に対し、耀はムッとしながらも言い返す。耀からすれば動物と友達になる事で動物達の特性を身に付けていったので、ただ特性をサンプル採取の様に入手するギフトの様に言われるのは心外だった。

 

「いやはや大したものだ。このゲームは文句なしにおんしの勝利だの。………ところで、そのギフトは先天的なものか?」

「違う。父さんに貰った木彫りのおかげ」

「木彫り?」

 

 首をかしげる白夜叉に、耀は首から下げていた丸い木彫り細工のペンダントを見せた。材質は楠だろう。中心の空白へと向かう様に幾何学の模様が彫られている不思議なペンダントだった。

 

「これはまた面妖じゃのう………」

「因みに、チート分析屋のザビはどう見る?」

「それを言うなら君はバグキャラだ」

 

 十六夜の軽口に溜息をつきながら、ザビは耀の木彫りのペンダントを見る。

 

「と言っても、見た以上の事は分からないかな。この模様は生命の系統樹を示したもの。普通、系統樹は樹の形をしているけど円形になっているのは生命の流転や輪廻を示しているのか……系統樹の行き先が空白なのは世界の中心だからかな。それとも生命がまだ完成してない、と言いたいのかも。つまり、このペンダント単体で生命の全てを表現してーーー」

 

 そこまで言って、ザビはようやく自分を見る目に気付いた。全員が唖然とした表情でザビを見つめていた。気不味くなって、咳払いする。

 

「ま、まあ自分の眼で見た限りはだけど……いずれにせよ、これを作った人は神域の天才だと思う」

「あ、ありがとう……」

 

 自分の父親を暗に褒められて、耀は戸惑いながらも礼を言う。先程の飛鳥の様にザビの非凡な一面を見て驚きが隠せなかった。

 

「私も全くもって同意見だが……おんし、それ程の知識があるのに自身の記憶は思い出せんと言うのか?」

「うん……残念だけど、自分の事は本当にさっぱり」

「いや、本当にワケが分からん人間じゃな。というか、初見のギフトを見てここまで鑑識出来るんじゃったら、いっそ私の店に引き抜きたいくらいじゃが?」

「だ、駄目です! ザビ様は私達のコミュニティの同士なのデス!」

 

 黒ウサギの慌てぶりを見て、白夜叉は冗談だと笑った。

 

「まあ、春日部耀共々、黒ウサギ達の新たな同士は興味深い者ばかりじゃな。見せて貰った礼として……うむ、これくらいサービスしてやっても良いじゃろう!」

 

 パンパンと白夜叉が柏手を打つと、ザビ達の頭上に光り輝くカードが現れた。

 

「これは、ギフトカード!」

「お中元?」

「お歳暮?」

「お年玉?」

「ええと……贈り物?」

「ち、違います! というかザビ様までボケないで下さい! 顕現してるギフトを収納できる上に、各々のギフトネームが分かるといった超豪華な恩恵です!!」

 

 黒ウサギに叱られながら各々がカードを手に取ると、カードの色が変わった。同時にカードの裏面に文字が刻まれる。

 

「そのギフトカードとは、正式名称を“ラプラスの紙片”──即ち全知の一端だ。そこに刻まれるギフトネームとは、おんしらの魂と繋がった“恩恵”の名称。鑑定は出来ずとも、それを見れば大体のギフトの正体が分かるというものじゃ」

「ふうん? じゃあ、俺はレアケースなわけだ」

 

 何? と白夜叉は十六夜のギフトカードを覗き込む。そこにはコバルトブルーに染まったカードに、“正体不明(コード・アンノウン)”という文字が浮かび上がっていた。

 

「正体不明じゃと? 馬鹿な。全知である"ラプラスの紙片”がエラーを起こすはずが、」

「十六夜もギフトカードでエラーが出ているのか?」

 

 今まで見た事のない表記をしたギフトカードに白夜叉が怪訝な顔をする横で、ザビが口を挟んだ。

 

「“も"……? おんしのギフトカードもエラーを起こしていると言うのか?」

 

いよいよもって尋常ならざる状況に白夜叉が真剣な表情になる。そんな白夜叉に気圧されながら、ザビはサイバネティクスな青色に染まった自分のギフトカードを見せた―――。

 

***

 

★?$&(キシナミハクノ)

 

ギフトネーム

 

霊子魔術師(クォンタム・ウィザード)

月の★王(ムーン.★(=○/→)

★の<ゞⅤ*★★(@#/.€95」)

★gの仝(★£〆.○|+;)”』

 

 

 

 




ザビのギフト

前作ではコードキャストだけだったのが、それ以外にも色々とできる様にしました。理由はまた後日という事で。ギフトネームについても、きちんとした理由はあります。

とりあえず……これでようやく主人公の名前をハクノと書ける様になりました。


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第十話『Gift card “I am Hakuno Kishinami”

今回、少し原作とは異なる独自設定が出ています。基本的にこのSSは『自分が書きたい展開を書く』という事を中心に据えている為、「原作とは違う」と言われても書き直したりはしません。この設定が気に入らないと思われた方はブラウザバックされる事を推奨いたします。


「なんじゃこれは……」

 

 不可解に過ぎる表記をしたギフトカードを見て、白夜叉が呻き声をあげる。長年にわたって様々な者にギフトカードを与えていたが、今回の様なケースは初めてだった。

 

「おいおい、ザビのカードに至っては完全にバグってるだろ。実は壊れているんじゃないか?」

「いいや、あり得ん。“ラプラスの紙片”は対魔王用ギフトとして“ラプラスの悪魔”が粋を集めて作ったギフト。故障など万に一つも無い筈じゃ」

 

 軽口を叩く十六夜に白夜叉は即座に否定する。その顔は茶化すのが阻まられるほど真剣だった。

 

「あれ? ザビのカード、裏に何か描かれてない?」

「え?」

 

 耀の指摘に、ザビはカードをひっくり返す。

 

「なんと……。黒ウサギ達は“ノーネーム"だから無印じゃが、ギフトカードには所属しているコミュニティの旗印が描かれる。しかし……」

「旗印? これが……?」

 

 白夜叉と耀の二人で首を捻る。確かにザビのギフトカードだけ、十六夜達とは異なって裏面に四角っぽい図形が描かれていた。しかし、まるでモザイク処理をした様に形が歪み、どんな旗印なのかまるで分からない。益々意味の分からない表記に白夜叉は顔をしかめる。

 

「形が分からないにせよ、旗印があるという事は所属しているコミュニティがあるという事になるな。黒ウサギよ、そなたがザビと出会った場所に他の人間はいたか?」

「いえ、黒ウサギの耳には引っかかりませんでした。あの時、近くにいたのは黒ウサギ達以外いません」

 

 黒ウサギはギフトゲームの審判者として特別な聴力や視力などの感覚器を持つ。その黒ウサギが誰もいなかったと言うのだ。あの場にザビのコミュニティの関係者がいなかったのは確かだろう。

 そんな中、当の本人であるザビはギフトカードをじっと見つめていた。そんなザビへジンが意を決して尋ねた。

 

「あの、ザビさん。もしかして、このギフトカードに心当たりがあるのですか?」

「ん? ああ……」

 

 ザビはギフトカードをじっと見つめながら文字をなぞる。真剣な様子にジンは知らず知らずに唾を飲み込む。

 

「俺の名前……キシナミハクノだったんだ」

 

 ズッコケる音が辺りに響く。シリアスに保たれていた場の雰囲気が一気に弛緩した。

 

「最初に言う事がよりによってそれ……?」

「いやだって、ようやく自分の名前が分かったんだし。ああ、フランシスコ=ザビよりずっとしっくりくる」

「そもそも何でフランシスコ何某さんを名乗ろうと思ったのよ……」

 

 耀と飛鳥に呆れた目を向けられながらもザビ改めハクノは嬉しそうだった。彼からすれば、ようやく自分のルーツが一つ分かったのだ。

 

「ま、まあ、ザビ様……じゃなくてハクノ様の記憶を取り戻す手掛かりになったのは僥倖です」

 

 先程まで緊張感のある顔をしていた黒ウサギも脱力した様子だ。とはいえ、ようやくハクノの名前が判明したのは幸いと言うべきだった。

 

「それにギフトネームも全く読めないものばかりではありません。この“霊子魔術師”というのは、今まででハクノ様が見せていた術のギフトだと思います。やっぱり、ハクノ様は“魔法使い”の種族だったんですよ!」

 

 世界の果てで、黒ウサギはハクノが“魔法使い”の種族ではないかと推測を立てていた。確かに“霊子魔術師”のギフトネームは、それを裏付ける様に見える。

 

「それに正しく読めませんが、“月の★王”というギフトも間違いなく強力なギフトだと思います! 後は白夜叉様から記憶を取り戻すギフトを売って頂ければ、」

「すまんが、黒ウサギ。その話は無かった事にしてくれんか?」

 

 驚いて白夜叉を見る黒ウサギ。しかし、白夜叉は真剣な顔でザビのギフトカードを見つめていた。

 

「し、白夜叉様? 流石にご冗談が過ぎるのですよ?」

「いや、冗談ではない。というより、正確には売っても無駄になりそうと言うべきか……」

 

 ますます意味が分からない、という顔の全員に説明する様に白夜叉は話し出した。

 

「まず、キシナミハクノが先程見せた術から考察するぞ。確かに見た目は“ラプラスの悪魔”のギフトに酷似しておる。しかし、“ラプラスの悪魔”達にあれ程までの正確な情報は出せん。彼奴等は受信機となる“ラプラスの子悪魔”が集めた情報を分析して、未来予測や映像化を行なっている」

 

 ハッと黒ウサギは息を呑む。世界の果ての水神にせよ、耀のギフトゲームの観戦にせよ、ハクノは受信機となる存在を出している様子は無い。それなのに遠く離れた耀やグリフォンの任意の情報を引き出していた。

 

「はっきり言おう。情報収集という分野において、ハクノは“ラプラスの悪魔”を上回っている。しかも白雪とのギフトゲームでは、攻撃の無効化や傷の治療まで行ったそうじゃな。“ラプラスの悪魔”は情報収集と分析に特化したコミュニティじゃ。そんな器用な真似は出来ない」

 

 そう言われると、今更ながらにハクノは自分の異常性を理解できた。未来予知さながらの分析に、任意の情報の可視化。加えて多彩な魔法の様な力。これらを全てこなせているのは箱庭の基準でも異常と言えるだろう。

 

「故に、ハクノのギフトは“ラプラスの悪魔”でも測り切れない可能性が高い。表記のおかしなギフトカードが、その証左となるじゃろうな。それに加えてもう一つ……」

 

 スッと白夜叉は“月の★王”のギフトネームを指す。

 

「この箱庭では星に対して支配権という物がある。私が太陽の支配権を持っている様にな。部分的にしか読めんが、月の名を冠するギフトネームから月の支配権か、それに相当するギフトと見て良いじゃろう」

 

 しかし、とハクノをまじまじと見つめながら白夜叉は言葉を切る。

 

「……こうして改めて見ても、おんしからは神格は感じ取れん。だというのに、月そのものの様な気配がするな」

「月そのもの?」

 

 ハクノは鸚鵡返しに呟きながら、自分の体を見る。とはいえ、月の気配というのが分からないのだが。

 

「それは黒ウサギも感じ取っていました。ですからハクノ様は月天(チャンドラ)様の化身(アバター)ではないか、と考えていましたが……」

「私はアルテミスの気配に近いと思ったが……。第一、化身ならば大元の神霊が神格くらい渡すじゃろう?」

「あの、ちょっといいかしら?」

 

 二人だけで議論を始めそうな白夜叉達に、飛鳥が手を上げる。

 

「話が見えないのだけど……要するにザビ、じゃなくてキシナミ君は月の神様の関係者という事?」

「ううむ……星霊や幻獣の種族には見えないから、その可能性が高いとは思うが……」

 

 難しい顔で白夜叉は腕を組む。

 

「しかし仮に月神の化身だとすると、記憶喪失は意図的な物である可能性が高いぞ。神格を分け与えた化身が力に溺れる事がない様に、化身としての能力や記憶を封印させて転生させる神霊もいる。そうなると記憶の封印が解けるのは、基本的にその神霊自身にしか出来ん」

「そんな……白夜叉様の御力でもどうにかならないんですか?」

「すまぬが、今この店に置いてあるのは下層コミュニティ向けのギフトじゃよ。月神に関わる者の封印となると、その程度のギフトでは破れん。かと言って、上層コミュニティ向けのギフトはボスの許可無しでは売れんのだ」

 

 ジンは肩を落として俯いた。そもそも“ノーネーム”は箱庭では最下層の位置付けだ。“サウザンドアイズ”の敷居を跨る事が出来るのも、白夜叉の好意に依るもの。白夜叉が口を利いても、“サウザンドアイズ”のリーダーは“ノーネーム”相手に貴重なギフトを売るなど許しはしない。

 

「すまんのう。ギフトを売ると約束したが、ここまで厄介な事態になるとは考えてなかった。この埋め合わせは、必ず行おう」

「いや、気にしないでくれ」

 

 頭を下げる白夜叉にハクノは首を横に振る。

 

「自分の名前が分かっただけでも僥倖なんだ。俺にとっては、それだけで十分だよ」

「そう言ってもらえると助かる。そなたの所属コミュニティについては私も調べてみよう。ただし相手が神群のコミュニティだった場合、情報を仕入れるのは難しくなるがな」

「ありがとう。さて……」

 

 白夜叉に礼を言うと、ハクノは改めてジンに向き直る。

 

「ジン。君が良ければだけど、改めて“ノーネーム”に御世話になって良いかな?」

「それは……でも、ハクノさんにはキチンとしたコミュニティがあるんじゃ……」

「その所属コミュニティが何処か分からないんだ。それに何の連絡もないコミュニティより、どこの誰かも分からないのに迎え入れてくれるコミュニティの方が俺は親しみが持てるよ」

 

 どうかな? と問うハクノにジンは慌てる。確かにハクノを“ノーネーム”の一員として迎え入れようとしたが、何処かの神群の関係者かもしれないという事は予測していなかった。冷静に考えれば、ハクノを保護する事で彼の所属コミュニティに恩を売れる機会だと言える。しかし“ノーネーム”は箱庭では“名無し”という蔑称で呼ばれる様な最底辺のコミュニティだ。対応を誤れば、彼のコミュニティから圧力がかかるかもしれない。しかもハクノのギフトを見る限り、下手をすれば上層に本拠地を構える神群の可能性も高い。神群がその気になれば、“ノーネーム”など一息で潰せるのだ。成り行きで当主になって間もない少年にこの事態は予想外すぎた。助けを乞う様に白夜叉を見る。だが、白夜叉は首を横に振る。

 

「これは“ノーネーム”の問題じゃよ。私が口を挟む事ではない」

「それは……でも、」

「決断せよ、ジン=ラッセル。それがコミュニティの当主となった者の最低限の務めじゃ」

 

 コミュニティの当主である以上、年端もいかない少年だろうと甘やかす気は無いと言外に伝える白夜叉。ジンはしばらく困った様にまごまごとしていたが、覚悟を決めた様に顔を引き締めた。

 

「分かりました。キシナミハクノさん。“ノーネーム”の現当主であるジン=ラッセルの名の下に、貴方を“ノーネーム”の一員として迎えます。ただ、貴方の扱いは客分とします。貴方のコミュニティが見つかった時が来たら、コミュニティに帰って貰っても構いません」

「……分かった。これからよろしく、リーダー」

 

 ペコリと頭を下げるハクノにジンは緊張しながらも堂々とした態度で応じた。拙いながらも当主としての務めを何とか果たした少年に白夜叉は満足気な笑みを浮かべながらも、頭の中ではハクノの不可解なギフトの事を考えていた。

 

(“ラプラスの悪魔”達を上回る情報収集、そして“月”か……)

 

 この二つの単語を繋げる存在に、白夜叉は覚えがあった。

 それは遥かな太古。いま箱庭にいる神群達も生まれたばかりだった頃。そう、箱庭という世界が出来て間もない頃に忽然と現れた―――。

 

(いや……まさかな………)

 

 心の中で首を振り、白夜叉は自分の考えを打ち消した………。




“月の観測機”について

 このSSでは箱庭成立以前から存在しており、“ラプラスの悪魔”達を上回る能力を持った観測機とします。原作では“ラプラスの悪魔”は織田信長の死の真相の様な『史実にあったが誰にも観測されなかった事象』は観測不可領域となりますが、“月の観測機”は地球が誕生した頃から細菌の様な極小生物も余すことなく観察・記録を行い、天文学的な数に及ぶIFの可能性も計算しているという設定です。この事から“月の観測機”には観測不可領域は無いと考えました。また、箱庭の成立には『神が先か人が先か?』という問題があります。その答えがはっきりと出てない以上、次の様に考えました。

①人類が先に生まれ、その信仰によって神霊が生まれたと仮定する。
②その人類の誕生以前から“月の観測機”は存在している。
③箱庭は人類史と共依存している世界である事から、箱庭が出来るより以前に“月の観測機”は存在している。

以上の事を踏まえて、このSSでは“月の観測機”は箱庭成立以前から存在する“ラプラスの悪魔”を上回った観測機という扱いにしています。

(設定を遵守するなら“月の観測機”が存在するのはEXTRA世界だけですが、これについては独自設定を作っています。今後の展開のネタバレになるので、ここでは明示しません)

あくまでこの設定はsahalaのSS独自の物であり、原作とは異なる事を読者の皆様はご了承ください。


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第十一話『Letizia』

ハクノがあまり関係しない原作シーンはカット、カット、カット。


 寝台に横たわった耀の体にハクノは手を触れる。応急処置として巻かれた包帯が赤く染まる脇腹に手をかざし、治療のコードキャストを発動させる。淡い緑色の光がハクノの手から溢れ、耀の傷口へと入っていった。そして十秒と経たず、傷口は塞がれて血色の良くなった耀が静かに寝息を立てていた。

 

「ふう………」

 

 額の汗を拭いながら、ハクノは安堵の溜息をつく。

 白夜叉の店に行った翌日、飛鳥達と“フォレス・ガロ”のギフトゲームが行われた。当初は楽勝だと思われたギフトゲームだったが、ゲーム舞台に着いた時に誤算があった。“フォレス・ガロ”のリーダーのガルド・ガスパーが何者かに“鬼化"のギフトを付与されて、強力な人喰い虎になって待ち受けていたのだ。飛鳥達の機転で何とかガルドを討ち果たしたが、ゲームの過程で耀が怪我をしてしまった。出血が酷かった為、簡易な応急処置をした後に急いで“ノーネーム"本拠へと戻って殺菌や消毒を行い、ハクノのコードキャストで傷口を塞いだところだ。

汚れた包帯を取り除くと、ハクノは部屋を出た。

 

「あ……キシナミくん」

 

 ドアを開けると、飛鳥と鉢合わせした。

 

「春日部さんの容態はどう?」

「傷口の消毒と治療は終わった。もう心配無いよ」

「そう……良かった」

 

 飛鳥は安心した様に肩を下ろした。飛鳥が新しい普段着として着ている真紅のドレスは、よくよく見れば所々が解れていたり泥で汚れていた。おそらく耀が運び込まれた直後から、ずっと待っていたのだろう。

 

「あとは血液が足らなくなっているから輸血する必要があるな。とはいえ、そっちは黒ウサギが増血のギフトを使うと言っていたけど」

「私の血液では駄目かしら? 春日部さんの為ならいくらでも提供するわよ」

「気持ちは嬉しいけど、二人の血液型が一致しているか分からないし、移植片対宿主反応……簡単に言うと、他人の血液を入れた時に起きる免疫反応とかあるから今はいいよ。“ノーネーム”にリンパ球を排除する為の放射線照射機器がある様には見えないし、コードキャストで再現するには調整が……って、どうかした?」

 

 ポカンとした顔で見る飛鳥にハクノは疑問符を浮かべる。飛鳥は淑女らしからぬ顔をした事を誤魔化す様に咳払いした。

 

「とにかく、急を要する事態ではないという事ね。それにしても、キシナミ君は自分の記憶が無いのに結構博識よね」

「いや本当に何でだろうね? こういう知識はスラスラと出てくるのに、自分の事だけは思い出せないなんて……」

「実は医者だった、とかないかしら? そう言われても納得するけど」

「まさか。俺じゃ学校の保健委員が精一杯だよ」

 

 無い無いと首を振るハクノだが、飛鳥はそうは思わなかった。ギフトゲーム終了直後に行った耀の応急処置の手際は、素人目で見ても冷静で的確だった。これが医者では無いなら何だと言うのか?

 

(仮に医者で無いとしても、妙に手慣れていたわね。まるでこんな状況は何度も経験した、と言うばかりに)

 

「飛鳥?」

「なんでも無いわ。それより春日部さんの事で私に出来る事はあるかしら?」

「ああ、それなら服を着替えさせてあげて欲しいな。医療行為とはいえ、異性に体を色々と触られるのは耀も嫌だと思うからね」

「結構律儀なのね。分かったわ、私がやっておく」

 

 耀の寝ている部屋に入っていた飛鳥を尻目に、ハクノは二階に上がり、談話室に入った。そこにはソファーに座りながら、分厚い本を読んでいた十六夜がいた。

 

「よう、ドクター。春日部の容態はどうだ?」

「だからドクターじゃないってば」

 

 軽口に付き合いながら、耀の容態を説明すると十六夜は満足そうに頷いた。

 

「問題なさそうならOKだ。しかし春日部の怪我も2、3日で完治できるとはな。ギフトの力というのは大したもんだ」

「あの出血量を増血だけでどうにか出来る、というのは元の世界の医学じゃ考えられないけどね。それで———ジンは君のお眼鏡に適った?」

 

 ハクノが気になっていた事を聞くと、十六夜はニヤリと笑いながら本を閉じた。

“フォレス・ガロ”のギフトゲームの前日。ガルドに脅されて襲撃をかけてきた連中を撃退した十六夜は、彼等に「ガルドを倒す代わりに“ノーネーム”のジン=ラッセルが全ての魔王を打倒する、と喧伝しろ」と命令した。当初、ジン=ラッセルは十六夜にもの凄く反発した。魔王の恐ろしさを知る彼からすれば、魔王達と進んで戦いを挑む方針は正気の沙汰ではない。しかし………。

 

「“ノーネーム"には旗印も名前も無い。それならば旗頭としてジンを掲げて名前を売り、同じ様に“打倒魔王”を掲げる人材を集める。問題はジンの器量次第だったけど……」

「それに関しては問題なしだ。あの御チビ、ギフトゲームが終わった直後に嫌なら辞めてもいいと言ったんだが、一丁前に“自分の名前を全面に出すなら、皆の風除けくらいにはなれる”と言い返してきやがった。ま、器量だけなら及第点じゃねえの?」

 

 呆れた様に言う十六夜だが、いつもの人を小馬鹿にした笑顔に嬉しそうな色が混じっている事をハクノは見逃さなかった。彼にとって、ジンが見せた器量は予想以上だったのだろう。期待以上の結果が得られて、大変満足そうだった。

 

(十六夜の方法は荒療治だけど、それ以外に有効な手立ても無いからな………)

 

 チラリとハクノは窓の外を見る。そこには草木も生えない様な荒れ地となった“ノーネーム”の敷地が見えた。これも“ノーネーム”を襲撃した魔王の力なのだと言う。魔王に敗れた“ノーネーム”は旗印と名前、コミュニティの仲間を奪われた上に敷地内は不毛の大地へと変えられたのだ。かつてはコミュニティの人員の胃袋を満たしていた畑も使い物にならず、今は白夜叉の援助無しでは“ノーネーム”の子供達を養っていけない様な状況だ。

 

(以前の“ノーネーム”は東側で最大のコミュニティだったけど、それでも魔王に負けた。元の隆盛を取り戻すには、多くの人材が必要なんだ。それこそ、かつての“ノーネーム”を超える程に)

 

「なんにせよ、今度は俺が約束を守る番だな」

 

 拳を鳴らしながら、十六夜は立ち上がる。

 

「御チビは約束通りにゲームをクリアした。なら俺も御チビが出たかったゲームをクリアしますかね」

「ああ、“ノーネーム”の元仲間が出品されるギフトゲームか」

 

 記憶が無いながらも倫理観が現代社会に依っているハクノには信じ難い事だが、箱庭ではギフトゲームとして認められれば人身売買も可能だという。そんな中で“ノーネーム”に所属していた仲間が景品に出されるギフトゲームが開催されるというのだ。ジンは十六夜の提案を吞む代わりに、このギフトゲームへの十六夜の出場を約束していた。

 

「いま黒ウサギがゲームの参加手続きを取りに行ったから、あとは……と、さっそく帰ってきたか」

 

窓の外に兎耳の少女が見えた。黒ウサギの帰りに十六夜は待ち侘びた様子で出迎えに行った。

 

***

 

「ギフトゲームが中止?」

「はい………」

 

 黒ウサギは肩を落としながら頷いた。申請に行った黒ウサギの話によれば、巨額の買い手がついた為にギフトゲームの開催そのものが取り消されたそうだ。

 

「そんな………なんとかならないのか?」

「難しいでしょう。ゲームの主催を行っていたのは“ペルセウス”。“サウザンドアイズ”傘下の幹部コミュニティです。直轄では無いため白夜叉さまの伝手を頼っても、ゲームを再開させることは出来ないでしょう」

「要するに、そいつらは金を積まれたからゲームを取り下げるような五流エンターテイナーってわけだ」

 

 先程とは一転して不機嫌な顔になった十六夜が吐き捨てる。人の売り買いに対してではなく、一度は景品として出しておきながら高額がついたからとあっさりとゲームを取り止めた事に対する不快感を露わにしていた。

 

「まあ、純粋に間が悪かったと諦めるしかねえか………。ところでその仲間はどんな奴だったんだ?」

「そうですね………一言で言えば、スーパープラチナブロンドの超美人さんです。指を通すと絹糸みたいに肌触りが良くて、湯浴みの時に濡れた髪が星の様にキラキラするのです」

「へえ? よく分からないが見応えがありそうだな」

「それはもう! 加えて思慮深く、黒ウサギより先輩でとても可愛がってくれました。近くに居るのならせめて一度お話しかったのですけど………」

「おや、嬉しい事を言ってくれるじゃないか」

 

 突然した声に驚いて窓を見ると、そこにはにこやかに笑う金髪の少女が窓の外で浮かんでいた。跳び上がって驚いた黒ウサギが急いで窓に駆け寄る。

 

「レ、レティシア様!?」

「様はよせ。今の私は他人に所有される身分だ」

 

 黒ウサギが窓を開けると、レティシアと呼ばれた少女は苦笑しながら談話室へ入る。

 砂金の様な金髪を特注のリボンで結び、紅いレザージャケットに拘束具を彷彿させるロングスカートを着た彼女は、黒ウサギの先輩と呼ぶにはずいぶんと幼く見えた。

 

「こんな場所からの入室で済まない。ジンには見つからずに黒ウサギと会いたかったんだ」

「あんたが元・魔王様か。前評判通りの美人………いや、美少女だな。目の保養になる」

 

 レティシアをマジマジと見つめる十六夜。それに対してレティシアは笑いを噛み殺しながら、上品に微笑んだ。

 

「ふふ、なるほど。君が十六夜か。白夜叉の言う通り歯に衣着せぬ男だな。しかし観賞するなら黒ウサギも負けてないと思うのだが」

「あれは愛玩動物なんだから弄ってナンボだろ」

「ふむ。否定はしない」

「否定して下さい!」

 

 口を尖らせる怒る黒ウサギ。しかし久しぶりに仲間に会えた事が嬉しいのだろう。その表情はいつもより柔らかった。

 

「黒ウサギ、ひょっとしてこの人が?」

「YES! “箱庭の騎士”と称される希少な吸血鬼の純血。それがレティシア様なのです!」

「………吸血鬼、か」

 

 ハクノは何かを考え込むと、意を決してレティシアに話し掛けた。

 

「レティシアさん、だったか? 貴方に聞きたい事があるのだけど……」

「君が何を考えているかは分かる。ガルドを鬼化させたのは私だ」

 

 突然の告白に息を呑む黒ウサギ。しかしハクノと十六夜は驚かなかった。唐突に鬼種のギフトを手に入れたガルドといい、レティシアがこのタイミングで現れた事といい察するには簡単過ぎた。

 

「……何故そんな事を?」

 

 いつもより硬い声でハクノは問い質す。耀が負った怪我は場合によっては命に関わる物だった。治療を行ったハクノにはそれが正しく理解出来ていた。レティシアはすまなそうに目線を落とした。

 

「君の怒りはもっともだ。負傷した彼女には心よりお見舞い申し上げる。私は新しく加入した子達の力量を試したかったのだ。“ノーネーム”としてのコミュニティの再建は茨の道。もしも新たな同士が力不足なら、ジンに更なる苦労を負わせる事になる」

「………」

「だからこそ試したかった。異世界から呼び出してまで招いたギフト保持者。彼等がコミュニティを救える力を持っているか否かを」

「結果は………どうだった?」

 

 ハクノが聞くと、レティシアは苦笑しながら首を横に振った。

 

「ゲームに参加した彼女達はまだまだ青い。ガルドでは当て馬にすらならなかったから、判断に困る」

 

 席を立ち、窓から空を見上げるレティシア。その顔は憂いに満ちていた。

 

「何もかもが中途半端なまま、ここに足を踏み入れてしまった。さて、私は君達になんと言えばいいのか」

「違うね」

 

 突然、今まで聞き役に徹していた十六夜がレティシアに声をかける。

 

「アンタは古巣へ言葉をかけたくて来たんじゃない。仲間が今後、自立した組織としてやっていける姿を見たかったんだろ」

「………そうかもしれないな。解散を勧めるにしても、ジンの名前が知れ渡った今では意味が無い。だが仲間の将来を託すには不安が多すぎる」

「その不安。払う方法が一つだけあるぜ」

 

 そう言って、十六夜は不敵に笑った。

 

 

 



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第十二話『Perseus』

原作と変わらないシーンを書くのは疲れるので、ハクノが関係しないシーンはどんどんカットしていきます。そうすれば、自分の書きたいシーンに早く辿り着けるので。
ちゃんとしたシーンを読みたい方はお近くの書店かネットで原作を買いましょう(ダイマ)


———“サウザンドアイズ”2105380外門支店。

 

「よくも双女神の看板に泥を塗ってくれたな」

 

 白夜叉は目の前の男に冷たい声を投げかける。

 

「一度開催を約束したギフトゲームを中止するなど………本来なら降格ものだ」

 

 しかし男はふてぶてしい態度を崩そうとしなかった。そもそも彼の服装が既に礼節を欠いている。派手なレザージャケット、シルバーアクセサリーを指や首にジャラジャラと取り付けた遊び人風のファッションは仮にも東側の階層支配者(フロアマスター)である白夜叉の前では無礼と言うべきだろう。そんな礼節を弁えていない彼こそが、白夜叉と同じく“サウザンドアイズ”の幹部————コミュニティ“ペルセウス”のリーダー・ルイオス=ペルセウスなのだ。

 

「そんなに責められる事ではないと思いますがねえ? 参加者達にも納得してもらった上での中止なんでね」

 

 胡座を崩しただらしない座り方でヌケヌケと言い放つルイオスに白夜叉は鼻を鳴らす。どんな手段を用いて参加者達を納得させたかなど聞きたくなかった。どうせ聞いても気分が悪くなるだけだろう。

 

「それよりもそのゲームの商品だった吸血鬼が逃げ出したんですけど、御存知ありませんかねえ?」

「………レティシアの事なら隠し立てするつもりは無いぞ」

 

 ニヤニヤと笑うルイオスに白夜叉は毅然と言い放つ。現在、“ペルセウス”に所有されているレティシアが“ノーネーム”の元へ行けたのは白夜叉の手引きによるものだ。自分の商品に逃げられたというのに、ルイオスは余裕のある態度だった。

 

「ああ、やっぱり。そんなにあの吸血鬼を古巣に帰したかったんだ?」

「………そこまで分かっていながら、随分と余裕そうじゃな」

「いやそんなに余裕無いですよ? 吸血鬼に買い手も決まった事だし、一刻も早く戻ってきて貰わないと困るんでね。さっき部下達に回収を命じたところってわけ」

 

 ただ………とルイオスは口元を歪める。

 

「手荒い連中だから邪魔する奴がいたら、うっかり(・・・・)殺しちゃうかもしれませんがねえ?」

「貴様………!」

 

白夜叉が憤怒の表情で立ち上がる。自分が目をかけている“ノーネーム”に危害を加えられようとしているとあっては、さすがに黙っていられない。今まさに白夜叉の逆鱗に触れている事を理解しながらも、ルイオスは冷や汗を流しながら虚勢を崩さない。

 

「おお、怖い怖い。元・魔王様が相手じゃ、僕ごときは簡単に殺されるだろうなあ。でも………僕にも切り札の一つくらいはあるんでね。殺される前にコイツ(・・・)を暴れさせるくらいは出来るかな?」

 

 芝居掛かった仕草でルイオスは首のペンダントを弄る。蛇の髪の毛をもつ凶悪な女性の顔をモチーフにした悪趣味なアクセサリーだった。しかし、白夜叉には分かっていた。あれこそは“ペルセウス”の当主が代々受け継いできたギフトであり、一時期は自分と同格に扱われていた魔王を封じ込めたギフトだ。そしてそれを暴走させれば、自分を倒せないまでも支店にいる従業員達が皆殺しにされるだろう事も。

 

「………貴様の代になってから“ペルセウス”は変わったな。以前はこんな人質を取る様な脅迫はしなかったぞ」

 

 今すぐルイオスを縊り殺したい衝動を理性で抑えつけながら、白夜叉はルイオスに怒気を向けていた。

 

「貴様の父―――テオドロス=ペルセウスは酒や女にだらしない所はあったが、星座の騎士の名に恥じぬ高潔な精神の持ち主じゃった。どうやら貴様は父から何も学ばなかったらしいな。そもそもテオドロスならばギフトゲーム上の事とはいえ人身売買など、」

「僕は、親父とは違う」

 

 尚も言い募ろうとする白夜叉をルイオスが先よりも若干高めの声で遮った。

 

「ああ、そうさ。親父ならもっと上手くやっただろうよ。でもそんな親父もギフトゲームであっさりとくたばったんだ。今の“ペルセウス”は僕がリーダーなんだ。部外者のあんたにアレコレ指図される謂れはないね」

 

 断固たる口調で拒絶するルイオス。だが、その顔は何かに苛ついている様に険しく、ギュッと握りしめたペンダントの手も細かく震えている事を白夜叉は見逃さなかった。

 

「ルイオス、おんしは―――」

 

 白夜叉が何か声をかけようとしたその時だった。障子をノックする音が響いた。

 

「入れ」

「失礼します。白夜叉様、門前に件の“ノーネーム”が現れました」

 

 三つ指をつきながら障子を開けた女性店員の報告に白夜叉は眉を上げた。噂をすれば影、と言うべきか。

 

「して、彼奴等は何と?」

「はっ、彼等の話によると………“ペルセウス”所有のヴァンパイアが敷地内で暴れ、その捕獲に来た“ペルセウス”の騎士達が“ノーネーム”に対して暴行や暴言を振るった、と言っています」

「………ふん、なるほどな」

 

 女性店員の報告に白夜叉は意図を察した。すぐさま女性店員へと指示を出す。

 

「あい分かった。この話は私が預かろう。彼奴等をこの場に通せ」

「はっ」

 

 すぐさま女性店員は立ち去った。そんな中、ルイオスは舌打ちを一つ漏らした。

 

「チッ、使えない部下共だよホント」

 

 ***

 

「―――“ペルセウス”の狼藉は以上です。そちらのコミュニティの所有するヴァンパイアとその追手が、我らのコミュニティの敷地内で狼藉を働いたのは明白です」

 

 白夜叉とルイオスの前で“ノーネーム”を代表して黒ウサギが釈明する。全ての非が“ペルセウス”にある様な言い分だったが、事実は些か異なる。

 かつての古巣の未来を憂いているレティシアに十六夜が実力を見せる為に決闘を申し込んで戦っていたところで、“ペルセウス”の追手達の横やりが入った。彼等はレティシアを“ゴーゴンの威光”で石化させて連れ帰ろうとしたが、その時にレティシアを箱庭都市の外のコミュニティへ売ろうとしている事を“ノーネーム”の前で漏らしてしまった。箱庭都市には吸血鬼の様な太陽を苦手とする種族の為に不可視の天蓋によって太陽光を防ぐ仕掛けがされている。箱庭都市の外へ出るという事は、吸血鬼にとっては行動を著しく制限される事と同じだ。黒ウサギは元・仲間であるレティシアがそんな不自由な扱いにされると知って、黙っていられなかった。

 しかし、五桁に所属する“ペルセウス”からすれば名も旗もない“ノーネーム”の言葉など耳を傾ける価値はない。“名無し”風情が邪魔をするな、と邪険にした事でとうとう黒ウサギの堪忍袋の緒が切れた。レティシアへの扱い、“ノーネーム”とはいえ他人のコミュニティに土足で踏み入れたこと、そして同士達への非礼な扱い………。それら全ての怒りを込めてギフトを発動させようとした黒ウサギ。しかし、ここで下手に揉めれば白夜叉に迷惑がかかると思った十六夜が止め、その内に“ペルセウス”達はレティシアを連れて逃げ出してしまった。

 その為、“ノーネーム”は怪我で動けない耀と彼女の看病に残したジンを除いた全員で“サウザンドアイズ”へと抗議に来たのだ。

 

「よって、この屈辱は両コミュニティによる決闘をもって決着をつけるべきです」

 

 これこそが黒ウサギの狙いだった。まるでレティシアが暴れまわったせいで“ノーネーム”が“ペルセウス”から被害を受けた様に話し、その遺憾を両コミュニティの決闘で解決させる。そして決闘で勝利した景品としてレティシアを“ノーネーム”に取り戻す。“ペルセウス”が断ろうにも、白夜叉が仲介に入れば彼女の主催者権限(ホストマスター)によってギフトゲームを強制執行させられる。レティシアを取り戻す為になりふり構わずに手段を構築した黒ウサギの一手だったが………。

 

「嫌だね」

 

 唐突にルイオスは言った。彼は髪を掻き上げながら、黒ウサギを流し見る。 

 

「大体さ、吸血鬼が暴れたって証拠はあるの? そっちのでっち上げかもしれないじゃん」

「そ、それは………」

「そもそも、あの吸血鬼が逃げ出す理由は君達だろ? 元・お仲間さん。実は盗んだんじゃない?」

「言いがかりです!」

「じゃあ調査してみる? ま、それをやって困るのは何処かの誰かさんでしょうけど?」 

 

 わざとらしく白夜叉を盗み見するルイオス。対する白夜叉は、鼻を鳴らして受け流していた。

 ここに来て、黒ウサギ達もレティシアが誰の手引きで“ノーネーム”に来られたのか理解できた。こうなっては黒ウサギも口を閉ざすしかなかった。大恩ある白夜叉にこの一件で苦労を掛けるのは避けたい。

 

「さて、僕はさっさと帰ってあの吸血鬼を売り払うとするかな。知ってる? 吸血鬼の買い手は箱庭の外のコミュニティなんだ。吸血鬼は不可視の天蓋で覆われた箱庭でしか日の光を浴びられない。アイツは日光という檻の中で永遠に玩具にされるんだ」

 

「あ、貴方という人は………!」

 

 怒りのあまり、逆立ったウサ耳が震える黒ウサギ。しかし続くルイオスの言葉で凍りついた。

 

「アイツも馬鹿だよね。他人の所有物になるなんて恥辱を被ってまで、己のギフトを魔王に譲り渡すなんてさ」

「………え?」

「気の毒な話だよ。魔王に生命線であるギフトを譲って仮初の自由を手に入れたのに、昔の仲間は誰も助けてくれないんだもんなぁ。いやはや目を覚ましたら、アイツはどんな顔をするんだろうねえ?」

 

 十六夜との決闘の最中にレティシアのギフトカードを黒ウサギは盗み見ていた。かつて神格と鬼種の純血を兼ね備えていたが故に魔王として君臨していたレティシアのギフトが大幅に削られていた。その理由が己の魂とも言えるギフトを売り渡してまで“ノーネーム”に駆け付けようとしていた事を知り、黒ウサギの顔色は真っ青になっていた。

 

「取引しないかい、月の兎さん」

 

 スッとルイオスは手を差し出し―――邪悪な笑みを浮かべた。

 

「吸血鬼は返してやる。その代わり………君は生涯、僕へ隷属するんだ」

「何を言ってるの! そんな提案、聞けるわけないでしょ!」

 

 怒りのあまり、飛鳥は席を立つ。目の前の男は異性を性の捌け口くらいにしか見ていないと飛鳥は直感で理解できた。そんな相手に黒ウサギの身柄を引き渡せるわけがない。

 

「妥当な取引だと思うよ? “箱庭の騎士”の吸血鬼の代わりに、“箱庭の貴族”である月の兎がウチに来る。交換レートは釣り合ってるだろ? それとも元・お仲間が惜しくないとか?」

「………っ!」

 

 ニヤニヤと好色そうに笑うルイオスに黒ウサギは何も言い返せない。いま彼女の中ではレティシアと“ノーネーム”の事が天秤にかけられ、激しく揺れ動いていた。そんな黒ウサギの迷いを見透かした様にルイオスは尚も言い募る。

 

「ホラホラ、君は月の兎なんだろ? 帝釈天に自己犠牲の精神を買われて箱庭に招かれたんだろ? 今度は君のお仲間の為に、僕にその身体を差し出し」

黙りなさい(・・・・・)!!」

 

 黙り込んだ黒ウサギに尚も詰め寄るルイオスは、飛鳥の“威光”で強制的に口を閉じさせられる。

 

「っ………!? ……………!!?」

「貴方は不愉快だわ。そのまま地に頭を伏せてなさい(・・・・・・・・・・・・・・)!」

 

 混乱するルイオスに、飛鳥は更に“威光”を使う。ルイオスは飛鳥の命令に従う様に体を前のめりにさせていき―――

 

「こ、の、アマ。そんなものが、通じるのは―――格下だけだ、馬鹿が!」

 

 飛鳥の“威光”に逆らう様に、急激にルイオスは体を起こす。自分のギフトが破られると思っていなかった飛鳥は目を見開く。その隙をルイオスは見逃さない。ギフトカードから取り出した金色の半月形の鎌を取り出し、飛鳥へと刃を奔らせる。目前に迫った死に、飛鳥は思わず目をギュッとつむり―――

 

術式起動(プログラムアクセス)―――code:add_invalid()!」

 

 金属が衝突する様な甲高い音が鳴り響く。飛鳥が目を開けると、ルイオスと飛鳥の間にハクノが割り込んでいた。ハクノは左手から光の壁を出し、ルイオスの鎌は壁に完全に阻まれていた。

 

「おまえ―――!」

「ええい! 止めんか小童ども! 話し合いで解決出来ぬのなら外に放り出すぞ!」

 

 ルイオスが激昂してさらに武器を振るおうとするが、白夜叉の叱責が飛んだ。舌打ちしながらもルイオスは武器を収める。

 

「………言っておきますが、先に手を出したのはあの女ですからね」

「ええ、分かってます。これで今夜の一件はお互いに不問としましょう。………先程のお話ですが、少しだけお時間を下さい」

「「黒ウサギ!?」」

 

 返事に驚くハクノと飛鳥。しかし黒ウサギは二人と目を合わせず、ウサ耳を萎れさせていた。その様子にルイオスはヒュウと口笛を吹きながら応じた。 

 

「オッケーオッケー。こっちも取引のギリギリの期限………一週間先まで待ってあげる。僕の物になる決心が着いたら、いつでも来なよ」

「………失礼します」

「待ちなさい、黒ウサギ!」

 

 足早に立ち去る黒ウサギの背を飛鳥は追いかける。ハクノは一瞬、白夜叉と話すべきか躊躇したが、とにかく飛鳥達の後を追う為に退室した。

 

「おい、あんたが“ペルセウス”のリーダーか?」

「だったら何だ?」

 

 ただ一人残った十六夜はルイオスを値踏みする様な不躾な目で見て、やがて深い溜息をついた。

 

「名前負けし過ぎ。期待した俺が間違いだったわ」

「………今なら安い挑発でも買うぜ?」

 

 顔を真っ赤にしながらもルイオスはギフトカードを握りしめる。しかし十六夜は片眉だけ上げ、興味を無くした様に立ち去った。

 




・テオドロス=ペルセウス

オリキャラ。ルイオスの父親であり、“ペルセウス”の先代リーダー。故人。
酒と女にだらしなかったが、白夜叉も一目置く様な人物だった。

・ルイオス

原作と違って、コンプレックスが高くなっている。


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第十三話『Touchstone』

今回は携帯電話からの投稿なので、所々に表記が可笑しくなっているかもしれません。八月も今日で終わりですが、皆様は良い夏休みを過ごせましたか? 自分はラスベガスでQP荒稼ぎしていきます。


 “サウザンドアイズ”に出向いてから一晩明けた早朝。まだ陽も昇り切っていない時間帯にハクノは自室のベッドの上で天井を見上げていた。あの後に“ノーネーム”に帰ってきたハクノ達は黒ウサギと話し合ったが、レティシアを見捨てる事が出来ない黒ウサギとは話が平行線のまま会議は終わってしまった。そして騒ぎを起こしたとしてハクノ達はジンから謹慎処分を言い渡された。もっとも、ジンは頭を冷やす時間を設けるつもりで処分を下したのだが。深夜になってハクノはベッドに入ったが、あまり寝付く事が出来ずに夜が明けてしまった様だ。

 

「ふう………」

 

 ハクノは思わず溜息をつく。当然ながらハクノは黒ウサギが犠牲になる事など望んでいない。しかし、レティシアがこのまま箱庭の外で慰み物となる事も見過ごせない。

 

「じゃあ、両立させられるかと言うとどうすればいいのか………」

 

寝返りをうちながらハクノは独りごちる。現在、レティシアはルイオスの手の内にある。ルイオスからレティシアを取り戻せる状況にするには?

 

①ルイオスのコミュニティ“ペルセウス”を壊滅させる。

 

(これは論外。十六夜の力があれば出来そうに見えるが、そうなると“ペルセウス”が所属している“サウザンドアイズ”が黙ってないだろう。多くの敵を作るこの方法は除外だ)

 

②ルイオスからレティシアを買い取る。

 

(これも無理だ。“ノーネーム”の台所事情は俺が考えるよりも芳しくない。恐らくコミュニティの全てを質に入れても、レティシアの売値には満たない)

 

③ルイオスがレティシアを手放さざるを得ない状況にする。

 

(これはどうだろうか? 一見、不可能そうだが何とかならないだろうか? 例えばそう、ルイオス本人ではなく“ペルセウス”として動かなくてはいけない様な―――)

 

 そこまで思考が行き渡った時、ハクノは不意に思いついた。ベッドから起き出して身支度を済ませると、朝食も摂らずに“ノーネーム”を後にした。

 

***

 

「そろそろ来る頃だとは思ったぞ」

 

ハクノが“サウザンドアイズ”の支店前に行くと、白夜叉が待ち構えていた。

 

「白夜叉……どうしてここに?」

「なあに、朝の散歩じゃよ。そういうおんしは、朝の散歩というわけでは無さそうじゃな?」

 

ニヤリと笑う白夜叉に気になる所はあったが、ハクノは自分の用事を優先させる事にした。

 

「単刀直入に言う。“ペルセウス”をギフトゲームに引きずり出す方法を教えて欲しい」

「これはまた唐突だの。そもそもどうしてそんな考えに至ったのやら」

「………少し考えてみたんだ。コミュニティがどうやって名前と旗印を売るのかを」

 

 コミュニティにとって名と旗印は命の次に大事な物だ。ではその名と旗印を売るにはどうすればいいか? もっとも簡単な方法はギフトゲームで連勝する、もしくは自分でゲームの主催者を行うことだ。

 

「あの後に黒ウサギから聞いたけど、“ペルセウス”は五桁のコミュニティ。それくらいの上位にいるなら“ペルセウス”主催のギフトゲームだってあるはずだ。それも“ペルセウス”の名前に相応しい様な」

 

 ギフトゲームの主催を行うコミュニティは、名前を効果的に売る為にコミュニティの名に関連したギフトゲームを開催する。白夜の魔王であった白夜叉が、自分の名と同じ白夜の世界をゲーム盤とした様に。

 

「もしもそんなギフトゲームをクリアしたら、それこそコミュニティの名前と沽券に関わる事だ。リーダーのルイオスが無視しても、“ペルセウス”として黙っていられなくなるはずだ」

 

 ハクノがそこまで言い終わると、白夜叉はニンマリとした笑みを浮かべた。

 

「ふぅむ。少し甘いが及第点にしておこうかの。おんしの予測通り、“ペルセウス”主催のギフトゲームはある。それも下層のコミュニティに常時挑戦を受け付けている物がな」

「っ! それは、」

 

 期待していた以上の情報に浮き足立ったハクノを手で制して白夜叉は先を続ける。

 

「おんし、ペルセウスの伝説は知っているかの」

「………概要くらいは」

 

 ペルセウスはギリシャ神話に登場する半神の英雄だ。彼はハデスの不可視の兜やヘルメスの空飛ぶサンダル、不死身殺しの鎌ハルペーやアテナの盾といった様々な武具ギフトを身に着けて怪物ゴーゴン殺しを行った。

 

「そのペルセウスはな、ゴーゴン殺しに行く前に二匹の怪物を相手した。それがグライアイとクラーケン。コミュニティの“ペルセウス”もまた、この二匹を見事打倒した者には自身への挑戦権を認めておる」

「つまり、“ペルセウス”に挑むには伝説をなぞって怪物達の試練を乗り越えて来い、ということ?」

 

ハクノの質問に白夜叉は首肯する。そして柏手を一つ打つと、地図と荷物の入った背嚢が現れた。

 

「ここから一番近い試練———グライアイの居場所の地図と道中の食糧じゃよ。持っていくが良い」

「ありがとう。でも………どうしてここまでしてくれるんだ?」

「なあに、私も此度のルイオスの振る舞いには目にあまるからな。それに、おんしには記憶を思い出すギフトの件で埋め合わせをすると約束した。これは正当な援助じゃよ。それより残された時間は多くないんじゃろ? 急ぐが良い」

 

悪戯っぽく笑う白夜叉に礼を言うと、ハクノはその場を後にした。そしてハクノの背が見えなくなると、支店の扉がガラッと開いた。

 

「いいのですか? 彼より先に金髪の少年が来た事を伝えなくて」

「構わんよ。逆廻十六夜の性格からして力が強いクラーケンの方から挑むじゃろ。対してキシナミハクノはここから近いグライアイの試練に挑むじゃろうから、無駄足にはなるまい。それしてもあの童め、火急の事態とはいえ私を叩き起こしおって………」

「………本当に、よろしかったのですか? あの金髪の少年はともかく、先ほどの少年にグライアイは荷が勝ちすぎると思いますが」

 

ん〜、と伸びをする白夜叉に、彼女の右腕である女性店員は心配そうな顔をする。ルイオスの印象は悪いが、仮にも“ペルセウス”は五桁のコミュニティ。これは下層の中では上位である事を示す。

 

「白雪のギフトゲームの経緯は私も聞きました。そのゲームを見る限り、あの少年は完全に後衛型のプレイヤーです。金髪の少年とチームを組むならともかく、彼一人では無駄死にしに行く様なものだと思います」

 

キシナミハクノは回復や遠見を用いた任意の情報を引き出す魔法の様な力もさることながら、戦況把握や戦闘指揮に優れている。だが悲しいかな、彼の身体能力はあくまで人間の範疇だ。壁役となる前衛がいなければ、まったく話にならない。

そう指摘する女性店員に白夜叉は意味深な笑みを浮かべる。

 

「実はのう、昨日の内に“ラプラスの悪魔”や交流のある月神達に連絡を取ったのじゃが………」

「昨日の内に、ですか?」

「ん? それがどうかしたか?」

 

白夜叉は事もなしに言うが、昨日も支店の通常業務があった。しかも階層支配者としての業務に加え、“フォレス・ガロ”壊滅の後処理でいつもより忙しかった筈だ。しかし白夜叉が仕事に手を抜いた様子は無い。その上で他コミュニティへの連絡も行なった自分の主人の有能さにドン引きしている女性店員に不思議そうな顔をする白夜叉。

 

「まあ、ともかく。心当たりを全てあたってみたが、結果はゼロ。誰もキシナミハクノなる化身を知らぬと言う」

 

白夜叉は当初、キシナミハクノは月神の化身ではないかと考察していた。しかし、どうやら見当違いだったらしい。聞いた全員が素直に話したとも思っていないが、キシナミハクノは神群から正式に後ろ盾を得られない存在だということは分かった。

 

「それでは、あの少年は一体何だと言うのです?」

「それを見極める為の試練(ゲーム)じゃよ。はっきり言って“ノーネーム”に新しく入った者達の中で、異質さではキシナミハクノが一番じゃな。故にこそ、しっかりと見極めねばならん」

 

“ペルセウス”の試練はただの人間の手に余るとはいえ、箱庭全体から見れば難易度は低い。もしもキシナミハクノがこの程度で躓く様ならば、はっきり言って警戒する価値も無い存在だ。だからこそ、白夜叉はワザと十六夜の来訪を告げずにキシナミハクノが一人で試練に挑む様に誘導した。そんな主を女性店員は何とも言えない怪訝な顔で見る。

 

「その………白夜叉様は随分とあの少年を警戒されている様ですが………私には白夜叉様ほどの方がどうしてそこまでされるのかが分かりません」

 

確かにキシナミハクノは異質だ。神格保持者を相手に完封勝利した戦術眼。治療や遠見などの多彩な能力。“ラプラスの悪魔”を上回る情報収集能力。戦闘能力こそ皆無だが、下層においては破格と言っていい。

だが、それだけだ。白夜叉の様な箱庭上層の神仏からすれば、脅威にすらなり得ない。権能を行使し、身動きするだけで天地が裂けると言われる神仏から見れば取るに足りない存在な筈だ。その上層の神仏の中でも指折りの上位にいる白夜叉がどうしてただの人間に警戒しているのか、女性店員はまったく分からなかった。

 

「………なに、少しばかり懸念している事があるだけじゃよ。これで的外れならば、“白夜叉はただの人間を無駄に警戒した”と笑い話になるだけじゃ」

 

だが、万が一———。

 

「万が一、あるいは億が一かもしれん。それでも私の予想が当たっているなら、最大限に警戒せねばならん。何せ———遥かな太古。外界の時間で14000年前。神仏や悪鬼羅刹を問わず、当時に隆盛を誇っていたコミュニティのほぼ全てを滅ぼし、箱庭全土を無に帰そうとした巨人。其奴に襲われる原因となった月の演算機に深く関わっているかもしれんからな………」

 

 

 

 

 

 




多分、次回あたりでハクノの剣を出せるといいなぁ。


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第十四話『Lucius』

やっとここまで書けました!
これで明日からも仕事を頑張るぞ!


 グライアイの住処は、海辺の近くにあった。ゴツゴツとした岩が無造作に転がる荒れ果てた岸部に、それはいた。

 

「フェッフェッフェッ、よく来たねぇ。こんな最果てにお客さんなんて何十年ぶりだろうねぇ?」

 

 キイキイとガラスを引っ掻くような声が耳朶に響く。声の主は黒いローブを着た三人の老婆だった。フードを深く被って顔は見えないが、ローブの裾から伸びた手は皺だらけな上に深海の藻を思わせる緑色だ。見た目も気配も人間離れしている。彼女達を見上げながら、キシナミハクノは問う。

 

「貴方達がグライアイ?」

「ああ、そうさ。私が長女のパムプレード」

「次女のエニューオだよ」

「で、アタシゃ三女のデイノーさ。よろしくね坊や」

 

 きひひひ、と気味が悪い笑い声を上げるグライアイ三姉妹。高台からキシナミハクノを見下ろす形になっているが、同じ目線の高さになっても彼女達は彼を下に見ているだろう。そんな事を感じさせる様な笑い声だった。そんな考えを顔に出さない様にしながらハクノは声をかける。

 

「早速だけど、“ペルセウス”に挑む為に貴女達の試練を受けに来た。挑戦させてくれないか?」

「おや、久しぶりだね。今の坊ちゃんの代になってからアタシ達の試練を受けに来る奴なんて居なかったのに」

「どうする? パムプレード姉さん。この坊や、あまり強そうには見えないよ」

「まあまあ、エニューオ。せっかくの参加者だ、丁重に持て成すとしようかねぇ」

 

 お互いに何やらヒソヒソと話し合うと、グライアイ達は腕を一振りして契約書類ギアスロールを取り出した。自分の手元へ飛んできた契約書類を受け取り、ハクノは目を通してみる。

 

『ギフトゲーム名“グライアイの瞳”

 

・プレイヤー一覧 キシナミハクノ

 

・クリア条件 ホストの持つ宝玉を奪う。

 

・敗北条件 降参か、プレイヤーが上記の勝利条件を満たせなくなった場合。敗北条件を満たした場合、ホストからのペナルティが発生します。

 

宣誓 上記を尊重し、誇りと御旗の下、“ノーネーム”はギフトゲームに参加します。

                          “ペルセウス”印』

 

「単純なゲームさ。坊やは私が持つ、この宝玉を奪えばいい。力で奪うも良し、こっそりと盗むも良し。舌先三寸で騙し取るも良しと何でもありさね」

 

 そう言って長女のパムプレードは懐から“ペルセウス”の刻印が入った、リンゴ程の大きさの青い宝玉を取り出した。あれが挑戦権となるギフトだろう。

 

「伝説の様にグライアイの目を奪ってみせろ、ということか………このペナルティというのはどんな?」

「ああ。それだけどね………」

 

 パムプレードはフードから素顔を出す。それを見た瞬間、ハクノは驚きの余りに息を呑んだ。

 パムレードの顔は人間の老婆に近かった。ただし本来なら目がある場所には何もなく、底なしの闇を思わせる真っ黒な眼孔だけが顔についていた。

 

「見ての通り、私達には目玉が無いんだよ。なにせペルセウスの奴がどこかに捨てたからねぇ」

「だから、もし坊やがゲームをクリア出来なかったら………坊やの目玉をくり抜かせて貰おうか」

「安心しなよ、くり抜いた後はちゃんと坊やのコミュニティの門前まで送ってあげるからさ!」

 

 残った二人もフードを脱ぐ。やはりと言うべきか、二人は姉と同じ様に目が無かった。ここで負ければ、ハクノも同じ様な顔になってしまうだろう。しかし———

 

「………その宝玉を奪えばいいんだな?」

 

 確認する様にハクノが聞くと、グライアイ達はおや? と眉を動かした。

 

「やる気満々だねぇ。私達に勝てると思っているのかい? 坊や一人で?」

 

 ニヤニヤと目の無い顔でこちらを嘲笑うグライアイ達。

 結局、ハクノは“ノーネーム”の同士達には助けを求めなかった。そもそもハクノ達は謹慎中の身。勝手な真似をしてジンから叱責を受けるのは自分一人で良い。ハクノはそう考えて、黙って“ノーネーム”を後にした。

 しかし、その判断は甘かった様だ。グライアイ達は世界の果てで戦った蛇神よりも霊格は劣るだろう。しかし、それでもハクノ一人で戦うには荷が重い。ハクノの戦術眼はそう訴えていた。

 

(それでも———後には引けない)

 

 ハクノが勝てる可能性など万に一つも無いかもしれない。それでも、黒ウサギやレティシアの事を思うならば。ここで引けるはずが無い。

「構わない。遠慮せずに始めてくれ」

「若い子は元気が良いねぇ。はてさて、その威勢が何時まで持つやら」

 

 きひひひと笑いながら、パムプレードは宝玉を懐へ仕舞直した。それが、ゲーム開始の合図だった。

 

術式起動(プログラムアクセス)———code:move_speed()!」

 

 脚力を強化する魔術を自分にかけ、ハクノは走り出す。狙うは宝玉を持つパムプレード。

 

「甘いよ!」

 

 次女のエニューオが叫ぶと同時に、彼女の両手から台風の様な強風が吹き出した。ハクノは立っていられなくなり、堪らずにその場に伏せる。

 

「くっ、code:sho、」

「おおっと、アタシもいるよ!」

 

 エニューオに向けて相手を麻痺させる魔術を撃とうとすると、今度はデイノーの手から鉄砲水が飛び出す。消防車のホースの水で押し出される様にハクノの身体が転がり、近くにあった岩に叩きつけられる。

 

「ガハッ、………!」

 

 衝撃で肺の中の空気が押し出され、ハクノは堪らずに咳き込んでしまう。そこにグライアイ達の嘲笑が頭上から降ってきた。

 

「なんだい、なんだい! 威勢が良い割にはてんで弱いじゃないの! ホラ、諦めて帰んなよ!」

「エニュー姉さんの言う通りだよ! 今なら命までは取らないからさ! 目玉は取るけどね!!」

 

 耳障りな笑い声を無視してハクノは立ち上がる。

 

「code:gain_con()!」

「ふぅん? 見たところ、防御を強化したみたいだけど、守りを上げて持久戦かい? いいねぇ、ちょいと遊んであげるよ!」

 

 笑い声と共に、再び暴風と洪水を振るう二人のグライアイ姉妹。ハクノはそれにまっすぐと突っ込んで行った。

 

***

 

 

 もう何度、地面に叩きつけられただろうか? 

 もう何度、銃弾の様な放水を浴びただろうか? 

 いずれにせよ、数えるのも馬鹿らしい回数だろう。ハクノはボンヤリと考えながら、再び立ち上がる。

 

「こ、この………まだ立ち上がるのかい。いい加減に倒れなよっ!!」

 

 苛立ちを隠しきれない声で、エニューオが再び暴風を発生させる。為す術なくハクノの体が宙へと飛ばされ、そのまま落下した。

 ゴシャッ、と嫌な音が辺りに響いた。ハクノが立ち上がろうとすると、視界の半分が赤く染まった。どうやら頭から落ちて、頭皮が切れたらしい。

 

「ハァ、ハァ………フ、フン! 見上げた根性だったけど、ここまでだよ。さあ、もうアンタに勝ち目なんて無いんだ。さっさと降伏して、」

「エ、エニュー姉さん!」

 

 グライアイ達の声を聞き流しながら、ハクノは回復の魔術を発動させる。傷が塞がったものの、何度も地面や岩に叩きつけられて疲弊した体は泥の様に重かった。それでも、ハクノは両足を踏ん張って立ち上がった。

 

「くっ………いい加減におし! 弱いくせに何度も何度もゾンビみたいに立ち上がって鬱陶しいんだよ! 見苦しい、いい加減に諦めたらどうだい!?」

 

 諦めろ、お前は弱い。そんな声がハクノの耳に響いてくる。ハクノには十六夜や耀の様に圧倒的な身体能力は無い。飛鳥みたいに問答無用で相手を屈服させる様な特殊な力だってない。肉体は凡庸で、使えるギフトも凡そ人外の相手と直接戦うに向かないものばかり。それがキシナミハクノだ。けれど―――

 

「……め、ない。諦め、ない………っ!」

 

 口の中の血塊を唾と一緒に吐き捨てながら、精一杯に虚勢を張る。ここで負ければ、“ペルセウス”は警戒してギフトゲームを取り下げる可能性がある。そうなれば黒ウサギとレティシアの両方を助ける道は閉ざされるだろう。

 

(だから———諦めてなんて、やるものか………!)

 

「こ、この………!」

「おどきよ。エニュー、デイノー」

 

 ゲーム開始からずっと後ろで控えていたパムプレードが前に出てくる。

 

「パム姉さん………」

「こういう輩は何を言っても無駄さね。諦める、なんて選択肢が頭に無いんだ。そういう奴をどうにかしたいなら………意識ごと刈り取るしかないよ」

 

 パムプレードが両手を前にかざすと、そこから雷光が迸る。パリッ、パリッと音を立てながら雷の球体は徐々に大きくなっていく。

 

「坊やの目玉は綺麗だったから余計な傷はつけたくないんだが………恨むなら自分の往生際の悪さを恨みな」

 

 かざした手を向けると同時に、雷撃がハクノに迸った。頭の先からつま先まで突き抜けるような衝撃と共に、肉の焦げた様な臭いがする。筋肉が痙攣したのか、手足が出鱈目に動いて無様なダンスをしながらハクノは地面に倒れた。

 

「まあ、ざっとこんなもんさ。さ、これでこのゲームは私達の勝ちだ。さっそく坊やの目を………」

 

 もう一度、立ち上がる。雷撃で神経に異常が出たのか、もうハクノには立っているという感覚すら無かった。

 

 自分は弱い――――――いつもの事だ。

  見苦しい――――――格好良く戦えた事なんて無い。

   諦めろ――――――それだけは出来ない。

 

(そうだ……なんとなく、思い出してきた)

 

 崩れそうな足で踏ん張りながら、ハクノは荒い息で前を向く。

 

(自分に戦う力なんてない。出来るのは、いつだって前に進むことだけ。それだけは頑なに守ってきた。それだけが自分の誇りだった。だから―――)

 

 この体がまだ動く内は。この心がまだ前へと進もうとする内は。

 

「諦めて、止まるなんて………絶対に出来ない!」

 

———次の瞬間。ハクノのギフトカードが輝き出した。

 

「な、何だいこの光は!?」

 

 グライアイ達が悲鳴を上げながら目を庇う。まるで太陽が降りてきたかの様な光に、ハクノもまた目を瞑った。

 

(眩しくて、目が開けられない! これは、一体………っ!?)

 

 ハクノの視界が閉ざされている中、爆発的な魔力の高まりを感じた。それはハクノの目の前で突然発生した。

 

(何だこの魔力は!? これは……世界の果てにいた蛇神より、ずっと大きい!)

 

 魔力の高まりは渦を巻き、辺りの空気を根こそぎ呑み込む様に収束していく。そして———爆発する様に突風が吹き荒れる!

 ハクノは弾き飛ばされる様に地面に尻もちをついた。突風は徐々に弱くなり、同時にハクノの瞼を焼いていた光も収まってきた。

 

コツ、コツ、コツ———。

 

(………? これは、足音?)

 

 自分へと向かって来る音に、ハクノは恐る恐ると目を開ける。

 

 そこに———運命の様な出会いがあった。

 

 光と共に薔薇の花弁が辺りに降り注ぐ。その薔薇よりもなお鮮烈な紅の衣装を着て、少女がハクノに向かって歩いていた。獅子の顔の意匠の肩当てを着け、職人が惜しみなく紡いだ絹の様な金髪には月桂樹の冠がそこにあるのが当然とばかりに被せられている。

 少女は今だに尻もちをついて呆然としているハクノの前で止まり———目を少し見開いた。

 

「———そうか。そなたは………そういう事か」

 

 懐かしそうに。そして、愛おしい者を見る様に彼女は翡翠色の目を細めた。

 

「君は………一体、っ!? 危ない!!」

 

 ハクノが叫ぶと同時に、少女の後頭部へと稲妻が疾る。完全に不意を突いたパムプレードの稲妻は無防備な少女の後頭部に当たり———霧散する様に消えた。

 

「なっ………!?」

「そんな!?」

 

 自分の魔術を完全に無効化した少女にグライアイ達は愕然とする。そんなグライアイ達を少女は一瞥すると、彼女の手から太陽の様な熱量を持った炎が生じた。そして炎は燃え盛る形のまま固まり、少女の身の丈ほどにある真紅の大剣へと姿を変える。

 

「何で………」

 

 少女が剣を自分達へと構える中、パムプレードは呆然と呟いた。

 

「何で太陽の神霊が、こんな所にいる!?」

 

 次の瞬間。少女は剣を横薙ぎに振った。剣から真紅の衝撃波が生じた。衝撃波は第三宇宙速度を超えてグライアイ達を打ち据え、グライアイ達が痛みを感じる前に意識を手放させていた。グライアイ達は背後の岩壁はおろか、さらに背後にある岩山を貫通しながら飛ばされていく。

 

「なっ………」

「つまらぬ邪魔が入ったが………」

 

 物理法則を無視した非常識な光景にハクノが言葉を失くす中、少女は再びハクノに向き合った。

 

「まずは名乗ろう。余はセイ———否。この名は今の余には正しくないな」

 

 ふむ、と少女は一考し———そして、謡う様にその名を告げた。

 

「余の名はルキウス。太陽神ソルより神格を授かった至高の剣士にして芸術家———神帝ルキウスと見知りおくがよい!」



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第十五話『Misunderstanding』

サーヴァントだけでなくポケモンのマスターも始めました。メイちゃんを目当てにポケマスを始めた人は正直に手を上げなさい(。・ω・。)ノ


「ルキウス………?」

「今はそう名乗らせて貰うぞ」

 

 尻もちをついたまま見上げるハクノに、少女———ルキウスは鈴を転がす様な声で応える。頭には月桂樹の冠、背中や臀部が大胆に露出した真紅のドレスで小柄だが女性らしい豊かな肢体を包んでいた。獅子の顔を模した肩当てを左肩にかけ、肩当てからメアンドロス模様が縁取られた純白のマントが風にたなびく。まるで舞台役者の様な珍奇な出で立ちながら、ルキウスの威風堂々とした佇まいはそれが自然である様に魅せていた。

 しかし、ハクノは彼女を見ていると何故か胸が騒ついた。

 

(ルキウス………確か古代ローマでよく見る男性名だ。女の子の彼女が名乗るには違和感がある)

 

 いや、とハクノは心の中で首を振る。

 

(違う………俺が感じるのは、そんな些細な事じゃない。俺は………彼女がルキウスと名乗る事に違和感を感じているんだ)

 

「その、君は、」

「待て」

 

 何かを言おうとしたハクノを制し、ルキウスは背後の岩山へと振り向く。

 

「そこにいる貴様は敵か? それともただの野次馬か?」

「………かくれんぼは負けなしだったんだけどな」

 

 岩山の陰から十六夜が姿を現した。

 

「十六夜? どうしてここに?」

「それはこっちの台詞だ。謹慎中のキシナミが何で外をうろついているんだ?」

「………自分だって謹慎中のくせに」

「違いねえな」

 

 十六夜はカラカラと笑うと、真顔になってルキウスと対峙した。

 

「俺の同士が世話になったみたいだな。ありがとうよ。それで………アンタは何者だ?」

 

 半身となっていつでも戦闘態勢に入れるように警戒する十六夜。彼もまたルキウスの実力を肌で感じ取っており、彼女を警戒すべき相手と見定めていた。それに対し、ルキウスは悠然と微笑んでいた。

 

 ***

 

「―――つまり、ルイオス(あの外道)を勝負の場に引き摺り出すには、“ペルセウス”のギフトゲームをクリアすれば良いのね?」

 

 “ノーネーム”の黒ウサギの私室で、飛鳥達は作戦会議をしていた。飛鳥と耀もまたレティシアの救出を諦めていなかった。言い争いをした黒ウサギとの仲直りも兼ねて、彼女を私室を訪ねていた。そこで“ルイオスにその気が無くても、コミュニティとして動かざるを得ない状況"にする方法を話し合っていた。そんな中で見つけた情報に二人は期待に胸を踊ろさせていたが、黒ウサギは暗い顔で首を振る。

 

「はい。ですが………それは厳しいと思います。“ペルセウス”のギフトゲームは下層の中では指折りの難易度。本来なら複数のコミュニティが連携して何日もかけてクリアする様な物です」

「そんな………」

 

 耀が落胆の声を上げる。ルイオスが指定した期日まで、あと三日。今から強行軍をしても間に合わない。黒ウサギも同じ気持ちだ。二人の心遣いはありがたい。出会ってまだ数日の仲だというのに、黒ウサギやかつての同士であるレティシアについて真剣に考えてくれた。だからこそ、そんな二人に実力的にも時間的にも勝てる見込みが低いギフトゲームを強要するなど出来なかった。

 

「十六夜とハクノ………どこに行ったのかな?」

 

 耀がポツリとこの場にいない男子二人について話す。彼等はレティシアの事で黒ウサギと言い争いをした翌日から姿を見せなかった。

 

「ひょっとしたら、お二人は愛想を尽かされたのかもしれません。先日の様にコミュニティの同士が仲違いするくらいなら、他のコミュニティに入った方が良かったと思われても不思議ではないです」

「そ、そんな事無いわよ! 第一、十六夜くんはともかくキシナミくんがそんな理由で出て行くと思う?」

 

 ションボリとうさ耳を垂れる黒ウサギを慰める様に飛鳥は言い募る。耀も気質が常識人なハクノが黒ウサギ達に断りもなく脱退はしないだろうと思っていた。

 

(でも………部屋に残された匂いから察するに、十六夜とハクノが出て行った時間は別々なんだよね。十六夜と一緒だったら、あまり心配はしなくて大丈夫だったけど………)

 

 耀はハクノが十六夜の様に身体能力が優れてはいないと感じ取っていた。十六夜はともかく、ハクノがコミュニティを離れて一人で活動するのは自殺行為じゃないのか? これ以上、黒ウサギに精神的な負担をかけたくないから黙っていたが、そろそろ探しに行くべきだろう。

その時だった。

 

「っ!?」

 

 黒ウサギがバッと窓の外を見る。

 

「黒ウサギ? 何があったの?」

「誰かが近付いています。この霊格………まさか!」

 

 黒ウサギは飛鳥達に返事することなく窓から飛び出した。自分のギフトカードから愛用の金剛杵を取り出して臨戦態勢となる。やがて、黒ウサギの超人的な視力が空から“ノーネーム”の敷地へまっすぐと向かってくる相手を捉えた。

 それは古風な戦車(チャリオット)だった。全体的に赤く塗装され、縁取りや装飾に眩いばかりの黄金が施されていた。そんな戦車を牽くのは四頭の筋骨隆々とした馬だ。それもただの馬ではない。鬣から赤々とした炎を噴き出し、背中からもまた炎の翼を広げていた。彼等が宙を蹴る度に大輪の薔薇が咲く様に爆炎が奔る。その姿はまさに———。

 

「もしかして………ペガサス!? すごい、本物!?」

「耀さん、お下がり下さい!」

 

炎の天馬(ファイヤー・ペガサス)とでも呼ぶべき幻獣に、遅れて窓から出てきた耀が歓喜の声を上げるが、黒ウサギは耀を庇う様に前に出た。

 

「黒ウサギ?」

「そんな………まさか、こんな大事になるなんて………!」

 

 様子のおかしい黒ウサギに声をかけるが、彼女は遠くに見える戦車を青褪めた顔で凝視していた。そこへ廊下や階段を走って漸く追い付いた飛鳥が玄関から出て来た。

 

「ハア、ハア……もう、二人とも! いきなり飛び出してどうしたというの?」

「………お二人とも。手短に言います。今すぐジン坊ちゃんと子供達を連れてここからお逃げ下さい」

「なっ……!?」

 

 突然の宣告に飛鳥は言葉を失う。黒ウサギの表情は真剣そのもので、冗談を言っているわけではないと分かった。しかし、それでハイそうですかと納得できるわけがない。

 

「いったい何だというの!? いきなりそんな事を言われて納得できるわけないじゃない!」

「今ここに、強力な神霊が近付いています。それも太陽の神格を宿した神霊です」

 

 今度こそ飛鳥は言葉を失った。数多の神話で太陽は崇拝と信仰の中心となっていた。太陽神はあらゆる神話で最上位に位置する。その太陽神の神格を宿した神霊となれば、その力は飛鳥の想像を絶するだろう。

 

「炎の天馬が牽引する戦車………あれはギリシャ神群の太陽神(ヘリオス)の戦車に違いありません! ヘリオス本人か彼に縁を持つ者かは分かりませんが、恐らくはギリシャ神群に所縁を持つ“ペルセウス”に歯向かった我々を粛正に来たのかも………」

「そ、そんなの子供の喧嘩に軍隊を派遣する様なものじゃない! あの外道(ルイオス)にそんなコネクションがあったというの!?」

「いいえ。ですが、先代の“ペルセウス”のリーダーはギリシャ神群にも覚えがめでたかったと聞きます。先代の縁で派遣されるのは十分に考えられます」

「そんな………」

 

 藪をつついて蛇どころか竜が出て来たと言うのか。どうやら自分達は想像以上に強力な相手を敵に回した様だ。

 

「どうかお逃げ下さい。太陽の神霊が相手では、飛鳥様達では勝ち目がありません。黒ウサギが出来る限りの時間を稼ぐので、お急ぎを………!」

 

 切羽詰まった黒ウサギの声は必死だった。決して飛鳥達の実力を軽んじてはいない。しかしそれでも神霊を相手するには力不足だ。相手の霊格を察するに、自分でも歯が立たないかもしれない。ならば、黒ウサギが出来るのは飛鳥達が逃げる時間を稼ぐこと。いつか“ノーネーム"を救ってくれる素晴らしい才能(ギフト)を持った二人をこんな所で潰されるわけにはいかない。

 

「…………………」

 

 飛鳥は黒ウサギの視線の先に目を向ける。彼女の視力では豆粒にしか見えないが、そんな遠くからでも強力なオーラが近付いてきてる事を感じていた。そんな距離からでも肌が焼き付く様な熱気が感じられた。間違いなく自分では相手にすらならない。

故にこそ、飛鳥は———黒ウサギの前に出た。

 

「いいえ。私は逃げないわよ」

 

 ギフトカードからガルドのゲームで手に入れた白銀の剣を引き抜く。そんな飛鳥を見て、黒ウサギは慌てた。

 

「な、何を仰っているのですか!? 神霊相手に飛鳥様が、」

「勝てるわけがない。ええ、それはよく分かっているわよ」

「ならば何故!」

 

 飛鳥は黒ウサギへと向き直る。黒ウサギは強い光を宿した目を見て、一瞬たじろいだ。

 

「たかがギフトゲームで太陽神がしゃしゃり出てくる。ええ、なんて大人気ないのでしょう。ギリシャ神群の名も地に堕ちたわ。直接力で捩じ伏せにくるなんて、思ってもみなかった」

 

でも———、と飛鳥は言葉を切る。

 

「それでも、私は屈しない。こんな風に人を捩じ伏せるのがどんなに相手を傷つけるか、()()()()()()()()()()()()。相手に文句の一つでも言わないと気が済まないわよ」

「無謀です! 相手はガルドやルイオスとは格が違うのですよ!?」

「だから神霊にはっきり言ってやるわよ。貴方達の可愛いルイオスに土下座させようとしたのは、この私だって」

 

 ハッ、と黒ウサギは気付く。“ノーネーム”が“ペルセウス”に直接攻撃した事があるとすれば、白夜叉の店でルイオスのあまりに横暴な態度に飛鳥が頭にきてギフトを使った事だろう。ある意味、それが原因で“ペルセウス"と口火を切ったと言える。飛鳥はその責任を取ると言っているのだ。決して自分では勝てない。そう理解しながら。

 

「黒ウサギこそジンくん達を連れて逃げなさい。今までコミュニティを支えてきたのは貴方よ。貴方こそが“ノーネーム”に必要だわ」

「いいえ、黒ウサギなんかよりも飛鳥様の方がこれからの“ノーネーム”に必要です! 飛鳥様がお逃げ下さい!」

「黒ウサギ!」

「あのさ、二人とも。喧嘩しているところ悪いけど………」

 

 二人が押し問答を始めそうな時に、耀が声をかけた。その声は緊張感よりも戸惑いの色が強かった。

 

「二人が考えているほど悪い状況じゃないみたいだよ?」

 

 へ? と二人仲良く声を上げる。遠くに見えていた戦車は飛鳥達に近づくと同時にどんどん高度を落としていき、飛鳥達の目の前で停車した。

 

「どうどう!」

 

 戦車から鈴が鳴る様な少女の声が響く。屈強な炎の天馬達の手綱を握っていたのは小柄な少女だ。150cm程度の小柄な体からは考えられない見事な手綱さばきで自分より倍以上に大きな天馬を操っていた。そして、彼女の後ろには———。

 

「十六夜様! それにハクノ様も!」

「よっ。総出で出迎えか? 御苦労さん」

「その………ただいま」

 

 驚く黒ウサギに十六夜は軽く手を上げ、ハクノは気まずそうに挨拶をする。

 

「些か侘しい所だが———」

 

 御者台から降りながら少女———ルキウスは“ノーネーム”の本拠を見上げた。

 

「ここが余のマスターの拠点か。まあ、悪くない」

 

 




・黒ウサギ、盛大に勘違いするの巻。題名を英語に統一するのは止めようかと考えました。

・ネ、じゃなくてルキウスがチャリに乗って来た! ただそれだけの話。以下にオリジナル宝具の設定を記載。こんな感じで、このssはオリジナル設定盛り盛りで書いていきます。でも作者の気紛れで設定が変わるかも………。

駆け蕩う太陽戦車(アエストゥス・クアドリガ)

 対軍宝具。クアドリガとはローマ帝国において戦場はもちろん、競技でも花形となった四頭立てのチャリオットである。古代の神話において、神が乗る戦車とされている。ギリシャ神話のヘリオス神やアポロン神、ローマ神話のソル神はクアドリガに乗って天空を駆けていた。黒ウサギが勘違いしたのはその為とも言える。
 ルキウスを名乗る少女は(色々と疑わしい所があるが)チャリオットの名手である為、この宝具が顕現した。とある魔術儀式で騎手として召喚された場合、チャリオットを駆る姿を見れるという。加えて今回は太陽神の神格を得ている為、牽引する軍馬も炎の天馬に変わっている。そして霊格が上がっただけにサーヴァント時とは比較にならない速度と威力を発揮する。まさに超高速で天を駆け、焼夷弾の如く太陽の炎熱を振り撒く爆撃機の様な宝具である。


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第十六話『Téwodros』

 全くもって話が前に進まないです。それでもこのSSの投稿はsahalaの数少ない娯楽になっているので、自己満足なSSでも良ければ読んでいただけると幸いです。


 “ノーネーム”本拠の応接室。

 生活苦の為にコミュニティが隆盛だった頃に飾られていた豪奢な調度品を売り払い、最低限の家具だけとなった殺風景な部屋にハクノ達は集まっていた。

 

「ふむ………お世辞にも上質とは言えんが、悪くはない」

 

 出されたハーブティーにルキウスは口をつける。カップの取手を摘む様にしてお茶を飲む姿は一枚の絵画の様に気品に溢れ、殺風景な応接室はルキウスがいるだけでまるで玉座の間にいるかの様に煌びやかな印象を与えていた。

 

「あの、そろそろお話を聞かせて貰ってもよろしいでしょうか?」

 

  緊張感を隠せないながらも“ノーネーム”の当主としてジンがルキウスに応対する。ルキウスの王気(オーラ)に気圧されながらもジンはまっすぐと相手を見た。

 

「まずは御礼を言わせて下さい。僕たちの客分であるハクノさんの窮地を救っていただき、ありがとうございました」

「なに、余からすればマスターを守っただけのこと。礼は不要である」

「………それはつまり、貴方はハクノさんに隷属している。そう認識してよろしいのですね?」

「そんな事を疑っていたのか? マスターのギフトカードを見るが良い。そこに余の名があろう」

 

 ハクノは自分のギフトカードを取り出した。相変わらず表記がおかしいギフトネームの下に、『薔薇の神帝』というギフトネームが新たに加わっていた。

 

「これが………。でも、俺は契約を結んだ覚えなんて無い筈だけど……」

「………。そなたは覚えていないだろうがな。遥かな昔、余はそなたと契約を結んでいた」

 

 自身の記憶が無い為に自信が無さそうに言うハクノ。ルキウスは一瞬だけ複雑な顔になり、すぐに悠然とした表情に戻った。

 

「その契約は余が神霊として祭り上げられても尚変わらぬ。それだけの事だ」

「―――という事は、あんたはキシナミが記憶を失くす前の事を知っているという事だよな? ()()()()()()?」

 

 事の成り行きを黙って見ていた十六夜が挑発的に笑いながら、ルキウスを問いかける。

 

「ロ、ローマ皇帝ですか?」

「おいおい、それくらいは一目瞭然だろ」

 

 驚く黒ウサギに、十六夜は呆れながらも解説する。

 

「ルキウスが乗っていた四頭戦車(クアドリガ)。これは勝利の女神ヴィクトーリアやペメといった女神や太陽神のアポロンやヘリオス、ソルといった神々が騎乗する姿がよく描かれる。同時に、古代ローマ帝国では主力だった兵器だ。炎を纏った天馬が戦車を牽いてる事から太陽神の加護があるのは一目瞭然だ」

 

 ビシッとルキウスを指差す十六夜。

 

「太陽神ソルは歴代ローマ皇帝達の守護神だ。ついでに臆面もなく自分を()と名乗る胆力。アンタが歴代ローマ皇帝の一人だと推察するのは容易い」

 

 スラスラと素性を言い当てられ、ルキウスは———―涼しい顔だった。

 

「———―それで? 余が歴代皇帝の誰か、分かったか?」

「いいや。それはさっぱりだ」

 

 ルキウスの指摘に十六夜はあっさりと認めた。

 

「黒ウサギから聞いたが、神格保持者は自分の名前を偽ると霊格を落とすそうだな。だったらルキウスというのはお前の名前に最も近いものなんだろう。だが、()()()()()()。そもそもルキウスという名前のローマ皇帝も複数いるくらいだしな」

 

 五大賢帝の一人マルクス・アウレリウスと共同皇帝だったルキウス・ウェルス。

 セウェルス朝の開祖であるルキウス・セプティミウス・セウェルス。

 分裂した帝国を再び統一した軍人皇帝ルキウス・ドミデウス・アウレリアヌス。

 架空の存在も含めるならアーサー王伝説のルキウス・ティベリウスなど、ルキウスと名のつくローマ皇帝は複数いる。その為に十六夜の知識を持ってしても目の前のルキウスが()()()()()()なのか、断定するには情報が足りなかった。

 

「残るはお前自身に教えて貰うしかないが………お前は、キシナミにどう関係しているんだ?」

 

 核心的な問いに、一同に緊張が走る。中でもハクノは最も緊張していた。ハクノ自身は忘却してしまった過去。その鍵をルキウスが握っているのだ。知らず知らずのうちに膝の上で握った拳の力が強くなる。

————しかし。

 

「………すまぬが、話す事は出来ん」

「何故でしょうか? もしかしてローマ神群に関わりが、」

「否。此度の余はローマ神群のコミュニティとは無関係である」

 

 予想外の言葉に驚く黒ウサギに、ルキウスはきまり悪そうな顔になる。

 

「………今の余には制約(ギアス)がかかっている。これは余が箱庭に降り立った際に好む好まざるを得ずに結ばれたものだ」

「キシナミの素性を話すな、という事が?」

 

 十六夜の問いにルキウスはただ沈黙を通した。だが、その沈黙が何よりの答えだった。

 

「………質問を変えるぞ。お前に制約を課した相手。それはローマ神群のコミュニティか?」

「———否。余の事情はこの世界のローマ神群には与り知らぬ事。我がマスターもまた、ローマ神群とは関わりはない」

「お前もキシナミもローマ神群とは無関係。それなのにソル神が神格を与えたのはどういうわけだ?」

「かの神は余が現界する直前に、余の事情を察した。さすがは真実を見通すと言われたローマの主神よ。そして、こう言ったのだ。“今の私は神殺しの魔王との戦いによって、霊格を大きく削がれた。我等ローマ神群は何か争いがあっても手をこまねいているしかない”」

 

 カチャリとルキウスはカップを置く。ソル神への敬意から厳粛な顔になっていた。

 

「“故に———お前に残された霊格を託す。そうする事がローマの———―ひいては箱庭の未来を繋げるのだ”。そう言い残し、余に神格を与えたのだ」

「まさか、ソル神ほどの方が霊格を明け渡すなんて………。一体、何があったというのですか? ローマ神群の主神がそこまでの決意をなさるなんて、只事ではありません」

 

 ギフトとは自らの魂に刻み込まれたもの。本人への同意が無ければ霊格の譲渡は不可能だ。それを神群の主神が行ったというのだから、黒ウサギの驚きはもっともな物だ。しかし、ルキウスから返ってきたのは沈黙だった。

 

「………だんまりという事は、それも制約に引っかかるという事か」

「なんというか、いまいち要領を得られない話ね」

「………ならばこそ、余は我がマスターとなったキシナミハクノに選択を委ねよう」

 

 飛鳥の胡散臭そうな目にルキウスは神妙な顔でハクノと向き直った。

 

「キシナミハクノ。古き盟約に従い、余はそなたの下に推参した。されど、今の余はそなたが望む情報を渡すことが出来ぬ。これではそなたの信頼を得られぬだろう。だから―――そなたが余を信用できぬと言うならば、余はこのまま去るとしよう。素性の怪しい者を手元に置いておくのは危険であるからな」

 

 ルキウスの宣言にジンと黒ウサギは顔を見合わせる。確かにルキウスの素性をはっきりとしない。しかし、ソル神に神格を授かった実力は本物だ。“ペルセウス”とのギフトゲームを控えている“ノーネーム”からすれば、ルキウスの戦力は手放すのは惜しい。

 

「言っておくが、これはキシナミが決める事だ」

 

 二人の雰囲気を察した十六夜は先に釘を刺した。

 

「ルキウスはキシナミのギフト扱いになるんだろ。そしてキシナミは“ノーネーム”の客分だ。キシナミの持ち物でアレコレ指図する権利は俺達にはない」

 

 で、どうする? と十六夜はハクノを目線を向ける。そして、ハクノは―――。

 

 ***

 

 ―――“ペルセウス”本拠。

 

 壮大なギリシャ風の神殿を思わせる白亜の宮殿。その中庭で磨き上げられた大理石の様な柱に寄りかかりながら、“ペルセウス”の紋章を付けた二人の兵士が談笑していた。

 

「―――そういえば、聞いたか? 例の“名無し”共。どうやら“ペルセウス”の挑戦権を得たそうだぞ」

「はあ!? マジかよ! グライアイとクラーケンは“名無し”に負けるほど弱かったのか?」

「あの“名無し”共はどういうわけか階層支配者(フロアマスター)の白夜叉のお気に入りだからな。何か裏から手を回したと専らの噂だ」

「ハッ、羨ましい事で。階層支配者様の腰巾着ならやりたい放題です、ってか」

 

 手に持つ槍をやる気無さ気に杖にしながら、二人は白夜叉本人が聞けば不快になりそうな内容で会話の花を咲かせていた。彼ら二人をよくよく見れば、鎧や武器は丁寧に手入れしてないのか灯りに燻んだ様な光を反射し、コミュニティの誇りとも言える“ペルセウス”の紋章も色褪せて手入れを怠っている事が見て取れた。

 

「てかさ、ウチのリーダーヤバくね? これで階層支配者お気に入りの“名無し”とやり合うわけなんだろ?」

「なんだ怖いのか?」

「違ぇよ。たかが“名無し”に五桁のコミュニティが対等に戦うとか、ウチも堕ちたよな」

「まあ、確かに………。テオドロス様がリーダーの時はこんな不手際は無かったな」

「そうそう、思い出した。リーダーは箝口令を敷いたみたいだけど、上層のギリシャ神群系のコミュニティ。もうウチとは取引しなくていいって言って来たらしいぜ」

「噂には聞いていたが本当だったのか………。これでは苦心して上層に認められていたテオドロス様が浮かばれまい」

「先代が凄すぎたんだよ。今のリーダーは所詮親の七光り———」

 

「随分と楽しそうな話をしているな」

 

 柱の影から二人よりも豪華な装飾を付けた甲冑姿の男が出て来た。

 

「な、騎士団長(ナイトリーダー)!」

 

 自分達の上司の登場に兵士二人は慌てて姿勢を正す。騎士団長と呼ばれた男は肩を怒らせながら二人をジロリと睨め付けた。

 

「ところで貴様等はコミュニティの巡回を命じられた筈だが、何故こんな所で油を売っている?」

「それは、その………」

「罰として貴様等の次の食事は水のみとする。分かったら———さっさと仕事に戻れ、この馬鹿者供がっ!!」

「は、はっ!!」

 

兵士二人は大慌てでその場から立ち去った。走り去る彼等二人の背中を見ながら、騎士団長は大きく溜息をついた。

 

「………騎士達の質も随分と落ちたな」

 

 どこか哀しそうに肩を落としながら、騎士団長も中庭から立ち去ろうとし———視界の端に高く積まれた紙束が見えた。その紙束からは痩せた手足が飛び出していた。

 

「これは執事長殿。大変でしょう、私がお持ちしましょう」

「ああ、騎士団長。これはご丁寧にどうも」

 

 紙束の正体は腰の曲がった老爺だった。白髪が後退し、寂しくなった頭が正面から見えない程の紙束をフラフラと歩きながら抱えていたのだ。

 

「それで、この書類はどちらに? それにしても凄い量ですな」

「私の執務室にお願いいたします。これは全部、他コミュニティへ申し送りする書類ですよ」

 

 書類の束を受け取りながら聞いた答えに、騎士団長は渋い顔になる。よくよく書類を見れば、結構前の日付に送られた書類もある。そして、その全てがコミュニティのリーダーの確認印が必要な物ばかりだ。

 

「………これをルイオス様にはお見せしましたか?」

「もちろん。しかしルイオス様は、その………どうやらお忙しい様なので。私の裁量でどうにかなる物は、こちらで処理しようかと」

「………執事長殿。失礼だが、貴方が何でも処理されてはルイオス様の為にならない。量が膨大であろうと、最低限はルイオス様にお目を通して貰わないといけないのでは?」

「それは分かっています。分かってはいますが………これ以上、付き合いのあるコミュニティをお待たせして顰蹙を買うわけにもいきませんし………」

 

 ふぅ、と二人して大きな溜息が出る。騎士団長も執事長がルイオスを蔑ろにしているわけではないと理解はしている。だからといって、このままルイオス抜きで話を進めてはリーダーであるルイオスはコミュニティの御飾りにしかならない。

 

(テオドロス………お前が生きていればなぁ)

 

 テオドロス=ペルセウス。

 ルイオスの父であり、“ペルセウス”の先代リーダー。そして———英雄ペルセウスの再来と言われるほどの傑物だった。

 神仏にも引けを取らない卓越した戦闘の才能。悪辣なギフトゲームをも突破する明晰な頭脳。それだけの才能がありながら驕る事なく敵味方に対等に接しようとする慈愛の心も持ち合わせていた。

欠点があるとすれば、酒と女に目がない事だがそこはご愛嬌という物だ。女性に対してはプレイボーイながらも紳士的な態度で接するという正に天が一物どころか百物を与えた様な出来過ぎた人間だった。

テオドロスが“ペルセウス"のリーダーの座を継ぐと同時に、ギフトゲームは瞬く間に連戦連勝を重なっていった。彼の武勇は箱庭の東西南北に広く知れ渡り、ついには上層のギリシャ神群のコミュニティもテオドロスを一角の人物として認めた。まさにテオドロスがリーダーの“ペルセウス”は全盛期だった。

———そう、全盛期()()()のだ。

 

(四桁昇格を賭けたギフトゲーム………それに敗れたと聞いた時は、誰もが耳を疑っていたな)

 

 箱庭の四桁は修羅神仏の中でも一握りの者しか辿り着けない領域だ。いかにペルセウスの再来と言われたテオドロスであっても、荷が勝ちすぎていた。その時の傷が元でテオドロスは息を引き取り———コミュニティの栄光に影が差し始めた。

 

「………坊ちゃ、ではなくルイオス様も努力はされているのです」

 

騎士団長の考えている事を察しているのか、執事長はポツリと呟いた。

 

「先代であるお父上が急死され、突然にコミュニティを率いるお立場になりながらもどうにか当主たらんとはしているのです。しかし………今少しのお時間が必要なのです」

「………分かっていますとも」

 

テオドロスの息子であるルイオス。彼がコミュニティのリーダーの後釜に着いたが、残念な事にルイオスにはテオドロスほどの才能は無かった。それが明るみになると英雄の居なくなったコミュニティなど用は無いと言わんばかりに、“ペルセウス”を贔屓にしていたコミュニティは掌を返した。

 最初はルイオスも努力はした。四方に駆け回って他のコミュニティに頭を下げて周り、ギフトゲームにも果敢に挑戦した。しかしながら、ルイオスが足掻けば足掻く程に皆はテオドロスと比較した。

 

 “テオドロスならばもっと早く話が通ったのに”

 “あのギフトゲーム。先代ならば、もっと戦果を挙げられた筈だ”

 “鳶が鷹を産むと言うがね、鷹が産んだのは雀だったというわけか”

 

 そうして英雄である父親と比較され続けられたルイオスが、精神を腐らせるにはあまり時間がかからなかった。まるで形だけでも父親と似せようとして女遊びと深酒をする様になり、最近では新規開拓と称して箱庭の外のコミュニティに人身売買の取引までしようとする有様だ。

 

(テオドロスならば絶対に許可などしなかったな………。いや、こうして比較する事自体が、ルイオス様には苦痛であろうな)

 

 ルイオスの方針について行けず、“ペルセウス”を離れた旧臣も少なくない。そのおかげで先の様なコミュニティのリーダーに平然と陰口を叩く様な不届き者も簡単に解雇できない程に騎士団も人数が縮小した。そんな悪条件な中、騎士団長と執事長は他の旧臣の様にルイオスを見捨てなかった。騎士団長は先代とは竹馬の友であり、執事長は先々代から務めているのだ。彼等にとってルイオスは主従という関係があるとはいえ、息子や孫同然なのだ。

 

「………執事長。やはりルイオス様にもう一度書類をお見せすべきだと思います。まだ期限を延ばせる物もある筈です」

「それは………しかし、これから例の“ノーネーム”への対策も考えねばなりませんし、やはりあまりお時間を取るわけには………」

「そちらは私の方で処理しますよ。なに、大分顔触れが変わったとはいえ、かつてはテオドロスと共に勇名を馳せた騎士団です。“ノーネーム”の一つや二つくらいどうにかしますとも」

「ううむ、そうですな………」

 

 執事長は少し迷う素振りを見せたが、すぐに大きく頷いた。

 

「やはり、誰が何と言おうとルイオス様が“ペルセウス”のリーダー。ルイオス様自身に裁可を頂くべきですな」

 

そして二人してルイオスの執務室に向かおうとし———。

 

「………………では、取り急ぎルイオス様に渡す書類の選別に入りましょう」

「お手伝いしますよ、執事長殿」

 

 すぐさま二人は踵を返して執事長の執務室へ向かった。

………何故、ルイオスの執務室へすぐに向かわなかったのか。それは全く疑問に思わなかった。

 

 

 

 

 

 

 




 ルキウス

 問題児の設定として、『神格保持者は名前を偽ると霊格が落ちる』というものがありました。しかしここで馬鹿正直に■■と名乗らせるわけにもいかないので、彼女の幼名であるルキウスを名乗っています。sahalaが調べただけでもルキウスと名の付くローマ皇帝は五人以上はおり、ルキウスというのはラテン語で“輝く”という意味もあったので太陽神の神格を貰った彼女の仮名に丁度いいと思いました。

 “ペルセウス”のお家事情

 これは完全にこのSS独自設定。要するにルイオスは偉大な父親と常に比較されてすねているという感じです。

 太陽神ソル

 多分、一人称は私と書いてローマと読む。


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第十七話『Game start』

今回は少し駆け足気味です。ついでに独自の設定も増し増しです


“ペルセウス”のリーダーの執務室。白亜の宮殿の中でも見晴らしが良い場所に建てられた豪華な部屋で、ルイオスは執務室の机にだらしなく足をかけて酒を飲んでいた。盃に注いだ酒はバッカス神御用達という触れ込みで、一本の値段が相当に高い代物だ。栓を開ければ、その値段と触れ込みに偽りなしと示す様に芳醇な香りが辺りに漂う。この場に下戸の人間がいたとしても、思わず唾を飲み込む様な一品だ。

 

「………まずい」

 

まるで泥水を飲んでいるかの様にルイオスは不機嫌な顔で酒を呷る。顔は既に真っ赤になっており、床に転がっている酒瓶の数からも相当に酔っているのが見て取れる。

 

「どいつもこいつも………僕を蔑ろにしやがって」

 

ドカリ! と足を乱暴に組み直す。その衝撃で机の上に積まれた書類が床に散らばった。

“ノーネーム”とのギフトゲームの通知、コミュニティ内部からの陳情、取引しているコミュニティからの催促の手紙。………そしてコミュニティからの脱退届け等。どれもルイオスがリーダーとして早急に対処しなくてはならない書類ばかりだ。しかし、ルイオスはそれを目に通そうともしない。

 

「どいつも………僕なんかより親父の方が良かった、と言いたいんだろ」

 

吐き捨てる様に一人愚痴るルイオス。これでも騎士団長や執事長が随分と書類を減らしてはいるのだ。しかしルイオスにはその全てが父親に及ばない自分への当てつけに思え、目を通すのも苦痛だった。

 

(僕だって、僕なりに精一杯やってるんだ。なのに………っ)

 

ギリっと歯を食い締めながら酒を再び呷る。この酒は父親が好きだったという。あまりに好きすぎて仕事中にもこっそりと飲み、執事長の小言が絶えなかったそうだ。しかしルイオスにはその酒がものすごく不味く感じた。何で父親がこんな酒を痛飲出来たのかもまるで分からない。そして、それこそが自分と父親の差だと突きつけられる様にも感じた。

 

“まだまだお子ちゃまだな、ルイオス”

 

まだルイオスが幼い頃、あまりに旨そうに酒を飲む父親にねだり、少し口を付けてすぐに吐き出したルイオスにテオドロスは大笑いした。

 

“コミュニティを率いる男はカッコよくなきゃあ、いけない。女からモテモテで、酒を飲む姿もクールにキマッてる。そして誰にも負けないくらい強い。そんな男なら、誰もが着いて行きたくなるだろう?”

 

いつだって、ルイオスの目には父親が輝いて見えた。自分の宣言通りに振る舞い、誰もが憧れる英雄の父親が幼いルイオスは大好きだった。

 

“だからお前もそんな男になれ。なあに、心配するな! 俺の自慢の息子だ。俺みたいなビッグな男に必ずなれる!”

 

ワシッワシッと幼いルイオスの頭を父親はよく撫でていた。

———そんな父親が死んだ時の衝撃は、今も忘れられない。あの時はルイオスも人目を憚かる事なく泣いた。そして………ルイオスにとって、生き地獄が始まった。

コミュニティの運営はルイオスが覚悟していた以上に大変だった。コミュニティを維持する為の資金調達、人員の確保や把握、問題点の洗い出しと改善策の施策etcetc………。どれも父親の急死で突然にリーダーとなったルイオスでは、どこから手をつければ分からなかった。騎士団長や執事長などのコミュニティの幹部もルイオスを必死に支えた。彼等にはテオドロスがコミュニティを運営していた時のノウハウがある。ルイオスがリーダーの仕事に慣れてない状況でも、コミュニティを滞りなく動かせるには問題は無かった。

しかし———コミュニティ同士の交流まではどうにもならない。テオドロスが死に、ルイオスに父親ほどの能力が無いと分かると親交があったコミュニティは続々と縁を切り出した。ルイオス自身も四方を駆けずり回り、どうにかこれまで通りの親交を保って欲しいと頭を下げた。だが———。

 

“はっきり言って、我等にメリットが無くなったのだよ”

 

“ペルセウス”にとって大きな取引先だったコミュニティのリーダーは頭を下げたルイオスを見下した。

 

“テオドロスならともかく、君の様な若輩に今まで通りを期待する方が間違っていると思うがねえ?"

 

顔を真っ赤にして唇を震わせるルイオスに、彼は憐憫を含んだ目を向けていた。

 

“君はお父上とは違う。取引は君の身の丈に合った相手としたまえ”

 

………同じ様な事を言って“ペルセウス”と断絶したコミュニティは少なくない。それどころか、コミュニティの実力者の中にもルイオスを下に見て脱退した者もいる。彼等を必死に繋ぎ止めようと寝る間も惜しんでコミュニティの運営に尽力した。死ぬ様な目に合いながらギフトゲームでも果敢に戦った。

しかし、それでも現実は無情だった。どんなに努力してもルイオスはテオドロスが出す結果に遠く及ばない。ルイオスが必死になればなるほど、自他共に自分の父親がいかに偉大だったのかを広めるだけになっていた。

 

(まるで道化だな)

 

何人目かも数える気にもなれない脱退届けを突きつけられ、ルイオスは心身ともに窶れた自分を鏡で見て呆然と思った。化粧の様に目の隈がベットリと貼り付き、血色の悪い色白な顔。接待の為の愛想笑いをし過ぎて口元がだらしなく緩んだ締まりの無い表情。大凡カッコよさとは無縁で、馬鹿な道化(クラウン)みたいな自分の顔にルイオスは鏡を叩き割りたくなった。

 

(………頑張るだけ無駄だ。僕は………親父みたいにカッコよくなんてない。だからコミュニティを率いられないんだ)

 

そして、ルイオスは努力する事を止めた。誰も自分に期待なんてしてない。だったら、最初から努力する事に何の意味があるのか?

当然と言うべきか、全て投げ捨てた不甲斐ないリーダーを皆は更に見限った。騎士団長や執事長の様にルイオスに立ち直って欲しい一心で未だに見捨てない者もいる。しかし、そんな善意も心を閉ざしたルイオスには届かない。今のルイオスには世界中の人間が父親に劣る自分を見下している様に感じていた。

 

「………クソッ、面白くない」

 

飲酒による頭痛にイライラとしながら、ルイオスは再び盃にドバドバと酒を注いだ。盃から溢れて床に散らばった書類にも零していたが、ルイオスはどうでも良かった。自嘲しながら誰ともなしに独りごちる。

 

「どうせ僕なんかより、騎士団長達がやった方が上手く処理できるだろ」

「———まあ、飲んだくれに仕事を任せる奴はいないだろう」

 

バッ! とルイオスは目を向けた。執務室の応接用のソファに、その男は座っていた。

銀髪をサラリと伸ばし、高級そうなモーニングコートを洒脱という言葉が似合う気崩し方。体格はガッシリと胸板が厚く、スラリと伸びた足を優雅に組みながら未開封だった酒瓶を開け、ラッパ飲みしていた。

 

「な、何だお前! どこから入って来た!?」

「お構いなく。好きなだけ愚痴れよ。他人の愚痴は酒の肴にぴったりだからな」

 

突然現れた男に慌てるルイオスに対し、スーツの男は自分が部屋の主人かの様に堂々と振舞っていた。ぐびっと酒を飲む干す。

 

「いや、やっぱいいや。愚痴と一緒に飲み干すには上等過ぎる。安酒に替えたらどうよ? 場末のバーとか似合いそうだぜ、お前」

 

ルイオスは目の前のふてぶてしい男の話など聞いていなかった。椅子から跳び上る様に立ち上がり、ギフトカードから武器を取り出し———それより先にステッキの先端がルイオスの額を小突いた。

 

「ガァッ!?」

 

ステッキが触れると同時にルイオスの頭の中で火花が飛ぶ。ルイオスとて曲がりなりにも五桁のコミュニティのリーダー。武術もそこらの人間では敵わないくらいには修めている。だが、そんなルイオスが反応できない速度で男は距離を一瞬で詰め、手にした銀のステッキでルイオスの額を打った。

 

(こ、の………こいつは、強い! すぐにアルゴールを———)

 

側から見れば男はコツンとルイオスを小突いただけに見えるが、ステッキに触れられた瞬間にルイオスの身体は雷に打たれたかの様に痺れて動かなかった。それでも床に崩れ落ちながらも、ルイオスは次の一手を構築しようとする。だが………。

 

(アルゴールを………どうするんだっけ??)

 

床に俯せで倒れるルイオス。そして、すぐさま自分の異変に気付いた。

 

(お、おかしいぞ。僕は戦おうとしているんだ。タタカウ………それってどういう意味だった? とにかく立たなければ………立つって、どういう姿勢だったんだ………!?)

 

まるでルイオスの脳を消しゴムで真っ白にした様に、思考が全く纏まらない。何かをしなけれいけない。でも何をすれば良いか分からない。ルイオスは酷く混乱しながらも、まるで生まれたての赤ん坊みたいに無意味な呻き声を上げながら手足をピクピクと動かす事しか出来なかった。

 

「どわお? みわずすついきずてす?」

 

床に這い蹲るルイオスに男は手のステッキをクルクルと弄びながら何か話しかけていた。

 

「ようずぶれんとぅうぉしらっししてしじんあるうぉすとぅぴさせえるてうかいんてくろだら?」

 

言っている意味がルイオスにはまるで分からない。今のルイオスはまだ言葉を覚えていない赤ん坊の様に相手の言葉の意味が理解出来なくなっていた。しかし、それを相手に伝える手段もルイオスの頭の中からスッポリ抜け落ちていた。

全く反応がないルイオスに男は不審そうに見つめる。呆けたルイオスの顔を見て、ようやくルイオスの現状に気付いたらしい。バンっと自分の額を叩くと、再びルイオスの頭をステッキで小突いた。

 

「ガギャッ!?」

「ああ、すまん。言語野までクラッシュさせる必要は無かったな。これで言葉は理解出来るだろ」

 

再び頭の中で火花が散り、衝撃と共に男の言っている事が理解出来る様になっていた。

 

「それにしても酔っている事を差し引いても、これくらい避けれないのか? 想像以上に期待外れだな」

「なん、だお前は!? “名無し”共の手先か!?」

「“名無し”、ね………それって、どの“名無し(ノーネーム)”の事だ?」

 

身体がまだ動かないながらも怒鳴るルイオスに男はニヤニヤとした笑いを見せる。

 

「惚けるな! 僕には分かっているぞ、お前はあの吸血鬼を取り返す為に“名無し”が寄越した刺客だろ!!」

「その想像が当たっているならお前の状況詰んでるだろ………」

「っ、衛兵! 衛兵!」

 

呆れた様に溜息を一つつく男の言葉に顔を真っ赤にさせながら、ルイオスは大声で叫ぶ。ところが、いつもは呼べばすぐ来る筈の足音は一切聞こえない。

 

「お、おい! 誰かいないのか!? 騎士団長………執事長でもいい! 誰か、誰か僕を助けろっ!」

「無駄無駄。いくら叫んでも誰も来やしないぞ」

 

男はクルクルとステッキを回した。

 

「人払いの結界を張らせて貰った。いまここで第三次世界大戦が起きても誰も気づかないし、何も聞こえない」

 

ルイオスの顔が真っ青になる。当然ながら“ペルセウス”のコミュニティ内部には、そういった幻惑を無効化する結界が張られている。しかし目の前の男はその結界をすり抜け、白亜の宮殿の中で最も守りが硬い筈の自分の私室に入り込んだばかりかコミュニティ内部に自分の結界を張ったと言うのだ。

 

「お前の予想は全くハズレだが、その“名無し”に俺も用がある。そこで………」

 

男が指を鳴らすと、男の左手から金色の光が光り出し———。

 

「何だ、それは………」

 

男の左手に現れた物にルイオスは呆然とした呟きを漏らす。それが現れた途端、空気がピンと張り詰める。まるで空間の法則全てがそれによって定められる様に感じられた。一目見ただけで、並の神仏では及ばないギフトだとルイオスにも理解できた。

 

「この◼️◼️をお前に貸してやろう。これを使って“ノーネーム”と戦え」

「お前は………一体、何者だ?」

 

畏怖を感じながらも問うルイオスに男はニヤリと笑い、名乗り上げる。

 

「アレイスター・クロウリー。所属はグランドセル………いや、名前に捻りがないな」

 

ん〜、と男———クロウリーは考える素振りを見せ、ポンと手を叩いた。クロウリーのスーツの胸ポケットには、地球儀をルービックキューブの形にした様な旗印が描かれていた。

 

「そうだな………“デウス・エクス・マキナ”とでも名乗っておこうか」

 

***

 

『ギフトゲーム名“FAIRYTALE in PERSEUS”』

 

・プレイヤー一覧 逆廻十六夜

         久遠飛鳥

         春日部耀

         キシナミハクノ

 

・“ノーネーム”ゲームマスター ジン=ラッセル

 

・“ペルセウス”ゲームマスター ルイオス=ペルセウス

 

・クリア条件 ホスト側のゲームマスターを打倒

 

・敗北条件  プレイヤー側ゲームマスターによる降伏

       プレイヤー側のゲームマスターの失格

       プレイヤー側が上記の勝利条件を満たせなくなった場合

 

・舞台詳細 ルール

  *ホスト側ゲームマスターは本拠・白亜の宮殿の最奥から出てはならない

  *ホスト側の参加者は最奥に入ってはならない

  *プレイヤー達はホスト側の(ゲームマスターを除く)人間に姿を見られてはいけない

  *失格となったプレイヤーは挑戦資格を失うだけでゲームを続行できる

  

宣誓 上記を尊重し、誇りと御旗の下、“ノーネーム”はギフトゲームに参加します。

                              “ペルセウス”印』

 

 黒ウサギが持ち帰って来た契約書類ギアスロールに全員が同意した直後、視界が光に包まれた。光が止んで目を開けると、巨大な門の前にハクノ達はいた。この奥が白亜の宮殿なのだろうか。

 

「姿を見られれば、即失格か。ペルセウスを暗殺しろ、ってか?」

「それなら伝説に倣ってルイオスも睡眠中ということになりますよ? 流石にそこまで甘くないと思いますが」

 

 門を見上げる十六夜に、ジンが応える。

 

「見つかった者はゲームマスターへの挑戦資格を失ってしまう。同じく私達のゲームマスター―――ジン君が見つかれば、その時点でこちらの負け。中々厳しいゲームね」

 

 飛鳥の呟きに耀も頷く。本来なら、このゲームは最低でも十人単位の多人数で仕掛けるべきだろう。“ノーネーム”はジンが発見されれば即座に敗北するのに対し、相手は襲撃時に見せたハデスの兜で不可視になれるのだ。状況は圧倒的に不利だ。

 

「勝つよ、俺達は」

 

ハクノは決意を込めた目で白亜の宮殿を見る。

 

「勝って前に進む。それしか道が無いなら、後は全力で前に進むだけだ。その為にも———」

 

ハクノは後ろに控えていた人物に向き直った。

 

「ルキウス 。君の助けが必要だ。力を貸してくれ」

 

結局、ハクノはルキウスとの契約を解消しなかった。自分の事をほとんど話せないルキウスにもどかしい気持ちはある。同時に、この場で神格保持者という戦力を手放すのが惜しい気持ちもある。

だが、それ以上に———。

 

「俺は、君の事を信頼している。理屈じゃないけど、そんな気がするんだ。君とならどんな相手も怖くない。そんな気持ちになれるんだ」

 

もしかすると、それはハクノに残された微かな記憶なのかもしれない。ハクノの心はルキウスに全幅の信頼を寄せていた。

 

「———ありがとう。我がマスター」

 

ハクノの信頼にルキウスは優しく微笑んだ。

 

「その信頼に応えよう。そして見せよう。神格を授かったローマ皇帝の一端を———!」

 

***

 

正門を破られる音と共に“ペルセウス”の騎士達はゲームの開始を悟った。

 

「第二分隊は東、第三分隊は西階段へ!」

「第一分隊は玄関ホールを監視せよ!」

「相手は少人数だ! 冷静に対処すれば抜かれることなどない!」

 

 号令と共に“ペルセウス”の騎士達が警戒態勢に入る。とはいえ、騎士達の大半はどこか弛緩した空気が流れていた。

 

「あ〜あ、始まっちゃたよ。メンドくせえ………」

 

以前、ルイオスの陰口を叩いていた騎士は槍に寄りかかりながら欠伸を噛み殺す。彼が配置された場所は二階へと上がる中央階段前だ。ここへ来るには長い正門を抜けた先にある玄関ホールを抜け、長い一本道の廊下を通らなくてはならない。玄関ホールにも騎士達は配置されている。その事実がこの騎士の警戒心を削いでいた。

 

「そこ! 私語を慎め! ギフトゲームの最中だぞ! 相手が少人数だからといって侮るな!」

「………了解」

 

分隊長の叱責に心の中で舌打ちしながら、彼は渋々と槍を構え直す。

 

(俺たちは5桁のコミュニティだぜ? “名無し”程度が正面玄関すら突破出来るわけないだろ)

 

地の利がある本拠地のゲーム。相手コミュニティが箱庭最底辺の“名無し”であるという事実。ましてやこのゲーム、騎士達は“ノーネーム”がルイオスに辿り着くまでに目視すれば失格に出来るのだ。下手すれば戦闘すら起きずに勝利するというのが、彼のみならず大半の騎士達の予想だった。

 

———オオオオオオオオッ………。

 

玄関ホールに繋がる廊下から雄叫びが聞こえてきた。早速“名無し”共が玄関ホールの騎士達に蹂躙されているのか、と彼はほくそ笑む。

 

———オオオオオオオオッ……!

 

(………? なんか、大勢が叫んでねえか?)

 

正面玄関にそんなに配置されていたか? と彼が疑問に思った直後だった。

息を切らしながら玄関ホールに配置された騎士の一人が廊下から走って入って来た。騎士は焦った様子で廊下へのドアを施錠する。

 

「おい、何があった!?」

 

只事ではない様子に分隊長が声をかけると、騎士は今になって初めて彼等に気付いた様に驚きながら姿勢を正した。

 

「ほ、報告します! 玄関ホールの分隊は壊滅! すぐに“名無し”の軍勢が攻めて来ます!」

「馬鹿な!? “名無し”を相手に何を……待て。“名無し”の、()()だと?」

 

不甲斐ない玄関ホールの騎士達に憤る分隊長だが、すぐに聞き捨てならない言葉に気付いた。

 

「どういうことだ!? 奴等は実働メンバーが数人程度の小規模コミュニティの筈だぞ!」

「し、しかし、現に我々第一分隊は敵に大人数で取り囲まれ、」

 

ドンッ!!

 

突然の音に騎士達の目線が廊下へのドアに向けられる。ドンッ、ドンッ、という音と共にドアがひしゃげていく。そして、一際大きな音と共にドアが破られた。

 

『オオオオオオオオッ!!!!』

 

破られたドアから、古代ローマ風の甲冑を身につけた大勢の兵士がなだれ込んできた。




色々と現段階では語れない設定はありますが、その中で話せる物を一つ。オリキャラの英霊です。彼のことはこれからのssで色々と書いていきたいと思います。

アレイスター・クロウリー

1875〜1947年。イギリスの魔術師であり、登山家であり、詩人でもある。近代魔術師の中で最も大成した存在であり、史上最凶最悪の魔術師と呼ばれている。

銀のステッキ

正確には銀の杖。クロウリーが盟友である魔術師アラン・ベネットから贈られた杖。伝承によると、触れただけで相手を昏倒させる力があったという。理性の蒸発した騎士に名付けさせるなら、“触れれば昏倒!”。

デウス・エクス・マキナ

元々は古代ギリシャの演劇において登場人物の絡み合った事情を“全ては神が解決し、めでたく終わった”という手法を指す言葉だった。その際に役者はクレーンの様な舞台装置で登場した事から、“機械仕掛けの神”と翻訳される。転じて“御都合主義”と意訳される事もある。
クロウリーの所属コミュニティがそれに当たるらしいが………?


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第十八話『hacking』

独自設定をあれこれ作って、もはや原作? なにそれ? レベルで放り投げている気はします。でもそれはそれとして、書きたいから書いていたりします。


金属を叩きつける音が連続的に響く。至る所から響き渡る音はある種の演奏になっていた。しかし、その演奏も終わる時が来る。

 

「ハアアアッ!」

「ぐあっ!」

 

ローマ兵士の片手剣(グラディウス)が“ペルセウス”の騎士の槍を叩き斬る。肩口から血を流して騎士は地面へ倒れこむ。そんな光景が至る所で繰り広げられていた。

 

「報告! 宮殿一階部の制圧を完了しました!」

 

百人隊長の装いをした男がローマ兵士達の後方にいた飛鳥に報告する。

 

「———分かりました。倒した騎士達は捕縛して下さい。私達の目的はゲームの攻略であって、殺害ではないわ」

「はっ! 総員聞いたな! 敵は必ず捕虜にしろ! 絶対に殺すな!」

『了解っ!!』

 

百人隊長の号令にローマ兵士達が一斉に返答し、騎士達の武器や鎧を取り上げて縛り上げる。抵抗する力も無い騎士達は歯軋りしながら身動き出来なくなっていく。

 

「私の顔に何か?」

「ああ、いえ。大した事じゃないわ。本当に貴方達がギフトなのか、ちょっと疑問に思って」

 

百人隊長を見ながら飛鳥は思っていた事を口にした。

ゲーム開始前、主戦力となる十六夜達をルイオスの前まで見つからずに進ませる囮役としてルキウスが召喚したのがこのローマ兵士達だ。

文字通り何もない場所から次々と現れたローマ兵士達はあっという間に軍勢と呼べる人数に増え、白亜の宮殿へ攻撃を開始した。

ルキウスもハクノのギフトだというが、見た目は自分と同じ人間でありながらギフトと呼ばれている事に飛鳥はまだ馴染めていなかった。

 

「はっ! 我々はローマ帝国の威光に刻まれた影法師。本来ならば名も無き亡霊の様な存在であります! ですが、神帝陛下の御力によりこうして実体を得られた次第であります!」

 

王政、共和制、帝政。全ての時代の古代ローマにおいて、その発展の礎として活躍したローマ兵士達。彼等の存在は2000年以上の時を超えても風化さずに刻まれている。例えば百人隊長(ケントゥリオ)はその名前をあやかってセンチュリオン戦車が作られ、それが第二次世界大戦後の主力戦車の第1世代として活躍した。ここにいる彼等は、言わば現代にも伝わるローマ兵士という概念によって存在を刻まれた亡霊だ。それをルキウスは古代ローマ軍の最高司令官である皇帝の特権として召喚したのだ。

 

「神帝陛下より貴方様の指揮に従う様に言いつけられています。どうか御命令を!」

 

飛鳥のギフトはルイオスには通用せず、身体能力も人並みでルイオスとの直接対決には向かない。その為にローマ兵士達と共に囮役を担っていた。当初はコミュニティの水樹を使って派手に陽動をするつもりだったが、ローマ兵士達のお陰で使う必要は無さそうだ。

 

(命令、か………)

 

飛鳥は人間を支配する自分のギフトが嫌いだった。意思を捻じ曲げ、黒を白と言わせる事も出来る事に喜びを感じる様な精神性を持ち合わせていない。

しかし、今回ばかりは手段を選んではいられない。というより、選べるほど飛鳥の選択肢は多くない。水樹を使うにしても、あれは“ノーネーム”の唯一の水源なのだ。温存できるなら、それに越した事は無いだろう。

 

(何より………これは意思を捻じ曲げる為の命令じゃない)

 

飛鳥は決意を新たに前を向く。

 

(これは、“ノーネーム”(私達)の意思を通す為の戦いよ)

 

「ええ、では臨時の司令官として命じます。()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」

 

『オオオオオオオオオオオオッ!!』

 

飛鳥の命令(ギフト)を受け、ローマ兵士達は強化される。強制するのではない、彼等の意思を強くする命令(ギフト)を飛鳥は命じて進軍を始めた。

 

***

 

「第二分隊、沈黙!」

「こちら第三分隊! 敵軍を抑え切れず! 応援求む、 応援求む!」

「聞いてない………。“名無し”がこんな大軍だなんて聞いてないっ! 」

 

白亜の宮殿の騎士達は蜂の巣を突いた様な大混乱に陥っていた。突如現れたローマ兵士達に味方が一人、また一人と倒れていく。彼等とて弱くはない。下降気味とはいえ箱庭では中堅に位置する五桁のコミュニティに務め、前リーダーの遺産であるペルセウスの武具のレプリカを装備している。並の人間ならば一人で数十人を相手にしても負ける事は無かった。

ただし、今回の敵は神格を宿したローマ皇帝が召喚した兵士。当然並の人間ではない。しかも数は“ペルセウス”の騎士達を上回っている。それだけならばギフトを持つ武器ある分はまだ“ペルセウス”の騎士達に有利な筈だった。しかし、ここに来て彼等の布陣が裏目に出た。“ノーネーム”は実動人数が数人程度という前情報により、白亜の宮殿内に広く監視の目を広げる為に騎士達は少人数編成で宮殿内の要所に配置されていた。ローマ兵士の軍勢は完全に想定外だ。そのせいで浮き足立ってまともな判断が出来ない上に、各所で繰り広げられる戦闘では兵力差で各個撃破されていく形になったのだ。さらに加えて、ローマ兵士達は飛鳥のギフトで強化されている。もはや本拠地でのゲームという地の利以外に“ペルセウス”の騎士達のアドバンテージは消えていた。

 

「第四、第五分隊は持ち場を放棄! 第三分隊の救援に向かえ! ハデスの兜を持つもの以外は敵軍の迎撃に加われ!」

 

慌ただしい足音がいくつも通り過ぎていく。走り去る騎士達をルキウス達は横から眺めていた。隠れてもいないルキウス達を騎士達は見える筈だが、まるで気付かずに横を通り過ぎていく。

 

「ふむ。アスカ達は上手くやっている様だな」

「こちらも順調ですね。まさかルキウスさんが不可視のギフトを使えたなんて思ってもいませんでした」

「太陽神ソルは光明神でもある。太陽の主権こそ持たぬが、光の屈折率を変えて姿を見えなくするくらいは容易いとも」

 

ジンとルキウスの声が虚空から聞こえてくる。このゲームはつまるところ、如何に敵に見つからずに主戦力をルイオスがいる宮殿の最奥まで届けるかがポイントだ。その為には陽動役となる同士、そして敵から隠れる不可視のギフトが必要だった。しかしルキウスはその二つを用意出来た。おかげで今のところ、ゲーム攻略は順調だ。

 

「待って。通路の先に一人いる。多分、不可視のギフト持ち」

 

耀の優れた五感は姿を消した騎士の匂いや微かな物音を見逃さない。耀が指差した先に十六夜は素早く飛び掛かった。

 

「ガッ!?」

 

振るった拳に感触があったと同時に、苦悶の声が上がる。壁に叩きつけられる音と共に隠れていた騎士が兜を頭から落としながら床に倒れた。

 

「何というか、もはやヌルゲーだな………」

 

気絶した騎士を見ながらハクノは思わず呟く。何せルキウスのお陰でこちらも姿を消せるのだ。そしてハデスの兜を被った騎士達は耀の索敵を逃れられず、こちらも姿を消しているから奇襲が容易に行える。向かう所敵なし、と言っても過言では無かった。

 

「…………」

「十六夜?」

「ああ、いや。大したことじゃない。ちょっと上手く行き過ぎている事が気になってな」

 

姿は見えないが、十六夜が何かを考え込んでいるのがハクノは分かった。

 

「それと油断はするなよ。ルイオスを倒すのがゲームの最終目的だからな」

「了解………っと」

 

再び歩き出した一行に行く手を遮る巨大な扉が立ちはだかった。その扉は表面に何やら幾何学的な紋様が描かれ、薄っすらと発光してる様にも見えた。見るからに魔術的な封印が施されている様な扉だ。

 

「これはまた厄介そう」

 

扉に警戒して近づきながら、耀は匂いを嗅ぐ。

 

「最奥に繋がる通路はやっぱりこの扉の先みたい」

「どうしましょう………迂回しますか?」

 

耀の報告にジンが困惑した顔で提案する。今は囮役の飛鳥達が優勢とはいえ、時間をかければゲームの本命である十六夜達が見つかるリスクが高くなってくる。余計な時間はかけたくない。

 

「しゃあない、音で居場所がバレるだろうがここは一つ———」

「待て」

 

扉を壊そうとした十六夜をルキウスが制止する。

 

「マスター、そなたの出番だ」

「え、俺?」

「そなたならば、開けられる筈だ」

 

ルキウス はハクノの背を押し、扉の前に立たせる。しかしハクノは困惑顔だ。一体何故自分が前に出されるのか?

 

(この扉を開ける方法なんて………?)

 

不意に、ドクンとハクノの脳の血管が脈打った。

 

(何だ………? この感覚は………扉の術式が———!)

 

ザザッとノイズ音が聞こえると同時に、ハクノの視界に変化が起きる。扉の封印に施された術式が、0と1で構成された数式に見えてきた。

ブンッと音を立ててハクノはキーボードを出現させる。ハクノの指が滑らかにタイピングを始める。

 

術式把握(ハッキング)完了。アンロックしますか?』

 

画面に現れた項目にハクノはYESを選択する。

パキンっと音を立てて扉の術式が崩れる。同時に鍵が開く音がした。

 

***

 

「雷よ!」

「ぐああっ!!」

 

執事長の手にした杖から電撃が迸る。電撃はローマ兵達を打ち据え、彼等は床に倒れ伏した。

 

「ハア、ハア………。こんな所にまで敵が侵攻しているとは………」

 

荒い息で杖をつきながら執事長は必死に呼吸を整える。彼は“ペルセウス”で随一の魔術の使い手だ。たとえギフトで強化されていようが、 雑兵に遅れを取るほど軟弱ではない。

 

(しかし、ここまでの大軍は厳しいですな………。寄る年波には勝てませんか)

 

彼も数十年前は若きテオドロスと共にギフトゲームに参加していたが、既に引退した身だ。そしてそんな隠居した自分も戦わねばならないほど、今の“ペルセウス”は追い詰められている。老骨に鞭打ってしきりに攻めてくるローマ兵達を倒しているが、既に体力は限界に近かった。

しばらくして、ようやく呼吸が整ってきた。床で呻き声を上げているローマ兵達を捨て置き、彼は味方に合流する為に足を引きずる様にしながらも歩き出した。そうして通路を進んだ先に、知っている顔が見えた。

 

「執事長殿! ご無事でしたか!」

「おお、騎士団長殿!」

.

騎士団長が十数人の騎士を連れながら執事長に近寄る。鎧の装飾が戦いでボロボロになっていたが、大きな怪我は無い様だ。しかし、再会を喜んでいる場合ではない。

 

「あまり無茶はされないで下さい執事長殿! 非戦闘員達と一緒に後方に避難して下さい!」

「ハハハ、なんのこれしき。年寄り扱いするにはまだ早いですぞ」

 

明らかに無理をしていると騎士団長は見抜いたが、それを言い合う暇など無い。

 

「とにかく、こちらへ! 残った騎士達を集結させて再起を図ります!」

 

騎士団長の号令の下、続々とまだ戦える騎士達が集まってくる。彼等はテオドロスの代からのベテラン達だ。奇襲に動じずに冷静に対処している為に生き残れていた。しかし———。

 

「生き残りはこれだけか………」

 

思った以上に少ない数に騎士団長は落胆しそうになるが、すぐに首を横を振る。

 

「いや、むしろよくぞこれだけ残ってくれたと言うべきだな。お前達、まだまだ戦えるな!?」

「当然です!」「この程度、先代と切り抜けたゲームに比べればどうって事ないですよ!」「テオドロス様に鍛えられた武勇を“名無し”共に見せてやりましょう!」

 

疲労の色が見えない部下の返事に頼もしく思うと同時に、歯痒くある。彼等にとって“ペルセウス”のリーダーは未だにテオドロスなのだ。部下の騎士達は“ルイオスの為に”戦うというつもりはあまり無い様だ。

 

(あるいは相手を“名無し”と侮った以上に、コミュニティ内の意思統一が出来てないのがここまで苦戦する理由かもしれんな………)

 

いかに手足が強靭でも、それを使う頭が働かないと意味がない。そして頭を無視して手足が動いても、体全体が柔軟に動けるはずもない。今回のゲームはまさにそれだ。皆がルイオス()を無視して動いた結果、自分達と違って統率のとれた敵軍に追い詰められる事態となったのだ。

 

(このゲームが終わったら、今一度ルイオス様とお話ししよう。テオドロスほどの才能が無くても、やはりルイオス様が先頭に立たねば“ペルセウス”は上手く回らない)

 

執事長も同じことを考えているのだろう。テオドロスの名の下に! と士気を高くする騎士達に複雑そうな顔をしていた。いずれにせよ、まずは目の前の敵だ。部下達に指示を出そうとし———。

 

「な、何だ!?」

 

廊下の窓の鎧戸が次々としまっていく。同時に騎士団長達のいる廊下の前後のドアが閉まり、鍵のかかる音が聞こえた。さらに閉まった窓やドアに幾何学的な紋様が浮かび上がった。騎士達が動揺する中、執事長は事態をすぐに把握した。

 

「宮殿の防衛結界が勝手に作動している………? と、とにかくすぐにドアをお開けします!」

 

騎士達を掻き分け、執事長はドアの解錠呪文を唱える。宮殿の防衛結界は彼が拵えた物だ。言ってみれば宮殿内で執事長に解けないセキュリティなど無い———筈だった。

 

「ぐああっ!?」

「執事長!?」.

 

解錠呪文を唱えていた執事長にドアから電流が流れた。倒れる執事長を騎士団長は急いで支えた。同時に、ドアにホログラムウィンドウが浮かび上がる。

 

『Error! パスワードが変更されています。正しいパスワードを入力して下さい』

 




繁栄の礎はローマ軍と共に(ノステル・エクセルキトゥス)

ルキウス個人の、というよりローマ皇帝が所有する召喚宝具。人類史に刻まれたローマ兵士という概念から、ローマ兵士達を召喚する。言わば彼等は“ローマ兵士”という群体英霊の様なもの。その数は最大で六千人。ローマ皇帝はローマ軍の軍事最高司令官という側面から彼等の召喚、指揮権限を持つ。とはいえ、ローマが聖杯戦争の開催地にでもならない限りはいかにローマ皇帝達でもこの宝具が発動できない。あらゆる時間流に繋がる箱庭という土地柄故に使える様になった宝具とも言える。また、召喚されるローマ兵士の顔触れは召喚したローマ皇帝に縁を持つ者になる。

霊子魔術師

霊子魔術師が台頭した世界では戦争も電脳戦がメインとなる。都市機能や防衛システムをハッキングにより無効化し、その後は散発的なゲリラ戦へ移行する。霊子魔術師のギフトを持つハクノもその能力を行使できる。すなわち、防衛システムの破壊や改竄は序の口である。

………ある意味、ゲームルールの書き換えと言っても良いだろう。


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第十九話『Consideration & Lonly leader』

作者より頭の良いキャラは書けないと痛感しています。十六夜の考察は原作の十六夜の頭脳と比べると穴だらけだと思いますが、ご容赦ください。というか十六夜は書くのが本当に難しいです。


カタカタ、とキーを叩く音が響く。ハクノは複数の画面を写し出し、その一つの画面に出てる地図を見ながら休む事なく指を滑らせていた。

 

「右150メートル先の通路から敵5人が接近。そこの通路をロックするよ」

 

宣言と同時に、バタンと扉が閉まる音が聞こえた。同時に地図上の通路に通行止めを示す様な赤い線が引かれる。別の画面にはその通路の様子が映し出されており、突然閉まった扉に驚き戸惑う“ペルセウス”の騎士達がいた。別の画面ではハクノ達のいる階層に上がって来た騎士達が写された。

 

「背後から接近中。この先のT字路を左に曲がろう。そこでトラップを仕掛けるよ」

「わ、分かりました!」

 

ジン達と移動すると同時にハクノの左手が動く。手が床に向けられると同時に、電気を発する音と共に魔法陣の様な図形が現れる。そして床に吸い込まれる様に消えた。

 

「………こんな隠し玉があったなんてね」

 

走りながらも澱みなくタイピングするハクノに耀は感心してため息をつく。

 

「飛鳥から聞いた時は半信半疑だったけど、そういえばハクノは遠くの相手でもモニターに出せるんだっけ? というか、妨害とか色々出来るあたり結構万能………十六夜?」

 

耀は十六夜に声をかける。十六夜は沢山の画面を見ながらキーを叩くハクノをじっと見ていた。

 

「どうかした?」

「ん? ああ、キシナミの正体がちょっと気になってな………」

 

今も遠隔操作でトラップを仕掛けているハクノを見ながら、十六夜は考え込む。

 

「先読み、遠見、治療、敵コミュニティの防衛システムの乗っ取り………こうも色々と出来るのに自分の記憶がないとかおかしすぎだろう」

「………十六夜はハクノが嘘をついてると思ってる?」

「まさか。あいつに嘘を貫き通す程の器用さは無えよ」

 

そう言いながらも、十六夜は別の事を考えていた。

 

(奴のギフトの出所が何なのか、なんとなく分かりそうな気がするが………)

 

十六夜とて、“ペルセウス”のギフトゲーム開始まで無為な時間を過ごしていたわけではない。“ノーネーム”の書庫を漁り、ペルセウスの神話からルイオスが頼みとするギフトの正体、それに付随する箱庭の星空の秘密などに迫っていた。そして、書庫の中で一冊の手書きのレポートを見つけていた。

 

(あのレポートによれば、ギフトは本来人類史を正しく存続させる為に修羅神仏の類いが与え、“歴史の転換期”に合わせて顕現すると書かれていたな)

 

著者は不明だったが、そのレポートは箱庭の世界を解明しようとする内容が書かれていた。お陰で今の十六夜は異世界組の中で一番箱庭の事を理解できていると言える。そしてレポートと一緒に置かれていた大量の医学書や電子工学の技術書から、十六夜はハクノの力に見立てを立てていた。

 

「春日部。お前の元いた世界で、ああいう技術はあったか?」

 

宙に浮いた光るモニターやキーボードを操作しているハクノを指差す十六夜。耀は少し考えてから話し出した。

 

拡張現実(AR)デバイスで似た事は出来たと思うけど………。でも、あそこまで万能じゃなかった筈。傷の治療だって、回復魔法みたいな物は無かった」

「成る程な………」

 

拡張現実というのは人が知覚した現実環境をコンピュータで情報を拡張して映す技術だ。十六夜の元いた世界でも研究されており、スマートフォンのゲームにも使われている程だ。もっとも、ハクノの様にデバイスを使わないで情報を表示したりは出来ない。異世界の技術だからと言えばそこまでだが、ハクノの技術は十六夜の時代よりも未来の物と見て良いだろう。

 

(その技術体系を示すギフトがキシナミのギフトカードに書かれていた霊子魔術師(クォンタム・ウィザード)だな。言葉だけを見るなら、さしずめ量子コンピュータを自在に操るウィザード級ハッカーという所だが………)

 

今現在も研究が進められている量子コンピュータ。完成すれば、従来のコンピュータを遥かに上回る計算能力を有すると言われる。ギフトを使っている時に見せるハクノの情報処理能力は既存のコンピュータでは遠く及ばない。

 

(デバイスはおそらく………アレか)

 

十六夜はハクノの指先に注目する。ハクノ自身は無意識でやっている様だが、先程から必ず指輪が嵌っている左手を向けて魔術をかけている。少なくとも左薬指の指輪が魔術の発生源と見て良いだろう。

 

(これらの事を纏めると、キシナミは未来の世界では量子コンピュータを自在に操っていたプログラマーないしハッカーだった、と推測できる。だが………)

 

だが、それ以上の事が分からない。キシナミハクノにはまだ名前の分からないギフトがある。それにハクノが超A級のプログラマーやハッカーだったとしても、そこからローマ神群の主神から神格を受けたルキウス や白夜叉から月神に関係があるかもしれないと言われた“月の★王”というギフトにどう繋がるのか、情報が足りなすぎる。

 

(現段階だと不明だらけだが、発想を飛躍させなきゃ分からないかもな)

 

最奥へと繋がる最後の扉の術式を解除(ハッキング)したハクノを横目で見ながら、十六夜は思考する。

 

(例えば———遠い未来では月面都市が作られ、その都市システムを構築したのがキシナミだった、とかな)

 

***

 

———時間は少し遡る。

 

白亜の宮殿の最奥部。騎士達の練兵場とは違い、ギフトゲームなどの大々的なイベントの際に使われる円形競技場(コロッセウム)にルイオスはいた。彼は観覧席の中でもコミュニティのリーダーや賓客が座る豪奢な席に着き、傍らには物言わぬ石像と化したレティシアが見せしめの様に置かれていた。

 

「ちっ、使えない奴等だ」

 

ルイオスの目の前には古めかしい鏡が置かれており、その鏡にはコミュニティ内部の様子が映し出されていた。今もハクノがロックした扉を必死に破ろうとしている騎士達の姿が見えていた。

 

「普段は僕に陰口を叩いているくせに“名無し”を一人も止められないのか。本当に使えないクズばかりで頭にくる」

 

「奴等なりに精一杯やってるとは思うけどな」

 

突然、背後から聞こえた声にルイオスが振り向く。そこにはいつの間にいたのか、芳香のキツい煙を煙管からゆらゆらと立ち昇らせたクロウリーがいた。

 

「っ、お前か。どうやって入って———いや、僕の部屋に入れるくらいだ。今更な話だな」

「おや? 今度は慌てないんだな。驚く顔が見たかったのに」

「ふん。これから“名無し”共と戦うんだ。お前の相手をしてる暇は無い」

 

ニヤニヤと笑うクロウリーにルイオスは眉間に皺を寄せながら鼻を鳴らす。しかしクロウリーはまるで旧来の友人の様にルイオスの肩に手を置く。

 

「そう邪険にするなって。一応、俺はお前にギフトを授けた恩人だぜ? もう少し愛想良くしてバチは当たらないと思うが?」

「恩人? 言っておくけど、ギフトの事に関して礼を言う気は無いからな。お前は“名無し”と戦う奴が欲しかっただけだろ」

 

手を払い除け、クロウリーを睨むルイオス。

 

「僕とお前は利用し合うだけの関係だ。ビジネスの相手にそこまで愛想良くする気は無い」

「………そこまで分かっていて、何で俺の話に乗ったんだ?」

「このギフトゲーム、負けたら終わりなのは確かだ。絶対に僕は負けるわけにいかない。その為なら、悪魔とだって手を組んでやるさ」

 

もしもルイオスが負ければ、“名無し”に負けたコミュニティとして“ペルセウス”への信頼は一気に零となるだろう。ただでさえルイオスがリーダーとなってからの“ペルセウス”は凋落の一途を辿っているのだ。下手をすればコミュニティの解散も有り得る。

 

(それにこのゲームの報酬も明確に決まって無いからな。“ノーネーム”が吸血鬼含めて全財産寄越せ、と言ってきても断れないって気付いているのかね?)

 

もちろんクロウリーはその事を指摘する気は無い。そもそもそんな善人ならば、“世界で最も邪悪な人間”と記録されていない。しかし、ルイオスは別の未来を思い浮かべている様だ。

 

「このギフトで僕は勝つ為の力を手に入れたんだ。僕が勝ったら、“名無し”共は全員奴隷にしてやる。男は死ぬまで肉体労働させて、女は兵士達の———」

「ああ、はいはい。皮算用は実際に獲ってから考えろよ」

 

聞いていてさほど面白くもなさそうな未来図をクロウリーは遮った。しかしルイオスは本気でゲームに挑む様だ。服装もいつもの伊達男ぶった格好から鏡の様に磨き上げられた鎧姿になっており、さらには騎士達が持っている物とは遥かに性能が上回るハデスの兜のオリジナルを被っている。何より———。

 

「ちゃんとギフトが馴染んでいるみたいだな。良かったじゃないか」

 

以前、会った時よりもルイオスの魔力は高まっていた。そこにいるだけで肌をビリビリと震わせる様な圧力がルイオスから感じられていた。

 

「僕は“ペルセウス”のリーダーなんだ。◾️◾️であっても僕が扱えない筈があるか」

 

クロウリーが初めて会った時とはまるで別人の様にルイオスは覇気を伴っていた。だが———。

 

「ああ、そうだ。僕は特別な存在なんだ。親父を超える様な大きな存在なんだ。この力があれば、もう僕の事を侮る奴なんて———」

 

自分の手を握り締めながらルイオスは呟く。側にいるクロウリーの事も眼中に無い様だ。

 

「………まあ、お前にくれてやった物だから好きに使えよ」

 

自分に酔いしれるルイオスにつまらなそうな視線を向けながら、クロウリーはポケット灰皿に煙管の吸いカスを入れる。

 

「でも、ちゃんと忠告は守れよ? 何度も言うが、絶対に———」

「分かっている、いい加減にしつこいな」

 

煩しそうにクロウリーの言葉を遮るルイオス。

 

「僕は絶対に失敗なんかしない。お前の望み通りに“名無し”共を倒してやるから指を咥えて大人しく見ていろ」

「………そうかい。じゃあ、吉報を待ってるぜ」

 

くるりと背を向けてクロウリーは立ち去る。そして、そっと溜息をついた。

 

「俺にしては珍しく善意の忠告だったんだがなあ………」

 

 

 



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第二十話『Sword or death』

何かボケっとしてる間にEXTRAのリメイクが決まり、また自分の中で再熱したので書きました。
待たせてごめんなさいm(_ _)m


 白亜の宮殿最奥の扉の前に黒ウサギはいた。扉の前まで来たハクノ達を見て、黒ウサギは安堵の溜息をつく。

 

「ジン坊ちゃん、それに皆さんも………! ご無事で何よりです!」

 

 これまでのゲームの様子は“月の兎”の能力で把握している筈だが、それでも直接無事な姿を見れたのが嬉しいのだろう。兎耳がピコピコ動いていた。

 

「黒ウサギ、この奥にルイオスがいるの?」

「はい、ルイオスからは“集中したいから対戦相手が来るまで入るな”と言われまして」

 

 黒ウサギはスッと真面目な顔になると耀達に忠告する。

 

「お気をつけください。何があったのか分かりませんが、ルイオスはこの上なく本気で戦う様です。霊格も別人と思うくらいに以前より上がっています」

「ほほう? 尻に火をつけられて、ボンボンも本気という事か。少しは楽しめそうだな」

「敵が強大であれば、舞台もより映えるというものだ」

 

 あれ程に執着していた黒ウサギに興味を示さず、ルイオスがただ目前の戦いのみに集中しているのは意外だった。思わぬ強敵となりそうな予感に十六夜は獰猛に口角を上げ、ルキウスは鷹揚に頷く。

 

「行きましょう、僕達の仲間を取り戻す為に」

 

 ジンの引き締めた顔に、おう、と全員が返事する。しかし―――。

 

「ハクノ、どうかした?」

 

 すぐに動かなかったハクノに耀が不思議そうに声をかける。しかしハクノは宮殿内のマップや中継映像に目を通していた。

 

「………黒ウサギ、俺達が来る前に誰か入った?」

「? いえ、ゲーム開始から最奥の間は()()()()()()()()()()()()()()?」

「………そうか」

 

 黒ウサギの索敵能力は箱庭の貴族として折り紙つきだ。その彼女が言うならば、最奥の間にはルイオス以外は誰もいなかったのだろう。しかし―――。

 

(気のせい、か? 何か覚えがある気配がした様な気がする)

 

 それはほんの小さな違和感。例えるなら、いつも閉めていたドアがほんの少し―――虫一匹入れる程度の隙間が開いていたという程度のもの。だというのに、ハクノはそれが何か重大な事を見落としている様に思えた。そして―――そんなハクノをルキウスは険しい顔で見つめていた。

 

 ***

 

 扉を開けた先は古代の闘技場の様な場所だった。その上空にハクノ達を見下ろす様にルイオスはいた。

 

「―――ようやく来たか。待ちくたびれたところだったよ」

 

 翼の生えたロングブーツに、鏡の様に磨き上げられた全身鎧(プレートアーマー)。手には金色に輝くハルペーが握られていた。以前に会った時とは別人の様に闘志漲るルイオスに、十六夜はふてぶてしく笑う。

 

「ふうん? 少しはマシな面構えになったじゃねえか。伊達男振りは返上か?」

「ああ。たかが“名無し”とはいえ、久々のギフトゲームだ。丁重に持て成してやるべきだと判断したんでね」

「嬉しいね、第五桁(お前)が箱庭最底辺だのその他大勢だのと言われている相手にわざわざ本気を出してくれるのか。カッコイイな、子供相手に全力でぶん殴る大人ぐらいには」

「抜かせ。クラーケンやグライアイを倒したお前達が子供なわけあるか」

 

 軽口にピクリとも眉を動かさないルイオスにハクノ達は認識を改めた。ルイオスは本気だ。“サウザンドアイズ”で会った時の様にこちらを侮らず、打ち倒すべき敵として“ノーネーム”を相手取っている。こちらも油断はできない。

 

「散々、この僕を虚仮にしてくれたんだ。お前達には箱庭第五桁の力を―――僕の力を存分に思い知ってもらうよ」

 

 スッとルイオスは片手を掲げる。

 

「お前らのお友達の前でな」

 

 パチンと指を鳴らすと同時に、競技場の観客席の空間がさざ波を打つ様に歪みだす。それも一つ二つではない。観客席から無数に空間の歪みが発生した。やがて、空間の歪みの中から人影が現れる。

 

「飛鳥!」

「え? 春日部さん? 一体……ここはどこ?」

 

 空間の歪みから見知った顔が現れて耀は驚いて名前を呼ぶ。飛鳥だけではない、空間の歪みから次々とローマ兵や“ペルセウス”の兵士が出てくる。全員が辺りをキョロキョロと見回し、戸惑った表情を浮かべていた。

 

「何があった? 百人隊長、報告せよ!」

「は、はっ! 我々は飛鳥様と共に宮殿の制圧を行っておりました! ですが突然体が光に包まれたかと思えば、気付けばこの場にいました! 神帝陛下、これは一体?」

 

 飛鳥と共に観客席にいる百人隊長の報告にルキウスは目を見開く。どうやらルイオスは宮殿で戦っていた兵士達を全て観客席へ転移させた様だ。いかに神魔入り乱れる箱庭と言えども、それがどれ程強力なギフトか。そして今のルイオスはそれを指先一つで行える。即座にルキウスは脅威の度合いを理解した。

 

「うう……ここは、競技場………?」

 

 飛鳥達とはちょうど競技場の反対側にあたる観客席。そこに現れたのは“ペルセウス”の執事長や騎士団長だった。彼等も突然の転移に戸惑っていたが、古参揃い故に他の兵士達よりも早く事態の把握に務めていた。中でも執事長はハクノが仕掛けたトラップで負傷した身体を騎士団長に肩を貸してもらいながら、どうにか立ち上がった。

 

「執事長、あまり無理をされては、」

「何だその様は!」

 

 騎士団長が心配して声を掛けるのを遮る様にルイオスの怒号が響き渡った。彼の目には隠し切れない苛立ちと侮蔑が込められていて、執事長達を睨んでいた。

 

「普段、僕にあれだけ口うるさく言っておきながら、何だその様は! “名無し”の一人も捕まえられないのか? 使えないクズ共が!」

「っ……!」

 

 叱責と呼ぶには惨い言葉に騎士団長達は顔を俯かせる。“ペルセウス”の騎士達は終始ローマ兵に追い詰められていた為、ほとんどが満身創痍という有様だ。しかしルイオスはそんな彼等を労うどころか、更に鞭打つ様に怒鳴り付ける。

 

「お前らが不甲斐ないから、僕が直々に戦う羽目になったんだ! 口ばかりの使えない道具共め! このゲームが終わったら纏めて粛正してやるから覚悟しろ!」

「ちょっと、その言い草は無いでしょう!」

 

 結果だけ見るなら彼等は本拠地でのゲームという圧倒的に有利な条件ながら、まんまと“ノーネーム”の策に嵌って最奥への侵入を許した。しかし、それでもこの仕打ちはあんまりではないか。飛鳥はルイオスに食って掛かる。

 

「彼等は貴方の為に戦っていたのよ! それなのに道具だの、クズ呼ばわりなんて……恥を知りなさい!」

「何を言っているんだ? こいつらは僕のコミュニティの人間だぞ。リーダーである僕は、こいつらを扱う権利があるんだ。そしてこいつらにはコミュニティの為に戦う義務がある。その義務すら果たせない奴を使えない道具と呼んで何が悪い?」

「貴方っ……!」

 

 横暴。そう呼ぶにも生温いルイオスの言動に、飛鳥はギリっと奥歯を噛み締める。ローマ兵達も一斉にルイオスに嫌悪の表情を向けていた。中には敵である“ペルセウス”の騎士達に憐みの篭った視線を向けている者もいる。

 

「いやはや、何とも醜い事か」

 

 ルキウスは大仰に溜息をついた。

 

「貴様はいっそ役者になるべきだな。その気性も相まって、民に暴政を働く王の役割ならば引く手数多であろう。芝居の中ならば誰も不利益を被らぬしな。だが……うむ、やはり前言を撤回しよう。貴様風情が暴君と呼ばれるのは、些か不服である」

「おい、御チビ。よく見とけ。そして絶対にああなるなよ。有無を言わさずに“ノーネーム”から叩き出すからな。ついでにこんな馬鹿をリーダーにしていたのか、と俺自身も首括るわ」

「……肝に命じておきます」

 

 高まった力に反比例するかの様に精神が前以上に酷くなったルイオスに十六夜は失望感を隠しきれなかった。そしてそんな態度が気に障ったのか、ルイオスは顔を真っ赤にして睨む。

 

「今の内にほざいていろ。僕は前の時とは違う。つまらない虚勢で“名無し”と張り合おうとしたルイオスは消えた。僕が……僕こそが、“ペルセウス”最強の騎士だ」

 

 ブチッと自分のチョーカー引き千切り、メドゥーサの頭を模した飾りを手にするルイオス。

 

「それを証明してやる」

 

 天に掲げると同時に不気味な褐色の光がペンダントから放たれる。光は脈動すると同時に徐々に大きくなり、同時に肌を刺す様な魔力が圧力となってハクノ達を襲う。そして―――!

 

「来い———アルゴールッ!!」

 

『ra………Ra、GEEEEEYAAAAAAAAAaaaaaaaaaaaaaa!!』

 

 つんざく様な叫び声が辺りに木霊する。ガラスを引っ掻き回す様な不協和音にハクノは反射的に耳を塞ぐ。光の中から現れたのは全身をベルトで拘束された一人の女だった。灰色の髪を乱れさせ、血走った瞳で叫び続ける姿には理性を欠片も感じさせない。アルゴールは叫びながら拘束具を力ずくで引き千切り、全身を震わせながらハクノ達と対峙する。

 

「特別に石化するのは最期にしといてやる。そして、存分に思い知れ。星霊にして魔王のアルゴールの強さを―――そして、僕の強さをなあああっ!」

 

 絶叫と共にルイオスは十六夜へとまっすぐ斬りかかる。手にしたハルペーが十六夜へと迫る。

 

「ハア……やれやれだぜ」

 

 十六夜は溜息をつきながら、いつも通りに拳で迎撃しようとし―――次の瞬間、ルイオスの姿が唐突に消えた。

 

「っ!?」

 

 ここに来て十六夜から余裕の表情が消える。同時に悪寒を感じて反射的に身を捻る。その一秒後、背後から迫った鎌が十六夜の首があった空間を切り裂く。奇襲に失敗した事にルイオスは落胆もせず、即座に十六夜へと追撃をかける。咄嗟に回避した為に十分な体勢で無いながらも十六夜は拳を振るって再び迫った鎌を打ち払おうとする。拳と鎌がぶつかり合う。ルイオスは固い壁を思い切り殴ろうとしたかの様にたたらを踏み―――同時に十六夜の身体が後方へと飛ばされ、競技場の壁に背中から激突した。

 

「コイツ―――!」

 

 この箱庭に来て以来、まともに十六夜と打ち合える者はいなかった。最果てに住まう蛇神、“ペルセウス”の試練で相手にしたクラーケン。いずれも十六夜の拳で簡単に撃沈してきた。だが、今のルイオスはそんな十六夜と打ち合って打ち勝つくらいの力を発揮している。その事実を十六夜は背中にくる痛みと共に理解した。

 

「十六夜君っ!」

 

 ルイオスに力負けした十六夜に飛鳥は反射的に駆け寄ろうとして競技場へと身を乗り出す。しかし、競技場と観客席を区切る様に半透明な壁が現れて飛鳥はすぐに立ち止まった。

 

「これは一体……!?」

「馬鹿め! 観客席に呼んだお前に僕への挑戦権は無い。そこで指を咥えながらお友達が為す術なくボロ雑巾にされていく様を見てろ!」

 

 戸惑う飛鳥をルイオスは嘲笑い、十六夜へと向き直る。

 

「アルゴール! こいつは僕が殺る! お前はその他を相手しろ!」

「ハッ……上等だ、ボンボン!」

 

 予想外の強敵となったルイオスに十六夜は獰猛な笑顔を浮かべて戦いに応じる。ここに戦いの火蓋が切って落とされた。

 

 ***

 

「十六夜っ!」

 

 ルイオスの攻撃によって自分達と分断される様に距離を離された十六夜へハクノは駆け寄ろうとする。しかし、その行く手をアルゴールが遮った。

 

『GURURURURU……』

 

 獣の様に唸り声を上げてこちらを睨むアルゴールにハクノの足が竦む。恐ろしい見た目もさることながら、魔術師であるハクノにはアルゴールから発せられる尋常ならざる魔力の奔流を感じ取っていた。

 

(なんて魔力だ……。これが星霊……白夜叉と同じ、星の力を宿した悪魔―――!)

 

 降りかかる圧力は、かつて相対した白夜叉ほどではない。だが、蟻にとってライオンも象も自分より遥かに巨大な動物である事が変わらない様に、ハクノにはアルゴールがそれこそ自分がちっぽけな虫けらに思えるくらいに強大に見えていた。アルゴールが一歩ハクノへと近付く。それだけでハクノの全身から嫌な汗が流れ落ち、口の中がカラカラに乾いていく。カタカタ、とハクノの手が震え始め―――目の前に真紅の色が現れる。

 

「ルキ、ウス……?」

「ふむ。かの“ペルセウス”の末裔はジン達の話で聞いたより輪にかけて醜い精神であったが―――」

 

 まるで値踏みするかの様にルキウスはアルゴールを一瞥する。

 

「その実力はまあまあの様だな。そなたの様な悪鬼を呼び出せるというならば、認めぬわけにはいくまい。しかし、随分と醜いな。あの騎乗兵も覚醒すれば、そなたの様になるのか? だとすれば、真の実力に目覚めぬ方があの者の為になろうよ」

 

 ハクノにはルキウスの言っている事の意味が分からなかったが、アルゴールには効果覿面だった様だ。ハクノを守るかの様に立ちふさがるルキウスにアルゴールは殺気の矛先を変える。一睨みで魂まで凍りつく様な殺気を受けながらも、ルキウスは余裕の表情を崩さない。

 

「今のそなた程度ならば我がマスターが出るまでもない」

 

 ゴウッ! とルキウスの手から炎が生じる。命ある者を育み、時に全てを焼き払う太陽の炎はルキウスの手の中で踊り、やがて形を変える。まるで激しく揺らめく炎をそのまま形にした様な歪な大剣が現れ、ルキウスはそれを刀身に炎が纏ったままバトンの様に振り回した。ヒュッと風切音を響かせ、アルゴールへと切っ先を向ける。

 

「マスター、そなたはヨウとジンと共に下がっておれ。ヨウ、マスター達の守護を頼む。こやつの相手は余で十分である」

「でもルキウス、一人だと危ないんじゃ、」

「事情は知らんが、この星霊は全力には程遠い様である。今の霊格程度ならば、余一人で問題あるまい」

 

 それに、とルキウスは不敵な笑みを浮かべる。

 

「こやつが星を背負った悪魔というならば、余は太陽神(ソル)より神格を授かりし神霊にして皇帝。何ら劣る物など無い」

 

 ルキウスの身体から爆発的な魔力の高まりが生じる。溢れ出た魔力は太陽の熱気となって、彼女を何十倍も大きな存在に見せた。正に地上に降りた太陽の様だ。

 

「来るがいい、魔星アルゴルの悪魔よ! 我は主神よりローマ(世界)を託されし神帝! 抱く名はルキウス(光の輝き)! 貴様に一条の理性が残されているならば———いざ誇りを賭けて余に挑むがいい!」

『AAAAAaaaa、GEYAAAAAAaaaaaaaaaッ!!』

 

 アルゴールが大地を蹴る。今ここに、魔星の悪魔と太陽の神帝の戦いが始まった。

 

 ***

 

「よしよし、ようやくメインイベントだ」

 

 少し時を遡る。古風な映写機からスクリーンへと映し出される映像にクロウリーはわくわくとした表情になる。スクリーンには“ペルセウス”の闘技場が映し出され、今まさに戦いが“ノーネーム”と“ペルセウス”が激突しようとしていた。それをリクライニングチェアで寝そべりながら、傍にはポップコーンに栓を開けてないビール瓶という映画の封切りを心待ちにしている観客さながらにクロウリーは見ていた。

 

「さあて、第一ラウンドだ。お手並み拝見といこうか」

 

 ポンっと軽い音と共にビールの栓が開けられる。

 

「戦いの開幕には勿論、あの言葉で始めようか」

 

 グラスに注がず、ビール瓶をまるで祝杯する様に眼前の戦士達へと掲げるクロウリー。

 

「———“Sword or death”?」

 

 

 

 

 

 

 



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第二十一話『Please watch me』

 腹痛が酷くて病院に行ったところ、腸に炎症が出来ていて一週間ほど入院していました。
 このご時世だから人一倍健康に気をつけていた気になっていましたが、もう昔みたいに栄養バランス考えずに好きな物を食べて、遅くまで夜更かしするなんて無茶は出来ないんだなぁ……。


 ヒュッと十六夜の心臓に目掛けて死神の鎌が滑る。不可視の一撃に殺気を感じ取った十六夜はバックステップでハルペーを躱す。ハルペーの刃は空振りしていたが、その風圧は鎌鼬となって十六夜の胸に横一文字の傷を作った。

 

「っ!」

 

 完全に避けたと思ったところに来た鎌鼬の追撃に、十六夜は自分の目算の甘さに舌打ちした。だが、それを反省する前に今度は何もない空中から十六夜の脳天を目掛けて炎の矢が飛来する。

 

「しゃらくせえ!」

 

 迫ってきた矢に十六夜の拳が叩き込まれる。拳圧で矢は粉々になって消失し———その隙をつく様に、今度は十六夜の左腕に切り傷が作られた。

 

「っとに、うざってえな!」

 

 先の攻撃から大体の鎌の軌道を瞬時に計算し、ギリギリで致命傷を避けた十六夜はカウンター気味に拳を当てようとする。しかしルイオスは素早く身を翻すと武器をハルペーから炎の弓矢に持ち替えながら空へと舞い上がる。

 先程からこれの繰り返しだ。ゲームが始まった直後からルイオスはハデスの兜を使って不可視となった。そして攻撃の軌道から察するに、恐らく常に十六夜の拳が届かない空中を飛びながら、炎の弓矢でこちらを狙い撃ってくる。打った矢までは不可視に出来ないらしく、速度は速いものの十六夜に対処可能だった。

 だが十六夜が矢に気に取られている隙にルイオスが急降下してハルペーで斬り裂きに来る。しかもルイオスが使っている兜は騎士達に配られたレプリカと違い、ルイオスの音も臭いも完全に消していた。お陰で十六夜は迫り来る不可視の一撃にカンで感じ取るしかなく、避けた後にそこにいるだろうと当たりをつけて迎撃するしかなかった。そんな大雑把な攻撃は当然命中する筈がなく、ルイオスは即座に後退して空へと逃げていた。

 まさにヒットアンドアウェイ。一撃に貰うダメージは少ないが、何度も繰り返される事で十六夜の上着は所々が裂かれ、下のシャツは血が滲んで紅く染まり出していた。

 

「おい、ボンボン! 僕の力を見せてやる、とか抜かした割には随分と消極的な戦い方だな!」

「お前の怪力は知っている! そんな奴に誰が正面から挑むか!」

「ハッ、随分と臆病だな! 今のお前を見たら、御先祖様も泣くだろうよ!」

「黙れ! そもそも“ペルセウス”は寝込みを襲って手柄を立てた英雄だ! この戦い方を卑怯呼ばわりされる謂れなんて無い!」

 

 言うだけ言ってみたが、何も無い空中から響いたルイオスの声に心の中で舌打ちする。そもそもギフトゲームにおいてはルイオスの言い分が正しい。

 猿が鳥に、空を飛ぶなんて卑怯だと文句を言っても仕方ない様に、ギフトゲームでは能力や知識の不足は言い訳にならない。この場合、ルイオスが持つハデスの兜やヘルメスのサンダルなどのギフトを破れない十六夜が悪いという事になる。

 

(だったら挑発して軌道を読み易くしようと思ったわけだが……)

 

 どうやらルイオスはつまらない挑発には乗らない様だ。ゲーム開始前に部下に八つ当たりしていた幼稚な姿とは裏腹に、戦いに関しては実に堅実で油断や慢心は無い。

 

(奴の切り札である“アルゴール”の魔王の方も気になるが……さて、どうするか?)

 

 再び襲ってきた不可視の一撃を防ぎながら、十六夜は思考を高速で回転させ始めた。

 

 ***

 

(予想通りだ……奴は空中戦に対する備えが無い)

 

 ルイオスは先程から地に足を付けたまま戦う十六夜を見て、そう確信する。

 ルイオス自身が十六夜と戦うのは初めてだ。しかし、そもそも組織として正常に機能してない“ノーネーム”と違って、“ペルセウス”は事前に対戦相手の情報を仕入れる事が出来た。“ペルセウスの試練”として戦ったクラーケンとの交戦記録から、十六夜が神仏を一撃で叩き伏せる力がありながらも地上戦が主で、空中を移動する様なギフトを有してないという報告があった。

 その報告からルイオスが考え出したのが、相手の手が届かない距離からの連続攻撃。戦法としては単純かつシンプルだが、今の———◾️◾️の加護を受けたルイオスならばそれこそが最も有効な手段となった。 

 

(これでいい……)

 

 再び弓矢に持ち替えて十六夜へ射る。そして間髪入れずにギフトカードに仕舞い、同時にハルペーを取り出して急降下する。

 

(これが正しい)

 

 ハルペーを横凪に振るう。ハデスの兜によって不可視となったルイオスの一撃に十六夜は察知が間に合わず、再び切り傷を作る。

 

(このやり方は有効だ)

 

 浅いながらもダメージを負わせた事を確認して、空中へと離脱する。一拍遅れて十六夜の拳が振るわれるが、当然ルイオスには届かない。

 本来ならば、ルイオスには不可能な芸当だ。秒に満たない時間での武器の換装、第三宇宙速度を超える速さで振るわれる十六夜の拳の回避、そんな十六夜に手傷を負わせる様な一撃を連続で繰り出す……全て以前のルイオスには出来るはずの無い事柄だった。

 だが、◾️◾️の加護を受けた今のルイオスなら話は別だ。彼の肉体は◾️◾️によって、力も魔力も文字通り超人的なレベルにまで高められていた。並の神仏では、もはや彼の足元にも及ばない。それ程に強化されてもルイオスは確実に勝つ手段として、姿を消しながら一度も被弾せずに戦うヒットアンドアウェイ戦法を選択した。それが功を成し、十六夜は未だにルイオスの姿すら捉えきれず、戦況はルイオスの有利に傾いている。

 

(僕は正しい……僕は、僕は強いっ!)

 

 ***

 

『いいか? お前に貸し出す◾️◾️について説明してやるから、耳をかっぽじってよく聞け』

 

 時間は過去に遡る———。“ペルセウス”の執務室の机に腰掛けながら、クロウリーはまるでお前が馬鹿だから仕方なく説明してやってる、と言わんばかりの顔でルイオスに話しかけていた。

 

『簡単に言えば、この◾️◾️は所有者の願いを叶える。それも所有者が願った分を確実に、だ』

 

 そのムカつく顔に今すぐ拳を叩き込みたかった。しかし、クロウリーの銀のステッキによって『昏倒』させられた身体は動かず、ルイオスは屈辱に顔を歪めながら彼の話を聞くしかなかった。

 

『これを使って、お前は自分の強化を願え。そうすれば、◾️◾️は()()()()()()()()強力な力を授けてくれる。ゲームに勝てば、大出血サービスでその後も貸し出しといてやるよ。その力で勢力を拡大するなり、上層に挑むなりは御自由に、だ』

 

 全く動かない四肢の代わりに、眼球だけがピクリと動いた。それだけ今のクロウリーの言葉はルイオスの関心を惹くのに十分過ぎた。

 ルイオスにとっては今回のゲームは“元・仲間だった吸血鬼を取り返す為に愚かにも自分に歯向かった名無しへの断罪”でしかない。しかし、そのゲームが終わった後もコミュニティは———彼が常に亡き父親と比較されて、劣等感に苛まれる日々も———続く。

 クロウリーの話が本当ならば、ルイオスは名無し達と戦って勝つだけでルイオスは強大な力が手に入る。今のルイオスではどう頑張っても無理な、それこそ()()()()()()()が願っただけで手に入るのだ。

 その力で名無し達を粛正し、その後のギフトゲームも連戦連勝していく。いまコミュニティで先代は先代は、と煩い連中も、陰でコソコソと馬鹿にしている連中も、自分を見下してコミュニティの縁を切った奴等も、全て———全て、見返せる。

 

『返事は今すぐ、この場で頼むよ。俺だって暇じゃないんだぜ? やる事山積みで、何度もお前の相手してる時間が無いんだわ』

 

 クロウリーの話は明らかに怪しい。少し冷静になって考えれば、はっきりと口に出さずとも彼がルイオスに契約を迫っている事が分かるだろう。しかし、今のルイオス頭にあるのは彼が苦汁を舐めた数々の思い出と、その度に彼に向けられた人間達の顔だった。

 先代ならばと怒りながらも苦々しい物を見る様な旧臣の目、コミュニティの主に対して媚び諂った表情ながらも馬鹿にしきった部下達の目、先代が急死して大変だなと口で言いながらも憐れな物を見下した他コミュニティの目、先代ならばこんな真似はしなかったと冷たい怒りを向けた階層支配者の目、期待外れと心底つまらなさそうな顔をした名無しの目、目、目、目、目———!

 

(やってやる……)

 

 ルイオスの中で黒々とした感情に火がつく。憤怒、憎悪、屈辱、苦悩……。それらは絵の具の様にグチャグチャと混ざり合い、脳を沸騰させていく。胸の中で血飢えた獣の様に吼え立て、ルイオスの全身を震わせた。

 

(どいつも、こいつも……僕にだって、出来るんだって……僕の正しさ(実力)を思い知らせてやるんだっ!!)

 

『……ふうん? 答えは聞くまでも無い、という所か?』

 

 負の感情が溢れ出し、ルイオスの中で何かが変わった。以前のルイオスを知る人間が見れば、その変化に戸惑い、その過程を聞いて胸を痛めるだろう。だが、目の前にいるのは『英国史上で最も邪悪で、最も恐るるべき人間』と称された魔術師。それまでありふれた小さな虫を見る様に興味なさげな見下していた表情から、悪魔の様に凶悪な形相となったルイオスに初めて興味が湧いたかの様に顔を輝かせた。

 

『まあ、やる気が出たみたいで何よりだよ。動機がなんであれ、やる気のある奴———確固とした意志を持って突き進む奴は()より強いというのが俺の持論なんでね』

 

 クルクルと銀のステッキを弄ぶクロウリー。

 

『それじゃ、契約は成立、と。早速取り掛かりましょうか』

 

 ヒュン、と杖先をルイオスの胸へと向ける。杖の先端から眩いばかりの金色の輝きが溢れ、◾️◾️は新たな所有者を迎え入れ様としていた。

 

『ああ、そうそう。一応、先に注意事項を言っておくぞ? 別に守らなければ契約破棄とか、そういうペナルティは無いけど』

 

 スッと芝居がかった仕草で床に這いつくばったルイオスに視線を合わせようとクロウリーは床にしゃがむ。泥の様に濁った目で睨まれながらも、まるで小さな子供に物を教える様な仕草でピンと指を立てる。

 

『いいか? この◾️◾️は願えば叶えてくれるが、絶対に———』

 

 ***

 

 時間は現在に戻る———。ルイオスは再度に渡ってハルペーで切り裂きにかかる。十六夜は(すんで)のところで刃を躱すが、風圧から生じた鎌鼬が新たな傷を作っていた。

 

(奴は僕に傷一つ入れられない。これが正しい、これでいいんだ!)

 

 防戦一方となってる十六夜に気を良くしたルイオスは、チラッと観客席の方を見る。そこには自分が呼び出した観客———名無し達の囮役や、コミュニティの部下達がいた。自分をギフトで跪かせようとした女が、切り傷を作っていく同士をハラハラとした表情で見つめている。それをいい気味だと思いながらも、ルイオスの関心は別にあった。

 

(どうだ、僕を認めなかったマヌケ共。これが僕の実力(ちから)だ!)

 

 騎士団長に、執務長。その他、父の代から務めている旧臣達やルイオスの陰口を叩く部下達。彼等はルイオス優勢で進んでる今の戦いを信じられない面持ちで見ていた。彼等からすれば知らない内にリーダーがパワーアップを果たし、自分達では到底敵わなかった相手を圧倒している様に見えたのだろう。中には、勝てるかもしれないと希望に縋る様な顔で戦いを見ている者もいる。その視線がルイオスには堪らなく心地良かった。

 

(そうだ、その目で見ろ)

 

 叫びたくなる高揚感を抑えながら再び攻撃を仕掛ける。十六夜に刻まれた裂傷に“ペルセウス”の騎士達から歓声のどよめきが上がる。

 

(僕を……僕を見ろ)

 

 観客がルイオスの一挙手一投足に注目し、皆が自分の勝利を願っている。かつてルイオスの父親がギフトゲームで浴びていた視線が自分に向けられている事に、ルイオスは知らず知らずの内に口角が上がる。

 

(もう親父のガワだけを似せた情けない僕は消えた。僕は……僕こそが“ペルセウス”の最強のリーダーだ! 生まれ変わった僕を見ろっ!!)

 

 

 




今回は展開としてはさほど進まず、ルイオスのターン。後々の展開の為に必要な為、彼の内面を詳しく書かせて貰いました。


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第二十二話『First round』

 BOX周回を経て、再び戻りました。遅くなってすみません。
 聖杯戦線はコルデーちゃんがひたすらマスターMをチクチク刺してました。


 ルイオスが十六夜相手に優勢に立ち回っている頃、ルキウスもまた熱戦を繰り広げていた。

 

『AAAaaaaaaahhhhh!』

 

 耳障りな叫びを上げながらアルゴールが豪腕を振るう。一般人には一条の線にしか見えない様な速度で、鞭の様にしなりながらルキウスへと襲い掛かる。

 ルキウスは大剣でガードするが、一際小柄な彼女とアルゴールとでは体格差があり過ぎた。後ろへ一歩僅かに後退した。

 

『AAAhhhH、raahhh!』

「ぬ、ぅ……!」

 

 二撃、三撃、四撃……衝撃波と共にアルゴールの腕が唸りを上げながらルキウスへと振るわれる。その全てを剣で受け止めながら、ルキウス は少しずつ後退させられていく。

 

『GEEeyyyyaaaAAA!』

 

 大振りな一撃がルキウスを襲う。地面ごと陥没させる勢いで叩きつけられた拳は咄嗟に身を捻ったルキウスによって空振りに終わったが、彼女の足に蛇の胴体が絡み付いた。

 

「何!?」

 

 地面から突然現れた蛇達は、一重二重に増えてあっという間にルキウスの全身に絡みつく。

 これぞアルゴールに石化の邪眼に次ぐもう一つの力。悪魔化のギフトを与えて、任意の物を怪物に変える力だ。

 雁字搦めになったルキウスに、彼女の胴回りよりも大きな蛇が現れて鎌首を上げる。

 

「ルキウス!」

 

 ハクノが叫ぶと同時に大蛇がルキウスを丸呑みにした。競技場の誰もが息を呑み、十六夜を相手取っていたルイオスは姿を消しながら勝利の確信で拳をぐっと握りしめ———途端、大蛇は爆炎と共に四散した。

 

「「「「!?」」」」

 

 天をも焦がす様な火柱が上がり、辺りを昼間の様に照らしながら彼女の声が響く。

 

「————ふむ。堕ちた星霊と聞いていたが………」

 

 剣から、そして全身から紅炎をオーラの様に纏いながら、ルキウスは悠然と火柱から進み出た。

 

「やはり本調子では無いか。些か期待外れである」

 

 金髪が陽光に反射して黄金の様に輝く。眉根を寄せて溜息をつくだけでも、まるで高尚な絵画の様に美しかった。

 

「何をしている! アルゴール!」

 

 ルキウスに思わず見惚れていたハクノの意識をルイオスの声が引き戻す。虚空から癇癪が爆発する様な声がアルゴールに降り注いだ。

 

「お前は僕の星霊だぞ! さっさとそのクズ共を殺せ!」

『A、aaah、GAAAaaah!!』

 

 自分の攻撃が効いてない様子に戸惑うかの様に止まっていたアルゴールが再び動き出す。先程の様に豪腕が唸りを上げてルキウスへと襲い掛かる。ルキウスは爆炎を纏った剣を振り翳して応戦する。次の瞬間———爆炎と共にアルゴールの手が焼け爛れた。

 

『Ga、GEYa!?』

「ハァァァァッ!!」

 

 続いて二閃、三閃とルキウスの剣が振るわれる。先程よりも威力も速度も段違いとなった剣閃を前にアルゴールは対応しきれない。

 魔力放出(炎)。

 武器や肉体に魔力を帯びさせ、ジェット噴射の様に放出させて瞬間的に能力を向上させるギフト(スキル)。ルキウスは太陽神ソルから神格を授かった事で、このギフトが開花していた。本気を出した彼女の一撃は小規模な太陽面爆発に等しい威力で相手を斬り刻んでいく———!

 

「ア、アルゴール! 何をしている!? すぐにそいつを、」

「そらよっ、と!」

 

 姿に消しているのにも関わらず、迂闊に大声で指示を出すルイオス。声がする方向へ十六夜は地面に落ちていた石を第三宇宙速度で投球した。舌打ちしながら、回避に専念するルイオス。その隙にアルゴールはさらに追い詰められてらいく。

 

『RAaaaaaah!!』

 

 呪いの歌を奏でる様にアルゴールが不協和音を響かせる。同時にルキウスの足元の地面が再び怪物化し、大蛇の群れとなって足首に食いつこうとする。

 

「ふっ!」

 

 足元に力を込めるルキウス。それだけで太陽の熱線が放出され、大蛇達は一瞬で消炭となって消え失せる。そして次の瞬間、アルゴールへと肉薄する。

 

『!?』

 

 足元の魔力放出だけで瞬間移動さながらに距離を詰めたルキウスに、アルゴールの生存本能が警鐘を鳴らした。彼女はルイオスの命令を聞く前に石化の邪眼を使おうとする。だが、それより早くルキウスの剣が彼女の眼を横一文字に斬り裂いた。

 

『GEYAAAaaaHHH!?』

「まだまだ征くぞ! “喝采は万雷の如く(パリテーヌ・ブラウセルン)”!」

 

 袈裟斬り、横薙ぎ、正中突きと神速の斬撃がアルゴールの身体に刻まれる。その威力で後ろへ吹き飛ばされるアルゴールの眼に、太陽を象った魔法陣の様な図形が展開させたルキウスが映った———!

 

「これで止めだ! “ 駆け蕩う太陽戦車(アエストゥス・クアドリガ)”!!」

 

 魔法陣から炎の天馬が牽引するチャリオットが現れる。ルキウスは手綱を操り、アルゴールへとチャリオットを突進させる。白野の耳につん裂く様な爆発音が、白野の目に焼ける様な閃光が襲う!

 

「うわっ!?」

「白野!」

 

 闘技場に巻き起こる爆発に白野の身体が飛ばされかけ、それを耀が慌てて受け止める。白野を抱えたまま、耀は地面に伏せた。焼ける様な熱気が二人の肌を粟立たせる。徐々に熱気が収まっていき、二人はまだ閃光に眩んだ目でどうにか闘技場を見た。

 そこには変わり果てたアルゴールの姿があった。

 全身は余す事なく炭化し、天馬や戦車に轢かれた為か手足は全て有り得ない方向に曲がっていた。肉が焼ける嫌な臭いの中、そんな光景すら舞台の一つであるかの様にルキウスは悠然と立っていた。

 

「まあ、ざっとこんなところだな」

 

 ***

 

「そんな、馬鹿な……」

 

 上空で姿を消しているルイオスは力なく呟いた。自分の虎の子である星霊・アルゴール。それが一瞬の内に倒され、今は息絶え絶えといった状態で地面に這いつくばっている。それを理解する事をルイオスの脳は拒んでいた。

 

『おい……おい、アルゴール!! 何をしている、さっさと起き上がれ!』

 

 先程の様に迂闊に声を出して自分の居場所を知らせる愚行を避ける為、ルイオスは念話でピクリとも動かない自分の星霊に呼びかける。

 

『お前は星霊だぞ! “ペルセウス”に……僕に隷属した使い魔(サーヴァント)だろう!? さっさと起きて戦え! 神霊ごときに負けたまま終わるつもりか!?』

 

 霊格として劣る相手に負けた不甲斐ない使い魔(アルゴール)を叱責するルイオス。だが、アルゴールはピクピクと痙攣するだけで起き上がる気配が全く無い。

 実の所、アルゴールが負けたのは単にルイオスが星霊を使うのに未熟だったせいだ。

 ◾️◾️を使って自身の霊格を上げたルイオス。しかし、星霊を扱う程の器にまでは至れていない。結局のところ、今のアルゴールの強さは元のルイオスが使う程度の霊格しか無く、そんな劣化した状態では太陽神ソルから神格を授かったルキウス相手では分が悪過ぎた。その事実にルイオスは気付いていなかった。

 

『っ、もういい! この役立たず!』

 

 癇癪を起こす子供の様にアルゴールへの念話は打ち切る。そして、血走った目を十六夜に向けた。

 

(アルゴールがアテにならないなら僕が———!)

 

 未だに唖然とした顔でルキウスを見ている十六夜へ先程の様に矢を射り、同時に矢を追い越して別方向から斬りかかる。ハデスの兜の効果はまだ健在だ。姿も音もなく、ルイオスの攻撃は十六夜へと迫る。

 

(()った———!)

 

 今までの様に矢を叩き落とした十六夜の隙をついて、ハルペーの刃が十六夜の首へと奔る。ルイオスは絶殺の確信を得て、思わず口元に笑みが浮かぶ。

 その直後。十六夜の拳がルイオスの腹に叩き込まれた。

 

「ガハッ———!?」

 

 ルイオスの身体がくの字に折れ曲がる。いまルイオスが着ている鎧は

父親も使っていた“ペルセウス”で随一の防御を誇るギフトだ。だが、そんな物など知らんと言わんばかりに衝撃がルイオスの背中へと抜けていく。衝撃で兜が弾き飛び、ルイオスは闘技場の壁に背中から叩きつけられた。

 

「グッ、ゲェぇっ」

 

 ルイオス様! と動揺する声が客席から聞こえる。しかし、殴られた衝撃で胃の中を逆流させたルイオスはそれどころでは無かった。

 

「なんだ、まだ全力を出していなかったのか?」

 

 闘技場の端で蹲っているルイオスを余所に、ルキウスは十六夜に声をかけた。

 

「いやに時間をかけていると思っていたが、手加減していたのか?」

「まあ、本命は元・魔王につもりだったからな」

 

 ハア、と十六夜はため息をついた。

 

「アンタがやられたら、次は俺の番と考えていたんだが、予想以上にアンタが強かったからな。お陰で魔王と戦う機会を逃したわ 」

「強欲だな。最初から連戦で魔王と戦う気で力を温存していたのか」

 

(なんだよ、それ………)

 

 ようやく痛みが収まってきたルイオスは愕然とする。つまり、今まで優位に戦えていたと思っていたのは十六夜がアルゴールと戦う為に体力を温存しようとしていたからで、最初から自分は眼中に無かった……?

 

(嘘だ……嘘だ嘘だ、嘘だっ! 僕は強いっ!!)

 

 胸中の不安を掻き消す様にルイオスは突撃する。激情のあまりハデスの兜を被り忘れているが、それでもその速度は並の人間では反応し切れない。振るったハルペーの刃は———ガシッと十六夜にしっかり掴まれた。

 

「っ!?」

「悪いな、ボンボン。ちょっと舐め過ぎていたわ」

 

 振りほどこうとするも、ハルペーは十六夜の手に接着されているかの様に動かない。

 

「詫びと言っては難だが、ちょっと本気出すわ」

 

 次の瞬間、ルイオスの腹に突き上げる様な衝撃が奔る。殴られたのだ、と理解した時にはルイオスの身体は宙高く撃ち出されていた。そして、垂直に飛んでいくルイオスに十六夜は力を込めて跳躍するとあっという間に追いつく———!

 

「せいっ!」

 

 振り下ろされた十六夜の拳がルイオスの顔面を打ち抜く。彼の身体は撃ち出された速度よりも速く、地面へと叩きつけられた。辺り一帯に衝撃と共に土煙が舞う。

 

「がっ……はっ……」

 

 パラパラ、と巻き上がった小石がルイオスに落ちる。闘技場の地面に蜘蛛の巣状の亀裂を作りながら、ルイオスは地面に陥没していた。

 

「ルイオス様っ!」

 

 客席から騎士団長や執事長達の悲鳴が上がる。父親の鎧のお陰でどうにか意識を保てたが、たった二発で深刻なダメージを負っていた。それくらい十六夜の拳は強力だった。

 

「ま……まだ、だ……まだやれる……」

「止めとけよ。もうどう見てもテメエの勝ちは無いだろ」

「まだだ、ハデスの兜……あれを被って、もう一度、」

「だから止めとけ、って。悪いがあの手品はもう通用しねえよ」

 

 がくがくと膝を震わせながら立とうとするルイオスに、十六夜はため息をつきながら声をかける。

 

「確かに音も臭いもしないとステルス性は完璧だが、透明化であって透過してるわけじゃない。だったら、俺は動く時の微妙な空気の揺らぎとかに注意を払えば良い」

「な、何を言って……」

「あとは、攻撃してきたタイミングでカウンターを食らわせればいいだけだ。この際だからはっきり言うけどな、お前……実戦の経験あまり無いだろ」

 

 十六夜の一言にルイオスは頭をガツンと殴られた様な衝撃を受ける。その顔を見て、十六夜は自分の予想が間違いでないと確信した。

 

「やっぱりか。そりゃ姿が見えない高速連撃は凄えけどよ、どうも技の軌道が単純だったわけだ。何度も繰り返されたら嫌でも身体が覚えてくる」

「ち、違……お前の言ってる事に確証があるわけ、」

「じゃあ試してみるか?」

 

 拳を握り直した十六夜の姿を見て、先程の威力を思い出して思わず顔に怯えた色を出してしまうルイオス。その姿を見て、十六夜は深々と溜息をついた。

 

「前よりもパワーアップしたみてえだけど、大方戦いが急遽決まったから身に付けた何らかのギフトといったところか? それなりに強かったけどな、付け焼き刃だからどうしても戦い方に限界が見えてくる」

 

 ルイオスは“ペルセウス”の当主となってから、いくつかのギフトゲームを経て常に父親と比べられる事に嫌気がさしていた。その為、ここ近年はギフトゲームに参加していなかった。◾️◾️の力で確かにルイオスはかつての父親よりも強力な霊格を宿した。しかし、実戦のカンというべき感覚をすっかりと錆び付かせていた。そして今、そのツケを支払う時が来たのだった。

 

「そんな……あれ程の力であっても、あの“名無し”に及ばないと言うのか」

「俺たち、とんでもない相手に喧嘩売ったんじゃ……」

 

 すっかりと戦意喪失してしまったルイオスを見て、“ペルセウス”側の観客席から響めきが起こる。自分達が逆立ちしても勝てない様な戦闘能力を見せていたルイオスが呆気なく倒された姿を見て、騎士達に諦観の念が浮かんでいた。

 

「やっぱり……ルイオス様では無理だったんだ」

 

 騎士達の一人がポツリとそう呟いた。

 

 

 

 

 

 




 区切り良くないけど、今回はここまで。次回はそれなりに早く書き上げられる筈……。


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第二十三話『Algol』

文来る(239)よ、邪馬台国の卑弥呼より

こんな語呂合わせで日本史を勉強していたのは、もう何年前やら……。


「———おい、誰だ。いま言った奴」

 

 地を這う様な声がルイオスから漏れ出た。低く、そしてあらゆる感情を押し殺した様な声は不思議と闘技場全体に響いた。

 

「いま僕には無理だった、とか言った奴。騎士団長か? 執事長か? それともお前らか? なあ?」

 

 抜身の刀の様な剣呑な光を湛えながらルイオスは周りをギロリと見渡す。明らかに様子がおかしいが、爆発寸前の火薬庫の様なルイオスに騎士団長達は気圧されていた。

 

「僕じゃ力不足だったと言いたいのか? 親父ならもっと上手くやれたと言いたいのか? なあ? いつも言ってるもんな、親父だったら僕なんかよりずっと上手くコミュニティを回せるし、僕より強かったって」

「そ、そんな事は———」

「いいぜ、本当の事を言えよ。いつも陰でコソコソ言ってるもんなあ、僕が何も知らないとでも思ってたか?」

 

 執事長が否定しようとするが、ルイオスは畳み掛ける様に言葉を重ねる。よろよろと立ち上がり、自嘲的な笑みを顔に浮かべ———。

 

「ウンザリなんだよ!」

 

 一転してルイオスは悲痛な表情になる。

 

「どいつもこいつも親父が、親父がって! 親父なら上手くやれた! 親父の方が良かった! 僕が何をやっても評価しないくせに、一丁前に親父と比べて否定ばかりしやがる! そんなに僕じゃ駄目か!? 僕なんかが“ペルセウス”のリーダーになったのが間違いだったのか!?」

「ルイオス様、落ち着いて———」

「うるさい! どうせ僕が悪いと言うんだろ!」

 

 血走った目でルイオスは騎士団長達を睨みつける。

 コミュニティの当主になってから、常に父親と比較されていた。頑張れば頑張るほど、父親の偉大さに思い知る羽目になった。そして今、怪しい男(クロウリー)の取引に応じてまで得た力は全く通用しないと証明された。

 長年に渡って鬱屈した感情が爆発し、ルイオスは支離滅裂な事を言ってる事を自覚しながらも止まらなかった。そして、彼の血走った目が十六夜達に向けられる。

 

「そうだ……勝てばいいんだ。そうしたら誰も文句言わない……僕を認めてくれるんだ……うん、そうだ」

「あ?」

 

 対戦相手を放って癇癪を起こしたルイオスを詰まらなそうに見ていた十六夜だが、ルイオスから向けられたじっとりとした殺意に本能が警鐘を鳴らしていた。身構える十六夜だが、そんな十六夜を無視してルイオスは自分の胸に手を当てた。

 

「ああ……最初からこうすれば良かったんだ」

 

 ***

 

 ———少し、時を遡る。

 アルゴールがルキウスによって倒される瞬間を白夜叉は自室で見ていた。

 ギフトゲームの開始前、ルイオスから「手塩にかけた“ノーネーム”が蹂躙される様を見せてやる」と今回のゲームの観戦を許された白夜叉だったが、どうやら結果は真逆になりそうだ。遠見のギフトが施された古めかしいブラウン管のテレビの映像に、白夜叉は嘆息する。

 

「なんと……最大の懸念だったアルゴールがこうもあっさり倒されるとはな」

「やはり今の“ペルセウス”の当主では星霊を使役するには力不足だった様ですね」

 

 白夜叉の右腕である女性店員の分析に肯きながら、白夜叉の目はルキウスへと向けられていた。

 

「あの太陽の紋章……あれは間違いなく、太陽神ソルの紋章であったな。かのソルの神格保持者が相手では、今のアルゴールでは分が悪かろうよ」

「ですが、おかしいです。ソル神を含めてローマ神群達はほとんど力を失っている筈です。彼等にはもう新しく神格を譲渡する力も相手もいなかった筈です」

「むう……確かに。いやはや、あやつらはソルの神格保持者など何処で見つけて来たのやら?」

 

 女性店員の指摘にはもっともだった。

 今より二百年前、ディストピア戦争と呼ばれた魔王との戦いでローマ神群達はほぼ全員が霊格を保てなくなっていた筈だった。辛うじて“ノーネーム”になる事はなかったものの、生き残った神霊達は長い休眠状態になっているか、はたまたギリシャ神群のコミュニティに鞍替えするなど純粋にローマ神郡を名乗れる神霊は現在活動していない。

 ソルに至っては、あの戦いの後に消費した霊格を回復させる為に長い眠りについた。とても新たな神格保持者を作れる余力など無い筈だった。

 

(そもそもソルが神格を託すほどの女剣士とな? 立ち振る舞いやギフトからしてローマ皇帝の一人だとは思うが……)

 

「白夜叉様、あれを!」

 

 ルキウスの正体について考え事をしていた白夜叉だったが、女性店員の声に闘技場の映像へと思考を戻す。そこではルイオスが自分の胸から何かを取り出していた。

 

「あれは———!?」

 

 ***

 

「あ、ぐっ、あああっ……!」

 

 呻き声を上げながら、ルイオスは自分の心臓を抉り出す様に◼️◼️を胸から出した。

 その瞬間、空気が変わった。あらゆる法則は捻じ曲げれ、全てがそのギフトを中心に決められてしまう。そんな予感がハクノの中に駆け巡った。そして、無意識のうちに◼️◼️の名前が口から出た。

 

「あれは………聖、杯……?」

 

 ルイオスが取り出したのは黄金の杯だった。赤にも青にも何色にも見える色彩に発光しながら、◼️◼️———聖杯はルイオスの手に収まっていた。

 空間を軋ませる様な圧力を放つ聖杯を見て、闘技場にいる全員が悟った。あれこそが、ルイオスが急激に力を付けた理由なのだと。

 自分の体内から取り出した為か、ルイオスは激痛に耐える様に脂汗をかいていた。しかし、狂気に彩られた表情で目を爛々と輝かせながら聖杯をその人物へと差し向けた。

 

 ***

 

「一体、何を………?」

 

 白夜叉の私室で観戦している女性店員はルイオスが隠し持っていた聖杯の登場で事態を把握しきれなかった。だが、白夜叉は一早くルイオスが何をしようとしているか理解する。

 そして、ここ数年は見せなかった焦り顔に出して立ち上がり、思わず叫んだ。

 

「馬鹿者! よせっ!」

 

 ***

 

「聖杯よ! 僕の願いを叶えろっ! アルゴールを強化しろ! クズ共を……僕を馬鹿にする奴等、全員を殺せるぐらい強く、強力にしろおおおおっ!!」

 

 ルイオスの命令を受け、聖杯は起動する。杯の形から黄金の粒子へと姿を変え、アルゴールに降り注いだ。その瞬間、アルゴールの身体から爆発的な魔力の高まりが噴き出す。

 

『GEEeyyyaaaAAAAAhッ!!』

 

 バキバキ、と気色の悪い音を立てながらアルゴールの身体が肥大化する。同時に、より醜悪な姿へとアルゴールは変身していく。

 

『AAAAAhッ、アアアア、あああっ!!』

 

 ルキウスによって刻まれた刀傷や火傷痕は肥大化する肉に埋もれる様に塞がっていき、爪や牙が肥大化する身体に合わせる様に伸びていく。

 

「ハ、ハハ……! いいぞ、いいぞ、アルゴール!」

 

 かつてない程の巨大さと醜悪さを兼ね備えた姿にルイオスは背筋に寒気を感じながら、満足そうな顔になる。十六夜達を指差しながら金切り声でアルゴールへと命令する。

 

「さあ、()れ! 手始めにこいつらをぶち殺して、僕の力を見せつけろっ!」

『———あのさ。いい加減、お前うっさいし』

 

 へ? と間の抜けた声を出すと同時にルイオスの身体が鷲掴みにされる。アルゴールはルイオスの胴体を無造作に掴みながら、自分の顔に寄せた。

 

「ア、アルゴール!? 何で僕を!? い、いや……そんな事より、理性が戻ったのか!?」

『ん〜。随分と久々にアルちゃんの頭がスッキリしてるし。お前が持ってたギフトのおかげ? うん、そこだけは褒めてやる』

 

 醜悪な外見に似合わず、少女の様な声がアルゴールの口から響く。その姿を見て、ルイオスの顔色が真っ青になる。

 特殊なギフトでも無い限り、隷属させた魔王の霊格は契約者の力量に作用される。いかに強力な魔王といえど、契約者が未熟ならば相応の力しか出せないのだ。だが同時に、隷属させられている事を不本意に思っている魔王の場合はそれが安全弁となる。本来の霊格から著しく減衰し、時には理性すら剥奪された姿で顕現する為に容易に契約者に翻意を見せられない。ルイオスは今になってアルゴールを縛る鎖を自らの手で断ち切った事に気が付いた。

 

『まあ、あの姿でも薄ら意識はあったんだけどね〜。確か……使えない道具だっけ? 他にも色々と素敵なる言葉をくれたじゃないの』

 

 酷薄な笑みを見せるアルゴール。恐怖で体が震えながらも、ルイオスは精一杯の虚勢を張った。

 

「ぼ、僕はお前の主人(マスター)だぞ! 大人しく僕の言う事を、」

『ていっ』

「ひぎゃあああああっ!」

 

 まるで玩具を弄ぶ様な気安さでアルゴールはルイオスの手を引き千切った。ルイオスは突然失った腕の痛みと消失感で絶叫する。

 

「あ、ぎっ、ぎゃあああっ!」

『ちょっ、大袈裟すぎだし。ちょっと撫でただけで腕が無くなるとか貧弱すぎんよ、少年』

 

 激痛で苦しむルイオスを見ながら、アルゴールはニヤニヤと笑う。ルイオスとの契約そのものは消えてはいない。だが、聖杯によって霊格を強化されたアルゴールはルイオスの命令をあらゆる意味で曲解し、自分の好きに動ける自由を得てしまった。もはや、二人の力関係は完全に逆転していた。

 

『テオちゃんが死ぬ前に頼んだから隷属されてあげてたけどさ、いかに温厚なアルちゃんでももう我慢の限界だし』

「あ、ああ、あ……っ!」

 

 極寒すら温く感じるアルゴールの目線を受け、ルイオスはガタガタと震えた。今までアルゴールに対してぞんざいない扱いをしていたが、それは相手が甘んじて受けていただけの事。自分の手にはとても負えない相手を隷属させようとしていた事に今更ながら恐怖を感じていた。

 

「い、いかん! すぐにルイオス様をお救いしろ!」

 

 騎士団長達がアルゴールに襲われているルイオスを救出しようと動き出す。無駄を承知しながらも観客席を覆う障壁を壊そうとしたが、それより早くアルゴールが動いた。

 

「ハクノ!」

 

 ドンっとハクノの身体が押し出される。振り向いた先には耀が柱の陰に入ったハクノを安心した様に見つめ———瞬間、闘技場全体に褐色の光が降り注いだ。強烈な閃光に思わずハクノは目を覆う。

 

(これは———レティシアに浴びせられた“ゴーゴンの威光”! じゃあ、耀は……!?)

 

 光が収まり、ハクノは覚悟を決めて目を開く。

 そこに———ハクノが最後に見た時と同じ姿で石となった耀の姿があった。耀だけではない。観客席にいた飛鳥やローマ兵士達、そして“ペルセウス”の騎士達も全て物言わぬ石像となっていた。

 

「キシナミ! 無事か!?」

「十六夜! 耀が……! それに飛鳥も……!」

「後悔は後にしろ! 御チビも平気か!?」

「僕は大丈夫です! でも黒ウサギが……!」

 

 逼迫した事態にいつもの軽口も無しで十六夜は全員の安否を確認する。しかし、ジンの声に振り向いた先には石化した黒ウサギの姿があった。

 

「マジかよ……。ゲームの審判でもお構いなしときたか……!」

「——それだけあの魔王の霊格は高まっているという事だ。いや、この場合は元の霊格に戻りつつある、と言うべきだが」

 

 ハクノ達の元にルキウスが戻ってきた。どうやら彼女も間一髪で“ゴーゴンの威光”を回避した様だ。

 

「これがあやつの本来の力だったという事だ。むしろ、今まで弱過ぎたくらいである」

「は、相手が縛りプレイをしてたイージーモードから一気に難易度ベリーハードってか? いいね、最っ高の趣向じゃねえか! 泣けてくるね」

 

 ジン達を安心させる為にいつもの軽口で応じる十六夜だが、引きつった様な笑みが事態の深刻さを物語っていた。

 そんなハクノ達を余所に、ルイオスは恐怖で顔を歪ませながらキョロキョロど見回した。

 

「だ、誰か! 誰か僕を助けろ! おい、早く、助けろっ!」

『いや無理っしょ。お前のお仲間、みんなアルちゃんの石化ビームで石にしちゃったし』

「何でだ!? 何で僕の言う事を聞かない!? 僕はお前の契約者(マスター)なんだぞっ!?」

『ああ、そう……で? それが何?』

 

 錯乱してわめき散らすルイオスをアルゴールは冷たく見つめた。

 

『ちょっと思い通りにならなかった程度で諦めて、テオくんの猿真似して中身カラッポなお前を、私が認めると本気で思った? さすがに舐め過ぎでしょう』

 

 頭を殴られた様な衝撃がルイオスを襲う。それはルイオスが心の隅でずっと思っていた事だ。

 どんなに外見を取り繕っても父テオドロスには及ばない。それを必死で目を背けたくて、今まで虚勢を張っていたのだ。自分で薄ら自覚するのと、他人からはっきり指摘されるのとでは衝撃が違った。

 

『まあ、確かにまだ契約は切れてないし? 一応はお前の使い魔(サーヴァント)だから、お望み通りここにいる奴等は皆殺しにしてあげましょう。だから———もうお前は黙ってろ』

 

 アルゴールはルイオスを自分の口へと近付ける。幾重もの牙が並んだ口が開かれ、そして———ルイオスを丸呑みにした。

 

“いいか? この聖杯は願えば叶えてくれるが———"

 

 アルゴールに飲み込まれ、ルイオスは失意と絶望で精神が閉じていくのを感じながら走馬灯の様にクロウリーから言われた事を思い出した。彼はニヤニヤと見下しながら、自分へと言い聞かせた。

 

“絶対にアルゴールの強化には使うな。暴走するリスクが高くなるからな。まあ……その分とても強力になるんだがね”

 

***

 

『ハアアぁぁっ、あああっ!』

 

ハクノ達の目の前でアルゴールの身体が変異し出す。契約者であるルイオスを体内に取り込んだ為か、もはや大嵐の様な魔力を発生させながらアルゴールの身体が強い閃光を放った。まるで星が爆発するかの様な光にハクノ達は身を固くする。そして、閃光が収まった先には——。

 

「ん〜……まだ本調子じゃないわコレ」

 

 瑠璃色に髪を輝かせながら、拘束服を着た彼女———アルゴールは自分の体を確かめる様に拳を握ったり開いたりしていた。先とは打って変わって可愛らしい童女の姿だったが………。

 

「まあ、いいか———お前らをブチ殺すぐらいなら十分だし?」

 

 向けられた殺気が、ハクノ達に死闘を予感させていた。

 

 

 

 

 

 

 




神格持ちのルキウスがいるから“ノーネーム”の戦力大幅アップ。

……じゃあ難易度を引き上げても問題無いよね?(アルゴールを聖杯転臨させながら)


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第二十四話『Second round』

 前からさほど一月も空けずに投稿できるなんて……明日は雨か? それとも雪?


「あらら……だから忠告したのに」

 

 ポップコーンをムシャムシャと食べながらクロウリーは溜息する。足下には空になった酒瓶がいくつも転がり、相当飲んでいる事が一目で分かった。堕落を絵に描いた様な状況のクロウリーだったが、覚えのある気配に後ろを振り向く。

 

「………なんだ、お前か」

 

 振り向いた先には浅黒い肌に赤い外套を着た男が立っていた。鷹の様に鋭い目付きで見る男に、クロウリーは旧知の友の様に語り掛ける。

 

「ちょうど今いいトコなんだよ。お前も見てく?」

 

 ヒュンと傍らに置いていた銀のステッキを一振りする。すると、クロウリーの隣にもう一つリクライニングチェアが現れた。しかもご丁寧にサイドテーブルには山盛りのポップコーンと開栓していない酒瓶付きだ。しかし、それらを男はチラリと見ただけで座ろうともしない。

 

「キャラメル味の方が良かったか?」

「……零落していた星霊を元に戻すとは、随分と危険な手を打ったな」

 

 戯けるクロウリーを無視して、男は単刀直入に自分の用件を話し始める。

 

「あの星霊———アルゴールはかつて箱庭三大問題児と呼ばれ、数多の神群が手を焼いていたそうだな。いかに◼️◼️◼️◼️(キシナミハクノ)の実力を調べるのが目的だとしても、未熟な契約者のお陰で取るに足らない霊格となった魔王を復活させるのはやり過ぎだと思うがね」

「ああ、その事か」

 

 男の指摘にクロウリーはよっこらせ、と身体を起こす。

 

「俺を責めるのはお門違いだろ。ちゃんとルイオス君に忠告はしたぞ。それも何度も、執拗に」

「その通りだな。()()()()()()()()()()()()と見越した上で、だろう?」

 

 カリギュラ効果という言葉がある。人間は禁止されればされる程にやってみたくなるという心理現象だ。例えば絶対に見るな、と釘を刺すとかえって中身に興味を持って見たくなってしまうのだ。

 今回、クロウリーは聖杯を貸し出すにあたって、ルイオスにしつこく何度もアルゴールの強化に使ってはならないと警告した。アルゴールに使えば、強大な力の代償に抑えが効かなくなる、と。

 しかし、それによってルイオスの中で『アルゴールを強化すれば制御出来なくなる代わりに強大な力が手に入る』と錯覚された。それをクロウリーは狙っていたのだ、と男は指摘する。しかし……。

 

「………ん? いやいや、俺はちゃあんとルイオス君の事を考えて忠告したぞ。まさか、暴走させるなんて思いもよらないね」

「ほう?  全く、一切他意は無かったと言い張るわけだな?」

「もちろん。ルイオス君の事を信じてあげていたからな」

 

 ニヤニヤと笑いながらクロウリーは断言する。どう見ても嘘と分かる作り笑いで、さらにいけしゃあしゃあとクロウリーは続ける。

 

「そもそもそれが本当だとしても、俺は“アルゴールの強化に使え”なんて一言も言ってないな。だとすると……ふむ、アルゴールが復活したのはルイオス君の責任になるねえ」

「———ふん。何故君の様な()()()()()()()()()が時計塔の影響の強い英国で悪名を轟かせたか、その理由がよく分かったよ」

「いやいや、俺なんてまだまだよ。ダーニック・プレストーンという魔術師を知ってるか? アイツならもっとエゲツない交渉してくるぞ」

 

 いやあ、あの時は楽しかったなー、と思い出に耽るクロウリーに男は更に目付きを鋭くする。

 はっきり言って、クロウリーがルイオスを騙した事は()()()()()()。男にとっての懸念はただ一つ。クロウリーの企みによって、アルゴールの霊格が復活した事だ。無言の抗議で睨む男にクロウリーは根を上げた様に溜息をつく。

 

「そう睨むなよ……むしろ俺の方が文句言いたいよ。なんでここまで馬鹿なのか? って」

「随分と勝手な物言いだな。君が望んだ展開だろうに」

「その通り。そして()()()()()()()。それこそルイオス君が口車に乗った時も、「いやいやチョロ過ぎだろう!?」と叫びたくなったよ。これが時計塔のお歴々なら、もっとこう、スリリングな交渉が出来たのに……」

「そして君の退屈凌ぎと引き換えに人類史を揺るがす魔王が復活したわけだな」

「ん? いやいやそれは無い。安心しなよ。あのアルゴールは全盛期の力は絶対に出せないから」

「何だと?」

 

 男の顔に疑念が浮かぶ。アルゴールは箱庭で神々すら手を焼く程に凶悪な魔王の筈だ。箱庭は人類史と相互干渉する世界である以上、箱庭を荒らす魔王の復活は人類史を揺るがす事態へと繋がる筈だが……。

 

「どういう事だ? 君はあの小僧に万能の願望機を与えたのでは無いのか?」

「確かに万能の願望機さ。ただし……そいつが万能の意味を正しく理解している事が前提だけどな」

 

 男の鋭い目線を受けながらも、クロウリーは得意顔で解説し出した。

 

「例えばさ、山の様な大金が欲しいと願う人間がいるだろ? そいつにあの聖杯を渡した場合、そいつの願い通りに大金が用意されるんだわ。ただし、本当に“山の様な”量しか出してくれない。しかもそいつが砂山ぐらいの量しかイメージ出来ないなら、そのまんまの金額になるわけ」

「要するに、所有者のイメージ通りにしか反映されない願望機と言うわけか。とんだ欠陥品だな。ならば、あの魔王は……」

「ルイオス君が考えられる程度に最強の魔王。奴の最強のイメージ元は親父だろうから、ルイオスパパが使役してた頃のアルゴールより一回り強い程度だな」

 

 ルイオスの心の中で大きく存在する父・テオドロス。彼の様な強さが欲しいという願いを聖杯は聞き届け、テオドロス以上の霊格をルイオスに与えていた。

 しかし、テオドロスは四桁昇格に失敗している。故に聖杯がルイオスに貸し出した力はギリギリ四桁に届かない程度の霊格だ。そんな中途半端な強さではアルゴールの完全復活には至らない。

 

「ま、あのアルゴールには“ペルセウス”を更地にするのが関の山だろう。そしてどう計算しても“ペルセウス”が消えた程度で人類史を崩すダメージは起きないというわけだ。安心した?」

「小匙一杯分はな。巻き込まれた小僧(ルイオス)のコミュニティの人間には気の毒だが」

「アホなリーダーを矯正するでもなく、傀儡にしてコミュニティを乗っ取る事もしなかったツケというやつだ。甘んじて受けて貰いましょ」

 

 合掌するクロウリーに男は冷たい目線を向ける。だが、()()()()()()()()()()()()()()()と知った為か、先程の様な鋭さは薄れていた。

 

「どのみち、今の俺には世界をひっくり返す悪事は出来んよ。グランドセルは箱庭の観察が第一目的だ。だからこそグランドセルの紐付きである俺達———エクストラ・サーヴァントは、グランドセルの目的を崩す行動は認められていない。そこら辺はお前がよく分かっているだろう? エクストラ・アーチャー?」

「もちろんだとも、エクストラ・キャスター。下らない契約だと思ったが、君の様な悪人を縛れているという点だけはグランド・ムーンセルに感謝だな」

「俺は今すぐぶち壊したいけどね、あんなポンコツ。神霊を容易く上回る霊格になってもやりたい様にやれないのは不自由で仕方ない」

 

 男———エクストラ・アーチャーの皮肉にエクストラ・キャスター(クロウリー)はケッと吐き捨てる。生前、師と対立して所属していた魔術結社から飛び出すくらい反骨心がある彼からすれば、今の状況は酷く屈辱なのだろう。だが、エクストラ・アーチャーはクロウリーの愚痴に無言を貫いていた。

 

「実に面白くない契約だ。それでもやらねばならん、というのが更に面白くない。だったらせめて、楽しめる様に()()したくなるのが人情だろ?」

「残念ながら理解はできんな」

「マジかよ。もうちょっと遊びを知ろうぜ若者。セックスにドラッグ、ついでに騙し騙されな人間関係と世の中には楽しい事で溢れているんだぜ?」

 

 悪党を絵に描いたような発言をするクロウリーにエクストラ・アーチャーは徹底的に無視した。そんな同僚につまんねーの、とクロウリーは背を向けて画面へと向き直る。画面の中では聖杯とルイオスを取り込んだアルゴールの臨戦態勢が整った様だ。そして———アルゴールと対峙して、張り詰めた面持ちを見せるハクノ達。

 

「さて、第二ラウンドだ。どうする? ◼️◼️◼️◼️(キシナミハクノ)?」

 

 ポン! と新しくビールの瓶を開けながら、クロウリーは笑う。『英国史上最凶最悪な魔術師』の二つ名に相応しい邪悪な笑顔で画面の向こうへと語りかけた。

 

「頼むから俺を退屈させないでくれよ? でなければ———今すぐ殺したくなるから」

 

 ***

 

 ヒュッ、ヒュッと風切音をつけてアルゴールは拳を振るう。自分の身体を確かめるかの様に何度か拳を空打ちすると、露骨に溜息をついた。

 

「……やっぱこれ、全然本調子じゃないし」

 

 ガッカリした様なアルゴールは一見すると隙だらけだったが、十六夜達は動けないでいた。

 彼等は本能で理解してしまった。今のアルゴールはこの場にいる誰よりも強く、その気になれば今すぐに皆殺しにされている、と。

 

「どうせなら後で白夜叉と遊ぼうと思ったけど、この霊格じゃ返り討ちにされるだけだわ……。まあ、いいや。とりあえずは約束通りお前らから殺すとしましょう。恨むならお前らに逆恨みしたルイオス(ボンクラ)を恨め」

「随分と余裕じゃねえか。さっきまでルキウスに散々ボコらてた癖に」

 

 十六夜が精一杯の強がりを見せるが、アルゴールをそれを鼻で笑う。

 

「ま、そりゃあボンクラがマスターじゃアルちゃんの実力の二割も出せないもんね。でも———今は違う」

 

 フッとアルゴールの姿を消え———同時に十六夜の腹に拳がめり込んだ。

 

「カハッ……!」

 

 殴られたと十六夜が認識すると同時に十六夜の身体が吹き飛ぶ。肺の空気を全て吐き出す様な呼吸音を出して、そのまま十六夜は動かなくなった。

 

「十六夜……!」

「ハァァァァッ!」

 

 ハクノが十六夜に駆け寄ろうとするのと同時にルキウスは動いていた。彼女はアルゴールの首へと素早く剣を滑らせ———その刃をアルゴールは片手で白刃取りした。

 

「なっ!?」

「そういえば……アンタは封印されてたアルちゃんに醜いとかなんとか言ってたっけ」

 

 必殺のタイミングで放たれた剣が掴まれ、引き戻そうにもまるでアルゴールの手に接着されたかの様に動かない。そんなルキウスをアルゴールは憎々しげに見つめた。

 

「じゃあお前も醜い姿に変えてやるよ」

 

 ギロリとアルゴールが睨んだ瞬間、ルキウスの剣が金属の光沢を持った大蛇へと変わった。大蛇は持ち主であったルキウスへと襲う。

 

「くっ、おのれ———!」

 

 ルキウスは即座に大蛇となった剣を放り捨てる。だが、その隙をアルゴールは見逃さない。素早くルキウスとの距離を詰め、ルキウスの顔面に目掛けて手刀を突く。ルキウスは半ば本能的にアルゴールの手刀を掴んだ。そして———掴んだルキウスの手が大蛇へと変わった。

 

『シャアアアアアッ!!』

「舐めるな!」

 

 大蛇と化したルキウスの片腕が彼女の首筋へ牙を突き立て様とするのをルキウスは魔力放出で防ぐ。太陽の炎熱となった魔力は大蛇を一瞬で消炭に変えた。

 

「ぐっ………!」

 

 だがその代償は大きかった。彼女の左腕は大蛇と共に消し飛び、片腕となったルキウスは苦痛に顔を歪めていた。傷口は太陽の炎によって火傷で塞がれ、辺りに肉が焼け焦げる嫌な臭いが充満する。

 

「アハハハ! 神霊モドキの癖に結構やるじゃん!」

「ルキウス! 今、治療を———!」

 

 キンキンとアルゴールの笑い声が響く中、ハクノがコード・キャストを発動させようとする。だが、それより先にハクノに殺気が重圧となって襲う。

 

「あ………!」

「散々アルちゃんを好き勝手ボコった御礼に、アンタらはタダじゃ殺さないし」

 

 呼吸すら出来なくなりそうな重圧の中、アルゴールの声だけがはっきりと響く。彼女は可愛らしい少女の笑みのまま、場を支配する絶対の殺意でハクノの動きを封じこめた。

 

「一人一人、丁寧に嬲る様にブチ殺してやる。魔王の恐ろしさを冥土の土産にして、絶望しながら死んでいけよクソ共」

 




『クロウリーの聖杯』

 所有者のイメージ通りに願いを叶える願望機。字面だけ見れば何の欠陥も無い様に見えるが、実際は「所有者が想像できる範囲でしか願いを叶えてくれない」という融通の効かない聖杯。「被害範囲が個人の想像の範囲内に限定されるだけ、どこぞの汚染聖杯よりはマシだろ?」とはクロウリー談。

『ダーニック・プレストーン』

 ご存知ユグドミレニア一族の長である魔術師。ある目的から第三帝国に与していた。そしてクロウリーは、第三帝国の野望を阻止する為に英国政府を魔術的に支援したという経歴を持つ。その為、彼とは浅からぬ因縁があったのだとか。

『カリギュラ効果』

クロウリー「押すなよ?(チラッ) いいか、押すなよ?(チラッ、チラッ) 絶対に押すなよ?(チラッ、チラッ、チラッ)」
ルイオス「舐めやがって……後悔しやがれ!」(ポチッとな)
クロウリー「だから言ったのに〜!(笑)」


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