学園黙示録~ANOTHER OF THE DEAD~ (聖夜竜)
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第1章 藤美学園
世界が終わった日


作者はB級ゾンビ映画が大好きです。主人公や主要人物が訓練された特殊部隊の出身だったり、当たり前のように銃器を使って無双するよりかは、ただの一般人が格闘戦やら日用品などを駆使してゾンビと戦うエログロゾンビ映画が好きです(聞いてない


 

「明……アンタは、生きて……」

 

 彼女が喋る度に真っ赤な鮮血を吐き出す。

 

 もう先は長くない……

 

 彼女を抱く男にはそれが痛い程に理解できた。

 

「っ……分かった……だからこれ以上喋るな!」

 

 血に濡れて汚れた藤美学園の学生服を着た彼女を抱く両手が嫌だ嫌だと言わんばかりに震える。ここに行き着くまでに幾度となく見てきた光景のはずだった。

 

 一緒に行動した何人もの仲間を看取り、裏切り、殺し、置き去りにしてきたのだ。もう慣れたはず。だと言うのに……

 

「何でだよ……何で銃を撃った!?」

 

 男には彼女の行動が理解できない。この状況下では発砲など無意味。二人が生き残る為には極力〈奴ら〉との戦闘を避け、逃げるべきだったのだ。

 

「ごめん……アタシ、もう疲れちゃった……お願い。最期はせめて……人のままで……」

 

「馬鹿野郎ッ! 約束したじゃねぇか! 最後の人間が俺達だけだとしても、精一杯足掻いてこの地獄を生きていこうって──!」

 

 必死の叫びに彼女は弱々しく首を横に振り、愛する男に向かって小さく微笑んだ。

 

「……明、ありがと……大、好き……」

 

 その言葉を最後に、彼女は静かに息を引き取った。

 

 死んだとは思えない程に穏やかな表情で、声を掛ければ起き上がりそうな──そんな気さえする。

 

 それなのに……

 

「何が……何が“ありがとう”だよッ!? おいッ! 起きろ! 起きろよぉ!?」

 

 発狂。そして男は声を殺して泣き叫んだ。

 

「こんな……ッ! こんなの全然わかんねぇよぉッ!」

 

 先程までは一緒に戦ってきたはずの仲間。

 

 ──いや、仲間以上の関係だったと言える。

 

 交戦、籠城、殺人、裏切り、略奪、恐喝、強姦、乱交──

 

 その過程の中で多くの苦楽を共にし、愛し合う男と女は最後まで生き残ってしまった。

 

「はぁ、はぁ……もう……限界、だな」

 

 鎮魂歌を奏でるような大雨が降り注ぐ中、大勢の〈奴ら〉に囲まれてしまった馬鹿な男と女。

 

 戦う力は男に残されておらず、それまで一緒に戦ってきた味方はもう誰一人いない。

 

 完全な八方塞がりだった。

 

 一体どこで選択を間違えたのか……今更嘆いても遅い。

 

「はは……まだあったけぇや……俺もお前も……俺たち人間は、まだ──」

 

 赤い水溜まりができた地面にだらんと崩れ落ちた血濡れの男。

 

 最愛の彼女を全身で放さないようにお姫様抱っこの体勢で強く抱き抱え、その命が尽きる最期の瞬間まで迫り来る〈奴ら〉の姿をその目に焼き付けていた。

 

 それが男──海動明(かいどうあきら)の最期だった。

 

 

 

 

 

『アレェ? もうオシマイ? ダメだよそんなの。オマエに決めたんだから……さァ、オキロ』

 

 

 

 

 

 誰かもわからない女の子の不服そうな声が頭の中で聞こえる。それと同時に意識が遠退くような感覚……

 

 “いつもの”と言えばいいのだろうか……何にせよ、これが“初めて”ではない。

 

 男が目を覚ますとそこはベッドの上。見慣れた──いや、どちらかと言えば懐かしいが正しいか。

 

 それだけ長い時を非日常の中で過ごしてきたのだ。最後に温かいベッドで寝たのはいつだったか……

 

「……忘れちまったよ、そんな昔のこと」

 

 ぼそっと呟き、男は瞬き一つしてから起き上がった。

 

「あら海動君、起きたの?」

 

 その時だ。不意にカーテンが捲られ、白衣を着た金髪の巨乳美女が現れる。

 

 彼女は鞠川静香(まりかわしずか)──海動明が現在通っている藤美学園の校医だ。この場所は管理棟の校舎一階に位置する保健室で、今はちょうど午前の授業中のはず。

 

「……ああ。少し寝たらだいぶすっきりしたみたいだ」

 

 言いつつ明はベッドを抜け出して立ち上がると、学ランのポケットに入れていた黒い携帯電話を取り出す。時刻はまだ昼前……それにしてはだいぶ眠りが深かった気がする。

 

「海動君、よっぽど疲れが溜まっているようね。目付きもなんだかいつもより怖い感じ……」

 

「それは生まれつきってやつですよ、鞠川先生」

 

 たしかに目付きは悪いし、顔も悪人面とよく言われる……が、こればかりは元々なので仕方ないだろう。

 

 とくに“あの出来事”が起きてからはより深く変わっていった。今更良い子ぶるなんてできないくらいには……

 

「……どうせ、俺は戻れない。この世界だっていつまた壊れるか……」

 

「海動君……?」

 

 それに……どうも目覚めた時から嫌な胸騒ぎがする。平和だった世界が音を立てて崩れ去る……そんな予兆が。

 

「鞠川先生。さっきから妙に外が騒がしいみたいだが……?」

 

「えっ? あっ……ほんとね。校庭の方で何かあったのかしら?」

 

 不思議そうに首を傾げる鞠川先生を尻目に、明は保健室の窓から校庭を覗く。校門前に無数の人だかりができているのが確認できる。

 

 残念ながら今いる保健室からでは彼らが何の為にこの学園へと集まり出したのか分からない。

 

(まさか、な……)

 

 明は自然と流れ落ちる額の汗を拭う事なく手にした携帯電話をポケットに仕舞う。

 

 ──と、その時だった。

 

『緊急連絡! 緊急連絡! 全校生徒・職員に連絡します! 全校生徒・職員に連絡します! 現在、校内で暴力事件が発生中です! 繰り返します! 現在、校内で暴力事件が発生中です! 生徒は職員の誘導に従って直ちに避難してください! 繰り返します! 生徒は──ッ!?』

 

 そこで突然、校内放送が途切れた。そして聞こえる何人もの悲鳴、絶叫……

 

『ッ!? やめてくれ! 助けッ!? 痛い! 死ぬ! 誰か、助けっ──ぎゃあああぁぁぁぁッ!?』

 

 ブツン!!──放送室の職員と思わしき男性の恐ろしい断末魔と共に、日常を終わらせる放送が終了した。

 

 

 

 

 

「……チッ、結局こうなるってか! おい、鞠川先生もさっさと準備しろ! ここはもうじき終わる!」

 

 校内放送を聞いて困惑した様子の鞠川先生に向かって明は怒鳴るように叫び、保健室の中に置いてある物を急いで物色し始める。

 

「か、海動君? 今の放送って──」

 

「……起きちまったんだよ。思い出したくもねぇ“悪夢”ってやつがな」

 

 意味深に言いつつ、人でも殺してしまいそうな怖い顔をした明は手慣れた仕草で救急箱や包帯、絆創膏、さらには使えそうな薬品を見定めていく。

 

「よし……こんなところか。鞠川先生はこれをバッグに詰めてひとまず待機しててくれ。保健室なら頭の良い奴が必ずやって来る。先生は出来る限りの人を集めて速やかにここを脱出するんだ!」

 

 早口で言い残して保健室を飛び出すと、明は上階に続く階段に向かって走り去ろうとする。

 

「えぇっ!? ちょっ、海動君は!?」

 

 保健室の引き戸から顔を出した鞠川先生が大声で聞いてくる。そんな彼女に向かって振り返り、明は手早く要件を伝える。

 

「俺は俺でちょっとばかりやることがある! お互い無事で済んだら生存者を連れて職員室で落ち合うってことで!」

 

「あっ、海動く──んもぅっ! 男の子ってほんっと勝手なんだから!」

 

 何か言い掛ける鞠川先生だったが、既に明の後ろ姿は見えなくなっていた。

 

 

 

 

 

 保健室を飛び出した明は現在、人通りの少ない管理棟の階段から上階を目指していた。

 

 何故こちらの教室棟から遠い場所に位置する階段を使うのかと言うと、教室に近い階段を使って上階から降りてくるであろう大勢の生徒と遭遇したくない為だ。

 

 先程の放送を聞いた生徒達が恐怖を覚え、パニックを引き起こす事は明らかだったからだ。

 

 校門で起きた悲惨な状況を見るに、生ける屍と化した〈奴ら〉は既に大多数が学園内へと浸入してしまっているだろう。

 

 ならばこの場合、先程の放送に煽られて闇雲に一階の出口を目指すのは危険と言わざるを得ない。

 

 ゾンビが物音に敏感なのは映画やゲームでも有名だが、現実の世界でもそれは変わらない。

 

 では、そんな時に数百人もの生徒が一斉に慌ただしい音を立てて逃げ出せばどうなるか……

 

 その答えとばかりに上階から聞こえてくる無数の悲鳴や怒号に対し、物音一つ立てずに階段を登っていた明は小さく「馬鹿が……」と呟いた。

 

 阿鼻叫喚とはまさしくこの事。しかしそれがまた別の〈奴ら〉を呼び寄せる事になる。

 

 あとは学園内の生存者が全滅するまでその繰り返しだろう。ではこの場合、どこに逃げれば助かるのか……

 

 必ずしも正解とは言えないが、明がついさっきまで授業をサボって昼寝していた保健室の他に防音設備がある音楽室、武器になりそうな物を調達しやすい技術工作室、屋上の天文台などが候補になる。

 

 とは言っても〈奴ら〉の浸入を許した時点で学園内は安全とは程遠い。保健室や屋上もひとまずの逃げ場にはなるだろうが、出来る限り早急にこの学園から脱出した方が生存率は上がる。

 

 しかし生き残った者全員で歩いて脱出するのは難しいだろう。となれば脱出手段は限られてくる。

 

 ──車だ。

 

(たしか校門近くの駐車場にマイクロバスがあったな。キーさえあれば俺が運転して逃げれるか……?)

 

 こう見えて明はこの学園に通う同級生よりずっと人生経験豊富な大人である。見た目こそ若くて健全な10代の男子高校生だが、前世の経験から自動車の運転技術は持ち得ているのだ。

 

 無免許で運転する場面を他の生徒や教師に見付かったら何か言われるかもしれないが、今はこの学園から安全に脱出する事を考慮した方がいい。

 

 この時点で明の藤美学園脱出プランはだいたい決まった。まずは音楽室や図書室などを回って生存者がいないかの確認が先決。この状況で冷静に逃げる事より隠れる事を優先した賢い生徒なら、明の仲間に加えても大丈夫だろう。

 

 その後に向かうは職員室だ。パニックに陥った生徒の思考から予想するに職員室に逃げ込む者は少ないはず。

 

 先程の鞠川先生と落ち合う約束もあるが、何より脱出成功のキーとなるマイクロバスの鍵はあそこにしか置いてない為、これは遅かれ早かれ必ず行かないといけない。

 

 問題は全員で職員室を出た後だが……

 

 とその時、教室棟の渡り廊下を通って管理棟に向かってくる無数の小さな足音が明の耳にも入ってきた。

 

(ちっ……やってくれる)

 

 敵の襲来か、それとも逃げ延びた生存者か……どちらにせよ、被害の集中している教室棟と比べてまだ犠牲者の少ない管理棟も雲行きが怪しくなってきた。

 

 

 

 

 

 



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集う生存者

 

 さて……海動明が独り静かに行動を開始する少し前に時間は遡る。

 

 世界が終わったその瞬間、藤美学園2年A組の教室でも生徒によるパニックは起きていた。

 

「邪魔だ! どけっ! どけぇ!」

 

「逃げるんだよぉ!」

 

 男女関係なく目の前の生徒を突き飛ばし、蹴り飛ばし……教室で授業中だった大多数の生徒は我先にと階段を駆け降りて一階へと向かう。

 

「ちょっ──!? 落ち着いて! みんな落ち着いてッ! ちゃんと先生の言うことに従って──!」

 

 ……中には、この状況でも自分の安全より他人を優先する者もいる。

 

 有瀬智江(ありせともえ)──2年A組が誇る天才学級委員長にして、特徴的なアホ毛と眼鏡が似合う背の低い女子生徒だ。トランジスタグラマー──所謂ロリ巨乳要素を持つEカップの小柄な美少女だが、彼女は喧騒の中でも負けじと声を張り、荒々しく教室を飛び出して行く大勢の同級生を必死に制止させようと頑張っていた。

 

「うるせぇ! もたもたしてるとみんな殺されるぞぉ!」

 

 だが彼女の思いは届かず、瞬く間に2年A組の教室は智江を含む少数の生徒と教師が残るのみとなってしまった。

 

「そんな……みんな……林先生……」

 

 静まり返る教室内を見回し、智江は悲しい表情で教卓の後ろに立っていたスーツ姿の女性を一瞥する。

 

「……有瀬さん、しょうがないわ。それより私達も安全な場所に逃げましょう。他に残っている生徒は!?」

 

 林京子(はやしきょうこ)──校医の鞠川静香と並び、藤美学園が誇る二大巨乳美女として生徒・職員問わず人気がある30代の教師だ。2年A組を受け持つ担任教師で担当学科は数学。その他には卓球部顧問もやっている。

 

 彼女はJカップという異次元級の胸を持つ鞠川静香に次ぐHカップの爆乳の持ち主でありながら未だ独身だが、その知的でクールな雰囲気通りの真面目な授業を心掛け、先程の校内放送で授業が中断しても決して取り乱す事なく慌てる生徒を落ち着かせようとしていた。

 

「「林先生、私達もいます!」」

 

 一条美鈴(いちじょうみすず)──2年A組に所属する個性派揃いの生徒の中では今一つ印象に残らない地味な女子生徒だ。シニヨンと呼ばれる短い髪型が特徴的で、何かと高校生とは思えない巨乳の女子が多いこの学園では貴重な貧乳少女である。

 

 二木敏美(にきとしみ)──2年A組のアイドル的人気を誇る三つ編みの美少女で、ベストフレンズと呼び合う美鈴とはいつも一緒にいる。彼女の特徴は何と言ってもその三つ編みヘアー、そして心優しい性格と可愛らしい見た目に似合わないグラビア顔負けのムチムチとした肉体だろう。

 

 とくに学生服の上からでもはっきりと分かる豊満な巨乳(推定Fカップ)はB組の巨乳美少女である宮本麗(みやもとれい)高城沙耶(たかぎさや)と同様、多くの男子の視線を釘付けにしてしまうほどの破壊力を持つ。

 

「有瀬さんに一条さん、二木さんだけ……やっぱり海動君達はいないのね」

 

 教室内に残った生徒の確認を終えた京子の言う海動君達……とは、藤美学園でも有名な不良達の事だ。隣の2年B組に所属する小室孝(こむろたかし)、そしてA組の海動明、森田駿(もりたしゅん)今村隼人(いまむらはやと)から連なる四名は毎回授業をサボっては屋上に集う頻度が高く、京子を始め職員の間では悩みの種になっている。

 

「林先生、海動君達ならまた屋上じゃないでしょうか?」

 

「……ふふ、ふ……私の授業をサボって自分達だけ安全な場所にいるなんて……どうやら説教が必要のようね」

 

 そう呟くと京子は目付きを鋭く光らせ、闇雲に逃げずに教室に居残った三人の女子生徒に告げる。

 

「有瀬さん、みんな! 行くわよ! 私達も屋上に行って海動君達と助けが来るのを待ちましょう! 先生から離れないで! 団体行動です!」

 

 京子の力強い言葉と同時に智江、美鈴、敏美の三人はそれぞれ怯えた表情で教室から既に人のいなくなった廊下へと出る。教室近くの階段の下の方からは逃げ急いだ生徒達の絶叫や怒号が聞こえてくる。

 

「先生……」

 

 先頭に立つ京子の後ろで生徒三人が恐怖と不安を隠さずにいる中、京子は落ち着いて思考を纏めようとする。

 

「……今はまだ下には行かない方が良さそうね」

 

「先生、教室棟は先に逃げた人でもういっぱいです! 渡り廊下から人の少ない管理棟に渡って屋上に逃げた方が……!」

 

 京子と同様に脱出方法を考えていた智江がそう伝えると、美鈴と敏美も賛成とばかりに頷く。

 

「そ、そうね。それしかないわね……みんないい!? なるべく音を立てないで急ぐのよ!」

 

 その選択が正しいのかどうか……この時の彼女達にはわからなかった。だが、屋上なら安全かもしれない……何より“彼なら”安心できるかもしれない……

 

(海動君……彼なら、彼ならきっと何か考えてくれるはず……!)

 

 警戒心を解かずに早歩きで渡り廊下を移動する四人。そんな中、智江だけは会えるかもわからない海動明に脱出への望みを託す。

 

(お願いです、神様……! 海動君達と無事な姿で会わせて……!)

 

 戦う武器も持たず、丸腰の彼女達に頼れるものは知恵と勇気、そして協力者のみ……

 

 

 

 

 

(ちっ……やってくれる)

 

 比較的安全な道程で校舎内の上階を慎重に目指した明……彼が現在いる場所は管理棟の最上階廊下だ。そして今のところ校舎に侵入してきた〈奴ら〉は最上階までは到達していない。

 

(数人の歩調スピードと足音から伝わる焦りと怯え……ふぅ。どうやら俺も出会いってやつには恵まれているようだ)

 

 警戒して近付いて来る方向を睨んでいたが、その歩行速度と重なる数からすぐに〈奴ら〉の気配ではないと感付き、明は冷や汗を流しつつ安堵の息を吐く。

 

 ゾンビというのは基本的に足が遅い。数ある映画の中には走って襲うようなチートも確認されているが、明のよく知る〈奴ら〉は走る事も泳ぐ事もしない。

 

 管理棟を進む間に薄々気付いていたが、学園侵入から教室棟の被害が出るまでの時間を考えても〈奴ら〉の移動速度は人並みと同じかそれより低い。

 

 だと言うのに学園内の感染スピードが予想以上に早い理由は先程の放送に煽られてパニックを引き起こした生徒達の勝手な自滅行為だと明は認識しているが、〈奴ら〉が最上階まで到達するにはこちらも避難するまで少しばかりの余裕がある。

 

(とはいえ、今のうちに安全な籠城場所を確保しておいた方がいいか……)

 

 ここから向かうなら階段登ってすぐの屋上が一番近いが、屋上には他の場所と違って欠点がある。

 

 それは……仮に生存者が屋上で籠城したとしても逃げ道がこの階段以外にない事だ。

 

 屋上には明や孝といった不良仲間も使わせてもらっている天文台があるとは言え、時間が経つとすぐにでも〈奴ら〉はこの階段を使って屋上まで到達するだろう。

 

 武器になりそうな物があれば屋上の様子を見に行ってもまだ何とかなるが、今の明には生憎武器と呼べる物が手元にない。

 

 今後の方針で明が迷っていると、廊下の角から数人の人影が飛び出してきた。

 

「ッ!? 海動君!?」

 

「「「海動君!!」」」

 

 担任の京子、そして智江、美鈴、敏美──明と同じ2年A組のメンバーだ。

 

「林先生に委員長、それに仲良しコンビか! お前ら無事だったんだな!」

 

 現れた人影の正体が自分もよく知る人間であった為、明も珍しく笑顔を見せて彼女達との再会を喜ぶ。

 

「“無事だったんだな”じゃありません! 海動君! あなたまた私の授業をサボって──」

 

「あの先生、今はそれどころじゃ──」

 

「そうです! 早く安全な場所に行かないと──」

 

「急がなきゃ、ここまで来ちゃいますよぅ……!」

 

「っ……そ、そうね」

 

 焦りを隠せない女子三人からの指摘に京子も明に対する怒気を放棄し、呆れ顔で両手を腰に押し当てた。

 

「それで海動君? あなたはどうして一人でここに? 森田君や今村君と屋上にいたんじゃ──」

 

「いや、俺も逃げてる途中ですよ。森田と今村……あいつら今日は俺と一緒じゃなかったんだ。屋上にいる可能性もあるが……」

 

 そこでふと言葉を止めると、明は黙ったまま四人の格好をじっと見つめる。

 

「えっ、あ、あの……か、海動君……?」

 

「わ、私達に何か……?」

 

「うぅ……怖いけど、か……かっこいい……」

 

 頬をほんのりと赤らめ、思わずドキッとしてしまう四人の美女・美少女。

 

 ……実を言うと明の学園内での女子人気は高い。初対面では“凶悪”、“野獣”と恐れられたり泣かれる事も多々あるが、そのクールで整った男前の顔立ちに加え、どこか同世代の男子とは異なる大人びた危険な雰囲気が惚れる女子に受けているのだ。

 

「何も持ってない、か……いや、なに。武器になりそうな物をちょっとは期待してたんだが……まぁ、突然こんな事に巻き込まれたら丸腰ってのが普通か……ふっ」

 

 パンデミックが発生しても不気味なほどに冷静過ぎる自分が既に“普通じゃない”のだと受け止め、明はやや自嘲気味にクールな笑みを浮かべた。その表情や仕草がまたすごく似合っていて、異性との恋愛経験などない女性陣は明を見てどこか恥ずかしい気持ちを抱いてしまうのだった。

 

「海動君は何も持ってないの? 私達、それをアテにしてたんだけど……」

 

「アテか……あるにはある。が、この状況での対ゾンビ対策用武器とは言えんな」

 

 智江に訊かれて明が学ランのポケットから取り出したのは黒い専用シースに収納された2本のナイフだった。

 

「ナ、ナイフ?」

 

「こっちのはランボーって昔の映画で有名になったサバイバルナイフだ。そしてもう1つがコロンビアナイフ。本来の用途は色々あるが……まぁ護身用ってやつさ」

 

 言いながら明は思考する。ナイフはゾンビ映画の中でも比較的登場頻度の高い手頃な武器だろう。日常での入手難易度も低く、非力な女性でも扱える手軽さが特徴だ。短所としてはリーチの短さ、ゾンビを相手するには火力不足である事くらいだ。

 

「海動君! あなたそんなものを学校に持って来てたんですか!?」

 

 教師の京子が怒るのも無理はない。正当な目的なしに刃物を携帯するのは日本だと犯罪になる恐れがあるのだ。

 

「普段から用心してたってだけさ。それに……いつまた地獄が始まるかわからねぇからな。あとは長物じゃねぇが女でも扱える武器はまだ他に用意してある」

 

「「海動君、本当!?」」

 

「ああ。だがナイフと違って携帯するにはちょっとばかり目立つんでな。A組の教室に行けば俺のバックに幾つか隠してある」

 

「えっ、じゃあなんで海動君は管理棟に……?」

 

 智江達の疑問は正しい。普段からゾンビに対抗できる武器を所持していたのなら、避難する前に回収しておく必要があったのでは……と。

 

 それについて明は冷静に答える。

 

「そりゃ保健室で寝てたからな。こっちに逃げて来たってことはお前らもわかってると思うが、今このタイミングで教室棟に行くのは危険が伴う。たしかに武器は集めたいがまずはチームを作った方がいい」

 

「チーム?」

 

「生き残る為の仲間ってやつさ」

 

 言いつつ、明は2本のナイフをいつでも抜けるようにしておく。できればナイフを四人の中の誰かに渡しておきたいところだが、初心者の女性にいきなりナイフを持たせても〈奴ら〉相手には危険過ぎるだろう。

 

 となれば、戦闘でのリーチに優れた長物の確保に行きたいところだが……

 

「……誰か来たな」

 

 短く息を吐き、明は素早くシースからランボーナイフを抜き、鋭く磨かれた銀色の刀身を露出させた。

 

「まさか、もうここまで登って来たんじゃ──!?」

 

 高まる緊張感に身構える明と後方の女性陣。だが……明達の滞在する廊下の反対側を通ってこちらに走って来たのは、またしても見知った顔だった。

 

 



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生き残る為に

秘密の多い主人公ってなんかいいですよね。
普段だらだらしてやる気ない感じなのに、裏では一人悩んで苦労してそうな……

今話では原作の孝一行に代わるポジションになりそうな主要キャラ集結です。


 

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……!」

 

 それぞれ黒いギターケースと金属バットを背負い、学ランを着たチャラい見た目の男二人が息を切らして走って来る。その後ろには2年の教室階ではあまり見慣れない学生服姿の女子が続いている。

 

「森田と今村……それに3年の美玖──夕樹先輩か!」

 

「「海動!」」

 

 森田と今村は倒れ込むように膝を着くと、肩で息をしながら自分達を落ち着かせようとする。

 

 森田駿(もりたしゅん)──いつも手にした愛用のギターと刈り上げた金髪が特徴的な2年A組の男子生徒だ。明とは同じ不良仲間であり、パンデミックが発生する以前は授業をよくサボっては屋上でギターを弾きながら独創的な歌を披露して明達を笑わせていた。

 

 今村隼人(いまむらはやと)──赤く染めた長髪にシルバーのピアスやアクセサリーを身に着けた2年A組の男子生徒。彼もまた友情に熱い不良仲間であり、未成年でありながら堂々と屋上やゲームセンターで喫煙していた明に影響されたのか、自分も煙草を吸い始めるようになったとどこか嬉しそうに話していたのが明の記憶にも懐かしい思い出として頭の片隅に今も残っている。

 

「森田君に今村君も! よかったぁ、みんな無事だったんだ……!」

 

「はぁ、はぁ、はぁ……無事、だって? はぁ、はぁ……無事なもんかよ……くそっ!」

 

 よく見ると今村の持つ金属バットには所々に真新しい血が付着しており、それだけで彼らの身に何があったかを理解するのは容易だった。

 

「なぁ、海動……俺、俺……っ! 人を……人をこの手で……!」

 

 今村は青ざめた表情で震えると、凶器に使用した金属バットを明に押し付けるように渡そうとする。

 

「わかってる。何も言わんでいい──今村、よく頑張って森田と夕樹先輩を守ったな」

 

 その言葉で今村の目に大粒の涙が溢れ出した。唇を強く噛み締め、泣きたくても声だけは絶対に漏らさないという彼の決意と覚悟が見て取れる。

 

「そのバットはお前が持っておけ。これから先、俺達が生き残るには必要になる。今村……それまで“人だったモノ”を殺すってのはたしかにどうしようもなく怖いだろうさ……俺だってそうだ。だが、時には覚悟を決めなきゃならねぇ時が男にはある。わかるか?」

 

「っ……! ぁ、ぁ……あぁ……っ!」

 

 何度も小さな嗚咽を漏らしながら、今村は頷いて血が付着した金属バットを固く強く握り締める。

 

「意外……海動君達って近寄り難い不良だと思ってたのに」

 

「ふふっ。優しいんだね、今村君も森田組も」

 

「へへっ……うるせぇよ」

 

 美鈴と敏美が感心したように言うと、今村は微かに涙を浮かべて小さく笑った。

 

 そうだ……今村や森田も一言に不良とは言っても、根は友達思いで真っ直ぐな心を持つ気の良い奴らである。それをこれまでの長い付き合いで嫌というほど目の当たりにしている明にとっては間違いなく信頼できる仲間に違いない。

 

「ふ~ん……アンタが海動明なんだ」

 

 男達で再会を喜んでいると、一人離れた場所で様子を伺っていた女子生徒が話し掛けて来た。

 

 夕樹美玖(ゆうきみく)──3年A組の先輩にして藤美学園随一のセクシーな美貌を持つ不良系美少女だ。親友の森田が作った『藤美学園極秘美少女リスト』の情報によれば、彼女には色々と黒い噂が絶えないらしい。

 

 注目は何と言ってもその高校生離れした抜群のプロポーションが誇る推定Gカップの巨乳だろう。そして綺麗に染めた明るい前髪を黒いカチューシャで上げているのが特徴で、耳には今村と同じようにピアスを通している。

 

 明ほどではないにしろ目付きは悪く、先程の噂の件もあってどこか近寄り難い危険な雰囲気を醸し出している為、学園では普段から独りでいる事が多い。

 

 実はパンデミックが発生する以前、明は授業をサボっている時に屋上で彼女と偶然会っては退屈しのぎに談笑した事がある。

 

 その時はお互い名乗る事もなくあっさり別れた為、まさかこうして無事な姿で再会する事になるとは思ってもいなかったのだが。

 

「さっきそこの後輩二人が言ってたんだけど……アンタ、やけにゾンビに詳しいんだって?」

 

「ん? あぁ……それこそ“もう見たくない”ってくらいにはゾンビと関わり深いな」

 

 一見ふざけているようにも取れる意味深な発言を聞き、益々怪訝そうな表情を見せる美玖。どうやら明の事を信用するかどうか見定めているようだ。

 

「まぁ、俺の事はただのゾンビ好きな馬鹿とでも思っといてくれ。絶対安全かは保証できねぇが、地獄までの片道分はお姉様を退屈させねぇって約束してやる」

 

「……ぷっ! あっはははははっ! やっぱりアンタ変わってて面白いわね!」

 

 一瞬呆気に取られた後、美玖は腹を抱えて笑い、目元にうっすらと涙を浮かべて明の姿をまっすぐ見つめる。

 

「ふふ、いいわ──アンタ気に入ったわ。アタシは3年A組の夕樹美玖よ。一応アタシもその地獄ってところについてってあげる」

 

「ほぅ。それはまた光栄なことで」

 

 言い合い、明と美玖は互いにニヤリと笑みを浮かべた。それはまるで、二人の間に何者も入り込めない複雑な“何か”があるようにも見えた。

 

「そ、それより海動! これからどうするよ!? さっき今村と二人で少し戦ったけどよぉ……あいつら、絶対“普通じゃねぇ”って!」

 

「やべぇよ、バットで頭潰してもまだしばらく動いてたくらいだし……海動、ありゃあマジモンの化け物だぜ!」

 

 森田や今村の焦りと怯えは明にもわかる。脳と心臓が動いていないにも拘らず永続的に活動する腐った肉体……まさしく“化け物”を前に人間はあまりに非力過ぎる。

 

(……普通じゃねぇ化け物、か。そう言われるのは何度目だったか)

 

 生きている人間以外はすべて化け物──それを事実として知っているからこそ、明は長い繰り返しの中で普通を捨て去る事ができた。今までは自分だけが“そうだった”──恐らく、今回もそれは同じだろう。

 

「そりゃそうだろうな。だがそれを言うなら俺達だってこの地球上で長いこと生き残ってる天下の人間様だぞ? 案外〈奴ら〉からしたら、俺達人間の方が“普通じゃねぇ”のかもな」

 

 寂しげな表情で意味深に呟き、明は全員を傍に集めて今後の方針を伝える。

 

「さて……俺達はこれからこの階段の下を降りて職員室に向かう。そこで集まって来た他の生存者と合流した後、駐車場に停めてあるマイクロバス2台を使って学園を脱出する」

 

「「「「………」」」」

 

 仲間達の間で緊張が走る。自分達で本当にそのような事が無事にできるのか……そう言いたげな重苦しい空気の中、明はようやく立ち直った様子の森田と今村の二人を合図でこっそり呼び寄せた。

 

「なんだよ、海動……」

 

「海動……」

 

 二人は先程のようにもう震えてはいない。それでも彼らの口調には微かな恐怖感が見え隠れしている。

 

 死にたくない……みんな同じなのだ。

 

「いいか、二人とも……俺はちょっとばかし教室に戻って武器を調達してくる。お前らは女の子達を連れて職員室に行け」

 

「「なっ──!?」」

 

 明からの予想外な指示を聞き、森田と今村は思わず声を発してしまう。二人はすぐさま片手で口元を押さえるが、少し離れた位置に固まって待機している女性陣は怪訝な表情でこちらを何度か見ているだけ……どうやら会話の内容が聞かれたという訳ではないらしい。

 

「おい正気か!? お前一人であの教室に戻る気かよ!?」

 

「そうだぜ海動! ここと違って教室棟はもう化け物みたいな連中でいっぱいなんだぞ!?」

 

 二人の抗議は明としてもわかるものだ。しかしこれだけの人数を一度に守るとなると、森田のギターや今村の金属バットではあまりに心許ない。

 

「それでも全員で行動するのは危険だ。味方の数は多いに越した事ねぇが、時にはそれが足手纏いになる事だってあるんだ。このまま纏まって進めば“経験上”何人かは〈奴ら〉に喰われるぞ」

 

「で、でもよぉ……!」

 

 納得いかないのか、二人はどうしても明を引き止めたいらしい。

 

 ──と、その時だった。

 

「ねぇ──だったらアタシが海動と一緒に2年の教室まで行くってのはどう?」

 

 驚いた事に夕樹美玖が近寄って提案してきた。いつの間に盗み聞きされたのか……他の女子達はまだ気付いてないようだが。

 

「「夕樹先輩!?」」

 

「こっそり聞かせてもらったのよ。それより海動、アンタ一人で行こうと思ったくらいなんだから、きっと何か面白いことあるんでしょ? 団体行動って嫌いだしぃ、アタシも連れて行きなさいよ」

 

「……はぁ。やっぱり先輩に隠し事は通じないってか。とは言え素直に『はい、そうですか』と引き下がるタマでもねぇしな」

 

 いや参ったとばかりに小さく笑い、若干困り顔の明は美玖に向かって近くに来いと手招きする。そしてピアスが見える彼女の耳元でそっと何かを囁いた。

 

「………」

 

「……えっ?」

 

「まだ誰にも言うんじゃねぇぞ」

 

「う、うん……」

 

 ボソッと小さな声量で呟いた明に美玖は素直に頷きはするものの、正直どうしていいかわからないといった様子で相変わらずクールな明をまじまじと目に焼き付けていた。

 

 無理もない。それだけ彼の囁いた何気ない言葉が、美玖にとっては到底信じられない衝撃的なものだったのだから……

 

(海動……アンタ……)

 

「あー、林先生、みんなもこっちに来てくれ。ちょっとばかり予定変更があった」

 

 わざとらしい口調で待機中の仲間を呼び寄せ、明は先程話したように自分は一度2年A組の教室に戻ると説明する。今度は美玖も一緒に連れて行く。

 

 明の一方的な取り決めに対し、当然のように抗議の声が上がる。とくに明を頼ろうとしていた智江達女子は行かないでとばかりに不安と動揺が広がっていく。

 

「俺と夕樹先輩で武器を調達次第すぐに追う。それと俺のナイフを一つ渡しておくから、万が一襲われた時には〈奴ら〉の首を狙え。頭さえ潰せば動きは完全に止まる。だがそれはあくまで多数に囲まれて戦闘を回避できなくなった時だけの対処法だ。武器があるからといって無理に〈奴ら〉と戦おうとせずに、まずは全員で逃げる事を考えて行動しろ。作戦命令は『いのちだいじに』──OK?」

 

「OKって……海動君がそう言うなら……私達は従います」

 

 渋々といった様子で頷きながら、A組の学級委員長である智江がシース入りの綺麗なコロンビアナイフを明から受け取った。

 

「でも海動君、私……これきっと返しませんよ?」

 

「おいおい、そいつは困るなぁ。昔から使ってきたお気に入りのナイフなんだ」

 

「ど、どうしてもって言うのなら……あ、あとで私達のところまでちゃんと奪い返しに来ること! いいですか!?」

 

「奪い返しに……あぁ、わかったよ委員長。約束しようじゃねぇか」

 

 小さな恋でも始まりそうな明と智江の別れの一時を近くで見守っていた森田と今村が悔しそうに揃って身悶えしている。そしてそれを美玖が笑いながら茶化し、京子は眼鏡をクイッと上げながらブツブツ何やら呟き、美鈴と敏美は仲良く手を繋いだまま一緒に苦笑いを浮かべている。

 

 ──この世界が終わる前、確かにあったはずの懐かしい日常の光景がそこにはまだ残されていた。

 

 

 

 

 




そろそろ孝達も出したいですね。


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職員室会議

いよいよ原作の主要キャラ登場。

魅力的な美少女・美女もだいぶ増えた事ですし、そろそろ海動のヒロインも考えないと……


 

 藤美学園内でのパンデミック発生から一時間ほどが経過した現在。

 

 それぞれ武器を手に〈奴ら〉の襲撃から逃げ延びた少数の生存者達は校舎2階に位置する職員室に集まっていた。

 

「──鞠川先生、海動は?」

 

 ペットボトルに入った水で貴重な水分を補給しつつ、学ラン姿の黒髪の男子──小室孝は鞠川静香に訊ねた。

 

「ううん、いないわ……まだこっちに来てないみたい」

 

 残念そうに首を横に振り、静香は適当な席にぐったりと座り込んだ。

 

「海動君に言われた通り、保健室から役立ちそうなものはとりあえずバッグに入れて持って来たけど……」

 

「すまない。先程から言っている“海動”という人物は何者なのだ? 聞いた限りサバイバル知識を持ち得ているようだが」

 

 血の付着した木刀を手にした紫髪の巨乳美少女──毒島冴子が孝と静香に訊ねてきた。

 

「あ、えっと……」

 

「海動は僕や麗の幼馴染みで友達の一人です。いつもは保健室か屋上で授業をサボってたりするんですけど……こういう非常時には絶対頼れる奴だと思います」

 

 静香が口を開く前に孝はきっぱりと言い切った。そこまで海動明という人間を信頼しているという事なのだろう。

 

 事実、屋上でパンデミック発生の瞬間を目の当たりにした孝が2年B組の教室に戻った際、想い人で幼馴染みの麗の他にもう一人だけ一緒に連れ出したいと願っていた人物が明だった。

 

 既に〈奴ら〉に感染して死亡した井豪永も充分に頼れる奴ではあったが、孝や麗にとっていつも親身になってくれたのは、自分達よりずっと大人っぽい明の存在が大きかったのだ。

 

「毒島先輩は知らないと思いますけど……孝と明が組めば学園最強のコンビになれるって、私達の間じゃすごく有名だったんですよ?」

 

「……随分信用されているのだな。そう言えば、鞠川先生に職員室に集まるように言い出したのも彼が最初だと聞いたが?」

 

 剣道部所属の3年生、毒島冴子は愛用する木刀を手に、たった独りで襲い掛かる〈奴ら〉と渡り合ってきた。そんな中で冴子が保健室に辿り着いた時にはちょうど静香と何人かの生徒が侵入した〈奴ら〉に襲われている最中……あと少しでも冴子による静香の救出が遅れていたら、保健室に逃げ込んだ生存者は恐らく全滅になっていただろう。

 

「えぇ。彼──海動君とは保健室で授業中よく一緒に話したり色々手伝ってもらったりしてたから……職員室に来れば会えると思ってたんだけど」

 

 何の因果か、吸い寄せられるように自然とここに集まった生存者が期待を胸にただ待つのは、未だ姿を見せない海動明の到着のみ──と、その時。

 

「──なによ。みんなして海動海動って頼りにしちゃって」

 

 先程職員室の前で〈奴ら〉に襲われたショックで泣き崩れていたピンク髪のツインテール美少女──高城沙耶が眼鏡越しに泣き腫らした目で孝達を睥睨した。

 

「あたしも知り合い以上の関係だけど、あいつはそんなに良い奴じゃないわ。見た目通り危険で凶悪な──それこそ“野獣か悪魔みたいな男”なのよ」

 

「高城! 何もそんな言い方しなくたって──!」

 

「じゃあなに!? 海動なら絶対に何とかしてくれるって言えるわけ!? 現に今ここに来てないじゃないッ!! あたしだって、あたしだってほんとは海動に……ッ!」

 

 沙耶の悲痛な叫びが職員室内に響いた。

 

「「「「「………」」」」」

 

 沙耶の涙混じりの激しい怒鳴り声に誰も口を開こうとはしなかった。実際のところ、この職員室で明と無事に合流できたとしても、それはイコール安全に学園から脱出できるという事には繋がらないのだから。

 

 だからこそ、沙耶の悲痛な叫びは他のみんなにも理解できた。結局、ここから生存者が一人か二人増えるかどうかでは自分達に劇的な変化など起きるはずもないのだ。

 

 それこそ明が学園脱出までのルートを既に頭に思い描いていて、全員で逃げ込んだ先がひとまず安全な場所だとすれば、誰も彼を仲間に加える事に反論しないだろうが……

 

 その時、静寂の中で不意に聞こえた奇怪な足音。

 

「ね、ねぇ孝……誰かがだんだん近付いてきてる……」

 

「あ、あぁ……それに一人分じゃない。もしかしたら海動と他の生存者かもしれない」

 

 頷く孝の行動は早かった。仲間に目で合図を送り、自分は金属バットを片手に慎重な足取りで職員室のドアに忍び寄る。その後ろに木刀を持った冴子、モップの柄を握る麗、改造済みの釘打ち機を構えた平野コータがそれぞれ待機する。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……おい!? 職員室のドア開かねぇぞ!? クソッ!」

 

「や、やべぇよ……こんな逃げ場のない行き止まりで〈奴ら〉に襲われたらッ!」

 

「開かない? いいえ、そんなはずありません! ……もしかして、誰か中に立て籠っているんじゃ?」

 

「林先生っ! 職員室の鍵とか持ってないんですか!?」

 

「ねぇ海動君、そこにいる!? 私達です! 2年A組の二木敏美です! 林先生やみんなも一緒です! お願い、いるならここを開けてっ!」

 

「早く! 早く助けてよぉ!」

 

 孝達のすぐ前方で激しくドアを叩く音が聞こえてくる。と同時に何人かの助けを求める声も一緒に聞こえてくるが……

 

「その声、森田と今村か!? 俺だ、小室だ!」

 

「小室!? 小室か!? 俺だ、今村だ! 森田もいる! なぁ頼む! 俺達を助けてくれ!」

 

「俺達、途中まで海動の奴と一緒にいたんだ! そしたら海動に職員室に向かうように言われて──!」

 

 森田と今村がバリケードで固められたドアを挟んで孝に事情を説明する。その間にも孝はドアの前を塞ぐ椅子や机を退かそうとするが……

 

「ちょっ、ちょっと待ちなさいよ! まさか全員この中に入れるんじゃないでしょうね!?」

 

 すると、遅れてこちらにやって来た沙耶が信じられないとばかりに反発の声を上げた。

 

「冗談じゃないわッ! 今はまだ無事かもしれないけど、その中にもし噛まれてる奴がいたら、関係ないあたし達だって危険に巻き込まれるかもしれないのよ!?」

 

「うるさいッ! そんなことわかってるッ! それでも……ッ! それでも目の前で必死に助けを求める友達を見捨てられるほど、僕はまだ──“人間辞めてない”ッ!」

 

「孝……っ!」

 

 ……今までは麗と一緒に明の後ろに隠れるだけだったかもしれない。逃げる途中で麗を庇って永が感染し、「人間のまま殺してくれ」と苦しそうに頼まれたあの時……

 

 もしあの場に明がいれば、同級生を撲殺する事への恐怖感に怯えた孝と違って躊躇する事なく永の最期の願いを叶えてあげられたかもしれない。

 

 そうしたら永を〈奴ら〉にしてしまう事も、三人の男に挟まれて不安定に揺れ動く麗の気持ちをまた傷付けてしまう事だってなかったかもしれない。

 

(……なぁ? これでいいんだよな? 海動、永……)

 

 ここにきて感情を爆発させた孝の叫びに合わせ、職員室のバリケードは一時的に解かれた。すぐさまドアは開かれ、明によって導かれた6人の男女は素早く安全な室内へと雪崩れ込む。

 

「誰か感染している者はいるか?」

 

「はぁ、はぁ……い、いません。それより、あの……剣道部の毒島先輩ですよね……? 私達を保護してくれてありがとうございます!」

 

 冴子に聞かれ、智江が全員無事である事を感謝して伝える。その後ろでは孝、コータ、森田、今村の男性陣が再びバリケードを築いている最中だ。

 

 そんな彼らの交流を見守りながら、麗と沙耶は室内に設置された薄型テレビの電源を入れる。

 

「………」

 

「……明だったら、あの人なら絶対に助けてくれるって信じられるの。孝や永とは似てるようでまたどこか違う……うまく言えないけど、明はそういう不思議な気持ちにさせてくれるの」

 

「……海動のこと、好きなの?」

 

 いつしかジト目になっていた沙耶にそう訊かれ、平然を保っていたはずの麗の顔は見る見るうちに耳元まで真っ赤に染まってしまう。そして……

 

「……うん」

 

 恥ずかしい気持ちを抱きつつ、麗は恋する乙女の顔で静かに、しかしはっきりと頷いた。

 

「……はぁ……あたし、今すごく小室が可哀想に思えてるわ」

 

 明に対する麗の密かな想いを知った沙耶はやれやれと溜息を一つ吐き、呆れた口調で孝を同情するようにぽつり呟いた。

 

 

 

 

 

 ──同時刻、職員室などがある管理棟よりも危険な2年A組の教室に戻った明と美玖。誰もが羨む美男美女のコンビはそれぞれ新しく手に入れた武器で迫り来る〈奴ら〉の攻撃を回避し、適度に足払いを仕掛けながら血に濡れた殺人現場を駆け回っていた。

 

「た、卓造……っ!」

 

「だ、大丈夫……! この人達について行けばきっと助かるから!」

 

 先頭を歩く明と美玖の後ろには道中で偶然にも救出した数名の男女も引き連れている。彼らはどこからか持ち出した金属バットや刺又で〈奴ら〉に対抗していたようで、明としてもあのまま見過ごす事などできなかった。

 

「………」

 

「ねぇ、ちょっとぉ──アタシたち職員室に向かうんじゃなかったの?」

 

 そして血に濡れたバールを左手、同じく血で汚れたモップの柄を右手に装備した二刀流の夕樹美玖。彼女は明の隣を素早く通り抜けると同時に〈奴ら〉の頭や手足を的確に潰していく。

 

「ん? あぁ、そのつもりだったんだがな……」

 

 そして今……明は一つの難しい決断を迫られていた。本来であれば美玖と二人で教室を出て職員室に向かっていれば良かったのだが、道中で大勢の〈奴ら〉と戦っていた生徒を拾った為、このまま職員室に全員で向かうとお土産の〈奴ら〉まで一緒に誘き寄せてしまう事になる。

 

 それでもこの人数程度なら事前に武器を揃えられたという事もあって、明でも何とかカバーできる範囲だが、今頃職員室で待機しているであろう静香や他の生存者もといったら確実に犠牲者を増やす事に繋がる。

 

「……失念してたな」

 

「海動?」

 

「ああいや……すまん。だいぶ昔、“先輩に似た女”から怒られた事を思い出してたんだ」

 

 儚げに呟き、生存者達の先頭を勇猛果敢に進む明はその後方で〈奴ら〉に襲われる美玖や他の生徒を守りながら再び思考に入る。

 

(……良かれと思って準備してきた行動も、裏を返せば結局自分が助かる為の偽善に過ぎないってわけか。なるほどなぁ……)

 

 心の中で苦々しく思いつつ、明はふと隣を歩く美玖の涼しげな横顔と、わざとらしく開けた胸の谷間に何気なく視線を送る。多少の返り血を浴びてはいるものの、まだ完全に腐った血臭と狂気に染まってない美玖を見て、明は誰にも気付かれないように唇を強く噛み締めた。

 

(……それでもだ。それでも俺はみんなを守ると誓った。あの地獄から這い上がり、地獄の底から生き返ってきた……今度は終わらせねぇ……俺は、俺達は人間として生き残ってみせるッ!)

 

 

 

 

 

 




本作における海動と原作主要キャラの関係について簡単に紹介。

小室孝→海動とは幼少期から付き合いがあり、弱気で臆病だった自分にとって頼れる兄貴分だった。今じゃ不良仲間兼悪友。幼馴染みの麗に片想いしている。
宮本麗→原作とは異なり、仲の良い孝や永とは一度も付き合ってない純粋な乙女。兄貴分な海動を慕い、孝や永の事で何かと相談しては助言されたり慰めてもらっている。自分にとってあまりに都合の良い海動に片想いしているが、孝や永の事もあってなかなか気持ちを言い出せずにいる。紫藤絡みの件は原作とほぼ同じ。
毒島冴子→海動との面識なし。原作と変わらない。
高城沙耶→原作とほぼ変わらない。海動に対しては何かしら知っているようだが……?
平野コータ→海動との面識なし。原作と変わらない。
鞠川静香→海動とは仲の良い話し相手兼保健室の先生と助手的な関係。同級生の男子とはどこか異なる海動の言動や仕草に時折ドキドキさせられる事も。何故だか海動を放っておけないお母さん的な気持ちを抱いているが、それが何かのかは自分にもわからない。
井豪永→原作と異なり、麗とは付き合ってない。とは言えずっと前から麗に片想いしているらしく、それが原因で麗を庇った際に噛まれ、〈奴ら〉の仲間になってしまった。

……ついでに。

希里ありす→海動との面識あり。自宅の隣が偶然にも今村の家という事あって、よく学校帰りに家の前を通る海動には両親共々昔からお世話になっている。
紫藤→海動との面識あり。海動を藤美学園始まって以来の最悪な問題児と思っており、麗が巻き込まれた留年騒動の一件以来、海動とは互いに敵対心を抱いている。それ以外は原作と変わらない。



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学園からの脱出

──いよいよ本作最初の地獄開始。

銃器を使わない海動のメイン武器も登場です。

なお、某笑顔が素敵な地獄公務員さんの出勤BGMは流れてませんのでまだセーフです(笑)

それはそうと美玖のキャラが今一掴めない……


 

「……そろそろ時間だ。残念だが、こちらとしてもこれ以上来るかもわからない人間を待つ事はできん」

 

 そう言って冴子は目を閉じたまま静かに席から立ち上がる。いよいよ出発の時が来た。

 

「そんな……」

 

「海動……」

 

「海動君……」

 

 職員室に集まった男子も女子もついに現れなかった明に対して思いを馳せるが、冴子の言う通り脱出への時間はもうあまり残されていない。

 

 ゾンビ映画同様のパンデミックが発生した際、最初の1日でまず何よりも重要視されるのは安全な拠点の速やかな確保である。とくに発生タイミングが日中だった場合、太陽が沈む前には最低その日だけでも過ごせる拠点を見つけておかなければならない。

 

 生存者全員分の武器や食糧、衣服に日用品などの確保は最初の1日を過ぎた後からでも充分可能だが、拠点探しだけはどうにもならない問題である。先程から冴子が何度も職員室に置かれた時計を見て脱出の時間を気にするのはそういった事情が含まれる。

 

「──先程話し合った通り、家族の無事を確認した後どこに逃げ込むかが重要だな。海動君の事を言うわけではないが……ともかく好き勝手に動いては生き残れまい」

 

 この時点で冴子は既に頭を切り替え、現状のチームで脱出に向けて動き始めようと企てていた。そしてそれはつまり……海動明と夕樹美玖の両名が既に〈奴ら〉に襲われて死亡したものと考えられていた。

 

 孝達の間に沈痛な空気が広がる中、脱出への準備を各々終えた一同は築き上げられたバリケード前のドアに集まる。

 

「よし──みんな、行くぞ!!」

 

 ──今、藤美学園脱出への最終カウントダウンが始まった。

 

 

 

 

 

 その一方、海動明の集団は職員室のある管理棟ではなく教室棟から一階の正面玄関へと向かっていた。

 

 明も途中で孝や森田、今村の携帯電話に何度か連絡を入れたのだが、今が緊急時だからか案の定誰とも繋がらなかった。

 

 ならばと考え、明は先に自分達で正面玄関に行く事を決めた。マイクロバスのキーがなければ運転して脱出する事は叶わないが、窓を割って強引に車内へと避難──マイクロバスのキーが届くまで籠城する事は一応可能だ。

 

 その後で管理棟二階に位置する職員室の窓から見えるような方法で鞠川先生達をこちらに気付かせれば、恐らく駐車場に向かってくるに違いない。明は当初の思惑よりだいぶ危険性の高いやり方になってしまった事を悔やむが、それだけ予想外に生存者の数が多かったのだ。

 

(嬉しい誤算ってやつか。だが俺の脱出手段は生存者が少なければ少ないほど立ち回りやすいものだからな……ちっ、難儀なもんだぜ)

 

 自嘲気味に内心呟き、明は正面玄関まで無事に美玖や他の生徒と共にやって来た。

 

「……〈奴ら〉が入口を塞いでやがるな。おまけに数も多い」

 

「どうするの? やっぱりアンタが直接行って一人ずつ片付けていく?」

 

「……まぁ、それが一番手っ取り早いだろうな。それじゃあ夕樹先輩は他の奴らと一緒にここで隠れて待機しててくれ」

 

 とりあえず〈奴ら〉にバレないよう下駄箱に素早く身を潜め、慎重に玄関入口の方を覗き見る明。その隣ではバールを持った美玖が何かと豊満な胸元を押し付けるように密着してくる。

 

「へぇ、ホントに行っちゃうんだぁ。アタシ冗談で言ったつもりなのにぃ。ん……ねぇ、海動ぅ? 聞く意味ないと思うけどぉ……ここで死んだりしないわよねぇ?」

 

「はっはっは、そりゃ面白い──まぁ見てろ。人間はただ逃げるだけじゃねぇって事を〈奴ら〉に叩き込んでやらねぇとな」

 

 先輩の美玖から言われた無理難題をまるで簡単だとばかりに応える明。それこそまるで、「これから一仕事してくる」とでも言うような態度で凶悪な笑顔を浮かべている。

 

「アハッ♪ 今の海動、気持ちいいくらいに“イイ顔”してるわよ? ゾンビ殺すの楽しくなってきちゃった感じ?」

 

「はっ、言ってろ。そういう先輩もさっきから口元えらい緩んでるぜ? ──じゃあな、イイ子で待ってろよ」

 

「あん、もう……すぐそうやってはぐらかすぅ。ほんっと意地悪なんだから……♪」

 

 普段人前で見せないようなニヤニヤと気味の悪い笑顔で見送る美玖に対して背を向ける明。2年A組の教室に残していた自分のバッグから回収してきた新しい武器──ゲーターマチェット、タクティカルトマホークアックスの二つを携え、音もなく〈奴ら〉の集まる方向へと向かって進む。

 

「さてっと……最近めっきり運動してなかったからな……ちょうどいい。ここいらで俺の活躍も見せとかねぇと……なぁッ!!」

 

 海動明──袖を通さずに両肩から羽織っただけの黒い学ランを風に靡かせ、夥しい鮮血に染まった二刀の得物を構えたその美しき闇の姿──まさしく狩りに飢えた鬼か悪魔か。

 

 いま──本当の地獄が始まる。

 

 

 

 

 

 ──不気味なほどに静まり返る薄暗い正面玄関。そんな極度の緊張感と恐怖心に耐えられなくなったのか、美玖の後ろに固まっていた生徒達が静かにざわめき出した。

 

「ね、ねぇ……あの人本当に行かせて大丈夫なの……!?」

 

「そ、そうだよ……! たしかにあの人がめちゃくちゃ強いってのはさっきまでの戦いを見てわかったけど……それでも今度は一人で行くなんて無謀すぎる!」

 

 生徒達の不安げな主張は至極当然だった。いくら武器があるからと言って、たった一人で正面玄関を徘徊する大勢の〈奴ら〉を全滅させるなど到底人間にできるはずもない。

 

「あっはははは! ──くだらない。アンタ達、そんなに怯えなくたって大丈夫よ?」

 

 そう……それは海動明が“普通の人間”であれば、の話である。

 

「“アレ”を見ちゃえばアタシみたいに今の状況がすごく“馬鹿らしく”思えちゃうから──フフッ♪ だって海動にはあんな連中いくら襲い掛かって来ようが全部“無駄”なんだから──フフフ♪ ねぇ?」

 

 まるでこの状況が楽しくて仕方ないと言わんばかりの狂気に満ちた“イイ笑顔”で、美玖の口元がニタァ……と邪悪に歪んだ。

 

 

 

 

 

 職員室を出た孝達が階段を降りて一階の正面玄関に到着しようかという頃、生存者全員で駐車場に向かう為にたった一人で先陣を切った明は校舎の外で迫り来る大量の〈奴ら〉に取り囲まれていた。

 

「チッ。次から次へと来やがって……これじゃタバコ吸う暇もねぇな」

 

 その中心で真っ赤な血を滴らせた黒のゲーターマチェット、黒のタクティカルトマホークアックスを武器にポーズを取った明は正面玄関から背を向ける形で敵対する〈奴ら〉を鋭く睨み付ける。

 

『ぅ……あぁ……ぁ、ぁ……』

 

 自分の腹部から零れ落ちる臓器をブチブチと踏み潰しながら歩くもの、抜け落ちた眼球を宙に揺らして歩くもの、片腕を千切られたように無くしたもの──

 

 少し前は彼らも普通に生きていただろう……だが、今はもう見るに堪えない醜悪な化け物へと成り果てた。

 

 明の眼前を〈奴ら〉の群れがゆらゆらと進んでいく……友や先輩、あるいは教師に喰われて死んで逝った彼らの為にも、明は今一度二刀の武器を構え修羅となる。

 

「……お前らはもう人間じゃなくなった“醜い獣”と同じだ……遠慮はしねぇ、ちょっとばかし手荒にいくぜッ!」

 

 ──咆哮、そして豹変。明らかに普通の“人間がしていい顔”じゃなくなった明は残忍且つ凶悪な面構えで学ランを宛らマントのように勇ましく翻す。

 

 続けて豪快な破裂音を鳴らして砕け散った〈奴ら〉の肉片や血飛沫が次々と舞い散り、正門前は鮮血の雨が降り注ぐ地獄の戦場と化した。

 

 

 

 

 

 ──海動明による地獄開始から数分後、生き残る為にチームを組んだ孝一行の大集団は正面玄関へと辿り着いた。

 

「あっ──ねぇ、あれを見て!」

 

 麗が咄嗟に指差した先には、下駄箱に身を潜める数人の生徒の姿が。

 

 その中には明と一緒に行動していたはずの夕樹美玖の姿も確認でき、一行の間で歓喜と悲嘆の声が湧き上がった。

 

「生きていたようだな」

 

 ……と、暇を持て余していた美玖のもとに木刀を手にした冴子が歩み寄る。この二人は同じ3年A組の生徒であり、当然認識はあった。

 

「あら、誰かと思えば……毒島、アンタいつから後輩の面倒見るようになったの? そんなお節介キャラじゃないでしょうに」

 

「フッ……そう言う君こそ、随分海動君とやらにご執心のようだが?」

 

「言い方うっざぁ。アンタほんとヤなヤツよねぇ」

 

 美玖のツンとした挨拶に冴子もまた笑みを浮かべて言い返す。二人の仲は普段そこまで良くないが、こういう時くらいは水に流した方がいい。それは緊急時故にお互い理解している事でもある。

 

 だからこそ冴子は嫌われていると知りながら美玖に向かってそっと手を差し伸ばし、自分の主張を真面目に伝える。

 

「協力……してくれるね?」

 

「はぁ? 誰がアンタなんかに……このアタシに気安く命令しないでくれる? まぁ、そうねぇ……どうしてもって言うのなら考えてあげてもいいけどぉ?」

 

 嫌味っぽく言いつつ冴子からの握手を払い除けた美玖。口ではやだやだと不満を漏らしつつ、一緒に待機していた後輩達を引き連れて下駄箱に身を潜めた孝達のチームに然り気無く加わるのだった。

 

 その様子を見逃さなかった冴子がどこか嬉しそうに微笑んで呟く。

 

「夕樹……フッ。君は変わったよ」

 

 

 

 

 

「僕らは学校から逃げ出す。一階に来るか?」

 

 孝からの誘いに残っていた生徒達は頷き、また一つ脱出に向けたチームはその規模を増す。

 

「ところで誰か、2年A組の海動を知らないか? 夕樹先輩がここにいるなら一緒にいた海動も生きているはず──」

 

「あ、あの人は……なぁ?」

 

「あ、ああ。だって……なぁ?」

 

 孝から問い掛けられると、明に助けられた名前も知らない生徒達は完全に血の気が引いた青ざめた顔を見合せ、それぞれ意味深に唇を震わせる。

 

 ──その時、正面玄関より向こう側の方角から荒々しい戦闘音が。直後に〈奴ら〉と思わしき無数の呻き声が絶叫、正面玄関にまで鳴り響いた。

 

「「「「「!?」」」」」

 

 ……はっきりと、この場にいる生存者全員の耳に届いた。正門前の広場で今、“誰か”が大勢の〈奴ら〉に襲われている。

 

「な、なんだ? いったい外で何が起きてるんだ?」

 

「おい、何だかヤバくねぇか……?」

 

 遅れてやって来た孝達の頬を嫌な冷や汗が伝う。見れば明に助けられたという生徒達は“始まった”と言わんばかりに引きつった笑顔を浮かべている。

 

 唯一他の生徒と違うのは美玖だ。この場にいる者の中で彼女だけは武器にした血濡れのバールを手に、まるで堪え切れないという様子で腹を抱えて小さく震えていた。

 

「な、何がおかしいんですか……?」

 

 先程から不気味に鳴り響く激しい破裂音やら衝撃音の出どころが気になって仕方ないのだろう。モップの柄を手にした麗が様子のおかしい美玖にすぐさま歩み寄って訊ねる。

 

 すると彼女はニタァと笑い、麗の眼前で心底楽しそうに言い放つ。

 

「わからない? 退屈だった世界が突然終わって、新しい地獄が突然始まったのよ」

 

「地獄? まさか──明がここにいないのと何か関係があるっていうの!?」

 

 ……言われたところで麗や孝達には何の事かもわからない。その間にも正面玄関の窓ガラスにビシャァッ!!というグロテスクな音が短く響き、大量の血飛沫で窓ガラスが所々赤く染まっていく。

 

「ひっ……!」

 

 美玖を通してその残虐な光景を目の当たりにしてしまった麗の身体がビクンッと無意識に泣き震え、女子高生らしい彼女の純白のショーツにじわりとエッチな染みを一つ増やした。

 

(あ……いま私……やだ……)

 

 不幸中の幸いか、普段よりホラー耐性のない彼女が恐怖心のあまり少し漏らしてしまった事はまだ他の誰にも気付かれていない様子。人前で恥ずかしい思いをした麗は目の前に立つ美玖や孝達に悟られないよう下腹部に軽く視線を落としつつ、可愛らしく頬を赤く染めてはゆっくりとスカートの中に自らの手を伸ばし、濡れてしまったショーツの染みを隠そうとする素振りを見せる。

 

 その一方で、麗の恥態に気付いてない様子の美玖は高まるテンションを隠そうとせずに興奮した口調で続ける。

 

「そう、地獄──アンタ達も“人間として”生きているんだったら感じるでしょう? 身体が燃え上がるくらいに興奮して頭くらくらしちゃうほど気持ちよくなれる最ッ高の刺激と快感♪ ──と言ってもアタシ達は“地獄の生き餌”なんかじゃないわ」

 

 ──地獄。それはきっと人間ではなく、〈奴ら〉にとっての──

 

 今まで以上に悪そうな顔付きをした美玖が囁いた最後の一言……それは直後に聞こえたおぞましいほどの断末魔によって小さく掻き消された。

 

「な、何が起きているんだよッ?」

 

「か、海動君……ひょっとして襲われているんじゃ……」

 

「状況が掴めん。この中の誰かが直接外に出て確かめるしかあるまい」

 

 先程から続く怪奇現象に訳もわからず混乱する孝達を見て冴子が口を開く。

 

 確かめる……口で言うなら簡単だ。しかし問題は“誰が”ということ。冴子の一言で高まる緊張感と恐怖感を前に、その場にいる全員が行きたくないとばかりに押し黙ってしまう。

 

「……僕が行くよ」

 

 そんな状態が数秒ほど続いた後、悩んだ末に孝が切り出した。

 

「そんな……!? ダ、ダメよ! 孝が行くくらいなら私だって──!」

 

「ならば私が先に出た方がいいな」

 

「あ~くそっ! こうなったら俺達も行くぜ!?」

 

「そうだぜ! 森田や俺だってやる時はやる不良の男だ! だいたい、小室と海動ばかりに良い格好させられるかよ!」

 

 すると孝の発言を聞いて麗や冴子、森田に今村までもが明の生存確認に向かうと言い出すが、それでは結局全員で行くのと変わらない。

 

 このまま誰が外に行くかで揉め合っていると、緊張気味に顔を強張らせた静香が恐る恐る自分の意見を提案した。

 

「ね、ねぇ……だったらこういうのはどう? 正門前で〈奴ら〉と戦っている海動君を救出に行く班、駐車場まで走ってマイクロバスを手に入れる班の2つにチームを分けるっていうのは──」

 

「「「「「!?」」」」」

 

 その言葉に驚いたのか、思わず口を閉じる一同。普段は見た目のイメージ通りにのんびりとした雰囲気を纏った彼女の口から、まさかそのようなまともな考えを言われるとは思ってもいなかったのだろう。

 

「あ、あのぅ……私、もしかして変なこと言っちゃった……?」

 

 静まり返る一同。そして……

 

「そうか! その手があったのか!」

 

「鞠川先生すごい!」

 

 先程の微妙な空気から一転。孝を始めとした生徒達は静香の提案に賛同の声を次々に上げる。言い出した本人は若干首を傾げながら褒められる事に困惑していたが……

 

「なるほど……我々で学校から脱出するのと同時に、今後必要になってくるであろう海動君と移動手段を纏めて手に入れようというわけだな?」

 

 これには冴子も納得の表情で頷き、鋭い目付きで他の生徒達を見渡す。だが一人一人に答えを聞く必要などない。

 

「──では諸君! 行くとしよう!」

 

 学園からの脱出という命懸けの行動を目前に控え、全員の心は一つに纏まった。

 

 




ここで作者からお知らせです。

今日明日はリアルの方で外せない用事がありますので、執筆の方は1日お休みさせて頂きますm(_ _)m

本日分の投稿は事前に予約してましたので大丈夫ですが、明日もちゃんと投稿できるか未定です。

時間見つけて筆が乗ればとだけ……それでは! 


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マイクロバスに乗って

お待たせしました。最新話です!

それと急に本作へのアクセス数が一時すごい事になってたのでびっくりしたのですが……どうやら知らないうちにランキングに入っていたようです(^_^;)

たくさんの評価や感想ありがとうございます!


 

 藤美学園脱出に向けた2つのチームは短い時間の中ですんなりと決まった。

 

 まずは正門前で大勢の〈奴ら〉と無謀にも戦い続ける海動明に加勢及び救出するチームだが、これには各々武器を手にする小室孝、宮本麗、夕樹美玖、毒島冴子、有瀬智江、今村隼人、そして数名の生徒が自らの意思で出願。

 

 その一方で正門前と距離的に近い駐車場に残されたマイクロバスを確保しに行くチーム。こちらは職員室で手に入れたキーを所有し、尚且つ軽自動車の運転免許を持つ鞠川静香を筆頭にチーム護衛役の平野コータ、武器を持たない高城沙耶、一条美鈴、二木敏美、森田駿、林京子、その他生徒達で一気に突入する手筈となった。

 

「最後に確認しておくぞ。海動君の助太刀に行くとは言え無理に戦う必要はない。避けられる時は避けろ! 転がすだけでもいい!」

 

「連中、音にだけは敏感よ! それから普通のドアなら破るぐらいの腕力があるから掴まれたら喰われるわ! 気をつけて!」

 

 冴子と沙耶が最後の意思通達を行う。藤美学園を脱出したら今ここにいる面々は2台のマイクロバスに分かれて走行する事になるのだ。

 

 都市部に続く道路の混み具合によっては途中でやむを得ず別行動しなければならない事もあるだろう。そこに未来への不安もあるが、今は誰も表に出さず協力し合って困難に立ち上がろうとしている。

 

 そう──人間はいつだって強いのだ。

 

「走れ!!」

 

 金属バットを構えた孝の合図で二手に別れたチームが行動を開始する。

 

 全員で正面玄関から飛び出すと、武器を持つ孝達はそのまま正門前に、静香とその他生徒は外側から回り込む形で駐車場に急ぐ。

 

「──いたッ!? 海動!」

 

 そして孝達は見た。否、見てしまった。

 

「「「「「──えっ?」」」」」

 

 勇気を出していざ外に来ると、あれだけ大勢いたはずの〈奴ら〉があちこちで血を噴き出したまま動かなくなっているではないか。

 

 その凄惨な戦場の中心に怪我一つ負った様子のない明が夥しい血飛沫を浴びて立っている。

 

 そこに孝達がやって来ると、まだ明の殲滅対象に入ってなかった〈奴ら〉の生き残りは先程までの怠慢な動作が嘘だったように、すぐ目の前にいる明を“何故か”無視して孝達の方へと一斉に襲い掛かって来た。

 

「!? みんな、来るぞ!!」

 

 孝達はそれぞれ武器を持って〈奴ら〉の襲撃に身構える……が、しかし。

 

「危ないから下がれ! そいつらの相手は俺がやる!」

 

 それよりも早く動いた明は手にしたタクティカルトマホークアックスを宛らブーメランのように勢いよく投げて〈奴ら〉1体の頭に突き刺し、もう片方の手に握られたゲーターマチェットで孝達に向かう〈奴ら〉の首を次々と斬り裂いてはあっという間に殲滅していく。

 

 その中で〈奴ら〉の返り血を浴びている明は楽しそうに凶悪な笑顔を浮かべていた。

 

「「「「「っ……!?」」」」」

 

 全員が明に対して明確な恐怖を抱く中、既に明と行動を共にしていた美玖だけはギラギラとした狂気の眼差しで明を恍惚に見つめ、ようやく一息吐いた明へと歩み寄って声を投げ掛ける。

 

「お疲れ海動。アンタにしてはちょっと時間掛かったんじゃない?」

 

「美玖! それにお前らも!」

 

 孝達の姿に気付いた明がいつも通りの軽い口調で笑いつつ歩み寄る。

 

「それはそうと、ねぇ海動ぅ? アンタいつからアタシを名前で呼び捨てするようになったの? アタシ達まだそんな関係じゃないでしょう?」

 

「おっと……すまん。昔の癖が抜けなくってな……他人の空似だ。忘れてくれ」

 

 言いつつトマホークが顔面に突き刺さったまま停止した〈奴ら〉の頭部からそれをブチィっと引き抜く。と同時に孝達の見ている前で動かなくなった死体を邪魔だとばかりに蹴り倒す。

 

「こんなもんか──おっ、そこのお前。悪いがそのタオル貸してくれないか? 少し顔を拭きたいんだ」

 

「えっ? あ、はい、どうぞ……」

 

「すまん、助かる。それとひとつ言わせてもらうとだ。タオルを首から下げるのはやめときな。〈奴ら〉に掴まれ易くなって危険だ」

 

「は、はぁ……」

 

 言いつつ卓造という名の男子生徒が首に下げていた白いタオルを借りると、明は血に汚れた顔を気持ちよさそうに拭き始める。と、そこに……

 

「──待ってくれぇっ!!」

 

 正面玄関の方からスーツを着た若い眼鏡の男が何人かの生徒と一緒に走って来るではないか。しかも校舎内にまだ残っていた大量の〈奴ら〉まで引き連れて来るという最悪なオマケ付きで。

 

「誰だ?」

 

「あれは……3年A組の紫藤だな。私や夕樹の担任だ」

 

 先頭を走るその男の事を知らなかった孝に冴子が簡単に説明する。

 

「紫藤……」

 

「ちっ……ここにきて一番面倒なのが残ってやがったか」

 

 紫藤と呼ばれた男の姿を見て何やら険しく表情を変えた麗。タオルで顔を拭いていた明は舌打ちし、夥しい血が付着したゲーターマチェットとトマホークを再び構える。

 

「お前らも鞠川先生達を追ってマイクロバスに乗ってろ。俺はまだやらなきゃならねぇ仕事がある」

 

 そう言うと、怖い顔をした明はゆっくりと紫藤達のもとに歩き始める。不良らしくボタンを全開にした学ランを風に靡かせ歩くその後ろ姿からは、どこか死地に飛び込んでいく黒い戦士を思わせた。

 

「そんな!? 海動君はどうするんですか!?」

 

「そうよ明! まさか……囮になって〈奴ら〉と一人で戦う気じゃないでしょうね!?」

 

 静かに去っていくその後ろ姿に不安とも取れる“恐ろしい何か”を察知したのか、血の気が引いて怯えた様子の智江や麗が必死に彼を呼び止めようと叫ぶ。

 

 しかし明はただ無言でクールな笑みをひとつ浮かべただけ。

 

 大丈夫だ、心配するな──その背中が語っていた。

 

 

 

 

 

 遅れてやって来た紫藤達を救出する為、自分を囮にしようとする明。麗や智江は未だに納得できない様子だったが、生存者を出来る限り救出したい孝としてはこのまま立ち止まっている訳にもいかない。

 

「……行こう、みんな」

 

 孝が静かな口調で呟く。その真剣な表情には強い覚悟が表れていた。

 

「そんな!? でも……ッ!」

 

「海動が大丈夫って言ってるんだ! さっきの戦いを見ただろう!? 僕達は先にマイクロバスに乗っていた方がいい!」

 

 大丈夫、必ず生きて帰って来るから……周りの仲間に、何より自分に強く言い聞かせる。孝は麗や智江を落ち着かせ、明の去った方へと一度も振り返る事なく全員で駐車場を目指して走り出す。

 

「うわ……ッ! ぎゃああああああ!!」

 

「あ、あぁ……! ひぃぎいいぃ!!」

 

 それでも駐車場を目指す道中、何人かの生徒は紫藤達が連れて来た〈奴ら〉の集団に掴まれてしまう。

 

「卓造!? 卓造ぉぉぉぉぉっ!!」

 

「うわあああああああっ!!」

 

 愛する恋人や友達が見ている目の前で無惨にも喰われては次々と脱落していく生徒達。走っても走っても〈奴ら〉は執拗に生きている人間をターゲットに追い掛け、乱暴に襲っていく。そして、また一人の生徒が犠牲に……

 

「………」

 

 ある日突然このような形で世界が終わりを迎え、理不尽に奪われていく沢山の弱き命を見せられ、運良く感染を免れた人間は生きる事に疲れてしまったのだろうか。

 

「これが……海動君が言っていたこの世の地獄ってやつなのかしら……」

 

 明と合流していた孝達より先にマイクロバスに到着していた静香は運転席に座って悲しげにぽつり呟く。

 

「ほんの少し前まで、みんな普通に過ごして生きていたのに……」

 

 運転席の窓ガラス越しに広がる〈奴ら〉の醜悪な光景を見せられ、打ち疲れた暗い表情の静香は全てが終わった世界にはこのような絶望の未来しか残されていないのかと嘆いてしまう。

 

 ならば逸そ“用意された死”を受け入れ、ここで愛する人達と最期まで添い遂げてしまった方が楽なのかもしれない、と……

 

「急げ! 急げ!」

 

「小室君! 急げ! いつまでも支えられんぞ!」

 

「毒島先輩が先に! 麗、どこだ!? 麗!?」

 

 ここで静香チームと合流を果たした孝達も駐車場に停められていたマイクロバスに乗り込んでいく。ところが麗だけはなかなかマイクロバスに乗ろうとせず、ドアの近くで明の方を心配そうに見据えていた。

 

「麗! 急げ!」

 

「もう出せるわよ! 乗って!」

 

 孝や静香はマイクロバスに早く乗るように叫ぶが、どういうわけか麗は黙って首を横に振った。

 

「……ごめん。孝……私、明がちゃんと来るまでここで待ってる」

 

「なっ!? 麗!? 何を言ってるんだ!」

 

「だってッ! 私達には明が必要だものッ! それに私には……私には明がいてくれなきゃダメなの……ッ!」

 

「っ……! そんな……麗……っ!」

 

 そう言って涙を見せつつ明を待ち続ける麗の姿を見て、孝は彼女の胸に秘められていた本当の気持ちを察してしまったのだろう。

 

 孝はマイクロバスの車内で握られた拳を悔しげに震わせ、麗の名前を弱々しく呟く。しかし彼女からの返事は来ず、孝は子供の頃あれだけ好きだと言ってくれた幼馴染みとの心の距離感が擦れ違ってしまったと感じずにはいられないのだった。

 

 

 

 

 

 一方その頃、最後尾を走る紫藤達を守りながら明もまたマイクロバスへと向かっていた。

 

(まずいな……ここにきて武器の切れ味が落ちてきやがった。まだだいぶ〈奴ら〉も残ってるってのに……ちっ!)

 

「皆さん急いで! 絶対に助かりますよ!」

 

「はい! 先生!」

 

 手慣れた仕草で〈奴ら〉を足払いしていく明に護衛された紫藤含む残りの生存者。彼らのすぐ後ろまで迫り来る〈奴ら〉に追い掛けられながらも、誰一人欠ける事なく紫藤達はマイクロバスへ我先にと駆け込んでいく。

 

「行けるわ!」

 

「もう少し待ってください! 麗と海動がまだ──!」

 

「前にも来てる! 集まり過ぎると動かせなくなる!」

 

 ……現状これでマイクロバスに到着していないのは明のみ。開かれたドアの前で辛抱強く立っていた麗が必死に手を伸ばして明の名前を呼ぶ。

 

「明! こっちにきてぇっ!!」

 

「くっ……間に合えぇぇぇっ!!」

 

 珍しく余裕のない表情で汗を流す明。ドアの前で待ち続けていた麗をその場に押し倒す勢いで二人は揃って車内に倒れ伏す。

 

「これ以上はもう無理! 行きます!」

 

 運転席でハンドルを握った静香がマイクロバスのアクセルを力強く踏み込んだのはその直後の事だった。あと僅かでも車内に突っ込むタイミングが遅れていたら、明と麗は間に合わず〈奴ら〉の餌食となっていただろう。

 

「もう人間じゃない……人間じゃない!!」

 

 言い聞かせ、人間から〈奴ら〉へと成り果てたかつての生徒を次々に轢いていく運転席の静香。マイクロバスで藤美学園を脱出する事に成功した彼らに待ち受けるもの……それが何なのかはまだわからない。

 

 




これで第1章【藤美学園】は完結です。

次回から始まる第2章【海動邸】はもう少し早めの更新になると思いますのでお楽しみに。

それと海動のヒロインの件ですが、今のところ原作の小室組から麗と鞠川先生が外れそうな予感。

人数減っても原作組だし何とかなる……かな?(^_^;)


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第2章 マイクロバス
不穏なドライブ


お待たせしました!最新話です!

今話はそれまで描写的に書けなくて薄い印象だった美少女・美女達が海動にアピールしようとヒロインレース参加を決意する回(えっ

もちろん紫藤も出てきますよ!(笑)


 

 一台のマイクロバスが一軒のコンビニの前を通り過ぎていく。

 

 昼過ぎに藤美学園を脱出した一行は現在、満員になったマイクロバスを運転する静香に行き先を任せ、出来る限り車の少ない道路を走っていた。

 

「………」

 

 ほとんどの人間が疲れ切った表情で座席に着く。何人かの生徒は先行き不安な未来に祈りを捧げ、また別の生徒は挙動不審に窓の景色ばかりを眺めている。

 

 そんな重苦しい沈黙に耐えられなかったのだろう。短い髪を金色に染めた不良らしき印象の男子生徒が突然席から立ち上がって苛立ち気味に口を開いた。

 

「だいたいよぉ!! なんで俺らまで小室や海動達に付き合わなけりゃいけないんだ? お前ら勝手に街へ戻るって決めただけじゃんか! 寮とか学校の中で安全な場所を探せばよかったんじゃないのか!?」

 

「そ、そうだよ……このまま進んでも危ないだけだよ……どこかに立て籠った方がいいと思う……さっきのコンビニとか……」

 

 一人の反発に便乗し、今度は根暗そうな黒髪の男子が先程通過したコンビニに戻った方がいいとまで言い出す始末。危険度の高かった藤美学園からの脱出には無事成功したとは言え、前途多難なドライブは今も続いていた。

 

「やめておけ」

 

 そんな中、席に座った冴子が木刀に付着した血を拭き取るのに使っていた布を貸してもらい、自分の武器を綺麗に磨いていた明がクールに言い放つ。

 

「パンデミック発生からもうだいぶ時間も経った。今更コンビニに戻ったところで確実に食糧が手に入る保証はねぇ。ましてやこれだけの人数が乗ってんだ……意見の食い違いはそれこそ仲間割れに繋がる」

 

 明の冷静な言葉に全員の視線が集中する中、やはり苛立ちを隠せない不良が負けじと反発する。

 

「っ……海動ぉ! そんなのてめえ一人の意見じゃんかよぉ! 今からだって遅くない! それに俺はなぁ……」

 

 不良が言い返そうと口を開いた時、唐突にマイクロバスの動きが急ブレーキと同時に停まった。

 

「もういい加減にしてよ! こんなんじゃ運転なんか出来ない!」

 

「っ……!」

 

「ほら見ろ、鞠川先生を怒らせたじゃねぇか。運転中は大人しく座ってろ」

 

「……くそっ!」

 

 どこまでも静かな態度の明とは対象に、明らかに苛立った口調の静香にまで激しく叱られてしまい、不良はその場で立ち尽くしてしまう。

 

「だいたい俺はなぁ、海動……昔からてめえのことが気にいらねーんだよ! なんなんだ偉そうにしやがって! 不良のくせにこんな奴らと仲良くしやがって!」

 

「……聞こえなかったのか? “座ってろ”──そう言ったはずだぞ?」

 

 ここにきて明の声のトーンが微妙に変わった。だがこれくらいでは苛立ちが収まらないのか、不良はこれまでの鬱憤を晴らすように明の眼前で更に言い続ける。

 

「てめえ忘れたとは言わせねーぞ! 俺がゲーセンで先輩達と一緒に楽しいことしようとしてた時に邪魔してきただろーが!」

 

「ゲーセン? ……あぁ、誰かと思えば」

 

 呟き、ようやく武器を綺麗に拭き終えた明が冷たく嗤った。その直後、明と不良の話を間近の席で聞いていた美鈴と敏美は二人揃って肩をビクッと震わせる。

 

(海動君……“あの時”の事ちゃんと覚えてくれてるんだ……何だか嬉しい)

 

 美鈴の隣に座る敏美は座席の物陰から控え目に顔を出して前方斜めに座る明を見つめる。

 

「俺はてめえのせいであれから先輩達に見捨てられたんだよ! 憧れだった美玖先輩にまで相手にされなくなって……この気持ちがてめえにわかるか海動!?」

 

「知らねぇよ。だがまぁ、寧ろ良かったんじゃねぇか? “その程度のお仲間たち”とすっぱり縁切れてよ」

 

「んなっ!?」

 

「それと悪いがこっちは疲れてんだ。こういう時くらい休ませてくれよ」

 

 言いつつ明は溜息を漏らす。と同時に学ランの内ポケットからタバコ型砂糖菓子『シガレット』のココア味ケースを取り出し、本物宛らの手慣れた仕草で口元に一本咥えて一息吐く。

 

「ふぅ……やっぱ俺には甘ぇや」

 

「あっ……(あのお菓子、私と海動君の……)」

 

 その様子をしっかりと自分の席から覗き見ていた敏美。彼女は明が何気なく懐から取り出した新品のココアシガレットケースに何か心当たりでもあったのだろう。

 

(ごめんね美鈴……けど私、やっぱり言いたいよ……“あの時”に言えなかったこの気持ち……海動君……っ)

 

 隣に座る美鈴や周りの人には気付かれないよう、不自然なほど顔を赤らめた敏美はぽろぽろと透き通った嬉し涙の粒をこっそりと流し始めるのだった。

 

 

 

 

 

 ──そして。

 

「──やはり、我々にはリーダーが必要のようですね」

 

 明達のやり取りを一番後ろの座席で黙って聞いていた紫藤が不意に立ち上がった。

 

「こうして争いが起きるのは私の意見の証明にもなっています。海動君、あなたもそう思いませんか?」

 

 宛ら演説でもするように車内の生徒を見渡し、紫藤は人の良さそうな笑顔で明に声を掛ける。

 

「リーダーか……たしかに悪くない」

 

 シガレットを一本咥えたまま座席に着く明も紫藤の意見に賛同する。しかしその“赤い目”だけは眼前の紫藤に対して明確な敵意を覗かせていた。

 

「……で、候補者はあんた一人か?」

 

「フフフ、何を今更……海動君、私は教師ですよ? そして皆さんは学生です。それだけでも資格の有無ははっきりしています」

 

 当然とばかりに紫藤がリーダーに立候補する。紫藤と共に逃げてきた一部の生徒を除き、ほとんどの生徒に紫藤への不満や不信感が募り始める。

 

「それなら──私も教師として、この子達を守るリーダーに立候補する資格があるということですね!?」

 

 そんな最悪な空気の中、藤美学園脱出の時から明に頼まれて2年A組メンバーを陰で引率してきた担任である林京子が控え目に立ち上がった。

 

 これには周りの生徒や紫藤も多少驚きの表情を見せていたが、確かに紫藤の言葉を借りるならば教師の京子もリーダーに立候補する資格がある事になる。

 

「林先生……えぇ、もちろん! 林先生も私と同じ教師ですから当然その権利があるでしょう」

 

 思わぬ形でリーダーになるという野望に邪魔が入った紫藤は内心邪悪な感情を表しつつも、すぐにいつもの笑顔を作って京子の立候補を喜んで認めた。

 

「どうですか、皆さん? 私と林先生……問題が起きないように手を打てる絶対的なリーダーに相応しいのはどちらか……ここは日本らしく多数決で決めましょう」

 

 ここにきて紫藤の強引な提案でチームのリーダーは生徒全員の多数決で決まる事に。一対一で行われるリーダー対決の結果、意外な事に生徒達の意見は真っ二つに別れる形となってしまった。

 

 反紫藤派の麗や沙耶、コータといった2年B組、そして京子と長らく行動していた2年A組の生徒はほぼ全員が京子をリーダーに選んだ。

 

 しかし多数決で決める際に両者に拍手をしなかった者も少なからずいる。

 

 運転席でマイクロバスを走らせている保険医の静香、3年A組であり紫藤の教え子でもある冴子と美玖。そして目を閉じたままシガレットを味わっている明だけがどちらにも手を上げなかったのだ。

 

「おやおや……これは困った事になりましたね。毒島さん、夕樹さん、あなた達にも投票する権利はあるんですよ?」

 

「海動君! どうして私達を選んでくれないのですか!?」

 

 紫藤と京子が静香以外の三人に理由を求めると、むちっとした健康的な白い太股を強調するようにわざと足を組んで座っていた美玖がだらだらした態度で口を開いた。

 

「ん~、そうは言うけどぉ……正直どっちがリーダーになってもアタシには関係ないしぃ……アタシはより確実に生き残れるって思える人についてくだけだから……ごめんね?」

 

「なっ!?」

 

 美玖の予想外の発言に紫藤と京子だけでなく、周囲の生徒までもがざわめく。すると美玖に続いて明が静かに口を開く。

 

「……そういうことだ。リーダーってのは資格だとか大人子供だとか、多数決で決めるもんじゃねぇ。そいつの頑張り次第でいつしかみんなの中で自然と決まっているもんなのさ」

 

 明の理由を聞いて冴子もニヤリとした顔で頷いている。どうやら彼らは最初からリーダーなど決めるつもりはなかったらしい。

 

 明の言葉を聞いて呆然とした京子はしばらく我を忘れていたが、やがて小さく溜息を漏らすと同時に納得。明の座る席までそのたわわに実った果実のような胸を揺らしながら歩み寄った。

 

「まったくもうっ! あなたはいつもそうやって! 生意気なんだから……! ……ふふっ」

 

 ここに来るまで張り詰めていた緊張感が吹っ切れた様子の京子は清々しい表情をしている。京子は相変わらずシガレットを口に咥えた明を優しい眼差しで見つめる。そして徐に紫藤の方へと振り返ると、明の肩にしっかりと手を置いた状態で頭を下げた。

 

「あの、紫藤先生……リーダーの件、やっぱり私は降ります。夕樹さんや海動君の言うように、この人についていけば生き残れるかもしれない……そう思わせてくれる人にだけ、私はこの心と身体を預けたいので」

 

「なるほど、なるほど……それも結構! ですが林先生、暫定的なリーダーはやはり必要ですよ。我々が安全な拠点を見つけるまでの安心できる“指導者”が」

 

 それでも紫藤は諦めない。それほどまでにリーダーになりたい様子の紫藤を呆れつつ睥睨した後、明はつまらなそうに告げた。

 

「勝手にしな。紫藤がどうしてもって言うなら俺はもう知らねぇ。“この狭い世界”にはあんたがお似合いってことなんだろう」

 

「フッフッフ、決まりましたね……という訳で皆さん、このマイクロバスの中では私がリーダーという事になりました。今後は私の言うことに従って──」

 

 念願だったリーダーに立った紫藤が笑みを浮かべて宣言したその瞬間、沸き上がる紫藤への感情を我慢できなくなった麗が座席から勢いよく立ち上がった。

 

「先生、開けて……開けてください! 私、降りる! 降ります!」

 

 切迫した様子の麗は誰の目にも異常に見えた。彼女は藤美学園で武器に使っていたモップの柄を強く握り、運転席の静香に向かってマイクロバスのドアを開くように言い出した。

 

「え? でもあの──」

 

「麗!?」

 

 突然の事態に困惑する一同。しかし明には彼女の焦る気持ちが理解できるのか、口に咥えたシガレットをポキッと噛み砕いて飲み込むと、自らも素早く席を立って運転席付近の麗を呼び止めに向かう。

 

「待て。今ここを降りるのは危険だ。麗が紫藤を気に入らないのは俺もよくわかるが、今は状況が状況だ。もう少し考えてから行動──」

 

「イヤよ! あんな奴と絶対一緒にいたくなんかない!」

 

 麗を落ち着かせようと冷静な口調で諭す明だが、感情を爆発させた彼女には伝わらない。その間にも麗はぽろぽろと大粒の涙を流し始め、孝や他の者が見ている眼前で大胆にも明へと抱き着いた。

 

「なっ!? 麗、何をやって──!?」

 

「あらまぁ……」

 

 間近にいた孝や静香、それぞれ席に座って成り行きを見ていた一同が驚愕する中、麗は明にしか聞こえないほど小さな声量で涙混じりに呟く。

 

「明、お願い……私と一緒に来て……私をあいつから守ってよぉ……!」

 

「……っ」

 

 何度も何度も豊満な胸を押し付けようとする麗の扇情的な上目遣いと涙に怯んだ明は思わず唇を噛んで握り拳を作る。

 

(何やってんだ俺は……また昔みたいに麗を泣かせて……俺はこんなにも弱い人間だったのか……?)

 

 自分だって本当はわかっていた。あそこで紫藤を助けても自分達が生き残る上ではプラスに決してならないと……

 

 あの場で紫藤を故意に〈奴ら〉に襲わせて殺す事もできたが、明は敢えてそうしなかった。自分はまだ麗や孝達と同じように人間でいたい……そう願っての人助けだった。

 

 しかし結果として麗を悲しませ苦しませ、人前で泣かせてしまった……それは事実だ。彼女は過去に自身の留学の事件に被害者として家族共々巻き込まれた事あって、悪事を企て関与した紫藤に対し今もなお激しい憎悪を抱いている。

 

(くそっ……自分自身に腹が立つ。ナイフ一ついつでも隠し持っているくせに、たかが人間のクズ一人殺せないんだからな……)

 

 本当ならば麗の為にも紫藤は殺す必要がある。だが、明としてもそう簡単に生きている人間を殺せない事情があるのだ。

 

「麗……辛いとは思うが今は残ってくれ。後で必ず俺がお前を連れてマイクロバスを降りると約束する。紫藤の汚い手が麗に絶対届かない安全な場所に……だから頼む、今だけでも俺の傍にいてくれないか?」

 

 苦々しい思いを隠しながら麗の耳元で静かに囁く。彼女にしか聞こえないように、声量を落としてゆっくり喋ると、今度は無事に伝わったようだ。

 

「……本当に? なら後で、私の言う事一つ聞いてくれる……?」

 

「おっと、そうきたか……あぁ、わかった。俺にできる事ならなんでも言うことを聞いてやる」

 

「うん……じゃあ、もうちょっとだけ残ってあげる」

 

 赤面した泣き顔を見せる麗は嬉しそうに微笑むと、孝達のいる場所からは見えない絶好の立ち位置で明の頬にチュッとキスを一つ施す。

 

「お、おい麗。今のは──」

 

「二人の約束──私のこと守ってよね?」

 

 確かめるようにしっかりと囁き、頬を伝う涙を輝かせた麗は名残惜しそうに抱き着いていた明の傍を離れるのだった。

 

(あらあら……ふふっ。他の子が妬んじゃうといけないから、先生みんなには黙っててあげるわね?)

 

 ……尤も、その恥ずかしい瞬間は運転席に座る静香には丸見えの位置だったのだが。

 

 

 

 

 

 




今一度主要キャラの紹介を。今回は原作ではすぐに退場して活躍の出番があまりなかったキャラ達と海動の関係について少し。



夕樹美玖→海動とは面識あり。過去に藤美学園の屋上で出会った事があるが、その時はお互いに名前を名乗らなかった。またその時から海動とは初めて会った気がしないと思っており、その想いが何なのかを今でも知りたがっている。チームを一旦離れて教室棟に向かう別行動中に海動から彼に関する“重要な秘密”を教えてもらい、自分が生き残る為に海動に依存していくようになる。現在、チームの中で海動の隠された秘密を誰よりも知っているのは彼女である。現在装備している武器はバール(のようなもの)、麗と同じくモップの柄。

有瀬智江→海動のクラスの委員長。委員長として毎回授業をサボってばかりいる海動の監視役に志願していたらしく、やたらと学校の屋上に通ってはいつしか海動と談笑する奇妙な関係になっていった。何やら危険な雰囲気を持つ海動の言動には終始心配しており、パンデミックが発生してからは放浪癖のある海動がチームから勝手に居なくならないようにと密かに願い続ける。現在、海動からお気に入りのコロンビアナイフを預かっているが、まだまだ返す気はないらしい。

二木敏美→海動のクラスでは爆発的な人気を誇る藤美学園のアイドル的巨乳美少女。以前、学校帰りに親友の美鈴に連れられてゲームセンターで遊んでいたところを同じ学校の不良グループにナンパされるという事件に巻き込まれる。その時に偶然現場に居合わせた海動によって危ないところを助けてもらい、以後何かとゲームセンターで出会う奇妙な関係に。海動が学校内外でタバコを喫煙する度に「身体に良くないよ」と注意しているのだが、なかなか聞き入れてもらえない。まるで自分を危険に追い込むような事ばかりしている海動の為に、自分ができることは何でもしてあげたいと考えている心の優しい性格の持ち主。美鈴に対しては百合などではなく、あくまで大切な一番の親友と思っており、現在は海動に恋心を抱いている。原作とは異なり、海動の影響で親友の美鈴とは微妙に関係が変わっている模様(敏美が美鈴を嫌っているというわけではない)。

一条美鈴→海動のクラスでは智江や敏美に隠れて比較的地味な印象だが、彼女も充分美少女と言える見た目。通称クレイジーサイコレズ。本作では数少ない貴重な貧乳キャラだが、それが今後エロ方面で役立つかは不明。それまでは自分にしか向けられていなかった敏美の純粋な心を海動に盗られたと考えており、何かと理由を付けては敏美と海動の仲を引き離そうと企てている。また原作と同じく、醜く歪んだ本性を隠している模様。

林京子→海動のクラスの担任。海動とは特別交流があるわけでもなく、毎回授業をサボってばかりいる困った不良の一人としか思っていなかったが、その裏では教師として保険医の鞠川先生に海動の事で相談したりしていた模様。今後の海動との展開次第ではヒロインレースに浮上してくる可能性も……?

森田駿→海動の不良仲間。ちなみに名前は本作オリジナル。現在装備している武器は愛用のギター(ゾンビ用の武器として使えるかは不明)。

今村隼人→海動の不良仲間。ちなみに名前は本作オリジナル。現在装備している武器は金属バット。

 

ついでに……

海動明→本作の主人公。原作には存在しないオリキャラ。今のところ作中で明らかになってない謎が誰よりも多い人物。ゾンビやサバイバルに関する専門的な知識を持ち、現実にパンデミックが発生しても他のキャラほど驚愕も絶望もしていなかった様子(むしろ、パンデミックが起きる事を事前に知っていた?)。未成年ながら車やバイクの運転技術を持ち、酒やタバコも堂々と嗜む。常にお気に入りのナイフ2本とタバコとライター、ココア味のシガレットを懐に隠して持ち歩いている。現在装備している武器はゲーターマチェット、タクティカルトマホークアックス、ランボーナイフ。

???→今のところ1話にのみ登場した謎のキャラ。原作には存在しないオリキャラ。幼い女の子の声をしていること以外は詳細不明。今後のストーリーに深く関わってくる可能性も……?また、幼女曰く『オマエに決めた』と話す海動とは何やら秘密の繋がりがあるらしいが……?



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海動の筆談/地獄からやって来た幼女

マイクロバスでの会話パートその2です。

こんなこともあろうかと海動はまた便利なアイテムを持ち歩いてました。

こいつのポケットはちょっとした四次元空間に繋がっているんだ(嘘です!

そしてチラッと登場。謎の血染めワンピース幼女先輩(誰?


 

 一時はリーダーとなった紫藤が乗るマイクロバスから降りると言っていた麗が明に従ってもうしばらく車内に居残る事を決めてから一時間近くが経過した。

 

 床主市内の道路はどこも避難者の車で渋滞しており、静香の運転するマイクロバスも一向に進まない膠着状態が続く。

 

 とは言え時間というのは人間にとって都合の悪い出来事を忘れさせてくれるものなのか、藤美学園を脱出した当初はあれだけ不穏な空気を漂わせていたマイクロバスにもようやく生徒達の談笑の声がちらほらと聞こえてくるようになった。

 

「それぞれが勝手に行動するよりどこか……安全な拠点を得た後に行動すべきです。例えば家族の安否も。規律のある集団としての準備ができてから──」

 

 ──無論、多数決でリーダーに選ばれたこの男も先程から車内後方に居座る何組かの生徒達に怪しげな説法を続けている。

 

「紫藤の奴も、こんなに嫌われてるのによくやるわ」

 

 明の席のすぐ傍で足を組んで座っていた美玖が溜息混じりに呟く。

 

「放っておけ。それよりどうだ?」

 

 明が声量を落として慎重に“何か”を確認すると、足を組んだ体勢で自分の太ももをいやらしく指先で撫でて暇を弄ぶ美玖が悪戯っぽい笑顔で頷いた。

 

「よし。それじゃあの眼鏡馬鹿が説法に夢中になってる間に始めようか」

 

 ……実は明、麗の暴走途中下車を未遂で止めた辺りから密かに“ある作戦”を立てていたのだ。

 

 その為に必要な人間もほぼ自身の近くに揃えた。ゆったりとした後部座席を一人で独占する紫藤の傍に座っていて最初から声を掛けれない冴子、この状況で居眠りしているコータとその隣に座る沙耶、そして先程から麗と明を避けているのか、冴子の隣に逃げるように移動していった孝達四人は残念ながら車内前列に居座る明側との座席が離れている事もあって呼ぼうにも呼べずにいた。

 

 仮にここで四人に直接声を掛け、下手に不審な動きを見せてしまえば紫藤に自分達のやろうとしている事を気付かれてしまう恐れもある。

 

 明には先程交わした麗との約束の件もあってそれがどうしても嫌だった為、今回あの四人は自分達のチームに加えない方向に決めた。

 

 孝達がいない事に多少の不安はあるが、彼らもあの藤美学園を脱出してきた強者──決して馬鹿ではない。まさかこのまま紫藤が支配するマイクロバスに残ろうなどと考えてもいないはずだ。

 

 ──やむを得ない。いずれ孝達と何処か別の場所で合流できた場合にはちゃんとチームに回収しようと思う。尤もそれはすべてが上手くいけばの話だが……

 

「海動君、これから私達どうするの? このまま紫藤先生の言うことに従っちゃうなんてこと……ないよね?」

 

「渋滞で出来たこの時間に乗じて私達をこっそり周りに呼び寄せて……海動君、次は何を企んでるんですか?」

 

 明の前の座席から少し顔を出した敏美と隣に座る智江が今後すべき行動を明に相談してくる。

 

「まぁ待て。いま説明してやるから」

 

 ──ちなみに現在、マイクロバスの座席はこのような配置になっている。

 

 

 

 京子先生    鞠川先生(運転席)

 バスのドア   森田&今村

 美玖      敏美&美鈴

 麗       海動&智江

 モブ男子    モブ女子&モブ女子

 不良モブ    沙耶&コータ

 根暗モブ    孝&冴子

      紫藤

    (後部座席)

 

 

 

「それよりもう少し静かにしてくれ。疲れて寝てる奴もいるんだ。今はちょっとでも休ませてやらねぇと」

 

 言いつつ明が学ランの懐から取り出したのは、どこにでもある普通の黒いボールペンとメモ帳だった。そこから1ページを千切り、不良にしてはやけに綺麗な字でさっと何かを書き記した。

 

『ここから先、重要な話は筆談で。俺が考えている今後のサバイバル計画と“Day1”を過ごす拠点への移動についてみんなに伝える。筆談の内容は絶対に秘密。紫藤と俺達以外の人間には気付かれないようにすること──OK?』

 

 そのように書いた切れ端のメッセージを智江に渡して見せると、明はニヤリと笑みを浮かべて口を開く。

 

「──にしてもだ。これだけ渋滞が続くと車内でやることねぇな。暇だぜ」

 

 何気ない口調で呟きつつ、明は膝の上に乗せたメモ帳に向かってボールペンを走らせていく。

 

『委員長、今渡したそのメッセージを紫藤達に気付かれないように周りの席に座ってる仲間にこっそり回してくれ』

 

 明から渡されたメモの切れ端を見た智江はその内容に驚いてしまう。そして同時にある期待もする。

 

(海動君……よかった。やっとやる気になってくれたのね。私の一番好きなあなたに……そうよ、ふざけてない時のあなたが私達の生きる希望なんだから)

 

 託されたメモの切れ端を掴み、智江はこの車内で唯一立っている紫藤の視界に入らない位置から明のメッセージを慎重に周りの座席へと渡す。そうして信頼できる仲間一人一人に確実にメッセージの内容を伝えていく。

 

「ああそうだ、鞠川先生!」

 

 その間にふと、運転席でぼんやりと退屈していた静香に向かって明が思い出したようにわざと声を大きくして呼び掛ける。

 

「えっ!? あっ……そ、その声は海動君ね!? どうしたの!? 先生に何か用? 悪いけど、まだ当分はこのままよ?」

 

 いきなり後ろの座席から声を掛けられた静香はビクッとしてしまう。何故だかわからないが、どうも彼女は顔を赤らめた恍惚の表情で遠くを眺めて物思いに耽っていた様子。

 

(やだ、どうして……!? さっきの宮本さんと海動君の恥ずかしいやり取りを見ちゃってから私……何だか胸とあそこの辺りがすごい疼いちゃってる……この不思議な感覚は何なの? ねぇ、海動君……)

 

 ──静香には以前から不思議な夢をよく見る事があった。今の状況とほぼ変わらない大量のゾンビに囲まれたどこかの建物内で学ランを着た黒髪の男に守られている。

 

 仲間は他に誰もおらず、夢の中の静香は何度も「もうイヤ……死にたい……」と絶望して泣いてはその男を困らせてばかりいた。それが不思議と海動明に似通っている事から、静香はいつしか夢の中にだけ毎回現れる年下の男子高校生に急激に心惹かれていった。

 

 今頃は恐らく県警特殊急襲部隊SATの任務に就いているであろう親友の南リカにも何度かその話をした事もあったが、その時は欲求不満じゃないかと笑われて本気にされなかった。

 

 しかし静香には確信に近い思いがあった。この奇妙な夢はきっといつか現実になるんじゃないかと……

 

 そして──夢はその通りになった。今から一年ほど前に初めて藤美学園の保健室にふらりと現れた傷だらけの新入生を見た時は内心とても驚いた。

 

 それは彼の腹部や背中の至るところに深く刻まれた怪我の深刻さや数にではない。──ああいや、もちろん保険医としてこれだけ重傷の生徒を見て驚きはしたし、自分の声が涙と怒りで枯れるほど叱りもした。

 

 しかし静香が本当に驚いたのはそういう事ではない。何故なら傷だらけの逞しい肉体は、夢の中で自分が「ごめんなさい……!」と何度も謝り泣いてしまうほど見知っていた“その想い人”の傷と完全に一致するものだったのだから……

 

「……ねぇ、海動君?」

 

「ん? ああいや、別に用ってわけじゃないんだが……ほら、鞠川先生もずっと運転で疲れただろう? 渋滞の時くらいこっち来て少し休んだ方がいい。どうせこの混雑だ。道路はしばらく使えない」

 

 ……と、このように表向きは静香と会話している風に装い、その裏で紫藤を出し抜こうと明はまた新たにメモの切れ端にメッセージを走り書きしては仲間に情報を共有していく。

 

『俺達は頃合いを見てこのマイクロバスを降りる。当然、生き残る上でクソの役にも立たない紫藤達とは別行動する。問題は全員で降りてからだが──』

 

「え? でも……わ、私も……そっち行ってもいいの?(ダ、ダメっ! さっきから海動君を意識しちゃってる……いま海動君の傍に行ったら、私きっと……)」

 

「ああ、っと──鞠川先生、ちょっと待ってくれ。なぁ紫藤先生? ここいらで鞠川先生にも休憩を与えてやってはくれねぇか?」

 

 静香との会話を一旦中断した明が不意に座席から顔を覗かせ、一番後ろに立っている紫藤に話し掛ける。

 

「おや、そうですね……まぁいいでしょう。鞠川先生もだいぶお疲れでしょうからね。ただ彼女を休ませる席が既に私のところしか空いてないようですが──」

 

「ああいや、俺が鞠川先生に席を譲るから大丈夫だ。俺はドアのところにでも立って見張り役をやらせてもらう」

 

 自ら席を立って紫藤にそう伝えたのには理由がある。マイクロバスのドアの床は車内の座席より一段低い位置になっている為、紫藤の死角で筆談しやすい絶好のポジションになるのだ。

 

 その間にもまた新たなメモの切れ端が紫藤の知らないところで回されていく。

 

『実はこの道路を抜けて住宅街に入った辺りに俺の家がある。そこならある程度の食糧や飲み物、仲間全員に配る為に俺が普段から集めていた対ゾンビ対策用武器も既に蓄えてあるし、そこそこ広い風呂や洗濯も使える。とりあえず“Day1”はそこを仮の拠点として利用させてもらう。また、俺の家を目指す道中に〈奴ら〉がいた場合には俺が前に出て仲間の安全を確保する。その後の行動については俺の家に到着してから改めて全員に話す予定だ』

 

「なるほど……さすがは海動君。学校では悪評ばかり目立つ不良と聞いていましたが、どうやら女性には紳士的なようですね。フッフッフ、このような状況では女性は大事ですからね……実に頼もしい限りですよ。海動君、これからも私達チームの為に働いてもらいますよ?」

 

「OK、リーダー。そうなった時は俺も喜んであんた達に従って協力するさ。困った時はお互いに助け合っていかないと生き残るなんざ不可能だからな」

 

『できれば小室や毒島先輩達も一緒に連れて行きたかったが、今回は断念した方がいいと判断した。この筆談が紫藤にバレて邪魔な人間を俺の家に招待する訳にはいかないのも理由の一つだが、小室や毒島先輩達は自分達の家族との合流を第一に行動していくらしい』

 

「聞きましたか皆さん? まったくその通りです! これは海動君の評価を改めなければいけませんねぇ……フフフ」

 

『家族の安否を心配している者には残酷な選択をさせるかもしれないが……これから先、俺と一緒に行動する場合は自分達の家族の事は諦めてもらう。これは生きているかどうかの確認も取れない人間を探してわざわざ人間が多く集まる建物に探しに行く事を避ける為でもあり、チーム全員を感染させる危険に遭わせたくないからと思っての事だ。とは言えまったく家族を探さないという事ではない。今すぐには無理だが……誰かの家族の生存が確認できた場合に限り、俺を含むできる限り少数の武装チームで迅速な家族の救助活動に向かう。それ以外の者は俺が幾つか考えている安全な拠点候補に残って待機──という方針でいく。早く家族に会いたいかもしれないが、今はみんなで生き残る為にも我慢してほしい』

 

 この車内で一番危険な紫藤と敢えて自分から会話する事で上手くカモフラージュしつつ、重要な情報は信用できる仲間にのみ筆談にて開示していく。その途中で明の思惑通りに運転席を離れてくれた静香も仲間に加わり、明が描く安全な未来への筆談は更に続いていく。

 

 

 

 

 

 ──ちょうど、その頃。床主市内の住宅街の道路をふらふらと無防備に歩く一人の女の子が路頭にさ迷っていた。

 

「……呼んでイル。もうすぐアエル……フフ、フフフフフ……」

 

 真っ赤な血の色に染まった所々が破れてしまっているぼろぼろのワンピースだけをその身に纏い、足下近くまで伸びた長過ぎる黒髪を風に靡かせる不気味な風貌の幼女。

 

 ちょうどこの時間帯、避難する家族で主要な道路がどこも混雑する中、幼女が歩くこの道路は何故か他に誰も人間が通らない。

 

 人形のように小さい背丈の幼女は時折不気味な笑みを浮かべながら、ふらふらと危ない足取りで道路の真ん中を歩いていく。

 

 ──と、その時。別の道路から避難する途中だった子連れの夫婦が異様に目立つその幼女の姿を視界に捉えた。

 

「そ、そこの君!? ダメじゃないか! こんなところを一人で歩いてちゃ! 殺されるかもしれないんだよ!?」

 

「まぁ可哀想に……ねぇ大丈夫? パパかママはいないの? 困ったわ、どこの家の娘かしら……服は血で汚れてひどいけど怪我はしてなさそうだし……」

 

 どこにでもいそうな若い男と女の夫婦だ。そしてその二人の後ろに隠れるように一人の小学生くらいの可愛らしい女の子が何やら酷く怯えた様子で幼女を震えながら覗いていた。

 

「んぅ……人間、か……?」

 

 まるで虫けらを見るような冷たい目付きで暗く濁った邪悪な赤い血眼を光らせ、血染めのワンピース幼女は避難途中にわざわざ声を掛けてきた親切な家族と運命的に出会った。

 

 ──否、“出会ってしまった”というべきか。何故ならその幼女もまた恐ろしい血の惨劇を呼ぶ闇の存在。

 

「……ハラ、減った……肉、クワセロ?」

 

 ──生きながらに死を迎えた〈化け物〉の成れの果て“ゾンビ”なのだから。

 

 




ここにきて海動に続く二人目のオリキャラ登場。

多分オリキャラはこれで最後です。

そして食べ物の匂いに釣られてふらふらと現れたこの幼女はいったい何者なのか……?

幼女A「ジュルリ……オマエ、ウマソウダナ?」

幼女B「ガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタ」

人間とゾンビのホラーな交流が始ま……るのか?


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麗と美玖

お待たせしました!最新話です!

今回は麗と美玖に関係するちょっとした話を。
そして海動の謎により深く迫ります。


 

 ──床主市、御別川(おんべつがわ)付近。

 

 時間が経つに連れて大渋滞が解消され、ようやく進み出した川沿いの道路をマイクロバスは走っていた。

 

「こういう時だからこそ! 我々は藤美学園の者としての誇りを忘れてはなりません! 生き残る為に団結しましょう! みんなで力を合わせ、この難局を切り抜けるのです!」

 

 チームのリーダーとなった紫藤による説法は時間と共に影響力を増し、彼を頼ろうと求める何人かの生徒は崇拝でもしているような狂信的な眼差しで紫藤の周りに集まって耳を傾けている。

 

 その反対にバス前列に集結した者達は各々が緊張の面持ちで今か今かと明による離反宣言を待ち続けている。

 

「……紫藤の奴、自分がリーダーになったからって調子に乗っちゃって。あれじゃまるで宗教ねぇ」

 

 麗の隣席で一人足を組んで座る美玖。車内後方で異様な盛り上がりを見せる紫藤達をつまらなそうに一瞥し、先程明からわがまま言って貰ったココア味のシガレットを一本口元に咥えて呟く。

 

「……あの、夕樹先輩」

 

 とその時、暗い表情で沈んでいた麗が手に持ったモップの柄を見下ろしながら徐に口を開く。

 

「ん?」

 

「明と一緒に何か隠していますよね? 二人だけ知ってて私達にも言えないようなことを」

 

 そう言うと麗は隣に座る美玖を一瞥し、真剣な表情で訊いてきた。これに対しシガレットを真っ二つに折った美玖は溜息をひとつ漏らし、悪戯でも思い付いたような意地の悪い笑顔でニヤニヤと答える。

 

「……アンタさ、たしか宮本だっけ? なに? お姉さんが海動使って何か危ないことでも企んでると思ったワケ?」

 

「いえ、そう言うわけじゃ……ただ、夕樹先輩と話している時の明を見ていると、なんだか、その……すごく気になっちゃって」

 

 言葉に詰まってしまう麗。対する美玖はますますニヤァと口元を歪ませ、麗の方に向き直って話す。

 

「アンタ一応海動の幼馴染みなんでしょ? 学校で一緒に行動してた時にアイツが色々と“面白い昔話”してくれたよ。その中で『守ってやらなきゃいけない大切な妹がいる』ってことも──それ、アンタなんだぁ。へぇ~」

 

「っ……!」

 

 なんだか酷く小馬鹿にされた気分だ。麗は堪らず頬をうっすらと赤く染めると、他の人には聞こえない声量で「ふざけないでください……!」と控え目に怒った。

 

「アハハ♪ ごめんってば。まぁ、そうねぇ……海動が仲間に“色々なこと”隠しているってのは正解かねぇ」

 

「やっぱり……」

 

 麗の疑問にあっさりと答える美玖。しかし軽快な口振りとは裏腹に、目付きの悪い眼差しは目の前にいる麗を何故だか哀れむように見つめている。

 

「そしてアタシはその秘密の幾つかを直接本人に聞いているわ。正直アタシも最初は海動が何を言ってるのか全然意味わからなかったけど──」

 

「え!? あ、あの──夕樹先輩っ!?」

 

 言いながら、美玖は突然座席越しに麗へと抱き着くような際どい体勢で顔を近付けた。そして──

 

「………」

 

「……っ!? それ……本当に本当の話、なんですか……!?」

 

「その話の続きは長くなるからまた今度してあげる。そして世話好きな優しいお姉さんから“可愛い妹分”へのちょっとしたアドバイス──宮本、アンタは間違っても自分自身を見失ったりするんじゃないよ? 今の生まれ変わったアタシみたいに自分自身を強く持ちな。それに──」

 

 ──アイツ表向きはああ見えてクールでキザなヤツだけどさ、裏じゃ相当えげつない目に遭って精神的にも肉体的にもだいぶ深いダメージ負ってるみたいだからさ。

 

 不覚にもドキッとした麗の耳元で美玖は意味深に囁くと、最後にニヤリと笑ってからもう一度座席に座り直し、再び自分の世界に戻ってしまった。

 

 その一方で麗は美玖にこっそり言われた“ある話の内容”が気になって仕方なかった。

 

(……うそ……うそでしょ……信じられないわよ、そんなの……明、私は……)

 

 麗の胸に渦巻くモヤモヤとした黒い感情。そして彼女の脳裏に過る身に覚えのない不思議な記憶の断片。

 

(さっきの……夕樹先輩の話がもし本当にあった事だとしたら……)

 

 

 

 

 

 ──静かに。そして周りに気付かれないように黙って最後まで聞くことね。これはアタシと宮本にとっても重要な運命の分岐点だって海動が言ってたから。

 

 ──“どこかの夢みたいな地獄の世界”でアタシらがさっきまで体験してたのと同じような方法で学校を脱出した後、紫藤と一緒にいるのが嫌だったアンタが小室孝って男とこのマイクロバスを降りるのを海動とアタシが見てたんだって。

 

 ──でもその後で小室がアンタ守ろうとして〈奴ら〉に襲われて死んじゃったらしくてね……それでも生き残ったアンタは情けないことに自分だけでも守ってもらおうなんて傷付き苦しみながら必死に考えたんでしょうね。

 

 ──一度は降りたはずの紫藤達のマイクロバスを独りで探し歩いて、結局またその中に泣きながら戻っちゃって。

 

 ──アンタのクラスメート達、毒島、鞠川先生に海動……アンタが一度は見捨てようとした仲間を頼って一人で戻ってきた時には、みんなもう紫藤に逆らってバスを降りた後だった。

 

 ──それで結局、バスの中から出るに出られなくなったアタシもアンタも二人仲良く命乞いなんかして必死に身体で媚び売って……その後はわかるでしょ。紫藤とその仲間にたくさん犯され壊されちゃって……そのまま乱交セックスに溺れて身も心も堕ちていくんだって。

 

 ──海動がなんで夢の世界のアタシらのそんなことまで知ってるか気になるでしょ。でもその話の続きは長くなるからまた今度してあげる。

 

 

 

 

 

(ねぇ、明……だからさっき私がバスを降りるって言った時、あんなに真剣に私を止めようとしてくれたの……? これから未来で起きるかもしれない出来事を既に夢の中で体験しているから……?)

 

 麗はどうしようもなく不安な表情で最前列の運転席に座っている明の後ろ姿を見つめてしまう。

 

 ……そう、現在マイクロバスの運転席でハンドルを握っているのは静香ではなく明なのだ。

 

 長く続いた渋滞が終わると見た明は筆談を終えて運転席に戻ろうとする静香を強引に座らせ、紫藤には自分が今後マイクロバスを運転すると提案した。最初は紫藤だけでなく静香や京子、そして他の生徒達も驚愕していたが、明が無免許ながら運転技術を持っていると知ってからは紫藤も特別に運転席に座る事を許可した。

 

 “家族探し優先”という明確な点から明達とは既に目的が異なる孝達には生憎伝えられていないが、現在このマイクロバスの行き先を知っているのは運転する明と、彼を信じ共について行くと決めた者達だけである。

 

(最初聞いた時はみんな驚いてたけれど……まさか本当に車の運転もできるなんて……)

 

 そして麗と同様、隠し事の多い明の事が気になって仕方ない様子の女性がここにも一人……

 

(そしてこのメッセージ……海動君、あなたはいったい何者なの?)

 

 明がそれまで座っていた席で、静香は明が筆談用に書いたメモの切れ端を膝の上に置いて眺めていた。

 

『鞠川先生、たしか南リカって名前の親友がいると言ってましたよね? その人の自宅の鍵を持っているって。だったら話は早い。その鍵を家までの簡単な地図と一緒に小室達へこっそり渡してやってほしい』

 

 静香個人に向けて新しく書かれた明の指示……これも明の思い付きだった。この後マイクロバスから飛び出す可能性の高い孝達が紫藤達とバスを捨てたとして、そこから新たに拠点を探す時間などないだろうと察知していた明。

 

 このまま準備万端とは言えない孝達をこれから夜の闇が支配するであろう外の世界に放出してしまうのはあまりに危険過ぎると、明は懸念していた訳だ。

 

(すごい……リカの家のことまで知ってる……あれ? でも私、海動君にそんなプライベートなこと話していたかしら……? うーん、思い出せない……)

 

 静香の記憶が正しければ、親友の南リカの事を藤美学園の生徒の誰かに話した事などないはず。しかし明は静香とリカが親友である事、仕事柄留守にしがちなリカの家の鍵を静香が代わりに預かっている事まで詳細に知っている様子。

 

(やっぱり気になる……私の夢に何度も出てきたあの男の子が海動君本人だとしたら、あの夢の内容はこれから起きる未来を暗示していたって事なの……?)

 

 だとすれば明と自分以外の人間はあの地獄の世界で一体どこに消えてしまったのか……思考中だった静香は明から渡されたメモの切れ端を握り締めると、覚悟を決めて座席から立ち上がる。

 

 見れば紫藤を尻目にバス中列辺りにこっそり固まる孝、冴子、沙耶、コータの四名は既に紫藤に見切りを付け、独自に脱出の相談をしている様子。

 

 緊張のあまり汗を掻いた静香は深呼吸をしつつ、静香や孝達に対して背中を向けて立つ紫藤が不審に思わないように適当な作り話で孝達の傍に歩み寄るのだった。

 

 ……そうだ、それでいい。静香から代わった運転席で黙々とハンドルを握る明は心の中で小さく呟く。

 

(だが……その前に邪魔な紫藤とその信者共をバスと一緒にどこかに捨てていかねぇとな)

 

 マイクロバスの行き先は川沿いの道路を抜けて御別橋(おんべつばし)方面に位置する住宅街。明にとっては慣れ親しんだ我が家──海動邸だ。

 

 

 

 

 




──次回、海動チームVS紫藤教。

恐らく第2章最初で最後の山場突入です!
そして本作最初のエロシーンが入るかも……!?

ゾンビ=地獄
ゾンビ=内輪揉め
ゾンビ=エロ
ゾンビ=グロ
ゾンビ=触手(おい待て


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紫藤の野望

ここにきて一部のゾンビ作品(とくにエロ関連)には定番と言える触手人間(強化ゾンビ?)投入。

やっぱり普通のゾンビだけだと物足りないので、どうしてもボスキャラというかバイオ的なヤバイ化け物が欲しかった(おい

ちなみに原作の学園黙示録では一切出なかったゾンビ発生の謎にも彼女の存在が関わって……くるように今後ストーリーを進めていきます、はい。


 

 現在の時刻は夕方になろうかという16時過ぎ。この季節まだ空は明るいとは言え、さすがに18時頃になると日は沈み、辺りは暗闇に包まれてしまう。

 

 そうなると〈奴ら〉の動きは昼間に比べて活発化し、生きている人間だけを追い求め、建物から漏れた僅かな光すら見逃さない。

 

「~~♪」

 

 そんな中、幾つもの無惨な死体が転がった道路を歩く黒髪に血染めワンピース姿の幼女。子供らしく鼻歌を歌い、その小さな手に持った“人間の片腕と思わしき部位”を時折頬張っては血肉を喰らう。

 

 幼女に名前はない。あるのは究極不滅の生命体『ゾンビ』として地球に蔓延る人間を淘汰し、選ばれた者だけを更なる自然の進化へと導く使命だけだ。

 

 故に、幼女は先程の出来事を思い出して大きく落胆した。自分に声を掛けてきた夫婦と小学生くらいの少女……最初は彼らも大人しくしていたが、次第に難儀な言動が目立ってきた為にまずは父親らしき男性を二人の眼前で容赦なく襲い喰らった。

 

 すると母親らしき女性が悲鳴と共に嗚咽を漏らし発狂した為、幼女が時間を掛けて整理していた死体だらけの道路に再び〈奴ら〉が集まってしまった。完全に退路を塞がれた女性とその子供が何か言ってはあまりに無防備過ぎる幼女に向かって喚き散らしていたが、やがてはその怒鳴り声も〈奴ら〉の人混みに呑まれて消え去り……

 

「また、独り……独りは、イヤだな……」

 

 それから時間も経過し、身体を醜く汚した幼女は夕焼けに染まる茜空を見上げては人間の肉片を次々と捕食する。

 

「やっぱり……“オマエ”じゃなきゃダメなのか……?」

 

 人間もゾンビも無傷のまま駆逐し、地獄の惨劇と化した床主市内の住宅街を独り歩く。そしてついに──見つけた。

 

 幼女の遥か前方に見えてきた光景。先程発生した惨劇で呼び寄せられた大勢の〈奴ら〉が徘徊する道路の真ん中で奇妙な事に一台のマイクロバスが停車している。

 

「……人間、か? いっぱいいる……まだ生きてる……!」

 

 その中に何人かの生きた人間が搭乗している事を一般的なゾンビと異なり“全く衰えていない視覚能力”で確認した。途端に醜く穢れたその小さな身体が火照ったように飢餓への情熱を狂おしく求める。

 

「ハァ、ハァ、ハァ、ハァァァ……アツイ……カラダが……アタマが……アツイ……!」

 

 停車中のマイクロバスに向かってふらふらと歩き、その途中でこちらに気付き襲撃して来る〈奴ら〉にはまるで目もくれず……

 

「ウルサイ……ジャマするな……!」

 

 不気味に発光した赤い血眼で〈奴ら〉を睨み付けると、幼女は血染めのワンピースに包まれた身体を小刻みに震わせ、道路の真ん中で突然背中を仰け反らせた。

 

「ウゥゥゥゥ……グィギャアアアアアアアアッ!!!!」

 

 大地が震えるほどの凄まじい咆哮。同時に真っ赤に染まる両眼は閃光を放ち、小さな背中を慌ただしく這いずる生物が柔らかい皮を突き破るようにして──“ソレ”は荒々しく産み出された。

 

「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ……フフ、フ……」

 

 ──触手。ソレは誰がどう見ても触手だった。幼女の背中から勢いよく飛び出したグロテスクな印象を与える赤黒い触手。ぬるぬるとした透明の汁感で卑猥な光沢を放ち、その一本一本が意思を持つかのようにうねうねと蠢いては連動している。

 

「やっと、やっとミツケタ……!」

 

 背中から生えた無数の触手を使って自分へと襲い来る〈奴ら〉の群れを凪ぎ払っては住宅街の道路を行進していく。体内から生えた触手を操る幼女は一際目立つ極太の触手で眼前に迫り来る〈奴ら〉を強大な力で突き刺すと、その衝撃と勢いのまま惨たらしく串刺しにされた〈奴ら〉1体を停車中のマイクロバス最後部目掛けて乱暴に投げ飛ばす。

 

 派手な音を立てて窓ガラスが粉々に砕け散る様を見届け、グロテスクな触手に包まれた血染めワンピース姿の幼女は触手の先端部を優しく愛撫してあげながら恐ろしくニタァと笑うのだった。

 

 

 

 

 

 〈奴ら〉とはまた異なる人類の新たな敵が明達へと襲来するより少し前……床主市の都会的な風景は移り変わり、マイクロバスは住宅の密集地帯を安全運転で進んでいた。

 

「……よし、そろそろ着く頃だな。麗、後ろに行って夕樹先輩達に伝えといてくれ」

 

 無免許ながら交通速度を律儀に守って慎重に狭い道路を走らせる明。その傍では麗が心配そうに見慣れた町並みを見回している。

 

「うん……わかった」

 

 そう答える麗の口は動いているものの、一向に仲間の待機する座席に戻ろうとしない。不審に思った明がチラッと視線を隣に向けると、麗はぽつり呟いた。

 

「ねぇ、明……孝達、大丈夫だよね?」

 

 実は今より少し前──孝、冴子、沙耶、コータの四名はチームリーダーの紫藤に対し離反を突き付けたのだ。その結果、裏切られた紫藤は怒る事も説得する事もなく笑顔で運転する明に指示を与え、住宅街に入った辺りの道路にバスを停車させると同時に四人を降ろしてしまった。

 

 その際に明はバスを降りた孝から密かに幼馴染みであり想い人でもある麗の事を自分に代わって守ってほしいと頼まれ、しっかり答えてから翌日以降どこかの建物で再び合流する事を約束して孝達四人と別れたのだ。

 

「麗……心配するな。小室達も考え無しにこのバスを降りるほど馬鹿じゃねぇ。それに〈奴ら〉との戦闘じゃ俺より戦果を上げてたくらいだからな……一緒に行動してるとちょっと危なっかしいが、まぁあの四人なら俺達無しでも上手くやっていくだろう」

 

(……えっ? ちょっと待ってよ。明、それって……)

 

 何気ない口振りで話した明の不可解な言動に対し、麗は思わず首を傾げて考え込む。どうやら明は運転に集中していて今の自分の発言が“どこかおかしい”事にまだ気付いていない様子。

 

 明と美玖が隠している重要な秘密……その答えが何を意味するのか、麗は今までの明の言動の数々から推測していく。

 

(……あっ! ひょっとして!)

 

 そして脳裏に浮かぶ一つの隠された真実。麗の考えが本当に正しいとすれば、明との認識がそこまでないはずの美玖がやけに明を頼ろうとしている事にも納得が付く。

 

 そして先程の美玖から聞かされたあの内緒の会話……少しずつ見えてきた海動明という人物の正体。

 

(もし本当に明がそうだとしたら……明、私……)

 

 運転席の明に背を向けて座席に戻っていく麗。ちょうどその時だった。

 

「ところで、皆さん──これから始まる我々の“新世界”に向けて話したいことがあります。先程は無謀にもバスを飛び出していった毒島さんと小室君達ですが……我々との共存の道を違えてしまった彼らとの嘆かわしい別れは必然だったのです!」

 

 いつの間にか洗脳説法を終えていたらしい紫藤が後ろに引き連れた数名の信者と共にゆっくりと前方に向き直る。両手を大きく広げ、どこか胡散臭い芝居掛かった怪しい口調で語り出した。

 

「ですが悲しむ事はありません。お友達との辛い争いにも応じず、この安全なバスに賢く留まり、私の教導と庇護の下、天使となったあなた方はとても良い資格を備えた“新世界”の住人にこそ相応しい! そこで皆さん、リーダーである私から素晴らしい“自由”を提唱したいと思うのですが──どうでしょうかねぇ?」

 

「……紫藤……っ!」

 

 思わず紫藤達と車内通路で対峙する形となった麗は殺気に満ちた憎悪の表情でモップの柄を固く握っては彼らを強く睨み付ける。

 

「フフフ──宮本さん、あなたも一度は降りると言いながら結局望みを捨て切れずバスに残りましたね? それは人間として素晴らしく正しいことなのです。世界のすべてが醜く穢れてしまった今、このバスだけが地獄と化した地上を走る人々の楽園となった。そう! 穢れ無き新世界に必要なのは自由と秩序! そして──あなた方のような年若い男と女が与え合い求め合う愛という人間らしい欲望なのです!」

 

 対する紫藤は麗の豊満な身体を舐め回すように冷酷な眼差しで観察した後、眼鏡を不気味に光らせつつ恐ろしい事を宣言した。そして──

 

「「きゃあああああ!!」」

 

「!? 鞠川先生! 林先生!」

 

 ──突然の事態に車内は騒然と動く。驚いた事に紫藤に付き従うどこか様子のおかしい生徒達が静香と京子の教師二人を力ずくで拘束し、紫藤の傍まで連れ去るという暴挙に出た。

 

 『紫藤教』とも言うべき集団は明の離反の動きを事前に察知したのか、マイクロバスを降りて逃げられる前に静香と京子の教師二人を人質にする形で先手を打ってきた。

 

 これには運転席で成り行きを見ていた明も我慢できずに危険な道路の真ん中でバスを停車させるという悪手を選択する他ない。紫藤に気付かれないよう動いていたのが却って不審に思われたのか、あるいは元より明を信用していなかったのか……どちらにせよ、この場面は完全に出し抜かれてしまったと言っていい。

 

「……くっ、俺の考えが甘かったか」

 

「やりました! 紫藤先生! 海動の穢れた魔の手から二人の先生を奪い返しました!」

 

 紫藤に付き従う生徒達が突然静香と京子の教師二人を力ずくで拘束し、紫藤の傍まで下がっていく。

 

「ククク──よろしい。さて海動君、気付いてましたよ? あなたが私に従うフリをしてコソコソと宮本さん達と離反を企てていたというのはねぇ」

 

 複雑な感情渦巻く黒い笑顔を浮かべた紫藤。身動きの取れない静香と京子の真後ろに立ち、明や他の生徒が見ている前で二人の肩に気安く腕を回す。

 

「くっ、紫藤……ッ!」

 

「い、いやぁ……助けて、海動君!」

 

「や、やめてください! 紫藤先生……こんなことして何の真似ですか!?」

 

 涙を溜めて嫌がる二人を尻目に、紫藤は信者と化した金髪の不良生徒に目で軽く合図を送り、何かを片手でしっかりと受け取る。

 

 それは以前明と言い争っていた例の不良が携帯していた市販のナイフだった。紫藤は信者から受け取ったナイフを二人の眼前にちらつかせて囁く。

 

「ご安心ください。お二人に怪我をさせるつもりなどありません。鞠川先生と林先生にはこれから我々と一緒になって頂きます。この子達も生き残る為にあなた方を頼ろうと欲しているのでねぇ」

 

 そう言って不敵な笑みを漏らす紫藤の後ろでは、待機していた男子生徒達が興奮状態のあまり涎を垂らして静香と京子の魅力的な桃尻を下品に眺めているではないか。

 

「見下げた野郎だな。新世界がどうだのほざいてたワリに、結局目的はここにいる女達の身体って訳か?」

 

 明が吐き捨てると、紫藤はふむ……と漏らしてから明にナイフの刃先を向けて静かに語り出す。

 

「海動君……私はね、女性への情欲など最初から“全く興味ない”のです。ですがこの子達はどうでしょう? 我々は新しい世界を生きる為に今こそ変わらなくてはならない……皆さん、外をご覧なさい。死してなお、他者を傷つけようとする者達に満ちたこの世界の有り様を!」

 

 ビシッと指差した先には道路を徘徊する〈奴ら〉の群れが蔓延っている。

 

「ですが我々はあのような“モノ”とは無縁です。私は生徒達にある程度の自由を与えると約束しました。その結果、彼らがここにいる女性との性的行為を求めたとしても、私はそれを止められません。何故なら──それが人間に与えられた生きる為の特権だからです!」

 

 熱が入った紫藤の演説に信者となった生徒達が次々と拍手して彼を讃え始める異様な状況の中、紫藤は劣勢に追い込まれた明に歩み寄りながら話を続ける。

 

「海動君、男女の交わりはこれから我々が新世界に適応していく為に必要な、謂わば人間が持つべき本能なのですよ」

 

「なるほど……お前の頭の中がヤバイ思想で染まってるのはよくわかった。それで紫藤、死ぬ前に言い遺す言葉はそれだけか?」

 

 ここにきてようやく口を開いた明。その表情は恐ろしいまでに殺気立っており、元々の凶悪な顔も相まって凄い形相となっている。

 

「フッフッフ──死ぬ? この私が?」

 

 しかし紫藤は動じない。それどころか明との駆け引きを楽しんでいるようにすら見える。いったいその余裕はどこからくるのだろうか……

 

「海動君、あなたが女性に弱いというのは既にわかっています。お美しい鞠川先生と林先生はもちろん、親交の深い宮本さんや他の娘さん方を目の前で犯されたくはないでしょう?」

 

「……何が望みだ?」

 

「フフフ。海動君にはできたら我々の仲間になって頂き、私の意見に従わない女性達を心身共に上手くコントロールしてもらうつもりでしたが……ふむ。その殺気に満ちた怖い顔付きからして、どうやら答えは聞くまでもなさそうですねぇ?」

 

「当然だろ。俺はお前を許したつもりなんてねぇんだ。麗やみんながいなけりゃとっくに殺してやってるところだ」

 

 殺人鬼すら逃げ出しそうな凶悪な顔で言い放つ。この時点で既に交渉は決裂したと言っていい。ならばと紫藤も邪悪な笑顔で告げる。

 

「フッフッフ──この状況でよく虚勢が張れるものです。海動君、やはり君がいるとこの先きっと良くない……バスを降りて死んでくれますか?」

 

 




ただいま外道教師こと紫藤をこの章で殺してしまうか、しぶとく生き残らせるかで悩んでる作者です。

展開的には紫藤チーム退場の方が楽なんですけど、ここで貴重な人間の敵役が減るのは惜しい気も……うーん。


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ダイナミックな乗車はお止めください

紫藤先生、引き続き調子に乗ってヘイトを稼ぐの回。

なんかすんなりと書けたわりに意外と話のサブタイトルで悩んでたのは内緒(おい

そのうちゾンビ達のダイナミック出勤とかダイナミック握手会とかもあるんだろうなぁ……


 

「フッフッフ──この状況でよく虚勢が張れるものです。海動君、やはり君がいるとこの先きっと良くない……バスを降りて死んでくれますか?」

 

「なっ!? 紫藤先生ッ! あなた私の教え子になんてことを……教師失格ですッ!」

 

「“黙りなさい”──うるさいですよ?」

 

 同じ教師として生徒を何とも思っていない紫藤を見過ごせなかった京子が勇気を出して怒鳴るが、紫藤は表情一つ変えないまま冷酷に吐き捨てる。

 

 そして直後ビリィッという音と共に、静香と京子の着ていた衣服が紫藤の振るったナイフの刃先で強引に引き裂かれてしまう。

 

「「きゃあああああああッ!?」」

 

 そして勢いよくはだけた豊満な胸元。大人の女性らしく何とも蠱惑でエッチな下着が露出され、全く予測していなかった事態に二人の美女は揃って泣き叫ぶ。その後ろでは紫藤の信者達が興奮と歓喜の雄叫びを上げる中、自分達の胸元を片腕で隠した二人は恥辱のあまり顔を真っ赤に染める。

 

「先程も言いましたが、あなた方を怪我させるつもりはありません。ですがあまりに騒ぐようですと次は──わかりますね?」

 

「「………」」

 

 ナイフを使った古典的な脅迫に屈し、静香と京子は大粒の涙を流して紫藤への抵抗を諦めてしまう。自分より力の強い相手に対しては卑怯ながらも恐ろしく効果的な手段と言えよう。

 

「よろしい。さぁ、海動君。観念してバスを降りてください。そうしたら宮本さんはあなたに譲ってあげてもいいですよ?」

 

「っ……最低な奴ッ!」

 

 今度は明の隣にいた麗の顔が真っ赤に染まる番だった。紫藤の汚い言動の数々で完全に頭に血の上った彼女はモップの柄を宛ら槍術のように構えて突撃を仕掛ける。

 

「絶対に許さない! 紫藤ぉぉぉぉぉッ!!」

 

「よせッ! 行くな麗!」

 

 制止しようと叫ぶ明だが時既に遅し。ニヤリと笑う紫藤がナイフを持たない方の手でパチンと指を鳴らすと、途端に静香と京子の下着が乱暴に剥ぎ取られてしまう。

 

「いやっ! あ、やだ……ダメぇ……そ、そこっ、あっ……!」

 

「あ、あなた達!? や、やめなさ……んっ! こんなこと……ぁんっ!」

 

 見れば無抵抗の二人を取り囲むように、金髪の不良をはじめ何人かの男子生徒が背後から押し寄せ、露になった静香と京子の豊満な乳房をいやらしく揉んでは引っ張っていく。

 

「ま、待って……ひゃっん! ぁ、あんまり触ると……んんっ! おっぱい、感じちゃうからぁ……!」

 

「お、お願い……やめっ、もうやめてぇぇ……っ!」

 

(鞠川先生!? 林先生!? ……くっ!!)

 

 堪らず麗は自分の足に急ブレーキを掛け、紫藤の眼前で突き付けたモップの柄の先端部を僅か数cmのところでピタッと押し留めた。

 

「フー、フー、フー……このッ! 卑怯者ッ!!」

 

 怒りと憎しみのあまり悔し涙を流し、息を荒くした麗は鬼の形相で冷やかな笑みを浮かべる紫藤を激しく睨み付ける。

 

「卑怯? 宮本さん、すべてはこの新しい世界で生きていく為ですよ。我々人間は賢くなくてはいけません。あなたには何の恨みもありませんが……」

 

 言いつつ、紫藤は麗の後ろで立っている明へと鋭い視線を向ける。

 

「海動君は学園でも何かと私の周りを嗅ぎ回っていたようですからねぇ──はっきり言うと“目障り”なんですよ」

 

「……だから女を盾に俺に“見せしめ”になれってか? 生徒思いのクソ教師だよ、あんたは」

 

 皮肉を込めて吐き捨てると、黒い笑顔を凍らせた紫藤は目を鋭く細めて行動に移る。悔し涙を流す事しかできない麗が手にするモップの柄を片手で強引に掴み取り、それを彼女の後方に向けて力強く押し返したのだ。

 

「がはっ!? うぐっ、あ、あぐっ……!」

 

 急所は外れたとは言え、脇腹辺りに深々と突き刺さる強烈な衝撃を受けた明は堪らずその場に崩れ落ちる。

 

「!? いやぁぁぁぁぁッ! 明! 明ぁぁぁぁぁぁッ!」

 

 麗をはじめ、普段から明を慕っていた同級生達の悲鳴が車内に響く。麗は咄嗟に武器を捨て、倒れ伏した明に駆け寄って抱き起こす。

 

「ふん、これで少しは鬱憤晴らしになりましたかね……さぁ、これ以上は待てませんよ? どうやら少々バスを停め過ぎたようです……窓の外に〈奴ら〉が集まってきました。さぁ、誰かドアを開けて海動君を外に放り出し──ん? 何の音ですか?」

 

 麗が放棄したモップの柄を奪い取った紫藤が生徒達に指示を告げる直後、窓の外で何やら不気味な物音が聞こえてきた。

 

 ズルッ……ズルッ……ズルッ……

 

 何かを引き摺るような怪音がバスの外から聞こえ、それは次第に大きくなって近付いて来る。

 

「!? 紫藤先生! あ、あ、あれ……!」

 

 その時、不意に一人の男子生徒が窓の外を指差す。釣られて車内にいた全員がその位置に視線を向けると、驚いた事に人影らしき何かが窓ガラスを突き破って侵入してきた。

 

「うわああああッ!!」

 

 場所からして紫藤達に近い後部座席の方……大きな窓ガラスを破って車内に飛び込んできたのは既に活動を停止した〈奴ら〉の腐った死体だった。

 

「ひぃっ!?」

 

「うわっ!?」

 

 突然の襲来に驚き、静香と京子を拘束していた男子生徒が腰を抜かして座席に飛び退く。その僅かな隙を突き、無理やりの愛撫で感じさせられていた静香と京子が行動に出る。

 

 狭い通路を塞ぐ形で立っている紫藤に仕返しとばかりに精一杯の肘打ちを脇腹に喰らわせ、二人して仲間のもとに急ぎ逃げ帰った。

 

「「はぁ、はぁ、はぁ……うぅ……」」

 

「鞠川先生! 林先生! 大丈夫ですか!?」

 

 智江や敏美が迎え入れると、静香と京子はそれぞれ胸を隠したまま泣き崩れてしまう。顔は青ざめ、漏れる声や吐息は酷く震えているものの、どうやら本当に怪我はしていないようだ。

 

「くっ……いったい何が……?」

 

 その一方、抵抗を受けた紫藤には何が起きたか理解できない様子。静香と京子に一瞬だけ視線を向けるも、すぐに思考を切り替えてモップの柄を現れた〈奴ら〉の死体に構え、ゆっくりとした足取りで割れた窓ガラスに近付く。

 

 今のところ他の〈奴ら〉が車内後部の割れた窓を使って侵入してくる気配はない。しかし、どうやって……

 

 窓ガラスを突き破ってきた〈奴ら〉は自分の意思で侵入したというより、別の要因で強制的に車内へと投げ飛ばされたようにも見える。それはこの腐った死体の様子を見てまず間違いないだろう。

 

 死体の損傷が激しく、至るところにガラスの破片が痛々しく突き刺さり、眼球は二つとも抉り取られ、黒く汚れた血を腹部から大量に噴き出しては腐り爛れた筋肉が痙攣している。

 

「これは……普通の死に方とは違う? だとすればいったいどうやってこの高さの窓から侵入を……」

 

 明達から〈奴ら〉へと興味の対象を移した紫藤が不可解な死体を調べている頃、既に先程受けたダメージの回復を終えていた明は麗に助け起こされる。

 

「はぁ、はぁ……心配かけて悪いな……もう大丈夫だ」

 

 苦しそうな口調で喋る明は麗の手を借りて立ち上がる。そんな彼の両眼は今までの人間らしい目とは異なり、何かに呼応するかの如く不気味な赤色に発光していた。明らかに様子がおかしい。

 

「ぐっ……視界がざらつく。またこの現象か……」

 

「あ、明……その目、真っ赤になって光ってる……本当に大丈夫なの?」

 

 頭を抑えて意味深に呟く明の隣で心配そうに彼の顔色を覗き込む。青ざめた表情の麗が目元にいっぱいの涙を溜めて恐る恐る訊いてみると、明は珍しく疲れた表情で尋常じゃない量の汗を流していた。

 

「わかってる……無事に家まで帰れたら、麗やみんなが俺に聞きたいこと、ちゃんと話してやるから……お前はみんなと一緒に少し下がっていろ」

 

 苦しそうに吐く明の息が草臥れた熱を帯びる。まるで急な高熱でも出して身体が不調だと悲鳴を上げているようだ。

 

「でも……ッ! 顔色だってすごく悪いし、汗もそんなに──」

 

「うるせぇ! いいから下がってろ! 俺は死なねぇから大丈夫だ!」

 

 鬼気迫る明の怒声に麗の身体がビクッと怯む。そして再び溜め込んだ大粒の涙を流すと、麗は紫藤達を睨み付ける明の学ランを控え目に掴んで一歩後退した。

 

 言われた通りに少し後退しながらも袖を通さずに羽織る学ランを指先で摘まむように掴んだのは、それでも簡単には引き下がりたくない、離したくないという彼女自身の強い意思の表れなのだろう。

 

 ならば明もそれ以上は言わない。思えば昔から麗は一度言い出すとなかなか意思を曲げない頑固な女の子だった。

 

「明……ごめんね。私、あなたのこと……」

 

 小さく呟く麗の涙混じりの切ない言葉。しかし明からの返事はない……ただ、麗の立ち位置から見て明の横顔が少し微笑んだように一瞬見えた。

 

 その間に明は無言でドア近くに置いてあった愛用のゲーターマチェットとトマホークを掴み取り、ふらふらとした足取りで紫藤達のもとに向かおうとするが……

 

「海動君、行っちゃダメ! そんなボロボロの身体じゃまたすぐに倒れちゃう!」

 

 不意に背中へと押し当てられる柔らかな感触──後ろから抱き着いてきた静香が麗と一緒になって彼の学ランを掴んで離そうとしない。その学ランからは吐き気を催すほどの血生臭い香りが染み込んでいた。

 

「えっ? なに、それ……鞠川先生、明がボロボロの身体って……どういう、こと?」

 

 何の事かわからない様子の麗が困惑したまま訊いてみると、豊満な胸を明に押し当て彼を抱き止める静香は重苦しい表情で口を開いた。

 

「宮本さん……海動君の身体はあちこち傷だらけになってるの……普通の人なら間違いなく満足に歩けなくなっているほどの酷い怪我よ」

 

 静香が明かす衝撃の事実。それは幼少期から明と長く過ごしてきた幼馴染みの麗すら全く知らない情報だった。

 

「海動君は『ずっと前に喧嘩して出来た名誉の古傷だ』なんて言ってたけれども……その後遺症かはわからないけど、海動君は時々今みたいに酷い高熱を出したり目が赤く光ったりすることがあるの……無茶のし過ぎね」

 

「うそ……なんで、なんで明が……私、今までそんなこと……」

 

「宮本さん、ごめんなさい……海動君に自分の身体のことは誰にも言うなって頼まれてたの。それまでは私が学校の保健室で包帯とか取り替えたりベッドに寝かせてたんだけれど……」

 

 悲しげに目を伏せる静香の頬を透き通った涙が伝う。麗はもちろん、いきなりショッキングな話を聞かされた仲間は何も言えずにただ明の危なっかしい後ろ姿を見つめるしかできなかった。

 

「ったく、いちいち大袈裟なんだよ……これは一時的なものだ。後でゆっくり休めば勝手に治る。それよりみんな、気を付けろ──」

 

 言うと同時に前方を鋭く睨んだ明が二刀の武器を構えた直後、後部座席の割れた窓ガラスから突如として無数の触手が押し寄せてきた。

 

「どうやら本当の〈化け物〉が来ちまったらしいぜ……!」

 

 ──今ここに、地獄再び。

 

 

 

 

 

 




前回の話で皆さんの紫藤に対する評価はとてもよくわかりました(笑)

次回はそんな紫藤と海動がついに対決!

ゾンビと触手、そして二刀流の海動に囲まれ完全に逃げ場なしの哀れ紫藤の壮絶な最期を見よ!


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失楽園

紫藤との決着。わからないけど一応グロ注意。

原作では紫藤という人物やその周りの人間が今一わからないままなので、作者の方で勝手に独自設定追加しときました。まぁもう必要なくなるんですけどね(おい

ちなみに今話の失楽園というサブタイトルはストーリー的にかなり重要な意味があったりします。

考察班は頭の片隅にでも入れておきましょう……この作品に考察する要素いるのかわかりませんが。


 

 夕焼けに染まる町の中、マイクロバスを突如として襲った謎の触手たち。

 

 割れた窓ガラスから侵入した触手は近くにいた何人かの生徒を手始めに捕らえ、次々と浮かばせていく。

 

「ひぃぃっ!? た、助けてッ! 紫藤先生、お願いです助けてくださいッ!」

 

「紫藤先生!」「紫藤先生!」「紫藤先生!」

 

 紫藤を信頼し、紫藤に依存した生徒達が必死に助けを求めて叫ぶ。しかし紫藤は武器を手にしたまま動けないのか、危機的状況に陥った彼らを助けようという気もないらしい。

 

 そんな紫藤でさえ信者は必要とし、何度ももがき腕を伸ばしては触手に全身を呑み込まれていく。

 

「これが自分自身を見失った人間共の末路か……いつ見ても嫌なもんだぜ」

 

 それを見据える明は触手に捕獲された生徒達に少し同情しては紫藤の背後に回り込む。

 

「くっ……! このままでは……!」

 

 完全に追い詰められた紫藤。前方にはにじり寄る触手の群れ、後方には明確な敵意を静かに燃やす明に挟まれ、紫藤の顔にも冷や汗が流れ落ちる。

 

「か、海動君!? ちょうどいい! ここは共に生き延びる為に協力しましょう! この化け物を何とかしてもらえませんか!?」

 

 このままでは自身の生命が危険だと感じたのだろう。二刀の武器を突き付けて背後に立つ明へと停戦を申し出る紫藤だったが、明は残酷に笑うだけで動きを見せない。

 

「ククッ……まるで林檎だな」

 

「なっ!? 何を!? 海動君、あなたは何を言っているんです!?」

 

 明の口から唐突に出た林檎という意味深な単語に焦る紫藤は困惑を隠せない。

 

「……なぁ、紫藤。このバスはたしか俺達人間に与えられた“楽園”なんだろう? だが現に外からやって来た〈化け物〉に脅かされ、林檎は喰われそうになってるワケだ」

 

「なっ……!? それはどういう意味です!?」

 

「神話の通りさ。蛇に林檎を喰われたら人間は安全な楽園を追放されて危険な下界に落ちる……暗闇が支配する醜く穢れたこの世の地獄って場所にな」

 

「あ……っ! あ、あ、ああぁ……ッ!」

 

 その直後、紫藤はようやく明の言っている言葉の意味を察したのか、その場に力無く崩れては恐怖と不安に唇を激しく震わせる。

 

「そのおめでたい頭で実感したか? ならば先住民として歓迎してやるよ」

 

 そんな紫藤に対し、明は恐ろしいほどの凶悪な顔で言い放つ。

 

「さぁ、到着だ──ここがてめぇの地獄の一丁目! 覚悟しな紫藤ッ!!」

 

「んお!? お、おぉっ……ぐはぁっ!?」

 

 憤怒の表情そのままに明は紫藤の腹部に強烈な足蹴を喰らわせる。続けてもうひとつ目の覚めるような一撃を与え、紫藤は堪らず膝を折ってその場に崩れる。

 

「今のは俺の女に手ぇ出した痛みと思え。麗と“静香”、それに林先生──俺の両手が武器で塞がってなければ、その“目障り”な顔面にキツい拳を叩き込んでるところだ」

 

「あがっ……ぐっ……海動っ、ぉ……たかが不良の分際で……教師の、リーダーの私に、暴力など……!」

 

 苦悶の表情で腹部を抑える紫藤の姿を冷たく見下ろす。背後からはいつの間にか忍び寄った新たな触手が紫藤の下半身を捕らえたのか、ズルズルと引き摺るように身体を呑み込んでいく。

 

「わ、私やお友達が襲われていながら見過ごすつもりですか!? もしそうすればあなたを信じ、頼りにしている仲間にも蔑まれ、人間を見殺しにした犯罪者として今後生き恥を晒す事になるんですよ!?」

 

 触手に胸の辺りまで侵食されても尚、余裕を捨て去った様子の紫藤は懸命に訴え続ける。手が届く位置に立つ明の靴を絶対に離すまいと必死に掴み、恐ろしいほどの形相で明を見上げている。

 

「……紫藤、てめぇは長く生き過ぎた。“新世界ごっこ”の続きは、あの世で勝手にやるんだな。見捨てた仲間もきっとリーダーを待ってるだろうぜ」

 

「ぐぅぅぅ……ッ!! 私が、私がこの床主でどんな思いで生きてきたかも知らずによくも……よくもぉッ!! ならばこれだけは忘れるな海動ぉッ!! この私を愚かにも見殺しにしたその罪! その事実に未来永劫苦しみ続けるがいい!!」

 

 クールに吐き捨てた明は醜く歪んだ顔で絶叫し続ける紫藤を背に仲間のもとに戻っていく。途中、麗が紫藤に奪われたモップの柄をしっかり回収しておく事も忘れずに。

 

「さて……みんな、待たせたな。このバスを捨てて逃げるぞ。拠点までの道案内は俺がする。全員最低限の武装をした後、固まってドアから降りるんだ」

 

「へ、平気なの? だっていま外に出たら触手と〈奴ら〉が──」

 

 当然、不安と恐怖はある。もしかしたら今度は自分達が紫藤や他の生徒達のように捕食されるかもしれない……誰もが緊張する中、明は運転席まで進んでドアを開くスイッチを押す。

 

「問題ない。あの触手は紫藤達と遊んでる最中だ。俺達がバスの後ろに行かなければ、反対側から気付かれずに走り抜けれる。途中の〈奴ら〉は……ま、全員で強行突破するしかないだろうな」

 

「うぅ、結局そうなるのね……」

 

 色々と思うところはあれど、明と仲間達は一人ずつ慎重にドアを降りていく。その周囲を塞ぐ〈奴ら〉の群れを前に、各々が近接用の武器を手に突撃した。

 

「行くぞ!!」

 

 

 

 

 

 明達がいなくなったマイクロバスの中で蠢く触手の肉塊。捕食された生徒達の身体はぬるぬるとした肉壁の中で大きく膨れ上がっていき、急激な膨張に耐えられなくなった眼球や内臓が肉壁から生えた小さな触手によって次々と喰い破られていく。

 

「ぅぅ……うぁぁ……」

 

 至るところから聞こえてくるキシィィという触手の鳴き声、そして生徒達の弱々しい呻き声が不気味に響くバスの車内。

 

 ある男子生徒は抉り取られた眼球、耳や鼻、そして口から赤黒とした細長い触手を何本も飛び出させ、それがまた新たな生徒を襲っては着実とその数を増やしていく。

 

 またある女子生徒は妊婦のように膨らんで弾けた腹部から鮮血と粘液を滴らせては、蕩けてぐちゃぐちゃになった内臓を触手に食べられてしまっている。

 

 同じく捕食された紫藤は首から下を一番大きくて太い触手に呑み込まれていた。触手が噴射する溶解液で全身のありとあらゆる肉と皮が時間を掛けて少しずつ蕩けていく様が嫌でも理解できる。

 

「フフ、フフフフフ……! そうだ、私は“選ばれるべき”人間だ! こんなところで死ぬわけがない!」

 

 全身を圧縮されながらも、眼前で容赦なく行われる無慈悲な虐殺を見届ける紫藤。尋常ではない量の脂汗を掻いており、先程からブツブツと誰かに向かって喋り続けていた。

 

 やがて避けられない死期が目前に迫り、次第に紫藤の顔から血の気が引いていく。薄れゆく視界と意識の中、紫藤はペタペタと裸足でこちらに歩み寄る可愛らしい女の子の姿を朧気に視た。

 

「はぁ、はぁ……か、母さん……? ハハ……そこに、そこにいたんですね……? ずっと……探してた……母さん……私はあの父や弟から……あなたを守り……すべてを狂わせた……紫藤の家すべてに復讐を……あぁ、だめだ……もう冷たくなって……母さん……これからも……私の傍に……そしてまた……昔のように……私を……褒めて……ください……母、さ……」

 

 死ぬ間際──涙を流して意味深に問い掛けた紫藤に対し、幼女はただ無邪気にクスクスと嗤うだけ。それでも紫藤にとってはそれで充分救われていたのかもしれない。

 

 生命の灯火が消える瞬間、涙を流したその表情は眠るように穏やかな最期を遂げていた。

 

 

 

 

 

 ──紫藤浩一、死亡確認。

 

 

 

 

 

 紫藤も殺され、誰もいなくなったマイクロバスの中で幼女は独り吼えた。

 

「チガウ……チガウチガウチガウッ! “オマエ”じゃない……オマエなんかイラナイ!!」

 

 一本の太い触手に騎乗したまま紫藤の首根っこを華奢な片手で乱暴に掴むと、激情した幼女は紫藤の脊髄を豪快に持ち上げ一気に引っこ抜いてしまった。

 

「ハァ、ハァ、ハァ……アハァ……コレ、キモチイイッ……♪」

 

 体内にまだ残っていた血液が湯水の如く噴き出しては紫藤の血飛沫をその身に浴び、幼い少女はゾクゾクとした興奮と歓喜に打ち震える。

 

 絶命した紫藤の鮮血で赤黒く染まるワンピースの下から微かに覗く色白い無毛地帯。その下腹部から生暖かく湿った尿液が彼女の太ももを伝って膝下辺りまでいやらしく零れ落ちていく。

 

 ──絶頂に達した彼女は今まさに失禁している最中だった。

 

 紫藤を含む何人かの人間を触手で次々と虐殺した事への恍惚とも取れるサディスティックな表情を浮かべた後、次なる獲物を求めてゆっくりとバスの車内を見回すが、既に彼女の探し人は仲間を連れて一目散に逃げ出した後だった。

 

「むぅ……逃げたナァ……?」

 

 あと少し遅かった事に不満そうに頬をぷくっと膨らませた幼女。鮮血と自身が漏らした尿液で一面水溜まりになった床に転がった、紫藤の脊髄で繋がれた頭部を小さな裸足で力強く踏み砕いてからマイクロバスを降りる。

 

「……こっち……どっち……?」

 

 幼い子供らしくキョロキョロと首を振っては周辺の景色を見渡す。目指すは明達の向かった方角だ。

 

 ある程度の所在地は明と深く繋がった“血眼の視界”を通じて探知機のように察知できるが、それには明が自分と同じ“人外の力”を使わなくてはならない。

 

 しかしバスを立ち去る途中で〈奴ら〉との戦闘を終えた今、明は恐らく平常の状態に戻っているはず……これでは“血眼”同士による“視界共有”も完全には役立たないだろう。

 

 手掛かりとしては道中に倒れた〈奴ら〉との戦闘の痕跡くらいか……幼女は背中から伸ばしていた無尽蔵の触手を全て小さな体内に収納していくと、微かに薫る血の匂いを頼りに静けさの残る町並みを歩き出す。

 

 ──もうじき、地獄と化した床主市に夜の闇が訪れようとしていた。

 

 

 

 

 

 




これで第2章は終わり、ストーリーは序盤最後の舞台となる海動邸に移ります。

またそれに伴い第2章のタイトルを【マイクロバス】に変更、次回以降の更新となる第3章を予定していた【海動邸】にします。

次回からはこれまでのゾンビパニックを一旦忘れて、海動とヒロイン達のエロシーンやイチャイチャが入ってきます(原作で言うなら孝達が南リカの家で色々やってる辺りです)。

殺伐とした中でも和やかシーンというか清涼剤はやはり必要不可欠ですしね。後の惨劇や悲劇、仲間との別れなんかを演出する上で、これらの描写や会話シーンが非常に我々の心に響くっていうか……まぁ伏線です。

もちろん第3章では海動の隠し事や触手幼女ちゃん、ゾンビ絡みのシリアス要素もちゃんと含みますのでそちらもお楽しみに。


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第3章 海動邸
ようこそ我が家へ


お待たせしました!最新話です!

今回から新章突入!これからは拠点を舞台にしばらく平穏な話が続きます。




 

 ──前回、マイクロバスを捨てて危険地帯から逃げ出した明達。どういう訳か避難民らしき人間や〈奴ら〉と思わしき見るも無惨な死体があちこちに転がっているこの道路を全員で歩いていた。

 

「海動君……そろそろ私達に教えてください。あなたは明らかに普通の人間じゃありませんよね?」

 

 武器を手に警戒はしているものの、今のところ〈奴ら〉の気配がこの近辺から全く感じられない為か、一番前を歩く明に智江が若干怯えた表情で問い掛ける。

 

「その赤い目もですけど、ゾンビに対して落ち着き過ぎで……海動君はこんなことになった今が怖くはないんですか?」

 

 智江の聞きたいこと……それはここにいる全員が気になっていた事でもある。

 

「………」

 

 明は無言のまま死体だらけの道路を進むが、やがて道の曲がり角を右折してから口を開く。

 

「お前らは俺が怖いか? ま、どう見ても普通じゃねぇからな……だが今はダメだ。夜にはちゃんと話すからそれまで待っててくれないか?」

 

「……本当に? 約束ですよ?」

 

「おう。もう少ししたら俺の家だ」

 

 頷く智江や仲間達。すると今度はバスの中で紫藤に衣服を引き裂かれ、露出してしまった胸元を腕で何とか抑えつつ、音を弾ませてHカップの巨乳を揺らし続ける京子が質問してきた。

 

「ところで海動君? 私達女性はいったいいつから“あなたの女”になったんですか?」

 

「!?」

 

 いきなりの事で動揺したのか、隊列の先頭を歩いていた明が思わず立ち止まる。

 

「そ、そんなこと言ってたか?」

 

「「「「「言ってた」」」」」

 

 冷や汗を流して聞き返す明だが、女性陣は揃ってはっきりと頷く。最早言い逃れはできない。

 

「うっ……そ、それはだな……」

 

 言い訳らしい言葉が思い付かずにたじろぐ。するとそれを尻目に今度は静香が興味津々な様子で明の隣に駆け寄ってきた。しかも彼女に至っては露出した胸元を腕で隠そうともせず、暴れるままにJカップの爆乳を乱暴に跳ね揺らしており、それを間近で見せられる明にとっては非常に厄介な事この上ない。

 

「そうそう。それに私の事なんて『静香』って呼び捨てにしてたし……でも、あの時の海動君かっこよかったから許しちゃう♡」

 

「フフ♪ そう言えば海動。アンタ、時々アタシのこと気安く名前で呼び捨てにしてくるわよねぇ? ひょっとして胸の大きい年上のお姉さんタイプが好みとかぁ?」

 

「「「!?」」」

 

 静香と美玖の大胆発言を聞き、明に密かな恋心を向ける麗、智江、敏美の巨乳美少女三人が実にわかり易い反応を見せて明の傍に慌てて駆け寄ってきた。

 

「そ、それなら私だってみんなに負けないくらいおっぱい大きいし! 今は留年しちゃったから同級生だけど、本当は夕樹先輩や毒島先輩と同じだから大丈夫なはず……ねぇ明、そこのところどうなの!?」

 

「海動君、前々から思ってはいましたけど……やっぱりあなたは女の敵です。元学級委員長として、今後もしっかり監視させてもらいますからそのつもりで」

 

「ひどいよ海動君……私や美鈴との事はお遊びだったの……? あんなにデートしてたのに……うぅ」

 

 三者三様の反応で明を取り囲む可愛らしい仕草の巨乳美少女達。その後方では明に対して普段からあまり良く思っていない美鈴が何やら暗い表情で深い嫉妬の念を明に向けていた。

 

(敏美……やっぱりまだそいつのこと諦めてなかったんだ。あんなに二人の仲を近付けないように妨害してたのに……一番仲良しの私より、そんな不良で悪い男を選ぶんだ……渡さない、敏美は絶対に私だけのものなんだから……!)

 

 この時、女性陣の対応で動揺していた明は美鈴の内なる感情に気付けなかった。もしもこの時点で美鈴の違和感を察知していたら、この後敏美があんな悲劇に巻き込まれずに済んだのかもしれない……

 

「おい、みんな頼むからそれ以上誤解を与えるような事は言わないでくれ。それにデートって……別に学校帰りに同じ駅前のゲーセンで偶々会って偶々遊んでたってだけじゃねぇか。だいたい俺は特定の女と付き合うつもりなんざ──」

 

「あなたたちッ! 学校帰りにそんな場所に寄り道してたんですか!? 海動君、後でゆっくりお話を聞かせてもらいますッ!」

 

「おいおい……勘弁してくれ」

 

 ついには真面目な性格の京子までもが明を巡る会話に加わり、収束が付かなくなってしまう。その様子を他の女性達より後退した位置でニヤニヤと見守っていた美玖が悪戯っぽい笑顔で愉しげに言う。

 

「あら、じゃあいっそみんなでハーレムぅ? アタシは面白いから別にいいけどぉ?」

 

「「「「「~~~~ッ!?」」」」」

 

 ……これ以上はさすがに我慢できなかったのだろう。顔を真っ赤にして怒る女性陣からジト目の集中光線を浴びてしまう中、その何とも現実離れしている緊張感の無い男女間の空気に入り込めないでいるのは不良生徒の森田と今村両名。

 

 たとえ女性関係で軽蔑されようが、それでも何だかんだ藤美学園が誇る巨乳揃いの美少女美女達にしっかりと挟まれて歩く明に対し、同じ不良の男として完全敗北を悟ったモテない男子二人は恨めしそうに内心呟くのだった。

 

((おのれ海動許すまじ……ッ!))

 

 そんな話を全員で繰り返しているうちに空も完全に暗くなった夜の18時過ぎ──ようやく長い旅路を終えて明達がひとまず安全な海動邸に到着した。

 

 まだ床主市内でパンデミック発生から僅か1日目の出来事である。

 

 

 

 

 

 明の自宅はこの近所でも一際目立つ大きな洋風の屋敷だった。まずは厳重に閉められた鋼鉄の門を開き、〈奴ら〉の侵入した気配を感じない広大な庭を少し歩いた距離にその立派な家は建っている。

 

「ここだ。着いたぞ」

 

「うわぁ……」

 

「すごい……」

 

「あらまぁ……」

 

「うそ……」

 

 玄関前に集まった女性陣が驚きのあまり思い思いに感嘆する。この場所からも距離的に遠い沙耶の実家──県下最大勢力を誇る国枠右翼団体『憂国一心会』本拠地である高城邸には当然ながら規模で負けてしまうが、個人住宅という意味では明の家はなかなかの規格外だった。

 

「ねぇ海動君、あなたの家族は何してる人なの? こんなすごい家に住んでるんだから、きっとお金持ちよね?」

 

「ん、まぁ……」

 

 口調からして明らかにワクワクしている静香の質問を受けて途端に歯切れの悪くなる明。どうやら家族関連の話題はあまり好きじゃないらしい。

 

「あっ……みんなに話しておくと、明の両親はずっと海外暮らしなの。中学生になったくらいから私も全然来てなかったけど、小さい子供の頃はよく幼馴染みの孝や沙耶も連れて遊びに来てたから……なんだか懐かしい」

 

「っ……今はその話はいいだろう。家族なんざ俺には……」

 

 麗がみんなに説明する傍らで独り落ち込んだ表情で寂しげに呟き、明は懐のポケットから家の鍵を取り出してドアを開ける。

 

 玄関ではそれぞれ靴を脱ぐ事に。非常時ではあるが、この時点で〈奴ら〉に侵入された痕跡は見当たらない為、靴を脱いでも大丈夫だろうと判断した。

 

「よし、とりあえずリビングで作戦会議だな──っておい!?」

 

「うわ~綺麗~!」

 

「見てみて! 家具もすごいよ!」

 

「それに部屋も広いし言うことなしね!」

 

「これからここで暮らしたいわね~!」

 

 玄関で全員を一階のリビングに案内すると、またしても女性陣が楽しそうにはしゃぎ始めた。

 

「……お前ら、人ん家で随分楽しそうだな」

 

 呆れ顔の明は額に手を置いて溜息を吐く。それからちょっとした興奮状態にある全員をふかふかな高級ソファーに座らせて話を進める。

 

「とりあえずDay1はここに籠城だ。災害対策用の物資なんかは一通り備蓄してあるから後で確認しとくか」

 

 喋りながらリビングに置いてあったノートに黒のボールペンで今後の予定などを細かく書き記していく。

 

「おっと……忘れてた」

 

 そしてふとボールペンを止めた。

 

「電気ガス水道がまだ使えるうちにさっさとやれる事するか。あ~、すまんが女達は先に風呂でも入ってくれると助かる」

 

「「「「「「「えぇっ!? お風呂!?」」」」」」」

 

 明がノートに目を通したまま全員に伝えると、突然ソファーから立ち上がる女性陣。まさかこの状況下で入浴できるとは思ってもいなかったのだろう。全員それはもう大喜びという表現で歓声を上げていた。

 

「あっ……でもあの、私達で一人ずつ順番に入ってたら時間が掛かっちゃうんじゃないかな?」

 

「ん? ああ、ウチの風呂場は無駄に広いからその点は多分問題ない──っと、女は全部で何人だ? 7人か……だったら何人かは先に身体を洗って、その間に残りは先に風呂に入ればいいだろ」

 

 敏美の指摘に冷静に答えると、続いては美玖からの質問が飛んでくる。

 

「ねぇ海動ぅ。アタシ達の制服、みんな〈奴ら〉の血とか汗でべっとりなんだけどぉ、ちゃんと全員分の着替えはあるんでしょうねぇ?」

 

「うっ……」

 

 そこで初めて明の眉間に嫌そうな皺が寄った。察するに女性達の衣服や下着類は全く用意していなかったらしい。尤も、パンデミックが発生する以前から不良学生の明が一人で女性用の衣服や下着までしっかり買い漁っていたとしたら、それこそ確実に周囲から気持ちの悪い変態扱いされて最悪警察のお世話になってしまうので、それは今回やむを得ない事情だったりする。

 

「え~!? 私達の着替えないの~!?」

 

「……すまん。今日は全員その格好で過ごすしかないだろう」

 

 素直に謝るが、普段から見た目に気を使う年頃の女の子達は案の定不満そうな仕草を見せる。

 

「……男物でよければワイシャツくらいは数日分用意してあるぞ。下着はさすがに今ので我慢してもらうが……どうする? もしくは風呂を諦めて今の格好で過ごすかだな」

 

 仕方ないとばかりに溜息を漏らす明が伝えると、女性陣はどうするかの話し合いをする事にしたらしく、ソファーから離れてひそひそ話を始めた。

 

 その間に明の正面に座っていた森田と今村が祈るような仕草で何やらブツブツ呟いている。『神様お願いします』という言葉が微かに聞こえてくるところを考えるに、どうやら二人のいつもの悪い癖が始まったらしい。

 

 明も別に女体に興味ない訳ではない。美少女達との性行為も必要とあらば今までの長い人生で経験してきたし、実際それがストレスを抱える彼女達の精神安定剤にもなる。

 

 安全な拠点に到着した時点で明達が危惧すべきは人間関係の縺れだろう。今のところは大丈夫そうだが、いつ些細な事で内輪揉めが勃発するかわからないのだ。明としてはむしろそちらの方が〈奴ら〉との戦闘よりよっぽど難儀な問題だった。

 

「………」

 

「明、お待たせ。話し終わったわ」

 

 その間にも女性陣が戻ってきた。彼女達を代表して麗がどうなったのかを報告していく。

 

「とりあえず、みんなワイシャツを借りて着る事で納得したわ。それから私達が今着てる服なんだけど……」

 

「お前らが着ている服に関しては後で俺が洗濯して綺麗に乾かすから、今日明日は全員ワイシャツと下着で我慢してくれよ?」

 

「うん、ありがと明。それとね? 鞠川先生と林先生の新しい服も欲しいって……破かれちゃってるし」

 

「あぁ……わかった。それも含めて後日ショッピングモールに行って着替えや食糧でも調達するさ。それよりほら、早いとこ風呂行かないと時間なくなるぞ?」

 

 そう言って明に促された女性陣は各々が感謝の言葉を伝えてから全員で風呂場に向かっていく。

 

「これは……騒がしくなりそうだな」

 

 彼女達が楽しそうに談笑する後ろ姿をリビングで見送り、明はやれやれと溜息吐いて天井を仰ぐ。この世界でパンデミックが発生してから久しぶりの戦闘、続けて一時的な能力を行使した事での身体にくる急激な負担……

 

 実のところ肉体的に疲労困憊な明は本当ならここで一眠りしたいのだが、それが簡単に出来ない事も明は理解している。今までもそうして誰かの為に、身体と命ある限り孤独に頑張ってきた。

 

(仕方ねぇ……色々怖い目に遭っただろうし、可愛らしいお姫様達の為にもう一仕事するか)

 

 重い腰を上げて今一度立ち上がる。肩から羽織った藤美学園の学ランをソファーに脱ぎ捨てた明の向かう先はキッチン──と、その前に。

 

「森田、今村。休んでるところ悪いが2階に行って誰も使ってない部屋から荷物をここに運んどいてくれないか? 女達が風呂を出たら全員に配る荷物や武器の確認をしておきたい」

 

 振り返って声を掛けると、森田と今村は何やらコソコソと怪しい動きを見せている最中だった。ビクッとしながらも二人は言われた事に応じる。

 

「い、いいけどよ……そしたら海動はどうするんだ?」

 

「ん? 俺か? 俺はまぁ──料理の時間だ」

 

 ニヤリと笑い、明は血や汗を染み込んだ汚いワイシャツの上から調理用のエプロンを着用するのだった。

 

 

 

 

 

 




次回、美少女だらけの入浴タイム。エロとポロリしかないよ!

そして幸せを楽しむ彼女達に音もなく忍び寄る怪しい人影がひとつ、ふたつ、みっつ……?


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生き返る心と身体

お待たせしました!最新話です!

今回はちょっと話の展開を修正する必要が出来てしまった為、ヒロイン達のお風呂タイムは残念ながら次回に流れてしまいました……(^_^;)


 

 時刻は夜の19時前。明達を部屋に残して一足先に浴室へと向かった女性陣。

 

 電気ガス水道がまだ使えるうちにやれる事はやっておきたい……明の主張で急遽決まった入浴タイム。

 

 キッチンに向かう前に明が予めお湯を沸かしてくれたらしく、女性陣の中で唯一海動邸の内装を知る麗の案内でやって来た脱衣場。

 

 そこで全員汚れた衣服を脱ぎ、後で洗濯する為に置かれてあった洗濯カゴに衣服を入れていく。下着はお風呂から上がった後も変わらず身に付ける事になった為、衣服とは別に脱衣場のカゴに置いておく事に。

 

 海動邸の浴室は明の母親の趣味なのか、かなり広々とした余裕のある快適空間になっており、恐らく明の母親が以前から入浴の際に使っていたのだろう──見るからに高級な香水まできちんと並べて用意されていた。

 

「ねぇ、お風呂にこれちょっとだけ入れてもいいかしら?」

 

 そう言って脱衣場の棚を全裸の姿で楽しそうに物色していた静香が引っ張り出したのは甘くて良い匂いのする香水だった。

 

「鞠川先生、あなたはまたそうやって……いいですか? 私達はこの子達の教師であって保護者でもあるんですよ? あまり人の家の物を勝手に弄っちゃいけないと思いますが?」

 

 その後ろで腰に手を当てた京子が顔をしかめた呆れ口調で咎めると、静香は不満な態度で京子の説得に乗り出した。

 

「えぇ~……だってこれ、すっごく人気のあるブランド物の香水なのよ? 私達で使わなきゃもったいないと思うんだけど……」

 

「鞠川先生、そういう問題ではなくて──」

 

 教師二人が全裸のまま言い合っているその傍らでは、同じく藤美学園指定のセーラー服と各々の個性が出ている可愛らしい下着を脱ぎ終えた女の子達がお互いの身体を観察していた。

 

「ふわぁ~……夕樹先輩のお胸、すごく大きくて綺麗な形……」

 

「本当、何をしたらこんなになるのかしら……?」

 

 敏美と美鈴は自慢気にGカップは間違いなくあるだろう豊満なバストを揺らす美玖と胸の話題で談笑している最中らしい。その横では麗と智江もしっかり聞く耳立てて会話に加わっている。

 

「フフ♪ 女の秘密よ。それと──いつまでも夕樹先輩じゃアタシが気持ち悪いし、これからは普通に美玖って呼んでくれていいわ。アタシもアンタ達のこと名前で呼ばせてもらうから」

 

「えっ、でもそれじゃ……」

 

「いいのよ別に。アタシは元々後輩とかどうでもよかったし、アンタ達に先輩って呼ばれるほど大した女でもないから」

 

 そう言って小さく笑う美玖からはどこか大人びた哀愁の雰囲気を感じられる。彼女の知られざる過去に何か関係しているのだろうか……

 

「それよりさ。そう言うアンタ達だってなかなかのプロモーションよねぇ? フフフ──もう少し揉んだらアタシみたいにもっとエッチなおっぱいになるかもしれないわよ?」

 

 美玖のニヤリとした発言に彼女達の視線がちらりとお互いの豊満な胸元へと向けられる……なるほど。確かにどの胸を見比べても非常に健康的で見事な発育具合と言えよう……ただ1名を除いて。

 

「……いいのよ、胸なんかなくたって。むしろ周りがやたら大き過ぎなだけ……えぇ、きっとそうよ……私は何も悪くない」

 

 この中にいる女性では唯一の貧乳である美鈴はどんよりと暗い雰囲気で悲しげに呟くが、そこに明るい笑顔を浮かべた全裸の静香が歩み寄って来た。

 

「なぁ~に、みんなして女の子の身体の話? だったら先生達も混ぜて混ぜて♪」

 

「はぁ……何故でしょうか。私っていつもこんな役回りばっかり……教師なのに……」

 

 ぷるんぷるん暴れるJカップの爆乳を揺らす静香の後ろに控えている京子はどうやら彼女に言いくるめられたらしく、先程から憂鬱な溜息を漏らしていた。

 

 上機嫌な静香の手にはしっかりと香水の瓶が握られており、現在の家主である明には無断で使用するらしい。尤も、後でそれを知ったところで明は別に気にもしないだろうが。

 

「鞠川先生、それにあなた達も……いい加減はしたないですよ? そろそろお風呂に入らないと……海動君や森田君に今村君だって待たせているんですからね?」

 

 京子の言う事は正しい。今後いつ水道やガスが止まるかもわからない状況であまり悠長にしていられないのも事実。ましてやこれだけの人数が入浴するのだ。

 

 盛り上がっていた彼女達もここは素直にチーム年長者である京子の意見に従い、外側からは見えないように設計されている浴室のガラスドアを開いて中へと入る。

 

 リゾートホテル宛らの綺麗な浴室は壁一面が純白で覆われ、清潔且つ上品な空間を演出し、高級感溢れるユニットバスは大人が三人ほど一緒に入ってもまだ僅かに余る広さで、既にちょうどいい熱さのお湯で満たされている。

 

 彼女達は全員ゴクッと生唾を飲み込むと、もう我慢できないとばかりに突撃していった。

 

 

 

 

 

 ──その頃、リビングでは森田と今村が2階の部屋から運び終えたリュックサックが幾つも並んで置かれていく。

 

 乾パンや缶詰めなどの非常食、水の入ったMサイズのペットボトルが数日分、新品の白いタオル複数にポケットティッシュ、ウェットティッシュ、救急箱、ガムテープ、新聞紙、ビニール袋、ゴミ袋、ゴム手袋、軍手、コンパス、ロープ、携帯ラジオ、懐中電灯、キャンプ用のランタンといった災害対策物資のほか。

 

 双眼鏡、発煙筒、床主市の地図、シガレットのココア味1ボックス30個入り、煙草1カートン、マッチ1箱、爆竹(玉タイプ)1箱分、長崎爆竹(20連発式タイプ)1箱分などが大量に用意されてあった。

 

 それらの荷物を一つずつ床に出しながら、森田と今村は改めて明の用意周到振りに感嘆してしまう。

 

「なぁ、海動──お前いつの間にこんなすげーもん買い集めてたんだ?」

 

「そうだぜ。地震とかの災害対策ってならまぁわかるけどよぉ。これはちょっとレベルが違うっていうか──大袈裟過ぎじゃねぇか?」

 

 二人がキッチンに立っている似合わないエプロン姿の明へと質問すると、明は人参やじゃがいもの皮を器用に剥きながら彼らの方も見ずに淡々と答える。

 

「……俺はただ生き残る為に準備してただけさ。それに……同じ悪夢はもう二度と繰り返したくねぇからな」

 

 意味深に呟く明に対して二人は困惑した様子で首を傾げていたが、明はそれを無視して怖い顔付きのまま、先程皮を剥き終えた野菜を調理用の包丁で丁寧に切っていく。

 

(そうだ……“あの地獄”を味わうのは今までもこれから先も俺一人でいい。森田や今村、麗や静香、そして美玖──今のみんなじゃきっと“アレ”には耐えられないだろう……俺が少しでもこうやって助けてやらねぇと)

 

 深い決意に満ちた明。その脳裏には今でも頻繁に夢に見る残酷な光景がはっきりと魂に深く刻まれている。

 

 

 

 

 

 瓦礫の山が延々と広がる廃墟と荒野の地域と化した日本。真っ赤に染まった不気味な空はどこまでも暗黒の業火に包まれ、ありとあらゆる草木や水、そして生物が完全に滅び去っていた。

 

 誰も住めない死の星となってしまったこの地球で唯一神から活動を許された生命体は人間の身を捨てた海動明、そして度重なる進化を続けて遂に不滅の化け物へと成り果てたゾンビ──〈奴ら〉の軍勢だった。

 

 それはまさしくこの世の地獄。かつて『床主市』と呼ばれていたこの都市も今では見る影もなく、降り注ぐ放射線の雨によってどろどろに蕩けた廃墟のビル群は人類が過去に存在したという文明を表す冷たい墓場のようで、人間が一人残らず絶滅した醜く穢れた世界は燃え盛る灼熱の業火と吹き荒れる砂塵の風に曝されていた。

 

『みんな、俺を残して死んじまった……麗、静香、美玖……俺は、俺はこれからどうすればいい……?』

 

 つい先程、この地球上で最後に残った唯一無二の人間『夕樹美玖』はほぼ無限に迫り来る〈奴ら〉の前で世界の全てに絶望──自ら命を絶ってしまった。

 

 今となっては既に懐かしい、最初のパンデミック発生から年季が経って随分ぼろぼろになった藤美学園のセーラー服を着た彼女の血に染まった綺麗な亡骸を優しく抱き締め、静かに涙を流す明は眠るように瞳を閉ざした彼女をお姫様抱っこで安全に運び終えたのだ。

 

『……また、俺だけが生き残るのか? こんなにも無意味な世界で俺だけが死ねないまま……』

 

 荒れ果てた荒野に座り込んだ明の眼前には美玖の亡骸が眠る墓標が作られてある。その辺に積まれた瓦礫の山から適当に発掘したコンクリートの残骸を掘り出した土の中に力ずくで突き刺し、美玖が生前愛着していたカチューシャを墓前に供えた。

 

『……なぁ、どうせ俺の姿をどこかで見ているんだろ? だったら頼む……さっさと俺を終わらせてくれないか? もう何もかも疲れたんだ……少しくらい休ませてくれ……』

 

 言ったところで無駄だとはわかり切っている。何しろこれが初めての経験ではない。

 

 海動明という存在は既に幾百という次元世界を孤独のままに渡り歩いてきた。その過程で世界は必ずパンデミックに襲われ、何度も繰り返しこの世界が終わる瞬間を目の当たりにしてきた。

 

 それと同時に愛する者達の悲しい死に様も……

 

 ある時は長年の恋愛を経てめでたく恋人になった宮本麗を性欲過剰な〈奴ら〉に目の前でレイプされたまま、無惨にも〈奴ら〉の度重なる膣内射精でパンパンに膨らんだ腹部を子宮諸とも残酷に破裂させられた。

 

 またある時は放浪癖のある母親代わりに不良同然だった自分を大切に育ててくれた静香と禁断の恋仲になるも、二人で一緒に避難したショッピングモールで協力していた仲間の男数名にいつの間にか彼女を連れ去られてしまい、必死に探した結果そこで見るも無惨な亡骸へと変わり果てた全裸の彼女を発見してしまったり……

 

 それまでに明の選択した行動次第で微妙に世界の出来事は変わるも、最終的にはどの世界も仲間達の命は惨劇と共に奪われ、日本を含む世界は降り注ぐ破滅の光によって地獄へと変貌してしまう……

 

 気が遠くなる時間、過酷な人生をもう嫌というほど経験してきた明の心と肉体は既に限界まで擦り切れていた。

 

『…………クスクス♪』

 

 世界が終わるその最期の瞬間、心身共に深い傷を負った明はまた独り静かに眠りに就く。頭の中で心地よく聞こえる可愛らしい女の子の声と共に、明に与えられた時間は今一度始まりへと巻き戻っていく……

 

 

 

 

 

 




いよいよ海動の秘密その1が明らかになりました!

まぁ所謂逆行、タイムリープですね。

海動のやたら都合の良い用意周到さ、1話から続いていた意味深な言動の数々はすべてタイムリープによるそれまでの経験値上乗せと知識を持って何度も繰り返しパンデミック世界を転生しているからです。

と言ってもこれは謎のほんの一部……第3章では引き続き海動の人間離れした秘密が明らかになっていきますので。

そして次回こそヒロイン達のちょっとエッチなお風呂タイムが!?


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お風呂の中で 前編

予想より長くなったので前後編に分けて更新します。

それと夕樹美玖に関するオリジナル設定あるので注意。


 

「ふぅ……まさか海動君のお家でお風呂入れるなんて夢にも思ってなかったわねぇ」

 

 白いバスタオルで金色の髪を丁寧に巻いた静香がユニットバスの中でうっとりと呟く。その隣ではリラックスした様子の京子と美鈴が肩まで浸かっており、静香が持ち込んだ香水入りのユニットバスに癒されていた。

 

 最初に髪の毛と身体を綺麗に洗い終えた静香、京子、美鈴の三人がユニットバスに入り、反対にそれまでユニットバスで温まっていた麗、智江、敏美の三人が現在は横に並んで身体を洗っている。

 

「あの、夕樹先輩『美玖』──えっ? あっ、ごめんなさい……美玖さんは本当に最後でいいの?」

 

 全身を真っ白なボディソープで包まれた敏美が訊ねる。美玖はユニットバスの端に足を組んで腰掛けており、まだ一度もその場から離れていなかったのだ。

 

「いいわよ別に。アタシはこうしてみんなの見張りやってあげてんの。途中でスケベ野郎共にエッチな身体覗かれたら嫌でしょ?」

 

 からかう口調で言われ、麗、智江、敏美の三人は揃って顔を赤らめてしまう。

 

「なんて言うか、意外……夕樹先輩──美玖ってもっと怖い感じの人かと思ってた。学校でも色々と危ない噂があったから」

 

 麗が呟くと、美玖は短く笑ってから足を組み直しつつ真面目に語り出す。

 

「アタシはいつも自分の事だけ考えてがむしゃらに生きてきたからさ。こうして不良になったのも親父に虐待されてたって影響もあるのよ」

 

 美玖は笑って自分の秘密を話すが、その鋭く光った瞳には冷たくて暗い闇が広がっている。

 

「美玖さん、その……家族とかは?」

 

「誰もいないわ。母親はどっかに別の男作ってアタシ見捨ててとんずら──それ以来一度も会ってないしもう二度と会いたいとも思わない。父親は酒とギャンブルで狂った挙げ句にあちこち借金作って危ない薬にまで手ぇ出して──」

 

 そこまで話すと、美玖は深い溜息を吐いて浴室の天井を見上げた。

 

「……アタシさ、いつも他人から虐待されてた。親父はアタシの身体使って援交とか売春させたりして金を稼げるだけ稼がせて自分は偉そうに威張り散らしてばっか。あの女は汚い親父連中に無理やりセックスさせられて泣きじゃくるアタシを助けようともせず邪魔者扱いして自分だけさっさと逃げて──そこで思ったんだ。このつまらない世界で頼れるのはいつだって自分だけ──だからアタシも生きようと必死だった」

 

 美玖の瞳からぽろぽろと小さな涙が頬を伝うと、彼女は立ち上がって黙々と聞き入る全員の顔を見回す。

 

「生きるってことはさ、戦いなのよ……孤独で虚しいたった一人の頑張り物語。そしてアタシは負けじとそれに戦いを挑んだ──」

 

 それからの美玖は凄まじい変化を遂げた。より淫らでよりいやらしく、より残酷でより危険な悪女へと……一年生になった辺りで藤美学園の不良だった当時の先輩達に媚び売って不良グループの仲間入りを果たすと、自身が長年掛けて磨き上げた年齢不相応の美貌と悪い大人達から散々教え込まれた快楽の技術で心身共に彼らを骨抜きの虜にした。

 

 そこから美玖は頭角を現し、先輩達が卒業した後も藤美学園が誇る最強最悪の不良女子として暗躍する事に──そして今日の朝にパンデミックが発生し、美玖が退屈に感じていたこの世界は唐突に呆気なく終わりを迎えた。

 

「……まだ本質は昔の悪いアタシのままかもしれない。けどアタシだってもう逃げたくないからさ……だからこれからは海動と一緒に戦う。アンタ達も救えるだけ守って、アタシがアタシでいられる証をこの新しい世界で見つけてみせるのよ!」

 

 美玖の独白と胸に秘めた覚悟を聞いて他の彼女達は口にこそ出さないものの、各々が衝撃を受けていた。美玖の黒い噂が真実だった事はもちろん、それ以上の知ってはいけない彼女の深い闇を覗いてしまった気分だ。

 

「──って、何よみんなして! アタシのことはもう忘れていいからアンタ達もさっさと恥ずかしいところサービスしなさいよぉ!」

 

 ……言い過ぎた。美玖はせっかくの入浴タイムが自分のせいで楽しくなくなっては彼女達に悪いと思い直し、一度空気を変える為にもボディソープを付けて身体を洗う途中だった麗、智江、敏美の魅力的なむちむちボディに冷たいシャワーを勢いよく浴びせ掛けた。

 

「「「きゃんっ!?」」」

 

「んん~? あらぁ、可愛い反応ねぇ♪」

 

 突然の行為に敏感な反応を見せる三人。各々が涙目で美玖を恨めしく睨み付けると、その中で一人立ち上がった麗が冷水の溜まった桶を掴んで彼女の豊満な巨乳目掛けてお返しとばかりに冷水を浴びせ掛けた。

 

「やぁんっ♪ 冷た~い!」

 

「うぐっ……この人全然堪えてない……」

 

「アハハ♪ まだまだ甘いわねぇ。どうせならこういうところにしないと──ほぉら、捕まえた♪」

 

「ひゃっ!? ぁ……んっ……やぁ、そこだめぇっ! あっ、あぁ……んんっ……!」

 

「アタシに勝とうなんて百年早いわよ、麗。さぁ~て、後の二人はどんな可愛い声でエッチに鳴いてくれるかしらぁ? フフフ……」

 

 そうして始まる美少女達の裸の交流。美玖を巻き込んで四人全員が全裸で揉みくちゃになってイチャイチャ楽しんでいると、美玖と麗にEカップの巨乳を揉まれていた敏美が突然冗談ではない本気の悲鳴を上げた。

 

「敏美!? ど、どうしたの!?」

 

 敏美と仲の良い美鈴がユニットバスから立ち上がって慌てて訊ねると、片手でぷっくりとエッチに膨らんだピンク色の乳首を隠した敏美がすっかり怯えた顔で窓ガラスを恐る恐る指差した。

 

「あ、あそこの窓……さっき誰かが私達のこと覗いてたような……」

 

 先程までの快感とは明らかに違う意味で身体を震わせた敏美が言うには、浴室の窓から怪しい人影がこちらを覗いていたとの事。

 

 ただ事ではないと感じた麗と美玖が浴室の中からその窓を開けて二人で外の様子を確認するが、浴室の近くに誰かが立っている人の気配はない。

 

「ねぇ、敏美ちゃん……誰もいないわよ?」

 

「敏美、アンタほんとに見たの? アタシ達のおっぱい攻撃から逃げようとデタラメ言ったんじゃないでしょうねぇ?」

 

 麗と美玖に怪訝な表情で振り向かれ、敏美も恐る恐る開かれた窓ガラスに歩み寄っていく。

 

「ほ、本当に見たもん! その……お風呂の湯気であんまりはっきりとは見えなかったけど……女の人の顔みたいな影がぼや~って窓の外に見えてた……と思うけど」

 

 敏美が窓の外で視たモノについて話していると、その場にいた全員が突然悪寒のようなものを肌に感じ、得体の知れない不安と恐怖からブルッと身体を震わせてしまう。

 

 これは窓の外から浴室に入り込む冷たい夜の外気が原因ではないと、ここにいる全員が何故だか直感した。

 

「た、たぶん気のせいよ。ほら、身体冷えちゃったしもう窓を閉めよ? ねっ?」

 

「……そうした方がよさそうねぇ」

 

 何やら危機感を察知した麗と美玖が急いで窓を閉めていく。その様子を海動邸の敷地内の物陰から二つの発光した血眼が瞬き一つせずにジーっと浴室を覗いていた。

 

 ……そして、一言。

 

「……見ィつけたァ♪」

 

 クスクスと笑う女の子の声は不気味に囁いてからその姿を瞬時に消し去るのだった。

 

 

 

 

 

 浴室で女性陣が楽しそうに水浴びして騒いでいる頃、エプロン姿の明は今晩の夕食に使う新鮮な野菜を包丁で切っていた。

 

「……おっと、そういや大事なもん忘れてたな」

 

 そこでふとある事を思い出し、包丁をまな板に置いた。明はキッチンの棚から調味料や隠し味に使う材料を探し始めると、事前に買い置きしていたそれらを並べていく。

 

「やっぱカレー作るには必要だからな。せっかくならみんなには美味いもん食わせたい」

 

 得意気な顔をする明が次々に取り出したのは、市販の辛口ルーの他に醤油、にんにく、リンゴ、チョコレート、インスタントのコーヒー豆だった。

 

「おーい海動! ちょっといいかー?」

 

「ん? どうした?」

 

 リビングにいた森田と今村からお呼びの声が掛かるが、ちょうど料理で手が離せない明は二人に何事かと訊いてみる。

 

 聞けばこれだけの物資を事前に用意していたのだから、〈奴ら〉と戦う為の武器なども用意しているんじゃないのか?との事。言われてみれば納得の質問に頷いた明はちょうどいい機会だと思い、ここで少し武器に関する話を真面目に語り始めた。

 

「対ゾンビ用の武器になり得そうな物しか用意してねぇけどな。ま、それはまた後でみんな揃ってから話すとして……先にお前らには武器選びで大事なことを言っておくか」

 

「な、なんだよ急に……」

 

「例えばの話だが──B級のゾンビ映画なんかだと、やたら乳のでけぇ主人公の美女がチェーンソーで派手に斬り込むシーンがあるだろう? あれは数ある対ゾンビ武器の中じゃ一番あり得ない最悪なパターンだ。お前らそういうのほんと好きそうだから予め釘を刺しておく」

 

 ……どうやら完全に図星だったらしい。森田と今村はゾンビ用の武器として明がチェーンソーを用意しているものだと思っていたらしく、その明からチェーンソーの使用はあり得ないと言われて驚きを隠せないようだ。

 

「マジかよ……俺ああいうことするんだってちょっと憧れてたのに」

 

「そうだよなー。チェーンソーかっこいいと思うけど駄目なのか?」

 

「おいおい、お前らなぁ……そもそもチェーンソーってのは威力こそ確かに派手で強力だが銃以上に騒音が激しいんだ。おまけに〈奴ら〉を斬り刻んだ過程で飛び散る血や肉片ですぐ使い物にならなくなる。それにチェーンソー本体を充電しながら戦う問題だってある。かっこいいと思って目立って死にたい馬鹿でもねぇなら、間違っても仲間のいる場所でチェーンソーを使おうなんざ思わねぇでくれよ?」

 

 ゾンビに関する知識が他人より豊富な明がそう言うのだから間違いないのだろう。はっきりとチェーンソー使用禁止を言い渡されて落胆した様子の二人は次に気になっていた事を質問する。

 

「じゃあ銃! 銃とかはさすがに家にあるんだよな!? な!?」

 

 期待する森田と今村に対し、明は静かに首を左右に振る……つまり“ノー”だ。

 

「そりゃ映画の観過ぎだ。第一この日本で本物の銃なんざそう都合よく手に入るわけないだろ? それに現実の〈奴ら〉と殺り合うのに銃はそんなに必要ねぇ。あれは素人が撃つと命中率が極端に下がるうえに撃った時の音で〈奴ら〉を余計に呼び寄せてしまうからな」

 

「……なんかそれ、本物の銃を前に撃った事あるみたいな言い方だよな?」

 

 キッチンでリンゴをすりおろしながら淡々と答える明に対して森田と今村が思わず疑問に感じた事を聞き返すと、明の手先が一瞬ピクッと反応した。

 

「……考えてみればわかるさ。“構えて狙って撃つ”──弾が飛び出すまで三行程も掛かってその間こっちは自由に身動きが取れねぇんだ。他に心強い仲間がいるなら銃を使ってもいいが、俺としてはあまりオススメできねぇな」

 

 二人の疑問は適当にはぐらかされた気もするが、森田と今村は大人しく引き下がる事にした。何しろお風呂に入っている女性陣が出て来たら改めて用意した武器の紹介と説明をすると明が言っているのだ。

 

 ならばここは素直に待った方がいいと二人は思い直したらしい……とその時、浴室の方から敏美と思われる悲鳴がはっきりと聞こえてきたではないか。

 

「おぉ、すげー声。なぁ、今のって敏美ちゃんかな? 結構ガチっぽい悲鳴だったけど……」

 

「さぁ? けどあいつらも何かあったら風呂から出てこっちに逃げて来るだろ。それがないって事は多分何もなかったんじゃね?」

 

「……ったく、あいつら……騒ぎ過ぎだな」

 

 しかしその悲鳴を聞いても男子達は顔色一つ変えずに平然としていた。というのも先程から何度も女の子達の騒ぐ声が浴室から聞こえていた為、今回の悲鳴も他の娘に襲われた敏美が思わず叫んだものだろうと考えたらしい。

 

 そこで明はカレー用の鍋に入れていた水が放置していて沸騰している事に気付き、慌てて持ち場に戻っていく。色々と大変そうな明を見ていても手伝える事はなさそうと思ったのか、森田と今村は誰もいないリビングを抜け出してこそこそと何処かへと立ち去るのだった。

 

 

 

 

 

 




最初はもうちょっとエロいこと細かく書こうと思ってたけど、あまりにもエロくやり過ぎて全年齢版からR18版にやむを得ず移行してグダグダになってしまった作品の前例があるので、今回はエロ方面に関する文章力を最低レベルまで落としてこの辺でやめときます。

後編パートはまぁ定番のお約束ネタですかね(笑)

原作では孝もコータも結局やらなかったので今回はしっかりやらせてもらいます。

そう、男の子には誰だって意地があるんです。

何はともあれこれで第3章も折り返し地点まで進んだ感じかな?


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お風呂の中で 後編

お待たせしました!最新話です!

まずは更新が遅れてすみませんでしたm(_ _)m

充電期間を頂いたので、これからまた更新していきます。


 

 キッチンで料理中の明が森田と今村に武器について話している頃、とある女性の趣味でかなり広めに設計された浴室では髪の毛と身体を綺麗に洗い終えた女性陣がこのような会話をしていた。

 

「ねぇ、麗……アンタ海動の家族の事は知ってんの? ここに来た時にそんな事言ってたじゃない」

 

「あ、それは……」

 

 話題となるのは明の家族のこと……どうやら女性陣にはそれが気になる者もいるようで、浴室の全員が麗の方へと耳を傾けて集中する。

 

「えっと、私も詳しく聞いてる訳じゃないの……明は家族の話題になると急に冷たくなっちゃうから」

 

 そう言って麗は自分の知る限りの情報を静かに語り出す。

 

 ──その昔、明は両親と共にこの床主市内に豪邸とも言える立派な家を建てて暮らしていた。

 

 明の母親は日本で知らない人はいないとまで言われた超有名なファッションモデルの仕事をしており、父親は日本でもあまり知られていない放射線研究のパイオニアとして専門家達から注目されていた天才的な科学者で、それはまさしく誰もが羨む完璧な両親だったと言えるだろう。

 

 そんなある時、明の父親が度々この家を空けて引き籠っていたという日本海側に位置する“とある片田舎の研究所”が原因不明の大爆発を起こすという悲劇的な事件があった。それによって研究所内部から漏れ出した有害な放射線が日本海側を中心に全国各地へと広がり、その研究所は跡形もなく消し飛んでしまったという……

 

 それがちょうど今から半月ほど前の出来事で、事件当時は日本どころか世界中のマスコミが大々的にこれを報道した。

 

 明の父親である海動博士は研究所の大爆発に巻き込まれて死亡したと発表され、世界中から放射線研究について非難を浴びる事となった。同時に母親は放射線事件の起きた数日前から何故だか行方不明となっており、彼女がそれまでに多く関わっていたファッションモデルの仕事はやむを得ず休業……かつての栄光も虚しく海動家は完全に崩壊した。

 

 そして明は床主市の海動邸に一人で戻って藤美学園に通いながら、幼少期に幼馴染みだった麗や小室孝、高城沙耶と再会する事となった。

 

 そこから先の明については恐らくこの場にいる誰もが知っている事だろう。立派な両親を一度に奪われ、日本や海外のメディアからは酷く付き纏われ、明は逃げるように床主市へと帰って来たのだ。

 

「……ごめん。私が知っているのはこれくらいしかないの」

 

 そうして海動家の話は終わり、女性だらけの浴室にまたしても重苦しい沈黙が流れていく。

 

「……そっか。だからアイツ、こんな裕福な家にたった独りで暮らしているんだ」

 

「ねぇみんな……この話は海動君にはしちゃいけないと思うの。ただでさえ普通の人より辛い人生を送っているんだもの……家族の事は忘れさせてあげた方が彼の為にもいいのかもしれないわ……」

 

 

 悲しげに呟く静香を見て、一同は何も言わないままただ頷く事しかできずにいる。しかし彼女達はまだ知らない。

 

 お風呂から上がって後程聞かされる事となるであろう明の隠していた話の内容……その一部に海動家の存在が今回のパンデミック発生の根本から深く関わってしまっているという、最早どうしようもない避けられぬ悲劇の事実を……

 

 そして、浴室の外に位置する脱衣場にこっそりと忍び寄る二つの怪しい人影が彼女達を狙って動き始めた事を……

 

 

 

 

 

「どうだ? 中の様子は?」

 

「くそ……ガラスが曇っててイマイチ見えねぇな」

 

 そして現在、脱衣場では森田と今村が“ある種のお約束”とも言える女風呂の覗きを働いていた。

 

「女達のブラもパンツも全部ここに置いてあるけど、これじゃいったい誰が誰の下着か全然わからねぇし……なぁ森田、お前こういう情報に詳しいんだろ? 鞠川先生と林先生の下着がどれかだけでもわからねぇか?」

 

「出たよ今村のオバコン。まぁその点俺様は藤美学園可愛い美少女ランキング上位トップの麗お姉さまに智江委員長、敏美ちゃんと美鈴ちゃんペア、あとはやはりセクシー過ぎる美玖先輩のがいいけどな」

 

「んだよ、お前だってお互い様じゃねーか」

 

 ひそひそと声を落として話す二人。彼らは脱衣場の床に彼女達が1日中身に付けていた色とりどりの下着を並べて座り込んでおり、一つ一つ綺麗な下着を手に取って見ては良からぬ妄想に耽っていた。

 

 ……その時、森田と今村の肩が不意にぽんぽんと叩かれる。

 

「「ん? なんだ……よ?」」

 

 怪訝な顔をした二人が気になって一緒に背後へと振り返ると、そこにはいつの間にか怖い顔付きの明が無言のまま腕を組んで仁王立ちしているではないか。

 

「こんばんは」

 

 開口一番、二人と同じ視線の高さになるように両膝を折った明がそれは実に“イイ笑顔”で挨拶する。

 

「「……こ、こんばんは」」

 

 額から溢れ出る大量の汗を止められないまま、森田と今村は真っ青な顔で反射的に挨拶を返す。

 

「少し様子を見に来てみれば……お前ら二人揃って仲良く女の風呂場を覗き見か? 人ん家で随分いいご身分だなぁ──なぁ? そうは思わねぇか、え?」

 

 まずい……これはもう仲間に殺されても文句は言えねぇ……この時、明によって痛いほど肩を力強く掴まれていた森田と今村は青ざめた表情で全く同じ事を思っていた。

 

「え、えっと……これはその……ほ、ほら! 女の子達が脱ぎ散らかした下着を洗濯機に入れてあげようかなーってほんの親切心が働いてよぉ──」

 

「そ、そうだぜ! 俺達女の子にはマジでノータッチな紳士なんだって!」

 

「ほぉ? それで洗濯機に入れる前にご丁寧に全部並べて拝んでた訳か。そりゃ親切心じゃなくスケベ心が働いた変態紳士の間違いじゃねぇか?」

 

「「うぐっ……お、おっしゃる通りで……」」

 

 ……下手な言い訳すらこの男の前には通用しない。明は深い溜息と同時に二人の肩から両手を放した。

 

「はぁ……女達には黙っといてやる。だがこれに懲りたらカッコ悪い真似してねぇで、ちょっとは女達にイイ男でも見せるんだな」

 

「「か、海動……! す、すみませんでしたーーっ!!」」

 

 目に反省の涙を浮かべ、下着が散乱した脱衣場から謝罪の言葉を述べつつ一目散に逃げ出す二人。その反動で広々とした床に並べられた様々な下着がふわりと宙に舞い上がる中、苦笑する明はそれらの下着を自分の頭や肩、それに腕や手を上手く使って一つ一つ見事にキャッチした。地味な仕草に見えてなかなかの身体能力である。

 

「ったく……よくこんな状況で女の裸なんざに興味持てるな」

 

 溜息混じりに呟き、明はそれらの下着を不恰好に身に付けたまま脱衣場付近の洗濯機に彼女達のセーラー服やスカートを放り込んでいく。明も最低限の洗濯くらいは人並みにできるのだ。

 

「へぇぇぇ……あきらぁ、私達ってそんなに興味持たれてないんだぁ……」

 

 ──とその時、洗濯機の前に立つ明の背後でふと麗の恐ろしい声が聞こえてきた。

 

「お、お前ら……」

 

 そしていつの間にか開かれていた浴室のドアの奥に立ち並ぶ全裸の美女と美少女達。全く警戒していなかったのか、誰一人として胸元や大事なところを隠しておらず、それら全ての贅沢な景色が明の眼前にいやらしくも美しく広がっていた。

 

「海動君……なんて言うか、その……不潔ですよ……」

 

「……最低」

 

「やっぱり女の敵よね」

 

「海動君……あとで先生とゆっくりお話ししましょうか。もちろん逃げるのは許しませんから覚悟なさい?」

 

「うっ……あ……いや、その……これはつまりだな……」

 

 頭に誰のかもわからない大きなカップサイズのブラジャーを幾つか乗せ、肩や腕に可愛らしいショーツなどを落ちないように器用に引っ掛けていた明が狼狽えて後退りしてしまう。

 

「ねぇ海動君……ひょっとして私達の下着にしか興味ないの? あっ、そっか……だからさっき私達の服だけ脱がせて下着はそのままにしろって言ってたの?」

 

「いや、だから別に見たくないって意味で言ったわけじゃ──」

 

「「問答無用ッ!!」」

 

「っ……すまんみんな!」

 

 代表として麗と智江の二人から気持ちのいい音を響かせるビンタを盛大に2発喰らった明。一方で身体の全てを見られて恥ずかしがりつつも明の反応が気になって一喜一憂する全裸の美少女達をその場に残し、哀れ明は大量の下着を洗濯機に投げ入れると同時に脱衣場から退散するのだった。

 

 

 

 

 

 ちなみにその後、キッチンに戻った三人の覗き魔はというと……

 

「海動、今村……俺、さっきから涙が止まらねぇよ……どうしたらいい?」

 

「言うなよ森田……今の俺達にはこれがお似合いってことだろ。なぁ海動?」

 

「……うるせぇ。くそ、今日に限って玉ねぎがやけに目に沁みやがる……泣けるぜ」

 

 作業の途中だった玉ねぎをまな板の上で切り出した明。その両方の頬には真っ赤な紅葉模様が綺麗に描かれ、それを見た森田と今村は色々と察したのだろう。

 

 二人揃って申し訳ない気持ちで夕食のカレー作りを手伝うと言い出し、当初の予定よりもだいぶ遅れて海動家自慢のカレーライスは完成するのだった。

 

 

 

 

 

 ──それから数分後、リビングの広いテーブルに完成したばかりのカレーライスを装った皿に銀色のスプーンを人数分並べていた森田と今村。

 

 そこに白いバスタオルだけを羽織った美玖がいつもしている特徴的なカチューシャを外し、珍しく髪を下ろした様変わりの姿でリビングに入ってくる。

 

「男たちぃ、お・待・た・せ♪」

 

「「ぶほぉっ!?」」

 

 まるで隠す気のない綺麗な乳首丸見えな胸の谷間を堂々と見せつける無防備な美玖に対し、完全に油断していた森田と今村は興奮のあまり大量の鼻血を一気に噴出してしまう。

 

 さらに美玖の後ろから湯上がりで火照った身体を魅力的に濡らした麗、静香、智江、敏美、美鈴、京子が全員バスタオルをきちんと巻いた姿でリビングにやって来るではないか。

 

「ちょっと美玖さん!? なんてはしたない格好で男の子達の前に出てるんですか!? 色々と見え過ぎです! 破廉恥ですよ!」

 

 その中でいつも掛けている眼鏡を入浴中はきちんと外していた智江が慌てた様子で駆け寄り、美玖が首からぶら下げただけにしている際どいバスタオルを急いで結んで強制的に隠させてしまう。

 

「あら、いいじゃない別に。サービスサービスぅ♪ってやつよ? ほら、アンタ達も今のうちにアタシ達を見てしっかり喜んでおきなさい?」

 

「「はい! ありがとうございますお姉さま! くぅ~~ッ! 生きててよかったぁ~~!」」

 

 大胆に身体を揺らしつつ、濡れたバスタオルの下からチラリと覗くむちむちっとした健康的な太ももを美玖はわざと見せ付けてリビングを歩き出す。森田と今村は予想外にも訪れた歓喜の時に震え、鼻血と涙で顔をぐちゃぐちゃに汚しながらお互いにガシッと力強く握手を交わして盛大に感謝するのだった。

 

 もしもこの時、全員が集まったリビングに家主である明がいたとしたら、恐らく呆れ果てた表情で「馬鹿が……」とでも呟いていた事だろう。

 

 ではその明はというと……夕食に用意したカレーライスをリビングのテーブルに運ぶのを森田と今村の二人に任せ、自分は一階の階段を登って二階に位置する自室へと戻って来ていた。

 

「ふぅ……まさかまたここに戻って来るとはな」

 

 下の方から森田と今村、そして女性陣の賑やかな談笑の声が微かに聞こえてくる中、明は自分の部屋の窓を開けて独り静かに冷たい夜風に当たる。

 

「……なぁ? まだそこにいるのか?」

 

 どこか諦めた様子の明が窓の外に向かって声を掛けると、“聞き覚えのある女の子の楽しげな笑い声”が脳裏に嫌でも響き渡る。

 

「……“お前”とも長い付き合いになるよな──って、そりゃそうか。呪われた血で結ばれた兄妹だもんな」

 

 独り言のように呟き、エプロンをキッチンで事前に脱いでいた明は自室の机の引き出しに置いてあった煙草のケースから一本だけを取り出して自然な仕草で口元に運ぶ。今度はマイクロバスで披露した駄菓子のシガレットではなく、二十歳未満は購入できない本物の煙草にマッチで火を点けた後、身体に悪い煙を肺いっぱいに吸い込んだ明はゆっくりと口から紫煙を吐き出す。

 

「ふぅ……ひとつ“お前”に聞きたい。“この俺”をどうしたいんだ?」

 

 明には以前からどうしても気になっている事がある。その得られない答えを探し求め、今回のパンデミックに巻き込まれて〈奴ら〉との戦闘で死ぬのが望みかと考え、「いや違うな」と即座に出した答えを否定する。

 

 ──海動明という人間は死ぬ事がない。それは文字通りの意味であり、たとえ銃弾を何発と浴びようが鋭利な刃物で全身を斬り裂かれようが、血湧き肉躍る限り何度死んでも必ず生きてこの世に舞い戻るのだ。

 

 それはまさしく完全無欠な不死身の生命体である。この存在を世に生み出した明の父親である海動博士はこれを古い映画の化け物に倣って〈ゾンビ〉と呼んでいたようだが、不死身の体現者となった明にしてみれば今更名称などどうでもいい話だった。

 

 不死身であるはずの自分自身の最期すら思い出せないまま、彼は幾度となく似たような世界を渡り歩いてきた。

 

 その度に仲間を救い、仲間を失い、仲間に裏切られ──そうして守ってきた仲間が誰一人いなくなっても明は独り静かに未来永劫、時の狭間に囚われた地獄の世界に落ちていく。

 

 明は自身が宿す不死身の能力を『無限地獄』のようだと勝手に呼んでいるが、それはある意味正しいと言えよう。

 

 生前に悪い行いをした人間が死んで行き着くと言われるあの世の冥界──地獄。地獄は全部で8つの階層から出来ており、その中でも最下層に位置するというのが『無間地獄』である。

 

 地上から一番下まで落ち続けるのに軽く2000年以上は掛かり、その深すぎる地獄に落ちたらもう二度と上層へは這い上がって来れないとされる最恐最悪の終着が無間──その名前を取って『無限』だと。

 

「………」

 

 明はもう何度目かもわからない見慣れた自宅の景色を眺め、煙草の紫煙をゆっくりと吐き出してはしばらく孤独に浸るのだった。

 

 




次回は夕食会。

いよいよ海動が全ての秘密を仲間に打ち明けます。

そして新しく登場する海動の母親と父親なる謎のオリキャラ……舞台は少しずつダークでバイオレンスな世界へと進みます。


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束の間の休息

お待たせしました!最新話です!

この話からは海動による情報提供パートです。

そして仲間からも正式にチート認定される海動ェ……


 

 自室で一服を終えた明が階段を降りてリビングに戻ると、バスタオルを脱いで用意されていた白のワイシャツと下着姿に着替えた女性陣がテーブルの椅子に座っている。

 

 一方で森田と今村はテーブルの隅の方に座っており、二人揃って鼻には何故かティッシュを詰めていた。また何かあったのかと思ったが、考えれば容易に予想できる事情なので明もそれ以上は聞かない事に決めてテーブルに着く。

 

「なんだ、まだ食べてなかったのか。俺を待たずに食べててよかったんだぞ?」

 

 黒いズボンの上から真新しいワイシャツに着替えた明だが、誰一人カレーライスに手を付けていなかったようで訊ねる。

 

「だってみんな一緒にご飯食べた方がいいじゃない? これからはもうこんな食事できないかもしれないんだし……」

 

 麗の言う事は一理ある。今日のところは事前に買い置きしていた新鮮な食材と白米を使ったので夕食を作れたが、明日以降は電気ガス水道が止まる可能性だってある。

 

「……そうだな」

 

 こうして仲間全員で平和に囲む食卓も今日で最後になるだろう……明は納得し、遅れて来た事を謝ってから改めて仲間を見回す。

 

 風呂上がりで女性的な魅力が普段より格段に上がっている彼女達は全員が揃って肉体のプロポーションが良すぎるせいか、明が用意したワイシャツのサイズがまるで合わず、この中で唯一の貧乳である美鈴を除いて巨乳美少女達のボタンは今にも窮屈で弾け飛びそうに胸元や谷間をパンパンに強調し、腹部から下は全員色とりどりのショーツが丸見えになってしまっている。

 

 そのあまりに際どい彼女達の卑猥な姿を見て、明は森田と今村が先程から挙動不審になっている理由を自ずと理解する。

 

(……こりゃ近いうちに女達の着替えや下着を調達しないといけないな。さすがに目のやり場に困っちまう)

 

 真面目に思いつつ、明はスプーンを片手に食事前の挨拶をきちんと行う。

 

「それじゃあみんな、いただきます」

 

 明に続けて全員が声を揃え、「いただきます」と言うと夕食会はスタートする。

 

「っ……!? なにこれ美味しい!?」

 

「うっま! マジかよおい、ウチの母ちゃんが作るカレーより美味いじゃねーか!」

 

「ほんと、すごく美味しい! どうやってこんなお店のカレーみたいな味を出せるんですか!?」

 

「うぅ、悔しいけど負けた……海動、男のくせに料理もできるなんて反則でしょ……」

 

 全員でカレーライスを一口食べた感想は様々だが、明がほとんど一人で作ったというオリジナルのカレーは革新的な味だったらしい。

 

「ああ。隠し味にチョコレート、リンゴのすりおろし、にんにく、インスタントコーヒーの豆なんかをちょっと入れて煮込んだんだ。カレー本来の辛さを抑える甘みにコクと深みが出てなかなか美味いもんだろ? まぁ、ルーが市販ってのはさすがに勘弁してほしいが……」

 

 そうは言うが、全員のスプーンを動かす手は止まらない。それどころか森田と今村に至っては既に完食して早くもカレーのおかわりを訴えてきた。

 

「お気に召したようでよかったぜ。だが悪いな……明日の朝用にカレーと米を少しでも残しておかねぇといけないんだ。気持ちは分かるが我慢してくれ」

 

 状況が状況であるが故におかわり禁止と言われては仕方ない。落胆気味の森田と今村は気を取り直すと、森田がリビングに置いていた愛用のギターでムードを盛り上げる演奏を開始する。

 

 全員でカレーを食べながら森田のギター演奏を楽しみ、束の間の一時は平穏無事に過ぎ去っていく。

 

 もう二度と、このような時間をここにいる仲間全員で過ごすのは無理なのかもしれない……誰もが言い表せない明日への不安感をそれぞれ胸の内に秘めながら、冷たい銀のスプーンだけがカチャカチャと食卓の音を立てていた。

 

 

 

 

 

 その後、全員で夕食のカレーライスを食べ終えると、明は洗濯物は既に室内に干しておいたと女性陣に伝える。

 

 いつの間に終わらせていたのだろうか……休みを知らない明の驚異的な行動力はこのような状況でこそ生存者達の役に立つと言えよう。

 

「……料理に洗濯、〈奴ら〉との戦いに車の運転もできちゃうなんて……海動君、私達と同じ高校生なのにすごすぎじゃないかな?」

 

「本当にね。海動さー、自分が明らかに“おかしい”って自覚ある? 私と敏美の間じゃ海動って、学校サボって駅前のゲーセンでずっと独り腐ってるダメな不良ってイメージだったのに」

 

「だ、ダメだよ美鈴! そんな失礼なこと言っちゃ! 海動君だってきっと私達の為に頑張ってくれてるんだから──」

 

 敏美が改めて明の備える生活能力の高さを褒めると同時に美鈴も呆れた口調で告げる。と、そこにキッチンの方から明の声が──

 

「腐り切ったダメ不良で悪かったな。言っとくが俺は普段はそんなに本気出してないってだけで、いざという時はやる気になる男なんだぞ?」

 

 水に濡れた両手をタオルで適当に吹きつつ、先程まで夕食に使用した食器をきちんと洗ってから片付け終わった明。今一度仲間全員が集まったリビングのソファーに戻って来ると、疲れた様子でふかふかのソファーに重たい腰を沈めた。

 

「ふぅ……家事については色々と学んで覚えたんだよ。ある程度の事はできるだけ一人でもやれるようにしておいた方がいいからな」

 

 ソファーに座る全員の視線を一つに集め、明は真面目な口調で自分自身の事を語り始める。

 

「料理だけじゃないぜ。他にも洗濯、掃除、買い出しはもちろん、車やバイクの運転、小さな子供の世話や幼稚園への送り迎え、さらには女の子達の恋愛相談人生相談まで──んまぁ、大抵の事はできるようになったと思うがな」

 

「ふぇぇ~……」

 

「何と言うか、その……改めて聞かされると凄いわね……」

 

「「いやいやいやいや待て待て待て待て。お前のような不良がいるかよ……」」

 

「はぁ~……先生のすごく身近なところにこんな素敵な優良物件隠れてたんなら、大学のつまらない飲み会なんか付き合わずにずっと明君だけ狙ってればよかったなぁ~」

 

「んなっ!? 鞠川先生ッ!? あなたはどさくさに紛れて生徒になんてことを──!?」

 

「あはは……明のお嫁さんになったら、色々な意味で大変そうね……私ももうちょっとできるようにしなきゃ」

 

 家事ができる男は女にモテるとは言うが──どうやらそれは事実らしい。一時は風呂場を覗いたとして落ちぶれてしまった明に対する女性陣の好感度も目に見えて跳ね上がる中、相変わらずクールを装う明はソファー前のテーブルに置かれたペットボトルの水を一口飲んでから言葉を続ける。

 

「……俺もずっと前は家事なんざ全くできなかった。だが何年も過酷な経験を積んで、厳しい環境を生きていく中で必要ならばと自分から積極的に覚えていったんだ。今となっては当時の俺に感謝しないとな……おかげで美味い飯にもありつけた訳だしな」

 

「……海動君。もしかしてそれもあなたが隠しているという秘密に関係するんですか?」

 

「それについての答えは──“yes”だ」

 

 さすがは天才と言われた藤美学園の優等生である。明の言い方に疑問を抱いた智江が問い掛けた事でリビングが沈黙に包まれる中、明はゆっくりと一息吐いてから自分が現在知っている〈奴ら〉に関する情報や自分自身の秘密を一つずつ開示していく。

 

 

 

 

 

 ──世界が終わった日の少し前、日本国内のとある山奥の研究所で極秘裏に誕生した人間の創りしモノ──“ゾンビ”。

 

 摂理に抗い、天命を冒涜し、神にすら反逆した末に永い眠りより目覚めた究極不滅にして最凶最悪の超生命体だった。

 

 ──それは遡る事遥か昔。まだ人間がこの世界に誕生していなかった太古の時代のこと。

 

 宇宙から地球上に奇跡の光が降り注ぐ。その神々しくも邪悪な光は当時の地球上を我が物顔で踏み歩いていた恐竜という種族を瞬く間に滅亡させ、地球全体は暗黒の闇に支配されてしまう。

 

 そんな絶望の最中、他の生物と同様に宇宙から降り注いだ光のシャワーを浴びていた知恵を持たぬ人形の獣は意識を目覚めさせ、やがて人間へと進化した。

 

 老いも死さえも知らず、人間を遥かに上回る成長速度で半永久的に活動する恐怖の生物兵器──それが本来におけるゾンビの提言だ。

 

 しかし現実のゾンビは映画の中に登場する架空の生命体ゾンビとはまるで異なる恐竜的進化を辿ってしまった……

 

 今から半月ほど前、日本海側に位置する人里離れた山奥の研究所で突如『バイオハザード』事件が発生──世界一の災害大国と呼ばれる日本にとっては空前絶後の大惨事となる。

 

 一つの海洋都市は瞬く間に拡散した放射線の光に包まれて壊滅し、その際に大爆発した研究所から漏れ出した放射線が違法ながらも一部の人間に投与されていたという研究中のウイルスと一つに交わった事で、人間は偶然にも次世代に繋がる生命体『ゾンビ』へと生まれ変わった。

 

 この新種のウイルスに感染した人間は自己を永久に喪失する事と引き換えに、驚異的な怪力と人間の数倍以上に及ぶ聴覚、さらには老いる事もない半永久的な肉体を手に入れる。

 

 しかし……人間がゾンビへと進化するには数多くの代償が憑き纏った。〈奴ら〉と呼ばれるゾンビは人間としては既に死亡している為か心臓は動いておらず、生前のような思考能力も持たない。

 

 食欲、あるいは性欲に激しく飢えており、基本的には人間だった頃と同じように生存本能の赴くまま行動する事が確認されているほか、〈奴ら〉は仲間同士で襲い合う事は決してなく、とにかく生きた人間だけを狙うが、犬や猫などといった人間以外の動物に関しては捕食の対象ではないらしい。

 

 ゾンビの血液、唾液、精液──つまるところ〈奴ら〉の体液が何かしらの要因で人間の体内に混入した時、人間は初めて放射線ウイルスに感染して醜く蕩けた化け物の姿へと変容するが、幸いな事にこのウイルスは空気感染しないようだ。

 

 同時に人間だった頃の言語能力は完全に失われているが、全く声を出せない訳ではない。

 

 〈奴ら〉の歩行能力は極めて低く、基本的に走る事はできない。また、建物などの階段を登る事はできるが木、壁、塀といった障害を乗り越える事はできず、水中を泳ぐ事はできない事も海動明の独自調査から明らかになっている。

 

 こうして見るとデメリットばかりが目立つ“〈奴ら〉化”だが、ゾンビになった事で得られる能力も幾つかは判明している。

 

 その一つに〈奴ら〉は暗闇でも完全に人間の位置を把握できる特殊なセンサーのようなものを内蔵しているようで、人間の数倍以上に聴覚に優れているが逆に視覚は人間より遥かに衰えている事。

 

 また、〈奴ら〉の肉体自体はとても脆いが腕力は非常に力強く、頭部以外へのありとあらゆる攻撃を受け付けないといった強みもある。

 

 そんな〈奴ら〉がどうやって日本海側の災害区域から遠く離れた太平洋側に位置する床主市にやって来たのだろうか……

 

 いつになく真剣な態度で聞き入っている仲間達に向かって明は幾つかの仮説を話す。

 

 その一つがパンデミック発生源である日本海側から太平洋側に向かって大きな境目となっている床主山を越えてきたというもの。ご存知の通り、床主市の北部から西部にかけては床主山と呼ばれる広大な山々によって隔てられており、高速道路や新幹線などの交通手段無しで地方からこの床主市に向かう事は〈奴ら〉の足では到底難しい。

 

 加えて放射線が漏れ出した研究所があった都市部はその閃光と爆音によって何もかもがグチャグチャに消し飛び、とても人間が災害区域に直接立ち入れられるような状況ではなくなっている。

 

 とすれば、いったい誰が〈奴ら〉という化け物を日本の小さな都市から列島各地、そしてアジア諸国を通して世界中にまで拡散させてしまったのだろう……

 

 はっきり言ってこの感染スピードは異常と言わざるを得ない。研究所から拡散したウイルスとはまた別に何かしらの外部的要因があるはずなのだ。

 

 そしてもう一つ、明だけは誰よりも詳しく知っている今回のパンデミック発生の根本的な原因となった出来事がある。

 

「ちょっと待ってくれ」

 

 それを全員に話す前に、明はソファーから立ち上がってリビングの棚上に飾ってあったとある写真立てを持ってきた。

 

「お前らには初めてになるか……」

 

 そう言って明がテーブルに置いた一枚の写真には、この海動邸の庭で撮られたと思わしきごく普通の家族が揃い写っていた。

 

 写真の真ん中に大きく膨らんだお腹にそっと片手を置く若々しいロングヘアーの女性が清楚な笑顔を浮かべて立っており、その右側に立派な白髭を生やした厳格な顔付きの科学者らしき白衣姿の男性。

 

 そしてその反対側で妊婦の女性と仲良く恋人繋ぎで手を握りつつも、明らかに嫌々という態度で無愛想にカメラ目線から顔を背けている学ラン姿のクールな不良少年──

 

「紹介するぜ。俺にとって誰よりも大切な家族だった母さん──海動ジュン。そしてこいつが、こいつが──ッ!」

 

「あ、明……?」

 

「海動君……?」

 

「……こいつが、今回のゾンビ騒動を引き起こし、今まで俺が経験してきたすべての世界を地獄へと破滅させた思い出したくもねぇ邪悪な悪魔の化身──海動賢博士──認めたくねぇが俺のクソ親父だ」

 

 ──その写真に写る人物は間違いなく海動明とその両親だった。

 

 黙って聞いていた全員の表情にかつてない衝撃と驚愕が広がる中、明は家族写真に写る健全な姿の両親を無言のまま見下ろしながら深く息を吸って口を開く。これより語られるのは海動明とその家族による、この世界が終わる日までに起きた悲劇の出来事である。

 

 




次回は引き続き説明パートですが、本来は番外編でやろうとしていた海動の回想とも言うべき過去話でも。

歴史の裏側に葬られた海動ファミリーの残酷な末路。

狂気のマッドサイエンティスト海動博士の放射線実験によって醜い化け物へと改造させられた海動が次第に人間ではなくなっていくその過程、そして母親ジュンと謎の触手ゾンビ幼女ちゃんの正体が判明します!


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海動家の過去

お待たせしました!最新話です!

今回は海動の回想パートその1です。


 

 これより語られるのは海動明とその家族の知られざる過去の物語である──

 

 西暦19XX年、海動賢とその妻ジュンの間に明という人間は誕生した。

 

 幼少期をこの床主市で裕福に過ごし、少し大人しい性格ながらも親の言う事をきちんと守る心の優しい少年だった。

 

 そんな彼にとって忘れられないであろう“ある出来事”が起き、以来彼の人格は歪みに歪んでしまった……

 

 それはまるで、地獄から這い上がって来た悪魔に人間としての魂を奪い去られたかのように、あまりに突然だった。

 

 

 

『アキラ、もうすぐあなたはお兄ちゃんになるのよ』

 

『中学生の僕がお兄ちゃんか……なんかいまいち実感わかないっていうか』

 

『最初はみんなそういうものよ。アキラならきっとお腹の娘の素敵なお兄ちゃんになってくれる……そうでしょう?』

 

『ああ、任せてよ。それで母さん、もう妹の名前は決めたの?』

 

『ふふ……内緒♪』

 

 

 

 明の妹“───”の誕生である。この時、明は床主市内の中学校に通う普通の中学生だった。現在と違ってまだ不良にはなっておらず、幼馴染みの孝や沙耶、そして麗とも親密で友好的な関係だったと言える。

 

『ねぇ明、もうすぐ妹が生まれるんだよね? ジュンさんこの前会った時に言ってたよ? それで私、ジュンさんのお腹に触らせてもらっちゃった♪』

 

『ふんっ。そうそう、ま~た麗だけ抜け駆けしちゃって……いいこと明? 妹が生まれたら必ずあたしと麗に会わせなさいよ? 絶対に二人一緒なんだからね!?』

 

『はは、なんだよそれ。わかってるって。じゃあ、姉ちゃん達──また明日、学校で会おう』

 

『『うん(えぇ)!』』

 

 当時は学校帰りにこの海動邸で集まるのが日常の一部だった。元々運動神経も平凡で勉強もできなかったダメ男の明は、中学生ながらに天才的な頭脳を持つ“沙耶姉ちゃん”や、姉さん気取りで何かと弟分の明のお世話を焼きたがる“麗姉ちゃん”の二人から付き添いで勉強を教えてもらう事で、間近に控える高校受験を必死に乗り越えようと企てていた。

 

 やがて生まれてくる新しい命にそれぞれ想いを寄せて──しかしそれが、“まだ普通の人間だった”明と美少女幼馴染み二人が交わした最後の会話になってしまう。

 

 

 

『いま……いま、なんて?』

 

 突如、ガシャンと食器が割れて落ちる音がリビングに響き渡る。いつ破水が始まってもおかしくないほどに大きく膨らんだジュンの腹部を見据えて夫の賢──海動博士が物静かに言い出した。

 

『話した通りだ。私の長年の研究の為、これからは家族の協力を得たいと考えている。そこでジュンよ、私の研究所について来てはくれんか?』

 

『けどあなた……私はこんな身体よ? お医者さんにも仕事は休むように言われてるから……』

 

『なに、心配なかろう。私の研究所近くには病院だってある。何なら、私の実験室で娘を産んでみるか?』

 

『ッ……父さん! いい加減にしてよ! 少しは僕や母さんの気持ちだって考えてくれよ! 周りの目だってあるんだ!』

 

『ふんっ──アキラよ、お前まさか幼馴染みの小娘共と離れるのが嫌なのか? ならばお前だけこの家に残ってもよいのだぞ?』

 

『そ、そういう問題じゃ──!』

 

『……わかったわ。それで、あなたの気が済むのなら私もついて行く』

 

『なっ!? 母さん!?』

 

『アキラ、私は大丈夫だから……アキラはここに残ってあの娘達の傍にいてあげて? 麗ちゃんや沙耶ちゃんも、きっとあなたを──』

 

『母さん……僕は……』

 

 

 

 その家族同士での会話の後、結局ジュンは夫と共に明を残して床主市を去って行った……

 

 それから数ヶ月……幼馴染みの麗や沙耶の訪問を度々無視しては学校を無断でサボり続け、自宅に引き籠ってばかりいた明。

 

 そんなある日、父親の海動博士から日本海側に位置する山奥の研究所に来るように呼び出される。

 

 家族がいなくなり、幼馴染みとも距離を置いてこの数ヶ月荒れ果てた生活を送っていた明はすっかり目付きも悪くなり、目の下には隈ができるまでに変わっていた。

 

 そしてついに……明は海動研究所の一室で自分の父親と対面した。

 

『……久しぶりだな、アキラよ。お前が来るのを我ら家族は待っていたぞ』

 

『答えろ……母さんは、どこだ?』

 

 数ヶ月振りの親子の再会を喜ぶ事すらなく、すっかり人格が冷めてしまった明は開口一番に母親の居場所を問い詰めた。

 

『ジュンは──お前の母は愛する娘を産んで死んだ』

 

『ッ……! 父さんッ!!』

 

 海動博士の言葉に明は目を見開き、目の前で平然と佇む父親の顔を力一杯に殴り飛ばす。

 

『ぐふっ──!? フ、フフフ……それで気は済んだか?』

 

『父さん! よくも母さんを……ッ!』

 

 口から血を流した海動博士を激しく睨み付ける明だが、海動博士はまるで気にもしない態度で明を見下していた。

 

『妹は……妹はどうしたぁッ!?』

 

『フフフ……お前の妹は私の研究が生み出す最高傑作となるだろう。それはジュンが託した最期の望みでもある。アキラ、お前の妹は素晴らしいぞぉ……?』

 

『許さない……許さない……ッ! お前だけは! 絶対に許さないッ!』

 

 その言葉に激怒した明はカッ!と目を見開いて再び父親の顔を殴り掛かる──しかし今度は海動博士の差し出す手にその拳を受け止められてしまった。

 

『下らん……アキラよ、お前は私の研究がどれだけ多くの人の役に立つかわからんのだろう?』

 

『だからと言って、母さんとお腹の子供を自分の研究に利用するなんて! そんなの……おかしいじゃないかッ!』

 

 悔し涙を流して泣き叫ぶ明。すると海動博士は狂ったように突然笑い出して告げる。

 

『私は──ついに念願の光を手に入れたのだ』

 

 そして海動博士は明の前でゆっくりと語り始める。

 

 かつて……この地球上に存在した恐竜を瞬く間に絶滅させたという空から降り注いだ光。それが神より与えられた生物進化の奇跡だと話す。

 

 彼は太古の時代に封印されていたその光のエネルギーをようやく手に入れた。そしてアメリカより持ち込まれた新種のウイルス……これらがあれば研究は完成するとさえ……

 

『アキラよ、我々人類は今一度進化しなければならん時が来ているのだ! かつてはただの醜い獣に過ぎなかった我らの祖先は、天からの光を浴びた事で人間へと進化し、人間だけが授かりし叡智を以てこの地球に繁栄する事を神に認められてきた』

 

『──それがどうだ? 今では人類が我が物顔の如く地球を汚染し尽くし、この美しい自然や世界を破滅させようとしているではないか! 私はそんな傲り昂った人類に今一度神の怒りの裁きを下す! 愚かな人類を淘汰すべく、長年研究してきた究極の生物兵器を完成させたのだからな!』

 

『その第0号がジュン──お前の母親だ。ここにやって来たジュンは私にお腹の娘を捧げる事を拒み、お前の待つ家に逃げ帰ろうとした。だが私はそんなジュンを説得し、我が子達の輝く未来の為にここで人柱となる事を受け入れさせた』

 

『どうやらジュンは実験の過程で人間としての精神を保てなくなったらしい……その美しい肉体は醜い獣の化け物へと変容し、お腹の娘を産んで死に絶えたわ! 見ろ、アキラよ! これがお前の愛した女の姿だ!』

 

 そう言って海動博士の後ろに位置する白い壁の中から開いて現れたのは、ホルマリン漬けのカプセルに保管されていた母親ジュンだった。

 

『か、母さん……?』

 

 一糸纏わぬジュンの若々しい裸体は至るところに何らかのコード状の器具を取り付けられ、頭部にはヘルメットらしき形状の装置が被され、彼女の美しい素顔を冷たく覆い隠す。

 

 括れのある腰の辺りからはグロテスクな形状の黒々とした生物的な尻尾が突き出しており、両腕の肘裏からは蝙蝠の羽根にも似た歪な形状の黒翼が鋭く折れ曲がって生えている。

 

『な……なんだよ……これ……』

 

 それはまるで悪魔に囚われた美しい女神のようにも見えて、彼女の神聖な裸身を酷く卑猥に汚していた。

 

『母さん……うわあああああああああああああああああああああッッッ!!?』

 

 ジュンの変わり果てた遺体が保管されたカプセルを目の当たりにし、明は力なく床に崩れ落ちてしまう。そして──咆哮した。

 

『フフフ……フハハハハハハハハ!』

 

 海動博士が高笑いする中、泣きながら立ち上がった明は本物の悪魔に近付いた邪悪な顔付きで目の前に立ちはだかる白衣姿の男を激しく睨み付ける。

 

『フー、フー、フー……!』

 

『そうだアキラ! ここで私に歯向かったジュンと同じように、今こそ内なる感情をすべて解き放て! 怒りや悲しみ、憎しみや苦しみこそ、お前を誰よりも強く進化させる最強の糧となるのだぁッ!』

 

 

 

 

 

 ……その後、激しい怒りに我を失った明は海動博士によって身柄を拘束されてしまう。

 

 そして気付いた時には薄暗い実験室──手術台の上に衣服や下着をすべて脱がされた裸体のまま寝かされ、身動きが取れないように手足を厳重に拘束されていた。

 

『目覚めたか?』

 

『……ッ!?』

 

『フフフ……ではこれより、“G生命体第2号”の改造実験を開始する』

 

 宣言と共に、海動博士は薄暗い実験室に集まった科学者らしき数名の男達に合図を送る。

 

『構わん──やれ』

 

 冷徹非情な言葉に促され、明の弱々しい肉体に鋭利なメスが刻まれていく。

 

『うがぁっ……!? が、あ、あぁ……ああああああッ!!』

 

『ハハハ! どうしたアキラ! お前の母と妹はこれ以上の恥辱と苦痛を味わったのだぞ! 簡単には死なんでくれ!』

 

 高笑いで見下す海動博士に煽られ、それを聞いた明は母親と幼い妹が泣き叫ぶ姿を思い浮かべてしまう。

 

『いやああああああッ! 助けてぇ! アキラ、アキラ! 私を助け……あぁ……いやっ、やめてぇぇぇぇぇッ!!?』

 

(ッ……母さんッ!)

 

 大勢の男達にその清らかな裸体を視姦されていく母親の姿に目を見開き、必死に歯を噛み締めて絶え間無く襲い来る激痛に耐えようと覚悟する。

 

 薄暗い実験室からは明の痛々しい絶叫と悲鳴だけが響き渡り、海動博士の狂った人体実験は進んでいく……

 

 

 

 

 

 それから数時間後……明への実験はひとまず終了し、手術台の上で全裸にされていた明は全身から尋常じゃない汗を噴き出したまま、白目を向いた憤怒の形相で気絶していた。

 

『アキラ……我が子ながら、なんという男よ……やはりこやつもジュンと同じ進化の血に選ばれし者!』

 

 長時間にも及ぶ壮絶な人体実験を終えて死ぬ事なく気絶した明を見下ろし、海動博士は興奮隠せぬままに言い放つ。

 

『アキラ、1週間後にまた様子を見に来てやる。それまでに身動きの取れないお前が一切飲まず食わずで生き長らえておれば、私の実験は成功──お前を“G生命体第2号”と認めよう』

 

 その言葉を最後に海動博士は研究仲間の男達を引き連れ、息子の明を実験室に放置して立ち去った。

 

 生まれたままの姿を晒した明は手術台に拘束された状態で絶え間無くやって来る激痛と高熱に苦しみ足掻き続け、ただ海動博士への復讐の為だけに“必ず生きて戻る”と固く心に誓い、しばらくの間昏睡状態に陥る。

 

 そして……約束の1週間が経過した。

 

 

 

 

 

『……ここは……どこだ?』

 

 全裸の明が手術台の上で昏睡状態からついに目覚める。

 

『あの野郎……こんなもので俺を拘束したつもりか?』

 

 目を見開いた明はまず自分の身体に巻き付けられた拘束具を自らの怪力でぶち壊し、上半身だけゆっくりと起き上がらせた。

 

『………』

 

 大量の血と汗と涙が流れ落ちたであろうこの手術台の上で、明は自分の両手を見下ろしつつ人間離れした力を身に付けた事を感じ取る。

 

 神か悪魔か……その無敵の力を受け入れた明は自身が閉じ込められた実験室のドアに向かって右手を一度腰辺りまで引っ込め──

 

『邪魔くせぇ!!』

 

 宛ら力を溜めるような動作と共に勢いよく右手をドアへと突き出す。するとどういう訳か、明が向けた右手から何らかの異常な力を受けたらしい鉄製のドアは激しい音と同時に粉砕されてしまったではないか。

 

『このパワー……信じられねぇ……俺がやったのか……?』

 

 明はもう一度自分の手を震えながら一瞥した後、一瞬間を置いてからニヤリと凶悪な悪魔の笑顔を晒し、全裸のまま颯爽と実験室を飛び出していくのだった。

 

 




次回、かゆうま。


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獣身変容

 宇宙の光を浴びた生命の星。

 醜い獣は理性に目覚め、やがて人に進化する。

 そして人は、闘いの中で自然の子へと進化する。

 その力、その姿、まさに神か悪魔か……

 今、生物としての鎧が溶かされていく……

 青白い光をその身に受け、哀れな男は醜いヒトガタの獣に変容していく。

 異形なれど……人間の心を宿す漆黒の戦士。

 正義も悪も、彼の前には何の意味もなく。

 ただ、“ヒト”としての在り方を望み続けた。

 そして彼はまた独り、両手で救えるだけの人々を化け物から守っては時の狭間に漂い、次の明日に生き続けていくのだろう……孤独なまでに永久に。




 

 どうやら現在位置は海動研究所の地下らしい。実験室を抜け出した明が全裸のまま母親と妹の居場所を探していると、“自分以外の誰か”が監禁されていたと思わしき地下実験室で“とある研究員の日記”を発見した。

 

 さっそく日記を読んでみると……

 

 

 

 

 

『バイオ生命体記録FILE』

 

○月×日

 今日、所長の海動博士が奥さんのジュンさんを連れて研究所にやって来た。

 ジュンさんと言えば……テレビ番組や雑誌なんかにも連日引っ張りだこな超有名ファッションモデルだ。

 そのうえ誰もが羨む絶世の美女で、とにかく胸がでかくて若い。

 最近はファッションモデルの仕事を休んでいると聞いていたが、どうやら博士の子供を妊娠しているらしい。

 まさかあの研究熱心な博士が今更放置してきた奥さんと子作りしてたなんて……いったいどうしたのだろうか?

 しかしいいなぁ……いずれはあのエロ過ぎる奥さんを好きにしてみたいものだ。

 

○月△日

 何やらジュンさんが激しい剣幕で博士と言い争っている。

 裏切られて失望したとか、もう完全に愛想尽かしたとか……

 ジュンさんは酷く泣きながら『誰とも会いたくない!アキラのところに帰ります!』と言い出し、用意された自分の部屋に閉じ籠ってしまった。

 何人かの助手が咎めたが、博士は全く気にもしていない様子で、今日も地下にある実験室で何やら怪しげな研究を進めているようだ……

 

○月□日

 朝早く、研究所内の人間全員が博士に呼び出された。

 何事かと思えば、いよいよ“例のウィルス”を実験体に投与することに決まったらしい。

 問題はその実験体だが……なんと博士の奥さんを使うと言い出した。

 助手達で必死に止めようとしたが、博士もジュンさんも既にやる気らしい……

 最初はあんなに泣いて嫌がっていたジュンさんだったが、この数日で急に人が変わったような従順ぶりを見せて驚いている。

 そう言えば……研究所内でたまにすれ違うジュンさんの暗く濁った目がなんとなくだが、時々赤く光っているような気がする……

 

○月○日

 最初の実験は無事に終了した。

 様々な器具を肌に取り付けられたジュンさんは、めでたく女の子の新生児を手術台の上で出産した。

 博士だけでなく、大勢の助手達にまで見られたくない自分の裸体を堂々と見られ、ウィルスと共に幾つかの薬品を投与されたジュンさんは泣きながらもしばらく気持ちよさそうに喘いでいた。

 ……正直、そんなジュンさんが嫌がっても否定できない生物的本能に苦しむ姿には胸が昂り、実験の手伝いをしながら勃起してしまった事は博士には内緒だ。尤も、それは自分だけではないようだが……

 

○月○×日

 実験後……酷く衰弱していたジュンさんは生まれたばかりの女の子を博士に取り上げられ、そのまま地下へと監禁されてしまった。

 そしてまた博士から新しい仕事が与えられた。

 ジュンさんが産んだ娘をしばらくこの部屋で観察してほしいという。

 博士の話によると、その女の子の存在こそが博士の求める遺伝子的な生物進化の答えになるかもしれないというのだ。

 正直あまり気は進まないが、これも仕事の為……ジュンさん、許してほしい。

 

○月△□日

 あれから1週間が経過した。

 観察していたところ、“第1号実験体”は人間を遥かに凌駕する凄まじい成長速度を持っているらしい。

 この間までベッドに寝たきりで点滴を欠かさず受けていたというのに、今じゃ部屋のベッドに座り込んでケラケラ笑うようにまでなった。

 まるで育成ゲームのペットを育てているみたいだ。かわいいものだ。

 

○月○□日

 食事の時間、運ばれてきた弁当を“第1号”があっという間に完食していた。

 こちらがちょうど“第1号”から目を離していた僅か数分の出来事だ。

 まだ赤ん坊と変わらない外見だというのに、食欲だけは旺盛らしい。

 博士から“第1号”には成人男性と同じ食べ物を与えるように指示されていた為、怪訝に思いながらも“第1号”が綺麗に完食した弁当を回収しに近寄ってみると、弁当の容器がどろどろの液体か何かで溶けているのがわかった。

 まったく、こんな弁当を運んでくるとは……これが田舎の弁当屋の営業か。

 まぁ仕方ない……味は悪くないから容器に関してのクレームは我慢しよう。

 こちらの容器は見たところ溶けてないようだし。それにしても美味しいな。

 だが今日のおかずはいつもと違う、生臭い血のような味がしたが……

 うっ……これ書いてたら腹がぐるぐる鳴ってきた。

 まさか、さっきの弁当の食べ物、すべて腐ってたんじゃ……?

 

○月○△日

 やられた! なんてことだ!

 あの後いきなり激しい腹痛と嘔吐に襲われ、長時間もトイレに籠ってしまった。

 研究所近くの診療所の医師の診断によると、やっぱり昨夜の弁当が原因の食中毒らしい。

 でもおかしい……あの“第1号”、なんで何ともないんだ……?

 それに、まだ歯だって生えてない赤ん坊のはずなのに、いったいどうやって食べ物を口の中に入れたんだ……?

 

×月○日

 あれからもう数ヶ月が経過したのか……

 ここのところ“第1号”の子守りを毎日させられて退屈だ。

 ジュンさんは相変わらず監禁されているようだし、博士は博士で狂ったように光がどうの生物遺伝子がどうのと呟いている……まったく気味の悪い夫婦だ。

 そう言えば、見間違いじゃなければ最近“第1号”の目が赤くなっている。

 それもただの赤じゃない。

 まるで血に染まったように真っ赤な恐ろしい目をしている。

 しかも夜中になると懐中電灯のライトみたいに突然目が不気味に光り出すし……明らかに普通の人間じゃない。

 今度、“第1号”の成長観察で気になったことを博士に聞いてみようか。

 

×月×日

 突然、朝早くに騒がしい音が聞こえて起こされた。

 部屋の外に出てみると、大勢の研究員が酷く血相を変えて慌てているじゃないか。

 なんでも、研究所で事故があったらしい。

 そして監禁されていたジュンさんの部屋を見張っていた男が、片腕を無理やり引きちぎられて無惨に死んでいたとか。

 博士は全然姿を見ないし……これはさすがに逃げた方がいいかもしれない。

 

月 日

 だれ か  ジュ   さも

 

 おんなのこ ばけもの   にな て

 

 はかせ、みんなあ のこにく われ

 

 つぎ   は 

 

    こっちのばん いうってる

 

  ごめんなさ  ゆるし  だれか

 

     たす けて

 

 

 

 

 

 ──研究員の日記はここで途切れている。明はやむを得ず日記を捨て置くと、足下に何やらメモ帳の切れ端が散らばっているのが見えた。

 

『これは……?』

 

 

 

 

 

『~~~』

月 日

 パパじゃないヒト ずっと コレ してる

 から わたしも マネ してみる

 ことば みてたら あたま はいる

 おもしろい わからない

 

月 日

 わたしには なまえ がない っていわれた

 だから みんな わたしを だい1ごう

 ってよ んでる

 1って 0のつぎで しょ?

 わたし あたま よくなって てるもん

 0 0がママ 1がわたし

 2がここ いない おにいちゃん

 ママ おにいちゃ んに あいたいなぁ

 パパ? パパはす きじゃない

 だってわた しとママを

 いっぱい いじめる

 いつか ころ ……じゃないや

 いただきま する

 

月 日

 ツマラナイ ツマラナイ

 ツマラナイツマラナイツマラナイツマラナイツマラナイツマラナイツマラナイツマラナイ

 

 ハヤク ココカ ラダセ

 

 ダラカ セエカ イナサルユ

 

月 日

 きのうの よる だれかに っきかいた?

 ワタシ がかい たのかなぁ

 あっそ うだ あさ ドカーン

 っておと してぐらぐらゆ れた

 パパが しらない ヒト いっしょに

 ワタシのおへや むかえ きた

 でもみんな ヒト ワタシのか

 らだみ て にげよう てる

 フフフ ダメだよ ワタシは

 ふじみで きゅうきょく

 のせいめいたい ヒト

 すべてこ ろすため

 に パパがつくった みにく いバケモ

 パパ ワタシ キライなた?

 じゃあ もうオマエ いらないや

 

 しんじゃえ

 

月 日

 

 

 

 

 

   ネェ   ココ カラ ダシ テ?

 

 

 

 

 

 

 それぞれが不気味な最後で終わっている研究員の日記、そしてこの実験室に監禁されていたと思われる“ある女の子”の書いた日記を読み終えた。

 

 明はまだ生まれたばかりの赤ん坊だったはずの妹が、海動博士の人体実験によって恐ろしい化け物へと変わってしまった事実を知る。

 

『……母さん、すまん……! 妹を……約束を守ってやれなかった……!』

 

 懺悔の言葉を残し、明はもう一度二人の姿がいないか研究所内を探し回る。

 

 そうして行方不明になった妹を探す途中で、今度は母親のジュンが監禁されていた部屋を偶然にも発見した。

 

 明は鍵の掛かったドアを蹴破って突入するが、ホルマリン漬けにされたカプセルの中で死んでいたはずのジュンがいなくなっている事に気付く。

 

 ジュンを閉じ込めていたカプセルの強化ガラス、実験用に使われた無数の器具や装置などはすべて粉々に破壊されており、妹と同様ジュンの遺体だけが忽然と消え失せていた。

 

『母さん……まさか、生き返ったのか? いったいどこに……』

 

 

 

 

 

 その後、地下の探索を終えた明が階段を登って地上に脱出すると、海動研究所はどういう訳か跡形もなく消し飛んでおり、町の外は不気味な黒い雨が冷たく降り注いでいた。

 

 自分が研究所の地下で1週間も寝ていた間に何が起きたのか……

 

 雷鳴と共に青白い稲光が激しく繰り返される異常な闇空の下で、明は両足を震わせる危なげな足取りで歩き出す。

 

『ハァ……ハァ……ハァ……』

 

 まだ本調子じゃない明は躓いて雨が降り注ぐ地面に倒れ伏す。視界に入った水溜まりに青い稲妻が光り、その刹那に映し出された自分の顔を見てみると、不気味なほど真っ赤に光り輝く眼をした悪魔のような凶悪な顔付きの男が、その血眼から黒い涙を流し震えていた。

 

『ウゥ……ウゥ、ァ……アァ……グガァ……!!』

 

 そして突如、痩せ衰えていたはずの筋肉が激しく脈動し、肉の大地が山となって盛り上がっていくではないか。

 

『うぅ……ッ! うぁ、あ、が……ッ!』

 

 手足の骨が砕かれては別の骨と組み込まれ、新しく、そして少しずつ溶かされていく……

 

『ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!』

 

 度重なる激痛と高熱で頭が恐ろしい悲鳴を上げる中、明の胸元を覆う皮膚が真ん中からビリビリと音を立てて引き裂かれ、中身が露出された左胸の位置には喪失した明の心臓を呑み込むように、痛々しい血を流す巨大な眼球がぎょろりと不気味に蠢いていた。

 

『ァ……あぅ、あぁ……ハァ……ハァ……ハァ……ハァ……うぅ、ぐっ……こ、れ、は……ダレ、ダ……?』

 

 進化を促す神の光をその身に浴び、グチャグチャに蕩けて変容していく自分の身体。背中の筋肉が力強く膨れ上がり、両手の肘からは母親のジュンと同じように折れ曲がった漆黒の翼が宛ら触角のように歪んで生えていた。

 

『俺、は……ダレ、だ……?』

 

 頭を震わせ、もう一度、水溜まりに映る自分を見る。この邪悪で醜い姿こそ……海動博士の人体実験によって生まれ変わった生物兵器『ゾンビ』としての自分なのだと嫌でも脳が理解してしまった。

 

 ちょうどその時、冷たい雨が降り注ぐ真っ暗な空から明目掛けて真っ直ぐに落ちてくる青い稲妻。生まれたばかりの姿で震える明は全身に膨大な光のエネルギーを受け続ける。何度も激しい雷に打たれたにも拘らず、黒い雨に濡れた肉体はまるでびくともせず、宛ら鋼鉄の城を思わす屈強さで。

 

 その肉体は稲妻を浴びた事でうっすらと青白いスパークを迸り、明は喉が壊れるほどの凄まじい絶叫と共に怒りに震える拳を黒雲渦巻く天空に向かって大きく突き上げ、明の身体中に帯びた青い雷光を勢いよく頭上の空へと解き放つ。

 

『ハァ……ハァ……ハァァァァ……俺は、俺は……化け物……? 違う……俺はまだ……人間だぁ……ッ!』

 

 こうして……地獄の実験で心身共にボロボロにされた明は普通の人間ではなくなり、海動博士が生物兵器として誕生させた正真正銘の不死身の生命体『ゾンビ』の試作品としてこの世界に醜く爆誕した。

 

 

 

 

 

 




研究所の大爆発には巻き込まれなかった海動ですが、研究所に保管されていた放射線を浴びた事で、海動博士が投与したウィルスの活性化が促され、身体が突然変異するように強制的に変身してしまいました。

海動の変身シーンは『真・仮面ライダー 序章』のオマージュです、はい。

ちなみに変身後の姿のイメージはホラー系やクリーチャー系ガレキで知られるヘルペインター関連の作品っぽい、生物的なリアルさでグロテスク……だけどそれがかっこいい感じの怪人キャラを想像してます。

化け物になった身体は表面的に黒く染まり、胸の辺りから心臓を隠すように現れた『第3の眼』とも言う巨大な眼球は真っ赤になってますが。

そう、まるでバイオハザードに出てくるG……

そして次回で海動の回想パートも終わり、海動や〈奴ら〉誕生の真実を知った仲間達とのシリアスな問答の場が待っているのでしょう。

もうすぐ……もうすぐストーリーは第4章に入ります。


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哀愁

 

 それからの明は数ヶ月行方不明となりながらも何とか床主市に帰還を果たす。

 

 しかし明が帰還した時は既に床主市でもパンデミックが発生していた後だった。

 

 明は平和な日常を蹂躙された人々の阿鼻叫喚が絶え間無く響き渡る市街地を歩く途中で、自分が〈奴ら〉に襲われないという事を知る。

 

 そこからは海動博士に与えられた生物兵器としての力で〈奴ら〉を一方的に殺し回っていた。

 

 しかし途中で生きている人間を助けても彼らは誰一人感謝などせず、それどころか〈奴ら〉の血で赤く染まった明の恐ろしい姿を見て“化け物”と罵り逃げ出した。

 

 明はそれでも自分はまだ人間の心を持っていると信じ、幼馴染みの麗や沙耶、孝達を探して当時通っていた中学校に向かう。

 

 そこで〈奴ら〉に襲われていた麗や仲間達を救出し、みんなから怖がられながらも明は人間を守る為に〈奴ら〉と戦い続けた。

 

 そんな人生を幾度と繰り返す途中で、明は自分が死んで次の世界で目覚めると、必ず藤美学園の2年生になった辺りから意識が戻る事を理解する。

 

 しかしそれ以外は今までの世界と同じ出来事が繰り返されているようで、目覚めた世界が違うとその時々によって時間軸のズレは多少あれど、海動研究所の大爆発や放射線拡散、海動家が人体実験に巻き込まれるという悲劇──

 

 それによって日本だけでなく世界中に溢れ出した〈奴ら〉によるパンデミックは必ず起きてしまう事が、長期に渡るタイムリープの中で明が確信した事実だ。

 

 それからの明は今までの自分の無謀なやり方を深く反省し、パンデミック発生の前に少しでも〈奴ら〉への対策を準備する方向に切り替えた。

 

 それが上手く成功し、明が助けた仲間達の生存率はそれまでの世界線に比べても飛躍的に向上するようになった。

 

 さらにそれまでは明しか〈奴ら〉とまともに戦える人間がいなかったのに対し、明が人間の為に武器を用意した事で麗や美玖といった仲間達も少しずつではあるが、次第に〈奴ら〉と戦う意志を見せるように成長していった。

 

 しかしそれでも結局今までの世界はすべて明と〈奴ら〉だけを残して生物は滅亡──明も記憶にないまま死んでいたのか……

 

 “死ぬ寸前の記憶”だけが“何故か思い出せないまま”、次の世界でいきなり目覚めるという流れを繰り返していた。

 

 

 

 

 

 明がすべてを語り終えた時には既に時刻は午後21時を過ぎ、海動邸のリビングは重苦しい沈黙だけが残っていた。

 

「……これが、俺が知ってる情報ってやつだ。質問あるか?」

 

 暗く沈んだ表情でぼそっと呟き、明はしばらくリビングのテーブルに置かれたままの家族で撮った集合写真を冷め切った目で見下ろす。

 

「「「「「………」」」」」

 

 質問などは後から纏めて受けると言われ、明が回想している間は黙って聞いていた仲間達。何人かは話の途中で小さく怯えたり、涙こそ静かに流して手で口を覆っていたものの、普通の人間より壮絶な過去をどこか他人事のように語った明に対して何も言えずにいた。

 

「その……ごめん……あたし……」

 

 その中ですっかり泣き顔になっていた麗がまず最初に口を開いた。しかし彼女はここで明のその後に関する詳しい事情を詮索してこなかった。

 

「気にする必要はねぇ。これはお前らにも少なからず関係してくる話だからな……遅かれ早かれ、俺はお前らに海動博士がやらかした馬鹿な研究のことを打ち明けるつもりだったんだ」

 

 明とて母親と妹の事はタイムリープを始めた当初の頃に諦めが付いていたし、家族全員が突然の悲劇に巻き込まれた時だって、どうしてか身分の割れた犠牲者の中で家族三人の遺体だけが現地から発見されずに終わった。

 

 しかし当時のニュース速報で大々的に紹介される程の大規模な爆発事故だった事から、間違いなく海動博士とその家族は即死だろうと処理されてしまった。

 

 この爆発事故で投与されていたウィルスが突然変異した明とは異なり、現在進行形で世界中に増殖し続けている〈奴ら〉大勢のゾンビは、跡形もなく爆発した日本海側の研究所から漏れ出した放射線の光を浴びず、いつの間にか町の外に流出していたウィルスのみが突然変異する事なく自然な進化を果たした“正しい人間の進化形態”なのだ。

 

 だから〈奴ら〉は外見的に人間としての姿を保ち、その肉体や内臓が腐り落ちても半永久的に活動し続ける事ができる。

 

 恐らくこのゾンビの姿と影響こそが、放射線のエネルギーに狂ってしまう前の海動博士が本来研究していた正しい内容で、海動博士はアメリカの“とある研究機関”から極秘に日本の研究所へと渡ったそのウィルスを用いた“人間の不老不死”に関する研究を完成させる予定だったのだろう。

 

「なるほどね……だからあの時、アンタは学校でアタシに喋ったんだ」

 

 それを聞いて美玖はようやく解決した疑問に納得する。今日の昼間、藤美学園で一時的に明と行動していた彼女は教室まで武器を回収しに向かう道中で明から聞かされていたのだ。

 

 

 

『俺はさ、先輩……どうしてだか〈奴ら〉に“全く襲われる”事がなくてな。アンタらとは違う“変わった人間”なんだ』

 

『……えっ?』

 

『それをこれから少し見せてやる……おっと、まだ誰にも言うんじゃねぇぞ』

 

『う、うん……』

 

 

 

 その話を聞いた時はまだ半信半疑だった。しかし美玖は教室に戻る道中で自分達二人を襲ってきた〈奴ら〉にまるで狙われず、しかしそれをどこか悲しげに眺めていた明の姿を見て戦慄した。

 

(あぁ、こいつはマジなんだ……マジであの化け物に襲われない人間なんだ……じゃあ、こいつに媚び売って何でも言うこと聞いて従ってるフリしとけば、アタシだけは何とか助けてもらえるんじゃ……?)

 

 美玖は危ないところを明に救われて以来、明を自分にとっての“救世主”と呼ぶ事にした。

 

 それがあの時、明と二人で行動していた彼女の密かな思いだった。

 

「じゃあ、美玖さんはすべて知ってたんですか!? 海動君が〈奴ら〉に襲われないってことも、同じようなパンデミックが起きる世界を何度も繰り返していたっていうことも! それから……か、海動君が──海動君が! ウィルスの突然変異で化け物になってしまったってことも──全部ッ!?」

 

「智江……えぇ、アタシも半分くらいは学校で聞いてたから」

 

 ソファーから弾けるように立ち上がった智江は泣いていた。それに対し美玖はソファーに腰掛けたまま答える。

 

 すると今度は智江の隣に位置する麗が立ち上がって口を開く。

 

「あの時、バスの中で美玖はこっそり話してくれた……バスを無理やりに降りたあたしが明達に再会できないまま、孤立しちゃってパニックになって泣き出して、結局大嫌いな紫藤達を頼るしかないって諦めてあのバスに戻って……それで、あたしはそのまま捕まって男達の性奴隷にされちゃうって世界線を……」

 

「ッ……宮本さん、それ本当なの?」

 

「そんな……なんて酷いことを……」

 

 未だに信じられないのだろう……静香と京子も立ち上がって訊ねると、麗ははっきりと首を縦に振って肯定。それから明へと向き直り、麗は真面目な表情で明に歩み寄った。

 

「ねぇ、そうなんでしょ? 明……あたし、明とはどんな世界だって一緒だって……そうなんだよね!?」

 

「……あぁ」

 

 切ない感情を見せる麗の泣き声を目の前で見せられても、明はただ彼女の肩に手を置いて頷く事しかできない。

 

 そんな時、自分の感情を我慢できなくなった智江は明に向かって涙ながらに吠える。

 

「海動君……事前にパンデミックが起きるってわかっていたなら、死ななくていい人達だってもっといっぱい救えたかもしれない……そうじゃないんですか!? それをあなたは自分の事ばかり優先して──ッ!」

 

 智江の怒りは明の胸に痛く突き刺さる。悲しみに泣き続ける麗の肩を掴んでいた手をそっと離し、明は智江やみんなの前でぽつりと呟く。

 

「委員長の言い分はもっともだ……たしかに、俺も色々思うところはある。だが、本当のことを学校や近所の人達に正直に話したところで、普通の人はまず信用しないだろう──俺や家族の過去だって生き残りの息子がただ“言ってるだけ”で確かな証拠がないんだしな」

 

「でも……! それでもあなたが人として正しい行動していれば、絶対に助かった命もあったはずです! あなたが自分の秘密を黙ってた間に人がいっぱい死んでるんですよ!? どうするつもりですか!? ……ねぇ、ちゃんと答えて! いつもみたいにふざけながら答えてよ……私の中にいつもいるあなたを信じさせてよぉ……ッ!」

 

 明の言葉に納得できない様子の智江は怒りと悔しさの入り交じった不満をぶつけるが、その続きは静かにソファーから立ち上がった一人の女に阻まれてしまう。

 

「──そのくらいにしとけば? アキラだって今を生きることに悩んでるんだからさ」

 

 ──美玖だ。そう言って彼女は智江の震える肩に自らの手を置いて落ち着かせる。

 

「っ……すみません……少し頭を冷やしてきます……ごめんなさい」

 

 頭を下げた智江がリビングから立ち去ろうと明の真横を通り抜けた時、彼女の頬は大粒の涙で溢れていた。

 

「……みんな、すまねぇ。俺もちょっと一人になりたい。悪いが自分の部屋で先に休ませてもらうぞ……」

 

 明の真面目な頼みに智江を除く仲間達は何も聞かずに頷くと、京子から「今日はもう夜遅いので早く寝ましょう。その……私達も色々あって疲れてますから」という話が持ち出される。

 

 明日から始まるであろう地獄のサバイバルに向け、各自空いている幾つかの部屋に別れて眠りに就くのだった。

 

 

 

 

 

 ──夢のような日々を思い出す。もう一度……

 

 

 

  

 

 藤美学園の屋上は不良にとって最高のサボり場所である。普段は海動明、小室孝、森田駿、今村隼人の四名が占拠しているのだが、今日は偶々集まっていなかった。

 

 不良仲間とは言え、そういう日もある。そんな時は決まって屋上に寝そべる一人の男子生徒がいた。

 

『………』

 

 海動明──林京子が担任を勤める2年A組に所属するが授業への出席日数は圧倒的に足りておらず、このままいくと進学不可能とまで言われている学園始まって以来の問題児である。

 

 そんな彼は屋上の天文台へと続く階段に寝そべって昼寝していた。藤美学園指定の黒い学ランを毛布代わりに上半身に掛け、眩しい太陽の光から顔を覆い隠している。

 

 普段はこの調子で1日が平穏無事に過ぎ去っていくが、今日はいつもと多少違っていた。

 

『──起きてください!』

 

 頭上から明を叱り付ける女の子の声が微かに聞こえてくる。目を閉じた明が無視して自分の腕を枕にしていると、薄暗い目蓋の奥が一瞬明るくなったかと思えばまた影を落とす。

 

『んだよ……人が気持ち良く寝てたってのに』

 

 睡眠を邪魔されて不機嫌そうな明が目を開くと、階段の段差にセーラー服を着た眼鏡の黒髪美少女──有瀬智江が腰に手を当てて仁王立ちしているではないか。

 

『なんだ委員長か……何か用か?』

 

 頭上に広がる清純な白いショーツにはまるで興味なさそうな態度で呟くと、智江はスカートの中が見られている事もお構い無しに明に説教を始めた。

 

『何か用じゃありません! いま何時だと思ってるんですかあなたは!?』

 

『ん……? まだ昼前じゃねぇか。委員長、昼飯の時間には早いと思うぜ?』

 

『寝惚けないでください! 正解を言うとまだ午前授業の真っ最中です! ほら起きてください!』

 

 そう言って明の上に立っていた智江が怒りながら階段から退くと、いつの間にか彼女に学ランを剥ぎ取られていた明は渋々と身体を起こす。

 

『やれやれ……それで授業の最中に委員長は教室を抜け出してきたってわけだ。真面目な顔して案外やるじゃねぇか』

 

『なっ!? 人聞きの悪いこと言わないでください! 私はちゃんと林先生から許可を貰っているんですから!』

 

『ほぅ? 許可を貰ったら簡単にサボれるのか。クラス委員長ってのはなかなか良い特権あるんだな』

 

 もちろん実際にそんな事はないと明は理解している。しかし智江は冗談を真に受けてしまうタイプなのか、先程よりも顔を赤くして怒り出した。

 

『私が林先生に申し出たんです! サボりの常習犯を引っ張ってでも必ず連れ戻しますって!』

 

『なるほど。そりゃご苦労なことで』

 

『だったら私と行きましょう! ほら早く!』

 

『だが断る』

 

『えぇっ!? どうしてですか!?』

 

 しかし明には真面目に授業に参加するつもりなど全くなかった。智江に返してもらった学ランを肩から羽織って天文台の階段にそのまま腰掛け、ずっと立っている智江が自分の隣に座れるようにしっかり階段のスペースを空けてあげた。

 

『まぁ座れや。なぁ委員長、実はな……俺が授業に出ないのにはちょっとした理由があるんだ』

 

『へぇ~……どんな理由ですか? まさか自分は保健室登校だなんて見え透いた嘘を言うんじゃないですよね?』

 

 促されてしっかり階段に腰掛けた智江がジト目で睨む。対する明は少し重たい溜息を一つ吐き出してからシリアスに語り始めた。

 

『保健室登校か……ま、強ち間違いでもねぇか。実のところ俺は生まれつき身体が弱くてな……長時間無理に働いていると身体にガタがきて突然血を吐いて倒れちまう難儀な病気持ってんだ』

 

『うわぁ、嘘くさ……いったいどんな病気ですか、それ。絶対やばいやつですよね?』

 

 益々怪訝な顔で明を疑う智江だが、実を言うと普段からふざけてばかりいる明はこの時だけは一切笑ってもいなかった。

 

『いやいや委員長。そうは言っても本当に死ぬほど苦しいんだぜ? まだ俺が小さかった頃、B組の高城と遊んでいる前で盛大に血を吐き出しちまった事があってな? それ以来高城の奴は血を見るのがすっかりトラウマになっちまったらしく──って、その話は別にどうでもいいか』

 

『そうですね……でもおかげで海動君がふざけた人だと言うのはよくわかりました』

 

 呆れた様子の智江は階段から立ち上がって明を見下ろす。

 

『じゃあ、今から教室に戻るつもりはないんですか?』

 

『残念ながらな。それに毎日そんな勉強ばかりやっても疲れるだけだろ? 女の子達にしっかり勉強教えてもらってテストの範囲覚えたって、いざテスト期間が終わった次の日にはもう思い出せないくらいに何もかも頭から抜け落ちてしまうんだからな……それってよ……何だか悲しくなってこねぇか?』

 

『──なら、私が意地でも“ゼロ”から戻しますよ』

 

『ん?』

 

『あなたが何度忘れてたって、私がそれをしっかり覚えてるから……だから、また今日みたいにちゃんと教えてあげるんです。いつまでもサボって寝てばかりいちゃダメなんだから、さっさと起きなさいって。あなたがいつか帰って来ること、私だけじゃなくてクラスの仲間みんなが待ってるんですよ?』

 

『委員長……フッ。そいつは頼もしいなぁ。じゃあまたお願いするぜ──俺はきっといつも、この屋上で独り寂しく綺麗な空ァ眺めて暢気に寝てるだけだろうからよ』

 

『もう、またそうやって……ほんとに呆れた人。ふふ、ふふふっ──約束、しましたよ?』

 

『ああ、約束しようじゃねぇか。それと──ありがとな、智江』

 

 

 

 

 

「ぐすっ……ひっぐ……う、うぅ……明君……」

 

 二階に位置する薄暗い部屋の中で膝を抱く智江は独り静かに泣いていた。

 

 ……知らなかった。明が今までそんな大事な秘密を隠していたなんて。

 

 ……知らなかった。明が以前から言っていた冗談が実は全部本当の事だったなんて。

 

(私、なんて馬鹿なんだろう……自分だって明君のこと悪く言えないのに……)

 

 華奢な膝の上に顔を乗せて涙を隠し、智江は何度も頭の中で後悔していた。

 

 明は決して自分だけが図々しく生き残ろうと考えていた訳じゃなかった。実の父親に大切な母親と妹を無惨に殺害され、人間として殺されても恐ろしいウィルスを投与され、身体を化け物に改造されてもせめて心だけは人間らしくあろうとしていた。

 

 智江の脳裏に思い浮かぶ、藤美学園で明と交わした会話──

 

 

 

『でも海動君、私……これきっと返しませんよ?』

 

『おいおい、そいつは困るなぁ。昔から使ってきたお気に入りのナイフなんだ』

 

『ど、どうしてもって言うのなら……あ、あとで私達のところまでちゃんと奪い返しに来ること! いいですか!?』

 

『奪い返しに……あぁ、わかったよ委員長。約束しようじゃねぇか』

 

 

 

 あの時も……そして今日も、明は自分に“約束する”って言ってくれた。そして実際に救世主としてこの世界に現れ、〈奴ら〉と戦う術を知らない自分達を守る為に悲しい地獄の底からサボらずに這い上がってきたじゃないか。

 

(私……ほんとはずっと怖くて怖くて逃げようとしてたんです……学校でパンデミックが起きて、委員長としてみんなを引っ張っていかなきゃって責任感がいつも重たく乗し掛かって……だからでしょうね……私はその胸の苦しさに耐えられなかった……)

 

 ぽろぽろと、溢れる涙が止まらない。智江は藤美学園で明から一時的に預かったコロンビアナイフを懐に仕舞っていたシースから取り出し、その銀色の刃に冷たく零れ落ちる自分の涙を眺めてまた俯いてしまう。

 

(……明君、ごめんなさい……私、あなたがずっと好きです……どうしようもなく……悲しいほどに……)

 

 

 

 

 




次回にて、第3章完結です。


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眠れぬ夜に

今回、ついに海動がやる事やります。

傷付いた鞠川先生や林先生、智江のフォローも考えてはいるんですが、それやるとまた話が長くなっていきそうなので彼女達の事は次回以降に先送りします。


 

 その夜──明達は海動邸の二階に位置する各部屋を寝床として使う事にした。まずは自分の部屋にあるベッドをこのメンバーで恐らく一番疲れている明が。

 

 その隣に位置する空いていた二部屋は対策準備の段階で明が予め買い置きしていた布団を敷いて麗&美玖&智江、敏美&美鈴ペアがそれぞれ使い、明達が寝る三つの部屋から少し離れた場所に位置する和室を大人である静香&京子ペアが。

 

 最後に残った森田と今村の二人は明の部屋で男子三人で寝る事を拒み、自分達から一階のリビングでソファーに寝転がると言い出した。

 

 実は明の想定を上回る生存人数だった為に部屋数が足りなくなってしまったのだ。そこで相談した森田と今村は心身共に疲れているであろう明や女性陣を気遣い、自分達は気にしなくていいからと言って部屋の使用権を譲ったのだ。

 

 その言葉に甘える形で明と女性陣は二人に感謝しつつ二階に上がり、全員明日から始まる本格的なサバイバル活動の為に早く寝る事を決めてそれぞれ部屋に入った。

 

 それから既に四時間近くが経過した真夜中の午前二時過ぎ……

 

 藤美学園の保健室で日頃から頻繁に利用していた寝心地の良いカーテン付きのベッドには及ばないが、一人用の狭いベッドの上に寝転がった明はぼんやりと薄暗い部屋の天井を眺めていた。

 

 明がいつも出歩く時に肩から羽織っている黒い学ランは壁の装飾に巧い具合に掛けられ、現在は黒いズボンに白いワイシャツという高校生らしくラフな格好でベッドに潜っている。

 

(ふぅ……あいつらには色々と悪い気にさせちまったな)

 

 今日一日で起きた濃い内容の出来事をベッドの上で物思いに耽る明。今になって思うと、〈奴ら〉との壮絶な戦いのない平穏らしい時間というのは今日の夜で最後になる気もした。

 

 ちなみに明は過去の件で落ち込んでいたから一人になりたいと言った訳ではない。単純な話、あの重苦しい話の後で仲間達──とくに幼少期から仲良しだった麗と会わせる顔がなかっただけの事だ。それに感情を爆発させた智江の事だってある。

 

(……麗や美玖、静香に智江……誰にだって自分だけの物語がある。俺の知らない物語ってやつが……それを少しでも話してもらえるくらいの関係には、これから先なれるんだろうか……?)

 

 この世界の中の自分が、床主市をしばらく離れていた間に麗やみんなに何があったのか気にならないと言えば嘘になるし、できる事なら知りたさもある。しかし人間にはこれから起こるかもわからない未来の事など普通は知り得ないもの。だから人間はそこに至れるようにただ先の道を信じて目指すのだ。

 

(……なんてな。今はあいつらの事を考えても仕方ない。気持ち切り替えていかねぇと……)

 

 ぽつりと呟き、明は溜息を吐く──と、その時だった。

 

「ん……?」

 

 不意に部屋の扉の奥から微かに物音が聞こえてきた。続いて耳に入ったのはコンコンと控えめに扉を叩く音。どうやら幻聴ではないらしい。

 

(まさか……俺が思うに解散してから四時間は経ってる。普通なら寝床に就いてなきゃいけない時間だろうに)

 

 生憎時計が置いてないので正確な時刻は分からないが、明の寝ているベッドを幻想的に照らし出す窓越しの月明かりを見るに、今が深夜という時間帯なのは間違いない。そして……

 

「明……起きてる?」

 

 ──そのまさかだった。

 

 聞き覚えのある声が聞こえたかと思うと、鍵の掛かっていない木製の扉がゆっくりと開かれる。明の居場所からでは薄暗くて余り良くは見えないが、部屋の入口に黒い人影らしき気配がぽつんと立っているのが感じ取れた。

 

「その声は麗か? しかしお前なんだってこんな時間に……美玖や委員長と一緒に寝てたんじゃなかったのか?」

 

「そうなんだけど……ねぇ、そっち行ってもいい? 何だか今日だけで色々なことあり過ぎて眠れなくて……」

 

 もじもじと恥ずかしそうに聞いてくる麗。明日はチーム全員で市街地に出て足りなくなってきた食糧と女性用の衣服や下着などを確保しなければならない明としては、そのまま美玖や智江と一緒に何事もなく部屋で眠っていてほしかった。しかし起きてしまったのなら仕方ない。誰にだって眠れない夜はあるものだ。

 

 明はやれやれとベッドから起き上がり、月明かりの届かない薄暗い場所に立っている麗を部屋の中に招き入れる。この時、しっかりと目が冴えていた明の脳内では、恐らくこの後に起きる可能性がある“巨乳美少女とのエッチな夜這いイベント”に対して早くも警鐘を鳴らしていた。

 

「……まぁ、断る雰囲気じゃねぇしな。にしても麗は明日の楽しみで興奮しちゃったのか? その歳にもなって自分だけ眠れねぇとは……くくっ、何かとダメダメだったガキの俺の世話をしつこく焼きたがってたお姉さん気取りが随分と昔のように思えるな」

 

 どことなく妙なエロさを感じさせるキザな笑みを浮かべ、明は窓際に位置する自分のベッドを手でぽんぽんと軽めに叩いて言う。

 

「けどいいぜ──今日は特別だ。眠れるまでは俺がお前の子守唄になってやるよ」

 

 さて……海動博士との確執や今までのタイムリープの経験上、海動明本来の大人しい性格を大きく歪ませた現在の明は、それまでの長過ぎる人生で通っていた床主市内の様々な学校の女子や女性に対して何度かキザな台詞を言う事が日頃から多々あった。それは性格の変わった明が極限状態の中で知らず知らずに身に付けた悪い癖というか、ある種の治らない病気のようなもの。

 

 明は知らない女子から告白された回数こそ数え切れない程のモテモテぶりを誇るクールな不良男子だが、“人前でかっこつけたり悪ふざけしたがる”残念な性格が災いし、毎回調子に乗っては女子達を知らずうちに口説いてしまっている。

 

 それが結果的に告白してきた女子達に爆笑か憤慨か赤面か逃避かのランダムな反応を見せ、共通して言える事は全員が明とのその後の付き合いを控えるようになるくらい。

 

 その為か未だに特定の彼女を作るには至っておらず、目付きや顔付きはいかにも不良というべき凶悪さで近寄り難い危険な大人の雰囲気があったとしても、いざ勇気を出して話して見れば意外にも女の子には無愛想ながら優しいという隠れた評判があった。

 

 しかしその割りに未だ童貞でそのくせ性知識だけは何故か達者という──実に“残念な男”に落ち着いてしまうのだ。

 

「う、うん……ありがと」

 

 ところが意外な事に、麗の素直な反応は明が望んでいた──否、見知ったものではなかった。これがいつも通りの麗ならば、今頃はドキドキさせて顔を赤らめつつもキツい言葉の一つでも容赦なく浴びせているはずだからだ。

 

 それが今夜はどうだろう。やけに素直過ぎると言うか……その態度や仕草から、麗ができる限り自分をか弱く見せようと、明に甘えようとしている様子がひしひしと伝わってくる。

 

 思えば麗の怪しい挙動は夕食後のあの過去話が始まった辺りから見え隠れしていた。明が自分の家族の秘密やタイムリープの事を話している時も、麗だけはどこか落ち着かない様子で明にチラチラと意味深な視線を向けていたのだ。

 

 麗の様子が目に見えて変わったのは、明が海動博士の人体実験に利用されて死んだ妹の話をし始めてからだった為、それが何かしらの影響を彼女に与えた事は想像に難しくない。

 

「あたしも……明に聞いてほしいことがあるの」

 

 言うと同時に焦らすようなゆっくりとした足取りでベッドに近付いて来る。薄暗がりの部屋で華奢な足下から徐々に明るみになっていく彼女の姿は──

 

「なっ!?」

 

 どういう訳か、下着だけを身に付けた何とも卑猥な姿だった。そうして明の眼前で晒された白い肌は染み一つ見当たらない新雪を思わせる。

 

 女の子らしいレースとリボンで装飾されたピンク色の可愛い下着は別に濡れている訳ではないのだが、布地がうっすらと透けて見える紐パンタイプ。一般的には極小スキャンティと呼ばれるその大胆過ぎる下着は清純っぽい感じを出しながらも、見る人が見れば破壊的なエロさを強調しているようにも映る。

 

 想像して見てもらいたい。下着越しに無毛の恥丘とも言うべき秘部がぷっくりと盛り上がっており、布地が食い込んで縦筋がくっきりと浮き上がってしまっている。このまま指先で優しく突いてやれば、ぷにゅぅっと卑猥な音を出しながら柔らかそうに自分の指を易々と呑み込んでいくのだろう。

 

 続いて明るみになったのは麗がスキャンティに合わせて選んだピンク色のブラジャーに隠された豊満な胸。たわわに実った白い果実は推定Eカップは余裕にあり、ブラジャーの上からでもはっきりと分かる二つの膨らみが明の視界に映り込む。

 

 さらにはキュッと引き締まった腰の括れが描く滑らかなラインが奇跡あるいは反則とすら表現できる絶妙な肉体美を表現しており、まさに抜群のプロポーションと言える。

 

「麗、お前……」

 

「ほら、バスの中で約束したでしょ? 一つだけあたしの願いを“何でも”聞いてくれるって。だから……ねっ♡」

 

 そう言って彼女は明の寝るベッドに潜り込んできたのだった。

 

 

 

 

 

 そしてそれは……麗が明の部屋に夜這いに来てから数分後の事だった。

 

 狭苦しいシングルサイズのベッドに寝転がった明は隣にいる麗がベッドから落ちたりしないように端の方をできるだけ陣取り、ベッドの広範囲に潜り込んだ麗には背中を向ける。しかし背後から激しい程に伝わる麗の柔らかくてムチムチぷりぷりっとした抱き心地最高の感触に内心では苦悩していた。

 

「……ねぇ、明。背中向けたままでいいから、あたしの独り言を黙って聞いてほしいの」

 

 そんな時、気まずい沈黙を破るように話し掛けてきたのは明ではなく麗の方だった。

 

「……あたしね? 今日ずっと明の傍にいて改めて思ったの。明はいつも授業サボったり、孝や森田君、今村君と悪ふざけやってるように見えて、実はちゃんと色んな事を考えてる人なんだなぁって──」

 

 部屋を訪れるまでは赤面していた麗が表情を真剣なものに変えて話し始める。一方で黙り込んだままの明の背中に白く華奢な両手を静かに当て、麗は大胆にも自らの肉体を上手に使って寄り添ってくる。

 

「正直、今だって頼りになるかわからないくらい不安なの。明はいつも自分だけで物事を解決しようと無茶ばかりやって頑張り過ぎるし、いつも肝心な時にあたし達の傍にいてくれなくて勝手にどっかいなくなっちゃうし……明が家族を追い掛けてその研究所に行ってる間、約束を裏切られたあたしと沙耶がどれだけ明の為に泣いて待ち続けたかも知らないでしょ? あたしはもう許したけど……沙耶ったら、それで未だに明のこと“大嫌い”ってずっと悪く言ってるんだから」

 

「それは、その……今でも本当にすまないと思ってる」

 

 彼女の主張はすべて事実だった。しかし明はその事に関して今更言い返したりなどはしない。

 

 何故ならこの時、大人しく聞き入っていた明は彼女の胸の奥底に隠された本当の気持ちに気付いてしまったから……

 

「ほんと、昔っから“かっこいいところ”なんてこれっぽっちもない、あたしと沙耶にとってはいつまでも可愛いダメダメな弟くん……そのはずだったのに……っ!」

 

 まるで切ない感情が言の葉に集約されたかのようだ。ピンク色のブラが背中越しに伝える温ぬくもり。明の逞しい背中へと強引に押し付けられた二つの柔らかい乳肉。

 

「それなのにあたし、明がちゃんと床主市に帰って来た時からずっと明の事しか考えていなかった! 紫藤に嵌められた留学の問題とか、マイクロバスで無理やり出て行こうとしたあたしを必死に引き留めてくれたこと、あたしや先生達を守ろうとして紫藤に怪我させられたこと……あたしが嫌だって感じていたことも全部明が忘れさせてくれるの……っ!」

 

 その温かい胸の内から聞こえてくる溢れんばかりの“大好き”という熱い鼓動。このまま耳を澄ませば、彼女の胸の高鳴りが明にも気付かれてしまいそうだ。

 

「だから明が普段から一人で色々パンデミックに備える準備とかしていて、それでも明が話してくれた今までに終わった世界みたいに“どこか遠い場所”に離れていなくなっちゃうのが怖くて……だからもっと、“あたしの傍にいてほしい”って……そ、そう考えてただけ! ほんとにほんと……ただそれだけなんだからぁ!!」

 

 言いながらぽろぽろと大粒の涙を溢し始める麗。それを見ていつの間にか彼女の方へと向き直った明は穏やかな表情で微笑み、麗の目に溢れた雫の跡を指先でそっと拭いてあげた。

 

「言っただろ? 俺がこの世界にいられる理由はここにいるお前ら最高の仲間を何が何でも〈奴ら〉から守り、地獄に染まったこの世界を俺達人間の手に奪い返す為だってよ」

 

 明が優しい口調で甘く囁いてやると、互いに向き合った体勢で麗は明の背中に両腕を回し、宛ら抱き枕にしがみつくようにぎゅうっと力を加え始める。

 

 だめ……それ以上の言葉を続けると戻れなくなる。明の事を愛しく想う気持ちで胸がいっぱいになるとわかっている……わかっている、はずなのに……

 

「じゃあ……明のこと、このまま傍で感じ続けていてもいいの……?」

 

 消えてしまいそうなくらい小さな声量で麗は明に囁き掛ける。その可愛らしい乙女全開な表情はいつの間にかぽろぽろと溢れ落ちる温かい涙に濡れ、薄いピンク色に潤んだ唇は小さく震えている。

 

「フッ──好きにしな。それに俺がこの世界に生きている以上、俺には“麗姉ちゃん”がやっぱり必要だ」

 

「ぁ……いまあたしのこと、麗姉ちゃんって……子供の頃みたいに呼んで……」

 

 そう言われた時、堪らず泣き始めた麗を明がどこか嬉しそうな様子でニヤニヤと見つめている事に、彼女自身も涙混じりのぼやけた視界の中で気付く。

 

「やっ、やだっ……! 見ないで明……お姉ちゃんのこんなところ……は、恥ずかしいから見ちゃ、だめぇ……っ!」

 

 明の温ぬくもりでドキドキしながら泣いているところを見られた……途端に恥ずかしい気持ちが彼女の中で溢れ出す。

 

「落ち着け。今は俺とお前だけだ。それにちょっとくらい可愛いところ見られたって俺には何ら問題ない」

 

 明はそう言うが否や、大粒の涙に濡れた彼女の赤らめた頬にそっと指を添えてクールに囁く。

 

「一緒に寝たくてこっち来たんだろ? なら今夜はこのまま俺に抱かれて眠れ」

 

「ぁ……う、うん……♡」

 

 その言い方にドキッとしてしまった麗……彼女にはすぐにわかった。明が自分の身体を本気で欲しがっていると……

 

 それはただ“エッチがしたい”という意味で訴えているのではなく、純粋な気持ちで大切な幼馴染みと真剣に愛し合いたいと告げているのだ。

 

 ──嬉しかった。今まで一度も異性を恋愛的に意識した事がない麗が初めて出会った運命の相手。

 

 幾つもの世界を時間と共に超越し、どの世界だろうと出会うべくして惹かれ合い結ばれる不思議な関係。

 

 ──海動明だったから良かった。もしも他の人間だったら、この素敵な想いは生まれなかったかもしれない。

 

「ねぇ、明……」

 

「ん? なんだ?」

 

「あたし……明のこと好き……大好きなの♡」

 

 小さく──けれどもはっきりと、甘く蕩けた声で囁く。好きという気持ちに気付いてしまえば、あとはもう全力で“好き”を突き抜けるだけ。

 

 だから今、愛という感情が止まらない──その夜、二つの人影は薄暗い部屋のベッドの上で一つに重なり、お互いが求めるままにしばらく淫らに抱き合い果てるのだった。

 

 




今回の話で本作序盤にあたるストーリーはすべて終わりです。

次回から始まるストーリー中盤第4章【市街地】からは海動達が移動手段の入手と物資確保の為にいよいよ街に駆り出すんですが……ここで作者からお知らせがあります。

平穏だった第3章と異なり、〈奴ら〉や人間同士の過激な戦闘シーン続出な激動の展開となる第4章は我らが海動が一旦主人公の座を降り、海動のヒロイン達がそれぞれの思惑を胸に活躍していきます。

その結果、何人かの仲間はやむを得ずストーリーから退場する事になってしまうかもしれません。

そして今までは海動の影で目立ってなかったヒロイン達も、この第4章でいっぱい傷付いて殺して泣かされて、心身共にたくましく凛々しい女に成長していくでしょう。



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第4章 住宅街 Aルート
これからに向けて


お待たせしました!最新話です!

今回の話は今後の展開に向けてのいわゆる伏線張りまくりの回ですね(えっ

ストーリーを楽しむ重要なポイントは、チームの誰がどの武器を選択したかです。ここ結構大事ですよ(笑)

それと第4章はチームが二つに分断される為、住宅街をAルート、市街地をBルートに分けて進めていく事にしました。

今のところAルートのストーリーの完成度が高くモチベもあるので、Bルートは後回しになるかもしれません。


 

 長い間行方不明扱いだった有名人の海動ジュンが床主市西部の市街地にて生存を確認された頃……

 

 床主市東部に位置する住宅街に佇む海動邸では、疲れた者達が少し遅めの朝を迎えていた。

 

「んんぅ……? まぶし──」

 

 窓から入り込む朝日が気持ちよく照らす明の部屋で、一糸纏わぬ姿で無防備に寝ていた麗。

 

 ぼんやりと目覚めると、その隣では同じく全裸で横になった明が静かに眠っていた。

 

(そっか……あたしたち、昨日あのまま……)

 

 麗が明の寝顔を見てクスッと微笑み、姉の顔で明の頭を優しく撫でる。

 

(……本当に、エッチしちゃったんだ。初めてだったのに、あんなに激しく……)

 

 脳裏に浮かぶ昨夜のいやらしい自分達の姿はとても初めて同士とは思えないほどに相性抜群で……

 

 自分の想いを素直に打ち明け、小さい頃から大好きな明と肉体的に繋がった事を思い出した麗は赤面しつつ、ふとベッドのシーツを一瞥した。

 

 よく見ると赤い血らしき痕跡が染み着いており、麗は改めて17年間大切に守ってきた処女を幼馴染みに捧げられた事に女としての幸せを感じてしまう。

 

(……今なら、いいよね?)

 

 胸の前で祈るようにギュッと手を握り、麗は服や下着すら身に付けない四つん這いの格好で明の身体に跨がる。

 

「──明、大好き♡」

 

 視線の先は明の唇へと注がれており、麗は念の為に部屋の中を見回してからそっと唇を近付け、甘え声で魅惑に囁いてからチュッと優しいキスを落とす。

 

 明が昨夜何度もしてくれた濃厚な大人のキスとは異なる普通のキスだったが、それでも麗には心地良かった。

 

「──へぇ~。その様子だと昨夜は二人で随分お楽しみだったようねぇ」

 

 とその時、ドアの方から不意に聞き覚えのある声が。四つん這いの体勢のまま麗が顔だけをそちらに向けると、そこには黒い派手な下着に白いワイシャツという際どい姿の美玖が悪戯っぽい笑顔を浮かべて立っていた。

 

「ふぇっ!? なっ!? なななな、なんで美玖がここにいるの!?」

 

「別にぃ~。朝ご飯のカレーが温め終わったって先生達に言われたから、“偶々”手の空いてたアタシが呼びに来たってだけじゃない」

 

 するとワイシャツのボタンを全開にし、ぷるんと揺れる黒いブラジャーに包まれた豊満な胸をわざと丸見えにさせた美玖がベッド脇まで歩み寄って話し掛ける。

 

「……み、見てた?」

 

 麗はぼんっと頭から湯気を出し、耳まで真っ赤に染めた表情で美玖に訊く。すると彼女はますますニヤァと意地悪な笑みを浮かべ、ベッドの上で四つん這いになった麗に向かってそっと耳打ちした。

 

「えぇ、もうばっちり♪ これでアンタはアタシの話した計画に乗るしかなくなったワケだけどぉ……」

 

 美玖の話す意味深な言葉に反応した麗は、未だに眠り続ける明を一瞥してからそのままの体勢でこそこそ話す。

 

「ほ、本当にやっちゃうの? だって──」

 

「あら、じゃあ逃げる? 言っとくけど、これはアタシ達で今後も生きるんだったら必要な事よ。まぁ答えはまだ聞かないでおいてあげるけど……アタシの邪魔になるって言うなら、誰だろうと容赦なく殺してやるから──じゃあね」

 

 若干ドキドキした様子で確かめるように訊く麗に対し、美玖は淡々と答えてから部屋を立ち去っていく。

 

(美玖……それでもいいの?)

 

「ん……朝、か……」

 

 麗がしばらく悩んでいると、四つん這いになった彼女の胸の下で隠れていた明がゆっくりと目覚める。

 

「あっ、明……」

 

「………」

 

「………」

 

「ふぅ……とりあえず聞いとこう。お前は朝っぱらから何やってんだ?」

 

 呆れ顔の明が横になったまま口を開くと、麗は瞬時に顔を赤らめて必死に弁解しようとする。

 

「ち、違うのッ! 明の寝顔見てたら何だかエッチしたくなったとかじゃなくて! だから、えっと、その……ごめん!」

 

 慌てる麗が恥ずかしさのあまりにベッドから急いで退こうと身体を動かすと、不意に寝たままの明にその片腕をぐいっと掴まれてしまう。

 

「きゃっ!? あ、明?」

 

「聞け。まぁ、その、なんだ……俺だって好きな女に対する性欲が全くない訳じゃねぇ。ましてや今までに巡った地獄世界で何度も付き合っては抱いてきた最高の幼馴染みだ。本音を言えば、俺だって何もかも放棄して麗と自由気ままに駆け落ちでもしたいさ」

 

「明……」

 

 思わず、自らの手をギュッと握り締める。明がこれから言おうとしている事がわかってしまっているから……

 

「だがそれはできないんだ。昨日言ったよな? 俺はお前一人を彼女として愛してはやれないって」

 

「……うん、聞いた。それは聞いてたよ? でも、あたしは……っ!」

 

 ──やめて! そんな言葉もう聞きたくない!

 

 麗の瞳が不安に揺らぎ始める。眼前に居座る明の姿が霞むほどに悲しい気持ちが彼女の胸の奥を痛く締め付けてくる。

 

「──まだ、この地獄のどこかで生きてく夢や希望を見失い、何かに、そして誰かにすがりたいと泣き続ける女達がいる。堂々と好きな女に愛の告白一つまともに言ってやれねぇ、どうしようもない大馬鹿野郎を世界が移り変わっても待っている、一途で馬鹿な女が、麗も含めてな……」

 

「っ……わかってる! わかってるけど……ッ!」

 

 気付けば麗はぽろぽろと声も出さずに泣いていた。

 

 フラれた訳ではない。

 嫌われた訳でもない。

 寧ろ好き過ぎたのだ。

 

 お互いに深く愛し合っていたからこそ、時には一度離れて考えなければならない事もある。故に──

 

「ねぇ……もう一度だけ、わがままなお願い……言っていい?」

 

 麗は口を開いたものの、ほとんど泣き声にしかならなかったが確かに言った。

 

「……奇遇だな。俺もちょうど同じこと考えてたところだ」

 

 すると穏やかに微笑む明は自ら麗を抱き締めて濃厚なキスを交わす。これで最後になるかもしれないからと、まるで自分達に言い聞かせるように、切なく……

 

 舌と舌を何度も絡ませ、互いの唾液を含ませ──愛する二人は涙を流してその甘く震える唇の感触を長い時間確かめ求め合っていた。

 

(──あたし、絶対に生き続けてみせる。まだお腹の奥にたくさん残ってるこの温かい熱が、あたしと明の愛の絆を感じさせる限り、ずっと──!)

 

 麗の中で芽生え始める小さな決意。それは彼女を強く成長させるのか、それとも……

 

 

 

 

 

 ──その後、一階のリビングに集まって夕食の残りに用意していたカレーライスを食べ終えた一同。

 

 昨夜のうちに森田と今村が二階の部屋から運び終えた幾つかの大きめのバッグをテーブルに乗せると、明は改めてパンデミック対策用の荷物の説明を簡単に済ませた。

 

「──じゃあ、次はチームで共有する武器についてだな。とりあえず〈奴ら〉に対しての効果的な使い方や注意点を一つずつ説明していくから、みんなこれなら扱えそうと思った武器を好きに装備してくれ。それと銃は持ち合わせてねぇから、俺達が〈奴ら〉と戦う際はだいたい近接戦になると思っといてくれ」

 

 そう言って明がまず最初に取り出したのは、藤美学園脱出から海動邸に到着するまで長らく愛用した黒いゲーターマチェットだった。

 

「これはゲーターマチェット。鋸刃ってやつで、主に森や渓流の草木や枝なんかを薙ぎ払う為に使われる。適度な重さと長さがあってバランス良くグリップも握りやすいから女でも扱えるが、デメリットとして切れ味は多少悪いうえに斧よりは破壊力がない」

 

 続いては黒のタクティカルトマホークアックス──ゲーターマチェットと同じく明が普段より愛用する近接武器の一つだ。

 

「タクティカルトマホークアックス。日本じゃ許可なく所持するのは銃刀法違反だが、それはこの際無視する。まず戦闘用の突起がついていてガラスや板なんかの障害物をぶち壊すのに使い、ハンドル部分も長めで振りやすく疲れにくい。デメリットもほぼないからマチェットと同じで女にも扱えるだろう」

 

 これら2つの武器に続き、明が取り出したのは藤美学園で美玖が〈奴ら〉の鮮血で血塗れになるまで愛用していたバールだった。

 

「一般に“バールのようなもの”と言えばこれだ。本来はドアやハッチなんかを抉じ開けるのに使うが対人武器としてもいける。〈奴ら〉相手でも破壊力は出てリーチも耐久性もそれなりにある。女でも扱える部類だが、デメリットとして〈奴ら〉の頭を至近距離で的確に叩き潰す必要性があって難しい。美玖みたいにある程度の度胸や実戦慣れがねぇと選ぶのはまず避けた方がいいだろう──ということでこのバールは美玖が引き続き使ってくれ」

 

「ふふっ──ありがと♪」

 

 事前に風呂場のシャワーで綺麗に血の汚れを洗い落としていたバールを美玖へと渡す。受け取った彼女は何やら不敵な笑みを浮かべてバールを掴んでいたが、その殺気高い凶器が今後〈奴ら〉ではなく人間へと向けられない事を切に祈ろう。

 

「次に金属バット──説明するまでもねぇ。銃がそう都合よく手に入らないこの日本じゃ、恐らく最も代表的な対ゾンビ武器だ。木製バットに比べて重くはなったが耐久性も良く〈奴ら〉の頭を確実に叩き潰すという破壊力なら申し分ない。使い手の腕力にもよるが、どちらかと言えば女より男向けの武器だな。ほら、森田と今村でちょうど1本ずつだ」

 

 2本あるうち、明が事前に用意していた真新しいものを森田に渡し、今村には藤美学園で使用していた中古の金属バットをそのまま使ってもらう。

 

「次は鉈か……ホラー映画なんかじゃ狂った人間が凶器に使うイメージが強い。アックスやバールよりリーチが短い代わりに携帯性があり、護身用、戦闘用、障害物撤去用と何でもいける便利なメリットがある。女でも扱える初心者向け武器だが、〈奴ら〉と戦う際はデメリットに注意が必要だ」

 

 ひとまず鉈をテーブルに置くと、明は一旦リビングを後にして何やら大きくて長い物を幾つか運んできた。

 

「こいつが大鎌だ。農業用に使われる鎌を俺がテープで補強して戦闘用に改造した丈夫なやつだ。普通の短い鎌に比べてリーチが長く携帯性に欠けるが、上手く〈奴ら〉の首を掴んで引き寄せれば腐った骨ごと切り落とす事も可能だ。とは言え使い方が難しいから上級者向けだな」

 

 まずは大鎌──握りやすい持ち手の部分に黒いテーピングが厳重に施されており、見た目通りに振り回して使う事も考慮されている。

 

「続いては十文字槍。これは槍術部所属の麗の為に俺が“あるツテ”で用意した専用武器だ。そのリーチは身の丈ほどもあり携帯性はないが、刺す、突く、引く、払うといった〈奴ら〉に有効な手段を臨機応変に使えるメリットがある。上級者向けだが麗には使いこなせるはずだ」

 

 十文字槍を麗に渡すと、彼女はすぐに気付いたのだろう。しばらくその十文字槍を黙って見ていたが、やがて言葉少なく「ありがとう」と言って受け取った。

 

「刺又──警察がよく暴れる犯人を取り押さえるのに使う鎮圧用武器だ。リーチの長さは槍や大鎌と同じ最高レベルだが、破壊力や殺傷力といった攻撃性は皆無という特徴がある。まぁこれは鎮圧用だから、あくまで〈奴ら〉に対する足止めで使えって事だな」

 

 そう言って大鎌と刺又を一旦リビングの床へと慎重に置きつつ、明は言い忘れた事を全員に伝えておく。

 

「それともうひとつ──十文字槍、大鎌、刺又などの長物はそのリーチの長さが却って仲間の邪魔になる事もある。誤って仲間に当たって傷付けたり、壁かどこかに接触して〈奴ら〉を引き寄せる音を鳴らしたり──集団戦で使う際は周りの障害物や仲間との距離感に注意だ」

 

 長物の説明を終えると、次に明は木刀を取り出した。これはこの場にいない毒島冴子が藤美学園で使用していたので知らない者はいないだろう。

 

「木刀──リーチも長く破壊力も高い強力な武器だ。耐久性はそれなりにあるが、携帯性はなく扱いは難しい。毒島先輩のように上手く使いこなすには技術が必要だから初心者にはオススメしない。それと最後に──」

 

 本来であれば冴子が使う予定だった木刀を置きつつ、明は様々なデザインのナイフを一本ずつテーブルに並べていく。

 

「ナイフ類も数は揃えてある。フォールディングナイフ、バタフライナイフ、ランボーナイフ──それとコロンビアナイフは既に学校で委員長に渡してあるから、それを含めて4本だな」

 

 フォールディングナイフ──ブレードがハンドルに収納可能という折り畳み式のタイプで、手のひらに収まるほどに小型でとにかく目立たず、携帯性に優れて女性でも楽に扱えるのが特徴だ。

 

 バタフライナイフ──フォールディングナイフと同じく折り畳み式ではあるが、またちょっと特殊なタイプがこれである。ブレードが一枚なのに対して溝のついたグリップが二分割されており、ブレードを上下で挟むように収納するのが特徴。また一般的なフォールディングナイフにはない、“片手で刃物を振り回して素早く開閉する”という独特のアクションがあり、慣れるまでは開閉操作の練習が必要だが、使いこなすと非常に素早く開閉可能で安全性も他のナイフに比べて比較的高い。またナイフとしてはかなり大型の部類に入り、とにかく目立ちやすい。

 

 ランボーナイフ、コロンビアナイフ──シース(鞘)ナイフの一種で、ブレードとハンドルが一体で固定化されているのが特徴。折り畳み式ではない為に安全の問題から携帯には注意が必要だが、その分堅牢に作られていて非常に壊れにくい。

 

「リーチの短さでわかるとは思うが、〈奴ら〉相手に実戦でナイフをいきなり使うのはリスクが高い。どちらかと言うと突然襲われて手元にまともな武器がない場合の護身用ってところか。切れ味はどのナイフも悪くないが、〈奴ら〉の頭蓋骨を潰すだけの破壊力はないから決め手に欠ける。ただこれだけデメリットの大きいナイフも上手い人が使えば〈奴ら〉を倒す武器として活躍するから、そこは実際に使って覚えていくしかない」

 

 ここで武器に関するすべての説明を一通り終え、一同は誰がどの残りの武器を装備するかで真剣に話し合った。

 

 結果として藤美学園で多少は実戦経験のある麗が十文字槍を受け取る代わりにモップの柄を手放した。

 

 美玖は元々使用していたバールに加え、“使ってみたい”という単純な理由からバタフライナイフを追加で手に入れた。

 

 智江は誰も選ばなかった木刀と明から預かっているコロンビアナイフに決まり、森田と今村は先程話した通り新品と中古の金属バットをそれぞれ引き継ぐ事に加え、大鎌は森田が金属バットと使い分ける事に。

 

 また、今までに一度も〈奴ら〉との戦闘経験がない敏美は自分は後回しでいいという他者優先の考えから、明が愛用するランボーナイフ──さらに明が元々使用していたタクティカルトマホークアックスをセットで受け継ぐ事になり、美鈴は小回りが効いて便利そうとの理由で鉈とフォールディングナイフをセットで選んだ。

 

 そしてチーム内の非戦闘員である静香には武器ではなく治療キットを……京子には万が一の保険として刺又を渡す。

 

 残るゲーターマチェットに関しては使用者不在の為、明がそのまま使う事で話し合いは終わった。

 

「──これで決まりだな。しかし委員長、本当に木刀使えるのか? 俺は頭脳戦メインでそっち系はてっきりダメだと思ってたが──」

 

 それぞれが新しく手に入れた武器の感触などを興奮した様子で確かめている間、明はふと気になって木刀を触っている智江に声を掛けた。

 

「むっ、海動君失礼ですね。こう見えて、ウチのお爺ちゃんから手解きは受けてますよ。私はあまり好きじゃないですけど……こんな世界になった以上、“あれ”を受け継ぐ心の準備は昨日の夜にたっぷり泣いて決めときましたから」

 

 などと意味深に答える智江だが、どうやら普段から家庭内での木刀の使用経験があるらしい。彼女の言う“あれ”が何かはまだわからないが、明は内心感付いていた。

 

(委員長……昨日の今日で朝からやけに吹っ切れた顔してると思ってたが……)

 

 本来であれば木刀をメイン武器とする毒島冴子の為に明が予備に一本用意しておいたのだが、これはこれで嬉しい誤算だったのかもしれない。

 

 ただ同時にそれは、智江に隠された恐ろしい剣士としての才能を開花させる事に繋がるのだが……

 

 

 

 

 

 




最近、執筆の合間に海動達のチーム名を考えている作者です。

今のところ候補としては『スカルフォース』、『ワイルドセブン』とかまぁいろいろ……(おい

問題はそれを作中で採用するかですが、現状はチームの名称自体がそもそも没になる可能性も……(^_^;)

そんなわけで次回はチーム分断とその理由、そして悲劇の幕開けとなる海動邸からの出発までをお送りする予定。


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運命の分岐点

 

 チームのメンバーが装備する武器の選択が終わる。ここで下着にワイシャツのみという極めて破廉恥な格好をした女性陣が一旦昨日の服装に着替えてくると言って、それぞれ自分の武器と共にリビングを退室していく。

 

 こういう時、女の準備とは決まって時間が掛かるもの……そうとくれば明は何かを決意した深刻な顔で残る二人の仲間を一瞥する。

 

「行ったか……よし。森田、今村──ちょっとこっちに来てくれ。これからのことで話がある」

 

 男だけがリビングに残ったその間に明は森田と今村の二人を近くに呼び寄せる。それまでは何やら談笑していた二人はお互いに一瞬だけ顔を見合せ、それぞれ金属バットと大鎌をリビングの端に置いてから近寄ってきた。

 

「なんだよ海動。そんな怖い顔しなくたって、俺達もう女の子の着替えは覗いたりしねぇよ。さっきまで充分眼福だったし」

 

「そうだぜ。けどお前、このタイミングでお呼びってことは──さては海動、女達がいるとできねー話か?」

 

「ん、まぁ……」

 

 何故だか歯切れの悪い明はそう言ってリビングの窓から見える真新しい青空を一瞥する。

 

「そんなところだ」

 

 明の様子を受けて二人もシリアスな空気を読んだのか、固唾を飲んで明の言葉を待つ。

 

「──これから先、何かと都合悪くチームで別行動する機会も増えるだろう。現に小室や沙耶達とはやむを得ず離れている訳だしな。そしてもしそうなった時──“〈奴ら〉に襲われない”俺の力無しでお前らにもあいつらを守ってもらう必要がある」

 

 明が昨夜から一人でずっと考えていた事……それは今後どこかで緊急事態に陥って結束したチームがバラバラになってしまった時、果たして他の仲間達が“海動明というチート”を使わずにしっかり行動できるかという事だった。

 

 明ならば万が一バラバラになった少数のチームが〈奴ら〉に襲われて集団戦になったとしても、自分だけが唯一襲われない特性を利用して音で〈奴ら〉を誘き寄せたり、襲われない事を良い事にこちらから一方的な地獄の虐殺を開始し、仲間の危機的状況を一発で切り抜ける事も“容易くできて”しまえる。

 

「どうだ? お前らにそれができるか?」

 

「「そ、それは……」」

 

 しかし森田と今村は違う……普通の人間だ。〈奴ら〉にだって当然襲われるし、万が一噛まれてしまったらその時点でゾンビウィルスによる感染が確定する。明のように死んだら時を巻き戻して世界のすべてをゼロからリセットなんて最終手段も絶対に使えない。

 

 仲間を援助する囮役、仲間を守って防御する役、仲間と共に攻撃する役──その行動どれもが常に〈奴ら〉を相手に生死の駆け引きをしなければならないという危険に繋がる。

 

 世界中でゾンビによるパンデミックが発生した時、常識的に考えて人間は通常狩られるだけの“弱者”となる。ゾンビ映画やゾンビゲームのようにウィルスに対する特別な耐性があるならば話は別だが、例外は基本的に数少ない。

 

 そしてそのような絶望的状況下で迅速に求められるのは“生きる為に戦う人間の力”である。

 

 古来より人間は自らの手で石や木を削り、武器に変えて様々な動植物を狩って食べてきた。

 

 電気も存在しない夜の暗闇に支配されたならば火を燃やし、雨が降らなければ尊い生贄を捧げて飢饉を凌いできた。

 

 ──それは生きる為に戦う力。宇宙から降臨した光の神様が何を考えてか地球という惑星を選び、その星のありとあらゆる生き物の中で気紛れに人間を選び、人間が現代まで進化し繁栄してきたすべてに繋がるのだ。

 

 中身は違えど同じ人間として、仲間達にはこの地獄で共に学び、共に泣き、共に笑い、共に戦い、共に強く生きていてほしいと──明は切にそう願っていた。

 

 確かに愛する彼女達をこの無敵とも言える力で守ってやる事は男のプライドである。しかしいつまでも誰かから守られてばかり、頼られてばかりの弱い人間にはなってほしくない。

 

 住宅街の中では比較的安全な海動邸に到着したばかりのこのタイミングで、一度チームの分断を敢えて決めたのも実を言うと仲間の成長を促す為だった。もちろんそれ以外にも色々理由はあるが……

 

 というのも明が昨夜、海動邸に到着してから一人で自分の部屋に戻り、仲間に隠れてこっそり煙草を吸っていた時のこと──

 

 

 

 

 

『あー、もしもし? こちら川嶋医院。久しぶりの電話ありがたいが生憎こんな状況だ。悪いけど患者ならウチはもう受け入れてないよ。あっ、何なら可愛いおっぱいちゃんなら話は別──』

 

『よし、まだ携帯は繋がったか! 川嶋のおっさん、俺だ! 海動明だ! 聞こえるか!?』

 

『おぅ!? なんだその声は明か!? まったく、心配したぞこっちは! それでお前いまどこに──』

 

 実を言うと明は所持していた携帯電話で“ある緊急連絡先”に電話していた。

 

『学校の方で色々あってな……どうやら“そっち”はまだ大丈夫みたいだな』

 

 電話の相手はこの住宅街に位置する川嶋医院の院長先生──明が普段よりお世話になっている頼れる人物だ。

 

『大丈夫って……おいおい、そうも言ってられんぞ。今のところはウチで雇ってるおっぱいナースちゃん達で何とか回してるが、こう次から次へと患者が来られてもなぁ──』

 

『そうか……じゃあそっちには行かない方がいい感じか……ちっ、仕方ねぇ』

 

『おっと、そうは言ってないだろう? それに明なら“血の制約”のこともあるんだろう? だから困って頼れるパパに電話したって──』

 

『黙れエロ医者。うるせぇなら切るぞ』

 

『はっはっは! とか言って明君、本当は今ここで電話を切ったら次は恐らく“二度と繋がらない”ってちゃんと理解してるくせに──それにだよ? “この私”がいなきゃ君の身体は“1日と持つかわからない”──だろう?』

 

『ちっ……ああ。例の研究所爆発事故からだいぶガタがきてる。そして俺の家にはもう残ったものもねぇときた。今はとりあえずタバコ吸って誤魔化してるが──』

 

『おいおい……だからいつも言ってるだろう? ジュンちゃんと妹ちゃんを早く見つけて、家族三人揃ってウチにおいでって。そしたらパパが本当の家族になってあげるよ?』

 

『……なぁ、川嶋のおっさん。明日、朝早くから病院やってるか?』

 

『っておいおい、そこで無視するかフツー……ん、まぁいい。もちろん我が川嶋医院は君とその連れに限りいつでもウェルカムさ』

 

『悪いな先生……いつも助かる』

 

『明? お前なにか──っと、すまん明! ナースちゃん達がお呼びらしい! 夜の診察は何かと体力使うからおじさん大変で──ああ、そういうことで悪いが電話切るぞ? 明日、必ず来てくれよ? 避難しないでずっと待っててやるから』

 

 そう言い残し、川嶋医院の先生は忙しそうな悲鳴を上げる若いナース達の怒鳴り声と共に通話を終わらせるのだった。

 

 

 

 

 

 明が昨夜、仲間達に内緒で川嶋医院に連絡していた理由──それは自分の身体に関する事と、仲間達をそこの院長先生に会わせる為でもあった。今まで経験してきた世界ではパンデミック発生当日のうちに川嶋医院から姿を消して行方不明になっていた為、残念ながら一度も会えなかったのだが、どうやら“この世界では”今のところ無事に生きているらしい。

 

 それを昨夜ようやく繋がった電話で知ったからこそ、明は予定より早く行動を起こす事にした訳だ。医者としては鞠川静香と同様に性格に若干の難点があるものの、彼もまた静香と同じくチームに欠かせない強力な助っ人になってくれるはず。

 

 明は森田と今村が悩んでいる間にそのような事を思考していた。

 

「なぁ海動……俺達も一緒じゃダメか?」

 

 やがて口を開く森田と今村。不安な表情を隠せない様子に明も仕方ないとばかりに答える。

 

「悪いがそういうのは無しだ。俺達野郎は二手に別れて女達を連れて行った方がいい。今後の為にも俺抜きで〈奴ら〉と戦える力は最低限身に付けてくれ」

 

「うっ……まぁ、やっぱそうだよなぁ……」

 

「……仕方ねぇ、か」

 

 一度は明に断られてしまうが森田と今村も納得し、そうなったからにはやるしかないと覚悟を決める。

 

「俺は昨夜の事もあって色々気になる事もあるから委員長と一緒に行動させてもらう。お前らも自分達で守れそうな女を選んで連れて行け」

 

 明は智江を連れて行くと話すと、森田と今村は少し悩んで相談した末に、静香と京子の女教師二名を連れて行くと伝える。ちなみに、この人選に熟女好きの今村の意見が強く出ているのは内緒だ。

 

「OK。静香先生と京子先生はお前らに預ける。となるとこれでそっちは四人か……」

 

「だったらよ、二木と一条を海動が連れて行けばバランス取れるんじゃねぇか?」

 

「それもそうだな……」

 

 森田と今村の助言を受けて、智江に加えて敏美と美鈴が明と同じチームになる。これでまだどちらになるか決まっていないのは麗と美玖の二人だけだが……

 

「麗と美玖でちょうど五人ずつになるな……どちらかはお前らに選んで──」

 

「お待たせ。みんな準備できたわよ」

 

 そう言い掛けたところで、着替えを終えて綺麗になった藤美学園のセーラー服を着用し、明から渡された武器でしっかりと武装を施した彼女達がリビングに戻って来た。

 

「どう? みんな見違えたでしょ?」

 

「ほぉ……なかなか様似になってるじゃねぇか。まさしく戦う乙女達だな」

 

 身の丈ほどもある十文字槍を片手に携えた麗を中心に、各々の戦闘準備を終えた女性陣。その一方で、マイクロバスにてナイフを持った紫藤に衣服を破かれてしまった静香と京子の教師二名は、結局ブラジャーを外して胸元がはだけたままの衣服をそのまま着続ける事で一致したらしい。

 

「先生達はその格好でいいのか? 言っちゃ悪いが胸辺りが色々はみ出してるし、男からすればかなり卑猥だぞ?」

 

 後ろで目を輝かせている森田と今村を無視して明も驚いて訊くが、よくよく考えてみればこの家で彼女達が着れる服は元々藤美学園で着ていたものか、男物でサイズの合わないワイシャツしかないのもまた事実。

 

 覚悟を持った表情の静香と京子は「今更でしょ?」と言って、どこかのお店で新しい洋服を見つけるまではこれで我慢すると話した。野蛮な男や〈奴ら〉に性的な意味で襲われるとまるで考えていない辺り、森田に今村、そして明が彼女達に少なからず信用されているという事なのだろう。

 

「それで? 明達は三人で何を話してたの? まさかまたあたし達の着替えを覗こうなんて“やらしいこと”考えてたんじゃないでしょうね?」

 

「ん? ああ、いや……今後のチームの分担でちょっとな」

 

 ジト目で問い掛けてきた麗に上の空で答えるその間、リビングの周りでは敏美や美鈴、智江に美玖が自分達の武器を自慢するように話しては楽しそうに見せ合っている。

 

(……これならいけそうだな)

 

 武装した彼女達の前向きな様子を見て、それまでの世界では保身のあまり自ら進んで戦おうともしなかった他力本願な彼女達を知っている為か、ここで明は感慨深い気持ちになって彼女達のちょっとした成長を微笑ましく眺めていた。

 

「ねぇ、アキラ──そのチームってやつはどうなったの? 聞いてる限りだとアタシ達ここで別れるのよねぇ?」

 

 ……とそこに、彼女達を保護者のように眺める明の視線に気付いた美玖が女子同士の談笑をやめてこちらに歩み寄ってくる。その後ろをまだ少し不安な様子の敏美や美鈴、智江に教師二名が続く。

 

 全員が一つに揃ったところで明は今後に向けてのチーム分担を発表。森田、今村、静香、京子には住宅街から距離的にも離れた市街地方面の『床主駅前商店街』で様々な物資調達の任務についてもらう。

 

 対する明、智江、敏美、美鈴はこのまま住宅街周辺を探索するほか、明曰く“個人的に解決したい用事がある”と意味深に話した。

 

 そして残るは現状有力な戦力候補に数えられる麗と美玖──

 

 二人の将来的なエースは並んで明に詰め寄り、どちらのチームになるのかと問い掛けてきた。

 

「それを今考えてたところなんだが、その……」

 

 どうやらまだ決まってないらしい。ならばと麗と美玖はお互いに危ない武器を持ったまま向き合う。そして……

 

「──明、あたしは森田君や今村君達と一緒に行くわ。美玖は明が連れて行って」

 

「なっ──!? いいのか? こんなことを言うのもあれだが……麗も美玖も必ず俺と居たがるって思って言い出せずに悩んでたんだが」

 

「だと思った。でもあたしはもう大丈夫──明にいっぱい勇気を貰ったから」

 

「麗、お前……」

 

 意外な事に頑固な麗がここで素直に一歩引いたのに明は驚きを隠せない。それは普段の彼女の性格を知る他の人間にとっても同じ事だった。

 

「明に守られて、助けられて、頼ってばかりの弱い自分じゃ、これからこの地獄を生きていけないって気付いたから……だから明、あたし達はここで距離を置いて、お互いに別々の道を進もう?」

 

 涙は流さない。明の前でもう散々流してきたから……だから、今は泣かない。力強い眼光を放つ麗はそう決めていた。

 

「──あたし、強くなる。みんなと一緒に強くなって、必ず明のところに戻ってくるから……!」

 

「麗……ふっ、どうやら未練がましかったのは俺の方だったようだな」

 

 やはりいつの時も女は強い──明は改めて実感し、“麗と離れずに一緒にいたい”と言いたい、本当の自分の気持ちを胸の奥に仕舞い込む。

 

 

 

 

 

 ──ここで“さよなら”は言わない。みんなでまた、生きて再会する為に──

 

 だから今は──“いってきます”を言おう。

 

 




チームが分断されました。今後の行き先としては↓

Aルート(住宅街)→海動、美玖、智江、敏美、美鈴
Bルート(市街地)→麗、静香、京子、森田、今村

それぞれのルートには何人かのお助けキャラが用意されてますが、同時に過酷なイベントが多数控えてます。

分断された2チームは後ほど第5章の舞台となる【ショッピングモール】で合流させる予定ですが、果たしてこの中の何人が無事に生きて辿り着けるか……


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川嶋医院

 

 麗達が海動邸から離れた距離に位置する市街地方面に向かったのに対し、明達は住宅街の近所を歩いていた。

 

「………」

 

「ねぇ、さっきから黙ってるけど……やっぱり麗達が心配だったりするわけ?」

 

 バールとバタフライナイフで武装した美玖がチームの先頭を歩く明に話し掛ける。

 

「ん、そりゃな……あいつらが向かった先はここから若干遠い市街地だ。床主駅に駅前広場、駅前商店街──〈奴ら〉が集まりやすい場所は住宅街より比較的多いはずだ」

 

「だったらアキラが市街地に行って物資調達した方がよかったんじゃない? その為に“アレ”を渡したんでしょ?」

 

 美玖の言う“アレ”とは、市街地方面で物資調達する際に何かと役立つと言って、明が予め用意していた組み立て式のリアカーの事である。先程チームで別れる際、麗達にそのリアカーを海動邸の玄関前で渡しておいたのだ。

 

「ああ……だがそういう訳にもいかねぇ事情があってな」

 

「それって、さっき話してた川嶋医院って場所に関係するとか?」

 

 今度は鉈を隠し持つ美鈴が会話に加わってきた。

 

「そうだ。俺が直接行く必要があった。だがそうなると今度は物資の調達に時間が掛かっちまう──川嶋医院の用事が終わったら俺達も市街地に向かって仲間と合流するって決めてたんだ」

 

「決めてた? ってことは?」

 

「……先行き不安だな。実は昨日から嫌な気配にずっと見張られている。恐らくは昨日マイクロバスで俺達や紫藤を襲ってきたあの触手の化け物──その親元だろう」

 

 その一言でハッとなる彼女達。当然心当たりはあった……彼女達も昨夜浴室で感じたあの悪寒は、間違いなく人間が発するものではないと察知していたのだ。

 

 明は途中からその邪悪な存在に気付いており、海動邸で籠城するか直接出向いて“一対一で”戦うかを決め兼ねていたのだが、どういう訳か追跡者は昨夜あれだけ屋内に侵入できる隙があったにも拘わらず、ついに明達の前に姿を現さなかった。

 

 こちらを警戒しているのか、油断しているのか……いずれにせよ、向こうが仕掛けて来ない今が動くチャンス。襲撃されない時点でその“追跡者”が〈奴ら〉より賢く、人間的な知能が全く衰えていないという事を物語っている。

 

 実は先程から明達が武装して町並みを歩いているのもそれが関係する。敢えてこちらのチーム人数を減らし、相手が攻めやすくなった上で明もより動きやすい防衛に集中させたのだ。

 

 追跡者の狙いが〈奴ら〉と同じ“人間の殲滅”ではなく、“人間ではない自分”と接触する事にあるとすれば、恐らく市街地に向かった麗達があの無慈悲な触手に襲われる心配はないと明は内心確信していた。

 

 問題は今も物陰に息を潜めてこちらの出方を窺っている例の化け物だろう。まだこちらを攻撃してくる素振りは見せないものの、いつ触手の群れを忍ばせるかもわからない。

 

 マイクロバスで明のピンチを結果的に救い、紫藤達を襲撃した時に見せたあの恐ろしい攻撃性は消え失せた訳ではないはず……

 

「でも襲ってこないよ?」

 

 可愛らしく首を傾げる敏美のふとした言葉に明は無言で頷く。

 

「ねぇ、海動君。わたし、“あの娘”はそんなに悪い子じゃない気がするの」

 

「あの娘って、まさか見たのか!?」

 

「ううん……昨日の夜、お風呂場の中で何となく女の子に視られてるような気配を感じてただけだよ……ちょっと怖かったけど」

 

(……どういう事だ?)

 

 敏美の話す内容が事実だとすれば、追跡者は既に昨夜の時点で海動邸の敷地内に潜んでいた事になる。監視のつもりなのか、それとも明と一対一で接触する機会を窺っているのか……

 

「それよりさ、これから行く川嶋医院ってとこの事を教えてよ。アタシらはよく知らないんだし」

 

 どうやら美玖達は誰も知らないらしい。川嶋医院は明が幼少期から何か怪我したり病気になったりすると必ず通っていた一軒家ほどの小さなクリニックで、そこの院長先生は明だけじゃなく麗や沙耶、孝とも顔馴染みの関係との事。

 

「ふ~ん。で、頼りになりそう?」

 

「ああ。性格に多少問題ありだが、あれでも医者だから困った時には力になる。まさか昨日の今日で死んでねぇとは思うが……」

 

 興味津々な美玖の質問にどこか複雑な表情で返す明。その会話の間にも明達は川嶋医院に到着する。

 

 明が話していた通り、あまり病院には見えない外見の建物で、それこそ近所のどこにでもありそうな普通のクリニックだ。表の看板に『川嶋医院 小児科・内科』と書かれてなければ、恐らく素通りしてしまってもおかしくない。

 

「ここなワケ?」

 

「そうだ。普段は玄関の下駄箱に靴を入れてスリッパを履くんだが──今は非常時だ。土足で上がらせてもらうぞ」

 

 正面玄関から靴を脱がずに荒らされた待合室へと踏み入れる明達。昨日はまだ結構な患者数がいたと思われる待合室は無人で電気が点いておらず、薄暗い寂れた雰囲気を演出している。

 

(妙だな……静か過ぎる)

 

 明は他の仲間がちゃんと靴を履いたまま後ろに続いている事を確認し、待合室の状況を改めて見回す。

 

 待合室の壁際に位置する大きな本棚には院長先生の趣味なのか、様々なジャンルの漫画が並べてあったようだが、今はどれも乱雑に放棄されて床下に散らばっている。

 

(キューティーハニーにデビルマンレディー、ふたりぼっち伝説にトリアージX……おいおいおっさん、小児科のくせにこんな漫画置いとくなよ……ったく、子供が見たらどうすんだ)

 

 足元付近に転がっていた『トリアージX』という題名の漫画を適当に一冊拾ってみる。表紙にはやたらと巨乳な美少女がグラビアアイドル並みのエッチなポージングで描かれており、明は相変わらずといった様子に苦笑してしまう。

 

 ──と、その時だった。

 

『~~~~!? ~~~ッ!?』

 

 待合室と隣接する診察室の方から何やら騒がしい物音と人間らしき声が聞こえてくる。

 

「「「「「!?」」」」」

 

「ねぇ海動君、今のって……!?」

 

 敏美の不安げな発言を尻目に明は舌打ちし、素早くゲーターマチェットを構えたまま急いで診察室へと走り出す。

 

(死なせねぇぞ……絶対になぁッ!)

 

 暗がりの通路に明の羽織る黒い学ランが宛らマントのように勢いよく揺れ動いた。

 

 

 

 

 

 ──その頃、診察室では白衣姿に眼鏡を掛けた40代程の男性が〈奴ら〉と化した巨乳のナース達に襲われていた。

 

「くそっ……! やはり噛まれただけで感染するのか……!」

 

 恐ろしい呻き声を出しながらゆっくりと歩み寄る変わり果てたナース達。医者らしき眼鏡の男は適当に患者のカルテやボールペンなどを投げ付けながら壁際に追い込まれていた。

 

「こんなところで死ねないってのに……! ああ、くそっ……!」

 

 〈奴ら〉と化した数名のナース達に退路を塞がれ、完全に絶体絶命の状況……診察室の壁に背中を合わせた状態で右に左にと身体を揺さぶってみるも、目の前に迫り来るナース達にはまるで通じていない。万事休す。

 

「おっさんッ!」

 

 ──とその時、診察室と書かれたドアノブ付きの扉を人間では不可能な力強さで勢いよく蹴破った黒い学ランを羽織った黒髪の高校生が荒々しく室内に押し入ってきた。

 

「明!? 来てくれたのか!」

 

「悪い! 話は後だ! 先に片付ける!」

 

 その派手な登場音に何事かと振り向いたナース達だが、それよりも早く明は行動を完了していた。怯む事なく一瞬で近付き、手にしたゲーターマチェットで次々と顔色の悪いナース達の首を無駄の少ないスタイリッシュな動きでクールに撥ね飛ばしていく。

 

 その後ろから武器を持った美玖達が遅れてやってくると、明だけで診察室にいた数名の〈奴ら〉は見事に首を斬り落とされて全滅していた。

 

「うそ……」

 

「すごい……」

 

「ふぅ……とりあえず制圧完了か」

 

 一息吐き、目の前で起きた一瞬の出来事に呆然としている白衣の男に向かって明は改めて声を掛ける。

 

「にしても危ないところだったな、おっさん」

 

「あ、危ないところってお前なぁ……もうちょっと来るのが遅かったら、俺は今頃傷を負ってゾンビになったナースちゃん達に喰われてたぞ? まったく……」

 

 軽口を叩く男は先程まで危ない目に遭っていたにも拘わらず、もう平然としている……彼はこういう男なのだ。

 

「この人が海動君の話していた先生ですか? 何だか胡散臭いような……」

 

 不思議そうに見据える智江の問い掛けに対して明が頷いて答える。

 

「そうだ。川嶋のおっさんは──」

 

 彼女達に紹介しようと口を開く明をそっと押し退け、『川嶋のおっさん』と呼ばれた白衣姿に眼鏡を掛けた無精髭の男が一歩前に出て勝手に自己紹介を始め出した。

 

「その通り、私がこのクリニックの院長やってる謎のカリスマ医師だ。君たちとは今後とも長い付き合いになりそうだし、何かあったらこのナイスミドルなおじさんをよろしく頼むよ! あっ、可愛い女の子には診察料タダにしてあげるから是非ともご贔屓に」

 

 額に手を当てた明がやれやれと呆れ顔で溜息を漏らす間、執拗に握手を求めてくる胡散臭い笑顔の川嶋に対し、彼女達は若干引き気味に後退りしてしまう。

 

「こんなのが先生って……」

 

「……正直、ドン引きです」

 

「また変なのが仲間入りしたわね」

 

「うん……でもちょっと海動君に似てるところあるかも……」

 

「おい二木、ちょっと待て。そりゃどういう意味だ?」

 

「はぅ!? ご、ごめんなさい……」

 

 反応は様々だが、既に川嶋=奇人変人という印象が彼女達の中で出来上がりつつあるらしい。

 

「ははは、言うねぇ彼女。でも少しくらい似てて当たり前だよ。何せ明を半人前に育ててやったのは何を隠そう“この私”だからね。どうだい? 不良ながら立派なもんだろう?」

 

 敏美の言葉を聞いていた川嶋は明の隣で笑って話すと、眉間に皺を寄せた明はぶっきらぼうに口を開く。

 

「お前ら、このおっさんの話は真に受けなくていいぞ。いつも口から出任せに適当なことほざいてるだけだからな」

 

「おいおいおいおい、そりゃひどいよ明。私はね? “女の乳は掴んでも嘘はつかない”性分なんだよ?」

 

「言ってろ、エロ医者」

 

 互いに言い返す明と川嶋──やがて二人はどちらとも我慢できずにニヤリと笑い合った。

 

「明、生きててくれてありがとう。おかげで俺もこの命拾わせてもらった」

 

「ああ。あんたはここで死なせちゃならねぇ重要な人だからな(それに……やっと“あんたの生きてる世界線”に辿り着けたんだからな……)」

 

 呆然と二人のやり取りを見つめていた女性陣を尻目に、真面目な口調で話し始めた明と川嶋。「だろうな」と意味深に笑う川嶋に対し、彼女達はどうしても気になって質問する事に。

 

「あの……さっきから二人で何の話を?」

 

 代表として話し掛けてきた智江を見て川嶋はチラッと彼女達を一瞥すると、何やら意味ありげに明へと向き直った。

 

「なぁ明、このお嬢ちゃん達は──?」

 

「……あぁ、だいたいの事は昨日の夜に伝えてある。悪いがおっさん、あとは頼んだ。それとどっかの空き部屋一つ借りるぞ」

 

「はいよ。しばらく顔見せに来ないから結構な量を保存しといてやったぞ」

 

「えっ、ちょっ──海動君!?」

 

「どこに行くの!?」

 

 不安を煽るような突然の言動に心配した智江達。一人で診察室を出て行く明の後を追い掛けようとドアの壊れた出入口に慌てて向かうが、それよりも先に川嶋が彼女達を引き止めた。

 

「あ~君たち、ちょっと待ちなさい。明は用を足しに行っただけだから、そう焦らんでもすぐ戻ってくる」

 

「……本当ですか?」

 

「嘘はつかない、乳はつく。私の言葉を信じなさい」

 

 この男怪しいとばかりに睨み付ける智江。すると川嶋は首から上を無くしたナース達のグロテスクな死骸──とくにその胸元を見回し、酷く落胆した様子で溜息混じりに呟く。

 

「しかしここじゃ居心地が悪いな……あ~君たち、私について来なさい。少し場所を変えて話をしよう──さぁさ」

 

「「「「「………」」」」」

 

 明が豪快に破壊したドアには目もくれずに診察室を出て行く川嶋に促され、彼女達も仕方なくといった様子で彼の後に黙って続く。彼女達は屋内の薄暗い通路を固まって歩きながら、先頭を進む川嶋に若干距離を置いてひそひそと内緒話を始める。

 

「ねぇ、ちょっと……このおじさん本当に信用するの? 何だか海動と同じで胡散臭さMAXじゃない。口では安心させるような事言っといて、裏では私達を油断させとくつもりなのかも」

 

「それは……私にはまだ何とも言えません。たしかに怪しいですけど……」

 

「美鈴も智江も気にする事はないわ。アキラがわざわざ訪ねてきたって事は、この男がチームに必要だと考えているからってだけ──今はお互いに様子見の段階よ。それにアタシの見た限り武器は隠し持ってないようだし」

 

「わっ、すごいね美玖ちゃん。何だかまるで海動君みたい」

 

「あのねぇ……敏美、アンタはアンタで他人の言うこと何もかも信じ過ぎ──もう少し“疑う心”ってのを覚えなさい。でないと、いずれその“仲良しこよし”がアンタ自身を破滅させる事になるかもしれないのよ?」

 

「むぅ……でも……」

 

 各々が警戒心を募らせつつ聞かれないように小声で喋っている間にも、黙々と先頭を歩く川嶋はとある部屋の入口で不意に立ち止まった。

 

「ところで君たち──明を待ってるついでに私の“ちょっとした願い事”を引き受けてくれないか? どうせやる事なくて暇だろう?」

 

 振り返り、川嶋はニヤリと笑って彼女達のセーラー服に収まるたわわに実った大きな胸(約一名を除き)を舐め回すようにいやらしく、じっくりと観察してからそう話し出した。

 

 




新キャラ登場。

川嶋医師は原作に登場した幾つかのヒントをもとにこちらで勝手に考案したオリキャラです。

まぁいわゆるAルートにおけるチームお助けキャラの一人ですかね。


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漫画のような本当の話

お待たせしました!最新話です!

また今回、話の後書きにてかなり長く書いてますので一応注意しときます。


 

「ところで君たち──明を待ってるついでに私の“ちょっとした願い事”を引き受けてくれないか? どうせやる事なくて暇だろう?」

 

 川嶋はそう言って彼女達を一旦引き止めると、診察室を出るように合図してから院内の通路を静かに歩き出す。

 

「なぁ、君たちの着てるそのセーラー服は藤美学園のものだろう? だったら宮本麗ちゃんと高城沙耶ちゃんって娘知ってるか? この辺りだと結構有名なんだけど」

 

 狭く薄暗い通路を歩き、川嶋医院入口の玄関から見て一番奥に位置する壁際の部屋に彼女達を連れ込む。

 

「「「「………」」」」

 

「そんなに身構えなくたって大丈夫だ。私はただ彼女達の事で少し聞きたい事があるだけなんだ。それに言っただろう? 乳は掴んでも嘘はつかないって──おじさんを信じてくれないか?」

 

 各々が警戒心から武器を所持しているが、川嶋は自分がまだ怪しく思われている事を承知で話し出した。対する智江と美玖、美鈴と敏美は横一列に立ち並んだまま互いに視線を送っては判断を考慮していたが……

 

「えっと……はい、二人は私達の同級生で今はチームの仲間です。麗さんとは今朝まで海動君のお家で一緒だったんですけど、高城さんとは藤美学園を脱出してから離れ離れになってしまって──」

 

 目の前の男が果たして信用に足る人物か迷っていた末に智江がようやく口を開いた。まだ川嶋を内心疑う事は忘れていないが、ここにいない仲間の事ならば多少は話しても大丈夫かと彼女なりに考えた結果である。

 

「なんと!? てっきり明の事だから必ず二人を連れて──ああいや、むしろ“あの二人の方が”明を絶対に掴んで離さないだろうと考えてたんだが……そうか。うーん、それは嬉しいけど悲しいなぁ……ごほんっ。いや私はね? 麗ちゃんと沙耶ちゃんをそれはそれは小さい子供の頃から一人の医者として診てきたんだ」

 

「は、はぁ……」

 

 いったい、この男は自分達の前で何を言っているのだろう……智江達は困惑気味に視線を送っては結局何も言わずに黙って聞き入る事にしたらしい。

 

「私のような半端者の独身親父には、ここを訪れる子供たち全員がそれはもう息子や娘同然に可愛く思えてね──今でもウチの病院から“卒業していった”麗ちゃんや沙耶ちゃんの事は明からよく聞いてたんだよ」

 

 当時を懐かしむような遠くを見る眼差しで語る川嶋。彼は本当に子供想いの保護者という優しい男の顔をしていた。

 

「……あの、川嶋さん? それと私達にいったい何の関係があるんですか?」

 

 しかし川嶋は今一要領を得ない話をするので、智江は思い切って手を挙げて訊いてみた。

 

「おっと、そうだった──いや実はね、君たちのようなおっぱいちゃんによく似合うピンクにミニスカートのナース服を部屋で用意してあるんだ。本当は女子高生になってさらに大きくお乳が発育しただろう麗ちゃんと沙耶ちゃんにと思っておじさん残してたんだが──」

 

 聞いて呆れるとはこの事か……明や麗の過去に詳しい川嶋がどんな話をするかと若干期待していた彼女達は、その予想外な発言で彼に対する印象を今一度改める。

 

「幻滅……こっちのチームに麗さん達がいなくてラッキーでしたね。それをもし知ってたら川嶋さん、きっとあの二人から殴られていたかもしれませんよ?」

 

「おぉぅ、それはそれで──」

 

 智江の忠告を聞いて何を想像したのか、川嶋は無精髭を生やした自分の顎を撫でながらニヤリと笑みを浮かべる。

 

「──ねぇ、おじさま? それじゃあそろそろ真面目に話してくれない? 明抜きでアタシ達に“頼みたいこと”って何なのか──まさかアタシ達をそのナース服にコスプレさせる為に呼んだとかじゃないんでしょ?」

 

「おや、カチューシャのお嬢ちゃんはクールに澄ましてるように見えてしたたかだね──ふふっ、明の好きなタイプだ。本当は君たちにも可愛いナース服に着替えてほしいというのも私の個人的な願いなんだけどなぁ……まぁそれは仕方ないか」

 

 美玖からの鋭い指摘を受けて川嶋は急に真面目な表情に作り変えて語り出す。

 

「それじゃあ本題に入ろう。君たちは明の身体の事は何か聞いているか?」

 

「……はい。普通の人間じゃないということ、既に身体が傷だらけになっていていつ倒れてもおかしくないこと、あとは以前に“血を吐いて倒れてしまう病気”って彼が言ってましたけど……」

 

「なるほどなるほど……」

 

 智江の話を聞いて相槌を打ち、川嶋は顎に手を置いて考え込む素振りを見せる。

 

「私も最初聞かされた時はいつもの軽い冗談だと思っていました……でも、海動君の言ってた事は全部本当で……っ!」

 

 未だに自分が心の何処かで明を完全には信用していなかった事を悔やんでいるのか、智江は今にも泣き出しそうな辛い表情で打ち明けていく。そんな彼女の様子を見ていて溜息を一つ吐き出すと、川嶋はゆっくりとした聞き取りやすい口調で口を開いた。

 

「……何年前だったかなぁ。まだ小学生くらいのちっちゃい麗ちゃんと沙耶ちゃんの二人が、何度かウチに傷付いた明を引っ張って連れて来る事があってね」

 

 そこから──川嶋の長い昔話は始まった。

 

 

 

 

 

 ──その当時、まだ小学生の高城沙耶が通学中に知らない男達に車で拉致監禁されるというとんでもない事件が床主市にて発生。

 

 恐らくは沙耶の父親にして県下最大勢力を誇る右翼団体『憂国一心会』の会長──高城壮一郎氏を鬱陶しく思っている連中の犯行だろうと当時の川嶋は推理した。

 

 そこで沙耶といつも仲良しだった幼馴染みの明と麗は、朝のホームルームで担任の先生から緊急連絡で沙耶が登校中に不審者に拉致されたという話を聞き、二人で一緒に小学校から抜け出した。大人の助けも借りずにどうやったのか、明と麗は自分達だけで沙耶の監禁場所を逸早く探して突き止め、無事に彼女を悪い大人達から無傷で救出する事に成功した。

 

 そしてその壮大な脱出劇の最中に突然、明は麗と沙耶の見ている目の前で口から大量の血を吐いて倒れたらしい。その犯人達から拳銃で撃たれたとでも思ったのか……どこかの使われてない工場の倉庫内で逃げる途中に倒れ伏した明は、一緒に倒れて泣き震える麗と沙耶の身体をしっかりと両腕で抱き寄せ、高城壮一郎率いる『憂国一心会』や警察関係者である麗の両親などといった大人達が遅れて現場に到着するまでの間、心配して明の名前を泣きながら呼び続ける幼い二人を必死に守り続けていたという……

 

 その後、子供二人で大きな事件を解決した明と麗は沙耶の両親を含む大人達から当然の如く大目玉を喰らったものの、明の保護者として現場に居合わせた川嶋や海動ジュン──明の母親の頼みで傷付き倒れた明をこの川嶋医院へと運び込んだ。

 

 そこで川嶋が明の身体を詳しく調べた結果、驚くべき事に明には漫画のような現実的ではない特殊能力が備わっている事が判明したのだった。

 

 その一つは“血眼”──普段は大抵の日本人と同じく黒い目をした明だが、時折その両眼が真っ赤に変色して不気味に光るのを拉致監禁事件の最中に麗と沙耶が度々目撃したという。

 

 血眼とはどういう原理なのか、明自身の体内に流れる血を活性化させる事で一時的な肉体強化を可能にする『自己進化システム』のようだ。さらに熱源センサーのようなものが備わっていて、この血眼が発動している間は明が特別意識した“生きている人間の居場所を正確に把握する”事ができるという非常に優れたものらしい。

 

 そこで今一度思い出してもらいたい。この世界で〈奴ら〉と呼ばれるゾンビが、何故視覚を衰えながらも人間の居場所を的確に察知できるか……疑問に思った事はないだろうか?

 

 まるで視覚を持たない〈奴ら〉にも生きている人間の姿が目に見えているかのように……

 

「川嶋さん、まさか……それもその“血眼”の能力だと言うんですか?」

 

 話の途中ではあったが、強く興味を引かれた智江はまたしても挙手して川嶋へと質問を投げ掛けた。

 

「確証はない。だが、明らかに目の見えてない〈奴ら〉が生きている人間の居場所を探す時に発達した聴覚とは別に、何かセンサーのようなものを無意識に発動させているのは恐らく事実だ」

 

 それは実は智江もパンデミック発生の時から不思議に思っていた事だ。昨日の午前中に藤美学園でパンデミックが発生した時……最初に〈奴ら〉が侵入した正面玄関のある校庭では、ちょうど何年生かの女子生徒がクラスで体育の授業中だった。

 

 そして体操服にブルマ姿の女子生徒達は〈奴ら〉に感染した数名の教師達によってほぼ全員が襲われ、校庭に残った人間は瞬く間に全滅してしまった……

 

 にも拘らず、狩るべき対象を一時的に失った〈奴ら〉は新しく増えた仲間と共に藤美学園の外へと引き返したり、やる事もなくその場にふらふらと佇んだりもせず、真っ先に校舎内へと階段を登って侵入してきた。まるで、この大きな建物にはまだ餌となる大量の人間が生きていると最初から理解していたように……

 

「私はね、明の持つ血眼こそが〈奴ら〉も本来“身に付けるはずだった”人間の進化の一つだったんじゃないかと考えている」

 

「人間の進化……? それってたしか海動君の話してくれた悲しい過去にも出てきた──」

 

「そう、明の父親──海動博士が密かに提唱していた“人類の革新”だよ。それによると地球上のありとあらゆる生き物は宇宙から降り注いだ放射線の光を浴びて進化するとされている。その昔、魚が恐竜になり、猿が人間になり、人間がゾンビや吸血鬼、あるいは鬼や天狗になるように──それが言わば生き物の進化だ」

 

「そんな……じゃあ、わたし達生きている人間も、時間が経てばいつかは“ああなっちゃう”ってことですか……?」

 

 川嶋の恐ろしい仮説を聞いて思わずぶるっと震えた敏美が怯えた表情で質問する。

 

「いや、今のところ〈奴ら〉に噛まれて感染した人間が人間以上に進化しているとは思えない。確かに聴覚や筋力は人間以上に発達し、痛覚を持たないから何をされてもまるで動じないという現象はゾンビ映画と同じように現実に確認されている。だが所詮は〈奴ら〉も生ける屍──腐った肉の塊だ。果たしてそんな生き物が本当に人間から進化した姿と言えるだろうか……?」

 

 川嶋はそう言って落ち着きなく部屋の中を行ったり来たりしながら智江達の姿を一瞥すると、ピタッと足を止めて静かに呟いた。

 

「私はね、明やその家族の身に起きた“革命的な突然変異”……それが海動博士が長年求めていた人間本来の進化した姿じゃないかと思っている」

 

「海動君が……? じゃあ、大勢の人間が〈奴ら〉になったあの恐ろしい姿は……?」

 

「……失敗例、なのだろうね。進化の過程で誤った手順を踏んでしまったのか、それとも普通の人間にはなくて明やジュンちゃん達にはある何かが〈奴ら〉に欠落しているのか──それは私にもまだわからんな」

 

「ねぇ、血眼がアキラの能力の一つって言ってたけど……ひょっとして他にもあるわけ?」

 

「おっ、ズバリきたねぇ。そう──明の二つ目の能力は“自己再生”だ。その名の通り、どんなに酷い怪我をしても医学的にあり得ない、驚くべき速さで傷口が癒えて塞ぎ、僅かな時間でありとあらゆる怪我をなかった事にしてしまう──私は何度かここの診察室でそれを実際に見せてもらったが、あれは実に医者泣かせの能力だよ」

 

 川嶋の語る一時的な肉体強化に加えて実質不死身な肉体再生能力──海動博士はそれが究極の生命体を誕生させる重要な要素になると考えていた。そして研究所で実際に行われた恐ろしい人体実験は明とジュン、そして生まれたばかりの幼い妹さえも狂わせ、三名の悲しい犠牲者にそのような超常の能力を与えてしまった。

 

 それが偶然だったのか、それともすべて海動博士の知る上での計画的犯行だったのか……どちらにせよ、自己進化と自己再生を持ち合わせた明達親子は今まさにその能力がもたらす血の呪い──川嶋が言うには“血の制約”に悩まされているはずだ。

 

「とは言ってもだ。肉体は再生しても痛覚までは人間とほぼ変わらないから、それまでに明やジュンちゃんの受けた肉体的な痛みや苦しみは私達常人にはとても耐えられないものだろう……自分の意思とは無関係に肉体が強制的に再生するなら、いっそのこと完全に死んでしまうか永遠に眠り続けた方がいいとさえ言える」

 

「「「「………」」」」

 

 重苦しい沈黙が流れる室内……その時にふと、智江だけが何かに気付いたような表情で考え込みつつも川嶋に挙手した。

 

「えっ、でも……あれ? あの川嶋さん、ちょっと待ってください──それ、何かおかしくないですか? そうまでして身体を元通りに再生できるなら、どうして今の海動君はボロボロになるまで酷い怪我を全身に残していられるんですか?」

 

「おっ、それも知ってるわけだ──いや君たち、なかなかの着眼点を持ってるね」

 

 まるで誰かがそう指摘するのを待っていたという感じで、川嶋は手を動かす動作を交えながら自分なりの答えを話していく。

 

「明の身体に今も残る再生していない古い傷痕。あれは恐らく明がそれまでに受けた致命傷──“死に至る傷”なんじゃないかと私は考えている」

 

「死に至る傷、ですか……」

 

「そう。明の再生能力は確かに万能地味てるよ。まさしく不死身とさえ言える。だがそんな明を一撃で殺せるような深刻なダメージは幾ら再生でも間に合わない。いや、もしくは一度死んでも時間が巻き戻──」

 

 明の身体に残る尋常ではない数の痛々しい傷痕に関して川嶋がある一つの可能性を言い掛けた──

 

 ──まさにその時だった。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……誰か、誰かいませんか……!? お願い、いたら私達を助けてッ!」

 

 突如、川嶋医院の玄関入口の方から若い女の子と思わしき声が遠く聞こえてきた。それも口調から察するにかなり焦っていて心に余裕のない状態らしい。

 

 川嶋は舌打ちと同時にそこで一旦話を中断して部屋を出ると、去り際に智江達へと振り返ってから素早く言い付けた。

 

「君たちは念の為ここで隠れてなさい。どうやら、タイミング的にあまり嬉しくない訪問者が来てしまったようだ……」

 

 険しい表情でそう言い残して慌ただしく通路を駆けていく川嶋の後ろ姿を見届け、智江達は言われた通りに部屋のドアをしっかり閉めて少女四人だけで立て籠るのだった……

 

 




今回の話にて、海動明の持つ能力がほぼすべて判明。

1:血眼(一時的な肉体強化及び、生きた人間を対象とする広範囲索敵能力の名称。呪われた血を活性化させて発動するらしく、川嶋医師が“自己進化”システムのようだと考えて過去に命名した。どちらも非常に強力な能力で、とくに肉体強化は一時的とは言え、今のところ人間の姿を辛うじて保てている海動が力を持て余すほどに破壊的。またそれらとは別に海動の身に何かしらの生命危険が生じた場合、爆発的に高まった様々な感情を発動のトリガーとして、普段の人間の姿から生物的で邪悪且つ凶暴な醜い化け物へと自動変身させる……といった、血眼の使用者には“ちっとも嬉しくない余計な追加オプション”も勝手に組み込まれている模様。ただし血眼の能力のうちいずれも関係なく使い続けると脳や肉体に大きな負荷が生じ、人間の持つ三大欲求が極めて旺盛になる、普段の生活から貧血気味になる、1日のうち長時間は脳と肉体を休ませる必要がある、またそれらの“血の制約”(川嶋命名)を無視して動き続けると突然血を吐いて数日間は意識不明になる、などの厳しいデメリットが発生する)

2:自己再生(ありとあらゆる怪我を瞬時に治す。ただし傷は癒えても痛覚はしばらく残るので、表面上は回復して大丈夫そうに見えても内心では相当痛がっている模様。また、海動には“死に至る傷”と呼ばれる何故か再生されない傷痕が身体のあちこちに深く痛々しく刻まれており、その傷痕の痛みは未だに疼くという……)

3:無限地獄(いわゆるタイムリープ、死に戻り。その世界で死んだとしても肉体と魂が瞬時に生き返り、並行世界や時間軸さえも飛び越えてランダムに海動本人を次元の狭間の果てにまで運んでしまうという恐ろしい能力。非常に不安定で謎の多い危険な能力らしく、海動本人にこれを使う事は現状できない。リセット発動のトリガーは海動が死に逝く際に必ず聞こえるという“姿の見えない女の子”に関係するようだが、それについてはまだ作中でも明かされておらず、また海動曰く「この能力ですべてがリセットされると、自分が最後に死んだ直前の記憶だけがなくなってしまう」とのことだが……?)



『能力に関する余談』

:今までの作中での描写から考察するに、海動ジュン、そして海動妹も恐らく血眼、自己再生能力は共通で持っているものと思われる(タイムリープ能力はもしかすると明だけの固有能力か……?)

:血眼発動の数あるデメリットの一つであり、とくに明達三人ができるだけ人間として生きていく場合において、一番制約がキツいと内心いつも思っているのが三大欲求であり、三人は今のところそれぞれの欲求を我慢できないほど普段から抑えられていない。

──以下、海動親子三人がデメリットとして抱え込む欲求↓

海動明→睡眠欲(自分という存在がいつか終わってほしいと願う孤独で切ない密かな望みの表れ?)
海動ジュン→性欲(男の人に愛されたい、必要とされたい、幸せになりたいと願う清純な乙女の密かな望み。誰でもいいのでとにかく男との淫らで激しい野性的なエッチにずっと飢えており、ジュン本人の控えめで弱々しい性格とはまるで反対に、その持て余した魅惑の肉体は調教願望やレイプ願望による男からの束縛的な支配を求めている?)
海動妹→食欲(生きた人間を襲って食べて殺したいと願うゾンビとなった自分、生きた人間をゾンビから助けて守ってずっと仲良く過ごしたいと願う闇と光の2つの意思のぶつかり合い──入れ替わるように突然襲ってくる不安定な状態にある幼い少女の密かな望みの表れ?)

:海動妹は自分の身体の中に棲み着いた大量の触手を自由自在に操る事ができると既に判明しており、もしかすると“自己増殖”に関係する何かしらの能力を持っている可能性が?

:海動博士に改造されて人類最初の新しい生命体となった海動ジュンは、他の子供二人とはまた異なる能力を持っているかもしれない?(第4章Bルートでのジュンの活躍に期待)



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招かれざる訪問者

お待たせしました!最新話です!

遅れてすみません。前回の更新のあと、今後の展開を見直していた途中で家族の風邪をもらってしまい、そこから1週間ほど風邪と高熱で執筆する気力もなく……(>_<)

まだ全然治ってないんですけど体調的には執筆できるまでには回復したので今日から更新再開していきます。


 

 川嶋のいなくなった部屋では四人のセーラー服を着た美少女が残って今後の話し合いを進めていた。

 

「それで? アタシ達だけになっちゃったけど、これからどうするわけ? アキラもいつ戻ってくるかわからないし」

 

 部屋の鍵を閉めた美玖がドアに寄り掛かった体勢で訊ねると、美鈴が居ても立ってもいられない様子で喋り出した。

 

「どうするって? そんなの決まってるでしょ? 私達でここから逃げて、もっと安全な場所に向かうのよ! それこそショッピングモールとか避難所とか──」

 

 手にした鉈をじっと見下ろす美鈴は焦燥感に駆られているように見える。先程からチラチラと部屋の外ばかりを気にする素振りも時折見せており、どこかいつもの彼女と違って様子がおかしい。

 

「アキラや川嶋のおじさまをここに置いて? 悪いけどアタシは反対。智江と敏美はどうなの?」

 

「私は、そうですね……ここに滞在する時間にも寄るかと。海動君の用事が終わるまでは一応待ちますけど、あまり長居はしない方がいいと思ってます。静香先生達との合流の約束もありますから」

 

 ……智江には、まだ皆に話していない隠し事がある。それを彼女個人で早急に解決する為にも、できるだけ川嶋医院から移動したいというのが本音だ。

 

 しかしまだ皆には話さない。今の状況で仲間達に話してはいけないと思うからこそ、智江は黙って成り行きを見守る事にした。

 

「そ。じゃあ敏美は?」

 

「わ、わたしは……海動君と一緒にいられたらどこに行っても……いいかな?」

 

 美鈴や智江が川嶋医院脱出に向けた具体的な案を出し合う一方で、人一倍に心優しい敏美はまだ明を頼ろうと考えているようだ。しかしそこに苛立って反発する声が──美鈴だ。

 

「はぁ!? ちょっと敏美! この状況でもまだ海動について行くのがいいって思ってるの!? さっき外で話聞いてたでしょ!? 〈奴ら〉よりもヤバい化け物がずっと海動や私達を追い掛けてきてるって! それのどこが安全だって言うの!?」

 

 怒りに身を任せて敏美へと詰め寄る美鈴の表情は恐ろしい気迫に満ちている。どうやら彼女は明と行動する事そのものが間違いだと考えているらしい。

 

「うぅ……で、でも美鈴? わたしたちだけじゃ何もできないんだよ? 素直に海動君や大人の言うことはちゃんと聞いておいた方が……」

 

 敏美も間違った事を言っている訳ではない。チームの中で誰よりも経験豊富な明と長く行動するのはそれだけで味方の生存率向上に繋がるし、力強く生きる希望を与えてくれる。

 

 一方でたしかに、美鈴が言うように明は〈奴ら〉とも違う未知なる強敵に狙われている。そして明と一緒に行動する彼女達にも危険が迫っているのもまた事実である。

 

 だからこそ美鈴はここにきて一人だけ強い焦りを感じていた。果たしてこのまま明の言いなりになっていてもいいのだろうか?、と……

 

「ッ……! いい加減にしてよ敏美ッ! またそうやってあんたは! 美玖の言う通り、ちょっとは自分で考えて動いてみたらどうなの!?」

 

「そ、そんな言い方ってないよぉ……! ぐすっ……ひどいよぅ美鈴……わたしはただ、みんなの為にって……」

 

 右手に大きな鉈を持って激しく怒鳴り散らす美鈴に怯え、とうとう泣き始めてしまう敏美。落ち着きのある明や川嶋がいなくなった事で彼女達の心の拠り所が一時的に失われ、この場の空気は明らかに不穏な方向へと流れ始めている。

 

 それを肌で感じたのか、藤美学園の学級委員長でもあった智江は近くで様子を見ていた美玖と共に危険な二人を引き離して仲裁に入った。

 

「な、仲間割れはダメですよ! みんな、頭を冷やして落ち着いて! 頼れる人がいなくなって不安に思っているのはわかるけど……いま私達が取り乱したら却って仲間を危険に晒してしまいます!」

 

「智江の言う通りよ。美鈴、アンタは一度落ち着いて考えた方がいいわ。敏美とは二人ずっと仲良しなんでしょ?」

 

「っ……まぁ、そうだけど」

 

 美玖の言葉に顔を背けて不機嫌に呟く美鈴。その近くで智江に抱き着いて小さく泣き続ける敏美を忌々しげに睨み付け、鉈を握るその手に力を込めた。

 

「だったら敏美と二人で話し合って仲直りするのね。アンタがさっきから何にイライラしてるのかは別にアタシ興味ないけど、こんなところで喧嘩なんてされても面倒なだけよ」

 

「ッ……わかった。悪いけど、しばらく一人にさせてもらうから邪魔しないで!」

 

 美玖に厳しく言われてしまい、鬱憤の溜まった美鈴は川嶋に隠れているように言われていた部屋を荒々しく飛び出していった。

 

「……彼女、本当に一人にさせて大丈夫でしょうか……?」

 

 智江が美鈴の身を案じていると、美玖がやれやれと溜息を一つ吐いて言った。

 

「ほっときなさいよ。ああいうのは口で言ったってわからないんだから。昨日のあんたとおんなじ」

 

「うっ、それはその……ごめんなさい。でも美玖さんの言う通りでした。仲間達の心の繋がりが脆くなって危ない時こそ、ちゃんと謝って仲直りすることが大切ですよね?」

 

 智江は智江なりに頼れる委員長として不安感を隠せずにいる彼女達を一つに纏めなくてはならない。しかし時にはこうやって仲間同士道を違える事だって起きてしまうのが人間の困ったところである。そしてそうなった場合、大事なのは別れた先でもう一度繋がるかどうか……それは敏美と美鈴の強い友情の絆を信じるしかないのだろう。

 

「あら、アタシはここでピーピー喚かれても耳障りだったから言ってやったってだけ。それより敏美──美鈴の言う事も間違ってはないわ。さっきお姉さんが言ったでしょ? アンタはもう少し自分にも仲間にも“悪くなりな”って」

 

 今までの人生で友達など誰一人として欲しなかった美玖は言う。友達同士の喧嘩や仲間割れは何も悪い事ばかりではないと。麗が明に言ったように、時にはお互い距離を置いて絆を確かめ合う事も必要である。

 

 そしてその時間が長ければ長いほど、再び二人が出会った時にきっと役立つはずだと──それまではずっと孤独に浸るだけで、ロクな人付き合いなどしてこなかった藤美学園の不良女子には生憎絆など語ってもわからない。

 

 しかし今の敏美を見ているとどうしても気になってしまうのだ。それはまるで、幼い子供の頃の弱かった自分自身を見ているようで……

 

「で、でも……わたし、美鈴とは小さい時からずっと仲良しで……いつも美鈴がわたしの為に色々してくれて……」

 

「ほら、そういうのがダメって言ってんの。アンタさぁ──これから先もそうやって頼れる誰かに面倒見てもらおうなんて、甘ったれた良い子ちゃんぶってると──いつかホントに“信じてた人”に裏切られて死ぬよ?」

 

 その言葉に大きなショックを受けたのか、泣き顔の敏美は綺麗な唇を震わせながら小さく「ごめん……」とだけ呟くと、美鈴の後を追い掛けるように部屋を飛び出して行った。

 

「はぁ……どいつもこいつもアキラがいないと使い物にならなくなって……これだから親友とか家族とかってヤツ、アタシ“大嫌い”なのよねぇ」

 

「………」

 

 静けさの残る部屋には美玖と智江の二人だけ……智江は相変わらず暗い表情で俯いており、どんよりとした空気に我慢できなくなった美玖はわざとらしい溜息を吐き出して一言呟いた。

 

「……な~んかイヤな感じ」

 

 

 

 

 

 その頃、川嶋医院の待合室では二人組の若いカップルが落ち着きのない焦った様子で待合室を行ったり来たり歩き回っていた。このカップルは先ほど住宅街の道路で運悪く〈奴ら〉に見つかって襲われてしまい、怯えた彼女を〈奴ら〉の攻撃から庇った彼氏が敢えなく負傷──

 

 その時ちょうど現場に居合わせ、“何故か数人の〈奴ら〉に一度も狙われる事なく”カップル二人をこっそり観察していた黒髪に赤いワンピース姿の可愛らしい女の子を強引に引っ張って保護した。

 

 そして三人で逃げている最中に彼女の方が川嶋医院と紹介された建物入口の看板を目撃──病院なら誰か負傷した彼氏を治療できる医師が残っているかもしれないと切に願い、しばらく助けが来るのを待つ事に決めたようだ。

 

「ねぇ、本当に病院の人いると思う? もうみんなどっかに逃げちゃってるんじゃ──」

 

「俺が知るかよ……っ、痛てぇ……でもさ……この娘をあのまま外に放っておく訳にもいかなかっただろ……」

 

 そう言って負傷した右腕の痛みに耐える彼氏の男が辛そうに視線を向けた先には、誰のものかもわからない大量の血に染まって変色している穢らわしいワンピースを纏う可愛らしい女の子が立っていた。

 

 生まれてからただの一度も自分の髪の毛を切らずにいるのか、足下の床に真っ黒な毛先が着くまで伸び放題となった見るからに鬱陶しくて邪魔そうな黒髪を振り撒いて歩く。

 

 女の子はどこか世間知らずな印象をカップルに抱かせ、先程から子供っぽい無邪気な表情で物珍しげに待合室の床に散らばった大量の漫画を小さな素手で拾っては、興味深くページを捲って書かれた文字を凝視して頭の中で読み取っている。

 

 と、そこに……

 

「おーい、君たち!」

 

 薄暗い通路を白衣姿に無精髭を生やした眼鏡の男──川嶋が小走りで待合室まで駆け寄ってきた。

 

「うそ!? 先生!? いたじゃん!」

 

「いや~すまないすまない。ちょっと手が放せなくてね」

 

 急いでカップルの前に現れた川嶋は一度呼吸を整えてから喋ると、後頭部辺りを右手で掻きながらカップル二人の様子をじっくり観察する。

 

「それで? 君たちは──」

 

「お願い! 助けて! さっきそこの道路で私の彼氏と迷子になってた女の子が襲われちゃって──」

 

 川嶋が質問するよりも先に彼女が慌てた様子で言い出した。その口振りから察するに、余程恐ろしい目に遭ったらしい。

 

「なるほど……ならとりあえず診察室で診てみよう。さぁ、こっちにきてくれ」

 

 川嶋に誘導され、負傷した彼氏と彼女はお互いに寄り添う形で診察室の中へと消えていく。その様子を離れて覗き見ていた女の子は手に持つ漫画を後方に放り投げ、川嶋が先程走ってきた通路の奥を真っ赤に光る血眼で凝視する。

 

「にぃ……いるの? そっち?」

 

 導かれるようにふらふらとした足取りで女の子は通路の奥に進んでいく。その先で待ち受けるものが何かも知らないままに……

 

 

 

 

 

 




親切なカップルのおかげでいよいよヤバい彼女が来ちゃいました。そして漫画を読んで人間の言葉や文字をとりあえず吸収……

海動、お前マジで病室で休んでる場合じゃないぞ(笑)

あっ、次回は嵐の前の静けさ的な感じですかね。

間違いなく惨劇が起こりそうなヤバい展開になります。


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第4章 市街地 Bルート
舞い降りた堕天使


今回から第4章【市街地】スタートです。

第4章のテーマは『女の悲劇と裏切り』。

一時的に海動という力強い存在を失ったヒロイン達。

襲い来る様々な〈奴ら〉、人間、触手を相手に全身血塗れのぼろぼろになりながら、醜くも美しく地獄の戦場へと躍り出る……




 

 ──翌朝、未曾有の緊急事態となった床主市に2日目の朝がやって来る。

 

 昨夜、同じ人間に父親を殺されたばかりの小学生の女の子『希里ありす』と白い仔犬の『ジーク』を危機一髪のところで救出して見せた小室孝とその仲間達。

 

 彼らが南リカ邸に駐車してあったハンヴィーに乗り込んで御別川を渡り、御別橋の向こう側に到着した頃──そこから離れた距離に位置する市街地方面では、〈奴ら〉の軍勢が未だに道路や建物内を徘徊していた。

 

「誰か! 誰か助けてッ! う、うわああああああああああ!!」

 

 ──また一人、生きている人間が必死の抵抗も虚しく〈奴ら〉に喰われては例のウィルスに感染していく。

 

 とある建物の物陰に身を潜め、音を立てずに隠れていた黒いコート姿の女性はその光景を悲しげに眺めていた。

 

(……やっぱりここも……)

 

 腰辺りまで伸ばしたダークブラウンの長髪。女性にしては長身ながらグラマラスなスタイルを持ち、髪と同じダークブラウンの瞳は男女問わず多くの者を魅了してしまうほどに魔性的だ。

 

 外見的にはまだ20代前半の女子大生に見える若々しい容姿の彼女だが、こう見えて既に結婚しており子供もいる人妻の巨乳美女である。彼女の場合は訳あって実年齢不詳となっているが、それは聞かない方が身の為だろう。

 

(だめ……早く行かなきゃ……)

 

 普通の人間が〈奴ら〉に噛まれて化け物へと感染していく過程を見届け、その女性は急いでその場を立ち去ろうと踵を返す。するとそこに……

 

「へへっ、そこの可愛い彼女♪ もしかしていま一人?」

 

「俺達そこのコンビニに避難してるんだけどさー、よかったらお姉さんもこれから一緒しない?」

 

 行く手を塞ぐように数人のチャラチャラした身なりの男達が現れる。彼らはこの近くのコンビニに避難していたらしく、独りで行動している様子の彼女を自分達の領地に案内しようとする。

 

「えっ? あっ……すみません……あの、急いでますから……」

 

 ナンパしてきた男達から言葉巧みに誘導されるが、内気な性格の彼女は控え目に断って現場を立ち去ろうとする。

 

「まあまあ、そう固いこと言わずにさぁ」

 

「俺達ぃ、男だらけで退屈してるんだよねー」

 

「そうそう。やっぱこういう時は可愛い女の子守ってあげなきゃダメっしょ?」

 

「人助け人助け♪ ──へへっ」

 

「いやっ、あの……私、本当に急いでますから……っ!」

 

 しかし彼女は振り返って律儀に軽く頭を下げるだけ……その冷ややかな反応に苛立ちを隠せなくなってきた短気な男達は、人目を気にして逃げようとする彼女を取り囲んで立ち止まらせてしまう。

 

「あぁ? おい、ちょっと待てや。人がせっかく親切で助けてあげようかって言ってんのに、その態度はさすがにないんじゃねぇの?」

 

「姉ちゃん、あんま俺達を怒らせねぇ方がいいかもよ?」

 

「生意気に高そうなコートなんか着やがって」

 

「へへっ、ちょーっと脱ぎ脱ぎしましょうねー」

 

「いやっ、離してっ! あぁ……きゃああああああああああ!!」

 

 男達が包囲していた彼女の着ている黒ずくめのコートを掴んで強引に剥ぎ取ってしまうと、驚いた事にコートの下は見事なまでに綺麗で淫らな彼女の裸が丸見えになっていた。

 

「うひょー! マジかよ!」

 

「なぁ、ひょっとしてこいつ痴女?」

 

「いやーマジでヤバいっしょ。おとなしい顔して実は露出の趣味でもあんのかね?」

 

「しかもなんだよこの身体──馬鹿みたいに乳でけーし乳首もアソコも全部綺麗で丸見えって──エロ過ぎだろ」

 

 男達が興奮して痴女じゃないかと騒ぎ立てるが、恥ずかしい裸体を視られた彼女は慌てて胸元と秘部をその手で隠す。

 

「やっ、やめて……っ! 今ならまだ……!」

 

 お願い、どうか私に関わらないで……

 

 そう呟く彼女は息を吐くのさえ苦しむように小さな怯え声で頼む。そんな彼女を尻目に男達はニヤニヤ笑うと、身動きの取れない彼女を無理やり抱き寄せて推定Fカップはあるであろう豊満な乳房をいやらしく揉み始める。

 

「へへっ、たまんねーぜ」

 

「やっ、やめっ……ぁ、んっ……」

 

 男達の強引な愛撫に思わずエッチな喘ぎ声を漏らしてしまい、彼女は恥ずかしそうに頬を赤らめて顔を背ける。

 

「今までの世界は終わったんだよ。もう何もかも忘れて、俺達と一緒に死ぬまで気持ちいいことして楽しもうぜ?」

 

「ぶっちゃけ男探してたから、そんなコートに裸だけの痴女みたいな格好して街ん中歩いてたんだろ?」

 

「ち、違っ……ん、やぁ……」

 

「違わないでしょ? 知らない男達におっぱい揉まれてこんなに乳首立たせちゃってんのにさ」

 

「そ、それは……あっ、んぁ……お、おねがいです……もうやめて……はぁ、はぁ……じゃないと、っ……わた、しっ……あなたたちを……!」

 

「はいはい、続きはこっちでね」

 

「へへっ! 女の子ひとりお持ち帰り~!」

 

 口では嫌がる素振りを見せながらも何故か身体は抵抗できず、未だに乳房を触り続ける下品な笑みを浮かべた男達にコンビニ横の駐車場まで連れ込まれ……

 

 

 

 

 

「名前なんて言うの? おっぱいのサイズは? 彼氏いるの? 教えてよ、ねぇ」

 

「素直に話してくれないと、身体に聞いちゃうよ?」

 

「はぁ、はぁ、はぁ……ぁ、くっ、ぅん……だ、だめっ……!」

 

 逃がさないように取り囲む男達の下劣な声に混じって、彼女の脳内に聞こえてくるのはノイズ混じりの謎の囁き。

 

 

 

 狂え──この人達に犯されたい。

 狂え──この人達から逃げたい。

 狂え──この人達を殺したい。

 

 

 

 様々な欲望が頭の中に煩く響いては彼女の精神を酷く混乱させる。

 

(だ、だめ……これ以上は、もうっ……!)

 

 徐々に乱れ始める精神状態──人間としての理性を辛うじて抑え込むその全裸の肉体にいやらしく絡み付く鋼鉄の鎖が、ブチ、ブチっと音を立てては一つずつ解かれていく。そして……

 

「ぁ、いやっ……ぁ、あぁ……っ!」

 

 痺れを切らした男の一人が無理やり彼女の顎を掴み上げ、小さく震えるその柔らかい唇へと顔を近付け始める。

 

 

 

 いや、知らない男に無理やりキスされる……!!

 

 

 

 そう思った瞬間、全く違う意味でドキドキが止まらない彼女の胸の鼓動が更に激しくなっていく。その間にも別の男が彼女の大きな乳房に吸い着き、綺麗なピンク色の乳首を舌先で何度も執拗に舐め回しては転がし始める。

 

「はぁ、はぁ……はっ、はっ……んはぁあぁ……だめ、そこは、ひぅんっ! あっ、あぁん……いやっ、ぃんんっ!」

 

 性欲を促す刺激が高まり、徐々に乱れていく弱々しい息遣い。そんな中、男の一人に乳首を歯でカリッと噛まれた途端、ぽろぽろと涙を流して恥辱に耐えていた彼女の瞳が花開くように突如として真っ赤な閃光を放つ。

 

「うわっ!?」

 

「な、なんだ!?」

 

「この女、目が赤く光って……!」

 

 その不気味な怪奇現象に怯んだ男達が思わず拘束を解いて距離を置く。力無く地面に座り込む彼女の目は双方共に赤く煌めいており、そこから溢れ出すように透明の涙が頬を伝っていく。

 

「はっ、はっ、はっ、はっ……ぁ、ぅぅ……うぁぁ……うがぁああああ……!」

 

 苦しみながら好き勝手に弄ばれた豊満な胸を片手で抑え、女性とは思えない獣にも似た低い唸り声を出してその場に踞る。

 

「お、おい……こいつヤバいんじゃ!?」

 

「なぁ、逃げた方がよくね?」

 

「あぁ、なんか明らかに様子おかしくなってるし……」

 

「いやでも、ここでこの女から逃げたらせっかく手に入れた俺達のコンビニが──」

 

 動揺のあまりに男達がどうするかの判断を躊躇していると、その中の一人が小刻みに身体を震わす彼女に向かって歩み寄る。

 

「おい女、いい加減に──」

 

 言い掛けた刹那、俯く顔を高く上げた彼女は耳をつんざく恐ろしい悲鳴を上げ、華奢な両腕の肘から皮や肉を突き破るようにして蝙蝠の羽根にも似た酷く歪に折れ曲がった漆黒の刃翼を勢いよく出現させ、不用意に近付いてきた男を一人その禍々しい翼で引き裂いては無惨にも胴体を真っ二つに切断してしまう。

 

「し、ろ……? えっ……?」

 

 それはまるで、カッターのような凄まじい切れ味を誇る漆黒の翼だった。見えないピアノ線に引っ掛かったかの如く胴体を綺麗に切断された男は自分が死んだ事にも気付かないまま、仲間の男達が見ている目の前でぐちゃぐちゃになって地面に崩れてしまった。

 

 また、それと同時にムチムチっとした魅力的な白い桃尻の上辺りから突然ボゴッと得体の知れない肉らしきモノが彼女の体内で膨れ上がり、それはやがて彼女の人皮を引き裂くような惨い音を鳴らして大きく突き破って現れた。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……うぅ……っ!」

 

 全裸の美女が苦しそうに吐息を漏らしつつ、そのギラギラと光る恐ろしい血眼で残りの男達を睨み付ける。

 

 触手にも似たグロテスクな形状の黒い尻尾は彼女のお尻から醜く露出しており、まるで化け物のような恐ろしい変身を遂げてしまった。

 

「「「ひぃいいいい!! ば、ばば化け物!?」」」

 

 男達が一斉に腰を抜かして地面に尻餅つく中、彼女は吸血鬼のように鋭く尖った白い歯を妖しく覗かせた。本物の悪魔でも憑依してしまったのか、得体の知れない恐怖に震える男達を赤く光る血眼で見下ろした彼女は微かに残る理性で必死に呼び掛ける。

 

「はぁ、はぁ……お願い……っ! こんなこと、もうしないで……私のせいで誰かが傷付くのも、私が人を傷付けるのも……もう、いやなのっ! 私の心が、堪えられないっ……!」

 

 辛そうな口調で彼女に頼まれ、青ざめた表情の男達は歯をガチガチ鳴らしながら何度も頷く。それを見た彼女はどこか安心した様子で疲れながらも微笑み、肘から生えた歪な形状の翼を器用に折り畳んで自らの露出した胸や秘部を上手い具合に覆い隠す。

 

 その様子を見ていた男達は途端に全員立ち上がり、変貌した彼女を何度も「化け物!」と叫んでからどこかへと逃げ出していった……

 

 

 

 

 

 ──誰もいなくなった早朝の路地裏。美しい人間から醜い化け物へと進化した彼女は逃げ惑う男達の後ろ姿を見届けると同時に、腰が抜けたようにその場に崩れ落ちると、自分が殺してしまった男の遺体の前で嗚咽を漏らし泣き始めた。

 

「ごめん、なさ……っ! こんなはずじゃ……私、ヒトを殺すつもりなんて……!」

 

 彼女の名前は──海動ジュン。明の母親にして海動博士の妻でもある。彼女は半月ほど前に日本で発生した研究所の大規模な爆発事故から奇跡的に生還し、明の待つ自宅に帰ろうと今まで独りぼっちで床主市を目指し旅していたのだ。

 

 その道中で親切そうに声を掛けてきた男達に幾度となく騙されては、毎回似たような展開で睡眠中に──あるいは彼らに渡された睡眠薬入りの飲み物を知らずうちに飲まされ、混濁した意識が朦朧とする間に数え切れない男達に散々レイプされてきた。

 

 そうして彼女の意識が回復したと同時に身体に宿る未知なるウィルスの力が覚醒し、自らの意志とは無関係に翼を持った化け物へと自動変身したその異形な姿で人間から逃げ続けていた。

 

 同意なしに自分を騙して好き勝手に犯し、容赦なく膣内射精まで散々決めてきた最低な男達だが、心の優しいジュンは拒絶しつつも結局はその性行為を受け入れ、“なるべく”自分からは殺さずに犯された後で何も知らない彼らを逃がしてあげてきた。

 

 しかし床主市に入った辺りから身体に宿るウィルスの影響が日に日に増大化し、ジュンは先程のようにレイプしてきた男を誤って殺害してしまう事が増えていた。

 

 ……どんな形にしろ、普段は虫一匹さえ殺せなさそうな清楚で内気な弱々しい性格のジュンが少なからず自分を傷付けてくる人間を拒絶し、殺してきたのは疑いのない事実。

 

 それが彼女の良心を痛く傷付け、人間への罪悪感に怯える彼女の心中を縛り付けて離さない。

 

「ごめんなさい……ごめんなさい……っ!」

 

 赤く染まる眼から涙を溢し、彼女は未だに独り人間である事を求めながら同じ人間に忌み嫌われ、怯えている薄幸の堕天使なのだろうか……?

 

 




ついに海動ママンことジュンちゃん(さん?)登場。

彼女も第4章では欠かせないキャラです。

そして次回、ある目的を達成する為に二手に別れたチームが安全だった海動邸を出発する事に……


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