今日もオフィスの片隅で (朧月夜(二次)/漆間鰯太郎(一次))
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【コメディ】CASE1.島村卯月
「プロデューサーさん、唐突ですが、担当アイドルの事を好きになった事とか無いんですか?」
イベントの準備に追われ、アイドル達のセットリストを考えていたプロデューサーに彼のアシスタントである千川ちひろは何となくそんな事を言った。
PCの画面に齧りついていた彼は、首を二、三度捻ると、背伸びをして顔を上げる。
ゴキンと骨のなる音が響き、彼の疲労を感じさせた。、
「好きって漠然ですね。まあ、ありますよそりゃ」
疲れからかぼーっと天井を見上げたまま、彼はそう答えた。
「ええっ!? だ、誰ですか!?」
思ったよりも早いレスポンスに目を丸くする千川。
ただ直ぐに厭らしい笑みを浮かべると、座ったまま床を蹴り、シャーっと彼の横に滑りこむ。
その様子は、スキャンダルを咎める会社の人間……という物では残念ながら無かった。
「ニヤニヤしながら言わんでくださいな。誰って言うか全員好きですよ」
「ずるいですっ! そんなつまんない答えはノウ!」
「菜々かよ。いや一般論じゃなく、普通に全員好きですよ。愛とか恋とかの意味で」
「ええ……プロデューサーさんって敏腕だけど堅物で真面目って印象だったのに、まさかのハーレム王に俺はなる系ですか……」
彼の横腹をうりうりと突いていた千川だったが、あまりの答えに胡乱気な表情になる。
「違うっての。スカウトする時にこの子はアイドルの素質がある! とか分りませんからね。神様じゃないんだからそんな才能解る訳ねーでしょ普通。だから男の感性でビンビンくる相手をスカウトしてる訳。つまり広義的な意味で言えば、その瞬間は確かに俺はその娘に恋してるんですわ。なら恋人に……とか連動して考える奴はプロデューサーって仕事は出来ないですけどね」
「そう言う事でしたか。つまんないなー」
期待した答えが返ってこず、頬を膨らませる。
そんな千川にあきれ顔のプロデューサー。
「恋愛脳で計算する年齢でも無いですしね俺。もう31ですよ?」
「貴方童顔過ぎて実年齢分らなすぎますって」
「んー? ちひろさんも相当に童顔じゃないかい? あれ、貴女って俺の何個下でしたっけ? たしか5────」
「ノウ! 年齢の話はノウ!」
慌てて顔の前で大きなバツを作る千川。
「だから菜々かよ。まあいいです。とにかく俺は確かに全員に恋してます。だからね、その中の誰かに好意を向けられてもスルー出来るんですよ。だって全員を等しく愛している訳ですから。結果誰かを特別視しないで済む。ま、当然ですよね。この業界、いちいち下半身で思考していたら関われないですって」
「はぁーそれが長いプロデューサー歴の中で一度もスキャンダルが無かったタネですかぁ」
「まあそうですね」
それで取りあえずは満足したのか、千川は自分のデスクに戻った。
彼女もまた、アシスタントとしての業務をいくつも抱えているのだ。
ポーンと18時を示すアラームの時報が鳴る。
ここから二人は残業に突入するが、ここ半月、彼らは20時前に帰宅出来た事はない。
それを自覚している彼は、給湯室でコーヒーを入れると、彼女のデスクにも1つ置く。
「じゃあくまでも仮定の話でいいですから、貴方が愛しているアイドル達の中で1人だけ選べと言われたら誰といいます?」
淹れたてのコーヒーを一啜りした彼がまたPCに視線を落とそうとしたとき、彼女がまた会話を再開させた。
どうやらまだ満足していなかった様だと彼は苦笑いを漏らす。
「はぁ……ちひろさんホントその手の話好きですよね。まあいいですけど。1人だけってんなら卯月ですよ」
プロデューサーは自分の担当である島村卯月の名前を挙げた。
意外そうな顔をする千川。
島村卯月とはこの美城プロダクションのアイドル事業部において、かつてはシンデレラプロジェクト(以下CP)と言うプロジェトの中心人物だった高校生アイドルだ。
現在のCPは一応の成功と会社に判断され、次のステップに進行している。
現在の島村卯月は、五十嵐響子、小日向美穂とのユニット、ピンクチェックスクールをメインに活動しており、アイドル事業部内でも相当に高収益を叩きだしているドル箱だ。
「卯月ちゃん……即答ですか。それはあの笑顔だからですか?」
「いえ、おっぱいとおしりですね」
「ファッ!?」
PCのディスプレイを見ながら、何の躊躇も無く吐き出された意外過ぎるセリフに彼女は驚愕を覚える。
プロデューサーは真顔で手でジェスチャーをしている。
両手が流線形を描く。どうやら島村のボディラインをイメージしている様だ。
「ちひろさん驚き方がきたない。ええ、卯月のそれは俺にとっては最早神器レベルです」
「ええ……何かこう今日のプロデューサーさんは今までのイメージを全部壊しますね……あっでも、おっぱ……いや、その胸なら例えば愛梨ちゃんとかも大きいじゃないですか?」
「いえ、卯月がいいです」
「雫ちゃんとかも凄いですよ?
「卯月が良いです」
「もう結婚したらどうです?」
「馬鹿を言わないでくださいや。高校生と付き合えませんって。ロリコンじゃないですかそんなん」
ジト目で千川を睨むプロデューサー。
「ありすちゃんと桃華ちゃんを両ひざに載せながらなでなでしてる癖に何を今更……」
「やらなきゃスネるでしょ連中。コラテラルダメージって奴ですよ」
「えっと、じゃあ卯月ちゃんをそこまで推す理由を詳細に教えてください」
きらりっ……諸星ではなくプロデューサーの目が輝く。
「あー……ならば答えましょう。聞いたら仕事に戻りますからね? では僭越ながら……卯月の公称のスリーサイズは83ー58ー87ですが、はっきり言ってこのバランスが最高ですよね。83という数字はうちのアイドル全体で見れば普通です。けれどサバ読みじゃなくガチで58のウエストですから、そのギャップから数字以上に大きく見えますよね。そして尻です。ここは敢えてヒップと言わず尻と言いますが、彼女は所謂安産型と言う立派な骨盤をしている訳です。あのあざといまでの天使の笑顔に、柔らかそうな胸と尻。カンペキですね……。匿名掲示板の美城板では彼女を尻村さん等と呼んでいますが、まったく同意ですね。これは下品な揶揄でも蔑みでも露骨なセックスシンボルと言う意味でも無い、島村卯月の黄金比、それを理解しているファンの愛の籠った呼び名、そう、偉大なアスリートが2つ名で呼ばれる様に、これは偉大な卯月の尻への畏怖の現れなのですっ。わかりますね……? ちひろさん」
どこか恍惚とした表情で虚空を見上げるプロデューサー。
その瞳には、何が見えているのだろう。
「そ、そうですか……あまりに熱く語る物だから驚きました。で、プロデューサーさん? ちょっと後ろ向いてくれます?」
すると、にやぁ……と笑った千川がちょんちょんとプロデューサーの背後を指さした。
反射的に振り返るプロデューサー。
そこには話の主役、島村卯月が立っていた。
真っ赤な顔で固まっている。
それどころか頭から湯気すら出ている様に見える。
「後ろ、ですか? っておう卯月戻ってたかご苦労さん。打ち合わせは悪いが19時からで頼む。帰りは送っていくからさ。おっそうだ。冷蔵庫にハーゲンダッツ入れてあるから喰って良いぞ」
しかしプロデューサーは然して表情も変えずに事務的にそう返すと、お疲れさんとばかりに卯月の頭をポンポンと撫で、そして何事も無かったかのようにPCに齧りついた。
「あ、あのっ、あのあのあのっ! えっと、その……エヘッ!」
「卯月ちゃんが混乱のあまり最高の笑顔でWピースしながらフリーズしましたね。そしてプロデューサーさん凄いですね。あれだけ熱く語ってた癖にその態度。逆に尊敬します……」
呆れ混じりの千川。
こうして年頃の娘だらけのアイドル事務所の日常は続く。
因みにこの日の卯月は打ち合わせ中は終始、挙動不審だった。
歩く時には右手と右足が同時に前に出たり。
当たり前だ。彼女の視線はプロデューサーにロックオンされているのだから。
そりゃ何も無い所でもこけるさ。
そして帰りはプロデューサーの車で送って貰う際、基本的にアイドルが会社の人間の車に乗る時は後部座席に座るのがルールだが、温厚な卯月が珍しく助手席に座るのだと言い張り、苦笑いしながら彼は好きにさせた。
とは言え、あわあわ言いながら片言の言葉で話し続ける卯月をじっと見ていたプロデューサー。
乙女の心、それはそれとして、この日の卯月の姿、そのイメージからティンときた彼が、美城が抱える作詞作曲チームに伝え、結果産まれたのが、
────アタシポンコツアンドロイド
という名曲だったという。
どんな些細な事でも拾い上げてアイドルの武器とするのがそう、
プロデューサーと言う人種なのである。
ダンまち2次を執筆中に、かつてプロットとして書きちらかした無数の断片を発見。
軽く推敲して投下。メインの投稿までの悪足掻ぎ的なアトモスフィアです。
なんだかんだで島村さんが好き。小日向美穂も好き。五十嵐響子と嫁を交換してほしい。
因みにPさんが島村のことを話し始めた時はすげえ早口です
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【コメディ】CASE2.五十嵐響子
プロデューサーは今日も今日とて千川と事務所で仕事をしている。
そもそもプロデューサーの仕事とは、こと彼に限ってはスタジオかオフィスにいる事が多い。
元々彼は美城系列のTV番組制作会社でディレクターをやっており、その手腕を買われて当時の常務に引き抜かれたという経緯がある。
なので例えばマーケティングの一環で動画サイトにアイドルの宣伝動画を投稿する際に彼が演出と編集を行う事が多いのだ。
それほどにディレクターと言う仕事は何でも屋だったのだ。
因みに今日の彼は、来週末に北関東の海沿いの公園で開かれる夏フェスにサプライズで登場する美城プロのアイドルのセットリストを纏めている所だ。
夏フェスにアイドルというのは本来はあまり毛色の合わない舞台なのだが、昨今はロックやポップスの境界があいまいになっており、違和感も随分減っただろう。
しかし現在の時刻は20:30を回った所。
当然二人は残業だ。とは言え珍しくも無い光景だが。
だが流石に疲労を感じたのか、PはPCを閉じると立ち上がり、派手に伸びをした。
「んっ……んんんんんんっ!! はぁ……コーヒーでも淹れるかな。ちひろさんも飲むかい?」
「はいっ、お願いします! あっ、お砂糖を2つ入れて欲しいです」
「一応ネルで落とすからインスタントじゃないけど入れるのかい?」
「え、面倒じゃないです?」
「あー……煮詰まったから気分転換も兼ねてって奴で」
「ならブラックでいいですっ!」
「かしこまりました、お嬢様」
「キャー!!」
お道化て執事を気取るプロデューサーに黄色い悲鳴の千川。
この状態になる二人は色々と末期だ。
主にイベントの直前などは特に。
因みに強面で冷たい印象のある彼らの直属の上司、美城専務が、顔を引きつらせて”君たちもちゃんと休むんだぞ? ほら予算をだしてやるから、とりあえずは酒でも飲むがいい”と震え声で気づかったほどだ。
それ程に追い込まれた二人の醸す雰囲気は恐ろしい。
給湯室に向かったプロデューサーは、彼が持ち込んだ道具を使って準備を始める。
湯を沸かしてケトルに移し、その間に豆をミルで挽いた。
それを二人分ネルに移すと、きちんと蒸らしを入れつつゆっくりとコーヒーを落とす。
後は飲み口が均等になる様に交互にカップへ入れ、千川が待つオフィスに戻った。
「はいちひろさん。熱いから気をつけて」
「ありがとうございますプロデューサーさん! ああーこの匂い最高ですね。淹れたてのコーヒーを飲める最初の瞬間がたまりませんね」
「ま、それには同意しますが、何だかビールの一口目が最高ってのと似てますね」
「あはは、確かに!」
そんな風に二人は談笑しつつ、いまだけは仕事を忘れてコーヒーブレイクと洒落こんだ。
プロデューサーはふと思い出し、デスクの中から茶菓子を取り出す。
これは先日、彼の担当の一人でもある三村かな子が撮影で伺った店で気に入り、彼へのお土産として買ってきてくれたマカロンだ。
然して美味いと言える程でも無いが、食感が気持ちがいい甘い砂糖菓子。
────疲れている時には染みるなぁ。
二人は顔を見合わせ笑った。
「あ、そう言えばプロデューサーさん」
「ん? どうしました」
その時千川が何かを思い出したかのように顔を上げた。
ただ満面の笑みを見て、彼は”ああ、またいつものだ”と覚悟をする。
「ふふふ……今日のプロデューサーさんのランチ、とっても! おいしそうでしたねっ!」
「ああ、五十嵐が作ってきた弁当ですね」
見れば彼のデスクの傍らに、ウサギ……の様な模様のついたピンク色の弁当箱があった。
今日は一日ドラマの撮影の五十嵐響子だが、朝早くにオフィスに来ると弁当を置いていったのだ。
五十嵐響子は家族の多い家庭で育ち、幼い頃から家族の世話をしていた事で、趣味が家事と言い切る程である。
「愛妻弁当かなぁ? このこのっ!」
やはりいつものノリであった。
ニヤニヤしながら弁当箱を指さす千川に呆れた顔のプロデューサー。
「何が悲しくてティーンエイジャーと結婚せないかんのですか」
「え、でも最近じゃ珍しくも無いでしょう? 歳の差婚なんて」
「ま、そりゃね。星座が一回り以上違っても、50歳と38歳じゃ違和感とか無いでしょうけどね」
「その通りです! だから問題は無いんじゃないですか?」
「ちひろさん、恋バナは佐藤とでもしてなさいよ……」
殺すぞ☆ という幻聴が彼を襲う。
「フフーン、誰とは言いませんが、皆さんプロデューサーさんの私生活を知りたがってるんですよっ! 勿論私もですっ!」
「輿水みたいなドヤ顔やめなさいな。でも俺の私生活なんて地味ですよ?」
「うっそだー! プロデューサーさんは服とか小物とかもお洒落ですし、一切生活感感じないんですけど」
「またグイグイ来ますねえ……」
「それに、今日は響子ちゃんでしたけど、昨日はまゆちゃんの弁当でしょう? 完全に幼な妻ハーレム物語じゃないですか! 因みに明日はゆかりちゃんの日ですし」
実際彼は複数のアイドル達から弁当を貰い、外食をする事はほとんどない。
特にいま千川が挙げたアイドル達は特に熱心だ。
「エロゲのタイトルみたいに言わんでください。食わないと泣きそうな顔をするんだから食いますよそりゃ。Pが担当アイドルの士気下げてどうするんですか」
「えー……でもでも、”五十嵐、この煮物いいじゃないか。いつもありがとうな”って言ったとき、響子ちゃん耳まで真っ赤にしながら”Pさんのためですっ!”って言ってましたよ?」
「そりゃね、こっちも理解してますよ。尊敬だけじゃない気持ちが含まれているって。でも俺はプロデューサーですからね? ボールは受け止めても投げ返したりはしませんよ」
「あ、相変わらず手ごわいです」
当たり前だろと溜息をつくプロデューサー。
だが急に彼のスイッチが入った。
「まあ五十嵐はいい奥さんになるなってのは間違いないですけどね。年齢がアレだってだけで。もし俺が結婚するとしたら、うん、選ぶのは間違いなく五十嵐ですよ。あのスレンダーながらメリハリのあるボディラインは至高ですし、妻となれば夫を常に立てる古き良き日本の貞淑な女性像を披露してくれることでしょうね。家に帰ればいつも暖かい食事が待っていて、残業で遅くなったとしても、必ず笑顔で出迎えてくれる、そんな気がします。それでも五十嵐は寂しがり屋な所がありますからね、言葉の節々に寂しさを匂わせて来たりなんかして、多分五十嵐の夫になる男は倦怠期なんて言葉を知らずに済むでしょう。家事が趣味ってのは間違いじゃあないですが、あれは一種の代償行為ですよ。与える事ばかりで貰う事になれていないからこその。だがそれがいいと思う男も多いでしょうが」
一気に語り終えたプロデューサーは冷えてしまったコーヒーで喉を潤し、そして満足気に笑った。
だが千川が悪魔めいた笑みで彼の後ろを指さす。
それにつられて彼が振り返ると、そこには件の五十嵐響子が真っ赤な顔で立っていた。
「あ、あの、ぷ、ププ、プロデューサーっ! えっと、お弁当箱を持って帰ろうかなーっと……えへへ……」
「おう五十嵐ご苦労さん。撮影は無事か? ってお前なら問題無いか。ちひろさん、ちょっと五十嵐を寮まで送っていくので先に出ます。鍵おねがいしていいですか?」
「あ、あはは、相変わらずマイペースですね……ええ、私がセキュリティかけていきますんでお気にせずに」
「んじゃ五十嵐、車だすから行くぞ。弁当美味かったぞ」
「は、ははい! く、車乗ります!」
「変な奴だな? じゃちひろさんお疲れ様です」
そうしてガチガチの五十嵐を乗せて帰宅したプロデューサー。
撮影でまだ夕食をとっていない五十嵐の為に寄ったレストランで、彼はとんかつ定食を頼み、彼女はハンバーグセットを頼んだ。
気になる相手と二人きりでディナー。
これはもうデートなのでは?!
一気に頭が沸騰した五十嵐は、あまりの混乱にいかにハンバーグとは素晴らしい料理かと小一時間語り始め、そのディティールに感心したプロデューサーがティンと来た結果、産まれた楽曲が「恋のHamburg」である。
むろん売れた。
これは供養です
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【シリアス】毛並みの上等な猫を飼うのに必要な労力とは? Level 1
アニデレ要素:大
オリP:美城一族
「高峯さん、あんた無理してない?」
目の前の男の言葉に高峯のあは驚愕した。
珍しく表情を大きく変化させながら。
今年に25歳になる彼女は、かつては美城プロダクション所属タレントとして活動をしてきたが、アイドル事業部が独立部署として分かれた際に移籍した流れでここにいる。
その後とある事情があり、アイドル事業部内の独立部門に再配属された。
孤高のカリスマ。寡黙の女王。
そんな二つ名を持ち、人の枠を外れた美貌。ミステリアスな雰囲気が相まって、化粧品のコマーシャルや高級ブランドのアイコンなどに採用された事多数。
男性よりも女性から絶大な支持を持っている。
だが反面、芸能活動はあまりアクティブでは無い。
実際彼女は美城専務が常務時代に立ちあげた肝入りのプロジェクト、クローネに真っ先に勧誘をしたのが彼女だが、私には······まだその時期ではない······と意味深な口調で固辞した。
その他トークのある番組は全て拒否しており、結果、アイドル事業部で浮いた。
クローネとシンデレラによる成功で、アイドル事業部はほぼ専務派がイニシアチブを取る形に収まった。
元々専務が二つのプロジェクトを対立構造で煽る事で危機感を覚えさせ、それに乗じて赤字体質だったアイドル事業部の大幅な合理化を行った。
海外で経営学を学んだ彼女からすると、収益の出ない仕事はしない方がマシとなる。
そう言う価値観からすると、高峯のあはいくらでも稼げるポテンシャルがあるのにやらない。
これは専務には怠慢と写る。事実そうだろう。
アイドルはマーケティング戦略の上で多額の宣伝費を投じる。
それは投資であり、確実にペイした上で利益が出なければ価値は無い。
決してクローネを断られた腹いせでは無い。
そして高峯のあは通常のマネージメントから外され、とある部署に送られた。
それが美城の特命係と密かに呼ばれているFPルームだ。
FPとはフェニックスプロジェクトと頭文字であり、ここに送られたアイドルは人気を復活させる。
だがその代償にそれまで積み上げたキャラをブチ壊されるとの噂がある。
いや実際そうだ。
因みに実例としては、年齢的にアイドル活動に陰りが出始めた川島瑞樹と片桐早苗を往年以上の人気に押し上げたが、川島はイイオンナ像を、片桐は素敵なお姉さん像をドブに捨てることになった。
FP統括プロデューサー、美城健二は、彼女達二人を楽屋に集め、企画内容を告げぬまま、彼がOBである大学のアメフト部を動員して担ぎ上げて拉致した。
意味も解らず泣き叫ぶ様を4kハンディカメラで撮影しながら、君たちはアイドル運が無い。
だから運を取り戻すためにパワースポット巡りをしようじゃないかと言い放つ。
そのまま二人を拘束したまま目隠しし、四国まで連れていくと、レンタカーを片桐に運転させながら、四国八十八ケ所の札所を回りきるまで帰れませんと現地で企画を披露。
結果、二週間かかって彼女たちは達成した。
困難を乗り越え感涙にむせび泣きながら抱き合う片桐と川島。
そこだけ見れば感動のシーンだが、実際放送されたのは、車内で罵倒しあうアイドルとPの姿。
札所での行動は全カットで、入り口でここは何の寺だと一言言わせただけだ。
しかも荷物の準備も無く拉致したので、彼女たちに化粧ポーチすらない状態。
旅の中盤からは流石に購入したようだが、序盤は貴重な二人のすっぴんが拝める。
Pはハンディを寄りで撮りながら、川島に向かって「いやぁ瑞樹さんって年齢とかわかんないほど肌綺麗ですねぇ······うわぁ顔も整ってるし流石ですね」と念入りな褒め殺しを行い、すっぴん瑞樹の乙女の表情を全国ネットで公開された。
そして東京に戻った訳だが、当然二人は激怒した。
が、健二はスルー。
彼の編集により番組は全六回の深夜枠で公開。
アイドル当人の怒りを他所に、ファンは歓喜し、新規のファンも大量に増えた。
それと共に、某匿名掲示板のアイドル板の美城スレでは、美城一族のクソ外道と健二の名が駆け巡った。
勿論それは好意的な物だ。
そう、美城健二は大手芸能プロの美城プロダクション会長の実子である。
ただ名前の通り次男であり、放蕩の限りを尽くした道楽人である。
大学を途中で止めるとそのまま渡米。
行方知れずになる。
その間彼は、NYのダイナーでバイトしながら、ダウンタウンのヤベー場所に入り浸ってた。
素敵なハッパで宇宙と交信しながら、ドラッグクイーンとキスを交して酒を浴びるように飲む。
いいジャズを聞いて自分でも演奏をしたり。
やがて彼はアンダーグラウンドで仲良くなった業界人の手伝いをした。
イベントの主催だったり、音楽フェスだったり。
業界人はゲイも多く、アンダーグラウンドに塗れている事が多い。
だが有名人であってもそれを吹聴しない詮索はしないのがここのルール。
なので健二が手伝った時には相当デカい規模の仕事で驚いた物だ。
そうやってアメリカ生活を満喫していると、ある日彼はばったりと出会った。
そう、アメリカに経営学を学びに来ていた姉にだ。
結果、昔から頭の上がらない姉に連行され、彼のアメリカ放蕩生活は終わった。
そして絞め殺される程にハグされながら号泣する姉に命令され、彼女の携わるアイドル事業部に入ったのである。
この姉、ブラコンである。
十年近く行方を暗ましていた可愛い弟にキレたのだ。
寂しい想いをさせて! 的な。
貴方が心配をかけるから私は婚期を逃した等の件では、「姉さんが変なポエムとかにハマってるからだと思うけど」とか思ったが、それを言う程健二は子供じゃないのだ。
そうやって実績を作った健二だが、大きなプロジェクトには関わりたくない。
なので昼行燈を装い、閑職に追いやられた駄目なボンボン風を気取っているのだ。
とはいえ、ネット民にはこの自由人が大いに刺さった様で、最近では美城健二が何をするかと監視実況スレが建った様だ。
以降は落ち目のアイドルを捕まえては蘇らせ、人気が軌道に載ると元の居場所に戻すと言う部署として落ち着いた。
その様をスレ民は悪魔のキャッチ&リリースと持て囃した。
特にウサミンこと安部奈々の地雷芸を加速させ、その結果、シンデレラガールズの栄冠を手に入れた際は凄まじい喝采となった。
そして今回は高峯のあの番と言う訳である。
姉である専務からの命令で、とにかく高峯に仕事をさせろとの事。
そんな訳で健二は高峯がトレーニングを行っているスタジオにやってきた。
健二はじっと彼女の姿を眺めていたが、一通りのセットが終わったタイミングで彼女に声をかけたのである。
無理をしている。
断定だった。
珍しく表情を変える高峯。
「······なぜ貴方はそう思ったのかしら」
それはある種の敗北宣言だった。
常に仮面をかぶり続けていた彼女の仮面にひびが入った瞬間でもある。
健二は涼しい顔で言い返す。
「いや何となくだけど。強いて言うならあんた、トレーニングの後、暫く姿を見せないとか聞いたしな。恐らくトイレで吐いてるんじゃないかなってさ」
美城健二はアスリート寄りの日常を送っている。
それはアメリカ時代の仕事仲間に付き合いジム通いをしていた流れで習慣化したからだ。
元々は怠惰な生活を旨としていた彼は、容姿の良さからは想像できない程に運動が苦手だったのに。
だがアメリカのハイソサイティというのはかなり二面性を持っている。
他人から自分がどう見られるか、そう言う部分を気を使いながら、その裏でハードドラッグに溺れていたり。
しかしビジネスシーンにおいては肥満は怠惰の象徴であり、自己管理が出来ないイコール他人への配慮も出来ない無能と言う構図になる。
つまり外面を保ちつつ社会的な責任を果たせるなら、私生活ではある程度の自由が許されるのが米国なのである。
健二はこの生活スタイルに馴染んだ結果、肉体を適度に苛める事を習慣化出来た。
しかしトレーニングの序盤では、どうしてもオーバーワーク気味になる為、彼はその度にトイレに駆け込んでは嘔吐をしていた。
健二は高峯のあを担当するに当り、彼女に関する情報を細かく調べた。
家庭環境は一般的な中流階級で、櫻井桃華や西園寺琴歌と言った資産家と言う訳でも無い。
奈良県出身で、義務教育時代も普通で、容姿による苛め等もあった形跡はない。
タレントになった経緯としては、当時の彼女は小さなタレント事務所に所属していた。
普段はスポットのモデルや、地方局のアシスタント、後はオーディションを受けつつ、コネクションを求めて映画のエキストラなど。
ただしそれで目は出なかった。
理由は彼女の異質な美しさのせいだ。
例えば恋愛コメディ映画で通行人Aとして彼女が歩く。
カメラ越しの映像をチェックすると、ピントはヒロインに合っているのに、何故か後方の通行人Aが気になってしまう。
そう言う人目を引く何かが彼女にはあるのだ。
これはある種の才能ではあるが、主役とヒロインが中心である映画にとっては不味い。
主要人物を食っているのだから。
結果、彼女に二度目のオファーが来ない。
そんな時に美城のスカウトが彼女を見かけ、その容姿を燻らせているのは勿体ないと美城プロに移籍させたのだ。
移籍金は並だったが、その小さな事務所には大きな金額だった。
実際その事務所も彼女を輝かせるための方向性に悩んでいた。
ならば損切の意味を込め、彼女は円満に移籍になったのである。
まあそれはそれとして、自身の経験から、高峯のあの普段のメニューは常に他人よりも重たい物だ。
ほぼ専属化しているトレーナー、青木姉妹の長女というのもあり、それも理由となった。
本来トレーニングとは、合理的にメニューを組むものだ。
負荷をかける時、敢えて抜く時、それらが組み合わさった結果、いついつまでにこの体型を完成させる。
そんな風に目的を決めて過程を調整していくのだ。
だが高峯のあの場合、不必要に自分を追い込んでいる様に健二には見えた。
青木麗も同意見だ。
しかし同室で別のメニューを行っているアイドル達はそれをキラキラした目で見ている。
”のあさんは凄い”そう口々に尊敬の言葉を口にしながら。
それらを含めた上で、健二は指摘したのだ。
無理してないか? と。
「取りあえず吐いてスッキリしたら出かける準備をして地下の駐車場まで来てよ。気分転換に出かけよう」
「······あら、初対面の相手をデートに誘うなんて随分自信に溢れているのね」
「そりゃね。女にモテる為の努力は惜しまないから当然だろ。というのは冗談で、これも俺の仕事の一部なのさ。経費で美味い物食わせてやるからとっとと支度しな」
「強引なのね。······わかった、行ってくる」
キッと健二を一瞬睨むと、高峯は踵を返してシャワールームに消えた。
健二、麗と顔を見合わせて苦笑い。
「悪魔のお手並み拝見と参りましょうか。健二殿」
「悪魔って······」
どうやら彼女も掲示板の情報は知っていたらしい。
健二は頭を掻きながら、早々に部屋から逃げ出した。
流石はマスタートレーナーと呼ばれるだけの貫禄を持つ青木麗であった。
◇◆◇◆
「······風が気持いいわね」
「だろ? キュートなデザインで価格はリーズナブル。なのにコンバーチブル仕様。最高さ」
駐車場で高峯をピックアップした健二は、愛車の黄色いビートルカブリオレを発進させる。
一般道を通りながら二人は一路渋谷方面へ。
時折信号に捕まると、二人は周囲から見られる。
なにせ高峯は恐ろしい程の美貌、艶のある長い銀髪を隠しもせずに晒している。
健二にしたって細身だががっちりとした体格に美城一族特有の切れ長の目を持つ冷たい風貌。
まさに美男美女が並んでいるのだ。
変装らしきもはサングラスくらいだが、これは日中の日差しから逃れる目的でしかない。
だが二人とも涼しい顔だ。
「ここに用があるのかしら······?」
「まぁね。ついてきて」
「······ええ」
そして神宮付近のとある大型店に健二は車を停めた。
連れ立って店舗に入る。
平日の昼間は客もまばらだ。
高峯は店内のラインナップを物珍しそうに眺める。
「凄い品ぞろえだろう?」
「ええ、そうね。私はあまり持っていないタイプの服ばかり」
「だろうね。その黒いスーツも似あっているけれど、こういうのも似あう筈さ。んじゃ俺もいくつか買いたいものがあるんでここで別行動だ。高峯、君には担当プロデューサーとして指令を与える。いまから30分以内に、ここにあるアイテムで全身コーディネイトを1セット選んでくれ。昼間に君の白い肌を紫外線から護る事も考えてな。それと夏場であっても急に冷える夜にはどんな組み合わせがいるかな? 勿論外だけではなく、下着もあるからそっちまで全部カバーしてくれよ。じゃあね」
健二はそう言うと、スキップしながらバッグの並んだコーナーに消えていった。
ぽかんとした顔の高峯がそこに残される。
健二の意図がわからないのだから当然だろう。
だが首を二・三度振ると、表情を整え、彼女はウィメンズウェアのコーナーに吶喊した。
(······何だかよく分からないけれど、良い様にされるままなのは釈然としないわ)
そんな風に思ったらしい。
この店はパタゴニア。
アメリカ資本のアウトドアアイテムの店である。
サーフィンや登山、キャンプと言った系統の商品が多い。
かなりインドア志向の高峯が面食らうのも当然だろう。
そしてきっちり30分後、二人は合流する。
健二は満面の笑みでずっしりと戦利品の山をレジに置いた。
そして高峯が選んだアイテムを一通りチェックすると合格と宣言し、店員に全部のタグをカットしてくれとオーダーすると、商品全てをカードで決済し、高峯の分を彼女に押し付けるとこう言った。
「ご苦労さん。んじゃそれに着替えてきて」
「······えっ」
「それ君にプレゼントするから、着替えてきて」
「あっ、うん、わかったわ······貴方がそれを望むなら」
若干キャラが壊れてきた。
因みに高峯が選んだ全身コーディネイトの総額はおよそ10万円。
それをPONとプレゼントと来た。
更衣室で着替えながら高峯は訝しんだ。
(もしかして私、あのお坊ちゃまに美味しく頂かれてしまうのでは······?)
そんな健二は着替え中の高峯を放置し、いそいそと駐車場から車を出すと店の前の路肩に停車。
後部座席に積んであった荷物から、いま購入した新作の防水性の高い30Lサイズのリュックに中身を移し始めた。
ついでに高峯の分として購入したキャンプギアを、彼女に似合うだろう光沢のある青色のリュックにも詰めた。
その作業が終わると、彼は満足そうにメンソールの電子たばこを咥え、運転席のシートに身を預けたのである。
「······終わったわ。これで満足かしら?」
「んっ、いいね。似あっている。やはり君はセンスがいいな」
「そうかしら。けれどこれは頂いてもいいの?」
「いいよ。っていうか、それを着ていないとキツいんだよコレから先が。だから必要経費だな」
「そ、そう······」
健二に助手席を顎でしゃくられ、いそいそと乗り込む高峯。
何かの葉がプリントされた裾の広いエスニック調のパンツ。
ピンク色のキャミソールにオールウェザーの長袖のジャージ。
足元は軽量で通気性に優れた登山ブーツ。
普段の彼女からは連想できない装いだが似あっている。
「あ、コレもどうぞ」
「あ、ちょ、きゃっ近いっ」
「結構可愛い悲鳴なのな。とって喰いやしないからあわてんな」
急に健二が後部座席にある紙袋から青いマーブル模様のバケツ・ハットを取り出すと、高峯のロングヘアーを手櫛で片方に流すと被せた。
あまりに自然過ぎる急接近に高峯のキャラがまた少し崩壊。
若干頬を染めながら目を泳がせている。
反して健二は満足げに頷くと、何事も無かったかのように車を発進させた。
(······こ、この人、女慣れし過ぎじゃないかしら)
心の中でそう悪態をつくも、健二はカーステレオから流れる古いロカビリーを口ずさみご満悦。
暫く彼の横顔を睨んでいた彼女は溜息をつくと、車窓に視線を移した。
そろそろ彼女も理解したのだ。
この男はマイペース過ぎる。故にまともに付き合うと自分が疲れるだけだと。
車は気が付けば中央道に入っており、山梨方面へと向かっていた。
奈良県出身の高峯は、幼少時は見慣れた景色の筈の山や森が拡がる様に見惚れた。
特に富士山がどんどん近くなる事に密かに興奮を覚える。
「綺麗だろ? もう富士の裾野に入るんだぜ」
「······そう。確かに綺麗ね。心が無意識に刺激される、そんな気持ちになるわ」
「いいねえ。俺も同感だ。帰国して改めて思ったね。富士山ほど綺麗な山はそうないってね」
健二はにやりと笑うと、指先でハンドルを弾く。
どうやら彼の癖みたいね。
高峯は何となくそう思った。
事実健二は彼女を同乗させてからおよそ7回ほどこのアクションをしていた。
3回なら偶然かもしれないし、5回ほどやれば癖だと思うだろう。
それが7回ともなれば、彼はきっとこの動きを気に入っているのだ。
彼女は健二の秘密を暴いてやった気分になり、少し楽しくなった。
「ちょっとのんびりしすぎたかな? 早く準備しないと不味い」
「······準備?」
「そう準備。今日はここで宿泊するから」
「ここで······そう。この木々の中にある円形の中で?」
「そう。アイドルをもてなすには丁度いいだろう? ステージみたいで」
なるほど、と彼女は思った。
目的地らしい場所についたと思えば、車はゆっくりと街道から折れ、森の中にひっそりと伸びる私道に入った。
既に夕日は富士の裏側にあり、周囲は随分と暗い。
健二のビートルのヘッドライトだけが唯一の光源だ。
彼女は急にライトに映し出される景色に密かに驚き、そしてどことなく高揚する自分に驚いた。
そろそろ彼が何を目的としているのか、朧げに理解はしている。
なにせパタゴニアで購入した彼女の服はアウトドアウェア。
そして山梨に入り一般道を走り、その途中でスーパーマーケットに入り、彼に言われるまま後ろをついて歩いた。
彼は周囲から男女がデートをしているだろうシーンであっても飄々としており、何食わぬ顔で”好き嫌いはあるか?”等と言う。
何となく頷いていたら、気が付けばここに来ていた。
なるほど、散りばめられたピースを嵌めれば答えは簡単だった。
健二はどうやらキャンプをするらしいと。
しかしと高峯は首を傾げる。
キャンプと言っても、彼女自身それほど経験は無い。
例えば子供の頃、家族で行った琵琶湖のキャンプ場。
例えば高校の時に課外活動でクラスの皆とキャンファイヤーを囲み、自分たちの作ったカレーを食べた。
あれもある種キャンプだろう。
だがせいぜいそれくらいだ。
そして彼女が持つキャンプのイメージの殆どが、炭や焚火で肉を焼いたりカレーを作り、後はテントで寝ると言う程度だ。
いや、恐らく多くの人間にとっての一般的なイメージはそれだろう。
だが健二のそれは少し違った。
「ほら、これも高峯にプレゼントだ」
「······ありがとう。でも貴方、苗字で呼ばれるのは好きじゃないわ」
「なるほど、ならのあ。君に似あうと思ってリュックは青にした。ついでに俺もファーストネームで頼む。うちの会社に美城は結構いるからな」
「そうね、健二、と呼ばせて貰う」
「うん。それで頼む。ではのあ、まずは――――
健二が彼女に言ったのは2つの事。
自分が両手を広げた長さの2.5倍程の間隔でいい感じの木がある場所。
そしてその中心から真上を見上げた時、自分の視界に入る景色がいい感じな場所。
彼は直径50メートルほどの円形広場で、そんなポイントをまずは見つけろと言った。
彼女は言われるままに歩いた。
ブナの幹を撫で、少し歩いて空を見上げる。
それを何度か繰り返した後、健二にここよと言った。
「んじゃ俺はこっちな」
彼が示した場所は、のあが決めた場所から対角線上だった。
彼女は軽く驚いた。
一緒に来て、自分をエスコートした割に、いる場所はこんなに離れている。
だが不思議と嫌な気持ちはしなかった。
何故ならそれは、彼がのあの意見を聞いた上での事だからだ。
のあは理屈っぽい人間だと自認している。
今まで齧ってきた学業は圧倒的に文系であったし、そう言う意味では理系脳では無い。
けれども大概自分は面倒臭いなとたまに呆れるが、どんな小さなことでも理由がわからないと気持ちが悪いと感じるのだ。
だからこそ健二の問いかけに自分はここに決めた。
空を見上げた時、雲の無い空に淡い星が綺麗に見えたからだ。
多分ここより右でも左でもダメなのだ。
ここが良いのだ。彼女はそう思った。
「なら次に移るか。まずプレゼントしたリュックの横にぶら下げているランタンを外してくれ」
「これ、ね······」
「うん。で、反対側についているポーチの中に小物が詰めてあるから、そこからホワイトガソリンの瓶を取り出してランタンに入れようか」
「わかったわ」
荷物を持った健二がのあに声を掛けながら広場の真ん中にやってきた。
彼女も荷物を持ってそこに行く。
どうやらレクチャーが始まるらしい。
健二がくれたリュックには色々ついていた。
両サイドにはいくつもループがあり、そこに別口で購入しただろうポーチがついている。
反対には組紐の束やランタン。
リュックの上には蛇腹になったウレタンの様なシート、何やら筒状の化学繊維の袋。
のあは言われるままランタンを外し、ポーチから取り出した燃料を入れてみた。
ランタンはアンティークの様な古めかしい物だが、どこか味がある寂れ方だった。
健二は先が長くせり出した不思議なライターでランタンに火を灯す。
ガラスの部分を捻って浮かせ、伸びている芯に火を近づけるのだ。
健二は無言でライターを彼女に渡した。
恐る恐るやってみると、思っていたよりも随分と明るい事に驚いた。
「すごい······」
思わず取り繕わないままの言葉が出る。
だがそれに慌てる事は無かった。
健二も同意する様に頷いていたからだ。
むしろ彼のその小さな共感に嬉しくなる自分に驚いた。
「ちょっと遅くなっちまったからな。ちょっと急がないと不味い。じゃ次だ次。自分の場所に戻って、上から順番に荷物をバラしていけ。リュックはガバっと両開きで、下まで全開になるから気を付けろよ? そうだな、シュラフがある段までばらせ」
「わかったわ······シュラフ、寝袋ね?」
「そう。とりあえずは夏場用の封筒型。だが取り急ぎやるのは――――
健二の次の指示はハンモックを張る事だった。
彼は数分で張り終えるとのあの横で指導をする。
なるほど、ハンモックね。
筒状の袋の正体がこれだった。
彼に言われるままに袋から取り出し、ばさりと拡げる。
それとは別に入っていたフェルトの一枚布が2枚。
それを横にある幹にのあの目線よりも少し高い位置に巻きつけ、ハンモックの端から伸びているコードを巻き付ける。
根元をぐっと引っ張る様にすると、のあが驚くほどにそれは安定した。
「のあは筋がいいな。実はタイムを計っていた。10分と数秒。いいセンスだと思う」
「なんだか悪趣味ね」
完成すると健二はスマホのストップウォッチを見せて笑った。
のあも苦笑いを漏らす。
また少し理解した。
この男は存外子供っぽいのだ。
年齢は30歳と聞いていたが、それよりもずっと若い印象がある。
まるでボーイスカウトの教官が新人に手ほどきをしているみたいに。
その後は怒涛の様にレクチャーは進む。
リュックに入っていた見知らぬ金属の部品。
それを組み立てると、台の内側に下に向かって湾曲した底がある。
それが焚火台だと彼は言い、どこからか持ってきた2種類の薪の束を渡された。
曰く、針葉樹と広葉樹の薪。
前者は火が付きやすく燃え尽きやすい。
後者は油分が多く、火付けは大変だが火持ちがいい。
やっと火おこしか、そう思ったのあだったが、まだだった。
ポーチに入っていた皮手を履かされ、ナタを渡される。
大雑把に大中小程度に割れという。
薪割の手ほどきも始まる。
割りたい場所に刃先をあて、薪ごと軽く持ち上げ、重さに従って下ろす。
力は入れずともナタが刺さった。
後は数回同じようにやると綺麗に割れた。
初めて割った薪の割れる気持ちよさにのあは感動した。
気が付けば夢中に割ってしまい、我に返った時にはかなり割れた薪の山が出来ていた。
のあは心底思った。
今が暗がりで本当に良かったと。
なにせほほが熱い。
そして割れた薪を焚火台に載せていく。
燃えやすい細身の針葉樹を組む。
そこで健二はリュックにぶら下がる謎の組紐を指さした。
「それパラコードってんだ。まあ編んだ紐だな。それを10センチくらい切って、端っこからほぐしてやる。覚えておけ、これは火点けの時の最初の
のあはなるほど、と思った。
そう言えばマグネシウムの紐に火を点けたら線香花火の様に燃えたな、と。
そうして言われるままにやってみれば、彼女はとうとう焚火を自力で点けることに成功した。
その時健二が慌てたようにポーチを指さした。
そこには結構強めの日焼け止めが入っていた。
「焚火って結構肌が焼けるんだよ。のあは色白だろう? 日焼けしないで真っ赤にならないか?」
「そうね。日焼けは出来ないわね。ただ痛くなるだけ」
そう言う事らしい。
どうやら健二は自分の趣味であるキャンプをのあに勧める事で興奮し、彼女が自分の担当アイドルだと言う事を忘れていたらしい。
のあは可愛い人ねと内心で笑った。
日焼け止めを塗りつつ。
そうこうしているうちに全ての準備が終わった。
ハンモックと焚火。
独り用のステンレステーブルの上にはキャンプストーブ。
ディレクターズチェアー。
これでワンセットらしい。
健二はそのままのあの焚火の横に荷物と自分の椅子を置く。
どうやらこれから食事にするらしい。
「本来はテントを張る。ハンモック泊にしても上にタープを張ったりするしな。タープはリュックに入っているからレクチャーはまた次の機会にでも。だが今日は天気予報を聞くと夜中も晴れらしい。気温も寒くはないしな。だからハンモックに寝ながら星空を眺めるって趣向だ。因みにハンモックは蚊帳がついているタイプだから虫の心配はいらない。そうだ、飯にする前に試しにハンモックに寝てみろ」
彼は思いついたまま前言を翻す。
食事の言葉に空腹が一気に加速したのあだが、今度はハンモックに寝てみろと言う。
それが尚更、子供の様で微笑ましかった。
言われるままに寝てみる。
乗る時に少しバランスを崩して慌てたが、健二は何度か昇り降りを反芻させる事で慣れさせた。
――――のあが気に入ってくれたなら、今後は相棒になるギア達だしな。
そう言う事らしい。
そして寝てみた彼女は思わず呟いた。
「驚いたわ······でも私にはその驚きを言葉にする語彙力が足りない」
「うん、俺も向こうで知り合いにキャンプを仕込まれたんだけどさ。アリゾナの乾燥地帯のキャンプサイトで同じようにハンモック泊をした。こいつの凄いのは、すっぽりと包まれる安心感と、視界が狭まった中で空がくっきりと見える事だ。まるで額縁に収まった風景画みたいだろ?」
「······星が綺麗ね。透き通っているわ」
健二の言葉に同意を返さずのあはそう言った。
言葉じりに若干の苛立ちが滲む。
どうやら額縁に収まった風景画と言う言葉に引っかかったらしい。
というのも、自分が言いたかった言葉はそれだったと言う悔しさがあったのだ。
まるでつまらないことで拗ねる子供ね、とのあは苦笑を漏らした。
そして、ここへ来て良かったと思う自分がいた。
☆
「キャンプというのは、小洒落た料理をするイメージでいたわ」
「ま、昨今はキャンプブームもあってか、そう言う風潮があるね」
焚火を挟んで座り、黙々と咀嚼する美男美女。
その手は脂でギトギトに濡れており、二人の口の周りもまた同様だ。
それでも気にせず、彼らは食事に没頭している。
「そもそも、ソロでやるキャンプってのはさ、アウトドアの皮を被った野外への引きこもりなんだ」
「えっ······?」
「あるだろ? 意味も無く一人になりたい時って」
「そうね。うん、あるかもしれない」
うんうんと頷きながらぱくり。
健二達がさっきから食べているのは手羽先だ。
彼がスーパーで買った食材の一つだが、30本ほどあるだろうか?
のあは買い過ぎだと思ったが、いざ焼いて食べてみればそんな事は無かったと驚く。
焚火の上にはステンレスの五徳があり、その上に鉄網がおかれ、手羽先は熾火で炙られジワジワと焼けていく。
味付けはシンプルに塩胡椒だ。
健二はお洒落なクレイジーソルトなどは使わず、スーパーで購入した塩胡椒が混ざった物を使った。
そしてメインディッシュの前にまずは腹ごなしだ、と宣言すると、飽きるまで喰え、その間、箸なんか使わず手づかみで行こうぜと驚く事を言いだした。
だがやってみると存外楽しい。
熱々の手羽先の二本の骨をぶちっとちぎり、縦に咥えて引っ張ると身がすぽんと抜ける。
手羽先は思ったよりも食べる所が少ない。
だが根元の尖った方がある。
薄皮はカリカリに焦げ、それを歯で剥く様に食べると、細い骨の間には脂がたっぷりと詰まっている。
それを下品に音を立てて啜ると、手羽先は綺麗に骨だけが残る。
その作業を繰り返し、骨は健二が二つに先が分かれた枝を地面に刺した奴にぶら下げたビニール袋に捨てる。
のあは何だか愉しくなってきて、気が付けば一人で十本以上も食べていた事に驚く。
だが思ったよりも満腹感は無い。
それどころか、次は何が出てくるのか楽しみになっていた。
「でな、独り住まいの自宅でも、いつもと変わらない景色だと落ち着かなかったりするんだな。好きだった音楽とかも雑音に感じたり、あれだけ好きだった作家の本を数ページで閉じてしまったり」
のあ何度も頷いた。
その感覚、それがとても煩わしく感じていた大きな理由だった。
トークの仕事を受けないのも、本音を言えば退屈だからだ。
当たり前の事をさも珍しい事の様に問いかけてくる。
高峯さんはお綺麗ですね。普段はどんなスキンケアを?
読者は知りたいって思ってますよ。
知らないわよ。
偶然そんな肌に生まれただけで、手入れなんかマツキヨで買ったクレンジングオイルと洗顔フォームくらい。
化粧品は恐らく貴方が使っているのと然して変わらないわ。
そう言ってしまいたいが、言えば波風が立つ。
だから遠い目をしながら、意味深な台詞で煙に巻く。
そうすると気が付けば皆が欲しい高峯のあが出来ていた。
最近では呼吸をする様に自分が高峯のあを演じられる。
それが苦痛だった。
理由はわからない。
だからトーク系の仕事は切ったのだ。
高峯のあという完璧なドールをいくらでも切り取ればいい。
それはとても綺麗で、貴方たちに色々な想像をする余地を与えつつ満足させるでしょう。
私はただ黙って立っていればいいのだ。
最終的に彼女が行きついたのはその思考だった。
どこにいても息が詰まる。
けれどその苛つきの理由がわからないのが気持ちが悪い。
健二が言う自宅という閉鎖空間で気が休まらいという言葉に酷く共感する。
「だから俺はキャンプに嵌ったんだ。基本的には1人でしかいかない。ハンモックから見た狭いけど広い空。周囲には人はいない。俺やお前は何を言ってもいいし、叫んでもいい。泣いたっていいし、口汚く誰かを罵ってもいい。それに返事は当然ないしただ吐き出すだけだ。自宅でも出来るが、野外ならその叫びは周囲の森に吸い込まれて消えていく」
健二は骨だけになった手羽先をタクトの様に振ると、漆黒の森に向ける。
ランタンの灯りに照らされ、それが大きな影を作った。
のあはじっとそれを見ている。
「結局のところ単純な理由さ。空気の淀んだ場所で引きこもるか、清廉な空気を浴びる程に溢れている野外で引きこもるか。どっちかと言えば後者の方が健全そうに見えるだろう?」
そう言って健二は笑った。
馬鹿々々しいけれど、つまるところはそれなのだとゲラゲラ笑う。
つられてのあも笑った。
声をあげて。
「健全······言葉の綾でしかないわよね?」
「そう、まさに。外だから健全だし、なら引きこもりは許されると言うエクスキューズ」
「ふふっ、なによそれ。でもいい訳は立つわね」
「そうさ。高峯のあ、あの孤高のカリスマ。趣味はアウトドア。単身森に向かい、自然との対話を。きっとみんな”のあさんはカッコいいわね”なんて言うんだろうな。君はただの二十四歳の女性でしかないのに」
「えっ」
「だから、仕事がタレントってだけで、お前は手を脂で汚しながら手羽先を貪る普通の女でもあるってだけだろ?」
まただ。
高峯のあは驚愕する。
この男は然して良い事を言った風でも無いのに。
ただ事実を事実だと突き付けるだけなのに。
まるで呼吸が止まる様な雰囲気を見せる。
同時に、彼女は理解した。
嗚呼、自分が求めていたのは、それが普通な事だと肯定してほしいだけだったのだ。
今日、何度か感じた小さな
それが妙に刺さったのはそう言う事だったらしい。
つまり、
「私はきっと、······寂しいのね」
「多分ね。のあの事はのあにしか解らないだろうが、君がそう言うのならそうなんだろうな」
「ふふっ、そこは断定しないのね······えっ? どうしたのかしら、固まって」
健二はじっとのあを見たまま固まっていた。
表情が消えている。
だがタオルで手を拭うと、頭をボリボリと掻いた。
「のあ、君はとても素敵な顔で笑うんだな。思わず見惚れた。君のどの資料にもその微笑みは無かったぞ。不意打ちはずるいなぁ」
「······ふふっ、漸くひとつ、貴方から一本取れた様ですっきりしたわ」
「ま、何とでも言うがいいさ。それよりのあ、酒は呑めるか?」
「ええ、それほど強くはないけれど好きよ」
「良かった、じゃ呑もう」
健二は誤魔化す様に話題を変えた。
それほどにのあの笑顔に破壊力があったのだ。
いつもの探る様な、見透かす様な、そんな張り付いた笑みでは無い。
目じりに皺をつくり、くしゃりと自然に笑っていた。
彼はステンレス製のタンブラーを2つ準備すると、クーラーからライムの葉とブラウンシュガーを取り出しタンブラーに入れる。
それを専用のマッシャーで潰し、ソーダとラム酒、それにフレッシュライムをたっぷりと絞り入れ軽くステア。
それをのあに渡し、自分でも持った。
「じゃ、君の笑顔に乾杯だ」
「気障に聞こえるけれど、素直に受け入れられるわ。乾杯。私が知らなかった私の笑顔に」
二人はモヒートを楽しみ、また食事に戻った。
のあは先ほどよりも空腹を感じていて、健二を急かした。
健二はホットサンドメーカーで餃子を焼き、スキレットで即席ローストビーフを拵える。
山葵醤油をソースにした和風の味付けで。
のあは唯一これがお洒落な料理ね、でもこっちの少し焦げた餃子の方が好みかもしれないと笑った。
それには俺も同意すると彼も笑った。
そして宴は終わり、二人はそれぞれのハンモックに揺られた。
のあは何かの詩を呟き、何かを愚痴り、いつしか静かになっていた。
健二は彼女の寝息が聞こえた頃、追いかける様に眠った。
以降、高峯のあは休暇があるとどこかへキャンプに出掛けるようになり、仕事もあまり選り好みしなくなった。
健二はそれとは別に夜型の高峯のために深夜枠で帯のラジオ番組を知り合いの局にねじ込んだ。
FMではなくAM局に。
そして彼女一人の出演のみでアシスタントは無し。
ツイッターによるファンからの質問に対し、延々と彼女の独特な切り口で答えていく。
しかし高峯のあは意外と毒舌で、容赦なく斬り捨てていく。
その軽快な様子に、ファンは意外性を感じつつも好意的に受け入れた。
あの美城の悪魔が手掛けた新しい高峯のあ、そんな風なイメージで。
だが健二だけが知っている。
あれが彼女の素、なのだと。
こうしてFPはまた新たなアイドルを復活させたのである。
いやあ高峯のあの声は素晴らしいですね!
デレステの限定SSRのおねシンのソロバージョンに痺れました。
みたいな事を書いてるけど、虚しくはない。
だって私には聞こえているのだから。
はぁ~······やむ
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【シリアス】毛並みの上等な猫を飼うのに必要な労力とは? Level 2
フェニックスプロジェクトのオフィスはシンデレラやクローネと同フロアにある。
勿論所帯の大きさは向こうが圧倒的に上であり、FPルームはフロア面積のおおよそ1割程度の占有面積でしかないが。
同フロアである理由は、そもそもFP自体が恒常的に担当するタレントを持っていないし、扱うアイドルは大概シンデレラかクローネに所属しているからだ。
情報の共有が容易であり、連携が取りやすい、ただそれだけの理由である。
FPの固定所属人員は美城健二のみだ。組織図上ではあるが。
そう考えるとフロアの1割を占有した部屋というのは無駄に広い。
しかしそこは彼の立場の問題でもあった。
彼は美城会長の実子であり、彼の上に兄と姉がいる。
兄は嫡子として美城の本体で代表取締役社長に就き、既に実質的な経営は会長から引き継がれている。
姉はアイドル事業部の統括として、これからも存在感を醸し出して行くだろう。
そして健二の場合は役職的には経営に参加しない取締役、いわゆる平取である。
これは姉の強い勧めで美城入りした彼だが、元々は役職とかいらないからと宣言していた。
だがやはり、家柄というのは個人の思想よりも上にあるため、対外的に創業者一族が無役と言うのは格好があつかないと無難な取締役を与えられた結果だ。
なにより、彼がただの平社員のままだと、他の社員たちが距離感を掴めずに困惑するというのが一番だったかもしれない。
さてそんな健二だが、高峯のあ再生については一先ずの成功を見たと言っていい。
実際彼女の仕事は増えたし、新たな一面が見られた事でファンの支持も増した。
とは言えそれでも他のアイドルよりは少ないが。
それは彼女曰く、自分と言う価値を維持する為の最低ラインだから。
結果、彼女は週休二日ほどのスタンスでアイドル活動をしている。
よって現在の健二は個人的な企画の為に動いていた。
それは日本の音楽シーンにおいて圧倒的に少ないカバーを広めたいと言う思いを現実化するためだ。
米国では良い曲は積極的にカバーを行う。
だから50年代や60年代の曲を80年代以降のアーティストがカバーするので、オリジナルの曲かと錯覚する事もしばしば起こる。
海外における音楽の扱いは、ある種クラシックに近いのかもしれない。
様々な演奏家が名曲に挑戦し、演出家は新しいアレンジに挑戦する。
それは音楽への正当な行為であり、優れた結果を残せば音源として残される事になるのだ。
つまりはその作家や曲に対しての一定以上のリスペクトがある訳だ。
だからその素晴らしい作品を自分もやってみたい。
或いは今のファンにも知ってもらいたい、そう言う衝動がある。
これに対して権利者は寛容だ。
何故ならそれは自分への投資にもなるからだ。
あるアーティストが昔大ヒットを飛ばしたが、現在は鳴かず飛ばず。
だが現在人気の若手アーティストがカバーした事で、そのファン達がそのルーツに興味を示し、また人気が再燃。
こういう事も往々にしてあるのだ。
故にカバーを求められると言う事は、基本的に肯定的に考えられている。
だが翻って日本の場合、楽曲の権利はある種の利権と言う信仰がある。
著作権保護の元に中間組織が蔓延り、印税対象者が無数にいる為、気軽にカバーが出来ない。
日本のファン層に問題があるのではなく、日本の音楽業界の構造が歪なのだ。
そこで健二は、米国時代のコネクションを最大限に利用し、美城のアイドルの中で彼が目を付けた者を集め、カバーアルバムを試験的に制作しようと考えていた。
ついでに言えば権利の管理を独自に行う部署も併せて設立し、既存の権利団体や流通には乗せない。
建前としては大手美城の中に、インディーズレーベルを作る様なイメージだ。
ただそれに関わる人員が巨大資本の大手であり、通常のレーベルと遜色ない動きが出来ると言う反則であるが。
これは日本の音楽系レーベルの度肝を抜くだろう。
なにせそのインディーズレーベルは、北米のメジャーレーベルのほぼ全てのアーティストへの交渉窓口が確保されているのだから。
それも皆、今後のアイドル達のやる気次第だがなぁ······とは健二の呟き。
そんな彼は姉のいる専務の執務室へ向かっていた。
いつものダークスーツに眠たげな顔。
彼はぞんざいにノックをすると返事の前に中に入った。
「専務、お呼びと聞いて参上したでござる」
「なんだその口調は」
「ん······敬語を忘れてしまってね、勉強中」
「お前は······相変わらずだなぁ」
「姉さんも。疲れた顔してるよ? いいエステ紹介しようか? メイドが施術してくれる斬新なスタイルなんだ」
「······姉さんは許さないぞ。健二は破廉恥な店には行ってはいけない」
「風俗じゃないが」
勝手知ったる姉の部屋とばかりに、デスクの端っこに腰かける健二。
そして風俗如きでこうなるなら、俺の向こうの生活を知ったら姉さん卒倒するなと密かにほくそ笑む。
だが勤務中は公私の切り替えが早い専務。
直ぐに本題に入った。
「高峯の件はご苦労だったな。期待以上の結果だった」
「あんがと。ま、彼女は燻っていただけだしな。あれが本来の実力だろうさ」
「それにしては随分と仲がいい様だが?」
「そう? まあ懐いてはいるが。本人曰く、猫はきまぐれだそうだ」
新生した高峯のあ。
仕事も増え社内の評判も上々。
まさに順風満帆。
アイドル事業部最大のドル箱である高垣楓。
彼女とは別のベクトルで突き抜け、ツートップとなるのでは? と噂されている。
だがしかし、本来の部署に戻らなかった。
先ほど固定人員は1人と言ったが、高峯のあが居座っているのだ。
朝、健二が出社すると大概のあがいて、彼にお茶をいれてくれる。
その後彼女に仕事が入っていなければ、大概は健二の後をついて歩く。
――――メイド服姿で。
美城の悪魔にあの小悪魔、似あいよなと咎められもせず、健二は胃が痛いのを隠しきれない。
だが仕事をするのだからどこの部署に所属してても構わないでしょう?
ならマネージメントだけ頼むわね。それが私の――――
健二は面倒臭くなって考えるのをやめた。話を戻そう。
「······チッ。まあいい。それよりもお前の企画、あれにクローネも噛みたいのだ」
「いいけど、オーディションは厳しいぞ。結果基準を充たしていないと判断したら切る」
「それでいい。メンバーに入り込んだなら、クローネのロゴを使いたいだけだ」
「ああ、それなら構わない。その代わり、面倒なお偉方の方を頼んでもいい?」
「任せておけ。そろそろ連中を黙らせたいと考えていた所だ」
「頼もしいねえ。んじゃ各プロデューサーに募集要項をメールするから、各アイドルに拡散告知たのむね」
「ああ。私も個人的には楽しみにしているんだ。······選曲はもうしたのか?」
「ははっ、姉さんの推しを一曲くらいは縁故で入れてやるさ。後でメールしてくれ」
小さくガッツポーズをする可愛らしい姉にウインクし、健二は部屋を後にした。
その翌日、各統括プロデューサー名義でアイドル達にこんな文言が告知された。
※邦楽以外の楽曲によるカバーアルバム制作決定。
つきましては参加アーティストのオーディションを開催します。
応募条件はレコーディングの際にスケジュールが空けられる事以外に条件はなし。
※オーディション方法について。
一次審査の後、本審査を行います。
一次審査はオールディーズに該当する楽曲を自分で方向性を定め録音をし提出してください。
既にスタジオチームには話が通っているので、実際のオケ作成、アレンジについては事前にアポをとり行ってください。
提出期限は丁度二か月後の〇月〇日AM10:00まで。
音源はFP共有フォルダ内、CAPという名のフォルダに格納してください。
尚、情報セキュリティ上、音源の取り扱いは担当Pが厳重に管理のほどを。
結果、美城が静かに揺れた。
◇◆◇◆
のあの再生を行う際に健二が連れていった山は、元は彼の祖父が別荘にしていた土地だ。
その祖父が亡くなった際、遺言により、家屋を含むあの土地を健二に全て相続させる様にとの指示があった。
住所は山梨県の見延町であるが、本栖湖へ向かう街道の途中であり、最低限のインフラは通っているが、近所に住居が存在しない僻地でもある。
祖父が健二に相続させた理由は、彼を特別可愛がっていたからだ。
健二は典型的な末っ子で、お爺ちゃん子だった。
見延の別荘は大手企業の創業者としての自分から切り離すために一人になれる場所を求めて購入された。
そんな祖父が別荘入りする際には、必ず健二がついて来たのだ。
彼のキャンプ好きはこれに由来する。
祖父も当時は壮健で、健二と二人で裏山の間伐を行い汗を流していた。
その裏山にはいま、頂上までの丸太敷の道が付けられ、頂上部分には東屋と言うには立派過ぎる展望台がある。
これは間伐で出た丸太を使って彼らが建てた物だ。
これには業者の手を入れず、祖父と健二が本やネットで調べながら試行錯誤して施工された物だ。
完成後に何度か手直しはしているが、東屋の屋根などは、きちんと水平が取れておらず若干傾いている。
だがこれは二人の思い出としてそのまま残したのだ。
そして祖父は体調を崩し会社を勇退し、全ての株式を息子に譲るとこの場所で最後を迎えた。
この頃には業者をいれ、広い森の中に何か所かのキャンプサイトが作られている。
これが健二がのあを招待した場所である。
遺産相続に関して健二は、この土地はそのまま残したい気持ちが強い為に相続した。
その他の多額な相続対象に関しては自分から放棄した。
理由は金なんか別に生きていける程度に稼げるならどうでもいい。
なら会社を存続させる為に火種になる様な部分は出来るだけ消したい。
だから何もいらない。これが健二の言だ。
とは言え美城の孫世代。
つまり健二の兄弟姉妹は関係が円満だ。
巨大な利権が絡んでいると言うのに。
だからせめてと美城の株だけは健二に押し付けられた。
長男や長女によると、こいつは何らかの柵で縛らないとまたどこかに消えるだろ······らしい。
そんな事情があり、あの土地は健二の隠れ家として今後も利用されていく。
さてそんな事情を説明したのは、健二の現状に関わるからだ。
では視点をそちらに戻してみよう。
場面はFPのオフィス。
この部屋の主人である健二は、自分のデスクでノートPCを操作しながら、目線は斜め上を見ている。
その視線の先には、どことなく得意気な顔ののあがいた。
じっと健二の目を覗きこんでいる。
例のメイド服姿で、綺麗な足を器用に組みながら。
「のあ」
「何かしら······健二」
「それは俺の台詞だろ?」
「ふふっ、駆け引きをしたいの? いいわ······私達の魂は既に共鳴していると言うのに敢えてそれを行うと言う美学、嫌いでは無い」
「煙に巻いても駄目だぞ。今週末は用事があると言っているだろ?」
「ふっ······」
微妙に会話が成立していなかった。
とは言え健二は既に達観しており、意識はきちんとPCに向いている。
その点は器用な男だ。
のあが絡んでいるのは、週末の休みにまたあの山に行きたい、そう言っているらしい。
朝から歪曲した物言いで延々と健二に絡んでいる。
どうやら自分から一緒に来いと言わせたいらしい。
そこはのあの美学のようなナニカである。
「あー······健二さん、お取込み中かい? ノックはしたつもりだが」
「ん? ああ、夏樹か。ペットにいちいち気を使う必要はない」
「······にゃあ」
「あ、ああ。何かこう高度なプレイって奴か?」
「気にするな。俺はもう考えない事にしている」
「お、おう。じゃあアタシに少し時間を貰ってもいいかい?」
「いいだろう。そっちの応接で話を聞こうか」
「さんきゅ」
気が付けば木村夏樹が立っていた。
若干引きつった笑みで。
とは言えちらりと夏樹を一瞥したのあは、何事も無かったかのように健二の頭を撫でている。
真顔の健二とのギャップに、夏樹はぽかんと口を開けた。
「ほれ、冷えてるぞ」
「さんきゅ。しかしアンタも相変わらず甘党だねえ」
ソファーに腰かける夏樹に向かって冷蔵庫から取り出した缶コーヒーを放った健二。
それを空中で器用に掴むと、プルタブを切って一口。
黄色い缶をテーブルに置くと、彼女は呆れたように笑った。
マックスコーヒー。元々は千葉管内で販売されていた缶コーヒーで、とにかく甘い。
健二はこれがお気に入りで、日課のジムトレーニングの後の糖分摂取にいいとご満悦である。
因みにこれを目当てに時折安部奈々がやってくるのは公然の秘密である。
曰く、ウサミン星人の主食らしい。後は落花生も米みたいなものと震え声で言っていた。
「で、用事はなんだ?」
「ああ、例の件さ。とても興味がある。だから詳しく話を聞きたいんだ。カバーアルバムの制作、その後の展開についてアンタがどんなラインを考えているか、とかさ」
「構想段階だがゴールはある程度決めてはいる。だが今の時点で開示は出来ないなあ」
健二の返事に眉を顰める夏樹。
いそいそとコーヒーの準備を始めるのあ。
今の夏樹には何か焦りのような雰囲気が滲んでいた。
「質問を返すようで悪いが、お前はこの企画で何を思ったんだ? まずはそれを聞かせろ」
「アタシは······」
顔を伏せる夏樹。
そしてすぐに顔を上げ、健二を睨む様に続ける。
「アタシは何曲かやらせて貰っているけど、それを聞いてどう思った? まずは素直な感想を聞かせてほしい」
「ま、曲の完成度は悪か無いな」
「そう言う上っ面の話じゃ無くてさっ!」
「落ち着け。プロデューサー目線で言うなら、退屈だな」
「······そう、か。アンタ、ズバっと言うのな」
「あくまでも俺の主観や好みが多大に入った判断だがな」
二人の前に淹れたてのコーヒーを置いたのあは、当然の様に健二の横に座ると、彼の膝を枕にし、長身の身体を折る様に寝た。まるで猫である。
本人もそう言っているのだから猫なのだ。
さて、と。健二は思考を加速させる。
漸く釣れたか、その思いだ。
葛藤する夏樹を見てほくそ笑むのは趣味が悪いが。
健二はこの企画のゴールとして、アイドル達を選別する事を目的にしていた。
アイドルを否定する訳ではないが、お決まりの仕事のラインで終わらせるのは勿体ないと考えているのだ。
特に歌声に才能を感じるアイドル。
彼は篩にかけて最終的に残ったアイドルに、それぞれアルバムを一枚作ろうと決めている。
それを引っ提げて長期ツアー等も念頭に入れながら。
アイドルという枠から、シンガーという部分を特化させたいのだ。
既に彼の中で応募さえしてきたなら、本審査までは残すつもりの人材は選出済みだ。
その中の一人がこの木村夏樹なのである。
その他にも北条加蓮や相場夕美など何人かがピックアップされている。
健二が今回の企画のオーディション内容として提示したのは酷く曖昧だ。
オールディーズの曲である事以外に縛りは無い。
だが一次審査用の音源は新録になる。
そして方向性を自分で定めろと言うふわっとした指定。
要はセルフプロデュースをやれと言っている。
美城の専属スタジオチームには、アイドルに求められたらオケ作りをやってやれと通達済み。
つまり元楽曲の音源をオケとして応募してきた場合、どれだけ上手でも切るつもりでいる。
彼はシンガーに必要な強烈な個性を求めていた。
カバー曲で大事なのは、原曲をリスペクトしながらも自分の曲に昇華している事だろう。
じゃ無ければ、素人の歌自慢によるモノマネに過ぎないのだから。
プロで金を取れるアーティストに歌唱力は極論、必要無い。
演奏の腕前もそうだ。
それ以上に、その人間である事が求められるのがプロのアーティストである。
ならばそこにあるのは強烈な個のエネルギーだろう。
高垣楓が既に完成された器だと健二が感じるのは、彼女の声も魅力があるが、何よりスキャットの美しさだ。
それだけで高垣楓がそこにいるのだと万人が理解する。
今回のオーディションは美城側の人間によるアイドル達に自由参加権を与えた大チャンスである。
そう見えるだけで、その実、酷く現実的で冷酷な視点による選別だ。
健二は能天気な風来坊ではあるが、会社側の人間となった今、自分の裁量で出来る最大限の仕事をする責任感を持っている。
アイドルは時代と共に移り変わるアイコンだ。
逆に言えば旬が短い。
自分がアイドルと宣言すれば、年齢はいくつでもアイドルなのかもしれない。
だが会社が売れる。つまり金を稼げる本物のアイドルの旬は短命なのだ。
だがアイドルとして終われば終了なのか。
そうではない。
そこに才能があるのなら、肩書がアイドルからシンガーや女優になればいい。
だが現状、終わったアイドルの行き場はそう無い。
何故なら芸能界において、席の数の上限があるからだ。
例えばバラエティ番組。
カメラの視界の範囲内にタレントが座っている。
その席を、少し面白い事が言える元アイドルと、本職の芸人どっちに与えるべきだろうか?
つまりはそう言う事だ。
綺麗どころが欲しいのなら、別にひな壇では無く司会の横にひとりアシスタントを置けばいい。
映画でも舞台でも同じだろう。
元々それで生きている人間の方に分がある。
それをわざわざどう転ぶか分からない、元人気アイドルに与えるバクチは打てない。
結局、そう言う世知辛い業界の中で、アイドルだったものが居場所を確保するには、それを求められる一芸が必要なのだ。
だがその業界で生きて来た経験は視野狭窄に陥りやすい。
つまり、それまでのスタンスで仕事が貰える様にしか考えないのだ。
切羽詰まっているだけに元アイドル側も新たな挑戦が出来ない。
リスクを計算するからだ。
そんな日本の芸能界を俯瞰して眺めている健二は不満だった。
勿体ないと。どれだけの才能を腐らせれば済むのだと怒りすら覚える。
彼は別にアメリカ被れという訳ではない。
ただ現実、アメリカのエンターテイメント業界の裾野は広く、日本以上にチャンスがある。
そして良い物は良いと評価される土壌があるのだ。
勿論それはリスクも大きい。
強烈な競争社会であるから、それに弾かれれば落ちぶれる者も多い。
金銭的な格差も相当にある。
だからこそ貪欲に上を目指す理由にもなる。
健二はとりあえず、美城にいるアイドル達の中で自分で稼げるアーティストを作るつもりなのだ。
結果、美城プロは芸能業界でのイニシアチブを取る事が出来る道具にもなる。
さて健二が夏樹の曲を退屈だと言った理由だが、それは彼女本来の才能を活かしきっていない事に尽きる。
彼女の声質、声量、それを考えると、決して適切だったと彼には思えないのだ。
全力だが妥協がある。それが理由だ。
そしてそれは才能あるシンガーにとって致命的でもある。
「夏樹、面倒臭い話はしない。お前には敢えて課題曲を与える。You Really Got A Hold On Me。ビートルズを筆頭に多くのアーティストがカバーしているミディアムテンポの名曲だ。だが注文を付けてやる。安易にアップテンポなロックナンバーになんかするなよ? さてお前はどんな回答をしてくれるんだ? 残りあと一か月。もしお前が俺を満足させられたなら、その時は質問の答えを全て開示しよう」
健二はきっぱりと伝えた。
これ以上は何も言わないよと言外ににじませながら。
はっとした顔で健二を見た夏樹は、苦笑いしながら頭を掻いた。
「流石は美城の悪魔だな。きついぜ。その曲はアタシも知っているけど、いいさ。アタシはアンタを唸らせて見せる」
そう言うと部屋を出ていった。
健二は冷めてしまったコーヒーを一気に飲み喉を湿らせた。
だがその顔は心底楽しそうに笑っている。
誰かが脱皮する瞬間を見ることが出来る、それがもしかするとプロデューサー一番の醍醐味なのではないか? そう考えながら。
「······今度はあの娘にお熱なのね」
彼の膝で眠っていたのあが片目を開けそう言った。
「言い方もっと無いのかよ」
「そんな事は知らない······にゃん」
自由か、そう内心で突っ込む健二であった。
木村夏樹の曲をディスるつもりはございません。私の担当の一人でもありますしね。ただロックという枠で見ると物足りない。そう感じているだけでして。
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