伊井野ミコは告らせたい~不器用達の恋愛頭脳戦(?)~ (めるぽん)
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第1話 そして伊井野ミコは目を開いた

『女子会』!

 

大昔より 男子は狩り 女子はコミュニティ運営と 役割を分担してきた歴史がある!

『人間関係の情報共有』は女性にとって根源的な欲求といえる!!

 

……聡明たる読者諸賢なら既にお気付きの通り これは過去にも行われたやり取りである!

そう、『女子だけの伊井野ミコ歓迎会』である!!

 

だが、あの時はかぐやと藤原の女の戦いのような何かが勃発してしまい 主役のミコが置いてけぼりになってしまったのを反省し

藤原の提案による『やり直し』が 生徒会室にて行われる事となった!!

 

……が、藤原の思惑はそれだけではなかった!

以前と違い、つつがなく会が進行し場も出来上がってきた頃に、おもむろにミコに対して妖しい笑顔を向ける藤原!

 

「じゃあ、ミコちゃん!今日こそミコちゃんに『ドキッ☆』な事を聞いちゃいますよ~?」

 

「えっ?」

 

そう、藤原千花が『やり直し』たいのは、歓迎会だけでは無いという事である!

 

「ズバリ!ミコちゃんはこの前の奉心祭で誰に告白されたんですか?」

 

右手の人差し指を勢いよくピシイッ!と指し、さながら決めポーズのような雰囲気を漂わせる藤原。

……を、ミコは呆然とした表情で数秒見つめていた!

 

「……えっ、何の話ですか?」

 

嘘偽り無い反応である。ミコ自身に、先の奉心祭で誰かに告白されたような自覚は全く無い。

しかし、藤原はそんな反応にもめげずに、どこからか取り出した『ラブ探偵』帽子を被り、ウィンクしながら指をチッチッチと振る。

 

「隠しても駄目ですよーミコちゃん?私の友達が偶然、見ちゃったんですから……

後夜祭の時、ハートのアクセサリを何とも言えない表情で見つめるミコちゃんの姿を!

さあ!ミコちゃんにハートのアクセサリを贈った身の程知らずな男は一体誰なんですか!?」

 

あの場面を見られてたなんて。ミコは心の中で頭を抱える。

が、ここでミコが言うべき答えは1つだった。

 

「……えっと、アレ、石上から落とし物として預かっただけなんですけど」

 

「……なーんだ、そういうオチなんですか〜」

 

全く嘘を感じさせないミコの答えに、ロコツに落胆する藤原。

相手が他の男なら「本当の所はどうなんですか〜?」とニマニマしながらツッコむ所ではある。

が、落とし物として風紀委員のミコに預けられただけで、しかもその相手がミコと険悪な仲のあの石上と来れば、

藤原が『何の面白味も発展性も無い』と結論付けてしまうのも仕方の無い事であった!

 

かくして、藤原のもう1つの目論見である『恋バナリターンズ』は終わったのだが……

 

「あっ、もうこんな時間!それじゃまた明日〜♪」

 

歓迎会もお開きとなり、いつものように藤原が笑顔で生徒会室を後にする。

その場に残ったのは、ミコとかぐやの2人となった。

 

少し何かを考え込んでいたかぐやが、ミコに話しかける。

 

「伊井野さん……さっきのお話にあった『ハートのアクセサリ』って、どこに落ちてたかとかは聞いていますか?」

 

「えっ……?ああ弓道場って言ってました」

 

弓道場。

会長から『ウルトラロマンティック』を見せられる前に、射手としてキャンプファイヤーの火矢による点火を行う為に着替えに寄った場所……

現物はここには無いであろうが、恐らくあの時自分が落としたものであろう。

 

(きっと、それを偶然石上くんが拾って伊井野さんに渡したんでしょう)

 

生徒会の後輩達の手を巡り巡っていたとは、何やら不思議な縁である。

 

「……それ、多分私が落とした物ですね」

 

「えっ、四宮副会長の物なんですか?」

 

思いもよらぬ所で所有者が見つかった事に驚くミコ。

何せ名前も書いてないし、奉心祭中に見つかったハート型のモノとくれば、例のジンクスも有って持ちうる人物はいくらでも居たのだ。

特定など出来そうにもなく、半ば所有者の発見は諦めていたが……

 

「どうしましょう、やはり持ち帰るべきですよね?実のところ、もう必要は無いのですけれど……」

 

「ええ、分かった以上は引き取ってもらうのが…… えっ?」

 

『もう必要無い』という、かぐやの何気ない事実を表す一言。

だが、学年1位をキープし続ける才女・ミコの頭脳は、その一言からある事実に勘付いてしまった。

 

「……えっ?じゃあ四宮副会長、誰かと付き合っているんですか?」

 

「え……ええっ!?ど、どうしてかしらっ!?どうしていきなりそうなるんですか伊井野さんっ!?」

 

不意に予想だにせぬ図星を突かれて、かぐやの態度から余裕が一気に消え失せた。

顔を赤らめ、しどろもどろになってミコから目を逸らす。

誰の目から見ても、図星を突かれて慌てふためいているのは明らかであった。

 

―――そう、ミコの言う通り!

かぐやは今、付き合っている相手が居た!

もちろんその相手は、長らく両想いであり続け、先の奉心祭でやっとそれを互いに明らかに出来た男・白銀御行である!!

奉心祭後もかぐやの『勘違い』がもたらしたやらかしの影響でひと悶着有りはしたものの、めでたく交際を開始するに至ったのである!!

だが、交際を始めた事実は周りの人間に伏せていた!

もちろん気恥ずかしさも有ったのだが、

 

男女交際という事実に風紀委員として口うるさそうなミコ!

心の中で死ね死ねビームを撃ってきそうな石上!

もはや言うまでもない藤原千花!!

 

周囲の人間に交際の事実を明かせば多少なり面倒な事になるであろうと考え、

相談の元、『今まで通りの関係を装う』事に決めていたのだった!!

にも関わらず、何故今突然悟られてしまったのか?

 

「だって、奉心祭でハート型の物を持ってて、今はそれが必要無くなった、って事は!

 告白しようと思ってたけど先に相手に告白されてOKしたから必要無いって事ですよね!?

 そしてその慌てぶりはやっぱりその通りなんですね!?副会長ともあろう人が誰と交際してるんです!?四宮副会長!!」

 

妙な所で鋭いところが、尊敬する藤原とそっくり……と、かぐやは心の中で毒づいた。

こんな数少ない要素から、それを導き出してしまうなんて。流石は学年1位を誇る頭脳である。

 

 

「(こうなったら……仕方ありませんか)」

 

もはや、ウソを貫き通せそうにない。

 

いずれ、ふとした事からバレてしまうような事が有り得るという事は、かぐやも覚悟していた。

そしてそれを認めてしまうような相手が居たとすれば……それはミコか石上のどちらかである、とも考慮していた。

石上は自分をどこか恐れている節が有るので秘密を守らせる事は容易(内心死ね死ねビームを撃たれるにしても)だし、

ミコのちょろさというか、扱いやすさもかぐやは心得ていた。

藤原千花や、その他の知人や赤の他人に比べたらよほど与しやすい人間であった。

それに、明かす事にもメリットは有る。

身近な存在相手に、交際をひた隠す労力が一人分減るという事だ。

いくら秀才である白銀とかぐやとて、しょっちゅう顔を合わせる3人に関係を隠し通す事には疲れを感じていた。

生徒会の過半数である3人に隠すのと、過半数以下である2人に隠すのでは、精神的な疲れも違ってくるだろう……

 

 

「ええ、そうです。実は……」

 

覚悟を決め、表情に凛々しさを取り戻したかぐやは、ミコに明かせる限りの全てを話した。

 

 

 

 

「――やっぱり白銀会長とだったんですね」

 

その答えは予想していたので、ミコもあまり驚く事はなかった。

……が。

 

「あれっ?じゃあちょっと待って下さい……じゃあやっぱり!生徒会室で会長が『気持ち良すぎて死んじゃう』とか言ってたのも!体育倉庫で2人きりで密着してたのも!やっぱり会長といかがわしい事を……!?」

 

以前オシャカになった『会長とかぐや淫行説』が、『思春期風紀委員』であるミコの中で再燃してしまった。

 

「あの……伊井野さん?お話聞いてましたか?私達が付き合い始めたのは奉心祭の少し後ですから、その頃は……」

 

「し、神聖な生徒会室で……!やっぱり会長はけだもの……っ」

 

「伊井野さん?妙な妄想はその辺にしておきましょうね」

 

かぐやが、顔に柔和な笑みを貼り付けながら妄想を暴走させる後輩にピシャリと言い放った。

 

「大体、伊井野さんは『男女交際』を穿った目で見すぎじゃないですか?交際する男女の誰も彼もがいやらしい事を節操無くしている訳じゃないんですから」

 

「いいえ、会長と副会長は愛が行き過ぎてる節が有るみたいですし、信用ならないです」

 

プンプン怒りながらかぐやに反論するミコ。

 

「会長じゃ無かったら、四宮副会長の方から会長を脅してあんなそんな事をしてたりするんじゃないですか?」

 

「してません 会長を脅すだなんて……伊井野さんは私を何だとお思いなのですか?」

 

「それはもう、女お……あっ」

 

危うく決定的なワードを吐き出す前に、ミコは口をつぐんだ。

 

『何だとお思いなのですか?』と聞いた時も、今この瞬間も笑顔な事は笑顔なのだが、どこか恐ろしさや腹黒さを感じさせる笑顔なのだ。

 

尤も、ミコのブレーキ虚しく、かぐやの方はミコが何を言いかけたのかは重々気付いていた。

『氷のかぐや姫』などと周囲に呼ばれていた時代、揃いも揃って妙な目付きをした男達に、

『踏まれたい』『ムチで叩かれたい』などと不穏な言葉とセットで自分に対してぼそぼそと投げ掛けられた事のある言葉だからだ。

 

「と……とにかく!私の求める愛というのはそういういやらしい欲に爛れたモノじゃないんです!あのステラの……」

 

「ステラの?」

 

「あっ」

 

何とか切り返そうとして、またしても余計な一言が出て来てしまった。

 

「『ステラの』……何ですか?伊井野さんの求める恋愛観に関わるものなのであれば、是非聞いてみたいものですね」

 

「え……えっとその、今のは何の関係も……」

 

「私の大きな秘密もお話ししたんですもの。伊井野さんにもそういう秘密がお有りなのであれば、そちらも話してくれても良いのでは?」

 

「う……ううっ」

 

「ほら……先程誰かが言いかけたような気がしますが、『女王様』のお願いですよ?まさか……断るなんて事は有りませんよね?」

 

うっかり口が滑ってしまい、虎の尾を踏んでしまった事を悔やむミコ。

今や、『秘密を話すまでは帰しませんよ』という確固たる意思を全身から黒いオーラとして滲み出している副会長を落ち着かせるには、

自分も相応の代償を払わなくてはならないと、ミコは悟らざるを得なかった。

 

「……誰にも、本当に誰にも言っちゃダメですからね?」

 

「ええ、四宮家たる者、口が軽くては信用も威厳も無くなってしまいますからね。お互いに秘密を打ち明ける者同士、私と伊井野さんの秘密という事で」

 

かぐやの口の堅さを信用し、ミコはこばち以外に明かしたことの無い、あの秘密を打ち明けた……

 

 

 

「――――って事が、中学の頃に有ったんです。名前も告げず励ましの言葉をくれたこの人みたいに、見返りを求めないピュアな想い……こういうのが本当の愛の形だと思うんです!!」

 

ステラの押し花と手紙をかぐやに見せながら、ミコが力説する。

 

かぐやの正直な印象は、『伊井野さんらしい』といったところであった。

前々からミコがかなり度の入ったメルヘンチックを求める少女であった事は解っていたので、こういった『理想』を説かれるのはかぐやの想定の範囲内であった。

 

唯一想定外な事が有ったとすれば、それはただひとつ。

見せられた手紙の字が、かぐやのよく知る人物に非常によく似ていた事だった。

 

そう、かぐやはこの字の筆跡に見覚えが有った。

自分が定期的に教鞭をふるって勉強を見ている、あのちょっと気色が悪い所も有るが不器用で可愛い後輩の字にそっくりなのである。

 

「なるほど……という事はつまり、厳しい理念を抱く伊井野さんも、その『ステラの人』となら男女交際を受け入れても良い……そういう事かしら?」

 

「ええっ!?えっと、その……いや、男女交際というか、その……えっと……うぅ……」

 

突然痛い所を突かれて、答えに困窮するミコ。

しかし小柄で真面目でがんばり屋な彼女がおたおたと慌てふためくその姿も、またどこか可愛らしさを感じる。

そんな様子を見て面白くなってきたかぐやは、更に追い打ちをかける。

 

「あらあら……その人ですら受け入れられないんですか?では一生独り身のままで生きていくのでしょうか?風紀にのみ生涯を捧げていくのですか?

 あなたの尊敬しているお父様とお母様も、恋の末に一緒になってあなたを授かったはずですのに……」

 

「そっ……それは……確かにそうですけど……」

 

確かに、紛れもない事実だ。

ミコが最も尊敬する『正義の人』である父と母も、その昔恋をして結婚し、そして自分が産まれたのだ。

それは確かにその通りであった。だが……

 

「まあ、風紀委員という立場上認めにくいかもしれませんね?ではこう聞き直すとしましょう……

 もし、今後誰かと恋に落ちてしまうような事が有ったとすれば……その相手はやはり、『ステラの人』が良いのでしょうか?」

 

先程より妥協した質問であったが、ミコは答えにくそうに押し黙ってしまう。

そんなミコを、(プレッシャーをかけ過ぎないように気を配りつつ)じっと見つめるかぐや。

そうして、1分ほどの沈黙が続き……とうとう、顔を真っ赤に染めたミコが、無言で小さく、こくりと頷いた。

 

「もう、そこまで頑なでなくてもいいのに」

 

ここまで意固地に『ステラの人』への異性としての好意を認めたがらなかった後輩の頑固さといじらしさに、思わず笑みが溢れるかぐや。

 

「あなたのお友達の大仏さんだって、風野先輩と付き合っているのでしょう?風紀委員とて、想い人くらい居たって何もおかしくはないですよ」

 

「ほ……ホントは認めたくなかったんですよ!いいですか四宮副会長!絶対、ぜーったい誰にも言っちゃ駄目ですからね!

 藤原先輩もそうですけど、特に石上とか!アイツに知られた日には……」

 

ミコの脳内で、妙に腹立たしい勝ち誇った笑みを浮かべた石上が自分を見下ろす。

 

「(へえ……伊井野も結局恋愛とかしたいんじゃん?普段あんだけぎゃいぎゃいうるさく取り締まってんのに……

  伊井野の『正義』も結局は恋に負ける程度の物だったんだな……へえ……へええええ……)」

 

「……ってなります!」

 

「(……何でしょう、このどことなく既視感というか親しみを感じるお可愛い妄想は)」

 

口には出さないが内心呆れるかぐや。

そして、もし自分の考えが正しかったとしたら……今、彼女の『理想の恋』はとても面白い状況下に有る、と感じていた。

 

もし、その『ステラの人』が、自分が見覚えの有る字を書く、あの後輩だったとしたら……?

ミコと、その後輩の関係ならば充分知っている。簡単に言うならば、非常に険悪である。

真面目な彼女が、勘違いなども無しにナチュラルに辛辣に毒を吐く唯一の存在である。

 

もし、そんな相手が、その『ステラの人』の正体だったとしたら?

唯一『恋に落ちても良い』と渋々ながら認める男性だったとしたら?

 

「(――一体、伊井野さんはどう思うのでしょうか)」

 

僅かばかりの悪戯心が、かぐやの中に芽生えた。

――が、彼女の理性がそれをすぐに萎ませた。

 

『これこそが本当の愛』と力説していた時のミコの目の輝き。

あれを鑑みれば、きっとその『ステラの人』への想い入れは、自分が測りかねる程には強いものなのだろう。

それが、今自分が毛嫌いしている相手が正体かもしれないなどと、好奇心から無粋な真似をしてお可愛い幻想を粉々に砕くような事をしなくても良い。

 

それに、まだ確定した訳ではない。

ほとんど同じ字を書き、妙に花に詳しい人物が一人思い当たる。まだそんな段階だ。

 

「(これは――……まず、その人にそれとなく確認してみるのが先決でしょう)」

 

かぐやは心の中で、一人ニヤリと笑みを浮かべた。

 

 

 

 

翌日、生徒会室。

石上が、かぐやに勉強を教えてもらっていた。

今年度最後の定期考査も近付いてきたので、またかぐやのスパルタコーチが幕を開ける事となったのだ。

 

だが、石上は一抹の不安感を覚えていた。

今日は今までに比べ、妙に問題も優しいし教え方もより丁寧だし、笑顔も多い。

それに最近は図書館かLINEのやり取りで問題を送る方式だったのに、何故今日は生徒会室なんだろう?

そんな事を考えていると、隣のかぐやがふとペンを机に置いた。

 

「ところで、石上くん……石上くんって確か、妙に花に詳しい所が有りましたよね?」

 

あ、こっちが本題だったのか。と石上の優秀な観察眼は答えを出した。それにしても、妙って。

 

「ええ……まぁ。でも『気色悪い』んですよね。この前もうっかりつばめ先輩の前で花の話しちゃって……気を付けてるんですけどね」

 

少し前の失敗(と石上が思い込んでいる)を思い出し、気落ちする石上。

 

「いえ、花の知識が有ること自体は素晴らしいことなんですよ。

けれど石上くんの場合それを女性に妙な手法で贈ろうとするからダメなのよ」

 

「ぐっ……」

 

痛い所を突かれ、石上がますます気落ちする。

 

「石上くん、まさか……昔に花を誰か他の女の子に贈ったなんて真似はしてませんよね?」

 

「えっ?」

 

「ほら、貴方って意外と気配り屋でしょう?その方法が問題なだけで、それ自体はとっても良い所だと思うけれど……

例えばですけど、中等部の頃とかに、孤立している女の子を励ます為に名無しで花を贈った……とか、やらかしてそうだなぁと思いまして。

まさかそんな事はしでかしてないとは思いたいですが、確認の為に、一応聞いておこうかな、と……」

 

妙な質問だとは思ったが、石上にはその心当たりは有った。

中等部の頃、その融通の利かなさすぎる真面目さが故に周りに疎まれていたアイツ。

方法はともかく、必死で頑張っているアイツが孤立無援になるのは見てられなくて、

名前の入っていないメッセージと共に、一輪の花を贈った、というか机に忍ばせておいた事が有る。

 

だが、それをバカ正直に言う必要は無い。

どうせ言えばまた気色悪いなどと言われてしまうだろう。

 

「えー……いや、流石の僕もそんなキザったらしい事はしないですよ。花と匿名のメッセージカードなんて、そんな……」

 

「あら?私は『花』とだけ言ったつもりですが……『メッセージカード』とは?一体何の事でしょう石上くん?」

 

あ、やらかした。

 

「えっ……いやその、そんな事する奴は花だけじゃなくて、きっとそういうの添えてそうですよね?だからそういう想像ってだけで、別に僕の事じゃ……」

 

「あら、そうでしたか。変な事言ってごめんなさいね」

 

あれ、案外素直に納得してくれた?

 

「何しろ石上くんの事ですから、そういう事をしてしまっていそうな気がしたもので……」

 

「いやいや、いくら僕でもそんな事しませんって」

 

やれやれといった感じでため息をつく石上。が、どこか芝居がかっていてわざとらしい。

 

「ああ、ですが石上くん?少し前に皆で10円玉ゲームしたじゃないですか?実はあの時藤原さんが持ってきたウソ発見器……まだ、ここに置いてあるんですよ」

 

かぐやが戸棚をガラッと開けると、そこには見覚えのあるポリグラフが鎮座していた。

 

あ、ヤバい展開だこれ――――石上の直感が危険信号を発していた。

 

「念の為ですけど、石上くん……まさか、ウソなんてついてませんよね?

 いえそんなはずはないですよ、普通に考えれば石上くんが私にウソをつくなんてあり得ない事です。けれど、もしも、って事も有りますからね?

 もし、ウソをついていたとしたら」

 

「すみませんでした」

 

もうその先を聞くのが怖くなったので、石上は素直に白状する事にした。

 

「実はですね……」

 

 

かくして、石上は打ち明ける事にした。

誰にも話したことのない、かつての行為を……

 

 

「――――って事なんです。まあ……今その贈られた相手がそれをどう思ってるかまでは知りませんけど」

 

石上は、贈った相手がミコである事を伏せて話した。

どうもここまでうっすらと勘付かれていて誘導された感が有るが、まさか贈った相手がミコである事は気付いてはいまい――――と、石上は考えていた。

 

だが、かぐやはとうとう点を繋げ、全てを察するに至った。

贈った、贈られた当人達でさえ知らぬ事実に、かぐや一人だけが辿り着いていた。

 

「(これは……面白いような、複雑なような。何と言ったらいいのでしょうね……)」

 

ミコが心の支えとしているステラの花とメッセージを贈った相手。

そして、微かに恋焦がれている相手。

それが、普段はつんけんとした態度を取るも実はちょくちょくミコの事を気遣ってきていた、目の前に居るこの男。

なのにそれが伝わらず、ミコが何かと毛嫌いしているこの男・石上優である事にもはや疑いの余地は無かった。

 

石上が、ただ単に『励ましてやりたい』と思って贈ったステラの花とメッセージ。

それがミコの心を惹き付けてはいるが、

ミコは石上を毛嫌いしている。心惹かれている相手の正体が、彼である事も知らずに……

 

「……やっぱ、気色悪いとか思われたんですかね、アレも……」

 

かぐやの複雑そうな表情を見て、石上が調子の落ちた声で呟く。

 

「えっ?いや、どうでしょうかね?そこまでは分かりかねますが……ただ、まあそんなに悲観しなくても良いかと思いますよ?少なくとも、つばめ先輩にやろうとした作戦の数々よりは数段マシですから」

 

慰めになっているのかいないのかよく分からない慰めであるが、咄嗟に思い付く慰めはこんなものだった。

 

「どうでしょうかね……アイツ全然感謝してなさそうだし」

 

卑屈さ全開でため息をつく石上。

 

かぐやは心の中で石上の甘さを指摘した。

あらあら、その言い方には含みを感じられてしまいますよ?

ここで更に問い詰めてみましょうか?『あら、今の言い方だと贈った相手はまるで私も知っている知り合いのように聞こえますが?』

『あなたに感謝してなさそうで私も知っている同学年の人……それってもしかして伊井野さんなのですか?』なんて。

 

けど、まあここはよしておきましょう。事実確認が取れただけで充分です。

もし石上くんに一度全てを話させてしまったら、また今のように何かの拍子でヒントを口滑らせる事になってしまうかもしれない。

それはよしておきましょう……石上くんの為にも、伊井野さんの為にも。

 

 

――――ここ数ヶ月で『後輩への面倒見の良さ』というものを得たかぐやは、この奇妙な事実は自分の心の中だけに留めておき、成り行きを見守ろう――――そう気遣う事にした。

 

だが、その気遣いは無駄となるのであった。

 

石上とかぐや、2人きりであったはずの生徒会室、その扉の前。

予定されていた風紀委員会が委員長の体調不良の為急遽キャンセルとなり、

『ならばテスト休みの期間で誰もいないはずの生徒会室を利用して勉強しよう』――――そう考えていた少女が一人、扉の前まで来ていたのであった。

 

石上もかぐやも、その少女の手からショックで荷物がバラバラと零れ落ちる音には気付かなかった。

 

扉の外で、その少女――伊井野ミコが、中で行われていた話の内容に、まさしく『絶句』していたのであった。

 

「(……………………う…………う、そ……で……しょ……?)」

 

 

密かに、微かに恋心を抱いていた小さな少女は、あまりに突然に現実を思い知らされてしまったのだった。

 

 

 

 

 

 

 




はじめまして。密かに執筆していたものがストックが出来つつあるので投稿してみました。

お気付きの通り冒頭3行は原作77話2ページ目からの引用です。


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第2話 石上優は感謝したい

思えば、自分の人生も少しは良い方向に向いて行っていると言えるのかもしれない。

確かに、中等部の時は妙な正義感を振りかざして手痛い失敗をした。

その失敗は今でも、同級生達からの容赦の無い嫌悪という形で引き摺っている。

 

けれど、自分の理解者が居ない訳じゃない。

自分がひた隠してきた事をこともなげに見抜き、自分に生徒会という居場所を与えてくれた尊敬する先輩。

名家中の名家のご令嬢で、ひたすら怖いけれど何だかんだで勉強や恋愛の相談に乗ってくれる先輩。

形容し難い性格をしているけれど、あの遠慮の無さと殴りやすいボディがある意味心地良く感じる先輩。

こんな自分にも本当にナチュラルに優しくしてくれる、可愛さと包容力に溢れた先輩。

 

――――あと、危なっかしくて見てられないような残念さのクセに、

日頃ぎゃいぎゃい煩くてこっちの苦労も知らずに突っかかってくる。

けれど、同級生の中では唯一自分を中等部時代の失敗の事で疑ってかからないあいつ。

 

真実をひた隠している自分の自業自得とも言えるが、誰にも理解されなくて1人で部屋にこもってたあの頃から比べると、

今の自分の人生はかなりマシになったと言えよう。

 

いっときは、高等部への進学なんて出来なくても構わないし、何故か進学できた後も、別に留年しても構わない……と考えたりもしたけれど。

今は自分を理解し、期待をかけてくれる人達がいる。

それもこれも、高等部に進学出来たお陰なのは否定出来ないだろう。

今は、確実にこう断定出来る。

『高等部に上がれて良かった』と。

 

――――だからこそ、石上優は、時々ふと考える――――

 

何故自分は、高等部に上がれたのだろう?

他の奴らと同様に荻野にまんまと騙されていたあの教師は、『反省文を出さない限り絶対に進学は認めない』と物凄い剣幕でいきり立っていたのに。

あの教師が頑固なのは、生徒の間でも有名だった。

中等部の頃から勉強が苦手だった自分が、あの教師が主張を曲げたくなるような存在であった筈がない。

何故、主張を曲げるに至ったんだろうか?

 

以前は、会長か四宮先輩辺りが何らかの手助けをしてくれたのかと考えていた。

だが、ある時会長に聞いてみた所によれば、

会長達が介入したのは自分が高等部に進学してからとの事だった。

 

となると……ひとつの可能性が浮かんでくる。

自分の知らない誰かが、高等部に進学出来るよう働きかけてくれたのだろう。

両親ではない事もハッキリしている。高等部への進学が何故か認められた事を通知された両親の、意外そうだが安堵したような表情は忘れられない。

 

じゃあ、一体誰が、自分の為に動いてくれたんだろう?

 

いくら考えても思い付かない。高等部に進学する前にも、自分をそこまで気にかけてくれていた人物が居たんだろうか……

 

もし誰なのか解ったら、その人にはこう言いたい。

『ありがとう。あなたのお陰で、僕は救われた』と――――。

 

石上優は、時々想いに耽るのであった。

 

 

 

 

話は変わるが、その石上優が在籍している秀知院学園1年B組には、ただでさえ秀才達が集うこの高校の中でもとびきりの秀才がひとり在籍している。

高等部に進学してから、出題範囲の広さと難しさに定評のある高等部の定期考査において1位を堅守し続ける生徒!

更に風紀委員と生徒会会計監査を兼任し、正義と勉学にエネルギーを満ち溢れさせている女子・伊井野ミコである!

小柄ながら曲がらない正義と絶対の学力を携え、彼女には頭が上がらぬ生徒も少なくはない!

今日もそんな彼女は、1年B組の教室で、元気――――

 

 

が全く無く、まるで生きながら死んでいるような状態であった!

 

普通の生徒なら、休むか早退しているかのような精神状態。

だが、『欠席や早退なんてもっての外』という信条を支えに、なんとか登校した。

が、ハッキリ言って『その場に居るだけ』であり、いつもの様に授業や風紀への熱意のこもった姿勢は微塵も見られず、

まるで小さな置物の如き状態であった。

 

『ミコちゃん?ミコちゃーん?』

 

声をかけるのは、ミコの幼少からの友人・大仏こばち。

奉心祭を機に、『ミコの成長の機会を奪ったらマズい』と、少しミコから距離を置き始めた彼女であるが、

流石に今日のミコの状態は看過出来ないと考え、声をかけている。

 

「うん……」

 

返ってくるのはまるで気の抜けた声と返事である。

今までは、こういう時は大抵メルヘンチックなマイワールド妄想に籠りきっている時であったが、

今のミコの表情からは、自分の理想に耽溺しているおめでたさは全く感じられない。

ショックを受けてぶっ壊れた、針で突っつかれ割れた風船の如き儚さというか……とにかく、良くない精神状態である事は確かだ。

何かショックを受けるような事が有ったのだろうが、それにしてもここまで酷そうなのは初めてだし、理由の見当が付かない。

さすがの大仏も、ほとほと困り果てた……が。

 

「(……あいつなら、何か分かるかも)」

 

そう、この学校ではおそらく自分の次に、伊井野ミコという人物を理解している人間が、このクラスには居る。

だが都合の悪い事に、その人物は今日はまだ登校していなかった。

最近はほぼ無くなってきてはいるが、通算で言えば今年度だけで遅刻を数十回している人物である。また寝坊でもしたのだろう。

 

と、そんな時に教室の戸がガラリと開いた。

 

噂をすれば、である。前髪の長い、どことなく陰鬱な顔をしたこのクラスの男子生徒・石上優がようやく登校してきた。

 

「あ……石上。ちょうど良い所に」

 

大仏が、今しがた教室に来た石上に声をかける。

 

「?何だよ、ちょうど良い所って」

 

だが、大仏が答えるより先に、『石上』の名を聞いたミコが、条件反射的にいつもの反応を取り戻し割って入った。

 

「ちょっと石上!?あんたまた遅刻して……」

 

ミコの言葉は、そこで途切れた。

代わりに、まるで言葉として吐き出すべきエネルギーが、全て顔の方に行ってしまったのかと思わせる程……みるみる顔が紅くなっていく。

 

「?何だよ、昨日ちょっと考え事してたら寝るのが遅くなっちまって……」

 

いつもなら無下に却下する石上の言い訳にも、ミコは何も言い返せない。

 

石上に条件反射的にいつもの態度を取ろうとしたミコは、途中で認識してしまったのだ。

いつも校則破りをして、自分のフォローなど全く気付かず不満を露わにしてるこの男が。

自分が一番辛かったあの頃、密かに励ましの言葉をくれたあの人だと。

そんな素振りを見せないくせに、実は自分の頑張りをそっと、ずっと見ててくれた、あの『ステラの人』だと……

 

世の中には、『知らないほうが良い事』というものがある。

だが、彼女はもう、知ってしまった。

密かに、『仮に恋をするなら』とまで想っていた、あのステラの人が。

今まで散々火花を散らし容赦ない態度を取り合って来ていた、この男なのだと……

 

「…………な」

 

「?」

 

「な……何で……」

 

「は?」

 

「な、何で……何でも、何でもない!何でもないっ!」

 

顔を真っ赤にしたミコは、いても立ってもいられなくなりその場から走り去って行った。

 

「……何だ、アイツ?」

 

まるで訳が分からないといった表情の石上。

だが、その側に立つ大仏はある程度の事情を察していた。

 

「(これ、絶対石上が関わってるよね)」

 

実のところ、様子のおかしいミコに声をかけたのは自分だけではない。

今のミコは先の選挙での論戦や奉心祭での頑張りが評価され、昔ほど孤立はしていない。融通が利かない所もあるがひたむきな頑張り屋という彼女の人間性も徐々に理解され、クラス内でも気にかけてくれる人間は何人か居るのである。

だが、そんな人達からの声かけも結果は自分の時と同じく気の抜けた返事であった。

それなのに、石上が来た途端にコレである。これはもう、石上が何か関わっていると考えない方が不自然であろう。

 

だが、当の石上本人はまるで訳が分からないといった顔をしている。

 

「……一応聞くけど、ミコちゃんと何か有ったの?」

 

「いや……別に何も無いし、昨日まであんなんじゃなかったのは大仏も知ってるだろ」

 

これでは、手がかりは何も無い。

どちらにしろ、あんな状態である以上、下手に探りを入れない方が良さそうだ。

これまで以上に慎重に、ミコちゃんと石上の2人を見守ろう――大仏は、そう決意するに留めておくことにした。

 

 

 

 

 

 

 

いつまでも、避け続ける訳には行かない。

だって、同じ学校で、同じ学年で、同じクラスで。

何の因果か、選択授業まで全く同じ。

否が応でも、何度も何度も顔を合わせる事になる。自分でも、分かってる。

 

けど…………

 

「(何で……何でなのよ……?)」

 

色んな想像をした。

名前も顔も知らない、あの『ステラの人』に対して。

沢山甘い言葉をかけてくれる事。

手を繋ぐ事や、優しく抱き締めてくれる事だって。そして……

 

なのに、現実は甘くはなかった。世界は狭かった。

その『ステラの人』は、不良で不真面目なクセに、こっちのフォローも気付かずにいつも自分を上から目線で危なっかしい人扱いしてくる憎たらしいアイツだったんだ。

 

自分は、フォローしてあげてる事に気付かれず憎まれ口を利かれる事に腹を立てていた。

何てニブチンで恩知らずなんだろうって。

 

けど、そのニブチンで恩知らずというのは、自分の方だったのかもしれない。

アイツはアイツで、私の知らない所で私を助けてくれてたんだ。

普段はそんな気配を全く見せないくせに。

一番辛くて苦しかった中等部のあの頃、私を陰ながら励ましてくれてたのはアイツだったんだ……

 

どうして?

どうして、石上なの?

どうして、今まで言ってくれなかったの?

 

だらしがなくて腹立たしい石上に、今まで随分容赦の無い言葉をかけてきた。

 

『石上に言われたくない』

『細かいところでグチグチとうるさい』

『あんたの声聞いてると頭が痛くなる』

『図々しい 考えが暗い』

『生理的に無理』……

 

ミコは、頭を抱えた。

 

もし、アイツがステラの人だって分かってたら。

そんな事、言わなかったかもしれないのに……

 

だが、ここまで考えてミコは自己嫌悪に陥るのだ。

『ステラの人』だから言葉を選ぶ?

自分は、そんなに現金な人間だったのだろうか?

自分の正義は、自分に優しい言葉をくれた『ステラの人』には向けられない程度のモノだったのだろうか?

 

そもそも、私はこれからどうすれば良いんだろう?

いや、『どうしたい』んだろう?

 

ミコの脳内で、思考が混沌と渦を巻いていた。

人生最大とも言える衝撃の事実を知って茫然自失と帰宅してから今に至るまで、延々と同じ事を考え続けているのだ。

日頃から頭を良く使うミコであっても、ハッキリとした答えの出ない問答を続けるのは疲れる事であった。

 

そしてその疲れに触発され、彼女の中の僅かに冷静な部分が囁く。

『いい加減に、ひとまずの結論を出すべきだ』と。

 

そう、同じクラスであり、更に生徒会でも一緒になる事が多い以上、逃げ続ける訳にはいかない。

いつまでも先程のような、顔を真っ赤にしてまともに言葉も出せないようなザマを見せ続ける訳にはいかない。

石上が変な所で鋭いのは勿論のこと、クラスの皆だってバカなんかじゃない。

もし、答えに迷ったままさっきのような不自然な態度を取り続けてしまえば……

 

『最近の伊井野さん、石上と喋ろうとするといっつも顔真っ赤だよね』

 

『殆ど何も言えてないから怒ってるようには見えないけど……』

 

『あいつら生徒会でも一緒に居る事が多いらしいよ?この前も2人でつばめ先輩のクリスマスパーティーに行ったとか』

 

『えっ?じゃあひょっとして伊井野さんって石上の事……?』

 

違う違うと必死で否定する自分の後ろに気配を感じ振り向くと、勝ち誇った顔で自分を見下ろす石上の姿が。

 

『へぇ……伊井野ってそうだったの?じゃあ、今までの態度ってもしかして照れ隠しだったって事か?へぇ……へえええぇ……』

 

 

(それだけは!それだけはダメ!)

 

ミコはぶんぶんと頭を左右に振って否定の意思を発散させた。

 

このままではマズい。すぐに、当面の結論を出さなくては。

学年一位をキープし続ける彼女の優秀な頭脳は、定期考査中にも匹敵するほど激しく回り始めた……

 

 

 

 

 

 

そして、しばらくの後――――

 

放課後となり、石上は生徒会室へと向かっていた。

教室では孤立しがちな自分の、唯一とも言える居場所。

旧校舎の敷地内であり、校則の適用外な場所でもある為、持ってきたゲームを気兼ねなく出来るのも嬉しい。

……尤も、最近になってからはそれでも問答無用で取り締まってくるうるさい奴も居るのだが。

そんな事を考えながら歩いていたところに、一人の人物と鉢合わせた。

 

「オヤ、石上クン。丁度良い所ニ」

 

秀知院学園高等部の校長である。

 

「あぁ……こんにちは、校長先生」

 

石上は基本、教師という人間は嫌いである。

生活態度や成績に関して口うるさく言ってくるくせに、中等部時代のあの事件の時には揃いも揃って荻野にコロっと騙され、彼の肩を持ったような間抜けな連中なのだから。

だが、この校長は数少ない例外である。

掴み所が無くていまひとつ人格を測りきれない所はあるが、口うるさくはないし、どことなくユーモラスで、意外と鋭い観察眼を持っていたりする。

 

「それで、ちょうど良い所ってのは……」

 

「ああ、生徒会の皆サンにお伝えしたい事が有りまシテ」

 

「じゃあ、僕が聞いて皆に伝えておきますよ」

 

「オオ、それは助かりマース。デハ……」

 

内容は、簡単な伝言だった。念の為メモを取りはしたが、これなら覚えてそのまま伝えられるだろう。

 

「――――分かりました。じゃあ、他のみんなにも伝えておきますので」

 

そうしてその場から立ち去ろうとした石上。

だが、校長の反応が無い。

 

「?校長先生?」

 

「――――アァ……イヤ、ちょっと前の事を思い出してマシテネ」

 

石上の方に向き直る校長。

 

「君が中等部デ事件を起こしてしまってカラ、もうすぐ1年……

ソノ君もスッカリ生徒会ノメンバーとシテ立派にやって行けているのを見ルト、生徒の成長が嬉シク思えマシテネ」

 

「……僕もそれなりに頑張ってますけど、殆どは会長のおかげですよ」

 

もし、彼が自分の事実を見抜き理解者となってくれなかったら。

生徒会メンバーとして居場所を与えてくれなかったら。

今や、考えるだけでも恐ろしい。

きっと自分は、あの部屋に引き篭もりっぱなしで、他人を、いずれは世の中や社会全てを恨むようになって行ったのだと思うと……

 

「確かニ、白銀クンハ素晴らシイ……会長としての器ハ充分であると言えマス。

しかし石上クン、伊井野サンニハ感謝してないのデスか?」

 

「えっ……何で伊井野が」

 

「?オヤ……もしかして、君が高等部ニ上がれタ理由……彼女カラ聞いてイナイのですか?」

 

聞いてなどいない。だからこそ、ずっと疑問に思っていた。

伊井野が、何をしたというのか?

 

「いえ……アイツからは何も」

 

「アノ時中等部の風紀委員長だった伊井野サンが、生徒指導ノ先生に直談判したのデスよ。それはもう凄い剣幕デネ」

 

……えっ?

伊井野が……僕の為に?

 

「この前パンフレット用の写真を撮る時ニも思いまシタが、キミ達は随分互いを嫌厭し合っテますね。モットお互いニ感謝し合わなければイケマセン……そう、お互いにネ」

 

何故『お互い』と言えるのか、というツッコミ点にも、ツッコミ屋の石上も今は気付けなかった。

 

何でだよ、伊井野。

どうして、黙ってたんだよ、そんな大事な事。

 

「デハ、そろそろ失礼シマスよ?私も忙シイので……石上クン、他の皆に伝言を宜しくお願イしマス」

 

「あ……はい」

 

校長は立ち去って行き、空返事を返した石上はひとりその場に立ち尽くす。

 

今まで、自分が伊井野をフォローしてやっている、と思っていた。

それ自体は間違っちゃいない。危なっかしくて頑張り過ぎなアイツを陰ながら助けているのは事実だ。

 

だが、それは一方的なモノだと思い込んでいた。

自分だけが陰ながら手助けし、アイツはそれに気付かずぎゃいぎゃいうるさく言ってくる鈍くて恩知らずなヤツ、と。

 

だが、それは間違っていた。

自分だけが陰ながらフォローしてそれを黙っているなんてのは、とんでもない思い上がりだった。

痛々しい。まるで、陰ながらの手助けをしている自分に酔っていたかの如くである。

鈍くて恩知らずなのは、向こうも密かに手助けしてくれていた事を知らずに自分の行動に酔いしれていた自分の方じゃないか……

 

「(……死にたくなってきた)」

 

久々に死にたがりが発動し、生徒会室へと向かう気力が失せていく。

どんな顔して、伊井野に会えば良いというんだ。

あいにくの事、同じクラスの人間である。いつまでも避け続ける事は出来ないだろう。

だがとりあえず、今日は帰って落ち着きたい……そう思って、校門の方向へ歩こうとしたその時。

すぐ傍の階段から、一人の生徒が上がってきた。

 

果たしてその生徒は、今最も石上優が会いたくない人物――――伊井野ミコであった。

 

「「げっ……!」」

 

ここでは会いたくなかった、という思惑が一致した二人の声が、見事に重なった。

 

「い、石上……」

 

「い、伊井野……」

 

互いに名を呼んだきり、しばらく気まずい沈黙が流れる。

互いに、次の言葉を迷っていた。

 

やがて、ミコがその沈黙を破る。

 

「な……何よ『げっ』て」

 

「お……お前だって言っただろうが。そっちこそ何だよ」

 

いつもと変わりない、売り言葉に買い言葉の応酬。

 

「ふ……ふん!ホントにもう石上は」

 

プイっと顔を逸らすミコ。

 

ここまでは、今までの2人と何ら変わりないやり取りである。

 

――――違う所を挙げるとすれば、石上から逸らしたミコの顔が、焦りで紅潮している所であった。

 

「(だ……大丈夫よね?いつもと変わりないわよね?)」

 

そう、石上への態度に迷っていたミコがひとまず出した結論は、『今まで通りに接する』事。

 

石上が、自分を助けてくれていた事は事実。

だけど、自分だって石上を助けているんだから、石上に何もベタベタ感謝しなくたって良いはず。

今のところは、とりあえずは。今まで通りに接しよう。

これからの事は、落ち着いてからじっくりと考えれば良い……

 

そんなミコの内心は知らずに、自分から顔を背けたミコの姿を見て、混迷していた石上の頭の中は急速に冷えていく。

何だ、今日は様子がおかしいと大仏から聞いていたが、いつも通りじゃないか。

まあ、こちら側が伊井野の手助けを知っただけの事だし、向こうからすればいつも通りなのは当然の事だろう……

 

まあ、良い。済ますなら、いつもと通りの伊井野相手が良い。

予想外の反応をされて調子が狂うより、『はぁ?』という反応が返ってくるくらいで丁度良いのだ。

 

今からやる事は、陰から助けてくれていた人間への、果たすべき儀礼・義務に過ぎないのだから……。

 

「伊井野……」

 

石上は意を決して、ミコに呼びかけた。

 

「えっ?」

 

石上の真剣な声のトーンに、焦った顔を見られたくなくて顔を背けているのも忘れ、思わずミコが振り返る。

と言っても、背けている間に気持ちを落ち着かせだいぶ表情を整えてはいた。

 

だが、いきなりそっと両肩に手を置かれては、取り戻した落ち着きもどこか彼方へ飛んで行ってしまうのも仕方がなかった。

 

「え……えっ!?」

 

石上のその気もない無頓着な行為に、ミコの顔は再び紅潮する。

だが、今度は顔を逸らせなかった。

自分に向けられた石上の視線は、真剣そのもので邪な心はかけらも感じられなかった。

そんな視線から目を逸らすのは、何だか失礼だと思ったのだ。

 

「(……あれ、何で顔赤くしてるんだコイツ)」

 

今の自分の行為を客観的に見れていない石上はミコのリアクションに対して頭の中に疑問符を浮かばせたが、乗りかかった船だ、ここでやめる訳には行かない。

 

これだけは、絶対に言っておかねばならない。

相手があの、いつも自分に辛辣な言葉を浴びせてきて、怒るとポコポコ殴ってくる伊井野であろうとも。

 

「……ありがとな」

 

「………?えっ?」

 

「僕が高等部に進学出来たの、お前が生徒指導の教員に直訴してくれたからだろ?今更だけど……助けられたからには、お礼言っとかなくちゃいけないだろ」

 

会長や四宮先輩は、自分を生徒会へと迎え入れてくれる事で自分に居場所を与えてくれ、あの孤独な部屋から拾い上げてくれた。

しかしそれも、高等部に進学出来たからこその話だ。

そこを手助けしてくれた相手には……絶対に感謝の意を伝えなければならない。

高等部に進学して以降、ずっと胸につかえていた物が取れたような気がした。

 

お礼を言い終わった石上の手が肩から離れて数秒して、ミコが口を開く。

 

「……ど、どうして知ってるのよ」

 

「校長が、さっき話してくれたんだよ」

 

校長先生……!なんで言っちゃうんですか!?

こういうのは、知られないからこそ良い物だと思うのに。

見返りを求めないのが、本当の正義なのに……

 

「……か、勘違いしないでよね。課題をこなしてるのに進学出来ないなんて理不尽だと思ったから怒っただけよ」

 

「んな事分かってるよ。でも助けられたのは事実だし」

 

まさかこんな所で、中等部時代の事でお礼を言われるとは思わなかった。

突然の不意打ちに、ミコは複雑な気持ちを抱く。

陰ながらのフォローがバレてしまった気まずさ。そして、これからはちょっとは自分の言う事を聞いてくれるんじゃないかという淡い期待。

 

――――そうすれば、もっとお互いに素直に――――

 

「(……ハッ!?な、何考えてるのよ、私……)」

 

何故、互いの距離が縮まるなんて事を考えてしまっているのか。

相手は石上優。だらしない癖に、いつも上から目線でこっちにアレコレ言ってくる腹立たしいヤツ。

……けれど、実は昔から自分の頑張りを見ててくれていた人……

 

そうよ。そんな事を考えている場合じゃない。

陰ながら助けて貰っていたことを知ったのは、あっちだけじゃない。

自分も、一番苦しくて辛かったあの頃、密かに励ましてもらっていた事を知ったのだ。

石上は、同じようなことに対してお礼を言って来た。

ならば、相手に言わせるばかりではいけない。

自分も、そういうのはキチンと礼を言う。それが筋というものであり、正しい事だろう……

 

「……石上」

 

「ん?」

 

「え……えっと、その……」

 

ミコほど複雑な感情を抱いていなかった石上と違い、この場でそんな事を言うつもりなど無かったミコはなかなか次の言葉を絞り出せない。

 

「何だよ、どうしたんだよ伊井野」

 

石上の視線は、相変わらずミコの目を真っ直ぐに捉えている。

つまり、ミコの視線もまた石上の目を真っ直ぐに捉えているのだ。

 

今まではこんな風に見つめられても、何も感じないか、もしくは不快感しか感じなかっただろう。

だが、今は違う。

 

石上の目は、こうしてずっと自分を見ていてくれていたんだ。

自分が周りに疎まれて嫌われて辛かった時も、ちゃんと頑張りを見ていてくれた。

今この時のように、覇気は無いけどどこか鋭くて奥を見透かすような視線で……

 

そう、今だって、こうして自分をしっかりと見てくれている。

いつもの態度からして、石上だって自分にお礼なんて言うのは少しは恥ずかしかったはず。

けれど、石上は目を逸らさずしっかりとこちらを見て言ってくれた。

 

――――それなら、私も――――

 

意を決したミコの口から、続きの言葉が出て来た。

 

「その……こ、こっちこそ……

あ、ありがとう」

 

『ステラの人』に対してした妄想は、甘い言葉をかけてくれる事や

手を繋ぐ事や、優しく抱き締めてくれる事だけではない。

 

『ありがとう、あなたの励ましを心の支えにして、私は頑張って来れたんです』――――そうお礼を言う事も、夢見ていた。

 

皮肉にも、その相手は長年自分が取り締まってきた石上。

色々な感情が入り乱れて邪魔をし、今はそんな出来たお礼の言葉を連々と述べる事は、出来そうにない。

だけど、『ありがとう』だけは、絶対に言わなくてはダメだ。

一番感謝の募った、一言なのだから。

 

「……伊井野……」

 

ミコの思いもよらないお礼の言葉に、困惑した表情を浮かべる石上。

 

学年1位の優秀さを誇るミコの頭脳は、続く石上の言葉を必死でシミュレートする。

 

ああ、そうか、これじゃ何のお礼か分からないから、きっと『何の事なんだ?』って聞いてくるわよね?

 

でも、どうやって答えれば良いの?

『私が心の支えにして来たステラの花とメッセージをくれたでしょ』って、素直に言う?

いや、でも……!もし、そんな事を言ったら……

もし、石上がそれをふと、こばちゃんに相談しちゃったりしたら!

 

『えっ!?ミコちゃんが言ってたステラの人って石上なの!?

ミコちゃんもう11回も私にその話して、これが本当の愛の形とかときめいちゃってたよ?あれは絶対惚れちゃってるよねー』

 

『えっ?伊井野ってそうだったの?じゃあ伊井野は僕の事……へぇ……へえええぇ……』

 

勝ち誇った顔の石上に見下される妄想を、ミコは頭の中で必死に否定した。

 

「(どうしよう!どう答えれば良いの……?)」

 

混乱するミコを余所に、石上が口を開く。

 

結果を先に言うならば、ミコの暗いシミュレートは杞憂に終わった。

が、明後日の方向にシミュレートが外れてしまったのはミコにとっての想定外だった。

 

「……やっぱ、お前今日調子悪いだろ?僕にお礼言ってくるなんて」

 

……えっ?

 

「今朝はボーッとしてたとか聞いたし、今も何か顔赤いし変な事言ってくるし……多分熱あんだろ、お前」

 

何て斜め下な言葉なんだろう。こっちの気持ちも知らずに――――。

そうミコが怒り出す前に、石上は更に動いていた。

 

斜め下な言葉に呆然としていた表情から怒りの表情に切り替わりかけていたミコの顔に自分の顔を近付け。

自分とミコの額を触れ合わせたのだ。

 

 

「……………………???」

 

 

ミコの中で、一瞬時が止まった。

今しがた起こった出来事の大きさを、脳が受け入れるのを躊躇った。

 

「ほら、やっぱりちょっと熱いじゃねーか」

 

その行為とは裏腹にあまりに無頓着な石上の言葉に対する怒りで、一瞬止まっていたミコの時が動き出した。

そして、止まっていた間せき止められていた溢れんばかりの感情と思考が、ミコの脳内で氾濫した。

 

「(あああああああああコイツ何してんのよいきなりこんな事普通女の子にやるもんなのすごく顔が近い目も近いああああコイツの目はずっと私の頑張ってる所を見ててくれてステラの花で励ましてくれて本当の愛の人でステラの人であああ何でコイツの事こんなに意識していつもよりカッコよく見えて顔赤くしてあああああもうああああああ!!!!!!)」

 

今やミコの顔は茹でだこ寸前。額を介して石上に伝わる熱量は上昇し続けていた。

 

「……うわ、しかも更に熱くなったぞ。やっぱ熱出てるだろ、会長には言っておくから早めに帰って……」

 

――――こんな事しといて、こっちの気持ちも知らないで!

この石上の一言がトドメで、パンク寸前のミコの脳内で、怒りの感情が最大多数を占めた。

 

「帰るわよ!バカァーーーーーーーーッ!!」

 

そう叫びながら思い切り石上の横っ面を叩き、ミコは全速力で階段を駆け降りて行った。

 

「……やっぱ熱有るわ、アイツ」

 

その場にひとり取り残された石上は、今しがた爆発したミコの感情も『単なる熱』として受け入れる事にした。

まあどの道、お礼はちゃんと言えたから良いだろう。

明日からは頭を冷やして、元の関係に戻れるはず……

そう思いながら、石上は改めて生徒会室の方へ足を向けた。

 

 

……だが、今まさに廊下を全力疾走し、1メートルでも遠く石上から離れようと駆けるこの少女はそうは思えなかった。

 

どうしよう。どうしようどうしようどうしよう?

やっぱり、もう、今まで通りに接するなんて無理。

アイツは、ずっと想い続けた『ステラの人』。

この前、四宮副会長に『もし恋をするなら』と認めてしまった『ステラの人』……

『今までの石上優』と同じ目では、もう、見られない。

 

「(そんな!私、どうすれば……?どうしよう!どうしようどうしようどうしよう!)」

 

 

発達途上の小さな少女・伊井野ミコが自分の気持ちと向き合えるのは、もう少し先の話である。




次回、3話の前に番外編として2.5話が入ります。


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第2.5話(番外編) 大仏こばちは見守りたい

伊井野ミコが、石上こそが『ステラの人』であると気付いてしまってから密かに心に決めている事がある。

それは!

 

『こばちゃんには絶対相談しない』という事である!

 

ミコの中では、以前会長が計画した『仲良し作戦』の時に大仏が言った事が尾を引いていた。

 

……もし、大仏こばちに『石上がステラをくれた人だった、これからどうしよう』などと相談しようものなら!

 

『(えっ!?ミコちゃんが11回も私に話してくれたあのステラの人って石上だったの?

えー……じゃあミコちゃんって、石上本人にはあれこれ言ってるくせに、私には『理想の愛の人』って言ってたって事だよね?

うわぁ〜……やっぱり照れ隠しだったんだね!青春あるあるだね!お可愛いんだ〜)』

 

これだけは避けたい!

瑣末な違いはあれど、絶対こんな感じの事を言ってくるはず!

 

幼少の頃からの一番の相談相手に相談出来ないのは痛いが、仕方の無い事だ。

こばちゃんだけじゃない。自分の今までの石上の態度は程度の違いこそあれど殆どの人が知ってるはずだから、他の人からも同じような事を言われる可能性だって充分にある。

 

誰にも、明かすわけにはいかない。

これは、自分一人で答えを出さなければ――――。

 

ミコは、そう固く決心していた。

 

 

……尤も、それは無駄な隠し事となるのであったが。

ミコに伝え忘れた事を思い出し、ミコの後を追った大仏が見た光景は、

何故かお礼の言葉を述べている石上と、その石上に両肩を優しく掴まれ顔を赤くしているミコの姿だった。

 

予想外のシーンに出くわし、慌てて壁の陰に隠れる大仏。

 

 

 

えぇ……何か石上が絡んでるとは思ってたけど、本当に当たっちゃってた?

しかも何アレ?傍から見たら何かあながち悪い雰囲気でもないというか、青春のワンシーンっぽいというか!

2人の関係を知ってるからこそ、逆に燃えるというか!

個人的には……熱いシチュです。

 

……ところで。

 

「(……紀先輩、でしたよね?何やってるんですか)」

 

そう、大仏が慌てて隠れた場所には先客が居た。

今しがたすぐ近くの場所で行われている行為に目を爛々と輝かせ、スマホのカメラで録画しているカプ厨少女、

マスメディア部2年・紀かれんである。

 

「(だってだって!仲が悪いとされる石上編集と伊井野監査のお二人のシーンですわよ!?

表では嫌い合っているように見えて本当はお互いに……だなんて!生徒会役員同士のツンデレカップル!会長×かぐや様には及びませんが尊みが深くて!私もう!ああ!きゃー!)」

 

石上『編集』?と心の中で疑問符が出た大仏だが、それは置いといて、ここは1つ釘を刺しておかねばならない。

 

「(あの……ぶっちゃけ絶好の面白いネタっていうのは同感ですが、あの二人の場合ここで記事にしちゃうと多分本当に付き合う前に霧散しちゃいかねないというか……ミコちゃんの風紀委員としての活動に支障が出るというか)」

 

ここでマスメディア部にスクープなどとして扱われてしまえば、間違いなく両者にそれなりのダメージが行ってしまうだろう。

 

「(ご安心くださいな!まだ記事にはしません……泳がせておけば、いつかもっと決定的なシーンが撮れるかもしれないので、これは私が個人的に愉しむ用にしますわ)」

 

個人用って……どんな用途なんだか。

内心呆れつつも、気を取り直して2人の方に視線を向け直す大仏。

 

って、ちょっとちょっと。

いつもならあんな事されたら『生理的に無理』くらい言いそうなもんなのに、何だかミコちゃん満更でもないような?

しかもなんかもじもじした挙げ句、何でか知らないけどお返しにお礼言っちゃったよ?

 

石上がちょくちょくミコちゃんにしてるフォローの事に気づいたのかなぁ?

 

「(きゃー!やっぱり何だかすっごく良い雰囲気じゃありませんこと?ねえ大仏さん!?)」

 

この人はずっと興奮しっぱなしだし……

自分一人だったらこの人みたく興奮してたかもしれないけど、隣にこういう人が居ると何だか逆に落ち着いちゃう事ってあるよね。『人のふり見て』的なアレで。

 

さあ石上はどう出る?と陰から観察を続けていたのだが……

 

うーっわ、石上それはないでしょ……。

彼女でもないどころか自分を嫌ってる女の子に、普通おでこくっつける?

何というか、こういう持ち前の気持ち悪さというか風変わりな所で損してるよね、石上……

 

「(きゃ――――――――っ!きゃ――――――――っ!石上編集、見かけによらずグイグイ攻めるタイプですのね!)」

 

この人は熱いシチュが見れればどうでも良いみたいだけど……

 

あ、ほら。やっぱりこれはいくらなんでもアウトだよね。ミコちゃんの見事な右ビンタ炸裂。

 

「(あら……流石に攻めすぎたんでしょうかね)」

 

一気に良い雰囲気(?)が崩れて紀先輩のテンションも崩れ去った。

しかも石上は『やっぱ熱有るわ』とか言ってるし。

傍から見ればそっちの方が熱有るでしょって言いたいというか、それはお互い様というか……

 

……でも、ミコちゃん、最後の一言は本当に怒っただけなのかな?

あの顔の紅さと表情は、それだけじゃないような気もするけど……

 

いやいやまさか、本当にそんな事って無いよね。

あの時は、その場の落とし処を提示する為に言っただけだし。

まさか本当に、『照れ隠しでした』って事は……無いよね?

いくら基本的にミコなザコちゃん……じゃなくて、ザコなミコちゃんでも、それは無いよね?

 

もし、本当にそうだとしたら。

お可愛いすぎるでしょ、ミコちゃん……

 

まあ、いっか。

それはそれで面白そうだし。

『二人がお似合い』ってのも、あながちあり得ない訳でもないし。

下手に触ったら、お互い強がり合って拗れそうだし。

これからも私は、そばで見守るだけ……にしておこう。

 

 

 




という訳で、知らぬ所で既に大仏とかれんにも半分バレかけてました。
今後この両者がどれくらい絡むかは未定です。

番外編1 おしまい


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第3話 伊井野ミコは教えたい

三学期末 定期考査!

 

秀知院学園高等部に於いて 年5回行われる試験のラストを飾る試験であり

当然その年度の内申点にも大きく作用する 極めて重要な試験である!!

 

ここ偏差値77の秀知院学園に於いて 成績を気にしない生徒など居ない!!

誰しもが執念と事情が有り その高い学力を有している!

知力のみならず情報・人脈・財力全てを用いるのは当然の選択!!

秀才共が知力の限りを尽くして行う仮想戦争……それが期末テストなのである!!

 

それ故に、今まで下位に沈んでいた者が上の順位に上がる為には、並大抵の努力ではままならない。

『努力』とは、漠然と出来る物事ではない。

ひとくちに『努力』と言っても、人に無理強いされ渋々行う努力と、

何か明確な目標を抱き、自らの意志で血の滲むのも惜しまずに行う努力とでは実質別物であり、

後者の方がより良い結果を出せる傾向にあるのは、火を見るよりも明らかである。

 

秀知院学園高等部生徒会会計・石上優は、どちらかというとこれまでは前者のタイプであった。

彼の人生は、辛口に表現するなら『失敗の連続』。

結果の伴わない現実に直面し、努力というモノに対して、半ば希望を捨てていた。

 

……だが、今は希望を捨てている場合ではない。

自分の面倒を見てくれる怖いけど何だかんだ優しい先輩と、

学力とそれに伴う成績・そして自信を付け、振り向かせたい先輩が居る。

 

お世話になった先輩の気持ちに応える為。恋い焦がれている先輩に認めてもらう為。

石上は、来月に迫った三学期末試験に向け、今までよりも遥かにやる気を持って望む所存で居た。

本番までまだひと月以上有るが、本気でやるならそれくらい前からは勉強しておかねばならないというのは常識である。

 

そして都合の良い事に、生徒会役員の特権として、自習室を優先利用出来るというモノがある。

生徒会室ではワ◯ワ◯パ◯ックなあの人が居るし、自分の部屋では何かと誘惑も多い。

あまり独占するワケにもいかないが、今まで利用してこなかった自習室、少しは利用してもバチは当たらないだろう。

 

そういった経緯もあって、石上は今日も放課後、自習室にて勉強をしていた。

秀知院学園の自習室は様々なタイプが有り、完全個室のタイプや、数人で教え合いながら利用できる大きな卓のタイプも有る。

石上は今、後者のタイプを利用していた。

……そう、彼は一人でここに来ているワケではないのである。

隣には、彼の勉強を見てくれる存在が居るのだ。

それは勿論、今まで石上の勉強を見てきた副会長・四宮かぐや!

 

……ではなく!

 

「ほら、ここ間違ってるわよ石上。この前の授業でやったばかりでしょ、ここ」

 

秀知院学園高等部1年4期連続1位の才女にして、生徒会会計監査・伊井野ミコであった!

 

「(……どうしてこうなったんだろ)」

 

かぐやではなくミコが石上の勉強を見る事になった経緯は、数日前に遡る――――――――

 

 

月が変わり、2月へと突入した伊井野ミコの高校1年生としての学園生活。

今、彼女は重大な問題に直面していた。

 

常日頃取り締まってきただらしのない不良(少し前までのミコ評)・石上優が、

密かに思い続けてきた『ステラの人』であると気付いてしまったのだった。

どうすれば良いか分からず、とりあえずは『今まで通りの態度でいる』事に決めたのであったが、

この前の一件で、それは無理なことであると悟ってしまった。

 

今までより、石上の事が良く見えてしまう。

前髪が長すぎるけど、その奥から見える視線。

その視線が、実は今まで自分の頑張りをしっかりと見ていてくれた事を知ってしまった今となっては、その視線をどうしても意識してしまう。

 

どうしよう。どうしようどうしようどうしよう?

このまま、石上の事を意識していって。

もっと石上の事が良く見えてしまってきて。

……もし、もしも!前まで『ステラの人』に抱いていたのと同じ感情を、抱くようになってしまったら!?

 

そうなったら、私はどうすれば良いんだろう。

――――だって、石上にはもう……

 

自宅の自室で、激しく気落ちするミコ。

その気落ちはストレスとなって思考を乱し……

翌日、そんな思考からミコの頭脳が導き出した新たな答えは!

 

 

「(……そもそも、本当に石上がステラの人なの?)」

 

 

コペルニクス的転回!

 

『石上優がステラの人ではないということにする』事であった!

 

確かに、あの日生徒会室の外で石上と四宮副会長が、かなり核心に近い話をしていたのは聞いてしまった。

……だが、本当に『石上が自分にステラの花とメッセージカードを贈った』んだろうか?

 

それはひょっとして、他の悩める女子に贈ったとかで!

私に贈ってくれたのは、別の人かもしれない!

 

――そう、可能性は有るわよね!?

そう、まだ『石上が自分にステラの花をくれた人』と信じるには早かったのだ。

 

ここはやはり、何とかして確かめなくてはならない。

 

しかしどうしよう?どうやって確かめよう?

 

……一番良いのは、石上に直接『アンタが中等部の頃私にステラの花とメッセージをくれたのよね?』と聞いてしまう事。

だが、もし『そうだ』と答えが返ってきた場合、本人を目の前にして、どんな反応をすれば良いのだろう?

ガッカリするのも失礼だし、喜んだら変な勘違いをされてしまうし……

 

ここはやっぱり、自分一人のみが気付けて、石上含む他の人には気付かれないような方法で調べてみるしかない。

それならば……

伊井野の頭脳は、最適解を導き出す為に激しく回り始めた……

 

 

 

そして。

 

 

「えっ?伊井野さんが石上くんの勉強を見る?」

 

場面変わって、生徒会室。

今しがたのミコの発言にキョトンとしているかぐやと、『突然何を言い出すんだ』といった表情の石上が居た。

 

「ええ、違う学年の四宮副会長よりも、同じ学年の私が見る方が無駄が無くて適切だと思うんです」

 

この提案は、元々計画していたものではない。

たまたま生徒会室に立ち寄った時、中から石上とかぐやの声が聞こえてきてハッと立ち止まり。

少し開いていた扉の隙間から、石上がかぐやに勉強を教わっている様子が見えてしまったのだ。

その光景を見た時に、ミコの脳内で妙案が浮かんだのである。

 

「伊井野さんに任せる……ですか」

 

かぐやにとって、それは悪くない話であった。

断っておくが、断じて面倒になった訳ではない。

天才少女たる四宮かぐやにとって、石上の勉強を見てあげる事自体はそれほど重荷ではない。

……だがかぐやには、どうしても渡米前に果たしたい野望が有った。

 

『一度でいいから、会長に試験の点数で勝ちたい』。

 

本気を出して尚、試験の点数で一度も白銀に勝てていないかぐや。

スタンフォードに行っても、きっと共に切磋琢磨する事になるのは予想が付くこと。

だが、それとは別に……どうしても、高校在学中に白銀に試験の点数で勝っておきたい。

プライドの問題だけではない。この先も、白銀御行を隣で盤石に支え続けられる女であるという事を証明してみせる為にも、一度でいいから、勝ちたい。

 

それには、一分一秒の勉強時間も惜しい。

そうなると、決して言い訳にはしたくないのだが……学年の違う石上の勉強を見る事は、多少のロスになる事を否定し切れない。

もし、もしまた敗北してしまった時、『石上の勉強を見ていなければひょっとして』などと振り返ってしまうのは嫌だし情けない、と心のどこかで思っていた。

 

――――ただ、四宮家たる者、一度引き受けた事はそう易々と撤回したくはないし、

何より自分本位な理由で、なんやかんやで可愛い後輩の学習を適当な人間にバトンタッチしたくはない……と心に決めていたのであった。

 

だが、目の前に居るこの後輩・伊井野ミコならばどうか?

4期連続1位を堅守する程の才女であり、石上と同学年かつ同クラス。

それだけ見れば、適任な事この上無いと言えよう。

『石上との仲』という無視出来ない不安要素は有るものの、自分から申し出るくらいだ、そこは上手くやる見立てがあるのだろう。

 

一度試しに任せてみて、やはり上手く行かないようならまた自分が担えば良い……

 

「……そうですね。では伊井野さん、お任せしてみても宜しいですか?」

 

「ええっ!?」

 

石上が抗議の叫び声を挙げる。

 

「あら石上くん、あなたと同じ1年生の伊井野さんなら、私より効率良くあなたに教えられると思いますよ?それに……」

 

ほぼ真顔だったかぐやの表情が、ニッコリ笑顔に切り替わる。

 

「私の見立てを、信用出来ませんか?」

 

怖い怖い怖い怖い。

生徒会一の洞察力を持つ石上には、その笑みの奥に潜む威圧感がハッキリと感じ取れた。

逆らったらアカンやつだ、コレ。

 

「……分かりました」

 

かぐやが同意した以上、従う他道の無かった石上であった。

 

「決まりですね。じゃあ私、自習室の予約取ってきます」

 

決まるや否や、ミコは生徒会室を後にし自習室の予約を取りに走っていった。

 

 

という経緯が有り、現在に至る。

 

 

 

「……で、伊井野」

 

「?何よ?」

 

「どうして僕の勉強見るなんて言い出したんだ?」

 

「…………せ、生徒会の一員であるアンタが情けない点数じゃ皆に示しが付かないでしょ。生徒会役員はみんなの模範にならなきゃいけないんだから、下手を打って留年なんかしたら目も当てられないわよ」

 

石上としては、すんなりとは納得出来ない理由であった。

先日知った通り、自分の高等部進学に関して陰ながら働きかけてくれていた事は事実だ。

だが、試験勉強について何かしら世話を焼いてくるような素振りは一度も見せて来なかったはずだ。

それに……

 

「あんまり僕と生徒会の仕事以外に一緒に居ると」

 

「それは気にしてない。勉強って、自分との戦いなんだから。周りの雑音を気にしたらダメ。アンタも、気にしなきゃいけないのは周りの雑音よりも自分の点数でしょ」

 

「……まあそうだけどさ」

 

流石学年1位、勉強に関しては言う事が……って、違う違う。

心配してるのは、それだけじゃない。

 

四宮先輩は……思ってたよりも色々とアレだけど、能力で言えばスーパーエリートそのもの。

きっと自分の勉強を見る事も、自分が思っているほど負担にはなっていないのだろう、と思えた。

 

だが、隣に座るこの同級生はどうか?

学年1位を堅守し続けている所は確かに尊敬出来るが、

随所で『根を詰めすぎ』感が見え隠れしていて、死ぬ寸前に縋るような妙な音源に癒やしを求める危なっかしい奴だ。

そんなコイツが、僕の勉強を見る余裕があるのだろうか?

……まあ152位の自分が、1位の人間を心配する事などおこがましい事かもしれないが。

 

「ほら、私の心配してる暇が有ったら、教えた通りさっさと解きなさいよ」

 

こっちの気も知らないで。

石上は心の中で少しムッとしたが、まあ勉学に関してはやはりこちらが心配するような事は無いのかもしれない、と思い直す事にした。

 

 

「……やっべここ、全然分かんねえ」

 

「もう、コレもこの前の授業でやったばっかでしょ。ここはこういう意味で……」

 

「あー、そういう事だったのな。あの先生、言い回しが独特すぎて半分くらい何言ってるか分かんねーんだよ」

 

「アンタの学習意欲が足りないだけよ、もっと真剣に授業に取り組めば……」

 

 

 

――――などと、2人がごく自然な『放課後の勉強会』をやるようになってから。

 

数日が過ぎた!

 

その間 特に何も無かった!

 

……いや、これまでの2人の関係を考えれば、

『特に何の問題も無く数回勉強会を行った』事自体が『何か起こった』も同然かもしれない。

 

分からない箇所を聞く石上。

時々石上の学力に対してぼやきながらも、実に的確な教えを授けるミコ。

 

『石上の勉強を見る』というミコの計らいは、ここまで実につつがなく進行していた。

 

……が、ミコが考えている『本当の思惑』は、未だその影を見せていなかった!

石上は、頭の片隅に『何か別の思惑が有るのではないか』と未だ訝しんでいた。

だが、これまでのミコに怪しげな点や不可解な点は微塵も見られなかった。

この前の『熱が有った』時のように、妙なリアクションも無く、普段通りのツンツンした、それでいて義理堅く真面目な態度。

 

「(……本当に僕が心配で言い出してくれたのかな?)」

 

警戒心が強く洞察力の鋭い石上も、だんだんと心の中の疑問は薄らいできていた。

 

 

――――ミコの思惑通りに!!

 

そう、ミコはしっかりと真の思惑を為し遂げている最中であった!

 

「じゃあ、今日もやるわよ。はい、コレ。制限時間は10分ね」

 

もう手慣れたものと言わんばかりに、ミコがお手製の一枚の用紙を石上に渡す。

それは……

 

「はー……漢字、僕苦手なんだよな……興味持てないというか、細かく覚えなくてもパソコンで充分というか」

 

漢字テスト!!

 

石上はいわゆる『5教科』の中では、強いと言えるのは数学のみ。

それ以外は不得手としているが、特に真逆に位置する国語や英語は壊滅的であった!

それ故、ミコがこうして毎回のようにお手製の漢字テストを石上に解かせている。

それ自体は、何ら不自然な事では無い。

 

が、その中に出題されていた問題にこそ、ミコの思惑が隠されていた!

 

 

10分後。

出された問題を解き終わった石上が、ミコに用紙を見せる。

 

「はい。じゃあさっきやった英単語のテストとも合わせて採点するから、ちょっと待って……」

 

「伊井野」

 

「な、何よ」

 

「……何で毎回、わざわざ別のところに行って採点するんだ?」

 

「あ、アンタが隣に居ると採点に集中出来ないからよ。アンタの特に苦手な分野なんだし、万が一採点ミスなんてして間違って覚えさせたら大変でしょ」

 

「……一理あるような無いような」

 

このミコの言い分。真面目な彼女の事である、もちろん……

 

 

嘘 で あ る

 

 

この女 本当の思惑を隠している!!

いくら最近石上の事を気にしてしまうような出来事が有った彼女でも、自分の出題した小テストの採点など別に問題無く出来る事である。

当然、ミコには本当の思惑が有った。

 

自習室から、少し離れたとある部屋。

ここには、生徒なら誰でも無料でいくらでも(と言っても、暗黙の了解で限度というものは有る)使用出来るコピー機が有る。

自習室から離れたミコは、採点前の石上の解答用紙を、周囲の視線に気を張りつつコピーしていた。

石上に採点して返す用紙とは別に、コピーされた用紙をこっそりと、制服のポケットに忍ばせた……

 

そして、数分後。

 

「はい。まあ、0点じゃないだけマシって感じかしらね……」

 

優等生のミコからすれば、半分にも満たない点数など0点とさほど酷さに違いは無いという認識であった。

 

「……まあ、いくつか簡単なのも有るからな。今回ならこの『君』とか……」

 

ミコの体が、一瞬ビクッと反応した。

……ような気がしたが、表情はいつもと変わりないように見える。気のせいだったのだろうか。

 

「む、難しい問題ばかりじゃ、何が出来て何が出来ないか、アンタの理解度のラインが分からないでしょ。だから簡単なのも少しだけ混ぜて判断してるの」

 

自分のレベルの低さに応じて、そこまで考えてくれていたのか。

石上は、今度はすんなり納得してしまった。

 

だが、この理由ももちろん……

 

 

嘘 で あ る

 

 

いや、あながち嘘とは言い切れないかもしれない。

確かに、やるからには成果を出させたいという事も有るし、理解度のラインを探るという思惑も、なくはない。

だが、隠された別の思惑こそが、ミコの本命であった。

 

「じゃあ、時間も遅くなって来たし今日はここまでよ。家でもしっかり……とまでは期待してないけど、少しくらいは勉強しなさいよね」

 

「言われなくても心配ねーよ。頑張らなきゃこれ以上……順位上がらないしな」

 

 

本 気 で あ る

 

 

この男 前回以上に本気で試験に取り組む所存である!

 

自分の事を嫌っているはずで、自分の勉強も手一杯のはずの伊井野が。

こうして、ちゃんと放課後律儀に勉強に付き合ってくれている。

これでもマシな順位を取れないようであれば……自分の本気や学習能力に、いよいよ希望が持てなくなってしまう。

それに……勉強を見てくれた伊井野の顔にも、ドロを塗る事になってしまう。

 

頑張り屋のアイツが、自分のせいで悪評を受けるような事は有ってはならない。

今回は何としても、真ん中以上の順位を狙う。

『出来る』と『出来ない』で大雑把に2つに区切った時、ぎりぎり前者に滑り込めるのが『真ん中以上』という位置である。

『出来る』と言える位置に滑り込む事。全体的に言えば志は高くない目標であったが、石上にとっては大きな目標だった。

 

 

かくして、その日の勉強会は幕を閉じたのだが……

 

その晩。

 

ミコは、自室の机の上に、ここ数日の間にこっそりコピーして持ち帰ってきた、石上の漢字小テストの用紙数枚を広げた。

そして……あのメッセージカードをその上にそっと置いた。

『君の努力はいつか報われる』と書かれた、ミコがステラの花と共に大事にしているあのメッセージカードである。

 

ミコが出題した漢字テストの中にいくつか含まれていた、他の問題と比べたら簡単な問題。

例えば、1回目の小テストではこんな感じであった。

 

 

【次の()内のカタカナを漢字で記入しなさい。】

 ・

 ・

(3)会社の(カイケイ)処理を任される。

 ・

 ・

 ・

(7)(ドリョク)が実を結ぶ。

 

 

 

また、2回目にはこんなモノが有った。

 

【次の()内のカタカナを漢字で記入しなさい(送り仮名がある場合は、送り仮名も書くこと)。】

(1)(リョウリ)を沢山食べる。

 ・

 ・

(4)頑張りが(ムクワレル)。

 

 

3回目のはこんな感じであった。

 

 

【次の()内の漢字の読みをひらがなで記入しなさい。】

 ・

 ・

 ・

 ・

(5)試験(勉強)を頑張る。

 ・

 ・

 ・

(9)(何時)か旅に出てみたい。(※『なんじ』ではない)

 

 

 

 

……もう、お気づきであろう。

ズバリ、『石上の勉強を自分が見る』と言い出した、ミコの本当の思惑は!

 

『漢字テストで筆跡鑑定作戦』である!!

 

本当に、あのステラとメッセージカードを贈ってくれたのが石上なのかどうか。

ミコは、ハッキリとした確信を得たかった。

一番良いのは、本人に聞いてしまう事だが、それは結果次第では気まずい事になりかねない。

ならばと思い付いたのが、『石上にもう一度同じ内容を書かせてみる事』。

だが、これも慎重にならなくてはいけなかった。

もし、直接的に『君の努力はいつか報われるって書いてみて』などと頼もうものなら、いくら何でも気付かれてしまうだろう。

 

ならば、どうすれば良いか?

そう悩んでいた時に、生徒会室の開きかけていた扉から、かぐやが石上の勉強を見ている事を知ってしまった時に思い付いたのがこの方法!

『テストという題目で書かせる』法であった!!

 

それも、ただ書かせるだけではない!

複数回に分け、順番をバラバラにして、ダミーとしてより簡単な問題を1、2個混ぜておく!!

石上の妙なところの鋭さを最大限警戒し、ゆっくりと焦らず、しかし着実に事を運んでいたのであった!!

 

そして、今日の漢字テストで最後のパーツを埋め、いよいよ『照合』の時と相成った。

じっくりと、しっかりと見比べること数分。

ミコの出した結論は。

 

 

 

……いや、こうなる事は解っていた。

当たり前の結果すぎて、むしろ笑えてくる。

 

『確かめたかった』なんて建前だ。

もう、今までのような目でアイツを見れなくなるのが嫌で。

もう、今までのような態度でアイツと接する事が出来なくなるのが怖くて。

『まだ100%決まったワケじゃないから、アイツがくれたワケじゃないかもしれない』という大義名分を、自分の心の中で掲げたかっただけ。

そうしないと、またアイツの前で……疑われるようなリアクションを取ってしまいそうだったから。

 

 

――――バラバラに書かれた石上の回答と、あのメッセージカードの字は、

偶然と言うにはあまりにも無理が有るというほど、筆跡が酷似していた――――

 

 

 

そして、ミコが改めて現実を思い知らされて迎えた翌日。

時は放課後。またも石上とミコは、自習室の卓に着いていたのだが……

 

 

「……なあ、伊井野」

 

「……なによ」

 

「お前、寝不足だろ」

 

石上ほどの観察眼を持ち合わせていなくとも、その事実は察する事が出来た。

目の下にクマらしきモノを作り、いつもの元気も無く、少しフラついている。それが今日一日のミコであった。

 

当然である。心のどこかで否定したかった事が、改めて現実であると確たる証拠で思い知ってしまったのだ。

早めに床についたミコであったが、頭の中はこれからの悩みで満ち満ちて、一睡たりとも出来てはいなかったのだ。

 

「今日は僕一人でやるから、お前早く帰って……」

 

「……だめよ。あんたそんなこと言って、じぶんじゃ勉強しないでしょ」

 

改めて、石上があの『ステラの人』であると悟ってしまったミコ。

だが、だからと言って石上を避けるような事はしたくなかった。

 

『ステラの人』だから、一緒に居るのは何だか複雑。

けれど、『ステラの人』だからこそ……何か恩返しをしたい。

向こうが、気付かなくても良い。

自分が恩返しをしたいだけ。自分の自己満足なだけ。

 

――――決して、これからどうにかなりたいワケじゃない……

 

「はい……これ今日のぶんね……いつも通り制限じかんは10分」

 

ミコが、またお手製の漢字小テストを渡す。

本当の思惑が達成されたからといって、いきなり辞めては不自然に思われてしまうかもしれないと考えたからだ。

 

「はいはいっと……じゃ、やるとするか」

 

石上は、渡された漢字の小テストに取り組む。

 

あれ、今日は昨日までみたく妙に簡単な問題が混じってないな……

出来る出来ないのラインは測り終えたって事か?

まあ、僕は出来る事をやるだけ。毎日教えてくれてるコイツの為にも、少しはマシな点を取ってみせないと……

 

 

そして、時が経つこと数分。

これまでは、石上が小テストを解いている間はスマホのストップウォッチアプリにて時間を計りつつ、自分の勉強をしていたミコ。

だが、今日のミコはもう、そのどちらもまともに出来ない状態であった。

小等部から今日に至るまで、毎日規則正しい生活をし、勉学へのモチベーションを以て勉強に取り組めていたミコ。

そんな彼女が、一睡たりとも出来ていなかった事など今まで一度も無かった。

だが、今日はその一度も無かった事を経験してしまった。

元々体力が平均的女子の半分ちょっとしかない彼女が、不本意な初めての徹夜などしてしまった場合どうなるか。

明白である。ここに来てとうとう、眠気の限界が来ていた。

ペンを動かす事も、残り時間を確認する事も出来ず、本能のまま閉じようとする瞼を、半分寝ている頭で必死に開こうとしていた。

だが、人間の三大欲求の内のひとつと言われる睡眠欲には、抗う事は容易ではない。

小テストに集中している石上は気付けなかったが、

隣に座るミコの頭が、ふらり、ふらりと揺れ始めてきていた。

 

そして……

 

「(……おかしい、まだ時間が有るか?体感的には16分くらい経ってるような)」

 

いつもはスマホのストップウォッチアプリのアラームが鳴り、ミコが『はい、そこまで』とタイムアップを告げてくれるのだが、今日はその声がなかなか聞こえてこない。

思い出せそうで思い出せない漢字を思い出そうと必死で思考を巡らせていたが、ふと気付くと、今日はどうにも制限時間が長い気がする。

……何だか眠たそうだったし、ひょっとして時間のカウントを間違えたりしてないか?

そう思って、隣に座るミコに声をかけた。

 

「なあ、伊井――――」

 

 

コトン――――

 

 

石上の言葉が、そこで途切れた。

とうとう睡魔に呑まれ、その場で眠りについてしまったミコの頭が、

今まさに、石上の右肩に柔らかくもたれかかって来たのだ。

 

 

「(……ちょっ……待っ……おまっ……)」

 

石上の脳内の歯車が、各自好き勝手に互い違いに動き始めたかの如く乱れる。

 

これ、アレじゃん。アニメやラノベとかでデートの帰りに電車内とかで遊び疲れたカップル(大抵女側)がやるやつじゃん。

いきなり何やってんだよ?どんな不意打ちだよ。宝箱開けたらいきなり竜に津波されたアレくらいのレベルの不意打ちだわこんなん。

 

歯車の狂い始めた石上の思考が乱れていく。

当然、男女交際どころかそもそも女子との関わりが少ない石上にとって、少女が自分の肩に頭を預けてくるなど初めての経験である。

ヲタクである石上は当然このようなシチュが含まれた作品もいくつか見ているし、そういうシーンに嫉妬したり、或いは憧れたりする事も有った。

こんな自分にも、いつかこういう事する相手が――――と、夢想を頭の中で広げた事も一度か二度くらいはある。

だが、その相手を思い描く時、流石に伊井野ミコをモデルに選ぶような事は決して無かった。

 

だって、コイツはいつも僕の生活態度を目の敵にして、ぎゃいぎゃいうるさく言ってくる奴で。

僕の事は不真面目な不良程度にしか思ってないはず。絶対、そんな仲になる事など有り得ないだろう。

 

だが、現実には今、その伊井野ミコが、自分の肩に頭を預け、すやすやと寝息を立てている。

 

何故かは分からない。だが、石上の視線はミコの顔に釘付けになっていた。

普段なら、こんなまじまじと見つめれば顔をムッとさせて『何よ?』と突っかかってくるだろう。

しかし今のミコはそんな事はなく、彼女の真面目さが表れているかのような綺麗なリズムで静かに寝息を立てている。

 

何だコレ。どうすりゃ良いんだコレ。

ていうか最近のコイツどうしたんだ一体。突然お礼言ってきたり、こんな事してきたり……って、コレは意図的じゃないだろうけど。

……ていうか、何で……何で僕は……

 

実際、伊井野ミコは客観的に見ても『そう見える』だろう。

綺麗なさらさらの髪。大きくて力強い意志の込もった目。幼さが少し残る端正な顔立ち。保護欲とでも言うべき使命感も湧くような、『女子だからこそアリ』と言える小柄さ。

文化祭では、他校の遊び慣れてそうな男子共にナンパもされていた。

 

だが、小等部からという長い付き合いであり、かつこれまで互いにギスギスし合ってきた石上からは、なかなかそうは見えなかった。

――――いや、ひょっとして。

いつぞや会長に対して『無くはない』などと言ってしまった辺り……そう見えてても、認めたくなかったのかもしれない。

 

今、自分の肩に頭を預け静かに眠るこの、綺麗でさらさらの髪で、目が大きくて、幼さが残るが端正な顔立ちの小さなこの少女に対して。

『かわいい』という感想を抱いてしまった事を、否定出来なかった。

 

「(いやいやいやいやコレはそのアレだ最近のコイツのおかしさが僕にも伝染っただけというか眼科行くべきかそれとも脳外科行くべきかていうか死にたいというかあーもうあああああああ)」

 

僕には今、好きな先輩が居るのに。

アレだぞ?僕の事を嫌ってる、クソマジメで融通の利かないこっちのフォローにも気付かない(そこは僕もそうだったけど)あの伊井野だぞ?

それがちょっとこうして来ただけでかわいいと思うとかどうよ?

まるでアレじゃん。好意がふらつくラノベのハーレム優柔不断野郎じゃん。んで叩かれるヤツじゃねーか。

 

あーないない。伊井野がそんな風に見えるとか有り得ない。っつーか有ってはならない。

 

落ち着け落ち着けと、石上は懸命に自己暗示をかける。

そして、徐々に冷静になっていき……思考も、彼らしいモノが戻ってくる。

 

「(……っていうか、心配するべきは僕の心情なんかじゃないわな)」

 

冷静になって、今自分とミコが置かれている状況を思考する。

こんな光景を、他のヤツらが見たら……

 

「(……ちょっとアレ、何?あの2人)」

 

「(何か最近、放課後いっつも居るよね、あの2人)」

 

「(マジ?じゃあ伊井野さんって石上なんかと……?)」

 

あーほら、ちょうど聞こえてきたよ。

僕の事『なんか』って言うからには同じ1年だろ。普段の僕と伊井野の関係見てるだろお前ら。お前らの中ではくっついてたら無条件でカップルか。

 

……でもまあ、こうして噂というものはひれを付けて回っていってしまうものだ。

嫌っている僕なんかと出来てるなんて噂流されたら、伊井野は絶対困るはず。

ここは起こすべきか?

だけどなあ……コイツ今日は明らかに睡眠不足だったし。

いっつもいっつも根を詰めすぎってくらい頑張ってるんだから、少しくらいは寝かせてやっても……

 

……でも、もし起こさなかった事が後でバレたら!

 

『(ちょっと石上。なんで起こしてくれなかったの?

 ひょっとしてアンタ……私と噂されたかったの?

 うわっ……いくらキモくてモテないからってそんな……

 やっぱり……生理的に無理)』

 

石上の脳内で、ミコが真顔で鬼のように罵ってくる。

 

これは当然として……っていや、やっぱキツい。

普段のコイツの様子を見れば、このまま少しくらい寝かせてやりたい。

けど、起こさなかったら変な噂立てられるし後でキツい事言われそうだし。

 

どうすれば良いのか……?石上は地頭の良さを最大限フル稼働させ、この場の突破方法を模索し始めた……

 

 

――――1時間後――――

 

 

ピピピピ……ピピピピ……

 

ミコのスマホから、ストップウォッチアプリのアラームが鳴り響く。

 

「……ふあっ!?あっ……!私、寝ちゃって……」

 

いつの間にか、机に突っ伏して眠ってしまっていた。

なんて失敗だろう。学校は勉強する所であって、寝る所なんかじゃないというのに。

慌てて起きて辺りを見回すミコ。

時間も遅くなった為、もう周りに殆ど人は残っていない。

そして、自分の隣に居たはずの石上も……居なくなっていた。

 

「(アイツ……私が寝ちゃったのを良いことに帰ったのね!)」

 

あのサボり魔め、と心の中で石上に毒突くミコ。

 

が、ここでミコは自分の状況に気付いた。

身体を動かした時の感覚が、何かいつもと違う。

ふと、自分の身体を見てみると――。

 

「(あれ?これって……)」

 

ミコの身体には、男子用の制服と思われる学ランが掛けられていた。

 

これって、もしかして……。

 

そして、机の上をふと見てみると。

記入を終えた小テストの上に、ノートを千切って作ったと思われる書き置きが1枚、置いてあった。

そこには……

 

【アラーム設定して起きれるようにしとくけど お前タフじゃないんだから睡眠はしっかり取れよ】

 

……どうして。

どうしてこんな事するの?

そもそも誰のせいで、寝不足になったと思ってるのよ。

 

でも……

 

名前こそ無いし、書き置きにそう書いてあったワケでもない。

しかし、この学ランは石上のモノだろうという確信が、ミコには有った。

ちょっと前まで石上が着ていた事による確かなぬくもりが、その身に伝わってくる。

そして……石上が『ステラの人』と知ってしまった、今なら分かる。

ぬくもりだけではなく、『風邪をひかぬように』という気遣いが込められた、石上の優しさも伝わってくる事が……。

 

やっぱり、アイツはそうなんだ。

いつも腹立つ事言ってきたり、生活態度がだらしなかったりするクセに。

私の気付かない所で……優しい。

 

これって。こういうのって。

 

『(見返りを求めないピュアな想い……これこそが本当の愛の形なのよ!)』

 

少し前の自分の発言を思い出すミコ。

石上優が、知らず知らずの内に自分にしてくれていた気遣い。

それはまさに、少し前の自分が力説していたそれと正に同じではないだろうか。

 

どうしよう。どうしようどうしようどうしよう?

一番辛かった頃、私を励ましてくれたアイツ。

今も、裏では私を気遣ってくれてるアイツ。

 

私は、アイツを……

 

――――これから、どう思えばいいんだろう。

 

だって、アイツには、もう……

 

様々な想いが、ミコの脳内に満ちてゆっくりと渦を巻いていた。

 

 

 

 

一方、時は少し遡り――――

 

 

「(……アイツが寝不足だなんて、珍しい事も有るもんだな)」

 

なんとか窮地(?)を脱してみせた石上が、ひとり帰路を辿っていた。

 

結局、あの状況で出した結論は。

自分の肩に預けられたミコの頭を、ゆっくりと動かし机に伏させる形にして、しばしの間そのまま寝かせてやる事を選んだ。

もちろん、適当な時間に起きられるよう、止まっていたストップウォッチのタイマー(ちなみに、残り35秒の所で止まっていた。ウトウトして手が触れて止まったんだろう)を1時間に設定し直した上でだ。

 

石上にとっては、綱渡りの作業だった。

何せ、頭を動かそうとした瞬間に目を覚ましでもしたら!

 

『(……うわ、アンタ、私の頭持ち上げて何しようとしてたワケ?

  いくらモテないからって、寝てる女子の無防備な所を狙うなんて……

  やっぱり……生理的に無理)』

 

「(……みたいなキツい事言われずに済んで助かったわ……ってか、やっぱり寒いな)」

 

寝ているミコに、学ランを掛けていったのも当然彼である。

今は2月。学ラン無しでは、やはり少し寒い。

けど、自分の勉強を見てくれたアイツが風邪を引くよりは……

 

しかし、最近の伊井野はなんというか……様子がいつもと違う事がちょくちょく目立つ。

熱出して僕にお礼言ってきたり、寝不足の果てにあんな事してきたり……

 

石上の脳内で、ここ最近の『様子のおかしい伊井野』の姿が浮かんでくる。

顔を赤らめて、少し詰まりながらもお礼を言ってくる伊井野。

自分の右肩に、頭を預けて眠りこける伊井野……

 

そうしたミコの姿を思い浮かべた時。

石上の頭の片隅に、またもおかしな感想が浮かぶのであった。

 

いやいやいやいやいやいやいやいや。だから何でこんな事思う?

そりゃ、確かに伊井野は……多分、悪くはない見た目をしてるとは思う。

けど、あんなに小うるさいヤツを。単に僕を手間のかかる不良くらいにしか思ってないはずのアイツを。

何でちょっとでも『かわいい』とか思うんだ?

思ってどうするんだ?

 

第一、僕には好きな先輩が居るってのに。

そういう気持ちは、一筋じゃないと。

あっちこっちに好意を向けても許されるのは、ラノベの中のハーレムチート主人公くらいだってのに。

リアルでやったら、ただの浮気者じゃんか。

 

いや、これは違うって。

僕の高等部進学を手助けしてくれていたって事実を知ったのと、

僕の勉強を見てくれるだなんて気遣いを見せてくれた事が重なって、変な補正でそう見えただけだろ、多分……

 

「(……っていうか、今そんな事考えてる場合じゃないんだよな、多分)」

 

そう。せっかく、睡眠不足を押してまで自分の勉強を見てくれているのである。

余計な事を考えて勉強出来ず、またロクな結果を出せませんでした、では、アイツの努力も無駄になってしまう。

そうならない為にも。そして、あの人に少しでも自信を持って告白する為にも。

 

期末考査は、意地でも、絶対に結果を出さなければならない。

 

帰ったら、今日の授業で聞いた所と、伊井野に教わった所を復習しよう。

アイツの頑張りが無駄じゃなかったと証明出来るのは……僕が結果を出す事以外に無い。

 

石上は、自分と、そしてもう一人の為に決意を新たに固く誓った。




・『ここ偏差値77の』~『それが期末テストなのである!!』は、ご存知の通り原作30話9ページ目・10ページ目からの引用です。
・あのタイプの女子制服にポケットが有るかどうかはわかりませんが、有る事にしておいてください(笑)
・肩に頭を預けちゃうシーンは当初は入れる予定は無かったのですが、某絵から発想をいただきました。ありがとうございました!


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第4話 伊井野ミコは贈りたい

今回は存在だけ明らかになっている伊井野家家政婦を、独自の解釈で登場させています。
少しでもオリ要素が苦手な方はご注意ください。


私はとあるプロの家政婦。

この伊井野家にもう10年勤めさせてもらっているベテラン。

……と言っても、ご主人様は高等裁判所に勤務しているが故、全国8箇所を転々としているし、

奥様も国際人道支援団体に勤めていて海外を忙しく飛び回っており、殆ど会った事は無い。

勤め先のマンションで会うのはいつも、一人娘の、高校生になる女の子だけ。

 

え、私の名前?そんなのはどうだっていいじゃない、あなたに教える気は無いわ。

そんな事よりも大事なのは、その一人娘がもう完璧少女って感じで可愛げが無い事よ。

幼い頃から見てきてるけど、まあ優等生を絵に描いたような感じで、何というか世話の焼き甲斐が無い。

学校の成績もトップを取り続けてるようだけど、喜んでるようにも見えないから褒める気もしない。

料理くらいかしらね、やり甲斐が有るのは。小さな体に見合わずもりもり食べてくれるし。

 

そうそう、料理といえば、もうすぐバレンタインデー。

毎年、バレンタインデーには一応その娘に手製のチョコを作ってあげている。

友チョコでもなければ義理チョコでもない、何と言ったらいいかは分からないけど、

まあとりあえず美味しそうに平らげてくれるから作る意味は有るでしょう。

 

……それにしても、この娘もいわゆる『華の女子高生』になったってのに、

『あげる側』になれるような相手、居ないのかしらね?

……いや、そんな相手が居て当然とか思ってしまう辺り、自分ももうすっかりオバさんってところか。

高校生じゃ、まだ誰しもがそういう気持ちになれる相手って居るもんじゃないわよね。

 

まあ面白味は無いけど、それがあの娘なんだもの。

私はプロとして、家政婦の使命を全うし続けていくだけ――――

 

と、思ってたのに。

バレンタインデーが翌日に迫った、日曜日の今日。

 

「あ……あのっ!良かったらその……

チョコの作り方、教えてくださいっ!」

 

――――なんか、凄く珍しく面白そうな事が起きたじゃないの。

 

 

 

【バレンタインデー】!!

 

時は、2月も中旬に入った折。

この時期には、思春期の男女ならば誰しもが意識させられてしまう、悪魔のようなイベントが存在する!

そう、バレンタインデーである!!

男子は貰ったチョコの数(出来るだけ本命が望ましいが、義理でも数合わせ程度にはなる!)がある程度のステータスとなる為に貰える数を内心気にし、

女子は『◯◯ちゃんが△△に渡したらしいよ~』などと恋バナに花を咲かせ、或いは『友チョコ』で友情を深めたり、料理の腕をアピールし合う!!

程度の差こそあれど、若い男女ならば誰しもが内心気にかけているであろう一大イベントなのである!!

 

だが、今までの伊井野ミコの人生の中で、バレンタインデーというモノは殆ど関わりも関心も無かった。

チョコを贈りたい相手なんて居ない。女子力をこれ見よがしに競い合うような相手も居ない。

第一、チョコを口実に告白があちこちで多発するとなれば、風紀の乱れる原因ではないか。

風紀委員の仕事が増える、面倒な日――――それが、伊井野ミコのこれまでのバレンタインデーの認識だった。

 

だが、人は誰しも、今までの認識が些細なきっかけで変わる機会が訪れる事があるというものだ。

自室で、勉強中にふとカレンダーに目をやったミコ。

今年もバレンタインデーデーが、もう2日後に迫っている事に気が付いた。

……また、この日が来るのか。

自分には贈りたい相手など居ない。家政婦さんが美味しい手作りチョコを作ってくれるけど、良い事はそれだけ。

自分には、殆ど関わりの無いイベント――――そう、思っていたのに。

頭の中に、ふとある人物の顔が浮かんできた。

 

今までは、手のかかる不良のクセに上から目線でこっちにあーだこーだ言ってくる腹立たしいヤツだと思っていたのに。

実は自分を陰ながら励ましてくれて、実はたまーに、たまーにだけど、気を遣ってくれる事が分かった、アイツが。

 

「(ど……どうしてアイツが浮かんでくるのよ。バカじゃないの、私……)」

 

バレンタインデー。近頃は贈る相手も意味合いも多様化してきたが、一番主たる趣はやはり『女子が好意を持っている男子にチョコを贈る』事だろう。

そんな日の事を考えている折に、何故かアイツの顔が浮かぶ。これでは、まるで……

 

私は……アイツの事を……?

 

いやいやいやいや!!絶対有り得ない!!

そりゃ、アイツは『ステラの人』で。

この前だって、寝ちゃった私に服を掛けて、少しだけ寝かせてくれるよう気遣ってくれたりはしたけど!

校則違反の常習犯で、勉強も出来なくて、こっちの気持ちも知らずに腹立たしい事をしょっちゅう言ってくる事には変わりないじゃない!

そんなアイツの事を……す……す……

 

……いや、そもそも。

仮にその気持ちを、100歩、いや1000歩、10000歩譲って認めたとしても。

今更私がそんな気持ちを抱いたって、どうなるというのだろう。

私は知っている。アイツは、もうあの人に……

 

 

じゃあ、何もしない?

せっかく、バレンタインデーという『贈り物をしても不自然じゃない日』が来るというのに。

何でもない日にいきなり贈り物をするより、『バレンタインデーだから』という建前が通用する日の方が、不自然さは控え目になるのではないか。

……というかそうよ、そもそも。

アイツに贈るとしたら、それは決して変な意味がある訳じゃなくて、ただの『お礼』よ、お礼。

それ以外の何物でもない。

 

だが、ミコの脳内の冷静な部分が冷たく囁く。

お礼ならもう、期末考査へ向けての勉強を教えるという形でしているじゃない。

それ以上のお礼などをしようものなら、変に鋭いアイツに妙な事を疑られてしまう――――。

 

いや、しかし。

 

そう、この前アイツは、寝てる自分に制服を掛けて、寝れなかった私を気遣ってくれたじゃない。

今度は、それに対してのお礼をするだけ。

そう、あくまでただの『お礼』。

親切にされた事に対してはしっかりと礼を返すべきだという、自分の中の正義に従うだけなんだから……。

 

かくして、『この前のお礼』という建前の元、

ミコの人生で初めてのバレンタインデー作戦が幕を開ける事となったのである。

 

 

両親より家政婦と過ごす時間の方が長いミコだが、ミコは正直彼女を苦手に思っていた。

30代後半ほどの、眼鏡をかけた美人だがクールな女性。

その見た目通り、人柄は決してとっつきやすい方とは言えず、

口数少なく、淡々と事務的に家事をこなす彼女を、ミコはあまり好きにはなれなかった。

 

しかし、この件の相談相手はこの人しかいない。

毎年バレンタインデーの日に作ってくれるお手製チョコの美味しさを、ミコはハッキリと覚えていた。

家庭科も優秀な成績を修めているミコである。独学でも、ある程度のモノは作れるであろう。

だが、もしこの人に教われば、自分では作れないようなより良いモノが作れるのではないか?

やるからには、しっかりきっちり、ベストを尽くしたい。

そう考えたミコは、意を決して家政婦に相談するに至ったのだ。

 

 

「それで、ミコ様」

 

「は、はいっ!」

 

緊張した面持ちで、やや勢いの良すぎる返事を返すミコ。

 

「どういった方にチョコをお渡しになるのですか?」

 

「はいっ……はいっ!?」

 

「いいですかミコ様。昨今は必ずしも『好きな異性』に贈るとは限らなくなったチョコです。渡す相手やその意図によって本気度を調整しなくてはならないのですよ」

 

「ちょ……調整?」

 

意味が分からず、困惑するミコ。

 

「例えば、本気で好きな異性に対して好意を全開にして渡したチョコがテキトーな手間で作ったチョコなら、そのチョコは効果が薄いと言えましょう。

 逆に、義理チョコと宣っておきながらさながらプロのような手作りチョコを渡せば、要らぬ勘違いを生んでしまうでしょう」

 

「(な、なるほど……!)」

 

家政婦の言葉に、ミコは猛烈に納得してしまった。

 

確かに、『義理なんだからね』と言いながら、気合いの入ったチョコを渡してしまおうものなら!

 

『(伊井野……この前のチョコ、義理とか言いつつなんか凄いチョコだったな……

 勉強に忙しい伊井野が、たかが義理にしては随分手が込んでたな?

 伊井野がそんな見え透いた嘘つくなんて……

 やっぱり今までの態度はただの照れ隠しだったんだな……へえ……へえええぇ……)』

 

「(とか言われそう!凄い腹立つ顔で!!)」

 

相変わらず、生徒会の先輩達同様の取り越し苦労をするミコであった。

 

「……で、どんな方なんです?」

 

お可愛い被害妄想を脳内で繰り広げていたミコが、家政婦のその言葉ではっと我に返る。

 

「え……えっと……

 私、去年の途中から生徒会で役員をやっているんですけど……

 そこでお世話になった人に、お礼に、と思って……」

 

嘘ではない。他人に表面的に説明するなら、こんな感じで合っているだろう。

だが……

 

「ふむ……では、『義理チョコ』とか『友チョコ』に近い手合いという事でよろしいでしょうか」

 

「……えーっと……その……」

 

「?いかがなさいましたか?」

 

「……どういう相手って言っていいのか、分からないんです」

 

「とおっしゃいますと?」

 

「……正直、仲はそんなに良くなくて……友達って訳でもなくて……

 けど、お礼がしたいって事で……その……」

 

遠いからこそ、逆に心の内を吐露出来るという事もある。

きっとミコがこの発言をもっと親しい人に言えば、『えっ、それってひょっとして石上の事?ミコちゃんってひょっとして……』などと言われてしまう可能性は低くは無い。

が、ミコの学校での交友関係などノータッチであるこの家政婦相手だからこそ、正直に複雑な想いを吐露出来るという所があった。

 

「かしこまりました。では、そんな相手に丁度良い手合いのチョコを作る手順、レクチャー致しましょう」

 

そんなミコの嘘偽り無い気持ちが届いたのか、家政婦は至って真面目そうな雰囲気でクイッと眼鏡を吊り上げ、姿勢を正した。

 

「は、はい!お願いします」

 

「ちょうど私も、明日に向けミコ様へのチョコを作ろうとしていた所です。今から少々準備しますので、お部屋にてしばらくお待ち下さい」

 

「は、はい」

 

そう言ってミコを下がらせ、家政婦は台所にて機材や素材を準備し始めた。

 

それから、数分後――――

 

準備を整えた家政婦と、エプロンを着けて教わる準備万端のミコ。2人の女が、キッチンに立っていた。

 

「では、始めますよミコ様。まず……」

 

「……まず!」

 

「こちらのカカオ豆を洗ってフライパンに移し……」

 

「えっそこからですか!?」

 

ミコの中の想像では、まず市販のチョコを温めて溶かす所からがスタートだと思っていただけに、思わず驚きの声を挙げてしまった。

 

「何を驚いているのですかミコ様?きょうび、本命ではなくてもこれくらいの手間は常識なのですよ」

 

眼鏡をクイッと釣り上げ、知的な雰囲気を醸し出しながらこともなげに述べる家政婦。

 

「えっ……そ、そうなんですか……すみません」

 

「いえ、解っていただければ結構です」

 

 

嘘 で あ る

 

 

『手作りチョコ』!

 

市販のチョコを渡されるよりも、『手作りチョコ』を渡された方が遥かに嬉しいと感じる男性は少なくはない!

たとえ、原材料が安物のチョコだったとしても、である。値段の問題などではなく、

『自分の為に手作りという手間をかけて頑張ってくれた』という点に、価値と喜びを見出すのである!!

それが、『常日頃料理を作っているワケでもない女子』が、『大層な手間をかけて手作りした』となれば、

より特別感が浮き彫りになり、嬉しさも増すというものである!!

 

そういう観点から言えば、『普段料理など作っていないミコが、わざわざカカオから手作りしたチョコ』など、

もはやド本命中のド本命相手に贈るような特別感に満ち満ちたモノである事は言うまでも無い!

 

先程のミコの釈然としない返答を見た家政婦!

家政婦はこう思った。

 

あっ、これやっぱり面白そうなヤツだ、と。

 

この家政婦も同年代の女性のご多分に漏れず、他人の噂話、特に恋バナに関しては関心が強い!

娘くらいの若い女子の不器用な恋心など、彼女らの欲求の格好の餌となってしまうのである!

きっと渡したい相手は、悪くは思ってない(むしろ割と良く思っている)のに、何故か素直になれずに互いにギスギスし合ってしまうというような関係なのだろう。

そんな男に、丹精込めて作ったチョコを『あくまでお礼』などと言って渡せば。

その男の鋭さ次第では……面白い事態に発展しそう。

 

やれやれ、ここはひとつ歳上の私が、不器用なこの娘の為に一肌脱いであげましょうか?

 

お節介心という仮面を被った悪戯心に火の点いた家政婦は、

直球ド本命なチョコの作り方をミコに伝授する事に決めたのであった!

 

「ではこうして、洗ったカカオ豆をフライパンで焙煎し……」

 

「はい!」

 

「冷ましたら外の皮をこのように剥いて……」

 

「はい!」

 

「こう、麺棒でひたすらに砕いて潰します。もっと、文字通り粉になるまでです!」

 

「はい!はあ、はあ……」

 

「そして湯煎をしながら砂糖を加えて!」

 

「は、はいっ!!」

 

 

――などと、家政婦の悪ノリが多分に乗った熱血指導チョコ作りをやってるうちに!

半日が過ぎた!

 

「頑張りましたね、ミコ様」

 

「は……はい……!はあ、はあ……」

 

家政婦の恣意的な指導の元、義理と言うにはやたら手間を時間をかけて作ったチョコが、遂に完成した。

 

「味もバッチリ、仕上がりも上々。そして何より、ミコ様の努力が込められた一品です。これなら、渡される相手も喜ぶでしょう」

 

「は、はい!ありがとうございます!」

 

あくまで義理というスタンスで作る予定でいたはずのミコも、すっかり家政婦の指導の熱にあてられ、

手間をかけた料理がカタチとなった事実に喜んでしまっていた。

 

「あとは、明日の登校まで冷蔵庫で保管しておきましょう。ラッピング用紙などを机の上に置いておくので、それをお使い下さい」

 

「はい!……あ……えっと……」

 

「?」

 

「いつものお仕事と違うのに……私のわがままで時間を取らせてしまってすみません。作り方を教えてくれて、ありがとうございました」

 

申し訳無くて少し言いにくそうに、謝罪と感謝の言葉を述べるミコ。

 

「……普段わがままを言うお人ではないですので、今日このくらいの事なら家政婦の業務としての範疇です。ミコ様が気にかける必要は有りません」

 

眼鏡のブリッジをクイッと持ち上げながら、家政婦が淡々とした口調で返す。

 

「さて……もうこんなお時間です。今からすぐお夕飯をお作りしますので、ご自分の部屋にてお待ち下さい」

 

「はい!よろしくお願いします!」

 

そう言うとミコは頭をペコリと下げ、自室へと戻っていった。

 

 

手際よく夕食を作る準備を整えながら、家政婦が思いに耽る。

 

「(……さて、どうなるのかしらね?相手の石上とかいう男)」

 

断じて、ミコが家政婦相手に『渡す相手』を明かした訳ではない。

だが、チョコ制作の過程で、夢中で取り組むミコの口から漏れていた独り言を、家政婦は聞き逃さなかった。

 

『(石上の好みって……)』『(感謝しなさいよ、石上……)』等である。

 

あの娘、私の前じゃカンペキ優等生、恋のこの字も興味無いって顔を装ってるだけで。

意外と可愛い所も有るんじゃないの。

 

石上……石上、ねえ。

 

……イニシャルは『M・I』のままか。

 

って、何考えてるのよ。いくら何でもそこまで行くかどうかは分かんないでしょ。

あーやだやだ。考えがすぐこういう方向に行っちゃう辺り、私ももうすっかり下世話なおばさんってカンジね。

 

まあ、あの娘がどうなろうと、私はこの伊井野家の家政婦として働いていくだけ。

だけど……今後はちょっぴり、この娘に親しみってものを感じられそうね。

 

手際良く食材を切り刻みながら、微かに口元を緩ませる家政婦であった。

 

 

――――そして、翌日――――

 

 

昨日の『達成感による謎テンション』から醒めていたミコは、一抹の不安を覚えていた。

そして、念には念を、と、ここ最近喋るようになったクラスメイトや同学年の女子に、それとなく聞いてみた。

『こういう日の手作りチョコって、どれくらい手間をかけるものなのか?』と。

 

大仏など、親しい友人にそんな事を聞けば『え?ひょっとして誰かにチョコ渡すの?』と悟られてしまう可能性が高い!

だが、ちょっと喋るようになっただけの相手なら!

 

「ちょっと聞きたいんだけど……本命じゃない相手に渡すチョコって、どれくらい手間をかけるものなの?」

 

「え?そりゃまあそんなには……って伊井野さん、ひょっとしてチョコ渡す相手とか居るの?」

 

「居ないわ!知識として知っておきたいだけよ」

 

「あー伊井野さん、頭良いもんねー!知識欲が沸いたって感じ?」

 

――――とこのように、普段の勉学の優秀さにものを言わせた建前が通用するのである!

 

そんな感じで、十数人に聞き取り調査を行ったのだが……

 

結果!

 

「(……騙された……騙されたのね……!)」

 

とうとう真実に辿り着いてしまい、ミコは頭を抱えた。

 

そう、返ってきた答えはこんな感じである。

 

『(え?市販の安過ぎないチョコを渡す程度じゃない?)』

 

『(チョコ溶かして、好きな形にするとか?あーでも、男に渡すチョコにそこまでやったら本命っぽいかなぁー)』

 

そう、『本命でもないけど、渡さないのもなんだか忍びない』相手にかける手間など、普通はその程度である。

原材料となるカカオ豆をどうこうする段階から作ったチョコなど、異性に渡そうものならド直球本命モノの手間である!

 

しかも、ラッピングもよくよく考えてみると。

 

程良い高級感を醸し出すラッピングに、紐代わりに可愛らしく巻かれたリボン。

そしてリボンを留める小さなテープは、ハートを象っていた。

 

ポケットに忍ばせてあるチョコを思い浮かべながら、ミコは冷や汗を流す。

――――こんな……こんなチョコを、石上に渡そうものなら!

 

『(いや伊井野……コレがただのお礼って無理が有るだろ?

 こんな手間のかかったチョコをくれるなんて……伊井野って僕の事そういう風に思ってたんだな?

じゃあ何?やっぱり今までの態度って大仏の言う通り照れ隠しだった訳なんだな?へぇ……へえええぇ……)』

 

――――ってなるはず!

 

ミコ、突然の窮地。

『ただのお礼』と言って渡すつもりだったのに。こんな『手間のかかったもの』を、どう言いながら渡せば良いんだろう?

……とりあえず、それとなく他の人を参考にしてみようかな……

 

場面変わって、昼の生徒会室。

 

「はい、会長!バレンタインチョコです~」

 

生徒会書記であり、ミコの尊敬する人物・藤原千花が、ニパーッと笑顔を浮かべながらいつものノリでチョコを渡していた。

恐らく形状から見るに普通の市販のチョコだと思われるが、本人を象徴するような可愛らしい花柄のラッピングで包まれている。

 

「お、おう。ありがとな」

 

藤原からチョコを受け取った白銀が、複雑そうに一瞬チラリと視線を向けたその先には。

今や白銀と恋人となったかぐやが、人として見ていないかのような視線を藤原に向けていた。

その恐ろしさたるや、周囲に黒いオーラが発散されているのが確かに見えてしまうレベルである。

 

こわい。ヒーリングミュージックききたい。

きっと四宮副会長も、会長にチョコを渡そうとして先を越されたんだろう……

 

「はい!石上くんもどーぞ!」

 

ミコが驚いて藤原に視線を向け直したその先では、会長に渡したものと同様のモノを石上にも渡していた。

 

「今年のバレンタインデーはチョコ無しで泣く事も無いんですよ石上くん!この名プレゼンター千花に感謝してくれてもいいんですよ~?」

 

藤原が、いつぞや見たようなドヤ顔で実に恩着せがましい事を石上に言っていた。

渡した藤原の方に、照れの要素など一切見当たらない。紛うことなき義理チョコであろう。

 

「えっ……ああ、ありがとうございます」

 

受け取った石上も、思ったより大きなリアクションを見せない。

 

なるほど、こういう風に渡せば良いんだ。さすが藤原先輩!

 

尊敬する先輩が見事に不自然さ無くチョコを渡し遂せたのを目の当たりにし、早速参考にしようと考えたミコ。

ところが。

 

「(えっ?でも待って。私が今の藤原先輩のように渡したら……)」

 

自分が藤原のように、ニコニコ笑顔で石上にチョコを渡す絵図を頭の中に浮かべる。

 

「(はい石上!バレンタインチョコだよ~)」

 

……不自然過ぎる。絶対に呆然とするだろう。

そもそも、この渡し方は普段の藤原先輩のキャラが有ってこその自然さなんだ。

私がやったら普段と違い過ぎて不自然過ぎる!

じゃあ、私はどうやって渡せば良いんだろう?

ミコが、再び脳内で思案を巡らせ始める。

 

だが、石上が不意に放った一言で、ミコの思案は何処かへ吹き飛んでしまった。

 

「けどすみません……僕、既にひとつ貰ってたんで」

 

「「ええっ!?!?」」

 

藤原とミコが、同時に驚きの声をあげた。

 

「……藤原先輩はともかく、何で伊井野まで驚いてんだよ」

 

石上が何故か声をあげたミコの方を振り向く。

 

「え……えっいやっそのっ!い、意外だっただけよ、別にそれだけなんだから」

 

慌ててプイッと顔を石上から背けながらミコが返す。

その顔がほんのり赤くなっている事は、石上からは見えてはいない。

 

「……まあいいや。藤原先輩、この前みたくどこのゲームだとか言う前に、ほら、コレ」

 

石上が学ランのポケットから、ひとつの箱を取り出した。

包み紙の一部を折って蛇腹のような、もっとロマンな言葉を選べば孔雀のような飾りを作った、

立体的で華やかさのあるラッピングをされた箱が石上の手のひらの上に有った。

 

「えーーーーっ!?誰なんですか?石上くんにこんな気合いの入ってるっぽいチョコをあげたゲテモノ好きな人は!?」

 

「名前を出すとゲテモノ好き認定されてしまうのが可哀想なので、黙秘します」

 

藤原の容赦ない言葉を、慣れた様子で躱す石上。

 

だが、ミコにはなんとなくその贈り主が分かる気がした。

ラッピングを留めているリボンが、どことなく新体操のリボンを彷彿とさせるようなものに見えたからだ。

 

「……すみません、失礼します」

 

突然声のトーンが落ちたミコが、少し顔を下に向けながら生徒会室を出て行った。

 

「あら……どうしたのかしらね伊井野さん」

 

「いや……俺にも分からん」

 

怪訝そうな顔のかぐやと、心からサッパリ分からないといった顔の会長。

 

「…………」

 

石上は、伊井野が閉めた生徒会室の扉をジッと見つめていた。

 

 

足早に教室へ戻ろうと歩を進めるミコ。

自分より先に、もう二人も石上にチョコを渡す人が居たなんて。

自分も、早く渡さないと。

『幾つか有る内の1つ』としてしか受け止めてもらえなくなるかもしれない……

 

……けど、どうやって渡せば良いの?

自分には、藤原先輩のようにごく自然になんて渡せそうにない。

いったい、誰を参考にすれば……。

 

そんな事を考えながら廊下を歩いていると、後ろから急ぎ早な足音が聞こえてきた。

その音にミコが振り向くと、石上が小走りで後を追ってくる様子が目に入った。

 

「えっ、ちょっ、石上?ろ、廊下は走っちゃ……」

 

長年の条件反射のようなもので、つい石上に校則違反を指摘してしまうミコ。

 

違う。今はそんな事してる場合じゃないのに……

 

「伊井野、どうしたんだ?またお前様子が変だぞ」

 

自分を気遣って追って来てくれたのか。

また……私の事を気遣って。

やっぱり、ちゃんと渡さなきゃ。

ミコは、石上に悟られぬよう辺りに目を配り、周りに人が居ない事を確認した。

 

誰もいない……渡すなら、今のうち!

 

「い、石上っ!」

 

「?何だよ」

 

「えっと……その……バ……バ……ッ」

 

ここまで言って、ミコは後悔してしまった。

何の気無しに、石上と視線を合わせてしまった事を。

覇気に欠けるが、物事をよく見透せそうなその視線が、ミコの視線を捉えて離さない。

どうしよう?何て言って渡せば良いの?

こうして悩んでる間にも、コイツの眼は私をしっかり見てて。

私の考えが、ひょっとしたら見透かされて……

 

動揺で思考が乱れていき、頬が紅潮していくのを嫌でも感じ取れてしまう。

その頬の紅潮からくる焦りが、更なる思考の乱れを呼び。

血迷ったミコの口から出てきたのは、その場を誤魔化す事しか出来ない言葉であった。

 

「バ……バッカじゃないの!?ちゃっとチョコ貰ったくらいで調子に乗っちゃって!くれぐれも勉強の力を抜くような事にはならないように!」

 

そう言って、ミコは石上から背を向けて走り出した。

 

後に残された石上は、当然訳が分からないと言った表情である。

 

「……廊下は走っちゃダメなんじゃないのかよ」

 

ここ最近の伊井野は、どこかおかしい。

原因はよく分からないけど、そもそも女の心なんて分かりきらなくて当然。まして、あの伊井野なら尚更だ。

まあ、この前みたく寝不足でもないならまあ体調は大丈夫なんだろう、きっと。

理不尽な警告というか暴言であったが、殆ど気にかける事もなく石上はその場を後にした。

 

 

そして、放課後。

 

夕暮れ時の教室で、動揺の果てに『やらかしてしまった』ミコが、机に突っ伏して腑抜けていた。

 

「(やっちゃった……どうして……どうして)」

 

どうして、チョコをプレゼントしようとして理不尽な暴言をプレゼントしてしまったんだろう。

チョコを貰えば大抵の男は喜ぶだろうけど、いきなり暴言を貰って喜ぶ男なんてほんのひと握りの変人くらいしか居ないじゃないか。

 

でも……もし。

あのチョコを石上にあげた人が、自分の想像通りの人だとしたら。

今更私なんかがあげて、何の意味が有るというんだろう?

好きな人にもう貰ったのに、仲の悪い、突然憎まれ口を叩いてくるような人間に貰っても、喜ぶどころか、お礼になるかどうかすら怪しいんじゃないだろうか?

ポケットからチョコを取り出し、机の上に置くミコ。

騙されてノセられたとはいえ、随分な手間をかけて作ったこのチョコ。

渡せぬまま。渡す意味も意義も失ったまま、終わるのだろうか……

 

間違ってたのかな。

『お礼』なんて言って、一人で勝手に張り切ってこんなモノを作ったこと自体が。

 

ここ最近色々有ったけど、別に自分と石上の関係は変わった訳じゃない。

『仲の良くない同級生』、『生徒会役員同士』。そこから変わっていない。

 

――――なのに、こんなモノを渡そうとした事自体が間違ってたんだ。

 

落胆のまま、ミコの思考は全てを諦める事を選択した。

机の上に置かれたチョコをポケットへと仕舞い込んだ。

そして鞄を持ち、席を立とうとした――――その時。

 

教室の扉が開き、石上が入ってきた。

 

「あれっ、伊井野……何でまだ居るんだよ」

 

ミコの姿を見つけるなり、ミコの方へ歩み寄っていく。

反応と言葉からして、自分に用が有って来たわけでは無さそうだ。

 

「そ、そっちこそ何でまだ居るのよ石上。今日は生徒会の仕事無いはずでしょ」

 

「僕は忘れ物取りに来ただけだけど」

 

そう言いながら、机から教科書とノートを取り出す石上。

 

「伊井野こそ、何でまだ居るんだよ」

 

「ど、どうだっていいでしょ。考え事してただけよ、それだけ」

 

また……またこんな言い方をしてしまう。

けど、正直に言えるはずもない。チョコを渡しそびれて落ち込んでた、なんて。

 

「考え事……か。まあいいや、じゃあな」

 

石上は鞄を肩に掛け、教室を後にしようとした。

 

が、扉の前でふと歩みを止めた。

 

どうしたんだろう。そう訝しむミコの方へと向き直り、また歩み寄ってくる石上。

 

「なあ、伊井野」

 

「な……何よ」

 

「僕の勘違いかもしれないけど……そんなに悩むような事が有れば、誰かに相談しろよ」

 

――――やっぱり、ある程度見透かされてたんだ。

そう、自分は今悩んでいるからこうしている。

……きっと、その内容までは分かってないんだろうけど。

 

でも、やっぱりコイツは。

あんな事言った後でも、自分の事を気にかけてくれるんだ……

 

「……ってまあ、僕に話せる訳無いだろうけど。藤原先輩とか、あんなんでも相談に乗ってくれるくらいはしてくれるんじゃないか?四宮先輩とかも、怖い所あるけど真剣に聞いてくれそうだし」

 

……違うの。

確かに、アンタには言えない悩み。

けど、それは当然。

『石上がステラの人だと知ってから、石上の事が違って見えてきちゃってどうしよう』だなんて。

アンタに、言える訳無いでしょ……。

 

それでも、ミコは萎みかけていた決意を新たに固めた。

 

別に好きでもないはずの私を、恩着せがましく無く、さりげなく気遣ってくれるコイツに。

お礼をしないままってのは、やっぱり間違ってる。

喜ぶかとか、そういうのはもうどうだっていい。

『優しくしてくれた相手にはちゃんとお礼をするべき』。

私の中の正義に、従うだけなんだから。

それに、これはきっと確かな事。

ステラの人だと知った今だからこそ、確信を持って言える。

――――コイツは、私の頑張りを笑うような奴じゃない。

 

「じゃあ、早いとこ帰れよ。風紀委員がいつまでも居残ってたら立場無いだろうしな」

 

そう言いながら、ミコに背を向け、扉を開け、教室を後にしようとする石上。

 

ここしか、ない。

 

ミコの身体は、考えるより先に動いた。

教室から出ていこうとする石上の制服の袖を、懸命の勇気を振り絞りながら、クイッと掴み。

石上の手の中に、チョコを握らせた。

 

「え……?」

 

箱の感触を感じ、後ろを振り返る石上。

窓から差す夕焼けに染まり、表情のよく見えないミコがすぐ後ろに立って、自分の手を握っていた。

 

「こっ、コレ!この前制服貸してくれたお礼だから!あくまでお礼よ!勘違いしないように!」

 

一気に早口でまくし立て、石上が何かを言う前に。

鞄を肩に掛け、脱兎の如くミコは教室から出て行った。

 

「…………………………………………」

 

今しがた起こった現実をすんなりとは受け入れられず、しばらく鳩が豆鉄砲を食らったような表情でその場に突っ立っていた石上。

手の中の感触を感じ、現実に引き戻された。

 

「……伊井野が、僕に?」

 

可愛らしいラッピングとリボンで彩られた箱が手の中に有る事が、今起こった事が虚構ではない事を如実に示している。

 

その後、石上は何を考えて帰路についたのかは覚えていない。

今まで、申訳程度の義理チョコ程度しか貰えていなかった石上にとって、気合いの入ったチョコを2つも貰えた事は喜ばしい事実であった。

それが、片方は今自分が片想いしている相手から貰ったモノなのだから尚更である。

 

だが、もう片方は自分を好いていないはずの、腐れ縁の人間から貰ったモノであるという事には動揺を隠せない。

ふと気付いた時には、自室にてそのチョコのラッピングを、破れないよう丁寧に解き、

箱からチョコを取り出して、手に取っていた。

箱に入っていた数個のチョコのうちの一つを、手にとってまじまじと見る。

こんな特殊な形、自分の知る限りは市販では売っていない。

という事は……このチョコは。

いや、まさか。

困惑しながらも、とりあえずひとつ口にしてみる。

美味い。自分は食のウンチクなんて持ち合わせてないから、具体的な表現なんて出来ないが、

とにかく、美味いと感じさせる一品である事は確かだった。

 

確かに、アイツは家庭科もA評定なんだからある程度料理が出来るのだろうとは思っていた。

けれど、アイツが日常的に料理をしているという話は聞いたことがない。

そんなアイツが……僕に、こんなモノを作ってくれたのか。

 

バレンタインデーに、異性に贈る手作りチョコ。

それの意味するところは、石上もよく知っていた。

しかし、贈られた相手が相手だけに、自分の中では素直にその結論に結びつける事は出来なかった。

だが、目の前にあるこの手間のかかったであろうチョコの存在が、その結論へ辿り着く事を後押ししていた。

 

「(伊井野……どういうつもりで、こんなのを)」

 

困惑を隠せない石上の掌の上には、贈り主を表すかのような小さく可愛らしく、それでいてどこか存在感のあるチョコが乗っていた。

そしてそのチョコは、どこかで見たような花のカタチを象っていた。




伊井野家家政婦は、ミコが他人からの褒め言葉に渇望しているところを見ると、多分普段はミコを褒めるような性格では無いのだろう……と思い基本はクールそうなキャラにしました。
今後出るかどうかは不明です。


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第5話 伊井野ミコは愛せない(Ver:Extra)

概要欄に以前書いた通り、本来バレンタインより先に来る(2/1~4)修学旅行を、2月下旬のイベントとして持ってきています。


【修学旅行】!

言わずと知れた、青春のイベントの1つである!

秀知院では、2年の2月下旬、4日間にかけて行われる。

そして、秀知院学園生徒会にとっても非常に関わりの大きいイベントであると言える!

何故なら、当代の生徒会役員達は5人中3人が2年生。

会長と副会長という主要の役職に就いている人間が該当している為、

通常なら、当該期間中は生徒会の運営は休む事になる。

……はずだった。

 

だが、今回は違っていた!

会長・副会長・書紀の3人が修学旅行にて学園を離れているこの期間中にも、生徒会は動いていたのである!

そう、修学旅行とは関係の無い、1年生の生徒会役員の2人が。

会長代理・副会長代理として臨時に働いていたのである!

 

今、その『代理』2人で動かしている生徒会室は!

 

「……こんなに大変だったのね、生徒会長の業務って」

 

「あぁ……」

 

死にかけている2人の、後悔の念が渦巻いていた!

 

 

事ここに至るまでには、数日前に遡る。

 

「さて来週の予定だが、俺達3人が修学旅行で欠ける為生徒会はその間休みとなる」

 

2年生の修学旅行が次週の火曜と迫った金曜日の午後。

生徒会会長・白銀御行が、役員全員に向けスケジュールの説明を行っていた。

 

「行ってらっしゃい、普段激務っすからね、ゆっくり羽伸ばしてきてください」

 

笑顔で会長達に送り出す言葉を言う石上。

 

「そうですよ〜、普段激務の私達が羽伸ばせる数少ない機会なのでめいいっぱい楽しんできますね〜」

 

「いや藤原先輩は普段から羽伸ばしっぱなしというか、伸ばし過ぎて謎の物体に変化してるというか」

 

「ちょっとおおお石上くーん!?後輩が先輩へ向けるべき尊敬の態度ってモノを知ってますかぁ!?」

 

「いや、不思議と藤原先輩にはそういうの沸かないっていうか」

 

「ひっどおおおおおおおおおい!!」

 

正論で藤原を殴る光景も、もはや生徒会お馴染みのものである。

 

ただ、もう一人の『後輩』は、言いにくそうな事が有るかのようにもじもじとしていた。

 

「?どうした、伊井野監査」

 

それに気付いた白銀が、ミコに声をかける。

 

「あ……あの……そのっ」

 

「?どうしたんですかミコちゃん?何か言いたい事があるなら言っちゃって大丈夫ですよ♪」

 

自分を慕うミコには(基本的には)優しい藤原が、珍しく先輩らしいところを見せる。

 

「えっと……じゃあ、その!

 修学旅行の間、私に代理で生徒会長を務めさせていただけませんか?」

 

「「ええっ!?」」

 

ミコの口から出てきた驚きの提案に、藤原と石上が驚く。

 

「あら……伊井野さん、なかなかにとんでもない事を仰るのですね」

 

かぐやがミコをじっくりと、品定めするような視線で見つめながら述べる。

 

「だ……ダメですか?」

 

ミコが心配そうな表情で白銀を見つめる。

 

「いや、ダメとは言わんが……今会長である俺自身が言うのもアレだが、大変だぞ」

 

白銀もまた、心配そうな表情でミコに答える。

 

「何より、俺達が居なくなる事で生徒会は2人になる。まあ教師や生徒もある程度気を遣ってくれるとは思うが……保障は出来んぞ」

 

だが、ミコは怯まない。

 

「か、覚悟の上です!それでも経験しておきたいんです、会長職というものがどんなものか、少しの間だけでも!」

 

「……会長、コイツは一度こうなったら折れませんよ」

 

ミコの意志の強さを熟知している石上が、半ば諦めのような雰囲気を漂わせながら白銀に提言する。

 

「…………」

 

しばらく考え込んでいた白銀。

だが、ミコの強く決意の込もった眼を見て、遂に口を開いた。

 

「……分かった。では、来週は火曜日から、伊井野に代理として会長を務めてもらおう」

 

「は、はい!頑張ります!」

 

良い返事が返ってきた事で、不安そうだったミコの顔がパアッと明るくなる。

 

「ではその間、流石に伊井野さん一人に任せる訳にはいかないので……石上くん、私の代理を務めて頂けますか?」

 

「ええ、解ってます」

 

元々かぐやからの頼みとあれば断れない(畏怖的な意味で)石上だが、ミコが無理を言い出してから元よりそうするつもりであった。

流石に、伊井野一人に任せる訳にはいかない。

 

そして、火曜日が訪れた!

 

生徒会長代理伊井野ミコ・副会長代理・石上優の2人による代理の生徒会運営の幕が、切って落とされたのである。

 

が……

 

現実は想像以上に過酷であった!

 

秀知院学園・生徒会長!

偏差値77のこの学校、その実質的トップに位置する事となる生徒会長へかけられる信は、教師・生徒かかわらず非常に大きい!

各催しに係る事務処理に始まり、果ては運営資金の寄付金集めまで任されてしまう幅広すぎる業務!

『それだけの事を任せても問題無い』と思われるだけの信を置かれている!それが秀知院学園生徒会長という立ち位置なのである!

 

副会長代理となった石上と共に資料の山との格闘に勤しむ事となった……のであるが。

ミコと石上の苦難は、それだけではなかった!

 

「伊井野さん、代理で生徒会長やってるんだって?頑張ってね!」

 

「ミコちゃん、頑張ってるんだね~!お姉さん応援しちゃう♪」

 

来訪者!!

 

普段の生徒会長・白銀御行は、その優秀さからもたらされる圧倒的カリスマを誇っている。

が、そのカリスマ感に一役買っている目つきの悪さは、同時に親しくない者を遠ざけてしまう威圧感を放っている為、

彼の本質を知る者や、どうしてもエリートたる会長の力を借りたいという者以外にとって、

生徒会室とは白銀やかぐやらスーパーエリート達が、独特のオーラを漂わせる近づき難い空間……と認識されていた!

 

その点伊井野ミコという人間は、

少しおカタくて真面目という事実こそ知れ渡ってはいるが、

小柄で可愛らしく、それでいて頑張り屋である点彼女は、

『近付きやすさ』という点では、白銀に勝っていた!

その為、普段は『生徒会室にお邪魔してみたいけどオーラが凄くて近づき難い』と感じていた生徒達が、

興味本位でちょくちょく来訪しに来るのであった!

ミコが代理で生徒会長を務める事は敢えて公布はしていなかったものの、どこからか話が漏れたようで、

珍しいモノ見たさかはたまた純粋な応援か、ちょくちょく来訪者がやってくるのだ。

 

正直、仕事の手間を考えれば対応する手間も惜しく感じてしまうのも仕方のない事。

だが、こうしてわざわざ訪れてくれるという事は、少なからず良く思ってくれている人間……ひいては次期の生徒会長選挙での支持者になってくれる可能性が高い人間であるので、無下な応対は禁物である。

はたして、ミコにそういう計算高さが有ったのかは分からない。だが、ミコは来る人みんなに真摯な対応をし続けていた。

あまり友人が多くないが故、普段喋らない同学年の生徒や、まるで妹感覚のように頭を撫でてくる3年生などにはしどろもどろになる事も有りはしたものの、

根底に真摯な姿勢が有れば、上辺の見栄えは良くなくとも案外失礼とは取られにくいものである。

それが要因となったのか、1日目は僅かだった来訪者が2日目以降には倍になり。

更には、普段白銀には色々と相談しにくい事を持ち込んでくる1年生の女子もちょくちょく現れるようになった。

 

スーパーエリートな上に、2期連続で会長・副会長を務めている白銀とかぐやなら、これでも難なくこなしてしまうのかもしれない。

だが、その2人に比べればまだまだ至らぬ点が多い上、初めての経験であるミコと石上にとっては、既にキャパシティオーバーな業務量となっていた!

そして今、来訪者が去って、書類の整理がひと段落付いた所で、ミコが珍しく弱音を吐いたのであった。

 

「……って、伊井野がそういう事言うのって珍しいな」

 

普段は周囲に涼しい顔を見せ、さっきまでも同学年の来訪者に毅然とした態度を取り続けていたミコ。

なのに、今しがたちらりと見えたミコの表情は、紛れもなく疲れを隠しきれていない表情であった。

珍しいミコの様子に、石上が少し驚く。

 

「う……うるさい。ちょっとだけよ、ちょっとだけ。ちょっとだけ大変だと思っただけよ」

 

心の中でしまった、と悔やみつつ、慌てて顔を背けるミコ。

これまでミコは、出来るだけ弱音を他人に見せる事は殆どしてこなかった。

自分が、他の皆からどう思われているのか分かっているから。

きっと弱音なんて吐いたら、嘲笑されるだけのはず。

それ故、幼少からの親友であり、決して自分を笑いはしない大仏くらいにしか弱音など見せてこなかった。

 

なのに、何で今自分は石上に対して弱音を見せてしまったんだろう。

思わず口から零れ出た言葉を、心の中で悔やむミコ。

 

そうきっと、思ったより大変で予想以上に疲れてしまって、想像以上に気が緩んでしまっただけ。

だから、弱音なんて言ってしまったんだ。

そう、だから、違う。違うんだから。

コイツなら……私の事を笑わない。きっと、気を遣ってくれる。って思ったから……なんてのは、絶対に違うんだから。

 

おかしな考えを追いやる為、頭を左右にぶんぶんと振って気を取り直すミコ。

 

「……まあ、どっちにしろ大変なのは確かだけどな」

 

追及しても不毛な為、すぐに落とし所を差し出す石上。

実際、そうである。ミコの疲れ具合など、いくら気配りが出来る石上とて完全に理解することなど不可能だが、

少なくとも自分の疲れ具合はなかなかのものである。

生徒会長を補佐する、副会長。今2人しか居ないところも大きいとはいえ、こんなに大変だったとは。

白銀とかぐや、2人の先輩の偉大さを身にしみて、改めて感じていた。

 

 

とはいえ、実は今の状況は、石上が想定していた程悪くはなかったのであった。

ミコのサポートを申し出たあの日の夜、石上は自宅の自室にて思いに耽っていた。

 

もしかして……来週の『代理期間中』は、生徒会室で伊井野と2人きりという事では?

 

最近の伊井野は、どこか様子がおかしい。

突然何に対してか分からないお礼を言ってくるわ、珍しく寝不足で居眠りし出すわ。

この前のバレンタインデーなんか、ただのお礼と言いつつ明らかに手作りなチョコを渡してくるわ……

 

しかし。

その『様子のおかしい』ミコの事を頭の中で想い返すと、ある種の感情が湧き出てくる事を石上は自分の中で否定しきれないでいた。

お礼を言ってきた時の、赤く染まった顔。

自分の肩に頭を預けて来た時の、安らかな寝顔。

この前のバレンタインデーで、チョコを渡す時、後ろから弱々しく袖をクイッと掴んで来た仕草。

 

いやいやいやいやいやいやいやいや。有り得ない。だから有り得ないって。

どうして、今自分は好きな人が居るのに。

他の女子を。しかも、よりによってあの伊井野を。

少しでも、『可愛い』とか思ってしまうのだろう。

 

もし、こんな事が他人にバレたりでもしたら。

例えば、以前『伊井野を結構フォローしてやっている』などと言ってしまった会長などにバレてしまいでもしたら。

 

『(何だ石上……お前伊井野の事をそんな風に思っていたからフォローしていたんだな?

 それなのに普段はあんな態度を取って誤魔化しているだなんて……拗らせぶりが半端ではないな?

 お可愛いヤツめ)』

 

とか言われても仕方ないよなあ……

 

だから、絶対に違う。

僕は、頑張ってるヤツが報われずバカにされるのが理不尽で大嫌いだから、アイツの手助けをしているだけで。

そこに、ほんの少しでも邪な気持ちが有ってはいけない。

だから、様子のおかしいアイツの事を……そんな風に感じてはいけない。

 

思い返しては、妙な感情を抱き、必死になって否定する。そんなループを、ここしばらくの石上は定期的に繰り返していた。

そんな現状で、4日間も生徒会室にて2人きり。一体、どう過ごしていくべきか、と悩んでいたが……

予想以上の仕事量で、他の事を考える余裕も無く。

ちょくちょくやってくる来訪者のおかげで、2人きりの時間は案外少ない。

ある意味『仕事に追われている』現状は、余計な事を考える暇がないという意味では石上にとってありがたかった。

 

尤も、そう感じているのは石上だけではなかった!

ミコもまた、生徒会長代理を買って出たあの日の夜に、自室でひとり悩んでいた。

石上が、自分のサポートをすぐに了承してくれた事は、内心嬉しかった。

だが、よく考えてみれば……。

 

もしかして、期間中は生徒会室では石上と2人きり?

 

石上が『ステラの人』であると知ってしまってから、何度も思い悩み、それでも石上への『お礼』を不器用ながら重ねてきたミコ。

だが、最近は石上の視線を意識してしまって、もう目を合わす事すら憚られる現状。

そんな中で、4日間放課後しばらくは石上と2人きり?

そんな……そんなの。

いったい、何度アイツと目を合わせる事になるんだろう。

どうやって、平常心を保てばいいんだろう。

 

などと考えてはいたが。

予想以上に大変だった生徒会長の業務。

ちょくちょく来る来訪者。

そのお陰で、石上を変に意識する暇すら無いというのはある意味ミコにとってはありがたかった。

 

そんなこんなで、代理期間3日目に入った今日、木曜日。

今また、新たな来訪者が生徒会室を訪れた。

 

コンコン、と、扉をノックする音が部屋に響く。

 

「はい、どうぞ。生徒会室へようこそ!」

 

不慣れだが真摯な歓迎の声を出しつつ、ミコが生徒会室の扉を開ける。

扉を開けた先に、立っていたのは。

 

「ミコちゃん、手伝いに来たよ」

 

「やっほー、伊井野。元気でやってる?」

 

ミコの幼少からの親友・大仏こばち。

それと、文化祭実行委員会での活動を経て仲を深めた、同級生の小野寺麗であった。

 

「こばちゃん?麗ちゃん?手伝いって……?」

 

「あのね、藤原先輩に頼まれてたの。『3日目くらいから疲れてくるかもしれないから、良ければミコちゃん助けてあげて?』って。やっぱ凄いよね、藤原先輩」

 

『藤原先輩にそんな事が出来たのか』という言葉が喉元まで出かかっていたが、石上はグッと飲み込んだ。

『藤原信者』であるミコと大仏の前でそんな事を言えば、何かと面倒な事になりそうだし。

 

「つー訳で、手伝いに来たの。伊井野、何か手伝える事ある?」

 

「あ……ありがと。じゃあ、こっちに来て。一緒に資料の整理を……」

 

2人に資料を渡しながら、ミコが説明を始める。

そんな様子を、石上はじっくりと観察していた。

 

ここ数日で思った事だが。

多分、伊井野は『白銀先輩のような会長』には成り得ないだろう。

四宮先輩と共に歩けば、その溢れ出るカリスマオーラに他の人が畏怖する現生徒会長・白銀御行。

あの人のオーラは、あの何でも卒なくこなせる(恋愛はそうでもないっぽいけど)優秀さと、あの泣く子も黙らせそうな目つきから来るものだ。

それに比べ、伊井野が出してるオーラと言えば、せいぜい頑張って吠える小型犬のようなオーラだ。

どう逆立ちしても、会長のオーラに敵うはずがない。

会長のようなカリスマ性は出せないだろう。

 

けど、伊井野が一つ勝っている所が有るとすれば。

それは、『助力を得る力』だと思う。

多分、伊井野は一人じゃ生徒会長なんてこなせやしない。

不器用だし、真面目過ぎて勉強以外の事は空回りしがちだし、とてもじゃないけど学園のトップに立つ器には見えない。

それで、今までアイツはその空回りっぷりを他の奴らに笑われてきた。

 

だけど、あの選挙の日以来。

アイツの信念と努力を、認めてくれる人が少しずつ増えつつある。

だから、例え努力が空回りしようとも。

アイツの事を分かってくれる人間が、力を貸してくれるはず。

皆に支えられる……いや、さながら小型犬のように皆に飼われる、マスコットみたいな生徒会長?

だって、昨日来た3年の女子の先輩なんて殆ど伊井野の頭撫でっぱなしだったし。

まあ威厳も何も有ったもんじゃないとは思うけど。

そんな生徒会長も、やっていけるのであれば……それはそれで、有りなのかもしれない。

 

そんな事を考えながら、ミコを見つめていた石上だが、

ふと気付くと、小野寺がこちらをじっと見ていた事に気付く。

石上は慌てて視線を逸らしたが、小野寺はその場で軽く考え込む仕草を見せると、

不意にとんでもない事を口にした。

 

「ていうかさ、前々から思ってたんだけど。アンタ等って、実は仲良いんじゃない?」

 

「「はぁ!?」」

 

石上とミコが、全く同時に抗議……と、困惑の意が込もった声をあげる。

 

「息ぴったりだね」

 

資料に目を通したまま、いつもの無表情で大仏が合いの手を入れる。

 

「な、何言ってるの麗ちゃん!?」

 

「そうだぞ、ていうか大仏まで……」

 

「いやだってさ、アンタ等ペアで居る事多くない?文実の時といい、クリパの時といい、最近は自習室で一緒してるって噂だけど?」

 

石上とミコの反論に、小野寺が冷静に根拠を示し出す。

 

「そ、それはたまたまというか、流れというか」

 

「そうよ!生徒会役員のコイツの生活態度がアレだったり成績悪かったりしたら、生徒会のイメージが悪くなるでしょ!?だ、だから手助けしてあげてるだけで……」

 

「……ふーん」

 

小野寺はそれ以上追及せず、形の上では納得したような雰囲気を出して手元の資料に視線を戻した。

しかし発言の内容が内容なだけに、後にはどこか気まずい沈黙が流れた。

互いにチラリ、チラリと視線を一瞬送るも、視線が合わさってしまう前にすぐ手元の資料に視線を戻す、その繰り返し。

 

だが、共に仕事をしている以上、互いに押し黙ったままという訳にはいかない。

ふと手元の資料を見ると、会計に関わる内容のモノであったため、仕方なしにミコは石上に声をかける。

 

「は、はい、石上。これアンタの分ね」

 

「……うん」

 

ややぎこちない面持ちで、ミコから資料を受け取ろうと手を伸ばす石上。

その時。

2人の手が、少しだけ触れた。

 

「「あっ……」」

 

互いに驚いて、すぐに手を離す。

時間にすれば、ほんの一瞬の事であった。

だが、その一瞬の出来事は、2人の海馬にしっかりと、くっきりと刻まれた。

 

お互いの触れた指の感触がまだ手に残る中、石上とミコは慌てて他の2人をチラリと見た。

 

「(お……大仏や小野寺さんにバレてないよな?)」

 

「(ど、どうしよ……こばちゃんや麗ちゃんに見られてないよね?)」

 

2人をよく知る大仏は言うまでもなく、小野寺もついさっきあんな事を言ってきたばかりである。

もし、今のシーンを見られていたら!

 

『(うっわ……やっぱめっちゃ意識しまくってんじゃん?手がちょっと触れただけで慌てちゃってさあ……

  アンタ等……マジ卍~)』

 

などと言われるはず!

という危機感で、ミコと石上の脳内は一致していた。

 

そして、互いにこんな事を考えているのも同じ事であった。

 

今、なんだかドキドキしているのは、急に手が触れたから驚いただけにすぎない。

決して、最近なんだか妙に意識してしまうからでは、決してない……。

 

そんな事も有ったが、なんとか2人(と助っ人2人)は、3日目の代理での生徒会運営を乗り切った。

 

 

そして、代理での生徒会運営最終日である、4日目。

この日は、大仏は体調を崩し休み、小野寺も妹が風邪をひいた為早めに帰ってしまっていた。

だが、最終日であるこの日は、前日まで頑張って業務に取り組んだ事で仕事の量も残り少なく、

2日目・3日目に比べて来訪者は殆ど居なかった。

 

……いや、正確に言えば、この日の来訪者はただ一人であった。

昨日、小野寺にあんな事を言われた直後に偶然手が触れ合ってしまい。

この2人きりの空間で、互いを妙に意識しつつも、仕事以外の事では話しかけられない、そんな雰囲気。

 

そんな雰囲気を破ったのは、この日ただ一人となる来訪者であった。

 

「こんにちは!優くん、ミコちゃん、居るかな?」

 

扉をコンコン、とノックする音が響く。

上品というよりも、どこか快活さが表れたような小気味の良い音だ。

 

2人とも、その声の主はすぐに分かった。

特に、石上はその声を聞いた瞬間心が躍った。

当然の事である。自分が、今まさに片想いしている女性の声なのだから。

 

「やほー!優くん、ミコちゃん、遊びに来たよ―」

 

開けられた扉から入ってきて姿を見せたのは、

3年生のマドンナにして、石上優が恋焦がれている先輩・子安つばめであった。

 

「つつつっつ……つばめ先輩!?どどどどうしてここに……」

 

突然のつばめの来訪に、浮き足立つ石上。

 

「だから遊びに来たんだってー。……あ、けど今大丈夫かな?」

 

「ぜ、全然大丈夫です!!今日は仕事少ないですし!!」

 

そう言いながら、石上は慌ててお茶を淹れる準備に走った。

 

「久々に自由登校で登校したけど……聞いたよ!ミコちゃん、生徒会長代理でやってるんだって?スゴいね!頑張ってるんだね~」

 

屈託の無い明るさ満点の笑顔で、ミコに話しかけるつばめ。

 

「は、はい……」

 

唐突なつばめの来訪に、ミコもまた、石上とは違った意味で困惑していた。

 

「ふむふむ、へぇ~……生徒会ってこんな感じのお仕事してるんだぁ。ミコちゃん、何か手伝える事あるかな?」

 

「い、いえその……石上が言った通り、今日はそんなに忙しくないので……」

 

「そっか、じゃあ手伝って欲しい事が出来たら遠慮無く言ってね!」

 

つばめにとって、ミコも文化祭実行委員会にて面倒を見た可愛い後輩の一人。眩しい笑顔を向けるのに、特に理由は要らなかった。

だが、ミコにとっては……その笑顔は眩しすぎた。

 

「つばめ先輩!紅茶用意出来ました、どうぞ!」

 

ウキウキを隠せない様子で、紅茶とお茶受けを持ちながら石上がテーブルにやってきた。

そのウキウキ気分を察したのか、つばめもフフッと笑いながらそれに応える。

 

「ありがとね。じゃあ頂いちゃおうかな……あっこのお茶美味しい」

 

「ですよね!?ちなみにそのハーブティーは……」

 

普段より浮き足立って饒舌になった石上が、つばめにやや熱く語りかける。

そんな2人の様子を、ミコはすっかり仕事にかかる手を止め、複雑な心境で眺めていた。

 

子安つばめ先輩。

石上が、片想いしている人だって知っている。

そして、麗ちゃんからはこんな事も聞いた。

『奉心祭の日に3年生の教室で、公開告白した』って。

 

結局、その結果はどうなったんだろう?

今もこうしている所を見ると、フラれた訳では無いように見える。

けれど、付き合ってるようにも見えない。

一体、どういう事なんだろう……

石上と、つばめ先輩。この2人の関係って……

 

石上が、ステラの人であると気付いてしまってからもうすぐ一ヶ月。

その間、ミコは何度も悩んだ。

もし、もし自分が。

石上に対して、ステラの人に密かに抱いてきた気持ちと同じ気持ちを抱く事になったとしても。

石上の方は、もう既にこの人の事を好きなんだ……

 

私は、どうなって欲しいんだろう?

石上と、つばめ先輩。この2人に、どうなって欲しいんだろう?

 

石上の事を考えてあげるなら、付き合う事になるのが一番かもしれない。

明るくて、美人で、性格も良くて、勉強も運動も出来る凄い人。

石上にはもったいないんじゃないかってくらい良い人。間違っても変な人なんかじゃない。

きっと、この人と付き合えれば、石上は幸せになれるのかもしれない。

 

――――だけど……――――

 

そう、今までなら。

石上が『ステラの人』であると気付く前までなら、こんな風に『だけど』なんて事は浮かばなかった。

石上が誰と付き合う事になろうが、そんな事は自分には関係無かった……はずだった。

 

けれど、今は。

何で、こうも心がもやっとするんだろう。

どうして、素直に祝福してあげる気になれないんだろう。

もし付き合う事になったら、今までの事は置いといて素直に祝福してあげるべき。

なのに、100%の気持ちでそれをしてあげる事は出来ない気がする。

自分の一部が、小さな声で囁いてる。

『それってウソなんじゃないか』って……

 

もし、つばめ先輩が石上の告白にOKを出したら。

私は、この人の事をどう思えば良いんだろう?

この人と付き合う事になったら、石上は。

中等部のあの時や、今もひっそりと見せてくれる、気遣いや優しさを……私に向けてくれなくなるんじゃないか?

そう考えると……心が、ざわつく。

 

未だ、自分の気持ちを認めきれていないミコ。

つばめに対して抱く複雑な感情の正体を察するには至れなかった。

 

しかし、子安つばめは気付いてしまった。

近くに座る小さな少女が、自分に向けている感情について……。

 

『コミュニケーション能力』!

近年、就活においても企業からよく求められる、人付き合いの上手さを測り知る事の出来る能力である!

だが、ひとくちに『コミュ力』と言っても、その定義は曖昧で掴みどころが無い。

例えば、どこかの書紀のように、自信満々に一切空気を読まず、別け隔てなくガンガン接してくるタイプも『コミュ力が高い』と言えるであろう。

だがそういったタイプは『他人の考えを読む』という事に長けていない為、得てして意図せず場をかき乱したり、相手を傷つけてしまう事もある。

だが、子安つばめはそういったタイプとは違う。

嫌味の無い自信が有るのはもちろんの事、相手の考えや感情を察する事にも長けており、

決して計算高く無く、その場において最も良い回答が出来る。

その為、交友関係が広がり、能力や容姿も相まって多くの人に好かれる。そういうタイプである。

もちろん、中等部・高等部でも、歳下への面倒見も抜群に良い人柄であり、悩む後輩の相談を受けた例も枚挙に暇がない程である。

 

そんな彼女にとって、傍に居る、複雑な表情を隠しきれていない可愛い後輩の感情を読み取る事は難しくなかった。

 

ミコちゃんの、この表情。

もしかして……ミコちゃんは?

 

思い当たる節、結構有る。

そういえば、私と優くんが一緒の時、大抵ミコちゃんも一緒に居て。

今思えば、その時のミコちゃんの表情って……。

 

「?つばめ先輩?どうかしましたか?」

 

少し考え込むような顔をしていたので、石上が不思議そうに声をかけてくる。

 

「えっ!?ああ何でもないよ、優くん。ゴメンね、ちょっとぼーっとしてただけだよ」

 

「そうですか、なら良かった」

 

つばめの言葉を疑う余地は無く、あっさりと信じる石上。

そしてまた、他愛のない雑談を始める。

 

そうしている内に、時は流れていき。

とうとう、下校時刻を示す鐘の音が校内に鳴り響いた。

それは、今日の生徒会業務の終わりを。

そして、ミコと石上の、生徒会長並びに副会長代理の期間の終わりを告げる鐘の音であった。

 

「あっ!もう下校時間だね!ミコちゃん、優くん!お疲れ様っ!」

 

つばめが満面の笑みで石上とミコを抱き寄せ、労いの意として2人の頭を撫でた。

 

「「つ、つばめ先輩!?」」

 

石上とミコが、同時に驚きと照れの入り混じった声をあげた。

 

「ふふっ、2人ともおんなじ反応って。仲良しだね」

 

屈託の無い笑顔で、2人をからかうつばめ。

 

「そ、そんなんじゃないです!」

 

「そうですよ!僕は伊井野とは別に!」

 

「ふふっ、ごめんね」

 

必死に抗議する2人を、悪戯っぽい笑顔で見つめるつばめ。

 

ほんと、最後の学年で。

また可愛い後輩が、出来たなあ。

 

けど、ひょっとしたら私の今後の行動次第では。

この2人が、もっとぎくしゃくしちゃう事になるのかもしれない。

――――そんな事になっちゃうくらいなら……

 

屈託の無い笑顔の裏で、つばめは、ある決意を固めたのであった。

 

かくして、ミコと石上の、代理による生徒会運営の日々は幕を閉じた。

片や学年1位をキープし続ける才女で、片や2期連続で生徒会役員を務める身。

4日間程度なら、藤原の珍しく気の利いたサポートも合わされば、代理の生徒会業務も不可能では無い事であった。

 

だが、ミコと石上にとっての真の波瀾は。

この後に、待ち受けていたのであった。

 

 

生徒会長代理を終えた、金曜日の夜。

ミコのスマホに、1件のLINEの着信が入った。

 

誰からだろう。ふと、ミコがスマホの画面を覗いてみると……

 

 

【やほー!ミコちゃん、生徒会長代理のお仕事、お疲れ様♪

 どうかな?ミコちゃんが良かったら、お疲れ様会って事で一緒にお茶でもどうかな?】

 

文実の時に交換していた、つばめからの着信であった。

 

「い……一緒にお茶?」

 

唐突なお誘いに、ミコは動揺を隠せない。

しかし、返事を返さない訳にはいかない。

 

【ありがとうございます。けど、お疲れ様会って事は石上にも声をかけた方が良いですか?】

 

つばめ先輩と石上と自分で、3人でお茶会。その光景を想像する。

きっと、石上はつばめ先輩に終始デレデレしっぱなしだろう……

そんな姿を見ることになるのだろうか。もし、そうだとしたら……

 

だが、つばめから返ってきた返信は予想外の内容であった。

 

【ううん、今回はミコちゃんだけ。ちょうど明日がレディースデーでね、美味しいスイーツのビュッフェが出来るお店知ってるんだ!だから今回は女子だけ!どうかな?これくらいなら私、奢っちゃうよ♪】

 

疲れた脳内にドスンと入り込んでくる、『スイーツのビュッフェ』という言葉。

ミコが出した結論は、単純明快であった。

 

【行きます】

 

生徒会長代理の業務で疲れ切った後で、美味しいスイーツを食べ放題。

そんな、色んな意味で美味しいシチュエーションを、些末な悩み事で逃す大食い少女・ミコではなかったのであった。

 

 

そして、翌日・土曜日の昼。

 

 

「やほー!ミコちゃん、お互い早かったね」

 

待ち合わせの時刻の5分前。

ちょうど、2人は同じくらいのタイミングで店の前に到着していた。

 

「いえ、待たせちゃ悪いですから。……それより!」

 

「そうだね、早く入ろっか!」

 

ミコの、期待で待ち切れないといった表情に内心で微笑みつつ、つばめはミコと共に目当ての店に入店した。

 

「わあ……なんか、すごくオシャレな店ですね!」

 

店内は若い女性で溢れかえっており、時々彼女らの内の誰かの彼氏と思われる若い男性も散見している。

とても雰囲気も良く、店内には程良く甘い香りが漂い、更には長居するにも心地良さそうな音楽も流れている。

 

「でしょ?この前友達と入ってさ、すっごく良かったからミコちゃんも気に入ってくれると思ってね」

 

そう話していると、店員がやってきて席に案内された。

 

そして、数分後。

 

2人の着いたテーブルの上には、『女子が2人』にしては異様に多い量のスイーツの乗った皿が並んでいた。

勿論、その大半はこの小さな女子の身体の中に消えていくのである。

いったい、この小さな身体のどこに消えていくのか不思議ではあるが、ミコは実に美味しそうに、もりもりとスイーツを食べていた。

 

「こんなお店が有ったなんて……つばめ先輩!教えてくれてありがとうございます!」

 

食べたケーキのクリームを紅茶で流し込み、軽く口を拭きはしたものの、興奮はそのままにミコが元気良くお礼の言葉を述べる。

 

「どういたしまして!ふふっ、連れてきた甲斐が有ったね」

 

昨日の複雑そうな表情とは打って変わって、嬉しそうにスイーツを頬張る目の前の小さくて可愛らしい後輩に、つばめは自然と笑顔になる。

 

……けどね。ミコちゃん。

ごめんね、今日呼んだのは、労いたかったからだけじゃないの。

どうしても、聞いておきたいことが。確認しておきたい事が、有ったから。

多分、ミコちゃんにとっては凄くイジワルな質問をしなきゃならない。

 

けど、これはきっと、避けて通れない。

私のこれからの為にも。そして、ミコちゃんや優くんのこれからの為にも……

 

まあ、入ってすぐ聞く事は無いんだけどね!

しばらくは私も、このビュッフェを楽しもう。

自由登校とはいえ、大抵は新体操部に入り浸りで、身体もお疲れ気味だし。

ミコちゃん程じゃないけど、しっかりと美味しいモノを食べなくちゃ!

 

そうして、2人は美味なスイーツに舌鼓を打ちつつ他愛もない会話を重ねた。

 

「……で、マイメロのアニメが……」

 

「あっそれ私もちょっとだけ観たことあるよ!カワイイ顔して毒舌なのが面白かったよね!」

 

「生徒会室で勉強してたら、白銀会長が……」

 

「へぇ〜!会長ってそういう所有るんだ?意外だね〜」

 

「あっそうそう、去年のクリスマスパーティーの時イイ雰囲気だった○○君と△△ちゃんがね……」

 

「えっそうなんですか!?私全然気付きませんでした……」

 

ミコは元々コミュニケーション上手な方ではない。だが、子安つばめが聞き上手・話し上手な事で、

2人の会話は実に楽しげに、至って普通の女子高生同士の会話としてそのひとときが流れていった。

 

――――だが、楽しいひとときというのは、思っている以上に早く過ぎ去ってしまうのがこの世の道理である。

 

会話もひと段落した頃、子安つばめは決意を固めたような表情でミコに問いかけた。

 

「……ねえミコちゃん?ちょっと相談したい事が有るんだけど、良いかな?」

 

「えっ?はい、私で力になれるのなら、どうぞ!」

 

この僅かなひとときで、子安つばめという先輩がグッと身近に、より好ましく感じるようになったミコ。

ミコが実にチョロい、という事は否めないが、そうさせるだけの人間的魅力が子安つばめには有る事もまた事実だ。

 

「……うん、というか、ミコちゃんにしか聞けない質問かな」

 

自分にしか聞けない事?

いったい、どんな事だろう?

自分がつばめ先輩にアドバイス出来そうな事といえば勉強の事くらいしか無さそうだけど……つばめ先輩も学年7位だと聞いた。今更自分のアドバイスなど、この人には不要な気もするけど……

 

しかして、子安つばめの口から出てきたのはミコの予想の範疇外のものであった。

 

「ミコちゃん……優くんの事、どう思ってる?」

 

「…………え、ええっ!?い、石上の事!?な、何で、何で私に聞くんですか!?」

 

予想外かつ驚愕の質問に、口に含んでいた生クリームを吹き出しそうになるのをグッと堪えて飲み込むミコ。

 

「うん。奉心祭でね、優くんが私に告白した事……結構噂になってるから、知ってるでしょ?」

 

「え、ええ、まあ……」

 

「私、その返事を今まで保留してたんだ。優くんに聞いたら、来月末まで待ってくれるって言ってくれたから……」

 

告白したはずなのに、関係がいまいち変わってないように見えたのはそういう訳だったのか。ミコの頭の中で最近の2人の態度に関して合点が行った。

 

「優くんの事、あんまり知らなかったからね?待ってくれる間に、よく知ってみようとしたんだ。それでね……」

 

「……そ、それで?」

 

すーっとひと呼吸ついて、つばめが言葉を続けた。

 

「……OKしちゃおうかな、って思ってたんだ」

 

「え、ええっ!?!?」

 

石上には悪いが、どう考えても不釣り合いだと思っていただけに、驚嘆の声をミコは抑えられなかった。

 

「真面目だし、気配り屋さんだったから……彼氏にしたら、とっても優しくしてくれそうで、良いかもなあって思ってたんだ」

 

ここでミコは、つばめの言葉の不審さに気付いた。

今もさっきも、『思った』ではなく『思っていた』なのだ。

 

「けどね、最近気付いたんだ。私なんかよりずっと優くんの事よく知ってて。

優くんの方もきっとその人の事を大事に思ってるんだろうなあ、って人が居るのを」

 

「え、えっ!?」

 

「それでね、気付いちゃったの。私が優くんとお話してると、近くでその子が複雑そうな顔してるのをね」

 

ちょっと待って。

それって、もしかして……

 

「そ、それって、誰の事ですか?」

 

既に答えは分かっているような気はした。が、念の為に確認しておかないわけにはいかない。

 

つばめの方を見ると、優しそうな笑顔をこちらに向け、大きな目がじっとミコを見据えていた。

 

「……誰の事だと思う?」

 

無言のうちに、答えを言われているような気がした。

けど、違う。

私は、そんなんじゃない……

 

「ち、違います!私は、別に……」

 

しかし、ここでミコはハッと気付いた。

 

もし、つばめ先輩が自分の考えている通りの事を、自分に対して思っていたとしたら!

 

もし仮に、違う、別にそんなんじゃない、誰があんなだらしない不良の事なんて……と答えれば。

 

『(ふふっ……優くんを取られたくないからって思ってもない事を言って貶しちゃって。

  ミコちゃん……お可愛いんだ〜)』

 

などと思われてしまうのでは?

 

しかし、逆に『実は……』などと答えようものなら!

 

『(ふふっ……やっぱり優くんの事そういう風に思ってたんだね!今までのは素直になれない照れ隠しだったんだ!

  ミコちゃん……お可愛いんだ〜)』

 

などと思われてしまう!

 

もう、どう答えても『詰んでいる』のでは?

ミコの横顔に、ひとすじの冷や汗が流れる。

 

だったら……

 

「べ、別にそんなんじゃないです。アイツとは、ただの生徒会役員同士ってだけで……」

 

どうせ既に『あらぬ勘違い』をされているのであれば、余計な事は言わないでおこう。

そう思ったのだが……

 

「ふぅん、そっか!じゃあ、私がOKしちゃっても良いんだね?」

 

「えっ……は、はい……」

 

「良かった!ミコちゃんがひょっとしたら残念がるかもって、思ってたけど……私の勘違いだったんだ!ごめんね!」

 

ニッコリと微笑みかけるつばめ。

しかし、ミコはそのつばめの笑顔を直視出来ない。

 

「優くん、喜んでくれるかなぁ?あっ、じゃあさ……もし、優くんと付き合ってて悩んだ事が有ったら、ミコちゃんに相談しに来て良いかな?」

 

「えっ……えっと……その……」

 

つばめに問いかけられる度、段々とミコの返事の声が小さくなっていく。

 

どうして、ここですぐに『良い』と言えないんだろう。

もし、アイツがつばめ先輩とくっつけば。

つばめ先輩に見合う為にって、ますます勉強頑張りそうだし。

『彼女がつばめ先輩』という事になれば、アイツを泣くほど嫌ってる人達も、アイツの事を見直すかもしれない。

良い事づくめじゃないか。

なのに。どうして。

――――どうして、こんなにも心がモヤっとするんだろう……

『ステラの人』だったアイツが。

実は陰ながら私を気遣ってくれているアイツが、つばめ先輩とくっつく事を想像すると。

どうして、こんなに心が苦しくなるんだろう……

 

「どうすれば優くんと良いカンジにいちゃいちゃ出来るかとか……聞きに来ちゃって良いのかな?良いのかな〜?」

 

いたずらっぽい笑顔で、ミコの頬をツンツンしながらつばめが追い打ちをかける。

これでも、嫌味や恐怖を感じさせないのがつばめの人柄である。

 

「……ぅ……えっと……そ……の……」

 

今や、ミコの言葉は店内のBGMや周りの雑談の声でかき消えてしまう程小さかった。

 

頑なに『認めたがらない』ミコの頑固さといじらしさは、つばめから見ればとても愛らしく感じられた。

けど、このままじゃ話が進まない。

つばめはとうとう、ストレートに尋ねる事を選択した。

 

「……ミコちゃん。正直に答えて欲しいな。

 優くんの事……好き?」

 

優しい笑顔と声の調子で、つばめは核心をミコに問いかけた。

 

「…………っ」

 

もはや、声にもならないうめき声のような何かが、微かにミコの口からは漏れるだけであった。

 

やっぱり、そうなんだろうか。

私は、今。

あの暗いヤツを。だらしなくて校則違反の常習者を。

……けど、実は見返りを求めない優しさを自分に向けてくれる、アイツの事を……?

 

いや、違う。そんなんじゃない。そんなんじゃないんだから。

学生の本分は勉強。将来の為の準備期間として、学力を研鑽する時間なんだから。

ちょっと、優しくされたからって、そんな……違う。違うんだから。

 

……けれど、もし。

ここでも、『絶対に違う』などと意地を張ったら。

それは、つばめ先輩と石上の仲を認める事に。

つばめ先輩と石上が、付き合う事を受け入れる事になる……

 

ミコの潤んだ眼から、一筋の温かい涙が流れた。

 

ダメ。ダメだ。

何で、こんな風になるの?

どうして、胸がもやっとして苦しくなるの?

 

乱れる思考の中、ミコは必死で自問する。

……そして、自答するのは簡単な事だった。

 

今思えば、あの日から。

アイツが『ステラの人』だと知った、あの日から。

ずっと、こう思っていたのかもしれない。

けれど、アイツはもう、この人の事が好きだから。

今更、自分がそんな気持ちになってもどうしようもない。

そんな事が、どちらかにバレでもしたら。

みんなの関係が、気まずいものになってしまう事になるかもしれない……

だから、自分にウソをつき続けてたのかもしれない。

そんなんじゃない。決してそんな風に思ってなんかない、って。

 

でも。でも……!

 

つばめ先輩は、本当に良い人。

石上には勿体無いくらい……いや、この人と釣り合う人なんて自分じゃ思い付かないくらい、とっても素敵な先輩。

そんな先輩が、こんな事を聞いてきたって事は。

きっとそれなりの覚悟を持って、聞いてきてくれたはず。

それに対して、ウソをつくのは……それこそ、失礼な事じゃないの?

いや、それ以上に。

もう、ウソをつきたくない。

この気持ちに。今の自分に。

――――もう、ウソをつきたくない。

 

真っ赤に染まった顔を、小さく震わせながら。

ミコは、万感の想いを……小さく頷く動作に込めた。

 

「……ふふっ、よく言えました♪」

 

ミコが小さく頷くのを見て、再びニッコリ笑顔になってミコの頭を撫でるつばめ。

 

「やっぱり、そうじゃないかと思ってたんだー……私のこういうカン、よく当たっちゃうんだ」

 

苦笑いしながら言葉を続ける。

 

「……もし、良かったらだけど。いつからなのかな?どういう理由なのか……聞いても良いかな?」

 

ここまで認めてしまったからには、もう隠す気は無かった。

ミコは、つばめに全てを話した。

 

中等部の一番辛い時期に贈られたステラの花とメッセージのこと。

最近、それを贈ってくれたのが石上だと気付いてしまったこと。

その事実を知ってから……ずっと、こんな気持ちを抱き続けてきたこと。全てを、包み隠さず話した。

この人なら、きっと笑わず、怒らず、全てを受け入れてくれるという信頼と確信を、ミコは持っていた。

 

全てを説明された後、つばめは頷きながら閉じていた目を開いた。

 

「……うん。優くん、お花に詳しかったもんね。『見返りの無い優しさ』かぁ……なんか、素敵かも。ミコちゃんの気持ち分かるなあ」

 

やっぱり、この人は全てを優しく受け止めてくれる。

この気持ちを、誰かに話した事など無かっただけに微かに不安に思っていたミコだが、内心ホッと安心した。

 

「…………良かった。ミコちゃんが、私の思ってた通りで。優くんが、やっぱり素敵な人で……」

 

「えっ?」

 

つばめの言葉の中に、ある種の不穏さをミコは感じ取った。

 

「OKしちゃおうかなと思ってたけど……こんな可愛い後輩が悲しんじゃうの、見たくないもんね。

 それに、優くんも……私なんかより、ずっと優くんの事知ってて、想ってくれてる人の方が、きっと幸せになれるって……私、そう思うんだ」

 

ここまで聞いて、ミコはつばめの真意を理解した。

いや、理解してしまったと言うべきか。

 

「ちょ、ちょっと待ってください!もしかしてつばめ先輩……」

 

「ううん、良いよ。ミコちゃんを誘った時から、もしそうだったら、って決めてたの」

 

つばめは、ミコの言葉を遮り首を横に振った。

 

「あっ、ミコちゃんが悪く思う事は無いよ?確かに優くん、悪くないなって思ってたのは確かだよ?けどね、もっと好きな人が居るのなら……その人に譲ってあげても良いんじゃないかって、そう思ったのは、私の方なんだから」

 

やっぱり、思った通りだ。

子安つばめの真意は……

 

「素敵で、頑張り屋で、可愛い後輩。ミコちゃんみたいな娘になら、私も安心して譲れる」

 

そう言いながら、つばめは立ち上がった。

 

「ミコちゃんも、勇気を出して答えてくれたんだし……私、卒業しても応援するからね!相談にも乗れるよ!」

 

そう言うと、つばめは最後にとびきりの笑顔を見せた後。

 

「頑張ってね、ミコちゃん!」

 

手を数回振って、そのまま席を後にして行った。

 

後に残されたミコは、呆然とその背を見送る事しか出来なかった。

 

もしかして、自分はとんでもない事を、ある意味一番言ってはいけない相手に言ってしまったんじゃないか。

今、自分は……石上の片想いを、台無しにしてしまったのではないか?

そして、確かにつばめ先輩にはこう言われた。

石上をよく知る自分こそが、より彼に相応しいと……

 

でも、どこが?

自分なんて、どこを取ってもつばめ先輩には何一つ勝てない人間なのに。

そんな、そんな自分が。

つばめ先輩の代わりに?いったい、どうやって?

 

ミコの胸の中に、ウソをつき続ける事をやめた代償に対する後悔の気持ちが渦巻いていた。

 

……どうしよう。

つばめ先輩、私はどうすれば?

つばめ先輩の代わりだなんて、私……

私、できっこない。

こんな気持ちじゃ……私は、愛せない。

私は石上優を……愛せない。




こんな終わり方ですが、ここからがむしろ本格的なスタートです。
次回から、冒頭で3学期の顛末を触れた後、2人の2年生編が始まる予定です。


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第6話 石上優は進みたい

これより原作に先駆けて、2人の2年生編が始まります。


【新年度】!

 

及第点を取れなかった者を除き誰しもに訪れる、次の学年へと進むステップである!

第68期生徒会の面々も、当然の如く全員無事に新学年へと歩みを進める事となった。

 

だが、そこに至るまでにはいくつかの出来事が有った。

 

まず……石上の淡い初恋が、終わりを迎えた事。

卒業式の日、自分では告白を未だしていないと思い込んでいた石上は、意を決して子安つばめに改めて告白した。

つばめの方は、返事の催促なのかな、と考え、特に変に思う事はなかった。

それに、つばめの方も奇しくも丁度同じタイミングで、奉心祭での告白の返事をするつもりでいた。

結果は……石上の意に沿う事は出来るものではなかった。

つばめは、本当に申し訳無さそうに謝意の言葉を重ねた。

優くんが嫌いなワケじゃない。本当に悩んだ、今までの告白で一番悩んだ。

けれど、今は新体操に集中したいという私のわがままを許して、と……

 

石上は、精一杯の笑顔でその答えを受け入れた。

ある程度は、想定していた事だ。

いやむしろ、嫌いなワケではないという言葉が貰えただけ充分なのかもしれない。

自他共に認める観察眼を通して見れば、つばめ先輩のその言葉に全くウソが無い事は理解出来たからだ。

 

しかし、石上の中の時間は、この時より止まってしまった。

 

3年生の卒業式の日から3学期までの終業式の約2週間、石上は誰が見ても分かる程無気力な状態で学園生活を送った。

授業や、生徒会の業務はきちんとこなしていた。だがその姿は明らかに、いつもより更に覇気が無かった。

 

そして2つ目に、その初恋の結果とは裏腹に、期末考査の成績は上々のものであった事。

石上の順位結果は97位。同学年にして1位であったミコから勉強を教わった事が功を奏し、前回から格段に順位を上げる事が出来た。

かつてかぐやから提示された50位以内は遠かったが、1年全体199人の中では、『上半分』の順位に入る事が出来た。

これはかつて最底辺に位置していた石上にとっては、大躍進と言えた。

もちろん、ミコも5回連続・そして1年度通じての1位を獲得。トップの座を確固たるものとしてみせた。

 

だが、3つ目として……その見事な記録を残してみせたミコの方も、明らかに元気を失ったまま3学期を終えた事。

しかも、3/10の卒業式までは普通でいた石上と違い、

2月の末から、ミコはずっと元気を失っていた。

もちろん、勉学や試験・風紀委員の活動は普段通りこなしてみせた。

不器用な正義を貫き通そうとしてきた彼女は、周りから煙たがられ辛い思いをした事も何度も有る。

今また辛い何かに当たってしまったところで、彼女の勉学や正義のタガが緩む事は無かった。

 

だが、ふとした時、少し気を抜いた時に。

伊井野ミコの表情は、悔悟の念に苛まれたような辛い表情となるのであった。

月の始めに有った、尊敬する藤原千花、そして石上の誕生日も……祝う気にはなれなかった。

自分には、そんな資格は無い。

どんな顔をして、他人を、石上を……祝えというんだろう。

 

重く辛い空気のまま、2人は特に何も無い春休みを過ごし。

そして休みが明け、新年度、そして新学年を迎えたのである。

 

クラス替えでは、新3年生組は(かぐやの念願叶って)全員同じクラスに。

そして、ミコと石上もまた、同じクラスであった。

貼り出されたクラス構成の掲示を見た瞬間、かぐやと白銀が人知れず独りで歓喜していたのは言うまでも無い事であるが、

ミコもまた、石上と同じクラスになった事をちょっと喜ばしく思っていた。

 

だが、それはほんの一瞬。

すぐに、別の気持ちがミコの脳内を襲った。

『自分に、喜ぶ資格なんて有るんだろうか』と。

 

いや、自分には無い。

そんなつもりは無かったとはいえ、あんな事をした自分には……

 

そして時間が流れ、昼時。

新年度最初の生徒会メンバーの集まる時がやってきた。

 

「今年度もよろしくお願いしますー!」

 

生徒会のムードメーカーにしてカオスの塊・藤原千花の快活な声が響き渡る。

 

「今年はかぐやさんも同じクラスですね!みんな一緒になれて嬉しいです〜」

 

そう言いながらニコニコ笑顔でかぐやに擦り寄る藤原。

 

「ええ、私も『藤原さんと』同じクラスになれて嬉しいです」

 

「そうだな、同じクラスだとやはり話しやすくなるし、良い事だ。俺も嬉しいぞ、『藤原書紀と』同じクラスで」

 

……この2人が、本当は誰と同じクラスになれて嬉しいのかは今更言うまでもない事である。

 

だが、そんな嬉しそうな新3年生組とは裏腹に。

 

「……石上くんもミコちゃんも、去年度末から相変わらずですねー」

 

新2年生組となった石上とミコは、2人とも明らかに元気が無かった。

 

「……ええ、まあ」

 

暗い調子の声で、石上が返す。

 

「いつもの言葉のナイフはどうしたんですか……っていうか、その髪!今までも長過ぎましたけど、休み明けてますます長くなってませんか!?」

 

藤原の言う通りである。元々、長めの前髪を携えていた石上であったが、

去年度末を境目にますます伸びており、今やよく覗き込まないと目が見えない程に前髪は伸びていた。

 

「まあ、石上くんは仕方ないのかもしれないですけど……」

 

石上の失恋は、藤原達も既に聞き及んでいた。

子安つばめへの恋心は既に生徒会のメンバー全員が知っており、『知っていた上で温かく見守っていてくれた事への義理』として、石上の方から顛末を聞かされたのだ。

 

「……ミコちゃんも、いったいどうしちゃったんですか?」

 

「……すみません」

 

何度か聞かれたが、ミコは決して理由を答えなかった。

いや、答えられなかったという方が正しいかもしれない。

真実を告げたら、いったいどんな目で見られるか。

石上が、どんな思いをしてしまうか。

本当の事を言ってしまったせいで、とんでもない結果を産んでしまう。

真実というものが時折見せる残酷な顔が、ミコの脳裏に焼き付いていた。

ウソをつくのは、得意ではない。そんなミコには、口をつぐむ事しか出来なかった。

 

「まあ、俺達には力になってやれない事も有ろう。だが、業務に支障が出るようなら遠慮無く言うんだぞ?俺達なら充分代わってやれるからな」

 

「……いえ、そこは大丈夫です」

 

心配をかける白銀に対し、声に暗い影を帯びた石上が返事を返す。

そう、現に去年度末からこの状態が続いているが、別に石上もミコも、生徒会役員として割り当てられた業務は平常通りこなしていた。

石上は会長やかぐやへの恩、ミコは持ち前の生真面目さが理由で、仕事を疎かにする事は無かった。

単純に、明らかに元気が無い。2人の異変は、傍から見ればそれだけであった。

元から明るい方ではなかったこの2人。

だが、この2人の異変は生徒会室の中にどこかよどんだ雰囲気をもたらしていた。

 

「そうか、分かった。だがな、石上、伊井野」

 

白銀が、石上とミコが向くのを待って一旦言葉を切る。

 

「何か俺達に頼りたい事があるなら必ず言ってくれよ?俺達はお前らの味方だからな」

 

白銀の隣で、かぐやと藤原が優しい顔でゆっくりと頷いた。

かぐやは、「(特に、石上くんはね)」と心の中で文章を完結させた。

子安つばめへの奉心祭での告白は、自分が道連れ欲しさにけしかけたからではないのか。

自分と白銀は上手く行き、石上はそうはならなかったという事実に対して、かぐやは彼女なりに引け目と責任を感じていた。

 

「……じゃ、失礼します」

 

石上は申し訳程度の量の昼食を摂り終えると、重そうな足取りで生徒会室を後にした。

 

「……石上くん、早く立ち直ってくれると良いんですけどねー」

 

『天敵』である石上に元気が無いのもそれはそれで寂しさを感じる藤原が、心配そうに石上の出ていった後の扉を見つめる。

 

「……俺達の思っている以上に、アイツの心の傷は深いのかもしれんな」

 

組んだ両手の上に顎を乗せ、深刻そうに考え込む白銀。

 

「……………………」

 

ミコは何も言えず、その場でどこか申し訳無さそうに座り込む事しか出来なかった。

 

 

 

その日の放課後、午後。

石上は、自習室でひとり勉強していた。

 

石上の心は、失恋とは別に、もうひとつの理由が大きな傷を付けていた。

『また、努力が報われなかった』。

 

何度か言われている通り、彼の人生は『失敗』の連続。努力というモノに対して、半ば諦めのような感情を抱いていた。

試験勉強の方は確かに順位を大幅に上げる事に成功した。

かつて最下位スレスレの位置に甘んじていた事を鑑みれば、そこは充分な成果と言えよう。

石上が勉学に励んだ理由と目的の半分は、これまで自分の勉強を見てくれたかぐややミコの顔を立て、順位アップという結果を以て報いる為。

つまり、目的の『半分は』達成出来ていた。

だが、もう半分、そして彼にとって肝心要であった、もう一つの理由。

『子安つばめを振り向かせる』。これを、成し得る事が出来なかった。

石上優は、義理堅い人間である。彼女への片想いが散った事で、自分の想いを知っていながら茶化さず見守っていてくれた生徒会の面々に対しても、申し訳無さを感じていた。

相談に乗ってくれた(酷い言われようをされたが)かぐやに対しては特に、である。

 

今もこうして勉強しているが、それは決して、来たる1学期中間テストで更なる順位アップを狙うという熱意が有ってやっているワケではない。

ただ、一心不乱に苦手な何かに取り組みたかっただけの事である。

そうしている間は、色んな事を忘れられるから。

暇が有れば、色々な想いが胸に訪れては苦しい想いをしてしまうから……

 

ここ最近はミコからの勉強会の誘いは無いが、石上も誰かに付き合う気分では無かったので特段気にしてはいなかった。

理由はよく分からないが、アイツも何故か1ヶ月ほど前から元気が無い。

ついぞ好きな相手の心を掴む事が出来なかった自分が、いったいどうやって心を読み手助けをしてやれるというのだろう?

僕には、アイツを助けてやれる力なんて無い。

一緒に居れば、アイツが変な噂をされてしまうというデメリットのみが発生する。

石上は、後ろ向きな思考ゆえにミコを避けていた。

 

ところが。

 

「……隣、良い?」

 

よく聞き覚えのある声が背後から聴こえてきたので振り向くと、そこには。

勉強用具を両腕に抱えたミコが、憮然とした表情で立っていた。

 

「……分かってるのか?僕なんかと一緒に居れば」

 

「それはどうでも良い。気にしてたら勉強なんて出来ない」

 

石上の了承を待たずして、ミコは石上の隣に座った。

 

「……ほら、そこ間違ってる。間違ったまま勉強してても、正しく覚えられないじゃない」

 

石上の隣に座ったミコが、英単語の綴りの間違いを指摘する。

 

なんで、僕に絡んでくるんだろう。

もしかして、ここ一ヶ月元気の無い事と何か関係が有るのか?

 

唐突に現れ隣に座ってきたミコに対し、理由を聞く気にもなれなかったので自らの脳内で思惑を探る石上。

だが、その考えはたちまち消え失せた。

 

結局、つばめ先輩の心を得ることは出来なかった僕が。

女子の心を分かろうなどとする事がおこがましい。

 

石上は、言われた所を無言で修正しつつ、自分からはミコに話しかける事は無かった。

 

ミコが来た理由は、ただ1つ。

新学年に進級しても、未だ元気の戻らぬ石上を励ます為である。

 

だが、やはり事ここに至っても、どういう言葉をかけるべきなのかミコには分からなかった。

 

石上を励ましたいのは確かだ。

失恋して落ち込んでる石上を見るのは、何だか辛い。

 

けれど、そもそもこんな自分が、どんな言葉をかけてやれるというのだろう?

どんな顔をして励ませというのだろう?

 

自分が、子安つばめに想いを明かさなかったら。

石上の片想いは、『片想い』で終わってしまう事は無かったのかもしれないのに。

石上が落ち込む事になったのは、自分のせいだ。

なのに、そんな自分がどうして石上を励ませられようか?

『励ましたい』というのも、自分が罪の意識から逃れたいだけの免罪符的な行為に過ぎないのでは?

 

励ましたい。けれど自分には励ませられない。

ミコもまた、石上に声をかけられず、

2人の間には、もはや気まずいを通り越して痛々しい程の沈黙が流れていた。

聞こえてくるのは、石上がカリカリとペンを走らせる音のみ。

近くに居るはずの2人の間には、お互いが醸し出す暗い空気が見えない壁を成していた。

 

石上は、鈍感な人間ではない。

最初にミスを指摘して以降、何も言って来ないミコが、何かを言いたそうにもじもじしている事は分かっていた。

だが、敢えて聞くことはしなかった。

今の自分には、何を言われても答えられる気はしないから。

追い払う気も起きない今、黙っていてくれるならその方が有り難い。

隣で半ば置物と化しつつあるミコを尻目に、石上はひたすら黙々と勉強を続けた。

 

そして時間は流れ、自習室内に下校時刻を示す鐘の音が鳴り響いた。

 

石上は、手早く片付けを済ませ、鞄を肩に掛けた。

あれから結局ミコは石上に何も言って来なかったが、今の石上にはそれで構わなかった。

 

そうして、自習室を後にしようとしたが……

石上の足が、ピタリと止まった。

構う気はしないが……これだけは言っておかないといけないかもしれない。

のろのろと片付けをするミコに、石上が声をかける。

 

「なあ、伊井野」

 

「な、何よ?」

 

石上がこのまま出ていくと思っていたミコは、石上から声をかけられ少し驚く。

 

「……どういうつもりか知らないけど、こんな僕に構ってもお前には何一つ良い事なんて無いから。お前の為にも、生徒会の仕事以外で僕に関わるな」

 

自分を卑下しきった石上の言葉に、ミコはショックを受けた。

 

「なっ……そんな……」

 

ミコが何か言いかけるのにも構わず、石上はくるりと背を向け、その場を後にした。

 

これ以上、自分に絡んで来ても評判を落とすだけだから突き放す。

石上なりの、不器用な気遣いだった。

そしてそれは、ミコにも充分分かっていた。

分かっていたからこそ……ミコはとても悲しくなった。

石上がそんな気遣いをしてくる事が、ミコには悲しかった。

 

 

そして、新学年を迎えての最初の土曜日。

進退窮まったのを感じたミコは、とうとうある人物に相談する事を決意していた。

この人に相談する事が、果たして本当に良い事なのか。むしろ、悪い事ではないのか。

ミコは確信を持てないでいた。

だが、もうこのままではいられない。

自分も苦しいし、石上があそこまで落ち込んで自分を卑下している現状も、なんとかしたい。

そう決意したミコは、自宅にある人物を招き相談を持ちかける事にした。

その人物とは。

 

指定した時間が近付き、自宅で一人そわそわしているミコの耳に、玄関の呼び鈴の音が聞こえた。

 

「はい、今開けます!」

 

ミコが小走りで玄関扉に行き、内側から鍵を開ける。

玄関扉が開いたその先に居たのは。

 

「こんにちは!ミコちゃん、お邪魔するね♪」

 

石上の片想いの相手『だった』人物にして、ミコの想いを唯一知る人物、子安つばめであった。

 

「来てくれてありがとうございます。どうぞ入って下さい」

 

緊張した面持ちで、つばめを迎え入れるミコ。

 

「わあ……綺麗なお家だね。ミコちゃんが頑張ってお掃除してるの?」

 

「えっと、私も少しはやりますけど、殆どは家政婦さんがやってるんです……あっ、これどうぞ」

 

そう言いながら、用意していたお茶菓子をお盆に乗せて出すミコ。

 

「ありがとね、ミコちゃん」

 

目の前に置かれたお茶菓子をひと口味わうつばめ。

 

「……それで、ミコちゃん?相談があるって言ってたけど……」

 

つばめは、回りくどいのは好きではない。これまでのミコを見て、恐らくミコの方からは、なかなか切り出しそうにはないと踏んで、早々に自分から切り出す事にした。

 

「ミコちゃんが私に相談って事は……やっぱり……優くんのこと?」

 

ミコは恥ずかしそうに、小さくコクリと頷いた。

 

「やっぱりそっか!ミコちゃん達、2年生になったけど……あれからどうかな?」

 

つばめからしてみれば、まずは軽めに……という感じで聞いた質問であった。

それだけに、ミコが数秒間何も答えずに。

そして、その大きな潤んだ目から涙を零す事は予想していなかった。

 

「えっ!?ど、どうしたのミコちゃん!?」

 

何かまずいことを聞いてしまったのかとつばめが慌てる。

 

「……どうしたら」

 

「えっ?」

 

「どうしたら良いのか、分からないんです……っ!」

 

涙と共に、ミコの激情と言葉が溢れ出した。

 

「アイツ、落ち込んでで……私のせいで……!励ましたい……けど私のせいなのに!私なんかが、どうやって励ませば良いのか分からなくて……!」

 

「お、落ち着いて、ミコちゃん?ゆっくり、ゆっくり話そ?」

 

泣き出したミコを、つばめは優しくなだめようとする。

 

しばらく泣きじゃくっていたミコだが、つばめの優しい呼びかけに次第に落ち着きを取り戻し、ひとつひとつ最近の悩みを打ち明けていった。

 

石上が、失恋してから落ち込んでいる事。

何とか励ましてやりたいが、自分がこの前つばめに想いを打ち明けた事がきっかけで、石上の恋が終わってしまった。

つまり、石上の恋を台無しにしたのは自分なのに、その自分がどういう顔をして励ませば良いのか分からない事。

……こんな自分に、石上を好きになる資格など有るのかという事。

ひとつひとつ、言葉を絞り出すように悩みを打ち明けていった。

 

全てを話し終えた時、ミコは苦しい想いを一人抱え続ける事からの解放感を僅かばかりに感じた。

 

「そっか……今、そういう風になってるんだね」

 

目を瞑って何度も頷きながら話を聞いていたつばめが口を開く。

ミコは、解放感と同時に僅かばかりの不安感も覚えていた。

場合によっては、『あなたが石上を振ったから今苦しい想いをしている』と責めているように取られてしまうかもしれない。

つばめが優しく包容力のある人物である事は理解しているつもりだし、だからこそ相談を持ちかけたのであるが、

それでも僅かながらミコは不安感を持っていた。

だが、そのつばめが身体を小刻みに震わせ、

先程の自分と同じく、涙を流して抱き着いてくる事は全く頭には無かった。

 

「ゴメンね!ミコちゃん!ゴメンねぇぇぇぇぇぇぇっ!」

 

「ちょ、ちょっ、つばめ先輩!?」

 

つばめの完全に予想外のリアクションに、ミコが慌てふためく。

 

「ミコちゃんも!優くんも!良い子過ぎだよっ!ミコちゃんなんか、人が人ならここは『やったあライバル脱落!』って喜んでも良いところなのにっ!」

 

「わ、私はそんな風には喜べません!」

 

この時、遠くに居た某校副会長が風邪でもないのにくしゃみをしたのはどうでも良い余談である。

 

「ゴメンね!私、逆に2人に辛い思いさせちゃって……ゴメンね!ゴメンね!」

 

「つ、つばめ先輩、どうか落ち着いて下さい……」

 

つい先程までこうして泣いていたのは自分であったはずなのだが、逆にすっかり落ち着いて立場が逆となった事に戸惑うミコであった。

 

「……うん、取り乱しちゃってゴメンね」

 

泣き止んだつばめが、次第に冷静さを取り戻していく。

 

「……けどね、ミコちゃん。私が優くんからの告白を断ったのは、絶対ミコちゃんのせいじゃないんだからね?」

 

「で、でも……」

 

自分が想いを吐露しなければ、子安つばめと石上優は結ばれて、石上は幸せに満ちていたはず。

ずっとその事実を帳消しにしてしまった事が、ミコの心に重くのしかかっていた。

 

つばめは大きくひと息付くと、ゆっくりと話し始めた。

 

「この前、言わなかったから私も悪いけど……告白された時は、断るつもりだったんだよ?優くんの告白」

 

「えっ?」

 

この前は『OKしようと思ってた』としか聞いていなかったので、ミコは面食らう。

 

「付き合って惚れ込んじゃったら、体操の方がおざなりになりそうだし、大学も微妙に遠いからプチ遠距離になっちゃいそうだし……ね。

けどね、それだけの理由で断るのも申し訳無いっていうか、優くんの事よく知らないまま返事するのもどうかなぁと思って、優くんに確認して3月まで待ってもらって。

その間に、断るのも申し訳無いし、優しいからそんなに後悔もしないだろうからって事で、OKしようかなぁ……って。そんな程度なんだよ?

だから、ミコちゃんが自分を攻める必要なんて無い。他の人がどうであれ、最後に『断る』って結論を出したのは、私なんだから」

 

うつむくミコの頭を撫でながら、つばめが苦笑いする。

 

「優くんをフっちゃった私は、もう優くんを元気付けてあげられない。だから……ここはミコちゃんが、優くんを励ましてあげて?」

 

「で、でも!どうやって……」

 

自分には、目の前に居るこの包容力溢れる先輩のようには振る舞えない。

子安つばめの代わりなど、到底自分には務まらない。そう考えていたが。

 

「……ミコちゃん、無理して『私の代わり』になろうとしてるでしょ」

 

ミコの心情を読んだかのように、つばめがズバリと言い当ててしまう。

 

「えっ!えっと……その……は、はい……」

 

胸の内を暴かれた事に動揺を隠せないミコ。

 

「私なんかの代わりになろうとしちゃ駄目だよ?ミコちゃんはミコちゃんなんだから。それに……」

 

「……そ、それに?」

 

「優くんと過ごしてきた時間は、ミコちゃんの方が長いでしょ?」

 

――――そうだった。

その間の関係は、決して芳しいものでは無かったけれど。

石上の事を見てきて、共に居た時間は……

自分の方が、つばめ先輩よりも……

 

「だから、ね?ミコちゃんの気持ちをそのままストレートにぶつければ、優くんはきっと受け止めてくれると思うんだ」

 

――――そうだ、そうだった。

自分は、何を悩んでいたのだろう。

これまでも……巧いセリフの紡げない不器用な自分を、アイツはそれでも受け止めて優しくしてくれた。

全てとまではいかないにしろ……アイツは、自分の気持ちを汲んでくれる。

 

私が励まそうとする意志を持ちさえすれば、アイツはきっと分かってくれる。

 

先程まで困惑一色であったミコの表情が、固く決意の結ばれた表情へと変わった。

 

「……分かりました。つばめ先輩、私、頑張ります」

 

ミコは、つばめに向かって小さく、しかし確かに頷いた。

 

「……そうだよ!ミコちゃんならやれる!応援してるよ!」

 

ミコの決意の固まった表情を見て、つばめは安堵し笑顔になった。

 

「じゃあ!もうちょっと具体的に優くんに何て言うか考えてみようか?

例えばさ、『私が付き合ってあげるから元気出して』とか!?」

 

「告白っ!?」

 

「だって優くんさ、意外と行動力有るよ?

ミコちゃんが励ますより先に、新しい恋とか見つけちゃったら、ひょっとしたら先にその人に……」

 

確かに、石上は妙な所で行動力が有る。

突然性に合わないはずの応援団に志願したり、奉心祭でつばめ先輩に公開告白してみせたり。

 

もし、つばめの言う通りの事になってしまったら!

 

『(はあ?悪いけど伊井野……僕もう好きな人が居るからな……

けど、あのお前が僕の事を好きだったなんてな……今までの態度はまさかのツンデレだったワケか?

これがまさに『周回遅れ』ってヤツか……へえ……へえええぇ……)』

 

って事になりかねない!

 

「た、確かにそうかもしれませんけど……」

 

「でしょ!?じゃあ一緒に良い案を考えよっか!例えばね……」

 

そうして2人の女子は、良い案を考えるという名目で他愛のない女子会トークを繰り広げるのであった。

 

 

そして、2日後の放課後。

 

昨日と同じく、石上は自習室でひとり勉強をしていた。

正直なところ、来たる中間考査へのモチベーションはあまり無い。

『半分より上』の順位なら、もう客観的に見てもマシな方の順位と言える。

そして、もう努力と成果をアピールして気を引きたい相手も……居なくなってしまった。

 

しかし、暇を持て余しているとふとした瞬間に悪い考えばかりが浮かんで、死にたくなってくる。

だから嫌でもこうしていないと、自分はまた、あの引きこもっていた頃に逆戻りしてしまうような気がして。

こうして、勉強を続けている。

 

そんな石上の隣に、今日もまた……

 

「……隣、座るわよ」

 

昨日と同じく、またもミコが石上の隣へと着席した。

 

「あ、あのね石上。その……」

 

今日は手元の勉強内容ををちらりとも見てこない。今日こそ、何か言うつもりなんだろうと石上は身構えた。

いったい、どんな事を言われるのやら。

『失恋くらいでいつまでクヨクヨしてるのよ、だらしない』とか?

『いくら何でもその前髪は長すぎる、校則違反だ』とか、か?

石上の脳内には、暗い考えばかりが浮かぶ。

 

だが、ミコの方はといえば。

 

「あの……その……っ」

 

続く言葉を、出せずにいた。

実のところ、結局何を言えば良いのかを考え付けられなかったのだ。

あれからつばめと話し合ったミコだが、結局自分の中で『コレだ!』と思うようなものは出なかった。

 

「……?」

 

石上が、不審の目をこちらに向けてくる。

いつもより更に覇気の欠けた目ではあるが、こちらの考えを見透かしてきそうな視線は相変わらずである。

 

慌てるミコの脳内に、妖しげな考えが首をもたげてくる。

 

どうせなら、本当に。

いっその事、昨日つばめ先輩が最初に言ったように……?

 

でも、そんな。

いきなりこの場面で、告白なんて……

無理だ。自分には無理だ。

そもそも今落ち込んでいるところに告白などすれば、つばめへの失恋を待ち掻っ攫おうとしていた泥棒ネコのようなものだと思われてしまわないか?

 

しかし、では何と言えば?

結局、またそこに行き着くのだ。

ミコは、結局言葉を続けるに窮してしまった。

 

――――と、そんな時。

 

「……うわ、石上じゃん」

 

「ハァ?コイツ進級出来たの?マジテンサゲなんだけど〜」

 

同じ2年生の、ちゃらけた雰囲気の女子2人が、石上とミコの目の前に近付いてきた。

 

「てゆーかさ、センセー達も何考えてんの?こんなキモストーカー野郎進級させるとかさあ」

 

「生徒会役員だからじゃね?何でコイツが選ばれてんのか知らないけど。何か弱みでも握ってんの、お前?」

 

棘だらけの言葉を、無遠慮に容赦なく向けてくる。

 

「ちょ、ちょっと貴女達!いきなりそんな……」

 

突然の暴言に驚いたミコが、品の無い言葉を遮ろうと割って入る。

 

「なに伊井野?良い子ちゃんはお呼びじゃねーっての」

 

「そうそう、ウチら石上に言ってるだけだし?

てゆーか何今更勉強頑張っちゃってんの?お前なんか最底辺がお似合いだったのにさあ」

 

「アレじゃね?コイツあのつばめ先輩に告ったらしいじゃん?『つばめ先輩に見合う為だー』とか言って張り切ってたんじゃね?」

 

「えぇー、そマ?無いわー、石上なんかがいくら背伸びしても『月とすっぽん』ってヤツ?マジキモみがヤバいっての、ギャハハハ……」

 

これが、落ち込む人間にかける言葉か。

隣で絶句していたミコの怒りが、沸々と沸いてきた。

こんなの、許せない。

何も知らないくせに……的外れな事を!

 

「ちょっと!いい加減に……」

 

小型犬の如く怒るミコが勢い良く立ち上がり、無礼な2人に反論を以て食ってかかろうとした、その時。

ミコの目の前に、それを制止する手がスッと上がった。

 

隣を見ると、石上が左腕をミコの前に伸ばしていた。

 

「……お前らの言う事、全部正しいわ。僕は無価値でキモくて背伸びすら出来ない何1つ取り柄の無いゴミ。お前らの言う通りだわ」

 

石上は、ため息をつきながら言葉を続ける。

 

「だからこうして、隅っこで目立たないようにしてる。そんな僕に構うのなら、まあ良いからいくらでも言ってくれ。事実だから否定しない」

 

この手の、性根の曲がった人間達にほぼ共通して言える事であるが。

嫌がれば嫌がるほど逆に愉快がり責め苛んでくるが、

逆に本人が認め、開き直ると逆にそれ以上言う気がしなくなるという天の邪鬼な性質を持っているものである。

 

突然現れたこの2人も、例外ではなかった。

 

「……チッ、まーいいわ。確かにお前なんかに構ってたらキモいのが伝染りそうだし」

 

「キモ上はせいぜいウチらの目に入らないところでキモく生きてな」

 

三流じみた品の無い捨て台詞を吐きながら、2人の女子生徒は去っていった。

どんな場所にも、癌のようなモノは存在するものである。

 

2人が去ったのを見計らって、石上は隣で立ったままのミコに対し、面倒そうに言葉をかける。

 

「ほら、僕なんかと一緒にいるとああいう連中が沸いてくる。お前も嫌だろ?何の価値も無い僕に構って勉強時間減らして、次の中間考査で順位落としたりしたら嫌だろ。だから、もう離れろ」

 

ミコに、それを受け入れる事は出来なかった。

何でなの?どうしてなの?

何も悪くないアンタが、あそこまで言われて、その通りなんて認めて。

間違ってる。そんなの間違ってる。

アンタは、何も価値のない人間なんかじゃない。

アンタに、私は辛かった心を救われたの。

アンタが……そんなに自分を卑下する事なんて、しなくていい。

 

「……あのね、石上」

 

「?」

 

「あ……アンタにだって……その……

良い所くらい、有るわよ」

 

青天の霹靂とも言うべきミコからの言葉に、石上は目を見張った。

 

その場に、しばらく沈黙が流れたが、

その沈黙を破ったのは、呆然としながらも確かめずには居られなかった石上の言葉だった。

 

「……どんな所が?」

 

去年は、確かに『何も良い所が浮かばない』などと憎まれ口を叩いてきた、あの伊井野が。

いったい突然、どういう風の吹きまわしだろうか?

 

石上の問いかけに、答えにくそうにもじもじしていたミコであったが、

やがて、少し頬を赤く染めつつこう答えた。

 

「こ、ここ最近は勉強頑張ってるでしょ?

そ……それに。たまに、本当にたまにだけど!

ちょっと、ちょっとだけ……

や……やさしい……でしょ」

 

顔を真っ赤にしながら、渾身の勇気を振り絞って出した、微かな声。

だが、石上の耳にはしっかりと届いていた。

 

「も、もう!何言わせるのよ!

とにかく!いい加減に元気出さないと、会長達にも迷惑がかかるでしょ?出来るだけ早く、立ち直りなさいよ!

それじゃあね!」

 

早口でまくし立て一気に言い終えると、ミコは早足で自習室を後にした。

 

その場に残された石上の心情は、他人どころか本人すらよく分からない状態であった。

 

だが、その目は不思議と……ここ最近かかっていた、黒いもやがすっきりと晴れていたように見えた。

 

――――翌日、2-Aの教室――――

 

「はぁ……」

 

自分の席で、伊井野ミコはひとり大きなため息を吐いていた。

昨日石上にかけた言葉が励まし足り得ているか、ミコにはその確信が無かった。

結局、その場の勢いで言ったような事しか言えなかった。

あんなので、石上への励ましになったんだろうか。

自分は、この先もこんな感じで石上へかける言葉に対し四苦八苦し続けるのであろうか?

ミコは、内心で頭を抱えていた。

 

そんな時、教室の扉がガラリと開き。

一人の男子生徒が入って来て、ミコの後ろの席へと座った。

 

その男子生徒は、春休みの間に伸び過ぎた長い前髪……ではなく。

全体的にこざっぱりとした短髪を携えていた。

 

「…………だ、誰?」

 

その姿を目の当たりにしたミコが、唖然とした表情で問いかける。

 

「ベタな反応すんなよ。石上だよ石上」

 

「だ、だってアンタ……」

 

「何だよ、僕が髪切っちゃいけないのか?」

 

「そ、そういう訳じゃないけど……!」

 

ミコに慌てふためくミコに反論する石上の姿は、もはや昨日までとは違い暗い影を落としてはいなかった。

 

「大体、お前が昨日言ったんだろ?『落ち込みっぱなしじゃ会長達にも迷惑かかる』って。その通りだと思ったからな。それに……」

 

「……それに?」

 

「…………やっぱ、何でもない」

 

「何よ!?」

 

言葉に窮した石上が、クルリと顔を背けた。

 

本人を目の前にしては、言う事は出来なかった。

こんな自分を評価してくれる人間が身近に居るのに、落ち込みっぱなしでは申し訳無い。と……

 

伊井野ミコは、嘘が下手だ。

自分が腹ペコなのに、四宮先輩に対してお腹鳴らしながらバレバレの嘘を言いつつ弁当を分けてあげようとしたりとか。

本当に真正直で、笑えるくらい嘘が下手だ。

 

そんな伊井野が、絞り出すようにして言ってくれた、昨日の言葉。

自分には分かる。あれは、嘘偽りのない言葉だと。

 

またも『失敗』してしまった、こんな情けない自分の事を、真っ直ぐに評価してくれる人間が居るのなら。

いい加減……前を向いて先に進まなくては。

 

子安つばめに『お断り』された、あの日。

あの時つばめにかけられた言葉を、石上は思い出した。

 

『(でもね……優くんの側には。私なんかよりずっと優くんの事知ってて、ずっと優くんの事を見てくれてる人も居る……そんな気がするの。

もし、そういう人が居たら……優くんの優しさを、その人に向けてあげてほしいな)』

 

果たして、つばめの言い残した『その人』が、自分の前に座るこの少女の事なのかどうかは、自分にも分からない。

だが……コイツが、自分を評価してくれている以上。

自分が、立ち止まったままのワケにはいかない。

 

ひとり密かに決意を固めた石上は、もう昨日までのような、他人の視線を遮る為の長過ぎる前髪も無く。

その目にはもう、暗い影を宿してはいなかった。

石上優と、伊井野ミコ。2人の本当の高校2年生の生活が、ようやく始まろうとしていた。




髪を切った石上のイメージは、中学時代と同じ髪型をイメージしています。
石上の新たな一歩の決意の表れなので、多分この先はずっとこの髪型で行くと思います。
ミコが落ち込んでいた間に過ぎた石上の誕生日(3/3)ネタは、3年生編にて扱う予定です。


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第6.5話(番外編) 四宮かぐやは認めさせたい

石上優が、失恋を乗り越え立ち直ったその翌日。

彼への片想いを自覚するに至った少女・伊井野ミコは、『落とし物箱』の前に立っていた。

 

彼女にとって、見過ごせないものがその中には有った。

それは……奉心祭にて、石上から手渡された、ハートのアクセサリー。

かぐやが白銀への告白に用いようとして落としてしまった物を石上が拾い、自分に渡してきた物である。

 

奉心祭の伝説。

ハートの贈り物をすると、永遠の愛がもたらされる……

ロマンティックさをご多分に求めるミコは、当然その伝説を知っていた。

尤も、石上がそういう意図で自分に手渡してきた訳ではない事も知っている。

『落とし物は風紀委員に』というロマンティックさの欠片もない理由で渡してきた。ただそれだけの事。

 

しかし、理由がどうあれ、このアクセサリーが『奉心祭で石上から渡されたハート型の物』である事は確かだ。

 

……このハートのアクセサリーがこの落とし物箱に入れられて、もう3ヶ月以上は経過している。

3ヶ月以上経った落とし物は、誰が自由に持ち帰っても構わない……そういうルールが有る。

だから、ミコがこのハートのアクセサリーを持ち帰る事には、何の問題も無い。

 

……もし、これを私の物にしたら。

奉心祭で、石上から貰ったハート型の物を自分の物にする。

それは、つまり……

 

『永遠の愛』。

憧れるような響きが、ミコの脳内を満たした。

 

 

少し恥ずかしくなって、ミコは顔を赤らめる。

そっと、ゆっくりと……ミコはハートのアクセサリーに、手を伸ばした。

その時。

 

「――――そのハートのアクセサリーをどうするつもりでしょう、伊井野さん?」

 

背後から、声が聞こえてきた。

振り返るとそこには……口元に妖しい笑みを浮かべたかぐやが、立っていた。

 

「し、四宮副会長!?」

 

背後に居る事に、全く気付かなかった。

そんなに、自分はこのハートのアクセサリーに夢中になっていたのだろうか。

 

「伊井野さん、そのハートのアクセサリーが欲しいんですか?」

 

ニマニマしながら、ミコの方に歩み寄ってくるかぐや。

 

「い、いえその、コレちょっと可愛いなーと思っただけで、べっ、別に欲しいなんて事はそんな……」

 

ミコが額に冷や汗を浮かべながら慌てて否定する。

 

「あら、そうですか。ではこのハートのアクセサリー……以前私の落とし物であると伊井野さんにもお話してますし、私の手に戻っても何ら問題は有りませんよね?」

 

「えっ」

 

「いえ、以前はもう要らないと言ってしまいましたが……伊井野さんの言う通り、コレ可愛いですもんね?私もそういうモノを手元に置いておきたくなったので。構いませんよね?伊井野さん?」

 

「……え、えっと、その」

 

かぐやの言う事には筋が通っている。3ヶ月が経つ前に確かにかぐやの落とし物として聞かされているし、何より落とし主の手に戻るのが一番自然な事である。

引き留めたかったミコであるが、何も言い返せなかった。

 

そんな言葉に詰まったミコに対し、かぐやはますます妖しい笑みを浮かべながら言葉を続けた。

 

「本当に良いんですね伊井野さん?私てっきり……」

 

ここで一度言葉を切り、間を作るかぐや。

 

……もしかして。

突然不安が胸を過ぎったミコであったが、その不安は正しかった。

 

「『ハートの贈り物で永遠の愛がもたらされるという奉心祭で』『石上くんから渡された』『ハート型の』アクセサリーを、伊井野さんが欲しがっているものだと……」

 

一言ひとこと、噛みしめるように、愉しむように単語を繋げるかぐや。

ミコにも、かぐやの思惑はしっかりと伝わっていた。

 

「そっ……そんな事……」

 

それでも、最後の抵抗とばかりに否定する事しか出来ないミコ。

だが、そんな相手を陥落させる事など四宮かぐやにとっては容易い事であった。

 

「まあ、他ならぬ伊井野さんの望みであれば。『納得出来るしっかりした理由』があれば、譲ってあげても良いのですけど……」

 

「あっ……あうぅ……」

 

「例えば、先程のような理由だとしたら、とても素敵なお話ではないでしょうか?私も喜んで譲れるというものですよ」

 

左手を口元に当て、すぐそこまで迫っている勝利の時を愉しみながら待つかぐや。

 

「その……そんな……こと……っ」

 

いくら勉学において秀才であるミコも、この場で目の前の天才・四宮かぐやを納得させられるだけの理由を、でっち上げる事は出来なかった。

 

このまま、四宮副会長を納得させられなければ。

あのハートのアクセサリーは、再び四宮副会長の手に戻ってしまう……

 

「う……うぅぅ……」

 

悩みの中、うめき声が漏れるミコ。

今やかぐやは、葛藤するミコを笑みを浮かべて観察しながら、答えを待つのみであった。

 

そんな状態が、数分間も続いたが……

とうとう、かぐやが次の一手を打った。

 

「いつから気付いてたんですか?石上くんが『ステラの人』であると」

 

ミコが認めやすいよう、助け船を出した形だ。

油断していたミコは、その船にまんまと乗ってしまった。

 

「……四宮副会長と石上が話してたのが聞こえ……」

 

ここまで言って、かぐやの質問が罠であると気付いてしまった。

 

「あ、あっ……!」

 

かぐやには、以前『ステラの人』への想いを打ち明けていた。

そして今、石上がステラの人であると気付いている事を認めてしまった。

それの意味する所を……ミコは、瞬時に理解してしまった。

 

「あ……ああっ……」

 

とうとう遠回しに認めてしまった恥ずかしさで、ミコの顔は赤く染まっていった。

 

「あの時もそうでしたけど……そんなに頑なにならなくても良いですのに」

 

とうとう石上への好意を認めさせたかぐやは妖しい笑みを辞め、『ちょろい』後輩の可愛らしさといじらしさに、思わず苦笑いを浮かべた。

 

「……副会長、全部、知ってたんですね?」

 

赤らめたままむすっとした顔で、ミコがかぐやに尋ねる。

 

「ええ、まあ半分程は『女の勘』とでも言いましょうか……もう半分は、伊井野さんがどこか嬉しそうに落とし物箱のある方向へ向かって行ったので、多少なりの確信が有りましたよ」

 

「……やっぱり四宮副会長は意地悪です」

 

気付いててこんな責め苛まれ方をされた事への不満が、幼さの残る顔に隠さず表れていた。

そんなミコの顔を見て、クスッと自然な笑みがこぼれるかぐや。

 

「ほんと……伊井野さんは……お可愛いこと」

 

ミコの頭を撫でながら、笑顔を見せるかぐやであった。

 

「勿論私は応援しますよ、伊井野さん。きっと、今までの仲から行って茨の道であるとは思いますが……『永遠の愛』が、『ステラの人』と結ばれると良いですね」

 

そう言いながら、かぐやはその場を後にした。

 

 

こうして、元の持ち主公認の元、ハートのアクセサリーはミコの手元に渡った。

このハートのアクセサリーが、2人の今後を示す物になるかどうかは……まだ、誰も知らない。

 




・番外編なので特殊タグ機能(ただの太字ですが)も使ってみました。
・今後、かぐやは出しゃばり過ぎない程度にミコの恋、ゆくゆくは2人の恋をサポートする事になります。
・遅れましたが、沢山のアクセスと高評価、まことにありがとうございます。筆を走らせるモチベーションとなっております。
毎話の誤字報告も大変ありがたいです。


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第7話 『石上みこ』を可愛がりたい

今回は11巻に1コマだけ出てるあのキャラを独自解釈で、更にオリキャラ2人を出演させています。
オリ要素お断りな方はご注意下さい。


第68期生徒会役員の面々が、新年度を迎えてから数週間。

今日もまた、生徒会役員会計監査・伊井野ミコは、兼任している風紀委員の会合に出席し終えた後に生徒会室へと足を運んだ。

 

生徒会室の扉の前に辿り着き、ドアノブに手をかける。

しかし、今日は何か勝手が違った。

中から、普段聞き慣れない声がする。

 

「……ぇぇん、ふぇぇ……」

 

扉を隔てているのでぐぐもってよく聴こえないが……これは……赤ん坊の泣き声?

 

「(な……何で赤ちゃんの泣き声が?ま……まさか!)」

 

伊井野ミコの脳裏に浮かんだのは、以前訳の分からない幼児語のようなものでやり取りをしていた会長と副会長の姿。

あんな事してたあの2人なら……有り得る!

神聖な生徒会室で、『赤ちゃんプレイ』とかいう変態じみた行為をしている可能性が充分に!

またも思春期風紀委員モードの脳みそがフル稼働し明後日の方向に勘違いしたミコは、ここは自分が止めなければ、と勢い良く扉を開いた。

 

「ちょっと!生徒会室で何をして……」

 

しかし、ミコの目に飛び込んできたのはまったくの予想外の光景であった。

 

中に居たのは、石上ひとりであった。

……いや、『秀知院の生徒では』ひとり、と言った方が正しいかもしれない。

何故なら彼の両腕の中には、元気良く大泣きしている、とても愛らしい物体が有ったからだ。

 

「あっ……」

 

勢い良く入って来たミコの姿を見て、固まる石上。

だが、ミコの方は固まるどころではなく、まるでその場で一瞬にして石像になったかの如く微動だにしなかった。

しばらくは2人、いや3人の間に流れるのは、謎の赤ん坊が大きく泣く声だけであったが、

仕方がない、といった顔をした石上が、口を開いた。

 

「……伊井野。何考えてるか分かるような気がするから先に言っとくぞ。違うからな」

 

「……えっ?」

 

石上に声をかけられるまで、ミコは概ね石上の想像通りの事を考えていた。

髪を切って、中学時代のようにこざっぱりした髪型に戻った石上。

失恋から立ち直った石上。

もしや、そんな石上に自分の知らぬ間に思いを馳せる人が現れて。

自分の知らぬ間に、結ばれて……?

 

「さっき兄貴が来たんたけど……ここのOBなんだけど、久々に校舎を見て回りたいなんて言ってこの子を僕に押し付けてったんだよ。って事で、この子は兄貴の子」

 

「あっ……そ、そういう事」

 

よく考えたら……というかよく考えなくても、人間の子供がそんなに早く産まれるはずがないじゃないか。

ミコは、一瞬でもそんな勘違いをした自分を恥じた。

何か、最近妙な事で悩んだりする事が多い気がする。

自覚すると、アホになるとでも言うのだろうか?……『恋』というものは。

 

「伊井野、来たんならそこの新聞紙何枚か取って絨毯の上に重ねて敷いてくれるか?今からその上でおむつ替えようとしてた所だったんだけど」

 

「う、うん」

 

言われるがままに、そばに置いてあった新聞紙を絨毯の上に重ねて敷くミコ。

 

「よ……っと。ほら、今替えてやるから泣き止んでくれよ」

 

絨毯の上に敷かれた新聞紙の上で、気持ち悪そうにじたばたする赤ん坊のおむつを、石上が手慣れた手付きで替えていく。

 

「……なんか、手慣れてない?」

 

石上にこんな事がテキパキと出来る一面が有ったのかと内心で感心するミコ。

 

「何度か兄貴にやらされた事有るからな。『これからの時代は男もこういうの出来ないとダメだぞ』とか言われて……単に世話出来る人間増やしたいだけのような気もするけど」

 

自分には将来的にこんな事をする予定は無いというのにと言わんばかりに、石上はやれやれと首を振った。

 

「へ、へぇ……そう」

 

返事も半分上の空、石上が赤ん坊に目線を集中しているのを良いことに、ミコはその横顔をじっと見つめていた。

失恋から立ち直ったと同時に、『あの事件』が起こる前の中学時代の短い髪型と同じように、バッサリと髪を切った石上。

前までは長い前髪に見え隠れしていた目が、今では横からでもよく見える。

 

聡明なる読者諸賢は既にご存知の事であろうが、伊井野ミコはバリバリのアイドルヲタで、意外と『面食い』な所が有る。

もちろん中身が第一であるが、そこを考慮しないのであればイケメンを密かに求めているのが彼女である。

そしてその審査基準も厳しく、髪型が半分を占めるようないわゆる『雰囲気イケメン』は彼女の御眼鏡には適わない。

誤魔化しの利かない、短くこざっぱりした髪型。究極を言えば坊主頭のイケメンが、彼女の理想である。

 

ただでさえ、ここ数ヶ月は『ステラの人』という事で意識し、

更には彼の視線を意識しまくってしどろもどろになる事も多かったミコであったが、

そこに更に『こざっぱりした髪型』が唐突に加わった事で、

他者にはともかく、ミコの中では最高に近い組み合わせが出来上がっていた。

 

こうして横顔を見ているだけでも、胸の高鳴りを嫌でも感じてしまう。

更に!

 

「……ほら、終わったぞ。よーしよし、もう大丈夫だからなー」

 

おむつ替えを終え、赤ん坊を優しく抱き、普段の彼からはおおよそ想像も出来ないような優しい口調で語りかけるその姿を見て。

胸が高鳴りテンションがキマっていたミコの脳内では、あらぬ妄想劇が繰り広げられていた。

 

『(ほら、伊井野……もう大丈夫だからな……安心しろよ)』

 

実際より5割ほど誇張された美形な石上が、自分を後ろから優しく抱きしめ頭を撫でる光景が、ミコの脳内で広がっていた。

 

「(な、な!何考えてんのよ私はあああああああああああっ!?)」

 

違う。こんな事求めてない。

ほんとに求めてないったら求めてない。違う違う、違うんだから……

 

破廉恥な妄想をどこかに追いやる為、頭を左右にぶんぶんと振ってスッキリさせようとするミコ。

 

「どうしたんだ?」

 

流石にすぐ傍で頭を激しくぶんぶん振っていれば気付かれる。

石上が、ミコの挙動を不審に思って声をかけてきた。

 

「なっ……にゃんでもない!」

 

その答え方で何でもなくはないだろ、と心の中でツッコむ石上であったが、

追及しても面倒な事になりそうなだけなので取り敢えずそのまま受け取る事にした。

 

「そ……それはそうと!!さっきその子が泣いてる理由、なんでおむつ替えのサインって分かったの?」

 

取り敢えず話題を逸らす事が誤魔化す一番の方法だと考え、ミコが話を逸らそうと試みる。

 

「まあ、ミルクは兄貴があげたばかりって聞いてたし、眠たいってのもさっき起きたばかりだから無さそうだったし……

大抵はお腹減ったか、眠たいか、おむつが気持ち悪いかのどれかで、それらに当てはまらなければ寂しいとか怖いとか……そんな所だろ」

 

原因を絞り込む論理を、指を1本ずつ折りながら説明する石上。

 

「まあ、こいつは分かりやすくて人見知りも少ない方だから僕でも世話出来るんだけどな……、うん、やっぱり機嫌戻したわ」

 

石上の腕の中で、先ほどまで泣いていた赤ん坊が、可愛らしく混じり気のない純粋な笑顔を覗かせる。

 

「……そういうものなんだ」

 

確かに分かりやすいかそうでないか、ぐずる頻度など個人差が有る事は確かだが、

それでもこうして赤ん坊の世話をこなせる石上に、ミコは改めて感心してしまう。

 

そうしていると、ふと石上の腕の中で笑っている赤ん坊と視線が合う。

『だぁれ?』とでも言いたげな、きょとんとした視線を向けてくる赤ん坊に対し、

赤ん坊と接する機会など全く無かったミコは、どういう顔をすれば良いのか分からない。

だが、石上の方をちらりと見て、彼の表情が(赤ん坊の中での)普段通りで、まったく強張ったりしていない事を確認すると、

くるりとミコの方に向き直り、石上に向けていたような笑顔と同じ、可愛らしい笑顔を見せた。

 

かわいい。

なに、このかわいい子。

 

赤ん坊につられるように、ミコの方もまた自然な笑顔になった。

見る人の多くを自然な笑顔にさせる。それが赤ん坊の持つ不思議な力である。

 

「……ねえ、この子名前なんて言うの?」

 

ミコは、興味が湧いて石上に尋ねてみた。

名前で呼んだりしたら、もっと喜んだりしてくれるかもしれない。

 

だが、石上は赤ん坊を抱えたまま、突然くるりとミコに背を向けた。

そして、何故かとてもぎこちない口調で、こう答えた。

 

「……個人情報なので、保護のために黙秘します」

 

「はぁ!?ちょっと、何で……」

 

予想外かつちょっと理不尽な返答が返ってきて、思わず怒ってしまうミコ。

 

「……赤ん坊の個人情報も守られるべきなので、黙秘します」

 

相変わらず、どこか挙動不審な様子で同じような答えを返す石上。

 

ミコは、戸惑うと同時に悲しくなってしまった。

父親が高等裁判所裁判官であり、自身も法律関係の仕事に就職希望のミコは、確かに個人情報保護の大切さをよく知っている。

だから、石上の理由も一理ある事はある……だけど。

自分は、その赤ん坊の名前を教えるに足らない信頼しか無いのだろうか?

名前を教える事が、危険だと思われているのだろうか?

 

「……悪用なんてしないわよ。そんなに信用ならないの?」

 

そこまで信用されていないのだろうかという悲しみと動揺が、声の震えとして表れてしまった。

 

「……いや、その……うーん」

 

石上はミコに背を背けたまま、果たしてどうするべきか、と悩み始めた。

 

「……良いわ。教えてくれないというのであればそうすればいいじゃない。どうせその子の世話する時、一度か二度くらいは名前を呼びかける事くらいするでしょ。その時、しっかりと聞き耳立ててあげるから」

 

ミコはムゥゥゥと頬を少し膨らませ、拗ね全開でプイッとそっぽを向いた。

 

確かに、赤ん坊と接するにおいて名前を呼びかけられないのはいささか不便である。

兄がいつ迎えに来るかも分からないので、バレるのも時間の問題かもしれない。

近くにこんな不機嫌な人間が居たら、赤ん坊にも良くないかもしれないし……

 

思考の末、仕方なく石上は名前を教える事に決めた。

 

「……コ」

 

「?」

 

こっちを向かないままながら、石上が何かを呟いたのが聴こえて彼の方を振り向くミコ。

 

「……コ」

 

「ちょっと、何よ?教えてくれるなら、もっとハッキリ……」

 

だが、ミコのリクエストに応え石上がハッキリと口にした言葉は、ミコにとって驚天動地とも言える内容であった。

 

「……ミコ」

 

心臓が、間違いなく一拍すっ飛ばされた。

そう感じるくらいに、ミコの胸はドキリとした。

効果音が有るなら『ボンッ』とでもいうように、ミコの顔は一瞬で真っ赤に茹で上がった。

 

「なっ、なっ……な、な、なんであ、アンタ、い、いきなり……」

 

まったく突然に下の名前で呼ばれた事で、ミコの頭の中から冷静さというものがどこかへ吹っ飛んでしまった。

なんで、どうして?いきなり、下の名前で……

 

言った石上もどこか恥ずかしそうであったが、大きめのため息を付くと言葉を続けた。

 

「あのな?お前の事じゃなくて、コイツの名前だから。女の子で、漢字で『海の心』で、『海心』」

 

「あっ……」

 

自分の勘違いを見透かされ訂正され、ミコは一気に恥ずかしくなった。

そうよね?赤ん坊の名前を聞く流れだったのに、いきなり私の名前を言うはずないじゃない。

何で、こんな勘違いを……

 

あれ?でも、という事は。

ミコの頭の中に、とんでもない一説が浮かび上がる。

 

「……ちょっと待って。お兄さん、婿入りだったりしないわよね?」

 

「ああ、嫁さんの方の嫁入りだけど?」

 

ちょっと、ちょっと待って。

という事は……

 

「……じゃあ、その娘のフルネームって」

 

「……わざわざそんな響き、耳にしたいのか?んなワケ無いだろ」

 

少し照れくさそうに、石上がそっぽを向いた。

直接的には言わなかったが、その答えはミコが想像していた説が正しい事を示しているも同然であった。

 

つまり、この娘の名前は……

石上のお兄さんの元に産まれた長女、海心。つまり……

『石上海心』。

 

『いしがみみこ』。

 

その6文字の響きは、妄想力もとい想像力豊かなミコの脳内を、ある種の妄想で満たし切るには充分なワードであった。

 

 

お互いに少し大人っぽくなり、並んでソファに座っている自分と石上。

実際より7割ほど誇張された美形な石上が、片腕を優しくミコの肩に回しながら囁く。

 

『なあ、伊井野……』

 

『もう。また昔の呼び方してる。もう……違うでしょ?』

 

わざと少し頬を膨らませむくれたような表情になりつつも声が楽しげなミコが、石上の頬を小突きながら訂正する。

 

『私達……もう……』

 

ほのかに頬を赤く染めたミコの左手の薬指には、真新しさを示すようにキラリと光る指輪が。

そしてそのお腹は、大食いとは全く違う原因でにわかに膨らみ始めて……

 

 

「(ななななななななな何考えてんのよ私おかしいでしょ早すぎるっていうかそういう問題じゃなくてああああどうしよどうしよどうしよ!)」

 

ただでさえ元々豊かな想像力を持っていたミコであるが、『ステラの人』の真実に気付いてから。

更に、石上への好意を自覚してしまった事がきっかけで、その想像力は意図せずして殻を破り、新しいステージへと昇華してしまっていた。

 

もう、最近は、本当におかしい。

そりゃ、石上の事が……好きってことは、自分の中でも認めてしまったけれど。

そういうのはまだ早いでしょ!?自分たちはまだ高校生なのに。

というか、早いとか早くないとかそういう問題じゃなくて!

 

もはや頭を振るだけではこの疚しい妄想は振り払えそうになく、ミコは頭を抱えて座り込んでしまった。

 

その様子を見ていた石上は、少し不機嫌そうな声でミコにツッコんだ。

 

「……いやまあ、そりゃお前にとっては嫌なイメージ湧くワードかもしれないけどさ。そこまで拒否反応示すか?」

 

ミコの気持ちを知らず、単に『いしがみみこ』という響きに猛烈な拒否反応を示していると勘違いしていた。

 

「ち、違っ……!」

 

違う、そうじゃない。

嫌じゃない。そんなに嫌なんじゃない。

むしろ……

 

今は、変な事が頭に浮かぶ自分のおかしさが嫌になってこういうアクション取っちゃっただけ。

だから、『違う』とミコは言いかけた。

 

しかしその刹那 ミコに気付き!

もし、ここで「違う、嫌なんじゃない」などと否定してしまおうものなら!

 

『(へぇ……[いしがみみこ]を頭の中に浮かべても嫌じゃないんだ?

つまり伊井野は密かにそういう願望が有ったんだな?

普段は僕の事あれこれ言ってくるくせに実はそんな事を……へぇ……へぇぇぇぇ……)』

 

などと悟られてしまうかもしれない!

 

そう危惧したミコの選んだ選択肢は!

 

「違っ……違、わない!もう、変な事考えちゃったじゃない。どうしてくれるのよ」

 

心にも無い事を言って誤魔化すしかなかった。

 

「(あぁ……またやっちゃった……)」

 

確かに、石上への好意は『自分の中では』認めている。

だが、他人に、ましてや本人に対してそれを認めるのはまた別段の難しさがミコの中には有った。

誤魔化す為とはいえまたもキツい事を言ってしまい、ミコは心の中で落胆した。

尤も石上の方は、その答えはある程度予想していた為特に気にする事もなく受け入れたのであるが。

 

「うー?」

 

そんな時、石上に抱かれている海心が不思議そうな顔を石上の方に向け、小さな手はミコの方を指していた。

 

「んー?何だ?このお姉さんの事が気になるのか?」

 

「あー!」

 

明らかに同意と取れるニュアンス。石上は海心を抱きかかえたまま、ミコに近付いた。

 

「ほら、伊井野をご指名だとさ。せっかくだから抱っこするか?」

 

「えっ?」

 

突然の申し出にミコが驚く。

 

「あー」

 

海心がミコの方を向き、小さな手足をぱたぱたさせている。

 

「で、でも……」

 

その申し出は嬉しかったが、赤ん坊を抱っこした事のないミコはいささかの不安を覚えた。

それを何となく察した石上が、フォローの手を差し伸べる。

 

「大丈夫だって、抱き方くらい教えてやるから。不安ならまずソファに座ってからの方が良いな、『もしも』の時落差が少ないから。それに僕なんかよりお前の方がこういう事くらい出来ないと後々困るぞ」

 

そう言って石上が、海心をミコに差し出してきた。

 

「ちょ、ちょっ……」

 

言われるがままにソファに座ったミコが、恐る恐る海心を受け取る。

 

「ほら、右手で頭を支えて……まあもう首は据わってるからそんなにビクビクしなくてもいいぞ。んで左腕で身体を支える感じで……」

 

「う、うん……」

 

今やミコの心臓は、小さな命を自らの腕の中に収める緊張感と、石上がごく自然に手を取ってそばでレクチャーする事へのドキドキで、いつもの何倍も忙しく鼓動していた。

 

「だぁ……あー」

 

ミコの両腕の中で、海心がミコの顔をまじまじと見つめる。

 

「……せっかく名前教えてやったんだし、名前呼んだりしてやれよ」

 

石上が横からアドバイスを送る。

が……

 

「う、うん。

み……みこ……ちゃん?」

 

やはり、自分と同じ名前を呼びかけるというのはどこかむず痒い。

そのぎこちなさが声に表れてしまったが故か、海心の反応も今ひとつである。

 

「……呼びにくいなら、『みーちゃん』でも良いぞ。兄貴達はいつもそう呼んでるしな」

 

「なっ、そ、そうならそうと早く言いなさいよ、もう……」

 

ミコは今度こそ失敗しまいとひとつ深呼吸して心を落ち着かせ、そしてもう一度海心に呼びかけた。

 

「み……みーちゃん?」

 

いつもの呼ばれ方で自らを呼ばれた海心が、ミコに笑顔を返した。

 

「あーっ。あー♪」

 

笑顔で、嬉しそうに手足をぱたぱたさせている。

 

「みーちゃん?」

 

「あぁー!あーっ♪」

 

実に良い反応を返してくれる海心につられ、だんだんミコの方も楽しく、自然と笑顔になっていく。

 

「みーちゃん!」

 

「だぁーっ!まー♪」

 

「みーちゃん♪みーちゃん♪」

 

「まー!あーっ♪」

 

そんな2人のやり取りを、隣で見ていた石上は……2人から視線を逸らした。

 

 

やべぇ。めっちゃ……

かわいい。

なんだろう、この『互いに互いを引き立て合ってる感』。

海心は赤ん坊なんだから可愛いのは当然として。

なんで、何で伊井野まで……

 

いやコレはアレだ、海心の世話してて疲れてるから思考能力が正しく働いてないっていうアレだろアレ。

でなきゃ、伊井野がそんな風に見える訳が……

 

しかし、隣に座り今やすっかり海心に夢中で、めったに見せない自然で幸せそうなミコの様子をちらりと見て。

 

「みーちゃん、ほっぺたぷにぷにだねー!」

 

「みゅーっ!あぁー♪」

 

……石上は、自らの頭の中で否定をしきれなかった。

赤ん坊と戯れるミコが、自分の中での『奇跡的相性』である事を……

 

どこか頭の片隅にある『もっと見ていたい』という悪魔の囁きを抑え、石上は目を逸らした。

何せ、そんな風に思っている事を気付かれでもしようものなら!

 

『(うっわ……アンタにそんな事思われても嬉しくないんだけど?

[いしがみみこ]っていう名前で気持ち悪い想像しないでよね?

ほんと……生理的に無理)』

 

真顔で鬼のように罵ってくるミコが、石上の脳内に浮かんだ。

 

取り越し苦労の妄想で冷や汗を流す石上であった。

 

だが、周りの都合など全くお構い無し、自由奔放を絵に描いたような生き物が赤ん坊というものである。

戸惑う石上と、今や海心につられてノリノリのミコの心情などお構い無しに、更なる爆弾をぶっ込んた。

 

「ぱ……ぱーぱー」

 

ミコに抱かれた海心が、石上の方を向いて呼びかけた。

 

「あら?『パパ』って言えるのねみーちゃん!上手ねー♪」

 

「あー♪ぱー♪」

 

「けど、この人はパパじゃないのよ?」

 

「うー?」

 

やんわりと訂正するミコに対して、不思議そうな顔をする海心。

 

「……まぁ、兄貴と歳近くて兄弟だからな。たまに間違えられるんだよ」

 

兄と間違えられるのはこれが初めてではない。それ自体は、何も思う所は無かった。

むしろ密かに『可愛らしいもの好き』である石上は、赤ん坊ならではの微笑ましい間違いとして好意的に受け入れていた。

 

……が。

 

「ま……まーまー!」

 

血縁でも何でもないはずの女性の方を向き、『まま』と呼んだのはこれが初めてのことであった。

 

「え……えええええええっ!?」

 

先程まで海心につられるように幸せそうな笑顔であったミコの表情は、一瞬にして驚きと焦りの色に変わった。

 

「まー!まーまー!」

 

「なっ、ななななななななんで私がままままママまま……」 

 

楽しそうな海心とは逆に、顔を赤くし言葉もしどろもどろなミコ。

 

「……あー、分かった……伊井野、お前そいつの母親に声が似てるんだ」

 

「そ、そうなの?」

 

「まー、まー♪」

 

まだ大人ほど視覚がはっきりしていない赤ん坊にとって、声というのは重要な判断材料である。

偶然にも、声と、そして海心につられてノリノリで声をかけていた時の話し方が母親そっくりであったのだ。

 

「け……けど……」

 

ミコの言葉は、そこから続かなかった。

いや、続けられなかった。

互いに気恥ずかしそうに顔を背ける2人が頭の中で連想してしまった事は、

互いの気持ちの差こそあれど、同じ内容であった。

どこかで見たような姿の成人になったばかりの若い『ぱぱ』と『まま』が、不思議と海心にそっくりな赤ん坊を2人で可愛がる、そんなひとときの光景……

 

気まずさが頂点に達し、石上とミコは互いに首の許すだけ顔を背け、互いの顔を見れずにその場で座ったまま動けなかった。

 

そんな気まずさに満ちた空間に、更に刺激剤が投入された。

 

生徒会室の扉が開き、一人の男が入って来た。

 

「いやあスマン、先生に捕まって少し遅れてしまってな」

 

生徒会長・白銀御行が、少し疲れたような顔をして生徒会室に入って来た。

そして、隣同士腰掛けた若い男女と見知らぬ赤ん坊が居るその光景を目の当たりにして、互いに視線を合わせたままその場の空気が固まった。

 

「……あー、会長これはですね……」

 

白銀の表情を見て何となくこの先の展開が予想出来た石上が、釘を刺そうと先手を打とうとする。

だが、完全に思考がトチ狂った白銀に石上の言葉は届かなかった。

 

「そ……そぉうかそうか!ここ最近まで2人とも元気が無かったのはそういう訳だったんだな!?いやあ全く気付けなくてスマン!待ってろ伊井野監査、今購買で安産祈願のお守りを買って……」

 

声が不審に裏返り、視線が互い違いに明後日の方向を向いたまま購買へ全力疾走しようとした白銀を、石上は全力で引き留めた。

 

「いや会長!購買にそんなもの売ってませんって!」

 

「ツッコむのそこだけじゃないでしょ!?何もかも全部おかしいでしょ!」

 

「キャッキャッ♪」

 

皆が慌てふためく姿を、楽しげに笑う海心であった。

 

――――16分後――――

 

「ふむ……つまり石上のお兄さんがその子を預けたまま校内を見て回りに行ったままだ、と」

 

「ようやく理解してもらえましたね……」

 

白銀を引き留めて落ち着かせ、ことここに至った経緯をじっくり説明してようやく事態を理解して貰えた。

 

「……まあ可愛らしいお客が居るのは悪い事では無いが、このままだと石上も伊井野も困るだろう……よし、俺が探し出してきてそれとなく自然にここに連れて来てやる。ちょっと待っててくれ」

 

「すみません会長、頼みます」

 

「ああ、任せておけ」

 

そう言って会長は、急ぎ足で生徒会室を後にした。

 

「はぁー……疲れた」

 

「そうね……」

 

ひと悶着を乗り越え、大きめのため息をつく石上とミコ。

この短時間で気疲れするような事が立て続けに起こり、どっと疲れが押し寄せて来るのを感じた。

 

「…………むー」

 

ふと海心を見ると、瞼を瞬かせどことなく不機嫌そうな表情をしていた。

 

「むー……」

 

「ど、どうしたのかしら」

 

「……ああ、多分眠いんだよそいつ。『ねむたい』の『む』な、それ。ほら、貸してみ」

 

「あっ……う、うん」

 

そう言ってミコの腕に優しく割って入るようにして腕を入れ、そっと海心を抱きかかえる石上。

 

「よ……っと。ほら、ねんねねんね……っと」

 

「む……んー」

 

あやす言葉にやる気は感じられないが、優しく揺らすように体のリズムを取り海心を落ち着かせる。

その絶妙なリズムに眠気を誘われ、だんだんと海心の瞳が閉じていく。

 

「む……んぇ……」

 

その動作を続ける事数分。とうとう海心は石上の腕の中ですやすやと眠りに落ちた。

 

「……やるわね、アンタ」

 

数分で寝かしつけてみせた石上の手腕にミコが舌を巻く。

 

「コイツすげぇ寝付き良いし、僕も初めてじゃないし……何事も経験って、こういう事を言うんだなって……あ……ふあぁ……」

 

海心の眠気が伝染ったかのように、石上も大きな欠伸をした。

 

「……アンタも眠いの?」

 

「まあ……昨日遅くまで勉きょ……い、いやゲームしてたからな」

 

「言い直すの遅い。勉強なんでしょ?逆なら分かるけど、どうして隠すのよ」

 

「……こういうのって大っぴらにやってますアピールするもんじゃないだろ」

 

雑な誤魔化しが見透かされ、バツが悪そうにうつむく石上。

 

「まあ、分からなくもないけど……アンタは今までを考えたらむしろアピールして後に引けないくらいに追い込んで丁度良いんじゃない?」

 

「……これ以上睡眠削れっていうのかよ」

 

学年1位からの容赦ない言葉に石上が辟易する。

 

「……にしても、もう限界だわ……コイツも寝たし、僕も会長が兄貴連れてくるまで仮眠……させ……」

 

「え、ちょっと」

 

ミコが止める間もなく、言葉を言い終わらない内に石上は眠りに落ちてしまった。

 

……何となく寝付き悪そうなイメージ有ったけど、案外すぐ寝付けるのね、コイツ。

みーちゃんといい……石上家の血筋なのかしら?

 

でもまあ、コイツが最近勉強頑張ってるのは事実だし。

私が自習室で寝ちゃった時、コイツは気を遣ってしばらく寝かせてくれたし……

学校は決して寝る場所じゃない。けど……

何時間もかかる訳じゃないはずだから、少しくらいは……このままにしておいても良いわよね?

 

そう考えて、ミコは石上の居眠りを黙認する事にした。

 

「……………………」

 

話し相手が居なくなった事で、待っている間手持ち無沙汰になってしまったミコ。

いつもの彼女なら、こんな隙を見て勉強に取り組むのかもしれない。

だが、石上の腕に抱かれてすやすやと眠る、この小さな悪魔ちゃんに色々と振り回された今日は。

ミコの思考は、いつもより気まぐれになっていた……

 

「(……………………)」

 

すぐ隣にある石上の顔を、じっと覗き込むミコ。

前よりさっぱりした髪型となった事で、顔立ちが明瞭に見える。

決して、自分の好みじゃないけれど。

コイツの優しさを知った今では……嫌いではない。

……ていうか、ごく自然にこうなっているけれど。

今のこの距離……すっごく近い。

だって、ちょっと頭を動かしただけで……石上の顔が、こんな近くに見える。

2人きりだと、多分こんな風に自然に近付く事なんて出来ない。

 

「(……この子のおかげなのかも)」

 

微かに微笑んで、すやすやと寝息を立てる海心の頬をミコはそっと突く。

とても柔らかくて、温かい。

 

石上への好意を自覚してから、どうしても本人の目の前では少しどぎまぎしてしまう。

だから……こんな落ち着けられて、けど何だか良い気分になれて。

こんなひとときも……悪くないかも。

 

そんな事を思いながら、改めて石上の方に視線を向けるミコ。

 

そこで、ミコは気付いた。

さっきより、石上の顔が近い。

海心の顔を覗き込む為に、無意識に体を石上の方に近付けていたのだ。

驚いてはっと息を呑むミコ。

その音で石上が目を覚まさないかと一瞬危ぶんだが……腕の中の海心同様、すやすやと寝息を立てて起きる気配は無い。

そして、それに気付いた時。

無意識に……更に石上の顔へと、自らの顔をミコは近付けていた。

どんどん縮まる、2人の顔の距離。

距離が縮まるのに比例するが如く、ミコの心臓の鼓動も早くなっていく。

 

 

――――今、この部屋で起きてるのは……自分だけ。

だったら。だとしたら。

これ以上、近付いたら。

もっともっと、近付いたら。

どうなってしまうんだろう?

 

頭の片隅で、これはいけない事だ、と警笛が鳴り響く。

だが、好奇心と胸の高鳴りの前では……その警笛はちっぽけなものに過ぎなかった。

引き込まれるように、眠る石上の顔へ自らの顔を近付けていくミコ。

もう、2人の顔の距離は殆ど無い。

 

これ以上はダメ。これ以上はダメ……

 

冷静な警笛が、虚しく鳴り響く中。

もはや視界には石上の顔しか見えず、聞こえるのは自分の高鳴る鼓動だけ。

2人の顔の距離は、あと僅かでゼロに――――

 

「遅れてゴメンね、優くん、みーちゃん!」

 

ガチャリと扉が開くと同時に、若い女性の声が生徒会室に響いた。

 

「!?!?!?!?」

 

突然の出来事に驚いたミコは、声のする方へ顔を向けると同時に、異様に近づいていた石上から素早く飛び退き距離を取る。

 

見ると、20代前半の若い男女と、その後ろに会長が立っていた。

 

「おう、遅くなってスマンな優……って、何だ寝てるのか?」

 

石上の兄が、寝てる石上に声をかける。

 

「ん……あ、兄貴……と、義姉さんも……来てたのか」

 

2人の声で目を覚ました石上が、眠たそうに呟く。

 

「まあいいや、とりあえず……はい、しっかり子守りはしといたよ」

 

周りが騒がしくなってもどこ吹く風と言わんばかりに安眠し続ける海心を、兄の手に渡した。

 

「おう、サンキュな!面倒見れる人間が多いと助かるよ」

 

「……無理やり兄貴たちに仕込まれたからな」

 

兄の言葉に、無愛想に返答する石上。

 

「……で、優。この娘は?」

 

隣で、先程の暴走を見られてやしないかと胸をドキドキさせるミコの方に石上の兄が顔を向けた。

 

「ああ……同じ生徒会役員の伊井野。コイツも一緒に面倒見てくれたよ、兄貴達からもお礼言っといてくれよ」

 

「は、はじめまして!伊井野ミコです!」

 

石上から紹介され、ミコがどぎまぎしながら軽くお辞儀をする。

 

「おお、そうか!……って、キミも『みこ』なのか!この娘と同じ名前だな……優から聞いたか?」

 

「は、はい」

 

石上とは少しタイプの違う石上兄に対し、少し戸惑いを隠せないミコ。

 

「はじめましてミコちゃん!ありがとね、みーちゃんのこと見ててくれて」

 

海心の母親が、にこやかにミコに挨拶をしてきた。

 

『自分が聞いている自分の声』と、『他人に聴こえている自分の声』が違うのはよく知られている話だが、

ミコは生徒会長選挙時のスピーチなどで、何度も『他人に聴こえている自分の声』を聴いた経験がある。

それを思い返してみると……確かに、似ている。自分の声に……

 

そんな事を、ミコが考えていると。

 

「あら……その腕章、もしかしてミコちゃん、風紀委員も兼任してるの?」

 

「えっ?は、はい……けど、どうして?」

 

「うっふふー、私もここのOGでね……昔生徒会庶務と風紀委員兼任してたんだ!大変だったけど、やりがいは有ったわね」

 

少しドヤ顔でミコに過去を明かす海心の母親。

それを聞いた時、ミコの頭の中である伝説が思い起こされた。

 

「……あっ!ひょっとして!

一切の妥協を許さず、正義と校則を貫き通して時には教師すら裁き!しかも生徒会庶務までこなしてた、風紀委員の間で伝説になってる『鉄壁の聖女役員ユイ』って……!」

 

「ああ、そんな風に張り切ってた頃も有ったわね。懐かしいわぁ。今は結婚して『石上唯』。よろしくね、ミコちゃん♪」

 

苦笑いしながら肯定する海心の母親・唯。

 

「ははっ、そんな時期も有ったな」

 

隣で、昔を懐かしむように石上の兄が笑う。

 

しかし、今はとてもお洒落で大人っぽくて、人当たりの良い雰囲気を醸し出すこの人が。

風紀委員の間で今も尚伝説になっているあの人とは思えない……

 

そんな考えを見透しでもしたのだろうか、唯がミコに顔を近付け囁いた。

 

「でもね、ミコちゃん?風紀より大事な事だって有るのよ?真実の愛の前では、風紀なんて案外ちっぽけなに過ぎないの。例えば……」

 

唯がここで敢えて言葉を区切り、口元にニヤリと笑みを浮かべて、ミコの耳元で続きの言葉を囁いた。

 

「大好きな彼が寝ている所に、思わず口づけしちゃいそうになったりとか……♪」

 

この日、2度目の『ボンッ』がミコに訪れた。

 

み……見られてたみられてた見られてたみられてた見られてたミラレテタ……

 

この場に居る全員がハッキリと認識出来るくらい、ミコの顔は茹で上がっていた。

そんなミコにトドメを刺すかのように、唯が追い打ちでまた囁いた。

 

「お姉さん、大歓迎よ?2人目の『いしがみみこ』……♡」

 

とうとう、ミコの我慢は限界点に達した。

 

小さな身体を小刻みにぷるぷると震わせ、震える声を絞り出してミコが叫んだ。

 

「しょ……しょんな事ゼッタイに有り得ないですーーーーっ!」

 

初対面の人間に全てを見透かされた事への恥ずかしさに居てもたっても居られなくなり、ミコは全速力で生徒会室から走り去って行った。

 

「……義姉さん、何言ったんですか」

 

ミコの反応からしてロクでもない事なんだろうと察しつつも聞かずにはいられない石上。

 

「あら、私はカワイイ後輩に人生のアドバイスを贈っただけよ、優くん♪」

 

全く悪びれる様子も無く、ウインクしながらぼかした答えを返す唯。

 

その後ろで石上の兄は苦笑いし、白銀は呆気に取られているのであった。

 

そして、この日の晩。

悩めるミコの脳内を『いしがみみこ』という強烈な6文字が満たし、

人生で2度目の、一睡も出来ぬ夜を過ごした事は……伊井野ミコの、永遠のヒミツである。




・赤ん坊の名前は、ぶっちゃけ唯のミコへのセリフを言わせたかったのでこうしました(笑)
・石上兄の嫁・唯の名前は、ミコと同じく風紀委員であり、今回のミコと同様妊娠妄想をしでかした私のお気に入りであるあのハレンチ風紀委員からお借りしました。そういえばあっちも『ゆい』と『ゆう』でしたね……


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第8話 交流会を成功させたい

今回は3本立てにしてみましたがすんごく長くなりました(^_^;)
今回も僅かにオリ要素(以前出たモブキャラが再登場と追加の独自設定)が有ります。

あと読み進めていただければ分かりますが、1週間ほど前に公開された『あの映画』について、すごーくマイルドに薄めてありますがネタバレ気味の描写が有るので、
絶対NGだという方はお気をつけくださいませ。


【交流会!】

 

昨年もパリの姉妹校との間で実施され、白銀達現3年生組が開催準備に奔走した、日仏の学生同士の交流会!

秀知院学園高等部の校長が元フランス校の校長であるという繋がりがある事と、昨年の交流会がフランス側から好評であった事により、

今年も再び開催する事が決定した!

 

そしてその開催が迫りつつある今、生徒会室では準備の為の話し合いが行われていた。

 

「さて、フランス校との交流会の開催が迫りつつある」

 

白銀が話を切り出した。

 

「去年は大変でしたね~……校長先生突然言ってきましたし、準備も大変でした~」

 

生徒会書紀・藤原千花が去年のドタバタを回想しながら言葉を漏らす。

去年の開催間際は、まさに『目の回るような忙しさ』であった。

 

「へえ……去年はそんな事が有ったんですか」

 

去年の開催時にはほぼ『幽霊役員』であった石上は、その大変さを知らない。

 

「そういえば去年のその頃、石上くんは殆ど顔を出してませんでしたもんね。去年は3人だけなので大変でした」

 

かぐやが、石上の方を向いてニッコリと微笑んだ。

 

「……い、いやその、すみません」

 

何か責められているような圧を感じてしまったので、石上は反射的に謝った。

 

「いえ、何も責めているワケでは有りませんよ。ただ……」

 

「た、ただ?」

 

恐る恐る石上が尋ねる。

 

「私からひとつ提案が有りまして。今回は、石上くんと……伊井野さんの2人がメインで準備を整える、というのはいかがでしょう?」

 

「「ええっ!?」」

 

石上とミコが、同時に驚きの声をあげた。

 

「ど、どうしてですか?」

 

ミコがかぐやに尋ねる。

色々と腹黒い一面を持っている事は知っているが、理不尽な事を言う人間ではない事も知っている。

まさか『去年やっていない人間に押し付けてやろう』などという理由ではあるまい。

 

「伊井野さん、次の生徒会長への立候補は当然考えていますよね?だとしたら、私達が手助け出来る今年の内に、会長となった場合の来年以降の為の予行演習を経験しておいた方が良いのではないか……と思いまして」

 

いたって真剣な眼差しで説明するかぐや。

(珍しく)純粋に後輩の為を思った上での考えである。

 

「なるほど……一理有るな」

 

かぐやの隣に座る白銀がうんうんと頷き、かぐやの説明に納得の意を示す。

 

「……僕は次期の生徒会に居るとは限らないですけど」

 

石上がぼそりと呟く。

石上からしてみれば、例えミコが晴れて会長になったとしても、自分が引き続き生徒会役員として選ばれる確信は無い……どころか、選ばれない可能性の方が高いと踏んでいた。

ここ数ヶ月は、何かと一緒に居る時が増えたり、少しドキドキするような事が有りはしたけれど。

別に、距離が縮まった訳ではない……というのが、石上の見立てであった。

 

「あら、伊井野さんが石上くんを引き続き生徒会役員として迎え入れる可能性は充分に有ると思いますよ?ねぇ、伊井野さん?」

 

かぐやが、ミコの方を向いてニッコリと微笑んだ。

 

「えっ!?」

 

突然とんでもない事を振られて慌てるミコ。

 

確かに、もし生徒会長になれたら……石上に生徒会役員をやって欲しいのは事実。

だけど、四宮副会長にはこの前、石上への気持ちがバレている……!

もしかして、この流れでここでそれをバラしてしまったりするのだろうか?

もし、そんな事をされたら!

 

『(なんだ伊井野監査……日頃の石上への態度は照れ隠しだったという訳か?お可愛い奴め)』

 

『(へぇ〜そうだったんですね!素直じゃないミコちゃん可愛いです♪)』

 

そして……

 

『(伊井野……そうだったのか?普段ぎゃいぎゃい言ってきといて、実はそんなに僕にそばに居て欲しかったのか……へえ……へええええぇ……)』

 

それだけは!それだけはダメ!

 

そんなミコの慌ただしい脳内を見透かしているかのように、かぐやは心の中でひとり微笑んでいた。

 

ちょっと話を振っただけでコレだなんて……ほんと……お可愛いこと。

 

ただ、少しからかってみたとはいえいくら何でもこの場でミコの恋心を暴露するようなかぐやではない。

当然、もっともらしい着地点を予め用意した上での行動であった。

 

「だって石上くんは、なんだかんだで2期連続で生徒会役員を務めていますし……新米生徒会長となった伊井野さんをサポートする、経験豊富で生徒会の内情を知っている人間として、他に適任が居ないという事で『仕方なく』選ぶ事は充分に有り得ると思いますよ?『仕方なく』、ね』

 

「ああ、そういう事ですか」

 

『仕方なく』という部分を妙に力を込めて言ったのが功を奏したか、石上もすんなりと納得しつつミコの方を見た。

 

「ま……まあ、か……可能性はあります」

 

少しの照れと精一杯の強がりが出た顔でミコが答えた。

 

あーはいはい、『仕方なく』ね……とも思った石上であったが。

 

『(はぁ?なんでアンタなんかを選ばないといけないのよ?

やっと生徒会からアンタを追い出せるチャンスなのにそんな事するわけないでしょ?

ほんと……生理的に無理)』

 

などと言われないだけマシか、とすぐに思い直す事にした。

 

「という訳で、伊井野さん、石上くん……もちろん会場の設営などは私達もお手伝い致しますので、立案やその他の準備は……お願い出来ますか?」

 

「はい!頑張ります!」

 

「……四宮先輩の頼みなら」

 

次期生徒会長としての実地経験の為に張り切るミコと、かぐやの頼みならよほど理不尽な事以外は逆らえない石上。

そんな2人での、交流会の準備が幕を開けた。

 

 

――――――――――――【その1 『生徒会は仮装したい』】―――――――――――

 

 

「……藤原先輩。コレはやる必要が有るんですかね?」

 

石上が、もはや半ば諦めたような呆れ声で藤原に問い正した。

 

「えっへへー!去年はかぐやさんと会長が何故かおかしくなっちゃったので出来ず終いでしたので……今年こそは是が非でもやるんです!コスプレを!」

 

交流会の開催要項の案を練っていた石上とミコの元に、藤原が裁縫部と演劇部から借りてきた衣装箱を持って来ていた。

 

会長はどこかで見たようなマントとシルクハット姿、かぐやと藤原は猫耳。

石上は……

 

「…………イタい」

 

タキシードに、襟の立ったマント。

ウイッグとして以前の髪型に近いものを被せられた石上のその姿は、吸血鬼をイメージしたコスプレであった。

 

 

「ほらー!似合うじゃないですか!『闇のナントカに抱かれて消えろー』って言いそうな感じで!」

 

目をキラキラさせながら褒める(?)藤原。

 

「……つまり厨二病って事ですね」

 

そんな風に見られていたのかと若干落ち込む石上。

 

「いえいえ!なんか闇の住民って感じがピッタリというか〜」

 

「もういいです。どうせ陰キャの厨二病です。あー闇大好きー」

 

まともに取り合っても傷付いて行くだけのような気がしたので、開き直って受け入れる事にした。

 

そして、ミコは……

 

「お……お待たせしました」

 

隠し部屋にて着替え終え、扉を開け現れたミコのその姿は……

 

「うわあぁぁぁ〜!ミコちゃんかわいい!かわいいよ〜!ほら『ワン』って言ってみて〜!」

 

どんな演劇で使う予定だったのかはさっぱり不明であるが、

ミニチュアダックス辺りを彷彿とさせるドロップイヤー(たれ耳)フードを付けた、小型犬をイメージしたコスチュームであった。

 

「わ……わんっ」

 

尊敬する藤原の頼みなら断れない。ミコは恥ずかしがりながらも、小さく垂れさせた両手を前に突き出しながらリクエストに応えた。

 

「うわあぁぁぁぁぁぁ〜!かわいい!かわいいよぉ〜!」

 

藤原が恍惚の表情で、スマホのカメラでミコを撮りまくる。

 

「ね?ね?石上くんも似合うと思いますよね?」

 

目をキラキラさせながら石上の方を振り向く藤原。

女子2人のやり取りをそばで見ていた、石上の反応は。

 

「……まあ、なくはないですかね」

 

無表情で、予想外の淡白な反応。

ちょっと恥ずかしい思いをした分、石上の反応をちょっとだけ期待していたミコが内心落胆したのは言うまでもない。

 

似合ってないんだろうか?

やっぱり……こういうのは、藤原先輩みたいな可愛い人がやってこそなんだろうか。

自分のような、真面目で可愛げの無い人間がやっても……

 

と、石上の上っ面に見事に騙されて気落ちしているミコには気付けなかった。

石上のその無表情が、自分の中での死闘の結果辛うじて保たれているモノであるという事を!

 

いつぞやの白銀やかぐやのように、にやけそう……というわけではないものの、

ちょっとでも気を抜いたら、実に間抜けな表情が露見してしまうであろうと石上は考えていた。

元々、石上はミコに対して『小型狂犬』というイメージを抱いていた。

小さいから怖くはないけど、やたらキャンキャン吠えかかってくるヤツ。

 

確かに、身体の小さい小型犬はその他の犬に比べ威嚇の為によく吠える一面が有る。

ただし……勿論、うるさいだけの存在では決してない。

機嫌の良い時は その小さな体躯が非常に可愛らしいのである!

背丈の小さいミコが、小型犬を模したコスプレをして!

怒るわけでもなく 戸惑い恥ずかしがるその姿はまさに!

 

【奇跡的相性】であった!

 

やべぇ。なんだこれ……

まただ。どうして。

なんで、あの伊井野が……こんなに……

 

いやいやいやいや、これは違う、絶対違う。

アレだ、思ったよりマッチしてて感心してる。『馬子にも衣装』の諺のリアルケースが見られて感動、的なヤツだよ単に。

 

……第一、伊井野の事をそんな風に思ったところでどうするんだ。

もし、ちょっとでも『かわいい』などと思ってしまった事を悟られでもしたら!

 

『(うわっ……アンタにそんな事思われても全然嬉しくないんだけど?

か弱い小動物を狙うけだものの目で見ないでよ……

ほんと……生理的に無理)』

 

とか言われるだろう……

 

ネガティブな思考をすることでテンションを下げ、高まりそうになった気持ちを冷静に落ち着かせた石上。

 

「も〜石上くんってばつれないですね!じゃあミコちゃんも石上くんのコスプレにズバッと言っちゃいましょう!」

 

藤原が石上の後ろに回り、くるりとミコの真正面に向かせる。

 

ミコと石上の、2人の目が合う。

 

「あっ……」

 

「…………」

 

しばし、流れる沈黙。

そして……

 

「……ま、まあ、終わってなくはない、と言えます」

 

ミコの口から出てくる辛辣な批評。

 

「なんだよその『あと一歩で終わる』みたいなレベル」

 

案の定低評価を叩きつけられたが、予想していた以上に辛辣な評価が飛んできて石上の声に不満が込もった。

 

まさか、ミコが自分に対して懸想しているなどとは気付きもしない石上。

ミコが必死で絞り出した否定の言葉に、まんまと騙されてしまった。

 

確かに、石上のコスプレはかなりキているタイプのコスプレであった。

これで片目を隠しつつドヤ顔のひとつでもキメれば、完全に闇属性タイプの厨二病患者の出来上がりと言えよう。

 

だが、モチーフとしている吸血鬼は厨二病とは別の側面も持っている。

そう、いわゆる『乙女ゲー』に出てくるキャラの定番のひとつなのである!

背が高くてイケメンな吸血鬼が、主人公の女の子を優しく抱き締めながら甘い言葉を紡いでメロメロにし、その首筋に妖しげな接吻を……というのは、乙女ゲーではよくあるシチュエーションである。

イケメンボイスに癒しを求める女子である伊井野ミコは、当然その手のゲームにも手を出していた。

想いを抱く人物である石上優が、自分好みのキャラクターを模したその姿は!

他の者にはともかく、ミコの中ではこれもまた【奇跡的相性】であった!

 

ヤバい。どうしよどうしよどうしよ?

こんなの、絶対に……

危惧して必死で抑えようとするも虚しく、ミコの脳内ではとある光景がもやもやと浮かんでくる……

 

月夜の美しい夜の闇。

どこか趣を感じる旧い館の中で、実際より7割ほど誇張された美形の石上が、後ろからミコを優しく抱きしめてくる……

 

『だ、だめ……石上……っ』

 

石上は、口とは裏腹にあまり抵抗の意思を感じないミコの言葉を嘲り笑い、言葉を返す。

 

『もう諦めろよ、伊井野……お前は僕のモノなんだ……心も、身体も、そして……』

 

石上が、ミコの首筋に顔を近付けていく……

 

『この小さな身体に流れる血も、全部……僕とひとつになって、闇に溶け込むんだ……』

 

石上の唇が、今まさにミコの首筋に……

 

 

「(あああああああああああもういい加減にしなさいよ私こんな事考えちゃ駄目だめだめダメダメ!)」

 

藤原の目もある中頭をぶんぶん振ってはマズい為、ミコは必死でいかがわしい考えを振り切り表情を自然に保つ為、自分の脳内で格闘していた。

 

結局のところ、生徒会の先輩2人同様互いに好評価を表に出さぬよう必死に取り繕い合っていたのだが、

去年の白銀とかぐやの異様さと比べれば絶対的にも相対的にも異様さは控えめであった事により、藤原は2人の不自然さに気付く事はなかった。

 

「まあ、ここまでやっておいてなんですけど……今回は石上くんとミコちゃんがメインですので、やるかどうかの決定権はお二人に有りますからね!本番でやるかどうかは、お二人に一任します!

それじゃ私、今日はペスのお散歩が有るので、失礼しま〜す」

 

そう言って藤原は、手を振りながら生徒会室を後にした。

 

「…………とりあえず、着替えるか」

 

「……そ、そうね」

 

このカオスを産み出した元凶が去るや否や、とりあえず今の状況からは抜け出した方が良いという2人の思惑は一致した。

 

そして、ミコは隠し部屋で、石上はその場で手早く着替えを済ませたその後……

 

「…………で、実際……やるか?アレ」

 

普段の制服に戻った2人が、テーブルを挟んで向かい合って座り話し合っていた。

 

「……や、やる訳ないでしょ。藤原先輩に言われたから仕方なく……」

 

憮然とした表情でミコが却下する。

 

「だ……だよな、まったく藤原先輩は」

 

両者とも、まるで『藤原の提案なので仕方なく付き合った』というような物言い!

しかし!

 

嘘 で あ る

 

この2人 本当は『実施してみたい』と思っている!

2人とも 心の底では『もう一度相手のコスプレを見たい』という小さな願望が有った!

だが両者とも それを悟られて軽蔑される事を恐れ、口では裏腹の事を言ってしまっていた!

 

どうしよう?

このままだと、そのまま流れで『ボツ』となってしまう……

何か、何か自然な論理は無いのだろうか?

ミコはその優秀な頭脳を、生徒会の先輩達同様くだらない事でフル回転し始めた……

 

そして!

 

「で……でもね」

 

ミコが沈黙を破った。

 

「その……運営を任されてる者として、去年の白銀会長達のをなぞるだけじゃ、私達が任された意味が無いと思うの。

今年だから……私達が任されたこそ出来る、『新しい風』っていうのも……必要じゃない?」

 

搦め手!

一個人としてではなく、『交流会の準備を任された者』として意見すれば不自然に思われないという巧妙な切り口!

 

そしてミコと同じく、どうにかして方向性を変えられないかと模索していた石上も――!

 

「あ……ああ、一理有るよな」

 

すぐさま飛び付いた!

 

「そ、そうでしょ!?ま、まあ私としては別にコスプレに拘る必要は無いと思うけど、かと言って今から代替案を考えるのも……」

 

徐々に誘導していくミコ!

 

「そ……そうだよな!いくら藤原先輩の言う事だからってあんまり無下にするのも可哀想だしな!」

 

思惑が一致している為、その誘導に素直に乗っていき更に方向性を矯正していく石上!

 

そうなれば、辿り着く結論はひとつ!

 

「じゃ……じゃあ、実施……してみる?」

 

「……だな」

 

……『素直になれない2人』の話のダシに使われるさだめからは、逃れられない藤原千花であった。

 

 

―――――――――――【その2 『買い出しに出かけたい』】―――――――――――

 

交流会の開催が翌週に迫った、金曜日。

 

「ええと……開催が月曜日で、設営が……前日の日曜日?」

 

「休日返上で仕事……先輩達、去年よくこんな事やりましたね……」

 

スケジュール表とにらめっこをしている2人と、その様子を見に来たかぐやが生徒会室のソファに座っていた。

 

「ええ、まあこの時限りのお話ですから大した事ではないですよ」

 

かぐやが余裕の笑みをもって答える。

 

「あと、設営以外にも……土産菓子やちょっとした雑貨などを買い出しに行く必要も有りますね。まあこれは去年は早さ……いえ私の家のお手伝いさんにやっていただいたのですが」

 

かぐやは言葉を切って、石上とミコの方をチラリと見た。

 

「今回は……明日は天気も良いみたいですし、買う物の量を考えた上で……お2人で買い出しに行くのはいかがでしょう」

 

「えっ」

 

予想外の事を言い出したかぐやに石上が思わず困惑の声をあげた。

 

いや、それは……

多分、伊井野の方も……

 

ミコの方をちらりと見る石上。

だが、ミコのリアクションもまた石上の予想外のものであった。

 

「はい、分かりました。じゃあ明日私と石上で……」

 

「ええっ!?」

 

特段何の反応も無くすんなりと事務的に受け入れたミコに対し、驚嘆の声をあげずにはいられなかった。

 

「何が『ええっ』よ?これも生徒会の仕事なんだから。サボろうったってそうはいかないわよ」

 

ここ最近すっかり『思春期風紀委員』のイメージが定着してしまったミコであるが、

いくら『思春期風紀委員』とはいえ、常時脳内ピンクな妄想を頭の中で繰り広げているわけではない!

今のミコは、すぐそこに迫る交流会の開催に向け、完全に『お仕事モード』の脳内であった!

話を振ってみたかぐやも、ミコがすんなり受け入れた事に拍子抜けしたものの、

思惑は達成出来たので良し、と受け入れる事にした。

 

「それでは伊井野さん、石上くん。明日はよろしくお願い致しますね」

 

「はい」

 

「……まあ、四宮先輩の頼みですし。伊井野も良いってんなら、まあ……」

 

歯切れの悪い石上の返答を、ミコは訝しんだ。

 

石上は、基本生徒会の仕事に対しては真面目なはずなのに。

どうして、今回は釈然としない反応なんだろう。

 

……その答えに気付いた時には、

既に夜中。寝る前に、明日のスケジュールを改めて再確認していた時であった。

 

「(ああああああああああああああああああああああどうしよどうしよどうしよどうしよどうしよどうしよ!?!?!?!?)」

 

ミコは、ベッドの上でのたうち回っていた。

 

確かに、あくまで『生徒会役員としての仕事』が主題ではある。

だが、『休日に知り合いの男子と待ち合わせて2人だけでお出かけする』。

それは、まるで……

 

「(まるで……でっ、ででででデートみたいじゃない!?)」

 

真面目に不器用に生きてきた伊井野ミコにとって、休日に男子と2人きりで出掛けるなど初めての事である。

しかもその相手が、密かに想いを寄せてきた『ステラの人』であれば……尚の事、意識せざるを得ないというものである。

 

今から断るわけにもいかない。

石上に対してあんな事を言った以上、自分がサボるわけには絶対にいかない。

そもそも、体調を崩したり不幸があったわけでもないのにドタキャンなんて失礼な行動だ。

 

それに……もし、真意に気付かれてしまいでもしたら!

 

『(何だ伊井野……もしかして急に意識しちゃったのか?僕と出掛ける事を……

あくまで単なる『生徒会の仕事』なのに、お前はそういう風に考えてたんだな……へえ……へええええぇ……)』

 

などと思われるかもしれない!

 

「(お……落ち着くのよ私!とりあえず、明日に備えて寝なきゃ……!羊が1匹、羊が2匹……ラクダが3匹……ゾウさんが4匹……)」

 

突然やって来た一大イベントに備え、兎にも角にも睡眠は必要だと判断したミコは、悩める思考と格闘しつつ必死で睡眠に入る事にした……

 

そして、当日!

 

14時からの待ち合わせであったが、石上は15分ほど早く待ち合わせの場所に到着した。

そう、今日はあくまで『生徒会の仕事』。

たとえ同級生の女子と休日で2人で出掛ける事が生まれて初めてとはいえ、これは断じて『デート』ではない。

……しかし、女子はえてして待たされるのがキライな生き物であるという事は、石上も重々承知していた。

なので、5分前とは言わず15分前ほど前に着いておけば、とりあえず待たせる事は無いであろう……そう石上は考えていた。

だが、待ち合わせ場所に着いた石上が見たものは。

どこかそわそわしながら石垣に腰掛け待っていた伊井野ミコの姿であった。

本人の可愛らしさを十二分に引き立てるコテコテの、しかし何故かクドいとは思わせないファンシーな服装。

髪留めもいつもの質素なモノではなく、ポンポンの付いた可愛らしいデザインであった。

 

「あれ……伊井野、僕ひょっとして時間間違えたか?」

 

15分前に来たのに更に先を行かれていた事に不安になる石上。

 

「大丈夫よ。私も今、本当に1分前くらいに来たばかりだから」

 

そうミコは言うが……

 

「……いや、結構待ってただろ?」

 

石上は冷静にこの場の状況を見ていた。

 

「な、なんでそんな事が言えるのよ」

 

図星を突かれて、ミコの表情に焦りが浮かぶ。

 

「だってお前、それ」

 

石上が指さした先には……2本の紅茶のペットボトル。しかも、1本は空になっていた。

 

「あっ…………」

 

それの意味する所をミコも理解し、口籠ってしまった。

これはつまり、『飲み物を口にしつつそれなりに長い時間待っていました』という証左に他ならない。

 

「……悪かった、僕が時間間違えてたみたいで」

 

石上がばつが悪そうに頭を掻いた。

 

「そ、そう――――」

 

『そうよ、時間間違えるなんて石上はホントにもう』……と、ミコは石上の勘違いに乗じて言おうとした。

 

だけど……

この『優しい勘違い』に、そのままウソをついて乗っかってしまうのは本当に良い事なのだろうか。

石上の気遣いに、自分は甘えるばかりで……

 

それは――――駄目だ。

石上に、ウソで濡れ衣を着せるような事は……するべきじゃない。したくない。

たとえ、本当の事を言う事で自分が恥をかく事になっても……

 

「そう……じゃない!私の方が、時間を勘違いして早く来ちゃっただけ。石上は悪くない。だから謝らないで」

 

ミコは少し恥ずかしそうに、『自分が早く来てしまっただけ』という事実を告げた。

 

――――もちろん、早く来た理由は『勘違い』などではない。

言えるはずもない!

不安と緊張、そしてちょっぴりの期待にいても立っても居られなくて、無意味に早く家を出てしまった、などとは……

 

「……そうか。けど待たせたのは事実だし、わざわざ取り消す事もないだろ」

 

あの伊井野が記憶違いなど果たしてするのか?という疑問は有ったが、これ以上待った待たないのやり取りを続けていても仕方が無い。

 

「じゃ、早いとこ行こうぜ。あのビルの地下だろ?和菓子屋が集まってる所」

 

「う、うん」

 

石上とミコは、目的地のビルに向かって歩きだした。

 

 

16分ほど歩き到着した、デパートの地下。

買い物自体は、つつがなく進行した。

 

「和菓子かぁ……この八ツ橋なんてどうだ?京都の菓子だし丁度良いんじゃないか?」

 

「どうして京都がちょうど良いのよ」

 

「……いや、なんとなく『和』っぽいイメージ有るだろ?」

 

「……まあ、否定はしないけど」

 

「軽めのお土産になる小物か……あ、このハートのアクセサリーとかどうだ?交流会に来るような奴らにはウケが良いんじゃないか?」

 

「……却下」

 

「な、なんでd」「いいからそれは却下!……あ!この和服着たワンちゃ……、し、柴犬のキーホルダー……良いかも」

 

「……良いかもな。どっちも日本っぽさ全開だし」

 

そんなやり取りを交わしながら、1時間半ほどデパートの中をうろつき、

無事、交流会にて配布する物の買い出しを済ませた。

 

石上は、購入した物を大きめのカバンの中に入れ、両手で持ちながらミコと並んで歩いていた。

 

「……結構重そうだけど、大丈夫?」

 

「……まあ僕も一応男だし、コレくらいは」

 

確かに少し重めではあるが、石上とて育ち盛りの男子である。

多少の重めの荷物なら持てるし、何より(別に異性として好意を持つ持たざるにかかわらず)女子の前でモノが持てないなどという弱音を吐くのは格好がつかなさ過ぎるので我慢していた。

 

と、その時。

 

石上の頬を一筋の汗が流れ落ちるのをなぞるように、天上からも一滴の水滴がぽとりと落ちてきた。

頭にその粒が触れるのを感じ、思わずミコは目を瞑る。

 

「やだ……あ、雨!?」

 

「げっ……ほんとだ」

 

自分の頭にも水滴が落ちて来た事を感じた石上が、苦々しげな目で空を見上げる。

 

「予報外れたんだな……でもまあ、このくらいの雨なら駅までは……」

 

だが、天はそんな石上の楽観を嘲笑うかのように、より激しく多い雨粒を空から降らせてきた。

 

「……ちょっ、アンタがそんな事言うから!」

 

急に激しく降ってきた雨から頭を覆いながら、ミコが叫ぶ。

 

「僕のせいかよ!?まあいいや、伊井野!とりあえずそこの建物入るぞ!?」

 

「う、うん!」

 

どこか雨宿り出来る場所をと、2人は手近な建物の中に駆け込んだ。

 

「……はぁ、はぁ」

 

やや重めの荷物を抱えながら小走りした石上が息を切らす。

 

「今日は天気予報、降るなんて言ってなかったのに……あっ、荷物は大丈夫?」

 

「ああ、このカバン防水だから中は大丈夫。今は梅雨時だからいつ降ってもおかしくないからな」

 

用意の良さにミコは感心した。

そんなに用意が良いのなら……

 

「じゃあ、折り畳み傘も持ってたりする?」

 

期待を込めてミコが質問する。

が……

 

「…………悪い、来てから気付いたんだけどさ……机の上に置きっぱなしだったんだよ」

 

「……肝心なモノを忘れるのね」

 

ミコは落胆の色を隠さなかった。

……まあ、そういう所が石上っちゃ石上らしいけど。

 

「……ていうか、い、伊井野。その……」

 

石上が、どこか言いにくそうにミコを指差した。

 

「?何よ?」

 

はっきり言わない石上の指す指先を、取り敢えず追ってみると……

 

今日のミコの服は、本人の可愛らしさを存分に引き立てる白のワンピース。

……だが、白い服が雨に濡れてしまった場合、どうなる事かは……敢えて、言うまでもない事であった。

 

「〜〜〜〜〜っ!!!み、見ないでよヘンタイっ!」

 

ミコは左手で透けた胸の部分を隠しつつ、右手でビンタを繰り出した。

 

「い、一瞬だけだって!ていうか梅雨時にそんな格好してくる方も悪いだろ!?」

 

ミコの拙いビンタをかわしながら石上が釈明する。

 

「とりあえず……ほら、コレ使えよ」

 

石上がカバンの奥からタオルを取り出し、出来るだけ距離を取りつつミコに差し出した。

 

「……う、うん」

 

石上からタオルを差し出されて、急速にミコの怒りは引いていった。

タオルで濡れた服を拭きつつちらりと周りを見てみると、先程自分があげた叫び声のせいか何人かの視線がこっちに向けられている。

もし、石上がタオルを差し出してくれなかったら。

自分のこの姿が、そのまま他の人にも……

 

石上の気遣いの込められたタオルを、ミコは少しだけ強く握り直した。

 

「……あ」

 

石上が、何かに気付いたような声をあげた。

 

「な、何よ」

 

「いや……ちょっとさ」

 

そう言いながら、石上は辺りを見回していた。

つられるようにミコも辺りを見回すと、この建物がどういう場所なのかが解った。

黒い絨毯と、ほんの少し薄暗めの照明、全体的にシックで落ち着くような内装のフロアー。

いくつものポスターと看板が並び、ドリンクやポップコーンの売店があるこの場所は……

 

「……ここ、映画館だったのね」

 

石上とミコは知る由もないが、

去年の春頃、(かぐやの壮大な仕込みにより)白銀とかぐやが共に訪れた、あの映画館であった。

 

「ああ……」

 

返事も半分上の空、石上はとある方向をじっと見つめていた。

その視線の先には、どこか風格漂う男女が立ち並ぶ大きなポスターと看板。

そして傍に有る小さな液晶からは、不穏なBGMと勇壮なBGMが流れていた。

そしてふと耳を澄ませてみると、館内放送のアナウンスが流れていた。

 

「……は、席数が残り僅かとなっております。ご希望のお客様は、お早めにお買い求め下さい……」

 

そう、石上は今思い出したのだ。

全世界で有名なあの映画が、昨日から上映が始まっていた事に……

 

「あー……そっか。もう昨日から始まってたんだな、『リベンジャーズ ラストゲーム』」

 

『リベンジャーズ』!

アメコミの人気ヒーロー達が一同に会し強大な敵と戦う、実写化作品である!

『ナーベルシネマティックユニゾン』、通称『NCU』という同一の世界観の中にある他作品同士のヒーローを上手く融合させた壮大なスケールで世界中で大人気を博しており、

特にこの『ラストゲーム』は、『NCU』シリーズが一区切り着く大きな節目の作品となるモノであった!

 

「あー、CMで見たような覚えがあるわね……アンタ、こういうの好きなの?」

 

「ああ、まあ」

 

本 気 で あ る

 

いわゆる『ヒーローモノ』は、子供や思春期の男子のハートを非常に掴みやすいネタであり、

それは石上も例外では無かった!

特に彼は、これまでの『NCU』シリーズを全て鑑賞してきた筋金入りのファンなのである!

 

「なのに、公開してたの忘れてたの?」

 

「……ああ、まあ」

 

言えるはずもない!

生まれて初めての『女子と2人きりのお出かけ』が決まってしまってから、緊張ですっかり頭の中から吹っ飛んでしまっていた、などと!

もし、そんな事を悟られようものなら!

 

『(うっわ……アンタ何考えてんの?

私はあくまで生徒会の仕事だから嫌々付き合ってあげてるのにアンタはそんな風に考えてたのね……

ほんと……生理的に無理)』

 

などと言われかねない!

 

ともかく、もちろん今日は見る予定など無かったわけだが……

そのつもりなど無かったとはいえ、こうして映画館に訪れたら……嫌でも胸は高鳴るというものだ。

 

そんな石上の視線と意図を、隣に立つミコは薄々勘付いていた。

そしてふと……今更ながら、ある事に気が付いた。

 

自分は、石上の趣味を殆ど知らない。

あれほど言ってきても何度も持ってくるゲームが好きな事くらいは知っているけれど、それ以外のものは、何も知らない……

 

自分は、この『NCU』シリーズの映画も全く知らない。

けれど……これは、ひょっとして。

もし……もし石上が、嫌って言わなければ。

これは、『石上の好きなものについての理解を深める』好機なのでは?

これは、神様がくれたチャンスなのかもしれない。

今……ここで。

勇気を出さなきゃ。

あのポスターの中のヒーロー達の、半分でも良いから……。

 

「ね……ねぇ石上」

 

「何だよ?」

 

「あ……アンタがそんなに観たいんだったら……その、映画……観てっても良いわよ」

 

ミコの口から出た予想外の言葉に、石上は目を見開いた。

 

「……いや、この荷物学校に置いてかなきゃ駄目だろ。お前に任せるには多いし重いし」

 

「そ、そうじゃなくて!

その……ただ『雨宿りに使いました』ってだけじゃ、申し訳無いでしょ!?だ、だから、その……」

 

照れくさそうに、言いにくそうに口籠るミコ。

だが勘の鋭い石上である。ミコの意図は、既に彼には伝わっていた。

 

そういう事か?

そういう事なのか?

いやいやいやいや、まさか、伊井野がそんな……

いや、でもこの流れは完全に……

いやでも、そんな事をしたら。

もう『まるで』じゃなくて、『まさに』になるんじゃないか……?

 

石上の脳内で、『いやもうコレしかないだろう』と淡々と弾き出された答えと、

『伊井野がそんな事を言ってくるなんて有り得ない』という否定がせめぎ合っていた。

 

けど、ここはまあ……

僕から言ってやるべきだよな。

もし、勘違いだったとしても、僕が傷付くだけだ。

 

「一緒に観る……って事か?」

 

口籠もっていたミコは、石上のその言葉を受けて小さく頷いた。

 

「良いのか?僕と一緒に……ってのもそうだけど、これシリーズモノだから前のモノ観てないと分からない所多いと思うぞ?」

 

そう、この『リベンジャーズ』シリーズは傑作ではあるものの、

『リベンジャーズ』を構成する各ヒーロー単独作品の数々を観ていないと十二分に楽しめないという欠点が存在するのだ。

 

「構わないわ。アンタが教えてくれれば良いでしょ?教えたがりでしょ、オタクって」

 

「……自分からオタクなんて言った事は一度も無いけどな」

 

そんなやり取りを交わしつつ、コインロッカーに荷物を預けてから、2人はチケット売り場に歩みを進めていった。

 

だが!

 

「……え?もうカップルシートしか残ってない?」

 

「ええ、つい先程他のタイプの席が完売してしまいまして……」

 

申し訳無さそうな声の調子で案内する受付の若い女性。

 

『カップルシート』。

その名が表す通り、カップルでイチャコラしながら映画を鑑賞するのに適した2人掛けのシートであるのだが、

今の2人にとって、その内容は大した問題ではない。

 

『カップルシートで、一緒に映画を観る』。

その行為が意味するところは……もはや敢えて言うまでもない。

 

困惑の表情で、ミコの方に視線を向ける石上。

そしてミコは、何とかしてこの状況を受け入れる建前を探そうと、頭脳をフル回転させていた。

 

『カップルじゃないけど、カップルシートに座る自然な理由』。

『席がそこしかない』だけでは、少し理由が弱い!

周囲に素早くそしてさり気なく目を配り、ありとあらゆる手がかりを探すミコ!

そして遂に!

 

「……ま、まあ?今日は特別料金で、1人あたりの料金が普通の席より安くなるみたいだし?

 何より、席がそこしか空いてないっていうんじゃ、仕方ないじゃない?」

 

『座席料金』!

通常、この映画館のカップルシートは4000円!

普通の1人向けの席が1900円である事をふまえると、特別な雰囲気が楽しめる代わりにほんの少しだけ割高な席と言える!

だが、映画館では定期的に、特定の席や対象者の料金が安くなるキャンペーンのある日が存在する!

偶然にもこの日はカップルシートの料金が少し安くなる日であり、料金が3600円!

1人辺りに換算すると1800円となり、通常の席より少しだけ安く利用出来る仕組みとなっていた!

計算も得意でありしっかり者のミコの頭脳は、この窮地で素早くそれを計算してみせたのであった!

 

「まあその通りだけど……ほんとに良いのか?伊井野」

 

「い……良いって言ってるでしょ」

 

ミコにも、『流石に行き過ぎでは』という懸念は確かに有った。

だが、この機会を逃せば……石上と一緒に映画を観る機会なんて、二度と訪れないかもしれない。

何より……好きな人の好きなモノを理解する機会を、逸したくはない。

 

「ま……まあ、伊井野が良いなら良いけど……じゃあ、そこでお願いします」

 

かくして、2人は数分前までは予想もしていなかった『カップルシートでの映画鑑賞』をする事になったのだが……

 

飲食物を購入し、スクリーンに入場して数分後。

ミコは、自分の大胆過ぎた決断を少し悔いていた。

 

「(そ……そりゃ『カップルシート』って言うからには、だけど!こ、こんなに近いものなの……?)」

 

カップルシートは、前述した通りカップル用の2人掛けの座席。

一般用の座席と違い、2人の間を仕切るモノは何も無いのである!

飲み物やポップコーンを取ろうとしたタイミングが重なり……どころではなく、

ちょっと動いただけで手が触れ合うような状況と言っても過言では無いのである!

 

すぐ隣にある石上の顔をチラリと見ると、どこかそわそわして落ち着きの無い様子である。

……尤も、それがもうすぐ映画の始まるワクワクから来るものなのか、

今の自分と同じような理由でそうなっているのか、どちらかは解りかねるが……

 

緊張を紛らわす為、ミコは石上から『予習用に』と買い渡されたパンフレットを手に取った。

曰く、一通り目を通せば前作『アンリミテッドウォー』までの設定が大体分かるとの事だ。

 

パラパラとページをめくって行くと、数々のヒーローとその設定・解説が載っている。

チタン製のスーツを身に纏い、持てる技術力の全てで世界を護ろうとする『チタンマン』。

特殊な血清を打たれて能力に目覚めた正義の軍人・『ジェネラルアメリカ』。

7つの『アンリミテッドストーン』を集め、宇宙の生命の半分を消し去った悪役・『タノス』……

ミコが全く見てこなかった世界が、そのパンフレットの中には有った。

 

「(……男の子って、こういうの好きよね)」

 

趣味がメルヘン少女傾向にあるミコは、正直こういったヒーローモノ・バトルモノにはあまり興味を持てなかった。

だが、ゲームばかりしているイメージしかなかった石上も、こういう『普通の男の子が憧れそうなモノ』が好きなのだと知れた事は……収穫と言えるのかもしれない。

 

そんな事を考えている内に……スクリーン内が薄暗くなっていった。

 

そこから、いくつかの予告映像を挟み……いよいよ、映画が始まった。

 

『NCU』作品は、ここまでに20作品を超える作品で構成されているシリーズである。

当然、パンフレットを買っただけでは分からない部分がいくつも有るので、2人の間ではこんな会話が交わされつつ映画鑑賞は進んでいった。

 

「ねえ、あのヒゲのおじさまは誰なの?」

 

「ああ、あの人はケニーの……」

 

「ああ、そういう事なのね……どうりでなんとなく気まずそうなのね」

 

 

「スティーブンがじっと見つめてる女の人は誰なの?」

 

「ああ、あれはスティーブンの……」

 

「なるほどね……それは、見ちゃうわよね……」

 

そして場面は進み、映画も終盤。

とうとうリベンジャーズとタノスとの決戦の場面が訪れた。

終始映画半分、石上との距離感に半分といったミコとは違い、

NCUファンである石上はもはや至近距離にミコが居る事など全く気にする素振りも無く、スクリーンに熱中していた。

そんな石上の横顔を見て、ミコは内心少しだけ不貞腐れていた。

 

自分が隣に居るのに……石上の視線も意識も、もう全部映画の方に行ってる。

……自分と映画を観るという事は、石上にとってはそんなにも『意識するに値しない』事なんだろうか……

 

などと、お可愛らしい嫉妬を脳内で繰り広げていたミコであったが。

かと言って、突然石上に手を握られる事は、いくらなんでも想定してはいなかった。

 

「(えっ!?!?!?いやいやいや何やってんのよいくら何でもそこまでは求めていないっていうかいやそうじゃなくて何してんのよ!?!?)」

 

だが石上の顔を見ると、今しがた自分がしている行為に全く気付いていない様子で、スクリーンに釘付けとなっていた。

そう、石上は別にロマンティックな意味合いでミコの手を握った訳ではなく、単に興奮して手に力が入り、たまたま近くに有ったミコの手を握ってしまっただけに過ぎなかった。

ミコもそれを悟り、一体何がそこまで夢中になれるのか、とスクリーンに目をやると、ジェネラル・アメリカが何やら武器を振り回して戦っていた。

イマイチ展開にカタルシスを感じられないミコには、一体何がそこまで熱中させるのかは分からなかった。

 

と……とりあえず。

石上に声を掛け、この手を解いてもらわないと……

小声で、石上に声を掛けようとする。

 

「(ちょ、ちょっと石が……)」

 

だがその瞬間、石上の手はミコの手を更に強く握った。

 

「おおっ……!」

 

石上が小さく声をあげる。

 

「(えっ!?)」

 

何が起こったのかと、ミコがスクリーンに目をやると……

画面を覆う圧倒的なヒーローと敵の数々。

これまでNCUシリーズを視聴してこなかったミコにとっては大半のキャラクターが『何者かも知らぬ』状態であったが、

周りの観客から漏れる声。そしてここまでの展開におけるヒーロー達の努力から言って、相当のクライマックスシーンである事は理解出来た。

そして、先頭に立つジェネラル・アメリカが何やら呟くと同時に、映画の展開も、観客の興奮度合いもピークに達した。

ミコからすれば、ジェネラルのつぶやきはただの号令にしか受け取れなかったのであったが……

 

いや、そんな事はどうだっていい。

とにかく今は、自分の手を痛いくらいに掴んでいるこの手を解いてもらわないと……

 

だが、石上に声を掛けようとしたミコは、

石上の目に、うっすらと涙が浮かんでいる事に気が付いた。

 

……ひょっとして、感動して泣いてるって事?

ミコは、喉元まで出かかった声を慌てて抑えた。

 

こんな、映画で感動している人に対して、横槍を入れて良いものだろうか?

心優しいミコの中に、躊躇いの感情が浮かんできた。

 

――――それに……

 

思い描いていたシチュエーションとは違うけど。

ちょっと痛いくらいだけど。

こんな風に……手を握られる事自体が、嫌かと言ったら……

 

そう。これはあくまで、感動している所に些細な事で横槍を入れるのは悪いと思っただけ。

決して、この状況が何だかんだで悪くない、だなんて思ってはいない……

 

頭の中でそんな言い訳をしつつ、ミコはこの状況を受け入れる事を選んだ。

 

そして、終幕の時は訪れた。

戦いが終わり、それぞれの道を歩み始めたヒーロー達。

最後は、ヒーローの一人と『約束の女性』が熱い口づけを交わし、幕が降りる事となったが……

ふと隣の石上を見ると、今や『目に浮かぶ』どころではなく、明らかに涙が滴り落ちていた。

 

「……そ、そんなに感動したの?」

 

確かに、戦いが終結した後の一連のシーンは、自分も少し涙ぐんだが……流石にここまでではない。

 

「お前……だって泣くだろこんなん……あのラストのシーンはな……何十年も前の約束をここでようやく……ううっ」

 

「……落ち着いたら後で説明してよね」

 

やっぱり、ここまで感動するには自分も他のシリーズを観てみないと分からないのだろう……とミコは納得する事にした。

ちなみに、ミコがその後空いた時間を見つけ『NCU』シリーズを制覇し、本作を思い返して涙する事になるのは完全な余談である。

 

「ところで。終わったんだったら、コレ……」

 

「は?」

 

「……ほんとに気付いてなかったのね」

 

呆れた顔で、ミコは石上に握られている自分の手を指した。

 

指された先を見て、自分のやっていた事に気付き、だんだんと顔が青ざめていく石上。

 

「ひょっとして、ずっとやってたか?」

 

「……10分以上は確実かしらね」

 

その言葉で、石上は慌てて握っていたミコの手を放した。

 

「わ……悪い伊井野。気付かなくて……けどお前も何でおとなしく握られて……」

 

「……泣いて感動してる人の気を逸らすのも申し訳無いでしょ。だからガマンしてあげてただけ」

 

プイッと顔を背けたミコの顔が少し赤らんでいるのが理由がそれだけではない事を物語っていたが、石上からはそれが見えなかった。

 

「あ……アンタみたいなヘンタイに気を許した訳じゃないんだから。変な勘違いはしないでよね」

 

「……まだここに入った時のアレ怒ってんのかよ」

 

「違う。アンタ、あの『スカーレット・メイジ』って女の人がタノスと戦ってた時……ガン見してたでしょ。胸」

 

「な、な……へ、変な言いがかりやめろよ。僕はあくまで純粋に戦闘シーンを……」

 

嘘 で あ る

 

石上とて、性に一番興味がある年頃であるれっきとした男子高校生!

美女の空いた胸元が大画面で映し出されれば、意識してしまうのもごく自然な事である!

そして、更に!

 

「ウソ。アンタ、声が漏れてたから。『でっけぇ……』ってね」

 

確たる証拠を耳にされていた!

 

「そ、それはタノスの体がって意味で!」

 

「ヘンタイ。スケベ。エロエロ大魔王。おっぱい星人。透けた服ガン見男」

 

「……思春期風紀委員のお前にそれ以上は言われたくねぇな」

 

「何よ!事実でしょ!?このヘンタイ!」

 

「うるせえ!そういう所にいちいち気付く辺りがお前もムッツリ思春期風紀委員だな!」

 

などと微笑ましい『スケベ認定の押し付け合い』をしつつ、2人は雨の上がった駅までの道を帰路に着いた。

 

 

……ちなみに、その翌日。

会場の設営が終わった後、ミコが藤原に『何故か』バストアップの秘訣をこっそり聞いた事は、完全な余談である。

 

 

――――――――――――【その3 『生徒会は歓迎したい』】―――――――――――

 

 

 

「Bienvenue au Japon! Nous vous souhaitons la bienvenue!

(ようこそ日本へ!歓迎致します!)」

 

とうとう迎えた、フランス姉妹校との交流会当日。

事前の打ち合わせ通りコスプレをした生徒会役員の面々が、フランスからの来客を出迎えていた。

 

去年藤原が述べた通り、フランスは日本に次ぐ、いや日本と並ぶ『コスプレ大国』である。

『先輩の顔を立てる為』『新しい風を入れる為』という建前の元実施を決定したコスプレでの歓迎案は、フランス校側からも好評を博した。

 

「Bien! Je suppose que le monsieur kidnappeur porte un thème!

(素敵!怪盗紳士がテーマの装いなのですね!)」

 

「Je suis content d'être content.

(喜んでいただけて嬉しいです)」

 

何人かの女子生徒に囲まれている白銀が、流暢なフランス語で礼を述べていた。

……ちなみに、去年の『完全孤立』が再来しないよう、フランス語の勉強はバッチリである。

 

そんな白銀の様子が気に食わず、内心今すぐにでも囲っている女子共を蹴散らしたい衝動をグッとこらえているかぐやと、

外国人との交流は生徒会のメンツの中で一番である藤原もまた、何人かの生徒に囲まれて対応していた。

 

「C'est un soi-disant "petit diabolique" mignon!

(いわゆる『小悪魔的』な可愛さってヤツですね!)」

 

「Cette sorte de "Yamato Nadesiko" dos à dos est bonne aussi!

(こちらの方の『大和撫子』な奥ゆかしさも良いですわよ!)」

 

「Merci beaucoup En fait, deux de mes juniors ont décidé de mener à bien cette fois ...

(ありがとう!実は今回は私の後輩2人が実施を決定してですね……)」

 

「Merci pour votre compliment.

(お褒めの言葉ありがとうございます)」

 

3年生組は、見事にフランス語での会話をこなしていた。

 

そんな様子を、ミコは物陰からこっそりと、震えながら見つめていた。

 

「(う、うそ……?藤原先輩は知ってたけど、会長と副会長もあんなにフランス語喋れたなんて……!?)」

 

普段は色々とアレな所も有るが、やはりこの学校の生徒会長及び副会長を2期連続で務める器という事だろうか……

 

ミコも学年トップを誇るだけ有って、フランス語が全く出来ないわけではない。

だが、彼女のフランス語の知識は今日に備えて本やCDを利用し短期間で詰め込んだ程度の物。

つまり、去年の交流会の白銀と同じようなレベルであった!

とてもじゃないが、3年生組のように流暢に会話する事などは不可能であった!

 

どうしよう?

こんな事がバレてしまったら……

 

『(えっ?あの娘だけフランス語喋れないの?)』

 

『(しかもそんな娘が次期生徒会長候補だって?周知院のレベルもたかが知れてるなあ)』

 

ミコを強烈に貶していくフランス校の生徒達。

そして……

 

『(なんだ……伊井野ってフランス語も喋れなかったのか…… Ah bon……)』

 

「(そ……それだけはダメ!ダメっ!)」

 

ミコは、いつものように余計な邪念を振り払おうと頭を左右にぶんぶんと振った。

小型犬のコスプレをしている今日は、それに合わせて犬耳がぱたぱたと振れるおまけ付きである。

 

そしてとうとうそんな愛らしい姿がフランス校の生徒に見つかってしまい、続々と生徒が寄ってきた。

 

「Hé, viens ici! Il y a une fille très mignonne!」

 

「Comme c'est mignon!C'est un cosplay de teckel miniature!」

 

「C'est tellement mignon qu'on ne peut pas dire que les garçons sont mignons!」

 

「あっ……あの、えっと……」

 

簡単なお礼の一言程度は、当然ミコも予習してきていた。

だが、続々と見知らぬ顔の外国人(男子が多めだが、女子もそれなりに居る)が集まってくるこの状況では、

ミコの緊張癖が勃発するのを抑えられなかった。

 

「C'est mignon! Puis-je toucher l'oreille du chien?」

 

「Je viens d'entendre parler de cette fille, avez-vous pensé à un plan pour cette réunion d'échange? C'est merveilleux!」

 

「Hey, tu fais Instagram? Si vous aimez mon compte ...」

 

次々と聞き取れないフランス語が耳に入ってきて、ミコの頭はパンク寸前であった。

 

どうしよう。何も答えられない。

けど、答えなきゃ。

せっかく来てくれたのに、黙ったままだなんて失礼だもの。

けど……どうやって答えれば良いの?

分からない。何も分からない。

緊張する。いっぱい視線を感じる。

怖い……こわい。

助けて……だれか……

 

そんな時、聞き覚えのある声が、普段は出さないような大きな声で聞こえてきた。

 

「Euh, désolé, pouvez-vous me passer?

(あのー、すみません、通してもらえますか?)」

 

声のする方向に目を向けると。

吸血鬼のコスプレをした石上が、決然とした面持ちで囲いを割って入ってきた。

 

そして、小さな体をより小さく縮こまらせているミコの腕を取って、

 

「Je suis désolé, désolé que cette personne ait eu un autre travail.

(すみません、コイツ他の仕事が入っちゃったんで、後でお願いします)」

 

周囲のフランス校の生徒達にハッキリと告げると、ミコの腕を引いて会場の隅へと去って行った。

 

人の居ない会場の隅まで連れてこられたミコは、石上に対して驚きの視線を向けていた。

 

「あ……アンタ……フランス語喋れたの?」

 

「……まあ、兄貴に軽く習ってた事が有ってな」

 

別に悪い事でもないのに、どこかバツが悪そうに頭を掻きながら答える石上。

 

「それよりも伊井野。お前簡単な受け答えの練習くらいしとけよ」

 

「し、したわよ。けど……」

 

「……予想以上に人が寄ってきたから、緊張して言えなかったってところか」

 

「うっ……」

 

図星を突かれて、ミコは言葉に窮した。

 

「まあ、今すぐ直せとは言わないけど。無理なようだったら、わざわざここに出なくても」

 

石上の言葉に、ミコは首を横に振った。

 

「先輩達やアンタも出てるのに、私だけ『無理です』だなんて逃げるわけにはいかないでしょ。生徒会役員としての責務でしょ」

 

「……責任感が強いのは良いけどさ。じゃあ、せめて簡単な受け答えくらいは出来ないと……」

 

「しょ、しょうがないでしょ!いきなりあれだけ寄ってきたんだから、つい……」

 

「とにかく。無理はすんなよ?何だったら、会長達にも僕から適当な理由付けて言っといてやるから」

 

「……どういう理由よ」

 

「『昼飯喰いすぎてお腹の調子が悪い』とかがしっくり来るんじゃね?」

 

「もっとマシなの考えなさいよ!いくら私がちょっと、ちょっと多めに食べるからって」

 

「ちょっとどころじゃないけどな」

 

「アンタが少食過ぎるからそう見えるだけでしょ!?」

 

「前四宮先輩にも言われてたろ?」

 

そんな言い合いをしていると……

 

「オー。ジャア、『2人ヲタして2デワるとチョウドイイ』ッテヤツデスヨネ?」

 

隅に居た2人を見つけたフランス校の女子生徒が、少し片言な日本語で話しかけてきた。

 

「わっ!びっくりした……に、日本語話せるんですか?」

 

突然会話に割って入ってきた少女に驚くミコ。

 

「エエ。ワタシ、ニホンゴをベンキョウシてキタノデ、すこしダケナラシャベレマース」

 

にこやかな笑顔で答えるフランス校の女子生徒。

左胸に折り紙で作られた花を刺し、ちょっとした飾り気とおしゃれさを醸し出している。

 

「伊井野。この人なら大丈夫そうだから、僕はもう行くぞ。このコスプレ妙に気に入った人から、一緒に撮られてくれって頼まれてんだよ」

 

「えっ?……ええ、うん」

 

意外にもフランス語を喋れる事が分かった石上を、これ以上引き留めていく訳にもいかない。

ここは……自分で何とかしないと。

 

「んじゃ、頑張れよ」

 

そう言って石上は、足早に会場へと戻っていった。

 

「さっき、アノピンク色のカミのヒトからキキマシタが……今回ハ、アナタとさっきのカレがメインで準備をシタそうデスネ?」

 

「えっ?あ……は、はい」

 

藤原先輩、そんな事を言ってくれてただなんて。

 

意外な事実に、ミコはちょっぴり嬉しくなった。

 

「フフッ、ソンナに緊張シナクてもイイんデスよ?スバラシイ企画、アリガトゴザイマス」

 

ペコリと軽く頭を下げながら、労いの言葉を述べる女子生徒。

その仕草ひとつにも、どこか優雅さが感じて取られる。

 

「い、いえ!私だけの力じゃないですし!先輩達にも結局色々と手伝ってもらいましたし!

そ、それに……アイツも力を貸してくれたので」

 

ミコは、石上が去って行った方向をチラリと見ながら答えた。

そんなミコの様子を、女子生徒は微笑ましく思いながら見ていた。

 

「さっきのカレ……ひょっとシテ、アナタのボーイフレンドなのデスか?」

 

「ええっ!?ちっちちちちち違います!そ、そんな関係じゃ……」

 

いったいどこをどう見てそんな風に思われたのか、いきなり出てきた言葉にミコの顔が一瞬で茹で上がった。

必死に否定するミコの微笑ましい姿に笑いながら、女子生徒は顔を近づけ、周りの人に聞こえないよう小さく呟いた。

 

「Lui, "je peux parler français" est un mensonge.Parce que quand je lui ai parlé, il ne comprenait pas le français……

(彼、『フランス語を喋れる』なんて嘘よ。だってさっき私が話しかけた時、いまいちフランス語が通じてなかったもの)」

 

「えっ?」

 

ミコが聞き取れないにもかかわらず、フランス語で話す女子生徒。

 

「Hé、Olivia! Viens ici!

(ねえ、オリビア!こっちに来てよ!)」

 

別の女子生徒が、彼女を呼んでいるようだ。

 

「Oui, je vais maintenant!

(ええ、今行くわ!)」

 

呼びかけに応え、ミコの前から立ち去ろうとする女子生徒。

しかし、去る前にミコの耳元で、こう囁いていくのであった。

 

「Ce serait bien si vous et lui pourriez être dans une belle relation!

(あなたと彼、素敵な関係になれると良いわね!)」

 

そう言い残し、女子生徒は小さく手を振ってミコから離れていった。

 

「……?」

 

最後のふた言ほどはフランス語なので理解出来なかった……が、何とか上手く対応出来たのだろう。

もっとも、相手がこちらに合わせてくれただけなのだが……

 

そんな光景を、対応がひと区切り付いた石上が遠目で見ていた。

 

「(……何喋ってたんだろ。まあ、僕にもフランス語分からないけど)」

 

本 気 で あ る

 

『兄に習った』など全くの嘘である!

知っているのは、簡単な返事のいくつか!

そして!

ミコがあのような事態に陥った時に使えそうであると予想して習った、ピンポイントな言葉のいくつかだけである!

 

「(……本人の前じゃ絶対言えないけどな)」

 

どうせ、そんな心配される筋合いは無いとキャンキャン吠えられるだろう。

……でも、別に良い。

好かれようと思って、やってる訳じゃない。

ただ、アイツが……今回だって、真面目に頑張ってくれたアイツが。

僕の気まぐれにも付き合ってくれたアイツが。

努力が報われて、この会が無事に終われば、それで良い。

 

そんな石上に見守られている事など露程も知らないミコは、気を良くしたのか自ら進んでフランス校の生徒達の輪の中に入って行った。

外人と会話するという精神的なハードルが取り除かれた上、先程のような人数でなければそう緊張もしない。

 

「(……じゃ、僕も戻るか。出来ないなりに)」

 

元々友好的な人々が集まっているので、気の良い返事がいくつか出来ればなんとかやっていけるというものだ。

石上もまた、異文化交流に花を咲かせる輪の中へと戻っていった。

 

 

かくして、今年のフランス校との交流会も、無事に幕を閉じた。

後日、フランス校からのお礼の手紙が大量に届き、生徒会全員で手分けしてその手紙を読んだのだが……

半分ほどは、ミコのコスプレ姿を絶賛する内容であり、

藤原はまるで自分の事であるかのようにどや顔を決め、ミコは恥ずかしさに顔を赤らめ。

石上はほっとしたような笑顔の中に、やや複雑そうな面持ちを時折覗かせ。

その気持ちを察したかぐやが、ひとり心の中で微笑むのであった。




・フランス語部分は◯ー◯ル翻訳先生に打ち込んだだけの適当仏語です。
・ミコに話しかけてきたフランス校生徒達のフランス語部分は『何言ってるか分からない感』の為にあえて訳していません。
・ミコと石上に話しかけてきた娘は、明言こそしませんがもちろんあの娘です。名前もそれっぽいのを勝手に付けました(笑)


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番外編 クロスオーバーSS『5番目は大食い花嫁』

本作品のみ、『かぐや様』と並んで大人気のあの『五等分の花嫁』とのコラボSS作品です。

①財閥の存在など、基本的な世界観は『かぐや様』に準拠します。

②私のここまでの作品に基づいた独自設定が有ります。
ここまでの作品を読んでいない方は、

・ミコは『ステラの人』が石上である事を気付いて片想いしており、かぐやはそれを知っている
・かぐやと白銀は既に付き合っており、それをミコに明かしている

事を前提としてお読みください。
③時系列は、SS7話(4月下旬頃)と8話(6月中旬頃)の間のお話です。



人は人生に数度、稀に見るレベルの『偶然』を体験する事がある。

それは宝くじ然り、運命の人との出会い然り……

『五つ子』なる存在もまた、そうそうお目にかかれない偶然のひとつである。

何しろ、5人の一卵性の子供が一度に産まれるという話なのだから。

 

その反面、いずれかの日に産まれている事には変わりはないのであるから、

その五つ子達と『誕生日が被る』事は、人口を考えればそんなにレアな話ではない。

 

 

「「「「「「ハッピーバースデー!」」」」」」

 

ここ、旬菜食健を謳うビュッフェ形式のレストラン・『なか野』。

本日・5月5日のランチの時間帯。

店内の隅の方に設置された大きなテーブルが並ぶ一角で、快活な若い女子達の声がこだました。

 

……だが、その声の出し主達は、直後に互いに隣のテーブルの方を見て「えっ」と呟いた。

 

五つ子達の誕生日パーティーの場に、隣の席として偶然居合わせて。

なおかつ、『自分も誕生日パーティーの最中』であるなどというケースは……『稀に見るレベルの偶然』と言って差し支えないだろう。

 

尊敬する先輩に水玉模様の三角帽子を被せられて、嬉しさと照れくささが混じった表情の1人の少女。

互いに互いの誕生日を祝い合う、五つ子の少女達。

 

人生稀に見るレベルの偶然の出会いが、そこには有った。

 

 

 

「あの……そっちの誰かもお誕生日なんですか?」

 

自分達と同じく『ハッピーバースデー』と叫ぶ声が聞こえた隣のテーブルの主に声を掛けたのは、今日が誕生日の五つ子の一人・中野四葉。

 

「はい~!今日はこのミコちゃんの誕生日なんですよ~」

 

そう言って隣に座る少女をグッと引き寄せ満面の笑みで答えたのが、名門・秀知院学園の生徒会書記・藤原千花である。

 

「同じ声が聞こえましたけど……そちらの誰かも誕生日なんですか?」

 

藤原が、同じ質問を返す。

 

「うふふ……誰だと思う?」

 

少し悪戯っぽい笑みで逆に問い返したのは、同じく本日が誕生日で、この五つ子達の長女・一花。

 

「当ててみてください!相談もアリですよ~?見事当てられたら、三玖の抹茶ソーダをプレゼントしちゃいます!」

 

「……飲み物はアルコール以外基本料金に含まれてるから欲しけりゃ向こうも取ってこれるでしょ。ていうか誰も欲しがらないわよそんなの」

 

四葉のおバカなノリにツッコむ、次女・ニ乃。

 

「……美味しいのに」

 

抹茶ソーダへのディスリスペクトへ頬を膨らませて不満を示すのは、三女の三玖である。

 

「(……誰だと思います?石上くん)」

 

「(いや、僕に聞かれても……単純に確率5分の1……いや一人居る男も含めたら、6分の1じゃないっすか)」

 

藤原に話を振られて困った顔をする、生徒会会計・石上優。

 

「(伊井野はどう思うよ?)」

 

「(……私だって分からないわよ。けど……)」

 

更に石上から話を振られたのが、五つ子達と同じく本日を誕生日とする、本日の主役・生徒会会計監査・伊井野ミコである。

 

「(けど?)」

 

「(あの人達……なんか顔が似てるような?)」

 

「(あっ!言われてみればそうですね。というか、声も似てるような……)」

 

「(……って事は、まさか)」

 

石上の頭の中に、一つの仮説が浮かんだ。

滅多に起こることじゃない。けど、有り得なくはない……

顔も声も似てて、歳も近そうな5人の少女。

これはまさか……

 

「ブッブー!時間切れですー」

 

石上が思考を巡らせていると、四葉が両手でバツを作り時間切れを知らせてきた。

 

「いつの間にタイムリミットを設けたんだ」

 

四葉に冷静にツッコむ、五つ子と同じテーブルに座る唯一の男子が、五つ子を無事卒業へ導く為に日々奮闘する優等生・上杉風太郎。

 

「では正解を発表しまーす!実は私達は……」

 

「『五つ子』で合ってますか?」

 

風太郎のツッコミもどこ吹く風と正解を明かそうとした四葉の言葉を遮る形で、石上が先んじて正答を述べた。

 

「わおっ!正解だよ!キミ、頭イイんだね~」

 

一花がやや芝居がかったように驚きながら石上を見つめる。

 

「死んだ眼をした人って頭が良いという共通点でも有るんでしょうか……」

 

五つ子達のテーブルの中では一番大量に料理を皿に盛っている五女・五月が風太郎の方を見ながら呟いた。

 

「俺の方を見て言うな。ていうか聞こえてるぞ、多分」

 

「はい、ばっちり聞こえてます」

 

不意にそこそこの切れ味の言葉のナイフを突き刺された石上が、ワントーン下がった声で答えた。

 

「それを言うなら、大食いの女子は僕みたいな人間に容赦無いっていう共通点でも有るんでしょうかね?」

 

石上が、向かいに座るミコの方を見ながら混ぜっ返した。

 

「誰が大食いよ?今日は誕生日だから少し多目に食べても良いかなって思ってるだけで……」

 

「お前以外に居ないだろ……いや、今日はすぐそこにもう一人居るっぽいけど」

 

五月の皿にチラリと視線を送る石上。

 

「だから!アンタが少食過ぎるってだけよ!私が大食いって訳じゃなくて!っていうかこのやり取り何回目よ!?」

 

「10回から先は数えてねぇよ!」

 

「まあまあお二人さん、痴話喧嘩はその辺にして」

 

「「痴話喧嘩じゃないです!!」」

 

石上とミコが同時に、苦笑しながら諌める一花の方をクルリと振り向いて叫んだ。

とその時、何かを思い付いたような表情で四葉がガタッと立ち上がった。

 

「そうだ!ねえ、その娘……ミコちゃんも、今日がお誕生日なんでしょ?」

 

「えっ……は、はい」

 

急に四葉に話を振られて戸惑うミコ。

 

「じゃあ!私達と一緒に合同でお祝いしない?人数多い方がきっと楽しいよ!」

 

「「えっ!?」」

 

またも同時に、今度は戸惑いの声をあげる石上とミコ。

 

「ちょっ、アンタ何言って……」

 

四葉の提案に二乃が素早くツッコもうとする。が……

 

「あっ!それイイですね~!じゃあテーブルくっつけてみんなでワイワイしましょう~!」

 

こういうノリが大好きである藤原千花が、目を輝かせながら賛同する様子を見て言葉は出なくなった。

 

「……まあ、僕はどっちでも良いですけど。藤原先輩、伊井野がどう思うかですよ」

 

ミコがどういう反応を示すか、石上には未知数であった。

 

見た目も、髪の明るさも……決して口に出せないが胸の大きさも、あの藤原先輩に勝るとも劣らないモノを兼ね添えた5人姉妹。

正直『リア充オーラ』が半端じゃなくて、自分的には少々苦手なタイプ。

そして伊井野も同じように、そういうタイプの人間がどちらかと言えば苦手な事も知っている。

いったい、この突飛なお誘いにどういう反応をするのか……

 

少し不安になって、ミコの表情をそれとなく伺ってみた。

だが、当のミコは、どう反応して良いのか分からないとでも言った顔をしていた。

 

「わ、私……そんな風に誘われるなんて今までなくて……」

 

伊井野ミコにとって、これまで誕生日とはそう特別なものではなかった。

仕事が多忙を極める両親は勿論の事、真面目で融通の利かなさすぎる活動が災いして交友関係も狭かった為、

都合が合えば祝ってくれる大仏こばちを除けば、基本的に祝ってくれる人間など居なかった。

だが、今年は藤原千花の提案の元、こうしてささやかなお誕生日会を開催してもらう事となった上に。

偶然にも同じ誕生日のお姉さん達が、一緒に祝おうと言って来てくれる……

 

「そ……その。私なんかで良ければ……」

 

「決まりだね!じゃ、よろしくね!」

 

四葉と藤原が、楽しそうに2つのテーブルをくっつけ始めた。

 

「……仕方ないわねぇ。ホラ、アンタ達も手伝う」

 

観念したニ乃が、風太郎や他の姉妹にも呼びかけた。

 

 

「はあぁ〜!ミコちゃんかわいい!可愛すぎるよ〜」

 

「ずるいですよ四葉!私にもなでなでさせてください」

 

四葉と五月が、戸惑いと照れくささの入り混じった顔のミコを愛でていた。

 

「アンタ達はこの娘のお兄さんとお姉さん?あんま似てない気がするけど」

 

二乃が石上と藤原を品定めするような目付きで見ながら問いかける。

 

「よくぞ聞いてくれました!確かに私はミコちゃんのお姉さ「いえ、みんな他人です。僕と伊井野が高2でこのちょっとアレな人が高3で先輩です」

 

話をややこしくしそうな藤原に割って入った石上が淡々と説明をした。

 

「ええっ!?私達の1個下なだけ!?」

 

ミコに頬ずりを続けていた四葉が、驚愕の表情を浮かべてミコをまじまじと見つめた。

 

「フータローの妹と同じくらいの大きさだから、小学生か中学生だと思ってた……」

 

抹茶ソーダをちびちびと飲んでいた三玖が呟く。

 

「……まあ、実際より歳下に見られるのは慣れてます」

 

なにせこの前の『生徒会長代理期間』にも、3年生の先輩方から散々妹分のように可愛がられた。

しかしやはり不満な事は不満なので、ミコの頬は少しむーっと膨らんでいた。

 

「ああでも可愛い!ほっぺた膨らましちゃって!義妹にしたいよ〜」

 

「でしょう?ミコちゃんは可愛いんですから!」

 

「……何で藤原先輩が得意気なんすか」

 

頬をつんつんしながら再びミコを愛で始めた四葉に対してどや顔をする藤原に、石上がツッコんだ。

 

「……しかし、コレが来季の生徒会長候補ねぇ」

 

やはり『マスコット的生徒会長』になりそうだ、という意思の込もった言葉を呟く石上。

 

「何よ!?私がちょっと……ちょっとだけ子供っぽいのは関係無いでしょ!」

 

石上に対してくわっと怒りを剥き出すミコ。

 

「へぇ〜、生徒会長?凄いものを目指してるんだね〜」

 

成り行きを見守っていた一花の、感心したような調子の言葉。

 

「まあ、一応今も役員やってますから。僕達全員、秀知院で生徒会やってます」

 

「秀知院!?」

 

石上の言葉に、風太郎が驚きの反応を見せた。

 

「何そんなに驚いてんのよフータロー?」

 

「お前……秀知院って言ったら、富豪や名家やエリートの生まれが集う偏差値77の超名門校だぞ!?」

 

二乃の言葉が信じられないといった表情で、風太郎が振り向く。

 

「えっ!?じゃあ見かけによらず超エリート集団!?」

 

「四葉、失礼」

 

驚きを全く隠さない四葉に三玖が冷静にツッコむ。

 

「まあ僕や藤原先輩はそうでもないですけど、伊井野は紛れもなくエリートですね」

 

「ちょっとおおおおおお石上くーん?自分を卑下するのは勝手ですけど私まで巻き込まないで下さいよぉーー!」

 

「えっ……藤原先輩は自分をエリートだと思ってるんですか?」

 

「引きこもり系ニートボーイの石上くんよりは!」

 

「ひっでえ」

 

そばに初対面の他校の生徒が居るにも関わらず、いつも通り正論の殴り合いを始める2人。

 

「そうよ石上!藤原先輩をアンタなんかと一緒にしないでよ!」

 

『藤原信者』であるミコは、五つ子と風太郎の方を向き藤原の素晴らしさを説き始めた。

 

「いいですか!こちらの藤原先輩は凄いんです!あのピディアピアノコンペで全国大会金賞!」

 

「まあ、小4の時ですけどね……」

 

「しかも5か国語を操るマルチリンガル!」

 

「母親が外交官で……」

 

もじもじ照れ照れしながらも、後輩からの褒め殺しに満更でもなさそうな藤原。

 

「それでいて秀知院で普通の成績を誇る秀才なんです!」

 

「そう、そこは普通なんですよねー。ミコちゃん正直だぁ」

 

一気にテンションの冷めた藤原であった。

 

「マルチリンガル……凄い。私なんて英語だけも出来ないのに」

 

三玖が、藤原をどこか羨ましそうな目で見つめている。

 

「まあそうなんだけど。伊井野の1年からずっと学年1位を譲らない方が難易度高いだろ」

 

石上の言葉を受け、五つ子達が一斉にミコの方を振り向いた。

 

「へ、偏差値77の学校で……」

 

「ずっと学年1位!?」

 

「か、可愛い顔して勉強オバケだぁ……」

 

「い、いやその、頑張ってるだけというかその!ちょっと石上、何言ってるのよ……」

 

遥か雲の上の存在を目の当たりにして恐れ慄くかのような五つ子達の反応に、ミコが慌てふためく。

 

「み……皆さん気を付けてください。ひょっとしてこのミコちゃんも、わざと100点満点の答案を落として見せ付けて恥ずかしがってくるかもしれませんよ」

 

「……五月からの視線を感じるのが気のせいだと良いんだけどなー」

 

五月からも現実からも目を逸しつつ、下手な口笛を吹く風太郎。

 

「そ、そんな事しません!ていうかそんな事する人居るんですか!?」

 

「げぇ……随分器の小さい人ですね。そんな嫌味な奴が居るんですか……」

 

「ぐぅっ」

 

歳下2人からの容赦無いダブルパンチが突き刺さる風太郎に、隣の一花が苦笑いを浮かべた。

 

「……キミ、石上くんも隠れエリート?」

 

三玖がどこか恐れているように石上を見つめる。

 

「何ですか隠れエリートって……まあ僕はマジの凡人ですよ。たまたま会長に助け……いや気に入られて生徒会に居るだけで」

 

「へぇ。今日はその会長さんは居ないの?」

 

一花が興味有りげに尋ねる。

 

「ええ、今日は会長と、あと副会長もなんか外せない用事が有るって……まあエリート具合で言えば、僕らよりその2人の方が凄いですよ。何せ学年1位と2位で、生徒会長と副会長、勉強もスポーツも完全無欠ですから」

 

「何よその化物カップル……」

 

もはや驚きを通り越して呆れたと言える表情の二乃がため息混じりに零した。

 

『化物』という余計な枕詞が付いてはいるが、『カップル』と呼ばれたらどんなリアクションをするのだろう?

この中で唯一、『カップル』である事が真実であるという事をかぐや本人から聞かされて知っているミコは、自らの頭の中で想像を広げた。

そして、ちらりと石上の方に視線を移す。

 

もし、自分も今年生徒会長になれたら。

石上が、引き続き生徒会入りしてくれたら。

いつか、自分達も……

 

と、ここでミコは妙な視線に気付いた。

視線を感じる方を振り向くと、一花が何かを悟って愉しんでいるかのような笑みを浮かべながらこちらを見ている事に気付き、慌てて下を向いた。

 

「……ちょっとすみません、お手洗いに」

 

野菜ジュースを飲みすぎた石上が、断りを入れてゆっくりと立ち上がった。

 

「私もデザート取ってきます~」

 

空の皿を持って、藤原も立ち上がった。

 

2人が居なくなった事で、少し肩身が狭くなったように錯覚するミコ。

両隣は四葉と三玖なので、物理的には何も変わっていないのであるが。

 

「……それでそれで、ミコちゃん。ミコちゃんってさ、好きな人居るの?」

 

一花が引き続きどこか悟りを含んだような笑みを見せながら、ミコに問いかけた。

 

「ええっ!?な、何ですか急に!?」

 

「いやぁ~、うら若き乙女達が集まれば恋バナに花を咲かせるのは何も不自然な事じゃないでしょ?」

 

マズい。この一花って人にはさっき、石上にちょっと視線を送っていた事が多分バレている。

 

「乙女じゃないのも一人居るけどな」

 

「お米の袋も一人で持てない上杉さんは乙女も同然です!それに私は俄然興味あります!」

 

四葉が元気良く左手を挙げる。

 

「ズバリ、理想のタイプってどんな人なんですか?」

 

四葉がマイクを差し出すようなジェスチャーを交えつつ、隣に座るミコに問いかける。

 

「え……えっと……」

 

変に悟られないように、ここはなんとか石上から遠そうな言葉を並べないと……

ミコは、偏差値77の秀知院にて学年1位を堅持し続ける優秀な頭脳をフル回転させて、パッと見の石上から遠そうな特徴を模索した。

 

「え……えっと!いつも私の事を見ててくれて!私の気持ちを分かってくれて!困った時は颯爽と助けに来てくれる王子様みたいな人です!」

 

「……ニ乃みたい」

 

隣に座る三玖が、ぼそりと呟いた。

 

「何よ。女はいつまでも少女の気持ちを忘れないものでしょ?この娘の王子様に憧れる気持ち、私は分かるわよ」

 

ニ乃がうんうんと頷きつつ理解の意を示す。

 

「でもね……」

 

ミコの方にズイッと身を乗り出し、深刻そうな顔になるニ乃。

 

「……必ずしも理想と同じとは限らない事は、覚悟しといた方が良いわよ」

 

他の姉妹達に聞こえないような小声で、ひっそりとニ乃が呟いた。

 

「……あ、大丈夫です。そこはもう乗り越えたというか……」

 

ミコも、顔を近づけているニ乃にしか聞き取れないような小声で答えた。

 

「あ、じゃあもう好きな人居るワケ?」

 

「!?」

 

ニ乃の言葉に、ミコが身をびくっと震わせて驚く。

そしてその反応を見れば、それが図星であるという事は誰にでも分かるものだった。

 

「ひょ、ひょっとしてカマをかけたんですか!?」

 

「違うわよ!ついうっかり!」

 

……そう、カマなんてかけるワケないじゃない。

多分私と同じ、『王子様』の理想と現実が離れてる事を思い知っちゃったであろうこの娘に対して。

 

「わあ!好きな人居るんですね~!誰ですか?」

 

「……そんなズバリ聞いて答えてくれる人は居ないと思いますが」

 

四葉の能天気さに五月が呆れながらツッコミを入れた。

 

「うーん、誰だろうねー?誰なのかなぁー?おねーさんぜーんぜん分からないなぁー」

 

どこかわざとらしい口調の一花の視線は、先程まで石上が座っていた席一点に集中していた。

 

「……えっ?そういう事……?」

 

人の好意には敏感な三玖が、一花の視線の意味にいち早く勘付いた。

 

「…………マジ?」

 

続いて、五つ子の中で一番恋バナに興味を持つ体質の二乃が、『いやいやそれは有り得ないでしょ』と言いたげな顔でミコを見つめる。

 

「えっ?どういう事ですか?」

 

「ミコちゃん答えてないのにみんな分かるのー?」

 

恋愛沙汰に疎めの五月と四葉は理解出来ていない様子である。

 

「戻ってくる前に聞いちゃおう……ズバリどこまで行ってるのかな?あのカレと」

 

「な……何を言ってるんですか。私は別に石上の事なんて……」

 

一瞬、その場だけ時が止まったかのように凍りついた。

続きの言葉が出てこずそのまま固まるミコ。ぽかんとした表情の四葉・五月・風太郎。

そして、勝ち誇った笑みを浮かべる一花。

数秒流れた沈黙を破ったのは、『やってしまった』事に気付いたミコの「あっ」という短い一言であった。

 

「「「えええええええええええええ!?!?!?」」」

 

止まった堰を切ったかのように、四葉と五月と風太郎の驚愕の叫びがフロアの一角に木霊した。

 

「でっ、ですからっ!?私はアイツの事なんて別に、そんな、なんとも!そんな!」

 

必死で取り繕おうとするミコであるが、今や耳まで顔を真っ赤にしたミコが、周りの人間に恋心の否定を納得させる事など不可能であった。

 

「もう遅ーい。私、一言も『石上くん』だなんて言ってないのになー?」

 

可愛らしくて可笑しいものを見るようなにやけを口元に浮かべながら、一花がミコを追及する。

 

「えぇー……まさかの片想いですねー……」

 

「全然気付きませんでした……」

 

理想像と一見かけ離れた『お相手』のカミングアウトに戸惑いを隠せない四葉と五月。

 

「あ、アンタ……さっきのはウソだったワケ?まあ私も……人のこと言えないけどさ」

 

ニ乃がチラリと、あんぐりと口を開けたまま固まっている風太郎の方を見た。

 

「……チョロくてかわいい」

 

隣に座る三玖が、あわあわしているミコを優しく撫でた。

 

「う、ううぅ……」

 

もはや既成事実となりつつある流れを、ミコにはもはや変えられそうにはなかった。

しかも、今自分を何故か撫でているこの三玖って人……

片目を隠した前髪にヘッドホン。低血圧そうな雰囲気。

なんか……髪を切る前の石上に似ていて……

 

「ぜ……絶対内緒にしててください……藤原先輩と、アイツには……」

 

「おや、という事はまだ片想いなんだ?かーわいいんだー♪」

 

とうとう観念したミコに、一花がにっこりと笑いかけた。

 

「ま、困ったらこの一花お姉さんに相談するんだぞ?なんか面白そうだし」

 

「ズルいですよ!私も頼ってくれても良いんですからね!」

 

「いえ四葉、そこは私が。勉強……は教えられる立場にないと思いますが、話くらいは聞けますよ?」

 

「……話くらいなら私も聞ける」

 

「アンタは相談に乗れるタイプじゃないでしょ三玖。ま、同じ少女の気持ちを持つ私なら乗ってあげられるわよ?」

 

「お前らはそんな事にかまけてるより勉強しろ」

 

相談役として殺到する五つ子と横から引き止める風太郎であったが、

ちょうどその時、幸か不幸か、石上と藤原が同時に戻ってきた。

 

「戻りました……って伊井野、どうした?赤いけど熱でも有るのか?」

 

「な、無い!無いわよ!」

 

ミコは必死で否定した。

またこの前のように額でもくっつけられたら、この場が大盛り上がりになってしまうだろう。

 

「心配要らなさそうですよ石上くん!ミコちゃんのお皿、ちゃんと空になってますから♪」

 

「あー、そうですね。なら大丈夫か」

 

会話が弾みすぎて各人皿を空に出来ていない中、ミコの皿は綺麗に空になっていた。

 

「そこで判断されるのね……ま、まあ良いわ。とにかく大丈夫よ」

 

気丈さを演じつつ、ミコはプイッと顔を背けた。

赤くなっている顔を、石上や藤原先輩にはできるだけ見せたくはない。

 

「いつの間に空になってんのよ……っていうか、五月の皿もいつの間にか空になってるわね」

 

二乃が、この場で数少なく空になっているミコと五月の皿を交互に見た。

 

「「これくらいお話の間に普通に食べれますよ」」

 

『別に普通でしょう?』といったミコと五月の声が、見事にハモった。

 

そして、2人の間に禁断の爆弾が落とされた。

 

「五月とミコちゃんって、どっちが沢山食べるんでしょうね?」

 

ここに居る全ての人間がふと思った事を、四葉が代表して代弁した。

そして今ここにようやく、『2人の大食い少女』達の視線が、ピタリと重なった。

言われるまで、互いに意識などしていなかった。

だが、ここまでを見るに、お互いに周りの人間から『大食い』と言われている事は察する事が出来た。

 

今まで、自分はいつも『大食い』と言われてきた。

周りに、自分より多く食べる人間なんて居なかった。

いつも『食べ過ぎ』と言われ、ついて来れる人間なんて居なかった。

けど……

この人なら……もしかして……?

 

「どうでしょう……伊井野さん」

 

五月が、ゆっくりと口を開いた。

 

「白黒……付けてみますか?」

 

五月からの挑戦状に、ミコは無言でうなずく事で応え、

2人の大食い女子の交わす視線の間に、ちりちりと火花が散った。

 

 

 

そして、35分後――――

 

「競ってる……凄い気迫です……」

 

「いや『凄い食い気』の間違いじゃないの?」

 

両者10皿目に突入した謎の大食いバトルの様子を、妙に真剣な眼差しで見つめる藤原と、呆れたような目つきで見るニ乃。

 

「両者一歩も引かない……プライド……いや食い意地と食い意地がぶつかってるのか?」

 

まさか伊井野に並ぶ大食い少女が居ようとは……と少し驚いた表情で石上が成り行きを見つめる。

 

「何やってるんだこいつら……」

 

ニ乃以上に呆れた顔を隠さない風太郎が呟く。

 

「けど……これは危険ですよ!?」

 

「?どういう事ですか?」

 

藤原の言葉に四葉が反応する。

 

「2人の食べた異常な量を考えてください……消化酵素の過剰分泌!今2人の胃は人間の限界を超えているんです!このままじゃ胃が使い物にならなく……!」

 

「ええっ!?」

 

「この試合、長引けば長引く程胃を痛めます……!」

 

「まだ晩ごはんも控えてるのに……どうしてそこまで頑張るんですか!?」

 

 

……などと、おバカ2人が勝手に外野で盛り上がってはいるものの。

実際の所、2人はそこまで熱意を持ってフードファイトをしているワケではなかった!

 

ただただ、自分の食べるペースと量についてこれるお互いに驚き合っていた。

そして、『どこまでついて来れるのか』を確かめたいという意味合いで、お互いに食べ合いを続けているに過ぎない。

ちなみにまだ互いの腹は、限界から逆算して8分目にも遠かった。

お互いが沢山食べれば食べる程、互いにむしろ嬉しさが募ってきていた。

 

ほら、私はとびきり大食いなんてワケじゃない。

これだけ食べる人が、自分以外にも居るじゃないか――――。

 

ほぼ同時に空になった皿を持ち、無言でガタリと立ち上がったミコと五月。

11皿目を盛り付けに向かう2人は、互いに視線と笑顔を交わしあった。

 

今ここにまさに、大食い女子同士の友情が固く――――

 

「お客様?申し訳ありませんが、ビュッフェ形式ですので……他のお客様のためにも、店の料理を食べ尽くすような真似はご遠慮くださいね?」

 

料理の並ぶコーナーへ向かおうとした2人の前に、申し訳無さそうな声の調子の女性の店員が割って入ってきた。

そしてその店員は、驚くことにミコのよく知っている顔であった……

 

「し、四宮先輩!?!?」

 

家柄を考えれば、こんな所で働いている事など予想だにしない人物。

四宮財閥総帥の長女にして、秀知院学園生徒会副会長・四宮かぐやが、エプロン基調の制服に身を纏ってそこに立っていた。

 

まさかの人物が目の前に現れた事に、驚いてうっかり皿を落としかけるミコ。

そして、かぐやの隣に来た男性の店員は……

 

「まったく……お前らがまさかここで誕生日会をしているとは思わなかったぞ」

 

「か、会長っ!?」

 

かぐやの支える男・秀知院学園生徒会長・白銀御行もその場に参上した。

 

「会長!?かぐやさん!?」

 

「え……会長?四宮先輩!?」

 

『秀知院組』が、今日来れなかったはずの2人の登場に驚愕していた。

 

「へぇー。じゃあこの2人がさっき言ってた化物カップルってワケ?」

 

「ば、化物!?」

 

「か、カップル……!!」

 

二乃の何気ない一言に、白銀は戸惑いかぐやは赤面した。

 

「あはは、すみません……えっと、実は……」

 

五つ子達を代表して、一花がこれまでの経緯をかいつまんで2人に説明した。

 

 

 

「……なるほど、伊井野さんの誕生日をあなた達もお祝いしてくださったのですね。ありがとうございます」

 

「俺も生徒会長として礼を言おう。ありがとう」

 

事情を説明されたかぐやと白銀が、軽く頭を下げ礼を述べた。

 

「すごーい……なんか品が有るっていうか、格の違いを感じちゃうというか……」

 

「……ほんと、お似合い」

 

かぐやの立ち居振る舞いに感心した四葉と、2人の間に漂う独特な空気を察する三玖。

 

「ちょっと!?会長とかぐやさんはそんなんじゃないですよ!?会長にかぐやさんは勿体無さ過ぎます!」

 

ぷんぷんと怒りながらニ乃や三玖の言葉を否定する藤原。

 

「そうなのですか?」

 

「……ええ、まあ」

 

「……ああ、そうだな。あくまで俺たちは会長と副会長という間柄なだけであって……」

 

五月の問いかけに、ややぎこちなさそうに答えるかぐやと白銀。

 

「本人じゃ、恥ずかしがって言えないのかもしれないよー?ミコちゃん、石上くん、そこんとこどうなのかなぁ?」

 

「……まあ、本人達が言うなら僕達には肯定出来ないですよ」

 

「……そうです。きっと、別にカップルってワケじゃないんですよ」

 

四葉の問いに、『大体察している』石上と、本人から聞かされていて知っているミコが少し視線を泳がせながら答える。

 

「ほらー!大体私もかぐやさんが取られちゃうなんて嫌です!」

 

「あ、あはは……」

 

そう言ってかぐやに抱きつく藤原を、一花が苦笑いしながら見ていた。

 

いや、これどう見ても『くっついてて、察してる』パターンでしょ。

この娘だけ気付いてないみたいだけど……

 

「ところで、何で四宮先輩がここに?会長……は、多分バイトでしょうけど」

 

かぐやの家柄を考えれば、こんな所でバイトなどする必要は無いはず。

 

「私もアルバイトですよ。卒業前に、ちょっとでも社会経験を積んでおこうと思いまして。で、せっかくだから会長の居るココで……

って、違いますよ!?別に会長と一緒に居たいとかそういうのじゃなくて!会長が教えてくれるというメリットが大きいと判断しただけで!」

 

「やだなあ、分かってますよかぐやさん♪」

 

「スーパーお嬢様なのにちゃんと社会経験を積もうだなんて……すごーい!」

 

かぐやの言葉を全て素直に信じ込む純粋なおバカである藤原と四葉の2人を、ニ乃は呆れ顔で見ていた。

 

いや、どう考えても『一緒に居たい』からここ選びましたって話でしょ?

後輩2人なんか、揃って『真意は分かってますよ』って顔してんじゃん……

 

……でも。

生徒会長と副会長は既にデキてて、この監査の子もこのパッと見冴えないヤツに片想い……

偏差値77の学校のトップに位置するエリートさん達も、やっぱフツーに恋愛とかするもんなのね。

 

ニ乃は、また風太郎の方をチラリと見た。

 

そういう事なら……やっぱり、コイツだって。

ガンガンアタックを続ければ……あれだけ否定してた恋愛ってモノにも、落ちるかもしれないじゃん?

やっぱ……どんどん仕掛けてみるに限るわね。

 

ニ乃は一人、新たに決意を固めたのであった。

……向かいの席で、三玖も同じ事を考えていた事には気付けなかったが。

 

 

 

そこから、各自小話を交えつつ、時は進んだ。

 

一花とかぐやの恋愛論が妙に一致し、間違いなく周囲に黒いオーラを見て石上と五月が震え上がったり。

三玖と石上が、『ヘッドホン愛用者』同士、リアルでは滅多に交わす事の出来ない『ヘッドホン談義』に熱が込もり、

その様子を複雑な表情で見つめるミコが、ニ乃から『ライバルが出ない内に攻めなさいよ?』とアドバイスされたり。

ノリの合う四葉と藤原が、互いの連絡先を交換し合ったり。

知る人ぞ知る有名レビュワー『M・A・Y』の正体が、今まさに向かいに居る人物であると気付いたミコが尊敬の眼差しを五月に送ったり。

『姉から借りたホラー映画にて、どこか一花の顔を見たような気がする』と呟いた藤原の口を、一花が慌てて塞ぎ、

風太郎が一花の耳元で『そんなに慌てる事ないだろタマコちゃん』とからかったり……

 

 

妙な盛り上がりを見せたミコと五つ子達の誕生日会も、お開きの時間がやってきた。

今、五つ子達と風太郎、秀知院学園の面々達は店の前に立っていた。

 

「お料理も美味しかったし、スーパーエリートなのに可愛いミコちゃんとも知り合えたし!サイコーだったよ、ありがとね!」

 

四葉が満面の笑みでミコに抱き付いた。

 

「まあ、勉強の虫な人達にも意外な一面が有るって知れただけ有意義だわ。相談には乗ってあげられるわよ、勉強以外はね」

 

「石上くん……また機会が有れば、ヘッドホンの話、しよ」

 

「え、ええ」

 

思いがけず趣味の合う女子の知り合いが出来た事に戸惑いが治まらない石上。

 

「むぐ……あ、あの、五月さん。今度良ければ、この前先輩に紹介してもらったケーキのお店、行きませんか?」

 

「良いですよ!時間が合えば……今度こそ白黒付けちゃいましょうか?なーんて……」

 

「有名レビュワーの『M・A・Y』ちゃんはいくつ星を付けるのかしらね?」

 

『再戦』の約束(?)を交わすミコと五月に横から茶々を入れるニ乃。

 

 

少し離れた所では、かぐやと一花が、互いのグループの代表者として挨拶を交わしていた。

 

「ありがとうございました。もし機会が有れば、また伊井野さんや石上くんの事、かまってあげてくださいね」

 

交友の少ないと言えるミコや石上に、少しでも元気な知り合いが出来るのは良い事だとかぐやは考えていた。

 

「こっちこそ、結構遠慮無くガンガン言っちゃって……けど、喜んで貰えたのなら嬉しいかな。四宮さんとは気が合いそうだし、機会があればまた会おうね」

 

「じゃあ、みんな行こうか?」

 

「ああ、お前らにはいくら時間が有っても足りないくらいだからな?」

 

一花の呼びかけに答えて集まってきた他の姉妹達に、風太郎がいたって真面目な顔で呼びかける。

 

「もー上杉さん、今日は誕生日だよー?今日くらいは勉強の事……」

 

「ダメだ!ただでさえお前らは赤点回避がギリギリなんだからな!」

 

「そうだな、『少年老いやすく学成り難し』だ」

 

「お前とは気が合いそうだな、生徒会長」

 

「ああ、そうだな」

 

『勉強の虫』同士の固い握手に、五つ子達はみな戦慄を覚えた。

 

「分かった分かった、ちゃーんと教わるから。それじゃみんな……」

 

さよなら、と言いかけたその時、ミコが五つ子達の前に立った。

 

「あ……あのっ!今日は楽しかったです!私、こんな賑やかな誕生日って初めてで……

誘ってくれて、ありがとうございました!」

 

少し照れくさそうに、一気に言い切ったミコはペコリと頭を下げた。

 

「(伊井野……)」

 

そうだ、コイツはそういうヤツだよな。

別に大した事してもらったワケじゃないと思うけど……

コイツには、嬉しかったんだろう。

賑やかなこの人達に囲まれて祝われて可愛がられた、今日のひと時が……

 

再び四葉と五月に抱きつかれたミコを見ながら、石上は口元に笑みを浮かべた。

 

「石上くん……何で一人で笑ってるんですか?きもーっ」

 

「……死にたいので先に帰っていいですか?」

 

「ダメよ石上くん、もう少し居なさいね」

 

藤原の容赦ない言葉のナイフがぐさりと突き刺さった石上を、かぐやが恐ろしげを含んだ笑みで引き留めた。

 

「ほらほら……離れて。……それじゃ、みんな!」

 

「「「「「バイバーイ!」」」」」

 

五つ子達のそっくりな5つの声色が、昼下がりに木霊した。

 

「さよならでーす!」

 

藤原が、元気良く手を振り返し去っていく五つ子と風太郎達を見送った。

 

「……賑やかな人達だったな」

 

五つ子達との思わぬひと時を振り返り、石上が呟いた。

 

「うん。でも……楽しかった」

 

ミコが、五つ子達が去っていった方向を見つめながら答えた。

 

今までとは全く違う、賑やかな誕生日。

妙なことがバレてしまいはしたけれど……みんな、自分をかわいがってくれた。

それに、自分と同じくらいに『食べられる』人とも知り合えた……

 

「楽しかったですねー!私と石上くんだけじゃこうはいきませんでした!あの人達には感謝しないとですね!」

 

「伊井野とあちらの五女が料理を凄い勢いで食っていくから、調理が大変だったけどな」

 

「ええ……」

 

能天気な藤原と、いつもより仕事が大変であった為対照的にやや疲れたような顔の白銀とかぐや。

 

「す……すみません」

 

ミコが恥ずかしそうに白銀とかぐやに頭を下げた。

 

「伊井野と同レベルの大食いの女子なんて、テレビに出てるような人以外有り得ないと思ってたけどな」

 

「人をフードファイターみたいに言わないで。だからアンタが少食過ぎるだけで……」

 

「はいはい」

 

「ちょっと!まともに受け取ってないでしょ!」

 

「受け取るだけ無駄だし……」

 

「何よ!」

 

「本当だろ?」

 

「やれやれ……」

 

言い合いを始めた2人を、仕方が無さそうな表情で白銀は見つめていた。

 

「ふふっ。あれでも……お互いの事はよく分かり合ってるんですよ、きっと」

 

石上が、つれない態度を取りつつミコをフォローしている事。

ミコがそれに気付き、石上を密かに想っている事。

互いが抱く真意を知っているかぐやは、余裕の笑みを浮かべていた。

 

きっとこの2人も、自分たちのようにいつかは……

けど、自分達が渡米するまでの間に大きく動いてくれるかどうかまでは、分からない。

そうだ。来月には……フランス校との交流会がまた行われる。

会長が準備の企画を提案した時には……このお可愛い後輩達が『仲良く』なるよう、私がちょっとだけ手助けしてあげましょうか?

 

ニ乃に『化物』と称された程の頭脳を持つかぐやの脳内が、人知れずフル回転を始めた。




ミコと五つ子達の誕生日が同じであると知ったので、
前々から「ミコと五月って娘はどっちも『5番目』で『大食い』だな」と想っていたのもあり、急遽今まで手付けずであった『五等分』を一気読みしてみて書いてみました。
メイン読者層である石ミコ同志だけでなく、両作品のファンの皆様にも喜んでいただけたら幸いです。

石ミコSS本編9話は、既に半分以上を書き終えているので今から1週間以内には更新出来ます。もうしばらくお待ち下さい。


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第9話 不器用な2人の夏休み 真夏の海編

夏!

それは恋の季節である!

これでもかと肌を焦がす太陽の悪戯か。

アスファルトに揺蕩う陽炎の幻惑か。

少年少女の心を裸にし 男女の関係を次のステップへと誘う!

そんな夏休みが幕を開け――――

 

生徒会一行は、海に来ていた!

 

そして、今!

石上とミコは、人目の付きにくい岩陰の中、

『2人とも』上半身が産まれたままの姿で、互いに密着していた!

 

「(…………)」

 

突然の出来事に、暫しの間放心状態に陥った石上!

事ここに至るまでには、1学期の終業まで遡る事になる!

 

 

1学期の終業!

直前に行われた1学期末テストでは、

1学期中間テストでは順位の変動がほぼ無かった石上も少しだけ順位を上げ、85位に。

ミコは、1学期中間に引き続き、期末でも1位をキープしてみせた。

そんな2人と藤原千花に、白銀とかぐやから重大な話が打ち明けられる事となった。

 

それは、2人が1月から交際をスタートしていた事。

そして来る10月には、2人とも秀知院を離れ、アメリカ・スタンフォード大学へと進学するという事実であった。

 

ミコは、実は事前にかぐやから両方とも聞かされていた為、今ここで驚く事は何も無かった。

石上も、10月に日本を離れるという事には流石に驚きはしたものの、

2人の関係についてはもう前々から勘付いていた為、『やっとですか、おめでとうございます』と素直に祝福する余裕を見せた。

 

そんな2人とは比べ物にならないほどの衝撃を受けたのが藤原である。

『手間のかかる子供』と、『大好きな人』が恋愛関係に至っていた事など全く気付きもしていなかった上、

残り数カ月でここから去ってしまうという衝撃のダブルパンチを受けた藤原は、あと少しで半狂乱と言える程に泣き叫んだ。

『居なくなっちゃうなんてやだーー!!』『会長にかぐやさんなんて勿体なさ過ぎます!』『会長のお守りは大変ですよ!?』などと泣きじゃくったが、

紆余曲折を経て成り立った2人の関係と覚悟が、今更変わるはずも無い。

比較的衝撃の薄かった石上とミコの2人に慰められ、とうとう藤原もこのショッキングな事実を、受け入れる事を選ばざるを得なかった。

 

ただし。

 

「なら……10月までに、みんなでいっぱい思い出を作りましょう!これは絶対です!いいですか絶対ですよ!?」

 

大好きなかぐやが日本を去るまでの約3ヶ月の間に思い出を作る!と燃える藤原の熱気に全員押される形で、夏休みに生徒会メンバーで出掛ける事が決定したのである。

 

藤原曰く『国内で穴場のスポットが有る』という事で、まず8月のはじめに海に行く事に決定した。

以前なら『会長が藤原さんの胸に気を取られて……』とかぐやが懸念するところであったが、

既に付き合っている今、会長はその程度では靡かないという確信を持っていた為かぐやも反対する事は無かった。

 

……だが、ここに1人、海へ出掛ける事に関して悩める女子が居た。

生徒会会計監査・伊井野ミコである。

 

今まで真面目過ぎるという位真面目に生きてきたミコ!

当然、『みんなと海に出掛ける』など彼女にとって人生初の出来事である!

となれば、問題が一つ浮かんでくる!

 

『どんな水着を着ていけば良いのか分からない』!

 

プライベートで海はおろかプールにも出かける事の無かったミコは、所持している水着は学校指定のスクール水着のみである。

いくら何でも、それをそのままプライベートで着ていくのはおかしいという事はミコにも分かっていた。

……尤も、これまで熟読……いや、風紀委員の義務として仕方なく目を通してきた本によれば、敢えてスクール水着を好むニッチな需要も有るらしいが。

 

ともかく、自分としてはスクール水着で海に行く訳にはいかない。

浮いてしまわない為にも。

そして……アイツを振り向かせる為にも。

 

そう決意したミコは、日曜日の昼下がり、水着売り場を訪れていた。

だが!

 

「(……どんなの買えば良いのよ……)」

 

ひとくちに水着と言っても、

トランクスタイプと、ブーメランパンツタイプのどちらかくらいしか無く選択肢の多くない男子向けとは違い、

女子向けの水着は、大まかにビキニタイプとワンピースタイプに分類され、

そこから細かく分岐する多くの名称を挙げていくにはキリが無いほどの多様な選択肢が存在する!

普段あまりオシャレを意識しないミコにとって、この選択肢の多さは逆に高いハードルとなっていた!

 

どうしよう?

ちょっと恥ずかしいけど、もう店員さんに聞いてみようかな……

 

そんな事を考えていた時。

ふと、近くで水着を選ぶひとりの女性が目に入った。

 

「ん〜……こっちのチューブトップも良いけどぉ……思い切ってマイクロでも良いかなぁ」

 

その豊満なボディを引き立てる露出度の高い水着を手に取って選ぶその桃髪の女性は、どこか見覚えが有るような気が……

 

「ふ……藤原先輩?」

 

思わず、頭に浮かんだ人物の名前を声に出してしまった。

 

「えっ?」

 

女性がミコの方を振り向いた。

確かに藤原千花と同じく桃髪ではあるが、

あの特徴的なリボンも無いし、胸は千花に輪をかけて大きく、

顔もどこか大人の色気と余裕を感じさせる。

何故か面影があるような気はするが、ともかく、あの天真爛漫な千花とは別人であった。

 

「あっ!す、すみません!尊敬してる先輩に似てるような気がしたので、つい声に!」

 

「んーん。良いよ、間違いは誰にでも有るよねぇ」

 

ミコは慌ててあやまったが、女性の方は気にしていない様子だ。

だが、その女性はしばらくじーっとミコの顔を見つめていた。

 

「……あら?あらあら?」

 

そしてミコの周囲をくるくると歩きだし、色んな角度からミコを観察する女性。

 

「……あ、あの、えっと」

 

こうじろじろ見られる事に、ミコは人一倍慣れていない。

どうして、この人はこうもじっくりと見てくるんだろう?

疑問に思っていたミコであったが……

 

「あなた、もしかして……伊井野ミコちゃん?」

 

「えっ!?は、はい!」

 

突然自分の名前を当てられた事にミコは驚く。

交友関係の狭さはミコ自身も自覚しているだけに、この見知らぬ歳上の女性に自分の名が知れているとは全く思ってはいなかったのであるが……

 

「やっぱり。千花から聞いてたんだぁ。去年から、自分を慕ってくれるカワイイ後輩ちゃんが生徒会に入ったってね〜」

 

『カワイイ後輩』。

藤原先輩が、自分の事をそんな風に思って、人に話してくれていたなんて。

 

そして、藤原先輩からそんな話を聞かされて、なお且つどこか藤原先輩の面影があるこの人。

もしかして……

 

「えっと、貴女は……」

 

「あっ!ゴメンねぇ〜、まだ言ってなかったよねぇ。千花の姉の豊実だよ、ヨロシクね♪」

 

藤原家長女・豊実が、偶然にもミコと同じ目的でこの水着売り場を訪れていたのであった。

 

「は、はじめまして!藤原先ぱ……いえ千花さんにはいつもお世話になっております!」

 

尊敬する藤原千花の姉ということで、ミコは緊張の様相を見せている。

 

「も〜、ミコちゃんってばカタいよぉ。気軽に接してくれるのが一番だよ?」

 

緊張で縮こまっているミコの頭を撫でながら豊実が話す。

 

「そういえば、千花が8月に生徒会の皆で海に行くって言ってたなぁ。なるほど〜、その時に要る水着を買いに来てるのね?」

 

「は、はいっ」

 

「けど、どんなのがイイか迷ってるって感じかな?さっきから、ちっちゃくてカワイイ子があちこちうろうろしてるなぁって思ってたけど」

 

「は、はい……実は……」

 

尊敬する藤原千花の姉という事だけあって、ミコは自らの内を明かす事に躊躇いは無かった。

今までこんな機会が無かった故、いったいどんなのを選べば良いのか全く分からないという事実を、そのまま話してみせた。

 

「そっかぁ……じゃあ、おね〜さんが一緒に選んであげよっか?」

 

「えっ?良いんですか?」

 

「妹が可愛がってる後輩ちゃんだもん。それくらいしてあげるよ〜」

 

これは心強い味方が出来たと、ミコは内心喜んでいた。

 

ところが。

 

「ええ!?またこういうのですか!?」

 

「い〜じゃない。オトコの子をオトすにはコレくらい必要よ〜?」

 

豊実がチョイスする水着は、やけにキワドいタイプのものばかりであった。

 

「わっ、私は別にそんなんじゃ……」

 

慌てて顔を逸らしながら反論するミコ。

 

「隠したってダ〜メ。オンナの子が気合入れて水着選ぶ理由なんて、友達同士で見栄張りたい時か、気になるオトコの子に見せたい時くらいなものでしょ?

ミコちゃんって友達に見栄張ってオシャレするタイプじゃなさそうだし〜……そう来たら、オトコの子でしょ〜?」

 

「う、ううっ」

 

一見ちゃらけてて遊んでいるだけのように見えるが、こういった鋭さは流石に名家の長女である。

 

「まあ、恥ずかしがるミコちゃんがカワイくてこういうの選んでるってのもあるんだけどね〜」

 

「やっぱり!」

 

どうりで先程から楽しげに写真を撮っている訳だ。

遊ばれていた事実に、ミコはぷんむくれて怒る。

 

「あはは、ゴメンねぇ〜……ちゃんとミコちゃんに合いそうなのも持ってきてるから。ほらぁ、コレなんてどお?カワイイんじゃない?」

 

「……あっ!コレ……良いかも……」

 

最終的に、お洒落上手な豊実がミコの雰囲気にぴったりと合う物を見付け、ミコは無事水着選びを済ませた。

 

「ねぇ、これからお茶なんてどう?おね〜さん奢っちゃうよぉ?」

 

そう言いながら豊実が指差した先には、小洒落た雰囲気のベーカリー店が有った。

購入したものを店内で寛ぎつつ食べられるスペースを有するタイプの店である。

 

「そ、そんな!選ぶの手伝って貰ったのに、そこまで……」

 

「い〜よ、遠慮しないの。千花から聞いてるよ?いっぱい食べる娘だって」

 

「そ!そんな事な……」

 

しかし、ここに来て神の悪戯か。

ミコの腹の虫が、今まさに『ぐううううう』と大きな音を立てたのであった。

 

「な……い……です……」

 

お昼ご飯も、ちゃんと食べてきたのに……。

 

否定の声は、みるみる内に尻すぼみになっていった。

 

「うふふ。ほらぁ、行こっ?」

 

「……はい……」

 

恥ずかしさと間の悪さで顔を赤く染めたミコの手を豊実が引きつつ、2人はベーカリーへと足を運んだ。

 

 

数十分後。

ミコの目の前の数枚の大きな皿には、いくつものパンが盛り付けられていた。

尚、これでも既に半分以上を消化している状態である。

 

「うわぁ〜……ほんとによく食べるんだねぇ。ちっちゃいのに、意外だね〜」

 

ミコが美味しそうにもりもりとパンを食べていく様子を、豊実が感嘆しながら見つめている。

 

「んぐ……んっ…んん。いえ、違うんです……ここのパン美味しくてついつい食が進んじゃうだけで、私が大食いなんて事は」

 

しかし、今まさに8個目のパンに手を付けようとしているミコが言い訳を述べたところで、説得力は全く無かった。

 

「うふふ、恥ずかしがらないの。ご飯は美味しく食べるのが一番だよぉ?」

 

「……そりゃまあ、そうですけど」

 

どうやら、食に対する考え方は妹と同じらしい。

 

だが、基本的な傾向として、

大食いが一種のステータスとなり得る男性とは違い、女性は大食いである事を少し恥ずかしがる傾向にあるのは事実。

――――特に、意中の男性に対してはそれが顕著である。

 

ミコは、偶然目が合ってしまった。

空の小さな皿と紙袋を手に持った、石上優と。

 

「い……石上!?何してるのよ!?」

 

慌てて、自分の眼前のパンの乗った皿を覆い隠すミコ。

 

「兄貴がここのパン好きでさ、買ってくるの頼まれたんだよ。で、その代わりに僕の分も奢ってくれるから、自分の分はここでさくっと食べてっちゃおうかって来ただけだけど……」

 

石上は、ミコの向かいに座る豊実に視線を向けた。

 

「あっ。キミが石上くんねぇ?いつも千花に構ってくれてありがとねぇ、姉の豊実で〜す」

 

「あ、どうも……藤原先輩のお姉さんでしたか」

 

石上は、軽く会釈すると同時に、『どうりでヤバそうな雰囲気の人だと思いました』という言葉を飲み込んだ。

いくら『藤原一族』とはいえ、この人は藤原千花じゃない。

まあメンタルが図太そうなのは同じだけど、一応言葉は選ばないと……

 

「で、そういう伊井野は何しに来たんだよ。店のパン食い尽くしに来たのか?」

 

「そんなに食べないわよ!私は水……」

 

『水着を買いに来ていた』という言葉が喉元まで出かかっていたが、慌てて飲み込んだ。

もし、そんな事を言おうものなら!

 

『(へえ……あの伊井野が気合入れて水着を選ぶなんてなぁ?

もしかして誰かにアピールする気でも有るのか?

会長はもう四宮先輩が居るってのは分かってるし……って事はまさか……?

へえ……へえええええぇ……)』

 

などと思われるかもしれない!

 

「み……水!使ってる水が良いから美味しいって評判のここのパン屋の味が気になって来てみただけよ!」

 

「……そんな評判聞いた事無いけどな。まあ美味しいのは確かだけどさ」

 

随分と苦しい言い訳だっだが、特に他に疑わしい事も無かったので石上はとりあえず信じる事にした。

 

「ていうか、伊井野。何隠してんだよ」

 

不自然に机の上の皿に覆い被さるミコの様子を訝しむ石上。

 

「ち……違うのよ。ここのパンが美味しすぎるのがいけないの。だから別に私が食べ過ぎなんて事は無い訳で……」

 

「あーはいはい、『ちょっと』沢山食べるだけなんだよな、『ちょっと』な、うんうん」

 

「う、うるさいわね!アンタが少食なだけだって言ってるでしょ!?」

 

「……まあ、否定はしないけどさ」

 

自分が少食である事は事実だろう……尤も、ミコが『ちょっとだけ』大食いである事も事実と言って良いと思うが。

 

「良く知ってるんだねぇ〜、お互いの事」

 

2人のやり取りを見ていた豊実が、ニコニコの笑顔で割って入ってきた。

 

「「そんなんじゃないです!」」

 

2人の異を唱える声が見事にハーモニーした。

 

「ほらぁ、息ぴったりじゃないの……石上くんも、どう?ご一緒するぅ?」

 

「……いえ、兄貴が待ってるんで、僕はもう帰らないと」

 

兄の分が入った紙袋をちよっと上げながら、石上が断りの言葉を入れる。

 

「あらぁ〜……ザンネンね。じゃ、これからも千花と仲良くしてあげてね〜」

 

「はい。んじゃ、伊井野。また今度な」

 

「う……うん」

 

笑顔で小さく手を振る豊実に、一応と小さく手を振り返しつつ石上は去って行った。

 

「……はぁー…………」

 

まさかこんな所で石上に遭遇するとは思っていなかった為、緊張で溜まった疲れが今急にどっと押し寄せてきた。

 

「まぁ、オトコの子の前だと、隠したくなるコトって有るわよねぇ〜」

 

「はい……」

 

疲れと安堵の色を隠せない表情で、ミコが答える。

 

「『水着選んでました』とか、『パンをたーくさん食べてました』とか……ちょっと恥ずかしいのも分かるわぁ……」

 

「はい……!」

 

流石、藤原先輩のお姉さん。

自分の気持ちを、こんなにも分かってくれてる……

ミコは、豊実の察しの良さと理解の良さに感服していた。

 

……だが、忘れてはいけない。

藤原千花とは別人とはいえ、彼女は藤原千花の姉なのである。

彼女も、藤原一族の人間なのである。

つまり……一筋縄では行かない、曲者である事には変わりはないのだ。

 

「……だーいすきな彼の前ではね」

 

「はい……はい!?!?」

 

寄り添って理解の意を示した所で油断させておいてからの、不意を突いた一撃。

気を緩めていたミコは、決定的な返事をしてしまった。

 

「はい……いえ!いいえっ!しょんな事ないでしゅっ!」

 

口元にニヤリと笑みを浮かべた豊実に対し、慌てて反論の言葉を取り繕うミコ。

しかし、瞬く間に真っ赤に茹で上がった顔で、噛み噛みのセリフを述べながらいくら否定したところで、説得力はまるで無かった。

 

「隠したってダ〜メ。バレバレだったんだからぁ」

 

「う……ううっ……」

 

真っ赤な顔で口ごもってしまったミコを、豊実が笑いながら撫でた。

 

「分かりやすーい……千花の言う以上にかーわいいんだー♪」

 

「か……からかわないで下さい……」

 

会ったばかりの人にバレるだなんて。

恥ずかし過ぎて、この場から逃げ出したい……

 

「まぁ、さっきの彼なら『経験』、無さそうだしぃ〜……ミコちゃんがさっきの水着を着れば、イチコロじゃないかなぁ?」

 

「イチコロっ!?」

 

その響きで、ミコの頭の中に一つの光景が浮かんでくる。

 

人気の無い夕焼けの海で、石上が自分を後ろから抱き締めている。

 

『伊井野……お前が悪いんだぞ?そんな水着を着て僕を誘うんだから……』

 

実際より5割ほど誇張された美形な石上が、ミコの耳元で囁く。

 

『お前も……そういうつもりだったんだろ?ほら、僕と一緒に、真夏の魔法にかけられて……オトナになろう』

 

『だ……ダメっ。いしが……』

 

抵抗するミコの言葉は、口を塞がれて続けられなかった。

その口を塞いだのは、同じ『口』であった……

 

「(なななななななな何考えてるのよそんな事まだ早いっていうか早い遅いの問題じゃなくてその!)」

 

「あー、ミコちゃん今、えっちな事考えてたでしょ〜?」

 

 

豊実が、全てを見透かしたようににやけながらミコの頬をつんつんとつついた。

 

「かっ!?考えてましぇん!」

 

「風紀委員もやってるって聞いてたけどぉ……むっつりスケベな風紀委員なんて、いけないんだぁ〜」

 

「ちがっ……私そんな変な子じゃ……」

 

「ほらほら〜、素直になりなさーい。石上くんのコトがだーいすきでやらしー事まで考えちゃうって認めなさ~い♪」

 

「う、ううう……」

 

 

結局、その日は終始豊実にからかわれっ放しのミコであった。

石上への好意は、もはや否定の余地は無いと観念して認める事となった。

『千花には決して言わない』という条件付きで……である。

 

 

 

 

そして、当日!

 

 

 

 

「海~!きーもちーですねー!」

 

晴れ渡る広い空と、案外人気の少ない青い海。

藤原が、かぐやと水掛け合いをしながらはしゃいでいる。

そんな様子を、白銀と石上が浜辺に並んで寝転がり眺めていた。

 

「会長……なんかああいうのって」

 

「何も言うな。言葉は要らない、『良い』、それだけだ」

 

タイプは全く違えど、どちらも相当ハイレベルな美少女2人。

そんな2人が水着ではしゃぎ合っている姿を見て、悪い気分になる男子高校生は少ないだろう。

 

「けど……」

 

石上は、女子更衣室の設置されてある方角をくるりと向いた。

 

「?どうした石上?さっきから忙しなく何度もそっちの方を向いているが」

 

「……いや、なんでも。ちょっと虫がこの辺飛んでて」

 

嘘 で あ る

 

この男 さっきからミコのみが来ない事をずっと気にかけている!

だが、そんな事を言えるはずもない。もし、そんな事を悟られようものなら!

 

『(ほう……石上はそんなに伊井野が待ち遠しいのか?

そんなに伊井野の水着姿を心待ちにしているという事なんだな?おエロい奴め)』

 

などと言われかねない!

 

実際の所、既に藤原の『戦車級』な水着姿を既に目の当たりにしている為、

男として、そこまでミコの水着姿に妙な期待を寄せているワケではなかった。

ただ、ミコ1人だけ来るのが遅いという事で、

『もしかしたらナンパ野郎に引っかかっていたりしないか』と心配している……という面が大きかった。

だが、その懸念は遠くから小走りしているミコの姿が見えた事で解消された。

 

あの髪型。あの背の低さ。伊井野しか居ない。

……けど……

 

徐々に近づいて鮮明に見えてきた、ミコの姿に。

石上は、妙な違和感を覚えざるを得なかった。

 

無理もない。普段のミコは、制服をおカタ過ぎる程にしっかりと着こなし、夏服でもスカートは膝下、冬服ではタイツを着用。

素肌を晒すという事などとは、無縁の存在であると言えた。

 

だが、今白銀と石上の元に、恥ずかしさで頬を赤らめながらやってきたミコの姿は。

布面積が少なめのビキニに、パンツにはフリルの付いた、セクシーさと可愛らしさを両立した水着姿であった。

 

「お……お待たせしました……」

 

震える小さな声を絞り出すように出すミコを見て、石上は察した。

この水着姿を躊躇って、ここまで遅れたのだろう、と……

 

「あーミコちゃん!来ましたねー!」

 

藤原とかぐやが、ミコの姿を見て駆け寄ってくる。

 

露出度の非常に高いチューブトップ、いわゆる『眼帯ビキニ』を着た藤原は、駆ける度に『戦車級のモノ』が揺れる。

上品な赤いタンキニの下に『お可愛い胸部』が隠れているかぐやが、親の仇を見るような目で藤原の揺れ動く物体を見ているような気がするのは気のせいではないだろう。

これでも、白銀と結ばれ不安が消えた今は『控えめ』な方なのであるが……

 

「わあ~!ミコちゃんの水着姿カワイイ!なんだか新鮮ですね~」

 

「……ええ、そうですね」

 

目を輝かせて褒めちぎる藤原と、どこか低い声で一言褒めた後プイッと顔を逸らしたかぐや。

 

石上は、かぐやの気持ちを察した。

藤原先輩に『負ける』のもそうだが、歳下の伊井野に『負ける』のも別の悔しさが有るのだろうと……

何が負けるかとは敢えては言わない。が、言うまでも無い。

 

石上は、藤原に褒めちぎられて満更でもない顔になっているミコの姿をチラリと見た。

 

伊井野の水着姿なんて、体育が男女別に別れる前の小等部時代を最後に見てはいない。

見るのは何年ぶりかだろう。

……こうして、改めて見てみると。

背は、小等部の頃からちょっとしか伸びてないちんちくりんのくせに。

なんというか、その。『別の所』は……

 

普段は藤原千花という、より『たわわな』女子が傍に居る事も多く、

且つ、ミコ本人もクリップボードや資料等で体の前を隠している事が多く、目立ちにくいというのも有った。

それが、想像以上に露出度の高い水着を着た事で、とうとう露見する事となった。

伊井野ミコは、藤原ほどではないにしろ……胸が大きいという事実が。

 

「じゃあじゃあ!コレ持ってきたので、みんなで遊びましょう~!」

 

藤原がどこからともなく、大きなビニールのボールを取り出した。

 

「あら……ビーチバレーですか?」

 

「そうです!海と言えばコレですよ!ネットも持ってきたんですよ?」

 

かぐやの問いかけに満面の笑みで答える藤原。

 

「ふむ……しかし、人数が5人だから上手く分けられないな。どうする?」

 

「まあ、男女チームで分かれるのが一番無難じゃないすか?」

 

「そうね、それがバランスが良さそうかもしれません……」

 

そして話し合いの元、白銀・石上の男子チーム、かぐや・藤原・ミコの女子チームとして分かれる事に。

男子は人数差・女子は体格差のハンデを互いに背負うという形である。

5点先取で1ゲーム、2ゲーム先取で勝ち。あくまでお遊びなので長引く要素となるデュースは無し……というルールとなった。

 

 

「かぐやさん!トス行きますよ!」

 

「ムッ、来るぞ石上!拾う準備だ!俺はブロ……ぶっ!」

 

『トス行きますよ!』と声高に宣言した藤原は、意表を突いて白銀の顔面にそのままスパイクをぶち込んだ。

 

「……うっわ、藤原先輩……」

 

「はいそこ引かない!これも立派な作戦です!」

 

「素晴らしい頭脳プレーです!」

 

呆れる石上に対して開き直る藤原、全力で褒めるミコ。

 

「……ここからは本気で行かせてもらうぞ、藤原書記」

 

「(会長の目つきが変わった!?……たかがビーチバレーなのに)」

 

ぽよんぽよんの柔らかいボールとはいえ不意に顔面にボールを食らった白銀は、スイッチを入れ本気モードとなった。

 

 

いつぞやのバレーの特訓の成果が活きている白銀と、元から運動神経の良いかぐやと藤原。

運動は決して得意ではないが、的確なサポートをする石上とミコ。

全員が良い働きをした結果、試合は拮抗し、とうとう互いに1ゲーム先取、互いに4点ずつという局面まで来た。

 

「ハッ!」

 

白銀が強烈なサーブを打ち込むが、かぐやが安定したレシーブを見せる。

 

「ナイスですかぐやさん!ほいっ!」

 

かぐやのレシーブを受け、上にふわりと軽く打ち上げる藤原。

 

「ミコちゃん、決めちゃって下さい!」

 

「えっ私ですか!?……はい、行きます!」

 

藤原のお膳立てを受け、ミコがネット際でボール目掛け高く跳んだ。

ネットを挟んだ向かいでは、その動きを石上が見つめていた。

 

伊井野、身長あんななのに……意外と高く跳べるんだな。

さすが、根性だけで体育もA取ってるだけあるわ。

……けど、この身長差で負けるのは流石に恥ずかしい。

伊井野には悪いけど……ここはブロックさせてもらおう。

 

石上は、ミコの動きに合わせてブロックすべく跳……ぼうとした。

悲しいかな、普段の運動不足というものは、こういう時に祟ってくるものである。

跳ぼうとした石上は、足を滑らせ、前のめりに転倒した。

 

うっわ。やらかした。

はあ、やっぱもっと運動すべきなんだよな……

いやとりあえず今は、顔ぶつけないようにネットでも掴まねーと。

 

石上は完全な転倒を防ぐべく、ネットをむんずと掴んだ。

……しかし。

掴んだのは、ネットだけではなかった。

 

ネットのみを掴んだのであれば有り得ないはずの、『むにゅっ』とした妙に柔らかい感触。

ネット越しに掴んでしまった『何か』を引きずり下ろす形で、石上はそのまま前のめりに倒れた。

 

自分の頭のすぐ上の方で聞こえる、「えっ」という息を呑む声。

石上は、察しの良い人間である。

頭の中で、今しがた自分が何をしでかしてしまったのかのおおよその想像が付いていた。

恐る恐る目を見開いてみると、その想像が誤りでは無かった事の証左が、眼前に飛び込んできた。

 

石上の目の前に広がった光景は、ネット越しに石上に掴まれ、水着がはだけて左胸が露わになってしまったミコの姿であった。

倒れた2人の距離は近かった為、石上が覆い被さる形となり、他の者にそのあられもない姿は見える事はなかった。

しかしその分、石上の目には至近距離で、ばっちりと、しっかりと映り込んでしまった。

今しがた起こった現実を頭の中で受け入れられず、刹那思考が止まったミコ。

『見てはいけない』と頭では分かっているはずなのに、目の前の光景に意識を奪われ、視線を外せない石上。

しばし、両者の間に流れる時は止まっていたが……

ようやく理解の追いついたミコが、手早くはだけた水着を直し。

石上に向かって、ゆっくりと、静かに右手を挙げた。

 

「い……伊井野?」

 

言葉として表されていなくても分かる。

今、目の前にいるこの少女は、煮えたぎるマグマの如く怒りで沸々と沸き立っている――――。

わなわなと震えるミコは、先程まで自分のはだけた胸が有った位置から視線を微動だにしない石上に向けて、声高に叫んだ。

 

「ヘンッッッッッッッタイ!!!!!!!」

 

晴れ渡る青空の下にバチーンと乾いた音が響き、ミコは石上から背を向け、その場から猛スピードで走り去っていった。

しばし流れる沈黙。そして……

 

「い、石上……」

 

「えっ、会長!?」

 

白銀がやや引き気味に自分を見ている事に気付き戸惑う石上。

 

「石上くん……貴方がそこまで気色悪い事をしでかすとは想像してませんでした……」

 

「し、四宮先輩も!?」

 

極めつけに藤原が、片手にスマホを持ちつつ固さ全開の作り笑顔で言い放った。

 

「石上くん……今おまわりさん呼んだので、神妙にしててくださいね……ヤケ起こして私やかぐやさんに同じ事しちゃダメですよ……」

 

「痴漢案件!?っていや、皆して冗談言ってる場合じゃないでしょ!僕伊井野を追いかけてきます!」

 

藤原の冗談が『付き合いきれない』と判断するある意味良いトリガーとなり、石上はミコが走り去って行った方向へ全速力で駆け出した。

 

「い、石上!お前が行っても……ってああ、行ってしまったか」

 

石上を引き留めようとした白銀であったが、元陸上部のエースである石上は思った以上に速く駆けて行ってしまった。

 

「いえ、ここは石上くんが行くべきでしょう。意図的ではないとは言え、いずれはした事を謝らねばならないんですから。だったら、出来るだけ引きずらず早く済ませる方が良いですよ」

 

「一理有りますけど……」

 

かぐやの言葉に賛同するも、心配そうにミコと石上の走っていった方向を見つめる藤原。

 

「ミコちゃん、ちゃんと許してくれるでしょうか……」

 

「ああ……嫌っている異性に触られたり見られたりするという事は、女子からしたら相当ショックな事に違いない……」

 

腕を組み、行く末を案ずる白銀。

 

「……大丈夫ですよ。伊井野さんは、きっと許してくれます」

 

かぐやが自信有りげに言った。

 

伊井野さんは、見た目はああだけど、そうお子様じゃない。

……それに。

伊井野さんは、石上くんの事を嫌いなんかじゃ……

 

 

 

 

 

人気の無い岩場の陰で、伊井野ミコは独り、全速力で走った為に普段より早く脈打つ鼓動を抑えていた。

落ち着くために、左胸の辺りに手を置くミコ。

しかしその位置が位置だけに、先程のハプニングが嫌でも頭の中に浮かんできてしまった。

 

ネットと水着越しではあったけど……触られた。

そして……見られた。

本来ならば、深い仲の異性にしか見せてはいけないはずの、何も着けていない自分の胸を……

 

ミコとて、薄々分かってはいた。

石上が、下心を抑えられずにそんな不埒な事をしてくる訳は無い、と。

しかし。

あの時は、恥ずかしさのあまりに気が動転して……あんな態度を、取ってしまった。

ミコは呻きながら俯き、目を閉じた。

あんな風に触られ、見られた事への憤りと、恥ずかしさが爆発した為に石上を罵りひっぱたいた事への後悔。

2つが混じり合った鬱屈とした感情が、ミコの頭の中を渦巻いていた。

 

どうしよう?

次に石上と顔を合わせる時、自分はどう対応すれば良いんだろう?

ミコは思案をし始めたが……ちっとも考えが纏まらない内に、その声は聞こえてきた。

 

「伊井野!!」

 

頬が上気し、息が上がり、肩で息をしている。

パッと見でも、自分を追って全速力で駆けてきた事が分かる石上が、目の前に現れた。

 

「い……石上」

 

まだ、何も考えが纏まってないのに。

ミコは、石上にくるりと背を向けた。

だが石上は、ミコから一定の距離を保ったまま、ミコを振り向かせようとはせずその場に立ち尽くしていた。

 

「……念の為に言っとくけど、勿論、わざとじゃねえからな」

 

そんな事、分かってる。

けど……

 

「……でもまあ、あんな事されたら嫌だわな。怒るよな……悪い。僕が、悪かった」

 

石上は、ミコからは見えないのは承知で深々と頭を下げた。

 

「僕を許せないのは分かる。けど、お前が不機嫌なままじゃ……会長と四宮先輩にとって、今日の思い出が微妙なモノになる。

僕は許さなくても良いから……会長と四宮先輩の為に、機嫌直してくれよ」

 

石上は、もう一度深く頭を下げた。

 

「…………」

 

無言のまま、ミコは石上の方を向き直した。

あのハプニング自体は、その一言で許せる。

けれど……許せない事は、まだ一つある。

 

「アンタ……ずっと見てたでしょ……その、む…………胸」

 

石上の視線が、はだけた胸に釘付けになっていた事。

そうしようと思えば、目を閉じるなり逸らすなり出来たはずなのに。

しっかりとはっきりと、まるで目に焼き付けようとせんばかりに凝視された事は事実なのだ。

 

「ズラした事は仕方ないにしたって、あんなジロジロ見るだなんて……どういうつもりよ。変態」

 

違う。そんな事言いたいんじゃないのに。

ていうか、自分は何を聞いているんだろう?

 

石上は、返答に窮した。

視線が釘付けになった理由。そんなモノたったひとつ。

『いきなり想像以上にエロいモノが眼前に飛び込んできて来たから』に他ならない。

しかし……そんな事をバカ正直に白状しようものなら。

 

『(うわっ……一生見る機会が無さそうだからって偶然の産物にかじりついたのね……

モテない童貞ってかくも哀れになるのね……

ほんと……生理的に無理)』

 

こうなるのは必然!

 

ほんと、女って生き物はこう、答えに困る質問を聞いてくるものなんだな……

 

けど、今回は僕が悪い。

どう思われようと、あからさまな嘘はついてはいけないだろう。

ここは……直球勝負しかない。

 

「……そ、それは……っ」

 

と、石上が言いかけたその時。

岩場の間に、一迅の強い風が吹き込んだ。

そして、その風が……一度ズラされ緩くなり、着け直し方も緩かったミコの水着の上を、掠め取って行った。

 

「えっ!?!?」

 

「うわっ!?!?」

 

反射的に風で飛んでいくミコの水着を目で追った為、今度はミコの露わになった胸を石上が見る事はなかった。

不幸中の幸いか、水着はそう遠くない岩場にぽとりと落ちた為、すぐ拾いに行けそうだ。

 

「待ってろ伊井野、僕が……」

 

石上はそう言いながら拾いに行こうとしたが、ふと足が止まった。

 

いや、僕なんかに水着触られるの嫌じゃないか?

あれくらいの距離なら、伊井野が自分で『隠しながら』拾いに行けるのでは……

今、上半身が『産まれたままの姿』になっているはずのミコの方は振り向かず、石上はその場で尋ねることにした。

 

「なあ伊井野、僕が拾うのが嫌なら、お前が――――」

 

そこまで言いかけた所で、石上の言葉は途切れた。

いや、彼の中に流れる時までもが途切れた。少なくとも、石上自身はそう感じた。

石上の身体の背面に、突如色々と柔らかい感触が襲ってきたのだ。

その感触で、正体を察してしまえた。

 

どこか震えている細い指。

足に当たる、普段は黒タイツに包まれ絶対に露出しない柔らかいふともも。

背中に当たる、あれだけ沢山食べているのに全然出ていないお腹。

そして、背中に当たっているのはそれだけではない。

水着を飛ばされ、何も着けていない2つの瑞々しい果実が……

その柔らかさを示すように、むにゅっと潰れながら、石上の背に密着していた。

 

あまりの衝撃に、石上の思考は数秒間完全に停止していた。

意識が戻った時も、一体何故、伊井野ミコが突然自分にその身体を密着などさせてきたのかが皆目見当が付かず、軽くパニックに陥った。

 

「いいい伊井野!お前な、何やって!?」

 

驚愕の叫びをあげる石上とは真逆に、ミコは震える小さい声を必死に、囁くように絞り出しながら答えた。

 

「(さっき……人の声が……誰か来たら、見られっ……かくして……っ)」

 

そう言われると、確かに……成人男性と思われる、2人程の話し声が聞こえてきた。

 

「あん?今なんか声聞こえなかったか?」

 

「叫んでた気もするなあ……誰か溺れたりしてんのか?ちょっと探ってみるか?」

 

密着しているからこそ分かる。

震えているのは声だけでなく、その小さな身体もだ。

軽く混乱しているとはいえ、石上はミコの心情を察した。

察したからには……その頼みには、答えてやりたい。

……だが!

 

いやいやいやいやいやいや、それは良いんだけど!

伊井野の方は良いのか!?今のこの状況!

自分が何やってるのか分かってるのか!?

 

声のボリュームを抑えつつ、石上はミコに確認を取ることにした。

 

「(い、伊井野……隠すって言ったって、コレは……)」

 

そう言って、石上は密着状態から脱しようと少し離れようとする。

だが、ミコは離れようとする石上の身体を、グッと抱き留めた。

 

「(いやっ。はなれないで……っ)」

 

怯えて震えながらも、どこか甘えを感じさせるようなその声に、石上の思考は一瞬、ほんの一瞬ではあるが、妙にぐらりと揺らいでしまった。

 

いやいやいやいやいやいやいやいやいやいや!!変な事考えるな!

伊井野は怯えてるんだぞ!?怯えすぎな気もするけど!

なのに、変な事考えてどうする!!

いや、考えるな!無になれ、僕!!

 

しかし……忘れてはいけない。

ミコには紳士的な面を見せる事が多々あるとはいえ、石上優もまた、思春期真っ盛りの男子高校生である。

同学年の……『なくはない』程度には思っている女子が、自分に肌を密着させてきているなどという状況で心を無にするなどというのは、到底出来ない業であった。

皮肉にも、気を逸らせば逸らそうとする程、むしろ全神経が身体の背面……特に、2つの果実が密着する背中に集中していくかのようだった。

……厳密に言えば、もう一箇所敏感に神経が反応している部分が有るが、それは石上の名誉の為に敢えて触れないでおく。

ぼかして言うならば、『身体は正直だった』と述べるに留めておく。

 

「(あああああああああああああああああダメだダメだダメだダメだ余計な事考えるな考えるなそうだ苦手な世界史の事でも考えればちょっとは!『アンボイナ事件』!『オスマン帝国!』『アナーニ戦争』!ちくしょう変な響きのしか浮かばねえ!!)」

 

一体、いつまでこの状態を維持していれば良いのか。

先の見えない理性との戦いに苦難していたが……

 

「……うーん、誰も居ねえな。気のせいか?」

 

「俺もお前もビール飲みすぎたか?まあいいや、誰も居ねえみたいだしそろそろ戻ろうぜ」

 

「ああ、そうすっか」

 

近くに来ていたと思われる男性達は、どうやら引き上げて行ってくれたようだ。

 

危機は去った。

自分の背後で震えているミコに、石上は声をかけた。

 

「伊井野、もう行ったみたいだぞ。あと僕、お前の水着拾ってくるから。何秒か待ってろよ」

 

「えっ?あ……うん」と背後で聞こえるや否や、石上は猛ダッシュで岩場に落ちているミコの水着の上を拾いに走った。

一刻も早く、密着状態から逃れるべきだと思ったからだ。

 

岩場に裏向きに落ちていた、水着の上を、スッと拾い上げる石上。

その水着は、どこかほのかに温かかった。

この温かさは、太陽の陽に照らされた岩から伝わった温かさか。

あるいは……

 

またも余計な事が頭に浮かんだ為、石上は目を閉じて自分の頬を軽く叩いた。

 

変な事考えてないで、さっさと伊井野にコレを届けないと。

 

そして駆け足でミコの元に飛ばされた水着を届けた石上は、ミコが水着を着け終わるのを待っていた。

 

「……はい。もう良いわよ」

 

声が聞こえた方を振り向くと、今度こそちゃんと水着を着け直したミコが、後ろで手を組みながら立っていた。

 

「……その。あ、ありがと」

 

気恥ずかしそうにもじもじしながらお礼を言うミコ。

 

「……いや、お礼……を言われる事はねぇよ。お前がここに来る事になったのも僕のせいだし」

 

石上は、『お礼を言うのはむしろこっちというか』と言いかけそうな所をやっとの思いで呑み込んだ。

 

「そ……そうよ。アンタがジロジロ見たもんだから!で、何でジロジロ見たのよ!?さっき何か言いかけてたけど!」

 

あんな事の後で、まだ蒸し返してくるか……と思いはしたが。

今しがた局所を乗り切った石上に、もはやあれこれ考えを巡らす余力は無かった。

ある程度、思ったままの事を率直に言ってしまおう。

それでどう思われても……悪いのは僕の方なんだから、仕方がない。

 

「……綺麗すぎて、目が離せなかったんだよ」

 

やべえ。実際口に出してみると、想像以上にキモい。

 

自分の発言が恥ずかしくなって、石上はプイッと顔を逸らした。

 

だが、ミコの方はというと……

 

「き……きれい?」

 

……何だか、満更でもないような反応な気がするのは気のせいだろうか。

ミコもまた、思わぬ答えに顔を赤らめてしまったのがバレるのが嫌でプイッと明後日の方向にそっぽを向いた。

 

しばらく、2人の間には沈黙が流れたが……

 

「……まあ、良いわ。さっきは、一応私を隠してもくれた事だし……チャラにしてあげる。アンタが……見てきたのは」

 

つい先程の事の方がよほど大事では……と石上は思ったが、許してくれそうであるという事で敢えて言及しない事にした。

 

「……んじゃ、戻るか」

 

「……うん」

 

2人は、白銀達の待つ海辺へと戻っていった。

 

 

 

「あ!2人で戻ってきましたよ!」

 

藤原が、こちらに歩いてくる石上とミコの姿を見つけ喜びの声をあげた。

 

「2人で戻ってきたということは、仲直り出来たんですね?」

 

「ええ、まあ……伊井野は、いつまでも引きずるような奴じゃないですよ」

 

「そうですね。流石は次期会長候補です」

 

ミコにニッコリと微笑みかけるかぐや。

 

「……私達のせいで、白銀会長や四宮副会長の思い出を台無しにしたらマズいですから」

 

自分の言葉を引用したミコに、石上が少し驚いた表情で振り向いた。

 

「ああ、その気遣いが嬉しいぞ、伊井野監査」

 

ミコの言葉に、白銀が満足げに頷いた。

 

「ではでは!ミコちゃんも戻ってきた事ですし、みんなでかき氷でも食べませんか?」

 

「……伊井野と関係無いような」

 

そう石上が言いかけたが。

 

その言葉を遮るように、空腹感を示す、グゥゥゥゥ……という音が、辺りに響き渡った。

 

「……いや、やっぱ関係有りましたね」

 

「ちょっと!今のは私じゃ……いや、私だけど、これは朝ごはんを食べ忘れたからで!」

 

「分かった分かった、そういう事にしとくから」

 

「信じてないでしょ!このバカ!変態!」

 

「……今は変態は関係ないだろ」

 

再び怒りが湧き上がり、石上をポカポカと叩き始めるミコと、それを軽くいなす石上。

全てを察しているかぐやが微笑みを送るこの2人の夏休みは、これで終わりではない。

 

8月の後半。

もう一つ、2人にとって忘れられない出来事となるイベントが待ち構えていた。




次回10話も夏休みのお話です。
今回よりは短くなる(文章量も投稿間隔も)予定です。


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第10話 不器用な2人の夏休み 『失恋』の夏祭り編

『失恋』の意味は、最後まで読み進めていただければ分かります。

(※)決して妙な展開にはなりませんのでご安心下さい(^_^;)


【夏祭り】!

それは夏の季節に行われる定番イベントの1つである!

そして、年頃の微妙な距離感の男女を急接近させるきっかけとしても有名過ぎるほど有名なイベントである!

 

そんなイベントを数日後に控えたある日!

秀知院生徒会会計監査・伊井野ミコは今!

 

自室でひとり、先日の海での出来事を死ぬほど後悔していた!

 

「あああああああああああああああああもうどうしてどうしてどうしてあんな事しちゃったのよおおおおおおおおっ!!!」

 

ベッドの上で、小さな身体をゴロゴロとのたうち回らせているミコ。

 

先日の海へのバカンスでは、アクシデントも有り石上に胸を一瞬ではあるが触られ、そして見られた。

それも赤っ恥な思い出の1つではあるが、今ミコが後悔しているのはそれではない。

今、ミコが後悔しているのは1つ。

 

水着の上が取れた状態で、石上に密着してしまった事である。

 

あの時は、近くから他の人間の声が聞こえてきた為、『見られたくない』という一心で石上に自身を隠してもらうべく、ぎゅっと密着した。

だが、今になってその行為を思い返してみれば……

水着の上を飛ばされ、その身に着けているのは布面積小さめのフリル付きの下1枚のみという、ほぼ半裸の状態で!

同じく肌を出している男子に、その身をダイレクトに密着させるなどという行為!

それはまるで……

 

「(まるで……ち、ちちちちちち痴女みたいじゃない!!??)」

 

ミコが、旺盛な興味から……いや風紀委員の仕事の一環である『没収物のチェック』として、嫌々仕方なく観てきたいかがわしいビデオの中で行われていた、

男性の肉体を求め、いやらしい言葉を囁きながらその身を密着させてくる『痴女』と呼ばれるそれに殆ど近い……とミコは考えていた!

 

どうしよう?

石上は、あの時の自分の行動をどう思ったんだろう?

石上とは数日後、嫌でも夏祭りの日に会う事になる。

もし、ヘンな風に受け取られてたら……!

 

『(うわっ……半裸で胸押し付けてきた思春期風紀委員が来たよ……

普段風紀にうるさいのは自分がドスケベであるが故の裏返しだったんだな……へえ……へえええええぇ……)』

 

などと思われてしまうかもしれない!!

しかし、思われていたなら思われていたで、もうどうしようもない。

時間は戻せない。これから挽回していくしかないのだ。

そう考えたミコの出した結論は……

 

 

 

 

そして、夏祭り当日!

生徒会メンバーの5人は、定められた集合時間の10分前には全員到着していた。

今回は早坂が常に帯同する事と、少し離れた位置からお付きの人間数人がご一緒するという条件付きで、かぐやも参加出来ている。

ちなみに早坂の素性については、事前にかぐやから生徒会メンバー全員に明かしてある。

せっかくの夏祭り。護衛として常に帯同する早坂から『皆の前で素性を隠すための演技をさせる』という荷を降ろさせ、少しでも一緒に楽しんでほしい……というかぐやの気遣いである。

 

「集まりましたね!今年はみんな一緒で居れて嬉しいです!」

 

かぐやの隣で、満面の笑みを浮かべる藤原。

 

「ええ、かぐや様も今日という日を実に楽しみそうに首をながーくして心待ちにしておりましたよ」

 

他の者の前でギャル擬態をする必要が無くなった早坂は、侍女モードでの口調である。

 

「ちょ、ちょっと早坂!バラさないでちょうだい!……まあ、否定はしませんけど」

 

早坂にバラされて慌てふためくかぐや。

石上やミコにとって、同年代の人間にからかわれて慌てふためくかぐやはどこか新鮮であった。

 

「ミコちゃん、浴衣姿もカワイイ♪」

 

藤原がミコの隣に立って、ミコの浴衣姿を頭を撫でながら褒める。

 

「は……はい!ありがとうございます!」

 

藤原に褒められて満足げな表情を隠せないミコ。

 

「ほらほら~、男子共もそう思うでしょ?」

 

白銀と石上を交互に見て、男子からの意見を求める藤原。

 

「ああ、似合ってるぞ」

 

かぐやと一緒に見て買った浴衣を着た白銀が、軽く頷きながら言う。

 

「あ、ありがとうございます」

 

ミコも軽くペコリと頭を下げてお礼を返す。

そして、石上は……

 

「……まあ、『馬子にも衣装』と言えなくもないですかね」

 

ぎりぎり『褒め言葉』と分かるというレベルの返答であった。

が!

 

嘘 で あ る

 

この男 素直に褒められないでいる!

 

ミコの浴衣姿は、石上が想像していた以上に似合っており、可愛らしかった。

石上の中では、不覚、またしてもミコに対して『可愛い』という感想を抱いてしまった。

だが、もしそんな事を悟られようものなら!

 

『(アンタみたいな痴漢野郎にそんな事思われても嬉しくないんだけど?

やっぱりそういう目で見てたのね……今度はどこをずり下ろそうってのよ?

ほんと……生理的に無理)』

 

くらいは言われるかもしれない!

そう、石上の方もまた、あの海での出来事を気にかけていたのである。

 

そんな石上の精一杯の『褒め言葉』に対する、ミコの反応は……

 

「…………」

 

無言で、プイッと顔を背けるだけであった。

 

「……伊井野?」

 

石上がミコと顔を合わせようとする。が……

 

「…………」

 

またも、反対方向にプイッと顔を背けてしまう。

 

石上は何かを察し、それ以上追及はしない事にした。

石上には、ミコの態度の理由が分かった……いや、分かったような気がしていた。

 

「(……やっぱ、怒ってるよな)」

 

あの場では『会長と四宮先輩の為に』とこちらが言った事でひとまず許してくれはしたものの、

やはり僕自身の事は許しきれないんだろう――――それが、石上の推論であった。

 

だがそれは間違いである!!

 

確かにミコは石上に対して、いつも以上に素っ気ない態度……いや、避けてすらいる。

だが、それは決して石上が嫌いでやっているワケではない。

むしろその逆!

石上の前で、これ以上変に思われるような事をやってしまいたくはないという意識の表れ!

石上に好意を抱いているからこその行為!俗に言う『好き避け』である!!

そう、あの海での一件で『やらかしてしまった』と自覚していたミコの決断は、

『いつも以上に石上に素っ気なく接するようにして、絶対にボロを出さないようにする』事であった!

そんなミコの思惑など石上は露知らず、2人の夏祭りが始まっていく――――。

 

 

だが、出店を皆で見て回っている時も。

金魚すくいや射的に興じる時も。

出店で買った綿菓子を食べている時も。

他の人間には楽しそうな表情を見せるにも関わらず、

石上と目が合うと、ミコは途端に無表情になりそっぽを向くのであった。

 

「(……やっぱ避けられてるよな、僕)」

 

そんなミコの姿を見て、石上は少し気落ちしていた。

 

……まあ、このお祭り自体『会長と四宮先輩の日本での思い出作り』の為に来ているのであるから、

会長や四宮先輩には普通の態度である以上、その目的には支障は無い。

けど……

やっぱりなんか、モヤッとする。

自分としては、誠意を込めて謝ったつもりだったんだけど。

やっぱり……僕はそんなに嫌われてるんだろうか。

 

勉強教えてくれたり、明らかに手作りのチョコをくれたり、『優しい』と言ってくれたり……

少しは見直してくれたんだろうか、と思っていたのは……自分の勘違いだったんだろうか。

 

否。石上にいつも以上に素っ気ない態度を取るミコからしても、今の態度は『苦肉の策』である。

 

海であんな『大胆な事』をやらかしてしまった以上、もうこれ以上石上に『変な娘』だと思われたくない。

これ以上、アイツの前であたふたして変な態度を取りたくはない。

 

真っ正直に生きてきたミコにとって、白銀やかぐやのように、想い人を眼前にしながら普段の態度を崩さぬ『仮面』を不自然無く被る事は、未だ上手くこなせない事であった。

不器用な恋する少女の、ぎこちないやり方であった。

 

こんな辛い事……やりたくない。

ほんとはもっと、自然に接したいのに。

なまじ親しい人がそばにいるせいで……絶対ボロを出す訳にはいかない。

こんな、こんな辛い事。

 

「(……早く、終われば良いのに)」

 

そんな事を考えながら、グループの最後尾を歩いている最中であった。

 

「……ぐすっ……ええええぇん……」

 

「?」

 

後ろの方から、子供が泣きじゃくる声が聴こえたような気がして、ミコは振り向いた。

ミコの眼に飛び込んできたのは、幼い顔を悲嘆で歪ませ、とめどなく溢れる涙を両手で拭おうとしている一人の幼い男児であった。

 

冷静に考えれば、ミコはこの時点で前を歩く他の5人を呼び止めるべきであった。

だが、眼前に飛び込んできたこの幼子を救わねばという心がはやり、ミコは男児に駆け寄った。

 

「……大丈夫?迷子なのかな?」

 

泣きじゃくる男児の前に行き、屈んで目線を同じ高さに合わせてからミコが話しかける。

男児はその声に反応し、顔を上げる。

しばらく、目の前に居るミコをじっと見つめる。

ミコは不安がらせないように、努めて優しい笑顔で見つめ返す。

そうしていると、男児がたどたどしく口を開いた。

 

「……おかあさん……いなくなっちゃった」

 

やはり迷子だ。一緒に来た母親とはぐれてしまったのだろう。

 

「おかあさん……えっ……ひっく……」

 

再び泣き始める男児。

 

幼い子供にとって、親という存在は心の拠り所である。

その親と、こんなに人が多く広い場所で離れ離れになる心細さと寂しさが、ミコには痛いほど伝わってきた。

幼少時から親と一緒に過ごす時間の少ない日々を過ごしてきたミコには……

 

「お母さんとはぐれちゃったのね?寂しかったね……よしよし」

 

普段は他人から撫でられる事の多いミコだが、この時ばかりは逆であった。

泣きじゃくる男児を、ゆっくりと優しく、愛おしむように撫でる。

 

「寂しいよね……辛かったよね。お姉ちゃんが一緒に居てあげるから、ほら、泣かないで?」

 

子供は、言語から他人の気持ちを推察する能力に劣る分、

他人から伝わる感情を察する事には長けている。

ミコの嘘偽り無い労りの感情が伝わったのか。男児は、泣き止んでミコの目をじっと見つめた。

ミコは、この時点で自分がやるべき事を心に決めた。

 

「もし良かったら……お姉ちゃんが一緒に、お母さんを探してあげる。どうかな?おいで?」

 

ミコは右手を差し出し、男児がその手を取るのを待った。

強制してはいけない。手を取るかどうか決めるのはこの子であるべきだ。

心細い時に信頼出来ない大人に連れ回されるのは、幼子にとって恐ろしい事である。

だが、それは杞憂であった。今、頼る者が他に居ない男児は、ぎこちなくもぎゅっとミコの手を握った。

 

「ありがとう。よし!じゃあお姉ちゃんと一緒に探そ?」

 

そう言って、男児と共に歩き出そうとした所で……ようやく、ミコは気付いてしまった。

自分もまた、一緒に居た5人とはぐれてしまった事に。

 

「あっ……」

 

5人を呼び止めなかった失態に気付き、ミコは左手を頭にやる。

 

「どーしたの?おねえちゃん?」

 

右下の方を向くと、男児が不安げな顔でミコを見つめていた。

 

……いや、自分はどうとでもなる。

今は、この子の事に集中すべきだ。

この子を、自分の事情で不安がらせてはいけない。

 

「……何でもないよ!さっ、一緒に探そう?」

 

「うん」

 

手を繋いだ二人は、母親を探して歩き始めた。

 

 

「迷子を探してる人を見ませんでしたかー?さかきくんのお母さーん!」

 

「おかあさーん!おかあさーん!」

 

男児と一緒になって声を張り上げるミコ。

『さかき』とはこの男児の名前である。探すにあたって、名前を呼ぶ為に知っておくべきだと考え聞いてみたところ、すんなりと教えてくれた。

 

しかし、共に探し始めて20分程経ちはしたものの、成果は得られない。

この方法で探すには、人手が足りない。

だが周りの人間も、自分のお祭りを楽しみたい、助ける義理は無い……等の様々な思惑により、二人に救いの手を差し伸べる者は現れなかった。

母親も、母親を見かけたという人も見付からず、ミコにも焦りの色が見え始めてきていた。

……と、その時。

 

「ねえ、さっきから誰かを探してんの?」

 

声と同時に、肩に手を置かれる感触を感じ振り向くと、

垢抜けた雰囲気の……平たく言えば『イケメン』な青年が1人、ミコの肩に手を置いていた。

彼の後ろには、同じような雰囲気の男が数人並んでいる。

本人は認めたがらないが面食いの傾向があるミコは、思わずドキリとしてしまう。

 

「えっ……!えっとその、は、はい」

 

しどろもどろになりながらも答えるミコに、男はにっこりと笑いかける。

 

「じゃあさ、俺達も手伝ってあげるよ!大人数で探した方が良いでしょ?な、お前ら?」

 

後ろに居る他の男達も、賛同の声をあげる。

 

「ホントですか……?あ、ありがとうございます!」

 

困っていた所に、心強くてカッコいい味方が出来た。

ミコにとっては、まさに『渡りに船』という状況であった。

 

……だが、男達が協力を申し出て、共に行動をし始めてから数分後。

ミコは、明らかな違和感を感じ始めていた。

この男達、『一緒に探す』と言って、不安そうな男児に対してもひと言二言声聞こえの良い言葉をかけはしたものの。

それからはずっと、ミコの事ばかり聞いてくるのだ。

『学校どこ?』『何やってる娘?』『ちっちゃくてかわいいね、身長いくつよ?』等々……

普段なら、こういったイケメンな面々にそういう事を聞かれれば素直に喜んでしまうミコではある。

しかし今は、この子の母親を探す事が先決であり一番大事な事なのだ。

正直、自分の事をあれこれ聞かれたり褒められてもそんなに嬉しくは思えなかった。

そんなミコの心情など露知らず、最初に声をかけてきた男が、とうとうこう言ってきた。

 

「ねえ、俺らと遊び行かない?雰囲気イイ所知ってんだよね」

 

そう言って、自信有りげにウインクをしてくる男。

だが、この迷子の母親を探す事に協力してくれるどころか妨げてくる彼らに対し、とうとうミコの堪忍袋の緒は切れた。

 

「……あの!さっき『この子の母親を一緒に探してくれる』って言いましたよね?私の事はどうでもいいですから、この子を助ける事に協力してくれませんか?」

 

ミコは、自らにあれこれ聞いてくるだけの男達をキッと一瞥し気炎を吐いた。

だが、こぢんまりとしたミコのそれは迫力に欠けていた為、男達は相変わらずへらへらと笑っている。

 

「えぇー、そんなんどうでもいいじゃん?俺らにもキミにもカンケー無いし?」

 

「そうそう、他の奴に任せてさ、俺らと他行こうぜ?」

 

――――なんて、心無い人達なんだろう。

こんな幼い子が困っているというのに。

親とはぐれて、寂しい思いをしているというのに!

いくらちょっと顔が良いからって、こんな人達に絶対に靡いてたまるものか。

 

もはや一緒に行動する意味は無いと判断し、ミコは男児の手を強めに引き男達から離れて行こうとした。

だが……

 

「待てよ、下手に出りゃ良い気になりやがってさあ」

 

男達の内の一人が、ミコの腕を容赦無く掴んだ。

 

「ちょっ……」

 

戸惑うミコを、男達が数人で囲っていく。

 

「まあ、車まですぐそこだから強引にでも連れてっちゃうけどね?」

 

「そうそう、んで後は連れ込んじまえば万事オッケーっしょ」

 

「たまにはロリ系も良いよな。結構胸有るし楽しみだわー」

 

「で、写真の1つや2つも撮れば『平穏に』終わるっと。完璧じゃね?」

 

ミコは、男達の意図を察し絶句した。

『本』や『ビデオ』の中でしか見なかったような輩が、ほんとに居るなんて。

嫌だ。怖い。

こんなのって……

私は、この子を助けようとしただけなのに。

どうして、こんな事になるの?

こんな事になるんだったら……こんなお祭りなんか……

 

状況が好転する訳もない事は分かっていながら、ミコは恐怖できゅっと目を閉じた。

 

来なければ良かった。

――――誰か、助けて――――。

 

その時であった。

ミコの耳に、あの声が飛び込んで来たのは。

 

「……おい、何してんだよ」

 

聞き覚えのある声が聞こえ、ミコが目を開けると。

そこには、顔に静かに怒りをたたえながら、男達の一人の腕を強く掴む石上が立っていた。

 

「は?何だよお前、いってーな離せよ」

 

石上に対して逆ギレの様相を見せる男。

 

石上は、脳内でこの状況を一番すんなり打開出来る策を模索した。

石上はその気になれば案外喧嘩も出来るが、人数差を覆せる程ではない。

ならば……頭を使って何とかするしかない。

 

「そいつの親、裁判官だぞ。下手なことしたら、お前ら全員刑務所行きだぞ」

 

石上の言葉に、男達の半数が少し怯んだ様子を見せた。

だが、最初にミコに声をかけた男はどこ吹く風と言葉を返してくる。

 

「は?『下手な事』にならないから。『同意』って事になれば何も問題ねーから。つーかてめぇ何様よ?陰キャがいちいちしゃしゃり出て来てんじゃねーよ引きこもってろよ」

 

……こういう奴らは、後先を考えもしないのか。

心底呆れ果てた石上は、再び思考を巡らせた。

 

……そして、出した結論は。

 

あー、やっぱコレしか無いか。

けど、こう言うのが一番効きそうなんだよな。

僕には、このクソみたいな奴らをボコる力は無い。

だから、こうやって小賢しくウソをつくしか出来そうにない。

 

「……僕は……」

 

石上が、ひと呼吸置いた。

 

悪い、伊井野。

お前にとっては嫌なウソだと思うけど……今だけは、我慢してくれ。

 

「…………そいつの彼氏だよ」

 

石上の、決然とした表情での『ウソ』に対して。

ミコの心臓が、ドキリとときめいた。

「えっ?」という言葉が喉元まで出かかったが、何とか飲み込んだ。

ミコも、石上の意図を察したからだ。

ここで驚いてしまえば、台無しになる。

何とか、さも本当であるかのように振る舞わないと……

 

「ちなみに、そいつの親公認の仲だからな?お前らが強引に連れ去ろうものなら、刑務所まで特急だな」

 

『裁判官と繋がりのある彼氏持ち』という事実(ウソ)を突きつけられては、強引な手段に移ろうとしていた男達も、諦めざるを得なかった。

 

「……ちっ、ハズレ引いちまったな」

 

最初に声をかけた男が『行くぞ』というサインとして頭をクイッとやりながらその場を離れて行くと、他の男達も捨て台詞を吐きながら追従し、去っていった。

ミコと男児は、無事悪質な男達から解放された。

 

「……で、伊井野。いつの間にはぐれてたんだよ」

 

石上が、ぽかんとしているミコに声をかける。

 

「なっ、何っ!?」

 

努めて必死にボロが出ないように繕っていたミコは、石上の声に驚く。

 

「……もうちょいしっかりしろよ。危うくあんなクソ野郎に連れてかれる所だったぞ」

 

「し……仕方ないじゃないの。この子が迷子になってたから……それにアンタ!さ、さっき……」

 

ミコは照れ隠しに、先程の『ウソ』を指摘した。

 

「……悪い。ああ言えば引くと思ってさ。お前にとっては嫌だったよな、悪い」

 

そんな事、言わないで。

助ける為に言ってくれた事くらい、分かってる。

それに……ウソはウソでも、あれは……

 

「……ありがと、石上」

 

あんなに素っ気ない態度を取ったのに。

勝手にはぐれてしまった自分を探しに来てくれた事。

窮地に陥っていた自分を助けてくれた事。

ウソでも、『彼氏』と言ってくれた事……

溢れ出る嬉しさをやっとの思いで抑え、ミコは簡潔なお礼の言葉を、笑顔で述べるに留めた。

 

「えっ」

 

まさかお礼の言葉を言われるとは思っておらず、面食らう石上。

だが、石上が面食らったのはそれだけが理由ではない。

ミコの笑顔が、妙に眩しく見えたからだ。

 

「何よ?私がお礼言ったら変?」

 

「……いや、別に」

 

まあ、数ヶ月前にも何かは知らないけどお礼言ってきた事も有ったし。前例が無い訳じゃない。

けれど……今のは……

 

石上の心が、ざわつき始めた。

 

「……って、おい。その子の母親探さねえと。さっき、迷子のお知らせの放送有ったの聴いてたか?迷子探してる母親が迷子センターで待ってるって言ってたぞ」

 

「えっ?そうなの?」

 

実はミコが男達に怒りを表している最中に、迷子のお知らせの放送が流れていたのだ。

 

「……えっと、さかき君で合ってるかな?」

 

石上がしゃがみながら男児に目線を合わせ尋ねる。

 

「うん」

 

男児が小さく頷く。

 

「間違いないな。迷子センターの場所は分かってる。届けてやろう、伊井野」

 

石上が立ち上がり、迷子センターのある方角を向いた。

 

「う、うん。……良かったねさかきくん!お母さん、待ってるって!」

 

「……ほんと?」

 

不安げな表情でミコを見つめる男児。

 

「うん!お母さんに会えるよ!頑張ったね!えらいえらい」

 

「うん!」

 

満面の笑みで男児を撫でるミコと、朗報にぱあっと笑顔が広がる男児。

そんな様子を見る石上の心のざわつきは、どんどん大きくなっていく。

 

「じゃあ、行こう、石上」

 

ミコが、石上に声をかける。

だが、石上からの返事は無い。

 

「……石上?」

 

ミコが石上の顔を覗き込もうとする。

すると、石上の手がそっと伸びてきて。

空いているミコの左手を、そっと掴んだ。

 

「……えっ?」

 

突然の出来事に、ミコの中の時が一瞬止まった。

 

どうして、石上が。

私の手を……

 

「わ、悪い。けど、この人混みだし。またはぐれたらマズいだろ?だから……しばらくは我慢しててくれ」

 

ミコの方を振り向かないまま、石上が呟く。

 

「……う、うん……」

 

「おねーちゃん、かおまっかー」

 

母親が待っていると聞き元気を取り戻した男児が、紅潮したミコの顔を見ながら無邪気な声でからかう。

 

「しー!しーっ!」

 

両手を握られていて人差し指を前に出せないが、ミコが慌てて男児を諌める。

 

「……じゃあ、行くぞ」

 

手を繋いだ3人は、男児の母親が待つ迷子センターへ向かって歩き出した。

 

 

……ああ、何やってんだろ自分。

確かに、またはぐれたらマズいのは確かだ。

けど、だからって手を繋ぐのって……

 

理屈より、『こうしたい』と思ってしまった。

この子に笑顔で語りかける、コイツを見て……

 

何で、そんな事を思う?

 

自問する石上。

……だが、聡い彼の頭の中では、既に答えは出かけていた。

 

 

そして、そんな石上と手を繋ぎながら歩くミコは。

決して、恋人同士の繋ぎ方ではないし、そういうシチュエーションでもない。

この子の事を思えば、一刻も早く母親の元に送り届け、この状況は終わらせるべきなんだ。

 

――――なのに……

心のどこかで、こう思ってしまうのをミコは否定出来なかった。

 

『ずっと、このままで居れたら良いのに』と――――。

 

だが、そんなささやかな誘惑の声に反し、終わりの時は訪れた。

ミコの目に、迷子センターのテントが見えてきた。

 

若い成人女性が、ミコの手に繋がれている男児を捉え、一目散に走ってきた。

 

「さかきちゃん!ああ、良かった!」

 

「おかあさーん!」

 

駆けてくる母親の姿を目に捉えた男児は、ミコの手を離し、母親と同じように全力で駆けて行った。

それと同時に……手を繋ぐ大義名分の大半を失った石上のミコ、2人の手も離れる。

 

「あっ……」

 

喜びの声をあげる親子とは裏腹に、思わず残念そうな声がミコの口からは漏れた。

その声を聞いて石上が振り向くが、ミコは慌てて何でもないような顔を取り繕った。

その内、気のせいかと石上は視線を逸らした。

 

「あのね!あのおねえちゃんがずっといっしょにさがしてくれたの!」

 

男児が、笑顔でミコを指差す。

それを受けて、母親が何度も頭を下げてミコにお礼を述べる。

 

「いえ、良いんです!この子が困ってたから、ほっとけなくて!」

 

半泣きで繰り返しお礼を言ってくる母親に困惑しながら、ミコがお礼の言葉を受け取る。

 

「それに……お礼なら、この人にも言ってあげてくださいますか?」

 

ミコが、右手をスッと石上の前に差し出す。

 

「私とこの子が変な人達に絡まれてるのを助けてくれたんです。無事に送り届けられたのは、彼のおかげでもあるんです」

 

「ちょっ、伊井野……」

 

突然功労者である事をバラされ気恥ずかしい石上に対し、親子がお礼の言葉を述べてきた。

 

そうしている内に、この親子の身内だろうか。祭りの雰囲気にはあまり似つかわしくない、どことなくビシッとした身なりの初老の男性と、旦那と思われるこれまた凛々しい若い男性がやってきた。

親子がその2人にも事の顛末を話し、2人からもお礼を言われた後。

迷子の男児を送り届けた石上とミコは、やっとお礼の嵐から解放された。

 

「ばいばい!おねえちゃん!」

 

「うん!もう迷子になっちゃダメよ!ばいばい!」

 

無邪気な笑顔で手を振る男児に対して、同じく笑顔で手を振り返すミコ。

やがて、一家の姿は遠のいていき、見えなくなった。

 

……ちなみに、この迷子の子供が区長の孫であり、

『赤坂新聞』の投書欄に『見上げた若いカップルが迷子を助けた』という投書が為された事と、

ちょっかいをかけて来たろくでなし共が、これまでの行為のツケを払わされた事になったのは余談である。

 

「……お前ってさ、つくづく凄いよな」

 

石上が、ミコに語りかける。

 

「えっ?」

 

「自分の楽しみより……困ってる人を助ける事を優先してさ。後夜祭の時といい、今日といい……」

 

どこを見るというワケでもなく、視線を宙に浮かせたまま石上が呟いた。

 

「そんで、それを自慢するワケでもなく、助けただけの僕を引き立てたりもして……

たまには自分の事を優先しても良いのに。そういう事出来る奴って……なんだかんだ言って……凄いと思うわ」

 

ミコの胸が、今間違いなく、再びきゅんとときめいた。

石上から素直に褒められたのは、別にこれが初めての事ではない。

しかし……石上への想いを自他共に認めてからは、初めての事であった。

 

今やミコの頭の中に、『失態を恐れて石上に素っ気なく接しなくてはならない』という考えはすっかり失せていた。

あんなに素っ気ない態度を取ったのに。

勝手にはぐれてしまった自分を探しに来てくれた事。

窮地に陥っていた自分を助けてくれた事。

ウソでも、『彼氏』と言ってくれた事。

そして、自分が断り無くやった行為を理解し認め、褒めてくれた事……

嬉しい気持ちで満ちたミコの頭の中に、躊躇いというものは無かった。

 

「んじゃ、会長達と合流するぞ。今会長に連絡取るから……」

 

石上が、白銀に連絡を取ろうとスマホを取り出した。

だが。

 

「……待って」

 

スマホを操作しようとする石上の腕を、軽く掴んだ。

 

「?どうしたんだよ、伊井野」

 

ミコの行為を訝しむ石上に、ミコが、ゆっくりと、一言ひとことを噛みしめるように喋り出した。

 

 

「じゃ……じゃあ……

私も……自分のワガママ、言っていいのかしら?」

 

「?何だよ?」

 

伊井野の事だから、かき氷だの焼きそばだのを奢ってくれ、とかだろう……石上は、そう楽観視していた。

だが、ミコの口からはその予想を大きく外れた言葉が飛び出してきた。

 

「ここで、花火を見たいの」

 

その言葉の意味する所に、一瞬だけ石上の胸が高鳴った。

だが、すぐに思い直し、脳内に疑問符を浮かべる。

 

「どういう事だ?会長達と合流しないのか?」

 

石上の当然の疑問にも、学年1位をキープし続けるミコの脳内では完全な受け答えが用意出来ていた。

 

「……あの子と一緒に歩き詰めで、歩き疲れちゃったの。今から白銀会長達に合流してたら、花火、少し見逃しちゃうでしょ」

 

そう、花火が打ち上がりだすまで、もうあと2分とまで迫っていたのである。

 

『歩き疲れた』ミコと一緒に歩いて合流していては、花火の一部を見逃す事になるだろう。

 

「……だったら、僕がおぶって行こうか?嫌なら、っていうか嫌だろうけど、会長達の方にこっちに来てもらうとか」

 

「おぶったら、アンタが花火見れないでしょ?それに私のせいで迷惑かけてるのに、白銀会長達がこっちに来てくれなんて、言えないわよ」

 

ミコの言うことも一理あるだけに、石上は頭を悩ませた。

 

「だから、ここで見るの。私……いえ、私達は」

 

そう言って、ミコは石上としっかりと視線を合わせた。

 

「ぼ……僕もか?」

 

「置いてく気?またさっきみたいな奴らが来たら困るでしょ。アンタは臨時のボディーガード。べっ、別に一緒に見たいとかそういうんじゃないから。居てもらわないと困るってだけよ。

それに、たまには自分の事を優先しろって言ったのはアンタでしょ?……で、どうなの?」

 

ミコは、石上の優しさをよく知っていた。

この少しのわがままに対する石上の答えは、おおよそ見当が付いていた。

 

「……まあ、伊井野がそれで良いってんなら」

 

はっきりとはしないが、それはミコの要望を受け入れる答えであった。

 

「けど、会長達に連絡は」

 

「私からしておくわ。四宮先輩に言っておく。石上と合流出来ました、って」

 

そう言ってミコはスマホを取り出し、優等生にはあまり似つかわしくない迅速な手付きで操作し始めた。

自分の想いを知っているかぐやなら、自分の真意を理解してくれるだろう。

 

石上から良い返事を貰えた事で口元が緩みかけるのを必死でこらえつつ、スマホを操作するミコ。

そうしている内に、空に乾いた音が鳴り響き……打ち上げ花火が、開始された。

 

「わあ、綺麗!」「お、始まったな」「たーまやー」

 

あちこちから、花火に対する反応が聞こえてくる。

 

かぐやへのメッセージを送信し終えたミコも、次々と打ち上がる花火に目を奪われていた。

 

「……きれい。ね、石上」

 

ほぼ上の空で、隣に居る石上に同意を求めたミコ。

 

「……だな」

 

だが、上の空だったのはミコだけではなかった。

花火に夢中なミコは気付かない。

隣に立つ男が、花火ではなく、それを夢中で見ている自分の横顔を見つめている事を。

 

綺麗なのは、花火だけじゃない。

自分の都合や楽しみをなげうってまで、皆の為に、困っている人の為に動ける。そういう人間の心が……綺麗だ。

 

 

『何で、そんな事を思う?』かだって?

実に簡単な話だった。

いつからかは分からない。

しかし、間違いなく今はそうだと言える。

もう自分を騙し続けるのも、馬鹿らしくなった。

 

この、クソ真面目で、融通が利かなくて不器用で、いちいち突っかかってきて、承認欲求激強で、危なっかしくて、小さいくせに大食いで。

――――けど、まっすぐで、とても頑張り屋で、見返りを求めず他人の為に動けて……そんで、ちょっとだけ胸も大きくて、ちょっとだけ可愛い所もあるコイツを。

 

僕は――――コイツの事を――――……

 

 

 

 

色とりどりの花火が打ち上がっていく中。

ミコは、本人の預かり知らぬ所で失恋した。

 

……そう、これもある意味『失恋』なのだ。

『恋が終わりを迎えた』のだから。

……そう、『片想いという恋』が。

 

ミコの預かり知らぬ所で、今この時を以て、『片想いの恋』は終わりを告げ。

『両想いの恋』が、石上とミコの歴史の中で、新たな時を刻み始めたのだ。




ここからやっと、2人が同じ想いを抱くようになります。ここからが本当のスタートと言えるのかもしれません。
次回から、2年生2学期編が始まります。
男児の名前『さかき』は、竹取の翁の名前から拝借しました。


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第11話 伊井野ミコを笑わせたい(Ver:Extra)

人を好きになり、告白し、結ばれる――――。

それはとても素晴らしいことであると誰もが言う。

 

だがそれは間違いである!!

 

――――いや、完全に間違いとは言い切れない。

確かに、素晴らしい側面も有る。

だがそれは、告白することで結ばれる、もしくは結ばれる見込みが有る者にのみ当てはまる事柄なのである。

 

世の中には、どれほど恋焦がれたとしても結ばれる確率の低い『無謀な恋』をしてしまう者もまた後を絶たない。

 

そして、ここにもまた一人!

無謀な恋をしがち……であると本人が思い込んでいる思春期の男がひとり、自室で大きなため息をついていた!

 

「…………はぁー……………………」

 

秀知院学園生徒会会計・石上優は、人生2度目の恋に対して大きく悩んでいた!

 

 

どうして、自分はこう、難儀な相手にばかり惚れるのだろう。

1度目は、全てにおいて完璧な『3年生のマドンナ』。

可愛くて頭も良くて運動も出来て、無謀にも応援団に加入して孤立しかけてた自分を気にかけて橋渡し役になってくれた人。

思いの外自分の事を受け入れてくれていた節は有ったけれど、恋人として結ばれるには至らなかった。

それについて、決してあの人を恨んだりはしない。

そもそもが自分の高望みであり、無謀な恋だったのだ。

こっ酷く無碍にされなかっただけ、短い間でも親密になれた事だけでも奇跡に近かったんだ。

 

……だが、どうしてまた、そんな『無謀な恋』をしてしまうんだろう、自分は。

どう考えても、この恋も無謀なんだろう。

2度目の相手は、『自分を嫌っているはずの相手』なんだから。

 

クソ真面目で、融通が利かなくて不器用で、承認欲求激強で、危なっかしくて、小さいくせに大食いで。

そして何より……僕の事を嫌ってて、事あるごとに突っかかってくる奴。

 

いったいどうして自分は、そんな奴を好きになってしまったんだろう。

 

自らの中で、答えを出すのは簡単だった。

 

まっすぐで、とても頑張り屋で、見返りを求めず他人の為に一所懸命動ける……

そんなアイツの姿が、ちょっとだけ、ちょっとだけ可愛くて尊い。

 

でも、やはりどう考えてもこの恋は絶望的だろう。

ゼロからのスタートだったつばめ先輩の時とは違い、こっちはマイナス地点からのスタートだ。

確率で言えば、つばめ先輩と付き合える方がまだ僅かに高かったようにすら思える。

……いや、めげてばかりではダメだ。何かプラスになる要素を探そう。

そう、一応今の自分は、『同じクラスの人間』という共通点と、

『同じ生徒会役員』という共通点が有る。

これを何とか……

 

しかし、そう考えかけた石上の思考はそこで途切れた。

改めて思い出したのだ。もう自分は、その僅かな繋がりの片方すら失ってしまうという事実に。

 

夏休みが明け、今の時は、9月の半ば。

――――第68期生徒会の解散が、翌日に迫っていた――――

 

 

 

 

「かんぱーい!」

 

とあるファミレスの一角で、乾杯の声が響き渡る。

68期生徒会の活動終了としての片付けを済ませた一行が、去年のようにファミレスで打ち上げをするに至った。

 

「……ふう、これで今度こそ、本当に肩の荷を下ろせるな」

 

首元の純金の飾緒を外しながら白銀が言う。

 

「ええ、そうですね。今度は……バトンを託せそうな人物も居る事ですし」

 

かぐやが、ミコをチラリと見ながら後に続く。

 

「……えっ?あ、は、はい。頑張ります!」

 

かぐやからの振りに、ミコが慌てて小さくファイティングポーズを取りつつ期待に沿う意思を見せる。

 

「どうしたんですかミコちゃん?気合い入れないとダメですよ〜?」

 

しばし上の空であったミコの様子を懸念する藤原。

だが、上の空であったのはミコだけではなかった。

 

「…………」

 

石上もまた、何か考え事をしているような様子で口数が少ない。

 

「……石上くん?石上くーん?」

 

藤原が、目の前で手をヒラヒラ振りながら問いかける。

 

「……えっ?ああ、すみません藤原先輩」

 

問いかけに気付き、石上もまた慌てて答える。

 

「もー!ミコちゃんも石上くんもしっかりして下さい!この5人で集まるのが正真正銘最後だからって……私だって悲しみを堪えてるんですから」

 

嘘偽りの無い、藤原の本音であった。

この5人での生徒会活動を終えてしまう事を誰よりも悲しんでいるのは、間違いなく藤原であった。

生徒会室の片付けを終えて部屋を去る時、去年と同じく涙ぐんだ事がその証明であった。

 

先程からどこか上の空であるミコと石上とて、悲しんでいない訳ではない。

2人とも、先輩3人の事は何やかんやで敬意を払っているからだ。

 

……だが、この2人は、『より先の事を』考えていた。

そう、ミコが晴れて生徒会長に当選した暁に。

『引き続き生徒会で一緒になれるか』という事である!

 

ミコが、石上への好意を自覚してから半年程。

海心と触れ合ったり、交流会を共に準備したり、夏休みには一悶着あったり手を繋いだりしたけれど……

『距離が縮まっている』と断言出来るかどうか、ミコには確信が持てなかった。

まだ、『友達』の域にすら達していないのではないか?

そして先述の出来事は全て、『同じ生徒会役員だからこそ起こった出来事』である。

そこで、『生徒会役員同士』という繋がりを失い、『ただのクラスメイト』という関係に成り下がってしまえば。

この先、距離を縮める機会など訪れないのでは……?

そうならない為には、手段は1つ。

『生徒会長に当選して、石上を加入させる』事のみである。

 

だが、もしそんな事を率直に石上に頼もうものなら!

 

『(えっ……普段あれだけ嫌い嫌いって言っときながら、まだ僕に生徒会に居て欲しいってどういう事だ?

もしかして伊井野……本当は僕と離れるのが嫌って事か?

ひょっとして伊井野……僕の事が……へえ……へえええぇ……)』

 

となりかねない!

 

そしてそんな事を、石上も同時に考えていた!

 

つばめ先輩以上に難しい(と石上は思っている)、マイナス地点からのスタートである伊井野ミコへの恋。

全く糸口は掴めないが、いずれにしろ今の『生徒会役員同士』という立場は失いたくはない!

だが、仮にミコが当選したとしても、自分が役員に選ばれる見込みは少ないと考えていた。

……ならば、手段は1つ。

『ミコに頼み込んで入れてもらう』事のみである。

 

だが、もしそんな事を率直にミコに頼もうものなら!

 

『(はぁ?やっとアンタとの繋がりが減って安心しそうな所なのに、何でアンタなんかを役員に入れてあげないといけないのよ?

あっ……ひょっとしてアンタ……夏休みにちょっとあれこれ有ったからって急に私の事を……?

ほんと……生理的に無理)』

 

となりかねない!

 

そんな憂慮を抱える2人が考えつく事は1つ。

 

『相手から頼み込ませて自分が仕方なくと言った体で受け入れよう』という事であった!

ここに、新世代の『恋愛頭脳戦』が幕を開けていた!

 

……が!

 

伊井野ミコは成績こそ非常に優秀なれど、細工を弄するようなやり方には非常に疎い。

石上は地頭こそ良いものの、中学の頃の『失敗』を鑑みれば分かる通り、対人関係において器用な方法を取れる人間ではない。

 

つまるところ、2人共『不器用』なのである。

スーパーエリートな先輩2人のように、『頭脳戦』をこなせる域には達してはいなかったのであった!

よって2人は今、

『お互いに相手に誘わせたいもののその方法が分からず、

かといって自分から誘うのも怖くて何も出来ない』というデッドロック状態となっていた!

 

必死で苦手な分野に思案を巡らせる2人に、他人の話を聞く余裕など有りはしなかった。

気付けばもう店を出て、先輩達と別れ。

帰路が分かれる所まで2人で共に歩いている状況であった。

 

何か、何か言わないと。

このままでは、本当に……

 

だが、もし、もし無碍に断られたりしたら。

自分達の関係は、『ただのクラスメイト同士』より下の何かになってしまうのではないか?

それなら……そうなってしまうくらいなら……

 

2人の頭の中を、恐れが満たしていく。

そしてそうこうしている内に、とうとう帰路が分岐する交差点まで辿り着いてしまった。

 

「……んじゃ、伊井野」

 

「……うん、ここまでね」

 

それとなく『別れの言葉』と分かるやり取り。

だが、2人は内心『そんな事を言っている場合ではないのに!』と頭を抱えていた。

それを表すかのように、2人とも別れの言葉を宣っておきながらそこで立ち尽くし、動こうとしない。

 

ここが、最後のチャンスだ。

頼むなら……今しかない。

恥ずかしいとか失敗したらとか、考えている場合じゃない――――

 

互いに気まずそうに背き合っていた2人は、同時に意を決した。

 

「なぁ、伊井野」「ねぇ、石上」

 

2人がお互いに呼びかけたのは、全くの同時であった。

 

「「えっ」」

 

互いに呼びかける声も、戸惑いの声すらも全く同じ。

そして、互いの視線が互いの目を捉えている事も同じであった。

 

「「……っ」」

 

互いに、互いの顔を見つめ合う事数秒。

気恥ずかしさが頂点に達し、2人は互いに視線を逸らした。

ミコは、相変わらず石上の視線を真っ直ぐ受け止める事に慣れていなかった。

自分の事をさり気なく、それでいてしっかりと見守ってくれている、石上の視線を。

そして……ミコの事を意識し出した石上もまた、似たような状況に陥る事となっていた。

 

あれ、伊井野って……

こんなに、可愛かったか?

潤んだ大きくて意志の強い目。幼さが残るけど整った顔立ち。さらっさらの綺麗な髪……

全部が合わさって、すげぇ良く見える……

 

そして石上の頭の中には、持ち前のネガティブな思考が渦を巻き始めてしまう。

 

こんな……こんな可愛いコイツに。

自分なんかが……釣り合うのか?

 

石上の僅かな勇気を、臆病から来る疑念が飲み飲んでいく。

 

「な……何よ、何か言いたい事が有るんでしょ?」

 

『もしかして』との期待を込めて、ミコは自分から言う前に、石上を問い質した。

……だが、僅かな勇気が今まさに飲み込まれてしまった石上に。

ミコからの振りに、答える力は無かった。

 

「……いや、悪い。何でもない。僕の……気のせいだったわ」

 

「えっ……」

 

「じゃあな、伊井野。僕こっちだから」

 

もう色んな意味で、ミコの顔をまともに見れない石上は、

背中から聞こえてくる「ちょ、ちょっ……!」というミコの呼び止めにも振り返る事なく、その場から逃げるように去って行った。

 

「……そんな……石上……」

 

ミコが1人残されたその場には、無念と気まずさしか残されていなかった。

 

こうして、石上とミコは『生徒会役員同士』という繋がりを失った。

さらにこの出来事が尾を引き、白銀とかぐやの旅立ちを見送る日も、2人は最低限しか口を利けなかった。

白銀とかぐやを乗せた飛行機が離陸した後、号泣する藤原を2人で慰め励ましはしたものの。

それ以上の関わりは、持てないままでかった。

 

斯くして、石上とミコ、2人とも大いに世話になった、白銀とかぐや。

その2人のいない秀知院学園での生活が、幕を開ける事となった。

 

 

 

白銀とかぐやを見送った日から少し前に、次期生徒会長選挙の立候補者受付が開始された。

ミコは当然応募したものの、一抹の不安感をその胸に抱えていた。

前回の選挙では確かに僅差まで詰め寄る接戦を演じたが、それはあくまで白銀会長が敵でありながら助け舟を出してくれたからという側面が大きい。

今度は、助け舟を出してくれる親切な敵なんかは居ない。

今度は自分は……どこまで戦えるんだろうか。

……そして、もし当選したとして。

石上と……生徒会で一緒になる事は出来るのだろうか。

そこまで考えた所で、ミコはあの日の出来事を思い返した。

何か言おうとしておきながら、結局『勘違いだった』とかで逃げるように走り去っていった石上。

その姿を思い浮かべて、ミコはむかっ腹を立てた。

 

そもそも、何で私の方からお願いしなきゃならないの!?

あのお願いをするって事は、つまり……『放課後もあなたと一緒に居たいです』って言うようなモノでしょ!?

そんな、そんな恥ずかし……いや、軽薄ではしたない真似を、私が出来る訳ないじゃない!?

そういう事を頼んでもはしたなく思われない男の方から頼んできなさいよね!

 

お世話になった先輩2人の思想を、人知れずしっかりと受け継いでいたミコであった。

 

……だが、そんなミコの思惑は叶いそうにはなかった。

ミコへの好意を自覚した石上であったが、

『ミコと自分の釣り合わなさ』を感じてしまった石上は今、ミコに対してアクションを起こす事に臆病になっていた。

自室にて、ロクに話せなかった今日1日を思い返し、大きなため息をつく石上。

彼の脳内で、いろいろな考えがぼんやりと浮かんでは立ち消えていく。

 

僕の方がいくら好きになったからって、それだけでアイツと一緒に居れるようになる訳じゃない。

いや……むしろ、アイツの事を考えるなら、しばらくはこれくらいの距離が良いのかもしれない。

だってそうだろ?僕みたいな好感度最低の人間がアイツの近くに居たら。

アイツの次期生徒会長選挙の投票結果に悪い影響を及ぼしかねないじゃないか。

だから……少なくとも生徒会長選挙が終わるまでは、アイツとは『ただのクラスメイト』でいるべきかもしれない。

今までより離れた距離で、物足りなく感じるのは確かだけど。

本当にアイツの事を想うなら、こうするべきなんだ。

アイツが晴れて生徒会長になれば……僕も、それだけで嬉しいしな。

 

しかし、『ミコの為』と謳い並べたその文句も結局は。

臆病で行動出来ないことに対しての、体の良い理由に過ぎないのである。

 

石上からのアクションを求めるミコ。

『釣り合わなさ』を自覚してしまい、臆病になる石上。

噛み合わない2人は、生徒会解散後、無味乾燥な数日を過ごしていた――――。

 

 

ところが。

こうなる事を唯一予見出来ていた人物がひとり、秀知院には居た。

……そう、『居る』ではなく、『居た』のだ。

 

それは、白銀とかぐやが日本を経つ1週間前の出来事……

 

 

「四宮先輩……何でしようか?私達にお話って」

 

「……ていうか、珍しい組み合わせですよね」

 

今は使えないはずの生徒会室に居るのは、ミコの友人である大仏こばちと、小野寺麗。

そして、その2人を呼んだかくやの3人がソファに腰掛けていた。

 

「ええ、実は……お二人に、頼みたい事が有りまして」

 

あの四宮先輩が自分なんかに頼み事?

このスーパー超人に力になってあげられるのかな。

 

そんな事を大仏が考えている中、かぐやが言葉を続ける。

 

「ですが、その前にお二人に確認しておきたい事があります」

 

「確認……ですか?」

 

小野寺が聞き返す。

 

「ええ、まあ簡単なテストみたいなモノなんですが……

ズバリ、数ヶ月前からの伊井野さんの変化にお気付きですか?」

 

かぐやからの問いかけに、大仏と小野寺が目を見合わせる。

お互い言葉は発しなかったが、『アレだよね?』『まあ、アレでしょ』とアイコンタクトした形だ。

 

「石上への態度がちょっと変わりましたよね。前よりなんか寛容になったというか」

 

「つーか、石上と話す時しょっちゅう顔赤くしてるよね。本人バレてないつもりだろうけど」

 

大仏と小野寺がそれぞれ意見を述べる。

 

「それはつまり?」

 

「「石上に惚れた?」」

 

かぐやの振りに、大仏と小野寺の2人の答えがハーモニーした。

 

「満点ですね」

 

かぐやが満足気にニッコリと微笑んだ。

 

「えっ、自分でも半信半疑だったけどマジなんですか」

 

「まあ……いつかそうなる気はしてましたけど」

 

それぞれ、小野寺と大仏の言葉である。

 

「そこに気付いているなら、安心して話せます……念の為に言っておきますが、他の人に言いふらしたりしたら駄目ですよ?もし、そんな事になったら」

 

「いえ、大丈夫です」

 

なんだかその先を聞くのが怖くなった大仏が、先んじて返答を挟んだ。

 

四宮先輩、美人で超人なのはそうなんだけど、ちょっとコワい所も有るんだよなあ。

今だって、本来もう使えないはずの生徒会室を何故かフツーに使ってるし。

 

「それなら安心ですね。それで、私が頼みたい事というのは……」

 

 

 

 

そして、現在に至る。

 

「……で、そろそろやっとかないとマズいよね?もう選挙の日も近付いてきてるし」

 

「うん。石上もミコちゃんもほんとしょうがないなあ」

 

「……つーか四宮先輩凄くない?こうなる事分かってたってさ」

 

「……あの四宮先輩だもん、不思議じゃないよ」

 

少し間を置いて答えた大仏の頭の中には、『実体験だからこそじゃないか?』という説も浮かんでいたが、確信は持てないので黙っておく事にした。

 

「じゃあ、打ち合わせ通りにお願いね」

 

「はいよ」

 

日本を経つ前のかぐやからの『お願い事』を頼まれた2人が、人知れず動き出した。

 

 

 

昼食の時間。

石上はひとり、人気の無い校庭の片隅でパンを頬張った後、芝生の上でごろ寝をしていた。

生徒会室が使えなくなった為、昼食の時間はここで過ごすのがお決まりとなりつつあった。

教室は居辛い。滅多に人など来ないこの場所が落ち着いてお気に入りだ。

 

芝生に寝転びながら、石上は青く澄み渡る空を漫然と眺めながらぼんやりと考え事をしていた。

 

これから、どうなるんだろう。

生徒会という居場所と、頼りになる先輩2人を失った自分は、どう過ごして行くんだろう。

そして……アイツとの関係は、どうなっていくんだろう。

夏休みは、なんか色々有ったけど。

生徒会役員同士じゃなくなった今……やっぱりこのまま、疎遠になっていくんだろうか。

……自分は、どうするべきなんだろうか。

いや、どうしたいんだろうか。

 

だがぼんやりとした頭では、的確な答えなど導き出せるはずもなく。

ただただ胸に、もやっとした感情が募るだけであった。

 

――――だが、そんなぼんやりともやもやが、一気に吹き飛んでしまうような事が起きた。

 

「居た居た。おーい、石上」

 

億劫なので寝転んだまま、声が聞こえてきた方向に頭を動かすとそこには。

瑞々しく艶々しいふとももと、その間に挟まった、白い三角形が眼に飛び込んで来た。

 

「!?!?!?」

 

思春期の欲望を必死で抑え、慌てて顔を逸し上半身を起こすと。

そこには、小野寺がいつものクールな表情のまま突っ立っていた。

 

「や、石上」

 

「あ……うん」

 

小野寺は石上に問う事もなく、ごく当たり前であるかのように隣に腰掛ける。

小野寺の事は嫌ってはいない石上であったが、

このリア充女子特有のとでもいうか、ナチュラルに近い距離で接してくる所が少し苦手であった。

パーソナルスペースに不意に立ち入られている感と漂ってくる良い匂いに、困惑を隠せない。

そう思っていると、隣に腰掛けた小野寺が喋り出した。

 

「さっき貼り紙見たんだけどさ。生徒会長選挙、近づいてるなーって」

 

「……うん」

 

「まあ、今度はあのカリスマの塊みたいな白銀先輩も四宮先輩も居ないし?伊井野が今度こそ当選すると思ってんだけどさ。石上はどう思う?」

 

「……まあ、そうなるんじゃないか?」

 

意図が掴めないが、とりあえず小野寺からの質問に答える石上。

 

「だよね。……けどさ、ぶっちゃけ伊井野って、『アピール下手』じゃん?口うるさい事も多いし、自分の成果を前に出さないし、口下手だし……」

 

「……まあ、そこが不安ではあるよね」

 

実際、石上も小野寺の見立ては正しいと思えた。

対抗馬としては、あの会長と戦う必要が無いだけ幾分かマシだろう。

だが、アイツが自分の功績を積極的にアピールする事をあまり快くは思わず、あのあがり症も相まってアピール下手なのもまた確かだ。

 

「だからさ、私としては伊井野の応援演説してあげる人がキモだと思ってんだよね。伊井野の事良く知ってて、アイツの良さを分かってあげてる奴とかね」

 

「……うん」

 

「でさー、さっき見かけたんだけど。C組の伊藤って居るじゃん?アイツがさー、伊井野の応援演説を買って出ようとしてたんだよね」

 

「えっ!?」

 

てっきり応援演説は大仏か小野寺辺りが既にやる事に決定していると思っていた石上は少し驚く。

 

「まあ、アイツなら上手くやってくれるとは思うよ?口上手だし、純院で人気も高いから票集めは出来そうで」

 

「……へぇ」

 

生徒会長選挙とは結局の所『人気投票』である面も大きい。リア充な奴がバックホーンに付いてくれれば、確かに票集めが期待出来るだろう。

 

「けどさー……アイツ悪い噂も聞くんだよね。この前とか、教室で平気で誰々とヤったとか自慢気に話してたの聞こえてきたし?ちょっと前は違う女の名前出してたはずなのにね。

伊井野もその辺知ってるなら良いけど……満更でもない感がパない顔してたし。顔とトークだけで騙されてないといいけど」

 

小野寺の話を聞いた石上の表情が、真剣なものに切り替わる。

 

「……応援演説なら大仏か小野寺さんがやれば良いんじゃないか?大仏も小野寺さんも信頼出来る人だし、こう言っちゃなんだけどその……伊井野の保護者みたいなもんだろ」

 

「大仏は今度はパスするって。『過保護しすぎてミコちゃんの成長を妨げたくない』ってさ。私は……大仏に比べたら伊井野とそんなに付き合い長くないし」

 

小野寺の言葉を受け、石上は困惑した。

 

じゃあ誰が、伊井野の応援演説をやるというんだ?

 

「私的にはさー……伊井野と対等で、伊井野の事良く知ってる奴がピッタリだと思うんだよね」

 

そう言うと小野寺は、その眼力の強いぱっちりとした目で石上をじっと見つめた。

今しがた言った条件の人間が誰なのか、無言で訴えているのが石上にも伝わった。

 

「……いや、僕?無い無い。まだ大仏や小野寺さんの方が伊井野と距離近いだろ」

 

そう言いながら、小野寺の視線から顔を逸らす。

 

「やってあげなよ、石上。アンタならデキるっしょ」

 

「……い、いや僕には」

 

顔を逸らしたまま、ぼそりと呟く石上。

そんな石上に対し、やれやれというようにため息ひとつついた小野寺は、偶然から成り立つ強硬策に出る事にした。

 

「つーかやれ。やらないとさっきアンタにパンツ見られたの拡散すっから」

 

「は……はぁ?い、いやみみみみみみ見てない。見てないから」

 

心当たりが無いにしては、明らかにしどろもどろな様相を見せる石上。

これだけでも真実が推察出来るというものだが……

 

「ウソつけ。ばっちり覗きこんでたでしょ、私のピンクのパンツ」

 

「いや白……あっ」

 

見事に、小野寺の誘導尋問に引っかかってしまった。

 

「はいアウト。誰から送ろっかな。とりま同じクラスの……」

 

「お願いしますからやめてください」

 

石上が慌てて敬語で頭を下げた。

これ以上下がりようもないはずの好感度が、天井突破ならぬ床下突破する事になるやもしれない。

 

「……けど、やっぱり僕には無理だよ。小野寺さんも知ってるだろ?僕の評判。好感度最低の僕が応援演説なんてしても……アイツの力になれないどころか、むしろ足引っ張るよ」

 

視線を下に落としながら、石上が胸の内を絞り出す。

先程も言ったとおり、生徒会長選挙は人気投票である面も大きい。評判最低な自分が応援演説などしようものなら、票集めどころか元々取れるはずだった票が逃げていく事すら充分に有り得る。

とてもじゃないが、自分に務まるものじゃない。そう石上は考えていた。

 

だが――――。

 

「最低って事は無いんじゃない?少なくとも私は嫌ってはないけど?」

 

小野寺の口から出た予想外の言葉に、石上は思わず顔を上げた。

 

「えっ……?」

 

驚きの感情が、そのまま顔に表れている石上。

 

「ここ1年くらいで思った事だけどさ……ぶっちゃけ、アンタが『あの噂』で言われてるような事するようなキモい奴にはあんまし思えないんだよね。私も実際、その場面見た訳じゃないし」

 

淡々と言葉を述べていく小野寺の横顔を、じっと見つめる石上。

 

「文化祭の時もさ、明らかにナンパ目的な奴から伊井野を助けてやってたりしたじゃん?そんな奴が、噂されてるみたいな身勝手な事する?と思うワケ。だから」

 

言葉を切ってくるりと石上の方を向くと、石上の頭を両手でくいっと動かし、自分の顔の真ん前に動かしてきた。

 

「ちょ、ちょっ……」

 

またしても、ナチュラルに距離が近い。

小野寺の顔が、今まで見た事がない程はっきりと見える。

つばめやミコとは全くの別方向ではあるが、小野寺もまた結構な美少女であるが故に、石上は一瞬ドキリとした。

 

「もっと自信持てって。伊井野の力に、なってあげなよ」

 

その力強い眼から、今までの言葉が嘘偽りが無いという明確で強い意思を感じ取れた。

 

「…………ありがとう、小野寺さん」

 

その言葉を受けて頭から小野寺の手が離れると同時に、石上はスッと立ち上がった。

自分に価値が無いと思っている人間に、損得勘定の無い、正直で力強い励ましの言葉がどれだけ頼りになるか。

石上は、今身を以てそれを思い知った。

 

もう、迷わない。

僕を信じてくれる人が一人でも居るなら……頑張ってみても、いいかもしれない。

 

「……ちょっと行く所有るから、これで」

 

「ん。じゃね、石上」

 

素直に行き先を伝えはしないが、その行き先は小野寺には分かっていた。

その場を去る石上の背を、小野寺はしばし眺めていた。

 

あの日、かぐやに質問した。

『どうして伊井野が石上に惚れたんですか?』と。

今までのリアクションをそれなりに知っているだけに、どうして惚れたのかがさっぱり理解出来なかったからだ。

曰く、『中等部の辛かった頃、名前を告げずに励ましてくれていた事に気付いたから』らしい……

 

アイツ、良い所あんじゃん。

好きでもない(今はどうか知らないけど)ヤツの為に、こっそり励ましてあげたり、ナンパ野郎からさり気なく助けてあげたり。

まあ……そういうヤツなら、もし伊井野とくっついたら伊井野の事大事にしてくれるっしょ。

ぶっちゃけ、伊井野カワイイからグイグイ押してけば石上なんてイチコロな気がするけど。

今までの態度が態度なだけに、気まずさがパないって感じ?

大仏の言う通り……こいつら、面白さがマジ卍。

……あっち、上手く行ってるかな?

 

 

 

一方、別の場所では――――

 

「……え?こばちゃん、応援演説してくれないの?」

 

前回応援演説を務めてくれた親友の大仏からの衝撃の申し出に、ミコの表情は絶望に染まっていた。

 

「うん。よく考えたんだけどね……私じゃ、ミコちゃんの魅力を伝えきれないと思うんだ」

 

流石に『過保護から脱却すべき』と本人の前では言えないので、適当な理由を繕う大仏。

 

「そ、そんな事ない!こばちゃんが一番私のこと……」

 

「ミコちゃん、『Team of Rivals』って知ってる?」

 

縋り付くミコの言葉を遮り、突然大仏が質問を振る。

 

「えっ?……うん知ってる、リンカーン大統領やちょっと前の大統領の組閣の方針……よね?」

 

博識なミコは当然の如く知ってはいたが、それにしても何故今こんな事を聞いてくるのだろう。

 

「さすがミコちゃん。『敢えてライバルや違う意見の人を内閣に取り込む』って、スゴいよね。器の大きさを感じるよねー」

 

「……まあ、そうだけど」

 

そう答えつつ少し首を傾げるミコ。

いったいこばちゃんは何を言いたいんだろう?

 

「だからね、ミコちゃんも器の大きさを示す為にも。応援演説や役員の登用に、敢えて嫌いな人を登用するってのはどうかな?」

 

「えっ?」

 

「ほら、生徒会って会長以外はみんな会長が選任するでしょ?だから、『その会長の色』が濃く出ちゃうのが良い所でも悪い所でもあると思うんだ。

そこで、敢えて普段ミコちゃんと対立してそうな人を登用する事で、『選り好みしない器の大きさ』と『意見を公平に取り入れる』感のアピール!良いんじゃない?」

 

「…………そう、かも」

 

大仏の理論も一理有るとミコは思った。

自分も知っての通り、かつてのアメリカ大統領が取った方針でもある。

確かに、器の広さや公平な意見の取り入れを周囲に強く認知させる事が可能だ。

 

けど……

 

「そんな……私を嫌ってる人に応援演説頼むだなんて……」

 

しゅんとするミコ。

自分を嫌ってる人間なら何人も思い浮かぶ。主に校則違反の目立つ不良な輩達だ。

しかし、そんな連中に自分の応援演説が務まるとも思えないし、第一どうやって引き受けさせるというのだろうか。

 

「だよねー。そこが難しいよね。

あー、誰か居ないかなぁ?誰か居る気がするんだけどなー?ミコちゃんの事嫌いで、ミコちゃんもそいつの事嫌いで。それでいてミコちゃんの事よく知ってる人だよねー。ミコちゃんが真面目で勉強出来てまっすぐな所を知ってるヤツ、居るような気がするんだよなー」

 

……何故かだんだんと言葉が白々しく芝居がかったような調子になって行っているのが、ミコにも感じ取れた。

 

真面目で、勉強出来て、まっすぐ。

白銀会長のいつぞやの『なかよし大作戦』の時に、アイツから言われた褒め言葉だ……

 

「……い、石上とか?」

 

何となく誘導されている事は分かっていたが、乗らなければ話は進みそうにないので取り敢えず乗ってみる。

 

「あぁ!そうそう、石上!良いよね、アイツなんだかんだ言ってミコちゃんの事よく知ってるし!ミコちゃんも石上の事嫌いだもんね?」

 

「えっ!?……う、うん、そ、そうね。嫌いよ、嫌い。そうね、こばちゃんの言う通り、ちょ、丁度良いわ」

 

……バレバレだよ、ミコちゃん。

 

ミコのどもりっぷりを見て、ひとり心の中で大きめのため息をつく大仏。

 

ほんと、ミコちゃんって分かりやすい。

アイツも早く、気付いてあげられたら良いんだけどなあ。

 

「だよね?実はさ、石上にこの前それとなく聞いてみたら。『ミコちゃんが頼んでくるならまあ受けても良い』ってさ!じゃ、今すぐ行こっ?」

 

「えっ?今から?」

 

「そ!『善は急げ』って言うでしょ?こういうのはちゃっちゃと済ませるべきだよミコちゃん?さ、校舎裏行こっ?アイツこの時間帯そこに居るはずだから」

 

「えっ?ちょ、ちょっと……ああもう分かった、分かったわよ……私ひとりで行くから!」

 

手を引いていこうとする大仏の手をやんわりと振り切り、ミコは歩き出して行った。

 

ふう。ミコちゃん焚きつけるのもひと苦労だよ。

……しかし、四宮先輩ってやっぱり凄い人。

2人がこうなるのを、分かってたかのように――――。

 

 

「え?『石上にミコちゃんの応援演説をさせるよう仕向けて欲しい』……ですか?」

 

小野寺と共にかぐやに呼び出されたあの日。

かぐやから頼まれたお願い事は、おおよそ検討の付けられない突飛なモノだった。

 

「そうです。これは私の推測で……外れれば、何もやらなくても結構なのですが」

 

前置きして、かぐやが話し始めた内容は。

曰く、生徒会の解散後は2人は接点を失い、今までが今までだけに次期役員にも素直に誘えずミコちゃんは悶々とする事になるはず。

そこで、『応援演説役』という名目で接点を据え置いてあげれば、終了後の流れで誘うチャンスも生まれるはずだし、石上の知恵があれば当選もより確実になる……という見立てだった。

 

正直、結構納得してしまった。

あれだけボロクソに言ってた石上を次期役員として正面から誘うなんて、とてもミコちゃんに出来るとは思えなかった。

特に石上との仲をよく知ってる私に対しては、凄く恥ずかしがりそう。

そこで第三者が仕向けてあげれば、『○○さんも良いって言ってたから』っていう大義名分という名の言い訳も成り立つし、着地点になる。

これは……面白そうだし、私も頑張ってみよっと。

 

 

「「えっ!?」」

 

石上とミコは、階段下でばったりと鉢合わせた。

互いに互いの元へと向かっていた訳なので、鉢合わせるのも不思議ではない。

既に、互いの心の中は決まっていた。

 

「あ、あの、石上!応援演説を……」

 

「伊井野……お、応援演説の件だけど!」

 

2人同時にそこまで言い合って、ハッとなり互いに顔を見合わせる。

 

……もしかして。

お互いに、同じ用で来たのだろうか?

こっちから言おうと思っていたのに、向こうの方から求めてきてくれるんだろうか?

……それならば。

『向こうから先に言わせる』方が良いのでは?

そっちの方が、自分が承諾するだけだから何かの間違いも起こらない。

……決して、恥ずかしいとか、断られたらどうしようとかいうしょうもない理由なんかではない……断じて違う。

 

2人の脳内に、同じ思考が展開される。

……が、先輩2人のように、『どうにかして相手から言わせる術』を、この2人は持ってはいなかった。

そこにあるのは、ただただ相手の方から口火を切るのを待つばかりの無味乾燥な沈黙。

互いに互いの顔や目を見るというわけでもなく、視線を合わせられずもじもじしながらその場に立ち尽くす2人。

 

……石上は、独り心の中で笑った。

 

まーた、こんな事繰り返してる。

こんな事やってるから、ここ最近こんなザマだったんだろう。

……そりゃ、僕だって恥ずかしい。ああ認める、恥ずかしい。

けど、客観的に見れば……色々と言いにくい伊井野に比べて、僕の方が頼む事にしがらみは無い。

自分でも男らしさなんて全く足りてないと思う僕だけど。

――――ここは、僕が男になってやる。

 

「なあ、伊井野」

 

「……なっ、なに?」

 

ミコの目をじっと見つめる石上。

期待と不安が読み取れる。多分、『待っていた』のは向こうも同じだったんだろう。

……どうして自分を求めてくれるかは分からないが。

 

「伊藤はやめとけ。票はそれなりに集まるかもしれないけど……お前に見返りに何を求めてくるか分かったもんじゃないぞ」

 

石上はここで、ミコから『はあっ!?』と逆ギレされる事を想定した。

毎度毎度、こいつのチョロい所を指摘しても素直に受け入れた例は無い。

 

……だが。

 

「…………え?伊藤って誰の事?」

 

返ってきたのは、石上の想定外のリアクションであった。

 

「は?いやお前、伊藤から……」

 

そこまで言って、石上はハッと気付いた。

……もしや。

 

「(…………『やられた』、って事か?)」

 

ミコがこういうシラの切り方が出来ない事は、石上もよく分かっていた。

という事は、考えられる事はただ1つ。

何故か小野寺が嘘をついて、こうなるように誘導したという事だろう。

 

何で、小野寺が?

僕が伊井野の事を……ってのが、バレたのか?

……まあ、理由はどうあれ、もうここまで来たら言うしか無いよな。

乗りかかった船ってヤツだ。ここまで来て逃げたら……男じゃないだろ。

 

「伊井野……噂で聞いたんだけど。応援演説、誰がやってくれるかまだ決まってないんだろ?」

 

「……私さっきこばちゃんに『今度はやれない』って言われたばかりよ?もう噂になってるの?」

 

「……その場面を見てたヤツが居たんだろ。とにかく、人から聞いたんだよ」

 

危ない、矛盾が出るところだった。

ていうか、伊井野の方もさっき言われたばかりか。これ絶対謀られただろ……

まあ、良いや。余計な遠回りをしようとするから、ボロが出そうになるんだ。

もう余計な事は考えずに、ストレートに行ってやる。

 

「だからさ、まだ決まってないんだったら……その、伊井野が良ければ、だけど。僕が、引き受けても良いよ」

 

「……えっ?」

 

石上にとっての、精一杯のストレート。

決して剛速球では無かったが、ミコが受け入れない理由は無かった。

 

「う……うん」

 

自分から何とかして誘おうと思っていたところからの、石上の言葉。

照れくささと嬉しさを隠すように、下を向いてもじもじしつつ、ミコは小さく頷いた。

 

……そんな光景を、草陰から見ている人物が2人……いや、3人。

 

「(きゃーーーーーーー!青春の1ページって感じですわ!さすが会長とかぐや様が可愛がられていたお2人!会長の築き上げた生徒会は甘酸っぱい愛の巣なのね!)」

 

マスメディア部・紀かれんが、新たな恋の香りを嗅ぎつけて興奮やまぬまま写真を連写していた。

 

「(……えーっと)」

 

「(紀先輩はこれが普通だよ)」

 

呆れたような表情で目配せしてきた小野寺に、大仏が小さな声で答えた。

 

まあ、面白いのは分かるけどね?

ミコちゃんが照れれるのは勿論だけど、なんか石上も似たような感じに見えたし。

ひょっとして、もう両想いまですぐそこ、だったり?

……どうなるんだろう。

あれだけ嫌い合ってたはずなのに、お互い好きになっちゃって照れくさくてもどかしいなんて。

個人的には……悪くないシチュエーションだよね。

 

かくして、石上が急遽、ミコの応援演説を買って出る事となった。

 

 

アメリカ・カリフォルニア州。

住居の一室で、祖国へ思いを馳せる一人の少女が居た。

そう、この裏で糸を引いていた、四宮かぐやである。

 

――――今頃、大仏さんと小野寺さんが上手くやってくれている頃でしょうか?

石上くんも伊井野さんも、不器用だけに世話したくなる、私の可愛い後輩。

きっとあの2人も、あの時の私達と同じ、『生徒会』という一緒に居れる場所が無くなって、歯がゆく思っているでしょう。

……けれど、私が手助けしてあげられるのは、これで最後。

この先は……あの2人と。

あの2人がこれから信頼を得る、周りの人の力で……進んでいくべき。

 

「……幸せになる事を祈ってますよ。石上くん、伊井野さん」

 

かぐやは、早坂の煎れたコーヒーをひとくち口にした。

 

 

 

――――そして月日が流れ、生徒会長選挙の当日を迎えた。

ミコは選挙活動として、小野寺や大仏、藤原や石上と共に配ったビラを手に取って眺めていた。

そのビラには去年のように公約が書いてあるのだが、

その内容は、去年のような『カタすぎる物』とは少し違っていた。

 

 

――――――――1週間前――――――――

 

 

「えっ?公約を調整する?」

 

「ああ、調整する」

 

困惑の声をあげるミコに対し、石上が冷静に諭すように答える。

 

「このビラじゃ、『風紀を守るべき』ってのは伝わるけどさ。『何の為に守りたいのか』ってのが伝わらないだろ?去年の選挙見てた奴は知ってるだろうけど、あんな1日限りの事全員が覚えてるとは限らないし、そもそも1年生は知らない」

 

「え……えっと……うん」

 

石上の口から予想以上に理路整然とした言葉が出て来て、困惑を隠せないミコ。

 

「だから、伊井野が何の為に風紀を守る事を推すか、そこを伝えないといけない。このビラにそれを盛り込む必要が有る。あと……」

 

「あと?」

 

「この辺、変える必要が有るな」

 

石上が指を指した箇所には、『男子は坊主頭』とか、『男女の50cm以内の接近禁止』など、去年と同じ文言が記されていた。

 

「駄目よ、そこは肝心な部分でしょ?そこを妥協したら無意味なものになっちゃうじゃない!」

 

くわっと怒るミコだが、石上は想定通りとばかりに切り返した。

 

「早とちりするなよ。無くすとかじゃなくて、『言い方を変える』だけだっての」

 

「言い方?」

 

「ああ。例えば『50cm以内の接近禁止』とかは、『過度な接近は控えましょう』とかな」

 

「……なんだか曖昧じゃない?」

 

不満そうに、むーっと頬を膨らませるミコ。

その仕草に少し心が波風立つが、石上はこらえて言葉を続ける。

 

「曖昧で良いんだよ。そもそも、ガチガチ過ぎたらそれなりに真面目な奴も更にガチガチに固められる事になって不満が生まれる。だから、『風紀を乱さなければOK』くらいにしておくべきだ」

 

「だから、それじゃ基準が曖昧だって……」

 

「伊井野。そもそも今まで、生徒の風紀違反を風紀違反と判断してたのは誰だったよ?風紀委員と先生達だろ?」

 

「えっ……?それはまあ、そうだけど」

 

「だから、この書き方ならある意味『風紀違反』とはどんなラインかってのを取り締まる側の裁量に完全に任せられる。これなら器用にルールの穴を突くような人も取り締まる側の裁量で裁けるから、ある意味取締り方が自由になるって事なんだよ」

 

石上の論説に、ミコが真剣に考え込む。

 

「……でも、曖昧なのってなんだか……ズルいというか、なんというか……」

 

「ちゃんとしてる大半の人間はむしろ厳格なルールから解放されるってメリットがちゃんと有る。残るのは元々破りまくってたような奴らだから、気に病む必要は無いよ」

 

「…………一理有るわね」

 

こうして石上の提案の元、ミコは急遽公約を調整し直したビラを配布する事にしたのだ。

イラストや文言も親しみやすいモノに変え、概ね好評を得られていたと石上は周囲から聞こえてくる声から確信出来ていた。

 

こうして、現在に至る。

 

石上が、ここまで真剣に考えてくれて、力になってくれたんだ。

――――今度は、絶対当選してみせる。

ミコの目には、強い決意の火が灯っていた。

 

「では、伊井野ミコさんの応援演説をお願いします」

 

進行役のアナウンスが、石上の演説が始まる事を全生徒に告げた。

 

……石上が、同学年から嫌われてる事は知ってる。

でも、3年生の先輩からはそうでもないし、1年生からだってそんなに嫌われてるって噂は聞かない。

アイツだって去年から、応援団に文化祭の実行委員のヘルプにと頑張って、少しは見直されてる事も知ってる。

それに……私の事を、密かにずっと見守ってきてくれていた石上なら。

きっと、上手くやってくれるはず。

 

去年のように、直接言う事は出来なかったものの。

壇上に向かう石上の背中を見つめて、小声で「頑張って、石上」と呟いた。

 

「……どうも。この度伊井野ミコの応援演説を務めさせて頂く事になりました、石上優です」

 

普段とあまり変わらない低いトーンで喋り出す石上。

大勢の人間の前で話す事は得意ではないが、かと言って大して苦手意識も持っていない。

2年生のガラの悪い一部生徒から軽いブーイングのようなものも飛んできたが、想定通りと気にも留める事は無かった。

 

……それからの演説は、一言で言えば『平凡』なものであった。

聞こえの良さそうな言葉を並べた、用意された原稿を丸暗記し粛々と述べていく。

それは確かに聞こえは良いが、悪く言えば自分の言葉ではない、面白みの無い演説。

自身が作った映像と併せて喋るも、その映像の内容もあまり特徴の無い、真面目過ぎるくらい真面目な内容。

奇しくも去年の応援演説同様、会場の意識は散漫で、真面目に聞いている人間は半分も居ない状況であった。

 

「(……石上くん、どうするんでしょう)」

 

今年も相変わらず、教師をさり気なく敵対勢力の方に誘導しつつ状況を眺めていた藤原が不安を抱く。

このままでは、去年とあまり変わらないのでは……。

 

そんな不安を他所に、とうとう石上が用意された分の言葉を述べ終えた。

……ところが。

 

「……えー、まあ、真面目に聞いてる人が少ないのは解ってます。今言った事は、普段の伊井野を見てればだいたい分かるような事ですからね」

 

「「えっ?」」

 

石上が話す演説の内容は、事前にミコや小野寺、大仏や藤原といった協力者達に目を通させてある。

それだけに、全く予定されていないはずの内容を喋り出した事に一同が面食らってしまった。

 

「えー、みなさんは伊井野についてどうお考えでしょうか。

多分、クソ真面目で融通の利かないおカタい奴だって、皆思ってると思います。

それも仕方ない事だと思います。去年の公約を覚えてる人も居るかと思いますが、今どき坊主頭強制だとかスマホ禁止とか言い出しちゃうくらいですから。そういうイメージが有るのも仕方ないと思いますよ」

 

突然、応援演説と言うには逆効果な事を述べ始めた事により、逆に注目を得た事で会場がさっきまでとは違う意味でざわつき始める。

 

「ちょっ、石上!?」

 

小野寺が困惑の声をあげる。

 

「……けど」

 

石上が、ここで一呼吸の間を置いた。

 

「……アイツは、優しいんです。それが目立ちにくいってだけで。例えば」

 

石上が、リモコンでスライドを操作すると。

 

「!?!?ちょ、ちょっ!!?」

 

ミコが思わず声をあげたのも無理は無い。

スライドには、数ヶ月前、海心を抱き抱えて喜色満面なミコの姿をばっちりと捉えた写真が映し出されていたからだ。

 

「突然押し付けられた知人の赤ん坊をこんな風に世話出来たりとか」

 

「何アレー!?可愛い!」

 

「伊井野さん、かわいー♪」

 

石上が説明し終えない内に、その写真の微笑ましさから一部の女生徒から声があがる。

 

「……迷子の子供を、自分も迷子になるのを顧みずに一緒に親を探してあげたりとか」

 

石上の言葉に合わせて映し出された次の写真は、先日の夏祭りでのひとコマであった。

2枚とも、いずれ来ることが解っていたこの時を見越して、こっそりと撮っていた写真であった。

 

「……伊井野って優しいとこあんじゃん」

 

男子生徒から、感嘆の声もあがる。

 

「これらの写真は、ぶっちゃけて言うと伊井野には無許可で撮りました。アイツこういう良い所を自分からアピールするの恥ずかしがるんで」

 

無許可で撮ったという点に不満の声を示す声と、アピールを恥ずかしがるという事実を微笑ましく思う笑い声が同時にあがる。

 

「……そんで、まあこれは写真なんて無いんですけど。好きでもないどころか、むしろ嫌いな同級生の進学の為に、教師に直談判したりとか」

 

石上の言葉に、会場中がシーンとなる。

 

「伊井野の優しさに、打算とか見返りを求める考えは有りません。そういうのって、口では言うのは簡単ですが、実際に行動に移せる人はそうそう居ないと僕は考えてます」

 

「皆で楽しくウェイウェイ盛り上がれる環境。確かにそういうのってパッと見楽しいもんだと思います。

けどそういうのって、色々な理由で辛さを抱えてて盛り上がれない人間の事はあまり考えてないわけじゃないですか。

けど、理不尽を許さず、見返りを求めない優しさを与えられる伊井野が会長になれれば……そういう辛い思いをする人の数を減らしつつ、底上げ的に学園を良くしていけるんじゃないかと僕は思います。

ちょっと変な感じにはなりましたが……僕の応援演説はこれで終了と致します」

 

終わりを告げる石上の言葉に対し、暫しの沈黙が流れた。

しかしその沈黙の後には、一部の生徒の拍手を皮切りに、あちこちから『変な感じの演説』に対する心からの拍手が送られた。

 

 

 

続く所信表明をどう乗り切ったのかは、ミコは覚えてはいない。

石上の演説の知らされていなかった部分の衝撃が大きすぎて、ある意味あがる余裕すらも無くして逆に普通に喋ることが出来た事だけは確かだった。

 

上の空であったミコがハッキリと意識を取り戻したのは数時間後。

選挙結果の公示にて、とうとう念願の初当選を果たした事を認識した時であった。

 

「やったね、ミコちゃん!」

 

「伊井野さん、おめでとっ!」

 

少し涙を浮かべる大仏や、ミコへ投票した女子生徒達が寄ってきて、周りを囲まれるミコ。

 

「うん!ありがとう!」

 

とうとう念願叶い、ミコも滅多に見せない、純粋な笑顔を見せている。

 

「石上の応援演説も良かったよね?あの写真可愛かったよ!アイツあんな事も出来るんだね〜」

 

「かっ、かわいいってそんな……」

 

照れながらも満更でもない感を全身から滲み出させるミコ。

が、ふと周りに、この場に足りない人間の事を思い出す。

 

「……そういや、石上は?」

 

小野寺もそれに気付き、辺りをきょろきょろと見回す。

応援演説を務めた石上だ。この場に居ても不自然ではないのに。

 

「どこ行ったんだろうね、石上」

 

大仏も疑問の声をあげる。

 

「…………」

 

だが、ミコは冷静であった。

 

あいつは……石上は。

いつも私を、こっそりと、けれどちゃんと見守ってくれている。

アイツが私を、『見返りを求めない』だなんて言ってくれたけど。

それは……アンタだって、同じでしょ?

 

ミコがまるで見透かした見据えた一点の先には。

踵を返し、その場からひっそりと去ろうとする石上の背が見えた。

ミコは、自分でも驚く程スムーズに、自分がやるべき事を決意出来た。

 

「みんな、ちょっと通してね!」

 

ミコは自分を囲む輪を一言断りを入れてから割り、その背を追いかけた。

 

立ち去ろうとしただけで、別に逃げる気は無かった石上。

程なくして、ミコは石上に追い付いた。

奇しくもそこは、ちょうど人気の無い場所であった。

 

「……その、ありがと」

 

念願の当選を果たした要因は、間違いなくあの演説にも有る。

ミコは、素直に礼を述べた。

 

「……僕の方から申し出た事だからな。きっちり結果を出しただけだよ」

 

ミコの方を振り向かないまま、石上が返した。

 

……そう、あくまでこれは、小野寺に軽く誘導され、

流れで買って出る事になった演説を、自分なりに熟したに過ぎない。

大して礼を言われる事でも無ければ、恩を売れるような事でも無い。

……だから、『この先』が無くても、仕方の無い事。

石上は、無意識に自分の中で言い訳をした。

 

……ところが。

 

「だっ、だけど!私に無断であんな写真を撮ってただなんて!ヘンタイ!スケベ!」

 

石上が振り向くとそこには、顔を少し赤らめながら、照れと怒りが混じったような微妙な表情をしているミコの姿があった。

 

「……悪かったよ、あれはもう消すから」

 

……少し、惜しい気もするけれど。

 

「ダメよ。アンタのヘンタイ行為が、その程度で許されると思ってるの?アンタも認めてるでしょ?『風紀を乱す行為は禁止』って。示しが付かないじゃないの」

 

「……じゃ、どうすりゃ良いんだよ」

 

「…………」

 

石上の問いかけに、ミコは言葉を詰まらせた。

答えが分からないのではない。言うべき言葉は、決まっていた。

だが、しぶとく残る恥ずかしさが、それを言い出せない枷となっていた。

 

どうしよう?

変に悟られたりしたら、どうしよう?

 

……けど。

石上は、私の事を、あんなに良く言ってくれた。

『見返りを求めない優しさ』なんて、自分じゃ恥ずかしくて言えなかったような事を、みんなに言ってくれた。

 

……そう、そうよ。

これは、アイツがやってきた事を、やり返さなきゃ気が済まないだけ。

アイツの頑張りに……応えないと。

今度は私が……頑張る番なのよ。

 

「……あ、アンタみたいなヘンタイは、私の目がすぐ届く所に置いとかないとダメなのよ。

だ……だから!

………………生徒会、入りなさい」

 

最後のひと言は、精一杯の勇気を絞り出したような、小さな声。

今のミコが持てる全ての勇気を振り絞った、気持ちのこもったひと言であった。

石上は、一瞬驚いた表情を見せたが。

ミコの勇気を、無碍に扱うような男ではなかった。

 

「…………あーはいはい、分かりましたよ、伊井野会長」

 

こんな言いぶりではあるが、これからも、『生徒会役員同士』という建前で一緒に居られる事に対し、内心でガッツポーズしたのは触れるまでもない事である。

 

「こっちこそね、石上副会長」

 

 

今、この時を以て。

新生徒会長・伊井野ミコと、彼女を支える新副会長・石上優から成る、新しい生徒会が産声をあげた。

これからも、『生徒会役員同士』として、共に居られる事となった2人。

不器用な2人の恋路は、これから歩みを早めていく事になる。




ここから、石ミコ政権がスタートします。

投稿が遅くなり申し訳ございませんでした。
ここからのネタは既に考えてあるので、次回はもう少し早く投稿出来るようになるかと思います。


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第12話 石上優は乗り越えたい

一ヶ月も待たせてしまい誠に申し訳ございませんでした!
内容で色々悩んだのとスマホがぶっ壊れるというトラブルが有りこれだけ伸びてしまいました(;一_一)

途中辛い内容となりますが、
無論そのままでは終わりません。


『塞翁が馬』ということわざが有る。

『人間の幸福と不幸は変転し定まりの無いものである』……という意味である。

……そう、幸福だと思っていた事から、不幸が訪れてしまう事も有るのである。

ちょうど、このとある1人の高校生のように……

 

第69期・秀知院学園生徒会副会長兼会計・石上優は、そこそこに幸せと思える日々を近頃は過ごしていた。

前期生徒会の解散と共に途切れてしまうと思っていたミコとの繋がりが、引き続き保てられた事。

昼の時間や放課後に、『生徒会の活動』という名分ではあるがミコと共に居られる事を、少しだけ幸せに感じていた。

 

……もっとも、そんな事は決して口に出してはならない。

もし、そんな事を口にしてしまおうものなら!

 

『(うわっ……私と一緒に居るだけで幸せ?気持ち悪い勘違いをしないでよ……アンタとはあくまで生徒会役員として一緒に居るだけなのに……

ほんと……生理的に無理)』

 

などと言われかねない!

 

……が、よくよく思い直してみれば、『今回は』そこまで言われる可能性は低いかもしれない。

何せ、自分が副会長兼会計として今こうしてここに居るのは、他ならぬミコからの頼みが有ったからこそなのだ。

本当に一緒に居るのも嫌なら、そんな事を頼んでくる事も無いはず。

 

……いや、むしろ。

ひょっとして。ひょっとして……

伊井野も、僕の事を……?

 

しかし、石上は頭の中に浮かんだおめでたい考えを振り払う。

 

あくまで伊井野は、『一緒に仕事するくらいならまあ良い』程度の認識なのかもしれない。いや、確実にそうだろう。

ここで変な勘違いをして痛い目を見たバカな男が、どれだけ居た事か。

自分は、その轍は踏まない。『勝って兜の緒を……』いや、まだ勝ってもないけど、とにかく気を緩めずに、じっくりチャンスを伺っていくんだ。

 

 

生徒会室。

第69期生徒会の面々は、雑多な資料の整理を行っていた。

 

「うん……こんなもんで良いかな。どう、伊井野?」

 

作業を一区切り付けて目を上げたのは、第69期生徒会にて庶務となった、石上とミコの同級生・小野寺。

ミコと距離が近い人物であり、『まあやってみても良いかも』という理由で新たに生徒会に加入する事となった。

 

「麗ちゃんお仕事早いですね~!飲み込みが早いです!」

 

周りにお花をぽわぽわと浮かべて小野寺を褒めるのは、3期連続で生徒会書記を務める事となった藤原。

ミコの尊敬の対象である彼女は、『卒業まで』という条件で生徒会役員を続投する事になった。

 

「うん、ありがとね麗ちゃん」

 

「藤原先輩、小野寺さんを褒めるのも良いですけど手を動かしてくださいよ」

 

そして、生徒会長を務めるミコは会計監査を兼任。

そんなミコを補佐する石上も、会計を兼任しての布陣であった。

小野寺以外は全員前期から続投する形となり、生徒会の仕事の経験を積んでいる為、

石上とミコの兼任も大した負担にはなっていなかった。

 

 

「石上。同級生なんだからさ、『さん』付けしなくても良いよ」

 

小野寺が、眼力の強いぱっちりとした目で石上の顔を凝視する。

 

「えっ……でも」

 

いきなりそう言われても、と戸惑う石上。

ご存知の通り、石上は交友関係が狭く、女子とあらば尚の事である。

どこか違う世界の神の視点を持つ住人(どくしゃ)たちからは『ハーレム』などと言われる事もしばしばであるが、

確かに彼と関わりのある女子はそこそこ居るものの、

藤原にかぐや、眞妃にかれん、つばめ……と、先輩にあたる存在が多数を占めるのである。

彼にとって、敬語を使わず普通に話せる(最近は少し意識してしまいどぎまぎする事も有るが)女子というのは、伊井野ミコただ1人であったのだ。

自分がいわゆる『陰キャ』である事を自覚している石上が、ウェイ系リア充ギャルな小野寺に対して腰が引けてしまうのは致し方ない事であり、『さん』付けで呼んでしまうのも当然の事であった。

 

「だって、伊井野の事は呼び捨てで呼んでるじゃん?……あっ、まさか、そういう?『石上の中では呼び捨ては特別』って事?」

 

「「そんなんじゃないって(わよ)!!」」

 

石上とミコ、2人が慌てて否定する声が重なる。

 

「息ぴったりじゃん。ほらそういう所だって」

 

「うっ……」

 

石上が反論に窮する。

息ぴったりと言われるのは今やどこか嬉しいところではあるが、

それをこの場で認めてしまえば、ミコへの淡い思いを曝露する事も同然である。

 

「えっ?石上くんとミコちゃんはそんな意味深な仲じゃないですよ?この前もミコちゃん、『石上には監視の意味も含めて仕方なく入ってもらう』って言ってましたし」

 

これだから恋愛にニブチンな自称『ラブ探偵』は困る……と、石上は心のなかで大きめのため息をついた。

いや、普段はこのニブさが助け舟になるのかもしれないけど、今は困る。

……ていうか、やっぱり伊井野は単にそういう意味で自分を誘ったのだろうか。

いや、単に対他人用の建前かもしれない、いや十中八九そうだろうけども……言葉にして改めて聞かされると、やっぱり若干凹む。

 

「ほら、そういう訳じゃないんでしょ?だったら呼び捨てくらい別に何ともないでしょ。てか、さん付けとか逆にむず痒いから」

 

そう言われても。

どうしてこういうウェイ系な人は、距離の詰め具合が急なんだよ。

……けど、ここで無理に拒否したら。

言う通り、『呼び捨ては特別』であると言っているようなものではないか。

仕方無い。悟られてしまわない為にも。

ここは……呼び捨てなんて何でもないよという体を装わなければならない。

 

「わ、分かったよ、お……小野寺…さ」

 

「おーい」

 

「う……お……小野寺」

 

「……なーんか無理無理言い切った感有るけど」

 

小野寺は言葉を切り、ミコの方をチラリと見た。

何もないような表情を装ってはいるが、小野寺は見逃してはいなかった。

石上が自分以外の同級生の女子を呼び捨てで呼んだという事実に、どこか複雑そうな表情をしていたミコの顔を。

 

「まあ、いっか」

 

色々と期待していた物が見れてひとしきり満足した小野寺であった。

 

「えっへへー、同い年で理解のある人が増えて良かったですね石上くん」

 

藤原が周りに花がぽわぽわ浮かぶような満面の笑みで石上に問いかける。

 

「石上くんはちょっと根暗でセクハラくんで先輩に対する敬意が欠けてる所も有りますが、決して悪人じゃあないですからね〜」

 

……せっかくの理解が粉々に砕け散るような言葉は勘弁してほしい。

そもそも敬意云々は自業自得な気がするのだが……

 

「せ、セクハラ?藤原先輩石上にセクハラされた事有るんですか!?」

 

ミコが驚愕の表情でスッと立ち上がった。

 

「いや待て伊井野、それは「忘れてないですよ石上くん!私のおっぱいを指して『確実にDカップ以上』とか言いながらこんな風にしてたのを!」

 

石上の弁解を遮り、藤原が石上の過去の過ちを曝露しつつ両手を胸に当てゆさゆさと揺らすような仕草を見せた。

 

「「うーーっわ」」

 

ミコと小野寺の、ドン引きを一切隠さない声が重なった。

 

その目は勿論、一部の特殊な人々なら逆に喜んでしまいそうな軽蔑しきった目である。

 

「いやアレはですね!会長と思春期男子のトークが加熱しちゃった末の過ちというか!ていうか藤原先輩散々あのハリセンで叩いたでしょ!アレでスッキリして忘れてくださいよ!」

 

小野寺は勿論の事、ミコすらも知らなかった黒歴史をいきなり曝露されて慌てて弁解する石上。

しかし、ミコと小野寺の軽蔑の視線は変わらずであった。

 

「……し、死にたいので帰ります」

 

何だかとっても居辛くなり、その場から退散しようとした石上。

だが、そんな石上をミコが引き留めた。

 

「ダメよ、ここに居なさい。藤原先輩の胸を見てそんないやらしい事を考えるアンタを野放しにしたら、その辺の女子に何をするか分かったもんじゃないんだから」

 

……ああ、マジで死にたい。

半分、いやどうか100%冗談であってほしいが、伊井野にあらぬ勘違いをされてしまってるし。

ていうか、あのおっぱい見てやらしい事考えるなって無理だろ。いくら中身が珍妙生命だからってあのおっぱいに罪は無いだろ……

ってな事考えてたら、まるで本当にセクハラ野郎だ。ああ、本当に消えてしまいたい。

 

「ちょ……ちょっと外の空気吸ってくる」

 

これくらいなら許されるだろう。なんかもう色々と居辛いし少しは逃げさせてくれ。

 

「ちょっ……だからダメだって!」

 

小野寺の方から半強制させたような形とはいえ、

ミコの知る限り、石上が自分以外の同級生の女子を初めて呼び捨てにした事は事実。

口が裂けても言えないが、その事でミコの中には少し焦りのような気持ちが生まれていた。

そしてその感情は、今生気の無い顔でこの場から逃げて行こうとする石上の手を、自らの手で引き留める事に繋がった。

 

「「あっ……」」

 

咄嗟に出したミコの手が石上の手を包むと同時に、2人の口から漏れる声。

誰に示された訳でもないのに、互いに互いを見合わせ顔を見つめ合う2人。

そして、その互いの顔は、みるみる内に赤く染まっていき……

 

「い、伊井野」

 

「……あっ、うん……」

 

しばしの間時が止まっていたが、このままでは色々とマズいと判断した石上が軽くミコの手を振り解いてそれは終わった。

そして無言でそそくさと生徒会室を後にした。

 

そんなあからさまな様子を見ても何も感じない自称ラブ探偵の隣では、小野寺がいつものクールな表情を保ったまま1人考えに耽っていた。

 

あいつら、いつからだろう……

 

 

生徒会室から離れた石上は、早足で歩きながら今しがたの出来事に思いを馳せていた。

 

なんだ?何だよアレ?

何で、ちょっと手を握られた程度で。

あんなに、恥ずかしいというか、照れるというか、なんというか……

 

そもそも、伊井野の方も何で僕と同じで顔赤くしてるんだよ?

 

……いやもう、これやっぱりアレじゃないか?

やっぱり、伊井野の方も……

そうじゃなきゃ、普通すぐ怒るか、サッと手を解くだろ。

 

……いやいやいや、落ち着け落ち着けよ僕。

ちょっと不意に手を握った時にちょっと予想と違った反応が返って来たからって『もしかしてだけど』とか、思い込みの激しい男子中学生じゃねぇんだからさ。

 

……いやでも、向こうから生徒会に誘ってきた訳だしやっぱり少しは。

……いやいやいやいや、さっきも言ってただろ、監視の意味も含めて、とか。

アレが本音かもしれないだろ?だとしたらちょっと残念というかショックだけど。

 

決してミコと『くっついている』訳ではないとはいえ、

アイツ自分に惚れてるんじゃないか、いやいや待て待て……などと言うことで悩める事は、恋真っ盛りな者の特権として、ある意味で幸せな事であった。

 

そう、石上はここの所、幸せであった。

つばめからの失恋を乗り越えた後は、何やかんやで伊井野や先輩達との思い出も作れているし、

一度は離れようと思案したが、理由はどうあれミコが必要としてくれた事で、(生徒会役員』という名分のもと、ミコと引き続き一緒に居れる事となった。

 

……だが、人生には、幸運の波と不幸の波というものが有る。

幸運が来れば、その後に不幸な事が来るのは、ある意味で自然な事であった。

 

校舎の陰になっており、人目に付きにくい場所。

生徒会の面々と一緒に居る時以外は1人で居る事が多かった石上の足は、自然とそこへ向かっていた。

いつも人の居ない、静かで落ち着くその場所は、石上のお気に入りの場所であった。

 

だが、今日は少し様子が違った。

何か、妙な音が聞こえる。

 

「〜〜〜〜!!〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!」

 

押し殺されたような、ぐぐもった叫び声のような音。

そして、何人かの若い男の、下卑た調子の話し声が聞こえてきた。

 

「やっべ、マジ柔らけぇわー」

 

「もう諦めて大人しくしろよ、全員と1発させてくれれば良いからさ」

 

「んな事いっても聞こえてねーべ?目隠しの後ソッコーで高級耳栓突っ込んだしな」

 

「だな、じゃあ時間いっぱい楽しむとしますか」

 

……自分の勘違いだろうか。

いや、どうか勘違いであってくれ。

勘違いというなら、僕がただの、伊井野のことを責められないほどのエロ妄想野郎だって事になるだけだから。

 

……しかし、石上の目に飛び込んできた光景は、彼の想像が間違っていなかった事を示すものであった。

覆面を被った私服の3人の男と、彼らに目隠しと耳栓をされ口にガムテープを貼られ、

衣服を乱され、露出した部分をあちこち乱暴に触られている女子が激しく抵抗していた。

 

石上は、正義感の強い男である。

強すぎると言っても過言では無い程だ。

そんな彼がこの光景を見た時に取る行動は、1つであった。

 

「おい!お前ら何してんだよ!」

 

出せる限りの大声を出し、石上は暴漢3人に食ってかかった。

 

「!?やべぇ、見られた!」

 

「落ち着け、顔は見られてねえから逃げ切れば大丈夫だ!」

 

逃す訳ねぇだろ。全員捕まえて先生に突き出してやる。

 

元陸上部のエースであった脚を活かして、石上は素早く3人との距離を詰めた。

だが、こういった悪事を行う人間は、得てして悪知恵が働くというものだ。

 

「バーカ!」

 

既に逃げ出す態勢を取っていた3人の中の最後尾の男が、落ちていた石を3つ矢継ぎ早に投げつけてきた。

 

「いっツ!」

 

それらは全て石上の頭にヒットし、石上はよろめいてその場に倒れそうになった。

 

「よっしゃ今の内!」

 

その隙を見逃さなかった暴漢達は、あっと言う間にその場から走り去ってしまった。

倒れそうな所を何とか踏ん張った石上であったが、3人を取り逃がした事を認識するや否や、やり場の無い激情を迸らせた。

 

「クッソ!アイツら……ふざけんなよ!」

 

顔も見れていないから、誰なのかも分からないあんな卑劣な奴らを野放しにしてしまった。

絶対、ここで捕まえて先生に突き出すべきだったのに……

だが、こうして逃してしまった以上、今は他にやるべき事が有った事に気が付いた。

そばで目隠しとガムテープ、耳栓をされて恐怖に怯えている被害者の女子を助ける事だ。

衣服がはだけており、思春期真っ盛りの男子高校生には少々目の毒な姿ではあったが、今はそんな事を考えている場合じゃない。

石上はまず、耳栓を外す事にした。

声が聞こえるようになればやり取りが可能となり、手助けするにも意思の疎通が出来ればスムーズに行くはずだ。

 

……だが、後から思えば、この判断がまずかったのかもしれない。

石上が、恐怖で震える女子生徒の耳から耳栓を外したその瞬間。

 

「おい石上!てめぇ何やってんだよ!?おーいみんな!石上のヤツが!」

 

どこからか、叫び声が聞こえてきた。

この声は、聞き覚えがある。

というか、さっき聞いた。

この人を襲っていた暴漢達の内の1人だ。

辺りを見回すも、奴らと思わしき姿は発見出来なかった。

その代わりに……その叫び声を聞きつけてやって来た他の生徒達の姿が、ひとり、また一人と姿を現し始めた。

 

「は……?おい、石上!何やってんだてめぇ!」

 

「えっ、ちょっと何アレ……?石上の隣に服脱げかけた女子が居るんだけど!?」

 

叫び声に寄せられて集まって来た生徒達は、目の前の『犯行未遂』を、石上が行ったものだと勘違いしている事は明白だった。

 

「てめえざっけんなよ!この変態野郎が!」

 

駆け寄って来た男子生徒の1人が、問答無用で石上に殴りかかった。

 

「ちょっ……ふざけんなよ!これは僕がやったんじゃなくて……」

 

「どう見てもお前だろうが!お前じゃねえって証拠でもあんのかよ!」

 

更に駆け寄って来た他の生徒に羽交い締めにされた石上に対し、吠える男子生徒。

 

「犯人は3人だったぞ!この人に聞けば……」

 

そう言いながら被害に遭った女子の方を向いたが、そこで言葉は途切れた。

石上は気付いてしまったのだ。

そう、この女子が目隠しと耳栓をされ、何も見ても聞けてもいないという事実に。

更に言うならば、この女子が耳にしたのは、石上が耳栓を取った直後、犯人と思わしき輩が発した、石上を名指しした叫び声だけなのだ。

犯人は別に居ると明確に言えるのは、石上自身のみであった。

 

「……私、耳栓されてたから聞いてない……誰かが皆を呼ぶ叫び声しか、聞いてない……」

 

恐怖で震える女子生徒が、石上にとっては嫌な現実を突き付ける。

 

「なるほどな。見ても聞いてもいないのを良い事に犯人をでっち上げか石上?」

 

「てめえ中等部であんな事しといて、大人しくなったと思ったら高等部でもこんな事すんのかよ!」

 

そう言いながらまた一発、石上の顔に拳が入る。

 

「……ざけんな。僕を名指ししてお前らを呼び寄せた奴こそが犯人で僕はただ……」

 

「黙れよ。誰がそんな事信じるかよ」

 

「そうよ!中等部の頃大友さんや荻野くんにあんな事しといて!」

 

「あんたの方が居なくなれば良かったのに!最低!」

 

 

石上は、目を背けたくなるような現実に改めて気付いてしまった。

最近は、ほんの少しずつではあるが身の回りに理解者が増えてきていたから忘れていた。

――――この場所は、自分にとって敵ばかりであるという事実に――――。

 

 

 

 

こういう時、『前科者』は不利なのだ。

一度罪を犯しているだけに、次にまた疑われるような事が起これば、話すら聞いてもらえずにクロと認定されてしまう事が少なくない。

……だが、厳しい言い方をすれば『前科』を犯したその者の自業自得と言える部分も有る。

 

石上にとっての悲劇は、本当はやってもいない事で『前科者』として扱われ、そのせいで全く身に覚えの無い濡れ衣を着せられてしまった事だろう。

あの後、石上は数人がかりで引っ張られて職員室まで連れて行かれた。

教師達も中等部時代の事件をある程度知っているだけに、石上の否定の声よりも紛らわしい部分のみを目にした他生徒達の声を信用してしまった。

石上にはひとまず休学が言い渡され、数日後の理事会で議題に上がり処分が決定するとの事だが、

『ほぼ間違いなく退学になる事を覚悟しておけ』と念を押された。

 

今度は、石上家が仲違いする事は無かった。

大友を庇う為に否定しなかった中等部の時と違い、今回は終始強く否定していただけに、家族は味方となってくれた。

石上の両親は学校に無実を直訴しに赴いたが、零細玩具メーカーの一家である石上家に、秀知院に働きかけて決定を覆すような力は無い。

石上は今、暗い自室の中で、ゆっくりと、しかし確実に近づいてくる最後の刻を、無念と諦観にまみれながら待ち続けていた……

部屋の中では、まるで息をしている者など居ないかのように痛々しい程の静寂が流れていた。

が、そんな静寂を破る音が部屋のドアから鳴り響いた。

 

コンコンと控えめに戸を叩く音がした後、聞こえてきた声は。

 

「……石上、入っていい?」

 

休学を食らった石上の様子を見に来た、ミコのものであった。

……だが、部屋の中から返ってきた返事は冷たかった。

 

「…………伊井野。帰ってくれ」

 

そう返されるのを全く予想していなかった訳ではないミコは、少しムッとした気分をすぐさま落ち着かせて話しかけた。

 

「……石上。私はアンタがそんな事をやっただなんて信じては――」

 

「もう金輪際僕に関わるな!!」

 

石上の悲痛な叫び声が、ミコの言葉を遮った。

 

「ど、どうして!?」

 

まさか、金輪際関わるなとまで言われるとは予想はしていなかった。

 

「……やっと生徒会長になれんだろ。こんな、信頼も評判も地の底な僕に構い続けてたらお前の評判だって悪くなるだろ!

今回だって、副会長に任命した事でお前も責任が問われるかもしれない。

……僕を生徒会に入れた事自体が、間違いだったんだよ」

 

元々卑屈気味な性格であった石上だが、今や言葉の端々に自虐の念が滲み出ていた。

 

「そんな……そんな事、無いわよ!アンタは2期も生徒会を務めてる経験が有るじゃない!客観的に見ても間違ってなんか――」

 

「伊井野!!」

 

石上の大きな声で、驚いたミコは閉口した。

 

「……僕はもう、あそこには戻れない。元々一部の人以外は敵だらけで陰口が当たり前だったのに、今はもう僕を見たら殺しにかかりかねないレベルの敵だらけさ……秀知院に、僕の居れる場所はもう……無いん……だ……」

 

とうとう、言葉に嗚咽が交じるのを隠せなくなった。

ドアに隔たれていようと分かる。部屋の中に居る人物が、今どれほど苦しくて、悲しい思いをしているかという事が。

 

「伊井野……わざわざ来てくれてありがとう。けどもう、僕に関わらないでくれ……僕に構い続けた事でお前が生徒会長から降ろされたりしたら……僕だって……余計に苦しくなるだろ……」

 

不器用な石上が、涙声混じりで話すその言葉に嘘偽りは無かった。

ミコの胸中を、扉の向こうにいる人物と同じような悲痛な感情が満たした。

頬に一筋の涙の跡を滴らせ、居ても立ってもいられなくなったミコは。

石上の部屋の戸の前から離れ、階段を降りて行った。

扉の前からミコが居なくなった事を感じ取った石上は、心の中の穴が更に大きくなった事を確かに感じ取りながら、その場に目を閉じて倒れ込んだ。

 

 

――――それから、数日間。

藤原からの励ましているのか何なのかよく分からないメッセージや、かれんからの校内新聞で擁護の記事を書いた事を知らせるメッセージをLINEで受け取りはしたが、

今の石上には、彼女らの好意にツッコむ気も応える気も起きなかった。

 

少ない理解者が動いたところで、殆どの生徒からしたら自分はストーカー野郎であり、強制わいせつ未遂犯だ。

退学は、もう免れないだろう。

……会長や四宮先輩が与えてくれた、『生徒会』という居場所。

結構好きだったし、学校の運営に関わって行く事で学校のより色んなところを知れたし。

……ちょっと、ほんのちょっとは、あの学校を好きになれたと思ったのに。

理不尽な理由で、僕は追い出される。

ゲス野郎共から救おうとして、どうしてこうなるんだろう。

自分の善意からの行動は、全て悪しき結果を生み出すのだろうか?

自分は追い詰められ、伊井野も、僕を任命した事について責任を問われるかもしれず……

そう考えると、もう何もする気は起きない。

そうだ。良かれと思ってやっても、結局こうなるんだ。

僕は……何もしない事こそが最善なのかもしれない。

こうして、自分の部屋で独りで居れば……これ以上、誰も不幸にならないだろう。

そうだ。こうして孤独に、誰とも関わらない方がみんな幸せなままなんだ……

 

石上の目から、一筋の涙が頬を伝って落ちた。

ここ数日は、もう1日の半分以上を眠って過ごしている。

起きていれば、こうして悲惨な現実を自覚させられ、悲しい思いをするだけだからだ。

石上は喪失感に身を焦がしながら、ゆっくりと目を閉じて眠りにつこうとした。

 

……その時。

スマホから、LINEに着信が有った事を知らせるSEが鳴り響いた。

興味は無かったが、眠る前にとりあえず見るだけ見ておこうと思い、差出人を確認すると。

メッセージの差出人は、金輪際関わるなと言っておいたはずのミコであった。

 

【3日後に、今回の件について学年集会が開かれるわ。私に任命の責任を問うんだって。

けど、私は逃げないわ。石上は絶対やってないもの。

だから石上も……逃げないで】

 

嫌な想像が、当たってしまった。

副会長に任命したばかりの『前科持ち』の男が、学内で強制わいせつ未遂を犯した(と取られている)のだ。『何故そんな男を任命した』と言われるのは不自然では無いだろう。

 

……だが、こうなる事をある程度予想していた石上の覚悟は、既に決まっていた。

どうせ追い出されるような僕の事で、伊井野に迷惑をかける訳には絶対にいかない。

……それなら、僕が全て罪を背負えば良い話だ。

簡単なことだ。『伊井野は進んで任命したのではなく、僕に弱味を握られて否応なしに任命した』と言う事にすれば良いんだ。

それこそ、ストーカーの末に隠し撮りした卑猥な写真を盾に、ばら撒かれたくなければ……と脅した、という事にでもすれば良い。

僕に関する悪い事なら、みんなすんなり信じるだろう。

どうせ、もう評判なんて地獄の底まで落ちてるんだ。

こうなった以上、それが最善だ。

 

――――絶対に伊井野への責任など、問わせはしない。

 

自分の尊厳を擲つつもりの石上が、悲痛な覚悟をその目に宿した。

 

――――そして、学年集会が開かれる当日。

石上は、己が更に有りもしない罪を被りミコを救う為に『敵地』へと赴いた。

 

参加する以上、求められるのは贖罪の言葉だろう。

……だけど、お前らの思い通りになんてならない。

僕はお前らが思っている以上に最低な人間である事を自白し、全く反省もしない、最悪の男としてここを去るんだ。

……それでこそ、伊井野は『最低なヤツに不運にも弱味を握られ脅されていた被害者』として、晴れて許される事になるんだ。

 

集会は体育館で行われるが、石上は担任と生徒指導の教師に付き添われ、他の生徒とは離れた、壇上と繋がっている別室で待機する事となった。

そこに移動する僅かな間にも、周りの生徒からは容赦なく敵意のこもった視線と言葉が飛んでくる。

だが、石上はもう気にしてはいなかった。

こんな理不尽に耐えるのも、もう今日で最後であると分かっていたからだ。

 

……やがて、いつの間にか壇上に上がっていたミコの声がマイクで拡声され、学年集会が始まった事が分かった。

 

「……皆さん、今回の事件について。私が任命した生徒会副会長・石上優が皆様を怖がらせてしまった事、深くお詫び申し上げます」

 

淡々とした調子で話すミコ。恐らく、前もって練習したのだろう。

だが、石上にはその言葉は、無理矢理読んで心がこもっていないように感じ取れた。

……今この瞬間にも、僕の潔白を信じ切って、この『紛糾集会』に対する嫌悪を隠せないのだろう。

……少なくとも、ここまではそう感じ取れた。

だが、次の言葉からは、誰が見ても明らかにハッキリと、ミコの言葉には力がこもっていた。

 

「……ですが、石上は無実です」

 

「!?」

 

驚いて思わず、用意された椅子からガタンと立ち上がった石上を、担任の先生が諌める。

が、その担任の教師も、そばにいる生徒指導の教師も少し驚いた表情をしている。

つまり、教師にとっても予想外の発言だったようだ。

 

「はぁ?何言ってんだよ!?石上がやったんだろ?」

 

そのヤジを皮切りに、あちこちからざわめきが聞こえてきた。

意味が分からないだとか、責任逃れのつもりか、伊井野さんがそういう事するとは思わなかった……等だ。

 

おい、伊井野。

今更僕を庇ったって、お前の評判が僕に引きずられるように落ちていくだけだぞ?

そんな事が分からないお前じゃないだろ……?

 

だが、石上の心配を余所に、ミコはすぅーっと大きくひとつ深呼吸をし、更に力強い口調で話を進めていく。

 

「まず、皆さん思い出して下さい。誰も、石上が被害者の女子生徒を襲おうとしていた所を見ていないのに、『誰か』が叫んだ叫び声を聞いて来て見た場面だけを見て石上を犯人だと言うことにしています……ここまでは確かですよね?」

 

「石上が目隠しされて脱がされかけてるあの子のそばに居たんでしょ?それだけでクロじゃないの?」

 

一人の女子生徒が反論する。

 

「確かに、そこだけ見ると少し怪しいかもしれません。けど、私が被害者の女子生徒に聞き取りを行った所、こう言っていました。

『耳栓をされて、犯人の声は聞こえず、誰かが石上を名指しして叫んだ声からしか聞いていなかった』と。

……皆さん、よく考えてみて下さい。石上が犯人だとしたら、『途中』で耳栓を外す理由が、有りますか?」

 

「……あっ?」

 

「……言われてみれば?」

 

ミコの推論を聞いた他生徒達が、またざわつき始める。

進行役の教師が困惑を隠しきれない声で静まるようアナウンスした事で、ざわめきが収まりミコが再び口を開いた。

 

「そして、他の生徒数名にも聞き取りを行ったところ、2つの証言が取れました。

まず1つ目に、皆が『誰か』が石上を名指しした叫び声を聞く前に、もう1つの大きな叫び声を聞いたそうです。『お前ら、何してんだよ』と。そしてその声は石上の声に似ていた、との事でした。

……石上が犯行に及ぼうとしていたのなら、周りに聞こえてしまうような大きな叫び声をあげる理由が有りますか?

そして2つ目に、取り押さえられた時の石上はこう言っていたようです。『犯人は3人だった』と」

 

今度はざわめくのとは逆に、周囲は固唾を飲んでいるかのようにシーンと静まり返っている。

皆、ミコの推論を自分の中でじっくりと咀嚼し受け入れようとしているのだ。

 

「つまり、石上は犯人ではなく、彼の言う通り3人の真犯人が別に居て、石上は彼らから被害者を助けようとしてその場に居た……そう考えるのが、適切ではないですか?

中等部時代の『噂』は、私も知っています。ですから、皆さんが石上を疑う気持ちも考えも理解出来ます。

ですが……皆さん、『噂』だけで物事を判断するという事は、時に判断を曇らせます。どうか今一度、今私が言ったことを考慮して思考し直してみては、貰えませんか?」

 

今度はまた、周囲がざわつき始めた。

隣の人や友人に、『どう思う?』とか、『石上が犯人じゃないって事?』などと相談し合っているようだ。

 

「じゃあ、石上以外に犯人が居るってのかよ?証拠は有るのか?」

 

一人の男子生徒が壇上のミコに向かって声をあげた。

だが、それに応えたのはミコではなかった。

 

「それは俺から答えてやろう」

 

応えたのは、警視総監の父親を持ついわゆる『VIP枠』の一人であり、剣道部部長を務める男子生徒・小島であった。

 

「この数日間、生徒会長や俺達は聞き取り調査を行いまくった。そして断片的な情報を掻き集めて、1つの結論に達した。

昼休みに全速力で走り、覆面を慌てて取ろうとしていた3人組を見かけたという事。ポケットから、雑多に押し込んだ覆面らしきものが見えていた生徒が居たという事実を、突き止める事が出来た……おい、入れ」

 

小島の声に合わせ、体育館の戸が開くと。

顔に生傷を沢山こさえて悲壮な顔をした3人の男子生徒が入って来た。

 

「真相は、お前ら自らの口で言え。俺に話した事と同じ事を言うんだぞ。嘘をついたら、今回の事を親父に話す用意が有る」

 

核内のトラブルとしてではなく、刑事事件として扱う用意があるという容赦無い宣告。

顔に傷の出来た男子生徒3人の内1人が、ゆっくりと口を開き、小島から渡されたマイクに向かって喋った。

 

「……俺達がやりました」

 

体育館中がどよめいた。

集会が始まるまで、思ってもみなかった『真犯人』が居た事が、今ここに確定したのだから。

 

「石上に犯行未遂を見られたお前らは、逃げ遂す中で石上を名指しで叫び、罪を擦り付けようとした。間違い無いな?」

 

小島からの圧力に震えながら、一人が『はい』と頷いた。

 

「それで、その胸糞悪い考え方はお前らが思い付いた訳では無いと白状したな。誰から吹き込まれたんだったか?」

 

小島からの質問に、一人が声を震わせながら答えた。

 

「イタズラがバレそうになった時は、人気の無い適当な陰キャに押し付ければみんなすんなり信じてくれるって……前に、荻野君から聞いたんだ」

 

予想外の名前が出た事により、辺りの生徒が驚愕の声をあげた。

 

「えっ、荻野ってあの……中等部の頃石上に殴られて居なくなったヤツだよな?」

 

「うそ……荻野くんがそんな事……?」

 

「待てよ、じゃあ中等部の頃石上がストーカーしてたってのももしかして荻野が……?」

 

「2日前に出てた校内新聞の記事の推理、合ってたって事?」

 

とうとう、真相が明かされた。

 

進行役の教師やその他の教師も、もはやざわめく生徒達を強く諌められないほど困惑していた。

代わりに、小島が『そろそろ静かにしてくれ』と頼んだ事により徐々に落ち着いてきた。

 

「中等部の頃の石上の『噂』は、アイツも強く否定しなかったから真実とされてきたが……被害者とされた荻野が下衆じみた考えを他人に平気でのたまうヤツだった事を考慮すると、再考の必要が有るだろうな」

 

そして、それまで壇上で静聴していたミコが言葉を発した。

 

「……皆さん。石上は、私の応援演説をしてくれた時に、こう言ってました。『理不尽に辛い思いをする人間を減らして行ける』って」

 

ミコはここで言葉を区切り、そして、意を決して言葉を続けた。

 

「皆さん、知らないと思います。アイツが、好きでもない女子が周りから孤立して辛かった時、名前を告げずこっそりと励ましてくれるようなヤツだって事を。

そんな事が出来るアイツが、理不尽な事で苦しくて悲しい思いをしなきゃいけないようであれば……私が生徒会長になった意味は無いと思います」

 

今や呆然としながら壇上から聞こえてくるスピーチを聞いていた石上は、この言葉で我に返った。

 

――――伊井野、知ってたのか。

僕が昔、あのメッセージと花を贈った事。

……いつから、気付いてたんだよ。

それに、四宮先輩なんかは『気色悪い』って一蹴したのに。

伊井野は……まるで、良い事のように受け取って……

 

「先生方、事前に話を通さず申し訳ありませんでした。生徒会長としての私の独断をお許し下さい。

そして、なるだけ早く……石上の休学を解除して、アイツが復帰出来るようにしてあげて下さい。校長先生には、既に話をしてありますので。

それでは、当初と予定は随分違う形となりましたが……これで、臨時の学年集会を終わりたいと思います」

 

ミコは、傾聴する生徒達に向かってペコリと頭を下げた。

 

ミコが壇上から退いたが、生徒達は何の反応も示す事が出来なかった。

今まで正しいと思い込んでいた事を、根底から覆された事を受け入れるには、誰しも多少の時間が必要であった。

事の成り行きを素直に飲み込めない石上も、同じく困惑した生徒指導の教師に『今日はもう帰りなさい』と言われ、予定していた『出番』の無いまま、そのまま帰路に着く事になった。

 

 

そして、2日後。

『真犯人』の存在と裏付けが取れた事で、集会の翌日には学校から休学の解除の通達が来た。

真犯人達は、中等部時代から素行は悪かったもののスポーツで優秀な成績を残してきた分で目を瞑られてきたが、

怪我や新戦力の台頭により立場を失いエネルギーを持て余し、素行の悪さがエスカレートしてしまった輩達であった。

当然、かつての荻野と同じ処分が下った事は言うまでもない。

 

石上は、様々な思いを脳内で巡らせながら秀知院学園高等部2-Aの教室へと歩を進めていた。

 

絶対に退学は免れないと思っていたのに、伊井野が集会で立証してくれた事で僕はは助かったみたいだ。

……だけど、僕はこれからどうなっていくんだろうか。

『僕が犯人ではなかった』事は証明された。

僕が助かった事を、皆はどう思っているだろうか。

『居なくなれば良かったのに』と、残念がられている可能性だって充分に有る。

……結局、絶対零度まで落ち込んだのが真冬のロシアの気温程度に持ち直した、という程度だろう。

一部の人を除いて敵だらけ、という事実は変わらない。

――――そんな事を考えながら、いつの間にか辿り着いていた教室の戸を開けた。

 

すると、戸が空いて石上の姿を見るなり、一人の男子生徒が急いで駆け寄ってきた。

 

「石上!悪かった!俺を殴り返してくれ!!」

 

「えっ?」

 

いきなりの事に面食らった石上が寄ってきた男子の顔をよく見ると、あの日石上を何度も殴りつけてきた男子生徒だった。

A組ではない、別のクラスの生徒である。わざわざ別クラスを訪れて石上が来るのを待っていたのだ。

 

「俺、アイツらの声に騙されてお前だって決め付けて殴って……悪かった!許してくれ!殴ってくれ!!」

 

「い、いや殴らないけど」

 

石上は、特にこの男子の事は恨んではいなかった。

それこそ、騙されて辛く当たってきたのはこの男子生徒に限った話ではない。いちいち一人ひとりを恨んでいたら精神が持たないからだ。

その男子生徒の後ろには、一様に気まずそうな顔をした他の生徒が並んでいる。

 

「……俺も悪かったよ。今回のも、中等部のも、俺達まんまと騙されてお前を悪く言ってたんだな」

 

「マスメディア部の記事と伊井野さんの話を聞いて……石上くんが濡れ衣を着せられてただけだって思うのが一番納得出来ると思ったの。今まで、ごめんなさい」

 

「…………」

 

石上は、次々に繰り出される謝罪の言葉に対して無言であった。

……だが当然、何も感じていない訳ではなかった。

 

もともと、小島が真犯人達から『考案者』を聞き出したのは、もしノウハウを伝授した『指南役』が居て、そいつが野放しになっていてはマズいと考えた為であった。

だが結果として荻野の名前が挙がった事で、中等部時代の事件の頃に処理仕切れなかった負の遺産を廃する事が出来ただけでなく、

荻野への加害者とされていた石上も、荻野に濡れ衣を着せられた被害者であるという説に説得力をもたらす事となった。

 

声が震えるのを必死で抑えながら、石上は相次ぐ謝罪の言葉を遮り言葉を発した。

 

「…………わ、悪い……来る前に、トイレ……行き損ねたから……」

 

足も震えないように必死で気を持ちながら、石上は席を立ち教室を後にした。

 

「……やっぱ、そう簡単に許してくれないよな……」

 

「あたしら、色々言ってきたもんね」

 

石上が出て行ったのを、拒否の意志と捉え心配そうに話し合う生徒達。

だが、様子を見ていた小野寺が。

 

「まあ……大丈夫じゃない?アイツは許してくれないような奴じゃないでしょ。多分、違う理由で出てったんだと思うよ?」

 

「えっ?どういう事?」

 

女生徒からの質問に、少し間を置いて……

 

「うーん……まあ、男には見られたくない所、有るってもんでしょ」

 

応援団からの付き合いを経て、他生徒よりはずっと石上という人間を理解している小野寺は、石上が出て行った理由も大体察する事が出来た。

 

 

人気の無い、男子トイレの個室。

石上は、壁に手を付いてこみ上げてくる激情を必死で抑えていた。

……だが、もう堪えることは出来なかった。

その為に、ここに来たのだ。

 

辛くないはずがなかった。

ほんの一部の理解者を除き、ストーカーと暴行を犯したどうしようもないクズとして、容赦の無い言葉をかけられる日々。

例え、優秀な先輩達という頼れる理解者が居ても、彼らと過ごせない時は苦痛でしかなかった。

それも、成績不足を理由に秀知院を去る事となった大友を自己満足で守る為に真実を告発しなかった事による『自業自得』で有ると言えるのかもしれない。

そう、自分に言い聞かせてきた。

 

『塞翁が馬』ということわざが有る。

『人間の幸福と不幸は変転し定まりの無いものである』……という意味である。

……そう、不幸だと思っていた事から、転じて幸が訪れる事も有るのである。

学生にとっては長い、約2年という時を経て、やっと。

思いがけない形で、石上優の背にのしかかつてきた呪縛は、解けたのだ。

 

石上優の両の眼から、大粒の涙が零れ落ちるのも、至極当然の事であった。

 

「…………うぅ………ううっ…………」

 

何だよ、あいつら。

伊井野に諭されて、急に掌返して。

そんな簡単に返すなら、あんな事やこんな事言ってくるんじゃねぇよ。

僕が今までどれだけ……どれだけ……。

 

けど、もう。

苦しまなくて、良いのかもしれない。

徐々に、生徒会長を補佐する、副会長として認めてくれるのかもしれない。

 

この約2年、胸の中にずっとつかえていた大きくて悍ましい異物が。

やっと、解けて消えていったような感覚がした。

 

 

 

「(……石上……)」

 

石上が隠れて泣いている、男子トイレの入り口。

誰よりも石上の気持ちが分かっていたミコが、容易に想像出来る中の様子に想いを馳せつつ、心配そうに覗き込んでいた。

 

そんなミコに、背後から声をかける者がひとり。

 

「伊井野さん?お気持ちは分かりますけど、殿方のトイレの入り口を覗くところを他の人に見られたら破廉恥な人扱いされてしまいますわよ」

 

「ひゃっ!?」

 

驚いてミコが振り向くと、マスメディア部3年で、実は今年からマスメディア部長となっていた、紀かれんが苦笑いしながら立っていた。

 

「石上へんしゅ……いや副会長、そこにいらっしゃるのですわね?」

 

かれんが、トイレの入り口に一瞬だけ視線を送る。

 

「は、はい……」

 

「様子を見に来てみましたら、男子トイレを覗き込む伊井野さんを見つけましたので。きっとそういう事なのかなあって」

 

そう言うかれんの手には、1枚の校内新聞が握られていた。

 

「こちらも、少しはお役に立てたでしょうか?」

 

「はい。多分、役に立ったと思います……あの、ありがとうございました」

 

ミコがぺこりとかれんに頭を下げる。

 

「いえ、生徒会長様からの頼み事ですから。それに……」

 

かれんが、少し遠い目をして上を見ながら思い返すように呟く。

 

「伊井野さんにあんな風に頼まれては、お力添えをしない訳にはいきませんわ」

 

かれんは、数日前の事を思い返していた。

 

 

校内の、とある一室に集められた面々。

親が大きな社会的影響力を持つ『VIP枠』の生徒達と、マスメディア部長であるかれんも呼ばれている。

そして、彼らを集めたミコが、メンツが揃ったと同時に口を開いた。

 

「皆さん。今日は緊急の招集にもかかわらずこうして集まっていただき、ありがとうございます」

 

ミコが、集まった面々に対しまずはお礼の言葉を言いながらぺこりと頭を下げる。

 

「固っ苦しいのは良いよ、色々頑張ってるアンタの呼びかけに応えないような薄情者は居ねえからさ。早いとこ本題入ろうぜ」

 

女子としては些か羞恥心の欠ける座り方をしつつそう答えたのは、広域指定暴力団の親を持つ3年生女子・龍珠桃。

 

「ありがとうございます。ある程度事前にお知らせしましたが……今日集まっていただいたのは、先日学内で起きた例の『事件』についてです」

 

そう言ってミコは、事件の概要と現在の進捗を説明した。

一貫して否定の意思を示すも、誰からも信用されず石上が停学処分を受けている事を説明し終えた時には。

ミコの声は震えを隠せなくなり、目からは数雫の涙が零れ落ちて来ていた。

 

「……目撃される数分前に生徒会室に居たあいつに、そんな周到な犯行が出来るはずないんです。あいつは……ずっと否定してます!

なのに!みんなも先生も……誰も信じてなくて……!

どうして……どうしてあいつばかり、やってもない事で責められなきゃいけないんですか!?

あいつは今、凄く苦しんでます……自分の部屋にこもりきりで!それでも……っ、私に責任が行かないように気遣って……!

お願いします……皆さんの力をどうか貸してください……

何もやってないあいつが……これ以上理不尽に苦しめられるのを……もうわたし、見てられない……」

 

静かな狭い一室に、ミコの悲痛な嗚咽混じりの訴えが響いた。

 

集まった面々は皆、生徒会長になる前からのミコの頑張りを良く理解していた。

いささか融通の利かない所は有ったにしろ、彼女が地道な努力を続けている事はここに居る聡明な面々は誰もが理解していた。

そんな彼女の、自分の為ではなく、他人を思っての、たっての頼みを断るという選択肢は、元よりここに集まった時点で持ち合わせてはいなかった。

感情論抜きにしても、無実の人間が何年も苦しんだ末に追放されるなどあっては、名門たる秀知院の名折れとなる。

 

こうして、ミコ達生徒会役員とVIP枠の面々で綿密な聞き取り調査が開始され。

マスメディア部長であるかれんが、石上の以前からの『噂』を否定する記事を執筆する事となったのであった。

VIP枠の持つ影響力により聞き取り調査は滞りなく行われ、

かれんの書いた記事も、『石上を重用した白銀とかぐやの目に狂いは無い』といった、彼女らしい視点ではあるがある種の説得力を持つ記事を書き上げた。

 

中等部時代、生徒指導の教師に直談判をして石上の進学を助けたミコは。

今回もまた、彼の窮地を救う事となった。

 

「(……伊井野……)」

 

ひとしきり涙を流し終えた石上が、今回のミコの詳細な働きを知る事となるのは先の話である。

が、立役者がミコである事は石上にも分かっていた。

 

伊井野。大勢の人前で話すの、苦手だったはずなのに。

あの演説では、一切の滞り無くはっきりと力強く話せていた。

……僕を助ける為に、練習したんだろうか。

 

石上の胸には、ミコへの止めどない感謝の念と。

どこまでも理不尽を嫌い、どこまでも頑張り屋で、他人の為に本気で動ける、伊井野ミコという人間に対する恋慕の感情が、勢い良く湧き上がっていた。

 

この日より、石上は何が有ってもミコをサポートしていく決意を、改めて強く固め。

同時に、『ミコに自信を持って並び立てる人間となる』事を、強く決意する事となった。

 




やはり大勢に祝福されてくっつけられたらなあ……と思い、それには石上の名誉挽回は必須だなあと思ったので1話使って書いてみました。
いくら功績を残しても『でも中等部時代は……』といつまでも引きずるのはかわいそうだと思いましたが、
私にはこれ以上の方法は思いつきませんでした。あかせんせーならつばめとの関係の一区切りといいもっと上手くやれるんだろうなあ……


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特別記念番外編 『ゴールデンメンバーじゃないけれど』

遅くなりましたが、お気に入りが1000件を突破していたので記念に。
例のアレでミコファン達が思ったであろう事をネタにしてみました。
連載中の本編とは無関係の時間軸・設定となっております。


【チカダンス】!

本作『かぐや様は告らせたい』が我々の世界にてアニメ放送された際、

良い話で〆たはずの第3話のエンディングテーマとして突如流れたカオスの塊である!

 

しかしそのカオスの塊は何故か人々を惹き付け、瞬く間に数百万再生を記録し、現在では1000万再生すら視野に入る程である!

『珍妙生命』と揶揄されながらも、やはりどこかカワイイという事を否定出来ない藤原千花の特徴がふんだんに表れたあの映像!

 

あの『藤原信者』が嗅ぎ付けない訳が無かった!

 

秀知院生徒会会計監査・伊井野ミコは、

自宅のパソコンで有名動画サイト『チューユーブ』を閲覧していた。

いつもはジ○ニ系の動画を見たりするのが主であるが、

今日は彼女のトップページに、『あなたへのおすすめ』として、あの動画が表示されていた。

 

「えっ!?これって……」

 

サムネイルに写っているのは、どう見てもあの憧れの先輩。

しかも、再生数も凄い。

 

白銀会長とか四宮副会長とか、それに……石上とか。

みんな何故か分かってくれないけど、やっぱり藤原先輩は凄い人なんだから。

世間の皆も、藤原先輩の凄さを分かってくれたのね。

 

そんな事を考えながら、動画のサムネイルをクリックして動画の再生を開始した。

 

『よーい よーい どーんだYO!』

 

画面の中で、藤原千花があの妙ちくりんな歌を歌い出す。

それでも、ミコの目は尊敬の眼差しできらきらと輝いていた。

 

……だが。

 

突如としてその輝きは、その瞳から消え失せた。

瞳から輝きが消え、絶望の表情を浮かべたミコはふらふらとベッドに倒れ込み、動画の視聴を止めてしまった。

1分43秒ある動画なのに、40秒程で視聴を止めてしまった。

いったい、何があったというのであろうか。

 

 

翌日、学校の教室。

ミコは自分の机で、まるであと数秒後にこの世が終わるかのような絶望の雰囲気を漂わせながら机に突っ伏していた。

 

心配する大仏が声をかけても、『ほっといて……』とどこまでも暗い声で返すだけ。

授業の時と昼食の時だけは顔を上げはしていたがその表情に生気は無く、

それ以外の時間はずっと机に突っ伏して打ちひしがれていた。

 

そんなミコの異常に、この男が気付かないはずがない。

秀知院生徒会会計・石上優。

表向きはミコの事を嫌っているが、周りがなかなか見えず危なっかしいミコを常に気に掛けている石上がこの異常を見逃す筈がない。

 

だが、そんな石上が何度か声をかけても、ミコの返答は大仏に対するものと同じであった。

 

そして時間は過ぎ、放課後。

夕暮れ時の教室で、ミコは未だに机に突っ伏して絶望していた。

 

そこに、教室を戸を開け石上がやってくる。

 

「……伊井野、まだ居たのか」

 

今日一日ずっとこんな様子であるミコに対し、半ば呆れたような声を出す石上。

 

「……まあ、無理に話せとは言わないけどさ。一人で抱え過ぎるなよ。僕に言えなくても、会長とか四宮先輩だって頼りになるし話も聞いてくれるだろうし。あっ、それこそ藤原先輩とかもあれはあれで……」

 

「……言えない」

 

「えっ?」

 

「……藤原先輩には、言えない」

 

石上は、今自分が耳にした言葉が信じられなかった。

自分の知る限り、最も敬虔な『藤原信者』である伊井野ミコが、藤原先輩にも言いたくない悩みなどが有るのだろうか。

 

「な、何でだ?藤原先輩の事尊敬してるお前が……」

 

その時、ミコが机に突っ伏したまま叫んだ。

 

「アンタには分からないわよ!『ゴールデンメンバー』のアンタには!!」

 

…………ゴールデンメンバー?

自分が、そんな妙な響きのグループの一員である覚えも自覚も無い。

だけど、どっかで聞き覚えが有るような……

 

数秒考えて、石上は思い出した。

……そして、全てを悟った。

ミコがこれだけ落ち込んでいる、その理由が……

 

「……いいか伊井野、よく聞け」

 

ミコは反応しなかったが、聞こえてはいるだろうと判断し石上は言葉を続けた。

 

「あの動画、お前が生徒会入りする前に撮ったやつだぞ」

 

「……………………えっ?」

 

その言葉でミコはガバッと飛び起き、慌ててスマホを取り出した。

チューユーブの再生履歴のページを開き、例の動画の再生を行う。

ただし見るのは、動画の内容ではなく投稿の日時。

ミコが見た、その日付は……

 

「……………………あっ」

 

確かに、自分が生徒会入りを果たす前の日付であった。

 

「藤原先輩に言っておくわ。あの動画の中に自分の名前が無くて伊井野が落ち込みまくってましたよって」

 

そう言いながら背を向け教室を出て行こうとする石上を、ミコが普段の倍はある力で学ランを引っ掴んで体ごと振り向かせ、叫んだ。

 

「だだだだだだダメ!ダメよやめなさい!そんな事言っていいワケないでしょ!」

 

顔を赤くしながら、涙目でポカポカと石上の胸を殴るミコ。

 

なんて、なんて恥ずかしい勘違いなんだろう。

てっきり、陰で自分など要らないと言われていると思ってたのに。

自分が生徒会入りする前の動画なんだから、自分の名前が無くて当然じゃないか。

 

「…………あー分かった分かった、言わねぇから」

 

石上が明後日の方向に視線を逸しながら言った。

 

 

一週間後。

 

「……ミコちゃん、今日は随分と機嫌が良いね?」

 

「そう?そうかしら?ふふん」

 

この日のミコは、大仏だけでなく、誰が見ても機嫌が良いと言えた。

表情にはるんるん気分が余すこと無く表れているし、時折鼻歌も聞こえてくる。

激しく落ち込んでいた一週間前とは実に対照的だ。

大仏には、その理由は分からなかった。

……が、石上はその理由がなんとなく察せられた。

 

「『カワイイ後輩 優くんミコちゃん』」

 

石上はミコにすれ違いざま、謎のフレーズを小声でぼそりと呟いた。

 

「!?」

 

上機嫌な表情であったミコは一転、一瞬驚愕の表情を浮かべてくるりと石上の方を振り向いたが、

石上はそれ以上何も言わず立ち去ったので追及する事が出来なかった。

だが、石上はそのミコの反応を横目で見て、ミコの上機嫌の理由を確信するに至った。

 

そして、放課後。

夕暮れ時の教室で、またもミコと石上ははち合わせた。

ミコは風紀委員会の活動の後、石上は生徒会の活動の後に教室に荷物を取りに来たのだ。

 

「石上。アンタも帰るところ?」

 

「ああ」

 

何気ないやり取りであるが、いつもと違うところはミコの声の調子が幾分か柔らかいところだ。

 

「……今日はこの前と違って随分機嫌が良いんだな」

 

「そう?……まあこばちゃんもそう言ってたし、そうなのかもね?。じゃあね」

 

そう言って教室を出ていこうとするミコに、石上が後ろから声をかけた。

 

「『プラチナメンバー』」

 

「!?!?」

 

朝と同様、またも謎の単語を呟いた石上に、ミコはくるりと振り向いて驚愕の表情を見せた。

 

「……な、何よ、それ」

 

朝言われた事を考えると、いくら浮かれた気分のミコでもその答えは分かるような気がしたが、とりあえず聞いてみる。

 

「『チカっとチカ千花っ♡Vol.2だYO!』」

 

「!?!?!?!?」

 

いわゆる陰キャな石上の口からはとても似合わない単語が飛び出したが、ミコにはその意味が充分伝わっていた。

 

「昨日上がってたアレ、見たんだろ?」

 

「…………っ」

 

ミコは返事を返さなかったが、恥ずかしそうに赤面して口をもごもごしているその様子は、かつて白銀が言った『沈黙は肯定と捉えて良いんだな』と言うに値するものであった。

 

「藤原先輩に言っておくわ。自分の名前が出ててウッキウキでしたよって」

 

「やっ、ややややややややややめなさい!バカッ!」

 

ミコが慌てて引き留めようとする。

その時、ある事実にふと気付いた。

 

「……ねえ、石上」

 

「何だよ、藤原先輩には言わねえって」

 

「……ふーん。本当かしら?言わないって?」

 

「な、何だよ」

 

何故かジト目でこちらを見つめてくるミコに、石上は危機感を覚えた。

 

「ねえ、考えてみたらすっごく不自然なタイミングじゃない?私が前の動画を見て落ち込んだ事がアンタにバレてから一週間後に、藤原先輩が新しい動画を上げてくれるって。

藤原先輩が私の反応を知らないにしては、随分と良いタイミングじゃない?」

 

「……ナ、ナンノコトデショウ」

 

しどろもどろ、カタコトなその返事は誰が見ても不自然さMAXであった。

 

「……言ったんでしょ、石上?」

 

「イ、イッテナ「言ったんでしょっ!?」

 

「…………つい口を滑らせました」

 

ミコの気迫に押されて、渋々認めた。

 

「…………バカ。バカああああああああっ!何で言っちゃうのよおおおお!は、恥ずかしいでしょおおおおおっ!バカッ!無神経!」

 

ミコが一週間前のあの時と同じく、顔を真っ赤にして涙目でぽかぽかと石上の胸を殴りつける。

 

「ま、まあ。藤原先輩も涙目で『新しいの作ってあげますから待っててください~!』って言ってたし、それだけ大事に想われてるって事で」

 

「それは嬉しいけどそれとこれとは話が別よ!!今度からどうやって顔を合わせれば良いのよおおおおおお!」

 

石上は、自分に寄りかからんばかりの至近距離で自分の胸を弱々しくぽかぽかと殴るミコを見て、思考を巡らせた。

 

……いや、これは違う。

コイツのくだらなさにつられて、僕もくだらない事考えてしまってる。

 

絶対くだらないだろ。

時期が時期だから出てなくて当たり前なのに、動画に自分の名前が出てなくてあからさまに落ち込んで。

新しい動画にはしっかりと自分の名前が出てる事に分かりやすく喜んで。

それがバレると恥ずかしがってこんな事してくる、コイツが。

ちょっとでも……かわいく見えるとか。

……僕もつられてくだらない事考えてるだけ。そうなんだ、絶対そうなんだ。

 

 

石上が、自分の心の奥底に眠る想いに気付くのは、もう少し先の話である。

 

 




遅筆でありますが、今後とも本連載をよろしくお願い致します。
感想は全てありがたく読ませて頂いております。


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第13話 石上優は頑張りたい

『高級おせちを事前に見せられて期待してたらグルーポンだった』。
……何の事かは敢えて言いません(^_^;)


伊井野ミコの尽力により、石上優の新たな事件及び、過去の汚名が解決したあの集会から、2週間が経過した。

 

石上優の秀知院学園高等部での生活は、所々様変わりしていた。

まず、クラスメイトや同級生からの睨めつけるような視線が無くなった事だ。

気軽に話しかけてくれる同級生も出来たし、石上も出来るだけ快く応じることにしていた。

今まで受けてきた仕打ちを考えると綺麗サッパリ水に流す事は出来ないが、かといって突っぱねていても良い事は無いからだ。

そしてそれに伴い、石上を生徒会副会長として認める風潮が出来つつあった。

これまでは『何でこんな奴が副会長に?』と疑問視する声が多数であったが、

誤解が解けてしばらくすると、『生徒会3期連続就任』というこれまでの実績が色眼鏡無しで評価され始め、

『生徒会の勤続経験が長いからこその副会長選任だろう』という、客観的に見た時に納得出来る落とし処が生まれたのだ。

 

第二に、石上を救う事となった新米生徒会長・ミコへの評価が急上昇した事。

特別『頼れそうにない』という訳ではないが、他者を畏怖させるほどのカリスマ性を持っていた前生徒会長・白銀御行に比べ、

『本当に頼れるのか』『口うるさいだけの存在ではないのか』という懸念の声もちらほら存在していたミコであったが、

今回、濡れ衣を着せられそうになり、更に2年前の事件でも濡れ衣を着せられ苦しんでいた石上を救うに至った事で、

いみじくも選挙の演説にて石上が述べたように、『理不尽に苦しむ人を減らす』という事を結果を以て示してみせた事で、生徒達、教師達からの評価も確実に良くなっていった。

 

……と、ここまでは石上にとってもミコにとっても、悪い話ではなかった。

 

だが、石上の耳には決して看過出来ぬ噂が更に2つ入っていた。

まず1つ目に、どうも一部の男子生徒を中心に、『伊井野会長を見守り隊』などというファンクラブのような物が結成されつつあるという事だ。

同級生からそのような組織の存在を聞かされた時には、石上の胃はキュッとなった。

聞くところによれば『かわいい頑張り屋の伊井野会長を見守ろう』というのほほんとした集まりであり、

4割ほどは女子生徒らしいので基本的には温厚で害の無い集まりらしいのだが、

やはり皆思春期真っ只中。伊井野ミコのような美少女に対し、邪な事が浮かばない男子生徒ばかりではないということだ。

近頃、元からそこそこ有った胸がなおも順調に成長している事もあり、『ロリ巨乳かわいい』だの『全身むにむにしたい』だの、変わったところでは怒られたいだの怒鳴られたいだの、

つい拳を振るって追い払いたい衝動が湧き出てくるような事をのたまう、やや過激派なメンバーも居るようだ。

 

……つまりどういう事かと言えば。

『伊井野ミコはモテ始めている』という事なのである。

 

これは、マズい。

早いとこ、何とかしないと。

もし、先に誰かがアイツに告白なんてしようものなら。

アイツが僕以外に対してチョロいのはよく知ってる。

もし、先を越されたりしたら……

 

『(は?アンタから告白されても困るのよ……ただの生徒会役員同士ってだけで、全然そんな気無いし。

そもそも私、もう付き合ってるのよ……ほら、この人。この前のデートなんて素敵だったわ。ディナーも美味しかったし、夜は夜景の見える綺麗なホテルで……)』

 

それだけは、それだけはダメだ。

早く、なんとかしないと……

 

しかし、石上の頭を悩ませたのはこちらの方ではなかった。

いや、多少なりは悩ませてはいるが、

今の所『過激派』は少ないようだし、単純に低身長な見た目の伊井野が一生懸命わちゃわちゃと頑張る姿を見守ってあげたいという純粋な集まりである側面が強い。

……だが、もうひとつの新しいグループはそんな事は言っていられなかった。

石上は、生徒会の仕事の一環で1年生の廊下を訪れた際、2人の女子の会話の内容が聞こえてしまった。

 

『生徒会のお二人を応援し隊』などという集まりが結成された、と。

 

最初はミコだけではなく、自分もセットで応援してくれる、むず痒くて恥ずかしいけどどこかありがたい集まり……などと思っていた。

だが、話を聞く内に、『応援』というのが生徒会の活動に対してのものではないと気付いてしまった。

その『応援』の意味とは。

 

「伊井野会長と石上副会長ってー……」

 

「イイよね〜!絶対お似合いだよね〜!!」

 

そう、その集まりは。

石上優と伊井野ミコの『恋仲』を応援する集まりであった。

 

戦慄を覚えた石上は何とか情報を掴もうと、生徒会副会長としてマスメディア部部長・紀かれんに調査を依頼した。

『副会長として実情を把握しておきたい』『全然そんな関係では無いから頑張っている伊井野の耳に入ったら困る』などと適当な建前を用意して調査を依頼した所、妙に快く引き受けられた。

 

そのかれんが潜入捜査をしたところによると。

今までも、『仲が悪いと言いつつ何かと一緒に居る』とか『土曜日に一緒に出掛けてるのを見かけた』とか。

特に混院の1年生の数人からは、『パンフレットに並んだ2人の姿が載っていた』という声もあがっている。

そう、実は最近の2人は、校長に写真を撮られた時のあの容姿にかなり近くなっていたのだ。

石上は切った髪がだいぶ伸びたものの、以前のように前髪で目を隠すような事はせずきっちり分けており。

そしてミコも、つい最近からあの先端を短めに結んだおさげをやめ、あの写真のように髪を下ろすようになった。

……ちなみに石上はすぐその変化に気付き、それとなく理由を尋ねてみたが答えは返って来なかった。

だが、ある日生徒会室に相談という名目で1年生の女子グループが訪れた際、その1年生達からまるで歳下を可愛がるかのように撫でられるという出来事が有った翌日からそうなったので、石上は大体理由を察してはいた。

 

やや話が逸れたが、つまり、一部の間で話題には挙がっていたものの、石上の評判が芳しくなかった事により、それを声を大にして言うのは憚られていた。

しかし、この度石上の名誉が回復した事。またそのきっかけが『ミコが石上の為に動いた』事であった為、

『愛する石上副会長の為に動いたに違いない!』と、抑圧されていた声が勢い良く噴出。

根拠の無い確信を得て、その勢いのまま会の結成に至ったそうだ。

 

ただでさえ勉強ばかりの秀知院であるが、通う生徒達は名家の子息令嬢も多く、

そういう立場にある学生は、家の都合で自らの自由恋愛を許されていない場合も有る。

そして自らの恋愛の欲を満たせない分、他人の恋愛に関心とエネルギーを注ぎ込む、いわゆる『カプ厨』と化す生徒も少なくないのだ。

 

……そんな経緯を聞かされた事を思い返しながら、今石上は自室で頭に手をやって少し痛んだ頭を抑えた。

 

何だよ、ソレ……

一緒に居ただけでそんな風に思われるのか?おめでたい暇人多過ぎだろ。

好奇心全開な目で『で、実際の所どうなのですか?』って聞いてきた紀先輩には『全然そんな事は無い、伊井野の耳に入ったら大変だ』と言っておいたけど。

あんまり信用してなさそうな目つきだったような……

 

……いや、正直な事を言うと。

こういう噂をされるのは……悪くない。

今まで、僕に関する噂といえば例の濡れ衣に関する事だけだったんだ。

それが、妙におめでたい視点とはいえ『伊井野とお似合い』なんて言われるなら。

正直な所、悪くは思わない。

 

……けれど。

実際のところ、僕は伊井野とそういう関係な訳でもないし。

『伊井野とお似合い』では無いと思う。

だって、アイツはずっとこの秀知院で成績1位をキープし続ける天才で、自らの努力で生徒会長の座を勝ち取った。

僕はといえば……成績もどん底から中位に這い上がってみせた程度で、

3期連続生徒会所属と言ったって、それは白銀先輩や伊井野に求められて居るだけにすぎない。

伊井野とは、全然釣り合ってはいない。

――だからこそ、僕は決心した。

『伊井野と釣り合ってる』。他人からも、自分でもそう言えるような人間になる、と。

その為には――。

 

 

「は?石上また応援団やんの?」

 

2-Aの教室で小野寺が、意外そうな顔で石上を見つめる。

 

時は10月。石上とミコにとって高校生活2度目の体育祭の開催が、刻々と近付いていた。

 

「どうして?今年はもうつばめ先輩も居ないわけだし……ぶっちゃけアンタ居辛そうにしてたっしょ?」

 

「去年だって、つばめ先輩目当てで入った訳じゃないし。それに……」

 

「それに?」

 

「……いや、何でもない」

 

「…………まあ、良いけどさ」

 

小野寺は深く追及するタイプではない。何か言うには恥ずかしい事が有るのだろう、と自分の中で納得するに留めた。

 

去年は『自分を変えたくて』という動機、そして小野寺に言ったように『怖くても戦えるような人間になりたい』という動機で挑戦した。

そこだけを見れば、悪評の払拭された今、再び無理して陽側(ライトサイド)の巣窟に混じって応援団を務める理由はあまり無いと言えた。

……だが、石上にはそれとは別にやりたい事が有った。

 

もし、去年の自分のように『場違いな所に迷い込んでしまった』ような後輩が居たりしたら。

同じ側の人間として、手を差し伸べてあげたい。

 

それは、石上が子安つばめから学んだ『尊敬出来る面倒見の良さ』であった。

 

もちろん、容姿端麗で学力優秀でコミュ力の塊のようなつばめ先輩のように出来る自信は全く無いし、頼りになる度合いは彼女よりも遥かに下だろう。

それでも、僕はやってあげたい。

あのつばめ先輩の優しさに、僕は救われた。

今の自分はもう2年生、半年後にはもう3年生だ。

生徒会副会長という、自分にそぐわないほどの立派な立場も有る。

だったら、つばめ先輩のような分け隔てないあの優しさを。

後輩に伝えていけるよう、頑張るべきだと思う。

もしそんな人間が居なければ、端に僕の杞憂で済むし。

陽側の人達に混じって騒ぐのも、なんだかんだでちょっとは楽しく感じられるくらいには慣れたから問題は無い。

 

 

そういう思惑が有り、石上は今年も応援団を務める事となったが、

そこでのお話は、次の機会(次回投稿の番外編)に語る事にする。

 

 

そして、石上の活動は当然応援団の活動のみに留まらない。

生徒会副会長として、体育祭の設営・運営進行にかかわる仕事も当然存在する。

また、最近は陸上部にも復帰した為、放課後は練習漬けの毎日を送っている。

ここ最近は学校に居る間、暇という言葉とは無縁の生活を送っていた。

 

 

そして、体育祭の開催が数日後に迫った、ある日の事。

 

「……ねえ、石上」

 

「……………………」

 

「……石上?」

 

「!?あ、ああ、悪い」

 

ミコと2人で、生徒会室にて作業を行っていた石上であったが、

ソファに座ったままうつらうつらとしていて、ミコの呼びかけにすぐには気付けなかった。

 

「やっぱり最近アンタ、寝不足なんでしょ。目の下のクマが凄いし」

 

ミコの問いに、石上は少し考え込んでから慎重に口を開く。

 

「……まあ、前よりは寝る時間が減ったのかもな。これ言うと怒られるかもしれないけど、最近ハマってるゲームが有ってさ。ついつい夜更かしするんだよな」

 

石上の言う通り、『ゲームで夜更かし』など、それが真実であれば確かに優等生のミコにとっては受け入れ難い事実である。

事実、石上の言葉を聞いたミコはじとーっと石上を見つめている。

 

「みんなの模範となるべき生徒会の副会長が、睡眠不足になるまでゲームなんてしてクマ作ってたら示しが付かないじゃないの……はい、コレ」

 

「ああ、サンキュ」

 

咎めながら、石上に一枚の資料を渡すミコ。

 

「…………けど、寝る前の勉強も度が過ぎるのは禁物よ」

 

「ああ…………えっ?」

 

資料に目を通しながら、半分上の空で返事をした石上は、ミコの発言の不自然さに気付くのに一歩遅れてしまった。

慌てて資料から面を上げ、ミコの顔を見ると。

『やっぱりね』といった、やや呆れた表情がそこにはあった。

 

「…………お、お前、どうして」

 

「初めてのことなら分からなかったかもしれないけど、アンタ、前も隠そうとしてたでしょ。そもそもゲームの徹夜なら、アンタ慣れてるでしょ」

 

こともなげに言い放つミコ。

 

「ほんと、何で勉強してる事を隠したがるのよ。逆なら分かるけど」

 

「……僕はやっと真ん中から上に行けた程度だぞ。不動の1位の伊井野に大っぴらに『勉強してるわー』だなんて、どの口でも恥ずかしくて言えねえっての」

 

「……それはまあ、そうかもしれないけども」

 

ミコとて、今までの人生で全て努力が実ってきたわけではない。

今年はやっと成就したものの、去年までは生徒会長選挙は落選し続けてきたのだ。

自分の望むような結果の出ていない事に対し、『自分は頑張っている』と他人にアピールする事の気恥ずかしさを、ミコもよく知り得ていた。

 

「と、とにかく。生徒会役員がみんなの規範にならなきゃいけないのは本当なんだから。寝不足で倒れたりしないように、気を付けなさいよ」

 

「…………ああ、分かってる」

 

石上は、あまり気のこもっていない返事で答えた。

 

だが、ミコの思いは石上には届いていなかった。

 

学校でも忙しくなった石上であるが、

今の彼は、むしろ学校ではなく自宅に居る時の方が気を張り詰めて頑張っていた。

秀知院では、他者への評価として『テストの成績』はかなり大きなウェイトを占めている。

かつての最下位一歩手前の成績から、現在の真ん中少し上まで持ち直した石上のテストの成績は、順調に改善していると言えた。

だが、石上自身はもうそんなレベルでは満足出来なかった。

 

秀知院で、本気で『伊井野とお似合い』と言われるには。

本気で、伊井野を支える副会長でありたいなら。

少しでも、伊井野の地位に近付かないといけない。

伊井野から1位を奪う、なんて大それた事は言わない。それは、これまでの積み重ねの差から言っても無理が有るだろう。

でも、1位とまでは行かずとも。

順位表で、アイツの名前の近く。出来れば、その隣に居れるようになれたら。

皆も、僕自身も。

胸を張って、伊井野の隣に居れるようになるはずだ。

2度も僕を救ってくれたアイツを支える為に。自分でも『僕とアイツは釣り合っている』と心から認められるようになる為に。

もう、一分一秒でも無駄になんかしたくはない。

クマが出来てる?上等だよ。

白銀先輩なんか、もはやクマが無い方が違和感が有るってくらいクマが定着してただろ。

白銀先輩は生徒会長の仕事も熟し、プライベートでは勉強だけじゃなくバイトまでやってたんだ。僕はバイトが無いだけマシじゃないか。

……今思えば、あれも四宮先輩に並び立てるよう、白銀先輩も必死だったのかもしれない。

だったら、僕だって同じように頑張らないと。

まだ、白銀先輩に比べたらこの程度はヌルい。

もっと、もっと努力して。

もっと、もっと、もっと結果を出せるようにしないとダメなんだ。

 

結局のところ、ミコの警告は素直に受け入れられず、

石上の努力のペースは、落ち着くどころか更に苛烈さを増して行った。

 

 

――――そして、体育祭当日。

 

「…………石上、大丈夫なん?なんか調子悪そうに見えるけど」

 

応援団として石上の隣に立つ小野寺が、隣の石上の顔色を覗き込みながら言った。

 

「……ああ、別に大丈夫だよ。声だってちゃんと出てるだろ?」

 

「まあ、そうだけどさ」

 

確かに、声はちゃんと出てはいる。

だが顔色といい時折ふらつきかけるのといい、どこか無理しているように小野寺には見えていた。

 

「あんま無理すんなよ?最近ずっとクマ出来てるし、寝れてないんじゃないの?」

 

「だから大丈夫だって。……じゃあ僕、そろそろ出番だから100m走行ってくる」

 

「はいはーい」

 

小野寺は、そこまで石上に入れ込んでいる訳ではない。

確認した上で石上が大丈夫と言った以上、引き止める理由は無かった。

 

 

「位置について……よーい……」

 

その言葉に続き、銃声が鳴り響き石上はスタートラインから猛然と駆け出した。

他の走者に、陸上部は居ない。

陸上部に復帰した石上の敵足り得る者は居なかった。

 

「おー……石上速えな!」

 

「やるじゃん石上ー、イメージと違うー」

 

ほぼぶっちぎりと言える1位着の結果に、同じ赤組の人間から賛辞の言葉があがる。

同じ1位でも、何の反応もされなかった去年とは大違いだ。

 

ははっ……良かった。陸上部に復帰して、放課後は必死こいて練習したもんな。

こうやって、どんどん結果を出していけば。

皆に、褒められる人間になれれば。

伊井野とだって、釣り合うはずだ。

その為にも、次ははやくもどって。

アカ組の……応え……ん……を…………

 

 

学校では真剣に授業を聞き、生徒会の仕事を熟し、陸上部と応援団の練習も欠かさず。

家では、是が非でも成績を伸ばす為に睡眠時間を削っての猛勉強。

これまでを遥かに超える努力に、身体が悲鳴をあげない筈が無かった。

石上は、不意に意識が薄れていくのを感じると。

抵抗する間もなく、ふらついた末にグラウンドに倒れ込んだ。

 

「石上!?」

 

「おい、誰か倒れたぞ!」

 

「救急車!救急車呼んだ方が良くない!?」

 

倒れた石上の周りで、人がざわめき始めた。

 

 

「…………う、うーん」

 

倒れた石上が次に目を覚ました時に目にしたのは、あまり見慣れない天井であった。

だが辺りを見回すと、自分は今、保健室のベッドに寝かせられているという事実にすぐに気が付いた。

 

「おお、お目覚めかい?」

 

石上に声をかけてきたのは、秀知院学園高等部の保険医。

凹凸のハッキリとした身体を包む着崩した白衣と凛々しさを強調する眼鏡がよく似合う、男子生徒からも密かに人気が高い20代後半のお姉様である。

 

「……僕、倒れてここに運び込まれたんですか」

 

「ああ、最初は救急車を呼んで、来るまでここに寝かしておくだけのつもりだったんだがな?私も救急隊員も、『ただの一時的な貧血』という見立てが一致したので、また何か有ったらすぐ連絡してくれと釘を刺された上でこのまま安静に、という訳さ」

 

……やらかしてしまった。

100m走で1位を取れても、こんな事してみんなに迷惑かけてたら台無しじゃないか。

 

「……まだ体育祭は続いてるんですか?」

 

「ああ、今は昼休憩が終わって、午後の部が始まって間もなくと言ったところだ。しかし石上くん、念の為に今日はもう参加は控えたまえよ?ゆっくり休みたまえ」

 

「いや、そういう訳には……」

 

挽回の機会がまだ残っているなら、絶対にこの失態を取り返さないと。

病院に行く事もないレベルの一時的な貧血ってんなら、大丈夫だろう。

反対されようと、押し切ってやる。

 

だが、保険医は反論はせず、やれやれと言った苦笑を浮かべながらカーテンの向こうに話し始めた。

 

「やれやれ、全くキミの言う通りの反応だな?なあ、伊井野ちゃん」

 

「えっ……」

 

石上が驚いて視線を向けた、その先には。

カーテンをサッと開け、憮然とした表情のミコが立っていた。

 

「……先生、コイツは私が説得します。なので救急テントに戻っててください」

 

「おお、頼めるか?流石は生徒会長だな、信頼しているぞ」

 

そう言いながらミコの頭を二度三度軽く撫でると、保険医は保健室を出て救急テントに戻って行った。

 

2人きりになるとすぐに、石上が口を開いた。

 

「伊井野、何でここに……今、競技中だろ」

 

「こっそり抜け出してきたから構わないわ。生徒会副会長が突然倒れて、生徒会長が放っておくわけにはいかないでしょ」

 

「……もっともらしいようなそうでもないような」

 

生徒会役員は体育祭当日も進行に携わる仕事がある程度有るというのに、大丈夫なのだろうか。

 

「それよりも!……アンタ、全然分かってないじゃないの」

 

「な、何がだよ」

 

「学校では生徒会の仕事と陸上部と応援団の練習を頑張って。家では寝不足でクマが出来るくらい猛勉強。いきなりそんなハードな事したら、遅かれ早かれこうなるに決まってるでしょ」

 

反論出来なくて、石上は黙り込んだ。

確かに、今までの自分と比べたら『頑張り過ぎ』と言えるかもしれなかった。

だが…………

 

「……僕にだって、理由が有るんだよ」

 

石上は、ミコから目を逸らしながら呟いた。

 

「……どんな理由よ」

 

「……………………」

 

石上は、ミコから目を逸らして俯いたままだ。

 

正直、やってしまったと思った。

だって、そうだろ?

言えるはず無いだろ。

『お前と並び立てるように頑張ってる』なんて……

もう告白同然だろ、そんなの。

 

「……いや、大体分かるわ。アンタの事だから」

 

その言葉に、ミコから目を逸らしていた石上がギョッとして振り向いた。

 

「アンタ、この前のあの事件の事で私が任命責任を問われそうになった事を気にかけて。

で、疑いが晴れた今は副会長として、色々と成果を上げるために張り切ってるんでしょ?」

 

……微妙に当たってはいる。

 

「それも嬉しいけど。アンタが、私に感謝してくれてるのは分かってるつもりだから嬉しいけど。でも……」

 

ミコは言葉を切り、もじもじし始めた。

そして、意を決したかのように瞳に強く決意を灯らせ、言葉を続けた。

 

「そ、それでアンタが頑張り過ぎて倒れたりしたら!

私も悲し……じゃなくて!

ね……寝覚めが悪いでしょ」

 

石上は、ミコが言いかけて慌てて訂正した言葉を聞き逃さなかった。

 

そうか。そうだよな。

コイツと並び立つ為に。コイツに受け入れて貰えるように頑張ってたのに。

それでコイツを悲しませたら……ただの度を知らないバカじゃないか。

今回はこの程度で済んだけども。

こんな事を続けてたら、いずれは……という可能性も、無くはない。

……だったら。僕が選ぶべき道は。

 

「……分かったよ、伊井野。今日は無理せず、このまま休むわ」

 

石上の言葉を聞き、ミコの表情が一瞬だけぱあっと明るくなる。

が、慌てて取り繕いつんけんとした表情に戻る。

 

「そ……そうよ。頑張り過ぎは逆効果よ。アンタは100m走で1位取ってるんだし、充分成果は上げてるわよ。だから、後はみんなに任せて休んでなさい。良いわね?」

 

「……ああ、分かった。じゃ、僕の分も……後は頼んだ」

 

「任せときなさい。アンタは安心してそこに寝てれば良いわ。じゃあ、また終わってから、ね」

 

「……ああ」

 

保健室から、ミコが出て行った。

一人になった石上は、もう休むと決めた以上はどうせなら、と眠り込む事に決めた。

保健室からではまともに応援も出来っこないし、ここの所、しっかりとした睡眠が取れていないのは事実だったから……

 

 

 

「……そろそろ起きたまえ、石上くん。体育祭、もうすぐ終わるぞ」

 

「……うーん……」

 

2時間程経っただろうか。

眠りについていた石上は、保健室に戻って来た保険医に揺り起こされた。

 

「ふふ、しっかり寝ていた所を見ると、伊井野ちゃんの説得はしっかり受け入れたようだな?人間素直が一番だぞ、うんうん」

 

一人で勝手に何か満足し頷く保険医。

 

「いやぁ……しかし、若いとは良いな!これぞ愛の力、という奴かな?」

 

「……は?」

 

「今更惚けても無駄だぞ石上くん。証拠はばっちり揃っているのだよ」

 

そう言いながら、保険医は自分のスマホの画面を見せて来た。

そこには……

 

『石上!石上!お願いしっかりして!石上!目を覚まして……!』

 

そこには、ベッドに横たわる石上の手を握り、必死に呼びかけるミコの姿が映っていた。

 

「ちょっ……なっ!?ええ?伊井野!?」

 

「ふふん。随分献身的な彼女をお持ちじゃないか?やはり最近一部の女子生徒の間で噂されている事は本当だったという事かなぁ?」

 

驚く石上に対し、保険医が勝ち誇ったような笑みを浮かべながらうりうりと石上の脇腹を突く。

 

「い、いや、僕と伊井野はそういうのじゃないですし……」

 

少し顔を赤らめ、保険医から目を逸らしつつ石上が否定する。

 

「ほお、では伊井野ちゃんの片想いなのかな?良い娘だな伊井野ちゃんは、貰ってやれよ?頑張り屋で可愛い娘じゃないか」

 

「……違いますよ。アイツは優しいだけです。好きでもないはずの僕を2度も助けてくれるような……見返りの無い優しさを行える、それかアイツなんです。僕なんかとじゃ……不釣り合いですよ」

 

石上は自虐するように微かに笑った。

 

だが、そんな様子を見て保険医は確信を得た。

 

「なるほどな。キミの方の片想いだったというワケだ」

 

「えっ!?い……いやそんな。有り得ないですって。い、いつもぎゃいぎゃいうるせーし、何だかんだで危なっかしいですし、僕はアイツなんてべ、別に……」

 

不意に図星を突かれて、石上は目に見えて大慌てする。

 

「照れるな照れるな、よく知っているのを白状しているようなものだし、天の邪鬼に否定しているようにしか聞こえないぞー?」

 

「い、いや、ですから……」

 

「石上くん、吐いて楽になる事もあるぞ?私は口が堅いぞ?というより、口が堅くないとクビになりかねない立場だからな、保険医というものは。

第一、熱も無いのに真っ赤になったその顔が答えを言っているようなものだぞ?さあ吐け、吐いて楽になったらどうだい石上くん?」

 

「……………………」

 

石上は黙り込んだ。

今までお世話になった事のなかった高等部の保険医がこんな人柄であった事に呆れると同時に、彼女の言う事に間違いが無いのも痛感していた。

自分の頬をさっと触ってみると、確かに熱かった。

 

……もう、否定しても無意味かもしれない。

 

「……………………まあ、ちょっとは……気になってます」

 

寝起きなのに、いつ終わるかも知れない問答を続ける気にはなれなかった石上は、とうとう観念して渋々認めた。

 

「ふふふ、良いな、若いというものは……キミが認めたから言う訳ではないが、キミが倒れるほど頑張ったのも、おおかた彼女に認められたくて、喜んでもらいたくてやったのだろう?」

 

そこまで見抜かれていたのか。ならば、認めてしまって正解だったかもしれない。

 

「…………ええ、まあ」

 

「ふふ、それは伊井野ちゃんには言えないよなあ。だが、素直に彼女の忠告を受け入れたワケだな?そういう柔軟さと理解の良さがあれば……まあ、おおかた上手く行くだろう?

さ、もう閉会式も終わる頃だ。充分眠ったはすだ、さっさと起き上がるがいい」

 

「……嵐みたいな先生ですね」

 

「こうでもなければ、多感な年頃のキミ達を相手にしてられないさ。そんな口が利けるようならもう大丈夫だ。ほれほれ、行った行った」

 

 

こうして、石上にとっての高校生活2度目の体育祭は幕を閉じた。

ちなみに今年も無事赤組が勝利し、応援団の打ち上げに参加する事となった。

 

 

そして、数日後。

 

「……え?陸上部また辞めたの?」

 

生徒会室で、ミコが驚きの声をあげる。

 

「えぇ!?運動部辞めたら、また引きこもり系ニートボー「藤原先輩は無視するとして」

 

ナチュラルに言葉のナイフで切りつけてこようとした藤原の言葉を遮りつつ、石上が言葉を続ける。

 

「まあ僕には、何足もわらじを履く事は難しいという事だったんすよ。だから生徒会と、テストの成績に絞る事にしました」

 

「そうですかー。まあ軟弱系な石上くんがまた倒れちゃう可能性が低くなったので喜ぶべきですね!」

 

「ええ、まあ喜んでください。それに……」

 

石上は言葉を切り、ほぼ無意識に、ミコの方をちらりと見た。

 

「……心配かけすぎて悲しませたくないヤツ、居るんで」

 

どことなく格好を付けたようなセリフだが、石上が心から純粋に言った言葉であった。

 

「…………おやおや〜?今微かに恋バナの香りがしましたよ?

石上くん、その悲しませたくないヤツって誰なんですか?ラブ探偵チカに白状しなさ〜い!」

 

「い、嫌ですよ!言ったら藤原先輩永遠にからかいネタにしてきそうですし!そもそも探偵なんだから白状させるんじゃなくて推理するもんでしょ!

ちょっ……藤原先輩近い、近い!悪い、見てないで助けてくれ、伊井野、小野寺」

 

だが、ミコは何故か頬を赤らめ下を向いたまま動かないし、小野寺は『それも生徒会の仕事って事で。頑張れ〜』と返すに留まった。

小野寺は、『どうせその悲しませたくないヤツは近くで顔赤くしてるその人でしょ』と頭の中で文章を完結させるオマケ付きだ。

 

やっとの思いで無自覚にグイグイその身体を押し付けて迫ってくる藤原を押しのけて落ち着かせつつ、石上は頭の中で改めて考える。

 

伊井野。確かにお前の言う通り、頑張り過ぎは良くないけれど。

それでも僕は、絶対なってみせる。

お前と、堂々と並び立てるって言える人間に。

そして……そうなれた時には……

 

石上は頭の中で、誰にも悟られず、新たな決意を固めるのであった。

 




作中にある通り、次回は石上の2度目の応援団活動を、1話限定のオリキャラからの視点で書く予定です。


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第13.5話(番外編)石上優は応援したい

遅くなって申し訳ございません。
13話中で予告した通り、石上の応援団での活動内容をオリキャラ達を交えて書いてます。
後輩オリキャラが数人出てきてガッツリ絡むので、オリキャラNGな方はご注意ください。


秀知院学園高等部の体育祭。

クラス毎に赤組白組に分かれ、競技の点数を競い合う、他の学校でもよく見られる形式である。

そして、有志の生徒で結成される応援団が存在するのも、他の学校と同じ形式である。

 

今年も、高等部赤組の応援団が結成されたのであるが────。

 

「もしかして赤団アゲてっちゃうぅぅうううう!?」

 

「「「「「わしょーい!!」」」」」

 

「「「「「ウェ────────イ!!」」」」」

 

今年もまた、パリピなウェイ系リア充共の巣窟と化していた。

しかし、そんな中で……

 

「(う、うぅ……なんで私、こんな所に来ちゃったんだろ……)」

 

自分が場違いなのを自覚し、非常に居辛そうにしている、1人の少女が居た。

その少女は前髪で完全に目が隠れており、悪く言えば暗い、良く言えば大人しい雰囲気を醸し出す、見た目通りの分かりやすいキャラの少女。

そんな彼女が何故応援団に参加する事になったのかといえば、陽側(ライトサイド)の友人達に誘われて断れなかったから、に他ならない。

だがその誘った張本人たる友人達2人は、他の陽側(ライトサイド)の面々にすんなり溶け込んで一緒に「「ウェーイ!」」と叫んでいる。

誤解の無いよう断っておくが、決してこの友人2人は冷たいわけではない。

ただちょっとだけ、陰側(ダークサイド)な人間の気持ちを察する事が苦手なだけなのである。

 

そんな訳で、この内気な少女は今、応援団の集まる一室で心もとなく孤立していたのであった。

 

「(うぅ……帰りたい……どうしてこんな事に……っ)」

 

周りがフルフルでLINEの交換を始めている中、少女は一人、全力で自らの気配を消そうと奮闘していた。

そうしていると……

 

「ひゃっ!?」

 

少女が驚きの声を挙げた。

不意に肩を軽くポンポンと叩かれたからだ。

恐る恐る、叩かれた方を振り向くと……

 

「……大丈夫、かな?」

 

一人の男子生徒が立っていた。

その男子生徒は、何というか、自分と同じ香りがするというか、この光あふれる地に居るには少しイメージの違う人物に見えた。

だがその顔をよーく見てみると……

 

「……あっ!?もしかして、石上副会長……ですか……?」

 

そう、自分に声をかけてきたこの男子生徒は。

先の生徒会長選挙で新会長の応援演説を務め、自らも副会長に選任された2年生の先輩・石上優であった。

 

「えっ、えっとその、あの……っ」

 

あわわ、どうしよう。

『自分と同じ香りがする』なんて、失礼な事考えちゃったよぉ……ば、バレてないかな?

 

「慌てなくてもいいよ。僕の思い違いだったら申し訳ないけど……なんか、窮屈そうに見えたから」

 

「うぐっ」

 

石上にいきなり図星を突かれ、少女は息詰まる。

 

やっぱり、見る人が見ればバレちゃうよね……うう。

 

「……隣、良いかな?」

 

石上がそう言いながら彼女の椅子を引くと、少女は更に慌てふためく。

 

「いいいいいいいやあのその無理ですっていやそういう意味じゃなくて石上副会長が私の隣になんて畏れ多いと言いますかその!」

 

「……そんな風に言ってくれる人は初めてかな」

 

石上は戸惑いながらも苦笑しつつ、引いた椅子に腰掛けた。

 

「差し出がましいと思ったら悪いけど……なんか、去年の自分を見てるみたいでほっとけなくて」

 

「へ?」

 

石上の言葉に、呆気に取られる少女。

石上はそんな少女に対し、自らのスマホを差し出す。

 

「あの……もし良ければだけど、連絡先交換しようか?応援団の活動に関して相談相手にでもなれればと思って。あ、LINEが無いならメールアドレスでも良いから」

 

想定外の申し出に、少女は隠れた目を丸くしながらしばしの間固まった。

やがて、意識を取り戻したかのように途端に慌てふためきながら答える。

 

「ふぇっ!?そ、そんな畏れ多いというかなんというか……私なんかに教えて良いんですか?」

 

「僕の連絡先なんて全然価値無いよ。むしろつい最近まではゴミ同然だったかな」

 

自嘲する石上に対し、少女は困惑する。

 

本当だろうか?

あの生徒会の副会長であるこの人の連絡先がゴミ同然だなんて、私からしたら考えられないけど……

 

「だから、こんな僕が役に立てるのかどうか分からないけど。もし良ければ、相談相手にでもなれれば……」

 

「そ、そんなこと!是非、お願いします!」

 

こうして、孤立しかけていた少女は、石上からの救いの手を得たのであった。

 

 

──その翌日──

 

「なるほど……友達に声をかけられて断れず、か……」

 

生徒会室にて、その少女──椿が、石上に対して『場違い』な応援団に参加した経緯を話していた。

 

「は、はい……」

 

椿が、なんだか申し訳無さそうに縮こまってうつむきながら返事をする。

 

「えっと……椿ちゃんはどうしたい?あまりに居辛いようなら、辞めるって選択肢も有るけど。言い辛ければ、僕から言っても良いし」

 

『友達2人からは名前呼びされていてそれに慣れているので、先輩も下の名前で呼んでください』と強く頼まれたので、石上は恐らく生まれて初めて女子を下の名前で呼んでいる。

ちなみに、友人2人の名前は小春と愛衣である。

 

「はい……それも考えました。けど……せっかくだし、何か……その……なんというか、こんな私でも……」

 

「良い機会だし、自分を変えてみたくなったって事……かな?」

 

「は、はい!けど、その……思った以上に……えっと……」

 

「思った以上に周りがリア充ばかりで面食らった、ってところかな?」

 

「……はい。やっぱり石上副会長は凄いです。全部見透かされてるみたいで……」

 

大半が髪に隠れぎりぎり見える目から尊敬の眼差しが向けられている事を感じ取り、石上は思わず苦笑いした。

 

「まあ、去年の僕もそんな感じだったからね」

 

えっ?

石上先輩にも、そんな事が有ったの?

 

椿の疑問はダイレクトに表情に表れた為、石上がそれに答えるように言葉を続ける。

 

「応援団のヤツら、楽しそうだなあって。僕もそういう一員になれたらとか思って参加したら……昨日のアレみたいな感じだよ」

 

苦笑いしながら、『気の迷いで大変な事しちゃったとか思ってた』などと自虐する石上の姿を、椿が戸惑いながら見つめる。

 

はわわ……どうしよう。

これ、結構なヒミツだと思うんだけど。

私なんかが、聞いちゃって良かったのかな……?

 

「でもさ、何だかんだ有って……参加して良かったと思える結果になったから。

僕としては……椿ちゃんにも頑張ってほしいというか、頑張ってみる事をお勧めするというか……あんま上手く言えないけど、そんな感じかな」

 

石上の言葉に、椿は俯いたまましばらく黙り込み……

やがて、絞り出すように言葉を述べた。

 

「……私でも、馴染めるんでしょうか?あの人達に……」

 

思い詰めた椿の言葉が、静かな生徒会室に響く。

だが、石上は自然な笑顔で答えた。

 

「大丈夫だと思うよ?何故なら──」

 

「?」

 

 

 

 

 

それから、数日後。

石上からのアドバイス兼励ましを受けた椿は、応援団の練習に参加していた。

人見知りで控えめながら何とか馴染もうとし、恥ずかしながらも精一杯声を出すように心掛けた。

そのひたむきな姿勢が受け入れられないはずもなく、椿は徐々に他の団員からも受け入れられ、馴染んでいけていた。

 

そんな、ある日のこと。

練習の休憩中にひと息ついていた椿の元に、3人組の女子が近付いてきた。

見るからに派手でユルそうな感じのギャルグループといった体の3人組。

椿とはとても縁が無さそうに見えるグループであったが……

 

「よお、お前……応援団なんか〜……」

 

「お前なんかに応援されても〜……」

 

「もしかして……○○クンにアピールしようって腹?目障りだからさっさと……」

 

遠慮も容赦も無い言葉を次々に浴びせる女生徒達。

 

「………………っ」

 

そんな彼女達に対し、椿はひたすら黙って俯き辛そうに耐えているだけであったが、

少し離れた所で談笑していた椿の友人2人が、女生徒達と椿の間に割って入った。

 

「ちょっと!あんたらまた椿に!」

 

「そういうのやめよーよー。ダサいから」

 

割って入った椿の友人2人に、気の強そうなグループのリーダー的存在の女子が一瞬何か言い返そうとしたが、

 

「はーいみんなそろそろ休憩終わり!再開しよっか!」

 

団長が休憩時間の終了を大声で告げた事により、チープな捨て台詞を吐き捨てて去っていくに留まった。

 

「っとにアイツらさあ!大丈夫、椿?」

 

「う……うん…………」

 

椿は、ただひたすら苦しそうにうつむき続けるだけであった。

 

 

その日の夜。

椿は、自室でひとり思い悩んでいた。

 

あの人……瞳ちゃん。

小等部までは、向こうから気さくに話しかけてきてくれて、仲良くしてくれてたのに。

中等部の途中くらいから、ずっとあんな態度を取り始めて……

どうしてだろう?

 

でも、これは私の問題。

石上先輩達は、本当に良い人。

私が言えば……助けてくれるかもしれない。

けれど、赤の他人ならまだしも……これはきっと、私と瞳ちゃん達の問題。

私の事で……石上先輩達に迷惑をかける訳にはいかない。

じゃあ……私に出来ることは……

 

椿の目に、悲しい決意が宿った。

 

 

 

明くる日から、椿は応援団の練習に参加しなくなった。

気にかけた石上が椿の友人2人にそれとなく理由を尋ねてみたところ、『これ以上私の問題で皆さんに迷惑をかけたくはないから』との事だそうだ。

 

そんな事、気にしなくて良いのに。

どうして横着な輩のせいで、あの子みたいな何も悪くない大人しい子が犠牲にならなきゃいけないんだ?

……ここは、なんとかしてやるべきだろうか。

 

だが、石上にはひとつの懸念が有った。

椿とは、つい最近知り合ったばかりの、まだまだ浅い関係。

そんな椿の為に、自分が動く事は……果たして、適切な事なのだろうか。

何か、変な風に思われないだろうか?

例えば……

 

(『石上先輩……お気持ちは嬉しいんですけど、どうして私のことをそんなに助けてくれるんですか?

もしかして……私に気があるんですか?

私が困っているところを利用して距離を縮めようと……

ごめんなさい……生理的に無理です……』)

 

石上の脳内で、引いた顔と申し訳無さそうな顔が同居した椿が言葉を述べた。

つばめのような純然たる陽キャ側な人間が考えもしない、憂慮と言える懸念。

自分のような陰キャが動く事で、あらぬ勘違いをされてしまわないかという懸念であった。

はっきりいって『考えすぎ』なのだが、石上の場合、なまじ自分があれこれ気をかけてくれたつばめの事を好きになってしまった経験も有るが故に、その逆も充分有り得る事である……と、石上の中では確かな説得力を持ってしまっていた。

 

……しかし、自分は、去年の自分のような人間がもし居た場合に何か手助け出来れば……という理由で、今年も応援団に入ったのではなかったのか。

自分の考えは、単なる『逃げ』ではないのか。

ここで動かずにいたら……結局何も手助けにならないのではないか?

しかし、椿自身が『迷惑をかけないように』と身を引いたのに、自分が引き戻すような真似をして良いのだろうか?

 

距離感など無視して、引かれても良いので椿を助ける為に動くか。

椿自身の意思を優先して、もう関わらずにいるか。

 

石上は、応援団の練習が終わった後、陸上部の練習に参加しながらそんな事を考え悩んでいた。

すると……

 

「────あの、すいませんセンパイ。ちょっと、聞いてほしい事が……」

 

「?」

 

石上に、一人の男子生徒が声をかけてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、体育祭当日。

100m走にエントリーしている椿の番が来た。

実は椿は女子陸上部に所属しているのである……尤も、最近は同じく陸上部員であり、あの女子グループのリーダー的存在である瞳とのいざこざであまり顔を出せなくなってはいるが。

 

浮かない表情の椿に、案の定あの女子グループらが追い打ちをかけるような言葉を浴びせてくる。

 

「転んじまえよ!」

 

「いや、あいつ逃げ足だけは速いから案外行けちまうんじゃね?嬉しくねーけど!」

 

「派手に転んで○○くんの前で恥かいちゃえ!」

 

その言葉は、否が応でもしっかりと椿の耳に入ってくる。

よく通る罵声に対し、応援の声は全く聞こえて来ない。

元々交友が少ないだけに、応援の声が大きく聞こえてくるはずもない事は分かっていたが……友人2人の声すらも聞こえて来ない。

自分の精神状態が、応援の言葉を耳に入らなくしているのか。

それとも、あの2人も応援してくれていないのか……

 

寂しい。辛い。

確かに、立ち向かえないのは私。逃げる道を選んでるのも、私自身。

でも……やっぱり……

 

感情に揺り動かされた椿の涙腺が、一滴の涙を生みだそうとしていた、その時。

 

「頑張れー!椿ちゃーん!」

 

「応援してるよー!」

 

大きく覇気のありよく通る声が、確かに椿の耳に入ってきた。

 

「!?」

 

椿は驚いて、声の聴こえてきた方を振り向く。

そこには──。

 

「つばきー!負けるなー!頑張れぇー!」

 

「私達はゼッタイ味方だからねー!」

 

「椿ちゃーん!俺達がついてっぞー!」

 

「応援団のれんしゅーサボったのおねーさん許さないぞー!けどこの後から参加してくれるなら許しちゃうぞー!?」

 

「なあ、やっぱバラバラじゃ何か締まらねーからみんなでやろーぜ?」

 

「だよな!俺ら応援団だもんな!つー訳で団長!」

 

「おう!んじゃ行くぞお前ら!せーの!フレー!フレー!つ、ば、き!」

 

途中から練習に行かなくなった、応援団。

その応援団の皆が、思い思いの応援の言葉を贈った後、皆で一斉にエールを送ってきた。

その中で何故か石上は、額に手をやりながら『やらかしたな』と言わんばかりのアクションを取ってはいるが……

 

椿の涙腺からは、とうとう一滴といわずとめどなく涙が溢れてきた。

だが、その理由は先程までとは全く違った。

 

みんな……先輩達も……

こんな、私の為に。

来なくなった、私なんかの為に……

 

大音量の声援に、女子グループ達は驚き戸惑い、ヤジを飛ばす事も出来なくなった。

椿の頭の中に、もう鬱屈した感情は無くなっていた。

 

ちょっと……いや、とってもびっくりしたけど。

今の私には、こんなに応援してくれる人が居るんだ。

だから……まけるわけには行かない。

全力で、頑張らなきゃ。

 

 

強い決意を宿した椿は、陸上部でもない他の女子では全く相手にならなかった。

100m走をぶっちぎりの1位でゴールした椿は、競技を終えてすぐに応援団の元へ駆け寄り、お礼を述べようとした。

すると、応援団の集まりの中から、椿には慣れ親しんだ姿だが、応援団員ではないはずの男子生徒が駆け寄って来た。

 

「椿!」

 

「えっ……?こーちゃん?」

 

駆け寄ってきたこの男子生徒・航弥。

男子陸上部員の1年生であり、椿の幼馴染の男子である。

『幼馴染』という事は……察して然るべきである。

 

「椿!よく頑張ったよ!やっぱすげーよお前!」

 

そう言って、椿をぎゅっと抱き締める航弥。

 

「ふぇぇっ!?ちょ、ちょっとこーちゃん、みんな見てるよ!」

 

だが、航弥は驚き慌てふためく椿を、更に驚かせるひと言を言い放った。

 

「椿!好きだ!!付き合ってくれ!!!」

 

「……………えっ?ふぇ、ふぇぇっ!?」

 

椿の中で止まる時間。

周りから聞こえる、ヒューヒューという囃し立てる声。

全てが驚きと戸惑いで埋め尽くされる出来事であったが……椿の方も、抱いていた想いは航弥と同じであった。

 

向こうから、いきなり、こんな場面で言ってくるなどとは夢にも思ってはいなかったが……

椿は、真っ赤になった顔で「うん」と、小さく頷いた。

 

「おめでとぉー!」

 

「椿ちゃんやるじゃーん!案外スミに置けないってやつ?」

 

「良いね良いねぇー!おねーさん祝福しちゃう!」

 

「ふぇっ!?え、えっとその……あ、あはは……」

 

押し寄せてくる応援団からの祝福の声に、戸惑い苦笑いを浮かべながら対応する椿。

 

なんだか、色々ありすぎて、自分でもよく分からないけど……

ありがとう、応援団のみんな。

こんな私を、こんなに受け入れてくれて。

あの時、石上先輩の言った通りでした。

『心配要らない。真のリア充は性格も良いから』って──。

 

 

 

だが、その石上が途中で倒れてしまった事には椿も大いに慌てた。

 

石上先輩、どうしちゃったんだろう?

救急車に運ばれなかったって事は、そんなに悪くなかったって事かな?

けど……やっぱり気になる。

 

石上の体調が気がかりであった椿は、航弥と共にこっそりと保健室の様子を覗きにやって来た。

しかし、そこには先客が居た。

 

「石上!石上!お願いしっかりして!石上!目を覚まして……!」

 

真剣に石上に呼びかけるその女子生徒は間違いなく、先日新生徒会長となった2年生・伊井野ミコであった。

その隣では保険医が、「ただの軽めの貧血だ。時間が経てば目を覚ますから落ち着きたまえよ」と苦笑いしながら諌めている。

それでもミコは、「だって、コイツ無茶して!心配で……」と動揺している。

 

「(……マジかよ。あれって伊井野会長だよな?)」

 

「(うん……すごく必死に呼びかけてる……)」

 

「(生徒会長として副会長が心配……ってレベルじゃないよな、アレ)」

 

「(うん。もしかして、伊井野会長って……)」

 

その先は、言わずとも2人とも分かっていた。

あれだけ異性を真剣に心配するという事は、つまり……

 

「(あの噂、マジだったって事かな)」

 

「(まだ分かんないよ……けど、こーちゃん。これは私たちだけの胸の中にしまっとこう?)」

 

「(まーそうだよな。石上センパイには世話になったしな)」

 

「(えっ……?どういう事?)」

 

疑問の表情を浮かべる椿。

 

そう、今保健室のベッドの上に横たわっている石上。

本日の出来事は、勿論彼の密かな働きが大きく関わっていたのだ。

 

 

数日前、石上に声をかけてきたのは航弥であった。

明るくノリの良い航弥は、陸上部に復帰したばかりの石上にもすぐに絡んできた。

生徒会副会長という肩書に素直に憧憬の眼差しを送り、なおかつ混院への差別意識も全く持たない石上を航弥は尊敬しており、

石上もまた、ちょっとノリは合わないものの可愛げのある後輩として、航弥の事は悪くは思っていなかった。

 

そんな両者だが、航弥は幼馴染である椿が最近元気が無く、珍しい事にソリの合わなさそうな応援団に入ったと思ったら途中で突然辞めてしまった事を気にかけて、石上に相談したのだ。

最近出来た後輩2人に意外な繋がりがあった事に少し驚きはしたが、

その時は『これ以上迷惑をかけられない』という理由で辞めた事しか聞き及んでいない石上は、あまり適切なアドバイスは送れなかった。

だが、『元気の無い椿を何とかしてやれないか』という後輩の頼みを、安易に出来ないと断るような真似はしたくなった。

そこで、応援団員の皆に力を借りる事を思い付いたのであった。

突然来なくなるまでは真面目にひたむきに練習をしていた椿は、応援団の皆、特に2年3年の先輩達には好意的に思われていた。

来なくなった事に心配していた皆に、体育祭当日、各自思い思いのエールを送ってもらうことにした。

なまじ自分がそういうタイプであるだけに、『いきなり全体の応援が飛んできたら逆に恥ずかしがったり萎縮してしまうのではないか』と考えた石上は、敢えて応援団の形式に則らずに各自で思い思いの応援をしてもらう事を提案していたのだ。

結果的には、ノってしまった応援団員たちは結局応援団の形式に則ったエールを始めてしまったが。

石上の懸念を他所に、椿にはしっかりとその気持ちは届く事となった。

 

「(……そっか。そんな事が有ったんだね)」

 

『幼馴染』から、今日更に一歩踏み出した関係となった航弥の言葉を聞いて、椿は目を閉じて石上へと思いを馳せた。

 

ありがとう、石上先輩。

もし、応援団に入ったあの日、石上先輩が声をかけてくれていなかったら。

私だけの力じゃ、こういう風には絶対ならなかったと思います。

明るくて、元気で、私に優しいこーちゃんも好きだけど。

クールで頼りになって、面倒見の良い石上先輩も……私は……

 

 

 

 

 

 

「……ってな感じの事が、応援団であった訳だけど」

 

体育祭が終わって数日が過ぎた日。

生徒会室にて、小野寺がミコに応援団での活動の顛末を話していた。

 

「そ……そう。い、良いんじゃない?迷える女の子……いや後輩に手を差し伸べて力になってあげる。生徒会副会長として、り、立派な事だと思うわ」

 

納得していますよ、という言葉ではあるが、それはまるで自分に無理やり言い聞かせているように小野寺には見えた。

 

うーっわ、分かりやすっ……

 

「……伊井野もさ、石上に言ってみたら?『困ってるの……助けて欲しいの……』ってさ。身長差有るから、上目遣いも不自然じゃないよ?」

 

「な、何で私が石上にそんな事!?」

 

「え?いや私てっきり、石上に構ってもらえた椿ちゃんに嫉妬しt「ばばばばばばばばバカな事言わないで!そ、そんな事無いから!」

 

小野寺の指摘を、ミコが大慌てしながら遮った。

 

バレバレなんだよなあ……と心の中で呟き、ため息をつく小野寺。

石上……早いとこ伊井野の事、もらってやりなよ?

多分もう、受け入れ準備万端だと思うからさ……

小野寺は、この場に居ない一人の男に思いを馳せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

──と、まだこの話はここで終わりではない。

なりたてとはいえ『名門・秀知院の生徒会副会長』である石上が、

『皆の応援でなんとかする』という、いわば精神論的な事のみを頼りに解決を図ったなど、有り得ない事である。

それとは別に、根本的な対処をする算段を立てていたのだ。

 

あの日、相談を持ちかけてきた航弥から『昔は椿と瞳は仲は悪くなかったはずなのに』という言葉を聞き疑問を持った石上は、改めて椿の友人2人に話を聞いたところ……

 

「アイツ、中等部の終わりら辺から突然椿にイチャモンつけ始めてきたんですよ」

 

「そーそー。そう言えばその頃から、アイツ航弥くんの事が好きなんじゃなかったっけ?」

 

「そういやそうよね。けどアイツ、航弥くんには全く相手にされてなかったよね。眼に入ってないというか」

 

石上は、顔には出さずとも心の中で呆れ返った。

 

それって、どう考えても原因はただひとつじゃねーか。

リア充はアホなのか?こういう事に関しては著しくアホになるのか?

 

心の中で毒づく石上は、冷静になって考えを巡らせる。

きっと、恐らくだけど。

自分に自信が無くて、『いかに相手から嫌われずに済むか』という思考を巡らせる事が前提の自分達と違って。

自信満々で、『自分は好かれるはず』という思考が前提のリア充達は、『相手の考えや気持ちを考え読む』という事は疎い場合が多いんだろう。

 

まあ、それはさておき。

そうなれば、打てる手は有る。

石上は、頭の中で計画を練り始めた。

 

そして、ある日の生徒会室。

 

石上のみの生徒会室の扉が開き、そこに入ってきたのは。

 

「……副会長サマが、何の用すか?いきなり呼び出すとか、ショッケンランヨーって奴じゃねーの?」

 

椿に容赦無い言葉を浴びせていた、あの女子グループのリーダー的存在・瞳であった。

 

「ああ、突然呼び出してごめんね。そこに掛けてよ、お茶出すから」

 

ぶっきらぼうな態度の瞳に対しても、平然とした態度を崩さない石上。

 

「……で、何で呼び出したんすか?センパイ一人しか居ないこの部屋に?なんかヘンな事しようってんじゃないっすよね?」

 

短いスカートにもかかわらず足を組んで座る瞳。

当然、ふとももが露わになりその先も……であるが、石上は努めて見ないようにしていた。

 

「ああ、椿ちゃんの事で、ちょっとね」

 

椿の名が出た途端、瞳は聞こえよがしに舌打ちをした。

 

「あーあー、椿に泣きつかれたってワケですか?アイツもだらしねぇな……自分じゃ解決出来ねぇからって生徒会に泣きつくとか。で?やめないとセンコーにチクるって事だろ?」

 

ところが、石上の返答は違った。

 

「いや、イジメの解決となると、それはもう生徒会の仕事というより教師の仕事の領分だからね。僕からはあまりとやかく言うつもりも無いし、言える筋合いも無い。けど……」

 

石上は言葉を切り、瞳の様子を見た。

今瞳は、出されたハーブティーを勢い良くゴクゴクと飲みながら話半分に聞いているといった様子だ。

 

「……好きな男が自分じゃなくて椿ちゃんの事を好きだからって、八つ当たりするのはどうかと思うんだよね」

 

石上の言葉に、瞳は勢い良く口に含んでいたハーブティーを吹き出した。

 

慌てて口を拭いながら、瞳が真っ赤になって反論する。

 

「ちっ、ちちちちちげーますですよ!?こーくん……いやアイツの事なんか、すすすすすす好きなんかじゃねーですよ!?」

 

もはやツッコむ気も起きないが、言い逃れ出来ないよう追い込むプランを叩き込む事にした。

 

「あっ、そうか、変な事言って悪かった。陸上部の後輩だけど、何しろアイツなんて、鈍感で日和見でバカでアホだからなあ……あんな奴に惚れる人なんて居ないよな」

 

すると瞳は石上をキッと睨みつけ、反論の言葉を述べ始めた。

 

「んな事ねーし!こーくんはイケメンでカッコ良くて……」

 

「ふんふん、それで?」

 

「しかも誰にも優しくて、最近背も伸びてますますカッコ良くなって……って、あ、ああっ!?」

 

瞳は、やっと自分がノせられた事に気付いた。

 

「あっ、いやその、今のはちげーっていうか……あ、あうぅ……」

 

もはや茹でだこのように真っ赤になり、恥ずかしさで縮こまる瞳の姿に、石上は心の中で『案外可愛げが有る』と微笑んだ。

 

「ま、やっぱり僕の考え通りというか。けど、厳しい事を言うようだけど……いつまでも片想いしてても、キミにとっても辛いだけじゃないかな?キミも多分見てたでしょ、あの告白?」

 

ちなみに、あの告白も石上が唆した結果である。

瞳が椿を詰ってくる原因に気が付いた石上が、航弥に『お前が何とかして守ってやれよ』と言ったところ、航弥があのような行動に出たという訳だ。

 

「うっ……」

 

瞳は返事に窮した。

当然、瞳も知っていた。

片想いしていた航弥が、とうとう椿と一緒になってしまった事を……

 

「もうくっついた人を想い続ける人、僕知ってるんだけど……しょっちゅう辛そうにしてて、見てていたたまれないんだよね……」

 

石上は、頭の中に某ツンデレな先輩を浮かべながら、名前は伏せつつ彼女の事を伝える。

 

「じゃあどうしろって言うん……いや、てか、私がアイツの事好きな前提で話進めんなよ!ぜんぜんちげーし!センコーにチクらねえってんだったら椿の事はそのままだな!」

 

まだ認めないか、と石上は苦笑したが、勿論素直に認めなかった場合の案も用意済みだ。

 

「そっか。じゃあマスメディア部に調査を依頼してみようかな。僕部長とは面識があって、この前ネタ欲しがってたんだよなぁ……恋愛ネタって需要有るだろうなぁ……」

 

「なっ……!?」

 

瞳は絶句した。

あの敏腕と噂される紀部長が率いるマスメディア部の調査力を以てしたら。

本当の事がバレてしまうかもしれない。

もし、記事のネタにでもされてしまったら……

 

「ちっ……チクショウ……あー分かったよ、好きだよ好き!大好きだよっ!これで文句ねぇだろ、この腹黒副会長!」

 

瞳は、逆ギレしながらも認める事にした。

 

「で?どうすりゃ良いってんだよ!?もう椿にカラむのはやめてやるよ、けど……私は……私の気持ちは……どーなるんだよ……」

 

瞳の声が、だんだん小さく、涙声混じりになっていく。

 

椿に対してひどい言葉をかけ続けてきた前科は有るが、この子もある意味では悲恋の『被害者』だ。

アイツが率いる生徒会の、副会長として。

一応、この子も……救ってあげるべきだと思う。

 

「僕にはハッキリとこうしろとは言えない。新しく好きになれる人ってそう簡単に見つかる訳じゃないと思うから……けど、もしキミが良ければ……今後も相談くらいには、乗れると思う」

 

正直なところ、石上は乗り気ではなかった。

瞳はどう見ても石上の苦手な気の強いギャル系だし、自分だって恋愛が上手く行っている訳ではないのに恋愛相談などそう上手くこなせる自信は無かった。

しかし、ここまで事情を知ってしまった以上、見過ごせないという思いもあった。

椿の為、そしてついでではあるが航弥や、もっとついでではあるが瞳の為。

生徒会副会長として、自分に出来る事は頑張ってみようと決意したのであった。

 

瞳は、石上の言葉に目を丸くした。

両親からも放任され気味で、友人にも恋心を打ち明けられなかった瞳は、長らく救いの手を差し伸べられていなかった。

 

「…………えっと、その……良いんすか……?」

 

「あんま上手く出来る自信は無いけどね。けど、たまに誰かに話すだけでも違うみたいだし。僕で良ければ、聞き手くらいには……」

 

「……すみませんでした!」

 

「えっ?」

 

突然瞳が叫びながら頭をグイッと下げたので、石上は面食らった。

 

「私、石上センパイの事誤解してました!めつちゃ良いセンパイじゃないっすか!今までの事は謝ります!椿にも謝ります!だからどうか今後もよろしくお願いします!」

 

「……あ、ああ、うん」

 

以降、瞳はちょくちょく生徒会室を訪れ、石上に相談を持ちかける事になったそうだ。

 

なにはともあれ、石上の密かな働きにより、椿の周囲の根本的な問題は解決されるに至った。

そして……石上の知らない間に、『生徒会のお二人を応援し隊』のメンバーが新たに3人、増えることになったという。




重ね重ね、遅くなって申し訳ありませんでした(^_^;)
椿と友人2人の名前は最近読んだ某小説から引っ張って来てます。性格的には和紗さんがぴったりなのですが、あっちは3人組感がやや薄いし、後輩キャラという事で……
おバカワイイユー○ルやリコ○スが割と好きです(笑)

本編はいよいよ私のSSとは決定的に相違が出来つつ有りますね……クリパの濃さとかステラバレ前に惚れたりとか、どうでもいいところではベッドの有無とか(笑)
ただ、既に投稿した分は今から本編に合わせて修正するような事はないのでご了承ください。


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第14話 不器用な2人の文化祭 失敗と約束と

石上とミコ、2人の2度目の体育祭が終わってから、いくばくかの月日が経った。

戻ってきた日常の中、ミコは再び生徒会長としての日々に勤しみつつ、学年首位を堅持する為の勉強も忘れず。

そして、彼女に並び見合う男になる事を決意した石上もまた、生徒会副会長としての務めを果たしつつ、猛勉強に励んでいた。

 

 

そして暫しの月日が流れ……時は、12月。

色々な事が有り、大きく関係性が変わった2人の今年を締めくくる大きなイベントが、この月には控えていた。

 

 

──そう、秀知院学園の学園祭・奉心祭である。

 

 

 

石上優の頭の中は、この所ある単語が大きな唸り声を上げて、その脳内を満たしていた。

『告白』という、たった2文字だが大きな意味を持つこの単語。

 

ことのきっかけは、迫る奉心祭の準備を、生徒会役員として小野寺と2人で行っていた最中の事であった。

 

 

「はい石上。今年の物販のサンプルね」

 

文化祭実行委員を兼任している小野寺から、奉心祭中購買にて販売されるアイテムのサンプルを受け取る石上。

 

「おう、サンキュ……うん?何か、その……」

 

受け取った品の数々を見て、石上はひとつ疑問を抱いた。

 

「?どした?」

 

「いや……なんていうかその。何かハート型のモノが多いなって」

 

ハート型を模したお菓子に、ハート型のお守り。

見覚えのあるハートのアクセサリーも有り、何かとハートを模した商品が目立つように感じた。

 

「……そりゃ奉心祭のアレにかこつけて告りたいって需要が有るんじゃないの?」

 

「は?」

 

まるでさも当然の事かの如き表情で淡々と述べる小野寺の言葉に、石上は首を傾げた。

 

「は?って、石上も知ってるでしょ?奉心祭の伝説」

 

「まあ、それくらいは知ってるけど。想い人に心臓を捧げてどうこうってヤツだろ?」

 

「それもそうだけどその先。っていうかアンタも知ってるんじゃないの?去年つばめ先輩にそれで告ってたっしょ」

 

「…………は?」

 

告る?何の話だ?

去年の奉心祭で、つばめ先輩に告った覚えなど無い。告ろうとして機を逸したのは確かだが……

 

「いや、ハート型のモノを贈られると永遠の愛が……ってヤツ。まさか知らずにやりましたとか無いよね?」

 

小野寺から突如聞かされた真実に、石上の脳はフリーズした。

 

────えっ?

いや、そういえばつばめ先輩の演劇見てる時にふとそんな考えが頭を過った憶えが有るけど。

まさか、マジでそんなアホな話が有ったのか?

────という事は。

 

『これは僕の気持ちです』

 

石上は今、あの時つばめにハート型の巨大クッキーを渡した時の自分の言葉を振り返っていた。

 

やがて、しばしの沈黙を破り石上が口を開く。

 

「……わ、悪い小野寺。ちょっと気分が悪くてさ……外の風、浴びてくる」

 

「ん、分かった」

 

石上はふらふらと席を立ち、おぼつかない足取りで生徒会室を後にした。

……そんな石上の胸中をもちろん、機微に敏い小野寺は分からないはずはなかった。

 

 

 

「(ああああああああああ!!!!ああああああああああああああああ!!!!!!!)」

 

人気の無い場所で、石上は喉まで出かかった叫び声を上げるのをぐっと堪えつつ身悶えしていた。

 

やってしまった。

いや、やってしまっていた。

 

あの時、つばめ先輩にハートのクッキーを渡したけど。

あれ、告白として受け取られてたのか。

いや確かに、今思えば返事が『考えさせて』だったり、あの直後少し余所余所しくなったりと腑に落ちる点は有るけど。

 

────いや、こっちはまだ良い。

もう、『終わった事』なんだから。

けど、よく思い返してみれば。

去年の奉心祭、僕がハート型のモノを渡したのはつばめ先輩だけじゃない。

 

『落とし物』なんて理由で、もう一人にも、ハートのアクセサリーを渡していた。

────今、僕が片想いしてる、アイツにも。

 

ああああああああああ!!!!アホか僕は!

無自覚告白とか!しかもあの時好きだった人と、今好きな人の2人に!!

何だ?何のフラグだコレ?

こんなのが許されるのはラブコメの鈍感系ハーレム主人公くらいなもんだろ!

ただの陰キャヲタクな僕がやっていい事じゃないだろ!!あああああああああああああ!!!!!!

 

……い、いや、落ち着け。

もう済んだ事、しかも1年くらい前の話だ。今更悔いたって仕方が無い。

大事なのは、これからどう動くか……って事なんだ。

だから、この事実を知った僕がやるべき事はただ1つ。

 

無自覚なんかじゃない、ちゃんと自分の意思で。

伊井野ミコに、告白する事だ。

 

そう決意した矢先、ある出来事が起きた。

奉心祭でのクラスでの出し物の準備を行っていた時の事。

去年同様小野寺が主導で準備を進めており、2人1組になって作業を行っていた。

ミコの気持ちを察している小野寺は気を利かせて、ミコを石上と組ませたのだが……

 

「……しがみ。石上」

 

「…………」

 

「……もう!石上!」

 

「……はっ!?あ、ああ、伊井野。何?」

 

「もう、しっかりしなさいよ。クラスの一員としても、生徒会副会長としても」

 

「う、うん。悪い」

 

告白を意識しだしてから、石上はこのように半分上の空になる事が多かった。

こうして、隣にミコが居る状況なら尚の事である。

サラッとして綺麗な髪。おさげをやめて解き放った事で少し大人っぽく見えるようになった顔立ち。

それでいて、子供のあどけなさという相反するはずの要素も違和感無く同居している奇跡的な現実。

昔は小うるさくしか感じなかった、怒ってムッとした顔も……今では、なんだか可愛らしく見えてくる。

 

──まいったな。いつの間に僕は。

コイツの事、こんだけ好きになってたんだろう。

 

そんな事を考えていると。

ミコの制服のポケットから、何かか音を立てて転がり落ちた。

 

「ん?伊井野、何か落ちて……」

 

果たしてその落ちたモノには、どこか見覚えがあった。

……いや、あったような気がした。

何故なら、落ちるや否やすぐに、ミコが血相を変えて慌てながら、目にも止まらぬ早業でソレを拾ってしまったからだ。

 

「…………見た?」

 

「い、いや、お前が拾うの早すぎて見えなかったけど」

 

「そ……そう。ならいいわ。ほら石上、そっちの飾り持ちなさいよ」

 

ミコはホッとため息をつくと、再び石上に作業を促した。

 

そしてその日の夜。

石上は、自宅で思いを巡らせていた。

 

昼間、伊井野が落としたアレって。

ハートのアクセサリーじゃないか?

しかも、去年僕が落とし物として伊井野に渡したモノと、同じヤツ。

……まさか、伊井野。

奉心祭で、誰かにアレを渡すつもりなのか?

アイツに今、好きな人が居るんだろうか?

もし、そうだとしたら。

僕がいくら告白したところで……

 

『(はぁ?これから私、○○くんに告白しに行くつもりだったのに……気分が萎えちゃったわ。空気読みなさいよ……ほんと、生理的に無理)』

 

────ダメだ。そんな事になったら、今度こそ立ち直れない自信すらある。

 

しかしそんな心配と同時に、石上の脳内にはもう1つの考えが浮かんでいた。

 

アレがもし、『去年僕が渡したモノと同じ形のモノ』ではなく、『去年僕が渡したモノそのもの』だとしたら。

伊井野はずっと、去年僕から渡されたあのハートのアクセサリーを持っていた事になる。

僕は知らなかったとはいえ、あんな伝説がある奉心祭で、僕から渡されたハート型のモノを、だ。

……という事は。もしかして。

アイツは……伊井野は……僕の事を……?

 

石上の胸の中で、否応なしに膨らむ期待。

と同時に、『そんなうまい話がある訳がない』という警笛も頭の中に鳴り響く。

 

希望的観測に任せて、奉心祭の高揚感と伝説にかこつけて想いを伝えるか。

大小いずれとも分からないリスクを恐れて、もっと確実に『伊井野と肩を並べられた』と自認出来るようになるまで控えるべきか。

石上の頭の中は、『告白』のふた文字で満ち満ちていた。

 

そして、そのふた文字で頭がいっぱいなのは石上だけではなかった。

 

「(あああああああああああああもう何でアレを落としちゃうのよ!私の馬鹿!)」

 

伊井野ミコは自室のベッドの上で、昼間の失態を悔いて悶えていた。

 

石上は、見えなかったって言ったけど。

ホントは見えたのに、私に責められるのが嫌でウソをついたのかもしれない。

もし、アレを見られてしまったのなら。

私の計画は、半分台無しになってしまう。

 

そう、ミコもまた、奉心祭である計画を練っていたのだ。

『ハート型のモノを贈ると永遠の愛がもたらされる』という、奉心祭の伝説。

それにかこつけて、石上にハート型の贈り物をしようと考えていた。

しかし、ミコは考えた。

何の理由もなしにハート型を贈り物を渡すのは……それはもう直球どストレートな告白のようなものであり、やっぱり……恥ずかしい。

それに、最近身の回りでおかしな事がある。

どうも、見覚えの無い生徒がちょくちょく自分の事を付け回しているようだ。

しかも何人かは、カメラをその手に携えていたのも見ている。

別に何か嫌がらせをする訳でもない、少し離れた所から見たり時折歓声をあげるだけのようなので、別に見られて恥じるような事も無いつもりだし、あまり気にしてはいなかったが……

もし、石上にハート型の贈り物をしている所を、その人達に見られでもしたら。

 

『(そんな……!真面目で清廉潔白だと思っていた伊井野会長が、不純異性交遊を!?破廉恥ですわ!)』

 

『(あれだけ男女の過度な接近禁止を謳っていた伊井野会長が石上副会長と!?もしや石上副会長を生徒会に誘ったのはご自分の為!?これはスクープですわ!マスメディア部に持っていかなければ!)』

 

などという事になってしまうかもしれない!

だから、その2つの懸念に対応する為には。

客観的に見て、納得出来る何か別の理由が必要なのだ。

────そこで、学年1位を堅持し続けるミコが導き出した結論は!

 

『(はい……これ。去年アンタが落とし物として届けたモノだけど、持ち主が見付からなかったからアンタのモノよ。渡そうと思ってたんだけど、今の今まで忘れてたの。今思い出したから、これ、あげるわ)』

 

────これで完璧じゃない!

そう、あくまで、所有権の切れた落とし物を届け主のアイツに渡すという、至って当然至極な理由よ。

コレで、誰かに見られても変な勘違いはされないはず。大丈夫よ!

 

……正直無理な所が多々あるが、初恋に盲目な乙女が精一杯考えた微笑ましい理由付けであった。

 

たが、石上にあのハートのアクセサリーを見られてしまったとしたら話は変わってくる。

あれを見られてしまったら、いくら理由を付けたところで……

 

『(伊井野……この前教室でソレ落としてたよな?

という事は伊井野はずっと持ってたワケだ。ハートの贈り物で永遠の愛がもたらされるって話の奉心祭で、僕から渡されたハートのアクセサリーを。

という事は……?何か理由こじつけて僕に渡そうとしてるけどさ……本当は伊井野は僕の事を……へぇ……へええええぇ……)』

 

 

となってしまう!

……けれど。今の自分には、これ以外の方法は思い浮かばない。

もう、やってみるしかない。

もし、本当の意図に気付かれてしまったとしても。

石上は、変な意地悪なんか言わないで、きっと受け止めてくれるはず。

 

ミコはベッドの上に横たわりながら、密かに決意を固めたのであった。

 

 

そして、両者の思惑が交差する中で……今年の奉心祭が幕を開けた。

 

と言っても、石上もミコもすぐ動く事は出来ない。

奉心祭中といえど、秀知院学園の生徒会長と副会長はそれなりに忙しいのだ。

特に生徒会長は、寄付金集めなどという本来いち生徒に任せて良いものではない仕事まで請け負わされる。

裏を返せば、そのくらい出来るであろうという生徒会長への信頼なのだが……

石上は果たしてミコ1人で出来るのかと心配していたが、時折仕事を抜け出してこっそり遠目から見ていた限りでは案外上手く行っているようだった。

低身長でやや童顔であり良くも悪くも嘘が下手なミコの姿勢は、年配の多いOB達からは可愛らしい孫を見るような感覚で逆に好感的に受け入れられているようだった。

 

とはいえ、2人の仕事はそれだけではない。

2-Aクラスメイトとして、出し物の運営の仕事も交代で有るのだ。

そして、2-Aの今年の出し物は……『メイド&執事カフェ』。

元々はクラスのリア充男子が『メイドカフェやろうぜ!www』とノリで提案したのが発端であり、そこに同じくリア充グループの女子が『なら男子は執事でね!』と被せた結果こうなった。

ミコは微かに抗議の声を上げようとしたが、クラスの熱気のうねりと『良いじゃん。この日だけの話だし』と諌める小野寺の声で沈黙せざるを得なかった。

そして、クラスの男子と女子をそれぞれ半数ずつに分けてシフトを組む事になったのだが……くじの結果、石上は午前の部、ミコは午後の部とシフトが別れてしまった。

つまり、2人は奉心祭を一緒に見て回る事が出来ないことを意味していた。

だが、これは2人ともすんなり受け入れる事が出来た。

もちろん一抹の残念さは残るが……両者共にロマンチストである石上もミコも、2人とも『動くなら後夜祭』と考えていたからだ。

後夜祭では、去年同様キャンプファイヤーの火が焚かれる。

石上もミコも、事を起こすなら、夜の闇にキャンプファイヤーの火が美しく照らされる後夜祭で……とイメージしていた。

 

とはいえ、朝昼の時間を無駄にするつもりは無かった。

ミコは午前の生徒会長としての仕事を粗方済ませ、一人でこっそりと自クラスへと足を運んだ。

もちろん、執事服姿の石上に接客してもらうのが目的である。

だが、いきなり入って石上に接客して貰えるとは限らない。

ミコはこっそりと、教室の外から中の様子を伺った。

自分のクラスなのだし、ちょっと様子を見ているだけ。そんな言い訳を自分にしつつ中の様子を覗いてみると……

石上はすぐそばに居た。

しかし、先客として他の女子を接客していた。

その相手とは……ミコの尊敬する人物であり、石上とは言葉のナイフで斬りつけ合う仲である珍妙生命・藤原千花であった。

交わしている言葉は聞き取れないが、にこやかだと思ったら、急にぷんぷんし出す藤原千花に、呆れたような顔付きで接客する石上。

──いつものミコなら、この2人のやり取りは何の特別な意味合いも無いモノだと気付けたかもしれない。

だが、告白の時が数時間後に迫り頭の中が恋でいっぱいの今のミコには。

2人のやり取りは、こんな風に見えてしまった。

 

『このハーブティー美味しいです〜!さすが石上くんですね!』

 

『お嬢様……僕がお嬢様の為に丹精込めて淹れたお茶を飲みまくってくれるのは嬉しいですけど……あんまり飲食し過ぎて、お嬢様の完璧な体型が崩れたら僕は悲しいですよ』

 

『……!もう石上くん!いきなり褒め殺してくるのはやめてくださいよ!』

 

……妄想力たくましいミコが生み出した、あまりにも現実からかけ離れた一幕である。

なお、実際のやり取りはこうである。

 

「このタピオカミルクティー美味しいです〜!いくらでも行けますよ〜!」

 

「藤……いやお嬢様、ホットケーキも合わせてどんだけ飲み食いする気ですか?体重気にしてたんじゃなかったんですか?」

 

「うるさいですよ毒舌執事!黙ってお嬢様に給仕してください!」

 

 

だが、声が聞き取れないミコは己の現実とかけ離れた妄想を信じ込んでしまう他無かった。

居ても立ってもいられなくなったミコは、悲しそうな顔でその場から小走りで立ち去った。

……そして、そんな光景を傍から見ていた人物が2人。

 

「……伊井野、何してたんだろ」

 

「決まってるでしょ小野寺さん。最近のミコちゃんが怪し気な行動取る理由は1つだよ」

 

「……あーね」

 

小野寺もミコの気持ちは察してはいるが、やはりミコの扱い11年のベテラン・大仏にはまだ及ばぬ所があった。

 

「まあ、午後の部には私達がひと肌脱いであげよっか」

 

「ん。面白そうだし乗った」

 

 

そして、午後の部。

 

ミコと一緒に回る事が叶わなかった石上は、一人で奉心祭を見て回っていた。

実のところ、最近は一緒に回ってくれる程度の友人は居ないこともないのだが、何となく一人で回りたい気分であった。

 

この後の後夜祭、果たしてどう告白すべきか。

そんな事をぼんやり考えながら、廊下を歩いていると。

 

「はーいそこのお兄さん。美少女が接客してくれるメイドカフェはいかがですか?」

 

典型的な売り文句が聞こえてきた方向を振り向くと。

 

「…………いや大仏、声かける相手間違ってるだろ」

 

声をかけてきたのは、メイド服姿の大仏だった。

ガチのヲタク女子だからか、こういうコスプレを妙に着慣れている感が滲み出ている。

 

「いや間違ってないよ。すっごく健気な美少女が接客してくれるんだから、ほら入った入った」

 

「は?え、ちょっ……」

 

強引に手を引いてくる大仏だったが、力任せに振り解くのも忍びないので渋々従う事にする。

 

「はーい!男子1名入りましたー」

 

「「「お帰りなさいませ!」」」

 

大仏の声に反応して、クラスの女子達が取り決められていた挨拶をする。

 

「はい、ここで着席してお待ちくださいねご主人様ー」

 

あまりやる気の感じられない声の調子の大仏が、石上を席に案内するとそそくさと下がっていった。

 

「……何なんだ一体」

 

内容の分かりきっている自クラスの出し物に入っても仕方がないだろうに。

そんな事を考えながら石上が待ちぼうけている中、仕切りの向こうでは……

 

「ほら伊井野、石上来たよ」

 

「な、何で石上が来たからって私に振るの」

 

「だって面白そうだし。伊井野がキライなはずの石上にメイドとして接するとどんな感じなのかなーって」

 

「む、無理無理無理!大体こんな格好……」

 

「みんなやってるじゃん?伊井野だけ恥ずかしがって接客しないなんてナシだって。ていうかみんな出払ってて空いてるの伊井野しかいないんだって」

 

女子で手が空いているのがミコしか居ないのは事実であったが、これは総括役の小野寺が石上が来るまでそうなるように回した結果である。

 

「う、うう……」

 

それでもなかなかOKを出さないミコに、小野寺はわざとしびれを切らした素振りを見せる。

 

「もー、しょーがないか。んじゃ私が行ってくるよ、待たせた分サービスいっぱいしてやんなきゃなー」

 

「えっ?ちょっサービスっていったい……」

 

ミコの言葉には反応せず、小野寺は石上の元へ向かって行った。

 

何かしら……サービスって……

 

気になったミコがこっそりと仕切りの向こうから様子を見てみると。

 

「ほらご主人様、こちらがメニューです。ゆっくり選んでくれて良いからね」

 

小野寺が、石上に密着せんばかりの勢いの近い距離で石上に接客していた。

 

「ちょっ……小野寺、何か近い」

 

「この程度はメイドの嗜みです。気にせず選んでくださいねー」

 

やや棒読みであるが、石上にそんな事を気にしている余裕は無かった。

力強い目の整った顔立ちの小野寺の顔が非常に近くに有り、何か良い匂いも漂ってくる。

そして、追い打ちと言わんばかりに……

 

「ちょっ、小野寺!?当たってる、当たってるって」

 

「ちょっとお待たせしちゃった分のサービスでーす。お気にせずー」

 

それほど大きくはないし服越しではあるが、確かな2つの柔らかい感触が石上の身体に当たっていた。

 

そんな様子を、ミコは顔を赤くしぷるぷると震えながら見ていた。

 

な、何よあれ。

麗ちゃん……まさか、石上の事?

それに、石上も石上よ。

あんな、あんなスケベな『サービス』とやらにドキドキしちゃって!

────そうよ、これは、接客なんかじゃなくて、生徒会長として、風紀委員として必要な事。

麗ちゃんが石上にくっついてて嫉妬してるとか、そんなんじゃ断じてないんだから。

 

意を決したミコは、仕切りから脱兎の如く飛び出して石上の席へと小走りで向かった。

 

「ちょ……ちょっと麗ちゃん!それ以上は生徒会長として、風紀委員として見過ごせません!私が代わります!」

 

「……はーい。んじゃ、後はよろしくね伊井野」

 

もはや言うまでもないが、元々こうなる事が目的だったので小野寺

はあっさりと聞き入れて引いていった。

 

「あっ、ちょっ……」

 

半ば勢いで言ってしまった為に、自分が代わるという発言を早くも後悔し始めたミコであった。

 

石上はというと、突如割って入ってきたミコのその姿を食い入るように見つめていた。

普段のきっちり着こなした制服とは大違いの、フリフリの可愛らしさ満点のメイド衣装に身を包んだミコの姿。

正直、メイドコスというもの自体はレトロ趣味であると思っておりそんなに好みではなかった。

だが……

 

「……そ、それで。注文は何にするのよ」

 

「ダメだよー伊井野さん。ご主人様にそんな言葉遣いしちゃ」

 

「…………ご、ご注文は何に致しますか?ご、ごしゅ……ご主人様」

 

近くに居たクラスメイトに指摘され、恥ずかしそうに言い直すその姿は……控えめに言っても、とても可愛かった。

 

「え、えっと……」

 

正直、先程の小野寺の『サービス』からのミコの登場で、何も考えられていなかったのでまだ決まっていなかった。

ただ、実は昼食がまだだったので、好物の1つであるアレを頼むことにした。

 

「じゃあ……オムライスで」

 

ミコがそれを聞いて一瞬ピクリとしたが、「かしこまりました、しょ、少々お待ちください」と言うと、仕切りの向こうへメニューを伝えに向かった。

 

……石上が己のやらかしに気付いたのは、その注文から数分経ってからであった。

 

ああああああああああ!!やってしまった!!

『メイドカフェ』で『オムライス』と言ったら……あのこっ恥ずかしいアレがお決まりじゃねーか!

いや、断じて違う。そういうのを期待して注文した訳じゃない。昼食がまだでお腹が減ってた、それだけなんだ。

けど、もし伊井野に勘違いされたら……

 

 

『(はい、これオムライスね。アンタ、そういうのを期待してコレを注文したんでしょ?モテないからって哀れね……ほんと……生理的に無理)』

 

あああああああああ!違う!!違うんだ伊井野!!!

 

悩める石上を他所に、複雑な面持ちのミコが皿を持ってやって来た。

 

「お……お待たせしました」

 

コトリとテーブルにオムライスを置き、そのまま立ち去ろうとするミコ。

石上の方も自分の名誉の為にそれ以上を求めていなかった為、アレはやらないのか、とホッとしたのだが……

 

「あーダメだよ伊井野さん!オムライスにはお絵描きサービスが必須って決めたでしょー?」

 

近くに居たクラスメイトの女子が、立ち去ろうとするミコを呼び止めた。

 

「い、いや別に良いっていうか……」

 

「ダメダメ!贔屓でサービスするのはアリだけど、逆に決まってるサービス減らすのはナシだから!さ、伊井野さん?」

 

「……う、うぅ」

 

……この女子が『生徒会のお二人を応援し隊』の一員であった事を石上とミコが知るのは、まだ先の話である。

 

メイド服のポケットからケチャップを取り出すと、ミコは恥ずかしそうに言葉を絞り出した。

 

「そ、それでは……美味しくなる為のおまじないをさせていただきます」

 

そう言いながら、ケチャップに絵を書いていく。

────だが、その絵が問題であった。

その絵とは、メイドがオムライスにケチャップで描くものとしては定番のモノ。

だが、この奉心祭では別の特別な意味を持つものであった。

 

「わー伊井野さん!ハート型とか……だいたーん!」

 

「えっ?」

 

ミコは、今しがた己の描いた絵の意味をすぐには理解出来ないでいた。

ミコの中では、『メイド喫茶のメイド=オムライスにケチャップでハートを描く人』であり、自分はあくまでそのイメージに従っただけなのだ。

石上に至近距離でメイド姿を見られる事の恥ずかしさにまみれていたミコは、この時すっかり忘れていた。

この奉心祭にて、ハートとは特別な意味を持つ事を……

 

数秒後、その意味に気付いたミコはみるみる内にその顔を赤く染めていった。

 

「ちっ、ちちちちちち違うのよ石上!私の中ではこういう時に描くのはハートっていう固定されたイメージが有ったってだけで、そ、その、そういう意味じゃ!」

 

「あ、ああ分かってるって」 

 

一瞬、もしやそういう意味なのかと期待したがやはり違ったのか、と石上は内心落胆した。

 

「んじゃ、最後にあのおまじない行っちゃおー!ほら伊井野さん!」

 

クラスメイトの女子に背中を軽く押され、ミコが恥ずかしそうにハートの描かれたオムライスの注視する。

そして……

 

「も……萌え萌えきゅんきゅん……お、おいしく……」

 

しかし、もうミコの羞恥心のゲージはとっくにリミットを超えていた。

 

「…………やっぱり無理よおおおおおおおおおおっ!!」

 

もはや茹でダコの如く顔を真っ赤にしたミコは、恥ずかしさが爆発した叫び声を上げてその場から猛ダッシュして去っていってしまった。

 

「ちょ、伊井野……」

 

石上が呼び止め切らない内に、あっという間にその場から去っていってしまったミコ。

 

……どうせ言い出してくれたのなら。

最後まで、聞きたかった。

そう思ってしまうのを、石上は否定出来なかった。

 

────いや、何も、今後永遠に聞く機会が無いわけじゃない。

今夜の、結果次第では。

今後、改めてやってくれる機会が有るかもしれない。

石上は改めて、今夜の決行への決意を固めた。

 

 

そして時間が流れ、とうとう後夜祭の時がやって来た。

 

石上の計画は至ってシンプルだった。

時計台の屋上にミコを呼び出し、あらかじめ用意しておいた、ハート型にあしらった花弁を持つ花を渡し……告白する。

何故時計台の屋上かといえば、去年の奉心祭での出来事を白銀から聞いていたからだ。

具体的な事は教えてはくれなかったが、時計台の屋上で互いに想いを伝えた結果、関係が大きく進展したらしい。

だったら自分も、そのゲンを担ぎたい。

少しでも、成功率を上げる為に。

アイツが好きなキャンプファイヤーのよく見える時計台の屋上で、告白する。

ちょっとは期待の持てるシチュエーションなんじゃないかと思えてきた。

 

そして石上は、ミコにLINEを送り屋上に呼び出す事にした。

文言も至ってシンプル、『伝えたい事があるから時計台の屋上に30分後に来て欲しい』、それだけだった。

そのメッセージを送ってから、15分程が過ぎた頃。

緊張でいつもより早く鼓動する胸を抑え、石上は時計台の屋上へと足を運ぼうとした。

 

だが、その時彼の耳に入り込んできたのは。

 

「ままー。どこ?ままー……」

 

実に心細そうに小さな声を上げる、一人の幼い少女の声であった。

2、3才ほどの幼稚園児だろうか。この年頃ならそばにいるべきはずの保護者がおらず、一人でとぼとぼと歩き回っている。

恐らく、奉心祭に来ていた客の子供なのだろう。迷子である事は、ひと目で分かった。

 

石上は、どう動くべきか迷った。

今この子に構えば、約束の時間には間に合いそうもない。

自分には、大事な用事が有る。心苦しいが、この子に構っている暇は無い──。

石上は、そのまま時計台の屋上へと向かおうとした。

……だが、その足ははたと止まった。

 

それで良いのか?

自分の告白の為に、迷子になり心細い幼い子を見捨てて行く。

それは、本当に正しい事なのか?

自分の欲を優先し、困っている人間をスルーして行く。

果たして、そうして告白が成功したところで……気持ちはすっきり晴れやかになるだろうか?

──何よりも、アイツが選んでくれた生徒会副会長として。

アイツに顔向け出来なくなるような真似をしてまで、告白を優先すべきなのか。

 

石上の心は決まった。

 

「えーっと、キミ……ママを探してるのかな?」

 

石上は、屈んで幼子と視線の高さを合わせて話しかけた。

 

 

それから、1時間が経ち。

『迷子を探してる親を見かけた』という他生徒の協力も有り、ようやくその子の母親は見つかった。

母親からは涙ながらにお礼を言われたが、そんなお礼を言われている最中……

 

『間もなく閉会式を始めます 皆様校庭にお集まり下さい……』

 

それは、後夜祭の終了を告げる校内放送であった。

母親を探すのにかなり時間がかかったので、こうなる事は薄々分かってはいた。

だが、現実にこうして告げられる事は……やはり、心に応えた。

 

自分は、奉心祭という絶好の告白の機会を逸した。

そして、伊井野を呼び出しておきながらひとり待ちぼうけさせてしまった。

 

その絶望が顔に出てしまったのか、母親は『あの……せっかくの文化祭中にお時間を取らせてしまって申し訳ございませんでした』と頭を下げてきた。

 

これは自分が決めてやった事なので、この人に罪は無い。

石上は慌てて『いえ、僕が進んでやった事なので大丈夫ですよ』と告げておいた。

すると、無事母親と引き合えた少女が、母親の後ろからとてとてと歩いて来て。

輝かしいにぱっとした笑顔で、『おにーたん、ありがと!』とお礼を言ってきた。

 

……これだけでも、この選択を採った救いがあると石上には思えた。

やはり、こんな幼い子の笑顔を曇らせたままなどという事は。

秀知院の……いや、アイツが選んでくれた生徒会副会長として、やってはいけない事だと思えた。

石上は笑顔で、『どういたしまして』とその子の頭を軽く撫でると。

『ちょっと急いで行かきゃならない所があるので』と、急ぎ足でその場を後にした。

 

 

 

そして、数分後。

石上は、待ち合わせの時間からかなり遅れて、時計台の屋上へとやって来た。

 

ひょっとして、この扉の向こうに伊井野は居ないかもしれない。

呼び出しておきながらちっとも来ない僕に呆れて、もう去ってしまったかもしれない。

仮に居てくれていたとしても、烈火のごとく怒っているかもしれない。

けれど、呼び出して待たせた責任として。

僕は、全てを受け入れる必要が有る。

 

石上はゆっくりと、屋上へと繋がる扉を開いた。

 

「…………遅かったわね」

 

石上の視線の先には、待ちぼうけを食らいながらも、律儀に石上が来るのをずっと待っていた、伊井野ミコが立っていた。

 

「……伊井野、遅れて悪かった。言い訳はしない、悪かった」

 

いくら止む無しだった理由が有ったとはいえ、呼び出しておきながら自分が取り返しのつかない遅刻をしてしまった事は事実。

ミコを見ると、小さな身体を小刻みに震えさせている。それだけでも、この寒空の中長い時間待ってくれていた事が分かるというものであった。

そんな伊井野の前では、何を言っても言い訳にしかならない。石上はそう痛感した。

 

「……それで、その。伝えたい事って、何よ」

 

実の所、ミコも内心では『期待』していた。

大好きなキャンプファイヤーがよく見える、2人きりのこの場所で、石上から伝えられる事。

否が応でも、期待は膨らんでいた。

もし、期待が外れたとしても。

それならば、自分から仕掛ければ良い。

あの時のハートのアクセサリーを、理由を付けて贈り返す。それで、奉心祭のジンクスは満たせる。

 

だが、もうその好機は過ぎてしまった。

後夜祭が終わった。つまり、奉心祭も終わってしまった。

ハートの贈り物で永遠の愛がもたらされるという、奉心祭の時間が……

待たされた上に、絶好の機会を逸してしまったミコは落胆していた。

 

ここで告白するつもりであった石上も、またも『失敗』してしまった事への落ち込みと、奉心祭のジンクスを利用する好機を失ってしまった事で。

告白しようという気持ちの高まりが、萎んでしまっている事を感じていた。

 

だが、呼び出しておいて、こんなに待たせておいて。

『やっぱり何でもない』は、あまりに失礼ではないか。

こっちがその気が萎んできているからって、このまま何もせずに終わるなどという事は、あってはならない。

奉心祭の時間が終わった今、告白はすべきではないのかもしれない。

だが、それと同じくらい大事な事を話すべきだ。

 

石上がなかなか話し出さない事にしびれを切らしたミコは、石上から視線を逸し眼下の校庭の方を見つめていた。

石上の視界に、そのミコの横顔が映る。

夜風に吹かれ、さらさらとはためくきれいな髪。

少し物憂げな表情。

その全てが、石上の心を打つものであった。

 

……そうだ。

今、失敗したからって、落ち込んでいる場合じゃない。

成功者の何人もが、こんな言葉を口にしているのを知っている。

『あの頃の失敗が有ったからこそ、今の自分がある』と。

 

今日は、失敗してしまった。

だが、この失敗にも何かしらの意味が有るのではないか。

だとしたら……

 

自分は今日、奉心祭の伝説に頼って告白しようとした。

それは、少しでも成功率を高めたかったからであり、間違いであるとは思っていない。

だが、少しその機を逸してしまっただけで、こんなにうじうじと臆病な思考に陥っているのは。

ひとえに、『自分が伊井野と釣り合う自信がまだ無いから』ではないだろうか?

成績だって、この前の試験でようやく30位以内に滑り込めた程度で、まだアイツには及ばない。

生徒会副会長としても、自分ではアイツを補佐しているつもりでも。

その実以前の濡れ衣事件のように、アイツに救われてばかりだ。

 

今日、この機を逸してしまったのであれば。

次のチャンスまでに、自信を持って『伊井野と釣り合う人間になれた』と胸を張って言える男になる────。

 

 

「……伊井野。伊井野は、気が長い方か?」

 

「えっ?……何よ突然。まあ、短い方だとは思いたくないわね」

 

曖昧な返事だが、今の石上にはそれで充分であった。

石上は、意を決してミコに話し始めた。

 

「伊井野。今はまだ言えないけど……来年、またこの場所で。今度は、待たせずにちゃんと来て、胸を張ってお前に言いたい事があるんだ。それまで……待ってくれるか?」

 

予想だにしていなかった石上の言葉に、ミコは驚いた。

だが、しばしの間目を閉じ、考え込む仕草をした後……

ミコは、ゆっくりと目を開き答えた。

 

「……なんか、アンタって重たいわね。1年も待ってくれって……」

 

『伊井野に言われたくない』と一瞬思ってしまった石上であるが、慌てて口をつぐんて続きの言葉を待った。

 

「けどまあ、良いわ。ちゃんと大事な事を話してくれたみたいだし、遅れたのは許してあげる」

 

ミコも、石上の言葉の意味するところは薄々勘付いてはいた。

来年また、奉心祭で、この場所で、伝えたい事。

ミコには、1つしか思い浮かばなかった。

もし、考えている通りの事だとしたら。

1年くらい、待っていられる。

 

「ありがとう、伊井野」

 

石上は、こんな不甲斐ない自分を待ってくれる事を了承してくれたミコへ、心からのお礼を述べた。

 

「……じゃあ、早く校庭に行きましょ。生徒会長と副会長が遅れたんじゃ、皆に示しが付かないわ」

 

「……だな」

 

石上は、寒そうにしているミコへ自分の上着をかけつつ。

ミコと共に、校庭へと向かって行った。

 

 

 

 

こうして、2人の秀知院学園高等部での2度目の奉心祭は幕を閉じた。

結局のところ、二人は想いを伝えることは叶わなかった。

だが、確かな約束を交わした事は────二人にとって、確実な進歩となった。

 

 

 

ちなみに、石上が助けたあの少女は国内最大手のブライダル事業を手がける会社の会長の孫娘であり。

その会長から今までになかった秀知院への寄付金が有り、来季の予算が潤沢になった事は余談である。

 

 

 




遅筆すぎて大変長らくお待たせしてしまい申し訳ございませんでしたm(__)m
原作の方はここ数ヶ月で色々あって、石ミコ諸兄は心が揺れ動いている事かと思われますが……こっちの方ではひたすら甘々な石ミコを貫いていきたいと思います。


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第15話 生徒会は下見したい

またも間が空き申し訳ございませんでした(^_^;)
今回は交流会の時と同じくオムニバス形式でお送りします。


石上とミコ、2人が約束を交わした奉心祭の夜から月日は流れた。

石上は明言しなかったし、ミコも口には出さなかった。

だが、あの夜の約束は2人の中では暗黙の了解で『1年後の告白を待つ事』と理解していた。

……つまり逆を言えば、『1年後までは関係は大きく進展しない』という事実を示す事にもなる。

それ故、藤原家にて行ったクリスマス(奇祭)や、年明けの行事でも特に事は動くことはなかった。

 

だが、秀知院学園高等部2年生の3学期には大きなイベントが有る。

そう、修学旅行である。

 

今回は、その修学旅行の話……

ではなく。

 

「は?生徒会の2年生組で修学旅行の下見?」

 

「うん……何でも、『秀知院学園の生徒会たるものそれくらいは任せても良い』って……校長先生が」

 

寝耳に水の言葉を聞かされ戸惑う小野寺と、困惑しながらも事情を説明するミコ。

 

「まぁあの校長先生、割とはっちゃけた所有るからな……」

 

合いの手を入れる石上もまた、つい先程校長からミコと共に説明を受けていた。

何でも、『自主性を重んじる秀知院だからこそ、学生視点で事前に必要な情報を集めてきて欲しい』との事だ。

結局のところ単なる思い付きである側面が大きいのであるが、上手い具合に現在の生徒会には2年生が3人居るので試みを試すにはちょうど良いだろう、との事で決まったらしい。

 

────そんなこんなで、石上とミコ、小野寺の3人は今!

北海道・札幌に来ていた!

 

「……で、伊井野」

 

「なに?麗ちゃん」

 

少し離れた場所で移動疲れを紛らわす為の伸びをしている石上に聞こえないよう、小声でミコに話しかける小野寺。

 

「私も来ちゃったけどさ、良かったの?おジャマじゃなかった?」

 

意味有りげに石上の方へ目配せしながら尋ねる。

 

「な、なんでおジャマに?そ、そんな事無いわよ。い、石上と二人きりなんてドキ……じゃなくて、嫌すぎて間が持たないから麗ちゃんが居て助かるよ」

 

ミコの受け答えはしどろもどろで、本心で無いのは明らかだった。

……もっとも、石上と二人きりでは間と心臓が持ちそうにないので、間に入ってくれる小野寺が居て助かるという所は事実ではある。

 

「そっか、サンキュ。ま、色々と頑張るわ」

 

小野寺は、今回の下見旅行での自身の役割をきっちりと把握していた。

石上とミコ、不器用な二人の仲を邪魔しない事は勿論、

二人共イベントでテンションを上げて盛り上がれるタイプではない為、そういった需要を満たせる情報を集めるのは自分の役割だと認識していた。

 

「さてと。んじゃ、これからどうする?」

 

ひとしきり伸びを終えた石上が二人に近付き話しかける。

 

「飛行機の中で話した通りよ。まずはホテル周辺の各地を三手に分かれて、各々必要な情報をリサーチしてくるの。私達なら出来るでしょ?」

 

ミコが石上と小野寺を見ながら言う。

 

「まあ、ホテル周辺なら大丈夫だろ……けど、伊井野」

 

「な、何よ?」

 

急に真面目な顔つきで自分の方を振り向く石上に、ミコは一瞬ドキリとする。

 

「……変な所行くなよ?」

 

「な、何よ変な所って!?アンタと一緒にしないで……」

 

ちょうどその時、3人の近くを派手な若い女性達が大声で喋りながら通り過ぎて行った。

 

「ねぇ、すすきののクラブに平野●耀くん似のオトコが居るっぽいよ〜」

 

「マジ?行こ行こ!」

 

……言うまでもなく、ミコの視線はその声が聞こえてきた方向に釘付けとなっていた。

 

「……石上、やっぱ私伊井野についてこうか?」

 

「……そうした方が良いかもな」

 

「い、いや大丈夫よ!?行かない!そんな所行かないから!」

 

「……どーだか」

 

こうして、期待と一抹の不安が入り交じる中。

3人の修学旅行の下調べがスタートした。

 

 

①伊井野ミコは超食べたい

 

俺の名前は小田島三郎……しがない中間管理職だ。趣味はラーメン屋巡り。

今日は出張先の北海道にあるラーメン横丁にある店へ足を運んだ……

 

「いらっしゃいませ!ご注文は?」

 

若い店員の元気な声が店の中に響き渡る。

注文は勿論、この店一番人気の味噌バターラーメン……

 

に決まっている!!

 

「味噌バターラーメン1つ」

 

ここ北海道は札幌まで来ておいて、他のラーメンを頼むのは。

よっぽど他のラーメンが好きか、通ぶったにわかのどちらかと相場は決まっている。

時にはド定番が最適解という事もあるのだ。

 

──そんな事を考えていると。

店の戸がガラガラと開けられ、一人の小柄な少女が入って来た。

まるで知り合いの誰かに見られていないかを気にするかのようにきょろきょろと辺りを見回しつつ戸を閉める。

アレか?『自分のイメージと合わないラーメン屋に居る事が知られたらどうしよう』という女心か?

見た目通り可愛いお客さんだ。ラーメン屋に不慣れなお嬢ちゃんだろう。

 

「いらっしゃいませ!ご注文は?」

 

「えーっと……」

 

店内のをきょろきょろと見回す少女。恐らくメニューを見ているのだろう。

すると視線がある一点に止まり、ぱあっと輝く笑顔を見せた。

 

「えっと、みそバターラーメンの……チャレンジメニューで!!」

 

それを聞いた小田島は、ブーっと吹き出した。

 

ば、バカな!?チャレンジメニューだと?

店内に貼り出してあるポップを見てみると、

 

『麺だけで1435g!30分以内に食べ切れたら無料&寸志贈呈!』

 

とある。

俺にはとても喰えた量じゃないが……それをこの小柄なお嬢ちゃんが?

 

まさかこの娘も……『喰える(こちら)側の人間』なのか?

あの黒リボンの少女のように……

いやしかし、あのレベルの女神に愛された奇跡の少女など滅多にお目にかかれるものではない。うら若き乙女に喰える(こちら)側の人間がそう多いとも考え難い。

お腹を空かせてきたのかもしれないが、こんな小柄な少女の空腹程度では収まるモノじゃないぞ?

 

だが、そんな小田島の心配を他所にその少女は目をらんらんと輝かせて巨大ラーメンが来るのを心待ちにしている。

そして、時が経つこと16分ほど……

 

「お待たせしました!チャレンジメニュー・超超超超大盛りテラMAXみそバターラーメンです!」

 

「ふわあ……」と恍惚している少女の前に、巨大なみそバターラーメンの丼が置かれた。

丼の大きさは通常の数倍、バターも5個も6個も麺の上に置かれている。

見ているだけで胸焼けがしそうだと小田島が考える中、その少女は目の前に置かれた麺をかっ喰らおうとした。

が、何かに気付くと慌てて居直し、あろう事か丁寧に手を合わせて「いただきます」と言ったではないか。

 

なんて事だ。このチャレンジメニューは量に対して時間は決して多いとは言えない!

既に店員はストップウォッチを動かし始めたというのに、なんという余裕だろうか!?

まさかこの娘……見た目によらず大食いだとでも言うのか!?

 

──小田島の予想は、10分後には確信に変わった。

何せ、あれだけ大量に有ったはずの巨大ラーメンが。

今やもう、半分も残っていないのである。

そしてその少女の麺をかっ喰らう勢いは、全く衰えるところを見せない。

 

小田島はその光景に絶句していた。

 

確かに、近頃の大食い界はよくよく考えてみれば一見そぐわないような小柄な女性が多い。

『イメージ通り』な大柄の男は、あくまで常識の範囲内での『大食い』に収まる事が殆どで、

大食い競争の番組に出て終盤まで勝ち残る異次元レベルの大食いは、得てしてイメージに合わない華奢な女が多いというものだ。

頭では分かっていたつもりだ……だが、実際に目の当たりにするのとしないのとでは、やはり大きな差が有る。

 

この可愛らしい少女の腹の中に、どんどんラーメンが吸い込まれていくその様は妙な迫力が有る……。

いや、それよりも何よりも、なんと美味そうに食べるのだろうか。

普通の胃袋では、食べ切る事に必死でこんな量を最後まで味わって食べる事など不可能だ。

だがこの娘は、食べ始めから今に至るまで、ずっと幸せそうな表情でラーメンを食べている!

味わって食べる余裕がある証だ!

あの量を味わって食べられるとは……大食いの特権だな。

 

小田島は、過去へと思いを馳せていた。

 

──俺にもあったな、そんな時代が。

部活帰りの腹ペコな時なら、替え玉を2つも3つも頼んで完食出来ていた時代が……

今では胃がその量を求めていない上に、血糖値を気にしてそんな量は喰えやしない……

──俺は、どうしておっさんになっちまったんだ……

 

小田島は、あの『黒リボンの少女』と会った時と同じように涙を流した。

そして、衰えた自分に脇目も触れず、完食へのラストスパートを突っ走る少女へと心の中で声援を送り出した。

そうだ走れ!振り向くな!!

その膨大な量を以てして尚全て味わって食べられる!それは大食いの人間の!そして俺が失った若者の特権だ!!

 

──そして、その少女は華奢な腕で精一杯持ち上げた巨大な丼を下ろし。

「ごちそうさまでした!美味しかったです!」と、輝かしい笑顔で言い放った。

 

「完食おめでとうございまーす!」と店員の賛辞の声が高らかに店内に響く。

小田島やその他の居合わせた客も思わず我を忘れて拍手を贈り、少女は照れくさそうに「あ、ありがとうございます!」とお辞儀している。

 

「すいません、チャレンジメニュー完食出来た方に写真撮影をお願いしてるんすけど、良いっすか?」

 

スマホを持った店員が少女に声をかけるが、少女は「あ、あの……ちょっと恥ずかしいので……いいです」と断っていた。

小田島は内心舌打ちをした。

せっかくの快挙なのだから、堂々としていれば良いのにと思ったからだ。

 

──しかし小田島は数分後、彼女の言葉の意味を知る事となる。

その少女の素晴らしい食べっぷりに触発され、『今日はもう1杯行ってみるか』と、横丁の中の隣の店に入った小田島が見たものは。

その店でもチャレンジメニューを食し、既にほぼ食べ切っていた少女の姿であった。

 

──これは、確かに恥ずかしがるのも分からなくもない。

大食い具合が自慢になる我々男と違い、女は大食いである事を隠したがるものだ。

となれば、完食後の写真撮影は拒否するしかないだろう。

──何せ、横丁の中のどの店に行っても彼女の写真が載っていようものなら知り合いに高確率でバレてしまうからな。

 

小田島は、夏に会った黒リボンの少女と、今日ここで出会ったおさげの小柄な少女に想いを馳せ。

これからのラーメン界の担い手には困らなさそうだ、と独り勝手に満足するのであった。

 

 

 

②小野寺麗は少しだけ……

 

「────ふう。コースの下調べはこんなところかな」

 

札幌のとあるスキー場にて、コース全体をひと通り滑り終えた小野寺がゴーグルを上げてひと息ついていた。

今回の修学旅行の目玉の一つであるスキー。

昔からちょくちょくやっていたとの事で、初心者から上級者までそれぞれに適したコースを小野寺が下調べにやって来ていたのだ。

スキー経験も有り運動神経の良い小野寺に滑られないコースは無いので、全てのコースの調査が一人で出来るのだ。

 

──しっかしまあ。

このスキー場にあいつらみたいな熱々な奴ら連れてきたら、雪溶けちゃわないかね?

 

……小野寺の言う『熱々な奴ら』とは、勿論石上とミコの2人の事である。

 

もうさ、伊井野が石上の事好きなのはバレバレだけど。

石上の方も、伊井野の事好きっしょ?

伊井野ほど分かりやすくはないけど、あいつもあいつでしょっちゅう伊井野の事見てるし気にかけてるし。

多分、どっちかが告れば即くっつくと思うんだけど。

お互い変なプライドとか心配事が有るのかね?

伊井野は……多分今まで言ってきた事が事だけに言い出せないぽいね。

石上に対して散々あれこれ言ってきてたし、そもそも男女交際に対しても『過度な接触禁止』っつって取り締まって来た手前、そりゃ告白しにくいっしょ。

石上の方は……まあ単純に自信が無いんだろーね。そもそもアイツが自信有りげな所見たこと無いし。

『僕なんかが伊井野に釣り合うのか』とか思ってそう。

私から見れば、お前じゃなきゃ誰が伊井野とくっつくんだよ、って感じなんだけど。

いっつも伊井野の事気遣ってフォローしてやってて。

つばめ先輩に惚れてた頃からそうしてたんだから、好きな相手への『点数稼ぎ』の為にそうしてる訳じゃなさそうだし。

どっちかが頑張って動けば、すぐくっつくと思うんだけどなー。

……いや、案外どっちも動く為の計画を練ってたりして。

早ければ今度の修学旅行とか。

いや、今回の下見でとか。

……もしかして、私と居ない今この瞬間にも2人で居たりとか……?

 

いや、無い無い。

んな事出来るくらい動きが早かったらとっくにくっついてるっつーの。

私もちょくちょく煽ってみるけど、これまた息ピッタリに否定して動かないし。

 

……ま、私もあんま人の事言えたモンじゃないんだけどね。

客観的に見て、多分自分は石上辺りの人間に言わせれば『リア充』『ギャル系』に見えるんだろうけど……

ぶっちゃけ、これまで付き合った事すら無いし。

このメイクも、オトコ受けがどうこうってんじゃなく気に入ってるからやってるだけ。

つーか、好きになれるオトコが居ないのね。

こういう見た目してるからかもしれないけど、自分に声かけてくるオトコってさ……

 

「──ねえねえ、いま一人?」

 

…………あー、頭ん中で考えてたら来たよ。

そう、こういうチャラくて遊び慣れてそうなヤツばっかなんだよね。

 

「ねぇ、今一人っしょ?どっから来たの?良かったらオレ達と一緒に行く?」

 

……断ってとくけど、私はカルいわけじゃない。

付き合うならよく人柄見てからにしたいし、こんな行きずりのオトコとちょっと話しただけでそんな気持ちになる訳ねぇじゃん。

見た目良くたって、中身がある程度分からないとそんな気にはなんない。

全部、とは言わないけど、ある程度中身知って『もっと知りたい』って思ってからじゃん?

 

「──ねえねえ、無視?無視はやめてくんないかなーオレのピュアハート傷付いちゃうから」

 

それを聞いて、もう一人の男が『どこがピュアなんだよ』とげらげら笑う。

 

ほんと、どこがピュアなんだよと言ってやりたい。

ナンパしてくるようなヤツって、殆どが『遊び』慣れてるヤツでしょ。

その場で見た目良い娘捕まえて色々ちやほやしてヤる事ヤってはいさよなら、ってヤツ。

『未経験』が良いとは言わないけど、フラフラした遊び人は絶対ヤダ。

 

「ねえねえ、スキー教えてあげるからさ、来いって」

 

無反応を貫く小野寺に、男の片割れがさりげなく体を寄せ、腕を絡め取って来る。

 

「……迷惑なんですけど」

 

ここまでされたら流石に無視する訳には行かないので、小野寺は冷たい視線と声を送る。

 

「おっ良いね気の強い娘。オレ気の強い娘好みだよ?」

 

「そうそう、キミみたいな娘に『色々と』楽しい事教えてあげるのが楽しいんだよね」

 

……あー、コイツらちょっとヤバいかも。

スマホ出して110かけて画面見せてやるか。そうすりゃ流石に逃げるっしょ。

 

そう思った小野寺だが、スマホを出した途端、小野寺の意図を察した男が素早く小野寺のスマホを引ったくった。

 

「いや今スマホとか良いからさ〜、オレらとおしゃべりしようよ」

 

……フツーにひったくりなんですけど?

あーもう、目立つのヤだしスマホ持ち逃げされるリスクも有るけど、大声出して助け呼んでみる?

 

小野寺が対処に思案し出した、その時──。

 

「あの……ちょっと」

 

「あん?」

 

ナンパ男の片割れに手を置く男が一人。

 

「その人に手出したらマズいっすよ」

 

「(え……?)」

 

スキーウェアにゴーグルを付けていて一見すると分からないが、その声はどう聞いてもあの男であった。

 

「は?何がマズいんだよ?つーか誰だよテメエ」

 

割って入って来た男に肩を怒らせ突っかかるナンパ男の片割れ。

 

「いや、僕はただの通りががりですけど……さっきその人、めっちゃムキムキの人と腕組んで歩いてましたよ。ナンパとかしたら目ぇ付けられるんじゃないですか?」

 

互いに驚いた顔を合わせる2人のナンパ男。

 

「ま、マ?ガチで言ってる?」

 

「……マジのガチです。一緒にタピってかなりイチャこいてましたよ。とりあえずそのスマホは早く返した方が良いんじゃないですか?」

 

再び顔を見合わせた男達は、『わ、悪かったねちょっと話して欲しくてさあ』などと言い訳しながらスマホを小野寺に返すと。

『じゃ、じゃあ今日はなんか都合が悪いみたいだから?また会えたらそん時に教えてあげっから!』などと震えた声で別れの言葉を吐きつつ、そそくさと滑って行った。

 

後には、呆然とした表情の小野寺と謎の男の2人が残されたが、

ナンパ男達が離れて行った事を確認すると、この場を収めてくれた謎の男も『じゃ、僕もこれで』と去ろうとした。

 

……が。

 

「石上」

 

小野寺が、ハッキリとした声の調子で謎の男……もとい石上を呼び止めた。

 

「……な、何でバレt「声で分かるでしょ」

 

ため息を一つ吐き、観念したようにゴーグルを上げるとそこには小野寺の見知った顔が有った。

 

「アンタもここ来てたんだね」

 

「……ん。まあね」

 

「……まあ、あの場を助けてくれたのはサンキュ。けど私スキー場行くって言ってたじゃん?どうしてアンタもここに居んの?」

 

「……いやその、生徒会副会長として、スキーの1つも滑れないと格好が付かないと言うか、なんというか……」

 

「あーね。だからこっそり練習しに来たって訳か」

 

石上の言葉はあながちウソには聞こえない。

だが、どこかウソっぽいところも感じる。

伊井野はともかく、石上ってそう『生徒会副会長として云々かんぬん』言う系じゃないっしょ。

スキーくらい滑れないとカッコが付かないって言ったのは多分本当だろーけど。

カッコつけたい理由は、生徒会副会長だから、とかじゃなくて。

……多分、イメージ的に滑れなさそうな誰かさんをエスコートしてやりたいとかじゃないかなー。

 

……はー。しゃーないな。

 

「……ま、助けられた恩も有るし?もうひと通り調べ終わったし、バレたついでに私が教えてやっても良いけど?」

 

「……え」

 

「何?私じゃ物足りなみがヤバい?」

 

「い、いや、ヤバくはないけど」

 

どーも私と話すとちょっと挙動不審になるところがあんだよね。

今までが今までだけに、多分私みたいなタイプは苦手なんだろうけど。

今好きなのは、私とは違うクソ真面目ちゃんでカワイイアイツなワケだし?

 

「んじゃ、さっさと行くよ。初級者コースで教えてやっから、ほら」

 

「あ、ああ」

 

石上は、小野寺に言われるがまま初級者コースへ歩き出そうとした。

 

……ところが小野寺は、前を行こうとする石上の背を、見つめる事数秒。

 

「ちょっと待てって」

 

「え?」

 

小野寺に呼び止められた石上が振り返る。

 

「……またさっきのみたいなバカに声かけられるのもウザいし。初心者コースに着くまでだから。……ほら」

 

そう言うと、小野寺は普段のクールな表情のまま。

先程ナンパ男に掴まれていたその腕を、石上の腕に絡ませて。

自分の身体を、石上に預けた。

 

「ちょ、ちょっ!?小野寺さん!?」

 

「まーたさん付けしてるし。要らないって言ったじゃん」

 

「い、いやそのなんか急に……」

 

「つーかテンパりすぎて草生える。初心者コースまでのウザいオトコ避けって感じでよろしく頼むわ」

 

「え、えー……」

 

石上には、明確に断る理由は見当たらなかった。

見られたくないアイツは、多分今頃ラーメン横丁で幸せに包まれてるだろうし。

何より、小野寺の言う事も一理無いことも無いからだ。

隣に腕を組み合った男が居れば、まず間違いなくナンパ避けにはなるだろう……

 

「……しょ、初心者コースまでだぞ」

 

「そう言ってるっしょ。ほら早く歩く」

 

そう言って、2人はゆっくりと歩き出した。

 

 

……今、好きなオトコなんて居ない。

…………けど、もし。

もし、伊井野がコイツを好きな事を知らなかったら。

もし、コイツも伊井野を好きな事を知らなかったら。

多分一途で、絶対気遣いが出来て、案外勇気もあるコイツは。

『そういう相手』として……ワンチャン、ワンチャンだけど……有った、かも。

 

あ、安心して伊井野。

横から掻っ攫うような真似はしないから。

んな事したら絶対ドロドロ不可避でしょ?そんなんマジ勘弁だから。

 

でもまあ、そろそろ私も探すとすっかな?

見た目はもうちょいイケてる感じのが良いけど。

中身は……コイツに近いような奴をさ。

 

 

 

③石上優は明かしたい

 

各自ひと通りの下調べが終わったその日の夜。

修学旅行時に宿泊予定の大きなホテルに、3人は宿泊していた。

……もちろん、男女で部屋を分けてある。

夕食は美味しかったし、下見である事を世間話の中で明かした人の良さそうな女将からは『あらぁ〜若いのにエラいのねぇ』と褒められたりした。

風呂も広く、大浴場に隣接する露天風呂もまずまずの大きさと居心地であり、

懸念の1つであった覗きもほぼ不可能であることが分かり、石上は胸をなでおろした。

 

──そして、深夜。

修学旅行の深夜といえば、見回りの教師の動向に気を配りつつ、皆で一部屋に集まって語り明かす……というのが定番であるが、下見である今回はそんな事は出来ない。

では、素直に眠るのかといえば……そうでは無かった。

一人男部屋に居る筈の石上は今。

ホテルの屋上で、夜空を見上げていた。

 

「…………はぁー」

 

ため息を1つついた石上だが、別に落ち込んでいる訳ではない。

東京よりずっと綺麗に見えるここの夜空を目の当たりにし、思わずため息が出てしまったというだけだ。

 

……あの約束を交わした夜も、方向性は違えど綺麗な夜空だったな。

あんな約束、したはいいけど。

ほんとにあと10ヶ月ちょい後の奉心祭までに、アイツに並び立てる男になれるんだろうか?

……まあ、なれようがなれまいが前に進むしか道は無いんだけど。

ああ言った以上、もう下手な事を考えずに王道を往くのが最善手のはずだ。

一応、もう『仕込み』も始めてる。

やるんだ。やるしかないんだ。

──アイツと、一緒になる為には。

 

そんな事を、石上が考えていると……。

屋上に繋がるドアが、ガチャリと開いた。

驚いて石上が振り向くと、開いた扉の先には。

誰であろう、今石上が頭の中で考えていた人物・伊井野ミコが立っていた。

 

「い、伊井野?どうしてここに」

 

「……トイ……いや急に目が覚めちゃって、外に出たらアンタがソロソロとどこかに行くのを見かけたのよ。何で夜更かしなんかしてるのか、気になっただけ」

 

そう言いながら、ミコは石上の方に歩いて来た。

 

言い直しはしたが、要するに夜中にトイレに行った帰りに僕の姿を見付けて後をつけてきたって事だろう。

……タイミングが良いのか、悪いのか。

 

「で、アンタは何しにこんな所で夜更かししてるのよ?」

 

「……東京より空が綺麗だと思ってさ。誰も居ない静かな屋上でじっくりぼんやり眺めるのも良いかなぁって思っただけだよ。旅行本番じゃ抜け出してこんな事する訳には行かないだろ?」

 

「そりゃまあ、そうだけれども」

 

『コイツも案外ロマンチストな所あるのね』などとミコは考えつつ、風邪を引かれても困るので石上に警告しておく事にした。

 

「星を眺めるのも良いけど。この時期だから風邪には気を付けなさいよ?じゃあ、私は戻るから」

 

本当ならば、ここで石上の隣にでも座って自分も付き合うべきなのかもしれない。

けれど、この前あんな約束をした以上。

ここで動いてしまうのは、なんだか得策ではないような気がした。

それに、自分もそうそう身体が強い訳じゃない。こんな所で長らく夜更かししてしまえば、言った自分が風邪を引いてしまうかもしれない。

ここは大人しく、部屋に戻って眠ることにしよう。

 

そう考えた上での、ミコの行動であった。

────しかし、人生とは思う通りに進まないものである。

扉の取っ手に手を掛け、扉を開けるべく捻ったミコが気付いた事は。

いつの間にか、扉にカギがかけられているという驚くべき事実であった。

 

「え……えっ……?」

 

ガチャガチャと取っ手を捻り続けるも、頑として扉は開かない。

 

「何やってんだよ、手がかじかんで動かせないのか?」

 

見かねた石上がミコの背後にやってきて手を伸ばす。

 

「ち、違……あっ」

 

ミコがあっ、と声を出したその瞬間には。

取っ手を離そうとしたミコの手に、石上の手が覆い被さる形となった。

 

「「あっ」」

 

2人の声が重なる。

その日は、確かに寒い北海道の冬空。

しかし、そんな冬空の下でも感じる、確かな温かさが……そこには有った。

 

「わ、悪い伊井野」

 

「う、うん……」

 

2人共慌てて手を離し、視線を明後日の方向に向ける。

何だか、お互いの顔を見てはいけない気がした。

そこにある相手の顔が、どんな顔か……お互いに、何となく分かっていたような気がした。

 

その場にしばし流れる沈黙。

やがて、気まずい沈黙に耐えきれずにミコが口を開く。

 

「で……ど、どうするのよ。何でか、閉まってるんだけど」

 

「あ……ああ、そうだな。どうするか……」

 

扉にカギがかけられているのは、先程ミコの手に触れて察した。

かじかんでいる訳でもないのに開かないとなれば、カギが閉まっているに違いない。

 

2人は知らないが、2人が話している間に、見回りに来たホテルの人間が屋上への扉を閉めたのだ。

本来ならば屋上に誰も居ない事を確認してから閉めるべきだったのだが、

運悪くこの日は見回りの人間も疲れで注意力が散漫であり、確認もせずにうっかりカギをかけてしまったのだった。

 

「……けど、どうするって言ってもなあ」

 

石上は考え込むも、特に打開策を見出だせない。

多くの人が寝静まっているこんな時間なのだ、大声で扉を叩いて騒いでも迷惑なだけで人が来てくれる確率は限りなく低い。

 

「……何も、考えつかないわよね」

 

ミコもまた、お手上げ状態であった。

そういう時は、とりあえず周囲を調べてみれば何か見つかるかもしれない、という事で2人で周囲を探ってみるが……

 

「伊井野、そっちどうだった?」

 

「……そう聞くって事はそっちは何も見つけられなかったのよね。こっちも同じよ」

 

その答えを聞いた石上はため息をついた。

屋上は貯水タンク程度で他には何も無く、警報装置のようなものも見当たらなかった。

 

「じゃあ、やっぱり……」

 

こうなるともう、2人の脳内に最初に浮かんだ『最後の選択肢』を取る他無さそうであった。

 

「一晩明かすしかないだろうな。ここで」

 

そう、朝になり屋上へのカギが開けられるその時まで待つ他無さそうだ。

 

「幸い、夜食もどきと水分は有る」

 

不幸中の幸い、元々夜更かしする気で来ていた石上はお菓子とジュースを持って来ていた。

 

「……それなら、何とかなるかもね」

 

少し前向きになったそのままの勢いで、2人はその場で朝を待つ事にした。

 

しばらくは共に星を眺めたり、他愛もない話をしていたが……

やはり、2人共そうトークが上手い訳ではない上に、今は互いに互いを意識していて気まずい距離感。

『じゃあ、無理にでも寝るか』という流れになるのはそう遅くはなかった。

 

……が、忘れてはいけない。

雪が降っていないのがせめてもの救いとはいえ、ここは真冬の北海道。

そんな寒空の下で眠ろうとしても、つまり……

 

「(さ……寒っ……)」

 

こうなるのは必然であった。

元々筋肉量が同年代の女子の半分程度しかないミコにとって、寒いのは大の苦手であった。

しかし、現状既に石上が上着を貸してくれている。

『お前の方が寒いだろ、無理すんな』と貸してくれたこの上着を既に身に纏っている以上、これ以上に暖かくなる方法など有りはしなかった。

 

……いや、1つだけある。

 

だが、ミコは頭に浮かんできたその方法をぶんぶんと頭を左右に振って霧散させた。

 

いやいやいや、それは無いわよ。

本や漫画の読みすぎなのかな?こんな方法が浮かんでくるだなんて。

現実であんな事、やる訳ないのに。

あんな……あんな方法、あまりにスケベェすぎるわよ。

そうよ、これは寒すぎて頭がぼーっとして変な事が浮かんできた、それだけ。

それだけなんだから。

決して、心のどこかで石上にあんな事してほしいとか、そういう訳じゃないんだから……

 

ミコは、小刻みに震える身体をしゃっきりさせようと気合を入れ直した。

 

すると。

 

「……なあ、伊井野」

 

石上が、ミコの背中の向こうから声をかけてきた。

 

「な、何よ、石上」

 

応えるミコの声は、少し震えた声である。

 

「やっぱり、上着有っても、寒い……よな?」

 

「だ……だいひょ……大丈夫よ。こ、これきゅ……これくらい……」

 

「……大丈夫じゃねえだろ」

 

そう言って石上は、いつの間にかミコのすぐそばまで近づいてきていた。

 

「なあ、伊井野。もし良かったら、だけど……嫌なら、ハッキリ言ってくれていいけど」

 

一旦言葉を切り、そして意を決して言葉を続けた。

 

「その……雪山の遭難とかでよく有るだろ?その……お互い身体を寄せ合って、身体を暖めるってヤツ。その……もしお前が、嫌じゃなければ、だけど……そ、その。試して……みるか?」

 

ミコは石上の申し出に、驚いて石上の方を振り向く。

石上の表情は、照れの感情で満ち満ちていた。

 

……これは、決して卑しい気持ちで言ってる訳じゃない。

上着有っても身体を震わせてる、こんな情けない私の事心配して。

私に貶されないかを心配しながら、申し訳無さそうに言ってる。

 

……アンタから、そんな事言われたら。

私は、こう答えるしかないじゃない。

 

「……うん。お願い」

 

ミコは、自分の顔もまた赤くなるのを懸命に堪えつつ……自身の背中を差し出した。

 

「じゃ、じゃあ……隣、良いか?」

 

「隣に来なきゃ出来ないじゃないの。ほら、早く来なさいよ」

 

そして石上は、自らの背中とミコの背中を合わせ。

服越しではあるが、2人は密着する事となった。

 

「(……あったかい)」

 

合わさる背中から、確かな温もりを感じる。

流石に地肌同士は色々とマズそうな為、下に着ていたシャツ1枚同士を隔ててはいるが、石上の体温が伝わってくる。

女の自分とは全然違う、硬い身体の感触と高い体温。

ただ、背中を合わせているだけのこの瞬間にも、ミコは石上優から『男性』というものを感じずにはいられなかった。

 

どうしよう?どうしようどうしようどうしよう?

ただ、背中を合わせてるだけでこんなにドキドキするのに。

もし……もし。

合わさるのが、背中じゃなくて……違う面だったら。

いったい、自分はどうなってしまうのだろう。

 

ドキドキして、目が覚めてしまっている。

しかも、背中を合わせて少しはマシになったはずなのに……相変わらず、寒い。まだ、震えは止まらない。

 

せっかく、石上が気を遣ってくれてるのに。

早く落ち着きなさいよ、私の身体。

こんな……こんな身体。

いくら食べても、太りはしないけどおっきくもならない、こんな小さな身体。

こんな身体じゃなければ……石上に心配かける事も無かったのに。

 

寒さだけでなく、悔しさがミコの身体の震えを一層激しくした。

 

……そして、そんな震えは背中を合わせる石上にも当然伝わっていた。

 

伊井野。まだ、寒いのか……

そうだよな。背中合わせるだけじゃ、大して効果無いよな。

……正直、『これ以上』は、僕もどうなるか分からない。

正気を保てず、おかしな事に走ってしまう可能性も否定出来ない。

けど、今はそんな心配をしてる場合か?

すぐそこで、大事な人が寒くて震えてるのに。

僕がやらないで、どうする?

 

石上は、心の中で改めて決意を固め直した。

そして……合わさっていた背中をそっと離し。

ゆっくりと、ミコの方を振り向いた。

 

「……石上?」

 

ミコが、頭だけ石上の方を向いて話しかける。

 

「なあ、伊井野。これ以上……これ以上が嫌だったら、ハッキリ言ってくれていい。気に入らなければ蹴っ飛ばしてくれても良い。けど……下見旅行を頑張ったお前を、このまま放っとけない。だから……」

 

石上は、震えるミコの身体を掴み、ゆっくりと自分の方に向かせ直した。

 

「ちょ、ちょっ……」

 

ミコは、石上の意図せんとする事が分かり慌てた。

 

──ダメよ。ぜったいダメ。

これ以上……これ以上は……

 

しかし、慌てながらも石上の目を見つめるミコは。

石上のその目に、卑しい気持ちは宿っていない事を目の当たりにした。

 

しばし、互いに無言で見つめ合う石上とミコ。

石上は、決してこれ以上は動かない。

ミコには、その理由が分かった気がした。

あくまで、選択権を私に委ねるつもりだ。

自分からやって、私が嫌がる事が無いように。

 

──どうして。

どうしてアンタは、そこまで優しいのよ。

私の事なんか好きじゃない頃から。つばめ先輩に惚れてた頃から。

私が気付かないだけで、アンタはずっと優しかった。

今も、セクハラとか変態呼ばわりされるのを承知で。

私が心配で、こんな事を申し出てくれてる。

 

────そんなアンタの、優しくて温かい気持ちに。

私が答えないわけに、行かないじゃない。

 

ミコは、ゆっくりと。

同意の意思を示すように、石上に抱き着いた。

背中合わせなどとは、全く違う暖かさが石上から伝わってくる。

石上の体温。感触。鼓動。全て、余すことなく伝わってくる……

身長差がある故に、石上の胸元にミコの頭がうずまるような形に落ち着く。

 

「な、なあ伊井野。寒く……ないか?」

 

「……うん」

 

もう、寒さなど頭から吹っ飛んでいた。

こうして、信頼出来て、大好きな相手に。

身体を預ける事の、何と温かく、幸せなことか。

ミコは今、幼い頃、父親に無邪気に抱き着いてじゃれていた頃を思い浮かべていた。

まだ、父親が今ほど忙しくなかった頃。

また舌っ足らずなほど幼い自分が抱き着くのを受け止めてくれた、昔の記憶……

 

「(……えへへ)」

 

ミコの頭の中は今、幸せで満ち満ちていた。

石上の胸に頭を預けていると……不思議と、ドキドキより安堵感が溢れてきた。

もう、寒空の下で夜を明かす事に不安なんてない。

 

だって、今私は。

こんなに、幸せで落ち着いていられるんだもん……

 

ミコは、この短い時間の間にもたらされた幸福感と安堵に身を任せ、そのまま眠りにつくことが出来た。

 

そして、夜が明けた。

 

朝が来て割とすぐに、扉が解錠され2人は部屋へ戻ることが出来た。

 

『石上も居なかったけど、2人でどこへ消えていたのか』と詰られるミコ。

そして、石上はというと……

 

 

「(あ────────助かった!乗り切った!!はぁ─────…………)」

 

自室で、脱力感と安堵感に溢れて倒れ込んでいた。

 

石上だって、思春期の男子である。

同い年の女子と。ましてや、好意を抱いている相手とシャツ越しとはいえ密着して。

やましい気持ちが起きないなど、有り得なかった。

男の自分とは違う、どこまでも柔らかい肌の感触。

最近、いよいよ藤原先輩クラスに近付いてきた、2つのたわわな果実。

肌に伝わってくる全ての感触が、石上の理性をいたずらに刺激し続けた。

少し手を動かせば、成長目覚ましいあの果実に手が届く──。

そんな悪魔の囁きが聞こえてきたのは、一度や二度ではない。

だが、石上は耐えきった。

伊井野は、あくまで暖めてほしくて僕に身を預けているのに。

それをいいことに、それ以外の行為に及ぼうとする事の、何と最低な事か。

伊井野の信頼を裏切る訳には、絶対に行かない。

アイツと一緒になる為にも。僕を救ってくれたアイツの為にも。

石上は、持てる理性の全てを動員し悪魔の囁きと一晩戦い続け、そして打ち克ったのであった。

 

 

かくして、3人の下見旅行は少しの波乱を含んで幕を閉じたが。

本番がどうなったかと言うと。

 

ミコから事の顛末を吐かせた小野寺が、学校にてうっかり2人の出来事を漏らしてしまった為に。

2人のカップリングネタが学年中に広まり、本番の数日前には教師の耳にも入り。

2人は好奇の目に監視され、動く事は出来なかったそうだ。

 




〆切(?)が延び延びしてしまい申し訳ございませんでした(^_^;)
次回は3週間以内には投稿予定です!
アニメ2期決定!アニメ派も石ミコにハマれ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!(願望)


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番外編 未だに夕食の時に……

100000アクセス突破記念で書き上げました。
SSをご愛読くださりありがとうございます!


今になって思い返してみれば。

僕は、ずっとアイツにバカにされっぱなしだ。

 

小等部の6年間は────

 

「あー!いけないんだー!」

 

授業の合間の休憩時間。

教室内に甲高い声が響き渡る。

 

「ちょっとキミ!がっこうにおもちゃもってきたらダメなんだよ!」

 

幼い少女が、休憩時間中に携帯ゲーム機で遊んでいる一人の男子に突っ掛かっている。

 

「うるせぇバーカ。せんせーでもないのになんでぼくにちゅういしてくるんだよ」

 

注意された男子は、不機嫌そうに言葉を返す。

 

「わたしがせんせーじゃなくてもダメなものはダメでしょ!せんせーにいってやろ!」

 

頬を可愛らしく膨らませご立腹の少女。

 

「そもそもなんでダメなんだよ。じゅぎょうちゅうにやってるわけじゃないのに」

 

「えっ……え?」

 

答えに困窮する少女。

頭脳に恵まれて産まれてきた彼女ではあるが、この歳ではまだ論理的に相手を説き伏せるような思考は難しいというものだ。

 

「……と、とにかく!ダメなものはダメなんだから!はやくしまいなさい!」

 

「そんなんじゃなっとくできないからやだ。ぼくはゲームがすきなんだ」

 

ああ言えはこう言う相手の男子が言う事を聞いてくれないせいで、とうとうその少女の怒りは沸点に達した。

 

「ゲームばかりやってるとバカになっちゃうわよ!はやくやめなさい!」

 

「うるせぇバーカ!バカっていったほうがバカなんだよ!」

 

「なによ!アンタがさっき、さきにバカっていってきたんでしょ!このバカ!」

 

 

……こんな感じで、いつもバカにされてた憶えがある。

 

 

中等部の3年間でも────

 

「……数学、35点か」

 

中等部の教室で、その男子は返却された答案用紙を見て呟いた。

中等部から、『算数』は『数学』へと移り変わる。

偏差値77を誇る秀知院学園では、中等部の時点で数学もそれなりのレベルの授業を課せられる。

勉強嫌いでは点数が取れないのも当然である。

 

その一方で──

 

「今回は満点は1人だけだ。このくらいのレベルならもう2、3人居て欲しいところではあるが、まあ惜しいヤツも何人か居たからな。腐らず頑張るように!」

 

満点。

その男子からしたら冗談のような点数が、教壇から聞こえてきた。

その言葉を受け、生徒達の間でひそひそ話が繰り広げられる。

 

「(……満点居るんだって。結構難しかったのに)」

 

「(どうせアイツでしょ?いつも涼しい顔して満点のアイツ)」

 

「(ほんとムカつくよねー。風紀と勉強一筋です!みたいな)」

 

……確かに引くレベルではあるけど、別に悪い事ではなずなのに。

どうしてアイツがそんな言われ方されなきゃならないんだ?

 

その男子は、耳に入ってくるひそひそ話に若干の苛立ちを覚えた。

 

とその時、男子の机から答案用紙がはらりと床に落ちた。

見られて自慢出来る点数ではない。その男子は慌てて、床に落ちた答案用紙を拾おうとした。

だが、先に答案用紙を拾い上げた手が有った。

 

「げっ」

 

「…………」

 

答案用紙を拾い上げた少女は、答案用紙右上の点数を一瞥し、呆れたような表情を見せた。

 

「はい、これ。ゲームばっかりやってるからこんな点数なのよ。もっと勉強しなさいよ」

 

軽蔑の眼差しとセットで、その少女は答案用紙を渡して来た。

 

……こりゃ悪く言われるわ。

僕の点数なんてお前には関係ないだろ!?

『自業自得よ』みたいな顔して渡してきやがって!

背中に変な貼り紙されてたのを取ってやったりしてるのに、いっつもぎゃいぎゃいうるせぇ恩知らず。

……この前、ひっそりあんなモノ贈ったのは失敗だったか。

もしアレが僕からって分かったら、何言われるか分かったもんじゃない。

 

「(人の心配してる暇があったらアンタはちょっとでも勉強しなさいよ。だからアンタはバカなのよ)」

 

……有り得る。めっちゃ有り得るわ。

……気が進まないけど、これ以上バカにされる前に少しは勉強しとくか。

 

 

 

ある意味一番酷かったのは、高等部の3年間かもしれない────

 

 

何やかんや色々有って、アイツと2人で出掛けてた時の事。

 

「What should I do from Meguro ward to Shibuya ward?I want to participate in a Halloween event……」

 

早口で喋る、外国人の若いお姉さんを見かけた。

対応しているリーマン風の人は、さっぱり分からずお手上げといった様相を見せている。

……どうしよう。力になってあげるべきか。

と、そんな事を考えながら見つめていたからか、そのお姉さんがこちらに小走りでやってきた。

 

「Do you understand English? Please help me!」

 

慌てているのか、ちょっと早口だが……

最近の勉強のおかげで、何とか分かるかも。

 

石「I understand English to some extent.」

 

「Oh!」

 

話が通じそうな事が分かった女性は、安堵と喜びの笑顔を浮かべる。

 

「What should I do from Meguro ward to Shibuya ward?I want to participate in a Halloween event……」

 

「You can get there by taking a train from Nakameguro Station on the Toyoko Line.」

 

「Thank you! May you be happy!」

 

「ちょ、ちょっ……あー、You're welcome」

 

外国人の女性は、案内してくれた男子に熱い抱擁を交わすと急ぎ足で去って行った。

 

「……わ、悪い待たせたな……っておい」

 

隣で待たされていた女子は、ひと目でそうと分かるほど不機嫌になっていた。

 

「アンタ、あの人の胸ばかり見てたでしょ。おっきいからって、視線が露骨すぎるのよ。それに抱きつかれて照れちゃって。バカ。変態。スケベェ大魔王。おっぱい星人」

 

……困っている人を助けて、何でバカだの変態だの言われなきゃならねぇんだよ。

いや確かに、ちょっとだけ、ちょっとだけ、一瞬くらいはあの胸に視線が行ったかもしれないけど。

 

そして、その日の昼食時──

 

「ほんと、アンタはバカな上に変態なんだから。私が目を付けてなきゃ、その内その辺の人を襲いかねないわね」

 

げんなりした表情の男子の目の前で、少女がぷんぷん怒りつつランチを食べている。

その量は、少女の小柄さと反比例するようになかなか大量だ。

 

「……確かにちょっとだけ目が行ったかもしれねぇけど、没収物をこっそり熟読してるような誰かさんにはあんまり言われたくねぇな」

 

「なっ……」

 

「ほら、口にソース付いてるぞ」

 

男子が少し呆れた顔で、怒れる少女の口元を軽くサッと拭く。

すると、ソースと共にその少女の怒りも拭い去られ。

代わりに、その表情はほんのり赤く染まった。

 

「……誰にも優しいんだから。バカ」

 

その少女の呟きが、男子の耳にははっきりと聞こえた。

 

困っている人を手助けしてあげたのにバカ。親切にしてやってもバカ。

理不尽だ。

 

 

 

 

────そして、今も夕食の時には────

 

「ほら、口元にソース付いてるわよ。ほんとアンタはだらしないんだから」

 

少女……いや、今はもう少女ではないその女性が、呆れたような顔で口元を拭いてきた。

 

「ん。悪いな」

 

男子……いや、こちらも今はもう男子ではないその男性は、答えるもどこか上の空だ。

 

「どーしたのおとーさん?」

 

女性の隣で、幼い少女が不思議そうに父親の顔を覗き込む。

 

「きっと何かヘンな事を考えてたのよ。お父さんは本当に……」

 

「『ムッツリスケベさん』なんだよね!」

 

少女が後の言葉を引き取った。

 

「……子供に何を教えてんだよ」

 

お父さんと呼ばれた男性は、呆れた表情で女性の方を向いた。

 

「何よ。本当の事でしょ?」

 

女性が毅然とした目で男性を見返す。

 

「おかーさん、おこってる?」

 

少女が心配そうに母親の顔を見つめる。

 

「大丈夫だよ。お母さんは素直じゃないだけでお父さんの事大好きだからな」

 

「ほんと!?」

 

少女の頭をぽんぽんと撫でながらの父親の言葉に、少女が目を輝かせる。

 

「ちょ、ちょっ……」

 

「お母さんはな、お父さんの事が好きすぎて……」

 

「ちょ、ちょっと!子供に何を教えようとしてんのよ!」

 

「何だよ、『本当の事』だろ?」

 

ついさっき自分が言った言葉をそのまま返されて、女性は答えに窮してしまった。

 

「………………………………まあ、そうだけども」

 

女性は、真っ赤になった顔をぷいっと逸しながら渋々肯定した。

 

「おとーさんとおかーさんなかよし!」

 

少女が、にぱあっと輝かしい笑顔で両手を上げてバンザイした。

そんな我が子を見て、男性と女性はふっと笑顔になる。

 

「……いつまでもバカにされっぱなしじゃないぞ、伊井野」

 

「……呼び方」

 

「あっ」

 

男性からしたら、してやったりと勝ち誇ったつもりで言った言葉だったが。

よりにもよって、昔の呼び方をしてしまう痛恨のミス。

 

「ふーん……私はまだ『伊井野』なのね」

 

昔の呼び方をされてご立腹な女性……ミコが、頬を膨れさせ分かりやすく不機嫌を露わにする。

 

「この前つばめ先輩と偶然会った時の印象がまだ残ってるのかしら?アンタがそのつもりなら、『伊井野』と『石上』の頃に戻る?」

 

「じょ……冗談やめろよ。悪かったよ」

 

とんでもないミスをしてしまい、平謝りする男性……石上。

 

「ふん。この甲斐性無し。浮気者。……バカ」

 

他者から見れば幸せな夜が過ぎていく中、石上は、心の中でため息をついた。

この、頭が良いけど妬きもち妬きと過ごしていくからには、こんな感じでずっとバカ呼ばわりされていくのかもしれない、と……

 




カプ厨である私が好きな『未だに夕食の時に馬鹿にされる』あのコピペをネタにしてみました。
英語部分はグー○ル先生にぶち込んだだけです(笑)
最近少しだけ筆が早くなったので次回の本編投稿も少し早くできそうです。


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第16話 伊井野ミコは祝いたい

今回は1年生編にてスルーした石上の誕生日のおはなしです。


【誕生日】!

それは誰しもに年に一度必ずやってくる、特別な日である!

そしてこの【誕生日】には、その日を迎えた人に対して親しい間柄の人間が祝ってあげるという風習が存在する!

反応の大小に差こそあれど、やはり祝われた側は悪い気はしないというのが大半である!

故に、恋路を行かんとする者は相手の誕生日を正確に把握し、心を込めて祝う事が勝利への大事なプロセスの1つなのである!

 

今、時は2月下旬。もうすぐ3月に入る頃合いである。

そして、3月に入って間もなく、とある人物の誕生日が控えている。

一人は、我らが珍妙生命・藤原千花。

そして、もう一人。

秀知院学園生徒会長・伊井野ミコが密かに(と本人は思い込んでいる)惚れている相手……石上優である。

この2人が、何とも奇妙な偶然として同じ3月3日を誕生日としているのである。

尊敬する先輩と、恋している相手。

その2人が同時に誕生日を迎えるという、伊井野ミコにとっては肝心要な日であった。

もっとも、去年は互いにそれどころではない精神状態であった為に、祝う事は出来なかった。

しかし、今年は違う。

数ヶ月後の『約束の時』に向けて、互いの関係を少しでも深めておく事が肝要なのである!

 

しかし、そこに至るまでには2つの懸念が有った。

まず1つ目の懸念点として……

『自分が石上の誕生日を祝う意味について』である。

まず『誕生日を祝う』と言っても、『周りの親しい人間を巻き込んで祝う』場合と、

『自分一人で祝う』場合の2つに分かれる。

しかし自分は普段、周りには『石上はあくまで単なる生徒会役員同士、嫌いだけど役員歴が長くて使えるから仕方なく一緒に仕事している』という体で通している。

そんな状況で、周りの人間に『石上の誕生日を一緒に祝おう』などと言い出そうものなら!

 

『(えっ……?ミコちゃん石上くんの誕生日祝ってあげるんですか?

普段散々嫌いとか生理的に無理とか言っておきながら?