SSを初めて書きます。少しずつですが読んでいただければ幸いです。
今にも赤く焼けた空が、夜の時間に変わろうとしている。
その赤と黒、2色に染まった空はとても寂しく感じさせる。その空の下で5人の少女たちはそんな光景に対して、『ここに居ること』の証明をするように、それぞれの楽器で音を響かせ、笑顔でその音を楽しんでいる姿は私にとってはとても貴重なシーンのように見えた。
肩からぶら下げていた一眼レフカメラを自然と構え、細やかな設定を気にすることなくシャッターボタンを押し込む。彼女ら5人全員が映るように、適度な距離感を保ちながらピントをできる限り合わせシャッターを切る。ズームを操作して個々での姿もフレームで捉えつつ、演奏をする彼女らのスピードに出来るだけ合わせながら、彼女らを捉えレンズで追い続ける。
夢中と言うのだろうか? 眼の前で今貴重なシーンがある。私はそれを残すため機械が私の手元にあるのであればこの光景を残したいと思った。だから私は一眼レフカメラでシャッターを切り続けた。
入り込み過ぎたのだろうか? 演奏が終わった事に気が付かず、未だ残るその余韻まで撮影をし続けたため、気がついたときにはフレーム越しに肩口で切られたボブカットの少女がこちらに眼を向け、眉間にシワを寄せ明らかに不機嫌さを伺わせるような顔をしている。
とても綺麗な顔立ち、いわゆるかわいいじゃなく凛々しいという分類なんだろうな……、と思いながら最後のシャッターは彼女のそんな表情で締めくくることにした。カメラが乾いたシャッター音を響かせたと同時に不機嫌そうな彼女から声が発せられた。
「あんた誰? 何、勝手に撮ってるのさ……」
その声と同時にえっ? と言う驚きの声を上げながら5人の眼がこちらに向けられる。さっきまで楽しそうに演奏していた雰囲気が一気に変わり、私と言う異物が混じった空間に少し重い空気が流れ出す。
「ええっ? ほんとに撮られてたの?」
と、2つに髪を束ねた子は慌てたように長身の少女に問う。
「なんか、恥ずかしいなぁ……」
長身でロングの髪をした彼女は頬を指で掻きながら、照れたような表情を浮かべていた。
「って言うかー、放課後の屋上と言っても誰もいない訳じゃないんだしー、カメラで撮られることは想定外だったとしても、誰かに見られるのは想定内じゃんー」
とおそらく淡い色をしたショートカットの子が特徴的な口調で語りかけつつ、首を捻らせている
「確かにそうだよね。私は見られるのは想定してなかったかな……」
濃い色のショートカットの女の子は苦笑いを浮かべている。一番始めに声を出した少女は、そんな彼女らのリアクションは一切気にかけないようにずっとこちらを睨むような顔をしながら、視線は一切外してくれない。
(やっばいなぁ……。滅茶苦茶怒ってるよ、どうしよう)
思わず撮影しちゃったものだから結構なお怒りを買ってる模様。特に異物の私を見つけてからひたすら睨んでくる黒髪の子。とりあえず何かしらの話をしなければ、確実に撮影データを消せと言われかねない。
「えっと、発言よいですか?」
「よろしいー、では被告人証言をどーぞー」
淡い色の子が、ドラマの裁判長役のように発言を許可してくれた。弁明と言うのだろうか? まずは彼女らには勝手に撮ったことを謝るべきだろう。おそらく今回はそれが一番の怒りを買っているはず。特に黒髪の子、この子が一番怒ってらっしゃる。初っ端から喧嘩腰だから困る。
「まず、勝手に撮影したことは謝るね、ごめんなさい。屋上で空を撮ろうと思って階段を上がってると何本もケーブルがあってどこに繋がってるんだろう? と思ってたら上でまさか演奏をしているなんて思わなくて。その……貴重なシーンだから思わずシャッター切っちゃった」
自分なりの言い訳なしの言葉。そもそもの始まりは「今日は多分いい感じに焼けそうだ」というメッセージを叔父さんから受けて、屋上からの夕焼けを撮ろうと思って長い階段を上がっていると階段脇にガムテープでところどころ止められたケーブルが眼に入り、先客の予感を感じていた。とりあえず、撮影するだけのスペースを少しだけ先客には借りようかな? と思いながら屋上に出たところ彼女たちに遭遇したのだ。
「貴重なシーンって……、どういうことなのかな?」
先程まで苦笑いを浮かべていた、穏やかそうなショートカットの子が私の言葉に疑問を持ったらしく首を傾げながら問いかけて来る。
「ほら、人ってカメラ向けちゃうと自然と何らかのポーズ取りたくなるでしょ? だから、無意識っていうか自然な動きをしている人を撮って見たかったの、そういう意味で貴重かなって」
なにかに夢中になっている人。それをカメラで撮影したかったと言う単純な欲求。不意打ちで撮影も確かにいいとは思うが、カメラを構えるまでに気が付かれてしまう。被写体モデルになってくれるような子は私の知り合いにはいない、と言うより望む結果をなかなか得ることは難しく思う。
「ああー、なるほどー。急にスマホとか向けられると思わずピースしたくなっちゃうもんね~」
2つに髪を束ねた少女はうんうんと、オーバーリアクション気味に頷いて納得してくれていた。
「それ、ひまりだけじゃないか?」
そんなリアクションを見つつ、長身の子が軽く苦笑いを浮かべながら突っ込んでいた。
「ええ~そんな事ないって、巴だって急にカメラ向けられたら自然とピース出るはずだって!」
「ひまり」と呼ばれた2つに束ねた髪の少女は「巴」と言う長身の子の発言にご不満な模様であった。ちなみに今までのやり取りの中でも、黒髪の少女はずっとこちらを睨み続けていた。正直そろそろこの視線から開放されたい、っていうか怖いからね? その眼。
「納得してくれたようで何より。ちなみに私からも1つだけいいかな?」
「何?」
明らかに怒りが滲んで居る声で私に聞き返す。
「多分、センセー達がそろそろ来ると思うよ? どう考えても屋上で盛大に演奏したのなら、校内に響き渡ってるし……、流石にあなた達、軽音部でもアウト案件だと思うな」
異物の私の登場で彼女らが忘れているであろう内容を思い返させる。放課後とは言えども此処は屋上。楽器を演奏するなら本来部室やら教室があるはずなのに、屋外で盛大に彼女らは演奏していた。どう甘めに見ても小言は言われるだろうし、反省文もおまけで付く可能性がある。私の告げた事実で自分たちのやらかしていたことを思い出したらしく、1人を除いて慌てふためいてそれぞれの楽器の撤収作業をすばやく開始した。
慌ててないのは黒髪少女だけ、彼女はギターを握りしめながら、変わらず私を睨んでらっしゃる。
此処まで来るとさすがに困った……、こんな怒ってる人って初めてかもしれない。
「まじか、やべーぞ蘭。いつまでも怒ってないで、つぐのキーボードの撤収手伝え!」
先程「巴」と呼ばれた少女が、おそらくドラムのいち部分をケースにしまい込みながら、私を睨み続けている赤いギターをぶら下げた少女……「蘭」……に声を掛ける。他のメンツがバタバタとそれぞれの楽器やらケーブルやらを片付けて行ってる中で部外者の私を睨んでいるのは流石に限界だったらしく、撤収作業は始まってから一番あたふたしている穏やかそうなショートカットの少女の方へ向かっていった。
「ご、ごめんね蘭ちゃん……。いつものキーボードと違って勝手がわかんなくて……」
申し訳なさそうに、「つぐ」と呼ばれたキーボードの少女は蘭に謝る。
「別にいいよ、軽音楽部のキーボードだもん仕方ないよ」
蘭の表情は私から後ろになって見えないが、睨んでいた時を感じさせないくらいの穏やかな声を掛け撤収を手伝って行く。
「モカ、この電源ケーブルはどうするの?」
「とりあえずー、ケーブルは借り物だからー回収しなきゃねぇ。空き教室に置いて明日返しに行こー」
「りょーかい! ちゃっちゃか巻いてっちゃうよー!」
「巴ちゃん! こっちも撤収完了したよ!」
「じゃ、めんどうなことになる前に今日は解散だ」
ばたばたと走っていく音。蘭はまだ私のことを睨んでそして、校舎に吸い込まれていった。彼女達が去ってしばらくすると、怒り心頭といった感じの生活指導の先生がきて周囲を見渡した後に下校を促す言葉を私に告げ、雑に下校を促して去っていった。
(残念、ブルーアワー逃しちゃったや……)
スマホの画面を見ると、おじからの2件のメッセージが届いていた。
『良い焼け具合、今日は外回りで良かった』
画面にはおそらくどこかの海岸で撮ったであろう写真が一枚、おそらく今日撮って出しの1枚。太陽が今まさに海岸線に沈んで行くであろう瞬間を切り抜いた、オレンジが鮮やかな写真。
はたして、この叔父はいったい今どこで写真を撮っているのか……。なにか返事をしようかと思ったが、あえて既読スルーした。
眼の前に広がるのは、すでに紫を追い抜いたわずかに広がる黒の世界。夜へ時間がもう変わる。
これが私、望月真琴と美竹蘭たち「After Glow」との出会いだった。
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夕焼けとの翌日
校内はどっちかと言うと撮影のロケーションが多いと思ってる。あっちを見ても生徒、こっちを見ても生徒。どこを見ても生徒が居る。そんな中で、一瞬ポツンと時間が止まったかのように誰もいなくなる瞬間。その場所はまるでスポットライトを浴びたように浮かび上がる時があると思ってる。
私はその誰もいなくなった瞬間をカメラで切り取る。こうすることで、浮かび上がったその場所は誰のためでもなく、私だけのものになると思っている。カメラを通じて、私だけの場所、私だけの時間、私だけが知っているものを独占する、そんな自己満足感。
だから、そんな自分のためだけにしかカメラは使わないはずの私が人を撮影するなんてことは「らしくないぁ……」と思って、なんだか恥ずかしいようなイメージをすり潰すようにフレームを改めて覗き込んでシャッターを切る。
■■■
あの日、5人の楽器を演奏している彼女たちを撮影したあと急いで家へ帰った。
PCに撮影した数十枚の写真を移し、改めて見直す。オレンジと黒の写真はその何枚かはカメラの設定を行わずに撮影したため、どこかボケていたり残像のようなブレブレの写真が多数だった。
(お願い、何枚かだけでもいいから、あの瞬間を収められてて……)
と、心の中で願いながら、マウスでクリックしてプレビューを進めていく。
(あっ、これは行けそう……。あー、こっちは駄目だわ、完全に追いついてない……、こっちも駄目ね……、これは……駄目だ、完全にブレてる)
1枚1枚丁寧にチェックをして、結局無事にチェックをくぐり抜けたのは3枚だけだった。おそらく逆光だったこと、ホントの瞬間だったことを考えるとまともに撮れたことが奇跡だ。
貴重な3枚の中でも一番心惹かれるのは、少し暗がりだが4人が1人の少女の動きを見るかのように、示し合わせたかのように真っ直ぐな視線を送っている瞬間の1枚だ。
「これは……、すごくいいんじゃない……」
モニター画面いっぱいに拡大し、冷めたコーヒをすすりながらその絵を改めて見る。全員の息遣いが今にも聞こえて来そうだ、何よりも音が今この瞬間にも響き出しそうな写真だ。
この視線には何が詰まっているのだろうか? 何よりもこの視線を受けているマイクを片手にギターを担いで居る彼女。彼女は眼を瞑り顔はとても心地よい笑顔に近い顔、何を思ってその場に居るのだろうか?
知りたい。知って感じたい。この視線にあなた達は何を思ったのか? なぜこの視線をあの子に預けられるのか? その視線を受けて何を想っているのか? いい写真が撮れた、だからこそコレをそのまま印刷するには勿体なすぎる。
「まだコレは光るはず……」
撮って出しは確かに瞬間をフレームに収めれたという達成感はある。でも、それはそこまでのものだと思ってる、だからこそたぶん、なんとなくの感想と感情。写真の編集は苦手分野だ、設定を少しいじってしまうだけで、全く別のモノになってしまうから。かと言って、コレをこのままと言うのはあまりにも芸がなさすぎる。むしろこの瞬間を収めただけで満足してしまうと、大切な何かを拾わずに置いていく感覚を感じた。
「ちょっとやってみるか……」
PC上で編集用のソフトを立ち上げながら、どこか焦る心を抑える。数秒の時間も惜しい気がする。時刻は深夜0時を回った所、PCの処理に負担がかからないようにと音楽プレーヤーを通学カバンから取り出しイヤホンを耳にはめる。
編集ソフトが完全に立ち上がったことを確認して音楽プレーヤーの再生ボタンを押し、手元の写真雑誌の写真編集特集のページを見ながら現像作業を始める。
きっと彼女たちが奏でていた音楽の熱を感じて、私はその熱に当てられたのだと思う。耳には先程から様々な音楽が流れているが全く入って来ない。聞こえては居るのだがコレジャナイ感。彼女たちが奏でていたのは誰の曲なんだろうか? そんな小さな疑問を浮かべながら、編集作業を続けていく……。あったはずの眠気はすでに飛んでしまっていた。なんどもPC上のリテイクを繰り返し、実際に印刷してみてどう現れるのかを見て、更に編集を加えて……を自分が納得行くまで繰り返していた。
ようやく自分の中で合格ラインに近づいたと思うモノができた時にはいつも通学のために家を出る時間だった。沸騰していた体中の血の気が一気に冷めて行くのを感じる。
(……やってしまった)
完全な徹夜作業。どう考えても今日は金曜日で本日も授業はある。
「背に腹は変えられない……」
スマホを取り出し、SNSで叔父さんを指定する。
『さすが叔父様! 最高の夕日ですね。私も叔父様のような写真を撮ってみたいです!』
まずは昨日既読スルーした夕日の写真を今見たかのように褒め称える。スマホが少し震え、叔父から返信を知らせる。
『きめぇ……』
心無い言葉が綴られてくる。ここで折れては駄目だ。スマホの操作を継続して、やり取りを開始する。
『叔父様は本当に最高のカメラマンですね! 私の憧れです』
『褒めても何も出ないし、俺はただの社会人だから憧れなくてもお前もいずれそうなる』
『そんなことないです! 私は本当に叔父様に憧れてるんですから!』
『きめぇ……』
再び心無い言葉が綴られてきた。負けられない戦いが此処にあるのだ。
『ところで叔父様、今日少し体調が悪くて学校を休みたいのですが……』
自分から連絡する方法もあったが、やはり保護者代わりの人間から連絡してもらったほうが信憑性は高く、何よりその保護者に仮病がバレてしまうとあとで大目玉だ。
『どした? なんかあったか?』
(おっ、コレは釣れたかも知れない)
『頭が少し痛むだけで、熱は無いです』
『ふーん……』
『ですので、今日1日寝ておこうかと思って』
テンポ的には叔父からの返信タイミングだが、少し間が開く。叔父はどちらかと言うとスマホの文字入力操作は早い。もしかしたら小言の長文でも打っているのかも知れないな……、と返信を待ち構える。
『りょーかい。心配なので今から帰る。学校には連絡入れておきます』
やばい。何がやばいって叔父の過保護がやばい。昨日が夜勤なのは聞いていた、本来ならそのまま仮眠を取って昼から仕事をして夕方ごろに帰って来るはずなのだ。それを完全に繰り上げて今すぐにでも帰ってくる気であることを察した。叔父はおそらく職場の仕事を調整して、今すぐにでも帰ってくる気だ。
仮病ごときにそんなことをされるとバレたらそれこそ大目玉確定だ。まずすぎる……。
『そんなに大したこと無いので普通に仕事してきてくれていいですよ? 寝れば治りますので……』
とりあえず帰宅を回避させたいので、大ごとにならないようにゆるく誘導する。
『いやいや、流石に頭痛いと何もできないでしょ』
『それは……』
『とにかく帰りますんで、ちゃんと鍵掛けて寝ときなさい』
コレはまずい。もう完全に帰ってくる気だ。とりあえずあたりを見渡す。写真編集用のPC、床に散らばった印刷済みのコート紙、マグカップ、束で持ってきた印刷コート紙、参考にした本の数々、口元が寂しくなったときに食べる用のお菓子類……。何より此処は叔父の部屋。
作業痕跡を隠滅するのに1時間として、昨日から入ってないお風呂を考えると40分程度? ってところ。叔父は職場からまっすぐ帰ってくるを1時間半ぐらい。車なので信号を考慮すれば、もう少しかかるだろう。
(逃げるが勝ち……?)
あとで、小言を聞けばいいとして、作業痕跡だけは確実に消すべきだと判断をする。
『わかりました。でも、体調よくなり次第学校には行くことにします』
『ん? 休んでいいよ? 学校には連絡いれるし』
すんなり通すわけには行かない。
『前に言ってたショピングモールのタルト食べたいので、帰りに買ってきてください』
時間を少しでも稼ぐ。
『あなた、あそこ超絶に並ぶの知ってて言ってる? わかりましたー。じゃあ買って帰ります』
平日でも混雑するであろうタルトショップ。平日の朝からならばそんなに並ばずにすむが、時間的には十分確保できる。
「ああ、もう……。相変わらずの過保護っ!」
保護者役をしてくれるのはとてもありがたい事だと思っている。両親が居なくなった時に仕事をできる限り抑え込んで家に居る時間を増やしてくれた叔父。私の今後の話になった時、どう考えても父方か母方のどちらかの祖父母の家に行かなければ行けない所を『両親と住んでいた家・場所から離れたくない』というわがままに近い子供の希望、その希望を最後まで聞いてくれて実現してくれた叔父。が、時折発揮する過保護感にはもうすぐ高校生になる私には煩わしいものだ。
父母になら「うざい!」と一喝すればいいんだろうか? 叔父に「うざい!」なんて言葉を投げかけたら、これまで叔父がしてくれた事に反して壊れてしまうようで怖い。
自分の居場所を切り分けてくれたそんな人に対する私の行動はどこまで許容されるのか? 叔父には叔父の幸せがきっとあったはずなのに、私がそれを壊してしまっているのでは無いか? 両親ならまだしも、この関係性は私には酷く歪に見える。
「まずは……、この部屋の痕跡を消そう……」
ゴミ袋を片手に手当たり次第、突っ込んでいく。別に生物があるわけじゃないし分別は後からどうとでもできる。時間との勝負だ、終わり次第シャワーで眼を覚ましてボロが出る前に逃げるのが一番だ。すべてのゴミを処理した所で、仕上げた1枚の写真を見てインクの乾燥が終了した事を確認してファイルに挟み、通学カバンに入れて玄関へ、その足でシャワーをって早く浴びよう……。眠い体にムチを打って着替えを準備する、壁にかかった時計はすでに1限目の授業が始まっていることを示していた。
(なんとか3限目の途中か終わりには間に合うかな……)
ここから羽丘女子学園までの移動時間を考えて、自分の入浴時間はあまり無い事を察する。
「ボロが出て、小言言われるくらいなら学校に行ったほうがいいもんね」
ひたすら片付けをしてシャワーを最速で浴びて、少し伸びてきた茶色交じりの髪を乾かし終え、ある程度のセットを終え、制服に着替え終えた時には叔父の帰宅時間ギリギリに近かった。
取り合えず学校へダッシュするしかない……。我が家を出て、普段ならあまり見ない人が通学路を小走り気味にゆっくり通り過ぎていく。日はもうずいぶんと高い位置に来ている。
(逆にもうこんな日中に制服の女子高生が歩いてるほうが変だよね……)
体力にはあまり自信がないが、走るしかない……。革靴をカツカツ鳴らしながら、ひたすら走る。
◆◆◆
「4限、はじまっちゃったか……」
思ったより時間がかかってしまった。少し荒くなってしまった息を整えながら昇降口を通り校舎へ移動していく、校舎は女子校らしい休憩時間の黄色い声は聞こえず人のいる気配だけ残して静かな校舎になっていた。
『2時間ほど余分に寝たら、気分も良くなりました。ので、学校に行ってきます』
叔父にそんな連絡を入れたのは学校に着いてからだった、メッセージを入れ叔父からの追求を逃れるべくスマホの電源をすぐにOFFにした。
「流石に授業の途中からは入るのもなぁ……」
クラスメイトに連絡を入れれば、もしかしたら教室後ろの扉からさっと自然に忍び込めるかも知れない……、だが流石にほぼ昼からの登校にしれっと教室に居ると言うのは不自然すぎて、先生に指されるのは確定だ。
とりあえず自らのクラスのある方向の渡り廊下へ移動し、いろいろ言い訳を考えながら階段を登ろうとすると、昨日見た黒髪の目鼻立ちがしっかりしている少女の姿が視界を隅に入った。
「あれは……」
視界に入った彼女を追うように、彼女の後ろ姿を追いかける。彼女の歩みには迷いが無い。階段をスタスタと登っていく。それを一定の距離を保ちつつ後ろから追いかける。
興味というか、昨日の写真の件もあったので放課後にでも話をしたいと思っていたので好都合だが……、今は授業中だ。
(これって……、昨日の屋上へ行く階段だよねぇ?)
少し上で『ガチャッ』と鉄製の扉が開く音がした。同時に階段に吹く風が少し変わった。まだまだ冷たい2月後半の風。もうすぐ春の季節なのに今日は少し冷えが戻ってきたようで程よく校舎にかかっていた暖房の暖かさを押しのけて季節の冷たさを思い出させる。重めの鉄の扉は開けっ放しになっていた。そのフレームからは光は差し込むが雲が邪魔して鮮やかな青い空は見えず、濁った色の空を写していた。フラフラと吸い込まれるように足を進めると、転落防止用のフェンスに体を預けて、濁った空を見上げている少女の姿を捉えた。
(うわぁ……、めっちゃ絵になるじゃん……。カメラ出さなきゃ……)
幸い私には気がついていないみたいだ。もうちょっとその姿のままで……と心の中で思いながら、通学カバンであるリュックを足元におろし、中から太めのストラップを引っ張り、一眼レフカメラを出し電源を入れる。
「カシャッ……」
乾いたシャッター音が静かな屋上に響く。
「えっ?」
音を聞いた彼女が上に向けていた視線を急にこちらを向く。呆然と驚愕が入り混じった複雑な顔。割合は驚愕のほうが多いだろうか?
その表情もまた良い。親指でフォーカスを改めて人差し指を押し込む。
「カシャッ……」
「えっ……、ちょっ!?」
少し怒気が混じった顔で手をこちらに向け広げ、レンズの視線を遮ろうとする。
「カシャッ……カシャッ……カシャッ……カシャッ……」
こちらも負けじとシャッターを切り続ける。
「あんたっ! 昨日の盗撮のやつ! なに人に無断で撮ってんのよ!!」
「はっ!」
最終的に怒鳴られて我に帰ってきた。
(ヤバイ……これ完全に怒ってるよね……)
先程怒鳴り声を上げた黒髪の少女は射抜くような切れ目で怒り込め視線を私に向ける。背はそんなに高くない。けど、とても同年代とは思えないくらいのキレイめの顔。色も割と白くて、肩口で切られた黒の髪はとても綺麗で、髪の間から覗かせる肌を引き立たせる。
素材がいいと言うのはこんな感じなのだろう。視線を感じながらも彼女の事を観察していく。
「あんた、無断で人を撮るとかどんな神経してるのよ……。まず、今撮った写真を消して……」
そんな彼女を観察していると、めちゃくちゃ低い怒りを込めた声で沈黙を切り開かれる。
「……」
「そのカメラの中の写真。私を撮ったやつ。今すぐに消して」
要求は至極簡単、今撮ったカメラの中の写真を消せってことだ。
まぁ、確かに無断で撮っちゃったモノだから仕方ないだろう。しかし、簡単に消すには勿体なすぎると思った。
「ねぇ……、これ消したら、今度はちゃんと撮らしてくれる?」
「はぁ?」
何いってんの? こいつみたいな顔をされた。私はポケットからスマホを取り出して、電源を入れ操作を始めるアプリが立ち上がったのを確認し、カメラ側の操作をする。
「ちょっ、あんた! 私の話聞いてる?」
「待って、すぐに終わるから……」
ポチポチと操作を始めたので、少女は操作をやめさせようと割って入ってこようとするが、私はそれを気にせず操作をやめない。カメラとスマホが同期させて、スマホ側にカメラ側の画像が転送させて……。黒髪の少女に見やすいように画面を向けて一言。
「これがあなた。とても綺麗。というか、すごくいい写真だわ。表情と仕草も相まって、自画自賛かもしれないけど心のモヤモヤ感が表現できてると思うの」
「なっ! なにっ……!! 言って……っ!!」
少女は怒っていた顔を赤くしだした。
「この表情、狙ってやってないならとても良いと思う。迷いというか何か不安感を漂わせてるけど、ネガティブじゃない。そう、どこかできっと救いを求めるような顔」
「……っ!!」
「あなたを撮ったのは2回目。まだ私には全部が表現しきれていないと思うけど、今日の写真はとても繊細なあなたの一面を抑えれたと思う。昨日の顔とはまた違った表情だった」
カバンの中を漁り、昨日一晩かけてそれなりに仕上げた作品の1枚を取り出して彼女に見せる。夕暮れの中、4人の少女が中央の1人の少女を見つめる様子。夕暮れの中、うっすら見えるの視線は何かを訴えるかのような視線。
我ながらこんな1枚が撮れるだなんて思わなかった。彼女はそれを手に取って、更に顔を赤らめる。
「ねぇ、私にあなたを撮らしてくれないかな?」
「はっ?」
顔だけでなく耳まで真っ赤にして、これ以上どこを赤くするのだろうか? と思うほど恥ずかしがりながら、私の撮った写真をみている彼女に提案をする。今まで自然物・人工物相手程度にしか撮ったことの無いカメラ。2回だけの出会いだが、彼女を見ていて人をモデルに撮りたいと言う欲求が出てきて止まらなかった。
「別に変なことに使うつもりは一切無い、SNSとかも興味無いし、あなたを純粋に撮ってみたいの。お願い、私にあなたを撮らせて」
「えっ、いや……、その……」
未だその赤みが引かない顔の持ち主にお願いを続ける。返事から察するに、おそらく突然の出来事に状況が掴みきれて居ないのか?
(流石にこれ以上は追いかけると逃げられるかも知れない……)
心の中でそう思い、一旦ここで引く事にしよう。
「私は3-C、望月真琴っていうの。あなたは?」
「……ぇ、A組の美竹蘭」
「そう、美竹蘭ね。じゃあ美竹さん、その写真はあげるわ。もともとあなたに渡したくて現像したものだしね。他の子達にも見せてもらえると嬉しいな? 良い返事が聞ける事を期待してるねっ!」
捲し立てて、本題を有耶無耶にするように言葉を重ねる。ここはさっさと一度立ち去ったほうが良いだろう、必要な情報は聞けたことだし。私は鉄製の扉の出入り口に向かって駆け出す。
「じゃーねー!」
屋上と階段の間で、もう一度カメラを彼女に向け別れの挨拶をすると同時にまた1枚追加する。
「ちょ! まっ……!」
なにやら、声が聞こえるがここは知らないフリでいこう。手早く階段を降りていこうとすると、白い髪をしたショートの子が下から上がってくるのが見えた。
(たぶん、昨日美竹さんと一緒に楽器を弾いてた人だ……)
あちらもこちらを認識したようだったので、軽く手を振ると軽く首を捻っていた。
(うーん、この子もかなり面白そう)
なんとなくそんな気がした。今はとりあえず美竹さんに捕まらないようにしなくては……。本当は屋上で昼休みまで時間を潰して、午後の授業から合流の予定だったが屋上に行く途中に美竹さんを見つけちゃってハイテンションになっちゃったもんね……。
(悪目立ちしないように、普通に教室に入ろう……。)
心の中でそう思いながら、ぽてぽてと歩いて自分の教室前に近づいて行く。授業中の教室の扉を開ける。教室の中の視線が一気に集まる。
「……」
(そりゃ、そうなるよねぇ……)
明らかに中途半端な時間に扉が開かれれば当然か……、思いながらこういう時にどういう事を言えば良いのかわからなかった。おはよう? 失礼します? なんかどれも違ってる気がする。
「望月さん、今日は体調が悪くお休みと聞いてますが?」
先程まで板書していたであろう女性教諭が、言葉を失った私に話しかけて来る。この船に乗らなければ言い訳と言う航路には乗れないだろう。
「遅れてすみません、体調は少し寝たらマシになりましたので登校しました」
「そうですか。あまり無理をしないようにね? ノートは周りの人に後で見せてもらってください」
「はい」
そう言って、女性教諭は板書を再開して行く。一連の会話を聞いたクラスメイトたちも板書をノートに移す作業を再開している。とりあえず思っていたよりスムーズに軟着陸ができたようだったので心の中でホッとため息をつく。
自席へ歩いていき、授業を聞く準備を整える。
(あっ、しまった。昼ごはんのことを完全に失念していた……)
そんなことを思いながら、黒板の字を目で追いながらどこから書いたらいいのかを選んでいた。もういっそ、書かないであとで誰かに丸写しさせてもらえば良いんじゃないかな? と思うと、なんだかノートを取る気も失せて、ガラス越しに見える鈍い色の雲を視線に入れゆっくり流れていく様子を観察する事にした。その後、特に指される事もなく授業は終了した。昼休みを迎え、前日から寝ていない状況で午後からの授業は非常に苦痛だった。特に苦手科目の英語。クラスメイトが教本を読み上げる異世界人に見え、開始5分で夢の世界へ旅立った。帰宅後は叔父の説教も待っている。今の間に体力は回復させて置くべきだ。船を漕ぐ度に周りのクラスメイトは起こそうと突っついてくれるが、それに対応する事も出来ず、深い睡眠に入ってしまった。担任の北条先生に呼び出されなくて本当に良かった……。
■■■
美竹蘭との初めての会話をした日を思い出しながら、廊下でまたシャッターを切る。数日経過してしまっているがあの日以降、美竹蘭と会う機会がなかった。
私がA組に足を運べば良いのだろうけど、流石にあの印象では顔を出したら何を言われるかわかったものじゃない。どうしたものか? と思いながらも「まぁ、そのうち……」と思っていたら数日経過してしまっていた。
「望月!」
ファインダーを覗いて、次のシャッターを切ろうとしたところに声をかけられた。
「ああ、北条センセーじゃないですか。どうかされました?」
「いやなに、君に写真を任せた手前それなりの事はしないとな……と思ってな」
北条先生はコンビニ袋から一本の缶コーヒーを差し出してくる。
「では、お言葉に甘えていただきます」
差し出された缶コーヒーを受け取り、プルタブを引き上げる。
「進捗はどんなもんだ? そろそろ提出期限だが……」
私が缶コーヒーを飲み始めたのを見て、もう一本缶コーヒーを取り出し北条先生もその場で飲み始める。
「大体は撮り終わりましたねぇ……、一応今日が撮影最終日で週末にデータの簡単な選別をして来週には素材として提供できますよ」
「おお、まさに今日追い込みか」
「そんなとこですね。まぁ、ある程度カット数絞ってますから、選別もそんな時間はかかんないと思いますけどね。っていうか、ホントに私で良かったんですか?」
「おいおい、それが全国学生コンクールで金賞をゲットしたやつのセリフか?」
「いや、あれはまぐれでしょ……、大体こういうのってプロに依頼すべき話ですよ?」
私が今手がけている、卒業アルバム用の写真撮影。その依頼元は北条先生からだった。もともとこの羽丘には写真部は存在しない。私が趣味で一眼レフカメラを持ってちょくちょく撮影しているだけだった。
今思い出してもとんでも案件だと我ながら思う。羽丘中学生の一生の思い出になる卒業アルバムへのスナップ撮影だなんて荷が重すぎると流石に抗議した。が、結局受け入れてもらえず、北条先生の説得を延々と受け、渋々受け入れた。プロにはプロの仕事の仕方がある。それを邪魔するような事をしたくないし、ましてやまぐれで表彰を1つ受けただけの人材に任せるべきではない。
「流石にプロにもお願いはしてるさ、年間契約のプロが居るし」
「じゃあ、私別にいらないじゃないですか」
「プロじゃわかんない所を撮る、それこそ学生カメラマンだからこその視点で」
「私は別に……」
「誰もプロ相手に出し抜け! って言ってる訳じゃない。プロはプロ、アマチュアはアマチュア。視点の違いは絶対ある。だから、変に気負うじゃなくて皆の自然を撮ってくれればそれで良い。この廊下だってきっとプロなら『作品』に変わるかも知れないけど、アマだからできる『写真』が取れるかも知れない」
「そんなの誰も喜びませんよ?」
「だが、誰かがそのページを見て、そこでの出来事を自然と思い出してもらえるとしたら?」
「それは……」
「そんなんでいいんだよ」
北条先生と別れた後、グラウンドへ来て部活練習の様子に何枚かシャッターを切って中庭側に移動する。
様々な談笑する生徒達、声がいろいろ重なってよくわからない。他人の話には特段興味は無いが、その表情にはとても興味があるのだ。できるだけ高等部の人が入らないように、入ってもボケて見えなくなるようにピントを置いてシャッターを下ろす。
「まぁ……、こんな所かなぁ……」
今日撮影した分を、タブレットに転送して確認をしようと思い中庭をそのまま通過して食堂へ移動する。
「なんか甘い物食べたい」
人から見ればシャッター下ろすだけ、指を動かすだけかも知れないけど1つの被写体に対していろんな方向から撮って行く。そんな作業を繰り返していたら当然体を結構動かす。設定自体はそこまで細かく動かしてないがそれなりに考えながら設定を直している。
体も疲労するし、頭も疲労する。正直、疲労困憊だ。食堂で手軽に糖分を撮るなら菓子パンが早いだろう、食堂に入ってパン売り場の方に足を向けるとそこには白い髪をした女の子がパン売り場のおばちゃん相手にパンを注文していた。
「あと~、このメロンパンを2つ。そこのチョコチップメロンパンも追加で~」
「あいよー、相変わらずいい買いっぷりだね!」
「もちー、またポイントカードが溜まりそうだからねぇ~」
「あんた、先週もポイントカードだっただろうが……」
「んー。そうだっけ?」
財布をゴソゴソ漁って1枚のカードをおばちゃんに渡して会計を受けている。おばちゃんはなんかすごい量のパンが入った袋を彼女に渡し、ポイントカードに印を付けていく。
(おいおい……、私が食べるパン残しといてよぉ?)
イマイチカウンターは見えないがその袋を見てちょっと焦る。口の中はすでに菓子パンなのだ、ここに来て甘いコーヒーだけになるのは避けたいと思っていた。
「おかげさまで今日も完売だー、また明日もよろしくな!」
「モカちゃん的にはそろそろ新味もほしいですなぁ……」
「多分4月からはチョココロネとクリームコロネが入るはずだねぇ、数は少ないけど……」
「おお、ほんとに~。それはモカちゃん的に超たのしみ~」
「まっ、期待しといてよ! 本店では出したら即売り切れ商品だしね」
そんな世間話をしながらおばちゃんは完売の札をケースの上に立てかける。私の菓子パンの口はどうやら甘い缶コーヒーで満たすしかないようだ……。にしても、この子すごい量食べるんだな……、とパンを買い占めた少女の方に顔を向けるとばっちり眼があう。
「んん? どこかで見たことのある顔ですなぁ~」
「多分、屋上周辺だと思うな。2度ほど顔を合わせてるよ」
「ああ、思い出したー。盗撮被告人」
「そのフレーズやめてくれるかなぁ……」
「で、被告人はこんな所になにしにきたの?」
首を傾げながら白い髪を揺らす。見えるのは疑問を持っている眼だがどこかこちらの様子を伺っているそんな感じがするような眼。当たり前っちゃ当たりまえだなぁと心の中で思いつつ、両手を上げる。
「被告人は菓子パンを欲して此処まで来ましたが、残念ながら買い占められたようなのでコレにて退散をさせて貰おうと思います」
「あぁ、あたしが全部買っちゃったもんねぇ~」
「そういう事。甘い物ほしかったけど、無いんじゃ仕方ないしコーヒーで我慢するよ」
「うーん」
なにやら考えてる様子。イマイチ何を考えているのかわからない。どっちかと言うと相手に悟らせないようにしているような……そんな感じがするなぁ。
そんな事を考えてると白い髪の子は急に何か思い出したかのようにカバンを漁って一つのフォトフレームに入った見覚えのある写真を見せてくる。
「もしかしてコレを撮影した人かな~?」
「あら、綺麗にしてもらってるのね。よかった」
フレームは黒色だが、うっすらとラメの入ったカラーリング。光の加減で細かいラメがきらめくカラーリングだ。
「この前、蘭がこの写真に合うフレーム無いか? って相談してきてね。皆に見せるために今日持ってきたの」
「そっか……。その、ごめんね急に撮影した上なんか勝手に切り出しちゃって」
「ううん、あたしはこの写真を見てあたし達の『いつも通り』ってこんな形をしているんだなーって認識できてすごく嬉しかったし、何よりこの蘭の顔見てよ、すごいいい顔してる」
フレームに収まった写真を見ながら彼女は優しい笑顔を浮かべていた。とても愛おしそうなその顔は、形容はしつくし難い、なんていうか大人な感じの幸せを感じているかのような顔だ。
「蘭のこんな顔を私達は少なくても何回も見てたけど、最近見れてなかった。だから、形あるものにしてくれて嬉しいかな」
「そう。私はその写真はとても羨ましい」
「羨ましい?」
「うん、羨ましい。全員の顔を見てみて? そこには信頼・羨望・愛情・友情……他にもいろいろな感情の視線があると思ってる。それを受けて真ん中に居る彼女の顔は笑顔。安心感というかこの笑顔には人を引きつける笑顔があると思ってる」
「……」
「その笑顔はきっと他の4人が居るからできる笑顔なんだと思う、皆が居るから彼女も存在していられる。誰一人その写真でかける事はできない。皆とならなんだってできる、そう感じさせる笑顔」
「……」
「これはきっと希望なのかもね」
彼女の手の中にあるフレームの写真を改めて見ながら思ったことを口にした。美竹蘭に感じる魅力はそれだけでは無いが、その一面を言葉で表すなら『希望』。写真に現れたその一面はとても魅力的で、それこそ明日への夕日をも自分を演出するためだけのものにするくらいの……。
うん、今日はやはりこれ以上は何も浮かばないので甘い物で流してしまおう。そう思い、白い髪の女の子に別れを告げ自販機コーナーへ足を向けようとすると袖を掴まれた。
「まって」
「えっ?」
「来てー、こっちー」
柔らかな口調とは相反するに力強く引っ張られ、体勢が軽く乱れて引きずられるようだった。
「ちょ! せめてジュースを……」
すでに脳細胞は糖分不足で死に絶えているの! っか、あなたパワーすごくないかい? なに? その細い手のどこにそんな力あるんですか?
「あとでモカちゃんのパンを一つあげるから、こっちー」
まだまだ放課後は始まったばかり、人はまばらになりつつも女の子をおしゃべりが大好きなのである。お金のかからないおしゃべり場の教室にはそれなりに人も多く居る。学食棟から腕を引かれながら今日の放課後もゆっくり進んでいく。
なんとなく繋がりが薄いところ、原作設定とは違うところもあります。
オリキャラをうまく活かせ切れていないところ、説明も足りないし、学校生活も希薄・・・と問題を抱えてますがが引き続きよろしくお願いいたします。
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夕焼けの観測者になるための方法
「皆の衆、おまたせー」
「モカー、巴がひどいのーっ!」
「私も流石にそれは難しいと思うなぁ……」
「つぐまで!!……ん? モカ、その子どうしたの?」
白い髪をした女の子に引っ張れるまま、3年B組の教室にきた、扉を開けると窓際に場所を取ってる一際目立った3人の集団が眼に入る。座ってるからわかんないけど、結構身長があると思われる赤髪長髪の女の子、肩口で切りそろえた濃いめの茶色の髪をした女の子。そして、私の手を引いてる白髪の女の子を見るや否や、涙目で寄ってきたピンク色の髪を2つ括りした女の子。
どこかで既視感あるなぁ……と思ったら、あの写真に写っている美竹さんを抜いた4人が此処に集まっていた。そう言えば、さっき『写真をみんなで見る』って言ってたなぁ……。
「んー。ナンパ?」
「モカ! 嘘でしょ! 校内でナンパなんてどうやって口説いたの? 教えて! むしろナンパしてみせて!」
「ひ、ひまりちゃん……」
「はいはい。ひまりは一回落ち着こうなー」
なんかすごい勢いでピンクの人が、モカと呼ばれた白髪の女の子の肩を持って揺さぶる。
あっ、コレ多分ピンクの人はポンコツだわ……、と思いながら2人を見て苦笑いをする。なんか一連の流れがまるで漫才を見ているような掛け合いだ。
「ひーちゃんは口説きたいのか、口説かれたいのか一体どっちなの?」
「愛されるより愛したい!」
「ひまり……。全然訳がわからん」
「と、巴ちゃん……。でも、ひまりちゃん。答えが全然違うことになってるよ?」
ひまりと呼ばれたピンクの髪をした人はドヤ顔で答えるも、会話がかみ合う気配が無い。頭の中で会話が一歩前に進んで居るんだろうなぁ……。と思いながら、先程まで袖を握られていた腕が自由になっているのに気がつく。握っていた手はいつの間にか取り出したパンを私に差し出していた。
「急にごめんねぇー。でも、このパンで許してね」
「う、うん。ありがと……。とりあえずこの状況はなに?」
差し出されたチョコチップメロンパンを受け取り、連れてきた張本人に状況の説明を頼む。
「あっ、そうだねー。じゃあ紹介からー。こちら件の蘭を口説いたロマンチスト系の盗撮カメラマンさん。とりあえず確保したけど、全然悪い人じゃなさそう」
とんでもない説明だった。口説いたというかお願いをしたのは間違い無いが、私はロマンチストを気取ったつもりは無い。
「「「あっ」」」
三者、皆同じ単語は出したがそれぞれの反応が違った。
「巴」はこちらを見つつ全体を値踏みするような感じで、「ひまり」はなんだか少し顔を赤くして、「つぐ」は私の顔を見て何かを思い出したようなそんな三者三様の顔だった。
「あの……、そのね……。盗撮した件はほんとごめん、あなた達があまりにも絵になっていたというか……」
「ともちんはー、そんなに拗ねちゃうとカメラマンさんが困るでしょー」
とんでもない説明をした張本人の「モカ」は買ってきたばかりのパンの1つをすでに最後の一口の状況で一応の助け舟を出してくれる。
(いや……、あなたの説明でなんかお怒りを買った気がするんですが……)
心の中で愚痴を言いつつ、とりあえず精一杯の笑顔を引き出し、改めて自己紹介をする。
「ちょっと遅れてごめんね。なんで此処に連れてこられたかはわからないけど私は望月真琴って言います、3-Cです」
「私は羽沢つぐみ、赤い髪の子が宇田川巴ちゃんでピンクの髪の子が上原ひまりちゃん、あなたを連れてきたのが青葉モカちゃんだよ! ところで、望月さんってもしかして今年の夏にコンクールの表彰されてた望月真琴さん?」
ああ、目の前に旗は持ってないけど救世主がおる……。きっとあなたは話が分かるいいひとに違いない。
でも、その話はできれば避けたかったなぁ……。
「えっ、ああ……。あれね」
「つぐ、そのコンクールってなんだ?」
「確か、写真のコンクールで優秀な成績を収めたとかで表彰されてたような……、内容まではちょっとしっかり覚えてないなぁ……」
宇田川さんが羽沢さんに問うが、羽沢さん自身もあまり記憶に残っていないようだ。
まぁ、確かにそうだろう、人の表彰記録まで覚えてるとか逆にすごい記憶だ。救世主が導いてくれた道だ、ここは無下にはできない……。
カメラを持ち始めて、よく言われる事。『あなたってどんな写真を取ってるの?』と……。説明するにも、コレばっかりは難しい。何かテーマを決めて1本だけを撮り続けているわけでも無い。デジタル媒体で持ち歩くのが差し替えなども手軽でよく一番良いと思ってるが、デジタルだとアナログに落とした時の色味がやっぱり違うと思っている。結局私はアナログに頼って、写真を厳選しポートフォリオを作って歩いてる。何よりこの厳選する感じと、アルバムに自分で文字を書き込む感じが好きだから。
カバンから1冊のアルバムを取り出し宇田川さんに差し出す。私のコレまでのポートフィリオ。金賞を撮った写真の他にも、様々な写真がある。
にしても、学生写真コンクールか……。今となっては、随分前の話になるよな、とふと記憶の隅に追いやった思い出のページを開く。
◆◆◆
私がカメラを趣味で持ち歩き始めたのは、叔父の影響だった。叔父の使わなくなった一眼レフを譲り受けて、なんとなく撮りはじめた。最も撮るものは風景がメインとだった。
なんとなくで始めたカメラ。叔父の休日に県外に出てカメラでその風景を写し、気に入った物を苦手な編集を施して1枚の写真に仕上げる。そんな事を繰り返してると、風景のレパートリーもなんとなく少なくなってきた。
県外の風景はいつだって撮れる。今じゃなきゃ撮れない「何か」を撮ってみたいと思った時、ふと学校を撮影する事を思いついた。
(在学中にしか撮れないってのが一番のメリットだよね)
校舎を撮影しながら、そう思った。唯一の悩みは、カメラを構えると中にはあからさまに嫌がる人と積極的に写りに来る人。こちらとしては特に人を写している訳では無いので、対応に苦慮した。写真部というものがあれば、説明は早いかも知れないが羽丘には写真部は存在しなかった。
そんな訳で私は「カメラを持って勝手に撮影してくる奴」として、あまり良い印象は受けなかった。
ある日、そんなトラブルが重なり、お説教名目で3年で担任になった北条先生は1枚のチラシを見せてくれた。
それが学生写真コンクールの公募パンフレットだった。もともと北条先生は大学で写真活動していて、その延長で教師になってからも様々な写真を撮ってるそうだ。
コンクールに向けての写真活動なんてする気はなかったが、とりあえず出してみたらどうだ? と勧められて規定テーマと自由テーマの2つのテーマにそれぞれ数点の写真を出すことになった。
無論、学生コンテストであったことから学校側の推薦文書も必要だったためそれを北条先生が一通り用意をしてくれた。
「なんか実績さえあれば、変に意識する奴も無くなるさ。なんだったら認定の腕章作ってやろうか?」
「腕章とか……、やっぱりそんな物必要なんですか?」
北条先生は軽く言うが、個人的にはそんな大層なものが必要なものなのか? と思う。
「ほら、最近SNSとかで写真シェアしてたりするじゃないか、投稿サイトだってあるしな。まぁ、望月はそういうのに興味無いといった所で、顔が写るものは慎重にしたほうが良いってことだ」
「そんなもんなんですかね……」
「そんなもんだ」
職員室の隅に設けられた面談テーブルに座り、北条先生は缶コーヒーを飲みながら大人の悟りを手元の一眼レフをメンテナンスしている中学生の私に諭す。
「まっ、何にしてもいい結果が出たらいいな」
結論から言うと、「いい結果」は帰ってきた。
中学3年の夏休みを作品づくりに注ぎ込み、ある1枚の校舎の写真を完成させ、規定の書類とともに現像した写真を送った。
中学3年2学期が始まりそろそろ衣替えの季節かと思ってたある日、北条先生の真剣な呼び出しを受け、校長室の扉をくぐり無言で突き出された1枚の紙が事態を大きく変えて行くことになった。
「はっ? 金賞ですか?」
「うん、金賞だな……」
「いやいや、意味わかんないですよ……、金賞って参加賞かなにかでしょ?」
「いや、流石にそりゃないだろう……」
さすが校長室。大層なソファが置いてるもんだとその黒いソファに身を預け、ゆっくり沈んだ所でなんにも考えてなかった頭に急に金だらいが落とされた気分だった。
適当に撮影したつもりの写真は自由テーマで見事金賞を獲得してしまったらしい。北条先生もかなりの苦笑いだったが、北条先生の横に居る校長もかなり胃が痛そうな笑顔だった。
私は訳が分からないと言う感じで何回もその文書を見返した。
「とりあえず、おめでとう。文面から見て、ぜひ授賞式にも参加してほしいとの事だ」
「いやぁ……、ずぶの素人が行く場所では無いですし。人に写真の考察をされるとか、私の写真の方向性が変わっちゃいそうなので遠慮させていただきたいです」
「本音は?」
ものすごい苦い顔をしながら北条先生は私の言葉にすばやく反応して来る……。この辺やっぱり人を見てるんだよなぁ……、と改めて思う。
「休日に部活動でもない行動をしたくないです、むしろそれなら1枚でも写真撮りたいです。なんだかんだでモチベーション上がりましたので……」
「北条先生、では授賞式は彼女は欠席で学校代表として私と同行を。さも、写真部顧問のようにご意見を承りましょう……」
「そうですね……、悪乗りしすぎました……」
「問題児の更生のためとは言え、部活動申請書類出してきた時にハンコを押したのは私ですし、腹を括りましょう……」
こうして仮想の写真部を作り出して、書類を書いた校長と北条先生が受賞式に出ることになった。どんな交渉をしたのか知らないが、悪乗りした校長も校長だが、北条先生が一番の悪であることは間違いない。がっくり北条先生は頭を垂れる。
というか、今校長、私のこと問題児って言った? たまにトラブルは起こすけど、そんなトンデモ事案をやらかした覚えはない……。
視線だけで、北条先生に目を向けると素知らぬふりの顔だ……。大人ってずるい。
「では、あなたには今回の快挙に免じて2つお願いごとを」
「……快挙に免じて……って日本語おかしくないですか? っていうか、2つもですか?」
「ええ、2つです。まず1つは全校集会での表彰式へ参加。もう一つはモチベーションの高いあなたへの依頼です」
「それ、すでにお断りしたいのですが……」
できれば、目立った事したくない。すでに表彰式への参加と言うだけでハードルは高いこれ以上は勘弁願いたい。
「依頼は中学用の卒業アルバムスナップ写真の撮影です」
「はぁ?」
急にそんな無茶な依頼内容を告げられ、口を大きく開けて声を出してしまった。この日は以降、学校内で取材腕章を片腕につけ一眼レフカメラをぶら下げて、ひたすら校内を撮影するのが私の学校生活になってしまった。
◆◆◆
「はい、ポートフィリオ」
「ポート……、それってなんなんだ?」
「簡単に言うと作品集。さっき羽沢さんが言ってたのは夏にあった学生写真コンクールの事。その時の写真もあるし、見てもらったほうが早いと思う。あんま自信ないけど……」
宇田川さんは疑問符を浮かべながら表紙を開く。
宇田川さんが表紙をめくった所で他の人達もそのアルバムが見えるように移動をする。彼女らがポートフィリオを見ている間に糖分元の補給として青葉さんから貰ったチョコチップメロンパンをいただくこととしよう……。
「あれ? コレ、職員玄関に飾ってある写真じゃない?」
「ああ、確かにあったなこの前の三者面談の時に母さんを職員玄関に迎えに行ったときに見たな」
「表彰されたのがその写真ね。校長が気に入ってめちゃくちゃ高い額縁買って飾ったって北条先生が言ってた」
恥ずかしながら私の写真はものすごい装飾を施された額縁に入れられ、印刷業者に拡大処理された上で、チェック校までして今も飾られている。
ほんとに勘弁してほしい……。デカデカと拡大処理された写真を見た時ほんと死ぬかと思った。
「望月さん、コレは通学路だよね。雨の降った後のただの夜道なのになんでこんな風に反射して撮れてるの?」
「んー、あそこだけ街路灯が新しくなってて、よく光るの。あと雨降るとあそこの路面はサイクリング用に舗装し直したおかげで水がいい感じに流されてくるから、それ使ってって感じ」
「へぇー、すっげーな。海もすごい綺麗に撮れてるなぁ……。っていうか、ホント一枚一枚がすごい綺麗に撮られてるって感じするな」
「海は和歌山の南の方だね。この辺でも全然綺麗に撮れると思ってたんだけど、私のおじいちゃんとおばあちゃんが関西に住んでて夏に行った時についでに……って感じかな。でも、やっぱりあっちの方はすごく澄んでる水だったなぁ」
宇田川さんはなにやら海の写真に興味があるらしく他の海の写真も見始めた。
「この生け花の写真もすごいよね……、他の生け花の写真何種類かあるけど、この生け花だけなんか印象が違うね」
羽沢さんが眼に止めた生け花の写真を一同が見ている。
「あーそれは……、この辺に生け花教室やってる所が主催でショッピングモールで定期発表会をやってるんだよ、いつも撮影自由だったからいつも練習に撮ってたんだけどね……」
つい、写真について解説する口がつい淀んでしまう。
「けど?」
写真を見ていた上原さんが私の言葉尻を拾い、その続きを促す。
「ほら、その写真の生け花の器が、他のとちょっと違うでしょ?」
「あ、そうだね。ちょっと器の形が特徴的な感じ。生け花ってこんなのにも入れたりするんだね!」
「私も詳しいわけじゃなくてね、よくわかんないんだけど、他のより奇抜な器で面白いと思って撮影をしてたら声を掛けられてね?」
「ふんふん」
羽沢さんは他の生け花の写真とその写真を見比べたりして間違い探しみたいなことをしている。そんな羽沢さんを見つつ上原さんは相槌を打ってくる。青葉さんはパンを食べていた手を止めて、何やら考えてるようだった。
「なんか、その場に居た人に感想を求められてちゃって、『折角の面白い器なのに、背景が和だと器も和になって、画面的に面白くないから背景も全部創作して器を活かしたらもっといい絵が撮れそうです』って言っちゃったらね……」
「うわぁ……、本職の人にそんな事言っちゃったの?」
上原さんが軽く引いて、開いた口が塞がらないって感じのリアクションだ。
「そしたら、次の展示会のときに特設ブースみたいなのが出来てて……、ライトアップ用の照明までついててね……。『待っていたよ!』ってその人に引っ張られて、この花を見せられちゃってね。そしたらまぁ……、撮るしか無いじゃん?」
「そりゃそうなるよねぇ……。でもこの背景の赤と黒ってすごい大胆だよね~」
「うーん、多分ライトを美味いこと当ててるからってのもあるからかなぁ、白い奇抜な器がいい感じだよね」
今思い出しても、無茶言ったもんだ……。常連とは言え、流石に言ってからヤバイと思ったもんな……。でも、あそこの教室の展示会いつもいい感じに花を撮れるから良いんだよなぁ……。
青葉さんは何か考え終わったみたく真剣な表情でこっちを見てる。
「……」
「……」
「……どうしたの? なんかあった?」
「まこちーは、その生け花を活けた人って知り合いなの?」
青葉さんの問がよくわからない。ただ、確かに撮影常連ではあるが活けた人とあったことが無い。展示会の関係者であるわけでは無い。接点と言ってもほとんど皆無。だれが活けたなんて考えたこともなかった。ってか、まこちーってなんだ私のあだ名か?
「う、ううん。全然知らない人。話したこともないかな。いつも一般公開されて居る時間帯にしか行かないし」
「まこちーの感性ってこと?」
「感性って、そんなご大層な感性してないよ。大体いつも月イチでやってるから、練習がてら行ってるだけ」
「まこちーは野生の蘭ハンターだねぇ……」
「はっ? なんでそうなるのよ……」
青葉さんが言いたい事がいまいち見えてこない。この生花のどこに美竹さんの要素があるというのか? ましてやハンターと言われるような事は一切無い。
「ひーちゃん、ともちんは多分知ってると思うけど、ちょっと前に蘭のお願いでハンズに買い物行ったの覚えてる?」
「ああ、なんか壁紙がどうとかそんな話してたな……」
「うん、覚えてる。蘭がすんごい悩みながらカーテン生地の所で止まっちゃって、結局私と巴だけでお茶している間に蘭がものすごい量の買い物してきた時の事だっけ?」
「そうそうー。蘭が一人じゃ持ち上げれない大きな荷物を無理やり持って、危うく落としそうになって、結局イケともちんに持ってもらったやつ」
「それ、私が店番をどうしても外せなかって、練習が流れた日だね」
「あの日、結局ハンズじゃ揃わなくてホームセンターまではしごしたのー」
「モカ、それがなんか関係あるのか?」
「多分、この写真に写ってるお花、蘭が活けたお花なんじゃないかなぁ……」
「「「「えっ?」」」」
彼女らは改めてその写真を見るが、その写真には作者名や題名は無い。撮って編集をした者的には、美竹さんが活けたという根拠にかける所だ。そもそも、美竹さんが華道やってると言われてもピンと来ない。あの子、いまいちそんなおしとやかに見えない。
「あ、この器が乗ってる赤布の模様、この前蘭が買ってた布だ!」
「あいつ、じゃあこの後ろの黒と赤の壁ぽく見えるのって、あの時買ってたボードってことかぁ?」
「すごい! 蘭ちゃん、こんな風にお花活けるんだ! すっごくかっこいい!!」
なんか知らない所で、盛り上がってる所に水をさす。とりあえず把握はしておきたい。
「青葉さん?」
「なーに?」
「美竹さんって生け花なんてやってるの? 私全然知らなくて……」
「蘭のお家は古くから華道をやってる家だよー、華道の話すると蘭が嫌がるからあんまりしないんだけど、展示とか発表とかやってるって聞いたことあるしー、もしかしたら~とは思うんだけどね」
「嫌がる? こんなすごいのを活けてるのに? あの展示会、ぶっちゃけ無料なのも不思議なくらいハイレベルだって素人眼でもわかるくらいなんだよ?」
あの展示会場、ぶっちゃけいつ行っても人が居るし展示場所もそこらのフリースペースや集会場でやってるわけではない。商業施設のど真ん中で警備の人もそれなりに居た上で無料展示をしているのだ。
「うーん、蘭は昔からお花が大好きなんだけど、お家が厳しい感じだからじゃないかなぁ……。ごめんね、あんまりその辺は本人からも聞いたことないんだ……」
青葉さんは少し寂しそうな顔をして私の疑問に答えてくれた。まぁ、本人が語らないのであればそこに踏み入る事は出来ない、なんとなく察する事はできてもそれは安易に触って良いものかはわからない。それがたとえ心を通わせた友達であってもだ。全部が心の内では無いのだ。
「そっか……」
あの写真の美竹蘭からは心の奥底から湧き出る暖かさを感じた。だが、その顔は此処に居る者達にもわずかしか見せたことが無いと言った。しっかり喋ったことが無い私の中の美竹蘭の偶像。彼女たちが見てきた真実の美竹蘭と言う存在。
自分の中で持ち上げすぎているのかも知れないが、美竹蘭はそれでも魅力的だと思う。私はどうすれば真実の美竹蘭を見れるのだろうか?
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夕焼けの形
美竹蘭はどうすれば見ることができるのか?そんな事を考えていると、先程まで少し寂しそうな顔をしていた青葉さんはカバンの中から例のフレームに入った写真を取り出した。
「まこちーが何者かわかった所で、さて今日の本題はこれー。蘭から預かったのはこの写真だよー」
フレームに入った写真を青葉さんは上原さん達に渡す。
「うわー!なにこれっ!コレ、私なの??」
「すっげぇ・・・、めちゃくちゃ綺麗な夕焼けじゃん!」
「うん!まさに「After Glow」って感じだね!」
「ちなみに蘭いわく、ここに居るまこちーに口説かれた上に押し付けられた、って顔真っ赤にしてポツポツ喋る蘭が超レアでしたー」
青葉さんがものすごく悪そうなニヤケ顔でこっちを見てくる。いや、そんな顔をされても私は美竹さんを口説いたつもりは一切無いので、首をブンブン横に振る。
「えっ、嘘。蘭を口説いたの・・・。一体どうやって?」
「それ、私も気になるな。普段、蘭ちゃんって人にはクールだし、真っ赤にするって滅多に見たことないや」
「まぁ、あたし達と居ても蘭ってどっか冷静だもんなぁ。たまにやらかすけど」
「いやぁ・・・、ほんとに口説いてないからね?青葉さんが多分話盛ってるだけだよ・・・」
なんとなく視線を合わせづらくなって、そっぽを向いて取り繕う。
「んー、モカちゃん的には蘭があそこまで乙女になるのは超珍しいと思うんだけどなぁ・・・」
「いや、ほんとだって・・・。ちょっと撮影に付き合ってほしいってお願いしただけ。ほら、美竹さんって独特な空気感あるじゃない?それを撮らせてほしいってお願いしたのよ」
「ふーん?」
なんか、あんまり納得されてないけど要約したらそんな感じだ。嘘はついてない。あの時は確かに口が思わず回ったけどさ。
「そっか・・・。私達こんな風に見えるんだね・・・」
「ああ、文化祭の時も写真は見せてもらったけど、遠かったからこんな風に写してもらえるとなんか嬉しいよな」
「うん、私達の本当に一番大事な物だから・・・」
フレームに入れられた写真をとても優しい眼をして上原さんたちはまじまじと見ている。彼女達の言う「大事な物」がその写真にはあるのだと言う。ならば、撮った側はそれを意識せずに撮ったという点では、なんとも言い難いが大事なものが撮れたのならばそれで良い。カメラマンとしては駄目だと思うが、個人的には満足だ。
「ねえねえ、まこちー?この写真さー、私にも1枚もらえないかなぁ」
「えっ?」
青葉さんの反応を聞いて、ちょっと言葉に詰まる。
「だめ?」
「いや、別にだめとかじゃないけどね・・・」
「あっ、モカずるい!望月さん!私も1枚ほしい!!」
青葉さんが上目遣い気味におねだりをするような体勢に入って来ると、先程までフレームに収まった自分達をみて優しい顔をしていたが、青葉さんの抜け駆けを許さない!という顔を向けてくる。
「あ、あの私もできれば1枚もらえたら嬉しいなーって」
「あたしもほしいな、この写真」
ちょっとおずおずといった感じで小さく手をあげる羽沢さんの横で、豪快に手をあげちゃう宇田川さん。いや、現像した写真を欲しがってもらうのは全然いいんだけど・・・。
「あの。その・・・、これ盗撮しちゃった写真だよ?被写体になったあなた達に欲しがってもらうのはとても光栄だとは思うけどすごい後ろめたさが・・・」
「んー、いんじゃない?盗撮しないと蘭のこの表情は無いだろうし、蘭もこの写真みてなんだか安心していたみたいだしね。何よりも私達の形がちゃんと見えるからほしい」
「私もそうだよ!その・・・急に撮られちゃったからびっくりしたけど、私達の見えないものも見えるこの写真はすごくと思う!だから、この瞬間を収めてくれた望月さんには感謝しかないよ!」
青葉さんと羽沢さんが私の後ろめたさをフォローしてくれる。申し訳ないけど、やはり盗撮には違い無い、が、彼女らがそう言うのであるのなら、この写真は大事にしておこう。
「わかった。またこの写真を持ってくるね」
「あっ!でも流出はNGだよ!蘭が超怒るからね!」
上原さんが頭に指を立てて鬼のポーズをする。そりゃそうだろう、不意打ちの写真が自分の管理外に出てしまうとか一番最悪だ。
「もちろん。SNSとか投稿サイトは興味ないからそういうのには上げたりしないよ」
「まぁ、取扱には気をつけてくれりゃ、安心ってことで。にしても望月さんってカメラで撮るのほんと上手だよな、なんか写真集見てる気分になるよ」
「ありがと。でも、趣味のレベルだしプロの作品はもっとすごいわよ」
宇田川さんは引き続き、他のポートフィリオの写真を眺めて言ってくれる。
「ちなみに私達の写真も結構な気合いが入ってるみたいだけどポートフィリオには入れないの?」
「あぁ、それね。んー、個人的には人をちゃんと撮ったこと無いからもっとちゃんと撮ってみたいかな・・・って。ねえ、ちなみにさっき話しにあった「アフターグロウ」って、なんの事?」
「「After Glow」は夕焼けって意味。それで、私達のバンド名でもあるの!」
「バンド?軽音楽部ってことじゃないってこと?」
「そだよー、軽音楽部じゃなくて、外部で私達だけで活動してるバンドなの!」
ひまりは自分のカバンから1枚のポストカードのようなものを取り出して私に差し出してくる。そこには「After Glow」とデザインされたロゴと、ライブイベントの開催日時が入っている。なるほど、彼女達は「ガールズバンド」を組んでいたのか。最近、たまにテレビで特集されてたりする奴だ。
だから屋上で練習をしていたんだな、と先日の出来事を思い出す。にしては、この場に写真の登場人物である美竹さんが居ないのに引っかかりを覚える。
「まだまだ下手っぴだけど、今度ライブしちゃうんだからー!」
「えっ、それすごくない?」
「ライブと言っても楽器店主催でコピー曲を1曲だけの出演なんだけどね」
上原さんはドヤ顔で言いながら胸を張るが、羽沢さんは頬を軽く掻きながら苦笑いしてる。いやいや、楽器店主催とは言えどもイベントで演奏するとか、ガールズバンドとかよく分かっていないけど、あなた達すごいでしょ・・・。
「いや、羽沢さん。素直にすごい事なんじゃないの?バンドは始めて長いの?」
「うーん、もうすぐ2年目になるかなぁ・・・。中学2年の春からだよ!ホントはオリジナル曲もやりたいんだけど、機会がなくてね。」
「今回もコピー曲指定だったし、仕方ないよなぁ~」
「ちなみに、去年の文化祭ではオリジナル含め3曲やりました!」
去年の文化祭というと11月の文化祭か・・・。あの日は・・・。
「私、去年の文化祭は風邪引いて休んでた・・・」
「ええぇ・・・、音源持ってなかったかなぁ」
「ひまりちゃん、私のスマホに録音音源入れてたはずだから出すよ」
「つぐ、さすが!」
「さすつぐー」
「あたし、イベントのチケット余分に持ってるぞ」
「さすともー」
スマホを取り出し、曲を探しているのかポチポチ操作をしだす羽沢さんとカバンを引き寄せて先程話にあった楽器店のイベントチケットを取り出す宇田川さんに青葉さんが間の手を入れていく。この人たちはホント仲良しなんだなぁ・・・と思う。
「ほらよ」
「ありがとう、いくら?」
宇田川さんが1枚のチケットを差し出してくる。こういうのは大体お金がいるはず、会場だってタダじゃないしノルマだってあるだろうしね。
「そんなの別にいいって。それよりさ、お願いごと頼めないか?」
「チケットばらまくの手伝えって言うのは受けれないわよ?私、友達少ないって自信あるし・・・」
「はははっ、違う違う。今から聞く音源の感想とまた私達を写真に撮ってほしいんだよ」
音源の感想はまだしも、写真の依頼が来るとは思わなかった。
「できればさ、イベントであたし達の撮影してほしいんだ、撮影許可とかのレギュレーションはこっちから伝えるからさ」
ライブハウスでの生撮影。モデルを立ててのポートレート撮影とは違う。それこそ楽器を演奏しながら動いている人を撮るのだ、しかもライブハウスは大体くらいはず。難易度はとてもじゃないけど高いと思われる。正直、私のレベルじゃ着いて行けない可能性もある。
「写真に撮ってほしいって・・・、専門の人居るんじゃないの?」
「一応、楽器店が映像は残してくれるらしいけど、写真は無いと思うな。何回か会場を見に行ったことあるけどでもたまに身内が撮影はしてる程度・・・かな」
「ライブの撮影ってすんごい難しいと思うのよね・・・」
「そうなのか?」
「うん、演奏しているスピードもあるし、何より人が暗所で動くと思うと、正直今の私ではまともに撮れない。ある程度練習しても、ちょっと難しいかも・・・」
「ふーむ、慣れればなんとかなるとかの問題じゃないんだな」
「どうなんだろう、専門に撮ってる人じゃないから私はなんとも言えないかな、試し取りってどこかで出来そう?」
「試し撮りってどんな感じにするんだ?」
「まずはスピード感。演奏する時にどんな感じで動くのかを確認したいかな。あとは・・・人をあんまり撮った事無いからどんな感じにあなた達が動くのかも見ておきたいかも、後はどれくらいの明るさなのかとか、どんな並びとか、撮影場所の確認とかかなぁ・・・」
やるとなれば手探りで行くしか無いが・・・。正直、あんまり人の記念になるような撮影は撮りたく無いのが本音だ。
なんというか、期待されるのは良いが、こちらはカメラを扱ったことがある人であってプロでは無い。何より機材にも限界はある。プロとの違いはすぐに出ると思っている。
「でもね、宇田川さん。お話はありがたいけど私はさっきも言ったけどプロじゃない」
「ああ、そうだな?」
「だから、記念とかそういうイベント感のあるなら辞退したいな」
「おお?いや、待ってくれ。そんなつもりはじゃないんだよ」
「そう?何かそういうのならプロを雇った方がいいわ、仕事にしている人の写真とはやっぱり違うからね」
「まこちーでもやっぱりそんな風に思うんだ?私はまこちーの写真はどれもすごいと思うけどなぁ」
「ありがと。でも、それは多分全部素材が良いからだと思うわ、私の中ではプロならもっと良いものが仕上げれると思ってるし、それには遠く及ばないわ」
「素材が良いからかぁ・・・」
「まっ、この話は置いといて。今は宇田川さんの話だしね」
「うんうん、望月さん。私達は別に何かの記念とかそういうのじゃなくて「After Grow」を誰かに撮ってもらいたいだけなんだ。この写真もそうなんだけど、私達の形ってどんな風に見えるのか私達とは違う視線で見てみたいの」
羽沢さんはスマホ片手に意気込んだ感じで話す。なるほど、誰かに撮ってもらいたいなら別に構わないだろう。
「はい、これ!聞いてみて、私達のオリジナル曲の1作目。まだ完全には未完成だけどね」
なんか気合が入ってる羽沢さんって結構勢いがあって圧倒される感じがする。とりあえず渡されたイヤホンを片耳にさして指でOKマークを作る。
「じゃ、いくね!」
羽沢さんのその言葉の後、耳に1つの音が流れ始めた。
この作品を読んでくれてありがとうございます。
少しずつ話は進めていくつもりで居ます。
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夕焼けの観測準備
「やっぱり、難しい・・・」
グラウンドを走る陸上部員と思しき姿をレンズで追従しフレームに収めてピント合わせをするが、やはりそのままではピントが合わせきる前に次の動きに入ってしまい空振る。何回か繰り返したが、うまくいかない。
「夕方でこの感じじゃあ、駄目っぽいなぁ・・・。素直に帰って撮影設定とか漁ったほうが良いかも知んない・・・」
ちょっと挫けそうだけど、自分の中のモチベーションは高い。今回は特に高い方だと思う。羽沢さんに聞かせてもらった文化祭で歌ったというオリジナル曲、屋上で彼女達が歌っていた歌。決していい録音環境ではないが、とても良いメロディーだった。自分の語彙力の問題もあるが『すごい』しか言えなくなっていた。
■■■
『どうだった?私達の音!ちゃんと録音したわけじゃないから、音悪いけど・・・』
『上原さん、これ未完成なの?聴いても何処が未完成なのわかんないだけど・・・』
『よかったぁ』
『だろう?コレ結構頑張ったんだからな』
『ともちんとひーちゃんの音がちょい走り気味だもんね~』
『もー、その事は言わないでー!』
音楽は詳しく無い、楽器なんて音楽の授業くらいでしか触ったことがない。歌も有名曲ならわかるけどマニアックなのはわからない。
でも、彼女たちが奏でた音楽はどこか聞き入ってしまう感覚。入り込むってこんな感じなのだろうか?わずか数分だったがその音を楽しんで居る私がそこには居た。
『ねえ・・・』
『んー?どうしたの?』
『その音源、もしよかったら私にくれないかな?もっと聴いてみたい・・・』
『ホントに!いっぱい聴いてくれるならあげちゃうよっ!あ、でも流出は駄目だからねっ!蘭が怒るから!』
と、両手を胸の前でバツを作りながら、軽い感じのウインクをしてくる上原さん。
この子はホント女子校で良かったなと思う。共学とかだったら、絶対勘違い男子いるよ・・・。天然無自覚系だよ、絶対。
『じゃあ、連絡先を交換しよ!スマホスマホ~。どこいったかなぁ~』
カバンの中をかき回す上原さんを始めに、羽沢さんがさっきまで音楽再生していたスマホをいじってSNSアプリを立ち上げる。私もカバンからスマホを取り出して、同じくSNSアプリを立ち上げる。
『はい!コレ私の連絡先だよ!』
『ん、じゃあコレで・・・』
『つぎ、あたしなー』
『モカちゃんも準備万端ですよ』
宇田川さんと青葉さんもアプリを立ち上げ終わって、連絡先交換画面になっていたので、そのままの流れで、交換していく。
『スマホ~!見つかんない~!』
『ひまり、さっき上着のポケットの中に入れてなかったか?』
『あ、そうだ!ポケット!みんな、ちょっとまってよ~!私も交換するんだからね!』
『大丈夫、待ってるからあせらないでいいよ。上原さん』
カバンから筆記用具やらポーチやらを出して、スマホを探していた様子を見かねて宇田川さんが苦笑いしながら、スマホ捜索のヘルプに入る。何って言うか、面倒見いいな、宇田川さんは・・・。
『スマホあったー!望月さん、交換画面プリーズ!』
『はいはい。そう言えば、今日は美竹さんは?』
『んー、今日は蘭、お家の用事入っちゃって早めに帰っちゃったの』
『ホントは練習の予定だったんだけどな、蘭の用事でなくなったしちょっとおしゃべりでもしようってなってな』
上原さんのスマホが見つかって連絡先を交換しつつ、さっきまで引っかかってた美竹さん不在の話を振ってみたら、案外普通の回答だった。まぁ、家の用事なら仕方ないよねーとモカもぼやいている。
私もそろそろお暇しようかな・・・、卒業アルバムの件もあるし、何よりライブ撮影用の話も情報を集めてみる必要がある。
『ふーん、そっか。宇田川さん、ライブのレギュレーションの件わかったら連絡ちょうだい?後、どこかで本番と同じような環境になる感じの練習ってやってたりするの?』
『ああ、それならスタジオ練習が一番近いかなぁ、高くて滅多に入らないんだけど、今度音合わせで入るつもりだよ』
個人個人の練習を見て動きを確認できるのもいいが、やはりバンドとしての動きも見ておきたかったので渡りに船の話だ。
『それ、私も参加できるかな?日程って決まってる?』
『ああ、いいぜ。蘭にはあたし達から言っとくし。今週末の日曜の昼と、来週の水曜の放課後に2時間予定だったけ?」
『うん、そうだよ2時間予約だよ、巴ちゃん』
『行けそうか?』
『もちろん、あわせるわ。折角誘ってもらったんだしね』
『よっしゃ!俄然やる気が出てきたぞ』
『ともちん、やる気全開でペース早めないでねー』
After Glowのメンツは茶化しあって居るが、私にはなかなかタイトなスケジュールだ。日程的にも感覚を掴むまでは時間が少ないかも知れない。
『了解。じゃあ私行くね』
『お、なんだ?もう帰るのかよ?』
もうちょっと喋ろうと誘ってくれる宇田川さん。残念だけど、北条先生の話がまだ終わってないので時間があんまり無い。撮影自体は終わっているが編集作業もあるし、スピード感のある写真というのを撮ったことないので、試し撮りをしてみたいのでお喋りを離脱したい。
『ううん、北条先生からの頼み事がまだ残ってるの。さっさと終わらせて「After Glow」の撮影に集中したいしね』
『そっか、それじゃ邪魔したら悪いな。じゃあレギュレーションわかったら連絡するからなー』
『今日は急にごめんね。望月さん』
『できれば綺麗にすらーっと撮ってほしいなー』
『ひーちゃんは本番に向けてダイエットだねぇー。まこちー、さらばだー』
■■■
彼女たちの熱。とても熱い音。聞かされる側も熱を出してしまうだろう。同じ中学生なのに、こんなにもすごい音。きっといっぱい練習したんだろうなぁ・・・。
クラウチングスタートをしている選手をフレームに収め、ピントをあわせる。事前に固定したピントの状態でスタートした瞬間に右手人差し指を自然に押さえてシャッターを下ろす。
「カシャッカシャカシャ・・・」
連続するシャッター音。ちょっと前にネットで見た走行する電車を撮る設定を真似て見たがどうだろう?画面に今撮影したばかりの映像を映す。ブレまではしっかり確認出来ないが、そこそこ形になったのではなかろうか?
「イマイチ感覚がつかめない・・・」
何が良くて、何が悪いのか?頭の中が整理が追いつかない。っていうか、もう疲れた。駄目だ、流石に帰ろう。訳わかんなくなったらやめるに限る。背負っていたリュックをおろし、ブレザーのポケットからレンズカバーを取り出しレンズに蓋をする。腕に止めていた取材腕章を外し、一眼レフとともにカバンにしまう。おとなしく帰ってしまった方がこの霧がかかった思考は手探りで進めるより何かしらのヒントを得て、再度手を出したほうが絶対に良い。
「帰りましょうかね・・・」
今は色鮮やかなオレンジに染まった校舎の壁も、もうすぐ黒い壁に変わる。陽は落ちると早いのだ。今日はいろいろ思い出したり、いろんな人にあったりして面白い日だったな・・・、その足を校門のほうへ向けた。
◆◆◆
『レギュレーションについて聞ける事になったので、明日12時に悪いけど此処に来てほしい。大丈夫か?』
そんな宇田川さんからのメッセージを受け取ったのは北条先生からの依頼の卒業アルバム用の編集作業を土曜日に7割ほど消化し終えた時だった。編集と言っても使えそうな画像をピックアップして、画面で眺めてブレなど無いかを見る程度だ。
そういう意味ではあと一息というところ、現在土曜日の14時を回った所・・・。添付された地図を見るとどうやら楽器店ではなく会場になるライブハウスのようだ。
「なんとかなるかねぇ・・・」
スマホに画面に映し出されるSNSのメッセージを眺めながら、残りの作業量なんかを考える。ついでにスマホを操作してメールなんかの着信もチェックしておく。
「明日はもともと予備日を想定してたからフリーだしね。まぁ、良いかねぇ」
宇田川さんのSNSメッセージに手早くOKの返事を打ちこみ、送信をしてから、ふと思った。
「そう言えば、なんでライブハウスなんだろう。撮影場所とかの説明もあるってことなのかなぁ・・・」
そう言えばバンド練習が日曜にあるって言ってたよね。
「んー?念の為、三脚持っていこう。ズームレンズも持ってとこう。叔父さん、単焦点の明るいレンズもってたよね・・・」
叔父との共用のドライボックスから、いつもつけてる標準レンズと倍率が大きいズームレンズ、そしてレンズ自体が大きい単焦点レンズを取り出す。レンズ3本持っていって外す事は無いだろう。
単焦点はほとんど使ったことが無い、経験的にうまく扱える自信は無いが無いよりマシだろうと思いながらリュックに入れる。
「カメラ・レンズ3本・アルミ三脚・・・、超重いんじゃないの?コレ・・・」
普段はレンズ一本とカメラだけなので、予想より多い荷物にちょっと足踏みをする。念の為、カメラリュックを背負ってみるが、やはり三脚が思ったより重い・・・。普段から背負って歩いていないから、ちょっと感覚がつかみにくい。特にリュックのサイドにくくりつけた三脚。コレ、人にあたったりしたらまずいよね。車に引っ掛けられたら洒落にならないし・・・。
「これちょっと気をつけて歩かなきゃ行けないな・・・」
荷物は決まった。さぁ、追い込みをしてしまおう。荷造りに少し時間は取られたが、編集はしてしまわなければいけない。卒業アルバムに空白を作るわけにはいかない。個人の事であれば、仕方ないと済ませるが、今回の事はそういう訳にはいかない。編集作業は結局深夜まで続いた。
本日も更新させていただきます。日中に過去話の整理を少ししました。
予定ではもう少し早いテンポで進むつもりだったのですが、文字にしてみると進みが遅くなってしまいます。今回は少し短くなってます。
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夕焼けが見える場所
「んぁ・・・、・・・・・・ヤバイっ!!」
ベッドの上で眼を覚まして、眠い目を頑張って開くとベッド脇に置かれた時計はすでに10時を過ぎていた。
昨夜は選定作業が長引いて、昨日お風呂に入ってない!さすがに出かける前にシャワーは必須だ。ベッドから飛び起き素早く脱衣所まで行き、色気の無い部屋着のスウェットを脱ぐ。
「寒っ・・・・・・、暖房つけなきゃ・・・」
浴室暖房に電源をつけ、部屋があたたまる前にシャワーを出し始めたが出てくる水はお湯に変わるまで時間がかかる。
その時間で、今日の準備物を改めて考える。
「荷物は・・・昨日の内に準備してる。服は・・・、スカート履かなきゃそれでいいし・・・いつもの撮影着でいいっしょ。ご飯は・・・・・・、コンビニ。ペンはカバンに入ってるし、ノートも入ってるから、乾かして着替えて・・・・・・」
シャワーの水の温度を確かめながら、いろいろ考えてると温かいお湯がシャワーから流れてくる。昨日は何とかベッドに入れたが最後にした作業内容が明確に思い出せない、そろそろ机で寝落ちする癖が付きそうだ。
少し長くなった茶色の髪をシャワーのお湯で解かしていく。
(時間はそんなに無いけど、さっさとお風呂上がらなきゃ・・・)
そんな事を思いながら、今日は一体なにがあるんだろう?と思いを馳せる。
◆◆◆
一通り髪を完全に乾かし終わり、服を着替え終えると時刻は11時を回っていた。
重ための荷物を背負い、家に鍵をかけ、いざライブハウスへ。同じ街の中でよかったと心から安堵する。これで県外だったら完全遅刻確定だ。
途中コンビニでおにぎりを買って、食べながら移動、商店街からちょっと外れた場所。宇田川さんから指示されたメールではここであってるはず。
建物に『CiRCLE』と書かれている周りよりちょっと大きい建物。ライブハウスだからか、両隣は公園みたいになってて開けた場所だ。
(ライブハウスなんか来たこと無いから、ちょっと緊張するな・・・・・・)
腕時計を見ると、もうすぐ指定された時刻の12時だ、一応12時回ったたら電話してみようと思い、公園みたいなスペースに足を運ぶと、どうやら屋外型のカフェが併設されてるらしく、テーブルとベンチが併設されていた。
(おしゃれな屋外型のカフェって感じだね・・・、やたら楽器持った人多いけどこれからライブなのかな?とりあえず荷物おろしたいし、何か頼もう)
そんなことを思いながら、売店の方へ足を運ぶ。店員の頭上に黒板で書かれたメニューを流し見て、結局アイスコーヒーを頼みベンチに座る。屋外カフェの真ん中に、不自然な空きスペースがあって工事現場なんかで見るカラーコーンとトラ柄のプラスチックの棒で四角に囲って、侵入禁止と書かれてる札が眼に入る。何かあそこに新しく作るのかな、と考えながら重たい荷物をおろしベンチに腰掛ける。
「なんとかギリギリ間に合ってよかったなぁ・・・、にしてもライブハウスってより、なんか公園みたいに感じるなぁ・・・、小洒落たカフェにベンチ・・・」
ベンチに座ったのはいいがやっぱり落ち着かない、丁寧に紙ナプキンに包まれたカップに入ったアイスコーヒーに刺さったストローを軽く噛む。『くしゃっ』とつぶれる感覚が口の中に広がり、いい感じに犬歯に引っかかりを覚え、また噛むを繰り返す。
建物はまだ新しいと思う。この街にずっと住んで生まれたが、此処を訪れたのは始めてだった。意図せず此処を訪れるとなるとカフェのメニューが流行るくらいしか無いだろうし、後は有名アーティストのライブくらいしか無いか?
まぁ、何にせよ今日此処を見つけたし、たま~には此処来ても良いかもね・・・。せめて今度来るときはちゃんとした服で来たいなと、自分が来ているマウンテンパーカーを摘まみながら、ほんと色気がないなぁ・・・とわずかばかりの盛り上がりしかない自分の胸にため息をつく。
そんなことを考えて、腕に巻かれた時計に眼をやると12時を回った所だった。アイスコーヒをすっかりつぶれたストローで吸い軽く口に含み、スマホを取り出し先日交換した宇田川さんの連絡先を呼び出す。
何回かプルルルッとコール音は聞こえるが、本人は出ない。んー、時間は間違えてないんだけど、もしかしてカバンかなんかに入れちゃってるのかな?そのまま呼び出しを続けると、宇田川さんの声が聞こえてきた。
『おっす、着いたか?ごめんなー。ちょっと準備に手間取っちまってな』
電話に出た、宇田川さんの声の後ろは確かにちょっと騒がしい。
「全然いいよ、いま外のカフェでお茶してるよ」
『外?中入って来いよテーブルあるから、そのまま入って大丈夫だから』
「なかなかハードルを高い事を仰る・・・」
『はははっ、あたしもそう思ってた事あったけど、ふつーに入って大丈夫だよ。中のほうが暖かいしとりあえず準備終わったら、中のスペースで話するから入ってこいって』
「はぁ、わかったわ。中で待ってるから早めにきてね?」
宇田川さんとの通話を終え、カフェ側からライブハウス店内に入るとまず眼に入ったのは壁際に一列にソファが並べられ、所々におしゃれなテーブルと椅子が設置されてた。
(イメージのライブハウスが偏ってるのかな?なんとなくラウンジっぽいなぁ・・・)
キョロキョロしながら、隅っこのソファに腰掛けて改めて店内を観察する。幸いフロアにはお客は私だけだったので、キョロキョロしてても不審がられずに済んだ。
ソファの反対側、カフェ入り口側の反対側である正面入口の方にカウンターがあり、その向こう側には1人の女性がおり、後ろに並んだコレでもか!と言うくらいのCDを整理してる。ジャケットがあるものもあれば、中にはCDROMをそのまんま、っていうのもある。ただ彼女が整理している棚の端っこに目立つPOPが貼ってあり『どれでも1枚1500円!試聴は店員までお気軽にどうぞ!』と書いてあるところを見ると売り物っぽい。
(CD?なんであんなにジャケットが有ったり無かったりバラバラなんだろう?)
整理していた女性は、カウンターの下からCDを取り出しては棚に並べるを何回か繰り返した後、空になったダンボールを畳み始めた。
「うーん、やっぱり売れてるなぁ~。在庫ラストも今度のイベントで吐けちゃうかもなぁ・・・」
おそらく私の存在に気づく事なく独り言を言ったつもりなのだろう。売れてるってCDの事なんだろうけど誰のCDなんだろう?と彼女の独り言をぼーっと考えてたら、カウンターの女性は私に気がついたらしく「あらっ?」と声を出していた。
「こんにちは、スタジオCiRCLEへようこそ。初めて見る顔だね~、今日はレンタルですか?」
と、独り言を聞かれても恥ずかしがる事なく、お客さん相手の笑顔の接客を始められてしまった。
「あっ、その・・・。知り合いがここで待ってくれって言われまして・・・、ちょっとお借りしてます」
急にその万人受けするであろう笑顔を向けるのは、非常によろしく無いと思います。ちょっと心がときめいちゃったじゃないですか、女子なのに・・・。
緊張した心がバレバレであろうがなんとか声を出して、軽くソファから腰を上げ外で買ったアイスコーヒーが入ったカップを持ち、フリフリして一応、外で飲み物を購入した客で有ることをアピールしつつその言葉に返事をする。
「あ、なんだー!そうなんだ。その三脚って・・・、もしかして待ち合わせって『After Glow』の子達?」
ボディランゲージが通用したらしく、あー座って座ってと言ってくれる。ソファに座り直すと私の恰好を一通り観察したらしく、カメラ用の三脚から話を広げてくれる。
「ええ、今度ライブで自分たちの写真を撮ってほしいと言われまして。その説明を今日聞く予定でしたので・・・。ここって、スタジオなんですか?地図上だとライブハウスだったので、そうなのかと思ってました」
「スタジオ兼ライブハウス兼カフェって感じかな?まぁ、カフェは完全にお遊びだけど本業はスタジオと地下のライブハウスだよー。あっ、自己紹介遅れてごめんね。私は月島まりなと言います。スタジオオーナーをさせてもらってます。まぁ「雇われ」だけどねー」
「そうなんですね。こちらこそ失礼しました。私、望月真琴と申します。羽丘中学3年です」
「なるほどね。あなたが宇田川さん達の話してた『プロ級カメラマン』ってことかな?」
『プロ級』ってなんだ?何いってんだあの子達は・・・、ちょっとこめかみらへんがチリチリする痛みを覚えちょっと頭を抱える。
「カメラは好きなんですけど、流石に『プロ』を名乗ったことはありませんね・・・。私はただのカメラ女子って所ですよ」
「へぇー。でも、青葉さんにこっそり見せてもらったみんなの写真は、After Glowの仲の良さがすっごく出ていい写真だと思ったんだけどなー」
「あれは、素材になった彼女達がいいんですよ、私はその瞬間を切り取って自分の物のようにしただけで、あの瞬間はホントは彼女達の物なんです。私はその邪魔をしたのかも知れません」
「邪魔って・・・。それは無いと思うんだけどなぁ?彼女たちはあの写真を見て、きっと何か感じたはずだよ?それを邪魔というのは少し違う気がするなぁ?」
「だとしても、私の物じゃなくて彼女達の空気なんですよ。だから、あの写真を作ったのは彼女達。私はただボタンを押しただけのただの人間ですよ」
「そっか、じゃあもっとその瞬間増やしてみない?」
「へっ?」
何いってんだ?いまさっきまで喋ってた月島まりなと名乗った雇われオーナーの顔を改めて見ると、なんて言うか美人なのにどこか少年がいたずらをするような顔で「ニッ」と口角を上げて笑ってた。
短く区切ってみています。
2話・3話がやはり長すぎたと実感があったので・・・。
未だスタイルが未完成で申し訳ないです。
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夕焼けと遮る雲
「ほんと、巴は何考えてるの? 嫌だよ私は!」
カウンター横の大きな黒い扉が「がちゃ」と、少し重めの音がしたかと思うと、ちょっと熱が上がった声が聞こえ、同時に美竹蘭が黒い扉を開けずんずんと出てくる。その後、追うようにAfter Glowの面々が出てくる。
「あっ、望月さん」
「まこちー、やっほー」
「あれ? 羽沢さんに青葉さん、練習もう終わっちゃったの」
「まだだよー。これからやろうと思ってたんだけどー、ああなっちゃってー」
青葉さんは視線だけを問題の美竹さんと宇田川さんのほうに動かして合図する。顔を向けると何やらあーだこーだ言い合いをしている模様だ。挨拶もそこそこに、さっさと外に行ってしまった。
羽沢さんのほうに顔を向けると、すごい苦い顔をしている。
「蘭ちゃんに今度のライブで、望月さんに写真を取ってもらう事を話ししたら、蘭ちゃんが怒り出しちゃって……」
あー、なんか察した。私が写真取るって話になって美竹さんがNGを出したってとこかな……。まぁ、出会いからして嫌われるような事してるから仕方ないわな。
「蘭も巴もストーップ! 二人共ちょっと落ち着こうよ」
「なにさ、ひまりだって賛成の人間でしょ、あたしに黙って撮影の話ししてたんだから一緒だよ! 多数決でもあたしは絶対に嫌だからね!」
上原さんが宇田川さんと美竹さんの間に入って、事態の一時ブレイクを取ろうとするものの、怒り怒りのベクトルが方向を変えるだけだった。上原さん半泣きじゃん……、こりゃ事態の収集出来ないなぁ……。
意を決して、声を大にして怒ってる本人に話しかける。
「うーん、美竹さん?」
「あっ、アンタは! なんでこんな所、来てるのよ! もともとはアンタが写真なんか撮らなきゃ……」
「ス・ト・ッ・プ! スタジオさんのご迷惑になるから、その辺で一回抑えてもらえるかな?」
幸い店頭にはAfter Glowと私、オーナーさんだけだ。周りからの視線は無いが、美竹さんの声量は凄まじい、それこそ人を威圧するのには十分すぎる。私が美竹さんが捲し立てるのを遮るようにお腹から声をだす。とりあえず、まずは問題の人間に止まってもらわなきゃいけないので、現状を把握してもらおう。泣きそうな上原さん、沈痛な顔で何か言いたげで今にも爆発しそうな宇田川さん、困り顔の羽沢さん、あんま気にしてなさそうなオーナーさん。
「……っ!……ふん!」
上がった血は一旦引いたが、怒りは収まりきらないようだ。ソファーの方に向かって怒りオーラを出しながら歩いていく。一旦美竹さんが引いたことで、どこか安心したのか長い息を吐く羽沢さん。
まぁ、あんなに怒るとはなぁ……。とりあえず、爆発してしまいそうな宇田川さんの肩を軽くポンポンとたたき合図し、怒りをぶつけられて半泣きの上原さんをなんとかしてもらおうと彼女に視線を送り、「よろしく」と一言伝え、お怒りになられてる美竹さんの方に行く。
「……なに? アンタとなんか話すことなんか無い」
めっちゃ低い声で睨まれる、上原さんも半泣きになるってば、この怒り方……。すんごい圧で怒ってる。
「とりあえずさ、あんなおっきい声で真正面から怒鳴るのは駄目だって、耐性が無いとあれ威圧にしか見えないよ?」
「そんなの知らない! 大体アンタなんかに言われる筋合いなんか無い」
「まぁ、そうかも知れないね。でも、喧嘩してるなら止めるのたいじゃん? ましてや、知り合いが喧嘩してたらさ」
「これは喧嘩なんかじゃない、タダの言い合い。コレくらい普通。そもそもアンタとあたしは知り合いってほどの間柄じゃない! 口を挟まないで」
美竹さんをあっち向いてホイの状態になる。こうなってくると取り付く島すら無い。しかし、怒鳴るにしても加減ってものがあるだろう。上原さんをチラッと見ると宇田川さんになにやら慰められてる。
「にしても、派手に怒鳴ってたよ? 美竹さんって声大きいんだね。前に話した時はそんなに大きいとは思わなかったけど、ここまでとは思わなかった」
「そんなことない! コレぐらい普通……」
「普通じゃないよ。声すごく大きい。それに声がとても通る、きれいな声なのにもったいない」
「またアンタはそうやって!」
「いやいや、事実だって」
美竹さんはあまり人目を気にしないタイプなのかな? 声が大きい事は別に悪いことじゃないけど、やっぱり使い方はマスターしないと、どうしても人目がつくと思う。美竹さんはおそらく無意識で、声を荒げちゃってる感じ。
「アンタ、ホントなんなの? この前からチョロチョロと……」
「とりあえず、話をしましよ? この前も自己紹介はしたよね、改めて望月真琴です、よろしくね。今日は宇田川さんに呼ばれてここに来たの」
「知ってる。巴が写真撮ってくれって言ったんでしょ、私は反対。私達に写真なんていらない」
「ふんっ」と顔を向こうに向けられる。うん、わかるわかるー、撮ってほしく無い人はとことんそうだもんね。学校で撮影してるときもカメラに写った写ってないでトラブった時もめちゃくちゃ相手に文句を言われて怒られた事がある。しかし、バンドを2年近くやっていてバンド外の事でこんなに感情的に怒るって、相当嫌なものなのだろうか? 今回の撮影はちょっと辞めたほうが良いんじゃないの?
「らーん。今日ちょっと駄目だよー、来た時からなんかピリピリしてるしー」
いつの間にか青葉さんが、飲み物を両手に持って帰ってきていた。外の売店で買ってきたらしい飲み物を美竹さんに渡しながら、弱めの注意をする。
「……だって、私に内緒で写真撮影の話決めちゃって、モカだって知ってるでしょ。私は嫌なの、写真とかそういうのは」
「蘭が写真が嫌いなの知ってるよー。でも、最近ちょっと変だよ、なんだかとても辛そう。この前だって、また授業さぼっちゃったでしょ?」
「……っ。今それは関係ないし、それに私の授業の話はモカたちに関係ない……」
「ともちんもつぐもひーちゃんもみんな、蘭が元気ないこと気になってる。それなのに、蘭は何にも言わないで1人で無理してる。ほら、まこちーの渾身の写真をもう一回見て?」
「……」
「みんな傍にいるよ? 蘭のすぐ傍にさ? みんな蘭の心配してる」
どこから持ってきたのか、青葉さんの手の中にあの黒いフレームに入った1枚の写真があった。さっきまで、青葉さんの言う通りピリピリしていた美竹さんだけど、諭されたせいだろうか? 写真を見てなのだろうか? ちょっとその空気感が変わった感じがする。この前というのは、もしかして私が徹夜で編集作業した日のことだろうか? 確かに、あの時の顔はどことなく辛い顔だったかもしれない。
「まこちーはちょっと変な子かも知れない。けどね、私たちが今どんな形になってるのかをちゃんと撮ってくれると思うんだ。蘭もこの前の写真見たでしょ? 私、久々に蘭がちゃんと笑ってるのを見たよ?」
……ん? 気のせいか? なんか私が話の中に登場しだす。やばい、恥ずかしくなってきた。手に力が入ってアイスコーヒーのカップがちょっと崩れる。
「蘭ちゃん? その……、勝手に話進めちゃってごめんね。でもね、モカちゃんの言う通りなの。このところずっと気になってた、私たちの知らないところで何か抱え込んじゃってるんじゃないかなって。それなら私たちは私たちなりに目で見えるような形で蘭ちゃんに見せて安心させてあげたいと思ったの……、だから……ちゃんと望月さんに写真を撮ってもらって見える形にしたいなって……」
おずおずと言った雰囲気がとても似合う羽沢さんが美竹さんに皆の代表の言葉をゆっくりと選びながら気持ちを伝えていく。そんな中にも私の写真の事が出てくる。所在がなさげになり、口の中にアイスコーヒーを流しこみ、咥えたストローをひたすらガジガジと噛み始める。いい感じに犬歯にストローが引っかかって、噛んでる感覚がする。
「……いい。私こそなんか変でごめん。ちょっと外で風に当たってくる」
青葉さんに渡されたアイスコーヒーを片手に外に出ていく。
「蘭……」
「ひまり、その……大声で怒鳴っちゃって、ごめん。30分だけ時間頂戴、先始めてていいから」
ストローをガジガジしながら、美竹さんが上原さんに一声かけてそのまま出ていく姿を見届ける。
「ねえ巴、蘭大丈夫かな……」
「どう……だろうな。こればっかりは蘭が話してくれないと始まらないからな……」
宇田川さんが上原さんの頭をやさしく撫でてる。怒鳴られたときは酷い顔をしていたけど、宇田川さんが撫でるにつれ、ちょっとずつ落ち着いてきたみたいだ。撫でている本人もあまりいい顔はしてないが、まだ上原さんが泣いてしまうよりマシだろう。
原因が分からない。一番の問題はこれだと思う。周りは目に見える形でちゃんと傍にいることをアピールして、寄り添うことを決めている。要は本人が後は体を預けてくれないと始まらない。だから、ここまでということなのかも知れない。どうして彼女はあんなにも不安な顔をするのだろう。あれじゃまるで何かにおびえてるようじゃないか。
浮いては消える思考とともに口元のさっきからだんだんと噛み応えがなくなってきたストローを犬歯をゆっくり立てていく、やがて『ブツッ』と言って、1本だったストローが2本になる。
「あっ……」
舌の上に違和感を感じて、ストローから口を離すと先が千切れて短くなったストローだったものが見え、場違いな声をだす。口の中からストローだったものをつまみだし、アイスコーヒーを包んでいた紙ナプキンに包む。
「私、ちょっとストロー千切れたから新しいのもらってくるね」
無残に姿を変えたストローの刺さったアイスコーヒーを振って席を立つ
「ちょ……、千切れたって。望月さん何してるの……」
「噛んでたら千切れたわね。噛み応えがあってちょうどよかったわ」
「……」
上原さんは絶句というか、口を開けてなんとも形容しがたい顔をしていた。うん、先ほど泣きそうな顔をしていたが、だいぶマシな顔をしてると思う。ちょっと心がホッとする。この子はさっきみたいな不安な顔は似合わない。
「ストローもらってくるだけだから、ね?」
上原さんにそう言って美竹さんが出て行ったドアから私もカフェ側の外に出る。
外に出ると薄っすらと雲が空を覆って気持ちのいい天気とは言えない、なんとも微妙な雲が広がってる。このもやもや感はなんだかさっきまでのやり取り近い。
過去話を一部訂正いたしました。
(おもに真琴の呼び名……、完全にやらかしました)
今回よりスタイルを少し変更いたしました。
(過去話にも更新はかけさせていただきます)
本日もありがとうございました。
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夕焼けの観測者の心 1
美竹さんはカフェカウンターの横に設置されているベンチで今にも泣きそうな顔を空に向けベンチの端っこに座っていた。
カフェのカウンターで店員さんから新しいストローをもう一本貰い、そんな彼女の座るベンチの反対側の端っこに座る。
「……何?」
「別に? ストローを噛み切っちゃったから新しいの貰いに来たの」
「あっそ」
「そっ」
美竹さんはこちらを視界に捉える事なく短い会話をする。本来ならなぜあんなにもピリピリしていたのか、を聞くべきなのだろうか? それとも、何らかの慰めをするべきなのだろうか? なんとなく何も言わないで、横に居るほうのが正解な気がした。
彼女に私が入れるような隙間は無い。彼女たちはバンドを組んでいて何より仲がいいのだろう、人付き合いが苦手な私でもそれくらい察する事はできる。
2年近くもバンドを組み行動を共にしている、尚且オリジナルの楽曲を未完成とは言え作れるようなバンド。楽器も音楽も未経験者の私が聞いても何処が間違っているとかおかしな点は聴き取ることはできなかった。
新しいストローを刺しまともに飲めるようになったアイスコーヒーを吸い上げる、氷が解けてやや薄くなった酸味が口に広がる。
眼の前のカフェテーブルで見知らぬ女性がギターを弾き始める。練習なのだろうか? 何回もやや小さめで同じ音を奏でながら、テーブルに置かれている紙を見つつギターと弦の感触を確かめるかように弾いてる。
そんなきれいな緑の髪をした女性を私はぼーっと眺めている事にした。
「……ねえ」
前の女性は引いた音に違和感を感じたのか、弾いていたギターの手を一度止め、譜面を手に取り書かれた内容をもう一度読みなおす仕草が視界に入る。
私は美竹さんと特に言葉は交わすつもりも無かったので、意識が完全にギターの女性を見る事に置かれていたのもあって、突然の美竹さんの呼びかけで急に意識を戻される。
「モカとはどんな関係なの?」
「えっ? へっ? またなんで?」
「モカがやけにアンタを気にして評価してる。普段のモカなら興味が無い物はほとんど評価をつけないし、気にもしない」
「うーん、青葉さんとは美竹さんと同じくらいしか会ってないわよ。学校でも、私はC組だからB組の彼女とは接点なんて全くない。なのに『まこちー』だからね、私もよくわかんないけどある程度の信頼はしてくれてるんじゃないかなぁ……と思ってるね」
急になんでその話題? と心の中で戸惑うが、青葉さんを思い浮かべてもこちらとしてはパンをよく食べる子……と今までの彼女とのやり取りからは一番の印象を心で思い浮かべる。ただ、一番言葉にしにくい事をちゃんと言う子だと感じた、そして何より友達を非常によく見ていると思う。
「モカは……何考えてるか時々わかんないけど、多分……あんたの事信頼してるんじゃないの?」
「光栄なのかな……。その実、盗撮しかしてない不審人物なんだけどね」
「まぁ、そうだね」
なぜ急に私を持ち上げられたのかわからない、背筋が少しむず痒くなる前に自虐を言いその会話を遮る。しかし、ある意味これはチャンスかも知れない。
ちゃんとした謝罪を言葉にしておきたかった。多分、何回か謝ってるけど禍根の無い謝罪をきちんとしないとあの写真はあまり気持ちのいいものではない。
あの写真を撮ったことには彼女たちにとっては意味があった行動になったが、本来私の軽率な行動はあまり良いものではないはず。しかしながら、彼女たちはそれを特に気にするのではなく、逆に『よかった』と称賛してくれる。今、あの写真にできる一番の誠実な態度だと思う。
「ほんとにごめんなさい、勝手に撮っちゃったりして……」
「ん。でもあの写真のおかげで大事な物がなんなのかは改めてわかった。だから、……その点は良かったと……思う」
「そっか、ありがとう」
口では謝罪をしたが、視線はあえて前のギターを弾く女性に向けたままで美竹さんの方は見ない。今、彼女の顔を見たらとても貴重なものは見れるかも知れない、だけど見てしまうと私はまたきっと彼女にカメラを向けたくなる。流石に私でもこの空気感は読める。
「……なんで」
私が写真欲と葛藤していると、しばらく止まっていた会話が美竹さんが話しだすことで再開する。強い視線を感じた気がしたので顔を向けると、さっきまで上を向いていた2つの赤い目がまっすぐと私に向けられていた。
「なんで、写真に撮りたいのが……あたしなの?」
ポツリポツリゆっくりと言葉をゆっくりと発せられた言葉。しかし、答えは一言で終わってしまう内容、その答えは「あなただから」としか言えない。しかし、美竹さんが欲しているのはそんな単純な答えじゃないのだろう、感覚的? 本能的? と言えば良いのだろうか? しかし、そんな言葉ではこの感覚を表したく無い。上手な表現方法が見当たらない。美竹蘭と出会い過ごした期間はそれは本当に短い時間1時間にも満たないだろう、なのになぜこんなにもファインダーに収めたいのか?
彼女をファインダー越しに見た時のことを振り返る。
初めて彼女にレンズを向けた時、背中から何かが入り込んだようだった。それくらい自然と彼女にカメラを向けていた。
2回目に彼女を撮った時、不安を抱えて何かを訴えるような表情がとても綺麗だった。その瞬間を固定するためにシャッターを切った。
2回とも特別何かを私の体が感じ取って自然と、当たり前のようにレンズを彼女に向けてしまっていた。
「……ふふふっ」
「何? 何笑ってるのよ、あたしは真剣に聞いてるの」
(わかんないなぁ。これってホント何なんだろ?)
今まではずっと人じゃない物を撮ってきた。なのに、彼女を知ったときから何かに体を操られるかのようにカメラを向けたくなる、きっと誰でも良いわけじゃない。少ししか共に過ごした事の無い人なのに彼女じゃなきゃ駄目なんだ。
「じゃ、今はこうしようか?」
私自身にも言い聞かせるように、言葉を紡ぎ出す。美竹さんに私ができる、たっぷりの笑顔を向ける。私の家族すら見たこと無い顔だと思う。
冷たい風が私と美竹さんとの空いた距離をはっきりと認識させるように通り抜ける、今のこの距離じゃ少し遠すぎる。コレはきっと単焦点レンズの使い方と一緒なのだ。ちゃんとピントが合う距離じゃなきゃ、この言葉はピントが合わずにボケてしまう。彼女は私が笑顔になっても真剣な目でずっと見続けている。
木の硬いベンチだもともと座り心地を求めていない、だから今更何処に座っても一緒だ。場所を変えたところで少し冷たいだけ。先ほどまでお互いがベンチの端同士に座っていたのに私が少し腰をあげ移動し彼女と膝をこするような距離となる。席を急に詰められ体を反らしながら驚く美竹さんを尻目に笑顔から真剣な顔に戻す。
「あなたはもう忘れてしまったのね? 前の世からの約束だったじゃない」
「はっ?」
カメラのレンズは1枚のレンズでは出来ていない。何枚ものレンズのがあって、その先にボディの映像素子がある。私というカメラは彼女をレンズで捉えてる内に、何枚かのレンズ越しに本来伝えるべき言葉がいつの間にか別の言葉にすり替えられてしまったのだ。
さっきまで真剣な顔をしていた美竹さんの顔が急にあっけに取られる顔へと変わる。
「そう、なら一緒に思い出しましょ?」
そう言いながらベンチを立ち上がり、美竹さんの手を取りベンチから立たせる。
「……なんてね」
「……アンタ。なんかいろいろ大丈夫?」
いろいろと心配されてしまう。ちょっと傷ついちゃうなぁ……、これでも目一杯頑張ったつもりなんだけどな。まぁ、でも私もなんでこんなに彼女を撮ることに執着しているのかを解説するのは難しい。言葉が足りないのもある、がもっと足りない何かがあると思ってる。彼女を撮り続ければもう少しわかりやすく解説できるのだろうか?
曖昧な言葉で説明することはできるだろうけど、そんな曖昧で終わらせちゃうと駄目な気がした。だから、今は私には此処までが精一杯だった。それで呆れられると分かっていても。
「まっ、今はそういう事にしといて。ほら、そろそろ30分経っちゃうよ? さっき上原さんと約束したんでしょ?」
「ちょっと! あたしの質問に答えなさいよ!」
そう言って出入り口の方向に私が歩いて行くと、後ろから納得のいってない美竹さんが不満をあげながらもついてくる。そんな事を気にもせずロビーの扉を軽く開ける。
「さっ、どうぞお嬢様。そのお姿を私めが撮らさせていただきます」
深々とオーバアクション気味にお辞儀をし、美竹さんを扉の向こうへ誘導する。
「ありえない……」
むっ、美竹さんにはこの紳士的エスコートは通用しないのか……。まぁ、私じゃ役不足感あるわよね。
「細かいなぁ……、『今は』って言ったじゃん」
「『今』、その答えが聞きたいの!」
「じゃ、前世からの約束だね」
めちゃくちゃ睨まれる。
「ごめんって、でもちょっと待って。ちゃんと言うから。私もこんな気持ち初めてなの、どうしてこんなに人が急に撮りたくなったかをちゃんと考えたい」
納得してくれたのか? それとも呆れたのか。美竹さんはすごく大きいため息を吐いて、開けていた扉の向こうに入っていった。カウンターで事務仕事っぽいことをしていた月島さんに声をかけて頭を下げ、そのまま黒い重そうな扉を開けてスタジオへ入っていた。
それを見届け、軽く空を仰ぐ。もうすぐ3月だと言うのに寒いからっ風が吹く空。鉛色の雲がその風に押されてどんどん形を変えていく。暖かい陽はまだしばらくお預けなのかも知れない。
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夕焼けが居る場所
扉を閉めるとカウンターの向こうで月島さんが笑顔で手を振ってくれてる。
美竹さんと同じく、カウンターの方へ行き、一応関係者の括りには入るだろうから詫びを入れておく、今後のAfter Glowの印象もあるだろうからね。
「友人が騒いでしまい、申し訳ないです」
「全然いいよー。バンドの喧嘩なんてよくある事だし、実際ここでも何回か見てるからね」
「そうなんですか?」
「そだよー。ひどいのなんて舞台上で喧嘩が始まったこともあるし、だからフロアでの口喧嘩なんて全然平気だよ。まっ、滅多に出会う事は無いけどね」
月島さんはケラケラと明るく笑う、バンド活動ってそんなに激しいんだな……。まぁ、私には無縁の話だろう、ライブハウスに来る事も音楽スタジオを使うことも滅多に無い事だと思うしね。
「それでねー」と言いながら、月島さんが壁際に並んでいたCDを何枚か選んで、カウンターの上に並べだした。
「さっきは最後まで話せなかったからその続きね~。望月さんは最近、話題になってる『ガールズバンド』って知ってる?」
「そうですね、その名前だけなら知ってます。ただグループとかどんな曲があるかとかは詳しくは知りませんね」
「まさにそれなんだよねー。まぁ、中には動画サイトに投稿してる子たちも多くは無いんだけど、やっぱり顔が映ったり、それ用に動画撮影したり動画編集するための機材も時間も必要になってくるからハードルが高いのが問題。総称の知名度が高いけど、どんな曲なのかを知るためには不定期に開催する彼女たちが活動するライブで聞くか、イベントとかライブ、路上で個人販売してるCDを手に入れるぐらいしか機会がないの」
月島さんは手遊びのつもりなのか? 四角形CDケースの対角線を指で持ち上げくるくると回してみる。くるくる回るCDはネームテープだけが貼られ、ジャケットが無い。まるでブランクメディアか、もしくはタダの個人用のデータメディアの用に見える。
「ただCDを作るだけなら、個人録音レベルでもなんとかなる。人に寄っては録音データを専門の業者さんに頼んでマスタリングをしてもらう。んで、それをCD化してるのが現状って所かな? お店によってはCD販売用のプランも今はあったりするしね。中には事務所所属の完全プロも居てそっちは少数、この場合は普通に店頭に並んで販売してるね」
「はぁ……、結局なんの話になるんでしょうか?」
ガールズバンドのCD販売状況に関する知識を教えてもらった感じだが、いまいち私にそれを話してどうしようとするのか? 月島さんが話したいと言う本題が見えてこない。
「じゃあ、直球勝負の本題にはいろっか、今までは事前準備みたいな物……。でねぇ、このCD達を見て何か思わない?」
カウンターに10枚ほどのCDを横一列に並べ、そのうち7枚を少し前に出す。それはネームテープでしか、別のCDと判別が出来ないような状態のCDだ。
「……全部CDジャケットが無い?」
「そうそれ! このCDは全部CDジャケットが無いの。これはねCiRCLEが代行編集して販売してるガールズバンドのCDなの!もちろんCD化する時の予算もあるけど、中には頑張ってジャケット差し込んで来る子達も居るんだけどね……、やってみた子達に話を聞いてみるとこれがなかなかうまく行かないっていうのが現状みたいなの。ロゴやイラストデザインはさておき、まず曲にあったフリー素材になる写真を撮るのが難しいって……」
月島さんはちらっと眼を細めてこちらを見る。
(あっ、すっごい嫌な予感するな……)
「望月さん。そんな子達のジャケット写真撮影とかやってみたくない? 眠れる才能を開花させてみたくない?」
月島さんがとてもいい笑顔で素人カメラ女子(中学生)の私にとんでも無い爆弾発言をしてくる。
(予感的中……、そんないい笑顔で見ないで!)
◆◆◆
月島さんの話は端的に言えばスタジオCiRCLEのお抱えカメラマンをやってみないか? ということだった。
CiRCLEでのライブ中の撮影はもちろんイベントの時にも撮影したりして、CDジャケットに自分たちの写真を使いたいけど撮影が自分たちで出来ない人達向けに『ある程度』の素材を提供する。基本的にはあくまでもCD作成プランの『オプション』扱いとして、あくまでも本人達が撮影してほしいシチュエーションで撮影し、気に入れば値段を出すというオプションを考えているそうだ。割とゆるい構成に見えるが、『それって完全出来高制じゃないの?』と思う。
そして、念押しはアルバイトではあるがカメラマンでは無いらしい、手が空けばスタジオのアルバイトとして活動もする。
まだ身分は中学生なのでさすがにアルバイトするにしても、4月以降に詳しい話がしたいと最終的には押し切られ、この話は一旦終わった。大人って怖い。素性の知らないやつにそんな事させていいのか……。
月島さんのとんでも話を聞かされ、かなり頭が痛い状態になりつつも、最後に宇田川さんからの伝言を伝えてくれた。イベント主催者がここに来るそうだ。そこでレギュレーション関係の話をして、その後でバンド練の様子を見てほしいとのことだった。
精神的に疲れてしまったが、時間は限られている。ソファの隅っこでカメラバックを開けカメラのセッティングを始めようか……と思っていたら、ちょっと中年の男性と、月島さんの同年代くらいの女性がスタジオに入ってきて、何やら月島さんと話をしている。まあ、何処にでも居るおじさんだ、ちょっと恰幅はいいが、きちんとスーツを着ている。女性の方はラフな格好だがジャケットを羽織ってる所を見ると何かの営業かなーと、視界の隅に入れつつ愛機である一眼レフにズームレンズを取り付け終え、メモ帳を取り出し走り書きで書いたセッティングをカメラに設定を施していく。
「望月さん? 今、ちょっといい?」
「はぁ……? 何でしょうか? もう頭痛の種は勘弁してください……」
月島さんから声がかかる。自分にはあまり関係ないと思っていても、先ほどのバイトの件がある……。きちんと警戒して置かなければ……、設定途中のカメラを丸テーブルの上に置き、呼ばれたカウンターの方へ足を向ける。
「宇田川さんが来たらもう一回顔合わせはするけど、今度のライブイベントの主催者さんを紹介するね。こちらは江戸川楽器店の店長の江戸川さんと店長代理の槇村さん」
先程、店内に入ってきた男性と女性がともに軽く頭を下げる。まさかのイベントの主催者さんだったか……。一応、ちゃんとしておかないと、私の一挙手一投足で撮影NGを出されたら、宇田川さんに申し訳ないし間違っても彼女らのバンド活動に不利にならないようにしなければ。
「あ、はじめまして。この度は無理を言いまして申し訳ありません。私、望月真琴と申します。宇田川さんたちと同じ羽丘中学3年です」
「おお、聞いてる聞いてる! 全然いいんだよ、いつも彼女達には贔屓にしてもらってるし、宇田川の嬢ちゃんにはいろいろ商店街の付き合いもしてもらってるしな」
「そうでしたか。私、音楽のこととかイベント関係の事が全く知識がなくて、その……、いろいろ筋違いの事を言うかも知れませんが、よろしくお願いいたします」
「誰だってはじめは初心者だよ、何も気にすることないよ。気になったら私達2人にいろいろ聞いてくれ」
とりあえず無難な挨拶を交わす、イベント毎ではハプニングもある可能性がある。念の為、ちゃんとしておく事のほうが大切だと思う。音楽イベント初参加で尚且スタッフ側に近い事をするのだ、何で問題になるかわからない、しかしながら江戸川店主は全然気にしないと言ってくれる。なんとなく緊張感が解ける。そうは言っても、やはり割り込み参加みたいになるし、ある程度は緊張感持っておかないと……。
その後、宇田川さんがスタジオから出てくるまで、軽く世間話をテーブル席で江戸川さんと槇村さんとする。いわく、宇田川さんは商店街では有名なお嬢さんらしい、商店街のイベント事では宇田川さんは引っ張りだこらしい。私も商店街自体は買い物で行ったりするのだが、イベント事に参加することは少ない。強いて言うなら、年末の福引きくらいだ。なんか飾り付けしてるなーとかそういうのは見たことがあっても叔父と二人暮らし、生活面の衣食で見ても利用するのは商店街のスーパーぐらいだ。どこかでニアミスくらいはしているかも知れないが限りなくゼロに近いかもしれない。
そして、羽沢さんは喫茶店の看板娘だそうだ。ちょっと待って、凄まじい破壊力の情報を聞いた気がする。エプロン姿の羽沢さんとか、すごい人気ありそう……。
しばらく談笑をしてると、月島さんがタオルを片手に持った宇田川さんを連れてテーブルにやってくる。スタジオ練ってそんなに汗かくの? と思いながらも、役者が全員揃ってようやく本題ってことになりそうだ。
できるだけ、短く切ってスマホでも読みやすくしているつもりです。文章が読みにくいのは私の力不足です……、精進いたします。
本日もありがとうございました。
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夕焼けが立つ場所
ある程度の事は宇田川さんから江戸川さん側に伝えてもらっていたので、話はすぐに済んでしまった。念のため、最後に走り書きでメモをとった内容を復唱させてもらった。
「今日はお時間ありがとう御座います。では、レギュレーションの最終確認をさせてもらいます。今回はオールスタンディングのフロアで、スタッフパスとTシャツを着用の上、カメラマン専用の腕章を着用。手元の照明は無し、できる限り明かりを落とすので、カメラの確認画面もオフ。撮影可能演者はAfter Glowのみ。撮影演目以外は舞台袖の控え室での待機、最前列での撮影と最後尾固定のビデオ撮影席での撮影以外は禁止、ビデオの撮影の邪魔にならないように注意した上での撮影……、ぐらいでしょうか?」
After Glowの出演は1曲のみだ、その時間で画面確認をしていたら撮影時間は無いに等しいだろう。他の出演者にカメラを向けれないのは、参加上の規約に主催のカメラ撮影を許可を明記しておらず、こちらの目的はライブ撮影では無く、After Glowだけの撮影であることを考えると演者全員にアナウンスする手間などを考えると他は不許可とするのが一番だろう。画像でのトラブルもできるだけ避けたいのでこの辺はよかったと思う。
ビデオ映像の導線には気を付けなければならない、江戸川楽器店では今回のライブ映像を演者向けに販売するので売り物に傷をつけるのと同意味となる。
「そうだな……、個人的にはちょっと厳しいかも知れないけど、After Glowが使ってる楽器をピックアップしたシーンをライブ中に撮影出来たら一番良いんだけど、大丈夫そうかい?」
「申し訳ないです、それは出来かねます。彼女たちの持ち時間は5分程度だと思いますので、流石に時間が足りませんね……。私も初めてライブ撮影なので正直どこまでできるか……」
9割本気でお断り。あれもこれも……と雪だるま式になるのは勘弁だ。
「だよなぁ……。また機会があったら、その撮影なんかもお願いできると助かる」
「ええ。またお声がけいただければ……」
「おじさん、なんでまた楽器なんて撮る必要あるんだ?」
「そりゃ、うちの店でガールズバンド活動してるのってまだまだ少なくてよー、折角だから販促ポスターに使えりゃいいなぁってさ」
「ポ、ポスターだぁ? おじさん、そりゃ駄目だって。うちの蘭がまず駄目!って言うに決まってんじゃん」
「そこを援護してくれよぉー。巴ちゃーん」
「おじさんの頼みでも流石に無理だって……」
顔の前で手を振る宇田川さん。ただでさえも写真嫌い、それがいつも行く店頭のポスターになるとか多分怒るどころの話じゃないだろうなぁ……、と心のどこかで笑う。
「まじかぁ……。あ、真琴ちゃん確認内容は問題ないぜ。後はリハ日と直前リハの時間くらいかな? 当日のタイムスケジュールもでき次第、宇田川さん経由で送るようにする」
「あっ、追加で確認を……、After Glowは何か演出の予定ありますか?」
「いや、今回はどこも照明演出は一切なし。スポットライトオンリーだ。純粋に楽器店の宣伝ライブみたいなもんだからさ」
「店長は宣伝って言うけど、このライブはどっちかと言うと楽器を買ってくれた人の発表の場を作るっていう感じなの、だから、このライブはある意味皆の成長具合を見たいって言う店長の考えなわけ、ひたすらメンテを装って電話して活動状況確認するのすごく大変だったんだから……」
「槇村~! おれのメンツを保ってくれ~!」
江戸川さんが宣伝と言って胸を張る姿を見て呆れたのか槇村さんが口を挟む。
「うわー、江戸川さんらしいですね~」
「まりなちゃん! 勘弁して、背中が痒くてしかたねぇよ!」
崩れたところにさらに月島さんがオーバーキルしに行く……。なるほど、楽器は売りっぱなしって言うわけじゃないぞ! ってとこかな? 普通にいい店長さんじゃん。
「望月さん、一応舞台見ていく? 今日の夜ライブやるから今ちょうどほかの人が設営してるけど?」
「ホントですか? じゃあ、見せてもらってもいいですか?」
「俺たちも一応ついていこうかね」
「なら、あたしは練習戻るな。望月さん、あとで試し撮りだっけ? やるんだろ?」
「うん、お願い、隅っこのほうでカメラの設定をあわせたい」
宇田川さんとは一度別れ、月島さんの案内を受けて地下のライブハウスへ移動する。前方と中盤に柵、後方中央に機材席、舞台袖の控室……。いろいろと月島さんに案内してもらいながら撮影アングルを考える。
「ケーブル類は基本むき出しだけど、テーピングするから大丈夫とは思うけど、当日転ばないようにね?」
(広い……、それに天井も高い……)
黒で統一されているからなのか? もともとが広く設定されているのか、少し高めに設定されているであろう舞台側から下に広がる客席側を見るととても広く感じる。
(あの子たちは……ホントこんな場所で歌うの?)
注がれる視線考えただけでも戸惑いを覚える。正直、私にはこんな場所で歌えと言われても気持ちよく歌える自信が無い。なんなら歌詞が飛んで頭が真っ白になるまであるだろう。
そんな戸惑いを覚えつつ、限られた時間の中で自分の仕事のための下見を続けていく。
「一通り下見はできた?」
「あ……。はい……、出来ました。ありがとうございました」
「ならよかった。舞台関係でなにか質問はある?」
「いえ、とりあえずは大丈夫と思います」
「じゃあ、俺たちは此処で。真琴ちゃん、いい写真撮れるといいな」
「あっ、江戸川さん、槇村さん。今日はありがとうございました」
江戸川さんが私の肩をポンポンと叩いて、槇村さんを連れてライブハウスから出ていくのを見送る。
いい写真……コレは思った以上に難しいぞ……。アングルが思った以上に限られてる。レギュレーション上、撮る角度が限られてる。真正面から撮るのにしてもビデオ導線があるので、最前列で屈むことを意味しており、少し見上げることになる。下手に立つとオーディエンスの視界に入りかねない。
「どう? なんとなくイメージ出来た?」
月島さんがニヤニヤしながらこちらに顔を向けてくる。
(この人多分顔は良いけど、性格ちょっときついの? なんとなく察してるんでしょ……難しいってこと……)
「そうですね……」
しかし、今更だ……。あの日、なし崩し的ではあるのが受けたのは私だ。少しでも罪滅ぼしになればとは思ったが、コレは非常に難しい。
「月島さん、ちょっと手伝ってもらって良いですか?」
「ん? なに? 私でできることなら何でも」
「なら……」と舞台の方を指を差し。
「あそこギター置いてあるじゃないですか? 試しに舞台に立ってギター持ってもらっていいですか? 距離感知りたいので」
「はーい、じゃあ行ってくるね」
月島さんが舞台の方に行く間に、肩からぶら下げていた一眼レフのレンズカバーを外し、電源を入れ、はじめに施していた設定から一部設定を変更し最前列へ移動する。
舞台上でギターのストラップを首からぶら下げ、ギターを構え終えた月島さんが「舞台でギター持つのかなり久々かも……、コレ音出るのー?」と周りのスタッフに確認している。その風景をファインダー越しに確認しながら、何枚か試し撮りを行いながら確認画面で画角確認をする。
(やっぱり見上げる感じだな、位置的には単焦点の種類があれば単焦点で撮るけど……)
頭の中でレンズケースに収まってる該当するレンズを思い浮かべるが、あいにく叔父も1種類しか持っていない。今後、バリエーションとしてちょっと視野に入れても良いかも知れないと思いながらも、月島さんの姿をファインダーで追う。
何やら背後の機械をいじってるようだ。月島さんがこちらに向き直り、「じゃあ、いくよー」と声を出し、ギターを掻き鳴らし始めた。音を掻き鳴らすギター、さっき外で見た女性のギターとライブハウスのギターの音では大きさが違った。設置された大型スピーカーを通じて、ビリビリ耳に来る感じ……、思った以上に音の嵐だ。
(この音の中、撮影するのか……)
カメラを構えつつ、想像以上の速さで動く月島さんに翻弄されながら、音響の大きさに焦りを刺激される。月島さんがファインダーから外れる度に、視界を眼の前に持っていき何度も調整するが、それでは遅くなり、余分な余白が出てしまう。
(速っ! まじですか……。演奏ってこんな激しいの? さっきと同じフレーズが流れてるから……今、2回めのサビ? 後どれくらい時間残ってる? 何枚撮れた?)
何もかもが想定外。細かく動くギター、弦を弾く手首、リズムに乗って揺れる体……。全部が未体験。今までまともに見たことのない『演奏する人』の姿。それをファインダーに写すことだけで精いっぱいになる。
◆◆◆
扉を開けると響く演奏。
(この曲……、多分叔父さんの車の中で聞いたことがある。誰の曲だっけ……)
彼女たちは目線ではこちらを見たが、私の乱入は彼女達の予想内だったのだろう、演奏の手を止めることはしない。浴びるような歌声と楽器の音。低い音から高い音まで、すべての音が重なって1つの音になって、音楽に飲み込まれる。先程、地下の舞台でも音圧のビリビリした感じを浴びたが、こっちもまた熱い。出入り口の扉を閉め、そのまま音のあふれる部屋の中でカメラを構える。先程とは違い、ほぼ目線は同じ。音の圧もライブハウスに比べればまだ優しい物だ、スペースも軽快に動き回るほどのスペースも無い。
正確にシャッターを切っていく。曲の途中からではあるが、写真を撮っていたらいつの間に音は鳴り止んでしまった。
「ねっ! どうだった? 私達の演奏うまく弾けてたでしょ」
「うん、すごく良い音だったと思う。ホントすごいよね、そんなに手動かないよ」
「でっしょー、めちゃくちゃ練習したんだから」
「ひまり、調子に乗らない……。望月さんが入ってきてからテンポ乱れてたし……」
「うっ……」
「そうなの? 全然気づかなかった」
「ひーちゃんが早くなったり遅くなったりするのはいつもの事だよー」
気分上々だった上原さんはすっかりしょげちゃってる。
「まぁ、コレでとりあえずは形にはなったかな? 望月さん、そっちはどんな感じ?」
「あー……、宇田川さん今回正直きついね。無難な形にはするけど、正直期待しないで」
「ほほー、の割にはガッツリさっきも撮ってたんじゃないのー?とてもじゃないけどそんな風に見えないなぁーって」
青葉さんがカメラを構える格好をして、右手人差し指を上下する。
「まあね」と言いながら、ポケットからスマホを取り出し、アプリを立ち上げカメラを連動させる。写真が何枚か転送されてくる、5人それぞれの写真をできるだけ、それぞれの楽器と手をピックアップして写る様トリミングし、1枚の画像にして、最後に赤~茶色セピア調の色調に変更、彼女らのバンド名を黒文字で書き込む。出来上がった画像をそのまま彼女らのSNSに転送する。
「今送ったよー。まぁ、デザインとかさっぱりだけど……ざっくりとこんな感じ」
スタジオのあちこちでそれぞれの音が鳴り、画像の着信を告げる。
「なんでそんな短い時間でこの画像ができるの……」
「ホントすっげぇな……」
「うんうん、すごいよ望月さん。この画像待ち受けにしようかなぁ……」
「ほほー、コレはかっこいいですなぁ」
「……」
それぞれが画像を褒めてくれるが、多分よく見るようなデザイン画像なのでネットを探せばいくらでもあるだろうけどね。
「ほらほら、蘭も見ろってめっちゃ熱い画像だぞ」
「ほんとエモエモですなぁ~」
「……」
美竹さんがちらっとこちらを見てはスマホを見て……という、行動を繰り返してる。あら? お気に召さなかったか? まぁ、写真を勝手に加工しちゃったもんなぁ……。
「ん? どうしたの蘭? なんか変だった? 蘭もすっごいかっこよく映ってるよ?」
「……あたし」
上原さんが、美竹さんの様子が変なのに気がつく。
「あたし、……望月さんの連絡先知らない。皆はなんで知ってるの?」
「……ソウデシタネ、私モ美竹サンの連絡先知ラナイネ……」
「「「「……」」」」
ちょっと泣きそうな美竹さん。しまったなぁ……、すっかり知ってるつもりになってた、完全にうっかりしてた……。周りを見るとみんな一様に眼を合わせてくれない、むしろ意図的に逸してる。せめて、助け舟を出してくれないかなぁ……。
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夕焼けの観測方法
結局、あの後美竹さんとも連絡先を交換して「悪くないじゃん」という評価をいただけた。その後、少しの時間休憩を挟むことになった。練習が始まってから、通しでひたすら曲の音合わせをしていたらしい。
「望月さんって、すげー交渉事うまいよな」
そんな宇田川さんの人から始まった。私自身の話。どうやら先ほど江戸川さんとのやり取りを見ててそう思ったらしい。
「なんか、超仕事ができる人って感じだったぜ」
「ははっ、あれはどっちかというと叔父さんのビジネス本の影響かなぁ、家に山ほど溜まってるから、すんごい暇な時にたまに読むと面白いの。実感沸かないことは多いけど、役に立つこともあるねぇ」
「へぇー、ビジネス本って滅茶苦茶、字が多いイメージだなぁ~。私読んでたら寝ちゃいそう」
「うーん、私もかなぁ……、イラストとか少なさそう」
「最近のは実はそうでもないよ、上原さんも羽沢さんも一度書籍コーナーで見てみたらいいと思う。漫画調みたいなやつあるよ」
「うーん。漫画調なら、読めないことはないかなぁ……」
「うん。まぁ、上原さんにも活かせることもあると思うよ?」
上原さんは「うーん」と言いながら、何やら考えているようだが、ビジネス本を読んだところで、活かせる場所は限られている。叔父曰く学生の本分は学校の勉強である、が、学問の勉強は大事だが、社会的知識の勉強は速いに越したことはないとよく言ってた。
「ねぇ、モカー」
「んー? ひーちゃん、どしたの? 人恋しくなっちゃった?」
ギターをいじりながら美竹さんと青葉さんが2人で何やら話しているところに割り込んで行く。
「そんなことないもんっ! ねぇ、望月さんの事、なんて呼んでるの?」
「まこちーだねぇ」
「望月さんからどう呼ばれてる?」
「青葉さんだねぇ」
「ハンティングされた蘭はどう?」
「ハンティングって……、それどういう意味なの。あたしは美竹さんって呼ばれてる」
いまいち読めないが、上原さんはふむふむと言いながら、何やらうなずいてる。いったいどうしたんだろ……。カメラバックを引き寄せ、ズームレンズを一眼レフから取り外し単焦点レンズに取り換える。このスタジオには割と置かれている機材が多い。そのため画面がごちゃっとした感じが気になる、が、これがスタジオであることをうまく見せつつもシンプルにする方法を模索する。
「望月さん? それって何してるの?」
「んー? まぁ、レンズの種類を変えて、みんなのより近くで弾いてる様子を撮ろうと思ってね」
「レンズの種類?」
羽沢さんが、私のレンズを外す姿を疑問に思ったみたいだったらしく。首を横に傾げながら聞いてくる。一眼レフを触ったことがないと、いまいちピンとこないか。普通のデジタルカメラじゃ、標準ズームと光学ズームぐらいだろうからねぇ。
「簡単に言うと、さっきまでのはズームが得意なレンズだったの。だから多少離れててもみんなの姿は大雑把に写しやすいの。今度のはズームがついてないレンズ。ズームできない分、近くに移動しなくちゃいけなくけど、その分細かく映せる……って、多分画像の違いを見ないとこれはわかんないわよね」
「うーん、ちょっと難しいかも……」
「まぁ、私も言葉だけで説明すると下手だからあんまり気にしなくてもいいよ? ほら、羽沢さん行くよ~」
そんな事を言いながら、レンズを向ける「わっ! わっ!」と慌てながら、きりっとした顔でキーボードを弾く体制をとる。彼女はほんとにかわいいわよねぇ……、After Glowはそれぞれの個性が濃いと思う。私の知ってる人の中でもかなり濃ゆい集団だ、叔父はそれを上回るが同世代でそれを追随する人を今まで見たことなかった。そんな中でも羽沢つぐみは見た目はすごく真面目で清楚だ。服も性格も落ち着きがある。ちょうど対極にあるのは上原ひまりだろうか?
個性の塊の中で、みんながちゃんと1つに纏まってる。それがすごくいいと私は思う。本当に羨ましく思う。そんな彼女らとこんな風に一緒にいる事すら個人的にはとても気兼ねをしてしまう。
「さて……」
そんなやり取りをしながら、チラッと腕とは対照的なゴツイ腕時計を見る。
(12時から2時間なら、そろそろ終わりなのかな?)
美竹さん達のほうに向き直すと、先ほどまで青葉さんと上原さんと何やら話し合ってたことが終わったみたいで、上原さんは「うんうん」と言いながら、頷いている。
「さー、休憩終わりー! もう2回ほど通しで弾いて、煮詰めていこー! いくよー? えいえいおー」
「「「「……」」」」
和気藹々とした空気が一気に冷え込んでいるのが見えた。なんか、この部屋エアコン設定温度低くないですか……? 上原さんは泣き顔で「なんで誰もやってくれないのー」と嘆いてるが、あのテンションには私もついていけないなぁ……。
◆◆◆
私は引き続き写真を取り続けた。時に画像の確認も挟みつつだが、基本的には動き『この音が鳴ると一番撮りごたえのあるシーンになる……』をよく見て覚えておくことを重視する。バンドのフォーメーションチェックに近いが、どっちかというと『癖』みたいなものをずっと探している。普段から何気なくやっている事はきっと、本番でも同じようにするはず。
僅かな時間ではあったが、それは徐々に見えてきた気がした。例えば、上原さんと宇田川さんがお互いの音を合わせる瞬間にお互いの顔を見るとか。羽沢さんはサビに入るとすごくいい顔で顔を上にあげるとか。青葉さんはああ見えて決めるところ決めてちゃんとギターでアクションする。蘭は……あれはどうなんだろうな、ボーカルに入る瞬間と終わってすぐに、メンバーの誰かしらの顔を見る。
ライブ前で何より、1曲だけなのでそれぞれの『癖』なのかはわからない。単焦点レンズに変えてみた本当の理由はこの『癖』を探すために全員の細かな動きを見たいから。ペダルや機械を踏む動作や仕草、マイクを握る瞬間、コーラスの瞬間。できる限り近くでその動きを見て『癖』を見たかったからだ。
(正解・不正解は後はリハーサルの時にチェックってとこかな……)
1回目が終わりが譜面に不安だった点やチェックするところを再度確認をし、各人がいろいろ譜面に記載をしていく。全員がチェックを終え、2回目の曲が始まりある程度の枚数を撮影終えた段階で、カメラを止め、彼女たちの歌を最後まで聴くことにした。
(原曲が薄らぼんやりしかわかんないから、もう完全にこの曲はAfter Glowの曲になっちゃってるなぁ……)
原曲も結構聞いたはずなのだが、何回も同じ曲を繰り替えしていることで刷り込みのようにAfter Glowの歌声とアレンジが静かに脳にコピーされていく。それだけ、魅力的って思ったってことなのかな。吸音材が張られた壁際に座りながら、彼女たちが紡ぐ音楽を言葉の意味の通り体にしみ込ませていく。
演奏が終わると、彼女たちは手早く片付けに入っていった。私も手伝えばいいかもしれないが、触ったことのない機械と彼女らの私物の区別がつかない上、どこにしまえばいいかわからないので、結局役立たずの私は一足先にスタジオを出てロビーで彼女らが出てくるのを待つ。ロビーに出ると次にスタジオに入るのだろうか? 紫の長髪をたなびかせる女性が壁際のソファー席で譜面を読んでいるのが目に入る。彼女の邪魔にならないように、私はソファー席の隅のほうへ行きそこで、カメラバックからタブレット端末を取り出し一眼レフで撮影した画像の一部を転送し、そこから家のNASに転送予約する。処理待ちしている間に虚空を見つめながら私の問題を改めて考える。
大きな問題点は画角の問題だ。『撮影する方向が決められている』ということは撮影される絵は自然と決まる。最後尾のカメラ席から舞台を撮影した場合、距離を稼ぐ必要がある。ズームレンズで距離をカバーしようとすると焦点距離は長くなる……、つまり画角が狭くなるし、遠い被写体を写すと圧縮効果で背景が全体的にボケてしまう。
ボケてもよいと思うのだが、それでは後ろに並んだメンバーも一緒にボケる事になる。かと言って柵前の最前列で撮影すると、被写体との距離は近くなる。焦点距離を短くして大きく映すのはいいが、舞台上の遠近感をそのまま再現することになる。全体を写すにはある程度の距離を稼がなければいけなくなる。彼女たちが望む一番のものは何なのか?After Glowは美竹さんに今の形を見せ、安心させたいと言った。写真はそのための物、ならば……。
「まこちー? どしたの、すんごい難しい顔をしてる」
「……ごめん、完全にぼーっとしてた。ちょっと疲れたのかも……。片付けは終わったの?」
「ギターの片づけは早いのだよー。いつもアンプ借りるだけだからねー」
問題を考えていると青葉さんがいつの間にか横に座っていた。スタジオの方を見ると残りのAfter Glowの面子が荷物片手にゾロゾロと出てこちらにくる。
「疲れたー! 甘いもの食べにいこー!」
「だなぁ。久々のスタジオだからってちょっと調子乗りすぎたな~」
「でも、みんなのおかげでだいぶいい感じに仕上がったね」
「だね。みんないい音出てた」
タブレットを見ると、転送処理が完了していた。ちょうどいいタイミングだ。
「そっか。お疲れ様」
「この後、多分ファミレス行くけどまこちーも来るよね?」
「んー、邪魔にならないならついていこうかな。今日の写真も見れるように準備したし」
「じゃあ、ひーちゃんに言ってくるねー」
青葉さんは荷物を私の横に置いて、カウンターでカギを返して料金を支払ってる上原さんのところへ駆けていった。本当は家に帰って、今日撮影した内容を確認したいところだが、未だ自身の中に先ほど考えていた振り切れないモヤモヤした感じ、もう少し仲睦まじいAfter Glowの事を見ておきたかった。タブレットに表示されている写真を何回かスワイプして、今日撮影した内容を見返しながら彼女らがこちらに来るのを私は待っていた。
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夕焼けの憂い 1
「モカ、それ本気で言ってるの?」
「そうだよぉー、モカ辞めた方がいいって……。流石に私でも無理だって」
「本気だよー。今のモカちゃんは真剣そのものなのだよ」
「モカちゃん……、絶対後悔するよ? 辞めた方がいいと思うよ」
「あたしもつぐに同意、絶対やめた方がいいって」
「ともちんもつぐも何言ってるの、こんな機会絶対ないんだから挑戦すべきだよ」
青葉さんはギターを弾いてる時でも見せないくらいの真剣な顔をして言うが、それに対しAfter Glowの面々は反対するが、青葉さんは折れる気配がない。もはや説得は無理だろうなと思い、一応この場に居る人間として一言だけ言ってこう。
「青葉さん、勇気と無謀は絶対ちがうからね?」
彼女が後悔しないように、私も念押しはした。
「まこちーもわかってないなー。こういうのはちゃんと楽しまなきゃいけないんだよ? さぁ、ボタンを押すのだ、まこちー」
「わかったわ。何があってもAfter Glowが責任もって処理ってことで……いいかしら?」
どんな言葉を彼女に伝えても無駄なようだ……。正直、どこからこの情熱が来てるかわからない。ほかのメンツを見ても、もはや何も言うことができないのか沈黙で返答を返す。
「……沈黙は肯定とみなすわ」
とりあえず注文ボタンを押す。まさか、たかがファミレスに来てこんなシリアスになるとはだれが思うか……。
「望月さんって、結構さばさばしてるよな?」
「よく言われるわ。今更気にしても仕方ないし、女の子らしく振舞ってもあんまり得がないもの」
「でも、毛先のウェーブが羨ましいなぁ……。すんごい似合ってる。それパーマ当ててるの? それともコテ当ててるの?」
「これ、天然物なのよ。これ以上、伸ばしちゃうと湿気を吸って重くなっちゃうから維持するのが逆に大変なのよ……」
少し伸びた茶色が混じった毛先に指を軽く絡ませる。この癖っ毛は今でこそ耳がちょうど隠れるくらいショートに落ち着いてるが、小さい時には伸ばしてみたり縛ってみたりアイロンを当てたりしてみたりといろいろ実験してみたが、どれも合わないことが分かってる。伸ばせば毛先同志が絡む、縛れば髪ゴムに絡んでほどけない、アイロンは持って半日とかなり強情な毛だ。特に梅雨の時期はもう最悪だ……。頭が朝から重くつらくなる。
「天然でそのウェーブって……、やっぱり羨ましいなぁ、私の髪なかなか言うこときかなくて……」
「そう? 天然だとほんとアレンジが効かなくてとても困るわよ? 気分で髪型を変えたくなるじゃない? 施しようがないもの」
「あたしはあんまそういうのないかなぁ」
「私もちょっと思うかな。今ショートだからも少し伸ばそうかな。でも、巴ちゃん、昔はショートだったんだけど今はロングだもんね」
「宇田川さんはなんで伸ばしたの? ショートも似合いそうなのに」
宇田川さんは自分の毛先を筆みたいして「うりうり~」と隣にいる美竹さんの顔をなぞっては、それを追っかけて猫みたいなパンチを飛ばされている。
「あれだ、商店街のイベントで男と間違われたから伸ばしたんだ」
「巴の事を知らないあこちゃんの同級生から、告白されたんだっけ?」
「蘭、悪かったって。やめてくれ。それ黒い歴史だ」
「あこちゃん?」
「あこちゃんはともちんの妹~、とってもかわいい子だよ~」
ああ、なるほど。宇田川さんの豪快な性格はお姉さんだからか……。なんとなく合点がいく回答だ。姉御肌というか面倒見もいいところも納得だ。
「なるほどね、確かにお姉ちゃんって感じがするわ」
「あこはあたしの大事な妹だからな、時々誰に似たのか暴走するときあるから、ちゃんとしてやらないといけないんだよ」
「頼もしいお姉ちゃんだよね」
「へへへっ、照れるな……」
「お待たせしました」という店員が私たちのテーブルにやってくる、そしてカートに乗せられてくる各々が頼んだスイーツ。その中に一際目立つものがあった。
「あれ……だよね」
「ああ、そうだな。マジででっかいな……」
青葉さんを見ると待ちきれん顔でちょっと口からよだれを垂らしている。
まずは小さいケーキ類が青葉さんを除くAfter Glowと私の前に置かれ、問題のそのバケツの容器に入ったアイスクリームの塊みたいな奴だ。
「お待たせしました、時間制限タワーパフェでございます」
店員はバケツみたいな容器にこれでもかというくらいにアイスクリームの乗った、その暴力的な物質をパフェと言った。ねえ、いまこれをタワーって言った? どこら辺がタワーなの? むしろ橋脚のセメントの塊にみたいに見えますよ?
「はーい。それあたしのでーす」
青葉さんが元気よく手をあげる。圧倒的物量の差にドン引きのテーブル。どう見ても、1人でチャレンジするものじゃない。グループとかで来て分け合って食べる奴だ。
「よーし、モカちゃん頑張るぞー」
◆◆◆
事の顛末はAfter Glowとファミレスに入ってすぐに青葉さんは店頭に張ってあるポスターに目を輝かせた。バケツに山ほどのアイスクリームとウエハース、チョコソースがかかってフルーツがトッピングされている甘味の塊が描かれたポスターに3000円と書かれ、30分以内の完食の場合無料と刺々しいピンク色の文字で書かれている。
『ひーちゃん! このタワーパフェ行ってみよう! 甘いものが大好きなひーちゃんなら、30分で完食なんて余裕でしょ?』
『モ、モカ? いや、さすがに私は無理だって! 絶対こんなの食べたらおなか壊しちゃうよ……』
『んー、でも甘いものならひーちゃんでしょ? この間もつぐのお店で午前中からケーキ2つ食べて、お昼にパスタ食べてたじゃん』
『あ、あれは朝ごはん食べてなかったから……その……。つぐぅ~!』
『ひまり……マジで?』
『アッハハハ、ひまりらしいなぁ~』
美竹さんは信じられない物を見るような顔を上原さんに向ける。うん、私も同じ意見だ朝ごはん抜きにしてもその量はちょっと食べすぎだと思うわ。
『ほらー、女性限定で30分以内で無料になるんだよ?』
『いや、さすがに無料にしたってこの写真見て、もうすでにおなか一杯になるぞ』
『ともちんノリ悪い~』
『3000円払うなら、ほかのケーキ食べたほうがいいんじゃない?』
『そんなことない、決めた。モカちゃんはこれに挑む』
◆◆◆
「では、ルールの確認になります。30分以内にすべてお召し上がりいただければ、時間制限パフェの料金は無料になります。制限時間を超えられるもしくはリタイア宣言されますと、パフェのお代をいただくこととなります。グループでのシェアはご遠慮ください。では、こちらのタイマーで計測いたしますので完食次第、確認に参ります。リタイアの場合も呼び出しボタンでお願いします」
店員はフードバトルの説明を行い、ポケットからキッチンタイマーを取り出しに30分を設定して机に置く。
「りょーかいですー」
「では、スタートです」
「いっただきまーす」
青葉さんは少し大きめのスプーンを持って、今日一番の笑顔で両手を合わせてアイスの塊に挑戦を始めた。しばし、その様子にあっけにとられたが、結構な速度で順調に減っていく様子を見ていた。なんだかんだ言ってこれは、意外といけるんじゃないの? 青葉さんが静かに食べていく間に、カメラバックからタブレットを取り出し、今日撮影した内容のフォルダを開き宇田川さんに手渡す。
「宇田川さん。これ、今日の写真よ、全部じゃないけど主だったところをピックアップしてある」
「えっ、もう見れるのか?」
「ノー編集だから、多少見苦しいところもあるかも知れないけどね」
「巴! 真ん中に置いて! 私にも見せて見せて」
上原さんが机の上に置くよう催促をする。何気に美竹さんも宇田川さんの後ろからタブレットの画面をのぞこうとする。
「こんな感じになる。っていう、参考程度でお願い」
机の真ん中にタブレットを置き、一番左端に配置されてるファイルをタップする。液晶に映し出されるのは上原さんが真剣な顔をして手元を見ながらベースを弾いてる姿。
「うわ……。うわ……。これ恥ずかしい……」
「ひまりちゃん、すごくかっこいいよ」
「なんか、ほんとにアーティストのオフ写真みたいな感じになるんだな」
「謙遜しすぎでしょ」と思いながら、ストローでアイスコーヒーを吸い上げる。ドリンクバーにありがちな独特な薄い酸味が口を濁す。どう考えても氷が解けて味が薄くなっているだけでなく、元のコーヒー自体が薄い感じだ。
(CiRCLEのカフェのアイスコーヒーのほうがおいしいな)
宇田川さんたちは、画面をゆっくりスワイプしながら自分たちの写真をゆっくり堪能している。はじめこそはいろいろ言っていたが、言葉がどんどん少なくなって、スワイプする手が止まってきた。
「どうしたの? なんかまずいところでもあったかしら?」
「いや、その……な……」
「なんか、こう恥ずかしくなってきちゃって……」
ああ、そういうことか。はじめは茶化しあって何とか見れてたけど、自分の写真を意識しだすとどんどん恥ずかしくなって行くやつね。私は机の上に置かれたタブレットを持ち上げ、アルバムアプリの設定開き、自動プレビューの有効化を行う。
「はい、これで自分でスワイプしなくっても画像が流れていくわよ」
「ちょ! ま、まって! 心の準備が!」
「すでに撮影されてる物だし、今更でしょ。心の準備も何もないでしょ?」
「いや、あるよ! 見る準備ってあるってばぁ!」
「鏡見るのと対して変わらないってば。上原さんは鏡見るときにいちいち見る準備なんてしないでしょ? それと同じだよ?」
「違う! 全然違うよ」
確かに違うかも知れないが、これはばっかりは慣れてもらうしかない、見せないでいる事もありだが、ちゃんと見てもらわなければ撮った甲斐が無いし、私の人物写真の雰囲気を掴んで慣れてもらわなければいけない。タブレットはそうこうしている間にも、次々と彼女たちのプレビューを自動的に映し出していく。
「あ、これあたしだ……いつこんな近くで撮ったの? 全然、気が付かなかった」
「ほんとだ、蘭ちゃんのすごい近くで撮ってるみたいだね……」
「多分、それはズームで撮ったやつかな」
「なんか……ちょっと恥ずかしい」
美竹さんは顔を赤らめて、自動プレビューで表示された自分の写真をスワイプして次の写真に飛ばす。
「これ、全員の写真だね? だいぶ下から撮ったんだね……巴ちゃんが見切れそう」
「まぁね……。下から撮ってやっとこんな感じ、順番的に次は上からの写真だと思うわよ」
画面をスワイプすると、画面が次の写真に切り替わる。スタジオ内の椅子の上に乗って、全員を撮影したものだ。そこまで高さはないがこれも全員がちゃんと入るが遠目なのもあり少し表情が見えにくい。
「他にも何枚かあるけど、今日撮ったのは基本的には個人事の写真が多いかな……、全体写真はちょっと少ない」
「まこちー、なんかそれ理由あるのー? あっ、ついでに店員さんを呼び出して~、パフェ終わったから」
さっきまでバケツパフェを食べていた青葉さんが会話に参戦してくる。あなたこの間のパンの時も思ったけど、めちゃくちゃ食べるの早くない? かなり量あったはずのバケツはすっからかんになっている。
「早っ! モカほんとに全部食べちゃったの?」
「食べたよー、まこちーはやくはやく~。タイマー止めてもらわないと~」
「そ、そうだったわね……」
ちょっと唖然としてしまった。呼び出しボタンを押すと、店員は素早くこちらに来て伝票に何かを書き込み、「完食おめでとうございます~!」と言って去っていった。なんだ? この店結構完食されているのか?
「で、何の話だったかしら?」
「全体写真が少ない理由かな~」
青葉さんはタブレットをスワイプしながら、自分が見てなかった写真を見ているようだ。
「うーん、言い出したら切りないけど部屋自体が狭かったから収まりきらなかったのと、画面がごちゃ付き過ぎてあんまりいいものにならなかったから……かな、あとは私の実力不足」
「そっかぁー、ならまこちーも練習だね」
「そうね、その通りだと思うわ。練習もそうだけど……」
と、その時机に置かれた、美竹さんのスマホが鳴り始める。
「あっ……」
美竹さんが慌てて電話を持ち上げ、画面を確認し何やら操作する。電話みたいじゃないし、メールかな? 急に鳴ったもんだから、ちょっと驚いたけど、でもみんなの顔は何やら心配げな顔をしてる。
「ごめん、ちょっと用事ができちゃったから……今日は帰るね……。望月さん、写真の扱いだけはお願いだから気を付けて。あと、ひまり?」
「えっ……。あ、どしたの蘭?」
「スタジオで話した件はお願いするね」
「りょーかい! ひまりちゃんに任せて!」
何かをお願いされて、大きく胸を張る上原さん。ちょっと寂しそうな顔をして美竹さんは手を振る。
「じゃ、みんなごめんね……。お疲れ様」
「ばいばい、蘭ちゃん」
「また明日なー」
何やら意味深な言葉を残し、狭いファミレスの店内を少し早歩きで出ていく美竹さんを見送る。
「さて、蘭が居なくなっちゃったけど、も少し女子トークしようね? 望月さんは大丈夫?」
「私はまだ時間大丈夫だけど、みんなは大丈夫なの?」
「全然へーき」
「私も今日は手伝いはないから大丈夫!」
「あたしも今日は平気、あこは父さんと母さんが買い物に連れて行ってるからな」
美竹さんが居なくなった席のお皿とグラスをテーブルの端に寄せ、そこに自分たちの使用済みのお皿も載せる。そのうち店員さんが通り掛けに回収してくれるだろう。
「ごめん、私ドリンクバー取ってくるけど他に居る人いる?」
「まこちー、モカちゃんもいきますぞ」
青葉さんが空いたグラスを片手にあげ、アピールしてくる。
「ついでに入れてこよっか?」
「んーん。今度はコーヒーにするから一緒にいくー」
「そう、なら行きましょ」
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夕焼けの憂い 2
ここのアイスコーヒーは少し薄い。氷を入れるとたちまちコーヒー風味の水になってしまう。先ほどは我慢したが、今度はフレーバーティーにしよう。
休日の夕方、15時のおやつの時間を超えたがドリンクバーコーナーは入れ替わり立ち代わりで人がやってくる。カウンターでポットを手に取りジャスミンティーなら、そうそうハズレは無いだろうと思いながら、紙袋に入ったジャスミンティーのティーバックを取り出しポットに入れ、お湯を注ぐ。飲み放題のフレーバーティーなんてたかが知れているだろうな、と思いながらも注がれている湯気からほんのりジャスミンの香りが少しだけした気がした。
「まこちーは紅茶?」
青葉さんも目的のコーヒーが入れ終わったようだ、右手にカップに指をかけて、左手でソーサーを持っている。
「ジャスミンティーよ。さっきアイスコーヒー飲んだらハズレだったから……」
「あるある~。すんごい薄いやつがでる時あるねぇ」
「まさにそれだったわ、なんて言うのかしら……コーヒー出汁? みたいな味がしたわ」
お湯を入れ終わったポットを持ち、近くに置かれていたカップを手に取る。残念なアイスコーヒーの話に「ありゃりゃ」と相槌を打つ青葉さんと一緒に席のほうへ歩いてく。二人とも熱い飲み物を持っているため、人にぶつからないようにゆっくりと歩いてく。
「……ねぇ、まこちー。さっきの蘭の顔、見た?」
青葉さんは前を向きながら、しゃべりかけてきた。席に着いてからではダメな『話題』ではないはずなのに、なぜ彼女が今この歩いてる時にその話を振ってきたのかが分からなかった。
「『さっき』っていうのはどの時?」
「うーん、スマホにメールが来た時と席を立っていくとき」
振り返った青葉さんの顔は少し苦々しい顔だが、その眼差しは真剣だった。
先ほど起こったことを思い出す、美竹さんスマホに着信があった瞬間は少し驚いてしまったからちゃんと見ていなかった、が、席を立った瞬間は寂しそうな顔をしていた。
「蘭はね、寂しがり屋さんなんだ。それに意地っ張り、だから言葉にしないの……」
「……」
「蘭、メール来たときすごく泣きそうな顔してた、出ていくときも寂しいって言う表情してた」
「そうね、私はメールに着信が来たときは見逃したけど、出ていく時は見たわ」
「まこちーはどう思った?」
先を歩いてはずの青葉さんは立ち止まってそう話す。どう思った? か……、なんかすごい難しい話になってきた気がする。そもそも、なぜ青葉さんはそのことを私に聞くのか? グループではすでに解が出ているのか?
「ここじゃ、少し危ないから席に戻ってからでもいいかしら?」
「……」
「だめかしら?」
「うん……」
さっきまで飲んでいたアイスコーヒーの薄い味、意外と口の中に残ってるのよね……。なんか苦くて仕方ない。立ち止まっていた青葉さんを追い越して、自席へ歩いていく。彼女がついてきているかは、確認せずに来てしまったが着いてきているだろうか?
「モカちゃん? どうしたの顔色が少し悪いよ?」
自席に戻ってくると、羽沢さんが青葉さんの急変に気が付いたみたいだ。
「どうしたの、モカ? やっぱりお腹痛くなってきたの?」
宇田川さんとおしゃべりしていた上原さんが、青葉さんの明らかな異変を気遣う。宇田川さんも「薬貰ってくるか?」と話している。
ちょっと泡立ってるなか、手に持っていたジャスミンティー入りのポットと空のカップをテーブルに下ろし、青葉さんが手に持っていたままになっていたコーヒーの入ったカップとソーサーを受け取り、テーブルに同じく置いた。そのまま立ったままの青葉さんの手を取る。この子は少し危なっかしい。人の痛みなんて考えなければいいのに……。いや違う、彼女は自分の大事な人の痛みを考えてしまうのだろう。美竹さんは言ってた、彼女は興味がない人には興味を向けない。
「ううん……違うの、……違うの」青葉さんは、気遣う彼女たちにそう言うが、明らかに席を出る前と違う彼女。心配をかけまいと首を振る。
「青葉さん、答えを聞きたい?」
「待ってくれ、望月さん。何があったんだ? 答えってなんだ?」
宇田川さんが真剣な顔をしてこちらに問う。青葉さんの急変の原因がわからないが、私と一緒にいて起こった急変ならば原因は消去法的に私になる。その意味を込めての真剣な顔なのだろう。
私はAfter Glowに入り込んだ異物でしかない。
「そんな構えないで? 青葉さんが聞きたがっているものは、おそらくあなたたちも同じものだと思うわ」
「私たちが……聞きたがっているもの?」
「そうよ、羽沢さん。青葉さんは『さっき起こった事』に関して私の意見を聞きたがっている」
そして私はあなたたちの意見を聞きたい。答えが欲しいのはあなたたちだけじゃない。私もそうなのだ。きっと青葉モカは彼女たちよりもより深いところで美竹蘭を見ている、そして自分のように考えている。自分ひとりをまだ支える事の出来ない私たち。誰かに支えてもらってやっと立てる。そんな状況ですでに青葉モカは誰かを支えようと頑張ってる。どうしてそんなことができるのか? どうしてそんな辛い道を行くのか? 一人では何もできない、でも青葉モカにはAfter Glowがある。仲間を頼ればいい。
「少し話が逸れたわ。青葉さんまずは座りましょう?」
青葉さんの空いた両手を私の両手で包み込むように添える。ちょっと不安になっただけだろう。自分にとって大事な人、そんな人が「何かに」不安を覚えてているように見える。そして、ずっと見てきた自分に不安が伝播して「何かわからない」不安に駆られてしまう、グルグル回る負のループ。そんな質の悪いものに心を締められるまで大事な相手を思う。
(美竹さんはとてもいい友人に囲まれているな……)
青葉さんの顔は不安の顔ままだが、何とか立ったままの状態から座らせることができた。彼女は包まれた両手をずっと見続けている。ゆっくりと手をほどいていく、ほんのりとした温かさが少しずつ離れていくのを感じたのか彼女は少し戸惑うような顔をする。彼女を包むべきは私ではない。温かさを与えるのは私じゃない。だからこそ手を放す。
「青葉さん。あなたはAfter Glowよ。私はそうじゃないわ」
「……」
「だから、あなたはあなたのいる場所を見失ってはいけない。でも忘れないで?……私はあなた達を観測し続けるから、ね?」
「観測し続ける……」
戸惑うような顔をしていた彼女は、私が話した私の立場をつぶやく。
「そう。いっぱい居るあなた達の観測者の一人が私」
「まこちーは近くにいないの?」
「近すぎると被写体の全体が取れなくなっちゃうもの」
少し肩をすくめ、少しおどけて見せたが残念ながら彼女の雰囲気を変えることはできなかった。それが私にできる精いっぱいなのだから仕方がないと心の中でしまい込む。でも、話の本題に入るためには、まず青葉さんが思考の海から戻ってきてもらわなければいけない。
テーブルの上に置かれたジャスミンティーの入ったポットを手に取り、カップにそそぐ。おいしい注ぎ方なんて知らないから、緑茶っぽい注ぎ方でカップにそそいだが香りはそれなりに広がった。
「ほら、ジャスミンティー少しあげるから。少し飲むだけでも落ち着くわ」
まだ一口もつけていない、ジャスミンティーの入ったカップを青葉さんに向ける。彼女はそれを受け取り少しだけ口をつけ、こちらを見た時には先ほどまでの顔から少しだけいつもの顔の彼女に戻ったような気がした。まだ本調子じゃないけど、話はしなければいけないだろう。青葉さんはそれを聞きたいのだろうから。
「美竹さんはとても寂しそうだった、しかも普通の寂しがりの反応じゃない」
私はそう言い、本題に切り込んでいく。先ほどまで友人と遊んでいて、それが用事が入って駄目になったための寂しさじゃない。言葉にする事が出来ないほどの寂しさだ。あれはいったい何なのか? 自分の中で話してから反芻するように何度も考えるが、私には言葉にできない。
「そうだね……。蘭ちゃん帰り際、すごく寂しそうな顔だった」
羽沢さんはとても辛そうな顔で、絞り出したような声を出す。
「確かに……スタジオ練入る前もちょっと変だったな。一回ブレイクしてからはいつもの蘭だったけど……帰り際はまた始まる前の蘭に戻ってた気がする」
少しどこかが痛そうな顔をする宇田川さんが顔を横にする。
「でも、そこには別の意味が込められている。私が見えない面で、あなたたちだけが感じる何か……そう『不安』な面があると思うの」
「……どういうこと?」
これまでのマイナスな流れを感じてしまったのか、少し目に涙をため、上原さんが問う。
「みんなちゃんと口にしないけど、何かこう……違和感? を感じているんでしょ? 美竹さんに対して」
「……」
一番美竹さんを見ていると思う青葉さんは何も言わない。どうやら私が感じたことはあながち間違っていないようだ。
「違和感を感じながらも、それはあなた達にも何かわからない。本人が語らない以上、あなた達も私も踏み込めない」
「うん……」
少しうつむきがちに青葉さんが答える。だが、しかしだ。今一番気にしなければいけないこと。それはAfter GlowがAfter Glowで無くなってしまうことだ、大層な話に聞こえるがこれは崩壊を意味する。ぶつかり合うことは簡単だ。ただそのぶつかりが今まで作ってきたすべてを壊してはいけない。土台を崩したら二度とAfter Glowは今のAfter Glowで無くなってしまう。
「あなた達は何をしたくて、After Glowをやっているのか私は知らない。でも、それは聞かない」
聞いたら異物は異物でなくなってしまう。夕焼けは彼女たちであって私は観測者である、そこは踏み入れてしまうときっと形が変わってしまう。見えない物を無理に見ようとして形を変えたくない。今の彼女たちは夕焼けの形をしている。夕焼けは時間が早ければ違うものになり、遅くても違うものになってしまう。だからこそ、形を変えると見えていた夕焼けが変わってしまう。空の夕焼けが望む形を観測する、それが私なのだ。
「うまく言えなかったらごめんなさい、でも知っておいて? 崩れるのはとても簡単。崩した後に何も残らないのは駄目。回り道をしてでも構わない、間違えてでもいい。でも、本当に大事なものをなくしちゃ駄目」
今日夕焼けが見えなければ、明日また夕焼けを見ればいい。夕焼けがある限りは何度だってチャンスはあるのだ。
「だから、踏み込みのタイミングは絶対来る。でも、踏み込み方は間違えちゃだめ、それは崩壊だから。覚えておいて。この話の解はAfter Glowが出すべきこと、私みたいな観測者が出していい答えじゃない」
◆◆◆
「……」
ファミレスで楽しい女子トークを期待していたのかも知れないが、彼女たちの不安感を煽ってしまったかも知れない。失敗したかもと心の中で思いながら、ジャスミンティーを口に運ぶ。口の中で香りが広がるが……、これはこれで残念な香りだった。もう少し抑え気味な方が好みなのだが酷く香ってくる。
「After Glowが出す解か……」
宇田川さんが私が話した内容を反芻するように呟き、少し考えるように両手を頭の後ろに添える。
「まこちーは難しいこと言うよね……」
「でも、本心よ」
青葉さんはとても複雑そうな顔をする。そう、解を出す方法は単純じゃない。数字は公式を当てはめれば、答えはが出て見える。が、人は常に変化し続ける。だから答えは不確定だ。変化するからこそ、何度も何度も求める必要がある。ただ、その答えを求めるときに忘れてはいけないことは土台だ。大事な土台の上で人は生きている、解を求めるならその土台をも忘れずに含めなければいけない。土台は人のようにすぐに変わらない、中にはすぐ別の土台を用意する器用な人もいるが、そんなのは一部の人間だけだ。
「タイミングって言ってたけど、それはどんな時なんだろう……」
羽沢さんは首を傾げ、「うーん」と言いながら考え始めた。確かにそれはどんな時だろうか? 私にもわからない。この話の全部を変なタイミングで一気に注いだらおそらくパンクしてしまうだろう。だからこそ、私には難しい。美竹さんを一番知っているAfter Glowじゃないといけない。
「……ねぇ、望月さん」
何かを考えていたのか、上原さんは下を向けていた顔を急に私に向けた。
「どうしたの? 上原さん」
「『After Glowのリーダー』として、お願いがあります」
彼女は今『After Glowのリーダー』と言ったか? マジで? てっきり美竹さんがリーダー的ポジションか、もしくは宇田川さんがそのポジションだと思っていたが……上原さんがリーダーだったのか。
「えっ? リーダーって本当に?」
とりあえずほかのメンツを見ると、皆一様に「うんうん」と頷いてる。
「もー! リーダーぽくないって思ったんでしょ、私これでもリーダーなんだよ?」
「てっきりマスコットキャラクターかと思ってたよ」
ちょっと言い過ぎくらいにオーバーなリアクションをする。先ほどまでの嫌な不安感を消し去ってしまいたかった。こう言っては何だが、すでに『観測者』としてはやりすぎなくらい彼女たちをかき混ぜてしまった気がしてならない。After Glowの中をどうこうしたいわけではない。彼女たちは彼女たちの色が一番なのだ。今日練習していた曲のように原曲が上書きされるくらいの『濃い彼女たちの色』。
「もう、そうやって余計な事言って、誤魔化すやり口なのは蘭から聞いてるんだからね。真面目に聞いてよね?」
上原さんにちょっと怒られてしまう。真面目にと言われたので、香りの強く癖のあるジャスミンティーを口に軽く流し込み、椅子に座るその体の佇まいを直し彼女の発言を聞く。
「あのね、望月さん……。ううん、『真琴』、お願いって言うのは……」
先日、評価をいただきました。投票いただきました方に御礼申し上げます。
今後ともよろしくお願いいたします。
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幕間 観測者を支えるもの
重要なファクターは少ないですが、今後の話をするにあたって少しだけ寄り道という感覚です。
After Glowとファミレスで別れ、帰宅の途へ。家の車庫に大き目の1BOXカーが止まっているのを確認する。
(あー。今日は帰ってくるって言ってたな……)
玄関の扉を鍵を開け、無言で扉を開く。黒の革靴が整えられて並べられていた。玄関ホールの隅の方に通勤カバンと思われる、黄土色の帆布生地のショルダーが置かれている。
(会社のカバンってこんなラフでいいのかなぁ? あの人はこの鞄で会社に普通に行っているけど……)
コート掛けには先客の濃い目の緑色のモッズコートが吊るされている。着ていた青色のマウンテンパーカーを脱ぎ、緑のモッズコートと重ならないように吊るす。
玄関に重たいカメラバックを置き、リビングに入る。扉を開けてすぐにある壁のサイドボードに置かれている2つのフォトフレームに「ただいま」と声をかけ、中央の応接セットに目をやるとテーブルにカップラーメンの食べた跡を残し、少し長い目の応接ソファで寝ている無精髭を生やしちょっと癖っ毛で寝ているのに眼鏡をかけっぱなしの中年男性に声をかける。
「叔父さん……、いい加減ソファで寝るのは辞めてって言ってますよね?」
「んぁ……。おぁ……帰ってきたな、この不良姪っ子め……」
私の叔父、望月雅也……、父の弟で私の保護者が寝起きのかすれた声で、こちらを見る。誰が不良姪っ子だ、まだ19時じゃないか……。
「ただいま、今日は晩ご飯はこれ?」
応接テーブルに置かれている完食済みのカップラーメンのくずと割りばしを回収する。
「……なぁ、インスタントってたまに食べたくならないか?」
「はぁ? 何言ってるの?」
「こう、何て言うの? 今日は口がカップラーメンだったんだよ」
「で、これを帰ってきてすぐに食べたってことですか?」
「そういうこと。腹いっぱいになって、完全に寝落ちしてたわ……、睡魔やべぇわ」
応接テーブルの下からおそらく寝落ちした際に持っていて、落としたであろうスマホを取り出し、スイスイと操作を始める。私は「はぁ……」と短くため息をつき、リビングの横にあるキッチンへ、カップラーメンの残り汁を流しに捨て、割りばしともどもごみ箱へ捨てる。そのまま冷蔵庫を開けると、作り置きのハンバーグが4つタッパーに入っており、付け合わせの野菜もタッパーに入ってた。
「叔父さん、冷蔵庫の中はもう見た?」
「ん? 見てない」
「友田さん、ハンバーグ作ってきてくれてるよ」
「マジか……、友田さんありがとうございます。明日の朝に食べます……」
望月家は私と叔父の二人暮らしである。叔父は仕事で3交代の勤務をしているらしく、それでも週に3回帰ってくるぐらいの状況であった。私もさすがに3交代勤務で週3回しか帰ってこないのを一度問い詰めた事があったが、どうやら職場の仮眠室で寝ているらしく、そのまま夜勤開けの通常勤務を行っているらしい。帰ってこれるのに敢えて帰ってこない。
友田さんとは望月家のいわゆる家政婦さんである。いつも洗濯と掃除、晩御飯を作ってくれる。家が留守になることが多く、夜ご飯の問題をクリアするために叔父さんが家事ヘルパーさんを会社で斡旋してもらったそうだ。タッパーに入っていたハンバーグを一つと付け合わせの野菜を軽く皿に盛り、小分けにしていたご飯を茶碗に移し電子レンジの中に2つとも入れ、あたためボタンを押す。
「ああ、そういや、もうすぐ4月だけど。高校の制服は貰ってきてんの?」
「もうあるよ。制服って言ってもブレザーの色が変わって2Pキャラクターみたいに見えるわ。それに灰色だから汚れが目立ちそうだわ」
「まこっちゃん? あなた。あの学校がお嬢様校ってわかってますか?」
叔父は話をしながらも、こちらは見ずにスマホを横にしてソーシャルゲームをやっているようだ。私はキッチンの横に併設されている、二人暮らしには少し大きい4人掛けの食卓テーブルセットに座り、顔を合わせない会話を続ける。
「まぁ、ダメになったらまた買えばいいか……。あっ、4月に入ったら、また家の前の公園で撮影だな」
「えぇ……。あれ、またやるの……。さすがに高校生であれやるの恥ずかしい……」
「ばっか。ちゃんと節目は撮影しかなきゃ駄目だって。親父にも見せてぇしな。なんなら、また親父に『死ぬ前の冥途の土産節』聞きたいか?」
家の前には少し小さいが公園があり、桜の木がある。私が生まれる前からある桜。父はそこが気に入って、この家を買ったそうだ。私が生まれて初めて家に帰ってきたときも桜の前で写真を撮り、幼稚園に入学したときは桜が舞い散る中で写真も撮った。小学校に上がった時もそうだった。中学に入った時に拒否を申し出ると、叔父は祖父に電話し、「会いに来ないなら、せめて制服姿を見せとくれ……」と言わせる暴挙にでた。
結果、不服ながら桜が葉桜になる前に写真を撮られた経緯がある。
「あと、まこっちゃん? あなた共有NASにめちゃくちゃ大量にファイル突っ込んだでしょ? 中身ちょっと見たけど、何あれ? まこっちゃん、なんかのライブ撮影でもしたの?」
「学校の友達が、ガールズバンドやってて、その撮影を任されたの」
驚愕の顔をする叔父。いや、その顔は私に対してとても失礼なのわかってますか? 電子レンジから温め終わったハンバーグとご飯を取り出しキッチンテーブルに置き、座席に座る。小さく「いただきます」と言ってから、ハンバーグを食していく。友田さんのご飯はいつも手作り感があって美味しい。自分でも作ることはできるけど、人の料理は自分で作るよりもおいしく感じる。
「いやいや、あなた一応問題児扱い受けてるの知ってる? 友達って……そんな仲のいい子居たの? あと撮影任されたって……、人とか撮るのめんどくさいとか言って、今までまったく撮ったことなかったじゃんか? どんな心境の変化なのよ……」
もう何もかもしゃべるのはめんどくくさい。っていうか、この叔父は私の事をどんなふうに思っているのか……。……、待って、もしかして叔父さんならライブ撮影の経験があるかも知れない。確かに社会人になってからの趣味と言っていたから、そんなに経験はないかも知れないが、私よりはるかに経験者だもしかしたらあるかも知れない。
「叔父さん、私のことなんてどうでもいいだけどね。ちなみにライブ撮影って1回でもやったことある?」
「一応あるな、言っても会社の人のライブだけど」
「設定覚えてる? メモある? どんなふうに撮った? 写真ある?」
食い気味に聞いた、もはやなりふりは構ってらいられない。今の問題点が解決がするならば手段は選ばない。普段なら設定なんて叔父を頼りにする何てあり得ないがそうも言ってられない。椅子から立ち上がりソファに座り込んでソシャゲをやってる叔父に詰め寄る。
「待て待てぃ……、ハンバーグのソースが顔についてるぞ。そもそも何年も前の話だし、メモなんか無いよ、勘のみで撮ったから。写真はあると思うけどだいぶ遡んなきゃいけないし、多分もうオンラインデータにしてるんじゃないかな、探すの一苦労だな……」
経験者がここにいるの、経験値が物を言う状態で撮影されていることを知り、その落胆は隠せない。
(だめだ……、状況的に完全に詰んでる。何年分のオンラインデータを遡ることになるんだ……)
「なに? 落ち込んじゃったの?」
「叔父さん。うるさいわ」
テーブルに戻って、顔についているというソースをティッシュで拭う。叔父は私の態度の急変に気が付いたらしく、スマホ横にしてソシャゲをしていたのを辞め、縦方向でスワイプとタップを繰り返しつつ、テーブルの席に座る。どうやらNASにアクセスして、私が撮影した内容を見ているようだ。
「んーでも、内容的にはいいと思うけどなぁ……。こういうの詳しくないけどさ。まこっちゃん、さすがに完璧主義すぎるでしょ」
「そういう問題じゃないの!」
ちょっと声を荒げてしまう。叔父さんは少し驚いたよう私を見る。ちょっとずれた眼鏡を少し直し、スマホをテーブルに置いて改めてこちらを見る。
「どしたの、まこっちゃん。ちょっと落ち着きなさいよ。何? 何かあったの。どしてそんなにライブの写真にこだわってるの?」
「……」
「ほれ、真面目に聞くから。ちょっと話してみなよ」
After Glowと出会いの話。美竹蘭という存在。After Glowの形の話。美竹蘭の寂しさ。After Glowの状況。うまく喋れたかわからないが、ここ最近に起こった変化を叔父に話して聞かせた。叔父は会話に入ることがなくいつもみたいに会話を茶化す事もなく、長くも拙い話に時折相槌を打って聞いてくれる。
「ふーん。そっかぁ……。なるほどねぇ……」
「……」
「んー、どうしたものかねぇ……。とりあえず真琴さー」
真剣な話をするとき、いつもの『まこっちゃん』という小さいころからの愛称を言わず、名前を呼ぶ叔父。その眼はいつも見せているような疲れた眼じゃなく、真剣な眼だ。
「なに……」
「そのアフターグロウだっけ? まぁ、彼女たちが欲しがってる『形』と『望むもの』を見誤っちゃだめだね。あと今、真琴が一番気にしていることは自分で考えなさいな。ライブ撮影方法についてはちょっと考える。それと次は超広角のレンズ持っていきな、しばらく練習した方がいい」
「でも、あれ被写体が歪むからあんまり好きじゃない……」
「絵面は確かに歪むかもだけど、全体を綺麗に収めるためには、多分広角じゃないと入んないよ。これみたいにさ……」
叔父が差し出すスマホの画面は『巴』が少し見切れそうになってる下から撮った写真。
「とりあえず、疲れちゃったから俺、風呂入って寝るねー。あとよろしくー。明日は休みなので起こさなくていいから~」
食卓に残された叔父のスマホと私。叔父のヒントが何を指しているのか今はよくわからない、が叔父の言う言葉を信じて今は撮るしかない。
少し冷めてしまったハンバーグをもう一度電子レンジに入れ温めなおした。
少し物足りませんね……。課題になりそうです。
本日もう一度更新を予定してます。次は本編ですので、もうしばらくお待ちください。
ここで少し御礼を。
先日、また新たに評価をいただくことができました。
大変うれしく思います。ありがとうございました。
今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
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夕焼けが欲した物
週が明け、月曜日。超広角のレンズをセットしてシャッターをひたすら切る私が居た。広角レンズの特性をしっかり理解したかったのもある。今までのような写真の撮り方ではまともな写真は撮れないのは十分に理解した。
そこで、経験者の叔父のアドバイスである広角レンズを家から持ち出し、休憩時間のわずかな時間でも見慣れた構図に向けシャッターを切る。アドバイスは何を意図して行われたものなのかは、いまいちわからない。が、アドバイスされるということは解決方法が何かこのレンズにはあるのだろうと思い、ひたすらにシャッターを切っては確認画面を確認する。
確かに全体的には見やすい……が、何かにピントを合わせるとやはり画面が緩く見える。単焦点のほうがよりピントが合わせやすくシャッタースピードも稼げるはずなのに、なぜ叔父はこれを持っていくことを進めたのか……。
「あ、『真琴ちゃん』、こんにちは。こんなところでどうしたの?」
人がまばらにしか通らない実習棟と教室棟の渡り廊下を撮っている最中に、濃い茶色いショートカットの女の子がファインダーに映り、向こう側から歩いて来て声をかけられる。彼女に『真琴ちゃん』と呼ばれたときなんか、ちょっと背中に痒いものが走った。
「羽っ……『つぐみ』さん、こんにちは。ちょっとカメラの試し撮りをしてたの。そっちは移動教室かしら?」
「あ、間違えかけたね。頑張ってね、『真琴ちゃん』。前の時間ね、調理実習だったの。あっ、そうだ。コレあげるね、あまり物でごめんなんだけど……」
羽……『つぐみ』さんが渡してくれたのは、かわいいロゴの入ったピンクの小さなビニール袋と黄色いリボンでラッピングされた四角いクッキーだった。調理実習で作ったにしてはやけに手が込んでる。大体こういうのってサランラップで包まれることが多いだろうから、おそらく『つぐみ』さんは自ら今日の調理実習用に持ち込んでいるものなのだろう。
「ありがとう、ラッピングすごくかわいいね」
「うん、お店のお土産用のラッピングなんだけど、ちょっとだけ持ち出してきちゃった」
てへっと、手をグーにして頭をあててかわいらしいポーズをする『つぐみ』さん。すごく女の子っぽくてかわいい。これを『ひまり』さんがやるとあざといと思ってしまうだろうなぁ……、と心の中で思う。
「そっか。After Glowのみんなにも渡すの?」
「うーん、ひまりちゃんと巴ちゃんとモカちゃんは同じクラスだからなぁ。あっ、蘭ちゃんにはもちろんあげるよ?」
「そういえばそうだったわね、でも『モカ』は喜びそうよ? あの子食べるの大好きだし……」
「そうだよね。モカちゃん、あんな大きいパフェ一人で食べちゃうくらいだもんね……」
両手であの時のパフェのイメージを表現するつぐみ。とても楽しそうな顔をしていた。この子はAfter Glowの事がほんとに好きなんだろうなぁ……。
◆◆◆
あの日、私は一つのお願いをAfter Glowから聞かされた。
『あのね、望月さん……。ううん、『真琴』、お願いって言うのは……』
上原さんがそう切り出した。
『私たちの事、名前で呼んでほしいな……って。ほら、同じ学校で同じ学年なのになんだか他人行儀でいやだなって思っちゃったからさ……』
『私は最初からあだ名で呼んでるけどねー』
青葉さんが茶化す。だいぶ元通りの青葉さんに戻った感じだ。少しに緩く気怠い顔は安心を与える顔だ。
『別に名前で呼ぶことをお願いされるようなことは、無いはずだけど……、確かに私はみんなを名字で呼んでるわね』
『だろ? なんか、一枚壁があるようでそういうのあんまり好きじゃないしさ。あたしはもう『真琴』のこと友達だと思ってるし』
宇田川さんはこう言ってくれるが、なかなか個人的には難しいところもある。中学に上がってからあまり長時間、人と一緒にいるような環境になかった私は苗字で呼ぶだけでもちょっと抵抗がある。しかし、『友達』という言葉、そういってくれるのは心のどこか安心するところがある。ただ、『友達』ではあるが、私は『After Glow』ではない、ちゃんとそこは私自身が意識しなければいけないところだ。好意の全部を受け取ってしまうと何かを間違えかねない。
『わかったわ。私もみんなの事を名前で呼ぶわ、ここずっと誰かを名前で呼ぶなんてしたことないから、間違ったらごめんなさい』
私の言葉を聞いて、上は……『ひまり』さんが、「よっしゃ! 真琴ゲットだぜ!」とガッツポーズをとる。
『ちなみにこのことは『美竹』さんは知ってるの? カメラの時みたいにトラブらない? 大丈夫?』
『まこちー。速攻で間違えるとか、ひーちゃんばりにおバカなの? この案は蘭も知ってるし、蘭もまこちーとちゃんとオトモダチになりたいって言ってたよ?』
青ば……『モカ』にめちゃくちゃにらまれる……。そして、あなたの後ろでハムスターみたいに頬を膨らませて半泣きの顔でにらまれてるわよ、『ひーちゃん』に……。
両手を上げ、参ったのポーズをする。決して悪気があって『蘭』の事を苗字で呼んだつもりはないが、『モカ』的にはNGだったらしい。
『わかったわ。そんな睨むのは辞めてよ。ちょっと照れちゃうけど、みんな改めてよろしくね』
◆◆◆
月曜から広角レンズでの撮影を使い続けて2日。だいぶ、その特性にも慣れてきた。
少々オートフォーカスでのピント合わせが遅く感じるときはあるが、その出来上がり画面にも見慣れた。今までのようなボケを考えず自身の場所から見える全体の映像にピントが合う感じは、一眼レフの中でも特別変わったように感じる。
そして、室内での撮影であってもパンフォーカスが効き遠近感を持たせながらも、全部を写しこむことができる、単焦点のようにボケない。メリットは大きいが、デメリットは写したくない物までしっかり映ってしまうことだ。そして写しこみすぎるとシャッタースピード落ちるので、その速さで被写体ブレをどこまで抑えれることができるのかの妥協点を探る必要がある。
広角でライブを撮るなら前か後ろかといわれると、後ろからだろう。広角のいいところは幅広く開けた空間が撮れるところだ。オーディエンスも含め演者も撮ることは容易になる。
もう一つのデメリットはその重量は、ズームレンズより重い……。今、私が持っているアルミ三脚では、下手に角度をつけたり、高さを間違えると一気に倒れそうだ。シャッタースピードは落ちる分、手持ちでは不安がぬぐえない分、かなり慎重に撮らなけばいけない。
(何とか形にはなってきてるけど……、正直どこまでいけるか)
本日は水曜日、予定ではAfter Glowは今日はスタジオ練習のはずだ。
昼に巴に今日の練習に参加する旨をメールし、OKと帰ってきているのを確認してある。放課後前のSHRが少し長引いてしまい、みんなより遅い出発になる。
CiRCLEへ向かう途中に、今日のスタジオ練習の中でどのように撮影していくかのスケジュールを頭の中で立てていく。学校帰りであるため、前回のように充実した機材は持ち歩けないが、通学カバンのリュックには何とか広角・ズーム・単焦点レンズの3本をねじ込んだ。
まぁ、前日に机にギリギリまで教科書と参考書を詰め込んだが……。たかがレンズされどレンズ、予想以上のカバンの重さだ。辞書3つ分くらいあるんじゃないのかな? これ……。
いろいろ考えつつ、ぼーっとCiRCLEの向かう途中の信号の横断歩道を眺めていた。
(あの横断歩道を渡ってすぐ曲がったところだっけ?)
まだ1回しか行ってない地理の場所なので前回、巴からもらった地図をスマホに出しながら、道順を確認する。ちょうど信号が赤から青に変わった瞬間だった、曲がり角の向こう側からカバンとギターを持っていながらも、かなりのスピードで走ってくる蘭の姿が目に入った。片手にはスマホが握られており、顔に添えられてる事から通話をしているものと思われた。
そして、歩き出した横断歩道の真ん中ですれ違う。あまりにも突然の事だった。蘭であることを認識するのには一瞬、時間を必要としたが確かにすれ違った。
そして蘭は私にも気づいているのかいないのかわからないが、通話をしながら何か必死に走っていた。声は聞こえないが口が動いてる事から何かを喋っている。その顔は『不安にまみれて今にも泣きそうな』顔が印象的だった。もしかしたら何か『大変な事』でも起きたのだろうか? そんなことを思いながらも私も信号を渡り切ってしまい、追いかけるにも信号はすでに赤を示しており、何より土地勘のない場所……。探し出すことはできないだろう。
どこに行ったか分からない彼女を追いかけるには、私の行動はあまりにも遅すぎた。
(なに? なんか、嫌な予感がする……)
信号を渡り切った場所で振り返り立ち止まったまま、胸の中でそんな予感がして、両腕で体を抱いた。きっと何かの勘違いであると、自分に言い聞かせてるように心の中で、『大丈夫、きっと大丈夫』と何度も言う。
先程の蘭の姿を思い出す。その姿はまるで『あの時』の自分と同じじゃないか……。記憶の淵にぶら下がっていた何かを思い出して、それを振り払おうと左右に顔を振った。
◆◆◆
悪い予感ほど当たる。誰が言った言葉なんだろう。その言葉の通り、まさに今その状況だ。
CiRCLEの外のカフェでアイスコーヒーを注文し、中に入った。
月島さんが前回同様の笑顔で出迎えてくれ、After Glowが予約しているスタジオへ案内された。
スタジオの黒く重いドアを開けた。
(大丈夫、何にも悪いことなんてない。蘭はただ単に忘れものを取りに戻っただけだ……、中にはきっとあの原曲を塗りつぶすくらいの色をした彼女たちの曲が広がっているはず……)
そこには……まだ音楽が響いておらず……、配線が終わり準備が完了した楽器が置物のように置いたまま、楽器を持つべきはずの演者たちは各々椅子や小さな舞台に座っていた。
『ガチャ』という扉の大きな音がしたためだろうか、中にいた彼女らがこちらを一斉に見る。が、私だということがわかると顔を下に向け反らすような仕草だった。
その中の一人、吸音材の張られた壁際の床に座り込んでいた、白い髪をした女の子は少し寂しそうな顔をして立ち上がって私の近くに来る。
「モカ? どうしたの? この状況はなに……」
「まこちー。蘭がまだきてないの……、連絡もなくて……。」
私の前で彼女はそういって顔を下に向けてしまった。腕時計を確認すると、練習予定時間はすでに20分が過ぎていた。
本日はありがとうございました。
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夕焼けの探し物
モカは下を向いてしまい、表情が読み取ることができない。
「待って、モカ。ほら……、ちょっと顔を上げて?」
モカの両肩に手を置き、軽く揺する。彼女はなんとか顔を上げたが、その辛くて痛そうな顔は見ているこちらもどこかに痛みを覚えるような感覚があった。
(冷静さがなくなったら、周りが見えなくなる。大丈夫……、彼女たちはきっと敏感になりすぎなのだ)
モカもすでに飲まれてしまってる。一番周りを見て、一番自分を持っているはずであろう人間がこの状況。正直、周りは役不足であることは明確だ。傍から見れば20分の遅刻程度でこんなに飲まれる事はあるだろうか? 私には彼女たちが何にそんな意気消沈するまでになるのかがわからない。
「蘭が来ていない事はわかった、遅刻かも知れないじゃない。まだたったの20分よ? 今までもこんなことぐらいあったんじゃないの?」
「蘭は……、蘭は早く来ることがあっても、遅く来ることは滅多になかった……。遅れるにしても、ちゃんと私たちに事前に連絡を入れてくれる……」
「そう……、電話はしてみたの?SNSで連絡は入れたの?」
さっき見た蘭の姿。誰かに電話をしながら走る姿を脳裏に思い出す。そう、さっき彼女は誰かに電話をしていたはず。
「その……、電話を何度かかけてみたんだけど……蘭ちゃんずっと通話中で……」
つぐみさんがキーボードの後ろにおかれた椅子に座りながら、向いてそう話す、声はもうすでに絶え絶えで今にも消えてしまいそうだ。とにかく、今の状況は分かった。彼女たちは無断で蘭が休むはずがないのに、連絡もつかない状況。
彼女たちは心配で仕方ないのだろう。何か事故に巻き込まれていたり、そういうのを気にしているんだろう……。私は先ほどの光景を彼女たちに伝える事にした。
「さっき、CiRCLEの近くで蘭とすれ違ったわ。あっちは気が付かなかったけど、どこかに電話をしていたようだったけど……」
ただし、余計な不安をあおるようなことはできない。下手に刺激すると今にも割れてしまいそうな『After Glow』という風船はすでに不安という空気を大量に含みすぎている。
蘭はちゃんとCiRCLEの前までは来ていたはず。彼女たちが先にスタジオに入って待っているが、顔を出さずに帰ってしまった。違う、帰らざる得なくなってしまったのかも知れない。
「あなた達。とりあえず練習をしなさい。ここで蘭を待つにしても、スタジオ借りてるんだからせめて最低限の事はしなきゃ、ね? ほら、ひまりさんもそんなとこに座ってないで立って楽器を持つ。巴さんもスティツク握るの。私が何回か蘭に連絡を取ってみるから、練習始めちゃいなさい」
今できる事、蘭が居ない状態でも練習をする事。本番前の最後のスタジオ練習。これを逃してしまうと、次に音を奏でるのは前日のリハーサルだけになる。音の事はわからない、が、私の中に今日の撮影スケジュールがあるように、彼女たちには彼女たちのなりのスケジュールがあるはずだ。
「ほら、After Glowしっかりして」
◆◆◆
『……おかけになった電話は電波の届かない所にあるか……』
何度目かの機械音声ガイダンスを聞き、通話画面を消す。あれから、何度か蘭の携帯に電話をかけるが通話中の音声が流れ、その後彼女の電話の電源が落ちたのか、それとも圏外に移動してしまったのか? 最終的に電話は通じなくなってしまった。
そして、スタジオ内の音楽が前回と一変している事に気が付いた。どう聴いても音が足りていない。いや、足りていないだけじゃない、それなら蘭が居ないという事がはっきりわかるという事だ。
全体的にどこか締まってないし、時々、私でもわかる音が止まったり飛ぶ。
私が広角レンズをつけたカメラを構えるものの、シャッターを下ろす音がかすかに響くと些細なことでも意識してしまっているのか動きが止まりかける。前回は無かった『傾向』だ。彼女たちはもっと堂々と弾いていたはずなのだ。そんな小さな動きじゃなかったはずだ。
(変化に弱いのか……、はたまた、この場に居ない蘭の音が無いことが原因なのか?)
彼女たちはあくまでも冷静にしているつもりなのだろう、弾き終えると譜面を確認し、周りと譜面の確認を繰り返す。その合間に私は私で撮った画面を見直す。広く感じる画面はレンズのおかげなのか、はたまたここにいるべき人間が足りていないせいなのか? 探している景色は見えなかった。
(これじゃあ、広角のヒントにならない……)
画面上で探すが見つかるわけがなかった。だって、そこに居ないのだから……。
代わりに何枚かカメラ上で写真を見ていくと共通するものが見えてくる、それが何なのか……。ファインダーを越しに観察しなくてもすぐにわかる。彼女たちの顔にはどう見ても憤りと焦りの顔が見える。
私が聴いて分かるのだ、そりゃそうだろうか……。自分たちの演奏しているものが、まったく違うものになって、また修正をしようとしてさらに違う音を奏でる。一度ミスが始まるとミスを修正しようと、カバーしようとして駄目になっていく。一眼レフの背面液晶には、彼女たちの苦悩する顔が映ってる。でも、彼女たちに何もしてやる事が出来ない。とても無力で歯がゆい感覚を覚える……。
(これは……重症だわ。前回の音とは全く違うものになってる気がする)
時計を見て時間を確認するとすでに練習時間は一時間を経過している……。彼女たちのもがく姿は見ているだけの私には辛くファインダーで見る事すら顔を背けたくなる、目を反らしたくなる。
だが、それも記録しなければいけない。『観測者』としてここに立っているのだ。夕焼けの色が綺麗であっても残念なものであっても見続ける必要がある。だから、シャッターを下ろし続ける。残酷だが、これも彼女たちの姿である。私はそれに立ち会う義務がある。辛く悲しい現実があったとしても。
この日、スタジオのドアは私たちが外に出るまで、結局開かれる事はなかった……。
「……」
「……、片付けしなきゃな」
「あっ……、あたしスタジオ代払ってくるね……。みんな今日の分を貰える、今日の分を貰えるかな? ら……んの分は私が建て替えとくね」
「……」
空回るような練習が終わり、みな意気消沈の状態。各々少なくともこの間の練習終わりのようにファミレスに行こうとするような明るさはそこにはなかった。ひまりさんがみんなからスタジオ代を徴収する。そこには今日無断の欠席を行った人間の頭分も含まれる。それに触れると片付けや、財布を取り出そうとする彼女たちの手が止まる。とても息苦しい、こんなにも息苦しい事があるのだと初めて知った。
「私は外で待ってるからね」
この場からとりあえず出たかった。重々しい空気は好きではない。感情の空気はこんなに重たくなれるものなのかと感心するほどだった。
「あれ、望月さん。あれ? もうそんな時間だっけ?」
彼女たちを残し、スタジオをでるとフロアの清掃をしていたのか、モップ片手に月島さんが声をかけてきた。
「ええ、今日はこれで終わりですね」
今、あまり人と話したくないな……と心のどこかで思い、自分があの空気に飲まれてしまっていたことを理解する。私まで重くなっては、After Glowに練習をさせた意味がない。今更になって気が付く。
「そっかー。あれ? そういえば今日After Glow全員いたっけ? なんかスタジオに入った予約人数と違ってた気がしたんだけど?」
「あー、多分蘭ですね」
「ん? もしかして、なんかあったの?」
月島さんはこちらを向かずフロアをモップで拭いていく、掃除の邪魔にならないように椅子をすでに清掃済みのところに持っていき座る。
「そうですね……。誰のところにも連絡来てないので、ドタキャンってやつですね」
「ドタキャンか~。それは仕方ないねぇ……。なら、人数分サービスしときますかー」
掃除は終わりなのかフロアの端までモップで軽く拭き終わると、カウンターの方に行き設置されているPCの前に座り打ち込んでる。
「でー、なんでそんなに暗かったの? なんか不都合でもあったの?」
「まぁ……それなりに?……彼女たちって仲いいじゃないですか、ドタキャンされたのが結構来たんじゃないですか?」
「ふーん。確かに彼女たち初めてここに来たときも仲良かったからねー。仲いい子で組んだバンドでドタキャンって結構致命的かもね。ほんとに連絡無いの?」
月島さんに尋ねられ、念のため自分のスマホを見るが着信があった気配はない。首を左右に振る。月島さんはキーボードで何かを打ちながら「望月さんといえば……、そういや~」と話を続けてくる。暗い空気が私にも見えたからだろうか……
「ジャケット撮影の件。あれ、うちのオーナーもOKだってさー、私ってば、結構商売人かも~」
「えぇ……。今、その話します?」
「だって、望月さん連絡取れないんだもん。仕方ないじゃない? こんな機会じゃないとこの件もしゃべないし? 後で連絡先貰えると嬉しいな」
しゃべりながらもキーボードのタイピング速度が落ちない。何を打っているのかは知らないが、今はジャケットの事より、After Glowの事の方が気がかりだ。
「よし、できた」
「何を打ってたんですか?」
「んーと……ちょっと待ってねー。すぐ出るから。応募条件? っていうか、一度持ってきてほしいものリスト?」
プリンターが給紙する音が聞こえ、ヘッドが動く音がする。やがてプリントアウトされた紙を、月島さんは一度目を通し、「はい」と私の方に見せる。
「望月さんに今度持ってきてほしいものリスト~、よろしくね」
「いやいや、そもそもやるって言ってないですし、まだ私中学生ですし、検討もできないんですけど……、それに保護者にも話さなきゃならないし」
「まぁまぁ、そんなこと言わずにさ。お抱えカメラマンなんて早々やれるもんじゃないでしょ? チャンスだと思うけどね~」
完全に話が脱線してしまっていた、月島さんのペースに乗っかって少しでも気分を変えたい事もあったのかも知れない。だから、一瞬After Glowの問題が見えなくなっていたのもあった。
「……ねぇ、真琴? お抱えカメラマンって……」
だから、そこに上原ひまりが来るとは思ってなかった。
「ひまりさん? どうしたの?」
「スタジオ代を払いに来たの……。真琴、さっきのお抱えカメラマンって、その……本当のプロになるの?」
プロという定義はどこからがプロになるのだろうか? 写真をとってお金がもらえればプロになるのだろうか? いや、それでは雇われカメラマンというのが近いかも知れない。
「いやいや、プロとかそんな大きい話じゃないからね?」
「んーでも、お金は貰えるからプロじゃないの? ひまりちゃん、望月さんにはね、CiRCLEでガールズバンドの写真を撮ってもらおうと思ってるの、CD化とかで使えるような素材づくり用だけどね」
月島さんが、私と同じ思考だがまた違った結論の話をする。そしてまだ決まっていない話を進め外堀を埋めてくる。それは、確かにひまりさんに説明するにはわかりやすい。が、今それを伝えるタイミングでもないと思った。今揺れているAfter Glowに余計な事を吹き込むとそれこそ、土台が揺るぎかねない。
この件は、私一人の問題ではあるが彼女たちは被写体だ。素人の望月真琴が撮るのと、プロ志望の望月真琴が撮るのでは、被写体への変な影響を及ぼしかねない。そう判断し、この状況を早く脱するべきと判断した。
「ほら、ひまりさん。スタジオ代を払いに来たんでしょ? さっさと払っちゃいましょ」
しばし、月島さんの発言を聞きぼーっとしてしまっている彼女の背を押す。固まっていた彼女は再起動を行い、部屋番号の入ったボードを月島さんに渡す。
「う、うん……。まりなさん。これ精算お願いします」
「はいはい~、今日予約より一人分多かったから、減らしておいたからね~」
「え? いいんですか?」
「うーん、今日だけだぞ~。はい、これおつりと次回使える割引チケット~。また来てね。あと、中学生にはこの時間も遅いから気を付けて帰ってね? なんなら、後は私が片付けるからさ」
「あ、大丈夫です。もう片付け終わると思いますんで、ありがとうございます。気を付けて帰ります」
不協和音で終わったいまいちすっきりしない練習が終わり、この日はCiRCLEで解散することになった。
◆◆◆
重い鞄を背負いながらCiRCLEからの帰り道。あと10分くらい歩けば、家に帰れる距離でコンビニの前に差し掛かる。コンビニはLED電球を煌々と光らせ、住宅街では少し浮いているように思われる。
(なんか、甘いもの買って帰ろうかな……)
昨日見た冷蔵庫の中には甘いものがなかった。手軽にコンビニスイーツを何個か買って帰ることに決め、コンビニの方へ足を向ける。
今日の探し物はそこに居た。
「蘭……」
「まこ……と?」
コンビニの外に設置されたベンチに、眼の周りを腫らして座りこんでいる美竹蘭を見つけた。
先般、また新たに評価をいただく事ができました。
厚く御礼申し上げます。
拙い文章ながら、読んでいただける事を
深く感謝し今後とも精進させていただきます。
今後とも 叱咤激励をいただければ幸いです。
本日もありがとうございました。
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夕焼けと夜
時刻は間もなく21時を過ぎるころ、蘭はどう考えても目立つ学校の制服でコンビニのベンチに座っていた。コンビニ店員が先ほどから窓際に置かれた本棚の整理をしながら、蘭の事をちらちら視界に入れて、様子を伺っているのが店外から見て分かった。
彼女がどれくらいここに居たのかはわからないが、これ以上、この場所にいると警察を呼ばれ声を掛けられる事案になりかねない。
「蘭? ちょっとここで待ってて」
「……」
蘭が無言でうなずく。やけに素直だ……。
コンビニ店内に入り、自動ドアの横に設置された買い物カゴを取り、ペットボトル飲料を適当に何本かを放り込む。いつもならしっかり吟味するはずのコンビニスイーツも手についたものを適当に手早くかごの中に何個か入れる。そして、カップラーメンを2つとサラダを2つかごに入れ、レジの前に立ち少し大きめの声を出す。
「すいませんー。お会計お願いできますかー」
今、レジには誰も居ない。おそらく夕食時間を過ぎてしまった住宅街の中にあるコンビニなんてほとんど需要が無いのだろう。本棚を整理しつつ蘭の姿を確認していた店員が私の声に慌てて、レジに入る。
雑な買い物を済ませ、自動ドアを出て蘭のもとに戻る。
蘭の顔をしっかり見るとちょっとひどい事になっている事が良く分かった。たくさん涙を流してしまったのか、折角の綺麗な切れ目の周りが腫れ上がってしまってる。
「じゃあ、行こっか」
「行くって……。ど、どこに……?」
「と・に・か・く、ここを離れるの。蘭だって補導されたくないでしょ?」
ただでさえも店員に眼をつけられている状況。地元では有名な学校の制服……。すぐにでもここを離れる必要はあるだろうと思い、蘭の腕を握り引っ張ってベンチから立たせ、そのままコンビニから離れていく。
「ちょ……」
「……」
蘭が私の強引さに不満を訴える声を上げるが、無視をして引っ張る。私から蘭に言いたい事はいろいろある、でもここでそれを言って全てが解決する訳じゃない……。しかし、巴やつぐみさん・ひまりさん、モカは違う。彼女たちは『After Glow』だ、蘭に言う権利はある。それに比べれば『観測者』の言う権利なんて無いに等しい、お説教は彼女達に任せるよう。
そう心に決め、蘭の手を引っ張りながらも帰宅の途へ。蘭も蘭でそんな私の空気感を気が付いたのかはわからないが、足を止める事なく引っ張られている。
10分ほど住宅街の中を歩き、それなりに新しいの一戸建ての前に着く。周りの家と比べても特に何か特徴のある家ではない。唯一有るとすれば目の前が小さいながらもそれなりの公園があって、そこには大きな桜が植わっており、間もなく到来する春の暖かな日差しを待ちわびている事だろう。
家の車庫には叔父の自慢の愛車である1BOXカーは停まって無かった。ややこしくなる要因が減ったはいいが、同時に知恵を持つ人の伝手が無くなってしまった……。いや、叔父が居たところで駄目だ、あの人は刹那的にこの状況をややこしくするのが目に浮かぶ。
「ここって……」
「私の家よ。ほら、入って。今日は幸い誰もいないから、遠慮しないで?」
「……」
ちょっと躊躇う感じの蘭。強引過ぎたのだろうか? ちょっと怯えているようにも見えた。
「安心して、別に取って食おう何て思ってないわ。それとも、警察の厄介になった方がよかったかしら?」
蘭は違うという意を首を左右にゆるゆると振る事で示してくる。
「だったら。ほら、入ってってば」
「うん……」
蘭の背中を押し、家の門をくぐらせる。戸惑うのはわかるけど、ここは強引にこちらのペースに積極的に巻き込んで行くしかない。家の鍵を開け、玄関の扉を開く。
「どうぞ?」
「お、お邪魔します……」
「はい、いらっしゃい」
精一杯微笑んだつもりだが、ちゃんと微笑めているだろうか? こんな風に友達が家に来る事になるなんて思わなかった。
靴を脱ぎ、重い荷物は玄関に置く。蘭もそれに習って持っていたギターとカバンを隅に置いた。リビングへの扉を開け、電気をつける。壁際のサイドボードの上に乗っている3つのフォトフレームにいつも通り「ただいま」と声をかける。私にしては普段通り行動だが、蘭には不思議に見えたらしい、首を傾げながら私に訪ねてきた。
「今、ただいまって? なんで壁に向かって……?」
「んー? ほら、ここに2人いるでしょ? こっちの癖っ毛なのが私のお父さん、そっちが私のお母さん、真ん中のは結婚式の時の写真だってさ」
飾られた小さめの3つのフォトフレームを手に取り簡単に説明する。
「それって……どういう……」
「うん。2人はもうこの世には居ないわ。今日は居ないけど、お父さんの弟つまり叔父さんと私でここに2人で暮らしてるのよ」
「……なんか、そのごめん」
「んーん。わかんない事を聞くのは当たり前の事だし、私は気にしないよ? だって事実だからさ」
「うん……」
「あっははは~。まぁ、気にするのもわかるけど、もう2年前の事だしね。ほんと気にするのは無しで。さ、座って。今お茶出すからね」
蘭にソファーへ座るように促し、私はキッチンの方へ。うちの間取りなカウンターキッチンになっているので、リビングから見えない位置へ行きスマホを取り出し、モカ宛のSNSで手早く連絡を入れる。
『蘭をコンビニで発見、保護してます。ちょっと話したい事あるので、これ見たら至急TELください』
そのままの流れでコンビニで買ったお茶とお菓子、サラダを冷蔵庫に入れながら、友田さんの今日のおかずを確認する。今日はタッパーの中身は豚の生姜焼きみたいだった。
(友田さん……、明日の朝に食べますのでごめんなさい……)
コンビニで買ったお茶を出すのもいいけど、せっかくなのでちゃんとお茶を淹れようと思い、冷蔵庫を閉める。収納棚の中から茉莉仙桃を取り出す。昔はこの丸っこいした形をしたものが茶葉って信じられなかったなぁ。香りはジャスミンティーだが、いわゆる工芸茶なので少しお値段が高い。たまにしか飲まないものだが、まぁ今日はいいだろう……、と思いスプーンに1粒取り出す。
ちょっと背の高い透明なポットと真っ白い湯呑を食器棚から取り出しつつ、そういえば蘭はジャスミンティー大丈夫だろうか……、と心配になった。フレーバーティーは好き嫌いを結構選ぶので、お湯を入れる前に気が付いてよかった。ダメだったら普通の紅茶にしよう。
「ねぇ、蘭?」
「な、なに……」
「なんでそんなに緊張してるの? まぁ、いいや……。ジャスミンティーは大丈夫?」
「え、うん。大丈夫。飲める」
「そっ、じゃあジャスミンティー淹れるからもうちょっとだけ待っててね」
さて、一連の作業をする前に蒸らしタオルでも作ってあげよう……。今、見た感じ眼の周り腫れちゃって辛そうだしね……。 軽めに絞った濡らしたタオル作りを綺麗な皿の上に乗せ、30秒ほどでセットした電子レンジに入れる。タオルが温まる間に、ポッドに少しだけ熱湯を注ぎ、ポットを揺すりポットを暖める。暖めた熱湯は熱をポットに奪われ少し温度が下がる、それを湯呑のほうへ注ぎ程よい温度まで湯呑を温め、お湯をキッチンに流す。
そうこうやってる間に電子レンジからは暖め終え、しばらく放置していたタオルを皿ごと取り出し、暖めたポットには新たに熱湯を注ぐ。
お盆にお湯が入ったポットとほどほどに温まった湯呑、蒸らしタオルの乗った皿乗せ、リビングのほうへ移動する。
「お待たせ~、もうちょっと待ってね~」
そう言いながら、お盆をテーブルの上に置く。
「真琴?その透明のポットは何なの? お茶じゃないの?」
「これ? まぁまぁ。それより一度これで目の周り拭きなって。すごく痛そうよ?」
「……ありがとう」
蘭がまだまだ痛そうな眼の周りに軽く蒸らしタオルを当ててる間に茉莉仙桃を1粒熱湯の入ったポットに入れる。ふよふよ漂う茉莉仙桃はゆっくりと水気を給水していく。
「ほら、蘭。見ててよ~」
眼にタオルを当ててる蘭に声をかける。蘭はタオルを外し、私がじーっと見ている透明なポットの中の一つの一粒の粒を一緒に見る。しばらくすると茉莉仙桃は程よく給水し終えたのか、ゆっくりと花が咲くように茶葉を広げていく。
「これなに……? すごい……」
蘭は小さい子が手品を見せられるような純粋な眼で見ている。
「まだまだ、ここからなんだからね~」
茉莉仙桃はゆっくりとその茶葉を伸ばしながらもお湯に薄い色を付けていく。じわじわと抽出されるお茶。それと同時進行で、羽を伸ばしだした茶葉に隠れていた、天頂の赤い花を広げだす。
「綺麗でしょ? 花が咲いてるのを見てるみたいでさ」
「うん……、すごい綺麗……」
茉莉仙桃は何より見た目がいい、丸まった1つのお茶の球にお湯を注ぐとじわっと花が咲くように茶葉が開くのが見ていてとてもかわいいらしい。私のたまの楽しみの一つだ。
浮いて漂っていた茉莉仙桃の花はお湯を吸い切った見たいで茉莉仙桃の花はポッドの底に落ちる。
「はい、飲み頃になりました~、今淹れるからね~」
部屋にほのかなジャスミンの香りが漂い、私がリラックスできる空間が出来上がったが、彼女はどうだろうか? 少しでもリラックスをしてくれるいいんだけど、彼女の心の中までは見る事が出来ないのでそれはわからずじまいだった。
◆◆◆
先ほどまでは茉莉仙桃のおかげで少しは話題があったが、咲ききった茉莉仙桃では話題にはならない。蘭は目元の腫れをどうにかしたいのか、乗せては外しを繰り返しながら、たまにジャスミン香りがするのお茶を口に運んではいる。
(まぁ、無理に聞いても仕方は無いんだけど……ね)
なぜ、あんなところに居たのか? なぜ、今日の練習に来なかったのか? なぜ、泣いたのか? 聞きたい事はほかにもいろいろあるけど、『観測者』としての立場を思い出して怒りはしないけど、それなりには聞いたほうがよいかを悩んだ。
「ねっ? 蘭?」
「……何?」
目元を蒸らしタオルで隠す彼女。すでにその蒸らしタオルは暖かくないだろうに……。その拒否とも思える行動から、先ほど思い浮かべた事は聞かない事に判断をした。
「その……、今日はどうするの? もう結構な時間だけど?」
何気に時間を気にしたがすでに時刻は23時を回ろうとしている。
「……家に帰るつもりは……なかった……」
呆れた回答だった。この子いったいどこでこの2月下旬の寒い夜を過ごそうと思ってたのだろうか……。
「どこか他に行く当てでもあったの?」
そもそも行く当てなんてあったら……、多分コンビニには行かないわよね、と思いながらも一応聞いてみた。
「……ない」
(家を飛び出すにしても無計画にもほどがあるだろう……)
心の中で、蘭の行動に盛大に突っ込みを入れ、唖然とした顔をしてるとポケットに入れていたスマホが鳴り響いた。
(きた、モカからの連絡だ……)
「……誰から?」
蘭がタオルを外して、何かを疑う様にこちらを見る。
「んー? 叔父さん。いつもだいたいこの時間にちゃんと家に帰ってきてるかの確認の電話をしてくるの。ほんと過保護なんだよねー。ちょっと電話してくるからお茶でも飲んで待ってて」
敢えて嘘をつく。こちらの家庭環境はまだ蘭には知られていない。そもそも叔父はそのような電話をわざわざしてこない。ソファから立ち上がって廊下にでて、スマホの通話をオンにする。
「もしもし、ちょっと待ってね?」
『……』
電話の向こう側では何やらちょっと騒がしい声が聞こえてきたが、今ここで話をするわけには行かない。玄関に置かれた通学リュックから念の為のメモとペンを取り出し、玄関のドアを開け、少し肌寒いが外に出た。
◆◆◆
「もしもし、大丈夫? なんだか、そっち側がやけに騒がしいんだけど……」
『今、ひーちゃんとつぐとともちんで一緒に私の家にいるんだけどね……。まこちーから連絡貰う前にその……、蘭のパパさんから連絡があってね、居場所を知らないかって聞かれちゃって……』
なるほどAfter Glowの面々で集まってるところにメンバーの父親から連絡が入れば混乱もするわな……。だが、蘭のお父さんナイスタイミングですよ。
『まこちーの連絡が遅かったらもう少しで探しに行くところだったよ……』
「中学生が探しに行っても、補導されるのがオチよ。そういうのは大人に任せた方がいいわ、でもそういうのもわからないでもないかな……、蘭は無事よ。今うちにいるわ。ところで、蘭のお父さんとモカは連絡先を交換してるの?」
『連絡先の交換はしてないけど、一応お家の電話はわかるよ。蘭のパパもお家からかけてきたみたいだったし……』
蘭の家は娘が居なくなったと大騒ぎになっている事だろう……。蘭のあの感じから言って、家出経験者とは思えない。あまりに場当たりすぎる。
「モカ。お願い事があるの。私に蘭の家の電話番号をメールで送ってくれない?」
『別にいいけど……どうするの?』
「蘭は今日は帰りたくないって言ってるの……。さすがにこんな時間だし、もう泊めた方がいいかなと思って、一応連絡してみようかなと思ってさ」
どこに家があるかは知らないが、もうすぐ日が変わってしまう。明日も平日で学校だ。今からまっすぐ帰って……、なんて今の蘭はしないだろうなと思う。
『……ねぇ、まこちー? 蘭、大丈夫だった?』
「およそ大丈夫じゃなさそう。いろんなことで首が見えない何かで締まってる感じじゃないかなぁ……」
『そっか……。まこちー、蘭の事お願い。念の為に私から蘭のパパに友達のところに泊まるっていう連絡は先に入れておくよ』
「そうね、いきなり電話しても不審者からの電話にもなるだろうし。そうしてくれると有り難いな。うちの保護者からも連絡を入れるようにするからそのことも併せて伝えてほしい」
『わかった』
多少でも顔見知りの人間から連絡を入れてもらえるのは頼もしい事だ。うちも保護者連絡を入れておけば何とかなるはずだろう。うちの場合変な気を回さないように釘は指すべきと思うが……。
「じゃあ、モカお願いね? すぐにお願いね?」
『うん、まこちー。蘭をお願いね……』
モカはそういって電話を切った。あの子は気付いづいてないかも知れないが、とても辛そうな声だった。きっと彼女達も心配で仕方ないのだろう……。私はそのまま次に連絡すべき叔父に連絡をする。幸い夜勤の休憩中だったらしく電話はすぐに通じた。
とりあえず伝えるべき内容を伝える。前に話した美竹蘭をコンビニで拾った。あまりに酷く憔悴しているようだったので家で保護したこと。しいては、美竹家へのご挨拶の電話をお願いした。
『まこっちゃんね……。これ犬猫を拾ったってレベルじゃないからね? わかってる?僕、心労で死んじゃうよぉ?』
「心労で死ぬというなら、今のお仕事もよほど大変なんですね、滅多に家に帰ってこないですものね? こうなったら会社を訴えましょう」
『おまっ! やめろ! 俺が社会的に死ぬ』
「叔父様、死人に口なしですわ」
前にこの件はひたすら話し合ったことがある。が、結果はずっと平行線だった。家にまったく帰ってこないという訳ではないが、帰ってくる頻度があまりに少なすぎる。叔父に恋人が居るのではないか?と疑ってかかった事がある。で、あれば私は邪魔者だと……。私は叔父には叔父の人生があるのでそれを邪魔したくない、とずっと主張してきた。私の生活は確かに成り立たなくなる。一人暮らしをすれば金銭的にも苦労するのが目に見えている。その辺も踏まえてもう一度家族で話し合いをしたいと主張したが、叔父は『その心配は不要だ。今は思うままに楽しめ』の一辺倒での回答しか得れない。正直、なにもできない自分を腹立たしく思うことの方が多かった……。
『わかった、わかりました。その美竹さん?のおやじさんにうちの不良姪っ子が娘さん拾ったから、今夜泊めるっていえばいいんだろ?』
「きちんと節度をもってお願いしますね? いつもの二枚舌をうまく使って」
『へいへい。わかりましたぁ……。あぁ……、辛いなぁもうぉ……』
叔父はすでにやる気がないようだが、きちんと常識の範疇でやってくれるだろう事を信じて電話を切った。
作中に出てきました茉莉仙桃とはお茶の一種です。工芸茶という奴です。
読み方は
茉莉仙桃
モーリーセントウ
と読みます。本来は沸騰したお湯に注ぎ、3分程度蒸らし、お茶の花を咲かせます。
茉莉(モーリー)とはジャスミンの事を指します。香りがよく、普通にジャスミンティーを入れるより、工芸茶になるとわくわくします。また、2・3回お湯を注ぎ足すことで長く楽しめます。
飲み終わった後は、茶葉を布袋に入れてお風呂に入れるとジャスミンのやさしい香りを楽しんで入浴できます。
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夕焼けと衝撃
何度かの呼び出し音の後、『がちゃっ』という音の後に続いて聞こえたのは、叔父のような軽薄な声ではなく、渋く通る声の男性だった。
『はい、美竹でございます』
「もしもし、夜分遅くに失礼いたします。こちら美竹蘭さんのご自宅の電話でよろしいですか?」
モカに聞いているとは言え、さすがにこの時間に電話を自宅にかけられたらたまらないだろう……。
ある程度簡潔に用事を済ましてしまいたい。私は子供なのだから、最後は保護者同志でうまいことやっていただきたいところだ。電話応対方法を頭の中で考えながらも、まずは口火を切っていった。
『そうです』
相手はかなり端的だなぁ。まぁ、所詮電話でやり取りできる事など少ない、ましてや未成年相手だ。
「申し遅れました。私、美竹蘭さんと同級生の望月真琴と申します」
『詳細については青葉さんからある程度聞いております、この度は娘をありがとうございました』
「いえ、私はできる事をしたまでです、ただ……」
少し含みを持たせる。何があったかなど聞いては居ないが、家に帰りたくない理由はいったい何なのか? そこにたどり着くヒントを持っているのではないか? とふと思った。だからちょっとだけ突いてみた。
『ただ?』
「いえ、私が彼女を見た時、やけに憔悴してしまっていたようなので……そこが気になりました」
『そうですか』
「時間はある程度経ったのですが、あまり回復をしていないようですので無理をさせるのもあまりよろしくないかと思いますので、今夜はうちに泊めてちょっと様子を見てあげたいのですが……」
『アレはなんと言ってますか?』
アレ? どれの事だ? この人は蘭の事をアレと呼んだのか? 自分の娘をアレ?
「申し訳ありません。アレというのが指している意味が分かりかねます。もし蘭の事を指しているのであれば差し出がましいようですが、私にそのような暴言は辞めていただきたいです」
これは藪蛇だったと、自分でも思った。自分でも驚くほど早口になった事と低い声を出したことはわかった。緊張とかそういう物が一気に冷めていくのがよく分かった。
『失礼、あー蘭はなんと言ってますか?』
「ただ単に家に帰りたくないと言ってます、そしてひどく泣いていたようでした」
男性は少し言葉を濁した。私の言い草に彼は多少苛立ったかもしれない。でもダメだ、少し私は落ち着くべきだ。このままではこの行動は子供の我儘になってしまう。いや、すでにこの状況は我儘かもしれないが、これが成すべき最後は親へのアプローチだ。ここで下手な事をすれば、蘭が逃げた『何かの』解答への入り口が狭くなってしまうかも知れない。それだけはなんとしても避けたい。冷静になってここはもう保護者を頼るべき局面だ。
『そうですか、蘭は家の事を継いでしっかりしてもらわなければいけないのに、まったくアイツは……』
その愚痴を私に聞かせるんじゃない。その話はどう考えても今、この瞬間はいらないだろう……。そんなもの知ったことあるか。家の話など中学生に押し付けて、彼女の自由はいったいどうなるのだ? 蘭がしたい事はどうなるのだ。
「申し訳ありません、少し聞こえが悪くなりました。という事ですので、蘭が帰ったらもう一度話してあげてほしいです。立ち入ったことを言い、申し訳ありませんでした。後ほど、私の保護者から再度連絡をさせますので」
これ以上は踏み込んではいけない。家族の話に他人が堂々と土足で踏み込んでいいはずがない。違う、もうこの人と電話でしゃべっても意味がないと理解したのだ。結局、蘭を『蘭』としてみてない。私には『家族』という経験がみんなよりも少ない。普通の家族を説明するには役不足すぎる。父母との接し方なんて、もはやリハビリなんかしても致命的に駄目だ。だって、私にはそんなやさしいものはもうココには無い……。
『わかりました。この度はご迷惑をおかけします』
「はい、一応明日には一度帰るようには話しますので。失礼いたします」
通話をオフにし、『終わった、あとよろしく。曲者すぎる』と短いメッセージをSMSで叔父に送り、家の前の公園のベンチから立ち上がり、家へ戻ろうとすると玄関の扉から明かりが漏れていた。
漏れた光の中に蘭の心配そうな顔があった。腕時計はすっかり日が変わった事をしていた。
「真琴……」
「ん? どしたの? 長電話しすぎちゃったね。ごめんなさいね?」
「今までで、一番ひどい顔してる……」
「蘭~。なかなかひどい事言うねぇ」
言っとくけど、光の加減でよく見えてないけど、あなたも目の腫れ方がすごいんだからね?
玄関の扉を開けて、伸びをするとどこからともなく「ぐぅーっ」とかわいらしい音を立てる。何事もなかったように蘭は玄関を入ろうとするが、その顔は真っ赤だ。確かに、いろいろありすぎてすっかり忘れていたが晩御飯を私たちは食べてなかった。
「ねぇ、蘭? 一緒に悪い子になろうか?」
「悪い子って?」
「この時間から私はカップラーメンを食べるよ……、お腹すいたわ」
この時間にカップラーメンはもはや悪魔の食べ物だろう。本当だったらしょうが焼きを食べてもよかったが、この間叔父も言ってたじゃないか。
「口がカップラーメンになったや……」
「なにそれ……、意味わかんないし」
「なら、蘭は食べないのかしら?」
「……食べる」
リビングに漂っていたほのかに香るジャスミンの香りは、数分後にはカップラーメンの狂暴なにおいにかき消されてしまった。
◆◆◆
「……ーい」
(ん……? だれ?)
「おーい……まこっちゃーん」
(叔父さん? こんな早朝になんで帰ってきてるの?)
「おいコラー、この不良中学生ども起きやがれ」
部屋の扉がひたすらたたかれているのは分かるが、昨日遅かった分、眠気がとんでもなくある。というか、早朝にこのノックの連打とかあのおっさんほんとに空気読んでほしい。浅い眠りの中で、心の中で叔父の悪態をつき私を包んでいる布団を引き上げ頭まで被る。
「おーい、お前たちはすでに包囲されてるっていうか、もう10時だぞ~。いい加減起きてこーい」
(は? いま、何て言った10時? っていうか、目覚ましは? 蘭は?)
がばっ、と勢いをつけて布団から重い体を起こす。反射的にベッドの横に置いた目覚まし時計を見た。時刻はすでに10時を過ぎようとしていた。
(えっ? 嘘、マジで……? ってか、蘭は?)
視界をベッドの横に敷いたはずの布団に移す。やはり少し寒かったのだろうか蘭は布団と毛布の中にくるまって、静かに寝息を立てていた。
(完全に爆睡してるし)
「勘弁してよ~。まこっちゃーん、まじでそろそろ起きて~」
部屋の扉を一定のリズムを付けて叩く音で、叔父の存在を思い出す。
「お、起きた! いま起きたからぁ」
「おお、マジか? まぁ、学校行くなら任せっけど、とりあえず二人とも仮病の連絡は入れといたぞ」
「えっ? どうやって? 蘭の分もって?」
「北条先生に伝言を頼んだ」
寝起きで擦れた声を大きく上げ、扉越しでの会話をする。年頃の友人が居る部屋に強硬突破してこないところは叔父の好感度が上がる。こういうところは気が利くので非常に嬉しく思う。
(ん? 今、北条先生に頼んだって……?)
「叔父様、まさか……」
「ばっか、勘違いすんなよ? 美竹さんについては、うちの不良姪っ子が体調不良を起こして蹲ってるところを保護してくれて、俺が帰るまで家で留守番してくれてるって言ってあるよ」
本当の事をぶちまけてしまったのかと一瞬焦ったが、叔父は2枚舌をうまく活用してくれていたようだ。
「とりあえず、2人とも着替えて降りてこい。話はそれからだ」
まずはこの布団の暖かさを体全部で受け止めている蘭を起こすところから始めなければいけないらしい。
「蘭~。そろそろ起きないとまずいよ~?」
「んっ……、今何時……?」
「10時過ぎてるわよ」
「はっ? 嘘でしょ?」
もういろいろとあきらめて蘭を起こしたが、蘭も時間を見た瞬間から顔が青くなっていくのがよく分かった。いろいろ言いたい事は分かるけど、私を見ても事実は変わんないからね?
「もうなんか、いろいろとやばい……」
「もう間に合わないわよ、叔父さんが仮病連絡をしてくれた見たい、さっさと着替えましょ……」
「仮病連絡って……、それ大丈夫なの?」
「まぁ、大丈夫じゃないけど、無断欠席よりよっぽどマシだと思うわ」
「確かに……」
叔父さんがある程度釈明してくれたおかげで何とか首の皮が一枚つながった感じだったが、連絡なしの欠席だと下手すれば家に連絡が飛んでいたかもしれない。私は今更どうにもならないが、蘭は違う。家出未遂で無断欠席、どう見ても警察お世話になりました系のお話にしかならない。
蘭が大きくため息をつく。昨日気にしていた目の腫れは幸い、そこまでひどくならなかったようだ。今朝もきれいな切れ目だ。まぁ、はた目から見れば私の貸してあげた寝間着が灰色の上下スウェットという色気も何もない事から素材そのものの良さを感じさせてくれる。
「とりあえず着替えましょうよ」
「うん。ってあたし制服しかないや……」
「あたしの服貸そうか?」
「ごめん、お願いできるかな」
「いいよー」
と、一応見るところ見た。あたしと対して変わらない程度だ。これなら何とかなるだろう。
「ん? 真琴、どこ見てるの?」
「うんうん? ひまりだと絶対無理だったなと思ってさ」
蘭が私の遠慮のない視線を注いでる箇所に目を落とす。
「あんたね……」
「別に何も言ってないじゃない、仲間じゃない」
「バカじゃないの?」
ひどい言われようだ。とりあえずあまり叔父を待たせすぎるのはよくない。洋服ダンスから適当に服を取り出す。
「蘭~。スカートとデニムどっちがいい?」
「デニムの方がいい。ひらひらしてると落ち着かない」
「同感。スキニーとか大丈夫な人?」
「うん、割とそっちの方がいい」
「じゃあ、これと~あとは……シャツとニットぐらいかなぁ?」
蘭に黒のスキニーパンツを渡し、ついでにデニムシャツと上から羽織るニットを渡す。多分どこにも出かけないだろうから、私はパーカーでいいか。男物のデニムを取り出し、ちょっとぶ厚めの裏起毛のパーカーを被る。
「あー、そんな恰好すると蘭はかなりボーイッシュに見えるね……」
「それ、ほめてる?」
「うん。結構ほめてる。私そういう系のばっかりだから素直に羨ましい」
蘭の場合、フリフリの衣装でも大丈夫そうだけどね。ほんと素材がいいのは羨ましいや。
「それじゃあ、うちの叔父さんを紹介するから下に降りようか」
◆◆◆
2階から降りてリビングに入ると、叔父はソファーに座ってスマホを横にしてソーシャルゲームをやっていたであろう手を止め、手をそのまま上げて蘭に挨拶をした。
「やっ、おはよう。っと、君が美竹蘭さんかな? うちの不良姪っ子から聞いてるよー。僕は望月雅也といいます。これでも彼女の保護者をやってます」
「お邪魔してます。昨日は真琴さんにとてもお世話になりました」
「いやいや、お世話なんてできてないし、そんなこと言わないでくれると嬉しいな。君に僕が飲んだことないくらいの特別なお茶を出しちゃうくらい、うちの姪っ子ちゃんは内心で喜んでいたようだし」
「叔父さん?」
喋りだすと余計な事を言うのは叔父の悪い癖だと思っている。昨日遅かったからポットを含めた洗い物を片さず残したままにしたのが裏目に出た。叔父がこれ以上、余計な事を喋らない様に視線で釘をさす。
「おっと、怖い。まこっちゃん、お願いだから闇落ちは辞めてね?」
「誰が闇落ちですか……」
「まぁまぁ。とりあえず蘭ちゃんも座りなよ。とりあえず、まこっちゃんの保護者のおっさん的にはなんでまた宿泊になってるのか、一通り話を聞いとかなきゃいけないしさ」
叔父はにっこりと微笑みながら、ソファーへの着席を促す。保護者というところをアピールされては何も言えない。とりあえずソファーに2人並んで着席をする。叔父も話をするために手に持っていたスマホを裏返しにして応接テーブルの上に置く。
「んー、ある程度話はまこっちゃんから聞いてるし、正直なところ蘭ちゃんからは聞くことないとは思うんだけどね、一応聞いてる事実内容を確認させてもらっていいかい? まぁ、まこっちゃんがこんな事で嘘をつくわけないとも思うけどさ」
蘭がバッと素早くこちらを見る。しまった、蘭に言うのを忘れていた……。敢えて顔を反らし、蘭の視線から逃れる。あー、これはややこしくなりそうな予感がする。と背中に軽く冷汗が流れた。叔父が余計な事を言わないように心で祈る、が、早くも祈りは儚くも打ち砕かれそうだ。
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夕焼けの観測者の心 2
一瞬、動揺した蘭だったがすぐに居住まいを正し、叔父からの質問に構える。叔父は叔父で、そんな蘭を見て目を丸くながらテーブルの上に置いてあったペットボトルのお茶を一口飲んで口を潤したようだ、なんだか話が長くなりそうな予感がした。
「あー、そんな構えないでくれるとありがたいなぁ。別に僕は怒るつもりはないしさ」
「まぁ、そういうのはなんか僕の役目と違うからね」と言いながらも、叔父も居住まいを正し、少し猫背だった背中を伸ばす。
「じゃあ、確認してくね。昨日コンビニで君は何をしてたの?」
「……」
いきなり雑な切り込み方をする叔父。ちょっと文句を言おうとすると、叔父に手で制され止められる。蘭は無言のままだった。言葉を選んで居るわけじゃなさそうだ、むしろしゃべりたくないからか……。そのなんとも言えないような蘭の顔を見ながら昨日、電話越しで話した蘭のお父さんとの会話を改めて思い出す。あのお父さんはこんな蘭をちゃんと見ているのだろうか? そこがとても気がかりになった。
「……、やっぱり話しづらいかい?」
「そう……ですね。私の家の話なので……」
「そっか。じゃあ、君のために一つハードルを下げよう。君は昨日、家の会合が急に入った、そこは間違いないね?」
「会合……?」
なるほど……、ハードルを下げるというのはそういう事か。叔父は私の知らない情報を持っているのだろう、どこまで知っているのかはわからないが、昨日の夜に蘭のお父さんとの通話で情報をある程度引き出したのだろう。
「あの……、望月さんはどこまで、ご存知なんでしょうか?」
「いや、そこまで詳しい話はわかんないかな。ただ君の事をお父上から一通り聞いてるかな。とても君の事を自慢の娘と思っているようだったよ」
「……」
蘭は顔を伏せ、その表情が隠れてしまう。私は叔父の話を聞いて違和感を感じた。叔父の話だけを聞けば、きちんとした父親のように聞こえてくるが私にはそう思えない。あの人は蘭の事を『アレ』と呼んだのだ……、今の話を信じれる要素が少なすぎる。
「娘の事を『アレ』呼ばわりにする父親に、そんな要素どこから見出だしたと言うんですか?」
「いやいや、あの人はそれなりの人格者だよ。ちゃんと喋ればわかるさ。それに手塩をかけて育てた自慢の娘が反抗してバカげた行為をすれば、愚痴の一つくらい言いたくなるんじゃないかな? 仮に、僕に娘が居たと仮定して、飛び出してコンビニのベンチで座ってるところを保護されたら、『あのバカ』レベルの暴言は吐くね」
叔父の意見には正直、賛同しかねる。ならば、なぜ蘭をちゃんと見てやらないのか? 人格者というからには、そんな事くらいできて当然じゃないのか?
「そんな怖い顔しないでよ。まこっちゃんのような人も居れば、蘭ちゃんのお父さんのような人もいる、大人が全員完璧なんかじゃない。でも、大人だって学ぶことはできるさ、その機会を失わない限りね。誰だってみんなちょっとずつ色々学んでいくものさ」
幼い私たちに言い聞かせるように。少なくとも叔父は私たちの倍は生きている。その人生観を否定するだけの材料は私たちには無い。だから、叔父には何も言う事が出来ない。叔父はその様子を伺いながら言葉を紡ぐ。
「少なくとも愛情はあるよ。愛情の表現の仕方、自分の子供への幸せの示し方。その方向性が明らかに間違っているなら、何らかの方法で正す必要があると思う。だけど、そこはまぁ、間違っていないかな。だから人格者だと評価してるだけだよ」
叔父の言う愛情の持ち方、幸せの示し方……実感にかけるものだ。保護されている側にはわからないが、保護している側にはわかるものなのだろうか?
「まるで、自分が子供の親になったような言い方ですね」
「まぁね~。子供を持たない僕が言えたことじゃないけどさ」
皮肉を言ったつもりだが暖簾に腕押し、スルリと交わされてしまった。
「さて、続きだ。蘭ちゃん。いいかい? 顔を上げてもらえるかな?」
叔父は話の続きをしようと、蘭の顔を上げさせる。ゆっくりと上がってきた眼には少し涙がたまっていた。
「僕からは君の件の解決方法はアドバイスできない。さっきも言ったように子供を持ったことが無いからね。だから、何もしてあげられない。ただ、後にも先にも君の人生は1回きりだ。だからやるべき事はやるべきだとは思うね。それでも昨日の君のように逃げたくなる時はいっぱいある、そんなときは危なっかしいそこらへんのコンビニのベンチじゃなくて、うちの玄関にしたらどうだい? 僕もうちのまこっちゃんも歓迎するよ」
叔父はまるで小さい子に言い聞かせるように、蘭に語り掛け微笑む。子供を持ったことがない大人がよくこういう事ができるもんだと、我が叔父ながらすごいなと素直に思った。
「まぁ、僕はあまり家に居ないから基本は真琴頼りだろうな。学校向けのアリバイ工作なら……逸れなリには手伝うけど、ちゃんと勉強しないと僕みたいに頭がパーになるから気を付けて?……ああ、あとバンドの子達にはしっかり怒られるといいと思うよ」
「……ありがとうございます。しっかり怒られます……」
最後。最後の一言、余計だから……。ちょっと見直してたところに自ら落ちていくスタイルの叔父……。相変わらず残念過ぎる。蘭は最後の一言を聞いてズーンっていう効果音が似合うような、なんとも微妙な顔をしていた。
「面倒な話は以上。……さて、不良少女たちよ、この後は暇かね? 君達だけで外に出たら駄目だろうから、出かけよう」
叔父は蘭のそんな姿を見ながら、満足そうにうなずいた。そして叔父はテーブルに置いてあったスマホを取り、ソファから立ち上がり矛盾したことを言った。
「ん? 意味が分からないんだけど」
「だから、君達だけじゃダメなんだったら僕が連れ出せば大丈夫ってことだ」
ああ、そういう事か……。叔父さんはポケットから愛車のキーを取り出し、少年のようにニカっと笑ったつもりなんだろうけど、残念ながらいささか実年齢と精神年齢が均等に成長していない感が出ている。そんな中、蘭はいまいちよくわからないという顔をしたまま黙って私たち2人のやり取りをキョロキョロしながら見ていた。そんな姿に私は苦笑いを浮かべた。
◆◆◆
私たち2人を乗せた叔父の1BOXカーはひたすら高速道路を走り、県外のとある小さめの漁港に来た。叔父曰く、「今日はここが一番いいと思う」だそうだ。肝心の叔父は漁港に併設されている海産物センターに足早に駆け込んでいった。
(海か……。ここ最近叔父さんの仕事が忙しくて来れてなかったな)
年度末の締めが近い事から、叔父の仕事は立て込んでるらしく、ここ最近の休日でも出かける頻度が減っていた。時折、叔父の休日の予定も潰れているようで、若干心配になって様子を伺ってたが本人は至って平常運転だった。
「蘭、大丈夫? 寒くない?」
「大丈夫。この防寒着、結構あったかい」
「真冬に釣りをしながら、頭から波を被っても平気らしいよ、それ」
「何それ?」
私たちは堤防に設置されたベンチで2人で冬の海を見ている。小さくだが蘭が笑ってくれてる。よかった、車の中では後ろの席でずっと車外の景色を眺めていたけど、その顔はまだまだ険しい顔だったので心配をしていた。
蘭が着込んでるのは、車に積んであった予備の防寒着だ。私と叔父さんで出かけると急遽、夜景撮影やら夜空撮影といった予定外の撮影になったりするので、冬の間は車に予備の防寒着を積み込んである。なかなか出番がない事から、いつもなら圧縮袋に入ったままシーズンを終えるのだが、今シーズンは日の目を見た。
「叔父さんが自慢げにそういってたの。お爺ちゃん曰く叔父さんは年がら年中釣りをしてた釣りキチだって」
「冬って魚って釣れるの?」
「んーわかんない。釣りは私やったことないなぁ。でも、冬の海の中ってすんごく冷たそうよね……。ほんとに釣れるのかしら……」
堤防に設置されたベンチからあたりを見渡してみても、釣り人らしい人の気配はない。時間が悪いのか、それとも平日だからだろうか? いまいち真偽はわからない。ぼーっと流れる雲を眼で見て、波が防波堤を叩く音を耳で聞く。とても贅沢な時間だ……。少しずつ斜めになっていく太陽、もう少しで水平線に太陽は沈むだろう……。
「今日はカメラ、持ってきてないんだ。なんか意外」
「あー、そうだね。持ってきてないや。まぁ、私だってカメラ持たないでいる事もあるよ」
カメラは敢えて置いてきた。なんだか今日はそんな気分じゃなかった。
確かに撮るものといっても、頭上を流れる雲を撮るか、音を上げて防波堤に打ち付ける波しぶきを撮るか、水平に沈む太陽を撮るか、……今見ているなんだかちょっとだけすっきりした顔で微笑んでる蘭の横顔を撮るかぐらいだ。きっと撮影するシチュエーションには困らないだろう。
この自然と微笑んでる蘭の顔をシャッターで収めたい欲求は確かにある。いい写真が撮れることだろう。蘭の事を撮ってみたいが、なんだか今日は叔父に全部おいしいところを持っていかれた気がするので、その表情見てを撮るのは釈然としないだろうと思った。
人を撮るにあたって、分かったことがある。その心情だ。自然物相手ならば、特に何も思ってこなかった。撮るまでにいろいろイラつきだってあったが、自然物相手にぶつけるほど愚かじゃない。人を撮るには、相手の心模様と撮る側の心模様、お互いが影響するんじゃないか? と思った。私は今まで『観測者』の心情なんて、これっぽっちも考えた事がなかった。だからこそ、今私がシャッターを切ってしまうと折角のいいシチュエーションが潰れてしまうんじゃないかと、ふと思った。今の私の心はどこか釈然としていない。だからこそ撮るべきじゃない。特に今のコンディションなんかで撮ってしまうと、後から見返すときにさらにささくれ立って、もう二度と人を撮りたくなくなるんじゃないか? と、少し悲しい事を考えた。
いつもならば首には愛機の程よい重量がかかってるはずなのに、今日はそれが無い。それだけでいつもの頼れる何かが無い事が少しだけ寂しい。
「おー、結構いい感じに落ちていくなぁ~」
いつの間にか帰ってきた叔父が買い物袋を両手に持ちながら、私たちの横に立っていた。一体何を買ってきたんだと思うくらいの大きめの買い物袋から、缶コーヒー2本と缶ミルクティーを取り出す。
「まこっちゃんはコーヒーでしょ? 蘭ちゃんはミルクティーとコーヒーどっちがいい?」
「あっ、じゃあミルクティーで」
「だよなぁ、女子ったら大体ミルクティーだもんなぁ。わかるわ~」
……ホント、この人は人がかなり真剣にいろいろと考えているところに、しょうもない事ばっかり言って横から入ってくる人だ。
「叔父様?」
「何、なんでそんな怖い顔してるの? こんなところで黒化とかしないでよ? 帰り道帰れなくなっちゃう……」
蘭にミルクティーを手渡し、叔父は少し私との距離を開け、堤防を背にして缶コーヒーのプルタブを開け、間もなく沈む夕陽の方を見る。
「まぁ、若者は若者らしい悩みを抱えて、頑張って学生生活すればいいんだよ」
「それじゃあ、まるで私が若者らしくないように聞こえますよ? 叔父様?」
「いやぁ、こう言っちゃなんだけど、まこっちゃんは少し大人過ぎて扱い困る。その辺は蘭ちゃんを見習って下さい」
物言いを始めるときりがなさそうなので、叔父の皮肉をあえてスルーする。すると、右隣に座っていた蘭が「ふっふっふ……」と小さく笑っているのが聞こえた。
「なによ、なんで蘭が笑ってるのよ……」
「だって、真琴が完全に言い負けてると思うと笑える」
「……私だって蘭と同じ中学生だもの、叔父さん相手じゃ勝てない」
「ごめん、でも真琴って結構大人の思考だからさ」
「そりゃ、ちょっと違うなー。ただの背伸び思考だよ、まこっちゃんは」
「背伸び思考?」
「そう、同級生の中でも馴染めなくて、大人は会話のレベルを合わせてくれる。だから、自分も同格でしゃべれるもんだと勝手に感じている、背伸びをしているの気が付かなきゃならんね」
背伸び思考なんて初めて聞く言葉だ……、造語か? 叔父が言う事が正しいのであれば叔父はいつも私のレベルまで会話を合わせてくれているのだろうか? ならば、どこまでが本気でどこまで落としてくれているのだろうか?
「つまり叔父様は、いつも私レベルまで思考を落としてると?」
「いんや? 僕はめんどくさがりだから、そんなことしない」
「……」
もう、なんだか叔父としゃべるのは疲れる。これ以上の会話は不要と判断し、あきれ顔で叔父の方に向けていた顔を沈んで行く夕陽のほうに向けた。見事なダルマとは言い難いがそれなりの夕陽の落ち方だ。こんな辺鄙なところでも、結構綺麗に見えるものなんだなぁ……と、思いながら日が完全に沈み切るまで紫に染まっていく空を私はずっと眺めていた。
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夕焼けの見え方
蘭の家は純和風という言葉が似合う家だった。平屋の建物に外から見てもわかる大きな庭。植えられてる庭木にしても、重そうな瓦が乗っている塀。周りの住居とは一線違う事が見ただけで分かった。そしてその重々しさは十二分に目立つ作りだった。
「うぉ……。蘭ちゃんの家ってマジでっけぇな、まこっちゃんの家が2つは入るんじゃねぇ? やっぱお嬢なんだなぁ……」
「お嬢って……叔父さん。蘭は蘭じゃない。でも、このお家はほんとにすごいわね……」
「この辺に昔からある。っていうだけで別にそんなにすごくない……」
蘭は顔を背けてそうは言う。が、叔父さんが誇張したわけでなく、私の家が2つは余裕で入るぐらいの大きさはありそうだ。昔からあるとは言えど、土地の大きさは周りの家より2倍はありそうだ。
「蘭ちゃん、この門の前に停めちゃって構わない? 一応もう夜だし、僕が玄関先まで行こう。君のお父上とも話しとかないとさ」
「えっ? あ、大丈夫です。多分」
叔父さんは車を家の門の前で停めた。蘭は叔父の発言に少し戸惑った感じで答える。
「一応、僕がまこっちゃんの保護者だし、蘭ちゃんが話すより僕が話した方が早いでしょ?」
叔父はそう言いながらフロントパネルにあるハザードスイッチを押し、ハザードランプを点灯させる。
「私も行くわよ、一度ちゃんと見ておくわ」
「まこっちゃんは車でお留守番、いいね? 話が長くても意味ないからさ」
「黙ってみておくわよ」
「いーや、絶対君は余計な事を言うから留守番、いいね? あ、蘭ちゃん、横の席に置いてある紫の紙に入ったお土産取ってもらっていい?」
叔父は後部座席のスライドドアの開閉スイッチを押し、蘭の座る席の横のドアを開ける。
「これ? ですか?」
「そうそれ。まこっちゃんはとにかく留守番確定。さあ、蘭ちゃん、ちゃっちゃかと行こうか~」
「ちょ、叔父さん! あっ、蘭また明日ね」
結局私を残して、蘭と叔父さんは車から降り、蘭が開けた門から蘭と手土産片手に叔父は中に入っていった。車内から蘭に向け手を振っていると、蘭が門に入る直前に手を振ってくれた。
カチカチと一定のリズムを刻むハザードランプの音を聞きながら、叔父が私を残した意味を少し考える。
(まぁ……、顔を見たら確かにしょうもない事を言ってしまうか……)
色々言いたい事を一旦、飲み込んでニコニコ笑顔で立つなんて私にはできないか……。普通に余計な事を言ってしまうだろうから、下手すると蘭に飛び火しかねないな。
「はぁー、……なんでもお見通し? ってやつですかね? 叔父様……」
なんだかんだで私は叔父さんに手を引かれないと何もできないのかも知れない。今もこうやって蘭の家に叔父さんの車で来ている。もっと言えば、私が今の学校に通えるのは叔父さんが居なければならなかった……。
「やめやめ……、こんなの今更だしね」
そう独り言を言い、時間つぶしにネットニュースでも見ようとポケットからスマホを取り出す。それに蘭が家に帰ったことをモカたちにも知らせなければいけない。
しかし、スマホの電源を押すが、スマホは一向に画面が映らない。何度か同じ動作を繰り返すが、スマホはうんともすんとも言わない。試しに電源を長押しする、起動画面は開くがすぐに電池切れマークを表示し、ゆっくりと画面がブラックアウトしていくだけだった。
「あれ? なんで?」
そんな疑問を口に出しつつ、よく考えてみる。そういえば昨日の夜に充電していない事に気が付いた。つまり、いつからかわからないけどこの時間までずっと電源が入ってない状態だった……。
「おいおい……、マジですかぁ……」
スマホを片手に持って、頭を抱え軽く震えると叔父さんが帰ってきて運転席のドアを開ける。
「たでーま。いやー固いわ~。固すぎるよ、蘭ちゃんのお父上。危うく食事に誘われるとこだったわ……。って、まこっちゃん頭抱えて何してんの?」
「……叔父様? モバイルバッテリーを持ってらっしゃいますか?」
「えっ? そりゃあるよ? つか、どしたの? スマホ片手に」
「バッテリー切れ!」
叔父の方にも見えるようにブラックアウトした画面を見せつける。
「あー、なるほどね。まこっちゃん?」
「なんですか?」
「蘭ちゃんの次にいっぱい怒られな~」
叔父はにやにやした顔で私の肩をポンポンと叩く、うざすぎる……。そんなことしてる間にモバイルバッテリーを出してもらいたい。
「叔父様、早くモバイルバッテリーを貸してください」
「そんな怖い顔しないでよ……お茶目なジョークじゃんか……」
叔父は手持ちのバッグから、モバイルバッテリーと配線を取り出し渡してくる。ひったくるように配線をつなぎ、充電ランプが点灯するのを待つ。
「んじゃ、帰るかね~。シートベルトつけてくださいねー」
「ずっとつけてる」
充電ランプが赤く点灯しているのを確認し、スマホの電源を再度入れる。今度はちゃんと電源が入り無事にホーム画面が表示される。続いて画面に不在着信のポップアップ画面が表示される、メニューを開くとAfter Glowのメンツからの着信が12時頃まで何度かあったみたいだ。SNSアプリのアイコンの右上に未読のメッセージが表示されている。どうやら20件ほど溜まっている模様……
(20件って、マジで……。ほとんどはひまりさんからだけど内容は……。あーやっぱり、結構こっちの心配されてる~)
私は半分泣きそうになりながらも、今日仮病の理由が道端で蹲っているという実にトンでも理論だったことを思い出し、BGMを流しつつその歌に鼻歌を重ねながら運転している叔父を睨む……。しかし、あのトンでも理論が無ければ遅刻もしくは無断欠席だったはずだ……、恨むにも恨み切れない……。
(っていうか、これはほんとにどう返したものか……、ひまりだけに返したら、速攻通話きそうだしそれはそれで、対応しきれない気が……あ、全員に返せばいいのか。というかなんて言えばいいのよ? 仮病でした~とか書ける訳ないし……)
しばしスマホの画面と睨めっこを続ける。
「まこっちゃん。何してんの? なんか面白い記事でもあったの?」
「仮病した事がばれてない状況で、真実を告げてどうやって場をなごませる事ができるかを考えてる」
「ああ、そういう」
叔父さんは面白い記事を期待してたみたいで、ちらちらこちらを見ていたのを辞めて前を向いて真面目に運転をしだす。家までもうしばらくかかりそうだ。
「もう、あきらめて怒られれば? どう言っても無理ゲーじゃないそれ?」
叔父さんは投げっぱなしでこちらに言う。確かにこれは無理だな……腹を決めて怒られようと思いAfter Glow全員に向けにSNSを書き込む。
『電源が切れてました。蘭は先ほど無事に家に帰ってます、私も帰宅途中です、よろしく』
敢えて仮病の件には触れず、サラッと流す。これで何とかなるとは思わないが、とりあえずは連絡は完了だ。しばらくすると蘭が追加でそこに
『私も電源が切れてました。色々迷惑をかけてごめんなさい。詳しくは明日話します』
と記入してきた。
(全部まとめて『ごめんなさい』では多分収まらないと思うよ。これはひまりに泣かれるぐらいはあるだろうな……)
これで少しでも蘭は……、いやAfter Glowは、何かを掴めるといいと思う。自称『観測者』としてはそれが彼女たちのいい方向へ進めばいいなと思う。
タイヤが跳ね上げるロードノイズの音とBGMに流れる音楽の音、車のボディが風を切っていく音、いろいろ混ざってしまい聴き取りづらいが、ボーカルの高い声と一定のリズムを刻む低音と電子音がよく聴き取れる。ほかにもいろいろ音が鳴っているのだが、私にはその音が何から発せられた音なのかはわからない。ただ、このボーカルが歌う曲もAfter Glowに演奏してもらうと、その音から彼女たちの顔が浮かぶのだろうか?
名前の知らないグループが歌うこの曲では人の顔が浮かぶことはない。叔父はこの曲を聞いて顔が浮かんでいるのだろうか? そんな曖昧な思考を巡らせながら、窓から見える景色を眺める外はすでに真っ暗だ、暗い中を街頭が通り過ぎていく。LEDの輝きは目に眩しさを覚えさせ、次の街頭を見る頃には忘れた眩しさを思い出させ繰り返す。連続する光。そんな代り映えのしない景色を見ていると、いつの間にか我が家の近くにまで来ていた。
◆◆◆
金曜日、今日はちゃんと起きることができた。よかった……。さすがに2日連続での学校さぼりはNGだろう。むしろ、叔父が許すわけがない。
一昨日から入れっぱなしになっていたカメラが入った通学リュックを背負いながら、多くの生徒がいる通学門を横からくぐり抜けようすると、北条先生に呼び止められる。
「おっ、来たな」
「おはようございます。昨日はすみませんでした」
結局、叔父から仮病の詳細な話を聞きとりを忘れている分ぼやかしておくのが一番だろう。
仮病だったことを悟らせないように北条先生に挨拶をし、さっさと持ち物検査している通学門から早々に離れたい気分だった。
「いやいや、そうもいかないだろう? とりあえず鞄を開く」
「今更、何をおっしゃってるのでしょうか? 私はそんな危なっかしい物なんか持ってないですよ」
「望月にはそんな物期待してないからな? ほら、開け」
「この学校って結構おかしいですよね? 持ち物検査何て、普通通学門でします? しかも職員総出で……」
「これも私学の通常業務なんだよ。素行不良の生徒の更生、生徒を預けられたらそれをこなすのが業務だ」
北条先生が私学の業務を口にしながら、急かすのでしぶしぶながら鞄を開く。ここで鞄を開くと目立つので嫌なんだよなぁ……。素行不良を自らみせしめるような気分だ。
「私、素行不良何てしてませんよ?」
「望月は問題児ではあるぞ……。って、望月さん? なんでレンズ3種類もはいってんですか?」
北条先生が鞄の中身をチェックすると、唖然とした顔で私に問うてきた。ああ、忘れてた。こないだ蘭が来なかった日にスタジオでの撮影用に3本入れたまんまだった。道理で重いと思った。
「勘弁してくれよぉ……、っていうか辞書は? 参考書は? 教科書は? どこいっちゃったの?」
「あー、……全部机に入ってますね」
とても苦々しい顔をする、北条先生。まぁ、確かに学校に持ってくるべき物としては北条先生が言っている物は必要だろうな。完全にミスったなぁ……。
「お前は後で生活指導をしなきゃならんわ……。写真バカになるのはいいけど、学生の本分をちゃんとしてくれ……頼むからな? 望月よ……」
「はぁ……? やってるつもりなんですが……」
「教科書3冊とメモしか入ってなくて、後、全部カメラ関係じゃねーか……。そのポーチもどうせレンズペンとレンズ拭きだろ……」
呆れながらも中身には手を付けず、北条先生はペンを取り出し何やら小さいメモにサラサラと書いている。
「ほれ、放課後に必ずくること……いいな? 写真を撮るのは構わんが、もう少しで高校生なんだからちゃんとしてくれ……」
ちゃんとしているつもりなんだけどなぁ……。机の中にあるなら問題ないと思うのだが……、どうやらだめらしい。お目こぼしは無し。没収されないだけマシと思おう。
「あと、望月よ? お前さん、いつの間に美竹と仲良くなったの?」
「先生、まだあるんですか? つい最近ですよ、彼女と仲良くさせてもらってるのは」
生徒指導呼び出しメモを渡されつつ、北条先生に蘭との関係を問われる。言葉の通り、彼女と仲良くさせてもらっているのは最近だ。
「美竹も美竹で、問題児だからな……、あんまり無茶しないでくれよ……。これ以上は俺の胃が持たん」
(問題児って? 蘭が?)
なんだか意外だ。まぁ、確かにちょっと怒りっぽいけど、真面目だと思うだけどなぁ。口数は……少ないけど。
「まぁ、昨日はホントたまたまですね……」
とりあえず仮病のこともあるので、併せておかなければならない。下手に勘繰られても色々面倒だ。
「まぁ、いい。放課後の呼び出し、すっぽかしてカメラ撮ってたら全校放送な?」
「放送設備をそんな事に使わないでください……」
軽く脅迫めいた事を口走りながら、北条先生は次の素行不良学生をチェックしに行く。残念ながら、本日はあまりカメラに触ることができなさそうだ……。
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夕焼けとかかる霧
昼休みになって、手早く購買で買ったパンを食べ終えカメラ片手に屋上へ。この時期は冷たい風はよく吹くので非常に寒い。まぁ、そんな場所で奇特な人が居ない限り、屋上は誰もいないことの方が多い。スペースとしてはそんなに広くはないが、一枚撮ってみたい写真があった。
広角レンズをセットした一眼レフをぶらつかせながら屋上への階段を登っていく。重ための鉄の扉。もともとは鍵がかけられていた扉だがいつの間にか鍵は開いてたという噂を聞いたことがある。そんな噂も私にとってはラッキーだ。こうやって屋上に出入りが自由にできる事ができるしね。
扉を開けると、冷たい風が通り過ぎる。だれもいない屋上。この街は意外と景観が整っている。大きなビル開発が無いおかげか、学校より高い建物は少ない。羽丘が中・高一貫の学校である事から、校舎が大きいというのもあるかもしれないが……。
校舎は縦に大きいのだが、屋上は横には校舎ごとに分散されているため屋上スペースはそんなに広くない、広さの無い場所で広く見せる……広角レンズの得意分野をうまく使う。広い視野で、大きく撮る。変哲の無い、まったく変わらない景色だがレンズ一つで景色は変わってしまう。これもカメラの面白さの一つだと思う。
何枚か撮ったのち屋上中央付近にある塔屋の風裏に回る。風を避けつつ撮影した画像を背面液晶で確認する。思ってたより広く撮れてない。上から撮った方がもう少し遠近感でるかな?
「こうなったら、見え方が変わっても嘘の構図でもいいから、踏み台持ってきた方がいいかなぁ……。でも、そうしちゃうとその都度、用意しなきゃなるし手間がかかるし……」
カメラのボタンを押し画面を細かく動かし、隅から隅まで見ていく。そんな事に没頭していたからだろうか?
「ねぇねぇねぇ? それって何してるの?」
「ヒヤッ! ウッ!」
急にどこからともなく声を掛けられてひどく驚いてしまったためカメラが手から落ち、一気に首にかけてあったストラップを通じて首に一眼レフカメラの重みを感じる。締まるような痛さを感じた。誰だというのだストラップのおかげでカメラは無事だが……。左右を見渡しても誰もいない。正面に立たれてわからないほど集中はしていない。背後は壁。誰もいない……。
「えっ? 一体どこから……」
「おーい? ここだよ~」
私が探す仕草をしたためだろう声の主は、その居場所を告げているが……。まったく姿が見えない……、えっ? 何なの? どこから声聞こえてるの?
「ここっ! ここだよ~、あー……。うん、上だよっ」
「えっ?」
上は予想してなかった! 声に言われるがまま、顔を上げる。そこには薄い緑色の髪全体をふわっと流し、耳の後ろ側から三つ編みにして黄色のリボンが印象的なとてもかわいい顔を塔屋の上からこちらに覗かせていた。
「やっほー。さっきから何してるの?」
「へっ……? あ、カメラで景色を撮ろうと思って、その……、はい……」
「景色? こんなところで?」
彼女はうーんと唸りながら、考えている様に見えた。確かにここの景色は何の特徴もない。被写体もいないし、撮り映えしないだろう。彼女は「よくわかんないや」と言いながら、塔屋に埋め込まれているタラップを使って降りてきた。通常は人が登る事をしないように、タラップの段は下まで組まれていない、が、彼女にはあまり関係が無いようで、ひざのバネをうまく利用して非常にリズミカルだった。
(まさか、そんなところに乗る人がいるとは思わないわよ……、ん? 灰色のブレザー?)
私は唖然としながらもそんな彼女の姿に違和感を感じた。羽丘の高等部の制服を着ている彼女が、なぜ中等部の校舎にいるのか? しかも、昼休みはまだ30分も経ってない。先輩である彼女はスカートについた汚れを手で払い、変についてる折り目を整え、再度先ほどと同じように私に問うてた。
「なんでこんなところの景色を撮ってるの? ここって何にもないよね? 見てても全然、るんっ♪て来ないし。でも、あなたをずーっと上から見てたけど、街並みとかそういうもの撮ってるようにも見えなかったんだけどなぁ~」
彼女の言う通り、『ここ』には何もない、今は。なのに私はここの写真を撮りたくなった。どうしても必要だと感じたからだ。昨日、私が撮ったAfter Glowの写真を見返していた、写真を見ていると彼女たちがとても輝いているように見えた、が、その輝きは蘭が居ない日のスタジオ写真では少し薄らいだ感じがあった。どうしてだろうか? 初めて撮った時の被写体ブレを起こしている写真よりも薄らいだ彼女たちの姿はより『ボケた』ように見えた。感覚的な物だとは思っているが「その曇り」は明らかに目に見えた。ではここはどうなのか?After Glowのいないこの景色は『ボケ』てしまうのか?
答えは明らかだった。感覚的なものなのだから当たり前かもしれない。試しに何枚か撮ったが、ここは『ボケる』ことはなかった。
「ここは大事な場所だと思ったんです」
「大事な場所? なんで?」
「ここは写真のピントが合うようで合わない、そんな虚ろなものをハッキリと映す場所だからですよ、先輩」
「ん?? よくわかんないなぁ……」
そりゃそうでしょうね。あの時、私しか彼女たちの演奏を見ていなかったからね。
「ここに来たら嘘の姿ではいられない、本当の物しか映さない。少なくとも私のカメラにはそう映りましたからね」
「ん~、じゃあこことあなたのそのカメラは真実の鏡ってこと? 本性しか写さないって感じかなぁ?」
「それ、おもしろいですね。真実の鏡かどうかはわからないですけど、カメラは嘘つけないですよ、事実しか写さないです」
そんな発想はなかったが、言葉にしてしまうとそうか……。カメラは嘘をつけない。嘘をつくのは、それは編集ソフトウェアだろう。カメラはあるものをあるがままに撮ってきてしまう。確かに遠近などの撮影トリック等はあるが、映るものはすべて本物しか写さない。すべてあるがままだ。
「なんかそれ、るんっ♪てきたかも! ねぇねぇ! ここで、そのカメラであたしも撮って! お願い、いいでしょ? 私も見てみたい!」
彼女は唐突にそんな事を言い出した。確かに今まで、そういう人もいない事はなかった。たまたま私がカメラを向けた時に、フレームに入り込んでくる人。多分意図的に入ろうとしてるんだなぁ……とは思って写す事はあっても、基本はだれもいない空間を撮っている。After Glowの場合は別だったが……。
そんな事を考えながらも突然の申し出にどう対処したものかと思っていたら、突然校舎外に設置されてるであろうスピーカーからプーンと甲高い音が聞こえたかと思うと、北条先生の声が聞こえてきた。
『えー、ただいまより生徒の呼び出しを行います……、高等部1年B組氷川日菜ーッ! 生徒指導室に至急、早く! 来るようにッ! 今朝の持ち物検査の件だぁーッ』
うゎあ……、生徒呼び出しに全校放送使うとか脅しじゃなかったのか……本当に使ってるよ、あの先生。口調が乱雑なところから、半ばやけくそ感がにじみ出ていた。どうやら今朝の私のように昼に呼び出しをしたが、生徒が応じなかったのだろう。
「ちぇー。折角、るんっ♪て来る今日の出来事が見つかったと思ったのに……」
「えっ? るん?」
先ほどから気になっては居たが、この先輩は変な擬音を使っていた。『るん』という意味がいまいちつかみ切れない
「ごめんねー。また今度ここであたしの写真を撮ってほしいな、『真実の鏡』さん」
そういって彼女は屋上から足早に去っていった。なんか、すごい不思議な感じがする人だった。話してる内容はさておきだが、とてもかわいらしい人だった気がする。『真実の鏡』ねぇ……。そんなおとぎ話の肝心な役目なんじゃないんだけどねぇ。先ほど彼女が居た塔屋の上を見る。
「そうか……塔屋の上なら見下ろす感じが出ていいかも……」
そう思った私は早速、壁につけられていたタラップに手を伸ばしてみる、が、ギリギリ掴めるのだが自分の体を浮かす事は出来ない。
「ほっ……、んっ~」
これでも精一杯の力を込めているのだが、非力な私の腕では体が宙を浮くことがなく登る事はできなかった。
「結局、踏み台は必要ってことか……、あの人ココをどうやって登ったんだろ……」
見かけの可愛らしさとは裏腹で、すごい体力持ってるのかなぁ。薄汚れた銀色をしたタラップを恨めしく見た。仕方ない、もう一度このまま撮影に入ろう。放課後にでも用務室から梯を借りて、ちょっと登ってみる事にしてみよう。面倒だが、あそこからの光景を考えるととてもいいものになりそうだ……。
◆◆◆
昼休み中、屋上をいろいろ撮影をした。が、結局納得できるものにはならなかった。あの塔屋の上。あの場所からどんな感じに見えるのか、気になって仕方がない。SHRを北条先生が終えると、足早に教室から出ようとしたところを呼び止められる。
「こらぁ! 望月! お前は指導室に直行だ」
「先生、昼も怒っていて疲れてるのではないですか? お休みになられたほうが……」
「言っとくが、お前らが休ませてくれないんだぞ?」
何をバカな事を言っているのだ、本当ならあの塔屋の上で何枚も撮影しているであろう、撮りたい衝動を抑えて今も面倒なSHRで中学卒業式に関する話と高校入学式の話、春休み補習の話を聞いていたではないか。
「私、割と真面目にしてると思うんですよね」
「言い訳なら指導室で聞く、さっさとお前は来る」
「ちょっと用務室寄って行っていいですか?」
「お前なぁ……、分かったからさっさと行って指導室に来る事いいな、逃げるな?」
「逃げませんって……」
怒っているが、半分呆れている感じの北条先生はさっさと歩いて職員室の正面にある指導室に入ってしまった。私はそれを確認し、職員室横の用務室に行き管理のおじさんに小さめのはしごを貸してほしい旨を相談すると部屋の奥から持ってきてくれた。ちょうど私の腰くらいまである梯。
そこまで重くはないが軽いものでもない、持ち歩くのに少し手間がかかる。これだから嫌なのだ。行動範囲に制限が付く。フットワーク重視の主義なのだが、背に腹は代えられないと思い、気合を入れて肩に担ぐ。変に振り回すより、こっちの方がましだよねっていう判断だった。
指導室に入ると北条先生は書類の整理をしていたようで、何やらPCの前でうなってる。
「おう、ようやっと来たかぁ~ってお前、お礼参りか!」
北条先生は私を指さし、叫ぶ。人に指さすのはどうかと思いますね。お礼参りか……、そんな事、事実にあったなんて聞いたことはないなぁ。羽丘でやったら初かも知れない。
「違います。これは撮影用ですよ」
「……びっくりするから辞めてくれないかな。とりあえず梯を下ろして、そこに座る」
どう見ても汚れがひどいソファを指さしながら、上座の方へ移動する北条先生。邪魔だった梯を下ろし、それに従う私。いい加減このソファを校長室のと交換して、校長室のやつを新しくしたらいいのに……とそんなしょうもない事を心で思いつつ、おとなしく座った。
「んで、なんでレンズ3本も持ってきてんのよ……、いつもならそんな持たなくても十分でしょうが……」
「いやぁ、これがちょっと撮影を頼まれまして……」
とりあえずこれまでの経過を掻い摘んで、一通り北条先生に話をしてレンズの犠牲になった教科書と参考書の言い訳をする。
「にしても、望月が人を撮るなんて……、ちょっと驚きだな」
「それ、私の叔父にも言われました」
「だろうな。どうだ、人を撮るって難しいだろ?」
「ですね、何て言うか……自然物とは向き合い方が全然違います」
「だろうなぁ……」と言いながら、マグカップを傾ける北条先生。私が人を撮るところにやたら食いついてくる。そんなに変な事なのかな? 確かにいろいろと流されて撮ってはいるが、人にはそれなりに興味はあったが機会がなかっただけだ。
「にしてもAfter Glowか……、そんなのやってんだな。今の美竹は」
「文化祭で見てないんですか?」
「いやぁ文化祭限定かと思ってたよ、ずいぶん変わったもんだ」
もちろん話す過程でどうしてもAfter Glowの話をしなければ伝わらないので、After Glowの話ももちろんした。北条先生は何やら懐かしそうに言う、今の美竹蘭の事は知らないようだったが、過去の美竹蘭をある程度知ってるように聞こえる。
「先生は蘭……美竹さんはご存知なんですか?」
「一応、A組も教えに行ってるしな。蘭、ねぇ……望月も棘をずいぶん抜かれてるな」
「まるで反骨精神の塊みたいに言わないでください。そんな事より美竹さんってそんな有名なんですか、今朝も言ってましたが問題児って……」
「ああ、現在進行形の望月とは違ってな、過去形だったんだけどなぁ、美竹の場合は……」
「過去形だった?」
なんだか茶化されてる気がするが……敢えてバッサリ切って蘭の話からぶれないようにする。蘭は割と真面目に勉強してるイメージなのだが、一体なにをして指導されると言うのだろうか?
「そう。さすがに頻繁に授業をサボタージュされたらそろそろ指導しなきゃならん、ちなみに今日もサボられてる。一応、高校エスカレーター前だからあんまり大声で言えないんだけどな」
サボりと言われて、納得がいった、だから2回目に会った時、彼女は授業中だったのに屋上に居た。そうか、彼女はサボって行き場がないからあんな場所に居たのか。
「ちなみに……過去の彼女はサボってる事に関しては何か弁明はしたんですか?」
「前回っても2年の初期なんだがね、結局はだんまりだった。聞くにも聞けない。生活面も担任に確認してもらったけど……、さっぱりだった。親御さんに連絡してもらったが効果なし。今回もわからんかもなぁ……」
「それ、いいんですか? 諦めが早くありませんか?」
「いや、よくない。……でも、これ以上掘り下げるとなると正直微妙なライン、なわけで担任もかなりヤキモキしてる。ただ結局、前回の彼女の問題は1カ月の間に解決したみたいで、まぁサボる事は辞めたみたいだわ」
そう言いながら北条先生は頭をかく。不意に蘭の過去を聞くこととなった。彼女の身に何があったのだろうか? 掘り下げていい過去とよくない過去はある。私の場合は2年前の出来事は掘り下げてほしくない。彼女にとってこれは掘り下げてもいいものなのだろうか……。正直悩むところだった。
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夕焼けの表現方法
「まぁ、美竹の件はさておきだ……」そう言いながら北条先生が急にソファから立ち上がり、事務机に置かれたプリント用紙を1枚持ってこちらに戻ってくる。
「望月に頼んでた卒業アルバムの件だけどな」
「ああ、あれの事ですか……」
正直、もう思い出したくない。毎月ある一定の枚数を撮ってはそれを提出する方式はよいと思うのだが、できる限り自分でチェックしなければいけないという『おまけの仕事』がついてきた。一度未チェックで提出したら、北条先生を通じてちゃんとチェックしろと怒られた。
普段滅多にプリントアウト何てしないので、自分の写真をチェックする何て所業は自分のレベルをしっかり見つめ直すという苦痛にまみれたものだった
「チェックご苦労というか、お疲れさん。校舎素材としては十分集まったぞ」
「それはよかったですね」
ようやくこのめんどくさい作業からの脱却だ、心の中でガッツポーズをする。もうあの見えない納品量のためにひたすら撮影をし続ける地獄から解放されたのだ。実際何カットぐらい撮ったかなんてもう覚えてない。もしかしたら同じ構図を何回も撮ってるかもしれないが、そんなの知ったことではない。こちらとしてはひたすら撮り続ける苦痛を味わったのだ。あとはそれぞれのプロの方には頑張ってもらおう。
「それでだな、結構なデータ容量だったからこっちでさらにフィルター通して被りの除去をしてほぼノー編集で使う事になった」
「はぁ?」
枚数を考えるとバカみたいな枚数になるはず、被りの除去をしたところで枚数がそう簡単に減るとは思えない。今年の羽丘中等部の卒業アルバムを辞書にするつもりなのか?
「紙に印刷したら、伝説級の卒業アルバムですね……」
「ああ、そうか。知らないんだな」
北条先生は私がなにを知らないというのだろうか?
「卒業アルバムはDVDでの渡しなんだよ。顔の入った冊子とは別に渡してる」
「聞いてないですよ! それって、ほぼ生データに近いじゃないですか……」
「聞かれてもいないしな。今、業者さんがひたすら最終チェックして校正してるよ」
頭を抱え込んだ……。そりゃ写真は撮ったが、どうせ20ページかそこらだろうと鷹をくくってたのが悪かった。運が良ければ載るだろうのレベルで流して撮ったものだ、ほほ全部が採用とかあり得ない……。頭が悪いんじゃないか? いや、この際そんなものに載せるのはいいが……、果たしてみんながあの写真を見て感動するところとかあるのだろうか? 私だったらあの写真を見てもなんとも思わないぞ。
「ホント、何を考えているんですか……」
「後な、卒業式で今回は特別にプレビューを流して公開する事になってるよ、校舎をテーマにしたデジタル写真集ってやつだな」
「……」
「そんな睨むなって。出来がそれだけよかったんだ。ほれ、これが案内に撒く予定のプリントな」
もう何を言われても驚くまい……。提出したものが勝手に採用になって写真集になるなんて誰も思うまい……。私はため息をつき、この憤りを投げ捨てる。受け取ったプリントには『写真で振り返る学び舎』と称して何やら細かく詳細が書かれていた。
「ちなみに望月の名前は出てないぞ」
「当たり前です。ただでさえもう既に写真撮ってる人って校内で思われてるのに勘弁してください……」
「適材適所なんだよ」
プリントを応接セーブルに置きもう一回ため息をつく。
「まぁ、そんな訳でご苦労さん」
「もう二度としません。趣味で撮っててこんな大ごとに巻き込まれるなんて……、もう帰っていいですか?」
「おう、待て待て。もうちょっとだ。望月は高校に行ってからも写真を続ける気はあるのか?」
精神的に疲れたので今日はもう帰りたくて仕方なかった、が、北条先生は帰してくれない。高校で写真を続けるかだって? そんなの……
「続けるに決まってるでしょう……。これからも撮りますよ」
「それはプロになりたいと思ってるからか?」
「いいえ。プロになりたい訳ではないです」
「じゃあ、何のために写真を撮る」
「趣味っていうより、もう私の日常なんで……。それにカメラを通じて、私の生きている世界は案外小さいな……って思わせてくれる。見える幅が広がったっていうんですかね? そういうの感じたんで別に有名になりたい訳じゃなくて、ただ撮ることができれば満足です」
「そっか……。うーん、どうしたものかねぇ」と言いながら、北条先生は頷きながら何かを考え始める。まぁ、それなりに変な事は言ってるだろうが見える幅が広がったのは確かだ。ただ歩いてる道ですら、違う角度からの画面を見て、見える切り口をたまに考えてしまう。日常的にカメラを持ち歩き始めたら、そういう感覚的なものが磨かれた気がする。普通の自分じゃおそらく見る事なく終わっていたもの。新たな見え方、それが楽しい。
「高校に入ったら、どっかの部活とニコイチにするか……」
「別に部室なんか貰う気はないですよ? 今まで通り腕章をくれるならそれでいいです」
「そうかぁ? 中学は完全にノリだったから、ちゃんとした受け口作って、部活動として動かした方が目立たんだろ? んー、ああ。あそこも部員が一人だしそことくっ付けるか」
まぁ、奇異な眼で見られるのは慣れているが高等部には外部入学も多くなる。確かにちゃんとした体を保った方がいいかもしれない。
「まぁ……。校長肝いりの腕章は目立ちますしね。お任せしますよ」
「じゃあ、天文部と合体かなぁ……」
「……天文部? そんなのあるんですか? 高校で星を見に行くんですか?」
「……まぁ、そんなもんだ。ところで、望月よ? あの梯は何に使うんだ?」
なんか、あからさまに話をそらされた気がする。まぁ、高校の事は高校で考えよう。今は屋上写真を一枚完成させたい。
「屋上の塔屋の上に登ろうと思いまして……」
「おいおい……、事故だけはシャレにならんからやめてくれよ……。今から撮るのか?」
「もちろん。撮りますよ、用務員さんが帰る前に撮らないといけませんので」
「……一緒に行くわ。梯を持たせて階段から落ちた何てシャレにならない……」
◆◆◆
結局手伝いを断ったのだが、高所に上ると言う事なので万が一の事があっては何なので、北条先生に屋上に梯を設置してもらい塔屋の上に登る事となった。
本日2回目の屋上。昼もそうだったが、放課後の屋上には相変わらず人気が無い。そして、思った以上に冷たい風が吹いてる。
「さむっ、ここでマジで撮るのか?」
「もちろんです」
北条先生は肩を震わせている。寒さについては想定内だった。鞄からジャージを取り出し、スカートの下に履く。ブレザーの下にジャージを着こみブレザーを羽織る。多少着ぶくれするが、ブレザーはそこまでジャストフィットじゃないので多少余裕があるからできる事だ。
「とてもじゃないが、来年花の女子高生になる奴がする格好じゃないぞ?」
「そうですかね? でも、これ暖かいですよ?」
「いや、そうなんだろうが……。まぁ、いいや」
そんな感想を北条先生が述べるが私自身は背格好など気にしたこともない。そもそも私にそれを求めるのはいかがなものだと思う。
北条先生が塔屋の裏側にあるタラップのところまでさっさと歩いて梯を広げる。
「出来るだけ早めに決めてくれると嬉しい」
「どう見えるか? からスタートなんで……。ちょっと時間いるかも知れませんよ?」
「くっそ……やっぱり来るんじゃなかった」と苦い顔をしながら独り言ちる、北条先生をほっといて梯を登りタラップへと移動する。手に鉄製の冷たい感触が伝わる、数段登るとあっという間に塔屋の上に上がることができた。
(ちょっと汚れてる……けど、誰かが居た痕跡はばっちりあるなぁ……。『るん』の先輩かなぁ……)
塔屋の上には、黒い砂埃が隅の方に固まっているがタラップ周辺はそこだけ誰かが踏んだのか、靴跡がばっちり残っていた、しかし今はそれを気にしても仕方ない。
「After Glowの歌ってたのは……、こっちか……」
彼女たちが居ない屋上を高い目線から眺める。思っていた以上に俯瞰撮影をするには良い場所だ。遠くの街まで見る事ができる。それでいて角度的にうまく隣の校舎が見えずにそのまま空にが見る事ができる。
(……いい。『ココ』はすごく。)
壁にぶつけるのを防止するためにストラップを伸ばし肩から斜め掛けしていた一眼レフを構える。ある程度、広角のによる余計な映り込みを気にしつつも斜めに切り取って空を大きめに写す。こういうのは鳥瞰というのだろうか? と考えながらも何枚かシャッターを切っていく。背面液晶を見ると雲が映ってる写真が映し出される。
「雲か……」
ゆっくりと沈んでく太陽の光を反射しながら黄昏時を作り出す空に走る雲がいくつものあった。
(手持ちでどこまでやれるかな……)
肘を塔屋の縁に置き体重を肘を中心にのるようにする。そのままカメラを手で固定し、押し込みすぎないようにシャッターボタンを押し、『カシャ……』とシャッターを開く音が聞こえる。体が震えてしまわないようにゆっくりとシャッターが閉まるのを待つ、力が入りすぎず抜きすぎない、自分自身の体が冷たい風と溶け込んでしまうような……。そんな手持ちでのスローシャッターを切る、やがて『カシャン……』と静かにシャッターが閉まったの音が響く。背面液晶に現れたのは雲だけが流れた屋上の一枚の写真。黄昏時を流れる雲は黄色とオレンジの境目の色を見事にグラデーションがかかっている。
(あの時みたいに焼けたような赤じゃないけど……、これはこれでいい写真)
『ボケ』た写真ではなく、はっきり見える写真。舞台はしっかりと映る。彼女たちが『ボケ』る理由はやっぱりきっと別にあったんだ。そして赤くないのはきっとAfter Glowが居ないから。あの時の重苦しい空気は蘭が居ない事でできた空気だ、だからあの空気はもうないはず。蘭の抱えこむ問題はわからない、が、不安定な蘭が居たとしてもまた輝きだすはず彼女たちはAfter Glowなのだから、空の赤は光が大気に散乱して生まれるてくる色だ。きっと輝くはずなのだ。
そう考えると、この写真でストーリーが一つできてしまいそうだ。写真でストーリーを書くなんてありきたりだけど、ストレートな感じがして悪くは無いね。まぁ、だとしてもまだ彼女たちを題材にしたストーリーを書くにはまだ撮り足りないかも知れない。次に彼女たちを撮るならリハーサルだろう。この光景を見て気合がまた入った気がした。早速、スマホを取り出し次のチャンスであるリハーサルの日をAfter Glowに問う文章を書き、送信した。
「望月~。そろそろ下校時間だぞ~。ってか、寒いからこれ以上は勘弁してくれ~」
下から北条先生の鼻声が聞こえる。なんだかんだで、ずっと見ててくれるとは面倒見がいい先生だなぁ……。
「もう、降りるんで待ってください」
役目を終えたカメラをショルダーバッグのようにたすき掛けにして、タラップを踏み外さないように、一歩一歩を確かめながら、確実に降りていく。『るん』先輩のようにこの高さをリズミカルには降りられないわぁ……。結局、もたもたをしながら降り、梯は北条先生に任せて帰宅を促された。私はこの日ついにAfter Glowに会う事が叶わなかった。
◆◆◆
蘭はA組、つぐみ・ひまり・モカ・巴はB組、私はC組。彼女たちはAfter Glowであって、私は観測者。彼女たちは演者であって、私はいいところ記録係。だから、まったくやることも別であって、私には私の課題があった。それぞれがそれぞれの課題に挑む。クラスが違い、合同になってもC組がD組と混じるためA・B組との接点が少ない。ましてや私には親しいと呼ぶレベルの友達は限りなく少なく表面でのクラスメイトを演じる事が多い。この点は反省すべきだろう。
コミュニケーションが取りづらかった。そういってしまえばそれだけだ。では、この眼前に広がる光景は何だというのだ? ファインダー越しに見える彼女たちの姿は、緊張を張り詰めて限界のような顔をしている。どう見ても初めてスタジオで見たような自然な動きじゃない、蘭が居なかった時のあの『ブレ』た動きでもない。彼女たちは人前でライブをするのは初めてではないはずだ、百歩譲って初めてっだとしても、これはひどく見える。堂々とした振る舞いをもっとすればいいのに、なんだというのだろう
『明らかにカメラが意識されている』そんな風に見える動き。私が動くとそちらに気を取られるように動く。そんな一瞬に音色が少し違う音が飛ぶ。動きがなんとなくぎこちない、レンズだけで追従をすると、こちらの動きを意識してなのか? ばっちりカメラ目線が交差する。
中盤に差し掛かって、袖だけでは収まりきらない正面への撮影。スタッフ出入口へ走り舞台からフロア最前線。煽りの構図だがここでもやはりミスタッチと思しき音が聞こえ、一定を刻んでいたはずのリズムが少し狂ったように聞こえた。
CiRCLEの地下ライブハウスに響く、彼女たちらしくない音。あの時に聞いた熱い音が鳴り響かない。変わって響くのは、色の無い音と時折、飛んで途切れてしまう音。彼女たちのちゃんとした音を聞いていた所為もあってか、あからさまなミスが飛んだと思った時にはピタッと演奏が止まってしまった。何がいったいあったというのか?
違う。欲しいのはそんなサービスじゃない。私はAfter Glowが撮りたいのであって、決して普通のガールズバンドを撮りたい訳ではない。
彼女たちが演じている『カルマ』という曲、私が犯してしまった『カルマ』。
私は気がつかなかった。私が彼女たちに作りだした『業』はこんなにも彼女たちを蝕んでしまったのか……。自分を過小評価した結果がこんな事になるなんて思わなかった。
先日、リザルトを見たところ本作はすでに10万字超えていて
改めて書くという難しさを痛感しました。本当に無駄な文章は無かったか?ちゃんと設定許容内か?プロットから外れてないか?自分の書きたいものを書いてるか?
日々、試行錯誤を繰り返しているところでございます。
そんな中、皆様にきちんと文章として届いているのか?不安に覚えつつ、書いていた物を改めて見直し投稿をする続けております。
そのため最近更新ペースが遅くなってしまい申し訳ございません。
また、先輩方の作品をしっかり読ませていただき、勉強をさせてもっております。
様々な素敵な作品が集まる中に私の作品がほんとに混じってて大丈夫なのかびくびくしておりますが……。
最後に。
先般、評価をいただく事が出来ました。
評価頂けることは作者としてとてもとても光栄な事だと思います。
評価を頂きありがとうございます。
今後もいただきました評価を糧にし、よい作品作りができたらと思います。
本日はありがとうございました。
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夕焼けの誤観測 1
2月最後の週末、いつものようにきちっとした時間に起きず惰眠をむさぼり、ぼーっとした頭がほどほどに冷めるのを待ってから、一階に降りた。いそいそと叔父が出かける準備していたのが目に入る。いつものようにスーツを着込むのでは無く黒のマウンテンパーカーを着込んでいた。おそらくアレは撮影用の恰好だろうな……と思いながらも叔父をスルーしキッチンへ向かう。
昨日、学校から帰宅すると既に叔父が帰宅をしており、珍しく土日が休みになった事を何度も聞いてもいないに自慢げに聞かされた記憶がある。そんな叔父を尻目に私が朝食に食パンを食べていると叔父はカメラを持ち出して来て、キッチンテーブルでこれ見よがしにレンズを数個並べメンテナンスし始めた。
メンテナンスといっても大掛かりなメンテナンスではなく、ブロアーで埃を飛ばしレンズペーパーとレンズペンで表面をなぞるくらいの軽作業だ……。
「……」
「……」
(あ、この食パンどこのだろ? いつもの食パンと違っておいしい……、今度どこで買ったのか聞い
てみよう……)
「……」
家政婦である友田さんが買ってきてくれた食パンはいつもと違い、カリッと焼けてもちっとした食感がありそこらへんのコンビニで売ってる食パンとは全く違った食感で非常においしい。
「あの……、まこっちゃん?」
「んー? なに?」
「いや、ほら……、なんかあるでしょ?」
「なんで?」
叔父さんはキッチンテーブルに突っ伏して言う。
「ツッコミしてよ!」
「だって、これってツッコんだら負けなゲームでしょ? そういうもんじゃないの?」
茶番を演じる叔父を放っといて、簡単なサラダと食パンを食べきり流しに食器を持っていく。叔父はすでに朝食を食べ終わっていたらしく流しには叔父の分の食器も流しの金ダライに漬けてあった。
(……めんどくさいわ。でも仕方ないけど洗うか……)
朝食の食器といっても、そんなに多いわけではないのでささっと流してしまおう思い、少なめの洗剤をスポンジに取り、軽く泡立てて叔父の分も含めて食器を手に取り洗い始める。
「まこっちゃん、僕・今日明日・お休みです」
「だから?」
「ふはははっ~、叔父さんとどっかに行こうぜ~!」
(また始まったわ……)
叔父の悪い癖だ、「どっかに行こう」は大抵目的地が決まってない事の方が多い。私はどちらかというと目的地が決まって、予め予定を立てて回るような旅がしたい派なので、行き当たりばったり旅が好きな叔父の旅の仕方はあまり好きじゃない。
せめて行き先さえ告げてくれたら、そこに行くまでの車中で検索がはかどるのに……。いつも謎の目的地なのだ。
「今9時だよ? これからどこに行くっていうのさ?」
「井ノ島とか湘南とか……山梨?」
やっぱり目的地を決めてないのね……。今の会話でなんとなく読めたわ、この人はただ今は車を走らせたいだけだ……。
さっきテーブルの上に転がしたレンズはブラフね。一人で行くと眠いからと私を巻き込もうとしているのだわ。一通り食器も洗いおわったので、拭きあげてさっさと今日はゆっくり自室で雑誌でも読もう。
「いつも通り、お一人様で行ってくれば?」
「それじゃ、全然面白くないじゃんか~。そんな嫌そうな顔しないで、叔父さんと一緒に出かけようよ~」
(子供か……)
「いやよ。目的の無い旅なんてまっぴらごめんです」
「ちっ……。そんな事を言う子には、僕のお古のカーボン三脚あげないよーだ」
カーボン三脚だって?なんてものを交換条件に出すんだこの人……。叔父の使う三脚は私が使っている三脚よりも高級品で何より太い脚をしている、私の背丈を考慮すれば高さは幾分背が高いのだが、脚の調整で何とかなる。何より、今の三脚では脚が細く、標準レンズを支えられてもサードパーティ製レンズを支えるとお辞儀をしてしまい、遠隔操作には向いていない。何より強めの風が吹けば倒れてしまう危険がある。
「叔父様、まさか……」
「ニュー三脚を買ったので、高校入学祝いに上げようと思ったんだけど……、そっか、いらないなら中古屋に持ち込んで、フルサイズレンズの足しにしようかなぁ……」
ピースサインを突き出しながらにやにやして居る叔父。背に腹は代えられない……というか、バイトして買えばいいかも知れないが……。タダで手に入るのであればそれに越したことはない。今回ただ黙って横に居ればそれでいいのだ、何も考えずに……景色を眺めていれば三脚が手に入るのだ。
「……着替えて来るわ」
「さすが、まこっちゃん! じゃあ早速、車を暖めてくるね~」
何と言うのか、自分自身でも欲望には忠実だな……っと思う。とりあえず2階の自室で寝間着から着替える。そろそろ春の服を出してきてもいいかなぁ……と思いながら、叔父のマウンテンパーカー姿を思い出す。
あの完全武装ぶりはおそらく夜通し撮る気でいるんじゃないのかしら……、新しい三脚買ったって言ってたし。まさか星でも撮影する気なのだろうか?
クローゼットに吊るされていたGジャンから手を離し、代わりに撮影用の青色のマウンテンパーカーを手に取る。
「万が一の場合を考えておこう……」
そう言い聞かせつつ撮影着を着込み、念のためダウン素材のインナージャケットも手持ちで持って自室を出ていく。あと、出ていく前に冷蔵庫でいつものセットを持ってかなきゃ……。
荷物を片手に1階に降りて外に出る前に冷蔵庫から缶コーヒーと栄養ドリンクを取り出し、適当にその辺にあったコンビニ袋に詰め、サイドボードに飾ってある3つのフレームに「いってきますね」と声を掛けてから外に出た。
「おっ、来たな? さすが、まこっちゃんだね。空気読んで完全武装じゃん」
「……」
よほどウキウキで居たのか、叔父は自慢の1BOXカーのエンジンの暖気を行いつつ、フロントガラスをタイヤの上に載ってスプレー片手に拭いていた。
白の大き目の1BOXカーはどう考えても2人でどこかに行くにしては大きすぎるといつも思ってる。私はいつも助手席に座るのだが、フロントガラスが大き過ぎてバスに乗ってるんじゃないのか? といつも錯覚させるぐらいの大きさが印象的だ。
「で、荷物は?」
「鞄と三脚くらい? ですかね、後ろに積みます。叔父さん、あとこれね」
叔父にコンビニ袋に入れた雑品を渡す。
「おけー、じゃあ後ろ開けるよー。おお、サンクス。コレないと運転しても疲れるしありがとね」
窓を拭いていたタオルをガレージの隅に置き、コンビニ袋を受け取った叔父は運転席の方に行く。私は私で背中に背負った荷物を後部座席に積み込み、助手席に乗り込みシートベルトを締める。窓を拭いた所為か、フロントガラス越しに見た空はきれいな空が広がっていた。
「んじゃ、行きましょうかね~、れっごー」
(これで30後半なんだよね……この人……)
◆◆◆
叔父は何も言わずに運転を続けている。時折、ドリンクホルダーに入れてある缶コーヒーに手を付けるて飲んでるが、かれこれ1時間半はぶっ通しで運転している。
私はというと、久々の遠出でだったので、普段ならスマホをいじっているのだがひたすら外の景色を眺めていた。ちらっと見たナビには最寄りの高速道路のサービスエリア情報が表示されている。
「叔父様、そろそろ一度休みましょう」
「ん? もうそんなに経った? 今どの辺だろ」
運転に支障がないレベルで叔父はナビに視線を流す。1時間半も走ればもはや、我が家のある県は遥か彼方だ。家を出てすぐに高速に乗って渋滞にも遭わずに走っているのだ、相当なところまで来ている。ナビに触り、ナビの情報を呼び出すとちょっと大き目なサービスエリアのようだ。あと30分ほどでそこにつく。
「どしたの?」
「叔父様、次のサービスエリアはちょっと大き目みたいですし、一度そこで休みましょう」
この車、広さがありシートもそれなりに座り心地もいいのだが、ずっと座ったままだと体は窮屈になってきた感覚に襲われた。どっかで伸びがしたいという思いも込めて休憩を申し出た。
「あれ? もうそんな時間なのかい?」
「かなり走ってるんじゃないの? 渋滞もなかったし、さすがに外に出たい」
時間としても12時前、休日の高速道路でありサービスエリアでの食事となると混むことは必至だ。せっかく遠出をしているのだ、ゆったりとご飯が食べたい。
「りょーかい、んじゃ次のサービスエリアに入ろうかねぇ」
「見落とさないようにね」
叔父は缶コーヒーを煽って、空になった缶コーヒーを私に渡してくる。足元に置かれたコンビニ袋から新しい缶コーヒーを取り出し缶の上にのプルトップを開け空き缶と交換する。この辺はいつも通りだ。
「サンキュー、さすがまこっちゃん」
もはやなんとも思わなくなったこのやり取り。はじめのころは何してるのかさっぱりだったがもう慣れたものだ。
「付き合わされる私の身を考えて、そろそろ結婚したら?」
「結婚? 無理無理、それは無理だわ。あはっはっはは~」
◆◆◆
サービスエリアでの食事を兼ねた休憩を終え、駐車場に止めた車のところまで帰ってきたところで叔父が不意に話を振ってくる。
「んで、例のアフターグロウだっけ? バンドの撮影は順調なのかい?」
「まぁ、どうなのかしらね……。撮影自体は順調かな。この間の件であのバンドは蘭が居ないと成立しないバンドというのはよく分かったつもりだわ」
「つもり? 本人たちに聞いてないの?」
「そこまで踏み込むことは撮るのには必要ないでしょ? 確かに人の心模様だって大事なのはわかる、だからこそAfter Glowがちゃんとバンドをしているのであれば十分な写真は撮れるはずだわ」
「……」
「……それに私だって話していない事はあるし、人に話したくない事はわざわざ話さなくてもいい」
「そっか。……なら、いいよ。時間かけてまこっちゃん車は平気になったしね」
叔父はそう言って運転席に乗り込む。
唐突に振ってきたAfter Glowの話。友達のバンド、私が観測するバンド。私自身がバンド活動なんてやったこともないし、何かを創作するほどの発想力もない、そしてバンドを通じて長い時間を彼女たちは過ごしている。彼女たちは私の持っていない物を持っている。それはとても羨ましい。改めて考えなくてもそれは嫌というほどわかっている。
叔父に聞かれて改めてそんな事が頭の片隅でよぎる。
(少なくとも彼女たちはいろんな壁にぶつかっては、どうするかを悩んできたはず。少なくとも私以上に……、それを仲間と一緒に。だからこそ……)
After Glowは一人として欠けてしまう事は出来ない。みんな同じ歩調で歩み続けているのだ。自分にできない何かを彼女たちはやってのけている。彼女たちはそれができる。
軽く左右に首を振り、余計な事を考えた頭の中の思考を置き去りにする、そんな事をしていると「ほれ、早く乗る」と急かす叔父の声がかかる。
「車の件は叔父さんがほぼ無理矢理乗せて回ったからですからね?」
そうこぼしてから助手席に乗り込む。シートベルトがつけたところ、きつく感じ一度緩めもう一度締めなおす。
「にしても、アフターグロウなぁ……」
車を走らせる前にナビでカーオーディオを呼び出して操作をする。何か音楽でもかけるつもりなのだろう。
「急にどうしたの? さっきからAfter Glowがどうかしたの?」
「あーいや、どんな音楽やってんだろうと思ってさ。うちの会社でもアマチュアオーディションのコンクールの真似事してるからさ。最近はガールズバンドも滅茶苦茶出てきてるからね」
「そうね、オリジナルもやってるみたいだけど、今は既存楽曲をカバーしてるわ。今度のライブの曲名は……なんだったかな、多分オーディオかけてたらかかると思うわ。叔父様も聞いたことあるはずよ」
「ふーん」と興味なさげに、再生ボタンを押し、車内にBGMとして流れ始めて車を私の知らない目的地へと走らせる。私自身あまり興味のあるアーティストや思い入れのある楽曲などなく、そこまで詳しくない。叔父がBGMとしてかけている曲もよくわからない。フレーズやテンポなんかには引かれるが、どちらかというと作業用BGMとして使う方が多い。集中するときの生活音を消すもの=音楽ぐらいの感覚だ。叔父は案外CDを大量に持ってた。引っ越してきたときに荷物の段ボールにぎっちり詰まったCDをみて「全部売ってきたら?」とつい言ってしまったのを今も覚えている。
景色は緑が多い山道にどんどん変わっていき、BGMの響きとタイヤが拾うロードノイズが絶妙な振動、フロントガラスから射すいい感じの日差しが相まって私は眠りについてしまった。
本日もありがとうございました。
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夕焼けの誤観測 2
私が次に気が付くと車はすでに目的地に着いたらしく、駐車場と思しき場所に停車していた。車のエンジンは止まっており、運転席に居る筈の叔父の姿は無く車のロックがかけられていた。
(普通、車に女の子一人を残して出ていくとかあり得ないから……)
叔父の悪態をつきながらドアロックを外す。助手席から外に出ると吹く風に潮の独特な香りが混じってがゆっくりと流れている事は感じられた。
後部座席の扉を開け、カメラバッグから一眼レフを取り出し首にストラップをかける。持ってきていた三脚をリュックに括り付けその場に下ろし、運転席側に回る。
(確かこの辺に……)
運転席の下側を覗き込み、ちょうど手が届くか届かないかのギリギリのところに黒い箱状の物が見える。それを力の限りに引っ張る、強力なマグネットで車のフレームに取り付けられており外すのには一苦労する。
「ほっ! ふんっ……」
「ガキッ」とそれなりの音を立てつつ、なんとか箱を外すことができた。フレームから外れた黒い箱を手元に引き寄せる。箱には数字を合わせるタイプの鍵が付いてる。いつも叔父が好んで使ってる数字を合わせると箱の錠は解除され、中から車の物理キーを取り出す。
(外されて箱を壊されたら、車を盗難されるんじゃないの?)
そんな事を思いながら、車に鍵をかける。もっともこの車には使ってないスマホをわざわざ取り付け、GPS有効化しているので盗難に遭ってもすぐに見つけられると叔父は豪語していたが……、果たして何処まで本気なのか。とりあえず、目的は果たせたので、物理キーを元通りに箱にしまい、鍵を掛けて車の下に再び取り付ける。
三脚をつけたのリュックを背負い、まずはどこかに消えた叔父を探す事にしよう……。一体ここは何処なのか? 不覚にも道中に眠ってしまっており何県に来ているのか不明な状態のままだった。何気なく見た腕時計はすでに時刻は16時を過ぎている事を示していた。
(スマホで近隣を探してみるか? 手っ取り早く叔父に電話するのが早いけど……)
そんな事を考えながら、ある程度歩くと砂浜に出た。思った以上に駐車場から近く、そんな場所に砂浜がある事に少し驚く。右を見ても左を見てもひたすらまっすぐに続く砂浜、自分が歩いてきたところを振り返ると、小さめの防風林なのか? 松らしい針葉樹が植わっており、向こう側には高速道路と思しきグリーンの道路情報板と大きなフェンスが見える。建物らしい建物がまるで見えない。波が若干強い感じで砂浜を濡らしており、細かい砂を巻き込んで何度も浜に打ち付けて白く泡立っている。
「ほんと、ここはどこなのよ……」
幸い一眼には普段風景を撮る用のズームレンズが装着しており、それなりの遠くまで見る事が出来る。無駄に歩き回るより、何か目標になるものがあった方がいい、そう思い一眼レフを起動させ、レンズをズームさせる。今居る位置から少し離れた位置にある小さい防風林と思しき場所にレンズを向けると、そこにカメラを構えてる人影が見えた。
「あ、居た。林の中から海に向けて撮ってるっぽいなぁ……」
何してるのかは本人に聞けば済むことだし、とりあえず叔父の居るであろう林の方に歩いてい行く。
「やほー、まこっちゃん。ようやく起きたの? ねぇ? この三脚すごくない? このズームレンズで全くお辞儀しないし、揺れないの。全然安定感も違うし、すんげーよ」
「車内に寝ている女の子を1人残して、どこかに出かけるのは非常識では?」
「いや、起こしたんだけどなぁ……。まったく起きなくてさ」
叔父は悪びれる事なく話を続ける。カメラのセットから見ておそらく新しい太い三脚にいつもの一眼レフを取り付けいつもなら手持ちになる少し大きい望遠レンズに取り付けて、レンズ前方のプロテクターを黒いフィルターに変更していた。
「もういいです……。で、ここはどこですか?」
「んー、石川県某所だね。ここで夕焼け狙いの1発勝負しよう」
「……はぁ、まさかこんなところに来るなんて思わないです」
石川県とサラッと言ったが、約半日かけてとんでもない距離を移動してきている事になる。そして、その距離から考えてこのまま夕焼けを撮るだけでは今日は終わらないのがよく分かった。
改めて、海の方に目を移す。波は砂浜に白く泡立って消え、泡立っては消えを何度も繰り返し、ゆっくりとリズムを刻み続けている。手前は波が立っているが沖合は日本海なのにそこまで荒れているようには見えない。今日は穏やかなのかも知れない。
「……沖は今日は穏やかなんですね」
「だねー、思ってたより風も無いし、白波立ってないから奥行きも使えそうだなぁ」
叔父は一通りのセッティングを終えたようで、もうシャッターを切り始めてる。
「もう撮ってるんですか?」
「あと1時間しないうちに日が落ちちゃうからね。時間つぶしにスローシャッター切ってみてる。穏やかだけど、波打ち際はそれなりに波立ってるし、モワモワした面白い写真取れそうだなぁ……って」
叔父が撮影を始めたらなかなか止まらないだろうし、私も準備するか……。背負っていたカメラバッグを下ろし、括り付けた三脚を外す。脚のロックを外して脚を手早く伸ばし立てる。レンズはどうするか……、叔父さんは望遠ズームを使ってるみたいだし……。あいにく望遠は手持ちに無いし……。
「僕のカバンに倍率違うけど、もう一本望遠を持ってきてるよ?」
ファインダーを覗き込みながら叔父は声をかけてくる。言われるままに叔父のカメラバッグを開けてみると、今叔父が使っているほどではないがそれなりの倍率の望遠レンズが出てくる。と言うか、魚眼やら単焦点やら……、いったいこの人はこの遠征に何本のレンズ持ってきているのかと少し呆れてしまう。が、その恩恵にあずかれるのであれば、この際は良しとしよう。
「じゃあ、お言葉に甘えて借りますね」
「どーぞー。あ、まこっちゃん? 今日は星も撮るからよろしくね~」
そう言うと思ってましたよ……。わざわざこんなところまで来て、夕陽の撮影だけだなんてもったいない。叔父の考えには賛成なのだが……。
「今更ですね……。ちなみにいい場所でも知ってるんですか?」
「いんや、知らない。けど、ここでも十分にいい星は撮れそうじゃない? だだっ広いから、星だけの絵になるかも知んないけどさ」
確かに光害は少なそうだが、高速道路には車が走っているから何とも言えない。林があるから避けるにはいいかも知れないが。
「まぁ、今から山登りをしたくないですし。スポットがないならここで撮った方が安全かもしれませんね」
「でしょ~」と言いながら、叔父は撮影を続けている。風がほぼ無いとは言え、やはり多少のブレがあるようで、何度も撮ってはピントを合わせ直している。
「あ、まこっちゃん。言うの忘れてたよ。ここで夕焼けを撮るなら連写セッティングにした方がいいよ〜」
「連写? なんで?」
「沈む瞬間にできるだけ夕陽を写すの。連写で水平に消えるていく瞬間を撮った方がいい」
「夕陽が沈む瞬間? 露出マイナスでも大丈夫かな?」
「あー、そうかぁ……。うん、もうその辺は運次第かな……。とにかく夕陽が消える瞬間の一瞬を抑えること意識してみて? うまくいけば今日の夕焼けよりそっちの方がすごいものが撮れるかも知れないからさ」
「私、そんなにラッキーガールじゃないのよね……」
叔父のアドバイスは何を目的としたものかいまいちピンとこない。とにかく連写で消える瞬間を抑えればいいらしい。三脚に固定した一眼レフのファインダーを覗き込む。奥行が使えるのであれば、縦に画面を切ってもいいかも知れない……。もしかしたら夕焼けの中にまっすぐ伸びる夕陽の光が撮影できるかも知れないが……。縦画像はあんまり好きじゃないんだよね……。
ファインダーから眼を外し、縦構図のセッティングを整えていく。叔父ももう間もなく始まる夕焼けのためにセッティングを整えていく。
「……」
「……」
お互いに無言。わざわざセッティングを聞くほどの事ではない。一発勝負と言っても勝敗を決める第三者が居るわけではない。勝負と言う名前をした共通テーマを撮るだけの事だ。批評よりも視点の違いを見るというのがメインの物だ。綺麗な夕焼けに立ち会えるのは非常に稀な事だ、気象条件などもそこには要因する事が多い。天気を読み解きながら、私と叔父は何度も夕焼けを撮影しては撮って出しを見せ合っているが、叔父はフットワークを生かしだいたい大人げない夕焼けの撮り方をしてくる。
カメラの操作や専門用語がよく分からないときは逐一メモを取っていたが、撮影の最中にメモを取ることはもう辞めてしまった。撮影してる時間を長くするため、あらかじめ予定したセッティングをメモし、それを見る事はあっても撮影の最中にメモをするとシャッターチャンスの時間を減らされてしまう。
夕陽は沈み始めると途轍もなく早い。瞬間瞬間に同じ表情が無い。常に変化を続けていつの間にか水平へ消えていってしまう。
赤く見える空は、太陽光が散乱した光の残光。太陽との距離が遠くにあるからこそ、空は赤く染まり夕焼けになるのだ。近くにいるといつまでもAfter Glowには出会う事は出来ない。
ならば、最も赤く美しい空を見るためには?
羽沢つぐみは言った「After Glowの『形』を撮ってほしい、違う目線で見てみたい」と。
(After Glowの『形』を撮る方法……)
ファインダーから再び眼を外し、眼の前に映る赤くなりつつある世界を見つめる。場所は違えど何度も撮ってきた夕焼け。
始めは青い空は色を混ぜながらゆっくりと赤い色に傾いていく。やがて空は赤一面に変わるが赤を注ぐ源はやがて消え、後に残された空は赤を失って紫からやがて黒に変化していく。黒にとらわれた空はそこに輝く星を映し出す。
取り残された私は変わりゆく空に少しの寂しさをいつも覚える。ただの気象現象、明日にはまた「似た物」が私には与えられる。同じ空でも模様が一致する事は無い。ずっと変わり続ける。同じ物を見ていても人によって見え方が違う。それは叔父との勝負でよく分かっている事だ。
(私にしか見えない物を撮る、ただそれだけ……)
ファインダーを再度覗き込み、今にも遠く彼方の水平に沈んでいきそうな夕陽が海にそのオレンジと赤の混じった光の足をゆっくり伸ばす。海面は穏やかで、その伸びた1本の足をひたすらキラキラしながら引き延ばしてく。レンズの倍率を下げ、ピントを再度取り直しシャッターを下ろす。三脚の補助のおかげもあるがシャッタースピードが遅くとも、映像はよほどの事がなければブレない。お手本のような写真だが、これはこれで撮る価値はある。癖のある写真を撮るのも楽しいが、こういう教本のような写真もまた撮ってみると奥が深い。自然現象相手にすると特にそうだ。背面液晶を見る、思ったイメージを撮れている事を確認する。眩しさが先ほどよりましている。あまりファインダーを覗き込んでいられない。
(次は落ちる寸前……)
何枚か撮った後、写真を見直す間もなくカメラの設定を連写設定に変更する。半分以上、水平に漬かった夕陽にカメラを向けシャッターを切り続ける。
(一体これで何が撮れるというのだ?)
シャッターが切り終わるたびに、背面液晶には沈んでいく夕陽が記録されていく。SDカードへの記録が終わる度に背面液晶に何枚もの写真が刻まれていく。
「真琴、そろそろだから準備!」
「もうやってるって……」
叔父が結構真剣だ。この連写に意味を見いだせないまま、ひたすら沈んでいくまで写真を撮り続けていく。私と叔父はその光が消える一瞬までカメラにひたすら収め続けていった。
◆◆◆
「結局、あの撮影はなんだったの?」
撮影した映像を見るために車に戻り、タブレットPCを起動させている叔父に最後の連写の意味を問う。見たところアレには何ら特別なものは無かったと思う。シチュエーションなどを考慮すればなかなかいい写真にはなったと思うが……。
「お。まこっちゃん、珍しく縦画像じゃん。なかなかバランスいいなぁ」
「ありがと。それより……」
「ああ、あれね。まこっちゃんは『グリーンフラッシュ』って聞いたことある?」
叔父の口からは聞いたことが無いような単語が飛び出る。夕焼けに『グリーンフラッシュ』? 言葉からすれば『緑の光』だろうけど……。赤や紫に変わった写真は見たことはなんどもあったが、緑色なんて聞いたこともない。
「何それ? 夕焼けが緑色にでも変わるの? それってレンズの誤反射じゃないの?」
「いやいや、その名の通り。簡単に言うと夕陽が落ちる瞬間に赤い夕陽が『緑』の光を出すんだよ。とても珍しい光景だよ」
私は叔父にそう言われ、改めて夕焼けの原理を頭の中で巡らせる。通常、夕陽との距離が長くなる日の入りの時間は青・緑といった光は空気の層で散乱されてしまい、残る赤が夕焼けを映し出す。その中で、緑だけが見える? そんな物があるのであれば、レアすぎる気象現象だ。
「待って、それじゃあ青はどこに行くの?」
「青は空気で散乱しちゃうね、緑の光と赤の光だけが届く世界になってようやく『グリーンフラッシュ』は見れるのさ」
「それ、こんなところで見れるの?」
「気象現象だから条件次第かな? でも、ここは成立したことあるみたいで観測されたことがあったんだよ」
仮に見えたとしたら、それはとんでもない条件がそろった時に『光る世界』だ。それこそ、一生に一度、巡り合えるかの『光』。そんなものを見にここまで来たのか……、この叔父は。
「ねぇ、今日の目的って……」
「レアな気象現象は見れるのか? の旅だよ?」
(そんなもの簡単に見れるわけないだろう……)
あまりにスケールが大きすぎる話で、真剣に連写していた自分がばかばかしくなる。叔父はタブレットPCをひたすらフリックしたり、明瞭度を変更しながら、一枚一枚丁寧に見る作業をしている。
「そんなレアなもの撮れてるわけないじゃない。もし撮れていたらこのまま地方紙に売りに行くわよ……」
「ん~。チャレンジしないと撮れる物も撮れないよ。まずは写すところをしなきゃね」
「確かにそうだけど……」
「まっ、知っていたところでそれが撮れる物なのか? 否なのか? って言われると困っちゃうけど、知っていたら何度でもチャレンジできるでしょ? いつか撮ってみたいんだよね~」
叔父は肩をすくめながら、BGM代わりに車のオーディオを再生させてタブレットPCで確認作業に戻る。チャレンジねぇ……簡単に言ってくれるけど叔父の言う『グリーンフラッシュ』はレアな条件が整ったところで、さらに運に任せるような物凄くギャンブルな気がする現象に聞こえる。カメラバッグからスマホを取り出し、試しに『グリーンフラッシュ』の画像や現象を調べてみる。確かに国内でもそれなりに観測はされているようだったが、撮影画像がそこまで多くない……。
(この叔父はこの結果を見て、ここに来たのか? それとも現象と場所だけ教えてもらってきたのか……)
はぁ……、と長い溜息をつき。SNSの新着メッセージの問い合わせをする。その時、不意にBGMで流れていたカーオーディオから聞いたことのあるギター音から始まる曲が流れ始めた。
「だぁー。ダメだ、黄色に見えても緑には見えやしない!」
「叔父様、ちょっと黙って!」
叔父が膨大な枚数の連写写真を前に限界が来たのか、タブレットPCをひざの上に置き大きく伸びをするのを黙らせる。曲自体は男性ボーカルだから楽器が奏でる音は違うが、歌っている歌詞、リズムは確かにこの曲だ。
「叔父様、この曲は何て言う曲なの?」
「あー? んとねー『カルマ』って曲だよ、なんでまた?」
「After Glowが今度やる曲なのよ、オリジナルはこんな曲なのね……」
私は新着メッセージを震えて知らせるスマホを手に持ったまま、その男性ボーカル曲が終わるまでしっかり聞き続けていた。
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夕焼けの誤観測 3
「へぇ~『カルマ』を演奏するんだ。原曲キーでやるのかな? 蘭ちゃん達、割と渋い曲を選んでくるね~」
『カルマ』って何だったけ? 何かの宗教的な言葉だったか……。淡々と歌っているかのようで、抑揚がすごく込められたその曲は叔父の手によってリピートをかけられる。
「叔父様、この『カルマ』って言う言葉はどういうの意味なんですか?」
「『カルマ』は『業』って意味だね、『行為』もそこに含める感じだったかな。いろんな考え方があるけど、簡単に言えば今の状態は因果応報ってことだよ」
「因果応報……」
「そう。因果応報。過去も含めて行った事はすべて今に帰ってくる。宿命とか運命的なものかな」
叔父はそう言い、タブレットPCでの検索結果を見せてくる。なるほど、道理でよく知っているんだなと思ったが、今検索した内容を掻い摘んで私に聞かせていたらしい。眼の前の画面には丁寧に解説をしたページが広がっていた。
「蘭ちゃんの歌う『カルマ』か~、一回聞きに行ってもいいかもなぁ~」
「……それで叔父様、『グリーンフラッシュ』はもういいの?」
先ほどまで叔父は必至で私たちで撮った写真を見ていたはずだ。作業を途中でやめたのを思い出したのか、叔父はタブレットPCを私に向けるのをやめ、写真編集ソフトを立ち上げフリックを進めては画面の微調整を進めている。
そんな叔父の姿を見ながら、先ほど確かSNSメッセージを問い合わせしたスマホを確認する。昨日の夜にAfter Glowのリハーサル日程を確認していたはずなので、もう回答が帰ってきているはずだが……。
◆◆◆
「ええ。今、石川県に居るの。ちょっと私の保護者が暴走してね……」
『まじか……、残念だったな。もしよかったらと思ったんだけどな』
「ちょっと時間は読めないけど、夕方には何とか帰れると思うから、CiRCLEには一度顔を出すわ。もし練習に間に合ったら飛び込みで行くから……。でも、期待はしないで、さすがに不眠不休で車を走らせてもらうと事故の元だから」
『わかった、蘭たちにもそう伝えておくよ。あとさ真琴。その……、あの……さ』
電話越しの巴の歯切れが急に悪くなった。さっきまでとは違って何か真剣に話をしようとしているようだった。
「……大丈夫よ。ちゃんと言葉が出てくるまで聞くからゆっくり考えて?」
『……蘭のこと、ありがとな。蘭が戻ってきて、あんまり詳しくは話てくれなかったけどさ、蘭の顔はちょっとすっきりした感じだったよ』
なんだ、そんな事か。彼女たちにとっては大きな起点には間違いなかっただろう。それは写真を通じても、音を通じてもよく分かっているつもりだ。
「どういたしまして。でも仲良くしなさいよ? 折角のチャンスなんだからね」
『わーってるよ……。……、ほんとにありがとう。おかげでまだAfter Glowは続けられそうだ』
「……そうね。それならよかったわ。いい演奏を期待してるわ、それじゃあ切るわね。おやすみなさい」
SNSには巴からリハーサル日と急遽のスタジオ練のメッセージが入っていた。どうやら前回の空振りに終わったスタジオ練習を再度やり直そうという話になったらしく、CiRCLEに連絡したところ明日の昼からの分がキャンセルで浮いていたところを渡りに船で借りることができたそうだ。
残念ながら県外に居る私には明日の昼に間に合わせるのは難しいだろう。今からまっすぐ帰るわけでは無く、これから夜の星を撮影する事になるのだから……。そうなると、おそらく車で一旦仮眠を撮る事になる。そうしたら、家に帰るのは昼どころ夕方も怪しいところだ。
「お電話は終わりかい?」
「ええ、明日の昼からAfter Glowが急遽スタジオ練習をやるそうよ、この前の分を取り戻すんだって」
「ありゃ……、なんか悪い事をしちゃったなぁ」
叔父はファインダーから眼を離し、舌をべーっと出しながら肩をすくめる。別に予定が被る事は仕方がない事だろう。私だってずっと付きっ切りでAfter Glowの撮影をしているわけではない。
「仕方がないわ。今はこの星を撮る事の方が重要よ、それに今日は写真を撮りにここに来たんだから」
空に目を向ける、そこには雲一つない空が広がっていた。気持ちいいくらいの空だ。この空はおそらくそう簡単には眺める事は叶わないだろう。耳を澄ますことで聞こえる、波がうち消えていく音、眩しいくらいに光る星屑。本来ならあるはずの月の明かりも幸い今日はそこまで明るくない。撮影する方としては絶好にモチベーションが上がる状況だ。
「まこっちゃんはほんと好きだよね……カメラ」
「カメラが好きってより、このパノラマの様に展開された空を見てそれを打ちとめる機械があるなら、誰だってそうするはずよ」
自分のセッティングしたカメラのファインダーを覗き込み空に向けたレンズを通して、空を観察する。遠くにあるいくつもある星々から一つに絞り込みズーム限界まで広げ、ピントを合わせた状態のままズームアウトまで引き下げる。
あとはシャッタースピードの設定だけだ。どれくらいの時間、シャッターを開けられるかで星空の撮影は決まってくる。もちろん他にもテクニックはあるのだが、今日はこんなにいいシチュエーションなのだ、変に盛り込みすぎては折角の星が台無しな気がする。
「……」
ちらっと叔父の方を見ると、どうやらバルブ撮影をしているらしい。レリーズをカメラに取り付けブレの原因にならないようにカメラに出来るだけ触らないよう、レリーズについているタイマーで撮影をしているようだった。タイマー音に合わせてシャッター音がしているが、かなりの枚数を撮っている。
「叔父様、それ何してるの?」
「ん? 星の軌道写真を撮ってみようと思って」
「軌道写真? だったらレリーズでシャッターを開けっぱなしにするんじゃないの?」
「普通はそうなんだけど、ちょっと変わった現像をするんだよ~」
「ふーん?」と思いながら、現像したら実物を見せて貰った方が早いだろう。叔父のテクニックを横目に自らの撮影を続けていく。私はレリーズを持っていないから、カメラ本体のタイマーを使い撮影にインターバルを持たせながら一枚ずつ撮影しては背面液晶に映しだされる画像を頼りに、星が流れていないかチェックをしてシャッタースピードの微調整を続けていく。
この日の撮影会は叔父と二人で黙々と深夜まで行い、叔父が座りこんで寝てしまいそうになって、お開きとなり車中泊と相成った。
◆◆◆
翌日朝からやってる温泉施設を探し求めさまよい、結局高速道路に乗ったのは11時を過ぎる前だった。
「思ったより遠いんだよね~、北陸って」
「ですね。今度はゆっくり回りたいですね」
「だねぇ~。でも、この時期じゃないと雪でこの道が駄目だもんなぁ……」
「スタッドレスタイヤをそろそろ買いますか? ついでにチェーンも」
「うーん、そろそろ買った方がいいかもなぁ……。でもなぁ~、タイヤ取り換えるのって手間になるし……」
二人して他愛もない事をぼやきながらも、着実に家の方角へ車は走っていく。行き道はほとんど見ていなかった景色ばかりでゆっくり見たいところなのだが、今日はAfter Glowのスタジオ練習もあるためかどこかソワソワしてしまっているのも事実だ。折角の温泉設備も正直カラスの行水なみでしっかり湯船に浸かることなく出てきてしまっていた。叔父も私のソワソワ感を意識をしてくれているようで、思ったよりスムーズに車は進んでいく。
「叔父様、少しペースが速いと思います。もう少し落としてもいいんですよ?」
「そうかなぁ~? これでも法定速度は守ってるけどなぁ……」
「さっきから走行車線の時間が長いですし、そんなに慌てなくてもいいです。CiRCLEにはどのみち間に合えばいいなぁ……の話ですから」
「そう? まぁ、あんまり無理しないようにするよ」
下手に事故やトラブルに見舞われると今日帰るだけでも精一杯だ。できる限り焦る気持ちはすりつぶして、叔父には安全第一で運転をしてもらいたい。これからかなりの長旅になるのだ、出足をくじかれるとこの後長距離になる運転にも差し支える。
スマホを取り出しニュースを見るついでに、メッセージもついでに確認をする。ひまりから『蘭がちゃんと来たー』と言うメッセージと写真がデコレーションされた状態の画像が添付されていた。画像には黒髪のギターを背負った後ろ姿を盗撮した画像が送られてきていた。
(ばっちり盗撮してるじゃん……)
その画像を見て私の口元が少しニヤけてしまったのか、目聡い叔父に見つかった。
「なに? まこっちゃんなんでそんなに幸せそうな笑み浮かべてんの! そんな楽しい事あったの?」
「べつに……、ちゃんと蘭が来たってメッセージが入ってただけですよ」
「くっそー、その顔を写真に撮りたいけど手が離せないじゃん!」
いや、安全運転をお願いしますよ……と心で思いながら、ひまりに『蘭に怒られるよ?』とメッセージの返信を打ち込んで置いた。
◆◆◆
結局、叔父がかなり頑張ってくれて奇跡的にCiRCLEには17時に到着することができた。叔父には先に家に帰ってもらいCiRCLEの入口ドアを開く。
After Glowのメンバーは既に帰宅をしていたがなんとなく状況は聞いておきたかった。
本人たちは十分に練習できた事はメッセージが来ていたが、念の為に第三者である月島さんから状況を聞いてみても悪くないだろうと思い足を運んでみた。
月島さんが居るであろうカウンターの方を見ると、紫色のロングの綺麗な髪をした少女と月島さんが何やら話し込んでいた。
「あら? お客さんかな? って真琴ちゃん、やっほー。こんな時間にどしたの?」
「いえ、ちょっと気になることがあったから寄ってみただけです。私はそちらの方とのお話が終わってからでいいですから……」
「あ、ちょうどいいね~。真琴ちゃんちょっとこっちに来て」
月島さんはカウンターから出て、カウンター横の掲示板の前に来て何やらにやにやしながら、こっちに来い来いと手で仕草をする。なんか、嫌な予感がビンビンするのだが……。とりあえず、こちらとしても情報を知りたいので、仕方なくそちらに行くと一枚の白いチラシを月島さんが指で差す。
そのチラシとは『緊急募集 CiRCLE所属スタジオカメラマン』と題名を打たれた募集チラシだった。この前から私を何としても巻き込もうとしていたが、ついに門戸を開けて募集する事にしたのか……、程度で見ていた。
「カメラマン募集チラシ張ってみたの! どうかしら!」
「いや……どうかしらって言われても。ここにくる人は演奏するがメインですから、こんな所に貼ったところで、とても集まるように思えませんけど……」
「だって、これ真琴ちゃん向けのチラシだもん」
「余計に意味がわかりませんよ……」
内容は以前立ち話をした時と大きく変化はなかった。雇用条件も出来高をプラスするの変則アルバイトのままだった。ただ違っていたのは一際目立つように赤字で『選考項目』と周りの内容よりも少し大きめのポイントで記載されていた部分だ。
『選考を行うため、アーティスト・バンドが演奏している写真数点をお持ちください』
つまり、アーティストもしくはバンドのお友達が絶対必要なわけだ……。確かに、私にはAfter Glowというバンドをやっている友達は居るがこの選考のために写真を撮っているわけではない。
「今度うちのライブハウスで撮影する写真でさ、ぜひ応募して! お願い!」
「いやいやいや……。私、前からこういうのはほんとにダメだって言ってるじゃないですか! まだ中学生なんですからね?」
「4月はもう目の前じゃない! それにあなたがAfter Glowの子たちを撮った写真は、この眼で今日見たの、あの写真なら十分にやれると思うの! せめて、ここに通う子たちの斡旋だけでもしてあげたいの! お願い! 選考だけでもさせてくれないかなぁ……」
「斡旋って……、そんなの急に言われても……。私、ほんとに素人なんですよ? それを……」
カウンターで私と月島さんのそんなやり取りを横目で見ていたのか、先ほどまで月島さんと話していた紫色の髪をした少女がこちらにやってきた。なんか、すごい圧倒的に強敵感があって圧がすごいその人は、私の顔をじーっと見つめてくる。一体なんだというのだ。
「……あなた、うちの学校でカメラをいつも撮っている子ね」
「へ? あ、いやその……。すみません、どちら様でしょうか? どこかで会ったことありましたか?」
どこか冷たい感じを覚える少女。顔は蘭とは別の意味で鋭さを持った整った顔。ロングの透き通るような薄い紫の髪にゴシックな感じの服装がなんというかお人形のような雰囲気をまとわせている。
「直接会ったことはないわ。こちらが一方的によく噂に聞いてるだけ、私は湊友希那。羽丘女子学園高等部1年よ」
なるほど、確かに羽丘なら私の存在を知っている先輩が居てもおかしくはない……、良くも悪くも中高一貫教育なのだから、学校のどこかで出会っててもおかしくはない。特に私の場合はカメラを持っていろんな場所を撮影してきている。できるだけ中等部の学舎だけを狙ってはいたが、共用スペースなんかで目撃されることもあるだろう。そんな先輩がいったい私にどんな用だと言うのだ……。
先日、本作を執筆して初めて感想をいただくことができました。
改めて、感想を書くこととはどういう事なのかを実感させられました。
作中はこれからが本番というところまでようやく来れました。今回は内容的に少し駆け足感があるかもしれませんが、今後の課題としたいと思います。
本日もありがとうございました。
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夕焼けの誤観測 4
私と月島さんとの話に割り込んできた、湊先輩は自己紹介を終えた後、私に向かって軽く頭を下げてくる。その動作につられ私の自己紹介を簡単に返す。
「初めまして、望月真琴と言います。話的には既にご存知かと思いますが羽丘女子学園の中等部3年です」
「ええ、学校内でも有数の変人だと聞いているわ。カメラの腕はプロ級で確かだと月島さんから聞いているわ」
そう言われて、月島さんの方に目で訴える。また、この人は余計な事をしてくれて……。って言うか、私は高等部では変人で名前が通っているのか……。
ああ、高校入学前から早速クラスから浮きそうな予感がする……。いや、今も浮いてる状態だから変人なんて事を言われているのか……。別の意味でショックだ……。
「……あいにく私にはその腕がプロであると認識できるほどの鑑定眼は持ち合わせてないわ。ただ、私のCDを手に取ってもらえる機会や紹介される時の私の認知度を向上できればそれでいいの」
「はぁ……。すみません、湊先輩は一体、月島さんに何を吹き込まれたんですか?」
なんとなくの想像はできるのだが、一応言われた人間からちゃんと事情聴取ができるなら今後の展開に有利になれるだろう。
「次のロットの私のCDにジャケットをつけたいと思っているの。そのための人材としてあなたを推薦してされているわね」
「あちゃー」と手を頭に当ててリアクションを取っている月島さん。湊先輩が変に曲げずに情報を漏らしてくれたので明るみに出る状況。月島さんの方に向き直り、ちょっと怒りを混ぜながらふざけた応対をしているのを咎めるように視線を送る。
「……月島さん? 一体何言ってるんですか……」
「いやー、実はAfter Glowの子たちにあなたが撮ったって言う写真をもう一回持ってきてもらって……。ほかにも手の写真とかさ、前回は青葉さんがチラッとしか見せてくれなかったから、ちゃんと見たのは初めてでさ。その取れ高が良過ぎて、ここで騒いでたらその時間に居た常連さんたちにもバレちゃって……。いろんな人と話してたらさ、紹介してほしいって話になりまして……」
少し、しゅんとしながら尻つぼみになる月島さん。あー。もう状況がぐちゃぐちゃじゃないか……。CiRCLEの常連にバレるのは100歩譲っていいとして、なぜこのように湊先輩のような人達が出てくるというのだ。写真を褒めてくれるのは嬉しいが、ほかの人も撮ってほしいというのはさすがに躊躇われる。私はCiRCLEの常連でも無いし、専属にもなった事は無いのだ、そもそも完全に専門外の人間を担ぎ上げるのはさすがにやめてほしいなぁ。
「なんで、こんな事に……」
「ほら……、前に話したじゃない?CDのジャケット撮影してほしいって人はやっぱりニーズが広かったんだなって、私も今日改めて知ったわ……」
このままでは必然的に振り回されかねない……。私は写真を撮る事をそこまで崇高な儀式なんかにしているつもりはない、時間さえとお金さえあれば誰にだってできる事だ。この世界にはお金を貰って撮影する人なんて猛者がたくさんいる。それこそネット上には何人だって人を被写体にしたプロ級でありながら道を完全に極めているようなカメラマンなんて大勢いる。
「……だとしても、ちょっと話を盛りすぎです。私は今回が初めてまともに人を撮るのに……」
「だからこそ選考事項なんだよ! 実績としてこんな写真を撮ってるんです! って言う風に見せるための」
いや、そうだとしてもですね……、私自身は今はAfter Glow以外を撮るつもりはない。そもそもAfter Glowでさえも納得できる物が撮れる自信なんてこれっぽっちも無い。まずは目下、月島さんから間違いの情報を吹聴された湊先輩にはあと腐れが残らないように引き下がってもらおう。
「湊先輩。まずですね……」
「いい、あなたと月島さんとのやり取りでなんとなくわかったわ。どちらにしても撮影は誰かにしてもらいたいのは事実だから」
ええ……、あの状況を見ても話が変な方向に勝手に走り始めてるぞ……。湊先輩、ちゃんと私の事見てくれていた?
「私は音楽以外の事に時間をかけるのは無駄な事だと思っているわ。でも、月島さん曰く、CDを広く頒布していくのであればジャケットはあった方がいいと言われた。だからその月島さんが見込んでい……」
「友希那ちゃん、ちょっとすとーっぷ。そろそろ時間だからまた今度その話をしよっか~? ほら、スタジオの時間が始まっちゃうよ?」
湊先輩がしゃべっているところに月島さんが割り込んで、スタジオ貸出の時間を告げる。そういわれて時計を見ると確かにもうすぐ18時を時計の針は差そうとしている。
「だから、この話はまた今度ね? 私からちゃんと改めてするから」
「……わかりました。またCDの事はお世話になると思いますのでよろしくお願いします」
軽くお辞儀をして、紫の長い髪をなびかせて奥にあるスタジオの中へ湊先輩は入っていった。これから練習なのだろう……、が、その姿に少し違和感を感じる。
(なんで一人で入っていったんだろ? 普通はバンドとかじゃないのかしら?)
「彼女は結構高いところを見ちゃっててね……。周りが付いていけないの。元々のレベルは相当高かったんだけど、ここ最近は著しくレベルが上がってるわ」
私の目線を察したのか、月島さんはカウンターの方に戻りながら私の方に語り掛けてくる。
「もちろん耳の方もかなり良くてね、普通のバンドを組むだけでは彼女の要求するレベルには追い付けない。むしろ彼女が求める物が得られなくなるみたいだね、彼女が原因のトラブルもあったりするわ」
月島さんは何やらPCを操作して、無音だったロビーにBGMが掛かりだす。先ほど聞いた声ではあるがその声はまるで別人のような声。録音の関係かわからないが少々音がこもっているように聞こえるが、迫力は本物なのだろう、まったく褪せる事が無く広いロビーへ拡がっていく。
「これ、彼女のオリジナル曲よ。すごいでしょ? これがプロじゃないんだからさ……。今はまだバンドから声をかけられてライブには出てるけど、あまりにもレベル高すぎて出演数もぐっと減ってきている。早めにプロから声をかけてもらうか、彼女自らが主導のバンドを組むかをしないと埋もれちゃう才能だね」
どんどん前に出る事が減ってきていることに焦って、早急に知名度を上げてプロのスカウトに引っ掛けてもらう事をしなければいけないという事か。それもただ待っているだけでは伸びてきている実力を見せる事もできない。そのために他とは一線を引くためにジャケット撮影して露出を増やし、認知度の向上を図って、今の状況から何とか脱出したいというところだろうか?
「それでジャケット写真ですか……。あまりに安直過ぎませんか?」
「いいえ、彼女はこれ以上立ち止まっている事は出来ないわ。私が思うにこの辺のライブハウスでゲストボーカルを迎えるようなバンドはそんなにない。そんな中に知名度向上目的の彼女を迎えては彼女だけが離脱する……、そんな事がずっとできると思う?」
そんな消耗品的な動きでは、いずれどこかで帳尻が合わなくなる。機械を引き連れてバンドをする訳じゃない。そこには人が居て楽器を鳴らすのだ。彼女だけが目立って離脱を繰り返していては、いずれバンドを組んでくれるような人も居なくなって、彼女だけが取り残されてしまう。
「だから、今のうちにプロに売り込みをかける。そのためにはまず誰が歌ってるかわからないような白いジャケットじゃ意味がない。スカウトじゃなくこちらから売り込みをかけるなら『湊 友希那』って存在がステータスになるぐらいの知名度は必要だし。デモテープを送るにしても完成度が高いと注目を引きやすい。ここに置くにしても他に置くにしてもジャケットが付けば顔とその声の認知度は確実に跳ね上がるわ」
なるほど。彼女が写真を求めるのは分かった、だが、知名度を向上させるのであれば私のような人をまともに撮った事が無い写真では圧倒的に役不足だ。そして、それの吟味のためのモデルにAfter Glowを使う事は私としては進まない所だ。
正直、私の見解としてはAfter Glowは揺れていると思っている。巴が言ったように『まだ』続けられている、そんな状況だ。揺れて居るものの皆が前を向いてまた歩き出してる。彼女たちのゴールはどこにあるのかは分からない。しかし、今、続ける事の難しさに直面した彼女たちを下手な事で揺らす訳にはいかない。
「そうだとしても、私が撮る必要は無いですね? 本当に知名度が必要なら本物のプロに撮影してもらった方が彼女の良さは出ると思いますよ。ほら、衣装とかスタジオなんかもありますし……?」
私が月島さんの顔を見ながら話す。今までのような調子ではなくこれは本音の部分だ。私には人をちゃんと撮るための知識なんて持ってない。ましてや、いままで撮影スタジオや衣装の手配なんてしたこともない。
「言わなかった? あなたが撮ったAfter Glowの写真をみたって……。仮に不十分であったとしても、あなたに知識がなかったとしてもあの写真には私から見たAfter Glowをちゃんと抑えていた、仮にあの写真がまぐれだとしても、ここでそのまぐれが実力になるまでを撮り続けていけばいいのよ」
まぐれが実力になるまで……、その言葉は一瞬だけ私を迷わせた。今まで自然物・人工物相手の撮影をしてきた。中には自分のお気に入りの写真や人に見せるためのポートフォリオまで作成している。この数年のうちに自分の中で、写真と向き合ってひたすら休む間もなくずっと撮り続けた結果……、すべて積み重ねてきたものだ……。
「……だとしても、今はそこは考えません。今撮っているのはAfter Glowのためです。私はそんなに器用じゃないです。あと、このチラシは絶対に外してくださいね……」
「はい……」
◆◆◆
結局、月島さんとは意見が物別れに終わったような会話になってしまい、最後は月島さんが今回も話を折れるように誘導されて、そこにスタジオ貸出の人達が来てしまいうやむやになってしまった。
「人を撮るって簡単じゃないんだよなぁ……。お金をもらって撮るような立場でもないんだし……」
立場の問題だけではない。真摯にお願いをされたAfter Glowを撮っている内にほかの人を撮るような事になって、それがまた重なって……となっていくと一番懸念なのは期待を裏切る事だ、そして、期待を裏切るという最もわかりやすいバロメーターはクオリティーの低下だ。
折角、自分たちが作った曲にジャケットが付くというに妥協をしたクオリティーの写真を提供されればそれにするしか無い……、そういった事があってはそれは裏切りになる。
この役目はとても重いのだ……。NGならNGと言ってもらえるのであればいいだろう、だがそれに慣れていない人はどうだろうか? 写真の良し悪しを付けられない人に適当な写真を渡すわけにはいかない。私が妥協をすると、わからない人には妥協の塊を渡すことになり、そんな物をメインに使われてしまうと本当に望む物ではなくなってしまう。ずっとそんなプレッシャーがある中での制作など……正直あまり考えたくもない。なんだかんだと言い訳ばかりが頭の中を回り続ける……。そんな中でも足はちゃんと家に帰る方向に向かっていた。
我が家の玄関を開けると叔父が飛び出てくる。
「まこっちゃん~! おかえり~。ちょうどよかった! 今まさに写真が見つかったよ~」
「お、叔父様……、ちょっと落ち着いてください……写真ってなんの写真ですか」
叔父のテンションの高ぶり方にちょっとあっけに取られる。はて? なんの写真というのか、例の『グリーンフラッシュ』でも写っていたのだろうか?
「うん、僕が若かりし頃に撮影したオヤジライブの写真だよ!」
「はぁ?」
「ほら、この間言ってたじゃんライブを撮影したことあるか? って。この土日にPCつけっぱなしでずっと検索かけてたんだけど、ようやく引っかかってサルベージしてきました! しかも、拙いながらも現像してあってね~、いや見つかってよかった~」
叔父はピースサインを私に向けてくる。叔父が撮ったライブ撮影写真……。しかも、現像してある物があるって……。最近の物なら現像なんてよっぽどの事が無いとやらないはずなのに……。
「それ、一体どんな使い方をしたの? もしかして印刷にかけたの?」
「うん。僕も気になったから渡した本人に聞いてみたんだけど、その時に音源も録音していて個人製作のCDにしたらしいよ~。編集とか含めて全部を個人レベルでやったみたい。実データもばっちりもらいました!」
「どっ、どんなレベルまでやったの? それ、今すぐ見たいわ」
私は玄関で慌てて靴を脱ぎすて、素早く玄関に上がり叔父の背中を無理やりに押して階段を登らせる。もしかしたら何かのヒントになるかも知れない……。
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夕焼けの誤観測 5
結論から言って、現像といっても当時の叔父にはそこまでの技術は無かったようだった、写真の彩度・明度・シャープネスをいじって、写真をリサイズして多少小さくしても人物としての画像が崩れないようにしたり、不要な部分をトリミングしてある物だった。
「……」
撮影データに記載されているexifデータに記載されている撮影日から見ても叔父がカメラを始めて間もない頃の写真だという事がよく分かった。
そして、肝心の『この写真に写っているご本人』さまから届いたと思われるPCメールに添付されている画像データを開く。
そこには本人の赴くままに写真を一度印刷したものをハサミか何かで切り取ってフリー素材の背景などをうまく合成をして違和感がないレベルまで境界をぼやかしたり、直筆と思われるペン字でタイトルや録音日・曲名を書き込み、裏面はびっしりとセピアカラーに変換したと思われる何十枚もの写真を流し込み、ジャケット用のテンプレートにいっぱいに張り付けて仕上げたと思われる手作り感のあふれる内容だった。
「すごいよね~。個人でここまで作れるんだから……」
「叔父様、この人達を何枚撮ったの? なんかファイル名からして相当な枚数撮ってるみたいだけど……」
PCのウインドウに開かれているフォルダには相当枚数の現像されていないのデータが綺麗に整列されて並んでいた。さっきの手書きの収録曲から言って、確か5曲だったはず。
「んーと、多分150枚くらいは撮ってるんじゃないかなぁ……。この時、多分まだカメラの操作に慣れてないはずだからね。にしても、懐かしいなぁ~。この人さ、この時も危ういんだけどもうすっかり髪の毛が寂しくなっちゃってね~」
枚数的にはそんな無茶な枚数ではない。だが……、問題はその内容だった。明らかに暗い中をフラッシュ使わずに撮影してあるのは見てすぐにわかった。バンドはドラム・ギター・ベース・サックス・ボーカル兼ギターの5人で構成されたバンド。全員の演奏中のソロパートと思しき内容をしっかり押さえられている。写真をスワイプして送ると演奏中なのにカメラ目線を送ってくる猛者まで居た。そして、全員が滅茶苦茶に暴れているのがわかる。写真を送っていくとどんどん汗をかいている人物に変わって行っている。
中には完全にシャッタースピードが追い付いていないような被写体ブレを起こしている写真も出てくるが、視界深度はきちんとあっているため、それが逆にそのブレさえもいい味を出して激しいライブであった事を写真が証明している。
そして、ボーカルにスポットが当たった時は後方に下がり照明の明暗をしっかりと使い分けて、雰囲気を醸し出している。
時折、オーディエンスの方向にカメラを向けているようだが、敢えてシャッタスピードを遅くして、被写体ブレさせ顔をはっきりさせないものの、ノリに乗っている会場内を映し出している。
「これ多分、全部お手本通りの写真って感じだね~。今なら望遠使って、真後ろから撮ってるかもね~。うーん、敢えて魚眼使うのもありかもしれないな~」
(これがライブ撮影の基礎か……。これと同じぐらいの物が私にも撮れれば十分に素材になるってことか……)
検索すればそれなりの写真は見つけることはできていたが、ここまでの枚数を1バンドだけで撮影し、尚且つそれをジャケットにまで加工しているような物に出会えるとは思えなかった。
◆◆◆
叔父と叔父の撮った写真に関して色々と当時の状況を聞きながら、今まさにCiRCLEで起こっている状況についてどう対処をしたらいいかを軽く話してみる。
「別にいいんじゃない? って言うか、指名もらえてるならチャレンジしてみたら? なんでそんなに頑なに断ってるの? 素材データ撮るだけでしょ? まこっちゃんが得意な分野じゃん」
また簡単に言ってくれるなぁ、この人は……。と少し頭を抱えたくなる。叔父はそんな私には気を留めるでもなく話を続けてくる。
「前々から思ってたんだよね~。まこっちゃんはプロを意識してるみたいだけどさ、そんなの人の価値観だって。いや、プロは確かにすごい表現力とノウハウの塊だけどさ、アマチュアが撮っても感動してもらえる事はあるって」
「でも、私だって自分の実力は見極めているわ。人を撮り続けたところで、いつか自分の腕では満足できなくなるのは見えてる」
ネガティブな言葉を吐き出しているのは分かっている。撮る前から言い訳していることもわかっている。
「じゃあ、その底に見えている実力でなんでAfter Glowは撮ろうと思ったの?」
叔父にそう言われて言葉に詰まる。罪滅ぼし、夕焼けの「観測者」、美竹蘭に向ける自分の中の分からない感情、夕焼けへの「羨望」……、そんな様々な事柄が頭の中をぐるぐる回る。今まで彼女たちを見てきていて自分が感じたことを思い返しては、違うと心の中でそれらの事柄に赤いバツマークを付けていく。
「人を今まで撮った事がなかった真琴がなぜ彼女たちを特別視しているのか? 僕にはわからないな。でも、真琴にとってはAfter Glowは特別な物なんじゃないかな?」
特別……特別ってなんだ? 大事にしたいもの? 守りたいもの? 欲しいもの? 叔父の言う特別とはどういう意味での特別なのだろうか、今まで意識していないからこそ、改めて意識をする必要はあるのか?
「真琴に撮ってほしいっていうバンドはたくさんあるんだろ? その湊さんの件にしてもそうだ。だからこそ、ちゃんとそこを整理しておかないと真琴はAfter Glowとの付き合い方を間違えるよ」
「で、でも……。そう、私はお願いされたからカメラを……」
「真琴? ちゃんと自分の中を見てみなよ。君はお願いされたから撮るような人間じゃないよ?」
私の中の答え……。どうしてAfter Glowを撮るのか……初めては撮った時に感じたのはそれはとても眩しい物に見えたからで……。
「悩め悩め。悩みがあるうちはしっかり悩んどきな~。その方が学生してるって感じだよ、まこっちゃん」
先ほどまでは険しい顔をしていたはずの叔父は、にやにやといつも通りの笑みを浮かべてくれている。その顔を見ているとなんだか叔父の言葉で揺らがされた事が無性に悔しくなってきた。
応接テーブルの上に置かれているタブレットPCを手に取り、叔父が撮ったライブ写真をスワイプして流していく。
悔しいが、どの写真も演奏をほんとに楽しんでいる雰囲気を壊すことなく、自然と人が興奮していくようなそんな写真ばかり。見ていて飽きが来ない。構図もそれぞれバラバラなのに、一貫して楽しさを全面に押し出している写真。
「叔父様、やっぱり上手いですね。すごく臨場感ありますよ……」
「そう? まぁ~、この人達はほぼ毎週こんなのやってたからねぇ、写真とか撮られなれてるのもあると思うよ? 今でもたまにライブやってるからね~。このライブのコンセプトは確かね、『若いころにやっていた無茶をもう一度』……だったかな。バカみたいに弾けてて面白かったよ~」
なるほど、しょっちゅうライブをしてカメラマンを入れているなら、被写体慣れもするって事か……。だから、演奏しながらもカメラ目線をするくらい余裕を持っているわけか。
「……あら? これ、叔父様の若いころ?」
写真を進めていくと、先ほどのCDジャケットデータになっていたおじさんとニットキャップ風の帽子を眉毛が隠れるくらいに深く斜めに被り、黒いセルフレームの大きい眼鏡を掛けた青年が肩を組んでお互い舌を出しておどけてる写真が表示される。
「やめっ、やめろー! マジで、あのころは若かったんだ!」
無線マウスを使い、叔父は必死に画面に表示されたプレビューを消そうとしてくるので、こちらもキーボードですべての無線をカットし応戦する。
「ちょ! 待って! まこっちゃん、勘弁してよ!」
「あら? 叔父様、ピアス何て開けてましたけ?」
その身内の痛々しい写真をズームさせて、よく見ると叔父の左耳にピアスらしきものが光っているのが見える。
「それは20代で開けたやつだからー!」
「これが20代……」
仮にこの格好をしている20代の身内が居たら、できるだけ他人の振りをしておきたいところだ。
うん、叔父さんが落ち着いてからこっちに来てくれてよかった。
◆◆◆
昨夜、前に欲しいと言われていた夕焼けの中で撮ったAfter Glowの写真をプリントアウトして蘭以外の分を持ってきていた。
B組は大体その日の締めくくりのSHRがいつも長い。教室の前で待っているのもありではあるのだが、変な居心地の悪さを覚え昇降口の方へ足を向ける。ここなら彼女たちが出ていくところを見逃すことはないはず。
いつもなら首からぶら下げているはずの重さがない事に違和感を感じて、首に手をやりハッと気が付いてその手を下げる。
「やっぱり、カメラの重さがないと不自然だなぁ」
先日の湊先輩から聞いた「変人」の二つ名を払拭すべく、今日はカメラを持ってこなかった。普段の放課後ならば当然の様にカメラを持って走りまわる私の姿はそこにあっただろう。学年が上がるまでには何とかして二つ名は払拭しておきたい所だ。
昇降口に差し掛かったところで、手を挙げなら向こうの方から走ってくる北条先生が目に入った。
「おお、望月まだ残ってたか……助かった……」
「はぁ? どうかされたんですか?」
「いやぁ、よかったよかった。今、この間言って卒業式に公開するプレビューで流す用の写真の選定をやってるんだけどな?」
「……」
何だろう、今日の北条先生からは圧倒的に嫌な予感しかしない。
「選定を手伝ってくれ……枚数が枚数だけに、一人では手に負えん」
北条先生がそう言ったあと、天を仰ぐように上を見る。そこにはない校舎という壁に阻まれてガラス窓からしか見えない空を見ながら思う。
(最近、何かとやたら巻き込まれる事が多くなってるわ……)
そのまま北条先生に連れられて生徒指導室を仮作業場とした混沌としたデスマーチが開催されている特別会場へご招待された。
(After Glowにはまた今度写真を渡せばいいか……)
◆◆◆
既に一度業者から上がってきている写真は色調の調整やシャープネス・明暗度調整は終えており素材としての体を成していた。
その素材を2台のプロジェクターで、卒業式の最中ずっと無音で流し続け、その後は校歌のアレンジをBGMに時間程度のエンドレスリピートでスライドプレビューを行う。それが今回の投影内容だ、主に校内を写しこんだ写真のため季節感とかそういう物は無視。見る人が見れば、たまに映り込む人の服装で分かるかも知れないがその辺はいいらしい。
唯一のルールは生徒が普段使うところと、学校共通のところを分けるという作業だけだ……、と言っても枚数が半端じゃない、
「北条先生、これ私の撮った写真以外も混じってますよね?」
「おお、修学旅行やら文化祭の写真なんかはプロの写真だぞ~」
「へぇ~」
プロの仕事をこんなところで拝めるとは思わなかった。補正はかかっているとは言え、人の撮った作品に近い物なんて叔父さんの物以外で見る機会なんて無かったな。自分が撮った記憶の無い写真を何枚かクリックして、細かく見てみる。
(どの写真もとても丁寧だわ、それにとても自然体で撮れてる)
景色を見てみても、人を撮っている物を見ても自分のではなかなか撮らないだろうと思わせるような写真ばかりだった。やはりノウハウや発想力、観測眼が物を言う世界なのだと改めて実感させられる。
「おーい、手を止めるんじゃない。まだあるんだぞ~。今日中にこれ終わんなきゃ、明日もやってもらうぞ~」
「明日はAfter Glowのリハーサルなので無理ですと、月曜にお伝えしているかと……」
月曜の放課後から続いている選定作業だが、思った以上のスピードは出していた、それもこれも均一化されている素材のおかげだと思う。このままのスピードで行っても、本日火曜の放課後には選別は終える事は出来そうだ。
水曜の放課後はAfter Glowがライブリハーサルに入るので、それに参加してカメラのセッティングと彼女たちの『癖』の確認だ。
叔父さん曰く、ホントのライブは目まぐるしく変わる照明が変わるので、撮るタイミングについてはリハーサルで撮影プランを固めてしまった方がいいとアドバイスは貰っていた。しかしながら今回はそこまでプランニングしなくても、照明は固定である事から『癖』の確認をしっかりした方がよいのではないか? という自論も持っていた。
PC画面に映るフォルダに眼を流す。ずらっと並んだ写真ファイル、なんとしても今日中には終えなければいけない。
「だからこそ、手を止めるんじゃねぇ……」
「この仕事、超地味ですよね……なんでこんな地味な事してるんですか?」
「校長肝いりだ……」
「ああ、なるほど。サラリーマンですね」
北条先生もかなりの数をこなしている、正直私自身も昨日の時点から眼に校舎の画像が焼き付くんじゃないかと思うくらいの枚数を捌いた気がする。
結局、After Glowとは校内でも普通に会うことは無かった。こちらもこの作業を最終下校時刻ギリギリまでやっていたのもある。彼女たちは彼女たちでライブに向けて準備は進めなければいけない事も多いのだろう。
この日も夕焼けの写真はまだ私のリュックの中でポートフォリオに挟まれたままになってしまった。
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夕焼けの誤観測 6
結局、スライドショーは一次校正の作業である「対象の選別」は火曜の最終下校時間の直前になんとか終える事が出来た。
北条先生曰く、業者へ返信を行って選定された内容でさらに細かい修正や写真のトーン調整を行い、スライドプレビューとなるそうだ。
完成前のプレビューは見せてもらおうと思い、北条先生には声をかけておいた。
以前、北条先生に指導室へ呼び出しを貰っている為、写真用品を大量に持ち込む時はあらかじめ朝から北条先生に預け、職員室に保管をして貰う事となった。
水曜の朝にレンズや三脚といった大型装備を北条先生に預け、放課後にそれを返却してもらってからAfter Glow達とは特に顔を合わせる事なく、一人でCiRCLEへ移動する。
もう道順は覚えた、そこまで子供じゃないので一人で行くことぐらいできる。荷物も重いのでさっさとCiRCLEへ行ってしまおうと予め思っていた通りの行動をする。
私がCiRCLEに到着した時にはすでに数名のスタッフさんが、様々な機材を地下に下ろす作業していた。
いつもなら月島さんが座ってるはずのカウンターに座っている人は私の知らない誰かが座っており、ロビーには何組かの今回のリハーサル参加者と思わしきバンドがテーブルでおしゃべりをしたり、譜面のチェックをしていた。
「あ、望月さん。もう来たんだ! ちょうどいいわ~。ちょっとこっち来て、うちの人達に紹介するからね~」
「えっ?」
どこに座ったもんかな? とロビーで立ち尽くしていたところ、地下ライブハウスへつながる階段から月島さんが軽快なリズムで登ってきたかと思うと、いつもの気持ちの良いかん高い声で出迎えてくれた。
「ん? 今回は関係者なんだから、ある程度の意思疎通ぐらいはできないと~。それに間違えて追い出されたら意味ないでしょ?」
スタッフシャツ着て腕章まで巻くのにそう簡単にはトラブらないとは思うのだが……。まぁ、万が一の事も考えて月島さんの言うとおりについていきリーダー各の何人かを紹介されて挨拶をして周る。CiRCLEでは月島さんぐらいしかまともにしゃべる事はないのであまり意識していなかったが、ライブハウスって結構な人が動いているんだなぁ、という感想を持った。
一通りの挨拶を終えて、ロビーに戻ってくる。さすがに挨拶周りには邪魔になるだろうと懸念した荷物をカウンターに預けていたので、月島さんの代わりにロビーを担当している女性から荷物を受け取り、こちらも準備をし始めた。
リュックの中からいつもの一眼レフと広角レンズを取り出す。レンズカバーを開けた時にチラッとレンズプロテクターに軽く埃が付いていたのが気になり、メンテナンス用のポーチからブロワーを取り出しレンズの前に被せられているに軽く吹き付け埃を飛ばす。
そういえば……、まだAfter Glowの姿はまだ見ていない。もしかしたらクラスのSHRが長引いているのかもしれない……。そんな懸念を覚えつつ、三脚の脚のロックを外して最大限まで伸ばしていく。
(カメラってもう入っていいのかな? 三脚伸ばしたまま持ち歩きたくないんだけど……)
先ほどまで、何度も下に降りたり登ってきたりしていたスタッフさん達だったが、その回数もだいぶ少なくなってきていた。時々ではあるが地下から何かしらの楽器の音が鳴っている。そろそろ、この三脚の固定場所を決めたいところだ。
「望月さん~。そろそろカメラの位置が決めできるわよ~」
地下から上がってきた月島さんの声がロビーに軽く響く。その声が響いたあと先ほどまでざわめいて居たロビーが一瞬、ぴたりと止まる。そんな周りを気にせずにさっさと準備していたカメラを首からぶら下げ立掛けていた三脚を抱え地下の階段の方へ歩いていく。
(まぁ、伸ばしたら180センチある三脚を抱える女の子、何て早々居ないもんね……)
この微妙な空気はおそらくそういった奇異の目だろうと決めつけ、さっさと階段を下りていく。黒い壁、黒と銀色の階段。革のローファーで降りていくと小気味音が鳴るもんだなぁ……。
大きめの防音扉を開くと、そこにはある程度の準備を終えた舞台が見えてきた。前にも見た光景なのだがやはり舞台が広く感じられる。
スタンディングエリアの最後尾にちょっと高そうなビデオカメラが設置されているのを見て、おそらくあそこが最後尾のセンターなのだろうと思い、ビデオカメラの右側に三脚を立てて一眼レフを固定みる。
床にはマーキングラインが色テープによって作られており、横2畳ほどのスペースが用意されていた。
(こっからはみ出ると、三脚は蹴られそうだな……)
何分ライブ経験がない。スタンデングのライブがどんな物かは動画サイトで見たが全くもって理解をしたとは言えない。
ファインダーを覗くと不自然にセンターを外した映像が映し出されている事が分り、もう少し工夫できないかを検討してみる。
少し斜めを意識して三脚ごと、カメラを向けてみる。ギリギリ舞台の袖までファインダーを覗きこみながら調整をしていく。
(今度は高さが足りない……)
三脚を限界まで伸ばせば私の身長では取り扱えなくなる。あくまでも身長からマイナス15~20センチが限界の操作目安だ、そうすると眼の前に男性が立ったと想定すれば画面はおそらく舞台が見えなくなる。私が脚立に乗ったとして50センチを稼げるとした場合。画面もずいぶんと変わってくる。
(しまった。下調べの時に三脚立てておけばこの辺もわかったはずなのに)
「望月さんも平台とか箱馬使う?」
いろいろとカメラをいじくっているといつの間にか横には月島さんが立っていた。その声に少し驚きはするものの、体をびくつかせるまでは無かった。
「月島さんじゃないですか。その平台? 箱馬? って何ですか?」
聞いたことのない単語が出てきて、オウム返しのようにそれを聞きなおす。
「あー、舞台の踏み台みたいな物だよ。ほら、ビデオカメラも平台と箱馬で台を組んでるでしょ?」
なるほど、ビデオカメラの三脚は黒い簀の子のような物が敷かれ、その上に箱を乗せて簡単な底上げをして居た、その固定のために黒いガムテープで簡単に箱どおしをくっつけていた。確かにアレを使えばうまく高さを出せるかも知れない……
「月島さん。あのワイン箱みたいな奴4つほど貸してもらえますか?」
「りょーかい。んじゃ、持ってくるね~」
月島が持ってきてくれた箱を使い自分の足場と三脚の足場を立てる、箱の位置が狂わないようにガムテープを使い固定しておく。幸いクイックリリースの雲台を使った三脚であるため、カメラとの分離はそこまで問題ではない。唯一、三脚の位置さえズレて無ければそれでいい。三脚も限界に伸ばした足の接合部をそれぞれマスキングテープで固定をしておく。
リハーサルの誘導が始まったようで、続々と参加者が地下に集まってくる中で、隅っこの方で広角レンズのピントを何回か合わせてシャッターを切っておく。なんか凄く視線を感じるのは気のせいじゃない気がする。
月島さんが各参加者にリハーサルの諸注意事項の説明を行っている間も、ちらちらこちらの様子を伺っているような視線を感じて、段々と居心地が悪くなってくる。素知らぬふりをしたまま、舞台袖の控室の方へ逃げる。
「どう考えてもまずい気がするぞ……。自意識過剰か? いやでも……」
頭の中でいろいろと考えながらも、控室の隅っこの方でできるだけ演者の邪魔にならないようになっておこう。さっき月島さんが言っていた事からすれば、各バンド1曲を軽く演奏してみてる。本番と同じ機械を使ったただの調整なだけなはずだ。
「あの~」
「ひゃ、あ。はい? なんでしょう?」
全く見知らぬ少しふわふわとしたボリュームのある髪をした女の子から声をかけられる。全く想定をしていなかったため、変な声が出る。んっ? 誰だこの子? 制服も観たことがないのでこの辺の学校の子ではない事は確定だ。
「もしかして、最近CiRCLEでカメラマン始めた方ですか?」
ええぇ……、なんでこんなところでその質問なの? ってか確かにカメラを持っては居るけど……、あなた達もうすぐリハーサルなのよ?
「えっ? マジ? ロビーに変わった人が居るなぁ~と思ったんだけど、やっぱりそうだったんだ?」
「ほら、この間まで掲示板に張ってた人だよ」
「どの子だ? プロ級なんだってよ、挨拶しとこうぜ!」
女の子が発した言葉が瞬く間に、狭い控室内で何組もバンドの居る中に広がっていく。これは本格的にやばい……。
◆◆◆
控室内で私も私も……といった挨拶の大渋滞になり、このままではリハーサルの運営の邪魔になってしまいそうと思い、とりあえずカメラを片手に逃げ出してきた廊下で月島さんとすれ違い、慌てて足を止める。
「月島さん! カメラマンの噂が拡がっているじゃないですか!」
「ええぇ~、お店のポスターはもう剥がしたよ!」
「私、もう控室の中には入れませんよ……挨拶合戦ですよ」
「うへぇ……ごめーんー」
もうやだ……この状況。男女とも年齢が上の人まで私に挨拶してきて「ぜひ俺(私)のパフォーマンスみていってくれ(ね)!」とアピールを受ける状況。とりあえず廊下やり過ごすにも先ほどの人達がリハーサルの終わりで流れてくるかも知れない、フロアの方ではリハーサルが始まったようで楽曲の音が廊下の方にまで漏れてくる。
「とりあえず、最後尾でAfter Glowが入るまで様子見します」
「わかった。私はリハーサルの手伝いあるから、手を離せないけど気楽にね~」
最後尾ならば、スタッフの人しかいないはず。余計な事にならず、After Glowの入りが分かれば舞台袖に走ればいいだけだ。
カメラ周りに居るスタッフの方たちに挨拶しつつ、自分の立てた三脚前にまで移動し、首にかけていた一眼レフを一旦三脚に取り付ける。
(ホント困った……)
ファインダーを覗きこみ、ステージに立っている人にレンズを向け、その動きに注目をしてみる。この眼にはAfter Glowの動きくらいしかまともに見たことがなかったので、ほかの人の動きはそれはそれで楽しめるが、やはり少し物足りないというか……、言い切れない感覚を覚えた。
もう少し元気に動けばいいもののやはり、本番とリハーサルではどこか違うものなのだろうか?
ぼーっと、そんな事を思っているといつの間にか曲は終わってしまっていた。
「次、〇〇〇入りまーす」
そんな声が聞こえ、ゾロゾロと男性ばかりのバンドが入ってくる。この人達も数あるバンドの中の一つだろう。そんな風に思っていた。イントロのギターとドラムから始まる聞き覚えのある曲……『カルマ』が私の耳に入ってきて思わずファインダーから眼を外し、その演奏する姿を見る。
(なんで……? もしかして選曲が被ってる? こんな事ってあるのか?)
After Glowが歌うはずの『カルマ』が先に歌われてしまう。一体どんな状況になってるのか? 曲が中盤に入ったところで、居ても立ってもいられず月島さんを探すがフロアには見つからない。
(控室の方か?)
ビデオカメラに気を付けながら、後ろを通りすぎようとすると、そこには今回の主催の江戸川さんと槇村さんが居る事に気が付く。
「あの? いいですか?」
「おお。真琴ちゃんじゃないか? どうした? なんか困りごとか?」
私は困っちゃいないがライブで選曲が被るのはどうかと思う、かと言って今回のライブのために彼らも練習してきているはずだ、もちろんAfter Glowだって一緒だ……。
「いや、その……」
「次、After Glow入りまーす」
ええぇ、選曲被りな上に順番被りって、どんなに悪いくじ弾いてるのよ……。
「お、巴ちゃんのとこだな。真琴ちゃんもしっかり撮らなきゃいかんぞ?」
江戸川さんにそう言われてハッとする。
(駄目だ、今言ってももう遅い話だ。おそらく彼女たちも舞台袖で前の組の曲は聞いているはずだ、後は演奏して被ってる事に気が付いてもらうしかない)
三脚に取り付けていた一眼レフを取り外し、舞台の最後尾から細い廊下を人がパラパラと居る隙間を縫って、カメラをぶつけないように抱えて走る。
彼女たちのチューニング演奏が終わるまでに、舞台の袖から多少見切れても彼女たちの姿を納めなければいけない。
『誤観測』だけでここまで引っ張ってしまいましたが、ようやくAfter Glowの出番になりました……長かった。
本日もありがとうございました。
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夕焼けの誤観測 7
できる限り最短距離で彼女たちの近くに行かなければならない、そんな事を思いながら演奏を終えた人たちが居る廊下を縫うように走る。
「あっ、さっきのカメラマンさん……」
「どう? 私たち見てくれー……」
「見たっしょ? できれば~」
途中で『私』を探していたのか様々な人から何度も声をかけられる。それらにまともな返答を返す間も惜しいほどの時間。
今、『私』が両眼に入れなければいけないのはあなた達じゃない。『夕焼け』のただ一つなのだ。
「すみません。ごめんなさい」
足を止めずにそう声を出して狭い廊下を抜け、控室の扉を開ける。勢いよく開けた為か、こちらに一気に視線が向く、そんな事を気にせず舞台に上がる為の階段を駆け上がる。
「あ、あの子。例のカメラスタッフの……」
「もしかして、次の子たちがメインなの?」
「ええ? まじ? でも走ってたから、もしかして……」
「あたしも撮ってほしいー」
「フロアに降りて見てみよー」
(うるさい……)
私が舞台の袖に到着した時点でAfter Glowはまだ、音量調整の真っ最中だった。後ろから外野の雑音が私の居る舞台の袖まで届く。そんな言葉を聞こえない振りをして彼女たちの横顔をみた。
(何とか、ギリギリで間に合った)
上がる息をできる限り抑えながらもカメラを彼女たちに向ける。
始めに私に気が付いたのはひまりだった。ひまりはカメラを構える私に向かってピースサインを出そうとした、が、その動きはピタッと止まった。なにか躊躇うような顔が見え、すぐに前を向き直す。違和感を感じる、が、リハーサルとは言えど彼女たちは真剣なのだろう、そう心の中で違和感をそぎ落とす。
次に私の到着に気が付いたのは巴とつぐみだった。両方ともカメラを構える私を見るや否、一瞬固まったように楽器の調整していたはずの手が止めてしまった。巴は間違えてキックペダルを踏んだのか大きな音が一つ鳴る。その音が始まりの『音』だった。巴以外のAfter Glowは不意に大きく鳴った音の方に目を向けた。その最中だったのだろうか?『夕焼け』は『観測者』急に意識しだした。『音』が鳴るまで気が付くことがなかった、モカと蘭が『観測者』を発見し、苦い顔をした。
調整時間が限界なのだろうか?、リハーサル開始の声がスタッフからAfter Glowにかけられる。
「After Glowさん。時間が押してますんで、すみませんけど始めてもらっていいですか?」
スピーカーを通じてどこかしらからかけられた声に、一同慌てたような感じ。だが、なんだこの『違和感』は? ファインダー越しに見える、みんなの顔は今まで見たことないような……。
巴のスリーカウントからの先ほども聞いた、同じようなフレーズの音だが蘭の声に合わせた音が流れ出す、本来なら綺麗に揃うはずのイントロ。
(今? もしかしてズレた? 前に聞いたのと少し違う音が……)
蘭かモカかそれとも巴か、どれかの音がテンポが速かったのだろうAfter Glowの『カルマ』はズレてスタートした様に聞こえた。
(音の評価なんて私にはできっこない、今は彼女たちを追わなきゃ……)
音を楽しむなんて、カメラ素人の私にはそんな余裕がある訳ない。とにかく今はひたすらイメージしてきた物を撮るしかないのだ。気になってしまう音を思考からかき消し、カメラをしっかり構える。
レンズでサイドからちらほらと目立つ客の居る観客席が写ってしまわないように、一番奥に居る巴まで映り込むようにシャッターを切っていく。だが、こちらへの何かを訴えるような視線。
(なんで、こっちを見ようとするの……、真正面を向かなきゃ撮る意味ないでしょ……)
『夕焼け』はまるで『観測者』の私に何かを訴えるように、その眼を泳がせ続ける。
(なんで……。仕方がない……)
サイドはそれなりにしか撮れなかったが、画面を選べば何とかなるはず、苛立つ自分自身に言い聞かせる。
正面の最前列へ行くため後ろを振り返ると、そこには何人かのバンドマンたちがAfter Glowの演奏を聞きに来たのか? 私のギリギリ後ろまで並んでいた。そんな中で私が急に振り返ったためだろうか? 一人の女の子が尻もちをついている。
本来なら手を貸すべきかも知れないが、私に張り付くようなギリギリにまで迫るのもいかがなものかと思う。私にパーソナルスペースは無いのか? と疑問に思う。
「ごめんなさい。急いでたので……」
今後の事もあるだろう、尻もちをついた彼女の手を軽く握り、やや強引ではあるが引き上げ尻もち状態からせめて立たせるまではいかないが座り込むぐらいまで体制を戻させる。
「あの……、ありがとうございました」
彼女のお礼を聞いているほどの時間は無い、さっさと動かなければ僅か4分未満でこの『夕焼け』は沈んでしまうのだ。舞台袖から控室のほうへ人混みをかき分け走る。
(なんでこんなに人がいるのよ……)
次はサビのタイミングでの彼女たちを最前列で待ち構える。少なくともBメロ~サビまで最前列に張り付いて、エンディングは最後尾でワンショットだけ決まればそれでいい。頭の中で撮影プランの流れを簡単に想像する。
1曲だけしかない『夕焼けの時間』。なんて『限られた時間』なのだろうか……。
CiRCLEのライブハウスは小さいほうだと思うが、これより箱が大きくなるととても間に合わない。そんな事を思いながら控室の階段を勢いよく降りる。
控室から廊下を抜け、スタッフ出入口を抜け最前列へ移動していく。目標は眼の前の中央。
煽りの構図で一番いいところだけを撮影したい。前列左サイドから蘭を撮るという案もあったが、やはり多少見切れてもいいから全員が映る煽りの構図で撮るのが一番と思案した結果だ。
ビデオ導線に気を付けつつも中腰になりながら、最前列中央へ移動していく。そんな時に舞台上の前に立っている3人の『夕焼け』と目が合う。
(だから……なんで、こっちを意識してるのよ……。私なんか見ちゃいけないでしょ……)
次の瞬間に響く明らかに濁った音。間違った音は鳴り響き目立ったアラになる。
(何? 今の音は?)
完全に中央へ移動しきる前に耳に入る異音、その場に一度止まる。斜めに差し込んでる彼女たちを照らすスポットライトで眩しく顔が見えないので、眼に入る光を絞れるファインダーを覗く、そこには糸が張り詰めているかのように苦しそうな顔をしているモカの顔が映る。
なんでそんな苦しそうな顔をしているのか? モカの位置からレンズをずらし、蘭をフレームインさせる。どうしてそんな不安な顔をしているの? 一言でいえば緊張。そんな物がAfter Glowにまさかあるだなんて思ってなかった。今の『夕焼け』は完全に何か違う物にとらわれている、それでは『青い空は赤く染まらない』だろう。ファインダーから眼を外し、最前線センターへ移動する。
After Glowの正面に、初めて出会ったあの時のように目の前に来た。見える光景は『赤くなくて』それは『夕焼け』では無い物。
ミスタッチが続いたのか、リズムの方も引っ張られたのか、リズムがテンポを崩したのでミスのカバーでタッチを増やしたせいなのか……、私の耳に聞こえている物は練習の時に聞いた音ではない何か別の音が聞こえる。
『観測者』としての役目。私はこの辛い音の中でも『観測』を続けなければ、彼女たちの『観測者』になった意味がない。頭の中で『撮らなければ意味がない』という言葉は周り、思い出したかのようにカメラを構える、After Glowは私のその仕草にどういう意味を見出したのか? さも、正確に弾いているかのような見せ方をし、カメラ目線でレンズを見てくる。
(なぜ? 私を意識している? そんなものは『夕焼け』に必要ないわよ……)
分からない憤りがふつふつと湧き上がってくるのを感じる。こんなものを撮るために私は彼女たちを『観測』していた訳じゃない。
しかし、その憤りの向きは間違えていることに気が付かされた。私の後ろにある柵の最前列に並んだ、おそらく今日のリハーサル参加者と思わしき人物が辛い音のなる中で言った一言。
「なんだ……、プロ級のカメラマンまで入れて、相当気合入ってるガールズバンドかと思ったけど、なんだかイマイチだな……」
鈍器で頭を叩かれたかのような感覚だった。彼女たちの音楽を知るわけではない人が『彼女たち』を聴きに来たわけではなく『カメラが入るから』聴きに来たという言葉。その言葉をはじめに意識の中の記憶を巻き戻していく。
さっき舞台袖でぶつかったあの子はいったい何をしに来たのか?
カメラを持って走った時にぶつかりそうになりながら聞いた雑音は何を言っていた?
始めに控室で入った時に私に何が起こった?
私が居なくなった後の控室で一体何が起こったんだ?
CiRCLE全体で今、何が問題になってる?
彼女たちに私は何をしてしまった?
彼女たちの目標は?
なんとなく私が巻き込まれていると思っていたが違う。私が撮ったカメラがAfter Glowを含めCiRCLE全体を巻き込んでしまった?
頭の中で『解』が出来上がりつつあるときに、『夕焼け』が支えていた『カルマ』は止まってしまった。音は響きわたる事がなく、ライブハウスの防音材にすべて遮られて消えてしまった。
(全部、私の『カルマ』なんだね……。あなた達に向けられている物はすべて私が引き連れてきてしまった『業』の結果……)
私にはレンズ越しの彼女たちは見えてるはずのに、『夕焼け』にはとても見えない。
◆◆◆
彼女たちにも夢があったはず。それはきっと大きな夢だろうとおぼろげに思う。私は何の覚悟もできていなかった。彼女たちが目指すのはきっと大きな物だろう。湊先輩もそれを目指していた。彼女たちもきっと同じものを目指しているのだろう。何て言ったって『ガールズバンド』は今が旬だから。自分たちは今どう見えているのか?『形』を気にしていた……。自分の中で納得がどんどん進んでいく。
ああ、私はそんな彼女たちに余計なプレッシャーを作り上げてしまったに違いない。
私の行動が本来ならあるはずの無い外圧・外野の雑音・視線を作り上げて、彼女たちをそんなものに晒してしまった。彼女たちにとっては普段ならそんな物は意識する事は無いものかも知れない。けど、今日はそうじゃなかった。好奇の目に晒されて普段なら意識しない物を意識してしまった。好奇の目を作ったのは私。それはとてもひどい事。私がもっと明確な回答を『CiRCLEでバンドを撮るつもりはない』と伝えておけばこんな事にならなかったはず。
もう仕方のない事だ、彼女たちへ『カルマ』を押し付けてしまったのだから。
(会わす顔が無い……)
舞台上の彼女たちが機材をもって袖にはけていくのを最前列で見てられなかった。私は彼女たちが楽器を取り外している間に、最後尾のビデオエリアまで下がっていた。
(せめて……。こんな事、今更で意味がない事だろうけど……)
そんな言い訳を自分に言い聞かせながら、彼女たちに背を向け主催の江戸川さんと槇村さんが居る場所まで戻ってくると、会話が漏れ聞こえてきた。
「んーどうしちまったんだ? 巴ちゃん所らしくない演奏だったな?」
頭を軽く掻きながらビデオの内容を見返している江戸川さんと槇村さんがそこには居た。
「そうですね。なんというか緊張というか……、くじ運的にも確かに前に同じ曲を持ってこられて辛いとは思いますが……」
「ライブ形式とは言え、うちの発表会の体だからなぁ……。曲目確認は気にしちゃ居なかったが、やっぱまずったか?」
「しかし、そこは仕方がない事では? 本格的なライブならまだしも、『人前で演奏する楽しみ』をまずは覚えてもらうのが今回のライブ形式の発表会ですし……」
「しかしなぁ、その人前でちゃんと演奏できなきゃ意味ないよなぁ……。巴ちゃんとこには悪いけど、順番だけは入れ替えておこうかねぇ?」
ああ、一番気にしていた事が一つ消化された。そんな気分が少しだけした。さすがに同じ曲が連続で続くと駄目だろうな。最も、本来のパフォーマンスのAfter Glowであれば関係の無いだろうが今の状況では……。
「真琴ちゃんじゃないか。そっちはどんな具合だい?」
江戸川さんが後方に下がってきた私を見つけて、声をかけてくれる。それに返すだけの気力が今は無い。正直あまり話をしたくない。軽く手を上げて答え、言葉は敢えて出さない。しばし、自分の作った撮影ポジションに座り込んでしまった。
(『観測者』なんて大層な事を言ってその『観測者』が問題を引き起こしちゃうになっちゃうなんて……)
私は彼女たちに何て謝ればいいのだろうか……。
『誤観測』はこれで終わりになります。
修正に修正を重ねたのですが……、ライブ描写は非常にあいまいにしてしまってます。もっと頑張りたいですね。
発表会形式のライブは私のボイトレではよくあったので敢えて取り入れてます。曲被り何て日常茶飯事で前の人と比較されるとほんと辛かった記憶です。
本日もありがとうございました。
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夕焼けの観測者の心 3
出来れば誰にも今は声をかけてもらいたくない。そう思いながらも、そうならないのが今の状況だな……と心のどこかで愚痴を吐く。
どこかでズレた私、痛感した瞬間に馬鹿な自分を引っ叩きたくなった。
自分で自分を慰める事はどこまで行ってもできるはずなんてない。器用に自分を引っ叩いたところで現状が変わるわけでもない。それでも引っ叩きたかった。
(みんなに迷惑かけちゃったな……、ほんと何してるんだろ)
舞台上では別のグループが旋律を奏でている。本来ならば、After Glowに写真の出来について話に行く必要があるだろう。でも、足がどうにも控室に向かない。
脳裏にはずっとAfter Glowの悔しそうで苦しそうな演奏をしている表情が浮かび続けている。
(一瞬勝負なんだろうな、写真も音楽も……。いや、音楽の方が難しいかも知れない、その場にいる人を瞬間の音で釘付けにするんだもの)
既に私が心のどこかで彼女たちに後ろめたさがあるんだろう、こうして言い訳を理由に足を控室へ向かわせない様にしている。いやいや、行かなきゃいけないのは十二分に分かってる、分かってるんだけど……。進む事ができない、怖い……。だから、今も客席の最後尾でぼーっとステージを見つめている。
聞いたことがない音が流れる中、染まるはずだった『夕焼け』を幻視し続ける。網膜にこびり付いた彼女たちの影のピースをステージに立つ影に当てはめようとして、どこか違う事に気が付きながらもいびつなパズルを組み上げようとしてはステージで動く影によって崩されて……、そんな無駄な事を続けていた。
肩をやさしく2回触れられて、横にいる人の気配に気が付いた。いつの間にか月島さんが私の横に立っていた。私が気が付いた事を察した月島さんがロビーへ上がる階段の方を指さしながら口をパクパクとさせている。
(今は誰とも話したくない気分なんだけどな)
自分の中に渦巻く『カルマ』を誰かに押し付けて楽になるなんて、私には許すことができない。
◆◆◆
月島さんについていった先はカウンター裏のバックヤードだった。いろいろな資料や写真、見たことのないような機械の数々、棚に高々と積まれているのは音楽雑誌やHow To 本も混じっているようだ。狭い部屋をさらに狭くしている雑品の数々……、表は綺麗なのに裏は完全にダメな奴という印象を受ける部屋。
『一応掃除したんだけど……、そこらへん座ってて? 表で飲み物貰ってくるからちょっと待っててね?』と、月島さんに言われて部屋の隅で畳まれていたパイプ椅子を広げ、おとなしく座る。
ライブハウスではまだリハーサルは続いているなかで、月島さんが出ても良かったのだろうか? と頭の隅っこの方で思いながらも手持ち無沙汰の状況。
ライブハウスでは見返せなかったカメラに記録されたAfter Glowの姿を小さな背面液晶で一枚ずつ見返していく。
「どれも苦しそう」
誰も居ない倉庫のような部屋の隅で呟く。自分でイメージしていたの物とのギャップがあまりにも露骨に出ている。
上手な人の撮り方なんて知らないが、流し見した叔父の写真はもっと綺麗だった気がする。何が違うのだろうか? レンズ? カメラ? 設定? 位置取り? どれを考えても答え合わせができない。
一度考え始めたら哲学のような答えが出てきそう。それでも私に今できる事は少し埃っぽい狭い部屋の中で延々と今日押したシャッターの結果を直視し続ける事だけだ。
「おまたせしました~」
引き戸になっていた扉を器用に足でゆっくり開けつつ、両手に表の売店で購入したであろう飲み物を持って月島さんがバックヤードに帰ってきた。
「ごめんごめん、思ってたよりもリハ上がりの人たちが押しかけててさ」
「月島さんって思っていたよりもお行儀が悪いんですね」
「あら? そうかしら? んー、まあそんな細かい事は気にしない、気にしない。はい、どうぞー」
「……ありがとうございます」
「ついでにマカロンも何個かかっぱらってきたから、これも食べましょ」
月島さんの脚癖・手癖の悪さはさておき、わざわざ用意してくれたのだからご相伴にあずかろう。
「さてさて~、望月さん的にはリハはどうだった?」
月島さんは抜き身の刀のような言葉でバッサリと私を切ってくれた。オブラートに包まれていない分、返しやすいと言うかなんと言うのか。
「まぁ、完全に駄目ですよ。準備してきた撮影プランは途中で途切れましたし、その切り替えができなかったのも駄目だったですね。引き出しの数がやっぱり違うので対処に回れない。あの子たちの今日の立ち回りはともかく絵としてみた時に伝わる物が違いますね……」
「んー。そっちに行っちゃったかぁ。……まぁ、でも今回は理由が理由だもんね。仕方ないよって言いたい所だけど」
月島さんの少し歯切れが悪くなる、『そっち』ってどういう事だろうか?
「聞きたかったのは音楽の感想なんだけどね。先にカメラの話になっちゃったから、まずはそっちからだね、今回の件は全面的に私が悪い……、迷惑をかけちゃってホントごめんなさい」
月島さんは静かに頭を下げてくる。
「でも一つだけ。今日居た子たちは何も悪くない、そこだけは勘違いしないでほしい。彼らも音楽の表現の仕方を探し続けて、その一つの方法を見出した結果だから。あの子たちを責めないであげてほしいな」
「月島さん……」
この人は私を悪いように使うつもりはなかった。悪意はもともと感じてはいなかった、多少強引ではあったが……。この話に誰の責任を問うつもりは初めから無い。
「需要があんなにあるって事も見抜けてなかった。After Glowにも望月さんにも迷惑かけちゃった。本当にごめんなさい」
「……」
月島さんに頭を下げられてしまったらこちらとしてはどう言えばいいのかわからない。
「もういいですよ。元々誰を恨むわけでもない話ですし……」
「ううん。ちゃんとこういうのは区切りをつけないと駄目。ただでさえ締まりが悪い話なのに、曖昧に終わらせちゃ今後にも影響するから。もちろんAfter Glowにも後で謝るつもりだから」
「なら、私はもういいですよ」
とりあえず、月島さんの頭を上げなければこのままずっと謝られてしまうのではないかと思った。そもそも私自身がちゃんと線引きしておけばこんな事態には発展しなかった。
「それで、月島さんは謝るだけにここに私を連れてきたんですか?」
「ううん。違うの。謝ることもそうなんだけど。リハを聞いた感想を聞いてみたかったの」
「感想? 私のですか?」
「そう、音楽に興味がない・もしくは深く知らない人の感想をね」
そう言われちゃうととても困るのが本音だ。実際のところ、ちゃんと聴いていたのは1つもない。After Glowの演奏もカメラの操作しながらの内容だ。
「正直、After Glowの演奏は何度も聞いているから今日は完全ながら作業で聞き流しちゃいました。途中でとちったところや危なっかしいところはカメラ越しでハラハラしてましたよ。それ以外の人は正直聞いてなかったですね。ずーっと構図練ってたんで……」
月島さんからもらったアイスコーヒーを飲みながら振り返ると確かに今日は曲を一切楽しんでいなかったことを思い出す、とは言うものの個人的にはAfter Glowをカメラに納めるのに必死になっていたのもあったかも知れない。
「ホント、カメラの事になると望月さんは他の事には一切興味を無くすのね」
「別に興味がない訳じゃないですよ。今日は個人的にAfter Glowがメインだっただけです」
そうだ、私は『観測者』、今日はここに落ちるはずだった『夕焼け』を見に来たに過ぎない。結果は『観測者』としては一番最悪な事をして『夕焼け』を邪魔してしまったが……。
「望月さんはAfter Glowに入れ込んでる感じなのかな?」
答えとしてはノーだろう、私はあくまでも『観測者』だから。彼女たちが見せる『その形』を捉えるためにカメラを向けるのだ、だから『音楽』の方向性を抜きにして彼女たちを見続けるのだ。
「音楽的な事は一切わかりません。彼女たちが何を歌ったとしても私はそれを撮り続けますね、約束ですから」
「そっか。After Glowのファンという訳じゃないんだね」
「ファンではないですね。ファンには程遠い、そこらへんにある石ころと同じですよ」
月島さんは長机の上に置いたマカロンに手を出す。私もつられてマカロンを一つ摘まむ。独特の食感と共に甘さが口の中に広がっていく。
「じゃあ、約束のために撮ってその後は?」
その後……。形を撮った後の話。彼女たちとは形を撮る約束はしたが、その後どうするかなんて話もしたことはなかった。
「その後ですか? うーん、顔見知り? 友達? じゃないんですかね?」
「もし、彼女たちが前に進んで大きな舞台に進んだとしたら?」
「何ですか? その仮定の話。私自身はスタンスを変えませんよ? 彼女たちがもしかしたらスタンスを変えてくるかも知れませんけど……」
「じゃあ、望月さんがプロの道に行ったら?」
「それは無いですよ、もともとプロになりたくてカメラやってませんから」
「えっ、そうなの? その割にいろいろとシビア過ぎない?」
果たして私のスタイルはシビアなのだろうか? 他にもこんな人は一杯いるとは思うのだが……。
「てっきりカメラやってる人って、ワンチャンスあればプロに転向する人が多いのかなと思ってたな、望月さんの場合もうワンチャンス掴んでるからこんなにシビアなのかなと思ってた」
1枚表彰されたところで正直プロを名乗るほど自分の才能があるなんて思っちゃいないし、SNS上には写真だけで年がら年中ヒットを飛ばして、作品集を作る人もいるが……。
「まぁ、そんな人も居ますけど私はちょっと違いますね。趣味のレベルでちょっとやってるだけです」
「ふーん、始めた『きっかけ』って何かあるの?」
「……いろいろですね。私、機材引き上げてそろそろ帰ります。After Glowももしかしたらもう出てしまってるかもしれないですけど……」
既にいい時間経過してしまっている。月島さんと少しでも話ができたおかげで、心の中で渦巻いていた何かへばりついたものは収まったように思えた。あのまま薄暗いライブハウスの中でグルグルと思考を回したところで何も変わりはしないのにずっと回してしまうところだった。多少なり人と話す事ができたので、自分の心にも余白はできたように思えた。
「そうだね。そろそろリハも終わるから私も戻らないと……。望月さん、最後に2つだけいいかな?」
「いいですよ、なんですか?」
「ホントにAfter Glowだけしか撮るつもりはない?」
「さっきも言いましたけど無いですね。私は彼女たちと約束して今はそれ以外を撮るつもりはないです」
「了解、じゃあもう一つ。これは個人的な意見だから参考程度にしてね。After Glowともっと接した方がいい写真は撮れるんじゃないかな?」
「何ですかそれ。距離感の話ですか?」
「うーん? どうだろ、私が知る限りAfter Glowってちょっと他とは違うバンドなの、私はそれを今日はすごく痛感した。望月さんはAfter Glowの本当の形を撮るのならもっと入れ込んでもいいと思うんだけどな」
「似たような事を別の人にも言われました。付き合い方の話。でも、私は『観測者』だから……」
「その『観測者』って言い現わし方だよ、それがお互いにいらない線を引いちゃってるんじゃないかな?」
いらない線。そう言い表現する物はいったい何なのか? 私にはまだわからないが、それが今回の事を引き起こしたのだろうか? 線を複雑化したつもりはない。私が居ようと居まいとAfter Glowは進むべき方向に進んでいくはずだ。きっともっと大きくなるはず。彼女たちを音楽はとてもじゃないが私のカメラですべてを表現できるとは思っても居ない。
「そうですかね? これぐらいが丁度いいと思うんですけどね……」
確かに失敗してしまった身なので、なんとも言えないのだが私はこれしか被写体との付き合い方が分からない。人を撮るという難しさ、干渉や意識をさせない方法としての在り方。
少し長いお休みをいただいてしまいました。
お待たせして申し訳ありません。
本日からまたちょこちょこと更新は進めていく予定です。
本日もありがとうございました。
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