人間界レベルの料理人がまた転生した (ベリアル)
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1話

人間界の料理人がソーマの世界にきた

 

「俺って本当に死なねえよな」

 

この世界に来て、8年が経過して前世の記憶と前々世の記憶が甦り、一人愚痴る。

 

前世とか言われても、ピンとこないであろうから、順を追って説明していこう。

 

まず、一度目の転生から話していこう。

 

俺は30まで料理人をしていた。腕はそれなりにいい方でちょいちょい雑誌には取り上げられる程度にはあった。

 

ただまあ、最終的には勤めていた店の建築ミスでガス漏れが起こって、爆発に巻き込まれて死亡した。他の従業員は知らんが、とにかく死んだ。

 

その後は、別の世界にいた。俺のいた世界とはまるっきり違う。

 

剣と魔法の世界とはまた違う。スマホもテレビも俺のいた世界以上に発展していたからだ。更に言えば、生き物も違う。家畜も野生の動物も、それこそ絵物語のようなものだった。

 

そこでようやく、トリコの世界だと認識した。

 

そこからはもう、料理人になるしかないでしょ。そう意気込んで、料理人に没頭した。前の職業も料理人で未知の食材を前にしたら、血が騒いでしまった。

 

金銭的理由で食材が入荷できない場合は、自らも狩りに出た日もある。そんなこんなで、人間界の食材を網羅し、料理人ランキング100に入りそうな所で2度目の人生を終えてしまった。

 

なんかトミーロッドの虫で死んだ。あいつら料理人の捕獲が目的だったろうが。

 

俺もトリコの世界で腕があったと言えど、70や80程度が限界。これでもかなり強い部類に入るのだが、トリコの世界では、俺なんて雑魚にしかならない。グルメ界の食材なんてお目にかかったこともない。

 

でも、四天王のサインは貰えたからいいや。

 

てなわけで、死んだと思ったら、また別の世界。

 

俺のいた世界に戻ってきたのかなー、と考えたがそうじゃない。

 

確かに文明は同じだったが、遠月学園とか訳のわからん学校があった。

 

簡単に言えば料理界でめちゃくちゃすごいってこと。高校卒業出来る割合は少なく、大半が退学で、めでたく中卒になることが決定付けられる。

 

「はぁ」

 

ため息をついて、“ポークポテト”をかじる。

 

どうやら、今回は転生特典とやらがあるらしく、俺が前世で得た食材を出すことが出来るようだ。大変面倒なことになった。

 

今更、料理以外で生きていこうとは思わないし、この世界の食材はトリコの人間界に比べて、遥かに劣るといっても過言ではない。ぶっちゃけ俺を満足させることはない。

 

かといって、俺レベルの料理人がいたら、マジで世界に騒がれるだろう。当たり前だ、グルメ細胞が入った食事は尋常じゃなく旨いのだから。

 

有名になるのはいい。誉められることは嬉しい。ただ食材の説明はどうしたものか。手から出てきた物を食材にしてますなんて、言えたもんじゃない。

 

この時、転生特典について深く理解してなかった俺は、無駄に頭を悩ませていた。これに気づけば、悩みの種も消えたのだろうが。

 

いっそ、別の仕事について、食事は自分の分だけ作ろうか。

 

転生した孤児院に帰ろうとした矢先、ふと目に入ったのは屋台ラーメン。

 

「これだっ!」

 

そうして俺は密入国を企てるのだった。

 

 





思い付きネタ。

思い付いたら投稿して、先は考えないスタイル。



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2話

「ramen」

 

「OK」

 

俺は今、無許可で世界地図に載っているどこかでラーメンを販売している。

 

思い立ったが吉日。その日以降は凶日と誰かが言っていた。

 

他の孤児院は知らんが、俺のいた孤児院は子供たちが煩わしいので元々出ていきたい気持ちはあった。そんなわけで有言実行する。

 

密入国の手段は既に考えていた。細かい手段は、省いて簡単に説明すれば、不良外国人を頼った。

 

日本には、不良外国人が車を盗んで海外で販売する事件が起きている。その不良外国人のアジト、ヤードと呼ばれるところは、盗難車を色々と作業しているところだ。ヤードを見つけるのは、そんなに難しいことではなかった。警察は介入し辛いけど。

 

ヤード内に一歩踏み込めば、数えきれないほどの不良外国人が、一斉に俺を睨みつけてくる。そんなものお構いなしに、近くにいた不良外国人に話しかけた。日本語でも英語でもなかったので、怒鳴られるものの俺にはちんぷんかんぷんだった。

 

「I want your boss paged.君のボスを呼んでほしい」

 

日本語と英語を分けて伝えても、彼らには何も伝わらない。どんどん、不良外国人は集まっていく。

 

「仕方ない」

 

今の俺は子供だが、中身は立派な大人で、トリコの世界で荒ごと慣れしている。この程度、なんてこともないし、犯罪者集団だ。容赦するつもりもない。こいつらを力づくでひれ伏せさせれば、こいつらの上司も出てくるだろう。

 

前世から引き継がれたのは、なにも記憶だけではない。前世ほどではないにせよ、戦闘能力も馬鹿にはならない。はっきり言って、黒人ヘヴィ級ボクサーにだって勝てる自信がある。

 

「日本語出来てりゃこんなことにはならなかったんだぜ。社会のゴミども」

 

結果、その場にいた20人近くいた呻き声を上げて、うずくまっている。死んでもいないし、骨折はしていないだろう。ノッキングという技術を使えばなんてことはない。人間はともかく、トリコの世界では使う機会はほとんどなかったけどね。強いし、骨格とか神経とかわけわからんない。知識・経験は膨大でなくてはならない。

 

それらに比べたら、こっちの世界はちょろい。

 

「これだけ大暴れされては、大人がしっかりしつけなくてはな」

 

「子供は元気が一番でしょ」

 

流暢な日本語ながら、声質から日本人でないことが分かった。

 

後頭部には、こめかみには拳銃が突き付けられている。前世ならともかく、これが脳天に撃ち込まれれば、無事では済まない。

 

「いきなりで悪いが、ヤードのボスであるあんたに用がある」

 

「おいおいおいおい。勝手に話を進めてくれるな。これだけのことをしてくれたんだ。無事におうちに帰れると思ってるのか?」

 

「なめんじゃねえぞ、おっさんよぉ」

 

突き付けられた拳銃を弾いて、銃を持っていた腕をノッキングする。手から離れた拳銃を奪い取り、今度はヤードのボスに銃を突きつける。形勢逆転というやつだが、周りにいる不良外国人はレンチやら鉄パイプを持って俺を睨みつけている。ボスも、動じる様子はなかった。

 

彼らも彼らで修羅場を潜り抜けてきたギャングなのだろう。

 

俺は銃をボスに持ち手を向けて、交渉に入る。

 

「取引がしたい」

 

「……言ってみろ」

 

そこから先は密入国への協力。ただし、行き先は俺にも、わからないとのことだった。他にも幾つかの条件を交換し合ったが。

 

「まあ、着いた先が英語圏じゃないのは厳しいな」

 

こうして密入国成功した俺は、不良外国人に用意してもらった移動式屋台を引いてあっちへふらふらこっちへふらふらしている。しかし、着いた先では雪がめっちゃ降っているとは知らんかった。ぜってえわざとだな、次あったら殺してやる。

 

言葉は覚えつつ、メニューは日本語と英語でどうにかするしかない。

 

といっても、メニューは一つしかないのでそのあたりは平気だ。というか、言葉も通じないのにメニューが複数あったら、ややこしくなる自信がある。

 

俺が販売しているのは、しゃくれラーメン。前世にはシャクレノドンという恐竜がいて、ラーメンに使うと美味い。それを器を発泡どんぶりにして、売りさばいている。シャクレノドンの骨を使ったスープの香りが鍋から漂い、客を引き寄せる。

 

器に麺、ネギ、煮卵、シャクレノドンの骨付き肉。最後にスープを入れれば完成。

 

「いいね」

 

今のところ、用意したゴミ袋には、器だけが入れられており、食べ残しは一切ない。

 

ラーメンを買っていく現地の人々は、笑顔でラーメンを頬張っていく。一人で食べて、浸るように微笑んでいる人もいれば、喜びを共有し合う集団もいる。言葉は通じずとも、表情は世界共通であるのは確かであった。

 

どの世界でも、自分の成果で人が笑顔になってくれるのは、嬉しいに決まっている。

 

やっぱり俺には料理しかないのかね。

 

「ねえ、一つ頂ける」

 

「日本語?」

 

視線の先には、俺と同じくらいの少女が立っていた。今の俺は脚立に乗っているので、視線よりも下にある。髪や顔立ちは現地住民のような日本人離れした容姿をしている。

 

「あら、いただけないの?」

 

「あ、や、失礼失礼。日本語は久しぶりに聞いたからさ。おまちどおさん、お姫様」

 

「あら、洒落の利いた店主さんね」

 

「お客様は神様だから、君の場合は姫だから大分劣化してるけどね」

 

「その言葉がなかったらとってもよかったのに!」

 

少女に本日最後のラーメンを手渡すと、店を閉める。用意してあった材料が切れたので、ベンチに座って、行儀よくラーメンを啜る少女の隣に座る。久しぶりに会話が出来る相手に胸を弾ませていた。腹は減らずとも、会話には飢えている。

 

「どう?」

 

「ぐぬぬ。とっても美味しいわ!」

 

彼女は悔しそうな表情を浮かべると、何故か頬を染めて悔しそうにしている。

 

「私じゃ……むむ」

 

なにこの子怖い。

 

どんぶりに口を付けて、スープを飲み込むと、ぎゅうっと目を瞑って全身に力を入れたと思ったら、次の瞬間には力が抜けたかのようにほっと息を吐く。

 

どうやら満足していただけているようだ。

 

「そういや、親は?」

 

「家から抜け出してきたの。今頃使用人たちが私を必死で探してるわよ」

 

「……え、ガチのお姫様?」

 

普通、使用人とかいないだろ。言われてみれば、品が良さげで、着ている服も高そうに見える。

 

「正確にはお嬢様って呼ばれてるわ。あなたこそ、親御さんは?子供一人で店を任せるなんて、不用心すぎるんじゃないかしら?」

 

「俺、親いないよ」

 

「え?」

 

別に話してもいいので、俺はここに来るまでの話をぼかしながら、話していく。

 

「で、食材も用意してもらって、ここに到着ってわけ」

 

グルメ食材の件に関しては、がっつり嘘であるが、問題はないだろう。久しぶりの話し相手につい言葉が溢れ出てしまう。一方で、彼女は瞳を輝かせながら、俺の話に聞き入っている。

 

「すごいわ!あなたみたいなアウトロー会ったことがない!」

 

「アウトローって……」

 

とはいえ、実際ここに来るまでは大変だった。未知の国に着いたまではいいとして、地元ギャングに絡まれたりもした。当然、返り討ちにするが、警察に目を付けられるのも厄介なので、とにかくとどまる選択肢はなかった。

 

地元ギャングも面子を重んじるので、返り討ちにしたら即退散するのが吉。

 

少なくとも自分のことを善人とは思っていないので、悪人呼ばわりされても不満はない。言葉の通じないこの国に来て良かったことは、嘘をつかなくてもいいことだ。

 

言葉が通じないから俺も相手が何を言っているのか伝わらない。

 

つまり、食材のことに聞かれても分からないのだ。

 

もし、ここが日本であるのならば、はぐらかすのは難しいだろう。そもそもとして、日本警察の優秀さを考慮すれば、即効で孤児院に連れ戻されるだろう。

 

英語圏だったのならば、食品偽装をする他なかっただろう。

 

あとはまあ、お決まりの台詞だ。

 

「このお肉なんのお肉?」

 

「企業秘密だ」

 

さて、そろそろヤバそうなので、この土地からも去らなくてはな。

 

ラーメン屋だと有名になりつつあるので、別の店を開かなくてはな。

 

何を売ってやろうか。

 

 

 





しゃくれラーメン食べてみたいですよね。



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3話

「確保確保おおぉ!」

 

「Fuck!Die!」

 

俺は雪の積もる街中を走り回っている。移動式屋台は諦めるしかなかった。

 

黒い服を着た連中に追われているからだ。理由は知らない。昨日、お姫様に食材を聞かれて、街を出ようとした翌日に威圧的な態度で俺について来るように告げられた。威圧的なのは、別にいいんだ。

 

問題なのは、今まで絡んできたギャングとは違うという点だ。ギャングのように暴力を見せつけるのではなく、チラつかせる。それでいて、どこか品と知的さがある。それは仕事として来ているプロだと感じ、厄介ごとであると分かれば俺は屋台を置いて逃げ出した。

 

マフィアではない。マフィアならば、もっと強引に俺を連れ出す。手段の例を挙げるなら誘拐だ。

 

それをしないというのは、俺では予想のつかない組織になる。

 

「だっ!っら!っしゃい!」

 

「忍者か!?」

 

路地に入ると、壁を蹴って反対側、2階窓の淵につかんで、そこから壁を蹴って元の建物の3階窓の淵を掴む。それを幾度か繰り返して屋上に上りきる。パルクールという技術と俺の身体能力が可能にした成果だ。子供の体にしては十分でも、トリコの世界だったら一っ跳びで済むのに、不便な体になってしまった。

 

ゆっくりはしていられない。

 

屋上に上がってすぐに、屋上から屋上へとパルクールの要領で移動していく。

 

しばらくして、排水タンクに背中を預けて座り込む。

 

彼らも屋上に移動されることは予想外だったろう。あとはここでじっとしていればいい。

 

「っかし、なにもんだありゃ?」

 

体格もよければ、乗ってきた車も上等な代物。レシーバーを使って仲間との連携。明らかに日本人の顔立ちではないのに、流暢に日本語を使いこなしている。

 

「昨日のお姫様が関係しているのか?」

 

だとしても、何の用よってことになるんだよな。

 

「っと。チャンスだ」

 

屋上から大型トラックが走っているのを、確認するとすぐさま飛び降りるように、壁を蹴っていきトラックの荷台上に飛び乗る。体を横にして、黒服連中は俺を探し回っているが、こっちには気づいていないようだ。この街を出るまで、タクシー代わりとさせていただこう。

 

「ふぁあ。ねむっ」

 

大きな欠伸をかいて、眠りにつく。

 

でも、あれだわ。迂闊すぎた。

 

目が覚めた時には、昨日見た顔があった。

 

「Good morning!」

 

「Bad morning.Hey,princess.Can I ask you some questions?(おはよう……。お姫様よぉ、質問してもいいかい?)」

 

「OK.ってなんで英語なのよ」

 

両手を広げて、明るい笑顔で元気いっぱいを表現する。

 

彼女の後ろには、男性が一人立っている。雰囲気からして、SPではない。

 

スポットライトが当てられたように、俺たちだけが照らされた暗い部屋にいる。

 

「うん。聞きたいことは山ほどあるから、順番に聞いていくね。一個目は、今日の朝こわーいお兄さんたちが俺を追いかけてきたんだけどさ、お姫様の差し金?」

 

「そうよ」

 

「そっか。この時点で聞きたいこと増えたけど、一旦置いておこう。二個目は、椅子に縛り付けられている理由は?」

 

今椅子に手足をガムテで縛り付けられている。さしもの俺もこれを引きちぎるとかはできない。

 

「彼らから逃げるんですもの、これぐらいしないとまた逃げるでしょ」

 

「あたぼうよ。三個目の質問と行こうか。こんなことする理由は?」

 

「あなたに興味があるから。そして、あなたの実力を証明してほしいから」

 

彼女がそういうと、俺たちに当てられたスポットライト以外の照明がつく。そして、俺の目に映し出されたのは、様々な食材に、古今東西の調理器具が揃った大型キッチンであった。

 

「私と勝負しなさい。どっちの料理が美味しいか?」

 

「料理勝負か」

 

なんでそんなことをするんだ?わけがわからない。横暴だ。勝負をして何になる?

 

こう言ってやるのが正常な判断なはずだ。

 

他にも言ってやりたいことが、あったろうに。

 

「四個目の質問だ。名前は?」

 

こっちも料理人としてのプライドがある。

 

「薙切アリスよ」

 

前世でもあったんだよ。料理勝負がさ。

 

椅子からの拘束が外され、キッチンに立つ。

 

闘争心を隠す気はない。アリスも同じだ。

 

お題が表示され、脳内で何を作るかメニューを選び抜いていく。

 

「始め!」

 

開始の合図と同時に、俺たちは動き出した。

 

「勝つのは俺だ。アリス」

 

勝利の道しるべとなる食材を掴んで、勝利宣言した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちなみに俺どうやって捕まったの?」

 

「うちに寄る運送トラックにいたら気づくわよ」

 

「は、恥ずかしすぎる!」

 

 

 



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4話

突如始まった料理勝負に、必要な材料だけを手に取る。

 

今回の勝負はグルメ食材を使うつもりは一切ない。正確には、審査員が見過ごさないだろう。

 

ふと視線を向けると、2人の男女と2人の少女が観察するように俺から目を離さない。

 

まあ、グルメ食材は使わないけど、料理と技術は使うけどね。

 

キャベツ、ニンジン、パセリ、牛肉、熊肉、ニンニク、ドリアンetc。とにかく手当たり次第で、それでも十分だった。

 

「あなた。お題分かってるの?」

 

「ご丁寧に日本語で書いてくれたんだ。読めないわけないだろ」

 

(期待外れかしら?)

 

とか、思ってんだろうな。お姫様も審査員連中も。

 

確かに、熊肉にニンニクや納豆。臭いのキツいものをいくつか頂戴させていただいた。転生する以前、一番最初の人生であれば、俺もふざけているとしか考えられないだろう。まして今の俺は子供。なにを言っても無駄だ。

 

ならば、味わわせるまでだ。

 

トリコの世界に転生して、驚いたのは食材だけではない。その調理法と言ってもいい。瞬きする間もなく、ソーメンの如くキャベツを千切りする技能。食材が星の数ほどあれば、調理法は銀河の数ほどある。

 

多種多様な技術は、俺への成長に促された。

 

てなわけで、俺は食儀を使わせていただきます。

 

とくとご覧あれ料理人の包丁捌き。

 

「ん?」

「あれ?」

 

審査員席の少女たちが声を漏らした。

 

限界まで細くしたキャベツをボウルに入れる。

 

「見逃しちゃった。ねえ、あのお兄さん、どうやってキャベツをあんなに細くしたの?」

「私も見逃しちゃってよくわからない」

 

衆人環視の下で料理か、前世以来だ。いいね、気分が乗ってきた。

 

「どんどん行くぞ」

 

ニンジン、玉ねぎ、ピーマン、これらを限界まで細く捌いていく。

 

さらにドリアン。この時、審査員席から、いくつかの声が漏れたが、無視する。ここからは熊肉などといった臭いのキツイものを下ごしらえしていく。と同時に、少量の水が入った圧力鍋が沸いてきたので、ボウルに入った野菜を全て投入する。

 

肉を叩いては、捌いてを繰り返し、野菜を入れた鍋とは別の鍋に肉、魚を鍋に入れる。

 

俺が前世で得た技術は、食儀だけに留まらない。最終的には、食材の声を聴けるに至った。だから、この世界で最終的に最高の料理を持て成すことなんて造作もない。

 

「そっちはどうよ。お姫様」

 

「せっかく名前で呼んでくれたと思ったら、またお姫様に戻っちゃたの?」

 

お互いに時間を待つだけのみとなって、会話が出来るようになった。

 

「無理やりここに連れてこられてやられっぱなしってのも癪でな。俺に勝てたなら、名前で呼んでやるよ」

 

俺の余裕っぷりにイラついたのか、食って掛かってくる。

 

「そう。でも、さっきから見てたけど、あんな食材でどんな料理ができるのかしら?負けた時の言い訳にするつもりなら、名前を呼ばれたくないのだけれど」

 

勝負のお題は、スープ。時間は1時間。お互い30分程度で済みそうだけど。

 

本来、スープは時間をじっくりかけるものだ。人によれば、3日もかける人もいるほどだ。俺も前世ではスープによって、1週間かけたものもある。

 

「逆におもちゃに頼りっきりで勝てると思っているのか?」

 

お姫様は機械をいじっていて、食材は切る程度しかしていない。

 

「これでも有言実行するタイプなんだよ」

 

それから5分後、審査員の前には2つの皿。

 

お姫様が作ったのは、コンソメスープ。

 

そして、俺もコンソメスープ。

 

正直、彼女の作ったコンソメスープは見事なものだ。濁りの一切ない琥珀色のスープは、並みの料理店が出すものとは雲泥の差だ。機械を使ったといえど、使う側の知識も見合ってなければ、豚に真珠だ。間違いなく、天才の部類に入る。

 

3度の料理人生を生きた俺が言うのだ。間違いない。

 

「でも、俺の勝ち」

 

「うわあああああああああああん!」

 

4人の審査員は全員俺の皿を選んだ。3対0で俺の勝ちで、双子は2人で一つの票らしかった。

 

お姫様は泣き出してしまい、俺は高笑いをする。

 

俺のスープはコンソメスープというには、色が薄すぎるのだ。無色に近い黄色。

 

俺の作ったコンソメスープの正体は、超劣化版センチュリースープver.コンソメ。

 

本来のセンチュリーであればオーロラが現れる。その一歩手前なら、オーロラは出ないまでも、認識すらできないほどの透明感を可能にする。これらの例を考えれば、今回の品は完成品には程遠い。

 

前世でも小松シェフのセンチュリースープを目指していたが、一歩手前までしか完成しなかった。今世の目標の一つにセンチュリースープの完成を掲げている。

 

その過程を考えれば、連れ去られた状況は悪くないんじゃないか?

 

「うーうー」

 

お姫様は一向に泣き止む様子がない。

 

俺は鍋から皿ではなく、カップにコンソメスープを注いで、お姫様に差し出す。

 

「飲んでみろ」

 

お姫様は泣きながら、コンソメスープを飲んでいく。あっという間に、カップの中からスープは消えていた。

 

「おいしい……。今まで飲んだスープのなによりもおいしい。野菜の甘味に肉類の濃厚さがバランスを保ってる。それに野菜の甘味がこんなに出るなんて知らなかった」

 

鼻をすすって、しっかり感想を述べてくれる。

 

「そうか。サンキューな」

 

何時でも美味しいの一言は嬉しいものだ。

 

俺はお姫様の肩に手を置く。

 

「それが敗北の味だ」

 

「うわあああああああああん!なんで追い討ちかけるのおおおお!?」

 

「ケケケ」

 

再び泣き出すお姫様に、俺は腹を抱えて笑う。子供にしては大人びているが、負けて泣く辺りまだまだ子供だ。

 

「次は、次はぜっったい勝ってやるんだからああああああ!」

 

「ああ、そんときゃ名前で呼んでやるよ。アディオス、お姫様」

 

 

 

 

 

 

 

「ところでなんで、あの審査員ふんどし一丁になったりしてんの?双子のコンビも服脱げてるし。あの女の人はフリーズしてるぞ」

 

「そういう家系なの」

 

「どういう家系?」

 

「私の家族」

 

「!?」

 

「それとあなたここから去る流れ作ってるけども、逃がすつもりはないから」

 

「!?」

 





センチュリースープの元ネタはコンソメスープだと思うので、コンソメにしました。いきなりセンチュリースープ出してもしょうないので。

因みに今回の勝負は、こっそりグルメ食材を使う考えもありました。例えば、スープの中におしりしおを入れたりなんか。勝てばよかろうなのだ。

ただ今回は主人公の転生特典とは別に、主人公の料理人としての腕に注目してもらいたかったので、グルメ食材は使用しませんでした。


短いですが、今日のところはこれで。





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5話

 

夜の厨房で一人静かに、冷蔵庫から取り出したゼリーを前にして、深呼吸をする。スプーンで口に運び、20秒間かけてじっくりと味わう。

 

「Good.及第点ってぇとこだな」

 

赤、青、黄、緑、紫、橙、黄緑。パッと見七色に濁ったゼリーが小皿の上に置かれている。濁っているといっても決して、汚いものではなく、七色が国立公園イエローストーンのようにゼリー内で煌めいているようなものだ。

 

このゼリーは冷蔵庫から取り出したばかりで20℃以下の冷たさである。冷たい物の匂いは本来であれば、鼻に届きづらいのだが、このゼリーからは甘い香りが漂う。

 

嗅覚だけで味わいを錯覚する匂いは、涎を溜め込んでしまう。その匂いからは脳内で様々な果実を思い出させていく。

 

宝石の如き、果実のゼリー。

 

超劣化番、虹の実擬き。

 

「でも、やっぱ駄目だな」

 

本来の虹の実であれば、一口食べれば色んな味が味わえる。二口食べれば、一口目にはなかった出会いがある。一つの味に対しても、想像を越える極上の味だ。強烈に甘いのに、甘過ぎると感じさせないのだ。

 

俺の作った虹の実ゼリーは甘さは適切でも感動もないし、味の変化もない。一口であらゆるフルーツを圧縮した果実独特の甘さはあっても、虹の実ほどでない。

 

「ああああんもおぉぉぉういやああああああああああああああ!」

 

虹の実の完璧な再現は遥かに遠い。

 

「これじゃあただのフルーツゼリーじゃんかよおおおお」

 

及第点は出したものの、納得いくどうかは別で、あくまでこの世界の食材限定での話だ。グルメ食材使ってこれなら、料理人をやめてるまでにある。

 

初めて虹の実食べたときの、感動凄かったな。いや、虹の実だけじゃない。あの世界は、本当に感動に満ち溢れていた。

 

食材だけでなく、景色を眺めながらの食事とかさいっこうだったなあ。

 

あの時の感動は、もう味わえないのだろうか。

 

「ふひひひひひ」

 

絶望しかない。笑うしかない。

 

「おい、大丈夫か?」

 

「ふひひひひひ。あれ、宗衛さん。こんな夜中にどうしたんすか?」

 

眼鏡をかけたオールバック、薙切宗衛。お姫様の父にあたる方。

 

「それはこっちの台詞だ。甘い香りがして辿ってみれば小皿に乗ったゼリーが異彩を放っていたぞ」

 

一般人からすりゃ、まがいもんでも虹の実は虹の実だもんな。

 

「しかし、このゼリーが霞むほどお前は気味悪かった」

 

「これが通常運転なんすけど」

 

「本気だったとしたら、お前を引き取ったことを全力で後悔するぞ」

 

すいませんね。

 

「宗衛さん。フルーツゼリー食いかけですけど、あげます。失敗作なんで改善点欲しいんですよ」

 

新しいスプーンを渡して、宗衛さんは口に含んだ瞬間、服が弾けとんで褌一丁になって、咀嚼する。

 

おはだけとかいう訳のわからん呪いに掛かっているこの光景は結局のところ慣れだ。

 

「りんご、オレンジ、ブドウ、メロン、アケビなどなど様々果実が思い浮かぶがこれは既存のフルーツゼリーではない新たなフルーツゼリーだ。ありとあらゆるフルーツを圧縮したような甘さは互いを邪魔し合わず、調和のとれた新たな一つの味と言っても過言ではない。この出会いという名の感動は我が妻、レオノーラを。アリス、ベルタ、シーラの誕生。調和は我が家の一つの家族を彷彿させる」

 

長ぇ……。というか、なんで家族に繋がるんだよ。親バカめ。

 

「褒めてくれるのは嬉しいんですけど、改善点とかはどうすかね?」

 

「ん、そうだな。逆に聞きたい。これ以上なにを望む?」

 

「仰る意味が」

 

「君はここに来て、多くの料理を振る舞ってきてくれた。それこそ、この世のものとは思えないほどの極上料理を。包丁捌き、火入れなどプロの中でも見たことがないほどにな。今は追及しないが」

 

この人のこういうところはありがたいんだよな。男同士余計な詮索しないでいてくれるところとか。

 

「ただどんな料理を作っても君が満足したところは見たことがない。このゼリーにしてもそうだ。このゼリーは完璧と言ってもいい。なのに、何故改善をする?どこを目指している?」

 

「満足する料理を目指しています」

 

「なに?」

 

「料理人として食べてもらう人間に喜んでもらう。それは当然ですよね。でも、自分自身が満足しないんですよ」

 

「つまり、料理をするのは誰かの為ではなく自分自身の為だと?」

 

「はい。現状、俺の舌を満足させるのは俺だけです。お姫様も天才の部類っすけど、俺ほどじゃない」

 

「……難儀な天才だ」

 

「天才ってのは本来孤独なもんすからね」

 

「自分で言うものでもないがな」

 

笑い合う男二人。

 

グルメ細胞とは別に俺は隠していることがあった。

 

お姫様との料理勝負は全勝して、負かしては泣かせている。

 

ただ、一度だけお姫様の料理を心の底から美味いと感じた料理があった。

 

少し前に、体調を崩したことがあった。ベルタとシーラの料理が原因らしく、俺をここまで追い詰めるとは中々の腕前と言えよう。後日、涙目でごめんなさいされたので、デコピンで許した。悶絶するほど、痛がってた。

 

体調を崩したと言っても、病院に行くほどでもなかったので、ベッドで横になっていた。辛いものは辛かったので、料理を作る気力もなかった。

 

唯一の救いは食欲があったことだ。

 

そんな時、お姫様は無遠慮に俺の部屋に入ってきてた。

 

一人用土鍋を使って玉子粥を持ってきたのだ。

 

少しのやり取りをして、お姫様の玉子粥を食べきって、感想を伝えた。

 

回復すると、再現しようにも真似ることは叶わなかった。グルメ食材を使ったら分からんがな。

 

お姫様にまた作ってもらうのは、調子に乗られるのが目に見えているので、頭を下げたりはしない。

 

やはり、空腹は最高のスパイスに違いない。

 

 





他の作品でもそうだけど、ヒロインが決まらない。適当なモブにしようか。

ヒロインはともかく、主人公の名前どうしよう。本気で忘れてて、全く考えてなかった。

この作品は本気の本気で思いつきだから、一話の文字数は少ないです。にも関わらず、他の作品に比べて早いペースで、お気に入りがついているのでショックを受けています。

更に言えば、グルメ食材で無双する時があります。いつかは知らんけど。

お菓子の家とか、主人公主催主人公一人ビアガーデンとか、やりたい。

トリコの一番最初のビアガーデンの蟹やらラーメンやら美味しそうに感じたのは、私だけではないはず。



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6話

「ゲホッゲホッ!オエエェッ!」

 

口から水を吐き出して、次に胃から水を吐き出す。

 

息切れを起こしながら、重たい足取りで近くのベンチに腰掛ける。決して品のあるさまではなく、3人は腰かけられるスペースを大股を開いて俺一人で占領する。

 

俺が座ったせいで、ベンチが濡れた。そりゃそうだ、頭から爪先まで、濡れていないところなどないのだから。

 

なんにせよ、逃げ切ったんだ。この際、文句は言うまい。

 

お姫様と料理勝負してから、それなりの月日が過ぎた。

 

あれからお姫様一家は不法入国を盾にして、俺を手元に置こうとしていた。俺も薙切一家が如何に巨大な財閥か知って驚きはしても、萎縮はしない。前世の人生経験のお陰だ。

 

それにこの話は俺にとっても悪い話ではなかった。

 

元々、海外で屋台をやっていたのは、孤児院が煩わしく、日本国内では足がつく可能性があったからだ。

 

となれば、お姫様の下にいるのがベストだ。

 

そう思っていた時期が俺にもありました。

 

あのお姫様しつこいわ。一日一回は料理勝負挑んで来るわで、ほんとにめんどくさい。100戦越えた辺りから、もう勝負回数は数えていない。

 

自由気ままに屋台出していた頃が懐かしい。

 

グルメ食材使って、自分の技術を存分に振るえる喜びがあった。けれども、薙切インターナショナルの研究技術を前に料理勝負などでグルメ食材を使ったらえらいことになるのは間違いない。

 

だから、彼女達の前ではグルメ食材は使わずにいる。

 

しゃくれラーメンをせがまれたときは、誤魔化すのが大変だった。

 

なんだかんだで、お姫様の中ではしゃくれラーメンが一番だったようだ。

 

それにお姫様が自由奔放過ぎて、俺の身が持たない。体力には自信あるけど、お姫様がやらかすから体力がごりごり削られる。屋敷からは抜け出しては、俺が捜索するはめになる。

 

お姫様の世話役を任された俺は毎日がヘトヘトだった。

 

そこに双子の姉妹が加われば、体力の限界を迎える。三人揃えばなんとやらだ。

 

そんなこんなで、置き手紙を残して海を泳いで逃げ出した。

 

ここまで言っといてあれだが、彼女たちのことを嫌っているわけではない。なんだかんだで、楽しいと思える日々であった。

 

それに全く実りがないわけでもなかった。料理に金をかけてるだけあって、世界中のあらゆる食材を持ってきてくれるので、模倣グルメ料理を作り出すことに成功した。

 

ただ俺は、自由気ままにグルメ食材の料理を振るっていた方が性に合っている。

 

残りの面倒ごとはリョウに押し付けちゃったけど、別にいいよね。

 

ベンチから立ち上がって、上半身の服を脱ぐ。

 

「まずは屋台調達だな」

 

今度はなにを売りさばこうかと脳内でシュミュレートする。

 

そこから二月後。

 

「…………」

 

俺はとある国でグルメ料理を販売していた。

 

ピタパンにゲロルドの肉を挟み込んで、ベジタブルスカイの千切りキャベツを挟み込んで、特製エビソースをかけたケバブを屋台で振るっていた。

 

本来であれば、キャベツではなく黒草にココアマヨネーズにしたかった。だが、黒草は色合い的に目立ってしまうので、薙切一家のように目をつけられてしまう可能性を考慮すれば、ベジタブルスカイのキャベツで我慢しなくてはならなかった。

 

全力を出せないのはストレスが溜まる。それでも、我慢をしなければならない部分でもある。

 

やっぱり、薙切一家には本当のこと話しとけば良かったのか?そんで、グルメ料理を振る舞うとか。

 

「それはそれで厄介そうだよなあ」

 

ジレンマを抱えて、ため息を俯きながら吐き出す。

 

「なにが厄介そうなんだい?」

 

「え?」

 

俺の日本語に反応されて、顔を上げると、日本人が立っていた。その男は黒ずくめだった。スーツもシャツも靴も、そして恐らくは下着も。

 

「初めまして。僕は、そうだね。中村という者なんだが、店主はいるかね?」

 

久我重明かよと口には出せなかった。寸勁打たれたら恐いし。

 

「申し訳ございません。父は今離れていまして、何時戻ってくるかまでは存じません。ご用件を伺ってもよろしいでしょうか?」

 

役所の人間か?まあ、移動販売だから、明日には別の場所に移動してるけどな。注意されても、別の区域にいけば、ノープロブレム。

 

適当に嘘ついてやり過ごしとけばいい。

 

「ふぅむ。失礼、僕は料理人兼美食家でね。料理には強いこだわりを持っていれば、仕事にだってしている」

 

「はぁ」

 

うわ、めんどそうな客きた。たまにいるんだよな。うんちくうるせえ客。

 

「目ぼしい料理人の情報は逐一入るようにしている。君は北欧でも同じ事をしていたね。勿論、父が云々なんてのも嘘なんだろう」

 

「はは、なんのことやら」

 

想像を越えて厄介な客だった。

 

「噂では君の料理は三ツ星にも勝ると聞く。孤児院から抜け出したフットワークの軽さも調べあげている」

 

確かに少々有名になりすぎたかもしれない。毎日、区画を移動して、区画ごとの役所に軽い注意で済ませるだけのはずが、昨日一昨日の客がちらほら見受けられる。

 

予告なしにしているのに、凄まじい執念だ。グルメ食材は想像以上に三大欲求の食欲へ影響を与えている。

 

不思議な話ではない。トリコの世界では、その食材の為に何人も命を落とすこともあるのだから。

 

「中村さん、噂に尾ひれが付きすぎですよ。兎にも角にも明日また来てくださいよ。その時、父を紹介します」

 

「ふふ、あくまで白を切るか。これでも多忙でね、明日なんて悠長なことはしていられない身なんだ。だから、ケバブを一つ。明日来るかどうかはそれ次第にさせてもらうよ」

 

ケンカを売られているのか、試されているのか。

 

美味いならともかく、不味かったら話にならないと言うわけか。

 

見事に俺のツボをついたようだ。普段の俺であるのならば、乗っていた。それでも、今回は挑発に乗れなかった。

 

その理由を中村さんに告げる。

 

「あ、すいません。ちょうど売り切れなんですよ」

 

中村さんは数秒の間、表情を凍らせる。

 

「そうか。いいさ。明日また、ここに来ればいいだけの話なんだ」

 

笑顔で取り繕っても、少し早口なので恥ずかしさを取り繕っているのは目に見えた。つついたら、中村さんの黒歴史になりかねないので、そ知らぬふりをする。

 

「はい。明日は中村さんのために一つ残すことをお約束します」

 

「ふふ、楽しみにしているよ」

 

そういって久我重明リスペクトの中村さんは黒塗りの自動車の後部座席に乗り込む。車に詳しくない俺でも、高級車であるのはわかった。

 

「さーて、次はどこ行こっかな」

 

地図を広げて、ポキポキノコを咥える。

 

次の日、俺はそこから逃げ去っていた。

 

約束?知りませんな。契約書あるの?

 

中村さん、薙切一家に似た厄介そうな雰囲気持ってるから別にいいよね。

 

まあ、結局追いかけっこの末にとっ捕まって、条件付きで日本に送り返されるんだけどさ。

 

さよなら、世界。ただいま、日本。

 

 

 

 

~~~~~~~~

~~~~~~~

~~~~~~

~~~~~

~~~~

 

 

暗い、カーテンで光が遮られた一室に薙切アリスはベッドで横になっていた。

 

室内はあまり物が置かれておらず、必要最低限のものしか揃っておらず、とても裕福な令嬢の部屋とは思えない。それもそのはず、ここはアリスの部屋ではない。元はアリスがさらった少年が暮らしていた部屋だ。

 

しかし、現在はその少年は、彼女の下から逃げ出しており、権力を利用して捜索にかかっているが難航している。

 

少年の主であったアリスは、ここでなにをしているかといえば、少年が使用していた布団を抱きしめて深呼吸を繰り返している。

 

「これ……もうだめね。彼の匂いが消えてる」

 

布団から離れて、ナイトテーブルに置かれた写真立てを見る。そこには彼とアリスの2ショット。彼とベルタとシーラで撮った写真。アリスを真ん中にして5人でギニュー特戦隊のポーズをした写真が並んでいる。

 

「会いたい。私の料理を食べてほしい。あなたの料理を食べたい」

 

アリスは2ショットの写真を抱きしめて、願うようにつぶやく。

 

「抱きしめて。頭を撫でて。あなたがいないと寂しいの」

 

彼が去ってから、数か月が経過している。

 

アリスと彼が出会ってから、濃密だった時間がいかに大切なものだったか知った。

 

「私を愛して。あなたの傍にいさせて」

 

それは狂気を芽生えさせるには十分過ぎる糧となる。

 

「私だけの所有物になって」

 

薙切アリスの人生の分岐点はここで大きく変化した。

 

「今度はリードをつけてあげるからね」

 

 

 

 




自分が載せている作品の中で、これが一番人気ある理由が本当にわからない。

平均文字数も少なく、話数もまだまだで、ランキングにも乗っていないのに。


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7話


日刊……1位………?

あり、がとう、ござい、ます。皆さんの応援の、おかげ、です。そんな訳で、お礼の代わりに、短い間隔で投稿させていただきました。




久我重明こと中村さんに手紙を持たされて日本へ送り返され、今は薙切仙座衛門の前で正座をしている。

 

外には鹿威しが設置され、程よく地面に落ちた紅葉は季節を感じさせる。まるでどこかの旅館のようだ。

 

「お主が薊の手紙を持ってきた少年か?」

 

「はい」

 

日本料理界の重鎮、薙切仙左衛門。お姫様の祖父にあたる人だ。

 

「なぜ、ここに?」

 

「なぜ、ですかね。俺も状況がのみこめてないんですよねぇ。海外で出会って日本に送られて、空港でタクシーに乗せられて、ここに到着したってのが現状っすから」

 

「では、この手紙については?」

 

「内容知らないんで見せてもらえます?」

 

そういって薙切仙左衛門は、机に手紙を俺に見せるように置く。

 

――その者、料理の才ありし者。手元に置くべし。

 

「どゆことすか?」

 

「こっちの台詞だ。あの者が何者か知っておるのか?」

 

「や、全く。不法入国して、ヤンチャした俺を日本に送り返すとんでもない人ってことしか」

 

「それだけ聞くと、お主の方がとんでもないぞ。お主には聞きたいことがやまほどある。まず名前はなんだ」

 

「愚地独歩です」

 

「マッハ突きくらいたいか小僧」

 

「すいません冗談ですここの障子全部破けますから」

 

刃牙読むんですね。

 

その後は、俺の親がどうとか、向こうではなにをやっていたかなどの質疑応答を繰り返していた。お姫様のことに関しても、軽く答えておく。

 

「アリスの従者であったか」

 

「従者いうのも違和感ありますけど。イタズラにも付き合わされたりして、大変でしたよ。あーまったくとんでもないですね」

 

ちなみにこの男、アリスのイタズラに関しては双子レベルでノリノリで付き合っていた。ほんとクソ野郎である。

 

「なるほどのう。お主、儂に雇われてみないか?」

 

「お断りします」

 

「では、薙切インターナショナルに連絡いれるとするかのう」

 

「雇われます」

 

そんなこんなでこの私、薙切仙左衛門に雇われることになりました。

 

「では、採用試験をさせてもらおう」

 

「採用試験あるんですか?」

 

「無論。お主はあくまで働く意思を示したに過ぎん。実力はこの眼で確かめさせてもらう。拒否・不合格の場合、薙切インターナショナルに連絡を入れさせてもらおう」

 

俺の意思?脅迫の間違いだろ。

 

「んま、いっか。試験内容はなんでしょうか?」

 

「ついてまいれ。用意は出来ておるな?」

 

「はい。いつでも始められます」

 

傍にいた黒スーツサングラスをかけた側近の姿はさながら、悪魔的金融会社のようだ。そう考えると、俺の前を歩くこのおじいちゃんは………。

 

制裁されないように気を引き締めなくては。

 

薙切仙左衛門は暖簾のかかった部屋に入ると、そこは案の定キッチンだった。ただし、薙切インターナショナルのような最先端な設備が整っている風ではない。昔ながらの日本らしさを感じる。

 

土鍋。炭焼き台。柄が木製の包丁。食材を彩る陶器。

 

キッチン台に乗せられた、氷で冷やされた魚。海藻。どれも一級品といえるものばかりだ。

 

「この中から、食材を選択し、儂を満足させるものを作り上げよ」

 

いいね。薙切インターナショナルにいたころ、料理のことはもちろん、料理界の著名人はそれなりに知っている。中でも、このお爺さんは相当な曲者だことで、遠月学園の長だとか。そんな竜王レベルの相手に美味いの一言を言わせたら、最高じゃねえか。

 

「一つ、聞きたいんですけども」

 

「申してみよ」

 

「俺が用意する食材、調味料。使っても構いませんか?」

 

それより、なによりも、久しぶりの日本料理に血が騒ぐ。最高の音楽を聴いたら、テンションが上がったような、この感覚は絶好調の証である。

 

俺の全力の料理をぶつけたい。

 

「駄目に決まっておろう」

 

「ええっ!?ダメ?ダメすか!?」

 

「試験にならんであろう」

 

「待ってくださいよ!?ほんと後悔させません!美味しいんですよ!」

 

「駄目なものは駄目だ」

 

「後悔させませんから!ほっぺが落ちますから腰ぬかしますから!」

 

「しつこいぞ」

 

「病みつきになります!中毒になって禁断症状起こせるレベルですから!体が発光したり、筋肉が膨張しますよ!?」

 

「逆に食べたくなくなるわ」

 

俺の必死の言葉も届かず、しぶしぶ調理にかかるとした。

 

「やべえテンションダダ下がりだわ。これとこれでいいか。っとこれも、あーしてこうしてそうしてどうしてと」

 

使う材料はキッチン台に乗せられた材料の中から、ほんの少しだけ。

 

「あっという間に出来上がりましたよ」

 

「いや、2時間かかったぞ。儂も仕事してたから良かったが」

 

「米炊くのに時間かかっちゃいましてね。ささ、伸びないうちに」

 

「お主、米と言ったよな?」

 

薙切仙左衛門の前には一人用土鍋が置かれている。取り皿はなく、箸の代わりに木製のレンゲを用意した。この時点で、上品とは呼べないスタイルに薙切仙左衛門は俺の実力に疑念を抱いている。

 

それでもなにも言わず、土鍋の蓋を開けると表情が変わる。

 

「ぬうっ!これは、鮎飯か」

 

土鍋の中には、頭の無い鮎の出汁を吸った焦げ茶の炊き込みご飯。鮎と米の上にウルイが並べられている。

 

「凛とした香気に、焼霜に仕立てられた鮎。山の生命力、力強い豊饒さ。穏やかに上品で、飾られていないのに花がある」

 

はよくえ。

 

薙切仙左衛門はレンゲを掴んで、魚を切り分けようとした瞬間、驚愕した。

 

「まさか」

 

はよくえって。

 

魚はなんの抵抗もなく、刃物でもないレンゲに切断される。薙切仙左衛門の持つレンゲの上には、米・鮎・ウルイが乗せられている。それを一口頬張ると、なんということでしょう。薙切仙左衛門が着ていた着物が弾け飛び、褌一丁になったではありませんか。

 

「うわあ………」

 

薙切仙左衛門はそのまま品性などお構いなしに、鮎飯をがっつく。鍛えぬいた肉体を持つ爺さんが、褌一丁で飯をがっつく姿は正直キツイ。

 

土鍋に米一粒残らなくなったところで、レンゲを置き一言つぶやく。

 

「………採用だ」

 

クビにしてくれ。

 

 

 




薙切仙左衛門が驚いた理由の部分に関しては、一番下に答えに近いヒントだけ出しておきます。いつエタるかわからないので。


評価の件で指摘がありました。20文字めんどくせえ、と。
私としては、なんでこの点数なのか知りたいからです。
例えば10点なら、こういう部分が面白いとか。
0点なら、こういう部分が駄目とか。
面倒かもしれませんが、ハーメルンの機能の部分もあるので、ご容赦ください。

また、主人公の性格に関しては、賛否両論でしたが、結論を申し上げます。

このまま性格悪くいきます。

というのも、私の持論なのですが、主人公がいい子ちゃん過ぎてもつまらないし、人間的欠点がないと登場人物の色が出ないと考えています。漫画ならともかく、小説の場合だと実際に顔が見えないわけです。そもそも、欠点の無い人間なんていないわけですから。

幸平は食わせるし、城一郎はプラつくし、ストーカーはいるし。原作自体に性格難ありが多いですから、主人公なんてかわいいもんです。

あとはキャラを動かしやすいから、というのもあります。

以上になります。

次は、女の子だれだそうかな。

上記で申した通り、鮎飯で薙切仙左衛門が驚いた理由はヒントだけ下記に乗せておくので、見たくない人は気をつけください。万が一、見てしまっても答えではないので、あしからず。限りなく答えに近いですけど。











ヒント:サンマ



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8話

今日から、薙切で働くことになりました。黒スーツを支給され、薙切家の財力と気前の良さを感じられる。

 

お仕事の内容は、薙切本家のお嬢様の付き人になることを命じられた。

 

確か、薙切エリナって名前だっけか。お姫様の従姉妹だって聞いたな。

 

「あなたが、お爺様が寄越した子?」

 

「ん?」

 

後ろから声を掛けられると、日本人の顔立ちでありながら、美しい金髪を伸ばした少女と左後ろにショートヘアーの少女が立っていた。

 

従姉妹だけあって、お姫様と日本人離れしているところが似ているな。しかし、お姫様と違って、陽気さがなく、冷淡さを感じられる。共通するのは、気品だろうか。

 

とても小学生の年齢とは思えない。

 

……俺は俺流で行かせてもらいますか。

 

「どうも初めまして、エリナちゃん。薙切仙左衛門殿からの命で、今日よりエリナお嬢様の付き人をさせていただく者です。どうぞよろしく」

 

「新戸緋沙子だ。立場的には、君の先輩にあたる。エリナ様はもちろん私も多忙故、君はエリナ様と私の補佐に当たってもらう。それと、エリナ様のことはちゃん付けなどではなく、様をつけなさい。言葉遣いも教え込まねばな」

 

幼いながらもしっかりとした物言いは下手な大人よりも立派な振舞いだった。

 

「はいよ、緋沙子ちゃん。断るけどね」

 

俺の物言いに、エリナが一歩踏み出す。

 

「あなたはお爺様の紹介できたのでしょ?言葉遣いが大切なのはわかるでしょ。言葉遣いだけではない。立ち振る舞い、マナーといった見かけが重要なの」

 

エリナの言う通り、薙切のブランドは伊達ではない。日本に留まらず、世界中の料理の世界に携われば、耳にするレベルだ。

 

「やれやれ。若いねえ」

 

「貴様もな」

 

「俺がなんで、仙左衛門殿に寄越されたか考えたかい?」

 

「……意味があると?」

 

「どう思う?少なくとも、仙左衛門殿は考えなしに人を寄越したりはしないぜ。それは、エリナちゃんがよぉくご存じのはずだ」

 

「いいでしょう。あなたの振舞い大目に見ましょう」

 

知らんけどね。とりあえず、名前聞かされて、向かわされただけだし。

 

「ありがとさん」

 

「よろしいのですか?」

 

「構わないわ。彼の言う通り、お爺様が寄越したことが重要なのだから」

 

そういや、仙左衛門殿が親代わりなんだっけか?親も今いないんだとか。

 

その辺りはノータッチでいきますか。

 

「でも、ちゃん付けはやめて」

 

「あいさ。エリナ様。んで、緋沙子ちゃん俺はなにすりゃいいのよ」

 

「私はエリナ様のスケジュール管理。文書管理などだ」

 

子供にやらせるような内容とは思えねえな。ハイスペック小学生だな。

 

「ふーん。んじゃ、俺は何すりゃいいのよ」

 

「そうだな。私が不在になってしまうこともある。君は私の補佐及び代理となれるよう私の仕事を覚えてもらおう。あとは雑用といったところだな」

 

「あ、なら先輩って呼ばせて貰いますわ」

 

「先輩?私が先輩か。ふふ、いいだろう。わからないことがあれば、なんでも聞くんだぞ」

 

「ああ。んじゃ、ここに住み込みって話なんだけど、俺はどこで寝りゃいいの?」

 

「空き部屋があったから、そこで暮らせばいい。あとで案内をしよう」

 

「なら、今日はなにをすりゃいいのよ。初仕事」

 

「ババ抜き!ババ抜きしましょ!ババ抜き!」

 

唐突にテンション爆上げのエリナちゃん。瞳をキラキラさせて、ぴょんぴょん飛び跳ねるではありませんか。さっきまでの冷淡さはお出かけしたようだ。

 

「ふふ、3人でババ抜きなんて何時ぶりかしら?」

 

「…………緋沙子先輩。もしかして、俺が仕える主人ってもしかして、友達がいないんじゃ」

 

「エリナ様には言ってはならんぞ。昔、エリナ様の従姉妹がそれを言ったら大喧嘩に発展してな」

 

「いや、言えんでしょ。環境が環境だからまともに友達作れって言うのも難しいだろうけど」

 

「早くっ早くっ!」

 

「承知しました。エリナ様」

 

「ヘイヘイっと」

 

この後、接待プレイで程よく負けてあげた。

 

エリナちゃん結構顔に出るタイプだな。これがお姫様相手だったら、ボロクソにしてやったけど。

 

そんなこんなで今日1日は遊び倒した。

 

でも、ババ抜き20連ちゃんはキツイわ。緋沙子先輩なんて、途中から笑顔なのに、目が死んでたし、反対にエリナちゃんは終始ハイテンションだった。勝ったときのどや顔は、年相応の可愛らしさがあった。

 

そうして、夜になると今晩の3人の食事は俺が作ることになった。

 

エリナちゃんは神の舌を持っている、とか言われてるんだっけ?

 

上等上等。

 

俺の料理とくとご賞味あれ。

 

 

 

 

___________

 

 

 

 

「彼はどんな料理を作ってくれるのかしら」

 

白いテーブルクロスのかけられているテーブルの座るお嬢様の隣に、私がいる。エリナ様に仕える身であるので、共に食事することはないのだが、今日は彼の意向に加えて、エリナ様の要望に応えて同席することになった。

 

「エリナ様の期待に応えられればいいのですが」

 

口ではそう言いながらも微塵も期待などしていなかった。

 

悪意があるわけではない。仙左衛門様から送られてきたのだ。何かしらの意図があるのだろうが、少なくとも料理に関しては違うだろうと断言できる。

 

エリナ様は毎日一流と呼ばれる料理人たちの料理を食しては、改善点や調理法を見抜く。決して薙切の名だけで“神の舌”と呼ばれているわけではない。子供ながらにして、料理界に影響を持つ実力を持った御仁なのだ。

 

そんなエリナ様を私たちと同年代の少年が、料理を振舞おうなんて同情を禁じ得ない。

 

「緋沙子」

 

「なんでしょうか?」

 

「彼の料理に本気でアドバイスを送ってあげるわ。だから、あなたも先輩らしく彼を支えてあげなさい」

 

エリナ様の視線は私を真っすぐ射抜く。

 

「料理に関して、私は嘘を吐けないし、許されない立場にある。お爺様が寄越したからには意図があるはずだわ」

 

エリナ様にダメ出しをされて、料理人を辞めた大人は数知れず。エリナ様の発言は私を驚かせた。エリナ様の交友関係は狭いので、同年代の友人は皆無といっていい。加えて、遊び盛りの子供が束縛される立場にあるのだ。

 

そのストレスは仕えている私が分かっている。

 

今日現れた彼との出会いが、エリナ様の感情を爆発させたのだろう。ババ抜き20連はきつかったですけど。

 

「彼の主として、友人として。誠心誠意答えなくてはならないのが私の義務よ」

 

「承知しました。それでは遠慮せずアドバイスを送って差し上げてください。私が必ず支えて、共にエリナ様に相応しい付き人にしてみましょう」

 

「ふふ、頼りにしてるわ」

 

「ありがとうございます」

 

こんなエリナ様の笑顔は何時ぶりだろうか。社交辞令でもない、心から微笑んだ姿は、ひどく久しぶりだった。

 

仙左衛門様の目的はこれだったのかもしれない。

 

エリナ様の遊び相手。

 

料理以前に普通の友人を与えたいのかもしれない。

 

「お待たせしました」

 

クロッシュが被せられたまま、エリナ様と私の前に置かれた。

 

君はこれから仕える主君に心が折られるだろう。私たちに喜んでもらおうと、頑張ったのだろう。その頑張りは無駄になる。だが、君が踏み込んだ世界は、それを乗り越えなければいけない世界なんだ。

 

「いただくわ」

 

「いただこう」

 

しかし、安心してほしい。私が支える。共にエリナ様に相応しい従者であり、料理人を目指そう。

 

 

 

 

 

 

 

そんな風に考えていた時期が、私にもありました。

 

 




エリナちゃんは、アホの子要素が入ってるイメージがあります。





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9話

彼が勢いよくクロッシュを開けると、そこにはベージュのソースがかかったパスタがあった。

 

その瞬間、私の鼻から入ったパスタの香りが突き刺さり、口内に涎が溢れ出す。言うまでもなく、口から漏らすような真似はせず、飲み込んだ。

 

培ってきたマナーが理性を保ち、がっつくことはせず、ゆったりとした動作でフォークを手に取る。

 

それでも、頭の中では早く食したいという気持ちでいっぱいだった。フォークがパスタに届くまで3秒もかからない。この時ほどゆとりのある礼儀作法が憎らしかった。

 

パスタは見た目通り、カルボナーラだろう。

 

問題なのは香りだ。

 

今まで幾度となくカルボナーラを食べてきたが、こんなにもダイレクトに食欲に突き刺さるカルボナーラは初めてだ。濃厚でもあるにも関わらず、鼻を摘まみたくなるほど強烈な嫌悪感もない。

 

フォークがパスタに刺さり、回すとクリームの濃厚さがうかがえる。普段よりも少しだけフォークを回す指に力が入っている。まるでソースのうま味そのものが濃縮されているようだ。

 

ねっとりとパスタに絡むソースはスープパスタにはない重量感があった。

 

いよいよ口の中に向かい入れられたパスタ。

 

噛むより先に舌に触れた時、イメージしたのは卵黄だった。凝縮された卵黄のうま味が口に入って、解き放たれた感覚だった。舌触りはなめらかで、ソースが舌に絡みつく。

 

パスタを噛めばプツプツと切断されていくのが聞こえる。柔らかかめに茹でられているのは、私たちの年齢を考慮してのことだろう。

 

噛み切ったパスタを飲み込むと、いつの間にか巻いていたカルボナーラを口にしていた。自分の意志ではなく、本能的な行動だろうか。いや、今はただ、このカルボナーラだけに集中しよう。

 

「「ごちそうさま」」

 

私とえりな様は同時に食べ終えた。

 

食後の水を飲んで、カルボナーラへの余韻に浸る。

 

「どだった?」

 

軽い口調で尋ねる少年にえりな様は、笑いながら告げる。

 

「まあまあね。うん。まあそこそこおいしかったわね。あなたの腕前、認めてあげるわ」

 

なんか見苦しい。

 

「ハハッ、お粗末さん。」

 

彼は私たちの前に座り、同じカルボナーラを食べ始める。

 

箸で。

 

「ズゾゾゾっ!」

 

ズルズルとまるでラーメンをすするかのように。

 

そっかァ~~~~~……

 

パスタって……箸ですする料理なんだ…………

 

「って行儀悪いわ! パスタはすするものではないし、なぜフォークを使わん!」

 

「やらない?」

 

「やらんわ!!」

 

「ケッ、行儀のよいこったなぁ!」

 

このっ、こいつ……!

 

すすっている割には、カルボナーラの汁は飛んでこない。

 

「おおー」

 

えりな様は目の前のアホのマナーも糞もない食べ方に瞳を輝かせていた。まるで自分もやってみたいというかのように。

 

いかんいかん! えりな様は良くも悪くも純粋なお方だ。こんなアホに影響を受けたら、えりな様の教育によろしくない。

 

「フォーク使え!」

 

「へいへい」

 

渋々フォークを受け取る男にため息が溢れてしまう。

 

料理の腕はあるようだが、マナーなどは要注意だ。

 

「ズゾゾゾっ!」

 

「すすんなと!」

 

「ふべっ!」

 

私はバカの頭を叩き、えりな様は笑う。

 

その表情に私まで、頬が緩んでしまう。こんなえりな様を見たのは何時ぶりだろうか。

 

それからというもの、私たちは何時でも行動を共にするようなった。

 

料理研究はもちろん、えりな様の側近として、スケジュール管理・護衛などをこなし、えりな様を万全にサポートする。

 

そんな日々のある日、私は男の部屋に訪れていた。

 

「お疲れ様。緋沙子先輩。えりな様は?」

 

「もうお休みになられている」

 

時刻は夜中の12時を回っている。

 

沸騰した電気ポットを2人分のカップ焼きそばに注ぐ。

 

「よしよし。準備はできてんだろうな?」

 

「愚問。私はこれを使わせてもらおう。温玉だ!」

 

私は用意していた温泉たまごを男に見せつける。

 

「俺はこいつだ。納豆ォ!」

 

今宵、私たちはカップ焼きそばのトッピングに合うもの勝負を始めていた。

 

これまでも何度か、白米に合う漬物勝負などをしてきたが、えりな様はこの勝負の件を知らない。というのも、この勝負は私と男の個人的なものである。加えて、この勝負は今回のように体にあまり良くないジャンクフードもしょっちゅうあるので、えりな様は参加させられない。

 

知ったら、絶対に参加したがる。

 

なので、この勝負は2人しか知らない。

 

「うん、うまいじゃん。温玉。黄身がまろやかでいいね」

 

「納豆も臭みと粘りが不安だったが、全然そんなことないな。ソースの香りで納豆の臭さが消えてる」

 

「温玉はもう一個あってもいいかな?」

 

「フフ、贅沢者め。そういえば、こないだのキノコ、覚えてるか?」

 

「あのどっかのお偉いさんに出したやつ?」

 

「そう、あの悪魔的とか、味わえない、クズにはとかいってたあれだ。あのキノコ、つやがやたら良かったが、どうやった?」

 

「鮮度が良かったからじゃね?」

 

「鮮度が良かったからってああはならんわ。前から思っていたが、お前の調理法はどこか常軌を逸している」

 

「んー、ふふ。そんなことはないよ」

 

誤魔化したように笑いながらも、なにか勘づいた私を見て楽しんでいる。

 

この男に、私とえりな様は幾度も勝負を仕掛けたが、全戦全敗されている。この間の審査員となった金融業の幹部には、キノコの鍋を用意した。

 

問題なのは、それが毒キノコであること。

 

見るからに毒を持っているアピールをしているキノコを捌き、焼き、煮込み、差し出したのだ。

 

見栄え、香りも素晴らしい。しかし、審査員は毒キノコであると分かっているので、尻込みをしていた。食べるのを遠回しに拒絶していた。

 

そんな時、彼の上司がクカカカと笑いながらも、審査員の男に食べるよう促す。食してみよ、そう言うと、審査員の男は刹那の沈黙、一気にかっこんだ。

 

その後、毒の被害はないどころか、健康体になったとお礼の手紙を頂くほど感謝をされた。

 

ただ

 

「いつか話すよ。先輩」

 

「まったく……。そうだ、えりな様の誕生日の件なんだが」

 

「プレゼントは用意してるよ」

 

「ならいいが、変なものにするなよ。お前のせいでこないだなんて」

 

「いやいやいや、先輩にも責任の一端が」

 

「ほざけ」

 

覚悟しろ。

 

いつの日か、お前の背中を追い抜いてやろう。

 

 

 






この作品はテニヌの試合感覚で見てほしいです




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