調査官、カルデアに赴く 改訂版 (あーけろん)
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調査官、カルデアに赴く

お久しぶりです。

追記
※主人公の独白の部分を大幅に削除しました。



人には運命というものがあるらしい。

 

絶対に逆らうことの出来ない、天によって定められた指針。人皆それを『運命』と呼ぶ。

 

『運命』なんて下らない、なんて思う人もいるだろう。そんなのは只の確率論の空想であると。

 

俺もそう思う。いや、そう思っていた。

 

けれど、人には絶対に逆らう事の出来ない流れがあるのだ。俺は、それを身をもって学んだ。

 

そして俺の運命は、手元にあるこの薄っぺらいコピー用紙によって定められた。

 

『人理継続保障機関 フィニス・カルデアへの調査を命じる』

 

 

フィニス・カルデアって何処?南極?…左遷ですね、わかります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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–––––国際連合本部・某所

 

 

 

 

白い無機質な廊下をコツコツと音を鳴らして歩く。通り過ぎる人たちは皆自身の顔を見るなり頭を下げ道を開ける。

右手を上げてそう言った人々に返しつつ、目的の部屋へと向かう。

 

静脈、指紋、虹彩。ありと凡ゆるセキュリティチェックを潜り抜け、国連本部の中でも格段にセキュリティレベルの高い区画に入る。

なかでも特に重厚な灰色の扉、そこに掛けられたコルクボードには安っぽいマーカーで『機密情報取扱に付き、無断入室厳禁』と銘打たれている。

そこを三度ノックし、返事を待たずに扉を開ける。

 

 

「やぁ、マイフレンド。今日も元気かい?」

 

ーーーー何の用ですか、局長?今見ての通り、すっごい忙しいんですが。

 

 

部屋の中は大量の紙と何台も折り重なったpc本体によって圧迫され、足の踏み場もない状態だ。

そんな惨状の中、かろうじて事務机と判断できる場所から紙束を押しのけて、若いゾンビ––––もちろん生きている–––が顔を出す。

肌色は健康的だが、目の下には真っ黒な隈が落ちない汚れのようにこびりついている。うん、変わりないようだ。

 

 

「うん、元気そうだね」

 

ーーーー元気そうに見えるのなら眼科、もしくは精神科を受診する事をお勧めしますよ。

 

 

 

そのゾンビは頭を掻くと、大量の書類を『処理済み』と銘打たれた箱に放り込んでいく。

その後、据付のパネルを操作し、中の書類を燃やしていく。

 

慣れた手つきでもやしているそれだが、その一枚一枚には国家を揺るがしかねない情報が盛り込まれている。米や露、中と言った大国の政治的重鎮のスキャンダル、大国で開発が進められている戦略兵器や各国に潜入しているスパイの家族構成など、上げれば枚挙に暇がない。

 

 

「この部屋、もう少し片付けたらどうだい?」

 

ーーーー多少散らばっている方が侵入者も目当ての情報を抜き取りにくいんです。防犯上仕方のない事ですね。

 

「国際連合本部に乗り込んでくる阿呆はいないと思うけどね」

 

ーーーーそれは楽観的思考ですよ、局長。

 

 

積まれていた書類を終えたのか、目元を抑えふぅと息を吐く。タイミングは完璧だった様だ。

 

 

「さて、書類は一通り終わったようだね。良かった良かった」

 

ーーーー…丁度良いタイミングを見計らって来た癖に。

 

 

まるで悪魔を見るかの様な視線を向けてくる。視線で人が殺せるのであれば、私はきっと死んでいるだろう目力だ。

 

 

「何か言ったかい?」

 

ーーーーなにも。…で、何かあるんでしょう?

 

 

確信を持っているかのような口調で切り出す。

 

 

 

「なんでそう思うんだい?」

 

ーーーー局長がこんなくんだりまで来るんです。記録にも残したくない程の案件を持ち込んできたんでしょう?

 

 

 

心底嫌そうな顔を浮かべて宣う彼に対し、私は口元が釣り上がるのを抑えるのに必死になっていた。

 

…やはり、彼は優秀だ。こちらの態度から何かある事を即座に見抜き、それが自分にとって『良い事』か『悪い事』かを即座に判断できる。

 

そして彼は、自分にとって『悪い事』と判断した。うん、やっぱり優秀だ。

 

 

 

「うん。君には出張に行って貰おうと思ってね」

 

ーーーー…出張ですか。何処に?

 

「所で君、『2016年が無くなっている』事は知っているかい?」

 

 

最近様々な情報番組で多く取り上げられている話題、それは、「西暦2016年が消失している」というものだ。様々な天文学者、歴史家等がワイドショーで集められ、毎日の様に熱い論争が繰り広げられている。

 

 

 

ーーーーえぇ、知っていますよ。なんでも、暦上だと今は2017年とか。でも、そんなの眉唾なんじゃないんですか?

 

 

 

彼はそんな事はあり得ないと断じる。確かに、そんな事は通常あり得ないだろう。一晩眠っただけで一年経過するなんて、まるでハリウッドのSF映画だ。

 

私も事実を知らなければ、彼と同じ反応を取った筈だ。

 

 

 

 

 

「あれね、事実なんだ」

 

ーーーー…はぁ?

 

 

 

胡散臭げに声を上げる彼の顔には軽蔑の表情が浮かんでいる。合理的な彼だからこその反応ともいえるが、これは少し堪える。

 

 

「因みにだけど、国際連合の組織の中に『人理継続保障機関 フィニス・カルデア』というものがあるのは知っているかい?」

 

ーーーーフィニス・カルデアですか…。

 

 

 

顎に手を当て、思考を張り巡らせている。一瞬の逡巡の後、口を開く。

 

 

ーーーー少し小耳に挟んだ事があります。なんでも我々人類、霊長の世の繁栄を観測する機関だとか。

 

「その通り、流石だね。けど、その情報は機密レベル5だからね」

 

ーーーー藪蛇だったかぁ…。

 

 

国際連合では極めて厳格に情報レベルが設定されている。一職員が閲覧できる物から、幹部レベルでも閲覧する事が出来ない物まで。

機密レベル5はその最高ランクに位置する『世界存続に関わる情報』だ。勿論、彼がそれを手に入れる事は出来ない。

やれやれ、有能すぎるのも考えものだな…。

 

 

 

–––––––––だが、その能力がなければあの魔境に行くことなど任せられない。

 

 

 

 

 

「そのフィニス・カルデアなんだが…。君、魔術を信じるかい?」

 

ーーーー……。

 

 

 

無言で携帯端末を操作し、耳元に端末を当てる。

 

 

 

「ん?どうかしたかい?」

 

ーーーー今当番の医者を呼びつけていますので、そこで待っていて下さい。

 

「君酷いな⁉︎」

 

 

 

 

狂人を見るような目で端末を操作する彼だが、どうやら本気で連絡する気らしい。…やれやれ、困ったものだ。

 

 

「…………そう言えば、最近米国のISの殲滅作戦について調査が決まったな。誰を推薦するべきか…」

 

ーーーーいやぁやっぱり人を狂人扱いなんてどうかしてますよねわかりますだから戦時派遣だけは勘弁してくださいお願いします。

 

「ふむ?まぁいいだろう。話を続けても?」

 

ーーーーYes sir!

 

 

 

直立姿勢を維持する彼に笑みを浮かべる。そうそう、それで良い。

 

 

 

 

「まず前提としてだが、魔術と言うものは存在している。時たま報告書に上がってくる常識では測れない様な事件は全てそれらが関わってくると言っていい」

 

ーーーー…はぁ、成る程。

 

 

 

顎に手を当てている。おそらく、そういった出来事に覚えがあるのだろう。

 

 

 

「そして今言ったカルデアと言うのは、我々国際連合が初めて……いや、二番目に設立した魔術組織なんだよ」

 

ーーーー………なるほど。

 

「そして驚くなよ?なんと、そのカルデアは世界を救ったんだ!今世界で騒がれている2016年消失騒動は、このカルデアが世界を救ったから発生したんだよ」

 

ーーーー……………ナルホド。

 

「しかし、だ。いくら輝かしい功績を残したと結論が証明しても、過程がどうであったか我々は知り得ていない。情報が堰き止められているからね」

 

 

国際連合が合同で作った魔術組織とは言え、幾らかの情報アドバンテージは向こう側に存在している。

 

 

「そこで、だ。我々国際連合からも調査官を派遣する運びとなった」

 

ーーーー…それが私である、と?

 

「その通り。引き受けてくれるね?」

 

ーーーー……分かりました。全力を尽くします。

 

 

 了承の旨を私に告げると「準備がありますので、一度失礼します。日程等決まりましたら、いつもの所にお願いします」と言い、一礼して早足で退出して行った。相変わらず生真面目な事だ。

 

 

「……頼むぞ、君にしか頼めない事なんだ」

 

 

 

誰もいなくなった部屋で呟く。今回の派遣は極めて異例の事だ、なにせ、現代魔術の結晶であるカルデアに只の一般人を調査官として派遣しようとしているのだから。

だが、彼ならばきっと役割を果たしてくれるはずだ。私はそれを期待、いや、確信している。

 

 

「さて、私も仕事に戻るとしよう」

 

 

紙とデータに囲まれた部屋から出る。さぁ、仕事を始めよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

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「国連から、極秘に使者が来る?」

 

「しっ。声が大きいって」

 

 

 

人理継続保障機関 フィニス・カルデアの内部。その廊下の端で二人の職員が話し込んでいる。話題はもっぱらここを訪れにくる調査官についてだ。

 

 

「極秘って事は、魔術協会にも連絡が行ってないって事か」

 

「恐らくな。クソッ!もうすぐ協会からも査察が入るってのに…」

 

 

つい先日、国際連合本部から人理保証機関 フィニス・カルデアへ一通のメールが届いた。これを要約すると、「どの様な状況で世界を救ったのかを詳しく知りたいので調査官を其方に派遣する」という事だった。

 

もちろん、この言葉をそのまま鵜呑みにする様な職員はここにはいない。ここに査察官を派遣し、ある事ない事書き連ねて人事を再編成し、息のかかった職員をここに送ろうという魂胆はこの事実を知った職員の全員が感じた事だ。

 

 

「それで?一体どんな大層な査察団が来るんだ?」

 

「…いや、それがな。妙なんだよ」

 

「は?何が妙なんだよ?」

 

 

急に神妙な顔になり、悩ましい表情を浮かべる。しかしそれも直ぐに辞めて口を開く。

 

 

「国連から派遣される予定の調査官は、たった一人なんだ」

 

「はぁ?一人?」

 

 

そういうと手元の端末を操作し、実際に送られてきたメールと入館の申請書類を見せてくる。そこには確かに、東洋人の名前が一人書かれているだけで、他には誰一人として申請欄に名前が載っていない。

 

 

「……確かに、妙だな」

 

「だろ?他にも可笑しな点がいくつかあるんだが…」

 

「君たち、こんな所で立ち話かい?」

 

 

更に端末を操作しようとした時、二人の間に絶世の美女とも言うべき女性が声をかける。

 

 

「ダヴィンチ所長代理⁉︎いえ、これは…」

 

「大丈夫さ、私は何も聞いていないからね。ほら、まだノルマが残っている筈だよ」

 

 

ダヴィンチと呼ばれた女性の「さぁ、行った行った」との言葉でそそくさと二人の職員がその場を後にする。廊下で一人ポツンと立つ彼女は司令室へ向かう最中、先程の彼らの会話の話題について思いを馳せる。

 

 

(カルデアという巨大組織を査察する為に派遣する人員はたったの一人。余程優秀なのか、それともまじめに調べる気が無いのか)

 

 

コツコツと無機質な音が響く中、どんどん思考を深く潜らせていく。

 

 

(国連側に伝えられてなかった筈の時計塔からの査察に合わせたかの様な日程…、果たして偶然か?それとも、魔術協会の中に『鈴付き』がいるのか…)

 

 

人が見れば100人中100人が美しいというであろう彼女『レオナルド・ダ・ヴィンチ』。かつては万能の人とまで言われた天才は、勿論謀にも長けている。しかし、そんな彼女でさえも今回の査察の意味を測りかねていた。

 

(今回派遣される彼、調べてみたが経歴はその全てが偽装工作を匂わせる程の平凡。国連の正規のデータベースにも手を入れたがほぼ同じ内容、まるで尻尾が見えない。となると…)

 

ここで彼女は一つの仮定を導き出す。それは、国際連合の根幹に関わるある組織の事だ。

 

(国際連合の『情報統轄部』が動いてる…?)

 

所属員不明、目的不明、規模不明の諜報組織。ただ確実に存在し、世界の凡ゆる情報を把握し統括するとまで言われている。

つい10年程前まで腐敗に腐敗を重ね、本来の役割を見失っていた国際連合という組織の黒い部分をスキャンダルや『事故』で根刮ぎ飛ばし、世界の均衡を保つ機関として再構成したと言わしめている組織。

 

今回の査察にはその組織から派遣されるという可能性が今のところ一番高い、と当たりを付ける。

 

 

「…全く、いい度胸じゃないか」

 

 

相手が誰であれ、此処を食い散らかす奴なら容赦はしない。

 

此処はなんとしても守る。

 

それが、『彼』の願いでもあるのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

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…で、冒頭にいたる。いやぁ、運命って怖い。

 

もっとも、何よりも怖いのはあの局長だけど。規模3000人相当の巨大施設の調査官が俺だけってアホかと言いたい。…言ったら戦時派遣されるから絶対言わないけど。

 

あれからカルデアについて色々と調べたが、カルデアとはなんでも国際連合と『魔術協会』なる法人との合同で『南極』に作られた組織らしい。

 

………なんで南極にそんなもん作ったんだよ。南極ってさまざまな条約で利権関係が雁字搦めに固められた土地だよ?なんでそんなもん作れたの?

 

わからん。南極にカルデアを作った理由もわからんし、何を目的に運用しているのかもわからん。わからない事だらけの組織だな。

 

もし実態の無い組織だったら迅速かつ確実に解散まで追い込んでやる。もうすぐ年末が始まって仕事が増え始める時期なのに出張とか冗談じゃない。

 

…あっ、迎えの飛行機が来た。よし、さっさと行って、さっさと帰ってこよう。

 

 

……えっ?機密調査故南極に入り次第パラ降下?その後は徒歩で施設まで移動?帰りは資材運送機に紛れる?

 

……ハハッ、御冗談を。私、只の国連調査官ですよ?パラ降下とか得意じゃ無いですし、南極を一人で行軍とか無理ですから。全く、やめて下さいよ心臓に悪い…。

 

あっ、局長からの命令ですか。はい、りょうかいです。ぜんぜんだいじょうぶです、もーまんたいです。

 

あっ、カイロくれるんですか?ありがとうございます、とても助かります。

 

 

……辛い。だれか、助けてぇ…!

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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人類最後の砦/万能の人

前作とは色々と設定が異なりますが、そこはご了承下さい。

活動報告にて調査官の改訂版について言及したので、読んでもらえると幸いです。


––––––––南極大陸 某所

 

 

 

 

ーーーー…いやぁ、それにしてもとてつもない規模の組織だな。

 

 

サクッ、と氷に鉄がしっかり刺さった音を確認し一歩一歩踏みしめるように歩く。

足の裏をザラザラとした感触が走るのを感じつつ、またストックを氷へと突き刺す。

 

 

ーーーー年間予算1000億、所属員総勢3000越。主だった設備は国際連合が仲介したアメリカ軍海兵隊が設営し、電力はフランス製の大型原子力発電機一基で賄っている、と。

 

 

現在の装備はいいところ日本最高峰の山を登るのに適した装備。

南極に位置する標高5000mの山を踏破するには不足していると言わざるを得ない。

日本の自衛隊特戦群で研修を積んでなかったらとっくに死んでるわ。

 

 

ーーーー付属組織には海洋油田基地セラフィックス、か。あのとんでも油田基地、どこ管轄かと思ったらカルデアだったのか…。

 

海洋油田基地セラフィックス。

やたらと大規模かつ意図不明な施設が山程あった施設。

三ヶ月ほど前に局長に突然飛ばされ、色々なゴタゴタの結果上層部三名を僻地へとぶっ飛ばした記憶がある。

 

……あるぇ?三ヶ月前の出来事なのに記憶が曖昧だぞぅ?

 

 

ーーーーにしたって、本当融通の効かない組織だよな。国際連合って。

 

 

吹雪が肌を刺す中、左手の端末からカルデアの基礎情報を頭にインプットする。

局長から与えられたレベル5のアクセス権限の期間は先刻から5時間程度、歩きながらでも見なければとてもじゃないが間に合わない。

国際連合マジでブラック過ぎる。

 

 

ーーーー目的地まで残り500m…。ざっと2時間程度か。

 

 

ここまでの組織をなぜ南極に作ったのか、大規模な組織をどうやって隠し通してきたのか。今回の調査はあまりに情報が少なすぎる。

ただ一つ分かるとすれば、俺みたいな中間管理職風情では到底測ることの出来ない事態が起こっている事だけだ。

 

 

ーーーーパラ降下から早5時間程度…。あれ?なんで俺こんな事やってるんだっけ…?

 

 

自分が南極を一人で行軍してるのかそろそろ疑問に思い始めた。

吹雪が顔に当たるたびに激痛が走るし、気を抜くと真っ逆さまに天国まで落ちそうだ。

やっぱりウチの局長ってとんでもない悪人じゃないだろうか。一人で南極にパラ降下とか普通に頭おかしいだろ。

 

 

ーーーー…行くかぁ。目的地はまだ先だ。

 

 

帰ったら局長に一言文句を言ってやる。そう心に誓い再び足を前へと踏み出した。

 

 

 

 

 

 

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–––––––フィニス・カルデア 電算室

 

 

 

「…今日だったか、国際連合から調査官がくるのは」

 

「あぁ。今現在単独でここに向かってるらしい」

 

 

電子音が響く大部屋。10数名程の職員が集うここは、カルデアにおいて最重要地点に位置される演算室。

有志の英霊達の助力を得て世界最高峰の情報処理場へと進化した場所だ。

 

「単独?ってことは小型機(セスナ機)って事か?」

 

「いや、パラ降下した後陸路だってさ」

 

「…はぁ?」

 

 

カルデアに関するあらゆる演算を行い、特異点修復においてもっとも重要とされる軸固定を行う部屋。

原子炉からなる膨大な電力を消費して運用される此処は世界でも有数、最高峰の演算拠点として運用されている。

 

 

「パラ降下の後氷山を登るって…、冗談だろ?」

 

「俺も冗談だと思いたいさ。けど、実際にビーコンはこっちに向かって動いている」

 

 

本人を示す緑色のビーコンは徐々にだが、着実にカルデアへと向かっている。

今の天候は年間でも三本指に入る悪天候、その中をパラ降下した後陸路など正気の沙汰とは思えない。

 

 

「……信じられねぇ。一体何者なんだ?」

 

「それがさっぱりわからないんだ。見ろよ、このプロフィール。如何にもって感じだろ?」

 

 

国際連合から渡された調査官の個人情報には、一切の特出事項が含まれていない。

日本の一般家庭に生を受け、普通に学校に行き、国際連合に入局したと記録してある。

来歴を文章にすると原稿用紙一枚にも満たないだろう。

 

 

「明らかに偽装工作だろ。本当に国連からの調査官なのか?」

 

「……友人に聞いた話によると、この前のセラフィックスの大規模な人事異動、あれを指導した奴らしいぞ」

 

「は⁉︎セラフィックスの人事異動ってあれだろ?所長と副所長、あと秘書も飛ばしたって言う」

 

 

––––––海洋油田基地 セラフィックス

 

アニムスフィア家が所有している油田基地。

フィニスカルデアの運転資金を確保すると同時に、大規模な魔術工房として運用されている巨大施設。

もっとも魔術工房としての役割は既に放棄され、残っているのは油田基地としての役割だけだが。

 

 

「それだよ。人事の裁量権はカルデアにあった筈だったんだが、気がついたら上が総取っ替えになったんだよ」

 

「国際連合が人事に関与したって事か?こっちになんの許可もなく?」

 

 

飛ばされた内一人は南米の奥地にある観測所で蒸し焼き、一人はロンドンで書類塗れ、最後の一人は北極で熊と戯れている。

国際連合本部は『栄転』と宣っているが、何処をどうとっても左遷だ。

 

 

「向こうの連中は『引き抜き』って言い張ってるけどな。事実、その3人から異動願いも出てたし」

 

「……そこが見えないな」

 

 

なにかしら弱みを握ったとしか思えない異動願い。

しかし、それには不明な点がいくつか含まれている。

 

 

「けど、セラフィックスの上層部にはカルデアの人員がそのまま置かれたんだろ?」

 

「そこが妙なんだよ。鈴をつけるために上を抜いたかと思ったんだが、それ以降連中はなんの干渉もして来ないんだ」

 

「うーん、動きがさっぱり読めない」

 

「結局の所、下々が上の動きを読むのは不可能って事だな」

 

 

バスケットからサンドイッチを手に取り一口食べる。

シャキシャキと瑞々しいレタスと肉厚なハムがソースの上でハーモニーを奏でるのを楽しみつつ、二口三口と続けて頬張る。

 

 

『間も無く調査官が到着します。担当の職員は所定の位置までついてください』

 

 

昼食を食べていた矢先、オペレーターからのアナウンスが流れる。

 

 

「……うん?早くないか?さっき見たビーコンだとまだ…」

 

「おい、冗談だろ。こいつ、とんでもない速度で登ってきてるぞ!」

 

 

点滅する光は先程とは打って変わって凄まじい速度で上昇している。

聖堂協会の代行者もかくやの速度だ。勿論、ただの一般人が出せる速さではない。

 

 

「所長代理にデータを出しておいてくれ。あと、諜報部に一層の調査の依頼を」

 

「あぁ。……これは、ひと嵐来そうだな」

 

 

電算室から出て直ぐ見える壮絶な吹雪は、カルデアの未来を暗示しているかの思えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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『生体認証の結果、貴方を霊長の一員と認めます。ようこそ、人類最後の要塞へ』

 

 

ーーーー随分物騒なアナウンスだな、おい。

 

 

吹雪を超えてたどり着いた此処は、ある種別世界のように思えた。

廊下には錆びは愚か、埃すら見当たらない。暖かな風が出入り口にも行き届き、空調が整備されていることがうかがえる。

強ち要塞というのは間違ってないのかもしれない。

 

ーーーー南極大陸にこれだけの施設を作って運用するとはね。恐れ入るよ全く。

 

「お褒めに預かり光栄だよ。国連の使者君?」

 

 

絶世の美女とも言える女性が、薄幸の少女を連れ添って現れる。下世話な話だが、顔面接でもしているのかと疑う程の美女だ。

これが仕事じゃ無ければ是非ともお近づきになりたいとも思える。

最も、既にお手つき(・・・・)の可能性の方が高いが。

 

 

ーーーーこれは失礼しました。

 

「いや良いよ。此処が金食い虫であることは自覚してるからね」

 

 

肩をすくめて戯ける様に笑う女性。

 

 

ーーーー…と、言いますと?

 

「初めまして。私はレオナルド・ダ・ヴィンチ、此処で所長代理を務めているよ」

 

 

…………はて。俺は今世界史の授業を受けていたかな?随分聞き慣れた偉人の名前が出てきたんだが。

 

 

ーーーーレオナルド・ダ・ヴィンチです、か。それで、そちらの方は?

 

「私はマシュ・キリエライトと申します。今は此処でオペレーターを兼任しています」

 

 

頭を下げる桃色の髪の少女。幼いと言うより、儚いという印象を受ける。

…失礼な話だが、20代にはとても見えない。此処は高校卒業程度の学歴で入れる所ではないはずだ。

飛び級か裏口のどちらとは思うが…。

 

 

 

ーーーー紹介感謝します。私は仙道、国際連合の末端に所属している調査官です。

 

「仙道君だね。それじゃあこれから中を案内するよ」

 

ーーーー所長自ら案内してくれるとは、恐縮の至りです。

 

「気にしなくて良いとも。私も暇だったからね!」

 

 

心にもない事を言うな、と思うがそれはおくびにも出さない。

 

調査官を迎えた、後ろめたい背景のある組織のやる事は大きく分けて二つある。

一つ目は『拒絶』。暴力による実力行使、身内を誘拐しての揺り、食事に薬物を混ぜる等、方法を上げればキリが無い。短絡的な思考の持ち主がよくやる手法だ。

二つ目は『懐柔』。調査官とて人間、金や女、権力と言ったものをちらつかせたらころっと寝返る。なんて浅はかな思考回路を持っている人間が取る手法だ。

彼女がどちら側の人間なのかはこの案内ではっきりするだろう。

 

 

ーーーー隠したいことが無ければ、ただの善意なんだけどね。

 

「うん?何か言ったかい?」

 

ーーーーいえ、何も。

 

 

氷山を登ったばかりで疲労しているがそれを言い出す余裕などない、既に仕事は始まっているのだ。

 

ーーーーいつも通り、それが肝心だな。

 

場所は南極、組織の設立理由は『霊長類の行末の監視と保全』。今までの査察とはなにもかも違う環境だが、新しい環境などいつもの事。やる事は何一つ変わらない。

 

 

ーーーー最大多数の最大幸福のために、ってね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「ここは演算室です。原子炉の電力は主にここの維持に使われています」

 

「ここカルデアでは独自に開発したスパコンを使用していてね、とんでもない電力食いなんだよ。それこそ原子力発電機が無ければ賄えないほどにね」

 

ーーーー成る程。ここがですか。

 

 

コツコツと革靴の規則正しい音が廊下には反響する。黒の背広を着て姿勢良く歩く姿から疲労感を一切感じません。

…とても、吹雪の中を登ってきたとは思えない。自然体とも思えます。

 

 

ダヴィンチちゃんから付き添いを頼まれて二つ返事で受けた今回の調査官の案内ですが、彼の意図がまるで読めません。

施設の重要施設の視察はわかるのですが、食堂やラウンジ、果てはレジャースペースも案内してほしいなんて。

はっきり言ってそこは何の重要性もない施設、見る価値があるとは思えないのですが…。

 

 

 

「それにしても、君も災難だったね。ここは辺鄙なところだったろう?」

 

ーーーーえぇ、私も参りましたよ、まさかここまで徒歩とは思いませんでした。

 

「一応こちらから迎えを出すことも提案したと思うけど?」

 

ーーーー上司には上司の考えがあるのでしょう。私みたいな末端は上に従うだけですよ。

 

「はははっ、違いない。どこも苦労するのは下の人達だね」

 

 

 

先程から二人は和やかに話をしている………筈なのですが、どうしてこんなに居心地が悪いのでしょうか。肌を微かな熱でジリジリ焼かれてるような気分になります。

 

うぅ、先輩。助けて下さい…。

 

 

ーーーー大丈夫ですか?気分が優れない様ですが?

 

「はっ⁉︎あ、いえ。私は大丈夫です」

 

ーーーー本当ですか?貴方はまだ若い、無理をするのは年を食ってからの方が良いですよ。

 

 

ダヴィンチちゃんと話していたと思ったら、彼の視線はいつのまにか私の顔を向いていました。

 

 

「大丈夫かい?体調が悪いなら外れた方が…」

 

「問題ありません。キリエライト、任務を続行します」

 

ーーーーいえ。今日はここまでにしましょう。

 

 

黒に黒を重ねた様な純粋なまでの黒目が、私を射抜く。

 

 

(ッッ⁉︎)

 

 

彼が世界の闇を見てきたと言っても信じてしまいそうになる程、彼の目は視線は、どうしようもない程死んでいました。

例えるのなら、第七特異点で遭遇した泥の様な黒。見るものを飲み込んでしまいそうな、歪な黒でした。

 

 

ーーーー私も登山をしたばかりで消耗しています。マシュさんもお疲れの様ですし、今日はここまでにするべきと提案します。

 

「……ふむ。そうだね、そうしようか」

 

「私はまだ…」

 

 

いいすがろうと言葉を紡ぐが、それは耳元まで顔を近づけてきたダヴィンチちゃんに遮られる。

 

 

「(マシュ、ここは一旦下がった方が良い)」

 

「(ですが…)」

 

「(君も彼の目を見ただろう?あれは真っ当な人間がする目じゃない。私が様子を見るから、君は一旦自室に戻ってくれたまえ)」

 

 

真っ当な人間じゃない。たしかに、彼の瞳は私が見てきたどの人とも似ていませんでした。何を見たらあそこまで瞳を濁らせる事が出来るのか、皆目見当もつきません。

 

 

「…わかりました。申し訳ありません、仙道さん。私の体調不良が原因で…」

 

ーーーー気にしないでください。突然調査と言われて困惑しているでしょうし、これはお互い様という事で。

 

「そういう事だよ、マシュ。ご苦労様、ゆっくり休みたまえ」

 

 

「それでは、失礼します」と言った後、早足でその場から離れる。二人が何か話してるのは聞こえましたが、なにを話しているかはわかりませんでした。

 

国際連合から派遣されてきた仙道さん。彼は一体、どんな人生を歩んできたのでしょうか…。

 

 

 

 

 

 

 

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ーーーー純粋な子ですね、彼女は。巻き込むのが億劫になりますよ。

 

「そうは言っても、手を抜くつもりは無いんだろう?」

 

ーーーーそれは、まぁ。仕事ですから。

 

 

『仕事だからしょうがない』

そう言って朗らかに笑う彼だが、その目は決して笑ってはいない。

彼は覚悟しているのだ。自分の仕事が他人をどん底に陥れる事を、死ぬより酷い目に合わせる可能性がある事を。

 

 

ーーーー今日はこの辺りで。私の個室はご用意頂けるのでしょうか?

 

「それは勿論。この後案内するよ」

 

 

『国際連合』という組織は無論、一枚岩ではない。その大きさ故に様々な思想、思惑が交差している。

しかし、世界の安寧を司るという思想は全ての派閥に共通している。

 

 

 

ーーーーありがとうございます。少しの間ですが、改めてよろしくお願い致します。

 

「こちらこそ、しっかりとした査察を頼むよ」

 

ーーーー無論です、お任せください。

 

 

世界連合は求めているのだ、平和という天秤を守る存在を。

 

 

(危険だな、彼は)

 

 

国際連合の抱える懐刀、世界の天秤を守るための存在。そんな人間がここの正体を知った瞬間に何をするのか、想像に難くない。

 

 

–––彼女達だけは守り通す、絶対に

 

 

最悪カルデアは放棄しても構わない。けれど、世界を、未来を救った彼女達だけは守り通す。それが、ここを預かる者の責任であると信じて。

 

 

 

 




調査官
国際連合でせっせと働く働き蜂。背後が少しでも黒い人間を千切っては投げ千切っては投げる事を生業としている。仕事の関係上出逢う女性=美人局なので出会いがない事を憂いている可哀想な三十路。好物はべっこう飴。

局長
国際連合のとある部署の局長。部長ではなく局長なのがミソ。国際連合の上層部を総取っ替えを指示した張本人、西暦史の中でも屈指の腹黒さを持っている。これでも妻子持ち。

レオナルド・ダ・ヴィンチ
万能の人にして希代の天才。人類最後の砦をまとめ上げる過去の英霊その人。調査官を危険視している。

マシュ・キリエライト
可愛い。


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天秤の守り手/冥界の女神

カーマ欲しい。欲しくない?


誤字修正及びお気に入りへの登録、感想等ありがとうございます。感想等返せておりませんが、全て読ませて頂いております。これからも調査官をよろしくお願い致します。







 

 

 

 

ーーーーマシュキリエライト、か。

 

 

カルデアから与えられた個室で一人呟く。部屋にあるのは簡素な机にベットに収納スペース。少しの間なら問題なく活動できる場所だ。

勿論と言うべきか、いつも通りと言うべきか、カメラと盗聴器がそこら中に仕掛けられまくっているが。

まぁ、それはいつもの事なので別に気にしない。既にダミー映像にすり替えて無力化済みだ。

カメラと盗聴器なんて序の口で、『ルームサービス』と称して少女が常駐していないだけまだマシである。

 

……実話だからなんも言えねぇ。

 

 

ーーーー世の中ブラック過ぎるんだよなぁ。そう言う事を調べる仕事をしてる影響もあるけど。

 

 

気づけば国際連合に籍を置いてから既に10年程度。

学生時代の自分が培ってきた常識が覆るには充分な時間だ。

 

 

慈善家として多くの人に慕われる女を見た。

世の中を良くする為に政治家になったと言う男を見た。

世界を守る為に国際連合を率いると意気込む男を見た。

 

––––一人は談合の指示、一人は孤児の裏取引、一人は買春。

一つの例外も、一つの見落としもする事なく全員の社会的地位を、身分を殺してきた。

 

 

 

ーーーーそう言えば、彼女は元気だろうか。

 

 

キリエライトと同じかそれ以上に純粋で、眩しい位に明るかった少女。毎日が楽しいと笑い、勇んで竹刀を振るっていた赤毛の少女。

 

 

ーーーー懐かしい。

 

 

国際連合に入ってから一度も地元に帰ってこない。もっとも帰る時間なんてないのだが。

 

 

ーーーー始めよう、まずは資金の流れからだ。

 

 

付き纏う感傷を振り払うように頭を振り、持参のパソコンを開く。

 

 

ーーーー財務部から提出された書類は、っと……。

 

 

見慣れたブルーライトは、自分の頭を冷静にしてくれる。今はそれがとてもありがたかった。

 

 

 

 

 

 

 

_________________________

 

 

 

 

––––––フィニス・カルデア 指令室

 

 

 

『やぁ。レオナルド・ダ・ヴィンチ所長。こうして話すのは随分久しぶりだね?』

 

「カルデア設立以来だね、局長。元気にしてたかい?」

 

『勿論だとも。健康には気を使っていてね、日課のウォーキングは今も続けているよ』

 

 

司令室のモニターには初老の男が写っている。白髪混じりの黒髪をオールバックで纏め黒縁の眼鏡をかけた、少し渋めな顔が特徴的な男性。

柔和な笑みを浮かべている彼こそ『国際連合機密管理局 情報統轄部』の最高責任者であり、ここに調査官を派遣した張本人に他ならない。

 

 

「元気そうで何よりだ。さっそくだけど、本題に入っても?」

 

『構わないとも。折角君から連絡してくれたのだ、答えられる範囲なら何でも答えよう』

 

 

愛嬌のある笑みからはこちらに恩を売りたいのが見え透いている。

しかし、答えられる範囲なら何でも答えてくれるのは好都合だ。

 

 

「それじゃあ遠慮なく。ここに派遣されてきた仙道という男、彼は何者だい?」

 

『何者もなにも、経歴はそちらに渡しただろう?彼はただの調査官だよ。君たちの組織が正しく運営されているのかを調べるためのね?』

 

 

よくも白々しく宣えるものだと感心する。どこの世界に吹雪の中斜度50度を超える氷山を走り抜ける一般調査官がいると言うのだ。

 

 

「その答えで私が納得するとは思っていないだろう?彼の経歴はこちらで探ってみたが、まるで出てこなかった。お手上げだよ、随分慎重に彼を囲っているんだね?」

 

 

『ふぅむ』と考え込むそぶりを見せる局長。恐らくどこまで話すべきかを塾考しているのだ。

勿論、このままではろくに情報を引き出せない。だからこそ、ここでカードを一枚切る。

 

 

「そう言えば先日のセラフィックスでの人事の引き抜きの件、まだ国際連合から回答を貰っていなかったね」

 

『–––と、言うと?』

 

 

国際連合にはセラフィックスの上層部を半ば強引に引き抜いた負い目がある。

何が意図なのかはわからないが、一組織の人事に国際連合が介入するのは体裁上あまり良いことではない。

本来なら物資の融通に使おうとしたカードであるが、ここで切る。

 

 

 

「もし彼について情報を提供してくれると言うなら、今回の人事はなかった事にしてもいいよ?」

 

『…随分大きく出たね、けど良いのかい?それを使えば色々と融通が利くよ?』

 

「構わないさ、今は彼の情報を引き出すのが最優先だからね」

 

『…ほぉう。随分彼を買ってくれているらしい、部下が褒められるのは悪い気分じゃないね』

 

「それで、答えは?」

 

 

 

目尻を下げ、柔和な表情を浮かべた一言。

 

 

 

『無論、Noだよ』

 

「なっ……」

 

 

思わず言葉を失う。今の言葉をそのまま受け取るのならば、彼は国際連合の弱みとは釣り合わないほどの人間という事だ。

立場的不利を甘んじても守りたい個人とでも言いたいのか?

 

 

『君は気づいているかもしれないが、彼は世界の天秤を守る防人なのだよレオナルド。その程度のカードでは情報を渡すに値しない』

 

「……では、どの程度のカードなら?』

 

 

あっけらかんとした表情で口を開く。

 

 

『カルデアの全利権。英霊への令呪も込みで初めて検討に値するね』

 

「馬鹿げてる。それほどの価値が彼にあるとでも?」

 

『あるとも』

 

 

その言葉になんの疑いも持っていない、確信めいた一言。

冗談ではなく、彼は本気でこのカルデアと彼を釣り合うと判断しているのだ。

 

 

『君たち過去の英霊にはわからんだろう。この現代の平和が如何に脆く、儚い事が』

 

「………………」

 

『力だけでも、頭だけでも駄目なんだ。偏った能力は歪みを生み、いずれ破綻してしまう』

 

「両方備えている存在が必要、だと?」

 

『世界平和のためにはね。そして、我々はそれを漸く手に入れた』

 

「……情報統轄部だね」

 

『如何にも。情報統轄部は比喩なく現代の英雄として機能している』

 

 

国際連合を改革したと言われる諜報組織。世界各国の諜報機関を全て相手取ったとしても圧勝すると言われる程の情報網を持つとさえ言われている。

規模も意図も不明な組織はやはり、国際連合の中核を担っていたと言う事だ。

 

 

「交渉は決裂、か。仕方ないね」

 

 

これ以上は追求しても無意味だろう。答えの出ない問題を一々相手にしていたら時間がいくらあっても足りない。

通話を切ろうとした矢先「しかし、だ」と局長が口を開く。

 

 

『君達は文字通り世界を救った立役者。そんな君たちになんの譲歩もしなかったとなれば、我々平和の使者の名が泣こう』

 

「…つまり?」

 

『彼の個人情報は渡せない。が、彼が今までどの様な案件を請け負ってきたかの情報は君達に開示しよう』

 

 

『精々上手く活用してくれたまえ、万能の人よ』と残した後、一方的に通話を切られる。

どこの時代にもいけすかない奴はいるが、彼はその中でも筋金入りだなと愚痴を零す。

 

「リストは?」

 

「今送られてきました。しかし、信用に値するのでしょうか?」

 

「さぁね。けど、見る価値はあるだろう。一応ウイルスチェックはしてくれたまえよ」

 

「了解」

 

送られてきたファイルのウイルスチェックが始まる。

 

 

「…さて。鬼が出るか蛇が出るか」

 

 

 

 

 

 

 

____________________

 

 

 

 

 

 

 

ーーーー…財務諸表に歪みは見られない。備品の減価償却も適正、と。

 

カルデアから接収した財務諸表をpcのexcelに打ち込み数字にアラがないかを探る。備品の購入、施設の修繕、人件費、果ては消耗品の勘定にも問題がないかを細かく調べる。

 

 

ーーーー子会社であるセラフィックス間にも不自然な株の流れは見受けられない。特別収益の水増しもなしか。

 

 

時計の長針は12の針を指し示し、日付が変わった事を電子音が伝える。

普通の企業ならブラック扱い待った無しだが、あいにく務めているのはお役所であるこの身。昼夜逆転どころか月月火水木金金がデフォルトの俺からしたら0時はまだまだイケる。

 

 

ーーーー…さて、軽く外を回ってくるかな。

 

 

瞼の軽い倦怠感と身体のコリがそろそろ溜まってきた頃合いだ。財務諸表も元々纏めてあって整理しやすいし、一度小休止を挟んでもバチは当たらないだろう。

 

 

ーーーーダヴィンチ所長から簡単なマップは貰ってるからな。一人で少し見て回るか。

 

 

手に簡易マップのみを持って自動ドアをくぐって部屋から出る。…気を抜くと此処が南極って事を忘れそうになるのが玉に瑕だな。

 

 

ーーーーさて、先ずは食堂の様子でも……。

 

「ちょ、ちょっとそこの貴方!」

 

ーーーーはい?

 

 

何処かで聞いたことのあるような声。無論、ここに彼女がいるはずもないので、他人の空似であるとすぐ断定する。

振り向いて誰が声を掛けてきたのか確認すると––––––––。

 

 

ーーーー凛ちゃん?

 

「…それは誰なのだわ?」

 

 

とても見覚えのある顔が、そこにいた。目が赤かったり、髪が金髪であったりと細かな差異は見受けられるが、そこにいるのは自分の知り合いである『遠坂 凛』その人だった。

 

 

ーーーー…???なんで君がここにいるの?たしか冬木にいるはずだよね?

 

「えぇ、と。私は貴方の知り合いではないのだわ」

 

ーーーーいやいや、そんなまさか。君は何処をどう見ても凛ちゃんじゃないか。

 

 

なんでここにいるのかは兎も角として、カラーコンタクトに髪染めは全くもって頂けない。

綺麗だった青い瞳と黒い髪が今や見る影も無く、こんな姿を見たらお父さんが白眼を向いて気絶しかねない。

 

 

「…だから違うと言っているのだわ。私はエレシュキガル、冥界の女神なのよ」

 

ーーーー…凛ちゃん、まだ間に合う。だからその痛い設定を捨てて真人間に戻ろう?大丈夫、僕はちゃんと黙ってるから。

 

「だ・か・ら!!私は本物のエレシュキガルなのだわ!!」

 

 

その言葉に思わず固唾を飲む。これは重症だ。自分を女神と信じて疑っていない状態、これは荒療治もやむを得ないかもしれない。

幸い特効とも言うべき手段はこちらの手の内にある。目を覚まさせるのなら––––。

 

 

「まったく!人が折角親切に教えてあげようと思ったのに、失礼な人間なのだわ!」

 

ーーーー教えるって、何を?

 

 

頭の中で目を覚まさせる方法を10通り程構築していると、ビシッと幻聴が聞こえそうな程真っ直ぐ指が突き立てられる。

 

 

 

「貴方、第七特異点の時の英雄王みたいな臭いがするのだわ」

 

ーーーー…えぇ、と?ごめん、よくわからないんだけど…。

 

「もう!簡潔に言うと–––––––」

 

 

 

 

 

 

「貴方、過労で死ぬわよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

_________________________

 

 

 

 

 

 

 

ーーーー何だったんだ、彼女。

 

 

「兎に角!貴方は今から温かいものを飲んで暖かくして寝るのだわ!良い⁉︎」と押し切られ、毛布とともに部屋に押し込まれてしまった。

 

去り際に「どこか似ているのだわ…」と言っていたが、それはこっちの台詞だ。

 

 

ーーーー過労で死ぬ、か。

 

 

なんでそんなことわかったのだろうか。

表情筋の硬さには一端の自信がある、顔に疲労が出ていたとは考えられないのだが…。

 

 

ーーーーって、そんなことよりも彼女だろ。

 

 

遠坂凛に似てる、いや、瓜二つと言って良い程の存在。

一瞬クローン人間を疑ったが、それが実用段階にない事くらい把握してるので選択肢から外す。

 

 

ーーーー本人、なのか?

 

 

もし遠坂凛本人だったのなら、俺は立ち直れないだろう。

小さい頃からしっかりして愛想の良い彼女がそんな中二病を今更発症したなんて、時臣さんになんて報告すれば良いんだ…。

 

 

ーーーー確認を取るべきだろうか……。

 

しかし、確認をどうやって取る?

「南極で自分のことを女神と自称してる君にそっくりな人がいたんだけど、あれって君?」なんて馬鹿正直に聞いたと仮定した場合、地の果てまで発勁を打ち込みに来るのが容易に想像できる。

 

 

ーーーー待てよ。あるじゃないか、確認を取る方法。

 

 

妙案を思いつき、普段使っている携帯電話……ではなく別の携帯電話を取り出す。盗聴妨害処置が施され、相手側からの着信を拒否する機能を後付けしたものだ。

ディスプレイを操作し、目当ての人物を探して通話を掛ける。2コール掛かった後『もしもし』と耳障りの良い声が聞こえる。

 

 

ーーーーお、愚弟か?久し振りだな。

 

『久し振り、じゃないだろこの馬鹿兄貴‼︎なんでこっちからの電話は出ないんだよ⁉︎』

 

ーーーーまぁまぁ、大人には色々とあるんだよ。

 

 

『ったく、これだから…』と呆れた様子を隠しもしない可愛げのない弟。

こんなんでも昔は可愛げがあったんだけどなぁ…。

 

 

『それで兄貴。突然電話なんてなにかあったのか?』

 

ーーーーあぁ、少し聞きたいことがあってな。

 

『聞きたいこと?』

 

ーーーー凛ちゃん、今どこにいる?

 

『ゔぇっ⁉︎な、なんだよ急に⁉︎』

 

ーーーーえっ、何その反応。

 

 

人はそんな声も出せるのかと感心するが、それ以上に弟が動揺していることが気になった。

凛ちゃんと何かあったのか、それとも……。

 

…いや、ナニがあったのか。

 

 

ーーーー…人生の先達として言っておくが、避妊はちゃんとしておけよ?

 

『な、何言い出すんだ急に⁉︎そ、そんなんじゃないからな‼︎』

 

ーーーーうん、まぁ弟の性事情なんかどうでも良いんだ。それで、凛ちゃんは今どこにいる?

 

『ど、何処って…、俺の部屋にいるけど』

 

ーーーーオーケー、それだけ聞ければ充分だ。サンキュー弟よ。

 

 

 

なんで弟の部屋に凛ちゃんが居るのかは敢えて聞かない、良い大人とは藪を突かないものだ。

…下世話な話かもしれないが、愚弟の相手が凛ちゃんなら申し分ない。寧ろこっちからお願いしたいくらいだ。

 

 

『それより兄貴は今度いつ帰ってくるんだよ。凛や桜、それに兄貴の知り合い達がみんな心配してるぞ?』

 

ーーーー帰れる目処も立たないしなぁ。もし俺の事聞いてくる奴がいたら俺の事は忘れろって言っておいてくれ。

 

『そんなの言えるわけ無いだろ‼︎馬鹿な事言ってないで全員に連絡位入れろ!』

 

 

相変わらず心配性の弟に苦笑を浮かべる。こんな駄目兄貴なんて放っておいて自分の人生を歩めば良いものを、彼はそうしない。

弟はお人好しが骨の髄まで染み込んでいる奴なのだ。…もっとも、それが過ぎるから愚弟と呼んでいる訳なんだが。

 

 

 

ーーーー残念、守秘義務があるからそれはできないんだ。

 

「守秘義務って…。結局兄貴は今どこで何をやってるのさ?」

 

ーーーーそれも言えない。悪いな、秘密ばかりの駄目な兄貴で。

 

 

電話口からため息が聞こえる。

 

 

「そう思うならすこし位話してくれても良いだろ?相談位なら…」

 

 

弟の言葉を遮り口を開く。

 

 

ーーーーありがとな、士郎。けど、大丈夫だ。なにせ俺は–––––。

 

 

 

 

 

 

ーーーー爺さんの目指した、正義の味方をやってるんだからな。

 

 

 

何か言いたげな弟に「それじゃ、もう切るぞ」とだけ言い残し、電話を切る。

 

2年ぶりに話した愚弟は、お世辞にもしっかりしていたとは言えなかった。

…が、毎日楽しそうなの雰囲気で分かった。きっとアイツは今でも誰彼構わず人助けに精を出しているに違いない。

流石は2代目穂村原のブラウニーと言った所だろうか。

 

 

ーーーー今日は久しぶりに普通に寝るか。

 

 

 

ひさびさに弟の声を聞いたので気分が良い。査察も初日にしては順調だし、今日くらいは普通に眠っても良いかもしれない。

それにしても、まともな睡眠なんて一体いつ振りだろうか。インスタントスリープと栄養剤に慣れきった自分が果たしてまともに眠れるのか気になるところではあるが……。

 

国際連合は世界の平和を守る前に職員の生活を守るべきだな、うん。

 

 

 

 

 




調査官
国際連合の持つ最終兵器的存在。世界平和を司る舞台装置の役割を与えられた個人であり、正義の味方というバトンを受け継いだ人物。初代穂村原のブラウニーにしてくろいあくま。

局長
世界平和のという大義の為に道徳を捨てた平和の狂信者。天秤を崩す存在を許容せず、ありとあらゆる手段を持って排除する。調査官との出会いが彼の人生を変えた。

愚弟
2代目穂村原のブラウニー。生まれながらの善性であり、困っている人を放っておかない真性のお人好し。なんでも5人以上の彼女を侍らせているとか……?

エレシュキガル
口調可愛い。


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調査官という男/花の魔術師

カーマは引けませんでした…。


重ね重ね感想、評価、誤字修正ありがとうございます!


※藤丸の経歴「冠位」を「開位」へと変更しました。こちらの不手際で誤解を与えてしまい、大変申し訳ありませんでした。

※一部政治的表現を変更しました。ご指摘ありがとうございます!


 

ーーーーはい?

 

 

 

––––––––目を開いたら、そこは楽園だった。

 

 

 

視界いっぱいに広がる色とりどりの花々が咲き誇る花畑、どこまでも蒼く澄み渡る空。遠目に見える何かの塔以外なんの構造物見えないここは、まさに楽園と言って差し支えない程美しい場所だった。

きっとこの世界は自分を癒すために作られたのだと、そんな勘違いすらおきそうになる程の秀麗さだ。

 

 

ーーーーいや、ないわ。

 

 

––––––なんてお伽話を信じる程現実に夢を持っていない。

 

自分の記憶はベットに横になった時を最後に途切れている。つまり、この世界は夢なのだろう。

 

 

ーーーー夢ってのは記憶の継ぎ合せで生まれるなんて聞くけど、こんな花畑なんて見た事ないよな。

 

「当然だよ。ここは記憶の継ぎ合せなんて陳腐なものじゃなくて、正真正銘の夢の世界なのだから」

 

 

突如白いローブを守った男…と見える人物が何処からともなく現れる。さすが夢、出現方法もファンタジーだ。

 

 

「ここはたしかに夢の世界だけど、実際に起こっている出来事だよ?調査官君?」

 

ーーーー…これは酷い。夢の中でも仕事は付き纏うのか。

 

 

夢の中の住人にすら調査官と呼ばれる自分に嫌気が差す。確かに仕事人という自覚はあるが夢の中ですらそう呼ばれると心が痛くなる、というか胃が痛い。

 

 

「おや。調査官という呼び方は不満かい?では本当の名前で呼んだ方が良いかな?」

 

ーーーーちょっと待った。

 

 

なにか先程から様子が変だ。夢なのに意識がはっきりしているし、目の前の彼?との受け答えも問題なく行えている。

 

(嫌な感じだな…)

 

喉に骨がつっかえてる様な違和感が、ありもしない第六感が危険だと告げているような気がする。

 

 

ーーーー驚いた。最近の夢ってのは、夢の相手とはっきり意思疎通ができるものなんですね。

 

「言ったろう?ここはたしかに夢だが、実際に起こっている出来事だと」

 

ーーーーつまり此処での出来事は記憶として残っていると?

 

「勿論。なにせ此処で君と話している私は実在しているからね」

 

 

 

彼の言うことを全て信じるのなら、此処は夢の中だけど起こっている出来事は全て実際に発生していると言うことだ。

夢なのに実際に起こっている、それではまるであべこべだ。

 

 

ーーーー申し訳ない、頭が混乱しているようです。

 

 

あまりの事態に思わず目眩が起きる。…夢の中なのに目眩とはいよいよ俺も末期かもしれない。

ローブの男は「ふむ」と首を傾げた後、爽やかな笑みを浮かべる。

 

 

 

「そうなるのも無理はないか。君は誰よりも現実を見る人だからね」

 

ーーーーなんだって?

 

 

…先程からこいつは俺を見てきたかのような発言をする。こいつの言う通り、俺は現実という物に夢を持っていないし見るつもりもない。

しかし、俺がそう思っている事を知っている人物はこの世で片手といない。当然、目の前のこいつが知っている筈がない。

 

 

「それは私が君の事をずっと見てきたからだよ」

 

ーーーー……表情筋には自信があるんですが、顔に出てましたかね?

 

「まさか。私は魔法使いだからね、人の内面を見るなんて朝飯前さ」

 

 

『人の内面を見る』

その言葉通りに受け取るのならば、こちらの思考が相手に筒抜けという事だ。夢だしなんでもありかとさっきまでは納得できたが、今は事情が変わってきた。

 

 

ーーーーもしそれが本当なら、貴方は悪い魔法使いという事だ。

 

「ほぉう。何故そう思うんだい?」

 

ーーーー当然、人の内面をジロジロ見るような奴が良い人なわけないでしょう?

 

 

「違いない」とケラケラと笑う暫定悪い魔法使い。ここまではっきり意思疎通ができるとなると、ここは夢の中じゃない可能性も考慮すべきか。

自分が眠った後薬物かなにかを盛られ、その後ここに連れてこられたと言う可能性もあるにはある。

…もっとも、こんな花畑なんて世界中何処を探しても見当たらないからそんな可能性もない訳だが。

 

 

「流石だね。その現状把握能力は大したものだと思うよ」

 

ーーーー心を読まないで下さい、やり難いことこの上ない。

 

 

内面で目の前の男に悪態を吐く。心が読める相手に何を隠したって無駄だ。腹芸は不可能と思った方が良いだろう。

だからこそ此方から切り込む必要がある。

 

 

ーーーー先程貴方は私をずっと見てきた、と仰いましたがあれは本当ですか?

 

ローブの男は当たり前の事を言うように口を開く。

 

 

 

 

「勿論だとも。君が学生時代穂群原のブラウニーと呼ばれていた事も、養父から何を託されたのかも、国際連合でなにをしてきたのかも全て知っているとも」

 

 

 

––––––––視界が赤に染まるような、そんな錯覚を覚えた。

 

 

 

ーーーー悪趣味極まりないな、この外道。

 

 

咄嗟に胸ポケットにある拳銃へと手が伸びたが、此処が夢の中であることを思い出して踏みとどまる。

口が悪くなったが、目の前の外道に礼節など不要だ。

 

 

「おお、怖い怖い。それでも君は現代の英雄なのかい?」

 

ーーーー生憎そんな者になった覚えはない。それに、目の前の外道を撃ち殺しても俺はなんの感情も湧かないだろうさ。

 

 

此処が夢じゃ無ければ目の前の男を衝動に任せて撃っていただろう。

あの人の願いは、目の前の外道が無造作に暴いて良いような物では無い。

あれは誰にも穢されてはいけない、崇高な願いなんだ。

 

 

 

「–––––そうそう。君は本来そうあるべきなんだよ」

 

ーーーーなに?

 

 

ローブの男が突如笑みを浮かべて杖を振るうと幾枚の花弁が空へと舞い上がる。

 

 

「君は目の前の悪人を倒す正義の味方を目指した筈だ。君は目の前の困っている人を助ける正義の味方を目指した筈だ」

 

ーーーーなにが言いたい。

 

「かつての祈りの源泉を辿ることを強く勧めるよ。今の君は、少し濁り過ぎている」

 

 

舞い上がった花弁は俺を中心に渦を巻くようになり、視界が花弁で埋め尽くされる。

 

 

「今はお別れだ、現代の英雄よ。君がかつての祈りを思い出すことを此処で願っているよ」

 

ーーーーそれはどう言う………!

 

 

 

その言葉を最後に、俺の意識は暗闇へと落ちていった–––––––。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

_______________________

 

 

 

 

 

 

 

『国際連合機密管理局 情報統轄部所属 仙道照史』

 

国際連合情報統轄部所属の諜報員。

 

情報統轄部とは『世界の凡ゆる情報を管理、統制し世界平和への礎とする』事を目的に機密管理局によって作られた諜報組織。仙道照史は創設メンバーの一人であり、世界への莫大な影響力を持つ個人。

 

国際連合への入局と共に諜報員として世界各国で活動。作家や記者、探偵など様々な役職を通して世界の暗部を調査。各界に人脈を広げると共に政治的重鎮のスキャンダルや大国のスパイと言った機密情報を諜報、情報網の地盤の構築を開始する。

潜入の結果凡そ三年程で世界各国で情報網の構築に成功し、大国の政治的スキャンダルやスパイと言った機密情報は勿論、要人の愛人関係や非合法組織との癒着関係と言ったものまで全て網羅、世界の情報バランスを握る。

 

その情報網を用いた情報統制マニュアル『平和の礎』を作成し各国への内政干渉を始める。世界との協調路線を目指す政治家への援助、自国優先主義の政界人の失脚などを次々行い世界から自国優先政治を抹消する。

 

世界の足並みを揃えた後は各国の協力を経てPKO活動、UNICEF、WHO等を利用し紛争地域の介入や独裁地域での公正な選挙の監視、学習環境の提供や公衆衛生の向上を背後から指示。世界中の人々からの信頼をより盤石なものとする。

 

国際連合が世界情勢に影響力を持った後は世界に蔓延る危険因子の排除に尽力する。張り巡らした情報網や各界とのコネクションを使い非合法組織や過激宗教組織の資金源である違法薬物、傭兵等の流れを全て把握しICPOを利用してその全てを摘発、殆どの非合法組織の弱体化に成功させる。

 

現在は世界中に存在している情報統轄部の構成員に指示を出しつつ、国連の調査官として世界各地を転々としている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……成る程。現代の英雄か」

 

情報統轄部という組織の目的に彼の立ち位置。個人が背負うにはあまりに大き過ぎる内容だ。文字通り今の世界平和は彼の肩の上、と言う事だろう。

 

 

「付随してきたファイルには国連事務総長と機密管理局局長直筆のサイン込みの指令書が添付されています。間違いなく本物でしょう」

 

「信じられない。これを、個人がやり遂げたと言うのか…?」

 

 

局員たちの間にも動揺が走る。

 

 

「勿論あの男が手引きした事も含まれると思うけどね。しかし、これは」

 

 

やり方があまりに強引過ぎる、と思う。

彼は局長の言う通り、現代の英雄として世界に平和を齎している。しかし、強制による平和はいつか必ず崩壊する。そして、その崩壊の反動は計り知れない。

 

 

「これ、もしかしなくても緘口令ですよね?」

 

「緘口令じゃなくて禁口令だよ。絶対に外部に漏らさないように」

 

「ですよね…」

 

 

心の中で局長へと悪態を吐く。

たしかに彼の情報は欲しいと言った。けど、国際連合の黒い部分が知りたいなんて一言も言っていない。

 

 

(これが外部に漏れたら間違いなく消されるな)

 

 

悔しいが、これはあいつに一本取られた事になる。このデータがもし漏れたら国際連合という組織は致命的な傷を負う事になる。修復不可能な傷だ、負ったら最後解体まで追い込まれる。

そうなったら国際連合関連の組織である此処も無事では済まない。最悪世界から攻撃される事もありえる。

 

 

「いけすかない奴だとは思ってたけど、まさかここまでとはね」

 

「国際連合はここを潰す気なんですかね?」

 

 

局員の不安げな視線が向けられる。それに私は笑って応える。

 

 

「さぁね。今は、調査官がどんな査察をするのか見守るだけさ」

 

 

 

 

 

 

 

 

___________________________

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ゛〜〜〜〜疲れたよ〜〜〜〜」

 

 

板張りの訓練場で竹刀を放り出し、大の字で寝転がる。床の冷たくて硬い感触が火照った身体と思考を冷まし、クールダウンを手助けしてくれるのを感じる。

 

 

「お疲れ様です、リツカ。剣道の腕も大分上達してきましたね」

 

「アルトリアさんに全然勝てないけどね〜」

 

「いえ、やはりリツカには剣の才能があります。このまま修練すれば、きっと指折りの剣士になれますよ」

 

青を基調とした甲冑を纏う女騎士『アルトリア』さんからの賛美を「いやいや、そんなことないよ」と返す。

謙遜でもなんでもなく、私は剣士になんてなれない。私が成れるのは精々半人前の魔術師が関の山だろうから。

 

 

「訓練お疲れ様です、先輩。これ、エミヤさんから差し入れです」

 

 

「よっ」と掛け声と共に身体を起こし、マシュからストローの刺さったドリンクを受け取る。

 

 

「ありがとマシュ。流石私の後輩」

 

「いえ、これくらい当然です」

 

「謙遜しちゃって、このこの〜〜」

 

 

頭を少し強めに撫でる。サラサラとした髪が指の間を抜けるのを楽しみつつ、可愛い後輩を抱きしめる。やっぱりマシュを抱きしめると安心するなぁ。

 

 

「ちょ、先輩、暑いです!」

 

「いいじゃん、これくらい〜〜」

 

「リツカ。それくらいで、マシュも困ってます」

 

 

アルトリアの注意に「はーい」と返事し、マシュを拘束から解く。そのあとドリンクを口に入れると、さわやかなレモンと塩味が口の中に広がる。

やっぱりエミヤのドリンクは美味しい!

 

 

「そう言えば先輩、剣道は昔からやっていたんでしたっけ?」

 

「そうだよ。小学生から高校まで続けてたから、大体8年くらいかな」

 

「ほう。だからリツカは剣先の動きが良いわけですか」

 

「いやいや、ほんとそんなんじゃないって。先輩からも、『まだまだ肩の力が入ってる〜』なんて良く怒られたんだから」

 

「先輩ですか?」

 

「うん、そう」

 

 

 

通っていた剣道場にいた先輩。強いくせに全然威張らなくて、地元の大会で優勝しても誇らない不思議な人だった。

暇さえあれば全員分の竹刀や防具を点検して回ったり道場を掃除するような人で、「穂群原のブラウニー」とまで言われていた優しい人、そして––––––。

 

 

「私の、憧れの人なんだ」

 

「そ、そうなんですか」

 

「あれ?なんか私変な事言った?」

 

「いえ、そんな事はありません。その憧憬はとても素晴らしいものだと思います」

 

 

 

 

なぜか顔を赤くするマシュに微笑むアルトリア。

 

 

「まぁ、その先輩と最後にあったのは8年前なんだけどね…」

 

「8年前?それ以降連絡とかしなかったんですか?」

 

「昔は携帯なんて持ってなかったからね。だから連絡先を知らないんだ」

 

 

昔は今ほど携帯電話が普及していなかったせいで、当時小学生だった私は携帯を持っておらず、先輩の連絡先を知る事は出来なかった。

本当は知りたかったのに……。

 

 

「会いたい、とは思わないんですか?」

 

「会いたいって、それは……」

 

 

 

先輩にもし会えたら、なんて想像をしてみる。

最後にあった時から8年位経ってるって事は、先輩は今頃30歳丁度。

という事は結婚してるという可能性も…………。

 

 

 

「会いたくない………」

 

「えっ⁉︎会いたくないんですか⁉︎」

 

「会って現実を知りたくない………」

 

「は、はぁ………」

 

 

 

私だってちんちくりんだった頃から比べると大分大人な女性に育った筈だ。胸だって大きくなったし、ウエストだってちゃんと維持してる。結婚とか付き合ってる人さえいなければ、私にもチャンスがあると思うけど……。

 

 

 

「さぁ、もう休憩はいいでしょう。続きを始めますよリツカ」

 

「えぇ〜〜!もうやるの?」

 

「当然です。リツカの憧れの人はもっと強かったのでしょう?憧れの人には追いついてこそです!」

 

「いや、あの人は普通の人間が追いつける範疇に無いっていうか、竹刀が三本に見えるというか……」

 

「何を寝ぼけた事を言っているのですか!さぁ始めますよ‼︎」

 

「うぅ、はぁい」

 

 

 

転がっている竹刀を握り、アルトリアの前に立つ。剣圧とも言うべき威圧感が身体に降り注ぎ、自然と身が引き締まる。

流石騎士王だなぁ、なんて最初は感心したっけ。

 

 

「それじゃあ、行きます!」

 

「来なさい、リツカ‼︎」

 

 

 

––––––先輩。貴方は今、どこに居ますか?昔私に語っていた様な『正義の味方』にはなれましたか?

 

––––––私はこのカルデアで、みんなの助けを貰って世界を救いました。先輩の目指す正義の味方に、私も少しは近づいたと思います。

 

––––––もし今度会えたなら、その時は色々とお話ししたいです。

 

––––––だから、もう一度だけ………。

 

 

 

「そこ!」

 

「あうぅ!」

 

「先輩⁉︎」

 

 

気を抜いた所を横薙ぎで身体毎持っていかれる。

駄目だ、集中しないとコテンパンに打ちのめされる。

 

 

「さぁ!まだまだ行きますよ!」

 

「せんぱーい!頑張ってください!」

 

「よっし!いくぞー!」

 

 

 

–––––––会いたいです、衛宮先輩。

 

 

 

 

 

 

 

 




近衛 雷堂

世界を代表するミステリー小説作家。合計出版数は怒涛の6000万部を超え、多くの文化賞を受賞している。代表作の一つである『郊外の蟲屋敷』シリーズは全世界累計4500万部の異例の大ヒットを記録し、ハリウッドで映画化も行なわれ全世界興行収入歴代八位へと躍り出た。世界の作家や著名人、有識者との繋がりが厚い人物として有名。公共の場には必ず天狗のお面を付けている点とよく失踪することから高飛び天狗との愛称で知られている。

宮瀧 一郎

ニューヨークに拠点を置く世界でも有数の探偵。大企業の企業スパイの摘発や取引先の裏取り調査、要人の護衛と言った大きい案件は勿論、夫の不倫調査や猫の捜索、開かずの金庫の解錠といった小さな依頼も全て完璧に熟す。今までの案件の達成率は驚異の110%を誇る(依頼人の他の悩みを解決する為100オーバー)。
類稀な推理力と隠密性を併せ持つ人物として世界から注目されているが、その素顔は謎に包まれている。

秋田 士道

世界で最も優秀と謳われるフリージャーナリスト。世界中で活動し大物政治家のスキャンダルや芸能人の不祥事を次々暴きたてその国の出版社へと記事を投函している。神出鬼没なスタイルと情報の大きさから「予測不能な情報爆弾」「世界の政治家が最も恐れる男」「歩く週刊文春」の異名を持つ。世界の出版業界や政治界隈に多くの知り合いがいると言われているが、あまりに広大なその人脈は全貌を見ることすらできないとか。


主人公

以上三つの人格の他、ベンチャー企業の社長や敏腕国際弁護士など多数の人格を持つ個人。経歴を誤魔化すために用意した設定の職業がどうしてこうなったのかと困惑している。一度テレビに近衛雷堂(自分)に秋田士道(自分)に宮瀧一郎(自分)の三人で座談会を組まれそうになって目が死んだとか。ちなみに売り上げの半分は国際連合に、残りの半分は足が付かない様に実家へと送っている。


藤丸 立華

人類最後のマスターにして世界を救った英雄。数々の苦難を英霊と分かち合い、乗り越えてきた現代の大英雄。その功績を称えられ、20という若さで時計塔から開位を授かった。
これは余談だが、机の上にはとある人物の写真が飾ってあるとか…?

アルトリア・ペンドラゴン

空腹王にして腹ペコの王。幾たびの大盛りにお残しは無く、天高く積まれた白米は湯水の如く消える。お腹が空いてはレイシフト先でドラゴンを狩る生粋のフードファイター。

マシュ・キリエライト

後輩可愛い…可愛くない?


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燻んだ正義/海に在る魔性菩薩

えっちゃん欲しい……けど出ない……。えっちゃんさえいればオルタシリーズ揃うのに…。


誤字報告、修正ありがとうございます。これかもご助力願えれば幸いです。

※独自設定含む回です。閲覧注意。
※登場キャラの口調に違和感がある場合コメントにて指摘くださると幸いです。キアラさんの口調難しい…。

※追記 今作のキアラさんは魔人柱をインストールした直後、電脳快楽土を作る前に主人公と出会ったという設定しております。わかりにくい描写で大変申し訳ありませんでした。


ーーーー最悪の目覚めだな。

 

 

思わずそう口走ってしまう程に、今の気分は最低だった。

明瞭なはずの思考は纏まらず、2年先までシュミレートしていたスケジュールが思い出せない。きっと今の自分の顔は五徹を乗り越えた時よりも酷い顔をしている筈だ。

 

自身がそうなっている理由は言わずもがな、夢の中で出会った自称魔法使いの存在に他ならない。

 

今自分が此処で目が覚めたという事は先ほどの出来事は間違いなく夢の中の出来事という事になる。全くふざけた状況だ。俺は明晰夢を見るために眠った訳じゃ無いのだが…。

 

 

ーーーー願いの原点、か。

 

 

意図せずに口から言葉が漏れる。

 

魔法使いが残したあの言葉が頭の中で反芻され、何度も何度も自分に問いかけてくる。

 

––––––魔法使いはなんの意図を持ってあの言葉を残した?俺が濁っている?何故?何処が?

 

思考がどんどん沼に落ちていく事を自覚するが、それでも自問を止める事は出来ない。

 

 

ーーーー正義の味方。

 

 

自身の核を構成する概念。それこそが正義の味方なのだ。

 

より多くの人を救う。より多くの人を助ける。それが正義の味方のあり方であり核心に他ならない。

その為の手段など問う暇などない。手段を迷ってる間にも理不尽に苛まれる人は増え、絶望を嘆く人は増加する。そんな彼らを救わずして正義の味方を名乗ることが出来るのか。

 

否、そんな事はあり得ない。

 

要は救えば良いのだ。ありとあらゆる手段を行使し、地球に生きる70億の生命を助けるのだ。

途中で100万人が死んでもそれで70億人が救われるのであれば問題はない。100万の人より70億の人の方が価値がある。それだけの話だ。

 

 

ーーーー大丈夫だ。俺は、あの原点から何一つ間違えてなどいない。

 

 

 

そうだ。俺は間違えてなどいない。より多くの人を救う、助ける事をあの人は正義と呼んだ。ならば、俺は間違いなく正義の味方なのだ。

 

 

ーーーー取り敢えず、夢の一件については追い追い調べていくか。

 

 

明晰夢、というには余りにはっきりし過ぎた夢の出来事。できることなら今すぐ専門の機関に検査に行きたいところだが南極ではそれも叶わない。

 

部下にそういった事例があったかないかだけ調べさせ経過を見るのが一番だろう。最も、疲れからくるものと言われればそれまでだが。

 

…まさか局長の言う所の魔術とかオカルトめいた事が原因な訳無いだろうし。

 

 

ーーーーそんな訳ない…よな?

 

 

何故か湧き上がる疑問に疑問を浮かべつつ、携帯を開いて電話帳を開く。

……正直、とても苦手な部類に含まれる人間なので関わり合いたくはないのだが仕方がない。折角下部組織と繋がりがあるのだ、利用しない手はない。

 

躊躇いつつ通話ボタンを押す。蠱惑的な声が聞こえてきたのは、その後すぐだった–––––––。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

__________________

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

–––––––海洋油田基地・セラフィックス 所長室

 

 

『ピピピッ、ピピピ』

 

「––––––あら?」

 

決裁書類に追われて手を動かしていると机に据えられた電話機が電子音を鳴らす。番号は非通知でだれが掛けてきているかは分かりません。

 

しかし、電話の相手が簡単に想像が行きます。なぜならこの固定電話の番号を知っているのはたった一人、情報が漏れている可能性も『あの人』なら万が一にもないと言い切れましょう。

 

だから早くあの人の声が聞きたいと急いで電話を取り「もしもし?」と繋げる。

 

 

ーーーーもしもし、仙道です。

 

 

 

 

 

––––––あぁ、何度聞いてもこの声は甘美な音を立てる。

 

 

 

 

 

「ご無沙汰しておりますわ、仙道様」

 

ーーーーえぇ、三ヶ月振りですね。お久しぶりです、殺生院さん。

 

 

 

仙道と名乗る人物はこのセラフィックスにおいて知らない人はいない程有名な人物、それは勿論、悪い意味ではなく良い意味で。

 

 

ーーーーあれから運用状況はどうですか?

 

「なにも問題はありませんわ。皆様一生懸命働いて下さっております」

 

ーーーーそうですか、それは良かった。

 

 

––––––三ヶ月前までここの職場環境は、それはそれは酷いものでした。人間同士の不仲や職場環境への不満が溢れ、当時カウンセラーとして働いていた私に毎日相談者が現れる程でした。

 

そんな状態だったセラフィックスを立て直した人物こそ、仙道様なのです。

 

 

「仙道様もお変わりないご様子で安心致しましたわ。貴方に何かあればと思うと、私不安で夜も眠れませんでしたから」

 

ーーーーご心配ありがとうございます。ですが大丈夫ですよ、身体の丈夫さには自信がありますから。

 

 

 

そうやって子供みたいに笑う彼。しかし、私は知っているのです。

その笑顔の裏には、ありとあらゆる闇を飲み込む程の漆黒を飼っている事を。

 

普段は常識人ぶっているのに、そのくせ本質はどこまでも異質な魑魅魍魎の類。

 

––––––––あぁ、なんと美しくも悍ましい在り方でしょうか。私、とても疼いてしまいますわ。

 

 

 

ーーーーそれですいません。突然で申し訳ありませんが、そちらのデータベースへのアクセス権を提供して貰えないでしょうか。

 

「アクセス権ですか?」

 

ーーーーはい。少し厄介な事案を抱え込んでしまいまして、そちらのデータを使いたいんですよ。頼めませんか?

 

 

本来此処はフィニス・カルデアの下部組織。データベースへのアクセス権という重要機密は外部の人に渡すべきではありませんが……。

 

 

「まさか、貴方様の頼みを断る人は此処にはおりませんわ。直ぐにご用意致します」

 

ーーーーありがとうございます、殺生院さん。

 

「構いませんわ。––––その代わり、一つお願いを聞いていただいてもよろしいでしょうか?」

 

ーーーーお願い、ですか?

 

 

彼の声色が冷たい物へと変化する。こちらの要求を危惧しての事でしょう、既にあの人の頭の中では様々な対応パターンが巡っておられる筈。

 

––––––本当に面白いお方。

 

 

 

「えぇ。今度一緒にお食事にでも如何でしょうか?勿論此処ではなく、どこか外で」

 

ーーーー食事、ですか。

 

 

平坦な声が聞こえる。

 

 

「そうです。是非とも仙道様とお近づきになりたく思いまして…、もしかしてお気に障りましたでしょうか?」

 

ーーーーいえいえ。殺生院さんの様な美人に誘われるのに慣れていないので、少し驚いただけです。

 

「まぁ、お上手ですね」

 

 

流れる様なお世辞も変わらないご様子。やはりあの鉄面皮を崩すのは正攻法では難儀でしょうか…。

 

 

ーーーー食事程度でしたら、こちらこそ是非。

 

「まぁ!ありがとうございます、仙道様」

 

ーーーーそれはこちらの言葉ですよ。場所と日程はこちらで決めさせていただきますが、よろしいですか?

 

「えぇ、お願い致しますわ。ホテルまで予約して頂いたらもっと嬉しいのですが…」

 

ーーーーそれは私の予定次第、という事でご勘弁頂ければと。

 

 

やはり食事には誘えても夜の営みの方には乗ってきませんか。ほんとうに手強いお方。

 

––––––だからこそ、私の手で堕落させて見たいのですけど。

 

 

「ふふっ。それではお食事の件、楽しみにしております」

 

ーーーーえぇ。そちらもアクセス権の方、よろしくお願いします。

 

「はい、お任せください」

 

ーーーーそれでは失礼します。良い夜を。

 

 

その言葉と共に通話は途切れ、ツーっ、ツーっと電子音のみが聞こえるだけとなった。

 

 

「あぁ、本当にあのお方は……」

 

久方振りにあの人の声を聞いた為、身体のあちこちが火照って仕方がない。もし此処に国際連合の仕掛けた監視カメラが無ければ今此処でこの昂りを『処理』するのですけど……。

 

「公衆の面前でそういった行為をした場合、私は即座に殺されてしまいますからね」

 

 

 

『ーーーー貴方、絶望的なまでの自己愛者ですね』

 

 

私の中に宿った誰か––––––今はもう名前も思い出せませんが–––––によって私の本能は目覚めた。当初は此処を私の快楽土へと変えるつもりでしたが、そんな時に出会ったのが仙道様でした。

 

三ヶ月前に始めた出会った時、彼は私の中にある本質。即ち自己愛主義を一目で暴いてみせた。

自身の快楽のために多くの人を誑かし、地獄へと突き落とす魔性の女。有象無象の方々が私を聖人だと崇める中、あの人だけが私をどうしようもない悪人であると見抜いたのです。

それからの彼の行動は迅速でした。私を此処セラフィックスに縛り付ける為に後ろの暗かった上層部の席を全て伽藍堂にし、そこに所長として私を押し込みました。

 

あの方が私を殺さなかった理由は至極単純。『使い方によっては多くの人を救う道具として使えるから』と考えたからに他なりません。

 

私は腐っても聖人。より多くの人の信仰や信頼を集める私をトップに据えることで内部不和を解消させ、さらに問題の私を責任者職として椅子に縛り付ける事ができます。

この状態を僅か一週間で作るなんて、流石仙道様と言わざるを得ません。

 

 

「あぁ。早くお会いしたく思いますわ」

 

 

内側に潜む化け物を表面の常識人ぶった考えで押さえつけるお人。休みが欲しいなどと口では言うものの、その実休む暇すら持たずに人を救いたがるようなお人。

 

 

なら、表面の常識人を取り払ったらあの人はどうなるのでしょうか。

 

やってみたい。私の手で偽りの仮面を壊し、内側の本能を曝け出したい。

そしてその本能をむしゃぶり、堕落させたい。

文字通り世界を守っている守護者をこの手で堕落させた時、私はきっと、天にも昇る様な快感が得られるに違いない。

 

その瞬間を想像し、火照った身体を椅子に抑えそっと息を吐く。

 

 

「楽しみですわ、本当に…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

_________________________

 

 

 

 

 

–––––––D.C ワシントン ホワイトハウス

 

 

 

ーーーーお久しぶりです、大統領。今お時間大丈夫ですか?

 

 

 

––––––今日は最悪の昼過ぎだ。

 

大統領選の準備で実に多忙の中、ランチを楽しむ余裕もなくサンドイッチに噛り付いていると『ピーッ、ピーッ』と携帯が鳴った。

 

この電子音が鳴る相手は一人しか居ない。猛烈に電話を取りたくない気持ちに襲われるが、それをした場合どんな手痛い攻撃に会うかわからない。

 

渋々普段使う携帯電話……ではなく、国際連合から支給された携帯を取って通話ボタンを押した。

 

 

「とても多忙だ。後日掛け直すから今は遠慮してくれないか?」

 

ーーーー大丈夫です。こちらの用事は手短に済ませますから。

 

 

飄々と返してくる。相変わらず気に触る奴だ。

 

 

「聞いていたか?私は今忙しい…」

 

ーーーーサンドイッチなら食べながらで構いませんよ?

 

 

意図せず目を見開く。目だけで辺りを見回すが、カメラと言ったものは見つけられない。

そもそも此処はホワイトハウス、アメリカの中心部だ。その更に中心部に監視カメラを配置するなど–––––––。

 

 

 

ーーーー監視カメラの他にも盗聴器も置いてあります。下手な事はしない事を強くお勧めしますけど?

 

「–––––ふん、相変わらず手段を選ばないな」

 

ーーーー軽蔑しますか?

 

 

軽く息を吐いて椅子にもたれ掛かる。

 

–––––いや、それが出来る相手なのだ。受話器越しで話している相手は、通常の範疇に存在しない。

一人で世界中の国を相手取り、そして勝ってしまう程の人物だ。そんなもの、化け物(クリーチャー)以外の何者でもない。

 

 

「まさか。私も陰謀の一つや二つこなしている。最も、君ほど腹黒くはないがな」

 

ーーーーそれは結構。それでは本題に入ります。

 

 

実を言うならば、電話を掛けられるのは初めてではない。今までも国際連合への寄付金の増額や難民の受け入れなどの指示は受けていた。

依頼ではなく、指示というのが重要だ。相手はその気になれば一月も経たずに政権を崩す力を持っている、逆らえばどうなるか簡単に想像がつく。

 

 

「それで、君は我が米国から何を求めるんだ?」

 

 

やっつけ気味に言葉を発する。どうせ逆らえないのだ、これ位の口調は許されよう。

 

 

ーーーーそちらの海兵隊、前に南極に施設を設置してますよね。その詳細を知りたいのですが。

 

「……何?」

 

 

我が海兵隊が南極に設立した施設。恐らくだが、旧国際連合に依頼されて作った物だ。しかし、なぜ今それを…。

 

 

ーーーーあぁ。事情の詮索は無用です。要らない探り合いをして傷を負いたく無いですよね?

 

「無論だ。しかし、そんな前の書類を用意するのは中々難しいぞ」

 

 

 

「成る程…」と言って相手が少し黙り込む。こちらの意図には気づいているだろう。

 

国際連合から『お願い』を聞くのはこれが初めてでは無い。しかし、今までも聞いて来た『お願い』には、それ相応の対価が用意されていた。

野党の重鎮のスキャンダルや、発展途上国への優先開発権など、こちらの欲しいものを奴らは用意してくる。全く忌々しい事この上ない、つまりはこちらの欲しい物は相手に筒抜けという事なのだから。

 

 

 

ーーーーそう言えば、近々PKO活動軍で新世代主力機の競合が行われますね。

 

「…ほう?」

 

ーーーー私と貴方の仲です。もしよろしければ、色々と便宜を図りますけど?

 

 

PKO軍の新世代主力機の競合…、もし勝つことが出来れば我が国は名誉のみならず、継続的な利益が得られる。機体の購入は勿論、整備用の部品や整備員を派遣することも出来る。

たしかに、悪くない条件だ。

 

 

「まぁ、それは君に任せよう。それで南極の件だが、私と君との仲だ。全力を尽くす事を約束するよ」

 

ーーーーそれは良かった。それではなるべく早めにお願いしますね。

 

「わかった。そちらも宜しく頼むよ」

 

ーーーーえぇ。それでは。

 

 

プツッとした音と共に電話が切れる。かなり腹の立つ男だが、奴が我がアメリカの役に立つのもまた事実。今は操り人形になっているが、何れはまた世界の覇者として我がアメリカを帰り咲かせてみせる。

 

直ぐに政府内の内線通話を開き、国防総省に電話を繋ぐ。

 

「南極に設置した研究施設について直ちに書類をまとめろ。いいか、大至急だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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––––––子供の頃、正義の味方に憧れていた。

 

 

一人の男の哀しそうな表情を、俺は覚えている。

 

 

––––––それじゃあ、諦めたんですか?

 

 

その時の表情が余りに哀しそうで、当時の俺はついそう口走った。

 

 

––––––うん。正義の味方は期間限定で、大人になればなるほど、なるのが難しくなるんだ。

 

 

 

きっと、この出来事が日の目を浴びる事はないのだろう。

 

沈み込む様に息をする『正義の味方』に、それを見ていたたった一人の無力な青年。

 

もし此処でお話が終わるのであれば、これは何の変哲も無い世間話で終わった筈だ。大人が夢敗れた話を子供に聞かせる。なんてありふれていて、そして美しい出来事だろうか。

 

 

––––––じゃあ、しょうがないですね。

 

––––––うん。しょうがない。

 

––––––はい。ですから………。

 

 

 

 

 

 

 

 

––––––俺が代わりに、その正義の味方をやります。

 

 

 

 

 

 

 

夜空に浮かぶ満月が照らす夜の一幕。仮にこの願いをもし別の誰かが受け取ったのであれば、それは別の物語を産んだのだろう。

自己の願いと現実の齟齬に苦しみ、未来の自分に打ちのめされ、それでも答えを見つけ出す。そんな物語が始まった筈だ。

 

けれど、この世界ではそうならなかった。

 

 

一人の男の切なる願いを受け取ったのは赤毛の少年ではなくて、黒髪の青年だった。

 

きっとこれは、ただそれだけの話なんだ––––––––。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




主人公

衛宮の系譜を継いだ正義の味方にして執行者。より多くの人を救う事のみを善とする度し難い聖人の一人。救われた数こそが正義の証明であり、「最小労力による最大の救済」を正義と志す。人を救う手段に拘りなど無く、多くの人を救う為ならば他人すら手駒にする。国際連合という組織の根幹を成す舞台装置(正義の味方)、その本性こそ彼なのである。
仙道照史という名はあくまでも調査官としての一側面に過ぎず、彼を呼称するに値する個体名ではない。ありとあらゆる仮想人格や戸籍を持ちうる彼を真に表す名前は無く、強いて挙げるとするならば「エミヤ」が妥当だろう。
原作における「エミヤ」は死後抑止力の一員として守護者(正義の味方)に成り下がったのに対し、彼は存命のうちからその身を舞台装置(正義の味方)へと変えた生粋の聖人(正義の狂信者)。故に、仮に彼が守護者として英霊の座に召し上がられたとしても、答えを得る事は出来ずに永遠に守護者としてその身を使い続ける。


殺生院 キアラ

仙道の持つ正義の味方としての側面に魅せられた人類悪の卵。魔人柱をその身に宿し月の自分を追体験する為に活動している所、仙道にその危険性をいち早く見抜かれセラフィックスという海の孤島に縛り付けられた。
その気になればセラフィックスの掌握など容易いにもかかわらず、彼に執心する余り他の出来事に関心を持っていない。文字通り世界を守る人間を自身の手で堕落させた時どんな快楽が得られるのかを想像し、日々の昂りを収めている。

米国大統領

仙道の被害者の会その一。支持層の母体の殆どを国際連合に懐柔され、実質国際連合の言いなりに成り下がった可哀想な人。。内心では来期の大統領選で再び勝ち連合からの脱却を目指しているが、来期は別の候補者を既に連合が擁立している為勝ち目はない模様。




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遭遇/直死の魔眼





マスター諸兄達に5000万回殺されたバルバトス君に、心からご冥福をお祈りします…(内137本殺害)


※感想で寄せられた疑問について後書きで少し言及してきます。
※マシュについて少し独自設定が含まれています。ご了承ください。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

–––––––––––あいつの黒い瞳を、俺は良く知っている。

 

今まで見てきたどんな奴よりも、黒い瞳を持っていた。

 

–––––––––––あいつの持つ能力を、俺は良く知っている。

 

平気な顔してとんでもない事をやらかすのは、後にも先にもあいつだけだった。

 

–––––––––––あいつの在り方を、俺は良く知っている。

 

どうしようもないくらい破綻した願いを抱えていているのに、それを手放させない不器用な奴だった。

 

–––––––––––あいつの◾️◾️を、俺は良く知っている。

 

 

 

 

ーーーー◾️、なのか……?

 

 

 

 

……それを知っているから、だから、目の前の男は何としてでも殺してやらなきゃならない。

 

コイツが、安らかに眠るために––––––––––。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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ブルーライトに長時間照らされた目頭を押さえ、ふっと息を吐く。

 

 

ーーーーさて、どうしたものかな……。

 

 

カルデアに到着して2日目。財務諸表の精査は既に終わり、今は人事について調べ始めている。

 

––––––勿論、此処の職員達には隠して。

 

 

組織というものは極めて厄介だ。外敵は早急に排除しようとするが、1度身内に入れれば見捨てる事はしない。

 

大きな組織になればなるほどその風潮は顕著であり、ここはその大きな組織に該当される。南極という極限地帯で同じ釜の飯を食って仕事をする、信頼関係が産まれるのは必然と言えるだろう。

 

だからこそ、人事の精査はここの職員に関与させてはならない。友情は客観的な視点に齟齬を生み、信頼は癒着へと早変わりするからだ。

 

その点から見れば、今回の精査はたしかに俺が適任と言えるだろう。潤沢な人脈とコネを適度に使うことができれば、ありとあらゆる情報を集める事ができる。それこそアメリカとロシアの核コードすら把握する事が出来る。…まぁ、当然それを使うわけもないが。

 

 

ーーーーマシュ・キリエライト。やっぱり、何かあるな。

 

 

外部組織を利用してまで此処を調べる理由。それは、とある一人の少女の存在に違和感を覚えるからだ。

 

キリエライトという姓を名乗っているが、戸籍上はアニムスフィア家の養子縁組を結んでいる彼女。

経歴ははっきり言って申し分ない。小学校から高校まで情報系の学校に通い、成績は優秀。今現在も大学に在籍しつつフィニスカルデアで職務に従事している。

一見すると普通の将来有望な少女とも言える。家柄から此処で働いている点も怪しむ点はない。しかし、だからこそ引っかかる。

 

 

ーーーー健康診断の数値、ちょっと綺麗過ぎるんだよな…。

 

 

とあるツテを利用して手に入れたカルデアの職員のバイタルデータだが、その中でも彼女はごく普通の健康体として記録されていた。それは、あまりに健康的過ぎるといえるほどに。特に着目した点はストレスによるホルモンバランスが安定しすぎている点だ。

若いうちから極限地帯での職務、ストレスが生じないはずはない。生まれながらに此処にいるのならまだしも、彼女は若い頃はイギリスのロンドンで過ごしていたと記録してある。

 

 

ーーーーデータ偽装の線が一番か。

 

 

一番あり得るのは偽装工作だが、それをする理由が分からない。たかが一人の少女の健康状態を何故隠す必要が……?

 

そこまで考えた後、思考を端へと飛ばす。結局の所、今の情報量から判断をするべきではない。後は米国大統領からの情報提供を待って、それを見てから判断すべきだろう。

 

 

ーーーー今のうちに、本職の仕事を片付けるかな。

 

 

PCを愛用のOffice画面からメール画面へと移す。ボックスには様々な人格や戸籍で関係を結んだ人物からのメールや情報統轄部から渡された定期報告がぎっしり詰まっており、その数は100は下らない。余りの量と情報量にこのメールボックスの中身を公開するだけでも兆を超える金額が入るんだろうなぁ、なんて見当違いな思いすら浮かんでくる。…やったら最後、死ぬより酷い目に遭うけど。

 

もし溜息をついた分だけ幸せが逃げていくのが本当なら、自身にはもう幸せなど残っていないだろう。何度目かわからない溜息を吐くと、俺は再びパソコンと向き合い始めた––––––。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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––––––午後の珈琲は、私を優雅な気分へと誘う。

 

 

澄み渡る水面を目で楽しみ、高級な豆の芳醇な香りを鼻で楽しむ。そして一口含み、艶やかな風味を口で楽しむ。

 

うん、実に良い昼過ぎだ。

 

 

「失礼します。ゴルドルフ様、コヤンスカヤ様がお見えになっています」

 

「そうかそうか。よし、通してくれ」

 

「畏まりました」

 

 

今日は人理継続保障機関フィニス・カルデアへの査察を前に彼女と最終調整を行う日付となっていた。

 

(長かった……)

 

カルデアをこの手に収め、我が覇道を行くまであともう少しという所まで漸く来ることが出来た。

 

今思えば、さまざまな艱難辛苦がこの私に振り掛かっていた。突如活発に活動を始めたICPOに裏資金の流れを掴まれイギリス政府に資産の半分を追徴課税で持っていかれた。

その資産を取り戻すために訴訟を起こしたら相手側がとんでもない凄腕弁護士を雇っていて成すすべなく敗訴した。

ならばと思いコヤンスカヤから借り受けた傭兵産業で一儲けしようとしたら突如調査官を名乗る男から手紙で「やり過ぎる様なら、こちらも容赦しませんよ?」と言われて数日、傭兵連中の殆どが検挙された。

怒涛の罰則や課税によって一時期パンの耳で飢えを凌いだ事もあった…。しかし、私は漸くここまで上り詰める事が出来た。

 

 

「それもこれも、優秀なアドバイザーが付いたお陰だ」

 

 

因みに言うならばこのアドバイザーはコヤンスカヤ君では無く表向き。魔術とは関係のない人物だ。

 

突如資産の殆どを失って絶望していた矢先に現れた男で、名を小野木 大輔と言う。

日本で税理関連のベンチャー企業の社長をしている人物であり、私に良いビジネスがあると持ちかけてきたのだ。当然最初は疑ったが既に手元はすっからかん、毒を食らわば皿までとその話に乗ったのだ。

 

私は彼の指示通りに色々と動いた。なけなしの金を使って南米の珈琲畑と定期契約を結んでそこに珈琲醸造所を作り(小野木が顔が効くらしくかなり安く作れた)、そこで珈琲を作り始めた。

幸い労働力はホムンクルス達がいるので一々雇用に時間が割かれる事が無かったのも幸いした(因みに給料はちゃんと払っている)。

 

何故珈琲作りをと問うと「そろそろ珈琲の評価が上がると思いますので。あぁそう、珈琲は酸味控えめで作って下さいね」と言われたが、当初の私は半信半疑だった。

 

しかし、結果として珈琲はその後世界的にブームとなった。

 

なんでも世界的に有名なミステリー作家が珈琲喫茶を舞台に小説を作り、それが世界的に大ヒットしたらしく珈琲ブームが巻き起こったのだ。

 

そのブームの中我が「ゴップコーヒー」は酸味が控えめで口当たりが柔らかいと女性達に大ヒットし、一時期発注が間に合わない程売れまくった。

 

そのブームのお陰で知名度が著しく上がった我が「ゴップコーヒー」は今では南米全体の珈琲農家の3分の一と契約し、醸造施設も数を8つに増やす程に成長した。これも偏に私と小野木の手腕の賜物だ。

 

そうして大企業へと瞬く間に進化した我が会社だが、ある程度の時が立つと小野木から社会貢献に尽力しないかと声を掛けられた。

なんでも南米に学校を設立し義務教育を広げるのだとか。勿論私は反対したが、あれこれと説得されていくうちに言いくるめられ、結局最後は学校設立の書類にハンコを押してしまった。

 

 

「それからは早かったなぁ…」

 

 

小野木はその書類を持って南米各地に怒涛の勢いで学校を作りまくった。その勢いは後に世界から「南米に教育の春が起こった」と言われるほどだ。

そして粗方学校を作り終わると、それらの学校の名誉校長に私の名前を置いた。流石に目立ち過ぎる思って止めようと思ったが時すでに遅く、国際連合から国際貢献著しいと勲章を貰った後では後の祭りだった。

 

しかし実際に私が校長としてやる仕事なんて入学式と卒業式に式辞を述べるくらいで、他の雑務は小野木の用意した教師陣がテキパキとこなしているので私に負担など無いのだが。

 

お陰で私は世界中から「南米教育の父」と謳われ讃えられている。嘘、私優秀過ぎでは……?

 

 

しかし、それはあくまでも表向きの成功だ。私の本懐は魔術師、裏の世界で成功してこそ一流の魔術師というもの。そして、その成功の足掛かりとして先ずはフィニス・カルデアを手に入れるのだ。

 

 

「失礼しますわ、ゴルドルフ様」

 

 

そこまで思考を飛ばしていると、扉からとても残念そうな顔を浮かべたコヤンスカヤ君が………うん?

 

 

「ど、どうしたのかね。そんな顔を浮かべて…」

 

「…ゴルドルフ様。例の調査官が今フィニス・カルデアにいると報告が上がりましたわ」

 

「れ、例の調査官って……………あっ」

 

 

コヤンスカヤ君が渋い顔をして言う人物など一人しか居ない。つまり、国際連合のあの調査官が今カルデアにいると言う事だ。

 

 

「そ、そんな馬鹿な!国際連合からはそんな情報など…」

 

「向こう側も極秘に事を動かしていると思われます。ここは一度手を引き、国際連合の様子を見るべきかと」

 

「そ、そうだな。うん、それが良い」

 

 

 

–––––ゴルドルフの強み。それは、勝てそうにない戦には絶対に参加しない所にある。

 

彼がカルデアに査察の延期を打診したのは、それから僅か10分後の出来事だった–––––––。

 

 

 

 

 

 

 

 

__________________

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーなんだか外が騒がしいな。

 

 

カルデアへの布石を打ってから数時間、何故かカルデアの内部が騒がしくなった。

一瞬工作が発覚して吊るし挙げられるかと案じたが、先程からそんな様子は見られない。

 

 

ーーーーそんな失敗はしていない、と考えたいけどなぁ…。

 

 

情報統轄部の中から情報が漏れる、という事は万一にもあり得ないし米国大統領も態々此処に情報を流して政権を泡にする程愚かではない。となると、漏れるとしたら殺生院キアラのみという事だ。

 

 

ーーーーあの人ならやりかねないなぁ…。

 

 

三カ月程前に出会った彼女。当時はセラピストとして働いていたが、アレがセラピストなんてとんでもない。精神的に参っている人間を彼女に会わせるなんて飢えた痩せ犬の前に生肉を置くより結果が見え透いている。

 

諸々の結果今では所長職として海の孤島に縛り付け、不穏な動きを見せた場合即座に『処理』出来る体制を整えてはいる。が、そんな状態でも彼女なら情報漏洩位平気でやりかねない。

 

一体どんな教育を受ければあんな精神が育まれるのか小一時間ほど問い詰めたくなるが、彼女との長話は色々と危ないのでやりはしない。

 

…もっとも、彼女のような聖人の気質を量産したいと言うのは本当だが。彼女(キアラ)はどこがで方向性を間違えただけで、あれを正しく育てることが出来ればそれは正しく聖人となりえるだろう。

 

 

 

ーーーーそれでも苦手な事に変わりは無いんだけどなぁ…。

 

 

軍勢を作った彼女を相手取る位ならば世界大戦を止める方がまだ気が楽と思うほど、自身の中でキアラの評価はある意味高かった。

 

 

ーーーー取り敢えず、外で話を聞いてくる位はした方が良いな。

 

 

憂鬱な未来の事を考えるより、まずは目先の出来事に当たるべきだろう。世界平和を維持する為にも、早急にここでの事案を終わらせて本部に帰らなければならない。

 

ペンとメモ帳だけ取ってさっと席から立つ。そんなに殺伐とした場所じゃないし、護身用のナイフすら必要ないだろう。そのまま机の上に置いたまま扉を開いて外に出る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

––––––その時だった。

 

 

ーーーー…………は?

 

 

此処にいる訳がない。いや、いる事の出来ない人物が目の前に立っていたのは。

 

短く揃えられた黒くて綺麗な髪に白無垢を想起させるほどに白い肌。淡色の着物にトレードマークの赤い革ジャン。顔立ちがやけに幼い所が気になるが、ここまで揃えば浮かぶ人物なんて一人しか浮かばない。

けれど、それはあり得ない。何故なら彼女は現在両儀家の当主として日本に在住し、高校の同級生だった恋人と添い遂げて産まれた一人娘を懸命に育てている最中だ。決して、こんな南極基地に居て良いはずがない。

 

その彼女は俺の顔を見ると驚愕の表情を浮かべ、その場に立ち尽くしている。

 

 

ーーーー式、なのか……?

 

 

意図せず口から溢れたそれは彼女にも届いたらしく、呆然とした表情を伏せる。

 

 

「–––––っ、そうか。成る程な、そう言うことか」

 

ーーーーその声、やっぱりお前は––––––っ⁉︎

 

 

自身の言葉は、突如刃物を携えて疾走する式に遮られる。頸動脈目掛けて真一文字に振るわれた刃を腰を落とす事で軌道から逸れ、背後に後退する。とっさの動きで膝に痛みが走るが、当たるよりマシだった。

一連の動作の後、頰に一筋の汗が流れる。今の刃の振り方は寸止めを考えたものでは無い。もし膝を折るのが後数巡遅ければ、俺の首からは鮮血が飛び出た事だろう。その事実を認識した時、意図せず右手が首筋を撫でる。

 

 

「なんでお前が召喚()ばれたのかは知らないし、聞きたくもない」

 

 

式が逆手に刃を持ち替え、腰を落とす。

 

 

「…けどな。お前はその呼び声に応えるべきじゃなかったんだ。お前のような、自分すら救えなかった馬鹿野郎は」

 

ーーーーお前、一体何を–––。

 

 

髪の間から覗かれた表情は、憤怒と戸惑いが入り混じっている様だった。怒りに顔を歪めているが、瞳には動揺が走っている。目の前の彼女とはそこそこ以上に長い付き合いであり、それくらいの感情は目を見るだけで分かる。

そして理解した。目の前の式は、本気で俺を殺そうとしている事に。

 

 

 

「ここで、お前を殺してやるよ。それでお前は–––––」

 

 

 

 

 

––––––––––眠る事が出来るだろう?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 











小野木大輔

日本に本社を置く外資系の税理関連企業の社長。30代前という若さで年商30億を誇る、日本でも有数の成功者。税理士としての資格と経営コンサルタントとしての知識を兼ね備え、多くの企業の躍進に一役買っている人物。2冊ほど出版したビジネス本はどちらも大量重版が掛かっている。

…当然だが仙道の仮装人格の一つである。


ゴルドルフ・ムジーク

主人公に目をつけられた可哀想な小人。優秀な腕と溢れ出る良心の悉くを調査官に利用され、息つく間もなく南米教育を広げた第一人者としてでっち上げられた。国際連合のとある調査官を恐れているが、その調査官と自分を成功に導いたアドバイザーが同一人物などかけらも思っていない。


主人公

ゴルドルフの存在を見つけた時ピンと来た男。








Q.この世界線って結局どこ主軸なの?

A.特に定めていません。強いていうのであればエミヤさん家の晩御飯時空が1番近いと思います。


Q.主人公って人間なの?

A.分類学上人間です。


Q.主人公って人類愛じゃ……?

A.君のような感の良い(ry



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血の海に沈む/人類最後のマスター

ライネスちゃん引けたので大勝利です(消えていった五人の諭吉を見て)




 

 

 

 

 

 

 

––––––––どこで、間違えたのだろうか。

 

 

自分に何度も問いかけても、その答えは出てこない。

…いや、それとも答えを導き出す事を心が拒んでいるのだろうか。

 

 

––––––––誰かを助ける為に、この手を使ってきた。誰かを救う為に、前へ歩き続けた。

 

 

顔も知らない世界の人々を救う為に、文字通り身を粉にして動いてきた。–––––––大切な人たちすら、置き去りにして。

けれど、それは仕方のない事だった。

親しい人の側でぬるま湯に浸かる事など正義の味方に許される訳がない。

 

 

『–––––僕はね、正義の味方に、なりたかったんだ』

 

 

あの人は願ったのだ、最期の最期まで、正義の味方でありたいと。

途中で投げ出す事も、諦める事も出来た。にも関わらず、あの人は正義の道を走り続けたのだ。何も得るものがなくても、何もかも失っても。

 

 

––––––––焦土を歩く、あの人を見た。

 

 

凡そ生きているものが存在しない世界で瓦礫を押し退け、生存者を探す姿。あの煤に塗れた背中は、何度思い出しても心が痛くなる。

 

 

––––––––誰かの手を取った、あの人を見た。

 

 

瓦礫から伸びる手を掬い上げたあの人は、なによりも救われた顔をしていた。

 

 

––––––––別に、その姿に憧れた訳じゃない。

 

 

誰かを助ける。その光景は酷く幻想的で、見るものを魅了する光だった。

 

 

––––––––憧れだけで正義の味方なんてものになれる訳がない。

 

 

 

余計な感傷はいらない、余計な思い出はいらない。そんな重荷を背負って世界を救う事は出来ない。

 

 

––––––––受け取った願い(呪い)を、なんとしても叶えるんだ。

 

 

それが、俺に命を与えてくれたあの人への唯一の恩返しなのだから。

 

…故に、目の前の少女を殺すことは必然だ。願いの成就を妨げる、憎むべき悪性。

心に冷たい撃鉄が差し込まれる。指先と心は、簡単に切り離す事が出来た。

 

 

––––––––殺さないと。

 

 

 

軋んだ心が血を吐きながら叫ぶ。やめろ、そいつは親友の恋人だと。かけがえのない友人なのだと。

 

 

 

『黒桐は?…なんだ、今日は居ないのか』

 

 

落胆した顔を見た。

 

 

『…相変わらずだな、お前』

 

 

…呆れた顔を見た。

 

 

『おい!アイス食ったのお前だろ⁉︎…買ってきたのが俺?知るかそんなの』

 

 

……怒った顔を見た。

 

 

『…衛宮、少しくらい休んでもいいんじゃないか?』

 

 

…………思いやる顔を見た。

 

 

『………馬鹿野郎が』

 

 

……………泣きそうな顔を、見た。

 

 

 

 

 

 

––––––––関係ない、そんなもの。

 

 

 

心と身体は繋がっていない。人を殺すのに必要な物は力であって、心ではない。だから見たくないものに蓋をするように見て見ぬフリができる。

 

 

––––––––ほら、簡単だろう?

 

 

そして息を吐く様に、感情を、殺した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

__________________

 

 

 

 

 

 

 

「シッ‼︎」

 

 

振るった刃を右手を目掛けて振り抜く。身体を逸らして避けようとする身体を左手で掴み、壁に叩きつける。受け身をとった僅かな隙を突き、右腕を深く斬りつける。

 

「––––っ!」

 

…が、切られたのはワイシャツのみであり、黒のアンダーまで貫通していない。

反撃に備えて大きく飛び去るが、相手は反撃する様子が見られない。

 

 

(防刃素材か、厄介だな)

 

 

右腕の筋を持っていくつもりが当てが外れた。しかし、相手は見たところ動揺ばかりが先行していて動きが悪い。この調子ならあと数手で頚動脈を掻き切れるはずだ。

もうすぐ騒ぎを聞きつけて裁定者かマスターが此処にやってくる、あまり時間は掛けられない。

ナイフを逆手に持ち替え、姿勢を低くして突っ込む–––ように見せかけて、右側の壁へと跳躍する。そのまま右、上に視点を絞らせない様に高速で移動する。

 

 

––––––––英霊になる事で昇華された身体能力を生かした密室での三次元戦闘。

 

 

熾烈かつ過酷な特異点を渡り歩き、生前より洗練された戦闘技能が遺憾なく発揮され、的を絞らせることなく身体を加速させる。

 

 

「これで––––––––」

 

 

ついに相手の視界が外れた後方上方。ナイフを握り直し、重力に逆らわず落下する力を用いて首元へと刃を振るう。

 

 

「––––––––終わりだ」

 

 

相手の視界はこっちに向いていない。対するこちらは上からの奇襲、避けられる道理がない。

 

 

(悪い、衛宮。けど、こうしないとお前は–––––)

 

 

『ーーーー頼むよ式。お前の手で、終わらせてくれ』

 

 

かつてそうした様に、痛みなんて感じさせない様にナイフを振り抜き–––––––––––。

 

 

 

「か、はっ」

 

 

 

 

––––––––自分が地面に叩きつけられていた。

 

 

自分の視界は先程とは打って変わって天井の照明を見ていてた。なぜ、どうしてという感情に頭が支配される。––––それが悪手であるとも知らずに。

 

 

 

「っ‼︎不味い‼︎」

 

 

直感的に身体を横に転がすと、一瞬前まで自分がいた所に拳が撃ち込まれる。撃ち込まれた拳はブロック建築の建材を軽々貫き、ズドンと音を立てる。

 

 

すぐさま身体を起こし大きく飛び上がって後退する。–––––半ば直感で右手で顔を守ると、衝撃。振られた右脚を腕が抑え、ミシミシと音が鳴る。

重機に殴りつけられた様な感覚に右手が悲鳴をあげるが、勤めて無視する。

 

 

「らぁ‼︎」

 

 

このまま連撃に持ち込まれてはたまらない。反射的に左手を胴体に撃ち込む––––が、空を切るのみで終わる。

 

 

「っ、クソッ‼︎」

 

 

またしても直感に似た感覚に従い空を舞う。下を見ると足を振るった状態の衛宮が見える––––––––妙だ、あまりに早すぎる。

生前、体術戦において俺は衛宮に勝った事は無い……けれど、それにしたって様子が可笑しい。素手で建材を砕く事は別段不思議ではないが、速さだけは納得が行かない。

空いた頭蓋に上からナイフを突き立てる––––––が、なんの事もなく避けられる。予備動作のない高速移動、それはまるでビデオの早送りを見ているようだ。

互いに距離を置いている状況。そこで漸く衛宮の顔を見た。

 

 

「––––お前」

 

 

––––––––そこには、泣いている男が立っていた。

 

 

 

 

ーーーーなんでお前がここにいるのか。なんで俺を殺そうとしたのか。色々考えたんだ。

 

 

衛宮の口の端から血が滴り落ち、床に落ちる。

 

 

ーーーーけど、わからなかった。お前がここにいる理由も、俺にナイフを向ける理由も。

 

 

拳を上げ、身体を逸らす。

 

 

ーーーーだから、俺も考える事を辞めた。考えてもわからないんだから、仕方ないだろう?

 

「………俺に聞いてどうすんだよ?」

 

ーーーー…まぁ、そだな。参ったな、まだ混乱してるらしい。

 

 

困った様に頭を掻く。

 

…さっきの不自然な加速、どこか覚えがあった。

ビデオを早送りしているかのような感覚、相手だけ住んでいる時間が違う様な感覚。その力は、このカルデアにも一人該当する人物がいる。

 

––––––妙に似ていると思ったら、まさか関係者とはな。

 

 

ーーーー兎に角、だ。俺もここで死ぬわけには行かないんだ。まだやらなきゃいけない事が山ほどある。

 

「知るか。いつまでも働かれちゃこっちも迷惑なんだ。とっとと休め」

 

ーーーー優しいな、式は。

 

 

 

深く息を吸い、浅く吐く。–––––友人としての会話は、これで終わった。

 

 

 

 

ーーーー俺は、全ての人を救うんだ。それが、あの人の願いなんだから。

 

 

そう言う衛宮は泣きながら笑っている。––––やっぱり、コイツはもうとっくに壊れていたんだ。

なら、やる事は変わらない。

 

 

「知ってるよ。––––けどな、俺はお前を殺したいんだ」

 

 

 

視界に線が走る。ありとあらゆるものを殺す、死の線が。

本当はこの力を使わずに殺したかったが、やむを得ない。本気のコイツを殺すのに、手を抜いている暇はない。

 

 

「終わらせてやるよ、衛宮」

 

ーーーー困るんだよ、終わるのは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

________________________

 

 

 

 

 

 

 

「–––––なんだって?」

 

 

自分でも底冷えする様な声で職員に確認を取る。自分にはこんな声が出せるのかと驚いた程だ。

 

 

「は、はい。現在カルデア第43通路にて、英霊両儀式と仙道調査官が戦闘しているとの報告があり、現在英霊エミヤと藤丸とキリエライトが現場に急行しています」

 

「そうなった経緯は?」

 

「それが、わからないんです。監視カメラの映像によれば、突然両儀式が切りかかっているように見えましたが…」

 

「両儀式が彼に斬りかかった…何故だ?いや、問題はそこじゃないか」

 

 

モニターに映し出された映像には、両儀式と仙道調査官が戦闘している様子が映されている。仙道は魔眼を発動させた状態の彼女に、不自然な緩急をつけて応戦している。

 

 

「信じられません。仙道調査官とは人なんですよね…?」

 

「英霊と正面から戦えているなんて…、信じられない」

 

 

英霊同士の戦闘となんの遜色もない場面に驚きの声が上がる。

 

私達英霊と人間では根本的に構造が異なる。別に骨格が違うと言うわけではない。在り方が違う、と言うべきか。

英霊とは座に刻まれた英雄の魂の複製した存在、言うなれば抑止のために世界に作られた兵器という事ができる。身体も肉体ではなく霊体であるから、生身では肉体の保護の為に発揮できなかった力も発揮する事も容易だ。

これらの要因に加え宝具と言った超常の武器があることから英霊と生身の人間では勝負にならないと言うのが通説である。…もっとも、例外は常に存在するが。

 

 

 

「藤丸君に急ぐように伝えてくれ!近くに止めに入れそうな英霊はいるかい?」

 

「それが、誰一人としていないんです」

 

 

思わず歯噛みする。

 

 

「成る可く調査官に近づかないようにと依頼を出したのが仇になったね…。藤丸君の到着まであとどの位だい⁉︎」

 

「凡そ1分程です、間に合いますかね?」

 

 

英霊同士の戦闘と遜色ないと言ったが、それでも戦況は両儀が優位に進めている。いくら仙道が超人じみた身体能力を持っていたとしても、それは人間の枠組みに当てはめられたもの。英霊として実践経験を多く積んできた両儀の相手には些か以上に劣っている。

 

 

「間に合って貰わないと不味い。どんな傷を負ってもここなら治療出来るけど、死んでしまっては治せない!」

 

 

––––––––直死の魔眼。

 

 

存在するのかすら怪しいとされていた『虹色』の魔眼。目に見える線や点をなぞるだけで対象を「殺す」事のできる、規格外の魔眼。もし切られれば最期、どんな手段を使っても蘇らせる事は叶わない。

 

 

「よりよってなぜ両儀君なんだ⁉︎仙道調査官と接点なんて–––––」

 

 

––––––––もしダヴィンチが「普通」の天才であるならば、ここで気づく事はなかった。

 

(そもそもなんで両儀君と仙道調査官が戦っている?両儀君は好戦的な英霊ではないし、現代にも精通している。調査官を殺害した場合どんなデメリットが起こりえるかを彼女が解らない筈がない)

 

––––––––しかし彼女は「万能の人」。ルネサンス期という多くの鬼才が跋扈する時代の中でこの人ありと謳われた「超常」の鬼才なのだ。

 

 

(では何故彼女が戦っている?不興を買ったから?あり得ない、彼女はその程度で武器を振るわない)

 

彼女は自分の持っている力の本質を理解している、理解しているからこそ安易に魔眼を使用しない。だからこそその力を使っている現状に疑問が出る。

 

(彼女は基本的に多くを語らないがお人好しの部類だ。その彼女が殺意を持つなんて–––––いや、待てよ)

 

どう考えても彼女がここで調査官に殺意を持つ理由が見当たらない。…ならば、生きている頃はどうか。

最近カルデアでは浅上藤乃という彼女の関係者を召喚したばかりだ。それで彼女も自らの知り合いが召喚される事実に気づいた可能性も無視できない。

 

(温厚な彼女がここにきたばかりの知り合いの英霊–––まぁ生身の調査官だが、彼を殺そうとする理由…)

 

過去に因縁がある、というのが1番馴染む仮説だ。その因縁がどういうものかは流石にわからないが、お陰で段々と読めてきた。

 

 

 

 

「––––––––すまないけど、至急調べて欲しい事がある」

 

「えっ⁉︎この状況でですか?」

 

「そうとも。もしかしたら彼の素性を掴む事ができるかもしれない」

 

「わ、わかりました。しかし、一体何を–––?」

 

 

そろそろやられっぱなしも嫌になってきた頃だ。国際連合の最たるブラックボックス、そろそろこじ開けてやろうじゃないか。

 

 

 

「日本に現存している両儀家現当主、『両儀式』の人間関係。特に学生時代の情報だ」

 

 

 

 

 

 

 

_________________________

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「式………さん?」

 

 

 

––––––––そこに辿り着いたときには、何もかも終わった後だった。

 

 

赤ジャケットを羽織り、折られた右手を左手で抑え呆然と立ち尽くす姿はとても痛々しい。

 

「–––––よぉ、早かったな」

 

けれど、なにより心が傷ついた様な顔をしていた。

 

 

「…………………馬鹿な」

 

「…そんな」

 

 

両儀の左手は血に塗れていた––––地面にうつ伏せで倒れ伏している調査官の血によって。

彼を中心に床には歪な円を描く様に血が流れてていて、それが命に関わる出血だという事は一目でわかった。

その様子を見たマシュは口元に手を抑え、エミヤは目を見開いている。普段冷静なエミヤがあからさまに動揺している事が気になったけど、構っている暇はなかった。

 

 

「応急手当てを、急いで!」

 

「は、はい!」

 

「…待ちたまえ、マスター」

 

 

治療に当たろうとする所をエミヤに腕で静止される。

 

 

「なんで⁉︎早くしないと…!」

 

「大丈夫だ、その人(・・・)はその程度は死なない」

 

「えっ?それって、どう言う……」

 

 

言葉は続かなかった。何故なら––––––。

 

 

「––––––––さて、弁明は聞かないぞ。殺人者風情が」

 

 

両手に投影した白黒の短刀–––『干将莫耶』–––を持ち、一瞬で両儀の首元へ突き出したからだ。

 

 

「エ、エミヤさん⁉︎一体何を………!」

 

「やめてエミヤ!今はそれどころじゃ–––––」

 

ーーーーゔ、あ、がぁぁ…。

 

 

血の海でもがく様に息を始める調査官…まさか、あの出血量で生きてるなんて。

 

 

「マシュ、応急手当て!」

 

「はい、先輩!」

 

持参した応急キットから手早く処置に入るマシュ。けれど私は処置には参加しない、二人の様子を見て、場合によっては『令呪』を使う必要があるからだ。

 

 

––––––––令呪

 

英霊達を縛る絶対命令権。通常の聖杯戦争ならば三角しか与えられないそれだが、このフィニス・カルデアでは1日に一角復活する為積極的な使用が推奨されている魔術刻印。その魔力を持ってすれば英霊一人を拘束する程度造作もない––––通常であるならば。

まず前提として、藤丸の正式に契約を結んだ英霊はマシュ・キリエライト只一人である。それ以外の英霊とは本契約でなく、英霊召喚システムファイトを仲介した契約となっている。

その為か、藤丸の持つ令呪の効果範囲は著しく狭く、使用するためには対象の英霊を視認出来なければ使用することが出来ないのだ。

 

 

 

「へぇ、あんたコイツの事知ってるのか」

 

「口を開くな。この状態なら、何をどうしようと首を断てる」

 

 

首元に刃が突きつけられているのに平然と口を開く両儀。けれどその口調はどこか投げやりで、諦めた様な声だった。

 

 

「好きにしろよ……。結局俺は、コイツを殺してやることが出来なかった」

 

「っ……何故、殺そうと?」

 

 

何かを噛みしめる様な仕草のエミヤに対し、両儀は自嘲した様に嗤う。

 

 

「見てられなかったんだよ。ただ、それだけだ」

 

「……そうか。なら––––––––」

 

「ダメだよ、エミヤ。それ以上動かないで」

 

 

首を掻き切ろうとするエミヤに右手を挙げ、刻印を見せつける様に掲げる。…本当はこんな使い方したくないけど、エミヤに仲間を殺させるわけには行かない。

 

 

「しかしなマスター。彼女は人を、しかも来訪者を殺そうとした重罪人だぞ。生かしておく価値など…」

 

「それでも、だよ」

 

 

両儀さんはたしかに人を、来訪者を殺そうとした。それは間違いない。けど、私は両儀さんがなんの理由もなくそんな事をする人とは思えない。

あの集合住宅で私を助けてくれて、その後も人理修復のために尽力してくれたこの人が無意味な人殺しなんてするはずが無い。

 

 

「それに、エミヤもなんだか変だよね。いつもより行動が過激っていうか…」

 

「……そんな事は、ない」

 

「嘘」

 

 

はっきりと断じる。エミヤが何かを言い澱む時は何かを隠している時、それはこの2年間でよくわかっていた。渋い顔色のエミヤに言葉を重ねようと口を開く瞬間–––––––。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーー立華、ちゃ、ん?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その声を聞いた時、頭の中が真っ白になった。

 

(えっ?なんで?どうして?嘘だ、ありえない。そんな訳ない。考えられない)

 

何かが詰まった様な嗄れた声色に拙い発音、決してあの人の声じゃない。頭の中でそう言い聞かせても、身体は正直だった。

恐る恐る、首だけを倒れている調査官に向ける。

 

 

 

「––––––––––––––––ッッ⁉︎⁉︎」

 

 

閉じた右目から滝の様に血を流し、辛うじて空いている左眼も額から流れ出た血で真っ赤に染まっている。紫色の唇の端からも血が流れ出て首元のシャツをより赤く染め上げ、時折吐き出す唾液混じりの血は右胸に突き立てられたナイフの柄を血で濡らしている。

刺されたナイフ以外外傷がないにも関わらず身体中から血を流している姿は、何かの病気の末期症状の様だ。

 

 

 

–––––––––––––あまりに痛々しい姿。けれど、その人が誰なのかを真っ白になった頭は瞬時にはじき出した。

 

「衛……宮、せん、ぱ、い……?」

 

 

あまりにボロボロな姿。けれど、その顔にはかつて慕っていた面影があった。

どうか違っていてほしい、そんな思いで言葉を発する。こんな所で、そんな姿の貴方になんて––––––––。

 

 

ーーーーや、ぁ。奇遇だね、立華ちゃん。

 

 

 

––––––––そんな淡い期待は、いとも簡単に崩れ去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




調査官

心と引き金を完全に切り離せる由緒正しきエミヤ。彼の心を描写するのであれば、血の涙を流しつつ丁寧にナイフを研ぐ殺人者が適当だろう。卓越した体術の持ち主であり、それに付随したおまじないと合わせることで多くの鉄火場を歩いてきた。

fate様式で言うならば固有時間制御を持った言峰奇礼。


両儀式

調査官の理解者の一人にして、とある結末を見届けた人物。彼女にとって調査官の殺害はある種救済の意味合いを兼ねている。

ダヴィンチちゃん

世界で初めて調査官の正体にリーチをかけた天才。ダヴィンチちゃんは可愛くて天才な事がまた証明されてしまった…。


エミヤ

偶々マスターの側に居合わせた為同行した正義の味方。いざ現場に駆けつけてみればかつての憧れが血を流していた為激情、両儀の首に刃を当てる。
調査官が生きてるのを知っていた理由はかつてクランの猛犬に身体をボロボロにされても生きていたから。


藤丸 立華

調査官が来ていた事は知っていたが顔までは知らない上、ダヴィンチちゃんから接触禁止を言い渡されていた。調査官の正体が過去の憧れの人物であり、血に塗れている状態から放心状態。


マシュ・キリエライト

なにが起きているのかさっぱり理解できない可哀想な少女。マシュ可愛いよマシュ。










あーけろん

ライネスちゃんに「我が弟子」って呼ばれたいだけの人生だった…。
※調査官の些細なついては次話以降順次開示していきます。それまでどうかお待ち下さい。





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エミヤの系譜/花の魔術師 Ⅱ

投稿が遅れてしまい、大変申し訳ありませんでしたm(_ _)m


 

 

 

「衛宮……先輩………?」

 

 

–––––血に濡れたボヤける視界で、泣きそうな彼女を見た。

 

 

顔を蒼く染め、色んな感情が煮詰まった様な表情をしていた彼女。–––その顔を一目見た瞬間、頭が真っ白になった。

どんな時も明るく、怒っても全然怖くない、泣くときは大声で泣き、困っている誰かを放って置けない心優しい少女。–––––自身が無造作に捨ててしまった、日常の証明。

彼女がこんな南極にいる訳が無いと理性は否定していても、本能は本物だと告げている。

 

(なんで、彼女が此処に––––?)

 

どうしてここにいるのか、大きくなったね、なんて言いたい事は山程ある–––––なのに、口からは掠れた音がするだけで上手く言葉が発することができない。原因は当然、血を流し過ぎた事だ。

 

呼吸を早めても酸素は肺まで回らないし、血は今も滴り落ちて行く。既に四肢の感覚は無く、頭がいくら命令してもピクリとも動かない。–––そんな状態なのに、俺は彼女に掛ける言葉を必死に探そうとしている。

普段の自分なら幾らでも舌は回る。「言葉」とは自分の武器であり、世界平和を維持する為に必要なものだったから。

–––でも、彼女にはなんて言葉をかけたらいいのか分からなかった。

 

(あぁ、クソッ。眠気が……もう時間が無いか)

 

視界を覆う霞が濃くなり、もう目の前にいた少女の顔をはっきりと見ることすら出来ない。何を話すか、なんて園児でも思いつきそうな物が出てこない–––自分が肝心な時に役に立たないのは、昔から変わっていないらしい。

 

(嗤うしか無いな–––結局、何も伝えずに終わるんだから)

 

既に身体の感覚は無い。後は目を塞ぐだけで、簡単に堕ちる事が出来るが––––––––。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(それで、終わって良い訳が無い)

 

自分の不幸を誰にも傷んで欲しくない、そう思ったから誰にも伝えずここまで来たんだ。それなのに、最期の最期で1番傷んで欲しくない人を目の前に寄越すなんて、神様は余程自分の事が嫌いだと見える。

 

重くなった瞼を無理やり開き、出来る限り酸素を取り込む。大きく息を吸い込むと肺が軋み、想像を絶する激痛が走る。けれど、お陰で一言位話せそうだ。

 

ーーーーや、ぁ。奇遇だ、ね、立華ちゃん。

 

驚愕の表情を浮かべる彼女を最期に瞼が落とされる。自分の意思とは関係なく、意識はそこで完全に途絶え、暗い底へと流れていった––––。

 

 

 

 

 

 

_________________

 

 

 

 

 

–––––––再び目を開くと、鮮やかな色彩が飛び込んで来た。

 

 

 

 

ーーーー…なんだ。また来たのか。

 

「なんだ、とは酷い言い草だね」

 

 

なんの脈絡もなく、なんの繋がりもなく、近代建築の世界から一転、一面花が咲き誇る世界に立っていた。–––最もこれはつい昨日に体験したばかりなので大した驚きはない。

 

 

ーーーーそりゃそうだろ。幾ら綺麗な景色でも、夢だとわかってるなら興醒めだ。

 

「遠慮がなくなってきたねぇ…」

 

 

前回と同様、何も無い所から突如現れた白いローブの自称魔法使いが肩を竦める。相変わらず胡散臭い男だ。

 

 

ーーーー人の心を覗く相手に、遠慮が必要なのか?

 

「僕は必要だと思うけどな」

 

 

今度はこちらが肩を竦める。

 

 

ーーーー価値観の相違だな。こればっかりはどうしようもない。

 

「成る程。そうやって価値観にそぐわない人を切り捨てて行ったんだね」

 

ーーーー………否定できないのが、辛い所だな。

 

 

返す言葉が見つからずに悪態を吐く。

なんて事ない顔をして本質を見抜いてくる目の前の男。–––自分も人の心を読む事が出来たなら、もっと上手く世界を救う事が出来たのだろうか。…いや、考えるだけ無駄か。

 

 

ーーーーそれより、なんで俺はここにいるんだ?

 

「おやおや。そんなにここにいるのが不満かい?」

 

ーーーー不可解なんだよ。それとも、ここは死んだ奴の見る夢なのか?

 

 

 

右胸に突き立っているナイフを見下ろす。傷口から流れる鮮血が色取り取りの花達を赤一色に染め上げている。–––夢の中なのに、すごい再現度だ。

 

 

「–––––覚えてたんだね。てっきり忘れているものとばかり」

 

ーーーー親友に刺されたんだ、忘れるはずがない。

 

 

熱した鉄を差し込まれ、その後身体中を悪寒が駆け巡るようなあの感覚–––それが、致命傷である事は察する事が出来た。

自分は碌な死に方をしない、と常々思っていたが、まさか親友に殺されるとは思っていなかった。

 

 

『––––––ごめんな、衛宮』

 

ーーーーいや、それも言い訳か。

 

胸を貫かれた時の光景が瞼の裏で再現される。

正義の味方になる上で、自分という個は捨てた方が都合が良かった。そんな身の上で今更友人や親友などと、そんなのは都合が良すぎるだろう。–––その点だけ言うなら、最期に彼女に会えたのは僥倖だった。

 

 

「それで、君はこの後どうするんだい?」

 

ーーーーどうするもなにも、俺はここで終わりだろう?

 

 

出血は既に致死に足る量を超えただろう。もう俺という1個人がこの世界には存命していない、そして死んだ人間には何もできない。それがこの世の道理というものだ。

 

 

「さぁ?それはどうだろうね?」

 

ーーーー……首を傾けるな、殺したくなる。

 

「おぉ、怖い怖い」

 

 

ケラケラと笑う魔術師に拳銃を突きつける。…そうだ、どうせ死ぬのなら目の前の粗大塵を道連れにするのが世の為だろう。

 

 

「おっと、私を殺しても自体は解決しないよ?」

 

ーーーーやってみなければわからないだろ?

 

「いやいやいや。君正義の味方だろう?正義の味方はそんなイイ顔で武器を向けたりしないよ?」

 

ーーーーはははっ、面白いことを言うな人間擬き。

 

 

どうせもう死んだ身だ、正義の味方として最期の務めを果たすとしよう。拳銃のセーフティを外し、照準を男の眉間へ––––––。

 

 

「別に、お義父さんのやり方を真似しなくても良いんだよ?」

 

 

–––––––その言葉を理解するまでに数巡。そして言葉の意図を理解した時に浮かんだ感情は、冷たい諦観だった。

 

 

ーーーーやっぱり、知っていたんだな。

 

「当然さ、私は悪い魔法使いだからね」

 

ーーーーははっ、違いない。

 

 

力なく笑い、花の咲き誇る地面にに座り込む。引鉄を引く力など、既に残っていなかった。

 

 

「参考までに聞きたいんだけど、君は、いつ知ったのかな?」

 

 

何を、とは聞かなかった。なんて答えようかと考えたが、隠し事が一切意味が無いことを直ぐに思い出し、自嘲した笑みを浮かべた。

 

 

ーーーー幼少期には薄々感づいていたよ。それが確信に変わったのは国連で働き始めてからだったけどね。

 

 

自分の養父の写真が多くの殺人に関与し、旅客機爆破や船舶の転覆の実行犯の容疑者として上がっていた時の衝撃は途轍もなかった。それこそ、只々呆然する事しか出来ない程に。

 

 

ーーーー詳しく調べてわかったのは、あの人が「正義の味方」として活動していた事だった。

 

 

あの人が殺した人物の殆どは凶悪犯、若しくは思想犯として国連でマークされていた人物であり、彼らの殺人があの人にとっての「正義」であったことは容易に察する事が出来た。

 

––––––出来てしまったんだ。

 

 

「君は、その正義に違和感を覚えなかったんだね」

 

ーーーーそうさ。寧ろその正義を正しいとすら思っていたよ。

 

 

人を殺めて成り立つ正義。著しく倫理観に反したその行為は、自分の目には酷く正しいもののように思え、そしてこうも思った。–––やはり、自分はあの人に育てられたのだと。

 

 

「–––先人として忠告するけど、その正義はとても盲目的なものだ。万人はその思想に賛同しないだろうね」

 

ーーーー知ってるよ、そんな事。

 

 

万人に謳われる正義。それはきっと、こんな悍ましいナニカによってなされる偉業では無いのだろう。

 

 

ーーーーけれど、俺にはそれしか無かった。無かったんだよ。

 

 

掌に載せるべき、救いを享受する事が出来る人は限られている。どうやっても救えない人がいるのであれば、せめて救われる人の数を増やすのが最善だ。–––俺と切嗣の正義は、そこに集約されているのだから。

––––––結局の所、自分は正義の味方にはなれなかった。出来損ないの舞台装置だったと言う事だ。

 

 

「––––多くの人を救って、その先に得たものはあったかい?」

 

 

どこか語りかけるような口調の魔術師に被りを振る。

 

 

ーーーーないさ。救済するだけの機械が、なにかを得るのもおかしな話だろう?

 

 

そうして自重した風に笑みを浮かべる。すると、魔術師の男が杖を振るう。

 

 

「そんな事はないとも。救うためだけの人物も、なにかを得て良いはずさ」

 

 

前と同じように花弁が空を舞い、自分を包んでいく。

 

 

「–––君は知るべきだ。自らが成し遂げだ偉業を。自らが救ってきた命の重みを」

 

 

色とりどりの花弁は徐々に視界を遮り、魔術師の男が視界から消える。

 

 

「それを知った時、初めて君は救済の意味を知るだろうさ」

 

 

その言葉と共に瞼が自然と閉じていき、視界が黒に染まる。

 

 

「君が正しい目を再び持ち、答えを得る事を心から願っているよ」

 

 

彼のその言葉を最後に、自分の意識は再び闇に堕ちていった–––––。

 

 

 

 

 

 

 

______________________

 

 

 

 

 

「–––––容体はどうかな」

 

奥に配置された病室の戸を叩き、中へ入る。病室の中央に置かれたベッドにはひとりの男性–––仙道調査官が瞳を閉じて眠っている。

 

「ダヴィンチちゃん。両儀さんは?」

 

 

その傍に寄り添い、手を握り続ける少女–––藤丸立華君が席を立つ。

 

 

「部屋に軟禁しているよ。天草君とジャンヌ君がいるから万が一も大丈夫さ」

「そっか…」

 

彼を襲った両儀式は現在カルデアに在籍している裁定者達によって拘束状態にある。側には暗殺者の英霊も何人か配置しているため、何かしようものなら即座に対応できる状況を整えている。

そんな状態にいる両儀をどこか心配そうな彼女に微笑む。–––もっとも、これから話す内容は明るいものではなく、寧ろ暗いものなのだが。

 

 

「さて、色々と話す事はあるけれど…まずは、彼の本当の名前がわかったよ。高校時代の友人に話を聞くことが出来たからね」

「それは…」

「まぁといっても、立華君は既に知っていたらしいけどね」

 

 

どこか物言いたげな表情で黙する彼女に苦笑いを浮かべる。––––まさか彼女と国連の調査官が関係者だなんて、それこそカルデアスでも予測できなかっただろう。

 

 

「彼の本名は『衛宮 彰』。名前から解る通り日本出身だったよ」

「やっぱり、先輩なんですね」

 

 

自分の知り合いだった事を再認識したのか、目を伏せる。–––しかし、この話はこれでは終わらないのだ。

彼女と向き直り、はっきりと口にする。

 

 

「立華君、君にはこれから話す事実を、人類最後のマスターとして聞く権利がある」

「それは、どういう…」

「ただ、彼の一知り合いとして、友人としての君はこの話を聞くべきではないとは思う。あくまで自分の主観だけどね」

 

 

–––これから話す話は、目の前の彼女の様子を見るに少し残酷だとは思う。だからこそ確認したかったのだ、本当にこの話を聞きたいのかを。

 

 

「…ダヴィンチちゃんがそう言うってことは、結構重い話なんですね」

「うーん、そうだね。彼自身が相当に重たい存在だから」

「そっか…」

 

瞳を閉じて思考に耽る彼女。–––しかし、その答えは直ぐに出てきた。

 

「聞きたいです、私」

「…君ならそう言うと思っていたよ」

 

透き通るような瞳でそう言う彼女を見て、懐から情報端末を取り出す。–––彼女は覚悟を示したのだから、嘘を吐くことは許されない。

 

「まず衛宮 彰という人物だが、日本国籍のデータベースにそんな名前は一人も存在していなかった」

「存在、していなかった…?」

 

訝しげな彼女に「うん」とうなづくと言葉を続ける。

 

「諜報員を使って日本の個人情報を調べ、戸籍情報も全て網羅した––––にも関わらず、彼の名前は一件も発見できなかった」

「それって、先輩は透明人間ってことですか…?」

「いや、違うよ」

 

可愛らしい言葉を零す彼女に微笑む。その様子に見たのか、軽く頰を膨らませてむくれる。

 

「じゃあどういう事ですか?」

「簡単な事さ。–––消されたんだよ、データベースからね」

「消された?戸籍をですか?」

「あぁ。紙媒体の戸籍謄本すら残っていなかったよ」

「それって、どういう––––」

「詳しい事はわからない。ただ、衛宮彰という人物が消されたことだけが事実だよ」

 

–––一個人の存在を抹消できる機関なんて限られている。もっとも、何処の誰が彼の戸籍を消した事については見当がついているのだが。

 

「–––君の知っている衛宮彰という存在は、世界から消えてしまっているんだよ」

「それじゃあ、ここにいる先輩は……」

 

顔を白くして言葉に詰まる彼女––––その言葉の先を告げる。

 

「誰も彼を衛宮彰だとは証明できない–––彼は名無しなんだよ」

 

 

 

 

 

 


















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