殺戮のオルガ (オルガスキー)
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殺戮のオルガ 第1話

この小説を読む時は、本家動画と比較しながら読むか本家動画を見てから読むことを強く推奨します。


――――怖い目に、あったみたいだね。レイチェル。

 

……誰?

 

――――僕は、ダニー。君のカウンセリングの先生だよ。

 

朧気になってて……顔がわからない。

 

――――何があったのか、話してくれるかな?

 

見えないのなら……目を、閉じよう。

 

 

 

 

 

「んっ……んんー……っ!はっ……おお、やっと目ェ覚ましたか。」

 

「……ここは?」

 

「よくわかんねぇ」

 

少女が目を覚ました時、そこには一人の少年と、一人の大男がいた。

一人の少年は部屋の隅で座っており、眠っているようだった。もう一人の男は、先程起きたとでも言わんばかりに準備体操のようなものを行っていた。

少女はその光景を理解できず、座っていた硬い椅子から立って窓を見る。そこには大きな青い月が写っていた。

 

「青くて綺麗な月。でも……偽物みたいな、青い月……」

 

「は?月……月……?あっ、ミカお前……」

 

「?」

 

「何やってんだミカああああああああああああああああああああっ!」

 

「うるさいな……何?」

 

「すみませんでした」

 

大男は少女と少し話した後、突然座っている少年の名を大声で呼んで叫びだす。

直後に少年は飛び起きて、寝起きとは思えないほどの速度で動き出して大男の胸倉を掴んで睨みだし、大男は謝罪した。

 

(私は病院に来ていた。でも……ここじゃない。)

 

「オルガ、ここどこ?」

 

「正気か?俺らの家―

じゃねえな……ワリぃ。」

 

オルガと呼ばれた大男はミカと呼ばれた少年に自分たちのいる場所を尋ねられたが答えられなかった。

自分たちの住んでいる家でもなく、全く知らない場所。

少女はそんな男二人のやり取りを気にせず、壁に刻んであった文字を見つけて、読んだ。

 

「君は、いったい誰で、何者か……」

 

「俺は、鉄華団団長、オルガ・イツカだぞ……」

 

「自身で確かめてみるべきである。」

 

「よくわかんねぇ」

 

「本来の姿か、望む姿か。天使か、生贄か……」

 

「やっぱりよくわかんねぇ……」

 

「己を知れば、門は開かれる……」

 

少女は壁に刻んであった文字を読みながら歩き、部屋のドアノブを回し、開けて部屋に入ろうとする。

直後、その部屋にあった黒い車のようなハリボテから黒いスーツを着て、サブマシンガンを構えた男たちが出てきた。

 

「っ!?」

 

少女は声を発する間もなく、その男たちの銃弾を浴びる……と思った直後、オルガが少女に覆いかぶさって弾丸の雨から少女を守った。

 

「ぐぅっ……うううおおおおおあああああああっ!」

 

オルガは胸ポケットから拳銃を取り出し、サブマシンガンを乱射する男たちに向けて三発発砲した。

その二発は二人の額と胸に当たり、オルガの後ろに立っていた、ミカと呼ばれた少年も拳銃を抜いて残った一人の額を撃ち抜いた。

 

「あ……」

 

「なんて声、出してやがる……お嬢さん。

人を守んのは……俺の仕事だ。俺は止まんねえからよ、お前らが止まんねえ限り……その先に俺はいるぞ!」

 

オルガはそう言って少女から数歩離れて、そのまま倒れた。

血だまりを作り、血まみれのまま左手の人差し指を机の方に向けて指さす。

 

「机……?」

 

少女は小さく声を漏らし、そのまま机の方を見た。

その机にはタイプライターがおいてあり、自動で文字が書かれていった。

 

『君の名は?』

 

「……レイチェル・ガ」

 

「俺は、鉄華団団長……オルガ・イツカだぞ……へっ。驚いたか?お嬢さ」

 

「あるべき姿は、こんな姿じゃない……」

 

「ああ?」

 

少女は思い切り振りかぶり、銃弾を受けながら立ち上がったオルガに対して右フックを容赦なく食らわせる。

オルガはその勢いで倒れた。何故かうつ伏せに倒れ、また左手の人差し指を正面に向けながら。

 

「だからよ……簡単に人を殺すんじゃねえぞ……」

 

そう言葉を残し、オルガは血を大量に流しながら絶命した。

 

「これでもう大丈夫……」

 

身を挺して庇ってくれた相手に対して容赦もなく殺しておきながら、少女はそう言ってタイプライターを見る。

自動で刻まれ続けるタイプライターからの質問に応答し、自分の願いを告げる。

 

「……」

 

タイプライターが文字を刻むのをやめた直後、ピッ、と音が聞こえて少女は振り返る。

先程まで赤く光って鍵のかかっていたドアが、緑の光へと変わって鍵が開き、その奥にある多重の扉も開き始めていた。

それと同時に、先程絶命したはずのオルガが何の異常もなし、と言う顔で立っていた。

 

「何、心配いらねえさ。団長としての俺の仕事だ……お前を、俺が外に連れてってやるよ!」

 

少女はオルガのその言葉を聞き流しながら完全に開いた扉を見た。

扉の奥にあったのは、エレベーター。少女とオルガ、そして先程から全く喋っていない少年がエレベーターに乗り込む。

B7と書かれていた階から、B6と言う階に上がった三人はエレベーターの扉が開くのを見てからエレベーターから出る。

 

『ここから先は、プレイエリアです』

 

その階にあるスピーカーから流れる機会音声から告げられた言葉。

 

「プレイエリア……?」

 

「えっ……いや、俺は別にお嬢さんみたいな子が趣味なワケじゃ―」

 

「変態」

 

「ぶっ!ぐ……あぁっ……」

 

少女の右フックがまた決まり、オルガは先ほどのようにまた倒れ、絶命する。

うつ伏せで、左手の人差し指を正面に向けながら。そして何故なのか、右フックで顔面を殴られただけなのに胸元や背中などからも大量の血を流していた。

この状態を彼は希望の華を咲かせる、と呼んでいた。

 

「ここ、本当に建物の中?」

 

「俺にいい考えがある。ただ……進み続けるだけでいい。」

 

「?」

 

少女が首をかしげたところに、オルガは全力疾走。それを見て少女も感化されたのか走り出す。

少女がオルガを必死に追いかけていると……オルガは滑って転び、頭を打ち付けて大量の血を流していた。

 

「だからよ……血だまりがあったら掃除……忘れんじゃねえぞ……」

 

「血?」

 

オルガの注意喚起のような言葉にまた首をかしげる少女。

 

「さてと……行くぞ、お嬢さ」

 

「小鳥?」

 

オルガの言葉をまた無視して窓のようなところで鳴いている小鳥を見つける少女。

 

「悪いけど急いでんだ、先に進まぶっ……ぐ……ああ……」

 

今度は無言でオルガにまた容赦なく右フックをくらわせ、希望の華を咲かせるハメになったオルガ。

 

「すみませんでした……」

 

すっかり少女に怯えてオルガは少女に謝罪するも、少女はそれを聞くが何も言わず小鳥の方へ歩み寄った。

 

「ダメだよこんなところにいちゃ、危ないよ。さぁ、こっちへ。

ここから一緒に出よう、ね?」

 

少女が左手を差し伸べて小鳥を乗せようとすると、突然巨大なものが小鳥をたたき斬った。

小鳥のすぐ近くに立っていたオルガも巻き込まれてまた希望の華を咲かせた。

次の瞬間、赤いズボンを履いた鼠色のパーカーを着て、包帯だらけの顔をして、死神のような大鎌を持った男が小鳥とオルガから流れる血をダンッ、と踏んだ。

 

「ヒャーーーハハハハハハッ!」

 

その男は高笑いしながら指を三本立て、ニヤけながら少女たちを見て言い放つ。

 

「三秒だけ待ってやる……だからさぁ……逃げてみろよ!

さぁぁぁ~ん……」

 

「逃げろ!お嬢さん!」

 

目の前の男に恐怖して動けなくなっていた少女は、オルガの言葉で気づいて慌てて走り出した。

 

「にぃぃぃぃぃ~……」

 

男が更にカウントを始めたところで、ミカと呼ばれた少年はオルガと共に拳銃を抜いて男へ向ける。

 

「いぃぃぃぃちぃぃぃ~……」

 

「ミカぁ!合わせろ!」

 

男の数えているカウントが1になったところで、二人は発砲した。

僅か1mの距離で。常人ならば逃れられず、そのまま弾丸が直撃するはずだった。

しかし、その男は常人ではなかった。

 

「0ッ!」

 

カウントを終えると同時に二人の放った弾丸を避け、尚も発砲を続ける二人を縫うようにして避ける。

ついで感覚でオルガを鎌で斬りながら。

 

「オルガッ!」

 

「あーっひゃひゃひゃひゃひゃ!あーっはははははははっ!」

 

希望の華を咲かせながらでも発砲をやめない二人だが、それはその男に当たることはなかった。

少女はただ走るだけでは逃げ切れないと悟り、ドアを開けて部屋の中に入る。

 

(捕まったら……殺される!)

 

鎌を持った男はそこで少女たちを見失い、同時に少年とはぐれてしまった。

オルガと少女は小鳥が殺された場所に走り出し、無事についたがその時にはもう小鳥は動いていなかった。

 

「あの小鳥は……もう……」

 

「まぁ、あの攻撃で生きてるわけがねェ……すまなかったな、お嬢さん。」

 

「違う。」

 

「はぁ?」

 

「違う……こんなのじゃなかった……こんな、可哀想じゃない……」

 

少女は小鳥の近くに落ちていた木材を拾い上げ―

 

 

 

「これでもう大丈夫。」

 

「俺じゃねえか……」

 

少女は一人で逝く小鳥が寂しそう、と言う理由でオルガを撲殺してそのまま小鳥の上に乗せていた。

オルガはその行為にツッコミを入れながら立ち上がり、少女と共に上へあがるエレベーターに向かおうとした。

 

「この先にエレベーターがあるのかな……」

 

「ヒャーーーハハハハハハッ!」

 

「!」

 

「これは……」

 

「やっと見つけたぜぇ~ッ……」

 

「待ってくれっ!」

 

「今度は一秒も、待ってやらねえよ!」

 

「待てって言ってるだろうが!」

 

鎌を振り上げて飛びあがった男に、オルガは立ち向かったが、男が振るった鎌にオルガの体はなすすべもなく貫かれ、血を流してまた倒れた。

 

「守んのは俺の仕事だ……」

 

「お前らが止まんねえ限り、その先に俺はいるぞ!」

 

オルガはまた希望の華を咲かせ、大の男がここまで一瞬でやられる相手の戦闘力。

それを見た少女は恐怖でまた足がすくんで動けなくなっていた……

 

(今度は……私も……)

 

死を悟った少女はそう感じ、目を瞑るが、男の鎌は振るわれることはなかった。男は異変を感じ取ったかのように後ろを振り向く。

オルガはその場で立ち上がり、平然としていた。

 

「さてと……腹割っていこうじゃねえか大将!

逃げるなんて選択肢はねェぞ、ハナっからな。

 

うおおおおおおあああああああっ!!」

 

オルガはまた拳銃を構えて男に向けて発砲して行動を制限する。その隙に少女も逃げ出し、エレベーターに飛び乗る。

しかしそれでも重心すらブレない男は銃弾を気にせずに走り続け、エレベーターが閉じるのを待っている少女を追いつめる。

 

「早く、早くっ!」

 

「ヒャーーーハハハハハハッ!アハハハハハァッ!ヘヘヘヘヘッ!」

 

明らかに人間のする笑い方とは違う狂気的な笑い声を出しながら男は少女との距離を詰めていく。

 

「うううおおおおおあああああああっ!」

 

オルガは男を狙うことをやめ、少女の乗ったエレベーターに向けて一発発砲。

その弾丸はエレベーターのボタンに当たり、エレベーターは閉まって男の鎌による一撃をいとも簡単に受け止めて、扉は完全に閉まった。

 

「なんだよ……結構当たんじゃねえか。」

 

オルガはそう呟いた。それを聞いた男はまた狂気の笑みを浮かべる。

そしてオルガに近づき、鎌を振り上げ―

 

「あぁ?お前状況わかってそれやろうとしてんのか?俺は落とし前をつけに来た。」

 

オルガは後ろから歩いてくる少年に目配せをしながら、左手を差し出した。

 

「頼むぜ、ミカ。」

 

ミカと呼ばれた少年はその手を払いのけて

 

「やだ。」

 

「えっ……た、頼むぜミカぁ!」

 

「……」

 

ミカと呼ばれた少年はオルガの言葉を完全に無視してポケットから取り出した菓子を食べた。

その姿に呆れた男はオルガに憐みの目を向ける。

 

「何やってんだミカああああああああああああああ!」

 

叫びだしたオルガに男は飛び掛かり、鎌で直接オルガを殴り飛ばす。

オルガはまた、そのまま倒れて希望の華を咲かせたのだった。

 

「だからよ……ここぞって時は無視するんじゃねえぞ……」



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殺戮のオルガ 第2話

エレベーター内で座り込んでいた少女はB6と書かれていた階から、B5と言う階に上がったのを確認して立ち上がる。

 

先程まで自分を庇ってくれた大男(オルガ)少年(ミカ)もいない。

たった一人でこの先を探索しなければならないと言うことに一抹の不安を覚える少女だが━━。

 

(でも、オルガは止まるなって言ってた……止まらなければ脱出できる。)

 

少女は自分に言い聞かせるように頭の中でオルガの言葉を復唱し、歩みだす……

しかし、少女はやはり、まだ(よわい)13歳である。オルガの言葉を思い出そうともそれは完全にあの恐怖を打ち消したわけではない。

たった今来たこのフロアB5にもフロアB6にいたような人を殺すのに快楽を感じるような者がいるのだろうか。

それともまた、フロアB6にいたあの男が追い付いてくるのだろうか。エレベーター以外の光を感じないその不気味な暗さに少女はまた恐怖する。

 

(何か来る……何か……)

 

そんな恐怖に駆られる中、少女は暗闇の中から何かが歩いてくることを感じ取り、走り出す。

ただ逃げるだけではない。探索するために。いずれ脱出するために。そして、未来を勝ち取るために。

 

しかし、恐怖でちゃんと走れず、フラついている少女の腕は後ろから来ていた何者かにあっさりと掴まれてしまった。

 

「ふわっ!?」

 

「はぁ……はぁ……レイチェル、怖い思いをさせて……すまなかったね。

大丈夫、怖がることはないさ。君のカウンセリングをしていた……ダニー先生だよ。」

 

腕を掴まれたことで驚いて声をあげる少女……

だが、腕を掴んだ相手が自分と何かしら関わりのある人間だと言うことが分かり、高鳴っていた少女の心臓は落ち着きだす。

 

「覚えてないのかい?」

 

「……?」

 

「そうか、確かに僕は……君の先生だよ。」

 

「先生?」

 

少女の問いに頷き、笑顔を見せて少女を落ち着かせようとするダニー。

その笑顔は確かに人を安心させるものではあったが、同時にどこか胡散臭いものでもあった。

女性に向ければ歓喜されるような笑顔だが、男に向ければ疑心暗鬼になるような、作り物の笑顔のようだった。

 

「うん。」

 

「あの、私……追いかけられたの。」

 

「恐らく君を追いかけていたのは、殺人鬼……いや、()()()()()()()。」

 

「先生!早く逃げないと……」

 

「大丈夫……()()()()()()()を信じて。」

 

「……」

 

少女は何かを言いたげにしていたが、口に出してはいけないと判断したのか頷く。

少し不審な点があったとしても、それを本人にぶつけたところでどうにもならないし、彼は現状、唯一頼れる人間なのだ。

むしろここで疑う姿勢を見せてお互いに信じあえなくなってしまえば、生存の確率はとても下がってしまう。

 

「レイチェル、二人で出口を探そう。」

 

 

 

二人が出口を探そうとしていたその頃……

B6では、オルガと鎌を持った男━━ダニーがギャラルホルンと呼んだ殺人鬼の追いかけ合いが続いていた。

 

「ヒャーーーハハハハハハッ!殺しても蘇るとか尚更ぶっ殺しがいがあるじゃねえか!」

 

「へっ……今だミ、ぐうっ!」

 

「だからよ……あんま無視するんじゃねえぞ……」

 

「はぁ……これで殺されんの何回目だ、俺……」

 

「いちいち数えちゃねえよ。ってか、なんか段々飽きてきたな。

同じ奴何度もぶっ殺すなんて初めてだからか?」

 

男はオルガを殺し続けることにすっかり飽きており、先程まで嬉々として鎌を振るっていたのがまるで嘘のように大人しくなった。

オルガとミカと呼ばれた少年はもう男に対して発砲する構えすら取っておらず、もう銃を撃つだけ弾が無駄になると判断したようだった。

 

「ところでさ、アンタはさっき取り逃した女の子はどうすんの?」

 

「ああ?そりゃまぁ殺してえけどよ、外出られねんだから無理だろ。」

 

「おいおい、俺たちはさっきお嬢さんがエレベーターを開ける方法を見てたんだぜ?

そこでだ、大将。俺にいい考えがある。」

 

「あぁ~ん?」

 

「何?」

 

オルガの”いい考え”を聞かされた二人。それを聞いて三人は手を取り合った。

ニッ、と口角を釣り上げて。

 

 

 

B6で起こった出来事を知る由もない少女とダニーは、まるで病院のようなこのフロアB5を探索していた。

壁に刻まれた文字を、少女はB7の時のように読み始める。

 

「自分の望みを知っているか」

 

「僕なら……綺麗な()()()が欲しいなぁ……

君のような()()()が僕のだったら、それはそれは素敵だろうねぇ……」

 

先程から何を口にしているか全く理解できない少女は、ただただ口をポカン、と開けることしか出来なかった。

そんなダニーを見続けることに若干の恐怖を覚えた少女は、目を逸らした。

逸らした目線の先にあった物は、とても拙い文字が壁に書かれていただけだった。

しかしそれは、ペンなどの黒ではなく赤黒い文字だった。ダイイングメッセージのように、恐れながら書いたような文字。

少女はそれを読もうとした時、ダニーに強く右手を掴まれた。

 

「せん……せい?」

 

「私は今機嫌が悪くてね……少々八つ当たりに付き合ってもらおう。」

 

「え?」

 

少女が声を発した途端、ダニーは素早い動きで少女を羽交い絞めにして引きずり出した。

まるで被っていた仮面を脱いだかのように、化けの皮を破ったかのような本性を露わにしたダニーは狂気的な笑みを浮かべていた。

先程までの笑顔が嘘のように。

 

「いやぁっ!離してっ!」

 

少女は足をじたばたさせながらそう叫ぶも、ダニーと少女以外いないこのフロアB5では叫びも意味を為さなかった。

ダニーは少女を引きずってどこかの部屋を開け、ベッドのようなものに少女を寝かせ、手枷をはめて手の自由を奪った。

 

「さらばだ、レイチェル……」

 

「いやだ!離して!お父さんとお母さんに会わせて!」

 

少女は手が使えなくとも暴れてダニーをどけようとする。

しかし、たかが13歳の一般的な少女が少し暴れた程度で、大人の男をどかせるわけがなかった。

 

「フフ……レイチェル、忘れちゃったんだね。

君のお父さんとお母さんは……()()で待っているよ。

会いたいのなら、いつでも会わせてあげるよ。」

 

ダニーのその言葉を聞いた途端、少女は何かを思い出し、動くことをやめた。

父と母が地獄にいる、その言葉の意味を理解できない程少女の頭は悪くはなかった。

地獄とは死後に罪人が落ちてしまう場所。少女は聖書でそれを知った。そこに父と母がいる。なぜ、父と母はそこにいるのか。その理由について思い出し…………少女は絶望した。

そして自分がそこにいる父と母に会えるということは、どのようなことなのかを理解してしまった。

生に縋り付こうと必死に暴れていた少女も、もう体の力を抜いて寝かされていた場所へ体重を預けた。

 

「いい目を……してるね、レイチェ―」

 

「何やってんだあああああああああああああああああああああああああああああああッ!」

 

部屋全体は愚か、フロアB5全体に響き渡るような大きな声。

それは少女も聞いたことのある声だった。意味の分からない言葉を言いながらも、命を賭して少女の命を守った男の声。

オルガ・イツカ。彼はキッ、とした目でダニーを睨んでおり、胸ポケットから拳銃を取り出そうとしたところに。

 

「え」

 

オルガが拳銃を取り出す前にダニーは撃たれた。

幼き少女を拘束しているその姿を見て耐え切れなかったのか、ミカと呼ばれた少年は拳銃を抜いて既に発砲していた。

表情一つ変えずに背中を的確に撃ったミカは豚を見るかのような目でダニーを見ていた。

 

「……あんた、マクギリスか?」

 

「当たり前じゃん」

 

ダニーの声を聞いていたオルガはダニーに問いかけた。

知り合いであったのか、ミカと呼ばれた少年はオルガの問いかけが正解であることを伝える。

 

「フハハハ……今ので気づくとは、凄まじいな。その感覚。

会えて嬉しいよ、オルガ団長。そして、三日月・オーガス……」

 

「お前……消えろよ」

 

ミカと呼ばれた少年は殺意を剥き出しにしてダニーを睨んだ。

ダニーはそんな彼を見て、耐え切れなかったように噴き出した。

 

「フ……フ……ハッハッハハハハハ!

フン、バエルを持つ私に逆らうか?」

 

「ああ?お前状況わかってんのか?その台詞を言えるのは、お前か俺か……どっちだ。

立ち塞がる敵は全部ぶっ潰す……やっちまえぇっ!ミカァ!」

 

「オルガが決めたことなら━━遠慮なくやるよ」

 

ミカと呼ばれた少年は再び拳銃を構えた。今度こそ敵を確実に撃ち抜いて殺すために。

 

「殊勝な心掛けだな……その安い挑発、買わせてもらおう!」

 

ダニーは挑発するかのように背中を向けてから自身の体を海老反りにした。

胸と顔を無防備にさらけ出し、どちらが挑発しているのかわからないような図になった時。

 

「かぁっ……お……ま……えぇぇぇぁぁぁ……」

 

黒い鎌がダニーの胸元に刺さり、大量の血を吹き出して部屋を血で染めた時。

オルガもミカも、それを見て驚いていた。

 

「ヒャーーーハハハハハハッ!おいおいおいおいダニーさんよぉ!あんまり嬉しそうな顔してたもんだから、我慢出来ずに斬っちまったじゃねえか!」

 

B6にいた鎌を持った男はダニーの腕を踏みつけて高笑いし、叫んだ。

 

「ハハッ、追いかけてきたらとんでもねえことになっちまったなぁ。」

 

「う~ん、多分。」

 

「多分ってお前な……」

 

男はオルガとミカと呼ばれた少年が話しているところに、鎌を少女の首にあてがった。

そのまま鎌を引こうとした時、鐘の音が鳴った。

 

『フロアB6の者が、フロアB5の者を攻撃しました。

それによって、裏切り者は生贄となりました。』

 

「ああぁん?冗談じゃねえな……クッソ、逃げるか。」

 

男は少女たちから興味を失ったかのようにズカズカと歩いて部屋を出て行った。

その男が少し歩いてから、ガラスの割れるような音が鳴り響いた。

 

「オルガ、次は俺どうすればいい?」

 

「そうやってお前は……」

 

「え?」

 

「いや、サンキューな。」

 

二人が次にどうするか、信頼していたようなやり取りをしていた時に。

少女は口を開けて、言葉を発した。

 

「そうだ……」

 

「どしたぁ?っと、手の奴外さねえとなっと……」

 

二人が少女の手枷をガチャガチャといじって外す。

ミカと呼ばれた少年の方は完全に腕力で引きちぎっていた。

 

「私は……」

 

「カッコいいオルガ・イツカじゃなきゃいけねえか?」

 

「違う」

 

「火星の王なオルガ・イツカか?」

 

「違う」

 

「……やっぱり、カッコいいオルガ・イツカじゃなきゃいけねえって言って」

 

オルガが悪ノリしたかのように少女に話しかけ続けていると、少女は急速に起き上がってオルガの胸倉を掴んだ。

そこから洗練されたような右フックがまた放たれ、オルガを殴りつけた。

オルガはそのまま倒れ、希望の華を咲かせた。

 

「だからよ……無事なら黙るんじゃねえぞ……」

 

「オルガ、頭大丈夫?」

 

そんなやり取りをしているオルガとミカと呼ばれた少年の事を放置して歩き出した少女。

少し部屋にとどまってゴソゴソと何かをして、恐らくあの男が割ったであろう強化ガラスの壁を跨いだ。

 

「クッソ、開かねえじゃねえか……どうすりゃいいんだ?ったく……」

 

鎌を持った男はドカドカドカドカとエレベーターの扉を蹴り続けていた。

やがて蹴るのをやめた男は頭を悩ませていた時、後ろから少女……だけでなくオルガとミカがやって来ることにも気づいて振り返った。

 

「ん?何だよ。なんか用あんのか」

 

「あのね……」

 

「あぁ?」

 

「お願い、私を……殺して

 

願うようにして手を組み、そう言う少女の目は青く輝いていた先ほどの光を失っていた。

 

その少女の言葉を聞いて、三人が固まったかと思ったとき。

 

「はい」

 

オルガが承諾してしまった。



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殺戮のオルガ 第3話

「私を殺して」

 

光を失くした青い瞳で少女は男三人を見ながら、静かにそう言った。願うように、祈るように手を組みながら。

 

この三人は少女を楽に葬り去ることが出来る力を持っている。それに加えてオルガは先ほどまでの出来事を思い出していた。

少女といて何があったか。自己紹介をしようとして殴り殺され、重い空気を和ませようとしたら殴り殺され、意味もなく殴り殺された。

 

「やっちまえぇっ!ミカぁぁぁっ!」

 

普通、いくら蘇ると言われても何度も殺されれば許せるはずもない。オルガは叫び、少女を殺すようミカに命じた。

しかし命じられたミカと呼ばれた少年はポケットから取り出した火星ヤシをもぐもぐと食べているだけだった。

 

「……は?ミカお前……

何やってんだミカあああああっ!

ピギュッ離しやがれ!」

 

「うるさいな……」

 

「待ってくれっ!」

 

火星ヤシを食べるだけで何も言うことを聞こうとしないミカと呼ばれた少年にオルガは怒りだすが、ミカはそんなオルガの襟を掴む。

しかし、オルガもそれで黙ってるはずもない。収まりがつかないのかミカと呼ばれた少年を思いっきり、突き飛ばす。

流石にミカと呼ばれた少年もそのオルガの行為に怒りを覚え、拳銃を取り出して、逃げようとするオルガの背中に向けて三発発砲。

 

「ぐうっ!

勘弁してくれよミカ……」

 

「まぁ、いいか。」

 

こうしてオルガは、また希望の華を咲かせたのだった。

 

「オルガは不死身だし、死んでいいやつだから。」

 

「だからよ……虫感覚で人を殺すんじゃねえぞ……」

 

それを黙ってみていた殺人鬼の男。

彼は彼でまた、少女の発言と表情を頭の中で何度もリピートしていた。

 

「うっ、ううう……ううおええええっ!

うおえっ、ゲホッゲホッ!うえええ……」

 

そして、男は通路の隅っこに思いっきり嘔吐した。

 

「……気持ちワリいこと言ってんじゃねえ、テメェみてえな頭おかしい奴に、構ってる時間はねえんだ!

んなこと言ってる暇あるんだったら、これをどうにかしろ!」

 

「同感だ、正直お嬢さんは正気とは思えねピギュッ」

 

「オルガさ……言ってたよね……連れて行ってやるって……」

 

「すみませんでした」

 

「……扉を開けたら、殺してくれるの?」

 

殺人鬼の男は鎌を少女に向けるが、少女は鎌に向かって歩き喉元を差し出す。

 

「……さっき言ったとおりだ、アンタの要求は飲めない。」

 

オルガがキッパリと断ると、少女は意外そうな顔をしながら二歩後ろに下がった。

 

「わかった。」

 

「は?」

 

「何だアイツ……」

 

「同かピギュッ」

 

少女は三人の男の前から消えるようにフラフラと歩きだし、先程自分が拘束されていた部屋へと戻った。

自分が寝かされていたベッドのようなところは手術台。そして、目の前に転がっているダニーの死体をまさぐる少女。

ポケットの中から小さな鍵を見つけ、少女はそれを持って部屋を出て、また歩き出した。

 

「フン、フン、フン……」

 

殺人鬼の男はガンガンガンとまたエレベーターの扉を蹴り続けていた。

オルガもそれに便乗したかのようにガンッ、と大きくエレベーターに蹴りを入れた。

しかし蹴り方が悪かったのか、オルガの足の甲は砕け、痛みでオルガはまた希望の華を咲かせた。

 

「だからよ……迂闊に鉄の扉蹴るんじゃねえぞ……」

 

オルガが希望の華を咲かせた矢先に、エレベーターの扉が開いた。

 

「オルガ、疲れてんの?」

 

「どうってことねえよ。」

 

ミカと呼ばれた少年は倒れているオルガの手を引っ張って立ち上がらせ、殺人鬼の男はエレベーターの扉が開いたことに首をかしげながら振り向く。

そこには少女が立っており、殺人鬼の男を見つめていた。

 

「テメェが動かしたのか?」

 

「先生のポケットの中にあった鍵を使ってエレベーターのスイッチを入れてきた」

 

「ハッハァ!そうかぁ……お前頭いいんだな。」

 

「えっ、いやぁ……俺は別に……」

 

「テメーには言ってねえよ前髪凶器」

 

「なんだよ……」

 

「当たり前じゃん」

 

「ひでえじゃねえか……」

 

二人の言葉がグサリグサリと刺さり、オルガは希望の華を咲かせかけた。

 

「俺、馬鹿なんだよ……だからよぉ……ここから出る手助けをしてくれよ。」

 

殺人鬼の男は少女に歩み寄り、鎌を少女の後ろに回して刃が少女の背中に当たる直前で止めた。

 

「そしたら、お前を殺してやるよ」

 

「わかった」

 

「ああわかったよ!連れてってやるよ!一人も二人も変わんねえ!お前らまとめて外に連れてってやるよ!」

 

「はしゃぐんじゃねえぞ、幸せそうなやつとか、嬉しそうなやつとかよつい殺s……」

 

「オルガ大丈夫?ってオルガ!」

 

「ここ出たら……今日はとことん飲み行くぞーっ!」

 

オルガが空気を読まずに大声を出し、殺人鬼の男の台詞を思いっきり遮っていた。

 

「ぶっ!ぐ……ああっ……」

 

殺人鬼の男は鎌を使わず素手でオルガをぶん殴っていた。

オルガは当然倒れ、また希望の華を咲かせていた。

 

「お前……馬鹿なんじゃねえか?」

 

「だからよ……空気読まねえ行動はするんじゃねえぞ……」

 

「ま、お前の死んだような目じゃ、心配いらねえか……」

 

(後半聞き取れなかったから何の注意かわからなかった……)

 

殺人鬼の男はエレベーターに乗り込もうとするが、エレベーターと通路の間で足を止めた。

 

「お前、名前は?」

 

「レイチェル・ガードナー。」

 

「俺は……鉄華団団長、オルガ・イツカだぞ……」

 

「三日月・オーガス。」

 

三人の自己紹介を聞いて、殺人鬼の男は鎌を肩に担ぎなおし……

 

「俺ァ、ザックだ。」

 

そう名乗った後、エレベーターに乗り込んだ。

聞いたことのある名前に少し面食らったオルガと三日月。

そんなことなど露知らず、気にせずザックに続いてエレベーターに乗り込むレイチェル。

オルガ、ミカもそれに続くようにエレベーターに乗り込むと、エレベーターの扉が閉じ、動き出した。

 

エレベーターはフロアB5からフロアB4へと進み、四人はエレベーターを降りる。

三人が通路を進んでいる時、水からボコボコ、と音が鳴ったのをレイチェルは見逃さなかった。

 

「水の中に何かある」

 

「んだよ、なんかあんのか?」

 

「俺がいるぞぉ!」

 

ザバァ、と言う音と共に水浸しのオルガが出てきた。

呆れる二人、三日月はノータイムで拳銃を取り出してオルガに向けて発砲した。

 

「ぐうっ!だからよ……ノータイム射殺とかするんじゃねえぞ……」

 

オルガはいつもとパターンを変えて沈んでいき、今度は左手の親指をグッ、と立てていた。

 

「なんか馬鹿らしくなってきた……」

 

「うん」

 

狂気的思考を持つ殺人鬼であるザックも流石に呆れざるを得なかった無駄な行動。

レイチェルも返す言葉が見つからず、ただ頷くだけだった。

オルガはすぐに蘇り、水浸しになりながら通路へ戻り今度は四人でまた通路を歩きだす。

通路はそこまで長いわけではなく、すぐに開けた場所へと出た。

 

「なんだぁ……コレ。」

 

「お墓」

 

「ピンと来ねえな……ミカ、お前はどう思う?」

 

「別に?」

 

「すげえよ……ミカは……」

 

そんな二人を放置してレイチェルは歩いて墓を物色していた。

 

「おい、勝手に動くんじゃねえよ」

 

レイチェルは色んな墓をひとしきり見た後、一番奥にあった墓をジッと見つめた。

 

「おい、なんだよ……その墓に入りてえのか?」

 

「これだけ新しいみたい。……名前が書いてある。」

 

四人が凝視したその墓に書いてあった名前。

『ORUGA ITSUKA』

 

「……俺じゃねえか」

 

「オルガは墓一つで足りるの?もう何十回も死んでるじゃん」

 

オルガは自分の名前が書いてある墓を見つけてショックを受ける。

三日月は純粋な疑問をぶつけただけだったが、その言葉がオルガへ更に刺さった。

その一方でレイチェルは墓の奥を指さしていた。

 

「あそこから風が吹いてきてる。」

 

「奥になんかあんのか?」

 

「私が行ってこようか?」

 

「テメ逃げるんじゃねえだろうな?」

 

「私は逃げない」

 

「俺達には鉄華団として引き受けた仕事がある。

途中で投げ出したりするわけには行かねえよ。」

 

鎌をレイチェルの首にあてがっていたザックはその言葉を聞いてしかめっ面をし、鎌を降ろした。

 

「はぁ~、またそれかよ……ホンット気持ちワリいな。」

 

そう言いながら鎌を上に放り投げ、キャッチするザック。

オルガはそれを見てレイチェルの足元で縮こまっていた。

 

「当たらなくて良かったね」

 

「おう……」

 

「ああ、あと!罠にかかって死んだら「死んだ」って言えよ!?」

 

「死んだら言えない」

 

ザックがレイチェルに言葉をかけるも、あまりにも間違っているために訂正される。

反論できるようなザックではないので、ギリギリと歯ぎしりをするだけだった。

 

「ヘッ、論破されてんじゃねえかザッぶっ!」

 

ザックを笑おうとしてザックの右フックが綺麗に決まったオルガ。

しかし希望の花は咲かせず、三日月に支えられて何とか立っていた。

 

「アンタ正気か?」

 

「それはダメだ」

 

「まだなんかあんのかよ!」

 

「中に……」

 

「ヴウウウウウウウウウウオアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」

 

三日月と口論になり弾丸を三発食らい、激痛で叫んだオルガ。

そのせいでザックはレイチェルの言葉が聞こえず、悶えるオルガにトドメを刺し、希望の華を咲かせた。

 

(……聞いてないのかな)

 

そんなやり取りをしている間に、レイチェルは奥の狭い通路へと進んでいった。

狭い通路の奥にある部屋にたどり着き、開かないドアを相手に悪戦苦闘していたことはオルガたちは知る由もなかった。

 

「仕掛けを探すつっても、墓石しかねーだろ……

っつか、アイツの隣に置いてあるこのちっぽけな残骸みてーのは……」

 

「お前の墓じゃねえか?ザック。」

 

「ムカつくようなもん作ってんじゃねえよクソが……

ぶっ壊したらぁ!」

 

「それで叩いたら鎌が壊れるよ」

 

「じゃあどうやってぶっ壊すんだよ!」

 

「……コレじゃないかな」

 

ザックは残骸をかき集めて作ったような即席の墓もどきを見て、鎌で叩き壊そうとしたがミカに注意されてしまう。

イラだって仕方のないザックのストレスを解消させるべく、ミカは拾ってきたツルハシをザックに手渡した。

 

「コイツか……」

 

ザックはツルハシで試し切りならぬ試し叩きで即席ザック墓を叩いた。

当然一撃で壊れるわけもなく、無駄に硬いその即席ザック墓を叩いた衝撃で手がしびれたザック。

 

「かってぇぇぇっ!」

 

「うるさいな……」

 

「畜生、ぜってぇ壊してやるっ!」

 

カンカンカンカンとツルハシで自分の墓石を叩き続けるザック。

無駄に硬かったその墓石も、ザックが繰り出すツルハシの連撃でようやく破壊された。

 

「ハーッハッハッハ!ざまぁねえぜ!」

 

「上機嫌だな。」

 

「おっ……そうだ……」

 

「どうしたぁ?」

 

「全部、ぶっ壊してやる……」

 

「はぁ?」

 

ザックはそう言った直後、俊敏な動きで走り回る。

そして狂ったように笑いながら墓石をツルハシで叩き続けた。

キッチリと成形された墓石は即席ザック墓程硬いわけでもなく、いとも簡単に崩れ去っていった。

半分になっていたり、綺麗に真っ二つになっていたり、巻き込まれたオルガが刺さっていたりとザックの影響で墓石は次々に壊れていった。

 

「だからよ、人をそうやって巻き込むんじゃねえぞ……」

 

 

 

「うるさい……あの人たち、ちゃんと仕掛け探してるのかな……」

 

レイチェルは部屋の中を探索しながら、狂気的な笑い声と墓の破壊される音、オルガの悲鳴と希望の華を咲かせる音を聞いてそう呟いた。

勿論仕掛けなど探していない馬鹿三人ではあったものの、ザックが破壊した墓石がオルガに当たり、オルガがその影響で倒れた途端━━

 

「あ」

 

オルガの倒れた先にあったスイッチが押され、鍵のかかっていたドアのロックが解除されていた。

そうしてレイチェルはドアを開けて、自身が来た通路の方を見ながら

 

「あの人たちが開けたの……?」

 

そう呟いて、そのままドアの向こう側へと進んでいった。



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殺戮のオルガ 第4話

「……」

 

一通り部屋を調べ、奥の通路から戻ってきたレイチェルが見たものは、破壊された墓、刺し傷だらけのオルガ、そして、そんな中、何事もないように火星ヤシを食べている三日月の姿だった。

 

「……何これ?」

 

レイチェルがそう彼らに問うとザックがツルハシを片手にこう言った。

 

「ムカつくからぶっ壊してやったんだよ」

 

ザックの声の後、ボロボロで瀕死の状態のオルガがようやく立ち上がった。

 

「許せねえ……なぁミカ、お前にしか頼めないしご……」

 

オルガは三日月に何かを頼もうとするが、三日月はオルガの話は聞く耳持たず、懐から銃を取り出す。

 

「……話聞く前に銃用意するか?」

 

「うん」

 

「え」

 

「あああああっ!」

 

三日月が三発発砲。オルガはその三発の弾丸を胸、頭と急所に食らいまた希望の華を咲かせた。

 

「オルガが決めた事ならやるよ?俺。」

 

「だからよ……まず話を無視するんじゃねえぞ……」

 

「さてと……話があるんだ、ミカ。」

 

オルガは何事もなかったかのように立ち上がり、三日月へもう一度話しかけた。

 

「?」

 

「アイツらは俺の命を撒き餌くらいにしか思ってねえ……

そうなりゃ俺は確実に殺されるぞ……それでミカ、お前はどう思う?」

 

「もういいよ、喋らなくて」

 

「あああああああああああああああああああああああああっ!」

 

オルガはショックからか絶叫し、また希望の華を咲かせる……わけではなく、涙を流して倒れたのだった。

 

「「何これ」」

 

レイチェルと三日月の声が重なり、オルガは血混じりの涙を流しながら倒れていた。

 

(何これ、って言いてぇのはこっちだよ)

 

ザックは心の中でそう悪態をついた。

 

 

 

「……で、なんかあったか?」

 

「奥に資料室みたいなものがあった。」

 

「そこにこれがあった。」

 

レイチェルはバッグの中に折りたたむようにしまっていた紙の束を取り出した。

それをバッ、と広げてザックに見せた。

 

「履歴書」

 

「俺じゃねえか……」

 

それは『Oruga Ituka』と名前欄に書かれている履歴書だった。

 

「しょうもねえなぁ……お前のことが分かったところで、それ以上でも以下でもねえだろ。」

 

「アンタ正気か?

俺がただのガキじゃねえってことを教えてやるよ。

やっちまえぇっ!オルガああああああっ!」

 

自分の名を叫びながらオルガは突如にして高速で動き出し、高速で踊るようにしながらレイチェルとザックに少しずつ近づきだした。

その動きの気持ち悪さにレイチェルとザックはゴミを見るような目でオルガを睨み付け、三日月は表情を完全に歪めていた。

そしてまた三日月は無言で拳銃を取り出し、弾を込めて、狙いを定め……

 

「それはダメだ」

 

その一言と共に五発発砲。オルガの急所へ正確に当てる。オルガはそのまま倒れて希望の華を咲かせた。

レイチェルとザックは既にいなくなり、エレベーターの扉を開けることに集中していた。

ザックはエレベーターの扉を蹴り、頭を悩ませていた。

 

「仕掛けなんてねーよ!」

 

「ああ?あるに決まってんだろ!」

 

そんな二人を見ながら、レイチェルはボコボコと音を立てる水を指さした。

今度はオルガが入っているわけでもなく、正真正銘エレベーターの仕掛けだった。

 

「あの中を探して欲しい。」

 

「ああ!?水ん中に入れってかぁ?」

 

「嫌なら……別に……」

 

レイチェルが暗そうな顔をしながら俯き、三日月は真顔でザックを見つめ、オルガは気持ち悪すぎる笑顔でヘラヘラ笑っていた。

眉をピクピクと動かしながらイラだち始めているザックは嫌そうな顔をしながらも、水に入り、ボコボコと音を立てている仕掛けの元に歩いていく。

 

「ねえ、本当に私を殺してくれるの?」

 

「出たら殺してやるっつってんだろ!」

 

ザックがそう言っていても、疑いの目線を向けているレイチェル。

 

「死にたいんだったらテメーで死ねよ!」

 

「自殺は……ダメだから。」

 

「どういうことだ?」

 

「なんで?」

 

質問するオルガと三日月に対し、レイチェルは頭の中で思い返すように目を閉じた。

目を閉じてから一秒も経たずに目を開いて二人の質問に返答。

 

「神様が……そう仰てたから?」

 

聖書に書いてあったことを言うレイチェルだが、その聖書を知らない三人にはよくわからなかった。

 

「カミ・サマ……誰なんだよソイツは……」

 

「へっ、神様ねえ……そんなんだったら、俺に殺される努力をしろってんだ。」

 

「どうすればいいの?」

 

「じゃあ、笑ってみろ。」

 

「笑う?どうやって?」

 

「ああ……いいから笑え!」

 

「ヘッ」

 

レイチェルとザックがやり取りを交わしているところに入り込んでくるオルガ。

ザックは鎌を横薙ぎに振るってオルガの顔面を殴打し、オルガは希望の華を咲かせた。

 

「ぶっ……ぐ……」

 

「テメーには言ってねえよ」

 

「だからよ……あんま人を殺すんじゃねえぞ……」

 

「しょうもねえことに時間使っちまった……」

 

辛辣な言葉を浴びせながらもザックは水で鎌を洗い始め、レイチェルは仕掛けを解くためにオルガを踏みながらも歩き出した。

体の小さいレイチェルが入れるその通路、レイチェルは探索中に手紙と花を見つけた。誰かが置いていった花を。

 

「さっきはなかった……ここのフロアの人?」

 

レイチェルは手紙に目を通した。

 

その手紙の内容は━━

 

『戸惑うことは何もないよ。わかるでしょ?

僕と君の望みはバエルなんだから。』

 

「加筆修正されてる……」

 

明らかに別の手紙に別の内容をねじ込んだものだった。

それも、フロアB5にいたあのダニーと同じ言葉。

 

 

 

「……ぶえっくしょんっ!はぁ……もういいだろ……

アイツ、まだ戻ってこねえのかよ……」

 

長い時間水に濡れていたザックは寒さでくしゃみをする。

その後、駆け足で水から上がり、墓のあった部屋でウロウロウロウロとしながらレイチェルを待ち始めた。

 

「このまま逃げたり……いや、そりゃぁねえか。

殺すにしたって、あんなつまんねえ顔じゃあなぁ……」

 

ザックはレイチェルが見せてきた笑顔を思い出す。

口だけを無理矢理動かし、笑う顔を作ろうとした偽物の笑顔。

その回想に容赦なく割り込んでくるオルガ。

 

「テメーじゃねえつってんだろ!」

 

「あ!?」

 

理不尽にもオルガはまた殴られて希望の華を咲かせた。

ザックはそのことを思い出さないように頭を振って何とか落ち着いた。

 

その直後……部屋の明かりが突如として消えた。

 

「ああ?」

 

「フフ……フフフ……フフフフ……フフフフフ……!

このバエル荒らし……」

 

「チィッ……」

 

暗い部屋から現れたその少年は、シャベルを持ち、ジャック・オ・ランタンのようなマスクを被った少年だった。

彼がフロアB4の番人。つまり「敵」と判断した三人はそれぞれの武器、鎌と拳銃を握り、戦闘態勢に入る。

 

「やぁ、ザック。」

 

その敵の声を聞いた途端にオルガと三日月は真顔に戻り、

そして彼らは答えを揃えた。

 

「チョコレートの人」

「マクギリスじゃねえか……」



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殺戮のオルガ 第5話

「ペッ……クソガキが……」

 

痰を吐きながらザックは目の前の番人を睨む。

名前もわからぬ少年だが、ただ殺せばいいと言うことはこの三人でも理解していた。

 

「せっかく君のバエルも用意してあげたのに……」

 

どうやらこの少年が言っている『バエル』とは『墓』のことらしい。

 

「アンタ正気か?」

 

「テメェを先に墓に入れてやるよ!」

 

そう言いながら、ザックは鎌を振るい、少年の首を掻っ切ろうとした。

しかし暗闇ではただ力任せに振るうことしか出来ず、アクロバティックな動きをして少年はその鎌を回避した。

 

「おぉ……今の反応、俺らと同じ阿頼耶識か?」

 

「いや違う」

 

「テメーでもクソガキでもない、僕の名前は……エディだ。」

 

「どういうことだ?ミカ、お前はどう思う?」

 

「多分、チョコレートの人。」

 

「やっぱりマクギリスじゃねえか……」

 

フロアB5で殺したはずの男、ダニーと見た目では特徴は一致していなかったが、中身は同じだった。

バエル、バエルとうるさくてザックやオルガたちに敵対している所も。

 

(さっきからマクド◯ルドやらキリギリスやらって誰だよ……

クソッ、さっさと殺したくても暗くて見えねえな……)

 

「僕の美学と彼女はピッタリなんだ。

だから……僕があの子を殺すんだ。」

 

少女に執着し、特有の美学を持っている点と言うのも照らし合わせてオルガはエディ=マクギリスと言う考えが脳内で固定された。

オルガはそこで判断し、三日月にアイコンタクト。三日月はそれを受け取って走り出す。

 

(お嬢さんを頼むぜ……ミカ。)

 

(ああ、任された……っ)

 

「ガキが……調子に乗るんじゃねえっ!」

 

「うううおおおおああああああっ!」

 

ザックの横薙ぎ、オルガの発砲。しかしエディは冷静に軌道を見切って後方にジャンプしつつ鎌を避け、同時に飛んできた弾丸を持っているシャベルで弾いた。

そのまま闇に溶け込むように姿を完全に消したエディ、その直後に明かりがつきだした。

 

「クソガキッ!どこ行きやがった!」

 

「諦めるわけにはいかねえ……もう一度仕掛けるぞ。」

 

「ああ?俺に命令すんなよ」

 

「そうやってお前は……」

 

「なんだよ、なんかあんのか?」

 

「いや……サンキューな。」

 

オルガとザックが会話を交わすのと同じ頃、懐中電灯で照らしながら暗い通路を進むレイチェル。

 

そんなレイチェルを追いかけて、感覚と嗅覚だけでレイチェルを探す三日月。

 

「フフフ……」

 

「誰?」

 

「ねえレイチェル、死にたいんでしょ?だから……バエルと答えて……」

 

レイチェルがその声の主に対して困惑していると、後ろに人のいる気配を感じてレイチェルは振り返る。

通路を抜けられるのは背が小さかったりする者、つまり三日月と思ってレイチェルは振り向くがそこには三日月などいなかった。

 

「やっと会えたね、レイチェル。あ、逃げなくてもいいよ。

僕は他の人みたいに突然殺したりしない。」

 

逃げ惑うレイチェルの背後を取りながらエディはレイチェルに囁く。

レイチェルが恐怖と疑念に揺らごうとした時。

 

「俺は遠慮なくやるよ」

 

「ッ!」

 

三発の発砲音と共に現れた三日月。

エディは三日月の放った弾丸をすんでのところでかわすと同時に三日月を強く睨んだ。

 

「凄いね……野生の勘って奴かな……」

 

エディは三日月を褒めながらも憎むような声色をして、三日月から一切目を離さないまま闇に消えていった。

三日月はそれを見て拳銃を降ろし、レイチェルを見た。

 

「アンタの事はオルガに死なせるなって言われてる……」

 

レイチェルはそれを聞いていても、オルガ自身が死にまくっているために信用は出来なかった。

三日月はそれを見てため息をつきながら頭をボリボリ、とかくと声音を変えた。

 

「心配しなくても、オルガは一度やるって決めた仕事はやり遂げるよ、だから俺もアンタを、絶対に連れて行く。」

 

三日月はそう言ってレイチェルを安心させようとする。

その直後、レイチェルの右側にある壁からとある声が聞こえた。

壁を貫通するほど大きな声で叫ぶそれは、レイチェルも三日月も聞いた声。

 

「やっちまえぇっ!」

 

「オラァッ!」

 

鎌を振るって厚い壁を破壊してやってきた男二人。

ザックは壁を潜り抜けながらレイチェルに問いかけた。

 

「クソガキはどこだ?」

 

レイチェルにも三日月にもエディの居場所はわからない。

しかし、四人で探索すれば見つかる確率がはるかに高くなる、とまた四人揃って探索を始めた時。

 

「……お前、名前なんて言った?」

 

ザックがレイチェルに聞いたとき。

 

「俺はぁ……鉄華団団長、オルガ・イツカだぞぉ……」

 

「名前なんて言った?」

 

「鉄華団団長、オルガ・イツカだ」

 

「名前」

 

「オルガ・イツカだって言ってるだろうぶっ!」

 

仏の顔……ならぬ殺人鬼の顔も三度まで。ザックは鎌を空中に放り投げると同時に、左手でオルガの襟を掴み右フックをくらわせる。

オルガが倒れて希望の華を咲かせた瞬間に鎌をキャッチ。

 

「凄いな……アイツ……」

 

「だからよ……人の名前忘れんじゃねえぞ……」

 

「テメーには言ってねえよ」

 

そうこうしているうちにたどり着いた大部屋では、エディが正面に立っていた。

明かりのついた部屋で、今度こそ対等な勝負が出来る場所で。

 

「へっ、結構面倒だな……」

 

「マクギリス、アンタに話が合ってきた。」

 

「やぁ、また会ったね。」

 

エディはマスクの奥底で笑いながら、シャベルを持ち直した。

 

「ねえレイチェル……どうしても僕じゃ、ダメ?」

 

「それはダメだ」

 

「ダメだ、何度も言わせんな。」

 

「だとよ、ざまぁみろクソガキィ~。」

 

オルガ、三日月に否定されザックに煽られるエディ。

彼は表情を歪ませ、地団駄を踏むように怒りだした。

 

「それを決めるのは君たちじゃなあああいっ!」

 

「それを決めるのはお前じゃないんだよ……」

 

「安心していいよ……土の中は暗くて涼しくて心地いいんだ……

レイチェル、僕が君をそこに連れてってあげる!」

 

「待ってくれっ……ぐうっ!」

 

飛び上がってシャベルを振るうエディの攻撃からレイチェルを庇うオルガ。

背中に傷が出来るも、オルガは希望の華を咲かせずに立ったままだった。

 

「お嬢さんを連れて行ってやるのは、俺たち鉄華団の仕事だ。」

 

エディはそのオルガを無視するようにシャベルを構えるのをやめた。

と同時に、部屋の明かりがまた消えた。

 

「クソガキが……」

 

「いくら力が強くても、見えなければお手上げでしょ?」

 

「どこ行きやがったぁっ!」

 

ザックは力任せに鎌を振り回すも、それはエディにカスることすらなくただ空を切るだけ……

ではなく、レイチェルの前髪数本と、オルガの大きな前髪を斬り落としただけだった。

 

「おっと危ない。」

 

「ちょ、何やってんだあああああああああっ!」

 

オルガは前髪を斬られた衝撃か痛みかショックで希望の華を咲かせた。

 

「オルガ、大丈夫?」

 

「ノーコンは危険だ―っ!」

 

「っせぇ!おいお前!」

 

「……私?」

 

「そうだ、お前だよ!ここの明かりをつけて来い!

どこかにスイッチがあるんだろ!」

 

「でも、真っ暗だよ?」

 

「だーからつけて来いつってんだよ!」

 

ザックが怒鳴りながらも指示を出すと、レイチェルは頷いて懐中電灯をつけて走り出した。

エディは姿を現し、当然走るレイチェルも指示を出すザックも見ていた。

 

「あ、待ってよレイチェル!」

 

「ミカァ!」

 

エディがレイチェルを追いかけようとするが、オルガの指示で三日月が発砲し、それに合わせてオルガも発砲した。

暗闇の中での乱れ撃ちに過ぎないが、それでもエディの行動を制限するには十分な弾数だった。

 

(後は頼んだぜ……お嬢さん。)

 

レイチェルが走り続け、階段を上がって辺りを見回していると大きな墓があった。

ザックに破壊されずに済んでいた墓。レイチェルはそこを調べようと一歩歩いたとき。

 

「フフフ……」

 

「っ……」

 

レイチェルは墓の影に隠れてエディをやり過ごそうとした。

後ろからも笑い声が聞こえ、振り向いても誰もいなかった。

 

(早くスイッチを見つけないと……)

 

レイチェルがそう考えて棺桶の中を見ようすると。

 

「綺麗でしょ?君のために作ったんだ。」

 

「あっ」

 

レイチェルが声をあげる前にエディはシャベルでレイチェルの胸を殴打した。

レイチェルは息苦しさで咳をして膝をついた。

 

「だからさ、レイチェル……僕に殺されて。」

 

エディが思い切りシャベルを振り上げた時、レイチェルは諦めたように棺桶の中に倒れこんだ。

レイチェルが倒れたせいで入っている花が少し舞い散った時、エディはレイチェルの姿を見て歓喜した。

 

「ああ、なんて美しいんだ……レイチェル。

 

君を……バエルにしてあげ」

 

エディがシャベルを振り下ろそうとした時、レイチェルは瞑っていた目を開け、素早く懐中電灯をつけてエディの目に向ける。

 

「うわっ!」

 

レイチェルはそのままタックルしてエディを転ばせ、エディが逆に棺桶の中に入るように仕向けた。

そしてエディが手元に持っていたリモコンのようなものを取り上げてレイチェルはそのまま三歩離れた。

 

「ねえレイチェル……どうして……」

 

「エディ」

 

「邪魔するぜ。俺は落とし前をつけに来た……最初にそう言ったよな。」

 

「そりゃお前、フラれたんだよ。」

 

ザックとオルガがエディの背後に立ち、オルガは右足でエディの顔面を蹴り、エディを棺桶に倒すと同時に被り物を吹っ飛ばした。

 

「ヒャァァァァァッ!」

 

直後にザックが奇声をあげながら鎌を振るい、エディの腹を貫いた。

 

「ギャァァァッ!」

 

エディが悲鳴を上げると同時に、ザックが鎌を振って血を飛ばし、その血は棺桶の中にある花を染めた。

 

「レイチェル……大好きな君を……入れて……あげたかった……」

 

エディの言葉が途切れ途切れになりながらも、エディは自分の願いを口にして、そのまま動くのをやめた。

ザックはそんなエディの眠る棺桶に蓋をするかのように墓を蹴り倒した。

 

「さてと……進むか。」

 

オルガがそう言うと、レイチェルはふとフロアを見上げた。

そこには蝶々が飛んでおり、エディを天国に連れていくかのような動きで羽ばたいていった。

 

「綺麗……」

 

「チッ、で、上に行くエレベーターはどこなんだよ。」

 

「これを押せばわかると思う。」

 

レイチェルは手に握っていたリモコンのボタンを押した。

それと同時に、オルゴールの曲が流れて歯車の動きが変わった。

一か所のみ水が流れていた場所……その水が止まり、消え去ったそこには通路と同時に……

黒い車に乗ったスーツ姿の三人の男がマシンガンを構えてスタンバイしていた。

 

「えっ……」

 

オルガは走って逃げだそうとするも、間に合わずに三人の射撃を背中に受け、希望の華を咲かせた。

スーツ姿の男は車でそのままどこかへと行ってしまい、B7の時のようにはいかなかった。

 

「だからよ……油断するんじゃねえぞ……」

 

「はぁぁ……まったそれかよ……」

 

ザックにも飽きられていた。

 

「ヘッ、行くぞ。レイ。」

 

「今……」

 

ザックはレイチェルを呼びながらそのまま通路を歩いて行った。

 

「おせぇよ!さっさと来い!」

 

「……うん」

 

初めて名前で呼ばれたことに少し嬉しさを感じながら、レイチェルはまた歩き出した。

オルガと三日月も顔を合わせてニッ、と笑った。

 

 

 

「私、ザックの役に立てた?」

 

「ああ、ちったぁなぁ。」

 

「あ、いや……俺は別に……」

 

「あぁ~……馬鹿らしくなってきたな。」

 

ザックはオルガのせいでレイチェルを褒める気が失せて、げんなりとした顔つきになってしまった。

 

「ミカもよくやってくれたな。」

 

その一方で三日月はオルガの称賛に対して、首を横に振った。

 

「今回は、あんまり役に立たなかった……」

 

「何言ってやがる、十分やってくれただろ。」

 

「いや……アレじゃダメだ。もっともっと頑張らないと……」

 

三日月は更に決意を固め、その確固たる意志はレイチェルにも届いていた。

 

「……頑張る。だから、神様に誓った通りここから出られたら……私を殺して。」

 

「はぁ……ホント何度もうっせぇなぁ……わぁってるよ。」

 

ザックは縋るように願うレイチェルへ笑いながら返事をした。



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殺戮のオルガ 第6話

チーン、と音が鳴りエレベーターがフロアB4からフロアB3に上がったことを告げた。

 

「一気に上まであがりゃいいのによ。」

 

「仕方ねえだろ。そう言う仕掛けみてえだしよ……」

 

「チッ……やな感じだぜ……」

 

文句を垂れるザックを宥めるオルガ、それに頷くレイチェルと三日月。

そしてエレベーターから出て、四人の目線の先にあったものは、これまでのフロアとは大きく変わったものだった。

赤いカーペット、これ見よがしな古い監視カメラ、部屋を遮るかのような巨大な鉄格子。

レイチェルは四人がそれを見ている最中に歩いて先に進み、鉄格子をグッ、と握る。

 

「鍵がかかってる。」

 

「どういうことだ?」

 

「なんで?」

 

「この部屋、他に何もないし……」

 

「お前、鍵開けるの得意じゃねえか……頑張れよ。」

 

「謎解きの仕事はお嬢さんの仕事だ……」

 

「そう言うと思った。」

 

レイチェルはため息をつきながら自分の持っているバッグの中を探る。

中に入っている物を一つずつ指で触り、どういうものが入っているかを確かめて難しい顔をしながら三人を見た。

ザックが痺れを切らしたようにレイチェルへ訪ね始める。

 

「そん中にゃ何が入ってんだ?」

 

「糸と…針。それと―」

 

「モビルアーマーか?」

 

「違う」

 

「アグニ科学習帳か?」

 

「違う」

 

「なんだよ……」

 

オルガは立て続けにレイチェルへ質問をするも、どれも的外れだったために肩を下げて落ち込む。

どう考えても学習帳や鎧が入るようなサイズのバッグではない。せいぜいナイフがいいところの物なのに。

 

「あ、もしかしてお前針とかで鍵開けられるやつか!?」

 

ザックはザックで、ヒーローを見た子供の様に目を輝かせながらレイチェルに尋ねる。

 

「当たり前じゃん、レイチェルは頭いいんだし。」

 

「はぁ……そんな特技ない。」

 

「えっ?」

 

三日月は予想外の返答に戸惑い、食べようとしていた火星ヤシの袋を落としてしまう。

パサッ、と乾いた音が部屋に鳴り、ザックは三日月を呆れるような目で見ていた。

 

「それにこの扉、鍵穴がないから仮に出来たとしても開けられない。」

 

「どっちにしろ、ここをぶっ壊すしかなさそうだな。」

 

「そうかぁ……どけ!俺がぶっ壊してやるよ!」

 

「鉄格子だよ?」

 

ザックは戦闘をするかのようなモードになり、鎌を振り上げた。

墓の時の経験を活かし、刃を当てずに叩きつければ折れずに済むので壊せる―

 

わけがなかった。

キーン、と言う金属同士がぶつかった音が部屋にこだました。

レイチェルは予め耳を塞いでいたために音に悩まされずには済んでいた。

 

「かってーッ!」

 

ザックは鎌を伝って腕に来る衝撃で腕を痛め、更には鳴り響いた音で耳までやられていた。

オルガと三日月はこのような音に慣れているためか、全く動じてはいなかった。

 

「鉄だから」

 

「鉄華団じゃねえか……ヘッ……」

 

オルガはボケのつもりで言ったものの、レイチェルはゴミを見る目……否、汚物を見るかのような目でオルガを見ていた。

そんなヘラヘラしているオルガに対しては、ザックですら殺す気が起きず、三日月も三日月で笑おうとしていたが表情が完全に歪んでいた。

 

「まぁ……これっぽっちも面白くないボケになっちまったな……n」

 

「っつか、鉄なら早く言えよ!」

 

「言った」

 

レイチェルとザックが空気を変えるかのようなやり取りをしていたところに、赤い光を放つサイレンと共に警報が鳴り始めた。

 

「なんだありゃ?」

 

オルガが監視カメラの方を見ていると、天井から突如にしてとあるものが出てきた。

生物ではなく……機関銃、ガトリングだった。

 

「え」

 

バババババババババババババ……と弾丸が逃げようとするオルガに高速で撃ち込まれ、オルガはまた希望の華を咲かせていた。

オルガが身を挺してレイチェルたちを守っていたために、レイチェルたちは服すら無傷で済んでいた。

 

「だからよ……あんまし無警戒で鉄とか叩くんじゃねえぞ……」

 

ガトリングから空薬莢が降ってきて床にコロコロと転がり、床を穴だらけにして掃射は止まっていた。

 

「ハチの巣にする気かよ……」

 

「俺はなったぞ……」

 

とオルガが嘆きながら起きて銃の元から離れると、機械を通した人……女の声が部屋に届いた。

 

『ハァイ。遅くなってごめんなさーい。貴方たちがあんまりにもノロマだから、寝てしまったの。』

 

「アンタ正気か?」

 

『オルガ・イツカ。貴方は素敵な罪人になると思っていたの。』

 

「うっせぇ……さっさとここを通せ。」

 

ザックがイラだってカメラを睨みながら言うと、その音声を届けていた女は舌なめずりをしながら機械を操作し始める。

 

『ええ、いいわ。』

 

直後に三つのライトが光り、オルガの周囲を照らして―

目に光が直撃した。

 

「アアアアアアアアアアアアアア!」

 

オルガは目を押さえながら悶絶し、頭からスッ転んでまた希望の華を咲かせた。

 

「だからよ……皆は光を目に当てたりするんじゃねえぞ……」

 

「お前な……何べん死んでんだよ。」

 

ザックのツッコミが入ったと同時に、天井から紙吹雪が落ちてくる。

更には、いかにもゲームで使うような人が褒めたたえるような音声が鳴って祝福のようにザックたちを照らしていた。

 

「合格よ。私は……団罪人。ああ!罪深き悪人ども!許されるまで痛めつけてあげる!私は……

それが許された人間なのだから!

アーッハハハハハハハ!アーッハッハハハハハハァッ!」

 

「ギャラルホルンじゃねえか……へっ……ってか、やけに上機嫌だな……あのおばさん。」

 

団罪人が笑い終わると、鉄格子の扉が開いてザックたちは進み始めた。

 

「チッ、なんで俺が罰を下されなきゃなんねえんだよ……」

 

「殺人鬼なんだから仕方ねえだろ……」

 

ああ?

 

「すみませんでし」

 

「うるせえ!」

 

ツッコミを入れたオルガに逆ギレするザック、謝罪しても殺されるオルガ。

 

(中途半端に日和るからだよ、オルガ……)

 

三日月はその様子を呆れながら見て、火星ヤシをもぐもぐと食べていた。

 

「だからよ……余計な一言は言うもんじゃねえぞ……」

 

オルガが希望の華を咲かせてから、進んだ通路の扉を調べるレイチェル。

ガチャガチャと動かそうにもドアノブは動かず、鍵がかかっていることを証明していた。

 

「しまってる。」

 

「オォイ!通すんじゃなかったのか!?」

 

「悪いけど急いでんだ、さっさと開けてくれ。」

 

「ノロマかと思えばせっかちなのねぇん。罪人は罰を受ける前にちゃぁんと順序を踏むべきでしょ?

罪人と言えば、マグショットよね。」

 

団罪人のその一言で開いていた部屋に入り、カメラとマグショット用の背景パネル、自身の名前が書かれたプレートが三枚、真っ白な物が一枚。

 

「何これ。なんで三枚しかないの?」

 

「よくわかんねえ、インクが足りなかっ―」

 

オルガは三枚のプレートを見て気づいた。

自分のプレートだけ名前がないことに、そしてマグショットに使うプレートは皆血文字のように書かれていた。

オルガは青ざめ、震えだす。

 

「オルガのは血で書けってことだね」

 

「勘弁してくれよ……」

 

オルガは希望の華を咲かせながら血を出し、レイチェルが代わりに指で血文字としてプレートにオルガの名前を書いた。

 

「はぁぁ……なんで写真なんか撮らねえといけねえんだよ……」

 

「もう鉄華団は止まれねえんだ……

ってか、俺が一回死んでまで作ったプレートは無駄にしたくねえんだ……」

 

オルガとザックの分を撮影するためにカメラを見るレイチェル。

ザックは早くしろ、とせかしながらネームプレートをあちこちに振り、オルガは足踏みをしていた。それも大きく。

 

「動かないで、ブレる。」

 

「こんな所じゃ……止まれねえええっ!誰か止め」

 

オルガがいつまで経っても動き続けることにイラついたレイチェルが一瞬カメラを離れ、オルガをぶん殴ってから息の根を止めた。

ザックがそれに驚いてポカン、としているところを素早くカメラのシャッターを押して、二人のマグショットを撮ったレイチェル。

 

「ああ……いっでええ……」

 

急なシャッターに眉をピクピクと動かしているザックはオルガを引きずってレイチェルと三日月の分と言うことで二人と交代した。

オルガはまだ希望の華を咲かせたてなのでザックがカメラを使うことになった。

 

「ここを押せばいいのか?」

 

「三脚の高さ調整しないとダメだよ、それとブレるから強くシャッターを……」

 

レイチェルが言い終わる前にザックが殴るようにシャッターを叩いた。

そのせいでカメラはブレ、出てきた写真もレイチェルと三日月がブレまくりで写っていた。

 

「ブレてる……」

 

レイチェルたちは気を取り直して次の部屋に向かい、ザックが扉を蹴り開けた。

そこは木の人形が大量の椅子に座っており、俯いているような姿勢になっていた。

 

「……鍵がかかってる。」

 

「おう」

 

レイチェルが鉄格子を調べていると、ザックは大人しそうにして立っていた。

 

「どうしたの?」

 

「どうしたぁ?ザック。」

 

「これ、壊さないの?」

 

「ああ?コレ鉄だろ?壊せねえよ。」

 

「「「え」」」

 

学習のがの字すらなかったザックが言い出した言葉に、三日月はまた火星ヤシの袋を落とし、オルガは目をまん丸くし、レイチェルも口を開けて驚いた。

ザックはレイチェルの頭をつかみ、わしゃわしゃと撫でながら揺らしてまた文句をつけていた。

 

「え?じゃねえよ!鉄は無理だってお前が言ったんだろうがよぉぉぉ!」

 

「はぁぁぁ……イライラすんな!こういうのが一番ムカつくんだよ!」

 

ザックはイラ立ちながら部屋をウロウロと歩き始め、調べるのに邪魔になっていた。

 

「椅子なら沢山あるから座れば?」

 

「人形の上に座れってのかよ!んな趣味は……ん?いいのがあるじゃねえか。」

 

部屋の奥、中央部においてある他の椅子とは違う豪華な椅子。

そこにはオルガが腰かけており、ザックはそれを見てニヤッ、と笑った。

 

「いいのがあるじゃねえか。」

 

「それと俺らに何の関係が―」

 

「どけっ!」

 

「ぶっ!」

 

オルガはザックに殴られ、強引に椅子から引きずり降ろされてザックに座る位置を奪われて希望の華を咲かせかけた。

直後、部屋の照明が消えて赤いカーテンがザックを隠すように覆って三人とザックを分断した。

 

「ああ!?おお!?どうなってんだこりゃあああああ!」

 

ザックが叫ぶと、ザックの頭と腕には鉄の枷がはめられていた。

 

「プッ……」

 

「おい!これ!どうにかしろ!」

 

「ああ?お前状況わかってんのか?」

 

「はぁ?」

 

「まぁ、ハッキリさせておきたいんですよ。誰がここの一番かってのを。」

 

ザックが動けなくなっている間、ここぞとばかりに強気になってザックを笑い始めるオルガ。

レイチェルはともかく、ザックの方はオルガに対してとばっちりのような理由で殺しているためにオルガはザックを笑うに笑っていた。

その間に、軽快なリズムと共に四角いテレビがスッ、と降りて来てミニキャラと共に可愛い字体の映像が流れていた。

 

『ハァイ。私がこのフロアの団罪人……キャシーよ!その目に焼き付けて頂戴!』

 

可愛いポーズまで取りながら自己アピールをする団罪人―キャシー。

彼女はリアルタイムでザックたちの様子を見ており、椅子に縛り付けられているザックを見て意外そうな表情をした。

 

『あら!ザックがそこに座ったのね!オルガ・イツカでも良かったのだけれども!』

 

「え……」

 

オルガは思い返した。先ほどまでその椅子に座っていたのは自分であったことを。

そしてザックに殴られて椅子を奪われたことを。

 

「ザック……お前運悪いな。」

 

「おいクソ女!これ外せ!」

 

『アハハ?なぁに言ってるの?外すわけないじゃなぁい。

それじゃ、行くわよぉ。』

 

キャシーが握っていたスイッチのようなものを動かそうとすると、オルガはモニターへ駆け寄った。

 

「待ってくれ!俺ならどうにでも殺してくれ!何度でも殺してくれ!

首刎ねてそこらに晒してくれてもいい!コイツだけは……」

 

『イッツ!ショーターイムッ!』

 

キャシーがクルッ、とターンしながら足でスイッチを押す。

その直後、椅子から電気が走った。

 

「ぎょわあああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」

 

ザックの悲鳴が鳴り響き、三日月もレイチェルもオルガも表情を変えずにはいられなかった。



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殺戮のオルガ 第7話

「あああああああああああああああああああああああああっ!」

 

迸る電撃に悲鳴を上げるザック。

数秒間流れ続けた電気が止まるとザックはガクッ、と倒れそうになるが、両手両足を縛り付けている電気椅子がそれを許さなかった。

 

「あら?死んじゃったかしら?」

 

キャシーはそう言ってモニターから四人の様子を見降ろしていた。

ザックを心配して、電気椅子に近寄ろうとするレイチェル、それを止めるオルガ、ポケットから拳銃を取り出す三日月。

 

「ザック……」

 

「ミカ」

 

三日月はオルガとアイコンタクトを軽くしただけで命令の意図を読み取った。

そこから三発発砲し、その三発はザックに当たって―

弾かれて転がっていった。

 

「ゴム弾持っててよかった」

 

「っ……いってえなこの野郎ォォォッ!」

 

「おはよぉございます。」

 

「うっせぇ!ぶっ殺すぞコラさっさとコレ外せぇっ!」

 

目を覚ましたザックはモニターとオルガに向けて怒鳴りつける。

 

「わぁ凄いわ!普通ならこれで死ぬのよ?」

 

キャシーはキャシーで、ザックの様子を見て子供の用に手を叩いて喜んだ。

 

「ザック、アンタが俺らの力をアテにするんだったら、俺らのやり方に従ってもらう。」

 

オルガがザックにそう言う。

ザックは助けてもらう立場ゆえに反論出来ず歯ぎしりする他なかった。

 

「く……ぐぬぬ……」

 

「そうねぇ、レイチェルと三日月とオルガが仕掛けを解いたら解放してあげる。」

 

キャシーはマイクに向けて喋り、仕掛けを見つけてそれを解ければザックを解放出来ると三人に伝える。

 

「でも、その間はザックにずぅ~っとビリビリを味わってもらうわね。」

 

「やめて」

 

「マジでやめて」

 

「あらやだ、ザックがどれだけ化け物でしつこい罪人かを確認する……

ソレが愉しいんじゃない。」

 

レイチェルと三日月の頼みも断り、歪んだ笑顔で対応するキャシー。

それを見て呆れているオルガは話にすらならないな、と零した。

 

「でも、話なんてする必要なんてあるのかな。」

 

三日月は強くキャシーを睨み、オルガはやれやれ、と言った表情でそれを見ながらキャシーの方へ向き直る。

キャシーはそんな二人のやり取りなど全く気にもせずに立ち上がって話し始めた。

 

「はいはーい、今から断罪が始まりまーす。お集りの皆さまぁ。

憎き罪人が苦痛に歪む姿を、楽しんでくださいませ~。」

 

キャシーが拷問開始の合図をすると、俯いていたような木の人形が突如として首を上げ、目を光らせた。

 

「おいわかってんだろうな、約束しただろ?」

 

「うん」

 

「でもってなぁ……あのイカレサド女をブッ殺させろ……」

 

「わかった。」

 

ザックの頼みに応えるオルガとレイチェルは、首を振り出した木の人形を改めて見始めた。

 

「フフ、罪人を憎む観衆の視線、観衆の目が罰を下す……はいっ、スタート。」

 

「ぎょわあああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」

 

キャシーが足でスイッチを押すと、電気が流れてまたもやザックを苦しめ始める。

レイチェルはそれに焦ることもなく、冷静に状況判断とキャシーの言った言葉を思い出す。

 

「ここでは観衆の目が罰を下す……」

 

「そりゃギャラルホルンか?」

 

「観衆の目……」

 

「いやギャラルホルンじゃねえな……なんだ?」

 

「オルガ何言ってんの?」

 

「すみませんでした」

 

冷静に人形を見ながら考えるレイチェル、わからずただただ適当にボヤくオルガ。

そのオルガの襟首をつかんで黙らせる三日月、レイチェルは三日月に感謝しながらザックの使っている鎌を持ちだした。

一刻も早く悲鳴を上げるザックを開放するために必要なものとして。

 

「頑張る」

 

レイチェルはそう呟き、鎌を振るった。

当然齢13歳の女子が振るった鎌は大振りであり、人に向けてやれば当たるはずもない物。

しかし、相手が動かない人形ならば話は別、首を切り裂きゴトン、と頭を落とす人形。

 

「ちょ、お嬢さんあぶねえ振りか」

 

オルガが危ないので離れようとした矢先に鎌は人形の首と共にオルガの前髪を落とした。

アイデンティティであった前髪を落とされたオルガは

 

「何やってんだああああああああああああああっ!」

 

と叫び希望の華を咲かせた。

勿論レイチェルにとってはどうでも良いことであり、レイチェルはただただ鎌を振るい続けた。

 

「だからよ……刃物振り回すときは安全確認、怠るんじゃねえぞ……」

 

オルガが希望の華を咲かせている間に、レイチェルは人形の頭を全て鎌で落とし終わった。

重い鎌を振り回すのに疲れ、鎌を落としたレイチェルは電気が止まり、椅子から解放されてガクッ、と倒れているザックを見た。

 

「生きてる?」

 

「ザック、生きてるなら喋って。」

 

「俺はぁ……鉄華団団長、オルガ・イツ」

 

「ゴチャゴチャうるさいんだよ」

 

「頼む!鉄華団団長である俺の命だけは!」

 

心配する三日月とレイチェルの前に立ち上がりながら喋りだすオルガ。

しかし今は本気でザックを心配しているためにオルガなどはどうでも良く、三日月は拳銃をオルガに向けて黙らせた。

レイチェルは僅かの間に三日月に二度も感謝しつつ、ザックに触れようと更にザックへと近づく。

 

「ザック……?」

 

「おっせえんだよ!どんだけ痺れたと思ってんだ!」

 

「ぴぎゅっ」

 

先程まで死んだように動かなかったザックは唐突に立ち上がってレイチェルを掴みだす。

掴まれたレイチェルはオルガの真似をするかのような声をあげながらザックを見上げる。

 

「生きてた……」

 

「良かったぜホントに……」

 

「あったり前だろうが……」

 

ザックは落ちている鎌を拾い上げ、もう一度照明のついた部屋で鉄格子を蹴りながら更に歯ぎしりをした。

 

「クソサド女、ぜってぇぶっ殺す……」

 

「同感だ、アイツはひでえやり方でぶっ殺してやりてえ……

ミカ、お前はどう思う?」

 

「このままやられっぱなしってのは、面白くないな。」

 

キャシーへの殺意を完全に抱いた脳筋三人組は、部屋を出て先へと進んだ。

赤いカーペットが続いているその新たな部屋は、鉄の扉と三角に髑髏のマークが入っている見るからに危険な部屋だった。

 

「見るからに危ない」

 

「ビビッてたら先進めねーだろ!」

 

「俺は止まらない、止まれないから」

 

「俺は止まんねえからよ……」

 

止まらない三人に呆れるレイチェルだが、これが本来の三人であると言うことはわかりきっていたために敢えて文句は言わなかった。

ザックがドアを開け、中へ入っていく四人。しかし直度にドアが閉まり、鍵も閉まってしまった。

 

「閉じ込められた」

 

レイチェルがドアを眺めていると、取り付けられているモニターからキャシーがまた映りだした。

 

「ハァイ!ごきげんよう。」

 

「ッ……お前、消えろよ……」

 

三日月はキャシーを見てイラだったのか、キャシーが何かを言う前に拳銃を抜いて発砲してモニターを割ってしまった。

今度はスピーカーからキャシーの声が流れ出した。

 

『あら、残念ね。そうやって罪人が生意気に手を出すから……

謎解きの猶予も与えないで致死性の毒ガスプレゼントしちゃうわ。

アーッハハハハハハッ!アーヒャヒャヒャハハハハッ!』

 

「あのクソ女っ……」

 

ザックが歯ぎしりをしながらキャシーに対して怒りを沸々と沸かせていると三日月はしょんぼりと肩を落としていた。

しかしレイチェルは諦めずにザックへ問いかけた。

 

「ザック、約束はここから出ないと叶わないんだっけ。」

 

「ああ?こんな時に何言ってんだ!」

 

「マジでおかしくなってるのかもな……そろそろ死にそうだぜ、俺……」

 

レイチェルは毒を少しでも吸わないように呼吸をなるべく止めて話を続ける。

因みにオルガは既に顔が真っ青になって死にかけていた。

 

「助かるかわからないけど……それでもいい?」

 

「ああ、なんだっていい。やれ。」

 

「ったくお前ら……しょうがねえな。」

 

オルガは最後のひと踏ん張りと言わんばかりに立ち上がり、レイチェルはオルガのポケットから拳銃を取り出した。

 

「お嬢さん?何するつも―」

 

「ガスが可燃性ならこれで……」

 

レイチェルは狙いを定めずに発砲しようとするも、フラついて倒れてしまった。

ザックと三日月が開いているロッカーに入り、レイチェルを引っ張って三人で無理矢理ロッカーに収まった。

 

「ああ、わかってる……団員を守んのは俺の仕事だもんな……」

 

オルガはレイチェルが結局撃てなかった拳銃を拾い上げ、扉に向けて一発だけ発砲した。

拳銃が発砲されたことによって火薬がレイチェルの思惑通り、可燃性の毒ガスに引火し、それは大爆発を起こした。

その大爆発は部屋の扉諸共吹き飛ばす威力であり、ロッカーにいた三人も少なからず衝撃を受けた。

オルガはオルガで希望の華を咲かせ、そのまま倒れた。

 

「だからよ……こういう荒っぽいことは可愛いお嬢さんがやるんじゃねえぞ……」



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殺戮のオルガ 第8話

爆発であちこちが焦げたり変形したりと完全に破壊された毒ガスの部屋。

そこからは誇らしげな顔で出てきたザックたち。

 

「ヘッ……爆発させてフッ飛ばすなんて、やってやったって気分だな!」

 

「とんだ博打だったな、俺はともかくミカやお嬢さんたちは軽率に怪我なんて出来ねぇんだしよ……」

 

「凄いな、アイツ……」

 

ザックは作戦が上手く行って上機嫌に、オルガは上手く行ったことで何とか安心して胸をなでおろした。

三日月は中々動かさない表情を動かしてまでレイチェルを褒めて、先へ進もうとする。

しかしレイチェルは致死性の毒ガスを少し吸ってしまった影響で動けなくなって、その場に倒れ込んでしまった。

倒れるレイチェルにザックが心配して声を掛ける。

 

「おい、しっかりしろよ……」

 

「私、役に立てた?」

 

「当たり前じゃん」

 

「お前がいなかったらあのクソ女の毒ガスで死んでたぜ」

 

「そうだ……お嬢さんがいなきゃ最悪俺も死んでたぜ」

 

「いっつも死んでるだろ」

 

倒れたレイチェルの問いかけに満面の笑みで答えるザックと、レイチェルを頼もしそうに見る三日月。

オルガもそれに共感してレイチェルを褒めるが、言葉に信憑性がなさ過ぎてザックに突っ込まれる。

 

『んふふふ~。あの状況で生きてるなんて、ちょっと予想外ね~。称賛してあげる。サービスに扉、開けといてあげたわぁ~』

 

機械を通して聞こえてくるキャシーの声に、ただでさえ体が疲れている中に不快な声を聞いて苛立つレイチェルと三日月。

目を押さえてため息をついて今にも寝転がりそうな程気だるげにしているオルガ、苛立ちを露わにするザック。

 

「出たんだから当然だろうが!舐め腐りやがって……」

 

「先に……進もう……」

 

ふり絞るような声でレイチェルは先への道を指差し、歩き始める。

三人もそれに付いていくが、弱ったレイチェルの歩く速度が遅くなってしまったため、元々歩幅も大きく、歩くのも早かった三人とだんだん距離が離れていってしまう。

オルガは何か考え事をしているためか、余計に他人へペースを合わせることが出来なくなっていた。

 

「オルガ、歩くの早いよ」

 

「おぉ、悪い」

 

「もっと早く歩けねぇのかぁ?」

 

「うん……」

 

フラフラしながらもゆっくりと歩くレイチェル、ただ普通に歩く三人。

歩く速度にも差があり、何とかレイチェルに歩く速度を合わせようとする三人だが―

 

「こんなペースで歩いてられっかよぉっ!」

 

「先に……行っても……いいよ……」

 

「お嬢さんはどうすんだ!」

 

「頑張る」

 

「頑張ったって死ぬときゃ死ぬんだよ!死ぬのはお前の望みかもしんねぇけど、そうなったら俺の望みがどうにもなんなくなんだろうが!」

 

「おぉ、忘れてたな、そんなこと」

 

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 

「そう……だったね……」

 

レイチェルの歩く速度があまりにも遅すぎてとうとう痺れを切らしたザックがレイチェルに怒りだした。

レイチェルは自分に合わせて遅くなるなら、と三人を先に進ませようとするがオルガがレイチェルを心配する。

それに対しても返答するレイチェルだが、ザックが更に怒るためにオルガが敢えてザックを煽って注意を自分に向け始める。

 

「じゃあ、どうすれば……いい……?」

 

「だったら休んだら?今のうちだよ」

 

三日月の提案でカメラの死角ともなりうる場所である隅っこの方に退避した四人。

 

「ここならカメラにも映んねぇ、少し休め」

 

「うん……」

 

ザックの「休め」という言葉に安心したのか、疲れが一気に襲ってきたのかレイチェルは一瞬でぐっすりと眠った。

三日月はどこから持ってきたのかも分からないボトルにストローを刺して、ゴクゴクと何かを飲んでいた。

 

「面白くねぇ、つかなんで俺がこんなイライラしなきゃなんねぇんだ……」

 

「ん」

 

「なんだよ」

 

「火星ヤシ。イライラしてる時は食えば治るよ」

 

「しょうもねぇ、クソッ……面白くねぇことばっかだ」

 

ザックは三日月の施しも一蹴し、壁に背中を預けて寝始めた。

オルガは折角三日月がくれた物を一蹴したザックに少し表情を曇らせる。

 

「ミカ、お前いいのか?」

 

「あ~、今はいつ来るかわかんないから」

 

ザックに渡そうとしていた分の火星ヤシを一気に頬張る三日月。

その一方で、フロアB4での出来事を夢の中で見ていたザックとオルガ。

 

━━やっちまえぇっ、オルガァァァーッ!

 

オルガが超高速かつ気持ちの悪い動きをしながら踊ってザックに近づいてくるあの夢。

二人は共通してザック視点で夢を見ていたために、とてつもない悪夢となってオルガとザックは静かにうなされた。

 

「オルガ」

 

「んん……ああ……はっ!おぉ……ミカ……」

 

自分で作り出していた記憶ながらも悪夢となったことからようやく解放されたオルガ。

その一方で目覚めたレイチェルはザックをゆさゆさと揺すり、起こす。

 

「ザック」

 

「ん……ケッ……もう行けんのかァ?」

 

「うん」

 

「いいなら、行くぞ……!行きたかねぇが……この先にはどうせ、あの女が待ってんだ……」

 

そう言って再び歩き始めるオルガを見て、悪夢から解放されてもまだ苛立ちが収まりきらないザックがイライラしながらオルガに言葉をぶつける。

 

「お前のせいでムカつくもん見ちまった……」

 

「え、いや俺はまぁ……」

 

「うるせえっ!」

 

オルガは何故か照れ臭そうにしており、その様子はザックの短い導火線に火をつける。

見事に右フックがオルガの顔面に決まった。

その一撃で希望の華を咲かせて倒れるオルガ。

 

「ぶっ……ぐ……ああっ……」

 

「だからよ……機嫌悪い奴にはあんま話しかけんじゃねえぞ……」

 

「お前頭おかしいだろ……」

 

物理的にも精神的にもおかしいオルガへ今更ながらの言葉をかけながらザックはオルガを放置して歩き出す。

 

『あら~、随分遅かったじゃない。どこで道草してたの?』

 

「うるさいな……」

 

「まぁ、私を楽しませてくれる道具にはなってくれないのねぇん」

 

「はぁ?」

 

「いくら俺らが耄碌(もうろく)したって、玩具(おもちゃ)なんかになるわけねぇだろ」

 

「でもいいわ。馬鹿な子たちも可愛いもの。では引き続き刑罰をお楽しみくださ~い」

 

機械を通して聞こえてくるキャシーの声、それに再度苛立つ三日月とザック。

キャシーの発言に対しても真っ向から返答するオルガ。

しかし団員や自分を馬鹿と言われて腹が立ったのか、オルガは壁を思いっきり殴りつけた。

 

「オルガ、大丈夫?」

 

「こんくらいなんてこたぁねえ……」

 

「腕ねじ曲がってる……」

 

「いいから行くぞっ!」

 

オルガは壁を殴った反動で腕が見事に折れて希望の華を咲かせる寸前のダメージを受けた。

そんなオルガに呆れつつも心配する三日月とレイチェルだが、オルガは強がって先に歩き出す。

 

「うう……うう……」

 

オルガたちが先に進んだ道では、牢屋が並んでおりまるで罪人を収容しておくとでも言わんばかりの通路だった。

四人が歩いていると、うめき声のような声と共にレイチェルの足が止まった。

干からびたような手でレイチェルに助けを求めるようにレイチェルの足に縋り付いていた。

 

「ミカ」

 

オルガのただ一言の指示で、三日月は拳銃を持ってレイチェルの足に縋り付く男を射殺した。

せめてもう苦しまないように、と三日月は徹底して急所を狙って。

 

「牢獄を選ぶなんて、俺よりも馬鹿な奴もいるんだな……。行くぞ」

 

ザックがそうレイチェルに言うが、レイチェルはその干からびた足を見て動きを止める。

 

「……構うな!どうせ死ぬんだ」

 

「もう生きてない」

 

「……」

 

その牢獄の男はすでに息絶えていた……。

 

 

その先に通路へ向かうと、分かれ道が見つかった。

 

「通路が分かれてる……」

 

「じゃあ人数を均等に分け──」

 

「テメーら三人で左行け。俺は一人で十分だ」

 

「ちょ…おまっ…!」

 

オルガが分かれ道のメンバーを選ぼうとしていたのに、ザックが勝手に右の通路へと一人で歩いて行ってしまった。

レイチェルは気にせず左の通路を歩き、三日月とオルガも同時にレイチェルを追いかけた。

 

「通路が分かれてたのはこう言うことか……」

 

通路のその先の部屋に進むと、オルガはまたそれに納得した。

鉄格子で仕切られた大部屋、片方の部屋にはザックが、もう片方の部屋にはレイチェルとオルガと三日月が。

 

「生身では、初めまして……ね」

 

四人が部屋の中をキョロキョロと見まわしていると、キャシーが金色の分厚い扉から出てくる。

もっとも、拳銃も鎌もどの攻撃も届かない位置に立っているために三日月たちは苛立ちながらも攻撃することは出来なかった。

レイチェルは攻撃することが出来ないのならばどのようにすればよいかなど理解していたためキャシーへ問いかけた。

 

「次は……何をすればいいの?」

 

「そこの注射を打てば、次の部屋の扉が開きま~す」

 

キャシーが出てきた扉とは別に、鉄で出来た分厚い扉。

そこが開けば次の部屋へとたどり着くことが出来る。

 

「それで、片方はビタミン剤。もう片方は~、とぉ~っても危ないお薬。一滴も残らずに打ったら、扉を開けてあげる」

 

キャシーはいちいちジェスチャーしながらそれを説明しする。

 

「では、ご幸運をお祈りいたしますわ~。あーっはははははっ!あーはははははははっはっははぁっ!」

 

「これ……阿頼耶識システムじゃねぇのか……?」

 

「背中に打つもんじゃないでしょ」

 

オルガと三日月が注射器を手に取って見つめて話していた。

勿論その会話の内容はレイチェルとザックには理解できない物だった。

 

「どっちがヤベー奴かわかるか?」

 

「わかんねぇ」

 

「わからない……」

 

オルガとレイチェルは注射に入った液体を交互に見るが、違いは色しかなくわかるはずもなかった。

レイチェルは仕方なしに注射器をザックの手から貰って二本立てた。

 

「私が両方打とうか?」

 

「それはダメだ」

 

「わざわざアンタが危険な目に合う必要はねえ……」

 

「テメェ!それで平気でいられんのか!?」

 

「さぁ」

 

レイチェルの答えを聞き、オルガはザックと三日月の二人に目配せをする。

 

「だったら今はアンタの仕事じゃねえ……。頼んだぜ!ミカァ!」

 

「やだ。薬には耐えられる気がしない」

 

「やってくれるかぁ!?ザックッ!」

 

「んなもん嫌に決まってんだろ……」

 

予想外の答えにオルガは戸惑い始め、注射器を二本レイチェルの手からひったくって交互に見る。

これを打てば自分が死ぬかもしれない。オルガの場合は死んでも問題はないのだが、問題は別にあった。

 

「これが麻薬とかだったら俺は死んでも治せねぇ……」

 

「三人が嫌なら私が打つ。どうなるかはわからないけど……」

 

「はははははっ!そうかぁ、お前は死にてえんだったなぁ……」

 

ザックは急に笑い出してからレイチェルを睨みつけ、胸倉を掴んだ。

 

「テメェのその死んだ面見てっとイライラすんだよ!

つまんねぇよ……お人形さんに道具にされんのはっ!」

 

ザックはレイチェルから手を離し、オルガに手招きする。

オルガはビビリながらも歩き、ザックの前に立つ。

 

「でもな……今はレイのいいようになってやる。

それに……よくわかんねぇけどよ、今はテメェの言った、「筋を通す」ってのをしてやるよ……」

 

ザックはオルガから注射器を二本奪い取り、袖をまくって腕に突き立てて液体を全て注射した。

 

「ザック!ダメ……」

 

「待ってくれザック!何もお前が無茶する事は……」

 

「うるせぇ……行くぞ……」

 

ザックが空の注射器を投げ捨てると、鋼鉄のドアが開く。

 

「ザック……」

 

レイチェルはただただ不安を胸に、オルガたちと共に鉄のドアをくぐって次の通路へと進んだ。

この先に何が起きるかも、わからないままに。

 



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殺戮のオルガ 第9話

鉄の扉を開けて奥の通路へと進んだオルガ、レイチェル、三日月。

 

彼らは分かれ道の合流点についてからザックを待つが、ザックが来る気配は見受けられない……。

痺れを切らした三人はザックのいる道へと向かった。

 

すると、走る道の先によろめきながらゆっくりと歩くザックが見えた。

 

「ザック、大丈夫?」

 

レイチェルがザックを心配して声をかける。

しかし、ザックは無言で鎌をレイチェルの首に向けた。

オルガと三日月は拳銃に手を伸ばしながらザックを強く睨む。

 

「ザック、お前……」

 

「殺したくて……殺したくて殺したくて殺したくて殺したくて殺したくてどうにかなっちまいそうなんだよォォォッ!」

 

「コイツはもう……」

 

「やめろミカ」

 

自身の衝動を抑えられないザックを殺そうと三日月が拳銃を抜いて向けようとするが、オルガはそれを止める。

レイチェルはザックの言葉を、オルガと三日月の心情を目で見て耳で聞き感じ取ってから、目を瞑った。

 

「私は構わない」

 

「ああそうかよ!」

 

「……けど、ザックはいいの?」

 

「ああ!?」

 

「ザックは……まだ外に出てない」

 

レイチェルは自分が今死なないためにか、ザックのためを思ってかザックにそう問いかけた。

確かにザックは今ここでレイチェルを殺せば欲を満たして元に戻るかもしれない。しかしそれではザックやオルガたちは外に出られなくなってしまう。

 

「ザック、お嬢さんを殺しちまえばどうなるかくらい、お前のお頭でもわかってんだろうな?」

 

「今更脅してんのか!?」

 

「違う……貴方に聞くの。ザックは、いいの?」

 

レイチェルは目を開け、真剣な眼差しでザックを見つめて問いかける。

本当にそれが自分の望みなのか、自分を殺してその先どうやって辿り着くのつもりなのか。

ザックの真意をレイチェルは命を懸けて問いかけた。

その言葉を聞いてからレイチェルの首に当てられていた鎌はカラン、と音を立てて床に落ちる。

 

「いくらお前がつまんねぇ顔の女でもな……我慢すんのは難しいんだぜぇ~?…………でも……俺だって嘘は嫌いなんだ、テメェならこの意味、わかんだろ?」

 

「よくわかんねぇ、正直ピンと来ませんね」

 

「テメーはあとでぜってぇぶっ殺す」

 

「えっ」

 

ザックの真剣な問いに頷くレイチェル、茶化して死刑宣告されてしまったオルガ。

三日月はオルガの背中を軽く叩き、「大丈夫でしょ?」と言ってオルガを助けることを放棄した。

深く絶望しながらオルガはあとで自分は希望の華を咲かせるだろう、と諦めながら落ち込む。

 

「それに比べてテメェはお利口さんだな……だからよ、頼むわ」

 

「今だけ、俺に殺されるな」

 

ザックはレイチェルに当てていた鎌を引き、レイチェルを突き飛ばして頭を押さえ始める。

 

「うぅぅぅ……ぁぁぁぁぁ……」

 

「オルガ、次はどうする?ザックの足止め?」

 

「どうもこうもねえ、逃げるって決めたからには逃げるしかねぇんだ」

 

呻いていたザックは苦しみから解放されるようにして声すら上げなくなった。

オルガの言葉も三日月の問いも聞かず、レイチェルは一心不乱に走り出す。

三日月とオルガもレイチェルの後に続き、三人でザックから一斉に逃げ出す。

 

(あの時とは違う。私が生き延びるためじゃない。

ザック自身のために……鉄華団のために。

今だけ、ザックに殺させない。そして、皆で脱出する未来を勝ち取るために)

 

「にぃぃ~っ」

 

ザックが不敵に笑い、レイチェルが一瞬だけ後方確認をするとザックが全速力で三人を追いかけていた。

フロアB6で見た時以上の狂気を感じ、レイチェルは石ころのようなものに躓いて転んでしまう。

 

「へーっへっへへへへ!いひ!いひひひひひひひ!あーはははははははぁ!あーひゃひゃひゃひゃひゃっひゃぁ!」

 

「足を止めるなぁっ!」

 

(そうだ、逃げなきゃ……。ザックは薬で正気を失ってるだけなんだ、絶望なんかしてられない!)

 

ザックが勢い任せに振り下ろした鎌はレイチェルにカスりもしなかったが、ザックの狂気に呑まれてレイチェルはすくみ上ってしまった。

直後にオルガが大声でレイチェルに声をかけ、レイチェルはすぐ我を取り戻して走り出す。

レイチェルはザックの事を信じ、鉄華団を信じて再び走り出し、見つけた鉄の扉を開けて部屋の中に入る。

その部屋の中には弾痕と血の跡が多数まかれており、過去に人が死んでいったと言うことを示すには十分だった。

 

「行き止まり……」

 

「へーっ……ふー……ふー……」

 

「ひゃーはははははぁっ!」

 

獣のような唸り声を上げながらザックはオルガとレイチェルに歩み寄る。

そして高らかに鎌を振り上げ、オルガとレイチェルをまとめて切り殺そうとしたその瞬間──

 

バン!

 

一発の銃声が鳴り、ザックの右腕に命中して血を吹かせた。

ザックは鎌を落として、先ほどまで鎌を握っていた右腕を押さえ始める。

 

「……ごめん」

 

「いや、お前はよくやってくれた」

 

ザックを撃ったのは三日月だった。

レイチェルがそのことに動揺していると、四人揃って不快な声と認識する笑い声が部屋に鳴り響いた。

 

「あーっはっはっはっはっはっ!」

 

その笑い声の主はもちろん、あの女──キャシーであった。

 

「ハァイ。よくここまで来れたわね、とっても愉快だったわ。貴方たちの仲間割れ」

 

「チッ……ホント上から目線だな、おばさん。」

 

「ザック、貴方は模範的で私の理想の罪人ねぇ。足搔いたところで衝動を抑えきれないなんて、ホント素敵ぃ」

 

「俺の仲間を馬鹿にしないで」

 

キャシーがザックを見下ろし、ザックを嗤っていると三日月は静かにキレた。

怒号も罵声もなく、単純に殺気のみを込めた静かな怒りだった。

 

「うるっせぇ……」

 

ザックは標的をキャシーに変え、獣のような殺意を剥き出しに、怒りを露わにしてキャシーに歩み寄る。

しかしキャシーは自分が絶対に安心な位置にいると信じ切ったかのように、ボタンを操作して部屋の各部分に取り付けられている機関砲でザックをまた撃ち抜いた。

 

「もぉ、馬鹿な子」

 

「ザック!」

 

「大丈夫か!?」

 

「よるんじゃねえ!」

 

ザックが声をかけるも、オルガはザックに向けて放たれる弾丸を無視できずに走り出し、ザックを庇う形で弾丸を背中に受けた。

 

「何やってんだよ!お前っ!」

 

「オルガ!」

 

キャシーが操作して放った弾丸は、オルガが希望の華を咲かせないギリギリのダメージであったためにオルガはダメージをリセットすることが出来なかった。

ただただダメージを限界まで与えて行動不能にする、その僅かな調整を見抜いて気を取られてしまった三日月には、機関砲の隣につけられていたレールガンが向けられた。

 

「あ……」

 

三日月が避けられないと判断した直後、鋼鉄の棒が三日月に直撃して轟音と共に三日月を壁に叩きつけた。

ザックは痛みを忘れるまでにアドレナリンを分泌し、キャシーを全力で睨みつける。

 

「あらあら、撃たれた痛みでちょっとは理性的になるかと思ったけどこれだもの」

 

「ぐっ……ぃってぇ……」

 

三日月は壁に叩きつけられた反動で頭からも血を流し、バタリと倒れていた。

オルガも希望の華を咲かせることなく動けないだけの状態で倒れてしまっていた。

 

「が・ま・ん、出来ないんでしょう?……ねぇ、レイチェル・ガードナー?」

 

キャシーがレイチェルの名を呼んでから指をパチン、と鳴らすと照明が一点に絞られた。

その場所には拳銃が置いてあり、キャシーは拳銃を示しながら言った。

 

「それをあげるわ。本日のメインイベントよ。さぁ、面白いものを見せて頂戴」

 

キャシーがボタンをいじると、歓声のような機械の声が流れる。

ザックは何度も崩れ落ちそうになりながらようやく立ち上がり、レイチェルに鎌を向けた。

 

「撃つなら早く撃てよ……俺ぁ我慢出来ねぇんだ……」

 

震えるザックの手を見ながらレイチェルは拳銃をザックに向けた。

しかしレイチェルはすぐに拳銃を降ろし、ザックを見つめた。

 

「私は撃たない」

 

「そうか!俺は殺したくて仕方ねえよ!」

 

「ごめんなさい」

 

「ああホントだよ!クソみてえな気分になるだろうが!」

 

「……これは私の意志。ザックに殺されるのはいい、でもあの女の思い通りになんかならない。

殺すのも、殺されるのも……意思だよ?」

 

レイチェルの説得を聞いてからザックは額に手を当て、普段使うことのない頭で必死に自分を抑えた。

しかしそれでもザックはどうにもならず、レイチェルを見た。

笑いも泣きも怒りも焦りもしない、ただただ無表情の女。何をするわけでもなく、ただずっと黙っている。

 

「ああ……もう我慢出来ねぇ。……なぁ、せめて笑ってみろよ!今ァ!」

 

レイチェルはフロアB4で見せたように、静かに笑う。

しかしザックの目には笑っていたオルガがチラついてしまい、トラウマのように思い出して悲鳴を上げる。

 

「うああああああああっ!

……ヘタクソ。そんなに笑うのがヘタクソなお前を殺す想像をしただけで、俺は誰よりも、いい笑顔になれるぜぇ?」

 

(いや俺じゃねえか……)

 

「自分をッ!やっちまえるくらいになぁっ!」

 

ザックはダンッ、と床を踏みしめてから鎌を自分の腹に当てて、そのまま引いて腹を切り裂いた。

ただ見ていただけのオルガも、三日月もその光景を見て驚愕する。

 

「ザック!」

 

「はああああああああああ!?」

 

腹から大量に出血するザックを見てレイチェルはすぐザックに駆け寄り、ザックを揺する。

ザックはもう動かなくなっており、今どうすればいいかもわからずレイチェルは必死に考えを巡らせる。

しかしその考えを邪魔するかのように、自動ドアが開いてキャシーが出てきた。

 

「ああ……おぞましい。模範的なんて間違いだったわ!

レイチェル・ガードナーは罪人の成り損ない、アイザック・フォスターは欲望に負けて自分を殺す程愚かだなんて!」

 

「それでも俺は……俺たちは、いつでも最高に粋がってカッコいい罪人たちなんだ。……だろぉ?……ミカァ!」

 

オルガが満身創痍の体のまま立ち上がり、叫んだ。

その声に応えるように、三日月は急速に立ち上がって拳銃を抜いて一発発砲した。

それはキャシーの腹部に命中し、キャシーを吐血させて十分なダメージを与えた。

 

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?このガキッ!とんでもない本性を出してきたわね!

でも、まぁいいわ!レイチェルの持ってる銃には弾なんて入ってない!最ッ初からっ!

だから、アンタたちは──」

 

バン!

 

レイチェルがバッグから取り出した最後の持ち物。

最初にフロアB3に着いたときにザックたちに教えることの出来なかったもの。

それは三日月やオルガと同じ、拳銃だった。

素人ながらレイチェルが放った弾丸は三日月がキャシーに命中させた部分にピッタリと当たり、弾丸を更に強く押し出した。

 

「ぶっ!……最ッ高だわ。この罪人女ッ!

この私が、断罪してやる!断罪してやるぅぅぅっ!」

 

キャシーがそう叫んでから機関砲とレールガン一斉発射のスイッチを押そうとして腕を天高々と上げる。

しかしそのスイッチも押されることは叶わず、バックリと切り裂かれて宙を舞って……落ちた。

 

「うっせぇよ……目が覚めちまっただろぉがぁっ!」

 

ザックが鎌でキャシーの右腕を斬り落としていた。

オルガと三日月もザックを見て、安堵の声を漏らす。

 

「嘘……でしょ?」

 

「現実だ、目ぇ覚ませよ」

 

ザックはそのまま踏み込み、鎌でキャシーの腹を切り裂いた。

そのまま鎌に着いた血を一振るいして払い、硬直したかのように立ったまま止まった。

 

「ザック……」

 

「断罪しないと……断罪……してやる……私が……」

 

「へぇ、まだ生きてる……」

 

キャシーが壊れた機械のようにただただ「断罪」、とだけ言いながら這いつくばって落ちた自分の腕についている刑罰用のスイッチを押した。

カチリ、とスイッチが押されると四方から機関砲が乱射されるが、ニッ、と笑ったオルガはナイフを取り出して―

 

「うううおおおおあああああああああああああっ!」

 

弾丸を全て斬って落とした。

同時に持っていたナイフも砕けて落ちた。

最期の攻撃すら誰の命も奪うことは出来ず、キャシーはそのまま絶命した。

 

「さてと……道は開けた。あとは進むだけだ!」

 

「違う」

 

「はぁ?」

 

「こんな姿じゃない……こんな、可哀想じゃない」

 

「ちょ、待ってくれ!」

 

オルガは思い出した。先ほどザックに死刑宣告をされたことを、しかしザックは動かない。

ならばレイチェルがその代行をするまで、と言うことに気づいた。

オルガは逃げ出そうとするが、満身創痍の体では逃げることもままならず、レイチェルは今一度鞄から拳銃を取り出した。

 

バン!

 

「ぐぅっ!」

 

オルガは既に死にかけていたため、拳銃一発でオーバーキルとなるまでのダメージを受けて―

希望の華を咲かせた。

 

「だからよ……真剣な雰囲気は茶化すんじゃねえぞ……」

 

「はっはぁ!腹いてぇ」

 

二重の意味で痛い腹を押さえながらザックはオルガを笑い、そのまま先へと進んだ。

残された僅かな謎をレイチェルが解き、四人でエレベーターへと乗ってフロアB3からフロアB2へと進んだ。

 

「お前、マジでよくやったな」

 

「何を?」

 

「あのイカレ女に一発撃ちこんでやった時だよ。

スッゲースカッとしたよなぁ~」

 

「まぁ……これっぽっちも面白くなかっ…ピギュッ」

 

理不尽な理由で殺されて拗ねるオルガ、しかし三日月に襟を掴まれて睨まれる。

 

「もういいよ、喋らなくて」

 

「えっ……すみませんでした」

 

三日月の一言が更にオルガへと刺さり、オルガはそのまま項垂れてしまう。

 

「お前、頭いいのか悪いのかわかんねぇなぁ」

 

「機嫌、いいね」

 

「お前もそうだろ?なぁ?」

 

約一名だけ機嫌が悪い者がいたことについては触れず、レイチェルに満面の笑みを向けるザック。

レイチェルは少し頬が緩み、口元だけが笑って機嫌がよさそうにしていた。

 

「うん、いいね」

 

「俺も機嫌いい方だよ、まだ痛いけど……」

 

三日月もその会話に参加して三人で機嫌がよさそうにしていると、あっという間にエレベーターがフロアB2へとたどり着いた。

 

「ついたよ、ザック」

 

エレベーターが到着してドアが開くと、レイチェルと三日月は立ち上がり、拗ねるオルガを引っ張りザックもエレベーターから出そうとするが……

 

「……ザック?」

 

ザックは動かなかった。

 

レイチェルが不審に思ってザックの肩に手を触れると……

 

カラン

 

と音を立てて鎌を落とし、大量に血を流しながらザックはその場に倒れ込んだ。

 

「ザック!?」

 

 



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殺戮のオルガ 第10話

「ザック」

 

「うっ……うぅ……あぁ?」

 

「あぁ、はぁ……良かったぜ…本当に」

 

「ついたのか、じゃあ行くかぁ……」

 

いきなり倒れたザックを心配していたレイチェルとオルガ。

二人はザックが目を覚ましたのを確認し、何とか生きていたと安堵の息を漏らす。

しかし、ザックは腹がバックリと裂かれた状態で立ち上がろうとしたため、既に失っていた血を更に流してしまった。

 

「ザック、血が!」

 

「鉄血のオルフェンズじゃねえか……ヘッ」

 

オルガは焦るレイチェルや満身創痍のザックを少しでも笑わせようとその場でのギャグをかましたが……

ブラックジョークすぎて誰も笑えず、ただただ寒い空気がそこに広がった。

 

「オルガ」

 

「どうしたぁ?」

 

「死んでいいよ」

 

「勘弁してくれよ……」

 

三日月がノータイムで拳銃を取り出し、オルガの背中に三発発砲。

オルガは背中から多量の血を流して希望の華を咲かせた。

 

「お前、同じこと繰り返してばっかだな」

 

「だからよ……怪我人茶化すんじゃねえぞ……」

 

ザックはそんなオルガを見ながら再度立とうとするも、それも叶わず、吐血してしまう。

しかし、既に失っている血が多いからか、吐血した血は僅かな物だった。

 

「ダメ、動かない方がいいよ!」

 

「んなもんどうってこたねぇ……」

 

レイチェルがザックに対して忠告するもザックはそれを聞かずしてまた立ち上がろうとする。

 

「それはダメだ」

 

三日月はザックの肩を押さえ、立ち上がらせないようにしてもう一度注意をするが……ザックはそれでも三日月の腕を振り払おうとする。

 

「あぁ?大丈夫だって言って……」

 

「いい加減にしろよ……無理はすんな」

 

「チッ、わかったよ……」

 

三日月の腕を振り払おうとするザックの手を阻みつつ、オルガはザックに強く言い聞かせてその場に座らせる。

レイチェルは三日月とオルガを見て、自分のやれることを考えた。自分の出来ることを。

 

「……少し待ってて。薬かなにか探してくるから」

 

「よぉし!鉄華団初の大仕事だ!気ぃ引き締めていくぞぉっ!」

 

オルガが右腕を上げて声高らかに発言した。

尤も、これが大仕事だと思っているのはオルガだけであり、三日月とレイチェルはどうとも思っていなかった。

ただザックを救うだけ、ザックに助けられた分このフロアで恩を返すだけ、そう考えていた。

 

三人で通路を走っていると、先頭のレイチェルが急に止まりだす。

 

「ん?」

 

先程まで走っていた通路とは大きく違い、まるで教会のような赤いカーペットの敷かれたその通路には蝋燭が立てられていた。

レイチェルたちの後ろにある蝋燭を支えていた台が倒れたと思ったら、蝋燭が紫色の煙に変化して三人を取り囲む。

 

「何だありゃ……」

 

「何?……この煙……」

 

「女くせぇ…………ウッ……おえええええええっ!」

 

「別に普通でしょ」

 

あまりにも慣れていない匂いを嗅いだオルガは思いっきりその場に嘔吐物をぶちまけた。

希望の華は咲かせずに済んだが、見れば絶望するまでに汚いものをぶちまけてしまった。

その一方で煙の不思議な匂いのせいなのか突如として頭痛に襲われて頭を押さえていたレイチェル。

レイチェルの後ろから足音が聞こえ、レイチェルは振り返る。

 

「?」

 

「君は、誰だ?」

 

オルガと三日月もその足音を鳴らした者を見て釘付けになる。

気配も何も感じさせずにレイチェルの背後を取っていたその男。

紫色の服を着て、首から十字架のロザリオを下げ、分厚い本を持ち歩き初老の男性のような顔をしている男。

 

「俺はァ……鉄華団団長、オルガ・イツカだぞ……」

 

「私はこの教会の神父だ。グレイ、と言う。

この教会で何をしている?」

 

「血を……止める物を探している」

 

隙を見つけたかのように自己紹介をするオルガ、何も言わずグレイに対して警戒している三日月。

何をしに来たかと言われ、ただ自分の目的だけを返すレイチェル。

 

「ふむ、それはザックが必要としているのだな?」

 

「……!?どうしてザックのことを知っt…「当然だ。私は彼らの事を誰よりも知っているのだからな」

 

「何すかそれ、胡散くさっ!」

 

レイチェルが誰のために止血するための物を必要としているかを見抜き、的確に当てるグレイ。

それに動揺しつつも理由を訪ねようとするレイチェルだが、その言葉を遮るかのようにグレイは誇るように話した。

オルガは当然それを疑い、呆れた目でグレイを見ていた。真実か嘘かは勿論オルガにもわからない。

 

「だが、ここには生憎治療に使える物はない」

 

「どう言う事だ?」

 

「置いてあるとすれば……ダニーのフロアかね?」

 

「そんな、どうやって下まで……」

 

治療するための道具がないことを知らされ、落胆する二人。

そんな二人の悩みを解決するかのようにグレイは振り向いてオルガとレイチェルに問う。

 

「下に、戻りたいのかね?」

 

言葉を返すことはなかったが、ただ頷いて肯定する三日月。

 

「ならば難しいことはない。私と共になら、戻ることが出来る」

 

「アンタ正気か?俺らみたいなイレギュラーな存在にする話じゃねえだろ」

 

「私は偽りは告げぬ。ただし、行くのであれば少しばかりの試練を受けて貰わねばならない」

 

「……用件を聞こうか」

 

「今すぐ答えを求めはせん、自らの心で選ぶがいい。

私は、しばしここにいる」

 

オルガは再度グレイを疑うが、グレイの目と自信がある態度を見てから仕方なしにグレイの試練の内容を聞き出す。

難しくないようで難しい言葉を聞いてから顎に指を当てて長考するレイチェル、さっぱりわからず首をかしげる三日月。

 

「……わかった、一旦持ち帰ってザックに話を通す」

 

オルガは一度そう言ってから三人でまた走り出し、ザックの元へ向かった。

 

「お前ぇ……帰って来れんだろうな?」

 

「なぁに、心配いらねえさ。お嬢さんを守るのは俺たち鉄華団の仕事だ……」

 

一連の事情を話した三人を心配そうに見るザック、しかし大見栄切ってキリッとした表情で言い放つオルガ。

 

「心配だなぁ、オルガ……何やらかすかわかんないし」

 

三日月の思わぬ発言に驚くオルガ、しかし三日月に便乗して首を縦に振るレイチェル。

ここまで頼りないと思われていたことにショックを受け、オルガは希望の華を咲かせかけた。

 

「お前らが本当に死なねえってんだったら、行って来いよ……」

 

ザックの言葉を聞いてから立ち上がり、早速歩き出すレイチェル。

しかしザックは言い残したことがあったのかレイチェルの手を掴む。

 

「下に行くのなら……俺のいたフロアまで降りろ……

テメェらを最初に見つけた場所……そこに俺の部屋がある」

 

「あそこか?」

 

オルガはザックと出会った場所を思い返す。

不意打ちで殺されたり、殺されて小鳥に縫い付けられたりと散々な思いをした場所。

 

「そこにある、俺のナイフを……取ってこい……」

 

ザックはその事を告げてからレイチェルの腕から手を離して壁にもたれかかって力なく倒れる。

 

「ザック……?」

 

レイチェルは一瞬ザックが死んでしまったかのように驚くが、冷静にザックを見るとザックは寝息をすーすーと立てていただけだった。

 

「へっ……今はゆっくり寝てろよ、ザック」

 

オルガはザックにそう声をかけてからレイチェルと三日月に目配せして走り出す。

本を持って立っているグレイの元まで走り出し、決意を胸に抱いてグレイの前に立つ。

 

「どうするか、決めたのかね」

 

「俺はこの話に乗ろうと思っている。お前らはどうだ?」

 

「オルガが望むなら」

 

「試練を受ける」

 

左胸に手を当て、服ごとギュッと握りしめながらレイチェルが言った言葉。

その言葉で三人はグレイから課せられる試練を受けることとなった。

 

「ふん……良かろう」

 

 



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殺戮のオルガ 第11話

グレイから出される試練を受ける、と覚悟を決めたレイチェル、オルガ、三日月の三人はグレイとともにB2Fの入り口とも呼べるエレベーターにたどり着いていた。

 

ザックがエレベーターのすぐそばに横たわっており、グレイがザックに近づき始めた途端、レイチェルはザックに近づかせない、と言う意思を見せるようにグレイの視界からザックを遮るが……

 

「余程私をザックに近づけたくないようだな。そんなに三人揃って睨まなくとも、私はザックに何もせん」

 

グレイはそう言って、エレベーターへと足早に乗っていってしまう。

レイチェル、オルガ、三日月の三人もザックを治す薬品があるダニーのフロア──B5Fに降りるため、グレイを追って、まずはB3Fへと降りた。

 

「何故、君たちはザックを助けようとする?」

 

「ザックは神様に誓ってくれたから、私を殺してくれるって」

 

「そんなこともあったかな……だけど俺たちはただ筋を通すだけだ。ここまで戦ってくれたザックにな」

 

「まぁ、なんでもいいんだよ、……オルガのやりたい事が俺のやりたいことなんだから」

 

「ほう、それが理由かね。なんと……とんでもない誓いをした者だ」

 

グレイは持っていた分厚い本を開き、また桃色の煙を発生させた。

直後、レイチェルたちが瞬きした途端にB3Fへとついていた。

 

「着いたぞ」

 

「まだダニー先生のフロアじゃない!」

 

「悪いけど先を急いでんだ!」

 

「試練は、それぞれのフロアで受けて貰う」

 

グレイの言葉にオルガは小さく舌打ちをし、レイチェルも久しく感情をむき出しにしていた。

グレイはいつの間にか椅子に座っており、本を閉じてレイチェルたちの方を向いていた。

 

「難しいことではない。牢獄にあるエレベーターを動かす電源を入れればよい」

 

「そっかぁ……なら簡単だな」

 

「さぁ、試練を始めよう」

 

グレイは再度本を開き、ページをパラパラパラパラ……と捲り謎の煙を発生させた。

 

(急がないと……)

 

──そして、試練は開始された。

 

 

 

「……あった!」

 

牢獄にあるエレベーターのスイッチは、試練が開始されてから間もなく発見された。

レイチェルがそれに飛びつくかのようにボタンを手に取ろうとすると、レイチェルの行動を阻まんと言わんばかりに組み付いてくるものがいた。

 

「なんなんだよコイツらは……」

 

「オルガでしょ、なんか無駄に死にやすそうだし」

 

「俺じゃねぇよ!どう考えても違うだろ!」

 

レイチェルに組み付いてきたのはキャシーの提案から牢獄に捕らわれていた過去にB3Fへと来ていた囚人たちだった。

彼らはもう正気を失うなどと言った生易しいものではなく──完全に人間でなくなっていた。

 

(ああ……邪魔だな)

 

「え、ちょっと待っ……!」

 

レイチェルは鞄から拳銃を引き抜き、二発発砲してオルガごと迫りくる囚人を射殺。

そのまま倒れたオルガを引きずりながら走る三日月とレイチェルは銃殺刑の部屋に飛び込んだ。

 

「えっ……死体が……ない!」

 

「気にすんな、どうせ誰かが回収してたんだろ」

 

「わかった」

 

レイチェルは本来あったキャシーの死体がないことに困惑したが、オルガの言葉で考えることをやめた。

すぐに走り出し、キャシーが動かしていたパネルのようなものを操作し、キーボードをカタカタといじって操作する。

三日月とオルガにはその操作がよくわからなかったが、レイチェルはフロア内に装備されているそれぞれのガトリングを囚人たちに狙いを定めた。

 

「消さなきゃ……お願い、邪魔をしないで」

 

「容赦ねぇな……お嬢さん」

 

「皆殺しって……こういうの言うんだね」

 

三日月とオルガも驚く容赦のなさで、うごめいていた囚人たちは文字通り皆殺しにされた。

誰一人残ることなく射殺され、レイチェルは無事にエレベーターを起動させた。

そのあと三人はまた走り抜けるようにグレイが待機していたエレベーターの元まで移動した。

 

「……スイッチを押せたようだな。

君たちはどのようにスイッチを押した?君たちに追いすがり、邪魔をしてきた者たちはいなかったかね?」

 

「いた。でも……全部撃った」

 

「何故そうした」

 

「俺たちの前に立ちふさがる奴は全部ぶっつぶす!それが鉄華団だ。そうだろ?ミカ」

 

「ああ、邪魔する奴は全部敵だ」

 

「そうか……それでは、次のフロアへ行こう」

 

グレイは三人のその姿勢に若干の恐怖を覚えつつも、エレベーターにまた乗り込んだ。

桃色の煙が発し、景色をピンク色に染めながらも辿り着いたそのB4F。

そこはレイチェルに執着を持ち、しつこく1人で彼女を追いかけまわし、鉄華団たちと本格的な戦闘行為を繰り広げた者のいた場所。

しかしそこにある花はもう、枯れていた。

 

「ここのフロアのスイッチは、水温管理室にある」

 

「ところで、さっきからアンタなに言ってんの?」

 

「君たちが、何者であるかを知るためだ」

 

「俺たちは先を急いでいる……最初にそう言ったよな。テメェのくだらねぇおしゃべりを聞きに来たんじゃねえんだよ」

 

オルガは威圧的な目でグレイを睨みつけ、グレイの話を否が応でも止めようとする。

 

「君は、今審議にかけられているのだよ。レイチェル・ガードナー」

 

「えっ……俺じゃなくてお嬢さんが?」

 

「私が?でも、そんなことは関係ない」

 

「ならばよい」

 

「だから急いでるって言ってるだろうが!」

 

「よかろう、ついたぞ」

 

エディのフロアにあるスイッチを押しても、グレイの質問や話は未だに続いていた。

オルガはとうとう痺れを切らし、大声でグレイの話を中断する。

またエレベーターの扉があき、とうとう目的であるB5Fまで三人は辿り着いた。

……のだが、オルガは「あっ…」と、何か思い出したかのように小さく声を漏らし、少し嫌そうにしながらもグレイに話しかけた。

 

「オイ」

 

「どうした?話はしないのではなかったのか?」

 

「ザックのフロアにも取りに行きたい物があるの」

 

「別に構わんよ。薬を探し終えたら、下へ下るエレベーターまで来なさい」

 

「ええ」

 

レイチェルがそう返事をしながら、グレイは先へ歩き始め暗闇へと消えていった。

オルガとレイチェルの二人はやや難しい顔をしながらグレイを見て、グレイを信じていいのかダメなのか、その決意が揺らいでいた。

 

「難しい顔してるね」

 

「お前もだろ、ミカ。あのおっさんの言葉がどこまでがホントなのかわからねえしなぁ」

 

「なら、次はどうすればいい?」

 

「どうであれ、俺たちに選ぶ自由なんてねえんだ。例え罠でも、罠ごと噛み砕くまでだ」

 

「いや、わかってるよ。ただその言葉を聞きたかっただけだ」

 

オルガと三日月のお互いがお互いを信頼し合うやり取りを交わしている間、いつの間にか蚊帳の外になって居たレイチェルは一人で先に進んでいた。

ダニーと自分が探索していた部屋をしらみつぶしに探し、戸棚を開けたり保存されている義眼をたたき割ったり。

様々なことをしながらザックのために必要な薬品を探していた。造血剤、止血剤、ついでで傷を塞ぐための何か。

(いざとなればオルガの巻いているネクタイとかでもいいけど……汚いしなぁ)

 

「お嬢さん、今なんかさりげなく俺の事馬鹿にしてねえか?」

 

「してない……って、薬がない」

 

「確かに、なんかここ違和感ねぇか?大事な物がねえって言うか……」

 

「全部なくなってる……薬が。それだけじゃない、ダニー先生の死体も……」

 

想定してない事態に焦ったレイチェルたちは、椅子に座って本を読んでいたグレイの元まで走り出す。

 

「どうした?随分と焦っているようだが」

 

「ザックの所に戻らなきゃ……」

 

「薬はあったのかね?」

 

「ない……あなたはこのフロアに薬がある、と言っていた」

 

「この落とし前、アンタどうつけるつもりだ?」

 

「私を疑っておるようだな」

 

三日月は至極当然だ、と言わんばかりの顔で頷きジャケットの内ポケットにある拳銃に手をかけていた。

嘘の言葉でレイチェルやオルガを惑わし、あまつさえこのように邪魔まで用意していた。

ならば三日月の取る行動は落とし前をつけさせる、と言う事でもうオルガの指示を待つ準備をしていた。

 

「そう難しい顔をするな。私も何故ここに薬がないのかは把握しておらんのだ」

 

「どういうことだ?」

 

「なんで?」

 

「だが、予測は出来るとも。原因は君ではないのか?レイチェル・ガー「それよりザックの所に!」

 

「良かろう……」

 

自分の台詞を遮られ、せかすような目で見つめられたためにグレイは許可を出す他なかった。

 

(役に立つから……待ってて、ザック!)

(それまで、心臓を……生命の鼓動を……止めるんじゃねぇぞ……)

 

ザックの無事を願い、B6Fへと続くエレベーターが四人を乗せて降りていく中。

 

倒れているザックの前に立ち、憎悪をぶつけるかのように彼を見下ろす者がいた。

 

「300年だ……休暇はもう十分に楽しんだだろう、さぁ……目覚めの時だ。……ザァック……」



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殺戮のオルガ 第12話

満身創痍のザックの元に、一人の男が現れて彼を見下ろしていた。ザックはその男を見て敵意を剥き出しにし、鎌を振るう。

しかしフラフラとしているザックの攻撃では当たるわけもなく、その男は鎌を避けながらザックに声をかけた。

 

「久し振りだな、ザック」

 

「なんで、テメェがここにいる……」

 

「何故……か。簡単なことだよ、ザック。アレは私がバエルを動かすための簡単な実験に過ぎない」

 

「じゃあ、もう一回……斬り殺してやるよ!」

 

その男はダニーだった。ザックがB5Fで刺し殺し、オルガたちからはマクギリス、チョコレートの人……と呼ばれていた白衣の眼鏡男。

自分が鎌を刺して殺したはずの相手がここにいる。理由はわからないが一回死にかけることが実験に過ぎないと言うのならば。

ザックは鎌をもう一度構えて、飛び掛かった。喉を掻っ切り、また血で体中を染めて動けなくさせるために。

しかし、ザックはそう身構えようが覚悟を決めようが腹から多量出血を起こしていることに変わりはない。

そのためにすぐに空中でバランスを崩し、鎌でなんとか倒れることは防いだが腹からまた血が流れ落ちる。

 

「お前は本当に面白い男だ、ザック。よしてくれ、私とて無傷ではない……」

 

「その割には元気そうじゃねぇか……オイ……」

 

「私は君とは違うからね。それと、何故君がレイチェルと共にいるんだ?

そして……鉄華団は今どこにいる?」

 

ダニーは鉄華団に殺意を持ち、彼らを必ず殺すと決意してザックに鉄華団の居場所を尋ねた。

共に行動している彼ならば行き先を知っているだろう、と考えたことの上で。

 

「お前……それ本気で聞いてんのか?どこにいるかなんて言うわけねぇだろうが、ヴァカが。

それに……殺しちまった!なんて言ったらどうすんだぁ?ええ?」

 

「アグニカ・カイエルの魂はこの俺だ!それなのに、お前のような殺人鬼が私に逆らうだと……?ふざけるのも大概にして貰おうか!」

 

「それがどうしたってんだよ……別に俺は、お前みたいに神なんか興味もねえよ……

でもよ、アイツは俺に殺されたがってる。だから、アイツを殺すのは……この俺だ」

 

「なるほど……では殺すといい。自分の命よりも、大事な人の手で殺されるのならば……レイチェルにとっても望むところだろう」

 

先程と一変して、ダニーは笑顔になってザックにレイチェルを殺すと言う事を許しだした。

まるで、人が変わったかのようにダニーはレイチェルへの執着を捨てているのか、と言うように。

当然、ザックもそのダニーの豹変ぶりに気づいて疑いの目を向けた。

 

「何……企んでやがる」

 

「そこからが、私の出番だからだ。君の姿は……多くの人の目に忌むべき恐怖として映るだろう。

その唾棄すべき存在と戦うのが、バエルを操る唯一絶対の力を持ちその頂点になる……マクギリス・ファリドだからだ。

劇的な舞台に相応しい……劇的な演出だろう?ザック」

 

「へ、へへへっ……テメェにやるもんなんて、何一つねえよ!」

 

「レイチェルについては安心するといい……彼女の幸せについては、保証しよう」

 

ダニーの不敵な笑みに、ザックは「ぐぬぬ」と歯ぎしりしながら震えているだけだった。

その一方、ザックとダニーがやり取りをかわしている時に。

 

 

 

「ついたぞ……目的を果たしてきなさい」

 

『テメェを、一番最初に見つけた場所……そこに俺の部屋がある。そこにある俺のナイフを持って……来い……』

 

エレベーターが降下し、ダニーのフロアであるB5Fから薬を発見することが出来なかった三人。

彼らはザックから頼まれたもう一つの仕事、ザックの持っていたナイフを持ってくる。それを果たすために三人はB6Fを走り回っていた。

 

「ここが……ザックの部屋……」

 

物覚えの良いレイチェルはザックと出会った場所を覚えており、すぐにザックの部屋を見つけ出すことが出来た。

尤も、銃の弾痕や血だまりに触れた足跡やら破壊された物の形などですぐにわかるような場所でもあった。

 

(何か止血に使える物……そうだ、ザックのいつも巻いてる包帯ならここにスペアがあるかも……)

 

レイチェルはザックの部屋にある引き出しをガサゴソと探し、血だらけの汚れた包帯を見る。

 

「使えない……あ、これなら」

 

血だらけの汚れたヨレヨレの包帯の隅っこには綺麗にまかれたスペアの包帯があった。

レイチェルが他には何かないかとまたガサゴソと引き出しを探している一方で、オルガと三日月は。

 

「ミカ、お前の方は何か見つけ……」

 

「ん?」

 

「お前な……」

 

「ザックの持ってるご飯が美味しい」

 

三日月はすっかり空腹状態だったのか、ザックの常備しているシリアルやスナック菓子をもしゃもしゃと食べていた。

オルガは大きなため息をつきながら三日月を見ていたが、あまりにも三日月が美味しそうに食べていたため、オルガも一つ手に取った。

 

「………んん"っ!?」

 

案の定、消費期限が切れていたのか保存状態が劣悪すぎたのか、腐っているにも等しいそれはオルガの口の中を刺激し──

 

「うううおえええええええっ!」

 

思いっきり嘔吐。そしてそのまま希望の華を咲かせた。

 

(二人とも真面目に探して欲しい……)

 

「だからよ……ヤバそうなもんは食うんじゃねえぞ……」

 

そんな二人を見つつもレイチェルはザックの物と思しき、汚れたサバイバルナイフを発見して鞄の中にしまう。

 

「二人とも……!」

「ああ!」

「うん!」

 

目的の物を入手した三人はそのまま駆け出して急速にB2Fまで戻り、ザックの安否を確認しようとした。しかし……

 

「いない……!」

 

満身創痍で動けないはずのザックがいなくなっている、それを見て驚愕した三人だがすぐさまグレイを睨みつけていた。

三日月に至ってはジャケットの中にある拳銃を握りしめ、セーフティまで解除していた。

 

「そんな目で私を見つめても、何も出てはこない。

ああ、やはりこの不幸の連鎖は君が原因だ……レイチェル・ガードナー」

 

「そんなの私のせいじゃない、それよりもザックを探さないと!」

 

「私はずっと君の行動を見ていた」

 

「え?」

 

「どう言うことだ?」

 

グレイの言葉を無視して走り出そうとするレイチェルだが、グレイの一言で三人揃って動きが止まる。

 

「君の行動はあまりにも身勝手で、容赦がなさすぎる」

 

「……同感だ。けど、場合が場合だ、仕方ねぇ。それに俺たちの将来もかかってんだ。なぁ?ミカァ」

 

「うん」

 

オルガは確かにレイチェルに恨みを多少なりとも持っており、グレイの言葉にも賛同は出来た。

だがオルガはレイチェルに殺された分助けられたこともあり、レイチェルを責めることなどは出来なかった。

レイチェルがいなければオルガたちは今頃B4Fでエディに何度も殺され続けていたのだから。

しかしその言葉はグレイに届くわけでもなく、グレイはまた本をパラパラパラ……とめくり出し、桃色の煙を発生させた。

 

「……これは?」

 

「さぁ、レイチェル・ガードナー。君の審議はまだ続くのだよ……」

 

グレイが言葉を残し、静かに桃色の煙の中に消えていき、レイチェルは虚ろな目をして立っていた。

レイチェルの意識もハッキリしてくるころには煙も晴れてレイチェルは目の前の物が認識できた。

 

(さっきのはいったい……)

 

「……これは!?」

 

「ぁ……」

 

「ぁぁぁ……!」

 

「なんなんだよありゃあ!」

 

レイチェルは見間違いでも幻覚を見ているわけでもなく、ハッキリとした現実を見ていた。

なのにも関わらず、目の前には巨大な白い蛇が三人を見下ろし、動き出してシャァァァァァ、と舌をチロチロと動かしながら三人を睨みつけた。

驚愕するオルガ、目を大きく開いて体の奥底で何かが反応した三日月、絶望の声をあげるレイチェル。

三人はすぐさま蛇から逃げることを考え、走り出した。しかしその先には、腹を押さえながら鎌を引きずって歩くザックの姿が。

 

「ザック!大きな蛇が!いるの!ほらそこに!逃げなきゃ!」

 

「あぁ?蛇……?何言ってやがる」

 

ザックはレイチェルに腕を引っ張られるが、ザックだけは何故か蛇を認識してはいなかった。

レイチェルは必死にザックの腕を引っ張ったり声をあげて説得するが、ザックはそれを聞き入れることはなかった。

 

「うっせ、俺に命令するんじゃねぇ!」

 

レイチェルがザックに腕を払われて尻もちをついた途端、蛇から逃げ出す際に上がっていた桃色の煙は晴れていた。

すると三人の視線に存在した白い巨大な蛇も消えており、レイチェルは狐につままれたような表情になってぽかんとしているだけだった。

 

「ったく、戻ってきたと思ったら変なこと喚きやがるしよ……ビビるだろうが。

……ナイフ、持ってきたか?」

 

レイチェルは申し訳なさそうな表情をしながら、おずおずとしつつもナイフを取り出してザックに手渡した。

 

「おぉ、それだ……よし……コレならなんとか……」

 

「さぁ、反撃開始と行こうかぁ!」

 

レイチェルがザックに蛇の事を伝えている間、三日月に蛇の相手を押し付けようとして射殺されたオルガがそこに立っていた。

四人はまた進み出した。薬を取って来ることが出来なかったレイチェルは負い目を感じてはいたものの、ザックはレイチェルを責めることはなかった。

 

 

四人が通路を歩いている中、レイチェルがふいに立ち止まる。

 

(……絵?)

 

「おい?どうした?先行くぞ」

 

レイチェルは不審な絵を通路の壁に発見し、その絵を見た。

白い蛇の描かれた絵、それだけならば普通なのだが、何故かこの絵は何かで切り裂かれたような跡が残っていた。

レイチェルがザックに声をかけられて振り向くと、切り裂かれた後の部分から赤い視線を走らせてレイチェルを狙う者がいた。

ザックはいち早くそれに気づいて飛び出すも、先程の白い蛇がレイチェルの頭を襲った。

 

「ザック!」

 

ザックは腕でレイチェルを突き飛ばし、転ばせて蛇の攻撃からレイチェルを守った。

 

「やれんだな?」

 

「ボッとしてねぇで先行って出口があるか見て来い!」

 

「そこまで言うなら見せ場は譲ってやるよ!」

 

「わかった、ここはお前に任す……頼んだぞ、ザック」

 

ザックが一人で白い蛇の相手を請け負い、ヒットアンドアウェイの攻撃をお互いに繰り返し始めた。

レイチェル、オルガ、三日月の三人は壁を叩いたり通路をよく見まわしたり、走って奥に進んだりと片っ端から出口を探し始めた。

 

「……!ザック、出口がある!」

 

レイチェルは壁につけられた扉を発見し、ザックの方を振り向いてすぐに伝える。

ザックはそれに反応してレイチェルの方を向くが、そのタイミングで白蛇は壁に開いていた穴に戻っていった。

 

「……!」

 

ザックの近くにあった壁の穴から抜けた白蛇は、出口の真上にあった扉から飛び出てきた。

白蛇はレイチェルに牙を剥き出しにし、毒と思しき黄色の液体を出してからレイチェルに噛みつく。

 

「待ちやがれっ!」

 

オルガはレイチェルに抱き着くようにして白蛇の攻撃から庇い、肩口にかけて白蛇の顎が食い込んだ。

 

「ぐぅっ……今だ!ザック!」

 

オルガが白蛇を止めたところに、ザックは先ほどナイフを持った際に投げ捨てた鎌を握り、走り出す。

そして両手で鎌を振り上げ、そのまま白蛇をオルガごと頭から両断。

 

「守んのは……俺の仕事だからな……へへっ」

 

「無理……させんじゃねぇよ……」

 

「だからよ……戦う時は警戒……怠んじゃねぇぞ……」

 

オルガはそのまま希望の華を咲かせ、ザックは傷口から更に血液を流失してしまった。

ザックはその影響で一歩も動けなくなり、壁にもたれかかって動くことが出来なくなってしまった。

 

「おいレイ……銃貸してみろ」

 

「え?」

 

「いいから貸せってんだよ!」

 

ザックはレイチェルの鞄を指さし、レイチェルは鞄から拳銃を取り出してザックに見せる。

ザックは拳銃を手に取り、レイチェルに向けた。当然ながらセーフティはかかってはいない。

 

「……バーン」

 

「ぐぅっ!」

 

レイチェルの持っていた拳銃に驚いたオルガは足を滑らせ、思い切り頭をぶつけてまた希望の華を咲かせた。

しかし、今のザックの行動でレイチェルの持っていた拳銃には弾丸が一発たりとも残っていないことを見せた。

 

「ホンッとに、さっきから何なんだよお前は……

……俺は寝る、お前は好きにしろ」

 

ザックはそのまま横たわり、壁にもたれかかることすら出来ずに床に倒れ伏してしまう。

レイチェルは一刻も早くザックの血を止めてザックを治すための物を取りに向かうことを決意した。

 

「……オイ、持ってけ。

丸腰よか……マシだろ……まぁ、テメェが使えるとは……思え……ねぇ、けど……な」

 

ザックは持っていたナイフをレイチェルに差し出し、最後に小さい笑みと言葉を残し、そのまま瞼を閉じた。

 

「ザック……今度こそ……役に立つから……」

 

レイチェルはナイフを握り、新たな決意をまた胸に抱いた。

 

 



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殺戮のオルガ 第13話

B2Fでザックと別れた後、その先の扉を開けたレイチェル、三日月、オルガの三人はレンガで敷き詰められた通路を歩いて進む。

 

(ダニー先生を探して薬を手に入れないと)

 

そう意気込むレイチェルにオルガが励ましの言葉を送った。

 

「どっちにしても、ここからはアンタ次第だ。頑張りな」

「うん」

 

その言葉によりいっそう気を引き締めたレイチェルが頷き、仲間たちの想いを背負わんとした時だった。

桃色の煙がまた漂い始め、レイチェルは驚いて足を止めたのと同時にビィィィィィ……と大きな音が鳴り響いた。

 

「ぐぅっ!……る……っせえ……」

 

「うるさいな……コレ」

 

「うるさい……頭が……痛い……」

 

音の正体は──オルガン。通路を抜けた先の、教会の大聖堂のような場所に出た三人の目の前にあったのはオルガンだった。

そのオルガンは人間に頭痛を残す程の大音量。三人の頭に響く音の大きさは異常だった。

 

そのけたたましい音に耐え切れなくなったオルガは頭から倒れて希望の華を咲かせる。

同様に音に耐えきれぬ三日月も両耳を塞がずにはいられなかった。

 

そして、三日月とオルガですら苦痛を感じる程大きな音をレイチェルが耐えられるはずもなく、頭が割れそうな痛みに襲われながらレイチェルは膝をついて動けなくなってしまった。

 

(二人とも、動けない……私、どうすれば……)

 

冷静な判断が出来なくなり、体から冷や汗をドッと噴き出して震えだした時。

パタン、と小さな乾いた音がした。

その音とともに桃色の煙とオルガンの騒音も止んだ。

 

「どうしたのかね?レイチェル・ガードナー」

 

音を止めたのか、それとも音が偶然止まった途端に出てきただけなのか。グレイが目の前に立ってレイチェルを見下ろしていた。

レイチェルはそんなグレイを見て、警戒心を強め、ナイフを固く握りしめる。

 

「ザックはどうしたのかね?捨て置いたか」

 

そのグレイの質問はザックが行動できない程にダメージを負っていると言う事の有無を聞かれている。

そのことを悟られ、ザックを探され、そしてトドメを刺されてはここまで来た意味がない。

オルガはどちらとも言えない回答を残し、そこから会話の内容を脱線させると同時に仲間を守るためにもダニーの所在を聞く。

 

「ザックはここへは来ねぇ……。んなことより……マクギリスは一緒か?」

 

「彼は姿を見せたが、今どこにいるかは……」

 

グレイはそれに引っ掛かったのか、あるいは気づいていながらそれに乗ったのかは不明ながらもオルガの質問にそう答えた。

 

しかし──

 

「嘘をつかないで!」

 

レイチェルはグレイの言葉を信じて行動してもそれが上手く行かなかったり、無駄な時間を過ごしただけだったりと散々な目に遭っていた。

故にグレイの言葉を信用できず、レイチェルは敵意を剥き出しにしてグレイを睨みつけていた。

 

「いやお嬢さん、コイツ……嘘は言ってねぇぞ」

 

「オルガ・イツカの言う通り、嘘ではない。ただ、彼は少し勝手が過ぎたのでな。私がいくつか薬を取り上げている」

 

「嘘は言ってねぇにしろ、なんか引っかかるな……」

 

このフロアにいるのかすら怪しいダニーを探してどうにかして薬を手に入れるか、はたまた今この場にいるグレイから薬を貰うか。

どちらを選ぶ方がザックの傷を治すための近道となるかと聞かれれば、誰が考えても前者を選択するのは当然の心理。

しかし、警戒するレイチェルは前者を選択したがらない。

後者を選択するためにレイチェルは強引な手に出る。ナイフを両手で握りしめ、震えながらもグレイに向けた。

 

「ダメだよレイ、それは……」

 

「おいお嬢さん、アンタは何をやろうとしてるんだ!?」

 

「薬を出して……」

 

三日月とオルガの言葉も聞かず、レイチェルはグレイから薬を奪うことだけを考えてナイフを向けていた。

レイチェルの行動は要約すれば、「死にたくなければザックを治せるだけの薬を寄越せ」つまり単なる脅しでしかなかった。

 

「己が欠けさせたザックのナイフを私に向けるか、レイチェル・ガードナー」

 

グレイはナイフを握るレイチェルの右腕を掴み、そのままレイチェルごと持ちあげてナイフから手を離させる。

 

「その心は、神に望まれたもうと偽りにまみれている。我が天使たちをたぶらかした、魔女なのであろぉぉぉっ!」

 

グレイの言葉に納得が行くか、と言われてもすぐに納得する者がいるわけではない。

 

「そんなのはわかんないよ。天使だとか、魔女だとか……けど、俺もレイもオルガも人間だってことに変わりはない」

 

三日月が横から口をはさみ、真剣な眼差しでグレイを見た。

グレイはその三日月の目を見てから、レイチェルを離して両腕を組んだ。

 

「そうか……ならば、今から君を裁判にかけよう!」

 

グレイがそう言い放った直後、三人の視点は途端に切り替わった。

教会の大聖堂のような場所にいたはずの三人は、何故か裁判所のような場所に立っており、レイチェルは被告人の位置となっていた。

 

「これより魔女裁判を開廷する!君は、我が天使たちを誑かす魔女である疑いがかかっている!」

 

グレイが裁判長の位置に立ち、全体をぐるりと見まわしながらそう言った。

そして、木槌を叩き、こう叫ぶ。

 

「さぁ、この者について証言を述べる者はいるか!」

 

直後に射影機に映された映像と白い煙と共に、声をあげて出てきた者がいた。

その者の声を聴いただけで三日月は目を見開き、拳銃に手をかけていた。

 

「ハァイ!ここにおりますわ。この立派な罪人が、どれだけ酷い女か……証言いたしまぁす」

 

最初に出てきた女は鉄華団にとって最も憎悪を抱いた、キャサリン・ワード。

 

「じゃあ、僕だって()()()の素敵な所……沢山証言できるよ?」

 

次に出てきたバエル好きの少年は、エドワード・メイソン。

 

「運命か……本当の()()()を証言できるのは、僕しかいないようだね。レイチェル!僕は()()()の味方だ!」

 

最後に出てきたのはただ単に狂っている青年、ダニエル・ディケンズ。(またの名をマクギリス・ファリド)

 

「こいつらは……っ!」

 

いずれもザックが手にかけて殺した人物であり、ダニーはともかくキャシーとエディの二名は確実に死亡したはずだった。

 

なのにも関わらず、生きているように平気で彼女らはこの裁判に出て来ていた。

 

「証言するのは誰かね?」

 

「神父様ぁ、是非……私から!」

 

「ではキャサリン・ワード。証言をしなさい」

 

グレイが木槌を叩くとスポットライトのようなものがレイチェルとキャシーを中心にして当たり出す。

証言をするキャシーとレイチェルのみが真ん中に立っており、オルガたちを含むその他大勢達は遠ざかった場所に立たされていた。

 

「ではお聞きくださぁい、お集りの皆さま!ここにいるのは……」

 

「今日はとことん飲み行くぞー!」

 

「「「おー!」」」

 

キャシーが証言している間に、何故かオルガは人形たちと酌み交わしていた。

人形を懐柔させて何の意味があるんだよ、とツッコミたい衝動に狩られていた三日月だが、そこは押し殺して火星ヤシを噛み砕いていた。

 

「正真正銘の、魔女でございます。皆さまぁ、これをご覧ください」

 

オルガが人形たちと勝手に酌み交わしている間、キャシーは淡々と証言を続けた。

そして射影機でレイチェルとザックたちが交わしたやり取りを見せた。

 

『ザック、言う通りにして』

 

「この女は、ザックを道具のように使ったのよ?酷い女でしょう?」

 

「そんな感じには見えないよ?」

 

キャシーが「レイチェルがいかに魔女であるか……」と言うのを語りだしたが、エディが勝手にキャシーの言葉へ反論する。

そんな二人を見て、ダニーは少々笑いながら言い放った。

 

「それにしてもまだ生きていたとは……愚かにもほどがある」

 

それにオルガが反論する。

 

「背中から鎌貫通して生きてるお前だけには言われたくないだろ」

 

そして、オルガもキャシーにこう言った。

 

「っつーか……ホンット上から目線だよな、オバサン」

 

そんな風に口々に話している彼らに苛立ちを覚えたキャシーは目を見開き、表情を一変させた。

取り繕ったような嘘の優しさを感じさせる表情から、怒りと憎悪に歪んだ表情になり──

 

「アンタたちはッ!黙ってなさいよっ!」

 

「ぶっ……ぐ……ああっ……」

 

大声で叫びながらオルガを殴り倒したと同時に、威圧してエディまで黙らせていた。

勿論オルガは希望の華を咲かせ、無様なまでに倒れた。

 

「だからよ……歳気にしてる奴におばさんとか言うんじゃねえぞ……」

 

「くっくっく……っふ……はっはっはっはっはっはっは!」

 

「別に面白くないよ」

 

ダニーはオルガが無様に死んでいる姿を見て気分が晴れたのかその場で大笑い。

三日月は何が面白いんだろうか、と思いながらもザックの部屋にあったシリアルを食べながら呟いた。

 

「アンタたちねぇぇぇ……」

 

「静粛に」

 

そんな三日月とダニーにも怒りだしたキャシー。今にも彼らに掴みかかりそうな一触即発な空気だった。

……が、カンッ!と高い音で木槌を鳴らしてグレイがその場を沈めた。

 

「それではキャサリン・ワード……どうして欲しいのだ?」

 

「この女は魔女です……故に、【水攻めの刑】を、希望しまぁす!」

 

目を極限まで見開いたキャシーは声高らかに言い放った。

その言葉を承諾したのか、グレイはもう一度木槌を叩くとレイチェルの足元から巨大な竜巻のような水が噴き出した。

 

「どわっ!」

 

「オルガ!?」

 

当然ながらレイチェルの近くで倒れていたオルガも巻き添えを食らい、吹き飛ばされる。

三日月はまたオルガが希望の華を咲かせないか、と思いつつ声をかけるもオルガはもちろん五体満足の状態だった。

 

「さぁ叫びなさい!恐怖に慄いた叫びを……」

 

「ヴウウウウウウアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」

 

オルガはキャシーが言いかけた所で、その場に響き渡るどんな音よりも大きく叫んだ。

先程吹き飛ばされた際に足元がグラついて水の竜巻に足を巻き込まれてしまったオルガはそのままグルグルグルグル……と高速回転する水に吸い込まれるように引きずられ、レイチェルの浴びていた水攻めを食らい────希望の華を咲かせた。

 

「だからよ……水使うときは……安全確認怠んじゃねえぞ……」

 

オルガが叫びながら死んでいった中、レイチェルは声一つ上げずただただ水の流れに逆らうことなく水の中にいた。

 

「どうしたのぉ?怖いでしょう。我慢しないで助けを請いなさいよ!」

 

「……ッ!泣き叫びなさいよ!この魔女ォッ!」

 

キャシーの言葉にも何一つ反応せず、レイチェルはどこを見つめているかもわからないような瞳をしていた。

 

──まるで、何も考えていないかのように。

 

その反応を見てキャシーは怒りだし、レイチェルへと言葉を浴びせるが何も効果はなく──

 

木槌がカンッ!と音を立てたと同時に告げられた。

 

「そこまでだ!」

 

グレイの一声で水攻めにあっていたオルガは投げ出され、三日月に丁度良いタイミングでキャッチされる。

それと同時に、レイチェルも渦のような自ら解放され、二人を閉じ込めていた水は血のように真っ赤に染まってからは拡散して消えていった。

 

「下がりたまえ!」

 

「あの女はまだ……」

 

「次の証言者、エドワード・メイソン。お前はこの者の罪を証言できるか?」

 

「うん、神父様。僕出来るよ」

 

「では始めたまえ」

 

刑罰が途中で終わったことに不満を抱いてグレイに抗議するキャシーだが、グレイはその言葉を遮るようにエディへと権利を移す。

エディがレイチェルへの証言をマスクの奥で笑みを浮かべながら始めようとすると、エディへと光が当たりキャシーは砂のように散って消滅した。

そこからエディの証言は始まり、エディはグレイの方から人形たちの方に向き直って両手を広げた。

 

「えっとね、()()()は凄く可愛いよ!僕が一番好きな声をしてる。それにね、()()()は僕と似ているんだ!あと、()()()は……」

 

その後も、エディはレイチェルへの証言ではなく完全にバエルの宣伝をしていた。

完全に趣旨の違う発言を続けており、キャシーの証言の方が数十倍マシに感じたグレイは木槌を数回鳴らす。

 

「ここまでだ!」

 

グレイの一声で語っていたエディの声は止まり、エディはグレイの方に向き直った。

彼のマスクや腹部はいつの間にか血で染まっており、レイチェルはその光景だけに目を奪われた。

 

「お前は魔女に心を惑わされているな?エドワード・メイソン……」

 

「心っつーか頭じゃねえか?」

 

「ち、ちがっ……僕は……」

 

グレイの言葉が図星な上にオルガの言葉が辛辣、それは少年であり未熟な精神の持ち主であるエディの心を抉るには十分だった。

 

「魔女を受け入れようとする心、魔女に恐怖する姿が透けて見えている!」

 

「つまりはバエル馬鹿じゃねえか……」

 

グレイの説明がイマイチピンと来ないオルガは、エディがどういう人物なのかを改めて再確認した。

その一方で三日月は何一つピンと来ていなかったため、エディ=馬鹿と言う認識だけしてポケットからヤシを取り出して食べていた。

 

「次の証言者、ダニエル・ディケンズ!」

 

「待たせたね。ここからが、私の出番だ……」

 

「ダニー!お前は証言をする意思はあるのか?」

 

先程のエディが証言どころかバエルの宣伝しかしていなかったために少し心配したグレイはダニーに質問を投げかけた。

また、ダニーがまともにレイチェルの事を証言出来るかどうかについてはグレイだけでなく、オルガや三日月も心配していたのである。

 

「ああ、神父様。勿論……だって誰もまともにバエルのことを証言出来ていないんだからね。」

 

「コイツは……やっぱバエル馬鹿じゃねえか……」

 

「俺には、かつて力が必要だった……そんな時、彼女と出会えた。今思い返せばあの時……まるで、アグニカ・カイエルの伝説の一場面のようだったよ。

そして見つけた……今、この世界で最高の力の象徴、ギャラルホルンのトップ……アグニカ・カイエル。

その心理を―」

 

「おいマクギリス……ギャラルホルンだと?まさかアンタ、俺らを結局は罠にかけるつもりで……」

 

ダニーがくどくどくどくど……とバエルやらアグニカを混ぜながらレイチェルのことを語るが、グレイは最早呆れを通り越していた。

 

魔女裁判を改訂したのにも関わらず、バエルバエルと騒ぐ馬鹿二人……更にはその裁判中でも遠慮なく発言をするオルガ。

 

グレイは木槌をカンッカンッカンッ……と三度叩き、今にもダニーへと掴みかかりそうなオルガを一度沈める。

 

「静粛に……証言はそれだけか?」

 

「革命は終わっていない!」

 

「何?」

 

「諸君らの気高い理想は、決して絶やしてはならない!アグニカ・カイエルの意思は、常に我々と共にある!」

 

ダニーはいつの間にか金色の剣を二本、両腕に持って演説をするかのように両腕を広げた。

そのままアグニカ、アグニカと語ったところで──

 

「ギャラルホルンの真理はここだ……皆!バエルの元に集え!」

 

ダニーが右手に握っていた金色の剣を天に掲げ、頭上に当たっていた光に当ててそれを反射。

キラリ、と光った金色の剣は観衆たちであった人形に響いたのか、人形たちからは──

 

「バエルだ!」

 

「アグニカ・カイエルの魂!」

 

……などという歓声が響き、オルガが飼いならした影響よりもダニーの語るアグニカ論に捕らわれていた。

 

「そうだ……ギャラルホルンの正義は、我々にあるぅぅぅぅぅっ!」

 

観衆の内の人形からそのような声が聞こえると、人形が全て「おーっ!」と歓声を上げていた。

しかし、その煩さは裁判をするこの場所にとってあまりにも場違いな物でありグレイはまた木槌を三度叩き、怒りを込めず何度目かわからずとも冷静に言い放った。

 

「静粛に」

 

「バエルはいい……バエルは最高だよ、バエルこそが!唯一絶対の力を持ち、その頂点に……」

 

「もうよい!それ以上バエルバエルと騒ぐな!聞く必要などはない!証人は退場するがいい!」

 

「バエルを持つ私の言葉に背くとは……いいだろう。受けて立つ……」

 

ダニーは受けて立つ、と言いながらもグレイに背を向けて歩き出した。

 

「それと、レイチェル。君はここで死ぬべき人ではない……革命の乙女たるその身を大切にすると良い。君は人々の希望になれる。さらばだ……鉄華団」

 

そしてレイチェルに謎の言葉を述べて去っていくが、レイチェルには何を言っているかが全く理解できなかった。

いつも自身に理解できるように言うダニーが、狂気的な笑みを浮かべて狂気的なことを言う。

レイチェルはあまりのダニーの狂気さに戦評して目を見開いて固まっていた。

 

「レイチェル・ガードナー。君の判決が出た、あの者達の証言を聞いただろう。判決を下す……レイチェル・ガードナーは魔女であr……」

 

「それを決めるのはお前じゃないんだよ……」

 

「やっちまえ!ミカァァァッ!」

 

何一つまともな証言が起こされず、ただ単にグレイの単独でレイチェルに判決が言い渡される。

それは理不尽なんてものではなく、独裁とも呼べるまでの最低最悪の裁判……

証人の悪さがその原因を作り上げた、とも言う事は出来ても、根本たる”それ”はグレイ。

三日月やオルガは、以前大人に理不尽な手どころか独裁にも等しい理由で無理な仕事や暴力を加えられてきた。

同じ立場にあった少女を黙って見過ごすわけもなく、三日月は拳銃を取り出してグレイに向けて三発発砲した。

パンパンパン……と乾いた音が響き、グレイの開いた幻の魔女裁判は消えていた。

 

「……何故、目覚めた」

 

「言ったハズだぜ……立ち塞がる敵は全部ぶっ潰す、そうだろ……ミカ」

 

「そうか……そう考えることを選んでしまったのか。

それが間違いであろうと、嘘で塗り固めたものであろうと……」

 

「ゴチャゴチャとうるさいな」

 

「早く薬を頂戴」

 

考えなどどうだっていい。ただ単に自身の邪魔をする者ならば消す。

それが茨であろうと邪であろうと修羅の道であろうと、レイチェルたちはその道から変更するなどの選択肢は持っていなかった。

自身らが進むためなら、なんであろうとただただ潰して理想の道を歩むだけ。

その訴えかけてくる死んだ目は、グレイを畏怖させて脅すのには十二分だった。

 

「ついてきなさい」

 

グレイに案内され、三人はグレイが保管している薬をザックに必要な分、として造血剤、止血剤、消毒液……等々を運び出した。

薬を受け取ってからは実にスムーズに動き出し、三人はザックの元へと走り出した。

意識を失っているザックを見つけ、レイチェルたちはすぐさまザックの腹部へと薬をかけた。

 

「ぅっ……ぅぅぅ……」

 

「あ、ザック……目が覚めたの?」

 

「ぁぁ……お前、無事だったのかよ」

 

「うん」

 

「何がうんだよ……それにミカじゃねえよ……」

 

レイチェルがザックの腹に薬をかけ、傷口によく馴染ませている時にザックはレイチェルの安否確認。

しかしレイチェルが答える前に三日月が答えてしまい、ザックはあきれた様子で三日月を見ていた。

 

「まぁ、いい……よわっちぃお前が薬を持って帰ってきたことは……褒めてやるよ……」

 

褒めてやる、その言葉が少し嬉しかったのかオルガは口角が吊り上がっていた。

そんな風に笑うオルガの事は目に入らなかったのか、気にしてもいなかったのかレイチェルが赤い糸を針に通してナイフで切っている最中に自身の疑問をぶつけた。

 

「でもな、……ここまでする必要はねぇだろ。そこまでして、お前らが俺を助ける理由ってのはなんなんだよ……」

 

そのザックの疑問に三日月とオルガが即答する。

 

「そんなの決まってるでしょ」

 

「俺らは、鉄華団は離れちゃいけねぇんだ」

 

その言葉に照れるザック。

 

「んなっ……なぁに気持ち悪いこと言ってんだテメー……」

 

「何とでも言えよ」

 

「ま、いいけどよ……」

 

男三人は笑みを浮かべながら信頼したやり取りを続けており、その会話に入ることが出来ず、薬を縫ったり針に糸を通したりしているだけのレイチェル。

彼女は自分だけザックの手当てをしており、二人は何かをしているわけでもなくザックの質問に答えるだけ……。

それが羨ましかったのか、レイチェルはわざと針をオルガの太もも──大動脈にブスリ、と刺した。

 

「ぐぅっ!」

 

たかが針とは言えど大動脈に刺さり、体が弱く死にやすいオルガはあっと言う間もなく倒れ、希望の華を咲かせた。

 

「流石に平気かと思ってた」

 

「ホンット馬鹿だなお前……」

 

「だからよ……鋭利なもんは動脈に刺すんじゃねえぞ……」

 

オルガが団長命令をしている内に、レイチェルは今度こそ針をザックの体に刺した。

赤い糸で傷口を縫い合わせ、これ以上出血しないように包帯を巻きつけて傷口を封じる。

 

「出来た……」

「まぁ、なかなかうめぇじゃねーか」

「私……お裁縫、得意だから……」

「すごいな……」

「よーし、ザックの傷も治ったし、張り切って行くぞー!」

「上に上がるエレベーターをまだ見つけてない」

「んなもん探せばいいだろ」

「そうだね」

 

そして数分後、B1Fへと上がるエレベーターを見つけた四人はエレベーターに乗り込んだ。

 

エレベーターが動いている間、レイチェルが最初に口を開く。

 

「ねえザック、聞いていい?」

 

「聞いていいって、何をだよ」

 

「ザックはまだ、ちゃんとここから出たい?」

 

「あー?何言ってんだ、当たり前だろ」

 

レイチェルの唐突な質問に、ザックは「なんで急に聞くんだよ……」と零しながらも応えた。

ザックの質問の答えを知っていたかのようにレイチェルは少し項垂れながらも感情のないその顔で呟いた。

 

「……そうだよね」

 

「言っとくが、俺の言葉に嘘なんざ何一つねぇぞ」

 

「嘘……か」

 

「俺らはアンタとは違う。立派な理想も志もねぇ」

 

レイチェルはオルガの言葉が耳に入っておらず、B1Fに近づくにつれて何かがフィードバックしてきたのか。

 

「私……」

 

そう小さく声を漏らした時にはもう既に彼女の声は出なくなっており、レイチェルは口をパクパクと小さく動かすだけだった。

 

そうこうしているうちに、エレベーターはB1Fへと辿り着いた。

 

「行くぞ」

 

ザックはレイチェルたちに声をかけ、一人で先にスタスタスタスタ……と歩いて行ってしまう。

 

(言えない、やっぱり……言えない。私の手が穢れていて、ずっとそれを隠していたことがわかったら。皆は、きっと私の事を……嫌いになる。本当の事は……もう、言えない)

 

レイチェルが顔を落とし、暗さと悲しみの混じった表情をしていたが、それはザックに見えることはなかった。

しかし、レイチェルの後ろを歩くオルガと三日月には断片的にレイチェルの表情が見えており、それが何なのかを読み取っていた。

 

 



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