【PSO2外伝】バトル・アリーナ・Girl's! (万年レート1000)
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地球からの留学生
オラクル船団航宙艦第128番艦テミス。
かつてダーカーの大群に襲われて相当ダメージを受けたこの艦も、今やすっかりかつての街並みを取り戻していた。
【深遠なる闇】を打倒し、ダーカーが絶滅してから数年。
闇の害虫共が残した傷跡なんて一つも見えない、平和な市街地を頬杖ついて見下ろす少女が一人いた。
アークスにならない・なれない一般人が通う小中高一貫の普通学校の二十四階教室窓際席。
縁の厚い眼鏡と、大きなマフラーで口元を隠していることで顔の殆どが隠れている金髪ロングヘアの女の子だ。
白色を基調として、黒いボーダーの入ったこの学校の制服を着ているものの、教室に居る他の生徒とはまるで無関係の存在であるかのように一人教室の隅で朝のホームルームが始まるのを黙って待っているようだった。
彼女の名前は『メロディルーナ』。
長ったらしい名前だが、オラクルではわりとよくあることである。
「ねえねえ聞いた? 今日留学生がやってくるんだって!」
「留学生~? 何処から?」
「知らな~い、まあ女子高だから、素敵な出会いとかは無さそうだなー」
クラスメイト達の仲良さそうな会話に、悲しいことにメロディルーナは交ざっていない。
別に一人で居ることは寂しく無い。
というより、一人で居ることにはもう慣れてる。
現代なら誰でも持っている通信端末で基本プレイ無料のゲームを遊んでいれば暇なんてあっという間に潰れてるのだ。
友達というのは聞いたところによれば一緒に遊ぶ相手のことらしい。ならば一人で遊んでいても充分楽しい私には友達だとかそんなものは要らないのである。
なんて、強がり半分本音半分の独白を脳内で呟いていると教壇に備え付けられたテレパイプから先生が姿を現した。
髪にウェーブの掛かった茶髪の優しそうなニューマンの女教師である。
実際優しく、生徒からの人気は非常に高いのか生徒たちは皆先生が来たことに気付いた瞬間、何も言われずとも静かにそれぞれの席に着いた。
「は~い皆さんおはようございます。さて、今日はホームルームを始める前に大ニュースがありますよ~」
妙に間延びした喋り方が特徴的な先生だ。
大ニュース、というのはさっきクラスメイトが話していた留学生のことだろう。
(留学生、って言っても私には関係ないや)
(クラスメイトが一人増えたところで、何も)
「留学生がやってくる~、ということは知ってる子もいるかもしれませんが……ふっふっふ~留学生の出身地を聞いたら皆びっくりしますよ~?」
さ、入ってきてくださ~い、と先生が通信端末で何処かに喋りかけると、教壇のテレパイプが起動して中から女の子が一人教室に入ってきた。
オラクルでは割と珍しい、艶のある綺麗な黒髪に明日への希望に満ちているような光沢のある黒眼。
凛々しさと可愛らしさが同居している、不思議な雰囲気を纏った美少女だ。
「初めまして! オラクルの皆さん! あたしは地球から来た宮本
美少女は、とびきりの笑顔でそう言い放った。
まるで恒星のように、眩しく光輝く笑顔だ。
この笑顔を見た瞬間、メロディルーナは確信する。
この恒星少女と自分は、絶対に相容れない存在だと。
一目で分かる。
奴は陽キャの極みのような存在だ。おそらく自分とは一言も喋らないまま留学期間を終えることだろう――。
(ほらね、留学生がやってきたとしても、私の人生には何も影響が無い)
地球出身の留学生、という事件にクラスメイトたちが浮き足立つ中、メロディルーナは顔色ひとつ変えず、視線を窓の外の街並みに落とした。
じゃあヒカリちゃんの席はそこの廊下側の最前列ね〰️、とメロディルーナの確信を裏付けるように留学生の席がメロディルーナとは真反対に指定され、一限目の始まりのチャイムが鳴った。
今日もまた。
いつも通りの一日が始まる。
*****
今日はきっと。
素敵な一日になる。
宮元陽――もといヒカリはそんな確信を胸に抱いていた。
実のところ、地球からオラクルへの留学なんてものは有り得るものではない。
数年前、紆余曲折を経て地球とオラクルの交流は始まったのだが、諸事情から地球人類の殆どはオラクルの存在を知らないーーいや、
オラクルが実在することを知らない、と表現すべきか。
各国の政府上層部と、元『マザークラスタ』幹部連中に『とある事件』の当事者たち。
それらを除いた地球人は、皆オラクルを『PSO2』というゲームに出てくる架空の存在だと認識しているのだ。
何故そんなことになったのかは説明すると長くなるので省くとして、当然ながらヒカリもその他大勢と同じようにオラクルの存在は架空のものだと認識していたのだが……。
ヒカリの父親は、日本でも有数の政治家なのだ。
だから――。
「あたし見ちゃったのよ! パパがオラクルの人と密会してるところを! そこからはもう行動あるのみだったわ、だってフィクションだと思ってたオラクルが本当にあるだなんてワクワクするじゃない! 行ってみたいと普通思うじゃない!」
放課後。
ヒカリは世にも珍しい地球からの留学生ということで、授業が終わると同時に即クラスメイトから囲まれ質問攻めにあっていた。
しかしヒカリは全く臆すことなく質問に答えていき、今はどんな経緯でオラクルに留学することになったのかの説明中である。
「と、いうわけで早速その後キャンプシップに潜入してオラクルまで連れていって貰おうとしたんだけどバレて……」
「行動力が凄すぎない!?」
「なんやかんやでウルクさんと仲良くなって、事情を説明したら留学生としてこっちの学校に通わせてもらえることになったわ!」
「ウルクって……ウルク総司令!?」
「とても気さくで優しいお姉さんだったわ!」
そんな、わいわいと談笑に花を咲かせる女子高生たちを横目に見ながら、メロディルーナは黙々と帰る支度をしていた。
放課後に一緒に帰る友達も居なければ、部活にも所属していない彼女が授業終了後即帰宅しない理由など無い。
留学生に話しかける? それが出来る人間ならば、どれだけ人生が楽だったことか。
それに何より。
今日は大事な用がある。
「あ! 待って!」
教室を出ようとした瞬間、留学生がそんな台詞を大声で叫んだ。
いやまさか。
別の誰かに呼びそかけただけだろうけど一応、と振り返る。
そこには大急ぎで駆けつけてきたであろう留学生の姿があった。
「ま、待って待って! 急いでるかもしれないけどちょっと待って!」
「…………っ」
手首を掴まれて、強引に引き止められる。
急いではいないが……授業が始まって早々に帰る陰キャの姿が、陽キャには用事があって急いでいるように見えたようだ。
そりゃそうだ、彼女たちの中では放課後というのは友達と遊ぶ時間であり、楽しく一緒にだらだらとお喋りする時間であり、別れを惜しみながら共に下校する時間なのだから。
「あのね、連絡先交換してくれないかしら?」
「ぇ……?」
な、何で? と首を傾げると、ヒカリは当たり前かのようにその理由を告げた。
「えーと、クラスメイト全員の連絡先を聞いて回ってるのよ! 後は貴方だけだわ!」
「……私、通信端末、持ってないから」
何だそのリア充の極みみたいな発想、怖い。
あまりにも自分と違いすぎる彼女と出来るだけ距離を置きたくて、咄嗟に嘘を吐いてしまった。
ていうかさっきからクラスメイトたちの視線が痛い。
絶対「誰? あの子?」とか「あんな子いたっけ……?」とか思われてるに違いない、という被害妄想がメロディルーナを襲う。
(私は、目立ちたくないんだから)
もう放っておいてくれ、と無言でヒカリの手を振り解いてメロディルーナは教室を早足で出て行った。
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初めてのバトルアリーナ
「ふぅ……無駄に疲れたー……」
ああいうのは、本当に勘弁して欲しい。陰キャにはテロみたいなものだ。
そんなことを呟きながら、眼鏡と鼻まで覆った巨大マフラーがトレードマークの少女――メロディルーナはテレパイプから姿を現した。
その瞬間、眼前に広がるのは赤と青の照明以外は左右対称なドーム状の広場。
最近は本当に此処に来ること以外人生に楽しみが無いな、とそんなことを考えながらメロディルーナは辺りを見渡す。
独特の賑わいや空気感が心地よい。
戦いの場なのに、楽しげな雰囲気すら見えてくる此処は――そう、
「おぉー! 『バトルアリーナ』じゃない! PSO2の中で見たことあるわ! そういえばまだプレイしたことなかったわねー、貴方はよく此処に来るの?」
「うん、まあ参加はせずに観戦だけだけど面白いし良いストレス解消に……ってうわぁあああああ!?」
思わず女子らしくない悲鳴をあげながら、飛び退く。
しかしそれもしかたあるまい、あまりにも自然な動作・口調で先ほどテロをかましてきた女――ヒカリが隣に立っていて親しげに話しかけてきたのだから。
「な、な、なんで此処に……?」
「テレパイプのログ見れば何処に行ったのかなんて一発で分かる! ってアコちゃんに教えて貰ったわ」
「あ、アコちゃん……?」
多分クラスメイトの誰かだろう。
「って、そこはどうでもいいよ……どうして着いてきたの?」
「貴方と友達になりたいからよ!」
「…………何で?」
意味が分からない――思考回路が違いすぎる。
それともこれがオラクル人と地球人の違いだということなのだろうか。
勿論そんなことは無いのだが、地球人と初めて会ったメロディルーナがそう勘違いしてしまうのも仕方ないだろう。
ヒカリは眉間に皺を寄せながら首を傾げるメロディルーナを見て、一瞬キョトンとした後「ふーん?」とジト目になって、呟く。
「……憶えてないんだ?」
「えっ? 何? 今何て言った?」
「ねえねえ、折角だしプレイしていかない? バトルアリーナ!」
即座にパッと明るい表情に切り替えて、ヒカリはそんな提案をした。
半ば強引にメロディルーナの手を取って、バトルアリーナ受付カウンターまで歩き出す。
「ちょ、ちょっと待って、私は観戦専門で……」
「え? そうなの? 何で?」
「何でって……」
真っ直ぐに、ヒカリはメロディルーナのことを見つめてくる。
彼女と視線を合わせるのは、何だか、何と言うか、変な感じがする。
元々人と目を合わせるのが苦手なメロディルーナだが、この娘相手だと殊更目を合わせていられない。
眩しい――そう、眩しくて、見ていられない。
宮元ヒカリ。
「だって……私運動苦手、だし、とろくさいし、鈍間だし……」
「ふぅん、でも観てるだけって詰まんなくない?」
「そ、そんなことないよ! 私達オラクルの一般人ってアークスの戦闘を生で見れる機会なんて殆ど無かったんだけどね? バトルアリーナが一般解放されたことでアークスの戦いの一端を間近で観れるようになって、それからはもう私ずっとバトルアリーナ通ってるの! だって凄いのよ? スポーツとはいえ超人的な力を持った人たちの真っ向勝負! 考え抜かれた戦略! 相次ぐ大逆転劇! さいっこうよもう!」
「…………」
「…………あっ」
しまった、とメロディルーナはマフラーごしに自分の口を押さえた。
つい興奮して、喋りすぎてしまった――好きなことには饒舌になるオタク特有のアレだ。
(また)
(
突然のことにきょとんとしているヒカリを見て、激しい後悔がメロディルーナを襲う。
何をそんな大袈裟な、と思う方もいるかもしれない。
しかし彼女のような人間には、これは最悪の事態なのだ。
(入学当初――自己紹介――教室の冷えた空気――)
(ウッ! 頭が……!)
「…………そんなこと言われると――」
しかしヒカリは、きらりん、と瞳を光らせて輝くような笑顔を見せた。
「ますますやってみたくなるじゃない!」
「……え?」
「……あ! でももしかして、『フォトンを扱う才能』が無いとプレイできなかったりするのかしら? あたし、その辺りの才能はまるで無いらしいのだけれど……」
「え、ええっと、その辺は大丈夫な筈。技術の進歩で、バトルアリーナの中専用だけど誰でもフォトンが扱えるようになるらしいから」
「へぇ! それは凄いわね!」
だからこそ、バトルアリーナは平和になった今『アークスの戦闘訓練用の場所』ではなく『庶民のスポーツ』になっているのだ。
プレイ人口だけならアークスよりも一般人の方が多いくらいである。
「そうと決まれば早速受付するわよメロディルーナちゃん!」
「え、な、何で名前……って、わっ、ちょっ!」
駆け出すヒカリに手を引かれて、走り出すメロディルーナ。
(
(強引で、底抜けに明るくて、元気で、キラキラ輝いている、正直苦手な子だ)
けど。
握られた手と手を、振りほどく気は何故か起きなかった。
*****
「ようこそバトルアリーナへ、初めてのご利用ですか?」
「はい! そーです!」
桃色のロングヘアに髪の隙間から覗く小さな黒い角を持つ大人のお姉さん。
バトルアリーナ受付カウンターの職員、『フリネ』の問いにヒカリは元気よく答えた。
「分かりました、では最初に『アバター』の登録をお願いします」
「あばたー?」
「せ、戦闘用の換装体のことですよね?」
はいそうです、とメロディルーナの問いに頷いて、フリネは説明を続ける。
「身体をフォトンで出来た身体に換装することによって、身体能力の均一化、フォトン能力の付与等を行っています。尤も、バトルアリーナ内限定ですけどね」
ちなみに昔は『バトルウォリアー』という特殊なクラスになることでアークスたちは身体能力とフォトン能力の均一化をしていたらしい。
今はアバターの方がコスト面や一般人でも参加できるようになるという点から、廃止された制度だ。
「アバターの作成方法は……聞くよりも見るほうが早いと思います。こちらをどうぞ」
フリネが液晶のみが付いた簡素な造りの端末を取り出し、ヒカリに渡した。
地球の通信端末に似た機械だなぁ、とか思いながらヒカリはそれを受け取り、起動。
すると、そこに出てきた画面は――。
「……『PSO2』のキャラクリ画面じゃん!」
「『PSO2』?」
映し出されたのは、『PSO2』のキャラクリ画面に酷似したものだった。
画面の中には、ヒカリにそっくりなアバターが謎の空間で漂っていて、髪形や髪色、瞳色を変える項目が映し出されている。
「よくご存知ですね、もしかして地球の方ですか? アバターは地球で開発された『PSO2』の技術を流用して作られたものなんですよ」
「へえー、何かよく分からないけど凄いや。でも弄れる項目が少ない……?」
「まあ……色々ありまして、あまり大幅に改変できないようになってます」
問題? とヒカリは首を傾げる。
しかしフリネは苦笑いを浮かべるだけで答えてくれなかった。
「メロディルーナちゃんは何か知ってる?」
「ええっと……ほら、自分の姿が好き勝手変えれるって色々悪いことできるじゃない」
「あー、んー?」
納得できたようなできていないような様子のヒカリ。
しかしそんなことよりも一刻も早くバトルアリーナがやりたかったのか、「まあいいや」と画面に視線を戻した。
「あ、そちらの方もどうぞ」
「あ、はい、どうも……」
メロディルーナも端末を受け取って、キャラクリエイト開始。
とは言っても、髪型や髪色を変えたり、瞳の色を変えたり、精々その程度の変更しかできないのだが……。
「…………」
ちらっとヒカリの方に視線を移す。
艶のあるさらさらの黒い髪に、輝きを秘めた黒い瞳。
綺麗だなぁ、とメロディルーナは呟いた。
「よし! できた!」
「わ、私も……」
二人同時にキャラクリを終えて、端末を受付カウンターに返却。
フリネはそれを受け取ると、ちょちょいと端末を操作してアバターの登録を完了させた。
「はい、これで登録完了です。では早速ですが……プレイ、していきますか?」
「勿論!」
瞳をランランと輝かせながら即答するヒカリ。
もうちょっとこう、躊躇とか考えるとかしないのかと思わなくはないが……それでも。
(私も)
(ワクワクしてるから――)
こんなのキャラじゃないけれど。
ずっと観てるだけだと思っていたバトルアリーナに参加できることに、凄くワクワクドキドキしている。
「はい……!」
だからメロディルーナも、声を振り絞ってフリネに参加の意志を伝えた。
「お、お願いします!」
こうして。
二人の初めてのバトルアリーナが、始まった。
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憧れの戦場
バトルアリーナとは。
元々はアークスが対人型エネミーとの戦闘を想定しての軍事演習を目的として製造した軍事施設である。
だが今やダーカーは滅び、戦争は終結した。
軍事施設としての役割を終えたバトルアリーナは、不要と判断されあえなく閉鎖――されることは無く、一般市民の新感覚スポーツとして普及することになる。
そしてそれに伴って、『演習』ではなく『遊び』になったことによる様々なルール改善が施された。
赤と青のチームに別れてエンブレムを集めたり敵対チームを倒すことによってポイントを取り合うという大まかなルールこそ変わらないものの、より楽しく、より遊びやすく、より盛り上がるように。
バトルアリーナは進化した。
例えば戦闘フィールドの大幅増加。
森林、火山、東京の三種類だけだったフィールドは今では三十種類を越えている。
例えばイベントやトーナメントの開催頻度上昇。
元々は遊びじゃないということで滅多に開けなかったイベントや大会が今では頻繁に開催されているのだ。
野球でいうところの甲子園のような大きい大会すら出てきており、メロディルーナのような観戦専門の人は今ではもう珍しくない。
そして例えば、マッチング機能の改善。
昔は『友達と同じチームでバトルアリーナをプレイしたい』と思ってもその実現はかなり難しかった。
何せマッチングの方法が組み合わせランダムのランクマッチとパスワード制の固定マッチしかなく、ランクマッチはプレイヤーランクが違えばそれだけでマッチングは絶望的、固定マッチは他に知り合いを10人集めなければいけない。
しかもその上で同じチームになれるかどうかは二分の一である。
そんな凄惨たる有り様だったのも今は昔。
マッチング機能はかなり融通が効くようになり、そのおかげで無事ヒカリとメロディルーナの二人は、
共にバトルアリーナの舞台へと降り立っていた。
「わあ! わあわあわあ! これがアバター体ってやつなのね! 凄い! アークスになったみたい!」
「…………」
戦闘フィールドの両端にあるリスポーン地点兼控え室の小部屋で、ヒカリは自分の身長より高くぴょんぴょんと跳びながら笑顔ではしゃぐ。
なんだなんだ、初心者か? という生暖かい視線がこの場にいる同じチームとして戦う選手たちから向けられているが、そんなものは気にも留めていないようだ。
そして、メロディルーナは耳まで赤くなった顔を隠すように両手で自分の顔を塞いでいた。
その理由は、ヒカリのせいで注目を集めているから――ではない。
「これがフォトンの力ってやつなのねぇ、今なら車くらいなら持ち上げられそうだわ」
ふわり、とヒカリの
ヒカリのアバター体と本体の違いは髪色と髪型と服装の三つだ。
日本人の特徴である大和撫子な黒髪は金髪になり、セミロングだった髪は動きやすいようにポニーテールに纏められている。
服はアークスのロゴが入ったピンクのジャージ。動き回るのだからミニスカートの制服のままではマズイだろうという判断である。
「…………あの、何で、髪の毛金色に……」
そして、メロディルーナ。
彼女のアバター体と本体の違いは髪色と服装のみ。
金髪は大和撫子な黒髪に、服装はヒカリと色違いの黒いジャージにトレードマークの巨大マフラーだ。
髪色交換に、お揃いジャージ。
これじゃあ何だか仲が良いみたいじゃないか、とメロディルーナは照れくさそうに髪色の理由を訊ねた。
「んー? メロディルーナちゃんの金髪が綺麗だなーって思ったから何となく真似てみたー」
あっけからんとそう言って、メロディルーナの方に振り向くヒカリ。
そこでようやく現状(髪色交換・お揃いジャージ)に気付いたヒカリは「あらま」と目を丸くした。
「黒髪似合うわねー、あたしより似合ってるんじゃない?」
「そ、そんなこと……」
無い。と首を横に振るが、実際メロディルーナの大人しい雰囲気と黒髪は驚くほどにマッチしていた。
しかしそれを言うなら太陽のようにキラキラと輝く雰囲気を持つヒカリの金髪も、ものの見事にヒカリに似合っているのだが。
「でも残念ね」
「? 何が?」
「アバター体でもそのおっきいマフラーと眼鏡は外さないのね」
「そ、それは……」
「折角、とっっっても綺麗な顔してるのに、勿体無い」
その言葉に、メロディルーナは目をまん丸に見開いた。
顔は、見せたこと無い筈だ。マフラーと眼鏡で顔の半分以上は隠れているし、前髪だって意図的に下ろしてるから短い付き合いである彼女が知っている筈が無い。
ありえない。
「なん……『十二人揃いました。スキルの選択をしてください』」
なんで知ってる、と訊ねようとした瞬間。
そんなアナウンスが流れて、この場にいる全員の目の前にウィンドウが開かれた。
スキル選択画面だ。
バトルアリーナにおけるスキルは、通常のアークスが持つそれとは違いランダムに選出された三つの選択肢の中からひとつを選びそれをこの試合中は使えるようになるという代物である。
スキルの効果は戦況を一変し得るものから、小さな効果だが恒常的に強化されるものまで千差万別。共通しているのはいずれも強力であるということだけであり、この選択は言うまでも無く重要だ。
何でヒカリがコンプレックスである顔のことを知っているのか気になるが、今は後回し。
(スキルの選択時間は時間制限がある……早く決めなくちゃ)
(ええっと、今回のスキルは……)
『スタンショット』。
ヒットした相手をスタン状態にする誘導弾を発射するスキル。
『スプリント』。
一定時間、移動速度が上昇するスキル。
『PPアンリミテッド』
一定時間、PAやテクニックを使用した際の消費PPが「1」になるスキル。
これが初めてのバトルアリーナといえど、メロディルーナの趣味はバトルアリーナ観戦。
当然どのスキルが有用なのかとか、初心者向けのスキルはどれか等の情報は持っている。
ので、わりとあっさりとメロディルーナは三つの中から『スタンショット』を選択した。
フォトンの光がメロディルーナを包み込む。
スキルを取得した際のエフェクトだ。
スタンショットは、誘導弾だから初心者でも簡単に当たるわりに『少しの間相手の動きを止める』という強力な効果を持つスキル。
初心者であるメロディルーナにとっては無難な選択といったところだ。
さて、ヒカリは何を選んだのかな、
もし悩んでいるようならアドバイスの一つでもしてやろうか、と振り向く。
「メロディルーナちゃん! スキル何にした? あたしは『スプリント』にしたわ!」
しかしヒカリはもう既にスキルを選んだ後だった。
スプリントは移動速度を上げるスキルだ。
裏取りや奇襲、普段は跳び越えられない溝を跳び越えられるようになったりする便利なスキルだが……正直、使いどころを間違えればただ五秒間足が速くなるだけのスキル。
初心者がいきなり使いこなせるものではない。
まあ素人にはありがちなミスである。
(スキルは選択してしまったら変更は不可能だし……次やるときはおすすめのスキルとか教えてあげようか)
等とちょっと上から目線なことを考えつつ、「『スタンショット』にしたよ」と答える。
――ごく自然に、『次やるときは』と思ってしまったことには、気付かずに。
『
そうこうしている内にカウントダウンが始まった。
ヒカリたち以外の四人が、フィールドと小部屋を隔てている壁に向けて等間隔で並び出す。
「ん? あれ? 皆なんで並んでるの?」
「ち、チーム同士で武器取りの邪魔をしないためだよ。貴方も急いで並んでっ」
慌てながらヒカリの背を押して二人も壁に向けて並ぶ。
『
「武器取り?」
「武器を取得するためのスポットが等間隔で並んでるの! ていうか待ってカウントダウン始まってるのに今更こんな説明している暇『
Go!
と、アナウンスが鳴った瞬間壁が一気にせりあがり、ヒカリたちの目の前にフィールドが現れた。
ステージ『森林・昼』。
緑色のテクスチャが上部に貼り付けてある無機質なコンテナや、機械的な建造物たちの何処か森林なんだと一瞬思うだろうが一応フィールド範囲外の周囲は木々に囲まれていて辛うじて森林らしさを保っているステージだ。
バトルアリーナのステージの中では最初期から存在する最も基本的なステージである。
最初期に作られたが故に、『森林らしさ』は最低限になっているともいえよう。
「ほ、本当に始まっちゃった……とにかくまずは武器を!」
メロディルーナは今更そんなことを思いつつ、壁があった場所に出現した武器スポットに手を伸ばす。
地面に突き刺さっている、緑色のフォトン光に包まれた棒状の物体が武器スポットだ(昔はギャザリングの技術を使いまわしたものだったらしい。武器を取得するのに何故ピッケルを振るの? という意見が沢山寄せられたため今の形式に鳴った)。
棒状のフォトンをしっかり握り締め、地面から引き抜く。
するとなんとフォトンは形を変え、あっという間に銃の姿を形取った。
『アサルトライフル』だ。
そう、バトルアリーナではこのように地面に生えている武器スポットから武器を取得し戦う競技なのである。
「成る程! こうすればいいのね?」
メロディルーナや他のメンバーたちが武器を引き抜くのを見て、ヒカリも見様見真似でフォトンの棒を握り締めた。
発現した武器は『ロッド』。
どうやら『フォイエ』がセットされているタイプの杖らしい。
「……テクニックでどうやって発動するのかしら?」
テクニック名を叫べばいいの? と困惑するヒカリ。
でもすぐに「まあ最悪杖で殴ればいいでしょう」と気持ちを切り替えて前を向いた。
「…………うっ」
一方、メロディルーナは躊躇っていた。
チームごとの小部屋は敵チームの侵入防止用かかなり高度の高いところにあるため、フィールドに降り立つにはそれなりの高さから飛び降りることになる。
とはいってもアバター体ならこの程度の高さ、飛び降りても1ダメージすら受けないだろう。
それは分かっている。頭では理解している。
それでもやっぱし、生身なら普通に死ぬ高さから飛び降りるのは怖いものだ。
他の参加者たちは次々に飛び降りて戦場へと向かっている。
(やっぱり)
(やめとけばよかったかもしれない)
ヒカリにつられてテンションが上がり、ここまで来たが予想以上の怖さに足が震えだしたメロディルーナ。
一度駄目だと感じてしまったら、もう全部が駄目になってしまう。
典型的なネガティブ思考だ。どうしてこうも自分は臆病で、駄目で、弱虫で、情けないのだろう。
後ろ向きな言葉が頭を支配していく。
でも、それはメロディルーナにとってはいつものことだ。
だから大丈夫。
物事を諦める言い訳を考えることだけは何よりも得意――。
「さ、メロディルーナちゃん」
「え?」
唐突に、ぎゅっと手を握られて思考が吹き飛んだ。
まるで日陰に太陽の光が差し込んだように。
恐怖も、ネガティブも、諦める言い訳も、全部。
最初から無かったかのように――。
「行こう!」
「っ……! う、うん!」
手を握られて、引っ張られて、ようやくメロディルーナは足を一歩踏み出した。
身体が宙に舞う。重力に引っ張られて地面に落ちていく。
何も怖くない、むしろちょっと楽しいくらいだ。
「あははは! おちるー!」
無邪気に笑うヒカリ。
なんて能天気、ポジティブ、元気。本当にメロディルーナとは正反対にして対極の存在だ。
それでもメロディルーナは、マフラーの奥でヒカリに釣られて思わず微笑む。
「っと」
「着地! いえーい!」
さっきまで怯えていたことが馬鹿みたいに思えるほど簡単に着地することができた。
顔を上げれば、そこには、
ずっと観戦することしかできないと思っていた
「…………っ」
まだ試合が始まったばかりなのに、まだ敵と一合すら交えていないのに、少しだけ涙汲んでしまった。
ありがとうヒカリ。
貴方がいなかったらきっとここに立つことは出来なかっただろう。
「ところで」
が。
感謝の気持ちを伝えようと口を開こうとした瞬間、その言葉はヒカリのとんでもない台詞によって遮られるのだった。
「この『えんぶれむそうだつせん』って何がどうなったら勝ちなの?」
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初陣①
今更だが今回行われるエンブレム争奪戦の詳細ルールについて説明しよう。
試合時間は五分。
勝敗条件は試合時間終了までにより多く『ポイント』を集めていた方の勝ち。
ポイントは『エンブレム』と呼ばれる紋章がフィールドの一定の位置に出現するのでそれを取るか、相手のプレイヤーを倒すことによってポイントが取得できる。
武器スポットから出現する武器は試合開始時に打撃武器・射撃武器・法撃武器から各一種類ずつランダムに選出される。
バトルフィールドは森林・昼。
人数は6対6で、今回選ばれた武器はソード、アサルトライフル、ロッドの三種だ。
偶然にも、バトルアリーナが実装された最初期と似たようなルールである。
昨今のバトルアリーナは人数は最低1対1のタイマンから最大64対64の大規模戦闘まで好きに設定できるうえに、出現する武器を十八種類全てにもできるし、そもそもエンブレム争奪戦以外のルールもあったり、と、
ルールがかなり自由に設定できるようになったこともあり、このルールを『懐かしい』と表現する人もいるだろう。
特に、選出された武器が秀逸だ。
ソード、アサルトライフル、ロッドは一番最初の最初、ほぼベータ版みたいな頃のバトルアリーナではこの三種しか実装されていなかったのである。
さて、そんな余談は兎も角。
エンブレム争奪戦において重要なのは『虹エンブレム』が出現する場所に陣取ることである。
エンブレムには虹、敵チームの色、自チームの色の三色が存在し、虹エンブレムは最もポイントが多く貰えるエンブレムだ(虹は十点、敵チームの色は五点、自チームの色は一点)。
森林エリアではエリア中央に虹エンブレム出現スポットがある。
そこを陣取ったチームが勝つと言っても過言ではないほど重要度が高いスポットなので、赤チームも青チームもまずは中央を目指すのがセオリーだ。
だから当然、メロディルーナとヒカリも戦場に降り立ったとほぼ同時に虹エンブレムが湧き出る中央地点へと走り出すのであった。
「おー! これがエンブレムね!」
中央に向かう途中、ヒカリは赤い色のエンブレムに触れた。
エンブレムは人間ほどのサイズがある、星型のプレートだ。
触れた瞬間、エンブレムは軽く弾けて消える。数秒すればまた現れるが、このエンブレムを取っても一点しか貰えないので待つのは損だ。
「あたしたちは赤チームだから、今ので一点貰えたってわけね?」
「う、うん。一点ずつじゃ効率が悪すぎるから、赤エンブレムは取れたら取るくらいの気持ちでいいよ」
言いながら赤エンブレムが出現する地点を通り過ぎ、二人は中央へ。
コンテナの後ろに身を隠して、メロディルーナは地図を開く。
地図には
味方は今、一人が早々にやられたのか初期地点に一人、左右の道にそれぞれ一人ずつ、そして中央には二人と同じようにコンテナに身を隠しているソード持ちのリリーパスーツを着た味方が一人。
森林ステージは中央が大事なのは先述の通りだが、左右にも一本ずつ相手陣地に繋がっている道も放っておけない。
奇襲のために用意されているようなその道は、注意していないと中央の戦線を一瞬で崩壊させられるほどの脅威だ。
(でも今は左右に一人ずつ向かってるから……私達は中央の戦線に加わるべきね)
青チームは既に虹エンブレムエリアを制圧している。
おそらくメロディルーナとヒカリの初動が遅れた所為で中央に人数が足らなかったのだろう。
「兎に角、中央を取り返さなくちゃ。私達はテクニックと射撃で牽制してソード持ちの仲間を援護しよう」
「分かったわ! ……ところでテクニックってどう撃つの?」
「えっ」
杖を抱えながら首を傾げるヒカリ。
冗談か何かではなく、本気で言っている顔だ。
「どうって……そりゃ、普通に周りのフォトンを集めて……」
「フォトンってどうやって集めるの?」
「そ、それは……」
答えられない。
オラクル人は一般人であろうと『フォトン』という物質は極めて身近なものである。
アークスになれない人でも、フォトンエネルギー技術による恩恵は計り知れないほど受けているのだ。
オラクル人とは全員才能の有無に関わらず大なり小なりフォトンを操り、フォトンと共に在る種族と言っても過言ではない。
『呼吸ってどうやってるの?』と問われてはっきりと答えられる地球人がいないように、『フォトンってどう操ってるの?』と答えられるオラクル人は案外少ない。
アバター体によって『フォトンを自由自在に操ることのできる力』は得ているものの、『フォトンを操る方法』をヒカリは知らないのであった。
「こ、こう……ぐっと力込めるとか」
「もう試したわ」
「て、テクニック名を叫ぶとか」
「『フォイエ』!」
メロディルーナの提案を即試すヒカリ。
しかしテクニックは発動しなかった。
「…………」
「……い、今は時間も無いし別の武器にしたら? 武器スポットで武器を変えられるよ?」
「えぇー、テクニック使ってみたかったなァ」
唇を尖らせてそんなことを言いつつも、ヒカリは素直にフィールドの隅にある武器スポットへと走っていった。
テクニックはフォトンのコントロールが重要な技術だから使えないだけで、ソードやアサルトライフルだったら何も考えずに振ったり引き金を引くだけで使えるだろう。
ただヒカリが戻ってくるのをボーっと待ってるわけにもいかない、まずは自分ひとりでも先に戦線に復帰するしかない。
リリーパスーツの人に目配せをして、援護するという意志を伝えた後(声はかけられない、コミュ症だから)。
銃撃をお見舞いするべくコンテナから身を乗り出した――!
「『グレネードシェル』」
着弾炸裂する弾丸を装填、発射するアサルトライフルのフォトンアーツ。
着弾後炸裂するといっても弾速はそこそこ範囲はまあまあ程度であるが、特筆すべきは牽制性能であろう。
炸裂するということは『ちゃんと避けないと爆風が当たる』ということだし、PP消費も少なめで連射性能が高いこのフォトンアーツを連打されると前衛は前に出ることが困難になってしまう。
しかしそれはあくまでグレネードシェル持ちが複数いる場合の話である。
一人で連打したところで攻撃できる箇所は一箇所。つまり。
「ぶはっ」
複数あるコンテナのうち、メロディルーナが牽制射撃を行っていない方から青チームの女ニューマンが顔を出し、フォイエを撃ち放った。
射撃に意識を割かれていたメロディルーナに炎は直撃し、HPを七割ほど削る。
バトルアリーナでは斬られても撃たれても焼かれても痛みは無い。ダメージの種類に応じた少しの衝撃と、HPが削られるだけである。
HPが無くなれば撃破扱いとなって相手にポイントが入り、数秒後に自陣へ丸腰の状態で戻されるというシステムだ。
失ったHPは一部スキルを使うか一定時間ごとに少しずつ回復していく。
被弾した以上下がったほうがいいのかな、と判断に迷っている間にメロディルーナはグレネードシェルの直撃を受けてHPが無くなった。
あっさりと一死。
何が起こったのか一瞬分からなくて、自陣に強制送還されてようやく「あ、やられたのか」と気が付いた。
「や、やばい……出遅れたくせに一人も倒せずに即死亡とか地雷プレイヤーにもほどがある……お、怒られる……戦犯になっちゃう……やっぱやめておけば……」
「あっ、メロディルーナちゃんもやられちゃったの? あはは、どんまいどんまい、次は頑張ろっ、あたしも頑張るからさ!」
いつの間にか(おそらくメロディルーナとほぼ同時に)やられていたヒカリが、呑気な笑顔を見せながらメロディルーナの肩をポンと叩いた。
何も出来ずやられたというのに、そんなの少しも気にしていないようだ。
「武器取ってる間って無防備なんだねー、次からは気をつけよっと」
能天気で何も考えていないだけ、ではない。
ちゃんと今自分がやられた要因を考えて反省している。
なんて、前向きな女だ。
「おっ、アサルトライフルだ! 弾も……撃てる! よーし、これで戦えるぞー!」
武器スポットからアサルトライフルを引き当てて、何発か試し撃ちをした後ヒカリは自陣から飛び出した。
反省も後悔も何もかも即終わらせて、『次』へ向かったのだ。
それを見てメロディルーナは頭を振って、武器スポットへ駆け出す。
彼女みたいに前向きにはなれない。
だから、考えるのは『後』だ。反省も後悔も終わった後やればいい。
武器スポットからソードを手に取って、今度は迷い無く自陣から飛び降りる。
中央はまだ青チームが制圧しているが、さっきのリリーパスーツの人はまだやられていない。一人で戦線を維持しているのだ。
撃破ログ(誰が誰を倒したのか等がわかるログ)を見た感じ、上手いこと立ち回って飛び道具からは隠れつつ、寄ってくるソード持ちは返り討ちにしているのが見て取れる。
(あのリリーパスーツの人相当上手いな……)
地図を開く。左右の道を行った二人は攻めあぐねているようだ。
さっき地図を確認したときはやられていたもう一人は大きく回り道をして相手の裏を取ろうとしている。
(さて、私はどう動こうか……)
とりあえずヒカリと合流し、共に中央へ。
リリーパスーツの人とは逆のコンテナの後ろにひとまず隠れる。
(ん?)
すると突然、何を思ったのかリリーパスーツがこちらに向かって走り始めた。
急に何を、と思う間も無くリリーパスーツはメロディルーナたちの横を通り過ぎ、左の通路から急に飛び出してきた青チームの男ニューマンを一閃。
『ライジングエッジ』というソードPAであっさりと処理し、頭上に『1』と書かれたアイコンが浮かんでいる着ぐるみは二人のほうに振り返る。
「お嬢ちゃんたち、初心者カ?」
話しかけてきた。独特なイントネーションの、可愛らしい女性の声だ。
なんて答えたらいいか迷っているうちに、「そうよ?」とヒカリが構えていた銃を降ろしながら答えてくれたので、便乗して頷く。
もしかして、「初心者が気軽な気持ちでバトルアリーナに来てんじゃねーぞ!」とか「チッ、初心者と同じチームかよ」とか暴言を吐かれてしまうのではないかと顔面蒼白になりながら身構えるメロディルーナ。
しかしリリーパスーツの女が紡いだ言葉は、その予想の正反対だった。
「なら仕方ないネ、もしよかったら戦いながらバトルアリーナの基本でもレクチャーしてやろうカ?」
優しい世界
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初陣②
「ワンポイントー!」
ヒカリのアサルトライフルから、十二発の連射弾が放たれた。
ワンポイントという一点に銃弾を集中させるフォトンアーツである。
テクニックと同様、フォトンアーツもフォトンの扱いを必要とする技術。
地球人であるヒカリには訓練なしに使える代物ではなかった筈だが……何故ヒカリが難なくフォトンアーツを発動できたのかというと、それは一重にリリーパスーツの人のおかげであった。
「すごーい! フォトンを扱うってこういう感じなのね!」
「ヤー、教えてすぐコツ掴んじゃうなんてセンスあるなァヒカリちゃん」
「リリーパ師匠の教え方が上手いんですよー」
試合開始から一分弱。
形勢は未だに青チームが優勢だった。
中央を取られていて、かつ初心者二人を抱えた赤チームの方が不利なのは順当な状況といえよう。
「ふぉ、『フォトンの扱い方』を理屈で説明できるなんて凄いですね……」
「まあネ、私の幼馴染もフォトンがまるで扱えない奴でサー、その幼馴染と一緒にバトルアリーナやりたくて色々調べたんだヨ」
言いながら、敵を一閃の元に切り伏せるリリーパスーツ……もといリリーパ師匠。
ちなみにヒカリが勝手に使いだした呼称である。
「ワンポイントー!」
物陰から少し身体を出して、景気よく連射するヒカリ。
しかしそのフォトンの弾丸は一発たりとも敵に当たることなく、見当違いな壁や地面を穿つのみである。
「うーむ、中々当たらないわね」
物陰に隠れ直し、手をグッパと閉じたり開いたりした後、ヒカリは頷く。
「
「いやヒカリちゃんの射撃が下手すぎるだけネ」
「がーん!」
普通弾丸は避けられないヨ、と呆れ気味に言うリリーパ師匠。
実際バトルアリーナの射撃は照準補正がかかっているため壁に阻まれるか、余程の長距離じゃない限り命中して然るべきなのだ。
これについてはフォイエ等のテクニック等も同様の仕様であり、だからこそ『物陰に隠れる』および『隠れている相手の側面または背面に回る』という行為はバトルアリーナの基礎中の基礎となっている。
「え?」
しかしヒカリは目を丸くして首を傾げた。
まるで、『いやこれくらいなら避けられるでしょう』と言わんばかりに。
「それよりも、二人には『裏取り』をしてもらうワ。裏取りって分かるカ?」
「分かるません!」
「あ、分かります。主戦場を避けて、道を大回りすることで相手の裏を取る戦術のことですよね?」
「その通り、二人は今『ステルス中』だから、中央よりもそっちをお願いするワ」
バトルアリーナの仕様の一つに、貢献度ランキングというものがある。
その名の通りチームごとに獲得ポイントが多い順に三位まで、プレイヤーの頭上にアイコンが浮かび上がるというものだ。
例えば今リリーパ師匠の頭上には「1」と書かれた金色のアイコンが浮かび上がっており、これは
つまりリリーパ師匠と赤チームの二位三位の居場所は相手にバレバレなのだ。
勿論同じように青チームの一位から三位のプレイヤーの場所も、赤チームから丸見えである。
逆に言えば四位から六位の三人は、相手に居場所がバレていない。
この状態のことを、バトルアリーナでは『ステルス』状態と呼ぶのだ。
バトルアリーナでは獲得ポイントが高いプレイヤーほど倒された時に相手が獲得するポイントが高くなる仕様なので、一位のプレイヤーは前線から一歩引いた位置でなるべく倒されないように立ち回り、ステルス状態のプレイヤーは積極的に敵を倒す。
それがバトルアリーナの定石である。
「成る程! じゃあ早速行くわよメロディルーナちゃん!」
「う、うん。で、でも中央がリリーパ師匠一人に……あっ」
気が付けば、赤チームの二位と三位が中央の戦線に加わっていた。
ランキングの表示は試合開始からしばらくしてから表示されるので、さっきまで積極的に左右の道から攻めて敵を倒していた赤チームのプレイヤーがランキングを見て中央の戦線維持に加わったのだ。
「こっちは心配要らないヨ、私一人で充分なくらいネ」
未だに一度も死なずに敵撃破を繰り返しているリリーパ師匠の頼もしい言葉に押され、メロディルーナもヒカリに続いて左の道を走り出す。
「っ……!」
しかし早速、青チームとエンカウント。
緑色の塗装がされたゴツイ男性キャストだ。携えている武器はアサルトライフル。
距離が近い――完全に近距離戦の間合いだ。
相手がソード持ちじゃなくてよかった、とは相手も思っているだろう。
即座にロッドを構えるメロディルーナと敵キャスト。
一方ヒカリは銃に手すらかけず、相手との距離を詰めるべく真っ直ぐに走っていく。
「ちょっ! 何やって……!」
「この身体なら……多分」
余裕で避けられる、と呟いて。
ヒカリは敵キャストの放った
「!?」
まさかこの距離で避けられると思っていなかったのか、一瞬動きが固まるキャスト。
慌てて通常攻撃で追撃してくるが、それすらもヒカリは身体を捩って回避した。
流石のアバター体でも、銃弾より早く動くことはできない。
だから基本的にこの距離で放たれる銃弾は必中と言っても差し支えない筈だ。
なのに何故避けられる――? と混乱するキャストにヒカリはアサルトライフルを構え、叫ぶ。
「ワンポイント!」
十二発の弾丸が放たれる。
超至近距離からの連射。これを外す人間はそうそう居ないだろう。
そしてそんな人間はここに居た。
ヒカリの弾丸は何かの呪いなのかと勘繰ってしまうほど見事に全弾外れてしまった。
「くっ……今のを避けるなんて中々やるわね!」
「フォイエ!」
敵キャストは一歩も動いてないっていうかそんな至近距離でどうやったら外すの!? っというツッコミは後回しに、メロディルーナは炎のテクニックを放つ。
ヒカリの余りのノーコンっぷりに呆気に取られていたキャストにフォイエは直撃し、キャストはHPが0になって敵陣地へと送られた。
フォイエ一発ではHPは削りきれない筈だが……おそらくもうすでにいくらかダメージを負っていたのだろう。
「や、やった! 初撃破……」
「メロディルーナちゃんすごーい! やったね!」
「…………」
さっきのノーコンについてツッコミを入れようとしたが、眩しい笑顔でVサインを浮かべているヒカリを見ているとそんな気も無くなってしまったメロディルーナであった。
というか、そんなことより。
(やばい……初撃破……嬉しい)
(顔がにやける……)
興奮の隠し切れない表情をマフラーで隠しながら、「次、次行くよ」とはしゃぐヒカリを宥めて走り出す。
曲がり角を曲がればそこは敵の側面だ。
先走ろうとするヒカリの手を取って押さえ込み、壁に背を付けて敵の様子を窺う。
敵側の中央に人は四人。角度的に見えない位置に一位のプレイヤー(側面からの攻撃を警戒して後ろに下がっているのだろう)、二位三位のプレイヤーは物陰に隠れて攻撃の機会を慎重に窺っており、残りの一人は虹色のエンブレムが出現するまでは物陰で待機、出現したら積極的に取りに行くという役目になっているようだ。
野良パーティとはいえ、その程度の役割分担は普通にしてくる。
(さて……)
いつまでもここで様子を見ているわけにもいかない。
さっき倒したキャストが復活したら、側面から二人が来ていることが相手に伝えられてしまうだろう。
(テクニックを、チャージして……)
「フォイエ!」
飛び出すと同時に、撃つ!
火球は真っ直ぐに二位のプレイヤーへと飛んでいき、見事命中。
しかし、フォイエ一発ではHPを削りきることはできない――。
「ワンポイント!」
そこに、ヒカリの追撃が放たれる。
十二発の弾丸。その半分でも当たれば削りきれるほど減った相手のHPを、一ミリも減らすことなくヒカリは銃弾を撃ち切った。
「避けられた! 一旦隠れようメロディルーナちゃん!」
「いや多分避けられたんじゃ無くて……わっと!」
グレネードシェルの弾丸が飛んできて、急いで物陰に身を隠す二人。
今ので一人も倒せなかったのは痛い――居場所がバレてしまったし、HPは時間経過で回復していく仕様なので折角弱らせた二位もいますぐ追撃しなければ今の攻撃に意味が無くなってしまう。
(でも追撃しようにも……)
ちらりと壁から顔を出して、状況を確認する。
中央を疎かにするわけにはいかないからか、わざわざこちらに倒しに向かってくる人はいないが、ちらちらと警戒されているようだ。
二位のプレイヤーのアイコンは見えるが姿は見えない。
やはり、二位に追撃は厳しい……。
(ていうか、どうにかこのノーコンからアサルトライフルを取り上げないと戦力が実質私一人なんだよな……)
「?」
ジト目でヒカリを見つめるメロディルーナ。
そんなメロディルーナを見て、不思議そうに首を傾げるヒカリ。
いっそストレートに武器を変えるように進言するべきだろうか。でも嫌な言い方して傷つけたら可哀想だし……と葛藤するメロディルーナに助け舟のようなアナウンスがステージ上に鳴り響いた。
『UPDATE!』
「あら?」
「おっ」
今のアナウンスは、武器スポットから取れる武器のレベルがアップデートされたというアナウンスだ。
バトルアリーナの武器には、レベルが設定されている。
最初はレベル1で、アップデートのアナウンスごとに1ずつ上がり最大3。
勿論レベルが高い方が与ダメージが大きくなるため(そこまで大きな変化は無いが)、余裕があれば武器を交換しておくのもいいだろう。
「今のは武器スポットから出る武器のレベルが上がったっていうアナウンスね、折角だし武器交換してきたら?」
「わかった! メロディルーナちゃんは?」
「二人とも一緒に武器交換してたら隙ができちゃうでしょう。片方が守ってあげないと」
「そっか! 確かにそうね!」
言って、ヒカリは武器スポットへと走っていった。
さて、これでロッドかソードになってくれたらきっと戦力として数えられるだろう。
多分、きっと、おそらく。
いやでもロッドになろうとノーコンが変わらなかったら意味無いのでは……?
そんなことを考えながら、心配そうにヒカリの背中を見守っていたメロディルーナの身体に、
「んな……!?」
熱くは無いし、痛くも無い。
でもガッツリHPを減らされた……!
フォイエの放たれた方向を振り向くと、さっきのキャストが次弾をチャージしながら正面から向かってくるのが見えた。
(しまった、時間をかけすぎた……!)
「メロディルーナちゃん!」
メロディルーナを庇うように、ヒカリがロッドを手に駆け寄ってきた。
よし、とりあえずアサルトライフルじゃなかったようだ。
「喰らえ! イル・ザン!」
ヒカリの杖の先から、風の弾丸が放たれる。
イル・ザンは威力こそ控えめながら弾丸系のテクニックにしては範囲が広く、兎に角当てやすいテクニックだ。
これならヒカリがどんなノーコンでも敵に当てることができるだろう、というメロディルーナの期待は虚しく。
放たれたイル・ザンは何故か明後日の方向へと吹っ飛んでいき、壁にすら当たることなく射程限界を向かえて虚空に消えていった。
「…………」
「…………」
「……ち、違うの、テクニックの狙いの付け方が分からないっていうか……あっ」
キャストが放ったフォイエがもう一発メロディルーナに命中。
彼女のHPは0になり、自陣へと送られていった。
「く、くそう! メロディルーナちゃんの仇!」
再びイル・ザンをチャージし始めたヒカリと、フォイエをチャージし始めた敵キャストの戦いを描写する必要は無いだろう。
ヒカリのイル・ザンは一度も相手に当たることなく、ヒカリは自陣へと送還されたのであった。
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初陣③
試合時間、残り一分。
形勢は青チームの圧倒的優勢。
青チームの貢献ランキング上位は倒されないように後方に下がり、互いが互いをカバーできるような位置取りをキープしている。
これでは上位を倒して一発逆転、なんてことすら出来ない。
例えリリーパ師匠でも無理だ。
いくら師匠がベテランで強いプレイヤーでも、アバター体は身体能力もフォトン能力も全員統一されている。
一騎当千は
だからこそ、フィールドにはもう試合終了ムードが漂っていた。
青チームは倒されないように消極的に動き、赤チームは戦いを止めはしないものの、その表情には諦めの色が濃い。
ヒカリとメロディルーナ、たった二人を除いては。
(まだ……まだ終わってない……)
この試合、三キル五デス(三回相手を倒して、五回倒されたの意味)と初めてにしては上出来なスコアのメロディルーナは銃弾とテクニックの弾幕が薄まった隙を突いて虹エンブレムに手を伸ばす。
今まで観客席から見てきた数々の試合。
その中には逆転勝利なんて無数にあった。
どんな絶望的な状況でも、諦めずに最後まで戦った結果奇跡が起きた、なんて試合沢山見てきたのだ。
ならば諦める理由など無く、メロディルーナは足を止めることなく、手を抜くことなく手に持ったロッドを振るう。
「んー……どうしてテクニックって真っ直ぐ飛ばないのかしら? リリーパ師匠も分からないみたいだし……」
一方、ヒカリ。
この試合零キル四デスという戦犯扱いされてもおかしくないくらい悲惨なスコアの彼女は、自陣に送られていた。
五デス目である。しかしめげずに武器スポットに手を伸ばすヒカリ。
手に入った武器はアサルトライフル。
「もう戦局は決まっちゃったみたいな雰囲気ね……ま、まだメロディルーナちゃんは諦めてないみたいだから……あたしも最後まで全力でやりましょう」
呟いて、ヒカリは自陣に並んでいる武器スポットを次々と手に取っていく。
銃や魔法も楽しいけれど。
どうにも運が悪くてまだ一度も出てないけれど、こうやって何度も何度も、何度も何度も何度も武器スポットに手を伸ばしていれば、流石に。
そろそろ出るでしょう。
「………………――やっと、出た」
試合終了まで残り四十五秒。
ヒカリは武器スポットからようやく出てきたソードを手に取り、にこりと微笑んだ。
「『スプリント』!」
フォトンが足に漲り、移動速度が上がるスキルを発動。
そしてヒカリは勢いよく、自陣から飛び出した。
*****
とにもかくにも時間が無い。
相手チームが下がっているため、中央の制圧はしているのだが如何せん時間の無さと点差が厳しいのだ。
虹エンブレムを取っているだけでは間に合わない、敵を倒さないといけない……が、互いにカバーしあっている相手を倒すことはバトルアリーナではかなり難しいことである。
頼みの綱であるリリーパ師匠も「これはもうしょうがないかナー」などと呟き諦めモード。
仕方あるまい、だってこれは真剣勝負でも何でもないフリーマッチ。負けても笑ってもう一戦といえるような気楽さが売りのマッチングだ。
それでもまだ、メロディルーナは諦めずに必至の形相で青チームを追い掛け回していた。
「『スタンショット』!」
当たればスタンする低速の誘導弾を放つ。
が、その弾は物陰に隠れた敵を追って壁に当たり、弾けて消えた。
思ってたより、これ当て難い。
観戦で見てたときは簡単に当ててるように見えたのに、実際に使ってみると結構コツがいる代物みたいだ。
(全然、思い通りにいかない……実戦だとここまで違うんだ……)
(負けそうだし、そこまで活躍も出来て無いし、悔しい、悔しい悔しい悔しい)
でも、楽しい。
戦いの場にいるという高揚感。
アバター体というアークス並の身体能力とフォトン能力を得られる身体で好き放題動き回る疾走感。
勇気を出してよかった――じゃない。
勇気は貰ったのだ、彼女から。
「……っ! しまっ……!」
背後に気配を感じて振り返ると、そこにはソードを振りかぶって今まさにメロディルーナを叩き斬ろうとしている青チームのヒューマンの姿があった。
避けきれない――! そんな、もう、倒されているような時間無いのに……!
敵とメロディルーナの距離、およそ一メートル。
そんな、二人の間に、一人の少女が――というか、
ヒカリがソードを構えて割り込んだ。
「っ!?」
青チームのヒューマンが、割り込んできたヒカリに戸惑いつつもソードを振り下ろす。
そのソードがヒカリの身体を切り裂くよりも早く、ヒカリはヒューマンの身体を三度切り裂いた。
目に見えない速度の三連撃。
何が起こったのか、何も分からぬままHPが零になった敵は敵陣地へと送られていった。
「え? ……え?」
今、何が起こったのか理解できずに混乱するメロディルーナ。
ヒカリは慣れた手つきでソードを日本刀のように腰に添えると、メロディルーナの方に振り返ってにこりと笑みを見せた。
「後はあたしに任せなさい、なあに、心配はいらないわ、だってあたしは――
――前の学校じゃ剣道部だったのよ?」
それだけ言って、ヒカリは逆転するために敵を倒すべく駆け出す。
「……ケンドーブ? 何それ?」
何かよく分からないけど凄そう、とメロディルーナは首を傾げた。
って、そんなことをしている場合じゃない。
一人で突っ込んでは危険だ。
援護しなくちゃ、とヒカリを追おうとして――早速撃破ログに一人誰かが倒されたメッセージが流れた。
どうやら、ヒカリが青チームの貢献度一位のプレイヤーを倒したらしい。
「…………は?」
続いて二位と三位が倒れた。
ちょっと、待って、何が起こっている。
急いでヒカリの後を追うと、そこには相手キャストが撃ったワンポイントを
「よっこいしょー!」
アバター体の身体能力ではありえないほどの速度で剣を振るい、キャストを倒すヒカリ。
一体全体、どうなっているのか。
これが地球のケンドーブとやらの力だとでもいうのだろうか。
混乱するメロディルーナを他所に、ヒカリはどんどんキル数を稼いでいく。
今の一瞬で大分ポイント差が縮まった、残り三十秒、それだけあれば充分勝ちの目が出てくるほどに。
「ちょ、ちょっと何が起きてるノ!? ヒカリちゃんが急に連続キルしてるんだけド!」
ヒカリが一人で敵チームの殆どを倒してしまったことで暇になったのか、呆然としているメロディルーナにリリーパ師匠が駆けつけてきてそんな質問をしてきた。
しかし何が起きてるかなんて、答えられるわけが無い。
何故ならメロディルーナだって絶賛混乱中なのだから。
「よ、よく分からないんですけどケンドーブがどうたらって……ソードを持ったら、途端に……」
「ケンドーブ? 何そレ?」
「さ、さあ……?」
二人で首を傾げる。
前線ではヒカリが相手チーム六人を一人で相手して、次々とキルを取っている姿が見えている。
相手チームは阿鼻叫喚だ。
銃弾は切り落とされて、テクニックは剣圧で掻き消されて、近づこうものなら剣を振りかぶった瞬間に神速の斬撃で即座に落とされる。
まさに一騎当千、まさに無双。
「ヒカリちゃん、もしかしテ……」
ポツリと、リリーパ師匠がそんな意味深なことを呟いた。
あれだけ付いていたポイント差はあっという間に消えてなくなり、あっさりと赤チームは逆転を果たして、そして。
試合終了のアナウンスが、フィールドに鳴り響いた。
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初勝利!
当然のことだしあえて明言するまでもないことかもしれないが、剣道部のエースだろうとキャプテンだろうと全国大会優勝者だろうと地球出身のただの小娘がバトルアリーナで一騎当千することは不可能である。
アークスはダーカーに対抗するために造られた戦闘種族。
オラクルに住まう一般人も、アークスに『なれなかった』者だが戦闘の素養を持つ者は多い。
本来ならば、地球生まれかつ平和な日本で育ってきたヒカリがバトルアリーナに参加したところで一度もキルできずに試合が終わってしまってもまるでおかしくないくらいオラクル人と地球人の戦闘能力には差があるのだ。
事実、そうなりかけた。
ヒカリがソードを握るまでは、だが。
「やったー! 勝ったー!」
「おうぅ!?」
無邪気な笑顔で駆け寄ってきたヒカリに、メロディルーナは突如抱きつかれた。
バトルアリーナは試合が終わっても即座に戦場から退出させられるわけではなく、フィールドのあちこちに設置されたテレパイプから各々好きなタイミングで退出するシステムだ。
故に試合後に雑談をするプレイヤーも多く居る。
ちなみに戦闘行為は一切出来ない、剣を相手プレイヤーに突き立てたところで、ダメージは0だ。
「ちょ、ちょちょま……! 急に抱きつかないで!」
「えぇー? いいじゃん別にぃ」
これくらい軽いスキンシップだよー、と頬をすりすりしてくるヒカリをどうにか振りほどくメロディルーナ。
マフラーと眼鏡で分かり辛いが、頬が赤い。照れているようだ。
「バトルアリーナ面白いね! もっかい! もっかいやろう!」
「べ、別にいいけど……その前に説明してよね、ケンドーブって一体……」
「ん?」
何者よ、とメロディルーナが疑問を投げかけようとした瞬間、ヒカリがバッと後ろを振り返った。
ヒカリの視線の先には、リリーパ師匠。
さっきまで頼もしすぎる味方だった彼女が、なんとソードを振りかぶってヒカリに奇襲を仕掛けていた――!
「!?」
リリーパスーツによって表情は窺えないが、自身の奇襲が気付かれたことに多少動揺したリリーパ師匠は一瞬身体が硬直したが、構わず剣を振りぬく。
一方気配を察したのか、あるいは直感なのか不明だがとにかくリリーパ師匠の奇襲に反応できたヒカリは驚きながらも両手を伸ばし、
リリーパ師匠の斬撃を真剣白刃取りで容易く受け止めた。
「ど、どうしたんですか急に……?」
「…………」
玩具の剣か、棒切れででも試してみると分かることだが、真剣白刃取りというのは非常に難易度の高い技である。
高速で迫ってくる斬撃を、タイミングよく両手で挟み込み受け止める。簡単に言うが、実際やってみるとその『タイミングがいい』瞬間というのはコンマ1秒以下。
化け物染みた反射神経と動体視力が無いと不可能な技なのだ。
リリーパ師匠は、しばらく思考するように動きを止めた後、ゆっくりとソードに込めた力を緩め、背に戻した。
「知ってるカ? 試合終了後のこの時間は、いくら攻撃をしてもダメージが入らないんダ。試合が終わったから当然なんだけどナ」
「……それを教えるために、いきなり斬りかかってきたんですか?」
「と、いうより驚かせようと思って、だナ。スマンスマン」
ケラケラと笑うリリーパ師匠。
それを聞いて、ヒカリは笑みを見せ、メロディルーナも若干苦笑い気味に微笑んだ。
「い、意外とおちゃめなんですね……」
「ハハハ……それにしても凄かったネ、ヒカリちゃん。初めてであそこまで動ける人は見たこと無いヨ」
リリーパ師匠の言葉に同調するようにうんうんと頷き、ヒカリの方に視界を向けるメロディルーナ。
ヒカリは照れ笑いを浮かべながら、軽く頬を掻いた。
あざとい。ヒカリのような純粋そうな美少女じゃないと決して似合わないような動作だ。
「えへへ、剣を振るのはけっこー得意なんですよ」
「い、いや結構得意ってレベルじゃなかったでしょう……ケンドーブって一体なんなの?」
「剣道部っていうのは剣道っていう……その……チャンバラって分かるかしら、
どうにも要領を得ないヒカリの説明。これは仕方ないだろう、ヒカリが理路整然と物事を説明するのが得意じゃないタイプだということを差し引いても、である。
『剣道という概念を宇宙人に説明する』と考えてみよう、よく考えなくとも難易度の高い所業なのだ。
しかも、オラクルの学校には部活動という概念が無い。
「ええっと、つまり剣オンリーの模擬戦で心身を鍛える学校内のコミュニティってこと?」
「大体あってる……のかな?」
メロディルーナの解釈に、ヒカリは首を傾げつつも頷く。
模擬戦、という表現が戦闘が身近なものであるオラクル人らしい表現である。
「地球人ってオラクル人みたいな戦闘民族じゃないって聞いてたけど、そんなことをする人たちもいるのね」
「まァ、私たちがバトルアリーナで遊ぶみたいなものデショ」
「何か違うような気もするけど……まあいっか」
剣道は、遊びではなく武道である。剣道が遊びと同じなどと言ったら剣道関係者は怒りそうなものだが、ヒカリはどうでもよさそうに頷いた。
「ふーん……その、で、ヒカリは剣道部の中だとどれくらい強いの?」
「ん? 多分(地球で)一番強かったよ」
「へぇ、す、凄いね。(学校内で)一番かぁ……」
「おっト」
突如、リリーパ師匠の通信端末が軽快な
誰かから通信が来たのではなく、設定しておいた時間になったことを知らせる音である。
「もうこんな時間……もう一試合くらい貴方達と遊びたかったけド、そうもいかないみたいネ」
「リリーパ師匠、もう行っちゃうの?」
「用事があるんでナ、まあ二人がバトルアリーナにこれからも遊びに来るなら……また会える日もあるでしょウ」
言って、リリーパ師匠は踵を返した。
テレパイプに向かってテクテクと着グルミ特有の足音を鳴らしながら歩いていき……途中で二人の方に振り向いて一言。
「また、遊びに来るよネ?」
「勿論!」
元気よく頷くヒカリ。
メロディルーナもまた、ヒカリのように元気よくとはいかないが、しっかりと頷いた。
(リリーパスーツのせいで分かり辛いが多分)それを見て師匠は嬉しそうに笑顔を見せ、テレパイプからバトルフィールドを出て行った。
「さてメロディルーナちゃん、もう一戦やろう!」
「う、うん、それはいいんだけど……何か忘れてる気が……あ!」
思い出した、とメロディルーナは急いで時間を確認する。
そもそも、メロディルーナはバトルアリーナに参加するために此処に来たわけでは無いのだ。
バトルアリーナを訪れた理由は、参戦ではなく観戦。
つまり
「や、やば……! もう始まっちゃう!」
「始まる? 何が?」
「【ヒ・マワリ】の試合! 急がないと……!」
慌てながら、テレパイプへと走るメロディルーナ。
どうやらお目当ての試合が始まる時間まで、もう少しだったようだ。
「ひまわり?」
何でここで地球の花の名前が? っと首を傾げつつもヒカリはメロディルーナの後を追うのだった。
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