インフィニット・ストラトス 零ユートピア (ぬっく~)
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1話

「あ……あ、あああ、ああああああああああああああああ――――ッ!」

 

――慟哭が、世界を支配していた。

眼からは滂沱と涙が溢れ、喉から悲鳴とも絶叫とも取れぬ声が絶え間なく溢れる。

しかしそんなものは、彼女の途方もない悲しみの一端さえも示しきれていなかった。

今この場にいるのは、彼女と――その前に横たわった少年のみである。

彼女の手を取って逃げようとした少年が凶弾に倒れた瞬間、彼女は怒りと悲しみと混乱に意識を支配され、無差別に辺りに力を撒き散らして周囲を破壊し、その場を逃れていたのだ。

少年の身体には、傷一つない。当然だ。彼女が力を以て傷を塞いだのだから。

けれど――少年は目覚めなかった。

確かに彼女の力があれば、傷ついた身体を治すことは可能だ。

しかし一度失われてしまった命を取り戻すことだけは、出来なかったのである。

 

「なん……で……どうして……ッ」

 

彼女は――泣いた。

それこそ、どのくらいの時間が経ったかも分からないくらいに、泣いて、泣いて、泣き尽くした。

だが、それでも涙は止まらない。

彼女は噛み締めた唇から血を滲ませながら、ガリガリと頭を、肌を掻き毟った。

思考を回転させる。この絶望を打破する手段がないかを考え抜いた。

しかし、考えても考えても、答えは出てこなかった。

 

「…………」

 

少年の笑顔をもう一度見るためには。

そして、少年と少しでも長くともにいるためには、一体、何をすればいいのか。

彼女は考えた。

ひたすらに――考えた。

 

「…………ぁ…………」

 

――どれくらい、そうしていただろう。

いつの間にかカサカサになってしまっていた唇から、小さな小さな声が漏れた。

 

「そう……か……」

 

彼女はよろよろと身体を起こすと、静かに眠る少年の顔を覗き込んだ。

 

「――()()()()()……いいんだ」

 

そしてそう呟いて、少年の頬を撫でる。

そう。

それが、長い長い思考の果てに、彼女が至った答えであった。

――彼女は、ぺろりと唇を舐めて湿らせると、ゆっくりと、少年の顔に自分の顔を近づけていった。

そして、その唇に、自分の唇を重ねる。

少年の唇はまだ柔らかったけれど、もう、体温は失われていた。

 

「…………」

 

彼女は集中するかのように目を伏せた。

自分を取り巻く世界、それを、頭の中で変質させるような感覚。

すると、少年の身体が淡い光の粒と化し――彼女の身体に、吸い込まれていった。

 

「…………んっ…………」

 

少年の身体を完全に吸収し、彼女は小さな吐息とともに身を起こした。

そして、優しく自分の腹部を撫でる。

 

「――私が、もう一度産んであげる。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

一度死んだ少年が生き返ることはない。

ならば――自分の胎を使って、少年をそっくりそのまま作り直せばいい。

否、そっくりそのまま、というのは語弊があろうか。

彼女の胎内で身体を再構成する過程で、少年に彼女の力を分け与える。

少年は、少年としての身体を持ったまま、力を得ることになるのだ。

嗚呼――だが、それだけでは駄目だ。

人の身体は余りにも脆い。一度に全てを与えては、きっと耐え切れず自壊してしまうだろう。

少しずつ、少しずつ。

幾つもの因子に分けて、力を少年に与えねばならない。

だから、最初に用意するのは一つだけでいい。

――『瞬時に回復する力』。

 

 

いつか、いつの日か、少年が産まれ、育ち、安定した身体を手に入れたときに。

一つずつそれを手に入れられるように、渡す。

彼女はそれを、側で見守っていればいい。

そして、少年が全ての力を手に入れたそのとき――

少年は、何者にも害されぬ力を持ち、未来永劫にも近い命を持った、彼女の、永遠の恋人となるだろう。

 

「――もう、絶対に離さない。もう、絶対間違わない」

 

彼女は、お腹を撫でながら呟いた。

 

「だから……待っててね。――()()



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2話

「はいっ、副担任の山田真耶です」

 

黒板の前でにっこりと微笑ほほえむ女性副担任こと山田真耶。

身長はやや低めで、生徒のそれとほとんど変わらない。しかも服のサイズが合っていないのかだぼっとしていて、ますます本人が小さく見える。また、かけている黒緑眼鏡もやや大きめなのか、若干ずれている。

なんというか、『子供が無理して大人の服を着ました』的な不自然さ……というより背伸び感がするんだが、そう思うのは俺だけなのだろうか。

 

「皆さん、一年間よろしくお願いしますね」

 

「…………」

 

けれど教室の中は変な緊張感に包まれていて、誰からも反応がない。

 

「えっと、じゃあ最初のSHRは皆さんに自己紹介をしてもらいましょう」

 

ちょっとうろたえる副担任がかわいそうなので、せめて俺くらいは反応しておこうと思わなくもないのだけど、いかんせんそんな余裕はない。

では何か?

決まっている。

クラスメイトが全員女なのだ。

 

「……くん。織斑一夏くん」

 

「はっ、はいっ」

 

いきなり大声で名前を呼ばれて思わず声が裏返ってしまった。案の定、くすくすと笑い声が聞こえてきて、一夏は益々落ち着かない気分になる。

 

「あっ、あの。お、大声出しちゃってごめんなさい。お、怒ってる? 怒ってるかな? ゴメンねゴメンね! でもね、あのね、自己紹介『あ』から始まって今『お』の織斑くんなんだようね。だからね? ご、ゴメンね? 自己紹介してくれるかな? だ、ダメかな?」

 

気が付くと副担任の山田先生がぺこぺこ頭を下げていた。しかしあんまり頭を何度も下げるので、微妙にサイズのあってなさそうな眼鏡がずり落ちそうになっている。

 

「いや、あのそんなに謝らなくても。っていうか自己紹介しますから」

 

「ほ、本当? 本当ですか? 本当ですね? や、約束ですよ。約束ですよ!」

 

がばっと顔を上げ、一夏の手を取って熱心に詰め寄る山田先生。

しかしまあ、すると言った以上、しっかりと立って、後ろを振り向く。

 

「う……」

 

今まで背中に感じていただけの視線が一斉に一夏に向けられているのを自覚する。

 

「えー、えっと、織斑一夏です。よろしくお願いします」

 

一夏は呼吸を一度止め、そして再度息を吸い、思い切って口にした。 

 

「以上です」

 

思わずずっこける女子が数名いた。

 

「え? あれ? ダメでした?」

 

パアンッ! いきなり頭を叩かれた。

 

「痛ッ」

 

「お前は自己紹介も、まともにできんのか」

 

恐る恐る振り向くと、黒のスーツにタイトスカート、すらりとした身長、よく鍛えられいるがけして過肉厚ではないボディライン。狼を思わせる鋭い吊り目。

 

「あ、織斑先生。もう会議は終わられたんですか?」

 

「ああ、山田くん。クラスへの挨拶を押しつけてすまなかったな」

 

さっきの涙声はどこへやら、副担任の山田先生は若干熱っぽいくらいの声と視線で担任の織斑先生へと応えている。

 

「諸君、私が織斑千冬だ。君たち新人を一年で使い物になる操縦者に育てるのが仕事だ。私の言うことはよく聴き、よく理解しろ。出来ない者には出来るまで指導してやる。私の仕事は若干十五歳を十六歳までに鍛え抜くことだ。逆らってもいいが、私の言うことは聞け。―――いいな」

 

なんという暴力宣言。間違いなくこれは一夏の姉・織斑千冬。

だがしかし、教室には困惑のざわめきではなく、黄色い声援が響いた。

 

「キャ―――! 千冬様! 本物の千冬様よ!!」

 

「ずっとファンでした!」

 

「私お姉様に憧れてこの学園に来たのです! 北九州から!」

 

「私はさいたま!」

 

「千冬様にご指導頂けるなんて嬉しいです!」

 

「私、お姉様のためなら死ねます!」

 

きゃいきゃいと騒ぐ女子たちを、織斑先生はかなり鬱陶しそうな顔で見る。

 

「……毎年よくこれだけ馬鹿者が集まるものだ。感心させられる。それとも何か? 私のクラスにだけ馬鹿者を集中させてるのか?」

 

これがポーズでなく、本当に鬱陶しがっている。

 

「で? 挨拶も満足にできんのか、お前は」

 

「いや、千冬姉。俺は――」

 

パアンッ! 本日二度目。

 

「学校では織斑先生と呼べ」

 

「……はい。織斑先生」

 

と、このやり取りがまずかった。つまり、姉弟なのが教室中にバレたのだ。

 

「え? 織斑くんってあの千冬様の弟?」

 

「それじゃあ世界で唯一男で『IS』を使えるっていうのも関係して」

 

「ああっ、いいなあっ。代わってほしいなぁっ」

 

最後のは放っておくとして、そんなことを思っていると、チャイムが鳴った。

 

「さあ、SHRは終わりだ。諸君らにはこれからISの基礎知識を半月で覚えてもらう。その後実習だが、基本操作は半月で身体に染み込ませろ。いいか? いいなら返事をしろ。よくなくても返事しろ。私の言葉には返事をしろ」

 

おお、なんという鬼教官。目の前の姉は人の皮を被った悪魔だろうか?

 

「何か不服か? 織斑」

 

いえ、滅相もありません。

 

 

 

    ◇

 

 

 

「一夏、話がある」

 

突然、話かけられた。

 

「……………」

 

「箒?」

 

目に前にいたのは、六年ぶりの再会になる幼馴染だった。

篠ノ之箒。一夏が昔通っていた剣術道場の娘で、当時の髪型のままポニーテール。肩下まである黒髪を結ったリボンが白色なのは、やっぱり神主の娘だからだろうか。

 

「なんだ、話って」

 

「いいから早くしろ」

 

「お……おう」

 

すたすたと廊下に行ってしまう箒。

 

「久しぶりだな、箒」

 

「え?」

 

ふと思い出したことがあって、一夏から話を切り出した。

 

「すぐに箒ってわかったぞ。髪型、昔と同じだしな」

 

そう言ってちょんちょんと一夏が自分の頭を指差すと、箒は急に長いポニーテールをいじりだした。

 

「……よく覚えているているものだな」

 

「そりゃ、覚えてるって」

 

「そう言えば……去年、剣道の全国大会優勝したってな。おめでとう」

 

箒は一夏の言葉をきくなり、口をへの字にして赤らめた。

 

「なっ、なんでそんなこと知ってるんだ!?」

 

「なんでって、新聞で見たし……」

 

別に新聞くらい好きに読ませろよ。

 

「引っ越して以来、それっきりだったけど、親父さんは元気か? あと……束さんも」

 

「……あの人は……私とは関係ない……」

 

「? 束さんと……何かあったのか?」

 

キーンコーンカーンコーン。

二時間目の開始を告げるチャイムが鳴ったのだ。

 

「時間だ、戻るぞ」

 

ぷいっと一夏から顔をそらし、また来たときと同じようにすたすた歩き出す箒。

 

「あっ、おい!!」

 

どうやら、この幼馴染の一夏を待つ気はないらしい。

 

「……なんだ、あいつ」 

 

 

 

    ◇

 

 

 

「それでは、この時間は実践で使用する各種装備の特性について説明を……ああ、その前に」

 

ふと、思い出したように千冬が言う。

 

「再来週のクラス対抗戦に出る代表者を決めないといけないな」

 

どうやらクラス長を決めるらしい。

 

「は―――い!! 織斑くんがいいと思います!」

 

「おっ、俺!?」

 

「そーね。せっかくだし」

 

「ナイスアイデア」

 

「私もそれがいいと思います」

 

「ちょっと待った。俺そんなの」

 

「自薦他薦は問わない。他に候補者はいないか? 無投票当選になるぞ? ちなみに他薦されたものに拒否権などない。選ばれた以上は覚悟をしろ」

 

「い、いやでもっ」

 

反論を続けようとした一夏を、突然甲高い声が遮った。

 

「納得できませんわ!!」

 

バンッと机を立ち上がったのは地毛の金髪が鮮やかな女子だった。

 

「そのような選出は認められません! 大体、男がクラス代表なんて、いい恥さらしですわ! このセシリア・オルコットにそのような屈辱を一年間味わえと仰るのですか!? 実力から行けば、わたくしがクラス代表になるのは必然です!」

 

正直、一夏はこの手合いは苦手だった。

今の世の中、ISのせいで女性はかなり優遇されている。優遇どころか、もはや女=偉いの構図にまでなっている。

つまりそういう、いかにも現代の女子が目の前にいたのだ。

 

「いいですか!? クラス代表は実力トップがなるべき、それはわたくしですわ!」

 

興奮冷めやまぬ―――というか、ますますエンジンが暖まってきたセシリアは怒濤の剣幕で言葉を荒げる。

 

「何せわたくし、入試で唯一教官を倒したエリート中のエリートですから」

 

「?」

 

「イギリス代表候補生でもあるわたくし以上に相応しい人間はいないはずですわ」

 

「入試ってあれか? ISを動かして戦うやつ?」

 

「それ以外に入試などありませんわ」

 

「俺も倒したぞ、教官」

 

「なっ!?」

 

アレを倒したに入れていいのかわからないが、結果がすべてならアレは倒したことになる。

開始と同時に突っ込んできたところを避けたら、勝手に壁にぶつかって終了したアレを。

しかし、一夏が言ったことが相当ショックだったのか、セシリアは目を驚きに見開いている。

 

「あなた! あなたも教官を倒したって言うの!?」

 

「えーと、落ち着けよ、な?」

 

「これが落ち着いていられますか!!」

 

「わざわざこんな島国にまで来たうえに極東の猿と比べられるなんて……このような屈辱、耐えられませんわ!!」

 

「イギリスだって島国だし、大してお国自慢ないだろ」

 

「なっ!?」

 

怒髪天をつくと言わんばかりにセシリアは顔を真っ赤にして怒りを示していた。

 

「あっ、あっ、あなたねえ!? わたくしの祖国を侮辱しますの!?」

 

バンッと机を叩くセシリア。

 

「決闘ですわ」

 

「いいぜ。四の五の言うよりわかりやすい」

 

「おちつけ、馬鹿ども。とにかく、話はまとまったな」

 

ぱんっと手を打って千冬が話を締める。

 

「勝負は一週間後の月曜日。放課後、第三アリーナで行う。それぞれ用意をしておくように」

 

「「はい」」

 

一夏とセシリアはそう言って、大人しく席に着いた。




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3話

「うーむ」

放課後、一夏は机の上でぐったりとうなだれていた。

 

(ISのこと何も知らないから、とりあえず勉強しようと思ったが。意味のわからん専用用語ばっかりだな。誰かに教えてもらわないとどうにもなりそうにないか……)

 

とにかく専門用語の羅列なのだ。辞書でもなければやっていけない。だがISの辞書など存在しないので、つまり一夏は今日一日殆ど全く何もやっていけなかった。

 

「よかった。織斑くん、まだ教室にいたんですね」

 

「あ、山田先生」

 

呼ばれて顔を上げると、副担任の山田先生が書類を片手に立っていた。

 

「えっとですね。寮の部屋が決まりました」

 

「え?」

 

そう言って部屋番号の書かれた紙とキーをよこす山田先生。

そう、ここIS学園は全寮制なのだ。生徒は全て寮で生活を送ることが義務付けられている。これは将来有望なIS操縦者たちを保護するという目的もあるらしい。

 

「確か一週間は自宅から通学するって聞いてましたけど」

 

「事情が事情なので無理矢理ねじ込んだそうですよ」

 

「でも荷物とかあるんで一度家に帰らないと……」

 

「あっ、それなら」

 

「それなら私が手配してやった」

 

ああ、この声、絶対に千冬姉だよ。

 

「着替えと携帯の充電器があれば十分だろう。ありがたく思え」

 

「はぁ……どうもありがとうございます」

 

すげぇ大雑把。

 

 

 

 

 

 

「えーっと、0号室……0号室……」

 

一夏は部屋番号を確認して、ドアに鍵を差し込む。

 

「おお、さすが国立というか。そこいらのビジネスホテルよりよっぽどいい部屋だな」

 

部屋に入ると、まず目に入ったのは大きめのベッド。それが二つ並んでいる。そこいらのビジネスホテルより遥かにいい代物なのは間違いない。

 

「ふー、ベッドもいいもん使ってやがんなあ……。しっかし疲れた。これからどうしたもんかね」

 

荷物をとりあえず床にやって、一夏は早速ベッドに飛び込む。

ベッドが余りにも気持ち良かったのか一夏は睡魔に襲われ、眠りについてしまった。

 

 

 

 

 

 

――久しぶり。

 

頭の中に、どこかで聞いたことのある声が響く。

 

――やっと、会えたね、×××。

 

懐かしむように、慈しむように。

 

――嬉しいよ。でも、もう少し、もう少し待って。

 

一体誰だ、と問いかけるも、答えはない。

 

――もう、絶対に離さない。もう、絶対間違わない。だから、

 

不思議な声はそこで、途切れた。

 

 

 

 

 

 

「~♪ ~~♪ ♪……」

 

耳に優しい鼻歌を聴きながら、一夏は次第に目覚める。

 

(う……?)

 

刹那、目に入る光に顔をしかめる。

そうすると、一夏の目覚めに気付いたその人は、光を遮るように一夏の前に顔を寄せてきた。

 

「目覚めた?」

 

妙に眠たげな顔をした少女は、その顔に違わぬぼうっとした声でそう言った。

 

「どち……らさま……ですか?」

 

「……ん、ああ」

 

少女はぼうっとした様子のまま身体を起こすと、垂れていた前髪を鬱陶しげに搔き上げた。

 

「同室になった草薙(くさなぎ)零香(れいか)。君が私のベッドで寝ていたから」

 

「そうですか……」

 

まだ眠りか覚めきらない、ぼんやりとした意識で返事をする。

 

「ていうかっ!」

 

ふと体勢に気付いた一夏はがばりと起きる。

妙に柔らかくて心地のいい、しかもいい匂いのする枕だと思ったら!

 

「な、な、何してるんですか!?」

 

「ひざまくら」

 

ぐあ。

その通りだが、その通りなんだけど。

そう思って零香から離れようとした瞬間、素早く両手が一夏の肩を下ろす。

 

「のわっ!?」

 

体勢を崩した一夏は再びふかふか膝枕へと。

 

「まだ、寝てていいよ」

 

「いやいや。それは不味いだろ!」

 

と、上体を起こす一夏。

 

「……ん」

 

もの足りなさそうに零香は一夏のことを見つめる。

いやいや、どうしてそんな顔をするのですか。

一夏は空いているもう一つのベット再び入る。

今日は色々なことが起こり過ぎた。肉体的にも精神的にも疲労が溜まっていたのか、一夏は布団の中ですぐに眠りに落ちていった。

それからしばらく零香は一夏を見つめて、ひどく優しい表情を浮かべる。そして、黒いクリスタルを取り出すと。

 

「おやすみ、一夏……」

 

一夏の身体へと吸い込まれていった。




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4話

「そういやさあ……」

 

「なんだ?」

 

味噌汁に口を付けながら返事する箒。一夏も焼き鯖の身をほぐしながら続ける。

 

「ISのこと教えてくれないか? このままじゃ来週の勝負何も出来ずに負けそうだ」

 

「くだらない挑発に乗るからだ、馬鹿め」

 

「そこをなんとか頼む!!」

 

「…………」

 

「……無視かよ」

 

「ねえ。キミって噂のコでしょ?」

 

いきなり、隣から女子に話しかけられる。見ると、三年生のようだった。

 

「はあ……たぶん」

 

「ちょっと失礼

 

一夏が返事をすると、先輩は実に自然な動きで隣の席にかけた。組んだ腕をテーブルに乗せ、若干傾けた顔を一夏に向けてくる。

 

「代表候補生のコと勝負するって聞いたけど、ホント?」

 

「はい、そうですけど?」

 

「君さ……ISの稼働時間はどのくらい?」

 

「――20分くらい?」

 

「稼働時間に比例して上達するのよ? 絶対無理ね」

 

具体的に何時間以上から凄いのかわからない。しかし、このままではセシリアに敗北するのは明らかなようだ。

 

「私が教えてあげよっか、ISのコト」

 

「はい、ぜ――」

 

是非に、言おうとした言葉は、横槍に遮られた。

 

「それなら私が教えますので結構です」

 

「……え?」

 

食事を続けながら、いきなり箒がそんなことを言い出す。

 

「あなたも一年でしょ? 私のほうが――」

 

「私は、篠ノ之束の妹ですから」

 

言いたくなさそうに、それでもこれだけは譲れないとばかりに箒が言う。

 

「篠ノ之って……ええっ!!」

 

「…………」

 

先輩はここぞばかりに驚いた。

 

「そ、そう。それなら仕方ないわね」

 

「あ、なんかスイマセン」

 

その名前を出しただけで大抵の人間はたじろぐ。事実、親切な先輩は軽く引いた感じで行ってしまった。

 

「…………」

 

「……なんだ」

 

「なんだって……いや、教えてくれるのか?」

 

「そう言っている」

 

最初からそう言ってくれればいいのに。

ともあれ、これでISのことを教えてくれる人間を確保した。

 

「今日の放課後剣道場に来い。一度、腕が鈍ってないか見てやる」

 

 

 

 

 

 

放課後、一夏は箒に言われるまま剣道場に向かおうと、廊下を歩いていた時だった。

 

「ん?」

 

廊下の角で手招きする手が目に留まる。

 

「なんだ?」

 

一夏は手招きする手のある方向を覗き込むと、

 

「うおわっ!!」

 

手を掴まれ、引っ張られる。

 

「零香さん!?」

 

「こっち」

 

手招きしていたのは、同室の草薙零香だった。

一夏は零香に引っ張られるまま、ある所に連れてかれる。

 

「ここで、待ってて」

 

一夏が連れてこられたのは、IS学園でISを唯一使用できる施設であるアリーナだった。

零香は持っていた二枚のカードをスキャンさせ、二機のISを用意する。

 

「ん」

 

「あの……零香さん? これは、どう言うことなんだ?」

 

一夏はあまりの出来事に理解できなかった。

箒の約束で剣道場に向かう途中で、無理矢理アリーナに連れてこられて、そんで目の前にはISがある。

 

「一夏に今必要なのは、実戦経験」

 

「いや、それもそうだけど……」

 

「知りたいことは、私が全部教えてあげる」

 

そう言って、零香は用意した二機のうちの一つであるラファール・リヴァイヴに乗り込む。

 

「ああ、わかりましたよ!!」

 

一夏は零香に言われるまま、打鉄に乗り込んだ。

そして、アリーナ内に降り立つと、零香に支えながら移動させられる。

 

「これがPIC(パッシブ・イナーシャル・キャンセラー)。ISはこれで浮遊・加減速などを行なっている」

 

零香はISの基本知識を実演しなが説明する。

時には手を放して、一夏自身の力だけでISを操縦させ、ある程度出来ると零香は次の説明にはいる。そうして、アリーナの使用時間ギリギリまで使い一夏にISを操縦させた。

 

「これが……IS」

 

一夏は打鉄から降りると、その実感を思い出す。

まだ、数回しか乗ったことのなかった一夏がここまで長時間乗ったのは初めてであった。

なんとも言えない感覚に、気分が上がっている。

 

「続きは、部屋で」

 

「お、おう」

 

零香は借りたISを返却し、一夏の袖を掴ると寮まで決して離さなかった。

部屋に入ると、一夏がこの前授業でやった所を零香が一つ一つ丁寧に教えていく。

 

「シールドバリアー。操縦者を守るためにISの周囲に張り巡らされている不可視のシールド。攻撃を受けるたびにシールドエネルギーを消耗し、シールドバリアーを突破するほどの攻撃力があれば操縦者本人にダメージを与えることができる。モンドグロッソなどの国際試合や通常の模擬戦ではこのエネルギーがゼロになるか、搭乗者が意識を失うと負けとなる」

 

「ふむふむ」

 

一夏は零香の説明をノートにまとめ、わからないことがあるとその説明を求める。

零香はそんな質問にもきちんと答えた。




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5話

「教科書の6ページ」

 

「え、えーと……現在世界中にあるISは467機。その全てのコアはIS開発者、篠ノ之博士が作成したのでその技術は一切開示されていません。博士はコアを一定数以上作ることを拒絶しており、各国家・企業・組織・機関では、それぞれ割り振られたコアを使用して研究・開発・訓練を行なっています」

 

「――それ故に専用機は国家、または企業に所属する人間にしか与えられない。一夏が戦う相手のセシリアさんがいい例」

 

「なるほど……」

 

一夏は零香の説明を聞いて納得する。

代表候補生と言う立場は、思っていた以上のことであることを。

 

「零香さん」

 

「ん?」

 

一夏は一つだけ疑問があった。

 

「俺、授業出なくていいって本当なんですか?」

 

そう。一夏は目覚めた時に零香がそう伝えたのだ。

セシリアとの決闘の日まで、授業に出なくていいと。

 

「ん。その代わりに、私がみっちり鍛える」

 

「はあ……」

 

一夏は未だに草薙零香のことがよくわからないでいた。

あの織斑千冬をそっちのけで寮でツーマンセルで勉強を教え込まれているのだ。

 

「千冬から伝言を預かっている」

 

「はい?」

 

さらには、千冬姉のことを千冬と呼んでいるのだ。

普通ではありえない。

本当に一体、零香さんは何者なんだ?

 

「一夏に専用機が与えられることになった」

 

「え? 確か専用機って……」

 

「ん。一夏は他の人とは違い特例。データ収集が目的のため、政府が用意してきた」

 

つまるところ、一夏には専用機がプレゼントされるということだ。

 

「ん。今日の授業はここまで。休憩を挟んでからアリーナで実演練習」

 

そう言って、零香は懐中時計で時間を確認し、席を立つ。

 

 

 

 

 

 

そして、翌週。セシリアとの決闘の日。

 

「一夏ァ!!」

 

「うお!? 箒!?」

 

一夏の目の前には、怒りをあらわにする幼なじみの篠ノ之箒がいたのだ。

 

「一体どういつもりだ! 剣道場に来ないどころか、授業にも来ないとは、お前は一体何を考えている!!」

 

「あー、本当にすまん、箒」

 

結局のところ、一夏は最初の初日以降、教室に顔すら出すことはなく、麗香の個人レッスンを受けていた。

 

「ん。一夏は謝る必要はない」

 

零香は一夏の袖を摘まみながら、その横に立つ。

 

「貴様……一夏との話の邪魔をするな!!」

 

一夏との話に割り込んで来た零香に箒はさらに怒りをあらわにしする。

 

「篠ノ之! そこまでにしろ!!」

 

「っ! 織斑先生!!」

 

第三アリーナ・Aピットに駆け足でやってくる山田先生と織斑先生だった。

 

「ん。ちゃんと仕上げてきた」

 

「ああ。山田くん、すまないが後のことを頼む」

 

「は、はい」

 

織斑先生は山田先生に一夏のことを任せ、零香と共に行ってしまった。

 

「では、織斑くん。ピットにISが搬入されてありますので」

 

ごごんっ、と鈍い音がし、ピットの搬入口が開く。斜めに噛み合うタイプの防壁扉は、重い駆動音を響かせながらゆっくりとその向こう側を晒していく。

――そこに、『白』が、いた。

白。真っ白。飾り気のない、無の色。眩しいほどの純白を纏ったISが、その装甲を解放して操縦者を待っていた。

 

「これが……」

 

「はいっ、これが織斑くんの専用IS【白式】です」

 

真っ白で、無機質なそれは、一夏を待っているように見えた。

 

「ハイパーセンサーには異常はありませんか? 織斑くん、気分は悪くないですか?」

 

「大丈夫です」

 

山田先生の言葉通り、装甲を開いている白式に身体を任せる。受け止めるような感覚がしてから、すぐに一夏の身体に合わせて装甲が閉じた。

 

「……行ってくる」

 

「……ああ、勝ってこい」

 

その言葉に首肯で応えて、一夏はピット・ゲートに進む。微かに身体を傾けるだけで、白式はふわりと浮かび上がり前へと動く。

 

 

 

 

 

 

その一方、織斑先生と零香は――

 

「すまないな。あいつのことを任せて」

 

「かまわない」

 

普段とは違い、まるで友のように千冬は話す。

 

「勝率はどう見る」

 

「五分……運を含めるなら六分」

 

「そうか……」

 

少し残念そうにする千冬に零香は微笑む。

 

「大丈夫――彼ならきっとやってくれる」

 

零香は一夏の勝利を誰よりも願う。

そして、その時が始まろうとしていた。




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6話

「あら、逃げずに来ましたのね。慣熟飛行(ウォーミングアップ)する時間くらい差し上げますわよ?」

 

セシリアがふふんと鼻を鳴らす。

鮮やかな青色の機体〈ブルー・ティアーズ〉。その外見はフィン・アーマーを四枚背に従え、どこか王国騎士のような気高さを感じさせていた。

 

「いや……いい。IS(こいつ)まるで、昔っから自分の手足だったみたいに馴染むんだ」

 

「それは結構」

 

「それでは最後のチャンスをあげますわ。わたくしが一方的な勝利を得るのは明白の理。ですから、ボロボロの惨めな姿を晒したくなければ、今ここで謝るというのなら許して差し上げないこともなくってよ?」

 

腰に当てた手を一夏の方に、びっと人差し指を突き出した状態で向けてくる。

 

「そういうのはチャンスとは言わないな」

 

「そう? 残念ですわ」

 

そう言ってセシリアは目を笑みに細める。

 

「それなら―――お別れですわね!

 

キュインッ! 耳をつんざくような独特な音。それと同時に走った閃光が一夏の身体を打ち抜く。

 

「さあ踊りなさい。わたくし、セシリア・オルコットとブルー・ティアーズの奏でる円舞曲(ワルツ)で!」

 

白式のオートガードが発動し、一夏の身体を守る。直撃は避けたものの、さすが代表候補生、正確な射撃だった。

射撃。射撃射撃射撃。まさに弾雨のごとく攻撃が降り注ぎ、シールドエネルギーがどんどん削られてく。

 

「何か武器は!?」

 

白式に問うと、すぐさま現在展開可能な装備が現れる。

しかし、そこには『接近ブレード』と書かれた装備しか表示されなかった。

 

「何もないよりマシか……ま、逃げてるだけじゃ勝ちようないしな。やるだけやるさ!」

 

素手やるよりはいいと、一夏は接近ブレード《名称未設定》を呼び出し(コール)、展開する。

キィィィン……。

高周波の音とともに、一夏の右腕から光の粒子が方出される。それは手の中で形となって、収まる。

片刃のブレード、渡り一・六メートルはある長大な『刀』が一夏の武器だった。

 

「中距離射撃型のわたくしに、近距離格闘装備で挑もうだなんて……笑止ですわ!」

 

すぐさまセシリアの射撃。それを身をひねって一夏は躱すが、目の前にあるのは二十七メートルという相手との距離。一夏にとっては、数キロにも思える道のりだが、引く訳にはいかない激戦が始まった。

 

 

 

 

 

 

「―――27分。持った方ですわね。褒めて差し上げますわ」

 

「そりゃどうも……」

 

シールドエネルギーの残量が残り67。

やばいな……シールドの残量が、これ以上当たるワケにはいかない……。

 

「このブルー・ティアーズを前にして、初見でここまで耐えたのはあなたが初めてですわね」

 

セシリアの機体名称の由来、四つの自立機動兵器(ブルー・ティアーズ)。まるで意思を持つかのようにそれぞれが独立で動いて、あらゆる場所からレーザーを撃ってくる。やっかいな武装だな……。

 

「では、閉幕(フィナーレ)と参りましょう」

 

セシリアの笑みとともに右腕を横にかざす。すぐさま、命令を受けたブルー・ティアーズが二機多角的な直線機動で接近してくる。

 

「くっ……!」

 

一夏の上下に回ったそれらビットの先端が発光し、レーザーを放ってくる。それを辛うじて防御、あるいは回避すると、その隙をセシリアのライフルが突いてくる。

 

「左足、いただきますわっ!」

 

まずい! 当たれば確実に負ける!!

なら、一か八か――

 

「ぜああああっ!!」

 

ガギンッ! 派手な音と一瞬の花火。無理矢理の加速で、一夏の身体はセシリアのライフルに正面からぶつかった。その衝撃で砲口が逸れ、なんとか止めの一撃を逃れる。

 

「なっ……!? 無茶苦茶しますわねっ。けれど、無駄な足掻きっ!」

 

セシリアは距離を取り、空いている方の左手を横に振る。すると、それまで周囲に待機していたブルー・ティアーズが一夏に向かって飛んで来る。

 

(一機撃墜!!)

 

穿てれるレーザーを潜り抜け、一閃。重い金属を切り裂く感触が手のひらから伝わる。

真っ二つにされたビットは両面に青い稲妻を走らせ、爆散した。

 

「なんですって!?」

 

驚愕するセシリアに向かって、一夏は上段突撃の構えで斬り込む。

 

「くっ……!」

 

後方に回避するセシリア、そしてまたその右手を振るう。そしてビットが二機飛んでくる。

一夏は軌道を読み、ビットの後部推進器(スラスター)を破壊して落とす。

これで二つ目!! 残りあと半分!!

剣の扱いに集中できる。これも訓練の成果かな。

 

「このビットは毎回セシリアが命令を送らないと動かない! しかも、その時セシリアはそれ以外の攻撃をできない。制御に意識を集中させているからだ。つまり――ビットが動いている間、セシリアからの攻撃はない!」

 

ひくくっとセシリアの右目尻が引きつった。図星だったようだ。残りのビットは二機。

 

(……!!)

 

しかも軌道は読めた。

 

()()は必ず俺の反応が一番遠い所から狙ってくる!)

 

(わたくしのビットが三機も!? ありえませんわ! こんなのマグレに決まってます!!)

 

(必ず見えない所から仕掛けてくるなら逆に見当もつくし、どこに飛んで来るか自分で誘導できる。とにかく距離をつめればこっちが有利だ)

 

一夏はやっと見え始めて勝利に、わずかに胸を躍らせた。

 

 

 

 

 

 

「はぁあ……。凄いですねぇ、織斑くん」

 

ピットでリアルタイムモニターを見ていた山田先生がため息混じりに呟く。確かに素人が候補生と張り合える程度の健闘ぶりだった。

しかし、織斑先生は対照的に忌々しげにな顔をする。

 

「あの馬鹿者。浮かれているな」

 

「えっ? どうしてわかるんですか?」

 

「さっきから左手を閉じたり開いたりしているだろう? あれはあいつの昔からのクセだ。あれが出る時は大概簡単なミスをする」

 

「へえぇぇ……。さすが姉弟ですね。そんな細かいことまでわかるなんて」

 

なんとなくそう言った山田先生に、けれど織斑先生はハッとする。

 

「ま、まあ、なんだ。あれでも一応私の弟だからな……」

 

「あー、照れてるんですかー? 照れてるんですねー?」

 

「山田先生。最近ひよっ子どもの指導ばかりで鈍ってしまったので、格闘訓練にでもつきあってもらえないか……?」

 

からわかれた織斑先生は山田先生を睨みつける。

山田先生は地雷を踏んだと察し、黙り込んでしまった。

 

 

 

 

 

 

(最後の一機!)

 

セシリアの間合いに入った一夏は、振り下ろした刀で最後のビットを撃墜。

ライフルの砲口は間に合わない。確実に一撃が入るタイミングだった。

 

「残るはセシリア! お前本体のみ!!」

 

にやり、と。セシリアが笑うのが見えた。

 

「おあいにく様。ブルー・ティアーズは六機あってよ!」

 

セシリアのセシリアの腰部から広がるスカート状のアーマ―。その突起が外れ、動いた。

しかも、さっきまでのレーザーとは違い。これは『弾道型(ミサイル)』だ。

 

ドカァァンッ!!

 

赤を超えて白い、その爆発と光に一夏は包まれた。

 

 

 

 

 

 

「一夏っ!!」

 

モニターを見つめていた箒は、思わず声を上げた。

織斑先生と山田先生も、爆発の黒煙に埋まったモニターを真剣な面持ちで注視する。

 

「――ふん。機体に救われたな、馬鹿者め」

 

黒煙が晴れた時、織斑先生は鼻を鳴らした。

まだ微かに漂っていた煙が、弾けるように吹き飛ばされる。

 

「ようやく、目覚めたのね……」

 

その中心にある純白の機体。

そう、白式の真の姿が――

 

 

 

 

 

 

「30分――それなりに楽しめましたわ」

 

セシリアは勝利を確信していた。

 

『初期化と最適化が完了しました。確認ボタンを押してください』

 

「ま、まさか……一次移行(ファーストシフト)!? 今まで初期設定の機体で戦っていたって言うの!?」

 

これには、セシリアは驚きを隠せなかった。

まさか、初期設定状態で自身と互角に渡り合っていたのだから。

 

「これが白式の……真の姿――」

 

『セフィロトシステムのインストールが完了しました』

 

突然現れたパネルに、情報が表示されていく。

 

『モード〈神威霊装・十番(アドナイ・メレク)〉と〈神威霊装・五番(エロヒム・ギボール)〉の使用が可能になりました』

 

「モード〈神威霊装・十番(アドナイ・メレク)〉? これは――」

 

「そ、それがなんだと言うのですの? これで対等の条件になっただけですわ! 最後に勝つのはこのわたくしです!!」

 

「零香さんとの訓練の成果を無駄にする訳にはいかないためにも――俺は誰にも負けないっ!!」

 

「いいえっ!! 勝つのはわたくしですわ!!」

 

弾頭を再装填したビットがセシリアの命令で飛んでくる。だが――

 

「来い! 〈鏖殺公(サンダルフォン)〉!!」

 

それは――幅広の刃を持った、巨大な剣だった。

虹のような、星のような幻想的な輝きを放つ、不思議な刃。

一夏が剣を振りかぶると、その軌跡をぼんやりとした輝きが描いていった。

そして――

 

(ブルー・ティアーズを全て――それも剣一本で!?)

 

一夏が、ブルー・ティアーズに向かって、剣を横薙ぎにブン、と振り抜く。

もちろん、剣が直接届くような距離ではない。

だが実際――ブルー・ティアーズを全て破壊した。

 

「おおおおっ!」

 

ISに備わっている搭乗者保護機能。搭乗者は絶対防御というバリアフィールドで守られている。

――でも、その防御フィールドを上回る威力の攻撃を受けた場合は搭乗者はダメージを負う――つまり最悪、死に至るのだ。

 

(あのセシリアが怯えている!? 俺は――このまま女の子を斬ってもいいのか?)

 

一夏は躊躇してしまった。

その結果――

 

「いやっ! 来ないでっ!!」

 

「やべっ!」

 

セシリアのライフルをもろに受けてしまったのだ。

 

『織斑機。白式、シールドエネルギー0。模擬戦終了です』

 

『聞いたか二人とも、試合はオルコットの勝利だ』

 

試合終了の指示を出す織斑先生だが、セシリアは――

 

「落ちなさいっ!! このっ!! このっ!!」

 

(セシリアのやつ――取り乱してる!?)

 

模擬戦が終わったにもかかわらずに、未だに一夏にめがけて射撃を繰り返す。

 

『織斑、撤退しろ。シールドのない状態で攻撃を受ければどうなるかわかっているな?』

 

「撤退? クラスメイトがこんな状態なのに見捨てて逃げるなんてできないよ。ましてや原因が俺だとしたらなおさらだ」

 

だが、一夏はセシリアを見捨てることが出来なかった。

 

「さっさと落ちなさいっ!!」

 

(パニクっても狙いは正確だし、動きも制限されちまう。流石訓練積んでる代表候補生だけあるぜ)

 

一夏はなんとかギリギリのところでセシリアの攻撃を避ける。

 

(バリアがあったさっきと違って、当たったら下手すりゃアウトな状態だからな……)

 

それでも、一夏はセシリアの元へと近づかなければなかった。

 

「――って何躊躇してんだ。行くしかないだろ!!」

 

「いや――っ!! 来ないで――!!」

 

「うお――っ!!」

 

なんとかセシリアの元までたどり着いた一夏はセシリアを取り押さえる。

 

「落ち着け! セシリアっ! お前の勝ちだ!!」

 

「わ、わたくしが……勝ちましたの?」

 

勝機に戻ったセシリアは一夏と共にアリーナに降り立つとISを解除する。

 

「ああ。シールドエネルギー切れで俺の負け」

 

『命がけで救ってくれたクラスメイトに感謝するんだな、オルコット』

 

織斑先生の言葉にセシリアは罪悪感を感じ、

 

「た、大変! 怪我なさってますわ!?」

 

「平気だって、かすり傷だから」

 

(シールドバリアが失われている状態でわたくしのために……命がけで!?)

 

「セシリア?」

 

「あの、その……勝利を求める余り、つい夢中になり過ぎて――傷つけてしまったお詫びですわ」

 

 

 

 

 

 

「負けてしまったね」

 

「ああ……」

 

一夏の隣を共に歩く零香はそっと一夏に声をかける。

 

「悔しい?」

 

「そりゃまあ、悔しいさ」

 

「何故あの時躊躇したのだ。相手は完全に怯んでいたではないか。勝機を見逃すなど甘すぎるぞ!」

 

零香とは逆にいた箒は今回の勝敗を分けた所を掘り返す。

 

「そう言われると返す言葉はないが、怯えてる相手にやっぱり剣は震えないだろ?」

 

零香はそれを聞いて、少し微笑む。

 

「一夏は一夏のしたいようにすればいいんだよ。それが、どんな結果を生んでも後悔をしなければいい」

 

その日、一夏とセシリアとの模擬戦が幕を閉じたのだった。




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7話

サアアアアア……。

 

シャワーノズルから熱めのお湯が噴き出す。シャワーを浴びながら、セシリアは物思いに耽っていた。

 

(もしあの時、わたくしの攻撃がもうすこし遅ければ――いえ、彼が躊躇することなく剣を振り抜いていれば確実にわたくしの負けでしたわ)

 

いつだって勝利への確信と向上への欲求を抱き続けていたセシリアにとって、困惑はひどく落ち着かないものだった。

けれど、腑に落ちない。なんだかすっきりとしない。

 

(初代ブリュンヒルデこと、最強のIS使い織斑千冬。同じDNAを持つ織斑一夏――)

 

あの男子のことを思いだす。あの、強い意志の宿った瞳を。

 

(もし彼があの時、剣を止めなければわたくしの身体は切り裂かれていましたわ。あの時彼の中にあったのは、勝つよりもわたくしの身を案じる気持ち(やさしさ)……)

 

セシリアは出会ってしまった。織斑一夏という、理想の、強い瞳をした男と。

 

(織斑……一夏……)

 

その名前を口にしてみる。不思議と胸が熱くなるのが自分でもわかった。

どうしようもなくドキドキとして、セシリアはそっと自分の唇を撫でてみる。水滴に濡れた形のいい唇は、触れられることを望んでいたかのように不思議な興奮を生み出した。

 

「……んっ」

 

熱いのに甘く、切ないのに嬉しい。

 

(彼のあの腕に抱きしめられたい……あの胸に包まれたい――)

 

意識すると途端に胸をいっぱいにする、この感情の奔流は。

 

(まるで、子供の頃読んだ物語の騎士様みたいに――強くて――優しくて――……)

 

その正体を。その向こう側にあるものを。

 

(わたくしの……騎士様。こんなに強い男性初めてですわ……知りたい――あの人のこと、もっと……)

 

浴室にはただただ水の流れる音だけが響いていた。

 

 

 

 

 

 

一夏はベッドに横になりながら右腕に付けられたガントレットを眺めていた。

 

(セフィロトシステム……)

 

一次移行(ファーストシフト)の移行が完了すると共にインストールされた謎のシステム。

追加武装とは全く違い、別系統での武装追加だったのだ。

山田先生にも一応このセフィロトシステムについて質問をしてみたものの、全く聞いたことがないシステムらしい。

 

「ん」

 

ひょっこ、と零香が覗き込む。

一夏は目をパチパチさせ、遅れて驚き、そのままベッドから落ちる。

 

「な、なんですか。零香さん!!」

 

「ん。一夏が悩んでいたから」

 

零香はベッドに座りながら一夏の問いに答える。

 

「あ、いや。それほどのことではないの――」

 

「セフィロトシステムのこと?」

 

一夏の言葉を遮って零香が言葉を発する。

 

「今……なんって――」

 

「セフィロトシステムのことが知りたいんでしょ?」

 

零香は確かにセフィロトシステムと言いた。

ゴクリ、と一夏は息を呑む。

何で零香さんがそのことを知っているか、疑問が残るが一夏はそんなことを考える余裕がなかった。

 

「セフィロトシステムは……私が作ったシステムだもの」

 

目の前にこのシステムの製作者がいたのだ。

 

「零香さんが……これを作ったのですか……?」

 

「ん。一夏だけのための、史上最強のシステム」

 

「俺のためだけのですか?」

 

「ん。条件を満たせば解放される。現行のISを10機でも勝つことができる装備・能力が使えるようになる」

 

現行のIS……それはつまり、セシリアの〈ブルー・ティアーズ〉などの第三世代ISを10機を相手に勝つことができると零香は言うのだ。

普通ならありえない。

第三世代に至るまでにISが発表されてから10年以上の年月が経っている。

目の前にいる13歳ぐらいの少女がその常識を打ち砕いたシステムを作り出してしまったのだ。

 

「知りたいの? 嫌なの?」

 

零香は首を左右に傾け、一夏に問いかける。

呆然とする一夏は、有無を言わずに右腕のガントレットを差し出す。

零香は身を前に出して、ガントレットに触れる。

 

「セフィロトシステムとは、旧約聖書の創造期2章9節以降にエデンの庭の中央に植えられた生命の木をモデルに作られたシステム」

 

生命の木……これは一夏も知っていた。

よく物語とかに使われる題材であり、アダムとイヴの物語に出てくる木だ。

 

「今一夏が使えるのは、五番(エロヒム・ギボール)十番(アドナイ・メレク)の2つだけだね」

 

「その……エロヒムなんとかと言うのは?」

 

「セフィロトには10個の神名と守護天使があるの。そして、その五番がエロヒム・ギボールとカマエル。十番にアドナイ・メレクとサンダルフォンだよ」

 

ガントレットから映し出されるモード名と装備名が零香の言う通りに一致するのだ。

 

「能力は、超回復力と延長線上に在る物をある程度ぶった切る能力だよ」

 

「はい?」

 

よくわからない能力に一夏は首を傾ける。

 

「セフィロトシステムを使用中の間、白式のシールドエネルギーが10秒ごとに100回復して、一夏が剣を振った延長線上に在る物をある程度ぶった切ることができるようになれる」

 

とんでもない能力に一夏は言葉を失う。

ISの公式ルールにより、ISのシールドエネルギーの量は両者とも同じ1000に設定される。

そして、試合中にシールドエネルギーが回復することはない。

しかしこのセフィロトシステムはその常識を破壊してしまったのだ。

 

「ちなみに、白式の単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)と一緒に使うことができるから」

 

うわ……もう、この機体はチート機体と言ってもいい。

白式の単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)は〈零落白夜〉と呼ばれ、自身のシールドエネルギーを消費して、対象のエネルギーを消滅させる。

〈零落白夜〉が決まれば試合には問答無用で勝利することができる最強の能力であるが、それなりのリスクがあった……今までは。

 

「一夏が強くなるなら、私は何でもするよ」

 

零香は両手を広げて微笑むが、一夏にはその笑顔が少し恐ろしく感じた。



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8話

翌日、朝のSHR。ありえないことが起きていた。

 

「では、一年一組代表は織斑一夏くんに決定です。あ、一繋がりでいい感じですね!」

 

山田先生は喜々として喋っている。そしてクラスの女子も大いに盛り上がっている。暗い顔をしているのは一夏だけだった。

 

「先生、質問です」

 

「はい、織斑くんっ」

 

「俺は昨日の試合に負けたんですが、なんでクラス代表になってるんでしょうか?」

 

「それは――」

 

「わたくしが辞退したからですわ!」

 

がたんと立ち上がり、早速腰に手を当てるポーズをするセシリア。

 

「まあ、勝負はあなたの負けでしたが、しかしそれは考えてみれば当然のこと。なにせわたくしセシリア・オルコットが相手だったのですから。それは仕方のないことですわ」

 

一夏は反論できない。事実負けたのだから。

 

「それで、まあ……わたくしも大人げなく起こったことを反省しまして……」

 

(しまして?)

 

「“一夏さん”にクラス代表を譲ることにしましたわ。やはりIS操縦には実績が何よりの糧。クラス代表ともなれば戦いには事欠さませんもの」

 

「いやあセシリアわかってるね!」

 

「そうだよね。せっかく世界で唯一の男子がいるんだから同じクラスになった以上持ちあげないとね」

 

「そ、それでですわね」

 

コホンと咳払いをして、顎に手を当てるセシリア。

 

「わたくしのように優雅かつエレガントで華麗にしてパーフェクトな人間がIS操縦を教えて差し上げれば、それはもう見る見るうちに成績を遂げ――」

 

バン! 机を叩く音が響く。立ち上がったのは箒だった。

 

「あいにくだが一夏の教官は足りている。“私”が直接頼まれたからな!」

 

『私が』を特別強調した箒は、異様に殺気立っている瞳でセシリアを睨んだ。

 

(って箒のやつなんて目で……。と言うか、まだ箒との訓練やったことがないが?)

 

けれどどうしたことか、先週は怯んだセシリアは、今日は違った。正面から受け止めて、視線を返してしる。

 

「あら? あなたは()()()()()()の篠ノ之さん。Aのわたくしに何かご用かしら?」

 

「ら、ランクは関係ない! 頼まれたのは私だっ!」

 

「え? 箒ってランクCなのか……?」

 

「だっ、だからランクは関係ないと言っている!!」

 

「座れ、馬鹿ども」

 

セシリア、箒の頭をばしんと叩いた織斑先生が低い声で告げる。

 

「お前たちのランクなどゴミだ。私からしたらどれも平等にひよっ子だ。まだ殻も破れていない段階で優劣を付けようとするな」

 

さすがのセシリアも織斑先生に言われては反論の余地はなかったらしい。何か言いたそうな顔をしていたが、結局言葉を飲み込んだ。

 

「代表候補でも一から勉強してもらうと前に言っただろう? くだらん揉めごとは十代の特権だが、あいにく今は私の管轄時間だ。自重しろ」

 

(うーん。千冬姉、職場ではこんなにしっかりしてたのか……意外だな。家じゃ下着の洗濯も自分じゃしないってのにな)

 

バシン!

 

「……お前、今何か無礼なことを考えていただろう? クラス代表は織斑一夏。異存はないな?」

 

「はーーい!!」

 

「まいったな、強制かよ……」

 

 

 

 

 

 

「――では、これよりISの基本的な飛行操縦をしてもらう。織斑、オルコット。試しに飛んでみせろ」

 

四月も下旬、遅咲きの桜の花びらが丁度全部無くなった頃。一夏が今日もこうして鬼教官こと織斑先生の授業を真面目に受けていた。

 

「えっ!? 俺も!?」

 

「早くしろ。熟練したIS操縦者は展開まで一秒とかからないぞ」

 

せかされて、一夏は意識を集中する。

 

「――来い。白式」

 

そう呟く。刹那、右手首から全身に薄い膜が広がっていくのがわかる。一夏の身体から光の粒子が解放されるように溢れて、そして再集結するようにまとまり、IS本体として形成される。

ふわりと身体が軽くなる。各種センサーが意識に接続され、世界の解像度が上がる。一度瞬きをすると、一夏の身体にはIS『白式』を装備した状態で地面から十数センチ浮いていた。

同じく、セシリアもIS『ブルー・ティアーズ』を装備して浮かんでいる。

 

「よし、飛べ」

 

言われて、セシリアの行動は早かった。急上昇し、遥か頭上で停止する。

 

『何をやっている? スペック上の出力では白式の方が上だぞ!』

 

通信回線から早速織斑先生のおしかりの言葉を受ける。

 

「そんな勝って当たり前みたいな言い方されても……(『自分の前方に角錐を展開させるイメージ』って言われても急上昇も急降下も昨日習ったばかりだぞ……)」

 

「一夏さん、イメージは所詮イメージ。自分がやりやすい方法を模索する方が建設的でしてよ?」

 

「そう言われてもなあ。大体空を飛ぶ感覚自体がまだあやふやなんだよ」

 

白式には翼状の突起が背中に二対あるが、どう考えても飛行機と同じ理屈では飛んでいない。大体、翼の向きと関係なく好きに飛べるから益々訳が分からない。

 

「説明しても構いませんが長いですわよ? 反重力力翼と流動波干渉の話になりますもの」

 

「……わかった。説明はしてくれなくていい」

 

一夏はすぐさま断る。絶対に一夏の頭では理解出来ないと判断したからだ。

 

「そう。残念ですわ、ふふっ」

 

楽しそうに微笑むセシリア。その表情は嫌味でも皮肉でもなく、本当に単純に楽しいという笑顔だった。

 

(変わったなセシリア。最初は壁を感じたのに、今はすごく近くに感じる)

 

しかし、一体どう言う心境の変化なのだろう。初めて会った時の態度が今では嘘のように思えてくる。

 

「一夏さん、よろしければ放課後に指導して差し上げますわ。その時は二人きりで――」

 

『一夏っ! いつまでそんなところにいる! 早く降りてこい!!』

 

いきなり通信回線から怒鳴り声が響く。一夏は視線を下の方に向けると、地上では山田先生がインカムを箒に奪われておたおたしていた。

 

「織斑、オルコット。急降下と完全停止をやって見せろ。目標は地上から10センチだ」

 

「了解です。では一夏さんお先に」

 

言って、すぐさまセシリアは地上に向かう。ぐんぐんと小さくなっていく姿を、一夏はちょっと感心しながら眺めた。

 

「うまいもんだな」

 

そしてどうやら完全停止も難なくクリアする。

一夏も同じく地上へと向かう。

 

(背中の翼状の突起(クラスター)からロケットファイアーが噴出してるイメージを!)

 

意識を集中させ、背中の翼状の突起からロケットファイアーが噴出しているイメージを思い浮かべ、一気に地上へと行くが、

 

(あれ? 止まるのって、どの位前から制御!?)

 

地上には着いた。しかしこれは専門用語では墜落に該当する。

 

「馬鹿者、誰が地上に突撃しろと言った? グランドに穴を開けてどうする。零香から教わらなかったのか、急降下と完全停止を?」

 

「……すみません」

 

とりあえず姿勢制御をして上昇、地面から離れる。

 

「情けないぞ、一夏。昨日私が教えてやっただろう?」

 

(昨日の()()か……)

 

腕を組み、目尻を釣り上げている箒が待っていた。

 

「貴様、何か失礼なことを考えているだろう!? 大体だな一夏。お前というやつは昔から――」

 

箒の小言が始まったかと思ったら、それを遮るようにセシリアが一夏の前に現れた。

 

「大丈夫ですか、一夏さん? お怪我はなくて?」

 

「あ、ああ。大丈夫だけど……」

 

「そう、それは何よりですわ」

 

うふふと、また楽しそうに微笑むセシリア。

 

「ISを装備していて怪我などするわけがないだろう……」

 

「あら、篠ノ之さん。他人を気遣うのは当然のこと。それはISを装備していてもですわ。常識でしてよ?」

 

「お前が言うか、この猫かぶりめ……」

 

「鬼の皮をかぶってるよりマシですわっ」

 

バチバチッ、と二人の視線がぶつかって花火を散らす。

 

(セシリアのやつ……。とげが取れたと思ったら今度は箒にきつくなったな。なんでだ?)

 

「おい、馬鹿者ども。よくも私の授業で遊ぶ余裕があるな……」

 

(千冬姉を怒らすとはな……合掌)

 

 

 

 

 

 

放課後――

 

「とういうわけでっ! 織斑くんクラス代表決定おめでとう!」

 

「おめでと~~!!」

 

ぱん、ぱんぱーん。クラッカーが乱射される。

 

「いやぁこれでクラス対抗戦も盛り上がるねぇ」

 

「ほんとほんと」

 

「ラッキーだったよねーー♪ 同じクラスになれて」

 

「人気者だな、一夏」

 

「……本当にそう思うか?」

 

「……ふんっ」

 

箒は鼻を鳴らしてお茶を飲む。

 

「なんでそんなに機嫌悪いんだよ……」

 

「はいはーい。新聞部でーす。話題の新入生、織斑一夏くんに特別インタビューしにきましたーー。あ、私は二年の(まゆずみ)薫子(かおるこ)。よろしくねっ、新聞部部長やってまーす。はい、これ名刺」

 

一夏はその名刺を受け取る。

 

「ではではずばり織斑くん! クラス代表になった感想をどうぞっ!」

 

ボイスレコーダーをずずいっと一夏に向け、無邪気な子供のように瞳を輝かせている。

 

「えーと……。まあ、なんというか頑張ります」

 

「えーー、もっといいコメントちょうだいよーー。まあ適当に捏造しておくからいいとして」

 

(よくねえよ!)

 

「セシリアちゃんもコメントちょうだい」

 

「わたくしこういったコメントはあんまり好きではありませんが、仕方ないですわね。ではまずどうしてわたくしがクラス代表を辞退したかというと――」

 

「ああ。長そうだからいいや。写真だけちょうだい」

 

「さっ、最後まで聞きなさい!」

 

「いいよ適当に捏造しておくから。よしっ織斑くんに惚れたからってことにしておこう」

 

「なっ、な、な、なな……!?」

 

ボッと赤くなるセシリア。

 

「何を馬鹿なことを」

 

「えー、そうかな~?」

 

「そ、そうですわ! 何をもって。馬鹿としているのかしら!? だ、大体あなた――」

 

「はいはいとりあえず二人並んでね。写真撮るから」

 

「えっ?」

 

意外そうなセシリアの声。しかしどこか喜色を含んで弾んでいるようにも聞こえる。

 

「注目の専用機持ちだからね。ツーショットもらうよ。あっ、握手とかしてるといいかもね」

 

「?」

 

何故かもじもじとし始めたセシリアは、ちらちらと一夏を見てくる。

 

「別になんでもありませんわっ」

 

「……なんだよ、箒」

 

「なんでもないっ」

 

こちらも以下同文。

 

「それじゃあ撮るよーー、3・2・1」

 

パシャッとデジカメのシャッターが切られる。

 

 

 

 

 

 

「ここにいたのか、千冬姉」

 

「ああ」

 

新鮮な空気を吸いに一夏は外に出てきた。

先客に織斑先生がおり、一夏はその横に立つ。

 

「一つ、聞きたいことがあるんだ」

 

「なんだ?」

 

「草薙零香のこと」

 

「…………」

 

一夏が草薙零香の名前を出し瞬間、織斑先生は無言になる。

 

「千冬姉……零香さんと何だか親しいよね?」

 

「あいつは……特別だ」

 

織斑先生はめを伏せる。

 

「零香は……一夏から見て、零香はいくつぐらいだと思う?」

 

「ん? 零香さんの年齢か?」

 

「ああ。そうだ」

 

織斑先生が何でそんなことを聞いてくるのか分からないが。

 

「15じゃないのか?」

 

IS学園に入学できるのは15歳から18歳の高校生と決まっている。

織斑先生はそれを聞いて、首を左右に振った。

 

「零香は……今年で()()になる」

 

「え……?」

 

衝撃的な真実に一夏は言葉を失う。

 

「ど、どう言うことだよ! 千冬姉!!」

 

一夏は思わず怒鳴り声をあげてしまう。

さすがにそれはまずかった。

 

「何々、どうしたの?」

 

一夏の怒鳴り声を聞きつけたクラスメイトたちがぞろぞろと外に出てくる。

 

「……この話の続きは今度だ。それと、零香のことは誰にも話すな」

 

「ちょ、それはどういうことだよ」

 

そう言いて、織斑先生は行ってしまった。

 

「どうしたのだ、一夏?」

 

「どうかされましたか、一夏さん」

 

「……いや、なんでもない」

 

一夏はただただ織斑先生の背を見つめることしかできなかった。



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9話

「ふうん……。ここがIS学園か」

 

夜。IS学園の正面ゲート前に、小柄な身体に不釣り合いなボストンバッグを持った少女が立っていた。

まだ暖かな四月の夜風になびく髪は、左右それぞれを高い位置で結んである。肩にかかるかからないくらいの髪は、金色の留め金がよく似合う艶やかな黒色をしていた。

 

「ここにアイツがいるのね……。まさかアイツがISの操縦者になるなんてね…………」

 

 

 

 

「ねえねえ聞いた? この話」

 

「二組に転校生がくるんだって! さっき職員室で聞いたって人がいたらしいよ」

 

朝。席に着くなりクラスメイトに話しかけられた。入学からの数週間で、それなりに女子とも話せるようになった。

 

「転校生……?」

 

今はまだ四月。入学ではなく、転入。しかもこのIS学園、転入にはかなり条件が厳しかった。試験はもちろん、国の推薦がないと出来ないようになっている。つまり――

 

「なんでも中国の代表候補生らしいですわ」

 

「セシリア」

 

「わたくしの存在を危ぶんでの転入かしら」

 

一組のイギリス代表候補生、セシリア・オルコット。今朝もまた、腰に手を当てるポーズでの登場。

 

「このクラスに転入してくるわけではないのだろう? 騒ぐほどのことでもあるまい」

 

さっきまで自分の席にいたはずの箒が、気付けば側にいた。

 

「代表候補生か……。どんなやつなんだろうな」

 

代表候補生っていうからには強いんだろう。

 

「気になるのか……?」

 

「気になるんですの……?」

 

「え? ああ、まあ少しは」

 

聞かれたことを素直に答えると、なぜか箒の機嫌が悪くなった。

 

「今のお前に女子を気にする余裕はないぞ! 来月にはクラス対抗戦があるんだからな!」

 

「そうですわ一夏さん! 対抗戦に向けてより実践的な訓練をしましょう! 相手は専用機持ちの私が、いつでも務めさせて頂きますわ!」

 

「確かに実戦経験は必要だよな……」

 

確かにその通りだった。他のクラスメイトじゃ、訓練機の申請と許可、整備に丸一日かかってしまうから、手っ取り早く模擬戦するならセシリアに頼むのが早い。

そう言えば、零香はフリーパスでISを使っていたな? あれはたしか、教員だけが持っているはずの物だよな?

 

「そうそう! 織斑くんには是非勝って貰わないと!」

 

「優勝賞品は学食デザートの半年フリーパス券だからね!」

 

「それもクラス全員分の!」

 

「織斑くんが勝つとクラスのみなが幸せだよ~!」

 

「お、おう……」

 

クラスメイトの口々に好きなことを言ってくる。

 

「まあうちには専用機持ちが二人もいるし、楽勝だよ! ね! 織斑くん」

 

「えっ? ああ……」

 

やいのやいのと楽しそうな女子一同の気概をそぐわけにもいかないので、一夏はとりあえず返事をする。

 

「――その情報。古いよ」

 

「えっ?」

 

教室の入り口からふらっと声が聞こえた。

 

「二組も専用機持ちがクラス代表になったの。そう簡単には勝てないから」

 

腕を組み、片膝を立ててドアにもたれていたのは――

 

「鈴……。お前……鈴か?」

 

「そうよ。中国代表候補生、(ファン)鈴音(リンイン)。久しぶりね――一夏」

 

ふっと小さく笑みを漏らす。トレードマークのツインテールが軽く左右に揺れた。

 

 

 

 

「鈴、いつこっちに帰ってきたんだ? いつ代表候補生になったんだ?」

 

「質問ばっかしないでよ。アンタこそ男なのにISとか使っちゃって、ニュース見てびっくりしたわ」

 

丸一年ぶりの再会ということもあって、一夏は普段では考えられないくら質問を投げかけていた。

 

「一夏さん! そろそろどう言う関係か説明していただきたいですわ!!」

 

「そうだぞ! まさか、付き合ってるなんてことはないだろうな!?」

 

疎外感を感じてか、箒とセシリアが多少棘のある声で訊いてくる。

 

「べ、別に付き合ってる訳じゃ」

 

「そうだぞ。何でそんな話になるんだ? ただの幼馴染だよ」

 

「幼馴染……?」

 

怪訝そうな声で聞き返してきたのは箒だった。

 

「あ~。えっとだな。箒が小4の終わりに引っ越しただろ? 鈴は小5の頭に越してきて、中2の終わりに国に帰ったんだ」

 

箒と鈴は入れ違いで引っ越してきたのだ。そのため、二人は面識が無かったのだ。

 

「ほら鈴、前に話したろ? 俺の通ってた剣術道場の娘」

 

「ああ、そういえば聞いたわね……。ふーん、そうなんだ……」

 

鈴はじろじろと箒を見る。箒は箒で負けじと鈴を見返していた。

 

「始めまして、これからよろしくね!」

 

「篠ノ之箒だ。こちらこそよろしくな」

 

「!?」

 

そう言って挨拶を交わす二人の間で、何故か花火が散ったように見えた。

 

「わたくしの存在を忘れてもらっては困りますわ。中国代表候補生、凰鈴音さん」

 

「…………誰?」

 

「なっ! イギリス代表候補生のこのわたくしをまさかご存じないの!?」

 

「うん。あたし、他の国とか興味ないし」

 

「な、な、何ですって!!」

 

言葉に詰まりながらも怒りで顔を赤くしていくセシリア。

 

「い、言っておきますけど! わたくし、あなたのような方には負けませんわ!」

 

「あっそ。でも戦ったらあたしが勝つよ。悪いけど、強いもん」

 

ふふんといった調子の鈴。相変わらず、あの時の鈴だった。妙に確信じみて、しかも嫌味ではない言い方を。

 

「そんな事より。ねえ、一夏!」

 

「ん?」

 

「あんたクラス代表なんだって?」

 

鈴はどんぶりを持ってごくごくとスープを飲み干すと。

 

「ISの操縦あたしが見てあげてもいいけど?」

 

顔は一夏から逸らして、視線だけをこっちに向けてくる。言葉にしても、鈴にしても珍しく歯切れの悪いものだった。

 

「も、勿論、一夏さえ良ければだけどさ……」

 

「鈴が? そりゃ助か――」

 

ダンッ! テーブルが叩かれた。箒とセシリアがその勢いのまま立ち上がる。

 

「一夏に教えるのは私の役目だ! 頼まれたのは私だからな!!」

 

「あなたは二組でしょう!? 敵の施しは受けませんわ!!」

 

「あたしは一夏に言ってんの。関係のない人たちは引っ込んでてよ」

 

「一組の代表ですから、一組の人間が教えるのは当然の事ですわ! あなたこそ後から出てきて何を図々しく――」

 

「後からじゃないけどね。あたしの方が付き合い長いんだし」

 

「それを言うなら私の方が早いぞ! 一夏とは家族ぐるみの付き合いで何度もうちで食卓を囲んだ――」

 

「食事? それならあたしもそうだけど?」

 

「どう言う事ですの!?」

 

「あ。それは、千冬姉がIS操縦者として活躍するようになってから俺一人での食事が多くなってさ。一人の食事って作り甲斐なくて、されで鈴のうちでよく食べてたんだ。鈴の家、中華料理屋だったからさ」

 

そう。鈴の家は中華料理屋だった。千冬が家に帰ることが少なくなり、一夏は一人で料理してもしょがなく、定食屋にでも行こうかってなり、鈴の家に週4、5は行っていた。

小学校で色々あって、一夏はその頃から鈴とよく遊ぶ間柄だった。最初は鈴がああいう性格だったから仲が良くなかったのだが、時間と機会を重ねるうちに次第に名前で呼び合う関係になっていたのだ。

 

「なんだ、店なのか……」

 

「そうでしたの。お店なら何一つ不自然な事はありませんわね!」

 

一夏が嘘偽りなくそう言うと、さっきまで余裕の表情を見せていた鈴が途端にむすっとふてくされる。

対照的に、箒とセシリアはほっとしたような顔をした。

 

「そう言えば鈴。親父さん元気にしてるか?」

 

「え。あ、うん。元気だと思う……」

 

「え?」

 

急に鈴の表情に陰りが差して、一夏は妙な違和感を覚えた。

 

「そ、それよりさ! 今日の放課後時間ある? 久しぶりだし、どこか行こうよ!」

 

「あいにくだが、一夏はISの特訓をするのだ。放課後は埋まっている」

 

「そうですわ! 対抗戦に向けて特訓が必要不可欠ですからね!」

 

「ふーん……。まあいいわ」

 

「それじゃあ、それが終わったら行くから。開けといてよ! 一夏!!」

 

「お、おう!」

 

一夏の答えも待たずに鈴はどんぶりを片付けに行ってしまった。

 

「箒、セシリア。すまないが、今日の特訓はまた今度にしてくれないか?」

 

「な!? 一夏、あいつのために時間をあけると言うのか!」

 

「いや、別の要件だよ。千冬姉に聞きたいことがあってな」

 

そうさ、昨日聞けなかった零香のことについてだ。

織斑先生は零香が今年で24と言った。IS学園が設立されたのは、あの事件があった翌年。つまり、今から9年前になる。

草薙零香はIS学園一期生と言うことになるのだ。

何故、そんな彼女がこのIS学園にいるのか謎だが、織斑先生はその答えを知っている気が一夏にはした。

だから、知っておきたい。その理由を。



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10話

「千冬姉、話がある」

 

放課後の学食。他の生徒がいないこの時間に一夏と千冬は向き合う形でお互いに席に座る。

 

「草薙零香の――」

 

「せかすな。知りたいことは教えてやる」

 

紙コップに入ったコーヒーを一口すすると、千冬は一夏の知りたかったことを語りだした。

 

「一夏も気付いているだろうが、草薙零香はIS学園の第一期生の者だ」

 

「じゃあ、何で零香さんはここにいるんだ?」

 

「うむ。こっから先は国家機密に関わる話になる」

 

「国家機密? どう言うことだよ」

 

「草薙は……」

 

草薙零香が何故、IS学園に9年間もいるのか、国家機密に指定されているのか、その秘密が明かされた。

 

「草薙零香はISのコアを唯一解読に成功した者なのだ」

 

「え?」

 

一夏は啞然とした。

零香さんが、ISのコアの解読に成功した?

 

「待ってくれ、ISのコアって……」

 

「そうだ。未だに国家レベルで解析が続けられている品物だ。それを草薙は解読してしまったのだ。つまり、この世でコアを作り出せる者でもある」

 

そう。ISコアは今現在も解析がおこなわれている。

しかし、未だに誰一人としてその解析に成功していない。

 

「そのため、草薙はIS学園の卒業資格を永久剝奪され、このIS学園で9年間も暮らしている」

 

各国家上層部は草薙零香がISのコアが作れることは知っている。

しかし、日本はそのことを表には出していないため、各国は強く出ることはできないでいた。

喉から手が出るほど欲しい輩はごまんといる。そのため、IS学園は草薙零香の卒業資格を剝奪し、身柄を拘束したのだ。

 

「何だよそれ……」

 

「そうでもしないと、あちらこちらで誘拐や暗殺が起こる。それほどのことを草薙はしてしまったのだ」

 

もちろん、草薙零香はこの決定には既に承知している。

そして、彼女はこのIS学園でいくつかの権限を所有していた。

その一つがISの申請なしでの使用権限。教員と同じで申請書を提出することなく、ISをすぐさま使用することができる権限である。

 

「あんまりだろ……」

 

「致し方無いことなのだ」

 

「致し方無い……だと? 千冬姉はそれでいいのかよ! 一人の少女が――」

 

「そこまでにしとけ」

 

バンッ! テーブルを叩き、一夏が立ち上がる。

しかし、そんな一夏を千冬は一言で黙らせた。

 

「お前がどうこう言ったところで、結果は変わらない」

 

「っ」

 

「それも、草薙は承知の上だ」

 

IS学園から出ることを禁じられ、各国からその身柄を狙われた少女。

各国の干渉を受けないこのIS学園が唯一草薙零香が生きることができる場所であった。

 

「それより、気がかりなことがある」

 

千冬には一つ気がかりなことがあったのだ。

 

「一夏の部屋を指定したのは草薙だ。お前、あいつと何か接点があったか?」

 

「ん? どう言うことだよ」

 

「お前さんの部屋は元々は1025号室になる予定だった。だが、草薙がお前の部屋割を自分の部屋に変更さすように言ってきたのだ」

 

草薙零香はIS学園の卒業資格を剝奪され、その代わりにIS学園でのある程度の権限を手に入れた。

立ち位置としては、零香はIS学園の理事長の次に偉いらしい。つまり、千冬より偉いのだ。

 

「いや、ないが?」

 

また謎が増えた。

そもそも、何故一夏を強くするように仕向けているのかがわからない。

草薙零香は何故に一夏をそこまでするのか。

 

 

 

 

「一夏!」

 

一夏が廊下を歩いていると、鈴が現れる。

 

「お疲れさま! はい、これ差し入れ! タオルと飲み物」

 

「鈴!」

 

そう言って、鈴はタオルと飲み物を手渡してくる。

 

「あ~。飲み物だけもらえるか? 今日訓練はやっていないから」

 

「そうなの?」

 

鈴は少し残念そうになるが、特に気にしていなかった。

 

「一夏さあ、やっぱりあたしがいなくなって寂しかった?」

 

「そりゃあ、遊び相手がいなくなるのは……」

 

「そうじゃなくて、ほら例えば」

 

にこにことしている鈴は、いつになく上機嫌で話を続けてくる。

 

「一夏~」

 

「零香さん!? 何でここに?」

 

IS学園の制服を着た零香が現れる。

零香の制服には学年を示すリボンは付けていなかった。

改めて見ると、鈴と殆ど身長が変わらない。

 

「近くを通りかかったから、迎えに来た」

 

「お、おう。じゃあ、少し待っていてもらえますか」

 

「ん。待っている」

 

「一夏……今のどういうこと?」

 

零香が先に行ってしまってから、さっきまでの上機嫌はどこへやら一転し不機嫌面を隠した引きつった笑みで鈴が訊いてくる。

 

「? ああ。俺の入学が特殊だったせいで、部屋を用意できなかったみたいでさ。今はあの先輩と同室なんだ」

 

「はあ!? それってあの子と寝食を共にしてるってこと!?」

 

「まあそうなるな」

 

「……だったらいいのね」

 

うつむき加減の鈴が何と言ったのか聞き取れず、一夏は耳を傾ける。角度の関係もあって、表情が見えない。

 

「ん? どうかしたか?」

 

「なんでもないわよ!」

 

いきなりガバッと顔を上げられて、一夏は驚いて身を引く。

そう言って、鈴は飛び出して行ってしまった。

 

「というわけでだから、部屋変わって」

 

寮の部屋、時刻は8時過ぎ。夕食も終わってくつろぐムードの一夏がお茶をいれていると、いきなり部屋に鈴がやってきた。



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11話

「――という訳で、今日からわたしがここで暮らすから、部屋替わって」

 

「ヤダ」

 

「おーい、二人とも……。お茶入ったぞ~」

 

寮の部屋、時刻は八時過ぎ。夕食も終わってくつろぐムードの一夏がお茶を入れていると、いきなり部屋に鈴がやって来た。

 

「いやぁ……。草薙さんも男と同室なんて嫌でしょ? その辺あたしは平気だし、替わってあげようかと思って」

 

「別に大丈夫」

 

こんな感じでさっきから全然話が進まない。

 

「なぁ、さっきから気になってるんだが、もしかしてそのバッグ……私物全部入ってるのか?」

 

「そうだよ! あたしはバッグ一つでどこでも行けるからね」

 

「マジか……。相変わらずフットワークが軽いヤツだな」

 

相も変わらずフットワークの軽いやつだった。女子の中ではかなり鈴のは軽すぎた。

ちなみに、前にセシリアの部屋に招かれた時は一瞬どこかの高級ホテルかと思うほどだった。テーブル、椅子に至るまで全部特注品のインテリア。壁紙や照明まで替えているのには、かなり引いた。天蓋付きベッドなんかあり、同室の女子がすごく可哀想に思えたほどだ。

 

「ねぇ! 一夏も……あたしと一緒がいいよね?」

 

「え? あ……」

 

「む」

 

珍しく零香が頬を膨らませ、一夏の腕にしがみつく。

 

「話は変わって一夏……。昔した約束のこと、覚えてる?」

 

「約束……?」

 

急に顔を伏せて、ちらちらと上目遣いで一夏を見る。心なしか恥ずかしそうに見えるのはやっぱり気のせいなのだろうか。

 

「あ、あれのことか! 鈴が料理できるようになったら毎日酢豚を――」

 

「そう、それ!」

 

「奢ってくれるやつだろ?」

 

確か、小学校の頃にそんな約束をしたような気がする。

 

「…………はい?」

 

「だから、鈴が料理上手になったら飯をごちそうしてくれるって約束だろ? 小学校の時に約束したんだよな! いやぁ、俺の記憶力もなかなか……」

 

パアンッ!

 

「り、鈴……?」

 

いきなり頬をひっぱたかれた。いきなりのことで何が何だかよく分からなかった。ぱちくりと瞬きをすると、零香の眼が会う。

ゆっくり、ゆっくりと顔を戻す。次第に見えてくる鈴の姿。そこには、そうであって欲しくない光景が待っていたのだ。

肩を小刻みに震わせ、怒りに充ち満ちた眼差しで一夏を睨んでいる。しかも、その瞳にはうっすらと涙が浮かんでいて、唇はそれをこぼれないようにきゅっと結ばれていた。

 

「最っっっ低! 女の子との約束をちゃんと覚えてないなんて、男の風上にも置けないヤツ!! 犬に噛まれて死ね!!」

 

そこから鈴の行動は素早かった。床に置いていたバッグをひったくるように持って、ドアを蹴破らんばかりの勢いで出て行く。

バタンッ! という大きな音が響いて、やっと一夏は我に返った。

 

「……まずい。怒らせちまった」

 

「……一夏」

 

翌日、生徒玄関前廊下に大きく張り出された紙があった。

表題は『クラス対抗戦日程表』。

一回戦の相手は二組――つまり、鈴だった。

 

 

 

 

五月。あれから数週間たった今でも、鈴の機嫌は直らない。それどころか日増しに悪くなっている。

 

「こら! 聞いてるのか、一夏!」

 

放課後、第三アリーナで今日もまた訓練のために来ていた。

メンツはいつも通りの一夏、箒、セシリア。

 

「明日からアリーナは対抗戦の調整で使えないんだぞ。時間は限られてるんだ。ボーッとするな!」

 

「ああ、わかっている!」

 

「まあでも、操縦もようやく様になってきたな。これならきっと……」

 

「あら、できない方が不自然ですわ。何せわたくしが教えているのですから」

 

「中距離射撃型の戦闘法が役に立つものか。第一、白式には射撃装備は無い」

 

言葉を中断されたせいか、やや棘のある言葉で箒が告げる。

実際には射撃装備はある。セフィロトシステムの〈灼爛殲鬼(カマエル)〉である炎の戦斧に射撃装備へと切り替えることができるのだ。

セシリアみたいに精密射撃を得意するわけではなく、そこにある物を破壊するだけの殲滅兵器での方面が強い装備だった。

そのため、箒、セシリアの前では一度も使っていない。

 

「それなら篠ノ之さんの剣術訓練も同じでしょう。ISを使用しない訓練など、実に時間の無駄ですわ」

 

「なにを言う! 剣の道は“(けん)”! (けん)とは全ての基本において――」

 

「一夏さん! 昨日の無反動旋回(ゼロリアクト・ターン)のおさらいをしましょう」

 

「だから無視をするな! 聞け! 一夏!!」

 

「なんで俺に言うんだよ!」

 

何か不条理なものを感じつつ、一夏は第三アリーナのAピットのドアセンサーに触れる。

 

「一夏!!」

 

「鈴!?」

 

ピットにいたのは、なんと鈴だった。腕組みをしてふふんと不敵な笑みを浮かべている。

 

「鈴……!? お前俺の事、避けてたんじゃ……」

 

つい昨日会ったときはまだ怒り心頭の様子だったはずだが……。

 

「貴様……どうやってここに!」

 

「ここは関係者以外立ち入り禁止ですわよ!」

 

「関係? はんっ。あたしは一夏の関係者よ。だから問題ナシね」

 

「な、何ですって!?」

 

「ほほう。どう言う関係か詳しく聞かせて貰おうか」

 

「盗人猛々しいとは、まさにこの事ですわね……!」

 

「とにかく、今はあたしが主役なの。脇役はすっ込んでてよ」

 

「脇役……」

 

「ですってぇ!?」

 

「……で、一夏。反省した?」

 

「は?」

 

「だから! 怒らせて申し訳ないとか、仲直りしようTか、色々あるでしょ!」

 

「いや、そう言われても、お前ずっと俺を避けてただろ。こっちは何が何やらサッパリ……」

 

「は? じゃあ何? 女の子が放っておいてって言ったら、何もせず放っておくわけ?」

 

「そりゃ普通そっとしとくだろ。それが何か変か?」

 

「変ってあんたねぇ……。いいからとにかく謝りなさいよ!

 

そのあまりに一歩的な要求には、一夏はうんとは言えない。別に頭を下げることに何の躊躇もないが、自分が納得いかないまま謝罪するのはお断りだった。

 

「なんでだよ! ちゃんと約束覚えてたじゃねぇか!」

 

「まだそんな事言ってんの!? 約束の意味が違うのよ! 意味が!!」

 

「意味って何だよ! 俺が悪いなら理由を説明してくれよ!」

 

「説明したくないからこうして来てんのよ! 気づきなさいよ!!」

 

「あったまきた……。どうあっても謝る気は無いのね?」

 

「当然だ! 自分が納得できないまま謝るうもりは無い!!」

 

「わかったわよ……。じゃあこういうのはどう?」

 

「来週のクラス対抗戦で負けた方は勝った方の言う事を何でも一つだけ聞く!」

 

「勿論あたしが勝ったら、一夏に謝ってもらうわ!」

 

「おう、いいぜ! 俺が勝ったら、理由を説明して貰うからな!」

 

「え、あ、だから、理由はその……」

 

何故か、一夏を指したままのポーズでボッと鈴が赤くなる。

 

「そんな屈辱的な理由なのか? やめるならやめてもいいぞ」

 

「誰がやめるか!! あんたこそ謝る練習しておきなさいよ!!」

 

「なんでだよ、馬鹿!!」

 

「馬鹿とは何よ! この朴念仁! 間抜け! アホ!! 馬鹿はアンタよ!!」

 

むかっ。

 

「うるさい、貧乳!!

 

ドガァァンッ!!

いきなり爆発音、そして衝撃で部屋全体がかすかに揺れた。見ると、鈴の右腕はその指先から肩までがIS装甲化していた。

 

「言ったわね……。言ってはならない事を言ったわね……?」

 

ぴじじっとISアーマーに紫電が走る。

 

「ごめん! 今のは俺が悪……」

 

「今の『は』!? いつもよ!! いつもアンタが悪いのよ!!」

 

無茶苦茶な理屈だが、あいにく一夏は反論の余地を持たない。

 

「手加減してあげるつもりだったけど、どうやら死にたいらしいわね……。いいわよ……全力で叩きのめしてあげるわ!!」

 

「鈴……」

 

最後に、今まで見たことのない鋭い視線を一夏に送ってから、鈴はピットを出て行った。

ぱしゅん、と閉まったドアの音まで、なんだが怯えてるように聞こえる。それくらい、今の鈴の気配は鋭かったのだ。

ちらりと床を見ると、直径三十センチほどのクレーターができていた。

 

「特殊合金製の地面に穴が……」

 

「パワータイプですわね……。それも一夏さんと同じ、近接格闘型の……」

 

真剣の眼差しで床の破壊痕を見つめるセシリアだったが、一夏はそんなことよりもここ数年で一番の後悔をしている。

勝敗がどうあれ、鈴に謝らないといけないのは確実だった。



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12話

試合当日、第二アリーナ第一試合。組み合わせは一夏と鈴。

噂の新入生同士の戦いとあって、アリーナは全席満員。それどころか通路まで立って見ている生徒で埋め尽くされていた。

 

「うわぁ……。満員御礼だな」

 

「それだけ注目さえているのですわ。ちなみに会場に入りきらなかった人達は校舎内のモニターで観戦するんだとか」

 

「うう……。何気にプレシャーかけるなよ」

 

「情けないぞ、一夏。何を怖気づいている!」

 

「しっかりしろ!! 胸を張って堂々と行け!!」

 

「そうですわ。特訓の成果を披露してくださいませ」

 

「勝て!!」

 

「頑張ってください!!」

 

「箒……セシリア……おう!!」

 

『一組、織斑一夏。二組、凰鈴音。両者……規定の位置まで移動してください』

 

アナウンスに促されて、一夏と鈴は空中で向き合う。

一夏の視線の先では、鈴とそのIS『甲龍』が試合開始の時を静かに待っていた。

ブルー・ティアーズ同様、非固定浮遊部位が特徴的で、肩の横に浮いた棘付き装甲が、やたら攻撃的な自己主張をしている。

 

「逃げないで来たのね。今謝れば少しは痛めつけるレベルを下げてあげるわ」

 

「手加減なんていらねえよ。真剣勝負だ……全力で来い!」

 

「どうあっても気は変わらないって事ね。なら微塵も容赦しない……この甲龍で叩きのめしてあげるわ」

 

『それでは両者……試合開始!!』

 

ビーッと鳴り響くブザー。それが切れる瞬間に一夏と鈴は動いた。

ガギィンッ!! 瞬間に展開した《雪片弐型》が物理的な衝撃で弾き返される。

 

「ふうん……。初撃を防ぐなんてやるじゃない」

 

「……どうも」

 

鈴が異形の青龍刀と呼ぶには余りにもかけ離れた形状をバトンでも扱うかのように回す。

 

「そうだ……アンタの試合、ビデオで観たわよ」

 

「!」

 

「確かに……『鏖殺公』の斬撃波攻撃は強大だわ。でもね、『鏖殺公』じゃくなくても……攻撃力の高いISなら絶対防御を突破して本体に直接ダメージを与えれるのよ。――勿論この甲龍もね。つまり、条件は互角!!」

 

青龍刀を縦横斜めと鈴の手によって自在に角度を変えながら切り込んでくる。

 

(くっ……さばきにくい!! このままじゃ防戦一方だ。距離を取って……)

 

「甘いっ!!」

 

ばがっと鈴の肩アーマーがスライドして開く。中心の球体が光った瞬間、一夏は目に見えない衝撃に殴り飛ばされた。

 

 

 

 

「一夏!!」

 

ビットからリアルタイムモニタを見ていた箒が呟く。

 

「何だ今のは……何も見えなかったぞ!!」

 

「……『衝撃砲』ですわね」

 

それに答えたのは、同じモニタを見つめるセシリアだった。

 

「空間自体に圧力をかけ砲身を生成、余剰で生じた衝撃を砲弾にして撃ち出したのですわ……」

 

一夏がダメージを受ける度に、箒の胸はずきりと痛んだ。

 

(一夏……!!)

 

セシリアの時よりも激しい戦闘を目の当たりにして、箒は勝利よりもただただ無事を願っていた。

 

 

 

 

「よく耐えたわね。『龍砲』は砲身も砲弾も見えないのに」

 

(厄介だな……。空間の歪み、大気の流れの変化をハイパーセンサーが捉えたから衝撃を減らせたけど。……撃たれてから動いたようなもんだ。どこかで先手をうたなくちゃな……)

 

そう、その通りだった。砲弾が眼に見えないのはまだしも、砲身までも眼に見えないのは非常に厄介だった。

だから、一夏はおしなく使うことにした。

 

「鈴!! 本気で行くからな!!」

 

「当たり前でしょ!! 格の違いを見せてあげるわ!!」

 

(セフィロトシステム起動!!)

 

『認証』

 

零香が一夏のために作ったシステムを一夏は起動させる。

 

「「!?」」

 

「何だ……!?」

 

鈴に刃が届きそうになった瞬間、突如大きな衝撃がアリーナ全体に走った。



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13話

鈴に刃が届きそうになった瞬間、突然大きな衝撃がアリーナ全体に走った。鈴の衝撃砲――ではない。範囲も威力も桁違いだから。

しかもステージ中央からもくもくと煙が上がっている。どうやらさっきのは『それ』がアリーナの遮断シールドを貫通して入ってきた衝撃波だったらしい。

 

(今の衝撃は一体……。コイツがやったのか?)

 

煙が晴れ、ISがふわりと浮かび上がってきた。

 

(そんな……全身装甲のISなんて今まで見たことない)

 

姿からして異形だった。深い灰色をしたしたそのISは腕が異常に長く、つま先よりも下まで伸びている。

そしてその巨体も、普通のISではないことを物語っていた。腕を入れると2メートルを超えていた。

 

「一夏! 試合は中止よ! 今すぐピットに戻って!!」

 

状況がわからず混乱する一夏に、鈴からオープン・チャンネルが飛んできた。

 

「あいつ、アリーナの遮断シールドを力ずくで破壊したのよ。とんでもない火力を持ってる。攻撃されたらタダじゃすまないわ。あたしが時間を稼ぐから一夏は早く逃げて……!!」

 

「そんなことさせられる訳ないだろ!! お前が逃げろ。俺が守ってやる」

 

「バカ!! アンタのが弱いんだから、あたしがやらなきゃしょうがないでしょうが!!」

 

思いきり遠慮なく言われた。

 

「別に最後までやりあう気はないわ。こんな異常事態、先生たちがすぐに収拾に来てくれる」

 

「でもそれまで、誰かが時間を繋がなきゃ」

 

「だから、あんたは……」

 

「鈴!! あぶねぇっ!!」

 

間一髪、鈴の身体を抱きかかえてさらう。その直後にさっきまでいた空間が熱腺で砲撃された。

 

「ビーム兵器かよ……。しかもセシリアのISより出力は上……」

 

ハイパーセンサーの簡易解析でその熱量を知った一夏は、背中に冷たいものが伝わっていく思いだった。

 

「お前、何者だよ!」

 

当然といえば当然。謎の乱入者は一夏の呼びかけに答えない。

 

『織斑くん! 凰さん!!』

 

「山田先生!」

 

『今すぐアリーナから脱出してください! すぐに先生たちが制圧に行きます!!』

 

割り込んできたのは山田先生だった。心なしか、いつもより声に威厳がある。

 

「……いや、先生たちが来るまで俺たちが食い止めます」

 

『織斑くん!?』

 

「あいつの攻撃で生徒たちに動揺が広がってます。先生たちはまず先にみんなの避難させてください!」

 

「一夏……」

 

あのISは遮断シールドを無理矢理突破してきた。ということはつまり、今ここで誰かがアレの相手をしなければ観客席にいる人間にも被害が及ぶ可能性がある。

 

「いいな? 鈴」

 

『だ、駄目ですよ!! あなたたちにもしものことがあったら――』

 

山田先生の言葉は最後まで聞けなかった。敵ISが身体を傾けて突進してきたのだ。

 

「向こうはやる気だな……」

 

「みたいね」

 

一夏と鈴は横並びになって、それぞれの得物を構える。

 

「一夏、衝撃砲で援護するから突っ込みなさいよ」

 

「ああ。じゃあ行くか」

 

キンッとお互いの武器の切り先を当てる。それが合図に一夏と鈴は即席コンビネーションで飛び出した。

 

 

 

 

「織斑くん! 凰さん! 聞いてます!? もしもし! もしもし!!」

 

「落ち着け」

 

「ひやうっ!?」

 

「お、織斑先生!」

 

「つ、通信がきれちゃって、織斑くんと凰さんが!!」

 

「ああ。本人がやると言っているのだから、やらせてみてもいいだろう」

 

「な、何をのんきなことを言ってるんですか!! 早く救助に行かないと!」

 

「これを見ろ」

 

「え……。こ、これは!」

 

端末の画面を数回叩き、表示される情報を切り替える。その数値はこの第二アリーナのステータスチェックだった。

 

「遮断シールドがレベル4に設定……。ステージに通じる扉も全てロックされている。これでは二人を救助に行けない」

 

「まさか、あのISが……!?」

 

「だろうな。シールドの解除を三年の精鋭たちに任せているが、あと何分かかるかわからない。政府に援助の連絡も入れたが、それもすぐには来ないだろう」

 

「しばらく二人には、持ちこたえて貰わねばならない」

 

「そんな……」

 

「シールドの解除が済み次第、ステージに部隊を突入させる。部隊以外の教員は生徒たちを屋外に避難させるように、山田先生、全教員に連絡を」

 

「は、はい!」

 

「織斑先生!!」

 

「わたくしも突入隊に入れてください! お願いします!!」

 

「オルコットか……。お前は駄目だ」

 

「な、なぜですか!?」

 

「お前のISは一対多向きだ。多対一ではむしろ邪魔になる」

 

「そんなことはありませんわ! このわたくしが邪魔だなどと――」

 

「なら、連携訓練はしたか? その時のお前の役割は? ピットをどういう風に使う? 連続稼働時間は――」

 

「わ、わかりました! もう結構です!!」

 

「ふん、わかればいい」

 

「織斑先生! 教員に連絡行き渡りました!」

 

(はぁ……。言い返せない自分が悔しいですわ……)

 

「織斑先生……その、私たちにできること、他に何もないんでしょうか……」

 

「もうできることはやっている。ほら、コーヒーでも飲んで落ち着け」

 

「? あの先生、それ砂糖じゃなくて塩……」

 

「塩……? なぜ塩がこんな所に……」

 

「あ! やっぱり先生も弟さんのことが心配なんですね! だからそんなうっかりミスを……」

 

「山田先生」

 

「はい?」

 

「先生は甘~い、コーヒーがお好きでしたよね。どうぞ」

 

「え、ちょ、それ、塩! 塩がはいってええええ」

 

 

 

 

「ちっ!」

 

一夏の斬撃を敵ISはいとも簡単に回避する。

これで合計四回目のチャンスを逃した。

 

「馬鹿! これで四回目よ。ちゃんと狙いなさいよ!」

 

「狙ってるっつーの! アイツが早いんだよ」

 

普通では躱せない速度と攻撃でしているにもかかわらず、敵ISは全身に付けられたスラスターの出力が尋常ではなかったのだ。零距離から離脱するのに一秒とかからない。

しかも、どれほど鈴が注意を引いても一夏の突撃には必ず反応して回避行動を優先する。

 

「一夏! また来る!!」

 

そして、回避後の回転ビーム攻撃のせいで、追い詰められなかった。

 

「ああもう!! めんどくさいわね! コイツ!!」

 

鈴が焦れたように衝撃砲を展開し、砲撃を行う。

がしかし、敵ISはその腕は見えない衝撃砲を叩き落す。

 

「また防がれた……!! 見えない衝撃砲を7回も止めるなんて、アイツ一体何なの……?」

 

「鈴、アイツの動きってさ……何つーか、機械じみてないか?」

 

「え……?」

 

「寸分違わない行動をアイツ7回も繰り返している」

 

「つまり、どういうこと?」

 

「生身の人間から感じる緩急や乱れ、そういうのがアイツにはないんだ。あれって、本当に人が乗ってるのか?」

 

「な、ちょっと待ってよ。ISは人が乗らないと動かないのよ? 無人で動くISなんて世界中のどこにも――!」

 

とそこまで言って、鈴の言葉が止まる。

 

「本当にそう言いきれるか?」

 

「…………」

 

「どこかの国が開発に成功して、利権のために黙っているかもしれない」

 

「それは、そういうこともありそうだけど……」

 

「仮によ。あれが無人機なら、勝てるっていうの?」

 

「ああ、人が乗ってないなら“全力”で攻撃しても大丈夫だしな」

 

「はあ!? 全力も何もその攻撃が当たってないじゃない!」

 

「次は当てる」

 

「言い切ったわね」

 

「じゃあアレを無人機だと仮定して攻めましょうか? どうしたらいい?」

 

「コイツを解放するから、それまでの時間稼ぎ」

 

一夏は〈鏖殺公(サンダルフォン)〉を構える。

 

「了解」

 

鈴はそれを聞いて、無人機に突撃する。

無人機と鈴が激闘を繰り広げている中、一夏がやることは一つである。

 

「〈鏖殺公(サンダルフォン)〉!」

 

一夏は剣の名を叫ぶと、地面に踵を叩き付けた。

その名が示すのは、一夏が手にした剣のみではない。

呼びかけに応えるように地面が隆起し、そこから、一夏の身の丈を優に超える巨大な玉座が姿を現した。

 

「――【最後の剣(ハルヴァンヘレヴ)】……ッ!」

 

そして、呼ぶ。

一夏の剣〈鏖殺公(サンダルフォン)〉。その真の姿にして、最強の剣の名を。

瞬間、玉座に幾つもの亀裂が入り、バラバラに砕け散る。そしてそれらの破片が一夏の持つ剣に絡みついていき――長大な刀身を形作った。

ただの一撃では、無人機は避けられてしまう。かといって、同じ手を二度喰らうほど無人機は馬鹿ではなかった。

織斑先生や山田先生ならば、もっといい策を考えつくのだろう。無人機の能力を分析し、効率的に戦う方法を取るに違いない。

しかし、一夏にはそんなことは不可能だった。理解できたのは、己の剣で、そして拳で感じ取った真実のみである。用意できたのは、その考えに基づいた、この上なく不器用なやり方のみである。

即ち――無人機が避けた先までを一気に屠り去る、究極最大の一撃。

 

「鈴!!」

 

鈴は一夏の叫び声に反応し、無人機から距離を取る。

一夏はゆっくりと、【最後の剣(ハルヴァンヘレヴ)】を振り上げる。その刀身に、漆黒の光が纏わり付いていく。

 

「〈鏖殺公(サンダルフォン)〉――【最後の剣(ハルヴァンヘレヴ)】!!」

 

一夏は、限界を超えた痛みで脳が焼き切れそうになる感覚の中、それを無人機目がけて振り下ろした。

 

「――うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお――ッ!」

 

目映い光が、無人機をお見込まんと、大地を割っていった。

しかし、見え見えの強大な一撃に無人機はあっけなく回避行動を取るが――

 

【――駄目だよ】

 

無人機は何かに縛られたかのようにその場から動くことができなかった。

一夏の放った【最後の剣(ハルヴァンヘレヴ)】の光は無人機を呑み込んだ。

 

 

 

 

必殺の一撃は、無人機の右半分を灼いた。

その一撃に無人機はバランスを保てず、倒れる。

 

「ふう。これで終わ――」

 

『敵ISの再起動を確認! ロックされています!!』

 

「鈴!!」

 

一夏は、大声で鈴の名を呼びながら、半ば無意識のうちに進路を変えた。

この距離ではもとより無人機に至ることができないから、だとか、そんな冷静な思考できたからではない。

ただ、単純に。鈴のことを助けなければと、身体が動いた。

しかし、無人機の片方だけ残った左腕が、最大出力形態(バースト・モード)に変形させたISが鈴を狙っていた。恐らく一夏の持つ〈鏖殺公(サンダルフォン)〉では、それを完全に防ぐことはできないだろう。

今一夏の手の中にある力だけでは、鈴を守りきることができない。

何か――何か、もう一つ。

鈴を守ることのできる力があれば……!

――そう、一夏が願った瞬間。

 

「……!?」

 

一夏の左手に、冷たい感触が生まれた。

鈴は目の前の出来事に意識を奪われていた。

一夏が無人機と鈴の間に立ちはだかり、無人機の一撃を防いでいたのである。

――左手をかざした先に、冷気の壁とも言うべき結界を張って。

 

「……!? 一夏――」

 

周囲の温度がぐんと下がり、辺りに白い靄のようなものが漂っている。空気中の水分が凝結した小さな結晶が宙を舞い、鈴の肌に触れて溶け消えた。

 

「何、泣いているんだよ……鈴」

 

言って、一夏がちらと鈴の方を一瞥してくる。

 

「今、終わらせてくる。〈灼爛殲鬼(カマエル)〉!」

 

一夏は、右手に出現させた巨大な戦斧を振り下ろした。

灼爛殲鬼(カマエル)〉が無人機の装甲を切り裂く手応えを感じて――



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