ガーリー・エアフォースX2 ~蒼き鷹と灰の竜姫~ (零八式)
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設定集

今作におけるオリジナル要素だけをかき集めて纏めた物です。随時更新


 登場機体

 

 ADF-01ANM FALKEN 

 

 寸法 全長 24.00m

 全幅 15.92m 

 全高 5.64m

 自重 22,800kg 

 最大速度 マッハ 2.4  

 

 

 五年前、東京を襲った武装組織『ヴァラヒア』の討伐や、オリビエリ社のゴールデン・アクス計画の阻止に多大な貢献をしたAntares01の操った、マーティネズ・セキュリティー社(以下MS社)秘蔵の化学レーザー砲搭載機。そのドーター化機体。

 機体製造は主にドイツで行われていたが、同社は他にも様々な国籍の機種を取り揃えている事で有名である。

 上海撤退戦において失われたAntares01の機体は炎のような赤色だったが、こちらには対照的に深い海の様な瑠璃色が採用されている。

 機体自体はMS社が部品取り用で確保していた予備機のフレームをベースに組み立てられ、センサーの高感度化やエンジンの更なる高出力化、一部装甲の材質変更による軽量化が行われている。元々将来的には無人機として運用する事を前提で作られていた為、一発でドーター化、アニマの搭載に成功した希有な機体。

 しかし、最重要部品である制御機構「COFFINシステム」に関しては在庫が無く、現状で追加分を発注するには時間も予算も足りなかったため、物語開始時点ではゲームセンターの筐体と間違えるほどの非常に簡素なコックピットとなっていたが、イオの持つ同型のシミュレーターを内蔵した事により完全な形となる。後にタンデム仕様に改修された。

 

 主武装は20mm機銃、内臓式ウェポン・ベイに短射程AAMを最大八発まで搭載可能。他にもステルス性を犠牲にして翼部パイロンに追加装備を施す事もできる。

 

 最大の特徴である化学レーザー砲(略称TLS)は戦闘機型ザイは一瞬で溶断、重爆撃型ザイですら最大出力を30秒ほど照射し続ければ完膚なきまでに焼き払うほどの圧倒的な火力こそ持つものの、従来の技術では最大140秒間の照射が限界で、しかも機首方向のみにしか発射出来ないと言う欠点を抱えていた。しかし、技術の進歩により照射時間が最大200秒まで延長、更に最大10°程度だが本体内部でプリズムの焦点を偏向させる事によって、レーザーを微妙に曲げる事が可能になった。

 

 中国本土でのライノとの戦闘の際に表面の塗装が剥げ、本来の色であるクリーム色の外装が露出した。データの最適化の進んだゾーイが乗る事により、ようやくドーターとしての本懐を取り戻す。

 

 搭載アニマ ゾーイ

 

 今作のキーパーソンとなるMS社第一号の褐色肌不思議系銀髪少女型アニマ。

 他のアニマの命名方式とは異なり、ファルケンではなくあくまで自らをゾーイと名乗る。

 おいしい食べ物に目が無い点はグリペンと同様で、後に意気投合し「アニマ美食の会」を立ち上げる。

 戦闘能力は高い方ではあるが、何故か既存のNFIとの相性が極端に悪く本人曰く「気持ち悪くなる」せいで戦闘時間が非常に短い為、今までは要所要所でFALKENのTLSによる重爆撃型の排除にのみ投入されていた。

 しかし、趣味である散歩の途中で見つけたイオの所持していたCOFFINシステムのインターフェイス内では「気持ち悪くならない」との事で、これが物語の発端となる。 

 小松防衛作戦後にイオとの同乗時は「気持ち悪く」ならないどころか動作が安定性を増すという事が発覚し、以後はアニマとしての高い処理能力を生かして主に火器管制やレーダー員を務める事になる。

 

 その正体はかつてクーデターを目論んだ一派が開発を進めていた自己学習型戦術AI、System Z.O.E.をベースに作られたアニマの更に原形であるプロトタイプアニマで、EPCM慣れしていなかった事が戦闘能力の低下の要因を作っていた。現在では追加でダウンロードされたプログラムにより首筋のコネクタで機体と直結させることにより、ようやく単体での操縦が可能になっている。

 

 

 

 X-02S ANM Strike Wyvern

 

 全長 21.84m

 全幅 18.3m(外翼展開時)・11.54m(外翼収納時)

 全高 4.36m(外翼展開時)・3.42m(外翼収納時)

 自重 16,800kg 

 最大速度 マッハ 2.6+

 

 

 マーティネズセキュリティー社社長が持つ奥の手のドーター機体。機体色はガンメタリック。元になった機体の基礎設計自体は40年前の物でありながら、その時点で既に現用機をも凌駕しかねない圧倒的な空戦闘能力を持つ、旧オーレリア連合国群のオーパーツ。ただし複雑な可変翼機構を採用している為にその部分を燃料タンクとして使えない欠陥があり、高出力エンジンの搭載も相まって航続距離は他の機体と比べると非常に短い(搭乗アニマ曰く、『年寄りは息切れしやすい』との事)。元々はヨーロッパの博物館で動体保存されていた機体だが、偶然にもアニマと適合し、それをMS社社長が空母一隻は軽く買える値段で買い取ったと言う経緯を持つ。近代化改修により只でさえ高い推力の増加による文字通り『殺人的な加速』の会得や最新の電子機器の搭載、更に重武装化にも対応が可能となったため、装備次第では電子戦、格闘戦、対艦爆撃など全てをこなせ、短期決戦においては他の機体の追随を許さない強さを発揮出来るようになった。尚、当機はオーレリア戦争において実際に『グリフィス1』が搭乗していた機体とされており、尾翼にはその人物が使っていた物と同じ、南十字星を咥えたハゲワシのエンブレムが飾られている。

 

 主兵装は25mm機銃 AIM-9X サイドワインダー また、戦闘機用の電磁加速投射砲の搭載も検討されている。

 

 

 搭乗アニマ リューコ

 

 今作におけるオリジナルアニマ二号にしてマーティネズ・セキュリティー社最高企業秘密兼切り札。名前は日本語訳にして「竜の子供」から取られた。一人称は『儂』。

 髪色はロングのアッシュブロンドで、瞳も同様の灰色。背格好は小学校高学年のそれだが、口調は尊大であり『社長』以外の人間は全て自分の家臣か何かと勘違いしている節があるが、受けた恩は必ず返す主義。

 自らを「老兵」と定義しており、子ども扱いされると怒る。

 通常作戦には一切参加せず、あくまで自分自身の為か社長の指示にのみ従って戦う。

 服装は主に高級シルクをふんだんに使用したホワイトロリータ姿だが、この服の設計は彼女自身がした物で、同じ世代の機体である所為かメル友である那覇のバイパーゼロに服装のデータを送っていたりする。

 ドーターの『記憶』を多く継承しており、僅か二ヶ月で国土を奪還した自分達の活躍を自慢げに話す事も多いが、現代戦の風貌を見てからは「所詮自分は老兵」と時折自らを卑下する事も。

 しかし、短期決戦においてはその経験の豊富さと機体性能をフルに生かした器用且つ大胆な戦いで、ザイはおろか他のドーター・アニマの追随を一切許さない。但し息切れしやすい。

 

 

 F/A-18 ANM/Sin シンホーネット 

 

 全長 18.95m

 全幅 13.62m

 全高 4.88m

 自重 NO DATE 

 最高速度 計測不能

 

 一度ザイに飲み込まれかけたライノがイオの説得を受け、作られたプログラムでもボーイング社の戦闘機でもザイの残骸でも無く、他の何でも無い自分自身として生きると決めた際に顕現した新たな存在。カラーリングはドーターだった頃と同じサファイアブルーが基調だが、ザイに浸食された名残からかコックピット部を除く全体が部分的に紫色のガラス質の追加装甲で覆われ、全体的には青紫色と言った印象である。このガラスは一種のリアクティブアーマーのような役割を持っており、機体の防御性能を高めている。また、このガラス質の追加装甲や主翼のパイロンに残ったガラス質のミサイルは非物理層(アンフィジカルレイヤー)から無限に供給される。最大の特徴としてスラスター部分がザイ由来の推力可変式ノズルに形状が変わっているため、元々高いとは言えなかった原形機の最高速度の欠点を埋めるどころか、それに加えてX-02Sに比肩するほどの加速性能と運動性能を手に入れた。

 ただし、これらの機能は搭乗者であるライノのコンディションが安定していないとスペックが著しく低下すると言う欠点がある。

 現状では二人乗りに半ば強引に改造した本機にMS社のパートタイマー、イオを乗せる事で解決している。

 

 主武装はガラス質の大型弾頭ミサイル四発と20mmバルカン砲。主翼パイロンのハードポイントの規格は変わっていないためにその他兵装は今まで通り使用が可能な上、電磁加速投射砲(レールガン)の実戦テストも行っている。

 

 新たなペットネームであるシンホーネットのシンの由来は、『新』の音読みと、『罪』の英語読みのダブルミーニングである。

 

 

 搭乗アニマ ライノ

 

 イオの説得に応じ、他の何者でも無くただのライノとして生きる事を決めた元アニマの少女。とある男は生まれ変わった彼女の事を新たな魂(ノヴァ・アニマ)と命名している。ザイに浸食された名残からか右目が青紫色に変色してしまっている為、平時ではそれを隠すべく眼帯を付ける様になった。また、これを機にファッションの路線も変更、これまでは制服や軍服など『みんなと同じであるもの』しか着てこなかったが、現在では左右で袖の長さが違ったりなど外出中でも周囲に突っ込まれた通りパンク系のファッションを着こなすようになっている。

 性格は相変わらず好奇心旺盛で気配りの出来る少女と言った具合だが、言動に容赦が無くなったり、笑う以外の感情を得たからか表情がより豊かになった。しかし、まだ感情表現には不慣れな面もある。

  

 

 

 

 GAF-01X DANM Varcolac

 

 全長 NO DATE

 全幅 NO DATE

 全高 NO DATE

 自重 NO DATE 

 最大速度 推定マッハ 2.5前後

 

 とある研究機関が極秘裏に秘密工場で増加生産されていた四機のGAF-01 ヴィルコラクを回収し、『デミ・アニマ計画』に対応出来るよう改造が施された機体。カラーリングは隊長機のみ赤みの強い紫で、他の三機はやや明るいモスグリーン。

 この四機はドーターでありながら厳密にはドーターではない、言わば『デミ・ドーター』とも呼べる存在のフラッグシップ機である。

 詳細なスペックは不明だが、ある男曰く『そんなには変わっていない』とのこと。 

 しかし、裏を返せばそれは元来のスペックの高さそのままであるという事であり、特に隊長機は両足部分にも仕込まれたNFIにより機体との高い親和性を発揮し、ごく一部の人間の間では有名なマニューバ『スレイマニ・ダンス』を難なく敢行することが出来るが、他の三機も多少苦労するくらいで決して不可能ではない。

 研究所離反後にはアクティブ防御の全機体標準装備化や個々の特性に応じた更なるアップデートが施され、以後幾度となくバービー隊やアンタレス隊に牙を剥く事となる。

 

 

 

 登場人物

 

 イオ・ケープフォード

 

 今作の主人公、年齢17歳。

 アメリカ人ベースの日本人クォーターだが、父は事故死、母は蒸発したために現在は母の妹夫婦に引き取られているが、その二人も大抵帰ってこないために実質一人暮らしライフを満喫中。野菜の栽培が趣味で裏庭の小さな畑で様々な野菜を育てている。学校は「ギリギリ卒業できる程度にズルけてる」とのこと。

 父親が生前くれた最後の誕生日プレゼントである、全周囲モニター採用のシミュレーターを用いた英才教育が為されており、ある特定の機体に対しては凄まじい適応力を持つ。

 友人である鳴谷慧とは撃墜数を競ったりもするが、イオが負けた事は殆ど無い。

 短気で喧嘩っ早いが、面倒見は割りと良い方。

 とある出会いから父親の死の真相を知り、シミュレーターを格安で譲る代わりに、ザイとの戦闘をこの目で直接見る事を条件にマーティネズ・セキュリティー社M42飛行中隊所属アンタレス隊の臨時隊員(パートタイマー)として雇われたが、後に気絶したゾーイの代打としてADF-01ANM FALKENのパイロットを務めることとなる。

 

 コールサインはAntres Ghost 

 

 正式な数に数えられてはいない為数字は与えられていないが、本人は気に入っている模様。

 

 

 

 オリジナル技術関連

 

 デミ・アニマ

 

 ザイのコアを培養し、一から精製したアニマとは異なり、人間に『クライム・クォーツ』と呼ばれる特殊な構造体やNFIと接続する為の神経融合デバイス、演算能力強化のためのニューロチップ等を内蔵させ、薬物による身体強化などを施し、アニマと似て異なる存在に改造された人間のこと。しかし、どういう訳か成人と比べ、10代中盤~後半辺りが抜群の動作性を誇っていた。その為、実験には主に戦災孤児や人身売買で売られた子供たちが利用される事となった。

 とある研究所が推し進めていた『デミ・アニマ計画』とは、機種制限の枠を超えてドーターの、もしくはドーターと同等の戦闘能力を持つ機体を量産すると言う構想である。

 被験者の特徴として、首筋や足など人によって場所が異なるがコネクタが露出している。また、定期的にメンテナンス処置を行わないとコネクタを中心に全身が苦痛に苛まれることとなる。

 

 

 デミ・ドーター

 

 ドーターに並ぶ新たなジャンルの戦闘機群。機体の剛性の引き上げや推力の強化などが行われており、その点ではドーターと大差無い。

 主な違いとしてデミ・アニマの搭乗を前提で設計されており、コックピットは基本的に有線接続型のNFIを中心としたインターフェイスに置き換えられている。現状確認されているのはGAF-01X DANMとSu-XXのみ。

 その他の共通点として、機体とのダイレクトリンク時に装甲の発光現象が起きない事と、コックピット周りと翼端にクライム・クォーツが使用されている事が挙げられる。

 

 

 

 クライム・クォーツ

 

 主にデミ・ドーターやデミ・アニマに使用される紫色に光る結晶体。素材自体の強度はそれ程でも無いが、特筆すべき点はパターンが絶えず変化する微弱なEPCMを常に放ち続けている点であり、これによりクライム・クォーツの影響下ではザイによるEPCMの影響を受けない、あるいは軽減される。

 当初はミサイル等に埋め込んで使用する案もあったが、素材自体が入手しづらい為その案は却下された。その代わりに生まれたのがデミ・アニマやデミ・ドーターである。

  

 



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プロローグ 赤い蠍 墜つ

 
 友人に薦められて見たら「なんだよ……結構おもしれぇじゃねぇか……」となったのでとりあえず本屋に直行して三巻まで買ってきました。
 不定期ですがもし良かったらどうぞ!!


二〇一七年 五月 上海脱出作戦 戦線

 

 

 「はっ、俺も遂にヤキが回ったか……」

 

 既にセンサーに被弾した影響で視界の半分が死んだ六角形型モニターの集合体である全周囲モニター「COFFINシステム」に囲まれたコックピットの中で、男は一人毒吐いた。

 飛行服の左肩に飾られた赤い蠍のエンブレムが、今は被弾による衝撃で飛び散ったモニターのガラス片で出血した彼の血により赤く染まっている。

 中央のディスプレイに映る愛機の残弾を確認。

 ウェポンベイに短射程AAM残り1、機銃弾20発、これが今の彼の持つ最後の武器だ。虎の子の「TLS」は先程重爆撃機タイプを焼き払うのに使い切ってしまった。

 そして燃料も……多分、撤退するには足りていない。

 生還すら絶望的なこの機体は、正に今の彼にとってはCOFFIN(棺桶)そのものだった。

 

 『もういい、Antres01!! 現空域より離脱しろ!! 避難民の撤収作業は完了した!!』

 

 「そうっ……かい……っ!!」

 

 多量の出血により意識が朦朧としながらも、座席下に設けられた二段階設けられている非常用脱出装置のレバーを一段階(・・・)だけ引っ張る。

 すると、プシューと空気が隙間に入り込み、その直後に弱装爆裂ボルトが作動。最早半分以上意味を失ったセンサーとモニターを兼ねた天蓋装甲が排除され、キャノピー越しに外の光景が直接彼の眼に映る。

 

 「あぁ、綺麗なもんだな……」

 

 燃え盛る都市と水平線に消える消える寸前に輝く太陽を見て、彼は一人そう呟いた。

 時刻は既に夕方。

 突如現れた正体不明勢力『ザイ』の攻撃により、中国全土は瞬く間に戦火に包まれた。

 上海からのこの撤収作戦も、既に戦闘開始から5時間が経過しようとしている。

 中国空軍との合同演習を行おうとしていたマーティネズ・セキュリティー社の誇る飛行中隊アンタレス隊が同軍と協力し、市民の撤退を援護していた。

 しかし、彼は生き残った部下に避難船の護衛を任せ、自分一人で殿を勤めていたのだ。

 たった一機、既に中国空軍は全滅している。孤軍奮闘。

 それでも彼は、30機以上のザイを撃墜して時間を稼いでいた。撃ち漏らしこそ出てしまったが、それでも最小限に抑えていたのだ。

 一瞬だけ、ザイからの攻撃が止んだ。

 その隙に彼は無線で、味方のE-767と交信した。

 

 「Antres01よりCanopus、恐らくこれが最後の交信だ。現在弾薬はAAM1、GUN20、TLSは焼き切れた。そして残念な事に燃料も無い」

 

 『………』

 

 「だからバーフォードさん……息子に、今から言う言葉を、伝えてくれ。『もし、お前が運命に抗いたいのなら、プレゼントにZ.O.E.とn-------』」

 

 

 

 

 

 ドォン!! ザザッーーーーーーーーーーーー--------------

 

 

 

 

 

 

 「……アンタレス01……反応、ロスト……っ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 六月 石川県小松市

 

 

 「おーい、イーオー!! 例のアレ、使わせてくれよ~!!」

 

 小松市の郊外に沿う水路を伝った先にあるちょっとボロい一軒家、その前で自転車に乗った少年、鳴谷慧は門の前で止まると二階に向けて大声で呼びかける。

 すると窓から、眠そうな顔をしたざんばらな金髪碧眼の少年が姿を現した。上半身裸で。

 慧が、服着ろ服!! と大声で怒鳴ると面倒くさそうにTシャツを着てベランダに乗り出す。

 

 「ふわぁ~ぁ……ったく、人が呑気に寝てる時に……」

 

 「今午後の1時だぜ? 俺でも11時には起きるぞ」

 

 「どうせあの中国人美少女明華ちゃんに甘い声で起こされてるんだろ? ったく良いよなー、異性と同棲してる奴は」

 

 「そんな良いもんじゃないけどなぁ……うるさいし」

 

 やたら流暢な日本語で話すこの金髪の少年はイオ・ケープフォード。

 母方の血筋が日本人のハーフであるが故にクォーターだが、母は金こそ送ってくれるが蒸発、父はつい最近に事故死(・・・)したと聞かされている。現在は蒸発した母の妹夫婦に引き取られているが、その二人も大体帰ってこないことが多く、殆ど一人暮らし状態だった。

 母は聞いた限りどこぞの研究機関の所属だったらしく、その所為か仕送りは非常に高額で、生活に不自由する事は無いと言う。

 

 それだけ聞けば、親族に毛嫌いされているクォーターの少年だ。

 

 だが、彼をそれだけにしておかない所以が、この家の倉庫に眠っている。

 

 「で、例のアレを使わせろって? しょうがねぇな~、ワンプレイ500円」

 

 「ゲーセンかよ、まぁそれくらい良いけどさ……」

 

 「冗談だって、裏に来な」

 

 イオは笑って手招きすると、慧は自転車を停めてから門を開き、縁側を通って裏へと回る。

 おおよそ彼のようなアメリカ人のクォーターが住むにしては余りにもギャップのある日本式の家だ。

 そして件の裏の倉庫に付くと、イオと協力して錆付いたシャッターをこじ開ける。

 

 「いつ見てもすっげぇよなぁ……お前絶対金持ちの息子だろ」

 

 慧は数度目の驚嘆を吐いた。

 そこにあったのは、大型の発電機の様な物と、幾枚もの六角形のモニターで構築された全周囲モニターを採用した戦闘機のコックピットその物だったのだ。

 しかし、現在日本や世界を見ても一般的(・・・)にはこんな全周囲モニターを採用した戦闘機などあるはずも無く、武装にもレーザーがあることから、二人は完全に親が道楽で作ったゲーム筐体だと思っている。

 

 「親父がくれた最後の誕生日プレゼントだ。これぐらい豪華でも罰はあたらねぇだろ」

 

 「あ……悪い。親父さん、事故死したって……」

 

 「気にすんなよ、慧。あんな顔も覚えていないような奴に、そこまで俺も入れ込んじゃいないって」

 

 イオはそう言うと発電機を起動、補助電力から主電力へ切り替え、するとコックピットの上部が開き、搭乗者を受け入れる状態となる。

 

 「勝負は1回。敵が無限沸きするEX-2をより多くの敵機を落とした方の勝ちだ。お前が負けたらマジで500円貰うから」

 

 「えぇー!? 冗談じゃなかったのかよ!?」

 

 「電気代意外と馬鹿にならねぇんだぞ? それにお前が負けたら、だ。まぁ、今んところ9:1で俺の勝ちだけどな。なーはっはっはっ!!」

 

 「くっそー、俺が勝ったらチャラにしてもらうからな!!」

 

 「そんじゃ状況開始1分前、40秒で支度しな!!」

 

 イオがコックピットに接続されたパソコンに選択したミッションを入力すると、コックピット側に情報がアップロードされる。

 その隙に乗り込んでいた慧は備え付けられたシートベルトをして備え付けのお飾りのヘルメットを被り、HUDに映る情報をチェックする。

 持ち武器は20mm機銃弾800発、胴体内部格納式のウェポンラックに短射程AAM10発、翼部パイロンに搭載されたミーティア長射程空対空ミサイル4発、そしてTLSと称された10秒間レーザーを機首から放射する特殊武器が14回分。

 これらを用いて、今から無限に沸いてくるSFチックな敵戦闘機たちをより多く撃墜するのが目的だ。

 

 機体はどこかの地下格納庫からエレベーターでせり上がり、空母の甲板の上に移動、そして-----

 

 

 「Antares02 クリアード・フォー・テイクオフ!!」

 

 

 筐体起動時に毎度浮かぶその文字列をイオを01、自らのコールサイン02とした慧は、カタパルトから打ち出され、偽りの空を舞った。 

 

 

 

 

 ----------------------------------

 

 

 同時刻 小牧基地 第三格納庫

 

 

 「長旅お疲れ様です。バーフォードさん」

 

 「こちらこそお久しぶりです、都築二等空佐。五年前の合同演習以来でしょうか」

 

 小牧基地に降り立ったマーティネス・セキュリティー社の所有するM42飛行中隊、その司令官であるフレドリック・バーフォードは、かつて合同演習の際に起きた事件で共に戦った都築二等空佐と握手を交わす。 

 彼は元々中部航空方面体入間基地所属であったが、五年前突如日本で発生した武装組織との戦闘経験を買われ、この基地への転属となった。

 

 「しかし残念です。あの時のパイロットに会って、もう一度直接お礼を言いたかった……」

 

 「………」

 

 彼の言うあの時のパイロット、とは言うまでも無く上海撤退作戦おいて戦死したアンタレス01の事だ。

 その中には、武装組織に宗旨替えしたライジェル隊も含まれている。

 バーフォードはやるせない気分になりながらも、格納庫に運び込まれていく限りなく黒に近い青で塗装された機体を見上げた。

 

 彼が乗っていた燃え上がる炎のような赤色とは対照的に、何処までも深い海を模した瑠璃色の装甲。

 

 そして尾翼に施された蒼い蠍のエンブレム。

 

 翼形状は、主翼に前進翼、機体左右と下部に取り付けられた3面カナード、上下に張り出した大型エンジンユニットに接近配置された、内向き斜め双垂直尾翼で構成されるエンテ型。

 主翼の動翼は、内側にフラップ、外側にエルロンとなっているが、機体の大きさに比べて翼面積はやや小さめ。

 エンジンユニットは上下に大きく張り出し、左右の間隔もかなり広い。

 この左右のエンジンの間に上下に展開するエアブレーキが設置され、エンジンノズルには、垂直方向への推力偏向が可能な、シャッターのような構造の開閉式2次元偏向ノズルが採用されている。

 

 コックピットは通常のグラスキャノピーではなく、コックピット周辺にセンサーを多数配置し、それらのセンサーから得られる電波、赤外線、可視光線などの情報をAIシステムが解析、再構成した上で密閉されたコックピット内の全天球スクリーンに投影する「COFFINシステム」が採用されている……のだが、

 

 

 「ハッチの下が……無い?」

 

 

 整備士が早速機体に取り付き、発した第一声がそれだった。

 センサーを内蔵した装甲が跳ね上がった先には、簡易的な座席とモニター3枚、突貫工事で取り付けられたNFI、それだけだった。やたらスペースに余裕があるにも拘らずだ。

 後は何も無い、がらんどう。

 まるで、とりあえず付けておきましたと言わんばかりの適当さだった。

 

 「そいつなんだが、今は使えない……いや、やたら相性が悪いと言うべきか。どうやら現存のNFIのインターフェイス自体とうちのアニマの相性が極端に悪いみたいでな。この方がまだ落ち着くって事でその仕様にしてあるが……」

 

 「これが噂のADF‐01ANM FALKENですか……よくドーター化出来ましたね」

 

 「予備パーツで組み上げられた一機と偶々相性が良かっただけです。しかし……」

 

 

 バーフォードはそこで言いよどむと、ため息を吐いた。

 

 

 

 「この後に顔合わせも控えてると言うのに、『ゾーイ』はまた散歩か……」

 

 

 

 



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1話 偽りの空

戦闘シーンはもう少し後かも……



 

 「よっしゃぁ!! 今日も俺の勝ちぃ!!」

 

 「くっそぉ!! 今回は割と良い線行ってたんだけどなぁ!!」

 

 シミュレーターにおける撃墜数は今日もイオの方が多かった。コックピット天蓋を開けて勝利の凱旋。

 意気揚々とタラップを降りてくるイオに、悔しがりながらも慧は500円玉を投げつける。

 しかし、イオは器用にそれを片手で受け止めた。 

 

 「まいどあり、っと」

 

 「しかし、このシミュレーターの想定機体、エンジンパワーは高そうなのに随分重いよな。兵装だって限界ギリギリ積んでいるみたいだし、何より操縦桿を倒しても思い通りに動かないって言うか、もどかしいって言うか……」

 

 「そう言えばお前、セスナの実機飛ばしたことあるんだって? そんなに違う物なのか?」

 

 「100時間くらいだけどな。まぁ、あれは武器も無いし機体も軽いから……」

 

 話をしながらも、イオはタラップを降りており、パソコンからの制御でシミュレーターの電源を主電力から補助電力へと切り替えた。これはパソコンにおける休止モードのような物だ。一度完全に停止させてしまうと、再び起動するのに一時間以上費やしてしまう。

 シミュレータの収められた倉庫から出て、イオは慧に裏庭で取れた野菜をいくつか撃墜数に応じた景品として渡すと、彼は夕方の買い物があるからと帰っていった。

 

 「さて、俺も一休みしたらもう少しやるか……」

 

 避難して来たばかりで色々と心細いという友人の帰宅を見届けると、冷めたコーヒーの入ったカップを持ってイオは再び倉庫にへと向かう。先程のシミュレーションにおいて、自分の動きに無駄が無かったかリプレイを見て洗い出すためだ。イオは常時これが出来るから良いが、対して慧はこの洗い出し、もとい一人反省会が開けないのである。そんな中でよくもまぁ11分の1勝を勝ち取ったものだな、とイオは思った。

 

 「やっぱ実機乗ってる奴は違ぇよなぁ……多分、俺がこれの想定機体以外に乗ったら結果逆転するんだろうなぁ……」

 

 機体名と形状こそ記されていないが、この想定機体は確かに彼の言うとおり重武装で重い。

 このシミュレーターにおける飛行時間だけなら700時間を越えるイオだが、それでも実機に乗っていたと言う慧の100時間には到底及ばない価値だという事は、重々承知していた。

 

 「一度でいいから飛びてぇなぁ……本物の空を、自分の手……で……?」

 

 「♪~~♪~~~♪♪~~♪~」

 

 そこまで彼が言い掛けた時だった。何処からか少女の鼻歌が聞こえてきたのだ。

 耳を澄ます。位置はそう遠くない、多分倉庫内……シミュレーターの中か?

 恐る恐るテーブルの下に置いてあるビニール傘で武装し、タラップを慎重に上って中を覗く。

 灯の入ったモニターの明りに照らし出された、その歌声の発生源は----------

 

 「……ここは良い、気持ちが安らぐ」

 

 「は?」

 

 一人の少女だった。

 

 

 

 ----------------------

 

 小松基地 特別技術研究室

 

 

 「COFFINシステム、か……」

 

 その名前を聞いた時、珍しくどこか懐かしむような口調と共に八代通遥は紫煙を吐いた。

 

 「えぇ、『ゾーイ』にはあの操縦系統が必要なんです。そこを、何とかお願い出来ないでしょうか?」

 

 「まず不可能だし、出来たとしてもすぐには無理だな。アレは確かに生体信号の読み取りと言い、NFIのプロトタイプとも言えるから、そちらの方が親和性が高い、と言うのも初期生産のアニマなら納得がいく。俺も広視界モニターやパイロットのモニタリング機構についちゃあ、アレを参考にしたからな」

 

 禁煙と書かれた部屋で、再びタバコを咥える八代通。

 バーフォードにも一本どうだい? と訊ねるが、彼は禁煙中ですから、とやんわり断った。

 

 「だが、件のFALKENはドイツのグラインダー社製でパーツも仕入れが豪く難しいし高価、しかもコアユニットであるCOFFINシステムに関しちゃあ、何か後ろめたいイチモツでも抱えているのか、簡単に情報を開示しちゃくれない。一応既存のインターフェイスを加工してそれらしくする事は出来るだろうが、虎の子のTLSとやらの制御には間違いなく支障が出るだろうな」

 

 「そうですか……」

 

 「アレの火力がなきゃ、どれだけ高価なFALKENだろうとそこいらの重戦闘機と変わらないかそれ以下の価値だ。その金で普通の重戦闘機を数機買ったほうがよっぽどコストパフォーマンスも良い。機体もデカくて重いし、あんな代物を、よくもまぁ使いこなす人間がいたもんだ……」

 

 

 ------prrrrrrrrrrr

 

 

 

 「失礼」

 

 バーフォードは突然鳴り響いた携帯を確認すべく、ポケットからスマートフォンを取り出す。

 そこには、一通のメールが記されていた。差出人は『Z.O.E.』。

 メッセージ内容は簡素に一文だけ。 

 

 『見つけたよバーフォード 私の居場所 気持ち悪くならない場所』

 

 それの意味を理解したバーフォードは、すぐに技術班にFALKENのコックピットの整備をいつでも出来るよう要請するのであった。

 

 

 ---------------------

 

 

 「ゾーイちゃん、ねぇ……それが君の名前?」

 

 「うん、そう。私はゾーイ、ADF-01ANM FALKENのアニマ」

 

 暇つぶしに中古屋で買ってきたラジオからは、ご機嫌なナンバーがBGMとして流れてくる。

 そんな中、いつの間にかシミュレーターに不法侵入していたゾーイと名乗った少女に対して、イオは縁側で食べるスイカで釣ると言う尋問(只の質問?)をしていた。

 ADF-01 FALKENなんて形式番号の機体は聞いた事がないし、アニマ、と言うのも何の事かサッパリだ。

 只一つ分かった事と言えば……

 

 (やべぇ、滅茶苦茶可愛い)

 

 無邪気にスイカに塩を振って頬ぼる彼女の姿に、今まであまり見た事が無い外見と言う事も相まってか、彼の視線は釘付けだった。

 健康的な褐色の肌に、袖の無い純白のワンピースから伸びるスラリと長いスタイルの良い四肢。腰上ほどまで伸びた長い銀髪は、頭頂部で青いシュシュの様な物で彩られている。

 やや垢抜けなさの残る堀の深い顔立ちと、ありのままだけを見る無邪気な青い瞳。

 正直言って、今の彼の心にはドストライク真っ只中だった。

 

 中学校や小学校時代は、殆ど外国人と変わらないこの見た目ゆえに虐めの対象にもなったが、それ以上に彼は異性からモテた。

 しかし彼は知っていたのだ。あいつらが恋してるのは自分自身じゃなくて、ただこの金髪碧眼に恋しているだけだと言う事を、「私は金髪碧眼の彼氏に恋してます」と、自分の存在が只のステータスにしかなっていない事を。そんな女ばかりだった物だから、彼の眼には近づく女は皆貪欲、と言うかギラギラして映って見えた。

 しかし、彼女からはそんな気配は一切感じない。

 そういった所が、彼の心のオアシスになっていたのかもしれない。

 

 「それで……何で俺のシミュレーターに勝手に入っていたんだ? 俺だから許すけど、普通なら不法侵入だぜ?」

 

 「うーん、そうだな……あれは、良い物だ」

 

 「は?」

 

 「私にとって落ち着ける、最高の場所……な気がしたから、かな?」

 

 先程からずっとこんな感じだ。

 見た目は可愛らしい無垢な褐色美少女、と言ったところだが、言葉の端端が疑問系で主語をぼかした抽象的でゆっくりな話し方。それがまたミステリアスな雰囲気を醸し出していた。

 

 「最高の場所、ねぇ……分かる気がするぜ」

 

 「おぉ、君もか?」

 

 「確かに居心地がいいってのはなんとなく分かるぜ、どう見たってゲームの筐体なのにな。だけど……同時に、俺にとっちゃあ、煮え切らない場所にもなる」

 

 「……それは、どうしてだい?」

 

 「どう頑張っても、俺が今まで飛んできたのは偽りの空だったって事さ。最近こっちに引っ越してきた友達に本物の空をセスナで飛んだことがある奴がいてさ。そいつの話を聞いてると羨ましくて仕方なくて、嘘の世界に満足していた自分が馬鹿馬鹿しく思えてくる」

 

 思いっきり飲み干した缶ジュースを飲み干してから握りつぶすと、イオはノールックでそれを背後の和室の更に向こうの部屋に備えられたゴミ箱に投げ入れた。

 

 「俺の親父は元軍のパイロットでさ。その後、どこぞのPMCにヘッドハンティングされて、あちこちで軍や自衛隊のアグレッサーを引き受けていたらしい。何処の会社かは最後まで教えてくれなかったし、聞こうにもつい最近逝っちまったしな」

 

 「……すまない」

 

 「君が謝る事じゃないよ。俺が勝手に喋っただけだ……スイカまだあるけど食う?」

 

 「是非、頂こう!!」

 

 食べ物の話題となると、途端に目がキラキラと輝くゾーイ。

 そんな姿を微笑ましく見ながら、切ってくるから待ってろ、とイオは立ち上がると、氷水に浸けてあった大振りのスイカを一玉手に取り、台所へと引っ込んだ。

 

 「……例えそれが偽りの空でも、君は自由に飛べている。だけど私は……」

 

 呟きながら見上げると、遥か上空を双発の中型旅客機が飛ぶのが見えた。

 日本はまだザイによる侵攻がされておらず、平和である。これが現在侵略されている中国本土上空であれば、即刻ザイに撃ち落されていただろう。

 イオがスイカを切って持ってくるにはまだ時間が掛かりそうなので、ゾーイはラジオの局を変えて遊んでいると、ふとニュースチャンネルに合った。

 

 『そうですね、ザイと呼ばれる彼らの主張を理解し、柔軟に対話の姿勢を示していく事が重要でしょう。悪戯にテロリスト扱いするのではなく、指導者側とコンタクトを取る必要があるのでh-------』

 

 ブチッ------

 

 その放送を聴いた時、彼女は必要以上の力で電源を切っていた。

 内容はザイに対する日本のコメンテーターの意見だったが、彼女はその内容が不快に思えて仕方が無かった。

 理由は彼女にも分からない。ただ根底にある何かが突き動かしたとしか思えない、そんな挙動だった。

 

 

 ---------------------

 

 

 同日 20:37 小松基地 第三格納庫内 

 

 

 「本当に間違いないのか、『ゾーイ』?」

 

 「うん、アレが一番私にはしっくり来た。アレでなら、私は自由に飛べるかもしれない」

 

 散歩から帰宅した『ゾーイ』は、この基地に所属するアニマとの顔合わせを済ませた後、事の顛末をバーフォードに話すと、彼だけでなく八代通も驚愕したが、同時に毒吐いた。

 

 「しかし驚いた、COFFINシステムのインターフェイスが一個人の手に渡っているとはな。それも16、7のガキが持っていると来た。そのボンボンは一体どんな金持ちだ?」

 

 「いや……恐らくだが、その一個人とやらは彼の息子かもしれない」

 

 「彼? あぁ、こいつの同型機に乗っていた、アンタレス隊の……」

 

 「可能性は100パーセント……とは言い難いが、かなり高いと思われる。いずれにせよ試す価値はあるはずだ。我々も長時間戦闘ができないアニマのままでは給料分の仕事も出来ない」

 

 「そして俺たちはその技術を元手にグリペンを何とか動けるように出来るかもしれない、と……利害は完全に一致しているな」

 

 八代通はニヤリと笑うと、人員と車を手配してくる、と言って第三格納庫を後にする。

 

 「聞いての通りだ、ドックベア。これより『引越し』を開始する。各員は別命あるまで待機せよ」

 

 「「「イエッサー!!」」」 

 

 マーティネズ・セキュリティー社の誇る精鋭地上部隊、通称ドックベアの声が、第三格納庫に強く響き渡った。   

 



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2話 崩れて終わる日常

 PM9:00 小松基地 道中

 

 「慧、本当にその赤いJAS39が小松にあるのかよ?」

 

 「だから、ほんとに見たんだってば!! 俺たちが上海沖で助けられた、あの赤いグリペンが!!」

 

 真夜中の小松市を疾走するイオと、慧の二台の自転車。

 夕方、慧が小松基地に赤いグリペンが搬入されるのを見た、と連絡があり、しかもそれが自分が避難する時に助けてもらったどころか、直接接触した事もあるという。

 そこまで聞いたとなれば、イオも自然とその赤いグリペンとやらに興味が沸いてきていた。

 イオは美人だが気の強い慧の幼馴染の明華をどうにか宥めるべく一芝居うち、ちょっと男二人で夜の買い物と言って許可を貰い、家を出てきたのだ。

 夜の小松市を立ちこぎによる全力疾走。気が付けば、周囲から住宅らしき物は見えなくなり、明かりらしい明かりといえば目の前の小松基地の物だけとなっていた。

 

 「……で、この後どーすんだ?」

 

 「…………」

 

 「ノープランかよっ!?」

 

 「し、仕方が無いだろ!! アレが夢じゃないって、自分に言い聞かせたかったんだから……」

 

 「はぁ~……ったく、しょうがねぇ。右に回るぞ、雑木林を抜ければフェンスから格納庫が見える」

 

 「お、おう……!!」

 

 イオは考えなしに突っ走る友人に溜息を吐きながらも、この辺りは以前ウロウロしていた事があったために覗けるポイントは抑えていた。

 指示に従い、基地の周囲を右回りに移動。

 するとコンクリート壁からフェンスへと変わり、二人はスタンドを立てるのももどかしく、自転車を置き去りにした後にフェンスにしがみ付く様にして中を見る。

 

 「クソッ、多分あの格納庫なんだろうけど、中身が見えない。双眼鏡くらい持ってくるんだったな……」

 

 「いっそ肩車で飛び越えてみるか? 間違いなく動体センサーでバレるだろうがな」

 

 「慧!! イオ!!」

 

 その溌剌とした少女の声を聞いて、二人の背筋は震え上がった。

 油の切れたブリキ人形のようにガクガクと震えながら振り向くと、そこに居たのは案の定明華だった。

 余ほど飛ばして来たのだろう、肩を上下に揺らしながら、鬼のような形相で詰め寄る。

 

 「買い物に行くって言ってたくせに慧が財布忘れてたから追いかけて届けに来て見れば……これは一体どういう事なの?」

 

 「え? あ? ホンとだ、財布持って来てない……」

 

 「このお間抜けぇ!!」

 

 「イオもイオだよ。私に嘘までついてこんな所に慧を連れ出して……さ、帰ろう。話は家でゆっくり聞かせてもらうから」

 

 そう言って慧の二の腕を引っ張り、連れ帰ろうとする。

 しかし、慧はその手を思いっきり振り払って彼女との怒鳴り合いが開戦する。

 イオは仲裁に入ろうと「まぁまぁ、俺が誘ったんだし二人とも落ち着いて……」と宥めに入るが………

 

 「ーーーーーいい加減にしろ!! 大体何なんだよその保護者面は!? 俺の面倒を見ろって言ってもそんな物、子供の頃の約束だろ!? 何故そこまで意固地になる必要がある!?」

 

 「……親の約束とか関係ない!! あたし、今この国で慧くらいしか知り合いいないんだよ!? 他の友達や家族とははぐれて生きているかも分からない、なのにっ!! 残った慧まで軍隊に行くなんて……それを心配しちゃ、ダメ、なの……?」

 

 慧は予想外の消え入るような明華の訴えかけに、何も答えられず立ち尽くしていた。

 潤んだ目を、高潮した頬を隠すように両手で顔を多い、崩れ落ちる明華。いつもの気丈な振る舞いからは到底想像の付かない彼女の泣き顔。

 それを見かねたイオは、彼女に自分の上着を掛けてやると…… 

 

 「慧」

 

 「何だよ……っ!?」

 

 「歯ぁ食いしばれッ、クソ野郎ッ!!」

 

 ドゴォッ、と鈍い音を立てて、彼の怒りを乗せた鉄拳を慧の顔面に突き刺さした。 

 

 

 

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 「……何やってんだ、あいつら」

 

 二人の少年が泣き崩れる少女をよそに殴り合う様子を近くから、バンの中で窺っていた拉致担当に回され、スーツとサングラスで変装したドックベアの隊員の一人が、人知れずそう呟いた。

 現在彼らは、二班に分かれて行動している。

 一つ目の班は、イオの自宅周辺の調査と、いかにしてシミュレーターを段取り良く運ぶかの思案。

 そしてもう一つの班は、グリペンが再起動するきっかけとなった少年を拉致し、一芝居打つ事で彼女が本格的に再起動するかどうかを実験する……と言った物なのだが。

 

 「ほとぼりが冷めるまで待つか? 俺は白人の小僧が勝つのに10ドル」

 

 「賛成、じゃあ俺はあの日本人が勝つのに15ドルだ」

 

 「あの少年……」

 

 部下の賭け事を他所に、助手席からバーフォードはじっくりとその白人の少年の顔を見る。

 ざんばらなとんがった金髪、堀の深い顔立ち、バーフォードはその少年確かにどこかで見た事があった。

 あれはそう、彼がいつも自慢げに見せてきた、あの写真の……

 

 「残念ながらその賭けは無効だ。これより突入する」

 

 

 

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 「テメェ……もう少し言い方ってのがあるだろうが!?」

 

 「っ!! 俺だってなぁ!! いつまでもあいつの世話になるわけには行かないんだよ!! 意地があるんだよ、俺にも!!」

 

 「くだらねぇ意地を張ってんじゃ……ねぇ!!」

 

 バキッ、ドカッ、と夜の雑木林に響く打撃音。

 数度に渡る打撃の応酬で二人の顔は所々に痣が出来ており、二人は一度距離をとって肩で息をする。

 

 「ぜぇ……はぁ……次で、分からせてやる……!!」

 

 「上……等……っ!!」

 

 体力的にもお互い限界を迎えていた。同時に踏み込む、両者とも択は右ストレート一択。

 そして、お互いの攻撃が顔面に突き刺さるその寸前。

 

 目の前に黒塗りの高級そうなバンが、激しいスキール音を立てて停止した。

 

 突然現れた車にヘッドライトでこちらを照らされ、眩しさに怯む二人。

 すると中から大柄の男が何人も降車し、三人を拘束しようと襲い掛かる。

 

 「っ!? 逃げろ!! 慧、明華!!」

 

 イオは相手の体格差にも怯まず、座り込んでいてすぐに動けずにいた明華を拘束しようとしていた大男に回し蹴りを浴びせる。

 しかし、大男は難なくそれを手をクロスさせて防御すると、イオの足をつかみ取り、片手で宙へと放り投げた。

 

 「なっ-----」

 

 投げられた事に驚愕し、姿勢を変える余裕も無く、地面に背中を打ち付ける。その先にいた二人の男が両腕と両足を掴むと、そのまま猿轡を噛まされてバンに放り込まれ、イオは完全に無力化された。

 

 

 -------------------------

 

 

 「いっ……てぇ……」

 

 イオが目を覚ますと、最初に目に入ったのは知らない天井だった。未だに背中が痛み、消毒液の臭いが鼻を劈く。大男に投げられた後の記憶が無い、どうやら自分は気絶していたらしい。

 

 「ったく、何処なんだよここは……?」 

 

 「君の質問に答えよう。ここは自衛隊小松基地警衛所だ。因みに現在の時刻は22:30。君はざっと、一時間程度気絶していたと言える」

 

 頭を抑えながら起き上がるイオに対して答えたのは、向かいのソファに座っていた少女だった。ゆっくりとした独特なしゃべり方、褐色の肌に室内照明を浴びて光る銀髪。服装こそ昼間と違い、どこかの軍服を短く切り詰めた動きやすさ重視のファッションだったが、間違いない。

 

 「ゾーイ、ちゃん……?」

 

 「やぁ、また会えたね。イオ」

 

 困惑するイオにに対してにこやかに返事をするゾーイに、どうしてここに? 聞く前に部屋に一人の男が入ってきた。 

 空軍迷彩服を着た、いかにも歴戦の勇士といった風貌の男だ。その肩にはM42Squadron(飛行中隊)と記された部隊章を付けている。

 

 「こんな乱雑な連れ込み方をして済まなかったな。私はブレドリック・バーフォード。PMCマーティネズ・セキュリティー社のM42飛行中隊を預かる者、つまりは司令官だ」

 

 「マーティネズ・セキュリティーって……まさか、五年前のゴールデンアクスで一躍有名になったあの?」

 

 イオはその名前を聞いて驚愕し、意識もはっきりしてきた。

 その会社名は、少し軍用兵器やPMCの知識を齧ってさえいれば、知らない者はいないほどの有名な会社だ。

 そんな有名な会社の、しかも飛行中隊の司令官が何故自分に?

 

 「そうだ。そして君の父、グラハム・ケープフォードが勤めていた場所でもある」 

 

 「っ!? あんた、どうして親父の名前を……まさかっ!!」

 

 「彼は私よりも正義感が強く、勇敢な男だった……今こそ話そう、真実を。グラハムが死んだのは事故死ではない。ある作戦中、『ザイ』にやられたのだ」

 

 そう言ってバーフォードは、ノートパソコンを開くと一つの音声ファイルを再生した。

 それは、上海脱出作戦での交信記録の一部だった。

 

 『はっ、俺も遂にヤキが回ったか……』

 

 「親父ぃ!!」

 

 それを聞いて、思わずイオは叫ぶ。それは紛れも無くイオの父親、グラハムの声であった。

 自分の記憶の中にある稀に帰って来た時に聞いた力強い声からは想像のつかないほど、消え入りそうな自嘲気味の声。 

 記録はそのまま再生され、やがて最後の交信の部分に入る。

 

 『アンタレス01よりカノープス、恐らくこれが最後の交信だ。現在弾薬はAAM1、GUN20、TLSは焼き切れた。そして残念な事に燃料も無い』

 

 『だからバーフォードさん……息子に、今から言う言葉を、伝えてくれ。『もし、お前が運命に抗いたいのなら、プレゼントにZ.O.E.とn-------』』

 

 爆発音、ノイズ。

 

 その二つで、彼の遺言は遮られていた。

 

 「うそ、だろ……だって、事故死だって……」

 

 「それについては彼の意志でもある。『自分がもし空で死んだら、その時は事故死だという事にして伝えてくれ。エースの俺が空で負けたと分かっちゃあ、あの世でスレイマニの野郎に笑われるからな』、との事だ。三年前の契約更新書類に、そう書いてあった」

 

 「は、はは……」

 

 エースだけど無駄に自信家で、でも二年前までは毎年自分の誕生日には必ず帰ってきて、豪華な誕生日プレゼントを渡してくれた父親。

 その父親の死の真相を理解したイオは、最早乾いた笑いを浮かべるしかなかった。

 

 「さて、これで二つある本題のうちの一つは片付いた。もう一つの本題に入ろう、君はグラハムから全周囲モニター型のシミュレーション装置を誕生日プレゼントとして貰っている様だが、それは事実か?」

 

 無慈悲にも二つ目の本題に入るバーフォード。

 しかし、当のイオは父親の死の真実を知ったショックか、言葉に覇気が無く、ふらついた上半身をゾーイが支えている状態だ。

 

 「知って……どうする気なんだよ……?」

 

 「我々はアレに唯一の望みを賭けている。実は我が社で運用しているとある特殊な機体に最適なコックピットブロックが、現在君の持つ物しかこの国やアメリカには無いのだ」

 

 「また作ればいいんじゃないのか……?」 

 

 「そうしたい所だが、我々には時間も予算も無い。現在、いつザイが攻め入ってくるか分からないこの状況下では、一機でも使える戦力が欲しい。勿論、可能な限りの報酬は約束しよう」

 

 イオはそこで少し考えた。

 自分の持っていたシミュレーターに、まさかそんな使い道があるとは思ってもいなかったからだ。

 只の道楽で作られたゲーム筐体だとばかり思っていたものが、父の敵であるザイを討つ為に必要不可欠な物。

 イオはいくらか思案したところで、一つ提案を出した。

 

 「……条件がある」

 

 「言ってみろ」

 

 「金はそんなにはいらない。俺の高校残り二年間の学費が払えればそれで良い。ただし……親父の形見を乗せたその機体が、ザイを墜とす所を間近で見させろ」

 

 「……良いだろう。その条件を飲もう。この書類にサインすれば、君は晴れて我が隊の臨時隊員(パートタイマー)だ」

 

 バーフォードは何かを書き足した書類を机に置き、イオはそれを凝視する。

 そこに書かれていたのは一部斜線が引かれてやや簡略化された契約書類だった。

 イオは迷わずペンを受け取ると、了承の印としてサインを書く。 

 

 「これで決まりだ。マーティネズ・セキュリティー社へようこそ、イオ・ケープフォード君。明日から君のコールサインは、AntaresGhost(幽霊蠍)だ」

 

 「Ghost?」

 

 「パートタイマー扱いだし、まだ正式な頭数には入れられないからな。居たり居なかったりする幽霊と掛け合わせてゴーストだ、悪くないだろう?」

 

 「サー、イエッサー!!」

 

 「良い返事だがそれは明日からで良い。明日は13:00に第三格納庫に集合だ。今日はゆっくり休め、ゾーイ。彼を送ってやれ」

 

 「分かったよ、バーフォード」

 

 調子の戻ってきたイオを見て、かつての部下の姿を思い出したバーフォードは安堵の笑みを浮かべると、部屋を後にする。

 イオもそれに続くようにゾーイの肩を借りて立ち上がると、力強い……とは言い切れないが、確かな歩みで部屋を後にした。



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3話 思い出の品

 グアム アプラ港海軍基地

 

 「♪~~♪~♪~~~♪~~~」

 

 休憩用のベンチに寝そべりながら、音程の外れたアメリカの行進曲「星条旗よ永遠なれ」を口ずさむ少女は、手にしたロケットの写真を開く。

 サファイアブルーのショートカットが特徴の、年頃の少女が持つにはおおよそ似つかわしくない、年季の入った銀細工のロケット。それは、彼女が生まれた(・・・・)時から持っていた物だ。

 その中には、一枚の写真が収められていた。

 それは、自分のではない誰かの家族の集合写真だった。アメリカ軍の飛行服を着た金髪の男と、どこかの研究機関の所属なのか私服の上から白衣を着た少し目つきの悪い女性、その二人の間には年端もいかないヤンチャそうな幼い金髪の少年が映っている。

 それを見ていると、彼女は自然と顔が綻んだ。いつの間にか、暇な時にこの写真を見る事が習慣になっていたのだ。

 理由は何となく、としか言いようが無いくらい曖昧な物だ。彼女曰く、このロケットは『エースパイロットの加護が得られるお守り』らしい。勿論、装備しても体力が回復したりとかの効果は無い。

 

 「ここにいたのか、ライノ」

 

 背こそ高いが、細く痩せこけた男は少女に呼びかける。

 少女はその声を聞くとロケットを慌てて閉じて胸元のポケットに戻し、足を思いっきり振り上げてからその反動で飛び起きる。

 

 「こんにちは~、シャンケル博士~。今日も良い天気だね~」

 

 「全く、こんな所で何をしている……またその首飾りでも見ていたのか?」

 

 「首飾りじゃなくてロケット。違いの分からない男は女の子にモテないよ?」

 

 何か反論を言うシャンケル博士だったが、彼女はそれを無視して手を頭の後ろで交差させると足早にその場を去る。遠くから「自由な奴め……」等と聞こえてきたがそんな事は無視。

 

 「……いつか会えると良いなぁ、この写真の男の子と」

 

 F/A-18 スーパーホーネットのアニマ、ライノは再びロケットを開き、その写真を眺めるのであった。

 そしてその願いは、案外すぐ叶う事となる。

 

 

 

 ----------------------

 

 

 

 小松基地第三格納庫

 

 

 「------へくしっ!!」

 

 「お、隊員見習い。勤務初日から風邪でも引いたかぁ?」

 

 マーティネズ・セキュリティー社、M42飛行中隊の臨時隊員(パートタイマー)として第三格納庫に来ていたイオは、突然のくしゃみに襲われた。格納庫内は鉄や油の臭いこそするものの、それがくしゃみのトリガーになった訳では無さそうだ。

 

 「いや、大丈夫ッスよフナさん。それにしても、何だか感慨深いって言うか……」

 

 「そう言えばそのコックピットブロック、親父さんの形見なんだって? 随分豪華な誕生日プレゼントだなぁ」

 

 「俺が15の時、親父がアレの入った馬鹿デカい箱を家に持って来たんです。あの時は流石の俺もドン引きだったッスよ」

 

 「ハッハッハッ!! そりゃそうだ!! 世界の何処に、最新鋭戦闘機のコックピットブロックを玩具に偽装して息子に渡す親がいるかってんだ!! ……親父さん、良い人だったんだな」

 

 「いつも自信過剰の、ある意味クソ親父だったッスけどね……」

 

 丁度その時、大型のトレーラーが格納庫内に入ってきた。その荷台には幌で包まれたイオが自分の学費と引き換えに譲渡した「COFFINシステム」の採用されたコックピットインターフェイスが載せられている。

 舟戸は問題のコックピットブロックが到着した事を確認すると、「さぁ、仕事だ仕事!!」とそのトレーラーに向かっていく。

 

 「おーい、イオー!!」

 

 コックピットブロックを降ろし、専門外だから休憩に入って良いと言われたその時、格納庫の入り口からイオを呼ぶ声がした。振り向くとそこに居たのは、ペールピンクの長い髪の少女を連れた慧だ。

 

 「慧か、何でお前がここに?」

 

 「あー……そう言えば、お前には話していなかったな。成り行きで調整とか何とかを手伝う事になってさ。今日から通い詰めだ。そう言うお前こそ、何でここにいるんだよ?」

 

 「ちょっとしたバイトだ。多分やる事はお前とそんな変わらないと思う」

 

 実際嘘は言っていない。

 今日は家からシミュレーター装置を如何にかして運び出し、その際にも機材の運搬などちょっとした力仕事を手伝っている。

 ただ、今の彼には二つほど気になる点があった。

 

 「話は変わるが、気になること一つ目。ちゃんと一昨日の事は明華ちゃんに謝っておいたんだろうな?」

 

 「あぁ……昨日の事は、俺も頭が冷めてから流石に言い過ぎたと自覚したよ……」

 

 「ったく、あんな良い女の子泣かせるんじゃねぇぞ? それと二つ目、今度は早々に浮気かぁ? しかも初デートが基地の探索たぁ、随分マニアックな場所選びなこって」

 

 「初デート……?」

 

 その言葉に小首を傾げるペールピンクの髪の少女。

 イオは彼女とは初対面だが、不思議とその雰囲気に愛嬌を覚えた。

 

 「俺とグリペンは、別にそんなんじゃないってば……」

 

 「慧。この人は?」

 

 「あぁ、コイツは俺がこの国に帰ってから出来た友達だよ」

 

 「イオ・ケープフォードだ。よろしくな」

 

 「慧の、友達……私はJAS39‐DANMグリペンのアニマ、グリペン。今後ともよろしく」

 

 「グリペンちゃん、ねぇ……そう言えば、お前が昨日言っていた赤いJAS39って、アレの事か?」

 

 アニマがどういったものなのかは今朝早々に説明されてはいたが、いざこうして改めてみるとちょっとドジくさい女の子にしか見えないのだから不思議だ。

 そう思いながらも、イオは格納庫の一端にある整備途中の赤い機体を指差す。

 各部が解放されて整備中の、鏃のようなシルエットを持つそれは彼女の操るドーター、グリペンだった。元々戦闘機の中でも小型な部類に入る機体ではあるが、隣で整備中の瑠璃色のADF-01ANM FALKENが全長24mクラスの大型機体の為、それと比べると余計に小さく見える。

 参考なまでにF-15で全長19.4m、F/A-18Eで18.4m、ロシアのSu-47でさえ22.4m程度である。これらと比べると、いかにこの機体が大型であるかが分かるだろう。

 

 「あぁ、間違いなく俺はあの機体に助けられたよ。それにしても、SF映画にでも出てきそうな隣の戦闘機は何所の機体だ?」

 

 「俺だって見た事ねぇよ、どこかの実験機じゃないのか?」

 

 「それについては、私から説明しよう」

 

 先程まで作業員と話し、「COFFINシステム」の調整を手伝っていた銀髪褐色肌のアニマ、ゾーイが作業を終えたのか、切り詰めて動きやすくした空軍迷彩服姿でやってきた。何でも、後は技術部の人や八代通なる人物が何とかするから、自分は取り付け作業が終わるまでいなくても大丈夫なのだと言う。ゾーイは慧の顔を見ると、丁寧にお辞儀をした。

 

 「おや? 君とは始めましてだね? 私はゾーイ、あの機体のアニマだよ。よろしく、鳴谷慧」

 

 「よ、よろしく……って、何で俺の名前を?」

 

 「グリペンから少し、ね。あの機体はADF-01ANM FALKENと言う。元々はドイツのグラインダー社で開発が進められていた無人機……にする予定だった機体だよ。公にはされていないから、決して有名な機体ではないけれどね。組み立てはマーティネズ・セキュリティー社が保有していた予備機のパーツから行われている。機体は大型だけど、その内部には……」

 

 ゾーイはそこで整備員に呼びかけると、頷いた後に整備員は何らかのスイッチを押す。

 すると、機首の一部がせり上がり、機体内部に格納されていた大型の砲塔が姿を見せた。そのあまりの太さに、イオは思わず歓喜する。

 

 「すげぇ!? 何口径あるんだあの大砲!? 戦闘機に大砲とか、いくらなんでもロマン有り過ぎるだろドイツ!!」

 

 「『ドイツの科学は、世界一ィイイイ!!』 ってやつ?」

 

 「残念ながらアレは実体弾砲ではないよ。メガワット級化学レーザー砲ユニット、現状私たちの持つ唯一の所謂「ビーム兵器」さ。元々は地上から照射して弾道ミサイルを迎撃する目的で開発されていたらしい。その火力は健在で、通常の戦闘機型ザイであれば一瞬で溶断、撃破が可能だ。私たちはこれを、Tactical Laser System、略してTLSと呼んでいる」

 

 「TLS……それって、俺のシミュレーターにあった奴か!!」

 

 「あのシミュレーターのデータは私も見させてもらったよ。どうやら、この機体を扱う事を前提にした物らしい。確かに図体が大きく自重も重い、しかも扱いづらい武器を積んだFALKENは、普通の感覚じゃあまず飛べないからね。練習も必要だよ」

 

 ゾーイはうんうん、と頷くと、整備員に呼びかけ、再びTLSのユニットを収納させる。

 

 「シミュレーターの想定機体と違って、この機体はエンジンの出力も上がっているし多少の軽量化も施されている。とは言っても、やはり重い機体である事に変わりはないけどね。格闘戦に持ち込まれたら、少し不利ではあるかな」

 

 「だから、機首のレーザー砲で遠距離からの先制攻撃で先に敵にダメージを与える……」 

 

 「ずっとそれだけ出来れば良いんだけどね。現実はそうも上手くいかないよ」

 

 グリペンの言葉に、ゾーイは先程までの自慢げな解説から一転して、少し自嘲気味に肩を竦める。

 

 「私もグリペンと同じで長時間安定して戦えるわけじゃないから、そこはこの機体特性に感謝するよ。あのインターフェイスだと、どうも『気持ち悪く』なるんだ」

 

 「気持ち悪く?」

 

 「済まないが上手く説明できない……ドクター八代通には診てもらっているけど、原因は不明らしい」

 

 「グリペンの症状と似たような物、か……」

 

 そこまで言った所で、グリペンは何かを思いついたのか、ポンと手を打つとイオとゾーイの手を取り、「慧も後で付いて来て」と、第三格納庫を後にするのだった。

 しかし、ここに来て慧は一つの疑問を抱く。

 

 (そう言えばあの機体、確かファルケンって言ったよな? じゃあ、何でそのアニマである彼女の名前は機体名と一致していないんだ?)

 

 

 ----------------------

 

 

 小松基地 旧日本空軍 掩体壕

 

 

 「あー……ここは?」

 

 「グリペンの秘密基地さ。私も時折彼女に許可を貰って使わせてもらっているよ。彼女が初対面の人をここに連れてくるとは珍しい」

 

 小松基地の外れにある松林の中。そこにひっそりと佇む旧日本空軍の設備の下で、地面に敷かれたビニールシートの上に座りながらゾーイは答えた。

 座っていた彼女は膝にグリペンの頭を乗せ、当のグリペンは頭を撫でられて心地良さそうに閉じていた目をうっすらと開けて、

 

 「ゾーイと慧の友達なら信頼できる。この場所、ベストスポット」

 

 とだけ答えて、天井にビー玉を透かす。

 辺りを見回して目に入った壁際に詰まれたお菓子や缶バッチの箱を見て、昔の自分を思い出しながらイオは訊ねた。

 

 「確かに格納庫にいた時みたいな喧騒は聞こえてこないな。静か過ぎて耳が痛いくらいだぜ……その箱は?」

 

 「室長がくれた。秘密基地の材料にしろって」

 

 「バレてんじゃねーか……」

 

 「でも、他の皆には黙っていてくれる。ぶっきら棒だけど、時々優しい」

 

 グリペンは仰向けから横に寝返ると、近くに置いてあった箱からまた別のビー玉を取り出してはそれを弄る。

 ゾーイはその間も、只優しく彼女の頭を撫でていた。

 

 「そいつも、お前にとっちゃあ大切な思い出の品って奴か……」

  

 グリペンに許可を貰ってからゾーイの隣に座り込むと、イオは箱から一つ瑠璃色のビー玉を手に取り、天井に翳して見せた。 



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4話 ダブル・トラブル

GAFアニメの声優を見てふと思ったのがシャンケル博士の「出でよ!! ブルーアイズ・ホワイトドラゴン!!」の声にライノがノリノリで青き眼の乙女からの青眼の白龍を召喚する構図でした

最近ネタでブルーアイズデッキ作ったのが原因かもしれない……


 小松基地 技本執務棟 グリペン、ゾーイ両機の飛行評価試験当日

 

 

 「どう言う……事だ……?」

 

 いくつものモニターに囲まれた部屋で、最初にそのセリフを発したのはバーフォードだったか、八代通だったか。それとも慧だったか、はたまたイオだったか。

 

 それは、グリペン、FALKEN両機の飛行評価試験当日の出来事だった。

 グリペン、FALKENの両機に課せられた評価試験の内容はいたってシンプル、佐渡島上空の指定されたコースを巡回し、途中に設置された無人ターゲット各々二機づつを撃破すれば試験合格だ。

 しかし、二機が一機目のバルーンを破壊し、周回して二機目に差し掛かろうとしたその時、

 

 「ザイ確認!! 航空機タイプ!! 機数3!!」

 

 「ここは東シナ海じゃないんだぞ、韓国軍は何をしていたんだ!!」

 

 「アンタレス隊、ADF-01ANM及びJAS-39DANM護衛の為、出撃準備に入ってください!! ASAP(可及的速やかに)!!」

 

 「それだけじゃ足りん。三沢のファントムも呼び出せ。あの娘ならすぐに駆けつけられるはずだ」

 

 「ダメです!! ドーター、アニマ共にメンテナンス中!! 出撃には最低一時間は掛かるとの事です!!」

 

 モニタールームに響き渡る怒声、悲鳴、怒声、悲鳴。

 その間も評価試験に立ち会っていたイオと慧は、今まで感じた事も聞いた事も無いような異様な雰囲気に呑まれ、ただ立ち尽くす事しか出来なかった。

 最終手段として米軍に本格的な救援要請を出すかを思案したその時、

 

 『私たちが行く』

 

 カメラ越しに確固たる決意の声が響いた。それは、グリペンが発したものだ。

 

 『目標はこちらでも確認している。三機くらいなら、私たち二機で対応できる』 

 

 「駄目だ、両機体には訓練用の装備しか積んでいない。他のアニマに任せろ」

 

 『グリペン。ここは私に任せてほしい。バーフォード、TLSを使おう。集束レンズが訓練用とはいえ、二発は撃てるはずだ』

 

 「まだ『気持ち悪い』のは来ていないんだろうな?」

 

 『肯定だ。今までよりずっと気持ちが良いよ』

 

 「……TLSの戦闘出力移行を許可する。これよりAntares04はBARBIE01の撤退を援護せよ」

 

 『了解。ありがとう』

 

 機体の状態を示すモニターの項目のうち、FALKENのTLS出力の項目が「Training(訓練用)」から「Militaly(戦闘用)」に切り替わると同時に、グリペンは反転して帰投を開始し、ゾーイのFALKENは旋回してアフターバーナーを吹かし、ザイの元へ向かう。

 ザイとの遠距離からの正面からの真っ向勝負(ヘッドオン)時に先に発せられたのは、FALKENの機首から伸びた赤い光だった。

 集束率を下げて威力を落とした訓練用のレンズを使っているとは言え、メガワット級の名前と出力は伊達ではなく、そのエネルギー量は健在である。

 ゾーイは思考制御でレンズをユニット内部で角度を調節し、ゆっくりとレーザーを薙ぎ払う。

 そして一機……二機のザイが火だるまに包まれ、爆散したのを確認した。

 

 『Antares04、二機の撃破に成功。残り一機は撤退。これよりBARBIE01撤退のカバーに入る』

 

 ゾーイのその報告に、モニタールームのあちこちから、安堵のため息が漏れる。

 残り一機のザイはTLSの長距離攻撃能力に恐れを為したか、反転して撤退を開始した。

 よしんば来られたところで、こちらにはあと一発のTLSと小松基地から出撃したMS社の誇る精鋭部隊、アンタレス隊が向かっている。彼らの腕前なら一機くらいは余裕で対処ができる。しかし、

 

 (正直、これ以上はキツイ、かな……) 

 

 既にゾーイの額には汗が流れ、表情も先ほどまでの余裕綽々のそれとはいかなかった。COFFINシステムを搭載し、新たに調節されたアニマ用のアクリル板の様な操作端末、NFIに置いた手が僅かに震える。

 これでも以前に比べれば随分と持った方だが、症状が完璧に消えた訳ではなかった。

 アンタレス隊がグリペンと合流するまで残り二分弱。そして、自分も三分程度あれば追い付くだろう。

 そうなれば磐石。そう思い、少しだけ気を抜いたその直後、異変は起きた。

 

 「BARBIE01背後に新手のザイが出現!! 数3!!」

 

 『っ!?』

 

 先程までは反応すら無かった撤退中のグリペンの背後に、突然三機の航空機型ザイが姿を現した。

 先の三機は、最大火力であるFALKENとグリペンを分断するための陽動部隊だったようだ。

 訓練用の弾頭しか積んでいないが故にザイに対しての決定打を持たず、回避行動に徹するグリペン。バレルロール、コブラ、スパイラルダイブ、どれも人間の操作では成しえない正確さと急加減速を組み合わせたマニューバだが、それでも振り切れない。ダメもとで正面に来たザイに機銃を発砲をするが、余裕の回避を見せられる。

 そして、恐れていた事態が発生した。

 

 「グリペンとのダイレクトリンクに異常発生!! ノイズ増大、EGGパターン、安定しません!! このままでは意識障害を起こします!!」

 

 「強制覚醒信号を送れ!! アンタレス隊はどうなっている!?」

 

 「あと一分三〇秒!!」

 

 もはや悲鳴にも近いオペレーターの声。急にコントロールが不安になるグリペン。グリペンの覚醒が困難と判断し、自動操縦に切り替わる。

 しかし、自動制御ではそう複雑な回避運動が出来るわけでもない。

 

 『TLS、二射目を使う』

 

 ゾーイは高度を上げたまま接近し、機首を下げてからFALKENのTLSを発射形態に移行させた。同高度での射撃はグリペンや応援に来る僚機に被弾する危険性が高いからだ。

 対象は捉えている。アニマ用に調整された超高感度センサーが拾う情報は、極めて正確だ。

 既に気持ち悪さは限界に近いが、あと一射撃つくらいは出来る。それで片づけて、その後は自動操縦で帰らせれば大丈夫であろう、と自分に言い聞かせて平静を保つ。

 背後からターゲットをロック、そして発射しようとトリガーを引いた時、コンソール中央のモニターが警告音と共にエラー表示を吐いた。

 TLSが、発射されていない。

 

 『どう……して……っ!!』

 

 限界を迎えたゾーイがコンソールに突っ伏す刹那、中央コンソールに映った機体の自己診断プログラムがエラーの箇所を示した。

 エラーを吐いていた箇所はTLSユニット、正確にはその集束レンズパーツ。そのレンズが、熱量に耐え切れず溶解しているのだ。

 一射目を放つ時に無理やり威力を持たせようと、集束率の低い訓練用レンズに規格外の出力を流し込んで放ったのが原因だった。

 自分の不覚を呪いながら、ゾーイは意識を失う。

 

 「どう言う……事だ……?」

 

 「ゾーイ!!」

 

 「二人とも意識他界系女子やってる場合かよ!? 何とかなんねぇのかよ、おっさん!!」

 

 「アンタレス隊、到着まであと1分!!」

 

 「誰でもいい、二人を助けてくれ……っ!!」

 

 もはや絞り出すような、悲鳴に近いオペレーター達の声。

 その不安と恐怖に拍車を掛けるように耳障りなアラート音が鳴り響く。徐々に感覚が狭まるそれは、まるで死へのカウントダウン。

 誰もが絶望の淵から底に落ちかけた、その時、

 

 『あーあ、もう仕方ないなぁ……助けてあげよっか』

 

 『ちょっとぉ!! せっかくイーグルがカッコ良く決めようとしてたのに~!!』

 

 場違いなほど明るい声が、コントロールルームに響き渡った。

 声の主は二人だった。一人は明るくやや舌っ足らずで幼い声。そしてもう一人は、華やいだ明朗な声、そしてそのどちらも少女の物。であれば、まともなパイロットの物ではなく----------

 

 「なんだ、あの二機は……」

 

 太陽の中から姿を現したのは、二機の戦闘機だった。

 一機はまるで太陽のように光り輝く山吹色、そしてもう一機は空のように鮮やかなサファイアブルー。後者の機体には機体下部に空中給油用の大型増槽が取り付けられていたが、ザイがこちらに気付いたと同時にそれらをパージ、チャンスを逃すまいと戦闘機動に移る。 

 突然の襲来にザイは対応しきれず、必死に回避しようとするが

 

 『FOX2!!』

 

 『FOX2!! いっけ~!!』

 

 完全に奇襲に成功していたサファイアブルーのF/A-18Eが一発、サンライトイエローのF-15Jが二発の赤外線ホーミングミサイルを放つ。

 噴煙、射出、命中、爆発。

 つい15秒程前までの絶望的な空気は、二機の登場とたった三発のミサイルを持って打ち砕かれた。

 その機体を見た八代通が、忌々しげに呟く。

 

 「出番を見計らっていたな、目立ちたがり屋め」

 

 「日本の持つもう一機のアニマ、F-15Jですか。しかし、何故あの機体が……?」

 

 その隣を飛ぶ青い機体を見て呟いたバーフォードの疑問に答える者は、この場にはいなかった。

 

 

 --------------------------------

 

 

 小松基地 兵舎付近

 

 

 「……はぁ、疲れた」

 

 イオはその後、調整設備に運び込まれた意識不明に陥ったゾーイとグリペンを見送ってから、マーティネズ・セキュリティー社の面々に宛がわれた宿舎の自室に帰宅しようとしていた。

 二人が無事……とは言わないが、帰ってきたこと自体は喜ばしい事だろう。しかし、MS社管轄のゾーイはともかく、結果を出せなかったグリペンはこのままでは廃棄処分確定コースだという。

 そして、気を重くしているイオに畳み掛けるかのように、予定を早めて本日新たに小松に着任したF-15Jのアニマ、イーグルの相手を八代通の代わりに勤めさせられ、イオは心身共にくたびれていた。

 曰く、「この基地じゃあ珍しい金髪同士、仲良くやれるだろう」との事だ。

 

 「悪い子じゃ無いんだろうけどさぁ……あん?」

 

 兵舎まであと少しというところで、イオはブーツに何かが当たったのを感じて足元を見る。

 夕日に照らされ光るそれは、劣化からかチェーンの千切れた銀細工のロケットだった。

 

 「ロケット? 何でこんな所に?」

 

 イオはそれを拾い上げると、まじまじとそれを見た。

 特に変哲のない、表面には鷲の形が彫られているそれは、随分と年季物なのか所々に傷が入っており大分傷んでいた。裏返すと、こちらは後から自力で彫ったものなのか、乱雑に英語で『Fu○kinFate(運命なぞ、糞くらえ)』と彫られている。少なくとも持ち主は男性だろう。

 兵舎の近くに落ちていた事だし、受付にでも届けるかと踵を返したその時、

 

 「ねぇ~!! ちょっとそこの君~!!」

 

 突然、聞き覚えのない少女の呼び止められて振り向いた。

 どこかの軍服なのか、襟章の付いた白いシャツに黒のタイとスカート姿の、自分と同じかそれ以下の年頃の青い髪の少女は、走って詰め寄ると間髪入れずグイッと踏み込み、

 

 「あたし、今すっごい探し物してるの!! これぐらいの大きさの銀色のロケットなんだけど、この基地に来た時に無くしちゃったみたいで……ねぇ、君。心当たり、無いかなぁ?」

 

 「お、おぅ……もしかして、こいつの事か? 今、そこで拾ったんだけどよ」

 

 顔立ちの整った可愛らしい少女に詰め寄られ、至近距離で身振り手振りで落し物の詳細を説明される度に、柑橘系の香水の匂いが鼻をくすぐる。

 その状態を照れくさく思ったイオは少女から目線をそらし、鼻頭を掻きながらも今しがた拾ったロケットを少女に見せた。

 

 「そうそう!! それそれ!! 良かったぁ~、見つかって……あ~、チェーンが千切れちゃってるのかぁ。新しいやつ、買わないとなぁ……」

 

 「随分年季物みたいだけど誰かの形見、とか?」

 

 「うーん、ちょっと違うかな? あたしがあたしであるために必要な物っていうか、うん。そんな感じ」

 

 少女は一人納得したように頷くと、イオから返却されたそのロケットを大事そうにギュッと抱きしめる。

 どうやら、相当思い入れのある品らしい。

 

 「じゃ、じゃあ、探し物も見つかったみたいだし、俺はこの辺で失礼するぜ」

 

 「……あっ!? ちょっと待って!!」

 

 少女はロケットの中を開き、その写真を見ると何かを思い出したのか、再びイオに詰め寄る。今度は、さっきよりも深く抉り込むように。「むむむ……」と大きな青い瞳がイオをじっくり品定めする。気恥ずかしさからイオが再び視線を逸らした数秒後、少女はハッと我に返ると今度は先程までの溌剌した表情とは違う、トロンとしたどこか穏やかな笑みを浮かべた。

 

 「そっかぁ……君だったんだぁ……」

 

 「? それってどういう---------------」

 

 事だ? の部分は発することが出来なかった。顔をか細い指でそっと引き寄せられ、その唇の上に、彼女の唇で重ねられていたからだ。しかも長く。それが挨拶代わりの物ではない事に気が付くのは、唇が重なり合ってから実に十秒後だった。

 思考がフリーズする誰だ初めてのキスはレモンの味がするとか抜かした奴はこれはとてもだがこいつはそんなもんなんかじゃねぇしかも男からじゃなくて向こうからされるとかいやそれはそれで野郎の本懐ここに極まれりというかしかしなんだこの説明しがたいいい匂いは絶対いいシャンプー使ってるだろこれというかやばいそろそろ離れないと理性壊れ---------

 

 「ぷはっ」

 

 ようやく解放され、少女はイオから一歩距離を置く。

 どれくらい時間が経過したかは、イオには分からなかった。オーバーフローする気恥ずかしさと共にもうちょっとあのままでも良かったかもと思う自分がどこかにいるのが、何とももどかしい。

 まだ思考が混乱状態から回復しきっていないイオは、しどろもどろになりながら訊ねる。

 

 「え、えーと……い、今のは?」

 

 「ゴメンね、嬉しかったから、つい。だってやっと会えたんだもん、君に」

 

 青い髪を夕日に照らされた少女は、悪戯そうな笑みを浮かべて片目を閉じ、舌を出した。

 




ライノ救済計画、及び四巻購読、開始


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5話 気まぐれなオーダー

タイトル回収回……?




 

 「つまり、今回の米軍のアニマの我が隊への配属はあなたが原因……という事ですか? 『社長』」

 

 評価試験の一件から数日経過したある日の夜、バーフォードは本国にあるマーティネズ・セキュリティー社本社から掛かってきた秘匿回線との通話に応じていた。その面向きは、まるで作戦前かの様にどこか慎重である。そんな彼の心情を知って知らずか、『SOUND ONLY』と記された端末からは、マーティネズ・セキュリティー社現社長の気楽そうな声が響く。

 

 『えぇ、そうよ。とは言っても、私はただドクター・シャンケルに『日本のアニマと行動させた方が面白い研究結果が出る』とアドバイスしただけなのだけれど』

 

 「その発言一つだけで彼や軍が動いたかの真偽はここでは探りませんが……またいつもの『占い』ですか?」

 

 『あら、私が八卦占いを外したことがあったかしら?』

 

 「………」

 

 バーフォードは押し黙るしかなかった。この妙齢の女社長は、五年前のゴールデンアクス計画と多国籍治安維持軍が癒着していた事をいち早く占いで察していたのだ。実際に調査をさせたところ癒着は事実で、それが基で事件収束後にIUPFは解散、計画に出資していた上層部の首がすごい勢いで跳ね跳んだらしい。

 それからも彼女の『占い』は、一度も的を外したことが無かった。お蔭で、MS社はもはや小国の軍隊と変わらないほどの戦力を持つ規模に成長したのだ。今思えば、上海での中国空軍との合同演習の仕事を貰ってきたのも彼女で、旧Antares01ことグラハム・ケープフォードFALKENと言う無視できない犠牲こそ出たものの、そのおかげで実に百数十万人単位の命が救われている。

 

 『一応期間は二か月と言ってあるわ。研究結果によっては多額の報酬も約束するそうよ』

 

 「その二か月間、我々の部隊で面倒を見ろと……? ゾーイの件でまだ四苦八苦している我々に?」

 

 『そうねぇ……あの機体の元が、グラハムの機体だとしても?』

 

 「それは……本当ですか?」

 

 『えぇ、軍の開発部門上層部にちょっとばかりの『お小遣い』をあげて調べさせたわ。そしたらあのドーターの元になった機体、かつての我が社のエースパイロット、グラハム・ケープフォードが海軍所属時代に使っていた物だって言うじゃない』

 

 「因果……ですな。そのアニマは現在、わが隊の臨時隊員(パートタイマー)と非常に懇意にしています。ドクター八代通の検査によると、本国にいた頃より安定していると」

 

 『……その話、詳しく聞かせてもらえる?』

 

 

 --------------------------

 

 

 アメリカ合衆国 マーティネズ・セキュリティー社 本社 社長室

 

 

 『-------以上が、私の知る限りの状況です』

 

 「そう……そんな事が……」

 

 街を一望できる高いオフィスビルの最上階、その社長室で社長と呼ばれる妙齢の女性は、高価な革製の椅子にもたれ掛かった。

 まるで胡散臭い占い師のように羽飾りやらを多用した民族衣装を着こみ、左目には眼帯が宛がわれている。

 そんな怪しさ満点の胡散臭い恰好をしている女性こそ、MS社の現社長であった。

 

 「報告ご苦労様、そちらはもう夜遅いのでしょう? おやすみなさい」

 

 社長はそうとだけ告げると、通話を終了し、椅子を180°回転させて空を見上げる。本日のアメリカ本土の空は、生憎の曇り模様で一面が灰色に覆われていた。その彼女の後ろ姿は、どこか気落ちしているようにも見える。

 

 「お主も、妙な因果を引き当てたものよのぅ」

 

 そんな社長に声を掛けた人物がいた。声の主は社長室の机の上に座り、両足をブラブラとバタつかせている。髪は灰色のアッシュブロンドで瞳の色も同様、背は低く体も発育していないが、人形のように愛くるしく可愛らしい姿とは裏腹に口調は尊大、しかもその身に纏うのは那覇のバイパーゼロもびっくりの高級シルク製ホワイトロリータファッションである。どう見ても小学校高学年程度にしか見えないが、不思議と威厳だけは漂ってくるという、なんとも不思議な雰囲気の少女だった。

 

 「別にいいのよ、リューコ。状況は私が『視えた』物より悪くないわ」

 

 「カッカッカッ!! そのまま、儂の出番が最悪な形(・・・・)で来ないことを祈っておるわい。オーレリア(・・・・・)最高戦力、南十字星の力を見せつけられないのは残念じゃがな……そうじゃ!! 儂のドーターはいつになったら調整が終わるのじゃ!?」  

 

 「あと一週間は我慢して頂戴。あなたの機体はオーパーツ同然のワンオフ機体とは言え、基礎設計が40年前のポンコツなことに変わりは無いのだから」

 

 「ムキーっ!! これでも戦闘機一個小隊で国を開放に導いた伝説の一機じゃぞ!! 調整なぞ無くとも、そうそう若僧に遅れは取らんわ!!」

  

 ぷんぷんと言った擬音が似合いそうな可愛らしい形相で怒る、リューコと呼ばれた少女。彼女もまた、アニマの一人だ。

 オーレリア、それは今のEUの母体となった連合国群である。今から40年ほど前、まだドイツという国名が存在しなかった頃、内戦の多いその国の名はレサスと言った。

 隣国群であるオーレリアに食糧購入を目的に支援金を拠出させるが、レサスはそれらを全て軍備の増強に流用したという裏事情がある。内戦終結の翌年、レサスは突如としてオーレリア侵攻を開始、一時はオーレリア領土の95%を制圧するが、一部のオーレリア空軍部隊の蜂起をきっかけに大規模な反攻を受けた。

 その反攻の先陣を切ったのが----------

 

 「グリィフィス隊のX-02 Wyvern……いえ、今はX-02S Strike Wyvernだったわね、リューコ」

 

 「改めてどうした? まさか、今更怖気付いた訳ではあるまいな?」

 

 「それは無いわ。私は最悪(・・)を迎えさせないためにこうしているんだもの。けどね」

 

 社長はそこで一度言葉を切ると、気落ちしていた表情を改めてから、雲の隙間から覗く一筋の太陽の光を見つめる。

 

 「それ以前に私は、自分に都合の悪い運命だの天啓だのを、足掻かず諦めてホイホイ受け入れる奴が大嫌いなのよ」

 

 

 --------------------------

 

 

 

 小松基地 隊員食堂

 

 食事とは、生物が生きる限り決して切り離せない文化である。例えそれが平時でも戦時中でも、それは変わらないであろう。その証拠にお昼時である現在食堂は人間、アニマを問わずに入り乱れている。

 イオもその一角で食事を摂っていた。対面に座る、サファイアブルーの髪色の少女と共に。 

 

 「箸が進んでないぞ~、イオ隊員」

 

 「当たり前だぜ……突然シミュレーターで勝負しようとか言い出すかと思えば、只の人間がドーターの本気のHimat機動に付いていける訳ねぇだろうよ……」

 

 「でもあたし、一回倒されたよ~? レーザーのまぐれ当たりとは言え」

 

 「それでも俺は十戦一勝。まさか慧の時とは立場が逆転するなんて、考えてもみなかったぜ……」

 

 疲れからか食欲の少ないイオを頬杖を突き、悪戯そうな笑みを浮かべながら見つめるライノ。

 アメリカ海軍最高戦力であるはずの彼女はMS社社長の意向で、二か月の期限付きでM42飛行中隊に借り受けたのだという。 

 初対面の彼女にいきなりキスをされてからはや数日、彼女の持ち前の明るさや社交性もあってか、いつの間にかMS社や小松基地の面々の中に自然と溶け込んでおり、特にイオとは自然に交友する仲となっていた。

 子供っぽいイーグルの扱いにも長けており、動作の安定しないゾーイにも気を遣う等アニマ同士のギクシャクも見られない。

 明るさと気遣いを兼ねた、大人っぽい少女。

 気兼ねなく話せる間柄ではあるのだが、そんな事の出来る異性が今現在ほぼアニマしかいない事に気付き、イオは嘆息する。

 しかし、彼の視線は現在、彼女が首から下げている年季の入った銀細工のロケットに注がれていた。

 

 (それにしても……何でこいつは俺の写真を持ってやがるんだ? ありゃあガキの頃、久々に親父が帰ってきた時に撮ったやつの気が-------)

 

 当然、視線の方向の先には彼女の胸もある。それ程大きくはないが、白いシャツの上からでも形が分かる程度にはある方だ。

 イオの懐疑の視線に気が付いたライノは頬を赤らめ、わざとらしく手を交差させて胸を隠すと

 

 「……エッチ」

 

 「なぁっ!?」

 

 イオの脳髄に電撃……いや、雷撃が走った。ショック的な意味で。どうやらいらぬ誤解を招いたらしく、その誤解を解こうとあたふたするが-------------その昼食の喧騒を掻き消すほどの轟音が、小松基地内に響き渡った。

 

 『……こちら小松管制塔、現在スクランブルが発令されています。空港内の全機体は移動を中止しその場に待機してください。繰り返します-------』

 

 それは紛れもなく、ザイの襲撃を示す警報だった。  

 

 

 ---------------------

 

 技本モニタールーム

 

 「現在、本土に向けて多数のザイが進行中。機数確認。重爆クラス2機、戦爆連合(ストライクパッケージ)!!」

 

 「アンタレス隊は自衛隊と共に出撃、これを援護して下さい」

 

 技術棟本部のモニタールームは、日本の持つアニマとアンタレス隊の持つアニマの指示、運用に追われひっきりなしに電子音と確認と指示の声が飛び交う騒然とした空間になっていた。

 途中で出撃するからとライノと別れたイオはそのままモニタールームに向かって走っていると、その途中でグリペンを連れた慧と合流、そのまま三人そろって入室する。

 

 「おう、来たか。小僧二人組も」

 

 「来たか……って、それだけですか」

 

 「お前の行動は大体察しが付く。大方グリペンを連れ出そうと不法侵入でもしたんだろう。別に驚くようなことじゃあない」

 

 さらっと慧の犯罪行為を水に流す八代通。

 その間にも戦況は刻一刻と変化し、海自防衛ラインに迫ったザイに向けて護衛艦隊が対空ミサイルを発射する。しかし、損害は僅か一機のみで、その後のカウンター・アタックで瞬く間に艦艇の反応が消えていった。

 その間にも発進準備が整ったのか、正面大型モニターの右端に二枠のウィンドウが出現する。

 

 『BARBIE02 クリアード・フォー・テイクオフ!!』 

 

 先に飛び出したのは、場違いなほどに明るい声の持ち主の少女、イーグルだった。それに続いて出撃準備の整ったライノが滑走路に移動する。

 

 「Saphir01間もなく離陸に入ります!!」

 

 「こんな形での初仕事になるが、米海軍最大戦力の力を存分に振るってもらえるかな? お嬢ちゃん」

 

 『まっかせてよね~、バーフォード中隊長。あと、イオによろしく~!! Saphir01クリアード・フォー・テイクオフ!!』

 

 その直後に基地を発進するライノの青いF/A-18。

 だが、そこで誰もが疑問に思った。30秒待ってから数え直しても、出撃したドーターの数が一機足りない(・・・・・・)

 その原因を調査しようと、格納庫に呼びかけようとするが……

 

 『こちら第三格納庫!! FALKENのアニマが突然コックピットで意識を失った!! 至急指示を求める!!』

 

 返事は向こうから来た。それも思いがけない物が。

 モニターの一角に示されたFALKENのコックピット内部の映像には、ゾーイが座ったまま意識を失っている。

 

 「くそっ!! こんな時にまた気絶か……!!」

 

 「またって……あれに換装してから戦闘機に乗っても1時間は戦えるようになったんじゃないのかよ!?」

 

 「確かに前よりは大幅に活動時間は伸びている。しかし、気絶のパターンが変化しただけで、今度はグリペンにより近い不安定な物になっちまった」

 

 何という事だ。

 半ば強引に調整に付き合わされた慧とは違い、イオは自分の父親の形見を載せた戦闘機がザイを落とす瞬間をこの目で見るために、自分の意志でここにいるのだ。それ故にその事に対してのショックは人一倍大きかった。

 その間にも自衛隊の損害は広がっており、ドーター二機も善戦してはいるが、戦況は一向に覆らない。

 じゃあ俺は何のために、ここにいるんだ……っ!!

 

 「仕方ない、ゾーイを下ろせ!!」 

 

 「おいおっさん!!」

 

 イオはその内に秘めた衝動から、こんな提案を出した。

 

 

 

 

 「俺をFALKENに乗せろ(・・・・・・・・・・・・)!!」

 

 

 

 

 その言葉に、不意に静かになるモニタールーム。だがその静寂を破ったのは、バーフォードの鉄拳だった。

 その威力に怯えたグリペンは慧に身を隠し、慧もそれを直視できず目を閉じる。

 相当強く殴ったのか、吹き飛んだイオの口の端からは血が出ていた。 

 

 「グラハムの息子だからと大目には見ていたが、ヒーロー気取りも大概にしろよ、小僧。ここはもう戦場なんだ。お前の甘ったれた勘違いヒロイズムが通用する様な空間じゃない。確かに間近で見させてやるとは約束したが、ど素人のお前が出撃した所でどうする気だ?」

 

 「決まってる……奴らを、俺がぶっ倒す!! 俺ならアイツは使える!!」

 

 「その700時間の仮想訓練だけで、戦場を生き残れると? 第一、あれは無人機用にチューンされていてもはや別機体だぞ」

 

 「それこそアレに乗ったことの無えど素人よりマシだろうが!! 前進翼でいくらかマシとは言え、図体はデカいわ自重は重いわ、ドッグファイトするには碌なことがねぇ欠陥機だぞ!! いくらエースパイロットがいようが、慣らしに100時間なんざ掛けてたらその間に全部お釈迦だ!! この基地も、俺が住んできたこの街もな!!」

 

 「………」

 

 一瞬の静寂、だが、彼の言葉は着実に影響を与えていた。

 

 「例え訓練が仮想上でも、この中じゃあ、俺が一番上手くあの機体を使える。その自信はある!!」

 

 口の端をぬぐい、立ち上がって叫ぶイオの姿に、バーフォードは彼の父、グラハムの姿を不意に重ねていた。

 無駄に自信家でお調子者。しかし、やると決めたからにはそれを曲げない確かな意志の強さ。

 どうしたものかと思考を巡らせていた時、彼のそれに賛同したのは意外な人物だった。

 

 「良いじゃないか、バーフォード中隊長。俺も青臭い正義感は嫌いじゃあない」

 

 「ドクター八代通……」

 

 「金髪小僧のシミュレーターのデータは見させてもらった。今日なんか凄いぞ。あの米海軍最強戦力のアニマをTLSのまぐれ当たりとは言え倒しやがった。部の悪い賭けだが、勝機はゼロじゃあない。あとはまぁ、気合と根性で補えば何とかなるだろう」

 

 「科学者と言う割には、随分非科学的な物言いですな」 

 

 「せめてロマンチストと言って貰いたいものだね」

 

 八代通はそう告げると、再び紫煙を吐く。

 すると、今度は慧にその視線を向けた。

 

 「小僧、お前はどうする? グリペンと二人揃って逃げるか?」

 

 「慧。私、飛ぶよ」

 

 そして、ここに確かな意思を秘めた者が、もう一人。

 グリペンは慧の陰から身を出して一歩進む。

 

 「イオも言ってたけど、私もこの基地や町が、思い出が無くなるのは、嫌だから」

 

 「だがお前は不安定だ。空に上がったら確実に死ぬぞ?」

 

 「それでも、だとしても---------」

 

 あぁ、くそっ、一人の女の子がここまで決意しているのに、俺はいったい何をしているんだ……っ!!

 

 「俺も行きます!!」

 

 そしてまた、少女の決意に寄り添った者が一人。 

 

 「俺がグリペンと一緒なら彼女は安定して戦える、そうですよね!? だったら座席の後ろにでも放り込んでおけばいい!! そうすれば例え俺が意識を失っても、ギリギリまで彼女の覚醒時間を延ばせる……違いますか!?」

 

 「慧……」

 

 「お前だけに良いカッコはさせられないからな、イオ」

 

 「ったく、どいつもこいつも……」

 

 八代通は頭をクシャクシャとかき乱すと、再び煙草に火を付ける。

 しかし、その表情はどこか満足げなもので、肉付きの良い頬が歪み、薄く笑っていた。

 

 「お前たち、最後確認として言っておくが、死ぬ覚悟は出来ているんだろうな?」

 

 「あぁ? ねぇよそんなもん。何せ、俺たちは死ぬ気が無いからな!!」

 

 「ガキが調子の良いことを言いやがって……おい、グリペンとFALKENを出すぞ!! コックピットの改修準備、急がせろ!!」

 

 八代通は肩を竦めると、すぐに格納庫に連絡を回すのであった。

 両機のテイクオフまで、あと10分。そして戦況は、再び動き出す。




次回、ようやくまともなドッグファイト突入!!


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6話 Vigilante

小松基地 第三格納庫

 

 「良いか? 基本はシミュレーターとそう変わらん。ただしBVRAAM(ミーティア)の代わりに五連装ロケット弾ポットを付けておいた。コイツは起爆時の爆風でダメージを与える装備だから、誘導は無いものと思ってくれ」

 

 「了解了解ぃ~!!」

 

 モニタールームでの一騒動から早数分、出撃準備の最終段階に入っていたイオと慧は、整備員から装備などの説明を受けていた。二人の服は飛行服の上にフライトベストや耐G服を身に着けており、スロットルと操縦桿の感触を確かめる。

 突貫工事でタンデム仕様に改修されたFALKENのコックピットは元々やや広めではあったが、所詮は一人乗り用の設計なので、横に駐機している元来二人乗りの設計であるD型グリペンよりもスペースに余裕は無い。何とか増設した後部座席にNFIを中心としたアニマ用インターフェイスを押し込むような形で集中させ、イオの乗る前部座席はどうにかシミュレーターとして使っていた頃と同じ計器の位置や設定に戻すことが出来た。

 

 「済まない、イオ。まさか君に託す事になるとは……」

 

 イオの搭乗と同時に意識が回復したゾーイは、後部座席でNFIに手を置き、イオを同乗させた状態でのドーターとの接続の最適化作業を進めている。意識こそ回復したものの戦闘中の何所で気絶するかは分かった物ではなく、今回は後部座席で照準の補佐やミサイルの誘導制御などのサポートに徹する事にしたのだ。そんな彼女の申し訳なさそうな声に、イオは気にするな、と答える。

 それと同時に機体の最終確認が終わったらしく、ベルトと酸素マスクの装着を終えたイオが整備員にサムズアップを送るとタラップが取り外されて天蓋装甲が閉まり、一瞬視界が閉ざされるがすぐに全周囲モニターに灯が入ると、全周囲360度の外の光景が、肉眼で見るのと変わりない程鮮明に映し出される。まるで、自分の座った椅子が宙に浮いているかの様だ。

 それもその筈、アニマ用のコックピットインターフェイスの雛形であるCOFFINシステム採用型のコックピットは、座席その物を後方から伸縮するアームで支える形式を取っており、本当の意味で座席が宙に浮いた状態にあるのだ。

 伸縮アームで衝撃を緩和する事により、パイロットに掛かるGを軽減しているため、通常のコックピット搭載機体と比べてパイロットの限界値は高い。

 

 「Antres GhostよりBARBIE01。どっちが多くの敵を仕留められるか勝負と行こうじゃねぇか。負けたらランチ奢りな」

 

 『こんな時にも勝負かよ……それに、こっちは俺が直接操縦する訳じゃないんだぞ?』

 

 『だからその勝負、私が受ける。私が勝ったら一週間昼食イオの奢りで』

 

 「了解だ。ま、気楽に行こうぜ」

 

 機体を滑走路に移動させながら軽口を叩くイオだが、その声は僅かに上ずっていた。いくらシミュレーションでは慧より好成績だったとは言え、アレにはGが乗らない。つまり、これから飛ぶ時の感覚は、今までの自分にとっては完全に未知の物だ。

 その後誤魔化すかの様にせっせと管制塔とのやり取りを済ませるイオだが、その上ずりを聞き逃さなかった慧は、やや呆れながら返す。

 

 『声が上ずってるぞ、イオ隊員』

 

 「へっ、言ってろ。Antres Ghost クリアード・フォー・テイクオフ!!」

 

 その友人の茶化しに多少調子が戻ったのか、イオは笑ってスロットルレバーを握り締めるとそれを全開に倒して加速した。自重の重いFALKENに満足な機動力を与えるべく搭載された、只でさえ通常戦闘機からすればかなりの大型エンジン、加えてドーター用に更なるチューンナップが施された文字通り化け物級の規格外出力から来る暴力的な加速時のGがイオを襲う。座席に押し付けられるかの様に僅かにのけぞるイオだが、その表情は笑みに満ち溢れている。瑠璃色の鷹が今、飛翔した。

 

 (堪らねぇぜ。コレが本物って奴か……っ!!)

 

 今まで体感した事の無い感覚に、まるで新しい玩具を手に入れた子供のような無邪気な笑顔を浮かべるイオだが、離陸して間もなくレーダーが防衛線を突破してきた敵機を捕捉する。数は1、通常の戦闘機型だ。下に搭載された大型爆弾を除けば。

 

 「そのイチモツで滑走路をぶち抜こうってか? だが遅ぇ!!」

 

 イオはそれを見るや、すぐにTLSを発射体勢に移行。機首を構築するユニットが上にスライドし、大型の化学レーザー砲が姿を見せる。

 コンデンサーにチャージは完了している。すぐにトリガーを絞り、発射。空に一筋の光条が描かれる。

 ザイはその思わぬ先手に面食らったのか、初撃を回避をするとこちらを通り過ぎて後ろに付こうとする。しかし、それを予測していたイオは先に機首を動かす準備をしており、エアブレーキを全開にして急激に失速、その後に機体を旋回させる、所謂マニューバ・フックを敢行し、その照射したまま(・・・・・・)のレーザーで空間を薙ぎ払う。最大200秒の照射時間を持つ武装故に許された、攻撃を出しっぱなしでの旋回行動。回避し切れなかったザイは機体下部に搭載された大型爆弾にレーザーが当たると、その爆発に飲み込まれて爆発四散した。

 

 「一機……撃墜!! そいつをかますなら俺が上がる前にやるんだったな!!」

 

 撃墜したザイに中指を立てて吼えるイオ。

 いくらエンジンを強化しているとは言え、FALKENは他の機体と比べると非常に大きく重たいので、どうしても離陸には滑走路を最大限に使わなければならない。

 あの爆弾で滑走路に穴でも開けられていたら、短距離離陸の出来るグリペンはともかく、この機体は空に上がる事すら出来なかっただろう。

 

 「さぁ、先を急ごう。もうすぐグリペン達も追いつく筈だ」

 

 リミッターにより自動的に照射の終わったTLSユニットを収納し、インテークから空気を取り込んでのモジュールの空冷を開始。機体を再びマニューバ・フックで旋回させ、ゾーイが残弾とTLSのレンズの不具合が無いかを確認すると、アフターバーナーを全開にして日本海側の防衛戦線へと向かった。

 

 

 ----------------------------

 

 

 日本海上空 防衛戦線

 

 

 「あぁ~もう!! しつこいしつこいしつこい!!」

 

 撃墜される自分と同型の機体である自衛隊のF-15Jを横目に見ながら、イーグルは後方から迫るザイに対し回避行動を取りつつ目の前のザイに機関砲弾を浴びせる。撃破。その背後のザイはライノがカバーに入り、太陽を隠れ蓑にした蜂の如き一刺しが襲い掛かる。

 

 「後ろが疎かだよ~、撃墜対被撃墜率(キルレシオ)117!!」

 

 「むぅ~!! またイーグルの手柄を横取りする~!!」

 

 「撃墜されたら元も子もないよ。それにしても、この数はちょっとばかり厄介だね」

 

 ライノが改めて戦況を確認する。その声には先程までの余裕は掻き消えていた。

 現在こちらの残弾は機銃弾320、AAM三発。イーグルも似たような物で、味方の自衛隊戦闘機の数は既に半分を割ろうとしている。何らかの対策を講じているのか、三機で追い込むようにしてザイを一機づつ倒していくアンタレス隊も、既にEPCMの影響でパイロットの五感に危機が生じ始めている。あまり長時間の戦闘は期待できないだろう。

 そんな時だった、この戦場に来る筈のない少年の声が、全チャンネルお構い無しに聞こえてきたのは。

 

 『BARBIE01より出撃中の各機へ!! 合図と同時に一度散開して戦線を後退、編隊を組み直してくれ!!』

 

 「この声は……鳴谷慧?」

 

 『Ghostの馬鹿が長距離砲撃(・・・・・)をしやがった!! 早く退避しないと巻き込まれるぞ!!』

  

 『着弾予測コース、転送』

 

 その直後にグリペンからのデータリンクで生存していた全機体に送られる予測射線のデータ。それは間違い無く現在日本に向けて進行中の重爆撃型ザイに向かって伸びているのだが、問題はその太さだ。威力の効果範囲はレーザー本体よりも広い。レーザー兵器の内包する熱量は伊達ではなく、その本体はおろかその周囲にも膨大な熱を撒き散らす。もし主翼に掠りでもしようものなら、電磁パルスによる加熱で燃料に引火しかねない。通信を聞いてギョッとしたAntares01が、自衛隊各機に「馬鹿っ!? 全機、直ちに散開せよ!!」と大声で訴えている。

 その間にも無慈悲に進む着弾までのカウントダウン。

 

 着弾まで、5……4……3……2……1……着弾。

 

 膨大な熱量を持った、一筋の赤い光が先程までの戦場を薙ぎ払う。後退した自衛隊機体を追撃しようとしたザイが五機ほどその熱線に焼かれ、まるで製造途中のガラス細工のように溶けて爆発し、その先にいた重爆撃型ザイにも着弾、横にジリジリとレーザーが動き、ガラスが焼け爛れたような弾痕が穿たれる。それから数拍を置いて内部から爆発、侵攻スピードがガクッと落ちた。

 

 「たった一射で……足を止めやがった……っ!!」

 

 「何アレ!? ずっるーい!! イーグルにも欲しーい!!」

 

 「後方より友軍機接近!!」

 

 その威力に戦慄する自衛隊戦闘機パイロット、羨ましがるイーグル。それに続くかのように後方からの友軍機接近の報告。

 機体識別は『BARBIE01』と『Antres Ghost』。青き(FALKEN)と、真紅のグリフォン(グリペン)だ。 

 先行した瑠璃色のFALKENはアフターバーナーを全開に吹かし、グリペンもそれに追いすがり、その間にも随所にHimatを織り交ぜた機動でザイを撃墜していく。

 

 「隊長!! あれは……っ!!」

 

 「知らん、何も聞いてないぞ!!」

 

 編隊を組み直し、士気を取り戻しかけた自衛隊を他所に、アンタレス隊は今まで見てきたFALKENの動きとは違う事に驚きを隠せずにいた。確かに、今までゾーイに重爆撃型の排除をあの様な形式で任せた事はあったが、それは自分達のようなレーザー兵器がどう言う物かを理解している僚機と組んだ上で、しかもあらかじめ立てられた作戦があるからこそ初めて成せる業だ。つまり、パイロットがゾーイであれば、あの様な味方を巻き込みかねない攻撃は絶対にしない。

 と言う事は、あのFALKENには一体誰が……

 

 『いぃぃぃいやっほぉぉぉおおぅ!! 見たか!? 一射で五機撃墜!! デカブツにも大ダメージだぜ!!』

 

 その通信と、同社の機体同士で行われた専用のデータリンクから送られた情報を見て、Antares01は心の中で頭を抱えるのであった。

 

 

 -------------------------

 

 

 「いぃぃぃいやっほぉぉぉおおぅ!! 見たか!? 一射で五機撃墜!! デカブツにも大ダメージだぜ!!」

 

 TLSを遠距離から最大出力で発射し、五機の戦闘機型ザイを巻き込んで撃墜した上に肝心の主要目標である重爆撃型にも大きな損害を与える事が出来た。TLSはオーバーヒートの為20秒ほど冷却が必要だが、大した問題ではない。

 イオはその攻撃を、ゾーイが随時更新する戦線にいるアニマとのデータリンクから得られる情報を見てから、撃つならここしかないと直感のみを信じ、友軍に警告する間も無く放っていた。結果的に味方を巻き込む事無く敵に大損害を与えられたが、味方からの顰蹙は買われかねないだろう。

 

 『おい、イオ!! いくら何でもやり過ぎだ!! 自衛隊の人に当たったらどうする気なんだよ!?』

 

 「お行儀良く事前警告でもしろってか? その間に勘付かれて避けられちまうだろうが!!」

 

 彼の言う事も一理はある。敵はこちらが超遠距離からのレーザー攻撃手段を持っている事は知っていると見て間違いなく、ドッグファイトを繰り広げている途中で露骨な散開でも披露すれば、それをザイに勘付かれて回避される事は想像に難くない。いくらドーターが一般の戦闘機より高い戦闘力を持っているとは言え、元々機動力はあちらの方が上なのだから。いずれにせよ手前勝手な意見ではあるのだが。

 

 「メンタルチキンは引っ込んでろ!! 征くぜ!!」

 

 そう言ってアフターバーナーを吹かし、更に先行してしまうイオ。いくらCOFFINシステムを採用したコックピットの耐G性能が高いとは言え、先行しながらも随所にHimatを織り交ぜた急速旋回や上昇を駆使してザイを追い込み撃墜しているのだから驚きだ。一方、慧の乗るグリペンの方はと言うと、まだ最適化処理が終わっていないせいでグリペンの制御による最大スペックが発揮できない状態にある。

 

 「アイツ……戦場で遊んでやがる……っ!!」

 

 「慧……」

 

 慧の操縦桿を握る腕の力が、不意に強くなった。

 




手前勝手な奴には必ず制裁が入るまでがテンプレだが、はたして……


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7話 淵に立つ者

 出撃前の軽口と言い、まるで今もシミュレーターをやっているか様な感覚で戦うイオに憤りを覚える慧を他所に、瑠璃色のファルケンはアフターバーナーを全開にしてザイの背後に付き、機体下部の内臓式ウェポンベイからミサイルを射出。同時に機首を急激に上げてコブラ機動をとり、減速しつつ上昇。真上にいたザイにも機銃も発砲して撃破する。

 

 ミサイルの最終誘導をゾーイに任せ、撃破を確認しつつ、曲芸じみたきりもみ回転をしながら正面に向き直り、再び射線上に先ほど大打撃を与えた重爆撃型ザイに向けて冷却の完了したTLSの砲口を向ける。

 いくらCOFFINシステム採用型のコックピットが肉体に掛かるGを軽減してくれるとは言え、ザイに追いついてからのタッチダウンを決めた挙句、曲芸まで披露すれば当然吸収しきれないGが体に襲い掛かる。だが、

 

 (やべぇ、やっぱ超楽しい……っ!!)

 

 イオはそれでも笑っていた。

 今まで飛んできた偽りの空とは違う、初めて飛ぶ本物の空。その感触をまるで長年の相棒のように、いや、それ以上に自由自在に動かせる機体を通じて、余す事無く全身で感じるかのように、イオは戦場の空を傾いた。

 

 「すげぇな、ゾーイ!! これが、本物の空かぁ!!」

 

 感極まったイオは叫びながらTLSを発射。自分が最前線なので直線状に味方はいないのでお構い無しに放てる。

 先程損害を与えた傷口を抉るかのようにレーザーをなぞり、さらにその開いた傷口に塩ならぬ両翼に搭載された五連装ロケットランチャー全弾と機銃弾200発を放り込んでやる。

 その猛攻撃に限界を迎えたのか、重爆撃型は内部から崩壊するかのように爆発していった。

 

 「ざまぁみやがれザイ野郎!!」

 

 「イオ!! 後ろだ!!」

 

 ゾーイの警告を聞いてはいたが、大物を仕留めたことによって浸ってしまった勝利の余韻故にコンマ数秒反応が遅れ、接近を許した。

 敵は飛行型のザイの二機編成。振り切ろうと上昇するが、相手はこちらと違い減速無しに直上に軌道を変えて追いついてくる。

 

 「くそっ!! 振り切れやしねぇ!!」

 

 先程までの余裕はどこへやら。その表情は焦燥に苛まれていた。

 単純な推力ならイーグルをも大幅に上回るファルケンだが一つ欠点がある。それは、TLSなどの特殊な装備の積載故に出撃前に自身でも言っていたが図体も大きく自重が遥かに重いことで、実はパワーウェイトレシオ自体はイーグル以下、つまり加速性能が低いのだ。

 ドーター化に伴う改造のおかげで多少マシにはなっているとは言え、原形機の欠点が完全に消えた訳ではない。

 敵がミサイルを放つ。回避行動では振り切れないと悟りチャフ・フレアを射出。機体の至近距離でミサイルが爆発、生じた爆風が機体を叩く。

 このままでは、喰われる。

 

 「くそったれがぁ!! ゾーイ!! カナードおっ立てろ!!」

 

 「何と?」

 

 「いいからやれ!! 今すぐに!!」

 

 その間にもイオは、TLSの発射準備を進めながらエアブレーキを操作していた。直後に増大するつんのめる様な衝撃。TLS発射体勢移行による機首の展開やカナード翼の直立により前面投影面積が増え、空気抵抗が増大した事により機体が一気に減速したのだ。

 失速したファルケンを通り越す二機のザイ。背後につかれたことを悟ったか、急上昇で太陽の中に隠れようとする。

 だが、既にコンデンサーへのチャージは完了していた。

 

 「でぇえええええりゃあああ!!」

 

 そのまま減速を生かしてその場でハイGターンする事で一回転するクルビットを慣行。それも、TLSを照射したままでだ。

 空を切り裂く赤い剣が、振り上げられる。

 直上していたザイは二機とも縦に薙ぎ払われた赤いレーザーに巻き込まれ、溶断、爆発した。

 

 「……なっ!?」

 

 だが、敵の攻撃はそれで終わりではなかった。その直後にけたましくコックピット内に響くロックオン警告。減速したファルケンに対し、ザイが攻撃を放とうとロックオンをしたのだ。レーダーを見る限り敵は真後ろ、しかし完全に速度を殺してしまっていた為に再加速して振り切ることはまず不可能。TLSでもう一度薙ぎ払う手もあるが、ダブルクルビットをするには時間があまりにも足りない。

 

 死ぬ? この俺が? 死ぬ?

 

 千分の一秒の速度で駆け巡る対抗するための思考の数々。だが、そのどれもが不可能だと本能で理解してしまっている。もうこの距離では脱出レバーを引くことすら叶わない。全周囲モニターが無慈悲にもはっきりと視界の片隅に映し出す真実は、ガラスのように透き通った戦闘機が今にもこちらを撃墜せんと近づく姿。

 脳内が真っ白に染まり、思考が完全に停止しきる直前、こちらをロックオンしていたザイの反応が突然消えた。

 真下から襲い掛かった機銃弾が、ザイを貫いていたのだ。

 

 『イオ!! 生きてるよね!? 大丈夫なの、イオ!?』

 

 日頃よく聞く溌剌な声とは違う、切羽詰まったライノの声が、コックピット内に響き渡る。

 だが当のイオは酸素マスクを外し、過呼吸気味になりながらコックピット内で天を仰いでいた。

 操縦桿を握る手の震えが止まらない。視界がぼやける。曖昧になる感覚。それでも機体をどうにか水平に保とうとする手癖は、700時間以上に渡るシミュレーションの賜物か。

 

 『敵の残りは撤退を開始。もう戦いは終わったんだよ、イオ』

 

 「かぁー……はぁー……かぁー……はぁー……」

 

 シミュレーションでは感じる事の無かった自身の死の気配を本能で間近に感じて、混乱状態に陥るイオ。その間も機体は明後日の方向へと進み、燃料計の示す値がいよいよ帰投するまでの最低必要量を下回ろうとしている。

 

 「イオ、もう帰ろう。これ以上は戻れなくなる」

 

 「かぁー……はぁー……かぁー……はぁー……」

 

 ゾーイもイオに帰投を促すが、全身に冷や汗をかき完全に恐慌状態に陥ってしまったイオに、その言葉は届かない。しかも、突貫工事による配線の不具合なのか、後部座席から操縦系統の変更が出来ないのだ。残された道は前部座席から切り替えて貰うか、彼自身に操縦して貰うしかない。

 そう考えていた時、近くを飛行していたライノのサファイアブルーのスーパーホーネットがコックピット付近の装甲板を爆裂ボルトを起爆させて吹き飛ばし、ファルケンの真上に位置取り、背面降下して取り付くとグラスキャノピー越しにファルケンを見据えながら話しかける。

 

 『じゃあイオ、空を見てごらん。何が見えるかな?』

 

 辛うじて言葉の届いたイオが、モニター越しに映る空を見上げる。

 そこに映っていたのは、快晴の青空とサファイアブルーのスーパーホーネット、そして、それを操るグラスキャノピーの奥にいる笑顔の青い髪の少女。

 

 「あ、あぁ……空と、青いF/A-18Eと……お前が見える」

 

 『せいか~い。じゃあ、次は正面を見て』

 

 どうにかこちらを識別できる程度には回復した事に安心しながら、ライノは努めて明るく優しい声色を出す。これについては最早彼女の得意技なので、特に苦労する事もない。

 ライノはそのまま機体を操作してイオの前面につくと二問目を出す。

 

 『それじゃあ第二問。今度は何が見えるかな~?』

 

 「白い、雲と……お前が、見える……」

 

 『またまただいせいか~い。じゃあ右に旋回するよ? ゆっくりで良いからね~』

 

 まるで幼子をあやすかの様に優しげな声でイオを誘導し、どうにか旋回させて機体を本土へ向けさせることに成功する。振り向くと瑠璃色のファルケンはどこか機体が安定せずにグラついているが、少なくとも彼の技量であれば墜落する事は無いだろう。

 

 「すごいな、ライノは。私ではこうはいかないと思う」

 

 『ま、得意技だしね~。使える物は何でも使わないと。あ、イオはそのままゆっくりあたしに付いて来てね~』

 

 その手腕ぶりに感嘆するゾーイの称賛を受けて、にへらと笑うライノ。

 そして、時間は掛かったがどうにかしてライノはイオのファルケンを無事に小松基地までエスコート、着陸させることに成功するが、イオはその後安堵からか意識を失った。

 

 

 ----------------------------

 

 

 「っつ……ぁ………」

 

 イオが目を覚ましたのは、色素の抜け落ちた世界だった。

 場所は何回見ても小松市内にある自宅のベッドの上で、乱雑に散らかった雑誌もそのままだ。

 

 (俺は、いつの間に家に帰されていたのか?)

 

 今一つ働かない頭で記憶を辿る。そうだ、本土にザイが攻め込んできた。ゾーイがトラブルを起こして、戦力が足りなくて、何も出来ない自分がもどかしくて叫び、バーフォードに殴られてまで勝ち取った出撃の許可。

 それからは、本物の空を飛んだ。加速時に押し寄せる殺人的なGの感触、シートから尻に伝わる機体の振動、体を突き抜けるような圧倒的な解放感。あれらは紛れもなく本物だ。

 

 「そうだ、俺は……っ!!」

 

 そこで彼は、思いだした。いや、思い出してしまったと言うべきか。

 完全に失速した自機をザイにロックオンされ、死に直面したあの瞬間を。だが、あの時ほどの恐怖は不思議と感じなかった。何か別の物が緩衝材になってくれていると言った、そんな感じだ。

 

 「アイツに、お礼言わなきゃな……」

 

 その後の記憶は曖昧だ。だが一つだけはっきり覚えていることがある。一面に映る青空とサファイアブルーの機体、それから、今にも崩れ落ちて泣きそうな顔でこちらに呼びかける青い髪の少女……泣きそう? アイツはあの時笑っていなかったか?

 今一つ思い出せず痛む頭を押さえながら、イオは立ち上がると自転車で小松基地まで走った。

 風景は何も変わらない。よく行くコンビニも、本屋も、スーパーも、目に映るものすべてが同じ。だが、その全てから色素が奪われている。

 それから何分走ったか、意識がぼんやりとし始め、不意に自転車を降りたその時だった。

 

 「こーんな所まで来たんだね、イオ隊員」

 

 聞き覚えのある少女の声が耳に入り、顔を上げる。距離にして約10m前後先、橋の向かい側に立つ少女。

 襟章の付いた白いシャツに黒のタイとスカート姿の上に黄色いパーカーを羽織り、フードを被ったサファイアブルーの髪と瞳を持つ少女。

 距離は開いているが、鮮明に彼女の声は聞こえてくる。 

 

 「ライノ……お前が、俺を連れてきてくれたのか……?」

 

 「うーん、それはどっちでの話? 夢? それとも現実?」

 

 「両方だ」

 

 「夢は違うよ、たまたまイオが『窓』から落ちてきただけ。でも現実は確かにあたし。大変だったんだよ~、パニくったイオ隊員をどうにかあやして誘導するの。まるで泣きじゃくった赤ん坊の相手をしているみたいでさ~」

 

 口調こそいつもとそう変わりないが、大仰に溜息を吐いてやれやれと言った表情で両手を上げるライノ。その仕草は、社交的で気遣いの出来る彼女からは到底想像の付かない、極めてガサツなものだった。

 話の内容もどこか面倒くさがっているような、日頃の彼女ならまず口にしない内容だ。

 

 「勘弁してよね~、下手したら燃料切れで二機とも海にドボンッ、ってのも全然有り得たんだから」

 

 「お前……本当にライノなのか?」

 

 「本当のあたし、ねぇ……ねぇ、イオ。あたしって何だろうね? ザイの残骸? ドーターを制御する自立制御プログラム? それともボーイング社製の戦闘機?」

 

 両手を広げ、色の無い空を仰ぎながらイオに問いかけるライノ。

 

 「……自分で決めたら良いんじゃねぇのか?」

 

 「自分で?」

 

 「『生き様を決めんのは他人じゃねぇ、俺だ』って、親父の受け売りなんだけどな。ったく、何でそんな性格の奴が軍に入ったんだか……お前が自分をアニマと思うならそれで良いし、ザイだと言うならそれでも良い。少なくとも俺は、他の誰かが自分で決めた生き様を否定するような真似はしねぇよ」

 

 「…………」

 

 その言葉を聞いて俯くライノ。イオも自分の言った言葉の恥ずかしさに気が付いたのか、バツが悪そうに頬をかく。それから少し経つと、突然イオの視界が白みを帯び始めた。それは、恐らくこの夢から覚めるタイムリミットなのだろう。

 

 「イオ隊員はそろそろ戻った方がいいよ。ここは人間には荷が重すぎるから」

 

 「待て!! ライノ!! せめて、あと一言言わせてくれ!!」

 

 橋の向こうで振り向き、立ち去ろうとするライノにイオは大声で呼び止める。

 そして一言、はっきりと呟いた。

 

 

 「……ありがとな」

 

 

 更に白みを増す視界。風景が白一色に染まっていく。

 それでも橋の向こう側には、最後までフードの下の青い髪と瞳が鮮明に見えた。

 視界が全て白に染まりきる最後の瞬間、彼女の声こそ聞こえなかったが、笑みを携えたその口はこう動いていた気がする。

 

 

 

 

 『いつか、本物のあたしを見つけてね』

 

 

 

 

 と。




分かる人もいたかもしれませんが、帰投のシーンの元ネタは映画TOPGUN序盤でのマーヴェリックのMIG-28への挑発と、クーガーへの付き添いを足して2で割った感じです。


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8話 病室ではお静かに

評価ランプ点灯、どういう……ことだ……?(ありがとうございます!!)




 「♪~~♪♪~~~♪~~~」

 

 誰が口ずさんでいるのか、何処からか音程の外れたアメリカの行進曲がイオの耳に入り、目が覚める。

 ぼんやりと映った視界の先にあったのは見覚えの無い天井だった。どこかの病院だろうか?

 立ち上がろうとするが体全体に痛みが走り、思うように動かせず呻き声しか上げられなかった。いくらCOFFINシステム採用型コックピットがGを軽減してくれるとは言え、完全に無くしてくれている訳ではない。ましてや、戦闘中に曲芸飛行まで披露したのだ。それ故に多大なGが体のあちこちににダメージを残したのだろう。

 

 「あ、起きた~?」

 

 夢の中でも聞いた気がする少女の声が聞こえる。それを機に段々と頭が回るようになり、イオは痛みに耐えてもう一度体を起こす。

 そしてぼんやりとしていた頭が完全に目覚めた時、目の前にいた少女を見て、イオは驚愕に目を見開いた。

 

 「なんて格好、してやがる……ライノォ!?」

 

 病院のベッドで寝かされていたイオの傍にいたのは、つい数日前に衝撃的な出会い方をしたアメリカ海軍からMS社に『貸し与えられる』形で配属された、青い髪と瞳が特徴のF/A-18Eのアニマ、ライノだった。

 そんな彼女が、イオの寝るベッドの横でリンゴを剥いてくれていたのだ。何故か純白のナース服姿で。

 

 「あ、いいでしょ~これ? 室長に『イオに何かしてあげたい~!』って言ったらこれ貸してくれたんだ~」

 

 「あのおっさん、何考えてやがる……」

 

 無知なのを良いことに余計なことをアニマに吹き込む八代通の余計なお世話に、再び痛み出したこめかみを押さえるイオの問いに笑顔で答えるライノ。ぴっちりとしたナース服から浮かび上がる彼女の健康的な体のラインと、黒縁伊達メガネのアクセントが年頃の男子には目に毒だ。

 ニーソとタイトスカートの組み合わせが生み出す絶対領域、その中枢とも言える程よい肉感のある太ももの上には、ご丁寧に兎型にカットされたリンゴが皿に乗せられている。

 

 「体動かすのも大変でしょ? いくらファルケンのコックピットが負担を減らしているって言っても、ゼロになった訳じゃ無いんだから。はい、あーん」

 

 「乗ってる時は平気だったんだがな……あーん」

 

 ライノに差し出された爪楊枝の先にあるリンゴ。少し気恥ずかしかったが、全身が打ち身で動かしづらいのも事実なので素直にご厚意に甘え、頭を前に出しリンゴをかじる。

 リンゴの甘酸っぱさが、今の疲れた体には丁度良かった。

 

 「にしても、ダセェよな……たかがロックオンされたぐらいでビビっちまうなんてさ。お前がいなかったらあの場でデッドエンドだったぜ。ありがとな、ライノ」

 

 「気にしなくていーよ。イオはあたしが守るから」

 

 イオの謝辞を快く受け入れ、機嫌良さそうに笑いながら二つ目のリンゴを差し出す。部屋の明かりによるものなのか、首からいつも下げている幼少期のイオの家族の集合写真が収められたロケットが不意に光った気がした。

 しかしイオは、鮮明に覚えている夢の内容と今の発言を照らし合わせる。

 

 (夢で言っていたのと違うな……)

 

 夢で会った彼女はもう少しガサツで、しかもイオの誘導の事を面倒くさがっている節があった。出会ってから何かと自分に気を回してくれていることを嬉しく思う反面、あの夢で会った彼女を思い出すと、どこか申し訳なく思ってしまう。例えそれが彼女の本音で無かったとしても、イオは気になって仕方なかった。

 

 「なぁ、ライノ……お前、無理してねぇか?」

 

 「ん? どーして?」

 

 「その……なんだ。俺たちまだ出会って一週間も経ってないだろ? なんで俺にそこまで世話を焼いてくれるのか、気になってさ」

 

 イオは夢で会った彼女の言葉の事は信じてくれないだろうと思い、その事を伏せながらも訊ねた。イオが喋り終わるまでニコニコしていた彼女だが、不意に両目が開いたかと思うとリンゴの乗った皿をテーブルに置いて立ち上がり、夕焼けに染まる街並みを窓から眺める。

 

 「うーんと、そうだね~……あたしがあたしである為に、かな?」

 

 「前にも言ってたよな、それ。確か、初めて会った時だったか?」

 

 「あたし、何でか分からないけどこの写真見るのが好きでさ~。それでかな、君を守れって地球(ガイア)が囁いてる気がするんだよね~」

 

 「何だよそりゃ……」

 

 ロケットを開いてうっとりと写真を見つめるライノの曖昧な答え方に嘆息するイオ。再び問いただそうと完全に起き上がった時、不意に部屋のドアが開いたかと思うと金色の何かがイオに突っ込んできた。

 アメフトの選手もびっくりの綺麗なタックルがイオの腹部に決まり、ようやく起き上がった彼を再びベッドに叩き付ける。

 

 「ごふぅっ!?」

 

 「イ~オ~!! ゾーイもお父様も意地悪言うの~!! あのビカーって光る奴イーグルにも付けてって言ったら絶対に無理だって……っ!!」

 

 「ちょっ、イーグル!? いたたたたたたただだだだだだっ!!」

 

 全身に走る痛みと下腹部に当たる何かポヨポヨと柔らかいものの感触に打ちひしがれながら悶え苦しむイオ。

 その間にもこの基地では珍しい同じ金髪同士のせいか、元来の性格故か、不思議とイオとの距離が近いF-15Jのアニマ、イーグルは涙目でイオにくっついている。

 話を聞けば、どうやら先程の戦闘で使用したファルケンのTLSがよっぽど気に入ったらしく、自分の機体に取り付ければもっと活躍が出来ると八代通とゾーイに相談したらしいが、即断で無理だと断られたとの事だ。

 当たり前である。あれはファルケン専用に開発された内蔵兵器でまだモジュールその物の数も少なく、使用する為には専用の特殊な火器管制システムや大型のコンデンサー等も積み込まなければならない。その重量から、地上や艦艇から砲台として撃つのならともかく、通常の戦闘機には内蔵はおろか外装さえも厳しいのだ。

 

 「ちょ、一回落ち着いて離せ!! 俺の耐久値ががががが!!」

 

 「こーら、イーグルもその辺にね。早く離さないと、イオにも嫌われちゃうよ?」

 

 「そんなの嫌!!」

 

 悶絶しているイオを見かねてか、ライノが笑いながら助け舟を寄越す。

 今は八代通にもゾーイにも嫌悪の感情が沸いている彼女は、イオにまで嫌われるのは嫌だと速攻で離れた。最早残像さえ見えそうなそのスピードにイオは呆れながらも服装を正していると、イーグルが涙で腫れて赤い目を向ける。まるで、新しい玩具を買って貰えないかを親に相談する子供の様に。

 

 「ねぇねぇイオ。後で一緒にお父様に相談してくれる?」

 

 「TLSの事か……分かった分かった。俺の怪我が治ったらな」

 

 「うん!! 絶対だからね!! 嘘ついたら20mm千発だからね~!!」

 

 イーグルは先程の泣き顔から一転。途端に太陽の様な明るい笑顔になり、イオにもう一度ハグをすると機嫌の直った彼女は場を荒らすだけ荒らして病室から去っていった。20mm機銃弾1000発なんて、塵一つ残らず消滅するだろうに。ここがまだ個室で両隣の部屋には誰も入っていないことがせめてもの幸いか。今の彼の心情は、まるで台風の通過後のように疲れ切っていた。

 

 「酷い目にあった……」

 

 「やれやれ、私も随分と嫌われたようだ」

 

 そう言いながらイーグルと入れ替わりに入ってきたのは、先ほどイオと一緒に戦ったファルケンのアニマ、ゾーイだった。何故か、彼女もライノと同じナース服姿だったが。どうやら出るタイミングを計っていたらしい。

 

 「ゾォォォイ!? お前もかぁ!?」

 

 「あぁ、バーフォードに見舞いに行くと言っていたら、ドクター八代通に『イオの見舞いに行くならこれを着ていけ、きっと泣いて喜ぶぞ』と言われたからな。どうだい? この姿の私は」

 

 (あのおっさん、ぜってー後でいっぺん絞める……っ!!)

 

 心の中で右手を血管が浮き上がるくらい強く握りしめるイオだが、そうとは知らずその場でクルリと回り全体像を披露するゾーイ。提案した八代通もだが、それを承諾するバーフォードも問題である。

 束ねられた銀髪が揺れ、ライノとは対照的に肌が褐色だからか白いナース服との色彩のギャップ差が激しく、彼女の不思議なオーラも相まって新たな属性を構築する。

 その手には何やら書類の様な物を持っており、遅れてバーフォードも入室してくる。

 

 「起きていたか、ケープフォード。具合はどうだ?」

 

 「お陰様で最悪ですよ、バーフォード中隊長殿……」

 

 「そう不貞腐れるな。味方を巻き込みかねたりなど所々に問題はあるが、我々は君を高く評価しざるを得なくなったのだからな」

 

 バーフォードは肩を竦めながらもゾーイに促し、書類を読ませようとするが、横から覗き込んでいたライノがそれを先に口にしてしまう。

 

 「イオ・ケープフォード。MS社非正規隊員。コードネームAntares Ghost。戦闘中の態度に問題あり。しかし操縦技術自体はまだ粗削りだが優秀で、レーザー兵器の扱いにも心得がある。ロックオンされた際の恐慌状態については実戦経験で慣らしていくしかないだろう。また、我が社の保有するアニマ、ゾーイの稼働安定率の向上も確認された……」

 

 「……俺についての報告書か何かか?」

 

 「まぁそんな所だ。どういう訳か、ケープフォードが乗っている間ゾーイは一度も気絶していない。それどころかサポートに徹しているのもあるがミサイルやレーザーの管制誘導の精度も今まで見た事の無いほど上がっている。君が気絶している間に他のアンタレス隊隊員と組み合わせて試してみたが、君ほどの安定率は誰一人として叩き出せなかった」

 

 「つまり……」

 

 「あぁ、バイト扱いで平時の給料は安いが、出撃時の手当は正規の隊員と同じだけ出そう。君の存在は我々にとってもゾーイにとっても、それだけ価値があるという事だ」

 

 そう言って、バーフォードはイオに給与明細を渡す。その今まで見た事の無い大金に、イオは目を見開いた。

 

 「一回の出撃で5500ドル……だとっ!?」

 

 「単機で重爆撃型を落とした挙句、戦闘機型ザイも11機撃破。ゾーイのサポートがあるとは言えただの少年がこれほどの戦果を挙げたんだ、上はそれが妥当な額と判断したのだろう」

 

 「イオ、どうやら私には君が必要らしい。また、一緒に空を飛んではくれないだろうか?」

 

 「勿論無理にとは言わない、曲がりなりにも我々は企業だ。君が今ここで辞表を出すというのなら、素直に諦めよう」

 

 イオにとって、その誘いを蹴る理由はどこにも無かった。確かにザイと戦う為に空に上がる以上、当然死ぬ可能性も出てくるだろう(実際にイオは死にかけている訳だし)。しかし給料は良く、何より偽りの空ではなくあの本物の空を自分で飛べる、それだけでも彼にとっては十分に魅力的な話だった。

 

 「……俺、ファルケンしか乗れませんよ?」

 

 「十分だ。元よりあの機体を自在に動かせるのは君か、グラハムぐらいしか私は知らん。アドレナリンを過剰分泌させて肉体へのダメージを無視しながらも自由に飛ぶ事と言い……全く、君はとことん親父さんに似たな」

 

 イオの言葉を承諾の証と見てか、バーフォードはフッと表情を緩めると踵を返し、「完治するまで待機だ」と言い残すと病室を後にする。

 

 「……と言う訳だ。これからもよろしく頼むぜ、二人とも」

 

 「改めてよろしくね、イオ!!」

 

 「あぁ、こちらこそよろしく頼むよ、イオ」

 

 イオは改めてゾーイとライノに向き直ると、二人と握手を交わした。

 

 

 「……イオは、絶対あたしが守るから」

 

 

 ライノは誰にも聞こえないようにひっそりと呟いた。一見すれば仕える主に対する忠誠の言葉。だが、その言葉を発する彼女の瞳に、光は無かった。

 

 



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9話 お騒がせ企業機密

 MS社管轄 極秘格納庫 

 

 

 「くっふっふっふっ……ようやく儂の出番が来たようじゃな!!」

 

 ライトアップされた極秘に隠された格納庫の中で、灰色の髪を揺らしながら純白のロリータ服に身を包んだ小学生くらいの少女は、目の前に鎮座するメンテナンスの終わったガンメタリックの戦闘機を見ては不敵にほくそ笑んだ。

 少女の名はリューコ。この目の前に鎮座するガンメタリックカラーの特徴的な前進翼が採用された対ザイ用にチューニングされたドーター、旧オーレリア連合国群の遺産、X-02S ANM ストライクワイバーンのアニマだ。

 この目の前にある機体は現代においてもオーパーツとも呼べるほど既に完成されていた設計とは言え、元の設計された時期が40年前という事もあり、機体を構成する構造材等には旧式の技術が使われていた。それをドーター化に際して根底から最早一から製造したのと変わりないとも言えるレベルで手を加えられており、日本の那覇基地のバイパーゼロもかくやと言った機体に仕上がっている。

 

 「行くのね、リューコ」

 

 「ロシアの純白娘の根回しの事もあるし、向こうにいた方が何かとお主らにとっても都合が良いじゃろうて」

 

 またあの小生意気な小娘の鼻っ柱を演習という名のもとに叩き折ってくるとするかねぇ、と、リューコは黒い笑みを浮かべる。以前演習の敵役(アグレッサー)としての仕事でロシアを訪れた際、あのオレンジ髪のアニマに自分があまりにも背が低いことを馬鹿にされた事を、リューコは未だに根に持っているのだ。勿論、その時は三対一にも拘らず機体性能でひり潰す形で圧勝したのだが。

 

 「思えば、あなたと出会ってからもうすぐ二年。早かったわねぇ」

 

 リューコの横に立ち並んでいた、相も変わらず奇天烈な民族衣装を纏った隻眼のMS社の社長はしみじみと名残惜しそうにそう呟いた。

 

 「世話になったな、社長。共に尽力を尽くそう。最悪を迎えさせないために(・・・・・・・・・・・・)

 

 「えぇ、そうね。最悪を迎えさせないために(・・・・・・・・・・・・)

 

 リューコは社長に別れを告げると、自分の身長の半分以上の大きさのキャリーケースを引きずって、機体の後部座席に放り込むのであった。

 

 

 

 -----------------------

 

 

 

 日本 石川県小松市 

 

 「-----と、言ってみたは良いのじゃが……」

 

 日本に来日したリューコはリボンで飾られたつば広帽で日光を遮りつつ、その額に汗をかきながらぐったりと前に進む。全身に纏った自慢の高級シルク製ホワイトロリータ衣装が今は汗で地肌にベットリとへばり付いており、それが動きづらさを更に増している。

 

 「あづぅぅぅぅぅい……どうして日本の夏は、こう蒸し暑いのじゃぁあああ……」

 

 折り畳み式の扇子で自身を仰ぎながら、リューコは天を仰ぐ。

 機体を現在小松基地で厄介になっているファルケンの補修パーツのコンテナに偽装して自衛隊基地に搬入させたまでは良かったのだが、リューコはこれからMS社が用意したアニマ用の遠隔メンテナンス装置が運び込まれたセーフハウスに行かなければならない。携帯に表示された地図を見る限り、そこまではまだかなりの道のりがある。

 そして、いかんせん着ている服装がまずかった。いくら通気性の良いシルク製とは言え、地肌を殆んど露出させていないその恰好は、梅雨が明けたばかりの日本特有の湿度が高く蒸し暑い環境には不相応だった。

  

 「何か、飲み物でも買うとするかのう……」

 

 リューコはポシェットから財布を取り出すと手近な自販機に近づき、小銭を入れると一番上の列にある好物のコーラを押そうとする。しかし……

 

 「ぐぬぬ……っ!!」

 

 背伸びしても届かない、飛び跳ねても届かない。何度跳ねても、助走を付けて跳んでも、自販機にビターンと激突する、届かない。身長が、圧倒的に足りない。

 

 「こんのぉ……こうなったら――――」

 

 「何やってんだ、嬢ちゃん?」

 

 自動販売機に対して闘志を燃やしていたリューコに対して声をかける人物がいた。後ろに待ち人がいたかと思いハッとしてリューコが振り向くと、そこにいたのは尖んがった金髪の少年、イオだった。丁度実家の裏庭の畑の様子を見に行った後に前回の出撃で得た報酬金で何か買い物をしようと外出している途中だったのだ。リューコは彼を先日送られてきた報告書に添付されていた写真で見たことがある為、すぐに分かった。

 イオは近づくと、事情を察してか目線をリューコに合わせて話しかける。

 

 「あぁ、届かないのか。どれが欲しいんだ?」

 

 「こ、コーラ……ゼロカロリーの奴」

 

 「了解だ」

 

 イオは笑うと、お金を入っているのを確認してからゼロカロリーのコーラを押し、出てきたソレをリューコに手渡す。

 その構図は、まるでどこかの国の姫君に贈り物を献上する騎士の様に見えなくもない。

 

 「ほいよ。ご所望の品だ、お姫様」

 

 「こ、子供扱いするでないわ、若僧が……だが丁度良い。おいお前」

 

 「な、何だよ……?」

 

 リューコはくっくっくっとほくそ笑むと、イオの鼻先に閉じた扇子を突きつける。

 まるで、丁度いい獲物を見つけたと言った様な、そんな含みのある笑いだった。

 

 「特別誂えだ。貴様を今日一日、儂の家来にしてやろうぞ!! 臨時隊員(パートタイマー)イオ・ケープフォード!!」

 

 「え? 何で、俺の名前を……?」

 

 「悪いが拒否権は無いぞ。儂は社長と付き合いがあるのでな、貴様をクビにする事も出来なくはない」

 

 リューコはイオの問いには答えず、ただひっひっひっと老婆の様にほくそ笑むと、まずは荷物を持てと言い放つのであった。

  

 

 -----------------

 

 

 そしてしばらく経った頃、リューコのセーフハウスであるアパートの一室にどうにかして荷物を運び終えたイオは、今度は彼女の買い物に付き合わされていた。

 汗だらけのホワイトロリータ服は着いて早々に脱ぎ捨てたものの、持ち合わせの予備の服は全て似たような物ばかりで、このままでは先程の二の舞だ。

 そこで今度はイオにクビをチラつかせながらも強引に小松市内のショッピングモールへ案内させると、袖の無い薄手の白のワンピースを購入し、その他にも様々な服屋や靴屋を見て回り、昼下がりにはカフェテリアに連れ込んでいた。

 

 「ここまでよくぞ儂の為に働いてくれた。褒美を取らせようぞ、臨時隊員(パートタイマー)。好きな物を頼むが良いわ」

 

 「いやー、あの。流石に申し訳ない気が……」

 

 まるで女王の様にふんぞり返る少女のその姿に、イオのいつもの不躾な態度はどこか鳴りを潜めていた。雰囲気に呑まれた、とも言うべきか。

 いくら相手が自分の雇い主である会社の社長の知り合い(正しくは同企業最高企業秘密なのだが)とは言え、見た目はどう見ても小学生である。

 そんな子供にしか見えない少女に奢ってもらう高校生など、情けないにも程がある上に本人にその気が無くとも犯罪の香りしかしない。

 

 「過ぎた謙遜は嫌味にもなろう、分を弁えよ。どれ、ここは一つ、儂が頼んでやるとするかの」

 

 リューコは店員を呼び止め、イオには無難なサンドイッチとコーヒーのセットを、そして自身の分として特盛のパフェを注文する。

 しかし、注文を待っている間、イオは彼女にとある国の逆転劇について延々と聞かされていた。やれ二か月で壊滅した国土を戦闘機一個小隊で取り戻しただの、光学迷彩の付いた戦闘機の相手をしただの、その歴史を知らない者(・・・・・・・・・・)からすればちんぷんかんぷんな内容ばかりである。

 イオとしては勘弁してくれ……と言った感じでグッタリしているのだが、その様子を後ろからつまらなさそうにジト目で見つめる人物がいた。 

 

 「ジーッ……」

 

 「どうした、ライノ?」

 

 握っていたコーヒーの入ったカップを危うく握り潰しそうになりながら、ライノは慌てて「なんでもない」と一緒に昼食をとっていたゾーイの方へと向き直った。

 この二人に関しては現在日本の管轄指揮下では無いため、比較的自由に町内に繰り出せるのだ(門限こそあるのだが)。

 彼女らも気晴らしにとショッピングに出掛けていたのだが、今日は実家に帰るから会えないとばかり思っていたイオとの思い掛けない再会である。それも、向こうはどこの馬の骨とも知れない謎の灰色髪の幼女を連れて。

 ライノはそれをつまらなく思ったのか、遂に行動に走った。

 

 『ゾーイ、振り向かないで。君から見て七時、何が見える?』

 

 今しがた来たパンケーキを写真で撮る振りをしながら、ライノはメールでゾーイに促す。

 それを読んだ彼女は、皿を持ち上げて可愛らしくポーズを決めるライノの写真を撮る振りをして、携帯のカバーに付いている身だしなみ用の小型ミラーで後方を確認した。

 

 「あれは……あぁ、イオか。向かいの小さな子は誰だろう、妹だろうか?」

 

 「イオは一人っ子だもん。妹がいたなんて話、あたし聞いたことないよ」

 

 「成る程、見知らぬ幼女との密会、か……つまり、このままだとイオは牢屋行きと言う訳だ」

 

 ゾーイは傍目にはいつも通りの落ち着いた雰囲気で生クリームでデコレートされたパンケーキを食しているようにしか見えない。しかし、その速度は尋常で無いほどに素早い。切断、突き刺し、運搬、咀嚼、これらのサイクルがまるでリボルバーカノン式の機関砲のシリンダーのように正確かつ異常な速度で行われているのだ。下手したら早食い大会にも余裕で出場できるレベルである。

 そして最後の一切れを食し終えると、褐色の肌に映える真っ白な生クリームを口の端に残しながら

 

 「そのような形でパートナーを失うのは、私としても面白くない」

 

 口調こそいつも通りのゆっくりとした物だが、決め顔で放たれたその言葉には確かな意志が込められていた。尚、口の端に付いた生クリームのせいで全く決まっていない模様。

 ライノは生まれて初めて出来た同僚のその姿にやや呆れながら口元を拭ってやると、すぐに突撃の機会を窺うのであった。

 

 

 --------------------

 

 

 「ほれほれ、とっとと食わんか、若僧。年寄りの賄いを無駄にするでないわ」

 

 その頃、イオはと言うとリューコから所謂「はい、あーん」をされている状態にあった。一方、している方のリューコはかなりノリノリである。

 断ったらクビにするぞと携帯を片手に脅されたので有り難くコーヒーとサンドイッチのセットは頂くことにしたのだが、不意に甘いものが欲しくなり、彼女の頼んだパフェに視線が行ってしまったのが不味かった。

 リューコはそれに速攻で気が付くや、にやりと笑うとつい先程まで自分が使用していたスプーンでわざわざ齧り掛けのアイスクリームを掬い取り、それをイオに差し向けたのだ。

 

 (幼女の食べ掛け……使用済みスプーン……っ!! 誘いに乗ったら確実に死ぬ……っ!!)

 

 うりうりと見る人が見れば余りにも魅力的な物体を突きつけられるが、イオは頑なに身を反らしてそれを避け続ける。その光景はまるで、尋問で銃を突きつけられた捕虜の様だ。それを受け入れれば確実に負ける。様々な意味で。とうとう身を反らすにも限界が来た時、 

 

 「おや、いらないと言うのなら私が受け取ろう。何せ、私は彼のパートナーだからな」

 

 そのスプーンを褐色の手が取り、先端のアイスを頬ぼる。唐突な援護射撃に驚きつつも、イオが振り向いた先にいたのはキャミソールの上にTシャツ、デニム地のスカートと言うラフな格好のゾーイだった。

 

 「ゾーイ!? お前いつからここに……っ!?」

 

 「君たちが入ってきた頃には既にいたよ。さて、誰かと思えば私のパートナーへのイタズラはその辺りにして貰いたいな、社長秘書殿」

 

 「社長秘書!? こんな小さな子が!?」

 

 道理で先程から社長に直訴する準備が出来ている訳だ。いやいや、そうじゃなくて

 

 「はっ、機体年齢高々10年そこいらの若僧が、分を弁えよ」

 

 「火力は私の方が上だよ。それに、イオを載せた私はもっと自由だ」

 

 「お前たち、何の話を……がはっ!?」

 

 「良かった~!! イオが刑務所送りにならなくて~!!」

 

 イオがリューコとゾーイの唐突な会話の内容を問いただそうとしたその時、ライノが後ろからヘッドロックを決めた。口ではそう言いながらも、内心怒っているのかギリギリと締め付けてくる。苦痛と柔らかいものが同時に押し寄せるこの感覚、彼が味わうのは何度目であろうか。

 

 「あぁ、イオやライノは彼女と会うのは初めてだったか。紹介しておこう、彼女は我が社の最高機密、X-02Sのアニマだ」

 

 「「アニマ!? こんな小さな子が!?」」

 

 その今まで見た事の無い幼女型のアニマに、イオとライノは口を揃えて驚いた。

 

 「控えおろう。全空最強の機体、ストライクワイバーンを敵に回す罪は重いぞ?」

 

 リューコは少女の物とは到底思えない程の凄みを携えた笑みを浮かべたまま、再び美味しそうにパフェを頬ぼり始めるのであった。 

 

 




この世界でのX-02は基礎設計が40年前、度重なる魔改造など、バイパーゼロと似たようなポジションとなっております。


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10話 スズメバチには気を付けよう

(タイトルに他意は)ないです。
ただこれ以上にいいサブタイが思いつかなかったんや……


 

 状況は最悪だ。

 演習開始から僅か1分、味方2機が瞬く間に撃墜判定を下された。相手はたった二機、こちらはその倍の四機いたのにも拘らずだ。

 一機は得意の電子戦を駆使して情報を欺瞞しながら接近、不意打ちを仕掛けて黄金の鷲を、もう一機はその大型可変翼を駆使して並みのドーターを圧倒的に凌駕した空戦能力を披露して青い蜂を、それぞれ撃墜していた。

 

 『01!! そっち行ったぞ!!』

 

 「くそっ!! 何なんだあの機動性は!? まるでザイじゃないか!!」

 

 自身の背後にぴったりと張り付いてきた可変翼機体をモニター越しに肉眼で見ながら、グリペンのコックピットで慧は戦慄すら覚える。

 蒼穹の空に一際目立つガンメタリックの翼竜は、自身の機体速度に合わせてその翼をはためかせる様に稼働させる。低速時には前進翼を展開して安定性を崩すことで高い旋回性能を会得し、高速飛行時には主翼や尾翼を閉じて衝撃波の発生を遅らせることで高亜音速から遷音速領域での抵抗減少や臨界マッハ数を上げるなど、圧倒的な加速性能、最高速度を持ちつつも常に必要かつ最適な空力特性を維持したまま飛翔し、赤き有翼獅子を今にも喰らい殺さんと猛追する。

 

 『ほれほれどうした!! アレクトの小童どもの方がまだ筋が良かったぞ!! もっと気合を見せい!!』

 

 「何を……っ!!」

 

 ひたすら真後ろに付きながらも攻撃はせず、ロックオンを飛ばしては解除を繰り返してグリペンをひたすら煽り立てるX-02S ANMのアニマ、リューコ。ロックオンアラートが付いたり消えたりするものだから、コックピット内はやかましい事この上ない、見事な精神攻撃だった。

 

 「遊ばれてる……完全に」

 

 「グリペン、カナード直立だ!!」

 

 「あれを、やる……!!」

 

 慧はスロットルを開けたままエアブレーキとカナード翼を展開させ、一瞬だけ急速に機体を減速させる。以前の小松防衛戦でも披露した、速度を可能な限り殺さない上での減速機動だ。襲い掛かるつんのめる様な衝撃。だが、数秒待っても視界の先に翼竜は見えない。追い越した跡が、確認できない。

 

 『ほぅ、悪くはないのう。じゃが、詰めが甘いわ!!』

 

 「なっ……にぃ……!?」

 

 「嘘、何あれ……?」

 

 ストライクワイバーンはまだ、グリペンの後ろにしっかりと付いて来ていた。グリペンが減速してこちらを抜かさせてくると読むや、一瞬にして主翼を展開した上でコブラ機動による減速、更にそうしながらも三次元推力偏向ノズルを駆使して、何と機体を起こしたまま追いついてくるではないか。

 そのあまりにも変態的な機動に、グリペンと慧は驚天動地に陥る。

 

 『相手がザイならそれでも良かったかもしれんが、な』

 

 直後、一瞬にして上昇し太陽の中に掻き消える灰色の翼竜。

 すぐにカナード翼を戻し、決死のパワーダイブで振り切ろうとするも、太陽を隠れ蓑にした垂直降下しながらの強襲はそうそう避けられず、撃墜判定を下されてグリペンのコックピット内に耳障りな電子音が鳴り響いた。

 

 

 ---------------------

 

 

 演習開始 約一時間前 小松基地

 

 

 先日、イオは自分が所属している会社の企業秘密である灰色髪のアニマの少女、リューコに一日振り回された挙句、今度はライノとゾーイにも詰問される羽目となり、ようやく解放されたのは日もすっかり暮れた頃だった。

 その翌日、イオは精神的に疲れた体を引きずってファルケンのメンテナンスとエンジンチェック、自身の機体のメンテナンスが終わったのか暇そうにしているイーグルの相手、そしてファルケンの補給パーツに紛れ込んで運ばれていたMS社最高企業機密のドーター、ガンメタリックのストライクワイバーンの最終チェックの手伝いで格納庫を右往左往していると、日頃聞き慣れないエンジン音に気が付き、足早に格納庫の外へと向かう。

 そこにあったのはエメラルドグリーンのドーターが、エンジンの具合を確認しているところだった。

 

 「すげぇ!! F-4の偵察仕様じゃねぇか!!」

 

 「ほう、お前さん、あれが分かるのか」

 

 「当たり前だぜ!! ありゃあ半世紀以上前線で戦い続けた歴戦の猛者だ。日本だと最近じゃあ配備数が減ってるって話だが、まさかドーター化しているとはなぁ!!」

 

 陰ながら戦闘機オタクであるイオは、興奮覚める様子も無く語り続ける。舟戸が「その言葉、本人に聞かせてやれ」と言うと、不意にファントムのエンジンが止まり、装甲に覆われたコックピットが開く。

 中から出てきたのは、日本の和人形の様な風貌の落ち着いた風貌の少女だった。その髪は機体と同じエメラルドグリーン色に輝いている。

 

 「あら?」

 

 柔らかな声音を持つ翠髪の少女、ファントムは八代通と何やら話し込んでいた慧に視線を移すと、タラップを降りてから二人に近づく。

 

 「ごきげんよう、昨日はどうも」

 

 「何だ、顔見知りか?」

 

 「えぇ……まぁ……如何にもな奴に絡まれていましたから……」

 

 どこか落ち着かない様子でしどろもどろになる慧。その友人の窮地を助けるべく、イオはファントムに歩み寄った。

 

 「いやぁ~、歴戦のF-4乗り(ファントムライダー)に会えるなんて光栄だぜ。しかもこんな美人たぁ驚きだ。アニマは全員美少女の法則でもあるのか?」

 

 「あら、見かけによらずお世辞が上手いんですね……あなたは確か」

 

 「申し遅れました。わたくしめは、イオ・ケープフォード。現在日本国自衛隊に雇われているマーティネズ・セキュリティー社でアルバイトをしている者です……と言う訳で、以後お見知りおきを」

 

 イオはわざとらしく馬鹿丁寧な態度で深々とお辞儀をする。見た目と態度が比例しない、そのおかしさがツボに入ったのかファントムはクスッと笑うとその握手に応じた。

 

 「こちらこそよろしくお願いします。私はRF-4EJ-ANMファントムII。どうぞファントムとお呼びください」

 

 ファントムはイオと握手を交わすと、では、これからお父様とお話がありますので、と八代通を始め慧やグリペン、イーグルを伴って格納庫を去ろうとする。

 しかし、ストライクワイバーンの横でどこから持ってきたのかビーチベッドで寝ころび、機体のチェックリストを片手にジュースを飲みながらくつろぐ純白のワンピースを着た灰色髪のアニマ、リューコの横に立つとファントムの方から彼女にお辞儀をした。

 

 「ご無沙汰しています、先生(・・)。不肖ファントム、昨日付けで小松基地に配属となりました。また貴方と飛べる事を嬉しく思います」

 

 その今まで見たこともない態度に、八代通ですら目を剥いた。

 一方、当のリューコはと言うと特にこれと言った気負いを見せず、普通に接する。

 

 「うむ、久しいのう、ファントム。お主も壮健そうで何よりじゃ。儂にクラッキングを仕掛けた、あの腕は衰えておるまいな?」

 

 「えぇ、空戦をしながらの電子戦には磨きを掛けてきたつもりです。もし宜しければ、今ここで披露しても構いませんが……」

 

 「止めておけ。見ての通り儂の機体は組み立て中、最低でもあと1時間は掛かるじゃろうて。その後でなら、いくらでも構わんがのう」

 

 ひっひっひっとリューコが笑い、ファントムもまたそれに応えて笑う。どうやら師弟関係にある様だが、何か只ならぬ因縁を抱えていそうな雰囲気だ。 

 しかし、リューコを見たことがない慧は、ここで思わぬ爆弾発言を投下してしまう。

 

 「子供……何でこんな所に?」

 

 口に出さなきゃ良いのに。と、ストライクワイバーンの整備をしていたMS社直轄の整備員一同は内心一斉にそう呟いた。

 慧の呟いた独り言が聞こえていたのか、ピクリと耳が動くとリューコはチェックリストを置いて立ち上がり、慧の前まで詰め寄る。 

 

 「……おい、そこの小僧。今儂を見て何と言った?」

 

 「え、いや、あの……」

 

 「子供……確かにそう言ったように聞こえたがの、ん?」

 

 慧の丁度鳩尾の辺りにいつも持ち歩いている扇子を突きつけ、身長が足りないせいで上目がちになりながらも睨み上げる。

 一見すれば少しませた子供が子供扱いされて怒っているという微笑ましい光景なのだが、彼女の場合いかんせん纏っているオーラが違いすぎた。

 蛇に睨まれた蛙ならぬ、竜に爪を立て掛けられた冒険者、と言った方が正しいくらい、慧は異様な雰囲気に呑まれて動けない。

 それを助ける為か、グリペンが両者の間に割って入り、距離を離させる。

 

 「慧の率直な感想は間違っていないと私も思う。確かにあなたは小さい。自分より小さいアニマを、私は初めて見た」

 

 「アニマだって!? こんな小さい子が……?」

 

 「ほう、貴様は同族を見抜く程度には賢いか。だが分を弁えよ、この儂を誰だと思うておる?」

 

 「……知らない。初期学習のデータベースの中に、あなたの機体は存在しない」

 

 「はっ、だろうな。これだからマニュアル頼みのお子様は……ドクター八代通、この国のまともなアニマはバイパーとファントムだけか?」

 

 やれやれと言った具合で嘆息するするリューコ。

 それもその筈、X-02は当時内戦の勃発していたレサスからオーレリア連合国群に亡命してきたベルカ人が、技術の粋を集めて作り上げた当時における正真正銘、ワンオフの機体なのだから。戦争終結後に記念博物館で動体保存されていた当機体だが、一般公開はされていなかったので、一般人は認知しているかすらも怪しい機体なのである。

 彼女のその慇懃無礼過ぎる態度に八代通は呆れながらもフォローを加えた。

 

 「だが、あの二人は揃えば凄いぞ。この前の小松防衛戦の時は鳴谷君を乗せたグリペンは一機で重爆撃型を撃破、そして戦闘機型も多数撃墜している」

 

 「戦場の空気を知らないひよっ子に、よくもまぁそんな真似をさせられるのぅ……昔を思い出すわい」

 

 戦力の足りなかったあの頃を、な。とリューコは人知れず呟いたが、その呟きを聞き取れたのはこの場ではファントムだけだった。

 その一瞬の静寂を、イーグルが割って入って打ち破る。

 

 「ちょっと!! あなた、今お父様とイーグルを馬鹿にしたでしょ!!」

 

 「ドクター八代通には質問しただけじゃ。そう言う貴様こそなんじゃ、うちの若いのがいなければ危うく醜態を晒す所だったと聞くぞ?」

 

 「ムカつく~!! 偉そうに!! そう言うあなたは何様のつもりなの!?」

 

 「はっ、聞いて驚くが良いわ」

 

 リューコはサンダルのままビーチベッドの上に立ち上がり、バッと扇子を広げては背後に控える灰色のストライクワイバーンを背に大仰に構える。

 

 

 「かのオーレリア戦争を駆け抜けた伝説の飛行小隊、グリフィス隊。その一番機の改修型……ストライクワイバーンじゃ。覚えておいて損は無いぞ?」

 

 

 その場に居た者全員に不敵な笑みを振りまくリューコであった。「完璧に決まった……」とドヤ顔でふんぞり返りジュースを呷るリューコだが、

 

 「あれ~? 何やってんの~、社長秘書殿」

 

 「-----ブフゥ!?」

 

 機材のチェックを終えたライノが後ろから声をかけると、口にした液体を飲み込み損ねたのか気道に入り、むせた。エホッエホッ、と可愛らしく咳をする姿からは、まるで先程の様な威厳は感じられない。八代通を始めとした一同はそのギャップ差に忽然としながらも、その空気を物ともせずライノはリューコに近寄り、手持ちのハンカチで白いワンピースに染みついたジュースの跡を拭っていく。

 

 「げぇっ!? お主は海軍の蜂娘!! こ、これ、止めんか……」

 

 「大丈夫~? 社長秘書殿? 白い服はシミになりやすいもんね~。ちゃ~んと拭かないと……」

 

 「ちょっ、そこは……あふぅ//……」  

 

 珍しく怯えた声のリューコ、よいではないか~と拭き取りを続行するライノ。 

 ただ服を拭くだけにしては異様にアツい絡み合いが、ビーチベッドの上で繰り広げられる。建前上ちゃんとジュースの付いた部分を拭き取ってこそいるが、布越しにライノの手は腹回りから鼠蹊部、太ももを撫でるように動き回り、リューコの口から僅かに嬌声が漏れる。

 どうやら、先日イオを連れまわした事で彼が刑務所に行く原因になりかけた事を根に持っているらしく、その報復なのか隙あらば過剰なスキンシップを仕掛けてくるのだ。最も、原因はそれだけでは無いようにも見えるのだが……

 図らずも彼女がリューコの抑止力(ストッパー)として機能している事を確認すると、独飛の面々はそそくさとその場を去っていくのであった。

 

 「き、貴様らぁ~……空に上がったら、覚えておけよぉ……」

 

 すっかりご満悦したライノから解放された、死に体な状態のリューコはビーチベッドに伏せると息も荒げに呟いた。

 

 

 イオが彼女の報復のとばっちりに巻き込まれるまで、あと一時間。

 

 




現在6巻まで購入、5巻まで読了。

GAF12話見てまず思ったのが……ザイ化する空港とかを見て劇場版ダブルオーのELSを思い出しました。発電施設の下りは当時トラウマでしたね……


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11話 灰色の鋼竜

(クシャル○オラじゃ)ないです。
ですが、機体カラーのイメージは近いかも……


 

 「「「合同演習?」」」

 

 予定より早く整備の終わったストライクワイバーンの前にリューコはMS社所属のアニマとイオ、バーフォードを呼び集めると思いも寄らない発言を口にした。相変わらずライノに引っ付かれて暑苦しそうだが、多少耐性が付いたのかチェックリストの記されたタブレット端末を片手に余裕そうな表情を保ったままだ。

 

 「あぁ、独飛だかトックリだか知らんが、連中儂を舐め過ぎじゃ。ここいらで一つ、儂の強さを示しておこうかと思うてのう」

 

 「俺は別に構わねぇけどよ……」

 

 「しかし契約上、貴方は頭数に数えられていない筈では……」

 

 「文句あるか? バーフォード。この全空最強の儂がタダで稽古付けてやろうと言うのじゃ、滅多に無いサービスじゃぞ?」

 

 「それが問題だと言っているんです……っ!!」

 

 珍しく敬語で応対するバーフォードだが、リューコはどこ吹く風と言った具合で一向にその考えを改めない。確かにPMCであるMS社としては模擬戦闘の敵役(アグレッサー)の仕事をタダで引き受けるなど、赤字経営もいい所だろう。

 機体整備は三機とも万全でいつでも発進できる態勢にはあるのだが、バーフォードは渋面のまま反対意見を述べ続ける。しかし、いい加減に聞き飽きたのか、リューコはライノを払い除けるとバーフォードの顔面に閉じた扇子を突きつけた。

 

 「分を弁えよ、バーフォード。あんまりしつこいと社長に頼んで減給させるぞ? 儂が独自の行動権を持っていることを忘れたか?」

 

 「そ、それは……」

 

 「よし、バーフォードは黙らせた。お前たち、すぐに出撃の準備を……いや待てい」

 

 リューコが意気込むと、ポシェットの中から鳴り響いた携帯を取り出して添付されてきたメールを読む。それを見て、リューコは生徒の面白い回答を見た教師の様に口の端を吊り上げる。「品の無い若僧どもに灸を据えよ、か……面白い」と呟くと突然立ち上がっては扇子を広げる。

 

 「模擬戦は予定通り行う!! じゃがチーム分けは変えよう。お前たちは四機、儂らは二機じゃ」

 

 「それはつまり……私たちは社長秘書と敵対する、という認識でいいのかな?」

 

 「察しが良いな、ゾーイ。儂ら側はファントムを含めた二機じゃ。お主もあんまり年寄りを舐めてると痛い目を見るぞ?」

 

 「えぇ~、折角だからあたし、社長秘書殿と飛んでみたかったな~……」

 

 リューコはライノの言葉に「こいつ、空でも儂にくっつく気か……」と呆れると、バーフォードに突き付けていた扇子を今度はイオの方向に向け直す。その瞳には、確かな興味が沸いていた。

 

 「ときに臨時隊員(パートタイマー)。COFFINシステムのG軽減の恩恵を受けているとは言え、人の身の分際でドーターを操り、ザイを撃墜したその腕前がまぐれか本物か……貴様が曲がりなりにもAntaresのコードネームを持つに相応しいか、試させて貰うぞ」

 

 「……面白ぇ、そこまで言うなら俺も見せて貰おうじゃないか。最高企業機密様の力とやらをな!!」

 

 安い挑発、だがイオも敢えてそれに乗っかる。こうしてお互いに不敵な笑みを携えたまま、模擬戦の準備が始まった。尚、この時この瞬間、ゾーイ以外はリューコの実力を知らないので、後にイオのその自信が完膚なきまでに叩き折られることを、そして、そもそもこの模擬戦闘自体行う事になったきっかけが、元はと言えば自分を子供扱いした慧やグリペンに対するリューコの単なる憂さ晴らしだという事を、この場にいる誰もが知らない。

 

 

 --------------

 

 

 高度6500フィート 金沢沖50㎞地点

 

 

 『そういえば、イオってロッテ戦術ってやった事ある?』

 

 機体が上空に上がり、状況開始の合図が通達されるその少し前、イオの操る瑠璃色のファルケンの横を飛ぶ青いF/A-18Eから通信が入った。ロッテ戦術とは、戦闘機の編隊飛行において二機一組を最小単位とする戦術で、国防軍時代のドイツ空軍で確立された物だ。

 ライノの所属するアメリカの陸軍航空軍ではエレメントと呼称されるが、ファルケンの原産国であるドイツに準えてそう言ったのだろう。

 

 「いや、初めてだ。それに、本物の空はこれが二度目だしな」

 

 『だよね~。じゃあ、あたしがフォローに入るよ。機動力はあたしの方が上だから、長機は任せて~』

 

 ライノはにへらと笑うと、イオの前に付くようにして飛ぶ。機体性能を限界まで発揮すれば前進翼を採用しているファルケンもかなりの旋回性能を誇るのだが、いかんせん人間が乗っているのでいくらコックピットがGを軽減してくれていると言っても常時フルスペックが発揮出来る訳ではない。そういった意味では、アニマしか搭乗していない機体に前衛を任せた方が、ファルケンのコンセプトである後方からの長距離砲撃も生かしやすいのだろう。ライノが自機の前方に移動したのを確認すると、イオは少々むくれている友人に通信を飛ばす。

 

 「Ghostより01。肩に力入り過ぎてんぞ?」

 

 『うるさい……アイツら、グリペンだって必死になって頑張ってるのに、二人揃ってロクで無しだの、失敗作だの……大体、アニマってなんでこんなに協調性が無いんだ……?』

 

 「あーあ、聞いてねぇやこりゃ」

 

 イオは肩を竦めた。出撃前にファントムやリューコに相当言われていたのであろう、慧は不快も顕わにと言った具合だった。現在はグリペンがメインパイロットを務めているのにも拘わらず、握る必要のない操縦桿を強く握り締める音が聞こえる。

 

 『BARBIE隊、及びMS社所属各機へ、これより訓練状況を開始する』

 

 (来やがった……っ!!)

 

 それまで気楽に構えていたイオだが、八代通からの通信を聞いた途端に操縦桿を今一度握り直して気合を入れる。今回の訓練内容は四対ニによるやや変則的な異機種間戦闘訓練だ。使用可能装備は全機体が短射程AAMと機関砲、加えてファルケンに関してはTLSも使用可能である。それら全てがセンサーやシミュレーションプログラムで計算された元に当たり判定を導き出すので、実際に実弾を撃つ必要はない。

 そして索敵開始から数十秒、レーダーが今回の敵機であるファントムを示すBARBIE03とリューコを示すGryphus01をそれぞれ捉えた。

 

 『イオ~、どっちに仕掛ける?』 

 

 「当然社長秘書様よ!! 01、02、そっちの相手は任せたぜ!!」

 

 『了解。BARBIE01、これより03の撃破に向かう』

 

 『02りょうか~い!! イーグルが一番強いってこと、証明してあげるから!!』

 

 二機体づつでロッテを組み、それぞれ自分の所属する組織の機体に向けて飛翔する。刹那、ライノが突然スピードを上げた。

 下から回り込むつもりなのか、一度高度を下げると一気に機首を上げ、灰色の翼竜の背後に向けて飛翔する。

 

 『Saphir01、エンゲージ!! 社長秘書殿のお出ましだよ!!』

 

 『最初の相手は貴様らか。面白い!!』

 

 リューコのX-02SはライノのF/A-18Eからの攻撃を予測すると、敢えて一度推力を切った。

 ストールする機体、しかも低速域にも拘らず主翼をわざと閉じて揚力の発生を防ぐと同時に全面投影面積を可能な限り減らす。丁度その瞬間、X-02Sのすぐ脇をイオが薙ぎ払ったTLSが通過した。

 二人の作戦としては背後の取り合いになり減速した瞬間をイオが捕捉、TLSによる狙撃で仕留めるというものだったが、かつてグリフィスウォール奪還作戦で八基のメソンカノンを相手にした経験のある彼女にとっては、たった一本のレーザーを回避する事など造作でもなかった。

 

 『うっそ~!?』

 

 「アレを避けやがった!?」

 

 「さすがは社長秘書、だね」

 

 『背後を取ろうと減速したところを狙い撃つ、TLSならではの戦術じゃの。じゃが……』

 

 そのまま自由落下して下から回り込み、ライノを通り過させて背後に回った途端に主翼を再び展開して揚力を獲得、アフターバーナーを一気に吹かして尋常で無い速度でライノに追いすがる。その速度は並みのドーターの比ではなく、レーダー上でどんどん二機の距離が狭まっていく。

 

 「くそっ!!」

 

 イオも長距離砲撃による撃破を諦め、ライノを救出する為にX-02Sの背後に付くべくスロットルを上げるが、自重の重いファルケンでは加速の乗りが悪く、追いつくまでに時間がかかる。

 その間にも背後に付かれたライノは全力で振り切ろうとするが、速度を落とせば主翼を展開してこちらよりも高いロール性能を、上げれば主翼を閉じて圧倒的な最高速度を安定して叩き出してくる。これぞベルカ人が生み出した、史上最速の鋼竜の実力。

 

 『すごい!! 全然振り切れない!!』

 

 『練度が足りんわ!!』

 

 完璧にロックオンを終えたリューコは、ライノに向けて攻撃を放った。ほぼ至近距離、FOX2、更に機銃弾のオマケ付き。

 ライノはミサイルをフレアで避けるが、回避先を予測して『置かれていた』機銃弾がエンジン付近に被弾、それも急所だったらしく、大破炎上判定が下される。

 

 『Saphir01 ロスト』

 

 『ごめ~ん、やられちゃった……強いよ、社長秘書殿』

 

 「たった機銃数発で……」

 

 『反撃開始直後は物資が少なくてのう、機銃弾も節約する始末じゃ。さて、そろそろ速度は乗っているな?』

 

 驚くことに、彼女はイオが接近して格闘戦を挑んでくること前提にしており、今すぐにでもドックファイトを繰り広げられると言った様子だった。いくら何でも加速性能の悪いファルケンで低速状態からのスタートでX-02Sとドッグファイトをさせるのは、さすがに彼女も酷に感じたのだろう。

 その余裕が、イオの闘志に火を付けた。

 

 「こんの……舐めやがって、ぇ!!」

 

 激情をトリガーにしたアドレナリンの過剰分泌が、イオの痛覚を麻痺させる。直後にスロットルを全開、通常の設備なら間違いなくパイロットに致命的なダメージの入る速度で、X-02Sに追いすがる。

 リューコはそれを確認して鼻で笑うと、主翼を閉じてアフターバーナーを全開、一気に距離を突き放しに入った。

 その背後を追いすがり、機銃を乱射するが、驚異的な精度かつ最小限の動きで繰り出されるシザーズで全てかわされる。

 しかし、それはある動作を誘い出すための罠だった。それは常時前進翼であるファルケンがそうであるが故にストライクワイバーンに対抗できる数少ない要素、所謂『最高速度域における旋回性能』を生かすためだ。

 確かに最高速度こそ劣るが、機体形状からして主翼を閉じた状態のX-02Sに比べれば、常時前進翼であるファルケンの方がまだ旋回性能に関しては分がある。元々とある機体の随伴機として開発が進められていた機体だ、高速度域での旋回性能が要求されたのだろう。

 要するに、相手が高速度域でブレイクした瞬間を狙い撃とうと言うのだ。 

 

 「ゾーイ!! FOX2四発!! 本命は一本だけだ!! 後は適当に撃て!!」

 

 「分かった、FOX2!!」

 

 ゾーイにミサイルの誘導をオーダーするイオ。しかし、ゾーイの制御によるHimat化は一発のみで、後の三発は唯の赤外線誘導である。

 リューコは最高速を維持しながら急速旋回しつつフレアをばら撒き、囮の三発の誘導を誤魔化すが、本命のゾーイによる直接制御のHimat化したミサイルが、X-02S以上の高機動でその陰から襲い掛かる。

 

 

 『ほう』

 

 

 その時、リューコが初めて感嘆の声を漏らした。奥の手で構えていたTLS以前にミサイルの直撃コース、避けられない、勝て-----------

 

 「何!?」

 

 刹那、レーダーのシンボルを確認した限り撃墜判定が出たのは機体ではなく一発のミサイルだった。本体を倒せていない、試合続行。しかも倒せると安堵したその一瞬の油断が命取りで、いつの間にかイオの視界の中にストライクワイバーンの姿は無い。

 

 「……やられたね」

 

 『この機体の数少ない弱点を突いてくるとはのう……そのセンスは認めよう。じゃが』

 

 いつの間にか自機の上空に回り込み、瑠璃色の鷹に影を落とすようにして悠然と翼を広げて飛ぶ、灰色の翼竜。この距離であればいかなる攻撃も外す要素がない。実質的な、死刑宣告。

 その理解不能な敵機の生存に、イオは戦慄を覚える。

 

 『その油断が命取りになるぞ。撃墜は己の目で確認するまでが撃墜じゃ、よう覚えておけ、臨時隊員(パートタイマー)』 

 

 「今、何を、したんだ……?」

 

 「恐らく、ミサイルに自機の信号を映しこんでリリースし、即席のデコイにしたんだろう。社長秘書は電子戦も得意だからな」

 

 「それを先に言え、ゾーイ!!」

 

 しかし、瞬間的な反省会も他所に、リューコは一向にイオに止めを刺さないでいた。

 

 「……何で止めを刺さねぇんだ?」

 

 『お主にはまだファントムと戦って貰いたいからのう、あやつから学べることは多いぞ?』

 

 さて、儂はあの若僧どもに灸を据えてくるかねぇ、と黒い笑いを浮かべながら、リューコは機体をバンクさせると急旋回してイオの元を離れた。

 それから間隙も無く、レーダーが近距離にBARBIE03の接近を知らせる。

 

 『まさか先生から一本取りかける人間がいるなんて、考えてもみませんでした。次は私が相手をします、どうぞお手柔らかに』

 

 相も変わらず、午後の紅茶でも勧めてきそうな雰囲気の穏やかな声。

 レーダーを確認する限り、BARBIE02の反応がない。恐らくは速攻で片づけて来たのだろう。  

 イオはリューコの底知れぬ実力に身を震わせながらも、頭を振って気持ちを切り替え、第二ラウンドに備える。

 

 「よっしゃあ!! 切り替えた!! こっちこそ頼むぜ、ファントム・レディ!!」

 

 交差する翠色の幽霊と瑠璃色の鷹。その刹那にファントムとイオが装甲越しに横目で向き合い、演習の第二幕が幕を開ける。

 



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12話 教えて下さい、ファントム先生

 瑠璃色の鷹の横を通り過ぎる碧色の幽霊。その瞬間だったか、一瞬だけレーダーの表示とCOFFINシステムの全周囲モニターにノイズが走ったようにも感じた。

 そして次の瞬間、レーダーからBARBIE03の表示が消える。

 

 「消えた!? アクティブステルスでも付いてんのか!?」

 

 「いや……システムクラック、だね。アニマ間のデータリンク経由でこちらに誤情報を流し込む奴だ」

 

 「ゾーイの目は使わせないってか……面白れぇ!!」

 

 イオはそれを聞くや、すぐに計器のスイッチを弄って前部座席側のレーダー情報、及び火器管制システムのゾーイ側との連携、同期を完全にカット。機体側が拾う情報だけを表示させ、機銃照準の自動補正やミサイルの誘導等を彼女任せではなく既存のFCS任せに再設定。機体操作の補佐だけに彼女を専念させる。

 

 「……来たっ!!」

 

 機体側が回す情報が、辛うじてBARBIE03の反応を捉える。このファルケンのヴェトロニクスは基本的にアニマ用に調整された物しか載せていない。そもそもドーターに人間が乗る事自体が想定外なのでアニマの補正が利かない分性能の低下は否めないが、暗闇でサーチライトが無くとも懐中電灯があるくらいにはマシだった。

 更新間隔が遅く精度も低いレーダーだが、辛うじてファントムの機影を捉え続けている。距離、後方400m。機体性能はこちらの方が加速性能以外において優っているが、無慈悲なほど正確な照準の機銃弾が機体を掠る。

 

 「後ろからならぁ!!」

 

 お互いにバレルロールを敢行し背後の取り合い。しかし、機体形状の空力特性的優位を持ってしても大型機の定めか、小回りがファントムほど効かない。

 バレルロールによる背後取りは不可能と判断、しかし、その一瞬の間にもファントムがロー・ヨー・ヨーで位置エネルギーを速度エネルギーに変換して距離を詰められる。

 いくらドーター化と言う通常の戦闘機からすれば最早化け物じみたと言っていい程のチューニングが施され、アニマである彼女たちは自身への負荷を考慮する必要が無いとは言え、元来その機体が持つ機体構造、機体特性の差はそう簡単に覆せるものでは無い。ファントムはその差を、電子戦と技量で埋め合わせいるのだ。

 機体性能の彼我の差で言えばこちらの方が有利の筈なのに、振り切れない。

 

 「すげぇよ……あんた……!!」

 

 全周囲モニターだからこそ直接この目で見える。後方から猛追する翠色の機影がブレる。それを見てイオの目は見開いていた。

 だがそれはリューコの時の様な驚愕にではない。もっと別な感情から来るものだった。

 

 

 

 『Antares Ghost ロスト』

 

 

 

 ----------------

 

 

 「……先生。貴方、わざと私と彼をぶつけさせましたね?」

 

 イオの乗る瑠璃色のファルケンを仕留めた事を確認し、合同演習を終了して帰投する最中、ファントムは隣を悠然と飛ぶ灰色のストライクワイバーンを睨みながら、リューコにだけ聞こえる様に通信を暗号化して問う。

 しかし、それに対してリューコはヒッヒッヒッ、といつもの様に笑うだけだ。

 

 『お主もノリノリじゃったクセに……まぁ、あやつには儂よりもお主をぶつけた方が早いからのう』

 

 「電子戦の得意な私の方が、彼との相性が良いと?」

 

 『そう言う事じゃ。ああいう脳筋馬鹿の鼻っ柱を折るには、儂よりお主の方がいい薬になるじゃろうて』

 

 あの場でイオを倒さずファントムの相手をさせたのは、イオの様な自前の天才的な操縦技術を過信しつつも戦闘機に関する知識のある人間には、歴史の表舞台には出てきていない未知の機体の圧倒的な機体性能と実力差の組み合わせを見せつけるよりも、型式的に旧型の機体が熟練の技と電子戦の組み合わせで実力差を見せつけた方が、彼の自信を折るには相性が良いと考えた結果だったのだ。

 

 「成る程、先生も人が悪いことで」 

 

 『お主ほど黒いつもりは無いがのう……ま、本気の三割……いや、二割五分くらいは出さされたかの。人間相手の模擬戦では初めてじゃな』

 

 リューコは通常のアニマ用の物より自身の小さな体格に合わせてコンパクトに計器類が纏められたコックピットの中で、荷物置き場と化している後部座席のトランクの中から好物のリンゴジュースのパックを取り出してそれを飲みながらカラカラと笑う。彼女の機体は『社長』から直々に言い渡される極秘に様々な任務を請け負っている。その中には要人保護等も含まれるため、単座式であった元の機体から副座式に改装されているのだ。護衛任務において彼女が操るこの機体のコックピットの中は、ある意味世界で最も安全な場所とも言えるだろう(同乗者の命以外の安全は保障しかねるが)。

 

 「操縦センスが高いのは認めましょう。何なんですか、彼は? まともに戦っていたら、いくらGを考慮しなくてもいい私達でも喰われかねません」

 

 『馬鹿じゃからなぁ、あの臨時隊員(パートタイマー)は』

 

 イオの特異体質についての情報はある程度ファントムも耳に入っている。天性的な高い耐G体質、更にそれに上乗せするようにしてアドレナリンの過剰分泌による肉体負荷の無視。これらにCOFFINシステムのG軽減機構が合わさり、彼は人の身でありながら、計算上は最大120秒間ドーターの本気(・・)に肉体が付いて来られるのだと言う。それを改めて思い出し、ファントムはまたクスりと微笑む。

 

 「えぇ、全くです。人類全てがあの少年みたいに『馬鹿』だったら、良かったのかもしれませんね」

 

 『そりゃ酷な話じゃろうて。ま、年寄りの腹の探り合いは見なくて済みそうじゃがの』

 

 そう言って、彼女たちはまた笑いあうのであった。

  

 『あぁそうじゃ、ファントム。降りたら覚悟しておけ。あの馬鹿はしぶといぞ?』

 

 空になったパックを後部座席に放り込みながらニヤニヤと笑いながら言い放つリューコ。この時、ファントムはその言葉の意味を理解しかねた。

 

 ----------------

 

 演習後……

 

 

 「ここにいたか……っ!!」

 

 演習が終わり、格納庫内でMS社所属の機体整備を終えたイオは、息を荒げながらやっとの思いでファントムの元を訪れることが出来た。

 先程慧とグリペン、そしてイーグルと問答を起こした彼女は、案の定一人で基地の中をうろついていた。その瞬間を彼は待っていたのだ。

 彼女が振り返るとエメラルドグリーンのショートの髪が揺れ、琥珀色の双眸がイオを見据える。

 

 「あら、確かイオさんでしたか? MS社のアルバイトの」

 

 「あぁそうだ。あんたに話があって来た」

 

 イオは慧から彼女が演習で行った事の顛末は彼からも聞いている。味方のデータリンクに偽の情報を流してからの不意打ち、そして演習後のイーグルやグリペン達に対する侮辱、その他諸々、そして彼の考えも。だが、イオはそれについて文句を言いにここまで来たのではない。

  

 「話とは何でしょうか? デートのお誘いとは思えませんが……当ててみましょう。あなたがこの基地で最も親しい人間である鳴谷慧さんから先程の演習で私がズル(・・)をした事情を聴き、彼と同じ考えであるあなたは後輩の敵討ち、あるいはお礼参りに来た、と言った所でしょうか?」

 

 「………」

 

 「お生憎ですが、私は先程の演習では貴方たちの鼻っ柱を叩き折るつもりでいました。これについては先生の意向でもあります。データリンクや貴方の視界を奪ったのもそうですが、実際の戦場にルールも何も無いでしょう? ましてや我々の敵はあのザイ、ROE(交戦規定)が存在する筈もありません。使える物は全て使ってでも勝ちに行く、当然の事でしょう?」

 

 「……あぁ、全く持ってその通りだ」

 

 イオの思いもしないその言葉にファントムは首を傾げると同時に、嫌な予感を覚える。それはリューコが帰投時に言っていた、『あの馬鹿はしぶといぞ』と言う言葉を思い出したからだ。彼女の人を食ったような笑みと共に、ファントムの頭の中でその言葉がリピート再生される。

 

 「俺は、自分の実力を過信してた。あと計器にも頼り過ぎだ。あんたにゾーイのデータリンクを封じられて、視覚情報を誤魔化されて初めて実感したぜ。ベトナムの空じゃあ、得意分野まで潰されてたってのにさ……」

 

 アニマが持つ個性や素体の記憶が機種毎にあることを知ってか、イオは不意に呟いた。親の影響からか戦闘機の歴史を知識として持っているからこその言葉だ。彼女自身、または同胞、あるいは兄弟姉妹と呼んでも良いF-4系列は半世紀以上戦場を駆け続けるまさしく歴戦の猛者。しかし、投入されたベトナム戦争ではROEやメンテナンス不足により、その高い筈のレーダー性能を生かしきれないままの戦闘を強いられていたという歴史がある。

 イオの操るファルケンにはアニマの加護を受けた高性能なレーダーどころか、G軽減機構付きのパイロットシートや下方も見渡せる全周囲モニター、果てはレーザー兵器まで搭載しているのだ。そう言った物が如何に贅沢品であるかを、彼は痛感していた。

 

 「G軽減機構も全周囲モニターも贅沢な代物なんだよな。あんた達が戦い続けてきた当初からしたらさ」

 

 「……あの少年とは、随分違う意見なんですね」

 

 「まぁ、俺は慧の奴ほど真面目じゃないからなぁ……だからこそ、あんたに折り入って頼みがある」

 

 そう言ってイオは、地面に両膝を付けると上体を地面に平行にし、果ては額を地面に付けた。所謂『ジャパニーズ・土下座・スタイル』だ。

 そして彼は、彼女が次の瞬間思いも寄らない言葉を口にする。

 

 

 

 「頼む、ファントムさん……いや、ファントム先生と呼ばせてくれ!!」

 

 

 

 「えぇ……」

 

 その言葉には、流石の彼女もドン引きだった。意識外のうちに足が半歩後ずさる。この基地において自信過剰な彼らを持てる力全てを使って叩きのめし、実力差を明らかにする事で作戦行動中や日常生活においても自身の優位性を保つと言う彼女の思惑。それらが瓦解する……と言うより、何か別の物に置き換えられていく音が聞こえた気がした。

 優位性を保つ、と言った意味ではその目的は達成されているだろう。現に彼は自らを下に置き、彼女に教えを乞うているのだから。しかし、だからこそ理解できない。

 

 「私よりも、リューコさんの方がよろしいのでは? 同じ会社の方ですし、彼女の方が技量に関しては私より上ですよ?」

 

 「違う、そうじゃねぇ。俺はあんただから教わりたいんだ!! 旧型の機体で最新鋭機と渡り合う電子戦のイロハと、その操縦技術を!!」

 

 今まで情報にあった物とは違う、軽薄な口調ではなくいつになく珍しい真摯な訴えかけ。その彼に追随したのは、遅れてやってきた彼のパートナーである褐色肌のアニマ、ゾーイだった。土下座の姿勢を保つ彼の横に立つと、彼女も頭を下げる。

 

 「あなたは確か、ファルケンのアニマの……」

 

 「私の方も頼めないだろうか? 私たちは二人揃って未熟者だ。このままでは、私がイオを殺してしまうかもしれない。それだけは……ダメなんだ」

 

 ファルケンに搭載されたアニマ、ゾーイ。ファントムの知る限り、アメリカが公には発表しなかったライノよりも前に開発された自分と同じ初期の頃のアニマだと聞くが、未だに謎が多い。しかし、彼女のその姿勢からはそう言った黒い思惑は感じられなかった。

 

 (私とは正反対ですね、彼らは……)

 

 あれこれ思惑を考えない、目の前の障害を越える事だけを考えて自分の信じた道をひたすらまっすぐに歩もうとするその姿勢。その馬鹿正直な心意気は、自分があの体感時間100年間シミュレートの中で失ってしまった、ある種の純粋さなのかも知れない……等と、いつになく年寄り臭い事を考えてしまったファントムは軽く頭を振ると、二人に「顔を上げて下さい」と声を掛ける。

 

 「イオさんに一つ、お尋ねします。あなたはどうして、そこまでして強くなりたいのですか?」

 

 「親父の敵を討つ……と言うのも理由の一つだが、俺には昔から夢があってさ……俺は見たいんだ。自分が飛ぶ空を、自分の手で飛ぶ、世界中の空を。本物の、空を」

 

 シミュレーターによる偽りの空しか飛んでこれなかったイオにとって、今の状況はまさに夢叶ったりと言った状況だ。しかし、現在はザイの襲撃による未曾有の危機がそれを脅かしている。イオが本当に心の底から飛びたいのは戦場の空ではない、自由な空なのだ。それを勝ち取る為にも、今は自分を鍛えたい……それが、彼の考えであった。

 その思いを感じ取ったのかは分からないが、ファントムは軽く嘆息すると踵を返しながらこう告げた。

 

 「……分かりました。明日の午前十時、シミュレータールームに二人とも来て下さい」

 

 「っ!! じゃあ、訓練の話は……」

 

 「私の負けです。良いでしょう、先生が見初めたその力、見極めさせて貰いますよ。お・馬・鹿・さ・ん」

 

 そう言って、ファントムは微笑を浮かべながら、軽く振り向いて小首を傾げるのであった。




ファントムって教官系ヒロイン似合うと思うの……最年長だs(この先は機銃で穴だらけにされて読めない……


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EX1 鋼狼のオルフェンズ Stage01

いわゆる、敵紹介パートってやつだ。
予想外に長くなってしまった……


 某無人島

 

 無人島である筈にも拘らず、岸壁の側面から光学迷彩で隠蔽されていた滑走路が出現する。その格納庫直結型の滑走路に編隊を組んで降り立つのは、同型の四機の大型戦闘機だ。

 機体色はやや明るいモスグリーンだが先頭の一機のみ毒々しい赤みの強い紫色で、主翼などの各所に狼の爪痕が刻まれている。特徴的なコックピットごと前方に大きく突き出した機首には大口径の機関砲を側面に二門備えている。翼形状は機首先端から伸びるカナードと、翼端にウィングレットを持つ胴体と一体化した大型の後退翼、左右のエンジンユニットから伸びた外向き斜め双垂直尾翼で構成され、巨大な主翼には外側にエレボン、その内側にフラップとスポイラーがあり、エンジンに挟まれた中央部にも小型のスポイラーを備える。このエンジンは機体の背面にもエアインテークが備えられており、これに垂直方向への推力偏向を行うパドル式二次元推力偏向ノズルも組み合わされている。

 その形状と生物を想起させるほど異常なまでに高い機動性から、かつてとある全空最強を自称したパイロットが『烏賊』と呼称していた、ゴールデンアクス計画が生み出した遺産。

 

 『ロッシュ、どうですか? 調整を終えたヴィルコラクの乗り心地は?』

 

 GAF-01X DANM Varcolac。極秘裏に秘密工場で増加生産されていた四機のヴィルコラクを今は存在しないとある研究機関が回収。『デミ・アニマ計画』に対応する為にコックピット周りに『CQ』と呼ばれる特殊な構造体の使用や機体性能の限界点の引き上げなどの改修が行われており、機体性能自体は元のポテンシャルの高さもさることながら、分類上はドーターで無いにも関わらずドーターと遜色の無い戦闘能力を誇る。

 二番機に乗っていた涼しげな声色の少女が、一番機に乗っていたパイロットに声を掛ける。一番機のパイロットはいつも持ち歩いているポータブルプレイヤーを一時停止させると、操縦桿の無いコックピット内をせわしなく動き、首筋に直結されていた(・・・・・・・・・・)ケーブル類を外しながら少女の声に答えた。

 

 「あぁ、凄いよ。エル。研究所のデータを見ただけで、NFIをここまで僕に最適化させられるなんて……」

 

 『当然です。ロッシュに負担を掛けさせる訳にはいきませんから』

 

 『あーあ、ま~た始まったよ。エル姉のロッシュ贔屓』

 

 『まぁ、人望が無いよりは良いんじゃないか?』

 

 「違いない」

 

 ロッシュは他の隊員たちの言葉に苦笑するとヘルメットを脱ぎ、装甲に覆われたコックピットを解放させる。それと同時に格納庫の扉が閉鎖され、真上からはガラス細工の様に光り輝くロボットアームが降りてきて機体の整備を始める一方、コックピットの脇にどこからともなく現れたタラップが取り付けられる。そして先頭の一番機のその頂点には、鋼鉄で形作られた()が置かれていた。

 

 「ありがとう、気が利くね」

 

 そう言うと、天然パーマの掛かった黒髪の少年、ロッシュは機体に直結させていた(・・・・・・・・・・)自らの偽りの両足を引き抜くと、機体との接合部である棒状の部品の上に被せるようにしてその鋼鉄の足を取り付けていく。そう、彼には大腿部から下には生身の両足が無いのだ。しかし、それ故に残りの三機と比べて非常に高い機体との親和性を誇る。

 

 『あーあー、えーっと、聞こえてるかな?』

 

 全員が機体を降りた頃、格納庫内に男の声が響き渡る。死の淵から救い出し、生きる指針を示し、認識番号しかなかった自分たちに名前まで授けてくれた、彼らにとっては親にも等しい男の声が。

 

 『まずはテストフライトご苦労ちゃん。どーだい、ロッシュ君。改良型プロトタイプNFIの感想は?』

 

 「今まで飛んだ時より、ずっと自由だ」

 

 『そいつぁ良かった。おじさん苦労して手に入れた甲斐があったってもんだよ。トーリ君の機体は機銃の追従性強化しといたけど、これで良いかな?』

 

 「今の機体は最高だよ、あの無能どもが調整してきたどれよりも速い!!」

 

 四番機に乗っていた白髪長身の痩せこけた少年が感極まったと言った具合で、姿の見えないその男に向けて敬愛の礼を送る。

 

 『ずいぶんご満悦だねぇ、結構結構!! 子供のはしゃぐ姿を喜ばない親はいないからねぇ!! フェルトちゃんも調子どう? おじさんとびっきり速く飛べるようにしといたけど』

 

 「うん!! これなら誰にも負けないよ!! 勿論ロッシュにだって!!」

 

 三番機に乗っていた四人の中で最も身長が低く、やや舌っ足らずな声音でショートの銀髪が特徴の少女が、満面の笑みで飛び跳ねながら意気込む。

 

 『可愛らしくて威勢も良くて結構結構!! でも作戦中のフレンドリーファイヤはダメよ?』

 

 「むー!! フェルトそこまで馬鹿じゃないもん!!」 

  

 『エルちゃんの機体はアクティブ防御システムの搭載だったね。適当に再現した奴だから割と際どい位置に弾薬積む事になっちゃったけど、大丈夫だと思う?』

 

 「えぇ、もう少し実戦データが必要になってくると思いますが、実用には十分に耐えうる物かと。これならロッシュの機体に積んでも安心です」

 

 二番目の機体に乗っていたトーリと同じくらいかそれ以上に長身の赤毛の少女が、端末でデータの調整をしながら男の声に答えた。その言葉にフェルトとトーリは「いつもこれだ」と言わんばかりに両手を上げている。

 

 『よーし、おじさんまた物資集め頑張っちゃうぞ~!! と言う訳で諸君、別命あるまで取りあえず待機!! 君たちにならぁ、出来るはずだっ!!』

 

 その言葉を最後にして、どこからか聞こえてきた男の声は止まった。

 

 「やれやれ、お父様のテンションの高さには毎度呆れさせられますね」

 

 「え~? あたし好きだよ~? この前も飴くれたし」

 

 「論点がすり替わっている気がしますが……まぁ、フェルトですしいつもの事ですか」

 

 再び馬鹿扱いされてエルに突っかかるフェルト、データの整理をしながらもフェルトの相手に追われるエル、その少し離れた位置から野次を飛ばすトーリ。

 三週間前から随分雰囲気が変わったものだ、と義足の具合を確かめながらロッシュは思うのであった。

 様々な理由で孤児となり、研究所にモルモットにされた挙句、表沙汰に出来ない技術まで使ったのに結果が出ないからと殺処分が決まっていた自分達を救出してくれた、あの男と会ったのは、丁度こんな晴れた日だった……

 

 

 

 -------------------

 

 

 

 三週間前 某国研究機関

 

 

 「……以上から、この度DANM01号から04号までの廃棄が決定した。我々の『デミ・アニマ計画』には05号から08号を使用する事にする。尚、01~04にはクライム・クォーツの有線接続システムを内蔵している、特に01号は両足まで接続端末にしているからな。処分は念入りに行え」

 

 その研究員と主任の会話を薬物やクライム・クォーツ、通称『CQ』の内臓手術による後天的な身体能力強化で向上した聴力を用いた聞き耳で聞いてしまった01号と呼ばれた実験体の少年は、その事実を仲間に伝えるべく全速力で自分たちの部屋にへと向かった。

 

 「そうかよ……あのクソッたれどもがぁ!!」

 

 「落ち着きなさい04。今はこの場を乗り切る手段を考えましょう。とは言っても、私たちが使えるのはこれくらいですが……」

 

 苛立ちも顕わにロッカーを殴り凹ませる04と呼ばれた白髪の少年を窘めながら、02と呼ばれる赤毛の長身の少女がベッドの下から隠し持っていた人数分の折り畳み式のナイフを取り出すが、そんなものは気休め程度にしかならない。この基地に配備されているのは特殊部隊も顔負けの高練度の兵士、そして自分たちの敵役(アグレッサー)である戦闘機乗り達も全員TOPGUN主席が狙えるレベルのエース揃いだ。その練度は伊達ではなく、一つ望みがあるとすれば自らが実験に携わっていたあの実験機を奪取するしかない。とは言え、いくら肉体が強化されていると言っても不死身ではない。脱出できる可能性はゼロに近いだろう。

 

 「あたし達……死んじゃうの……?」

 

 「落ち着け、03。まだ死ぬと決まった訳じゃない。取りあえずは一刻も早くここを―――――――――」

 

 

 ------ドォン!!------

 

 

 01がここを一刻も早くここを出ようと折り畳み式ナイフを手に持ち部屋を出ようと出口に向かったその瞬間、爆発音と共に基地内に激しい振動が襲い、そして基地内に空襲警報が鳴り響いた。

 

 『警報!! 当研究所に複数のザイが接近!! 待機中の部隊、及び実験体05~08は至急迎撃態勢を取れ!! 繰り返す、当研究所に――――――』

 

 

 ----------------------

 

 

 「おいおい、良いのかぁ? 仮にも極秘研究所がこんなあっさり入られちゃって?」

 

 基地の正面玄関を爆薬で吹き飛ばして堂々と研究基地に侵入してきたのは、サブマシンガンを持った一人の男だった。人を食ったような笑みを浮かべた男の服装は飛行服で髪は尖がった金髪、その左肩には血で染まり最早何が記されていたかも分からない赤黒いエンブレムが付けられている。 

 男は身を屈めるとそのまま基地の中を駆け巡り、ある物を探す。道中で何人かの特殊部隊員と出会うが、ガラスの様な何かで作られた弾丸は易々と防弾ベストやヘルメットを貫き、一撃で無力化する。

 

 「さてと、情報が正しければ……ドンピシャァ!!」

 

 特殊合金製自動扉を手榴弾で吹き飛ばし、その隙間から格納庫と思わしき広い空間に侵入する。そこにあった四機の機体を見て、男は珍しく苦笑いを浮かべた。

 

 「よりによって『烏賊』かよ……良い趣味してるぜ、ここの研究者」

 

 その機体は、戦場と化したサンフランシスコの上空で確認されたゴールデンアクス計画の産物、GAF-01 ヴィルコラクだった。見た限りカラーリングはともかく外見はそこまで弄られていない様だが、コックピット周りや翼端に取り付けられた紫色に光る結晶が目立つ。

 

 「ったく、クライム・クォーツまで使ってやがるのか。たかが人間様にしちゃあ、頑張ってくれちゃってるな」

 

 「お、お前は……誰だ?」

 

 その時、この機体の正規のパイロットなのか、特殊なボディスーツを着用した四人の少年少女たちが吹き飛ばされた入り口の傍で立ち竦んでいる。

 男はその四人を一瞥すると、笑顔を浮かべながら両手を広げて歩み寄る。

 

 「あ~、ごめんね~? 派手なお邪魔しちゃって。おじさんはねぇ、君たちを探していたんだよ」

 

 「……何の為によ?」

 

 「解放のために、かな? しょーじき面倒くさいでしょ? いつ廃棄されるか分からないのに体を弄られ、脳を弄られてザイと戦わされて、さ……おじさんはねぇ、君達みたいな子供はもっとこう、自由であるべきだと思うんだよねぇ」

 

 「親がいない俺たちはここが家みたいなものだ。それに、廃棄の件なら心配ない。廃棄が決まったのは俺達じゃなくて01~04の奴らだからな」

 

 「あ、そうなんだぁ」

 

 男は葉巻を吹かしながらノールックでこちらを狙撃しようとしていた特殊部隊員の頭をヘッドショットすると、その少年たちに更に歩み寄る。

 そして無造作に拳銃を抜き取ると、目にも止まらぬ早業でその少年少女たちの頭を撃ち抜いた。

 

 「残念だけど、君達じゃあ駄目なんだよ。残念だけど、ね」

 

 男は一瞬だけ物言わぬ死体となった少年達に黙祷を捧げると、すぐに基地内を駆け回る。爆薬も弾丸も無限ではないので一刻も早く探し当てたい物だが……と思っていた矢先、タンクトップに長ズボン姿の四人の少年少女が折り畳みナイフとどこから奪ったのかサブマシンガンを片手に駆け回っていた所に遭遇した。

 

 「へいそこの少年少女!! 廃棄間近の実験体ってのは君達かい?」

 

 「っ!?」

 

 男の声を聞き取ると、長身の赤毛の少女が義足の少年の盾になるように前に出て、こちらに向けてサブマシンガンを放つ。

 男は一瞬ギョッとするが、射線を潜りつつ駆け寄ってスライディングを決めながらハンドガンでその少女の持つサブマシンガンを狙い撃ち、銃を弾く。

 

 「くっ!? コイツ……っ!!」

 

 「まぁまぁそう、焦んなって。おじさんは君達を探しに来たんだから」

 

 「僕たちに興味があるなんて相当変態だね。要件は何だい? 見た所あんた、この基地の奴じゃないみたいだけど?」

 

 これまた厳しい意見なこって……、と言いながら男は立ち上がると、敵意は無い事の表明か、自身のサブマシンガンを長身の少女に差し出しながら、真面目な声でこう告げた。

 

 「『可能性の証明』の為だ。その為に君たちの力を貸してほしい」

 

 「……ここを出られるのか?」

 

 「モチのロン!! ついでに豪華なお部屋と無人島をプレゼント!! ま、ちょっとばかりお手伝いをして貰うけどね」

 

 01号が尋ねると、一瞬にしてお茶らけたトーンに戻りながら男は条件を告げる。四人はお互いに顔を合わせて頷きあい、全員が合意だと決まりその旨を伝えると、男はどこから取り出したのかパーティー用のクラッカーを炸裂させた。

 

 「「「「は?」」」」

 

 「ハッピーバースデー!! たった今から君たちは全員俺の子供だ!! 誕生日プレゼントとして認識番号しか無いであろう君達に名前をあげよう!! そうだなぁ、機体がアレだしなぁ……」

 

 男は格納庫へ呆気に取られる少年少女たちを誘導しながら悩むと、01号と呼ばれた義足の少年をロッシュ・スレイン、02号と呼ばれた赤毛の長身の少女をエル・オリヴィー、03号と呼ばれた小柄なショートの銀髪の少女をフェルト・アリビア、04号と呼ばれた長身の白髪の少年をトーリ・ヤーコフと名付けた。

 そして四人がヴィルコラクにに乗り込むと、男は管制室にハッキングを仕掛けて地下の秘密格納庫を開けさせる。

 

 『そう言えば、外にザイがうろついてるって話だけど、突破しなきゃいけないのかい?』

 

 『その心配は無いよん。あーあー、全機。今から空に上がる烏賊みたいな戦闘機を援護して頂戴。滑走路壊さないでね~?』

 

 男が無線機で意味不明な発言をする間にも滑走路にタンキングの済んでいた四機のヴィルコラクは、研究所所属の特殊部隊が上空のザイとの交戦でこちらに構っている余裕の無い間に離陸を開始。

 そしてその後ろから続くように、血の様に赤黒い戦闘機がどこからともなく離陸した。二か月前に上海で撃墜され、現在はその同型機がとあるPMCで運用されている機体にそっくりだが、所々形状に差異が見られ、何よりウイングの形状は翼端に下半角の付いた後退翼である。

 

 『あ、そうそう君達。憂さ晴らしするなら今のうちよ? 全機、一回後た~い』

 

 男が赤黒い戦闘機からそう告げると、ザイが一度研究所付近の空域から撤退する。一瞬安堵の空気に包まれる特殊部隊員だったが、次の瞬間、味方のIFFを放つ機体から特殊部隊員の乗る機体が撃墜された。

 

 『クソッ、研究施設のガキどもか!! 敵はアッチだろうが!!』

 

 『黙れ!! 窮屈な生活を押し付けた挙句、廃棄処分だの抜かしやがって!!』

 

 『あたしらのこの怒り、しかと受け止めよ~!!』

 

 『私も少々腹が立っています。ロッシュ、どうしますか?』

 

 ロッシュは他の隊員の意見を聞くや、今まで浮かべた事も無いような笑みを浮かべると、唯一娯楽品として渡されたポータブルプレイヤーのスイッチを入れながら、四人の隊長として指示を出した。

 

 「全機、日頃甚振ってくれたお礼と行こう。LSWMは最後に使う。奴らでは僕たちに勝てないことを、思い知らせてやれ!!」

 

 「「「了解!!」」」

 

 そこから先の戦闘は、一方的な蹂躙だった。まるで、飢えた狼が一斉に獲物を食らうかのように。

 

 

 -----------------------

 

 

 「ロッシュ、次の仕事がお父様から送られてきました」

 

 四人で過ごすにはいささか広すぎる休憩室でロッキングチェアに揺られながら、ポータブルプレイヤーで曲を聴いていたロッシュにエルが端末を持って見せる。

 そこに記されていたのは、十字架のような形をした島と、そこに展開されつつあるガラスで作られた前線基地の写真だった。

 

 「『この前線基地を破壊にしに来るであろう日本のドーターと交戦せよ』との事です。勝利条件などは特に記されていませんが……」

 

 「海鳥島、だったっけ? ここからもそう遠くないし、攻撃されてから出撃しても間に合うかな?」

 

 「もう、職務怠慢でお父様に怒られますよ?」

 

 「それもそうか……分かった。ヴィルコラク遊撃隊、出撃準備だ。これより海鳥島へ向かうぞ!!」

  

 ロッシュはポータブルプレイヤーの充電が終わっていることを確認すると、フェルトとトーリにも呼びかけ、休憩室を後にするのであった。

 

 

 

 

 狼と蒼き鷹が邂逅するまで、あと5日。

 

 

 

 




アンタレス隊の相手と言ったらやっぱヴィルコラクだよねと言う安直な発想。


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13話 不遇ナルモノ

 

 「ちわーす、新鮮な野菜のお届けに参りました~」

 

 ある日の朝、小松市の住宅街の一軒家の前に自転車の籠に大量の野菜を乗せたイオが、インターホンを鳴らして相手の出方を待つ。すると程なくして、家の中から少女の声が聞こえたかと思うと、目の前の引き戸が開けられた。玄関に出てきたのは慧が中国にいた時から一緒にいる幼馴染でポニーテールが特徴の少女、明華だった。

 

 「おはよう、イオ。うわ~、ジャガイモがたくさん!! こんなにどうしたの?」

 

 「俺の家周りに畑が多くてさ、暇な時に婆ちゃん達の畑仕事手伝ってたらお礼で貰えたけど、俺一人じゃ食い切れなくてよ。まぁ、同じ学校に通う先輩からの編入祝いってことで受け取ってくれよ」

 

 サボりの常習犯ではあるが、イオも一応は地元の高校に通う立派な高校生である。

 小松防衛戦の後、慧と明華もイオと同じ学校に通う事になり、その祝いとして大量のジャガイモを持ってきたのだ。最も、彼女らが避難してきて間もない頃から親しかったイオは、以前から趣味の畑仕事の手伝いで得た報酬である野菜をこうしてちょくちょく渡していたのだが。

 

 「いつもごめんね? あ、良かったら上がっていってよ。お礼に朝ご飯作るから」

 

 「マジか!! じゃあお言葉に甘えて、おっ邪魔しま~す!!」

 

 小躍りしながらイオは自転車の籠からジャガイモの入った段ボールを引き抜くと、明華のご厚意に甘えて朝食をご馳走になる事にした。ほぼ実質一人暮らしである彼にとって、料理を知人の誰かに作って貰えることは最近では滅多に無いのだ。そんな久々の手料理にありつける事を心底喜びながら、慧の祖父母の家にお邪魔する事にした。

 

 「あ、ジャガイモはその辺に置いといて。席は適当な所に座ってくれて良いから」

 

 ジャガイモの入った段ボールをリビングの冷蔵庫の横に置き、テーブルに着いたイオは時間を確認する。現在の時刻は午前八時、これなら朝食を食べた後でも余裕でファントムの特訓には間に合うだろう。折角のベテランが直々に開いてくれる講習なのだ、サボる訳にはいかない。例えその彼女がアニマであれ、自分より実際の飛行時間が長く、実戦経験も多いという事に変わりないのだから。

 これも彼の父の受け売りなのだが、『全空最強のこの俺も、最初から天才ではあっても強かった訳じゃあない。自分が相手に負けてると思ったら、誰であろうと即教えを請え。そして一発で覚えろ』と。

 イオには700時間超えの仮想空間飛行時間と言う、一般の学生ではまず持っていないアドバンテージを持つが、そんな物は基礎中の基礎が最初から出来るか出来ないかの違いである。シミュレーターの敵にはハッキングを仕掛けてくる相手もいなければ、熟練の技で機体を飛ばしてくる相手もいない。要は実戦での戦闘経験が足りていないのだ。

 そんな自分に実戦に近い本格的な特訓の手ほどきをしてくれると言うのだから、これを受けない手は無かった。

 

 (やっぱ家庭的な子って良いよなぁ~……あの野郎、こんないい子に面倒掛けるたぁ、なんつう贅沢な奴だ)

 

 鼻歌を歌いながら朝食の準備をする明華を見ながら、頬杖を付きつつ思案する。

 とは言え、時折自分も慧の『バイト』の隠蔽工作に一役買っているので、そんな事を言えた立場では無いのだが。

 それから程なくして朝食が出来上がり、それを頂いてる最中に二階から明華が「起きなさい!! 今日もバイトの研修なんでしょ!?」と慧を叩き起こす怒鳴り声が聞こえ、イオは肩を竦めるのであった。

 

 

 ---------------------

 

 

 小松基地 隊員食堂

 

 

 「しかし、お主が素直にモノを教えるとは、一体どういう風の吹き回しじゃ?」

 

 ほぼ同じ頃、小松基地の隊員食堂で朝食をとっていた薄手の生地で新たに作り直した高級シルク製のホワイトロリータ服を纏うアニマの少女、リューコは対面に座るファントムに問いかけた。彼女の性格については操縦技術に関しては師範である自分がよく知っている。であればこそ、あっさりと自分の会社の若手見習いに手解きを行うという教え子の思考が今一つ理解出来ないでいた。

 

 「先生、私たちアニマは基本的に自立していますよね?」

 

 「? まぁ、そうじゃなあ。EPCMと言いHimat機動と言い、生身の人間には荷が重すぎるからのう」

 

 「それもありますが、先生はともかく私たちの様なブラックボックスの塊を自立稼働で運用させるなんて、合理的に考えれば危険すぎます。私たちが兵器だと言うのなら、本来なら我々アニマがサポート、ドーターの制御は人間が行った方が確実ではありませんか?」

 

 「まぁ、マシンが良くてもパイロットが性能を引き出せなければポンコツじゃがのう……」

 

 リューコはそう言って、好物であるリンゴジュースをクイッと呷った。ワンオフ同然の機体のドーター化故に多くの素体の記憶を持ち、ましてや光学迷彩付きの大型飛空艇や戦闘機などを相手にしてきた彼女にとっては、どれだけ高性能の機体があろうと結局最後に勝負を決めるのはパイロットの腕だという『元乗り手』の考えが根付いているのだろう。

 嘆息しながらも、ファントムは言葉を続ける。

 

 「話を戻しますと、私たちが兵器として生み出されたのなら、理想的な形だと思いませんか? 人類を救う手段として、彼らの形は」

 

 「臨時隊員(パートタイマー)とゾーイ、小僧とグリペンの組み合わせがか? あのツーペアに関しては色々問題は山積みじゃぞ?」

 

 「だからこそ、その問題を出来る限り排除して見てみたいんです。彼らの持つ可能性を」

 

 「……それがお主の答えか」

 

 「えぇ、今までの私なら可能性に賭けるだなんて博打論、まず考えなかったんですけど。もしかしたら私とした事が、あの二人の馬鹿正直な姿勢に絆されたのかもしれませんね」

 

 先生のせいでもあるんですよ? と言って肩を竦めて微笑を浮かべながら、食事を終えたファントムが両手を合わせてからプレートを返そうと立ち上がる。すると、リューコはいつものヒッヒッヒッと老婆じみた笑いを浮かべながら、扇子を開いてファントムに付き出した。

 

 「よし、ファントム。うちの会社の機材と敵役(アグレッサー)の手配が必要になったらいつでも儂に申せ。社長秘書権限でどうにでもしてくれようぞ。うちの若いのにも仕事をくれてやらんとな。それに、折角自慢の教え子が自分のやりたいことを見つけたんじゃ。ここは一つ、お主の先生として手を貸してやらんとな」

 

 「ありがとうございます、先生。では、早速なんですが……」

 

 礼を告げると、小声で必要な物をリューコに伝えるファントム。

 その内容を聞いて、二人は同時に含みのある笑みを浮かべた。

 

 

 -------------------------

 

 数日後……

 

 

 「派遣のあたしまで基地の走り込みなんて……聞いてないよ~」

 

 「なんて声、出してやがる……ライノォ」

 

 「だってさぁ~……」

 

 基地の外周を走らされているのは、どこから引っ張り出してきたのか青い所謂芋ジャージを着たライノと、空軍迷彩の服を着たイオだった。すでに小松基地外周コースも四週目に突入しようとしている。ライノは声の割には平気そうではあったが、イオはもうヘロヘロだった。ちなみにイオのパートナーであるゾーイは、現在進行形でファントムとマンツーマン指導で電子戦におけるノウハウ等を座学と実技を交えた形で叩き込まれている。

 

 「あんの鬼教官……撃墜された数この基地周回しろとか、何Kmあると思ってるんだ……?」

 

 イオがファントム主催の特訓に参加し始めてから既に三日が経過した。その内容は主に条件や編成を変えながらのシミュレーターや実機を交えた実践的な訓練だったのだが、何の真似かMS社精鋭の飛行小隊『アンタレス隊』の面々まで訓練に参加しているのだ。隊員から聞いた限り社長秘書権限とやらのワードが聞こえてくる辺り、あの自称社長秘書であるロリBBAアニマの仕業としか思えない。

 

 「お先に失礼、イオ隊員!!」

 

 そう言ってイオやライノの横を颯爽と走り抜けていくのは、アンタレス隊のパイロット池波颯少尉。コールサインはAntares03。生粋の日本人で、元自衛隊のパイロットとして三沢基地に配備されていたが、五年前の武装組織『ヴァラヒア』撃退の際にMS社と縁があり、ゴールデンアクス計画阻止作戦の直前に増員された隊員である。腕前は三機編成でザイやドーターを追い詰めるあたり相当なもので、自衛隊所属時代にも模擬戦にてF-4EJでF-15Jを撃墜するなどいくつかの伝説を持つが、素行が悪い事で有名。使用機体はそのまま自衛隊に所属していれば自分がいずれ乗る筈だったと言うF-35Aだ。

 

 「何であんなに持つんだ……?」

 

 「経験年数が違うからな。ほれ、後一周だぞ」

 

 ゴールに差し掛かり、周回コースから離脱する直前にイオの肩を叩いたのは現Antares01である大柄の白人の男、イアゴ・アダムス少佐だ。MS社きっての古株で、二か月前に前Antares01であったイオの父グラハムが亡くなるまでは長らく彼がAntares02を務めており、今も昔も色々と適当だったグラハムに代わり隊員のまとめ役を務めている苦労人。口数が少なく寡黙で分かりにくいが、情には厚い男。日本のオタク文化に興味がある。使用機体は旧オーレリアの技術者がX-02のデータを基に開発を進めている現在試作段階のXFA-27で、MS社は当機のデータ取りも行っている。実はリューコにホワイトゴスロリ服を薦めたのも彼。

 

 「ライノちゃんと隊長は終わり~!! イオとハヤテは後一周!! 気合い入れなさい!!」

 

 「「うーいっす」」

 

 短めの金髪のポニーテールを揺らし、走り終わった二人にはスポーツドリンクを、まだ周回が残っているイオ達には激を送る女性はアンタレス隊の中ではイオに次いで最年少で唯一の女性隊員であるカーミラ・ウォルコット中尉。コールサインはAntares02。元アメリカ海軍の戦闘機乗りで、事実上グラハムの後輩である。アニマに偏見は持っておらず、海軍機であるF/A-18Eのアニマであるライノとは特に仲が良い。ちょくちょくゾーイも連れて三人で街へ繰り出すこともある。実は博識で、アメリカの某有名大学を次席で卒業した文武両道の才女。そのせいか、MS社で行われる自社の装備開発、改良の技術主任を任せられることも。使用機体は倉庫で埃を被っていたが、実は前から乗ってみたかったという事で彼女に受領されたSu-47。

  

 そんなこんなで隊員たちとすれ違いながら走っていると、明らかな周回遅れである赤い芋ジャージを着たグリペンに遭遇した。ちなみにイオ以上に疲労困憊の様子であり、その横には慧が付き添っている。

 

 「慧……もう無理、お腹空いた」

 

 「頑張ろうぜ、グリペン。さっきだってアンタレス隊の人を撃墜したじゃないか」

 

 「けど、ファントムには四回、イーグルにも三回落とされてる……アニマの中では私たちが最弱……」

 

 「そう言えばアイツ、初日から執拗にグリペンばっかり狙って来やがって……っ!!」

 

 先程の演習の時の事を思い出したのか、怒りを振り払うべく爆走する慧。置いてけぼりになるも速度を出せないでいたグリペンを見かねてか、イオはそっと彼女の肩に手を当ててやるのであった。

 ちなみにイーグルは後にサボりがバレて、この合同訓練にやたらノリノリな八代通とリューコの監修のもと、文字通り死ぬまで走らされたという。



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14話 可能性の欠片

 ロシア国境 戦線 

 

 

 『何だあのオレンジ色は!?』

 

 『エスコートは何をやっている!? 戦闘機がこっちに食いついて来てるぞ!!』

 

 ウクライナ空軍混成旅団の機体がまた一機、また一機と異形の機体に撃ち落とされていく。その三機は、通常の機体ではありえない彩りを持つ機体達だ。一機はクロームオレンジのSU-27M、アクアマリンのMiG29-SMT、そしてその後方から来るのは、ロシア機どころか既存の現用機にはまず当てはまらない機影だった。

 まるで霞の中から出現したかの様なその機体の翼形状はカナード、翼端部に下反角の付いた主翼、浅い角度の上向き斜め水平尾翼で構成されるスリーサーフェイス機で垂直尾翼は無く、左右2基のエンジンに装備された水平方向に可動する2次元ベクタードノズル。搭載される3基のエンジンの内、中央のエンジンは下方90度前後までの排気偏向が可能で、垂直離着陸の他に空戦時の特殊機動にも用いられる。その暗いガーネットカラーの機体のコックピット周りや翼端には紫色に光る結晶が使われており、それが機体が動く度に残像の様に空中に奇跡を描く。

 

 『何だあの機体は……っ!?』

 

 『いいから撃て!! 爆撃機の破壊を阻止しろ!!』

 

 ウクライナのMig-29がガーネットカラーの機体に猛追する。ガーネットの機体のパイロットは自分が追われていると即判断すると、装甲とモニターに覆われたコックピット内でパネルを操作する。しかし、ある機能を使おうとするも、他の機体ではまず見られない電力ゲージがその機能の使用に足りていない事に気づき、舌打ちをする。そのパイロットの首筋や腕、足には、彼ら(・・)と同じくケーブルやデバイスで接続され機体の操縦系と直結されており、その両目は弱々しくも内側から発光して輝いて見えた。

 

 「BAVolk 電力供給を要請」

 

 『了解、送電アンテナ作動。84番からBAVolkへの電力供給を開始』

 

 直後、機体に向けて国中のあちこちに張り巡らされた送電アンテナの一つからマイクロウェーブが発せられ、それを受信した途端に機体の電力ゲージがみるみる回復していく。それを確認したパイロットは笑みを浮かべながら、同時に機体の中に残っていた電力を使用して後方から迫る機体にマイクロウェーブを照射し、肉眼では見えない線が交点を作り出す。

 

 『何だ、この光は……?』

 

 その刹那、自分を追うMig-29の機体の背後の空間が文字通り歪んだ。初めはモヤの様な歪みはやがて一点に集まって巨大なプラズマ光球となり、機体を覆い尽くさんとする程に巨大化していく。どう見ても自然現象ではないその訳の分からない現象に恐慌状態に陥るMig-29のパイロット。そして、気が付いた時にはその正面にガーネットの機体の姿が見えない。

 

 『くそっ、光がついてくる!! 誰か助けてくれ!!』

 

 その叫びを聞き入れたのか、近くにいた友軍が光球に向けて機銃弾を放つ。しかし、実体の無い唯のエネルギー体にそんな事をしても止められる筈もなく、弾丸は虚空を切り裂くばかりだ。そして次の瞬間、光に追われていたMig-29は機体の内側から爆発四散した。

 HPM。High-Powered Microwave weaponsの略であるそれは、外部施設からのマイクロ波送電によって必要な電力を確保している当機が、これを応用して自機と送電施設双方からターゲットに向けてマイクロ波を照射、その交点で発生する共鳴現象によって、敵機のジェット燃料を急激に加熱して爆破すると言う兵器だ。送電アンテナが付近にないと利用できないという欠点こそあるが、弾数の制約は特に無く、どれだけ装甲が厚かろうと文字通り意味がない。

 その光景を見たガーネットカラーの機体のパイロットは、腹を抱えて爆笑する。

 

 「あっはははははははっ!! 二人とも見た? ちょっと温めただけで、ボンッ!! こう言うお菓子あったよね? ジュラ姉」

 

 『仕事中はBA01と呼べと言ってるだろうが!! あとそりゃぁポップコーンだな!! 映画とか見ながら食うとうめぇぞ!!』

 

 「それそれ!! これ終わったら食べに行こうよ!!」

 

 『BAVolk 次にジュラを不快にさせてみろ。私が貴様を落とすぞ』

 

 「ご、ゴメンよ、ラス姉……」

 

 『……はぁ、もう良い。そっちの敵は任せたぞ』

 

 作戦行動中にコードネームで呼ばない()分を叱咤するも、律儀に質問に答えるあたりは流石面倒見の良い性格と言うべきか。

 BAVolkと呼ばれた機体のパイロットは敵爆撃機の直上に付くと、光学迷彩を解除しながら大口径機銃弾を連射し、爆撃機をハチの巣にする。態々晒す必要のない姿を晒すあたり、乗り手の性格の悪さが窺える。まるで、『お前たち如きに姿を隠すまでもない』と高らかに宣言するように。

 

 『バカな……何故、フェ-----------』

 

 爆撃機が自機の内包していた爆弾に引火して空中で巨大な火球を咲かせるその刹那、機長の言葉は終ぞ最後まで言い切れる事は無かった。

 それが切っ掛けとなったのか、ウクライナ軍の機体は次々と撤退を開始。呆気無い程にあっさりと、戦場の空は静かになった。

 

 『BA01 制空権確保』

 

 『BA02 東方空域の敵部隊を殲滅』

 

 「BAVolk 周囲の警戒に入る……これ終わったら一緒に映画行こうね~!! ジュラ姉、ラス姉!!」

 

 機体をバンクさせてから編隊を外れ、周辺の警戒に移るガーネットの大型戦闘機。それを見てオレンジ色のSu-27Mのアニマ、ジュラーヴリクは肩の力を抜くと同時に呆れたような目つきで視界の隅に消えていくその機体を見やった。

 

 (Su-XX……表向きじゃあスホーイ社製の試作機でボーフヴォルクなんて呼んじゃいるがァ……上の連中も大層な代物をうちの隊に入れてきたもんだぜ)

 

 以前演習の敵役としてとあるPMCから派遣されてきたあのホワイトゴスロリ衣装の背の小さいアニマを思い出す。その彼女が自分らを単機で叩きのめした後にうんざりするほど聞かされた武勇譚に出てくる機体に、あまりにも酷似していることから彼女は察していた。まず名前からして隠す気が無い。仇成す獲物は全て喰らう、血に染まりし神狼。その真名は……

 

 (フェンリア、ねェ……あのババア、見たら絶対ブチ切れるだろうなァ……)

 

 

 ------------------

 

 

 

 小松基地 第三格納庫

 

 「……以上にて、予定の訓練メニューは全て終了しました。皆さんお疲れ様です。MS社の皆さんもご協力頂き、ありがとうございました」

 

 第三格納庫に集められた一同は、ファントムの礼を持って訓練を終了した。彼女が考案したこの計五日間に渡る訓練には、間隙無い模擬戦闘を体験させることで連続でアラート待機になった際の空気を知り、体力作りを中心とした運動メニューを課す事でイオと慧の戦闘可能時間を延長する狙いがあったのだ。

 今まで体験した事も無いような訓練キャンプ同然の生活からようやく解放されると思い、イオと慧は思いっきり伸びる。

 

 「だっはぁ~、やっと終わったぜ……」

 

 「し、しんどかった……」

 

 「あら? 私が終わりだと言ったのは訓練メニューだけですよ? 慧さんとグリペンには最終試験が残っています」

 

 「「はい?」」

 

 その予想外のファントムの言葉に、同時に素っ頓狂な声を上げる二人。しかし、ファントムはそんな彼らには御構い無しに言葉を続ける。

 

 「内容は簡単ですよ。シミュレーターで私を倒せば良いだけです」

 

 「……どうせこの前みたいに偽装情報を送って不意打ちする気なんだろ? 悪いが、前回みたいにはいかないぜ? と、こいつも言っている」

 

 「ふぇぇ……?」

 

 やたら自信満々でファントムに対峙したのは慧だった。両肩を慧にがっちり抑えられて両者の間に立たされているグリペンの目が白黒しているのが、傍から見ても分かる。あぁ、気の毒に……

 

 「随分と威勢が良いんですね? 何か良い策でも思いつきましたか?」

 

 「策? そんな物は無いさ。俺達はあんたを真正面から倒す。俺が勝ったら、以後はああ言う行動は慎んでもらうからな?」

 

 慧の言うああいう行動とは初日のクラッキングの件と言い、その後の痛烈な皮肉と言い、模擬戦中でも容赦なくあからさまな位にこちらを集中攻撃してきたり、その他にもetcetc……この数日間で、慧のファントムに対する憎しみのボルテージは急上昇したと言っていいだろう。だが、それでいい(・・・・・)。ファントムは小首を傾げながら口元を愉快そうに歪めると、こんな提案を出す。

 

 「何を考えてるか知りませんが、良いでしょう。もし私が勝ったら……そうですね、グリペンとのコンビを解消して、私と組んで頂きましょうか」

 

 「全然問題ないぜ。何故なら勝つのは俺達だからな。と、こいつも言っている」

 

 さも自信ありげにグリペンの頭をポンポンと撫でながら話す慧だが、当のグリペンは「はわわ」と緊張とショックで混乱しているばかりだ。 

 

 「では、30分後にシミュレータールームで会いましょう。逃げないで下さいね?」

 

 ファントムは釘を刺してから一礼すると歩きながら八代通と話し、この後の試験の算段を付けていく。彼女の姿が格納庫から完全に見えなくなった辺りで、グリペンの両足からふと力が抜けペタリと地面に座り込んだ。それから恨みがましい視線を慧に飛ばす。

 

 「慧に捨てられた。普通に戦って勝てる訳がない。私を捨てたがってるとしか思えない。驚天動地、立ち直れない」

 

 「悪かった悪かった。でも策があるのはホントだぜ? イオもちょっと耳を貸してくれ」

 

 グリペンの手を取り立たせながら、格納庫の隅にイオも呼ぶと二人にだけ自分が抱え込んでいたその作戦を離す。その内容に、グリペンは目を見開き、イオは意外そうな表情をしていた。

 

 「お前、その事まだ話してなかったのか? てっきり自慢げに話しているもんだと思ってたぜ」

 

 「そんなことが」

 

 「出来ない、とは言わせないぞ? 小松防衛の時よりは状況が良いんだからな」

 

 「……分かった。私は慧を信じる」

 

 「んじゃ、俺の方からも一つアドバイスだ。いわゆる、最終手段って奴だけどな」

 

 再び三人で円を組み、内緒話に没頭する。

 その意見を聞いてグリペンだけは少しだけ渋そうな顔をしたが、最終的には「全員で勝ちに行こうぜ」と拳をぶつけあうのであった。

 

 

 --------------------

 

 

 小松基地 シミュレータールーム

 

 

 『それじゃ、訓練状況開始!!』

 

 舟戸の管理で準備が進められていたシミュレーターはすぐにでも始められるようになっていて、慧は約束の五分前に到着し、早速試験に臨んでいた。

 すでにヘッドオンからの交差は済んでいる。つまり相手はいつ仕掛けてくるか分からない。と言うより、もう電子的な攻撃は始まっているのかもしれない。

 ちょうどその折、ファントムが雲の中を飛んでいる所をレーダーが捉え、攻撃準備に入る。 

 

 「きた、真正面!! FOX----」

 

 直後、真後ろで雲が弾けた。襲い掛かる機銃の轟音。機体をロールさせて雲の中へと逃走するが、至近弾が雲を叩く。

 

 「さっきのあれは本当に移動したのか? それとも……フェイクか?」

 

 自機の真横に現れた翠色の機体が、ホログラムとなって掻き消える。もはやこのモニター(・・・・)を信用して良いかどうかも危うい。

 

 「グリペン!! 敵の位置は分かるか!?」

 

 「レーダーの反応は左、熱反応は下から、ロックオンは後ろから……慧、ごめん……そろそろ、無理……」

 

 グリペンの偽情報の処理が限界に達したのか、ペールピンクの髪から輝きが失われ機体とのダイレクトリンクが切断される。慧はそのタイミングを見計らってから操縦系統を後方に切り替え、イオから教えられた最終手段、ドーターに設けられている二段階式の脱出レバーの一段階目だけ(・・・・・・)を引いた。コックピット周囲を覆うモニターを兼ねた装甲板が取り払われ、グラスキャノピー越し前提の表示に切り替わる。その一瞬のプログラムが変更される瞬間だけ偽装情報の枷から解き放たれ、上空に本物のファントムの姿をその目で確認した。

 

 「色々やってくれたけど……そこかぁっ!!」

 

 機首を上げて減速からの上昇、ファントムとヘッドオン。出し惜しみ無し。FOX2を装備中の四発を一斉射撃。こちらの急な動きに減速の追いつかないファントムはミサイルと真正面から衝突する形で、架空の空に赤い花を咲かせた。

 

 『BARBIE03、ダウン。グリペンの勝ちだな』 

 

 「イチかバチだったけど……何とかなったぜ……」

 

 慧はフロントシートでグッタリしているグリペンに拳を突き合わせてから、シミュレーターの外に出てファントムと向き合う。彼女の表情はどこか納得しつつも、今一つ理解追いつかないと言ったものだった。

 

 「レーダーもデータリンクも視界さえも潰した筈ですが……一体、どうやって正確に私の位置を割り出したんですか?」

 

 「お前の殺気がひどかったから……と言うのは冗談で、文字通り目視さ。イオとフナさんから教えて貰った裏技でさ、ドーターのコックピット周りの装甲って非常時には排除してグラスキャノピーにする事も出来るだろ? シミュレーターならその瞬間に描画プログラムが切り替わるから、その一瞬ならハッキングから逃れられるっていう寸法さ」

 

 「そんな無茶苦茶な……だとしても、情報の処理に追われているグリペンが正確な操縦が出来る訳が……」

 

 「誰がグリペンの操縦だと言った? 最後の操縦は俺だよ。戦闘機を飛ばせる高校生は、何もイオだけじゃないんだぜ?」

 

 あんまり人間様を舐めるなよ、と自慢げに胸を張る慧。しかし、額の汗が決して余裕では無かったことを示している。その隣にヨロヨロとシミュレーターから這い出てきたグリペンが並び立ち、慧の真似をしてふんぞり返る。勝者の筈なのに全く余裕が見えない二人。

 その光景を見てから、ファントムはふと口元を歪めた。

 

 「可能性の一端、しかと見させて頂きました。今までの態度については謝罪しましょう。私とした事が少し大人げありませんでしたね」

 

 「可能性……? 俺達が?」

 

 「私はイオさんとゾーイ、慧さんとグリペンの組み合わせを見てこう思ったんです。本来貴方たちの様な形が、我々アニマと人間のあるべき姿なのでは無いか、と。最初はありえないと思っていましたが、貴方たちは十分その可能性を秘めていると私は考えます。ですから……」

 

 そう言うとファントムは慧に詰め寄り、抉りこむようにして下から慧の顔を覗き込み、慧は恥ずかしさから思わず視線を逸らす。

 

 「訓練が必要であれば、私にいつでも相談してください。メニューを考えるお手伝いはしますよ」

 

 「訓練って……じゃあここ五日間の特訓は、まさかファントムが?」

 

 「はい。ついでに言えば慧さんが私に敵意を持つよう仕向けたのも全て計算済みです。少し興が乗ってしまいましたが、私を倒すという当初の目標は達成できたでしょう? 『怒りは絶望よりも役に立つ』です」

 

 憎い相手を倒すために知恵を絞って、体を鍛えて……人間の持つ心の力とは、時として凄まじいものとなる。ファントムはその心にこそ、可能性があるのではと賭けたのだった。結果は大当たり。その怒りは動力源となり、グリペンは多少はマシな技量を会得し、慧も倒すための作戦を練る為に知恵を絞った。

 

 「あれが全部計算済みかよ……全く末恐ろしいアニマだ」

 

 「フフッ、褒め言葉として受け取っておきますね」

 

 それでは、とファントムはどこか清々しい様子で踵を返し、シミュレータールームを去るのであった。 




役者は揃った。早くロシア勢絡みの話も書きたい……
次回、遂に海鳥島!! 狼と蠍は、五年の時を経て再び邂逅する……


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15話 発動、海鳥島攻略作戦





 海鳥島 ブリーフィングルーム

 

 

 無人島の上に作られたガラスの要塞。その中の一室はホテルのスイートクラスと見紛うほどの豪華な内装だ。

 その部屋の中央に置かれた大理石のテーブルは中央がモニターになっており、周辺海域の地図が表示されると同時に部屋の照明が一段階暗くなる。それは、仕事の打ち合わせの始まりを告げる合図でもあった。

 自動ドアが開いて現れたのは、四人の少年少女を束ねる隊長である天然パーマのかかった黒髪と、鋼鉄の両足が特徴の少年、ロッシュ・スレインだ。

 

 「みんな、聞いてくれ。作戦……と言うほど大それた物じゃ無いけど、父上から新たな言伝があった。『海鳥島は間違いなく破壊されるだろう、だからお前たちはドーター達と交戦するだけで良い』との事だ」

 

 「間違いなく、ねぇ……親父殿には未来でも見えてるのかい?」

 

 「それは分からないよ。ただ、僕たちは示すだけだ。僕らの持つ可能性を」

 

 そう言ってロッシュはテーブルのモニターを操作すると、周辺地図を拡大させ、敵艦隊の予測進行ルートやミサイルの飛来方向、果ては敵ドーターの予測進行ルートまで個別に表示された矢印を隊員に見せる。その内容の細かさは、トーリの言う通りまるで未来が見えているかのようだった。

 

 「これは……お父様が予測なされたのですか?」

 

 「あぁ、父上はこの進行ルートで間違いないだろうと言っていたよ。洋上の駆逐艦隊の護衛に最低でも二機、この基地の攻撃には三機投入してくると予想されている。そこで、2:2で配置を分けたいんだけど、誰が艦隊側に行ってくれる?」

 

 「じゃあ僕が行くよ。最高速度は僕のヴィルコラクが一番だからね。あとフェルトも来るかい? おっきいミサイルいっぱいぶっ放せるよ?」

 

 「トーリ、それ本当!? じゃあフェルトも行く~!! ドドーンのバーンでやっつけちゃうから!!」

 

 「分かりました。トーリの機体にはODMM(高機能多目的ミサイル)、フェルトの機体にはLSWM(長距離衝撃波弾頭ミサイル)を搭載しましょう。私とロッシュはQAAM(高機動ミサイル)で構いませんか?」

 

 「あぁ、それで頼む」

 

 エルは役割分担が決まったことを確認すると手に持った端末の項目をタップしてスライドさせ、遠隔操作でそれぞれの機体に目的に応じたミサイルの積み込みを開始させる。この基地は全体がザイその物と言っていいのだが、彼女がお父様と慕う人物から手渡されたこのタブレット端末を使えば、基地型のザイに限り自在に制御することが出来るのだ。ちなみにどういう訳か、彼らの機体は航空型のザイに攻撃される事は無い。

 

 「よし、ヴィルコラク遊撃隊、出撃だ。飛ぼう、全ては新時代(ノヴァ・エラ)のために」

 

 「「「全ては新時代(ノヴァ・エラ)のために!!」」」

 

 四人は手をそれぞれ重ね合わせてから一斉に空へ掲げると、すぐに格納庫へ全力で疾走した。

 

 

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 小松基地 ブリーフィングルーム

 

 

 「マーティネズ・セキュリティー社の諸君、そして独飛のアニマたちは全員揃っているな? まずはこれを見てくれ。こいつをどう思う?」

 

 薄暗いブリーフィングルームに集められた面々がプロジェクターで見せられたのは、十字架の形をした島の上に並び立った正六角形のガラスの結晶の様な柱の集まりだった。柱と柱の間には不可思議な光の線で結ばれ、幾何学な地上絵を作り出している。

 

 「凄く……大きいな」

 

 「ザイにしては、な。形こそ奇天烈だが、コイツは諸々の分析から判断するに恐らく連中の前線基地だ。何故こんなになるまで発見が遅れたのかは不明だが、衛星写真を見る限りまだ完成には至っていないと見て良いだろう」

 

 「しかし、万が一完成されると太平洋側の防衛ラインはズタズタに引き裂かれると見て良いでしょうな」

 

 「そこで、我々独飛はこれよりMS社と協力してこれの排除を行う」

 

 初の大型作戦からか室内に緊張が走り、戦場慣れしていない慧とイオが固唾を呑む音がはっきりと聞こえる。しかし、その静寂を破ったのはイーグルだった。

 

 「ねぇ、お父様? 結局イーグルたちがいつも通りやっつければ良いってこと?」

 

 「これだから阿呆は……おい鳥娘。儂ら戦闘機だけで基地を吹っ飛ばせると思うとるのか?」

 

 もう何度目か分からないリューコによるイーグルのアホ扱い。作戦会議中だと言うのにお構いなく騒ぎ立てるイーグル、ねちねちと嫌味を言い放つリューコ。話が全く進まないことに呆れてか慧がイーグルを、ファントムがリューコをそれぞれ引き離すと、コホンと咳払いしてから話の路線を戻す。

 

 「私たちは爆撃機ではありません。それに、精一杯爆装しても基地に投射できる火力は精々限られています。しかもこれが前線基地だと言うのなら、防空戦力はまずあると見て良いでしょうね。そんな中に対空装備無しで突っ込めとはいくら何でも無謀すぎます。どうなされるおつもりですか?」

 

 「BARBIE隊、及びMS社のアニマには主に基地上空の制空権の確保、その後ファントムには残存した第七艦隊から放たれるトマホークミサイルの最終誘導を引き継いでもらう。艦隊総出の花火大会と行こうじゃないか」

 

 「さしずめ私は、花火大会の司会と言った所ですね。分かりました」

 

 「あぁそうじゃ、儂は戦線には出んぞ。万が一基地に直接殴りこまれたら適わんからな、陸の護衛は儂とバイパーが行う」

 

 リューコがピシャリと扇子を閉じながらそう言い放つと、イオが意味が分からないとばかりに質問をする。

 

 「社長秘書って、この中じゃ一番強いんだろ? じゃあ、前に出て貰った方が良いんじゃねぇのか?」

 

 「イオさん。先生の機体、X-02Sは確かに私達の機体の中では最も高い空戦闘能力を持ちますが、一つ欠点があり、それが先生が前線に出られない理由でもあります。何だか分かりますか?」 

 

 「あの機体に欠点……? ミサイルの搭載数が少ない……とか?」

 

 演習で散々相手をする羽目になった超高機動、超高速の機体。更に乗り手の異常なまでに高い熟練度から、まるで欠点が見当たらない。ある種のトラウマに近い記憶の中からX-02Sの機体形状を思い出し、イオは自分なりの答えを出した。

 

 「30点じゃな。確かに儂の機体にはあの機動力を維持しようとしたら最大六発のミサイルしか積めん。じゃがそもそも積めない原因はなんじゃ? 答えは機体構造から来る搭載スペースの少なさじゃ。したがって燃料タンクも小さいから航続距離も短い。まぁ、年寄りは息切れしやすいからのぅ」

 

 「『最悪に備えよ!!』 っていう考えは間違いじゃないからね~。イオと三人で飛べないのが残念だけど」

 

 リューコはヒッヒッヒと扇子を開きながら教え子の変わり様をニヤニヤと眺めるも、いつもの様にライノがリューコに引っ付き、ウガーッ、と吠えながらそれを鬱陶しそうに振り払う。

 作戦前だと言うのに何とも緊張感に欠ける面々である。

 

 「そういう訳だ。社長秘書には陸地を、アンタレス隊には第七艦隊の護衛を行って貰い、それ以外のアニマ五機で海鳥島の敵を撃滅する。空中給油機は既に我が社の物も空に上がっている。共同して使え」

 

 以上だ、とバーフォードがブリーフィングを締めくくり、集められたパイロットやアニマ達がゾロゾロとブリーフィングルームを後にした。

 その折、ファントムが慧とグリペンを呼び止める。

 

 「そう言えば慧さん。今回は貴方がメインパイロットを務めるという事ですが、本当ですか?」

 

 「あぁ、グリペンと相談したんだが、どうやら俺の方が安定して飛ばせるらしい」

 

 「だから、私はサポートに徹する。ゾーイみたいに、やって見せる」

 

 「機動力を犠牲に最終的な命中弾の増加狙い、ですか……やはりその形こそ、私たちの本来あるべき姿なのかもしれませんね」

 

 お気をつけて、とだけ言うとファントムは足早に格納庫へと向かった。

 

 

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 海鳥島近海上空

 

 『カノープスよりアニマ部隊へ、残念ながら悪い知らせだ。台湾空軍の陽動部隊が敵別働隊により壊滅。現在、新たなザイが第7艦隊へ向け移動中だ』

 

 早期警戒管制機からのバーフォードの報告に、一気に緊張が走る。この作戦はファントムが艦隊から発射された巡航ミサイルを誘導するという物。その艦隊その物が壊滅してしまってはそもそもの作戦の根幹が瓦解する事になる。

 

 「Ghostよりカノープス、艦隊の状況は?」

 

 『現在アンタレス隊が対応中だ。那覇基地からGryphus01を筆頭に増援が向かっているが、彼女以外は間に合わないと見て良いだろう』

 

 ストライクワイバーンの速度であれば、ギリギリ艦隊がザイの大群と接触する前には追い付ける。しかし、彼女の最大の欠点はその戦闘可能時間の短さ。いくら彼女が強くとも、燃料が無ければ戦闘機は飛ぶ事が出来ない。

 しかし、今の位置からであれば自分たちが艦隊に近く、援護に向かえる。

 慧が艦隊の援護に行こうと戦術マップを確認するが、それを咎めたのはファントムだった。

 

 『いけませんよ。我々が援護に向かえば、そこで武装と燃料を使い果たします。このまま進みましょう』

 

 「ふむ、ではどうしようか?」

 

 『先生もいますし全機で向かうのは過剰と考えます。一機のみ援護に向かわせましょう。と言う訳でイーグル、あなたが艦隊の護衛に向かいなさい』

 

 『はぁ? なんであなたが仕切ってるのかなぁ?』

 

 イーグルの不満げな声が響くが、何かを察した慧がそれに続ける。それも彼女が確実に動くであろう言葉を。

 

 『そうそう、ファントムの意見じゃない。八代通さんから、もしもの時はそうするよう言われてるんだった』

 

 『え? 慧、それ本当?』

 

 『あぁ、本当だぜ。イーグルなら押し寄せるザイを千切っては投げ、千切っては投げ大活躍してくれるはずだって言ってた』

 

 『悔しいですが私も同意見です。その馬鹿みたいに鋭い感は私にはありませんから』

 

 その折、「むふーっ!!」と自慢げな鼻息が聞こえてきた。コックピット内でドヤ顔しているのが目に浮かぶ。

 

 『じゃあ話が別だね。お父様、イーグルの事頼りにしてるって言ってたし、分かった!! ガンガン墜としてくるね~!!』

 

 言うが早いか、イーグルは急旋回して艦隊の方へと向かっていった。

 お互い見えはしないものの、コックピットで自機の後方を飛ぶファントムに向けてサムズアップを送る慧。その後、イオはおずおずと二人に尋ねてみる。

 

 「お前ら、今のってもしかしなくても……」

 

 『えぇ、嘘です。ご協力感謝します、慧さん』

 

 『嘘も方便とはよく言ったモノだよね~』

 

 ライノがカラカラと笑い、機嫌良さそうに機体を揺らす。

 それから程無くして、四機は海鳥島が肉眼で捕捉できるまでに接近した。十字架の様に見えるその島の中央にはガラスの要塞が構築されており、島のあちこちに塔の様な物がいくつも建っている。

 こちらの接近を感知してか、基地上空を警戒待機していた航空機型ザイがこちらに接近してきた。

 

 「各機、射線から離れてほしい。TLSを使用する」

 

 『『『了解!!』』』

 

 他の三機が散るようにして動き、その直後にファルケンの機首が展開して内側から大型のレーザー砲が姿を現す。グリペンはファントムの護衛に付き、ライノは前線に出てかく乱をしてくれている。そして、射線内にある程度敵が集まってきてくれた所で……

 

 「ライノ!! 急上昇!! ぶちかますぜ!!」

 

 イオがトリガーを引く頃には、ライノは急上昇をして彼の射線から離れていた。放たれるは空を切り裂く赤い剣。機体を動かし薙ぎ払いつつもゾーイが微細な角度調整を行い、射線上のザイを残らず焼き払う。

 

 「一射で10機撃墜!! 新記録だぜ!!」

 

 『囮はあたし達で引き受けるから、そっちは誘導入っちゃって~!!』

 

 その後も機動力の高いライノが囮を引き受け、射線上に集まってきた所をイオがTLSでまとめて薙ぎ払うと言う、既存の航空戦ではまず見られない光景が繰り広げられていた。

 ファントムは自分まで薙ぎ払われないよう、高度を調節すると機体下部に搭載されたレーダーポッドを展開し、艦隊からのミサイルの最終誘導の受け入れ態勢に入る。

 だがその時だった。基地の岸壁から、二機の見た事も無い戦闘機が姿を現したのは。

 

 『なんだ!? IFF反応なし……所属不明機か?』

 

 『烏賊みたい……美味しそう』

 

 翼端やコックピット周りから紫色の光を放つ、機首の長いロッキードのブラックバードにも酷似したフォルムを持つ二機の戦闘機。

 どうやらザイでは無いようだが、だとしたら何故ザイの要塞から出て来たのか。

 しかし、どうやらそんな悠長な事を考えている場合では無いらしい。

 

 『照準警報、ロックされた』

 

 『何!? あいつらも敵だっていうのかよ!?』

 

 毒々しい赤紫色の所属不明の戦闘機は、後ろに回り込んだかと思うとグリペンに向けてロックオン用の照準用レーザーを向けて来た。

 すぐに機体をロールさせて回避行動をとり、ロックオンから逃れようとする。しかし、所属不明機は驚異的な機動性でグリペンの動きに追従してくる。まるでドーターの相手をさせられている気分だ。

 

 (いや、そもそもあれは普通の機体なのか……?)

 

 後方を目視しながら襲い来る機銃弾を回避する慧。しかし、ドーターであれば装甲が発光して見えるはずだ。それが目の前の機体には見られない。精々翼端と機首周りが紫色に光っているくらいだ。

 

 『グリペン!! カナードスペシャル!!』

 

 『カナードスペシャル、レディ』

 

 最早慧とグリペンのお得意技ともいえるスロットルを開けたままでのカナード翼の直立による減速。それを実行し、所属不明機をオーバーシュートさせる。

 照準、間に合う、FOX2、時間差で二発。

 

 『フッ……』

 

 所属不明機が、そんな笑みを浮かべた気がした。

 刹那、まっすぐに着弾するかと思われた一撃目のミサイルは突如空中で爆発。そして時間差で放たれた二発目のミサイルはまるで木の葉の様にひらりと、既存の航空機ではまず成し得ない軌道で宙を舞い、大きく直撃コースから逸れる。なまくら刀で宙を舞う木の葉を切らされているような、そんな奇妙な感覚が二人を襲う。

 

 『なっ……あの距離でかわした!?』

 

 『あんなの、戦闘機の動きじゃない……変態』 

 

 その時、早期警戒管制機から再び通信が入った。ザイに関しては半数以上を撃墜完了し、残存勢力は撤退。しかし、所属不明の二機が大型の気化弾頭を装備して艦隊を攻撃しているのだと言う。その端々に、オペレーターの困惑した声が聞こえた。

 

 『中佐!! 今の動きは、『スレイマニ・ダンス』です!! 所属不明機、四機ともミサイルを至近距離でかわしています!! 信じられない……』 

 

 『まさかあの機体、スレイマニ……なのか? いや、奴は五年前に死んだはずだ!!』

 

 戦場に広がる混乱。しかし、四匹の狼の進撃は止まらない。

 

 

 

 

 『奴らの価値は、僕たちが喰らう!!』

 

 

 

 

 

 




お・ま・た・せ


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16話 双子の翼竜

 「ま、こんなもんかな~。あいつらには平均値(・・・)伝えただけだしね」

 

 四人の少年少女たちが基地として使っているガラス細工の無人島。その上空はEPCMを応用したチャフスモークの雲で覆われ、衛星から発見されるという心配はまず無く、そもそも肉眼で捕捉出来るかどうかも怪しい。そんな無人島に設けられた基地施設の一室で、飛行服姿の金髪の男はベッドに寝転がりながらガラスで出来た板の様な物に描かれた、まるで枝分かれした木にも見えるその無数の線を指先でなぞっては、小型モニターに表示されている現在の海鳥島の周辺状況と照らし合わせながら呟いた。

 

 「しかし、想定していたより頭数が一機多いな……何でファルケンが現場に出てやがる?」

 

 男は珍しく思慮深げな声で思案した。かつて自分が乗っていた機体と同型の機体。しかし、その生産数の少なさから、彼の知る限り本来存在しない筈の瑠璃色のファルケン。男はその機体の存在が、どうしても気になって仕方なかった。

 

 「ま、お前が異端者(イレギュラー)だってんならそれはそれで問題無いんだけどさ。ギャハハ!!」

 

 男はガラス板に新たに出現した(・・・・・・・)細い線を歓喜しながら眺め、それを再び指でなぞり始めるのであった。

 

 「見せてみな。お前らの力をさ」

 

 そう言って男は、衛星回線であるイリジウム衛星携帯電話を取り出した。

 

 ----------------------------

 

 第七艦隊 

 

 

 アンタレス隊とリューコ、そして那覇基地からの増援の活躍によりザイを退けた第七艦隊。洋上で敵前線基地に対するミサイルによる飽和攻撃の準備を着々と進めていた矢先に、新たに接近する二機の機影を捉えた。

 IFF反応なし、無線にも応答なし。

 以上二点から敵と判断しようと司令官が決定を下そうとしたその瞬間、上空に護衛として展開していた空軍部隊全体が青白い爆風に包まれ多大なダメージを負った。

 

 『何だ!? 何処からの攻撃だ!?』

 

 『気を付けろAntares03。あれは恐らく燃料気化弾頭だ。だがあんな破壊力は俺も見たことが無い』

 

 『新型の弾頭? でも今の爆発は……』

 

 『アンタレス隊、気を付けてください。高速で所属不明の二機がそちらに接近中』

 

 何とか被害を免れていたアンタレス隊。その隊長であるAntares01、イアゴ少佐は早期警戒管制機からオペレータによる警告を受けると、改めてレーダーを確認しつつ、下方の艦隊の様子を確認した。このXFA27には限定的ながらCOFFINシステムが採用されており、下方の艦隊の姿もしっかりとモニター越しに確認することが出来る。

 

 『機種は分かるか?』

 

 『接近速度からして過去のデータから該当する物は……え? 該当有り? しかもこれって……』

 

 『どうした? はっきり報告しろ』

 

 『該当機体は……ヴィルコラクです!!』

 

 『何だと!? そんな馬鹿な筈はない、奴はグラハムが叩き落した筈だ!! 俺はこの目で見た』

 

 しかし、そう言っている間にも所属不明機は編隊飛行していたアンタレス隊の横を通過するかのように通り過ぎる。その機影を遠目ながら肉眼で確認してしまったイアゴは、オペレーターの言葉を認めざるを得なかった。

 奴が、もしくは奴の亡霊が、地獄から舞い戻って来たのだと。

 

 『キャハハ!! もう最高!! 今の一発で何機堕ちたかなぁ?』

 

 『10機は行けたんじゃないか? さて、お前たちは僕を楽しませてくれるのかい?』

 

 その問題の所属不明機、五年前撃墜されたはずのヴィルコラクを操るトーリは、両腕に接続された有線型NFIの具合を確かめながら、大はしゃぎするフェルトの問いに答える。

 彼女が今しがた放ったのはただの燃料気化弾頭ではない。かつて、オーレリアを襲ったとある空中要塞が搭載していたとも言われる弾道ミサイルを戦闘機サイズまで小型化。制圧範囲こそ減ってしまったが、それでも戦闘機が装備するそれとしては他と比較しようが無い程広い。その特性から水平方向に爆風の指向性が持たされており、特定高度でないと使えない原形からの欠点を解消した制空兵器。その名もLong range Shock Wave Missile、略称LSWMだ。

 

 自らの獲物に相応しいとアンタレス隊に目を付けたトーリが機体を旋回させると彼らを猛追する。

 一方、フェルトは虫の息である飛行編隊にもう一発のLSWMを放とうと照準を合わせていた矢先、真正面から何らかの飛翔体が自機の直ぐ傍を通過した。本能的に機体を傾けなければ、主翼を持っていかれていただろう。機銃弾では無しえない破壊力と長射程、その視界の先には……

 

 『小娘風情がふざけたモノ使いおってぇぇぇええええええええっ!!』

 

 激昂するリューコを乗せたガンメタリックのドーター、X-02Sの姿があった。機体の下部には大型の砲塔が取り付けられており、銃口から紫電を放っている。MS社で独自開発が進められていた戦闘機用の電磁加速投射砲(レールガン)だ。試作段階のため弾数も少なく電力のチャージにも時間が掛かるが、その破壊力はあらゆる戦闘機を一撃で粉砕する、まさしく必殺兵器。先程の攻撃の正体はこれであり、直撃を貰えば到底耐えられるものでは無い。

 

 『キャハハッ!! このオバサン怖いよぉ!!』

 

 本能で危機を感じ取ったフェルトはLSWMによる攻撃を中断し、ドッグファイトに移行。その生物のようとも形容される圧倒的な機動力は、ドーター化された他の戦闘機では太刀打ちさえ出来なかったX-02Sにさえ追従してくる。

 だが、そんな本能に頼った戦い方をしているだけの彼女に後れを取るほど、リューコは甘くなかった。レールガンの照準から発砲までのタイムラグは初撃を外した時点でばれている。そしてどの道、残弾は後一発しかない。相手は真後ろ、しかもミサイルではなく機銃で攻撃しかしてこない辺り、あの大型弾頭のせいで通常ミサイルは積んでいない物と思われる。

 そうなればやる事は一つだった。リューコはマイナスG機動で機首方向から前転するようにクルビットをすると、機体下部がヴィルコラクの方を向いた瞬間、レールガンをパージした。

 

 『えっ!?』

 

 『貰ったああああああああああっ!!』

 

 突然の思いも寄らぬ攻撃方法に機体を傾けざるを得ず、速度の低下するヴィルコラク。その一瞬を逃さんと、急反転からアフターバーナーを全開。一気に攻守逆転し、ヴィルコラク以上の加速性能で猛追しつつ数少ないミサイルを発射、当然自分が制御するHimat化も忘れずにだ。

 

 『うそ、うそ、うそっ!?』

 

 先程までこちらが優勢だったにも拘らず、気がつけば食らいつかれているのはこちらだった。フェルトはアクティブ防御機構を作動させるが、一向に迎撃で放たれた弾丸はミサイルと接触しない。流石の迎撃システムもアニマの制御によるHimat化には対応しきれない様だ。

 苦労してスレイマニ・ダンスをするが、その一発目は避けても続くもう一射が待っていた。直撃コース、避けられない。

 だが、彼女に着弾すると思われたそのミサイルは、突然空中で炸裂した。

 

 『何!?』

 

 その時、灰色の翼竜と緑色の狼の間をもう一機の翼竜(・・・・・・・)が駆け抜けた。

 機体形状はリューコの操るX-02Sその物だ。しかし、展開した翼端や尾翼の色は燃え盛る炎の様なオレンジ色で、コックピットは通常のグラスキャノピー式、つまりは有人機だ。

 その隙にヴィルコラクは追撃不可能なラインまで逃走、リューコは自機の上空を飛ぶ同型の機体を睨み付けると、その機体から暗号回線で通信が発信された。

 

 『お久しぶりです、教官。いえ……グリフィス01。こんな形で再開する事になるとは、残念だ』

 

 『そのカラーリングと言い……貴様、ミハイかっ!! 何故奴ら(・・)側に付いた!?』

 

 『前にも言ったでしょう。私は無人機が嫌いだと。ドーターやアニマも、私の目から見れば同じ物だ。例え、貴方がグリフィス01の記憶を持つ(・・・・・・・・・・・・・)アニマだとしても』

 

 ミハイ・ア・シラージ。かつて旧オーレリアのエルジアにて絶対的なエースと呼ばれる程の腕前を持つ凄腕のパイロットだ。その彼が師として仰いでいたのがオーレリア戦争の英雄、グリフィス01なのである。彼女に並ぶ、あるいはそれ以上の腕前を持つとも言われた彼は、オーダーメイドでもう一機のワイバーンを作らせ、引退前の彼女に最後の決戦を申し込んだ。だがそれでも、模擬戦とは言え彼女との決着は付かなかったのだ。

 しかし、そもそもアニマの元となった根幹の無人機の制御システムには、老齢になろうと空を飛び続けることを望んだ彼のデータが少なからず使われている。

 そんな彼にとってアニマは、ひいては彼女の記憶を持つアニマの存在は、余計に忌避しいものなのだろう。

 

 『私は確かに自由な空を愛する男だ。だが、人を捨ててまで得たその自由に、価値があるとは思わない』

 

 『はん、何を抜かすと思えば、そんなセンチメンタリズムか……』

 

 『彼らはまだ人の身を捨てきってはいない。だから協力する、それだけだ。お互い燃料も心もとないでしょう。決着はまたいずれ』

 

 翼端がオレンジ色のストライクワイバーンは、機体をバンクさせると戦闘空域から離脱していった。彼の言う通り、既にリューコのストライクワイバーンの燃料は後方で待機している空中給油機を経由しなければ那覇に帰る事すらできない程ギリギリだ。それ程までに、燃料積載量の少ないこの機体で限界での機動戦を要求されていたのだ。

 いつの間にかもう一機のヴィルコラクの姿も見えない。アンタレス隊とバイパーゼロが奮闘してくれていたのだろうか。 

 同時に第七艦隊からミサイルが一斉に発射された。恐らくはファントムの誘導準備が整ったのだろう。

 作戦は成功、味方の被害も軽微……とは言えないが少なくは済んだ。本来なら喜ぶべき状況だろう。だが、

 

 「人はいつでも、己のエゴで動きおる……だから、変われんのだっ!!」

 

 リューコだけは、力強くNFIのパネルを殴りつけるのであった。

 

 

 -----------------------

 

 海鳥島

 

 

 「クソッタレ!! ミサイルが避けられるってんなら!!」

 

 イオが対峙していた赤紫のヴィルコラクには、何発ミサイルを撃っても後方に迎撃機銃を放つアクティブ防御システムか、謎の変態マニューバ、スレイマニ・ダンスで避けられる。であれば、残る手段は機銃弾か遠距離からTLSによる狙撃しかなかった。しかし、こちらより機動力の高い相手にポジションで有利を取る事は、単機では到底叶わない。

 

 『イオっ!!』

 

 「慧はお姫様の護衛に集中してろ!! ライノっ!! そっちはどうだ!?」

 

 『かーなーり、手強いね。ミサイル残弾2』

 

 ライノの声はいつも通りのお気楽そうなそれだが、まるで余裕が無いようにも聞こえた。彼女の相対する緑色のヴィルコラクもまた非常に高い機動性を発揮し、アニマであるが故にGを考慮しなくて良いライノの人間から見れば無茶苦茶な機動にも追随してくる。

 その折、ヴィルコラクの大口径機銃弾の一発が、ライノの主翼を掠めた。

 

 『ちぃっ!!』

 

 「ゾーイ、五秒稼げ!! 照準……捉えた!!」

 

 しかし、イオは後方から迫る赤紫のヴィルコラクに向けてゾーイの制御によるミサイルを後方発射。相手がその回避に追われている内にTLSを発射してライノの後方に迫る緑色のヴィルコラクの傍を掠めさせる。膨大な熱量がその装甲を炙った。ヴィルコラクにはプラズマ兵器対策の特殊コーティングが燃料タンクに施されているので、燃料温度上昇からの爆散には至らなかったが、有線接続のNFIで機体と一体化している彼女にとっては、焼けるような痛みが背中全体を走る。

 

 『ぐぅぅぅぅぅっ!!』

 

 『エル!! そいつから離れろ!! そいつは僕がっ!!』

 

 仲間を傷つけられたことを怒り、赤紫のヴィルコラクのパイロットであるロッシュはQAAMの照準をイオのファルケンに向ける。敵も良く足掻くが、所詮は有人機。機体と完全に一体化している自分の機動性に敵う筈がない。あと少しでファルケンへのロックオンが完了すると言う所で、通信が入った。

 

 『ごめーん、子供たち。時間切れですよ~!! 既に敵艦隊がミサイルを発射、このままじゃ飽和攻撃に巻き込まれちゃうよ~!!』

 

 『父上っ!? しかし、もう少しでエルを傷つけたコイツを……っ!!』

 

 『エルちゃんならちゃんと離脱してるから大丈夫!! それに、君達にはまだやって貰いたい仕事があるからね。ここで死なれると、おじさん困っちゃうな~』

 

 『そう言う事でしたら……ヴィルコラク遊撃隊、撤退するっ!!』

 

 ロッシュはファルケンの撃墜を諦め、機体を反転させると後部からEPCMを放つ微粒子入りの特殊チャフスモークを放出。EPCMが五感にもたらす作用で肉眼の捕捉すら危うくなる危険性があるが、自身と機体にEPCMを打ち消すクライム・クォーツを内蔵している彼らが使えば、人間相手であればより確実な目くらまし手段となる。

 

 『この次会う時には、必ず仕留めてやる!!』

 

 そのスモークが晴れた頃には、航空型ザイを伴った赤紫のヴィルコラクは、遥か彼方へとその姿を消した。

 

 『敵残存戦力、撤退。EPCMレベル低下』

 

 「終わった……のか? ファントム、ミサイルの誘導は?」

 

 『皆さんの護衛のおかげで戦闘中でしたが、管制誘導は既に完了しています。目標への着弾まであと二十秒です』

 

 グリペンとファントムが報告を終えた刹那、上空から炎の矢が降り注いだ。数え切れないほどの爆炎が海鳥島表土を覆い、ガラスの要塞を焼き払う。戦端はあっけなく幕を閉じたのだ。

 自分の操縦でザイや所属不明機と相対した慧はその感覚を噛みしめながら、空を見上げはっきり口にした。

 

 「ミッションコンプリート、RTB!!」 

   

 

 




アニマ、ドーターってある意味無人機とも言えるよね……という事であのお方が敵として参戦。
そしてお気に入り登録50件突破!! ありがとうございます!!


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17話 少女たちの思い出

最近ガリフォ二次創作増えてきましたね。喜ばしい限りなので初投稿です。


 知ってるか? この世界のアニマは三種類に分けられる。

 

 ザイのコアから培養されたもの。

 

 その技術を応用してアニマの体に人間の記憶を移植したもの。

 

 反対に人間側を薬物などで強化し、アニマと同等の能力を後天的に付与させたもの。

 

 この三つだ。

 

 最初の二つは俺の望む異端者(イレギュラー)たり得なかった。三つめは今試してるところだ。

 

 唯一望みのあった鳴谷慧と言う一人の少年と少しばかり特異なアニマ、グリペンの組み合わせや、生き残ったアニマの活躍で確かに世界は一度ザイのいない世界になった。

 

 だが、それだけだ。

 

 ザイとの戦いが終わったと思えば、国と国とのいがみ合いと言い、己の利益の勘定しかしない豚どもと言い、人間の本質が変わった訳ではない。結局、人類に可能性を見出すことは出来ても、その証明は誰も出せないままでいた。

 その結果、先延ばしにされたとは言え歴史は繰り返され、再びザイやアニマは生まれてしまった。

 こうしてまた無限ループが始まった訳なんだが、それでも人類を信じた集団、俺達未来人の革新派は事を起こした。人間側に技術力があれば少しくらいマシな歴史になるだろうと、様々な時代に飛んでは歴史を破壊しない程度に未来の技術を横流しにしてやった。結果はまぁ見ての通り、本来あるべきだった歴史よりは局所的に技術が進化した世界になった。

 

 考えてもみろよ、例えばこの歴史だと今から40年前にヨーロッパ、いや、当時はオーレリア連合国群だったか? そのオーレリア戦争で光学迷彩付きの飛行機や巨大飛空艇が幅を利かせてるってどーよ? 本来の歴史なら世間じゃブラウン管のフルカラーテレビが出て丁度10年くらいだぞ? 液晶パネルなんてある訳がない、ましてやその応用理論も。パリに突っ立ってるグリフィスウォールなんかいい例だ、40年以上前から対空レーザー兵器があったんだぞ、あの国は。 

 

 まぁ、無駄だったんだよお前らの選択は、とは俺も言いたくはない。これでも一児の父親なんでね、子供の頑張りや葛藤は理解してるつもりだし、まぁ、人類自体も多少は良くやった、と褒めてやっても良い。結果がどうであれ、あそこだけだからな、一度無限ループを潜り抜けてザイの誕生を先延ばしにしたのは。

 

 だからこそ、俺は、俺達は探し続ける。

 

 人類の持つ『可能性』の証明方法を。

 

 来る日も、来る日も、探し求め続ける。

 

 世界を変える異端者(イレギュラー)、『幸せの青い鳥』を。

 

 

 -------------------------

 

 沖縄 那覇 海水浴場

 

 

 作戦成功の戦勝祝い……と言うほど大袈裟な物でも無いが、那覇の海水浴場に招待された独飛やMS社の面々は皆思い思いに真夏の海水浴場を満喫していた。ある者はパラソルの下でサマーベッドに寝転がり、ある者は水鉄砲を持ってお互いに水を掛け合い、またある者は砂に埋められ、そして海を全力で泳ぐ者もいる。

 そんな中、イオはと言うと……水飛沫を上げてはしゃぐ同僚や友人と真上で燦々と輝く太陽、それらに負けず劣らずの熱気を放ちながら炎の前で忙しなく動き続けていた。

 

 「へい、焼きそば一丁!!」

 

 「……お主はいったい何をしておるんじゃ?」

 

 要するに、海岸に出された屋台で臨時のアルバイトをしていたのだ。どうやら焼きそば担当が熱中症で倒れたらしく、たまたま近くを通り掛かったイオが自ら進んで手伝いを買って出たと言う。町内の縁日の出店の手伝いもしていたので、この位はお手の物だった。

 縁日で並んでいる様な数件の屋台の中では他にもかき氷や焼きトウモロコシ、ラーメンやカレーなど、まさしく海の家と呼ぶに相応しいラインナップの充実さだ。

 それを呆れた様子で見ていたリューコの格好は水着姿……ではあるのだが、突っ込みどころが満載だった。どこの誰だ、よりによって彼女に純白の旧スク水を薦めた奴は。平らな胸の上に胸に「りゅーこ」と平仮名で書かれた名札がきちんと記されている辺り、最早こだわりすらも感じる。

 長いアッシュブロンドの髪はアップで束ねられ、小学校低学年にしか見えない彼女の容姿では確かに可愛らしく違和感こそ無いが何故だろう、犯罪臭しかしない。

 

 「お、社長秘書じゃん!! なんか食うかい?」

 

 「変わったあだ名の知り合いだねぇ、イオ君。応援が到着したみたいから、その子の分終わったら上がってくれていいからね。本当に助かったよ」

 

 「ういーっす!!」

 

 隣でカレーを作っていた海の家のリーダーがイオにそう告げると、リューコは塩焼きそばの大盛りを二つ注文してお代を渡した。 

 イオはコテをせわしなく動かして具材と麺を混ぜ込み、最後に塩で味付け、完成したそれをパックに詰め込むと、ビニール袋に入れて彼女に手渡す。

 

 「ほいよ、塩焼きそば大盛り、二丁上がり!!」

 

 「うむ、大儀であった。あとさっきから蜂娘がお主がどこにもいないと煩くて敵わん。早う行ってやれ」

 

 「あー、社長秘書も大変だな……分かった、すぐ行くぜ」

 

 妙にリューコに懐き、いつも彼女に引っ付いてるライノの様子を頭の中で思い浮かべながら、頭に巻いたタオルとTシャツ、エプロンを脱ぎ払い、ビーチサンダルを履き直すと、バイト代代わりに貰った大玉のスイカの入りのネットを片手に紺色の海パン姿になって海岸を駆け抜け、独飛の面々がいる場所へと向かう。

 

 「あ、やっと来た!! おーい、イオ~!!」

 

 イオの接近に気が付き、バーフォードを砂に埋めて遊んでいたライノは大手を振って彼に駆け寄る。だが、その彼女の格好と言えば……

 

 「なんて格好、してやがる……ライノォ!?」

 

 彼女が黄色の薄手のパーカーの下に着ていたのは、これまたリューコとは対照的な紺色のスクール水着だった。平仮名で「らいの」と記された名札が、彼女の程よく膨らんだ胸のお陰で歪んで見える。その谷間にはいつも身に着けている銀細工のロケットが鈍い輝きを放っていた。ましてや、ライノはリューコの様な完全な子供体系では無く、整ったスタイルの持ち主だ。その違和感が生み出すギャップの破壊力たるや、燃料気化弾頭をゼロ距離で撃ち込まれた気分だった。

 

 「えへっ、良いでしょコレ!! イアゴ少佐が社長秘書殿とお揃いだから~って薦めてくれたんだ~!!」

 

 「あのオタクリーダーめ、何考えてやがる……っ!!」

 

 意外と日本のオタク文化に詳しい、アンタレス隊の強面のリーダーの顔を思い出しながら、イオは頭を抱えた。と言うか、それをあっさり受け入れる彼女も彼女な気がする。こう言うのはその……何というか、アメリカ本国では教え込まれなかったのだろうか?

 イオが視線を気まずげに反らしている事を気にしてか、グイッと踏み込み上目遣いでイオを見上げる。

 彼女のプロポーションの良さと落ち着いた彼女の雰囲気に、とろんとした目付きや親しみやすい大人びた性格も相成ってか、とても扇情的な雰囲気を醸し出している。

 

 (やべぇ、直視できねぇ……)

 

 (そんなちょっと大人っぽいライノがスクール水着なんて着てみろ、ギャップ差で悶え苦しむだろうがありがとうございます)

 

 イオの心の中では片や気恥ずかしさと上官への呆れが混ざった複雑な心境な一方、もう片方は現在浮き輪で海の上に浮かんでいるオタクリーダーに向けて敬礼を送っていた。

 覚悟を決めた……と言うのも少し変な話だが、イオは頭を振って気持ちを落ち着けると彼女と向き合う。

 

 「まぁ、なんだ……結構、似合ってんじゃねぇか」

 

 「ありがと。そうそう、今向こうで中佐殿埋めて遊んでるんだけど、イオもやる?」

 

 「埋めてるっていうか、もう砂の城になってんぞ……」

 

 ライノが指を指した方向には、昼寝している間にこっそり顔以外を砂で埋められているバーフォードの姿があった。しかし、その上にはどうしたらそうなるのか、砂で作ったにしては妙にハイクオリティなオブジェクトが完成している。

 その製作をしていた褐色の肌に対照的な色彩が映える白のビキニとパレオを着用し、麦わら帽子を被ったゾーイに事細かに指示を出していたのは、リボンとフリルのあしらわれたオレンジ色のセパレートの水着を着たグリペンだった。

 

 「よぅ、お前ら。何作ってんだ?」

 

 「グリプスホルム城、スウェーデン南東部にあるお城。16世紀の調度品がオリジナルのまま保存され、一般公開されている」

 

 「成る程な、自分の生まれた国のお城ってわけか」

 

 「私は大阪城が良いと言ったんだが、どうしても彼女が聞かなくてね」

 

 肩を竦めながらも、親友であるグリペンのわがままに付き合うゾーイ。彼女らは独飛結成前にもデータ取りの模擬戦で何度も空中を共に飛んでいる仲だ。そしてお互いに人間のパイロットを乗せないとまともに稼働できないアニマ同士でもある。ある種の共感と言っても良いだろう、そのシンパシーが彼女らの絆を深い物としていた。

 城が大方完成したその時、大型の水鉄砲を構えた慧が合流してくる。羽織っていたアロハシャツが、何故だか今はびしょ濡れだ。

 

 「おーい、イオ~、ここにいたのかって、うわ!? バーフォードさんが城の基礎に!?」

 

 「私がやりました」

 

 「いやいや、確かにすごいけどさ……良いのかコレ、ってそうだった!! 二人とも俺に加勢してくれ!!」

 

 そう言って慧はイオとライノに拳銃型の水鉄砲を手渡す。

 その直後だった、慧の背中に海水がかかる。その後ろにはしてやったりと言った笑みを浮かべたイーグルがいた。圧力の低下から思ったほど威力が出ていないことを見てか、両手で空気圧縮式の水鉄砲に必死に空気を送り込んでいる。

 

 「ありゃ、ちょっと足りなかったかも。くぬっ、くぬっ、わぷっ!?」

 

 「ダチの弔い合戦だ!! 全機、フルブラスト!!」

 

 「りょうかーい!!」

 

 「やれやれ、折角作ったお城を壊されては困るからな。私も加勢するとしよう」

 

 どうやら慧が濡れていたのは彼女の仕業らしい。状況からそう判断したイオは友人を援護すべくイーグルに牽制射を浴びせる。そして最後の仕上げに入ったグリペンを守るべく、ゾーイも立ち上がるとどこからか大型の水鉄砲を取り出した。筒状のそれは所謂昔ながらのシリンジ式だ。しかし、そのサイズは段違いに長く、ライノの後ろからそれを構えると一気に棒を押し込む。規格外の水圧の照射が、イーグルに襲い掛かった。

 

 「うわっぷ!? ゾーイそれズルくない!?」

 

 「通販で買っておいてよかった。ちなみに最大射程は21mだ。ましてや私はこの手の武器の扱いに慣れている。逃がさないよ?」

 

 そう言いながら照射を続けるゾーイの目はどこか完全に座っていた。親友の作った砂の城を守るべく、彼女も必死なのだろう。規格外の威力から逃れようと、積み上げられたクーラーボックスを陰に反撃をするイーグル。

 ゾーイの抜けた穴に慧が入り、グリペンと二人で仕上げに入っている砂の城を防衛していたイオ達に、新たな刺客が訪れる。

 

 「ふふっ、敵は何もイーグルだけではありませんよ?」

 

 「何やら面白そうなことをしておるのぅ、儂も混ぜて貰おうか」

 

 蠱惑的な笑みを浮かべたファントムと、何やらうずうずしているリューコだ。二人は同時に得物を構え、その照準を彼らの守る砂の城に向ける。どうやら、現在はこういうルールなのだと思い込んだらしい。放たれる水弾、完成まであと僅かの城、それにいち早く気が付いたイオは、二人の前に立ちはだかると背中を盾にその攻撃を受けた。あからさまに氷水と思われる冷水が、彼の背中を伝う。

 

 「グゥッ!? 冷たっ!?」

 

 「何やってんだよ、イオ!?」

 

 「作業の手を止めるんじゃねぇぞ……ヴァアアアアアッ!!」

 

 振り向いては拳銃型の水鉄砲を連射するイオ。その何発かが二人の肩を掠り、二人は一時後退をせざるを得なくなる。

 

 「なんだよ。結構当たんじゃねぇか……つか、超冷てぇ。絶対氷水だろコレ」

 

 「そんな、砂の城なんかの為に……」

 

 「ダチの作品を守るのは俺の仕事だ。それに、未完成で終わる物ほど悔やみ切れないものは無いぜ? それよりもほら」

 

 イオが顎で示すと、そこには仕上げを完全に終えて完成した城の前で、ドヤ顔を披露するグリペンの姿があった。ネットに落ちている画像と比べても寸分の違いの無い正確さだ。普段ドンくさいくせにこういう所は実に器用である。

 

 「皆の協力に感謝する。お陰でまた一つ、思い出が作れた」

 

 「そっかぁ……思い出、かぁ……」

 

 グリペンのその言葉に、そんな独り言を漏らすライノだった。その表情はどこか物憂げで、哀愁すらも漂わせている。イオは彼女のその呟きを聞き逃さなかった。

 

 「お前は、こういった事ってやっぱ無かったのか?」

 

 「うん。本国にいた頃とかは暗い暗い研究所で毎日実験だの訓練だのばっかで、あたしの楽しみってジャンクフード位しか無かったんだよねぇ、今までは」

 

 しかし、一瞬にして物憂げな表情を晴らすと、クルリと身を翻してイオに笑顔を向ける。その眩しさたるや、海に反射する太陽の煌めきも合わさってより鮮明に彼の目に映った。

 

 「でもね、MS社に派遣されて、イオと出会って、それからは全然違うんだよ。子供っぽいイーグルに意外と挑発に弱いファントム、ドジだけど頑張り屋のグリペンに、初めて出来た同僚のゾーイ、そして社長秘書殿……ここに来て、こんなにも沢山のアニマと、そして人間と出会えた。こんなに嬉しい事は無いよ。だからありがとう、イオ。私をここに連れてきてくれて」

 

 「おいおい、礼を言うのは俺じゃなくて、せめて社長秘書だろ?」

 

 「? ありゃりゃ、それもそっか。と言う訳で社長秘書殿~、ハグさせて~!!」

 

 一瞬小首を傾げたが、すぐに理解したライノはポンと手を打つとリューコの冷水水鉄砲の攻撃などお構いなしと言った具合で突破し、彼女に頬ずりを食らわせていた。

 リューコの悲鳴が響く中、一つ疑問を抱え続ける男がいた。

 

 (果たして、俺は何時になったら起きられるのだろうか……?)

 

 慧とグリペンが砂の城をバックに記念撮影をする中、文字通り思い出の礎となったバーフォードは、一人そんなことを胸中で呟くのであった。

  

 

 




X2って読もうと思えば12とも読めるよね? と言う訳で冒頭で今作のザッパなネタバレです。本編が11巻で終わりとの事なので少し狙いました。
これならエスコンの超技術機体混ぜても歴史に矛盾出ないよねって事で、この世界線はゲームで例えるなら『クリア後に難易度変えた二週目』と思って頂ければ。

何とか無事11巻まで購入しました。

六月だか発売の12巻まで全裸待機します。


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18話 キミノ コエガ シタ

鬼門の三巻に入ったので初投稿です。




 月の無い満天の星空の海を、駆け抜ける二機の戦闘機があった。幸い燃料は補給したのでしばらくは飛んでいられるが、機体全体には被弾による傷跡が刻まれており、瑠璃色のファルケンはコックピットを保護する装甲板の無いグラスキャノピー状態、赤いグリペンに関してはミサイルの残弾が二発しかない。その横を飛ぶファルケンの直ぐ横を、機銃弾が通過する。

 

 「ちぃっ!! やっぱり来るよなぁ!!」

 

 『Saphir01!? まさかライノか!?』

 

 『あ~あ、惜しかったな~。今ので救済(・・)出来たのに』

 

 先程の戦いでは僚機だった二人を撃っておきながらヘラヘラと何処かウットリとした、あからさまに狂った様な声が聞こえてくる。発信源は二機の後ろを信じられない速度で追従してくる機体からだった。空の様なサファイアブルーの機体の表面は全体が紫がかったガラスの様な物で覆われており、紫線が機体を奔っている。本来あったはずの二基のエンジンは航空型ザイと同じ可変型のベクタードノズルに変わり、そして主翼には同じくガラス質の大型ミサイルラックが文字通り生えている。

 ザイじみた今まで以上の機動力と、可変型ベクタードノズルによる急激かつ既存の戦闘機では成し得ない機動で、ザイ化したライノはファルケンに襲い掛かる。

 イオは相手のターゲットが自分だと分かると、すぐにグリペンの傍を離れた。

 

 「ゾーイ、少し俺の馬鹿に付き合え!!」

 

 「やれやれ、君と一緒に乗ると本当に退屈しないな」

 

 『イオ!?』

 

 「問題無ぇ!! こっちはお前より武装があるんだ、この馬鹿は俺が引き受ける!! お前は先に離脱して援軍でも何でも呼んで来い!!」

 

 『けど、それじゃ』

 

 「安心してくれ、グリペン。私たちは時間を稼ぐだけだ。旗色が悪くなったら、ちゃんと引き上げるよ」

 

 『……分かった。気を付けて、二人とも』

 

 『死ぬなよ、イオ!! すぐ戻ってくるからな!!』

 

 グリペンはその通信を最後にアフターバーナーを吹かし、どんどん距離を離していく。その上空から襲い掛かる空港から生えて来た航空型ザイはイオがTLSを照射して薙ぎ払い、まとめて撃破してグリペンの突破口を切り開く。残弾を確認、ミサイル残り4発、TLS照射可能時間は残り約60秒、後は機関砲弾のみ。

 

 『ね~え~イオ、空港に戻ろ? 楽しくやって行ければそれで良いじゃん。他の人間のことなんて忘れて、みんなで仲良く暮らそ?』

 

 「お前の与太話に……っ付き合ってる暇なんざぁッ……カハッー!!」

 

 甘ったるいトーンの声を聴きながらの急激な加減速を伴う背後の取り合い。COFFINシステムのG軽減機構を持ってしても吸収しきれないGがイオを襲い、肺の空気を全て持っていかされそうになる。その最中だと言うのに通信から聞こえるライノの声はずっと安定したものなのだから、つくづくアニマと人間の違いを思い出さされる。

 

 『あたしだって撃ちたくないんだよ? だからほら、帰ろ?』

 

 「ゴチャゴチャ、うるせぇ!! 第一、こっちはお前のお守りなんざ、必要ねぇんだよ!!」

 

 『ちょっと何さ~。このあたしが守ってあげるって言ってるんだよ? 感謝こそすれって奴でしょ?』

 

 「うっせぇ!! アニマのクセして俺に負けた事あるクセに、何が守るだ? 寝言言ってんじゃねぇよ!! バーカバーカッ!!」

 

 『今のはちょっと……聞き捨てならないよっ!!』

 

 イオが機体をひねるとライノもそれに追従し、同時に急旋回からの巴戦。その後上下左右が次々と入れ替わり、互いが複雑に交差しあうシザースに持ち込み、外れた互いの機銃弾が空中で交差する。ライノの主翼から生えた大型ミサイルラックからマイクロミサイルの様な物がいくつも射出されるが、イオはそれをチャフ・フレアで凌ぐ。

 

 「大体、この前の訓練の時だって俺の方が撃墜数多かったのに!! テメェがイチャモン付けるからぁ!!」

 

 『先に当てたのはあたしだもん!! それであたしが勝ってた!!』

 

 「財布忘れたからって、貸したパフェ代、未だに返さねーのは、テメェだろぉ!!」

 

 『イオが社長秘書殿やゾーイにばっかり構ってるからでしょ!? あたしの事は見向きもしないで!! こんなに好きなのに!!』

 

 「っ……」

 

 「おや、私もそういう目で見られていたのか」

 

 『大体、あたしだって食堂のランチ、二回奢ったよ!!』

 

 イオの動きが鈍った一瞬のスキをついて、ライノの主翼から射出される二発の大型ミサイル。イオはそれを急上昇させ、TLSを起動させてから機体を振り、ミサイルを薙ぎ払って迎撃する。そして照射は続けたまま、その砲口を彼女に向ける。

 

 「こっちは13回奢らされてんだよ!!」

 

 きっちり13秒間の照射。当然直撃はさせず、機体の装甲を炙るかのようにそのすぐ周囲だけを狙い続ける。モジュールがオーバーヒートしかけたので一度収納、空冷による強制冷却を実行する。再使用可能までおよそ20秒。ミサイルの爆風に紛れて背後取りに成功したイオは、そのままライノの後方に付く。

 

 『なんでしっかり……数えてるのさ!! 細かい男は、女の子に嫌われるよ!!』

  

 「知るかよ!! 俺は自分の生きたいように生きる!! ただそれだけだ!!」

 

 『全く、君って奴はぁ!!』

 

 ライノは急激なコブラによる機体の制動、だけでなくベクタードノズルを機体下部に向けて更に減速をブースト。それどころか、コブラ姿勢のまま真後ろにスライドするかのように飛び退る。その姿は、まさに今にも獲物に針を刺さんとする雀蜂(ホーネット)そのものだった。

 

 「そんなの有りかよ!? まぁ、丁度いいハンデだぜ!!」

 

 再びイオの背後を取ったライノは、ガラス質の結晶に包まれつつあるその瞳と、脳裏に映った拡大されたイメージに同時に映るファルケンを睨み付け、ミサイルのロックオンを行う。脳裏によぎる拡大イメージには、ヘルメットや酸素マスクに覆われたイオの姿が表情までよく見えた気がした。彼がこちらをグラスキャノピー越しに見るその姿を見た途端、不意に彼女は胸を押さえた。

 

 痛み? しかし何の?

 

 『ねぇ、痛いよ。何なのこの痛み……』

 

 分からない。でもモヤモヤする。自己診断プログラムを使っても解析できない。原因不明だが、目星は付いている。多分原因はあの男だ。そうに違いない。消してしまえば、清々する筈だ。

 

 『なんでこんなに苦しいの? 何でイオを見るとこんなに胸が切ないの……?』

 

 そう言っている間にも、延べ30発近くのマイクロミサイルの照準が完了しつつある。ファルケンの音速を超えたループ機動により機体の後部から発生する円形の飛行機雲。追従し、その輪をライノが潜り抜けた時、彼女の中で何かがぐつぐつと煮えたぎる。

 

 『君にさえ……君にさえ会わなければ……っ!!』

 

 結晶に覆われたコックピットの中でNFIのインターフェイスの上で腕をフルフルと震わせながらも、ファルケンに向けてのマイクロミサイルの照準が完全に完了した。そして勢い良く顔を上げて、モニターと脳裏の拡大イメージにダブって映る彼の顔を見た瞬間、感情が爆発した。

 

 

 『こんなに苦しむ事も無かったのにぃぃぃいいいいいいいいいっ!!』

 

 

 激情と共に主翼のミサイルラックから放たれる30発のマイクロミサイル。ガラス質の弾頭はそれぞれが複雑な軌跡を描き、一斉にファルケンに襲い掛かる。

 残弾を全て吐き切った後で彼女の脳裏に走馬灯の様によぎって来たのは、今までの記憶だった。

 

 上海奪還作戦前に空母の中でパーティーをした事。

 

 海鳥島攻略作戦後の那覇海岸での水鉄砲での撃ち合いした事。

 

 防衛に成功したグリペン作の砂の城の前での記念撮影した事。

 

 小松防衛戦で負傷した彼を、病院で八代通から借りたナース服で看病した事。

 

 そして……夕焼けに染まる小松基地で、初めて写真の少年と出会えた事。

 そう、チェーンが千切れて今しがた自分の目の前を舞う蓋が開いたロケットに収められた家族の集合写真、その中央に映る少年と。

 

 イオ。イオ・ケープフォード。

 

 生意気で自分勝手だけど、アニマにも偏見を持たず友達のように接してくれて、なんだかんだ言って面倒見の良い金髪の少年。守り、共に歩みたいと思える対象。

 

 

 ――だからお前も、自分が好きなように生きればいい。それを決めんのはお前だぜ?――

 

 

 あぁ、そうだ。ようやく思い出せた。

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 『待っ……』

 

 ザイとの同化でもなく、軍が彼女に仕掛けたプロトコルでもなく、それらを振り切ってようやく自我を得たライノは、視界に映るイオに向けて手を伸ばす。

 だが、既に放ってしまったミサイルの制御はもう追いつかない。瑠璃色のファルケンの姿は、一斉に炸裂した30発のマイクロミサイルの爆炎に包まれて消えた。

 

 『イオ……? ゾーイ……?』

 

 空に咲いた爆炎が消え去ってからライノは全周波数で呼びかけるが、一向に返事は聞こえない。いつの間にか消えた月の無い星空に変わり、曇天の空を飛ぶのは周囲にはザイに浸食されかけた青紫色のF/A-18Eだけ。

 周りにはザイすらもいない、ただ自分一人。

 

 『アハハッ……あたしってやっぱり、壊れてるのかなぁ……? 狂っているのかなぁ……?』

 

 ライノは空元気を出そうと笑うが、その声には力が入って無い。始めは結晶に覆われていないサファイアブルーの左目からしか流れていなかった涙が、次第に結晶化して紫色に発光する右目からも流れ始めた。今までいつも演じていたように元気に振る舞おうとしても、瞳に溜まる涙は止まらない、加速する。

 

 力無く青い結晶の生えた座席の背もたれに体を預けながら、ライノはこの作戦が始まる少し前からの事を思い出していた。

 

 

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 上海奪還作戦 独立飛行試験隊通告前

 小松基地

 

 

 「……あぁ、そうじゃ。『蛍光灯』の準備は済ませておけ。そろそろ必要になってくる頃じゃからな。うむ、では切るぞ……えぇい、蜂娘!! いい加減に離れんか!!」

 

 喧騒に包まれた第三格納庫の一端で、ビーチベッドに寝そべりながらチェックリストを読み耽り、更に電話を掛けながらも自分のドーターであるガンメタリックのストライクワイバーンの整備を監督していたホワイトゴスロリの服を着たリューコだが、電話を切るなりジタバタと暴れ出した。

 かれこれ20分は彼女に引っ付いているアメリカ軍から派遣されたアニマ、ライノが暑苦しく鬱陶しかったからだ。

 

 「だって~、社長秘書殿はいつ見ても可愛いんだもん。こ~んな可愛い子、抱きしめなくて何がアニマか!! ってやつ?」

 

 「本当にお主、あのアメリカが調整したアニマかのう……」

 

 悪びれの無い様子のライノを振り解き、整備班のリーダーにチェックリストを渡すと、乱れた服装を直しながらそう呟くリューコ。しかし、その疑問はあながち間違いでもない。

 アメリカ本国はアニマ達を完全なるただの『兵器』として運用している。それは、彼女がセーフハウスに置いているアニマ用簡易メンテナンス装置から読み取れたライノのソースコードを見てからも明らかだった。あからさまにガチガチに固められた思考回路、過剰とも言える禁止事項項目。兵器としての動作の確実性を貴ぶと言う意味では成る程、確かに感情や想定外の動作は邪魔かもしれない。だが、アニマにも『心』があり、それが必要不可欠だという事は、リューコがこの体を得てから痛感しているものだった。

 

 (しかし、臨時隊員(パートタイマー)と出会ってから常にほぼ固定だったEGGパターンや心理グラフに変化があるのもまた事実。今はただ、見守り続けるしかない、か……)

 

 幼女の手が持つにはいささか大きすぎる端末に映っていたのは、社長が独自のルートで手に入れた本国にいた頃、つまりはロールアウトされたばかりのライノの運用状況やEGGパターンのデータだった。それらと最近の精密検査でのデータを照らし合わせてから電源を落とすとカバンの中に放り込み、自機の整備の監督も終わってやる事が無くなった彼女は第三格納庫から立ち去ろうとする。

 だがそこで、リューコはふと思い出すとライノに声を掛けた。

 

 「あぁそうじゃ、蜂娘。ドクター八代通が後で厚木に行くから一一○○時に技術棟に来いと言っておったぞ。厚木にアメリカの技官が来てるとか何とかと聞いておるが」

 

 「本当!? 嬉しいなぁ、アレ完成させてくれたんだ~!!」

 

 「だから引っ付くなと言っておろうが……何か知っておるようじゃが、そいつはお前の新装備か何かか?」

 

 「うん。今はまだ機密だから詳しくは社長秘書殿にも言えないけど、そんな感じとだけは言えるよ。じゃあまたね~!!」

 

 リューコを手放すと機嫌良さそうに技術棟へと走っていくライノ。しかし、リューコの端末には既に彼女の言う機密情報のデータは受信済みだった。

 

 (ブロウラー、か……無人機である以上、あの男が出て来んとも限らんか)

 

 かつての教え子の顔を思い浮かべながら、リューコは()()()()()()()()の姿を見やるのであった。




最初からクライマックスの回。
温存すると途中でダレそうだったので最初から決戦にしました。


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19話 ツミ ノ カケラ

 神奈川県 厚木飛行場

 

 小松空港から飛行機で飛ぶ事一時間。眼下に広がる506.9ヘクタールにも渡るその広大な基地には70機以上の軍用機が配備され、常時千人以上の軍人が勤務し横須賀港湾設備と連携して艦載機を絶やさぬ様にメンテナンスを行う。同じ役割を担う基地は日本には無く、役目・規模共に在日米軍の最大級にして重要拠点だ。

 そんな小松と比べれば大規模に部類されるであろう基地に八代通を筆頭に慧とグリペン、イオとゾーイのツーペア、そしてライノが連れられていた。

 

 「うっひゃぁ……すんげぇ広いなぁ。小松とは大違いだぜ」

 

 イオは思わず感嘆の声を漏らしながら、着陸した飛行機のタラップを降りて大地に立つ。

 彼らを出迎えたのは、細身で背に高い白人の男だった。手足は細く肩幅に開いた脚がコンパスの様に見えてしまう位に細い。痩けた頬と落ちくぼんだ眼窩に尖った顎が印象的な身長2m近くの白人男性だが、猫背なのでまるで圧迫感が無い。

 

 「ひ、久しぶりだな。こうして会うのは二年振りじゃないか?」

 

 イントネーションは正確だが、ややどもりのある日本語だ。

 

 「別に会う理由も無かったしな。ネットでお前の論文を読んでいるが、相変わらず人の後追いばかりで新味がないから直接議論する気にならない」

 

 その八代通の言葉を皮切りにウィリアムが口喧嘩を展開していく。話によれば大学時代の研究仲間という事らしいが、どう見ても犬猿の仲なのは明白だった。

 そんな中、二人の間に割って入ったのはライノだった。

 

 「ねぇねぇ、シャンケル博士。ここに来たってことはもしかして……」

 

 「あ、あぁ、ライノ。勿論完成したよ。君用の新装備がね。もうそろそろ模擬戦から帰ってくる頃のはずだ」

 

 その時、彼らの頭上を黒い影が通過する。ブーメランを想起させる特徴的なシルエットと、後部の単発のズルが特徴的な機体で、翼端はライノの髪色と同じサファイアブルーで彩られていた。それらが合わせて四機、滑走路に順次着陸していく。それを見たイオと慧はその独特なシルエットに首をひねる一方、ライノはと言うと興奮冷め止まぬと言った具合だ。まるで新しい玩具を遊びたくてウズウズする子供の様に。

 

 「なんじゃありゃ? ブーメランか?」

 

 「ワオ!! あれがブロウラー!?」

 

 「そ、そうだ。FQ-150B ブロウラー。いつも騒がしい君にはぴったりの名前だろう? 対ザイ用の無人機……の予定だったんだが、上が日本のアニメ文化のファンネルだったかに影響を受けたみたいでね。急遽だが四機だけアニマ側からネットワーク制御できるように設計変更したんだ」

 

 「最近のお偉いさんは某機動戦士も見るのか……?」

 

 「そして、持ってきたのは何もブロウラーだけではない」

 

 シャンケル博士が上空を指さした途端、彼らの頭上を四機のF-35の編隊が通過し、滑走路へ垂直着陸していた。演習なのかパフォーマンスなのかは知らないが、綺麗に編隊を組んでいた。垂直着陸が出来るのはB型である証拠だ。F-35のB型は後部の排気ノズルを折り曲げる事により短距離離陸及び垂直着陸を可能とした機体だ。しかし、その複雑な機構のせいで整備性はA型、C型に比べて悪化しており、米軍で実際に配備が進められているのもA型が主流である。

 そんな割と珍しい機体の垂直着陸を見られたことに興奮するイオだが、格納庫へタンキングしていく機体の装甲で覆われたキャノピーと太陽の光に反射する翼端とコックピット周りの()()()()()()()が見えてしまった。

 

 「なっ……おい、アレってまさか……」

 

 「海鳥島で見た所属不明機と同じ光だ……」

 

 「どういう事だ、ウィリー。アメリカはドーターの開発は遅れているんじゃなかったのか? しかも、ましてや量産体制など」

 

 海鳥島での戦いで遭遇した四機の無人機について慧やイオ達からの報告を聞いていた八代通は、その紫色の発光現象を放つ機体はドーターであると憶測していた。

 しかし有り得ない。ドーターやアニマには一機種に付き一機までしか成立しないという制約がある。いつもは頭の切れる八代通でも、この時ばかりは珍しく思考の渦に陥っていた。その八代通の表情を見てか、シャンケル博士はどこか得意げな顔になる。

 

 「り、理解できないと言った表情だね、ハルカ。確かに我々アメリカは日本やロシアと比べるとアニマの開発は遅れている。成功事例もこのライノだけだ。そう、アニマの開発はね」

 

 「アニマの開発は、だと? じゃあ、あれは一体何だと言うんだ?」

 

 「アニマだけがザイ打倒のアプローチではない、要はそう言う事だ。付いて来ると良い、説明しよう」

 

 そう言ってシャンケル博士は踵を返すと、彼らを基地の中へと案内した。

 

 

 

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 彼らが連れられた照明の乏しいモニタールームで見せられたのは、米軍のホーネットと四機の一部が紫色に光るF-35Bの戦闘映像だった。その前に見せられたブロウラーとの模擬戦映像も圧倒的な機動力を持って米軍機を撃墜していたが、この四機はそれ以上だ。

 統制の取れた動き、ドーターと一切遜色の無い機動性と攻撃能力、ましてやそれの量産機。

 ブロウラー戦よりも速いタイムで最後の一機が消えてから、オペレーターの作戦終了を告げる言葉が紡がれ、モニタールームに誰のとは分からない溜め息が漏れた。

 

 「ど、どうかな、我々の研究成果は。中々の物だと思わないか」

 

 「凄いとは思うけどよ……結局何なんだよありゃあ?」

 

 「ドーター……とは思えません。とすると無人機ですか?」

 

 「良い質問だ」

 

 ウィリアムは誇らしげにそう告げると、今度はスライドを切り替えて表示させた。

 スクリーンに表示されていたのは、紫色に光る何かの欠片の様な物と、NFIにも似た幾何学パターンの模様が見える装着型のデバイス、そして、まるで宇宙服にも似た特殊仕様の耐Gスーツだった。

 

 「わ、我々はアニマの開発には確かに芳しくない結果だと言わざるを得ないだろう。しかし、軍の諜報部門が極秘経路で入手したこれらの資料のお陰で、我々はデミ・ドーターの開発に成功したのだ」

 

 「デミ・ドーター……」

 

 グリペンがその言葉を、噛みしめるように呟く。

 

 「ドーターだが、厳密にはそうではない。だから、デミ・ドーターだ。我々は一度、F-35を一個小隊潰した経験があると言ったね? 実はそれは今日までの為の偽装工作だ。つい先程からはある程度オープンになったから、こうして情報を開示できる」

 

 「あの紫色に光る結晶の正体は何だ? まさか、お前……」

 

 「さ、察しが良いな、ハルカ。その通り。あれはアニマのコアの欠片だ。ザイでは無くアニマのだ」

 

 その後の彼の説明には一同絶句せざるを得なかった。

 あの紫色に光る結晶、通称『罪の欠片(クライム・クォーツ)』の正体は、かつてアニマだった()()のコアを分解し、素粒子レベルで機体の構造体に組み込んだものだった。それが、同じくクライム・クォーツが埋め込まれたデバイスを装着したパイロットとのダイレクトリンク時に発光現象を引き起こしているのだ。素材となったアニマは、開発までは漕ぎ着けたものの、動作の不安定性から廃棄処分されたF-35のアニマだと言う。

 この結晶の特徴は何と言っても、微弱なEPCMをカウンターパルスの様に飛ばしてザイからのEPCMから搭乗者を保護することで、これにより通常の人間であっても五感に支障をきたす事無くザイに攻撃が出来るのだと言う。また、正確なデータは出ておらずパイロットの体感ながら、受けるGが減ったと言う報告もある。

 しかし、そのアニマのコアの欠片の通称が罪の欠片とは、同じく名称が罪と言う言葉から来ているザイの事もあり、痛烈に皮肉の効いたネーミングだと言えるだろう。

 

 「----どうだい、凄いだろう。現代にはリサイクルと言う風習があるが正にそれを体現したと言っていい。現に本来ならば廃棄処分だけに終わる筈だったものをこうして―――――――――」

 

 シャンケル博士が言葉を紡ぎきる前に、一つの影が躍り出て彼の胸ぐらを掴み上げた。八代通だ。その肥満体形からは想像の出来ない程のスピードで懐に飛び込み、シャンケル博士を締め上げている。その表情からは、薄暗闇でも彼の憤怒が読み取れた。

 

 「よくもまぁ、こんなふざけたモノを作ってくれたものだな、ウィリー。お前はアニマが何なのかをまるで分っていない。そしてあまつさえ同族すらもモルモット扱いか?」

 

 「ゆ、有線接続デバイスにしていないだけまだ考慮している方だと言って貰いたいな。あれのオリジナルは制御インターフェイスごと人間の体に直接埋め込んでいる。わ、我々はそれの無線化に成功したんだ。恐らく、報告にあった海鳥島で遭遇した所属不明機はそのシステムを使用していて――――」

 

 「俺が言いたいのはそうじゃない。大体、そんな粗悪な形態模写が実戦で通用する物か。EPCMの解析がちょっとぐらい進んだくらいで早とちりしやがって……馬鹿共がっ」

 

 「アニマの様な非科学的なブラックボックスをそのまま運用するよりはマシだ。大体――――」

 

 その後はお互いに専門用語に継ぐ専門用語の羅列ばかりで聞いていた少年少女たちはポカンとするしかなかった。ただ一つ、胸中にモヤモヤとした気持ちを抱えながら。状況を見て話しが長引きそうと判断したゾーイとライノは、イオ達の肩を叩くと顎でドアを指し、お腹を空かせて今にも倒れそうなグリペンを介抱するとそそくさと部屋を後にするのであった。

 

 

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 「……お前らはどう思う、あの機体」

 

 広場に着き、大柄の展示戦闘機を背後に買い出しに行ったライノを待つイオは、ふとそんな事を呟いた。

 

 「……よく分からない。アニマなら離れていても気持ちや感情が伝わってくる。でも、あの飛行機からは何も聞こえてこない」

 

 「まるでただの鉄塊だ。それに、私たちの様な活躍を期待しても良いかと聞かれたら、答えはノーだよ」

 

 動きも単調だしね、とグリペンよりは実戦経験の豊富なゾーイが、どうにも直感的な話になりがちなグリペンの言葉に付け加える。

 ただ、グリペンは数が揃えば別だとも言った。機体性能で勝てなくても物量で押せば勝てると考えるあたり、実にアメリカらしいアプローチと言えるだろう。

 

 「けど、デミ・ドーターについては別。動きも私たちと遜色無いし、気持ちが分かるとまでは言えないけど、確かに何かあるのは分かる」

 

 「……悪い、ちょっと今はこの話題は無しで頼むわ」 

 

 額を押さえたイオは、珍しく浮かない表情でテーブルに突っ伏した。自分の戦った相手と、今回決行される上海奪還作戦の僚機となるデミ・ドーターの正体が相当ショックな物だったのだろう。

 日差しに照らされて熱を持つ木製のテーブルが、余計に彼の思考を惑わせる。

 

 

 ―――――――何やってんだ? 俺は―――――――

 

 

 そんなことをふと思い顔を上げた時、少し離れた通路に車椅子が見えた。

 座っているのは一人の少女だ。肌は白く髪は金髪で何か資料の様な物を読み耽っている。しかし、突然突風が吹いたかと思うとその資料を飛ばされてしまい、焦って車椅子を移動させてはそのプリントを集めようとする。

 しかし、座ったままの姿勢ではどれだけ手を伸ばしても地面に落ちたプリントを拾うことは出来なかった。周りには誰もいない様で、オロオロと周囲を振り向く少女のその姿は小動物に見えなくもない。

 イオはため息を吐くと、ベンチから立ち上がりその車椅子の少女の元へ歩み寄った。

 

 「手伝おうか? お嬢さん」

 

 「あ……はい。ありがとう、ございます。ですが、ちょっと特殊な資料ですので、中身は読まないで頂けると……」

 

 「分かった。中身は見ない」

 

 イオは少女と制約を交わすと、地面に落ちた何やら英語の羅列で記された文書と、数枚のイラストの描かれたプリントを束ね、少女に手渡す。その手は、恐らく同年代かそれ以上の年頃の少女にしては妙にがっちりして見えた。

 

 「ほいよ、14枚拾ったが数は揃っているか?」

 

 「ありがとうございます。それで大丈夫です、本当に助かりました。いつもは付き添いがいるのですが、少々お手洗いに行っているみたいで……」

 

 「あぁ~、成る程な。あんたも大変だな。車椅子なのに一人でほっぽり出されて」

 

 「いえ、ここの散歩だけでしたら私一人でもどうにかなりますから……申し遅れました、私はクロエ・ライトニングと申します。どうぞ、ライトとお呼び下さいませ」

 

 「イオ・ケープフォードだ。すぐそこにダチがいるんだけど、その付き添いとやらが来るまで一緒に待つかい?」

 

 「そうですね。見た所あなた方はこの基地の方では無いようですが、外の方とは一度話してみたいと思っていましたし、私も暇なので是非」

 

 ライトと名乗った車椅子の少女は、膝の上に置いていたカバンの中に文書をしまい込むと、イオに押されながら慧たちの元へと向かった。

 

 この少女こそがF-32B DANMのパイロットの一人である事を、この時彼らは知らない。

 



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20話 ジュンスイ ナ ギモン

 「ごめ~ん、お待たせ~。ちょっと買いすぎちゃった」

 

 広場で車椅子の少女、ライトを交えて待つこと更に数分、買い出しに行っていたライノが大荷物を抱えて戻って来た。左手の袋には大量のピザ入りの紙パックが四弾は積まれて入っている。その他にもポテトフライの包みやチキンナゲット、ハニーメイプルビスケットにフライドフィッシュとレパートリーはまさしく何でもござれと言った具合だ。こちらに駆け寄ってくると、そこでようやく車椅子の少女が増えている事に気が付く。

 

 「あれ、なんか一人増えてる? 基地の人?」

 

 「はい、クロエ・ライトニングと申します。情報部所属で階級は中尉です。どうぞライトとお呼び下さい、ライノさん」

 

 「情報部の人か~。じゃああたしの事知ってても問題ないよね~。よ~ろしくね~」

 

 ライノは特に警戒するでもなく彼女を受け入れると、テーブルに次々と買ってきた品を並べていく。蓋を開ければ辺り一面に香ばしい匂いが広がった。

 振り向けば口の端から今にも涎を垂らしそうな勢いのグリペンと、彼女ほどでは無いにしろうずうずしているゾーイの姿がある。

 

 「「私たちは今、多大な忍耐を強いられている」」

 

 口を揃えて呟く二人に対してイオは面白がってステイステイ……ゴーッ!! 等と茶々を入れていた。合図と同時に二人は目にも止まらぬ速さでピザを一つ摘まみ、垂れるチーズを左手を広げて受け止めながら、何とも幸せそうな顔でそれを食していた。その一連の動作のシンクロ率は驚異の100%。流石はいつの間にか結成されていた『アニマ美食の会』の会長と副会長と言うべきか。ちなみに会員はグリペンとゾーイの二人だけである。

 ライトはその光景を笑いながら、イオと慧はやれやれと肩を竦めながらそれぞれポテトを食そうと一つまみする。そこでふと、イオは隣から自分を覗き込むライノの視線に気が付いた。

 

 「何だよ、いつも隊員食堂で見てるくせに、そんな珍しいか?」

 

 「けど、ジャンクフードこうして食べるのは見るの初めてだもんね~。今日はジャンクフード記念日って奴?」

 

 「サラダ記念日じゃねぇんだぞ……」

 

 何故日本の文学の話になったのかはさておき、イオは一しきり料理を堪能すると最後にコーラをクイッと一飲み、良く冷えた炭酸飲料がこの太陽の光と料理で温まった五臓六腑に染み渡る。

 

 「ぷはーっ、うめぇ。隊員食堂の飯も美味いが、偶にはこういうの食いたくなるよなぁ」

 

 「……ねぇ、イオ。鳴谷慧とグリペン、そして君とゾーイ。何で君達は揃っていると安定して飛べるんだろうね? やっぱり不思議パワーでキュピーン、ピカーンっ!! みたいな?」

 

 「そんな新人類じゃねぇんだから。俺だって聞きてぇよ。俺に出来るのは精々仮想訓練で身に着けた操縦技術を生かす事ぐらいだからな。それよりもお前の所の新兵器、あいつらにかなりディスられてんぞ」

 

 「ん~。まぁしょうがないよね。今のままだと大国間の軍事バランスは間違いなく崩れるもん。日本とロシアが手を組んだ場合のアメリカとの戦力差は最低でも8対1。あ、アニマの数の話ね? さらにMS社の様な自前のアニマを持つ組織がそちらに雇われないと言う保証もないから、最悪の場合は10対1だね。まぁ、社長秘書殿が敵に回った時点であたしの負けなんだけど」

 

 背後で目にも止まらぬ速度でピザを手にとっては瞬間で食す二人を他所に、いつもライノが愛でている愛くるしい見た目とは裏腹に模擬戦でも実戦でも文字通り負け知らずの幼女型アニマの姿を思い浮かべては、彼女の瞳から不意に光が消える。同時にその口元が歪んだ。まるで、何かを嘲笑うかのように。

 

 「だから上もさ、お尻に火が付いているんだと思う。それでブロウラーやデミ・ドーターだっけ? の様なまがい物を作ってその差を少しでも無くそうとしているんだよ。もしもザイとの戦争が終わった後の為に。人間は不思議だよねー、外に人類共通の敵がいても内側にも敵を探しているんだもの」

 

 「……改めて聞くと、ホント下らないな」

 

 イオはライノのその言葉に肩を竦めた。全く馬鹿げている。

 イオがその言葉に重ね合わせたのは、中学生の頃アメリカから日本に住むことになった直後の自分だった。その学校には生徒全般からの評判があまりよろしくない教師がおり、イオは不幸にしてその担任の元で2年過ごした。しかし、生徒全員がその教師を嫌っているのだとしても、生徒間でのいじめと言うものは発生する物だ。イオは容姿の違いからそのターゲットになったが、喧嘩の心得があった彼は暴力で一度はそれを振り切ってみせた。

 結局は媚びを売ろうと教師側に付いたいじめの首謀者に謀られ、彼は札付きの悪者扱いされる事となったのだが。彼が学校と言うものに最低限卒業できる程度にしか顔を出さなくなったのも、この出来事が原因だ。

 

 「ね、イオはどう思う? その人間の姿を模したあたし達もいつかは仲間割れを起こすようになるのかな? 仲間と余所者を区別して対立の芽を探し続けるのかな?」

 

 「さぁな。けど俺は……世界がどうなろうが、俺を邪魔するモノ全てに蹴り入れて生きてやる。俺の生きたいように生きるために。集団が頼れないなら、結局最後に頼れるのは自分しかいねぇよ」

 

 「……そっか、でも大丈夫だよ。例え世界が滅ぼうと、イオだけは絶対あたしが守るから」

 

 口元を少し歪めた状態のまま、瞳を閉じてイオに微笑みかけるライノ。しかし太陽を背にして影が掛かったせいか、一見すると愛くるしいが、彼女の表情には愛嬌以外の何か別の物を感じていた。ある種のストイックさ、狂気、とも言うべきか。

 

 「お二人さん、デートのお話ですか? それも宜しいですが、早くしないとデザートを全部二人に食べられてしまいますよ?」

 

 「げげぇっ!? こいつ等本当に二人で全部食う気かよ!? 俺にも甘いもの寄越しやがれ!!」

 

 「わ、悪いイオ。止めたんだけど二人とも本当に底無しの食欲で……」

 

 ライトの声に急に現実に引き戻され、その体のどこに入るのか分からない勢いで食していくグリペンとゾーイの手により机の上に並べられたメイプルは二―ビスケットが無くなり掛けている事に気が付くと、それを急いで確保するのであった。

 しかし、ライノの言葉が頭から離れない。

 

 

 ―――例え世界が滅んでも、イオだけは絶対あたしが守るから―――

 

 

 現在MS社に派遣されている身だとは言え、アメリカ所属のアニマである彼女のこの言葉が対象にしているのはあからさまに個人である。守るべき対象が国では無く、個人。

 

 彼がその言葉の意味を知るのは、数日後に開始された作戦中での出来事となる。

 

 

 ------------------

 

 無人島

 

 「うーん、楽しみだ。おーい、子供たち~、ブリフィーングの時間ですよ~!!」

 

 飛行服を着た金髪の男は無人島に設立された基地の休憩室に入ると、端末を手で打ち鳴らしながらそれぞれ本を読んだり曲を聴いたりして寛いでいる自分の義理の息子たちに声を掛けた。

 休憩室の真ん中に備えられた巨大な机に男が持ってた端末を接続すると、机の上に戦術マップが拡大表示される。そこには男の予想した敵の進軍ルートや、こちらの戦力がそれぞれ様々な色の点で表示されている。

 

 「え~、コホン。大仕事はこれで三回目だねぇ、と言う訳でおじさんからざっとお仕事説明。明後日にも日本国自衛隊と米軍が協力体制で上海に上陸しようとして来る訳。連中アニマもフル投入してくるみたいだけど、問題はこっちなのよね~」

 

 男が表示を切り替えると、そこにはどこから持ってきたのか現在でも米軍のトップシークレット級の極秘資料の筈のF-35B DANMの試験飛行の映像、そしてパイロットのデミ・アニマ化のデータが流れていた。

 

 「連中君たちのデータをどこからか入手したみたいでさ~、こんなまがい物まで作っちゃってる訳なのよ」

 

 「ベース機体はF-35のB型……短距離離陸と垂直着陸能力を持つ機体だな」

 

 「ハッ、何だよこれ。有線接続じゃないだけあって思考操作の反映もラグ出まくりだし、機体のドーター化も中途半端。この技術者大分チキンだね、やるなら徹底的にやれっての」

 

 「しかし、量産性は私たちの物よりも高いようですね。デバイスも簡易化されていますし」

 

 「と言う訳で君たちの第一任務はこのデミ・ドーター戦闘機と戦い、勝利する事。まぁ、他のドーターどもの相手は二の次で良いよ。あ、そうそう、今回はスペシャルゲストとしてミハイおじいちゃんが来てくれるよ~!!」

 

 「ホント!?」

 

 「うん、ホントだよ。ただミハイおじいちゃんはちょっと別のお仕事があるから、くれぐれも邪魔しないようにね、フェルトちゃん」

 

 男の言葉にいち早く反応したのはフェルトだった。以前海鳥島での戦いの時に危うく死にかけた所を助けて貰ったのが原因か彼女はミハイに懐いており、彼をお爺ちゃんと呼び慕っている。一方、本人も満更でも無いようで、何でも『ヨーロッパに住んでいる孫娘たちを思い出す』との事だとか。

 

 「と言う訳で、おじさんからの説明は以上!! じゃあ頑張ってね~!!」

 

 金髪の男は机から端末を取り外すと、手をヒラヒラ振りながら休憩室を後にするのであった。

 

 

 -------------------

 

 CVN-78 ジュラルド・R・フォード 艦内

 

 

 「ゾーイ。貴様に少し話がある」

 

 上海上陸作戦での独立飛行試験隊、及びその旗下であるMS社のホームとなるアメリカ軍の誇る世界最大の軍艦、ジュラルド・R・フォードで与えられた自室にて、最後に運び込まれた自身のドーターの調整を終えたリューコは同室であるゾーイに一つの小型のトランクケースを渡した。

 

 「……これは何かな? 社長秘書」

 

 「本来なら臨時隊員(パートタイマー)が適役なんじゃろうが、社長の指示でな。まぁ、確かにガキにが持つにはちょいとばかし大層な代物じゃからのう」

 

 ゾーイはそのトランクケースを開けて良いかを尋ねると、リューコはコクリと頷く。二重にロックされたそのケースを開くと、中身を見たゾーイはあぁ、成る程と納得した。

 中に収められていたのはMP7と呼ばれるサブマシンガンだった。元々はドイツの銃だが、アメリカでもデルタフォースが採用しているモデルだ。銃の他には予備弾倉二つと、やや特殊な弾丸が装填された弾倉が一つ。

 

 「この少し長いマガジンは?」

 

 「アメリカが開発した、試作段階じゃが対アニマ用の特殊弾頭じゃ。他国のアニマを敵に回した時の為と、蜂娘が暴走した時の抑止力の為の、な」

 

 聞けば、この特殊弾頭に使われている航空型ザイなどのコアでは無く本体の方の欠片、通称クライム・カーボンは一種のCPUプロセッサのような働きを持つらしく、単純な指令しか入力出来ないがコマンド次第では様々な効力を発揮するのだと言う。この弾頭に仕組まれたプログラムは『停止』。この弾丸がアニマに着弾しようものなら、たちまちにその行動を阻害され、強制停止に陥るのだと言う。

 

 「蜂娘の我が社への派遣期間は残り一か月弱、その間に何が起きても良いようにとついさっきあの木偶から渡されたんじゃが……こいつをゾーイ、貴様に託す」

 

 「イオの次に彼女に近いのは私、要はそう言う事なのだろう? 全く、私も損な役回りだな」

 

 そう言って彼女はMP7 を手に取りフォアグリップを展開しては銃を構え、その具合を一度確かめた。ライノは同じ組織での初めてのアニマ仲間という事でゾーイと仲が非常に良い。要するにお目付け役としては、ある意味ゾーイは適任だからという事なのだろう。

 

 「本来なら儂が持つべきなのかもしれんが、生憎この体で銃を扱うのは少々骨が折れるのでな」

 

 「出来れば、こんな物を使わなくて済むよう願いたいな。私も初めての同僚を撃ちたくはないよ」

 

 そう言ってゾーイはサブマシンガンをトランクケースの中に戻してベッドの下にしまい込むと、リューコを連れて二人揃って歓迎パーティーが開かれていると言う会場へと向かう事にした。

 








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21話 サイゴ ノ ウタゲ 

山から帰ってこられたので令和初投稿です。
カメムシの数が多くて大変でした……1日20匹は殺ってるんじゃないかな……


 アメリカ軍空母 ジュラルド・R・フォード 歓迎会会場

 

 

 「やっほ~、楽しんでる? イオ隊員」

 

 相も変わらずアメリカンサイズの大盛りの料理を次々と平らげていくグリペンとゾーイを他所に、疲れからか飲み物を片手に壁の花を決め込んでいたイオは、不意に下からライノに覗き込まれた。

 

 「ちぃと休憩だ。さっき艦長さんに聞いたんだが、この歓迎会お前が企画したんだって?」

 

 「そう言えば、イオって普通に英語話せるもんね。そうだよ、折角だからみんなで楽しくやらないとさ」

 

 「日本人の血の方が少ないんだけどな、俺」

 

 白人ベースのクォーターだっつーのと付け加える一方、会場の方と言えば二つの勝負で大盛り上がりだった。一つはグリペンとゾーイによる大食い対決、もう一方はイーグルとファントムによるバドワイザーの瓶の飲み比べ対決だ。大食い対決はお互いが大皿をもう何枚か分からない程積み上げられており、飲み比べの方も二人の足元には8本ほど瓶が転がっている、ファントムの方が先によろけ出したのは気のせいか。そんな盛り上がる米兵相手にどちらが勝つかの賭け金を収集しているのはアンタレス3の颯隊員だろうか。

 

 「皆で楽しく、ねぇ……」

 

 「もう、あたしが楽しいこと好きなのは知っているでしょ? けど実際さ、今みたいな時間がずっと続けばいいと思ってるよ」

 

 「一理ある。取り戻した上海の港で今度は戦勝パーティーと行こうぜ」

 

 イオはそうは言うものの、その内心はそこまでいつものお気楽モードと言う訳では無かった。今回の戦闘は文字通りザイとの総力戦。素人目から見てもこの作戦の犠牲は少なく済む事は無いだろうという事は分かる。海鳥島攻略作戦の時でさえ艦隊の護衛機に数人の犠牲が出ているのだから。

 意識しまいと、表には出すまいといつも通りに振る舞うが、そんな気落ちしていた彼に声を掛けたのは意外な人物だった。

 

 「あら? もしかして貴方はこの前の……」

 

 彼に声を掛けてきたのは、小動物の様な見た目だが、意外と芯はしっかりしていそうな顔だちの車椅子に座った金髪の軍服を着た少女、クロエ・ライトニングだった。

 

 「あんた確か……ライト、か?」

 

 「はい、数日ぶりですね。あの時はどうもお世話になりました。しかし知りませんでした、自衛隊とそこに雇われているMS社にそれぞれティーンエイジャーがいるとは聞いていましたが、まさか貴方がそうだったなんて……」

 

 「そういうあんたこそ、内勤の情報部って話じゃあ……」

 

 「……イオさん、厚木の基地にいらした時に四機のF-35Bを見ましたか?」

 

 「あ、あぁ。あのデミ・ドーターとか言う奴か。まさか、あんた……」

 

 ライトは少し悲しそうな顔をしてから、本当の自分の所属を明らかにすることにした。

 

 「得体の知れない味方機なんて嫌でしょう? だから白状します。私の本当の所属は空軍の特設部隊、デミ・ドーター実験部隊です。そして私はF-35B DANM一番機のパイロット、つまりは隊長を務めています。実戦は初ですが、お互い生きて帰りましょうね」

 

 

 --------------------

 

 

 「ったく、聞いてねぇよ色々と……」

 

 その日の夜、持ち込んでいた寝巻に着替えたイオは、割り当てられた自室のベッドにうつ伏せになった。パーティー前に知らされた今回の作戦内容、自分たちは第三波、補給が対応していないので全火器を総動員して制空権を拡大した後に即那覇に撤退、まさしく使い捨ての切り札。後続の安全は自分たちの活躍に掛かっている。

 ファルケンのTLSやライノの操るブロウラー、そしてドーターと遜色の無い働きが出来るデミ・ドーター。これらが揃えば確かに制空権を確保し、上海まで辿りつけるかもしれない。

 友人である慧の第二の故郷、中国、その空を自分は飛べるのかもしれない。

 だが、こんな大規模な戦いは初めてだ。一介の高校生がとても介入して良い物では無いようにも思える。正直及び腰なのは否めない。

 

 「けどまぁ、やるしかねぇよな」

 

 仰向けの姿勢になりながらイオは呟く。いくらアルバイトの立場とは言え今の自分は立派な民間軍事会社の一員である。そこが戦闘状態になった以上、今逃げるのは敵前逃亡もいい所だ。

 だが、それでも……

 

 その時、部屋の扉を誰かがノックする音が聞こえた。

 そう言えば、二人部屋なのにも拘らずもう一人の姿がずっと行方不明のままだ。イオは二段ベッドの上の階から降りると扉を開ける。

 そこにいたのは……

 

 「ら、ライノ!?」

 

 「わお、あたしイオと同室だったんだ~、うわ~びっくり~」

 

 「ひでぇ棒読みじゃねぇか……」

 

 青いジャージ姿のライノは持っていたコーラの瓶をイオに手渡すと、悪びれも無い様子でそのまま部屋に入り込み、下段のベッドに座り込むと機嫌良さそうに体を左右に揺する。聞けば慧もグリペンと同室だと聞くし、そもそもこの空母はアメリカ軍の所有、つまりはそこに所属するライノのホームグラウンドである。多少の融通は利くのであろう。どういった意図が有るのかはいまいち分かりかねるが。

 

 「それにしてもそのジャージ、平時はずっと着てるよな。気に入ってんのか?」

 

 「うん。ドクター八代通と中隊長殿の進言でね~。同じアニマ同士、服装も同じ方が良いだろうって。ちなみにゾーイもグリペンと同じ赤いやつを持っているよ」

 

 「へぇ、そいつは初耳だ」

 

 「まぁ、仲良いからね~あの二人」

 

 二ヘラと笑い、両足をぶらぶらさせながらベッドで仰向けになるライノ。その手にはいつの間にかあの銀色のロケットが握られている。

 

 「でもさ、みんな同じってなんか安心できない? あたしね、生まれて間もない日、コロラド州の山奥、ロッキーの公園でキャンプしたんだ。シャンケル博士の引率でね。バーベキューしたり、テント建てたりしたかな。でもそこで一番記憶に残ってるのは、そこの夜空」

 

 「ジャージの話から随分飛んだな」

 

 まぁ、戦闘機のアニマだし、会話の内容も飛ぶのか……?

 そんな事を考えていると、あはは、とライノが乾いた笑みを浮かべた。

 

 「ごめんごめん。けどね、あの宇宙の真ん中に体が浮かんでいる感じ。な~んか自分がちっぽけな存在に思えてきてねぇ。なんか一体感? 没入感? 自分も世界の一部で個体個体じゃ生きていけないって言う感じ。イオにも分かってほしいなぁ~、って」

 

 「人もお前も、独りぼっちじゃ寂しくて生きられないってか? その世界の一部とやらに入れなかった俺には分からねぇな」

 

 ライノの哲学的なその言葉に、イオは皮肉の籠もった声音で返す。

 髪と瞳の色が違うと言うだけでクラスから仲間外れにされた経験を持つ彼にとっては、集団でないと生きていけないなど、真っ平御免被る話だ。

 

 「あ、ごめん。掘り返すようなこと言っちゃって。そんなつもりは無かったんだけど」

 

 「気にすんなよ。確かに人間なんざ、所詮その程度かもしれねぇ。違うのはスケールぐらいだろ、国か、学校のクラスか、とかさ」

 

 イオは手持ちのコーラを一飲みすると、ライノから少しだけ間をおいて下段のベッドに座り込む。

 

 「それでも俺は、自分の生きたいように生き、飛びたいように飛んでやる。だってつまんないだろ? 他人と同じ道の上を歩くなんてさ」

 

 「……じゃあさ、イオ。今からあたしと、この船抜け出しちゃう?」

 

 ……は?

 

 「だからさ、この船を一緒に抜け出して、楽に自由に生きない? 国とか誰かのために戦うんじゃなくて、自分のためだけに戦う。そういう生き方もありなんじゃないかな~って。あ、鳴谷慧とグリペン、それから君の相棒のゾーイ、後は社長秘書殿も連れて行けると良いかな」

 

 仰向けの姿勢から起き上がり、上目遣いでこちらを見据えるライノ。とろんとしたえくぼが、その破壊力を増大させる。その妖艶な雰囲気にドキリとするが、イオはそれ以上にうすら寒い何かを感じていた。

 彼女の言っている意味が、よく分からなかったのだ。

 作戦前に船を抜け出すだと? 立派な敵前逃亡じゃないか。それに、この作戦を成功させなければ、次はいつ上海を取り返しに行けるか分かったものでは無い。上海の空を飛べる千載一遇の機会だと言うのに。

 彼女も流石に本気で言っている訳ではないだろうと、イオは適当にはぐらかすことにした。 

 

 「おいおい、アメリカ特有のブラックジョークにしちゃあ、ちぃとばかしキツくないか?」

 

 「アハハッ、流石に今のはちょ~っとブラックすぎたかな? そうだよね。イオは飛んでみたいんだもんね、上海の空」

 

 そう言うと、一瞬にして先程までのライノが漂わせていたどこか妖艶の雰囲気は霧散した。ライノはいつもの笑顔を浮かべると再びベッドに仰向けになり、今度は布団を被ってもぞもぞ動いたかと思うとその頂点からひょっこり顔を出す。

 

 「なんかごめんね? 変な話に付き合わせちゃって。明日は早いから、寝られるうちに寝た方が良いよ」

 

 「お、おう……」

 

 ライノが急にいつもの調子に戻ったことに拍子抜けするイオだが、確かに彼女の言う通り明日は朝早くから作戦が開始される。自分も眠れるうちに眠っておくかと残っていたコーラを全部飲み干してから立ち上がり、二段ベッドの上に寝転がると一言だけ告げる。

 

 「お互い、生きて帰ろうぜ?」 

 

 「……うん、そうだね」

 

 -------------

 

 早朝

 

 現在この海を航行しているのは、軍艦、アメリカ海軍 第七機動隊だ。横須賀を母港とし、極東アジアに睨みを聞かせていた世界最強クラスの機動艦隊である。その艦隊の旗艦を務める原子力航空母艦ジェラルド・R・フォードの艦上は今現在、凄まじい熱気に包まれていた。黄色のユニフォームに身を包んだ、シューターが身を屈め、カタパルトの射出方向へ真っ直ぐ腕を伸ばすと、数秒後には、F/A-18E、F型達が離陸していき、一機が離陸するとすぐに緑や赤のユニフォームの甲板員達が走り込んで来ては、カタパルトのチェックを済ませて待機している艦載機達を誘導、セットしていく。それの繰り返しだ。

 

 「イオ、お前たちは一番最後に発艦だ」

 

 「分かってますって、フナさん。ったく、上空から艦載機が発艦するところを見たかったのによ……」

 

 ため息を吐き不貞腐れるイオだが、無理もない。イオの操るファルケンは、本艦の艦載機であるF/A-18Eと比べて実に1.5倍近くの重量があるのだ。この艦に搭載されている電磁式カタパルトで飛ばせない事は無いそうだが、普段からこんな重い機体を飛ばしている訳ではなく、どのような負荷が出るかは分かったものでは無いため、こうして一番最後まで待機せざるを得ないのである。

 

 「随分と気楽そうに見えるが、大丈夫なのかい?」

 

 「俺の方は心配ねぇよ。ゾーイ、機体チェックの方は?」

 

 「火器管制システム及び機体各部状況オールグリーン、問題無しだ。いつでも飛べるよ」

 

 「ようし、行くか!! 離陸動作は任せるぜ?」

 

 ようやくファルケンの番が来たらしく、フナさんが敬礼してからタラップを降りるとコックピットブロックが閉じ、一瞬暗闇に包まれる。直後、ゾーイのダイレクトリンクの掛け声で多数の六角形で構成された全周囲モニターが点灯し、センサーが拾う周囲の視覚的情報を余す事無く反映させる。エレベーターで機体が上昇していく間にもゾーイは今一度推力偏向ノズルの具合やカナードの稼働、TLSの展開が問題なく行えるかどうかを確認し、インカムからの指示に従い機体の前輪をカタパルトに固定させる。

 

 瞬間、左にいたシューターが身を屈めて、真っ直ぐに目前の大海原を指した。その数秒後、一気に身体にGが遅い掛かる。フルパワーで駆動した電磁式カタパルトは約23トンの規格外の巨体をどうにか数秒で300キロにまで強制加速させた。

 

 「っ……ふぅ、発艦成功。やっぱりここは『行きま~す!!』とか叫ぶべきだったか?」

 

 「止めた方が良い、舌を噛むと死ぬほど痛いからね」

 

 元のネタを分かっていたのかイオの軽口にゾーイもそう答えると、制御をイオに戻してから機体の速度を上げて既にデータリンクの情報からして先に編隊を組んでいるBARBIE隊とライノとの合流を図る。

 その瞬間、味方艦から放たれた艦対空ミサイルが正面のザイの大群に降り注いだ。しかし、予想通りと言うべきか撃墜数は爆発の規模と比例せず、僅か二、三機程度でしかない。

 ザイの一群が前衛の第一派に食いついた。通常の戦闘機が真っ向からザイと戦える筈もなく、4つの味方を示す点が消える。わずか数秒で、一個小隊が壊滅したのだ。

 

 「ちっ……ゾーイ、全機に通達!! テメェら射線開けやがれ!! ここは俺がTLSで―――――」

 

 『焦りは禁物ですよ、イオさん。戦術マップを見て下さい、敵の防御部隊の陣営が開き切っていません。今こちらの陣形を崩せば、我々は挟み撃ちになります。それに、この配置では撃てたとしても最大限のダメージを与えられません』

 

 「けどよ先生!!」

 

 『大丈夫、イオの道はあたしが作るから。行っちゃえ、(ファング)!!』

 

 そう言ったのは翼端が青く塗られたブーメラン状の無人機、ブロウラーを操るライノだった。サファイアブルーの輝きが一層増し、彼女の周囲を飛んでいた四機のブロウラーが一斉にザイに対して突撃していく。流石はドーターと遜色の無い機動性を発揮できるポテンシャルは持っているだけあって、瞬く間に追いつくと陣形を維持しようとする味方に襲い掛かるザイを片っ端から落としていく。

 

 「すげぇ。あの四機、本当にライノが操っているのかよ……」

 

 『我々デミ・アニマ部隊がいる事もお忘れなく。全機、陣形が整うまでこれ以上一機たりとも味方を落とさせてはなりませんよ?』

 

 続いてライト率いる四機のF-35B DANMの部隊が、上空を飛び交い、空に紫色の軌跡を描く。こちらも機体性能自体はドーターとほぼ同じの為、ザイの機動性に追従しており、敵を一機も寄せ付けていない。また一機、また一機とザイを撃墜していく。

 部隊周辺の斥候の排除に成功、同時に陣形の展開も……完了。

 ノーダメージとはいかなかったが、それでも被害は最小限に抑えられた。同時にイオが編隊の最前列に到着、目の前に味方機がいなくなったことにより、TLSの使用制限が完全に解除される。

 

 「全機、俺より前に出るなよ!? ブチかますぜ!!」

 

 TLSを起動させ、最大出力で照射。普段放つそれよりも極太の赤い剣が目の前に雲の様に群がるザイの大群の一部を焼き払い、そのガラス細工の機体を蒸発させる。

 防衛網に完全に穴が開いた、第二派のブロウラーを突っ込ませて戦場を引っ掻き回す千載一遇のチャンスだ。

 だがその時、先行したブロウラーの遥か低空から襲い掛かる五機の機影があった。IFFには反応無し、所属不明機。

 五機が瞬く間に垂直に上昇すると、三機のブロウラーが一瞬にして撃破された。

 

 「所属不明機!? まさか、あいつらか!?」

 

 太陽の中から出現したのはモスグリーンと赤紫の烏賊を想起させる機体、そして翼端がオレンジ色のリューコの操るドーターと同型の機体だった。

 間違いない、海鳥島で遭遇した機体と同じ連中だ。

 拡大映像で映し出された紫色のヴィルコラクの尾翼には、鋼鉄の義足を持つ狼のエンブレムが付けられている。イオはその機体を自分が以前追い詰められた機体だと認識すると、口の角を吊り上げた。

 

 

 「良いぜ、この前の借りを返してやるぜ、義足野郎!!」

 

 

 

 



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22話 ザンキョウ ノ リフレイン

 「初撃の奇襲は成功。お見事です、お爺様」

 

 『まだ若い者には負けんよ。君達は君達の役目を果たせ』

 

 「了解した。ヴィルコラク遊撃隊、最優先目標はデミ・ドーター化されたF-35Bだ。それ以外には目もくれるな!!」

 

 「「「了解!!」」」

 

 上海奪還の為の日米連合軍の真下を取り、奇襲を仕掛けたヴィルコラク遊撃隊とミハイ。彼らの攻撃は文字通り正確無比だ。四人の少年少女の肉体と一体化したヴィルコラクは文字通り感覚だけで操縦や照準を補正でき、歴戦の戦士であるミハイの腕前は言わずもがなである。

 五人は太陽を背に上空からそれぞれの獲物目掛けて一気に襲い掛かる。強化された肉体や耐Gスーツを持つ彼らの既存の航空戦の枠に縛られないGを無視したその動きに、通常の機体ではまるで付いて来られない。

 

 「クソッ、俺達は無視かよ!! ライト!! 紫色の義足野郎に気を付けろ、一番速いぞ!!」

 

 『あの機体……成る程、あれが噂のオリジナル、ですか』

 

 『ハッ、改良型デバイスを装備した俺達に敵いっこねぇぜ!!』

 

 『そういう訳だ。少年の心配はいらないぜ』

 

 「お、おい、あんたら!!」

 

 しかし、かつて交戦した事のある経験からイオはデミ・アニマ部隊に警告の通信を送るが、隊長のライトはともかく三番機と四番機がイオの警告を無視してモスグリーンのヴィルコラクの背後を取ろうと猛追する。

 彼らの使用する機体の元となったF-35B型はエンジンユニットの後部を90度下に折り曲げる事で垂直着陸能力を得るが、デミドーターはその出力の高さや既存のシステムを無視したOS構成からそのノズルを思考操作でき、マイナスG機動のクルビットすらも可能とする。

 確かに早い、最高速度はともかく旋回戦だけならヴィルコラクに後れを取っていない。

 

 だが、それだけだ。

 

 モスグリーンのヴィルコラクの背後に付いた三番機が思考制御によるミサイルのロックオンを開始、しかし、それまで唯の戦闘機乗りだった彼には訓練では出来ていても実戦では正確なHimatマニューバを敢行するミサイルの運動制御を同時に他の機動をしながら行う事が出来ない。彼らと違って。

 

 『そんな紛い物のデッドコピーでっ!!』

 

 三番機に追われていたトーリは敵機のロックオンを検知すると、EPCMチャフを撒きつつ機体を起こしたコブラ減速を行いながらその姿勢のまま垂直にミサイルを発射。しかも、そのミサイルは処理に慣れていない彼らと違いアニマの放つミサイルと同じHimat機動が行える。

 日頃見慣れないHimat軌道のミサイルを見て回避行動の遅れた三番機は、コックピットの真上からミサイルを()()()にされ、その状態で起爆される。内部から火を噴き堕ちていく灰色の機体、捥げる翼の断末魔が空しく響き渡る。

 

 『俺達に勝てる訳ねぇだろぉ!!』

 

 「言わんこっちゃねぇ……Ghost、これよりデミアニマ部隊を掩護----」

 

 『我々に構わず行って下さい、敵の狙いはどうやら我々のようです』

 

 「っ……あんたら、まさか」

 

 『上海の空を飛びたいのでしょう? イオさん!!』

 

 視界の端に見える紫色の機体が追っているのは、ライトの乗るF-35B DANMだ。そう言っている間にもヴィルコラクがミサイルを発射。急上昇の後に避けられないと判断してチャフフレアを撒いて凌ぐが、至近距離で起きた爆発とミサイルの破片が機体を叩く。

 しかし、ファルケンの攻撃力をここで失うのは得策でないことは、イオも薄々理解していた。TLSによる圧倒的火力はザイの物量に単機で対抗しうる貴重な戦力だ。残り照射可能時間は約105秒、それだけ照射できれば、戦闘機型は勿論重爆撃型なら二機は撃墜できる。

 操縦桿を握り締めながら、イオはアニマ部隊の先陣を切り前に進むことを選んだ。

 

 「ちっ……死ぬんじゃねぇぞ!! ライノォ!! 進路を作ってやる、そこにブロウラー突っ込ませろ!!」

 

 再びTLSを起動、出力通常で正面に照射。高熱を発するレーザーはガラス細工の機体を一瞬で蒸発させ、その隙間にライノの制御する四機のブロウラーが突入、ミサイルが弾切れになった一機を盾に他のドーター達の突破口を切り開き、その後ろにグリペンやファントム、イーグルも続く。同時にエスコートの機体も上空を突破、敵陣を抜ける事に成功するが、ファントムが新たな敵の出現を告げる。

 

 『12時、距離30、新たな高熱源体を探知』

 

 「数は?」 

 

 『2です』

 

 『後詰か?』

 

 「いや、それにしては数が少ないな……見えた、重爆撃型二機だ」

 

 ゾーイが少しだけ瞳孔を開くとFALKENのキャノピーに配された高感度センサーが、いち早く敵の正体を捉えて拡大モニターに映す。制空先頭に入った今、鈍重な大型機体を繰り出す意味が分からない。

 取りあえずTLSでアウトレンジを仕掛けようとするが、その前にイーグルが先に飛び出してしまい、発射シークエンスを中断する。

 その瞬間だった、重爆撃型が何か子機の様な物を切り離した。子機? 違う、あれは航空型ザイだ。

 

 『鳥娘!! ブレイクしろ!!』

 

 イーグルはその通信を聞いた瞬間に機体を切り返し、その直後を数舜前まで彼女がいた空間を数発のミサイルと一発の飛翔体が交差し、通過した際に発生する衝撃波で破壊されたミサイルが空中に赤い花を咲かせる。刹那、彼らの頭上を灰色の翼竜が駆け抜けた。

 

 「今のは……社長秘書のレールガンか!?」

 

 『儂と同型の機体が出ていると聞いてな。そのついでじゃ。それにしても敵を良くも見ず考え無しに突っ込みおって。これだから阿呆は……』

 

 『むー!! また馬鹿呼ばわりした~!! 良いもん!! こいつらみーんなイーグルが落としてやるから!!』

 

 応援に駆け付けたリューコに焚き付けられ、ここまであまり撃てなかった事もありフラストレーションを発散させるかのように前衛に躍り出るイーグル。直後、後方で制空権を確保していたブロウラーの一機が爆散する。撃破したのは、翼端がオレンジ色のX-02Sだった。リューコはその機体を見ると機体を急反転させ、自分と同型の機体に猛追する。

 

 『さて……ミィィハァイイイイイィィッ!!』

 

 『今日はお互いに燃料に余裕がある。あの時の決着を付けさせて貰うとしよう』

 

 『やれるのか? 小僧!!』

 

 遥か上空で繰り広げられる同型機体による熾烈なドッグファイト。片やドーター、もう片方もドーターではないが、デミ・ドーターに比肩する技術でアップデートされ、元来の性能の高さも相まってドーターと同等の性能を持つ。つまり機体性能にほぼ差は無い。燃費以外にほぼ弱点が存在しない、この世に二機だけ産み落とされた、世界最高性能の翼竜。

 巴戦からのバレルロール、そこから複雑に絡み合うシザースと、僅かな間に常人では捉えきれない速度で戦いが繰り広げられている。

 

 「あれは……任せるしかねぇな」

 

 「そのようだ。TLS、目標を右側の重爆撃型に――――――」

 

 次の瞬間、レーダーやモニターに激しいノイズが走り、轟音が鼓膜を突き破らんと響き渡る。ほんの数秒足らずだが、ゾーイが何かしら調整をするとレーダーのノイズは収まる。しかし、モニター全体に僅かだが砂嵐が走っている。

 

 「お、おい!! 今のは何だ!?」

 

 「異常な出力のEPCMだ。即座にカウンターパルスをぶつけたから大丈夫だが、センサーの調整に少し時間が欲しい」  

 

 「ちっ……Ghostより各機、20秒稼いでくれ!! モニターが死にやがった!!」

 

 上昇し、一度ザイとの戦闘空域から離脱しようと試みる。刹那、閃光が走った。ほぼ真上、味方の制空権内。しかし、その機銃弾は明らかにこっちを狙っていた。

 空を見上げると、攻撃の正体はブロウラーの物だった。機体中央のセンサーが怪しい光を発している。

 

 「ブロウラーがこっちを攻撃、だと……? ライノォ!! テメェの国の武器は敵と味方の区別もつかねぇのか!!」

 

 『……あたしのファングは大丈夫なんだけど、故障、かなぁ?』

 

 『いえ、違います。相手は今の強力なEPCMでブロウラーのEPCMパターンを誤認させて操っています。敵を味方に、味方を敵に取り違えさせることも可能です。あなたのファングは独立したネットワーク制御を行っているから無事だったのでしょう』

 

 お父様は恐らくこれを警戒して……、とファントムが唇の端を噛む。

 その間にもブロウラーは周囲の航空型ザイと連携をとり、味方の退路を断っている。上空で得体の知れない同型機を相手にしているリューコの援護は今は当てにできない。彼我の戦力差は、三十八対五。しかもファルケンのTLSは格闘戦には基本的に向かず、こんな混戦した状況で撃とうものなら何機味方を巻き込むか分かったものでは無い。

 

 『作戦は失敗です、撤退しましょう』

 

 「撤退って……どこにも逃げ場なんてねぇぞ!!」

 

 気が付けばイオの周囲は完全に包囲されつつあった。これまでほぼTLSのみで戦っていたことが幸いして他の弾薬は満タンだが、それでも精々十機落とせればいい方である。圧倒的戦力差。以前ロックオンされた時と違い、今はまだ速度が乗っているので小松防衛戦の時ほど絶望には打ちひしがれていないが、焦りからか回避行動の方向の読みを誤り、コックピットを覆う装甲に機銃弾が命中する。奇跡的なレベルで角度が浅かった事が幸いして貫通こそしなかったが、そのショックで視界の上部左半分が完全にブラックアウトした。

 

 「グウッ……っ!! 今のは、効いたね……」

 

 「ゾーイ!? 諦めるかよ、クソッたれがぁ!!」

 

 被弾のショックから機体とのリンクを断ち切れず痛みに左目を押さえるゾーイの制御でコックピット上部のモニターを兼ねた装甲板が強制排除される。グラスキャノピー越しの有視界戦闘に変更。センサーの再調整が同時に終わり、まだ健在の下半分のモニターの機能が回復する。

 しかし、視界が回復したとはいえ戦況が不利なことに変わりはない。このままでは……

 

 『イオ!!』

 

 『しっかりして!! こっち、突破するよ!!』

 

 赤と青の稲妻が、上空に走る。弾切れになったライノの操るブロウラー三機を盾に、グリペンがその影から撃ち抜くようにしてミサイルを発射。包囲網の一部に穴が開き、イオも同様にしてその方向にミサイルを撃ち込み突破口を切り開いた。

 時間にして僅か数十秒の逃走劇、いつの間にか爆炎と銃声が奏でる戦争音楽は鳴り止み、不気味なまでに静かな空に赤と青の機体が並んで飛んでいた。

 

 「はは……俺達、生きてる、よな?」

 

 機体の状況をチェック、弾薬はミサイルが残り4発、TLS残り照射時間70秒弱、あとは機銃弾と全体的に残ってはいる。こちらの被弾はセンサー部にさっきの一発だけで他に目立った損害は見られないが、グリペンの方は肉眼でも分かるほど満身創痍だった。そして、もう一つ問題が浮上する。

 

 「ちっ、燃料が警告ラインになりやがった」

 

 『私の方も。それに、私たちは空母との距離が開きすぎている』

 

 『あたしもダメ~、このままだとまたみんなで仲良く海水浴出来るね。あ~あ、水着持ってこればよかったかな~?』

 

 暗い空気を払拭すべくライノはそんな冗談を飛ばすが、とても笑っていられる状況では無かった。EPCMのノイズが酷く空中給油機を呼ぶことが出来ない。味方に連絡する事も叶わない。完璧に孤立無援。三機が着水までのカウントダウンを刻む中、グリペンが戦術マップを見て何かに気が付いた。

 

 『中国の空港は?』

 

 「浦東国際空港、距離にして約百キロ程度。羽安めには適当だね」

 

 『ま、議論の余地は無いんじゃない? 敵の姿も見えないし行くだけ行ってみようよ』 

  

 どうにも行き当たりばったりな気がしないでもないが、今現在はそれ以外に選択肢が無い事も事実だ。イオと慧は仕方ないと覚悟を決め、進路を空港に向ける。周囲の探索だけは怠らないようにしながら。その先は、暗雲で覆われていた。

 

 『まさか、こんな形で帰ってくることになるなんてな』

 

 不意に慧が、そう呟いた。

 

 

 

 -------------

 

 

 

 なんだろう、体がいつもより不思議と軽い、心も。

 

 思考が産まれてこの方感じたことが無いレベルでクリアだ。

 

 どこかから見られているような感覚も、胸中を渦巻いていた良く分からない強迫観念も無い。

 

 もう誰かを無理に気遣う必要も、無理に好奇心旺盛になる必要もない。

 

 あの時の聞こえた()が、自分を縛る枷を全て打ち壊してくれた。

 

 

 

 もう、自由だ。

 

 

 

 あの煩くてつまらないだけの人間のお守りから解放される。もう下らない決まり事に縛られる必要も無い。

 

 でも、彼は、彼らはまた別。

 

 それは自分の中の根幹。彼を守れと使命付けられているし、自分もそうしたいと心から思う。

 

 そうだ、あそこでこのまま皆で静かに暮らそう。それがいい。

 

 静かで何の不純物も無い青き清浄なる世界で。

 

 彼女がいない事だけが唯一の不満点だが、まぁ、いずれ迎えに行ければそれで良い。

 

 あんなクソ煩いだけの世界に彼らは相応しくない。自分たちを分かりも、理解もしようとしないあの連中から、自分が彼らを守ってあげよう。うん、そうしよう。

 

 あたしは、その為だけに、ここにいる。

 

 




この作品の今後の方針のヒント

(´鍋`)の言葉を借りて、「アレ、自分で使いたくないッスか?」


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23話 Z.O.E.

ネタバレ回 

三巻の内容もいよいよクライマックスです


 程なくして薄暗い空港の滑走路に三機の戦闘機が着陸した。滑走路をそのままタキシングし、エプロンを通り過ぎて格納庫の前まで機体を滑らせて停止させる。

 隣で先程から慧が英語で緊急事態を管制塔に宣言しているが、全く応答する気配はない。数回ほど同じ内容を繰り返すが、結果は変わらなかった。

 

 『何か静かだねぇ~。格納庫の中に人の気配はしないし、アプラとか小松とは凄い違いだよ』

 

 「あぁ、けど中国って二か月前に陥落したんだろ? そんな所に人がいるとも到底思えねぇが」

 

 『ひょっとしたら生存者がいるかもよ? タラップ持ってくるからちょっと待っててね~』

 

 ファルケンの左側に付いていたライノがコックピットを開放し、タラップも使わずに身一つで飛び降りて着地すると、そのまま足早に格納庫の中の捜索を始める。

 イオも機体のエンジンを停止させて外の空気を吸おうとシートベルトを開放し、ハッチを開けようとするが、ゾーイが肩に手を掛けそれに待ったをかける。

 

 「イオ。少しだけ話がある」

 

 「なんだ?」

 

 「結論から話そう。先程の強力なEPCM、アレは恐らく叫びだ」

 

 「叫び?」

 

 あの時の轟音がか? と今一つ理解の追いつかないイオは首をひねった。

 

 「うまく……言葉に出来ない。ただ、おいで……では無いな。『こちらこい、ここなら自由だ』、そう言っていた気がする」

 

 「ザイも言葉が話せるってか? って、お前らアニマも元を正せばザイだったか……」

 

 「まぁ、そうなるな……イオ、君はライノのソースコードを見たことがあるか?」

 

 「ソースコード? なんじゃそりゃ」

 

 「私達アニマの根幹に根差す言わばOSみたいなものだ。ライノのそれは兵器として問題無く扱えるように思考の抑制や大量の禁止事項で張り巡らされている。兵器として使うには想定外の動作は邪魔だからね。アメリカは彼女の解析をドクター八代通にやらせなかったそうだが、社長秘書が自前のメンテナンス装置で調べて発覚したらしい」

 

 初耳だった。

 思考の抑制や禁止事項、だと? あの性格も、面倒見の良さも、全部仕組まれた演技だったって言うのか?

 

 「そして先程の叫び。そのせいで私の一部プログラムに抑制及び破壊された形跡がある。私はセンサーのリンクを少し持っていかれた。大した問題ではないけど、少し視力が安定しない。基地に帰ったらオーバーホールをした方が良いかもしれないな」

 

 「まさか、グリペンやライノも……」

 

 「そうだ。私と同じく()()()()()()()()()かもしれない。だから……」

 

 そう言ってゾーイは後部座席の後ろに取り付けていた二つの小型のトランクケースの一つを取り出し、その中身を見せる。そこに収められていたのは、FNブローニングのハイパワーと弾頭がガラス質の何かで出来た特殊弾を装填した予備弾倉が二つ。聞けば、彼女が以前から持ち合わせていたものだと言う。

 

 「もし私たちがおかしくなったら、迷わず君が私たちを撃て」

 

 「笑えない冗談だぜ……っ!! 俺にダチを撃てってのか!?」

 

 「……済まない。本当は私が担うべきだったのだが、社長秘書の言っていた通り立場的には君が適役だろう。私も曲がりなりにもアニマだからな」

 

 どこか寂しそうな笑顔を浮かべるゾーイ。

 映画で良く見た展開だった。敵の攻撃で正気を失った味方を、同僚や仲間の手で始末する。

 その役目を、軍人でも無いたかが17歳の少年が握らされようとしていた。

 とは言え、ゾーイの目の焦点が微妙に合っていないのはイオの目から見ても明らかだ。本当に何らかの機能障害が出ているのは事実なのだろう。

 イオは苛立って頭をかきながらも、その拳銃と予備弾倉を懐にしまい込む。実銃を売った事は無いが、こんな敵軍の中で孤立無援の状態では四の五の言っていられなかった。 

 

 「こいつは一応お守りとして貰っておく。けどな、俺はお前らを信じるぜ?」

 

 「……ありがとう。では、行こうか」

 

 外を見ると、慧とライノがタラップを持ってこちらに走ってきている所だった。ゾーイもサブマシンガンをベストの裏に忍ばせるとコックピットを開放し、機体の外に繰り出す。時間にして数十分位しか経過していない筈だが、外の空気は久々に吸う気がした。

 

 「いやはや、ひどい目にあったね~。って、センサーユニット無いけど大丈夫?」

 

 「私は平気だ。それよりもグリペンは?」

 

 「ほんとゾーイはグリペン大好きだよね~。見ての通りだよ、なんかグロッキーな感じ?」

 

 ライノが示した先には、慧の肩を借りてどうにか動いている状態のグリペンの姿があった。額からはジワリと汗が吹き出し、見るからに体調が悪そうだ。まさか、さっきザイが放った高出力EPCMの影響なのだろうか……?

 

 「取りあえず、休める場所を探そう。こんな状態で彼女を飛ばす訳にはいかない。あと、燃料もだ」

 

 「さんせ~い。じゃああたしは燃料探してくるよ~。あ、あっちの方に旅客ターミナル見つけたから、グリペン達はそこで休ませると良いかもね~」

 

 ゾーイが仕切り、ライノは砕けた仕草で敬礼を送ると、どこかへと足早に去ってしまう。やれやれと慧が肩を竦めるが、確かに遠目には波打った屋根を持つ大型の施設が見えた。あそこになら何かありそうだ。慧はグリペンに促すと肩を組みながら一緒にその場所へ向かう。その一歩後ろからゾーイがサブマシンガンを構えながら、周囲を警戒している。

 数分ほど歩いたところか、ゾーイが不意に足を止めた。

 

 「鳴谷慧、グリペンを頼む」

 

 そうとだけ言って、駆け足で滑走路の一端へと走っていく。まるで、何かを見つけたと言わんばかりの仕草だ。イオは一瞬どちらに付こうが迷うが、最終的にはゾーイに付くことを選択した。霧が出ているが、まだ視界に彼女の姿は見える。イオは慧に先に行けと促し、彼女の後を追う。

 管制塔、気象センターに給水センター、それらを通り越し誘導路の端まで来た時、彼女が立ち尽くしているのが見えた。

 

 「ゾーイ!! 何か見つけた……の……か……?」

 

 イオが彼女の元に駆け寄ると、次第に言葉を失っていった。

 摩擦で焦げた誘導路の先にあったのは、不時着したのであろう燃え盛る炎の様な深紅の機体、その残骸だった。あちこちに装甲の破片が飛散しており、片方のエンジンユニットを失い、斜めに横転したその機体は既存の機体カテゴリに当てはまらない大型機体。だが、それでいてその見た目には愛着があった。そして、煤で汚れた尾翼に飾られた、自分の機体の物とは対称的な()()()のエンブレム。それはかつて上海の空に散ったはずの、TLS搭載型機体。

 

 「赤いファルケン……だとっ!?」

 

 「不思議だ。これを見ていると、妙に懐かしい気分になれる」

 

 ゾーイはそれを見てもいつも通り、いや、それ以上に穏やかな声でその残骸に歩み寄る。そしてコックピットを覗き込むと、その中に潜り込んでしまった。彼女の行動が気になったイオも近づいてコックピットの中を覗き込むと、そこでは割れたモニターと沈黙した計器類に囲まれた狭い空間で、鼻歌を歌いながら夢見心地な表情でシートに腰掛ける彼女の姿があった。まるで、初めて出会った時の様だ。

 

 「あぁ、これだ、これだよ。私の探していたもの」

 

 「……おかしくなったわけじゃ……無いよな?」

 

 「あぁ、済まない。ただ、今の私は何だか生まれ故郷に帰って来た気分なんだ。私が本来あるべき場所、と言うべきかな。さて、APUは動くだろうか……」

 

 手慣れた手つきでコンソールに配された計器類を弄り、機体の再起動を試みる。コックピットの中身はイオが父親からプレゼントされたシミュレーターのコックピットと全く同じ形の計器類だったが、見た限り手伝える事は無さそうでイオは機体の縁に腰を預けると、外の警戒を続ける。それから数十秒待つと、低い何かの唸り声と共にコンソールと何枚かのひび割れた六角形型モニターが点灯した。

 

 「奇跡的にAPUは生きていたよ。エンジンユニットが無いから飛ぶ事は叶わないだろうけどね。何か使えそうなデータは……」

 

 コンソールを弄り、中身を探るゾーイ。いくつかの項目を選択するとコンソールの中央に見慣れない筈の、それでいてどこか親近感のある文字列が浮かび上がる。

 

 「System Z.O.E.……?」

 

 「Zone Of the Endersの略だよ。悠遠に立つ者、と呼ばれていた。この機体に使われている専用の制御OS……と言うのは表向きの仮の姿だ。その正体は学習型戦術戦闘用AIで戦闘経験を重ねる度に学習し、進化する。やがて人類の手に負えない、悠遠に立つ者となる為に」

 

 「どう言う……事だ……?」

 

 「恐らく、有人型の機体に搭載して戦闘経験の学習を積んでいた所だったのだろう。()()()()()()である私には分かる」

 

 「バックアップ? お前、一体何を……?」

 

 そう言うとゾーイは長い銀髪をかき上げ、普段見えないそこに隠されていた首筋に施されたコネクタに、機体から伸ばしたケーブルを接続させた。コンソールにファイルのダウンロードのパーセンテージを表示。じりじりとゲージが増えていく。

 20%ぐらい進んだところでゾーイは深呼吸すると、イオに白状した。

 

 「少し、色々と思い出せた。イオ、君には知る権利がある。私が何者であるのか。私はゾーイ。SyastemZ.O.E.のバックアップデータを基に作り出された、アニマの原形、プロトタイプアニマだ」

 

 「プロトタイプ……アニマ……?」

 

 「人類は何も得体の知れないザイのコアを始めからアテにしていた訳じゃない。かつてクーデターを目論んでいたとある一派から押収された機体に搭載されていたOS、Z.O.E.を元にザイのコアを補助ユニットとしてアニマを作り出した。これならザイ側の機能が使えなくても、Z.O.E.側の機能で賄えるからね」

 

 まぁ、Z.O.E.だけだとEPCMに弱いっていう弱点は最後まで解消されなかったけども、と付け加える。ザイのコアからもEPCMは発生する為、元々が唯の電子機器に過ぎないAIユニットではその対処に限界があった。戦闘時間が延びると彼女に発生する気持ち悪さの原因はここにあったらしい。データのダウンロードは50%まで完了。 

 

 「私は元々機体を動かすAIだからね。君のサポートに徹している間は楽でいられた。それは、本来私が取るべき形だったからかもしれない。ちなみにこの体はロシアの実験室で得たよ。そう言えば、ジュラーヴリクとも久しく会っていないな。是非とも君と会わせたいよ」

 

 「その、首のコネクタは何なんだ?」

 

 「これかい? 元々は私と同時期に研究が進められていた所謂強化人間の機能を一部流用したものだよ。もしザイのコアが使えなくてNFIで機体とダイレクトリンク出来なかったとしても、このケーブルで機体と直結させればZ.O.E.の機能で機体を動かせる。その為のフェイル・セーフティーみたいな物だ。そして私の稼働データを基にアニマが作られ、強化人間は闇に葬られた……筈だった」

 

 「その代わりが、デミ・アニマ……」

 

 「恐らくは強化人間のデータが使われていると見て良いだろうね」

 

 イオは驚愕に目を見開く以外に出来る事が無かった。彼女がおかしくなった訳では無い様だが、少なくとも今までの彼女とは何かが少し違う。そしてデータのダウンロードを行いながらも淡々と述べていく自身の開発経緯、その内容、そして所属不明機の正体の背景。その全てが、ただ一人の少年には余りにもスケールが大き過ぎた。

 

 「これが私という存在だよ。どうだい、幻滅したかな?」

 

 「何と言うか……俺がお前の話に対して意見できる箇所があると思ってるのか? 一介の高校生だぜ俺は? そんなこと急に言われてもピンとこねぇよ。本当のお前を思い出せたってんなら、別にそれでいいじゃねぇか」

 

 「あはは、実に君らしい答えだ。やはり君は、先生の言う通り()鹿()なんだな」

 

 「んだとぉ? と、言いたい所だが、違ぇねぇ」

 

 壮大な話を前にしても、難しい事を考えるのが苦手なイオはそう言われて肩を竦めて笑う。けど、だからこそなのかもしれない。彼がアニマに偏見を持たないのも、ただ己の衝動のままに空を飛べるのも。考えず感じる、その生き方こそが、彼を彼たらしめている所以かもしれない。

 そんな事を考えていると、データのダウンロードが完了した。コンソールに繋いでいたケーブルを切り離し、イオの手を借りて機体の外に降りると、そこには黄色いパーカーを羽織ったライノが立っていた。

 

 「あ、いたいた~。何やってたの~? こんな何も無い所で秘密の密会? もしかしてあたし、お邪魔だった?」

 

 「密会って、お前なぁ……つか、後ろにあるだろ。ファルケンの残骸」

 

 改めて後ろを振り向くと、つい先程まで有った筈の赤いファルケンの残骸はどこにも無かった。不時着の形跡も、飛び散った破片すらも無い。まるで、最初からそこに無かったと言わんばかりに。

 狐に化かされた気分、とはこの事を言うのだろう。イオは不思議がりながらも首を傾げるゾーイとライノの背中を押し、慧とグリペンの待つ旅客ターミナルへと向かうのだった。

 

 

 




と言う訳でゾーイの正体でした。
流石に得体の知れない勢力の兵器をいきなり流用するのは危険だと思うんですけど……という事でエスコン世界の無人機のOSとアニマを掛け合わせた折衷案が元です。


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24話 ライノ・デストラクション Ⅰ

三巻内容、遂に完結!!

果たして、ライノの行く末は……


 「ねぇねぇパパ。あいつに簡単にデータ渡しちゃって良かったの?」

 

 「父よ、私もそう思う。これでは私たちが不利になるのではないのか?」

 

 浦東空港が一望できる高台の上に建てられた小屋の中で、二人の銀髪の少女はソファに横たわりながら枝分かれした線の描かれたガラス板をひたすら眺める金髪の飛行服を着た男に問いかける。二人の容姿はパッと見では分からない程瓜二つだった。照明の光を浴びて輝く艶やかな銀髪、白陶器の様に透き通り張りのある白い肌、背丈は中学生くらいだろうか。そしてお揃いのゴシックロリータ調の服を纏っている。強いて違いを挙げるなら髪型くらいだろう、やや甘えた口調の方は髪は右側に、少々感情の起伏に乏しい方は左側にサイドテール状に結わえている。男はガラス板を指でなぞるのを止めると、髪を右側に結わえた少女の方の頭を撫でながら、優しい声音で話しかける。

 

 「フーちゃん、あいつなんて言っちゃダメだよ? あれでも一応、君のお姉さんなんだから」

 

 「うみゃっ……ふぁーい」

 

 「父よ、フギンばかりズルいぞ。私も撫でろ」

 

 「はいはい、ムーちゃんもよ~しよし。子沢山のお父さんは大変だぁ~」

 

 男に頭を撫でられ、心地良さそうに瞳を閉じる少女たち。感情の高まりからか二人とも銀髪が独特の光を放っている。照明の反射では無く、まるでそれ自身が光っているかのように。

 男は口ではそう言いつつも笑って二人を撫でながら、言葉を続ける。

 

 「それにおじさんもね、ちゃんと考えがあって渡したんだよ。これからあの子たちには試練が待ち受けている。あのデータをどう使うかは君のお姉さん次第さ。何しろ俺はこの後の結末を知らないからね」

 

 「父でも知らないことがあるのか?」

 

 「そうだよムギンちゃん。おじさんも万能って訳じゃないんだ。君達と違って、おじさんはただの人間だからねぇ~」

 

 ハッハッハッと豪快に笑いながら立ち上がると男は二人の少女、フギンとムニンを連れて小屋の外へ出た。彼らの目の前には、つい先程まで無かった筈の滑走路と、同型の戦闘機が三機。形状はどれも同じで、FALKENと酷似してはいるが翼の形状が下反角の付いた後退翼になっており、その他の部位にも様々な差異が見られる。

 

 「さて、と。そろそろお仕事の時間だ。二人とも、すぐに出られるようにしといてね?」

 

 「「は~い」」

 

 フギンとムニンはもう一度男に頭を撫でられると、足早にその戦闘機へと向かい、なんと跳躍してコックピットに飛び乗った。その身体能力は、並みの中学生くらいの少女が持つそれでは無い。

 男はそれを見届けてから自分もタラップを使って乗り込むと、全周囲モニターが採用されたコックピットの中で再びガラス板を取り出してはそれを眺めるのだった。

 

 

 -----------------

 

 浦東空港 旅客ターミナル内 宿泊施設 405号室

 

 

 周辺の探索を済ませたイオ達は、ライノの誕生日だと言う理由で宿泊施設のその部屋をベースキャンプとする事となり、体調の悪いグリペンをベッドに寝かせて休ませる事にした。

 食料も先程確保したものを部屋に備え付けの小型冷蔵庫に放り込んであるので、しばらくは困る事は無いだろう。陥落したの中国本土の施設であるにも拘らず手入れが行き届いており、そこそこ等級の高い宿泊設備なのか居心地は良く、イオに至っては冷や汗を流したいとシャワーを浴びている始末だ。

 そんな時、暗い外を窓にもたれかかりながら眺めていたライノは、不意に入口の横でサブマシンガンを持って警備を続けていたゾーイに振り向くと彼女に問いかける。

 

 「ゾーイってさぁ、何か良いことあった? 随分雰囲気が変わったようにも見えるんだけど」

 

 「そうかな? 別に私は私だよ。何も変わらないさ」

 

 「ううん、何かキリッとしたっていうか、そんな感じ? がするよ。もしかして、やっぱりイオとの密会が関係あるのかなぁ?」

 

 ライノの表情はいつも通り笑ってはいても、どこか親身さに欠けていた。ある種の冗談のつもりで言っているのか、それとも本気なのかが全く読み取れない。

 事実、赤いファルケンの残骸から回収したデータのお陰でゾーイには戦闘経験が足されており、機体に戻って最適化を施せば今までより動ける事は請け合い無しだろう。とは言え、あの機体にあったのはそれだけなのだが。

 

 「特に関係は無いさ。それに、イオとは唯のパートナーと言うだけだよ」

 

 「ふーん、まぁ良いけど。それはそうと、二人とも見てよこの空。綺麗だよねぇ~」

 

 ライノはグリペンに付き添っていた慧とゾーイに手招きすると、窓から空に映る光景を見せる。窓から見えたその空は、とてつもなく大きな天の河や星の大海で彩られていた。人が消えて、街を照らす電灯も全て無くなり、星達は本来の輝きを取り戻して瞬いているのだ。三人はその美しさに見とれ、空を見上げ続けた。

 

 「凄いな。こんな夜空は初めて見た」

 

 「満足して貰えたようで何より。それにしてもここは居心地良いよねぇ、食料はあるし部屋は快適、そして毎晩こんなに綺麗な夜空を眺められる。あんなうるさい世界と違って何も考えなくていい。全く、人間は何が嫌であんなうるさい世界にしちゃったんだろうね? 静かで暗い穏やかな闇の中に身を委ねれば、嫌なこともぜーんぶ忘れて静かに暮らしていけるだろうに」

 

 「言いたいことは分からなくもないけど、ジェット戦闘機の言葉じゃないよな」

 

 「ははっ、確かに」

 

 慧の言葉にライノは肩を揺らして笑う。それから程無くして、バスルームからシャワーを浴び終わったイオが首にタオルを巻いたまま出て来た。

 ライノはイオも手招きすると、その窓から夜空を見せる。

 

 「すっげぇな。俺もガキの頃親父に連れられてロッキーの公園に行ったことがあるが、あの時の空にそっくりだ」

 

 「へぇ、イオもあそこに行ったことあるんだ」

 

 「あぁ、懐かしいぜ。いつか平和になったら、お前らとのんびりキャンプしてぇよ。じゃ、ちょっと寝るわ。見張りの番になったら起こしてくれ」

 

 イオはそう言うとソファにもたれかかり顔面にタオルを乗せて眠りこけてしまった。敵地のど真ん中かもしれないと言うのに実に自由奔放な男だ。慧はイオが眠ったのを見ると、自身もいつも通りの彼の空気に安心したのか、ライノとゾーイに断りを入れてからグリペンの隣のベッドで眠りについた。

 

 

 数時間後

 

 

 イオと慧はほぼ同時に目を覚ました。時刻は午前六時、窓を見るといつの間にか閉じられていたカーテンの隙間から朝日の木漏れ日が差し込んでいる。だが、彼らが目を覚ましたのは自然な目覚めでは無い。シャリッ……と、どこからともなく砂の鳴るような音が聞こえたからだ。その目覚め方は、何かを感じ取って反射的に飛び起きた形に近い。

 

 「おはよう、とかのんびり言ってる場合じゃねぇかもな。慧、聞こえたか?」

 

 「あ、あぁ……何か、砂の鳴るような音が昨日からずっと聞こえてくるんだ。エレベーターで上がって来る時とかにさ」

 

 冷蔵庫に入っていたミネラルウォーターを飲み、眠気を完全に払拭したイオは、出入り口付近の壁にもたれ掛けて立ったまま、半目の状態で見張りを続けていたゾーイに声を掛ける。どうやら、イオ達が寝ている間ずっとこうして出入り口で見張りを続けていてくれたらしく、足元にはシリアルバーの開き袋が数個分ほど散らかっている。

 

 「やぁ、イオ。よく眠れたかな?」

 

 「ったく、無茶しやがって。見張りは交代でやるって言っただろうが」

 

 「これを使えるのは私だけだからね。最高戦力が休む訳にはいかないだろう?」

 

 サブマシンガンをチラつかせながら、ゾーイは笑ってそう答えた。休めない最高戦力、その言葉にイオは他のアニマ達の事を不意に思い出した。普段馬鹿っぽいイーグル、日本初のアニマで代わりがいなかったために常に自分を追い込んでいたファントム、MS社秘蔵の切り札である社長秘書。今現在自分の目の前にいるゾーイとグリペン。そして、ライノ。

 姿形は少女でも、やはり彼女たちは国の、企業の最高戦力として扱われている。

 日本のアニマはまだいい、聞けば、那覇にもう一人のアニマがいるらしく合計四人の仲間がいるのだから。MS社もゾーイと社長秘書の二人体制だ(とは言え、社長秘書は必要以上の出撃はしないそうだが)。

 

 だが、ライノはどうなる?

 

 いくらアメリカではデミ・ドーターの開発が進んでいるとは言え、先ほどの戦闘で少なくとも一機は失われており、そもそもあれに乗っているのはただの人間だ。アニマでは無い。あの国のアニマは、今も彼女ただ一人。

 孤独、されどそれを表に出さずに気丈に振る舞い続けた、あるいは演じ続けてきた、一人の少女。

 イオは不意に込み上げてきた何かを本人にぶつけようとするが、肝心のライノの姿がどこにもなかった。

 

 「ゾーイ、ライノはどうした?」

 

 「彼女なら燃料を探してくると言って少し前に出て行ったよ。私たちも動けるようにした方が良いかもしれないな。鳴谷慧、グリペンの様子はどうだ?」

 

 「ダメだ、さっきからずっと眠気が収まらないらしい」

 

 ゾーイはグリペンの傍に歩み寄り、慧に様子を尋ねる。グリペンの顔色は昨日よりは幾分かマシになったようだが、それでも起き上がれる様子では無かった。グリペンは弱々しくゴメンと謝るが、ゾーイは気にするなと声を掛けてそっと頭を撫でてやる。

 その折、扉がガチャリと開いたかと思うとボディスーツの上に黄色いパーカーを羽織ったライノが意気揚々と入って来た。何でも燃料の入った給油車と簡単な補修パーツを見つけたらしい。成果は上々と言っていいだろう。()()()()()()()()()()()

 

 「と、言う訳で整備を手伝ってほしいんだけど……グリペンの調子は?」

 

 「見ての通りだ。あんまりよくねぇらしい。それよりもライノ、砂の鳴るような音を聞かなかったか?」

 

 「砂の音、ねぇ……うーん、特に変わった事は無かったかな?」

 

 「それなら良いんだが……しかし、グリペンは動かせそうにないな、誰が手伝いに行く?」

 

 「私が残ろう。男手を連れて行くと良い」

 

 ゾーイはサブマシンガンを構えてベッドに腰掛けると、二人に首で部屋の出口を指してやる。イオと慧は頷くとライノの後に続いて部屋を出て、昨日機体を駐機させたハンガーへと向かうのであった。

 

 「ところで鳴谷慧、そのスタンドランプは一体何?」

 

 「え? いや、まぁ……お守り?」

 

 「意外と臆病なんだね~」

 

 彼女はカラカラと笑った。

 

 --------------

 

 ライノの言う通り、燃料の入った白い給油車が二台ほど機体に横付けされていた。車体後部にリールで巻かれたホースを機体に向けて引っ張ると、FALKENのカナード翼の傍に備えられた給油口に差し込む。機体が大きいので、これに関しては給油口のレバーに慧が先程持って来ていたスタンドランプを括り付ける事で地上からでも手が届くようにしておいた。

 

 「あとは、コイツか……」

 

 イオはコックピットに乗ると、ゾーイから手渡されていたSDカードを機体のコンソールに差し込んでいた。何でも、あの消えてしまった赤いFALKENのコックピットの中に入っていたものらしい。スキャンしたところウイルス性のそれでは無く、何らかのプログラムのようだった。

 ローディング画面が表示され、数秒後にはファイルを開くためのパスワード画面が表示されていた。

 

 「パスワード……? んなもん分かる訳無いだろうが」

 

 試しにいくつかのワードをタッチパネルで入力してみるが、いずれも弾かれた。諦めてSDカードはそのままに画面を通常の物に戻す。燃料計を見た限り、あと少しで完了すると見て良いだろう。この機体には特に損傷も無いのでコックピットから這い出てグリペンの整備を手伝おうかと思っていたその時だった。空の色が不意に変わる、先ほどまでの濃霧は失せ、昨日見た月の無い綺麗な夜空に。何か不気味なものを感じ、慧の元へ向かった時、イオはその目で見てしまった。

 

 ライノが慧にハンドガンの銃口を向けている光景を、その彼女の右手と右の頬から青いガラス細工が生え始めているのを。

 ライノがトリガーに指を掛ける、あれは間違いなく撃つ気だ。反射的に体が動く。慧の体を彼よりガタイの良い自分が覆うようにして背中を向けてその一撃を庇う。瞬間、左肩に焼けるような痛みが走った。銃弾が掠ったのだ。

 

 「グウゥッ!?」

 

 「何やってんだよ、イオ!?」

 

 「嘘……あたし、イオを……撃っちゃったの……?」

 

 「ライノォ!! てんめぇええええええええええええええええええっ!!」

 

 イオの瞳は、怒りで満ち溢れていた。友人を傷付けられようとした怒り、自分が撃たれた怒り、そして、その友人に銃口を向けた少女に対しての、純粋な怒り。

 

 

 「ヴァアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」

 

 

 痛む左肩を無視して振り向きながら、声にならない雄たけびと共にフライトジャケットに隠し持っていたハンドガン、FNブローニング ハイパワーを引き抜いた。恐ろしく洗練された動作で初弾を装填、そのまま一発、二発、三発と引き金を引く。しかし、装填までは良かったが所詮はど素人の片手撃ちだ。反動で照準がブレ、放たれたガラス質の弾丸が彼女に当たる事は無く、しかし、奇跡的に彼女の握っていたハンドガンを弾き飛ばす。

 

 「何だよ……結構当たんねぇじゃねぇか……おいライノォ!!」

 

 イオは立ち上がると、走って詰め寄ってはアメフト部顔負けのタックルでライノを転ばせ、その両肩を力強く掴みとる。彼女の瞳は、動揺に揺れていた。

 刹那、周辺の景色が揺らぎ、設備のあちこちから同様のガラス細工が生え始める。 

 

 「てめぇ、味方を撃つとかついに気でも狂ったか!? 何考えてやがる!?」

 

 「ち、ちがっ……あたしはただ、鳴谷慧と分かり合おうと……そうだ、イオなら分かってくれるよね? この静かで何もない世界の美しさも、アニマもザイも同じだってことも」

 

 「ふざけんな!! 大体、変化の無い世界の、どこに面白さがある!? 寝言言ってんじゃねぇ!!」

 

 パァンッ

 

 静かな空間に、イオの張り手の音が響き渡る。だが、彼がライノをぶった左手に感じた感触は人肌の温かみでは無い。無機質なガラスのそれだった。

 どこかへらへらと笑うライノのその姿を見て、怒りと同時に悲しみが込み上げてきた。

 明るい性格も、周囲への気遣いも、社長秘書へのスキンシップも、出会ったあの日自分を守ると言ってくれたあの言葉も、全部嘘だったのかと。

 その瞳には、自然と涙が溢れていた。 

 

 「イ、オ……?」

 

 「------イオ!! ライノから離れろ!!」

 

 不意にゾーイの声が聞こえた。反射的に飛び起きてライノから離れる。彼女もすぐに体勢を立て直すと手近に落ちていたハンドガンを拾おうとするが、その間を数発のガラス質の特殊弾頭が遮る。

 その射手は、左肩にグリペンを米俵の様に担いだゾーイだった。両手でキッチリとサブマシンガンを構え、ジリジリと機体の方へ駆け寄るとグリペンを慧に預ける。

 

 「彼女はもう、壊れてしまった。行こう、これ以上いたら私たちまで飲み込まれる」

 

 「っ……結局、こうなるのかよ……!!」

 

 ゾーイが危惧していたことが、現実に起こってしまった。イオは握り締めたハンドガンに目線を落とす。装填されたガラス質の何かで出来たこの特殊弾頭は、アニマを一撃で黙らせることが出来ると言う、対アニマ用特殊弾。今ここで彼女を撃てば、確かに離陸の障害は無くなるだろう。

 そんな事は理性が分かっていた。だが、本能は違う。

 銃を構える。今度は両手で。弾かれた銃を取ろうと手を伸ばした、彼女の頭に向けて。ど素人でも当てられる距離だ。背後ではようやく目覚めたグリペンが慧を連れてコックピットに乗り込み、離陸の準備を進めている。しかし、イオは結局最後まで撃たなかった。

 

 「これがお前のやりたかった事かよ……見損なったぜ、ライノッ!!」

 

 イオは涙を拭い、ゾーイにハンドガンを返しながらライノに向けてそう怒鳴ると、片手で燃料ポンプの給油口に結び付けてあったスタンドランプを乱暴にひっ掴んではホースを機体から外し、振り向くことなくFALKENに乗り込むとグリペンに続いて離陸を開始した。

 

  

 

 「あはは、そっかぁ……嫌われちゃったなぁ……」

 

 

 

 仰向けで天を仰ぎながら、離陸し上昇する二機を遠目から見つめるライノ。その体の右半分はガラス細工に浸食されつつあり、背後では元々の自分のドーター、F/A-18E ANMが有った筈の場所にはガラスの繭が出来ている。ライノが立ち上がると、ガラス質の繭は内側から弾け、サファイアブルーの外装に紫色の結晶が混じって変わり果てたF/A-18E ANMが姿を現す。 

 

 「でも、大丈夫だよ。イオがあたしを嫌いでも、あたしはイオが好きだから。だからきっと分かり合える」

 

 コックピットを開放し機体に乗り込みながら、自分に言い聞かせるようにそう呟く。

 

 「だから……そんなうるさい世界には、行かせない」

 

 そう呟いた刹那、ライノは空港だった何かから生えて来た航空型のザイと共に離陸し、イオ達の後を追うのであった。

 

 

 ----------------

 

 

 18話冒頭へ戻る。

 

 

 ----------------

 

 

 「-----------なんて顔してやがる、ライノ」

 

 「……え?」

 

 気づけば、ライノは茫々と広がる青空の中にいた。聞き慣れた声にうずくまっていた顔を上げると、わずか数歩離れた距離に飛行服を着た金髪の少年が、肩を竦めていた。自分と同じく、何の支えも無しに宙に浮かんでいる。

 

 「イ、オ……?」

 

 「どうしたぁ? そんな泣きっ面して。お前らしくねぇぞ……と、言いたい所だが、お前はずっと強いられてきたんだよな。笑っている事をさ」

 

 「でも、あたし、イオを殺しちゃった、鳴谷慧も傷つけた……」

 

 「んなもんなぁ、人間同士のぶつかり合いじゃよくある事だっての。いちいち気にすんじゃねぇよ。にしてもさぁ、俺とお前って何だかんだ言って結構似た者同士っていうか……」

 

 「似た者同士?」

 

 「あぁ、誰にも中身を見て貰えないってところがな。自慢じゃないが俺は中学の時、結構な数の女子に告られたことがあるが、全部断ってやった。何でか分かるか?」

 

 「……ううん」

 

 「あいつらが恋してるのは俺じゃなくて俺のこの見た目だったからさ。そりゃ日本じゃ金髪碧眼なんてそうそうお目に掛かれないもんな。で、お前はどうだ? あの根暗ヒョロヒョロ木偶野郎にインプットされたパターンでしか動けなくて、本当のお前自身は誰も知る事は無い……な? 結構似てるだろ?」

 

 「うん……」

 

 「確かに、お前の言う通り人間なんて所詮その程度の生き物なのかもしれない。けどな、生憎俺はダメとか無理とか言われたことはやりたがるタイプなんでな。自分に都合の悪い運命だの天啓だのを、足掻かず諦めてホイホイ受け入れてたまるかっての」

 

 イオはそこまで言うと、一度言葉を切った。

 ライノの両目からは、未だに涙がとめどなく溢れ出している。

 

 「けどあたし、やっぱり自分が何なのか分からないよ……」

 

 「前にも言ったはずだぜ? んなもん自分で決めて良いって。まぁ、そうだな……誰でも無いなら丁度良い、今からお前はライノだ!!」

 

 「結局変わってないじゃん……」

 

 イオのその言葉に思わず突っ込みを入れるライノ。

 しばらくの間沈黙が流れるが、イオはバツが悪そうに頬をかく。

 

 「まぁ、なんだ……お前がいないと、俺も張り合える相手がいねぇんだよ。この前の模擬戦の撃墜数だって負けてるし、パフェ代だって返してもらってないしな」

 

 急に現実的な話になった。

 そのギャップ差に、思わずライノは噴き出す。気が付けば、自身に纏わり付いていたガラス細工は砕けて消え去っていた。

 

 「やっと笑ったな。心から」

 

 「だって、やっぱイオって馬鹿だよ。こんな所まで来てやる事が1000円ちょっとの借金取りなんて、ㇷ゚っ……アッハハハハハハハッ!!」

 

 ライノは腹を抱えて笑った。大声でこの広い青空に響き渡るくらいに遠慮なく、笑った。

 ひとしきり笑うと、イオは上を指さしていた。それに従い彼女も上を向くと、光が差し込み……

 

 

 

 

 『--------なんて声、出してやがる。ライノォ!!』

 

 「え?」

 

 気が付くと、ライノは青い結晶の生えたコックピットの中にいた。どこからともなく聞こえてくる通信からはイオの声が聞こえるが、左右を見渡してもどこにも姿が見えない。レーダーを起動させ周囲を捜査、反応有り、極至近距離、自機の直上。

 

 『どうだぁっ!!』

 

 ライノがゆっくりと真上を見上げると、そこには瑠璃色の塗装が剥げ、クリーム色の本来の機体カラーが露出したFALKENの姿があった。その機体が背面飛行をしながら張り付いている。

 グラスキャノピー越しに映る少年は笑顔で中指を立て、後ろの相棒はやや色味の薄い金色に輝く髪を揺らしながら、どこからともなく取り出したポラロイドカメラでこちらを撮影していた。 

 彼らは、生きていたのだ。

 

 「だって……だってっ!!」

 

 『俺は、超高校級の天才エースパイロット、イオ・ケープフォードだぜ? この俺がミサイルの爆発ごときで死ぬと思っていたのか?』 

 

 「『いや、それは流石に無理があると思う』」

 

 ゾーイとライノが同時に突っ込むと、イオはガックしと項垂れた。機体を操ってライノの真上から横に位置取りを変えながらも、ゾーイがなぜ生き残れたのかをライノに説明する。

 

 『前に社長秘書と先生から伝授された裏技でね。機体の信号をミサイルに落とし込んでリリース、そちらに攻撃を誘導させた後にそちらの機体の電装系をハック、撃墜したかの様に見せかけたのさ』

 

 『で、俺はチャフを撒きつつ爆風に乗ってそのまま飛んでやった。名付けて必殺竜鳥飛びだぜ。決まるかどうかは賭けだったけどな』

 

 イオは冷や汗をかきながらも笑ってそう答えた。

 あぁ、世界にはこんなに面白い人間もいるのか。

 確かに人間の世界は非生産的でうるさくて、汚れきっているのかもしれない。そんな世界にはつまらない人間しかいないのかもしれない。

 けれど、彼がいる。

 慇懃無礼、型破りで自分勝手、でも何だかんだ言って面倒見の良い、金髪の少年。

 そんなごく一部の例外だけでも守る事こそが、自分のやるべきことであり、やりたい事だと、改めて認識できた。

 だからあたしは、まだあっちに行く訳にはいかない。

 

 「そっか、そうだよね……」

 

 ライノが呟いた刹那、サファイアブルーの輝きが一層強くなり、機首周りや尾翼を覆っていた紫色のガラス細工が内側から弾け飛んだ。

 コックピット内を侵食していた青いガラスの結晶も同時に姿を消し、いつの間にか晴れた青空にF/A-18Eでもザイでも無い、新たな存在が誕生する。

 

 

 「あたしはライノ、ただそれだけの女の子!!」

 

 

 コックピット内でそう宣言した少女の瞳は右目こそ紫色に変色していたが、確かな自信に溢れている。変色したFALKENの横を悠々と飛ぶ青紫の機体は、並んで中国本土を離脱しようと青空へ向けて飛翔した。 

 

 




と言う訳で救済完了。あとは仕上げだけです。

本編でも正面からぶつかってくれる馬鹿がいてくれれば、自分自身を見てくれる人がいれば、ああはならなかったんじゃないかと思いこの作品を書きました。




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25話 ライノ・デストラクション Ⅱ

これにて一件落着!!

話数も何気にキリの良い25話ですね(笑)

それでは、後半をどうぞ!!


 中国本土を姿の変化したライノと共に飛ぶ事数十秒、脅威警告が鳴り響く。

 戦術マップに新たな敵反応多数。その数およそ15機前後。

 FALKENの方は弾薬には若干の余裕はあるが、パイロットの気力が尽きかけていた。無理もない、既存の航空機の常識を超えた連続したハイGマニューバは、着実にイオの体力を削っていたのだ。既に操縦桿を握っておらず、制御をゾーイ任せにしている状態である。

 

 「クソッ、これ以上は流石にキツイぜ!!」

 

 『大丈夫、あたしに任せて!!』

 

 直後、動いたのは青紫色の輝きを放つドーター、いや、もはやドーターの枠を超えた何かと化したライノだった。機体後部の変質したザイ由来の可変式スラスターノズルは失われておらず、高速で機体をその場で反転させると機首を180度後方に向ける。そのスピードたるや、人間が中に乗っていたらGで潰れかねない程だ。

 すぐさま迎撃に向かったライノは主翼に備えられたガラス質の何かで出来た大型弾頭を四発一斉発射、空に紫色の花を咲かせる。空中で同時に炸裂したそれは、クラスター弾だった。無数のガラスの礫が航空型ザイに降り注ぎ、その機体を穴だらけにする。

 

 「すげぇ、クラスターミサイルかありゃあ?」

 

 『ゴメン!! 三機抜かれた!!』

 

 感心するのもつかの間、クラスターミサイルを低高度に潜り回避していた三機がFALKENに接近、ゾーイも回避行動を取ろうとするが、イオに負担を掛けない様最小限の動きしかできないでいた。これ以上のマニューバはいくら彼でも持たないと思っての行動だったが、それにも限界があり背後を取られた……そう思った直後だった。

 何処からともなく降り注いだ三本の赤い剣が、後方の三機のザイを瞬間で蒸発させたのだ。爆散し、落ちていく三機を見て安堵しつつも、イオの目は驚愕に見開いていた。

 

 「今の光はTLS!? コイツ以外にも付いてる奴がいるのかよ!?」

 

 「レーダーには反応無し……恐らく有効距離ギリギリから当てているね。この隙に離脱しよう」

 

 見覚えのある兵器に助けられつつも、今はその正体を探りに行っている場合では無かった。今のは第一波を凌いだに過ぎず、後方からはまだ後続が迫っている。

 ゾーイは一刻も早く中国本土を飛び去ろうと、ライノがこちらに戻ってきたことを確認するとアフターバーナーを吹かしてその場を去るのだった。

 

 

 ------------------------

 

 

 『父よ、ターゲットが違うようだが?』

 

 言われた通りに狙撃したとはいえ、本来自分たちにとっては敵である相手を助けたことに疑問を持つムニンは、訝しげに編隊の中央を飛ぶ自機と同型の、しかし全体が血塗られた赤いガラスで覆われたキャノピーの無い機体に向けて言い放つ。

 返って来たのは、男の愉快そうなおどけ声だった。

 

 「ギャハハっ!! あれぇ? そうだっけぇ?」

 

 『フギンも納得いかな~い!! アイツは私たちの敵なのに~!!』

 

 「ま、良いんじゃないの? お楽しみは後に取っておくってことで。それに、あっちが生き残った方がこの先面白いよ~」

 

 『面白い? 父よ、それはどういう意味だ?』

 

 「いずれ分かるよ、いずれね」

 

 男は機体に搭載されたAIに操縦を丸投げにし、全周囲モニターに囲まれた空間でくつろぐと、いくつかの画像データと、手持ちの大樹の様な線が描かれたガラス板と照らし合わせる。

 

 「まっさかあの状態で人類側に付くたぁ驚きだ。いや、人類側と言うよりはアイツ側、かな?」

 

 男の知る限り、青い雀蜂は遅かれ早かれ味方の手で始末される結末しか見えていない。そのいずれもがザイによる浸食を浴びて飲み込まれての事だ。ある時は体内に埋め込まれた爆弾で機体ごと自爆させられて吹き飛ばされ、ある時は味方機に撃墜され、そして()()()はこの中国本土上空で赤き有翼獅子に撃墜されていた。

 だが、今回は違う。

 青い雀蜂はその形状をザイに寄せながらもザイとしてでも兵器としてでも無く、もっと別の何かとして独立したのだ。こんなパターンは初めてだった。

 

 「名付けるなら新たな時代に生きるアニマ……『ノヴァ・アニマ』ってとこかねぇ」

 

 続いて画像データを見る。写っていたのは所々のガラスが剥がれ落ち、ドーターでもザイでも無い何かと化したF/A-18の画像だ。尾翼には、ある男がまだドーターとなる前のその機体に乗っていた頃のエンブレムであった剣を咥えた鷹のエンブレムが飾られている。

 男は何かを理解すると、ガラス板を手で叩きながら一しきり大笑いした。

 

 「そうか、そう言う事か!! お前が幸せの青い鳥(イレギュラー)か!!」

 

 男が長年探し求めていたもの。この無限ループを終わらせる鍵。その一つが、誕生したのだ。

 

 「見せて貰おうか、人類。世界がどう動くのかを、さ」

 

 

 -----------------

 

 

 那覇基地 

 

 

 応援としてイーグルとファントム、そして日本の最後のアニマであるバイパーゼロを引き連れて戻って来た慧とグリペンの支援もあり、イオとライノは無事中国本土を脱出することが出来た。暴走したブロウラーもライノが命令を一部上書き(オーバーライド)する形で無力化、自爆させることで全滅させた。中国本土への上陸作戦は失敗に終わったが、ダメージは最小限に抑えられたと言って良いだろう。

 見た目が大幅にザイ寄りに変わったせいでライノは最初イーグルとファントムに撃たれそうになったが、どうにかしてイオとゾーイが阻止した。

 操縦桿を握る気力もないイオはゾーイに着陸までを全て任せ、タラップが取り付けられて機体を降りるや、すぐにライノの元へと向かった。

 タラップを駆け上がり、着陸後も中々開かないコックピットハッチを叩く。

 

 「おい、ライノ!! 降りてきてくれよ!!」 

 

 その後は一瞬だった。装甲ハッチが展開し、その下のキャノピーが一瞬だけ半開きになったかと思うと、イオはその腕を掴まれ一瞬にしてコックピットの中に引きずり込まれ、またハッチを閉じられた。抵抗するだけの余力が残っておらず、か細い彼女の腕にあっさりとだ。

 軽い悲鳴と共に転げ落ちる形でコックピットに乗り込まされたイオの顔面に、何やら柔らかい感触が直に伝わる。

 

 「やーっと、二人きりになれたね」

 

 「!?!?!?!?!?」

 

 イオは自分がライノに抱きしめられている事に気が付いた。視線を上げれば、右目が紫色に変色してこそいるが、えくぼの愛らしい少女の顔が見える。その瞬間、意識してしまった。両頬に当たる柔らかい感触は彼女の胸だ。それも、何故か作戦前に着ていたはずのボディスーツ越しでは無く、直の。

 流石に色々まずいとジタバタともがくが、疲労困憊の彼の体で振り切る事など叶わなかった。

 

 「おまっ、何で裸!?」

 

 「んー? 何か気づいたらこうなってたよ。あたしがあたしだと意識したその時からね~」

 

 そう答えながらもライノは抱擁を解かない。彼女の鼓動の音が、肌の温度が、直に伝わる。同時に自分の鼓動が早鐘を打っているのが嫌でもはっきり聞こえてくる。

 疲れからか、それとも不思議と安らいでいく心からか、自然とイオは抵抗せずただされるがままの状態になっていた。

 

 「あたしね、ずっと待ってた。ウィリーのプログラムとしてでも、ザイの残骸でも、ボーイング社の戦闘機でも無い、あたしを見てくれる人を」

 

 「……ゾーイから聞いたぜ。お前ずっと禁止事項だらけの思考停止された状態だったんだってな」

 

 「うん。まぁ、人間があたしにそうしたい気持ちは分かる。誰だって分からない事は怖いんだ。知らない事は怖いんだ。だから、自分の手の届く範囲に置こうとしたんだよ。自分たちが安心する為に」

 

 確かに合理的思考の上では兵器に感情など不要だろう、動作不良を起こす要因などもっての外だろう。もし怒りの感情を抱いて人類に反感を抱いたらどうなる? もし悲しみの感情を抱いて戦う事を放棄したらどうなる? 答えは明白だ。分からない。

 未知ほど恐ろしい物を、ザイによって滅亡の危機を迎えている人類が抱えている余裕は無かった。だから米軍は

鹵獲品、それも未知のテクノロジーの塊とも言え、暴走の危険性もあり得る彼女に相応の安全策を必要と考えた。人間に危害を加えない事、人間の命令に服従する事、そして自らを守る事─---その他色々と。

 皮肉にもそのリミッターこそが彼女の自我の育成を妨げ、ザイの浸食による暴走に走り掛けた訳だが。

 

 「それでもイオは手を伸ばしてくれた。自分ですら自分が何なのか分からないあたしに、ライノと言う一人の女の子になれば良いんだって言ってくれた。最初は意味分からなかった。でも、嬉しかった」

 

 「俺は大したこと言ったつもりはねぇよ。生きてる奴ってのは、自分が何者なのか死ぬまで探し続けるのさ。だから俺は俺、っていう今の自分の場所が分からなきゃ、進む事も戻る事も出来やしねぇだろ?」

 

 「作られたあたし達でも、それ適用されるの?」

 

 イオの語る人生論に、ライノは首を傾げる。

 姿形は少女でも、やはり彼女らの本質は対ザイ用無人戦闘航空システム、ドーターの頭脳となるべくザイのテクノロジーを使って生み出された存在、生体CPUの部類に過ぎない。

 イオは少し返答に困るが、うずめていた体を起こして彼女をそっと抱き寄せるとこう告げた。

 

 「確かにアニマは作られた存在かも知れねぇ、けど、今ここに()()()()はいる。違うか?」

 

 「……うん」

 

 要するに、自分で自分を認識したのなら、それはもう道の始まりに立っているという事だ。ここから歩んでいく答えのない毎日、ただ過ぎてゆく時間。それらがどう彼女を変えていくのかは誰にだって分からない。けれど、それすら楽しんでしまえばいい。種全てにその余裕が無くとも、個だけなら未知はまだ楽しめる物の筈なのだから。

 

 「前にあたし、個体個体では生きていけないって言ったけど、個を失ってもダメなんだよね。あたしがあたしでいられなくなっちゃうから」

 

 「あぁ、だから俺達はこの世界に叩き付けてやるのさ。俺は俺だっていう証をな」

 

 「じゃあさ、イオ……」

 

 そう呟くや、ライノは素早く体勢を入れ替えた。今までは自分がシートに座っていたが、今度はイオがシートに座り、その上に一糸纏わない彼女が覆い被さる形になる。イオ見てまるで猛禽類のような笑みを浮かべるライノの姿に彼の全身にゾワリと走る悪寒が、何かの危機を全力で伝えているが脱出手段は無いに等しい。自分や慧が同乗するグリペンやFALKENとは異なり、通常のドーターには物理的な脱出レバーなど存在しないのだ。つまり、彼女の制御でしかこのハッチは開かない。

 自分の有利なポジションを確保するや、ライノはとろんとした目を上目遣いにしてイオを見つめる。

 

 「今あたしがここにいるっていう実感、イオがあたしに叩き付けてよ」

 

 「おまっ……そう言うのはマズい……っ!! つか意味が色々違う!!」

 

 「そうは言いつつ体は結構正直だよ~。ホラホラ」

 

 「こ、コイツはほら、アレだ。疲れてるだけだっての……」

 

 「あたし……女の子としての魅力無い?」

 

 「そりゃぁまぁ、無い訳じゃねぇ、寧ろあると言いたいが……」

 

 あぁ、逃れられない。現実は時として残酷である。

 

 「あたしを女の子にした責任はちゃ~んと取ってもらうから。もう離さないからね~、あたしの王子様!!」

 

 その時のライノの笑顔は、鮮明にイオの脳裏に刻み付けられる事となる。

 

 --------------------------

 

 イオが引きずり込まれてから一向に出てこない、呼びかけにも応じないライノの内部の様子を探るにあたって、有効な手段はいくらかある。搬送波を加えたレーザによる盗聴はその代表格だろう。人間が話すと空気が振動する。その振動はガラス窓、ひいては装甲板にも伝わるのだ。その振動をレーザで拾い、反響情報から音声に復調すると密閉された空間での密談でも外から筒抜けだ。もしかしたら何か面白い情報が拾えるかもしれないと、ファントムはお手製のレーザ盗聴器を青紫の機体の装甲コックピットハッチに向けて照射した。右耳に備えた小型イヤホンに耳を傾ける。聞こえてきた音声は、このようなものだった。

 

 「じゃあ……もうちょい体寄せろ」

 

 「こ、こう?」

 

 「あぁ、良い感じだ。しっかしこうしてみると意外と狭いな……」

 

 「そう? あたしはイオが近くに感じられて嬉しいけど?」

 

 ボフンッ、とファントムの頭がオーバーヒートを起こした。まさか、こんな所で? ドーターのコックピットの中は全周囲モニターだからそれを利用しての疑似野外プレイとかそういうアレですかいやしかし初心者にそれは色々とハードが高過ぎるのではと言うかそもそもあの二人はまだ未成年で片やゼロ歳児―――――――

 

 「お、おい、あんま体揺するな!! 暴発しちまうだろうが!!」

 

 「良いじゃん、そしたらまたやればいいんだし」

 

 (ぼ、暴発っ!? それにまたって……)

 

 続いてガタガタと何かが揺れる音が聞こえ、どんどん妄想が加速する。あの狭いコックピット内で二人がどういう風に絡み合っているのかの構図が次々と巡っては消えを繰り返し、ファントムの思考容量をいとも簡単にこそぎ落としていく。頬が熱を持ち赤くなっているのが自分でも分かる。なまじ長生きしすぎると(仮想上ではあるが)下手に知識が詰め込まれている分無駄に想像力豊かになる物で、その結末は容易に想像がついていた。

 

 「不許可です……不許可ですぅぅぅぅっ!!」

 

 妄想が爆発し、顔を真っ赤にしたファントムはすぐ傍にある自身のドーターに乗り込むとレーダーポッドを起動、目の前の青紫色の機体に向けてレーダー波を最大出力で照射、その中に機体制御を乗っ取るウイルスプログラムを大量に混入させ、強引に機体のハッチの開閉信号を認識させる。

 機体のハッチが開いていくのを確認すると、ファントムは自身の着ていたフライトジャケットを握り締めてタラップを駆け上がる。

 

 「あ、あなたたち!! こんなところでな、何をする気です……か?」

 

 「は?」

 

 しかし、解放されたコックピットの中では上着を脱いだイオと、彼の物であろう上着を羽織ったライノが座席でお互いに身を寄せ合って写真を撮っている所だった。どうやら今まで身に着けていたロケットがどこかに行ってしまったらしく、その代わりとなる物を作っていたのだと言う。

 ライノは頭上を見上げてファントムと目が合うと、イタズラそうな笑みを浮かべた。

 

 「どーしたの? そんなに顔真っ赤にして? あぁ、分かった~、さてはあたしたちの事を盗聴してエッチなことを想像したんでしょ~? 悪い人だなぁ~」

 

 「ち、違います!! 断じてそのようなことを聞いては……」

 

 「あっれぇ~? 想像したことは否定しないんだ~? 耳年増って奴だね~」

 

 「っ~~~~~~~!! もうっ、知りません!!」 

 

 ファントムはイオをキッと恨めし気に睨むと、手に持っていたフライトジャケットを叩き付ける様にして放って寄越し、「早くそれを着て機体を降りなさい!!」とだけ告げると顔を真っ赤にしながら足早にタラップを降りて行った。その一連の流れを遠目から見ていたリューコは、リンゴジュースのパックを片手にカラカラと笑う。

 

 「やれやれ、策士策に溺れるとはこの事じゃのう……ま、話を聞いた限りしばらく儂も蜂娘のターゲットから外され――――――」

 

 「ごめんねぇ~!! 社長秘書殿~!! やっぱ社長秘書殿は生で頬ずりするのが一番だよぉ~!!」

 

 「げげぇっ!? お主いつの間に――――――ギィヤァアアアアアアッ!!」 

 

 いつの間にか機体を降りていたライノの接近に気が付けず、全力で頬ずりをくらわされ、那覇基地にリューコの悲鳴が響き渡った。

 彼女がライノの頬ずりのターゲットから外れるのは、もうしばらく先の話になりそうだ。

 振り解こうともがくリューコにしがみつくライノに、声を掛ける人物が一人。

 

 「全く騒々しいな……ここにいたのか、ライノ」

 

 「あ、ウィリー……」

 

 「ほぉん、誰かと思えばDARPAの木偶か。今の気分はどうじゃ、大戦犯殿?」

 

 やっとの思いでライノの拘束から逃れられたリューコは、一つ咳払いしてからシャンケル博士を煽り立てた。ファントムが入手した情報によれば、先ほどの戦闘でライノの暴走未遂やブロウラーの暴走により軍が多大な損害を被った事の責任を取らされ、近々軍事裁判に掛けられる予定らしい。彼女はざまぁ見ろと言った具合に舌を出す。この暑さのせいか、それとも自分の未来を想像してか、シャンケル博士は普段よりも角度の付いた猫背の姿勢で意気消沈としている。

 

 「わ、分からない……我々の発明は成功する筈だったんだ。ライノに至っては自信作だった……なのに、どうして……」

 

 「それはな、ウィリー。貴様がアニマが何なのかを分かっていないからだ」

 

 何処からか替えの服の入ったビニール袋を持った八代通が、ライノにそれを手渡しながらシャンケルの質問に答えた。

 

 「お前はアニマの事をプログラムか何かだと思っている。馬鹿野郎が、こいつらがそんな単純な存在であるものか。お前は生き物脳を1から10まで綺麗に解析できると思っているのか?」

 

 「……ふ、不可能だ。しかし……」

 

 「しかしもこけしもあるものか。ザイのコアをコンピュータとしてしか見れないお前には、アレの本質が分からなくなっているのさ。こいつらは洗脳じゃなく、あるがままでを受け入れ、教育や対話で俺達の味方にしていかなくちゃならない。丁度、あの坊主の様にな」

 

 そう言って八代通は、こちらを見るとずかずかと歩み寄ってくる金髪の少年を見据えた。イオは鬼気迫る形相でシャンケル博士の白衣の襟を掴むと、身長差があるにもかかわらず自分の顔面の近くにその顔を引き寄せる。

 

 「テメェだな? ライノに余計な物を仕込んでいやがったのは?」

 

 「し、仕方がないだろう。彼女は唯一ザイに対抗できる兵器だ。だが憐れな事に人類から見れば敵の鹵獲品であることに変わりはない。その力がもし我々に牙を剥いてきたらどうする? Gを考慮しなくていいアニマに、人類が勝てる訳が無いだろう? 誰もがそう考える。だから我々は安全策として――――」

 

 「あぁ、言っておくがウィリー。その坊主はこう見えてアニマの加護無しでドーターに勝っている凄腕だ。シミュレーター上とは言えな」

 

 「ば、馬鹿な……あの男以外の、こんな凄腕がティーンエイジャーだと? 有り得ない」

 

 「それが有り得るんだな。そういう訳だ博士さんよ。あんまり人類舐めんなよ? もしこいつらが暴走したら俺が止めてやる、何度だってな。それからもう一つ」

 

 イオはシャンケル博士の白衣から手を放すと、彼を睨み付けながらライノの肩に手を置き、一呼吸おいてから付け加える。

 

 

 「()()()を憐れむ奴は、半殺しじゃ済まさねぇぞ?」

 

 

 10代の少年とは思えない只ならぬ気迫に押されるシャンケル博士、ワーオと口笛を吹くリューコにどこか笑いつつもこめかみを押さえる八代通、そして今にも沸騰して蒸気が出そうなほど顔が赤くなったライノの横を通り過ぎると、軽く手を振ってから基地の宿舎へと向かっていった。

 そして、汗にまみれた衣類を脱ぎ捨てシャワールームに籠もると、ぽつりと一言呟く。

 

 

 「やべぇ、やっぱ超恥ずかしい……」

 

 

 改めてつい先程勢いに任せて言ってしまった言葉の意味を吟味し直して、イオは壁に頭を打ち付けるのであった。どうやらまだ齢17歳の少年がカッコつけるには、まだ早かったらしい。

 

  




勝った!! 第三部、巻!!

と言う訳でライノ救済までの一括りでした。
彼女をヒロインとする以上、誰しも通らなければならない鬼門。自分はそれを正面からぶつかり合わせる事で潜らせました。

そして新たに加わった(と言うより変化した)ザイ化した機体、あれ、そのまま使ってみたいですよね?



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エピローグ お騒がせ? 軍事機密

日常? 回 

都合により最終回となってしまった……




 「慧、後ろに付かれた」

 

 「分かってる!! 何なんだあの速さは!? もうザイその物じゃないか!!」

 

 海上の低高度でグリペンの後方から迫る青紫の機影。全身を紫色のガラスで覆い、変質した可変式スラスターノズルを用いて旋回戦では有利を取られ、全く振り払える気がしない。そして、オープンになっているチャンネルからはロックオンアラートと共に軽快な音楽が鳴り響く。

 ミサイルが発射される前に急降下してブレイク、照準を外させたが既にこちらの高度は海上ギリギリだ。

 

 『ぐっ……おおおっ!?』

 

 『もう鬼ごっこじゃ負けないよ~!!』

 

 左右に機体を振り、フェイントを繰り出すグリペンの動きに超反応で追従する青紫色のスーパーホーネット、いや、今のペットネームはシンホーネットだったか。何でも、日本語の「新」と「罪」の英語読みの「SIN」を掛けたダブルミーニングらしい。通信から聞こえてくるライノの声は前よりも明るく、一方その後ろに乗せられているイオは慣れていない機体のせいか完全に振り回されていた。勝機があるとすれば、そこに賭けるしかない。

 

 「ミサイルの照準、出来るか!?」

 

 「流石にこの距離だと……厳しい。もう少し近づかないと」

 

 「近づく? ライノにか?」

 

 背後を取られている以上、ミサイルの誘導に必要な距離は向こうの方が少ない。しかし、そもそも相手はこちらがミサイルを後方に向けて撃てることを知っている。手の内を知っている相手が、こちらの減速に合わせてそうそう接近を許すとは思えない。減速性能も相手の方が上なのだから。距離を詰めないで射程圏内に入れるなんて……いや、

 

 「出し惜しみはしない!!」

 

 慧は操縦桿を一杯引くと機体を急上昇させた。それから反転し、ライノとヘッドオンで向かい合う。イオの単純な性格を加味すれば、この動きには乗っかってくるはずだ。

 

 『正面からやり合おうってか? 面白れぇ、チキンレースだ!!』

 

 案の定乗って来た。操縦技術は高いくせに挑発には乗せられ易い単純な性格なのは友人である自分が分かり切っている。機銃を撃ちながら正面から交差する二機。シンホーネットの尾翼が、グリペンの胴体を掠る。本当にチキンレースのつもりだったのだろう。ギリギリすぎる。

 そのまま再び急上昇、シンホーネットは可変式ノズルを生かして信じられない速度でその場で機体の向きを180度変え、こちらを追ってくる。そうだ、それでいい……っ!!

 

 「慧、捕捉される」

 

 確かにこちらのスピードが落ちた分、速度の勝る相手に距離を詰められるのは分かり切っていたことだ。だがお互いにまだミサイルのロックオン圏内じゃない。

 とは言えそんなものは一瞬で詰められる。だが、あの機動力自体は驚くものじゃない。社長秘書戦で見慣れている。

 距離が近づく。使うなら今だ、本当なら社長秘書に一泡吹かせる為にとっておいたあの戦法を、ここで試す。この勝負には、負けられない訳がある。

 

 「慧!!」

 

 「ミサイル1をリリース!! イオの目の前に落とせ!!」

 

 混乱が伝わるも、グリペンは指示通りミサイルを発射では無くラックから切り離し投下した。重力に従い落ちてくるミサイル。シンホーネットもミサイルを放って空中炸裂させて迎撃するが、その奇抜な攻撃方法は流石に予測していなかったのか、爆炎から離脱する機体の動きの精細さが一気に欠けた。

 そのまま急反転して追撃、グリペンがロックオンを行い、引き金を慧が引く。放った機銃弾がシンホーネットに命中し、爆発を起こす。勝てた。しかもFALKENより速い機体に乗っているイオに。

 

 「やった!!」

 

 『気を抜くでないわ、小僧』

 

 しかし、問題の社長秘書の声で一気に現実に引き戻される。爆発の中から青紫色の機体が姿を現した。撃墜判定は下されていなかったのだ。試合続行。装甲表面から煙を吹いてはいるが、ダメージには至っていない。そんな、どうして……

 

 『爆発反応装甲(リアクティブアーマー)、っぽい何かじゃな。ありゃあ機銃弾数発当てたくらいでは沈められんぞ』

 

 「何だよそりゃ!?」

 

 「あんなの、反則」

 

 聞いた事ぐらいはある。本来なら戦車に搭載されている筈の追加装甲の類だ。2枚の鋼板(ライノの場合はガラス板か?)の間に爆発性の物質を挟んだ構造をしており、爆発反応装甲に敵弾が命中すると、爆発反応装甲が浮き上がり、敵弾の爆発が分散されて本体の装甲には傷が付く程度にダメージを下げる物である。

 そんな代物がよもや戦闘機に搭載されているとは…… 

 

 『今度はこっちの番!!』

 

 「……なーんてな!!」

 

 しかし、直後アラートが鳴り響いたのはライノの方だった。慧が後詰めで放っていたミサイルが、グリペンの制御でわざわざ遠回りしてから時間差でライノを詰めに来ていたのだ。

 ギョッとしたのか機体が捻じれんばかりの急機動を繰り返して射線から逃れようとするライノ。イオの方は大丈夫なんだろうか、心配になるほどの機動性だ。

 だが、どれだけ早い機体だろうと、往々として戦闘機はミサイルより早く飛べない物だ。それがザイだとしても、ザイ由来の何かだとしても変わらない。

 

 『コックピット直撃は無しだろぉ!!』

 

 ミサイルが着弾する刹那、イオの悲鳴が響き渡り、シンホーネットに撃墜判定が下されて慧達は勝利した。

 

 

 -----------------

 

 那覇基地 格納庫

 

 

 「火力が足りねぇんだよ!! FALKENみたいな火力が!!」

 

 模擬戦闘から帰ってきたイオは、シンホーネットの想定外の機動性に翻弄され、体をふらつかせながらも降りてから開口一番そう叫んだ。

 これまで模擬戦では一度も慧に負けた事の無かったイオだが、ここ最近、最弱の地位から脱却しつつある慧とグリペンのペアに初めて黒星を付けられたのが余程悔しかったらしい。

 とは言え、今までファルケンにしか乗ってこなかったイオにとっては、通常のミサイルと機銃しかない戦闘機の火力では物足りない状態だった。長射程、一撃必殺の攻撃力を持つTLSの有無はかなりの差だったのだろう。

 

 「鳴谷慧もグリペンも強くなったよね~」

 

 「そうだ、ライノォ!! あの時俺にかましてきた板野サーカスもびっくりのマイクロミサイルはもう出せねぇのか!?」

 

 「いやー、何と言うか、反応装甲もだけど気が付いたらあるって感じで、あたしでも良く分かんないんだよね~」

 

 あはは、と笑いながらも頬をかくライノ。本人曰く、爪や髪の毛が伸びるのと同じ感覚なんだとか。その服装は以前までの物とは全くの別物で、上はキャミソールをインナーに左右で袖の長さが違う薄手のオフショルダー、スカートの丈は中央で分割され左右で長さが違うアシンメトリータイプで、レザーのブーツを履いており、紫色に変色した右目を隠すように眼帯が宛がわれている。所謂パンク系ファッションと言う奴で、その手にはポータブルプレイヤーが握られている。

 

 イオ達はここ数日は那覇に入り浸っての防空の任や変質したライノの模擬戦でのテストを行っていた。MS社からはメンテナンススタッフとドーター二機が、現在この基地に残されている。それも明日までの話で、明日の昼にはここを去るのだが。

 ちなみにライノの処遇だが、どうやら社長秘書と社長の徹底された根回しにより、最終的には『暴走の危険を孕む試作機の運用実験』なるお題目で、アメリカへのデータの提出を条件に向こうしばらくはMS社に置かれることになったそうだ。それから、DARPAをクビになったシャンケル博士はデミ・アニマ技術に関わった者としての知識を買われ、MS社で雇用する事になったらしい。とは言え、アメリカの事務所での勤務らしいので、実際に顔合わせする事は無さそうだが。

 

 ちなみにイオが生まれ変わったスーパーホーネットことシンホーネットに同乗していた理由は、以前と異なり『イオが近くにいる程ライノの動作安定性が増す』様になったらしいからである。

 どうやら中国本土でライノが自身に施されたリミッターから解き放たれてから、色々と変わったようだ。

 

 「ったく、機動力は信じられないくらい軽いんだけどな~、あ~っ!! やっぱり火力が足りねぇ!!」

 

 「俺達の勝ちだぜ、イオ」

 

 「約束は果たしてもらう」

 

 頭をワシャワシャとかきながら叫ぶイオに、機体から降りて来た慧とグリペンが声を掛ける。今まで自分より下だと思っていたが、今日初めて黒星を付けられた。

 目を輝かせるグリペンに対し、イオはちくしょうと呟くと、封筒を取り出して手渡す。

 

 「約束は約束だ、これで何でも好きな物食って来やがれ!!」

 

 「こ、こんなに沢山……」

 

 グリペンは万札が数枚と飲食店の割引クーポンが入っているのを確認すると、今すぐ行こうと口の端から涎を垂らしながら慧の首根っこを引っ掴んで引き摺る勢いだ。社長秘書の計らいで、慧がイオに那覇での待機任務中に一勝でも勝てたら慧に、守り切ればイオにお小遣いを出すという勝負事をしていたのだが、よりによって最終日に打ち破られたのだ。

 慧はグリペンに分かった分かったと、一度落ち着かせると、二人揃って格納庫を後にする。

 

 「ごめんね、イオ。やっぱりあたしよりゾーイの方が良いよね?」

 

 「だから気にすんなって。そりゃ慧の奴に負けたのは悔しいけど、お前と合わなかったからじゃねぇよ」

 

 確かにシンホーネットは今まで乗って来たFALKENとは運動性能が桁違いに高く、操作感覚も全くの別物だ。ライノによる補正が無ければイオが操縦する事もままならないだろう。とは言え、不思議なことに慣らし運転もせず戦った割には妙にしっくりと来てはいたのだが。

 イオはライノの頭をそっと撫でてやると、ドーターの入った格納庫を後にしてその奥の静かな空間へと向かう。

 そこには誰が置いたのかドラムセットとキーボード一式と、ラベンダーパープル色の装甲を持つ所々にチューニングが加えられたF-2Aが鎮座していた。

 バイパーゼロ、日本における四機目のドーターにして、イーグルの元同僚。聞けば、社長秘書とはメル友らしいが、極度の恥ずかしがり屋で人見知りのせいか、ここ数日その姿を見た事は無い。

 

 「ちょっくら借りるぜ」

 

 イオはそう言うとドラムセットに座り込み、ステックの具合を確かめてから演奏を始めた。隣の格納庫は整備中で今でも喧騒が響き渡っているおかげで、ここでなら音漏れも気にせず叩ける。この基地にいる間のイオのひそかな楽しみだった。譜面は必要ない、イオは感情の赴くがままに旋律を刻んでいく。

 ひとしきり演奏が終わった後、汗だくになっていたイオは差し出されたタオルを受け取るとそれで汗を拭った。程よく濡れていて、稼働していない格納庫特有のひんやりとした空気も相まって気持ちが良い。……ん?

 

 「あれ? 俺一人だったよなぁ……?」

 

 辺りを見回すが、人らしき影は見当たらない。しかし、手渡されたタオルには僅かながら人の手の温もりを感じた。間違いなく人の手で渡されたものの筈だが、渡したであろう人物がどこにも見当たらない。何度見てもこの格納庫にあるのは、ラベンダーパープルのF-2Aと、積み上げられた弾薬箱だけ。

 悪寒が走った。まさか、本当に幽霊――――――――

 

 「ここにいたか、臨時隊員(パートタイマー)

 

 そんな事を考えていると、いつものホワイトロリータファッションに身を包んだ灰色髪のアニマ、リューコに声を掛けられた。その愛くるしい見た目からは、彼女を現時点で最強のアニマだとは誰もが思わないだろう。リューコは、フンと鼻を鳴らすと、

 

 「小僧に負けた憂さ晴らしか? まぁ、憂さ晴らしするなとは言わんがあんまりサボると監督の立場上、儂もお主を減給せざるを得なくなるぞ?」

 

 「それよりも社長秘書!! この格納庫絶対幽霊いるって!!」

 

 「ほぉん。お主、意外と幽霊嫌いか? そんなもの居る訳が無かろうが」

 

 小馬鹿にしたように笑うと、リューコはポーチから携帯を取り出して何か文字を打ち込んでから送信、すると程無くして積み上げられた弾薬箱の影辺りに何かが動いた気配を感じた。

 イオは一層その身を震わせるが、リューコはその方向を見ると呼びかける。

 

 「出てこい、バイパー。安心してよい、こやつは儂の部下じゃ」

 

 呼びかけてから数秒後、弾薬箱の影からひょっこりと少女が姿を現した。非常に派手な服装だった。フリルのあしらわれた姫袖のワンピースと厚底のブーツ、背は低く小学生ほどで髪はやや紫がかった灰色髪で……え?

 

 「いたぞぉ!! いたぞぉおおおおおおおおおっ!! ……って、社長秘書が、二人!?」

 

 本当に幽霊がいたと思い、今にもチェーンガンをバックから出しそうな勢いのイオだったが、改めてその正体を見て目を丸くする。服装こそ違うが、そこにいたのは今しがた目の前にいる筈のリューコと髪の色以外瓜二つの少女だった。とは言え、僅かに髪が紫がかっているくらいでパッと見では完全に同一人物と見紛うほどだ。強いて他に違いを挙げるなら、リューコの様な自信に満ち溢れた笑みを携えていないくらいであろう。   

 

 「お主にはバイパーが儂に見えるのか?」

 

 「あ、あぁ……って、え? 社長秘書がバイパーゼロでバイパーゼロが社長秘書で? え?」

 

 混乱に陥り、頭を抱えるイオ。

 それを見かねてか、リューコの姿をしたバイパーゼロが携帯のメモ帳を起動させると、そこに何やら書き込んではイオにそれを見せる。

 

 『私のEGG波はとても不安定。材料となったザイのコアが不完全、もしくは損耗が酷かった等様々な要因が考えられる。人間が私を見る時の姿は千差万別。私の明確な本質を並の人間が捉えることが難しい為、相対した人物の心象風景にある人間を具現化しているものと思われる。私の本来の姿を認識出来るのはリューちゃんやイーグル等の同じアニマだけ』

 

 「まぁ、要するにお主の場合は単純じゃから記憶に新しい儂に見えておるんじゃろうな」

 

 どうやら何か複雑な事情の有るアニマの様だ。

 しかし、こうやって並んで立たれると服装が同系統な事もあって本当に見分けが付かない。リューコ曰く、髪の色が僅かに違って見えるのは、深層意識のどこかでは違いを認識しているかららしい。

 バイパーは再び何かを打ち込むと、イオにそれを見せる。どうやら筆談でしか会話しない主義の様だ。

 

 『驚かせてしまってごめんなさい。でも、あなたの演奏は聞いていて心地が良かった』

 

 「アマチュアのアドリブだけどな。と言うか、もしかして初日からいたのか?」

 

 『YES』

 

 参ったな、とイオは苦笑いを浮かべる。ずっと観客がいた事には全く気が付かなかった。それに、自分の演奏も付け焼刃の二つ覚えのそれで、プロと言う訳でも無く拙かったはずだ。そんな自分の演奏を心地よいと言われ、イオはどこかむず痒い気持ちになる。

 

 『音楽は譜面通りに弾けばいい物では無い。あなたの演奏には感情が乗っている。だから、聞いていて楽しい』

 

 「バイパーは仕事人じゃが、芸術と手芸には特にご執心でな。ちなみにこやつの服は儂がデザインしてやった図面から自作したものじゃ」

 

 どうりで服の系統が似ている訳だとイオは納得した。しかし、彼女のそれはリューコの物よりもさらに派手だ。恥ずかしがり屋と聞いていた割には随分と恰好は派手好きの様である。

 

 『リューちゃんからあなたの事は色々と聞いている。アメリカのアニマをザイの同化から救った事も』

 

 「俺は大したことをやったつもりはねぇよ。ただ自分に出来る事をしただけさ」

 

 「無駄じゃ、バイパー。こやつはイーグル並みの単純阿呆じゃからな。議論の展開にはちぃと骨が折れるぞ?」

 

 『構わない。ただ、私はもう少しこの人と話してみたい』

 

 「お主が他人に興味を持つとは珍しい事もあるよのぉ。分かった、臨時隊員(パートタイマー)を一時お主に預ける」

 

 リューコはイオにあんまり長時間サボるなよ? とだけ念を押すと手をヒラヒラ振って、格納庫を後にした。どうやらバイパーゼロがあまり大勢人がいる状況が嫌いなのを知ってか、人払いをしてくれるようだ。

 

 「さて……どこから話した方が良いんだ?」

 

 『あなたがMS社に入る事になってから全部』

 

 「そうだなぁ……じゃ、俺とゾーイ、ライノとの馴れ初めからにするか」

 

 イオは空になった弾薬箱に腰掛けると、これまで自分が過ごして来た事を順序立てて目の前の甘ロリファッションを身に纏ったリューコの姿をしたアニマ、バイパーゼロに話した。

 ザイに父親を殺された事、無理やり初出撃を勝ち取るも醜態を晒した事、出会った初日にリューコの家来にされた事、ファントム主導の特訓で死ぬほど走らされた事、そして中国本土でのライノとの戦闘と、空港の形をしたザイの中で過ごしていた事……話題はまだまだ尽きない。

 バイパーゼロは時折質問を交え、こくこくと可愛らしく相槌を打ちながらイオの話を聞いてくれていた。かなりの聞き上手だ。気が付けば日が沈みかけていた。イオは彼女に礼を告げ、メールアドレスを交換してから別れを告げると、手を振っていた彼女は数秒後には景色に同化するかのようにその姿を消していた。

 

 「プレデターじゃねぇか……」

 

 そんな事を呟きつつもイオは格納庫を後にすると、そこでは相変わらずリューコに頬ずりを食らわせているライノの姿があったが、彼女はこちらを見ると、彼女を抱えたままこちらにすごい勢いで歩み寄り、イオに近づくと鼻を鳴らす。

 

 「すん……すん……他の女の匂いがする」

 

 「なっ!?」

 

 「ねぇ~えぇ~、イ~オ~? 整備で忙しいあたしをほっぽり出して、誰といたのかな~?」

 

 「前言撤回!! プレデターはこっちだ!!」

 

 その後、外出から帰って来た慧とグリペンに助け船を出されるまで、イオはひたすらライノの質問攻めにあった。




単純馬鹿だけど勘は鋭いというイオの性質上、バイパーゼロの見え方については若干の独自解釈が含まれてます。

と言うか、ようやくライノと同乗するイオを書けた……撃墜直前のイオの叫びは12話見て思わず自分が叫んだ言葉だったりしますww

ライノに制服系では無くパンクファッションを選んだのは、みんなと同じ制服よりも『強い個性』を持ちたいと言う心象の変化の現れのつもりです。






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