隷属者の喜遊曲~私が凡人から無能になるまでのお話~ (丸焼きどらごん)
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01:トリリア・アルフレインズは凡人である。

 私は属性というものが嫌いである。

 

 

 神の贈り物なんて言葉で着飾ったそれは、私にとってはただただ忌まわしき隣人でしかない。

 

 しかしいくら嫌おうと、厭おうと。

 私たちはそれとうまくやっていかなければならないのだ。

 

 だから今日も私は隣人に首輪をつけて飼いならす。

 いつかどちらが主人か分からせてやるために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 昼間だというのにのっぺりとした濃い闇が地面に張り付く、灰色の壁に囲まれた閉鎖的な場所。春先だというのに吐く息は白く、羽織った外套を掻き合わせても薄着の私には少し寒い。この閉鎖結界の特性だろうか。

 奇妙なほどに静寂で包まれたそこで、私はひときわ明るい声を響かせた。

 

「アノマン様、毎度のご贔屓ありがとうございます! 良い取引でした。今後もご愛顧いただけましたら幸いですわ」

 

 そう言って頭を下げるも、取引相手の男の興味はすでに私に無いようだ。私が売った魔石を筒のような器具を覗いて無言で見聞している。

 ちなみにこの場所で取引をする際、男は一言も言葉を発していない。

 

 ……別にたぶらかそうなんて思っちゃいない。けど取引を円滑に進めようと、少しでも相手にいい印象を与えようって磨き上げた容姿や鍛え上げた表情筋での満面の笑みを無視されるのは、あまり気分が良くないわ。愛想笑いしろとまで言わないけれど、ご苦労さまのひとつでも言ったらどうなのかしら。

 まあこいつらに愛想なんてものを求めるのが、そもそも間違いなのかもね。私としてもお金をもらえたら、まあそれでいいわけだし。

 

 …………とか考えていたら、何やら男の口が動いた。

 しかしその口からこぼれ出たのは、私が期待しているようなものではなく……。

 

「ああ、なんと……いいな……素晴らしい……良い石だ……これを……ビュラニウムと……銀氷液で反応させて……豚の頭に……そうだな……あの……十四歳だったか……ちょうど仕込みはすんで……いたし……あの……雄の骨髄を加えて……皮を剥いでおいた雌の子宮に…………眼球と……すりつぶした睾丸……牛の膀胱も……フフ……私の唾液と汗も混ぜよう……媒体は華やかな……ほうがよい……骨を砕いてよく叩いて……リボンにするなら……腕と脚……どちらがよいか……迷うな……叩くときに……破損しないよう……皮には先に術を………………人の子の皮膚は……もろすぎるからな……フフフフフ……嗚呼………………楽しみだ……」

「ご利用ありがとうございました。失礼します」

 

 恍惚とした表情でブツブツと独り言を紡ぎだした男を前に、私は簡潔に挨拶を述べると笑顔のまま速やかに方向転換した。さっさと立ち去ろう。

 

(なにかおぞましい単語がちょいちょい聞こえた気がするけど、あんなものすぐに忘れるに限るわね。消去よ、消去)

 

 慣れたといっても、気持ち悪いものは気持ち悪い。私は一般的な感性の持ち主なのだ。

 少しうんざりしながらも、商品と引き換えに手に入れた革袋には笑みがこぼれる。中からは金属のこすれる音がして、ずっしりと重いそれが今回の報酬だ。今回は少し危ない橋を渡ったけれど、仕入れてきたかいがあったわね。

 お金って、素敵だわ!

 

 だけどせっかく明るくなった気分に、最後の最後で水を差す声。……取引相手の男が、初めて私に向けて言葉を発したのだ。

 

「いい仕事だったぞ、凡骨トリリア。次も期待している」

 

 首筋に突如垂れた生ぬるい水のような声に、ぞわぞわと悪寒が這い上がった。

 だけど私は客の前で笑顔を絶対崩さない!

 

「…………。いやん、トリリア嬉しい! ありがとうございますぅ! 次回も頑張っちゃうゾ! えへ!」

 

 ぶっ殺すぞテメェって言わなかった自分を褒めたい。私偉い。褒めた。

 あの男、せっかくいい気分だったのに最後の最後で落とすんじゃないわよ!! 一言余計だ、一言!! 褒めるなら褒めるだけにしろ! 気分上がるどころか下がったっつーの!! 気色悪さと怒りを抑えるために頭悪い返事しちゃったじゃない!!

 

「ああ。そうだ、お礼に客を一人紹介しよう。また声をかけられることもあるだろうが、その時は対応してやってくれ。私の考えを理解してくれる可愛い教え子なんだ」

「そ、それは光栄です」

 

 金蔓が増えるのは嬉しいけど、こいつの弟子か……。気持ち悪そうだな……。

 いっそコンフーロ様くらい非常識を自らの常識として正気でいてくれてる方なら、一周回って仕事相手としては付き合いやすいんだけどな。怖いけど。

 

 私は少々ひきつった笑みを浮かべて、それでもなんとか繕って礼を言うと今度こそ……その場を後にした。

 ……私の表情筋も、まだまだね。

 

 

 

 

 

 

 

 私の名前はトリリア・アルフレインズ。由緒正しい、アルフレインズ伯爵家の次女である。

 ……まあ由緒正しいと言ったって、婿養子のお父様は成り上がりみたいなものだけど。だけど特異な属性を抜きにして、あの弁舌と商才「だけ」は尊敬してるわ。わが父ながら、よくもまあ伯爵家なんかに取り入ったものよ。

 

 そして私には、輝かしい出身に似つかわしくない不名誉なあだ名がある。

 

 

 

 ”凡骨トリリア”

 

 

 

 この呼び名とは、忌々しいことにずいぶんと長い付き合いだ。魔法学校の時が最初だったから……かれこれもう十四年くらいか。

 この仕事についたあとも何処で漏れたのか。……気づけば取引先でまでそう呼ばれるようになっていた。

 

 まったく腹が立つわね! 誰よ広めた奴!!

 

 まあ出身に似つかわしくないと言えば、あだ名なんかよりもっと似つかわしくないのが今の仕事なんだけどね。思いっきり実家に唾はいてるわ。

 

 

 

 

 私たちは【属性】という名の神の祝福をもって生まれてくる。その数は膨大で、教会に属さない私はその全容を知らない。

 でもそんな私にだってわかることはあるわ。それが何かって、祝福なんて言われてるけど、ど~したって属性には当たりはずれがあるってこと。

 このアライメントは宗教国家だし、アトリ教や特殊部隊サルバシオンの裁きが怖くて誰もが口にはしないだろうけど……。神様は不公平なくそ野郎に違いないと、そう思ってるのはきっと私だけじゃないはずよ。まあ属性を持たないノンマンよりはマシなんでしょうけどね。私も見識を広める中で幾度か彼らを見てきたけど、その扱いったら酷いものだった。別に私個人での嫌悪感は無いけれど、今後も進んで関わりたくは無いわね。

 

 でもそんなノンマンは除くにしても、私はきっと属性運が無かった方の人間。

 きっと生まれる場所が違ったら、良くも悪くもない属性だったのだろう。しかし貴族の家に、それもこの国の貴族らしく属性至上主義の両親と優秀な兄弟の末っ子に生まれたことが、不幸の始まりよ。

 

『お前はそんなことも出来ないの?』

 

 小さいころから、そう言われるのが嫌でたまらなかった。もっと言えば腹が立った。煮えくり返っていた。それを十八年も我慢していたんだもの。自分を褒めてあげたいわ。

 

 私は人の数倍頑張らないと、望んだ結果を得ることができない。勉強も魔法も、あらゆる全てが生まれ持った属性に制限されてきた。そういう属性なのだ。

 

 …………ああもう、【凡】って何よ、凡って!

 

 それでも生まれ持ったものだしと、賢い私は早々に意識を切り替えてそれを補う努力をした。今となっては糞くらえだが、私なりに優秀な家族を誇りに思い、家の名誉を傷つけまいと頑張ったわけだ。幼いころからの教えで当然のごとく属性を崇める思想に染まっていた私にとって、素晴らしい属性を持つ父や母、姉や兄は憧れだったから。

 

 いつか認められようと、必死だった。

 怒りを憎しみを押し込めて、馬鹿にされながらも自分なりに研鑽した。

 

 だ・け・ど!!!!

 

 周りが「平凡な才」だの「凡庸極まりない」だの「能力相応に凡俗な考えだ」だの、凡、凡、凡と!! 繰り返し繰り返し馬鹿に、して! 馬鹿にしてぇぇぇぇ! うるっさいのよぉぉぉぉぉ!! おかげさまで、何事も! やることなすこと! 平均値から抜け出せない凡人に育ったわよ!! あれは属性のせいだけじゃない。洗脳だわ!! それでも私は頑張ったのに、潜在意識に自分は平凡だって刷り込まれたせいで、どうしたって何するにも苦手意識がついてまわったわよ!! よくもまあ、認めてほしくてけなげに頑張る可愛い子供にあんなこと言えたものね!!

 

 しかもせっかくの二属性持ち、デュオだっていうんのにもう片方の属性が【傍観者】ってふざけてんのかしらと。お兄様とお姉様なんてトリオの上にそれぞれ人生を謳歌する上で有利な属性ばかり。

 属性を贈ってくれた神様って本当に不公平で意地悪だわ。だからアトリ教も、属性自体も、好きじゃないのよ。というか嫌いまでいくわね。

 

 

 まあそんなわけで、なんだかんだと鬱憤が積もり積もって爆発した結果。

 私は七年前に家出して、アトリ教の敵対組織に物資を売りさばく闇商人なんかになったわけだけど。

 

 

 常に命の危険はあるし、サルバシオン怖いし、そもそも取引相手がやばいけど……。屈辱で平坦で起伏のない、そんな人生の中で属性に飼い殺されるよりマシだとこの仕事を選択した自分が私は好きよ。後悔なんかしてないわ。

 

 でも変人相手に常識人な私がちょっと疲れてしまうのは、ご愛嬌ってもんよね!

 

 あ~あ、今回も疲れたわ!

 

 

「決めた。今日は、飲もう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私と客の取引に利用される場所は、足がつかないようにその時々で様々だ。今回はいかにも後ろ暗いことに適していますと言わんばかりのスラムの裏路地だった。

 取引相手の空間魔法で遮断されてたから暗いし寒いしで、いつにも増して憂鬱だったわね……。いや、あんな魔法使えるならもっといい場所選びなさいよ。冷えちゃったじゃない。

 抜け出た今も薄暗いじめじめした路地であることに変わりないし、慣れたといっても未だにスラム街が好きになれないわ。ほら私って、お嬢様だし。

 だからこんな陰気な場所からは早々に立ち去りたかったけど、今日はこのまま飲むと決めたので私が向かう先はひとつ。スラムのさらに深部だ。

 

 

 吹き溜まりのようなみすぼらしい道を抜け、逞しそうな蔦が這う寂れた石壁の前に立つ。腕をあげ、身に着けていた腕輪に刻印された文様を石壁に押し当てた。

 すると押し当てた部分から壁に光の線が走り、複雑な模様を描いた後に、一つの文章を浮かび上がらせる。

 

『ようこそ、セイレンスの隠れ家へ』

 

 光が消えると、壁には樫の木で作られた艶やかな扉が出現していた。真鍮のドアノブを回し中へ入ると、長い階段が下へと続いている。

 私は慣れた足取りで踏み入ると、少々乱暴に扉を閉めて階下の闇へと歩を進めた。

 

 

 

 しばらく暗い階段を降り、たどり着いた場所は高級感がありながらも人を寛がせる落ち着いた調度品に囲まれた酒場。うすぼんやりとした魔法灯に照らされた空間は、非日常感を演出している。

 ちなみに通ってきた扉と階段には空間魔法が使われているため、私も未だにここが何処にあるのかを知らない。

 

 このセイレンスの隠れ家という酒場は裏の人間御用達、しかも店に入れるのは高額な入会金を支払った数少ない人間だけ、という高級店だ。

 裏の人間で金持ちっていうのは全体数に対してほんの一部だから必然的に本当の意味でやばい人間が集うことになるのだが、その分、客同士のいざこざを起こさぬために魔法的な面からもあらゆる対策がされている。

 だから店主を信用できたならば、ここ以上に愚痴を吐き出すのに適した店は無い。気分が悪くなったら多少金を出してでも来る価値がある場所だ。

 

「セイレンス~ぅ。私だってね、苦労したのよ。だって、まず商人としての信用がにゃいんだもの。おとーさまのしごとを見て、目利きには自信があったけど、でもでも、じっせきも、おかねもまんぞくになかったのよ。そこから私、がんばったとおもわない? ひっく」

「ああ、頑張った、頑張った。偉いぞ」

 

 早くもへべれけになった私に、店主のセイレンスの対応はおざなりだ。だけどこの適当な感じが、私としても気を使わなくてすむので実に良い。もともとセイレンスは私の客でもあったし付き合いもそこそこ長いから、この業界では数少ない気心知れた間柄ってやつね。お互いに深入りこそしないけど。

 

 薄いグラスに注がれた、うっとりするような芳香を放つ紺碧の美しい酒。これは度数のわりに口当たりが軽くて、すいすいと飲めてしまう。……流石【結】の属性持ち。素材と素材の良いところを結びつけるのも上手いのよね~。複数の材料を合わせているのにこの一体感、最初からこういうお酒だったみたい。私もこんな属性だったらよかったのに。

 

「ほんっとうに、がんばったのよ~。家から持ち逃……ありがたく頂戴したお金なんて、いざ商売しようとおもったら微々たるものだったんだもの。世間知らずをおもいしったわ」

「世間知らずという自覚はあったんだな……」

「そりゃ、まあねぇ……。この界隈にぃ、私みたいなおそだちのいい人間が入ること自体少ないでしょうし~。でも七年でここまでになったわたし、すごくな~い? えへへ~」

「ああ、凄い凄い」

「でっしょ~! ろくでもないと思ってたぞくせいも、考え方しだいってもんよぉ。己の属性への理解をふかめるべし! これだけは至言だと思ってるわ~ぁ」

「いや、だからと言ってお前の使い方は少しどうかと思うが……」

「あによ、いいじゃにゃい。わたしはねぇ~傍観者よ~? 幸運も平均ー不幸も平均ー。主役になれないー。つまらにゃいじんせーい。だったら~ぁ、舞台の主役並みにすっご~い人たちのぉ、おこぼれもらったって~、ばちはあたらないのよ~。せいとうなけんり~んふふ~」

 

 そう、私は現在【凡】と【傍観者】という属性を活かして、早い話が強い人間のおこぼれを掻っ攫う方法で商売を軌道に乗せているのだ。まあおこぼれと言ったって、その強い人間におこぼれが発生するような状況に突き落としているのは私なんだけど! ほほほ!

 状況さえ作り上げれば、傍観者たる私は劇的な物語をその傍らから見守るだけ。傍観者とは、手を出さず見ているだけの者のことだ。見ているだけで、参加しない。もしくは参加できない。そして傍らで見ているだけという事は、その気になれば俯瞰的に全体を把握できる。私はそうして己の利益になるものを探し出し、自らの糧にする。

 

 

 こうして、私は嫌いな自分の属性を飼いならしているのだ。

 

 

 

 

 由緒正しいお貴族様。

 私って本当に、そこに生まれたことが、そもそもの間違いだったのよね。かといって裏社会の大半を占める最下層に生まれたかったかと言われたら絶対に嫌だけど。でも、中流層くらいだったらもっと心穏やかに、うまくやっていけていたと思うわ。

 平均的に、適度に。幸せでそれなりの不幸と付き合っていく人生なら何も問題がなかった。だけど周囲が優秀なばかりに、平均値は落ちこぼれと言い換えられた。

 十二歳で「少しでも役に立つようその凡庸な才を磨け」な~んて言葉と共に突っ込まれた魔法学校でも、成績は可もなく不可もなく。私よりよっぽど成績が悪い奴はいっぱいいたのに、お兄様お姉さまのせいで「凡骨トリリア」なんて不名誉で呪いのようなあだ名をつけられた。……まあ、我慢の限界だったわよね。卒業と同時に持てるだけのアルフレインズ家の私財をかっぱらって家出してやったわよ。私の華々しい闇商人への第一歩としては、コソ泥みたいでちょっと情けなかったかしら。

 まあ苦労はあったけど、家を出てから私はようやく自分の属性との付き合い方を少し知れた。だからこうして、今のちょっと小金持ちなトリリアちゃんがいるわけよね。

 ちょいちょい非合法なこともやってきたけど、っていうかほとんど非合法なことしかしてないけど、要はばれなきゃいいのよばれなきゃ。

 

 

 店に来てから数時間は経ったのかしら? でもまだまだ帰りたくないのよねぇ。むしろなんか今日は乗ってきた!

 不満を吐き出し褒めてもらったことでふわふわと上機嫌になった私は、バンっとカウンターに手をついて立ち上がる。そして舞台役者のように両手を広げて、酔った勢いのままに高らかに言い放った。

 

「ああ、トリリアはわるい子です! でも私は今がたのしくてしかたがない! だからかみさま、許してね!」

 

 大きな声を出したからか、セイレンスは迷惑そうな顔だ。……ああ、気づかなかったけど今日は他にも客がいたのね。セイレンスの魔法のおかげで声は聞こえないだろうけど、この大ぶりな動作だけでも店の空気を壊してしまったかもしれない。だから私は「ごめんごめん」と謝って、少し冷えた頭で改めて席についた。

 

 ふいに、視線を感じた。

 

 奥の席に座る他の客だろうかと、魔法の効果で男か女かの全容すら見えないと知りながら私も視線をなんとなく向ける。

 だけど霞がかって見えないはずなのに、確かに私はこう感じた。「目が合った」と。

 

 それが何故か異様に気持ち悪くて、一気に酔いがさめた。……興がそがれたわね。そろそろ帰ろうかしら。

 

 私はセイレンスに先ほどもらったばかりの報酬から現金で支払いを済ませると、足早に店を後にした。

 そして店から出て歩くことしばらく。私なんかよりも数倍優れた魔法を扱う相手から買い取った、魔法弾入りの魔銃を抜き放った。

 

「失礼。私はとても弱いから、こんな体勢でごめんなさいね。お客様、かしら?」

 

 私の問いかけに、店からずっと付きまとっていた粘り着くような視線の主が姿を現した。

 現れたのは赤茶色の髪の毛を丸っこく整えた若い男。整えている割には前髪が長くて、目元が見えない。……嫌ねぇ。人の感情って目に出るから、こういう相手は嫌いなのよ。読みにくいわ。

 

「うん、お客様だったよ。そのつもりだった」

 

 男の言葉になんと返したものかと考えあぐねる。そしてひとつ思い当たり、さらに問いかけた。

 

「もしかして、アマノン様のお弟子様ですか?」

「そう! 彼に君を紹介してもらったんだ! だけど実際に君を見て気が変わった。君はやってる仕事のわりにとても俗的でつまらない人間だよね! 僕、嫌いだな!」

 

 喧嘩売ってんのかこのガキ。

 

 額に青筋が浮かぶをの自覚するも、相手は大事なお得意様の関係者だ。どうして嫌いな相手をつけてきたのか不明だが、ここは穏便に対応してお引き取り願おう。

 しかし男は私が口を開く前に、一方的にしゃべり倒してきた。会話をする気はないのだろうか。

 

「でもさ、だけどね、僕は、君の容姿がとてもとても気に入った! 可愛いね、素敵だね、綺麗だね! 雪原みたいな白い肌には、艶やかで長い黒髪がとてもよく映えるよ! 全部僕のだって全身くまなく唾液をつけてあげたいな! 嗚呼、嗚呼、それとね、葡萄酒みたいな赤みがかった紫色のその瞳、飲み干してしまいたい! 穴の開いた君の顔もきっと神秘的で麗しいこと間違いないもの! サンゴみたいな可愛い唇は切り取ったら勿体ないかな? でも食べたらきっと美味しいよね! 唇は僕の好物のマシマロみたいだって、アマノンくんが言ってたから! その白くて細い指に手を絡めたらきっととても気持ちいいね! 臓物を引きずり出してひっかけたら、それはきっと芸術だ! ああ、もう! 素晴らしいよ! 君は頭の先から足の指の先まで僕の好みだ! だから結婚して! 結婚しよう! 結婚した! 僕の花嫁! 愛してる! 外見だけ! 今日から僕らは夫婦だよ!」

 

 

 銃に入ってた魔法弾全部叩き込んだ上で全力で逃げた。駄目だこいつ関わっちゃいけないやつ!!!!

 

 

「ダメだよ逃げちゃ!」

「!? な、なんで……」

 

 だけど結構な私財をつぎ込んだ魔法弾をものともしなかったそいつは、走っていた私の背中にべたりとくっついてきた。たまらず私は地面に倒れこみ、次いで首に巻き付く男の節くれだった生暖かい手の感触を感じる。……吐きそう。

 

「君はこれから花嫁修業をしなくちゃ! だって君の中身はとてもとてもつまらないからね!! だけど安心して!! 僕が君を中身も素敵な完ぺきな女性にしてあげる! さあまずは、そのつまらない属性を引き剥がそうか! 僕にふさわしくないからね!」

 

 言葉と共に、頭を鈍器で殴られた。

 

 

 

 

 それが、私が【凡】と【傍観者】の属性持ちだった日の最後の記憶である。

 

 

 

 

 

 

 





【挿絵表示】

笹子さんが作ってくださったキャラクターシートをお借りしました!
笹子さんありがとうございます。


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02:トリリア・アルフレインズはクインテッドである

 そこは真っ白な部屋だった。潔癖なまでに白で統一されたその一角は立方体で、壁と床、天井があるのみで家具の一つもない。

 しかし突如として、その白を侵すものが現れる。

 

 華奢ながら人一人分の重みを感じさせる重量が、液体を纏っているような濡れた音と共にどちゃっと部屋の真ん中に倒れこんだ。見ればそれは若い女のようで、長い黒髪が顔と体を覆い隠すように広がっている。しかしよく見ればその髪の下にある体はどこかおかしい。それが何かといえば、あるべき場所にあるものが無いのだ。

 

 女は四肢を失っていた。

 

 腕があった場所、脚があった場所。そこからは止めどなく生命を循環させるための液体が零れているが、それも何かがおかしい。……赤ならば、痛々しくも普通だろう。しかし女の体からは赤、青、緑、黄色と、およそ人体から()づるはずのない色の血液が流れていた。そしてそれらは交じりあい、女の体の下で黒へと変色する。

 

「は……あっ……ぅあ……」

 

 女が喘ぐように空気を求めて口をパクつかせる。だがその表情に苦痛は無く、どこか夢見がちで恍惚としたものだ。

 健全な精神を持つ者がそれを見れば、眉をひそめて不気味がるだろう。だが新たにこの場に現れた者にとって、それはとても素晴らしい光景らしかった。

 

「ああ、やっと、ここまで来た! 偉いよ! 僕の愛しい人! がんばったね!」

 

 白の部屋に現れたのは若い男。目元こそ髪に隠れて見えないが、口元は顔が裂けんばかりの笑みに歪んでいる。手には鋏のようなものを持っているが、その大きさが尋常ではない。鋏は男の背丈ほどもあったのだ。

 さらに言うならば、鋏には腐った肉片がこびりついている。同じく鋏にくっついている乾ききった薄い皮膜は肉の腸詰に使われるものによく似ているが、いったいなんの皮だろうか。

 ともかく鈍い鉄色のそれはとても切れ味が悪そうで。こんなもので何か切ろうとした日には、刃の切れ味だけでは何も切れまい。力任せに潰し切るのがせいぜいだろう。……しかし男はその切れ味の悪そうな鋏の刃をひらき、女の首にあてがった。

 

「さあさあ仕上げだよ! これで君の美しい頭を切開して脳みそに術式を刻み込んだら、繋げて戻して【属性】の仕込みは終了さ! あとはくっつけるだけ! 一年も、待ちくたびれたよ! でも君と過ごす時間は! とても! 甘くて楽しくて素敵だった! これが終われば、もっともっと僕と睦めるよ! 思う存分、心ゆくまで! 愛し愛されて互いに中身を味わいつくして絡めあおう! きみもそうしたいだろう? おもうだろう!?」

 

 答えなど求めていないのか、男の言葉はどこまでも一方的で身勝手だ。しかし女は茫洋とした瞳で気持ちのよさそうな表情を浮かべ、わずかに身じろぎするのみである。頷いたようにも見える従順なその様に、男……呪術結社カースドの一員である”狂愛のバルディシュト”は歓喜に体を震わせた。

 

 

 バルディシュトは【属性】を三つ保持するトリオと呼ばれる存在だ。そしてその属性は【再生】【色欲】【混沌】。

 

 一年前、バルディシュトに捕らわれ非人道的な実験を繰り返された闇商人トリリアは、現在彼の幻惑の魔法の術中であった。

 

 

 皮を剥がされようが、肉をそがれようが、骨を砕かれようが、苦痛は全て快楽に変わり強い刺激で思考は溶ける。主人(バルディシュト)から与えられる全てが幸福であり、もはや自分が何者かも覚えていまい。

 これは呪術を行使する際に対象が正気を失わないようにするための、バルディシュトなりの配慮であった。全ての施術が終わったら魔法は解除するつもりでいる。何故なら魔法で愛されるなど興覚めもいいところだからだ。

 本人に記憶は残るが、その感覚は長い夢を見ていた程度のものに留まるはずである。

 

 【再生】持ちのバルディシュトはその恩恵により、伝説に謳われる上位魔法にも迫る威力の回復魔法を使うことができる。それに加えて彼の呪術である「白匣」という限定的な状況下では、人一人死なせないことなど造作もない。そのためこの一年、トリリアは呪術のために体を無残にもてあそばれようと、彼女個人の許容範囲を超える【属性】の付与という無茶が行われても、まだ狂わないまま生きている。

 

「完ぺきに仕上がった自分を見て、君はどう思うかな! 君はつまらない人間だから、僕がいちから教えて愛でて僕だけに塗りつぶしてあげる! 今の君も素敵だけど、お人形はいらないもの! 僕とおそろいの【色欲】【混沌】に、【繁栄】【癒し】【雷】! どうかな!? とっても悩んだんだよ!? 君を着飾る属性に妥協はしたくなかったからね、集めるためにちょっと苦労もしたんだ。でもそれも君への愛がなせるわざ! 僕の愛は真摯でしょう? すてきでしょ? いっしょにドロドロに溶け合おう。それに美しさには強さも必要さ! 強い雷魔法を覚えて僕を助けてね! そしてそして僕が痛くなったら心も体も癒してほしい。そしてそしてそして! どこまでも繁栄しよう僕と君の二人の楽園で!!」

 

 言い切ると、バルディシュトはトリリアの首を鋏でねじ切った。

 

 

 

 

 白い部屋に、極彩色と濃い黒色が深く滲んで染みてゆく。

 

 

 

 

 

 

 

 

+++++++++++++

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「死ねボケェ!! くっそがぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!! この、この! 死にさらせ変態!!」

 

 私は目の前に転がった変態を、靴が汚れることも気にせず何回も踏みつぶした。

 ちなみにその変態だが、体の中心から真っ二つになって臓物や血液、汚物を巻き散らかしながら死んでいる。正直臭いし汚い。

 

「ねえ、もう死んでるわよ?」

「わかってます! でもこうしないと私の気が済まないの!!」

「そう。まあ、止めはしないけれど」

「ありがとうございます!」

 

 手近な椅子に腰かけて退屈そうに顎に手をつきこちらを眺めているのは、大きな鎌を背負った赤髪の少女だ。髪の毛を二つ結びにしたくりくりとした目元が愛らしいが、その愛らしい容姿に反して膂力は私などとは比べ物にならない。なんたって、ひょろいとはいえ大の男を綺麗に両断出来るんだから。

 魔法を使った感じではなかったし、もしかして【斬撃】とか【剛力】持ちかしらね。もしくは【破壊】か、ちょっとひねって【分解】か。

 以前から顔だけは知っていたけど、こうして話すのは初めてだ。たしかカリュオンに取引に行ったとき、カミラ様の後ろで静かに付き従っていた子だわ。名前はエシュリーンだった……かな?

 なんでもこの変態、命知らずにも狂信会カリュオンのリーダーであるカミラ様のコレクションから【属性】を盗んだらしいのだ。つまり彼女のおかげで私は助かったわけだが、エシュリーンは別に私を助けたわけでなく単に粛清をしに来ただけである。

 偶然万歳! 私ったら運命に愛されてるぅ!

 

「あ、そういえばカミラ様のコレクションは付与されたうちのどれですか? 今後もよいお付き合いがしたいですし、すぐにお返しします。代わりと言ってはなんですが、もし全部でしたらノンマンになるのは流石に嫌なので何か属性のストックがあれば買い取りたいのですが……」

 

 う~む。こうしてさらっと「属性狩り」という違法行為から発生する【属性】の売買を話せるあたり、改めて考えてみなくても私ってもう完全に裏の人間よね。たまに商人としての伝手をあてにされて、【属性】関連の仲介人なんかもするし。

 自分が対象になるのは嫌だけど、知りもしない赤の他人が属性をはがされることに何の感慨も感じていない証拠かしら。

 

「ああ、そのこと。返却は不要よ。薄汚い男の手垢のついた属性なんて、カミラ様にはふさわしくないもの」

「そ、そうなんですか?」

「ええ。その男を殺した時点で、あたしのお仕事は終わり」

 

 ……カミラ様がブチ切れた時の姿を知ってるから多少リスクがあってもすぐ返す気でいたのに、これは予想外だわ。

 

「え、ええと。では、その、この度は偶然とはいえ助けていただき、ありがとうございました。今度素敵な魔石の装飾品をそろえて訪ねさせていただきますね。もちろん、お値段は割り引かせていただきますわ」

 

 それを言うと、エシュリーンは髪の毛を結っているレースがついた可愛らしいリボンをいじりながら「ふうん」と、少し嬉しそうに笑った。

 

「楽しみにしているわ。髪飾りを多めにお願いね」

「もちろんです」

「……じゃあ、あたしはこれで」

 

 そう言ってエシュリーンは立ち去ろうとするが……最後に振り返って、なんとも不吉なことを言い残してくれた。

 私はそれに虚を突かれてしばらく呆然としていたが、はっと我に返ると鬱憤を発散するように変態の死体を踏む作業を再開した。そんな私の心は、たった今聞いた言葉の内容のせいで荒れ狂っている。

 

「あああああああ! おぞましいわ気持ち悪いわ!! 一年も!! こんな奴のいいようにされてただなんて!!」

 

 少し思い出すだけでも、全身を虫が這いずるような嫌悪感。おかげ、という言葉を使いたくはないけれど、こいつの魔法で正気じゃなかったのだけは幸いだわ。こうして客観的な感覚で記憶を見るだけでも吐きそうなんだからね! っていうか吐いたわよ!! っていうかよく生きてたわね私!? え、大丈夫? いきなり頭落ちたり腕とか脚が千切れたりしない!? ヒィィ! もう本当に最悪よぉ!! なんで私がこんな目にー!

 

 考えてたらイライラしてきた。もう踏み飽きたし、そろそろ処分してしまおう。

 なんだっけ……まだ実感ないけど、今の私って【雷】の属性持っているのよね? だったら私のしょぼい魔法でもこの死体を焼き尽くすくらいできるでしょ。

 

 そう軽く考えて、私は魔法を詠唱する。

 これでも魔法学園の卒業生だもの。今でこそ攻撃手段は魔銃頼りだけど、まだまだなまっていないはず。

 

『雷帝の使者よ来たれ! 五月雨(サミダレ)ル光の剣によりて、我が怨敵を貫き殺すがいい! 死んでっけどな!』

 

 詠唱に思いっきり現在の心境が出たけど、こうしてその時の気分に合わせて文句を変えると効果上がるのよね。さあ雷よ、このド腐れ変態野郎を丸焼きにしてや……って、ええ!?

 

「きゃあ!?」

 

 想定した以上の威力でもって現出した私の雷の魔法は、強い光と衝撃でしばし私の視界を奪う。そして目をあけたとき、目の前には想像とは違う光景が広がっていた。

 

 

「…………うそ」

 

 

 丸焼きどころかわずかばかりの燃えカスを残し……狂愛のバルディシュトの死体は、見事に弾け飛んで消滅していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 一年前、私は変質者に誘拐された。男の名前はバルディシュト。”狂愛のバルディシュト”だ。

 王都の掲示板に張り出されている手配書で名前だけ見たことあったけど、まさかこんな若い男だったとは……。若いわりに結構な犯罪歴のあるバルディシュト。その師匠であるアノマン様は手配こそされていないが、それだけにどんな経歴を隠し持っているか怖いわね。弟子が死んだとはいえ私は被害者であって直接奴を殺した加害者ではないから、今後もよい取引が出来ればいいのだけど。

 

 ……その前に一年行方をくらませていたことの埋め合わせかー。嫌だわ、まったく。どんだけの損害よ! 信用の回復だってしなくちゃいけない。うんざりする。

 

 まあ、それはさておき。

 

 私は口に出すのもおぞましい方法で、一年をかけて【属性】を体に仕込まれた。なじむように、丹念に。それも五つも! 凡人から一気に超希少なクインテッドよ。一気にお兄様とお姉様を追い抜いたわ。

 もともと持っていた【凡】と【傍観者】は私の体から抜かれた後、どうなったのか知らない。……まさか忌々しい凡人属性からこんな形で抜け出すことになるとは思わなかった。

 

 だけど結果的に五体満足で属性が増えたとはいえ、素直に喜べることではない。どうも不吉な予感がしてならないのだ。

 例えばすぐに考え付く脅威はアトリ教。もともと粛清対象になるようなことはしてるけど、クインテッドともなればまた別よ。不当に属性を奪ったものと勘違いされてサクッと殺されるか、それとも飼い殺されるのか……。どちらにせよバレたらろくなことにはならないでしょうね。傍観者というある意味保険のような属性も失ってしまったし、その反動が怖いわ。

 

 

(いや、やめよう。予感がするなんてあいまいな認識で済ませるのは)

 

 

 だけどしばらく考えて、自分が一つの事実から遠回りしていることに気が付いた。見ないふりをしたいけど、結局は向き合わなければならない。

 カリュオンのエシュリーンが最後に残していった言葉。そのことについて。

 

 

 

 可憐な少女の声が頭の中でこだまする。

 

 

 

『あなた、そのままじゃ一年ともたないわよ?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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03:トリリア・アルフレインズは生き延びたい

「ああ……なるほど。彼は随分と丁寧に術式を仕込んだようだな。しかしその維持には術者が定期的に細かな調整をしなければならない。となれば、当然体が持たないだろう。特に君みたいな凡庸極まりない器では」

 

 言われた言葉の内容がはじめ理解できず、なんとかかみ砕いて自分の中に落とし込むのに数分を要した。飲み込んだ後は、絶望感を伴った辛気臭いため息が幽霊のように口から這い出ていく。

 ちなみにその間、目の前の緑髪と身に着けた多くの呪具が特徴的な男性は優雅に紅茶をたしなんでいた。それだけならばまだいいが、無駄に心地よさそうな家具に体重をあずけ最高のくつろぎ空間を演出している。とても来客中の態度ではない。

 ……でもこの方はそういう人だし、むしろ直接対応してもらってるだけ幸運なのよね……はぁ……。

 

 落ち込んでいるのを隠しもしない私の前で、それをまったく気に留めない男二人が会話している。一人は今回、目の前の男性に取次ぎを頼んだ相手だ。バルディシュトの糞に私を紹介してくれさったアノマン様である。

 

「申し訳ありません、コンフーロ様。弟子の不始末でお手間を取らせます」

「それは別に構わない。せっかくだし面白そうだから、経過観察したいし」

「ああ、ですね。では不始末の責任を取って、私が責任をもって取り組みます」

「……そうか? 私も暇ではないから、それなら後で報告だけしてくれアノマンくん。結果が気になる」

「御意に」

「はいちょっとお待ちくださいませ」

 

 あまりにも普通のトーンの会話だったからつい聞き流しそうになったけど、これ聞き流しちゃダメなやつ! 敏腕商人トリリアちゃんを舐めないでもらいたいわ! っていうか聞き流したら多分私、ここに来た意味ない!! ひるんで流されちゃだめよ!

 

 

 

 

 ああ……もう何度思ったか知れないけれど、本当に本当に本当に、なんで私がこんな目にー!

 

 

 

 

 私は忌々しき変態の研究所から抜け出した後、まず取引途中だった案件の処理に走り回った。一年も、しかも何の前触れもなく姿を消したのだ。当然取引相手は怒っていたし、私の信用はガタ落ち。……実際、いくつかの取引先に今後の仕事を断られてしまった。違約金もかなり支払ったし、大損だわ。

 バルディシュトの研究所から金になりそうなものは持ち出したけど、ほとんどの物がうっかり高威力で放ってしまった私の雷魔法で消し炭になってしまったし……踏んだり蹴ったりよ。

 

 しかも、あの変態に無理矢理増やされた属性よ【属性】!!!!

 

 【混沌】と【色欲】はともかく、【癒し】【繁栄】【雷】は今後の人生勝ち組コースとしてはなかなか良いものだと思ったわけよ。だけど、とんでもない!

 

 まず【雷】。体が常に帯電していて、うっかり人に触ろうものなら痺れさせてしまう。それに密かに自慢だった私の美しい黒髪が、全然まとまらなくてばっさばさ! 無理やりひっつめて縛ってるけど、これじゃおばさんじゃないの! 「え、トリリアさんってもう適齢期過ぎてるからおばさんですよね? たまに自分のこと美少女とか言ってますけど(笑)」とか言ってくれた仕事仲間に制裁を下すにあたっては役立ってくれたけど……。もちろん死なない程度にね、死なない程度に。こう、びりびりっと。……にしても、ほんっと腹立つ! キィィ!! 何万リビの香油を使ってこの美しい黒髪を維持してきたと思ってるの! 長い髪の毛は手入れが大変なのよ!

 

 次は【混沌】! ……商談のまとまりが異様に悪くなった。

 私がどんなに言葉を尽くして説明しても、相手が理解しないのよ。しかも大事な場面に限って猫が乱入してくるだとか、それならまだ可愛い方で違法賭博の材料として捕らえた闘魔獣が逃げ出して襲ってきたりとか、犯罪者と教会の人間との追いかけっこからの乱闘に巻き込まれたりとか……! 

 これが二番目に困った。毎回こんな調子じゃあ、この先商人としてやっていけない。私だったら取引のたびに危険を呼び込む商人なんて、絶対に関わりたくないもの。今の私だけどな!!

 

 でもって、次。植え付けらえた中でもまだましというか、当たりの属性だと思ってた【繁栄】!!

 すぐに何かしらの影響が出るとは思っていなかったけど、これは間違いなく私を商人として成功させてくれると確信していた。……なーのーにー!! これについては、属性同士の相性ってものを嫌ってくらい思い知らされたわ!!

 

 たちの悪いことに【色欲】との相乗効果で、異様にモテるようになったのだ。しかも生命力と性欲強そうなやつらばかりに。

 ほーっほっほ! これって子供いーっぱい産んで子孫繁栄させろってことかしらぁぁぁ? ……………………ふざっけんじゃないわよ! そんなこと望んでないっつーの!! 私の理想はいつか純真無垢な年下美少年を篭絡して可愛い娘と息子に囲まれることなのよぉぉぉぉ! 金がどんだけあろうと人間的に魅力があろうと、美しくない脂ぎった中年に用は無いわ!! お金は私がいくらでもかせぐし、人間性は私が丁寧に可愛がって育てるもの! 美少年を!

 

 娼館でも行って抜いてろよ極細腸詰肉どもが!! って追い払っても執拗なまでに言い寄ってくるし追いかけてくる。最悪なのが今まで仕事は仕事と割り切ってた取引先でまで、何人かが厭らしい目で見てくるようになったことね。可愛く美しい可憐な美少女トリリアちゃんですからね、今までだってそりゃ性的な冗談でからかわれることはあったわよ。だけど相手も私の商人としての価値を理解してるから、冗談にとどめていた。なのにいきなり「妾にならないか? 正妻でも構わんぞ」って何。その貧相な棒と玉ぶっ潰すぞ。

 

 

 ヤバイ、このままじゃ私の仕事が【属性】に殺される。あんな目にあったってのに、【属性】ときたら恩恵どころかまたしても私の前に障害となって立ちふさがろうってわけ!? 冗談じゃないわよ!!

 

 

 唯一まともなのは【癒し】だけって……。いやもう、本当に勘弁して。しかもエシュリーンが言い残した不穏な言葉も気になるし……ううう……。

 

 

 

 そう思って、全部の面倒ごとを片付けてへとへとになりながらカースドに接触し、無理言って長たるコンフーロ・ハロウズ様に面会願ったらこれよ。エシュリーンと同じく彼は私を見て「一年と持たない」という評価を下した。……何が持たないかって? 

 

 

 

 

 

 命よ。

 

 

 

 

「属性というものを、人という種が宿せる数は最高で五つ。それを超えると、たとえどんなに属性に愛されている人間でも死ぬだろうな。…………今のところは」

 

 はい、物騒。私知ってますからね? 「五個までじゃつまんなくない? もっとつめちゃえつめちゃえ~」ってノリでカースドの人が人体実験してゴロゴロ死なせてるの知ってますからね。無邪気か。本人達的に邪気がないところが一番怖いわ。

 

「まあ……あれだ。割愛するが、要するに五つの属性など君には過分だということだよ。えーと、ドドリアくん」

「トリリアです」

「そうか。それで経過観察についてなのだが……」

(絶対に覚えられてない……そしてとても大事な部分を割愛された気がする……)

 

 そしてお願いよ。私に人間としての興味が無いことは理解したわ。でもですね、だからってあんまり物みたいに扱わないでくれません!? ある程度は我慢しますけど、私はモノ言わぬ素材じゃないんですよ! いだだだだだだ! 話すついでに呪術の痕跡を確認するのはいいけど、人の関節はそっちに曲がるようには出来ていませんからね!? 

 

 

 今回カースドの長たるコンフーロ様に取次ぎ願ったのは、呪術の事は一番の専門家に聞くのが手っ取り早いと思ったからだ。あとカースド謹製の、属性を引き剥がす呪術が込められた道具を買い取るのも目的ね。カースドは内向的な組織柄のわりに各人自分の研究最優先の変人ばかりだけど、それでも部下の不始末は長の不始末。それを種に少しでも良質な品を安く買いたたきたかったというわけよ。

 でも、まずい。この人、経過観察とか言い始めた。アノマン様も私が引き受けるとか勝手に話し進めてるし。これ予想するに「面白そうだから死ぬまで観察させてー」ってことでしょ。待て待て待て。こちとら実験に必要な貴重な物資を提供してんでしょーが。他の塵芥(ちりあくた)の実験動物と一緒にしないでいただきたいわ……! これじゃここに来たの、完全に裏目じゃない!

 

 焦った私はついつい早口で言葉をはさむ。

 

「あのですね、私は死ぬ気なんてこれっぽっちもありませんの。どんなにお金大好きな私でも、いくら積まれたって自分の命を商品には出来ませんわ」

「……何か勘違いしているようだね。アノマンくん」

「はい」

 

 心底面倒くさそうな顔をされた。そして説明が部下に投げられた。……ううっ、こっちは怖いの我慢して言ってるのになんておざなりな対応……! いや、勘違いなら勘違いで言葉を挟んだ私が悪いの……かしら?

 

 

 

 ま、まあいいわ。裏の人間に気持ちを左右されてちゃ闇商人としてダメダメね。心を強く持つのよトリリア。まずは説明を聞きましょう。情報を得なければ。

 

 その後説明を引き継いだアノマン様が説明してくれたのは以下の内容だった。

 

 ひとつ。私の体は五つの属性を宿すにはどう考えても容量? 不足。このままでは長くて一年しか体がもたない。限界が来た場合、良くて魔物のような何かに変貌。悪くて死ぬらしい。…………いやどっちも悪いわ! これは属性数を許容範囲内……私の場合はもともとのデュオに収めれば問題ないようね。まあ、解決策があってよかったわ……。

 

 ふたつ。属性を五つに保ったままでそうならないためには、定期的なメンテナンスが必要なこと。が、それが可能だったバルディシュトはすでに死亡している。研究資料がすべてバルディシュトの頭の中であるため、引継ぎも不可能。個人の研究は非常にデリケートなものらしく、他の者が再現するにはそれなりの時間と手間がかかる。

 しかし最終的に無理をした個体はいずれ崩壊するとのこと。……私は狂愛のバルディシュトの何人目かの花嫁(おもちゃ)だったようだ。似たようなことされた子は、もう何人も死んでるってわけね。

 まあここまで聞いたら、属性を体から引き剥がす選択肢以外存在しないわ。

 

 みっつ。落とし穴。

 一年もの時間をかけて呪術で定着させた属性は、そう簡単に剥がせるものではない。裏で出回っている既存の物ではまず不可能。これに関しては惜しみなく財産を放出しコンフーロ様から高級品を買った。それでも剥がすには条件がいるようだ。クッ。

 

 よっつ。よしんば属性を剥がせても、宝玉状態では維持できない。誰かの体に入れないことには帰巣本能のように、また私の体に戻ってしまうとのこと。これについては属性の売り買いの仲介人もしていた私としては、譲渡もしくは売買する伝手はばっちり! ……って言いたいところだったんだけど……ね……。

 

 

「属性を植え付ける相手はノンマンに限られる」

「嘘でしょなんで!?」

 

 あまりのことに、私はつい感情的に叫んでしまった。あらやだ、いけないわ……。商人としてあるまじき事よ。

 

「ッ、失礼。ですが、それはなぜ?」

 

 すぐに呼吸を整えたが、心臓はドクドクと脈打っている。

 ……ノンマンなんかに属性を植え付けて、それが教会に、周囲の誰かにばれたらどうなると思う……? 下手したら周り全てが敵になる。ノンマンとは、それほど世間一般の人間にとって見下すべき者たちなのだ。

 

(あ、でも属性があれば差別はされないのかな……? ……いや、でも! どっちにしろ”ノンマンに属性を植え付けた”私に対する評価が底辺になることは間違いないわ! 属性簒奪の疑いと神聖な【属性】をノンマンに植え付けた心理的嫌悪感が私に向くのは必至!! 冗談じゃない!!)

 

 必要のないリスクは避けるべき。そのためにも、私は何故相手がノンマンでなければならないのか聞かねばならない。

 

 

 

 

 しかし、世は無常である。

 

 

 

 

「バルディシュトの呪術は本人みたいに粘着質なのだ。その粘着質な呪術付きの属性がノンマン相手にどう定着するか気になる」

「好奇心か!!」

 

 結局全部お前らの都合ー!! 敬語かなぐり捨てたわ! 

 

 ああ、もうこれだから趣味人の集まりは! 訂正! これだから悪趣味人の集まりはぁぁぁぁぁ! コンフーロ様に至っては何故かいつの間にかいないし! え、珍しい薬草の情報が手に入ったから出かけた? 自由か!!

 

「……ッ、ま、まあそういうことでしたら経過観察? については飲みましょう。私が対象ではありませんものね。どうぞお好きに、存分に元ノンマンを観察ください。高級な呪具も多少値引いていただけましたし、今回とても貴重な情報を提供していただけましたし……それのお代と思えば……」

 

 もとはテメェらの身内のせいだけどな!! 言いたい。言ってしまいたい。

 

 でも、駄目よ。駄目よトリリア! ここで相手を怒らせてはいけないわ。私はか弱き乙女。相手は頭おかしいけど厄介で強い、そして何より大事なお客様……!

 ま、まあ、あれよ。ノンマンなら誰もが属性なんて喉から手が出るほど欲しいはず。ばれないように慎重に、最悪属性をくれてやったあと気分は悪いけど殺して証拠隠滅して……いやこれはこいつらの研究対象だから駄目か。まあとにかく、属性を押し付けるだけならすぐにすみそうね! 引く手数多は間違いない! そうと決まればさっそく残す属性を選別して……。ああ、どうしよう。うまく思考がまとまらない。

 

 うんうんうなって今後の予定を頭の中で組み立てる私だったが、そこにアノマン様の不吉な言葉が投げかけられる。

 

「ああ、それと最後に一つ。属性を与えるノンマンは、私の【運針】が導いた先にいた者のみにしてくれ。その条件をのまない場合、先ほど渡した呪具は没収だ。使い方も教えない。そうそう、【運針】を活かして作った指針の振り子をあげよう。それの導きによって探すといい」

「は?」

「なに、これで探すと研究にぴったりの対象が見つかりやすのでね。まあ運とついてはいるが、私のは大したものではないのだが。運針は裁縫用語だって知っているか?」

「え、あ、はあ知ってますが……針の運び方のことですよね……」

「そうだ。ひと針ひと針丁寧に縫うように、完成へと私を導く。良質な材料を扱う君の元にもこいつが最初いざなってくれた」

「はあ……」

 

 人の属性の説明や認識なんざ今どうでもいいわよ。肝心なことはそれじゃない。

 

 え、え、ちょっと待って私、気の抜けたような返事をしている場合じゃない! こ、これは……え、まさか冗談よね? え、待って待って。なんか怪しい針のついた鎖を渡さないで。一見値打ち物だけど要らない。要らないってば! 握らせんじゃないわよ!

 

「行商で旅慣れた君には期待しているぞ」

「え゛」

 

 同時に握らされたのは、普段使わぬプロパーテ大陸"全土"の地図。アノマン様はその地図を広げて、振り子をぷらぷらさせ親切にも使い方をレクチャーしてくれた。そして「ね!」と笑う。殺したい。

 

 

 

 こうして手ごろなノンマンで済ませる気満々だった私は、翌日古臭い振り子に導かれて広大なプロパーテ大陸へと足を踏み出すのだった。

 

 可憐な美少女商人トリリアちゃんの大冒険、始まるよ☆

 

 

 

 

 

 属性ってやっぱりクソだわ。

 

 

 

 

 

 




※コンフーロ・ハロウズさんは企画主催者のとぅりりりりさんの公式キャラです。




ありがたいことに柴猫侍さんから可愛らしいドットアイコン風トリリアを頂きました。
可愛い……すごく可愛い……!細部までとても丁寧に描いてくださってます。再現率がすごい。
【挿絵表示】

柴猫侍さん、この度は素敵なイラストをありがとうございました!


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04:トリリア・アルフレインズは生き延びている

 華やかで煌びやか、着飾った紳士淑女の金銀宝石がさんざめく絢爛なる空間。入り混じった酒や香水、葉巻にはたまた水タバコなど……客の出身地も様々なのか、入り混じる香りや匂いも多岐にわたる。

 人一倍嗅覚に優れた少年はその匂いの坩堝にたまらず体をよろめかせ座り込んだ。そんな少年に声をかける者はおらず、ただ邪魔で汚らわしいものを見る目で避けていく。

 少年の前に、何者かが立ちふさがる。それにびくりと肩を震わせた少年は、口と鼻を抑えながらおそるおそる目の前に立った者を確認しようと視線をあげようとした。だがそれは叶うこと無く、頭上に突如のしかかった圧力によって彼の顔面は磨かれた床に勢いよく衝突した。何者かに頭を踏まれたのだ。

 

「!?」

「おい! ここはテメェみたいなガキが来る場所じゃねぇぜ! ……っと、いけねぇいけねぇ。これじゃあ他のおガキ様に失礼だな? 言い直すぜ。ここはなぁ、テメェみたいなノンマンが来ていい場所じゃねぇんだよ!!」

 

 言うと同時に、固い革靴で覆われた足がぐりぐりと少年を踏みにじる。

 

(痛い痛い痛い苦しい苦しい苦しい)

 

 口に出して言ってしまいたい。でもそれをしてしまったら、今以上に痛い目にあわされることを少年は知っていた。だからこそ歯を食いしばったまま、嵐が過ぎ去るのを待つ。

 やがて少年をいたぶっていた男は飽きたのか、ようやく少年の頭部から足をどけた。地面に這いつくばっていた少年はほっと息を吐き四つん這いになって体を起こそうとするが……その瞬間。腹部に熱を感じた。

 

「がッ、は!?」

 

 唾液と胃液が零れ、一瞬息が出来なくなる。どうやら腹を蹴り上げられたようだ。

 蹴られた勢いで今度は仰向けになって倒れると、今しがた少年に暴行を加えた者の全貌がやっと明らかになる。相手は少年の倍もありそうな巨躯の男で、腕など少年の細い胴体と同じほどの太さだ。恰好だけは正装だがサイズが合っていないのかその衣装も盛り上がった筋肉ではちきれんばかり。ジャラジャラと金の装飾品をぶら下げて、男は心底不愉快そうに声を荒げた。

 

「きったねぇなぁ! ノンマンの汚水で俺の靴が汚れたじゃねぇか! アトリ様のご加護が逃げ出しちまうぜ!」

 

 そんな暴言にも、周囲の誰もが異を唱えない。それよりも少年へ向けられる軽蔑の視線の方が遥かに多かった。

 

「あの子、ノンマンなのかい?」

「ああ、そうだ。昔から近くに住み着いてる害獣みたいなもんさ。時々おこぼれを狙って表に出てくる」

「でも珍しいな。私も見かけたことがあるが、まさかこの区域にまで入ってくるなどと。……というか、何故入れたんだ?」

「汚らわしい! 警備の方は何をやってらっしゃるの? 早く私の視界からノンマンを消してちょうだい!」

「今あれを痛めつけてる男が一応警備の一人さ。随分と野蛮な男を雇ったものだが……こういった賭け事の場じゃ、ああいう輩も必要だからね。でも遊んでないで、早くつまみ出してもらいたいものだよ」

「チッ、ついてねぇ! ノンマンなんか見た日にゃあ運気が落ちるじゃねぇか!」

「まったくだな。せっかく【幸運】持ちに祝福してもらってきたってのに台無しだ!」

「いやぁね……ノンマンに加えて野蛮な方が多いわ。身分証はちゃんとお持ちなのかしら?」

「おいおいよせ。誰でもノンマンなんか見ちゃあ、立場ある人間でも暴言の一つも飛び出すだろうさ」

 

 誰も痛めつけられる少年を擁護せず、共通する意思は早くここから消えてほしいというもの。

 しかし少年も簡単には引き下がれない。この遊技都市キュベテスの中でもある程度の身分がある者しか入れないホワイトエリア……すでにノンマンであることが周知である自分が足を踏み入れれば、グリーンエリアの比ではない顰蹙(ひんしゅく)を買うことなどわかっていた。しかし彼にはどうしても今日、ここに来なければいけない理由があった。

 

「すみ……ませ……! すぐ、すぐ……消え、ます……。でも、その、前に……」

 

 言い終わる前に首元の服を掴まれて体が浮く。凶悪な男の顔に引き上げられた体は、否応なく恐怖に震えた。

 

「口を開くな、喋るな、息を吐くなノンマン。反吐が出る。お客様方にご迷惑だ」

 

 まるで鈍器で殴られたような衝撃が頬を襲った。吹き飛びながら遠ざかる視界の中でそれが男の拳だと気づいたが、華奢な少年にとってそれは鉄の鈍器とほぼ同義。なすすべなく少年の体は紙のように宙を舞う。

 

 おそらく頬骨が砕けた。そして体が地面に打ち付けられたとき、果たして自分の体は持つのだろうかと少年は刹那の思考の中考える。

 

(ごめん、レシル……)

 

 もう体が限界だった。諦めたくない……諦めたくないのに、それを体が許してくれそうにないのだ。

 約束を果たせないまま、今度こそ死んでしまうかもしれない。そう思った時だった。

 

 ふわりと温かく柔らかい何かに体が受け止められる。次いで鼻をくすぐったのは、きつい香水ではなく甘やかな花のような香り。

 

 

「あなた、だいじょうぶ?」

 

 

 向けられた笑顔は、まるで春妖精のようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

+++++++++++

 

 

 

 

 

 

 

 

「よっしゃー確保! いいわいいわ、順調よー!」

 

 私は宿屋のベッドに寝かしつけた少年を前に、高くつき上げた拳を握った。

 年齢は十四、五ってところかしら? 薄汚れてるしガリガリだし、殴られたせいで顔も腫れあがってる。とても見れたもんじゃないし、これは寝ている間にちゃちゃっと治療した方がいいわね。なんたって大事な私の「属性の譲渡相手」なわけだし! 喜びなさい、少年! 今日からあなたもソロデビューよ!

 

 

 

 

 数か月前、私はカースドの趣味人共の都合で残り一年の命だってのにノンマン探しの大冒険に送り出された。目的は私の体をむしばむ過剰な【属性】を、見つけ出したノンマンに植え付けること。そうすれば私の命は助かるわ。

 ……でも厄介な条件を出されたものよ。

 ただでさえノンマン……ノンヒューマンってのは、先天性の者で全人口の五%ほどという希少種。それもノンマンだと知られたら酷い差別を受けるって知ってるから、誰も大っぴらに言いふらしたりしない。下手したらノンマンだからって理由だけで虫みたいに殺されるからね。今助けたこの子がいい例よ。

 たったひとつ。【属性】を持たないというだけで、呼び名の通り彼らは人間であるとみなされない。見下すべき存在であるというのが、一般的な認識だ。

 というかこの子、カジノの客の会話を聞く限り周りにノンマンだって結構知れ渡ってたっぽいのに、今までよく生き延びてこれたわね。まあみすぼらしい恰好だし体は細っこくてガリガリだし、どういう人生を送ってきたかなんて一目瞭然だけど。あーあ、運の悪いこと。

 

 でもってそんなノンマンを見つけ出すことがまず大変だってのに、呪術結社カースドのアノマン様がつけてきた条件よ条件。自分が呪術を施した道具が導いだ先に居るノンマンじゃなきゃヤダってさ。ふざけんなっつーの! まあ、ある意味助かったけどね。もらった呪具は隠れてるノンマンを見つけ出す指標にはなったから……。

 いや、でも! 私の伝手を駆使すれば、手近なところでノンマン三人くらいすぐ用意できたわよ! トリリアちゃんの情報網をなめないでいただきたいわ。だってのに、呪具の導きのせいで南へ北へ東へ西への大移動! ああー! やっぱり腹立つぅぅ!

 

 だけど私頑張った。何とか面倒な【色欲】と【混沌】を優先して植え付けてカースドに送り付けてやったもの。トリリアちゃん優秀。超優秀。将来大金持ちの大商人間違いなし。

 …………まあ予想外なことはあったけど。

 

 最初に見つけ出したノンマンは女の子で、彼女には【色欲】を植え付けてアノマン様のもとに送った。「これであなたも差別されることなんてないわ。王都に知り合いがいるから、そこで働きなさい」な~んて甘言つきでね。

 

 

 

 それが何がどうなって「私たち結婚しました」なんて手紙が届くとか、誰が思うよ! ええ!?

 

 

 

 アノマンあの野郎!! いくつか知らないけど確実に二十は離れてる年下の女の子に手を出すとはどういうこと! 年の差なんていろんな例があるからそこは偏見もたないけどさぁ、こっちは命懸けで旅してんのよ!? そこに、おま、ふざけるなよ!? しかも女の子から感謝とのろけ話がたっぷり書き綴られた手紙がセットで届くとか……もうね……実験動物として悲惨なことにならなかったのは、素直におめでとうと言うけれど……うん……。

 

 ま、まあいいわそんなことはどうでも! 過ぎたことよ。無事に生還したらアノマンの野郎はお客様だろうともう容赦せず殴るけどな。

 そんなわけで【色欲】が思わぬ作用をしたのかラブラブカップルを生み出してしまったけど、これってきっと彼女が「愛されたい」って渇望してたのが影響してるのよね。

 【属性】は人の理解度や認識次第で同じ属性でも違った影響が出たりする。私の場合、裏稼業を長く続けたせいで【色欲】に対する認識がどうしても生々しいものになってしまっていたから、あんな風になったんだわ。多分。

 これが厄介なもので、ある程度は理解を深める訓練や属性に対する知識を増やすなどで、認識を自分がその属性を活かす方向でより良いものへと変えていける。だけど大きく影響をもたらすのは、やっぱり生まれ育った中で培われた深層心理なのよ。それはそう簡単に変えられるもんじゃない。そこまで他人の属性に対する認識について詳しくないから、これは経験をもとにした持論なんだけどね。

 ……その点、属性の影響をいっさい受けてこなかったノンマンってのは言い方を変えれば"無垢"なのかもね。生まれ持って【属性】を身に宿していた私たちは、どうしたってその影響下の元で育つから深層心理を変えるのはなかなか難しい。でもノンマン、彼らの心は属性なんて関係なく真に自分自身だけの心の在り方で育ってきた。だからこそ、属性への認識も私たちに比べて比較的素直に、自分への恩恵として受け入れられるのではないかしら。たとえ手に入れた属性がどんなものでも、より良くなりための方向へ。

 

 ……うらやましいとは思わないけど、この旅でちょっとだけノンマンに対する見方が変わったわ。

 

 

 

 

 女の子の次に探し出したノンマンには【混沌】を植え付けてあげた。そのノンマンは男で、盗賊をしていた。身の程知らずにも最初襲ってきたもんだから、叩きのめして属性植え付けてそのまま近くの町にいたカースドの人間にコンタクトをとってひき渡して王都に直送。こっちについては実に速やかにあとくされなく作業が完了したわね。厄介な属性も片付けられて、すっきりすっきり!

 

 こうして半年と経たずして面倒な属性を処理できたから、確認はしていないけど一年という寿命は延びたんじゃないかしら。といっても、油断はしないけどね。

 残る属性は【雷】と【繁栄】と【癒し】。でもって私はもともとデュオだから、ノンマンに植え付ける属性はあとひとつ。そしてその最後の相手も、すでに私の手の内。

 ……優秀、優秀すぎだわ私。鬼畜な条件にも屈せず期限に余裕をもって目的を遂行する手腕、惚れ惚れする。あ~、私って元凡属性とは思えないほど素敵に無敵に優秀ね。あ、もしかしてこれって凡を無くした反動的なものもあるのかしら。

 

 でも寿命の危機が無くなったと言っても、のんびりはしてらんないのよねー……。

 

 呪具を買ったり違約金を払ったりで、私が大事に貯めこんできた財産はすでにカッツカツ。本当なら安全のために護衛だって雇いたかったのに、今こうして一人旅してるのが私の懐事情を悲しく表してしまっているわ。ああ、なんてこと……。以前の私だったら、噂に名高い【離散】のサラディアだって雇えたでしょうに。今は移動用の大事な馬も手放すかどうしようかって考えるほどに余裕が無いわ。最低限必要な商売用のお金には手を付けられないしね……。バルディシュトの糞に出会わなければ、今頃順調に貯蓄できていたことを考えると悔しすぎる。

 命が助かるだけでも儲けもの。……大人しくそう考えられるほど、私はお安い女じゃないのよ。生き残る目途も立ったことだし、また商売の事を考えなきゃ。

 今回の旅の途中でいくつか販路になりそうなところは開拓したけど、それじゃまだ割に合わないっつーのよーう。

 

 

 

 

 もう、生きていくって大変ね!

 

 

 

 

「う……」

「あら、お目覚め? ごめんごめん、まだ治してなかったわ」

 

 あれこれ考えていたら気絶していた少年がうめき声をあげた。薄っすら開いた彼の瞳は、なかなか美しい菫色。ひしゃげた顔面で台無しだけどね。

 私は【癒し】持ちになってから格段に効力が増した治癒の魔法を展開するべく、少年の顔と胸に手を当てがった。少年はそれに体を震わせたが、振り払うほどの体力もないのかそれ以上動く気配はない。

 ふっふーん。喜びなさい、少年。私がこの後あなたに贈る属性は【雷】よ。きっとさっきみたいなチンピラなんて、一発でぶっ倒せるような力を手に入れられる。役に立ちそうなら実験動物から構成員にランクアップして、カースドでも生き残れるかもしれないしね! 少なくとも今よりマシな生活があなたを待っているわ。

 

 と、治療治療。魔力の循環は十分ね。

 

『静謐の棺よ。その身の内を光風で満たし、か弱き命に祝賀の春が奏でし恩恵を与えよ』

 

 魔力を形成し、少年の体を包み込む青く発光する立方体を作り出す。その中には徐々に蛍のような光で満たされていき、最終的には薄桃色と淡い緑の光でいっぱいになった。

 

 そして数秒後。

 

「よっし! これで少しはましな顔に……」

 

 言いかけて、止まる。

 

 …………私の治癒魔法は確実に属性の影響を受けて強くなった。この力はとても素晴らしく、【繁栄】と共に残すことを迷わず決めた。【雷】だって魔法の事を考えれば、確かに強い属性よ。でも【癒し】の魅力に勝るものは、私には感じられなかった。

 だってこの治癒魔法、治療するだけに留まらず体の不調まで整えてくれるんだもの! 食べ物にあたってお腹を壊しても薬いらず、旅の途中体が洗えず不快になれば体の垢も落としてくれる。なんて便利なの! まさに癒し……最高だわ。そうよ。私が求めている癒しはこれよ!

 

 まあ要するに、私が不快と思うことを取り除いて【癒し】てくれるわけだけど……。

 

「あ、ああ……!」

 

 

 私の理想が、そこにいた。

 

 

 透き通るような白い肌。細く柔らかな、わずかに金色を帯びた白雪のような髪。長い睫毛が影を落とす麗しい菫色の瞳は、角度によって深い藍色が混じる。まるで純度の高いフィオレソル魔鉱石のような美しい色。

 背はそれなりにあるのに、肉付きがほとんどなく薄い体は少女と少年の中間にいるような儚さを宿していた。

 

 

 文句なしの美少年ですありがとうございます。

 

 

 

「あなた!」

「はいぃ!?」

 

 体を起こして困惑しきりの顔で私を見ていた少年に、私はついつい勢いよく詰め寄ってしまった。あらやだ私ったらはしたない! 落ち着け、落ち着くのよ……。助けてあげた上に治療までしてあげた私はきっと、今この子にとってまるで女神のような存在のはず。そのイメージを壊してはいけないわ……!

 

「お、驚かせてごめんなさい。ところで体は大丈夫? 痛いところがあったらすぐに言ってちょうだい。すぐに治してあげるから」

「え……。あの、」

 

 言葉がつっかえて出てこないのか少年が言いよどむ。その姿がまるで小動物のように可愛くて、落ち着いた大人の女を装いながらも私は内心大いに滾っていた。

 やだ~! かーわい~い! なによ、もう! まさかの不意打ち! 汚れた野良犬を洗ったらとんだ高級血統種みたいの出てきちゃって、もう! これも日ごろの行いが良いおかげかしら! なんたって一組の幸せ夫婦を誕生させた恋の女神トリリアちゃんですからね! ええ~、どうしようこの子欲しい。アノマン様に掛け合ってこの子だけ私が引き取っちゃおうかしら。散々迷惑こうむってるわけだし、もう二人は提供したわけだし、一人くらいいいわよね? ふふふふふー!

 

「貴女が助けてくれたんですか……?」

「まあね。貴方みたいな子供が虐げられているのなんて、見てられなかったもの。そうだ、お腹はすいてない? あなた体がガリガリよ。もし食べられそうならスープでも……」

 

 そう言って、少年に背を向けた時だ。

 

 

「ごめんなさい……!」

「え?」

 

 ドンっと。背中に衝撃が来て、視線を下に落とせば何やら私の腹から何かが生えている。ぬらぬらと赤い液体を纏って鈍く光るのは、多分短剣。しかもその先っぽには、光り輝く宝玉がくっついてきてるときた。

 

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

 

 少年は謝り続けながらもぐりぐりと私の腹をえぐってくる。

 ちょ、待、もう出てる出てる! 目的はなんかもう分かったけどもう出てる!! 属性の玉、出てるってば! 気づけや!!

 

「やめろこの恩知らずのクソガキがぁ!!」

 

 たまりかねて、私は魔法で強化した拳をクソガキめがけて振り下ろした。すると少年は容易く昏倒し、無様に床に転がる。私は荒くなる息を整えながらも、なんとか短剣を引き抜き治療魔法で腹部の怪我を塞いだ。ちなみに属性剥奪の呪具であろう短剣で引き抜かれた属性は、すでに私の体に戻っている。私のこの忌々しい移植属性は、そう簡単に抜き出せるものではないのだ。

 

(あ、危ない……危なかった……。このトリリアともあろうものが、ちょっと好みの美少年だからって油断した……なんてこと……)

 

 相手が弱っていて、圧倒的弱者の立場だと思い込んだのもまずかった。これはいけない。

 

「でも、この短剣はどこで……」

 

 私の血で濡れた短剣をしげしげと眺めてみる。それは私が持つ品とは比べ物にならないが、なかなかの高級品だった。施された呪術は大したものではなさそうだが、短剣そのものが持つ価値が高そうである。見事な金細工と宝石だわ……。

 

「この子の物ではなさそうね。もし単に幸運で手に入れたものなら、使わないで売り払ってるでしょうし。……となると、ノンマンのこの子を利用した誰かが、カジノの客から属性を奪おうとしていた……?」

 

 裏で何者かが手を引いているのは間違いないだろう。でもこの子は私が助けなきゃ死んでいてもおかしくなかったし、あまりにもお粗末な作戦だ。ホワイトエリアに居た特定の誰かを狙っていたとしたら、目を覚ましてすぐ近くにいた手ごろなお人よし(わたし)を襲うのもおかしいし……。ううん?

 

「まあ、どうでもいいわ。属性植え付けてからすぐに搬送しちゃいましょう」

 

 いくら好みでも、流石に自分を刺してくる相手となれば興味も冷めた。面倒ごとに巻き込まれるのもごめんだし、縁を切るためにもさっさとカースドに押し付けちゃおっと。

 

 

 でも、私。

 あなた、さっき「生きていくのって大変ね」って考えたばかりよね。

 

 

 

 そう。生きていくのって、大変なの!

 

 

 

「!?」

 

 突然派手な音と共に宿屋の窓をぶち割って侵入してきた相手を見て、私の思考が停止する。

 

 暴挙を行ったのは神父服の男。

 男は私と、私の手に握られた(私の血で)血塗られた短剣を見比べ、そして床に倒れた少年で視線を止めた。

 

「………………………………………………………………………………」

 

 冷や汗が止まらない。

 

 男が口を開く。

 

 

 

「最近頻出している属性狩りは貴様だな。アトリ様の名のもとに、この俺が粛清してくれる!」

 

「ちっがぁーーーーーーーう!!!!」

 

 

 

 

 特に親愛でも何でもないお父様、お母様、お姉様、お兄様、お元気ですか。

 トリリアは元気です。

 

 でも、生きていくって大変ですね。

 捕まる気はないけど、もし私の正体がバレて伯爵家令嬢が属性狩り! だなんて噂がたったらごめんなさいね。

 

 頑張れ! てへっ!!

 

 

 

 

 

 それもこれも全部、属性が悪い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




※【離散】のサラディアさんは家葉テイクさんのアトスレ作品である「解放奴隷は祈らない」の主人公です。お名前だけお借りしました。


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05:トリリア・アルフレインズは好奇心に殺される

 群青色の髪に翡翠色の瞳と、色合い的にはそこそこ好みな長身の男。服の上からでもわかる筋肉質な体は、なかなかよく鍛えられている。神父服をまとった十中八九アトリ教徒だろうそいつは、現在私の前に縄でぐるぐる巻きにされて転がっていた。やったの私だけどな。

 ……派手に登場した割に、あっさり捕まったわねこいつ。まあそれもこれも、私が準備を怠らない優秀な美少女だからだけどね。魔銃の弾に麻痺効果のあるものを補充しておいて正解だったわ。まだ【雷】を失っていない私なら魔法の方が強力ではあるけれど、こういう咄嗟の時の即効性という面では使い慣れた魔銃に勝るものはない。

 それにしても結構大きな音がしたはずだけど、宿の人間が来ないってのはどういう事かしら。……金銭的に厳しいからって、スラム寄りの安宿になんかするものではないわね。こういう面倒ごとには関わらず、嵐が過ぎ去ってから対処にあたるべき。処世術としては正解だけど、客側としたらたまったものではないわ。

 

「その服、この近くの村か何処かの神父様かしら? いけませんわ、神父様が荒事だなんて」

「これはデザインが気に入ってるから着ているだけだ。俺が敬虔なるアトリ様の信徒であることに間違いはないが、正装は他にちゃんとある」

 

 後ろ手に腕を縛られてケツ突き出してくの字に転がる無様な姿だってのに、妙にキリっとした顔で言う男がちょっと気持ち悪い。私は一歩後ろに下がった。

 

「そ、そう。ところで、乱暴して申しわけないんだけど、私は属性狩りなんてしていないわ。誤解なの」

「ほう? 言い逃れできない現行犯でよくぬけぬけとそんなことが言えたものだ。俺の目はごまかせないぞ」

「だから違うってば! これ、私の血だから! 私は被害者! 【癒し】属性持ちだから治癒魔法で直しただけ! ほら見なさいよお腹に傷跡と血痕残ってるでしょ!? それも結構生々しいやつが!」

 

 おかしいな、今完全に私の方が立場が上よね? なんでこいつこんな偉そうなの。

 私は妙に上から目線な男に苛つきながらも、証拠とばかりに腹部を見せつけてやる。そこにはまだ完全に治し切れていない、パックリと割れて肉色が覗く傷跡と乾いて赤黒く変色した血液。これを見て疑うようならこいつの目は腐っているわ。

 しかし傷跡を見せた私に対して、男の反応は斜め上だった。

 

「ッ! ば、馬鹿者! 女がそう、簡単にだな! 肌を見せるものではない!」

「純情かよ」

 

 不遜な態度をかなぐり捨てて赤面し慌てだした男を前に、すうっと私の中で何かが引く。苛立ちもついでに引いた。

 お前……肌とかの前にもっと言う事あるだろうがよ。よくこの痛々しい純情乙女の傷を見てそんな反応返せるな。というか私の服はもともとお腹見えてるんだけど。なにこいつ、どこぞの箱入りおぼっちゃんかな? ん? 貴族のお嬢様はこんな服着ないもんね。私は実家を出た反動と趣味、機動性重視で選んでるけども。

 まあいいわ。それよりも、誤解をさっさと解かねば後が面倒くさい。

 

「そんなことはいいから、まず私が被害者だってことを理解しなさいよ童貞」

「誰が童貞だ!」

 

 うるっさいわね! つい出ちゃったのよ!

 

「お前のその反応だよ! いいから、もう一回聞きなさい。私は被害者、加害者はこの子。そして窓の修繕費は当然だけどお前が払え。ここまでは最低限理解してもらいたいわけだけど、いいかしら」

「フンッ、修繕費は当然俺が払うに決まっているだろう。俺が壊したのだからな。犯罪者にたかるほど落ちぶれていない」

「それは結構だけど一番理解してほしいところ理解してないわよね!? だ・か・ら! 被害者と加害者が逆!」

 

 このままじゃらちが明かないわ。でもこのあと私は【雷】属性を彼に譲渡しなければならないから、誤解がとけて犯罪者確定したノンマンを連れていかれるのも困るのよね……。かといってこのまま逃げたら、思い込みが激しそうなこの男に犯罪者として手配されかねない。ああ、もう! 面倒くさいわねー!

 【混沌】属性捨てたんだからもっと反動で平穏な日々が訪れてくれてもいいと思うのだけど、なぜこうも試練が立ちふさがるのか。

 

「う……」

「そこでお前はここで起きるわけ!? もう、空気読みなさいよ!」

 

 どう立ち回るのが最適解か。そう考えあぐねてるときに、気絶していた見た目だけなら超絶好みなノンマンの少年がうめき声をあげて目を覚ました。

 治したとはいえ死んでもおかしくない重傷を負っていた私だってのに、どうにもアトリ様は私に厳しいようね。属性嫌いとか心の中でしか言ってないんだし、もう少し属性を有する者に祝福とか恩恵ってものを与えたらどうなのよ。

 

 神父服の男を手持ちの縄で縛るので精いっぱいだったため、少年にはなんの拘束処理もできていない。武器は取り上げたけど、もう一度飛び掛かってこられたら厄介ね……。この狭い宿屋の一室で取っ組み合いなんてごめんだわ。規模大きめの魔法を使ったら私までダメージを受けてしまうし……使えそうな魔弾はさっき使ったので最後。どうしたものかしら。

 

「…………! ごめんなさい!!」

 

 身構えて幾通りかの対策を巡らせていた私。だけど予想外なことに少年は再度私に襲い掛かることなく床に這いつくばって、床の木目に頭を擦りつけるようにして謝罪をしてきた。

 

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……。あなたは助けてくれたのに、僕は……! 僕はあなたを殺そうと……!」

 

 薄い体を惨めに震わせながら謝罪するその姿に不覚にもときめきを覚えながら、私は軽く息を吐き出すと神父服の男を半眼で見た。私と少年を戸惑った表情で見ていた男は、私の視線から逃げるようにわずかに身じろぐ。

 

「ふふんっ、見なさいな。加害者からの自白よ。これで私が被害者だって分かっていただけたかしら?」

「…………詳しく話を聞こう」

「その前に謝罪をしなさいよ、謝罪を」

「…………疑って申し訳なかった」

 

 あら、なかなか素直じゃないの。

 う~ん、でも困ったわね。誤解が解けたのは歓迎すべきことだけど、犯罪者としてこの子を連れていかれたら属性の譲渡が出来ない。

 

(いえ、でもここは見送るべきだわ。この子は諦めて、別のノンマンを探しましょう)

 

 旅の資金的な問題で少々痛いが、仕方がない。ここでアトリ教の人間と変にもめるより、大人しくこの子は引き渡しておこう。なにもこの子しか属性を渡す相手がいないというわけではないし、また指針の導きに従って探すのが吉ね。

 そうと決まれば話は早いと、私は営業用の笑顔を張り付けて神父服の男の拘束を解くべく身をかがめた。誤解が解けたならこれ以上心象を悪くするのはよろしくないもの。今更かもしれないけど、結構暴言も吐いちゃったしね。

 もちろん未だ床に頭をこすりつけて謝罪を続ける少年に注意を向けることは怠らない。また何かされたらたまったものではないわ。

 

「いえ、こちらこそ失礼しました。ところで所属とお名前を伺っても?」

 

 こちらは探られて痛い腹しかもっていないからさっさと離れたいけど、冤罪をかぶせられかけたという強みがあるうちに一応相手の情報だけは有しておきたい。情報っていうものは、いつどこで役に立つか分からないのだ。これはある意味癖というか、職業病よね。

 でも男の身元を聞いた私はすぐに「余計なことを聞かなければよかった」と後悔した。

 

 拘束が解かれ赤く跡のついた手首を擦りながら体を起こした男は、神父服の埃を払いながら存外素直に名乗る。

 

「俺はディフォン・ラグレイル。普段はキュベテス南の教会で働いているが、これでもサルバシオンの一員さ。下っ端だけどね」

 

 一瞬息が止まった。

 

「…………あの、素人考えで申し訳ないのですが、特殊部隊の方がそう簡単に所属を名乗ってよろしいのですか?」

「君が聞いたんだろう」

「いや、そうですけど」

 

 特殊部隊サルバシオン。誰もが名前だけは知っているだろう、アトリ教の武装集団だ。彼らは本来悪魔や魔族が討伐対象だが、奴らが滅多に出没しないこともあって犯罪者や背教者の始末屋としての認識の方が一般には浸透しているだろう。

 

 ちなみに彼らの基準で私はがっつり犯罪者枠に入るので色々とまずい。

 やっべ逃げよう。

 

「こ、こんなところでサルバシオンの方と会えるだなんて光栄ですわ! ところで私、このあと大事な用事がありますの。この子の引き渡しと宿の修繕に関しての事後処理もろもろ、お任せしてしまっていいかしら。とっても! とっても大事な用事なので!」

「いや、申し訳ないが教会で聴取を取りたい。ご同行願おう」

「いえ、でも……」

 

 くっ、貧血で頭が回らないわ! うまくこの場を離れる言い訳が浮かばない。

 一応旅するにあたって偽装した身分はあるけれど、もしばれたら死刑台直行の可能性が大きい。私に簡単に捕まったのを見る限り本人が言う通り下っ端なんでしょうけど、怖いのはその伝手よ。なんとかしてでも疑われる前に逃げ出さなければ。

 

「あの……」

 

 冷や汗をだらだら流しながら必死に考えを巡らせている私に、か細い声がかけられる。見れば私を刺してくれさったノンマンが、顔面蒼白にして縋るように私の服を握っていた。…………被害者に縋るとはいい度胸じゃない。

 ……ああでも、ノンマンだってだけで教会の当たりはつらかっただろうに、属性狩り及び殺人未遂の罪でこれからサルバシオンに連行されるってなったらそりゃあ怖いわな。

 でもそんなの私が知ったこっちゃない。どんな事情があるかは知らないけど、大人しく自分が犯した罪とそれに対する断罪を受け入れるのね。

 え、私? 私は逃げるけど。ばれなきゃ罪は罪じゃないのよ。

 

 ……ああでも、その前にちょっと気になることはある。

 

「そうえいばあなた、これはどこで手に入れたの?」

 

 そう言って示して見せるのは、見事な装飾の短剣。私から属性を引き剥がそうとした呪具だ。

 しかし言ってからはたと「あ、関わるべきじゃない」と思い直した。つい好奇心で聞いてしまったけど、こんなこと私が聞くべきことじゃない。全ては目の前の……えーと、ディフォン・ラグレイル? とかいう男に丸投げしてしまうべきだ。

 

「あ、やっぱりいいわ言わなく……」

「僕は!」

 

 私の言葉をさえぎって、少年が叫ぶように言う。

 

「僕は、属性狩りの主犯ではありません! だからといって許されないのは分かってます。でも、お願いします。僕はどうなってもいいから、アトリ様の気高き戦士であらせられるあなたにお願いしたいのです! どうか、どうか妹を、助けてください……! この短剣の事も、全部話しますから……! どうか……!」

 

 身を投げ出すようにしてサルバシオンの男に頭を下げだ少年。その手は相変わらず私の服を握って離さないが、さっきの弱弱しさはどこへやら……無理に離すことが出来そうにないくらい、がっつり掴まれている。

 

(おい……おいちょっと待て……。そういうのは私がいなくなった後にやれ……!)

 

 

 

 私の心の嘆きは、ひきつった営業笑顔の影に飲み込まれた。

 

 

 

 

 

 

++++++++++

 

 

 

 

 

 

 男は目の前の女の完ぺきを装った笑顔を冷めた目で見ながらも、これは思いがけぬ好機であるとほくそ笑んだ。

 

 

 ディフォン・ラグレイル。その名を持つ青年は数年前に特殊部隊サルバシオンに所属を許されたものの、思慮の浅さなどを理由になかなか思うような仕事を任せてもらえず燻っていた。

 しかしある日、ディフォンに転機が訪れる。

 

 発見したのは魔物に襲われる馬車。すぐに助けに入ったが、乗っていたものの半数はすでに死に絶えていた。

 馬車が襲われた地域は普段は平穏そのもので、魔物の被害などほぼ聞いたこともない場所。それをいぶかしんだディフォンが生き残りを調べてみれば、転がり出てきたのは「呪術結社カースド」と「呪術で属性を植え付けられたノンマン」。後者についてはディフォンが聞くまでもなく、元ノンマンの男が恨み節でたっぷりと語ってくれた。ノンマンが属性持ちになれたのだから幸運ではなかったのかと問えば、植え付けられた属性が【混沌】だというから笑ってしまった。なるほどこの惨事はそのせいかと。

 属性狩りについては近年増加傾向にある犯罪のため聞き及んでいたが、その逆とは珍しい。しかし傾向的に扱いが難しくマイナスに傾く者がほとんどである【混沌】のような属性ならば、それは人に押し付けたくもなるだろうとは理解できた。

 

(まあアトリ様から授かった属性は、どんなものであれ尊きもの。それを弄んだ時点で許されるべきことではないが)

 

 ディフォンはそのおぞましい行為に激情し思わず殺しかけたカースド員と元ノンマンを教会に引き渡してから、わずかな手掛かりを頼りに属性を植え付けた犯人を追うことを決めた。

 

 マイナス属性が嫌なら、呪術で抜けばすむだけの事。アトリ教としては呪術を扱った時点で犯罪者とみなすため使用者に救いなどないが、それでも罪の度合いでいえばまだ軽い。……しかしそれをわざわざ人に植え付け、尊き【属性】をノンマン相手とはいえ運命を弄ぶ「道具」にしたとあれば重罪だ。人は全てアトリ様とその恩恵である【属性】に従順であらねばならないというのに。

 想像するに犯人は、唾棄すべきカリュオンのリーダーのように属性を装飾品かなにかと勘違いしている輩にちがいない。役に立たない属性を面白半分に植え付けた、といったところだろうか。

 

 許されざる行為だ。

 

(属性移植の犯人、そして最近多発している属性狩りの犯人を捕まえれば、俺はもっと上へ行ける……! アトリ様へ信仰を示せる……!)

 

 いずれは歴史に名を遺すサルバシオンの番号持ちへ。それがデュフォンの目標だ。

 

(ああ、アトリ様見ていてください! 敬虔なる貴方様の使徒、デュフォンめが必ずや不届き者に制裁を下します!)

 

 デュフォンは顔に出そうになる笑みを引っ込めると、属性移植の犯人の有力候補である「黒髪の女」とまだ裏で糸を引いている黒幕がいるらしい「属性剥奪の現行犯」を見つめる。

 最初に無力化されたのは予想外だったが、女の手慣れた身のこなしから疑惑は深まり、自身が名乗った時の反応で黒に近い灰色へと傾いた。少年の方は予想外だったが、これを機にもろもろ一網打尽にすることが出来れば自分の評価はぐんと上がる。逃すべきではない。

 

 ディフォンは笑顔のまま固まる女と身を震わせながら頭をさげるノンマンの少年に向き合い、穏やかな声を紡いだ。

 

 

「ほう、何か事情があるようだ。詳しく話を聞かせてはくれないか?」

 

 

 

 

 

 

 属性に踊らされる者たちが紡ぐ曲は、軽やかに跳ねて譜を進む。

 

 

 

 

 

 

 





【挿絵表示】

ようぐそうとほうとふさんからトリリアのイメージイラストを頂きました!嬉しい!
可愛いうえに美人、でも誇らしそうな顔から滲む二つ名と達筆な文字に恥じない凡骨感がたまらなく好きです……!タグ遊びの延長で半ばねだるような形になってしまいましたが、描いてもらえて嬉しかったです。
ようぐそうとほうとふさん、素敵なイラストをありがとうございました!


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06:トリリア・アルフレインズは逃げられない

 殺人未遂と属性剥奪の冤罪は無事に晴れた。しかし現在の私の状況はというと、目標達成を目前に浮かれていた数時間前の自分をあざ笑うかのように芳しくない。

 最後の不要な属性を押し付ける相手は見つけた。その相手に恩も売った。だけど相手は私を殺す勢いで属性を剥ごうとしてくるわ、妙にタイミングよく表れたアトリ教の特殊部隊に連行されるのが決定してて属性植え付けられないわ、しかもとてつもない厄ネタかかえてそうだわで……面倒なことこの上ない。しかもそばでギラリとした目でこちらを見張っている男が私の逃走も許さないときている。

 

 

 アトリ教特殊部隊サルバシオン所属、デュフォン・ラグレイル。

 サルバシオンというにしては弱く、融通がきかず頭もあまりよくなさそうだというのが現在私たちを見張る男への印象だ。

 

 

 そう、なんと冤罪が晴れたというのに私まで見張られている。

 この男馬鹿そうだし気づかれてないつもりなんだろうけど、疑いが晴れたあとだってのに私へ向ける目に猜疑心とこちらを探るものをビシビシと感じるのよ。今こうして並んで歩く私と厄介なノンマンの少年……セルカと名乗った子の後ろに陣どってるのがいい証拠ね。逃がさないぞって視線が刺さって痛いのよ! もう!

 

 ここで何故、ノンマンにも手を差し伸べそれを仇で返された優しくかよわい聖女もかくやと言わんばかりの美少女たる私が疑われているのか考えてみる。

 思い当たったのは私がここ最近つねにばれやしないかとビクついていた、私の旅の目的である【属性付与】。アトリ教にとっては奪おうが与えようが、属性をいじった時点で大罪だ。

 ……思えば結構前にアノマン様のもとに【混沌】を与えてやった男を送ったのに、受け取り通知がきていないのよね。もしかすると輸送途中に見つかって、属性付与がバレたのかもしれない。単品で【混沌】を植え付けたんだもの。道中、どんなトラブルがあってもおかしくはないわ。

 しかもここでちょっと思い当たってしまったのだけど、私の運の悪さって奪われた【凡】属性も関わってるかもしれないのよね。【混沌】を取った反動で平穏になりなさいよと思ってたけど、私が生まれてからこれまで付き合ってきた腐れ縁は【凡】と【傍観者】。新参者の属性を失った影響より、生まれたときから結び付けられていた属性を失った反動の方が大きいとするならば、私はもろにその影響下にある可能性がある。奪われた時から、ずっと。

 こうして平凡とは程遠い面倒ごとばかりに巻き込まれ、傍観しようにも現在その面倒ごとの渦中にいるのだからそういう考えにも至るってものよ。

 

 まったく、無くなったら無くなったで足引っ張ってくれるんだから最悪ね!! 失った属性が恋しいなんて死んでも思わないけど、私にとって属性なんて飼いならすための家畜にすぎない。属性に感情なんて無いのは承知だけど、最低限ご主人様に迷惑かけない心がけをしてほしいもんだわ。

 

(と、そうじゃなくて。とにかく、混沌野郎がどこかでアトリ教につかまって私の行いがバレた、もしくはもともとの闇商人業の件で疑われているとみておいた方がよさそうね。都合よく属性剥奪の場面に現れたのも、もともと私がマークされていたと考えれば辻褄もあうか。闇商人業についてはバレていない自負があるもの。前者の可能性を考えるのが妥当ね)

 

 ちらっと後ろを見れば翡翠色の瞳と目が合って、そしてすぐにそらされる。うわ、分かりやすい。

 

 私はついつい呆れた顔になりながらも、現状を打破すべく手始めに当然の疑問をデュフォンに投げかけた。

 

「あの~、デュフォンさん? 少し質問よろしいかしら」

「なんだ」

「何故教会に向かわず、私たちは街道を歩いているの?」

「こちらに教会があるのだ」

 

 嘘つけ!! ここいらの地理もばっちり優秀なトリリアちゃんの頭脳には記録されているわよ!! こっちに教会なんてないっつーの!

 そう思ったけど、口には出さない。私はひくつく顔の筋肉をなんとか笑顔に保つことに成功すると、再度問いかけた。

 

「ええとですね? 私の勘違いでなければ、この道はさっきこの子に聞いた、黒幕さんとやらが居る遺跡群に向かっている気がするのですけど……」

「気のせいだ」

 

 ぶっとばされたいのかな? ん?

 

 こめかみがぴくぴくするのを感じつつも、隣の美少年を眺めてなんとかこらえる。

 このセルカって子、面倒ごとの元凶ではあるけど見た目だけは本当に目の保養だわ~。こんなことにならなければ、私が大事に猫可愛がりで飼ってあげたのに。

 

 にしても、本当にこいつ馬鹿か。私に事情聴取のために教会へ同行を願いながら、その実セルカがもたらした属性剥奪事件の黒幕のアジトへと向かっている。私を確保しながらもいち早く、どでかい手柄を一人で立てたいってところかしら? 馬鹿め。

 もし私がこいつの立場なら、まず私を教会へ事情聴取を名目に引き留めて確保しつつ、その間に仲間に連絡して複数人で属性剥奪事件の対処にあたる。……だってのに、こいつは仲間に連絡もせず一人でいいとこどりしようって腹が見え見えよ。サルバシオン所属といったって、私に一回捕まる程度の実力のくせにいい度胸ね。こいつが下っ端だってのもよ~く理解できるわ。

 

 まあ、私としてはありがたい。これは目的地到着直前にでも、どさくさに紛れて途中で逃げてしまっていいわね。

 私がこいつ、デュフォンに対して恐ろしく感じるのはサルバシオンとしての伝手のみ。黒幕さんとやらと戦ってデュフォンが死ねば私が逃げたことへの嫌疑も発生しないし、生き延びたなら待ち伏せて消耗したところをとどめ刺して証拠隠滅。

 デュフォンが仲間にあらかじめ私への嫌疑を伝えていれば話は別だけど、この感じだとその可能性は低そうだわ。しばらくは念のため、もう一度偽名を変えて変装して行動すれば十分でしょう。

 

 にしても、この馬鹿の自信ってどこから来るのかしらね。黒幕を相手取りながら、私が逃げるのを阻止できる気でいるのかしら。属性【愚】とかでも驚かないわよ。

 

「あの……」

「ん?」

 

 私が着々と今後の方針について考えていると、セルカが遠慮がちに声をかけてきた。今にもまた十数回と繰り返された謝罪を口にしそうだったから、私は面倒くさくてその前に上辺だけの同情セリフで遮ることにする。

 

「ああ、もう謝らなくていいわ。あなたも大変だったのね。妹さんが人質にとられているなんて」

 

 そう、このセルカの事情は単純といえば単純だ。最愛の妹を人質にとられ、属性剥奪の駒として働かされていたらしい。

 指示は「キュベテスのホワイトエリアに居る人間から属性を奪うこと」。私が襲われたのは、私自身がホワイトエリアに居た人間だから。目が覚めた時すでにエリアからは出ていたし、このままだと指示を実行できないと焦ったんでしょうね。もう一度ホワイトエリアに入るリスクを考えたら、そりゃ目の前の獲物に飛びつくわよ。

 でも奪いたい属性の指定もないし、随分とざっくりした指示よね。ブラックエリアなら貴族をはじめとした身分の高い人間のみしか出入りできないから、上流階級そのものに恨みがあるとかだったら細かい指定がないのもわかるけど。ホワイトの方は身分証明が必要とはいえ正直玉石混合。いろんな人間が出入りしているから、特定層を狙って、というのは難しい。

 

(それにこの子、私が助けなきゃ普通に死んでたかもだし)

 

 あまりにもひ弱で、人質を助けるために頑張るといっても指示を遂行する前に死んでしまっては意味が無いだろう。

 相変わらず、その黒幕とやらの意図が話を聞いた今でも理解できない。

 

 

「あ……う……、その……」

 

 謝る前に遮られて、とたんにセルカの言葉は迷子になる。そして迷った末に、彼はぽつぽつと身の上話をはじめた。少し鬱陶しいなと思ったけど、デュフォンの眼光で刺されっぱなしじゃ居心地悪いし、少しくらいいいか。

 

「僕は下級層の出ですから、生まれたときに洗礼を受けられなかったんです……。だから属性鑑定もせず、途中まで自分がノンマンだと知らずに生きてきました……。ノンマンと知れる以前も生活は厳しくて、早いうちから両親もなくして妹と二人で暮らす貧しい生活でした。それでも、幸せだった。妹がいたから。でも自分の属性を活かせばもっといい仕事ができて、底辺から這い出てもっと豊かになれるんじゃないかと思いあがったのがそもそもの間違いです。……貯めたお金でお布施をして教会で鑑定してもらい、自分がノンマンだと知りました。幸い妹は属性をひとつもっていたのですが……」

「ふむ、なるほどな。鑑定関連を少々見直した方がよいかもしれんとは、つくづく思っていたのだ。でなければ神聖なる属性持ちの中に何食わぬ顔のノンマンが紛れたままなってしまう。属性鑑定の無料化を進言してみるか……」

「デュフォンさんうるさい」

「な!?」

「どうぞ、続けて?」

 

 アトリ様万歳野郎の虫唾が走る属性話を聞くより、まだありふれた悲劇の話の方がましだわ。

 

「僕がノンマンだという話は、あっという間に広がりました。教会にはいろいろな人間が出入りするし、地元だから僕を知ってる人も多かったから……。今まで優しくしてくれた人も、変わってしまった。変わらず僕を慕ってくれたのは、妹だけでした」

「なんと寛容な妹だ。ノンマンの家族を認めるとは」

「だからうるさい」

「むぐ!?」

 

 いちいちつっこむデュフォンが鬱陶しいので棒付き飴を口にねじ込んでやった。……入れといてなんだけど、そのまま舐めるんかい。おい、それでいいのかサルバシオン。警戒してる割に無防備過ぎない? こいつの上司、こいつは誰か頭いい奴と組ませたほうがいいんじゃないの。

 

「はい、続けて続けて。あ、あんたも飴ちゃん舐める?」

「いいんですか!? そんな高級品を!?」

「え、ええ。どうぞ」

 

 思った以上に食いつかれて驚いた。ま、まあ砂糖を煮詰めて作ったお菓子なんてスラム出の子にとっては高級品か。この飴なんか特にバターとか果物の汁まで使ってるし。

 

「美味しい……! あなたから属性を奪って殺そうとした僕に、こんなに良くしてくれるなんて……」

 

 はー、ちょろいちょろい。飴一つで私の評価爆あがりね。上がったところで特に意味ないけど。

 

 

 ……とかなんとかやってたら、デュフォンの目的地である黒幕在住の遺跡群までついてしまったわ。

 

「あ、あれ? 教会に行くのでは……」

 

 あんたも騙されてたんかい! ちょっと、情報喋ってこの中で一番ここまでの道知ってるだろうあんたが騙されてどうすんのよ。

 でもそうとなれば私もそろそろ逃げ出す算段を……。

 

「ほう、出迎えか?」

「え?」

 

 周囲を見回していた私は、デュフォンの声に前方を見る。そこには私たちの四倍ほどの大きさの、獣を象った石の巨像。無機物相手になにかっこつけているのかと訝しむが、異変が起きたのはすぐだった。

 突如として響き渡る獣の方向に、巨像から剥がれ落ちる石の表皮。

 

「冗談でしょう!?」

 

 下から現れたのはオオカミの体にタコのような触手を生やしたような魔物。だけど問題はそれが馬鹿みたいに大きいってこと! 毛が逆立って帯電しているところをみるに、雷属性を有する可能性が高い。そうなると現在私の最高火力である雷魔法がきく可能性は低いわ。これは勝てない。さっさと逃げさせてもら……

 

 

「アトリ様、この(わたくし)めに神速の加護を!!」

 

 

 開いた口がふさがらなかった。気づいたときには魔物は正面の顔部分から尻の穴まで貫通するように体をえぐられていて、その向こう側には血まみれの神父服を纏ったデュフォンの背中。瞬殺って……嘘でしょ……。こいつ縛られて無様に床に転がってたやつよ……。

 というか、おいおい。聖職者は血を流す武器を禁じられているのではなかったの? なにを使ったか知らないけど、これじゃ意味ないんじゃ……えぐいわ……うえっ、気持ち悪い。

 

 逃げることも忘れて、魔物の巨体が横転するのを見守りながら私とセルカは呆然と突っ立っていた。

 

 

 するとそこに、第三者の声が響く。

 

 

「なるほど、なるほど。【直進】か。それにしては、大した威力だ。魔法を併用しているのかな? そしらのお嬢さんは、ほう……【雷】に【繁栄】、【癒し】と。ずいぶん恵まれている」

「!?」

 

 私とデュフォンは同時に声のした方向を見る。そしてそこにいたモノを見て、私の体温は急速に下がっていった。

 

 

 

 黒地に金糸の高貴な服を纏う、若い男だった。だけど決定的に私たちと違う姿をしている。

 

 青白い肌に、その体を這う植物のような紫の文様。白目の部分は黒く、縦長の瞳孔が収まる金色の瞳が不気味に浮かんでいる。

 そして背中からまるで揚羽蝶のように広がる、黒い縁取りに七色の膜を有した翅。

 

 理性を宿すその口調もあって、そっち方面の知識に乏しい私にだってわかる。

 

 

 

 

「魔族……!」

 

 

 

 

 ちょっとだけ、【凡】と【傍観者】が恋しくなった。

 

 

 

 

 




トリリア は にげようと した
しかし まわり こまれて しまった !!


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07:トリリア・アルフレインズは終われない

 魔族。その存在自体の名前は聞いたことがあっても、大抵の人間はその姿を目にすることなく一生を終える。しかし物語上で悪役として扱うのに非常に都合のよい存在のため、寝物語に聞かされてそれらがどんな存在なのかは子供でも理解していることだろう。

 

 物語だけでなく、事実奴らは悪役なのだ。

 

 人類に害を成す異形のモノたち。

 

「なんっで……! 肝心なことを言わないのよあんたは!!」

 

 認識すると同時に魔族に背を向けて逃げの体勢をとった私は、怒りに任せてセルカの胸倉を掴んでそのまま引きずって怒鳴り散らした。……セルカが軽いってのもあるんでしょうけど、なんだか旅に出てから腕力がついた気がするわ。

 

「ご、ごごごごごごごごごごめんなさい! 言ったら、助けては、もらえないとッ」

「バッカ!! もう、あんた馬鹿!! 魔族なんて教会が一番目の敵にしてる怨敵よ! 逆に喜んで相手してくれるわ! というか、そうと知っていればさすがにあっちの馬鹿もこんな単独行動したりは……」

「魔族……だと!? フ……ククッ、ふはは……アーッハハハハハハハハハ!! 願ってもない! いよいよ運が向いてきた! これもアトリ様の思し召しか! この討伐に成功すれば、俺も名誉あるサルバシオン番号持ちに……」

「あ、駄目だ本当の馬鹿だわ」

 

 チラッと振り返れば、血まみれ神父服の男デュフォンは恍惚とした表情で魔族を凝視していた。相変わらず魔物を倒した武器は目視できないが、ブツブツと自分が魔族を倒してのし上がる未来を妄信する言葉を呟き、瞳は獣のようにぎらついている。

 妄信っつーか猛進っつーか……。ともかくこいつはもし最初から魔族が相手だと知っていても、単独行動していただろうなって事は分かった。

 

 よし、存分に戦いなさい。そして立派に囮となって死ぬがいいわ。

 巻き込まれるのはごめんだもの。せめてもの償いに、私が生き延びるための礎となる名誉を贈呈させていただこうかしら。

 

 私がデュフォンを囮にして魔族から逃げる算段をつけていると、すぐ近くから狼狽した弱弱しい声が聞こえた。ああ、まだセルカを掴んだままだったわね。

 

「ま、待ってください! 放して、妹があそこに……!」

「ああ、ごめんなさいね」

「ぶふぅ!?」

 

 とてもか弱い抵抗であったものの、もがく人間をわざわざ捕まえたままにして体力消耗するのは馬鹿らしい。ので、素直に服から手を放してやる。すると急の事で対応できず、鼻から地面にぶつけたようだ。

 まあ強く生きなさい。つい怒りに任せて掴んでしまったけれど、連れて行ってあげる義理は無いもの。運が良ければあのサルバシオンのデュフォンが、魔族を倒して妹さんを助けてくれるかもしれないわね。私は逃げるけど。

 個人的な見解では魔族の強さがどうであれ、あの思慮の足りない脳筋が勝てるとは思えない。

 

 だが、デュフォンはただの馬鹿ではなかった。

 厄介な馬鹿だった。

 

「おっと貴様にも逃げてもらっては困る! 属性移植の容疑者だからなぁ!」

「!?」

 

 デュフォンが腕を振り上げると、その腕に嵌められていた鉄の腕輪から鱗のような魔法光が発生し、それらが連結してあっという間に私のもとまで宙を走って到達する。達した場所は私の右手首で……そこには腹部の傷を抑えたときについたと思っていた、固まった血液。しかしそれは間違いだったようだ。血液は不自然にうねり魔法紋を形成したのち、さらに変容、厚みを増して具現化、デュフォンの身に着けている物と同じ鉄の腕輪になった。

 

 いつの間にこんな仕掛けを! ちょっと、馬鹿なら馬鹿らしくそこら辺は抜けてるのが愛嬌ってものよ!? なんでこんなところだけ用意周到なの!

 

「くっ……! 属性移植って、いったい今度はなんの言いがかりをつけるおつもりかしら。負傷した乙女をこんなことに巻き込んで、聖職者として恥ずかしくないわけ?」

 

 そうよ。教会行くよー、傷の手当とかそこでするよーって言われたから、私まだ自分の怪我を治しきれていないし服も血まみれなのよ。そんな状態の私をよくもこんな場所に連れてきてくれたわね。その容疑自体は想像ついてたし実際大当たりだけど。

 馬鹿は馬鹿でも直感で行動して当たりを引き当てる馬鹿は嫌いだわ……!

 

「フン、せいぜい喚いているがいい。俺はこいつの相手をするから、終わるまで大人しく隅で待っていろ」

 

 聞く耳持たないクソ男を相手にしてもらちがあかないと、おそらく拘束魔法の類だろうそれの解除を試みた。……が、強力な守護がかかっていて、魔法学校を並の成績で卒業した程度の私では解除出来そうにない。

 ああ、もう……! 前だったらどんな窮地がきても、傍観者として余波を受けず最後まで安全でいる自信があったのに! 今の私じゃこの近距離で無事に済む未来が見えないわ!

 

「ッ、しょうがないわね!」

「……? どうした、隅で待っていろと言っただろう」

 

 眉間にぎゅうっと皺を寄せて考えた結果、私は踵を返してデュフォンの隣に戻ってきた。ちなみに足手まといにしかならないだろうノンマンのセルカはその途中で蹴り飛ばして隅に寄せてある。はーっ、私って優しいわよねー。

 

「あんた一人で勝てると思えないのよ。どうせ逃げられないなら一緒に戦ってさっさとケリをつけるわ。そして失礼極まりない奇妙で不名誉な冤罪は解いてもらおうじゃないの」

「な、何ぃ!? 無礼な!」

「どこがよ! さっき私にあっさり捕まってらっしゃった弱者は何処の誰様かしら? サルバシオンが聞いて呆れるわね。組織の名を自分の行動で貶めて、恥ずかしくないのかしら。恥ずかしいと思うような感情があればこんなことしてないでしょうけど」

「ぐっ、それは……!」

 

 言葉に詰まったデュフォンを無視し、こちらの様子を観察するように眺めている魔族を見据える。今のところなんの挙動も見られないが、それは余裕あってのことだろう。……先ほどあいつは、私とデュフォンの【属性】を当ててみせた。少なくとも【鑑定】属性持ちであることは間違いない。

 魔族には属性を持つ者と持たない者がいるが、それに影響されない身体能力と魔法能力、はたまた種族固有の特殊能力を持つなど噂も様々。だから戦いに向かない属性であったとしても素直に喜ぶことは出来ないし、そもそも強いだろう相手に戦う前から自分の属性がバレているのは結構致命的だ。

 ……私、生きて帰れるのかしら。

 

 紫の文様、青い肌、黒い白目に金目、蝶のような翅。脳内の情報をさらうが、物語で題材にされるような分かりやすい種族ではなさそうだ。いかにも強そうな魔物を使役していたから、他にも使役獣が居ることを考慮してその警戒もしなければならない。正直たった二人でなんて相手したくないし、戦いなんて専門外のか弱い私がここに立っているのは間違っている。でも生き延びるためにはどうしたってやらねばならないのだ。忌々しいわね、まったく。

 

 私は闇商人になってからすっかり板についた舌打ちをすると、昆虫のような翅をもつなら手始めに火であぶってやろうかと火炎魔法の弾丸を魔銃に込め構える。威力は大したことないけど、牽制くらいにはなるでしょ。本当ならデュフォンに使った麻痺効果のあるものが良かったのだけど……。今のところ、いい魔弾は尽きて粗悪品しか手元にないのよね。

 デュフォンは文句を言いたそうな顔でこちらを見ていたが(文句を言いたいのはこちらだ)、奴も油断などできない手合いということくらい理解できているのか同じく構えた。相変わらず得物は確認できない。

 

 そういえば魔族が言うことが本当なら、デュフォンの属性は【直進】だったかしら。とっても分かりやすいし納得できるわね! 性格的にも!

 でもそうなると、ちょっと厳しいわ。推測するにこいつの攻撃スタイルは開けた場所でのスピード重視な初見殺し。……貴族よろしくな服を着た賢そうな魔族に一度その技を見られておいて、果たして次が通用するのかしら。

 

(戦うにしても、こいつはやっぱり囮ね)

 

 そう結論付ける。

 うん、それでいきましょう。こいつが特攻してあわよくば自爆しつつ魔族に隙が生じたら、最大火力の雷魔法でこいつごと殺す。単純だけど、多分それが一番スマート。幸い私を拘束するデュフォンと私を繋ぐ魔具の紐? は長いようだし、この距離なら引っ張られることは無い。共通の敵を相手にするって状況でこの男も背後からの攻撃には油断してるでしょうし。

 

 ただし、一撃。

 

 一撃で仕留めなければ。

 

 もし失敗すれば前衛を失った私は、たった一人で魔族なんかを相手にするはめになる。それは絶対に避けたい。

 

 そのためにもデュフォンが攻撃しやすい状況を作るため、まずは小手調べの魔銃攻撃を叩き込もう。

 ……そう思い、私は照準を魔族の額にあわせ引き金をひこうとする。

 

 

 その時、初めて魔族が喋った。

 

 

「まあまあ、そう怖い顔をしないでおくれ。よければ中でお茶でもいかがかな? 美味しい茶菓子も用意させよう」

「戯言を!」

 

 私が引き金を引くのと同時にデュフォンが消えた。速い!

 だが私が懸念した通り、魔族はすでに対策していたようだ。目に見えないほどの速度で攻撃を仕掛けたと思われるデュフォンの体が、蜘蛛の吐き出す糸のようなものでぎちりと拘束されて魔族の眼前で止まっていた。

 な、なんてよく捕まるしよく縛られるやつなの……! なんだか服が裂けて肌に糸が食い込むくらい締め付けられてるけど、微塵も可哀そうだとは思えないわ。「ぐ、馬鹿な……!」じゃないわよ馬鹿はあんたよ! 私あんたから先に属性剥奪呪具で【直進】抜き取っておいた方がよかった!? そしたら反動で思慮深くなってた!? ねえ!

 

 ちなみに私の放った火炎魔法弾は片手で羽虫をはらうように蹴散らされている。分かってたけど気をそらす前にデュフォンが突っ込んでいったため、粗悪品とはいえ勿体ないことをした。まったくの無駄使いだったわ。

 

(私も、見通し甘かった……!)

 

 とっさの判断の数々も、しょせん戦いの専門家でない私では穴ぼこだらけ。目で追えない速度で特攻するデュフォンの攻撃に合わせて、雷魔法の詠唱を練ろうだなんて無理な話だった。

 

 え、どうしよう。何も思い浮かばない。

 

 まずい、思考停止だわ。動きなさい私の頭! こんなところで私の輝かしい人生が幕を閉じていいはずがない。貴族でなんかなくていい。それでもお父様やお母様、お兄様やお姉様なんかに負けない素晴らしい人生を、凡人なりに手に入れてやろうって思ってここまできたんじゃない。

 

 

 ……終われない。終われないわ……!

 

 

 ぎりりと唇をかみしめて、思考停止からだけはなんとか抜け出した私。

 そこから焼き切れるほど脳を回転させ弾き出した起死回生の言葉。それは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「きゃーんっ、トリリア嬉しい! 美味しいお茶とお茶菓子だ~い好きですわー! ご招待、ありがたく頂戴させてくださいな! アハッ!」

 

 

 

 私ってこんなだからきっと凡骨って言われるのよね。人間窮地でこそ素というか、底の浅さが露呈するものなのだわ。

 

 そう冷静に分析したもう一人の私が、脳内の思考空間で私を殴り殺した。死ね!

 

 

 

 

 



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08:トリリア・アルフレインズは覚悟を決める

 目の前に置かれた可憐な花びらのように優雅で薄い白磁の茶器。そこに満たされた透き通る紅の液体に、浮かない顔をした私が映し出されている。

 いい紅茶だわ。色も美しいし、香りも実家で飲んでいたものに引けを取らない。実家を出てからはお茶よりお酒を嗜むことが多かったから、久しぶりにこの香りを嗅いだ。

 きっと淹れ方も上手いのでしょうね。紅茶の品質を損なわず余すことなく、良い部分を引き出している。添えられた茶菓子も相性の良いもので、茶器のセンスも含めて感心できる素敵なお持て成しと言ってもよいものだわ。

 

 対面に座っている相手が魔族でなければ。

 

「いかがかな? 私の淹れた紅茶は」

「とても美味しいですわ。ふふっ」

「それはよかった。貴女みたいに美しいお嬢さんに褒めていただくのは嬉しいものだね。ふふっ」

 

 お前が淹れてたんかい、と突っ込まなかった私偉いわよね。ああ、今すぐ魔族が用意したお茶なんて吐き出してしまいたいわ。せめてお茶くらいとっ捕まえてるらしいセルカの妹とかに淹れさせないよ! さっき「用意させよう」とか言ってたでしょうが! なに自分で用意してるのよ言葉の使い方が紛らわしい!

 

 

 あれよあれよと達成直前だった目標が遠ざかり、それどころか窮地に陥って現在に至るまで驚くほど早かった。本当なら今日の夜は無事命の危機を完全脱出した祝杯をあげるはずだったのに……。

 属性を植え付ける予定だったセルカを賭博場で助け、治療し、それを仇で返され殺されかけ、張り倒して、デュフォンが乱入してきて疑われ、誤解が解け、セルカの事情を聞き、デュフォンの出世欲に巻き込まれここまで来て、魔物が出て、魔物が殺され、魔族が出てきて、魔物を殺したデュフォンが捕まり、私は魔族にお茶に招待されてそれを受けてここに居る……と。

 ……は? 我ながらちょっと意味わからない。思い返すに私に落ち度はなかったはずよ。だというのになぜ私はこんな状況に居るのかしら。私は確かに平凡に押し込められた人生が嫌で家を飛び出したけど、自分が選んだ選択肢の中でならこういった危険も享受できるのであってここまで理不尽に遭遇したいわけじゃないのよ。本当にあの変態に属性植え付けられてから急激に運がすり減っている。あの世でも死んでればいいのに。繰り返し死ね。

 

 ちなみに魔族に捕まったデュフォンは、なにやら殺されないまま糸でぐるぐる巻きにされて天上から吊るされていた。もうあいつは当てにしない。なにがサルバシオンよ、あいつものすっごい味噌っかすじゃないの。一瞬で捕まってんじゃないわよ。

 

 

 見回す周囲は苔むした遺跡の石壁。この遺跡群は過去この辺りに住んでいた部族のものらしいが、詳しいことは知らない。魔族はその朽ちた遺跡の内部に高級そうな家具を持ち込んで住居にしているようだ。

 魔族のくせに随分と人間臭い奴だわ。そこそこセンスが良くて一つ一つの品も良い物そろえているのが癪に障る。

 

 何故だか言葉のお通り私は魔族にお茶でもてなされているわけだけど、流石にこのまま素直に帰してもらえるだなんて思ってないわ。今のところ穏やかに会話しているけれど、さてさて、いつこいつの気まぐれに殺されることか……。

 会話が通じる相手というのはありがたい反面、その高い知性は厄介でしかないのだ。強力な魔獣を使役する事と丈夫な粘糸を使う事しかわかっていないものの、強いとみて間違いは無いだろう。

 ああ、いやだ。魔族になんて一生お会いしたくなかったわ。

 

「ところで私がここで何をしているか、興味はないか?」

「……何をしているか、ですか?」

「ああ。私のような魔族が【属性】を集めている理由、知りたくはないかね?」

 

 悟った。

 こいつ自分がしていることを自慢したいんだ。いるいる~こういう奴ー。しかたがない、乗っておくか。

 

「……そうですね、とても興味があります。もしかして、教えてくださるのですか?」

 

 にっこりと微笑みながら肯定すれば、魔族は人間だったなら端正だと思える顔で上機嫌そうに頷いた。ここは用済みになって何かされる前に、ご機嫌取りして時間を稼いでおこう。

 

「もちろんだ。ふふっ、君は肝が据わっているな。時間を稼ごうという健気な行動だとは理解できるのだが、顔色を変えずに落ち着いて私と話せるとはたいしたものだ。大抵は恐怖に震えるか攻撃してくるかで、君のような人間は貴重だよ」

 

 ばれてーら。いや、そりゃあわかるでしょうけども。

 

「そ、それは光栄ですわ。ほほっ」

「まったく嬉しい誤算だ。せいぜい今日はボロボロになって帰ってきたセルカを愛でるくらいしか楽しみが無いと思っていたのに、彼は素晴らしい話し相手を連れてきてくれた。これは後で褒美をくれてやらねばな」

 

 その言葉にすくみ上ったのは壁に首輪と鎖でつながれているセルカだ。結局この子、妹が捕まったままだったから逃げられもせずにしおしおとしょぼくれながらついてきたのよね。でもってこの魔族に意味深な目で見られたあと、自分で首輪をつけてあの場に繋がれた。きっとあの子のいつもの場所なんでしょう。いい趣味してるわこの魔族。

 言葉ぶりを見るにセルカが傷ついて帰ってくるのは想定済みのようだし、最低限死なないように何かしらの加護魔法でもかけていたのかしら。本当にいい趣味してるわね。私とは合わなさそうだけど。

 

「ところで君は、【属性】のことをどう思う?」

 

 手持無沙汰なものだから開き直って再度お茶菓子にも手を出して食べていると、何をしていたか説明してくれるらしい魔族は逆に私に質問をしてきた。ええ、なによ面倒くさい……。これで答え方間違って殺されるとか嫌よ。

 でも話し相手として価値を見出されているようだし、答えなくてもきっと機嫌をそこねる。しょうがない、ここは大人しく答えておくか。

 

「神の恩恵とか、そういった言葉を聞きたいのではないと受け取って答えさせて頂きますが……。私にとって【属性】とは使うべき道具であり、飼いならす家畜です」

「ほう」

「なんだと貴様ぁァ!! アトリ様のご慈悲と祝福をなんだと……!」

「お前はだーまーれー」

 

 口も塞がれていたはずなのに無理やり粘糸を食いちぎって私に怒鳴ってきたデュフォン。あいつ馬鹿だけど信仰心だけは本物ね……。でも鬱陶しいことこのうえないので、役立たずは黙れとばかりに焼き菓子を口いっぱいに詰めて黙らせた。せいぜい口の水分全部もってかれて乾きにあえぐがいいわ。

 

「どうしてそう思うか聞いても?」

「そう思わなければやっていられないからですわ。私は呑まれる気などないけれど、生き物は属性に翻弄されすぎる」

「なるほど、なるほど。それについては私も同意見だ。しかし、私からは君のようなか弱い人の子が【属性】を飼いならすのは正直に言って難しいと言わせていただくよ。【属性】とはいうなれば因果律、運命と言い換えてもよいものだからな」

 

 言うと、魔族は折りたたんでいた蝶のような翅を広げた。…………鱗粉のような金の光が舞って、見た目だけなら綺麗ね。標本にしたら高く売れそうだわ。

 

「私はこの通り魔族だが、【鑑定】と【探求】と【観察】、そして【吸収】【変質】という五つの属性を持っている。君たちの間ではクインテッドと呼ぶのだったかね? フフッ。……だからこそ……というべきか、昔から好奇心が強くてな。色々知ることが好きだし、それを追求していく作業も好きだ。その過程で人間臭くなったと昔言われたりもしたな。……とにかく私は、眺めて調べて探って定めて明かしたくてしょうがない。それにとても欲しがりだ。フフッ……実に【属性】に影響を受けた性格だろう?」

「まあ、確かに……」

 

 【属性】が性格に影響を及ぼすのは当たり前のことだ。更に言うならそうなるようにできていると……私はこれまでを振り返って考える。それこそ少々大げさに感じるものの、属性そのものが運命であるかのように。

 デュフォンなんて性格に属性の影響を受けた、まさに見本ね。【直進】にふさわしく猪突猛進極まりない。まああそこまで極端なのは、アトリ教の敬虔な信者だからってのもあるかもしれないけど。おそらくずっと、自分の属性を肯定して素直に受け入れてきたんだわ。

 私みたいにひねくれてなくて、実におかわいそうですこと。素直に受け入れたらこっちが馬鹿みんのよ、バーカバーカ! 属性のうんこ!

 

「私はね、この属性というものが私たちを隷属させるための鎖にしか思えないのだよ」

 

 神妙な顔でそんなこという奴の前でうんことか言ってしまったわ。心の中で。

 多少の気まずさを覚えつつ、私は相手にあわせる、相手が求めるだろう言葉を探す。

 

「…………私たちは、属性の奴隷だと?」

「まさに! よい例えをする」

 

 属性の奴隷。なにもこいつだけがそう思っているわけではなく、自分たちの事をそう評するものは少なからずいる。初めて聞いたときは私も的確な表現だと思ったものだわ。

 

 生まれた時から私たちは自由でなく、【属性】という鎖につながれ、あるいは【属性】という鋳型に詰め込まれて「そうあれ」と鋳造されているようだ。その在り方は考えれば考えるほど、祝福でなく呪いに近い。……やっぱり属性って嫌いだわ。ドツボにはまるから普段そんなところまで考えないようにしてるけどね。それに、そういうのが嫌だから私は備わった属性を逆に使ってやろうって思ってるのよ。うんこだって肥料になるもの。

 

 私を少しだけ憂鬱な気分にさせながらも、魔族の言葉は続く。

 

「私たち魔族にも君たちがノンマンと呼ぶ人間たちのように、属性を持たない者がいるが…………私はそれがうらやましい」

 

 まあ、魔族なら属性に頼らなくてもそれを補える力を持っているでしょうし、そもそも人間のようにノンマンを差別する宗教形態だってないはずだし……忌まわしい鎖だと思うなら、そりゃあ無い方が気楽でしょうよ。

 

 

 でもそれなら何だって属性を、それも人間の生み出した技術である呪術を使って集めているのかしら? 使うのはいいとして、自分の属性を捨ててはい終わり! でいいじゃない。

 そんな私の疑問はほどなくして、ようやく話しの根幹に触れ始めた魔族によって明かされることとなる。

 魔族は大人しく壁際で待機していたセルカを指を動かし呼び寄せ、愛しそうにその頭をなでた。セルカの顔色は紙のように白い。

 

「そこで私は君たちよりも寿命の長いこの命をたっぷりと使って考えた。どうしたら解き放たれ、この属性の手垢のついていない愛しく無垢な者たちのようになれるのかと。……けど、人とは凄いものだな。脆弱でか弱い存在なのに、私が何百年とかけてたどり着けなかった"属性の剥奪"という技術を、その短い生の中で生み出してしまうのだから。確か開発者はコンフーロ、といったかな? 素晴らしい天才だ」

「………………」

 

 待って、こいつは今何と言った? ……何百年?

 

(冗談じゃないわ……。本格的に化け物じゃない)

 

 目撃例の少ない魔族について、私の知識は少ないわ。でも知恵ある者、力ある者が長くの時を生き永らえたらどうなるかなんて想像に難くない。

 ちょっと【繁栄】属性、あんたそろそろ役立ちなさいよ。このままだと私の明るい繁栄の未来が見えないでしょうが。私このあと、どうするのが正解なわけ。こいつの話が終わるまでが私の残り寿命なら、何もしないでじっと一年過ごしてた方がまだ長生きできたじゃない。

 

「だからその知恵に敬意を表しつつ、技術を拝借して私の研究にも組み込んだ。……セルカ、いつものをやりなさい」

「は……い……」

 

 魔族はセルカに何やら握らせる。今度は何をする気なのかと緊張しながらも見守れば、セルカが向かった先は吊るされたデュフォン。あいつどうやら私が詰め込んだお菓子は喋るために食べ切ったようだけど、なにか顔色が変だし口が自由になったのにまったく喋らない。あ、白目もむいてる。……ああ、ずっと逆さ吊りにされてるからか。……よくあの体勢で飲み込めたわね。馬鹿真面目に食べないで吐き出せばすむのに、床は奴の嘔吐物で汚れていない。

 

 セルカはデュフォンの前に立つと、手に持った何か……銀色の細い管のようなものを体の前に持ち上げる。

 

 そしてそれを、デュフォンの首に刺した。

 

「なっ!?」

「ふふ、驚くのはこれからだ。本当に……あの子は属性狩りからこれまで、すべてを一人でこなしてくれる。可愛い子だよ」

 

 自慢気に言う魔族だったが、私にはそれを気にしている余裕はなかった。……刺された首から血が流れることはなく、代わりになにか燐光のようなものが管を通ってセルカに……管のもう片方の先を口にくわえるセルカの体に向かってゆく。デュフォンの体から、セルカが何かを吸っているのだ。

 するとほどなくして、一瞬にしてセルカの体は黒い呪術文字に覆われた。白かった肌が黒く染まったような錯覚を覚えるほどにおぞましい量の呪いの術式の文字群がセルカの体を這いまわる。……あれは……!

 

「本人はわけも分からないまま、私に言われるがままにやっている。そんな赤子のように素直なところも私が彼を気に入る理由の一つでね。それに彼はとても綺麗だろう? 傷ついているところなんて特に。妹のため、妹のためと、助けると約束した肉親のために健気なものだ。……だから壊れてしまった他の呪具(ノンマン)と違って、ちゃんと壊れないように念入りに加護を施してある。それもいつまでもつか分からないが……。やれやれ、無垢で美しいものとは、儚いな。それを含めて愛しいが」

「まさか人間を、呪具に……!?」

「ん? 君たち人間の属性持ちはノンマンを人間として扱わないんじゃなかったか? 君は優しいのだなぁ、フフッ」

 

 いつの間にか向かい側から隣に移動していた魔族に、先ほどのセルカと同じように頭をなでられた。ぞわりと悪寒が這い上がるが、体が硬直し振り払うことも出来ない。

 

「……!? やめ、やめろ、ヤメロォォォォォ!! やめてくれ! 俺からアトリ様との絆を奪うなぁぁぁぁぁ!!」

 

 何をされているのか気づいたデュフォンが意識を取り戻し絶叫する。……そりゃあ、敬虔なアトリ教の、しかも特殊部隊に所属してるような奴が【属性】を奪われたら発狂ものよね。

 そう、あの光は見たことがある。あれは【属性】が光球となった時の輝きに似ているのだ。だからきっと、あれは……。

 

「属性の奴隷を無垢なるものへ。私のささやかな希望は、短くまとめればそんなところかな? それに身分ある者が属性を失ったらどう行動するのかも興味があってね。手始めにそれなりに身分がある者が集うと噂のキュベテスホワイトエリアから狙わせていただいた」

「解き放たれたいなら、あなた一人でやればいいじゃない……」

「私だけじゃ不公平だろう? 私は魔族の中でも特別人に親切なんだ。ひとくくりに魔族だという事で、人類の敵だなんて言われるのは心外だな」

 

 クスクスと耳元で笑う声が気持ち悪い。何が親切よ、身分ある人間が属性を失ったらどうなるかという興味本位からの行動には悪意しか感じられないわ。

 

「それに私は単純に無垢なものが大好きなのだ。ああ、これも教えてあげよう。なんといったって、私は親切なのだから。……あの無垢なる器を使った呪具は、剥ぎ取った属性を体内に収めてどうなると思う?」

「教えてあげると言いながら、疑問形なのね。……奪った属性を体に宿す?」

「いいや? それではせっかくの無垢な体が汚れてしまう。正解は……」

 

 魔族が広げた掌に美しい光が収束していく。その出どころは呪具と化したセルカの体。

 

「こうして純粋な魔力に濾過と変換がされ、私の糧となる。私は属性を体から引き剥がすという神業を生み出すに至らなかったが……取り出された運命、因果律のごとき強大な因子を純粋な力へと還元するすべを見つけ出した。ま、私が忌まわしく思う属性の恩恵とやらのおかげなのだがね。今は私しか使えない限定的なものだ。……だが蓄えた力で、私はこれより救世の魔族となろう」

 

 

 

 魔族は朗々と語る。

 

 

 

 

 

 

 

「私の名はゲルデンド。属性からの解放を謡う、救世主。全ては白へ、全ては無垢へ。自身は鎖で縛られようとも、私は最後まで慈悲の心でもって君たちを属性から救ってあげよう。私は一番最後でいい。……そしてみんな私の好きな色に染まるとよいのだ。汚れなき純白の世界は、きっと綺麗だ」

 

 

 

 

 

 

 

 なんかよくわかんない理想に燃えるやっべぇ夢想家に出会っちまったわ。

 魔族のご高説に、私はまず初めにドン引いた。

 

(そしてこいつにヘレシィあたりに接触されたら、とてもまずい気がする)

 

 

 

 私はさっきあてにしないと誓ったばかりのデュフォンも、どうにか再利用出来ないか考え始める。

 なんか、重い。私一人で受け止めるの、重い。

 全部お前のせいだけどこんな場に居合わせた者同士、一緒に乗り越えてあわよくば私の代わりに死んでよブラザー。崇高なる使命のために死んだって、サルバシオンには伝えておいてあげるから。

 

 ……いや、いや。駄目だ。使い捨てる程度では、この場は多分どうにもならない。私も躊躇していないで、身を切る覚悟をしなければ。

 

 私は詰まった息を吐き出すと、ゆったりとスカートのように垂れ下がる腰布に隠れた太ももを探る。指先に触れるのは冷たい金属の感触。

 

(よし)

 

 闇商人トリリア、文字通り命をかけた大博打の始まりである。

 

 

 

 

 縛られてようが、そうあれという運命が決められていようが、その中で私は華麗に優雅に面白おかしく楽しく笑って生きてやる。他の誰かの理想の肥やしになる気はないわ。

 

 覚悟を決めた女のあがきに、喉笛掻っ切られて死になさい。

 

 

 

 

 

 

 

 



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09,トリリア・アルフレインズは無様(ゆうが)に踊る

 覚悟を決めたはいいものの、魔族ゲルデンドの長々としたティータイムはその後三日続いた。

 

 

 

 三日。続いた。

 

 

 

(も、もう勘弁して……!)

 

 タイミングを見計らうために丁寧に話に付き合ったつもりだし、私自身の事も根掘り葉掘り聞かれた。あまりの耐久お茶会に最後の方は取り繕うことも忘れて、結構な個人情報を流してしまったわ…………不覚。

 この魔族、本当に好奇心が強いわね。そして不躾よ! いくら見た目と話し方を取り繕ったって、礼儀というものがなければ不快なだけだわ。そういうものを求める相手ではないって分かってはいるけれど。

 

 まあ三日と言っても、この魔族がなにか魔法で細工をしているのか体の衰えは感じない。

 なにせお茶とお菓子があるとはいえ、空腹は感じないし排泄行為も催さない、そして眠くもならないのだ。時間の経過は遺跡にぽっかり空いた石窓から見える景色の中、外の日が昇って落ちる事で把握していた。

 ……ついでに言うと、セルカに刺された傷跡もまだ完治していない。普通なら【癒し】の恩恵ですでに治っていてもおかしくないのに、いまだ腹部には肉色が生々しく覗きじくじく痛む。腰布を巻きつけて我慢しているけど不快でしょうがない。それに加え精神的な疲労もどうしようもなく、属性を失った絶望に嘆き続けるデュフォンと壁際で妹の名を呼んですすり泣きを続けるセルカの憂鬱な音が背後にあることもあって、いい加減疲れたわ。

 つーかお前らうるっさい! 少しは静かにしなさいよ!

 

 …………ああ、そういえばセルカの妹といえば、この三日で一応姿だけは確認できたのよね。

 セルカによく似た容姿の可愛い女の子で、名前はレシル。ゲルデンドが自分の話の一環で自慢するがごとく、着飾らせた彼女を見せつけてきた。年齢は多分十歳くらいかしら。わざわざ説明してくれた属性は【寛容】だとか。

 ゲルデンド曰く彼女もまた【属性】に隷属させられている憐れな者で、その属性が無ければノンマンであるセルカと共に生きる道も選ばなかっただろうと、壁際でこちらの話を聞いているセルカの精神を追い込むこともご丁寧にも忘れない。ゲルデンド本人の自己申告通り、こいつはセルカの傷つく姿が好みらしいわ。

 ……でも、対面することによって気づいた事実をセルカが知れば、その絶望は今の比ではないでしょうね。それこそ生きていられないほどに。

 ゲルデンドは私が気付いたことを察したようで、さらに上機嫌そうだった。あああ、ムカつくこいつ! 私の不幸の始まりともいえる変質者を思い出すわ。会う奴会う奴こんなのばっかりか!!

 

 まったく、私は善人でも聖人でもないけれど、こうも偏った他人の趣味やら性癖、理解できない理想やらを滔々(とうとう)と語られては流石に鬱陶しいのよね……!

 これ以上精神的に消耗して思考が鈍る前に、起死回生の一手を打たなければならないわ。もう三日も話に付き合ったんだもの。冥途の土産は十分でしょう。

 

 もちろん、魔族の野郎のね。

 

 

 

 

 

 それにしても、なんだってこんな特殊な相手と相まみえることになったんだか。これは傍観者を失った影響なのかしら? 

 

 三日間聞かされた話によればゲルデンドの目的は全ての属性持ちから属性を剥ぎ取ることらしいが、御大層な目的の割にはまだ、奴はいち属性剥奪の主犯でしかない。ここまで会話しかしてこなかったからゲルデンドがどの程度強いか具体的に把握できていないが、目標、目的に見合わず奴がしてきたことの規模はまだまだ小さいのである。

 そして知識は豊富だけど、世間知らず。…………自慢したいって気持ちの方が大きいんだろうけど、同時にこうしてたっぷり時間をかけて、私から情報を抜き取ろうとしたことがいい証拠だわ。

 ゲルデンド自身についての情報も、本人が開示していないものもあるだろうけど、べらべら語ってくれたおかげである程度把握できた。

 ゲルデンドはこれまで属性を抜き取るための研究をしてきた。が、ある日それを人間である呪術結社カースドのリーダー……コンフーロ・ハロウズ様が成し遂げ、世間に「属性剥奪」という呪術が広がる。それがゲルデンドにとっても転機だったようだ。魔族ゲルデンドはそれにいたく感動し、自分が理想とする世界をより具体的な絵図とし描いていく。

 自分では力不足であることも、研究者気質の魔族は気づいていた。そのため自身が目的を達成するため必要な力を手に入れることができ、同時に自分の理想を叶えるための一石二鳥の方法として「属性剥奪」からの「自身の魔力の変換、吸収」という答えに至りその術式を開発。現在は必要な力を貯めこんでいる最中だそうだ。

 

 セルカのようなノンマンも、愛玩と実益のためにすでに何人も使い潰していることが話の中で伺えた。……どうやら推測するに、ノンマンを材料にした属性変換の呪具は複数の作成、所有が困難なようね。

 

 でもって、こいつの目的を要約すると「憐れな属性の隷属者達を神から解き放ち、全部俺好みな無垢な者たちに変えちゃおう! 俺もなる!」ってことらしい。

 一人でなれバーカ! 私だって属性は嫌いだけど、全部なくなったらなくなったで世間が混乱するでしょーが!

 

 やるにしても私が生きてるうちはやめてほしいわ。もしも実現したとしたら、そんな混乱期に生きたくない。それほどにこのプロパーテ大陸では、【属性】が人々の間に根付いている。……全部なくなった時の混乱具合とか想像したくもないわね。

 今は【属性】に対してそれぞれアプローチしてる勢力が互いに牽制している形で均衡を保っているけど……もしゲルデンドがコンフーロ様のように、属性を魔力に変換するという能力を固有の【属性】に頼らない呪術として確立してしまったらどうなるかしら。……面倒くさすぎて考えたくもないけど、大きな戦火の火種になる気がする。争いはよい市場になるけれど、私はそこまで求めていないわ。私の輝かしい未来に行きついたとして、その場所がぺんぺん草一本生えない荒廃した土地でしたなんて困るもの。

 

(運悪くも、私はこいつがこれから世間様に乗り出そうってする前に居合わせてしまったわけよね。でも今の私のためにも未来の私のためにも、出る杭は打たせてもらうわ)

 

 まだこいつは力を蓄えてはいても、世間に出ていない見えない勢力。どうせ博打に出るのなら、叩き潰してその力私のものにしてあげようじゃない。

 私は商人。己の利益こそが一番よ。そして時間は金に勝る。同情や正義感で動くつもりはないけれど、時間を無為に消費し続けるこの空間は苦痛だわ。

 

 だから私から時間を買った代金は、無理にでも払ってもらうわよ。

 

 そんなわけだから私は殺されるかもしれないリスクを承知で、現状を変える試みに出ることにした。

 私はうまくやった方ではあるけれど、伯爵令嬢から闇商人へ転職したんですもの。凡人凡人言われてこようが、その度胸を私は自分で誇らしく思う。だからこの程度で躊躇していたら、闇商人トリリア・アルフレインズの名が廃る。……やってやろうじゃない。

 

「ところでゲルデンド様。私は現在三つの【属性】を持っていますが、それも貴方様の糧になさるおつもりですか?」

 

 静かだった水面に、小石を放り投げ波紋を広げた。

 

 さて、どう出るかしら。私の問いに対して、ゲルデンドはどう返す?

 すぐに盗ろうとしてくるのかしら。それとも……。

 

「ああ、そういえば君をまだ開放してあげていなかったな。悪いことをした」

「いえ。私は属性があって困っていることなどございませんので、このままにしておいていただいて結構です」

「そんなわけにはいかない。それでは君がかわいそうだ。……さあセルカ、仕事をこなせ」

 

 おっと、すぐ盗る方できたか。まあそれならそれでいいわ。

 弱弱しい動きでこちらに来ようとするセルカを横目に、私はそっと手首を擦った。そこにはデュフォンが忌々しくも私を拘束するために使用した鎖型の拘束魔法が、今も効力を発揮し私の手首とデュフォンの手首を繋いでいる。

 

 さあ、敵の正面で小細工するのはしんどかったけど、ここでやらなきゃ後がない。属性を根こそぎ盗られたあとでは、殺されなくても選択肢が恐ろしく減ってしまうわ。

 

 その前に、終わらせる!

 

 私は椅子を倒しながら立ち上がると、近寄ってきていたセルカの腹に蹴りをいれて壁の方に転がす。そして魔族との会話の中に密かに文言を紛れされ、完成に導いていた魔法の術式を完成させるべく叫んだ。

 

『焼き尽くせ(いかずち)! うねり食い荒らせ破砕しろ! 紫電乱絶破砕陣(ヴァイオレットライトニング)!!』

 

 紡いだ魔法に名付けをする形で、集中力を上げて威力の底上げを試みる。乱れ狂った刃のように鋭い紫の電撃が遺跡を破壊しながら魔族ゲルデンドに殺到し、空間が目が潰れそうなほどの光で満たされた。遺跡の屋根は吹き飛ばされ、ついでになにか弾けた感覚も伝わってきた。おそらく魔族の結界ごとふきとばしたのだろう。

 その衝撃で古びた遺跡全体の崩落も始まり、吊り下げられていたデュフォンも地べたに落ちる。セルカは痛みに腹を抑えながらも、遺跡が崩れていることに対してひどく狼狽したようだった。

 

「レシル! あああああ! これじゃあ、レシルが!!」

「死んでる!」

「!?」

「あなたの妹、もう死んでいたわ。あれはあなたの妹を材料にして作られた、ただの人形よ!」

「ああ、バラしてしまうだなんて酷いな」

 

 案の定というか、私の攻撃ごときではゲルデンドはビクともしなかった。余裕の表情のまま椅子に腰かけ、その陰からがいつの間にかうぞうぞと魔物が湧き出てきている。

 ゲルデンドは魔物たちを愛しそうに撫でたあと、私の方に人差し指をむけた。すると私の左腕が根元から千切れ飛び、激痛が走った。

 

「ぐ!?」

「ほう、耐えるか。なかなか剛毅なお嬢さんだ」

「お褒めにあずかり光栄だわ! なにせ私、四肢と首をもがれたこともあったものでしてね! 腕一本程度屁でもない!」

「それは興味深い!」

「興味持たなくて結構! それをしてくさった変態は死んだしお前もこれから死ぬのよ!」

 

 炎魔法で腕の付け根を焼き切り出血を止めると、落ちた自分の腕を蹴ってセルカに受け取らせる。

 ……ううう~! 見栄は張ってみたけどやっぱり痛い。でもこの興奮状態がきれたらもっと痛いし、今は構ってられないわ。今は我慢、我慢! こんなところで変態バルディシュトにされた所業が経験として活きるのとか嫌すぎるけど! なんで私こんなに体張ってるの!?

 

「ひ!?」

「喚くな叫ぶな怖がるな! あんた、それ預かってなさい。あんたの妹の仇は取ってあげるからそれが代金よ! 持って外へ走れ!」

 

 【癒し】を過信しすぎるのは良くないけど、腕の現物があればくっつけられる可能性はある。セルカは妹がすでに死んでいたことを信じたくない気持ちと混乱の狭間で完全に意識が飛んでいたようだけど、命令に従うように躾けられた体に強く言葉を叩きつけるとのろのろと動き出した。

 ……派手に建物壊しておいてなんだけど、外に出る前に瓦礫に押しつぶされたりしないでしょうね。

 

「ああ……もう本当に、最悪よ! ストーカーに体弄られるわ好みの美少年に腹刺されるわ魔族に遭遇して苦痛の耐久お茶会した後に腕飛ばされるわ! 私みたいな世界の宝といってもいい美少女に失礼にもほどがあるわ!!」

「? きみ、少女というほど若くないだろう?」

「黙れ死ね」

 

 今までの鬱憤を吐き出すと魔族が余計なことを言い腐ったので、さらに簡易ではあるものの魔法を叩き込む。が、当然防がれた。

 でもいいのよ。さっきのも今のも、目晦ましみたいなものだもの。

 

 私は簡易魔法で強化した右腕の筋力でデュフォンを引き寄せると、腰布で隠されていた太もものホルダーに収められていた長い針を抜き放つ。それはセルカに属性を吸われた時のものに似ていたからか、デュフォンは顔を青ざめさせながらもがいた。糸でぐるぐる巻きにされているから、私に縛られた時以上に無様である。滑稽極まりない。…………私は少しだけこの賭けに出たことを後悔した。

 

(今からこいつと運命共同体か……選択ミスったかな……)

 

 でも、今更後には引けない。

 

「これで使い物にならなかったら、死んでも祟るから!」

 

 私はデュフォンの腹のあたりに背中から倒れこむと、針を治りきっていない自分の腹部の傷を通すようにして貫通させデュフォンの腹に刺した。長くしなやかな針はうまい具合にたわんで私とデュフォンを串刺しにする形になる。

 

 瞬間、針に仕込まれた"属性剥奪"の呪術と"属性付与"の呪術が同時に発動した。

 

 針を中心に螺旋を描くように呪いの文字が私の腹からデュフォンに向かって通過していき、それに連れられて私の中から光球という形で抜け出ていった【属性】。生まれる喪失感。

 

 現在【直進】の属性を失ってノンマンと化したとはいえ、巨大な魔物を一瞬で殺した実力は本物だった。敵はもともと目の仇にする種族である上に、死ぬほど大事な【属性】を奪われた恨みもある相手。だったら私が自分で戦うよりも、この男に任せた方がまだ勝てる! 鎖は健在、逃げられないなら一蓮托生。だったら!

 

 

 

 

「死ぬ気で補助してあげるから死ぬ気で勝ちなさい!」

 

「任された!!」

 

 

 

 

 得たばかりの【雷】属性を、早くも自身の魔力と練り合わせ放電させている男の群青色の髪が逆立つ。予定外なことになってしまったけど、サルバシオンのデュフォンに私はセルカに植え付けるはずだった【雷】を譲渡した。

 

 色々予定を狂わせて、私をこんなことに巻き込んだんだもの。これで勝てませんでしたは許さないわよ!

 

 

 

 

 

 

 

 …………にしても、ずいぶんといい返事というか、突然のことだったでしょうに嬉しそうな声で答えてくれたわね。もう一度神との繋がり、【属性】を得られたのがそんなに嬉しかったのかしら。属性をいじること自体を罪とするくせに自分の番となったら現金なものねー…………………と…………思ってたんだけど…………。

 

 次々に湧き出てくる多くの魔物と一度負けた魔族を前に臆することなく立ちふさがる背中は、まあそこそこ頼もしい。けど背後に居る私を振り返ったデュフォンの目が、異様にキラキラ輝いて見えて嫌な予感におぞけが立つ。

 え、なによその目……気持ち悪……。

 

「確かお前……いや、貴女の名前はトリリアと言ったな! ご両親は良い名前をつけられた。並び替えれば一字多いがアトリ様と一緒だ! そんな貴女に俺は再び属性を与えられた。これはアトリ様のお導きとご加護に違いない!」

「都合のいい解釈をよくもまあ恥ずかしげもなく!?」

「何が都合の良いものか! 俺は決めた。アトリ様のお導きとあらば、これから俺は再び属性を与えてくれた貴女に一生ついていく! そうしろと、きっとアトリ様はおっしゃっているのだ!」

「なんて!? ちょっと待て、待ちなさい!」

「そのためにもまずこの害獣を滅せねばな! さあ見ていてくれトリリア殿! あなたのデュフォンの初陣だ!」

 

 待って待って待って。なんか変な方向に話が進んでいる!? ちょっとあんた、【直進】が無くなったくせになんでそんな突っ走り思考に……!?

 

 

「雷のように鮮烈に輝き、稲妻のように真っすぐ生きようではないか!!」

 

 

 【雷】の解釈ぅぅぅぅぅぅ!! 思い込み一つですぐに自分に反映する属性の狗具合ときたら、もういっそ尊敬するわ! 直進って属性に培われたこいつの性格に【雷】もしかして相性ばっちりだった!?

 

 ああもう、どうとでもなれ!

 

 

「命預けたわよ、【雷】のデュフォン・ラグレイル! その腐れ野郎をさっさとぶっ飛ばしなさい!」

 

 

 

 

 私とデュフォンを繋ぐ長い魔法の鎖が、雷光を反射して魔法光と入り混じり光を乱舞させる。

 

 どこまでも忌々しい属性に繋がれた私たちを奴隷であると、憐れむのなら憐れむがいい。だけど鎖があろうがなかろうが、私は自分の足で人生という舞台で優雅に踊るつもりだわ。

 

 

 

 隷属者の喜遊曲。生きて帰ったら、吟遊詩人にそんなタイトルで一曲作らせてもいいかもね。

 

 

 

 

 

++++++++

 

 

 

 

 

 その日、遊技都市キュベテス郊外の古の遺跡群が姿を消した。

 

 そこで何があったかは、誰も知らない。

 

 

 

 

 

 

 




あと一話、エピローグです。


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最終話:トリリア・アルフレインズは無能である

 まるで廃屋のような建物の中で、半ば朽ちたテーブルをはさんで私は"元"取引相手の男に借りていた物を突き返した。相手はそれを受け取ると、テーブルに用意していた酒の瓶から、実験器具のようなガラス容器に酒を注いで無駄に優雅な動作で飲み干す。それを私にも勧めてくるが、何に使われた器具かも分からないので辞退した。

 

 男が口を開いた。

 

「君は私が思っていたより無能だったようだな。今日から凡骨トリリアでなく、無能のトリリアと名乗ってはどうかね?」

「ほほっ! あらいやだ、もともとの名前も自分で名乗った覚えはありませんわ。その腐った脳みそ、ほじくりだして差し上げましょうか?」

「いや、君は不器用そうだから結構だ。やるなら自分でやるから、おかまいなく。……ところで無能(ノンマン)トリリアよ、存命おめでとう。君は一年のいう残された寿命の中で見事、自分の命を守り切ったよ。代償は大きかったようだがね。……いやはや、まさかそんな有様で帰ってくるとは思っていなかった。だが私のオーダーを殆ど遂行出来なかった無能っぷりを発揮した君には、ふさわしい末路といったところかな?」

 

 心底面白がっているような顔でこちらの癇に障ることばかり言ってくるのは、私が旅に出る原因を作ったカースド構成員の一人であるアノマンだ。もうお客様ではないので「様」なんてつけてあげないわ。呼び捨てで十分よ。

 全ての元凶は私の体を弄繰り回してくれて狂愛のバルディシュトという男だけど、そいつはもう死んでいる。そのため私の恨みは全てバルディシュトの師匠でもあったこの男に向かっていた。

 

「トリリア、この男は殺しても構わないか?」

「構うわ馬鹿。後が面倒なのよ」

 

 私だって本当はそうしてやりたいけど、そうもいかないので口だけで我慢しているのよ。だっていうのに、さっきからずっと殺気を放っている青年……デュフォンときたら。私のために怒るところは評価してあげるけど、その短絡的な思考は本当に治してもらいたいので躾のために蹴りを入れて頭を冷やしてやる。

 

「あの、あの、トリリアさん。暴力はよくないと思います。もっと、お淑やかに……」

「初対面で人の腹を刺してきた子のセリフではないわね」

「ひょへんははい」

 

 おずおずと服を引っ張ってきた"少女"に対しては、その白いほっぺたを片方引っ張って伸ばしてやる。ガリガリすぎて思ったように伸びないのが残念ね。

 この子……セルカ……もね……。せっかく私好みの容姿だっていうのに、なんだってこんなことに。殺された妹の面影を追うあまりに女装癖に目覚めるとかどういうことなの。このトリリア様が慈母のごとき寛容さでボロボロのみすぼらし~い服を買い変えてやろうとしたっていうのに、女物の下着と服を指さされるとか予想できんわ。ちょっとは私の気持ちを考えなさいよ。

 そして恐ろしく似合っているのが怖い。うっかり目を離したら、スラムとはいえここに来るまでに二、三度誘拐されかけていたものね……。

 まあ呪具にされていた影響でごりごり寿命が減っているらしいから、残りの人生好きに生きるといいわ。私に償った後でね。

 

 

 償いをさせるために同行を許した二名を見て遠い目をしていると、笑いを隠し切れないアノマンが何か言ってきやがったわ。

 

「ふむ、愉快な連れが出来たようだな」

「愉快に見えるならあなたの目は腐っていますね。というか余計な口開かないでくださいます? あなたの喋り方、少し前に不本意ながら関わってしまった魔族にそっくりで虫唾が走るんですよね」

「ふむ? 魔族とは、また珍しいモノに出会ったようだな。この指針はよかったら君に差し上げよう。代わりにどんな経験をしてきたか話を聞きたい」

「いえ、もう使わないので不要です。話もしたくありません」

 

 私は再度手に握らされた"ノンマン"探しの呪具を突き返し、もう用は無いとばかりに席を立ち背を向けた。

 ……が、それで大人しく帰してくれる相手でもないのは分かっていたわ。ささやかな抵抗ってやつよ……。

 

「いいのか? 話を聞かせてくれたら、属性を植え付けたノンマンを二人分受け取れなかった件に関しては何も言わないつもりだったが」

「一人はお送りましたしあげくその子と結婚までしくさりましたよねそしてもともとはあんたの弟子が元凶であって私は何も悪くありませんけどねぇ!? あと【混沌】の一名についても輸送中の不手際なので私の責任ではありません!」

「ああ、そうそう! 君が縁を結んでくれた妻は元気だよ!」

「それはようございました!!」

 

 もう二度と取引などするものかと誓った相手という事もあって、口調など取り繕う気もおきない。かろうじて"ですます"がついているのは私の理性の勝利というか、職業病よね……はぁ。

 

「唾棄すべきカースドの走狗が……!」

「ややこしいからあんたは黙ってなさい」

「ぐ!?」

 

 今にも武器……戦闘時は魔法によって長く伸び固く強化される爪を構えようとしたデュフォンを、今度は蹴りでなく"鎖"をひっぱって黙らせた。その鎖は現在デュフォンの首に巻き付く鉄の首輪に続いている。その鎖のもう片方は、私の左手首の鉄の腕輪。

 …………ここに来るまで、人の目が痛かったわ。私は飼うなら飼うでセルカみたいな子がよかったのに! なんでこんな駄犬を飼わなきゃいけないの!

 それもこれも全部、あの魔族のせい。そしてもとをただせば旅をする原因を作ったこいつ、アノマンのせいよ……!

 

 

 

 ……いいわ。せっかく話を聞いてくれるって言うのなら聞いてもらおうじゃない。

 

 

 私が凡人から無能になるまでの話をね!

 

 

 

 

 

 

 

 

+++++++++++++

 

 

 

 

 

 

 

 

 魔族ゲルデンドとの戦いは時間にしておよそ半日に及んだ。ゲルデンド自身にたどり着く前に立ちふさがったのは狼、熊、馬、豹、烏賊、鹿、猿などに近い姿をした魔物たち。そのいずれもが体に元々その魔物が持っていなかったであろうなにかしらの異形を備えており、それも全てゲルデンドが属性について研究する傍らで生まれた副産物らしかった。

 何が悲しくて物語の勇者よろしく自分のような商人が、こんな化け物どもを相手に戦わねばならないのかと……闇商人トリリアは嘆きながらも、やらねば死ぬと前衛に立って戦うデュフォン・ラグレイルを必死に補助し戦場を駆けた。

 

 デュフォンは直情的で思慮が足りず迂闊なところがある男だったが、それに関してはトリリアが指示を与える形で補った。そうとなれば能力だけはサルバシオンに所属していただけあってそれなりに……否、純粋な地力だけならば優秀と言って差し支えないデュフォンは強い。トリリアの【癒し】で強化された治癒魔法での回復あってこそだったが、戦況は徐々にだが人間側に傾き始めていた。

 しかし敵は本人曰く何百年も生きているらしい狡猾な魔族。そう簡単に勝たせてくれるわけもなく、上手い具合にデュフォンの陰に隠れ攻撃をやり過ごしていた目障りな回復役(トリリア)を、そう長く放置してくれるはずもない。

 

 結果として、トリリアは自分に残しておいた【癒し】と【繁栄】の属性を戦闘の最中に奪われることとなる。

 

 それを成したのは当然、ゲルデンドの作品の一つである"生きた呪具"であるノンマンのセルカ。トリリアの腕を預かり逃げていた彼だったが、術者の命には逆らえなかったのかその足を再び戦いの場へと向け、戻ってきてしまった。

 だがセルカはもともと妹を人質にとられていたからこそ、ゲルデンドに従っていたのだ。躾と呪いによる束縛はあれど、その妹はすでに死んでいるのだとゲルデンド自身が認めていたため、セルカにこれ以上ゲルデンドに従う理由があるわけもなく。……その反発心が、ひとつの現象を引き起こした。

 

 ゲルデンドの持つ【属性】を起因とする呪術により、セルカの中で濾過、変換が成され"魔力"へと形を変えたトリリアの【属性】が術者たるゲルデンドでなく、もとの持ち主であるトリリアに還元されたのである。

 

 そのため属性こそ失ったものの、多くの魔力を手に入れたトリリアは最後の賭けに出る。自身が長年愛用してきた魔銃に込める弾丸に、術式も何もかも無視し魔法という形すら取らず純粋なエネルギーとしての魔力を詰め込んだのだ。

 そしてデュフォンが魔物の群れを抜けゲルデンドに肉薄したその陰に隠れる形で接近し、喉元にその弾丸を叩き込んだ。

 

 弾丸は魔族の喉をえぐるにとどまらず、デュフォンが使用した魔法との相乗効果でかなりの威力を発揮。その結果、魔力の壁で身を守ったデュフォンとトリリア、そして皮肉なことに魔族の加護で守られていたセルカを除き…………村一つ分ほどの土地面積をもつ遺跡群の何もかもが吹き飛ばされ、古の遺跡は更地と化した。

 

 表向きはこの遺跡消失に関する記録は、原因不明の案件として歴史の闇に消えることとなる。

 

 

 

 

 ……とまあ、そんな具合にそれなりに激しい激戦を潜り抜け魔族を倒し勝利を手にしたトリリアだったのだが……。

 

 

 ただでは死ななかった魔族にひとつの呪いを受け、せっかく手に入れた膨大な魔力も…………その一撃限りで元となった【属性】も残さず、綺麗さっぱり霧散してしまったのである。

 

 

 

 一世一代の闇商人トリリアの大博打は、命というチップは守りきったものの大損で終わる結果となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

++++++++++

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふむ、となるとやはり属性の魔力への転換という興味深い事象は魔族の【属性】あってこそのものだったというわけか。君が手にした魔力は、一回限りの奇跡だったと。……その魔族はコンフーロ様のように、他者もが使える術式への昇華は出来なかったようだな」

「もーそんなこたぁどうでもいいのよ……あいつ死んだし……それよりこちとら大損よ……。【癒し】を取られたから、結局腕も完全には治らなかったわ……【繁栄】も無くなっちゃったし……」

 

 本格的に口調を繕う気力も無くなってきた。私はもうほとんど動かすことが叶わない右腕を撫で、底が知れないと噂の海よりも深いため息をつく。

 戦闘中にセルカが腕持ったまま戻ってきちゃったものだから、慌てて【癒し】を奪われる前にかろうじてつなげるまでは出来たのよ。でも機能は殆ど死んだようなものでピクリとも動かせない。……これを元通りに戻すには、他の【癒し】属性かそれに準じる属性持ちの回復術師を見つけて依頼するしかないわ。そのためにもやはり、お金が必要。

 

「たっぷり償ってもらうわよ」

 

 言いながら睨みつけるのは、首輪という物理の鎖でつないだ狗と罪悪感と依存という見えない鎖で繋いだ狗。このトリリア・アルフレインズ様の下僕たちよ! あーっはっは!

 ………………………………はぁ………………………………………………要るけど要らない…………。

 

 

 私の気なんて知りもしないで、下僕その一、"元特殊部隊サルバシオン"デュフォン・ラグレイルが自信満々の表情で鼻息荒く胸を拳で叩く。

 

「もちろんだ。不本意とはいえ生まれ持ったアトリ様の祝福を別の属性に入れ替えてしまったのだから、俺はもうアトリ教にもサルバシオンにも戻れん。ならば俺に新たにアトリ様との繋がりを与えてくれた貴女に仕えよう。もちろん信仰そのものを失うつもりはないが」

「仕えるなんて言うなら、私の仕事に文句言わないで欲しいものね……」

「それは無理な相談だ。呪いの強制力があってなお、今こうして忌々しいカースドの前で己を抑えているので精いっぱいでな。トリリアの命令が無ければその男の首はもうすでにその辺に転がっている」

「ほほう、それはそれは、怖いことで」

「中途半端な……!」

 

 デュフォンが言う呪いとは、今現在私とデュフォンを繋ぐ鎖の事だ。これはもともとデュフォンが私を逃がさないために使用した拘束魔法だったのだが、魔族ゲルデンドは死に際にそれに対してひとつ呪いをかけた。その際にデュフォンの鉄の腕輪も首輪の形へと変化している。

 

 

『愚かな奴隷には、鎖で繋がれた姿がお似合いだ。そして無垢となった君へは、私に勝ったご褒美を。では望んだ形とは違うが、私は一足先に無垢へと還ろう。ごきげんよう』

 

 

 負けたくせに上から目線で言い残した魔族は最期、笑顔だった。……世の中にはどうしたって理解できない相手がいるのだと思い知ったわよ……。そうやって理解出来ないことを凡人って言うんだったら私は凡人でいいわ……今は凡人どころか無能だけどね……ふふ……。

 そしてゲルデンドにかけられた呪いとやらだけど、どうも私はデュフォンに命令できる権利を得たらしい。だけどその代わり、この鎖はどちらかが死なない限り外すことも壊すことも出来ないんだとか。拘束魔法の魔道具は一級の呪いの品に変化していると、アノマンに保証までされてしまったわ。

 最後の最後で嫌がらせのように、あの野郎。

 

 その呪いが無くても、いやこれも呪いのせいなのかしら。……アトリ教の信仰こそ揺らがないものの、デュフォンは私がノンマンとなってしまったにもかかわらず妙に懐いてきた。ついでに最後の最後で踏ん張ったらしいセルカのおかげで勝てたっぽいので、戦いの影響で吹き飛んだ遺跡から助けてやったらこっちも懐いた。

 でも何故かしら。二人とも見た目は好みの男なのにまったく嬉しくないわ。一人は馬鹿だし一人はもう女の子にしか見えないし。というか馬鹿の方は呪いで逆らえないとはいえ、私の仕事に関してガンガン口だけは出してきそうだし……。いや、本来撲滅対象になる相手を前に我慢してるとなれば呪い様、様様だけど。……いやいやいや何が様様だ。そもそも呪いが無ければこんなところについてこさせるはめになってないっつーのよ。

 

 とにかくこいつらとは、償いのためにこき使ったらさっさとおさらばしたい。

 

 

 その……ためにも!!

 

 

「ああ、もう! いいわ、やってやるわよ! まだまだ人生長いもの。本業は一時活動休止! とにかく優先事項としては、最優先は私の腕の完治! 次に呪いの鎖の解除! ずっとこんな駄犬と繋がれっぱなしは嫌よ! でもって並行して資金調達!」

「おや、属性は買っていかないのかな? いくつか実験用のストックがあるのだが。面白い話を聞かせてくれたお礼に多少は安くしてあげよう」

 

 アノマンの言葉にデュフォンの顔が悪鬼のごとく変化するが、頭をひっぱたいて余計なことを言わないように躾けると私はきっぱりと口にした。「要らない」と。

 

「あの魔族じゃないけど、属性に振り回されるのは当分勘弁よ。しばらくは属性を失った反動と折り合いつけて様子見ね。いろいろ失った反動が混じってて、自分でもまだどんな影響が出てくるのか全部分からないもの。……属性過多による命の危険も無くなったし、上手く指示すればそれなりに強い下僕も出来たし…………しばらくは要らないわ」

「要らない、か。私たちが言えたことではないが、君にとって属性とは便利な道具のようなものなのだな」

 

 言われて頷きかけて、留まる。道具で家畜、属性の事を私は魔族ゲルデンドにそう言ったけれど……。

 

「でも一番しっくりくるのは厄介な隣人かしらね。やっぱり」

「ん?」

「なんでもないわ」

 

 聞こえていなかったらしいアノマンに、特に言い直してやる必要性も感じなかったので軽く流す。

 

 

 

 

 私たちを縛る鎖で奴隷たらしめる【属性】を運命だとか因果律だとか、難しく考える人も居るでしょう。それほどに【属性】の束縛は強くて根深い。

 ノンマンになったからといって、魔族ゲルデンドが言うように【属性】からそう簡単に解放されるわけもなく。宗教の問題だったり他人の属性に巻き込まれたり、どこかで影響を受けるでしょうね。自分に属性があっても無くても、どうやったってこの世界では【属性】に関わらずに生きていくのは難しいのだ。

 ……ならせめて心持としては、迷惑で厄介な隣人って受け止めた方が精神的にはなんだか楽ね。今後も【属性】に対しては利用するための道具として、家畜として躾ける気概で接していくつもりだけど、せいぜい良い近所付き合いをしていただきたいわ。

 

 

 

 難しいことは、考えたい人だけ考えればいい。

 なんだかこれからも【属性】には振り回されるんだろうなって嫌~な予感はするけれど、私は私の道を行くだけよ。

 

 

 

 さあ、それじゃさっさと面倒ごとを片付けちゃいましょうか!

 新たな目的のために、再び旅路へ舞い戻るわ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これは凡人な私が無能になるまでのお話。

 そしてこれからは、無能な私が栄華を掴むまでのお話。

 

 この窮屈な世界を、私はこうして自分なりに楽しみながら生きていくのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数年後。

 ある人物が個人で楽しむために作曲依頼した曲。それが何処かから漏れて、女商人が主人公のてんやわんやの冒険譚付きで流行ったとか流行らなかったとか。

 

 それもこれも、広い世界から零れたほんのひとかけらの出来事である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

隷属者の喜遊曲~私が凡人から無能になるまでのお話~  完

 

 

 

 




主人公が属性と人間に振り回されるだけのお話でしたが、ここまで読んでくださった方ありがとうございました!お粗末様です。


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