【新】ダンジョンにファンタジーを求めるのは間違っているだろうか (東西南 アカリ)
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プロローグ
ダンジョン異変
走る、走る、走る。
男達は何か恐ろしいものから逃れるように走る。
すべては自分たちの生存のため、恥や外聞を捨てて走る。
途中何事かとすれ違う冒険者達が訝しむが、勝手にしてろと頭の中で愚痴る。
あわよくばその脅威の対象にされてしまえとも思った。
ただしそれは『
希望的観測ではあるが、
しかし、その様子はない。その証拠に今もパーティー全員の耳に聞こえてくる不快な笑い声。
いやもしかしたらそれは彼らの脳に直接響いているのかもしれない。
『kぅrしtw-、kぅrせiy-……ウヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!!!!』
何を言っているかは分からないが彼らはこの声が聞こえてから嘗てない危機に見舞われていたのだ。
「くそっ、おい!! まだ聞こえてるか、この不気味な声がっ!?」
「あぁ、団長。ビンビン聞こえてくるぜぇ。どうすんだっ!?」
「今何階層だっ!?」
「見た限りは11階層に
「11階層か……おいゼンっ!! 今まで飛んだ階層は覚えているかっ!?」
「は、はいっ!! 最初が22、次に27、そして見たこともない階層に飛んだ後に15、11と来ていますっ!!」
「上出来だっ!! 見たことのない階層は……モンスターが全くいなかったから新たな
団長と呼ばれた男は頭を掻きむしっていた。
彼は団員の命を預かるリーダーだ。リーダーが焦っていては団員の命が危険に晒される確率は高くなるが、それでも男は焦らずにはいられない。
この現象は男が、いや男達が初めて経験したものだからだ。
ダンジョンとは迷宮都市オラリオに存在する地下迷宮である。
そして冒険者とは下界に降臨した神々の眷族となり『恩恵』を授かった人間がダンジョンに夢を持って挑む者達のことだ。
そしてそのダンジョンにはモンスターと呼ばれる怪物達が蔓延っている。
冒険者たちはそれらを倒して得た魔石やドロップアイテムで生計を立てている。
うまくいけば富や名声や力を手に入れることができ、運が悪ければ――死が訪れる。
それが冒険者でいう普通のことなのだが、今回は普通ではない。
言葉にするならば
階層を瞬く間に移動するなどありえないのだ。
いや、手がないわけではない。縦穴というものを利用すれば一瞬で下の階層まで飛び降りれる。
だがしかし、彼らはその縦穴に飛び降りたわけでもないし、最終的には上層に飛んでいた。
つまりダンジョン内での『
ダンジョンは理不尽だ。
日々数々の冒険者達が無残にもダンジョンの理不尽さによってその命を散らしている。
それでもその理不尽を呑み込んで対処してきた実績が男達にはある。
何年も潜り続けて、この前やっとLV.3になった団長を始め、男達の実力は上位とまではいかないがダンジョンの理不尽さを覆すことはできるのだ。
安全マージンはきちんと取っている。
仲間を信頼し、自分達の力に過信し過ぎないようにもしている。
それでも……それでもやはり今回ばかりは『理不尽だ』、と思ってしまう。
ダンジョン内において自分たちが思いもしない場所に飛んでしまうのは、それだけでパーティ全滅の危機に瀕してしまう。
例えば飛んだ場所がモンスターが多数存在する場所ならば、そして周りを囲んでいたら……おそらく実力があっても犠牲なしにはそこを切り抜けられないだろう。
彼らはまさに今、そういった危険の中にいるのだ。
これを理不尽といって何が悪いだろうか。
いいや、悪くはない。だが、危険は彼らを待ってくれなどしない。
危険は彼らの首元を這うようにスルリスルリと迫ってくる。
「ちっ、前方にモンスターがっ!!」
「全部蹴散らすぞっ、お前らっ!!」
「おうっ!!」
突如産み出されたモンスター達。
その数――三体。
全身を白い体毛で覆った大猿。
筋骨隆々とした体格を持ち、その眼差しは鋭く凶暴性が身体中から溢れ出ている。
彼らの名はシルバーバック。
ゴブリンなど比ではない、その圧倒的なパワーで冒険者達を狩り取る奴らだ。
だがしかし、相対する冒険者である彼らも決して軟な訳ではない。
少し焦りはすれど、経験が彼らを落ち着かさせてくれる。
過信はせずとも仲間を、そして己を信じろッ!!
互いに目配せして瞬時に6人が二人一組、合計三組となってシルバーバック達に攻撃を仕掛ける。
まずは牽制役が注意を引き付け三匹の間隔を広げてお互いに干渉しないように、だがすぐに助けられるように調整する。
繰り出されるシルバーバックの拳を躱しながらそれぞれが息のあったコンビネーションで傷の数を増やしていく。
一人が敵の攻撃を受け止め、その隙にもう一人が剣や拳で攻撃を仕掛けていく。
「ギャァアッ!?」
冒険者たちの猛攻に耐えられず思わず苦悶の声を漏らすシルバーバック達。
一つ一つの攻撃は大したことがなくても、
そして彼らが狙った場所はシルバーバック達の足である。
さらにその攻撃箇所は二つ、両足である。
それが意味することは、時間の経過によりシルバーバック達は自重を支えられなくなり倒れるということ。
そして冒険者達の目論見通りシルバーバック達が倒れると、すかさずとどめを刺した。
するとシルバーバック達の姿は掻き消え、代わりにゴトリと音がして魔石が落ちた。
「おい、お前ぇら無事か?」
団長が生存確認をとった。
万が一欠けていたりしたら大変だが、見渡せば全員しっかりとその足で地面に立っている。
「あぁ、全員問題ないぜぇ」
「よし、魔石は回収しなくてもいいから直ぐに離脱するぞ!!」
団長の決定に異を唱えず賛成する他のメンバー達。
逃走のためにも不必要な物はできるだけ持ち運びしたくはないのだ。
だから勿体ないが今回得た魔石は諦めることにした。
そして全員が出口へ向けて走り出そうとした―――まさにその瞬間、洞窟中に光が満ち溢れた。
「な、なんだっ――――!?」
光の本流は彼ら全員を包み込んでいく。
咄嗟に光がない方向へ逃げようとした者もいたが、光の広がる速度のほうが速く、消えるように包み込まれてしまう。
声も、体も、道具もすべて光は呑み込んだ。
やがて幾ばくかした後に光は収束した。
そして彼らがいた場所には何も残っていなかった。
これが契機となり、以後ダンジョンにて同じような事件が多発するようになった。
そこでギルドは原因究明の為に【ロキ・ファミリア】にこの一連の事件を『ダンジョン異変』と名付けて調査を依頼した。
依頼を引き受けた彼らは調査団を編成し、ダンジョンの奥深くへと潜っていく。
これより彼らが目にするものは人知を超えた様変わりしたダンジョンの姿であろう。
そしてそこで新たに紡がれる出会いと別れの物語の幕が今この時上げられたのである。
▷コラボイベント『ダンジョンにファンタジーを求めるのは間違っているだろうか』のストーリが追加されました。
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蒼の少女
1-1
あと、旧版とかなり話の内容は変わりますがご容赦ください。
喧騒鳴りやまない今日もにぎやかなギルド本部で多くの冒険者たちがロビー内を行き来する。
そんな足音や話し声の届かないロビー隅、アドバイザーと冒険者用の面談用ボックス。
防音設備がきちんと施されたその場所でベルとエイナは、机を挟んで向き合っていた。
だが、その雰囲気は少し重たいものだった。
「ダンジョン異変……ですか?」
ベルがその空気を破るようにエイナに尋ねた。
それに対してエイナはこくりと頷き、言葉を続ける。
「詳しくはまだ分からないんだけどね、最近ダンジョンでこれまでに起きてこなかった現象が確認されているの」
「それってどういうやつなんですか……?」
ベルが慎重に尋ねると、エイナは手元にあったバインダーを開き、『ダンジョン異変に関する調査報告書』と書かれている書類一式をベルに提示した。
「ベル君、これを見て。この現象はね、一週間前ほどから確認されたことなんだけど、君たち冒険者生命に関わる重大な事態だからギルド本部より各ファミリア、冒険者個人個人に通達をすることになっているの」
「えぇーと、この『
「うん、そうだよ。他にもあるんだけどね、一番留意しないといけないのはこれだと思う」
普通なら人間にロマンを感じさせる言葉ではあるように思えるが、駆け出しとはいえ数多くの修羅場を掻い潜ってきたベルにはその言葉の持つ恐ろしさを正確に捉えていたのだ。
ベルの顔色を見てエイナも少しホッとした。
ベルはどこか危ない所がある。今まではうまくやってきたがある日突然いなくなった冒険者たちをエイナは今までたくさん見てきた。
だからこそ、ベルがこれの危険性を正確につかめていたことに安堵したのだ。
そしてエイナはコホンと一つ咳払いをしたのちにアドバイザーとしての仕事を全うすることにした。
「おそらくベル君は気づいたと思うけれど、この現象の危険性は突然モンスター達が沢山湧いているところに、意図せず飛んでしまうことなの。一匹、二匹なら問題ないと思うんだけれど、確認された限りで最高は五十匹に囲まれて全滅した冒険者達もいたわ」
「ご……五十匹ですかっ!?」
その数をきいてベルは絶句した。
一応ベルも一度だけその数に近い値のキラーアント達からリリを助けるために相対したことがあったが、その時は覚悟を決めて無我夢中でやっていたからできたことだ。
もう一度同じことができる保証は今でも持てないし、あれは火事場の馬鹿力というものだろう。
そしてもし、ベルがこの現象の餌食となった時、果たして冷静でいられるかと考えると思わず身震いもした。
「まぁ、全ての冒険者にこの現象が起きているわけでは無いんだけどね、やっぱり伝えておかないと万が一があるし、このせいで一週間だけで冒険者死亡率が倍に増えてしまったの」
「死亡率が倍に……」
「あぁ、でも気にしないで。死亡率が倍になってしまったのは対応をとる前に巻き込まれた人達の数が多かったからというのもあるわ。おそらく究明とともにその数は元の数値に戻ると予想されるけどね」
少しだけ不安を取り除くようにエイナは微笑むがやはりその表情はどこか固かった。
全ての冒険者に起きてはいないとはいえ、目の前の少年がいつその毒牙にかかるか分からないのだ。
ただでさえ万が一があるダンジョン探索で、その上に万が一な状況がベルに起きるかもしれないのだ。
心配だ、とても心配だ。
本当ならばベルにはダンジョン探索には行ってほしくはない。
だがしかし、彼は冒険者。日々の生活の為にも冒険者となった時からダンジョン探索は避けては通れない道でもある。
一応ダンジョン探索以外の依頼などもあるにはあるのだが、彼のファミリアは懐事情がよくないと聞く。
それの改善の為にもダンジョン探索は必要不可欠なのである。
あぁ、こんな時に自分がベルと共にダンジョンに向かうことができればどれほど良かっただろうか。
だがしかし、自分はアドバイザーだ。
ベルを直接助けることはできはしない。
こんな時そういった面で無力な自分が、ただ見送ることしかできない自分が恨めしい。
「だけど……私にもできることがある」
「えっ?」
「あっ!? ごめんね、何でもないよ」
「そ、そうですか……」
いけないいけない、つい心の声が漏れてしまったようだ。
コホンとまたもや咳払いを―――今度は羞恥を隠すものではあるが―――ついて、しっかりとベルをエイナは見据えた。
「さて、ベル君。これから君はもちろんダンジョンに潜ると思うんだけど、今回こそは冒険しちゃダメよ」
「は……はい……」
冒険者なのに冒険してはダメ。これはエイナの口癖の一つである。
矛盾しているような言葉ではあるが、この言葉の裏には冒険者達の無事を願うエイナの密かな思いが隠されている。
その思いに気付いているベルは俯きがちになりながら首肯した。
たびたび事件や危険に巻き込まれる体質であるベルではあるが、やはり彼女を心配させたくない思いもある。
もちろん少し冒険したい気持ちもあるが、できるだけそのような事態は避けつつもしっかりと実力をつけてからの方がいい。
だが、万が一があるので強くは肯けないベルであった。
「まぁ……君が冒険せざる負えない状況になりやすいのは分かっているけど、それでも無事に帰ってきてね」
「は、はいっ!!」
少し遠い目をしたエイナだったがすぐにベルの目を真剣に見つめるとベルの手を自身のその手で強く包んだ。
その行為に少し赤面するベルであったが、女性と物理的に触れ合う経験が増えたこともあってか、少しキョドリながら返事をした。
その顔を見て微笑むエイナだったが、ふと自分もベルの手を取っていたこともあり、みるみる顔が赤くなっていた。
どちらも純情ゆえの変化であった。
「え……えーと。まぁ気を取り直して具体的にどんなことが起きているのか説明しましょうか」
「そ、そうですねっ!!」
暫くしてお互いに止まっていた時間を動かすように次の話題に進んだベルとエイナ。
ベルは先の時間をもう少し味わいたかったなぁと男の欲望を少しだけ抱えながらエイナとその後の会話に臨むのであった。
?? 「作者様ぁ、恋愛描写ないって言っていたじゃないですかぁ!!」
?? 「作者くん、ボクは嘘つく君が嫌いだねっ!!」
作者 「スキンシップ程度ならアリじゃね?」
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