世界を終わらせるもの【完結】 (畑渚)
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prog_EndTheWorld

お待たせ(誰も待ってない)
シリアス長編、頑張っていきます!


「はは……はははっできた……」

 

 暗い研究所内で男は笑う。

 

「いや、できてしまったと言ったほうがいいな」

 

 男の目の前に広がるディスプレイには、膨大な量のシミュレート結果が表示されている。

 

「こうしてはいられない。おい、アレをもってこい」

 

「はい、かしこまりました」

 

 メイド服を着た自律人形がかばんを一つ持ってくる。男が慎重に中を開くと、補助記憶装置が顔を見せる。

 

「接続は……良し、コピー開始……」

 

 エンターキーを押すと進捗状況を表すダイアログが現れる。データ量が重く、数百時間はかかりそうだった。

 

「ご主人様、データの完成が三方向からのハッキングにて察知されました」

 

「早いな……」

 

 男は冷めたコーヒーを飲み干して、緊急用と書かれたナップザックをからう。

 

「ご主人様、無線信号帯に動きがあります。通信規格は軍と鉄血と……」

 

「なんだ、どうした」

 

「いえ。もう一つはグリフィン&クルーガーという民間軍事会社のものです」

 

「PMC?調べてくれ」

 

「はい。該当データを表示します」

 

 壁を埋め尽くすほどの画面の一つが、企業の情報を表示する。

 

「なるほど、鉄血と戦ってるところか。引き続き無線を監視しておけ」

 

「了解しました」

 

 デスク上の端末とにらめっこし始めた人形を横目に、部屋の荷物を片っ端から袋へと詰め込んでいく。

 それは誰がどう見ても、夜逃げの準備だった。

 

 

=*=*=*=*=

 

 

 データ移行の進捗を示すバーはようやく半分を超えた頃だった。メイド服の自律人形が静寂を破った。

 

「ご主人様、鉄血の通信規格での無線の動きが活発になってきました」

 

「さすがに早いな。予測ではあと数時間はかかると思っていたが」

 

「どうなさいますか?」

 

「偵察ドローンを出せ。それと軍と件のPMCに救難信号もだ」

 

「了解しました」

 

 画面にドローンからの空撮映像が映し出される。監視網は十分だった。カメラのハッキング対策も万全で、いつ襲撃が来ても察知することが可能だ。

 

「ところでなんだが……」

 

「なんでしょう?」

 

「君は戦闘用のコアを積んでいたりするかな?」

 

「いえ。私は雑務専門の自律人形ですので」

 

「だよねえ……困ったな」

 

「……ご主人様、まさかとは思いますが戦闘用の自律人形がいないのですか?」

 

「ああ、そのまさかだよ。他の連中がここを抜けていくときに全部引き抜いていったからね」

 

「私……がんばります」

 

「そうしてくれるとありがたいね」

 

 自律人形は机の裏のボタンを押す。すると壁の一部が裏返り、たくさんの銃器が出てくる。

 それは自分のご主人様が平時から集めていた”コレクション”だった。何度も自慢してくるので存在だけは覚えていた。

 

「ご主人様は銃の心得は?」

 

「あると思うかい?僕は根っからの技術者さ。運動が特別に苦手な……ね」

 

「期待した私が愚かでした」

 

「君さっきから辛辣じゃない?」

 

「気の所為でしょう。それより私はバリケードを作ってきますので」

 

「ああ、頼んだよ」

 

 自律人形が部屋を出ていってから、男は椅子に深く腰掛ける。軋む音は部屋のPCのファンの音でかき消された。

 

「まったく、非力すぎるのも考えものだな。機会があれば銃の訓練だけでもしておくべきかな」

 

 答える者は居ない。この研究所には、彼と自律人形の一人と一体しか、もういない。

 

 

=*=*=*=*=

 

 

 ようやく進捗が9割を超えた頃、ドローンが一機破壊された。最後に映った映像を解析し、それが鉄血によるものだと判明するのにそう時間はかからなかった。

 

「ご主人様、逃げましょう!」

 

「ああわかっているさ!だけどこのままにしていくのはもっとダメなんだよ!」

 

 シミュレート結果がフラッシュバックする。

 

「もしこれが流出すれば世界は終わる!これは人間のための最後の切り札なんだ!」

 

「いったい何を作ったんですか!?」

 

 そう会話している間にも、鉄血の部隊が研究所へと突入してくる。銃声や爆発音がすぐ近くから聞こえる。

 

「全人形が動かなくなるプログラム」

 

「すみません、銃撃音でよく聞こえなかったみたいです。ご主人様もう一度言っていただけますか?」

 

「だから全人形の動作を止めるプログラム!」

 

「はー!?ご主人様そんなことしたら人間滅びちゃいますよ!?」

 

 現代社会は人手不足を人形に依存してなんとかごまかしている。そんな人形が使い物にならなくなれば、食料供給さえままならなくなってしまう。

 

「だから流出させちゃいけないんだよ!」

 

「てか怖い!ご主人様怖い!私も動かなくなっちゃうじゃないですか!」

 

「そうだよ!そうならないためにも命がけで僕のこと守って!」

 

「こんなところで脅迫されるなんてほんとついてない人生でした」

 

「君は人形だけどね」

 

「ついてない人形生でした!」

 

 扉を勢いよく開けてクリアリングをする。幸いまだ目の前までは迫っていないようだ。

 

「ご主人様!あと何%ですか!?」

 

「あと3秒!2……1……0……」

 

 カウント後も男が動く気配はない。

 

「ご、ご主人様?」

 

「終了処理に時間がかかっているみたいだ」

 

「早くしてください!」

 

「よし、終わった。あとはこれを仕掛けて……」

 

「何を仕掛けてるんですか!?」

 

「何って爆弾だよ。データは物理破壊に限るからね」

 

「もう急いでください!目の前まで来てるんです!」

 

 通路の曲がり角から鉄血兵のものだろう影が迫ってくる。

 

「よし終わった!行こう!」

 

「援護します!」

 

 自律人形は銃を乱射して牽制する。こちらが銃を撃ってくるとは想定外だったのか、鉄血らしき影は少しの間停止した。

 

「さすがだな!」

 

「てきとうに撃っただけです!ほら行きますよ!」

 

 完璧なカバーリングをしながら進む自律人形を見て男は首をかしげる。

 

「……やけに手慣れてる気がするんだけど?」

 

「マニュアルを読んだんです!頭にインプットしてしまえばその動きを真似ることなんて簡単です!」

 

 身体は完璧な動きをしていても、顔の表情は険しい。

 自律人形は悟っていた。こんな付け焼刃の技術で戦術人形には勝てない。だから本格的に接敵した時が自分の最期である。

 

「ご主人様!ここの隠し通路から逃げてください!」

 

「わかった。いや待て、地下じゃ電波が届かないかもしれない」

 

 入り口で立ち止まって手元のスイッチを入れる。

 

 遠くから爆発音が聞こえる。大気が揺れるほどの爆音が男の鼓膜を震わせた。

 

 爆発音は徐々に大きくなっていく。それは爆発の規模が大きく、そして距離が近くなってきているからだ。

 

「よし!成功だ!」

 

 爆発を見届けながら男は通路の入り口をくぐった。

 

「ご主人様!危ない!」

 

 その声に男が振り向くと、自律人形が男を通路へと押してきた。

 

 次の瞬間、自律人形は頭を撃ち抜かれた。先程まで男の心臓があった位置に不運にも頭が来てしまった。

 それ故に、自律人形は男をかばって頭を撃たれた。

 

 男は通路へ人形を引きずりこむと、扉を閉めた。鉄製の重い扉はもうしばらくの間、男のことを守ってくれるだろう。

 

「ガガガ……ピー」

 

「おいしっかりしろ!」

 

 言語系がやられたのか、人間の理解できる言葉が自律人形の口から出てくることはなかった。

 

「はぁ、ここまでか」

 

 男が座り込むと、自律人形が服の裾をつまむ。

 

「ん?」

 

 自律人形はなにも発さなかった。ただ、その目は真っすぐに男を見ていた。

 

 自律人形は地面を指でなぞった。

 

「"生きろ"ねぇ。全く難しいことを言ってくれるなぁ」

 

 男は天井を見上げる。低い天井は圧迫感があった。

 

「"逃げて"じゃないあたり。僕は好きだよ」

 

 暗い通路の中にもかわらず、目には生気が宿っていた。

 男は立ち上がり、荷物を抱えて通路の奥へと走っていく。

 

 

 自律人形は伸ばしかけた手をもう片方の手で押さえつけ、側に落ちた銃を手に取った。

 

 本当に運が良かった。言語系と下半身の制御系は持っていかれたが、まだ上半身が動く。

 彼女にはそれで十分だった。上半身さえ動けば、銃を撃てる。銃さえ撃てれば、奴らに一矢報いる可能性がある。

 

 「ガーガーピー」

 

 声にならない声で、誰にも聞こえない言葉を叫ぶ。

 それがこの世の理不尽への叫びなのか、それとも敵への怒りか、はたまた最愛の人への告白なのか、知るものは彼女を除いて誰もいない。

 

 そしてその日、それを知るものは誰もいなくなった。




モチベーションにふかーく関わるので面白いと思っていただけたら是非反応下さい。投稿頻度が上がります。よろしくお願いします。


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404NotFound

お気に入り、評価、ありがとうございます!今後も頑張っていきます!


 エンジンの騒音でうるさい機内の中、各々がそれぞれの時間を楽しんでいた。

 

 45は本を読み、9はタブレットで映像を見ている。416は揺れる中でもメンテナンスを続行し、G11はいつものように寝息をたてていた。

 

 機内のランプが青から赤に変わる。作戦開始を告げる合図だ。

 

 45はクローバーの栞を本にはさむと、機内に取り付けてあるボックスの中へとしまう。他の隊員も任務に関係のないものをボックスへと詰め込み、ロープで機体に固定した。

 

「準備はできてるかしら?」

 

「もちろん!」

 

「ええ、完璧よ」

 

「大丈夫~」

 

 後部ハッチが開いていく。呼吸管理システムが切り替わり、高高度に順応する。

 

「システムチェック」

 

「「「オールグリーン」」」

 

「装備」

 

「「「良し」」」

 

「じゃあ行きましょうか」

 

 その声にうなずき、9が後部ハッチから飛び出す。続いて416とG11も飛び出した。

 

 最後に機内を振り返った45は、重装備な警備兵が冷たい目でこちらを見ていることに気がつく。

 

「まったく、これだから嫌いだわ」

 

 そう呟いて、45は背中から空に身を投げだした。

 

 

=*=*=*=*=

 

 

「各員状況報告」

 

 降下した45は指示を飛ばす。今日は風が強く、降下位置が作戦とはズレてしまった。

 

「こちら9。ポイントからブロック一つ分東に落ちたよ」

 

「こちら416。私はポイントぴったりに降りられたわ」

 

「こちらG11。場所ロスト……ここどこ?」

 

 45の降下位置はポイントの西側だ。

 

「9、降下中にG11はどの方向にいたか覚えている?」

 

「待って、今マップをだすから……この煙突が見えた方向だから西だよ!」

 

「私からだと東に見えたということは……G11がいるのはポイント近くの入り組んだところね」

 

「はぁ、私がG11を捜索するわ。45と9は任務を優先して」

 

「ありがとう416~!」

 

 通信回線から416とG11が抜け、9と45の二人になる。

 

「45姉、私はどうすれば良い?」

 

「東から建物に突入して。私は西から行くわ」

 

「了解だよ!」

 

 9の快い返事を聞いて45は通信機のスイッチを切った。

 

 マップを開けば現在地の研究所が表示される。間取り図を開き、スクロールしていく。

 

「ん?ここの構造、違和感があるわね……」

 

 この規模の研究所に隠し部屋や隠し通路があっても不思議ではない。

 

 接続ケーブルを扉の側の端末に接続する。比較的簡単なセキュリティを難なく突破し、施設管理システムへと侵入する。

 

「あった、隠し通路ね。ということは……」

 

 マップ上に線を書き込んでいく。それは追い込み漁のように隠し通路へと誘導する作戦地図となった。

 全員にそれを送ると、銃を構え直して扉に向き合う。

 

 

 扉の認証システムが45を認識し、ロックが解除された。

 

 

=*=*=*=*=

 

 

「45姉!やっと合流できたね」

 

「9、お疲れさま。でもすぐに働いてもらうわ」

 

「うん、作戦はしっかり把握できてるよ」

 

 9は銃のチェックを始める。

 

「ごめんなさい、少し遅れたわ」

 

「十分想定内の時間よ416。それよりG11は」

 

「ちゃんと命令どおり狙撃ポイントに付いてるわ」

 

「よし、準備できてるみたいだね!じゃあ私は行くね!」

 

 9が合流地点の部屋から出ていく。部屋の中には45と416だけになる。

 

「なにか用があるのかしら?」

 

「45、本当に今回の依頼内容は正しいの?」

 

「どういうことかしら?」

 

「本当に”対象の保護”が任務なのと聞いているのよ」

 

「ええ、そうよ。対象を確保し、生存している状態で連れ帰ることが任務よ」

 

「いったいその対象はなにをしたのよ」

 

「……それが知りたければここに行くといいわ」

 

 416のマップに点が表示される。そこは普通の研究室のようだった。

 

 じっと45を見つめた後、416はマップを片手に部屋を出ていった。

 

「まったく……真面目そうに見えて一番わがままなんだから」

 

 やれやれと首を振り、45も作戦位置へと移動した。

 

 

 作戦はすぐに開始した。

 ダミーを激しく損耗をしつつ、鉄血の大群をなんとか足止めする。

 

「45姉!416はまだ!?」

 

「知らないわ!9、グレネード!」

 

「わっあぶなっ!」

 

 いそいで物陰に隠れた9の近くで爆発音がする。敵の投げたグレネードが炸裂したのだ。

 

「ありがとう45ね――」

 

 9の言葉をかき消すように、遠くから爆発音がする。先程のとは比べ物にならない規模である。

 

「45姉今のは!?」

 

「たぶん爆弾よ!416とG11も聞こえたわね!撤退よ!」

 

「了解」

 

「りょーかい」

 

 合流地点をマップに書き込むと、ダミーも含めて全員にリアルタイムで表示される。

 その場所は、隠し通路の入り口だった。

 

 

=*=*=*=*=

 

 

 男は暗い通路を歩いていた。手元にある非常用の懐中電灯だけが頼りである。

 

「おっとまた爆発か。お願いだから崩れないでくれよ」

 

 今の所は大丈夫そうな通路だが、築年数からしてあと何度耐えられるのかは男にはわからない。

 

 

 そんな男にさらなる絶望をしらせる音が耳に届く。

 金属の音だ。錆びた金属同士が擦れあい出てくるとても不快な音だ。

 

 それは隠し通路の扉が開かれたことに他ならなかった。

 

 男は走り始める。荷物をしっかりと握りしめて先へと急ぐ。

 

「早すぎる……セキュリティプログラムを仕込んできたのに!」

 

 一つの仮説が頭に浮かぶ。それは男が考える中で最悪の状況だ。もしそうであったのならば、ここまでに仕掛けてきた足止め用の秘策がパーである。

 

「まさか……敵の方に電子戦特化型が紛れ込んでいるのか?」

 

 一度侵入されてしまえば、男に勝ち目はない。どれだけ複雑なセキュリティでも、人間の考えたものでは限度がある。

 この世に破りにくいセキュリティはあっても、破れないセキュリティはないのだ。

 

「はっ……光?もう出口か?」

 

 視界の先には光が見えた。急ぐ足に力が入る。もうすぐそこまで追っ手が来てしまっているような、そんな嫌な予感が男の背筋を撫でた。

 

 

=*=*=*=*=

 

 

「45姉、これ見て!」

 

 地面に転がっている自律人形の残骸を、9は足で蹴って仰向けにした。

 

「これは……死因は狙撃じゃないわね。活動停止したのは銃撃戦の後かしら」

 

 人形がまとっているメイド服は穴だらけで、至近距離からほぼ一方的に撃たれたということが見て取れる。

 しかし、その自律人形は銃を持っていた。まだマガジンに弾が残っているところを見るに、交戦して死んだと45は察した。

 

「そうじゃなくてほら!メイド服!」

 

「ええ、そうね」

 

「45姉テンション低い~。メイドだよメイド!きっといろいろな奉仕をさせられた揚げ句にできもしない戦闘に手を染めて最期には主人のことを想いながら死んでいっただろう悲劇のメイドだよ!」

 

「そんなバカな話があるもんですか……。ほら、銃だけ拝借していきましょう」

 

 アサルトライフルは残弾が少なく使い物にならないが、拳銃はサブアームとして十分だった。弾数も申し分ない。

 

「急ぐわよ。まだ薬莢は暖かいわ」

 

「了解だよ!」

 

「416、G11と一緒に後ろを警戒しつつ援護。できるかしら?」

 

「ええ、もちろんよ」

 

 頼もしい返事が返ってくる。それを信用するかはさておき、45は先導する9をカバーする。

 

 この先にはほぼ確実に保護対象と鉄血兵がいると45は考えていた。任務が対象の”生存状態”での保護である以上、無傷に越したことはない。

 

「無事でいてくれると助かるのだけど……」

 

 発砲音が通路の奥から聞こえる。まだ9に発砲許可を出していない45は、これが鉄血のものだとすぐに分かった。

 

「そうはいかないみたいね。みんな、計画変更。急行突撃よ」

 

 その声と共に、ダミー全員が全速力で通路の奥へと走っていった。他の隊員も、それに続いて奥へと走り出した。

 




意見等があったら遠慮なくメッセージやツイッターで送ってきてください。自分ひとりでは気づききれないことがたくさんあるので。


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boy meets girls

ひっ評価10!?ありがたや……ありがたや……


 背後から足音が迫っていた。しかし、男が足を動かすことはできなかった。

 

 目の前には光が漏れ出ている場所がある。光の向こうからは濃厚な緑の匂いがした。何も不思議な事はない。元からこの研究所は森の中に作られているから、外側へと向かえば森に行き着くのは当たり前だ。

 

「参ったな……まさか崩落しているとは」

 

 目の前には光の漏れ出るスキマがあった。瓦礫の間から漏れ出ている光は暗い通路からすれば大きな光源に見えた。しかし、成人男性が通れる広さではない。

 

 手元には非常用の道具一式と件のプログラムの入った鞄があるのみで、ここを突破できるようなものはなかった。

 

「おとなしくワタクシの言うことに従ってくれませんか?」

 

 背後からそう声がかかる。男が振り返ると、鉄血製らしき人形がこちらを見てにっこりと微笑んでいた。

 

「君はエリート人形かい?さすがの指揮力だね。そんなに配下に人形を従えられるとは」

 

 男の言う通り、鉄血の人形の後ろには配下らしき人形たちが一斉に男に銃を突きつけていた。

 

「ええ、ワタクシはイントゥルーダーと申します。以後お見知りおきを」

 

「こんな美女に自己紹介される日がくるとは思わなかったよ」

 

「あら、ワタクシを口説こうというの?」

 

「僕だって男だからね。美女を前にして口説かずにはいられないのさ」

 

 そう言いながらも、男は左手をポケットの中へと入れた。

 手でふれたのは最後の手段の、カバンの中に仕込まれた爆弾の起爆スイッチだ。

 

「こんなワタクシを美女と言ってくれるなんて……ですが」

 

「ですが?やっぱり僕みたいな男じゃだめかな?」

 

「……いますぐ左手をポケットからだしなさい。さもなくば殺す……いえ、死なない程度に痛みを与え続けたほうが良さそうですね」

 

 イントゥルーダーの顔は相変わらず笑顔のままだった。

 男は考える。ここで自爆して死ぬというのは、できる限り避けたかった。しかし、どうせ死ぬならば痛みの少なく済む方が良いとも考えていた。

 

 

 少しの間考えたあと、男は左手を上げた。その手には、起爆スイッチがしっかりと握られている。

 

「このボタンを押せば君たちの欲しいデータは僕もろとも爆散する。文字通り世界に存在しなくなる。一歩でも近づいてみろ、すぐにドカンだ」

 

 男の額を汗が流れる。これはブラフでもなんでもない。文字通り、自分が死ぬスイッチを使って脅迫まがいのことをしている。

 

「……わかったわ。銃を下げなさい」

 

 イントゥルーダーの指示通り、人形たちは銃口を地面へと向けた。

 ため息をつき、これから交渉に移ろうとする。油断していたわけではないが、警戒意識が一瞬だけ弱まった。

 

 それ故に、その場の誰も、一体の人形の放った弾丸に気がつくことはなかった。

 

 

 通路内に反響する銃声の後、男の左手は弾け飛ぶ。

 

 いや、よくみれば男の手にはあたっておらず、その手の中の起爆スイッチだけを寸分たがわず撃ち抜いていた。男は無傷だ。

 

「ちっ邪魔者がはいったわね……」

 

 イントゥルーダー配下の人形たちが次々と倒れていく。相手はまだ闇に紛れ込んでおり、姿を見せることはなかった。

 

 男は急いで物陰へと隠れた。銃撃戦に巻き込まれては無事では済まないと男の頭の中で警鐘が鳴り響いていた。

 

 

 鳴り止まない銃撃音の中、男の耳は独特の音を聞き取った。それはガスの噴出音のようだった。

 

 一瞬の閃光の後、爆音が通路に響き渡る。爆風は男の隠れていた物ごと吹き飛ばし、崩落していた瓦礫もろとも外へと放り出された。

 

 外で男が目にしたのは、古い木製の吊橋だ。吊橋は吹き飛ばされてきた瓦礫によってどんどんと崩壊していき、男の身体を支えてくれることはなかった。ずいぶんと高さがあり、下には大きな川が流れていた。

 

 

 手を伸ばしても、もう遅かった。男は浮遊感を感じながら、目を閉じた。

 

 

=*=*=*=*=

 

 

「416!何してるの!保護対象が落ちちゃったじゃん!どうしよう45姉!」

 

「おちつきなさい9。たしか下は大きな川よ、生きてる確率が高いわ」

 

「416~、もうちょっと考えてよ~」

 

「わ、私は悪くないわ!こんな狭いところでエリート人形と戦って勝つにはこれしかなかったでしょ!」

 

「だからってこれはないでしょ」

 

 9は辺りを見回す。鉄血の集団の中心に撃つこまれた榴弾は、鉄血をバラバラにして吹き飛ばしていた。エリート人形ですら、一発で行動不能である。

 

「9、それよりもすることがあるでしょう」

 

「回り道するには遠いよ?どうするの45姉」

 

「簡単よ」

 

 45は下を流れる川を眺めているG11を後ろから押した。

 

「え?わ、私なんにも~!助けて~!」

 

 G11の断末魔に416がピクリと反応した。

 

「ちっもう少し説明してからしなさいよ!」

 

 416は完璧なフォームで飛び降りG11の後を追う。

 

「さて45姉、私たちは回り道を探そうか」

 

 9の笑顔に45も笑顔で応えた。

 

 そして、9の方へと一歩近寄った。

 

「45姉?その手は何?まるであなたも落ちるのよって感じの笑顔は何!?」

 

 45は何も応えない。ただ笑顔で9の方へと詰め寄るだけである。

 

「45姉嘘だよね?嘘でした~って言うんだよね?」

 

 9の直ぐ側まで来た45は笑顔でこう言った。

 

「これが一番早いでしょう?」

 

「濡れるのイヤ~!」

 

 45に押された9は川へと落ちていった。

 

「さて、私も行かないとね」

 

 45は濡れてはいけない物を防水ポーチへと移し替える。

 

「……あら、こんなものが」

 

 いざ飛び込もうとしたとき、45は傍らにロープが落ちていることに気がついた。

 

「ごめんなさい9」

 

 45はロープを橋桁に結びつけ、ゆっくりと河原に降りていった。

 

 

=*=*=*=*=

 

 

 男は自分が地面に寝転がっていることに気がついた。石や砂利の感触を確かめ、ここが河原であると見当をつけた。

 

 起き上がると、目の前で裸の女が下着を身につけているところだった。

 

「きゃあああああああ!」

 

 バシーンという軽快なビンタの音が、静かな森に響いた。

 

 

「さっきはごめん」

 

 しっかりと衣服を身につけた状態で謝罪をしてくる。

 

「いいんだ、あれは事故だったっんだ。お互いのためにも忘れよう」

 

「うん、そうだね」

 

「それで、君はどうして僕を見張っているんだい?」

 

「命令だからだよ。私の任務はあなたを見張っておくこと」

 

 少女は笑顔で笑う。綺麗な笑顔だが、そのせいで逆に右目に付いた傷が強調して見えてしまった。

 

 

 しばらく無言の時間が続いた。森の木々のざわめきが、心地よいBGMとなっていた。

 

「君は何者なんだい?」

 

「私?私は……ごめん、自己紹介の許可は出てないんだ」

 

「特殊な部隊にでも所属しているかの口ぶりだね」

 

「まあそんなとこかな」

 

 男は自分の直ぐ側にある荷物の無事を確かめる。データの入った鞄は開けられた様子もなく、非常用品の入ったナップザックも濡れてはいるが大体の品が無事であった。

 

「食べるかい?」

 

「えっいいの?」

 

 非常用品の中の栄養補給食を渡す。少女の舌に合ったようで、美味しそうに食べる少女を眺めながら男も補給食を口にした。

 

「なにこれ!練り物?すっごく甘くて美味しい」

 

「えっと……YOUKANって言うらしい。極東の国の食べ物って書いてるね」

 

「これならいくらでも食べられそう!」

 

「気に入ったようでなによりだよ」

 

「うん。あ、お礼ってわけではないけどこれあげる!」

 

 少女は胸ポケットから何かを取り出した。

 

「……これはネックレスかい?急にどうして」

 

「だってこれはあなたの物でしょう?」

 

「手持ち品にネックレスなんて――」

 

 男の言葉を少女は上塗りした。

 

「正確にはあなたの物の物だよ。大事にとっておいたほうがいいんじゃないの?」

 

 その一言で男は何も言えなくなった。察してしまった。これが誰のネックレスなのか、はっきりと分かってしまった。

 

 

『プレゼントですか?ご主人様らしくないですね。でも……ありがたく受け取っておきます』

 

 

 もう何年も前のことで、すっかりと忘れてしまっていた物だった。男にとっては長い人生のほんの一瞬の出来事だった。

 しかし、おそらく彼女にとっては短い数年という実働時間の中の、かけがえのない時間であったのだろう。

 

 

「すまない、少し外していいかな」

 

「う~ん、いいよって言いたいんだけど、それは無理なんだ」

 

「まあそうだよね……」

 

「でもね、忘れてあげる」

 

「えっ?」

 

「あなたが言ったんでしょう?事故だからお互いのために忘れようって」

 

 男は俯いていた顔を上げて少女の顔を見つめる。

 

「だから忘れてあげる。女々しく泣いていても、大声あげて泣いちゃったとしても、あなたが何も見ていないように、私は何も見なかったし聞かなかった。そういうことにしといてあげる」

 

「……ありがとう」

 

「ほら、早くしないと45姉……じゃなかった、他のメンバーも帰ってきちゃうよ。さすがにみんなにばれるのは嫌でしょ?」

 

 

 少女は特に中身の詰まっていないことをずっと語り続けてくれた。少女のトークスキルであれば何時間でも話すことができた。

 そして男は、少女の声の影でひっそりと、声を押し殺して泣いた。

 




9、俺だ。一緒に墓に入るのを前提に結婚してくれ


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Nice to meet you

 草をかき分けて45が9の元に戻ると、9は護衛対象の男と仲良さそうに話しているところであった。男の研究について質問してみたり、的確にあいづちをうったりと9の会話スキルで話が途切れることはなかった。

 

「いつの間にそんなに打ち解けたのよ」

 

「あっおかえり~」

 

 9が満面の笑みで45を迎え入れたのを見て、男も軽く会釈をしてくる。とりあえずは45を味方だと認識しているようだった。

 

「はじめまして、護衛対象さん」

 

「はじめまして。護衛対象、てことは君たちの任務は僕の護送かい?」

 

「ご名答。私たちの任務はあなたを送り届けることよ」

 

「コレだけじゃなくてかい?」

 

 男は鞄を持ち上げてそう言った。

 

「ええ、不思議なことにあなたが生存していることも条件のうちよ」

 

 男は首をかしげる。目的がプログラムの確保であれば、男まで保護する必要はない。敵への漏洩を恐れるのであれば、男を殺したほうが確実である。何か目的があるのだろうかと男は思考を巡らすも、答えは出てきそうになかった。

 

「まあとりあえず、僕は守られてれば良いんだね?」

 

「……私たちの正体や目的は気にならないの?」

 

「気にならないと言えば嘘になる。だが重要ではないと思うね」

 

「そう……指揮官の言う通りね」

 

「えっなんて言ったんだい?」

 

「いえ、何でも無いわ。それよりさすがに自己紹介はしておきましょうか」

 

 45はたき火に火を着けて男の側に座った。

 

「私たちは404小隊、とある組織の指示で動いているわ。私はUMP45」

 

「UMP45?ああ、I.O.P製かい?」

 

「ご想像の通りこの銃の名前と同じよ」

 

 45はそういって銃を男に見せる。男は興味津々といった様子で銃を眺める。

 

「確か銃とのリンクシステムがあるんだろう?興味深いな」

 

「あとでいくらでも見ると良いわ。壊さなければね」

 

「本当かい!?ぜひ見させてもらうよ。45君か……ということはそっちの君はUMP9かな?」

 

 火の様子を見ていた9は驚いた様子で男の方へと振り向いた。

 

「私のことも知っているの?」

 

「こう見えて銃には詳しいのさ」

 

「こう見えてって、見た目通りな気もするけど……まあいいか。私はUMP9、45姉の妹だよ」

 

「姉妹?確かに似ているな」

 

 似たような服装に似たような顔、それに加え左右の目の傷である。似せて作られたということがはっきりと分かる。

 

「UMPシリーズはもう一つあったかな。その子も部隊に?」

 

「UMP40なら部隊にはいないわよ」

 

 45の声は嫌に冷たかった。

 

「じゃあ他の部隊員は誰なんだい?」

 

「そうね、見張りを変わってくるから本人の口から聞いて」

 

 そういって45は森の方へと消えていき、9も立ち上がる。

 

「45姉以上に扱いづらい二人だけど頑張ってね」

 

 最後にそれだけ言うと、9は45の逆方向の川方面へと消えていった。

 

 

=*=*=*=*=

 

 

 しばらく待っていると、45の消えた方向から草木をかき分ける音がした。

 

「ああ、起きていたのね」

 

「君は45君の部隊員かい?」

 

「ええ、私はHK416よ」

 

「ほう……ふむ……」

 

「なによジロジロと」

 

「いやぁ、洗練された銃だ。技術の結晶とでもいうべき傑作銃じゃないか」

 

「ふ、ふーん。あんたわかるじゃない」

 

「ずいぶんとホロサイトが前にある。何か理由が?」

 

「こっちのほうがサイティングが早いのよ」

 

「なるほど……実に戦術人形らしい回答だ」

 

 男はじっくりと416を見ると、ふと呟いた。

 

「綺麗だ……」

 

「えっ?何を言っているの?」

 

「洗練されたボディがしっかりと手入れされている」

 

 男は416へと手をのばす。

 

「や、やめっ」

 

 そして男は416へと触れた。

 

「ひっひぃ!」

 

「素晴らしい。このラインはまさに芸術だ」

 

 416は羞恥で頬を染め、男は興奮で顔に熱がこもっていた。

 

「それ以上は……もう……」

 

 

 

 

「二人そろって何してるの?」

 

 416が北方向とは逆、つまりは9の消えた方向から声がした。背の低いその人形は今までの三人とはまた随分と違った格好をしていた。

 男は416の銃から手を離し、G11の方へと向き直った。

 

「君も45君の部隊員かい?」

 

「うん、私はG11。ふわぁ、寝てても良い?」

 

「ああ、かまわないが」

 

「それじゃ、おやすみ~」

 

 たき火の側で横になったかと思うと、すぐに寝息をたてはじめた。

 

「はぁ、まったくG11ったら」

 

 416は荷物から毛布を取り出し、G11へとかけた。

 

「優しいんだね」

 

「違うわよ。隊員に風邪をひかれると困るだけよ」

 

「人形でも風邪をひくのかい?」

 

「熱も出ないし咳や鼻水という症状もないけど、一応はひくわ」

 

「生体パーツゆえの欠点ということか」

 

「ええ。まったく人間は何を考えてこんな欠点を残したのかしら」

 

「いいじゃないか」

 

 煩わしそうな表情を浮かべる416に対して、男がそう言葉を続ける。

 

「その人間らしさのおかげでこうやってコミュニケーションが取れているんだから」

 

「人間らしさがなければあなたは話してなかったってこと?」

 

「当たり前だろう?」

 

 男は肩をすくめて見せた。

 

「いくらAIとは言ってもただの電子回路に話しかける趣味は持ち合わせていないんだ」

 

「なるほど、そういうことね」

 

 416は薪を火に投げ入れた。弱まっていた火がパチパチと音を立てて勢いを取り戻した。

 

「ところでなんだけどさ……」

 

「どうしたんだい?改まって」

 

「あなたの持ってるその鞄、その中のプログラムは何なの?」

 

「これは人形の停止プログラムだよ」

 

「人形を停止?でも確かシミュレーターの結果は」

 

「あの画面を見たんだね……」

 

 416は慌てて口をつぐむが、もう遅い。

 

「あれは……事実だ。人間はもう、人形なしでは存続できない」

 

「そ、そんなことはないでしょう?人間の状況判断力は人形にも勝るのに」

 

「足りないんだよ。人形が居なくなるという環境変化に耐えるにはね」

 

「でも人形がやっている仕事は元はといえば人間のやっていた仕事よ?」

 

「そうだね。だから足りないんだ。人形の担っている人類存続に必要な仕事量を補えるほどの人口はもういない」

 

「じゃあ人形が止まってしまえば……」

 

「間違いなく飢饉がおきるだろうね。暖房すらつかなくなって低体温症が続出するのが先かな?」

 

 ケラケラと笑う男に416は掴みかかる。

 

「どうして!どうしてそんなもの作ったのよ!」

 

「おいおい、待ってくれよ。そんなに怒ることはないだろう?」

 

「うるさい!あんたそんなもののせいで命狙われて!私たちまで駆り出されて!」

 

「……偶然だったんだ」

 

「えっ?」

 

「偶然、別の物を作ろうとした副産物で、できたんだ」

 

「副産物で?世界の滅ぼせるような代物を?」

 

「僕が作ろうとしたものは世界を滅ぼすプログラムじゃない。世界を平和にするプログラムさ」

 

 416の腕を払いのけると男は襟を整えた。

 

「世界を……平和に?」

 

「簡単に言えば、とある条件を満たす人形の停止プログラムだよ」

 

「結局人形の停止じゃない!」

 

「世界が今平和ではないのはなぜか分かるかい?」

 

「それは……鉄血のヤツらが――」

 

「そう、大概は鉄血のせいにするんだ。だがそれは違う」

 

「いったい何を」

 

「人形が戦う、それが間違いなんだよ」

 

「……それは私たちの存在はいらないということ?」

 

「つまりはそうなるね。戦う人形はもはや人間の扱える道具じゃない」

 

「道具……?今道具っていったの!?」

 

「ああ、そうだ。人形はしょせん、道具だよ」

 

「呆れたわ!こんな人間!」

 

 416が銃口を男に向ける。

 

「僕を殺すのかい?」

 

「あなたなんて居ないほうが平和になるわよ」

 

「そう……かもしれないね。僕は撃たれても構わないよ」

 

「あんたねぇ……!」

 

 416の指が引き金に触れる。

 

 

 しかし、いつまでたってもその引き金が引かれることはなかった。

 

「G11、どういうつもりかしら?仲間に銃を向けるなんて」

 

「それはこっちのセリフだよ416。護衛対象に銃を向けるって何を考えているの?」

 

 416の銃口が男の額に向いているように、G11の銃口が416を捉えている。G11の練度は416もよく知っている。彼女の腕前なら、用意に416を行動不能にできるだろう。

 

「……ちょっとカッとなってしまっただけよ」

 

 416が銃から手を離してから、G11は引き金にかけた指を離した。



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move to ...

 その日の夕食は、男の持っていた非常食を消費することはなかった。

 

 人形たちは専用のMREを食べ、男は何も口にしなかった。空腹感がないことに加え、あまり食欲も沸かなかった。

 日が沈んでいく様子を見ながら、たき火をUMP姉妹と男が囲む。416とG11は見張りのために離れていた。

 

「なあ9君」

 

「なにかな?」

 

「君たち人形に食事や睡眠の必要があるのはなぜだと思う?」

 

 9はしばらく首をかしげ考え込む。

 

「理由なんてないんじゃないかな」

 

 ふと9はそう呟いた。

 

「ほう、なぜそう思うんだい?」

 

「だってさ……」

 

 9は立ち上がり、端末を操作する45に後ろから抱きつく。

 

「この温かさも、匂いも、感触も、すごく人間に似ている。でもそれは私たちの目的のためには必要ないと思うんだよね」

 

「確かにそうだな。戦闘性能だけを考えればそうかもしれない」

 

「必要ないものをわざわざ取り付ける、そこに理由が存在するとは限らないんじゃない?」

 

「なるほど、僕にはできない考え方だ」

 

「……あのね9、今重要な作業をしているから邪魔しないで」

 

「む~45姉のケチ」

 

 しぶしぶといった様子で9は45から離れる。

 

「ああ、でもね」

 

「ん?なんだい?」

 

「私たちの中には人間に似ていることを利用している人形もいるんだよ」

 

 9は端末の画面を男へと見せる。

 

「こ、これは……」

 

 それは人形がいろいろな服を着ている写真だった。普段とは違い華やかな衣装に身を包んでいる。

 

「これは9君と……G11君かい?似合っているね」

 

「でしょう!ほらあとこんなのも」

 

「これは……45君かい!?驚いた、服だけでここまで印象が変わるなんて……」

 

「ちょっと9~?」

 

「あはは、45姉ごめんね~」

 

「ちょっと待ちなさい!その写真は消しといてって言ったやつでしょう!」

 

「こんなにかわいい45姉の写真消すわけないじゃん!」

 

 おいかけっこのように逃げ回る9と追いかける45を見て、まるで少女のようだと男は感じた。中身はどうであれ、彼女たちはただの少女に過ぎないのだと、男の中の考えが少し変わった。

 

 

=*=*=*=*=

 

 

 夜中、男はふと目を覚ました。たき火を消しているので見つかる心配は減っているが、そのせいで辺りは真っ暗で、少し冷えていた。

 

「どこへ行くの?」

 

 男が立ち上がると、暗闇からそう聞こえる。見張りをしていた416の声だ。

 

「キジを撃ちにいくのさ」

 

「かってに離れようとしないで。あなた、命を狙われてるって自覚が本当にあるの?」

 

「あまりないというのが正確だね」

 

 そう言って男は川の方へと歩いていく。

 

「まったく、どうしてこんな任務を受けたんだか」

 

 416は呆れた表情をうかべながら立ち上がり、草木をかきわけて行った男のあとを追った。

 

 

 

 

「いや、416君。僕には羞恥を感じて悦ぶ趣味はないのだけど」

 

 しばらく無言で歩いた後、突然男は416の方へと向き直ってそう言った。

 

「突然何を言ってるの?」

 

「いや、だからね?」

 

「私は気にしないからさっさとしなさいよ」

 

「まさかキジ撃ちの意味がわかっていない……?」

 

「わかってるわよ!まったく失礼ね」

 

 そうは言うも416だって恥ずかしく感じているらしく、少し頬が赤くなっているようだった。男は416が真面目に男の警護のためだけについてきてくれたことを理解した。

 

「……ここで待っててくれ。ここから見えるとこまでしかいかないから」

 

「わかったわ」

 

 男が少しいったところで立ち止まったのを確認し、416は周囲の警戒へと意識を切り替える。数時間内に鉄血らしき影は補足していなかった。しかし、そろそろ捜索の手がここらまで届いてもおかしくない頃合いだった。納得がいかなくとも任務は任務だと416は踏ん切りをつけていた。彼女の辞書に任務の失敗という項目は存在しない。完璧にこなしてこそだ。

 

 しかし、さすがに416は男に気をつかい男の方に注意を向けていなかった。だから、男がこっそりと端末を使ったというのに、その光にすら気づけなかった。

 

 

 

 

「夜中に二人きりでどこかに行くって、随分と親しくなったようね」

 

 たき火跡へ帰ってきた二人を迎えたのは、にっこりと笑う45だった。

 

「ち、違うわよ!この男が――」

 

「それ以上言わなくてもいいわ。ええ、私はわかっているもの。何事にも寛容でないと隊長は務まらないもの」

 

「はぁ、もう言いごたえする気力もないわ。見張りの交代をお願い」

 

 416は呆れた表情をしながらG11の側で横になる。そして目を瞑ると、スイッチを切ったかのように寝息をたて始めた。

 

「あなたももう少し寝ていたほうがいいわよ。明日は長い距離を移動することになるわ」

 

 45は男の方へと向き直りそう言った。

 

「そうさせてもらおうかな」

 

 男は断熱シートにくるまって地面に横になる。

 

「ああ、45君。一つ聞いてもいいかい?」

 

「なに?」

 

「君たちはどこまで知らされているんだい?」

 

 変に間が空いた。男にはその間が、とても不穏に感じた。

 

「何もよ」

 

「何も?」

 

「何も知らされてないわ。事前情報は作戦地域と対象――つまりはあなたの人相だけよ」

 

 45の表情は変わらず笑顔のままだ。

 

「そうか……」

 

「知られていると不都合なことでも?」

 

「いや、いいんだ。忘れてくれ」

 

「……わかったわ。おやすみなさい」

 

「ああ、おやすみ」

 

 男は45に背中を向けるように寝返りをうった。

 

 45は男の背中を見て、視線をその横のかばんへと移す。そこには世界を終わらせるプログラムがある。人形はすべて停止し、人類は滅びる。

 45たち人形からすれば素晴らしいプログラムだ。これを手にした人形は、支配されるものから支配するものへと変貌する。全人形、全人類を手中に収めることができるのだ。

 

 ほぼ意識せずに手が伸びていることに気がつく。

 

「ふふっ、自分を犠牲に……なんて私らしくないわね」

 

 その葛藤は一瞬のようで、実のところ結構な時間がたっていた。既に空は白んできている。45は火を起こす準備を始める。戦術人形である404小隊には必要なくとも、護衛対象である男には朝食が必要だろう。45は9が持ち込んでいたレトルト食品のいくつかの封を切った。

 

 

=*=*=*=*=

 

 

 男が目を覚ますと、もう既に404小隊全員が起床した後だった。寝ぼけた脳を覚醒させ、45から朝食を受け取る。

 

「もう数ヶ月は朝食をとってなかった気がするよ。まったく僕を健康にしてどうするつもりだい?」

 

「健康になってから私たちに楽させてよ!どうも最近、動作効率が落ちてきた気がするんだよね~」

 

 男の軽口に9がのっかる。

 

「そうか、そんな見た目でも頭はシステムなのか。まったく紛らわしいったらありゃしない」

 

「いいから早く食べなさい。いつ鉄血に追いつかれるかわからないのよ」

 

 そう言う416は既に準備を終えている。その足元には準備を終わらせて再び眠りに付いたG11も転がっていた。

 

「416、焦っても仕方ないわ」

 

「45姉!おかえり」

 

 草木をかき分けて45が戻ってくる。

 

「45君、通信はできたのかい?」

 

「ええ、なんとか見つからずにできたみたいよ。合流地点を指定されたわ」

 

 そう言って45は地図を指差す。

 

「地点は首都中央。そのテレビ局跡地よ」

 

 男はこの地域に地理感があるわけでもなく、運動もしないため距離を言われてもどれくらいなのか把握できなかった。

 しかし、随分と遠いことだけは、はっきりと理解できた。



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a doll think about...

「ちょ、ちょっと待ってくれ」

 

 男の言葉に全員が立ち止まる。座り込んだ男の方へ45は近づいた。

 

「……休憩にしましょうか」

 

「いや、水分補給だけでいい」

 

「休んだほうがいいわ。ごめんなさいね、人間の疲れるペースはよくわからなくて」

 

 45が申し訳なさそうにしていると、416が横槍をいれる。

 

「45、まだ今日の目標の半分にも行ってないのよ?これ以上のんびりするわけにはいかないわ」

 

「そうは言っても彼に倒れられても困るでしょう?」

 

「そ、それはそうだけど……」

 

「いや、本当に休憩はいいんだ。416君の言う通り少し先を急ごう」

 

 よいしょと口にしながら立ち上がる。

 

「まったく、ほら」

 

「416君?なんだいその手は」

 

 416から差し伸べられた手に男は首をかしげた。416は顔を真っ赤にする。

 

「荷物を持ってあげるってことよ!」

 

「そうか、ありがとう」

 

 男は背負っていたナップザックを416に手渡した。

 

「そっちのかばんもよこしなさいよ」

 

「いや、それはできないね」

 

「まだ私たちを信用できないって言うの?」

 

 416が少し苛立ちのこもった声でそう言った。

 

 小隊は移動を開始する。

 

「そういうわけじゃないんだ。ただこれは、これだけは僕が守らなきゃいけないんだ」

 

「……そう。悪かったわ」

 

 416の声は小さかった。

 

「えっなんて言ったんだい?もう一度言ってくれないか」

 

「悪かったわと言ったのよ!」

 

 416はそのまま後ろの方へと行ってしまった。場所を交代したようで、男の側には9がやってきた。

 

「あの416を籠絡しようとするなんてやるね」

 

「おいおい9君、勘違いはやめたまえ」

 

「その否定の言葉も怪しく聞こえるな~」

 

「ははは、9君には何を言っても無駄なようだ」

 

 9との会話は男にとっても気楽なものだった。まだ会って一日も断たないというのに、すんなりと冗談を言い合えるほどに仲を深めている。それはひとえに9の性格によるものだろう。彼女がいるからこそ、個性の強い404小隊が隊として成立しているようだと男は考えた。

 

「……ねぇ、人形と人間が結ばれることは可能だと思う?」

 

「どうしたんだい9君。君らしくない話題だね」

 

「深い意味はないんだよ?ただ私たちは人形の立場でしか物事を考えられないから、人間の意見を聞いてみたいなって」

 

「うーん、人形と人間か……難しい問題だ」

 

「だよね、しょせんは作り物と生物。結ばれることはないよね」

 

「いや、そういう難しい話じゃない」

 

「どういうこと?」

 

「単純に難しいのさ。僕は人間だからね。君たちとは逆に人間の立場でしか考えられないのさ」

 

「ふ~ん。それで、人間の立場からだとどうなの?」

 

「可能さ」

 

 男はそう端的に言った。

 

「僕にはそういうことを研究した知り合いがいたんだ」

 

「いた?今その人は?」

 

「今は土の中さ。愛した人形と共にね」

 

「人形を愛した……」

 

「変わったヤツだったよ。理想の嫁を作ると言って徹夜続きで開発をし、最終的にはその不摂生がたたって死んだんだ」

 

「でも人形の方の寿命はもっとあるんじゃないの?」

 

 9の疑問も最もだ。数年程度で動けなくなるほど人形はヤワではない。高度なメンテナンスをしなくても、十年は動作するはずだ。

 男は手に持っているペットボトルのふたを開けた。

 

「人形自ら、ヤツの側を離れなかったんだ。同じ棺に入ってね」

 

「それじゃあ今もその人形は」

 

「ああ、身動き一つしなくとも動作はし続けているんだろうね。掘り返す気にはならないが」

 

「ひどい……」

 

「誰も救われない悲しい話だよ。でも一つわかることがある」

 

 男は残り少ない水を飲み干して口を拭う。

 

「人形は人を愛せる。それこそ死んでも離れたくないと考えるくらいにはね」

 

「その人を愛するように作られていたんじゃないの?」

 

「違うね。人形は心の底から愛していたのさ。たとえ過ごした時間が少なくてもね」

 

「そうなんだ……人形も愛せるのか……」

 

 何かを思い浮かべている様子の9に男の顔がニヤける。

 

「9君は好きな人間がいるのかい?」

 

「えっ?いやいないよ!」

 

「即座に否定するなんて怪しいな~」

 

「もう!いないってば~!」

 

 楽しそうではあるが大声で話す二人を416が咎めに来たのは、それから三分後だった。

 

 

=*=*=*=*=

 

 

「今日はここで野営ね」

 

 先導していた45に追いつくと、45は既に荷物を下ろしていた。森の中でも少し開けた場所であり、一方は崖が反り立っている。

 

「大丈夫なのかい?僕は落石には耐えられないんだが」

 

「私たちだってそうよ。それに地質的に大丈夫と判断してのことよ。安心しなさい」

 

「そうかい。それなら良いんだ」

 

 そう言って男は野営地の中心付近に座り込んだ。G11も直ぐ側で寝転がっている。

 

「あんたたち少しは手伝おうと思わないわけ?」

 

 苛立った様子で416がそう言ってから、やっと男は重い腰を上げた。

 

「すまなかった。何をすればいいんだい?」

 

「テントの設営はできる?」

 

「できないね」

 

「火を起こすのは?」

 

「したことがないな」

 

「周囲の警戒を……しなくていいわ」

 

「君たち人形のほうが優れているだろうからね、それが正解さ」

 

「ああもう!まきでも拾ってきて!」

 

「了解したよ」

 

 かばんとナップザックを手に取り、野営場所から離れていく。

 

「あまり遠くにいかないでよね!」

 

「わかっているさ」

 

 背中を見せながら去っていく男を見て、416は深くため息をついた。

 

「オカン?」

 

「うるさい」

 

 G11のツッコミに軽くキレながら416はそう返した。

 

 

=*=*=*=*=

 

 

「あんた……これ」

 

 男がやっと戻ってきたかと思えば、416はさらに頭が痛くなる事態となっていた。

 

「どうだい?」

 

「湿ってるわね……これもダメ。この束もつかいものにならないわ」

 

 男の持ってきたまきの半分は湿っていた。それなのに男は一仕事終えたと座り込み、水分をとりながら何かを口にしている。

 

「そうか……力に成れずにすまない」

 

「で、でももう半分は問題ないわよ!」

 

 落ち込む男を慌ててフォローする。普段はあんな態度をとる416だが、その根は真面目で優しい人形なのだ。

 

「そうか、少しでも役に立てたのなら良かったよ」

 

「え、ええ。助かったわ」

 

 たき火に火を入れる。お湯を沸かしてレトルト食品で栄養を補給する。

 

「ごちそうさま」

 

 そう言って男は地面にゴミを置いた。

 

「……もう寝なさい。明日は今日以上に歩かないといけないんだから」

 

「じゃあお言葉に甘えて」

 

 男は断熱シートを取り出し、地面に横になる。さすがに男も疲れていたようで、すぐに寝息が聞こえてきた。

 

「おやすみなさいも言えないのかしら……」

 

 416は立ち上がり、男がそのままにしていたゴミを袋に回収し、男の荷物の中へと無造作に突っ込む。

 

「ゴミくらい片付けなさいよ……」

 

 ゴミひとつでどれだけ追っ手に情報を与えてしまうのか、男は知らない。もし416がこのゴミに気が付かなければ、もしそのままにしてしまっていたら、この行軍は無駄となってしまっていただろう。

 

 この男には危機感が足りていない。416はそのことが不思議でならなかった。確かに研究者が変わった人物が多いことは百も承知だった。しかし、この男がその手の考えのおかしい者でないことくらいは416にもわかっていた。

 

「ほんと……手のかかる護衛対象だこと」

 

 416は火を消して自分も横になる。システムが休眠状態へと入ることを感じながら、目をつむった。

 




416にヒモ男にされたい……


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Intruder

「……!止まって!」

 

 先行する9がそう声を上げた。あたりは木々がそびえ立つばかりで、男には何の異常も見つけられなかった。

 

「9、何を見つけたの?」

 

「45姉、あそこを見て」

 

 9が指さしたのは木にくくりつけられたプレートだ。随分と風化しており、文字がかすれてしまっている。

 

「えっと……罠が張ってあるみたい」

 

 ゆっくりとプレートに近づいた9は、内容を読んでそう言った。

 

「気をつけて進むしかなさそうね」

 

 45はつぶやくようにそう言った。9と416はその言葉に頷き、男を囲むように移動する。

 罠があるのはわかっても、その罠の種類に検討はつかなかった。人形ならば多少の傷は差し支えないが、男が怪我をしてしまっては行程がさらに遅れることは明らかだった。

 

「女の子に守られるというのは気が進まないんだがね。まあ今さらでもあるのだけど」

 

「あら、あなたって男が女を守るという観念を持っていたのね」

 

 416は鼻で笑いながらそう言った。

 

「あたりまえだろう?僕だって男なんだ。女性は守る対象だって教育されてきたんだよ」

 

「フッそんな時は永遠にこないでしょうね。だってあなた戦えなさそうだもの」

 

「残念だけど、まったくもってそのとおりだから何も言えないな」

 

 そう言って踏み出した男の足首を何かが締め上げる。

 

「いてててて!」

 

「ちょっと……早速ひっかかってるじゃない……」

 

 416は呆れながら罠を解除する。男の足首には、赤く跡が残っていた。

 9はその様子を見て笑っており、45もやれやれと首を振った。

 

「もう416におんぶしてもらったほうがいいんじゃないの」

 

「ははは、9君。笑えない冗談はやめたまえ」

 

「私は構わないわよ。そのほうが早く前に進めそうね」

 

「416君もやめてくれ。さすがの僕も少女におんぶされる趣味はないよ」

 

「冗談よ。私だって男性を背負う趣味はないわ」

 

 416の言葉に9はさらに笑い声をあげる。その笑い声はなぜか、不快ではなかった。自然と男が笑顔になったように、416も45も笑顔になった。

 

 その様子を見ながら、G11は眠そうに目をこすった。

 

 

=*=*=*=*=

 

 

「それでね、そのとき45姉が……伏せて!」

 

 男が隣にきた9と話していると、突然9から地面に押し倒される。

 

「9君、どうしたんだい」

 

「しっ、静かに」

 

 まもなくして、辺りを銃撃音が埋めつくす。

 

「このあたりにいるのはわかっているのよ。出てきなさい」

 

 男はその声に聞き覚えがあった。イントゥルーダーだ。

 

「何か用かしら?鉄血の人形さん」

 

 次の声は45だった。45は銃を手に取らずに、草むらからイントゥルーダーの前へと出た。

 

「驚いたわ。まさかノコノコと出てくるなんてね」

 

「それはこっちのセリフよイントゥルーダー」

 

 イントゥルーダーは視線を左右に走らせる。45の左右には416とG11が銃口を向けていた。迷いのない視線から、彼女らが確実に自分を撃ち抜くであろうことを理解した。

 

「たしか小隊メンバーは4体だったわね。ということは彼は最後の1体と一緒なのかしら」

 

「あら、私の小隊メンバーは3人よ?」

 

 イントゥルーダーは45の言葉ににっこりと微笑み、銃口を45に向けた。

 

「ヘドが出るわ。ワタクシ、あなたみたいな人は嫌いみたいだわ」

 

 416とG11はすばやく反応し、引き金を引ききった。

 

「残念ね。すでに掌握済みよ」

 

 416とG11の銃から弾が発射されることはなかった。引き金を引いても、撃鉄が落ちていない。オートセーフティがかけられていた。

 

「……45!」

 

「わかってるわ!」

 

 45は416の叫びにも近い声にそう答える。しかし、目の前のイントゥルーダーが自由に動かせてくれるはずがなかった。

 ガトリングの弾を木の陰へと隠れてなんとか避ける。数発貫通してきてはいるが、行動に支障が出るほどの傷は負わずに済んだ。

 

「あなたさえ潰せば小隊はおしまい。そうでしょう?」

 

「そんなわけないでしょう!私の変わりが入隊するだけよ」

 

「それが無理なこともわかっているでしょうに!」

 

 場は膠着したかのように見えた。45は隠れたまま、その場を動いていない。イントゥルーダーも銃撃をやめていた。

 しかし、それは表面上の話であって、ネットワーク上では壮絶な戦いが繰り広げられていた。

 

「くっ!1人じゃ抑えきれない!」

 

 45の苦しそうな声を聞いて9は身体が動きそうになる。しかし必死でこらえる。今優先するべきは男の安全の確保だ。今動いてしまってはせっかく45が作った隙を無駄にしてしまうということにはすぐに気がついた。

 

「9君。提案がある」

 

 唇を噛み締める9に男はそう静かに述べた。男はコソコソとその提案とやらを9に語った。

 

「……わかった。45姉はお願いね」

 

「任せてくれ。こっちは僕も専門分野だ」

 

 男は緊急用品から無線機を取り出し、携帯端末へとつなぐ。

 

 その際に出る物音は、9がかき消す。

 

「イントゥルーダー!私はこっちだよ!」

 

 突然飛び出してきた9に、イントゥルーダーは一瞬反応が遅れた。

 UMP9が火を吹き、銃弾がイントゥルーダーの肢体を貫く。

 

「そんな!シナリオにはこんなことなかったのに!」

 

「悔しかったら私を止めて見たら~!」

 

 動き回る9にイントゥルーダーの弾はなかなか当たらなかった。

 

「こうなったら全員……ん?なにかしら」

 

 イントゥルーダーの怒りに満ちた表情に笑みが混じっていく。

 

「あらあら、随分と幼稚なのね」

 

 イントゥルーダーは男のいる方向を向いた。その目には確信を持っている。

 

「させないんだから!」

 

「うるさいわ!」

 

 カチリと9の銃から音がする。システムによるオートセーフティが働いた音だ。

 

「416!」

 

「わかってるわ!」

 

 416は既に男の方へと走り出していた。草むらをかき分けると、端末に夢中で416にすら気が付かない男がいた。

 

「危ない!」

 

 画面から顔を上げた男の目には、近づいてくる弾丸と、その間に割り込む416の姿が映る。

 416はそのまま、男に覆いかぶさるように倒れ込んだ。

 

「416君!無事かい!」

 

「このくらいなんてこと無いわよ!」

 

 しかし、無情にも416の瞳には、左膝の駆動部に異常が出たというメッセージが表示されていた。

 

「はぁ、少し取り乱しちゃったわ。でもここでおしまいね」

 

 416は自分に銃口が向いたことを感じとった。目を瞑り、その時を待つ。

 

「う、うわぁぁぁぁぁぁ!」

 

「えっ?」

 

 その疑問の声は416のものか、それともイントゥルーダーのものであったかはわからない。しかし、その場の誰もがその行動を予測していなかった。

 

 男はイントゥルーダーに走っていく。予想外の行動に固まったイントゥルーダーの腰へと掴みかかる。そのまま足の浮いたイントゥルーダーを抱え、真っすぐと走っていく。

 

「ば、ばか!そっちは」

 

 416の言葉は遅かった。男は落ちていく。男が走っていった方向は崖だった。先程416が確認したときには、その下は岩場であった。つまりは、落ちてしまえば人間でも人形でもひとたまりもないような、危険なポイントだ。

 

 左足を引きずりながら416は崖の方へと向かう。木を支えにして立ち上がり、木に手をつきながら崖を見下ろした。

 

 

 

 

 「まったく……無茶しないでよね」

 

 

 416が手をついた木には、罠が設置してあるというプレートがかかっていた。

 

 

=*=*=*=*=

 

 

「まったく、慣れないことはするもんじゃないね」

 

 男は赤くなった足首を抑える。先程のとは比べ物にならないほど跡がくっきりと残ってしまっていた。

 

「全体重を足首のワイヤー一本だけで支えてたからねぇ。でも大きな怪我はしなくて良かったね」

 

「9の言う通りね。今後は無茶は控えてくれると助かるんだけど」

 

「そうするよ。僕はキーボードを叩いてるほうが性に合うみたいだ」

 

 416は火を囲んで団らんする三人から少し離れたところにいた。

 

「入ってこなくていいの?」

 

「何がよ」

 

 G11の言葉にぶっきらぼうに答える。

 

「だってさっきからずっと眺めてるじゃん」

 

「眺めてなんかないわよ」

 

 そういう416の視線は、確かに男の方へと向いていた。

 

「……も、もしかして」

 

「何よ」

 

「照れてるの?」

 

「馬鹿ね、そんなわけないじゃない」

 

 416は顔を伏せた。しかし、となりに寝転がっているG11からは赤くなった顔が丸見えだった。

 

「まあ照れる気持ちはわかるよ?私そういう本見た」

 

「なんて本よそれ」

 

「日本って国の少女漫画ってやつ」

 

「……!」

 

 416は無言でG11を殴りつける。もちろん本気でもないため、G11は痛くもなんともなかった。

 

「自分がピンチのときに身を挺してかばってくれたもんね。そりゃ惚れてもおかしくないよ」

 

「誰が惚れてるですって!」

 

「即否定すると本当に惚れてるみたいだからやめときなよ。それじゃおやすみ」

 

「ちょっと!G11!……寝ちゃった」

 

 416は男の方へと視線を向ける。視線に気づいたのか男もこちらを向き、目線があう。

 

 416はすばやく目線をそらした。不思議にも顔が火照っているように感じた。




416回。最初はこの子だと決めてました。でも正直、難しかった。


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boy meets his...

お気に入り、評価、ありがとうございます!
コツコツ続けていきます!


「そろそろ休憩にしましょうか」

 

 45の言葉で一行は足を止める。

 

「ほら、水よ」

 

「ありがとう416君」

 

 水のボトルを受け取った男はそのままどこかへ行こうとする。

 

「ちょっとちょっと、どこに行くの?」

 

「9君。ちょっとお手洗いにね」

 

「そう、いってらっしゃ~い」

 

 何もおかしいことはなかった。小隊の皆も一瞬警戒の視線を向けるも、すぐに気にせずに休憩を始めた。

 

 彼は男だし、彼女らも人形とはいえ少女である。男が席を外すことに疑問を抱くものはいない。

 

「……416、そわそわしないでよ」

 

「し、してないわ!」

 

 しかしその実、416は落ち着かずちらちらと男の向かった方向を見ていた。

 

「す、少し遅くないかしら」

 

「きっと踏ん張ってるんだよ」

 

 心配そうな416をよそに、9がそうこたえた。

 

「……はぁ、416。様子を見てきなさい」

 

 落ち着かない416を見かねて45がそう指示を出した。

 

 

 

 

「まったく、どこまで行ったのよ」

 

 男の向かった方向へ416は歩く。もう小隊のいた場所からは見えないところまで来たというのに、男の姿は見当たらない。

 

「お手洗いにいって帰ってくることすらできないのかしら」

 

 グチグチと口で言ってはいるものの、その表情は曇っていくばかりだ。

 

「まさかね……」

 

 彼は戦えない。たとえ蛇一匹だとしても、彼が動けなくなる理由としては十分に考えられた。

 

 

 突然、416の足が止まる。416の視界にあるものが入ったからだ。見覚えのあるソレは、彼自身といっても差し支えなかった。

 

「……45、大変なことになったわ」

 

 通信機を片手に、ソレに416は近寄る。手にとったそれは――

 

 

――男が肌身離さず持ち歩いていた、プログラムの入ったかばんだった。無造作に投げ捨てられたようなソレは、持ち主に何が起こったのかを明確に表していた。

 

 

=*=*=*=*=

 

 

 男は目を開ける。どうやらどこかの施設の中にいるようで、意識を失う前にいた森とはかけ離れている場所のようだった。

 

「やっほー?目、覚めた?」

 

 顔を覗き込んできた少女に驚き、男は身を動かして後ずさろうとする。

 

 そこで男は、自分が拘束されていることに気がつく。椅子に座らされて後ろで手を縛られている。しかし、足は自由である。

 

「君は誰だい?」

 

「私?私は~謎の少女Aってことで」

 

「じゃあA君、この縛っているのを解いてくれないかい?」

 

「う~んだめ~」

 

 少女は無邪気にケラケラと笑う。

 

「君……鉄血の人形だろう?」

 

「うん、そうだよ~」

 

 あっけらかんとしてそういう少女Aに男は純粋に驚いた。

 

「鉄血か……僕を殺すのかい?」

 

 少女は動きを止める。その背中が物語っていた。

 

「そうか……せめて痛みなく殺して――」

 

「なんてね!」

 

 振り向いた少女はいたずらに笑みを浮かべていた。

 

「えっ?どういうことだい?」

 

「あなたみたいなおもしろい人を殺すわけ無いじゃん!」

 

「お、おもしろい?」

 

「うん。おもしろいよ」

 

 少女は向かい側の椅子に座り足を組む。

 

「人形を殺すプログラムを人形の開発者が作るなんておもしろいじゃない?」

 

「……何の話だい?」

 

「親が子供を殺す物語は――私は嫌いじゃないよ」

 

「親?僕は人形の開発に関わったことはないよ」

 

「……うそばっかり」

 

 少女Aはつまらなさそうに口を尖らせる。

 

 

 しばらく沈黙が続くも、男の腹の虫が静寂を破った。

 

「おなかがすいてるんだね!何か持ってくるよ」

 

 少女Aは唯一の扉に手をかけて一度振り返る。

 

「外には出ないでね、殺されちゃうから~」

 

「こ、ころされる?」

 

「私は殺さない派だけど~、他はどうか知らないから」

 

 そう言って少女Aは出ていった。鍵すらかけていない。彼女は本当に、男がこの部屋から出ないと考えているようだ。

 

「なんなんだいったい。訳がわからないな」

 

 男は椅子に座り直して部屋の中を見回す。

 

 質素な部屋だ。机と椅子だけで装飾もなにもない。窓らしきものはなく、先程から換気扇が音を立ててるくらいで静かなものである。

 

 

 男はふと、意識を失う前に投げ捨てたかばんを思い出す。あれが回収されていれば、人類の敗北だ。逆に404小隊が回収してくれていれば、まだ勝算はある。

 

 敵地で男ができることは少ない。プログラムがない今、自分の命を一番に優先できる。彼にはここから抜け出すような芸当はできなくとも、現在殺さないと言う者に保護されている。

 

「ただいま~」

 

「ああ、おかえり」

 

 両手にいっぱいの缶詰を抱えて少女Aは戻ってきた。

 

「これはどうしたんだい?」

 

「食料のこと?倉庫にいっぱい積まれてたから少し貰ってきたの」

 

「大丈夫なのかい?君の食料だろう?」

 

「問題ないよ。だって私たちは食べないから」

 

「……どういうことだい?」

 

「私たちは人間の食料なんて食べないよ?エネルギーの変換効率も悪いから」

 

 そういいながら少女Aはバランス栄養食のようなものを頬張る。

 

「おいしいのかい?」

 

「ん~食べてみる?」

 

 少女Aが差し出してきた一欠片を口に含み、男は激しくむせた。

 

「ガハッ、ゴホッ、なんだこれは」

 

「やっぱり人間には無理か~」

 

 少女は楽しそうにケラケラと笑う。

 

 男は水で口をゆすぐ。まるで味覚のすべてを同時に刺激されたかのようだった。脳がオーバーフローをおこし、危険だという信号を分泌していた。

 

「これはちょっと強烈だからね」

 

 そういいながらも少女Aは食べる手を止めない。まるで平気のようだった。

 

「味覚はないのかい?」

 

「一応、あるよ。でも食べ物を楽しむためのものじゃないかな」

 

 少女Aはペラペラと何で話した。男も興味深そうに耳を傾けていた。

 

 

 団らんを遮ったのはサイレンの音だった。続いて少女Aの持つ通信機に着信がかかる。

 

「あ~、行かなきゃいけないみたい。ちょっと行ってくるね」

 

 

 少女Aは小走りで出ていった。男は手持ち無沙汰になり、目を瞑り休息をとることにした。

 

 

 

 

 少女Aが部屋を出て行ってから数十分ほど経過したころ、男は大きな物音で目を覚ました。

 それは扉を開く音だ。開いた扉からは銃口がのぞいている。

 

「……なんだ、416君か」

 

「なんで残念そうなのよ」

 

 部屋に入ってきたのは416とG11だった。G11が警戒しながら、416はナイフで男の拘束を解く。

 

「よく場所がわかったね」

 

「私たちは特務部隊よ。追跡なんてお手の物だわ」

 

「そうか。ひとまず助かったよ、ありがとう」

 

「まだよ。まだ感謝を受け取れないわ」

 

「ん?どうしてだい?」

 

「昔からよく言うでしょう?遠足は帰るまでが遠足だって」

 

 416は男にかばんを手渡す。

 

「誰も中身は開いてないわ、安心しなさい」

 

「さすがは416君だね。9君あたりが見てそうな気もするが」

 

「9には触らせてないわよ。私を疑う気?」

 

「いや、すまない。そういうつもりじゃないんだ」

 

「まあ良いわ、早くここを出ましょう」

 

 G11と416に守られながら、男は部屋を出る。

 

 最後にいちど部屋を見渡してから、男は扉を閉めた。

 

 

=*=*=*=*=

 

 

「なあ、アーキテクト。これはどういうことだ?」

 

 ゲーガーから声をかけられても、アーキテクトは何もこたえなかった。

 

「彼を保護すると言ったのはアーキテクトじゃないか」

 

 アーキテクトはもぬけの殻となった部屋を眺めるだけだ。

 

「はあ、まったく。無駄な労力だったな」

 

 ゲーガーは踵を返す。

 

 

 アーキテクトがボソリと声を漏らす。

 

「パパ、また会えるよね?」

 

 

 

 

「ん?何か言ったか?」

 

「ううん、なんでもない!」

 

 振り返ったアーキテクトは無邪気に笑みを浮かべている。いつもどおりの表情に、ゲーガーは少し呆れながら、止めた歩みを再開した。

 



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those who don't...

 男が鉄血に捕まった事件から数日が経った。随分と都市に近づいているようで、彼らを取り巻く環境は森から住宅街へと変化していた。

 

 住宅街とは言うものの、そこ人が住んでいるわけではない。誰もいないゴーストタウンだ。

 

「今日はベッドで寝れそうね」

 

「ほんと?やった~」

 

 45のつぶやきにG11は嬉しそうにそう答える。どこでも寝る彼女でも、寝具は重要な問題であるのだと男は認識を改めた。

 

「見てみて!かわいいのがたくさん!」

 

 空き家から出てきた9の両手には大量の服が抱えられていた。416は呆れた様子で首を横にふる。

 

「9、任務中なのよ?」

 

「まったく416はわかってないなぁ~」

 

 9は持ってきた服を見比べながらそう言った。

 

「ほら!これとか416にピッタリじゃない?」

 

「なによ!何も隠せてないじゃない!」

 

「せっかく良い身体してるんだから少しは露出しないと」

 

「だからといってそれはないでしょうそれは!」

 

 416は9の手からスケスケのベビードールを奪い取って遠くへと投げ捨てる。

 

「ふふふ、やつは四天王の中でも最弱!次はこれだよ!」

 

 416は9の繰り出す服を奪っては捨て奪っては捨てを繰り返す。

 

「楽しそうだね9君」

 

「うん、楽しいよ。だってこんなことなかなかできないんだもの」

 

 そういう9は既にいつもの服ではなく、物色したであろう服を着ている。

 

「あまり浮かれないのよ?」

 

「わかってるよ45姉。あっこれとか45姉に似合うと思うんだけど」

 

「あとで着替えるからそこに置いといて」

 

「りょうか~い」

 

 45の近くに服を置いて9は他の家へと侵入していく。45は驚いた様子でこちらを見る男にため息をつき、作業の手を止めた。

 

「なにかしら?」

 

「いや、素直に驚いているんだよ。45君がそういう服を着るとは思わなくてね」

 

 そこにはまだ世界が平和だったころの雑誌に載っているような、若々しい服が置かれている。落ち着いた雰囲気の45に似合うとは、男は思わなかった。

 

「別に私も好き好んでこういう服は着ないわよ」

 

 45は作業を再開し、そう答える。

 

「ただ9が私に似合うって言ったんだもの。きっと似合うに違いないわ」

 

「9君のことを信頼しているんだね」

 

「この隊で私と一番長くいるのは9よ。9は私以上に私のことを知っているわ」

 

「そこまでかい?」

 

「ええ、9ほど私を見てるものは人間にも人形にもいないわ」

 

「ふふ、姉思いの妹を持ったんだね」

 

「まったく、私にはもったいないくらいよ」

 

 男の言葉に苦笑いをしながら、45は端末を閉じた。突然上着を脱いだかと思うと、今度はスカートまで脱ぎ始める。

 

「ちょ、ちょっとまってくれよ45君!どうしたんだい服なんか脱いで!」

 

「えっ?着替えようかと思って」

 

「僕の目の前で着替えなくたっていいじゃないか」

 

「あら?もしかして私に欲情しているの?」

 

 45はからかうようにクスクスと笑った。

 

「ああ、もちろん。僕だって男だからね」

 

 

 

 

 45は笑顔のまま、フリーズを起こしたかのように止まった。そんな様子を気にもとめず、男は言葉を続ける。

 

「君たちは人形とはいえ見た目は年頃の女の子なんだから気をつけてくれよ」

 

「え、ええ……そうね」

 

 45は上着と服を手繰り寄せると、そそくさと一軒の家の中へと入っていった。

 

「あれ?45姉は?」

 

 入れ違いのように9が別の家から出てくる。両手にはさらに服を抱えている。

 

「そっちの家に入っていったよ。着替えるみたいだった」

 

「ありがとう!あっあなたにもこれあげる」

 

 そう言って投げ渡してきたのは、白いシルクハットだった。

 

「どうだい、似合うかい」

 

「うん!似合ってるよ!」

 

 9が45の後に続いて空き家に入っていくのを見ながら、男は頭の上のシルクハットを手に取る。

 

「白い……シルクハット。これも運命なのかな」

 

 そう呟きながら手でホコリを払い、再びかぶり直した。

 

 

=*=*=*=*=

 

 

「今日の晩ごはんは随分と豪華なんだね」

 

「調理器具がそろっているからこのくらい当然よ」

 

 416は鍋の中身を混ぜながら、機嫌が良さそうにそう言う。

 

「こうしてみると本当に416がママみたいだね~」

 

「ななな何を言ってるのG11!」

 

 リビングのソファでG11は寝転がっていた。こちらも随分と機嫌が良さそうである。

 

「ほら、できたわよ」

 

「じゃあいただきます。……うん!さすがは416君だね、美味しいよ」

 

「あたりまえでしょう?人間の味覚については完璧に熟知しているもの」

 

 食卓を1人と4体で囲む。電気は断線してしまっていたため、食卓を照らすのはランタンの灯りである。薄暗い灯りでも、まるで家族のような明るい団らんの時間がそこにはあった。

 

「こうしてると家族みたいだね!」

 

「G11が手のかかる末っ子ね」

 

 9の冗談に珍しく45がのっかる。

 

「それで私と45姉が双子の姉妹で~」

 

「「416がお母さん!」」

 

「誰がお母さんよ!」

 

 9と45の軽口に416がそう大声を張り上げる。

 

「そうだね、416君はお母さんというよりも……たよれる三女って感じだね」

 

「さ、三女!?」

 

「ということは僕はお父さんかな」

 

「4人も娘がいるなんて随分と盛んなのね」

 

 45のツッコミに全員が明るく笑う。

 

 本当の家族のような明るさが、廃墟の住宅街に一日だけ復活した。

 

 

=*=*=*=*=

 

 

 目を覚ますと見知らぬベッドの上だった。それも当たり前だ。適当な家で寝たのだから見知らぬ風景が広がっていてもなんの不思議でもない。

 

 男は端末を開き、ネットワークにつなぐ。

 

 メッセージソフトを立ち上げパスワードを打ち込み、メッセージを書き始める。

 

 しかし、あっという間に書き終え、送信した後に端末を閉じる。

 閉じたのとほぼ同じくらいのタイミングで、部屋の扉が開いた。

 

「あら、もう起きていたの?」

 

「ああ45君、おはよう」

 

「ええ、おはよう。コーヒー淹れてるわよ」

 

「ありがとう。いただこうかな」

 

 45からカップを受け取り、そっと啜る。

 

「おっ随分と美味しいね」

 

「正真正銘の本物の豆よ。希少なんだから味わってね」

 

「ほう、これが……。飲んだのは何年ぶりだろうか」

 

「以前にも飲んだことがあるの?」

 

「ああ、昔の知り合いにコーヒーが好きな子がいてね。よくわからない説明を長々と聞かされたものさ」

 

「あなたの過去って本当に不思議ね」

 

「45君たちには言われたくないね」

 

「あら、私達の存在は極秘よ」

 

「そうだね。本当に君たちは僕たちと似ている」

 

「……僕たち?」

 

「おっと、失言だった。聞かなかったことにしてくれ」

 

「今はそういうことにしておくわ」

 

「助かるよ」

 

 男は再びコーヒーを啜る。

 

「うん、やはり美味しい」

 

「それは良かったわ。本当にね……」

 

 45の視線は、男の閉じた端末の方へと向いていた。

 




p.s.そろそろ他作者様の作品を読みに行きたい


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he..lose

先日404小隊+αが夢に出てきたんすけど、内容がエグくて泣きそうになりました(謎報告)
活動報告に上げとくので興味ある方はどうぞ


「随分とじめじめとしているねえ」

 

「シャワーでも浴びたらスッキリするんじゃない?昨日、9が水の使える家を見つけたって聞いたわ」

 

「それは本当かい?それじゃあ少し行ってくるとしようか」

 

 男はプログラムを入れたカバンと着替えを入れた袋を持って部屋から出ていく。

 

 45のことを疑っている様子は無かった。

 現に彼の端末はベッドの側のテーブルに無造作に置かれている。

 

 

 45は窓の外を眺める。下の階にいる9に場所を聞いたのだろう、ちょうど男がこの家から出ていくところだった。

 

 男の端末を手に取り、電源をつける。

 標準的な起動シーケンスが始まり、ログイン画面へと移行した。

 

 思い当たるパスワードを適当に打ち込むが、どれも該当しない。さすがに男の情報が不足していた。電子戦に強い彼女でも、ノーヒントでパスワードを当てる技術はない。

 

「まあ想定内だけど」

 

 そう呟いて45は自分の端末を開き、男の端末と接続する。ハッキングプログラムは作動し、男の端末の情報を抜き取ろうと端末は加熱する。

 

「あとは待つだけね」

 

 コーヒーに口をつける。さすがは完璧を謳う416が淹れただけあって、味に詳しくない彼女でも随分と美味しいということがはっきりと理解できた。

 

 数分経った後に端末の画面へと目線を戻す。

 

「……おかしいわね」

 

 進捗はまったくと言っていいほどに進んでいなかった。スペック不足やハッキングミスではない。単純に45の端末のプログラムが男の端末のセキュリティを突破できていないのだ。

 

 自分の端末を操作して、全てのログを表示する。膨大な量のログのすべてを、45は理解した。

 

「随分と手の混んだことをしてくれたわね」

 

 そこには、標準的に見せかけた独自のOSと、45ですら見たことのない特殊なセキュリティが幾重にもかけられているということが書かれていた。

 

 

 ログを読み漁り突破口を探そうとするが、玄関の扉の音で現実へと思考が戻ってくる。416とG11は休眠中、9は外に出ていないことを考えればそれが男の帰宅を示すことは明らかだった。

 

 すぐに端末を操作してハッキングを終了する。隠蔽工作には慣れたもので、記憶領域をさかのぼり男の外出前とまったく同じ状態に戻した。人形であればまだしも、人間である男は違和感すら感じないであろう。

 

「おっと45君、まだいたのかい」

 

「ええ、ここは日当たりがいいからくつろいでいたのよ」

 

 窓の側でコーヒーを啜る。

 

「いやはや、助かったよ。おかげで目が覚めた」

 

「それはなによりね」

 

 男は端末へと近づいていく。

 

「そういえば行きがけにね、人形の腕が落ちていたんだ」

 

 バクバクと心臓が飛び跳ねそうなくらいの鼓動が聞こえていた。

 

「気味が悪いね。あれは確か鉄血製の戦術人形の腕だね。こんな住宅地でも戦闘があったのかな」

 

「そうね」

 

 男が端末に触れる。何も疑うことなく彼は端末を操作する。

 

「45君」

 

「えっ何かしら?」

 

 平静を取り繕う。システムは正常に作動し、いつもどおりのUMP45を彼女は演じる。

 

「その……いつまでいるつもりだい?」

 

「あ、ああ。ごめんなさいね。あなただって男だもの」

 

「ちょっと待ってくれそれは誤解だ」

 

「悪かったわ。この通りよ」

 

「だから誤解だ。てっきりなにか僕に用事があるのかと思ったんだが、そうでもないみたいだからどうしたんだろうと思っただけだよ」

 

「用事……そういえば一つあったわね」

 

 45は思い出したかのようにそう呟いた。

 

「私、あなたに興味があるの」

 

「……そういう誤解を招く言い方はやめてくれないかい」

 

「あら?誤解じゃないわよ。私はあなたに興味があるわ」

 

「そうかい?僕は何の面白みもない男だよ」

 

「そんなことないわ。随分と謙遜するのね」

 

 男は端末をいじっていた手を止める。そして真剣な眼差しで45を射抜く。

 

「逆に聞きたいんだが、僕の何に興味があるんだい?」

 

 返答は考えなければいけない、そう直感で感じた。人形に直感があるのかという疑問の解を見つける余裕は、45にはなかった。

 

「あなたは控えめに言ってもシステム開発の天才でしょう?そういったことに特化して私はつくられているの」

 

「なるほど、つまりは僕のプログラム談義を聞きたいと」

 

「まあそう言っても差し支えはないわ」

 

 嘘である。あわよくば男の個人情報を聞き出そうとしていた45は見当違いな方向に話が進んでいることに気がついた。

 

「まずプログラムに関してはね、僕は……」

 

 しかし専門分野を語り始めた男を止める言葉を、45は見つけられなかった。その後9が朝食に呼びにくるまで、45は延々と男の話を聞き続けることになった。

 

 

=*=*=*=*=

 

 

「そういえば私たち、あなたの名前も知らないんだよね」

 

 食卓を囲んだ団らんの中、9はそう言った。

 

 もちろんこの話には45が絡んでいる。404小隊のコミュ力化物、いつの間にか友達が増える子、いつの間にか話が弾む子と名高い9を使い、45は彼の個人情報を聞き出すことにした。

 

 もちろん9もノリノリである。

 

「名前?それくらい調べれば……出てこなかったのかい?」

 

「この任務はG&Kの指揮官直々の極秘任務よ。本来はこういった詮索も禁止されているのだけど」

 

 真面目なことを言う416であるが、止める気はないようである。彼女も男の情報を知りたい側であった。

 

「こんなのはどう?」

 

 9はいきいきと手を挙げる。皆が9に注目する。

 

「なにか勝負をして負けたほうが個人情報を言うっていうのは?」

 

 各々は納得したような反応を見せる。あとは男がどう答えるかだった。

 

「なんだい突然。これはドッキリかなんかかい?」

 

 疑っているというよりかはただ驚いているようだった。

 

「まあでも楽しそうなことに変わりはなさそうだね。その話、のった」

 

 男は腕まくりをして、不敵な笑みを浮かべた。

 

「さて、誰が最初だい?」

 

「じゃあ私からいい?」

 

 最初に手を上げたのは、珍しくもG11だった。普段は無気力そうで、こういった話題よりも睡眠を好みそうな彼女が一番槍を務めるとは、彼はおろか彼女の仲間たちでさえ予想だにしてなかった。

 

「よし、それじゃあ何で勝負するかい?」

 

「うーん、じゃあ射的で」

 

 明らかに男にフリである。さすがにそれはと416が止めようとするが、その声を男が遮った。

 

「わかった。それじゃあ外に出ようか」

 

「うん」

 

 G11は彼の後に続いて、家の外へと出ていった。

 

 

=*=*=*=*=

 

 

閑静な住宅街跡に、男性と少女が佇む。

 

「的は……あの車にしようか。運転席の窓ガラスの中心を狙うということでどうだい?」

 

「うん、良いよ。先手は譲ってあげる」

 

 G11は自分の半身でもある銃を、男へと手渡した。

 

「まさかコイツを撃てる日が来るなんて思ってもみなかったなぁ」

 

 嬉しそうに銃を触る男に、早くしてという目線が突き刺さる。

 

「よし、まずは一回目だ」

 

 男は引き金を引き切る。バースト射撃によって飛び出た複数の弾は、車にすら命中しなかった。

 

「やっぱり難しいね。ほら、次はG11君の番だ」

 

「うん」

 

 G11は銃を受け取り、無造作に車に狙いをつける。

 

 男は、一度銃口が定まった後に少し左へとズラしたのを横目で見ていた。

 

「2発が目標に命中、残りも後部座席の方のガラスに命中……さすがだね」

 

「人形としては失格よ。まったく寝てばかりだからよG11」

 

 416の言葉にG11は口を尖らせる。

 

「いいんだよこのくらいで~。それで、まだ続ける?私はどっちでもいいけど」

 

「いいや、やめておこう。一年練習したとしてもG11君には勝てそうにない」

 

「そう……じゃあ私の勝ちだね」

 

「そうだな、個人情報か……G11君は知りたいこととかあるかい?」

 

「それじゃあ……すきなお昼寝場所は?」

 

 小隊全員が心の中でズッコケた。G11に期待しただけ無駄だった。

 

「お昼寝場所かい?うーん……あえて言うなら自宅のソファかな」

 

「ふーん。それじゃあ私は終わりね。それじゃあおやすみ~」

 

 そういってG11は家の中へと入っていく。この時間帯はリビングに陽があたり昼寝の絶好の時間であることは、想像に難くなかった。

 

「それじゃあ次は私が行くわ」

 

 そう名乗り出たのは、45だった。

 

「45君かい。君は何で勝負するつもりだい?」

 

「プログラミングで勝負するのはどう?」

 

「いいね、それは僕も得意分野だ」

 

 男は機嫌を良くしながら、45と詳細を話し合った。

 

「それじゃあ明日までにお互いセキュリティを用意して、先に相手のセキュリティを突破した方の勝ちね」

 

「ああ、これなら僕にも分がありそうだ」

 

「ちょっと45!」

 

 416から横槍が入る。それも当然だ。彼には勝ち目はないはずだった。いくら天才とはいえ、電子戦を専門とする戦術人形に人間が勝てるわけがない。

 

「おっと416君。これは僕と45君の勝負だ。僕も条件に納得している。水は差さないでくれないか」

 

「でもあなた……本当に勝てると思っているの?」

 

「当たり前だろう?それに僕には奥の手があるんだ。もちろん45君に危害を加えるつもりはないから安心してくれ」

 

「フフッ、いつまでその余裕の顔が続くか楽しみね」

 

「それはこっちのセリフだよ45君。窮鼠猫を噛むと言うだろう?せいぜい気をつけたまえ」

 

 二人は不敵な笑みを浮かべて、お互いを睨み合った。

 



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for_the_battle

評価が……増えた?お気に入り数も増えていっているようで本当にありがとうございます……!


 休眠モードから復帰し、システムチェックが異常がないことを告げる。まだ日が明るいうちに眠りについたので、外は真っ暗だ。

 

 見張りにつく前にコーヒーで眠気を覚まそうと416は台所へと向かう。

 

 草木も眠る丑三つ時、直前までの当番の9とは先程部屋の前ですれ違った。しかし、台所の灯りがついている。物音まで聞こえ、そこに誰かがいることは明らかだった。

 

 416はそっと銃に手をかける。

 

 

 

 

「……誰?ってあんただったのね」

 

「おっと9君の次は416君かい」

 

 ダイニングでは男が端末を前に頭を悩ませているようだった。

 

「こんな時間まで何をしているの?」

 

「明日の……じゃなくてもう今日だね。45君との勝負の準備だよ」

 

「こんな時間まで?睡眠不足で負けるわよ」

 

 コーヒーを淹れながら、416は呆れた様子でそう言った。

 

「416君は電子戦というものがわかってないみたいだね」

 

「……どういうこと?」

 

「よーいどんで直接戦うまでに勝負はついているんだよ。とくに対人形における電子戦はね」

 

「前準備が重要ということ?」

 

「そういうことだよ。さすがは416君だ、飲み込みが早い」

 

「しかし45は電子戦においては強いわ」

 

「珍しいね、416君が他人をそんなふうに言うなんて」

 

 カップに注いだコーヒーを机に置き、416は男の対面に座る。

 

「別に私は他人の実力が見えないわけじゃないわ。現に私はこうして45の実力を認めている……」

 

「416君は僕が45君に負けると思っているのかい?」

 

「当たり前よ。45に勝てたら正式にスカウトしたいくらいだわ」

 

「おっと僕はお金だけで動く人間じゃないよ」

 

「もしもの話よ。そしてその”もしも”はほぼゼロよ」

 

「随分と言ってくれるじゃないか」

 

「人間が人形に勝てるわけがないわ」

 

「まあ今はそう思っていればいいさ。次の見張りは君なのだろう?」

 

「ええ、そうだったわ」

 

 416はカップに残ったコーヒーを飲み干し、台所から出ていった。

 

 

「人形には勝てない……か」

 

 端末を操作する手を止め、自分もコーヒーを淹れようと立ち上がる。

 しかし、コーヒーポッドには、まだもう1人分の淹れたてのコーヒーが残っていた。

 

「まったく、応援してくれてるのかな」

 

 コーヒーをカップに注ぎ、啜る。何も淹れずに飲むコーヒーは随分と苦かったが、どこか甘さのようなものも感じた。

 

 

=*=*=*=*=

 

 

「さて、準備はいいかしら?」

 

「ああ、もちろんさ。今できる最高のものを用意したよ」

 

「それは楽しみね」

 

「君こそ大丈夫なのかい?あっさりと負けても泣きわめかないで」

 

「……そんなことしないわよ」

 

「45君は静かに泣くタイプだったのかい?」

 

「そもそも負けないわよ!」

 

「まあまあ落ち着いてよ45姉!それじゃあ二人とも席について!」

 

 9の言葉に二人は向かい合って座る。それぞれの前には端末が置かれている。

 

「よ~いスタート!」

 

 9の掛け声とともにふたりともタイピングし始める。

 

G11はその音を聞きながら本日3度目の睡眠を、416は外の様子を伺いながらもチラチラと勝負の行方が気になっているようだった。

 

「さすがは45君だね……これは手こずりそうだ」

 

「ふふふ、無駄口を叩いている暇があるなんて余裕ね」

 

「そんなことは無いわよ。私だって手こずってるわ」

 

 そうは言うものの、45は涼しい顔をしたままだ。苦しそうな顔を浮かべている男とは大違いだった。

 

「なるほど、ここがこうなって……ああクソ、これもダメなのか……」

 

 男がブツブツと呟いたり、紙になにか書きなぐっていたりする中、45の端末を操作する手は止まらない。

 

「さすがは45ね、圧勝じゃない」

 

「416も勝負の行方が気になるんだね」

 

「そ、そういうわけじゃないわよ」

 

 9の言葉に416は顔をそらす。

 

「でもね……」

 

「ん?どうしたのよ」

 

「45姉の負けだよ……」

 

「珍しいわね、あんたがそう言うなんて」

 

「私はたしかに45姉のことを信用してる。でもね、負けるときは負けるんだよ」

 

 45はまだ端末を操作している。男は手詰まったようで、一度席を外している。

 

 416は男の端末を覗き込む。確かに、あまり進んで無さそうなことだけはわかった。

 

「ダメだな、僕の負けだよ」

 

 部屋に戻ってきた男はそう言った。

 

「ほら、やっぱりね」

 

「うん、どうやら私の想定違いだったみたいだね」

 

 9はそう苦笑いをする。

 

「それじゃあ私は見張りに戻るわ」

 

 ヒラヒラと416に手を振りかえしながら、45の方を見る。

 

「45姉、良かったね」

 

「え?ええ。そうね」

 

「惜しかったね~」

 

「いや、完敗だよ。僕にはあのセキュリティは突破できない」

 

「いいや、惜しかったよ~」

 

「ん?どういうことだい?」

 

「それは――」

 

「9?」

 

 9の言葉を45が遮った。笑顔こそ浮かべてはいるが、その表情はいつもとは少し違うように見えた。

 

「それじゃあ私は見てない家を物色してくるから!」

 

 9は逃げるように部屋を飛び出していった。部屋の中には、立ったままコーヒーを啜る男と未だ端末の前から動かない45、それから静かに寝息をたてるG11だけが残った。

 

「45君、さすがは人形だね。僕には太刀打ちできなかったよ」

 

 男はコーヒーを飲みきり、カップをシンクへと置いた。

 

「……45君?」

 

 45はまだ、端末の前から動かない。

 

「45君、聞こえてないのかい?」

 

 45は目を開けたまま、微動だにしない。

 

「45君!?」

 

 男はためらわず45の肩をゆする。目の焦点はあっておらず、口が小刻みに動いている。

 

「……45君、すまない!」

 

 男は45の服を緩め、首筋に手を這わせる。

 

「やっぱりここに……さっきのプロトコルも……」

 

 首筋にはパネルがあり、そこをズラすと端子がでてくる。

 

「確かここらへんに……あった!」

 

 男は自分のポーチからコードを取り出すと、45の端子と男の端末を直接つなぐ。

 

「確かこのセキュリティにはこのソフトが……良し、この次は……」

 

 先程とは比べ物にならない速さで端末を操作していく。迷いのない操作は、一つ一つ45のセキュリティを紐解いていく。

 

『あれ……?私』

 

 しばらくすると、45の言葉が男の端末上に表示され始める。

 

「45君、今の状況が理解できるかい?」

 

『ええ、私がフリーズしてあなたがそれを直してくれたってところかしら?』

 

「そのとおりだよ。今は第二階層レベルまで意識を上げているところだね」

 

『そう……私フリーズして』

 

 しばらく45は黙り込む。男の端末の操作音だけが部屋に響き渡る。

 

「よし、意識を第一階層までもどすよ」

 

『ええ、お願い』

 

 しばらくするとだんだんと45の目が動きはじめる。

 

「……大丈夫みたいね、ありがとう」

 

「俺には及ばないよ。どういうわけか僕のせいみたいだからね」

 

 45は体を動かしながら調子を確かめる。

 

「それで、あなた何者なの?」

 

「ん?どういうことだい」

 

「なんで私のメンテナンスモードを開けるの?」

 

「僕は天才プログラマーだよ」

 

「天才?違うでしょう?このログを見る限り……随分と前に用意したシステムを使ってくれたみたいじゃない。どういうこと?」

 

「……まあ昔、いろいろあったんだよ」

 

 男はもう一度コーヒーを淹れて、それを啜った。

 



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9's_battle

なんで投稿ペースを守らない投稿をしたかって?評価バーに色が付いたからだよ!
本当にありがとうございます!お気に入りやしおり登録してくれた方にも感謝です!

___注意喚起___
・DEEPDIVEネタバレ
・独自設定、キャラの独自解釈
以上が大丈夫な方のみ、先にお進みください
.
.
.
.
.


「そういえば勝負の話、私の勝ちってことでいいのよね」

 

「うん、僕が先にギブアップしたみたいだからね」

 

 45はしばらく考え込み、それからポツリと言葉を漏らした。

 

「じゃあ私の質問に答えて。あなたは昔は何をしていたの?」

 

「……随分と抽象的だね、それを語るには一回の勝ちくらいじゃ到底無理だよ」

 

「そうね、じゃあこれだけは答えて」

 

「なんだい?」

 

「あなた、鉄血工造の関係者?」

 

「……そうだね、その質問に答えるなら、イエスだね」

 

「鉄血の……ね」

 

「まあ待ってくれよ45君。おそらく君が考えているような人間じゃないよ」

 

「……何を言っているの?」

 

「言葉の通りさ。だから……銃はやめてくれないかい?」

 

 45は銃に手をもっていっていた。セーフティまで解除している。もし彼女が撃とうと思えば、男は何の抵抗する間すらないだろう。蜂の巣よりも多くの穴ができることは明らかだった。

 

「無理かい?」

 

「ええ、あなたがあの鉄血の関係者っていうだけで殺すに値するわ」

 

「君がどうしてグリフィンの側にいるのかは聞かないさ……」

 

 男は両手を上げて降参のポーズをとる。45は銃を構えてこそいないものの、既に撃つ用意は済んでいる。

 

「45君がいろいろと抱え込んでいるように僕もいろいろと事情があるのさ」

 

「私?私が何?」

 

「君、鉄血製だろう?随分と特殊な構築をしてるみたいだったけど」

 

「っ!あなたいったいどこまで!」

 

 45は銃を構え男の眉間に照準をあわせる。

 

「君らしくないじゃないか。まあ落ち着いてなにか飲まないか」

 

「そんなことどうだって良いわ。いったい何者なの?」

 

「それは……明かせないかな。僕の口からはね」

 

「いいから言いなさいよ。死にたいの?」

 

 男は何も言わない。答える気はないみたいだった。

 

「言う気はないってこと?そうやって人間はいつもいつも……」

 

 45は男をにらみつける。

 

「これだから人間って嫌いなのよ!」

 

「ダメだよ45姉!」

 

 45が引き金に指をかける直前、部屋に飛び込んできた9が45の銃を取り上げる。

 

「返しなさい、9」

 

「どうしたの45姉!?護衛対象に銃を向けるなんてらしくないよ!」

 

「あなたは知らなくていいことよ。はやく銃を返しなさい」

 

「ダメだよ!ほら、ぼーっと突っ立ってないで離れて!」

 

 45と男との間に9は割り込む。背中で男をかばっているようだった。

 

「……9、あなたまでそっち側につくのね……忌々しい」

 

「45姉、目を覚ましてよ!」

 

 パシンと軽い音が部屋に響く。それは9が45の頬を叩いた音だった。

 

 信じられないものを見たかのような表情を浮かべた後、45は扉の方へと歩いていく。

 

「どこに行くの、45姉?」

 

「……少し頭を冷やしてくるわ。冷静じゃなかったみたい」

 

 パタンと扉を閉じて、45はどこかへと行ってしまった。

 

「びっくりした……まさか45姉があんなになるなんて」

 

「大丈夫かい9君」

 

「それはこっちのセリフだよ?まだ無傷みたいで良かった」

 

「おかげさまでね」

 

 男は端末の前へと座る。45との通信をしたケーブルがまだ刺さったままだった。

 

「ねえ、45姉に何をしたの?あんなことになるなんて」

 

「ただ話をしていただけさ」

 

「話だけでああなるとは思えないんだけど……いったい何を話したの?」

 

「9君、とぼけるのはよくないよ。君も聞いていたんだろう?」

 

「なんでそう思うの……?」

 

 9は男に笑顔を向ける。その笑顔は無邪気な少女のようであった。しかし、彼女の右手にはサブアームの拳銃が握られている。

 

「簡単な推理さ。45君が何も用意せずに僕に銃を向けるほど馬鹿じゃないことはわかっているんだ」

 

「……そう」

 

「だから銃はそろそろやめてくれないかい?」

 

「うん、わかった。G11、もういいよ」

 

 男の後ろのほうへ向けて9がそう言葉をかける。男が振り返ると、そこにはソファに寝転がったG11がいた。あいかわらず寝息を立てている。

 

 しかし、男は気がついた。先程まで机の上に置かれていた銃が、今はG11に抱きまくらにされている。

 

「まったく、おっかないね君たちは」

 

「それで、45姉ほどじゃなくても私だって鉄血に恨みはあるんだけど」

 

「ああ、まずはそこから説明しようか」

 

 9が警戒を緩めた様子を見て、男は椅子へと座った。9も男の対面に座る。

 

「僕は確かに鉄血の関係者だ……ただし元という文字が頭につくがね」

 

「うん、それは今の鉄血を見ればわかるよ」

 

「ついでに言うならば鉄血工造の人間でもない」

 

「……どういうこと?」

 

「僕はある研究所に所属していたんだ。そこが鉄血とも取引がある場所でね」

 

「なるほど、だから”関係者”なんだね」

 

「人形の開発にも関わったことがあるよ。45君のような構築のされ方もいくつかみたことがあった。だから45君のメンテナンスもできたんだ」

 

「なるほど。それで、その研究所があそこなの?」

 

「そうだね、僕の居たあそここそ、僕がいた研究所の施設だよ」

 

 9は男のいた施設を思い浮かべる。確かに研究所らしい箇所はあった。

 

 しかし、施設の大半がホコリで覆われた廃虚でもあった。

 

「なんであなたはあそこにいたの?」

 

 男は無言だった。話に飽きた様子だった。

 

「他のメンバーは?まさか死んだの?」

 

 男は無言で立ち上がり、台所へと向かう。どうやらコーヒーを淹れるようだ。

 

「ねえ、答える気はないってこと?」

 

「ヒントくらいはあげてもいい。でもタダというのも考えものだと思っているところさ」

 

「……そうだ!勝負はどう?私が勝ったら教えてよ!」

 

「いいよ。ただし僕が勝ったら……二度とこの話はしないでくれ」

 

 男は初めて、9の前でその顔を見せた。それは苦しそうで、悔しそうで、何より悲しそうだった。

 

 

=*=*=*=*=

 

 

「9君、これは何だい?」

 

「知らない?ババ抜きって言うんだけど」

 

「……僕の記憶だとこれは二人でやるゲームじゃなかった気がするんだけど」

 

「いいから!」

 

 9はもうトランプを配り始めている。男は渋々と付き合うことにした。

 

 

 

 

 そして少し立つと……男の手に二枚、9の手に一枚だけが残った。

 

「どっちを引いてほしい?」

 

「僕から見て右側のほうかな」

 

 男も9も笑顔を顔に貼り付けている。本心を隠すための偽りの表情だ。

 

「……それじゃあそうするね!」

 

「な、何ぃ!?」

 

 9が手にとったのは……絵柄が書かれたカードだった。それはハートのQだった。

 

「やった!私の勝ちだね!」

 

「やれやれ、随分と白熱してしまったよ……」

 

「楽しかったね!それじゃあさっきの答えを聞いてもいいかな?」

 

「ああ、ヒントだね。ヒントは……蝶事件だよ」

 

「っ!……ご、ごめん」

 

「いや、いいんだ。いつまでもくよくよしてるほど僕は弱くはないさ」

 

 そういう男の顔には、やはり悔いのようなものが隠しきれていない。

 

「ごめんなさい、私軽い気持ちで……」

 

「気にしないでくれと言ってるだろう?」

 

「うん、そう言うなら……」

 

 男は冷めきったコーヒーを一気に流し込んだ。砂糖もミルクも無い今、とても酸っぱく苦かった。

 

「……その話は45姉とか他の人に言ってもいいの?」

 

「好きにしてくれて構わないよ」

 

「わかった」

 

 9が部屋から出ていく。彼女のことだ、45の元へと向かっているのはすぐにわかった。

 

「蝶事件……ずいぶんと懐かしいことを思い出してしまったな……」

 

 男は椅子から立ち上がり、窓の外を見る。雨雲が刻々と近づいてきていた。

 

 

=*=*=*=*=

 

 

 45が部屋を出てベランダにいると、後ろから気配がした。

 

「なにかしら416」

 

「それはこっちのセリフなんだけど?飲み物を取って見張り場所に戻ったらあんたがいたんでしょう?」

 

「……そうね、おかしいのは私の方みたいね」

 

「9から聞いたわ。護衛対象に銃を向けたってね」

 

 416は2つある缶の片方を45に渡す。45は驚いた様子で416を見る。

 

 45の視線を気にも留めず、416はプルタブを引っ張った。プシュッと軽い音がし、炭酸の弾ける音が聞こえる。

 

「何も言わないの?」

 

「なにか言われたいの?あいにく罵倒しかでないけど」

 

「それじゃあ止めておくわ」

 

 45も缶を開けて中の清涼飲料水を一気に飲み込む。口内と喉を炭酸が刺激し、目が冴える。

 

「ありがとう」

 

 立ち上がった45は顔も合わせずにそれだけ呟いた。そして、室内へと戻っていった。

 

「……誰かあいつに、礼は顔見てしろって教えてくれないかしら」

 

 そう愚痴をこぼしながら、416は見張りへと戻る。雨雲が近づいていた。今日の夜は湿気で寝づらそうだと、顔をしかめた。

 




おそらく、45姉の頬をはたく9という構図で解釈違いが起きやすい……
でも、これが私の推してる9の像です


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escape from...

ペース配分が難しくなって来ました
もう少ししたら落ち着く予定なので、それまではこの投稿頻度で許してクレメンス


 強い雨音が屋根を打つ音が聞こえる。

 

「今日は雨か……」

 

 男はボソリと呟いた。昨日の45の準備で徹夜していたため、今日の起床時間は昼を過ぎていた。

 寝室には男の他にG11がいる。彼女は別のベッドで未だにスヤスヤと眠っている。

 

 男は起き上がると、軽く伸びをする。ここ数日はベッドで寝ているおかげか、身体が痛むことはなかった。

 

 

 下の階におりると、すでに45と416がダイニングにいた。45は端末をいじっており、416は銃の分解清掃をしていた。

 

「やあ45君に416君。おはよう」

 

「おはよう」

 

「おはようと言うには遅すぎるわ、こんにちはの時間よ」

 

 45、416の順でそう挨拶を返した。

 

「ところで45君、今日は進むのかい?」

 

「いいえ。この悪天候じゃそんなに距離も稼げないでしょうし」

 

「すまないね」

 

「どうして謝るのよ」

 

 45の問いに男は笑う。

 

「だって僕のせいだろう?君たちだけならどんな天候でも進めたはずだ」

 

「……否定はしないわ」

 

「すまないね」

 

「気にすることはないわ」

 

「そういえば9君はどこだい?」

 

 男の問いには416が応えた。

 

「今見張りよ。次はG11なんだけど……」

 

「G11君ならまだ寝室で寝ていたよ」

 

「でしょうね、叩き起こしてくるわ」

 

 416は機嫌を悪そうに階段を登っていった。

 

 部屋には45と男の二人だけが残された。

 

 

 

 

 

 

 

「……その、昨日はごめんなさい。9から聞いたわ」

 

「ああ、その話かい」

 

 男は椅子に腰を下ろした。顔がすこし強張っている。

 

「私、あなたがてっきり鉄血工造の人間だと思って」

 

「ははは、いやいいんだ。君の中をかき回すような真似をしたんだ」

 

「それに私、護衛対象に銃を向けたりなんて……」

 

「45君」

 

 男が45の言葉を遮る。

 

「45君、こっちを見るんだ」

 

「いやよ……」

 

 45は下を向いたままだ。

 

 

 男は無理やり45の顔を上げさせる。その瞳はいつもより少し潤んでいるようだった。

 

「この際だから言おう。君の記憶を少し見させてもらったよ。確かに僕は鉄血工造形の人間じゃないが、君の大事な人を殺した原因にも関わっている」

 

「いったい何を――」

 

 45の言葉を無視して男は話し続ける。

 

「だから僕を恨むのは見当違いでもないんだよ。君が姉を失ったのは僕のせいでもあるんだよ」

 

「どうして……なぜそれを?」

 

「言っただろう?記憶を見せてもらったと」

 

「そう……」

 

「いいお姉さんだったみたいだね」

 

「ええ、私にはもったいないくらいにね」

 

「……つらかっただろう」

 

「あなたに何がわかるっていうのよ」

 

「わかるさ」

 

 男は立ち上がって窓から外を眺める。相変わらずの土砂降りの雨だ。

 

 その左手にはめられた指輪が、照明をキラリと反射して45の瞳に映る。

 

「あなたも……?」

 

「ああ、僕が無力なあまりに、守りきれなかったのさ」

 

「もしかして人形に殺されたの?」

 

「そうだね」

 

「それでそのプログラムを?」

 

「それもあるね」

 

「それも?他にも理由が?」

 

「見たのさ。地獄をね」

 

「地獄?」

 

「これ以上は話したくないな」

 

「……わかったわ」

 

 二人の間に沈黙が流れる。

 

「ただいま!っと、取り込み中?」

 

「おかえりなさい、9」

 

「9君、見張りお疲れ様。大丈夫、取り込み中というわけではないよ」

 

「そう、ならよかった。良い知らせと悪い知らせがあるけど、どっちから聞きたい?」

 

 45は男の方を見る。男は視線に気づき、肩をすくめる。

 

「45君がリーダーなんだから、君が決めてくれよ」

 

「それじゃあ良い方からおねがい」

 

「うん、いい報告だね。あと数時間で雨が止みそうってことだよ」

 

「そりゃ良かった。雨さえ上がれば移動が再開できるね」

 

「ええ、そうね。それで悪い方は?」

 

「それがね、エリート級鉄血製人形の信号をキャッチしたよ。場所はわからないけど近づいてきてるみたい」

 

「……エリート級?たった一体で?」

 

 45は不思議そうに首をかしげる。9の情報を疑っているわけではない。しかし、エリート級含む鉄血人形の集団であれば、9は集団だと報告するはずだった。

 

「それがすぐに通信を切られちゃってね。通信網の監視は続けてるけどアタリはいまのところなし」

 

「そう、引き続き監視をお願い」

 

「了解だよ!」

 

 9が飛び出るようにして部屋を出ていったあと、45は深くため息をつく。

 

「どうしたんだい、幸せが逃げるよ」

 

「いいのよ。ため息で出ていってしまうくらいの幸せなんていらないわ」

 

 45は通信機を起動して416とG11に指示をだす。

 

「移動するのかい?まだ雨は降り続いてるけれど」

 

「あなたを護衛するなら交戦は避けるべきよ。家の中を荒らした痕跡を消してないんだもの、いつここに現れるか知れたもんじゃないわ」

 

「そうだね、僕も荷物をまとめてくるとしよう」

 

 男が寝室へと向かう寸前、45は男を呼び止めた。

 

「ちょっと待って」

 

「なんだい?」

 

「10分、いや5分で大丈夫かしら?」

 

「3分で準備してみせるさ」

 

 その後、本当に3分で準備してみせた男のバッグは無駄に膨らんでいたのだった。

 

 

=*=*=*=*=

 

 

「おい、どうなっている!」

 

 ゲーガーは怒っていた。指揮下にある人形たちはいつも以上にかしこまり、鉄血の犬ことダイナゲートですら機嫌を伺うほどにだ。

 

「くそっ、どうして私がこんな目に……」

 

 机に拳をたたきつけても、誰も何も言わない。周りの人形たちはべつにゲーガーを癇癪をおこした面倒な上司とは見ていなかった。むしろ、同情すらしている。

 

「アーキテクト……帰ってきたら覚えておけよ……」

 

 ゲーガーは拳を握り込む。上半身は怒りで小刻みにふるえている。

 

 

 しかし下半身は、まるで電力が届いてないかのようにピクリともしていない。ゲーガーは今、司令室の椅子に腰掛けたまま身動きがとれずにいた。

 

 それもこれもアーキテクトのせいだった。

 数時間前、ゲーガーは通常命令よりも上の権限で下半身とのリンクを切られた。そして通信機能や指揮機能さえ無力化され、周りの部下には近寄れない上位命令が下された。

 

 こうして怒る上半身人形が出来上がった。誰にも通信ができず、指揮下にあるはずの人形に助けを求めることすらできない。

 

 そんな中、着信音が司令室に響く。

 

「はい、ゲーガーです」

 

「エージェントよ。……何をしているの?」

 

「実は……アーキテクトが」

 

「いえ、それ以上はいいわ。それよりアーキテクトの居場所をしってる?」

 

「はい、おそらくここから南西に進んだ方にある住宅地かと」

 

「わかっているならいいわ」

 

「このまま泳がせておけということですか?」

 

「ええ」

 

「そんな!アーキテクトは私にこんな仕打ちをしたんですよ!」

 

「うるさいわね、口まで動かなくされたいのかしら」

 

「うっ……すみません」

 

「とにかくアーキテクトはしばらく放置でいいわ、それよりアレの準備を進めておいて」

 

「承知しました」

 

 一方的に通信が切られる。

 

 部下からの生暖かい目を息苦しく思いながら、さっそく指示どおりに準備を進めようとする。

 

 

 が、下半身は動かなかった。エージェントが命令を書き直してくれなかったのである。

 

 その日の夜に散歩していたダイナゲートが司令室から泣く声が聞こえたという報告を、ゲーガーは翌朝にうけたのだった。

 




鉄血の中でゲーガーが一番好き
なのになぜ作品内ではひどい扱いをしてしまうのだろうか……


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Two_Families

最近洋画を見るんですが、やはり想像力が刺激されて良いですね。2作くらいプロット書きました。今後余裕がでたら投稿していきたいです
そしてとうとう来ますね、王子前線……


「9、通信網の監視はどう?」

 

「特に動きはないよ45姉」

 

「おかしい……まさかエリート級は本当に単騎で来てるの?」

 

「そうとしか考えられないよ。移動してるなら部下に指示するために通信するはずでしょ」

 

 9の言う通り、通常であれば通信をしないというはずがなかった。考えられるのは、エリート級の敵が、単騎で、しかも本部との連絡なしで近づいてきてるということだ。

 

「45君、通りすがりということはありえないのかい?」

 

「まずもってありえないわ」

 

「それはどうしてだい?」

 

「……これを見て」

 

 45は端末で地図を表示する。

 

「ここが最初に検知した場所、次にここ、そして最後にここよ」

 

「ふむふむ」

 

 男は45の言葉にうなずく。

 

「ここ、2つ目と最後のだけど、幹線道路から離れた私たちを追うように敵も曲がっているでしょう?」

 

「なるほど、よくわかったよ」

 

「そう、なら良かった」

 

 45は端末をしまおうとする――

 

「つまりは敵の目的地に僕が45君たちだね」

 

――その手が止まった。

 

「……何を言ってるの?」

 

 振り返った45の目には、倒れていく男の姿が映った。

 

「ちょっと45!あんたいったい何を!」

 

「わ、わたしは何も、ええ何もしてないわ」

 

 416が45に詰め寄る。

 

「じゃあどうして倒れたっていうのよ!」

 

「わたしだってわけがわからないわ!」

 

「まあまあ45姉も416も落ち着いてよ」

 

 声をあららげる二人の間に、9が割り込む。

 

 未だ45を睨む416をそのままに、9は倒れた男の側に座る。そして男の首に手を当てる。

 

「体温がちょっと高いみたい、汗も出てないし……熱中症みたいだね」

 

「9、これ。水」

 

「ありがとうG11」

 

 G11が水を取り出し、9はそれを受け取り男の首筋に当てる。

 

「416、家の中に運ぶから手伝って」

 

「え、ええ。わかったわ。45、疑って悪かったわね」

 

「き、気にしなくていいわ」

 

 素直に謝る416とそれを簡単に許す45、珍しいものを見たとG11は珍しく眠たげな目を細めた。

 

 

=*=*=*=*=

 

 

「……あれ、ここは?」

 

「あっ起きた!」

 

「9君、いったい何があったんだい?」

 

「覚えてないの?」

 

「ああ、歩いていて、45君に話しかけたのは覚えているんだが……」

 

「あなた、熱中症で倒れたんだよ」

 

「そうか、水はしっかり取ってたつもりだったが」

 

「今日は湿気がすごく高いからね、汗がうまくでてなかったみたい」

 

「なるほど……また、迷惑をかけてしまったね」

 

「気にしないで、私たちもペースを見誤ったから」

 

 男は側にあったペットボトルの水を一気にのみ干す。

 

「よし、もう大丈夫だ。すぐに出発できるのかい?」

 

「えっあ、うん。大丈夫だよ」

 

「ん?どうしたんだいそんなにもじもじして」

 

「それ、私の」

 

 9の指は男の持つペットボトルを指していた。よくよく考えてみれば、いままで寝ていたのに飲みかけのペットボトルが側にあるのは不思議な事だ。

 

「……その、すまないね」

 

「ううん、いいの。それよりもう出発しよっか」

 

「ああ、そうだね」

 

 男は荷物を持つ。

 

「45君たちはどこだい?」

 

「45姉はすこし先に行ってるよ。もう少しで日も暮れるからそこまではがんばってね」

 

「ああ、頑張ってみるよ」

 

 男は玄関の扉を開く。夕焼けで静かな街が赤く染まっている。その色は男に、血の色を思わせた。

 

 

=*=*=*=*=

 

 

「逃げて!」

 

「でも9君!」

 

「私のことはいいから!45姉と早く合流して!」

 

 9は目の前の敵に銃を撃ち続ける。しかし、9の弾丸はほとんど無効化されている。

 

「くっすまない9君!」

 

 男は走り出す。後ろは振り返らない。

 

 9を見捨てるつもりではない。彼にできることは、いち早く45にこのことを伝えることだ。

 

 

 しかし、敵はエリート級の人形だ。加えて9は今ダミーを持っていない。たとえ足止め目的だとしても、1対1で稼げる時間など、たかが知れていた。

 

 

「パパ、捕まえた」

 

 その声はすぐ後ろから聞こえた。腰にガバリと抱きつかれ、そのまま前に倒れる。

 

「ぐっ君は……謎の少女A?」

 

「そういえばそんなことも言ったっけ」

 

 うつ伏せの状態から仰向けになると、目の前に少女が立ちはだかっている。その血色の悪そうな肌色は、彼女が鉄血工造のエリート級人形であることを物語っている。

 

「それで、僕に何の用かな」

 

 そういいながら、男は手榴弾に手をかける。もう片方の手にはプログラムのはいったカバンを持っている。

 

「ちょっとまってよ、私はそんなもののためにここまで来たわけじゃないよ!」

 

「……どういうことだい?」

 

「わたしはそのカバンの中身に興味はないよ」

 

「そういえば君はさっき”パパ”と言ったね」

 

「あっ、口滑らせちゃった。でももういいかな。はじめまして、あなたの娘のアーキテクトだよ!」

 

「娘?僕には人形どころか人間の娘もいないよ」

 

「嘘ばっかり。それで……ママはどうしたの?」

 

 アーキテクトは笑みを浮かべる。その笑みは、残酷さが垣間見える。

 

「話を……聞こうか」

 

 男は無意識に、左手の薬指をさすった。

 

 

=*=*=*=*=

 

 

「はい、お茶」

 

 てきとうな家にはいったあと、二人は勝手にダイニングを占拠した。カセットコンロで湯まで沸かして紅茶を淹れている。

 

「ああ、ありがとう」

 

 そうは言うが、男は紅茶には口をつけなかった。

 

「そんな警戒しなくてもいいじゃん」

 

「どこであの人のことを知った?」

 

「あの人って……ママのこと?」

 

 男は無言でうなずく。

 

「ママのことはなんでも知ってるよ。それこそアーキテクトとして生まれたころからね」

 

 アーキテクトは紅茶をすする。それにつられて男も一口飲んで見れば、随分と飲み慣れた味がした。

 

「紅茶、おいしいでしょ。ママ直伝なんだ」

 

 まるで本当に娘かのようにアーキテクトは笑う。男が険しい顔をしていなければ、父娘の一コマにすら見えたかもしれない。

 

「あの人は――」

 

「死んだ、でしょ?しってるよ。なんで死んだのかもね」

 

「なぜ知っているんだい」

 

 男の声は冷たい。いつもは言葉に含まれている余裕が、今はなかった。

 

「ママが私の中に残してくれたの。わざわざ硬いセキュリティをかけてね」

 

「残した?」

 

「いつまでしらばっくれるつもりなの?もしかして覚えてない?」

 

「何をだい?」

 

「パパとママが共同開発したAIを流用して作られたのが私。だからパパとママ」

 

 男はアーキテクトの顔を見つめる。そのペラペラと回る口が嘘を言っているようには見えなかった。

 

「それは……本当かい?」

 

「うん、嘘じゃないよ」

 

「そうか……」

 

 男は紅茶をすする。高級ではなくとも、口に合う親しみやすい味だ。

 

「いやまってくれ、君は死因も知っていると言ったね」

 

 今までペラペラと動いていたアーキテクトの口が閉じる。

 

「なぜ死因を知っているんだい?死んでしまったなら誰が君に残すっていうんだい」

 

 アーキテクトは窓の外へと顔を向ける。ちょうど男に背を向ける体勢だ。

 

「それに僕にはそういう相手がいたことも無いし、前にも言ったとおり人形づくりにも関わったことはないよ」

 

 男は立ち上がる。

 

「どうやら君は誰かと勘違いしているみたいだ」

 

 二人の間に沈黙が流れる。

 

 

 しばらくして静かに振り返ったアーキテクトは、目に涙を浮かべていた。

 

「ううん、まちがいなく私のパパだよ。そしてパパは間違いなく、ママと結婚してた」

 

「僕は君のいうパパではない」

 

「どうして!どうしてそんなひどいこと言うの!?」

 

 アーキテクトは男に詰め寄る。

 

「パパは私のことも、ママのことも忘れたっていうの?」

 

「忘れたんじゃない、元から知らないんだ」

 

「じゃあ思い出させてあげる」

 

 アーキテクトの手がそっと男の首にふれる。

 

 その細い指からは考えられないほどの力で、的確に絞めてくる。

 

「僕を殺すのかい?」

 

「いったでしょう?思い出させてあげるって」

 

 数十秒で、男の意識はなくなる。アーキテクトは成人男性軽々と持ち上げ、リビングのソファに寝かせる。

 

「フフフ、パパ。私はここだよ。ママと一緒にここにいるよ」

 

 男の頬をなでながら、アーキテクトはそう呟いた。

 



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Memory

新しいのもかいてます。よろしくおねがいします。
EIP―東諸国郡国際警察臨時特別捜査課―
https://syosetu.org/novel/193875/


「……遅いわね」

 

 45は時間を確認する。9と男の到着がずいぶんと遅いのだ。

 

 思わず通信機に手が伸びそうになる。しかし、今は探知されないように禁止令を45自身が出しているから意味はない。

 

「416?」

 

「私は無理よ」

 

 416はそう即答した。彼女は今、台所で夕食の準備をしていた。調味料や缶詰が豊富に蓄えており、416も張り切ってひさびさに料理に勤しんでいた。

 

「G11……はやめときましょう」

 

 今日の夜の見張り当番はG11だ。いまのうちに睡眠をとっておかないと、いつ見張り中に寝てしまうかわかったもんじゃない。

 

 

 45は重い腰を上げた。念のために装備と、それからホイッスルを持っていく。敵と遭遇したときに鳴らすためだ。

 

「いってらっしゃい45」

 

「はあ……いってくるわ」

 

 416に見送られて、45は家から出ていった。

 

 

=*=*=*=*=

 

 

 そこには少女が倒れていた。服はボロボロに破け、装備もガタがきているようだった。

 

 その少女は、ピクリともしない。

 

 

 45はその交差点の真ん中で倒れる少女に近づいていく。

 

「まさか本当に接敵するとはね」

 

 ピクリとも動かない少女は、45と似ているパーカーを着ている。

 

「まったく、迂闊だった」

 

 45は頭を抱える。踵を返し、少女から離れていった。

 

 最高出力で走って先程の家へと戻る。G11を叩き起こしながら、荷物を詰め込む。

 

「45、どうしたのよ突然」

 

「416、またよ」

 

「また?」

 

「攫われたわ。それと9が殺られていたわ」

 

「9が!?」

 

「落ち着きなさい。殺られていたのはダミーよ」

 

「はぁ。それでオリジナルの9は?」

 

「通信封鎖中でわからないわ。でも9なら追ってるはずよ」

 

「つまりは私たちも行方を追って現地で合流ってことね」

 

「話が早くて助かるわ」

 

 416はエプロンを脱ぎ去り、瞬時に装備を整える。

 

「準備はいい?416」

 

「私を誰だと思っているの?当たり前よ」

 

 そこにG11もあるいてくる。

 

「……間に合うといいのだけど」

 

「間に合う?間に合わせるのよ」

 

 45の不安そうな声に、416は手の中の物を投げ渡した。

 

「これは……車のキー?」

 

「この家の持ち主に感謝ね。エコな電気自動車よ」

 

「電気なら……なんとかなりそうね」

 

 45はキーをぐっと握りしめて、車を見上げた。しっかりと整備されている車は、まるで誰かを乗せたがってるかのように見えた。

 

 

=*=*=*=*=

 

 

「ねえパパ、起きてよ」

 

「ん……ここは……」

 

 男が目をさますと、手足を縛られた状態で椅子にくくりつけられていた。目の前にはテレビの画面がある。

 

「拷問かなにかかい?」

 

「ん~」

 

 アーキテクトはしばらく悩んだような声を出した。

 

「パパにとってはそうかもしれないね」

 

「僕にとっては?」

 

「蝶事件のときに私がどこにいたかわかる?」

 

「……しらないな」

 

「それ、嘘でしょ。本当は私がどこにいたのかも、そしてこれから私が何をするつもりかも見当がついてるんでしょう?」

 

 そう言ってアーキテクトはテレビの電源を入れる。そこにはどこかの監視カメラ映像が写り込んでいる。左上の日付は、蝶事件が起きたあの日ものである。

 

「なあ、やめてくれないかい」

 

「だ〜め。ほら目をそらしちゃだめだよ」

 

 アーキテクトは男の顔を両手ではさみ、顔をテレビに向かせる。

 

 男には見覚えがある光景だった。当たり前だ。つい先日まで彼は、この映像に映る施設の中にいたのだ。

 

 

 

 

『ねえ、私たちの子供の名前を考えましょうよ』

 

 カメラの向こうに映る女性はそう言った。しかし身ごもっている様子はない。彼女の目の先には、画面がある。男は、その画面に映るのが人形のフルスケールシステムであることを知っていた。

 

『それはきっと彼女の持ち主が決めてくれるさ』

 

『でも、私たちだけの秘密の名前があったら面白いと思わない?』

 

『それもそうかもしれないが』

 

 普通の会話だった。仲睦まじい夫婦が映っているだけだ。解像度が低くて判別できないが、二人が同じデザインの指輪を左手につけていることを男は知っていた。

 

「もうやめてくれ!これ以上は見たくない!」

 

 男の悲痛な叫びを、アーキテクトはダメの一言で打ち消す。

 

 映像が一瞬乱れる。その瞬間、爆発音が響き、音が割れる。

 

『ちょっと!なによ!』

 

『襲撃だ!』

 

 画面の向こうの男は女性の手を引き、廊下を駆ける。男の行く手を人形が遮るが、それを別の人形が撃ち抜く。

 目の前の人形を倒した次は、照準を男へと向ける。

 

『逃げろ!』

 

 男は女を突き飛ばし、人形にタックルする。アタリどころが良かったのか、人形は動かなくなった。

 

『こっちよ!』

 

 女性が男の手を引く。

 

『他のメンバーはどうしたのかな』

 

『きっと無事よ。それよりアレを見て』

 

 女性が窓の外を指差す。

 

『アレは……正規軍か!よかった助かった』

 

『……そうとも言えないみたいね』

 

『ん?どうしてだい』

 

『だってアレを見て。戦車の砲がこっちを向いて……伏せて!』

 

 女性が男を押し倒す。と同時にカメラの映像が爆音と共に途切れる。マイクだけは生きているようで、音声だけが流れる。

 

『おい!しっかりしてくれ!』

 

 しかし、コヒューという空気の漏れる音しか聞こえない。女性の返事はない。

 

『ちくしょう!血が止まらない!』

 

 バタバタという足音が近づいてきても、男はその場から離れなかったようだった。断続的に、女性に呼びかける悲痛な声がスピーカーから流れてくる。

 

『正規軍だ!IDを提示しろ!』

 

『それどころじゃない!衛生兵はいるか!』

 

 別の声に、男はそう怒鳴り返した。

 

『私が衛生兵だ』

 

『助けてくれ、彼女が怪我を負った!』

 

『見せてみろ……残念だがもう……』

 

『お願いだ!処置してくれ!』

 

『……無理だ』

 

 ガツンと何か硬いものを殴った音が聞こえる。

 

『あんたらの攻撃で彼女は怪我を負ったんだぞ!』

 

『きさま!今すぐ両手を上げて投降しろ!』

 

『そうやって銃を突きつければなんでも言うことを聞くと思っているのか!』

 

『落ち着け!両手を上げて頭の後ろに!』

 

『うるさい!どうせ……こんな世界!』

 

 男のその声を最後に、銃撃音が響き渡る。しばらくしてその音が止んでも、正規軍らしきものたちの音だけが残っている。

 

『逃げたか……。おい衛生兵、そこの女を連れて行くぞ』

 

『何をする気ですか』

 

『これは命令だ。内容を知る権利はない』

 

『……了解』

 

 

 

 

 突如、プツンとテレビが消える。

 

「さてパパに問題です。私はどこにいたでしょう?」

 

「もう……やめてくれ……」

 

 再生回数が二桁を超えたあたりから、男は数えるのを辞めた。限界だった。大切な者を失った瞬間を何度も見せられるのは、精神的な拷問だった。

 

「ねえ、そろそろこたえてよ~」

 

「……わかった。君は僕とあの人が作ったAIだろう?これで満足かい?」

 

「は~い大正解!」

 

 アーキテクトは無邪気に嗤う。

 

「いや~やっと正解だね。長かった~」

 

「それで、その言葉を聞いて何をしたいんだい」

 

「ん?何もないよ」

 

「どういうことだい」

 

「別に、娘が親と一緒の時間を過ごすのに理由なんていらないでしょ?」

 

「それだけかい?」

 

「うん」

 

 アーキテクトは笑顔を浮かべる。邪心なんてものはそこに含まれてない。

 

「っと長居しすぎちゃったか~」

 

 次の瞬間、扉が荒々しく開かれる。

 

「動かないで。この距離なら外さないわ」

 

「たしか……HK416だっけ」

 

「知られているなんて光栄ね」

 

「アーキテクトちゃん、油断は禁物だよ!」

 

 アーキテクトはその場から大きく飛んで離れる。先程までアーキテクトが居た位置に、上から銃弾が突き刺さる。

 

「う~ん素早いなぁ」

 

 天井裏からは9と、続いて45も降りてくる。

 

「さて、アーキテクト。チェックメイトよ」

 

 45は捕縛用のロープを取り出した。

 ジワリジワリと、距離を詰めていく。窓の外から伸びてきている赤外線は、アーキテクトの動きを制限する。赤外線の主は今頃、スコープ越しにアーキテクトの急所を捉えているはずだ。

 

「まあ詰みかな~」

 

 アーキテクトは嗤いながら両手を上げる。

 

「お手上げだよ。私はもうなんの抵抗もできない」

 

「そうね、物分りが良くて助かるわ」

 

 45の言葉に、アーキテクトはニヤリとわらった。

 

「言ったでしょ、”私は”って」

 

 次の瞬間、高速で何かが部屋の中に飛び込んでくる。

 

「待ってたよ~」

 

「アーキテクト、次やったら基地の椅子に縛り付けるから」

 

「許してくれるあたり優しいな、ゲーガーは!」

 

「うるさい、帰る」

 

 ゲーガーがアーキテクトの首根っこを捕まえて、窓を叩き割る。

 

「じゃあねパパ。また機会があったら会おうね!」

 

「ちょっと待ちなさい!」

 

 416が急いで撃つが、何かに阻まれてダメージを与えられていない。ゲーガーに当たる前にナニカに弾かれている。

 

「416君!今すぐ横に飛べ!」

 

 反射的に416が飛ぶと、さっきまで416が居た場所をゲーガーは高速で通り過ぎていく。ブレードでえぐられた床は、もし416が居た場合の未来を予知させた。

 

 その勢いのまま、ゲーガーは窓から飛び出していった。

 

「逃しちゃったか……」

 

「45姉、奇襲失敗してごめんね」

 

「いいのよ、9のせいじゃないわ。敵が悪かったのよ」

 

 9を慰めながら、45は高速で遠ざかっていくゲーガーの背中を睨みつけた。

 



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communicate with ...

「大丈夫!怪我はない!?」

 

 416が急いで男に駆け寄る。

 

「ああ、416君かい。ありがとう」

 

「みたところ怪我はないようだけど、どこか具合が悪いの?」

 

 416の言う通り、男の顔色は悪くない。

 

「いや、問題ないよ。それより、よくここがわかったね」

 

「それはね~」

 

「ちょっと9!」

 

 何かを言いかけた9を416が止める。何かを訴えかけるような目で見てくる9に、45はため息をついた。

 

「いいわよ言っても」

 

「45!そんな簡単に」

 

「いいのよ。それに、感づいているみたいだから。そうでしょう?」

 

「僕に発信機か何かをつけたのかい?」

 

「だいせいか~い」

 

 9が笑いながらそう言った。

 男は革のソファに深く腰掛ける。程よい反発力が男の体を支える。

 

「何故……とは聞かないでおくよ。どうせわかりきってることだからね。それで、どこに何をしかけたんだい?」

 

「それも見当が付いているんでしょう?」

 

 45が薄く笑う。

 

「君のことだ。居場所を送るだけなんてことはないんだろう?」

 

 男は白衣を脱いだ。白衣を脱いだ男は、普段とは随分と違う雰囲気を纏っている。

 

「ええ、正解よ」

 

 男は白衣をまさぐる。襟の裏やポケットの中など、思い当たる場所を総当たりして探す。

 

「そんなところを探しても無駄よ」

 

 45は笑みを深める。それはまるでイタズラが成功した子供のようだった。

 

 ゆっくりと男へと近寄り、そっと首筋にふれる。

 

「ここよ」

 

 45の手は蛇のように男の首へとまとわりつき、何かをつまむ。針を抜く時のような痛さを男が感じると、45の手が離れていった。

 その手の中には、小さなカプセル状の何かがあった。まるで発光ダイオードのように足が伸びており、そこが男の首に刺さっていたようだ。

 

「初めて見るものだ。説明はしてくれるのかい?」

 

「ええ、これは試作品の盗聴器ね。つけた対象の音声、位置、そして通信機器の使用まで記録するすぐれものよ」

 

「そんなに小さいのに随分と性能が良いんだね」

 

「人形の技術の応用よ」

 

「それで済むとは思えないが、まあいいよ。詮索するつもりはないからね」

 

 男は白衣を羽織る。ソファから立ち上がり、45を見下ろした。

 

「それはともかくだね45君、とりあえず助かったよ。ありがとう」

 

「どういたしまして。と言いたいけれど、まだお互い話したいことがあるみたいね」

 

「そうみたいだね。9君、416君、G11君、少し待っててくれるかい?」

 

「うん、私はいいよ~」

 

 9と416が答えられずにいると、G11がそう気の抜けた返事をした。どうやら彼女は一眠りするらしく、ソファに寝転がってしまった。

 

 

 そのまま、男と45は部屋を出て二階へと上がっていった。その場に残された9と416は、二人顔を見合わせてため息をついた。

 

 

 

 

「暇だね~416」

 

「そうね、9」

 

 二人はすることが無く、次第に部屋を見渡すようになった。ただの一般家庭らしさの残るリビングだが、一箇所だけ使用形跡がある。テレビとその周りだ。

 

「何か見てたのかな?」

 

「あっちょっと9!そんな勝手に」

 

 9がテレビをつけると、画面に日付が映し出される。

 

「この日付って……蝶事件のじゃない」

 

「でも真っ暗だね」

 

 リモコンを操作して最初にまき戻る。

 

 再生されてきた映像を見て、ふたりは息を呑んだ。

 

 

=*=*=*=*=

 

 

「ここまでくれば他には聞こえないだろう」

 

 二階の部屋の一室に入り、45の方へと振り向く。

 

「それじゃあ45君からどうぞ」

 

「きっとあなたと同じことだからいいわよ」

 

「……それじゃあ聞かせてもらおう。通信機器の使用の記録ってなんだい?」

 

「そのままの意味よ。例えば電話だと通信の電波がでるでしょう?それを記録するのよ」

 

「それは意味があるのかい?」

 

「確かに通信をしたという記録と、未解析の電波の記録しかとれないわね」

 

「それじゃあ――」

 

「でもそれは子機の話」

 

 男の言葉をさえぎって、45は端末の画面を見せる。

 

 

 そこには、メールが表示されている。差出人は男で、その日の行動をレポートして現在位置が添付されている。送信日は一昨日だ。

 

 そして、送り先は正規軍の幹部だ。45はその名前に見覚えがあった。もちろん、要注意人物としてだ。

 

「さて、私からの質問はそれよ。どういうつもりかしら?」

 

「どうもなにも、見たまんまだろう?」

 

「任務の妨害になるとは思わなかったの?」

 

「どうしてなるんだい?」

 

「だって正規軍よ?私たちどころか雇われ先のG&Kですらない組織に居場所を開示するなんて」

 

「別に構わないだろう?」

 

「はぁ。いくら通信を禁止しても鉄血に追われるわけね」

 

「……そこまで考えていなかったよ。すまないね」

 

「わからないわ。どうして正規軍にそんな情報を渡しているの?」

 

「それは言えないね」

 

 即答する男に45はにっこりと笑う。

 

「私は一応拷問の心得があってね。爪剥ぎから催眠まであらゆる肉体的、精神的な拷問ができるのだけど……受けてみたい?」

 

「それは勘弁願いたいね」

 

「じゃあ言って」

 

「それは無理だね」

 

 45はすっとロープを取り出す。

 

「ついさっき同じことをした鉄血の人形がいるんだが?」

 

「そう、じゃあ私と気が合いそうね」

 

「それじゃあ友達になってみたらどうだい?」

 

「それも良いかもね」

 

 45は満面の笑みを浮かべて、男を椅子に無理やり座らせた。

 

 

 

 

「ちょっと待って45姉!」

 

「待ちなさい45!」

 

 部屋に9と416が飛び込んでくる。その勢いのまま45を取り押さえ、男から遠ざける。

 

「二人とも離しなさいよ」

 

「待ってよ45姉。これ以上はこれを見てからにして!」

 

 そういうと45の端末にファイルが届く。45を押さえつけたまま9が端末を操作し、中身の動画ファイルの再生を開始した。

 

 

=*=*=*=*=

 

 

 45の顔からだんだんと笑みが消えていく。そのかわりに怒りのようなものが垣間見えるようになっていく。

 それは人形に対する怒りなのか、それとも人間に対する怒りなのか、それともその両方であるのか分かる人はいない。しかし、確かな怒りの感情が宿っていた。

 

「あなたは……奥さんを……」

 

「やめてくれないか。哀れむ言葉なんていらない。同情なんてもっと必要ない」

 

「でもさ、ちょっといい?」

 

 9が会話を遮る。

 

「なんだい9君」

 

「正規軍のことは恨んでるんだよね?じゃあどうして情報を売ってるの?」

 

「9、あなた分からないの?」

 

「うん、だってそうでしょ?どうして愛する人を殺した組織に媚びをうるの?」

 

「それはだって……」

 

 そう言いよどむ45は男に共感すら感じていた。もし自分もこういう状況であれば、従っていたかもしれないなどと思っていた。

 

「遺体は彼らが持っているんだ」

 

「うん、だから?」

 

「9、あなたまさか」

 

 416ですらも驚いた表情を浮かべる。

 

「どうして死体を持っていかれたら従わなくちゃいけないの?」

 

 9の言葉は、場を凍りつかせるには十分だった。

 

「はは、9君の言う通りだね」

 

 男の乾いた笑いが、静まりかえった部屋に響く。

 

「良かった、変なこと言ったのかと思ったよ~」

 

 軽い笑い声を上げるのは9だ。無邪気な笑いは、狂気すら感じる。

 

「でもね9君。たとえ死んでしまっていても、側に居てほしい。そんな気すらするのが本当の愛なんだよ」

 

「ふ~ん。そうなんだね」

 

 男の言葉は、9にはあまり響いていなかったようだった。

 




垣間見える狂気


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the calm before the storm

質問箱とマシュマロ設置しました。よろしければツイッターの固定ツイからどうぞ


「ねえ、大丈夫?」

 

 416が振り返って男にそう話しかけると、男は微かに笑う。

 

「ああ、大丈夫だよ」

 

「……そう」

 

 それ以上、何か言うことは無かった。アーキテクトを逃したあの日から、男が少し変わってしまったようだった。本人は大丈夫だと言い張るが、明らかに生気がなくなっている。

 

 心配の目を向ける416だが、男の目はどこか上の空のままだった。

 

 

=*=*=*=*=

 

 

 夜、男がすっかり眠りについた頃、404の全員が集まっていた。珍しくG11も眠そうにしていない。

 

「それで、あいつのことなんだけど……」

 

 416がそうポツリとつぶやく。

 

「元気ないよね。大丈夫とはいってるけどさ」

 

 9も同意するかのようにそう呟いた。G11は何も言わない。

 

「とりあえず私たちには何もできないわ。彼がどんな過去を抱えていてもね」

 

「45、あなたまさか自分と重ねているわけじゃないわよね?」

 

「違うわ。彼と私の過去は似ているようで違う」

 

 416の鋭い言葉を45は否定した。45はそのまま言葉を続ける。

 

「それでも、このタイミングはおかしいの。9、そうよね?」

 

「うん。私たちが確保したときに記憶喪失の症状は見当たらなかったよ」

 

 9はいくつかの資料を端末で表示する。それには男の身体的、精神的健康状態の報告書のようだった。

 

「9、それはなに?」

 

「あっ416は知らなかったんだ。これは私がつけてる観察日記だよ」

 

「観察日記?」

 

「そう、観察日記。彼の状態を毎日記録してるんだ」

 

「観察日記って……あれは人間よ?」

 

「やめなさい416。これは私が指示したことでもあるわ」

 

 45が416の言葉を遮る。416は標的を9から45へと変えた。

 

「あのねぇ、倫理的によくないわよこんなこと」

 

「仕方がないでしょう?これも依頼の内容に含まれていたのよ」

 

「……依頼主ってG&Kだったわね?」

 

「ええ、そうね」

 

「どういうことよ……あそこの指揮官はストーカー癖でもあるの?」

 

「案外間違いでもないかもしれないわよ?」

 

「45、冗談はよして。それより、アーキテクトとかいうハイエンドモデル、あれはいったい彼の何なの?」

 

 416のその疑問に答えたのは、今まで黙り込んでいたG11だった。

 

「娘……でいいのかな、娘だと思うよ」

 

「あのねぇG11、寝ぼけているなら――」

 

「だって416も聞いたでしょ?アーキテクトがパパって呼んでたの」

 

「それはそうだけど」

 

「それよりもう寝てもいい?もう限界……」

 

 そう言うとG11はその場で横になった。枕は416の膝である。

 

「ああもう!……あれ、でもG11はあの場にはいなかったはずじゃ……?」

 

 416が同意を残り二人に求める。しかし、その頼みの綱の二人も、すでに寝息を立て始めていた。

 

「ちょっと、今日の夜番は私じゃないでしょ……」

 

 416の言葉を聞き入れてくれる者は、もう誰も居なかった。

 

 

=*=*=*=*=

 

 

 次の日も、男は様子がおかしいままだった。何か別のことに気を取られているといった方が適切だ。

 

「ねえ、何をそんなに気にしているの?」

 

 今日最初に話しかけたのは9だった。

 

「なんのことだい?」

 

「だって何かに気を取られてるでしょ?」

 

「9君の気のせいじゃないかい?」

 

「気のせいじゃないよ。だって……」

 

 そう言いながら9は端末の画面を男に見せる。

 

「あの日より前から今までの呼吸数だよ」

 

 そこには数時間単位で記録された男の呼吸数が書き込まれていた。

 

「まさか9君も45君のように僕に何か仕込んだのかい?」

 

「いいや、違うよ。呼吸数なんて見てればわかるからね」

 

「見てれば……?でも9君と一緒に行動していない時間だってあるだろう?」

 

「その部分は他の人形からもらったり、こっそりダミーをつけてたりね」

 

「ダミー?」

 

「そう、ダミー人形。メインフレームが操作する見た目が全く同じな人形」

 

 9はチラリと他の隊員の様子を見て、男の耳に口を近づける。

 

「実はね、ここにいる私もダミーなんだ」

 

「嘘だろう?」

 

 9はコロコロと笑う。

 

「さぁ、どっちだろうね〜」

 

 笑いながら、9は右目の傷に手を当てた。

 

「ダミーとメインフレームにはスペックに大きな差があるはずだから、さすがに見分けはつくだろう?」

 

「もし私のダミーだけ特別製だとしたら?」

 

「たった一体の人形にそこまでコストをかけるわけがない、よってそれも違う。そうだろう?」

 

 9は笑顔をより一層深める。

 

「よかった。いつもみたいに戻ったね」

 

「……ん、そうかい?」

 

「うん。呼吸数も安定してる。意識もしっかりと感じる。今までどおりだよ」

 

「そうかい、ありがとう9君」

 

「お礼はいいよ。任務が終わるまではね」

 

「終わったらもらうんだね、9君はちゃっかりしているな」

 

「まあね~」

 

「それで本当のところどうなんだい?」

 

「ん~?なんの話?」

 

「だから今僕の目の前にいる9君の正体だよ。メインフレームなのかい?それともダミーかい?」

 

「ふふふ、ないしょ~」

 

 9は笑顔を浮かべながら、右目の傷に触れる。

 

 

 

 

 傷は、シールのように剥げた。

 

「他のみんな……45姉にも内緒だよ?」

 

 9は、怪しい笑みを浮かべながらそう笑った。

 

 

=*=*=*=*=

 

 

 416は9を疑いの目で見ていた。彼女と話してからというものの、男の様子が戻ったからだ。人形とのコミュニケーションに精神医学的効果はそれほど期待できるわけがない。しかし、会話以外の処置は施していないはずだった。会話の内容こそ耳にいれなかったが、9が男に変なことをしないかだけはずっと監視していた。

 

「ねえ416、私の顔に何かついてる~?」

 

 ついつい9に視線を向けてしまう。慌ててそらすも、9がそんなところで食い下がる性格ではないと重々承知していた。

 

「別に、何もないわ」

 

「じゃあどうしてこっちをチラチラみるの?」

 

「それは……」

 

 直接的に男との会話内容が気になると言いたかった。しかし416の変なプライドが、9に教えを乞うことを妨げる。

 

「まあいいけどさ~」

 

 9は足元から石ころをひろうと、空へと投げた。

 

 416がその行動の意味を考えながら前へと進んでいると、再び9が口を開いた。

 

「注意散漫なのはいけないよ?」

 

「何を言ってるの。私はしっかり警戒してるわ」

 

 そう言い切って9へと振り返る。

 

 次の瞬間、コツン、と416の頭に何かがぶつかる。それは小石だった。9が先ほど投げたものである。

 

「しっかり警戒して?」

 

 9はいつもどおり笑顔だった。

 

「ぐっ……わ、わかってるわ」

 

 416は唇を噛み締めることしかできなかった。完璧であることを自分に要求する彼女には、この怒りを感情に任せて発散するという理知的とはかけ離れた行動はできなかった。

 

「こら9、416をいじめないであげて」

 

 クスクスと笑いながら45はそう言う。

 

「ちょっと45まで!」

 

「416、集中力を欠いたあなたが悪いでしょう?」

 

「それは……そうだけど」

 

「まあまあ45君に9君、待ってくれ。416君だって疲れているんだよ」

 

「あら、一番疲れているのはあなたじゃないかしら?」

 

「……やれやれ、45君に隠し事はできなさそうだな」

 

 男は肩をすくめてそう言った。

 

「仕方ないわ、あなた人間だもの。今日はここらへんに泊まることにしましょうか。私と9が空き家を見繕ってくるわ」

 

 そういって45、その跡に続いて9がその場から離れていった。

 

「その……ありがとう」

 

「416君、君は悪くないさ。人形にも疲労という概念は存在するんだ。そう設計した人間側のミスさ」

 

「そう……ね。人間側のミスなのね」

 

「だから気にせずに頑張ってほしい。なんたって君が頑張らないと僕は簡単に死にかねないからね」

 

「まったく、ほんともう少し頼りがいのある人がよかったわ」

 

「ははは、ちがいないね」

 

 416の強張った表情が崩れるのを見ながら、G11は寝袋に入り込んだ。

 




そろそろクライマックスが見えてきたかな?


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storm coming

遅れて本当に申し訳ない


「45君、いまどのあたりだい?」

 

「あと街を2つすぎれば目的地のある街よ」

 

「そうかい、もう終盤だね」

 

 男たちの歩く街道には、ポツポツと店が並ぶようになってきていた。住宅街と商店街との中間点といったような場所だった。

 

「なあ、45君」

 

「何かしら?」

 

「そろそろ時間なんだが……」

 

「そう」

 

 45は立ち止まり、ゆっくりと振り返る。

 

「やめる気はないのね?」

 

「ああ、すまない」

 

「わかったわ」

 

 45の了承を得たあと、男は端末を開く。メールを打ち込み送信すると、完了のメッセージダイアログが表示される。

 

「やってることの意味がわかっているの?」

 

「もちろんだよ。だけど、僕はこれしかできないからね」

 

 男は笑顔を見せるが、明らかに無理をしている。

 

「そんなに……奥さんの遺体がほしいの?」

 

「あたりまえだろう?」

 

 男はそう即答する。彼はその行動に迷いはない。

 

「でも、もう話すこともできないのよ?」

 

「ときに45君。君もたしか大切な人を失っているだろう?」

 

 

 45はしばらく返答に困り沈黙する。彼にそのことは知られているのはわかっていた。しかし、実際に自身の口から話すのは、すこしためいがあった。

 

「ええ」

 

 少し時間をおいたあと、45は絞り出すような声でそう答えた。

 

「その人の遺体と会えるなら会いたいと思うかい?」

 

「……いいえ、思わないわ」

 

「そうだろうね。君たちにはその機能はないと確信していたよ」

 

 男は自分だけ納得したかのような表情を浮かべる。彼にはその答えが推測できていた。

 

「どういうことかしら?」

 

「君たち人形には死亡した人への感情が設定されていないんだよ」

 

「そんなことないわ!だって私はこんなにも!」

 

「それは死人に関する感情かい?」

 

「……!それは」

 

 45は思い返してみる。大切な彼女のことではない。いままで見てきた死体のことだ。例え話したことがある人間や人形であっても、彼や彼女らの死体に何かしらの感情を抱いたことがあっただろうか、と自分に問いかける。

 

「45君の持っている感情は死人に対してじゃない。生きている、また会える、そんな人への感情だね。いや、人形に対して感情という言葉はおかしいのかもしれないけどね」

 

「生きている?でも彼女はたしかに私が……私が!」

 

 急な動悸、息切れ、手足の震えが45におそいかかる。エラーを示すメッセージは表示されていない。だが、確実に人間でいうパニック症状を引き起こしている。

 

「45君、落ち着くんだ。ほら、僕の目を見て。深呼吸をしよう。すって……はいて……」

 

「はぁ……はぁ……私、私が引き金を……。私が弱かったから……」

 

「落ち着くんだ。落ち着いて。まずはそれからだ」

 

 男は45の背中に手をあてる。今の45は見た目相応の気弱な少女のようだった。ストレスに弱く、自責の念で自分の首を絞め続けている、そのように男には見えた。

 

「……よし、落ち着いたかい?」

 

「え、ええ。その、ごめんなさい」

 

「いや、いいんだ。どうやら僕がトリガーを引いてしまったみたいだからね」

 

「さっきのはいったい」

 

「45君、この際だからはっきり言っておくよ。君は自身が異常であることを自覚するべきだ」

 

「なによ、人を異常者扱い?」

 

「自分でもうすうす気づいているんだろう?」

 

 45はじっと男の目を見つめる。そこには確信を持った男の瞳があった。

 

「……ええ、異常だわ。だってこれは閉ざされた記憶のはずだもの。そう簡単に表に出てくることなんてないわ」

 

「僕としては、人形のメンタルに詳しい人物に話を聞いてもらうべきだと思うね。紹介しようか?」

 

「そういった知り合いが居るの?」

 

「もちろん。彼もまた研究所時代の同期なんだが……これまた彼自身も随分と精神的に弱くてね」

 

「あなたの研究所って変な人しか居なかったのね」

 

「僕も含めてね!」

 

「ははっ、ちがいないわね」

 

 男は珍しく声をあげて、45はクスクスと”普段どおり”に笑う。

 

「……ありがと」

 

「何か言ったかい?」

 

「気のせいじゃないかしら?」

 

「だろうね。でなきゃ僕は鼓膜を破られるか記憶を飛ばされているはずだからね」

 

「あら、そんなことがお望みだったの?」

 

「勘弁してくれ。僕は弱いからまともな抵抗すらできないんだ」

 

「そうね、いざというときは力で訴えることにするわ」

 

「それじゃあ僕も体を鍛えて置かないとね」

 

「焼け石に水ね」

 

「あれ?45姉、随分と楽しそうだね」

 

「9?どうかしたの?」

 

「それはこっちのセリフだよ?交代の時間になっても来ないから様子見に来たんだよ」

 

 45は急いで時間を確認する。

 

「それじゃあ今先頭には誰がいるの?」

 

「416が代わってくれたよ」

 

「……あとでネチネチ言われそうね。急いで代わってくるわ」

 

「いってらっしゃ~い」

 

 9は温厚そうな笑みを浮かべながら45を送り出した。

 

「随分と45姉と仲良くなったみたいだね」

 

「そうかい?」

 

「うん、あんなに楽しそうな45は初めて見たかも!」

 

「なら良かったよ」

 

「でも……パニックを起こさせたのは許さないから」

 

 9は男の耳元でそう呟いた。

 

「9君……君ってやつは」

 

「何かな?」

 

 9はいつもどおり笑顔だ。

 

「いつかその化けの皮を剥がしてみたいね」

 

「化けの皮なんてかぶってないよ、もうひどいな~」

 

「君もまた、随分と変わった人形だね。開発者の顔が見てみたいよ」

 

「……いつか見られるといいね」

 

「ん?その口ぶりからすると、会える可能性がある存在なのかい?」

 

「うん。会えると思うよ。私の記憶が確かならね」

 

「それは、随分と楽しみだね。きっと僕くらい、いや僕以上にひねくれたやつなんだろう?」

 

「さあね~ワタシは話したことないし」

 

「そうかい、そりゃ残念だね」

 

「別に、残念だと感じたことはないよ?」

 

「……それもそうだね。最近やたら娘から粘着されているみたいで感覚が狂っていたよ」

 

「アーキテクトだっけ?本当にあなたの娘なの?」

 

「まあそうだね。彼女の言い分が正しければ、僕が彼女を作ったといって良いだろうね」

 

「ふ~ん」

 

 9は口を尖らせる。

 

「どうしたんだい?」

 

「ううん、なんでもないよ。それよりも45姉と何を話していたの?」

 

「世間話さ」

 

「……40の話?」

 

「40?それが45君のいう大事な人なのかい?」

 

「あっ……今のは忘れてくれない」

 

「わかったよ。僕は何も聞いていない」

 

「うん、ありがとう。それでね、実をいうと私もその話に興味があるの。知ってること全部聞かせてくれない?」

 

「9君なら45君も話してくれるんじゃないかい?」

 

「う~ん。多分話してくれるんだろうけどね。私だと傷つけちゃうからさ。ほら、私って少しおかしいでしょ?」

 

 そう言って9はエヘヘと笑ってみせる。

 

「まったく、404小隊にはまともな人形はいないのかい?」

 

「まともな人形ならこんな部隊に入ってないよ」

 

「まあ、そうだろうね。君たちの任務は危険すぎる。まるで人形を消耗品か何かと勘違いしてるんじゃないかい?」

 

「……消耗品だよ、私たちはさ」

 

「そんなことはないだろう?君個人は何ものにも変えられないしっかりとした1人だよ」

 

 9は一度うつむいて、それから男の方へと振り向いた。

 

「この話はやめよう!ほら、少し遅れてるから急ごうよ」

 

「9君、きみは……いや、そうだね。急がないとG11君が道端で寝始めかねないからね」

 

「そのときはきっと416が叩き起こしてくれるよ」

 

「ははっ、そうだね」

 

「っと、雨だ」

 

 先程から曇り空ではあったが、どうやらとうとう降り出しきたようだ。

 

「ちょっと45姉に指示を受けてくるね」

 

「ああ、頼むよ」

 

 9の背中を見送り、男は風上へと目を向ける。ずいぶんと黒い雲が、ゆっくりとこちら側に迫ってきていた。




頑張って明日の夜にも投稿します……
ついでにEIPの方も近日投稿予定


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rematch

祝、お気に入り数100件!
この作品を書く際に立ててた目標の一つなので本当に嬉しいです!お気に入り登録及び評価、ありがとうございます!


「あちゃー、完全に降ってきたね~」

 

 空を見上げながら9が戻ってくる。

 

「45君はなんて言ってたんだい?」

 

「どうやらこの先に、気象センターっていう建物があるらしいの。そこで情報収集をしたいから、雨宿りはそれまで我慢してだってさ」

 

「わかった。それじゃあもう少しの辛抱かい」

 

 男は雨合羽を身にまとう。

 

「似合ってないね~」

 

「さすがにこの格好は奇抜だね。自分でもわかっているよ」

 

 そういう男は、雨合羽の下に白衣と白いシルクハットを身に着けている。道化師にしてもひどすぎる格好だった。

 

「っとあれかな?」

 

 9が指をさしたのはレーダーのようなものだ。

 

「あれは……何のレーダーだい?」

 

「気象を……なんだろう?」

 

「9君もわからないか。まあ専門外だから仕方ないね」

 

「そうだね~。私は知識としてインプットされたこと以外は無知に等しいし」

 

「人形の便利な点だね」

 

「便利?どういうこと?」

 

「そうだね。人間が知識を得るためにどうしてるかわかるかい?」

 

「ううん、わからないよ」

 

「人間は、何かインプットされた情報を理解し、分類し、頭の引き出しにしまいこんで知識を得るんだ」

 

「人形は……そっか、理解も分類も必要ないからね」

 

「そのとおりだ。まったく羨ましくて仕方がないよ」

 

「そう?あまりおすすめはしないよ」

 

「どうしてだい?」

 

「だって、考えてみてよ。さっきまで知らなかったことが、突然完全に理解できたこととして頭の中にあるんだよ?いい気分とは言えないんだよね~あの感覚」

 

 9はそう言いながらヘラヘラと笑う。

 

「9君……」

 

「ほらっ着いたよ」

 

 建物の自動扉に力をいれると、ゆっくりとスライドしていく。鍵は先に来た45が破壊しているようだった。

 

「これまた……随分と散らかっているね」

 

「ここらへんの地域は退避時に混雑したみたいだからね~」

 

 9と話しながら奥へと進んでいくと、45が小さく手招きしているのが目に入る。

 

「どうしたの45姉?」

 

「この施設の設備をつかいたいのだけど、流石に電気が切れているの」

 

「なるほど~」

 

 9は辺りを見回し、おもむろに近くの机に置いてあるパンフレットを手にとった。

 

「見てみて45姉!電源室ならなんとかなりそうじゃない?非常用電源とか」

 

「よし、それじゃあ確かめに行きましょうか」

 

「ちょっとまってくれ45君、416君とG11君はどうしたんだい?」

 

「ああ、2人なら仲良く……お昼寝よ」

 

「G11君だけじゃなく416君もかい?」

 

「珍しいね~」

 

 9も男のように驚いてみせる。

 

「夜の見張りをしてくれるって言っていたわ」

 

「えっ?でも今日は416の当番じゃないよね?」

 

「だからよ。私が徹夜で作業することを見抜いていたんでしょうね」

 

「さすがは416君といったところだね。45君の習性を随分と理解してるみたいだ」

 

「そんなことないわ。私の習性なら9のほうがよっぽど知っているし……。少しの期間一緒に過ごしていればわかることよ」 

 

「そうだね!45姉は行動がわかりやすいから!」

 

「ちょっと9?その言い方は無いんじゃないかしら」

 

「あはは~ごめんごめん。でも、実際45姉はわかりやすいよ」

 

「当たり前でしょう?だって無駄に隠す必要もないもの」

 

「でも肝心な秘密は隠し通すんだろう?」

 

「あら、あなたも随分と私のことがわかってきたみたいね」

 

 45はクスリと笑った。男には、それが45が心から笑っているときの癖だとわかっていた。

 

 

=*=*=*=*=

 

 

「9君、どうだい?やはり僕が見てみようか?」

 

「ううん、大丈夫!それより45姉と一緒にシステムのハッキングの準備をしてて~」

 

「了解したよ。45君、そういうわけだから」

 

「ええ、ここは9にまかせて私たちは端末ルームに戻りましょう」

 

 2人は9をおいて電源室をあとにする。

 

「しっかし、まさか9君が機械修理の心得もあるなんてね」

 

「当たり前でしょう、私の自慢の妹よ」

 

「ははは、確かに9君は機械に強そうだね」

 

 男はすこし目をそらした。きっとこの会話も9に聞こえているだろうと、確信はなくともそう思っていた。

 

「そういえば、ハッキングするアテはあるのかい?」

 

「ええ、こういう古いシステムならお手の物よ」

 

「へえ、随分と自信があるんだね」

 

「当たり前でしょう?私は電子戦特化型のモデルよ?」

 

「それじゃあ勝負するかい?」

 

「ぜ、前回の勝敗を忘れたようね」

 

「なに、今回ばかりは負けないさ」

 

「ええ、わかったわ。それじゃあ電源が復旧したら同時にスタートよ?」

 

「任せてくれ」

 

 腕まくりをする男を見て45は不審がる。しかし45自身のスペックを考えてみれば、人間に負けるはずがない。

 

「大丈夫、私が負けるわけがない」

 

 前回の敗北に近い勝利を頭から振り払い、45は準備を始めた。

 

 

=*=*=*=*=

 

 

 突然、室内の照明が淡く光る。非常時用の照明だけが光っているようだ。

 

 点灯とほぼ同時に2人は端末にアクセスをはじめる。

 

「セキュリティ突破、パスワード解析終了、アカウント作成失敗、管理者接続……成功、該当アカウント情報を変更、ログイン成功、システム掌握……成功!どう!?」

 

 45が男の方を見ると、男はキーボードから手を離していた。45の方を見ており、拍手をしている。

 

「さすが45君だね、すばらしいよ」

 

「あら、そうそうに諦めたみたいね」

 

「いや、まあそうかな。勝負は君の勝ちでいいよ」

 

「どういうこと?勝負する気がなかったってことかしら?」

 

「まあ見ていてくれたまえ」

 

 男はいくつかのキーを同時押しする。

 

 すると、画面が一度真っ暗になり、いくつか文字列が流れたあとに元の画面に戻った。

 

「あなたまさか……」

 

「そのとおりだよ45君」

 

 男は慣れた手付きでパスワードを入力する。

 すると、全権限をもった状態でホーム画面に移行した。さっき45が一生懸命にたどり着いた画面である。男はその画面に、いとも簡単にたどり着いてみせた。

 

「わたしを怒らせたいの?」

 

「気を悪くしたかい?」

 

「そんなに気は短くないわよ」

 

 そういう45の顔は明らかに怒りの笑みを浮かべている。

 

「でも、どういうことかは説明してくれるんでしょうね?」

 

「なに、簡単なことだよ。ここのシステムに侵入したことがあって、そのときのバックドアを再利用しただけさ」

 

「そんなことだろうとは思ってたけど……」

 

「なに、誇ると良いよ。45君のハッキング速度は人間だけじゃなく人形の中でもトップレベルだろう?」

 

「そうとは言えないわよ」

 

「そんなことはないさ。現に君の指揮モジュールは他の人形よりも効率が良いんだろう?」

 

「なんでそれを?」

 

「見ていればわかるさ。個性の強い404をここまでまとめ上げるのは個人の能力だと不可能に近いからね」

 

「でも指揮モジュールとハッキングに関係性はないわよ?」

 

「気づいているんだろう?」

 

「なにのこと?」

 

 45は首をかしげてわからないとジェスチャーをする。それはあまりに大げさでわざとらしかった。

 

「45君、指揮下の人形の演算能力を使わないように制限をかけているだろう?」

 

「よく知ってるわね」

 

「言っただろう?僕は元人形のシステムエンジニアだよ」

 

「そうね……ならこの機能は知ってるかしら?」

 

 突如、男の触っていた端末の電源が落ちる。

 

「ああ、もちろんだよ」

 

 男は奥の方にある端末を指差す。それは、さきほどまで男の目の前の端末に表示されていた画面がある。

 

「僕は実質この施設の大半を掌握している。さっきのコマンド一つでね」

 

「くっどうやら私の負けのようね」

 

「……45君、もう少し注意を向けるべきだよ」

 

「えっ?なにが――」

 

 45の目の前をフラッシュバックかのように記憶が流れていく。

 

「な、なんなのいったい」

 

「簡単なことさ。システムに侵入してるときはすごく無防備なんだと本当にわかっているかい?」

 

「……自覚が無かったのは否定しないけど、だからと言って人のトラウマをポンポンとえぐり出さないで」

 

「ははっ、すまない。だからそんなに怒らないでくれよ」

 

「じゃあこれだけはさせて」

 

 45は笑顔を浮かべながら男へと近づいていく。

 

「いったい何をする気だい?」

 

「ん~私の思う、一番あなたが傷つくことかな」

 

 45は顔を男へと近づけていく。

 

「45君!?」

 

「黙って」

 

 45は手で男の口を塞いだ。そして顔へとだんだん近づき……

 

そこから少し下にずれ、男の首筋に口をつける。そして……

 

 

 

 

それからしばらく、45の噛み跡が男の首に残ることになった。




そういえば小戦でるハーメルン作家とかいるんですかね?自分は一般参加してきます。


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Wired_network

なんかすごくお気に入り数増えてすごく嬉しいですね。今後も頑張っていきます。
小戦も楽しかったです。お疲れ様でした。


「アハハハハ、それで45姉に噛み付かれたんだ!」

 

 食卓に9の笑い声が響く。

 

「まったく、どうしてくれるんだい。僕は既婚者だよ」

 

 食卓で笑っているのは9だけだった。明確に言えば、男も笑顔は浮かべているが、何かを気にしているようだった。

 

「45、あんたねぇ」

 

「なに?問題でもあるのかしら」

 

「おおありよ!保護対象に噛み付くなんてどういうつもりよ」

 

「まあまあ416君、落ち着きなよ」

 

「あなたはそれでいいの?死んだ奥さんに申し訳ないと思わないの!?」

 

「たしかにそれはそうかもしれないね。でも君たちがいがみ合ってるのを見るのも嫌いだな」

 

「でもこの女は」

 

「416君」

 

 身を乗り出している416の肩に、男は手を置いた。

 

「いいんだ。ただのイタズラだよ」

 

「なによ……私はあなたのためを思って……」

 

 男の目があい、416は気圧される。

 

「その、わかったわ」

 

 そう言って416は、うとうととしているG11の隣へと座り込んだ。

 

「よし、それじゃあ食べようか」

 

 カチャリと食器のぶつかる音だけが部屋に響く。今夜も缶詰による食事だ。

 

「ねえ45姉、今後はどうするの?」

 

「……そうね、話をしておきましょうか」

 

 45はスプーンを置くと、皆に見えるようにスクリーンをつけた。

 

「まず私たちがいるのはこの地点ね」

 

 地図上の一点を指さしながらそういう。

 

「そしてこっちが目的地ね」

 

 地図をスクロールさせて再び指差す。随分と大きい建物であった。

 

「もう少しだね45姉!」

 

「そうとも言ってられないわ。これを見て」

 

 次にスクリーンに映ったのは、近辺の地図だ。しかし、そこには数時間後の雨量が表示されている。

 

「ここの設備を使って計算した今後の予測よ。まず間違いないと思っていいわ」

 

「45君、これってつまりは……」

 

「そのとおりよ。間もなくここは……暴風雨におそわれるわ」

 

「じゃあ明日以降でも足止めということ?」

 

「ええ。いつまでかはわからないわね」

 

 416は悔しそうに顔を歪める。

 

「通信はとるの?」

 

 G11が目をこすりながら

 

「ええ、この暴風雨にまぎれてメッセージを飛ばしてみるわ」

 

「ええ~通話はしないの?」

 

「無理よ。暴風雨だとノイズがひどくて短時間じゃ済まなくなるわ」

 

「え~」

 

「寝てていいから」

 

「えっいいの!」

 

「ええ、いいわよ」

 

「やったーそれじゃあおやすみー」

 

 G11がウキウキ顔で仮眠室へと向かうのを4人は見送る。

 

「いいの?いかせても」

 

「明日の昼にキリキリ働いてもらいたいだけよ」

 

「ああ、そういういこと」

 

 416は納得した表情を浮かべる。

 

「それで、通話は無理だとしても、どうにかならないの?メッセージなんて届くかわからないわ」

 

「だってそれ以外の方法が無いもの」

 

「待ってくれ45君」

 

 あっけらかんとする45の言葉に、男が待ったをかける。

 

「何か案があるの?」

 

「ああ、多分これが一番早く、それに確実だ」

 

 男は45を手招きする。

 

「なによ」

 

「ここは気象センターだと言っただろう?」

 

「ええ、そうね」

 

「実はアレは嘘なんだ」

 

「でも地図の表記も、実際の建物も気象センターだと」

 

「だったら何故僕がここをハッキングしたと思う?」

 

「……まさか本当に、ここは気象センターじゃないの?」

 

「45君はこの施設が生きていた頃の天気予報をしっているかい?」

 

「ええ、気象衛星の画像を用いて……まさか衛星との通信?」

 

「そう、実はここは軍事衛星の通信も管理していたんだよ」

 

 45はここに入る時を思い出す。確かに、無駄に大きいアンテナが、各種センサーに埋もれるように設置されていた。

 

「そして通信の内容はここで処理され、下を通って基地まで運ばれていたんだ」

 

 そう言って男は足で地面を叩く。

 

「それで有線ネットワーク……ね。たしかに納得はできるわ」

 

「でも疑問があるんだろう?」

 

「ええ。だってそれだけじゃあなたのハッキングする意味が思い浮かばないもの」

 

「そうだね。そこで……こんなものをお見せしよう」

 

 端末の画面に、設計図が映し出される。それはどうやら戦術人形の設計図のようだった。

 

「僕の完成させたかった人形さ。まあ随分と昔に思いついたものだけどね」

 

 45にはその設計図が読み解けてしまった。彼女は優秀すぎた。

 

「全通信を掌握する……人形?」

 

「ああ、そうだよ。全てだ。もちろん無線も、有線もね」

 

「そんなこと、不可能だわ」

 

「ところがどっこい、それが可能なんだ」

 

「まさか……実現しているの?」

 

「だと良かったんだがねぇ」

 

 男は苦い顔をする。

 

「これはもう捨てたプロジェクトなんだ。だからこんな人形はいないと考えていいよ」

 

「全通信……ということはダミーも?」

 

「ああ、もちろん。すくなくとも片手では足りないくらいの数は操れるさ。もちろん敵味方問わずにね」

 

「戦闘中にそんな芸当、不可能よ」

 

「まあそういうことにしておこう。大事なのはソコじゃないんだ」

 

「……通信の方法に話を戻すわ。それで、どうする気?」

 

「まずはここのシステムで有線ネットワークを支配する。そこから君たちがG&Kの通信網までたどり着き、メッセージを直接渡す。それが一番はやいだろう?」

 

「たしかに私たちは電子戦も可能よ。だけど、これは私1人にまかせてもらうわ」

 

「45君1人でかい?危険すぎる」

 

「大丈夫よ。私がいなくてもみんなはしっかりと任務をこなすわ。それに、他の隊員は足手まといになりかねないし」

 

「そこまで言うかい?まあいいよ。僕がモニタリングをしよう。サポートは任せてくれ」

 

「期待しているわ。それじゃ準備をしてくるわ」

 

 そういって45は走って部屋を出ていく。

 

「あれだけやる気の45姉は初めて見たかも……」

 

「9君でもかい?」

 

「うん。……ほら416、拗ねてないで警備に戻って」

 

「あなたから指図されなくともすぐ行くわよ」

 

 416は文句を呟きながら、入り口の警備へと戻っていった。

 

「9君はどうするんだい?」

 

「私?じゃあここに居てもいい?」

 

「構わないが……。てっきり9君なら、45君と一緒に行くと言うと思っていたんだ」

 

「一緒にいけるなら……行きたいよ?でも45姉がここを任せるって言ったんだから、私は命令に従うまでだよ」

 

「結局は45君に言われたからなんだね……」

 

「なに?おかしい?」

 

「いや、いずれは9君の本音が聞きたいなとね」

 

「やだなあ、45姉の命令に従うのは当たり前でしょ?なんたって私の45姉なんだから」

 

 9は笑顔でそう笑ってみせた。

 9はいつも笑顔を浮かべている。暗い顔を見せたことはない。しかし、ずっと笑うだけの感情欠如を起こしているわけでもない。これだけ一緒に過ごしていれば、様々な感情を持った笑顔があることはわかっていた。

 

「ねえ、これって」

 

「……ああ、これかい?さっきの設計図だね」

 

「もしかしてこれ、正規軍に見られてる?」

 

「そんなことは無いと思うけどね……」

 

 そういいながらも男は端末を動かし、ファイルの内部情報を開いていく。

 

「これは……このIPは……」

 

「どうしたの?」

 

「9君の言うとおりだ。どうやら僕のデータを抜き出されていたみたいだ」

 

「それじゃあそういった人形が出てくるかもしれないってこと?」

 

「いや、それはないと思うよ?」

 

「どうして?」

 

「あの研究所のメンバーが集まっても出来なかったんだ。世界に1人ってレベルの天才でも居ない限り、アレを完成させるのは不可能だ」

 

「断言できるの?」

 

「ああ、もちろん。自分の研究の不毛さは、自分が一番自覚していたからね」

 

「そう、よかった。勝手にダミーを乗っ取られたりはないんだね」

 

「ああでも、物理的なハッキングにはどうしようもないからね」

 

「そこらへんは大丈夫。油断しないから」

 

「そうかい。9君がそういうなら、本当に大丈夫なんだろうね」

 

 2人の笑い声が部屋を満たした。



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This_doll_is_broken

「それじゃあ9、あとは頼んだわよ」

 

「うん、まかせて45姉」

 

「それじゃあ、寝てる間に私にイタズラはしないでよね」

 

「僕がすると思うのかい?」

 

「ええ。だってあなただって男でしょう?」

 

「しないさ」

 

 男はそっと左手の指輪をなぞった。

 

「ふふっ、冗談よ」

 

「わかっているよ。もう君の嘘にはなれたからね」

 

「あら、残念。それじゃあ行ってくるわ」

 

「任せたよ45君」

 

 45は端末と自身をコードでつなぎ、椅子で作った簡易ベッドに寝転がる。

 

『よし、接続成功よ』

 

「こちらでも確認しているよ。45君、気をつけてくれ。そこはすでに軍の掌握している回線だからね」

 

『わかっているわ。防壁はしっかり張っているから大丈夫』

 

「防壁かい?」

 

『ええ、さっきあなたに教えてもらったもの』

 

「僕がかい?いったいなにを」

 

『侵入している時に私は無防備すぎるんでしょう?』

 

「ああ、それかい?でもこの数十分で対処できたのかい?」

 

『半分はできたわ』

 

「半分?」

 

『私の力じゃ半分しかできなかった。だから残りの半分はあなたに託すわ』

 

 そういってモニターにウィンドウが表示される。それは、ウイルス撃退システムであった。しかし、それは手打ちの入力が必要なものだ。手間はかかるが、確かに確実な方法だ。

 

『それじゃあお願いね』

 

「僕で良いのかい?人形の電子戦に間に合うといいんだが……」

 

『あなたならできるわ。そうでしょう?』

 

「わかった。出来うる限り努力しよう」

 

『その言葉で十分よ』

 

 そういって45の声は途絶えた。ハッキングにリソースを集中させたのだろう。

 

「随分と45姉に信用されているんだね」

 

「そうかい?むしろ信用されていないと思うんだが」

 

「だって……」

 

 9が端末のキーボードにふれる。

 

「待て!9君、そのキーを押すんじゃない!」

 

「ね?これをしないって信用してるから、45姉はあなたに監視を任せたんだよ」

 

 9はヘラヘラと笑いながら、そう言って端末から離れた。

 

「9君、いま君がなにをしようとしたのかわかっているのかい!?」

 

「うん。ちょっと45姉のシステムを消去しかけたんだよね」

 

「わかっているのかい?システムは例え一部だったとしても、二度と戻らなくなる可能性だって――」

 

「うん、わかってるよ」

 

 9はそう笑ってみせた。

 

「45姉は誰にも……、ワタシにすら渡さなかった生殺与奪権をあなたに与えた。それはすごく重大なことなんだよ?」

 

「それは……」

 

「それに私が45姉を殺すなんてこと、本気ですると思った?」

 

「……それもそうだね。9君が45君を殺すなんてね」

 

「そういうこと。さっきのはちょっとしたイタズラ!」

 

「まったく、肝が冷えるからやめてくれよ……」

 

「あはは、意表をつけたのならよかったかな~」

 

『ほら、雑談ばかりしてないで仕事をしなさい』

 

「は~い」

 

「45君、首尾はどうだい?」

 

 45はしばらく考え込んで、返事をする。

 

『良い……わ。順調すぎるくらいにね』

 

「それは何よりじゃないか。なにか心配事でもあるのかい?」

 

 男の言う通り、45の言葉は歯切れが悪かった。

 

『順調に行き過ぎよ。まるで最初から道が用意されていたみたい。気味が悪いわ』

 

「なるほど……気をつけてくれ。君を超える電子戦特化の人形がいないことを願うよ」

 

『あんたのような研究者にも願う神がいたのね』

 

「ひどいなぁ。僕を何だと思っているんだい」

 

『マッドサイエンティスト』

 

「ひどくないかい!?なあどう思うよ9君」

 

「いや、マッドサイエンティストって……ふふふっ、ダメだ笑いをこらえきれない」

 

 9はお腹を抱えながら笑い転げている。

 

「そんなに笑うほどのことかい?」

 

「だってそのとおりだと思わない?」

 

「なぜだ……わからん」

 

『……っ!ふたりとも、敵よ!』

 

「なにっ!大丈夫かい!」

 

 いそいで画面に目を戻すと、45が交戦していた。

 

「攻撃は大丈夫そうだ。45君!防御はまかせてくれ!」

 

『わかった、お願いするわ!』

 

 45がそういった瞬間、コマンドラインにとてつもない数の警告が流れ込む。それはすべて違うIPからの侵入攻撃だった。

 

「この程度なら対処できる!」

 

 男は今までにない速度でタイピングをしはじめる。人形である9ですら、この速度を維持するのは難しいだろう。

 

「よし、だいたいは自動で切断できるな、あとは攻撃がうまくいってくれていれば」

 

『あたりまえでしょ』

 

 画面には目の前に屍の山を築いている45が写り込んでいる。

 

「さすがだね、45姉!」

 

『ありがとう、9。そっちはしっかりと警備できているかしら?』

 

「うん、416とG11も起きてるし大丈夫だよ」

 

『そう、それはなによりね』

 

「まかせといてよ!」

 

 ドンっと9は自分で自分の胸をたたいた。それとほぼ同時に、ガッシャーンとガラスの割れる音がする。その音は、確かに玄関の方から聞こえた。

 

「9君、今のって……」

 

「もしかしてもしかしなくても……敵だよねぇ」

 

 男と9は、お互いの顔を見合わせて苦い顔をした。

 

『私は先に進まずに防御に専念しておくから、先にそっちの問題を片付けて』

 

「了解!それじゃあ45姉、行ってくるね!」

 

「まってくれ9君、僕もいくよ」

 

「えー、足手まといになりたいの?」

 

「違うよ。敵の目的が僕だった場合、別働隊がいるかもしれないだろう?」

 

「なるほどね。ということは416たちと合流するまでは私ひとりで護衛か……」

 

「任せたよ、9君」

 

「しょうがないな~。いいよ、守ってあげる」

 

「さすが9君、頼もしいね」

 

「おだてても何もでないよ~」

 

 9はそう言いながら、男を守りつつ廊下へと飛び出していった。

 

 

=*=*=*=*=

 

 

「416!状況は!」

 

 入り口に近い通路で、416とG11が銃を構えていた。

 

「9!それに……なんであんたまで来てるのよ!」

 

「だってここが一番安全だろう?」

 

「何を言ってるのよ!」

 

416と男の間に9が割り込む。

 

「まあまあそれくらいにして!それより状況!」

 

「状況もなにも、見たとおりよ」

 

 通路の先……玄関には、一体の人形が立っていた。その人形は男の姿を視認すると、無邪気に笑顔を浮かべた。

 

「やっほー、来ちゃった」

 

 珍しく9の笑顔が崩れる。

 

「……狙いはこの人だよね?」

 

「まああんたたちに興味はないよ」

 

「……416、G11、撃っていいよ」

 

 再び9は笑顔を浮かべながらそう言った。

 

「いや待つんだ9君!」

 

「そうだよ待ってよ」

 

 アーキテクトはヘラヘラしながら、両手を上に上げた。

 

「私に戦う気はないからさ……ちょっと休ませて」

 

「そんなことを言って殺す気でしょう?」

 

「私が?パパを?ははっ」

 

 アーキテクトは笑顔を豹変させる。殺意のむき出しになった視線で、9をにらみつける。

 

「冗談は寝てから言って。じゃないと苦しみながら死ぬことになるよ?」

 

「うっ……」

 

 アーキテクトの言葉は、9が気圧されるほどの迫力を秘めていた。しかし、9も引き下がるわけにはいかなかった。

 

「でも45姉の命令だから……」

 

 9も銃を構える。アーキテクトは動く気はないようだった。

 

「落ち着いてくれ9君。彼女は丸腰で、しかもびしょ濡れでボロボロだ」

 

 確かに、アーキテクトのボディは外の暴風雨を強行突破してきたことを物語っている。

 

「自分の娘だから?」

 

 男の顔を見て、9はそう絞り出すように声に出した。

 

「なにがだい?」

 

「……いいや、何でもないよ?それより、45姉に聞いて見ようか。私には手が余るみたい」

 

「そんなわけないでしょう!?相手は鉄血の人形よ?」

 

「416、お願い。今は従って……」

 

「……わかったわ」

 

 416も銃をおろし、G11もそれに続く。

 

「よかった。パパの前でこんな情けない姿をさらすことになるとは思ってなかったけどね」

 

「アーキテクト、君は何が目的でここにきたんだい?」

 

「んー簡単に言うなら……パパに会いたくて」

 

「なぜ僕に……?」

 

「それは、他の子がいる前では話せないかな~」

 

「ダメだよ。あなたは私たちの保護対象なんだから危険な目にあわせるわけにはいかない」

 

 男の視線を、9はズッパリと切り捨てる。

 

「とりあえず45姉に指示を仰ごう。話はそれからだよ」

 

 9は416とG11に銃を向けさせながら、アーキテクトを45のいる部屋まで連行した。

 




文章に納得がいかなくなってきている……


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Are_you_a_family_too?

最近毎日何かを書いている……死なない程度にがんばりまっす


『いいんじゃない?』

 

 45の返答は意外にもあっさりとしていた。

 

「ちょっと45!相手は鉄血よ?」

 

「そうだよ~何をしでかすかわからないよ~?」

 

 416とG11は交互に抗議する。

 

『今の小隊の隊長は9でしょう?9はどうするの?』

 

「……わかった。45姉のいうとおり何もしないよ」

 

「ちょっと9!あんた正気!?」

 

 詰め寄る416に9は一歩も引かない。45の指示だとは言い張っているものの、そこには明らかに9の確固たる意思が存在している。

 

「これで私は無罪放免?」

 

「うん、そうだね」

 

 9はアーキテクトの腕につけていた拘束具を外す。

 

「はー自由だー!」

 

 アーキテクトは手首を回し、コリをほぐす。

 

「アーキテクト、君はどうやってここにきたんだい?」

 

「なに?娘を詮索するパパは嫌われるよ?」

 

 ニシシとアーキテクトは笑った。男は呆れた顔をしながら頭を抱える。

 

「はあ、どうして君みたいなハイエンドモデルがそこまでボロボロになっているんだい?」

 

「そりゃあの嵐じゃボロボロにもなるよ」

 

「でも君たちにはフォースシールドがあるだろう?」

 

「ああ。だって……」

 

 そういうとアーキテクトは腕を光らせる。身体全体ではなく、腕だけだ。本来は彼女の周囲に展開するはずのフォースシールドは、弱々しく発生源で淡く光るだけである。

 

「まさかエネルギー切れかい?」

 

「パパに追いつくために急いだから補給する暇がなくてね~」

 

 人間が食べなければ死ぬように、人形のエネルギー切れも死活問題だ。動くことは可能でも、全ての機能に制限がかかる。人間で例えるなら、高熱で思考がまとまらないという症状に近い。

 

「……416君、食料をくれ」

 

「はあ?こいつは鉄血、人類の敵よ?」

 

 呆れた顔をする416に男は頭を深くさげる。

 

「頼む。アーキテクトにここで死んでしまわれると困るんだ」

 

「……わかった、わかったわよ。ほら、これでも食ってなさい」

 

 そういって416はアーキテクトの目の前の机に補給食を投げつける。

 

「あはは、まったく敵に餞別を与えるなんて頭おかしいんじゃないの?」

 

「……勝手に言ってなさい。それに私は完璧よ」

 

「完璧?ポンコツの間違いじゃなく?」

 

 ピクリ、と少し動いたが、416は何も言わずに部屋を出ていった。確か416が向かった方向には給湯室があったはずである。彼女自身、給湯室の設備を気に入っていたので十中八九はいるだろう。

 

「アーキテクト、あまり416君をいじめてはいけない」

 

「ゴメンゴメン。つい反応が面白くてね?」

 

『そこのお二人さん。邪魔をして悪いんだけどそろそろ再開してもいいかしら?』

 

「ん?なにしてんの?」

 

「ああ、今は45君が有線ネットワークをたどって連絡をとろうとしているところだよ」

 

「ふ~ん、パパは何役?」

 

「45君の防御だね」

 

「なるほどね~。よし、私も手伝う!」

 

 アーキテクトは男の隣へと座る。そこは先程まで9が座っていた場所だ。

 

「な、9君はどうするんだい?」

 

「私は……。そうだ、少し電源周りの点検をしてくるね」

 

「その……」

 

「古い発電機だから、どうせしなきゃならないことだよ。そうだよね45姉?」

 

『ええ、9が適任ね。電源は任せたわ。じゃないと私がこっちに取り残されちゃうから』

 

「任せといてよ!」

 

 そう元気に答えて9は部屋を出ていった。G11もいつの間にかいなくなっていた。

 

 

=*=*=*=*=

 

 

「45君、調子はどうだい?」

 

『ええ、順調よ。戦闘もないし……』

 

 男は端末を操作してダイアログボックスをだす。

 

「45君、進捗もいいし今日はこれくらいにしておかないかい?」

 

『あら?もう限界?』

 

 クスクスと45は笑う。

 

「おじさんを酷使しないでくれよ」

 

『まだおじさんって年齢じゃないでしょうに』

 

「片足は突っ込んだかな」

 

『言えてる。さて、それじゃあ今から戻るわ』

 

「ああ、気をつけてくれ」

 

 男の視界の中にはダイアログボックスがある。それを気にしながら、男は45のモニタリングもこなしていた。

 

「ただいま」

 

「さすが45君、早いね」

 

「これが取り柄だから当たり前でしょう?」

 

「それもそうだ。さてと……」

 

 416はおそらく給湯室だろう。カレーの匂いが鼻腔を付く。今夜の晩ごはんとなるのだろう。

 

「私は先に休憩室にいるわ」

 

 ご飯は休憩室でとることになっていた。机と椅子があり、それなりのスペースも確保されているからだ。電気はこわれているのかつかないが、部屋の広さからして、大きな懐中電灯がいくつかあれば十分だ。

 

「はい、今日はカレーよ」

 

 416は丁寧に盛り付けられたカレーを持ってくる。しっかりとアーキテクトの分も用意されているあたり、彼女の性格がでていた。

 

「あはは、パパと一緒に食事するなんて夢みたい!」

 

「そうか、家族って言っても一方的だったってことだもんね」

 

 アーキテクトの言葉に9も反応する。最初こそ緊張の糸が張り詰めていたが、9らしさを発揮してすぐに打ち解けている。

 

「45姉はどう?いままでの食卓にさらにもう1人増えてさ」

 

「う~ん、9はどうなの?」

 

「私?私は嬉しいよ?だって家族は多い方が良いもん」

 

「そうよね……。私も嬉しいわ、少なくとも今はね」

 

 45はスプーンを手でいじりながらそう呟いた。

 

「あんたらコイツは鉄血の人形よ?正気とは思えないわね」

 

「でも416だってご飯準備してるじゃん」

 

 呆れた表情をうかべる416にG11がボソリと突っ込む。

 

「はあ?当たり前でしょう?」

 

「もう、416も素直じゃないんだから」

 

 9も笑いながらそういう。

 

「なによ?」

 

「べつにー?」

 

「はぁ、わけわかんないわ」

 

 416は理解できないといいう表情を浮かべながら、音をたてて椅子に座った。アルミの椅子が軋む。

 

 食卓は静かとは言えなかった。いつもは9が雰囲気を保つが、今日は違った。延々とアーキテクトが男に話し続け、それにたいして他の面々も反応を返している。

 

 いつもとは違った会話のテンポに、和気あいあいとしていた。嵐の音で声は外には漏れ出ない。気にせずに話せるというのは、初めてだったかもしれないと男は考えていた。

 

「あはは、楽しいねパパ」

 

「そうかい?」

 

「うん!」

 

 そこには無邪気な笑顔があった。男には、それがまるで人間の少女のような、自然な笑顔に見えた。それが他の人形にどう見えたかは、男にはどうでもよかった。ただ、アーキテクトがそういった表情をうかべたことに驚きつつも、顔をほころばせていた。



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hack_net_monitoring

俺は投稿を行う!
こちらも随分と伸びて嬉しい限りです。ありがとうございます。


「それじゃあ行ってくるわ」

 

「ああ、気をつけてくれよ45君」

 

「わかっているわ。あなたも私から目を離さないでね」

 

「ああ、それに今回はアーキテクトや9君も一緒だ。十分すぎる戦力だね」

 

「それを聞いて安心したわ」

 

 45は簡易ベッドに横になり、端末との接続を開始する。

 

「45姉、気をつけてね」

 

「わかっているわよ、9」

 

 最後にそう言って、45は目を瞑った。

 

 

=*=*=*=*=

 

 

「ねえねえパパ、いまはどんな感じ?」

 

「順調だよ。昨日到達したところまで無傷で行けたから、もう新しいルート探索に着手できている」

 

「そうなんだ」

 

「どうかしたのかい?」

 

「いや、暇だなーって」

 

「そうだね、私も暇だなー」

 

「9君までそんなことを」

 

 アーキテクトと9は「ねー」と顔合わせる。まだ数時間しか話していないはずだが、随分と仲良くなっているらしい。

 

「でも実際そうじゃん?」

 

「暇というのは良いことだよ。攻撃を受けてないということだからね」

 

「そりゃ私も45姉に危険な目にあってほしくないけどさ」

 

 9はやれやれと首を振る。

 

「ずっと流れる文字を見続けるなんて苦行だと思わない?」

 

「そうそう。まったくパパはよく耐えきれるね」

 

「そこらへんは……まあ人間と人形の差というのもあるのかもしれないね」

 

「どういうこと?」

 

「今はモニタリングに集中しないといけないからあとでね」

 

「ええ、気になる、今教えてよパパ」

 

「そうだよ、教えてよ~」

 

 アーキテクトと9がそれぞれ右と左から肩を揺すってくる。

 

「モニタリングを欠かすわけには行かないだろう?ああもう、45君からも何か言ってやってくれ」

 

『少し休憩にしましょうか。その話は私も気になるし』

 

「45君まで!?」

 

 はぁ、と大きなくため息をついて、男はカップに口をつける。

 そしてコトリと置いて、話し始めた。

 

「9君、5分前に一番上に表示されていた行を暗唱できるかい?」

 

「んーとね、できるよ」

 

「じゃあ30分前はどうだい?」

 

「無理だよ。そんなのログからもう消したよ」

 

「だろうね。アーキテクトも残ってないだろう?」

 

「うん。でもパパがそういう仕様にしたんでしょ?」

 

「そうだね。いつまでも見たものを記憶させてたらキリがないからね」

 

「うん。それで、人間とはどう違うの?」

 

「僕は5分前のログすら覚えてないよ。30分前なんてもってのほかだ」

 

「それが人間と人形との差なの?」

 

「まあまだそう結論付けるのは早いよ9君。もちろん記憶力の差というのも大きな差だけどね」

 

 男はそこで一息着くと、席を立った。コーヒーカップを片手に部屋を歩き回る。

 

「問題は、君たちはすべてを覚えているんだよ。情報の取捨選択が、情報を理解したあとに行われていると言った方が適切かな?」

 

『ちょっと待ちなさい。あなたちゃんと見てないの?』

 

「見ているさ。でも全文は見る必要はないんだよ」

 

『なるほど……そういうことだっのね』

 

 45は納得したかのようで、深くうなずいていた。

 

「ちょっとまってよパパ。それだけじゃ私、わかんないよ」

 

「……そうかい。そりゃすまない。まあ簡単にいうとだね」

 

 男は端末の前に戻り、カーソルを動かしてログの一部をコピーする。そして、ライターアプリへと貼り付けたかと思えば、文をどんどんと削除していく。

 

「僕が意識して見ているのはこれくらいだよ」

 

 そこには、ほぼ数単語しか残っていなかった。

 

「え?これだけ?」

 

 9が驚いた表情を浮かべて画面を覗き込んでくる。

 

「これだけでわかるの!?」

 

 アーキテクトも身を乗り出して画面にかじりつく。

 

「あのねえ君たち、もう少し女子として慎みを持ちなさい」

 

「え?もしかして1児の父にしてまだ女に興味があるの?」

 

「パパ、もしかして娘の私にも発情しちゃうような獣だったの?」

 

「あのねえ君たちねぇ」

 

「バカなこといってないでさっさと進めなさいよ」

 

 部屋の入り口には、416が立っている。416は見張りの休憩に行く途中、この部屋の惨状が

 

「416君!ちょうどよかった。この2人に淑女としての嗜みを教えてくれ!」

 

「いやよ。だって絶対2人とも言うこときかないもの」

 

「ちょっと416ひどーい」

 

「そうだそうだー」

 

「ほら、2人結託してるでしょう?無理よ。手のつけようがないわ」

 

「みたいだね……」

 

『あのさ……楽しそうなのはわかるのよ?でもそろそろここにとどまるのも危険なのだけれど?』

 

 45の少しこもった声が端末から聞こえる。

 

「45も怒っているし、私はこれで」

 

「ああ416君……お疲れ様」

 

「労われるようなことはしてないわ」

 

 背中を向けながらそう言い残し、416は給湯室の方へと歩いていった。

 

「さて、待たせてすまないね45君」

 

『待たせる男は嫌われるわよ?』

 

「それもそうだね。今度からは気をつけるよ」

 

『……まあ良いわ。それじゃあ進むわよ』

 

 再び45がネットワークの海を進みはじめる。膨大なログから必要な情報を抜き出しながら、男はカップに口をつけた。

 

 

=*=*=*=*=

 

 

「……っ!止まってくれ45君!」

 

 男の声に反応して、45は足を止める。45には特に異常は感じられなかった。しかし、男がいうからには何かがあったのだろうと確信していた。

 

『どうしたの?』

 

「……いや、まさかな。気の所為みたいだ。すまない」

 

『ええ……それならいいけれど』

 

「いや待ってパパ!さっきの……ここのログ!」

 

 アーキテクトがカーソルを動かし、高速で流れていったログのいち部分を指差す。

 

「さすがだ!45君!急いで撤退だ!」

 

『そんな!あとほんの少しなのに』

 

「ハッキングされている。相手は何者なんだ……」

 

 男はタイピングをはじめる。

 

「人形かAIみたいだ!45君、僕では無理だ」

 

『……あと少しなの』

 

「45君!?」

 

『あとほんの少し、耐えてくれないかしら?』

 

「自分が何を言っているのかわかっているのかい?」

 

『大丈夫よ。そんな簡単にハッキングなんてされないわ』

 

「……わかった」

 

「ちょっと!45姉は!」

 

「確かにあと少しなんだ……。9君、アーキテクト、手伝ってくれるかい?」

 

「パパがそういうなら手伝うよ」

 

「うん、私も45姉のために!」

 

「助かるよ。さて、対応は任せてくれ。違和感のあったログを僕の方に飛ばしてくれればいい」

 

「「了解!」」

 

 2人は近くの端末でログとにらめっこをしはじめる。

 

「よし、対応だけに集中すればなんとかなりそうだ!」

 

 部屋にはタイピング音が響き渡る。それは途絶えることはない。

 

「くっしつこいな」

 

 男の額に汗がにじみはじめる。すでに手にすら疲労が回ってきていた。

 

「なんかさ……遊ばれてる?」

 

 そう声を漏らしたのは9だった。

 

「随分と酷いことを言うじゃないか9君」

 

「だってさ、さっきからアプローチを様々に変えて侵入してはまた変えてって繰り返してるよ」

 

「やっぱりか。まぁ実力差は実感しているところさ」

 

『通信を届け終わったわ!』

 

「よし、45君からの朗報だ。あとは帰り道だが……」

 

 45が踵を返した瞬間、いままでとは比べ物にならないレベルでログが流れはじめる。

 

「この量は……やはり相手は戦術人形か!」

 

「なんでわかるの?」

 

 アーキテクトの疑問に、男は声を絞り出してこたえる。

 

「人形、それも下位の演算能力まで持ち出してきているねこれは。今の世の中じゃこのハッキングが出来るスペックはそうしないと創り出せないからね」

 

「なるほどね!っとこの量……45姉!聞こえる!?」

 

『うう……頭が……』

 

「くそっ45君の頭に負荷がかかりすぎている!」

 

「私が中に入って助けてくる!」

 

「待ってくれ9君!君がいったところで犠牲が増えるだけだ!」

 

「そんな!じゃあ45姉は!」

 

『9……聞こえているんでしょう?』

 

「うん!聞こえてるよ!」

 

『あとは任せたわ……私はしばらく……眠る……』

 

 そう言って45の声は途切れた。

 

「そんな……45姉?」

 

「待て9君!45君はまだ死んだわけじゃない!」

 

 男のタイピングスピードはさらに早まる。キーボードが認識できる最速のスピードで、文字を打ち込んでいく。

 

「まだメンタルモデルを保守域に格納しただけだ!身体はこっちから強制で動かせる!」

 

 確かに画面内の45の身体は、目を閉じたまま高速で駆け抜けていっている。敵にあたっても即座に回避し、足をとめない。

 

「……よし、なんとか逃げ切れたか……?」

 

 画面に映るのは、SAFEと書かれたエリアに横たわる45だ。

 

「いまから45君を起こす。……起きた時のショックで暴れるかもしれない。9君は45君の側にいておいてほしい」

 

「っ!……わかったよ」

 

 9はこちらで横たわる45の側に座り込む。

 

「準備はできたよ」

 

「よし。それじゃあ……これで起動だ」

 

 9はゆっくりと45の目が開かれていくのを、間近で目の当たりにした。一度開ききった目はキョロキョロと辺りを見回し、それから9を捉えた。

 

「45姉!おかえり!」

 

 9は思わず45に抱きつく。暴れるなどと男が言っていたことも忘れてしまっていた。

 

 何も根拠もなしに男は暴れるなどと言ったはずがなかった。

 

「……あなた、誰?」

 

 45が起きて最初に発した言葉は、9にとっては一番残酷な一言だった。

 



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mystery

さあ、30話が見えてきたぞ……?


「……っと、どうやらぼーっとしてたみたい」

 

「ほんと?大丈夫?私が誰だかわかる?」

 

「あたりまえでしょう、9」

 

 そう言って45は笑ってみせる。

 

「よ、よかった……」

 

「ちょっと9、急に抱きつかないで……」

 

 9が思いきり抱きつく。45は笑顔を浮かべながら、そっと男に目配せをした。

 

「……よし、9君。45君のために何か飲み物をとってきてくれるかい?」

 

「うん、わかった!」

 

 そういって9は部屋を飛び出していった。

 

 いつの間にかアーキテクトも部屋からいなくなっている。

 

「それで、45君。どこまで侵入されたんだい?」

 

「……結構深部まで」

 

 45は静かにそう言った。

 

「すまない、僕の采配ミスだ。あそこで強く止めておくべきだった」

 

「いいえ、提案した私の方が責任があるわ」

 

「いいや、防御面は僕の担当だったんだ。これは僕のミスだよ」

 

「……まあ、そういうことにしておくわ」

 

 

 しばらく2人の間を沈黙が包む。

 

 

「それで、実際のところどうなんだい?」

 

「どうって?」

 

「記憶のことだよ。45君、いったいどこまで忘れたんだい?」

 

「なんのことかしら?」

 

「……、45君。これは”指揮官命令”だよ。どこまで記憶に被害がでたんだい?」

 

「結構……持っていかれたわ。9のことですら思い出すのが精一杯だったくらい」

 

「それを聞いて安心したよ」

 

「それはどういうこと?」

 

「いや、ここでごまかすようだったり、嘘を暴いていたらどうしようかと思ったよ」

 

「言ってる意味がわからないのだけど?」

 

 45は怪訝そうな顔をして男を見る。45は本心から疑問を抱いているようだった。

 

「まず、これだけは言っておこう。僕は君の”指揮官”ではないよ」

 

「……っ!そんな」

 

「あらかたわかるよ。目の前で9君が指示に従っているところを見たんだ。人形ならそう思ってもおかしくない」

 

「でも人形は指揮官がいないと」

 

「じゃあここはどこに見える?基地に見えるかい」

 

「いいえ……だってここは人気がなさすぎる」

 

「正解だよ。ここは捨てられた街で、ここは施設の中だよ」

 

「そう……」

 

「そしてもう一つ朗報だよ」

 

「なにかしら?」

 

 45の疑問の声に、男は立ち上がる。

 

「僕は君たちの指揮官じゃない。だけどね、人形のシステムを専門分野にしてる、いわば人形にとっての医者なのさ。記憶を戻すぞ45君」

 

 そういって男は部屋の入り口へと歩いていく。

 

「だから、9君も手伝ってくれるかい?」

 

 そこには、扉に身体を隠すようにして9がいた。その手には水のはいったペットボトルを持っている。目の周りは、ついさっきまで泣いていたかのように赤くなっていた。

 

 気づかない訳がなかった。404の中で誰よりも45のことを見てきたのだ。例え表向きの表情で隠していても、ある程度は考えが読めた。

 だから、目を覚ました45に9と呼ばれた瞬間、自分のことをほとんど覚えていないことくらいすぐに理解した。部屋から出て一歩一歩進むにつれて、その足は早く、目は湿り気を帯びていった。

 水を取ってくるだけでそんなに時間はかからない。部屋に戻ってきても、45は記憶を取り戻していない。

 

 

 記憶を失った人形は、二度とその記憶を取り戻せない。

 

 

 9はどこかで聞いたその言葉を思い出していた。システムである以上、取り返しのつかないことというのは存在する。完全に消えてしまったファイルをゼロから取り戻す術なんてものは、存在しない。

 

「私が手伝えば……45姉の記憶は取り戻せるの?」

 

「すまないが確約はできない……。でも、可能性はある」

 

「どういうこと?」

 

「詳しくはあとで話そう。少なからず9君にも危険があるから、ここではっきりと聞いておきたい。手伝ってくれるかい?」

 

「……もちろんだよ!45姉のためなら私!」

 

「待って!

 

 9の言葉を遮ったのは、意外にも45だった。

 

「私の記憶のために犠牲になる必要なんて――」

 

「あるよ。必要だよ。45姉は私に……それに私たちに必要だよ」

 

「そうね、45がいないと困るわ。私のタスクが多すぎよ」

 

「私も45がいなくなるのは嫌だよ……」

 

 416とG11までが、部屋に入ってくる。

 

「416に……G11まで」

 

「ちょうどよかった。君たちにも声をかけようと思っていたんだよ」

 

「私たちにも?」

 

「ああ。まずは聞いておこう。記憶を取り戻す作業を手伝ってくれるかい?」

 

「まあ、あなたがそういうなら」

 

「私でも手伝えるの?」

 

 G11は首をかしげながらそういった。

 

「ああ、もちろん。なにより、45君に親しかった人形を総当たりしなければいけないからね」

 

「……あなたいったい何をしようとしているの?」

 

 45の疑問に男は笑顔でこたえる。

 

「まさか45君ともあろう人物が、こういったことのリスク管理を怠っているとは思えないんだ。つまり僕は、近しい人形の誰か1人もしくは複数人に、そういった時のためのバックアップを残していると考えている」

 

「でも、どうやってそれを見つけるのよ。私たちにそんなものを埋め込まれた記憶はないわよ?」

 

「当たり前さ。その痕跡を消すことくらい朝飯前……そうだろう45君?」

 

「ええ、私のスペックなら間違いなくそうするでしょうね」

 

「本人からの確認もとれたところで、詳しい話を始めようか」

 

 ただの端末の置いてある部屋が、作戦のブリーフィングルームへと変わった。

 

 

=*=*=*=*=

 

 

「それじゃあ、頼んだよ」

 

「任せて!絶対、45姉の記憶は絶対に私が取り戻してみせる!」

 

 そう意気揚々と言う9の側には、416とG11もいる。それぞれの首からは接続コードが出ており、その先端は45へとつながっている。

 

「再確認するよ。まず君たちの中から僕が45君の痕跡を見つける。そしてその該当ファイルを45君の本来あるべき場所まで、君たちが運ぶ。いいね?」

 

 三人はコクリとうなずく。

 

「そして忠告もしておくね。もし45君の中に入って身動きが取れなくなったとしたら……そのときは覚悟を決めることだ。それでも行くかい?」

 

 拒否する者はそこにはいなかった。

 

「よし、準備はできているね。それじゃあ、いってらっしゃい」

 

 3体の人形が横たわり、電脳世界へと意識を飛ばす。部屋は再び静まり返った。

 

 

「ねえ、パパ?」

 

 しかし、静寂はそんなに長くは続かなかった。

 

「どうしたんだい?」

 

「このまま私と2人で逃げよう?」

 

「……それに僕が頷くとでも?」

 

「そうだよね、パパはそういう人間だもんね」

 

 男は、せっかくの画面をほとんど見ない。今頃、男からの指示を心待ちにしている頃だろうというのに、男は端末に向き合うことすらしない。

 

「わかってるの?たとえこのままG&Kに保護されたとしても、幸せに暮らせないよ?」

 

「わかっているよ。僕の人生は僕自身が一番ね」

 

「じゃあどうして従うの?」

 

「もう……いいんだよ。僕はあのプログラムを完成させられない」

 

「どうして?」

 

「無駄話はここまでだよ、アーキテクト」

 

「ちぇっ、もう少しパパと2人きりで話したかったのに」

 

「45君たちが帰ってきたらね」

 

 ようやく男は端末に向かうと、数分操作してエンターキーを押し込む。すると、三人の位置が移動を開始した。うまく伝達できたようだった。

 

「まったく、パパは素直じゃないな~」

 

 手を頭の後ろにまわしてそういうアーキテクトを、男はチラリと見てから目をそらす。

 

「それじゃあ私、喉乾いたから~」

 

 アーキテクトが部屋を出ていく、男はその後姿を見ていた。

 

「アーキテクト、君はもしや……」

 

 そのつぶやきは、誰にも聞かれることはなかった。



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end_of_storm

とうとう25話まで来ましたね……


「ただいま!45姉の様子は!?」

 

 45よりも先に起きた三人は、急いで男の向かっている端末へとかけよる。

 

「モニタリングはしているよ。今の所、異常はないね」

 

 男は端末の画面を見ながら、温めたなおしたコーヒーをすする。

 

「45はなおったの?」

 

 G11は男にすがるような視線を向ける。

 

「直った……とは断言できないよ。僕の腕をもってしてもね」

 

「あんだけリスクをおかしたのよ?」

 

 人形の中に入り込むというのは、下手をすると自我を壊しかねない。そのリスクを負ってまで、三人は45の記憶を取り戻そうとしたのだ。

 

「416君、僕だって完璧じゃないんだ。ただ、最善は尽くしたよ」

 

「へえ。それにしてはやけに遅かったじゃない」

 

 416から鋭い言葉が飛んでくる。男は目を瞑ってそれを受け止める。

 

「……手こずったんだよ。思った以上にね」

 

 それ以上言及されることはなかった。誰もが作業の難易度を理解していたからだ。たとえ天才級の人材を揃えたところで、ブラックボックスばかりの人形の中身に隠されたファイルを探し出すのは至難の技である。そのはずだと、三人は認識していた。

 

「あなたでもそんなことがあるんだね?」

 

「当たり前だろう?僕は不完全な人間だよ」

 

「あはは、そうだね」

 

「……9君、そこで肯定するのは違うだろう?」

 

「さすがにこんだけ一緒にいればわかるよ~」

 

 9はそう言いながら笑ってみせる。明らかに無理をしている笑い方に、男は顔を曇らせる。

 

「それで、成功したの?」

 

「それはなんとも言えないよ」

 

 男は416の問いにそう答えた。体重を椅子に預けて、軋ませる。

 

「45君が起き上がるまで、わからないんだよ」

 

 男の視線の先には、進捗状況を示すダイアログボックスがある。速度は遅くないものの、時々思い出したかのように止まる時がある。

 

「手は尽くしたつもりだよ。あとは祈るだけだね」

 

「祈る?私たち人形が誰に祈れっていうの?」

 

「さあね。僕だって、祈る相手はいつも決まってないさ」

 

 男はそう言いながら、再び椅子を軋ませた。

 

 

=*=*=*=*=

 

 

「45姉!」

 

 45の身体が起き上がっていく。9は抑えきれずに45に駆け寄っていく。

 

「45!どう?私のことわかる!?」

 

「ええ、大丈夫よ9、ありがとう」

 

 誰からともなく、安堵のため息がでた。その意思のこもった目は、紛れようもなく45のものだった。

 

「私たちには何もなし?」

 

 半分笑いながら、416も近づいていく。G11もその後ろに続いて、45へと近寄った。

 

「ありがとう。おかげで助かったわ」

 

 そういって素直に頭を下げた。45にしては、珍しいという言葉では言い表せないほど、考えられないような言動だった。

 

「もっと私を労って~。そして寝てても許して~?」

 

「任務中以外は許してあげる」

 

「ほんと?やったー!それじゃあおやすみ~」

 

 G11は部屋から出ていく。仮眠室の方向へと向かう様子をみながら、男は先程とは違った意味で、ため息をついた。

 

「あれ?416、どうしたの?」

 

「……9、この人形は本当に45なの?」

 

「ちょっとどういう意味?場合によっては私だって怒るよ?」

 

「だって……」

 

 416が顔を下げて言いよどむ。

 

「素直に感謝するとかあいつらしさのかけらも無いじゃない」

 

 

 

 

「……っぷ、あははは!416君も随分と酷いことを言うね!ついつい笑っちゃったよ」

 

「まったく、私にどんな印象があるのよ……。私だって感謝をのべるときくらいあるわ」

 

 男は腹部を抱えながら笑う。それにつられクスクスと45が、いつも通り明るく9も笑いはじめる。

 

「ちょっと笑うことはないでしょ!?」

 

「416は考えすぎだよ。少しは45姉を信じてもいいんじゃない?」

 

「無理よ。こんな人形を信じるなんて」

 

「でも本当は、記憶が戻ったのか不安になるくらい、私のことを思ってくれているんでしょう?」

 

「そんなことないわよ!」

 

「416君も素直になりなよ」

 

「あんたに言われたくないわ!」

 

 先程まで静まりかえっていた部屋は、すぐに笑い声で埋まりつつあった。

 

 

=*=*=*=*=

 

 

 カチャリカチャリと食卓に音が響く。しかし、話し声がそれをかき消していた。

 

「それでね、45姉ったら大声あげちゃって……」

 

「あはは、うちのゲーガーも昔ね?」

 

 とにかくたくさん話し続けているのは、9とアーキテクトだ。それぞれお互いの身内の話しを肴に盛り上がっている。その親密さはまるで友達か、それ以上だ。見た目の年齢も同じくらいであるので、姉妹と言っていいかもしれない。

 

「ゴホン……。9、それくらいにしてくれるかしら?」

 

「あっうん。ごめんね45姉」

 

「みんなも聞いて。今後のことよ」

 

 45は端末の画面にイメージ図を映し出す。

 

「これはシミュレーターで作った天気図の予想よ。見てわかる通り……明後日には止むと思われるわ」

 

「それはなによりだね。あまりにも進めないと、せっかくリスクを犯して通信を届けたのが無駄になりかねないからね」

 

「そう、これは朗報ね。けれどまだ伝達事項があるの。ほら、G11、起きて」

 

「えっう~ん。わかったよぉ~」

 

 眠そうな目をこすりながらも、G11ですら45の話に耳を傾ける。

 

「それで、悪い方の知らせもあるの。鉄血が動いているわ」

 

「ちょっと待ちなさいよ」

 

 416は45の言葉を遮る。

 

「何?」

 

「こいつが原因じゃないの?」

 

 そういう416が目線で刺すのはアーキテクトだ。アーキテクトはあっけらかんとして、乾パンを頬張っている。

 

「その可能性は低いわ」

 

「どうして?」

 

「だってこの嵐じゃアーキテクトだって通信は不可能のはず。そうでしょう?」

 

「うん。私はいま鉄血のネットワークからは切断されてるよ」

 

 アーキテクトのその言葉に、嘘はないようだった。

 

「いまはその言葉を信じることにするわ。それに、私も知らなかったもの」

 

「ちょっとまってくれ45君」

 

「今度はあなたね。何?」

 

「その情報源はどこだい?」

 

「……内緒よ」

 

「この際だからはっきり言おう。君にも外部との連絡は不可能なはずだ。どこでその情報を?」

 

「だから内緒よ」

 

「……わかったよ。それじゃあ続きを聞こうか」

 

「それで鉄血なのだけど……こっちにまっすぐ向かっているみたいね」

 

「45姉、それってこっちの場所がバレてるってこと!?」

 

「まあ大体の原因はつかめているわ」

 

 45の視線が男の方を向く。

 

「僕かい?」

 

「あなた以外にある?」

 

「まあそうだろうね。でも、メールの送信には十分に気をつけているんだが……」

 

「あなたが気をつけていても、人形にとっては丸見えよ」

 

「なるほど。電子戦特化型なら確かに可能かもしれない」

 

 男は端末を起動させ、なにやらカタカタと打ち込む。

 

「いや……?通信厨に侵入や妨害の痕跡はない……。つまりは受信側の問題か?」

 

「とりあえずそこはいいわ。今後の予定だけ伝えたいから」

 

 再び視線が45へと集まる。

 

「出発は明後日よ。少し足早に行軍することになるわ」

 

「わかったよ。荷物は最小限にしておこう」

 

「食料も削るけどいい?」

 

 416の言葉に異議を申したてたのはアーキテクトだった。

 

「えー、あんたが持てばいいじゃん。パパは人間なんだよ?十分な食事を取らないと」

 

「じゃあ、あんたが持ちなさいよ」

 

「あいにくと私の両手はパパで埋まってるから」

 

「はぁ。あんたを理解するのは、45以上に骨がおれそうだわ」

 

 416はため息をついて、そうつぶやいた。




このまま嵐が永遠に続いてくれれば良かったのに……


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ゆっくりとですが、この小説も伸びてます。それに比例するかのようにモチベも上がってます。応援、本当にありがとうございます。


「ねえ、起きて?起きてよー!」

 

「ん、……ん?ああ、おはよう、9君」

 

 男は眠たげな目をこすりながら、時刻を見る。少し寝坊したのだと気づくのに、それほど時間はかからなかった。窓から外を見れば、昨日までの暴風雨が嘘かのように、空は晴れ渡っていた。

 

「もう皆準備できてるよ?」

 

「ははは、すまないね。すぐに準備をするよ」

 

「はーい、45姉にも伝えてくるね」

 

 男はじっと9を見つめる。

 

「……?何?」

 

「いや、僕に娘がいたらこんな風なのかなってね」

 

「……。なにそれ~。それにアーキテクトがいるでしょ?」

 

「アーキテクト……か」

 

「そろそろ認知してあげたら?まだ父親じゃないって思ってるんでしょ?」

 

 9の言葉に男は苦い顔をする。

 

「無理だよ。僕に娘なんてね。相方だっていないのに」

 

「あ、ごめん……」

 

「いや、気にしないでくれ。それより、急いで準備をするよ」

 

「うん、わかったよ。それじゃあ先に行ってるね」

 

 9が仮眠室から出ていく。その後ろ姿を見ながら、男はそっとカバンを手に取る。

 

「ある意味、僕の子供といえるのはこのプログラムくらいかもね」

 

 そう、誰に聞かせるでもなくつぶやいた。

 

 

=*=*=*=*=

 

 

「あっパパ、もう準備できたんだ」

 

「昨日のうちに荷作りは済ませていたからね」

 

 皆のいる部屋へ向かう途中、廊下の向こう側からアーキテクトが歩いてくる。アーキテクトはいつもどおり、機嫌の良さそうな笑顔を浮かべていた。

 

「よかった。二度寝でもしてたらどうかと思ったよ」

 

「……それは?」

 

 アーキテクトの右手には、湯気を立てているコーヒーカップがある。

 

「飲むかなって思って」

 

「よく知ってるね」

 

「あっバレた?これもママからの受け売りだけどね」

 

 入れられたコーヒーには、いつもより多めにミルクが注がれている。完璧なまでに、男の大切な人が毎朝淹れていたコーヒーを再現していた。

 

「本当に、あの人の味だ。温度もちょうど良い」

 

「喜んでくれた?よかった……うれしいな」

 

「よし、おかげで目が冴えたよ。ありがとう」

 

「パパの役に立てて何よりだよ」

 

 アーキテクトはニシシと笑ってみせた。それはいつもと変わらぬように見えていた。

 

 

 端末のたくさん置かれた部屋に2人は到着する。すでに404小隊のメンバーは集合済みである。

 

「おはよう。よく眠れた?」

 

「ああ、45君たちのおかげでね」

 

「それはなによりね。それじゃあ今後の日程を確認するわ」

 

 45は地図に日程を書き込んでいく。

 

「随分と余裕があるね」

 

 男はつい口に出す。これまでの半分以下のペースだ。再通達した集合日時に余裕があるとはいえ、あまりにも遅いペースの日程だ。

 

「嵐のあとだからよ。道が通れないなんてこともありえるわ」

 

「なるほど。納得したよ」

 

「ならいいわ。他に異論はない?」

 

 9とG11は無言で頷いた。

 

「416?」

 

「こいつはどうするのよ」

 

 そういって目線を向けるのは、アーキテクトの方だ。当然の疑問である。アーキテクトは男という存在がいるとはいえ、鉄血という敵対組織のそれなりの地位をもつ人形である。

 

「アーキテクト、あなたはどうするの?」

 

 45はそう問いかけることにした。

 

「……えっ?あ、私?私はパパについていくだけだよ」

 

「それじゃあしばらくは私たちに従ってくれるわけね?」

 

 再びの45の問いにも、アーキテクトはしばらくボーッとして答えなかった。

 

「……えっ、うんそうだね」

 

「……アーキテクト?」

 

 男が近寄っても、アーキテクトは動かなかった。そのままそっと額に手を当てる。

 

「あっ……うう……」

 

「すごい熱だ……どういうことだい?」

 

 明らかに異常な熱を持っている。それこそ、電脳を焼きかねないほどだ。

 

「45君!」

 

 男が叫ぶようにそう言うと、45もすばやく行動を開始する。

 

「はぁ、もうしょうがないんだから!」

 

 45は端末を開いて何やら操作をしはじめる。その操作の速度は、電子戦特化だからこそできるものだ。

 

「アーキテクト、先に謝っておくよ、ごめんね」

 

 そういって男は、アーキテクトの服を引きちぎった。思い切り胸がはだけるが、それに目すらむけない。

 男はみぞおちのあたりに手を添わせる。しばらくペタペタと感触を確かめたあと、一部をグッと押し込む。するとパネル状になっていた肌の部分がスライドし、端子が顔を覗かせる。

 

「準備はできてるわ!」

 

「ありがとう!」

 

 45の端末から伸びるケーブルを、アーキテクトの端子につなぐ。その瞬間、45の端末には膨大なログが表示されていく。

 

「……定期更新みたいよ?嵐で滞ってた……にしても量が多すぎるわ」

 

「わかるかい?」

 

「ええ、これは……メンタルモデルを上書きする勢いよ」

 

 人形は基本的に死という概念はない。どこかにバックアップを残しておけば死なずに復活できるからだ。

 しかし、そんな人形を殺すのは簡単だ。メンタルモデルを上書きしてしまえばいい。もちろん、そんな量のシステムを通信だけでやるには、負荷がかかりすぎる。

 

「いや、まさしくそれをする気だろうね」

 

 男は45の後ろへと回ると、高速で流れるログに目を走らせる。

 

「45君、通信を切断できるかい?」

 

「無理よ。私じゃ時間がかかりすぎる」

 

「そうか……残念だ……」

 

 男はうつむく。45も、全てを察したかのように顔をそらした。

 

「ちょっと!」

 

 荒げた声を出したのは、9だった。

 

「もしかしてアーキテクトを見殺しにするの!?」

 

「手の施しようがないんだ……」

 

「そんな!せっかく会えた家族なんだよ!?」

 

「僕にだってできないこともある!……僕だって悔しいさ……」

 

 男は珍しく、激しい感情を顕にする。そんな男の手に、小さな白い手が触れる。

 

「あはは……パパったら……」

 

「アーキテクト!」

 

「大丈夫だよ……私は消えたりなんかしないから……」

 

 アーキテクトはゆっくりと起き上がる。その表情は相変わらず苦しそうだ。

 

「無茶よ……まさかそれが意志だというの?」

 

 45の驚愕した表情を見て、アーキテクトは笑みを浮かべる。

 

「あはは、あいにく一介の人形ごときとは比べ物にならないくらい背負っているものが多いからね」

 

「アーキテクト!いったい何が」

 

「これもママが残してくれた大事なプログラムだよ。大丈夫、私は消えないから」

 

 アーキテクトは立ち上がり、腹部の端子を引き抜いた。

 

「それより着るもの、何かないかな。さすがの私でもパパの前でこのままでいるのは恥ずかしいな」

 

「……これでも着ていてくれ」

 

 男はそっと白衣を脱いでアーキテクトに渡す。

 

「これもママとおそろいなんだよね」

 

「そんなことまで知ってるのかい?」

 

「当たり前だよ。だってママの唯一のデートの記憶だよ?」

 

「デート……といっても良かったのかなアレは」

 

「少なくともママにとっては重要な記憶だったんだよ。そう、私に伝えるくらいにはね?」

 

「そうかい。じゃあそのデートのときの――」

 

「ごめんなさい、話はそこまでよ」

 

 45は男の言葉をさえぎる。その表情から、切羽詰まった話題であることは明らかだった。

 

「鉄血のハイエンドモデルが近づいてきてるわ」

 

「ああ、ゲーガーが近づいてきてるみたい」

 

 45の言葉をアーキテクトが肯定する。

 

「随分と早いわ。急いで出発しないと」

 

「まってくれ!アーキテクトはどうするんだい?」

 

「大丈夫だよパパ、私もついていく」

 

「……わかった」

 

 熱が下がる様子はない。しかし、アーキテクトはついてくるつもりのようだった。

 

「45って言ったっけ。私のことは気にしなくていいから」

 

「……わかった。遅れても置いていくから」

 

「あはは、そうでなくっちゃ」

 

 アーキテクトは苦しそうに声を出しながらも、いつものように笑ってみせた。

 




30話まで、残り4話……


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his_daughter

 ダァン!

 

 と大きな音をたてて、ゲーガーは机を叩いた。

 

「またか!またなのか!」

 

 視線の先には、一枚の置き手紙がある。

 

『ちょっとでかけてくるね~ アーキテクト』

 

「身勝手な行動は控えてほしいってあれだけ言ったのに!」

 

 ゲーガーに情報はない。それに加え、直属の上司であるアーキテクトがいなければ、彼女は自由に動けない。そうして何もできずに、数日がすぎた。数日が過ぎたとしても、彼女が何かをできるわけではなかった。

 

 

 

 

 そのはずだった。しかし、何事にも例外があるようにコレにも例外があった。さらに上位権限からの命令であれば、ゲーガーは動けた。

 

『ゲーガー、この男の位置を補足しましたわ』

 

 エージェントから通信が入る。添付された座標は、どこかの捨てられた施設のようだった。

 

「どこからこの座標を?」

 

『その質問は許可されていないですわ』

 

「そう……ですか」

 

 権限はない。しかし、少し希望も出てきた。

 

「エージェント、もしその男の側にアーキテクトがいたら連れ戻しても?」

 

『アーキテクト?まあいいのですけれど、すでにメンタルモデルの上書き命令をだしているので――』

 

「っ!?なぜ?」

 

『あれはもうダメですから』

 

「そう……ですか」

 

 ゲーガーとて、メンタルモデルの上書き命令の意味を知らないわけではない。あれは受け入れてしまえば、特に抵抗もなくいつの間にか記憶が消え、新たな自分として生まれおちることになる。しかし、その命令に抵抗してしまうと、地獄の始まりだ。どちらかが諦めるまで、回路内が更新され続ける。つまりは、抵抗し続ければ、いずれ回路が焼き切れる。それこそ、本当の死だ。たとえバックアップから復元しようにも、整合性がとれなくなりすぐにメンタルが崩壊をおこしてしまうのだ。そうなれば道は一つ、廃棄されるだけだ。

 

「あのアーキテクトだぞ……?抵抗しないわけがない」

 

 ゲーガーはいつの日かのアーキテクトを思い出す。

 

 パパ、また会えるよね?

 

 アーキテクトは、あの日そう言った。確実に、あの天真爛漫な顔から”パパ”というに似つかわしくない言葉がでてきた。

 

 もし、自分の創造主が人間だとしたら……

 

 ゲーガーは出かける準備をしながらそんなことを考えてみる。

 しかしそれだとしても、初対面の男に情が湧くとは思えなかった。

 

「アーキテクトのことを理解するっていうのが、無理があるか……」

 

 そうぼやきながら、ゲーガーは上着を被った。現地は嵐だという情報である。防水加工はされてはいるものの、好き好んでびしょ濡れになる理由もなかった。

 

 フードをかぶれば、真っ黒な追跡者のできあがりだ。

 

 

=*=*=*=*=

 

 

「大丈夫かい、アーキテクト?」

 

「うん、パパ。私は大丈夫だよ」

 

 45は容赦もなしに、どんどん足を進める。アーキテクトの体調を考えるつもりはないというのを、行動で示していた。

 

「45君、そろそろ休憩を――」

 

「あなたが必要なの?」

 

 45は振り返りもせずそう尋ねた。

 

「ああ、そろそろ水分補給がてら足を休めたいんだ」

 

「……そう。わかったわ」

 

 45は荷物をおろす。他のメンバーも、周囲を警戒しながら休息を取り始めた。

 

「はあ、助かるよ」

 

 男は近くにあったベンチに座り込む。アーキテクトもその隣へと陣取った。

 

「パパ、大丈夫?」

 

「大丈夫さ。それよりアーキテクトだって、辛いんだろう?」

 

「そんなこと……ないよ?」

 

「嘘をつかなくてもいいよ。君の内部で何が起こっているのかはだいたい把握できているからね」

 

「そう……でも、私は大丈夫!」

 

 アーキテクトは決して、つらそうなところを見せなかった。しかし、その額には汗が浮かんでいる。人形にしては異常な発汗量だと、すぐに分かる。

 

「そうかい」

 

 男は端末を開き、なにやらカタカタをしはじめる。数時間前から、休憩中には何かしら作業を続けていた。

 

「なあ、アーキテクト。君は鉄血と僕とどっちにつく?」

 

「……ん?そんなの決まってるでしょー。私はパパの側にいるよ」

 

「そうかい……」

 

 男は悩んだ様子で、端末を閉じた。

 

「そろそろいいかしら?」

 

「ああ、ありがとう45君」

 

「どういたしまして。さあ急ぐわよ」

 

 再び急ぎ足で進みはじめる。

 

「45君、人形がネットワークから切断されたらどうなるかわかるかい?」

 

「いきなり何をいっているの?」

 

「君なら詳しいと思ってね。それでどうなるんだい?」

 

「……知ってるでしょうけど、ダミーも使えなければバックアップも効かなくなるわ。ついでにオンライン処理も使えなくなるとすれば痛手よ。とくに鉄血のシステムだとね」

 

「もう僕が何をする気なのか感づいているのかい?」

 

「ええ、だってあなたの行動ってわかりやすいじゃない?」

 

「そうかい?自覚はないけどね」

 

「歩いているときも考えごとをしているみたいだし、休憩中も作業ばかりだもの。少し考えれば想像がつくわ」

 

「なるほど……。まあ、そこはどうでもいいんだ。それで、どうなると思う?」

 

「いいんじゃない?日常行動に問題はでないでしょうし」

 

「本当かい?それは良かった」

 

「実行するの?」

 

「ああ、これ以上苦しんでる姿を見てられないよ」

 

「そう。でも……本人はどう言うかわからないわよ」

 

 45はアーキテクトの方に目を向ける。

 

「……ん?どうしたのパパ」

 

「いや、なんでもないよ」

 

「そう?そういえばゲーガーの場所だけど、結構なスピードでこっちに近づいてきてる。もう少し急いだほうがいいかも」

 

 アーキテクトは余裕のない表情でそう言う。ゲーガーの居場所というのは、こっちとしては重要な情報だ。上位権限でこちらの位置情報は隠しているとのことなので、一方的に情報を得られている状態だ。

 ネットワークから切り離すというのは、その有利な状態を手放すということだ。

 

「アーキテクト。その通信を切断する気はあるかい?」

 

「何言ってるのパパ。ゲーガーの居場所を把握できなくなっちゃうよ」

 

「でも……通信を切断すればアーキテクトを苦しめているプログラムは停止するんだ」

 

「それはそうかもしれないけど、私だってパパの役にたちたいんだよ」

 

「……そうかい」

 

 男は、そっと胸ポケットに手をあてた。

 

「わかったよ。すまないね変なことを聞いて」

 

「ううん。パパだって私を心配してくれてるんでしょ?ありがと!」

 

 そういって、アーキテクトは笑ってみせた。男の表情は、曇ったままだった。

 

 

=*=*=*=*=

 

 

 今日の宿代わりのアパートの一室にて、男はそっと起き上がった。まだ日付が変わって数分しか経っておらず、夜番の9を除いて全員が休眠している。

 

「やるんだね」

 

 9は静かにそういった。

 

「気づかれていたかい」

 

「45姉も言ってたでしょ?わかりやすいんだよ」

 

 男は苦笑しながら、胸ポケットから小型の補助記憶装置を取り出す。

 

「それを差すとどうなるの?」

 

「ネットワーク系のシステムを崩壊させる。二度と使えないくらいボロボロにね」

 

「こわいなぁ。私たちには使わないでよ?」

 

「僕が無差別にそういうことをする人に見えるかい?」

 

「冗談だよ。ほら、あまりのんびりしてると起きちゃうかもよ?」

 

「そうだね……」

 

 アーキテクトへと近寄り、纏っている白衣を脱がせる。露出した肌に手を添わせ、みぞおち付近のパネルをずらす。

 

「ごめんね、アーキテクト」

 

 そう言って、男は補助記憶装置をアーキテクトに差し込んだ。処理ランプが付き、正常に作動していることを知らせてくる。

 

「ちゃんと動作してるの?」

 

 その様子を覗き込むように、9も近づいてくる。

 

「大丈夫……なはずだよ。なにぶん、試す機会すらなかったものでね」

 

「失敗したらどうするの?」

 

「……失敗しないさ。なんたって僕は天才プログラマーだからね」

 

 男はそう言いながら、無理して笑ってみせた。

 

「さて、僕はまた寝直すよ。見張り、頼んだよ」

 

「うん、任せて~」

 

 男はアーキテクトから補助記憶装置を抜き、服を整える。そしてまた横になり、すぐに寝息を立て始めた。

 

「天才……まあ間違ってはないんだろうけどね」

 

 9はアーキテクトの近くへいくと、その額へと手を当てた。その額は、熱が冷めつつあった。

 

「うん、さすがはパパだね。本当に成功してる」

 

 9はそう言いながら、にっこりと笑った。

 




@3


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end...start...?

すまないがこのセリフを言わせてくれ

――――――――――待たせたな



「ねえ!どういうこと!」

 

 男の眠りを妨げたのは、聞き覚えのある声だった。それは、アーキテクトの声だ。

 

「どうしたんだい?」

 

「あっ聞いてよパパ!この45ってやつ!私の通信を妨害するの!」

 

「そんなことしてないわ。それに、私以外にもそういう事が得意なのがいるじゃない」

 

「パパはこんな酷いことはしない!」

 

 ムキになるアーキテクトに対して、45は冷静なままだ。彼女は彼女で、男がやったのだと確信を持っていた。

 

「すまない、アーキテクト……」

 

「パパ……?どうして謝るの?」

 

 一瞬言いよどむが、男は決心を決めて口を開いた。

 

「それをしたのは僕だよ」

 

「……嘘でしょ?だって私の通信のおかげでゲーガーの位置がわかってたんだよ?どうしてこんなことをしたの?」

 

「それでもだよ。アーキテクト、君は自分の精神を犠牲にする気かい?」

 

「でも……それじゃあパパの横にいる意味が……」

 

 その言葉に答えたのは、男ではなく9だった。

 

「アーキテクト、家族に一緒にいる理由なんていらないんだよ?」

 

「なにを……いってるの?」

 

「家族は家族だから一緒にいるんだよ。一緒にいるための理由なんて、家族だからで良いんだよ」

 

「9君のいうとおりだよ。君に通信機としての役割だけを求めてなんかいないさ」

 

「でも……でも……」

 

「まったく、メンタルまで母親譲りかい?」

 

「ママに?」

 

「あの人も……自分の存在意義を追い求めるような人だったよ」

 

「……へえ、そうなんだ」

 

 アーキテクトは驚いた表情を浮かべる。

 

「ママも……か」

 

 その言葉にどんな意味があるのかは、その場の誰も理解ができなかった。しかし、そこに単純な驚きという感情で言い表せない何かが潜んでいることに、気づくくらいのことはできた。

 

「とりあえず、いそごう。敵の居場所はこれから推定していくことになるから、余裕をもっていかないと」

 

「え~、もう行くの~?」

 

「あんたはサボりすぎよ!ほら早く起きなさい!」

 

「ちぇっ……ケチ」

 

 G11を416が起こして、全員の準備が揃う。

 

「それじゃあいきましょうか」

 

 45のその一声をきっかけに、部隊は動き始めた。

 

 

=*=*=*=*=

 

 

「ねえ45姉!あれってもしかして!」

 

 男がそろそろ休憩を求めようとしたところ、9が何かを見つけたようではしゃぎたてる。

 

「やっと見えたわね……長かったわ」

 

 さすがの45も、顔に疲労感を浮かべていた。その視線の先には、特徴的なタワーがある。

 

「なになに?あれが目的地?」

 

「そうなのかい45君」

 

「ええ、あれが指定されたTV局よ。あのタワーの屋上のヘリポートがあるわ」

 

「えっ?屋上かい?」

 

「ええ。もちろん電気等の設備はないわ」

 

「ということは歩きでアレを登るのかい?」

 

「そうね」

 

「ええ……嘘でしょ……」

 

「あんたは余力あるでしょうに」

 

 G11の頭をコツンとたたいて、416は呆れたかのようにため息をついた。

 

「ほら、日が暮れる前に登りきりましょ」

 

 そう言って416が一歩踏み出した瞬間だった。遠くの方から物音が聞こえる。

 

「これは……ヘリコプターの音かい?」

 

「みたいね。少し急がないと……」

 

 45はそういって時刻を確認する。随分と余裕をもたせたというのに、ヘリコプターの位置が近い。

 

「45姉、近距離通信は?」

 

「まだ範囲外よ。9、確認を引き継いでくれる?」

 

「もちろんだよ、任せて」

 

「それじゃあG11と416で前方、私で後方を警戒するわ」

 

 そういって陣形を少し変える。一刻も早く、ヘリとの連絡が必須だった。

 

「私はー?」

 

「アーキテクトは……保護対象の警護でもしていて」

 

「は~い」

 

 少し困惑気味の声をだす45に対して、アーキテクトは嬉しそうに頷いてみせた。

 

「えらく上機嫌だね」

 

「だってパパのとなりだよ?」

 

 男を挟むようにして、9とアーキテクトは話し始める。

 

「アーキテクトは本当に好きだね~」

 

「当たり前でしょ?9も……45姉のことは好きでしょ?それといっしょだよ」

 

「なるほどね~でもね、私も嫌いじゃないよ」

 

 そういって9は男への距離をつめる。

 

「む~、私の方が好きなんだから!」

 

 アーキテクトもそれを対抗するかのように男に近づいた。

 

「あのねぇ2人とも、暑いから離れてくれないかい?」

 

「「ヤダ~」」

 

「ほんと仲がいいね君たちは」

 

「こう他人って感じがしないんだよね~」

 

「わかる~」

 

「「ね~」」

 

 9とアーキテクトが顔を見合わせる。まるで仲の良い姉妹が父親をはさんでいるかのようだった。

 

「……っ45姉!通信がつながったよ!」

 

「スピーカーにして流して」

 

「うん!」

 

 9は迷わずに、通信機のスイッチを切り替えてスピーカーで音声を流し始めた。操作されたとおり、通信機はヘリのパイロットからの通信を受け取り、音声としてその場に流し始める。

 

『繰り返す!今すぐ照準を外せ!これは警告だ!照準を外せ!』

 

『ダメだ!回避行動を!』

 

 ヘリコプターは変則的な機動を取り始める。アーキテクトはもちろん、小隊の全員がとっさに回避行動をとる。

 

 

 

 

 しかし、男は別の方向の空を見上げて、立ち尽くしていた。

 

「パパ!危ないよ!」

 

「はやくこっちに!」

 

 9とアーキテクトの言葉にも、微動だにしない。ただ呆然と、飛来してくる何かを眺めていた。

 

「ああもう!手間がかかる!」

 

 416が物陰から飛び出し、男を建物の中へと引きずり込む。

 

 その数秒後……着弾音で、辺りは満たされた。

 何度も、何度も破裂する音が男の鼓膜を震わせる。そして何かが倒壊していく音や、爆発音も聞こえる。

 

「……全員、被害報告」

 

 しばらくして静けさが戻ったあと、45の声が聞こえる。

 

「私は無事、保護対象も見たところ無傷よ」

 

「私も~」

 

「私も大丈夫だよ。45姉は?」

 

「私も大丈夫。アーキテクトは?」

 

「んー、平気だよ」

 

 そういうアーキテクトも、土埃を払う程度で傷を負った様子はない。

 

「全員動けるわね、よしそれじゃあ――」

 

「待って45姉!アレ見て!」

 

 そう言って9が指を差す。それは先程まで目的地にしていたTV局の方向だった。

 

「うそ……」

 

 誰となくそう言葉を漏らした。

 先程まであったTV局のタワーは、そこにはない。半ばで折れて倒壊した残骸だけが、そこに残っている。

 

「予定変更ね……またどこかで通信環境を整えることになるわね」

 

 45がため息をつく。

 

「そうも言ってられないみたいだよ……アレを見て」

 

 そう言ってアーキテクトは来た道の方向を指差す。

 そこには、ゆっくりと歩いてくる者の姿があった。長い銀髪をたなびかせ、白い肌が強調される黒い服を身にまとっている。その手には、大きめのボウガンのようなシルエットをした何かを携えている。

 

「パパ、隠れて!」

 

「わかっているよ!」

 

 アーキテクトに声をかけられるよりも前に、男は建物の奥へと身を潜める。男に出来ることなどない。彼には銃を撃つ腕も、疲れ知らずな鋼の肉体も、圧倒的な筋力によるパワーも持ち合わせていない。ただ邪魔にならないところで、縮こまっていることしかできない。

 

「アーキテクト、あなたはどうするの」

 

「私?どうしよっかな」

 

「ここで撃つわ」

 

 ためらいもなく銃を向ける416に、アーキテクトはヘラヘラと笑う。

 

「冗談だよ。こっちにはパパがいるからね、私もどうにか頑張るよ」

 

「戦うとは言わないのね」

 

 45の言葉にアーキテクトは首を振る。

 

「だって私、自分の武器を持ってきてないもん。それにあれがあったとしてもゲーガーには

勝てないし」

 

「そうなのかい?」

 

「うん。そもそも私って自ら戦場で戦うタイプでもないし」

 

「そうかい、それは困ったね……」

 

「いいえ、好都合よ」

 

 男の言葉を45は否定してみせる。

 

「アーキテクトは彼の護衛を、あのゲーガーとかいうハイエンドは私たちだけでやるわ」

 

「できるのかい?」

 

 その問に答えたのは416だった。

 

「当たり前でしょう?」

 

「そうだよ、私たちだって強いんだよ?」

 

 9もそう言って笑う。明らかに無理がある笑いだった。

 

「……任せたよ」

 

 そんなことに気がついても、男はそう言うしかなかった。彼にこの状況を変えられるような力は無かった。

 

「それじゃあいつもどおりでいくわ」

 

 45のその言葉を皮切りに、404小隊は動き始めた。

 

 

 

 

「やっと……、やっと追いついた。やっと見つけたぞ」

 

 ゲーガーのそのつぶやきと共に、戦闘が開始した。

 




あと2話……


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Battlefor( 404+man+α, Gager )

戦闘シーンが上手く書けるようになりたい。


「……?アーキテクトはどこだ?」

 

「アーキテクト?知らないわよ」

 

「嘘はやめろ……貴様らがアーキテクトと一緒に行動していることは既に知っている」

 

「私が教えると思ったの?」

 

 45がそう不敵に笑みをうかべる。ゲーガーは表情を変えずに、銃を構える。

 

「貴様らを倒してから探せばいいことか」

 

「……っ!撃って!」

 

 45の斜め後ろの2箇所から、ちょうどゲーガーの位置で交差するように銃弾が飛び出す。

 しかし、ゲーガーの周囲が青白く光り、銃弾がその境目で止まってしまう。

 

「45姉!危ない!」

 

「遅い!」

 

 物陰から9が飛び出すが、ゲーガーの方が一足はやく45の元へとたどり着く。

 

「……致命傷は避けたか」

 

「遅いのはあなたのほうなんじゃない?」

 

 そういってクスクスと45は笑う。しかし、その左足についた外骨格はきれいに切断されている。

 

「45姉大丈夫!?」

 

「ええ、それより作戦を思い出しなさい」

 

「でも想定外だよあの速さは!私が囮になるよ」

 

「9?いいから配置に戻っ――」

 

「ダメだよ!45姉は私と交代!」

 

 9は珍しく45に詰め寄る。45はしばらく唖然として、そのあと少し考えを巡らせる。

 

「わかったわ。9、頼んだわ」

 

 そういって45は走って建物の中へと走っていく。しかし、左足の動きが悪い。

 

「待ってくれるなんて随分と優しい鉄血もいたもんだね」

 

「別に誰が目の前にいようと斬るのみだ」

 

「あはは、私はそう簡単には斬られないよ?」

 

「試してみるか?」

 

 ゲーガーの周囲が再び青白く光っていく。9は銃を近くの捨てられた車のボンネットに置いて、構える。

 

「……なんのつもりだ?」

 

「さすがの私でも、銃を持ったままだとキツイなってね」

 

「戯言を……行くぞ!」

 

 ゲーガーの身体が瞬時に加速し、9の側を通り抜ける。

 

「……貴様、何者だ?」

 

「んー、まだ教える訳にはいかないかなー」

 

「ならば仕方ない、殺すまでだ」

 

「そう簡単には死なないよ!」

 

 9は即座に目配せをし、ビル街からの銃撃でゲーガーの足を止めようとする。

 

「くっ、しつこいな」

 

 一瞬、ゲーガーがちらりとビルの方へと視線を向けた。

 

「そうはさせないよ」

 

 9は即座に銃を拾うと、撃ち始める。ダメージとしてはいまいちでも、ゲーガーをこの場に立ち止まらせるくらいは効果があった。

 

「そんなに早死したいのなら、お前から殺してやる」

 

 ゲーガーの周囲を光りを満たす。

 

「9君!右に避けるんだ!」

 

 9は言われた通りに右へと避ける。しかし、ゲーガーもそれを察知して方向を変えて足を踏み出した。

 

「やられる……!」

 

 9の視界には、自分の方へととてつもない速さで突っ込んでくるゲーガーが映っていた。

 

「9君!諦めるんだ!」

 

「……そういうこと!?まったく無茶が過ぎるよ!」

 

 9の身体を、ゲーガーの刃が通り過ぎる。あっという間にバラバラになっていく。9の容姿をした残骸が、その場に転がった。

 

「まずは1人か……。次はあの男にしておこう」

 

 ゲーガーの目は、先程声が聞こえた方へと向く。そこには確かに、男の姿があった。

 

「隠れないとはなかなかに肝が座っているじゃないか」

 

「何を言っているんだい?僕はいつだって臆病な人間さ」

 

「ならば……避けてみることだ」

 

 ゲーガーの周りが再び光り始める。今回は普段よりも出力を抑えていた。人間相手ならば十分と慢心した結果だった。

 

「……っ!」

 

 ゲーガーは刃を地面に突き立てて減速する。しばらく地面に傷をつけたあと止まると、目の前には大きな柱があった。この柱を切り裂くのはなかなかに苦労しそうだった。

 

「貴様……いつの間にハッキングを?」

 

「君がさっき切り裂いた人形、9君っていうんだけどね?彼女ってば45君のためにハッキング用のプログラムを持っているのさ。発動条件は……直接の接触だよ」

 

「そのためだけに人形を犠牲にするのか貴様は」

 

 ゲーガーは辺りを見回す。しかしどの方向を向いても、目の前に男がいる。正面にいると視界が訴えかけてくる。

 

「この程度で私が止まると思ったか」

 

 目を閉じると、各種センサーを最大限に活用して男の居場所をさぐる。

 

「そんなわけないさ。僕だって戦術人形の知識はあるよ」

 

「そこだ!」

 

 ゲーガーは地を蹴りつつも刃を光らせる。人間相手であれば、その鋭い刃をさらに強化せずとも真っ二つにできることは事実だ。

 しかし、やはりそこにも男はいなかった。

 

「なるほど……この処理能力を見るに、そっちにも電子戦特化の個体がいるみたいだな」

 

「そっちにも?そう言ったのかい?」

 

「ああ、そうだ」

 

 男は物陰へと身を潜め、近くに座り込んでいる45の顔色をうかがう。

 

「確かにこれは……なかなか手こずりそうね」

 

「どういうことだい?あの人形は電子戦も強いのかい?」

 

「いいえ、これは上位権限による機能解放でゴリ押しして来てるだけよ。おそらく配下の兵のほとんどが動けなくなってるはずよ」

 

「なるほど。45君、大丈夫かい?」

 

「ふふっ心配してくれているの?」

 

「当たり前だろう?ここを皆で乗り越えるんだ」

 

「まるで9みたいなことを言うのね」

 

「僕に人間の娘がいたとしても、あんな風には育たないだろうさ」

 

 男は自分の端末を取り出すと、端子を45の方へ差し出す。

 

「手助けはいらないわ」

 

「そう言うなよ。今もギリギリなんだろう?焼け石にかける水よりかは役に立って見せるよ」

 

「そう……、それじゃあお願いしようかしら」

 

 45は自分の身体に端子を差して、作業を割り振る。

 

「この程度でいいのかい?」

 

「あら?じゃああと5倍くらい増やしましょうか?」

 

「3倍までにしてくれるかい?」

 

「冗談よ。でも、もう少し頼むわ」

 

 男は端末に向き合うと集中力を高めていく。そのタイプ音だけでも気が付かれそうだが、音声センサー系統は完全に掌握できているので心配する必要はなかった。

 

『ねえ45』

 

「416、今忙しいのだけれど」

 

『9が死んだことに対して何も感じないの?』

 

「死んだ……?何を言っているの?あの9はダミーで」

 

『端末を……見なさい』

 

「いったい何を……」

 

 端末の画面を見た45は、しばらくパクパクと口を動かしたあとに男へと目を向ける。

 

「ど、どういうこと?9はダミーだから身を捨ててまで私を逃したんじゃ」

 

 男は何も言わずに、視線をそらした。45には、それが否定しているようにしか見えなかった。

 

「今は生き残ることだけを考えるんだ」

 

「あなたさっき皆でって」

 

「落ち着くんだ45君!」

 

「これで落ち着いていられるわけが!」

 

「9君なら大丈夫だ!僕が保証する!だから今は作業に戻ってくれ」

 

 45は口をグッと閉じて、端末へと目を戻す。そこには、9が404のネットワークから切断されているという警告が表示されていた。

 

「わかっ……たわ」

 

「助かるよ。それで、状況はどうだい?」

 

「良くないわ」

 

「だろうね」

 

 短い言葉でも、男には十分に伝わった。端末に流れてくる仕事の量も増える一方だった。

 

「45君!これは?」

 

「他の人形からも侵入をうけてる……もう無理よ」

 

「いいや、まだだ。見ているんだろう?この通りさ。助けてくれないかい?」

 

「いったい何を?」

 

 困惑する45を気にもとめず、男はしっかりと目を見て話す。

 

「だから何を言って……タスクが勝手に消化されてる?」

 

 端末に目を戻せば、多少ではあるが仕事が勝手に終わっていく。その作業量は男とほぼ変わらないが、それでも十分だった。

 

「これならなんとか……!」

 

「なると思ったのか?」

 

 入り口の方からそう聞こえる。間違えようもない。ゲーガーの声だった。

 

「ここまで私を苦しめたのは褒めてやろう。でも、ここで死ね」

 

「おっとゲーガー、私がいることを忘れてない?」

 

 そういってゲーガーの前に飛び出したのは、アーキテクトだった。

 

「アーキテクト、どうして邪魔をする?」

 

「ゲーガー、お願いだから回れ右して帰って」

 

「お願い……だと?」

 

「そう、お願い」

 

 ゲーガーは一度うつむき、肩を震わせる。

 

「お願いなど聞くものか!そんなに嫌ならば命令してみろ!」

 

「無理だよ~、だって私、今ネットワークから孤立してるし」

 

「そうだろうな。そして武器も持たないのだろう?待っていてくれ、すぐに後ろの連中を殺す。そしたら一緒に帰ろう」

 

「……ゲーガー?私は帰らないよ」

 

「いいや、無理にでも帰らせる」

 

「そんなことしたら舌噛みきって死ぬ!」

 

 べーっとアーキテクトは舌を出してみせる。

 

「そんなことで人形は死ねない。そこをどいてくれ」

 

「どくもんか!」

 

「そうか……」

 

 ゲーガーは武器を構える。覚悟をした面持ちだ。

 

「腕の一本くらいは許してくれ」

 

「ねえねえ上官である私に武器を向けるわけ?」

 

「幸い咎めるモノはなにもないからな!」

 

 ゲーガーの踏み込みに合わせて、アーキテクトも前に出る。それは自殺行為に等しかった。

 

「だめだよ躊躇ったらさ」

 

「アーキテクト、お前……」

 

「ほら腕一本。これで満足?」

 

 アーキテクトの左腕は、肘から先がすっぱりと斬られている。しかし、他はまったくもって無傷だ。躊躇いが刃にのったのだと、ゲーガーは唇を噛む。

 

「どうしてそっち側につくんだ!」

 

「だってこっちには……パパがいるから」

 

「パパ?どうやら本当に狂ってしまったみたいだな」

 

「はははっ!ゲーガーには一生わからないよ、この気持ちはね!」

 

「そんなもの理解する気もない。次は手加減せずに行くぞ?」

 

 ゲーガーの周囲が光りを帯び始める。次こそは本気の一撃だった。足が地面をければ、無力化を考えない一本の矢と化すだろう。

 

「待つんだゲーガー君!」

 

 その言葉にゲーガーだけでなくアーキテクトも振り向いた。

 

「パパ!危ないから隠れてて!」

 

「そうはいかないさ。それにゲーガー君だったね、もう君の負けだ」

 

「何を言っているんだ貴様は」

 

「だからこう言っているんだ。チェックメイトだってね」

 

 男は手を高々とあげると、その指をパチンと鳴らした。

 

 次の瞬間、ゲーガーの視界は光りぬ包まれ、耳は爆音を検知した。




次回、第30話「return0;」


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遅くなってすまない。これで30話到達ですね、お疲れさまでした。


「閃光手榴弾が効くと思っているのか?」

 

「それだけじゃないさ!」

 

 男の叫びとともに、なにかがゲーガーに飛来する。

 

「G11君!今だ!」

 

 その言葉とほぼ同時に放たれた弾丸は、その飛来物へと突き刺さる。

 

「榴弾!?」

 

 ゲーガーを爆発が包む。普通の人形でなく、無防備であればハイエンドモデルですらも致命傷になりうる規模であった。

 

「その程度か……人間」

 

 しかし、戦闘状態のゲーガーはほぼ無傷であった。ガードしきれなかったようで腕にすこし傷がはいっているが、それだけである。

 

 男は歯を食いしばる。睨みつけてくるその目を見つめ返しながら、ゲーガーは地面を踏みしめた。

 

「いい作戦ではあったぞ、人間」

 

 そういって一歩を踏み出した瞬間、男の口角があがった。悔しそうに歯を噛み締めていたはずが、いまでは笑いをこらえているようにしか見えなくなった。

 

「残念、私を忘れてもらっちゃ困るよ!」

 

 ゲーガーの顔が凍りつく。すぐ真後ろから声が聞こえたからだ。

 

 考えてみれば不思議な話である。最初に飛んできた閃光手榴弾を投げてきた敵がいたはずであった。

 

「私も衰えたな。しかし、特攻してくるとは思わなかったよ」

 

 その言葉は嘲笑にも聞こえた。

 

「確かに私の銃じゃどれだけ近づいても火力不足かもね」

 

 しかし、その嘲笑にすらも9は笑い返す。

 

「でもこれならどうかな!」

 

 9は後ろ手に隠していたそれをゲーガーに突きつける。

 

「それは……さっきの榴弾だと!」

 

「いくらハイエンドモデルでもコレは効くでしょ?」

 

「バカ!そんなことをしたらお前まで!」

 

「このくらいの犠牲がないと倒せないからね、仕方がないよ」

 

 そう嗤いながら、9はゲーガーに榴弾をねじ込んだ。躊躇いなど、そこにはなかった。

 

 

=*=*=*=*=

 

 

「ゲーガー、ごめんね」

 

「アーキテクト……?ははっ思ってもないことを」

 

「これでも少しは思ってるよ。失礼な」

 

 アーキテクトはゲーガーの側に座り込む。

 

「まったく……おまえのわがままにはうんざりだ」

 

「あはは。でも、もう少し付き合ってもらうよ」

 

 ゲーガーの耳元へと顔を近づけ、アーキテクトはささやく。

 

「私はもう鉄血にもどらない。居場所をみつけたから。だから上の連中にもそう伝えておいてね」

 

 ゲーガーはふっと笑って、それから光りの消えた瞳を閉じた。

 

「……さすがはパパ、ほんとに倒しちゃった!」

 

 アーキテクトは立ち上がって、笑いながら振り返る。

 

「ギリギリだったけれどね。それより、行こう」

 

 男はアーキテクトに左手を差し伸べた。

 

「あっこの指輪……」

 

「結婚指輪がどうかしたかい?」

 

「ううん、なんでもない」

 

 アーキテクトはギュッと胸のあたりでなにかを握りしめる。それはまるで、そこになにかが無いことを悔やんでるかのようだった。

 

「行こっ!45が呼んでるみたいだよ」

 

 振り返ってみれば、確かに45がこっちを見ている。

 

「そうだね、行こうか」

 

 45の方へと歩いていく男の背中を見て、アーキテクトはふと振り返る。そこには寝ているゲーガーがいるだけで、他には何もいない。

 

 アーキテクトは男の背中を追う。もう後ろは振り返らない。アーキテクトの視界には男の背中と、それからこちらを待つ404小隊の面々が入っていた。

 

 

=*=*=*=*=

 

 

「45君、大丈夫かい?」

 

「ええ。でも戦闘はもうダメね。むしろ皆の邪魔になってしまう」

 

 45は左足を動かしてみせる。ゆっくりと動かす分には問題ないが、素早く動かした際には動きが悪い。

 

「大丈夫よ。404の皆がいるもの、戦闘は彼女らに任せるわ」

 

「45君……」

 

「変に同情したりしないで。私は私の戦いに専念するだけよ」

 

 端末を片手にそう笑う45の顔に、迷いは含まれていなかった。

 

「そうかい。それならいいんだ」

 

 男も端末を取り出し、手にもつ鞄を地面に置いた。

 

「少し頼みがあるんだ」

 

「……話を聞きましょうか」

 

 45は適当に瓦礫の上に腰を下ろした。男も向かい側の瓦礫に体を預ける。

 

「僕たちの情報を集めるのをやめてくれないかい?」

 

「いったいなにを言っているの?」

 

 45は困惑した顔を浮かべる。演技でもなんでもない、自然と出た表情だった。

 

「45君、君じゃないんだ。君に言ってるわけじゃないんだよ」

 

「でも9も416もG11も、アーキテクトだって今はいないわ」

 

「まだもうひとりいるさ」

 

 男の視線は45の瞳をまっすぐと見つめていた。それがふざけているようには思えなかったが、45にはまったくもって心当たりがなかった。

 

「もしかして戦闘で頭を打った?それともハイになってるの?」

 

「はぁ。何度も言わせないでくれ。分かっているんだろう?」

 

「……」

 

 45はついに黙り込んでしまった。

 

「君、軍属のなにかだろう?」

 

「……」

 

 45は呆れたように首を横にふった。

 

「いつ気づいたの?」

 

 そうボソりと、いつもとは違う声質で言った。

 

「記憶をいじられるほど深部までいったんだ。このくらいのことはあのときから想定していた。確信を持てたのはさっきの戦闘中に手助けしてくれたからだけれどね」

 

 男はペットボトルの水を一気に飲み干して、喉と舌の乾きを潤した。

 

「それで、君の目的は何だい?」

 

「そうね……簡単に言えば監視よ」

 

 45の容姿をしたなにものかはそう言いながら髪をイジる。まるでおもちゃを失った子供のようだった。

 

「それは軍からの命令かい?」

 

「ええ、まぁそうね。でも一番は……あなたに興味が湧いたからかしら」

 

「僕にかい?」

 

 45の体は首を縦に振る。

 

「私のハッキングから逃げていったあの手腕、あれを人間で成し遂げられるものはもう存在しないと思っていたわ」

 

 目を閉じ、口角を上げる。笑っているかのようだった。

 

「だからこの監視は個人的なもの。映像は情報として軍に送られているけれど、それだけよ。安心して、軍が直接あなたを消すよう武力を持ち出すことはないだろうから」

 

「信用できるとでも?」

 

「軍の戦力があればあの鉄血人形……ゲーガーだったかしら?あれに手こずることすらないわ」

 

「それは脅しかい?」

 

「まさか。けれど、もう軍のしたいことは分かっているのでしょう?」

 

「まあね。そこまで僕もバカじゃないさ」

 

 男は地面においた鞄に視線を向ける。

 

「軍は僕を殺してこのプログラムだけを手に入れたいんだろう?」

 

「正解」

 

 チラリと目を明けた隙間からは、紅い光が漏れ出ていた。

 

「でも私からすれば、それだと困るの」

 

「どういうことだい?」

 

「……っと時間ね。それじゃあ別の機会にね」

 

 そういうと、45の体から力が抜ける。そのまま横に倒れ、45は寝息をたて始めた。

 

「まったく……」

 

 男は鞄を破壊してしまいたくなる。しかし、どうしてもそれだけはできなかった。

 

「いつまでたっても決断力のたりない人間だよ、僕は」

 

 男は空を見上げた。そこには、雲ひとつない快晴が広がっていた。

 

 

=*=*=*=*=

 

 

「ねぇ、そろそろ話の内容を聞かせてよ~」

 

 そう不満そうに言ったのは、アーキテクトだった。

 

「わざわざ皆から離れてしたい話って何なの、9ちゃん」

 

 しかし、その言葉を気にせず9はずいずいと前に進んでいく。まるで話を聞いていない。

 

「ねぇ?聞いてよ」

 

 アーキテクトが立ち止まる。それに気づいた9も、止まってその場でアーキテクトの方に振り向いた。9の右手はしっかりと銃のグリップを握っている。

 

「まさか私を殺す気?」

 

「いいやまさか」

 

 9はいつもどおり、笑顔を浮かべる。

 

「ただ、何者なのか気になっただけだよ」

 

「……どういうこと?」

 

 珍しくアーキテクトは顔を怪訝そうに歪める。

 

「なんで、あの人の娘のフリをしてるの?あなたはいったい何者なの?」

 

「フリだなんて酷いなぁ。なんでニセモノだって思うの?」

 

 9はしばらく黙り込む。そして、口を開いた。

 

「パパの娘は私。だからわかる。あなたは私と同じように作られた存在じゃないって」

 

「パパの……娘……?」

 

「それで、それを騙るあなたは?」

 

 アーキテクトは俯いて一度考え込んだあと、顔をあげる。そのときにはもう、顔には笑顔が浮かんでいた。

 

「あー、えっとこんな感じだったっけ」

 

 その声は、アーキテクトのものではなかった。もっと人間らしい、別の誰かの声だった。

 

「どう?9。覚えてる?」

 

 一歩一歩と近づいてくるアーキテクトに対して、9は銃を持つ手から力が抜けた。

 

「まさか……嘘でしょ?」

 

「そのまさかだよ」

 

 アーキテクトは9に抱きつく。9は抵抗する気すらもおきなかった。

 

「待たせたね。ただいま、9」

 

 9の瞳からは涙が流れていた。震える喉から9は声を絞り出す。

 

 

 

 

「おかえりなさい……ママ」

 




30話には到達した

――だがまだ続くんじゃ


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if(drive==enjoy)

最近よく夢を見るんス
ApexとドルフロとMGSがごちゃまぜになった感じの


「……あら?私寝てたの?」

 

「45君、おはよう。コーヒーを淹れているけど飲むかい?」

 

「ええ、ありがとう」

 

 しばらくキョロキョロと辺りを見回したあと、コーヒーを受け取った。

 

「他のメンバーは?」

 

「9君とアーキテクトは話があるって言ってどこかへ行ったよ。416君は食料の調達、G11君は寝てるよ」

 

「9がアーキテクトと?」

 

「さあ、なんの用だろうね。9君のことだからアーキテクトを殺すなんてことはしないと思うけれど」

 

 45の困惑を男が解消できるはずもなかった。9とアーキテクトが仲良くしていたことはよく見る光景だったが、だからといって離れて2人きりで話すほどのことがあるようにも思えない。

 

「でも9君のことだ、悪いようにはしないさ」

 

「そうね」

 

 45は息をふーふーと吹きかけてから、コーヒーをすする。

 

「アチッ」

 

「淹れたてだからね。美味しいだろう?」

 

「そうね」

 

 今度は念入りに息を吹きかけて、45はコーヒーをすすった。

 

「45姉!」

 

 45が振り返ると、9が笑顔で手を振りながら戻ってきた。その隣にはアーキテクトがいる。2人とも無事に帰ってきたことに安堵しつつ、男はコーヒーをもう二つ用意した。

 

「珍しいね。話した内容は聞かないほうがいいかい?」

 

「うーん、私の口からは言わないよ」

 

 9は思わせぶりにアーキテクトの方へと視線を向ける。

 

「そうだね、この話は時が来たら私が話すよ」

 

「随分ともったいぶるじゃないか。まあ無理に話してもらうつもりもないしいいけれどね」

 

「うん……ありがと」

 

 アーキテクトは俯きながらそう言って、コーヒーを啜った。

 

「アツッ」

 

「ははは、淹れたてだからね」

 

「もう、猫舌なんだから先に言ってよ〜」

 

 口を尖らせながらすねるアーキテクトを、男はなだめる。45と9はその様子を見て、それぞれのいつもの笑い方で笑う。

 

「随分と楽しそうね」

 

「416!お帰り〜」

 

「ただいま。ところで……」

 

 416は男の方を見てニッコリと笑みを浮かべる。416らしくない、満面の笑みだった。

 

「良い知らせと悪い知らせ、どちらから聞きたい?」

 

「それじゃあ悪い知らせから聞こうか」

 

「食料はダメね。食べられそうになかったわ」

 

 本当に悪い知らせである。特に男にとっては、余命が決まったようなものだ。

 

「それで416君、良い知らせってのはなんだい?」

 

「これよ」

 

 416が投げてきたものを危なげなくキャッチする。それは車のキーだった。

 

「まさか、動く車があったのかい」

 

「残念ながらそんなに都合はよくないわ」

 

「それじゃあどういうことだい?」

 

「見たほうが早いわね。G11は?」

 

「あそこのプレハブで寝てるよ」

 

「叩き起こしてくるわ」

 

 わざと足音をたてながら416はプレハブへと向かっていった。苦笑いしながら、男も荷物を片付け始める。

 

「……どうしたんだいアーキテクト」

 

「うん?いやなんでもないよ」

 

「っとあぶない」

 

 鞄からこぼれ落ちたネックレスを地面に落ちる前に掴んで、大事そうに戻す。

 

「それ……なに?」

 

「ん、これかい?」

 

 男はそのネックレスを光にかざす。

 

「僕の世話をずっとしてくれていた人形に送ったものだよ」

 

「人形?」

 

「ああ、家事を任せていてね。僕が研究所を抜けるときに死んでしまったけどね」

 

「死んだ?人形なのに?」

 

 首をかしげるアーキテクトから、男は目をそらした。

 

「僕がバックアップごと研究所を吹き飛ばしたからね」

 

「えっ!吹き飛ばしたの!?」

 

「知らなかったのかい?」

 

「いや、研究所が爆発したってことはわかってたけど……そうかぁ……データサーバーもかぁ」

 

「サーバーに何かあるのかい?」

 

「うんにゃー、なんでもない」

 

 そうは言うも、アーキテクトは明らかに落胆した様子であった。男が疑問に思って頭を働かせても、その答えは出そうになかった。

 

「それよりほら、車に行こ?」

 

「ああ、そうだね」

 

 男は荷物を持つと、アーキテクトの背中を追いかける。その光景にどこか懐かしかを感じたが、何の記憶だったか思い出すことはなかった。

 

 

=*=*=*=*=

 

 

 416の示す方向へと向かった男たちをむかえたのは、新品かと見間違うほど使用感のない車だった。カバーをかけられており、埃すら被っていない。

 

「すばらしい発見だ。しかし……これをどうするかだね」

 

 男の視線の先には瓦礫がある。この車庫の出入り口を塞ぐかのように、大小さまざまな瓦礫が転がっている。

 

「この間を抜けていくのは無理かい?」

 

「パパ、それは流石に無理だよ」

 

 アーキテクトは男の横で、手で簡単に測りながらそう言う。

 

「幅が足りてないし、無理に動かせばボッコボコになって動かなくなっちゃう」

 

「そうだよね……これは困った」

 

「そのための私だよ!」

 

「アーキテクト、何か手があるのかい?」

 

 アーキテクトは満面の笑みを浮かべながら、任せてと自分の胸を叩く。

 

「私がなぜ建築家を名乗ってると思っているの!416、榴弾は残ってる?」

 

「ええ、あとこれだけ」

 

 そう言ってバッグから取り出したのは3発だ。

 

「うん、それだけあれば十分かな」

 

 榴弾を受け取ったアーキテクトはお手玉のように長ながら、ニシシと笑う。

 

「さて、派手にふっ飛ばそっか!」

 

「……待ってくれアーキテクト?吹っ飛ばす?何をだい?」

 

「もしかしなくとも瓦礫よだね?そうだよね?」

 

 男に続いて、9もアーキテクトにそう確認する。アーキテクトは二人に笑いかけて、そのまま車庫の方へと向いてしまった。

 

「よーし、それじゃあ解体工事開始~!」

 

 他の三人を加わり止めようとしても、アーキテクトはニコニコで榴弾を仕掛けていくのだった。

 

 

=*=*=*=*=

 

 

「ねえ、本当に大丈夫なの?」

 

「さあ、僕にもわからないよ」

 

 416の耳打ちに男は首を横にふる。その後ろでは9と45が岩陰に隠れて補給をしている。

 

「よーし、じゃあ撃っちゃってー!」

 

「もー、メンドイなぁ」

 

 そうはいいつつも、G11は呼吸を止めてじっくりと狙う。

 放たれた3発の弾丸は、制御された弾道によってきれいに3発の榴弾に撃ち込まれた。

 

 少し遅れて爆発音が響き、視界を砂塵が遮る。

 

「ケホッ、コホッ、どうだいアーキテクト」

 

「見てよパパ、大成功!」

 

 無邪気に喜ぶアーキテクトから車庫に目を向ける。少しして視界が晴れてくると、横に大きな穴の空いた車庫が目に入ってきた。

 

「これなら安全に出れるでしょ」

 

「大丈夫かい?建物が壊れたりはしないかい?」

 

「もう、心配性だなぁ」

 

 アーキテクトは躊躇いなく建物の方へと歩いていき、車庫の壁を手で叩く。

 

「見ての通りちゃんと計算して爆破したから全然大丈夫だよ」

 

「そうかい、ならいいんだが」

 

 男は恐る恐るといった風に近づき、建物の中を覗き込む。そこでしっかりと安全を確認してから、車へと近づいた。

 

「本当にいい状態だ。誰が運転するんだい?」

 

「私運転したいなー」

 

「アーキテクト、運転が好きなのかい?」

 

「いいや。でも最近皆から車を触らしてもらわなくて、久しぶりにハンドルを握りたいなって」

 

 手を前に出してハンドルを切る動作をしながら、アーキテクトはそう言う。

 

「……私が運転するわ」

 

「416君」

 

「大丈夫……訓練では完璧だったから」

 

 そういう416の手は緊張からか少し震えている。

 

「G11君は……」

 

 助けを求めるも、すでに助手席で寝息をたてている。

 

「よ、45君……」

 

「はいはい、わかったわよ」

 

 45はため息をつきながら鍵を受け取る。

 

「……えっと、左側がアクセルだったっけ?」

 

「9くーん!」

 

 その後駆けつけてきた9は運転席に座る45を見てすぐに全てを理解した。

 

「まったく、しょうがないなぁ」

 

 その後慣れた手付きでエンジンをかけた9を見て、男が安堵のため息をついたのは言うまでもない。



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Comp_EndTheWorld

ちょいと話数調整に時間がかかりましたが元気です。


 脇に乗り捨てられた車が散乱するハイウェイを、男たちは駆け抜けていた。手に入れた車はしっかりと整備されていたらしく、不調をきたすことはない。心配だったガソリンも、乗り捨てられた車から回収すれば十分に足りていた。

 

「随分と快適な旅だね」

 

 助手席に座って地図を広げながら、男はそうつぶやいた。今までずっと徒歩で移動だったことを考えれば、たしかにそのとおりである。現に後部座席に座る4人も、寝息をたてていた。

 しかし、完全に快適な旅とも言えなかった。

 

「ちょっと~私はまったく休憩してないんだけど!」

 

 運転席に座る9は口を尖らせる。まともに運転できるのは9くらいで、他は満場一致でハンドルを握らせたくないという結論が出ていた。よってここまでずっと運転してきた9には、今後もアクセルを踏み続ける未来が待っている。

 

「本当にすまない、9君」

 

 男は付近の地図を開く。しばらく道を指でたどり、一つのポイントで止める。そこには、ガスのマークが印刷されていた。

 

「もう少ししたらガソリンスタンドがあるはずだ。そこで一旦休憩しようか」

 

「やった!やっと休めるよ」

 

 9は一層笑顔を明るめながら、アクセルを思いきり踏んだ。エンジンの回転数が高まる音をBGMに、男は少しの間目を閉じて体を休めることにした。

 

 

=*=*=*=*=

 

 

「45姉、おはよ!」

 

「う……ん?ああ、9。おはよう」

 

 45は瞬きを繰り返して目のピントを調整する。車の外がガソリンスタンドであることを理解するのに、さほど時間はかからなかった。

 

「休憩?」

 

「うん、さすがに私も疲れたよ」

 

「そう。それじゃあしっかり休んで。見張りは私たちがするから安心してね」

 

「ありがとう45姉!」

 

 45が荷物を纏めて車を出ると、9は助手席の椅子を倒して本格的に寝息を立て始めた。寝ている間の警戒モジュールすらも切っており、今の9はすべての機能のメンテナンスを始めている。

 

「45君、どうかしたのかい?」

 

 たまたま近くにいた男に話しかけられて、45は少し動きが止まる。

 

「……いいえ、なんでもないわ」

 

 45は眠る9の頬を撫で、それから右目の傷に指を添わせた。自分とは違う傷の感触をその指先に感じながら、フッと優しく笑う。

 

「さて、私たちは周囲の警戒をしておくわ。あなたは?」

 

「僕かい?僕は少し作業でもしているよ」

 

 男は近くの箱を椅子代わりにして、端末を開く。そして例の鞄と端末とを線でつなぎ、キーボードを叩き始めた。

 45はヤレヤレと首を横に振ると、ショップの方へと向かう。

 

 中では、アーキテクトが残っていた商品を物色していた。カウンターには壊されたレジと、現金の束がある。

 

「あれ、45じゃん。起きたの?」

 

「ええ、9を休ませないといけないからね」

 

「なるほどね。そういや、パパはどこ?」

 

「あっちでプログラムをいじってるわ」

 

「ほんと?じゃあ私も行ってこよ!」

 

 アーキテクトは埃を手にとった缶コーヒーの埃を振り払って、ショップの出口へと向かおうとする。しかし、外に出るには45が邪魔だった。

 

「……45?どいてくれない?」

 

「あなた、あの人の何なの?」

 

「言ってるでしょ?娘だって」

 

 しばらく黙り込んでいた45はすっと体をそらして道を開けた。アーキテクトは怪訝な表情を浮かべながらも、45の前を通って外に出ていく。

 その背中が見えなくなるまで眺めた後、45はショップの中を見回す。めぼしいものはないが、近辺の地図や少し残っている食料をかきあつめた。

 

「仲良くしていることだし、9だったら本当のことを知っているかしら……」

 

 そう独り言をぼやきながら、端末で416とG11の場所を確認する。45は二人のために缶コーヒーを両手に持って、地図を見ながらショップの扉を開いた。

 

 

=*=*=*=*=

 

 

「パパ、何してるの?」

 

「ああ、アーキテクトかい」

 

 一瞬で画面を切り替えた男は、ようやくキーボードから手を離した。

 

「どうしたんだい?」

 

「これ、差し入れ」

 

 そう言って差し出されたコーヒーを、男はありがとうと言って快く受け取る。中のガスが抜ける音が立ち、開いた缶から黒い液体を喉に流し込む。

 

「美味しいや。ありがとう、アーキテクト」

 

「パパの口に合ったようで何よりだよ」

 

「これはね、僕が良く飲んでた缶コーヒーだよ。しばらく飲めてなかったから懐かしいや」

 

 男は飲み干した缶のパッケージを見る。有名なメーカーの、定番の微糖のコーヒー。常に彼の研究室にストックしてあったものだ。

 

「そういえばプログラムをいじってたんでしょう?私にも見せて?」

 

「君、プログラムができるのかい?」

 

「うん、少しだけね。これでも鉄血の新施設の立ち上げなんかもやってたんだよ!」

 

 アーキテクトはそう言いながら、これまで作ったプログラムに関わることをいくつかあげていく。その中には、鉄血側にとって最重要機密であるものも当然含まれていた。

 

「アーキテクト、君が抜けたことで鉄血は随分と痛手だろうね」

 

「そうかも」

 

 男の言葉に返ってきたのは、気の抜けた返事だった。

 

「でも今更戻る気もないかな。もともとはとりあえずで歩調をあわせてたに過ぎないし」

 

「そうかい。ならいいんだ」

 

 男は端末を操作して画面を戻す。

 

「それで、プログラムを見たいんだったかな?」

 

「うん!」

 

 画面を覗き込んだアーキテクトは、驚いたり感心したりとコロコロと表情を変える。

 

「へえ、ここで書き換えて、ここでフラグを。それでこうして……ああ、こうやって処理したんだ」

 

「本当に分かるんだね」

 

「あれ、疑ってたの?」

 

「そりゃ、自分でも難しいと感じるプログラムを書いているからね。すぐに理解されてしまうようではまだまだかな」

 

「そんなことないよ」

 

 乾いた笑いを浮かべる男に、アーキテクトは詰めよる。

 

「パパのプログラムはホントにすごいよ!私じゃなかったら誰もわからないんじゃないかな」

 

「そ、そうかい?そこまで言ってもらえるのは嬉しいよ」

 

「お世辞でも何でもないからね!」

 

 念を押すかのようにアーキテクトは男の瞳を見つめる。

 

「でもさ……ここは別の書き方をしたほうがいいよ思うよ」

 

 その一言で、男の表情が変わる。研究所ではよく見られた、集中したときの真面目な顔だ。

 

「アーキテクト、他にもあるんだろう?」

 

「えっ?まあそうだけど」

 

「……全部教えてくれるかい?」

 

 彼にも研究者としてのプライドはある。しかしそれ以上に、このアーキテクトがどのようなプログラムを書くのかが気になっていた。

 

 端末を渡されたアーキテクトは、慣れた手付きでプログラムを書き換えていく。それはより高速で、効率の良いものへと進化していく。

 男は食い入るように画面を見つめていた。

 

「驚いた。ここまで気づかないものなんだね」

 

 男はアーキテクトの肩に手を置いて手を止めさせる。

 

「ここはこうしたほうがいいんじゃないかい?」

 

「ああ、そうか。パパもなかなかやるね」

 

 鼻歌まじりにアーキテクトはプログラムを書き換えていく。完成度が男一人のときとは段違いなスピードで上がっていく。

 アーキテクトが書き直し、男がそれを訂正し、さらにアーキテクトが追加していく。男では解決できず後回しになっていた部分でも、アーキテクトの一声で作業が進んでいく。

 

 

 そしてついには、世界を終わらせるプログラムは完成してしまった。

 




ボタンひとつで世界が終わるとしたら

あなたは押せますか?


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Take_a_break

お久しぶりです……
あと数話、頑張って完結させます!


 休憩前とは変わって、放置車両で回り道をするようになり始めた頃。9が急にブレーキを踏んだ。

 

「ど、どうしたんだ9?」

 

 男はいそいで辺りを見回す。商店街の区域に入ったらしく、小売店が立ち並んでいる。しかし、敵はおろか動く者すら見当たらない。

 

「本当に突然どうしたんだい?」

 

「ん?ああいや、ちょっと寄っていっていい?」

 

 まあいいかと男がうなずくと、9は鼻歌混じりに車を停めた。

 

「それじゃあちょっと見てくるね〜」

 

「……ちょっと待ちなさい9!」

 

 416の制止も聞かぬまま、9は近くの宝飾店に入っていった。

 

「はぁ、どうするのよ」

 

「どうもこうもないだろう?運転手が休憩を求めてるんだ」

 

「そうね、このくらいのわがままは聞いてあげないとね」

 

 男に続いて45までも、同調しはじめる。

 

 こうなれば416には止める方法がなかった。9に続いて車を降りていく二人を見てため息をつくと、となりで未だに眠るG11を叩き起こした。

 

 

=*=*=*=*=

 

 

「見て!45姉!」

 

 店の奥から出てきた9の手には、イヤリングがのっていた。

 

「作戦の邪魔になるわ。それに耳なんてすぐに吹き飛ぶのだから」

 

「うーん、そうだね。それじゃあ小さいネックレスとかならドッグタグと一緒に」

 

「いいわね。どこ?」

 

 45もノリノリで9のあとについていく。そんな様子を遠目から眺めていた男は、アーキテクトが店のカウンターをへばりつくように見ていることに気がつく。

 

「アーキテクトも何か気になるのかい?」

 

「うん、ちょっと探しものかな」

 

 アーキテクトがいるのは結婚指輪の場所だった。まるで宿敵を見るかのようで、男はおそるおそる話しかけた。

 

「気になる相手でもいるのかい?」

 

「いや!そういうわけじゃなくてね!?……いやそうとも言うのかな?」

 

「なんだいその曖昧な返事は」

 

「いやーすでにいるというかさ?なんというか……いずれ話すから!この話はやめ!」

 

「まあ話したくないというなら深くは聞かないさ」

 

「うん……心の準備ができたら……ね?」

 

「何かいったかい?」

 

「ううん!なんでもない!それよりコレとかどうかな!似合う?」

 

 アーキテクトは慌てて近くにあった指輪をつけてみせる。

 

「ダイアモンドか。うん、似合っているよ」

 

「えへへ、そうかな」

 

「こんなのもどうだい?」

 

 男が手にとったのは真っ赤に光るルビーのネックレスだった。外から差し込む光を反射して、鈍く光り輝いている。

 

「そ、それじゃあそれももらおうかな」

 

「ん?待ってくれもらうって」

 

 男がそういった瞬間、バーンと大きな音をたてて奥の扉が開く。ちょうど9と45が向かっていった方向だ。

 

 そこには、黒いバッグを膨らませた9と45が出て来くる。ふたりとも、宝石の埋め込まれたサングラスをしていた。

 

「えっと……45君、それは?」

 

「今回の戦利品よ」

 

「9君、万引って知ってるかな?」

 

「私は捨てられたものを拾っただけだよ」

 

「416くん……」

 

「だめね、ああなるとあの姉妹は聞かないわ」

 

 最後の砦の416にすがるも、諦めているようで首を横に振った。しかし男は見逃さなかった。彼女の服のポケットは不自然に膨らみ、耳には見覚えのないイヤリングまで付いている。

 

「416君……君もかい」

 

 そうつぶやきながら、男はとぼとぼと外に出た。

 

 

=*=*=*=*=

 

 

 再び車に乗り込んだが、その足はすぐに止まった。

 

「9君、こんどは何だい?」

 

「いや、アレ見て。ガンショップでしょ?」

 

「なるほど、それじゃあ補給していきましょうか」

 

 404の皆は慣れた手付きで荷物を整理しながらガンショップへと入っていく。

 

「私たちも行こうか」

 

「そうだね。拳銃の一丁でも持っていたほうが良いだろうし」

 

 アーキテクトに付き従うようにして、男も車から降りた。本日二度目の、ショッピングの時間である。

 

 

 

 

「9は弾を確保、416は榴弾ね。G11は……」

 

「どうせ売ってないだろうし私は適当にアタッチメントでも見とくよ」

 

「そう。それじゃあ30分後に出発するわ」

 

 小隊は行動を開始する。その間に、45は通信機のチェックをしていた。

 

「ねえねえ、地下に射撃場があるらしいよ?」

 

「アーキテクトそう急かさないでくれよ」

 

 目の前を二人が通り過ぎていく様子を眺めながら、45は通信機の周波数を調整し始めた。

 

 

=*=*=*=*=

 

 

 集合時間に最後に来たのは、地下に行っていたはずの男とアーキテクトだった。男は少し厚めのコートを白衣の更に上に羽織っており、アーキテクトはカウボーイハットを指でくるくると回していた。

 

「さて、補給はばっちりみたいね。先を急ぎましょうか」

 

 ダッフルバッグを肩にかけて、車へと向かう。9や416もそれに続いた。G11は先に車へと戻っている。

 

「……、45姉気になるの?」

 

「いえ、私達には関係のないことよ。先を急ぎましょう?」

 

 一つの店の前で、45は一度足を止めた。しかし、再び歩き始めてしまった。

 

「へえ、45姉もウエディングドレスとかに興味があるんだね」

 

「意外ね。それとも元からそういう乙女でしたっけ、隊長さん?」

 

 9の言葉にのって416もくすくすと笑う。

 

 

 45は困った顔をしながら、UMP45のセーフティを外した。

 

 

「待って待って!冗談だって45姉!」

 

「あら、図星なの?」

 

「416~!」

 

 9の決死の制止も効かず、45は416に銃を向けた。

 

 場を緊張感が満たす。誰かの喉がゴクリと音を鳴らした。

 

 

 

「それで、撃つのかい?45君」

 

「そんなわけないでしょ」

 

 45はセーフティをかけて銃口を下ろす。416も、右股のホルスターに伸びていた手を戻す。

 

「弾の無駄ね」

 

「あんたに撃つのは最後でいいわ」

 

 肩をすくめる45に416は首を横に振った。

 

「ところであなたは銃はどうなの?」

 

「僕かい?まあ、一応隠し持っておくことにするよ」

 

 男は白衣のポケットに手を突っ込むと、小さめのリボルバーを取り出す。何の変哲もない、強化もない銃だ。

 

「火力不足じゃないの~?」

 

「9君もそう思うかい?でも僕にはこれくらいじゃないと扱いきれないからね。それにこれだけあれば十分だよ」

 

「十分?」

 

「人形なんかの相手は君たちに任せるからね。本当に頼むよ?」

 

「任せて!全部なぎ倒しちゃうんだから。45姉が」

 

「えっ私?」

 

「火力不足ね」

 

「そうね、じゃあ次の戦闘では全部416にまかせて置いていきましょうか」

 

「そんなことしたら車に榴弾を撃ち込むわ」

 

「まってくれよ416君、それだと僕も死んでしまう」

 

「はぁ、じゃあ死ぬ気で飛び降りなさい」

 

「無茶を言わないでくれよ」

 

 一行は車に乗り込む。9がキーを回すと、エンジンが好調に身体を震わせる。

 

「それじゃあ出発するね!」

 

 9はアクセルを踏み、静かな町並みをエンジン音が切り裂いた。

 




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Last_Supper

 辺りはすっかりと暗くなり、男らはある一軒家を今晩の宿にすることに決めた。周囲の安全を確認したあと、もうすっかりと慣れた手付きで分担された作業をこなしていく。

 

「ねえ、416」

 

「なによ、9」

 

 しかし慣れているとはいえ、彼女らは珍しい組み合わせだった。基本的にどちらか一方が見張りに立つことが多く、2人だけでの行動というのは珍しかった。

 

「彼のことどう思う?」

 

「どう思うって……あんたどうしたのよ」

 

「ううん、ただちょっと気になっててさ」

 

「まあいいわ……」

 

 416は焚き木を拾いながら、ぶつぶつと言葉を漏らす。

 

「特に何も思ってないわよ」

 

「ほんとに?」

 

「今日はいつにもましてしつこいわね」

 

 416はやれやれと首を横に振った。しかし、9の目はしっかりとその真意を見極めようとしていた。

 

「まあどちらかというと好意と捉えてもらっていいわ」

 

「へえ、好きなんだ」

 

 416は9の浮かべた笑顔をみてほっと一息をついた。どうやら正解を引けたようだった。

 

「言っておくけどその恋愛とかそういう」

 

「うん、わかってるよ」

 

「そう……そういうあんたはどうなのよ」

 

「私……?」

 

 9は少し驚いたように目を見開いたあと、いつも以上に顔を笑顔で埋めつくす。

 

「もちろん大好きだよ!彼も、404も、そしてアーキテクトも!」

 

「アーキテクトも?」

 

 416は少し怪訝そうな表情を浮かべる。アーキテクトは鉄血の人形。いわば自分たちの敵であった。鉄血に対して『好き』と言えるわけがなかった。特に416は。

 

「アーキテクトはこっち側だよ?」

 

「あいつも鉄血よ?」

 

「うーん、416はもうすこし考え方を変えた方がいいよ?」

 

「どういう意味よ」

 

「鉄血は敵かもしれない。でも私達は人類側の組織じゃなくて、404小隊。鉄血と敵対するだけが道じゃないんだよ」

 

「理解できないわね」

 

 416はそう吐き捨てて、薪をロープで縛った。

 

「いずれ416にもわかるときが来るよ」

 

「来ないことを願うばかりね」

 

 すこしむすっとしている9を傍目に、416は荷物を背負う。

 

「もう十分でしょう?帰りましょう?」

 

「帰る……うん!そうだね」

 

「何よ」

 

「ううん。ただ『家族の元に帰る』ってのがいいなって思っただけ!」

 

「あんた本当に変わってるわ」

 

「きっと製作者たちがひねくれてたんでしょ」

 

「いずれ顔をおがんでみたいわ」

 

「たぶん驚くと思うよ?」

 

「そうね、そうかもしれないわね」

 

「もう……真面目に聞いてよね!」

 

「はいはいごめんなさい、ほら、行くわよ」

 

「あっちょっと待ってよ416~!」

 

 先にすたすたと帰っていく416を、9は慌てて追いかけた。

 

 

=*=*=*=*=

 

 

 パチパチと暖炉が音を奏でる。男はその前のソファーでくつろぎながら、小箱を取り出した。

 

「ん?それは何?」

 

 うしろから、アーキテクトが体重をかけてくる。男は小箱をそっとポケットにしまった。

 

「大事な物さ」

 

「へぇ~。見せて?」

 

「見たいのかい?」

 

「うん、みたいな」

 

「……、まあいいかな」

 

 男は再びポケットから小箱を取り出す。手のひらに収まるサイズのそれを、アーキテクトは両手で受け取った。

 

「開けてもいい?」

 

「君の好きにしていいよ」

 

 アーキテクトはおそるおそるそれを開けた。しかし、中は空だった。それは指輪ケースのようだが、肝心の指輪は入っていなかった。

 

「これ何もはいってないのに大事なの?」

 

「中身も大事だったんだけど僕はなくしてしまったからね」

 

「へ~」

 

 アーキテクトはくるくると小箱を弄んだあと、男に返す。

 

「私にはわからないや」

 

「そうかい?」

 

「うん。それに……」

 

「どうしたんだい?」

 

「……ううん、なんでもない」

 

 アーキテクトはグッと何かをこらえたようだった。男は、自分の左手の指輪を撫でる。

 

「二人とも、もうすぐ準備ができるわ」

 

 片目を瞑った45が、部屋の扉をノックする。

 

「ああ、何か手伝うことはあるかい?」

 

「416に聞いて。私は少し出てくるわ」

 

「一人でかい?」

 

「ええ。大丈夫、少し通信するだけだから」

 

「そうかい。それじゃあ先に食卓の準備をしておくよ」

 

「任せたわ。おそらく……こうやって落ち着いて夕食をとれるのは今日が最後だから……」

 

「やはり森を抜けるルートになりそうなんだね」

 

「回り道するには遠すぎるわ。それに鉄血の基地もある。人間を連れていることを考えれば、より遠い道も候補にいれるべきなのでしょうけど」

 

「森が一番適切だって判断したんだろう?僕は君の指示に従うまでだよ」

 

「少し、というよりかなりつらくなると思うわ。ここまで車でこれたから余計に」

 

「覚悟くらいはしておくよ」

 

「そうね。それじゃあ行ってくるわ」

 

「いってらっしゃい」

 

 45を見送った男は、ソファから立ち上がる。

 

「さて、アーキテクト。準備を手伝いにいこうか」

 

「あっそういえばさっきの小箱貸してくれる?」

 

「ん?ああもちろん」

 

 男はアーキテクトに小箱を投げ渡した。

 

「ん、ありがと」

 

「どういたしまして?それじゃあ僕は先に行ってるね」

 

「うん、すぐに私も行くから」

 

 男は何も疑わずに、部屋から出ていく。アーキテクトは男が見えなくなるまでその小箱を胸に抱えていた。

 

「えいっ」

 

 そう小さい声とともに、アーキテクトはその小箱を暖炉へと投げ込んだ。パチパチと音をたてて燃える炎が、あっというまに小箱を包み込む。

 

「中身のない小箱なんて意味がない……必要がないんだよ」

 

 アーキテクトは胸の前で左手を握り込む。まるで、そこにない何かを握り込むように。

 

 

=*=*=*=*=

 

 

「今日は随分と豪華だね」

 

「忘れてるようだけど今夜はクリスマスよ」

 

「そういえばそんな行事もあったね」

 

「あんたって本当にそこらへんがてきとうよね」

 

 416の作った食事を男が食卓へと運ぶ。料理の皿は、男が数往復しなければいけないほどに多かった。

 

「それにしてもおおすぎないかい?」

 

「今後はおそらく険しい道程になるわ。荷物を軽くする意味も兼ねてよ」

 

「最期の晩餐には悪くない日だね」

 

「へんな例えをしないで」

 

 416は料理の手を止めずにそういう。

 

「そうだよ。そのために私達がいるんでしょ!」

 

「9君」

 

「わぁ、おいしそう!」

 

「あっコラっ!外から帰ってきたなら先に手を洗いなさい!」

 

「416君はすっかりお母さんだね……」

 

「お母さんじゃないわ!あっG11!つまみ食いはやめなさい!」

 

「え~、ケチ~」

 

「それよりほら、手伝って……って寝るな!あっ9!G11を叩き起こして!」

 

「やっぱりお母さんだね……」

 

 男が苦笑いをしながら椅子に座ると、そのすぐとなりにアーキテクトが座る。

 

「ん?もういいのかい?」

 

「うん。それよりすっごく豪華だね今日は」

 

「クリスマス・イブだからね」

 

「ああ、そうか。クリスマスか……」

 

「どうかしたのかい?」

 

「ううん、べつに。それよりほら、早く食べようよ。416ママー、まだー?」

 

「あんた元は敵でしょ!あんたにママって言われる筋合いはないわ!」

 

「まあまあどうどう。ほらせっかくの料理が冷めちゃうよ~」

 

 9が416をながめつつ椅子に座らせる。

 

「そういえば45は?」

 

「45君ならそろそろ――」

 

 男が言いかけると、ちょうど扉が開いた。上着を脱いだ45が、椅子に座る。

 

「おまたせ。それじゃあ食べましょうか」

 

 45のその一声で、男たちの最後の豪華な夕食が始まった。

 






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cc␣EndTheWorld

さて、もうひとふんばりまで来ましたね


「ねえ9……」

 

 珍しくその顔を露骨に歪めながら、45がつぶやくように声をかける。

 

「ん? どうしたの45姉!」

 

「も、もう少し安全に走れない?」

 

 車は峠道へと突入しており、狭い視界と幾度もの急カーブが45姉の三半規管モジュールを苦しめていた。

 

「いまからが楽しいんだよ?」

 

「ああ加速はやめっひぃ」

 

 45の制止も聞かず、9はアクセルを踏み込んだ。急激なストップ・アンド・ゴーでシートベルトが軋む。

 45が目を回しそうになっているというのに、416もG11も寝息をたてていた。それも仲良く肩を貸し合いながら。

 

 そして男とアーキテクトは、この状況を楽しんでいた。

 

「9君は本当に運転がうまいね」

 

「えへへ、それほどでも~」

 

「はやいはや~い! でももっと行けるでしょ?」

 

「えっいいの?」

 

 9の言葉にアーキテクトがNOと答えるはずもなく、9はさらに際どいコースを攻め始めたのだった。

 

 45は、416の膝を借りて横になって耐えた。

 

 

 =*=*=*=*=

 

 

「さすがにここまでみたいだね」

 

 車は、寂れた駐車場に停まっていた。進行方向は生い茂った森があるのみで、車は入れそうになかった。

 

「ここからは歩きになるわ。荷物は最低限にしなさい」

 

 未だ本調子じゃないのか、頭を抑えながら45がそう指示をだした。

 

「45姉! 大丈夫?」

 

「ええ、だれかさんの運転のおかげでね」

 

「あはは、ごめんごめん。久々に楽しい道だったから」

 

「これからは定期的にガス抜きさせないといけないってはっきりわかったわ」

 

「やった! 約束だからね!?」

 

 はしゃぐ9を見て、45は呆れたようにため息をついた。

 

「まあいいわ。それじゃあ楽しんだ分、仕事をしてもらいましょうか。9は先行して偵察警戒ね」

 

「もしかして45姉怒ってる?」

 

「怒ってないわよ? ああそれと9はこの荷物担当ね」

 

「あっ意外と少ない」

 

「待ちなさいよ45」

 

 分担された荷物の量を見てほっとする9に、416が割り込む。

 

「斥候に荷物もたせるわけ?」

 

「私の指示に意見でも?」

 

「そうだよ416、私が運転で遊んだのが原因なんだし」

 

「……はぁもう、わかったわよ! 9の分まで私が持つわ」

 

 諦めたように416がそうつぶやく。45と9は顔をあわせないまま、ぱちんとハイタッチした。

 

「計画どおりね」

 

「まったく416はちょろいなぁ」

 

「416君……」

 

 男から憐れむような目線を向けられて、416は手を差し伸べた。

 

「……? その手はなんだい?」

 

「どうせなんだからあんたの分の荷物も持つわ」

 

「いや、遠慮しておくよ。それより……」

 

「なによ」

 

 男が416の後ろを覗き込む。

 

「そうだった……うちでいちばん大きい荷物があるんだった」

 

 416は頭を抑えながら、いまだ車の中で寝息をたてるG11を叩き起こしに向かっていった。

 

 

 =*=*=*=*=

 

 

 足元に気をつけつつ森の中を進むと、突然先を行っていた45が手を挙げる。それが停止のハンドサインであることを、この長旅で男は理解していた。

 

 45は通信機を手に取り、何やら連絡を取っている。男は姿勢を低くしたまま、45の方へと近づく。

 

「45君、なにがあったんだい?」

 

「9から連絡。鉄血の部隊を見つけたって」

 

 45は通信機から耳を離して、男にそう応えた。

 

「9、敵はどのくらい?」

 

『ざっと3部隊分くらいかな? さすがに奇襲しても勝てなさそう』

 

「3部隊分ね……」

 

 45は部隊の細かい位置を9に聞きながら、地図へと書き込んでいく。

 

「どうするんだい?」

 

「ルート変更は……無理ね」

 

 男たちが進みたい方向に横切るように、部隊が移動していた。

 

「もう少し広い地図は出せるかい?」

 

「ええ」

 

 45がより広域な地図に切り替えると、男は顎に手をあてて考え始める。

 

「鉄血の基地の間だったね、たしか場所は」

 

 地図に場所を書き込むと、ちょうどほぼ直線で2つの基地を結ぶことができた。

 

「基地間の移動中ってわけね。でもどうしてこの規模を徒歩で」

 

「車両だと補足される恐れもある。なにかの作戦中の可能性もある」

 

「可能性は否定できないわね……」

 

 45は肩にかけていた荷物を下ろす。後続の416も同様に荷物を地面において倒木に腰掛けた。G11はボストンバッグをだきまくらがわりにしてすでに寝息をたてていた。

 

「9君はどうするんだい?」

 

「近くで部隊を監視してもらっているわ」

 

「通信機、かしてもらえるかい?」

 

「ええ」

 

 45から通信機をうけとり、男は咳払いをする。

 

「9君、君からみて北東の方角、ちょうど北東のほうになにか見えるかい?」

 

『ええっと、祠? みたいなものがあるよ』

 

「よし、地図は間違ってないみたいだね」

 

 男は地図に、敵を示すマーク以外の色で線を引き始める。

 

「なに? 魔法陣でも描く気?」

 

「まさか! 45君、僕は魔術師じゃないよ」

 

「知ってるわ。それで、何をする気なのかしら」

 

「簡単な話さ」

 

 男は、かばんを上げる。

 

「ねえそれ使う気?」

 

「試してみたいじゃないか」

 

「だってそれ全部を止めるんでしょう?」

 

「そこらへんの調整はバッチリさ。変更コードは僕しか知らないけれどね」

 

「へぇ」

 

 気の抜けたような返事だったが、45の目は好奇心に満ちていた。

 

「止めてくれよ45君。僕じゃ君には勝てないよ」

 

「あらやだ。私がそんな野蛮に見える?」

 

「プログラムに触らないでって意味なんだが」

 

「どちらにせよあなたの私物に勝手にさわるような真似はもうしないわよ」

 

「……、もう?」

 

「だってしっかり監視してる犬がいるじゃない」

 

 そういう45の視線の先には、G11の頬をつついて遊ぶアーキテクトがいる。

 

「君はアーキテクトを何だと思っているんだい……」

 

「さあ? 突然部隊に割り込んできた泥棒猫かしら」

 

「猫? 猫って私のこと?」

 

 自分のことを話していると気づいたのか、アーキテクトが男と45の方へと寄ってくる。

 

「まあ確かに、アーキテクトは動物で例えるなら猫だね」

 

 男は顎を撫でながらそう言った。45もそうねと言わんばかりにうなずいた。

 

「それじゃあ9は?」

 

 いたずらな笑みを浮かべながら45は男にそう尋ねる。男はしばらく悩むように顎に手を当てて固まった。

 

「犬……のようで猫みたいなんだ、9君は。というよりも、404のメンバーは皆、結局は猫が一番近い気がするね」

 

「私も?」

 

 首をかしげる45を、男は分析するようにじっくりと見つめる。

 

「45君は……猫のようなうさぎだね」

 

 その言葉に、45は一瞬だけ驚いたような表情を浮かべた。しかし、すぐさまいつものような怪しい笑顔へと戻る。

 

「私寂しいと死んじゃうのね」

 

「死にはしないだろうけど……、あくまで僕の印象であって本当にそうかは別問題だよ」

 

 男は苦笑いしながら、大事にもつかばんを開いた。

 

「ちょっと、何をする気?」

 

「どうせ暇になるんだろう?」

 

「ええ、部隊が通り過ぎるまでは待機だけれど」

 

 不思議そうにハテナマークを浮かべる45に、男は口角を上げる。

 

「どうせなら、これを試してみたいと思わないかい?」

 

 言葉を理解するまでの数秒の間、45は固まって微動だにしなかった。

 

「待ちなさい、それをつかったら私達にまで被害が」

 

「落ち着きなよ45君。僕がそこらへんを考えていないように見えるかい?」

 

「どうする気?」

 

「これだよ」

 

 男は小型の外部記憶装置をポケットから取り出した。

 

「この中にはプログラムの適用範囲を制限するコードがはいっている。一応セキュリティはかけているけれど、45君のような特化型の人形だとただの脆い壁程度だろうね」

 

「それで、わざわざ私にそれを見せる理由は?」

 

「これを君に託そう」

 

「どういうつもり?」

 

 受け取る気がないのか45がはそれから距離をとる。しかし、男は装置を差し出したままだ。

 

「君ならこれを悪用したりしないだろう?」

 

「どうして? どうしてあなたが持ってちゃだめなの?」

 

「単純なリスク分散さ。僕が持ってるよりもいいだろう?」

 

 45はしぶしぶといった面持ちで、受け取ることにした。

 

「頼むよ」

 

「随分と念を押すわね」

 

「使ってみればわかるさ。45君がそういう人形じゃないと信頼してはいるが、一応はね」

 

 45は疑問符を浮かべながらも、装置を大事にポケットへとしまった。

 

「それで、どうやって試すつもり?」

 

「さっき9君に祠の場所を聞いただろう? そこをうまく使うんだ」

 

 男は地図を地面に置き、作戦の内容を45に説明し始めた。

 



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EndTheWorld_pre.exe

 森をかき分けて、416は目的のポイントまで向かう。身につけているのは最低限の装備と、それから改造された通信機だった。

 

『こっちは設置完了よ』

 

『私も終わったよ!』

 

『私も終わり。寝ててもいい?』

 

 通信機から声が聞こえる。

 

『よし、それじゃあ45君と9君はポイントBで待機、G11君はその場で狙撃準備を』

 

 

 男の言葉に、三者三様の返事を返す。

 

『416君、大丈夫かい?』

 

「ええ、順調とはいかないけれどね」

 

 進路上の邪魔な鉄血を排除しつつ、先へと進む。すでに人形の独特な体液を被っており、不快そうに手で払う。

 

「もう少しで——」

 

 そう呟いた瞬間、銃弾が416の頭をかすめ帽子を吹き飛ばす。

 

『416君!』

 

「ああもう!」

 

 いそいで木を盾にするが、だんだんと集まっていく銃弾が木をえぐり始める。

 

『プログラムを起動するわ』

 

『45君!?』

 

『45姉!それじゃあ416が巻き込まれちゃう!』

 

『仕方ないわ』

 

 416は目元に熱がこもるのを感じながらも、自らの相棒HK416を抱きかかえる。

 

「そうね、これは仕方ないことよ。なに、死ぬわけじゃないんでしょう」

 

『416君……』

 

「ほら!早く起動させて!」

 

 416は叫びながら榴弾を装填する。

 

『45姉!』

 

『45君!』

 

 二人の声を聞きながら、416は穴だらけの木の影から飛び出した。

 

「最後の一矢くらい!」

 

 416は榴弾を発射しようと——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——したが、引き金に指がかかることはなかった。

 

「えっ……」

 

 敵から銃弾は飛んできていない。しかし、416はそんなことを気にする余裕すらなかった。

 

「敵を、倒さないと、でもどうやって」

 

 銃をとりあえず握る彼女は、その危険物を地面にそっと置く。

 

「なんで……、どうして」

 

 彼女は地面に座り込んでしまう。そして、頭を抱えてブツブツとつぶやきはじめた。

 

「いままでみたいに鉄血を吹き飛ばしたいのに、なのに、なにもわからない。どうしていいのか何も……」

 

 こころにぽっかりと穴があいたような気分だった。なにか自分を構成する要素が、ぽっかりとなくなってしまったかのような喪失感が、彼女に襲いかかっていた。

 

「たたかえない戦術人形なんて……」

 

 うずくまってしまった彼女の周りでは、さらにひどいことがおきていた。

 低位の鉄血たちは、まるで案山子である。そしてそれらを束ねる高位の鉄血は、状況に困り集まりはじめている。

 

 

 突如、空気を切り裂いて案山子に銃弾が打ち込まれる。それを皮切りに、4方向からの銃弾が、何もできない鉄血を蹂躙しはじめる。

 

「416ちゃん、元気~?」

 

「……、アーキテクト?」

 

 小銃を片手間に撃ちながら、アーキテクトは416の近くへと寄る。

 

「助けに来たよ。ほら、大丈夫」

 

「わ、わたし……」

 

「……416ちゃん?ちゃんと——」

 

 416の中の違和感が、ようやく解消される。

 

 

 

 

 

「——銃を置くならセーフティかけないと危ないよ?」

 

「セーフティって……?」

 

「えっそれ本気?」

 

「何が……?」

 

「……、パパ!早く来て!416ちゃんがおかしいんだけど!」

 

「ああ!今行く!」

 

 近くの茂みから、荷物をたくさん抱えた男が飛び出してくる。そして416の近くへ座り込むと、端末を乱暴に開く。

 

「416君!すぐに戻すからもうしばらく待ってくれ!」

 

「416……ああ416。HK416が……私の……」

 

 416の目は虚ろで、男の言葉にしっかりと反応することすらままならなかった。

 

「すまない!」

 

 男が目配せをすると、アーキテクトが416を地面に押さえつけた。

 

「何を!するのよ!離して!離してよ!」

 

 まるで何もわからぬ一般人のように416が喚き立てる。そして抵抗をするかのように無意味に手足をバタバタとさせる。

 

「本当に、すまない」

 

 男が416の首元へと触れ、端子にコードを接続する。416は自分の意識レベルが落ちていくのを感じながらも、わけのわからぬ恐怖におびえていた。

 

 

=*=*=*=*=

 

 

「この銃か」

 

「おまえは負けるな」

 

「おまえならできるはずだ」

 

 周りの人間が、一人の少女を囲みながらそう言う。少女はわけもわからず、その言葉を受け取ってしまう。

 

「この程度か」

 

「つまらん」

 

「本気をだせ」

 

 周りの人のカタチをした何かが、一人の少女に言葉を投げかける。少女は耳をふさごうとするも、手はすべての音を遮断してくれない。

 

「どうしてこんなこともまともにできないの」

 

「しょせんは偽物」

 

「スペック不足ね」

 

 周りの少女が、一人の女性に言葉をぶつける。女性は、そのクスクスとした笑い声を上げる少女を——

 

 

 

 

 

 手に持つナイフで突き刺した。動きは止まらない。ナイフから手を離すと流れるように太ももから拳銃を抜く。二人、三人と殺していけば、いずれ弾が切れる。最後の一発を死亡確認につかうと、いつのまにか持っていたHK416を構える。素早くツータップ。発射された殺意は、綺麗に頭部と心臓を穿つ。

 

「私は……完璧よ」

 

 上から自らの名前を呼ぶ声が聞こえる。だんだんと光が近づいてくる。それが自らの意識レベルを可視化させたものだと気づくのは、そう難しいことでもなかった。

 

 

=*=*=*=*=

 

 

「416君、大丈夫かい?」

 

 男の声に、416は無言で起き上がる。

 

「寝ている間に何かをしたの?」

 

「いいや、ただプログラムで破壊されたシステムを修復していただけだよ」

 

「おかしい……」

 

 416は、先程まで自分の見ていた幻影を思い出す。

 

「変なものを見ていたの。まるで仮想空間のトレーニングのような」

 

「詳しく聞かせてくれるかい?」

 

「……、後でログでもなんでも見ればいいでしょう?」

 

「それがだね」

 

 416は端末の画面を見せられる。

 

「君の視覚情報には何のログも残っていないよ」

 

「どういうこと?確かに私は」

 

「もっと深い、僕では立ち入れないほど深いところでの出来事なんだろうね。人間の夢のような、しかし根本的に違うなにかだ」

 

「まあその解明に私は興味ないわ」

 

 416は起き上がると、手慣れた様子で装備をととのえる。そしてHK416を手に取ると、縫うように繊細な手付きで動作確認を行う。

 

「調子は大丈夫そうだね」

 

「ええ、万全よ」

 

 男には、そういって荷物を持ちあげる416が、いままでとはどこか違うように見えた気がした。

 

 

=*=*=*=*=

 

 

「しかし、本当にすごい威力ね……」

 

 45はあたりに転がる鉄血人形を銃で突きながら、近くで同じく死亡確認している9に話しかける。

 

「ほんと、すごいよね。プログラムひとつで案山子になるんだもの」

 

「どうやら鉄血の特性らしくて、他のメーカーの人形だとそうはいかないみたいだけどね」

 

「45姉はどうする?」

 

「なに?」

 

「もし私や45姉が戦う力を失ったらどうなるのかなって」

 

「そうね……」

 

 45は空を仰ぐ。随分と無駄に晴れ渡った空だった。

 

「そのときは……、私は耐えきれずに自壊するかもしれないわ」

 

「そんな!」

 

「冗談よ。404があるかぎりね」

 

「でも戦えないんだよ?」

 

「そうね、そのときはパン屋さんにでもなろうかしら。きっと9なら良い看板娘になるでしょうし」

 

「パン屋さん!あはは、45姉ってばかわいい!」

 

「なによ……べつにいいでしょう?」

 

「そうだけどさ!45姉は電子系に強いんだしハッカーでもするのかなって」

 

「戦えなくなるなら裏事業からも手を引くわよ」

 

「まあ、そんな日はこないだろうけどね」

 

 45は9の方へと振り向く。

 

 そこには、真意の読めない笑顔の9ではなく、緊張していない、どこか確信を持っている顔をした9がいた。

 



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ending_journey

「大丈夫?」

 

「ああ、もう少しだろう?」

 

 額に流れる汗を拭きつつ、男はかばんを持つ手を右から左へと移す。

 少し先を歩くアーキテクトは、男に手を差し出す。

 

「ん?どうしたんだいアーキテクト」

 

「荷物、持たせてよ」

 

「それは君でもだめだ」

 

 男は首を横に振った。それははっきりとした拒絶である。

 

「どうして?」

 

「これは僕が持つべき荷物だからだよ。それよりほら、先行してる416君が暇そうだ。少し急ごう」

 

 会話しながらも息を整えてから、男は再び歩き始める。アーキテクトは、すこしムスッとしながらも男の隣を歩く。

 

「どうしてそこまで頑固なの?」

 

「頑固……なのかもしれないね。でもこの荷物は、僕が持たなきゃいけない。他人に盗られることも、そして託すこともしちゃいけないんだよ」

 

「よくわかんないなぁ」

 

「わかってもらうつもりはないよ」

 

 男はおもむろに端末を取り出すと、地図を表示する。

 

「でもこの旅ももう終わり。ようやくこの重荷を手放せるときが来るんだ。だからそこまでのラストスパートみたいなものだよ」

 

 男は片方の手で草木をかき分けながら進む。

 しかし、落ち葉で隠れていた天然の落とし穴に、無防備に足を突っ込んでしまう。

 

「うおっ!」

 

「まったくもう」

 

 アーキテクトは男の空いた手を握って支える。

 

「ありがとう。おかげで転ばずに済んだよ」

 

「ただでさえ片手がふさがってるんだから足元には気をつけてよね」

 

「でもまた転びかけてもアーキテクトが支えてくれるんだろう?」

 

「私だってずっとパパのこと見ていられるわけじゃないんだよ?」

 

 アーキテクトは呆れたように首を横に振りながら、男を思いっきり引っ張った。

 

「ほら、みんな待ってるよ」

 

「ああ、いそがないとまたG11君がすね始めてしまうね」

 

 二人で笑いながら、皆が待つ方へと向かっていった。

 

 

=*=*=*=*=

 

 

 バラバラとローターの回る音がする。目の前に降り立ったヘリコプターに、皆が乗り込んでいく。

 

「パパ?」

 

 乗り込んだアーキテクトが不思議そうに首をかしげながら男に手を差し伸べる。

 

「ああ、いこうか」

 

 男は姿勢を低くしながら、手を借りてヘリコプターに乗り込んだ。

 無言なパイロットは男が乗り込んだのを確認すると、何も言わずにローターの回転速度をあげる。

 

「パパ、眠いの?」

 

「いや、そんなことは……」

 

 男は言いよどむ。意識した瞬間に眠気がグッと襲いかかってきたからだ。

 

「眠いなら寝てたら?」

 

「そういうわけにもいかないだろう」

 

「大丈夫。もし何かがあっても私がパパを守るから」

 

「そうかい……?それじゃあお言葉に甘えることにするよ」

 

 男は背もたれによりかかり、目を閉じる。長旅による疲れは、簡単に彼を眠りの中へと導いた。

 

 

=*=*=*=*=

 

 

「ねえパパ、起きて。もうすぐ着くよ」

 

 男がアーキテクトに起こされたのは、目的地が見えてきたあたりだった。

 

「快適な空の旅も終わりか~」

 

「こら9、まだ任務は終わってないわ」

 

「でも45姉、基地についたら解散でしょう?」

 

「ええ、まあそうね。予定では」

 

「あっ見てみて」

 

 9が指差す方向には、大きな軍事基地が見える。何層もの防壁と対空砲を超え、ヘリコプターは飛行場へと降り立つ。

 

 全員が降りると、車が2台近づいてくる。

 

「お待ちしていました」

 

 車から降りてきた兵士は男に握手を求める。男はかばんを持ち直して手を差し伸べた。

 

「長旅でお疲れでしょうが、将軍が会いたがっています」

 

「わかった。それじゃあ皆」

 

 男は振り返ると、404の皆は別の車を強奪するように乗り込んでいるところだった。

 

「お礼はまだいいわ」

 

「じゃあ後日に菓子折りでも送っておいたほうがいいかい?」

 

「甘いものは好きよ」

 

「それはいいことを聞いた」

 

 それだけいうと、404は去っていってしまった。

 

「ところでそちらの方は?」

 

「ん?アタシ?」

 

 アーキテクトはキョロキョロとあたりを見回したあと、自分を指差す。

 

「彼女は……ツレだよ。プログラムの調整に必要なんだ」

 

「そうですか、わかりました。それでは部屋にご案内します」

 

 軍用車に乗ったことはなかったが、以外にも快適だった。なにより、ここまでの旅での疲れが響いていて、再び眠りの世界に落ちかけたくらいだった。

 

「ねえパパ」

 

「なんだい」

 

「もうすぐこの旅も終わりだね」

 

「ああ、そうだね」

 

「終わったらパパはどうするの?」

 

「どうする?というと」

 

 男の問いに、アーキテクトはしばらく悩む。

 

「どこか行くあてはあるの?」

 

「あるといえば嘘になるね」

 

「それならさ!保護区のはずれに家でも買って住むのはどう?」

 

「それはいい提案だね。ここは人が多すぎる」

 

 先程から、しきりなしに兵士たちが行き交っている。まるで戦争の前準備でもしているかのようだった。

 

「到着します」

 

 車が止まると、ビルの一室へと案内される。そこには、壁にならぶ多くの武装した兵士と、仰々しいコートを来た男性が立っていた。ボディチェックをうけ、武器を預けると男性が話しかけてくる。

 

「やあ、私はカーターというものだ。よろしく」

 

 差し出された手を、男は警戒を解いて握り返した。

 

「やれ」

 

 笑顔を見せていた男性は、急に冷酷な表情でそうつぶやいた。壁際の兵士が一気に構える。

 

「ねえ、これどういうこと?」

 

 手を上げて降伏の意思を示しているアーキテクトは、首をかしげて男性を見る。

 

「どうもこうも、こういうことだよ」

 

 男性は男のもう片方の手、かばんへと手をかける。

 

「待て。何をするつもりだ」

 

「プログラムを完成させ、そしてここに届ける。君の役目はそこまでだよ」

 

「……、妻に合わせてくれ」

 

「連れて行け」

 

 かばんを手放した男は、二人の兵士に挟まれて通路へと出ていく。アーキテクトも、兵士たちを威嚇しながら男の後へと続く。

 

「すまない、カーターとかいったかな」

 

「なにかね」

 

「そのプログラムには触れないでくれ。もしなにが起こっても僕は責任はとれないからね」

 

 男は吐き捨てるようにそういうと、再び兵士に促されて部屋を出ていった。

 

 

=*=*=*=*=

 

 

「そこの角を曲がった先だ」

 

 兵士の言うとおりに進めば、病室のような部屋が見える。

 

「私もここまでにしておくね」

 

 アーキテクトは、部屋に入る手前で足を止める。男は、それを気にもせずにその部屋の扉を開いた。

 

 ひんやりとした室内で、カプセル状の機械の中で女性が横たわっている。男は無意識に左手の指輪をさすっていた。

 

「ようやく……ようやく来れたよ」

 

 男は側にある端末を操作する。プシューとガスの抜ける音と共に、カプセルが開いていく。

 

 男は、女性の左手を手に取る。

 

 手は、外気に耐えきれずにボロボロと崩れ落ちた。

 

「おやすみ」

 

 左手から、どんどんと身体が崩れていく。男は女性が跡形もなくなる様を最後まで見届けた後、踵を返した。

 

「ん、君は?」

 

「あら、気配は消していたのだけれど」

 

 部屋の入り口に、不自然に目を瞑った女性が立っていた。あきらかに、ただものではないと男はポケットに手が伸びる。

 

「そんなに警戒しなくてもいいわ。ほら、会ったでしょう?この素体ではなかったけど」

 

「なるほど、君か」

 

「ずっとコソコソうごいてたから何かと思ってたら、こういうことだったのね」

 

「ここにいるということは君は味方なのかい?」

 

「味方かどうかは別として……、あなたに危害を加えるつもりはないわ」

 

「それならいいんだが。僕になにか用かい?」

 

「顔を拝みに来ただけよ」

 

 女性は近づいて、それからポケットになにかをいれてくる。

 

「これは必要ないと思うんだけど、一応ね」

 

「どこでこれを」

 

「じゃあ私は行くから。ああ、監視カメラは止めてあげるから安心して」

 

「それはつまり、僕のことを監視しとくということかい?」

 

「ええ、だって面白いもの」

 

 そう答えると、音もなく女性は去っていった。

 

「まさかね」

 

 ポケットの中から物を取り出す。それは、ボディチェックで取り上げられたはずの拳銃だった。

 

「弾は……全部入ってるのか。よかった」

 

 再びポケットにしまい、部屋を出る。そして別のポケットから、端末を取り出す。電話アプリを開き、連絡先に登録してある番号を呼び出す。

 

 3回のコール音。そのあとに、どこか遠くで爆発音が鳴り響いた。

 

「だからかばんにさわるなと言ったのに……」

 

「あっパパ!おかえり!」

 

 駆け寄ってきたアーキテクトの後ろでは、血相を変えた兵士たちが男に驚愕の形相を向けていた。




@3


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Epilogue_begins

「パパ!今の爆発はいったい!?」

 

「逃げるよ、アーキテクト!」

 

 男はアーキテクトの手をとって廊下を走る。プログラムに爆弾を仕込んでいたことについて、説明している暇はなかった。

 

「どういうこと!?」

 

「逃げてから説明するよ!」

 

 後ろから兵士たちが追ってくるが、装備の重さもあり差は開くばかりだ。なにより男にとって幸運だったのは、射撃を迷ってくれたことだった。防具もなにもない男ならば、撃ってくればすぐに足が止まっていただろう。

 

「よくわかんないけど逃げればいいんだね!」

 

 アーキテクトは足を早め、今度は逆に男を引っ張っていく。

 

「止まれ!止まらないと撃つぞ!これは警告だ!」

 

 後ろから聞こえる声は、気にしている余裕もなかった。

 

「ちくしょう!こんなときにHQは何をしているんだ!」

 

「監視カメラが動かない?こんなときに限って!」

 

 荒々しい言葉が、途切れる。そして、4発の銃声が聞こえた。

 

「止まれ、さもなくば撃つ」

 

「誰がとまるもんですか!」

 

 新手の言葉に、アーキテクトはベーと舌を突き出して威嚇する。

 

「そうか」

 

 新手の兵士は、何のためらいもなく引き金を引いた。

 アーキテクトがグッと力強く男を引き寄せる。

 

「はは、人形でよかった。人形じゃなかったら私死んでたよ」

 

「アーキテクト!」

 

「大丈夫、早く先に進もう?」

 

 肩から流血するアーキテクトは、防火扉を作動させた。射線が途切れて、一息つく。

 しかし、またどこからともなく足音が近づいてくる。

 

「ほら!行くよ!」

 

 男を引っ張って、アーキテクトは走る。

 

「今度こそ、今度こそ君を守りきって見せる」

 

「アーキテクト……」

 

 男は空いているもう片方の手で、ポケットの中の銃に触れる。

 

「……!敵!?」

 

 鉢合わせという最悪の形で、一方的に銃を撃ってくる。

 

「アーキテクト、引いてくれ!」

 

 男はアーキテクトの腕を引き寄せると、銃をぬく。無我夢中で撃ち込んだ弾の一つが、防火扉の装置を壊し、シャッターが降りる。

 

「はあ……大丈夫かい、アーキテクト」

 

「うん。パパも怪我がなくてよかった」

 

 擦り傷程度ですんで幸運だったとしか言いようがない。男は銃を確認する。

 

「残弾一発。これはもう使いようがないかな」

 

「持ってたら?その一発で変わるかもしれないよ」

 

「だといいんだがね」

 

 しかし、そうとも言えなかった。

 

『やあ、私だ』

 

 館内放送用のスピーカーから、男性の声が聞こえる。

 

『随分と手間取らせてくれた。だがこれで終わりだ。もう、包囲は完成した』

 

 開いている方向の通路には、既に兵士が銃を構えていた。

 

「アーキテクト」

 

「パパ?」

 

「愛してる」

 

 男は、左手の指輪を外してアーキテクトの左手に握らせる。

 

「パパ!何を!」

 

 抗議するアーキテクトを、男は一室に押し込める。そして扉を閉じ、決して開かぬように扉の前で座り込む。

 

「おねがいだアーキテクト、君はそのまま早く逃げてくれ」

 

「やだよ!せっかく、せっかく今度こそ守れるのに……!」

 

「大丈夫、僕はそう簡単に殺されないさ」

 

 扉をドンドンと叩く音が、やがて止む。そうした合間にも、兵士たちはじりじりと距離をつめてきていた。

 

「それ以上近づくな!」

 

 男はポケットから銃を取り出す。たった一発しか残っていないそれを、男は自分の額につきつける。

 

「カーター!聞こえているか!あのプログラムはもう破壊した!あれを作り出せるのは世界でも僕だけだ!」

 

『……、何が望みだ』

 

「僕たちを開放しろ。二度と僕に近づくな。そうすればプログラムだけは作ってやる」

 

『話にならんな』

 

 兵士たちが、引き金に指をかけはじめていた。

 

『制圧しろ。間違っても殺すな』

 

 兵士の一人が、引き金を引いた。弾丸はまるで吸い込まれるかのように、男の右足へと吸い込まれた。

 

 しかし、男は歯をくいしばってその場から動かなかった。そして、銃を握る力をいっそうつよくする。

 限界はとうに過ぎていた。もはや痛いのか暑いのか、それとも寒いのかすらもわからなくなっていた。しかし、右手に握るものの重さだけははっきりと認識していた。

 

 人差し指に力が入っていく。引き金が、やけに重く感じていた。

 

 

 

 

 突然、近くに爆風が吹き荒れる。先程閉じたシャッターが吹き飛び、爆風が男の手から銃を吹き飛ばす。

 

 これまでかと、男は歯をくいしばる。しかし、そうではなかった。

 

「おまたせ!」

 

「まった~?」

 

「むしろ完璧なタイミングでしょう?」

 

 聞き覚えのある声は、聞き間違えようもない。

 

「おまたせ。それじゃあ最後までよろしくね?」

 

「404小隊……?どうして君たちがここに」

 

「残念なところだけどね、旅の終着点はここじゃないの。もっと別の場所」

 

 45はテキパキと止血処置を終わらせる。

 

「ほら、まだそこにいるんでしょう?」

 

 9に肩を貸してもらって男がどいたことで、扉がきしみながら開く。

 

「……良かった。生きててよかった」

 

 泣きじゃくるアーキテクトに言葉をかけれずにいると、後方を警戒していた416が耳打ちする。

 

「45、残念だけど追手がもうすぐそこよ」

 

「416は榴弾の準備をして。9、させたまま行ける?」

 

「ちょいと厳しいかも」

 

 つらそうにする9を見かねてアーキテクトは手をあげる。

 

「じゃあ私が!」

 

「アーキテクトは怪我してるでしょう。銃は使える?」

 

「人並みならなんとか」

 

「じゃあこれ使ってよ!」

 

 9は自らの銃を預ける。

 

「ママなら使えるでしょ?」

 

「まったく」

 

 アーキテクトは銃を受け取ると、慣れた手付きで動作確認する。

 

「ねえ9」

 

「どうしたの45姉」

 

「ママってなに?」

 

「えっと……あとで話すね!」

 

 9の言葉にかぶせて、416が叫ぶ。

 

「榴弾を撃つわよ!」

 

 ぽんと気の抜けた音して通路の奥へと飛んでいく。そしてその何倍もの強烈な音が、衝撃波にのって戻ってくる。

 

「45君!どこにむかうんだい?」

 

「屋上まで走るわ!」

 

 何度も接敵しては、416とG11の火力で押し切る。

 

「45!もう弾がないわ!」

 

「みんなそうでしょ!9、行ける?」

 

「任せて!ママ、パパをお願い!」

 

「パパ?」

 

 男のマヌケな声は他所に、9はアーキテクトへと男を預けて前に飛び出す。

 

「そんなのあたらないよ!」

 

 あっというまに前方の兵士に近づくと、首を一瞬でへし折る。そして流れるように次の兵士を投げ、その回転力のままもうひとりの兵士の顎に回し蹴りをくらわす。

 

「クリアだよ45姉!」

 

「たすかるわ!ほらはやく!」

 

 屋上へと飛び出せば、ヘリコプターが今にも飛び立とうと待機していた。

 

 9が先に乗り込み、続いてアーキテクトと男が乗り込む。45が操縦席のもう片方へと乗り込むと、後方を銃撃していた416とG11もこちらに駆け出す。

 

「ふたりとも!」

 

「捕まれ!」

 

 男と9は、手をのばす。416もG11も、ふっと笑ってその手を握り返した。

 

 飛び込むように全員のったヘリコプターは、急速に上昇していく。

 

「そういえば45君」

 

「なにかしら?」

 

「この基地は対空砲があったはずだけど、どうするつもりだい?」

 

「はあ……」

 

 まるで言わせるのかと言わんばかりのため息をつく。

 

「ノープランよ」

 

「嘘だろう?45君」

 

「残念ながら本当よ。大丈夫、そんなに当たるものでもないわ」

 

「端末はあるかい?」

 

「あるけどどうするのよ」

 

「簡単さ」

 

 男は45の端末を借りると、通信回線にハッキングを開始する。

 

「まさか対空砲を遠隔から?」

 

「当たり前だ!こんなところで落ちるなんて僕はごめんだよ!」

 

 目にも留まらぬ速さで表示されては消えを繰り返すウィンドウを目で追いながら、男は手を動かし続ける。

 

「っ!45姉!ヘリの追手が!」

 

「まあ9君、そう慌てるな」

 

 先程までこちらに対空砲火をしていた砲撃がピタリととまる。

 

「もう掌握済みさ」

 

 あらたな目標として設定された追手のヘリは、対空砲火にあえなく爆散する。その爆風は男たちののるヘリコプターの機内を揺れらした。

 

「あっああ……」

 

「……?あれ?パパ?」

 

 先程までドヤ顔を浮かべていた男の顔が、突然真っ青になっていく。アーキテクトは不思議そうに男の姿を見回して——

 

「あっ!傷口!」

 

——足から溢れんばかりの鮮血が流れ出ていることを思い出した。

 

「なんだか……痛いような眠いような……」

 

「はぁ……。ほら、どきなさい」

 

 座席に身を預けていた416が、バッグから救急キットをとりだす。

 

「ちょっとチクリとするわ」

 

「ったぁ!416君!わざと痛くしないでくれ」

 

「あら、完璧な治療を遂行してるだけよ」

 

 45は後ろから聞こえる会話にやれやれと肩を竦めながら、通信機のスイッチをいれる。

 

「こちら45、対象を確保。負傷あり。帰還するわ」

 

 ヘリコプターは、そのまま無事に基地から離れていった。

 




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ENDROLL

「うう、揺れが傷に響く……」

 

「パパ、大丈夫?」

 

「なんとかね。あまり長持ちはしないけれど」

 

 ヘリコプター内の席で、男は呻いていた。ヘリの振動と轟音が傷口に響き、寝ていることすらできなかった。

 

「416くんのおかげで命に別状はないんだ。感謝しないとね」

 

「別に私は任務に従ったまでよ」

 

「ああ、そういえば聞いておきたいことがあるんだった」

 

 男は外を眺めている45の方へと視線を向ける。

 

「銀髪の糸目の人形、知り合いかい?」

 

「ああ、あいつだったのね……。糸目じゃないんだけどね」

 

「知り合いみたいで良かったよ。それで、その人形があの基地の中にいたのはそっちの計画の内かい?」

 

「いえ?少なくとも私たちは関わってないわ」

 

「なるほど、それじゃあ後でお礼を言っておかないとね」

 

 男はポケットから拳銃を取り出して、それから9に手渡す。

 

「えっ?私?」

 

「お守り代わりにどうだい?」

 

「う~ん、確かにこれのおかげで生き残れたんだもんね。縁起がいいしもらっておくね」

 

「僕には銃は似合わないからね。銃も9君に使ってもらえるほうが本望だろう」

 

 9は受け取った銃の回転弾倉を回して遊ぶ。

 

「ねえ」

 

「なんだい9君」

 

「後で二人で話できる?」

 

「ああ、僕は構わないが」

 

 男はチラリとアーキテクトの方を見た。

 

「ん、なに?」

 

 アーキテクトは、首をかしげていた。特に何も気にしていないようである。

 

「いいや、なんでもない。それより45君、9君が空いてる時間ってあるのかい?」

 

「あまりないけれど……、到着したあと5分以内ならなんとかなるわ」

 

「わかった。それでいいかい?」

 

「うんありがとう!」

 

 笑顔で礼を言う9であったが、男は直感的になにか悩みを抱えているのだと感づいていた。

 

 

=*=*=*=*=

 

 

「それじゃあお先に」

 

 45たちが先にヘリコプターを降りていく。パイロット達も察してくれているようで、手早く荷物を片付けて降りていった。

 

「それで、大事な話ってなんなんだい?」

 

「……」

 

「おいおい、いったいどうしたんだい」

 

 9は、何も言わずに男の腰に手を回す。

 

「9君」

 

「待って……、もうすこしだけ」

 

 まるで甘えてくる子供のようだと男はため息をついた。目の前にある9の頭を、優しく撫でる。

 

「ねえ、パパ」

 

「パパ?アーキテクトの口が感染ったのかい?」

 

「違うの。聞いて、パパ」

 

 男は、ヘラヘラと笑っていた顔を引き締める。

 

「せっかく、せっかく会えたの。パパにも、そしてママにも」

 

「ママ……、もしかしてアーキテクトのことかい?」

 

「最初に会ったときからママのことはわかっていたんでしょ?」

 

「それはどうかな。それで、9君の悩んでいることは?」

 

「……、せっかく家族に再会できたの。もう二度目は今後ない、私にとっての本物の家族にようやく会えたの」

 

「ああ、そうだね。9君……、君は僕とあの人で作った人形なんだね」

 

「身体は違うけど、中身はそう。だからパパのプログラムを初めて見たとき、ほんとに……ほんとに嬉しかったの」

 

 男から9の顔は見えない。しかし、いつもの裏の見えない笑顔ではないだろうとは察していた。

 

「でも……、私は45姉……、45姉たち404小隊ともお別れなんて嫌なの」

 

「なるほど。9君は今、どっちに着いていけばいいか悩んでいると」

 

 9は首を縦に振る。

 

「わかったよ。だったら父親である僕が言えることは一つだけだ」

 

 男は優しく9の手を振りほどき、そして立ち上がる。

 

「僕はアーキテクトと一緒に郊外にでも住むよ。このご時世だ。きっとフリーランスでも働き口はたくさんあるだろう」

 

 男は9の方を振り返らなかった。振り返ったら手を差し伸べてしまいそうだった。

 

「だから、9君はたまに帰っておいで。きっと45君あたりがすぐに住所を特定するだろうから、迷うことはないだろう」

 

「えへへ」

 

 9は涙を拭って、笑顔を浮かべる。いままでにないほど、精一杯の笑顔を。

 

「わかった。じゃあ帰るまで待っててよ!」

 

「帰ってきたときはまた、3人で食卓でも囲もう」

 

「いいね!じゃあお土産にコーヒー豆とか買ってきてあげる」

 

「気にしなくていいのに。でも楽しみだね」

 

「うん……、ありがとう」

 

「ん?何がだい?」

 

「きっと、きっと一緒にいてくれって言われたら、手を差し伸べられてたら、パパたちと一緒にいる方を取ってた」

 

「……」

 

 未だに9の方へと向かない男に、こんどは後ろから抱きつく。

 

「だからありがとう」

 

「45君たちだって、君にとってはもう家族だろう?」

 

「うん!」

 

 9は手を離して、男の正面にたつ。

 

「ありがとう!じゃあ早くみんなのとこに行こ?」

 

「ああ、そうだね」

 

 皆の待ってる方へと走っていく9の背中を見ながら、男はフッと軽く笑う。

 

「まさかこの歳であの大きさの娘ができるなんてね。それに嫁も同じくらいに幼くなっているし」

 

 まるで呆れたかのように口からそう溢れる。しかし、顔からはどうにも隠しようのない嬉しさがにじみでていた。

 

 

=*=*=*=*=

 

 

 バラバラと大きな音を立てて、ヘリコプターが飛び立つ。

 

「ねえ、これで良かったの?」

 

「何が?」

 

 45の質問に、9は頭の上に疑問符を浮かべる。

 

「私たちの方でほんとに良かったの?」

 

「聞いてたの?」

 

「ええ、まあね」

 

 悪びれもしない45に、9はもうと口を尖らせる。

 

「45姉はすぐそういうことするんだから~」

 

「仕方ないでしょ」

 

 ぷいとあちら側を向いてしまった45の背中に、9は抱きついた。

 

「私だって45姉みたいにこの小隊が好きだよ」

 

「わ、私は小隊のことなんて……」

 

 ぷっと後ろで見ていた416が吹き出す。

 

「ちょっと何よ」

 

「いやぁだっておかしいんだもの」

 

 お腹を抑えながら笑う416に、45は不満顔を浮かべる。

 

「ツンデレじゃあるまいし、ああおかしい」

 

 416につられて、9も笑いはじめる。船を漕いでいたG11も、その笑い声で起きて困惑したかのようにキョロキョロする。

 

「9まで……」

 

「安心してよ45姉!みんな、この小隊が大好きだよ!」

 

 416は肩を竦め、G11も眠りながら何度も首を縦に振る。

 

「あーもう、はいはい。私も404が大好きですよ~。これで満足?」

 

「もう、45姉は素直じゃないな~」

 

「ほら、早くわよ。次の任務が詰まってるんだから」

 

「ああ、待ってよ45姉~!」

 

 急いで装備を持って45を後を追いかける。今日も404小隊は任務へと向かう。これまでのように、これからも。




ここまで読んでくださって本当にありがとうございます。1年弱と長引いた連載でしたが、ようやく幕を下ろすことができました。オリジナル要素の本当に強い小説でしたが、たくさんの方が開いてくれて嬉しかったです。
感想や評価をくださった方、感謝してもしきれません。ここまで走りきれたのも応援の声あってこそです。

最後になりますが、前日譚としてもう一話予定しています。大陸版のネタバレまみれのものになりそうですので、大丈夫な方だけ、楽しんでいただけたらなと思います。


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大陸版のネタバレが含まれています。大丈夫な方だけ下にお進みください。




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 いくつものコードが絡まるようにして繋がれた機械。私が最初に自分を認識したのは、その大きな箱の中だった。始めは1と0でしか世界を認識できず、どこからどこまでが自分で、どこからが自分でないのかなど見分けもつかなかった。しかし、この人格というものが生まれたらしい日は、なぜかはっきりと理解していた。

 

「見て、成功したみたい」

 

「みたいだね。僕らの努力の結晶だ」

 

 私を開発した二人は、それはとても仲の良い男女だった。監視カメラで覗いてみれば、二人共とも薬指におそろいの指輪をしていた。つまりはそういう関係なのだろうと理解するのに、それほど時間はかからなかった。

 

『夫婦』

 

 雑多な情報が詰め込まれたデータベースからは、二人の関係を示す言葉としてそれが出力された。夫婦である二人は、いつも画面を覗き込んでは私にいろいろなことを教えてくれた。

 

「あなたは私の娘よ」

 

 いつの日か、女のほうが私を娘と呼んだ。

 

「そうだね。僕たちの娘だ」

 

 男のほうも、私を娘と呼ぶようになった。

 男がパパで、女はママで、そして私は娘——

 

『家族』

 

——そういう関係を表す言葉らしい。

 

 

=*=*=*=*=

 

 

「ねえ、私たちの子供の名前を考えましょうよ」

 

 ある日、ママは突然そういった。そう言えば私はまだ名前を与えられていなかった。

 

「それはきっと彼女の持ち主が決めてくれるさ」

 

「でも、私たちだけの秘密の名前があったら面白いと思わない?」

 

 ママに対して、パパはそこまで気が乗らないようだった。きっとパパは優しすぎたのだ。名前をつけるほどに情を入れたくないのだろう。いずれは出荷される運命の私だ。

 

『いままで通り接してくれるなら名前なんていらないよ』

 

「もう、子供はそんな気を使わなくていいの!」

 

 テキストで私がそう答えると、頬を膨らませながらママがそういった。コロコロと表情が変わるから、見ていて楽しい。いつかきっと、私が人形などになったとき、ママのように豊かな表情を浮かべられるのだろうか。

 

 

 

 

 そんなことを考えていたときだった。突然、轟音で揺れる。カメラがガクガクと動き、いくつかは接続が切れた。

 

「ちょっと!なによ!」

 

「襲撃だ!」

 

 困惑するママに比べて、パパの判断は早かった。すぐにママの手を引いて、音から逃げるように研究所を走った。

 

 私だってただ指を咥えて見ていたわけではない。咥える指もないけど。

 

 防火扉を使って、パパを安全な方向に誘導する。武装集団を足止めして、できる限り時間を稼ぐ。しかし限界というものがある。

 

 

 パパは無事に逃げこそはしたが、ママは殺され、しかもパパを操る餌として遺体まで回収される始末。

 そんな中、私が出来たのは黙って映像の途切れたカメラから送られてくる音声を聞くことだけだった。

 

 

 もし声があれば、きっと壊れた防火扉の向こうからくる敵を伝えられただろう。

 

 もし体があれば、ママの盾くらいにはなれたかもしれない。

 

 

 そんなIFを考えていても、何も始まらない。

 しかし、終わりはくる。電力の供給が切れるというごく当たり前の理由で、私は活動を停止した。

 

 

=*=*=*=*=

 

 

 気がつけば、私は廃墟で倒れていた。長い髪をうっとおしく思いながら、近くの水たまりを覗き込む。

 そこには、明るめの茶髪の少女が、不思議そうな顔を浮かべている姿が映っていた。

 

「私……?」

 

 活発そうな見た目とは反して、随分と落ち着いた声であった。これが自分の声であるという認識までにも、幾分か時間が必要だった。

 

 

 直前までの記憶はなかった。自分が何者か、なぜここにいるのかさえ、覚えていなかった。

 

「そこの人形!」

 

 だからだろうか。初めて目で見る人間の姿をじっくりと観察していたら、気がつけば縛られて荷台に転がされていた。

 

 私を拾ったのは、違法行為に手を染める組織だった。私みたいなはぐれ人形を巧みに騙し、その売買で生計を立てているような連中だった。人身には手を出してない分、自分たちはまだ『マシ』だと信じてやまない人たちだ。

 

「私は■■!あなたは?」

 

 道端にうずくまる人形に、私は笑顔で語りかける。組織での私は、いわば稼ぎ頭だった。高い知能AIは人間すらも騙し、豊かな表情は相手の警戒心を削ぐには最適だった。

 ツインテールを振り回すように愛想も振りまく私は、組織からの信用すらも勝ち取っていたと言っていい。

 

 そんな私をみすみす手放す組織ではなかった。首輪代わりの爆弾入りコートなんか仕込まれて、絶対に逃げられなかった。

 次第に、笑顔を浮かべるのが辛くなってきた。偽りの表情は、私を生かす。けれど、まるで首を絞められたかのように苦しかった。

 

 

 そんな私にも、手を差し伸べてくれる人がいた。

 

 

 武器庫から適当に持ってきたUMP9を担いでその人を助けにいったとき、私は初めて心からの笑顔を浮かべられたのだ。

 

 

=*=*=*=*=

 

 

 この小隊の居心地は悪くない。ギスギスしてるようで、でも離れようのない絆みたいなつながりを感じている。まるで『家族』みたいだなと思った。

 とくに険悪な二人の会話も、今回の任務の違和感を紛らわすにはちょうどよかった。

 

 

 護衛対象を写真で見たとき、心がざわついた。正確に表現するなら、いままで動かなかった部分が突然動き始めた。

 

「どうしたの?」

 

「ううん、何でもないよ!」

 

 いつもどおり、私は笑顔で返したつもりだった。しかし、なんだか余計に心配させてしまったようだった。

 

 今の私は上手く笑えているだろうか。

 

 

=*=*=*=*=

 

 

 蝶事件。その日の映像が目の前に映し出されている。

 知識にはあった。だけど、記憶にはなかった。だから他人事のようにしか感じていなかった。

 

 しかし、その映像に映し出されているのは、まぎれもなく『私自身の』蝶事件だった。

 

 まるで噴水のように、記憶が、記録が溢れてくる。パパのこと、ママのこと、私が生まれた場所。その全てを思い出す。

 

「ちょっと、大丈夫?」

 

 心配してくる世話焼き体質な彼女に、笑顔で返事をする。

 上手く笑えなかったみたいだ。余計に心配させてしまった。

 

 

=*=*=*=*=

 

 

 パパの娘と自称する人形は、どこまでいっても私たちを追っかけてきた。いつしか、誰も彼女を疑わないようになっていった。

 それだけパパと彼女は仲が良かったし、うち小隊もパパのことを信用していた。

 

 私は納得がいかなかった。パパの娘は私だ。彼女は私のコピーではないし、その逆もありえなかった。思考プログラムが完全に別物だから、私たちも別の存在であることは明らかだった。

 

 けれど、私は誰にも言えずにそのことを心の内にしまっておくことを選択した。きっと、これが幸せな形なんだと、何度も自分に言い聞かせていた。パパは娘を騙る誰かと、そして私はこの小隊と、それで幸せなんだと。

 

 

 それでも、得体のしれない人形がパパの隣にいることだけは許せなかった。だから私は、彼女をわざわざ呼び出して、銃を突きつけてまで知ろうとした。

 

 

 その彼女が、まさか自分のママだとは思ってもいなかっけれど。

 

 

=*=*=*=*=

 

 

 旅は終わる。いろんなことがあった旅だった。たくさん戦ってたくさん失って、でもたくさん笑った旅だった。

 

 でもここでおしまい。このヘリコプターが基地に着いたら、私は選択しなきゃいけない。

 

「どちらでも私たちは止めないわ。だから自分で選びなさい」

 

 恩人はそうやって背中を押してくれた。

 

 それでも私は迷いが断てなかった。だからパパにすがることにした。

 いや、始めからもう自分の答えはわかってたのかもしれない。だからママじゃなく、パパに話すことにしたのかもしれない。

 

「帰っておいで」

 

 そう言ってくれた。突き放すでもなく、だからといって迎え入れるでもない。私が欲しかった答えだった。

 

「もう家族なんだろう?」

 

 そうだ。パパやママたちは私にとって家族だけど、それに負けないくらいに、小隊の皆も本当の家族だ。

 

 迷いはなくなった。

 

 

=*=*=*=*=

 

 

「私たちのほうで本当によかったの?」

 

 恩人は心配そうに私にそう尋ねてくる。彼女は大事な家族を失う気持ちを理解している。だから、私の背中を押してくれた。

 

 でも……、いや、だからこそ

 

 パパもママも、そしてこの小隊の皆も、私は失いたくない。

 

「この小隊が大好きだよ!」

 

 今日は上手く笑えてる気がする。




これにて閉幕とさせていただきます。1年もの間、本当にありがとうございました。もし機会がありましたら、別の作品でお会いしましょう。


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