Pick the Lock!! (すもも飴)
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一割の非日常が日常の街で

檻鍵コンビはいいぞ

GH:Cに限った話じゃないけれど、シャンフロってほぼ設定だけのキャラでも魅力的ですよね



――果たしてここ数年、この街の夜が静かなままに終わった日はあっただろうか。

 

ヴィランが悪事を働いたからヒーローが現れたのか、ヒーローが守ろうとする価値がある街だからこそヴィランがやってきたのか。今となっては分からないものの、この街の暗闇はいつだって騒動のタネになる。

 

中心部ではなにやら爆発があった。郊外でも強盗未遂、裏路地では小競り合いが二、三件。居場所も立場も関係なく、ごたごたはいつだって平等に降り注ぐ。

そしてそんな騒がしさと同じように、夜が明ければ誰にでも朝はやってくるのだ。

 

 

 

 

「お、じ、様ーー!!」

 

ノックと呼び声から数分後。扉を開けて一瞬、胴を狙って飛び出してきた少女の両腕は、標的がかわしたことで空を切った。そのまま奥に突っ込んだものの、器用にもすとんと着地した彼女をげんなり顔で見送ったのはこのボロ屋の家主だ。

 

朝から元気でおめでたいことだが、毎日失敗しても飛びかかってくる辺り学習機能は壊れているんだろう。今更になって聞こえてきた「おはよう(Good)ございます(Morning)!」という律儀な挨拶に胸焼けを覚えつつ、鎧の中で渋顔を作った彼は後ろ手でドアを閉めた。

 

「おじ様! おじ様聞いて、今朝はひどい目にあったの。 あんの卑怯者……そうだ、私べたべたしてたりしないよね!?」

 

「……近頃の学校には国語って科目はねえのか? せめて重要なことだけ話せ」

 

「重要なこと……、べたべたしてない!?」

 

「……してねえよ」

 

……そもそも、べたべたしたまま飛びつくつもりだったのか。

 

いつにもまして騒がしい少女は、脳ミソを整理するように言われおとなしくキッチンに向かった。何やら物音が聞こえるので、どうやらいつもの渋い飲み物を作っているようだ。キッチンの棚から取り出したポットが明らかに少女のものであることについては……まともに考えたら、朝から活力をすべて奪われそうだ。

 

呼ばれても構わず悠々と過ごしたので机の上にはコーヒー位しか残っていないが、もう数分もすれば緑色の茶がここに追加されるのだろう。スプライトでも飲んでいそうなガキンチョの割に、相変わらず変わった趣味をしている、とよく動く後姿を見て思う。

 

「おいガキンチョ、近頃当たり前のような顔してここに来るが、引っ越しのお知らせなんて配った覚えはねえぞ。毎度どうやって俺の拠点を突き止めるんだ」

 

「一つ前の拠点が吹き飛んだのが……えーっといつだっけ? とにかく、おじ様みたいなヴィランが新しく拠点なんて構えたらすぐ分かるわよ! 裏通りの住人が一帯全部引っ越すんだから」

 

ヒーローの情報網は優秀よ、と言いながら火を止める少女。どうやら無事モーニングティーの準備を終えたらしい。自分の椅子と決めているらしい木箱に座り、くるくる回る茶葉を眺めるその姿は、どう見てもヴィランの拠点に乗り込んだヒーローのものではない。対面でしかめ面をしているヴィランの反応も、通常のものではないが。

 

未来から来たヒーローであるロックピッカーと、特級ヴィランのカースドプリズン。彼らの友好ともとれる関係について知る者はほとんど居らず、少数の関係者であってもいまいち理解できていない。少女が敬愛をぶつけ、呪鎧は邪険にあしらうものの、何だかんだ本格的な衝突は起こらない。その関係が生まれた理由を両者以外誰も知らないあたりも含めて、傍から見れば奇妙だろう。

 

そもそも、一度暴れれば甚大な被害をもたらすカースドプリズンと殴り合い以外の関わりを持つヒーローが現れたこと自体、異常事態ではある。

――とはいえ、ヒーローや一般人から見ればヴィランを近くで見張っているという考え方もできるし、少しでも暴れる頻度が下がれば儲けもの。ヴィランサイドの意見は色々な意味で封殺されるため、今日も彼女は「おじ様」に会いに来ている。

 

その辺りの事情もなんとなく察しているカースドプリズンだが、とりあえず放っておこうというのが今の方針だ。少なくとも敵ではないガキンチョに目くじらを立ててやるほど短気でもなし、もし目に余るようならその時考えればいい。……そうやって半ば放置していた結果があの棚の中身ではあるが。

 

「で? どんな愉快な目にあったんだ」

 

問われた少女はぱちぱちと目を瞬かせると、そうなの! と机をたたき立ち上がった。勢いで机上の液体が大きく揺れる。忘れていたのかという視線に構わず、ロックピッカーは演説を始めた。

 

いわく、彼女は今日も早朝からハイスクールとこの辺りを結ぶ巡回ルートを見回っていたらしい。顔なじみの店で雑談の拍子にもらったリンゴを齧りつつしばらく歩いていたところ、屋根の上に奇妙な影を見つけたのだという。

 

「工事のじいさんでしたってオチか?」

 

「茶化さないで! あれは間違いなく悪者よ、朝っぱらから顔を隠して人様の家に登る奴だし」

 

もっと言うと、あれは絶対にヴィランだったわ。妙な力を感じたから。()()()で見たことは無い、と思うけど。

 

その後、素性を問いただそうと話しかけると、謎の影は隠れるように屋根の奥に消えてしまった。ロックピッカーはその時、昨夜起きた事件の中に犯人が捕まっていないものがあったことを思い出し、そのヴィランを関係者と疑ったのだという。

話を進めるにつれ、段々と声の調子が沈んでいく。

 

「見失ったらいけないと思って、つい考えなしに屋根に飛び乗ったんだけどね。向こうはそれを読んでたみたいで、黒いもやもやみたいな攻撃を当てられたの。ニュービーみたいなミス。笑えないわ」

 

その感触を思い出したのか、ロックピッカーは眉をひそめた。

 

「何というか、……ほんっとうに嫌な感覚だった。ぞわぞわするし、ひんやりするし。傷は無いのもまた不気味だし。それで警戒してるうちに逃げられちゃって……。おじ様ももし見かけたら気を付けてね、まだ気持ち悪い感じがするもの」

 

「はっ、この忌々しい鎧をぽっと出のヴィランが抜けるかよ」

 

「――でも、本当に!」

 

突然大声を出した少女に、鎧の中でいぶかしげな表情を浮かべるカースドプリズン。その反応に、自分が変な言動をしたことに気づいたロックピッカーは、すとんと木箱の上に座った。そのままぬるくなった緑茶を呷り、空になったマグをそっと机の上に戻す。つられて逸れた視線を上げて、彼女はもう一度口を開いた。

 

「……本当に、嫌な感覚だったのよ」

 

……まあ、実害はないけどね。べたべたもなかったみたいだし!

 

やけに明るい声を出して少女は立ち上がった。もう少しゆっくりしていたいが長話はしていられない。平日なので、ティーンならヒーローでも学校にいかなければならないのだ。

あわただしく片づけをし、玄関扉の方へ。

 

「じゃあねおじ様。また明日!」

 

「明日も来るのかよ。――ああ、それと」

 

不思議そうに振り向いた少女に、カースドプリズンはただ伝えた。

 

「もう一度言うが、そんな雑魚に俺の鎧は抜けねえよ。ガキンチョはおとなしく自分の心配でもしてろ」

 

その声が、まるで一片の疑いもない常識を語るような声音だったので。

 

「……ガキンチョじゃないわ! 私はヒーローなのよ、おじ様。ヒーローに心配なんていらないんだから!」

 

なんだか心が軽くなったロックピッカーは、子供のような軽口をたたいて学校へ向かった。

 

 

 

 

「次会ったらバラッバラにしてやるわ……」

 

一時間後、彼女の機嫌は地の底まで落ちていた。

物騒な言葉が聞こえたのか、男子生徒が慌てて進路を譲る。それにも気づかず、いつもは愛想のいい少女は仏頂面でハイスクールの廊下を進んでいった。

 

(運を悪くする効果でもついてたのかしらね……!)

 

朝の会話を終え、しばらく歩いたバス停から今日の不運は始まった。最後尾に並んでいた私を無視してバスが発車してしまったのだ。一応正体を隠しているから追いついてしがみ付く訳にもいかず、時間もないから隠れてここまで走る羽目になった。これが一つ目。

 

いくらヒーローでもバスの距離を走ればそこそこ疲れる。喉が乾いて、ドリンクでも買おうと売店のレジに並んだら誰もいなかった。しかもいくら呼んでも誰も来なくて、たまたま休憩に入った店員さんを捕まえていなかったら危うく遅刻するところだ。これが二つ目。

 

極めつけは三つ目! 曲がり角でぶつかった相手にコーヒーをかけられて! お気に入りのスカートが汚れて! しかもわたわたしてる私に目もくれず歩いていった! ぼんやりしてたこっちにも非はあるけど、ちょっとくらい気にしてくれたっていいじゃない……!

 

そんなことが起きるたび、朝攻撃を食らった左腕あたりにしびれた感覚があったことから、どうやらヴィランの仕業らしいと気づいたのがついさっき。つまりコーヒー男に罪はないのだ。ヒーローらしく笑って許して、その分のエネルギーは全部アイツへの対策に回そう。

軽く洗う時間しかなく、仕方なく体育で使おうと持ってきたジャージを履いている彼女は世の理不尽と朝のヴィランに怒っていた。若干振り回し気味にスカートを入れたレジ袋を揺らし、教室の方へ。

 

別のヒーローに協力を仰ぐのもいいかもしれない。もし私の気分を悪くすることが狙いなら大正解よ。お望み通りけちょんけちょんにしてやるわ。

 

何かしないと気が済まない彼女は、とりあえずロッカーから仕事道具をバックパックに移して教室のドアを開く。始業前、ほとんどの生徒が揃いざわざわした空気を感じながら自分の席に向かった。

窓際のこの席は日当たり良好で、夏はともかく寒い時期は過ごしやすくてお気に入りだ。荷物を横にかけ、椅子の下の教科書を机の上へ。早足で来たからか、遅れていた割には数分の余裕があるようだった。

 

「聞いてよアニー、今日は朝からひどい目にあったの」

 

ノートをめくりながら隣の友人にそうぼやいたが、目的のページにたどり着いてもおしゃべりな彼女からの返事が返ってこない。不思議に思って見ると、彼女はぼんやりと時計に目をやっていた。

 

「アニー、アニーってば」

 

何度呼んでもこちらを向かないことにしびれを切らし、肩をつついてもまだ無反応。両肩をつかんでゆらゆら揺らしてようやく、彼女は顔をこちらに向けた。

 

しかし。

 

「ねえ、どうしたの……?」

 

その目はどこかに向いたまま。私を透かして向こうを見ているような視線に背筋が冷たくなる。朝の痕がまたびりびりと疼いた。彼女はそのままあたりを見渡して、不思議そうな顔をして。

 

「……あ、ごっめん! 絶対さっきから話しかけてくれてたよね!」

 

夜更かししすぎたかな、ほんとごめんね、とこちらを見て話し始めた友人は普段通りだ。始まったおしゃべりに大丈夫よと返しつつ、そっと左腕を撫でた。

 

――もしかすると、想像よりまずいことになっているのかもしれない。

 

 

 

 

色々試してみた結果、どうやら私の行動は他の人から極端に気付かれにくくなっているようだった。少なくとも、授業中に立ち歩いても誰も反応しない位には。さっきの友達もこちらを向かなくなってしまったことに、つい寂しさを感じてしまい頭を振る。解決したらいくらでも時間はあるんだから。それまで歓談はお預けってだけよ。

 

とりあえず、よほどのことをしない限り怒られることもないということで、堂々とメモ帳を広げて作戦を練りはじめる。熱血教師のダニエルには悪いけど、次の授業はきちんと受けるから許してほしい。

とにもかくにも情報整理だ。今朝のヴィラン、アイツのせいで今の事態が起きていると考えて間違いないはず。数分間の出来事を繰り返し思い出しながらペンを走らせる。

 

屋根の上にいたこと。私が向こうを見つけた時にはもうこちらに気付いていたこと。妙な攻撃を放って、当たるととっても不快であること。

攻撃に当たると他人から気付かれにくくなる。学校に着く前は人にぶつかることもなく歩けていたことから効果は遅効性、もしくは段々強化されていくようだ。これ以上悪化したら……考えすぎるのもよくないか。今は分かっていることを書き出すのに集中しよう。

 

逆光で外見はよく見えなかった。ゆったりした服を着ていたのもあって詳しい体格も分からないけど、多分人型の男性。……何度思い返しても、顔はさっぱり思い出せない。

 

初めて会うヒーローやヴィランを()()()()()()()()()ことが多いのは私の強みだけど、あんなヴィランは見たことがない、はず。

断言ができないのは、ほんの少し既視感があるから。気のせいで片付けてしまえるレベルだけれど、一応メモに書いておく。

 

まあ、顔覚えに自信があるとはいえ凝った変装を見抜く技量はないし、そもそも今までだって知らないヴィランと戦闘になったことは何度もある。

知らないっぽい、ということ自体が手がかりになるとは言えないけれど、逆に言えば特別やりにくい訳でもないはずだ。

 

途切れ途切れに動いていたペンは、休憩を知らせるベルと同時に机に置かれた。控えめに伸びをした少女の表情は晴れない。

 

「分かってはいたけど、情報が少なすぎる……」

 

思いつくことは全て書くつもりでいたのに、一コマ分の時間で覚えている情報を書ききってしまった。ガヤガヤと移動していくクラスメイトに混じって廊下へ出ようと立ち上がったものの、皆遠慮なくぶつかってくるので諦めて座る。落ち着くまでおとなしくここで待つしかなさそうね、とスナックを口に放り込んだ。

 

流石にこのままだとヒーロー活動そのものが成立しない。気配を消せるのは案外役に立ったりするかなとも思ったけど、扱えない力は重荷にしかならない、というやつだ。新人時代に散々言われた言葉、まさかこんな形でもう一度身にしみるとは思わなかったな。

 

「もう帰って支部に行こうかなあ」

 

これでは作戦の立てようがない。この地域一帯のヒーローを統括しているあそこならあのヴィランの影響を受けない人もいるだろうし、早めに協力を仰いだ方がよさそうだ。誰にも認識されない独り言をつぶやき、人気の少なくなった教室を出ようと立ち上がったその時。

 

窓の外、グラウンドの向こう側から爆発音が聞こえた。



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寄り道は手短に

シャンフロ三周年おめでとうございます!!
お祭りにかこつけて更新



「なんだ、爆発!?」

 

「二つ先の通りよ! セントラルパークに、早く!!」

 

街角に響いた爆音。それを聞いて真っ先に動いたのは善良な一般市民達だ。

爆発したのが何なのかとか、どんな風になっているのか確認するのは後回し、とにかく爆発から距離をとろうと逃げていく。ある意味騒動に慣れてしまっているこの街の住人は、パニックを起こすこともなく迅速にその場を去った。

 

逃げる人々の波をかき分けるように警官の一団が現場へ向かっていく。その様子を数ブロック離れた裏路地から見ていた青年は、パトカーらしき赤と青の光が通り過ぎたことを確認して双眼鏡から顔を上げた。

 

「親父、上手くいったぜ!」

 

数秒の沈黙。不思議そうに首を傾げた男がもう一度口を開く前に、そのひざ裏を鋭い突きが襲った。情けない悲鳴を上げてしゃがみ込んだ男。その足下から、懐中電灯を持った初老の男性が現れた。

 

「いっっづう!?」

 

「大の男が情けない顔してんじゃねえよサム、ほら運んだ運んだ」

 

「親父が叩いたからじゃねえかよう……!」

 

親父と呼ばれた初老の男性に続くようにマンホールから現れた一団が、抗議する青年をたたいたり小突いたりしながら近くの倉庫へ入っていく。その手に握られているのは大小様々な箱たち。数日前に彼らが宝石店から盗み出したものだ。

 

先に着いた人間が地下の者から受け取ったそれを倉庫の車へ積んでいき、その量はそこそこな規模になってきていた。ところがまだ終わりではないようで、手持ちぶさたになった数人がマンホールの中をのぞき込んで何事か話している。

 

計画ではすぐにこの場を離れる予定だったのに、まだその様子が無い。いつ警官が来るか気が気でないサムは、辺りを見渡しながらその集団に話しかけた。

 

「なあ、大体は積めたんだろ? さっさと行こうぜ……」

 

その言葉に、傷跡を見せつけるような格好の者やタトゥーを入れた大男が反論する。

 

「そうは言ってもねえ、いくら重たいからって折角の大物を置いていくのは御免ですよ」

 

「全くだ。これを運び出すために俺らとお前の親父さんがどれだけ危ない橋を渡ったか……」

 

「大体な、てめえが入れてほしいって言ったから連れてきてやったんだ。ごちゃごちゃ言ってんなら手伝え」

 

そのやりとりを眺めながらため息をついた「親父さん」は、先ほどから周りに指示を仰がれては何言か話し、道の確認や装備の割り振りを行っている。荒くれ者に見える男たちも素直に従っているようだった。

 

そうこうしているうちに話がまとまったようで、マンホール周りにいた男たちが中へ入っていく。一番の目玉である金庫を、全員で引っ張り出そうという話らしい。

 

会話からはじき出されてしまったサムは仕方なく、荷台に腰掛けた父の元へ歩き出した。親父の言うとおり、故郷で畑仕事をしている方が自分の性には合っているのかもしれない。

 

確かにまだ警官の姿はないし、全部持って行きたいとごねる彼らの意見に親父も頷いた。昨日の作戦に参加さえしていないのに、小心者の自分だけがもう帰りたい気持ちでいっぱいだ。

 

だって恐ろしいじゃないか。いくら()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を狙ったんだとしても……。

 

その光を彼が見つけたのは偶然だった。たまたま下を向いていて、水たまりに反射した何かを追うように上を向いたから。ところがその「何か」は見当たらなくて、おかしいなと首をかしげたその足下を、何か小さなものが転がって……。

少しの音も伴わず、ただ激しい光がマンホールの中で炸裂した。

 

 

 

爆発音がしたから飛んできてみれば。

ロックピッカーは、暗闇を取り戻した地下道を見回した。

 

現場へ向かう最中、無断で屋根の上を借りていたパトカーから無線が耳に入ったのだ。「爆発による被害はほぼ無し」。そして「騒ぎの首謀者らしき一団がグリーン通りの路地裏にいるとの通報あり」、と。

ならばとそちらへ飛んでいき、見るからに怪しい団体がこそこそやっているのを見つけたのがさっきの事。

 

暗闇に目が慣れた連中をまずは閃光弾で怯ませ、さっさと伸してしまう作戦は思っていた以上に上手くいった。何しろ、攻撃しない限り気付かれないのだ。

蹴りが当たっても倒れなかった何人かは一瞬私の姿を目で追うそぶりを見せたが、二撃目で大人しくなったので特に問題ない。

 

ただ、試しに正面から殴りかかったのに無反応だったときは別の意味で冷や汗が流れた。悪化してるなあ、どう考えても。

そこらに転がる者達の懐を漁ると、銃やナイフなど物騒な物が大量に出てきたので手持ちの袋に詰め込む。武装解除して軽く縛って、と一味全員無力化したところで違和感に気付いた。

 

(肝心の火薬も、爆弾も無い)

 

あの規模の爆発なら、高い技術か大量の火薬が必要だ。どちらにせよ、本命のついでにいくつか持っておくのが普通。ヴィランの能力だったならそうでもないけれど、流石にそんな奴が混じっていたならここまで楽に制圧できていない。

 

——どちらにしても、取り逃しがいる。

その考えに至った時、頭上の蓋が大きな音を立てて閉められた。

 

 

 

助手席に縮こまったまま、様子を確認してきた父を待っていた青年は、マンホールに重しを乗せて運転席に乗り込んだ彼に悲鳴交じりで尋ねた。

 

「お、親父! 皆はどうするんだ、それじゃあ逃げられねえ!」

 

「もう全員縛られて転がされてた。武装してたってのに命があるだけありがたいだろうよ。ずいぶんお優しいヒーローなんだろうな」

 

それか、そんなの気にしねえくらい強いかだ。エンジンキーを回しながら告げられたその言葉に、振り返ろうとしていた体が固まる。

 

銃を持った大人数が一人も上がってこないことに不安を募らせていたけれど、「ヒーロー」ならむしろ当たり前だ。善良な市民には全幅の信頼を寄せられるが、脛に傷持つ者には恐怖さえ抱かれている絶対的な強者。少し前までは信頼する側だったからこそ、その強さに疑いは持っていない。

 

彼らに会ったら、俺たちじゃ絶対勝てない。だから昨日から地下に隠れて、降って湧いたはずの好機を狙ったのに。

 

「ああいう人種が予定通り動くと思っていたあいつらが馬鹿だった。悪どいことで金を稼ごうとすれば、ああやって頭を冷やす羽目になるんだ。

……お前も懲りたろ。もう悪さなんて考えるんじゃねえぞ」

 

だから反対したんだ。苦々しくそうつぶやき、車を発進させようとする父に、それ以上言い募ることは出来なかった。気まずさに、窓の外へ目を逸らす。

 

「……へ?」

 

確かに閉められた筈のマンホールの蓋が、ぽっかりと空いている。明らかな異常に目を見開き父へと振り返る青年。

そこで見たのは、訝し気にこちらを向いた父と、その背後で開いていく運転席のドアだった。

 

「親父!!」

 

叫んでももう遅い。一瞬で車外に引きずり出された父に必死で伸ばした腕が、逆に何かに捕まれる。鼻をかすめる火薬の匂い。声を上げる間もなく宙を舞った彼が最後に見たのは、この場にはあまりにも不釣り合いな少女だった。

 

 

 

「他には……いないかな」

 

倒れ伏した片方に近付き、周囲を見渡したロックピッカー。この路地裏にあった車は一応細工しておいたし、車があるのに徒歩で逃げるのは考えづらい。……もう少し焦らずに動くべきだったかもしれないけれど。

 

まあ、リーダーは見つかったからオッケーってことにしよう。そう思い直して、倒れた男を靴先でつつく。

 

「狸寝入り、バレてるわよ()()()()

 

「……性格悪ぃな」

 

「ありがと。大人しく捕まるなら、これ以上手荒な真似はしないわ」

 

「そいつは出来ない相談だ。——こっちにはまだ手札があるんでね」

 

ふてぶてしい顔を崩さない男がこちらを見上げ、その肩越しに視線を走らせる。その瞬間、背後上方で熱気が膨らんだ。とっさに前方へ転がる。

 

「……あの爆発は、お前が」

 

頭上で響いた炸裂音。被害はないが、その隙を突かれ距離をとられた。にんまりと笑った男が口を開く。

 

「名乗りが遅れたが、俺ぁいわゆるヴィランって奴だ。お嬢ちゃん単独じゃあきついだろ? そのかわいい顔を吹き飛ばされたくなければ、さっさと俺の視界から消えることだな」

 

「……映画とかドラマ、見た事ないの?」

 

「は? ……っ」

 

一瞬眉をひそめた男に構わずその懐へ飛び込む。一撃目の拳は避けられ、それならと続くのは姿勢を低くした足払い。体勢は崩したものの不発、男の視線が向いた足元が軽く弾けるのを跳んで回避し、掴んだ石をけん制代わりに投げ次の手を。

と、意外にもそれがクリーンヒットしたので素直に蹴りを一発。あっさりと終わった。

 

ちょっとした肩透かしだ。そして、そのお陰で色々と状況が見えた。

 

「……あのねえ。さっきの、2秒でやられる三下の台詞よ。あんな小石が息子に当たるのを心配する人間なんだったら、もっとそれらしいこと言ってよ」

 

爆発はどうにも苦手な上、発動条件まで似ていたからつい強めに蹴ってしまった。今度こそ動く気配のない男は、拘束しなくてもしばらく立ち上がるのは難しいだろう。

 

そう、冷静になれば色々分かるのだ。男がずっと息子らしい青年が倒れている路地を背中に庇っていたのも、逃げるだけが目的の割には憎まれ口が多いことも。逃げられないとしても、息子の事はしばらく思考に上がらないようにしたかったんだろう。もっと言えば。

 

「あなたの能力、正確には爆発じゃないんでしょ。爆発したように見せるのと、……軽い熱風? 初めて見た」

 

「……あぁそうだよ、ただのこけおどしさ。本当に性格わりぃな」

 

「さっきも言ったけど、私にとっては褒め言葉だからね。……心配しなくても、もしやったのがそのこけおどし位なら、息子さんもあなたも軽い刑で済むわよ。

今丁度、善悪細かーく見分けるヒーローがこの地区に来てるの。警察に捕まる前に、そっちに出頭するのをおすすめするわ」

 

「お前、この足で歩けってのか」

 

「あいにく急いでるの。 ……そうだ、急いでたのに!」

 

ああ、車はどれも動かないからね! 一回乗ると中からは開けられないからよろしく!

 

突然慌てた様子になったヒーローは左腕に目を向けると、そう言い残して地を蹴った。一瞬で屋根の向こうに消えた少女、その足元が若干ひび割れているのが見えて、少しどころじゃなく手加減されていた事を男は察する。

 

多少普通じゃない能力があってもヒーローやヴィランになろうとは思わなかった、若い自分の判断は正しかったんだろう。そして今回は間違えたから、こうしてここに転がされている。

 

「出頭、ったってなあ……。もうサツも呼んであるのに、どうするかね」

 

無防備な脇腹を蹴られた痛みはまだ続いている。普通の人間よりほんの少し丈夫にしろ、元気に歩くのは無理な話だ。あいつの話が正しいなら車も使えないのに、どうやって辿り着けというのだろう。

 

それでもせめて、と振り返ろうとした耳に、なんとも言えない騒音が情けない声と共に近づいてきた。

 

「親父ぃーー! 目ぇ覚ましたのか! ……ところでヒーロー、親父が追っ払ったのか?」

 

「……馬鹿言え。急用があるからって、ボコるだけボコって行っちまったよ。……それは?」

 

「逃げるんだろ? 俺じゃ親父を運べねえからさ、これに乗せて車まで」

 

聞くと、目が覚めてすぐ倒れている俺が目に入り、慌ててそこらの荷台を持ってきたという。押してきたそれは、裏路地に捨てられていただけあって壊れかけだ。乗ったら打ち身がどれだけ痛むか、想像するだけで眉間にシワが寄る。

 

「車は使えねえそうだよ。俺はもう少しここで寝てるから、そのガラクタ置いてとっとと行け。

ああ、逃げんのは今からじゃ流石に厳しい。ヒーローの事務所に向かえとよ」

 

「ヒーロー事務所!??」

 

全力で嫌そうな顔をした息子に顛末を説明しようと口を開く。

——開いたは、いいが。

 

「……あ?」

 

今、何を言おうとしたんだったか。

 

それを思い出そうとさっきまでそこに居たヒーローを浮かべようとしても、掴もうとした傍からするするとほどけて消えてしまう。

言葉が見つからなくなってしまった口が閉じるまでの数秒で、さっきまでの出来事はまるで起きる直前に見ていた夢のように消えてしまった。

 

「思い出せねえ。おいサム、俺はどいつにやられてここに倒れたんだ」

 

「親父、もしかして頭でも打ったんじゃ……!」

 

「おう、話を聞け。分からねえのはさっきここにいたはずの、いや、本当にいたのか……?」

 

「まさかあのヒーロー、親父の頭を心配して……!」

 

「話を聞けって、おい、待て、どこを掴むつもりだ、……! っっづ!」

 

「大丈夫だ、ヒーローならきっといい医者を呼んでくれる!」

 

少しの辛抱だ! と声を上げて走り出した馬鹿息子に、わき腹を思い切り掴まれ荷台に乗せられた自分の罵声は届かない。速度に乗り、ガタガタと揺れる荷台の上で諦めて口を閉じた。

 

通行人も、いかにも単純そうな若者が明らかに体調の悪い人間を乗せた荷台を引っ張る光景に慌てて道を譲る。まさか爆発騒ぎの首謀者だとは思われないだろう。

 

荷台が保ちますように。そう祈るついでに、この年になって学んだことを揺れる頭で思い返した。

二度と、悪さはしない。特にこの街では。それともう一つ、息子には絶望的に悪人の才能がない。

 

(分かってたことじゃあるがね)

 

あんなに嫌がっていたヒーローの拠点に向かっているのに、悪だくみ中より余程熱心に走っているのは、俺を心配しての事なんだろう。怪我人への気遣いは、教えてなかった俺が悪いか。

 

せめて分解しないことを願いつつ、男は荷台の頼りない手すりを掴んだ。

 



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