百合の少女は、燕が生きる未来を作る (しぃ君)
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主人公プロフィールと設定(7月15日更新)

 本編じゃなくてごめんなさい。

 それとお気に入りが二三件になってました!
 いつも読んで下さりありがとうございます!

 ※五月五日に情報を追加しました!


 主人公紹介(現時点での)

 

 名前:夢神 百合

 容姿:紺色の髪に、藍色の瞳。12歳にしてはそこそこメリハリのある体付きをしている。

 

 所属:折神紫親衛隊(第五席)

 年齢:12歳

 

 誕生日:1月10日

 身長:150cm

 

 血液型:B型

 好きなもの・こと:結芽・剣術

 

 御刀:宗三左文字・篭手切江(荒魂相手には二本使うが、基本的に宗三左文字の一刀流)

 流派:新夢神流

 

 長所:優しさと思いやりに溢れている。

 短所:情に流されやすい。情緒不安定になりがち(前回の所為)

 

 癖:罪悪感を人一倍感じて、すぐに謝ってしまう。荒魂を斬る時でさえ、心の中で謝ることもしばしば。

 ファッションセンス:特に気にしていない。休日出かけるときは、丈の短い百合の花柄スカートにアーガイルチェックのVネックモールニット。偶に白のベレー帽を被る。

 あまり良いセンスとは言い難いが、本人の容姿が良い為似合って見える。

 

 

『人物像』

 一人称は「(わたし)」。

 友達や困ってる人の為だったらどんなことでも出来る優しく正義感のある少女。

 争うことはあまり好まず、人助け為なら御刀を握る。

 代々受け継がれてきた『夢神流』の教えにある、「障害となる全てを薙ぎ払い、大切なもの全てを守り抜く」が信条。

 

 

 頭の回転も非常に良く、結芽と一緒に通っていた綾小路武芸学舎でも上位の成績を残している。

 結芽からは、「頭は良いけど、時々バカ」と言われていた。

 その証拠に、今回のような事例で結芽の為に自分のことを顧みない行動が分かっている。

 他の親衛隊からは「真面目で、頼りになる後輩」と言われていた。

 これにも証拠があり、同年代の者(結芽)と比べ部隊指揮もある程度はでき、雑務も真摯に取り組んでいる姿勢をよく見るからだろう。

 

 

 もう何代も刀使を輩出していない夢神家に生まれた。

 その事から化け物と蔑まれて生きていたことから、初対面の人には敬語や丁寧語の様な口調で話すことが多い。

 一定の暮らしはさせて貰っていたと言っているが、それ相応に裕福な家庭だったので今の寮での生活には慣れていない面もある。

 親衛隊のメンバーのことは基本的に大好き。

 

 

 自分のことをあやふやで不定形な存在だと思っており、そんな自分を本当の意味で見つけてくれた結芽に今までより強い愛情が芽生える。

 

 

『刀使として』

 異例も異例、およそ三歳の時に御刀に認められた逸材。

 そのことを両親は奇異していた。

 その後は、家族に認めて貰う為に家の倉庫にあった過去の資料を読み漁っては鍛錬を繰り返し、今の『新夢神流』を作ることに成功。

 資料は基本的に剣術指南書や心得の本で、鍛錬には宗三左文字を使用していた。

 やろうと思えば結芽の『三段突き』や、可奈美の『無刀取り』、寿々花の『捲き落とし』を使うことが出来る。

 

 

 元の『夢神流』はカウンターに重きを置き、荒魂を祓い清める為に作られたもの。

 百合が新しく作った『新夢神流』もカウンター主体ではあるが、一回でも相手の攻撃を受ければカウンター以外で自分から攻めることもある。

 その実力は歴代最強の刀使とも名高い折神紫と引き分ける程(お互いに本気ではない)。

 アニメ主人公の可奈美にも、余裕を持って闘える。

 試合や任務は本気で遂行するが、全力を出したことは一度もない。

 

 

 人間相手には一刀流、荒魂相手には二刀流。

 御刀一本で全力の三割、二本で六割。

 全力を出す為には、ある条件が必要。

 それを加味しても、この作品で一番強いのは全力百合or最後の方の可奈美。

 

 

 …百合がどうして反動なくして三段階迅移や四段階迅移を使えるのか? 

 三段階迅移は通常時でも、『悪鬼羅刹』使用時でも使える。

 四段階迅移は『悪鬼羅刹』使用時しか使えない。

 理由は少し可笑しいものだが、…百合は人体の構造を殆ど熟知しその反動を最低限までカットしているのだ。

 なら如何して、通常時でも四段階迅移が使えないのか。

 

 

 それを説明するのは難しくない。

 簡潔に述べるなら処理が追いつかないから。

 幾ら人体構造を殆ど熟知していても、昏倒するほどの反動をカット出来る訳が無い。

 だからこそ、百合は『悪鬼羅刹』使用時でしか四段階迅移を使わないのだ。

 

『新夢神流 奥伝 悪鬼羅刹』

 百合が全力を出した時の状態。

 脳に掛かっている安全装置や制御装置を外し、潜在能力を全て開放する。

 分かり易く言うと、通常なら一割程度しか使われていない言われている脳をフル稼働させると言うこと。

 代償は明快、筋肉や骨に掛かる負担は相当なもので筋肉をグチャグチャに骨を粉々にする。

 

 

 脳に掛かる負荷はそれ以上で、神経は焼き切れ高速で稼働させていた脳は融けていく。

 条件は一つだけ結芽のニッカリ青江を使うこと。

 

 

 基本的に夢神流を極めた者なら使うことが出来る。

 だが使う人を選び、夢神家の中でもほんの一握り程度の者しか使うことが出来ない。

 百合ですら、制限を掛けて自分一人では使えないようにするほど。

 例外中の例外として、百合の母である聖は体に掛かる負荷が殆どなかったらしい。

 

 

 本編が波瀾編に入る一ヶ月前に、体の中にナニカが居ることに気付きそれから、三分弱ほど負荷なく使えるようになった。

 

 

『龍眼』

 あらゆる可能性の未来を予測するもの。

 百合が使える理由は未だに不明。

 常人ならものの数分で発狂して廃人になる。

 その理由は、未来を視る瞬間に自分の死や、友達の死が視えるから。

 

 

 百合が普通に使えてるのは、彼女がもう壊れているからだ。

 修復不可能なほどに、心が壊れているから。

 前回、結芽を失ったあの時に壊れた。

 今の彼女は正常ではない、一応結芽や仲間が居ることで普通に過ごせているだけに過ぎない。

 

 

『周りの人間関係』

 燕結芽

 恩人であり、親友であり、ライバルであり、妹のような存在。

 いつも世話を焼いてしまう。

 結芽に向けている感情が友愛なのか、はたまた異性に向ける筈の好意なのかは本人も分かっていない。

 前回は結芽の身体に異変に対し、見て見ぬ振りを続けていたことを深く後悔している。

 

 

 大切だったから信じられなくて、信じたくなくて。

 悔やんだ末の今回。

 結芽の為に、自分の全てを懸けようとしているが、自分が居ない世界で結芽が幸せなのかを疑問に思っている。

 

 

 獅童真希

 頼れる先輩であり、鈍感さに呆れることもある。

 部隊指揮などの先生でもあった。

 真希に向けている感情は尊敬。

 前回で彼女がノロを受け入れた理由が自分や結芽にあることを知り、少しだけ罪悪感を感じている。

 

 

 此花寿々花

 気品や優雅さがある先輩にして、お姉さん。

 外交の仕方を主に教えてくれた先生。

 寿々花に向けている感情は親愛。

 前回で彼女の謝罪が今でも心に残っていて、嘘をつくたびに謝ってしまう。

 

 

 皐月夜見

 あまり多くは語らないが真面目で、優しい先輩。

 雑務や執務の殆どを教えてくれた先生。

 夜見に向けている感情は同情。

 前回で夜見が受ける暴力の数々を見たからこそ、今回は出来る限り荒事は避けたいと思っている。

 心の底では姉のように思っている。

 

 

 折神紫

 絶対に動じない、鉄の女性。

 百合と結芽には甘い所がある。

 紫に向けている感情は感謝。

 前回で荒魂ではあるが、残り少ない結芽の命を助けたのは彼女。

 その事については、感謝をしていてそれと同じくらい嫉妬していた。

 

 

 クロユリ

【挿絵表示】

 

 京都嵐山大災厄を起こした大荒魂。

 聖の曾祖母である燕との勝負に負けて、燕の体に入る。

 そこから代々受け継がれてきた。

 百合や聖に対しては、諭すような言葉で忠告することが多い。

 

 

 夢神聖

 紺色の髪に薄茶色の瞳で、体付きは百合を成長させたもの。

 泣きホクロが特徴である。

 百合に接する態度は、理想の母親像そのもの。

 龍雅からは、献身が過ぎると度々注意(怒られていた)されていた。

 

 

 夢神燕

 体付きは聖と変わらないが、髪の毛の色や瞳の色は結芽にそっくり。

 クロユリに勝負を挑み、見事勝利して穢れを一太刀にて祓った。

 百合に接する態度は、聖に似ているが友人のように軽い口調。

 

 

 

 ステータスのようなナニカ? 

 Cが普通の刀使のレベル。

 EXは規格外。

 

 

 百合(一刀流。宗三左文字)総合値 A

 八幡力:A-

 耐久:A-

 迅移:A++

 剣術:EX

 機転:A-

 

 

 百合(二刀流。宗三左文字・篭手切江)総合値 A++

 八幡力:A+

 耐久:A+

 迅移:S

 剣術:EX

 機転:A+

 

 

 百合(悪鬼羅刹・二刀流。宗三左文字・ニッカリ青江)総合値 EX

 八幡力:EX

 耐久:F-

 迅移:EX

 剣術:EX

 機転:EX

 

 

 クロユリ(二刀流。宗三左文字・篭手切江)総合値 EX

 八幡力:EX

 耐久:EX

 迅移:EX

 剣術:EX

 機転:EX

 

 

 

 この通りになっております。

 一応、参考程度に結芽のおおよそのステータスもどうぞ(本作品の中で。しかも、独自解釈)

 

 結芽(一刀流。ニッカリ青江)総合値 A-

 八幡力:A-

 耐久:F

 迅移:A++

 剣術:S++

 機転:A+

 

 

 結芽(暴走・殺念狂想。一刀流。ニッカリ青江)総合値 S++

 八幡力:S++

 耐久:F--

 迅移:S++

 剣術:S++

 機転:S++

 

 

 参考になりましたでしょうか? 

 これが、今現在の主人公設定です。

 ストーリーが進むにつれて、少しづつ変わるかもしれません。

 ウキウキしながら待って下さい!




 次回もお楽しみに!

 誤字脱字などがありましたらご報告お願いします!

 感想もお待ちしております!


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胎動編の各話解説?や裏話

 五十話突破記念の解説?回になります。
 台本形式のようなナニカでお送りするので、苦手な方はブラウザバック推奨です。

 普通の解説でも良かったのですが、面白味がないかな〜と思いこうしました。


 百合「どうも、CVが未だに決まってない主人公の夢神百合です」

 

 結芽「どーも、CVがアニメやゲームできっちり決まってる燕結芽で〜す!」

 

 

 

 今回は、本作の要であり主要人物の二人に、胎動編一話一話の解説や制作上の裏話や本編では語られなかった事を語っていきたいと思います。

 …天の声のしぃ(失踪系投稿者)です。

 

 

 まず、最初は一話から。

 一話「百合と燕」

 

 

 百合「時系列的には、アニメ本編の胎動編終了後から約一週間前後。結芽の死からあまり経っていないですね」

 

 結芽「一応、この作品内では私って一度死んでるんだよね…」

 

 百合「…それは置いといて。本編にて、私の時間遡行は神の悪戯と言っていますが、真実としては結芽の死による絶望の感情にクロユリが反応して起こしたものです」

 

 

 IFエンドの繰り返しの果てに……の奴では、何度も繰り返していましたのでお分かりだと思いますが、基本的に精神を過去に戻しているだけなので何回でも可能です。

 その代わり、精神が異常に擦り減ります。

 

 

 続いて二話。

 二話「始まりは少し遠く」

 

 

 結芽「これは、みんなの紹介ってお話なんだよね。あと、アニメ序盤かな」

 

 百合「この二話から、本編内で語られなかったことは、夜見先輩が私と結芽を下の名前で呼ぶ理由ですね」

 

 結芽「夜見おねーさんって、真希おねーさんたちのことも苗字で呼ぶからね。何で下の名前で呼ぶの?って思った人もいると思うんだ」

 

 

 一応、結芽もアニメでは『燕さん』と呼ばれていますからね。

 

 

 百合「何故、下の名前で呼ぶかの理由ですが、簡単です」

 

 結芽「私とゆりが、夜見おねーさんと一緒の出撃で、夜見おねーさんを助けたからなんだよ」

 

 百合「私も結芽も、親しい中の人に苗字で呼ばれるのは、あまり好きじゃないんですよね」

 

 

 私、しぃとしては、これが夜見を助けるフラグの一つでもあったんです。

 絆の強さを、本編より強いものにすれば、夜見も止まれるのでは?と思った次第です。

 

 

 百合「あと一つは、紫様が私の思惑に気付いていたか否かです」

 

 結芽「あの時の紫様だったら、もしかしたら分かってて行かせたのかも」

 

 百合「勿論、結芽の言う通り。あの時の紫様は薄らとではありますが、私の行動を予測出来ていたと思います」

 

 

 それでも行かせたのは、結芽の事を想っているから。

 彼女なりの気遣いです。

 

 

 またまた、続いて三話。

 三話「千鳥と小烏丸、幼い二羽の鳥とまだ若い百合の花」

 

 

 百合「タイトルの意味はそのままですね」

 

 結芽「思考が凝り固まってた頃の姫和おねーさんと、決意はあるけど覚悟が完璧ではない可奈美おねーさん。最後に、善意と強迫観念に追われる百合のこと…なのかな?」

 

 

 この三話では、本編では語られなかったことや解説は特にありません。

 制作上の裏話として、この頃の百合は不安定過ぎてキャラとして固定するのが難しかったです。

 

 

 やっぱり、続いて四話。

 四話「気が付かなかった(前回)と、気が付いた(今回)

 

 

 結芽「お話の内容としては、沙耶香ちゃんの可奈美おねーさんたち襲撃辺りに起こってた話。前回の世界で、ゆりが私の吐血を見て見ぬ振りをしたことと、見て見ぬ振りが出来なかった今の世界の事を表したタイトルだよ」

 

 百合「このお話の中で、私の決心が揺らぎ始めて違う道を模索し始めます。結芽が笑っていられる世界を作るために」

 

 

 四話も本編で語られていない事は特に無いですね。

 私自身は、このお話が百合の運命の転換点だと思っています。

 

 

 これでもかと、続いて五話。

 五話「嘘と希望」

 

 

 結芽「私への嘘と、真希おねーさんたちへの嘘、そして私を救えるかもしれない希望を表したタイトル」

 

 百合「本編で語られなかったことの一つとして、フェニクティアの正体です。…本来のフェニクティアは珠鋼、神性を帯びた金属です」

 

 結芽「今やってる琉球剣風録編で、エレンおねーさんのパパとママがS装備の研究をしていてその時は動力に珠鋼を使っていたんだよ」

 

 百合「そのコネクションを使い、アメリカに極秘密輸して最先端技術と称してフェニクティアは作られました」

 

 

 そんなに多量に密輸したら紫様にバレるだろ。

 こう思う人もいると思いますが、勿論これにも理由があります。

 理由としては、フェニクティアに使う珠鋼は本当に極少量なのです。

 何せ、日本から極秘密輸したものですから、バレてしまっては国家間の問題に発展します。

 

 

 なので、少量の珠鋼と様々な薬品を調合する事でフェニクティアが作られました。

 本編内で語られた「千人近くが実験に協力してくれたが適合したのはたったの一人」は事実。

 

 

 百合「流石に、これを聞いて。ダメかもしれないって思ったけど……やらなきゃ何も出来ないって思ったから進んだんだよね」

 

 結芽「まっ、私が今、生きていられるのはその時のゆりの決断のお陰だからね」

 

 

 加えて、ここから前回の世界の正史から完全に外れてしまいます。

 

 

 結局、続いて六話。

 六話「緋色の燕、百合は萎んでいく」

 

 

 百合「私の裏切りの報告により、結芽は使う筈のなかったノロの力を利用し始めてしまった話」

 

 結芽「…あの時は、ホントに苦しくて辛くて、どうしようもなくて……心を完全に守るための防衛手段として使ったのかな」

 

 

 これ以外にも、百合の心が弱いと言うフリードマンの発言もあります。

 …百合のオリジンを見た皆さんは分かるかもしれませんが、この頃の百合は結芽への依存度がMAX。

 

 

 離れることで生まれる寂しさや、嘘をついてしまった事への罪悪感、そして助けられるかもしれないと言う事実が分かった安心感で、心の弱さが垣間見えました。

 

 

 結芽がノロを使った理由は、結芽が話した通りで少し付け足すなら、『最高の親友である百合と言う人間の人物像を守るため』ですかね。

 

 

 嫌でも、続いて七話

 七話「強くて弱い」

 

 

 百合「このお話では、私の刀使としての強さと幼さゆえの弱さを書いた…らしいです」

 

 結芽「ゆりって大人っぽい所あるけど、結構子供っぽい所も多いんだよね」

 

 百合「本当の両親の話が、私の弱っていた心を強く突いた…のかな」

 

 

 制作上の裏話として、話の最後に出ていた夢神聖は初対面の振りをしていますが、本当は内側から見守っていたんですよね。

 彼女の活躍と夫になる龍雅の活躍を元にした、「夢なる聖女と龍の少年」と言うお話がありますが、出番はあるか分かりません。

 

 

 されど、続いて八話。

 八話「助けて(救って)助けて(殺して)

 

 

 百合「夢の中でのお母さんとの話がメインです。タイトルはお話の最後の言葉がそのまま付けられています」

 

 結芽「あの時の私が助けて(殺して)言ったのは、ゆりの事をユリだと思っていて、本当のゆりはユリを殺さないと助けられないと思ったからなんだよ」

 

 

 …結芽の説明では分からないと思いますが、彼女の言葉が一番理由を表しています。

 それと、百合が聖に愛されていたか聞いたのは、ただ聞きたかったからではなく、言葉として愛されていると言われたかったからです。

 

 

 ここまで、続いて。

 九話「百合は怪物(天才)、燕も狂人(天才)

 

 

 百合「私が天才だと言うことを表現しつつ、この時からクロユリの伏線を張ってたりします。結芽を狂人と表したのは、愛ゆえに狂ったさまを狂人だと言いたかったから」

 

 結芽「ゆりが荒魂の事を被害者って言ったのは、夢神流剣術を学んでいたからなんだ。夢神流剣術の中には、荒魂を慮る心が大事だと伝えられているよ」

 

 

 夢神流剣術は私が勝手に作った空想上のものですが、本編の中では何百年単位で続いている由緒正しい流派です。

 門外不出であり、外部の人間が夢神流剣術を使うことは出来ません。

 真似して覚えられる程、夢神流剣術はヤワじゃないと言うことです。

 

 

 それを完璧に覚え修めた上で、新しい新夢神流剣術を作る百合は本当に天才の中の天才と言えるでしょう。

 結芽をユメと言っているのは、百合自身が今の結芽を本当の結芽と認められないから。

 …最後に、結芽が生きてよ(死んでよ)と言ったのは、ユリに死んで欲しくて、ゆりに一緒に生きて欲しかったから。

 

 

 

 ババン!と続いて十話。

 十話「犠牲にするものはなにか」

 

 

 百合「物語も終盤に入る中、私が過去の記憶を思い出しながら犠牲にするものを悩むお話」

 

 結芽「本編の方で語られていないのは、あの本の作者だけど……ぶっちゃけ考えてないんだよね」

 

 

 あれは、私が勝手に考えてそれっぽく書いたものです。

 不自然だったり、変な部分もありますが、自分の中でこの話のあの部分は好きな部類に入ります。

 

 

 制作上の裏話として、あれを書いてた時は哲学の本を読んでたわけではなく、思ったことを書き殴った自慰のようなものだったことぐらいですかね。

 

 

 

 よくよく、続いて十一話。

 十一話「ゆりとユリ、結芽とユメ」

 

 

 百合「長かった結芽を助ける回り道が終わったお話」

 

 結芽「ゆりが私の全てを分かってくれていることを表現した話でもあるんだよね。作者的には、ここが書きたかったらしいよ」

 

 

 結芽の殺念狂想は、彼女自身のノロでできる潜在能力解放です。

 百合の悪鬼羅刹には及びませんが、潜在能力を解放するという意味では間違っていません。

 ただし、百合は百パーセント解放していますが、結芽は百パーセント解放はしてないです。

 

 

 あと、最後の二人の約束は、結芽が百合が無茶をすると言う事を分かっていて言った言葉で、百合は結芽が病み上がりなのを察して無理をしないで欲しいと思って言った言葉です。

 どこまで行っても、二人は通じ合っている事を表す場面ですね。

 

 

 それでも、続いて十二話

 十二話「咲き散る百合、燕が泣いたことは知らず」

 

 

 百合「私が夜見先輩に抱いていた人物像を語ったり、タギツヒメ(大荒魂)と戦ったり、みんなから愛の理解したお話」

 

 結芽「前回の世界で私が言った言葉を、ゆりもちゃっかり言ってるんだよね。仲良し〜!」

 

 

 本編内では語られていませんが、タギツヒメ(大荒魂)と戦っている間は、真希や寿々花たちは結芽と合流して荒魂をバッサバッサと斬っていました。

 真希や寿々花が百合を信じたのも、彼女が嘘を簡単に吐く人間ではないと知っていたからです。

 

 

 百合が愛を理解していなかった理由は、長らく愛を忘れていたからです。

 聖や龍雅が死んだ影響で、新しい両親には愛されず。

 侍女兼乳母のような存在である正子に育てられましたが、あくまで一線を敷いた関係だった為、本当の愛は少ししかありませんでした。

 

 

 最期に、十三話。

 十三話「百合の少女は、燕が生きる未来を作った(The girl of the lily made the future when a swallow lived)

 

 

 百合「お母さんが見せた夢や、タギツヒメ(大荒魂)討伐(不完全)の後のお話」

 

 結芽「私、一ヵ月も寝てるゆりと会話してたから、病院の人から変な人に見られないか怖かったよ」

 

 百合「本編で語られなかったことは、タイトルにもなってる詩の作り手でしょうか。…例の如く作者なのですが」

 

 

 百合の少女は、燕が生きる未来を作った(The girl of the lily made the future when a swallow lived)

 この詩…擬きは、作品自体のタイトル回収です。

 誰が詩を作ったのかと言われれば私なのですが、英語で書いたのはそれっぽく出来るかな思ったからです。

 

 

 普通に書いたらつまらないと思って辞めました。

 

 

 ……取り敢えず、五十話記念の胎動編解説…解説?を終了します。

 ゲストは、百合と結芽でした。

 

 

 百合「読んでくださってありがとうございます」

 

 結芽「波瀾編も有るから、楽しみに待っててね〜!」




 次回もお楽しみに!
 誤字報告や感想は何時でもお待ちしております!
 リクエスト箱はこちらです⤵︎ ︎
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波瀾編の各話解説?や裏話

 五十話突破記念の解説?回になります。
 台本形式のようなナニカでお送りするので、苦手な方はブラウザバック推奨です。

 普通の解説でも良かったのですが、面白味がないかな〜と思いこうしました。


 百合「どうも、責めキャラか受けキャラか定まっていない系主人公の夢神百合です」

 

 結芽「どーも、責めキャラなのか受けキャラかなのか時々分からない系ヒロインの燕結芽でーす!」

 

 

 今回は、本作の要であり主要人物の二人に、波瀾編一話一話の解説や制作上の裏話や本編では語られなかった事を語っていきたいと思います。

 …天の声のしぃ(錯綜系投稿者)です。

 

 

 まず、最初は十七話。

 十七話「百合はもう一度咲く」

 

 

 百合「このお話は、アニメ本編を基本的に沿っています。違う事があるなら、(オリジナル主人公)が居ることくらいです」

 

 結芽「この話の中で、不思議に思うことがあるなら一つだけだね。…ゆりがタギツヒメの存在を言い当てたこと」

 

 

 結芽が言った通り、この時点で百合がタギツヒメの存在を知ることは出来るはずがありません。

()()()()()()()()()()…。

 存在を知る事が出来た理由は、百合の中に居るクロユリが完全にと目覚めたからです。

 

 

 百合のオリジンでも、クロユリが諭すように言葉を投げかけた描写がありますが、あの時は百合の感情に同調して少し目を覚ました程度です。

 七話から八話の夢の中で聖が出てきたのも、不安定な百合の心にクロユリが感じ取ったからでもあります。

 

 

 続いて十八話。

 十八話「二柱の女神との邂逅」

 

 

 結芽「この話では、タキリヒメとタギツヒメとの邂逅、ゆりの異常なほどのノロとの適合率、真希おねーさんとの再開が書いてあるよ」

 

 百合「タギツヒメが私の事をユリと言ったのは、私の中に大荒魂(クロユリ)が居ると気付いていたからです」

 

 

 ですが、タギツヒメもこの時点では大荒魂の正体には気付いていません。

 自分と近い存在だと言うことは分かっています。

 加えて、百合の異常なほどのノロとの適合率。

 これは、既に彼女の体にナニカ(クロユリ)が居ることを表しています。

 

 

 またまた、続いて十九話。

 十九話「再会の五人、言えない秘密」

 

 

 結芽「夜見おねーさんの心持ちや、イチキシマヒメの存在、紫様がゆりの中に居るクロユリに気付いた話だね」

 

 百合「再会の五人は親衛隊の再会を、言えない秘密は私の……夢神家の秘密についてですね」

 

 

 制作上の裏話として、紫が百合の中に居るクロユリに気付いた事を描写したのは、同じ体に大荒魂を入れた人間として気付かないと可笑しくない?と思ったからです。

 

 

 夜見の思いは、百合と出会ってこそ生まれたものです。

 私の勝手な解釈ですが、夜見は差し出される手が違えばきっと違う人間になっていたと思うんですよね。

 それはもう夜見じゃないと思う方もいると思いますが、私自身は夜見には違う可能性もしっかりとあったと思うんです。

 

 

 やっぱり、続いて二十話。

 二十話「垣間見える真実、開いていく溝」

 

 

 百合「このお話は、私と可奈美先輩がタキリヒメに立ち会いを申し出たり、タギツヒメが私を自分の同類と行ったり、結芽が私の異変に気付きかけた所を書いたものです」

 

 結芽「綾小路の生徒が冥加刀使になってたのは、高津のおばちゃんが裏で手を回したからなんだよね。一応は学長だし、呼べば数人の刀使はホイホイ来ると思うよ」

 

 

 感想でも書かれたことがあるので言いますが、雪那は強引に冥加刀使を増やしました。

 冥加刀使にかかれば、並の刀使は相手になりませんからね。

 現に、アニメ本編でも可奈美達は少し苦戦しています。

 

 

 これでもかと、続いて二十一話。

 二十一話「堕ちていく百合、燕は無知のまま」

 

 

 結芽「ここに来て、物語も折り返しに入ってきたね。ゆりの力の暴走と、芽生えてしまった憎悪。…そして、ゆりから出てくるとは思えない言葉」

 

 百合「この時の私は、タギツヒメや人に対する憎悪で危うくクロユリに体の支配権全てを渡してしまう所でした」

 

 

 夢神の刀使は荒魂を憎んではならない。

 被害者と見て祓う。

 この二つが完全に揺らいでしまうほどに、百合の中で憎悪の感情が大きく芽生えてしまいました。

 既に、この時点では取り返しがつかないほど百合は堕ちていたのです。

 

 

 制作上の裏話として、不安定な百合ほど書きやすいんですよね。

 何せ、普段の百合は善人も善人、聖女と言っても過言ではないレベルの慈悲深さがありますから。

 こう言う、普通の人間っぽい所は書いてて面白いです。(ドクズ)

 

 

 結局、続いて二十二話。

 二十二話「咲くはクロユリ、燕はまた泣く」

 

 

 百合「ようやくまともな伏線回収をしたお話ですね。私がクロユリ本来の力を使ったり、姫和先輩が居なくなったり…」

 

 結芽「あの時のゆりの言葉は、ずっと心に残ってるよ。…捕捉を入れると、ノロの総量的にはタギツヒメの方が多いよ」

 

 

 結芽の言う通り、ノロの総量だけ見ればタギツヒメの方が多いですが、知性や戦いの技術と言った総合的な観点から見ればクロユリの方が強いです。

 

 

 制作上の裏話として、私自身この話が一番書きたかったんですよね。

 百合の言葉は、結芽を思っての事でもありますが、本当は結芽に斬られたくなかったと言う自分勝手な思いもありました。

 

 

 百合「しょうがないじゃないですか。…大切な人に斬られたくないって、多分誰もが思いますよ?」

 

 結芽「そうだそうだー!!」

 

 

 …私が悪かったんですかね?

 

 

 嫌でも、続いて二十三話。

 二十三話「明かされる秘密、燕の決意」

 

 

 結芽「相楽学長が話してくれた京都嵐山大災厄と、私の決意を書いた話。大災厄の中では比較的被害が少ないけど、それは早期発見が出来たから。本当なら、何万、何十万単位で死者が出ていたかもしれないらしいよ」

 

 百合「燕さんは私の曾祖母に当たる人。荒魂の穢れだけを祓うことが出来たこの世に数少ない人間」

 

 

 制作上の裏話として、一応聖にも荒魂の穢れだけを祓うことは出来るし、百合も出来ないことはないんですよね。

 と言うか、夢神流の免許皆伝した人物なら少なからずできる可能性はあります。

 

 

 本編では語られていませんでしたが、百合や結芽の意識に平行世界の彼女達が統合された理由は、他全ての世界の彼女たちは息絶えてしまったから。

 

 

 夢神百合と言うイレギュラーが存在する限り、彼女と結芽の結末がハッピーエンドになる世界は本編世界しかありません。

 

 

 されど、続いて二十四話。

 二十四話「夢神百合」

 

 

 結芽「アニメ本編を沿いながらも、ゆりと私が想いを伝え合って、ゆりが元に少し戻った話」

 

 百合「結芽が居なかったら、私は一生元の姿に戻れなかったでしょうね」

 

 結芽「ゆりは自分の事をあやふやで不定形って言ってるけど、私はそうは思わないんだよね。だって、すっごく優しいから」

 

 

 制作上の裏話として、百合の初期設定は結芽ただの大好きっ子だったんですよね。

 それが、今では聖女を超えて慈愛神みたいになってるんですよね。

 …まぁ、結芽大好きっ子であることは変わっておりませんが……

 

 

 終わりの最終話。

 最終話「百合の少女は(The girl of the lily)燕と生きる未来を守った(kept a swallow and the future to live in)

 

 

 百合「隠世で、クロユリや燕さん、それにお母さんと話して、自分が本当に人間から逸脱したことを知ったお話であり、私と結芽の新しい約束が生まれたお話」

 

 結芽「ゆりが居ない四ヶ月、ホントに退屈だったよ〜。…でも、戻ってくるって信じてたから、だから待ってた」

 

 

 四ヶ月間の話は本編では語られておらず、アフターストーリーの方でも出てきていません。

 …やっている事は荒魂討伐やお遊びだけなので、少し話として纏めずらいのが私の考えなんですよね。

 

 

 …さて、本編最終話まで振り返りましたが、二人ともどうでしたか?

 

 

 百合「…恥ずかし所が多いですけど、私的には満足のいく最終話までの道程でした」

 

 結芽「私はもっと、私のすっごいところ見せたかったなぁ」

 

 

 結芽の意見は最もですね。

 …そんなお二人に、朗報があります!

 なんと…なんと…続編の作成が決定しました!

 

 

 百合「ぞ、続編ですか?」

 

 結芽「私が凄い所いっぱい見せられる!?」

 

 

 見せられますとも。

 何せ、続編ーーもとい終焉編のメインは……おっと、これ以上は喋れませんね。

 

 

 百合「…今の発言で何となくわかりましたよ」

 

 結芽「ハロウィンの話で伏線張ってるしね。いやらしい人だな〜!」

 

 

 若干笑顔になりながら言ってるあたりを見ると、怒ってませんね?

 …まぁ、二人には辛い物語になると思いますが、意気込みをお願いします。

 

 

 百合「…ええと、主人公として最善を尽くしたいと思います!」

 

 結芽「私のすっごいところいーっぱい見せてあげるからっ!楽しみにしててね〜」

 

 

 さて、終わりの時間です。

 終焉編が終わっても、アフターストーリーはアフターストーリー2として続きますので、お楽しみにしていてい下さい。

 

 

 ゲストは……

 

 百合「夢神百合とーー」

 

 結芽「燕結芽でしたー!」

 

 

 五十話突破記念でIFエンドもやるのでよろしくお願いします。

 それでは、Ciao!




 次回もお楽しみに!
 誤字報告や感想は何時でもお待ちしております!
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IF or Event
IFエンド「堕ちた百合」


 この話は前回の世界線で、アニメの波瀾編同様結芽の死から約四か月後の設定です。
 (本編では結芽の死から一週間前後となっております…)


 今回の話に限り、百合の一人称視点です。
 ご容赦ください…


 朝五時。

 誰に言われるでもなく、自分自身で決めたルール。

 それに則り朝の稽古の為にベットから出て、着替え始める。

 腰を通り越して膝まで伸びた髪に注意しながら、着替えを済ませていく。

 着替え終わったら、洗濯カゴに寝ていた服を入れて化粧台の前に座って肌の手入れを行う。

 

 

 これは、寿々花先輩を心配させない為にしているだけだ。

 本当の所は、肌の手入れや髪の手入れなどは面倒くさくてしたくない。

 だが、寿々花先輩を心配させたくないし……何より結芽が綺麗だと言ってくれたこの髪を保っていたかったから。

 諸々のことを済ませて剣道場に向かう。

 今日も、あの子が居ない一日が始まった。

 

 

 -----------

 

 稽古を済ませた後は、シャワーで汗を流し朝食を取るために食堂に向かう。

 私が居るのは、昔と変わらず折神邸。

 理由は……私の精神安定の為らしい。

 私からしたら、精神安定何て意味のないことだ。

 精神など、とっくのとうに壊れているのだから。

 

 

 だけど、あれこれ言うのは面倒なので何も言わず今の状況を受け入れている。

 結芽のお墓参りに行きやすいので、私的には万々歳。

 結芽が居なくなってから一週間程は、無気力にただただあの子を求めていたけど、今は幾分か良くなった……ように見せている。

 なので、周りの人からしたら私は親友の死から立ち直った強い少女のように見えるだろう。

 

 

 特に何も考えることはなく、モーニングのCを頼み、受け取って席に着く。

 席の場所は入り口の反対側の端にあるテーブル。

 ここなら誰も来ないだろうと高を括っていたが、気付かぬうちに二人の足音が近づいてきた。

 足音は私の目の前で止まる。

 ずっと下を向きながら食事をしていたので、私の顔など見えなかった筈なのに……原因はこの髪か。

 

 

 少し億劫になりながらも、近付いてきた二人に声を掛ける。

 

 

「おはようございます。可奈美先輩に紗耶香ちゃん」

 

「おっはよ~百合ちゃん。ここ、座っても良い?」

 

「おはよう、百合。私は隣に」

 

「別に構いませんよ」

 

 

 一人は衛藤可奈美、四カ月前に折紙紫……タギツヒメを討伐した英雄。

 もう一人は糸見沙耶香、可奈美と同じくタギツヒメ討伐の英雄。

 二人の登場には驚いたが、何も想うことはなく……色の無い瞳で二人を見ていた。

 

 

「そう言えば、百合ちゃんの髪って綺麗だよね。でも、少し長すぎないかな?」

 

「いいえ、丁度良い位ですよ」

 

「流石に、荒魂退治に支障が出るんじゃ…」

 

「そうなっていたらとっくに切っています。問題ないから切らないんですよ」

 

 

 会話に幼い少女特有の華やかさはなく、言葉に想いはなく、声に色はない。

 平坦な声音で返事を返す。

 いつもこんな風に接しているのに、「よく喋りかけてくるなぁ」と、私は常々思っていた。

 ぽつぽつと会話はあるが、私があまりにも平坦な声音で返す為にあまり会話は続かない。

 数分もしない内に、プレートに入っていた料理はなくなり、一応二人に声を掛けて席を立つ。

 

 

「それではこれで」

 

「うん、またね」

 

「またあとで」

 

 

 言葉を交わしたら、プレートを返して食堂を出た。

 ……あの二人を見ると怒りが込み上げてくる、出来るだけ会いたくないのだが、あった時はいつもああだ。

 平常心を保つのは難しい。

 上手く隠せているだろうか、私の想いは……。

 

 -----------

 

 午前九時過ぎ。

 いつも通りの時間に、私はそこを訪れる。

 結芽が眠る場所……普通に言えばお墓だ。

 墓石の前に立って、昨日起きた出来事を細やかに伝える。

 事務作業のように見えるかもしれないが、私にとってはかけがえのない時間。

 

 

 伝え終わったら、墓の裏手に周り静かに腰を下ろした。

 墓石に背中を預け、一時間睡眠を取る。

 いつの日から始めたか分からないが、いつの間にか日課になっていた。

 とても安らぐ時間の為、私自身は気に入っている。

 しかし、それを掻き乱すかのようにパトカーのサイレンのようなけたたましい音が静寂を壊した。

 

 

 恐らく、端末に入っているスペクトラムファインダーに反応があったのだろう。

 腹のそこから沸き立つドロドロとした想いに無理矢理蓋を閉めて、端末を確認する。

 

 

「荒魂の位置は……目の前?」

 

 

 慌てて目の前を見るが、居たのは小さなウサギにも似た荒魂だった。

 何を想う訳もなく、腰にある三本の御刀から無造作に宗三左文字を取り出し写シを張る。

 後はただ斬るだけなのだが……その荒魂は怯えの感情があるのかプルプルと震え出した。

 その行動が気になって、その荒魂が妙に自分と重なって、いつの間にか私は御刀を納めていた。

 

 

「おいで」

 

 

 座って優しく語り掛けると、その荒魂はピョンピョン跳ねながら私の膝の上に乗った。

 愛らしいその姿に、私は久方ぶりに本当の笑みが零れた。

 真希と夜見は行方知らず。

 寿々花はとある施設で荒魂の摘出処置の最中。

 結芽は……

 

 

「あなたも、一人ぼっちなの?」

 

 

 荒魂はそれに同意するかのように、首を振った。

 

 

「そっか……」

 

 

 私はそれ以上何も言わず、優しく荒魂の頭を撫でた。

 その後は、そのまま眠りに落ちていったようで、気付いたら十一時を回っていた。

 荒魂も居なくなっていて少し寂しかった。

 だが、何故か分からないが自分の中にあったドロドロとした想いの蓋が開いたような、そんな感覚が確かにあった。

 

 -----------

 

 あの不思議な体験をしてから一週間。

 可奈美先輩や沙耶香ちゃんに言われて気付いたが、髪の毛の中に僅かだけど白髪があった。

 急いで白髪染めで染めようとしたが、何故か染まらず悩まされている。

 それ以外で言うと、少し物忘れが多くなった。

 相手の名前を度忘れすることもあり、それも悩みの種だ。

 

 -----------

 

 あれからまた一週間。

 今度は、肌まで白くなり始めた。

 明らかに様子が可笑しい為、検査を受けたが異常はないらしい。

 他にも、周囲に居る人に無意識の内に怒りや殺意を向けてしまっている。

 何か改善する策を見つけなければいけないのだが、何も思い当たらない。

 

 -----------

 

 また三日後。

 瞳の色が緋色に変わっていた。

 これも異常はないらしく、なにか特筆して治療してもらえなかった。

 後、真庭本部長にフードの刀使写真を見せられた。

「ここに映っているのは獅童真希か?」と聞かれたが、真希? と言う人物に聞き覚えはなく知らないと答えた。

 

 -----------

 

 どれくらい経ったか分からない。

 最近は時間の流れる感覚が曖昧で、睡眠をあまり取らなくなっていった。

 髪は完全に白に染まってしまったし、肌の色も雪女かと思うほど真っ白。

 何か大事な事を忘れている気がするが、それが何なのか分からない。

 それと、もう一つ疑問が浮かんだ。

 

 

 私の部屋は一人部屋なのに、何故二段ベットなのか? 

 何故買った覚えのない物が多数置いてあるのか? 

 最後にもう一つ疑問がある、()()()()()()()()()? 

 名前があった気がするが、思い出せない。

 

 -----------

 

 私は荒魂らしい。

 御刀という物を使う少女に襲われた時に言われた。

 荒魂は人に憎しみを持っている、だから人間を狙う。

 だけど可笑しい、私は誰かを襲ったりなんかしていないのに、何故狙われるのか。

 憎い、自分のことを狙うものが憎い。

 

 

 憎い、大切なあの子を見殺しにしたこの世界の全てが憎い。

 けど……大切なあの子すら今の私は()()()()()()

 

 -----------

 

 今は、ある大通りに居る。

 辺りには荒魂(同族)が飛び交い、そこら中で戦いが行われているようだ。

 そんなことはどうでもいい。

 私は今、自分がここに居る理由が知りたい。

 何故かここに居なければいけない気がした。

 

 

 だからここに居る、自分に掛かる火の粉を振り払いながら、望むものを待った。

 そして、それは現れた。

 一人が、腕に包帯のようなものを巻いて御刀を持つ女。

 もう一人が、海老色の髪をして御刀を持ち、背中にもう一人違う女の人間を背負った女。

 背負われている女の人間以外は、刀使? と言うとか……

 

 

「ちっ! 寿々花、下がっていてくれ」

 

「真希さん一人では危険すぎますわ! 相手は人型の荒魂ですし、御刀も所持しているでしょう!」

 

 

 何か言い争っている。

 寿々花? 真希? どこか聞いた事のあるような。

 ダメだ、何かが邪魔して見えない。

 もう少しで掴めそうなのに! 

 

 

「真希? と寿々花? と言っていましたね。答えて下さい。私は何ですか? 私は誰ですか?」

 

 

 自分が荒魂と言うことは知っているが、元の自分が何だったのかは知らない。

 知ることが出来れば、大切なあの子の名前も思い出せるはずだ。

 

 

「その声……まさか……嘘だろう?」

 

「百合……ですの?」

 

「百合? それが私の名前…百合…百合」

 

 

 確かめるように、名前を呼ぶ。

 何かが引っかかる――

 

 

「百合! ボクだ! 真希だ! こっちに居るのが寿々花! 他にも夜見! それに――」

 

 

 夜見? 

 真希の続きの言葉が聞きたい。

 薄っすらだけど、思い出せている。

 あと一歩で――

 

 

「君の親友の結芽が居たじゃないか!」

 

「ゆ…め……結芽……結芽!」

 

 

 思い出した! 

 ようやく、全てを……でも……

 私の身体はもう既に……

 伝えなくては、謝らなくては。

 

 

「真希先輩に寿々花先輩、今までありがとうございました、それとごめんなさい。この御刀を受け取ってください」

 

 

 そう言って、私は自分の御刀である宗三左文字と篭手切江――最後に結芽の御刀であるニッカリ青江を地面に滑らせて真希先輩たちの方に送る。

 

 

「最後のお願いがあります。私のお墓、結芽の隣にして下さい」

 

「百合、諦めるな! もしかしたら、君を救う方法があるかもしれないんだ!」

 

「そうですわ! 諦めてはいけません!」

 

「最後にお二人に会えただけでも、私は幸せですよ。――さぁ、早く」

 

 

 腕を大きく広げて、御刀を向かい入れる体制を作った。

 それを見た真希先輩が、今にも泣きそうな顔で御刀を構えた。

 頼んでもいないのに、ニッカリ青江を。

 本当に、優しいな。

 誰かに愛されるって、こういうことなのかな……? 

 

 

「すまない、本当にすまない」

 

「別に謝らなくていいのに……。大好きでした、皆さんのことが本当に」

 

 

 その言葉を最後に、私の意識は薄れていく。

 体がボロボロと崩壊していく、痛いとも怖いとも言えない感情が広がっていった。

 だけど、最期に――やっと会えた。

 

 

『ゆり~、遅すぎだよ! 私を待たせるなんて友達失格だよ~!』

 

『ごめんね、結芽。大丈夫、これからはずっと一緒だから』

 

 

 世界で一番大切な人。

 

 誰よりも愛しい人。

 

 夢神百合はあなた(結芽)に会えて、本当に幸せです。




 クロユリ、花言葉は『恋』・『愛』・『呪い』・『復讐』。

 このお話はもしものお話です。
 もし、あそこで運命の悪戯がなければ百合はいずれこうなっていたでしょう。



 次回もお楽しみに!

 誤字脱字などがありましたらご報告お願いします!

 感想もお待ちしております!


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IFルート 百合が燕で、燕が百合で 「運命の出会い」

 この世界線でも、本編でも同じですが、宗三左文字と篭手切江は夢神家が保持していて、伍箇伝のどの学校にも属していません。

 それと、今回の記念物語はトゥルーエンドが、バットエンドのようなものなので「ハッピーエンドが見たい!」と言う方はブラウザバックを推奨します。

 それでも、良いと言う読者の皆さんはごゆっくりとご覧下さい!


 小学三年生の夏休み、家でゴロゴロしていた百合に父親である龍雅(りゅうが)が、ある話を切り出した。

 

 

「百合、家族が増えるって言ったらどうする?」

 

「……新しいお母さんが来るってこと? …だったら、少し嫌だな」

 

 

 百合の母親である(ひじり)は、 一年前に病に倒れ亡くなった。

 亡くなってから数日間は泣き続けていたが、龍雅の励ましで立ち直り今に至る。

 しかし、彼女の心の中には未だに聖が居る。

 だからこそ、先程の答えなのだろう。

 そんな娘の言葉に、龍雅はゆっくりと首を横に振って話の補足をしていく。

 

 

「家族ってのは、お前と変わらないくらいの女の子だ。その子にも色々事情があってな、うちで引き取ることになった。前に言ってただろ? 妹が欲しいって」

 

「…言ったけど。その女の子ってどんな子なの?」

 

 

 龍雅が百合の質問に答えようとした時、玄関のチャイムが鳴る。

 その音を聞いた龍雅はニヤリと笑い、からかうように百合に言った。

 

 

「自分の目で確かめるといいんじゃないか? ほら! もう来たぞ」

 

「えっ? 嘘、もう呼んでるの? そういう事は早く言ってよ!」

 

 

 急いで玄関に走り、スライド式のドアを開ける。

 そこに居たのは、

 

 

「えっと、夢神って言う人の家で合ってますか?」

 

「は、はい。うちが夢神です。……名前聞いてもいい?」

 

「私? 私は燕結芽。よろしく!」

 

「私は夢神百合。こちらこそよろしく!」

 

 

 白のワンピースに麦わら帽子。

 腰まで伸びた綺麗な桜色の髪、透き通る碧色の瞳。

 ニッカリと笑った顔は、何処か小悪魔を連想させる。

 これが、百合と結芽の初めての出会い(ファーストコンタクト)だった。

 

 -----------

 

 あれから三年、綾小路武芸学舎の初等部に入学した二人は寮暮しをしていた。

 いつも早く起きるのは百合だ。

 朝の稽古を終えて、シャワーを浴びた所でようやく結芽が起こされる。

 入学した当時は、相楽結月(そうらくゆづき)学長に厳しく天然理心流を教えられていたが、異例のスピードで習得した。

 その所為で、朝はギリギリまで寝て過ごすようになってしまったのだ。

 

 

 いつも通り、結芽を起こす為に布団を剥がす。

 今日は結月に呼ばれているので、早めに行かなければいけないのだ。

 

 

「う゛〜、ね゛〜む゛〜い゛」

 

 

 まだ寝足りないのか、愛用のイチゴ大福ネコの抱き枕を抱いて二度寝につこうとする。

 だが、そんなことを百合が許すわけもなく、容赦なく抱き枕を取り上げられて起こされる。

 恨めがましい視線が突き刺さるのを無視し、小さな化粧台の前に座る。

 シンプルなデザインの箱に、収納されているネックレスを取り出し首に掛ける。

 

 

 そのネックレスは聖の遺品であり、綾小路武芸学舎(ここ)に来るに当たって、龍雅が御守り代わりに渡した品だ。

 至る所に小さなアメジストが埋め込まれた物で、百合のお気に入り。

 それ以外でも、スマホに結芽と色違いでお揃いにした、イチゴ大福ネコのストラップがお気に入りだったりする。

 

 

「ゆり〜、準備出来たよ〜。髪結んで!」

 

「はいはい、ここに座って」

 

 

 親友であり姉妹でもある二人の仲を引き裂けるものは、この世の中でも数えられる程しかないだろう。

 ……例えば、不治の病。

 結芽と出会って一年を過ぎた時、百合は今の日本の最先端医療でも治せないほどの難病を患った。

 ……けれど、一ヶ月の入院の後に百合は退院。

 何故かって? 

 

 

 そんなの病気が治ったからだ。

 いや、治ったと言う言葉は正しくない。

 正確には、入院して二週間が経った頃の、二回目の精密検査時には、「病気そのものにかかって無かったのではないか?」と、言えるほどに健康体だったのだ。

 明らかに可笑しいが、結芽と龍雅は歓喜した。

 

 

 治らないかもしれないと言われていたのに、何故か治ってしまったのだから。

 喜ばない訳が無い。

 その何故に疑問を持ったのは医者だけで、病状が改善しても通院して再度検査を行ったが、それ以来異常な点が見つかることはなかった。

 

 

「はい、終わったよ。うんうん、今日も良い感じ」

 

「そう? やっぱり持つべきものは優しいお姉ちゃんだね!」

 

「褒めてもイチゴ大福しか出てこないよ。ほら、早く行こ? 学長を待たせるのは失礼だし」

 

「はいは〜い」

 

 

 そう言って、二人は寮の自室を出て学長室に向かった。

 

 -----------

 

 適当な強さでノックし、扉の中に入る。

 百合と結芽が来た頃には、既にもう二人が先に来ていた。

 前年度の御前試合で準優勝を果たした此花寿々花(このはなすずか)と、綾小路武芸学舎の中でトップレベルの指揮能力を持つ木寅(きとら)ミルヤ。

 

 

 どちらも、綾小路武芸学舎(ここ)の優等生。

 百合は少し嫌な予感がした。

 御前試合の予選と本戦は約一週間後、寿々花は間違いなく出場する筈だ。

 なので、本来なら今週は御前試合に向けて最終調整に入っていないと可笑しい。

 そんな寿々花が呼ばれている。

 

 

 それに加えて自分たちの存在。

 百合と結芽は初等部の中でも、頭一つどころか二つも三つも抜けている。

 その実力は、初等部にも関わらず前線に駆り出されるほど。

 高等部である寿々花とミルヤも、二人の強さを認めて一戦力として扱っている。

 

 

 結月の最初の一言により、百合は自分の感が的中したことを確信した。

 

 

「済まないが、ここに集まった四人には明日から任務に出てもらう」

 

「具体的な情報は? あるんですの?」

 

「厄介な荒魂が出たとしか情報が来ていない。……しかし、先日討伐に向かった部隊が、壊滅状態にまで持って行かれた。幸いにも死者は出なかったが、これは由々しき事態だ。至急、特別討伐隊が組まれることになった。そのメンバーがお前達だ」

 

 

 結月が組んだ討伐部隊が弱かった訳では無い。

 臨機応変に対応出来るよう、柔軟性のある部隊に任務を出した。

 それが、この結果だ。

 相手がどんな荒魂なのか? 

 討伐隊の隊員は殆どか意識が戻っておらず、荒魂の情報を探る為に送った偵察機も、念入りに壊されて映像の解析が不可能。

 

 

 それと、結月が言うには綾小路武芸学舎(ここ)以外にも平城学館から獅童真希(しどうまき)、鎌府から糸見沙耶香(いとみさやか)が援軍に来るらしい。

 合流場所は、荒魂が発見された場所の近くに指定されており、そこから調査を始めていくとのこと。

 

 

「態々、神奈川から来るんですか?」

 

「…ああ、悪いがこの任務は任意ではなく強制だと思ってくれ」

 

 

 結芽はアイコンタクトで「行きたくない!」と言ってきている。

 百合からしたら、結月の頼み事を断るのは気が引ける。

 その理由の大部分は、結芽がお世話になったからだ。

 アイコンタクトで結芽に対して「ごめんね」と、謝って今回の任務を受諾する。

 

 

「分かりました、その任務をお受けします」

 

「私も受けますわ」

 

「私も問題ありません。任務を受けます」

 

「三人とも感謝する。…結芽はどうする?」

 

 

 意地が悪い結月は、結芽の方を見て問う。

 彼女も彼女で、「ぐぬぬ!」と言いながら結月を睨みながら、任務を受けた。

 

 

「分かったよ、相楽学長。その任務、受ければ良いんでしょ? 受けるよ! ゆりが居ないと学校つまんないし」

 

「助かるよ。くれぐれも問題を起こさないようにな?」

 

 

 薄く笑う結月に怒る結芽を他所に、話は進んでいき。

 翌日から、任務に着くことになった。

 

 -----------

 

 朝七時から電車に揺られて現場に向かった。

 現場は京都府京都市の右京区。

 そこは主に住宅街であり、それ故にそこに現れた荒魂は、市民の生活を守る為にも早急に退治しなければいけない。

 

 

 待ち合わせ場所には、先客が三名。

 連絡では二名の筈だが、一名多い。

 百合は不思議に思ったその時、結芽が不意に後ろから声をかけてきた。

 

 

「ゆり? 一人多くない?」

 

「そうだね。何かあったのかな?」

 

「獅童真希と糸見沙耶香以外の援軍は居ないはずですが…。夢神百合の言った通り、不測の事態があったのでしょうか?」

 

「さぁ、聞くのが手っ取り早いですし、聞いてみたら良いのでは」

 

 

 そう言って、寿々花はドンドンと進んで行き。

 真希たちと何やら話をして戻って来た。

 

 

「寿々花先輩? 何か分かりましたか?」

 

「ええ、糸見沙耶香のお守りだそうですわ」

 

 

 なんとなく、全員が納得した。

 この場に居る者たちで、百合と結芽は沙耶香とは少なからず面識がある。

 寿々花かミルヤも、沙耶香の様子を見て察しが着いた。

 沙耶香は落ち着いているが、感情の起伏が乏しい。

 それに、百合と結芽は、沙耶香が鎌府の高津雪那(たかつゆきな)学長のお気に入りだと知っている。

 

 

 合流した後は数度会話を交わして、沙耶香のお守りで来ていた三人目が皐月夜見(さつきよみ)と言う刀使だと言うことが分かった。

 自己紹介は省き、任務の話に入ろうとした瞬間、真希が百合や結芽、沙耶香たちのことを見てこう言った。

 

 

「出来るなら、彼女たちは戦わせたくない。此処にいる時点で実力者なのは分かるが、それとこれとは話が別だ。任務の中で調査に協力してもらうのは良いが、戦闘時はボクや此花、木寅に皐月がやる方針でいきたい。どうだい?」

 

「何? 私とゆりや沙耶香ちゃんが足でまといだって言いたいの!」

 

 

 怒りの形相を顕にする結芽。

 真希も真希で譲る気は毛頭ないのか、毅然とした態度で構えている。

 そんな二人の間に入ったのは百合ただ一人。

 他の者たちは、行く末を見ているだけだ。

 

 

「はいはい、結芽はこれ食べててね〜」

 

「んっ?! 甘〜い!」

 

「獅童先輩。誠実なのは分かりますが、私たちは刀使です。荒魂を鎮めるのが目的。なら、実力があれば年齢は関係ありません。そうじゃないですか?」

 

「…それもそうだな。すまない。出過ぎた物言いになってしまった」

 

「いいえ、構いません。沙耶香ちゃんもこれどうぞ」

 

「良いの?」

 

「うん、今食べてていいよ」

 

 

 結芽を棒付きキャンディで、沙耶香をクッキーで静かにしてから任務の話をしていく。

 決まったことは、二人一組になって調査をするというものだ。

 荒魂出現場所の大体の位置が分かっているので、その周辺を捜索・調査し任務を進める。

 もし、荒魂を見つけた場合は、連絡を取り合い仲間が来るまでに倒せるなら倒し、倒せない場合は防戦に徹して仲間が来るのを待つこと。

 

 

 その事を念頭に置き、調査が始まった。

 百合と結芽はミルヤと共に右京区の東側を、真希と寿々花は西側、沙耶香と夜見は南側。

 残った北側は担当区分が終わった組から、調査に向かう。

 

 

 だが、お昼を過ぎても荒魂のあの字も出てこなかった。

 

 -----------

 

 お昼を過ぎて一時半頃、担当区分が終わった百合たちは、北側に移動しようとしていた。

 そこで、見逃していた場所を見つけた…路地裏だ。

 回収用のゴミ箱が倒れており、あまり長居したくないが仕方ない。

 

 

「木寅先輩」

 

「分かっています。燕結芽、行きますよ」

 

「ええー!? ここ臭いしあんまり行きたくないんだけど」

 

「我慢しなさい。もしここに潜伏していて見逃していたとなると、私たちの責任は重大ですよ」

 

 

 圧を掛けるようなミルヤの言い方に、結芽はあまりいい顔はしていない。

 けれど、反論できる部分がないので何も言い返せない。

 目線で百合に助けを送るものの、自分が言い出した手前今更「止めましょう」などと言える訳もなく、百合は苦笑いで返す。

 

 

「此処に荒魂が居なければ良いんだから、もう少しだけ頑張ろう? ね?」

 

「…わかった」

 

 

 不貞腐れたように頷く結芽の頭を撫でながら、路地裏に足を踏み入れていく。

 最初は特に違和感なく入っていったが、奥の行き止まりまでもうすぐ、といった所でどうしようもない悪寒を感じた。

 御刀に手を掛けようとした時、上から荒魂が降ってきた。

 

 

「嘘っ! スペクトラムファインダーが反応しなかった?!」

 

「ゆり! 状況を整理してる場合じゃないよ! どんどん降ってくる!」

 

「夢神百合と燕結芽は荒魂の対処! 私も報告を済ませたらすぐに参戦する!」

 

「了解です!」

 

「りょーかいっ!」

 

 

 降ってくるのは小型個体ばかりなので、あまり苦ではない。

 殆どの敵をテンポ良く倒していく。

 それでも、敵の数は一向に減る気配が見えない。

 それどころか、「増えてるんじゃないか?」とさえ思える。

 五分程で真希や沙耶香たちも増援に来たが、状況は変わらない。

 

 

(敵の親玉みたいのは…ダメだ。数が多すぎて、よく周りが見えない)

 

 

 親玉ポジションの敵を倒せば、事が上手く進んでいく気がしたが、そう簡単にはいかず、逆に隙を生んでしまう。

 背後から襲いかかってくる敵が二体、正面からくる敵が三体。

 後方の二体を後ろ回し蹴りで吹き飛ばし、正面からくる三体をタイミングを少しづつズラして対応する。

 

 

 一度攻撃を受け止めたら、今度はタイミングをズラさず右薙に一閃し、荒魂を真っ二つに切り裂く。

 ミルヤの適切な指示が飛び回る中、段々と落ち着いてきた思考で観察を始める。

 ミルヤのような状況を見る目ではなく、脅威となるものだけを捉える目をフル活用。

 

 

 そうして、ようやく……

 

 

「見つけた! 木寅先輩! 一時の方向、十一メートル先に親玉らしき敵を発見しました」

 

「良くやった! 夢神百合はそのまま行け! 他のもので彼女が通る道を確保しろ!」

 

『了解』

 

 

 仲間が開けた道を最大限利用した、親玉への最短ルートを計算する。

 ある程度分かったら、射の構えを二刀流で行う独特な持ち方で体制を整える。

 呼吸を落ち着かせ、一気に突く。

 

 

「そこっ!!」

 

 

 一段階からシフトさせ、最終的に三段階まで上げた迅移で突っ込む。

 二本の御刀を使った刺突は、一本は弾けても二本目は弾けない。

 親玉も一本は弾けたものの、二本目は弾けず深々とノロで構成された体に突き刺さった。

 親玉の姿は人型個体、珍しいもので腕を鋭く変形させて戦っていたらしい。

 

 

 百合は、その荒魂を見てたった一言呟いた。

 

 

「ごめんなさい」

 

 

 その言葉を最後に、任務は終了した。

 親玉を倒し終わった後の、小型個体は流れ作業に近く存外呆気なく終わってしまった。

 

 -----------

 

 ノロの回収も終わった後、百合が作って来たお弁当を食べて、特別討伐隊メンバーは撤収した。

 持って行ったお弁当は、簡単なおむすびと漬け物、それ以外にも数種のおかずが入った物。

 夜見と沙耶香はおむすびを黙々と食べて、真希や結芽、ミルヤも美味しいと感想を貰えて百合は喜んでいた。

 

 

 若干名、感想が可笑しい者も居たが、問題は起こらないで平和に幕を下ろした。

 

 その約三週間後に、結芽と百合が第四席と第五席として親衛隊に加入。

 

 時は残酷に進み続ける、終わり(絶望)はそう遠くない。

 




 次回もお楽しみに!

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IFルート 百合が燕で、燕が百合で 「壊れゆく日常」

 前回の前書きに書き忘れましたが、この記念物語は本編のネタバレや伏線が入っています。

 ネタバレが嫌だって方はあまり見ないことをおすすめします。
 それでも良いと言う方はゆっくり見ていってください。


 御前試合での一件からはや二日。

 百合は、通常通りに執務室にて紫の書類作業を手伝っていた。

 親衛隊に入ってから、時間が流れるのは早く。

 親衛隊の仲間との縁も深くなった。

 だが、そんな百合でも慣れない時間がある。

 

 

 紫と二人だけで作業をする時間だ。

 何故か緊張してしまい、作業が捗らない。

 今日何度目かもわからないため息を漏らしながら、コーヒーを啜る。

 紫はそんな百合をチラリと見やり、こんな質問を投げかけた。

 

 

「百合。私のことは苦手か?」

 

「い、いえ、そんなことはありません! ただ…緊張してしまって」

 

「……お前も私と変わらないからな。仕方の無いことなのかもしれん」

 

 

 紫のその言葉に、百合は露骨に嫌な表情を見せる。

 先程の言葉にどんな意味が込められているか、彼女は知っている。

 だからこそ、嫌な気分が表だって出てしまっているのだ。

 

 

「同族嫌悪に似たものか、難儀なものだ私もお前も」

 

「私は…わた…しは…」

 

 

 言葉が掠れる。

 理解したくなくても、理解出来てしまう自分が恨めしい。

 誰が理解したいと思うだろうか。

 自分が化け物だったなんて。

 

 

「気にする事はない。生まれ持ったものを恨んでも仕方がない」

 

「私は! ()()じゃない!!」

 

 

 怒鳴り散らす百合の声が、執務室に響き渡る。

 紫は少しだけ申し訳なさそうに呟いた。

 

 

「意地が悪かったな。済まない」

 

 

 紫の言葉でようやく、彼女は自分が言ったことを思い出した。

 言ってはいけない事だった。

 二〇年もの間、苦しみ続けている紫に言っていい言葉ではない。

 顔が青を通り越して白くなっていくのが、自分でも何となくわかった。

「今すぐ謝らないと!」と、思うものの言葉が浮かんでこない。

 

 

 謝るということは、自分が荒魂だと、化け物だと認めることになる。

「それだけは絶対に嫌だ!」と、思ってしまい思い浮かんだ言葉を勝手に消し去っているのだ。

 謝りたいと思う心と、自分が荒魂だと認めたくない心が、ぶつかり合い思考が止まってしまう。

 

 

 どっちつかずになり、引き裂けそうな心が悲鳴を上げ始めていた。

 そこに、タイミング良くドアが叩かれる。

 

 

「皐月夜見です。至急お伝えすることがあるため参りました」

 

「入れ」

 

「失礼します」

 

 

 夜見は感情の伺えない瞳で百合を見つめ、少ししたら紫に目を移した。

 伝えなければいけないことがある。

 夜見は指令室でのやり取りを、紫に細かく報告した。

 話を聞きながら数度頷き、彼女は椅子から立ち上がって百合の方を向く。

 未だに葛藤している百合に対して、彼女は任務を言い渡した。

 

 

「百合、南伊豆に向かい衛藤可奈美と十条姫和の両名を捕らえろ」

 

「…それは、私一人でですか?」

 

「お前も一人の方が、都合がいいんじゃないか?」

 

 

 まるで全てを見透かしているかのような発言に、百合は得体の知れない恐怖を感じた。

 自分と似ていて、決定的に違うと言えるほどに。

 

 

「いえ、それで構いません。夢神百合、只今を持って逃亡者の捕獲任務に入ります」

 

 

 机の横に掛けていた二本の御刀を腰に固定し、執務室を出ていく。

 結芽にメールで一報を入れて、目的地へと向かった。

 彼女はまだ、自分たちの日常が壊れ始めていることに気付かない。

 

 -----------

 

 機動隊が使う、大きなテントで準備が出来るのを待つ。

 百合の御刀の鞘はどちらも違う柄が描かれている。

 宗三左文字にはクロユリが、篭手切江には燕。

 聖の話では、聖の曾祖母代からこの鞘を使ってるらしい。

 …鞘にどんな想いを込めたのか、百合は知りえない。

 

 

 ボーッと御刀を見つめていた百合に、いつの間にかテントの中に入ってきていた機動隊C班の隊長が、声を掛ける。

 

 

「百合さん、準備は終わりましたよ。これからどうしますか?」

 

「私が一人で行きますので、皆さんは此処で待機していてください。何かあったら連絡をしますので」

 

「了解。…大丈夫ですか?」

 

「はい。御心配なさらずとも、しっかりと任務を果たしてきます」

 

 

 此処には、ノロのアンプルがある。

 紫が態々待っていかせたのだ。

 もし自分が失敗した場合、わざとアンプルを奪わせる。

 その後は、紫自身が舞草の場所を特定する…そんな所だろう。

 彼女は自分自身のよく回る頭を活かして、今後の状況の動きを未来視の如く予測していた。

 

 

 機動隊の面々に挨拶を済ませて、山の中に入っていく。

 右手でスマホに入っているスペクトラムファインダーを使い、左手は御刀に添えておく。

 スペクトラムファインダーは、本来荒魂発見用に作られたものだが、今は少し改造されている。

 改造されたスペクトラムファインダーは、荒魂ではなく御刀に反応するようになっているのだ。

 

 

 なので、自分以外の反応を見つければ、それが必然的に逃亡者である可奈美と姫和と言うことになる。

 だが、可笑しい。

 本来なら四つしか反応が出ない筈なのに、六つも反応が出ている。

 誰が居るのか分からないが、気にする余裕はない。

 敵であるなら、倒せばいいだけだ。

 

 

 固まっている四つの反応を目指す。

 反応した場所にいたのは、可奈美と姫和に加え、長船の益子薫と古波蔵エレンだった。

 

 

「親衛隊第五席の夢神百合か…ちっ! 面倒なのに出くわしたな」

 

「薫口が悪いデスヨ。にしてもゆりりんはどうしてここに?」

 

「それは、此方の台詞です。衛藤可奈美に十条姫和と、何故一緒に? 敵対しないなら、そこで見ていてください。もし敵対するなら…潰します」

 

 

 此処にいる時点で、何か理由があるのは確実。

 もしその理由が自分たちに害があるのなら、全力で叩き潰す。

 その覚悟があるのか、百合は人間相手には使わないと決めていた二刀流を使う。

 

 

「姫和ちゃん、この子強いよ」

 

「分かっている。…お前達はどうする?」

 

「ここまで来たら、やるしかないだろ」

 

「デスネ。簡単には負けまセン!」

 

「そうですか、ではいきます!!」

 

 

 二段階迅移で薫に接近する。

 薫が使う祢々切丸は刃の長さだけでも2mを超えている。

 必殺一撃タイプの薫と、業と手数で相手を詰ませていく百合。

 単純なパワー勝負では、簡単には勝てない。

 なので、先手を打たれる前に潰す。

 

 

 だが、エレンはその行動が分かっていたかのように、薫を庇うように前に立つ。

 体術と剣術を上手く組み合わせた動きは変則的な部分もあるが、百合は知っているので容易に受け流すことが出来る。

 両手で御刀を振り下ろし、受け流されると感じたら前蹴りで距離をとる。

 そんな作戦は、簡単に崩れ去った。

 

 

 振り下ろす攻撃を左斜め下に受け流し、前蹴りを柄頭で当たらないギリギリのラインで逸らす。

 次の瞬間には今しがたの百合の動きを見て驚いたエレンを、袈裟斬りで倒す。

 薫は、エレンが倒された事で沸き上がった怒りを込めて、いつもより重い一撃を繰り出す。

 

 

 百合もその攻撃を受け流すことは不可能と判断し、シフトなしの三段階迅移で近付き真っ二つに切り裂く。

 写シがあっても相応のダメージを受けたのか、薫もエレンと同じく戦線離脱。

 エレンは倒された際に気絶してしまったらしい。

 悲鳴をあげる体に鞭を打ち、薫はエレンを後方に運ぶ。

 

 

 これまでの攻防は僅か数秒のうちに行われた。

 可奈美と姫和の背中に嫌な汗が伝う。

 このまま戦えば、確実に負ける。

 そんな確信に似た考えが脳裏を過ぎった。

 時間を稼いで気を逸らし、その間に隙を見つけて逃走。

 

 

 無謀も良い所の考えではあるが、思いつく限りこれが最善だ。

 

 

「折神紫は大荒魂だ。こう言ったら信じるか?」

 

 

 ただの時間稼ぎのつもりだった。

 混乱させるような情報で、撹乱するだけのつもりだった。

 けれども、返ってきた言葉は思いもよらないものであった。

 

 

「ええ、信じますよ」

 

 

 百合は呆気らさんと言い放つ。

 まるで、「それがどうした?」とでも言いたげな顔で。

 さも当たり前のことを聞いて、呆れているかのような表情でもあった。

 

 

「なっ!? 貴様、それを知っていて奴の味方をするのか!!」

 

「それの何が悪いんですか?」

 

「奴は大荒魂なんだぞ!! 何故味方をする!!」

 

「…あなたに分かりますか? 親に捨てられた結芽(あの子)の気持ちが? 私の家に来た時も、夜になると一人で泣いてるんですよ!! パパ、ママって。親衛隊は結芽(あの子)が幸せでいられる、笑顔をでいられる、数少ない場所なんです!」

 

 

 残っている時間は少ない。

 その中でも、結芽(あの子)の為に使える時間があまりにも短い。

 焦りがあって、恐怖があって、悲しさがあった。

 結芽(あの子)を、一人にしてしまうのではないかという焦り。

 結芽(あの子)が泣いてしまうのではないかという恐怖。

 結芽(あの子)の傍に居られなくなるという悲しさ。

 

 

 可奈美と姫和(逃亡者)の所為で、百合の残り少ない日常は壊されていく。

 体がだるい、頭痛が酷い。

 それでも、此処で捕まえなければ本当に終わってしまう。

 捕獲任務を遂行しなければいけない。

 日常が壊されたくないのなら。

 

 

「もう、終わりにしましょう」

 

「来るぞ!」

 

「うん!」

 

 

 二人が構えて、百合も構える。

 迅移で突っ込もうとした瞬間、ぐにゃりと視界が歪み頭に鈍痛が響いた。

 そこで百合は、意識を手放してしまった。

 

 -----------

 

 百合が目を覚ましたのは、眩し過ぎるほどの太陽が見え始めた頃だった。

 スマホを確認すると、不在着信がありえない程入っている。

 その全てが結芽からで、一件だけC班の隊長から来ていて、折り返して今の状況を教えて貰った。

 約一時間前に、刀使の一人にノロのアンプルが奪われたらしい。

 

 

 その後は、紫にも報告し帰還命令出た。

 帰還後、しこたま結芽に怒られた。

「何で電話に出なかったの!」から始まり、「百合はもう少し自分を大切にしなきゃダメ!」まで話が発展していた。

 説教? が終わってからは、一人でお風呂に向う。

 

 

 寂しさもあるが、結芽のご機嫌が直るまでは、少し辛抱しなければいけない。

 廊下を歩いていると、昨日と同じような現象が起きた。

 歪む視界と頭に響く鈍痛。

 そして、

 

 

「けほっ……こほっ…こほっ…。ははっ、神様もう少しだけ待ってよ。まだ、やらなきゃいけない事があるの」

 

 

 咳を抑えた彼女の手には、真っ赤な血の花が出来上がっていた。

 

 避けようのない終わりが、少しづつ近付いていた。




 次回もお楽しみに!

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IFルート 百合が燕で、燕が百合で 「あなたには幸せでいて欲しい(I want you to be happy)

 刀使ノ巫女 琉球剣風録の発売が決定しましたね!
 結芽の話でもあるようですが、この物語に取り入れることは恐らくありません。

 ※このお話は本編に全く関係ないわではありませんが、多大なるネタバレの宝庫となっています。それとトゥルーエンド(バットエンド)ですので悪しからず。


 祭殿の少し手前。

 そこを通らなければ、祭殿に入れない。

 そんな場所で、百合は腰を下ろして待機していた。

 先日の任務の後、結芽が舞草の拠点を襲撃したが、全員を捕らえることは出来ず、半分成功で半分失敗という結果に終わった。

 

 

 そして今日、舞草の刀使がS装備(ストームアーマー)の射出コンテナを使い、刀剣類管理局本部にお返しのように襲撃に来た。

 迎撃要員として、親衛隊の面々が各場所に配置され戦っている。

 百合は仲間の強さを信じていたが、それ以上に相手の強さも分かっていた。

 だからこそ、紫はこの場所に百合を配置したのだ。

 

 

 結芽よりも強く、紫と同等の刀使。

 しかし、当の本人はスマホに入った写真を見つめている。

 まだ、桜が綺麗だった季節に撮った一枚。

 結芽が「お花見をしたい!」と、言った事を皮切りに百合が音頭を取って、紫を含めた親衛隊のメンバー全員で夜桜を見た。

 

 

 あの時の桜がとても綺麗だったことを、彼女は今でも覚えている。

「もう一度みたい」、そう思えるも程のものであった。

 でも、百合がもう一度桜を見ることはないだろう。

 

 

「見たかったな〜、みんなでもう一回だけ…」

 

(あなたが戦うことを止めれば、あと数年は持つわよ)

 

「……それは出来ない。だって親衛隊(ここ)を壊されたら、もう二度とみんなで桜なんて見れないから」

 

(…忠告はしたわよ。あなたも馬鹿ね、病気の再発を抑えるだけなら、平均寿命まで生きることも可能だったかもしれないのに)

 

 

 内側から直接語りかけてくる彼女? の言葉は真実だ。

 病気の再発を抑えるだけだったら、百合はあと数十年単位で生きることが出来た。

 夢神流剣術は、人体構造の理解も鍛錬の一環に入っている。

 人体の構造を深く理解すれば、どこまで負荷を掛けたら壊れるか、どこまでなら負荷をを掛けても壊れないか。

 

 

 体の柔軟性から強硬性、関節の動きや筋肉の動き。

 あらゆる人体の構造を理解すれば、人間に眠っている潜在能力を引き出すことが出来る。

 百合が引き出せるのは精々、六割程度。

 奥伝は結芽のニッカリ青江がないと使えない。

 

 

 聖から、「簡単に使えるようにすると、それに縋ってしまうからダメ!」と、言われたからだ。

 …この様に、様々な理由があり百合は刀使として、戦えば戦うほど体を酷使していく。

 これが原因となり、病気の再発を抑えるだけでは足りず、体の補修にも中の彼女? が力を回しているため、完全には直せていない。

 

 

 今の百合に精密検査をさせ、ある程度の医者に結果を見せたら白目を剥くだろう。

 彼女の体はボロボロだ。

 何で生きてるのかが不思議なくらいに、内側から崩れ始めている。

 先日の任務での気絶や吐血も、それによるものであり限界が訪れている証拠。

 

 

 それでも、百合は戦うことを止めない。

 止められない、壊されたくないものがあるから。

 

 

「ようやく来ましたか。何となくお二人が来ると思ってました」

 

「夢神…!」

 

「百合ちゃん。私たち、どうしても戦わなきゃいけないのかな?」

 

「はい、戦わなければいけません。私たちは戦うことでしか分かり合えない。貴方達には成さなければいけない使命があって、私には守りたいものがある。どちらも譲れないものがあるのなら、戦うしかないでしょう」

 

 

 二本の御刀を抜き、構える。

 可奈美と姫和も、御刀を構えて睨み合う。

 どちらも動かぬまま時間が経過し、先にしかけたのは…百合だった。

 

 

「ふっ!」

 

 

 強さで言えば、可奈美>姫和だ。

 それを踏まえて、百合は可奈美を倒してから姫和を倒すことを決めた。

 迅移ではなく、八幡力で脚力を強化し近付き、そのまま八幡力を腕の方に回して両手の御刀を振り下ろす。

 可奈美はS装備(ストームアーマー)を着けているが、受け流すことは無理と判断し、躱すことに専念して何とか切り抜ける。

 

 

 攻撃を躱された百合に、姫和が右薙に御刀を振り抜くが、彼女はありえない反応速度で肘と膝を使い挟んで御刀受け止める。

 受け止めたあとは、受け止めた脚とは逆の脚で、もう一度八幡力で強化し、蹴りをかます。

 姫和はそれをモロにくらい吹き飛び、木に体を打ち付ける。

 幸い、百合から御刀抜き取ったため致命傷にはならなかったが、写シがなかったら確実に骨の一本や二本は持っていかれていただろう。

 

 

 倒れている姫和を他所に、百合と可奈美は剣戟を続ける。

 お互い一歩も引かぬ攻防。

 御刀の持ち手を不規則に変えて、変則的な攻撃を行う百合に対して、可奈美は愚直に百合の攻撃を受け止め、カウンターを狙った。

 勿論、百合に可奈美の作戦が分からない訳もなく、カウンターは悉く失敗。

 

 

 姫和が復帰するまでの一分から二分の間で、合計して二回は写シを剥がされている。

 

 

「可奈美! 済まない。…まだいけるか?」

 

「…まだいけるけど、S装備(ストームアーマー)の時間が…」

 

「いい加減、諦めたらどうですか? 貴方達では私には勝てません」

 

 

 百合の言葉は驕りでもなんでもない、残酷な現実だ。

 実力差があり過ぎる。

 可奈美も姫和も一筋縄ではいかない相手だと思っていたが、ここまでとは。

 為す術がない、完全な詰みまでもう少し。

 勝利の女神が微笑んだのは、百合ではなく可奈美と姫和だった。

 

 

「終わりにしましょう!!」

 

「ーっ!? 可奈美っ!」

 

「分かったよ!」

 

 

 連携に持ち込んで、数の力で押そうとした瞬間。

 百合の視界がぐにゃりと歪んだ。

 先日の気絶した時と同じく、頭に鈍い痛みが襲った。

 そして、

 

 

「おぼっ、こぼっ、おふぇっ」

 

 

 口から致死量を越える血を吐き出した。

 いや、口からだけではない。

 目から、鼻から、耳から、体中の穴から出血している。

 唐突過ぎる出来事に、敵であることを忘れて可奈美と姫和が駆け寄った。

 だが、駆け寄る前に百合はうつ伏せに倒れ込んだ。

 

 

 倒れ込んだ百合の体制を仰向きに変えて、顔を見やる。

 血は一瞬で出し切ったのか、もう出ていないが、親衛隊の服は紅い鮮血で濡れていた。

 可奈美は持っていたハンカチで顔全体の血を拭き取る。

 それのお陰か、百合はゆっくりと目を開けた。

 

 

「衛藤…可奈美? 何故、私を…助けたん…です…か? 私は…敵…なのに」

 

 

 口に詰まった血の所為なのか、上手く喋れていない。

 恐らく、それ以外にも理由があるのだろう。

 

 

「そんなの決まってるじゃん! 百合ちゃんは敵かもしれないけど、目の前で困っている人が助ける。そんなの当たり前だよ!」

 

「…可奈美の言う通りだな。今のお前を見て戦おうとは思わないし、戦いたいとも思わない」

 

 

 百合は、今目の前に居る二人に、母である聖の姿が重なった。

 似ていない筈なのに、その心の在り方がとても綺麗だった。

 けれど、彼女たちにも時間はない。

 

 

「早く…行って…くだ…さい」

 

「でも!」

 

「可奈美…もうコイツは助からない。だったら、コイツの言うことを聞いてやった方が良い」

 

「………そう、だね。じゃあね、百合ちゃん」

 

 

 そう言って、可奈美と姫和は祭殿に向かって行った。

 彼女たちを見送った後、百合は空を見上げていた。

 目は殆ど見えていないのに、星の輝きだけはいつまでも消えていない。

「最期に伝えられたらよかったのに」、そんな思いは誰かが聞き止めることは無く、百合の少女は静かに息を引き取った。

 

 -----------

 

 結芽は途中で拾った真希や寿々花、夜見を連れて百合が居るであろう場所に向かった。

 だが、そこにあったのは冷たくなった百合の遺体だけだった。

 紅い鮮血で地面を染めて、制服も紅く染まっている。

 

 

「ゆり!」

 

 

 一番に駆け寄った結芽を視界に入れつつ、真希は脈を測り、呼吸の確認をした。

 けれど、脈はなく、呼吸もしていない。

 体が冷たいことも相まって、百合が確実に死んでいることが分かった。

 

 

「真希さん! 百合は?!」

 

「獅童さん…」

 

「真希おねーさん! ゆりは! ゆりはどうなったの?!」

 

「…脈もないし、呼吸もしていない。遅かった! 百合はもう、死んでしまった」

 

 

 あまりにも重すぎる真実が、親衛隊全員の心にのしかかった。

 外傷が無いことから、敵に殺され訳ではないということが分かる。

 結芽は未だに信じられないのか、ブツブツ何か呟いている。

 そして、思いついたかのように顔を上げて声を張り上げた。

 

 

「夜見おねーさん! 予備のアンプルがあるんでしょ! ゆりに打って!」

 

「結芽! 何でそれを!」

 

「……あるにはありますが、打った所で…」

 

 

 夜見の言わんとしていることは分かっている。

 結芽はそれでも、もう一度ゆりに会いたいのだ。

 自分に、家族の温かさを教えてくれたお姉ちゃんに。

 

 

「それでも! それでも良い! ゆりに会えるだったらなんだっていい!」

 

「それは、止めた方がいい。暴走した時、貴方達では止められない」

 

「う…そ……」

 

「バカな…確かな脈や呼吸は無かった!」

 

「一体、どういうことなんですの…?!」

 

 

 結芽の言葉を否定したのは、死んでいた筈の百合だった。

 …違う、これは百合ではない。

 結芽は直感的にそれが分かった。

 確かに声も、喋り方も何処か似ているがなにかが違う。

 

 

「あなた、誰? ゆりじゃないでしょ! ゆりはどこ!」

 

「夢神百合は死んだ。私はあの子の最期の言葉を伝えにきたに過ぎない。名前はあるけど、言う必要は無いわ」

 

 

 そう言うと、百合ではないナニカは起き上がり、首に着けていたネックレスを外し、結芽の首に着けた。

 

 

「うん、よく似合っている。……さて、今からあの子の最期の言葉を言う。一字一句聞き逃さないように」

 

 

 ゆっくりと息を吐き、呼吸を整える。

 結芽たちも、全てが分かるわけではないにしろ、百合が遺した最期の言葉を聞き逃さいなように、耳をすませる。

 

 

「まずは、親衛隊の皆さんに。真希先輩、寿々花先輩、夜見先輩。今までありがとうございました。沢山のことを皆さんに教わり、私は立派な刀使になれたと思います。どうか、結芽のことをよろしくお願いします」

 

「…言われなくても」

 

「そうですね…目を離したりしませんわ」

 

「…結芽さんが、面倒事を起こさないように見張っておきます」

 

 

 感謝の言葉と、託す言葉を聞き。

 三者三葉の答えを返す。

 今度は、結芽に向き直り言葉を伝える。

 

 

「結芽、お父さんをお願い。貴方も苦しいと思うけど、私たちの家族だから。それと…」

 

「それと…?」

 

 

 言葉を詰まらせているのか、わざとなのか。

 そんなの分かるわけがない。

 だけど、ここからの言葉が、百合が伝えたかったものなのではないかと、感じた。

 

 

「私に出会ってくれてありがとう。お姉ちゃんはあなた()を愛しています」

 

「……………」

 

 

 言葉が出なかった。

 流れ込んでくる温かい愛情が、嬉しくて、切なくて。

 痛くて、苦しくて、それなのにどうしようもなく満たされる。

 そんな言葉だった。

 

 

「…そろそろお別れね。結芽、私が言いたいこと分かるよね」

 

「うん」

 

 

 淡く碧色に光る両目から、涙か出ているように見えたのは気の所為なのか。

 否、きっと気の所為ではない。

 だから、結芽は笑顔でニッカリ青江を抜いた。

 

 

「ありがとう、ゆり(お姉ちゃん)。私もゆり(お姉ちゃん)のこと愛してる…」

 

「そっか…」

 

 

 ゆっくりと、ニッカリ青江の切っ先を百合の心臓に突き立てた。

 肉を絶つ生々しい感触が手に残る。

 刺されているはずなのに、最期まで笑顔だった百合の顔が脳裏に焼き付く。

 最期の彼女は百合だったのか? 

 それとも百合ではないナニカだったのか? 

 

 

 斬った結芽さえも分からない。

 ただ一つわかることは、彼女は最期まで自分の幸せを願ってくれたこと。

 ただそれだけだった。

 百合の遺体に近付き、ポケットのスマホを取る。

 そこに付けてあるイチゴ大福ネコのストラップは、結芽がスマホに付けているストラップと色違いのお揃いだ。

 

 

 そのストラップをスマホから取り外し、自分のスマホに取り付ける。

 二個もある所為で、大分持ち辛いが知ったことではない。

 

 

「これさ、ゆりと色違いのお揃いで買ったんだ。それ以外もさ、本当はマニキュアとか服とか、お揃いのやつ買ってさ一緒に遊びに行くの夢だっだんだ。もっと早く、我儘言えば良かったな。それだったらもっと一緒に……う゛っあ゛〜あ゛〜!」

 

 

 夢があった。

 本当に些細なもので、もっとちゃんとお姉ちゃんと呼びたかった。

 何をかけ間違えてしまったのだろう。

 もう少しなにか出来たんじゃないか? 

 

 

 そんな思いが頭に過ぎるが、意味のない事だとなんとなん分かった。

 過ぎてしまったことを悔やんでも仕方がない。

 だったら、幸せに生きようじゃないか。

 百合(お姉ちゃん)が一緒に居られないことを残念がるくらい幸せに。

 

 

 燕は百合の少女の死を乗り越えた。

 

 世界は残酷で、この世界で百合の少女が救われることはないだろう。

 

 もしも(IF)、百合の少女と燕が一緒に幸せになっていける世界があったなら。

 

 その世界は本当のハッピーエンドなのだろう。




 次回もお楽しみに!

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IFエンド「繰り返しの果てに、枯れた百合は燕を喰らう」

 今回のIFエンドは、他の話とは違って救いが全くありません。
 バットエンドも良いところです。
 苦手な人や、あまり見たくないと言う人はブラウザバックすることをオススメします。


「……起き……ゆ……ないと……くすぐる……」

 

 

 少女の耳に聞こえる声は、聞き慣れたものだった。

 何万回聞いたかすら忘れてしまったほどに、繰り返し聞いてきた声。

 その声が再開の合図となり、少女は……夢神百合は目を覚ました。

 起きた彼女の目の前に居るのは結芽だ。

 綺麗な桜色の髪、碧く澄んだ瞳、童顔で小悪魔の様な表情。

 

 

 いつも通りの彼女がそこに居た。

 

 

「おはよ、結芽」

 

「おはよ〜、早く行かないと真希おねーさんたちに怒られちゃうよ?」

 

「だね、今すぐ準備する」

 

 

 着ていた寝巻きを脱いで、ハンガーに吊るしてある親衛隊の制服を手に取る。

 この動きも慣れたものだ。

 しかし、幾つか変わったことがある。

 変わったことの一つは……()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことだ。

 何千回目からだったかは覚えていないが、徐々に灰色になっていくものが多くなっていったのは覚えている。

 

 

 だが、百合はこの現状にさして驚く様子はない。

 驚くことに意味を感じていないのか? 

 はたまた、もうその程度では驚くことさえないのか? 

 理由は分からないが、一つわかることがある。

 彼女の心は……凡そ死んでいる、と言うことだ。

 

 

 結芽と喋っていた時は普通だったが、制服に着替えている途中の彼女の目は酷く濁っていた。

 綺麗だった藍色の瞳に、輝きはない。

 結芽と喋っていた時だけ、輝きを取り戻していた。

 明らかに不自然だったが、結芽が気づくことは無く、着替え終えた百合と二人で執務室に急いだ。

 

 -----------

 

 時間には何とか間に合い、何度目かも分からない今日の話を聞いている。

 御前試合。

 伍箇伝の各学校こら二名づつ選出され、頂点を競う。

 刀使としての実力を御当主である紫にアピールできる、年に一回のチャンスだ。

 決勝戦だけだが、紫も生で試合を見るため、親衛隊に護衛任務が命じられた。

 

 

《話は以上だ、解散》

 

《失礼しました》

 

 

 変わり果てた景色の中で会話を聞いていたが、それも終わった。

 ……先程も言った通りだが、百合から感じられる世界は変わっている。

 それのもう一つは……()()()()()()()()()()()()()()()()こと。

 景色が灰色になり始めた頃と同時期にこうなり始めた。

 理由は不明。

 

 

 ただ、一つ言えることがあるとすれば、百合は結芽以外の人間に微塵も感情を向けていない。

 繰り返しの果てに、百合は結芽以外に関心がなくなったのだ。

 それもあってか、結芽以外が話す言葉は読唇術を使って対処している。

 

 

 摩耗し過ぎだ百合の心は、結芽と言う精神安定剤がなければ生きることは出来ない。

 ここ数千回は、人を殺すことにも罪悪感がない。

 結芽(最愛の人)以外が死のうが、彼女にとってはどうだっていい。

 可奈美と姫和を殺した回数だって数え切れない。

 

 

 何度か共闘し、舞草に居たリチャード・フリードマンから、フェニクティアを貰い結芽に投与したが……

 結果は失敗。

 病状が悪化し、最終的には自分の手で結芽を殺すなんて言う結末になった。

 

 

 今回こそは、理不尽な運命を変える。

 その思いを胸に、百合は進み続けるのだ。

 

 -----------

 

 御前試合の襲撃から一日、百合は特に動くことは無く結芽と過ごしていた。

 ベットの上でゲームをする結芽に抱きつく百合。

 結芽は何かを言うことは無く、ただ無言で抱きつかれる。

 

 

「ねぇ、結芽。もし、私が結芽のことを殺したら…どう思う?」

 

「いきなり何!? 怖いんですけど!」

 

「真剣なの…本気で答えて」

 

「分かんない…分かんないけど……他の誰かに殺されるくらいだったら、百合の方が良いかな」

 

 

 その答えが貰えれば充分だ。

 百合は先程までとは打って変わって、笑顔で結芽のゲームの邪魔をする。

 二人でいられる時間。

 彼女の残された唯一の心の癒しであり、心の拠り所。

 病魔に苦しむ彼女を救うにはどうしたらいいのか? 

 何万回と繰り返してきた問に、ようやく答えが出たーーば良かったのだ。

 

 

 病魔よりも早く。

 病魔より苦しまないように。

 もし、今回も救えなかったら、次回はこれを試そう。

 百合の心の中に、小さな希望が見えた。

 その希望は、大勢にとって絶望だと言うことを、彼女が知る由もなかった。

 

 -----------

 

 あれからまた時間が経った。

 今日は可奈美たちが刀剣類管理局本部を襲撃する日。

 今、百合の目の前には二つ肉塊がある。

 緑色の服を着たものと、白い布を血で染め上げた服を着たもの。

 返り血で汚れた服を気にすることは無く、ある場所に向かった。

 

 

 今回も突破口を見つけることは出来なかった。

 いつもと変わらないバットエンドだ。

 嘆いている時間より、彼女と会えない時間の方が少なくなっている。

 その事実が、擦り切れた筈の心を更に擦り減らす。

 いつもの場所に、彼女は居た。

 

 

 口から出した血で服を濡らし、木に寄りかかって座っている。

 死に顔は穏やかなもので、笑っているようにも感じられた。

 身勝手だ。

 

 

「狡いよね、結芽は。いっつも私を残していくんだもん。そんな幸せそうな顔でいるのはなんで?」

 

「………………」

 

 

 死人が答えることは無く、静寂が辺りを包む。

 千を超えてから数えるのを止めた繰り返しの中で、何千回目かの口付けをする。

 触れ合う唇は冷たく、彼女が死んでいることを嫌でも教えてくる。

 

 

「冷たいなぁ…。さっきまで、あんなに温かかったのに……」

 

 

 口付けは誓いだ。

 次は絶対に助けると言う誓い。

 けれど、百合の心はもう限界だった。

 だからこそ、次にやることは決まっている。

 この繰り返しに、終止符を打つ。

 最低最悪の……

 

 -----------

 

「……起き……ゆ……ないと……くすぐる……」

 

 帰ってきた。

 また、御前試合の日からやり直し。

 でも、それもこれで終わりだ。

 結芽の声で起きた振りをして、着替えを始める。

 実際、着替えなくてもいいのだが、お揃いの服は心地がいいので気にしない。

 

 

 すぐに着替え終わり、結芽が扉の方に向かっているのを見た。

 

 

「ゆり〜早く行こうよ! 遅れたら怒られちゃう」

 

「そうだね」

 

 

 作り慣れた笑顔を貼り付けて、御刀に手を伸ばした。

 普段のように腰に固定する訳でもなく、百合は納めていた御刀を抜いた。

 流石に百合が抜刀した音に気づいた結芽が振り向く。

 顔も少しばかり強ばっているようだ。

 

「ゆり…?」

 

「結芽は……私の事好き?」

 

「いきなりどうしたの?? …勿論好きだよ」

 

「そっかぁ…。じゃあ、ごめんね」

 

 

 抜いた御刀は篭手切江。

 それを、結芽の心臓部分に突き刺した。

 なんの躊躇いもなく、なんの罪悪感もなく。

 一重に重すぎる愛が故に、壊れ果てた心が生み出した答え。

 

 

「ゆり…なん…で?」

 

「もう疲れたよ。何回、何十回、何百回、何千回、何万回。繰り返しても、繰り返しても。結芽を助けられない、病魔から救えない。病魔なんてやつに殺されるくらいだったら……」

 

 

 普段の百合からは考えられないほどの狂った笑顔。

 振り切れた愛情は、刃となって結芽に突き刺さった。

 

 

私に殺された方が幸せでしょ? 

 

 

 その日、二人の刀使が死亡したと言うニュースが流れた。

 一人は結芽……もう一人は百合だった。




 このお話で分かる人も居るかもしれませんが。
 百合は、何度でも立ち上がる正義の味方や英雄ではありません。
 誰かのために頑張れるのではなく、結芽のために頑張れるのです。
 御刀のない世界だったら、彼女は普通に優しくて、普通に真面目な女の子だったでしょう。
 ……恐らく、これが最悪のバットエンドです。

 p.s.
 まどマギのほむらが繰り返した回数は十回程度らしいので、百合が何万回も繰り返してると思うと、百合がヤンデレを超えたヤンデレに見えてくる。


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IFエンド「悠久の時が経とうとも」

 今回の話はまだ救いがある方なので、安心して読んで頂けると幸いです。


 刀使は常に、命の危機と隣り合わせの日常を送っている。

 故に、刀使の殉職者がゼロになる事はない。

 紫のお陰で、殉職者は限りなくゼロに近くなったが、奇跡に奇跡が重ならなければゼロにはならなかった。

 

 

 これは奇跡が起きなかった話。

 一人の少女が、最愛の人を待ち続けた話だ。

 

 -----------

 

 決戦から四ヶ月後、桜も見頃になった時期に可奈美と姫和は隠世から帰還した。

 だが、そこに百合の姿はない。

 二人曰く、途中ではぐれてしまったとの事。

 探そうにも、自分たちが現在何処にいるかも分からないので探せなかった事を聞いた。

 

 

 この時の結芽の落ち込みようは酷く、三日間ほど誰とも口を聞かなかった。

 元親衛隊のメンバーさえ、彼女に口を聞いて貰えなかったとか。

 

 

 その後、何とか活気を取り戻した結芽だったが、喜怒哀楽の起伏が以前より激しくなり、情緒不安定になってしまった。

 朱音や紗南の指揮の元、隠世の実地捜索が開始され、結芽も任務として参加する事に。

 

 

「結芽、調子は大丈夫かい? 何かあったらすぐに言ってくれ」

 

「だいじょーぶだよ! 真希おねーさんさ心配症だなぁ〜」

 

 

 特別遊撃隊として、結芽と真希は参加。

 他のメンバーは任務の都合上来れなかったが、それでも結芽は構わなかった。

 彼女たちにはやらなければいけないことがある。

 結芽だって、それを理解していた。

 

 

 だからこそ、結芽は真希しか顔見知りが居ないこの状況でも、文句を言うことなく作戦に集中した。

 荒魂による妨害なんてなのんその、結芽は天賦の才を遺憾無く発揮し、百合の捜索に当たった……が。

 

 

「……結芽、時間だ」

 

「で、でも、ゆりはまだ!!」

 

「…これ以上ここに居るのは危険だ。周りを見れば分かるだろう? みんな疲労が溜まっている。捜索をこれ以上続けたら……死者が出る可能性があるんだ。分かってくれ」

 

「でも……でも!!」

 

「結芽!!!」

 

 

 真希の声は直接言われている訳でもない、周りの刀使さえ萎縮させるものだった。

 暴力的な正論に、結芽は何も返すことが出来ず、弱々しく頷く。

 

 

「驚いた…隠世にも、天気は存在するんだね」

 

「真希おねー…さん?」

 

「雨が降るなんて聞いてないよ…。ほら、早く帰ろう。風邪を引いたら困るだろう?」

 

「…雨なんて、降ってないよ」

 

「いいや、降ってるよ。さっきから、ずっと」

 

 

 初めて、結芽は心の底から誰かに謝りたくなった。

 自分と同じぐらい悲しんでいて、それでもそれを表に出すことは立場の所為で出来ない。

 どこまでも不器用な少女は、隠世の中で雨に打たれた。

 

 -----------

 

 可奈美たちが隠世から帰って来て四ヶ月、決戦からは八ヶ月となった頃。

 計四回目の隠世捜索が行われた。

 だが、今回も収穫はゼロ。

 

 

 回数を重ねる毎に、結芽は弱々しくなっていく。

 精神的にも…肉体的にも…。

 

 

「結芽さん。食事はしっかりと取ってください。任務に差し障ります」

 

「どうでもいいじゃん。荒魂なんて……。それより、次の捜索任務はまだなの?」

 

「先日、私と行ったばかりですので、また時間が開くと思いますよ」

 

「………」

 

 

 夜見の言葉に、結芽は項垂れる。

 あとどれほど待てば、想い焦がれる彼女に会えるのか? 

 あとどれほど待てば、この寂しさが消えてくれるのか? 

 

 

 百合に会いたくて、この寂しさを満たして欲しくて、焦がれる想いをぶつけたくて。

 項垂れたまま、涙を流す。

 

 

 感情の起伏が激しくなった結芽は、全く持って自分の感情をコントロール出来なくなっていた。

 普段なら仲間の前で泣いたりしない彼女だが、今はただ痛くて、会いたくて、想いが涙になって零れ落ちる。

 

 

 約束は破らない。

 自分の隣は、ずっと空けておく。

 最後に交した約束を糧に、少女は一日を生きてゆく。

 

 -----------

 

 時は経ち、決戦からは一年が経った。

 隠世への捜索は未だに行われているが、一向に成果は上がらない。

 その所為もあってか、結芽は鬱に近い状態になっていた。

 

 

 必要な任務以外では部屋から外に出ず、食事もまともに取っていない。

 何人かが交代制で、結芽に食事を持って行っているが、食器が帰ってこない為に、食べているかは分からない。

 

 

 彼女の部屋の前を通ると、時たま気が狂ったような叫び声が聞こえたり、嗚咽を漏らしながら泣き叫ぶ声が聞こえるなど。

 少しづつ、結芽に関わろうとする人間は減っていった。

 

 

 それでも、特別遊撃隊のメンバーや可奈美たちは、頻繁に彼女の部屋を訪れる。

 誰かが訪れている間は、結芽も少しだけ笑顔でいられた。

 けれど、部屋に人が居なくなった途端、満たされない寂しさと焦がれる想いがぶり返し、思いをぶちまける。

 

 

ゆり…なんで帰ってこないの? なんで…なんで…。なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで

 

 

 捨てられた? 

 否、彼女はそんなことしない。

 帰って来れない理由が出来た? 

 否、彼女ならどんな理由があっても、自分の元に戻ってきてくれる筈だ。

 

 

 なら、何故? 

 何故、自分の元に帰って来てくれないのか? 

 疑問が結芽の頭の中をグルグルと回り、壊れた機械のように言葉を吐き出し続ける。

 

 

 会いたい、会いたい、会いたい。

 想いが強くなれば強くなるほど、少しづつ結芽の精神が壊れていく。

 

 

 苦しい、辛い、悲しい、怖い、痛い、気持ち悪い。

 精神を少しづつ…少しづつ、負の感情が蝕んでいく。

 限界は…すぐそこまで来ていた。

 

 -----------

 

 春になった。

 四月の頭、桜前線に異常はなく、全国各地で桜の蕾が開いている。

 無論、結芽たちが居る地域も例外ではなく、桜が咲き誇っていた。

 

 

『結芽の髪って、桜みたいで凄く綺麗だよね』

 

「そんなことないよ〜、ゆりの髪だってすっごく綺麗だよ?」

 

『本当? なら、嬉しいなぁ』

 

 

 過去の幻影と会話しながら、桜を眺める。

 百合の居ない、二度目の桜。

 あと、何回…あと何回一人で桜を見れば、彼女は帰ってくるのだろうか? 

 五回? 十回? はたまた二十回? 

 

 

 分からない。

 

 

『ずーっと、何時でも桜が見られればいいのに』

 

「…そう、だね」

 

『そしたら、近くに結芽が居なくても、ちょっとは寂しくないのに』

 

「…………」

 

 

 幻影の彼女が寂しそうに微笑んでいたのを覚えている。

 そこだけ非日常の中にあるように、幻想的で綺麗な桜並木。

 聞けば、隣にある空き地には花園が出来るらしい。

 何でも、植えるのは百合の花だけだとか。

 

 

「ゆり、知ってる? 新しく、ここの隣の空き地に花園が出来るんだって。しかも! 百合の花しか植えないんだよ? 凄くない! すっごい偶然! ……でもさ、百合の花が咲く時期って六月から八月の間なんだって」

 

 

 皮肉としか言いようがない。

 百合と結芽の写し身のように、桜並木は百合の花園は隣に並ぶ。

 しかし、二つの花が同時期に咲くことはない。

 奇跡が起こってもありえない。

 

 

 隣に居る筈なのに、永遠にすれ違う運命。

 

 

「ゆり。今年の桜も綺麗だよ。…早く帰って来ないと、散っちゃうよ」

 

『それは嫌だなぁ。早く帰るよ…だから、待っててね結芽』

 

「…うん。ずっと、ずーっと、隣は空けて待ってるね」

 

 

 少女は待ち続ける。

 永遠に帰って来ない、自分の大切な人を。

 例え、万年経とうとも。

 




 次回もお楽しみに!
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Event「最初のtrickと今のtrick」

 五十話突破!……したのは前回の琉球剣風録編の其の三なのですが。

 半年以上この作品書いていて、記念すべき五十話の節目をちゃんと祝えなかったのが悔しいです!

 琉球剣風録編に続き、新章(最終章(名前未決定))も有りますのでどうかお楽しみに!

 あっ、今回はハロウィン回です!



 ハロウィン、それは元を辿れば秋の収穫祭や、悪霊などを追い出す宗教的な意味合いのある行事だった。

 現在では、子供が『trick or treat(お菓子をくれないといたずらするぞ)』と言う言葉を合図に仮装してお菓子をもらいに行く、面白可笑しい行事ーーもといイベントになっている。

 

 

 そして、今日はハロウィン(十月三十一日)だ。

 刀剣類管理局本部に居る刀使の少女たちも浮き足立っている。

 

 

 仮装して友達とお菓子交換をする者たちが目立つ中、一人の少女は給仕服にうさ耳のカチューシャを付けて、指令室にてトレイに山盛りに置いてあるクッキーが入った紙袋を職員に渡していた。

 

 

「お仕事お疲れ様です。ハロウィンですのでクッキーをどうぞ」

 

「ありがとう百合ちゃん。助かるよ」

 

 

 丁寧に丁寧に、何時もお世話になっている職員の人たちにお菓子を配る百合の姿は、さながら本物のメイドや侍女そのものだす。

 彼女の言葉遣いも、らしさを際立たせている。

 

 

 それを結芽は、傍からぼーっと見つめていた。

 何かを手伝う訳でもなく、ただぼーっと百合の姿を見つめる。

 見惚れている…と言うのもあるが、それ以上に感慨に耽っているようだ。

 視線は百合の事を見つめながら、どこか遠い過去を見つめていた。

 

 

 そう、それは……

 出会って、自分が病気になる前のほんの少しの時間の出来事。

 百合と結芽、二人だけしか知らない、秘密のハロウィンパーティーの記憶だ。

 

 -----------

 

「ハロウィンパーティー?」

 

「そっ。私の家、今日はパパとママが居ないからさ、二人でしよ?」

 

「…ハロウィンって、秋の収穫祭や悪霊を追い出す宗教的な行事なんだよ? 結芽、つまらないよ?」

 

「……………へっ?」

 

 

 当時、小学生低学年でありながらも百合はゴリゴリの文系女子。

 現在のイベントのようなハロウィンに置き換わる前の、行事としてのハロウィンを知っていた。

 逆に、百合は今どきのイベントとしてのハロウィンを知らない。

 箱入り娘、とはいかないが、それでもお嬢様に変わりはない。

 

 

 ハロウィンに彼女の家を訪れる者は誰一人として居ないので、百合が今のハロウィンを知ることは出来なかったのだ。

 …流石の結芽もこれには驚き、何とか身振り手振りも加えて説明した。

 

 

 説明に苦節十分、ようやく理解した百合と共に、二人はスーパーに出掛けていた。

 

 

「仮装用の服は家にあるから~、お菓子買って行こー!」

 

「良いけど。仮装用の服は何があるの?」

 

「えーっとねー、化け猫とー、ドラキュラとー……」

 

 

 結芽が楽しそうに仮装用の服の候補を言っていく中、百合は何故か少し視線を逸らしてある物を見つけた。

 それは、『簡単クッキーセット』と銘打たれた商品だった。

 値段は千円と高いが、無性に惹かれるものがあり、百合は吸い付くように商品を手に取る。

 

 

「それでね、それでね~……って。ゆり? それ、欲しいの?」

 

「…ちょっと気になって」

 

「へぇ~、簡単クッキーセットかぁ~。って!? 高っ!? 千円もするよ、これ!」

 

「うん。だから、買うの迷ってて……」

 

 

 悩む百合の横顔は、真剣そのものだ。

 しっかりとハロウィンパーティーの事を考えてくれているのだろう。

 それが嬉しくて、結芽はニッカリと笑ってこう言った。

 

 

「買っちゃえば?」

 

「…キッチン借りてもいい?」

 

「良いよ~、どうせ私は何も出来ないから、作ったら味見させてくれれば」

 

「味見だけじゃなくて、私は普通に結芽と一緒に食べたい…」

 

 

 今まで、心落ち着いて食事が出来たことなど、数えられる程しかない。

 侍女であり乳母のような存在である正子と、一緒に食べた時以外で心落ち着いた事は無い。

 

 

 結芽となら、今まで知らなかった事も、色々と知ることが出来る気がして、だから試したくなった。

 ハロウィンパーティー、このイベントが一歩進むチャンス。

 

 

 百合はそう信じて、今まであまりしてこなかった事をやろうとしたのだ。

 料理自体はした事があるが、お菓子作りとなると勝手が違う。

 それを聞いたことがあった百合は、少しの恐怖心があったがやってみたいと思った。

 

 

(結芽と一緒なら、何でも出来そうな気がする…から)

 

「食べたら、感想教えてね」

 

「分かってるよ~。不味かったら不味いって言うけどね」

 

 

 小悪魔のように笑う結芽だが、きっと彼女はそんなことしないと分かっていた。

 分かっていた…と言うよりは信じていた。

 強さを求める少女は時に冷酷だが、根は凄く優しいを事を百合は知っていたから。

 

 

 二人は買い物を終えると、結芽の家に向かった。

 ビニール袋を間に挟んで片側を持つ、と言う名前もない持ち方で、夕日に照らされるコンクリートの上を歩いた。

 風が少し寒く、季節が冬に移変わろうとしているのを嫌でも感じる。

 

 

 だが、家に着いたら着いたで、床が冷たくスリッパがないことを嘆きたくなったのは言うまでもない。

 何とか、パーティの為に仮装を用意し、お菓子の準備を始める。

 結芽は買ってきたお菓子を皿に出し、百合はレシピの書かれた小さい紙を見てクッキーを作り始める。

 

 

 勿論、結芽の方が先に準備が終わるので、彼女は暇を持て余す。

 暇に耐えきれなくなった結芽は、チョロチョロと百合の周りを動いてどうやってクッキーが作られていくのか眺める。

 

 

 小動物を思わせる行動に、百合はクスリと笑いつつも手を止めはしなかった。

 順々に工程をこなし、約二十分の時を経てようやく……クッキーは完成した。

 

 

 ……途中から、結芽はチョロチョロするだけではなく、構って欲しそうに抱き着いてきたが、頭を撫でる事で抑えていた百合は、最早結芽取扱検定特級の資格があると言っても良いだろう。

 

 

「良い感じだね!! いっただっきまーす!」

 

「…じゃあ、私も。いただきます」

 

 

 一も二もなく、二人は同時にクッキーを口に運んだ。

 …味はーー

 

 

「美味しい! 美味しいよ! ゆり~!」

 

「うん。凄く美味しいっ!」

 

 

 結芽が百合に見せた笑顔は数あれど、百合が結芽に見えた笑顔はまだ少ない。

 有るには有るが、どこか本当の笑顔じゃない気がした。

 しかし、今、そこにある笑顔は心からのものだと、結芽は確信する。

 

 

(ゆりの本当の笑顔ってそんななんだ…)

 

 

 柔らかく温かい雰囲気を醸し出す笑顔はどこか儚げで、それがまた彼女の魅力を引き立てる。

 一流の画家に描かせても、この雰囲気だけは描き移すことが出来ないと言える程の、包み込むような笑顔だった。

 

 

 百合が家に帰るまで、あと三時間。

 この笑顔をずっと見続けていたいと、結芽は心の底から思った。

 けれど、それ以上に何時か自分の力でこの笑顔を作って上げたいとも思った。

 

 

 だから、その日は遊び尽くした。

 その笑顔を絶やさぬように、遊んで遊んで遊び倒した。

 百合にとって初めてのハロウィンは、到底忘れられないものとなる。

 

 -----------

 

 そうして、結芽が過去の情景に耽っていると、不意に耳元で声が聞こえた。

 

 

「結芽? 部屋に戻るよ」

 

「え~、私の分は?」

 

「部屋にちゃーんと用意してありますよ。ほら、行くよ」

 

 

 百合が手を引くと、結芽は歩き出した。

 部屋にあるお菓子を目当てに。

 化け猫の仮装は可愛らしく、天使にも見える。

 百合との仮装も相まって、二人はさながら天使の姉妹。

 …片方は悪魔ーーいや小悪魔だが。

 

 

「そう言えば、部屋にあるお菓子って何?」

 

「ふっふっふっ~! 何と! イチゴ大福ネコをイメージして作ったケーキです!」

 

「い、イチゴ大福ネコのケーキっ!!!」

 

 

 目を輝かせてハシャグ結芽は、百合の手を振り切り自室に向かってスキップし始める。

 その様子を見た百合は、何時ものようにクスリと笑った。

 

 

 そして、追いかけようとしたその時、視界に別の何かが映りこんだ。

 視界が切り替わるなど、普通なら有り得ないが百合は心当たりがある。

 

 

(龍眼? でも、今は使おうとも……)

 

 

 クロユリに問いかけようと、内側から呼びかけるが返事がない。

 半ば諦めた百合は、未来の映像をしっかりと確認するために立ち止まる。

 

 

 映し出された未来に居た人物は二人。

 一人は、()()()()()を持った傷だらけの結芽。

 もう一人は、霞みがかったように上手く見えないが、どことなく雰囲気はタギツヒメたちに似ていて、結芽と同じく二本の御刀を持っていた。

 

 

 訳が分からない…が、これが未来らしい。

 何日後かなど分からないが……確実に未来で起こる出来事だ。

 

 

(何が何だか分からないけど…今は気にしてもしょうがないか)

 

 

 百合は気付かなかった……いや気付けなかった。

 龍眼による未来視の中に、自分が居なかったことを。

 

 

 ハロウィン、それはあの世とこの世の境目が曖昧になる日。

 もしかしたら、彼女たちの世界ではあの世が隠世でこの世が現世なのかもしれない。

 

 

 




 次回もお楽しみに!
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 イベント回なのに思わせぶりな事する作者ですいません。
 週末には二話に分けて(胎動編と波瀾編)裏話的な奴を上げます。


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誕生日「折神紫と守る者たち」

 親衛隊メンバーの誕生日は絶対に投稿したい!
 ……今回は少しだけ忙しいので短めです。
 お許しを。

 では、本編をどうぞ!


 六月十三日。

 紫の誕生日である。

 ようやく慣れ親しんできた親衛隊メンバーは、何とか時間を作ってケーキを買い、誕生日会を密かに開こうとしていた。

 百合と寿々花は、一緒に買い物担当。

 真希と結芽と夜見で、給湯室を飾り付けていた。

 

 

 給湯室には、キッチンに加えて大きめな冷蔵庫もあり、テーブルやソファなども揃っているため、パーティ会場に決定された。

 

 

「先輩たちと結芽、大丈夫ですかね?」

 

「大丈夫でしょう。結芽は兎も角、真希さんも夜見さんも、誕生日会の飾り付け位簡単に出来ますわ」

 

「結芽は……紫様にどう遊んでもらえるか、考えてそうです。……にしても、良かったですね。ケーキにおまけして貰えて」

 

 

 百合が持つ袋には、綺麗な箱に包装されたチョコケーキが入っている。

 本当は四号で頼んだ筈なのだが、今日渡されたケーキは何故か五号になっていたのだ。

 二人は不思議に思いつつも、店長らしき人物の「おまけみたいなもんだから」と言う言葉を聞いて、素直に受け取り帰宅している。

 

 

 今頃、給湯室では結芽や真希や夜見たちが、飾り付けに勤しんでいることだろう。

 料理は朝の内に調理し、温めるだけにしておいた。

 勿論調理したのは百合だ。

 結芽も手伝ってはいたが、包丁もろくに使えないので戦力外だった。

 

 

 作ったのは焼きそば。

 大々的に祝うのは喜ばないと思った百合が……有り合わせの物で何か作る程度ならいいだろうと思い、作ったのだ。

 キャベツにニンジンに、ピーマンにベーコン。

 そして、嫌に主張強めな麺が置いてあった。

 

 

 先日、鎌府の高津学長が大きなビニール袋片手に給湯室に密かに入っていたので、彼女が入れたものだろう。

 なんでそんなの物を入れたのか? 

 百合はそんなことも知らずに、ただ作りやすくて美味しい焼きそばをチョイスした。

 ……それが、雪那の計画通りだも知らずに。

 

 -----------

 

 帰ってきた二人が給湯室に入ると、飾り付けが終わったのか室内は綺麗に装飾されていた。

 結芽が胸を張って「えっへん!」と言うのを見て、真希の方を見た。

 真希は首を横に振っていた。

 良く見ると、少し疲れた顔をしている。

 

 

 百合はため息をつきながら、寿々花にケーキを任せ、結芽の方に歩いていく。

「褒めてくれる!」、そう思った結芽は目を輝かせていたが、やけに笑顔な百合の顔を見て、背筋が凍るような感覚が走った。

 急いで弁明しようとしたが、そんなことは百合が許すはずもなく、頬を指で摘まれた。

 

 

「ゆ〜め〜? 紫様の誕生日なんだから、今日くらい良い子にするって言ったよね?」

 

ひょ、ひょれは(そ、それは)

 

「言った…よね?」

 

ふぁい(はい)

 

「真希先輩や夜見先輩に、迷惑掛けなかった?」

 

 

 不気味な程良い笑顔な親友に対し、結芽は自分の命の危機を感じる。

 咄嗟に、他の親衛隊メンバーに目を向けるが、他の者は料理を温めたり、テーブルに食器を並べたりしている。

 万事休す、そう思ったその時。

 救世主()は現れた。

 

 

「仕事は終わった筈だ。どうしてここに居る?」

 

『ゆ、紫様!?』

 

 

 結芽以外の全員が紫の登場に驚いていた。

 結芽の場合は、自分を助けてくれるかもしれない存在に歓喜していた。

 驚いて力が弱まった百合の手から逃れて、紫の後ろに隠れる。

 

 

「結芽?! 何してるの!?」

 

「そーだ! 紫様? 今日何の日か知ってる?」

 

「? 今日は六月十三日。特に何も無い日だと思うが」

 

「え〜! 紫様って変な所で鈍感だよね〜。何時もは未来が視えてるんじゃないか、ってくらい鋭いのに」

 

 

 自分の親友が暴露する前に、百合は三人に目配せをしてクラッカーを投げ渡す。

 幸いなことに、紫は結芽の言葉に首を傾げていて気付いていないようだ。

 四人はタイミングをズラすことなく、一斉にクラッカーを鳴らした。

 

 

『紫様、誕生日おめでとうございます!』

 

 

 その時、親衛隊メンバーは初めて紫が驚く顔を見た。

 

 -----------

 

 誕生日会が始まってから一時間。

 粛々とことは進み、ケーキも料理も食べ終わった頃。

 彼女は何気なく、爆弾級の発言をした。

 

 

「紫様。一つ気になったのですが、今年でおいくつになられたのですか?」

 

「…………」

 

 

 大人の女性に、年齢の話はタブー。

 そんなルールを知らない訳もない筈なのに、百合は好奇心に負けてしまい、こんな発言をしてしまった。

 いつもなら、真希や寿々花から怒声が上がってもいいはずだが、誰も何も言わない。

 気になっているのだ。

 

 

 案外近くに居る人の年齢を知らないと言うのは気になるもので、親衛隊メンバーは誰も口を開かない。

 そんな中で、相も変わらず結芽だけは、「はやくはやく!」とでも言いたげな視線を送っている。

 紫も、全員が口を開かない現状に耐えられなくなったのか、重い口を開く。

 

 

「夢神、お前はどれくらいだと思う?」

 

「え、えっと……」

 

 

 見た目だけで言うなら、十代後半とそう変わらなく見える。

 だが、二十年前の相模湾大災厄で特務隊として、戦ったとされている限り、四十歳近くなのは間違いない。

 百合も変な事は言えないので、あえて冗談を言った。

 

 

「まだ、十代後半くらいだったりして……。さ、流石に冗談ですよ?! それぐらい若く見えると言うだけです!」

 

「…良い観察眼だな、正解は言わないが」

 

「えぇ〜、言っても言いじゃん! 紫様のケチ〜!」

 

「こら! 結芽言い過ぎだぞ!」

 

「そうですわよ結芽。大人の女性に年齢を聞くのはタブーですわ」

 

「そうですね。褒められたものではありません」

 

 

 紫がそんなやり取りを見て、クスリと笑った。

 それを見たみんなも笑う。

 六月十三日、紫の誕生日であるこの日。

 親衛隊の絆はより一層深まった。

 




 次回もお楽しみに!

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誕生日「獅童真希の真なる希」

 真希さん、改めて誕生日おめでとうございます!


 七月二十四日、今日は真希の誕生日である。

 誕生日会の準備をしている寿々花や夜見たちとは別に、百合と結芽は真希の相手をしていた。

 相手をしていると言っても、結芽のお遊びに真希が付き合っているだけなのだが。

 

 

「真希おねーさんなんか強くなってない?! ……負けたーー!!!」

 

「ボクだって日々精進しているからね」

 

「私だって、最近は真面目に任務やってるもん!」

 

「まあまあ、結芽も落ち着いて。真希先輩、次は私と立ち合いませんか?」

 

 

 百合の誘いを受けて、真希が構える。

 二本の内の一本、宗三左文字を抜いて百合も構える。

 同時に写シを張って、どちらともなくきり結んだ。

 最初の攻防は一進一退と言った感じだったが、徐々に百合が押され始める。

 

 

 真希の歳は今年で十七歳、あと約一年で刀使としての適齢期を終える。

 だが、真希の実力を衰えることを知らず、成長し続けていた。

 ……百合自身も成長を続けているが、真希の成長速度は目を見張るものがある。

 しかし、百合も負けず嫌いな所があるので、本気で相手をする。

 

 

 力任せにも見える振り下ろしを、体を少し逸らすだけで避けてカウンター。

 逆袈裟斬りのカウンターを真希は迅移で回避する。

 

 

 攻防はその後も続き、結局決着は着かなかった。

 

 

「ふぅー。やっぱり、真希先輩の剣は重いですね」

 

「力任せってことかい?」

 

「違いますよ! 物理的なものではなくて、精神的なものです。…信念、そう言った方がいいですよね? 誰かを助けるために強くなりたい、誰かの助けになりたい。真希先輩の強い想いが剣から感じられます」

 

「……でも、ボクは道を間違えてしまった」

 

「そうですね。先輩は自分の体を罪で汚してしまった。けど、先輩が力を欲したのは、誰かを助けたいと言う優しい想いからです。その想いの在り方は、きっと間違いではありません」

 

 

 上から目線の言葉になってしまっただろうか? 

 心配そうに真希を見つめる百合だったが、その思いは杞憂に終わった。

 笑っていたのだ、嬉しそうに顔を綻ばせて。

 それが分かった百合は、そっと真希の傍を離れた。

 今の彼女を邪魔するのはあまり宜しくない。

 

 

 そう判断したのだろう。

 この判断が間違いではないことを、百合はとうに知っていた。

 

 -----------

 

 紫は未だ療養中で来れない代わりに、朱音が紫から渡されたプレゼントを渡した。

 御刀の手入れ道具だ。

 ……刀使の中で知らない者は居ない、とまで称される程の有名所で買われた物に真希が息を飲んだ。

 

 

 十数万はくだらない額の物を貰ったら誰でもそうなる。

 この場に居る約二名は違うが……

 

 

「あら、私のとお揃いですわね」

 

「私のも同じ奴です」

 

「えっ?! ふ、二人共、こんな高級な物を使っているのかい? ボクも御刀はキチンと手入れするために値が張る物を買うけど、ここまでは流石に……」

 

 

「別にそんなに高くありませんわ?」

「私も、寿々花先輩と同じ意見です」

 

 

 あまり感じたことはないが、二人は列記としたお嬢様だ。

 頼めば何でも出てくる環境で育った。

 金銭感覚が可笑しいのはしょうがないことである。

 

 

 その後は、普通に誕生日会が進められた。

 夜見お手製おむすびと寿々花が作ったおかずを食べて騒ぎ倒した。

 最近はあまり全員で揃える機会がなかったが、今回は運良く揃えることが出来た。

 これも、神様の悪戯なかもしれない。

 

 

 しかし、五人にそんなことは関係なく、時間は進んだ。

 最後にプレゼントを一人づつ渡すことになった。

 結芽はイチゴ大福ネコの抱き枕。

 百合は手作りのハンカチ。

 白い百合と黒い百合に加えて、燕が二羽刺繍されている。

 夜見は怪我をした時のための救急箱。

 

 

 最後に寿々花は………

 

 

「これをどうぞ。夏服と秋服、それぞれ一式を一着づつ入れてあります」

 

「助かるよ寿々花。最近はあまり買い物に行けてなくて………あの、寿々花? 一つ聞いていいかい?」

 

「あら、あまりお気に召しませんでしたか?」

 

「いや、そうじゃない。ボクの目に狂いがなければ、有名ブランドのロゴが入っているんだけど」

 

「入ってますわよ。何故って、オーダーメイドですから」

 

 

 ファッションに興味があまりない夜見や百合でさえも分かる程の有名ブランド。

 紫のプレゼントと言い、寿々花のプレゼントと言い、少々度が過ぎている。

 文句の一つでも言いたいが、プレゼントを貰っておいて文句を権利はない。

 

 

 気に入らないならまだしも、何となく自分に合う服だと分かると余計に何も言えくなる。

 苦笑混じりの笑顔で全部のプレゼントを受け取った真希。

 色々なことがあったが、良い一年だったと彼女は思っている。

 

 

 仲間のことを深く知ることが出来たのも、あの事件があったからだ。

 感謝する、その行為が可笑しいことだと分かっている。

 だが、感謝するべきだと感じた。

 

 

 そして、真希の思考を遮るように百合が声を張った。

 

 

「最後にもう一度言いましょう。せーのっ!」

 

『誕生日おめでとう(ございます)、真希(さん・おねーさん・先輩)』

 

「…ありがとう、四人共。最高の誕生日だよ」

 

 

 その日は夜まで、旧親衛隊の少女達の笑い声が響いていた。

 

 

 




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誕生日「此花寿々花は実らせる」

 俺はまきすずなんて認めないって、納得がいかないって方はブラウザバックを推奨致します。

 寿々花さん!誕生日おめでとうございます!


 九月九日、今日は寿々花の誕生日である。

 お嬢様である彼女にどんな祝い方をするか? 

 それが当面の問題だった。

 誕生日当日になっても中々案は纏まらず、最終手段に出ることに……

 

 

「寿々花。少し聞きたいことがあるんだけどいいかい?」

 

「あら、どうしたんですの真希さん。何かありまして?」

 

「実はさ、その、君は今日誕生日だろう? どう祝えばいいか分からなくてね。…中々案が纏まらないし、直接聞く他ないと思って……」

 

「……ふふふ。真希さんたちらしい真っ直ぐさですわね。……そうですわねぇ……」

 

 

 寿々花は可笑しそうに笑いながらも、話し始めた。

 曰く、彼女の家では盛大にパーティをするらしく、大人しめのささやかなものがやりたいとか。

 真希はうんうんと頷くと、笑顔で走り去っていった。

 最近、彼女の柔らかい笑顔が増えている事に、彼女以外の誰もが気付いていた。

 

 

「…変わりましたわね、真希さん。これもどれも、あの子のお陰…なのでしょうか…」

 

 

 嬉しいような悲しいような、そんな曖昧な表情で走り去っていく背中を見つめる。

 やがて背中が見えなくなると、手に持っているタブレットを弄りながらため息を吐く。

 

 

「少しくらい…気付いてくれてもいいのに…」

 

 

 呟いた言葉は誰も居ない廊下に響く。

 鬱陶しいほどの朝日が窓から入ってくるが、気にする事はなく通常業務に戻る。

 先程までの感情を頭の隅に退けて、作業場所に向かった。

 

 -----------

 

 時間は過ぎて夕暮れ時。

 太陽はその日の役目を終えようとしている。

 オレンジ色の光が辺りを包む中、寿々花はぼーっと椅子に座っていた。

 通常業務はとうの昔に終わっている。

 こんな無駄な事をしている必要も意味もないのに、何故かそうしていた。

 

 

 扉がガチャリと開く音がしたが、寿々花は気付いていない。

 扉を開けた主は……

 

 

「寿々花先輩。お迎えに来ましたよ?」

 

「………………」

 

「寿々花先輩?」

 

「? 百合? どうかしましたの?」

 

「誕生日会の準備が整ったので迎えに来ました!」

 

「素直でよろしいですわ。…さて、では行きましょうか」

 

 

 椅子から腰を上げて、作業場である執務室を後にする。

 元々、今日ここで作業をするのは寿々花一人だったため他には誰も居ない。

 その身に荒魂を宿しながらも、一切の穢れない笑顔を魅せる百合。

 この世に二人といないイレギュラーのような存在。

 

 

 けれど、彼女は自分たちの恩人であり仲間だ。

 ぞんざいに扱うなどとんでもないが、丁寧に扱う訳でもない。

 あくまで対等、仲間として家族として同じ目線で接する。

 結芽とよろしく、妹のような存在なのだ。

 どちらも、手のかかる妹だが。

 

 

 そんな考えに耽っている内に、どうやら目的の場所に着いたらしい。

 百合と結芽の部屋だ。

 百合と結芽は基本的な作業をここで行っており、任務やデート、お使い以外では外に出ない。

 

 

 偶に結芽がフラフラとうろついているが、あまり宜しくない。

 百合の中の荒魂は精神状態によっては浄化が長引く可能性がある。

 その為、精神を安定させると言う体で出来るだけ二人を離させないようにしている。

 

 

 当の本人たちはあまり意味を分かっていないようだが…構わないだろう。

 

 

「…どんなおもてなしを受けるのか、楽しみですわ」

 

「期待は程々に、それじゃあ開けますね」

 

 

 苦笑いをしながら、百合は扉を開けた。

 中はほんのりと明かりがあるだけで薄暗く、誰かがいる気配がしない。

 少しだけ中に入るのが躊躇われる寿々花だったが、一歩踏み出す。

 すると、急に明かりが強くなり、眩しいと思わせるものになった。

 

 

 目が段々と強い明かりに慣れてくると…そこには。

 こぢんまりとしたテーブルにB級グルメがズラリと並べられていた。

 数は多くないし、量も五人分ピッタリしかないので、誰かが食べ過ぎたら誰かの分がなくなるレベルだ。

 

 

 寿々花の口角が少しだけ上がり、ふふっと笑った。

 あまりにも貧相で質素に見える食事なのに……彼女の目にはそれが高級フレンチにも並ぶ品々に見えた。

 零れ落ちそうになる涙を必死に堪えて、こう言った。

 

 

「…本当に貴女達と言う人は……ありがとうございます。本当に…ありがとうございます…」

 

「す、寿々花?! どうしたんだい? もしかして、流石にダメだったかな?」

 

「真希おねーさんは本っ当に分かってないな~」

 

「そうですね。獅童さんはもう少し明確に相手の想いを汲み取るべきです」

 

「あはは…。ハッピーパースデー! 寿々花先輩! 残り時間は少ないですが…今日はたっくさん楽しみましょう」

 

 

 楽しい時間はあっという間に過ぎ去って。

 終わりの時間がやってくる。

 ……寂しそうな顔で真希を見る寿々花。

 それを、百合はしっかりと確認していた。

 だから、こう言ったのだ。

 

 

「真希先輩。寿々花先輩と一緒に散歩でも行ってきてもらえますか? 寿々花先輩、少しだけ体調悪そうなので外の空気を吸わせてあげたいんです」

 

「?! そうなのかい? なら、早く言ってくれ。…さぁ、少し外に出よう。中庭でいいだろ」

 

「え、ええ。お願いします…」

 

 

 最後の言葉は少し萎んでしまったがしようがない。

 百合は二人を見送ったあと、少し微笑んで呟いた。

 

 

「あとは自分次第ですよ…寿々花先輩」

 

 -----------

 

 中庭に出て数分も経ったのに、二人の間に会話はない。

 いや、厳密には真希の一人相撲状態だ。

 真希が話し掛けているのに、寿々花はうんともすんとも言わない。

 ただ顔を俯かせているばかり、本当に体調が悪いのか? 

 そう思った真希は寿々花の手を握り救護室に行こうとしたが……

 

 

「待って下さい……。少しだけ…待って下さい」

 

「君がそう言うなら…」

 

 

 納得がいってないのか、不服そうに頷く真希。

 寿々花は呼吸を整えるように大きく深呼吸をして…ある言葉を口にした。

 

 

「真希さん…私は…貴女の事が…」

 

「ボクのことが…?」

 

 

 好きです。

 その一言が中々口から出て来ない。

 あと少しでもどかしい思いが無くなるかもしれないのに…

 喉に引っかかって言葉が上手く出て来ない。

 今までの関係を壊したくない…そう思うと同時に。

 

 

 もっと先に進みたい…そう思うのだ。

 だから…だから……

 

 

(あと一歩だけ…前に進ませて下さい!)

 

 

 身長差があるので、肩に頭が当たるような形になりながらもゆっくりと真希に抱き着いた。

 動揺する彼女を畳み掛けるように…引っかかっていた言葉を口にする。

 拒絶されたら…痛くて…苦しくて…泣いてしまうかもしれないが…

 

 

(私はそれでも構いません。想いを伝えず終わらそるのなら、断られた方が…拒絶される方が余っ程ましです)

 

「好きです…大好きです。貴女の事を心の底から慕っています」

 

「えっ…あ…」

 

 

 固まってしまっている。

 無理もないだろう。

 家族のように仲間、そう言う認識で接してきた人物にそう言われたら固まるなと言う方が無理な話だ。

 

 

 だが、真希のプライドは固まったままでいるのを許しはしなかった。

 答えは今すぐ出せなくていい。

 しかし、言葉は今すぐ出さなければいけない。

 

 

「…ありがとう、寿々花。君の気持ちは嬉しいよ。…少しだけ整理する時間を貰っていいかな? …君を笑顔にする答えを出すと約束するから」

 

「言いましたわね? …約束ですよ?」

 

「ああ、約束する」

 

 

 数日後、晴れて恋人になった二人が仲睦まじく歩いていたのは…また別の話。

 




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誕生日「皐月夜見は夜を見上げた」

 夜見ちゃん誕生日おめでとうございます!


 十二月二十四日のクリスマスイブ、その日は皐月夜見の誕生日だ。

 結芽きっての要望で、ケーキ作りは彼女に一任され、百合は夜見の気を引くことが仕事になった。

 

 

 鎌倉の街を、巡回と言う名目で百合は夜見と共に歩く。

 制服の上にコートは羽織っているが、動きやすさを重視するために厚手のものではない。

 その所為もあってか、冬の空気が彼女たちの体を凍えさせる。

 鼻先は赤く手もかじかむ中、巡回任務を果たす。

 

 

 コートに手を突っ込んで暖まりたい所だが、そんな事していてはもしもに対応できない。

 刀使としての責任感が二人にその行動をさせていなかった。

 

 

「今日は一段と冷えますね。マフラーと手袋が欲しいです」

 

「…そうですね。コタツが恋しくなります」

 

「はぁ、コタツ…良いですよね。ぬくぬくしながら、みかんでも食べてゆっくりしたかったなぁ」

 

「任務ですから、我慢しましょう」

 

「はーい。夜見お姉ちゃん」

 

「っ!? …しょしいがら…やめでぐださい」

 

 

 未だに、お姉ちゃん呼びは慣れないのか、素の秋田弁が顔を出す。

 彼女の場合、こうなる事を分かってて言ってるからタチが悪い。

 結芽のような小悪魔の微笑みで、百合は夜見を見つめる。

 

 

「出てますよ? …本当に、夜見お姉ちゃんは可愛いなぁ」

 

「っ〜〜〜!? …やめでぐださい!」

 

 

 滅多に出ない素の表情を見せる夜見は、年相応の少女らしさがあり、百合はとても愛おしく感じる。

 彼女である結芽とは、違う意味で放っておけない…姉のような存在。

 巡回任務が終わるまでの数十分間、百合は『お姉ちゃん』の一言で夜見をからかい続けた。

 

 

 だが…最後の最後まで、夜見は満更でもなさそうな顔をしていた。

 嬉しいから感情をコントロール出来なくて、舞い上がった感情が仮面を取ってしまう。

 恥ずかしさと、嬉しさと、温かさで、その瞬間、夜見は満たされていた。

 

 -----------

 

 巡回任務の報告が終わったあと、すぐに結芽から連絡が来た。

 内容は簡単だ、準備が終わったから連れてきて欲しい、との事。

 執務室での通常勤務に戻ろうとする夜見の手を、百合は強引に握り走り出す。

 廊下を走るなど、いつもの彼女は許さないだろうが、今は違う。

 

 

 自分に厳しい彼女だが、仲間の為だったらどこまでも甘くなるのが、長所であり短所。

 今、百合は自分の長所を遺憾無く発揮しているのだ。

 道中、夜見の声が耳に入っていたが、毛頭止まる気などない。

 

 

 走り始めて数分で、誕生会のためのホールに着く。

 盛大な飾り付けがされており、二人が入ると同時にくす玉が落ちてくる。

 ヒラヒラと舞う紙の中から、紙の幕が降りてくる。

 そこには『誕生日おめでとう』の一言。

 

 

『夜見(さん・お姉ちゃん・おねーさん・先輩)誕生日おめでとうー!!』

 

 

 今日まで協力して、飾り付けの準備や料理の準備を手伝ってくれたみんなが、声を揃えて祝いの言葉を口にする。

 祝われた側の彼女は、開いた口が塞がらずただ呆然としている。

 …だが、少し時間が空いてようやく実感が湧いてきたのか、ポロリと涙が零れ落ちた。

 

 

 流れ始めたら、それは止まらなかった。

 拭っても拭っても、拭いきれないほどの涙が止めどなく溢れ出した。

 祝われたことはあっただろう、しっかりと愛を受けて育っただろう。

 

 

 でも、嬉しかった。

 ひたすらに、嬉しかった。

 生まれてきてくれてありがとう、そう言ってくれる人が居る事が嬉しかった。

 

 

「…何故、そこまで……」

 

「決まってるじゃん。夜見おねーさんは仲間で家族だもん! 祝うのは当然でしょ?」

 

 

 自分は真っ当な刀使ではない、でも、仲間は自分を認めてくれている。

 敵だった人も、御刀を向けあった人も、自分を刀使だと認めてくれている。

 結芽の言葉に誰もが頷いている事が、その証明だった。

 

 

 誕生会の中で、夜見は色々な事をした。

 カラオケで演歌を歌わされて、結芽が作ったケーキを食べて、みんなが持ち寄ったお菓子やご飯を食べて、プレゼントを貰って……

 兎に角、色々なことをした。

 

 

(…少し、疲れましたね)

 

 

 はしゃぎ過ぎた。

 何時ぶり分からない、盛大な誕生会だったから、羽目を外し過ぎたのだ。

 まだまだ続く誕生会の為に、夜見は少し休もうと外に出る。

 そして、その瞬間を百合は見逃さなかった。

 

 -----------

 

 すっかり暗くなった空を見上げる。

 夜空に煌めく星を、満たされた心を持って見つめた。

 

 

「着いてきたのですか?」

 

「ええ、気になって。…余計なお世話でしたか?」

 

「いつもそうですよ」

 

 

 手厳しい夜見の言葉に百合は苦笑しながら、そっと隣に立った。

 そして、寒さゆえに赤くなった手を握る。

 先程とは違う、包み込むような握り方で。

 

 

「プレゼント、どうでした? 色々悩んであれだったんですけど…」

 

「私では手を出せない茶葉だったので嬉しいですよ。…今度、淹れてご馳走します。お茶菓子もついでに」

 

「それは嬉しいですね…。楽しみにしてますっ!」

 

 

 煌めく星にも劣らない笑顔。

 夜だと言うことも相まって、彼女の笑顔は煌めいて見える。

 心から楽しみにしてることが、手に取るように分かった。

 

 

(ああ、私でも…ちゃんと誰かを笑顔にできるんですね)

 

 

 その事実が、じんわりと心にーー魂に染みていく。

 

 

「夜が、終わらなければいいのに。こんな温かい時間がずっと続けばいいのに……」

 

「けど、終わらなかったら、いつまで経ってもお茶が貰えませんね…」

 

 

 困ったように、百合が笑って。

 釣られて夜見もクスクスと笑った。

 

 

 終わらない夜はない。

 でも、終わらないで欲しい夜はある。

 

 

 少女はその日、終わらない夜を願って、迫り来る明日を拒んだ。

 だが、隣に居る少女は終わらない夜を拒んで、迫り来る明日を願った。

 

 

 今の幸福を望んだ。

 明日(未来)の幸福を望んだ。

 

 

 どこか似てなくて、それでもどこか似ている。

 姉妹じゃないようで、姉妹のよう。

 

 

 二人は、そんな奇妙な関係だ。

 

 

 クリスマスイブ、聖夜の前日に二人揃って夜を見上げた。

 同じ想いで、違う願いを持って……

 

 

 

 

 

 




 次回もお楽しみに!

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誕生日(前編)「百合と燕たちの数年後」

 明けましておめでとうございます。
 投稿が遅れて申し訳ありません。
 百合の誕生日回の内容が思ったように纏まらなくて時間が掛かってしまいました。

 今回は特別バージョンで前後編で別れています。
 後編は十二時にアップ予定です。


 2024年一月九日。

 日本中を恐怖に陥れた大災厄から約四年の月日が流れた。

 未だに、あの時の恐怖は人々の心に残っているが、それも次第に薄れていく。

 

 

 だが、少女のーー夢神百合の感情が薄れていくことはない。

 鮮明に思い出すことが出来るほど、大災厄の日の事を覚えている。

 当事者だったから、大切な人が命を懸けて戦っていたから。

 絶対に薄れていくことはない。

 

 

「……四年も経ったんだ。時が過ぎるのは、早いなぁ……」

 

 

 腰まで流した絹のような美しさを魅せる紺色の髪と、見た人が吸い込まれるように綺麗な藍色の瞳。

 あどけなさが残った顔立ちは今はどこかへ消えて、大人の余裕が溢れる整った顔立ち。

 人と居る時は常に笑みを絶やさず、近くに居る誰かを照らし続ける太陽だ。

 

 

 体の方も成長しており、身長は165cmまで伸びた。

 スラッとしたモデル体型とまではいかないものの、性別に関係なく人を虜にさせるメリハリのある体付き。

 出る所は出て、引っ込む所は引っ込む。

 次元の違う世界から出てきたんじゃないかと錯覚させるほどの容姿になった。

 

 

 しかし、彼女の全ての顔を知っているのは、この世でたった一人だけ。

 それはーー

 

 

「…結芽」

 

 

 百合は、薫()()()に頼まれていた荒魂の出現率に関する資料作成を終えると、小さくそう呟いた。

 ポケットからスマホを取り出し、パスワードを打ち込みホーム画面に移る。

 するとそこには、壁紙としていつかの花見の写真が映し出されていた。

 しかも、映し出されているのは結芽と百合の二人だけ。

 

 

 態々、専用の画像加工ソフトを使ってまで解像度を極限まで落とさず作った一枚。

 ニヤニヤとした、部下やその他友人には見せられないような顔で写真を見つめる。

 どうしても、この写真を見ていると顔が緩んでしまう。

 

 

 それもこれも全部、ずっと傍に居てくれない結芽が悪いと言い訳をしながら、写真を見つめた。

 今頃、特別遊撃隊副隊長となった結芽と沙耶香は、三日前から言い渡された、荒魂討伐の任務に励んでいるだろう。

 今日中には帰ってくると知っていても、寂しいものは寂しい。

 

 

 百合が以前から親しくしていた人達は軒並み大変な職に就いている。

 先ず美濃関学院に行っていた、可奈美・舞衣・美炎だが、可奈美が美濃関の剣術講師に、舞衣が実家の企業を継ぐ準備として社員に、美炎が美濃関の学長補佐となっている。

 続く平城学館に行っていた、姫和・真希・清香だが、姫和が平城学館の学長補佐に、真希が平城学館の学長に、清香が刀使としての経験を活かし教師見習いとして教壇に立っている。

 

 

 綾小路武芸学舎に行っていた、寿々花・ミルヤ・由依・葉菜だが、寿々花が綾小路の学長補佐に、ミルヤが綾小路の学長に、由依と葉菜が本部所属の局員になっている

 長船女学園に行っていた、薫・エレン・智恵だが、薫が刀剣類管理局本部長に、エレンが両親の研究を引き継ぎ研究チームに、智恵が長船女学園の学長になっている。

 最後に鎌府女学院に行っていた、夜見・呼吹・つぐみだが、夜見が鎌府女学院の学長に、呼吹とつぐみは変わらず研究チームに所属している。

 

 

 とまぁ、それぞれがそれぞれの道を進んでいる事もあり、百合の部屋を訪れる者はいない。

 部下は百合の事をやたら慕っている所為で、百合の部屋に私用では全く近付かない。

 

 

「…纏めた書類出しに行くかぁ」

 

 

 寂しさ故に重いため息を吐くと、机に乗っているファイリングした書類を持ってイスから立ち上がる。

 羽織るだけだった制服を着直し、ドアを開けて廊下に出た。

 笑顔を貼り付けるのも慣れたもので、少女はニコニコとした明るい笑みを絶やさぬまま廊下を歩き続ける。

 

 

 通り過ぎる人が二度見したくなるほどの立ち振る舞い。

 立てば芍薬座れば牡丹、歩く姿は百合の花。

 この言葉が彼女の為に存在するかのような美しさがあった。

 

 

 部下に慕われ、職員にも慕われ、上司に信頼されて。

 百合の肩には様々な重圧があるが、そんなの関係ないと言わんばかりに、彼女は笑みを絶やさない。

 何故なら、もう少しすれば大好きな人にーー大切な人に会えるから。

 まだ会えない寂しい気持ちと、もう少しで会える嬉しい気持ちが綱引きをし、圧倒的な強さで嬉しい気持ちが勝つ。

 

 

 結芽に会える、それだけでどんなに辛い事でも、どんなに苦しい事でも耐えられる。

 鼻歌が零れそうになるのを必死に我慢して、百合は指令室に急いだ。

 

 -----------

 

 指令室の中は、驚く程に静かだった。

 仕事に集中して私語がないのは悪い事ではないが、流石に静かすぎる。

 …それもこれも、死にそうな青白い顔で仕事を黙々とこなしている薫本部長の所為だろう。

 四年前からほぼほぼ変わらない容姿は、彼女は苦しめてるとか何とか……

 

 

「……薫本部長、今日で何徹目のですか?」

 

「知らん。数えるのも面倒で五からあとは覚えてない」

 

「明日、その顔で私に会うのは止めてくださいね? 晴れやかな気持ちが申し訳なさで埋もれるので」

 

 

 自分の質問に淡々と答える薫に対し、百合は申し訳なさで一杯になる。

 何とか冗談を言って誤魔化すが、薫はコクリと冗談に頷くだけで、反応が乏しい。

 いつもなら冗談に対するツッコミや愚痴が返ってくるのだが……

 

 

(……今度、紫様と朱音様に、薫先輩に長期休暇を上げるようにお願いしないと……。本気でグレる所か死んじゃう)

 

 

 レッドゾーンを超えてデットゾーン突入しつつある薫の為に、休暇の打診考えいると……指令室のドアが開く音が聞こえた。

 

 

(…ノックもなしにここに来るのなんて、一人だけだよね)

 

 

 一瞬前まで考えていた事を決定事項として記憶し、百合は目の前に意識を戻す。

 すると、彼女の耳に聞き慣れた声が耳に入る。

 心が弾むような嬉しさで溢れて、声が聞こえた方に振り向いた。

 

 

「ただいま戻りました〜」

 

「ただいま戻りました」

 

 

 一人は結芽、もう一人は沙耶香だ。

 結芽の方は若干あどけなさが残っているが、体自体はしっかりと大人の女性として成長している。

 身長は百合と同じ165cmで、度々百合のを羨ましがっていたある部分も程よく育ち、腰まで伸ばした桜色の髪はポニーテールに纏めており、碧色の瞳は少しではあるが落ち着きがあるものになっていた。

 

 

 対して沙耶香はと言うと、あどけなさは完全に消え去り、高校生とは思えないほど大人の女性として完成していた。

 身長は160cmしかないが、ねねが懐いただけありそこそこのものを持っている。

 ショートに切り揃えられていた銀髪はそのままに、臙脂色の瞳には温かさが宿っていた。

 

 

「ゆりもこっちに居たんだっ! やっぱり先に報告来て正解だったね沙耶香ちゃん」

 

「うん。結芽の意見を信じて正解だった」

 

「二人共お疲れ様。報告あるんでしょ? 先に済ませちゃって、話はその後で…ね」

 

 

 百合はそう言うと、二人を薫の前に出して後ろに下がる。

 彼女たちの報告は数分で終わり、書類も帰宅途中の新幹線で纏めてきたらしく提出していたが……その後、十分ほど薫に対し早く休むように説得し、指令室に居た職員の力も借りて仕事の引き継ぎをさせた。

 引き継ぎに対応した職員の一人が、薫の仕事量に薫以上の青白い顔で引き攣った笑みを浮かべた。

 

 

「大変そうだけど、私たちの任務は終わったし部屋に戻ろ〜」

 

「だね。薫先輩の仕事、職員以外が触るの不味いやつ多いし」

 

「…そう言えば、百合は何の資料渡したの?」

 

「あ〜。私が渡したやつ? 荒魂の出現率に関する資料だよ。最近、荒魂の出現率は低下の一途を辿ってるからね。これも、ノロをまた祀るようになったお陰……なのかな」

 

 

 四年前の大災厄以来、刀剣類管理局はノロを祀る神社を増やし始めた。

 諸々の兼ね合いに多少時間は掛かったが、ノロを祀る神社は着々と数を増やしいき、それに伴って荒魂の出現率も低下していった。

 

 

「原因が分からないんだっけ?」

 

「完璧にはね。予測としては、さっきも言った通りノロを祀る神社が増えたから…ってのしかないんだよ」

 

「ふーん。まぁ、今はそんな話は良いよ。…それよりそれより! ゆり! 明日どうする? 誕生日会は夜にやるから、それまで暇だけど?」

 

「私も結芽も休暇は貰ってる。…でも、私は誕生日会の準備があるから一緒には居られない。百合は…私より結芽と一緒に居る方がずっと嬉しそうだから、二人で遊びに行って。遠くない範囲で」

 

 

 同い年組だから、三人の仲は必然的に良く、今では替えが絶対に聞かない人物にまでお互いが登り詰めている。

 それでも、お互いが抱いている好意の大きさは違う。

 沙耶香は百合と結芽のことが大好きだ。

 だが、百合と結芽はお互いが大大大大大好きで、沙耶香は大好きで止まっている。

 

 

 好意の差に寂しさは感じるが、自分の事を大事に思っていることが分かっている沙耶香は嫌な顔をせずそう言った。

 

 

「…じゃあ、そうしようかな。丁度、行きたい場所もあったし」

 

「行きたい場所?」

 

「そっ。朝、早く起きる事になるけど良い?」

 

「良いよ! 別に、まだ午後五時くらいだし早めに寝ればよゆーだよ」

 

 

 結芽はこの時、考えもしていなかった、まさか始発の新幹線に乗って、生まれ故郷に行く事になるなんて。

 

 

 

 

 




 次回もお楽しみに!

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誕生日(後編)「百合と燕のハッピーエンディング」

 ネタバレ全開で行くぜ!
 ※ネタバレ注意です。



 可愛らしい寝息を立てて、背中で寝る結芽を百合は自分の実家まで運んで行く。

 朝一の新幹線に乗る為に、早く起こした所為で結芽は寝不足気味だったらしく、新幹線の中でも百合に頭を預けて寝ていた。

 歳を重ねても、二人の関係は変わらない。

 

 

 姉妹のような二人の関係が無くなることは決してない。

 恋人同士になっても無くならなかったのだ、どうすれば無くなるのか見当もつかない。

 

 

「もぉ、ゲームして夜更かしするから…」

 

「……むにゃ…むにゃ。…えへへ…今日のご飯はイチゴ大福丼…えへへ〜……」

 

「イチゴ大福丼って何っ!?」

 

 

 寝息とは別に聞こえた意味不明な寝言。

 百合の想像力が乏しい訳では無いが、全く持って全容が浮かんでこない料理だ。

 その後も、結芽の寝言に驚き、笑いながら歩いて行く。

 呼べば、正子は車を回して来てくれただろうが、百合はそうするのが…少しだけ嫌だった。

 

 

 誰かに頼る事は悪い事だと思わないが、自分で出来ることは自分でしたいのだ。

 背中に当たる柔らかい感触に悶々としながら歩く事十数分、ようやく家の門が見えてきた。

 このまま入っても良いが、流石に結芽は怒るだろう。

 そう思った百合は結芽を起こして下ろす。

 

 

 完全には起きていないのか、眠たそうに目を擦る結芽の頭を彼女は優しく撫でた。

 頭が撫でられる心地良い感覚でまた寝そうになった結芽だが、何度か目にした百合の実家の門がしっかりと視界に入ると、シャキッとした目つきに変わった。

 

 

「もういい?」

 

「大丈夫…………だけど、帰る時も寝てたら撫でて」

 

「分かった」

 

 

 短いやり取りを終えると、百合がインターホンを押した。

 昨日の内に連絡は済ませている為、すぐに門が開いた。

 門を開いた先には、久しぶりに顔を合わせる正子の姿がある。

 相も変わらず、凛とした表情と、年齢の老けを感じさせない艶のある肌。

 綺麗な黒髪と夜空色の瞳は、着ている給仕服に大変似合っている。

 

 

「お帰りなさいませ百合お嬢様に燕様」

 

「お久しぶりです。…それに、ただいま。小林さん」

 

「お、お久しぶりです。小林さん」

 

「居間でお二人がお待ちです。お荷物は?」

 

「良いです。用事を済ませたら、すぐに戻らなくてはいけないので」

 

「…そうですか」

 

 

 少し寂しそうに正子は呟くと、二人を玄関まで通し去って行った。

 彼女にも仕事があるのだ、意味の無い事をやらせる訳にはいかない。

 玄関を上がると、百合は勝手知ったる家だからかパッパとスリッパを取り居間に向かうが、結芽はどこか緊張した様子で追うようにスリッパに履き替えた。

 

 

 居間に入ると、両親である漣音や礼が既にテーブルの奥に座っていた。

 テーブルに置いてある手紙と小さい箱がチラッと目に入るが、気にするより前に二人は挨拶をする。

 

 

「お久しぶりです。お父さん、お母さん」

 

「お久しぶりです。オジサン、オバサン」

 

「久しぶり、それに誕生日おめでとう、百合」

 

「久しぶりだな、それと誕生日おめでとう、百合」

 

 

 挨拶の次にされる言葉がおめでとう。

 昔なら有り得なかっただろうが、今は違う。

 しっかり二人と向き合った事を、百合は心の底から喜んだ。

 歳をとっても、二人があまり変わってないように見えるのはきっと、自分が勝手にそう見てるだけだろう。

 そう思い、少しうるっときながらも、話を始める。

 

 

「十八歳の誕生日になったら来てって言ってたよね? 何かあったの?」

 

「実はな…この二つをお前に渡そうと思ってたんだ。……聖に頼まれていてな。百合が十八歳の誕生日になったら渡してくれと」

 

「…お母さんが?」

 

「…師匠、そんな事言ってたんだ」

 

 

 聖に聞きたいが、母親である聖は死んでしまった。

 今、百合のーークロユリの中に居るのは師匠としての聖であり、一面として母親感を持つだけだ。

 

 

「手紙、見てもいい?」

 

「あなたの好きにしなさい。それは、もうあなたのなんだから」

 

 

 穏やかに微笑む漣音がそう言うと、百合はゆっくりと手紙の封を開けて、中身を取りだした。

 

 

私の可愛い百合へ

 十八歳になったと思いますが、どうですか? 

 立派な刀使になれましたか? 

 私の血を引くあなたは、きっと宗三左文字と篭手切江に選ばれたことでしょう。

 その力で、誰かを守れましたか? 

 その力で、誰かを救えましたか? 

 辛いことも、苦しい事も、乗り越えられる仲間には出会えましたか? 

 私には、守れなかった人が居ます。

 大切な人でした、刀使として守らなければならない人でした。

 でも、私は彼を傷つけてしまった、泣かせてしまった。

 出来ることなら、あなたはそんな事しないてください。

 もし傷つけて泣かせてしまったら、二度とその大切な人を泣かせないでください。

 あなたがその人を大切だと思うように、その人もあなたの事を大切に思っているから。

 …最後に、贈り物が有ります。

 隣にもし、大切な人がいるならその人と二人で使ってください

          家族を最高に愛する母より

 

 p.s.

 体には気を付けなさい。

          父より

 

 

 母である聖からの言葉には、伝えきれない程の愛情が詰まっていた。

 愛してる事が、心配している事が、言葉の端々から見て取れる。

 逆に、父である龍雅は一言で愛情を伝えた。

 たった一言なのに、聖と同じくらいの愛情が詰まっている。

 

 

 胸がいっぱいになって、百合は自然と涙が溢れた。

 嬉しくて、苦しくて、温かくて。

 しばらく、結芽の胸を借りて泣いた。

 泣いて、泣いて、泣いて、泣き尽したあとの百合の顔は、とても良い顔だった。

 

 

「…開けるよ」

 

 

 小さな箱を開ける。

 入っていたのはイヤリング。

 白い百合と黒い百合を型どったものが、一つづつ入っていた。

 それを見た百合は、自然な手運びで黒い百合を型どったイヤリングを結芽に渡す。

 

 

「良いの? …これ、師匠からゆりに……」

 

「隣にもし大切な人が居たら、二人で使いなさいって書いてあったから。…結芽は私にとってとても大切な人だし」

 

「そっか……。じゃあ、貰おっかな」

 

 

 軽い感じで返しているが、結芽はだらしなく笑を零している。

 心底嬉しそうにしているのは確かだ。

 隠そうとしているのが堪らなく可愛いので、百合は何も言わず漣音と礼に向き直る。

 

 

「…用事は済んだし。今日は帰るね。……ゆっくり出来なくてごめんなさい」

 

「良いんだ。…あぁ、忘れる所だった。漣音、すまないが……」

 

「分かったわ。少し待っててちょうだい」

 

 

 漣音が居間を出て数分後。

 紙袋と一緒に赤色をベースに白い百合と燕が刺繍された振袖を持ってきた。

 すぐ帰ると言ったからか、漣音は振袖を広げることはせず畳まれたままの状態の物をテーブルに置く。

 

 

「曾祖母の代からの物だ。代々当主が成人式で着る事になってる。…聖もーーお前の母も着たものだ、プレゼント代わりに持って行きなさい」

 

「…こんな綺麗な振袖をありがとう、お父さんにお母さん。そろそろ、行くね」

 

「ええ、気を付けて」

 

 

 紙袋に入れられた振袖と、手紙にイヤリングを持って二人は夢神家を後にした。

 誕生日に、忘れられない思い出が一つ増えた。

 

 -----------

 

 正午を過ぎた辺りで、二人は鎌倉に戻って来た。

 夜の誕生日会になるまで暇だった事もあり、いつも通りお喋りしたりゲームをしていると、二人の部屋が突然開かれて金髪美女が乱入して来た。

 

 

「ハーイ! 二人共、お久しぶりデース!」

 

「…エレン先輩!? どうしたんですか、いきなり?」

 

「いきなり入って来ないでよ〜、エレンおねーさん!」

 

「スイマセン。ゆりりんに渡したい物がありまシテ。これデース!」

 

 

 金髪美女の正体は古波蔵エレン。

 以前から大人びていた容姿は、既に完成形に達しており、一際目立つ存在となっている。

 そんな彼女が渡してきたのは…パーティーへの招待状だ。

 恐らく、誕生日パーティーの会場にはこれがないと入れないのだろう。

 

 

「ゆりりんの分は最後に渡すと決めていたノデ。遅れて申し訳ないデース…」

 

「構いませんよ。…こうやって祝って貰えるだけで嬉しいですから」

 

「うーん! やっぱり、ゆりりんは良い子ですね〜!」

 

 

 強烈なハッグの所為で、百合は窒息死しそうになるが、結芽が引き剥がしたお陰で何とか一命を取り留めた。

 エレンも、結芽の不機嫌そうな顔を見て、苦笑いしその場からサッと消えて行く。

 昔と変わらず、台風みたいな人だな、と百合が思っていると……

 

 

「ゆ〜り〜?」

 

「ゆ…結芽!? ち、違う! 今のは完全に私の所為じゃ…」

 

「でも、嬉しそうだったよ?」

 

「そ、それは、その……」

 

「良いもん! それなら私だって、窒息させてやる〜!!」

 

 

 招待状に書かれた場所に間に合う時間まで、二人はじゃれつきあっていた。

 

 -----------

 

 パーティー会場に着くと、見慣れた面々が揃っていた。

 駆け寄って来た面々に挨拶を交わしながら、場の中心に立つ。

 

 

「…えっと…その、今日は私の為にこんなに盛大パーティーを開いてくださり、ありがとうございます。…皆さん、グラスは持ちましたか?」

 

『はーい!』

 

「じゃあ…乾杯!」

 

『乾杯!』

 

 

 みんなが自分の持ったグラスを上げて、乾杯と言う言葉を叫ぶ。

 そして、続くように祝いの言葉が飛び出した。

 

 

『(ゆり・ゆりりん・百合・百合先輩・百合ちゃん)誕生日おめでとーう!!』

 

「……本当に、ありがとうございます」

 

 

 涙脆くなってしまったのか、百合の瞳からまたしても涙が零れ出した。

 祝われているのが、とても嬉しくて温かいから。

 

 

 そこからは、楽しい時間が流れた。

 芸をしたり、カラオケしたり、一緒にケーキを食べたり。

 それ以外にも大勢の人からプレゼントを貰い、祝いの言葉を貰い、お陰か彼女の笑顔は一度も崩れなかった。

 

 

 知らぬ間に、プレゼントの山に薔薇の花束が置かれていた事に気付き、安心しきった笑みを零した所で、最後のプレゼントを渡す予定だった結芽が目の前に現れる。

 …右耳に、黒い百合を型どったイヤリングを付けて。

 

 

「似合ってるよ、結芽」

 

「あったり前じゃん! ……はい、これプレゼント」

 

 

 結芽が渡したのは模造刀。

 …ニッカリ青江の模造刀だ。

 少し驚いた百合だが、愛おしそうにそれを見つめてお礼の言葉を返した。

 

 

「…凄く嬉しいよ、結芽。やっぱり、私の事は何でもお見通しだね」

 

「私さ、ゆりに色々貰ってばっかだったから、ちゃんと返したかったんだ。…ニッカリ青江(それ)は私。もうしばらくは、刀使としての任務で離れる事も多いと思うから、だからそれを私だと思って。……きっとゆりを護ってくれる」

 

 

 遂に感情が抑えられなくなったのか、百合が結芽に抱き着いて唇を重ねた。

 周囲の目も、やれやれと言った呆れの反応が多い。

 百合自身は隠せていると思っているが、二人が付き合っていてラブラブなのは部下からでも一目瞭然だ。

 

 

 何度も何度も唇を重ねて、最後は周囲の目がある事をようやく自覚して真っ赤な表情で百合から離れていった。

 先程まで周囲の目など関係ないと言った感じでやり放題だったが、冷静になって考えると部下の目の前で何をしているんだと、百合は自分を殴りたくなる。

 

 

「もう良いの?」

 

「…………はい。大丈でしゅ」

 

 

 あまりの恥ずかしさから噛んでいるが、本人はそれに気付けていない。

 いや、気付いていないフリをしているのか、周りの人間が知る所ではないだろう。

 こうして、誕生品パーティーはお開きとなった。

 

 -----------

 

 その日の夜、二人は同じベットに入っていた。

 今日は最後まで一緒に居たい、と言う百合のお願いの結果だ。

 

 

「…ゆり? 楽しかった、今日?」

 

「楽しかったよ。今までで一番楽しかった!」

 

「そっかぁー。…二年後、これ以上に楽しくて嬉しい事が待ってるから、期待しといてね?」

 

「…二年後?」

 

「そっ。二年後」

 

 

 くつくつとイタズラっ子のような笑みを浮かべる結芽。

 この言葉の意味に、百合はその時が来る最後まで気付くことは無かった。

 成人式、貰った振袖を着た翌日に、純白に輝くウェディングドレスを着ることになるなんて……




 百合、誕生日おめでとう。
 これからもよろしく。
 それと、今まで頑張ってくれてありがとう!

 因みに、これが本作の時系列的の最終回です。(まだ本編やアフターは続きます。)


 次回もお楽しみに!

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誕生日「燕結芽は夢を思う」

 お前を救うために、約一年走り続けてきたよ、結芽。
 本当に、本っ当に誕生日おめでとう!!!


 三月三日。

 桃の節句、ひな祭り、そう呼ばれる事が多い特別な日。

 少女の成長を願う日でもある。

 

 

 けれど、百合にとっての三月三日は、最高の一日にしなければならない日なのだ。

 何故なら、その日はーー最愛の人の誕生日なのだから。

 

 

 いつも通りなら、朝稽古を行う百合だが今日は違う。

 朝早く起きることは変わらないが、百合は朝から食堂の厨房の一部を借りて料理を作っていた。

 二ヶ月前にあった自分の誕生日を、結芽は最高のものにしてくれた、なら自分もそうしなければならない。

 

 

 そんな思いから、百合は誕生日の一ヶ月も前から念入りに準備を進めていた。

 誕生日の会場を予約する所から初め、ケーキの構想を考え作り、プレゼントを考え作り、誕生日会の中で出す料理も、前日までに全て下ごしらえやらを済ませてある程の徹底ぶり。

 

 

「気合い入ってるねぇ百合ちゃん。そう言えば、今日は結芽ちゃんの誕生日だったっけ?」

 

「はいっ! 最高の誕生日にしたくて…。準備な大変でしたけど、すごく楽しかったです!」

 

「頑張りなよ。一年に一度のチャンスなんだから、キッチリ祝わないと」

 

 

 顔馴染みのオバサンから激励を貰い、料理をする百合の手に一層力が入る。

 十八歳の誕生日は一度しか来ないのだ。

 最高の笑顔になれる一日にしなければ意味がない。

 

 

 焼きたてで甘い匂いを漂わせるパンケーキに、カットしたバナナとイチゴを載せて、最後にチョコソースを掛ければ完成。

 三段パンケーキの乗った皿とホットミルクをお盆に乗せて、自分たちの部屋に運ぶ。

 

 

 恐らく、最愛の人はまだ夢の中だ。

 何せ、昨日まで遠征任務で、帰って来たのも日付が変わる数分前だったのだから。

 

 

(結芽、まだ眠ってるよね。最近撮れてなかったし、写真…取っちゃおうかなぁ)

 

(……怒られても知らないよ?)

 

(私も聖に同感だ)

 

 

 天使の寝顔を写真に残す考えは、同じ体の中にいる母とクロユリからの言葉で即座に破棄された。

 今日と言う日は、彼女にとって、結芽の結芽による結芽の為の誕生日だ。

 気分を害する行為は許されない。

 

 

 朝早くから誰とも合わないと思っているのか、百合はとても人様に見せられないようなションボリ顔で廊下を歩く。

 …………その時の写真が、秘密ファンクラブでバカ売れしたとかしてないとか、真相は闇の中である。

 

 

「……おはよう〜」

 

「……むにゃむにゃ、まだ朝早いよぉ〜」

 

「本当に起きなくていいの? パンケーキ冷めちゃうよ?」

 

「パンケーキ!? 食べる食べる!! も〜、パンケーキがあるんだったら早く言ってよぉ!」

 

 

 若干のあどけなさが残る可愛らしい顔の頬を膨らませ、結芽は文句を垂れるようにそう言った。

 実際は、微塵も文句なんて浮かんでこないが、言いたいから言った。

 

 

 気分屋な所は昔からさして変わってない彼女は、今でも偶に任務をサボっている。

 その事を薫に怒鳴られるのは、百合にとって見慣れた日常風景の一つだ。

 

 

「……美味しい?」

 

「美味しいよ! ホントに美味しい! 察すがゆりだね!」

 

 

 丁寧に切り分けた三段パンケーキを、乗せられたバナナとイチゴと一緒に口に放り込んで咀嚼する結芽は、満開の笑顔で百合の言葉に答える。

 パンケーキ本来の甘さと、チョコソースの甘さ、最後にバナナやイチゴの果物の甘さが交わり、口の中が蕩けるような感覚だ。

 

 

「夜にやるんだよね? 誕生日会」

 

「うん。それまでは、私と遊ぼっか。何やる?」

 

「スマプラでもやろうよ! 私、テテテ大王使う!」

 

「テテテかぁ、ハンマー苦手なんだよねぇ…」

 

 

 カラカラと笑いながら、二人は夜までの暇を過した。

 スマプラと言う、一種の友情崩壊ゲームに興じながら。

 

 -----------

 

 太陽は隠れ、月が登った。

 時刻は二十時半。

 続々と、会場に見知った顔が入ってくる。

 

 

 その中には、かつての敵対者もいた。

 多くが結芽に斬られた筈なのに、彼女の誕生を祝いに訪れている。

 やがて、招待状を送った全員が会場内に入ると、奥にあるステージの上に百合が上がった。

 

 

 マイクを片手に、右耳に白い百合のイヤリングを付けている。

 着慣れた制服を着ているのに、そのイヤリングがあるだけで一層大人に見えた。

 息を整えて、ゆっくりマイクを握る手を口元に近づける。

 

 

「皆さん。今日は私の大切な人である、燕結芽の誕生日会に来ていただいて誠にありがとうございます。……結芽との出会いを運命、なんて陳腐な言葉で語りたくありませんが、私と結芽が出会えたのはきっと運命だったと思うんです。あの子にーー結芽に出会えなければ、多くの人に会うこともなく私の人生は終わっていた。私にとって、出会った頃の結芽は光だった。眩しいくらいの光だった。今でも、それは変わってません…」

 

 

 少し涙ぐみながら語る百合は、出会えた事が奇跡だと言わんばかりだ。

 集まった人たちは皆、続く百合の言葉を待った。

 祝いの言葉が、彼女の口から出てくるのを待った。

 百合も百合で、服袖で涙を拭き、もう一度息を整える。

 そしてーー

 

 

「ありがとう、結芽。生まれてきてくれて、私と出会ってくれて、本当にありがとうっ! …誕生日おめでとう!!」

 

『おめでとう!!!』

 

 

 会場内に響き渡る祝いの声。

 結芽はそれを、煩いなぁと言いつつも笑顔で聞いていた。

 彼女の目尻に涙が溜まっていたのを、百合が見逃す筈もなく、成功した事を大いに喜び、笑う。

 

 

 その後も、誕生日会はどんちゃん騒ぎのような勢いで続いた。

 お酒に酔った真希と寿々花がだる絡みして来たり、可奈美が無刀取り曲芸なるものをやり始めたり、果てには結月がどこからか、三メートル近くある超巨大なイチゴ大福ネコのぬいぐるみを持ってきたりと。

 ……本当に色々なことがあった。

 

 

「騒がしいねぇ、ホントに」

 

「これぐらいが、丁度いいでしょ?」

 

「まぁね」

 

「……プレゼント、渡すね」

 

 

 百合は、後ろ手に持っていた小さい紙袋から二つの物を取りだした。

 一つはピンク色のミサンガ、もう一つは燕をモチーフにした手作りブローチ。

 どこか気まずそうに渡す百合。

 その表情から何かを察したのか、結芽は笑ってプレゼントを受け取った。

 

 

「そんな顔しなくても、すっごく綺麗だよミサンガもブローチも」

 

「……良かった」

 

 

 安心した笑みを浮かべる百合を見て、結芽はニッカリと笑った。

 愛おしいこの笑顔を見る為に、結芽は日々頑張っているのだ。

 今日のプレゼントは、もう十分だろう。

 

 

「貰いすぎは良くないし、返しとくよ」

 

「へっ? 何をーー」

 

 

 言葉を続けようとしたその時、百合の口を結芽が強引に塞いだ。

 所構わず見せつけるあたり、二人はよく似ている。

 

 

 流れる時間は緩やかになり、一瞬が数十倍に引き伸ばされた。

 御刀を使ってもいないのに、迅移をしている気分だった。

 

 

 いつも、結芽からしてくる口付けは突然で、強引で、でもーーとても柔らかくて温かい。

 だから、百合は怒れないのだ。

 ようやくお互い唇が離れると、結芽は先程と変わらないニッカリとした笑顔で、百合は茹でダコのように真っ赤な顔に変わっていた。

 

 

 恥ずかしさと嬉しさで、赤く緩んだ顔が上手く戻らないことに四苦八苦し、結芽の胸に顔を隠して、そっと消え入るような声で呟く。

 

 

「……結芽のバカ」

 

「はーいはい。私はバカですよ〜」

 

「……好き」

 

「私も好き」

 

「……大好き」

 

「私も大好き」

 

「……愛してる?」

 

「勿論」

 

 

 甘い空気が周囲に流れ始める。

 二人が白い衣装を纏うまで、あと二年を切っていた。

 

 

 

 




 次回もお楽しみに!

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 百合https://syosetu.org/novel/210919/

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みにゆりつば「一話~三話+‪α‬」

 みにゆりつばを見やすくするために作りました!
 一話分おまけのお話が入っています。


 Twitterのアカウントです。
 投稿関係の事しか呟きませんが、私の作品が早く読みたいと思った方はフォローなりしてくれると嬉しいです⤵︎ ︎
 https://mobile.twitter.com/narushi2921



 みにゆりつば「好きな理由!」

 

「ねぇ〜ゆり?」

 

「なに?」

 

「ゆりってさ、私の何処が好きなの?」

 

「…………笑顔が可愛いところとか、困ったことがあるとすぐ、捨てられた子犬みたいな顔で私を見てくるところかな?」

 

「も、もう良いから!」

 

「えぇ〜、結芽が聞いてきたんじゃん!」

 

 この後、何個も好きな所を上げていったら、その日一日口を聞いてもらえなかった百合なのでした。

 

 -----------

 

 みにゆりつば「ガッチャ」

 

「ゆりー、今回のイベント報酬のキャラゲットした?」

 

「魚釣りのやつでしょ? ゲットし終わったよ」

 

 二人が話しているのは、「イチゴ大福ネコの冒険」というスマホのゲームアプリだ。

 以前軽くゲームシステムは紹介されたので、今回は補足事項を話そう。

 基本的にゲーム内の資金は他と変わらずコイン、ガチャを引くための課金アイテムは「虹の鰹節」だ。

 

 

 その他にも、強化素材として大福とイチゴ大福がある。

 最後に、スタミナ回復用には猫缶(半分)とゴージャス猫缶(全部)。

 イベントでは、基本的にSRのキャラが配布され、配布されたキャラ同士で合成すると甘味増量という限界突破が起きてステータスが向上する。

 

 

 それ以外にも、イベントキャラを強化するための強化素材や、キャラに持たせる為の武器なども、交換させてくれる。

 ランキングイベントでは、順位によってのキャラ配布ではなく、ドロップアイテムとの交換でゲットできる良心設計。

 勿論イベント上位者には、それ相応のプレゼントも用意されており、やり込みたい人もほのぼのやりたい人も楽しめるゲーム。

 

 

「イベント限定のガチャキャラは?」

 

「う〜ん今回は私はいいかな、あんまりタイプじゃないし」

 

「えぇー! 可愛いのに! 漁師イチゴ大福ネコ! ……ふっふっふ、私は引くよ! これを使ってね!」

 

 

 結芽が胸を張ってスカートのポケットから取り出したのは、青いリンゴが描かれたカードだ。

 右上の角には「10000」と書かれている。

 百合は呆れた顔で、結芽を見る。

 相手の金遣いにどうこう言う権利はないが、結芽の課金額は給料の三分の一。

 ……流石に注意せざるを得ない。

 

 

「結芽、そろそろ止めた方が良いよ。今月買いたい服があるんでしょ? マニキュアも見に行きたいって言ってたし」

 

「だって、欲しいんだもん! 大丈夫だよ! 天井が百回なんだから、五十回も引けば出るって!」

 

 

 何を隠そうこのゲーム、天井があるのだ。

 天井に到達すると、イベントSSRが確定。

 天井までは二万でいけるので、百合や結芽のようなブラック国家公務員には懐に優しい額だ。

 排出率はSSRの確率が五%で、SRが四十%、Rが五五%。

 確率的には悪くない。

 

 

「じゃあ! いっくよー!!」

 

 

 十分後。

 

 

「うわ〜! 当たらなかったよ〜!」

 

「はいはい、泣かないの」

 

 

 爆死。

 五十連引いて、SSRは一体も来ず。

 出てきたのは、SRばかりだった。

 百合の胸に蹲りながら、結芽はチラリと百合のスマホを見た。

 そこにはなんと、虹の鰹節を二百個も貯められていた。

 

 

「ゆり! 二百個もあるじゃん! ガチャ引こうよ!」

 

「い、嫌だよ。私は次回のイベントまで取っておくつもりなんだから」

 

「ぶぅ〜! じゃあ、チケットで!」

 

「まぁ、チケットなら…」

 

 

 百合は渋々頷きながら、ガチャ画面に移動する。

 基本的に、一回のガチャに虹の鰹節が五個必要。

 それの代わりとして、チケットがある。

 正確には「ガチャチケット」だ。

 排出率は変わらず、一枚で一回引くことが出来る。

 

 

「じゃあ、五枚しかないから五回だけだよ?」

 

「イイヨイイヨ! 私が引いてもいい?」

 

「はぁ〜、別に良いよ」

 

「やった!」

 

 

 ウキウキした顔で、ガチャを引く結芽。

 ガチャを引く、と言うボタンをタップすると白い皿とイチゴ大福ネコが居る空間に移動する。

 フリックで虹の鰹節を皿の上に五個置くと、イチゴ大福ネコがそれを食べ始めた。

 すると、体の色が徐々に変わっていく。

 

 

 銀から金、金から虹。

 虹は最高レアであるSSRが出る確定演出。

 最終的に、虹色になったイチゴ大福ネコが、口から虹色の毛玉を吐き出す。

 ここだけが少しショッキングな映像だが、慣れれば可愛いものだ。

 

 

「ゆり! 虹出た! 虹出た!」

 

「へっ? 嘘!?」

 

 

 出てきたキャラは、結芽が欲しがっていた漁師イチゴ大福ネコ。

 気まずそうな表情な百合と、瞳をうるうるとさせる結芽。

 百合はため息を吐きながら、立ち上がった。

 

 

「あ〜、なんかコンビニのお菓子食べたくなっちゃったな〜、結芽も一緒に行く?」

 

「……行かない」

 

「残念だな〜、一万円まで奢ってあげようと思ったのに」

 

「一万円!」

 

 

 態とらしい言い方で結芽を誘い出すことに、見事成功。

 今にも泣きそうだった結芽の顔は見る見るうちに、花咲く笑顔に変わっていく。

 

 

「そういう所、だ〜い好き!」

 

「もう、調子いいんだから…」

 

 

 その後、天井目前でSSRを当てて結芽が歓喜したのは、また別の話。

 

 -----------

 

 みにゆりつば「ファッションセンス」

 

「ゆりってさぁ、ファッションセンスないよね〜」

 

「そ、そう? そんなにダサい?」

 

「そうじゃなくてさぁ〜、素材を生かしきれてないんだよ!」

 

 

 夢神百合と言う少女は、中学生女子でありながらファッションセンスは皆無である。

 特にファッション雑誌を見ることも無く、ようやく最近マニキュアなどをやり始めたばかり。

 ……刀使として真面目なのは良いが、世間体として今のファッションセンスではいけない。

 

 

 今日のデートだって、上がロングTシャツにカーディガン、下はロングスカートとにショートブーツ。

 一見ダサくないように見えるが、色が絶妙に合ってない。

 ロングTシャツが白なのにカーディガンは緑、加えてロングスカートは茶色でショートブーツは黒。

 

 

 服の買い物くらい一人で出来ると豪語して買いに行った服がこれである。

 ……結芽からしたら、最高の素材を持ってるのに勿体ない、そう言いたい所だろう。

 

 

「決めた! 今日のデートの予定変更。映画は後回しにして服を見ます!」

 

「えぇ〜! 私、あの映画見たくて今日楽しみにしてたのに…」

 

「はいはい、文句言わない。すぐ済ませるから」

 

「…この前、そう言って三時間は付き合わされたんだけど」

 

 

 恨めしそうな視線を向ける百合。

 結芽は知らん顔をしながら吹けていない口笛を吹いて先を行く。

 

 

「待ってよ、結芽〜!」

 

 

 ……最終的に、服の買い物が終わったのは九時過ぎ。

 五時に来て、六時の回を観るはずだったのだが叶わず。

 九時の回は年齢的に観ることが出来ず、結芽は帰り道で百合のご機嫌をとるので手一杯だったらしい。

 

 -----------

 

 みにゆりつば「十回クイズ」

 

「十回クイズやろうよ!」

 

「え~。私、まだ仕事が……」

 

 

 百合がそう言おうとした瞬間、結芽は目尻に涙を貯め始める。

 

 

「わぁー! やりたいなぁ! すっごくやりたいなぁ!」

 

「ホント!! やったー!」

 

 

 何とか泣かれるのは回避した百合だったが、少しだけ顔を暗くした。

 出来ればすぐにでも片付けておきたい仕事だったのだ。

 時間に余裕が無い訳でもないが……

 

 

「どんな問題出そうかな~」

 

(…結芽が楽しそうならいっか)

 

 

 結芽の笑顔の前には、片付けておきたい仕事など無いに等しい。

 どうせ、すぐに飽きるだろうとたかを括り、百合は結芽が出す問題を待った。

 

 

「ん~と。じゃあ、最初は簡単なやつから。ピザって十回言って」

 

「ピザピザピザピザピザピザピザピザピザピザ」

 

「じゃあここは?」

 

 

 ニコニコ笑いながら肘を指差す。

 百合も微笑みながら返した。

 

 

「肘でしょ?」

 

「正解! まっ、これくらいは出来なきゃね」

 

「じゃあ、次は私ね」

 

 

 スマホで十回クイズを調べて、面白そうな問題を出してみる。

 引っかかればいいなぁ、程度のものだ。

 

「温泉って十回言って」

 

「温泉温泉温泉温泉温泉温泉温泉温泉温泉温泉」

 

「3000の次は?」

 

「舐めないでよ! 4000!」

 

「残念。3001だよ」

 

「あっ!? むむむ~」

 

 

 頬を膨らませて、明らかに怒ってますアピールをする結芽に、百合は軽く謝りクイズは再開された。

 

 

「…可愛いって十回言って」

 

「可愛いかわいーー」

 

「しっかりと私の目を見ながら言うの!」

 

「か、可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い」

 

 

 百合がしっかりと目を合わせて十回言い終わると、結芽は小悪魔のような笑顔でこう言った。

 

 

「ありがとッ!」

 

「へっ?」

 

「ゆり、知らなかったんだ。十回クイズの中にはお巫山戯でこう言うのもあるんだよ?」

 

「……結芽嫌い」

 

「えぇ?! ご、ごめん。ちょっとした悪ふざけで…」

 

「好きって千回言ったら許してあげる」

 

「ひゃ、千回!?」

 

「…言えないの?」

 

 

 物悲しそうな瞳で訴えかけてくる百合に負けて、結芽が本当に千回好きと言ったのはまた別のお話。




 本編が完結してAfterをやっているのですが……新しいストーリーが書きたい(オリジナルで)。
 勿論、構想は出来ていて、終わりも…いつも通りっちゃいつも通りですが出来ています。

 見たい方も見たくない方も、是非ご意見を貰えると幸いです。
 ⤵︎ ︎の活動報告にコメントか、私に直接メッセージをお願いします。
 https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=224529&uid=234829


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刀使ノ日記念「百合のオリジン」

 結芽と出会う前の百合は結構硬い感じです。


 これは、夢神百合が本当の刀使に目覚めるまでの物語。

 

 -----------

 

 少女は勤勉だった。

 学業は優秀、素行も悪くない、手のかからない優等生。

 それが……夢神百合。

 強いて欠点を上げるなら、社交性がないことぐらいのものだろう。

 

 

 今日も今日とて、彼女は倉庫で剣を振るう。

 学校から家に帰るといつもそうだ。

 部屋にランドセルを置いて、小走りで倉庫へ。

 途中、侍女達に会って声を掛けられるが生返事で返す。

 

 

 百合にとって、会話に取られる一分一秒の時間が惜しい。

 その一秒があれば一回は素振りができる。

 その一分があれば一回は型の稽古ができる。

 両親に認めてもらい、褒めてもらう為に無駄な時間は浪費しない。

 

 

 故に、百合に友達は居らず、学校での会話は基本的に事務的だ。

 齢十歳にも満たない少女とは思えないほど、百合の心は枯れていた。

 つい最近完成させた新夢神流剣術、それを見せても両親が喜ぶことは無かった。

 

 

 だから、今日も剣を振るう。

 

 

「はっ! ふぅ…。はっ! ふぅ…。はっ!」

 

 

 愚直に、真剣に剣を振るう。

 認めてもらえるその日は、遠い先にあると言うのに…。

 

 -----------

 

 基礎の稽古を終えたあと、御刀を握り直して写シを張る。

 宗三左文字はしっかりと応えてくれるが、篭手切江はあまり応えてくれない。

 百合は篭手切江一振りでも写シを張れないことは無いが、宗三左文字一振りの時より安定感が有り力を上手く引き出せている気がした。

 

 

 気がするだけなので、何とも言えないが…百合は偶に御刀に問いかける。

 

 

「…篭手切江。何で答えてくれないの? 宗三左文字だけじゃ、強くなれない。あなたの力が必要なの」

 

 

 心と心を通わせるように、言葉を紡ぐが意味はない。

 ……もしかしたら、篭手切江は分かっていたのかもしれない。

 彼女が自分を求める理由が、本当にただ力のためだけな事を。

 

 

 数分後、百合は溜息を吐きながら写シを張り直して、迅移や八幡力のような、刀使の能力の練習に移る。

 倉庫内は高い頻度で掃除されているのか、あまり汚くなっておらず物が散乱している様子もない。

 実際倉庫と言っても相当の広さがあり、充分刀使の能力を使っても問題はない。

 

 

 写シが張れなくなったタイミングで、少し休憩を挟む。

 休憩の間も、時間は刻一刻と流れていくので、剣術指南書などを読みながら体を休める。

 難関大学を受験する高校生もびっくりするほどの過密した時間使い。

 学業の時間が減ったら、恐らく一日中稽古や鍛錬に励むだろう。

 

 

 夢神百合と言う少女は、どこまでも『愛』を渇望していた。

 

 -----------

 

「お父さん。私、道場に行きたいです」

 

「…何故だ?」

 

「私はまだまだ未熟です。もっと強い刀使になる為には、自分一人だけでは限界が来ると判断しました」

 

「お前は、もう自分が刀使になったつもりか?」

 

「はい。現に、荒魂を祓ったこともあります」

 

 

 淡々と会話をする百合と礼。

 傍から見れば、とても親子には見えない。

 良くて親戚レベル、悪ければ他人同士にも見える。

 

 

 礼は百合の『自分は刀使だ』とも取れる言葉を聞いて、呆れたように呟いた。

 

 

「……許可する。近くに有名な道場がある。今週末から行くといい、手続きは済ませておく」

 

「…ありがとうございます」

 

 

 家族に対してするには、あまりにも丁寧にお辞儀をして百合は居間を出る。

 一瞬、嬉しそうに頬をが緩んでいたのは、気の所為だろうと決め付けて、礼は漣音を呼んだ。

 

 

「あなた。大丈夫なの?」

 

「百合を道場に行かせたことか?」

 

「そうよ。あの子が刀使になる事を嫌がったのは、私もあなたも同じじゃない」

 

「…私達はもう普通の親にはなれない。百合が望むなら、何不自由無くやらせてやりたい」

 

 

 礼は愛おしそうな、寂しそうな、曖昧な顔で一枚の写真をみながら、そう呟いた。

 その写真には、赤ん坊の百合を抱えた聖と龍雅が映っていた。

 

 

「本当に…不器用ですね」

 

「…放っておけ」

 

 

 夜も更け、綺麗な月明かりが少し薄暗い居間に入る。

 夢神家は歪だが、お互いを想っていた。

 どこまでも不器用な家族が素直になれるのは…まだ先だ。

 

 -----------

 

 週末、百合は一人で家の近くにある道場に顔を出した。

 中に入ると、歳老けた老人が出迎えに来た。

 

 

「おぉ、君が夢神さんの所の」

 

「百合です。夢神百合」

 

「わしは三蔵(さんぞう)。この道場の師範代じゃ。…早速で悪いんじゃが、実力を知りたい。テストしてもいいかい?」

 

 

 テスト……その言葉に百合は少し疑問を覚えた。

 入るのに試験など必要ないと言っていたし、テストと態々言わなくても組手や模擬戦と言えばいい。

 一瞬、三蔵の事を疑いかけた百合だが、これからお世話になる人にその態度は良くないと思い出し、首を縦に振った。

 

 

(強さの証明……。難しくない)

 

 

 この時、百合は知らなかった。

 ある一人の少女が既にここに訪れている事に。

 

 

「おじさーん! 遊びに来たよ~」

 

「来たか。丁度いいな」

 

 

 鈴の音声が道場に響く。

 誰が来たのか確かめるため、百合はゆっくりと振り返る。

 …そこに居たのは、百合とそう歳の変わらない少女だった。

 桜を連想させるような長い髪、海を彷彿とさせる蒼い瞳、整った顔立ちだからこそ、彼女の外見的特徴とも言える髪と瞳の魅力を増幅させている。

 

 

(綺麗…)

 

 

 心こらそう思った。

 今まで剣術以外に関心が無いと思っていた心は、案外そうでもなかったようだ。

 

 

「あ~! その子がおじさんが言ってた子?」

 

「そうじゃよ。百合ちゃんさえ良ければ、この子と手合わせしてくれんか?」

 

「…………」

 

 

 三蔵の言葉が聞こえていないのか、百合はぼーっとし突然現れた少女を見つめる。

 だが、少女はそんなの関係ないと言わんばかりに百合に飛びついた。

 

 

「ねぇ、試合してよ! あなたも強いんでしょ?」

 

「……いいよ」

 

 

 少し肩を揺らした百合だったが、断る理由もなかったので了承の返事をした。

 少女ーー燕結芽はニッカリと笑って、道場の中央へと進む。

 

 

「ニッカリ青江」

 

「宗三左文字」

 

 

 腰に差していた御刀の一本、宗三左文字を抜いた百合と、ニッカリ青江を抜いた結芽。

 ほぼ同時に写シを張った。

 

 

「二本目、使わないの?」

 

「……うん」

 

「そっ。まぁ、別にいいよ。勝つのは私だし!」

 

 

 勝気な笑顔を作る結芽と対照的に無表情な百合。

 両者は一歩も動かず睨み合う。

 強くなるためにこの道場に来た百合は、ここの人間に負けるつもりは一切ない。

 同じく、強くなるためにこの道場に来た結芽は、既にここの人間全員に勝っている。

 負ける気などさらさらない。

 

 

 道場のどこかで、ギシリと音がすると同時に結芽が仕掛けた。

 多くの剣術を見たとはいえ、結芽の剣術は未だ我流に近い。

 しかし、無駄な挙動は一切なく、予備動作は格段に短かった。

 目を見開く百合だが、反応できない訳じゃない。

 右薙の一撃を軽々と身を逸らして避け、体制を即座に建て直して攻撃の隙を突く。

 

 

 右に薙いだ御刀を返すまでの僅かな時間、百合は確実な一撃を入れるため迅移で結芽の裏に回る。

 迅移を使った事に周りの人間は驚くが、結芽は嬉しそうに笑うだけで慌てる様子はない。

 愚直な振り下ろしが結芽を襲うが、薙いだ力を殺さずそのまま半回転して百合の御刀に当てて受け流す。

 

 

 僅か数秒の内に起こった攻防、食らいついていけた者は何人居たのだろうか…。

 その後も、二人は打ち合った。

 お互いの全てをさらけ出すように、全力でぶつかり合う二人は手の付けようがなかった。

 

 

 幼いにも関わらず、迅移を会得し高速で移動しながら切り結ぶ。

 並の刀使では目で追うことすらままならない。

 腕の立つ刀使でも、簡単な事ではないだろう。

 しかし、彼女たちはまるでこんなの児戯だと言っているかのように、カンカンと道場のあちらこちらで打ち合う音がする。

 

 

 三蔵以外の者は恐ろしすぎて休憩所に篭ってしまっていた。

 …無理もない、これを見せられて怖くないと答える者はこの世に五人と居ないだろう。

 

 

 だが、物事には終わりが訪れるもの。

 百合と結芽の御刀は同時に二人を斬り裂いた。

 ボクシングで言うクロスカウンターにも似た現象が起こり、勝敗は決した。

 

 

「おじさん! おじさん! どっちの勝ち?」

 

「テストの結果をお願いします」

 

「むむむ。わしの見立てじゃと……」

 

「見立てだと?」

 

 

 態と言葉を貯める三蔵に、結芽が痺れを切らす数秒前。

 ようやく勝敗の宣告がされた。

 

 

「勝者は居らん。引き分けじゃ。…いや、正確には両方勝者じゃな」

 

「ひ、引き分け!」

 

「…両方勝者?」

 

 

 曖昧な結果に納得がいかない百合と、少し唸りながらも結果を受け止める結芽。

 未来では起こりえない光景がそこにあった。

 結局、百合の雰囲気に気不味さを感じた結芽が話し掛ける。

 

 

「ねぇねぇ名前は? 私は燕結芽」

 

「夢神百合」

 

「ゆりか~、さっきの試合凄かったね! 私引き分けになったの始めて」

 

「…………」

 

「ゆりって凄いんだね!」

 

 

 埋まっていなかったパズルのピースが嵌るように、すっとその言葉が百合の心に吸い込まれた。

 ほんのりと胸が温かくなり、目頭が熱くなる。

 認められたいと思った、褒められたいと思った。

 でも、それは両親からだ。

 

 

 今さっき会った少女ーー結芽に褒められても、認められても何も思わない。

 心のどこかで勝手にそう思っていた。

 けれど、違った。

 違ったのだ。

 

 

 温かい、温かいナニカがじんわりと胸から体全体に広がっていく。

 そして、段々と視界が歪み始める。

 立ちくらみでも起こしたのかと思ったが、とんだ見当違いだ。

 

 

 …一滴の涙が頬に垂れた。

 

 

「……えっ?」

 

「な、んで? なんで?」

 

 

 結芽も驚いたが、百合はもっと驚いた。

 しかし、一度壊れたダムが水をせき止められないように、涙はポロポロと流れ始めた。

 

 

 今日、初めて、百合は誰かに認められた。

 

 -----------

 

 家への帰り道。

 百合と結芽は二人で並んで歩いていた。

 

 

「ゆり~? もっとお喋りしよ~よ」

 

「…どんな話をしたら良いか、分からないわ燕さん」

 

「じゃあじゃあ、私が話すからうんうんって頷いて!」

 

「それなら出来そう」

 

 

 夕暮れ時、アスファルトで舗装された道路を歩きながら、オレンジ色の太陽の光を浴びる。

 暑いが、音を上げる程のものではなく、暖かさが心地良いくらいだ。

 結芽が楽しそうに話し、百合がうんうんと頷く。

 そこで、百合には素直を疑問が生まれた。

 

 

(…燕さん。私と居て、楽しいのかな?)

 

 

「あの、燕さん?」

 

「どしたのゆり?」

 

「…私と居ても、退屈じゃない? 何で一緒に居るの?」

 

「だって、友達だもん。友達は一緒に居るものでしょ?」

 

 

 呆気らかんと、それがさも当然のように言い放つ結芽。

 百合はポカーンと口を開けて驚いたが、すぐに元に戻りまた質問する。

 

 

「でも、私あんまりお喋りできないし…」

 

「いいよ、私が話すもん」

 

「愛想もないし…」

 

「あいそ? が分からないけど、全然大丈夫!」

 

「それに……」

 

 

 このまま百合に話させると無限にマイナスな言葉が出てくる気がした結芽は、彼女の口に人差し指を当てて言葉を止めた。

 

 

「…私、自分と同じくらいの友達が欲しかったんだ」

 

「自分と同じくらいの友達?」

 

「そう。私と同じくらい強い友達。……でも、中々居なくて。ようやく今日、会えたんだ」

 

「それが…私?」

 

「正解! …それに、理由はそれだけじゃないよ? 闘ってる時のゆりの剣、凄かった。強くなりたい! って思いが伝わって来たの。…この二つが理由。これだけじゃ、ダメかな?」

 

 

 上目遣いな視線。

 幼さのあるあどけない顔からは、信じられないほどの妖艶さが見て取れる。

 初めての感情にオドオドとする百合だったが、聞き慣れた警報が鳴った。

 

 

『付近に荒魂が出現しました! 住民の皆さんは特別祭祀機動隊の指示に従って速やかに避難してください! 繰り返します! ーーーー』

 

「ゆり、荒魂が!?」

 

「こっちに…来てる」

 

 

 逃げよう、そう直感的に判断した百合は結芽の手を取って走り出そうとしたが、曲がり角から小型の荒魂数匹が顔を出す。

 何時もならしない舌打ちをして、百合は御刀を抜いて写シを張る。

 一日に二回なら、百合は写シを張ることが出来る。

 …だがーー

 

 

「燕さん。写シは?」

 

「私、一回しか張れない。もう少し時間が経たないと…」

 

 

 先程のテストで、消耗してから写シを剥がされた所為だろう。

 結芽が写シを張れない、そうなると……

 

 

「燕さん、下がって。私が何とかする」

 

「…ごめん」

 

 

 百合は結芽を下がらせて、一人荒魂の下へと向かう。

 流れるような動作で荒魂を斬り祓っていく。

 順調に数は減り、残りの一体を斬り祓い終えると、百合は少し肩から力を抜いた。

 余裕を持って戦えた、結芽とのテストーーもとい打ち合いは良い経験になったようだ。

 

 

 ゆっくりと結芽の方へを振り返ろうとした瞬間、叫び声が百合の耳に届いた。

 

 

「ゆり! 後ろ!」

 

「えっ?」

 

「ギャァアアアア!!」

 

 

 中型個体の熊にも似た荒魂が腕の鉤爪らしき部分で百合を引き裂いた。

 写シは剥がされたが勢いは殺されず、外壁に背中から叩きつけられる。

 背中から叩きつけられた所為で肺から空気が一気に抜け、声にならない悲鳴が漏れた。

 痛みは恐怖だ。

 

 

 そして、その痛みは幼い百合の戦意を喪失させるには充分すぎるもの。

 結芽がこちらに駆け寄って来て、何かを言っているが恐怖で耳が正常に機能しない。

 

 

(…怖い。嫌だ! 痛いのは…嫌だ!)

 

「ゆり! しっかりして! 逃げないと」

 

 

 呼び掛けは無意味と判断した結芽。

 しかし、結芽一人では百合を運ぶ事はできない。

 応戦するために御刀を取るが、その手は震えている。

 無理もない、友人のあんな姿を見せられて恐れるなと言う方が無理だ。

 

 

 震える御刀を荒魂に向けるが、荒魂は怯えた姿勢を見せやしない。

 鉤爪を振り下ろすために、一度上げようとゆっくりと動作に入った。

 逃げられないと、本能で分かっているのだろう。

 

 

(…怖い…怖いけど。このままじゃ燕さんまで…)

 

「燕さん…逃げて。今なら間に合う…から」

 

「何言ってんの! 逃げるなら一緒に!」

 

「私は動けない…。怖くて、足が動かないの。だから…」

 

「…………それでも嫌だ! 私は…ゆりを守る! だって、刀使だから!」

 

 

 ……刀使だから。

 その言葉が、百合の心に響く。

 同時に、頭の中に声が直接響いた。

 

 

(助けたいんでしょ? 守りたいんでしょ? なら戦いなさい)

 

(でも、今の私じゃ…)

 

(…誰よりも強くあれ、それ以上に誰よりも優しくあれ。夢神流剣術の教えの一つよ。知ってるわね?)

 

(……うん)

 

(なら良いわ、戦いなさい。きっと今のあなたなら応えてくれる、本当の意味で刀使になろうとしてるあなたならっ!)

 

 

 次の瞬間、振り下ろされた鉤爪が結芽に当たる寸前、何かが鉤爪を受け止めた。

 勿論…百合に決まっている。

 宗三左文字と篭手切江、二つの御刀を交差させて受け止めたのだ。

 今まで応えてくれなかった篭手切江が、ようやく応えてくれた。

 

 

(私が、誰かの為に戦う力を欲したから?)

 

 

 …理由など、今はどうでもいい。

 それより、先にするべき事がある。

 

 

「…私の友達に…気安く触れるなぁッ!」

 

 

 怒りの声と共に八幡力で鉤爪を押し返し、体制が崩れた所で瞬時に迅移で接近し切り刻む。

 持続的に迅移を使ってるのかと思わせるほど上手く迅移を繋ぎ、素早く荒魂を斬り裂いていく。

 苦悶の叫びが木霊するが、百合は手を緩めない。

 三十を超える傷が付いた所で荒魂は倒れ、荒魂はノロとなりスペクトラム化する。

 

 

「…終わっ…た?」

 

「やった! やったよ! ゆり!」

 

 

 抱き着いてくる結芽のお陰で、ようやく自分が勝ったことを理解し始める。

 疲れのあまりへなへなと倒れ込みそうになった所を、結芽が支えた。

 

 

「大丈夫?! どこか痛いとこある?」

 

「問題ない…よ」

 

「そっか、良かった…。……それよりさ、さっき私の事友達って言った?」

 

「そ、それは……」

 

 

 気恥しそうに頬を赤らめる百合。

 追い打ちをかけるように、結芽は問い詰める。

 

 

「ねぇねぇ~、そのまま結芽って呼んでよ~!」

 

「……名前呼びは…ちょっと」

 

「…あ~あ~、友達とお揃いにしたかったのにな~」

 

 

 チラチラと様子を伺いつつ、結芽が毒づくように言う。

 百合は恥ずかしさ故か、先程より赤く頬を染めて小さく呟いた。

 

 

「ゆ…結芽」

 

「えっ? なんて?」

 

「も、もう言って上げない!」

 

「ちょっ! ま、待ってよ、冗談だって~!」

 

 

 百合は手早くノロの回収を近くまで来ていた綾小路の生徒に頼み、家への道を小走り気味に歩く。

 結芽は笑いながら、百合の後を着いていく。

 

 

 その日、少女は刀使になった。

 




 誤字報告や感想は何時でもお待ちしております!


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琉球剣風録編
其の一「本物の強さ」


 琉球剣風録編、はじまり、はじまり〜


 これは、百合と結芽が親衛隊に入る前のお話。

 南の島で起きた裏側の記録だ。

 

 -----------

 

 二〇一七年八月某日、沖縄に四人の刀使が舞い降りた。

 ひたむきに強さを求める少女、朝比奈(あさひな)北斗(ほくと)

 自分のことを刀使らしくないと考える少女、伊南(いなみ)栖羽(すう)

 神童と呼ばれた天才少女、燕結芽。

 未だ成長途中の天才少女、夢神百合。

 

 

 四人が出会うのはもう少し先だ。

 

 

「あー、もう飛行機でジッとしてるのって、ちょー疲れる! やっと着いたぁ!」

 

「結芽。空港の中では静かにして、他の人に迷惑だから」

 

「はいはーい、分かったよ〜」

 

「はぁ、早く行くよ。命令が来るまでは待機だから」

 

 

 折神紫の指示ーーと言うより命令でこの地に訪れた二人は、温度差のあるテンションで空港を出る。

 旅行用のバックを肩に掛けて、腰辺りにある御刀の位置を調整した。

 荒魂が出たら、一分一秒の遅れが命取りとなる。

 その一秒があれば救えた命も、簡単に救えなくなってしまう。

 百合はそんなの御免だとでも言わんばかりに微調整を忘れない。

 

 

 結局、その日に何かが起こることはなく。

 百合と結芽は大人しく指定されたホテルで一夜を過ごした。

 

 

 翌日、「遊びに行きたい!」と言う結芽の要望を聞き、百合は彼女を連れ出して散歩をしていた。

 途中、段々と退屈になってきたのか、今度は「試合がしたい!」と駄々を捏ね始めたので仕方なく公園に足を運んだ。

 …この時の百合は、恐ろしい程に結芽に甘い。

 パンケーキにシロップだけでは飽き足らず、チョコやアイス……果てには果物まで投下したあとにも並ぶ甘さだ。

 

 

 五分も歩かない内に、公園前に差し掛かる。

 そこで、結芽が目を光らせた。

 次の瞬間には、百合を置いて公演の中に入りベンチの傍に駆け寄った。

 ベンチにはーー平城学館の制服に身を包んだポニーテールの少女、北斗が居た。

 

 

「これ、御刀だよね!? もしかしておねーさんたちも刀使なの?」

 

 

 ベンチには掛けられている北斗の物であろう御刀を指差しながら尋ねると、北斗はしっかりと返事をした。

 チラリと結芽の腰にある御刀に目をやってから。

 

 

「ええ、そうよ。あなたも刀使? 普天間研究施設の所属かしら?」

 

「ブッブー! 刀使なのは合ってるけど、研究施設の刀使じゃないよ。綾小路から来たんだ〜」

 

 

 伍箇伝の一つ、綾小路武芸学舎から来たと言う結芽に対し、北斗は何故京都の刀使がここに居るの不思議に思った。

 北斗が不思議に思っていると、遅れて百合がやって来た。

 額に少しの汗をかいてるのは、今日の晴天なる天気と沖縄特有の暑さゆえだろう。

 

 

 しかし、百合が訪れた後の栖羽は北斗とは違った表情をしている。

 畏怖している…とも言える顔で、震えた声が漏れた。

 

 

「あ、あ……あああああ! も、もしかして……夢神百合……さんと……燕結芽……さん?」

 

「あれ? おねーさん、なんで結芽の名前知ってるの?」

 

「…すいません。どこかでお会いしたでしょうか?」

 

「む、昔、私が通っていた道場が、交流試合した時……相手方に燕さんと夢神さんがいて。ものすごく強くて……」

 

 

 二人は揃って栖羽の顔を見て疑問符を頭に浮べる。

 どちらか片方ぐらい覚えててもいいとおもうが、どうやら本気で記憶にないのかもしれない。

 …まぁ、覚えていないのも無理はないだろう。

 何せ、二人はお互い以外にあまり興味を示さない。

 結芽は強い人には少しばかり興味を示すが、百合は結芽以外に全くと言っていいほど興味が無い。

 

 

 紫や綾小路の学長である結月には敬意の念くらいはあるだろうが、本当にそれだけだ。

 

 

 栖羽は空気を読まないことに定評があるのか、二人が思い出そうと考える中……病気の事を聞いた。

 

 

「でも、燕さん、病気だったんじゃ……!?」

 

「ああ、病気はーー」

 

「治りました。…すいませんが、お顔だけでは思い出せそうにないので、お名前を聞いてもよろしいですか?」

 

 

 結芽の言葉を遮るように、百合が言葉を被せた。

 あまり良い思い出はない記憶を掘り起こす意味は無い、そう考えたのか行動は早かった。

 結芽は目を見開いて百合を見るが、百合は視線を合わそうとはしない。

 照れ隠し……なのだろう。

 

 

「伊南栖羽です……一応私も、燕さんや夢神さんと戦ったんですけどね。……手も足も出ませんでしたけど」

 

「伊南……ああ! 思い出しました。雲弘流の使い手でしたよね?」

 

「お、覚えていてくれたんですね」

 

「一応、珍しい流派でしたので」

 

 

 百合は覚えているようだが、結芽は全く記憶にないらしく、人を食ったような笑みでこう言った。

 

 

「覚えてないや。ぜーんぜん記憶に残ってない! おねーさん、よっぽど弱かったんだね。弱い人の事なんて覚えてても意味ないし。あはは」

 

「あ、あはは! ですよねー!」

 

 

 栖羽は引きつった顔のまま愛想笑いを浮かべた。

 けれど、北斗は結芽の言葉を聞き捨てならないと言わんばかりに、言葉を紡いだ。

 

 

「取り消しなさい、燕結芽」

 

「北斗さん……」

 

「確かに伊南さんは弱いように見えるわ。私も弱いと思うわ。プロフィールを見せてもらったけど、実際すごく弱いわね」

 

「あの、北斗さん、酷いです」

 

 

 助け舟が泥舟より酷いとは、これ如何に。

 伊南の言葉を聞いても、北斗は気にすることなく話し続けた。

 そして、言い放ったのだ。

 

 

「でも、弱いことを馬鹿にしないで。今は弱くても、いつか強くなれるかもしれない」

 

 

 言い放った言葉は、どこか自分に言い聞かせいるような……そんな感じがした。

 百合は、その言葉を聞いて素直に思ったことを口に出した。

 誰にでも優しく接する未来の彼女なら、絶対に言わないであろう言葉だ。

 

 

「…弱い人は、何時まで経っても弱いですよ。幾ら努力しても本当の強さは手に入りません。誰かを助けられるような強さは……絶対に。伊南さんが本当に強くなれる素質があるなら、きっと大切な誰かを助けるとこが出来ます。強さとは、そう言うモノです」

 

 

 キツく当たるような言葉。

 幾ら努力しても、自分の力で何も救えなかった者の言葉。

 百合は挑戦的な瞳で北斗を見据える。

 

 

「朝比奈先輩、立ち会いしませんか? 努力したら強くなれる、その言葉を証明する為に」

 

「…分かった」

 

「ほ、北斗さん!? …膝は? 大丈夫なんですか?」

 

「一回の立ち会いくらいなら、問題ないわ」

 

 

 北斗は知らなかった、どう足掻いても届くことがない本当の天才の背中を。

 北斗は知らなかった、知る由もなかった、未来で彼女が最強の刀使になる事を。

 …本当に知らなかったのだ。

 

 




 次回もお楽しみに!

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其の二「見える弱さと、見えない弱さ」

 百合が宗三左文字を抜くのと同時に、北斗も鬼神丸国重を抜いた。

 だがそこで、北斗は訝しげな視線を百合に寄越す。

 …何故、二本ある内の一本しか抜かないのか? 

 それを疑問に思っての事だろう。

 

 

「…もう一本の御刀は抜かないの?」

 

「はい」

 

 

 舐められている、そう感じた北斗だったが、結芽が補足を入れるために口を挟む。

 

 

「おねーさん、気にしないで。ゆり、荒魂相手以外に二本目抜こうとしないの」

 

「全力は出さないと言うこと? それで私に勝つつもり?」

 

「…全力は出しませんが、本気でやります。お気になさらず」

 

 

 申し訳なさそうな感情が言葉に乗っているところを鑑みると、百合に悪意や悪気がないことは何となく察することが出来た。

 だからこそ、北斗も腹を決める。

 全力でぶつかり、自分の強さを…言葉を証明する。

 互いに写シを張り、緊張感が場を支配する中、先程まで騒々しいほどに鳴いていた蝉の鳴き声が止んだ。

 

 

 それが合図となり、二人が持つ御刀が甲高い金属音を響かせる。

 最初の一撃は北斗から、横一閃の右薙。

 全力で叩き込んだつもりだった。

 写シを張れるならば、痛みが残るが怪我をすることは無い。

 確信故の攻撃はあっさりと百合に受け止められた。

 

 

 並の刀使だったら、この一撃で倒せるか、少なくとも体制を崩すくらいなら出来る。

 北斗のその考えに間違いなく、恐らく並の刀使ならやられているレベルの一撃だった。

 けれど、百合は並の刀使などではない。

 天才……いや怪物だ。

 

 

 受け止められた事に驚く北斗だが、油断出来る相手ではないと理解し迅移で距離を離そうと動くが、百合も反応し迅移を発動。

 

 

(この歳で迅移まで……!)

 

 

 距離を詰められたら、攻撃されるのは必然。

 百合はもう一度迅移を発動し、北斗の背後の死角に移動し上段から斬り下ろす。

 …それは無外流の玄夜刀(げんやとう)と呼ばれる技の変形だった。

 

 

「ッ!?」

 

 

 何とかギリギリの所で回避する事が出来たが、北斗は明らかに動揺していた。

 自分がその技を、彼女に見せたことはない。

 ましてや、自分と同じ無外流の使い手が居たとしても、思いついて身に付けるには相当な鍛錬が必要な事を、彼女は知っていた。

 

 

(この子の流派…一体なんなの?!)

 

 

 …有り得ないと言えばそれまでだが、彼女がーー夢神百合が独学でそこまでの発想に至ったと考える他なかった。

 

 

「一つ、聞いてもいいかしら?」

 

「…何ですか?」

 

「あなた、流派は?」

 

「夢神流……いえ、新夢神流です」

 

 

 聞いた事がない流派だと、北斗が思った瞬間。

 百合は察しているかのように、言葉を紡いだ。

 

 

「知らなくても当然ですよ。夢神流は元々門外不出ですから。それに、私の新夢神流は私が作り出したものですし」

 

「なっ!?」

 

「…お喋りはここまでです。次で決めます」

 

 

 衝撃の事実の連続に動揺している北斗を他所に、百合は次で決めると宣言する。

 宣言…この言い方は正しくない。

 百合の場合、宣言ではなく決定事項の報告だ。

 包み隠さず、あなたは私に負けると言ったのだ。

 

 

 流石の北斗も、この言葉には反応し集中力を戻さんばかりに息を吐いた。

 次の瞬間、百合の姿が残像に変わる。

 目を離したつもりはなかったし、実際のところ目は離してなかった。

 ただ純粋に、彼女の力の限界がそこにあったのだ。

 

 

「負け…ですね」

 

 

 この言葉が発せられると同時に、北斗の写シは呆気なく真っ二つに切り裂かれた。

 目で捉えることができなかった。

 

 

(負けた……また負けた。私は弱い……強くならなければ。もっと、強くならなければ)

 

「…その目をしている様では、あなたはどう頑張っても本物強さは手に入りませんよ?」

 

「あーあ。つまんなーい。ゆりに負けちゃうなんて、おねーさん弱過ぎ」

 

 

 ニッカリと笑う結芽は容赦なく言い放った。

 栖羽でも分かる…いや、栖羽だからこそ分かる。

 間違えなく、彼女は百合と同等以上に強いと。

 弱者故の勘が、そう囁いていた。

 

 

「S装備の運用試験って明日なんだよね? だったら、その時に暴走しちゃえばいいのに」

 

「暴走……?」

 

 

 聞き慣れない言葉を、栖羽は鸚鵡(おうむ)返しする。

 

 

「あれ、知らないの? おねーさんたちが試験することになってるS装備はね、フルスペックを発揮すると暴走する危険性があるらしいよ。そしたら、正気を失って、どうなっちゃうかわかんないんだって」

 

「え……?」

 

 

 黙っていた北斗はリディアと言うDARPA(国防高等研究計画局)の研究員であり試験運用の同伴者に貰った資料を見ていた為、暴走の可能性は知っているのであまり反応はしない。

 

 

「資料には必ず目を通すべきですよ、伊南先輩」

 

 

 落胆するような表情の百合は渋々と言った感じで、栖羽に向けてS装備で知っていることの諸々を話した。

 

 

「元々、S装備には二タイプの完成形案がありました。一つは電力を使って作動させるタイプです。しかし、このタイプでは出力を高めることが出来ず、八幡力と金剛身共に第二段階が限界でした。それに加えて、消費する電力量も大きい為、大容量バッテリーを使っても稼働時間がかなり短いのです」

 

 

 …因みに、この完成形案が未来でのS装備になる事は、まだ誰も知らない。

 

 

「二つ目のタイプは、御刀の素材ーー珠鋼を使うタイプです。こちらは電力よりも遥かに高い性能を発揮出来ます。しかも、電力と違い、珠鋼のエネルギーは無尽蔵で、活動時間に制限がない。…ここまで来れば分かると思いますが、断然珠鋼を利用した後者の方を目指した開発が進められました。今回完成して、試験運用が行われるのは、この珠鋼搭載型のS装備です」

 

 

「あ、あのぉー、そこまで聞いただけだと。暴走する理由が……」

 

「それもそうですよね。…補足を入れますが、珠鋼搭載型のS装備は八幡力と金剛身共に、性能を引き出せれば第五段階までの使用が可能です」

 

 

 百合の補足事項を聞いて、栖羽は薄らと暴走の理由が分かってきた。

 八幡力と金剛身の第五段階までの使用が可能。

 リディアから聞いた、一般人でも刀使並に戦える装備。

 デメリットが存在しないわけない。

 

 

「珠鋼搭載型の問題点は、使用中に珠鋼と装着者の肉体が融合に近い状態になること。それによって精神と肉体が侵される可能性があります。…因みに、電力稼働型には、そのような問題点はありません。S装備のフルスペックを発動した場合、暴走する確率が約三パーセント……優秀な刀使ほどS装備の性能を引き出せる場合が多いため、つまり優秀な刀使ほど暴走の危険性が高いと言うことです」

 

「そっちのおねーさんはダメそうだけど、こっちのおねーさんは面白いことになりそうだね?」

 

 

 北斗の方を見ながら言う結芽の表情は、先程のニッカリとしたモノではなく、小悪魔のような可愛らしくも恐ろしいモノに変わっていた。

 その言葉を最後に、二人は公園から去って行く。

 燕の様に自由気ままな少女と、百合の様に美しく…威厳のある少女。

 北斗と栖羽は知らない、今後も彼女たちと大きく関わることを。

 

 -----------

 

 北斗との立ち会いのあと、少し外をぶらついてから百合と結芽は紫に取ってもらったホテルに戻ってきた。

 蒸し暑かった外を比べたら天国にも感じるホテルの室内。

 エアコンのお陰で快適な温度に保たれているので、外で汗をかいた二人からしたら薄寒いくらいだ。

 

 

「エアコン気持ちいい〜……けど寒い〜!」

 

「温度上げようか?」

 

「だいじょーぶ。すぐシャワー入るし。ゆりも一緒に入る?」

 

「…後でーー」

 

 

 後で入る、その言葉を言いかけたが途中で止める。

 結芽の健康確認の為に、一緒に入るべきか? 

 …百合が悩んでいると、柔らかくて冷たい手が彼女の手を掴んで引っ張った。

 

 

「悩むくらいなら、一緒に入ろ? ね?」

 

「…うん。そうする」

 

 

 ぎこちない笑顔になってしまったが、百合は頷く。

 変えの下着を持ってシャワー室に向かうと、更衣場所で結芽がだらしなく服を脱ぎ散らかしていた。

 相変わらずだなぁ、と思いつつも百合は丁寧に服を畳んで邪魔にならない場所に置く。

 

 

 置いたあとは、自分も服を脱ぎシャワー室に入る。

 最近、肩凝りが酷くなってきたのは、書類仕事をし始めたことだけではないことを、百合の膨らんだ胸部が教えていた。

 

 

(…また、少し大きくなったかな)

 

 

 備え付けのシャワー室は広く、二人が入ってもまだ余裕がある。

 シャワー自体は一つしかないので、待つことになるが構わない。

 今の内に、結芽の体に異常がないか確認すればいいだけだ。

 パッと見た感じは、特に異常がない。

 スベスベで柔らかい肌に、変色した様子はない。

 

 

(直接聞くしかない…か)

 

「結芽? 調子はどう? 今日は結構暑い外に居たけど、問題はない?」

 

「別にー。全然悪くないよ」

 

「…そっか」

 

 

 悪くない訳ない、辛いに決まっている。

 なのに、結芽は……百合に何も言わない。

 悲しませるだけだと分かっているから、何も言わない。

 それこそが、百合を悲しませていることをーー彼女は知らなかった。

 

 

 だから、百合は気付いていない振りをした。

 別れが怖くて、居なくなってしまうのが辛くて。

 刀使としてどれだけ強くなっても、本物の強さは手に入らない。

 大切な誰かを助ける事が出来る、大切な誰かを守ることが出来る、そんな強さを百合は未だに持っていなかった。

 

 

 だから、その代わりに温かい想いを結芽に伝えたくて、百合はそっと後ろから抱きしめた。

 自由気ままな燕は、今にもどこかに飛んで行ってしまいそうだったから。

 

 

「ゆり…?」

 

「ごめん。少しだけ…もう少しだけ」

 

「…良いよ」

 

(ホント、ゆりって偶にこうなるよね。何時もはおねーさんみたいなのに……)

 

 

 これは過去だ。

 変えようが無い過去。

 神の悪戯が起こる前で、彼女の中に眠るナニカが動かされる前だ。

 温かい思い出と仄暗い感情が混ざる、歪な時の話。

 

 -----------

 

 翌日、二人がホテルの部屋で待機していると…百合の持っていたスマホから軽快な音楽が流れ始めた。

 ……チラリと結芽の方を見遣ると、下手な口笛を吹いて顔を逸らす。

 聞き慣れない音楽だったのだが、案の定結芽のイタズラだったようだ。

 はぁ、とため息をつきながらも電話に出る。

 

 

『夢神です』

 

『私だ。何時でも出られる準備をしておけ。任務開始は追って連絡する』

 

『了解しました』

 

『百合。結芽の体調は?』

 

『問題ありません』

 

『ならいい。経過観察は必要だ。もし何かあったらすぐに報告しろ。以上だ』

 

 

 事務的な会話の中に、結芽を慮る心が見えるのは気の所為ではないだろう。

 電話を切ったあとは、結芽に電話の内容を伝え準備に取り掛かる。

 南国での戦いは、まだ始まりすらしていない……

 

 

 




 次回もお楽しみに!
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其の三「天使と悪魔か小悪魔」

 祝!五十話!


 朝比奈北斗がS装備の暴走を引き起こしてから間もなく、百合たちに紫からの命令が下った。

 中城村の兵陸地帯近くに居る米国の一小隊を片付けて、彼らが持っている携帯端末を奪取しろとのこと。

 

 

「軍の一小隊って、どれくらいいるのかな?」

 

「確か…二十五人から五十人くらいだったかな。そこら辺はまちまちだから分からないけど」

 

「ふ〜ん。まっ、面白ければそれでいいや」

 

 

 にひっ、と笑い声を漏らす結芽の顔はどこか恐ろしく、隣に居るのが百合ではなく栖羽だったら、小さく悲鳴を上げていただろう。

 

 

「…あまり無茶はしないでね?」

 

「分かってるって。ほら、早く行こ?」

 

 

 結芽に促されるがまま、中城村の兵陸地帯に向かって行く。

 目的の場所に近づくにつれ、木々が生い茂り視界が悪くないっていく。

 普通の旅行だったら絶対に通らない道。

 だが、何故か心が落ち着くのは気の所為なのだろうか。

 葉の隙間から差す太陽の光は優しく、沖縄だと言うのに暑さを感じさせない。

 

 

 任務なんてなければ、ゆっくりとこの島を回れただろうに……

 そんな考えに浸っている暇なんてない、と言いたげに遠くない場所から爆発音が響き、空気が振動するかのような現象が起きた。

 木々に止まっていた鳥たちは驚きのあまり飛び去って行く。

 百合も結芽に目線を送り、早歩きでその場から移動を開始する。

 

 

 音のした方に近付いて行くと、銃をぶら下げて軍服らしき物を着た人影が見えた。

 数は…少し数えるのが億劫になるほど居る。

 しかし、そんなの関係ないと言わんばかりに結芽は彼らが居る方向に歩き出した。

 

 

 彼ら隊員たちから見たら、酷く違和感のある光景だっただろう。

 散歩中のような何気なさで少女が歩いてくるのだから。

 だがしかし、結芽や彼ら隊員が居るのは、精々獣道程度しかない山中なのだ。

 結芽のような少女が散歩で歩き回る場所ではない。

 ……加えて、彼女は腰に御刀を帯びていた。

 

 

「あははは! たっくさんいるねぇ!」

 

 

 笑った顔は天使のようで、隠れた力は神にも及ぶ。

 悪魔と比喩されても全く可笑しくない少女が、そこに居た。

 直後、結芽は御刀に手を掛けて、その場から姿を消した。

 刹那、彼女は隊員の一人の前に立ち、凄まじい速さで御刀を抜き、その隊員を斬り捨てた。

 

 

 迅移を使っての高速移動。

 幾ら鍛えられた兵士たちでも、結芽の姿を捉えるのは至難の業だ。

 何せ、彼らは対刀使用の訓練を受けていたが、全く持って接近に気付けなかった。

 

 

「安心してよ、峰打ちだから。紫様には、一応殺すなって言われてるし。ねっ? 百合」

 

 

 斬られた隊員が地面に倒れて苦痛の声を漏らす中、ガサガサと音を立てて茂みの中からもう一人の少女が出て来る。

 紺色の髪と藍色の瞳は、彼女に落ち着きのある印象を持たせるが、腰に帯刀している御刀がその印象を壊す。

 

 

「…加減、しっかりしてね。この人たちは刀使じゃないんだから」

 

「はいは〜い」

 

 

 非日常の中に居ると言うのに、あたかも日常の雰囲気を醸し出す二人。

 異質だった、異常だった。

 幼い二人は天使のようで、そこに居るだけで周りを癒すせるような柔らかさがあるというのに、根本の部分には他社では絶対に理解できない闇がある。

 寂しさと言う、お互いが居なければ埋めあえない闇がある。

 

 

 その後の事は語るまでもない。

 一方的な戦いが幕を開けた。

 途中から銃弾の雨を浴びせられた二人だが、一発たりとも彼女たちに当たることは無く、ジリジリと数を減らされ……最後には。

 

 

「おにーさんたち、全然つまんない」

 

「この端末貰っていきますね。……すいません」

 

 

 片方は吐き捨てるように、片方は罪悪感を感じながら、別れの言葉を呟いた。

 

 -----------

 

 北斗の探索が行われる中、もう一人のテスト装着者である栖羽は、ホテルの自室に居た。

 たった数日の期間しか接点の無かった北斗に対し、栖羽は心配と言う感情を向けている。

 研究施設を脱走してから四時間。

 もうすぐ夜だ。

 

 

 北斗は一人、夜になっても逃走を続けるのだろうか? 

 怪我はしてないだろうか? 

 そもそも、意識は保っているだろうか? 

 

 

 無事でいて欲しい、栖羽は心からそう思う。

 

 

「はぁ……」

 

 

 今日、何度目かも分からないため息を吐いたその時、部屋のドアのチャイムが鳴った。

 

 

(誰か来たのかな…?)

 

 

 訪ねて来た誰かを待たせる訳にはいかない。

 人として当たり前の行動が栖羽を動かし、部屋のドアを開けさせた。

 すると、そこに居たのはーー

 

 

「こんばんわ、おねーさん」

 

「すいませんが、お邪魔させてもらいますね。伊南先輩」

 

 

 天使と悪魔ーーいや小悪魔だった。

 

 -----------

 

 百合たちが栖羽のホテルの自室に行く少し前。

 二人は紫の元へと訪れていた。

 勿論、内密に。

 

 

「これが、GPSの端末です」

 

「ご苦労。続く任務だが……」

 

「ちょっと待ってよ、紫様!! 今回の任務、全然面白くないんだけど?」

 

「ゆ、結芽!? 紫様にそんなこと言っちゃ…」

 

 

 …無言だった。

 紫は何も言わず、ただじっと結芽を見つめる。

 そして、どこか諦めたような声で言葉を続けた。

 

 

「…今回の任務諸々が終わったら、沖縄に追加で宿泊しても構わない。結月には私から伝えておく」

 

「やったぁ! これでいっぱい遊べる!」

 

「…本当によろしいのでしょうか?」

 

 

 喜ぶ結芽とは対照的に、百合は居心地悪そうに言った。

 荒魂相手に比べれば少しは難しいが、それでもその程度。

 だと言うのに、休暇まで貰っていいのだろうか? 

 この頃の百合は、親衛隊として紫と親しくなるより謙虚であった。

 

 

「任務には報酬が付き物だ。気にしなくていい」

 

「…紫様がそう仰るなら」

 

「ふっふっふ〜。こんな時の為に、沖縄の観光名所調べといてよかったー!」

 

 

 浮き足立つ結芽。

 それを諌めるように、紫が任務の続きを言い渡した。

 

 

「伊南栖羽の行動を監視しろ。以上だ」

 

「へっ? それだけ? 他には?」

 

「ないな。監視が続く任務だ」

 

「分かりました。伊南栖羽のホテルに行けば良いのですか?」

 

「ホテルの住所はメールで送っておく。準備が出来次第すぐ向かえ」

 

 

 結芽の顔からは先程までの喜びは消え、つまらなそうな顔に変わっていた。

 それもしょうがないだろう。

 栖羽に立ち会いに誘った所で結果は知れている。

 意味の無い立ち会いほど、つまらないものはない。

 

 

 部屋を出たあと、未だに紫が近くにいることから、ぶーたれるのを我慢する結芽。

 百合は苦笑しながらも、結芽の頭を優しく撫でた。

 

 

 結局、ホテルまでの時間の全てが、結芽の愚痴に使われたのは言うまでもない事実だった。

 始まった南国での戦い。

 様々な思惑が動く中、事態はどう動くのか未だ誰にも分からない。




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其の四「異なる強さ」

 今回で琉球剣風録編は終わりです。
 次回からは新章である終焉編を書いていこうと思います。
 完全オリジナルで進むため、今までよりガタガタな進み方になってしまいますが、最後まで見届けて貰えたら幸いです。

 あっ、それと次回からはみにゆりつばも再開します。
 長らくお休みして申し訳ありませんでした。


 仄暗い街灯の下を百合はとぼとぼと歩いている。

 本来なら、結芽と二人で栖羽の監視をしている予定だったが、突然紫からの電話で研究所に呼び出された。

 

 

 電話で紫が発した言葉は二言だけ。

 

 

『監視は結芽だけで十分だった。お前には新しい任務を課したい』

 

 

 何か考えがあるから呼び出したのだろうが、百合にとってはあまり嬉しくない。

 紫こら任務を課して貰えることは、刀使として名誉な事だと言われているが、百合にとっては名誉などつまらぬものだ。

 彼女にとっては、過分な名誉も金も要りはしない。

 

 

 生活に必要最低限な物と、結芽が居ればそれだけで十分だ。

 結芽は強い相手と戦えないことを嫌うかもしれないが、それでも良いと百合は考えている。

 つまらなそうにしてれば立ち会いを誘えばいい。

 不機嫌そうだったらお菓子をあげればいい。

 

 

 燕結芽と言う少女の扱い方を心得ている百合に取って、一緒に居られないことが一番の問題なのだ。

 他の問題など児戯に等しいと言っても過言ではない。

 

 

「…結芽」

 

 

 …因みにその頃、結芽は栖羽と一緒に北斗を確保しホテルに連れ込んでいたが、百合は預かり知らぬところだ。

 歩き続けてようやく着いた研究所で、百合はそそくさと人目を避けて紫の元へ向かう。

 指定された部屋に着くと、そこには魂鋼搭載型S装備がゾロゾロと置かれていた。

 

 

 今回持ってかれたのは、この中にあり試験用にチューニングされたものだろう。

 もし、DARPAの人間に海外に持ち出されたら、それは金額だけでは完璧に表すことの出来ないほどの損失になる。

 だからだろうか、この部屋に来る途中チラホラと見た研究員は殆どの人間が、驚くほどに顔を青くしていた。

 

 

 構造は他の場所と少し違い、奥にもう一つの部屋がある。

 恐らく、チューニングや軽いメンテナンスをする為のものだろう。

 

 

「紫様。百合です」

 

「呼び出してすまない。…悪いが、お前にはそのS装備を着てもらいたくてな」

 

「…試験要員の代わりですか?」

 

「そんな所だ。…心配するな、とは言えんが暴走しても私が止めよう」

 

「お気遣い感謝致します」

 

 

 深々と頭を下げる百合。

 紫はすぐに頭を上げるよう言い、百合にS装備を装着させた……が。

 何故か、S装備は機能を全くと言っていいほど発揮しなかった。

 …いや、そもそもの問題として、百合は八幡力も金剛身も第五段階まで使える。

 そんな刀使がS装備を使ってなんになる? 

 

 

 自動で八幡力と金剛身を制御してくれて楽になる? 

 反応できないような攻撃を食らっても、対処が出来る? 

 彼女はそんな事一ミリも思わない。

 動き辛くて邪魔だなぁ、と言った程度にしか思わない。

 第一、百合が反応出来ない攻撃は全くと言っていいほどないし、そんな敵が荒魂として現れることは有り得ない。

 

 

 …相手がこれと同じ魂鋼搭載型のS装備でも着けてれば話は別だが。

 だとしても、並の刀使では意味が無い。

 猛者中の猛者、天才の中の天才が身に付けなければ、全力を出した百合の足元にも及ばないだろう。

 

 

「紫様? これは一体……」

 

「気にするな」

 

「ですが……」

 

「他にもお前にしか出来ない任務がある。ここで待っていろ」

 

「はい……」

 

 

 後ろ髪を引っ張られる思いに駆られながらも、百合は頷いた。

 この時の百合は知らない。

 何故自分が()()()()()()S装備を使えなかったのかを……

 

 -----------

 

 百合が出ていってから数時間、結芽の方でも変化が起きた。

 少しウトウトしている間に、北斗と栖羽が居なくなっていたのだ。

 急いで外に繰り出すと、砂浜の手前辺りで遠目に五人の人影が見て取れた。

 二人は見知った顔である北斗と栖羽だが、何故か御刀を打ち合わせている。

 だが、もう三人は違う。

 ……伍箇伝のどの制服でもない所を見ると、あの三人は折神紫親衛隊の一員だろう。

 

 

 今すぐにでも斬りかかりたい衝動を抑えて、二人の行く末を見ていた。

 栖羽の戦い方はあまりにも荒唐無稽なものだ。

 結芽が見始めてから数分しか経ってないが、既に三回は写シを剥がされているのにも関わらず再度写シを張れている。

 

 

(驚いたなぁ〜。おねーさん、そんなに写シ張れたんだ)

 

 

 体力や諸々の関係上、結芽は一度の戦闘で三回以上は張れない。

 本当は、三回以上張れないことはないが、体に掛かる負担が大きいため百合に禁止されている。

 それに、結芽も三回以上写シを張るのは危険だと、自分自身で分かっている。

 

 

 天才の中の天才、それを凌駕する程の才能を持つ結芽に取って、栖羽の剣術は子供のチャンバラごっこと変わらない。

 強いて褒める所があるなら、しっかりと振れている事だ。

 

 

 暇潰しにはなるだろう、そう勝手に思い込んだ結芽はぼーっと戦いを眺めていたが、決着は思わぬものだった。

 

 

 鍛錬のし過ぎにより足が悪くなった北斗は、短期戦特化と言っても良いほど体力が少なかった為か、栖羽の執念じみたゾンビ戦法さながらの戦い方で体力を削られていた。

 だからだろうか、迅移で接近しそのまま五段階まで引き上げた八幡力を使って突きを行う、倒すための最善の策に出たのは。

 

 

 これが普通の刀使だったら成功していただろう、いや並以上の刀使でも成功していたかもしれない。

 だか、栖羽は普通ではない少し変わった特技がある。

 多く写シが張れて死に難いと言う、少し変わった特技が。

 並の刀使では絶対に取らない選択を取った……それは正しく雲弘流の剣士らしい選択だった。

 

 

 雲弘流…相打ちを厭わぬ決死の剣を信条とする流派。

 栖羽はそんな考え、理解出来ないと思っていた。

 しかし、今は違う。

 戦う理由が出来た。

 守るのは、自分の大切な人だけでいい。

 だから、その為に御刀を振るう。

 

 

 栖羽は突きを受け止め、それどころか八幡力と金剛身が同時に使えないと言う部分理解して、カウンターを決めたのだ。

 

 

(おねーさん。面白い戦い方するなぁ。まぁ、強くはなさそうだけど…)

 

 

「負けた……そう……負けたのね……」

 

 

 一度しか写シを張れない北斗は、写シを剥がされたことで自らの敗北を知り、項垂れながら呟くように言った。

 

 

「……S装備の力なんて、全然大したことないんです……だって『平均以下』の刀使の私にだって勝てない……」

 

 

 見ていて、存外スッキリする終わりだ。

 S装備を着ている北斗と戦えなかったのは残念だが、今は切り替えよう。

 そう、結芽は思い直し自分たちが滞在しているホテルへと戻って行った。

 

 

 この後、リディアが現れて一悶着あったが、結芽は知る由もないだろう。

 

 

 

 リディアは苛立っていた。

 計画立てていた様々な事が失敗し、果てには子供相手に負けたのだ。

 苛立つのもしょうがないだろう。

 

 

 だがしかし、彼女は愚かにも基地に戻って来ていた。

 …そこに、紫の命令で潜入していた百合が居るとも知らずに。

 

 

「リディアさん……でしたか大人しく投降するなら──」

 

 

 言葉を続けようとした時、基地の武器庫から持ち出したであろう銃の銃弾がばらまかれた。

 勿論、当たる百合ではなかったが、少しばかり驚いている。

 話を全く耳に入れない程、暴走していたなんて。

 

 

「このガキがぁぁぁあっ!!」

 

「当たりませんよ、そんなもの。…あまり、音を立てて欲しくないのですが……」

 

 

 そんなの関係ないと言わんばかりに、銃弾をばらまき続けるリディアは限界が近そうだ。

 百合はため息を吐きながら、リディアの目の前から消える。

 夜、室内、加えて百合は怪物(天才)だ。

 この条件下で、百合を見失わないのは至難の業だろう。

 

 

 一段階目の迅移で視線からハズレ、徐々にシフトし三段階へ突入した所でS装備に感知されないレベルの峰打ちを喰らわせた。

 簡単に言っているが、親衛隊レベルの刀使にならないと不可能な芸当だ。

 

 

 それを、百合は綾小路の初等部に所属する若さでやってのけたのだ。

 

 

「…はぁ。後処理は紫様たちがやってくれるだろうし。早く帰ろう。一秒でも早く、結芽に会いたい」

 

 

 少しの罪悪感を感じながらも、結芽に対する想いが勝っているのか、百合はスタスタとその場を後にする。

 

 

 こうして、南国での戦いは幕を下ろした。

 

 

 ……因みに、任務を終えた百合と結芽の二人は、沖縄観光を満喫して帰ったが、予定日数をオーバーし結月にこってり絞られたらしい。

 




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胎動編
一話「百合と燕」


 とじみこのアニメを見て。興奮した翌日に書いたものなのでガバガバ部分があります。

 本作品は基本的にアニメの内容に沿って進んで行きますが、カットが多くなると思いますのでアニメを視聴することを推奨します!

 て言うか、みんなアニメ見よう!

 行き当たりばったりなこともありますので、何卒ご容赦ください。


『刀使』

 正式名は特別祭祀機動隊であり、警察組織に属する。

 組織の内外ともに刀使と呼ばれるのが一般的である。

 御刀を所持する神薙ぎの巫女であり、女性にしか務まらない。自らが寄り代となって御刀の神力を引き出し、荒魂を斬って鎮める。

 彼女たちのほとんどは成人前の学生で、伍箇伝を中心とする専門の学校に通って刀使としての技術を学ぶ。

 

 

 若いほど御刀との相性が良い。

 どの御刀を持つのかは相性によって決まり、自分の御刀が変わることもある。

 他人の御刀を使った場合、神力を引き出す効率が悪くなる。

 

 

『御刀』

 特殊な力をもった日本刀。

 神聖な希少金属「珠鋼(たまはがね)」から作られる。

 刀使が持つことにより、珠鋼に秘められた隠世と呼ばれる異世界から様々な物理現象を引き出す力を介して、様々な超常の力を引き出し使役できる。

 荒魂に対抗できる唯一の武器でもある。御刀の原料には神性を帯びた砂鉄が必要となる。

 この砂鉄は日本でしか発見されていない。

 

 

 この物語は、運命を変えるために奔走する、愚かにも優しい百合の少女のお話し。

 

 -----------

 

 ここは、ある霊園。

 そこをふら付いた足取りで歩く少女。

 少女の名前は夢神百合(ゆめがみゆり)

 手入れをしていないのか、紺色の髪はボサツキ、肌はカサカサ。

 目元にも隈が浮き出ている。

 

 

 その他にも、綺麗だったであろう藍色の目も充血の所為で霞んで見えてしまう。

 身体つきも年頃の少女とは違いメリハリがあるものだ。

 元はさぞ可愛らしい少女だったのだろう。

 服装は旧折神家親衛隊の物。

 腕の立つ刀使なのは間違いない。

 

 

 やがて、百合はあるお墓の前で足を止めた。

 墓石には「(つばくろ)家」と書かれている。

 持っていた花束を置き、線香を上げる。

 手早く墓参りを済ませた百合は墓の裏手に回った。

 その後は、ゆっくりと墓石に背中を預けるように腰を下ろす。

 

 

 こうしていれば、彼女の温もりを感じられる気がしたから。

 だが、そんなことはなくて、感じたのはただただ冷たい石の感触だけだった。

 空を仰ぐ。

 雲一つない晴天だ。

 

 

「結芽……」

 

 

 結芽、この墓の下に眠ってる少女。

 起きることのない、想い人。

 頬を涙が伝う。

 少し、昔のことを思い出したのだ。

 

 

 結芽の最期を。

 

 -----------

 

 走る、走る、走る。

 親友である結芽に、部屋に縛り付けられて足止めされてしまった為、百合は一足遅く現場に訪れていた。

 折神邸の中、構造や場所は把握している。

 しかし、百合は紫や襲撃者の下に向かうのではなく、結芽の下に向かっていた。

 体中を焦燥感が支配していく。

 

 

 焦っても何も意味はないのだが、どうしようもないほどの感情が体に駆け巡る。

 焦燥感に次ぐ恐怖。

 

 

(大丈夫……結芽はきっと……)

 

 

 彼女の希望的観測は、木の下に横たわる結芽の姿を見て呆気なく砕け散った。

 

 

「結芽‼」

 

「……ゆ……り……? ……どうして…ここに…?」

 

「結芽が心配だからに決まってるじゃない‼待ってて今すぐ病院に――」

 

「……止めて……」

 

 

 自分を抱え病院に運ぼうとした百合を、結芽は制止させた。

 百合は、結芽の言葉が信じられないような顔をしている。

 彼女がそんな顔をするのは当たり前だろう、なんせ今の言葉は自分の命を諦めてるのと同意義なのだから。

 

 

「な、何言ってるの! こんな時に冗談は止めてよ!」

 

 

 親衛隊の服は口から出た血で紅く滲んでいて、とても大丈夫には見えない。

 幼くして御刀に認められたため神童と謳われていたが、病を患って以降は入院生活が続いた。

 回復も見込めず両親から見放され、ただ死を待つだけの日々を送る抜け殻状態となっていた時に紫からノロのアンプルを与えられる。

 それにより精気を取り戻した彼女は親衛隊入りを果たした。

 根本的な病は治ってはおらず、無理に体を動かすと病状が悪化してしまう。

 

 

 ノロ*1を入れて無理矢理延命していた体に限界が来た証拠だ。

 彼女が親衛隊に入ったのも、結芽が心配だったから。

 けれど百合も百合で、幼くして御刀に認められたため神童だった。

 だが、夢神家はもう何代も刀使を排出しておらず、百合のことを化け物と蔑んだ。

 一定の暮らしはしていたが家族の誰にも干渉されず、認められるために剣術を学び始めた。

 

 

 夢神家の昔の資料を読み漁り、一人で新たなる夢神流剣術を作る。

 あらゆる剣術の長所だけを抜き取り、短所を排除した。

 その末に完成したのが、新夢神流剣術。

 短所と言う短所は殆ど無く、強いて言えば要求されるスタミナが多いと言うだけだ。

 それでも、彼女が家族から認められることは終ぞなかった。

 

 

 そんな中、二人は出会ったのだ。

 片や神童と呼ばれて称賛される結芽、片や化け物と呼ばれて蔑まられる百合。

 対のような関係。

 決して交わることのない二人。

 結芽がこんなことさえ言わなかったら。

 

 

「ねぇ、試合してよ! あなたも強いんでしょ♪」

 

「……いいよ」

 

 

 その試合の結果は引き分け。

 結芽は相当に悔しがっていたが、試合が終わった後にこう言った。

 

 

「ねぇねぇ名前は? 私は燕結芽」

 

「夢神百合」

 

「ゆりか~、さっきの試合凄かったね! 私引き分けになったの始めて」

 

「…………」

 

「ゆりって凄いんだね!」

 

 

 その言葉を聞いて、涙が止まらなかったのを今でも覚えている。

 初めて自分を認めてくれた人。

 それが、百合にとっての結芽。

 トントン拍子で仲良くなって、病気の事を知った。

 毎日お見舞いに行ったが、結芽のお見舞いで百合が他のお見舞客に会うことはなかった。

 

 

 これが、過去の話。

 時は経ち、今に至る。

 先程も言ったが、ノロは延命の一環に過ぎないのだ。

 現に百合は親衛隊に入ってはいるが、ノロは体内に入れていない。

 

 

「冗談じゃないよ……ゆりだったら、分かるでしょ……?」

 

 

 分かっている、そんなこと。

 だからこそ、聞かなければいけない。

 

 

「……どうして……そんなこと言うの……」

 

「私は……多分だけど。もう少しで死んじゃうんだ……自分の身体だもん、なんとなく感じるの……」

 

「そっか……」

 

「もうおしまいかぁ…まだ全然足りないのに…もっとすごい私を…みんなに焼き付けたいのに…なんにもいらないから…覚えていてくれてれば…それでいいんだよ…」

 

 

 結芽の瞳から涙が零れていく。

 百合も耐えられなくなって、涙を流す。

 ポタポタと、涙が結芽の服に落ちていく。

 

 

「私は覚えてる! 絶対に忘れたりなんかしない! だから……だから……お願いだから生きてよ!」

 

「…………」

 

「またみんなで花見に行こうよ! 夏は花火して、秋は紅葉狩りに行って、冬は雪合戦とか……。もっと……もっと……結芽と一緒に居たいよ……」

 

「……ゆり、最期にお願い聞いてくれる……」

 

「何?」

 

 

 聞き逃してはいけない、この言葉を悲しみの所為で聞き逃したら一生後悔するから。

 

 

「……私が死んだら……私の身体を処置して。ノロを入れた私が……こんなこと言っちゃダメなのは分かってるよ。……でも、荒魂になって……真希おねーさんや寿々花おねーさん、夜見おねーさんやゆりを……襲ったりしたくないから」

 

「……うん、任せて」

 

「ありがと……最期にゆりに会えて良かった」

 

「……苦しいでしょ、もう休んでいいから」

 

「……ゆ……り……大……す――」

 

 

 結芽の瞳から光が消えていく。

 最期の言葉は、続きを聞かなくても分かった。

 手首を掴み脈を測る。

 続いて、口に耳を当てて呼吸を聞く。

 

 

「脈……なし。……呼吸もなし」

 

 

 燕結芽と言う少女の人生は、十二年と言う短過ぎる時間で幕を閉じた。

 結芽がこの世を去ってから、数分後。

 真希と寿々花がやって来た。

 

 

「百合、結芽は……?」

 

「…………」

 

 

 真希の質問に、百合はただ首を横に振る。

 真希が顔を伏せ、寿々花も同様に顔を顰めた。

 

 

「……そうですの……百合さんそこを退いて下さいまし。あなたには辛いでしょう? 荒魂になる前に、私が処置します」

 

「荒魂になれば……結芽は……」

 

 

 百合は真希の発した言葉を聞いて、今にも絞め殺しそうな勢いで掴み掛かる。

 彼女の顔は、色々な感情がごちゃ混ぜになったようなもの。

 泣きながら、怒りをまき散らした。

 

 

「ふざけないで下さい! 結芽は最期までみなさんの事を心配して、私に処置を任せたんです! ……それなのに、それなのに……!」

 

「……済まない、ボクは冷静じゃなかったみたいだ」

 

「百合さん……」

 

 

 ようやく収まったのか、百合は結芽の下に戻っていく。

 

 

「…先輩方は先に行ってください。私はここで処置を」

 

「ああ、結芽を任せた」

 

「……ごめんなさい」

 

「別に先輩が謝ることじゃないのに……本当に優しいなぁ」

 

 

 頬を伝う涙を、服の袖で拭い。

 処置を実行する。

 終わらせた後は、結芽の御刀である『ニッカリ青江』を抱き寄せた。

 

 

「うぅぅぅあぁぁぁぁぁぁーーー‼‼」

 

 

 世界を呪った、何もしない神を憎み恨んだ。

 何も出来なかった自分が、殺したくて殺したくてしょうがなかった。

 これが、結芽の最期だ。

 

 -----------

 

 今思い出しても、本当に辛くて涙が止まらない。

 だから、百合は願った。

 

 

「ねぇ、お願いだよ神様。憎んだことも、恨んだことも、全部全部謝るから。……結芽を返してよ……」

 

 

 届かない願いを口に出し、叶わない幻想を祈る。

 泣き疲れたのか、意識が深く深く落ちていく。

 

 

(叶うなら……このまま……結芽の所に……)

 

 

 神の気まぐれか、その願いは違う意味で叶えられることになる。

 

 -----------

 

「……起き……ゆ……ないと……くすぐる……」

 

 

 何故か、結芽の声が聞こえた。

 気のせいだろうと思い、最近あまり寝られなかった分を取り返すように二度寝に入ろうとした。

 しかし、脇腹に感じるむず痒い感覚が彼女の目を覚まさせる。

 

 

「も~、一体何なのよ。寝ている人の身体をくすぐるなんて非常識……よ……」

 

「どうしたのゆり? 私の顔に何かついてる?」

 

 

 見間違える筈がない。

 綺麗な桜色の髪、碧く澄んだ瞳、童顔で小悪魔の様な表情。

 自分の目の前に居るのが、燕結芽だと分かるのに少し時間が掛かった。

 あまりにも突然過ぎて、脳の処理が追いつかなかったのだ。

 

 

「……結芽、今日ってなんかあったかな」

 

「ゆり、なんか変だよ? 今日は御前試合の当日で、紫様の警護でしょ?」

 

「あはは、そうだったね! すぐ着替えるよ」

 

「早くしてよね~、折角早起きしたのに私まで遅刻しちゃうよ」

 

 

 軽口を言いながら寝間着を脱ぎ、親衛隊の制服に着替える。

 伍箇伝のどの制服とも違う、選ばれた物だけが着ることを許される服。

 百合も折神紫親衛隊第五席に座っている。

 

 

(……過去に戻った? 記憶を保持したまま? ……なにがなんだか分からないけど……これは好機(チャンス)!)

 

 

「絶対に変えてみせる」

 

 

 理不尽な運命を。

 この身を懸けて。

 

 

*1
荒魂の正体ともいうべき物質。珠鋼を精製する際に砂鉄から出る不純物で、これがたくさん集まり結合することで荒魂が生まれる。




 主人公紹介

名前:夢神 百合
容姿:紺色の髪に、藍色の瞳。12歳にしてはそこそこメリハリのある体付きをしている。
所属:折神紫親衛隊(第五席)
年齢:12歳
誕生日:1月10日
身長:150cm
血液型:B型
好きなもの・こと:結芽・剣術
御刀:宗三左文字・篭手切江(荒魂相手には二本使うが、基本的に宗三左文字の一刀流)
流派:新夢神流


 次回もお楽しみに!

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二話「始まりは少し遠く」

 だだっ広い屋敷の廊下を、親衛隊の制服を着た二人の少女が走る。

 勿論、百合と結芽だ。

 集合時刻まで後数分。

 他の親衛隊の面子はとっくに着いている頃だろう。

 

 

「もお~! ゆりが寝坊するからだよ~!」

 

「ごめんってば、さっきも謝ったじゃん!」

 

 

 遅刻しかけているのに、何処か余裕そうに頬を膨らませて文句を言う結芽。

 対して、百合は少々焦っているのか少し言葉が荒々しい。

 何せ、百合は無遅刻無欠席の優等生。

 結芽は朝が弱いこともあるのか、寝坊しがちでいつもは百合に起こしてもらっている。

 そんな二人は、先程のやり取りを続けながらも、何とか集合時間前に執務室前に着くことが出来た。

 

 

「良かった……間に合った」

 

「ハァ、後で真希おねーさんに怒られるかな~……」

 

 

 廊下を走ったことを真希に知られたら怒られると思ったのか、結芽はあからさまにめんどくさそうな雰囲気を出している。

 親友の不穏な雰囲気を感じ取った百合は、結芽の機嫌を取りに行った。

 

 

「あ~……結芽? そう言えば私、この前買ってきたイチゴ大福がまだ余ってるんだけど……要る?」

 

「要る‼‼ありがとう~! 流ッ石、私のゆり」

 

「結芽のじゃないけどね……、息も整ったし中に入ろうか」

 

「うん」

 

 

 強すぎず弱すぎず、丁度いい加減でノックをし中に居るであろう人に入ってもいいか尋ねる。

 

 

「百合と結芽です。入ってもよろしいでしょうか?」

 

「……入れ」

 

 

 扉越しでも聞こえてくる凛々しい声、百合と結芽は揃って中に入った。

 中には既に三人の仲間が待っていたようだ。

 男性、引いては女性からも人気が高い獅童真希(しどうまき)

 イケメン女子とはまさに彼女を意味するのではないかと疑うほど。

 親衛隊第一席であり、御刀の名は薄緑で流派は神道無念流。

 

 

 前回と前々回の御前試合では優勝して、現在の地位に就いた経緯を持つ。

 紫の護衛と荒魂討伐の作戦指揮が主であるため前線に出ることは少ない。

 その隣に居るのは此花寿々花(このはなすずか)

 名家・此花家の令嬢であり、物腰が柔らかい。

 真希と違い、女性らしい面が目立つためか男性人気が高い。

 

 

 親衛隊第二席であり、御刀は九字兼定で流派は鞍馬流。

 前回・前々回の大会で真希に敗れて準優勝に終わったため、真希のことをライバル視している。

 紫の政治活動への同行、ならびに荒魂討伐の陣頭指揮を主とする。

 そして、最後に紫の隣に無表情で佇むのは皐月夜見(さつきよみ)

 特にこれと言って目立った容姿ではないが、普通に綺麗な女性なのに変わりはない。

 

 

 主な業務は、雑務であり紫の秘書的存在だ。

 

 

「遅れてすいません紫様」

 

「遅れてごめんなさ~い」

 

「……また、結芽の寝坊か」

 

「結芽。少なくとも今日ぐらいはしっかりしなさいとあれほど」

 

「……結芽さん」

 

(あちゃ~、完全に結芽の所為になってる……。まぁ、日頃の行い的にしょうがない部分はあるけど)

 

 

 流石に可愛そうだと思ったのか、百合が本当のことを話す。

 

 

「あの、先輩方。今回は結芽ではなくて私が寝坊しまして……あまり結芽の事を責めないでやってください」

 

「百合がか? 珍しいね、何かあったのかい?」

 

「本当ですわね、大丈夫ですの?」

 

「……何かありましたか?」

 

「い、いえ、特に何もありませんので。お気になさらず」

 

「そーだよ、今回は私悪くないもん」

 

 

 普段からそういう行いをしてるからそう思われるんだよとは、百合は口が裂けても言えない。

 その後は今日の御前試合の件について話した。

 決勝以外の試合は自由に見に行っても構わないということだったが、百合は到底見に行く気はない。

 勝敗が分かってる戦いなど、見に行ったところで意味はないのだから。

 そして、最後の決勝のみ本殿白州にて紫が観覧することになっている。

 

 

 折神紫、20年前の相模湾岸で発生した大災厄において大荒魂を討伐する特務隊の隊長を務めており、最強の刀使としても知られている。

 誰にでも分かり易い言い方をするなら……英雄。

 だが、その真の正体は……

 

(……紫様に成りすました大荒魂タギツヒメ。どこまでが、タギツヒメでどこまでが紫様なのか……)

 

 

「――、話は以上だ。開散」

 

『失礼しました』

 

 

 全員が声を揃えて出ていく。

 本当の戦いはまだ始まってもいない。

 

 -----------

 

 御前試合の決勝戦、前回と全く同じように襲撃は起こった。

 平城学館中等部三年・十条姫和(じゅうじょうひより)対美濃関学院中等部二年・衛藤可奈美(えとうかなみ)の試合。

 お互いが御刀を抜き写シ*1を発動させる。

 

 勝負が始まろうとしたその瞬間、始まりの合図とともに姫和は弾丸と同等かそれ以上のスピードの迅移*2を使い紫に突きを入れようとした。

 

 

 だが、紫は難なくその攻撃を受け流した。

 

 

「それがお前の一の太刀か」

 

「くっ!?」

 

 

 いきなりの事に出遅れた親衛隊だが、すぐさま真希が攻撃を仕掛ける。

 動揺した姫和は、後ろからの突き攻撃に対応できず写シが解かれてしまう。

 先程の三段階迅移の所為で上手く写シが貼れないらしい。

 そのまま切り捨てようとした真希だったが、可奈美に邪魔をされてしまった。

 

 

「迅移‼‼」

 

 

 可奈美の言葉を聞いて、姫和は急いで迅移で加速して逃げる。

 その姿を見た夜見が、袖を巻くっていく。

 

 

「お任せください」

 

「いい、追うな」

 

「…………」

 

「結芽!」

 

 

 無言で結芽が飛び出す。

 百合もそれを追うように飛び出していく。

 二人とも先回りをするが、百合は二人を庇った。

 二人に向かう斬撃を悉く打ち払い、逆に百合も斬撃の隙をついてカウンターを入れていく。

 

 

「早く」

 

「ありがと」

 

 

 可奈美たちに早く離脱するように促し、その場は一時的に打ち合いが中断された。

 門を飛び越えた所を見るに、予測ではあるが八幡力*3を使ったのだろう。

 

 

(これで……あの二人が舞草に接触してくれる筈……)

 

 

 百合が二人を助けた目的はこれにあった。

 

 

 -----------

 

 時刻は午後七時過ぎ、百合は一人で執務室に来ていた。

 

 

「失礼します紫様。折り入ってお話があるのですが、よろしいでしょうか?」

 

「構わん、なんだ」

 

「…単独行動の許可をお願いします。……知っていると思いますが、結芽の残りの命は後僅かです。最後の悪あがきをさせてくれませんか」

 

 

 お互いが見つめ合う。

 紫は百合の考えを見透かすような目で見つめ、百合は懇願するような目だった。

 

 

「も、勿論ですが! 任務となったらすぐに向かいお役に立って見せます……駄目でしょうか?」

 

「好きにしろ」

 

「あ、ありがとうございます!」

(よし! これで、こっそりと衛藤さんや十条さんに合いに行ける!)

 

 

 花丸をあげたくなるような笑顔で執務室を出ていく。

 少しづつ、運命は変わりつつあった。

*1
刀使の基本戦術であり、最大の防御術。御刀を媒介として肉体を一時的にエネルギー体へと変質させ、運動機能も向上させる。使用中は痛みと精神疲労を代償に、実体へのダメージを肩代わりできるが、ダメージを受けるとその部分は消失し身体機能も奪われていく。

*2
刀使の攻撃術の1つ。御刀を媒介として通常の時間から逸して加速する。隠世には段階的に時間の流れの早い層があり、深く潜れば潜るほどより高位の迅移を発動できるが、必要なエネルギーも増えていく。鍛練を積んだ者ほど、より流れの早い深い層に到達することができる。ほぼすべての刀使が「1段階の迅移」を使える。

*3
刀使の攻撃術の1つ。御刀を媒介として筋力を強化する。鍛練を積んだ者ほどより高い強化が可能になり、超人的な力の発揮が可能となる




 次回もお楽しみに!

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三話「千鳥と小烏丸、幼い二羽の鳥とまだ若い百合の花」

 ……カットし過ぎだって?
 大丈夫!
 

 ………多分ね!


 御前試合の事件があった翌日、指令室にて。

 

 

「えーーっ!? ゆりが単独行動」

 

「結芽、声が大きいよ」

 

 

 単独行動の件を親衛隊の面々に伝えに来たのだ。

 本当なら、そろそろ東京都の某所に向かわなればいけないのだが、伝えるべきことだと思いこうやって朝の集合時に話した。

 ここでは、昨日の事件で逃亡した可奈美や姫和の捜索が行われている。

 基本的な指揮は真希や寿々花が行っていて、結芽や百合はおまけに等しい。

 何せ、基本的に百合や結芽が任される仕事は荒事担当。

 

 

 百合は書類整理や報告書の作成などは一通り出来るが、隊列の指揮などは滅多にとったことがない。

 結芽は……言わずもがなだろう。

 

 

「……それは少し困るな……結芽のストッパーが居なくなると言う意味でも

 

「真希さんの言う通りですわ、何かありまして?」

 

「百合さんが居なくなると、結芽さんのストッパーがなくなることもあり困るのですが……」

 

 

 ……四人が夜見を見つめる。

 夜見は無表情で首を傾げて、今自分が何か不味いことをしたのか考えるが特に何も浮かばなかった。

 

 

(夜見先輩……)

 

(夜見……)

 

(夜見さん……)

 

(夜見おねーさん……せめて真希おねーさんみたいに小声で言ってよ!)

 

 

 案外、結芽も気にしているのか物凄く顔に出ている。

 百合は本当の理由を伝える為、三人に近寄り耳打ちした。

 

 

(結芽の寿命は残り僅かです。私は最後の悪あがきに行きます。どうかお気になさらないで下さい)

 

「まぁ、ちょくちょく報告には帰って来ますので、任務とあらば即座に向かってお役に立ちます」

 

「そういうことか、なら問題ないな」

 

「ええ、こちらのことは任せて下さい」

 

「お気を付けて」

 

「私が退屈しないように、早く帰ってきてよ~」

 

「はい! 夢神百合、行ってまいります」

 

 こうして、百合は東京に向けて飛び立った。

 

 -----------

 

 時は少しだけ遡り。

 東京都内、某所にて……

 

 

「可奈美ちゃん!」

 

 

 可奈美たちがお忍びで宿泊していた民泊に、ある一人の少女が入って来た。

 だが、その部屋は既にもぬけの殻で中には誰も居ない。 

 探しに来た少女の名前は柳瀬舞衣(やなせまい)

 若干一三歳とは思えない程、女性らしさが溢れる少女。

 可奈美の親友であり、良きライバルでもある。

 

 

 そんな彼女も、今は可奈美たちの追ってとも言える。

 かくいう二人は、路地裏でなんとか舞衣から隠れていた。

 しかし、姫和は少し不思議に感じた。

 何故、こんなにも早く自分たちの居場所がバレたのか。

 彼女の隣では、可奈美が体をモゾモゾさせていた。

 

 

「思った以上に早いな……。どうしてココが特定できたんだ?」

 

「……ゴメン、私の所為かも。昨日、公衆電話から友達に電話したから……」

 

「……ハァ。まぁ、どうせそんな事だろうと思った。可笑しな奴だと思っていたが、友人を気にするような普通の中学生らしいところもあったんだな」

 

 

 姫和は少し苦笑いしながら、嫌味っぽく言い放つ。

 それに対し可奈美は文句を言うことなく、普通に返した。

 

 

「これからどうしよう?」

 

「そうだな……。人の多い所は、かえって人に紛れて目立たないかも……」

 

 

 その言葉から、数十分後。

「原宿駅」と大きく書かれた駅名標を見上げながら、可奈美が呟く。

 

 

「ここが原宿か~!」

 

「観光に来たわけじゃないぞっ!」

 

「だって、人の多い所なんてここしか知らないもん。それに、私たちくらいの子とか制服の子もいっぱい居るし見つかり難いんじゃない?」

 

「確かに人は多いが……」

 

 

 流石にここまで人が多いと、もし追手が来ていても気付けない可能性が高い。

 その事を言おうとしたが、可奈美は強引に姫和の手を握り駆けだした。

 

 

「そんな所で立ってたら逆に目立つよ。普通に楽しそうにしてた方が自然だよ!」

 

「おっ、おい」

 

 

 二人の恰好は、御刀を隠す為のギターケースと制服や顔を隠す為のパーカーを制服の上に着ている。

 簡単にバレることはないだろうが、可奈美はもう少し抑えるべきなのかもしれない。

 その後は、姫和のチョコミントを可奈美がディスったり、ブラブラウィンドウショッピングをしながら時間を潰した。

 けれど、途中で雨が降り始めたため二人は今夜の宿を探す為に動き出す。

 

 

「どこか泊まれるところを探そう」

 

「昨日みたいなところ?」

 

「他にもネットカフェのような――」

 

 

 姫和が言葉を続けようとした瞬間、金属が擦れるような嫌な音が響いてくる。

 

 

「何か落としてない?」

 

 

 可奈美のその問いに、姫和はパーカーのポケットを漁る。

 その中からスペクトラム計*1を取り出した。

 このスペクトラム計は、姫和の母である十条篝の物である。

 そして、取り出したスペクトラム計は荒魂が近くに居るのか反応を示しているようだ。

 

 

「スペクトラム計が? …荒魂?」

 

「居るな……近い」

 

「反応は? 一つ?」

 

「まだ動きはないようだ」

 

 

 可奈美はスペクトラム計で位置をあらかた確認し、その場所に向かおうと歩き出す。

 だが、姫和は他の刀使達と会うことを避ける為か動こうとしない。

 

 

「あっちかな……。行こうよ?」

 

「いや、放っておこう。今はそんなことやってる場合じゃない」

 

「えっ!? だ、ダメだよ。すぐ退治しないと被害が出ちゃう!」

 

「管轄の刀使たちがもう捕捉しれるかもしれない。鉢合わせたら面倒だ」

 

「でも……」

 

 

 可奈美は納得できないような顔で、食い下がろうとしない。

 それもそうだろう、もしこのまま荒魂を放っておけば大惨事になりかねない。

 彼女は刀使として、それを容認することなど出来ないのだ。

 

 

「彼女たちにはスペクトラムファインダー*2がある。発見にそう時間は掛からないだろう。そもそも、私たちだけでは荒魂は退治出来てもノロは回収できない。散らすだけだ」

 

「それでも被害が出るよりは良いよ。行こうよ姫和ちゃん」

 

 

 彼女の言葉は至極正論で、姫和は可奈美を真っ直ぐ見ることが出来ていない。

 彼女も彼女で、言葉を重ねて姫和を言い負かそうとする。

 

 

「捕まるのが嫌だからって荒魂を放置するなら、姫和ちゃんがやったこと自体も可笑しくなるよ!」

 

「お前――」

 

「行こう」

 

 

 彼女たちは駆けだした。

 自分たちの使命を全うするために。

 

 -----------

 

 荒魂が現れて公園付近で、百合は待機していた。

 

 

(良しっ! 前と同じ時間に現れた、後少しであの二人も……)

 

 

 荒魂*3は飛行するタイプで、普通の刀使なら苦戦を強いられることもあるだろうが、百合には関係ない。

 一応、危険になったら何時でも飛び出せるように御刀に手を掛ける。

 以外にも、その心配は杞憂に終わった。

 

 

「特別祭祀機動隊です。離れて下さい」

 

 

 二人が現れたのだ。

 百合もこのタイミングで飛び出していった。

 

 

「お二人ともこんばんわ。私は折神紫親衛隊第五席。夢神百合と申します。以後お見知りおきを」

 

「親衛隊第五席だと……」

 

「あっ!? あの時小さい女の子から助けてくれた」

 

「そうですそうです! 憶えていてもらって感激です」

 

 

 そんな他愛の無いことを話しながら、百合は宗三左文字と篭手切江を抜刀し、写シを発動させる。

 

 

「ごめんなさい」

 

 

 背後からくる荒魂の攻撃を二本の御刀で軽々しく受け止め。

 お返しと言わんばかりに、右薙ぎに一閃。

 荒魂は上下に真っ二つに割かれて地面に落ちる。

 元々夢神流は、カウンター主体の流派であり荒魂を祓い清める為に作られたものだ。

 その為、百合はいつも一度相手の攻撃を受けてから、反撃に転じる。

 

 

 カウンター主体だからではない。

 元々ノロは、珠鋼を精製する際に砂鉄から出る不純物として生まれた。

 言い換えれば、人間の所為でノロひいては荒魂が生まれてきたのだ。

 だからこそ、夢神家は荒魂の想いを受け止め、自分の想いを御刀を通じて返すことで荒魂を向き合って来た。

 刀使の起源は巫女、祓い清めることが本当の役目である。

 

 

「……ええっと、どこまで話しましたっけ? ああ! そうだそうだ、これを言うために来たんだ」

 

「……一体、何が目的なんだ?」

 

「私はあなたたちの味方です!」

 

 

 いきなりこんなことを言う百合に、姫和は目を細める。

 可奈美は全く疑問に思うことなく、百合を信じた。

 

 

「そうなの! やったね姫和ちゃん、これで味方が――」

 

「もう少し疑う心を持て!」

 

「そうかな……? 私は全然善い子だと思うけど」

 

 

 二人が会話をしている間に、百合はメールでノロの回収を要請する。

 何とか落ち着いたようで、二人は百合に向き合った。

 

 

「ノロの回収は?」

 

「大丈夫です十分もしない間に、回収班が来ますよ」

 

「そう、それなら心配ないですね」

 

「舞衣ちゃん」

 

 

 そこには美濃関学院の制服を着て、姫和たちに御刀を向ける舞衣の姿があった。

 御刀を向けているのは姫和たちではなく姫和だけにだが。

 

 

「美濃関の追手か……!」

 

「まって姫和ちゃん! 舞衣ちゃんは私の親友で……。舞衣ちゃんどうしてココに?」

 

「スペクトラムファインダーに荒魂の反応があったから……。荒魂はもう退治してくれたみたいだけど。お陰で会えた」

 

「親友だと言うのなら、何故御刀を向けている」

 

「まぁ、妥当なことだと思いますよ。大方、羽島学長に衛藤先輩が柳瀬先輩と一緒に帰ってくれば、罪が軽くなるようにしてあげる、とでも言われたのでしょう」

 

「夢神さんの言う通り」

 

 

 姫和は少し思案して、間を空けてから口を開いた。

 

 

「良い機会だ。可奈美、お前は帰れ」

 

「そんな、姫和ちゃん……」

 

「でも、もう一つ条件があるの。十条さん、あなたにも折神家に同行してもらいます」

 

「残念だが、それに協力は出来ない」

 

「協力しなくていいです。力づくでねじ伏せますから」

 

 

 姫和は射の構、舞衣は正眼の構えを取る。

 そして、迅移で加速し切り結ぼうとした瞬間。

 二人の間に一人の影が割って入った……百合だ。

 百合は、舞衣の刀を振り払い、姫和の刀を人差し指と中指の間を使って白刃取りする。

 突然間に入られた二人は困惑しているが、百合は平然とした表情で写シを解いた。

 

 

 驚いた二人はお互いに距離を取り、離れる。

 

 

「……夢神、なんのつもりだ?」

 

「夢神さん? なにがしたいの」

 

「いえ、ここで二人が争っても無駄だと思ったので止めました。……それより衛藤先輩、言うことがあるんじゃないんですか?」

 

「うん。舞衣ちゃん、ごめんね。私も姫和ちゃんもまだ捕まるわけにはいかないの」

 

「どうして……?」

 

 

 上手く言葉が見つからないのか、舞衣はそんなことしか言えなかった。

 

 

「私見たの。御当主様が姫和ちゃんの技を受け止めた時、何もない空間から二本の御刀を取り出して、その時後ろに良く無いモノが」

 

「良く無いモノ……」

 

「やはり、お前には見えていたのか?」

 

「……」

 

 

 可奈美は無言で頷く。

 何もない空間から二本の御刀を取り出した。

 その空間とは、隠世*4のことだろう。

 彼女には見えていたのだ、あの瞬きする間もないほどの一瞬が。

 

 

「一瞬だったし、見間違いかと思ったけど。……やっぱりあれは、荒魂だった」

 

「荒魂?! そんなはず……。あの人は折神家の当主様で、大荒魂討伐の大英雄で……」

 

「違う……奴は、折神紫の姿をした大荒魂だ!」

 

「じゃあ、折神家も刀剣類管理局*5も伍箇伝*6も……」

 

 

 優等生である舞衣にとって、受け入れがたい真実。

 百合も最初はそうだった。

 だけど、紫が大荒魂だとしたら恐ろしいくらいに全ての辻褄が合う。

 

 

「今は荒魂が支配してる、そういうことです」

 

「兎に角、私は姫和ちゃんを一人には出来ない。だから、お願い舞衣ちゃん!」

 

 

 舞衣は俯きがちに、可奈美に問いかける。

 

 

「本気……なんだね?」

 

「……うん」

 

 

 可奈美はそれに対し、力強い頷きで返す。

 百合はこの光景を自分と結芽の関係を重ねて見た。

 

 

「分かった」

 

「舞衣ちゃん」

 

 

 舞衣は写シを解き、御刀を納めて微笑んだ。

 

 

「分かってるよ、可奈美ちゃんがすることは何時も本気なんだってこと」

 

「…………」

 

「これ、忘れ物」

 

 

 舞衣が可奈美に渡したのは、クッキー。

 舞衣の手作りなのだろう。

 百合はそれを見て、二人の関係を感じ取っていた。

 

 

(私と結芽に似てるな……二人の関係)

 

 

 片方が支えて片方が頑張る。

 そうではなくて、お互いがお互いを信頼して心配をしあっている姿。

 何と尊いものなのか。

 言葉では表せない、温かさが二人の間に流れていた。

 

 

「他の荷物は押収されちゃって、返してもらえなかったんだ」

 

「ありがとう……じゃあ、行くね」

 

「うん、またね」

 

 可奈美と姫和も御刀をしまい、背を向ける。

 舞衣は言い残したことがあるのか、姫和に声を掛けた。

 

 

「十条さん……可奈美ちゃんをよろしくお願いします」

 

「私は自分のすべきことを果たすだけだ」

 

 

 そう言い残し、可奈美と姫和は去っていった。

 残された百合と舞衣は向かい合う。

 先に口を開いたのは百合だ。

 

 

「柳瀬先輩、私が二人に手を貸したのはどうか内密に……」

 

 

 静かに頭を下げる百合を見て、舞衣は何か理由があるのを察して頷いた。

 

 

「それじゃあ、本部に戻りましょうか。一緒に行く? 百合ちゃん」

 

「ありがとうございます! 舞衣先輩」

 

 

 百合に友達が増えた瞬間である。

 

 -----------

 

 本部に着き、舞衣は手短に報告を終えた。

 

「――、報告は以上です」

 

「時間の無駄でしたわね」

 

「居場所を特定出来ただけでもお手柄よあなたは休みなさい」

 

 

 羽島江麻(はしまえま)、美濃関の学長である江麻は労いの言葉を掛けて舞衣を下げようとする。

 舞衣の隣に百合は居ない、少し準備があると言って何処かに行ってしまったのだ。

 

 

「事件発生から三〇時間。現状、この件はまだ内部で留め報道は控えています。学生たちも調査しましたが、他に共謀者はなく。十条と衛藤、両名のみの犯行だと思われます」

 

 

 真希も舞衣に続き、調査の結果を報告する中。

 指令室のドアが勢いよく開かれた。

 

 

「もたもたするな親衛隊! 何を生ぬるいことを言っている!」

 

「! 鎌府学長」

 

 

 入って来たのは鎌府の学長でもある高津雪那(たかつゆきな)

 相模湾岸大災厄時、紫と共に戦った特務隊の一人。

 荒々しい発言やヒステリックな言動が多々ある。

 

 

「報告にあった、追撃にあたった刀使は貴様か……。なぜすぐに応援を要請しなかった!」

 

 

 威圧的な言い方に、舞衣も声がしぼんでしまう。

 

 

「ノロの回収が先だと判断しました……」

 

「ノロなど放置しろ! あろうことか協力して荒魂鎮圧など……。貴様、まさか逃亡を幇助したのではあるまいな!?」

 

 

 雪那が舞衣を問い詰めていたその時、先程と同じく勢いよく扉が開いた。

 

 

「高津学長。流石に今の言葉は、刀使として聞き捨てなりませんね」

 

「夢神~! 貴様も付いていながら何故逃した!」

 

「捕まえろと紫様から任を言い渡されていませんので」

 

「減らず口ばかり!」

 

 

 百合は雪那の扱いを心得ているので、努めて冷静に対処する。

 

 

「親衛隊! 御前試合での恥ずべき失態をもう忘れたか……。さっさと出撃して反逆者を討て!」

 

「百合の言葉を聞いておりませんでしたの?」

 

「百合以外の親衛隊は紫様の警護命令が出ているため……動けません」

 

「ちっ! まぁいい……あとは我々鎌府が処理する。両名の消失点周辺の防犯カメラを解析させろ」

 

 

 苛立ちを隠し切れていないのか、爪を噛む雪那。

 それでも、的確に指示を出していく。

 

 

「……紫様に御刀を向けるなど……。逆賊を育てた罪は重いぞ、両学長……!」

 

 

 最後に鋭い言葉のナイフを投げて、雪那は指令室を後にする。

 重たく響く扉の閉まる音がした後、平城の学長である五條(ごじょう)いろははため息をつきながら呟いた。

 

 

「雪那ちゃん。昔は先輩先輩言うて可愛かったのに。――いつからタメ口になったんやろぇ……」

 

 

 その言葉は少し、物悲しそうだったように百合は感じていた。

 

 

 -----------

 

 百合は報告が終わった後、今後の行動について真希や寿々花と話し合い。

 寝る前の身支度を終え、自室に戻って睡眠を取ろうとした。

 夜も遅い為、結芽はもう寝ているだろうと思い。

 静かに部屋に入った。

 だが、眠りが浅かったのか結芽は目を覚ましてしまったようだ。

 

 

「ゆり~、お帰り~」

 

「うん、ただいま」

 

「暇だったんだよ~、真希おねーさんたちも忙しくて相手してくれないし。紫様も遊んでくれないし」

 

「そっか、でも大丈夫。明後日の朝辺りまではここに居るから」

 

「本当? やった~!」

 

 

 まだ半分夢の中なのだろう、いつもよりゆったりした声が部屋に響く。

 百合は結芽の頭を優しく撫でて、同じベットに入る。

 

 

「今日は一緒に寝よっか?」

 

「そうする~……。もう少しだけそうしてて」

 

「はいはい……」

 

 

 その後も、結芽が寝付くまで百合は優しく頭を撫で続けた。

 あの二人を助けたのは、全部結芽の為。

 舞草に、もしかしたら結芽を助けられる手掛かりがあるかもしれない。

 三割が善意、紫の本当の姿を知って立ち向かっていったことを知っているから。

 七割が私情、結芽を助ける為。

 

 

 しかし、百合は自分の本当の心を知らない。

 本当は善意と私情が半々だったことを。

*1
荒魂を探知するアナログ計器。約5センチ程の強化ガラス球の中に、スポイト数滴分の荒魂化したノロが入った方位磁石のような形をしている。荒魂が引き合う性質を利用し、接近すると振動する。

*2
スペクトラム計を近代技術によりデジタル化したプログラム。実物の荒魂を用いたスペクトラム計は危険ということで開発された。

*3
突如町などに出現する怪物で、怪異、妖怪、物の怪、悪霊などとも呼ばれる。大きさによって周辺の災いのレベルが異なる。

*4
人間の生活する現世と重なり合った多重層の異世界のこと。隠世には無限の層があり、各層ごとに物理現象が異なっている。

*5
全国の警察本部に設置されており、主に御刀の管理を行っている。

*6
全国に5校設立された中高一貫の特別刀剣類従事者訓練学校。特別刀剣類管理局の下、刀使のみでなく、刀使の活動を支援する人員の育成も行っている。鎌府と長船以外は共学校である。




 次回もお楽しみに!

 誤字脱字などがありましたらご報告お願いします!

 感想もお待ちしております!


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四話「気が付かなかった(前回)と、気が付いた(今回)

 お待たせ!


 朝五時。鶏が鳴くにもまだ少し早い時間。

 百合は一緒に寝ていた結芽を起こさないようにベットから起き上がる。

 本当の百合の寝床は結芽のベットの上にあり、小さい梯子を使わなければいけない。

 二段ベットなのだ。

 二人の部屋は十二畳程で、二人部屋にしては少し手狭でこうでもしないと自由なスペースが取れない。

 

 

 他にも机や洋服タンス、テレビや冷蔵庫なども置いてある。

 寝間着を脱いだ百合は、脱いだ物を洗濯カゴに投げ込む。

 その後は、タンスから白い無地のシャツと紺色のハーフパンツを取り出し着替える。

 使えに掛けてあった御刀を取り、剣道場に向かう。

 この折神邸は、刀剣類管理局本部や鎌府女学院*1も兼ねているためそれ相応に広い。

 

 

 それこそ、東京ドームn個分何て言うフレーズが出てくるレベル。

 職員と兼用の大浴場や食堂、駐在する刀使や提携する機動隊の隊員達のトレーニングの為の施設などもあるのだ。

 それ以外にも、本部の指令室や紫の執務室。

 本殿白州や御前試合の予選会場。

 至れり尽くせりなのだ。

 

 

 その中に剣道場があると言うだけ。

 刀使が居るのだから、当たり前と言えば当たり前だが……。

 数分程廊下を歩き、剣道場を目指していく。

 廊下で出会う人に一々挨拶する彼女の姿は、真面目と上品さを併せ持つお嬢様に等しい。

 剣道場に着いてからは、入る前に礼をする。

 

 

 常識も良い所なのだが、稀にこれを怠る物が居る……結芽のことだ。

 軽く準備運動を済ませて、御刀を抜き写シを張る。

 

 

「ふぅ……」

 

 

 ゆっくり息を吐き、写シの感覚を確かめていく。

 御刀を振り、一つ一つの動作に異常がないか確認を終えると型の練習に入る。

 丁寧さを保ちながら速さも忘れず、ただ振るだけでも本気で取り組む。

 よく言うだろう? 

 練習を本気で出来ない者に、実践や試合で本気は出せないと。

 

 

 彼女自身もそれを身をもって知っているので、このように一切手を抜かない。

 どれほどの時間が過ぎただろうか。

 太陽の輝きは、起きた時とは比べ物にならなくなっていることから、一時間以上の時が経ったことが分かる。

 壁に立て掛けてある時計を確認すると、時刻は六時半。

 朝の鍛錬に真剣になり過ぎたらしい、百合は急いで剣道場を後にする。

 

 

 勿論、礼は忘れていない。

 

 -----------

 

 大浴場のシャワーで素早く汗を流し、制服に着替えた彼女は親友を起こす為に自室に戻る。

 予想通り、結芽はまだ起きていない為、実力行使で起こしにいく。

 

 

「結~芽~、起きなさい。早くしないと遅刻しますよ!」

 

「えっ!? もうそんな時間なの!? 何だ起こしくれなかったのゆり~!」

 

「ごめん、嘘。時計見て見な」

 

「……ピッタリ七時……ゆ~り~」

 

 

 結芽から恨みがましい視線が送られてくるが、特に気にすることはなく結芽に制服を渡す。

 

 

「早く着替えちゃって、朝ごはん食べに行くから」

 

「む~~! はいはい!」

 

 

 むくれた顔はしながらも、言うことは聞くところを見るとあまり怒ってはいないことが分かる。

 百合は結芽が着替えている間に、備え付けの化粧台の前に座り髪を梳かす。

 出来るならシャワーを上がってすぐにやりたかったのだが、結芽のこともあって後回しにしていたのだ。

 少し時間を掛けながらも髪を梳かし、着替え終わった結芽の髪も梳かしてサイドテールに纏める。

 

 

「はい! 出来たよ」

 

「ありがと」

 

 

 そんな朝特有の年頃の女子のようなやり取りを交わしたら、部屋を出て食堂に向かう。

 食堂にも数分で着き、顔なじみのおばさんに料理を頼む。

 

 

「モーニングのBセットで。ドリンクはミルクティーでお願いします」

 

「私はCセットのドリンクは牛乳!」

 

「あいよ。百合ちゃんがBのミルクティーで結芽ちゃんCセットの牛乳ね。少し待っててね~」

 

 

 食堂には基本的にメニューが三つあり、それを選ぶ形式だ。

 朝に限ると、Aはご飯・お味噌汁・鮭の塩焼き・切り干し大根・漬け物。

 Bはサンドイッチ(日替わり)・ヨーグルト・サラダ。

 Cはパンケーキ・ヨーグルト・サラダ。

 因みにだが、Cは結芽が食べたいがためだけに作られたもので親衛隊の面々以外でCセットの存在を知る者は居ない。

 

 

 焼きたてなのか、パンケーキのバターやシロップの匂いがしてくる。

 これだけで食欲をそそられるが、百合の料理は違うものなので欲しくなる心を必死で我慢した。

 だが、結芽にはバレバレだったようで揶揄われるように言われてしまう。

 

 

「少しあげようか?」

 

「貰っても良い?」

 

「う~ん、おやつの時ににイチゴ大福食べていいならいいよ」

 

「……それでいいならいいよ」

 

 

 不満そうな言い方だが、顔は満面の笑みなので面白い光景だ。

 そんな二人の所に、真希と寿々花がやって来た。

 

 

「おはようございます先輩方」

 

「おっはよー! 真希おねーさんに寿々花おねーさん」

 

「おはよう二人とも、まぁボクらはあまり寝ていないけどね」

 

「そうですわね、この朝食の後も仕事がありますわ」

 

「大変そうですね……そうだ! 私に手伝えることはないですか?」

 

 

 真希と寿々花は顔を見合わせて笑う。

 百合は何か可笑しなことを言ってしまったのか、自分の言葉を思い出すが特に可笑しい所は見当たらなう。

 

 

「あ、あの、お二人ともどうしたんですか?」

 

「い、いえ、先程廊下で話していたことが面白いくらいに当たってしまったので……」

 

「そ、そうなんだよ。本当に百合は真面目だね」

 

 

 少し笑いながらも、二人は返事を返す。

 辺りを見渡して見たが他に食堂を利用している者は見当たらない。

 

 

(職員の皆さん、徹夜で作業してるんだ……コーヒーでも作って持ってって上げようかな……)

 

 

 朝食であるハムエッグサンドを頬張りながら、今後の行動を考えていく。

 

 

「そうだ、百合にいい仕事がある」

 

「そうでしたわ、すっかり忘れていましたが……報告書の作成をお願いします」

 

「分かりました! ついでに、指令室に居る皆さんにコーヒーでも持って行きますね」

 

「しょうがないから、私も手伝ってあげようかな~」

 

「ありがとね結芽」

 

「結芽さんにも仕事を割り振りたい所ですが、生憎雑務は殆どを百合さんがこなしてしまうのであまりないんですよね」

 

 

 結芽にとって不穏な一言が聞こえたが、今回は悪運が強かったらしい。

 結芽と百合が雑談をしていると、真希と寿々花は先に食べ終わってしまったのか居なくなってしまった。

 居なくなってからは、パンケーキを食べさせてもらったりしながら、二人でゆったりと朝の時間を楽しんだ。

 

 -----------

 

 給湯室、基本的には御茶菓子やティーバック、インスタントコーヒーがある。

 少し広いキッチンと大きめの冷蔵庫もあるので、百合は時たまここでお菓子を作ったり料理をしている。

 ある程度の物の場所は分かっているので、家庭用ティーサーバーを二個取り出す。

 本来ならお茶を入れるべき部分にインスタントコーヒーを適量ぶち込み砂糖も少々、その工程を二度行う。

 後は、IHで沸かしておいたやかんを取り例の場所にお湯を注ぐ。

 

 

 勿論、一個では足りないのでこちらも二個やかんを使い万事解決。

 最後に蓋を元に戻し、思いっきり振る。

 これで完成だ。

 

 

「はぁ……疲れるなぁ」

 

「そのやり方止めればいいんじゃない?」

 

「それは無理。だって断然こっちの方が速いし効率良いもん。味は気にならないレベルだし、誤差だよ誤差」

 

 

 ……彼女は天才なのかはたまた天災なのか、時たまこういう行動をしてしまうのだ。

 これを知ってる者は結芽だけである。

 結芽はため息を吐きながら、百合から預かった紙コップとトレー二枚を持って先に部屋を出る。

 それを追いかけるように、百合も部屋を出ていった。

 

 

 給湯室から五分程、指令室に着いた二人。

 百合と結芽は適当な所に家庭用ティーサーバーと紙コップ&トレーを置き、次々とコーヒーを注いでいく。

 ある程度の数になったら職員の方々に配っていく。

 

 

「お疲れ様です。お仕事引き続き頑張ってください」

 

「お仕事頑張ってね~」

 

 

 言葉は違えど、二人は出来るだけ疲れていそうな人の所から順々にコーヒーを渡していった。

 その時に、いろはと江麻に渡すことになった百合は些か緊張しているようだ。

 

「あ、あの、コーヒーをどうぞ」

 

「ありがとう夢神さん」

 

「ありがとな夢神ちゃん、助かるわ」

 

「いえいえ」

 

 

 出来るだけ会話を少なく終わらせたが、百合は少し疲れてしまったようだった。

 逆に結芽は、職員の方からお菓子を貰って喜んでいる。

 色々と疑問に感じる部分もあるが、それを気にすることはなく彼女は親衛隊の面々にコーヒーを渡す。

 夜見が居ないのを見ると、恐らくだが紫に付いているのだろう。

 結局、その後は二人とも大人しく自室に戻り、百合は報告書作成の作業で結芽はゲームを始めることになった。

 

 -----------

 

 あれから四時間ほど、丁度お昼になった辺り。

 

 

「結芽~、この報告書持って行っといて」

 

「ん~、分かった」

 

 

 出来上がった報告書を結芽に持って行ってもらうようお願いし、百合は椅子の背もたれに寄りかかりながら背筋を伸ばす。

 流石の彼女も、四時間も机に座りっぱなしは辛いのだろう。

 そっと息を吐いた。

 時刻は一二時半。

 中々に良い時間だ。

 

 

 一休みするために椅子から立ち上がろうとした瞬間、部屋のドアが三回規則良く叩かれる。

 一拍置いて、聞き慣れた声が響いた。

 

 

「入ってもよろしいですか?」

 

「夜見先輩? ええ、どうぞ」

 

「失礼します」

 

 

 入って来たのは、夜見。

 今日はまだ顔を見ていなかったのだが、いきなり何の用だろう。

 百合はそんな事を考えながら、夜見に用件を聞いた。

 

 

「何かありましたか?」

 

「どうしたの夜見おねーさん?」

 

「実は数分前に荒魂の出現確認がされました。急遽向かうことになったのですが、如何せん割ける人員が足りなくなってしまい。お二人に出撃命令が」

 

「私はともかく、結芽は良いんですか?」

 

「紫様からは問題ないと仰せつかっております。中々の強敵で討伐に困難してるようです」

 

 

 数分前に発見されたのに、もう対応している辺り。

 優秀な刀使が増えたと思う反面、それでも倒すことが出来ないと思うと微妙な気持ちになる。

 そんな気持ちは押し殺し、百合と結芽はその任務に就くことになった。

 

 -----------

 

 支度を済ませて即出発。

 荒魂が現れてもう十分以上が経過している。

 これ以上暴れられると被害が増えてしまう為、百合と結芽の二人はヘリで現場に向かう。

 すると、案外現場は近かったのかあっと言う間に着くことが出来た。

 現場は国道の大きな道路で、荒魂の傍には何台もの壊れた車が散乱していた。

 

 

 現場に着いた瞬間、そのままの勢いでヘリから飛び降りる。

 

 

「結芽! 私が陽動するからその内に」

 

「まっかせて♪」

 

 

 暇つぶしが出来たことが嬉しいのか、怖いくらいの笑顔で答える親友に、百合は恐怖を覚えた。

 

 

(……何時かどうにかしてこの子の癖直さないと)

 

 

 近くに居た刀使たちは既に撤退済み。

 今回の荒魂は、ムカデを巨大化させたような見た目で体長は二〇メートルほどもある。

 中々に巨大だが、そんなのどうだっていい。

 百合は宗三左文字と篭手切江の二振りを腰に固定してある鞘から抜刀し、迅移で陽動を開始していく。

 結芽も自分の御刀であるニッカリ青江を既に抜刀している。

 

 

 八幡力を使い、頭だと思われる部分にキックを喰らわせて自分自身に注意を向けさせ、結芽から気を逸らさせた。

 意地でも自分から斬るつもりはないらしい。

 前足の部分で薙ぎ払うような攻撃を迅移を使いながら躱し、時には受け流す。

 数度攻撃を受けた辺りになってようやく、百合も反撃を開始した。

 何回も見た薙ぎ払いの攻撃を紙一重で避けて、前足に左切り上げ喰らわす。

 

 

 自分の前足がいきなりなくなったことにイラついたムカデ荒魂は、体重で押し潰そうとしてくるが……遅い

 

 

「弱すぎ~!」

 

 

 結芽の声が響くと共に、ムカデ荒魂は輪切りにされてしまった。

 あまりにも早すぎる斬撃に驚く者も居るだろうが、結芽はこれでも本気を出していない。

 しかも、本来ならこのクラスの荒魂になるとS装備*2を使って討伐をするのだが……

 彼女たちには関係ないようで、二人はハイタッチを交わす。

 

 

「お疲れ」

 

「ゆりもね」

 

 

 結局この後は、本部にノロの回収を頼み任務を終えた。

 

 -----------

 

 任務を終えて帰還後は、諸々の報告を紫に行い自室待機となった。

 一応、昼食も済ませたため手持無沙汰だ。

 今は二人してベットでゲーム中である。

 

 

「あ~! ゆりズルい! そんなとこにショートカットの場所あるなんて気づかなかった~!」

 

「なんで私よりやり込んでるのに知らないの?」

 

 

 こんなことで若干結芽を煽りつつ、百合はゲームを楽しむ中。

 突然、結芽が咳をした。

 普通の人にとって咳は少し風邪気味なのかな? 

 という程度の甘い認識で済むが、結芽の場合はそうはいかない。

 

 

(前回)気付かない振りして現実逃避してた……けど……。(今回)は違う)

 

 

「ねぇ結芽? 大丈夫?」

 

「うん、平気平気!」

 

「……じゃあさ、左手見せて?」

 

「な、何で?」

 

「いいから」

 

 

 無理矢理左手を引き寄せて握っていた手を開かせる。

 さっき咳が出た時に抑えていたのは左手だった。

 百合がそれを見逃すはずはない。

 そして、開いた手の平には……

 

 

「これって……何で黙ってたの?」

 

「……心配掛けたくなくて、ゆりが悲しむと思ったから……」

 

 

 目を伏せて俯きがながら答える結芽の手の平には……血が付いていた。

 手で押さえてるところを見ると、既に何度か経験したことがあるのだろう。

 

 

「黙ってて、私が喜ぶと思ったら大間違いなんだからね!」

 

「ごめんなさい」

 

 

 そっと抱きしめる。

 壊れないように優しく、離さないように強く。

 零れた涙を、見せないように。

 

 

「お願いだから、もう隠し事はしないで」

 

「……うん」

 

 

 会話はそこで終わり、その後十分間抱きしめ合っていた。

 

 -----------

 

 夕食後、大浴場にて。

 体や髪を洗い終えた二人はゆっくりと湯船に浸かっていた。

 結芽は百合の股の間に収まる形で座り。

 百合はそっと、結芽を後ろから抱きしめる。

 

 

 最近何かと抱きしめてしまうのは何故なのか? 

 彼女には分からなかった。

 けれど、百合は不意に親友に対し質問を投げかける。

 

 

「結芽は…私が死んじゃったらどう思う?」

 

「ゆりが死んだら? ……考えたことなかったな~……。まぁ、もしゆりが死んだ原因が人の所為だったら……その人に対して怒るかな? 病気とかだったら、悲しくてずっと泣いてると思う」

 

 

 この質問は、自分の誓いに対して背く可能性があるものだ。

 なにせ、彼女はその身を懸けて結芽を救うと誓った。

 それは、自分の命さえ投げ捨てるものでもある。

 この子を泣かせたくないと思う心と、この子を生かしたい心。

 相反するわけでもないのに、ぶつかり合う。

 

 

 もし、今回の大荒魂タギツヒメの討伐で自分が死んだら……きっと彼女は自分を恨みタギツヒメを憎むだろう。

 その時、百合の目的の一つである結芽の生きる未来は守られるが、結芽が幸せに生きていける未来は守られるか分からない。

 逆に、今回の大荒魂タギツヒメの討伐で自分が全力を出さず結芽が死ねば、神様がくれたであろうチャンスを無駄にし自分の希望さえ失くすことになる。

 自分が全力を出しても生き残り、大荒魂タギツヒメも倒し、結芽も救う。

 この無理難題とも言える三つの条件を突破しないと、結芽が幸せに生きる未来は守れない。

 

 

 上手く思考が纏まらない。

 そんなこと本当に出来るのか? 

 諦めた方が良いんじゃないか? 

 今を楽しんで生きれば、それで良いのではないか? 

 自問自答が続く百合。

 

 

 そんな親友を見かねた結芽は、先程と同じ質問を返す。

 

「じゃあさ、ゆり。私が死んだらどう思う?」

 

「…………結芽は絶対に死なせない。結芽が居ない世界で生きていくのは、私にはきっと耐えられないから……」

 

「ふ~ん、そっか」

 

「そうなの」

 

 

 難しいことを考えるのは止めよう。

 今はただ全力で、この子が生きていける活路を見出そう。

 そう決意する百合だった。

 

 

 これと、ほぼ同時刻に可奈美と姫和の潜伏しているマンションが沙耶香に襲われた。

 

 ----------- 

 

 翌日、百合は指令室にて待機していた。

 そして、

 

 

「――横須賀基地から問い合わせが、南伊豆の山中に対してS装備の射出があったかと」

 

S装備(ストームアーマー)だと?」

 

「こちらが映像です」

 

 

 正面にあるモニターには確かにS装備の射出用コンテナが写っていた。

 しかも二機分。

 

 

「確かにS装備(ストームアーマー)の射出用コンテナのようだ」

 

「なんの報告も受けていない気がしますが」

 

「しかも、ありえないですわね。折神家管轄外のS装備(ストームアーマー)が存在するなんて……」

 

「折神家と管理局以外あれを開発・運用できる組織などいない。あるとすれば……」

 

舞草(もくさ)…ですか?」

 

 

 舞草、特祭対内部の反乱分子とも言われる存在。

 未だに、組織の正確な目的を把握はしていない。

 

 

「……『舞草』が噂通りの特祭対内部の反乱分子なら有り得なくわない」

 

「紫様はもしかして、十条姫和たちが彼らと接触すると踏んで泳がせていたのではないでしょうか?」

 

「その可能性は高いでしょうね」

 

 

 寿々花は癖なのかカールした毛先を指で弄りながら会話を続ける。

 未来通りなら、ここで親衛隊の百合たちに出動命令が下る筈だ。

 

 

「ならば、ここで一気にカタをつける事も考えられるが……」

 

「獅童さんに此花さん、それに百合さん」

 

「…夜見?」

 

「紫様より、我々親衛隊に出動命令が出ました。ご準備お願いします」

 

「――いよいよ…ですわね」

 

「あぁ」

 

「結芽は居残りですか?」

 

「えぇ、彼女が出ると不必要な血が流れますので……」

 

 

 ここまでは未来通り、ここからだ。

 ここから少しづつ未来を変えていく。

 可奈美たちと接触したことで、フラグは立っている。

 

 

(やるっきゃない!)

 

 

 百合は小ぶりのショルダーバックと二振りの御刀を持って、出撃待機する。

 バックの中には、結芽のカルテが入っていた。

*1
所在地は神奈川県で、関東全域と東日本の太平洋側での荒魂事件を担当している。特別刀剣類管理局の本部がある折神家と併設されており、本部との連携をとることも多い。事件発生率の高い首都圏の担当だけに、装備も最新のものが多く配備されている。御刀とノロに関わる研究所を有しており、様々な実験を行っている。エリート校で実践経験も豊富である。

*2
正式名称「ストームアーマー」。特別祭祀機動隊に配備された荒魂殲滅用の強襲装備。折神家の管理の元、DARPA(国防高等研究計画局)の技術協力を得て開発され、装着することで身体能力及び防御力が飛躍的に向上するが、稼働時間が短いという最大の欠点を持つため長時間の戦闘には不向き。




 次回もお楽しみに!

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五話「嘘と希望」

 お待たせしました!


 同居人でもある親友が居ないのを良い事に、結芽は秘蔵のイチゴ大福を食べて、大好きなイチゴ大福ネコのクッションに抱きかかえて過ごす。

 時間が経つにつれて暇になってきたのか、部下を冷やかしに行ったり紫に遊んで貰おうともしたが生憎紫も暇ではなく断られてしまった。

 だからこそ、親友(百合)に電話が掛かってきたのだ。

 

 

『暇すぎて死んじゃいそう~~。早く帰ってきてよ~ゆり~』

 

『アハハ……善処はするけど、多分どう頑張ってもそっちに戻れるのは明日のお昼頃だよ?』

 

『え~~!? もうちょっとどうにかならないの?』

 

『う~ん、流石に無理かな。紫様直々の任務なんだし、我慢して』

 

 

 ぶーたれながらも、百合の説明に納得した結芽。

 その後も少しだけ喋り、電話を切った。

 だが、結芽は百合の嘘に気付いていたようで誰にも聞こえない程の小さな声で一人呟いた。

 

 

「…バカ」

 

 

 -----------

 

 電話を終えた後、山の探索準備が終わるまでは御刀を振って時間を潰していた。

 そんな百合の下に、真希が訪れる。

 機動隊の方も準備が整ったからか、今から始まる任務に向けての熱意が感じられるほど顔が引き締まっていた。

 

 

「百合、今から山狩りの時間だ。夜見も配置に着いた。十分後には、捜索も終わりボクたちも出撃することになるだろう」

 

「了解です」

 

 

 テントに戻り、小ぶりのショルダーバックにノロのアンプルを一本詰める。

 前回では、古波蔵(こはぐら)エレンがこれを持って舞草に帰ったのだが。

 それではロスタイムがあり過ぎる為、危険を承知でこれを持って行かなければいけなかった。

 これ(ノロのアンプル)は、非道な人体実験の物的証拠にも等しい。

 後は、百合が鎌府が行っていた実験の話をすれば完璧。

 

 

 この二つは、折神紫…ひいては刀剣類管理局の信用を遥に揺るがす問題になるだろう。

 それ以上に、自分が舞草に信用される確率が格段に上がる。

 フラグは立てていたが、どうなるかは全く分からない。

 少女は一つでもいいから、最悪な運命を変える糸口が欲しいのだ。

 

 

「百合? それはあなたには要りませんでしょうに? どうしたんですの?」

 

「寿々花先輩。ああ、これですか? 念には念を、備えあれば患いなしとも言うじゃないですか」

 

「そうですが……」

 

 

 寿々花は百合の事が心配なのか、仕方なくゆっくり振り返りながらこう言った。

 

 

「無理はし過ぎないように、私たちに頼ってくださいね百合さん」

 

「はい!」

 

 

 元気よく返事をして、心配を掛けないようにする。

 そのまま寿々花は部屋を出たので、自分も付いていこうと足を踏み出した……けど。

 胸が苦しい、吐き気がこみ上げてくるような感覚。

 彼女は心配してくれてるのに、自分は嘘で誤魔化している。

 心の醜さが表れてくるようで、気持ちが悪い。

 

 

 そしてその時、自分以外誰も居ない筈のテントの中から、嘲笑うような言葉が百合の脳に直接問いかけるように届いた。

 

 

『嘘を吐くのは楽しいでしょう?』

 

 

 そんなことはないと、否定しようとして後ろに振り返る。

 でも、そこには誰も居なくて言葉を発した人物は見当たらなかった。

 それもその筈だ。

 誰も言葉など発していない、言葉を発したのは……罪悪感と言う百合の心だったのだから。

 本当の百合は友達の為なら、困ってる人の為だったらどんなことでも出来る優しく正義感のある少女。

 

 

 今は結芽が対象になっているだけで、本当ならこの作戦だってしっかり遂行して役に立ちたいという思いが少なからずある。

 そんな気持ちを押し殺してでも、為さなければいけない使命があった。

 だから、あの言葉は少女の優しい心が生み出してしまった、罪悪感というバケモノだった。

 

 -----------

 

「夜見が出てから五分か……」

 

「真希先輩、私も捜索に行っても良いでしょうか?」

 

「二度手間になるかもしれない、ここは残った方が」

 

「いえ、先輩方だけに働いてもらっては後輩の面子が丸潰れです。ここはどうか……寛大な決断を」

 

 

 こう言っておけば、この人は断ることは出来ない。

 そんなの、ずっと一緒に居れば嫌でも分かる。

 心をすり減らすような思いで言葉を吐き出す。

 真希も観念したのか、捜索の許可が下りた。

 

 

「夜見の位置はこの辺りだ、ここには近づかないように頼む」

 

「分かりました。それでは、機動隊C班の皆さんは私に付いて来てください」

 

『はい!』

 

 

 機動隊を引き連れて山の散策に行く百合を、真希と寿々花は見守る。

 しかし、真希はそこで疑問に思った。

 あのショルダーバックには何が入っているのか? 

 

 

「寿々花? 少しいいかい?」

 

「どうしました真希さん」

 

「いやね、百合が持っていた小さなショルダーバックの中には何が入っているのか気になって」

 

「……そんなことですか、確か結芽のカルテが入っているとか」

 

「カルテ……まさか、この任務が終わってすぐにまた飛び回るつもりか。……言ってくれれば僕だって……」

 

 

 信頼されていないような感じがした真希はどんよりとした雰囲気を纏い始める。

 結芽や百合のことになるといつもこうだ。

 流石に甘やかし過ぎだと叱ろうと思ったが、自分も人の事を言えないので寿々花静かにこう思った。

 

 

(百合……出来るなら早く戻ってきてくださいまし)

 

 

 この想いが届くことはなかったのだが……。

 

 -----------

 

 山の中に入って数分、自分の部隊の仲間を全員昏倒させて夜見の所に向かって行く。

 百合の知る限りだと、あと数分の間に可奈美や姫和は見つかってしまうだろう。

 急がなければいけない。

 

 

「ハァ…ハァ…、見つけましたよ夜見先輩」

 

「百合さん? どうしてこちらに?」

 

「いえ、少し野暮用でして時間を貰っても?」

 

「……少々お待ちを、あと少しで発見出来ますので」

 

 

 夜見は親衛隊の中で恐らく一番弱い。

 総合的なもので見れば、百合と結芽が一番強いし。

 剛剣さでは真希が、業では寿々花だ。

 なら何故、夜見が親衛隊にいるのか? 

 それは簡単だ、夜見には他人には到底真似できないオンリーワンに近い能力があるからなのだ。

 

 

 それが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()というもの。

 現に今も、袖を膜った色白な左腕を御刀で浅く切りそこから小型の荒魂を出している。

 心の中で謝りながら、納刀していた御刀を抜き迅移を使って夜見の背後を取った。

 

 

「っ!? 百合さん!?」

 

「ごめんなさい」

 

 

 無表情ながらも、僅かに顔を歪ませている。

 そんな夜見を、百合は御刀の柄頭で殴り気絶させた。

 周りに居る小型の荒魂も、主の指示がいきなり無くなったことからどう動けばいいか分からないのか止まってしまっている。

 それを良い事に、百合は周りに居る荒魂祓いつつ先に進む。

 この荒魂が続く先に、可奈美たちが居ることを信じて。

 

 -----------

 

「ねぇ姫和ちゃん?」

 

「何だ、今考え事を…」

 

「何か聞こえてこない? エレンちゃんや薫ちゃんも」

 

「そうデスネ~、ひよよんやかなみんとそう変わらないぐらいの子でショウカ?」

 

「さあな、これ以上面倒ごとや仕事が増えるのはうんざりだ。帰ったら有休申請してやる……」

 

「ねね~」

 

 

 愚痴る薫に呼応するようにペットであるねねも鳴く。

 鳴き声が「ね」なのはご愛敬。

 

 

「敵か……!?」

 

「残念味方でした? どうもお久しぶりですね、衛藤先輩に十条先輩。ああ、もう古波蔵先輩や益子(ましこ)先輩方とも合流してましたか」

 

 

 頬が紅潮してるのは、恐らくここに来るまでノンストップで走り続けてきたからだろう。

 肩で息をしながらも、長船女学園*1出身で初対面の二人に対し挨拶をする。

 

 

「折神紫親衛隊第五席・夢神百合。どうぞお見知りおきを」

 

「折神紫親衛隊……敵……って訳じゃないか」

 

「どうにもそんな感じがしマス。ひよよんにかなみん、そこらへんはどうなんデスカ?」

 

「味方だよ! 久しぶりだね百合ちゃん!」

 

「信用は出来んがな。ひとまず安心していい」

 

 

 一応は信頼されてるようで、何とか誤解はされずに済んだ。

 ここからは交渉術が必要になってくる。

 自分がどれほど彼女たちにとってプラスになるかメリットを与えられるか? 

 それを証明するか納得させられれば、話は簡単だ。

 

 

「私も舞草の仲間に入れてくれませんか?」

 

「舞草のことは知っているようデスネ。どうします薫?」

 

「……別に良いんじゃねぇか? まぁ、俺らの一存でどうこうできる問題じゃないが」

 

 

 流石にまだ怪しまれている、ここは何か手を打とう。

 元々証明はするつもりだったので、何をすればいいのかも決めている。

 百合は徐に取り出した端末を、地面に向かって叩きつけた。

 液晶の面が地面に当たるように投げたので、保護フィルムも意味を為さない。

 何気に八幡力も使っている辺りのガチさ加減が出ていた。

 

 

「これでどうですか? これでダメなら……これもあります」

 

「それは? アンプル?」

 

「はい。この中にはノロが入っています。言わばこれは、折神紫が人体実験に加担していた証拠の一つです。私を仲間に入れて貰えるなら喜んでこれを差し上げますし、情報の提供だって惜しみません。……そちらが私の出す条件を飲んで頂ければ」

 

「条件……どんなのだ?」

 

「古波蔵先輩、あなたの御爺様は優秀な科学者でしたよね? S装備の開発にも携わったとか、でしたら外国の有名なお医者様や最先端医療にそれなりの知識はあるんじゃないんですか? それを教えて欲しいのです」

 

「それで良いんデスカ?」

 

「はい」

 

 

 数分の間が空き、エレンがスマホで電話をかけ始めた。

 

 

「タクシー一丁、お願いシマース!」

 

「タクシー?」

 

 

 姫和は何のことだか分かっていない様子で首を傾げている。

 百合はホッと胸を撫で下ろし、息を吐いた。

 どうやら、なんとかなったらしい。

 若干シコリのようなものがあるが、信用されることが出来ればそれも改善される筈だ。

 そう信じて、少女たちはタクシーを待つことになった。

 

 -----------

 

「遅いな……夜見が出てからもう二〇分。連絡が一向に来ないし、百合からも連絡が来てない」

 

「可笑しいですわね。あの二人はまめですから、見つからなかったら見つからなかったで、何かしら連絡を入れる筈ですわ」

 

 

 こうしてる内にも、逃亡者はどんどん逃げ去ってしまう可能性がある。

 真希と寿々花の二人は自分の部隊を引き連れて捜索を行った。

 十分もしない内に、百合が連れて行ったはずの部隊に真希の部隊が遭遇。

 それとほぼ同時刻に、夜見の方を探しに行った寿々花の部隊が、気絶している夜見を発見した。

 気絶していた者達に聞いて回る、「誰にやられた?」と。

 この問いに帰って来た答えは皆同じだった。

 

 

『百合がやった』と……。

 

 

 このことを至急本部に報告。

 指令室に騒めいた。

 百合の謀反。

 その言葉だけで、多くの者が動揺した。

 あの雪那でさえも……。

 

 

 基本的に親衛隊を毛嫌いしている雪那も、親衛隊までもが謀反を起こすなど考えもしないかった。

 ざわめきが未だ収まらない指令室に、紫が結芽を連れてやって来た。

 

 

「どういう状況だ?」

 

「なになに~何かあったの?」

 

「そ、それが……」

 

 

 解析官たちが言い淀む中、雪那が口を開いて報告した。

 

 

「夢神百合が謀反し、敵に寝返りました」

 

「……そうか、親衛隊の残りを引き上げさせろ追っても無駄になるだろう」

 

「………う……そ……?!」

 

 

 その報告は、結芽の心に大きなヒビを入れることになったことを百合はまだ知らない。

 後に、このことが原因で紗耶香や舞衣にとばっちりがいくのは、また別の話である。

 

 -----------

 

 潜水艦の中でフリードマンにあって百合がしたこと、それは土下座だ。

 誠意を見せる為の常套手段。

 

 

「お願いします。友達を助けるために、あなたの力を貸してください」

 

 

 エレンに頼みはしたが、「条件を呑むかはグランパ次第デス」と言ったので百合はこうしている。

 結芽の為だったら、彼女は威厳や尊厳、矜持など投げ捨てる。

 それ程までに、彼女の未来を想っているのだ。

 

 

「まぁ、落ち着きたまえ。カルテを見せて欲しい、医者ではないがある程度の知識はあるからね」

 

「分かりました! ……これです」

 

 

 そんな二人の光景を同じ部屋に居ながら、四人は引き気味な様子で見つめていた。

 こんな状況を見て、引かない人を探さない方が難しい。

 

 

「……フム、これは日本の医師が匙を投げるのも分かる。不治の病の言葉通り、治すのは不可能に近い」

 

「そ、そんな……お願いします! 私、何だってします。ですから……」

 

「勘違いしたらいかんよ、不可能に近いだけだ。治せる可能性はあるよ」

 

「ほ、本当ですか!」

 

 

 先程までハイライトが消えかけていた瞳に、光が戻っていく。

 希望に満ちた眼差しが、フリードマンに向けられていく。

 ……四人も、なんとなく話の内容が見えてきたらしい。

 

 

「ただし、確率は一〇〇%じゃない。下手をすれば、一%もないかもしれない……それでも良いかい?」

 

「構いません! あの子が助かる可能性に全て懸けます!」

 

「一向に話が見えてこないぞ?」

 

「姫和ちゃんも? 私もあんまり……」

 

「私は何となく分かりマース。こういうのはブリーフィングが大事デース」

 

「どうせ、後で話してくれるだろう?」

 

「ねね~、ね」

 

 

 後ろの話声は無視して、フリードマンとの話を続けていく百合。

 

 

あっち(アメリカ)で最先端の医療技術と化学を駆使した新しい薬が生まれた。名前はフェニクティア、フェニックスから捩って作られたものだ。神話や伝承の中で、フェニックスの涙は万病や怪我を治すと言われいる。この薬も、ある条件を満たした適合者のみにだが万病や怪我を治す効果がある」

 

「そんな物が……それでその条件は何なんですか?」

 

「残念ながら、まだ分かっていないんだ。研究中の試作品に近い、千人近くが実験に協力してくれたが適合したのはたったの一人。しかも、適合しなかったものは、逆に病気の進行を悪化させるという最悪のデメリットが発見された。……実験の協力者は主に死刑より早く病気で死を待つ囚人や、結芽と言う子と同じく不治の病で死を待つだけの特殊な者達ばかりだったが、皮肉にもこのデメリットの所為で死んでしまった者もいる」

 

「……それでも、治る可能性はあるんですよね?」

 

「一応はね。あまりお勧めは出来ないが……」

 

 

 迷う。

 もし、もしもこの薬に結芽が適合しなかったら……。

 待っているのは、前回より苦しい死だ。

 けれど、もし結芽が薬に適合したら……。

 結芽は病を忘れ、自由に生きていくことが出来る。

 

 

 刀使の使命はあるが、それでも人並みの幸せをちゃんとあげられる。

 だったら、彼女が選ぶ選択肢は一つしかない。

 

 

「その薬を下さい」

 

「分かった、すぐに手配してもらうようにあちらに連絡しよう」

 

 

 その日、運命は道を変えた。

 誰も進んだ事がない未来。

 終点不明の電車に、少女たちは乗り込んでいく。

 その先で何が起こるかも分からないままに。

 

 

 それを選んだ理由はたった一つ、人として運命に抗う為だ。

*1
伍箇伝の一つ。所在地は岡山県。中国地方、九州、南は沖縄までの荒魂事件を担当している。長船の管轄内に最新技術の開発機関があるため、試験装備のテスト運用などにも積極的に協力してい




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六話「緋色の燕、百合は萎んでいく」

 少し短いですがご容赦を。
 

 少し、イマイチな感じがするのでもしかしたら書き直すかもしれません。
 その時は、ごめんなさい


 先程の報告が信じられない。

 百合が謀反し敵に寝返ったなど、きっと何かの間違いだと思った。

 百合が自分の傍から離れるはずない、絶対に勘違いに決まっている。

 そう頭の中で決めつける結芽。

 そうでもしないと、少女の心は耐えられなかった。

 

 

 事実、少女の心には既に無視できない程のヒビが入っていた。

 

 

「そ、そんなの、嘘に決まってるよ! きっとゆりにも何か理由があって……」

 

「そうでしょうね? 何か理由があったんでしょうね。例えば……老い先短い友人に愛想が尽きて、新しい友人の所に行ったとか? 

 

「ち、違う! ゆりはそんなことしない! そんなこと……」

 

 

 思い出す過去の記憶。

 自分を愛してくれた両親は、自分を認めてくれた大人は、次々と消えていった。

 その中で、彼女だけは欠かさず病院に見舞いに来てくれたのだ。

 学校も休み、結芽のカルテ片手に色々な病院を駆けまわっていた。

 その時、彼女が言った言葉を今でも覚えている。

 

 

「ごめんね結芽。私、友達なのに何にもできてないや……」

 

「別に良いよ…傍に居てくれればそれで」

 

「うん、ずっと傍に居るよ。約束する!」

 

「アハハ、ゆりはホントに真面目だね」

 

 

 約束……。

 

 

(ゆり? ……何でなの? ……どうしてなの? 私との約束を…破るの?)

 

 

 そんな筈はないと、心が否定して。

 なら何故連絡の一つもしてくれないのかと、脳が問いかける。

 信じたい、でもトラウマの所為で疑ってしまう。

 混ざり合う感情。

 心のヒビが広がっていく。

 

 

「違う……ゆりは……ゆりは……」

 

「あなたみたいな欠陥品と居るのが苦痛なんじゃない?」

 

「欠陥……品……」

 

「雪那ちゃん!?」

 

「雪那‼言い過ぎよ!」

 

 

 いろはと江麻が結芽を庇うが、結芽は今それどころじゃない。

 怒り、悲しみ、憎しみ、苦しみ、混ざり合う感情が涙なって外に溢れる。

 居なくなったことが悲しくて苦しくて。

 裏切られたことで激怒し憎悪する。

 

 

(もう…信じられないよ…)

 

 

 心のどこかで、結芽は思っていた。

 もしかしたら、百合は自分のことを疎ましい存在だと思ってるんじゃないかと。

 もうそろそろ頃合いなのだろう。

 

 

 少女の心は、百合への好意を怒りと憎しみよってに歪めてしまう。

 夜見を苦しめて、私との約束も奪った。

 

 

(約束を破るユリなんて要らない…おねーさんたちを傷つけるユリなんて要らない…。あなたを殺して、昔のゆりに戻せばいいんだ! 待っててねユリ、あなたをきっとゆりに戻してあげる)

 

 

 少女の想いは狂気に変わる。

 いや、これでは少し誤解が生じる。

 変わったのではなく、変えたのだ。

 そうすることで、彼女は心を守った。

 

 

 心などとっくに壊れてしまったというのに……。

 

 

「もう大丈夫だよ」

 

 

 そう言って、指令室を出ていく。

 その顔は先程とは打って変わって、とてもいい笑顔だ。

 けれど、少女の碧かった瞳は薄く緋色に輝いていた。

 

 -----------

 

 百合へのフェニクティアを説明を終えた後に、フリードマンは自分が舞草として行動している経緯を語る。

 

 曰く、戦後、日本はアメリカと共同でS装備の開発をしていたが、なかなかうまくいかなかった。

 しかし、20年前の「相模湾岸大災厄」という事件以降、折神紫がノロの一括管理を行ったことで技術レベルが急激に上昇し、紫がもたらした技術によりS装備が完成した。

 それ以前は、ノロは各地の神社に分散する形で管理されていたとのこと。

 しかし、紫のもたらした急激な技術革新は、科学者の眼から見るとあり得ないものだった。

 折神紫は人ならざる力を持っているのではないか、と疑いの目を向けたフリードマンは同調するものを集めて舞草を組織し、姫和の母、十条篝にも協力を求め、紫への反逆の準備を進めていた。

 

 

 そして、いよいよ紫への反逆の準備が整ったまさにその時、姫和が勝手に紫に暗殺を仕掛けて失敗し、舞草の綿密な準備もすべて水の泡となってしまった。

 

 

「ひよよんのお陰で水の泡になってしまったのデース」

 

「私は私の果たすべきことをしたまでだ」

 

「姫和ちゃん」

 

「……話はここらへんで終わりにしよう。後は舞草の本部に着いてからだ。百合くんは少し席を外してもらって良いかな? もう眠いだろうし」

 

「すいません、先程から眠気が酷くて。先にお休みさせてもらいます」

 

 

 百合が出ていってから数分。

 少し間を空けてから、フリードマンは話始めた。

 

 

「みんな、百合くんから目を離さないでほしい」

 

「まだ信用してないってことか?」

 

「ノンノン、心配なんだよ彼女のことが」

 

「心配?」

 

 

 可奈美は頭の上に疑問符が浮かんだような顔で、姫和も同じような顔をしている。

 エレンと薫にねねも何のことか分かっていない様子だ。

 そんな彼女たちを見て、フリードマンは答え合わせに入る。

 

 

「彼女は恐らく、ここにいる刀使の中で一番強いだろう。でも、精神……心の方はどうかな?」

 

「心……精神的な面で見るということか」

 

「そう。例を挙げるなら、頭があまり良くない人や運動が出来ない人は比較的にあまり精神が強くない。自分を卑下してしまうことが多くあるからね。逆に頭の良い人や運動が出来る人は、向上心や自信が溢れている為に精神が強い。だけど、頭があまり良くない人や運動が出来ない人でもポジティブで精神が強い人は居るし、頭が良い人や運動が出来る人でもネガティブで精神が弱い人が居る」

 

「ええ~っと、つまりそれって?」

 

 

 可奈美はまだ分からないのか、更に疑問符が増えている。

 フリードマンは苦笑しながらも、最後に残していた回答を言った。

 

 

「僕が思うに、百合くんは強いが人一倍心が弱い」

 

「でも、百合ちゃん凄く善い子であんまりそんな所想像できない……」

 

「善い子ちゃんだからこそだろ? 想像できないように隠してんだよ」

 

 

 この翌日に、結芽に襲われた沙耶香と舞衣に合流し舞草の本部に行くことになった。

 少しづつ見えてくる真実と、歪んでいく世界。

 運命は刻一刻と形を変えていた。

 




 次回もお楽しみに!

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七話「強くて弱い」

 どうも!
 前回の投稿でお気に入りが三一人になって嬉しいのと、感想が二件も貰えて深夜に一人喜んでいたしぃです!

 お待たせしてすいません。
 
 本編をどうぞ!


 舞草の本部にて、折神紫の妹である朱音(あかね)に出会い。

 朱音は二〇年前の相模湾岸大災厄の真相を語り始めた。

 因縁の始まりを。

 

 -----------

 

 辺り一面に飛行型の荒魂が飛び回り襲ってくる。

 それらを対処しながら、特務隊の()()は進んでいた。

 今の状況を一言で表すなら……地獄、この言葉が相応しいだろう。

 いや、それも生温いほどに事態は緊迫していた。

 

 

「紫! 後ろ」

 

 

 これからの行動を考えていた紫は、後ろからの攻撃に気付かない。

 カバーは何とか間に合ったが、後何回もカバーできる余裕は徐々に無くなりつつあった。

 紫も焦りが出始めている、だからこそ……少女は活を入れる。

 

 

「紫! 落ち着いて、いつも通り冷静に物事を整理するの」

 

「…そうだな、済まない(ひじり)

 

「いいのいいの」

 

 

 少女の名は()()()

 紫と同学年であり、紫自身も認める「最強の刀使」。

 紺色の髪に薄茶色の瞳で、紫レベルではないが体の凹凸がある少女。

 泣きホクロが特徴である。

 その容姿はまるで……成長した百合のようだった。

 

 

「雪那ちゃん!」

 

「雪那!」

 

 

 後方から声が聞こえ、紫と聖は同時にその方向を向いた。

 そこには、自分たちの後輩である雪那が倒れていたのだ。

 写シも貼れないらしく、顔を上げるのが精一杯なのだろう苦し気な様子で呟いた。

 

 

「紫…様、聖…先輩」

 

「雪那……」

 

「紫……そろそろ不味いよ」

 

 

 少しの間思案した、出した結果は……

 

 

「聖、美奈都、結月先輩、江麻、いろは先輩、紗南! 以上六名は雪那を連れて撤退せよ!」

 

「そ、そんな! 私の所為で撤退なんて……どうかこのまま見殺しに!」

 

「雪那! それ以上は言っちゃダメ!」

 

「もう、これ以上犠牲を出したくない…」

 

 

 雪那の言葉を聖が抑える。

 限界は近い、チャンスは今しかない。

 

 

(かがり)?」

 

 

 篝は、何かを決心したような顔をしていて、美奈都(みなと)は少し首を傾げてしまう。

 だが、そんなことは関係ないかのように話は進んで行く。

 

 

「せやけど、この有様じゃ撤退するのも難しいのとちゃう?」

 

「そうですよ! 行くも茨、戻るも茨。だったら行くべきです!」

 

 

 二人の言葉は的を射ている。

 戻ることさえ困難であり、帰り道道でまた重傷者が出る可能性は十分にある。

 だったら、進む方が幾分かマシに見えるだろう。

 

 

「アイツの懐まで、後もう少しなのに……」

 

「いや違う。本体は恐らくあの奥に居る」

 

「だったら行って、ソイツを倒そうよ」

 

「だね、その方が被害は軽傷で済むかもしれなし」

 

「いいえ、ここからは私と紫様二人だけで行きます」

 

「え? なんで? ちょっとどういうこと?」

 

 

 篝の言葉に、美奈都だけではなく他の者達も驚いた。

 二人だけで行くなど自殺行為に等しい、それなのに何故そうするのか? 

 何かしらの理由がなければ行かせることは出来ない。

 仲間として……友として。

 

 

「四百年続く刀使と荒魂の戦いの歴史。荒魂による大災厄は、記録に残るものだけで過去三回。いずれも、折神家と一部の者だけが受け継ぐ方法で沈めてきた」

 

「沈める方法…?」

 

「あるの?」

 

「ある。篝の協力が必要だけど」

 

 

 聖の胸に、シコリのような違和感が生まれる。

 このまま行かせてはいけないと、何か良くないことが起こると……

 その思いを、言葉にして吐き出した。

 

 

「そんなの初耳……何で今まで言わなかったの?」

 

「説明している時間はない。命令に従え」

 

「結月先輩……」

 

「以後、隊の指揮は私が執る。雪那を守りつつ、速やかに撤退する」

 

「そんな……紫様……紫お姉さま…」

 

 

 雪那の状況は芳しくないのも事実。

 このまま放置していれば、確実に荒魂の餌になってしまうことだろう。

 何としても避けなければいけない未来があり、それ以上に不安定な未来が目の前にあった。

 

 

「……美奈都、聖。先行して退路を確保してくれ」

 

「ごめん結月さん。アタシ二人の援護に行く」

 

「ごめんなさい結月先輩。私もあの二人の援護に行きます」

 

「待て! お前達が行ってもどうにもならない」

 

 

 結月の言葉を聞こえなかったかのように、二人は親友でもある江麻に後の事を任せた。

 

 -----------

 

「相模湾岸大災厄、あれからもう二〇年の時が過ぎようとしています……」

 

「あっと言う間だったな」

 

「ハーイ、サナ先生」

 

 

 襖を開けて、長船の学長真庭紗南(まにわさな)が入って来る。

 エレンは嬉しそうに挨拶を返すが、百合は下を向いて俯いていた。

 

 

「長船女学園の真庭学長?」

 

「お前が十条姫和、そしてお前が衛藤可奈美。その隣に居るのが、夢神百合だな」

 

「はい」

 

 

 可奈美は何でもないように返事を返すが、百合と姫和は口を開かずにいた。

 そのままに、紗南は話を続けていく。

 

 

「あの日のことはまるで昨日のように思い出せる。私がこうしてここに居られるのは、お前たちの母親のお陰だ」

 

「お前()()…?」

 

 

 姫和がその言葉に反応した。

 百合は、顔が青くなっていっている。 

 まるで、何かに怯えているように。

 

 

「そうです、大災厄のあの日大荒魂を鎮めるべく奥津宮へと向かった四人。一人は私の姉、折神紫。一人は姫和さんのお母さん、(ひいらぎ)篝。もう一人は可奈美さんのお母さん、藤原(ふじわら)美奈都」

 

「な?!」

 

「え?!」

 

「マジか?!」

 

 

 三者三様の言葉を発する。

 

 

「ひよよんのママがかがりんデ」

 

「可奈美ちゃんのお母さんが美奈都さん?」

 

「皆さん落ち着いて下さい。最後の一人は――百合さんのお母さんである、夢神聖です」

 

「嘘です!」

 

 

 この場に居る誰よりも大きな声で、百合は朱音の言葉を否定した。

 何故なら、夢神家はもう何代も刀使を輩出していないし、百合は親からそんなこと聞いていない。

 

 

「有り得ません! 私のお母さんは普通の人で、お父さんだって……」

 

「いいえ、本当です。この写真をどうぞ……」

 

 

 朱音かわ渡されたのは一枚の古ぼけた写真。

 渡された百合の周りに、可奈美たちが集まって行く。

 その写真は結婚式の写真なのだろう、ウエディングドレスに身を包む聖と……見知らぬ男性。

 それを見た瞬間、百合の頭に軋むような痛みが走った。

 

 

「いづぅ……」

 

「百合ちゃん!」

 

 

 虫食いだらけの記憶の中で、笑い合う二人にあやされる幼き頃の自分。

 ……痛みが治まってから、もう一度思い出そうとする。

 だけど……

 

 

「なんで……どう、して」

 

「あなたに本当の御両親の記憶がないのは……憶測ですが自己防衛の為でしょう。聖さんと旦那さんである龍雅(りゅうが)さんは、今から約十年前に交通事故で亡くなりました。あなたは二人の死に耐える為、記憶に重い蓋をした」

 

「そして、今の御両親に引き取られた。……一応は聖先輩の兄でな……妹である先輩を溺愛していた。だからこそ、刀使になるのも反対していたんだがな……。聖先輩は誰からも愛される人だったよ、他人に優しく自分に厳しい人だった。後輩に尊敬されて、先輩に頼られる人だったな」

 

 

 自分の知らない母の話。

 少しづつ、声が遠くなっていく気がした。

 その後も、話は続いていたが百合の頭には何も入って来なかった。

 一つだけはっきり聞こえた言葉は「百合さんの御刀である宗三左文字と篭手切江は、聖さんが使っていたものです。……これも運命だったのかもしれませんね」、というものだった。

 

 -----------

 

 翌日、早朝から舞草の先輩たちから訓練と言う名の扱きを受けていた。

 昨日事は収まったのか、百合も扱きに参加しているようだ。

 一対多数にも関わらず、一太刀も受けずに圧勝していたが……。

 

 

「お疲れ様です」

 

「お疲れ~。夢神さん強いね、結構連携出来てた気がするけど…。ほんの少しの隙を確実に突いてくるんだもん」

 

「いえ、そんなことは…」

 

 

 そして、次の鍛錬では可奈美たち六人とやることになった。

 何でも、先程同様に隙がある部分を教えて上げて欲しいとのこと。

 迷いはあったが、そのお願いを受けた。

 

 

「よーい、始めっ!」

 

 

 長船の先輩の言葉を皮切りに、それぞれが仕掛けてくる。

 指揮は明眼*1が使える舞衣、その護衛に沙耶香。

 主攻撃手は可奈美で副攻撃手は姫和、遊撃手に薫とエレン。

 百合は、手っ取り早く舞衣を仕留めることにした。

 頭を潰すことで、統率は出来なくなる。

 

 

 けれど、そんなこと可奈美と姫和が許さない。

 攻撃手として、先制を仕掛けた。

 ……それが失敗だと気付かずに。

 

 

「せやぁっ!」

 

「はぁっ!」

 

 

 姫和は迅移を利用した刺突で、可奈美はそれに合わせて袈裟切り。

 出会った時と同様、姫和の御刀を人差し指と中指の間を八幡力を利用しながら使って白刃取りし、可奈美の攻撃には受け流しで対応。

 御刀を八幡力で強く挟みながら、過去に機動隊の人から教えて貰った体術を駆使し姫和に回し蹴り。

 可奈美には回し蹴りの遠心力を利用して足払いを掛ける。

 しかし、可奈美も負けておらず紙一重でそれを回避して右薙ぎに一閃。

 

 

 百合は少し驚いたものの、動きを止めずに素早く迅移で回避する。

 その後は、もう一度迅移を使用。

 一気に二段階までシフトさせて刺突するが……

 

 

「きえーい!」

 

「忘れて貰っては困りマ~ス」

 

「くっ!?」

 

 

 祢々切丸の一撃は受け流せないと判断し、迅移を中断し御刀の横っ腹に八幡力で強化した拳を一発入れて逸らす。

 尽かさず、エレンが体術と剣術を混ぜた攻撃を仕掛けてくるも、いとも簡単に流されて逆袈娑で写シを剥がされてしまう。

 衝撃波と煙で周りの視界が悪い中、これを利用し可奈美にもう一度迫る。

 

 

「可奈美ちゃん右から来てる!」

 

「分かった!」

 

 

 気付かれてしまっているが、問題はない。

 百合は、一気に三段階迅移を使用し可奈美の背後に周り背中に一太刀入れる。

 これで、可奈美と姫和にエレンが脱落。

 姫和は蹴られた衝撃が強かったせいか、御刀を落としてしまったからだ。

 

 

 今の状況は悪くない、ようやく三対一になった。

 

 

「紗耶香ちゃんに薫ちゃん、気を付けて!」

 

「了解」

 

「あいよ」

 

 

 三段階迅移の疲労は少しあるが、些細なものだ。

 煙が晴れてから、百合は真っすぐと舞衣に向かって行く。

 先程と同じく、変な掛け声の下に攻撃をしてきた薫を一瞬の間に腹部から上辺りを切断する。

 それを見た沙耶香は、全力で行くために無念無想*2を発動。

 本来、無念無想とは剣術の極地の一つ。

 無念(何も考えない)ことで行動を予測しずらくし、無想(何も思わない)ことで動きを悟らせない。

 

 

 頂点ではないが、最強の一角。

 だが、紗耶香の無念無想は欠点があるために百合でも対処可能。

 持続的に行われる迅移での動きに合わせ、迅移を使う。

 親衛隊の寿々花が得意としている迅移のタイミングを読むことも、百合には何度か見れば可能となった。

 そのお陰か、あまり苦を強いられることなく何度かの打ち合いで沙耶香を脱落させた。

 

 

 最後に残った舞衣に向かい御刀を向けようとした瞬間。

 先輩である米村孝子(よねむらたかこ)が、終了の合図を出して訓練は終わった。

 

 -----------

 

 訓練の後、百合は可奈美に話しかけられた。

 理由はシンプルだった。

 

 

「百合ちゃんって誰に剣術を教えて貰ったの? と言うか百合ちゃんの流派って何!!」

 

「師匠ですか? 特には居ませんね、私の流派は新夢神流……聞いた事ありませんよね?」

 

「そうだな、少なくとも俺たちの中で剣術に詳しいのは可奈美くらいだ」

 

「ごめん、私も知らないや」

 

「マイナーな剣術ですから、知っていなくて当然です。軽く説明しますよ」

 

 

 そう言った百合は簡単に、簡潔に夢神流の起源やら基礎を教える。

 まぁ、基礎の基礎も良い所だが。

 

 

「師匠に関しては、居ませんでした。皆さんが御刀に目覚めたのが何歳のときか知りませんが、私が御刀に目覚めたのは三歳の頃でした」

 

「さ、三歳だと!」

 

「そんなの有り得るのか?」

 

「さぁ、そんなことは私も分かりません。ただ、ぼうーっとしていたら御刀の前に居て手に取っただけですから」

 

 

 百合の言ったことは紛れもない真実だ。

 ある日、特筆して何かあった訳でもない一日に、百合は刀使に目覚めた。

 そして、彼女にとっての地獄が始まったのだ。

 

 

「刀使に目覚めてからは、夢神家の人たちに化け物と蔑まれて過ごしてきました。あの時の私は、『自分が弱いから認めて貰えない』と思っていました。だから、倉庫にあった過去の資料を読み漁っては鍛錬を繰り返しました。『もっと凄くなれば認めて貰える」と……」

 

『…………』

 

 

 誰も、何も言い出せない。

 それほどに、重い話だった。

 

 

「その後も鍛錬を続けていました、その過程で試合形式の練習も大切だと気付き道場に通い始めました。その頃には、私の剣術はほぼほぼ完成していましたので道場の師範代も何も言いませんでした。その道場で、結芽に出会いました」

 

 

 少しだけ、彼女の顔が明るくなる。

 結芽の存在は、彼女の中でとても大きな存在なのだ。

 

 

「私は、両親に認めて貰いたかった……いいえ、褒めて欲しかったんです。でも、結芽が認めてくれて、凄いって言ってくれてそれだけなのに凄く嬉しくって泣いてしまいました。結芽の病気が発覚したとことを境に、私はあの子の為に剣を振るうと誓いました。……別に両親は恨んでません、一応それなりの生活もさせて貰ってましたし、恩義は感じています。……でも」

 

「でも?」

 

「今思うと、バカみたいですよね? 認められるために頑張っていたのに、絶対に認められる末来なんてなかったんですから…」

 

 

 冗談交じりに言う言葉。

 流石に場の空気を重くし過ぎたから、贖罪の意味を込めての行動。

 

 

「……ねぇ、百合ちゃん? 気付いてないの?」

 

「何がですか?」

 

「泣いてるよ?」

 

 

 みんなに背中を向けて、急いで頬を触った。

 すると、本来するはずのない冷たい感触が手に伝わる。

 袖を使い完璧に涙を拭きとると、もう大丈夫と言う為に可奈美たちの方に向き直った。

 

 だけど……

 

 

「百合ちゃん……」

 

「夢神…」

 

「百合ちゃん…」

 

「百合…」

 

「ゆりりん……」

 

「違っ!? スイマセン、今止めますから」

 

 

 何度拭いても、瞳から溢れ出してくる。

 まるで、崩壊しかけのダムのように少しづつ少しづつ、涙の量が増えていく。

 そして、涙腺と言う名のダムは決壊して潜めてきた想いが涙となって、溢れていく。

 

 

「う゛う゛あ゛ぁぁぁーー!」

 

 

 そんな状態の百合を、可奈美は抱きしめた。

 親が子にするように、優しく壊れないように、それでいて強く。

 認めて欲しかった、褒めて欲しかった、多くは望まない。

 たった二つの願いを叶えて欲しかった。

 少女は自分を……愛して欲しかったのだ

 

 -----------

 

 五人は、フリードマンに言われた言葉の意味がようやく分かった。

 勘違いしていたのだ、刀使はまだ子供幾ら強くても精神は未熟な部分が多い。

 百合にはそれが当てはまる。

 前回の世界で大切な人を失い、今回の世界で自分が既に大切なものを失っていることに気付いた。

 

 

「……寝ちゃったね」

 

「そっとしておけ」

 

「そうだね、今はゆっくり休ませてあげようか」

 

「うん」

 

「ひよよんの言う通りだな」

 

「グランパの話の意味が今、はっきりと繋がりましたね」

 

 

 そうして、百合を昨日みんなで寝た寝室に寝かせて、外へ出た。

 

 -----------

 

 濃い霧に覆われた空間。

 神社の石階段にも似た場所で、百合の意識は覚醒した。

 

 

「ここは……?」

 

「おおー! よく来たね! 誰も来なくて暇だったんだよ、少し話し相手になってもらって良い?」

 

「あ、あなたは……」

 

「あちゃ~、自己紹介がまだだったね。私は()()()! よろしくね」

 

 

 その空間にもう一人いた人物は、百合の母である聖だった。

*1
視覚を変質させ肉眼で、望遠・暗視・熱探知などが行える。

*2
自己暗示的に無心状態に入り、神力の消費を抑え迅移など技の効果時間を延長する。代わりに行動が単純化する




 次回もお楽しみに!

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八話「助けて(救って)助けて(殺して)

 お待たせしました。


 一昨日のIFエンドで、お気に入りが一人減った後に二人増えました。
 ……タグ詐欺じゃないんです!
 
 百合的にはハッピーエンドなんです!
 許してください何で(ry

 と言う訳で、本編をどうぞ


 あまりにも唐突すぎる出会い。

 驚きを隠し切れない百合に対し、聖は人懐っこい笑みで百合を見ている。

 どうにかして出てきた言葉は、

 

 

「お、お母さん!」

 

「お母さん? 誰それ? もしかして私の事?」

 

 

 自分の失言に気付いた百合は急いで、自分がここに来る前。

 昨日聞いた話をうろ覚えだけれど、丁寧に話していった。

 聖はその話に相槌を返すだけで、特になにか言うことはなく、落ち着いた様子で自分の娘? らしき少女の話を聞いた。

 

 

「なるほど~、篝ちゃんや美奈都にも子供出来たんだ。いや結婚できたの間違いか……」

 

「お母さんは、自分が結婚できたの驚いてないの?」

 

「だって、私が結婚したのって龍雅君なんでしょ? だったら納得だよ~、幼馴染だしね」

 

 

 段々と頭が痛くなってくる百合だが、何とか抑えて母である聖に質問をする。

 色々と確かめたいことがあって、聞きたい話があって。

 話を続けた。

 

 

「真庭学長から、お母さんは誰からも愛される人だったし、他人に優しく自分に厳しい人だった。後輩に尊敬されて、先輩に頼られる人だった。って聞いたけど……本当?」

 

「う~ん、誰からも愛される人ね~。別にそうでもなかったよ? 他人に優しくしたのは、他人(友達)が大切だったから。自分に厳しくしたのは、他人(友達)を守りたかったから」

 

「…………」

 

「自分を愛せない人は他人を愛せないってのは嘘っぱちだよ。だって、私は自分のことよりも他人を優先した。他人(友達)が幸せそうにしてるだけで、私も幸せな気持ちになれたから」

 

 

 聖の人としての在り方はきっと、慈悲深き神を思わせるものだった。

 彼女が誰からも愛される理由の一つが少しだけ垣間見えた瞬間だ。

 

 

「後はそうね、何か聞きたいことはある?」

 

「後は……」

 

 

 聞きたい事ならある。

 でも、それを聞いていいのか? 

 本当にそれを聞くことに意味はあるのか? 

 百合が迷っているのを見かけた聖は、少しだけ母親らしく娘を導こうとした。

 

 

「そう言えば、百合っていい名前よね。未来の私がどんな人か知らないけど、私も同じ名前を付けたと思うよ」

 

 

 娘に接する母親の如く、ニッコリと微笑んで頭を撫でる。

 聖の年齢は百合とそう離れていない。

 だけど、その包み込むような優しさに確かに温かいものがあった。

 

 

「あの……その……お母さんは、私を愛してくれていたんでしょうか?」

 

 

 愛されたかった。

 だからこそ、彼女は聞いてしまう。

 ここに居る聖は大災厄の日で止まってしまったので、自分の母となる聖とは違うと分かっていながらも――

 

 

「そっか、それが聞きたかったんだ……。分かんないってのが本音だけど、安心していいんじゃないかな? 未来の私は絶対にあなたを愛していた筈だよ」

 

「…………」

 

 

 嬉しくて、切なくて、有り得ない未来を幻視した。

 でも――

 

 

「……いいえ、違いますね。私が今欲しいのは、お母さんからの愛じゃなくて……あの子の……」

 

「結芽って子だっけ? ……助かるといいね」

 

「うん、助けて見せる。絶対に……」

 

 

 これは、五歳違いにも満たない、幼い親子の幸せの一ページ。

 

 -----------

 

 ぽつぽつと会話は続き、最終的に今の剣の実力を確かめることになったのだが……

 

 

「ハァ…ハァ……ハァ」

 

「うんうん、良い感じ良い感じ!」

 

 

 三回やっても一度も勝てなかった。

 それどころか、一太刀浴びせる事すらできなかった。

 夢神流の定石上、どちらかから仕掛けないといけない為百合から仕掛けた。

 迅移で背後を取り、八幡力で重い一撃。

 大抵の相手ならこれで終わる筈――だった。

 

 

 迅移は勿論三段階まで上げた後の一撃で、八幡力も全力とはいかないが本気でやったのにも関わらず、自分が使っているものと同じであろう御刀(宗三左文字)でふんわり受け流され、もう片方の手に合った御刀(篭手切江)で簡単に動体を真っ二つにされた。

 聖も百合も御刀を二本とも使っていたので、同じならば全力の六割ほどはの筈なのに格が違うことが一瞬で分かる。

 

 

 二本目は聖から仕掛ける。

 二本の御刀をシンプル使った、二連撃。

 宗三左文字を右薙ぎに、篭手切江は唐竹に。

 右薙ぎの攻撃は右手にある篭手切江で受け止め、唐竹は左手にある宗三左文字で受け流した。

 その後は、足で前蹴りをして距離を取ろうとしたが、斜め左下方向に受け流した筈の篭手切江が高速で左切り上げに切り替えられており、そのまま左腕を斬られて敗北。

 

 

 三本目は、もう一度聖から始めたが有無を言わせない突きで簡単に核を取られては負け。

 

 

「でも、何で全力で来なかったの?」

 

「奥伝のことですか? ごめんなさい、あれはまだ上手く使いこなせないと判断して、条件を基本的に自分一人じゃ使えないようにしたんです。お母さんはどんな条件を課してるんですか?」

 

 

『新夢神流 奥伝・悪鬼羅刹』

 百合が全力を出した時の状態。

 脳に掛かっている安全装置や制御装置を外し、潜在能力を全て開放する。

 分かり易く言うと、通常なら一割程度しか使われていない言われている脳をフル稼働させると言うこと。

 代償は明快、筋肉や骨に掛かる負担は相当なもので筋肉をグチャグチャに骨を粉々にする。

 脳に掛かる負荷はそれ以上で、神経は焼き切れ高速で稼働させていた脳は融けていく。

 

 

 基本的に夢神流を極めた者なら使うことが出来る。

 だが使う人を選び、夢神家の中でもほんの一握り程度の者しか使うことが出来ない。

 百合ですら、制限を掛けて自分一人では使えないようにするほど。

 

 

「私の条件? ああ、私の条件は『荒魂を祓い清める気持ち』かな」

 

「? どういうことですか?」

 

「え~っと、ノロって珠鋼を精製する際に砂鉄から出る不純物って言われてるのは知ってるよね?」

 

「はい、それが集まりあって荒魂が生まれることも」

 

「そうやって元を辿ると、本当は全部人間の傲慢さ故に生み出してしまったという事実が分かる。だから、私は荒魂と戦う時は想いを込めて斬ってる」

 

 

 自分と同じやり方に少し目を丸くする。

 だけど、そういうところが無性に嬉しく感じた。

 

 

「……そろそろお別れだね。霧が濃くなってきた」

 

 

 聖にそう言われて辺りを見渡すと、先程より濃い霧が漂っていた。

 名残惜しいが、お別れだ。

 百合の寂しそうな顔を見た聖は、思い出したような顔をしてそっと百合を抱きしめた。

 

 

「頑張って」

 

「……うん」

 

 

 その一言で、どこまでも頑張れる気がした。

 

 -----------

 

 目覚めると、昨日寝た和室に布団で寝かされていた。

 掛けてある時計を確認すると、八時を回っていることに気付く。

 布団から出てる。

 襖を開けて縁側に座り、月を見上げる。

 自然と誓いの言葉が口から漏れた。

 

 

「結芽、待っててね。あなたを絶対に――」

 

 -----------

 

 執務室で紫から「百合の居場所が突き止められそうだ」と、聞いた結芽は上機嫌で鼻歌交じりに廊下を歩く。

 部屋に着くと、ドアを閉めて窓から外を見上げる。

 やっと会える、そのことが嬉しくてつい想いが声になって漏れ出した。

 

 

「百合、待っててね。あなた(ユリ)を絶対に――」

 

 -----------

 

 その時、二人の言葉は奇跡にも重なった。

 真逆の方向に……

 

 

助けて(救って)見せるから」

助けて(殺して)見せるから」

 

 

 その日の月は、やけに緋色に輝いて見えた。




 次回もお楽しみに!

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九話「百合は怪物(天才)、燕も狂人(天才)

 お待たせしました!
 令和初投稿!

 今年度もこの作品をよろしくお願いします!


 舞草の隠れ里の生活にも慣れてきた頃。

 訓練終わりに、みんなで温泉に入っていた。

 疲れと汗を温泉で流す、この行為は何物にも代えがたい幸福感が生まれてくる。

 実際に、百合は十代前半とは思えないほど気持ちよさそうな顔で温泉に浸かっていた。

 

 

「き~も~ち~い~」

 

「あはは、百合ちゃん凄い顔だよ」

 

 

 先程まで戦う理由について話していたのに、その空気は百合と可奈美の所為で完全に壊されていた。

 姫和は呆れながらも、確かめたかったことを聞くために百合に問いかける。

 ……本来迅移とは隠世の層を潜っていく行為であり、それを深く潜っていくことによって加速する。

 理論上、深く潜れば潜るほど一瞬の時間が引き伸ばされ永遠になっていく。

 姫和が知っている五段階の迅移……大荒魂討伐の際に使われたものは使うと隠世の奥深くまで到達できるかわりに現世に戻ってこられなくなる。

 

 

 これがあるからこそ、彼女は三段階迅移をシフトなしで使うことが出来るのだ。

 けれど、百合にはそれを扱える理由はない――ない筈なのだ。

 だけど、百合は使ってみせた、いとも簡単に。

 その理由が姫和は知りたい。

 

 

「私が三段階迅移を一足飛びに使える理由ですか?」

 

「そうだ。私には紆余曲折あれど使える一応の理由がある。だが、夢神にはそれが無い筈だ。なのに使える。それは何故だ?」

 

「そりゃあ、目の前で見せて貰えれば覚えられますよ?」

 

 

 彼女は努力して強くなった。

 それは確かだが、それ以外にも彼女が強い訳は存在する。

 純然たる強さで言えば、母である聖の方が圧倒的に上。

 しかし、百合の年齢はまだ十二歳、対して聖の年齢は十七歳だ。

 経験の差は格段に違う。

 

 

 だからこそ、彼女にはまだまだ伸びしろがあるし、なにより彼女は……剣の天才だ。

 剣の神であるタケミカヅチに愛されてると言われても過言ではない程の才能と、それに見合う器。

 彼女は一人で新夢神流を作り上げた。

 無念無想とは違う道で、百合の少女は剣術の極地に辿り着いている。

 恐らく、今剣術の頂点に最も近しい場所に居るのは百合だろう。

 

 

 姫和は百合の両親に当たる人物が、彼女を恐れた理由の一端を垣間見た。

 この少女はまさしく――怪物(天才)だ。

 

 

「……良く分かった。済まないな変な質問をしたかもしれん」

 

「? いいえ、別に構いません」

 

 

 何がなんだか分からぬままに、話が終わる。

 少し首を傾げた百合だったが、後ろから来た薫に胸に実る果実を揉まれて疑問はどこかに飛んでいった。

 

 

「な、ななな、何するんですか薫先輩?!」

 

「悪い悪い、どこぞのエターナル胸ペッタンと違って揉み心地が良さそうだったからつい」

 

 

 クツクツと笑う薫にあまり嫌悪感は抱かないが、流石に恥ずかしいと言う思いは強く、急いで振りほどき温泉を出る。

 タオルで体に着いた水を拭いて、制服を着ようとしたが――

 

 

「あれ? 私の制服がない? それに、なんだか外も騒がしいような……」

 

 

 百合の言葉に反応してきたのはエレンだった。

 けど、肝心な制服の部分は聞こえてなかったらしいが……

 

 

「そりゃあそうデスヨ。なんたって今日はお祭りですから」

 

「お祭り?」

 

「この里では、年に二回やるそうだ」

 

「聞いた舞衣ちゃん? 稽古も終わったことだし後で行ってみようよ」

 

「うん、そうだね」

 

 

 舞衣は可奈美のアゲアゲなテンションに苦笑しながらも、ちゃんと返事を返す。

 

 

「楽しみだなお祭り~!」

 

 

 だが、ようやくそこで制服の件に気付いた。

 

 

「私の制服無くなってる…」

 

「私のも…」

 

「まさか……」

 

 

 姫和が般若のような形相でねねを睨むが、当の本人? は――

 

 

「ねねねねー!」

 

 

 必死に首を振って否定している。

 だが、飼い主の薫にさえも疑われる始末。

 日頃から、胸の大きい人に対して変態的な行動を取るせいなのだが……

 そんな時、ねねにとっての救世主として米村孝子と小川聡美(おがわさとみ)が制服が無くなった経緯を話しながら、代わりの浴衣を持って現れた。

 

 

「お前たちの制服ならクリーニングに出しておいたぞ」

 

「夕方には仕上がるそうよ。それまでは…はいこれ」

 

 

 そう言って二人は人数分の浴衣を渡してくる。

 エレンは子供のように目を輝かせていた。

 予想でしかないが、あまり浴衣を着た経験がないのかもしれない。

 

 

「おー浴衣! 風流デスネ!」

 

「フリードマン博士が用意して下さったのよ」

 

「それを着て、お祭りを楽しんで来いってさ」

 

「流石はグランパデース!」

 

 

 浴衣に着替えた後は、みんなでお祭りを楽しんだ。

 射的に金魚すくい、カキ氷や綿あめ。

 それぞれがそれぞれで楽しみ夕暮れ時、百合や可奈美たち一行はエレンと薫に連れられて神社の石階段を上がっていた。

 

 -----------

 

 少ししてようやく境内見えてきた頃に、エレンと薫が五人をここに連れてきた理由を話し始めた。

 

 

「かなみん、ひよよん。あと、ゆりりんとまいまいとさーやにも見て貰いたいものがあります」

 

「なんだ?」

 

「グランパが今夜のお祭りのメインイベントにみんなを招待したいようデス」

 

 

 その後、可奈美と姫和を一時的とはいえ匿ってくれた恩人である恩田累(おんだるい)と合流。

 少しお話をしてから、招かれた場所であるお社に向かった。

 社、そこに祀られているものは――ノロだった。

 

 

「折紙家に回収されていないノロが、まだ存在していたのか…」

 

「驚いた? 数はだいぶ数は減ったけど、この国にはまだこんな風にノロを祀る社があるんだよ」

 

「祀る……」

 

「そう、丁重に敬い祀るんだ」

 

 

 ノロを祀る。

 その行為は、遥昔から行われていたもの。

 今では折神家に管理されているが、昔は日本各地でノロは祀られていた。

 

 

「可奈美君は、そもそもノロがどのようにして生まれるか知っているかい?」

 

「ええ……っと……」

 

「御刀の材料である珠鋼を精錬する際、不純物として分離される」

 

 

 夢の中で、母と話していた内容を百合は記憶していたし、それ以外でも諸々の予備知識は備えている。

 そんなこともあってか、詰まっていた可奈美に代わり問題の答えを提示した。

 

 

「流石百合君だ。御刀になるほどの力を持つ珠鋼から分離されたノロは、御刀とほぼ同等の神性を帯びている。未だ人の持つ技術では、これを消し去ることは出来ない」

 

「でも、そのまま放置てると荒魂になっちゃうから折神家が管理してるって」

 

「うん、不正解だな。…少し場所を変えよう」

 

 

 少し喋り過ぎたらしい、周りに注目されてしまった。

 可奈美の声もあるが、百合と舞草であるエレンと薫以外の面子は少なからず驚いている。

 

 

「かつてノロは、こんな風に社で祀られてきた。それを今のように集めて管理するようになったのは明治の終わり頃だねぇ。主に経済的な理由から、社の数を減らしたかった当時の政府が工事を進めていったんだ。当然そのままいけばノロはスペクトラム化し荒魂になってしまう。そうならないように当時の折神家が、ノロの量を厳密に管理していた。でも、戦争の足音が大きくなるにつれ軍部を中心にノロの軍事利用を求める声が高まり、タガが外れてしまったんだね」

 

「軍事利用……」

 

 

 これこそが、人間の愚かしさであり、浅ましさでもあった。

 争いに利用してはならないという一線さえも、その時の人間たちは超えてしまっていたのだ。

 

 

「ノロの持つ神性、つまり隠世に干渉する力を増幅させ、まさに君たち刀使にのみ許された力を解明し戦争に使おうとしたのさ。戦後、米軍が研究に加わったことでノロの収集は加速した。表向きは危険なノロは分散させず一か所に集めて管理した方が安全だと言って、日本中のノロが集められていった。しかし、思わぬ結果が待っていた。ノロの結合、スペクトラム化が進めば進むほど彼らは知性を獲得していった」

 

「それって、ノロをいっぱい集めたら。頭の良い荒魂が出来上がったってことですか?」

 

 

 可奈美の頭の悪そうな発言にフリードマンや累が顔を少し歪めながらも、話を続けていった。

 

 

「ねっへん」

 

 

 何故かねねが誇らしそうな顔をしていたが、見なかったことにした。

 

 

「簡単に言えばそういうことだね。今や折神家には過去に例がないほど、膨大なノロがため込まれている。それが――」

 

「タギツヒメの神たる由縁か……」

 

「問題はそれだけではないわ。もしも、その大量のノロが何かの弾みで荒魂に、いいえ大荒魂になってしまったら。もう私たちにコントロールする術はないわ」

 

「あの、相模湾岸大災厄の時のようにね」

 

 

 まるで何かを知っている様な、まるで自分がそこに居たかのような口調で語るフリードマン。

 その言い草に、姫和は食い掛かる。

 

 

「どういう意味だ」

 

「あの大災厄は、ノロをアメリカに送ろうと輸送用のタンカーに満載した結果、起きてしまった事故。つまり、人の傲慢さが引き起こした人災だ。……彼らの眠りを、妨げてはならなかった。ノロは、人が御刀を手にするために無理矢理生み出された、言わば犠牲者なんだ。元の状態に戻すことができなのなら、せめて社にまつりに安らかな眠りについて貰う。それが、今我々にできる唯一の償いなんだ」

 

「犠牲者、荒魂が?」

 

「それじゃあ、私たちがやってきたことって……」

 

 

 意味がなかった訳じゃない。

 何も為せなかった訳じゃない。

 知らなかったのだ、教えてくれなかったのだ。

 この中でそれを幼い頃から知っていたのは百合だけだった。

 夢神家の夢神流ができた切っ掛けでもある。

 

 

「刀使足る者、御刀を使い、荒魂になったノロを払い鎮める。その行いはちゃんと人を救って来たわ。でも……」

 

「刀使の起源は社に使える巫女さんだったそうだね。荒魂を斬る以上、その巫女としての務めも君たちはちゃんと受け継いでいかなきゃならない」

 

 

 みんな、言葉を発することが出来ない。

 相当に答えようだ。

 約一名を除いては……

 

 

「私は、それを知っていました。ノロと言う小さき被害者を……。珠鋼から無理矢理に分離された孤独と喪失感、それを補うためにノロはお互いに惹かれ合う。人間と似ていて、決定的に違うその本質。まるで、クロユリのように――居なくなって愛おしさに気付いて、その所為で人間を呪い憎しみの果てに復讐する」

 

 

 誰も反応することはなかったが、フリードマンですら百合の言葉に体を強張らせていた。

 

 -----------

 

 時間は経ち、少しだけ別れて行動していた。

 そんな時に、特別機動隊を用いた折神紫の反撃が始まった。

 包囲は始まっている、逃げ切るのは至難の業だろう。

 

 

「どうしますか?」

 

 

 フリードマンに問いに、朱音は数瞬思考を巡らせ答えを吐き出すように口にした。

 

 

「今ここで捕らえられる訳には行きません」

 

「では、戦略体撤退と行きますか」

 

「撤退って一体どうやって……」

 

 

 百合は凄まじい悪寒を体全体で感じていた。

 今すぐここから逃げた方が良い。

 だが、その手段が余りにも少ない。

 

 

「この様子だと難しいだろうが、潜水艦だろうな。あれの所属はアメリカ海軍のままだ、警察組織の彼らが手を出せる相手ではない。よろしいですか、朱音様?」

 

「ん」

 

 

 朱音はフリードマンの意見に敵を睨みながらも同意した。

 けれど、百合は未だ同意できない。

 

 

「フリードマンさん、薬は……届いているんですか?」

 

「グットタイミングさ、ちょうど先程届いた所だよ」

 

「良かった……」

 

 

 彼女の安堵している中でも、行動は止まることはない。

 孝子と可奈美・姫和・舞衣・沙耶香・薫・エレン・百合が朱音たちの護衛をしつつ移動。

 聡美は残りの刀使を集めここで迎え撃つとのこと。

 作戦が決まった後も行動は早く、隠されていた抜け道を使い潜水艦に向かう百合たち。

 聡美たちは……

 

 -----------

 

 ヘリから飛び降りてきた結芽、その眼は夜空の月明かりに照らされながらも緋色に輝いていた。

 

 

「あなたは…?!」

 

「折神紫親衛隊第四席・燕結芽。……紫様の嘘つき、ユリ居ないじゃん。まぁいっか、ここに居るおねーさんたちに聞けば」

 

「ユリ? ……夢神のことね。あの子ならここには居ないわ」

 

「そっ。ならおねーさんたち倒して早く追い掛けよ」

 

 

 聡美たちも簡単に負けるつもりはない、一秒一分でも多く時間を稼ぐ。

 それだけだ。

 だが、その思いは結芽の次元が違うとまで思わせる動きによって、完膚なきまでに叩き折られていた。

 

 

 十人は居た筈の刀使が、僅か数秒の間に全員倒されていた。

 聡美も善戦しようと踏ん張ろうとした瞬間。

 既に、勝負は決まっていた。

 

 

「おねーさんたち弱すぎ」

 

 

 その言葉を最後に、聡美の意識は完全に刈り取られた。

 

 -----------

 

 潜水艦が止められている洞穴らしき場所、そこには二十超える機動隊員が居た。

 そして、不思議なことに何人かはスペクトラムファインダーを握っていることが分かる。

 

 

「撃ってくるデスカ?」

 

 

 孫の言葉にも関わらず、フリードマンは冷静に淡泊に現状を分析する。

 

 

「多分ね。ほら、見てごらん。彼らはスペクトラムファインダーを装備しているだろう? 舞草の構成員は人間だよ? 摘発するのにあんなのが必要になるかね」

 

「……あれにはある程度の細工がされていると考えですか? 流石はフリードマン博士ですね。……紛れもなく正解ですよ、夜見先輩が出す荒魂にも反応させないことだって出来たんですから」

 

「百合君の捕捉でより信憑性が増したね。あれはS装備同様、折神家からもたらされた技術で作られたものだ。今なら、そう御刀に反応するという設定にされているといった所か」

 

「荒魂が、人間を荒魂呼ばわりするか」

 

 

 百合は壁から少しだけ顔を出して、機動隊員の顔を注意深く確認する。

 機動隊員の装備には、分かり易さも求められているためにアルファベットが記載されている。

 通常通りなら、上半身の装備の胸部分に――

 

 

(……やっぱりC班の人たちだ)

 

 

 ここに来て、もう一度やらなければいけないのか? 

 もう一度彼らを傷つけなければいけないのか? 

 呼吸を整えて壁から身を乗り出して、敵に無防備な体を晒す。

 

 

「百合さん……」

 

「すいません隊長さん。私には私のやるべきことがあるんです。だから――」

 

「俺たちにもありますよ。何ででしょうね、こうやって一番闘いたくない人に当たっちまうのは」

 

「本当に、ごめんなさい」

 

 

 少女は御刀を抜く。

 それと同時に写シを張り、敵部隊の中央に飛び込んだ。

 そこからは一方的な戦いだった。

 百合は基本的に体を狙う前に武器を破壊する。

 相手を気絶させても、気絶した仲間の武器で戦われたら困るからだ。

 

 

 百合は良く知っている。

 彼らの動きを、彼らの連携の良さを……そして、彼らの弱点を。

 身体的なスペックには御刀を持つ刀使に遠く及ばないことを。 

 だからこそ武器を破壊してから気絶を狙いに行く。

 罪悪感が心を喰らおうとする。

 

 

 今まで背中を預けて戦ってきた仲間に対して、自分はこんな不義理なことをしていいのか? 

 そんな考えが浮かぶ頃には、敵部隊の半分を倒していた。

 残った部隊の隊員も武器は既に壊されているため攻撃は出来ない。

 

 

「……仲間を連れて撤退して下さい。こんなことをしてお前が言うかとは思うでしょうが、それでも私はあなたたちと戦いたくない」

 

「引き上げるぞ」

 

「ですが隊長!」

 

「止めだ止め! 元々こんな作戦乗り気じゃなかったんだ。……それに、娘みたいに思ってた奴に泣かれるのは困るからな」

 

「そう…ですね。胸糞悪い仕事は放り投げても罰は当たりませんよね」

 

 

 そう言い残した機動隊の隊員たちは去っていく。

 それを見送ってから、残った舞草の者達は潜水艦に入ってくる。

 残るは……孝子と百合のみ。

 

 

「孝子さん、先に行ってください」

 

「何を言っている?! お前の方こそ先に――」

 

「死にますよ」

 

 

 孝子は急かされるまま、潜水艦に入ろうとしたが、何かが彼女の横を通り過ぎた。

 写シを張っていなかったら危うかっただろう、彼女の御刀を持っていた右腕は吹き飛び倒れ込んだ。

 このままでは間に合わないだろう、孝子を助ける手段がない。

 それ以上に……目の前に居る少女に勝てるビジョンが百合には全く見えなかった。

 

 

「久しぶりユ~リ? 探したんだよ? 今、助けて(殺して)あげるから」

 

 

 背筋に冷や汗が流れる、百合は無意識の内に二本目の御刀である篭手切江を抜いて、御刀で×描くように防御態勢を取った。

 予想はあたり、迅移により間を詰めてからの振り下ろし。

 反射的だった、直感的だった。 

 使わないと決めていた二本目を何故か結芽相手に抜いていた。

 混乱する脳を何とか制御し、結芽の方を見た。

 

 

 刃物特有の摩擦音が洞窟に響く中、自分に御刀を向けた少女は笑っていた。

 いつもの小悪魔のような可愛らしい笑顔ではなく、まるで悪魔が人を嘲笑う時にするような笑い方。

 先が長くない所為か戦闘狂(バーサーカー)にも似た所は昔からあった。

 けれど、今の状態を戦闘狂(バーサーカー)と言うのは百合自身は違う気がした。

 言うなれば……狂人(天才)

 

 

 違和感に気付いたのも束の間、結芽の連続攻撃が始まる。

 天然理心流は実践で活きる流派で、基本的に臨機応変な対応が求められるため結芽に驚くほど合う。

 結芽の流派の師は結月であり、結月も特務隊時代から副隊長という肩書に負けない実力があった。

 しからば、天然理心流使いの結芽の強さは折り紙付き。

 連続攻撃に耐えながら、もう一度結芽の顔を見直す。

 

 

 何か見逃していた気がして、何か見落としていた気がして、もう一度見つめ直したその瞳に――()()は映った。

 

 

「……そんな」

 

「どうしたのユリ? ボーっとしてると……殺しちゃうよ

 

「っ?!」

 

 

 間一髪、迅移でその場を脱し潜水艦に直行。

 入ってすぐに蓋を閉めたため結芽は合いってくることはなかったが……

 

 

「結芽……いいや、あれはもう結芽じゃない。ユメって呼んだ方が良いのかな」

 

 

 結芽も百合の事をユリと呼び、百合もまた結芽のことをユメと呼ぶ。

 お互いの行こうとしている道は決定的に違うのに、何故だが噛みあっていた。

 

 -----------

 

 残された結芽は胸を押さえながら咳き込んだ。

 時間がない、余裕がない、力が足りない。

 ないない尽くしのこの状況で、少女は笑う。

 愛おしい存在はきっとあそこに来る。

 その時こそ必ず、助けて(殺して)あげよう。

 

 

「ゆり‼‼ゆり‼‼ゆり‼‼助けて(殺して)あげるから――一緒に」

 

 

 少し間が空いて、その言葉は吐き出された。

 恋人を待ち焦がれる乙女のように、夫を想い続ける妻のように。

 

 

生きてよ(死んでよ)

 

 

 狂人(天才)は信じていた、自分の想い人が必ずまた目の前に現れることを。

 

 終点不明の電車は止まらない、止まるのは終点だけ。

 その終点が希望か、はたまた絶望か、運命に抗う為の戦いは最終局面に移りつつあった。




 次回もお楽しみに!

 誤字脱字などがありましたらご報告お願いします!

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十話「犠牲にするものはなにか」

 二日ぶりですね!
 昨日、ぼーっとしながら、この作品の一話ごとのサブタイトル見てたら、以外にも二話に一回百合と燕って入れてたんですよね。

 
 狙ってやった訳じゃないんですけど、偶然って凄いなぁ~って思いました。
 失踪系投稿者しぃの独り言です。


 どうか、お気になさらず本編へ


 潜水艦での雰囲気はあまり良い物ではない。

 それどころか、最悪のものに変わりつつあった。

 

 

「長船と美濃関が…」

 

「平城も警察によって閉鎖されたようです」

 

「うちの学長は?」

 

 

 累は無言で首を横に振った。

 何があったのかは分からないが、芋づる式に舞草と関連していた所が潰されている。

 まるで、今までは掌の上で転がしていただけだと言わんばかりの行動。

 薫も薫で、「クソパワハラ上司」やら「非人道的脳筋上司」など言ってるわりには案外にも心配らしい。

 

 

「孝子さんたちどうなったんだろう」

 

 

 舞衣が言った言葉に、百合は変わり果てた親友の姿を思い出した。

 もう結芽ではないと分かっていても、姿は彼女そのもの。

 あまり気持ちの整理は着いていない……、けれどやらなくてはならないことがある。

 

 

「各地に潜伏中の舞草のメンバーも皆、折神家の監視が強化されて動きが取れなくなっているようだ。一気に窮地に追い込まれたね。だいぶ前から仕組んでいたんだろう」

 

「どうして里のことが知られていたのでしょう?」

 

「舞草内に内通者が居た痕跡はないし、あの里の情報は地図やネット、衛星からもリアルタイムでデリートし続けているからね。知られていたと言うより、何らかの方法で見つけていたんだろう。もしかすると、我々の今の位置も筒抜けかもしれないな」

 

「大荒魂は力を増しているようですね」

 

 

 生産性のない話だ。

 今は、こんなことを話し合うより未来を見据えて戦うほかないと言うのに。

 確かに、どうやって、どうして、知られたのかは重要だ。

 だが、それ以上に今後後手に回った自分たちがどう動くかの方が重要であることは確実。

 

 

「問題は邪魔者が居なくなった奴らが、次に何をするつもりなのか…だ」

 

「まさか、二〇年前のような?」

 

「それで済むかな? 今や折神家に集められたノロの総量は、あの時以上の筈だよ。まさにステイルメンと、打つ手なしだね」

 

 

 淀む空気の中、目に闘志を燃やす少女は居た。

 諦めきれない想いがあって、捨てられない友情があって……どうしようもない罪悪感があった。

 だからこそ、少女は――

 

 

 -----------

 

 刀剣類管理局本部、指令室にて。

 真希と寿々花は現状の整理をしていた。

 敵対して舞草はほぼ壊滅に追い込んだ紫の手腕。

 それに、少しの薄気味悪ささえ覚えながら。

 

 

「舞草と思しき者は全て掌握しました。これで事態は収束に向かいますわ。あれほど我々を悩ませた組織をほぼ一夜にして壊滅に追い込むなんて、えげつないほど鮮やかな手腕ですわね」

 

「現場に向かった機動隊員たちは、刀使の写シ対策の為の武器まで持って行っていたらしい」

 

「対刀使用の武器を態々開発していたなんて……、舞草対策だとしても少しの容赦もありませんわね」

 

「紫様は、十条姫和の起こした御前試合の一件からここまでずっと布石を打っていたんだろうか?」

 

「それ以前からという感じですわね。私たちの敗北も布石の一つ、だったのかもしれませんわね」

 

「たった一つ読めていなかったとしたら、百合さんの謀反でしょうか?」

 

 

 二人の会話に割って入ったのは、雑務を終わらせて大量の資料を運び終わった後の夜見だった。

 夜見の言葉に、二人が俯く。

 二人とも、百合が謀反を起こした理由は何となしに分かっている。

 仕事熱心で真面目、それに加えて律儀な面もある彼女。

 簡単な理由で恩のある紫に歯向かったりはしない、と言うことくらい付き合いの長い三人は分かっている。

 

 

 けれど、それを受け止められているのは夜見……いいや、一人も居ないだろう。

 

 

「結芽はいつ戻ってくる?」

 

 

 少しでも雰囲気を変えようと、話題を逸らす。

 

 

「綾小路の刀使たちとの引継ぎが終わればすぐに」

 

「一人で舞草の拠点を壊滅か……。手練れの刀使も随分居たと聞いていたが…。やはり……」

 

 

 何か思いやる表情を見せた後、ここ最近姿を見ない紫の事を聞く。

 

 

「紫様は?」

 

「祭殿でお務めです。ずっとお籠りになられたままですが……」

 

 

 重苦しい雰囲気は続いている。

 どこもかしこも、暗雲がたちこめていた。

 

 -----------

 

 潜水艦に備え付けられている簡易ベットに腰かけながら、七人の少女たちは無言で時を過ごしていた。

 その無言の静寂を破ったのは――舞衣だった。

 

 

「私、戦いたい……だってあんなの酷すぎる」

 

「舞衣ちゃん」

 

 

 舞衣が思い出すのは潜水艦の前で一人戦っていた百合の姿。

 罪悪感に潰されそうになりながらも、自分のやるべきことの為に戦った自分より小さい友達。

 それがどうしようもなく嫌だった。

 体は全くもって傷ついてなどいない……けど、心が泣いていた気がしたから。

 

 

「十条さん。私、あなたに戦う理由がないって言われてずっと考えてた。自分がどうしたいのかって。私は、可奈美ちゃんに追いつきたくて、沙耶香ちゃんを放っておけなくて、ここまで来た。ただぞれだけで、状況がどうなっているのかも、紫様のことも実感が無くて」

 

「舞衣……」

 

 

 心配する沙耶香の言葉が嬉しい。

 それでも、やらなくちゃいけないことがある気がした。

 

 

「でも、聡美さんや孝子さん。他にもお世話になった沢山の舞草の人が戦う姿を目の当たりにして、私より小さい百合ちゃんが心で泣きながら戦う姿を見て、改めて思ったの。これ以上、目の前の人たちが傷つくのは嫌だって。私の力では、全ての人を助けることは出来ないかもしれないけど。せめて、見える範囲の人たちだけでも助けたい。それが私の戦う理由だって」

 

 

 真っ直ぐな瞳だった。

 折れない心がある訳じゃなくて、小さな勇気が少しの後悔が彼女を前へと向かせる原動力となって、今戦う理由が生まれる。

 それに次ぐように、沙耶香も立ち上がった。

 

 

「私も」

 

「沙耶香ちゃん…」

 

「私にはそれしか出来ないから…」

 

「俺も里のみんなの敵を討つって決めた。このまま黙って居られるか」

 

「ちょっと待ってください! 残った刀使は私たちだけなんですよ? そもそもこの状態でどうやって」

 

「この艦を降ろしてもらって、孝子さんたちの無事を確かめます」

 

「それから鎌倉に戻る」

 

 

 エレンの意見は最もな正論。

 七人、数だけ見れば絶望的だ。

 並み居る刀使を倒し、親衛隊を倒し、大荒魂タギツヒメを祓う。

 文字にしてみれば、その難しさが簡単に分かるだろう。

 作戦は無謀も良い所で、勝ち目は薄い。

 

 

「敵は一人じゃありませんヨ? 大荒魂に辿り着くためにはきっと沢山の障害がありマス」

 

「十条さんは、一人でその障害を掻い潜り紫様に一太刀入れました」

 

「そこのペッタン女に出来て、俺たちに出来ない筈はない」

 

「ねー!」

 

「……エレン先輩の意見は正しいですよ。無茶無謀も良い所です。だけど、みなさんがそう言ってくれると信じていました。私も全力で戦います」

 

 

 百合のその言葉に、エレンは観念したかのようにため息を突き腰を上げた。

 

 

「やれやれデス。分かりました、六人だけでは頼りないですから、私も一緒に行きますヨ」

 

「ねね~~!」

 

「…善いのか?」

 

 

 姫和の言葉に全員が全員頷いた。

 言葉は違えど心は同じ、彼女たち七人は既に仲間で――友達だから。

 間を開くことなく、お腹のなった沙耶香の為に潜水艦内にある非常食を食べに行こうとした瞬間。

 七人の体が残像を生んだかのようにブレ始めた。

 

 

「なんだこれは!」

 

 

 それは、日本中で刀使や元刀使の者達だけに訪れた異変。

 明らかに普通ではない、異常で不可思議な現象。 

 この真相を確かめるべく、可奈美や百合たちはフリードマン達の居る場所に向かった。

 朱音や累も例外ではなく、その現象は起こっている。 

 

 

「これはなんデスカ?!」

 

「どうした…」

 

 

 その疑問にフリードマンが答える前に、現象は止んだ。

 だが、フリードマンはしっかりとそれを見た。

 彼の中には、自ずと答えが浮かんでくる。

 

 

「グランパは何ともなっていませんでしたね?」

 

「ああ」

 

「フリードマンさん、何か…知っているんですか?」

 

「この現象は刀使達にしか起こらない。以前、同じ現象が確認されたことがある。二〇年前のことだ。恐らく隠世でなにか大きな変化が起こったのだろう。そして、大荒魂が出現した」

 

 

 先程の現象は、波にも近いものだった。

 それを彼は知っていて、その後のことも覚えている。

 

 

「これは国家レベルの災害です。一刻の猶予もありません。すぐにでも人々に知らせなければ」

 

「どうするんですか?」

 

「横須賀に向かいます。報道陣を集められますか?」

 

「なるほど、マスコミを使うのか。今あなたが姿を表せば、国中の注目を集めるでしょうね」

 

「そこで私が全ての真実を語ります。折神家が隠してきたこと…そして、タギツヒメの事」

 

 

 一歩間違えれば、死ぬ可能性すらある。

 何せ、あっちからすればテロリストとして暗躍していた者たちが突然現れたのだ。

 拘束のために、手段を択ばなくなる可能性は十分にある。

 

 

「それが明らかになれば、もはやこの国だけでは済む問題ではなくなるかもしれないな。だが、折神紫がそれを許すとは思えん。最悪の場合もありえ――」

 

「あなたが死ぬことは有り得ません」

 

「えっ?」

 

「……私の言葉に嘘も偽りもないし、冗談でもありません」

 

 

 ここでは言えない、もし話して未来を変えてしまったら……

 ここまで頑張ったことや、掛けてきた迷惑が無駄になってしまう。

 

 

「ならば横須賀からは、私たちは別行動を取ります」

 

「何を…するつもり」

 

「折神紫を討てば全てが終わる」

 

「攻撃は最大の防御とも言いマス」

 

「そんな無茶な…」

 

「あなたたち」

 

「その無茶を可能にする手段は……あります」

 

 

 百合は話した奥伝である『悪鬼羅刹』のことを。

 そのデメリットも条件も含めて。

 

 

「結芽の御刀であるニッカリ青江があれば、私一人でもタギツヒメを討つことが可能です」

 

「ちょっと待って! 百合ちゃん、今の本気で言ってるの?!」

 

 

 可奈美が止めに入る。

 自分の命と勝利を天秤に掛けるような行為。

 朱音より……いいや、それ以上の危険がある。

 

 

「私が戦う理由は全てあの子の為です。あの子が生きていける未来を作る、それを為すためだったら私は――この身を懸けても構わない」

 

 

 それは幼い少女の覚悟。

 その覚悟は、幼い少女がするには重すぎて、今にも潰れそうなもの。

 

 

「大好きでした。大切でした。失いたくなくて、どこかに行って欲しくなくて、あの子が笑える未来が欲しくて、これまでずっと足掻いてきました。だから――」

 

 

 その言葉を続けようとした瞬間、可奈美の平手打ちが百合に当たる。

 御刀で斬られるよりも痛い、そう思うほどのものだった。

 

 

「づぅ…」

 

「痛いでしょ? 私も痛いよ、心がすっごく痛い。ねぇ? 百合ちゃんにとって私たちってどんな存在? ……私は友達だって思ってるよ?」

 

「私…も、私も友達だって思ってます」

 

「だったら、約束して死なないって」

 

「それは……」

 

「いいから! そうしないと、百合ちゃんは連れてけない」

 

「…約束します」

 

「うん」

 

 

 嬉しい言葉だった。

 優しい言葉だった。

 親衛隊の仲間や紫、後は聖以外には言われたことのないような温かいものだった。

 だから、彼女は少しだけ誓いを変えたんだ。

 思い出したんだ。

 

 

 自分が生きていないと、あの子が笑えないことに。

 自分が死んだら、あの子が泣いてしまうことに。

 運命の分岐点にて、彼女は最善の道を掴み取った。

 希望への道はそう遠くはない。

 

 -----------

 

 少女は夢を見ていた。

 幼き日の夢。

 強くなりたくて、必死に資料を漁っては鍛錬を繰り返していた時期。

 そんな中で一つの本が目に入った「力を付けるには」と言う、簡潔で分かり易い本のタイトル。

 エッセイなのかなんなのか? 

 

 

 その時の少女には分からないが、すぐさま本を手に取って読み始めた。

 この時すでに、百合の国語の知識は高校生レベルにまで及んでいた。

 なんせ、古い資料は本当に古く、古典ででてくるような表現や文章も少なからずあったためだ。

 今はそんなことはどうでもいいだろう。

 目次の中に気になるものが見つかった。

 

 

 本で言う起承転結の結の部分。

 所謂締めの話、その項目題名は「力を付けるための近道」。

 雑に扱わない程度に、少女は急いでページを捲っていく。

 あまり厚い本ではない為に、数秒もしない内に目的のページに辿り着いた。

 書いてある内容はこうだった。

 

力を付ける為の近道。

それは、何かを犠牲にすることだ。

人間は弱い、何かを犠牲にしなければ力を付けて強くなることなど不可能。

だからこそ、何かを犠牲にしなければいけない。

しかし、それをするにあたって忘れてはいけないこと、犯してはいけない掟がある

 

 

 引き込まれていくように、少女は読み込んでいく。

 その先が気になって。

 

家族を、親族を、恋人を、友達を、仲間を、他人を犠牲にしてはならない。

 勿論動物や植物も。

 命あるものを犠牲にするな、犠牲にして良いのは己の時間だけだ。

 友達と仲間と遊ぶこと、それは時間を犠牲にして友情を育んでいる。

 家族や親族、それに加えて恋人と触れ合うことで犠牲にする時間は愛を育んでいる。

 他人と居る時間の犠牲さえも、何かを生み出して育んでいる

 

 

 人間は犠牲失くして成長は出来ない。

 友達と遊ぶことは自分と友達の時間を犠牲にしている。

 家族や親族、恋人と過ごし触れす時間は、自分と家族、親族や恋人の時間を犠牲にしている。

 意味は違うが、消費社会の小さな縮図だ。

 

 

どの時間を犠牲にするか? 

 それは私が決める事ではない、これを読んでいるあなたたちが決める事だ。

 結局、犠牲が一番少なくなる方法なんてない。

 あらゆる方法の中で、何を選んでも結果は平等。

 等しく何かを犠牲にしなければいけない。

 良く考え悩むと良い、君の考えを貶す人も否定する人もいるだろうが聞かなても別に構わない。

 自分の心に正直に、そうすればきっと君の望んだ末来が手に入る筈だ

 

 

 それでページは終わっていた。

 可奈美の言葉を思い出した、聞かなくても良かったのだあの言葉を。

 だけど、この本は命を犠牲にするなと言っていて……

 混乱はあるが、自分が考えを変えた切っ掛けは……自分の心がそうしたいと思ったからだと気付いた。

 百合は少しだけ微笑んで、この夢を見せてくれたであろう存在に感謝した。

 

 

「ありがとう、お母さん」

 

 

 その言葉を最後に目が覚めた。

 

 -----------

 

 可奈美が起きて数秒後、百合が起きると同時に、累が横須賀への到着を伝えに来た。

 みんなが御刀を持ち、気持ちを纏める中で可奈美が終わった後の話をし始めた。

 

 

「ねぇ、大荒魂を倒したら、みんなで美味しいものを食べに行かない?」

 

「ねね~~」

 

「可奈美先輩は死亡フラグっぽいの立てるの好きなの?」

 

『い、今、敬語が……!?』

 

 

 あのエレンの語尾の変化が無くなるレベルで、全員が驚いていた。

 全員が声を揃えた所為で、驚かせた本人の百合も驚く。

 

 

「な、何? 何事? 私なんか変なこと言った?」

 

「それデス!」

 

「それだよ!」

 

「ねねーー!」

 

 

 ねねにまで指摘されるレベルで変らしい。

 ため息を吐きながらも、口調を元に戻し話を進めさせた。

 

 

「ま、まぁ、気を取り直して。さっきの話、そういうことなら私が御馳走してあげる」

 

「オオー! 累っぺお腹太いデ~ス」

 

「わざと間違ってるだろ」

 

「やったー! 姫和ちゃん、もちろんデザートはチョコミントアイスだよね」

 

「人をチョコミントがあれば良いみたいに言うな」

 

「コース料理は確定なのか…」

 

 

 士気が着々と上がっていく中……最期に累が言葉を振り絞った。

 

 

「みんな、無事に戻ってきてね? 美味しいお店屋さん探しておくから」

 

 

 声を揃えて返事をする。

 今の百合の心中はどうなのか、分かる者など居ない。

 だけど、表情で分かる。

 あれは何もかも諦めていない顔だと。

 

 

「十条さん?」

 

「お前が全体の指揮を執ってくれ。お前の指示があればきっと折神紫の下に辿り着ける」

 

「え…」

 

「お前にはその力がある。孝子先輩たちも言っていただろう」

 

「十条さん」

 

「姫和で良い。舞衣、後ろは任せたぞ」

 

「うん! 姫和ちゃん!」

 

 

 二人が笑い合うのを、可奈美と沙耶香は無言で見守っていた。

 他の者も同様に。

 

 -----------

 

 朱音と演説の効果はあり、多くの者が横須賀港に集中した。

 その隙を突き、S装備の射出用コンテナを使い全員を飛ばす。

 作戦は見事に成功。

 だが、S装備が一人分足りず百合が着ないことを志願した。

 理由は明快、結芽(ユメ)との勝負に余計な物は使いたくなかったから。

 

 

 可奈美のコンテナに無理矢理入り込んだ百合は先に外に出て様子を伺う。

 前回と同じなら、ここに結芽(ユメ)が来るはずだ。

 辺りを確認して少しばかり確認し、ある程度の安全が確認できたタイミングでみんなを呼ぶ――筈だった。

 言葉を発しようとした瞬間、感じたことのある悪寒と共にそれはやって来た。

 

 

「ユリーーー!!」

 

「―っ!?」

 

 

 前回と同じく、二本の御刀をクロスして防ぐ。

 だが、前回の攻撃よりも圧倒的に重く速かった。

 可笑しい、通常時の結芽を遥に超える力を最初の一撃から感じ取った。

 それからの行動は早かった。

 

 

「みなさん! 急いで下さい! この子は――ユメは私が相手をします。だから早く!」

 

「うん、百合ちゃんの行動を無駄にしないで! 可奈美ちゃんと姫和ちゃんを先頭に横を突っ切って」

 

 

 可奈美と姫和がユメを警戒しつつ、右側を通り抜ける。

 けれど、ユメはなんの反応も示さずただ百合を見つめ続ける。

 

 

「追わないんだ」

 

「うん。ユリを殺して、ゆりを助けなきゃいけないから」

 

「そっか……。結芽に二本目を使うのは……前回を合わせて二回目だね」

 

 

 いつも通り喋ってるように見せても、警戒は怠らない。

 今ここに、怪物(天才)狂人(天才)の最悪の戦いが幕を開けようとしていた。




 次回予告 十一話「ゆりとユリ、結芽とユメ」
 お楽しみに!

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十一話「ゆりとユリ、結芽とユメ」

 今回のお話は少し短いです。

※六月二日に設定不備のため、付け加えました。


 対峙してから、既に三分以上の時が流れていた。

 お互いに一歩も動かない膠着状態。

 天才同士(怪物と狂人)だから起こるであろう、先の読み合い。

 剣術の特徴的に見れば、有利なのはユメだ。

 天然理心流は実戦向きであり、勝つために手段を問わないことがある。

 

 

 それに対して、夢神流も新夢神流も元は対荒魂用に作られた流派。

 カウンター主体であり、先に攻撃するのは愚の骨頂。

 二人の間にはピリピリとした肌にくる雰囲気が流れている。

 どちらが先に動いたのか……

 

 

「ふっ!」

 

「はぁっ!」

 

 

 百合の読みは当たった。

 時間が経てば経つほど、ユメが焦ると踏んだのだ。

 ユメは迅移による加速で踏み込み、腰を屈めてから膝部分を狙って右薙ぎに攻撃。

 百合は右手に持っていた宗三左文字を逆手に持ち替えて、地面に刺すことで受け止め、地面に刺したことで軸が出来た宗三左文字を利用し、柄頭の上で逆立ちするかのように体を捻りユメの裏を取る。

 裏取りが成功したかのように見えたものの、ユメは尽かさず迅移で距離を取ってしまう。

 

 

 今度は、百合が迅移で突貫。

 変則的に持ち手を変えながらの連続攻撃を繰り出す。

 その攻撃をユメは受け流すか躱すか……その選択肢しか無い筈。

 だが、そんなことはせず何度か攻撃を受け流した所で、攻撃の僅かな隙を突いて鍔迫り合いに持ち込んだ。

 

 

ねぇねぇねぇ! どうして私の傍に居てくれなかったの? 約束を破るの? ゆりもあいつら(パパとママ)みたいに見捨てるの? 違うよね? 約束を破ったのはユリだもんね? 待っててね、今すぐ助けて(殺して)あげるから! だから、一緒に生きてよ(死んでよ)

 

「結芽……」

 

 

 明らかに様子が可笑しい、明らかに不自然な笑い方をしている。

 まるで壊れた操り人形(マリオネット)だ。

 狂人のような言動が、その仕草が百合の心を締め付ける。

 でも、負けるわけにはいかない。

 ようやく見つかった、結芽が生きることの出来る未来を諦めたくないから。

 

 

 鍔迫り合いを一度中断し間合いを開けたと思ったら、数秒も経たない内にユメが消えた。

 

 

(どこに……?)

 

 

 前回と同じく、反射的に直感だよりの防御。

 いつの間に後ろに一歩引いていた。

 一瞬自分でも意味が分からない行動だったが、すぐに理解することが出来た。

 前髪が数本、宙に舞った。

「これで何が起こったのか?」、そんなのを理解できない程百合はバカじゃない。

 

 

「有り得ない……持続的に迅移を使ってる。しかも……三段階で」

 

 

 三段階迅移は使える者は一握りの刀使のみ。

 百合や結芽、可奈美たちのような若き者達が使えると言っても片手で数へられる程のものだ。

 ……無念無想、その言葉が脳裏に浮かぶが心がそれを否定した。

 あれは、持続的に迅移を使える代わりに思考が単純になると言ったデメリットがある。

 けれど、この攻撃は変則的なものだった。

 

 

 先程の百合の変則攻撃とは違う。

 三次元的、立体的な動きに持続的な三段階迅移の早さが加わって、読み辛い動きになっている。

 単純な思考では出来ない、複雑な動き。

 迅移の速度を計算し、攻撃の場所を決めて、どう御刀を振るか思案する。

 この三工程を、持続的な三段階迅移の中でやっているのだ。

 

 

 無念無想の完全上位互換。

 殺念狂想(さつねんきょうそう)、殺す事だけを考えて、狂った想いをぶつける。

 今のユメにしか出来ないであろう暴走状態。

 ……外的な要因では抑える事が敵わず、結芽が自力で中から打ち破るしかない。

 声を掛けようにも、隙が無い。

 

 

 末来視とも言えるほどの直感で、全ての攻撃を受け流すか避ける。

 だが、その行為も長くは続かない。

 薄く碧に光る右目に気付かないまま、脳への痛みで不覚を取ってしまう。

 股下から切り上げてくる攻撃、直感だよりの百合は振り下ろす攻撃をクロスに受け止めようとしたため、御刀が後方に吹き飛ばされ写シが取れてしまう。

 

 

私の勝ち~! じゃあね~ユリ――

 

 

 心臓に御刀が突き刺さろうとしたその時、不意に百合がユメを抱きしめた。

 生身で来ると思わなかったのか、ユメは御刀をズラシて抱き着くのを赦してしまった。

 

 

「……ごめんねユメ。助けられなくて」

 

「何を言って…」

 

「苦しい思いをさせてごめん。辛う思いをさせてごめん。悲しい思いをさせてごめん。一人にしてごめん……約束破ってごめん」

 

 

 謝った。

 罪悪感を吐き出すかのように、ユメに対して謝った。

 心からの言葉で。

 

 

「苦しかったよね? 辛かったよね? 悲しかったよね? 寂しかったよね? ……怖かったよね?」

 

 

 百合が居なくなったあの日、苦しかった、辛かった、悲しかった、寂しかった……それ以上に怖かった。

 もしかしたら、また一人になるんじゃないかと思って。

 もしかしたら、もう二度と会えないんじゃないかと思って。

 もう少ししかない自分の命が、燃え尽きるのが怖くなった。

 

 

 少し前までは、最後まで戦い続けて自分が凄い存在なんだとみんなに刻み込みたかった。

 それまで、少女の心を支えていたのは他でもない親友(百合)

 覚悟があって、自分なりの誓いがあった。

 だけど、その全てはずっと隣に居る百合の存在があったからこそ。

 それが欠けた瞬間、少女は前も後ろも、左も右も、上も下も見えなくなってしまった。

 

 

 少女が変わった理由。

 結芽がノロを受け入れて、ユメを作り出した訳は……百合だった。

 なら、ユメを救い結芽を助けられるのも百合だけ。

 

 

「私は……私…は」

 

 

 言葉が詰まるユメ、百合はユメの前髪をそっとどかし額に口づけをした。

 姉が妹にやるような、優しさと愛のある行為。

 温かい感情の正体が分からぬままに、百合はそれをした。

 そのお陰か、ユメは救われて結芽が現れる。

 

 

「私の…中に引っ込んでろ‼‼」

 

 

 緋色輝いていた瞳が、元の碧く澄んだ瞳に戻る。

 そして、――

 

 

「……結芽だよね」

 

「私以外有り得ないでしょ? ゆりってば可っ笑しい~」

 

 

 笑う結芽につられて、百合も笑った。

 それから少しだけ笑い合い、間を開けてから百合が空気を変えた。

 

 

「…結芽の病気を治せるかもしれないって言ったらどうする?」

 

「今の私にそれ聞く~!」

 

「…だよね」

 

 

 百合は太ももに取り付けていたポーチから、二本の注射器を取り出した。

 その一つを結芽に渡し、もう一つは結芽の首筋に注射するために構える。

 

 

「……この薬はね――」

 

 

 百合が薬の説明をしようとした瞬間、結芽が口を手で塞ぐ。

 

 

「なんとなく分かってる。私の病気を治す薬は危ない薬でもあるって……それでも私はゆりと一緒に生きたいの」

 

「分かった」

 

 

 数秒の内に薬の注入は終わった。

 だが、結芽が苦しそうにもがきだし。

 必死に百合にしがみついてきた。

 百合も、結芽を受け止めて抱きしめる。

 五分が経過しただろうか、結芽が百合から離れると同時に立ち上がり胸を押さえる。

 

 

 いつも感じる違和感は完全に無くなっていた。

 息苦しさはなく、すがすがしい気分。

 初めて飛ぶことを覚えた雛鳥のように、心に嬉しさが満ちていく。

 

 

 結芽を苦しめていた病魔は、その体から完璧に居なくなっていた。

 

 

「ゆり! やった! やったよ!」

 

「うん! やったんだね!」

 

 

 二人はしばらくの間、喜びを噛みしめた。

 

 -----------

 

 百合に篭手切江を渡し、結芽からニッカリ青江を預かる。

 本来、御刀は選ばれ認められた者でなくては十全にその力を発揮することが出来ない。

 だが、この二つの御刀に関しては違った。

()()()()ニッカリ青江は百合を認め、篭手切江は結芽を認めたのだ。

 奇跡にもにた偶然、いや必然なのか? 

 

 

 それすらも分からないが、二人は違う方向に歩き出した。

 

 

「私はこっちで大荒魂と」

 

「私はあっちで雑魚荒魂と」

 

 

 少し進んでから結芽が振り返り、それと同じタイミングで百合も振り返る。

 

 

「約束! 絶対に生きて戻ってくること!」

 

「約束! 絶対に無理はしないこと!」

 

 

 前者が結芽で、後者は百合。

 百合は大荒魂に向かい、結芽は百合の邪魔をさせないように祭殿に向かおうとする荒魂を斬り祓う。

 お互いのことを信じる心が極限まで高まっている二人は、それ以上は言葉を交わさず背を向けて走り出した。

 二人で未来を作るために。




 次回もお楽しみに!

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十二話「咲き散る百合、燕が泣いたことは知らず」

 お待たせしました!


 祭殿に向かう中、自分の良く知った荒魂の気配を感じた百合は即座に方向転換し気配を感じた場所に向かった。

 そこに居たのは、左目が半ば荒魂と化している夜見と雪那に、沙耶香と舞衣だった。

 それを見た百合は、寂しそうな表情で夜見と向き合う形を取る。

 

 

「舞衣先輩に沙耶香ちゃん、遅れてごめんなさい……ここは任せて先に」

 

「うん、分かったよ。沙耶香ちゃん」

 

「ん。先に行ってるから」

 

 

 沙耶香の行動から見て、雪那との決別は済ませたと視ていいのだろう。

 だが、雪那はそれを許さないし、許せない。

 

 

「待ちなさい沙耶香! どこに行くつもりなの! ……早く追え! このグズが!」

 

「……その命令は承知しかねます。まずは目の前に居る彼女をどうにかしないといけません」

 

 

 夜見の言葉を聞き、更に苛立つ雪那。

 それに対し夜見と百合は冷静に向き合い、無言でお互いを見つめていた。

 先に口を開いたのは夜見

 

 

「…失礼とは思いますが、私は百合さんのことを私と同類の人だと思っていました」

 

 

 夜見は努力した、百合も努力した。

 夜見は力を付けることは出来ず、百合は力を付けることが出来た。

 だからこそ夜見は認められず、けれど百合も認められず。

 後に、手を差し伸べられた。

 夜見は雪那に、百合は結芽に。

 

 

 何が違ったのか? 

 分かるようで分からない。

 まるで、実態のないホログラムのように、掴めそうで掴めないもどかしさがある。

 

 

「でも、何かが違って。私たちはお互いに御刀を向けている」

 

「そうですね。私も最初は似てると思ってました」

 

 

 親衛隊に入った頃の百合は、表情や態度が少し硬かった。

 優しかったが、その時までに接していた人が彼女を歪めていたのだ。

 その硬さを見て、夜見は同類を見つけたような感覚を感じて、百合も夜見の感情の伺えない表情や態度から同類の気配を感じた。

 

 

「私にとって先輩のみなさんは……先生のようでした。ですけど――夜見先輩だけはお姉ちゃんみたいだなって思ってたんです。私の方こそ迷惑ですよね?」

 

 

 結芽にとって百合は姉のようでもあった。

 百合にとって夜見は姉のようでもあった。

 似ていて違う、二人の違いを決定的に分けたのはきっと――

 

 

「私たちが似ていて違う理由は――手を差し伸べてくれた人の違いじゃないですかね?」

 

「そう…ですね」

 

 

 間が開く。

 これ以上は時間の問題があるため、百合は抜いていた御刀を一度納刀し、居合の体制を取る。

 何度か、舞衣が使っていた居合。

 それを見てきた百合なら、舞衣以上の速さと上手さで居合を使える。

 腰を少し落とし、体制を屈める。

 

 

 一本で出せる全力を、一太刀に。

 夜見はこの攻撃に、希望()を見た。

 どんなに汚れても輝くものではない、でもどんなに汚れても消えない希望()だ。

 

 

「見事…です」

 

 

 雪那は当の昔に消えていて、そこに居るのは二人だけ。

 百合は何も言わずに夜見をおぶり、もう一度祭殿を目指し始めた。

 

 -----------

 

 祭殿までは目と鼻の先。

 そんな場所で、舞衣と真希たちが戦っていた。

 そこに現れたのは夜見をおぶって来た百合。

 真希と寿々花は何も言わず御刀を納め、他の面々も同様に御刀を納めた。

 

 

「夜見……」

 

「百合さん、あなたは」

 

「…真実を話します。手短にですが」

 

 

 話すのは大雑把に、これまでのこと。

 紫が二十年前に倒された大荒魂・タギツヒメだと言うこと。

 二人は理解できない訳ではなく、信じられないと言った表情だった。

 

 

「そんな筈! …いや、有り得ないことじゃないか」

 

「そう、ですわね」

 

「……ごめんなさい、いきなり現れてこんな話をして。でも――」

 

「言わなくても分かってる。…百合がここに来たと言うことは、結芽の方はどうにかなったんだね?」

 

 

 コクリを頷き、真希の言葉を肯定する。

 真希は安堵したのか、顔を引き締めた。

 

 

「……寿々花、結芽の回収した後に大荒魂討伐に向かう」

 

「分かりました、その案に異論はありません」

 

「解決したみたいデスネ!」

 

「だな、俺たちも可奈美たちの所に早く向かうぞ」

 

「はい、そうしましょう。沙耶香ちゃんと百合ちゃん、戦闘に立って露払いをしながら進んで」

 

「うん、分かった」

 

「了解しました」

 

 

 また分かれる、別れるわけではなく。

 全てが終わった後に、笑顔で会えることを信じて。

 

 -----------

 

 紫と戦う可奈美と姫和に最初の合流できたのは、百合だけだった。

 道中で出て来た荒魂の処理に時間と人員を割かれてしまったのだ。

 

 

「我が目は全てを見通す。お前たちの身体能力、秘めた力、思考。あらゆる可能性から、最良の一手を選択する。…先程の問いに答えよう我はタギツヒメ」

 

 

 百合は遠目で相手を観察していた。

 少しだけ、相手を見る時間が欲しい。

 それさえ出来れば――

 

 

 だが、そう時間は稼がせてくれない。

 

 

「本当に見えているのか?」

 

「そうとしか思えない」

 

(そうか! あの時私の一つの太刀を受けられたのは…)

 

「そう、全て見えていた。殺す気ならば容易に出来た、だがあえて解き放った。結果お前が全ての糸をたぐり寄せ、舞草は壊滅に至った。そして今、殺されるために舞い戻って来た」

 

 

 姫和の心を読み、その疑問さえ何でもないように答える。

 神に等しい権能の持ち主。

 だからこそ百合は、そこに出ていった。

 

 

「……紫様――いいえ、タギツヒメ。あなたを討ちます」

 

「イレギュラーか。面白い」

 

「ふぅー、はぁー。……新夢神流奥伝『悪鬼羅刹』!」

 

 

 そこに居た者全員が幻視した。

 少女に巻き付いていた鎖が砕け散るような幻が。

 神の権能にも勝るとも劣らない、最強の存在が今解放された。

 構に隙が無い、いいやそれ以上に、その構から繰り出される可能性に際限がない。

 射の構えを二刀流でやる独特な構。

 

 

 百合は迅移を使って紫に一太刀浴びせる。

 紫には見えていた、見えていた筈なのだ。

 しかし、反応することが敵わなかった。

 なにせその迅移は()()()に到達していたのだから。

 五段階目の迅移は隠世から現世に帰ってくることは出来ないが、四段階目ならギリギリで帰ってくることが出来る。

 

 

 四段階迅移、今までの百合なら出来ない。

 誰かの技を模倣し自分の者にするだけの百合では。

 確かに元の使い手より、上手く、速く、力強く技を繰り出すことが出来るが、そこ止まりだ。

 自分自身で何かを生み出したことは、片手で数えられる程度しかない百合がここに至れた理由は、一重に才能と努力のお陰だろう。

 迅移の早さは、比喩でもなんでもなく音の壁をぶち壊し、音を置き去りにした。

 

 

「なるほど、この器ではこれ以上の演算は難しい様だ。だが――」

 

 

 タギツヒメが言葉を続けようとした時、百合の宗三左文字で斬られた場所が崩壊し始めた。

 大荒魂でも器が人なら写シも貼れる。

 それを知ってか、タギツヒメは迷わず写シの右腕を肩ほどから切り落とした。

 

 

(宗三左文字……!)

 

「宗三左文字に篭手切江、千鳥に小烏丸。夢神聖と藤原美奈都、柊篝と同じく現世に在らざる物。我と同質の存在に、何故それが見えなかった。うっ、紫ィ!」

 

「討て! その御刀で私を討て!」

 

 

 タギツヒメの中に残っていた紫の意識が、少しだけ表層に現れた。

 本当に少しだけだが。

 髪が意志を持ったかのように、質量保存の法則を無視して膨れ上がる。

 髪の合間に荒魂の目が見て取れるところを見ると、本気でこちらを潰しに来ようとしているのが分かる。

 それと同時に、残像が現れる現象が再度起こった。

 

 

「姫和ちゃん! 百合ちゃん!」

 

「…鬼…か」

 

「来ます!」

 

 

 荒魂と化した髪が手の形を形成し、御刀を握る。

 人間体の両手に二本、荒魂化した髪で四本。

 計六刀流、明らかに捌き切れる数ではない。

 一瞬の内に可奈美と姫和が弾き飛ばされてしまう。

 百合を無視し姫和に向かうタギツヒメ。

 

 

 止めを刺さんとばかりに振り降ろした攻撃を、二本の御刀でクロスして受け止める。

 けれど、受け止めた百合の腕からミシリと嫌な音が響く。

 そこに、何とか間に合った舞衣や沙耶香、エレンに薫が合流し。

 何とか体制を立て直す。

 次の瞬間、床が抜け落ちタギツヒメと百合たち七人は、貯蔵庫のあった場所に落とされて行った。

 

 

 無事に着地するも、攻撃は続く。

 

 

「良いデスネ! 六刀流に対してこちらは七人!」

 

 

 そう言いながらも戦況は芳しくない。

 移り変わる攻防の中で、一瞬でも気を抜いたらその時点でゲームオーバー。

 クソゲーも良い所な状況が続き。

 三分もしない間に、四人がやられそのフォローに回った百合も写シを剥がされて倒れた。

 その所為で、姫和も決断を迫られた。

 

 

(使うべきか、母と同じ秘術を) 

 

 

「我は禍神」

 

 

 その言葉は補うように、タギツヒメは真実を語った。

 

 -----------

 

 曰く、柊篝は一つの太刀で大荒魂を封じようとし、そこに藤原美奈都と夢神聖も割り込んだ。

 曰く、それでもタギツヒメは死ぬことはなく大幅に力を削がれただけで、紫に三人の命と引き換えに自分と同化になるように促した。

 脈々と受け継がれてきた折神家の務め……しかし紫は三人の生還を望んだ。

 

 

 そして今がある。

 この話をしている間に、可奈美も姫和も倒れた。

 姫和が何とか立ち上がるも、他の者は。

 

 

「どうする母親と同じ秘術を使うか? その御刀を当てることが出来るなら」

 

「――っ!」

 

「剣の神タケミカヅチに愛された、夢神百合も器の所為で戦えず。お前の剣が届くことはない。折神紫を超える刀使は――」

 

 

 またしても、言葉が途中で途切れた。

 途切れさせたのは――百合。

 たった三分の使用だけで、筋肉や骨はグチャグチャ、神経もズタボロ、脳なんて体に命令を送る神経が首の皮一枚レベルで残っているだけ。

 それでも、少女は生きていた。

 

 

 体力はもうなく、気力も底を尽きかけている。

 でも、諦められない理由と己が立てた誓いがあった。

 結芽に約束された『絶対生きて帰ること』と『ずっと隣に居ること』。

 結芽に負けたことで新しく立てた誓いである『結芽以外に負けないこと』。

 それが、百合を生の側に押しとどめていた。

 

 

 負けたくない、またあの子の笑顔を見たいから。

 負けたくない、あの子を泣かせたくないから。

 負けたくない、新しく出来た友達に死んで欲しくないから。

 負けたくない、もっと上の高みを目指したいから。

 諦めたくない、あの子……みんなと生きる未来を。

 

 

 血反吐を吐きながらも、御刀を杖にして立ち上がる。

 満身創痍どころ小突けば終わるほどの命。

 

 

「何故諦めない? あのまま寝ていればいずれ簡単に死ねた筈なのに」

 

「諦めない理由ですか……、そんなの諦めたくない想いがあるからですよ! 助けたいと思える友達(仲間)が増えて、守りたいと思う仲間(友達)が増えた。でも、私の一番は変わってない、一番と二番の差が短くなっただけ」

 

 

 その言葉に答えるように、宗三左文字が淡く光り出す。

 別の場所に居る、結芽が持っている篭手切江も淡く光り始める。

 百合は隣に結芽が居る気がした。

 結芽は隣に百合が居る気がした。

 

 

「私は弱虫だから、一人じゃ何もできないけど! あの子と二人なら! ここに居るみんなと一緒なら! あなただって倒せる!」

 

「世迷言か?」

 

「それはどうかな~?」

 

 

 もう一人立ち上がって居たのは、可奈美――いいや美奈都。

 

 

「バカなっ! 藤原美奈都は死んでいる」

 

「らしいね!」

 

 

 二人が剣劇を行う中に、百合も混じっていく。

 百合の右の瞳は碧く光り、それは未来のあらゆる可能性から最善をはじき出し、美奈都に合わせる。

 龍眼と呼ばれる瞳が開いていた。

 

 

「まだまだいくよ!」

 

「分かってます」

 

「づぅっ!」

 

 

 一本、また一本と御刀を持っている手を切り飛ばされて行く。

 阿吽の呼吸で相手を追い詰めて、遂に。

 

 

「ここまでか…」

 

 

 最後の一本を取った途端に、美奈都は消えて写シすら消える。

 姫和はこれを好機と取り、秘術を繰り出す為に構えた。

 少しだけ周りを見渡して、仲間の顔を見る。

 恐らく、彼女が仲間を忘れることはないだろう。

 

 

「百合……」

 

「やっと名前で呼んでくれましたね……。止めです、しっかり決めましょう」

 

「ああ」

 

 

 橙色の光が空を裂き、現世と隠世の境界が現れる。

 広がっていく裂け目を野放しにすれば、世界は荒魂だらけの地獄と化すだろう。

 それを回避するためにも……

 

 

「これが私の、真の一つの太刀だ!」

 

 

 青白い稲妻が尾を引き、一直線にタギツヒメに向かって行った。

 それを使えば、もう二度と――

 

 

「このまま、私と隠世の果てまで!」

 

「ダメ! そんなことさせない!」

 

「死なせませんよ! 簡単に」

 

 

 二十年前の際限のように、姫和()可奈美(美奈都)百合()が救う。

 そして最期の時、上空に水色の光が撃ち上がった。

 それが何かなど、分かる者は居らず。

 戦いはここで区切りを終えた。

 

 -----------

 

 みんなが気絶から起き上がったのは、タギツヒメを隠世に追いやってから数分後だった。

 唯一起き上がっていたのは百合だけ。

 全員が起き上がったのを見て、安堵したのか微笑んだままゆっくりと後ろに倒れた。

 

 

「ゆり‼‼」

 

 

 それを支えたのは、誰でもない結芽であった。

 その後ろから夜見を背負った真希と寿々花も現れる

 

 

「……ゆ……め……せん…ぱい…たちも? ……どうして…ここに…?」

 

「ゆりが心配だからに決まってるじゃん‼待ってて今すぐ病院に――」

 

「……止めて……」

 

 

 自分を抱え病院に運ぼうとした結芽を、百合は制止させた。

 結芽は、百合の言葉が信じられないような顔をしている。

 彼女がそんな顔をするのは当たり前だろう、なんせ今の言葉は自分の命を諦めてるのと同意義なのだから。

 

 

「な、何言ってるの! こんな時に冗談は止めてよ!」

 

 

 親衛隊の服は口から出た血で紅く滲んでいて、とても大丈夫には見えない。

 それに加えて、目の焦点は定まっていないし、体中の至る所で内出血の所為で紫色の斑点が出ていた。

 結芽以外の面子も驚いているし、寿々花はすぐさま医療班に連絡をした。

 

 

「冗談じゃないよ……結芽だったら、分かるでしょ……?」

 

 

 分かっている、そんなこと。

 だからこそ、聞かなければいけない。

 

 

「……どうして……そんなこと言うの……」

 

「私は……多分だけど。もう少しで死んじゃうんだ……自分の身体だもん、なんとなく感じるの……」

 

「そんな……」

 

「もうおしまいかぁ……もっと一緒に居たかったなぁ」

 

 

 百合の瞳から涙が零れていく。

 結芽や他のみんなも耐えられなくなって、涙を流す。

 ポタポタと、涙が百合の服に落ちていく。

 

 

「私の隣に居てよ! 約束をもう破らないでよ! ……お願いだから生きてよ!」

 

「…………」

 

「またみんなで花見に行こうよ! 夏は花火して、秋は一緒に焼き芋作って、冬は雪合戦とか……。もっと……もっと……ゆりと一緒に居たいよ……」

 

「……結芽、最期にお願い聞いてくれる……」

 

「何?」

 

 

 聞き逃してはいけない、この言葉を悲しみの所為で聞き逃したら一生後悔するから。

 

 

「抱きしめて」

 

 

 一言だった。

 余りにも簡単で、その一言に全てが詰まっていた。

 

 

 そっと抱きしめた。

 百合が壊れないように。

 強く抱きしめた。

 百合が何処かに行ってしまわないように。

 

 

 そんな優しさと願いは、温かいものになって百合に流れ込んでいく。

 

 

(ああ、そうか。やっと分かった……これが愛なんだ)

 

 

 愛を受けた期間が少なく、覚えておらず。

 結芽や親衛隊のメンバー、可奈美たちに向ける感情が温かかったし、貰った感情が温かったから。

 それが善いものだと信じていた。

 

 

(もっと早くに気付けば良かった……そしたらもっと…この子に…)

 

 

 遅かった、遅すぎた。

 気付いた時にはいつも手遅れだった。

 だけど、想いだけは伝えなくては。

 

 

「ごめん…ね。約束…守れ…なくて」

 

 

 罪悪感があった訳じゃない、満たされたからこその謝罪。

 心が温かかったからこその想いで、もう一つは――

 

 

「……ゆ……め……大……す……き――」

 

 

 結芽の頬をに優しく手を当てて、呟く様な小さい声で言葉を紡いだ。

 言えた。

 伝えられた。

 ただそれだけが嬉しくて。

 薄れていく意識の中で、百合は満足そうに笑っていた。

 

 

 死という概念の奥に潜っていくかのように、少女の腕が地面に着いた。

 

 こうして百合は咲き、散っていった。

 

 残された燕が泣いていることを知らずに。 




 次回もお楽しみに!

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十三話「百合の少女は、燕が生きる未来を作った(The girl of the lily made the future when a swallow lived)

 胎動編完結!

 みらねこさん☆10
 えみなさん☆9
 高評価ありがとうございます!



 百合が起きた場所はだだっ広い真っ白な空間だった。

 何もないのか? 

 そう思い辺りを見渡すと、何故か地面に御刀が刺さっていた。

 ふと気が付くと、腰に差していた御刀がいつもの二振りに戻っていることに気付く。

 

 

 ここは何処なのか? 

 地獄にして小綺麗過ぎて、天国と言うには殺風景すぎる。

 そんな空間だった。

 死後の世界……その言葉が何となく心に深く突き刺さった。

 

 

 自分は……死んだのだろうか? 

 それとも、まだ微かに息があるのだろうか? 

 そんなあやふやな問いに答える者は居らず、ここが境目に見えた。

 死後の世界の手前、生に近いからこそ御刀がある。

 死と生の境界線。

 

 

 取りあえず、何もすることはないので何となしに近くにあった御刀を見つめる。

 よく見ると、千鳥だと言うことが分かった。

 それ以外にも、小鳥丸や孫六兼元、妙法村正に祢々切丸、越前康継等々。

 何故か一本づつ等間隔で地面に刺さっている。

 奥の方に刺さっている御刀は良く見えない為に判別できない。

 

 

 だが、何故か不思議と奥にある御刀が何かも分かった。

 刺さっている御刀は百合に縁のある者が持ち主の者ばかり。

 舞草の人たちの御刀もあることからそれが伺える。

 百合は試しに、一番近くにあった可奈美の千鳥に触った。

 その時、走馬燈のように、これまでの可奈美との思い出が頭に浮かんできた。

 

 

 百合は急いで、他の御刀にも触っていく。

 何となく、この場所の意味が分かった。

 この場所は思い出を巡る場所……これ辿っていけばきっと……

 

 

「在った……ニッカリ青江」

 

 

 最後に現れた御刀はニッカリ青江。

 ニッカリ青江の先には桜色の扉があって、その色合いは結芽を彷彿とさせるものだった。

 ゆっくりと、覚悟するように目の前の御刀を触った。

 思い出が頭に浮かんでは沈む。

 あまりにも多すぎて脳が追いつけない。

 

 

 だけど、百合がそれを見逃すことはなかった。

 見逃すことなど有り得なかった。

 全てを見終えた百合は、その扉のドアノブを握り捻って開ける。

 扉を潜る前に、この()を見せたであろう人物に礼を言う。

 死してなお、自分のことを気に掛ける()()に。

 

 

「ありがとう、お母さん」

 

 

 そうして、白い世界は崩壊していった。

 

 -----------

 

 その病室に居るのは二人だけ。

 大荒魂・タギツヒメ討伐から一ヶ月目を覚まさない夢神百合と、その親友である燕結芽。

 結芽は今日を起こった面白いことを百合に話す。

 夜見と寿々花はノロの摘出の為にある施設に居て見舞いに来れず逆に結芽が見舞いに行っているし、真希は時々現れるが百合の顔を見てすぐに消えてしまう。

 そんな結芽の退屈を紛らわせてくれるのは百合とのお喋りと、可奈美たちとの立ち合いだった。

 

 

「――でねでね! 新しくイチゴ大福ネコの冒険って言うアプリがスマホで配信されたの! 昨日の夜中からずっ~とやってたんだよ! 協力プレイも出来るから、ゆりも一緒にやろうね!」

 

 

 明るく振る舞っているが、胸が痛いのは隠せない。

 ……フェニクティアを使い、一命を取りとめたは良い。

 しかし、体は既に癒えているにも関わらず百合は起きない。

 泣きそうになるのを必死に我慢して、また話を再開した。

 

 

「それでね、このイチゴ大福ネコの冒険は――」

 

「へぇ~、そんなの出たんだ。私のスマホにも入れといてよ」

 

「分かってるって! そんなこともあろうかと、もうゆりのスマホに………嘘……ナースコール‼‼」

 

 

 結芽は百合が起きたのに驚きながらも、急いでナースコールした。

 

 -----------

 

 翌日、百合の病室には何人かの見舞客が集まっていた。

 可奈美たちに加えて、現刀剣類管理局本部長を臨時で務めている紗南も来ていた。

 

 

「取り敢えず良かったよ。あの戦いで大怪我したのはお前だけだったからな、冷や冷やしたよこんな歳で聖先輩の娘を死なせたらあの世で散々扱かれそうだし」

 

「あはは、そうですか。それで、あの後何があったんですか?」

 

「そのことか、待ってろ資料も見せるから」

 

 

 そう言って紙の資料を見せながら、紗南が今の被害やこの国の状況を事細かに話し始めた。

 鎌倉(かまくら)特別危険(とくべつきけん)廃棄物(はいきぶつ)漏出問題(ろうしゅつもんだい)

 可奈美や百合たちによって倒された大荒魂は、隠世に逃れるために自らの一部を切り離し、空高く打ち上げた。

 荒魂は高高度で飛び散り、関東一円に降り注いだ。

 世間一般には折神家の貯蔵施設で起こったノロの大量漏洩・漏出事故と報告されており、刀剣類管理局や刀使たちへの風当たりが強くなるきっかけとなっている。

 

 

「……何となく状況は分かりました。真庭本部長が言いたいことも」

 

「やれる時間は二週間。その間に以前と同じかそれ以上になって戦線に復帰してもらいたい。因みに燕の方は十日前から戦線に参加している。しばらくの間お前たちを遠征に行かせることはないし、お前たちを引き離したりはしない。どうだ?」

 

「二週間でしたよね? その任務お受けします」

 

「ちょっ! ゆり! いくらなんでも無理だよ! 真庭のオバサンも意地悪しないで!」

 

「大丈夫だよ結芽」

 

 

 優しく結芽を撫でながら、窓から空を見上げる。

 晴れた空。

 太陽は雲に隠れることなく、この世界を照らし続けている。

 この世界は奇跡の世界。

 

 

 結芽が笑って生きていける世界なのだから。

 

 

「私はあなた(結芽)の隣に居たいし、みんなと一緒に居たい。それにこの世界は、あなた(結芽)が笑って生きていける世界なんだよ? 私は守りたいの、この世界を、私たちが作ったみんなで生きていける世界を」

 

 

 結芽が笑って生きていける世界で、みんなが生きていける世界。

 それを守りたい。

 一番と二番の差が短くなったからこその言葉で、一番が変わっていない言葉でもあった。

 そう百合は、作ることが出来たのだ。

 

 

百合の少女は、燕が生きる未来を作る(The girl of the lily makes the future when a swallow lives)。良い詩だな」

 

 

 その言葉を誰が言ったのか? 

 分かる者は居なかったが、良い表現だと思ったことは確かだった。

 作った未来を守るために、百合の少女はまた走り出す。

 

 




 次回からは何話か日常系の話を挟んでから波瀾編に入るつもりです!
 まだまだ終わりませんので、お楽しみに!

 誤字脱字などがありましたらご報告お願いします!

 感想もお待ちしております!

 p.s.
 作者のしぃは頭が悪悪なので、分かりやすい伏線を多々使用しています。
 と言うか、伏線にも満たないナニカを使っていたりします!


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閑話
十四話「百合と燕の、唐突温泉旅行!」


 お待たせしました!
 それと、アンケートに答えて頂きありがとうございます!



 戦線に復帰してから、はや1週間。

 鎌倉特別危険廃棄物漏出問題から数えると、約1ヶ月もの時が経っていた。

 身体的な問題は特になく、その日もせっせと荒魂退治に勤しむ百合。

 だが、その日の午後5時頃、百合は紗南に呼び出され指令室に足を運んでいた。

 

 

 久しぶりの指令室に少しの緊張と、それ以上の罪悪感が彼女の心中に渦巻いていた。

 規則正しいノックと共に扉を開けて中に入る。

 

 

「失礼します。夢神百合ただいま到着しました」

 

「そう固くならなくていい、悪かったな急に呼びつけて」

 

「いいえ、そんなことは……」

 

 

 紗南と話しながらも、百合の視線は周りに居る職員に向けられていた。

 退院したあとは、色々な所に行って謝り倒した百合が唯一来れていなかったのが指令室(ここ)だったのだ。

 そんな百合の視線を見てか、苦笑いを浮かべる紗南。

 彼女の胸に渦巻く罪悪感を取り払うために、紗南が職員を代表して言葉を発した。

 

 

「百合、あまり気にするな。ここに居る職員でお前を嫌ってる奴や、お前のことを恨んでるやつは居ないよ」

 

「本当ですか? ……なら良いんですけど」

 

「さぁて、暗い話はここまでだ! 退院した祝いにこれをやろう」

 

 

 渡されたものは1枚のチケット。

「1泊2日の温泉旅行ペアチケット!!」と簡潔に書かれている。

 有効期限は……なんと明日まで。

 

 

「こ、こんなの貰っていいんですか?! 悪いですよ、私なんかよりいっぱい働いている薫先輩にでも!」

 

「それは無理な話だ。アイツは今頃美濃関で荒魂の相手をしてるよ」

 

「そうですか、アハハ…」

 

 

 薫の現状に同情しつつ、少しだけ目を逸らす。

 紗南は薫曰くクソパワハラ上司らしい。

 先程のやり取りで、百合も何となく察しがつき薫に尊敬の念を送る。

 

 

「ペアチケットですけど、誰と行けば……」

 

 

 結芽は休暇を貰えていないため、勝手に連れ出す訳にもいかない。

 かと言って、ペアチケットなのに自分1人では少し物悲しさがある。

 百合は頭の中で、明日から明後日にかけて休暇だと言っていた人を思い出そうとしたが、そもそも今の現状で休暇を取っている者などいるわけが無い。

 最近の荒魂の発生量は異常とも言えるものであり、まともに休めた試しがなかった。

 

 

 酷い時は、シャワーを浴びている途中に出撃命令が出され、慌てて出ていった所為で下着をつけ忘れとこともあった。

 最近の人生の黒歴史の1つにカウントされている。

 

 

「? ああ、そうか。お前には言ってなかったが、明日と明後日の2日間は燕も休みだぞ」

 

「えっ? そうなんですか?」

 

「お前達2人で楽しんでこい」

 

 

 その言葉に、百合は顔を顰めた。

 嫌なのではない。

 ただ、最近は何故か、結芽の顔を見るだけでドキドキしたり、結芽が誰かと楽しそうに話しているのを見てると無性にムカムカしてモヤモヤしてしまうのだ。

 これの所為で、ここの所は結芽との距離が開いてしまっている。

 

 

 この温泉旅行が距離を戻す良い機会だと分かっていても、もしものことを考えると素直に喜べなかった。

 とりあえずその場は上手く誤魔化し、指令室を出る。

 貰ったチケットを手の中で遊ばせながら、チラリと専用の機械で腰に固定されている二振りの御刀を見た。

 聖はこんな時どうするのだろうか? 

 

 

 答えてくれない事など、分かっている筈なのに頼ってしまうのは悪い癖なのか……

 ため息を吐きながらも、気持ちを切り替えて自室に歩を進めて行った。

 

 -----------

 

 特にノックをする訳でもなく、いつも通りに扉を開ける。

 結芽は既に帰ってきていたのか、ベッド寝転がりながらスマホを弄っていた。

 百合が帰ってきたことは分かっていたらしく、スマホから目を離して口を開いく。

 

 

「おかえり〜、遅かったね?」

 

「そう? いつも通りじゃない?」

 

「ん〜? まぁ、いっか。それより聞いた? 私とゆりは明日と明後日休みなんだって!」

 

 

 休みをとれることが嬉しいのか? 

 自分と一緒に遊んだりぐ〜たらできることが嬉しいのか? 

 生まれてしまった疑問を一旦横に置き、チケットの話をした。

 結芽の顔は見る見るうちに顔がほころんでいく。

 百合はそれを見て、自分の心がドキドキと温かくなるのを感じつつも手早く荷物の準備をし始めた。

 

 

 結芽も百合に見習いウキウキと鼻歌を歌いながら、自分の荷物をバックに詰め込んでいく。

 20分程で支度は終わり、明日の予定を決めるために2人で隣同士にベットに腰掛ける。

 寿々花と夜見、他のみんなへのお土産を話し合いながら決めていく。

 行く場所は神奈川県内にある箱根温泉郷。

 

 

 有名どころだと元祖箱根温泉まんじゅうや、箱根まんじゅう辺りだろう。

 それ以外でも、変わった所で湯もちや箱根ロール等だろうか。

 百合は寿々花や夜見に湯もち、可奈美たちには箱根まんじゅう、職員の方々には元祖箱根温泉まんじゅうをと思っている。

 結芽は箱根限定のイチゴ大福ネコのストラップに目を輝かせていた。

 

 

 今の状態は、結芽が百合のスマホを横から覗き見る形である為、吐息が当たる距離だ。

 その事実が百合の心臓の鼓動を早くしていく。

 先程の温かいものに似ているが、どこか違っていて。

 顔が熱くなっていくのが自分でも分かった。

 

 

 そんな百合の状態を知らないであろう結芽。

 彼女は無自覚に、上目遣いで顔が熟したリンゴのようになっている百合を心配して声をかけた。

 

 

「ゆり、大丈夫? 顔赤いよ?」

 

「う、ううん。なんでもないの、ただ明日が楽しみで興奮しちゃって…」

 

「だよね!! 私も今から楽しみだよ! ゆりと2人だけで出かけるなんて久しぶりだね」

 

「うん、良い旅行にしたいね♪」

 

(あ、危ない、なんとか誤魔化せた〜)

 

 

 内心ヒヤヒヤして言葉が変にぶらついていたが、上手く誤魔化してその場を乗り切る。

 その後も、遅くなるまで旅行について話していた2人。

 最終的に同じベットで寝たが、結芽に抱き枕のように抱かれてしまい寝ることなどできなかった。

 

 -----------

 

 鎌倉駅から電車に揺られて1時間半、出勤ラッシュだと言うのに電車の中は空いていた。

 

 

「空いてて良かったね〜。あっ、そう言えば話は変わるけどさ、夜見おねーさんが脱走しようとしてたってホント?」

 

 

 結芽の言葉に百合は肩をビクリと震わせ、顔がほんのり赤くなる。

 あまり思い出したくないことを思い出してしまったのかもしれない。

 いつまで経っても返事を返さない親友に首を傾げながらも、結芽手に持っていたスマホでイチゴ大福ネコの冒険を進める。

 ここで簡単にイチゴ大福ネコの冒険を説明しよう。

 

 

 イチゴ大福ネコを主人公とした王道派RPG。

 基本的なスマホのRPGものと同じくガチャがあるが、最初の無料ガチャで最高レア度のSSRを確定でくれる初心者に優しい作りになっている。

 ガチャで出るのは、ご当地イチゴ大福ネコやイベント限定のイチゴ大福ネコであり、出たキャラを操作してクエストやストーリーを進めていく。

 ゲーム操作はコマンド&タップ・スライド・フリック式で、コマンドで必殺技、タップ操作で攻撃、スライドで移動、フリックで回避。

 

 

 とまぁ、こんな感じのスマホゲームだ。

 今時の流行りのゲームと言えるだろう。

 こんなゲームを結芽が進めていく中で、夜見が脱走しようとしてた時のことを話し始めた。

 

 

「え〜っとね、最初は全然私の話す言葉を聞いてくれなくて、そのまま逃げて行っちゃいそうな雰囲気だったんだけど……」

 

「だけど?」

 

「その…私が夜見先輩のことを夜見おねーちゃんと言ったら止まってくれて、それでなんとか脱走は阻止できたって感じかな?」

 

 

 結芽がニヤニヤしながら、此方を見つめてくる中で百合も現実逃避するようにスマホに入っているイチゴ大福ネコの冒険のアプリを開き遊び始める。

 基本的にこういうスマホゲームをあまりしない百合も、初心者に優しいゲーム性から好んでやっていた。

 今日の朝方は眠れなかったこともあり、ひたすらクエストを進めていたほどだ。

 

 

 同じゲームを始めた百合に、結芽は思い出した顔をして頼み事をするように少し頭を下げて上目遣いでお願いする。

 最近の彼女が、このやり方に弱いとなんとなしに分かってきたのだろうう。

 

 

「ゆり〜、このクエスト手伝って〜」

 

「なになに…って?! これさっき出たばかりの1番難しいヤツだよ!」

 

「えへへ〜、舐めないでよね! 私はこのゲームを立ち合いと荒魂退治の時以外殆どずっとやってるんだからっ!」

 

 

 エッヘン、とない胸を張る結芽を見ながら百合は歯噛みする。

 彼女は基本的にストーリー性のあるゲームや、こういうスマホゲームはマルチなどせずに自分一人で進めたい派閥の人間なのだ。

 だが、クエストが出てから何回か挑戦しているが後一歩の所で勝てないのだ。

 少しの間吟味しつつも、結芽のお願いを断ることも出来ない為、出来る限りの笑顔で頷いた。

 

 

「良いよ、でも私のキャラが弱くても文句言わないでね?」

 

「言わない言わない! ボスのヘイトを稼いでくれたら充分だよ」

 

 

 彼女たちがやろうとしているクエストは、道中は難しくないのだ。

 ボスが異常とも言えるほどに、攻撃力が高いためほぼ1回目の攻撃でHPがなくなってしまう。

 だが、ボスのHPはそこまで高くないため、隙をついて1発必殺技を入れられれば勝てる。

 しかし、苦戦を強いられるだろうと思っていた2人の考えは意味をなさなかった。

 

 

 何故なら、マルチプレイの挑戦1回目にして簡単に勝ってしまったのだ。

 理由は単純だった。

 2人が強すぎた、ただそれだけだ。

 本来ならこのクエストはマルチ推奨で、雑魚敵も相当に強く設定されているのだが、百合と結芽のやり込み度合いが凄まじい所為でなんら苦に感じず、ボスでさえも簡単に倒すことが出来た。

 

 

「何だか拍子抜けだったねー」

 

「うん、そうだね。そうだ! このまま周回してイベントポイント集めちゃおうよ」

 

「いいよ、このクエストで良い?」

 

 

 因みに余談ではあるが、今回のイベントはポイント制のランキングで、彼女たち2人がワンツーフィニッシュを決めたのは言うまでもない。

 

 -----------

 

 チケットの旅館に着いてチェックインした後は、荷物を置いて浴衣に着替える。

 結芽の浴衣に着替えるのを手伝いながら、今日の観光こ流れを頭の中で確認。

 スムーズに行けば行くほど、温泉でゆっくりする時間が増えるので、百合は今から楽しみだ。

 

 

 結芽も久方ぶりに着る浴衣に瞳をキラキラさせて喜んでいる。

 最低限の荷物をを持って旅館を出ていく。

 ブラブラと観光地を巡りながら、お土産屋さんを物色したり食べ歩きをしたり、旅行を楽しむ。

 時刻は11時過ぎ、お昼ご飯にはまだ少し早い、それにちょこちょこ出店で食べているのであまりお腹は減っていない。

 

 

 足湯で休憩で足の疲れを癒しながら、思いっきり肩を伸ばす。

 百合は実家に居る時旅行に行くことはあるにはあったが、肩の力を抜いて行けた試しはない。

 隣り居る結芽は先程3軒目のお土産屋さんでようやく見つけたイチゴ大福ネコストラップを見て、ご満悦なのか満開の笑顔だ。

 そんなゆったりとした温かい雰囲気を壊すかのように、電柱に付いているスピーカーから放送が流れる。

 

 

『荒魂の出現を確認しました。周辺住民の皆さんは速やかに屋内に避難し、刀使は直ちにこれを撃退せよ。繰り返すーー』

 

 

 放送を聞いた途端、そこら中に居た観光客が屋内に避難していく。

 2人はそれを見送おった後、スペクトラムファインダーを確認する。

 道なりに100m行った所に荒魂が居るらしい。

 2人は面倒臭そうな顔持ちで、荷物を片手に御刀を抜き荒魂退治のために出現場所に向かった。

 

 

 運の悪いことに、まだ他の刀使は来ていない。

 荒魂の数は小型個体が10体だけで、2人で余裕を持ちながら戦える範囲内。

 2人は臆することなく、次々と荒魂を祓っていく。

 全て倒し終わる頃に、やっと他の刀使が現れた。

 

 

「到着が遅れました、綾小路武芸学舎高等部2年の木寅(きとら)ミルヤです」

 

「長船女学園高等部2年の瀬戸内智恵(せとうちちえ)よ。遅れてごめんなさ……」

 

「? どうしたのちー姉? あっ、美濃関学院中等部二年生の安桜美炎(あさくらみほの)だよ」

 

「ご丁寧にどうも、元折神紫親衛隊第五席夢神百合です。今日は休暇中故、このような格好で申し訳ありません」

 

「元折神紫親衛隊第四席燕結芽、よろしくね〜」

 

 

 結芽を見て固まったまま、顔に陰りがある智恵以外は普通に挨拶を終え。

 百合とミルヤはノロの処理の話をしている中、美炎と結芽はスマホに付いているイチゴ大福ネコについて語り合っている。

 数瞬の内に仲良くなっている、美炎と結芽を智恵複雑な表情で見ていた。

 ……智恵は舞草に所属していた、そして結芽は舞草を襲撃した。

 智恵にとって結芽は仲間を傷つけた相手だが、今の彼女からは年頃の少女のような幼さしか感じられない。

 

 

(この子が、舞草の仲間を……。いいえ、止めましょう。私はお姉さんなんだから…)

 

 

 黒い感情に蓋をして、智恵は結芽たちの話の輪に入っていく。

 その数分後、智恵のことをおばさんと言った結芽の悲鳴が聞こえたのは、仕方の無い話である。

 

 

 

 荒魂退治から数時間、旅館に戻って来た2人は夕食を終えて温泉に入っていた、

 なんでも、この旅館の温泉は疲労回復と発育促進の効能があるらしい。

 舞草にいた時入った温泉と同等かそれ以上に温かく気持ちが良い。

 百合は顔を他所様にお見せできないレベルにまで蕩けさせ、寛ぐ。

 この時、結芽の目線は百合の双丘に向けられていた。

 

 

 羨ましそうに、見つめる結芽。

 その視線に気付かず、なおも寛ぎ続ける百合。

 ゆっくりと背後に回って行く結芽に対し、百合は微睡んだ思考でナニをしているのか考える。

 

 

(結芽? ……何してるんだろう、まぁいいか。体洗おう)

 

 

 結芽の手が後少しで届く、と言った所で百合は湯船から上がり体を洗いにいく。

 頭に乗せていたタオルをシャワーのお湯で濡らし、そこにボディソープかけて泡立たせる。

 泡立たせたら、そのタオルで体を洗っていく。

 

 

「ゆりー! 背中洗って上げるから、私の髪と背中洗って〜」

 

「髪は自分で洗ってよ、もぉ」

 

 

 口ではこう言いながらも、お願いを無下にしない辺りは本当に好きなことが見て取れる。

 結芽は合法的に百合の背後を取れたことに笑いを隠さずニシシと笑う。

 そんな笑い声を気に掛ける様子はなく、背中以外の部分を洗っていく百合。

 

 

「はい、背中はお願いね。私は髪の毛洗ってるから」

 

「任せといてよ!」

 

 

 タオルを渡してからは、髪の毛を洗うためシャンプーに手にかけて頭に手を伸ばす。

 そして、百合の手が髪の毛を洗うために上に上がった瞬間、結芽は百合の双丘に覆うように触った。

 

 

「あっ…つぅ……ひゃんっ…んっ…はぁ…あっんっ」

 

「ずるいよ! 私と同い歳なのに、こんなに大きくて! イタズラしちゃうんだから!」

 

「まっ…結芽…やめ…んっ」

 

 

 恐らくこの年頃の少女出してはいけないであろう、と言えるほどの艶めかし嬌声が小さく響く。

 声を抑えてるのか、必死に我慢してるようで余計に変な声が出てしまっている。

 結芽も結芽で、何故か分からないが気分が乗ってきてしまい、双丘を触っていた筈の手が段々と下に下がっていく。

 

 

 百合はこれ以上は不味いと判断し、結芽に訴えかける作戦にシフトした。

 

 

「ゆめぇ、もうやめて。いじわるしないでぇ…」

 

「ご、ごめん! 調子乗りすぎちゃったかも…」

 

 

 赤面・涙目・上目遣い、この3コンボは結芽の胸にずきゅんと効果音をたてて突き刺さった。

 先程より艶めかしく、扇情的なその姿は同性の結芽でさえ美しいと思わせるものだ。

 その後のことは2人共にあまり良く覚えていないとの事。

 だが、旅行後の方が距離が空いてしまったのは事実だった。

 

 

 百合だけではなく、結芽も百合を意識し始めていた。

 お互いを想う、百合と燕の行きつく先は……




 次回もお楽しみに!

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 お気に入り登録者50人突破しましたよ、こんな作品読んでくれてありがとうございます。


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十五話「萎れた百合、燕は癒す」

 お待たせしました!



「はぁ…はぁ…結芽?」

 

「う〜ん、熱は39.5°。完全に風邪だね」

 

 

 紅潮した頬はまるで茹だってるかのようで、息も荒々しい。

 苦しそうな百合を見ながらも、結芽は感情をあまり表に出さないように冷静に対処していたのだ。

 こうなった原因は、昨日の夜の任務に問題がある。

 昨日の夜十一時頃、事務仕事を手伝っていた百合はいつもより遅い時間でお風呂に入っていた。

 

 

 お風呂から上がり、髪を乾かそうとした時に出撃命令が下った。

 百合は最近作った黒歴史の二の舞にならない為に、急ぎながらも落ち着いて現場に向かう。

 荒魂の数は二体だったものの、大型の荒魂だった事から退治に困難していた。

 百合が加勢したけれど、負傷した刀使を逃がす際に何度か写シを剥がされてしまいお風呂に入って温まったばかりの体が雨に濡れてしまった。

 

 

 退治には成功したが、雨の所為で百合の体はずぶ濡れ。

 帰って来てからもう一度お風呂に入ったのだが、意味はなく今に至る。

 

 

「私、今日の仕事休んだから、一緒に居るよ」

 

「え? …ダメだよ…はぁ……最近は忙しくて…」

 

「知ってるよ。でも、辛そうなゆりを一人にするほど私はバカじゃないもん」

 

「…ありがとう」

 

 

 いつもの百合からは考えられないような小さいお礼。

 結芽はこの後、ネットで見たやり方を習って、おでこ以外に両脇と首裏に冷えピタを貼り、おでこには濡れタオルを置いた。

 これのお陰かは分からないが、辛そうだった百合の表情が心なしか柔らかくなったので結芽も安心して部屋を出た。

 

 -----------

 

 部屋を出た理由は簡単、食事の準備のためだ。

 給湯室に向かいながら、紗南に電話をかける。

 

 

『もしも〜し、真庭のおばさん?』

 

『本部長と呼べ燕。で? 何の用だ? お前から電話なんて珍しい』

 

『百合が熱出したから、看病するので今日休みまーす』

 

『百合が熱? あぁ、昨日の出撃の所為か。了解した、出来るだけ速く治るように看病してやってくれ。人員不足は否めないからな』

 

 

「はーい」と返事をし、電話を切る。

 先程百合に話した事の一部は嘘だった。

「今日の仕事休んだから」がそうだ。

 本当ならあんな嘘は吐きたくないが、ああでも言わないと安心してくれそうになかったから言ったわけだ。

 それ以外の言葉に嘘はないし、百合が熱を出した時点で休むことは決めていた。

 

 

 電話を終えて給湯室に辿り着いた結芽は、冷蔵庫を開けて入っている食材を見る。

 自室にも冷蔵庫はあるが、此方の方が大きいし色々と入っているのだ。

 何故なら、基本的に百合と結芽の部屋の冷蔵庫はアイスやお菓子しか入っていないからである。

 冷蔵庫に入っている食材を見て、結芽が理解した事。

 それは……

 

 

「食材を見ても何作れるか分かんない!」

 

 

 当たり前である。

 結芽は料理など殆どしないし、お菓子作りだって百合に教えて貰いながらようやく出来るレベルだ。

 そんな少女が冷蔵庫の食材を見ただけで、何を作れるかなどわかるわけが無い。

 結芽は一人ため息を漏らし、ドボドボと食堂に向かった。

 

 

 時刻は十時を少し過ぎた辺り、食堂に人は居らずいつものおばちゃんたちがお茶と煎餅片手に談笑している。

 綺麗に洗われた食器の山と、先程まで料理していた証拠とも言える油の臭い。

 そんな所に結芽おずおずと入っていく。

 入ったら入ったで、おばちゃんたちも気が付いたのか結芽に声を掛ける。

 

 

「どうしたの結芽ちゃん?」

 

「それがね……」

 

 

 手短に百合の風邪のことを話して、料理の作り方を教えてもらうように頼んだ。

 結芽の頼み事をおばちゃんたちは快く引き受けてくれた。

 ………お粥を作るだけで一時間半もかかったのは秘密である。

 

 -----------

 

 お粥とレンゲを載せたお盆を持って、軽やかな足取りのまま部屋に帰る。

 緩み切った笑顔で、普段の彼女を知っているものなら驚くだろう。

 百合が起きているかは分からないので、静かに扉を開けて中に入る。

 一週間前に行った温泉旅行から、また少し距離が開いてしまったが、今日こそは距離を元に戻そうと言う思惑が結芽にはあった。

 だって、大切な人と距離が開いたままなのは嫌だから……

 

 

 中に入ると、ベットの方を見た。

 しかし、そこに百合は居なかった。

 

 

「ゆり?!」

 

 

 お盆を急いで机に置き、部屋を出た。

 結芽が部屋を出てから約二時間弱、百合はどのタイミングて外に出たのか? 

 けれど、今の結芽にとっての問題はそれではない。

 何時部屋を出たのかなど、そんなのどうだって良いのだ。

 問題は39.5°もある熱で、外に出たことだ。

 

 

 体の脱力感や疲労に加え、頭痛に吐き気。

 百合の体の状態はすこぶる悪い筈。

 それなのに外に出るなんて、やっていいことではない。

 だが、結芽が感じたのは百合への怒りではなく、自分への怒り。

 距離を元に戻したいがために、百合の傍から離れた自分への、どうしようもない怒り。

 

 

 折神邸の中を走り回る。

 二十分程経った頃、可愛らしい寝巻きを着て、泣きながら自分の名前を呼ぶ百合を見つけた。

 

 

「ゆめぇ〜どこ〜……一人は…ヤダよ〜」

 

 

 目から涙を流しながら、必死に縋り付くように結芽(自分)を呼ぶ百合。

 胸が引き裂かれるような痛みが結芽を襲う。

 甘えていた、寄りかかっていた、姉のような親友に依存していた。

 でも、それじゃいけないと気付いた。

 だって、百合は弱いから。

 

 

 きっと誰よりも強くて、誰よりも弱い。

 お互いがお互いの支えになっていた。

 百合が泣いていたら結芽が慰めて、結芽が泣いていたら百合が慰めて、二人とも泣いていたらお互いに慰めあって。

 一人では強くない、二人だがらこそ強い。

 それが、百合と結芽だった。

 

 

 忘れていたのだ、こんな自分たちの関係を。

 だからこそ、結芽は百合の手を取った。

 

 

「ゆり、心配したよ。部屋に戻ろ?」

 

「ゆめぇ〜! 怖かったよ〜、寂しかったよ〜」

 

 

 抱き着きながらなく百合の頭を、そっと撫でる。

 いつか彼女が、自分にそうしてくれたように。

 泣き止んだ百合は、疲れて寝てしまい結芽がおぶって部屋に連れていった。

 その姿は本当の姉妹のように仲睦まじいものだった。

 

 -----------

 

「はい、あーん」

 

「あ、あーん」

 

 

 あの後、百合の熱は徐々に下がりお昼過ぎには38.0°を切っていた。

 そうして、ようやく落ち着いた今お粥を食べているのだ。

 冷めてしまったのでレンジ温め直したが、味は悪くないようで百合は美味しそうに食べていた。

 ……あーんで食べさせてくる結芽の所為で顔は赤いままだが。

 

 

「どう? 美味しい? 食堂のおばちゃんたちに教えて貰いながら作ったんだ〜!」

 

「う、うん。すっごく美味しいよ。ありがとね結芽」

 

 

 本当のことを言うなら、今の百合に味を感じる余裕はない。

 結芽があーんで食べさせてくる所為で、心臓が破裂するほど高鳴っている。

 ボーッとする頭で、変なことを言ってしまわないように気を付けるので精一杯だ。

 それでも、熱の所為で半ば蕩けている思考で、完璧にボロを出さないなんてこと出来る筈はなく。

 

 

 想いが漏れる。

 

 

「結芽。私、結芽のこういう所大好きだよ」

 

「そう? えへへ〜、私も!」

 

「違う。私の好きは…」

 

 

 お粥を食べるために起き上がっていた百合は、自然な動きで顔を動かしていく。

 迷うことなく、結芽の方に。

 そしてーー

 

 

「んっ」

 

 

 結芽と百合の唇が重なるのは、本当に一瞬だった。

 結芽は驚いて声も出せず、百合は満足したのか糸が切れた人形のように眠りにつく。

 数時間後に目を覚ました百合はこのことは覚えていなかった。

 だが、結芽の唇にはしっかりとあの時(キスの瞬間)の感覚が残っている。

 

 

 想いを漏らした百合に対し、結芽はどうするのか? 

 二人の関係は光の速度を超えて変わっていく。

 その先に何があるかは、誰にも分からない。




 次回もお楽しみに!

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十六話「百合と燕は、結ばれる」

 一瞬だけでしたが、日刊ランキングにのりました!
 めちゃくちゃ嬉しくて涙出そうでした。
 何やかんやありましたが、投稿していた作品の中でランキングにのったのは初めて。

 お気に入りも昨日の投稿から七人も増えました!
 以上、失踪系作者しぃの独り言です。
 本編をどうぞ…


「結芽って、好きな人いるの?」

 

 

 よくあるガールズトーク。

 風邪が治ってから二日も経たないある日の朝、百合は不意にその質問を結芽に対し投げかけた。

 どんな返事かえってくるかで、今後の自分の動き方が変わる。

 もし、結芽にそんな相手が居るなら応援したい。

 本当は嫌だけれど、「結芽(親友)を幸せにすることが出来るなら、それもしょうがない」と、百合は思っている。

 

 

 そんな思いがある百合に対し、結芽の返答は、

 

 

「居るよ。好きな人」

 

 

 その言葉を聞いた途端、百合は机と椅子をガタンと揺らしながら立ち上がる。

 構えていた筈なのに、心臓の鼓動は早まるばかり。

 その所為もあってか、咄嗟に立ち上がってしまった。

 

 

「だ、誰?! どんな人?! もしかして、私の知り合い?!」

 

「お、落ち着いてよ…。えっと、どんな人かって言うと…凄く優しくて、気が利く人で、いつも私の事を想ってくれる人かな。勿論百合の知ってる人だよ」

 

(と言うか、本人そのものだけど。……流石に、気づいてくれるよね?)

 

 

 結芽はこの言葉で百合がある程度察してくれるものだと思っていた。

 だが、実際はそんなことはなく。

 パソコンで最近の荒魂退治に関する書類作成を行っていた、百合の作業効率は目に見えて落ち、明らかに雰囲気が暗くなっていた。

 

 

(嘘っ!? 絶対気づくと思ったのに!)

 

 

 百合は百合でこう思っていた。

 

 

(私じゃないのは確実か……、結芽のことを何時も想ってるし、気が利く方だとは思うけど……。すごい優しいわけじゃないからな)

 

 

 あまりにも自己評価が低い少女である。

 前回の事があるせいか、ネガティブな思考が抜け切っていないのだ。

 正直に言うなら、かなり面倒臭いタイプの人種。

 結芽はため息を漏らしながら、これからの動きをどうするか考えた。

 いっその事、素直に想いを伝えてしまおうか? 

 そんな考えが脳裏に過ぎるが、頭を横に振って否定する。

 

 

 先日の事故のように、出来ることなら百合から想いを伝えて欲しい。

 その後、自分も想いを伝えれば晴れて相思相愛の関係を築ける。

 敢えてもう一度言おう、この二人はかなり面倒臭いタイプ人種である。

 

 -----------

 

 先程の話から約一時間、朝十時を回った頃。

 百合は作成した書類の提出のために、指令室を訪れていた。

 結芽の言葉が頭から抜け切っていない百合は、ノックを忘れて指令室に入る。

 指令室の中は、誰もが慌ただしく働いていた。

 徹夜の者も多いのか、エナジードリンクの空き缶や空き瓶が机に並んでいる。

 

 

 目元に隈がある者も多い中、百合は紗南に書類を渡した。

 

 

「真庭本部長、頼まれていた書類を持ってきました」

 

「おお、助かるな。現場に出ていて書類を作成できるものはあまりいないからな」

 

 

 刀使の基本的な仕事は荒魂退治であり、書類作成はあまり行わない。

 高等部になれば社会に出ても役に立つように、と言う理由でやる者も多いが絶対数は多くない。

 その中でも、中等部でありながら下手な高等部より綺麗で読みやすい書類作りをする百合は、指令室(ここ)では重宝される。

 百合はそれ以外でも、お茶やコーヒーを入れて配ったりなどの気の利く行為が出来る。

 

 

 紗南からしたら、少し真面目過ぎるというものだ。

 姫和の母である篝と同等の真面目さと、聖のような人柄の良さわ持ち合わせることで、百合は指令室の職員からしたら天使のような存在。

 噂では、鎌府や刀剣類管理局本部内でファンクラブがあるとかないとか。

 イケメン女子として、男性女性問わずモテる真希。

 その容姿の美しさから尊敬される寿々花。

 最後に、優しさと真面目さ、戦闘時の強さがギャップとなり天使と呼ばれる百合。

 

 

 親衛隊、恐ろしい組織である。

 そんな事はさておき、紗南は百合に対してある疑問が浮かんだ。

 

 

(? そう言えばいつものノックが無かったな。忘れるなんて珍しい。何かあったか?)

 

「百合? 珍しいな、お前がノックもせずに入ってくるなんて」

 

「へ? そ、そうでしたか? だったらすいません! つい、ボーッとしていて。以後気を付けますので」

 

「いや、責めてるわけじゃないんだ。珍しい事もあるもんだな〜、と思ってな。何かあったのか?」

 

 

 少しの情報からそこまで持っていくのは、一種の才能なのだろう。

 伊達に長船の学長を務めているわけでもなければ、過去に特務隊にいた訳でもない。

 紗南の目はしっかりと百合の瞳を捉えていた。

 百合も、少しづつ自分がボーッとしていた原因を話していく。

 

 

「なるほどなるほど、で?」

 

「?」

 

「いや、お前はどうしたいんだ? 燕がこのまま誰かと付き合っていいのか?」

 

 

 女性同士の恋愛を進めるわけでもなければ、否定するわけでもなく。

 ただ純粋な、百合の想いを聞いた。

 結芽が百合との関係性を絶つなど有り得ないが、もしかしたら。

 そんな()()が、百合の心を締め付けた。

 結芽が笑っていて、幸せならばそれで良い。

 けれど、もし可能なら、その隣で笑ってる人間は自分が良い。

 

 

 独占欲に似た何かが百合の中に出てくる。

 黒い感情ではなく、清々しいと言えるものだ。

 温かく包むような、愛と同じで少し違う感情。

 今の百合が結芽にぶつける感情は、愛でもあり恋でもあった。

 

 

 愛を知ってから恋を知る。

 本来、恋を知ってから愛を知るものだ。

 子供の時に他人に恋をして、大人になって親の愛に気付く。

 少し順序が逆になってしまったが、百合は「そんなのどうでもいい!」と、言わんばかりの顔をしていた。

 

 

 その顔を見て、紗南は悪戯が成功した子供のようにクスリと笑い百合の頭を撫でた。

 

 

「まっ、長い人生だ。ゆっくり歩けよ」

 

「ありがとうございます! 私行ってきます!」

 

 

 紗南にそう告げると、百合は指令室を飛び出しある場所に向かった。

 想いを伝えるために。

 

 -----------

 

 結芽は夕暮れ、折神邸の中庭に呼び出されていた。

 百合が部屋を出ていってから、数時間。

 ずっとどうするか考えていたのだ。

 そんな時に、百合からの電話が来て中庭にいる。

 

 

『伝えたい事と、渡したい物があるから中庭に来て』

 

『わかった』

 

 

 こんな会話だけだっだのにも関わらず、結芽は落ち着いていた。

 もしかしたら、百合が勘違いしたままかもしれないのに。

 別れを告げられる、そんな考えは1mmも浮かばなかった。

 待つこと数分、ようやく現れた百合は何故か御刀を抜き写シを張りながら、大きな荷物を背負ってやって来た。

 恐らく、荷物を背負うためにそうしたのだろう。

 

 

 だが、肝心な荷物の中身は見えない。

 

 

「ゆ、ゆり?! それ…何?」

 

「これ? これはね……」

 

 

 ゆっくりと丁寧に荷物を下ろして、写シを外し御刀を納刀する。

 その荷物は花束だった。

 中に入っている花の数が多過ぎて所為で、あんな持ち方をしていたのだろう。

 結芽は女の子だが、あまり花に関心がある訳でもない。

 その彼女でさえ分かる、花。

 

 

「赤い…バラ?」

 

「そっ。いや〜、結構苦労したんだよ? こんなに集めるの二十軒以上回って、ようやく目標の数まで行ったんだ!」

 

「目標の数ってどれくらい買ったの?」

 

「九九九本」

 

「……待って、もう一回言って」

 

「だから、九九九本買ったの」

 

 

 異常と言える程の数である。

 見た目からして、軽く百は超えてるだろうと思っていた結芽だったが、流石にこれはやり過ぎだと思った。

 

 

「ちょ、流石にそれは買い過ぎだよ! いくらかかったの!?」

 

「三〇万位……かな?」

 

 

 ……バカである。

 最も、百合は「なんでそんなに驚いているの?」とでも言いたげな顔をしているが……

 言っておくが、百合は一応は名家のお嬢様である。

 不自由ない暮らしをしてきたし、お小遣いだって相応に貰っていた。

 それでも、百合にとっての三〇万は、一ヶ月分の給料と同等。

 

 

 お小遣いは別だ。

 今回のバラの花束の代金は全部自分の給料から払っている。

 自分が命を賭けて戦って得たものだ。

 お金や量以外でも結芽の疑問はある。

 何故バラなのか? 

 それが、気になっていた。

 

 

「なんでバラなの?」

 

「それはね、私の伝えたいことを言ったあとで言うね」

 

「う、うん」

 

「ふぅ…はぁ…。結芽」

 

「なに?」

 

 

 高鳴る心臓を抑えて、百合は想いを口にした。

 芽生えた願望を口にした。

 

 

「私ね、結芽のことが好き! 女の子同士だけど、それでも…。どうしようもないくらい結芽が好き! 結芽に好きな人が居ても、私は…諦めたくなんてない!」

 

 

 口にした想いは、結芽に届く。

 結芽の答えは? 

 そんなの決まっている。

 

 

「そっか、私も好きだよ?」

 

「ち、違う。多分結芽が言う好きじゃーー」

 

 

 百合の言葉は、結芽の強引で情熱的な口付けによって途切れた。

 顔に両手を添えて、逃がさないように。

 その姿はさながら、肉食動物。

 最初はもがこうとした百合も、段々と力を緩める。

 脳が焦げる、そんな比喩表現を今、体験していた。

 

 

 口に入ってくる結芽の舌が、自分の舌と絡まる。

 焦げるを通り越して、蕩け始めた百合の脳は限界だった。

 そんな百合を察したのか、一分にも及ぶ長い口付けが終わり、結芽が顔を話す。

 糸を引いていたが、百合にそんなことを確認する余裕はない。

 

 

 まだ、正面には舌舐めずりをする結芽。

 比喩などてはない、本物の肉食動物がそこに居た。

 

 

「ゆりの味、少し癖になりそう」

 

「そ、そそそう。ど、どういたしまして」

 

 

 恥ずかしさのあまり噴火寸前の火山と変わらないほどに、顔を赤く染めた百合。

 告白の返事? は貰えたが、まだプレゼントを渡してないためここで何処かに行く訳にはいかない。

 

 

「ゆ、結芽はバラの花言葉が数で増えるって知ってる?」

 

「? あ〜、なんか聞いたことあるよ。それで? 九九九本だとどんな意味があるの?」

 

「……何度生まれ変わってもあなたを愛する」

 

 

 結芽は百合から花言葉の意味を聞いた瞬間、俯いてしまった。

 

 

(も、もしかしたら重すぎた?! どどど、どうしよう!? 今からバラの本数をー)

 

 

 そんな百合の考えは杞憂に終わる。

 何故なら、結芽が百合に向かって熱烈なハッグをしてきたからだ。

 胸に頭を埋めたと思ったら、またしてもキスをしようと迫ってきた。

 なんとか体を離して、今まで隠してきていた話をする。

 神様の悪戯、その話を聞いた結芽はなんとも言えない表情をしていた。

 嬉しいような、悲しいような。

 

 

 ごちゃ混ぜになった感情の中で出した答えは、

 

 

「今があるならそれでいいよ。でも、神様にも感謝しなくちゃね」

 

 

 笑いながら話す結芽に、百合が何かを言うことはなかった。

 代わりに、掴んだものを離さないように、しっかりと手を握り帰路に着いた。

 

 

 その日、百合が眠れなかったのはまた別のお話。




 次回もお楽しみに!

 誤字脱字などがありましたらご報告お願いします!

 感想もお待ちしております!

 記念物語の方は少々設定が違い、百合の両親は交通事故にあっておらず、逆に結芽の両親が蒸発しています。
 結芽が百合の家に養子に来る所から、物語が始まります。
 三話〜四話を目安に作る予定です!
 お楽しみに!(アンケートでの立ち位置逆転のお話)



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波瀾編
十七話「百合はもう一度咲く」


 お待たせしました!


 鎌倉特別危険廃棄物漏出問題が起こってから約五ヶ月が過ぎた。

 刀剣類管理局本部には、多くの刀使が駐在して荒魂退治に勤しんでいる。

 かく言う百合と結芽も、荒魂退治に精を出していた。

 

 

「今日も疲れた〜。帰ったら何しよっか?」

 

「ごめん、この後真庭本部長に呼ばれてて…」

 

「ちぇ〜! じゃあ、先におねーさんたちが待ってるラウンジに行ってるからね〜」

 

 

 あまり怒ってないだろうに、スキップでラウンジに向かっていく結芽を見送り、指令室に急いだ。

 紗南に呼ばれた理由は分かっている。

 大方、行方知らずの真希についてだろう。

 残念ながら、百合は真希の居場所を知らない。

 

 

 知っていたら、引きづってでも寿々花の所に届けに行くつもりだ。

 寿々花と夜見の体と、融合した荒魂の除去する様々な研究も進められており、遠くない内に目処も立ってきた。

 真希の中の荒魂も取れれば、元の親衛隊に戻る。

 結芽の場合は、元々の入れていたノロの量が少なかったことと、荒魂との融合具合が進んでいなかったことから、すぐに除去できた。

 

 

 真希達とは少し勝手が違ったのだ。

 

 

 結芽と別れてから数分。

 いつも通り、扉をノックをしてから指令室に入る。

 

 

「真庭本部長。夢神百合、只今参りました」

 

「おう、ご苦労だったな。早速本題だが、この写真の人物が誰か分かるか?」

 

 

 渡された写真に写っていたのは、黒いフードを被ってはいるが彼女のよく知る人物だった。

 

 

「真希先輩ですね。寿々花先輩や夜見先輩にも聞いたんじゃないですか?」

 

「まあな、念には念をと言うやつだ。お前なら分かるだろ?」

 

 

 ニヤニヤしながらこちらを見る紗南に対して、苛立ちを感じながらも、それを腹の底に収めて返事をする。

 出来る限りの笑顔で。

 

 

「真希先輩の場所が分かったら、即刻教えて下さると助かります。引きづってでも、ここに帰らせますので」

 

「お、おう。分かったよ。連絡する」

 

 

 紗南は百合威圧感のある笑顔に、嫌な汗が頬を流れた。

 …「今後コイツを怒らせないようにしよう」と、決めたのは言うまでもない。

 

 -----------

 

 ラウンジに集まっていた面々と合流した百合は、可奈美たちが仮で住んでいる部屋に邪魔して紗耶香の誕生日パーティを開いた

「本日の主役」と書かれたタスキを無表情で掛けた、紗耶香の姿は中々に面白いもので結芽は少し笑っていた。

 

 

『ハッピーバーズディ!』

 

 

 祝いの言葉と同時にクラッカーを鳴らす。

 可奈美たち七人+αの久しぶりの再会が、紗耶香の誕生日であることから、密かに薫が誕生日パーティを企画したのだ。

 可奈美のそんな説明を受けて、口を少し開かせている紗耶香に対し、薫はドヤ顔で良い張る。

 ねねもそれに乗っていた。

 

 

「サプライズパーティだ! どうだ、驚いたか!」

 

「ね~!」

 

「は~い、ケーキの登場でーす。姫和ちゃんのオススメのお店で買って来たんだよ」

 

「……」

 

 

 無言で微笑む紗耶香に、姫和が「チョコミントケーキのほうが良かったんじゃないか?」と言ったのはいつものこと。

 

 

「これ、紗耶香ちゃんの誕生日だから」

 

「チョコミント好きなのお前だけだから。誕生日に歯磨き粉食わされる身にもなれ」

 

「歯磨き粉じゃない!」

 

「え~、あれは歯磨き粉だよ」

 

「そうですね、独特な味ですよね」

 

 

 百合や結芽にもそう言われる始末な姫和は置き去りにして、エレンがロウソクの火を消すように促す。

 薫もそれを煽るような言葉を投げかける。

 

 

「一気にフーって、消しちゃってクダサイ!」

 

「今日のメインイベントだ。気合い入れろよ!」

 

「…分かったっ!」

 

 

 静かに意気込んだ紗耶香は、思いっきり息を吸う。

 段々と赤くなっていく顔を見て、薫と百合が止めに入る。

 

 

「待て待て、何をする気だ」

 

「紗耶香ちゃん、そんなに強くなくても大丈夫だから!」

 

「そうだ、もっと肩の力を抜け。ケーキが潰れるぞ!」

 

「うん」

 

 

 今度はそっと息を吹き。

 四本のロウソクに灯った火を消した。

 消し終わってから、全員が拍手をしながら祝福する。

 

 

『おめでとう!』

 

「ありがとう」

 

 

 その後もワイワイと楽しく、誕生日パーティは行われた。

 ここ四カ月で、可奈美たちともすっかり打ち解けた結芽は、パーティの中で紗耶香にプレゼントを渡していた。

 ……その姿を見て、百合が少しだけ嫉妬をしていたのはしょうがない話である。

 

 

 パーティの片付けも終わり、ゆっくりお茶をしようとした時に薫が真面目な雰囲気で語り出した。

 その表情に気だるさはなく、真剣さが見てとれる。

 

 

 

「例のノロを強奪しているフードの刀使だが、正体は獅童真希だったぞ」

 

「うん、私も見た」

 

「…そんな」

 

「やっぱりそうだったんだ」

 

 

 ここに居る全員が、最近ノロを強奪しているフードを被った刀使が居るという噂を知っているし、実際に見た者も居る。

 少なからず、全員が全員違う理由で話を知っていた。

 だが、フードの刀使は真希と言うことを知る者は少ない。

 しかし、エレンはそれを否定した。

 何故なら、エレンは舞衣と一緒にそのフードの刀使と戦ったことがあるからだ。

 

 

「ちょっと待ってください。私とマイマイも長久手でノロを奪ったフードの刀使と戦いましたが、あれはマキマキじゃなかったデスヨ?」

 

「うん。獅童さんって神道無念流だったよね? あの人は別の流派だったと思う」

 

「素性を隠す為、あえて他の技を使っていたということはないか?」

 

「真希おねーさんはそんなことしない! ……真希おねーさんは…」

 

「多分それはないと思いマスヨ」

 

 

 混ざり合う情報と、飛び交う意見。

 どの情報が真実で、どの情報が間違いかなど、誰もが簡単に分かるわけではない。

 

 

「まぁ、獅童だったら見れば分かるだろう。と言うことは、フードの刀使は一人じゃないな。…燕もそんな顔するな」

 

「ね~」

 

「サナ先生なら何か知ってるんじゃないんデスカ?」

 

 

 エレンの意見に全員が頷き、部屋を出で指令室に歩き出した。

 

 -----------

 

 薄暗い指令室の中、可奈美たち以外には朱音と紗南しか居ない。

 他の者も休憩を取っているのだろう。

 エレンは、遠回りはなしで質問する。

 

 

「サナ先生、教えて欲しいことがありマース」

 

「なんだ、騒々しい」

 

「フードの刀使って、何者なんデスカ?」

 

 

 エレンの直球な質問に、紗南は言葉を詰まらせ、朱音を見やる。

 朱音の方も、なんとなくこうなることを予想出来ていたのか、可奈美や百合たちの方を見て言葉を発した。

 

 

「良いでしょう。あなたたちにもそろそろ伝えなければと思っていた所です」

 

 

 その言葉の後は、流れるがままに朱音に連れられて執務室に場所を移した。

 明るすぎないライトの光が、部屋に落ち着きを持たせている。

 朱音と薫だけがソファに着き、他の者は経ちながら話が始まった。

 

 

「今の所、確認されているのは二人います」

 

「……」

 

 

 薫の意見が当たっていたことに息を飲む可奈美たちだったが、話はこれだけでは終わらない。

 

 

「一人は獅童真希で間違いないでしょう。そしてもう一人は……そもそも刀使ではありません」

 

「刀使じゃない、じゃあ……」

 

「「タギツヒメ」です」

 

 

 朱音と百合の声が重なった。

 可奈美たちは隠世に追いやったタギツヒメに驚いたが、百合がそれを言い当てたことにも驚いた。

 有り得ないとでも言いたげな様子のエレンが、朱音を問い詰めるかのように質問する。

 

 

「タギツヒメは五カ月前の戦いで隠世に追いやった筈、もう復活したのですか?」

 

「誰に憑りついたんだ……」

 

「いえ、今のタギツヒメは人に憑りついている訳ではありません。荒魂自体が人の姿で現れたのです」

 

「そんなことが?」

 

 

 出てくる情報の一つ一つが、大きすぎる。

 処理は出来ているが、追いつけないと言うより理解が難しい。

 結芽に至っては、考える事を放棄し始めている。

 そんな時、執務室の扉が叩かれた。

 

 

「入ってください」

 

「失礼します」

 

 

 入って来たスーツ姿の男性は、朱音に赤い文字で極秘と書かれた資料を渡す。

 

 

「局長代理に市ヶ谷から連絡が」

 

 

 その書類を受け取った朱音は、すぐに読み始める。

 後ろに着いて居る紗南にも見せると、紗南は納得したような顔になった。

 ……何が書かれているのか、覚悟が決まったような朱音の表情からは相当に重要なことが書かれていたということしか分からない。

 

 

「これは…」

 

「ようやく許可が下りましたね。衛藤さん、十条さん、夢神さん。三人は明日、私と一緒に市ヶ谷の防衛省に同行して下さい。護衛任務です」

 

 

 朱音から言い渡された護衛任務。

 ここから、最期の戦いが始まる。

 

 百合の花はもう一度咲く。

 

 色が変わるか、変わらないかは、まだ分からない。




 次回もお楽しみに!

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十八話「二柱の女神との邂逅」

二日連続で上げていく〜!


 送迎車に乗り、目的の市ヶ谷にある防衛省を目指す。

 朱音の隣に百合が座り、その対面に姫和で隣には可奈美。

 静寂が漂う車内で、最初に口を開いたのは可奈美だった。

 

 

「あの、防衛省で護衛って一体何があるんですか?」

 

「これから、とある重要な相手と面会します」

 

「重要な相手ですか…」

 

「とても重要な相手です。正直な所、何が起こっても不思議ではない。だから、貴方達に同行をお願いしたいんです」

 

 

 朱音が話す雰囲気は、とても恐ろしいもののように感じた。

 それを悟った可奈美は、思ったことをそのまま投げかける。

 

 

「私達でお役に立てるんですか?」

 

「貴方達でなければ駄目なのです…!」

 

「私たちでなければ…」

 

「…もしかして…」

 

 

 可奈美と姫和に百合の三人は、ほぼ同時に自分の御刀を見つめる。

 共鳴はしていないものの、朱音の「貴方達でなければ駄目なのです…!」と言う言葉から、大体のことは察することが出来たようだ。

 防衛省の入口である門を車で潜り、内部に入っていく。

 辺りの景色を見渡しながら数分程待つと、車が停止した。

 

 

「お待ちしておりました」

 

 

 先日見た人とあまり変わらない黒いスーツ姿の男性が、彼女たちを出迎える。

 男性の案内の元、ビルの中に入っていくが……。

 中に居たのは、銃を構えた機動隊員と御刀を持った刀使たち。

 厳重な体制を敷く中の様子を見て、百合は居心地悪そうに呟いた。

 

 

「空気がピリピリしてますね」

 

「刀使も居るね」

 

 

 そんな中、見知った顔が居た。

 舞草の刀使であった、孝子と聡美だ。

 

 

「孝子さん! 聡美さん!」

 

「久しぶりね」

 

「何故お二人がここに?」

 

「昨日付けで配属されたんだ」

 

「…気を付けてね」

 

 

 聡美の最後の言葉はよく分からなかったが、朱音が先頭にたち奥へ奥へと潜っていく。

 辿り着いたのは、地下シェルターのようになっている場所。

 何重にもなっているロックを解き、ようやく厚い壁の中に入る。

 中にあるのは、長い階段を上がった上にあるお社のみ。

 それ以外は特に何も無く。

 

 

 だだっ広い真っ白な空間であった。

 何度が夢で見たことがあるような場所だと、百合は思った。

 階段に段々と近づいて行き、最初の一段目の二から三歩手前で止まる。

 そして止まった瞬間、三人の御刀が微かにだか震えた。

 可奈美と姫和ば御刀に手を掛けたが、百合は特に何もしようとしなかった。

 

 

 相手がどんなものでもあれ、自分から敵対する姿勢を見せるなど言語道断。

 それに、幾ら早くても距離があれば御刀を抜くことは何時でも可能だ。

 構えた二人に、朱音が制する。

 

 

「構えを解いてください」

 

 

 その言葉を信じて、二人は構えを解き御刀から手を離す。

 

 

「拝顔を賜り光栄でございます。タギツヒメ」

 

 

 …驚きが声となって外に漏れだした。

 百合も少々動揺している。

 だが、タギツヒメと呼ばれたものは、それを否定した。

 

 

「その名が指すものは別に居る」

 

「では、なんと?」

 

「タキリヒメと呼ぶことを指し許す」

 

「承知しました。私はーーー」

 

「折神朱音、そして衛藤可奈美、十条姫和、夢神百合」

 

 

 未だ名乗っていないはずの自分たちの名前を言い当てられて、またも動揺するが今度はそう長く驚かない。

 それに、朱音は気にしている感じはなく、話を進めていく。

 

 

「タキリヒメ、率直にお伺いします。貴方は我々に仇なすものでしょうか?」

 

「質問は許さぬ。イチキシマヒメを我に差し出せ。お前達の手にあることは分かっている。人にとって真の災いはタギツヒメ。そして、イチキシマヒメの理想に人は耐えられない」

 

「故に、貴方に従えと?」

 

 

 恐らく、彼女の言葉は推測ではなく確信。

 彼女の言葉は確信であり、真実だ。

 

 

「我はタキリヒメ。霧に迷う者を導く神なり。人よ、我がお前達の求める最良の価値をもたらそう。タギツヒメは力を得ている筈、時間は限られている」

 

 

 彼女は忠告する。

 彼女は誘導する。

 善意も悪意もなく、ただ導く。

 人間に期待などしていないような声色で。

 あの空間を出たあと、朱音は立ちくらみを起こしたかのようによろけた。

 

 

「朱音様!」

 

「大丈夫です…」

 

(姉様は、こんなものを一人で押さえ込んでいたのですね)

 

 

 来た場所を戻り、ビルを出る。

 車に乗り込んだ後に、口を開いたのはまたしても可奈美だった。

 

 

「朱音様、一体何がどうなっているんですか? 教えて下さい」

 

「…分かりました。姉の中に居た大荒魂は、貴方達に倒されたあと三つに別れました。先程会ったタキリヒメ、各地でノロを集め回っているタギツヒメ。そしてもう一つがイチキシマヒメです。私たちは考え違いをしていました。姉はただ大荒魂に体を支配されていたのではない、その身を懸けてずっと押さえ込んでいたのです。それが今は、それぞれの目的を果たすため、己の意思で自由に動いている。非常に危険な状態です」

 

『…………』

 

 

 話は重い。

 今、人類は三つ巴の戦いに巻き込まれている最中。

 しかも、タギツヒメもタキリヒメもイチキシマヒメも元が大荒魂であることに変わりはない。

 戦ったとしても、勝つのには多大な犠牲を払うことになるだろう。

 

 

「政府の一部はタキリヒメを手放したくないようです。ですが、それは難しいでしょう。あれは人間の手に負えるものではありません」

 

「イチキシマヒメがこちらの手にあると言うのは、本当なのですか?!」

 

 

 語気が強まる姫和に、朱音は動じることなく言葉を返す。

 何処と無く、彼女の表情に怒りが垣間見えるのは、気の所為ではないだろう。

 

 

「ええ、絶対に安全な所で保護しています」

 

 

 それ以上の車での会話はなく。

 帰りの車内の空気は最悪に近かった。

 

 -----------

 

 綾小路武芸学舎の学長室にて、結月はある資料を見ていた。

 冥加刀使。

 最新の研究を重ね作られたノロのアンプルを注入することで、刀使を大幅に強化する。

 ノロとの適合率が高ければ高い程、その強さは比例し強くなる。

 

 

 元親衛隊の中で一番ノロとの適合率が高かったのは…()()だ。

 現に、結月が見る資料の中には百合も入っていた。

 元は綾小路武芸学舎の生徒、結月が声を掛ければ飛んでくるだろう。

 だが、結月はそれをしなかった。

 彼女と結芽のことを想ってではあるが、それ以外にも理由があった。

 

 

 いや、そちらの方が本命だ。

 ノロとの適合は、どんなに適合率がが高くても100%に届くことは無い。

 …そう、ありえないはずなのだ。

 

 

「…適合率100%、か。百合、お前は一体何を」

 

 

 ノロとの適合率100%、百合はありえないはずの数値を叩き出していた。

 雪那には話していない、話した所で信じる可能性は低い。

 夢神流、奥伝『悪鬼羅刹』。

 特務隊の時、何度が聖がそれを使ったのを見たことがあった。

 圧倒的とも言える強さ。

 

 

 本来なら使用しただけで、即昏倒する四段階迅移を難なく使っていた。

 それ以外にも、『悪鬼羅刹』を使っていなくても三段階迅移を使い、弱体化することも無かった。

 ……だが、娘である百合は数分使っただけでボロボロになったと聞いた。

 フェニクティアと言う薬のお陰で一命を取り留めたと聞いたが、結月はフェニクティアによって助かったとは思っていなかった。

 

 

 結月も、結芽のために各国の医学を調べたことはあった。

 最終的にノロを使う医療を研究したが、違う道も勿論模索したのだ。

 その中で、フェニクティアを見つけたことはあったし、フェニクティアがもたらす恩恵も知っている。

 けれど、あまりにも博打が過ぎる。

 

 

 だがらこそ、ノロに頼ったのだ。

 それが、禁忌であると知っていながら。

 百合の体には何か秘密がある。

 とんでもない秘密が……

 結月は百合の秘密……いや、夢神家の秘密に気付きつつあった。

 

 -----------

 

 可奈美が少し遅れてきたものの、市ヶ谷での警備任務は滞りなく始まっていた。

 

 

「真希先輩…」

 

「獅童さん…。ここに来たってことは、狙いはやっぱりタキリヒメなのかな?」

 

「奴がなにかしでかす前に止める必要がある」

 

「そうですね。…まさか、こんな状況になるなんて」

 

「あぁ」

 

 

 真希の話題は、流石に少し空気が重くなる。

 それでも、警備任務なので想定外の時にも対応できるように、万が一を考えるのは当たり前だ。

 

 

「大丈夫?」

 

「正直な所、気持ちに整理がつかない。折紙紫からタギツヒメを引き離しなことで、終わったと思っていたからな」

 

「…姫和先輩、タキリヒメは斬らなければいけないと思ってますか?」

 

「そうだな、お前達はどうなんだ?」

 

 

 姫和の返しに、百合も可奈美も少し考える。

 二人の答えは、

 

 

「私が昨日感じたこと、思い出してみたんだけど。上手く言えないけど、あのタキリヒメは、前に戦ったタギツヒメとは違う感じがしたなって」

 

「私は、タキリヒメを斬るのはまだ早いと思っています。もう少し彼女と言葉を交わせば、何か見えてくるものがあるんじゃないかとも…」

 

 

 今はまだ斬るべきでない、可奈美は少し濁った言い方だったが、百合はハッキリとそう言った。

 そんな二人らしい言葉を聞いて、一瞬顔を緩ませたのも束の間。

 けたたましい、サイレンがスマホから鳴り響いた。

 

 

「来たか! 行くぞ!」

 

「了解です」

 

「分かった!」

 

 

 タキリヒメが居るビルに近づいて行くと、段々と倒れている刀使よ数が増えていく。

 介抱してやりたいが、今は一分一秒の時間が惜しい。

 歯を食いしばりながら、先を目指す。

 そしてようやく、その姿を捉えた。

 黒いフードを被った人型のナニカ。

 

 

「私が先行します!」

 

「続くぞ!」

 

「遅れは取らないよ!」

 

 

 二本の御刀を抜き、写シを張る。

 次の瞬間には、三段階迅移で敵の背後まで移動し、宗三左文字と篭手切江を同時に振り下ろした。

 しかし、まるで分かっていたかのように受け止められ、続く可奈美と姫和の攻撃の前に弾かれてしまう。

 弾かれた百合は受身を取りながら、フードのナニカから目を離さなかった。

 

 

(大典太と鬼丸…、やっぱりタギツヒメ!)

 

(どうする? 本気で畳み掛ける?)

 

(まだ、止めておく。様子を見よう)

 

 

 フードを被ったタギツヒメは百合と同じく、背後から来る二人の攻撃を龍眼による未来視で、簡単に受け止める。

 

 

「大典太と鬼丸? タギツヒメか!」

 

「千鳥に小烏丸…それに……ユリか。幾度も相見えるとは、余程の縁か…」

 

「今度こそ、お前を討つ!」

 

(…龍眼を使う。サポートをお願い)

 

(はいはい、人使いが荒いわね…私は人ではないけど)

 

 

 百合も龍眼を発動し、タギツヒメに向かう。

 迅移を使う中、碧色に光る右目で敵を見据える。

 三人の連携攻撃を持ってしても、中々に隙が与えられない。

 それどころか、こちらが崩されてしまった。

 

 

「我には全て見えている」

 

「させません!」

 

 

 何とか、姫和に振り下ろされそうになった攻撃を受け止めたが……

 恐ろしい、一本の御刀を止めるだけなのに、百合は二本も使わされている。

 

 

「何故お前達がタキリヒメを守る? 我らの間に人間風情が入ることは許さん。お前もだ、半端者!」

 

「百合!」

 

「百合ちゃん!」

 

 

 振り下ろされるもう一本の御刀、龍眼で読めた。

 けれど、先程の攻撃を避けていれば、確実に姫和は死んでいた。

 百合が目を閉じそうになったその時、現れたのは一匹の獅子だった。

 

 

「タギツヒメ!」

 

「真希先輩!?」

 

「獅童さん!?」

 

 

 緋色に光る瞳、その剛剣にてタギツヒメを外に出す。

 追い返して行き着いた先は、あるお社。

 石畳の上で構える二人、それに追いついた百合と姫和。

 タギツヒメに姫和が突っ込もうとした時、可奈美に背後からの一撃をくらう。

 囲まれたタギツヒメは、不利と判断したのか、興が醒めたのか。

 

 

 何も分からぬまま、橙色の炎共に消えた。

 

 

「消えた?」

 

 

 真希はもう一度瞳を緋色に染めて、辺りを見渡す。

 そして、驚愕の声を漏らした

 

 

「これは……。どういうことだ? もう一体居る?」

 

 

 彼女のこの言葉に、可奈美と百合はタキリヒメの事を思い出す。

 今の真希が、ノロの性質を利用して荒魂を追ってるのなら。

 ビルの方を見て、先程の言葉を言うのも無理はない。

 何せ、彼女はタキリヒメのことを知らないのだから。

 無言でここを去ろうとする真希を、百合が止めた。

 

 

「何処へ、行くんですか?」

 

「…………」

 

「結芽も夜見先輩も……寿々花先輩も心配してるんですよ」

 

「…っ!? 分かった…帰るよ」

 

「それでいいんです! …まぁ、寿々花先輩にみっちり怒られて下さい」

 

「そ、それだけは! 何とか君からも口添えを」

 

「嫌でーす! 心配させた先輩へのお仕置きですよ。諦めて下さい」

 

 

 何とか減刑を図る真希だが、百合は聞き入れず。

 最終的に、本当に引きずられて帰ったとか。




 次回もお楽しみに!

 誤字脱字などがありましたらご報告お願いします!

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十九話「再会の五人、言えない秘密」

 お待たせしました!


「たった一人で戦って、英雄にでもなるおつもりですか!」

 

「違う、ボクは……」

 

「紫様のこと、タギツヒメのこと、憂いていたのは貴方だけだとお思いですか!」

 

 

 百合や結芽が声を荒らげる寿々花を見るのは久しぶりだった。

 その隣では、寿々花と同じ病院服のようなものを着た夜見も居る。

 ようやく、親衛隊のメンバーが帰ってきたのだ。

 完璧ではないにしろ……。

 その様子を、可奈美や姫和、朱音や紗南が見ていた。

 そして、真希のために紗南がこれまでのことを説明する。

 

 

「獅童、此花や皐月も戦っていたんだ。人体と融合した荒魂を除去する様々な研究に協力してくれた」

 

「お陰で研究は飛躍しました。時間はかかりますがそう遠くない内に、貴方たちの中にある荒魂も除去出来るでしょう」

 

「荒魂を……」

 

 

 その事に真希は驚いた。

「自分たちは既に普通ではない」、そう思っていたのだから当然と言えば当然の反応だろう。

 朱音も微笑みながら、言葉を続けて行った。

 

 

「獅童さん、此花さん、皐月さん、貴方たちの戦いは無駄にはしません。勿論、燕さんや夢神さんの戦いも」

 

 

 真希が持つ御刀には、イチゴ大福ネコのストラップが色違いで二つの着いていた。

 百合の様子を見に来た際に結芽に見つかり、無理矢理付けられたのだ。

 元々は結芽が百合のために買ってきた物だったが、真希のことも心配だった結芽が渡した物。

 

 

「ずっと、一緒に戦っていらしたのね…」

 

「…………」

 

「この薄緑は我が鞍馬流に縁深い御刀。ですが、こうされてしまっては、もうしばらく預けておくしかありませんわね」

 

「寿々花…」

 

 

 二人の話を聞いて、いても経っても居られなくなった結芽が飛び出した。

 それに続いて百合が夜見を巻き込みながら、全員で抱き合った。

 

 

「これで親衛隊復活だね!」

 

「そう、ですね…」

 

「そうだね」

 

「そうですわね」

 

「やったね、結芽!」

 

 

 抱き合う五人はまるで家族のような温かさを放っていた。

 だが、あまり喜んでいられる状況ではない。

 名残惜しげに、五人は離れて紗南たちの言葉を待った。

 

 

「お前達は明日。朱音様に同行してもらう」

 

「今度は何処へですか?」

 

「刀剣類管理局局長。我が姉、折神紫の下に参ります」

 

 

 朱音の発した言葉は、百合たちに衝撃を与えるには充分過ぎるものだった。

 

 -----------

 

 海上保安庁の出す大きな船の中、ある一室に彼女たちは居た。

 折神紫親衛隊。

 紫を守るために死力を尽くして戦う精鋭たち。

 一人一人が超級の逸材。

 例外もあるにはあるが……。

 

 

 誰も喋ろうとしない。

 真希は壁際で窓から外の景色を見つめて黄昏ている。

 夜見も夜見で感情の起伏が見られず、何を考えているか分からない。

 そんな二人を、寿々花と百合と結芽は見つめていた。

 静寂を破ったのは寿々花だった。

 

 

「何を考えていらっしゃいますの?」

 

「別に……」

 

「夜見先輩も、少し変ですよ」

 

「…………」

 

 

 寿々花は真希に、百合が夜見に話しかけるも。

 素っ気ない返事と、無音の言の葉が帰ってくるだけ。

 寿々花はそんな素っ気ない返事から、百合は無音の言の葉から心意を悟る。

 

 

「どのような顔でお目にかかればいいか分からない、と言った所でしょうか?」

 

「何でもお見通しなんだね君は…」

 

「私は、自分の言葉で何かを伝えることは、悪じゃないと思いますよ?」

 

「やはり、貴方はよく見ているのですね」

 

「真希さんがわかり易すぎるだけですわ」

「夜見おねーちゃんがわかり易いだけですよ」

 

 

 二人がほぼ同時に返すと、真希は自嘲気味に笑い、夜見は少しだけ顔の緊張を解した。

 二人は目配せをし、真希から先に話し始めた。

 少しだけ息を吸い、呼吸を整えて。

 

 

「紫様が荒魂を取り込んでいることは知っていた。けどそれがタギツヒメだったとは知らなかった。もし知っていたら」

 

「紫様を斬ってた? そう言うんだ」

 

 

 結芽の言葉に、真希は頷かなかった。

 間違いとは言えないが、正解とも言えない。

 

 

「それは分からないが、少なくとも荒魂を受け入れなかったと思う」

 

「何故受け入れる気になったんですの?」

 

「戦い続ける力が欲しいと思ったからさ。どんな光でも、やがては闇に飲まれ消えてしまう。膨大な闇に立ち向かうには、自らも闇を受け入れるべきだと思ったんだ」

 

「親衛隊第一席ともあろうものが、案外臆病でしたのね?」

 

「臆病か。結芽にもそんなことを言われたっけ」

 

 

 一人で戦いに行ったのに、百合が心配で度々様子を見に来ていた。

 それを結芽は知っていた、だから言ったことがある。

 

 

「真希おねーさんって案外臆病だよね?」

 

 

 存外心に響いたらしい。

 真希はその日、自分の弱さを改めて痛感した。

 自分の最も人間らしい弱さを……

 

 

「ボクは自分の弱さを知った、だから立ち向かうことを決めたんだ。誰よりもタギツヒメを先に見つけこの手で討つ。共に滅ぶのも辞さない覚悟でだ」

 

「加えて愚か、極端なのですわ」

 

「そうだね。タギツヒメを討つどころか、周囲を混乱させてしまった。まさか、三体に分裂して争っているなんて想像もしなかったよ」

 

 

 コツコツと靴の音を鳴らして真希に近づいていく寿々花。

 怒っているのか、呆れているのか、はたまたその両方か。

 自嘲気味に言う真希には嫌気がさす、そう言わんばかりに言い放った。

 

 

「貴方といい、百合といい。親衛隊に直上傾向である決まりはありませんのよ」

 

「そう言えば、百合と結芽以外の二人はどうして荒魂を受け入れたんだい? 聞いたことがなかったね」

 

 

 話を逸らしたつもりなのか、余計墓穴を掘っているに等しい行為を平然と行う真希。

 ここで、ようやく夜見が口を開いた。

 寿々花も言いたいことがあっただろうに、夜見が喋ろうとしたため口を閉じて真希が座るソファに座る。

 

 

「私は、荒魂を受け入れたのはただ偶然でした。何をしてもダメで、同級生が御刀に認められていく中、私はただ見ているだけでした。努力すればきっと、そんな思いはすぐになくなって、無力に毎日を過ごしていました。そんな時に高津学長に選ばれて荒魂を投与されて、ようやく三流レベルの刀使になりました。……私は、自分が汚れていると分かっていました。親衛隊に入っての日々も変わらず、汚れたままの自分で過ごして慣れてきた頃に、百合さんと出会いました」

 

 

 夜見を変えたのは百合との出会い。

 

 

「彼女も自分と似ていると思ったんです。実際はそんなことは無く、彼女の圧倒的な才能に驚かされていました。でも、あの夜に、私は百合さんの剣に希望()を見ました。どんなに汚れても輝くものではない、でもどんなに汚れても消えない希望()だったんです。私も彼女のように成りたい、彼女のように在りたい。私は、そう在ろうしても良いんでしょうか?」

 

 

 誰かの希望()になりたい。

 百合のような人間になりたい。

 こんな汚れている自分でも、誰かを自分の力で守ってみたい。

 力不足もいい所なのは分かっている、それでもやってみたいのだ。

 

 

「嬉しいです、そう思ってくれて。きっとなれますよ、夜見おねーちゃんなら」

 

「…ありがとう…ございます」

 

「……それで、寿々花はどんな理由なんだい?」

 

「!? 全く! 気づいていませんでしたの? どうしても溝を開けられたくない方が居たからですわ!」

 

 

 暗に貴方のことだと言っているのに対し、真希の答えは……

 

 

「たったそれだけのことで? そんなに思われてる相手が羨ましいよ」

 

「んーーー! 鈍感!」

 

「アハハハハ! 真希おねーさん面白過ぎ〜!」

 

(……やはり、人間は面白いな)

 

(真希先輩ぐらいだよ、こんなに鈍感なの)

 

 

 その空間は少しづつ、いつもの場所に戻って行った。

 完璧に戻る日も、そう遠くないのかもしれない。

 

 -----------

 

 紫の居る潜水艦の一室。

 その中で、話し合いが始まった。

 紫の傍には親衛隊のメンバーが、朱音の方には可奈美と姫和に加えて累が居る。

 

 

「病院で療養中の筈の局長が、武装した潜水艦の中とは」

 

「医療施設も完備してますから、嘘というわけではないんですよ」

 

 

 険悪な雰囲気になりそうな物言いの姫和を、朱音が何とか宥める。

 可奈美は紫の無事が嬉しいのか、もう一度立ち会いが出来るのではないかとワクワクしているのか、分からない笑みで紫に問いかける。

 

 

「紫様はもう荒魂じゃないんですよね」

 

「衛藤さん…」

 

「お、お前…」

 

「可奈美先輩…!?」

 

「ああ」

 

「何度も検査しましたが、局長の体からは荒魂はもう検知されませんでした。肉体年齢は17歳で止まったままですが」

 

 

 紫の言葉を補うかのように、累が補足で継ぎ足す。

 肉体年齢が止まったまま、その言葉は百合に響く。

 急いで、彼女に連絡をとった。

 

 

(ねぇ? 私の体って)

 

(言いたいことは分かる。心配しなくても、止まりはしない。あなた自信が最高に成長しきるまでは)

 

 

 彼女の言葉を信じて、会話を聞くことに専念する。

 朱音が真希や寿々花や夜見に謝っていたらしい。

 百合は申し訳なさそうに謝る朱音に対し、貴方がそんな顔をする必要は無い、と言いたいが言えるわけはない。

 

 

「どうやって克服を?」

 

「克服したのではない。捨てられのだ荒魂に」

 

「捨てられた?」

 

「タギツヒメが自らの意思で、局長を排斥したのではないかと」

 

「あの夜、ですか」

 

「タギツヒメとの間に何が起こった?」

 

 

 姫和の口調はあまり良いものではない。

 姫和に対してあまり怒りたくない百合も、紫に不敬な態度で迫られるのはあまり気持ちの良いものでは無い。

 出来るなら二人には、良い関係を気づいてもらいたい。

 

 

「十条、言葉を」

 

 

 真希も不敬な態度に怒りが湧いたのか、口を出そうとしたが、紫がそれを制止させる。

 器の広さと、年の功なのか紫は何を言うまでもなく、話を続けていく。

 

 

「あの夜、タギツヒメと同化していた私はお前たちに討たれた。諸共滅びる寸前だったが、奴はこの肉体を捨て隠世へと逃れた。荒魂を撒き散らしたのは、その後の追跡を撹乱するためだ」

 

「トカゲのしっぽ切りですね?」

 

「可奈美ちゃーん、もうちょっと言葉を…ね?」

 

 

 ……可奈美はこれを無自覚でやっているのだから、姫和より質が悪い。

 

 

「ふふ、そうだな。私は切り捨てられたしっぽだ。だが、そうも言ってられない事態となった」

 

「三女神、ですね?」

 

「百合の言う通り。かつてタギツヒメだったものが三つに分裂した」

 

「各地でノロを奪取していたタギツヒメ。防衛省の手にタキリヒメ。残りのもう一体は…」

 

 

 真希こ言葉を先読みしたのか、寿々花が最後の一体の名前を出す。

 

 

「イチキシマヒメ、宗像三女神ですわね。荒魂が神を名乗るなんて…」

 

「タギツヒメはタキリヒメを狙っていました。何故同じ一つだったものどうしが争いあっているのでしょうか?」

 

「それを説明するために、お前たちをここに呼んだのだ」

 

「そして、貴方たちに会わせたいものが…」

 

 

 明らかにためを作るような言い方。

 そこから、姫和は会わせたいものの正体を言い当てた。

 

 

「残りの三体目、イチキシマヒメがここに居るのですね?」

 

 

 朱音が頷く。

 そこに居た者達は、ある場所に向かう。

 この部屋とは違う、誰から見ても異様な一室。

 近寄り難い空気が流れ出ていた。

 

 -----------

 

 スペクトラム計に反応がないことに驚く姫和に、累が説明をする。

 

 

「タギツヒメの目から隠すための潜水艦よ。色々と細工をね?」

 

 

 そう言って扉を開ける。

 開き始めた途端、可奈美は姫和と百合の御刀が共鳴し始めた。

 それも束の間、扉の奥に佇む、人の形をした大荒魂・イチキシマヒメ。

 全体的に白色の肌と、少し黒と橙色のラインが入った白い服。

 特徴的なのは、ガスマスクのようなもので顔の下半分を覆っている所だろう。

 

 

 ゆっくりと目を開き、顔を百合のたちが居る方向に向ける。

 

 

「衛藤可奈美、十条姫和、夢神百合。そうか、我はここで滅ばされるのか。我という個となり短い生涯だったが、致し方ない」

 

 

 あまりにもネガティブ過ぎる発言に驚くのは、可奈美や姫和、百合だけではない。

 他の者も少なからず驚いている。

 因みに結芽は念の為に、夜見が監視している。

 百合は、結芽がいきなり斬りかかったら、本気で死んでしまう気がしてきたことに余計驚く。

 

 

「短い……」

 

「滅ぼすつもりなら、元より保護などしない」

 

 

 寿々花達は人型なことに驚いているようで、後ろに居た。

 仕方ないだろう。

 人型の荒魂など殆ど存在しない。

 故にこの反応は必然だ。

 紫だけは、げんなりした顔をしていたが……

 

 

「此花寿々花、獅童真希、皐月夜見、燕結芽。私は紫と一つだった、お前たちのことも良く分かる」

 

 

 タキリヒメと雰囲気が少し、いや大分違うイチキシマヒメに困惑の色があまり隠せない可奈美。

 ボソボソ声で姫和に話しかけた。

 ……イチキシマヒメには筒抜けだったが。

 

 

「タキリヒメに会ったのか?」

 

「あっ、はい」

 

「タキリヒメの所在がタギツヒメにバレて、襲撃を受けた。我々はタキリヒメの防衛に当たる」

 

 

 紫の言葉を聞いて、今日何度目かの呆気に取られた声が出る。

 一日に、こう何度も驚かせるのはどうかと思うが、現状が現状なためしようがない。

 

 

「そうか、お前たちはタキリヒメ側に着くのか…。我はまた誰からも求められない」

 

「我々にとって好ましいのは、このまま三つ別れた現状だ。出来るならこのまま維持したい」

 

「そうだな、本来はそうあるべきなのだろう。我は元々は奴らに切り捨てられた存在なのだから」

 

「切り捨てられた…?」

 

 

 イチキシマヒメの言葉に違和感を覚える真希。

 その横から、朱音が言い聞かせるように言葉を紡ぐ。

 

 

「タキリヒメは貴方を差し出せと言っています。貴方の力を欲しているのです」

 

「我を差し出すのか。我を取り込めばタキリヒメの勝利は揺るぎないものになる。タギツヒメを倒しこの戦いにも勝利するだろう」

 

「いえ、刀剣類管理局は貴方をお守り申し上げます」

 

 

 話の内容があまり分かっていない可奈美が、朱音に疑問を投げかける。

 勿論、可奈美が代表しただけで、他にも分かっていない者は居ただろう。

 …百合が思うに、確実に結芽は聞き流していただろう。

 

 

「あの〜、良く分かってないんですが。取り込むとか勝利とかってなんですか?」

 

「それにはまず、彼女たちが三つに別れた理由を説明しなければいけませんね。累さん?」

 

「はい。ノロのスペクトラム化、ノロ同士は融合することで脳ようなものを形成し、高度な知能を有していきます。その過程で、感情が芽生えて荒魂となる。全ての荒魂が最初に思う感情は喪失感だと言われているわ」

 

「喪失感……?」

 

 

 ナニカ、大切なものが抜け落ちていく感情。

 それこそが喪失感。

 百合も経験したことがある。

 前回の世界で結芽を失ったときだ。

 

 

「魂鋼という神性を奪われた喪失感。この飢えに似た喪失感を埋めるために、ノロは本当的に結合を求めます」

 

 

 姫和の持つスペクトラム計がありえないほどの反応を見せている。

 真希もその言葉に、自身の実体験で納得した。

 

 

「結合を繰り返し知能が増すと、喪失感は怒りに変わります。自分の一部であった魂鋼を奪った人間への怒りです」

 

「荒魂が人を襲う原因は、根本的にそこにあると考えられています」

 

「荒魂を鎮めるための唯一の武器が、荒魂を生み出したそもそもの原因なんて、皮肉なお話ですわね」

 

「人間の醜さ故、なのでしょうか?」

 

 

 寿々花の言葉も、夜見の言葉も至極真っ当だ。

 人間の醜さ故に生み出された存在。

 歪みに歪んだ存在なのだ。

 

 

「そう、全てはお前たち人が、強欲に我らから神の力を盗みとったのが原因だ」

 

 

 あの結芽でさえも、何かを言おうとしない。

 感覚的に分かっているからだろう。

 結芽も自分の欲のために人を振り回していたから、それを知っていた。

 

 

「話を戻そう。私と一体化していた大荒魂が三つに別れた理由だが……」

 

「我の知能は高度に進化し、やがて論理矛盾に陥った」

 

「論理矛盾?」

 

「人に対する思考が三つに別れ、それぞれが対立し始めた。怒り、怨嗟と言った原初の感情から生まれたのがタギツヒメ。奴は人への報復を望んでいる。一方、人を支配、管理し導くことを望んでいるのがタキリヒメ。奴はこの世の神として君臨するつもりだ」

 

 

 相変わらず口調が荒い姫和が、イチキシマヒメに問う。

 

 

「お前は?」

 

「我は、我がこの世界に存在する意味を求めた。我々荒魂はこの世界にとって、不要な存在なのだろうか? 不要なものが存在する意味は? 模索し、やがて見つけた。人と荒魂を融合させる術を。人と言う種を進化させる術を」

 

「人と荒魂をだと?」

 

(私たちと変わらないな)

 

(……多分少し違う。貴方はそもそも荒魂じゃないでしょ?)

 

 

 脳内に直接語りかけてくる彼女の会話を流しながらも、百合は話にもう一度耳を傾ける。

 専念しようと思ったのに、そう思う気持ちには蓋をした。

 

 

「そうです。荒魂で人体を強化する技術はイチキシマヒメがも足らせたものです」

 

「じゃあ、この力はお前が」

 

「我は見つけた、この世界に存在する意味を」

 

『…………』

 

 

 その言葉は悪魔の囁きのよう。

 しかし、やっと存在意義を見つけられて喜ぶ姿は、まるで子供。

 二面性……そんなものが感じ取れる。

 だが、百合は不思議と彼女に不快感や嫌悪感は抱かなかった。

 

 

「鎌倉での夜、紫と分離し隠世へと逃れた我は、もう修復不可能なほど深刻化した論理矛盾を解決するため、それぞれの思考を個として分離、独立させた」

 

「三女神は戦い合い、勝利したものが敗者を取り込み、最終的に隠世にある本体を手に入れる」

 

「勝者が本体を手に入れ禍神となれば、二十年前の大災厄以上の危機が訪れます」

 

 

 少しづつ見えてくる真実と最悪の未来。

 それを阻止するために、今後は動いていくことになるだろう。

 

 

「先ずはタキリヒメの防衛だ。海中にいる限りイチキシマヒメは安全だ」

 

「戦いが不向きなイチキシマヒメは、早々に紫様に保護を求めてきたの」

 

「そうだ、我には頼る者が居ない。かと言って自分が戦う気にもなれない」

 

「戦ったら強いんじゃないの?」

 

「そこそこ強いが、結果が分かり切った勝負はしない。それより我の側に着く気はないか? ゆくゆくは人類を荒魂と融合させ、種として進化を遂げる」

 

 

 結芽の質問に答えたものの、その後の言葉は真希の神経を逆撫でするには的確過ぎる言葉だった。

 真希が口を開こうとした瞬間、百合が前に出てイチキシマヒメに手を差し出した。

 握手を求めているかのようだ。

 

 

「貴方のお陰で結芽が助かったんですよね? なら、ありがとうございます。私個人としては、貴方に着いても構わないくらい恩がありますけど、残念ながらそれは出来ません。私は絶対的に少数派ですので」

 

「そうか、それは残念だな…」

 

「ですが、貴方を守ることに関しては頼って下さい。これでもそこそこ強いので」

 

 

 そう言って無理やり、彼女と握手を交わしてその場は終わった。

 

 -----------

 

 一行は移動し、会議室のような場所にて話を再開した。

 空気はやけに不気味なものに変わっていたが。

 

 

「恐らくですが、タギツヒメは綾小路を拠点に活動を行っていると思われます。…そして、三女神の中で本質的に一番危険なのはイチキシマヒメです。当面の危険度で言えばタギツヒメでしょうけど」

 

「先ずは防衛省と連携しタキリヒメの防衛に当たる。タギツヒメさえ討ち取れば、残りの二神とは対話による交渉も可能だと考えている」

 

「現時点でイチキシマヒメ、タキリヒメを個別に撃破し封印すると言う方向は?」

 

「それはタギツヒメの勝利条件に加担することになるのでは?」

 

 

 様々な意見が出てくる中、意見は今までの方向で固まった。

 そして何故か、可奈美と姫和と百合は、紫に言われるがまま他の場所に移った。

 

 

「座れ」

 

 

 コーヒーが注がれたコップが四人分、テーブルにある。

 紫は一口だけコーヒーに口をつけ、三人に座るよう促した。

 

 

「今も私が許せないか?」

 

「い、いいえ」

「はい」

「いいえ」

 

 

 可奈美と百合がいいえと答え、はいと答えたのは姫和だけ。

 

 

「貴方が荒魂に憑依されていた二十年、母は全て自分の所為だと、亡くなるその時までずっと悔やみ続けていた」

 

「…………十条、衛藤、夢神。済まなかった」

 

 

 紫は話した、自分の罪を。

 為すべきことは為せず、友人を助けられなかったこと。

 ……自分だけ死に損なったこと。

 

 

「でも、ウチのお母さんは死ぬまで幸せそうでしたよ。死ぬまでって、なんか変ですけど。剣術のことをいっぱい教えてくれましたし。刀使の仕事を誇りに思うって言ってました」

 

「私のお母さんは、きっと紫様のことを恨んだりしてません。勿論私も。……なんとなく分かるんですよ、お母さんはこう言うだろうなって。『いつまでもしょげてると、幸せがどこかに飛んでくよ』って」

 

 

 紫はその言葉を聞いて救われたのか、一言だけ呟いた。

 

「そうか…」

 

 

 その後も話が続き、謎か解けた部分もあった。

 本来篝が背負うはずだったものを、美奈都と聖が三等分して受け持った影響で、三人は現世と隠世に同時に存在する、稀な存在となった。

 その際、御刀である千鳥と小烏丸、宗三左文字と篭手切江にも同じことが起こった。

 時々起こる共鳴も、それ故なのかもしれない。

 

 

「夢神、もう少しだけ残ってくれ」

 

「……はい、分かりました」

 

 

 二人が部屋を出て数分、周囲に誰もいないことを確認し終わった紫が口を開く。

 

 

「お前は、ナニを体に入れている?」

 

「流石に紫様は気付きますか?」

 

「前までは感じられなかったが、今は確かに感じる。何故、お前の体の中に荒魂がいる?」

 

「荒魂じゃありませんよ。ましてやノロでもありません」

 

 

 謎掛け、そう思わせるほどに言葉を濁す百合。

 紫は、思い出すことがあった。

 …夢神家の秘密を。

 

 

「……夢神家の秘密に関するものか?」

 

「さぁ、私自身も彼女の存在に気づいたのはつい最近ですから」

 

 

 百合が彼女の存在に気付き、信じるようになったのは一ヶ月前。

 いつものように朝の鍛錬をしていた時に、突然話しかけられ、色々なことを聞いた。

 彼女がどう言う存在かも、認識はしている。

 だが、周囲に明かそうとはしない。

 

 

 今の状況で言ってしまえば、余計な混乱を招くだけだ。

 それ以上に、結芽が今の自分を受け入れてくれるか不安で仕方ない。

 二つの理由があるからこそ、百合は自分の秘密を誰にも打ち明けていない。

 

 

「何か困ったことがあったら話せ。出来る限り相談には乗る」

 

「ありがとうございます。でも、このことは……」

 

「分かっている、他言はしない」

 

 

 もしその秘密が明るみになれば、百合は確実に消されるだろう。

 

 政府からも、仲間からも追われる存在になる可能性は零ではない。




 次回もお楽しみに!

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二十話「垣間見える真実、開いていく溝」

 投稿遅れて申し訳ありません!


 潜水艦を出てから時間はあまり経っていない。

 百合や可奈美たちは、防衛省にまた訪れていた。

 一度通った道を通り、あの異空間とでも言える場所に入る。

 今回は前回と違い、結芽も参加している。

 暇潰し、彼女にとってはその程度のことだ。

 

 

 だが、朱音からしたら心強い護衛。

 もしもの場合に戦力は多いに越したことがない。

 階段の前で立ち止まり、タキリヒメに問いかける。

 

 

「今一度、お願いに上がりました。御力をお貸し頂けませんか?タギツヒメに対し、我らの共闘が叶えば。それ即ち、人と荒魂の共存と言う貴方の願いに近づく第一歩となりましょう」

 

「不遜。我がお前達に求めるのは共闘ではなく隷属。イチキシマヒメを差し出せ、さすれば我が庇護下で生きることを許そう」

 

 

 朱音の綺麗な理想論は、タキリヒメの一言で切って捨てられる。

 人を人として見ていない。

 いいや、人を見ていない。

 そう言った方が正しいだろう。

 結芽はそんな言い方に食ってかかろうとするが、百合が無理矢理口を塞ぐ。

 

 

「お待ち下さい。貴方は、それを共存と仰るのですか?」

 

「然り。人と言う未熟な種は、所詮虫や獣と同じ。それを我が善き方向に導いてこそ、真の共存と言えよう」

 

 

 問への回答。

 それを聞いた姫和は、朱音に提案をした。

 ……この時間は無意味だと。

 

 

「朱音様、ここまでです」

 

「十条さん…」

 

「今確信しました。こいつも所詮タギツヒメと同じ荒魂。共にあるなど叶わないのです」

 

「だね〜。姫和おねーさんの言う通りだよ」

 

 

 百合の心がズキリと痛む。

 その言葉は、今の百合にとってあまり心地のいいものではない。

 そうして、百合が少しだけ俯いてる中、可奈美が声を上げた。

 

 

「あの、タキリヒメさん。私と剣の立ち会いしませんか?」

 

「なっ?!可奈美、お前こんな時までなにを?」

 

「何のつもりだ、千鳥よ?」

 

「…貴方は私たちを一度も見てくれていない。それじゃお互い、歩み寄ることもできません。それで、その、お互いによく見れば人間のことも、荒魂のことも……よく知り合えるんじゃないかなって…」

 

 

 正論のようで正論じゃなくて。

 それでもどこか温かい言葉。

 精神論にも似た、向き合うための言葉だった。

 当然、姫和や結芽は呆れたような顔だったが。

 

 

「…それには正面から御刀を合わせるのが手っ取り早いと?」

 

「私は悪くないと思いますよ。自分たちを分かってもらうには、そういう手段の方が効果的かもしれません」

 

「………下がれ」

 

 

 間が空いたが、タキリヒメは平坦な口調で去ることを命じた。

 彼女の言葉に逆らうことは出来ず、五人はその空間から出ていく。

 厳重な扉が閉まっていくのを見届け、可奈美と百合はどうしたものかと首を傾げる。

 

 

「ダメだった」

 

「ですね」

 

「当然だ」

 

「流石に私でも、あれはないかなぁ〜」

 

「だが、二人らしいな」

 

「ええ。確かに、突拍子もない申し出でしたが、頷ける所もあります」

 

 

 二人の言葉は、朱音の中に頷ける所があったらしい。

 逆に、姫和と結芽は首をかしげてしまった。

 どの辺が頷けたのか?

 彼女自身しかわからない答え。

 

 

「朱音様?」

 

「何度でも足を運びましょう。彼女の人となりを、見極められるまで…」

 

「はい!」

 

「勿論です!」

 

 

 元気の良い返事を聞きながら、朱音は前を歩く。

 まだ遠い道のりかもしれないが、彼女たちの様な人間が居れば。

 きっと、手を取り合うことが出来る。

 秘密基地のようなメカメカしい廊下を歩きつつ、朱音はそう思うことが出来た。

 

 -----------

 

 あれから数時間が過ぎた。

 日も暮れて、今日という日の終わりが近づいている。

 百合は、可奈美以外が揃うテントに結芽と並んで座っていた。

 暇を潰すものがない結芽は、不貞寝している。

 百合に寄りかかって眠る姿は、姉に寄り添う妹のよう。

 

 

 勿論比喩である。

 だが、二人は清く正しい交際をしている関係。

 所謂恋人同士だ。

 その関係を知っている者が居たら、見せつけるなと文句の一言は言うだろう。

 それ程に仲睦まじい光景、真希と寿々花は写真に撮って額縁に入れる所まで検討していた。

 

 

 けれど、そんな悠長なことを言っている場合ではなくなったらしい。

 舞衣の電話は紗南からで、市ヶ谷周辺で大量に荒魂が現れ民間人を無差別に襲ってるとの報告が入った。

 百合は急いで結芽を揺すって起こす。

 

 

「……ムニァムニァ〜、お仕事?」

 

「そう見たい。だけど……」

 

 

 舞衣以外のメンバーに課せられた任務はタキリヒメの護衛。

 結芽と百合も同じく任務が課せられている。

 陽動、その言葉が舞衣の頭に浮かぶが、それでも一般人を危険に晒す訳にはいかない。

 

 

「おい。俺らどうすんだよ?」

 

「どうもこうも、放っておけるか」

 

「でも、私たちの任務は…」

 

 

 狼狽えている様子の五人を見て、真希は声を張った。

 

 

「狼狽えるな!」

 

「ええ、これほどあからさまな陽動もありませんわ」

 

「ですが!」

 

「私と真希さん、それと夜見さんで向かいますわ」

 

「百合さんと結芽さんはここの防衛に努めてください」

 

 

 百合は真希たちを信じ送り出す。

 他の者達も、言いたいことはあるがグッと抑える。

 今やらなければいけないことは目白押しだ。

 可及的速やかに、任務に向けて動かねばならない。

 

 

「腐っても親衛隊か…」

 

「味方にすると心強いでしょ〜?」

 

「これが陽動なら…みんな!S装備至急用意!」

 

 

 舞衣の号令に合わせ、準備を始める。

 数分も経たずに、空から人が降ってきた。

 降ってきたのは、S装備と似た見たことの無い新しい装備を身に纏った刀使たち。

 準備を終えて打ち合いの聞こえる場所に到達する頃には、既に半数以上の刀使がやられていた。

 

 

 百合と結芽はS装備を着ていない。

 百合は今の状態では着ることができないし、結芽は元々S装備か好きではないからだ。

 好きではない、この理由だけでやっていけるのは彼女だからである。

 

 

 

 見た所、相手は綾小路武芸学舎の生徒。

 ……その中には、百合が見知った人物も居た。

 あまり関わったことは無いが、それでも知っている人物だ。

 名前はあまり覚えていないし、彼女がどんな人物だったかも覚えていない。

 だけど、こんなことをする人間でなかったのは覚えている。

 

 

 御刀を抜き、写シを張る。

 ……彼女たちは知らないが、相手は冥加刀使と言う存在。

 改良されたノロのアンプルを注射され、タギツヒメに忠誠を誓う駒。

 その為、百合は二本目の御刀も抜いている。

 あまり刃を向けたくない相手ではあるが、甘えたことばっかり言っていられる状況じゃない。

 

 

 龍眼は使用せず、三人の冥加刀使を手玉に取る。

 相手の攻撃は避けるか受け流すかの二択だが、受け流している暇はない。

 一撃一撃が、写シを剥がすことを意図も簡単にやってのけるレベルのもの。

 受け流している時間が隙になる。

 だから、避けることに専念し、相手の隙を見つけにいく。

 

 

 しかし、形勢は徐々に傾いて行き、防衛省のビルまで押し込まれていた。

 

 

「ピンチだひよよん何とかしろ」

 

「勝手なこと言うな」

 

「…来るよ、舞衣!」

 

 

 その言葉が放たれるのと、タギツヒメが降りてくるのはほぼ同時刻。

 黒いフードを被り、二振りの御刀を持つタギツヒメ。

 

 

「タギツヒメ!」

 

「久しいな、我が分け目よ」

 

「タキリヒメ!」

 

 

 百合たちは、初めて目の当たりにしたタキリヒメの姿に驚くが、それも束の間。

 タキリヒメは御刀を持って、タギツヒメに刺突を繰り出した。

 無駄のない動きで、予備動作を格段に減らした効率的な刺突。

 その攻撃はタギツヒメの右肩を突き抜く。

 瞬間、緋色の炎が漏れだした。

 

 

 熱さはないが、眩しさ故に目を瞑ってしまう。

 

 

「これが貴様の答えか?」

 

「人の可能性。失うには惜しいと判断したまで」

 

「愚か」

 

 

 タギツヒメとタキリヒメの戦いは苛烈さを増していく。

 可奈美や百合が割って入ろうとするも、冥加刀使たちに邪魔されて近づくことが出来ない。

 あの結芽でさえ、顔を歪ませていた。

 

 

「群れないでよ!私が弱く見えるじゃん!」

 

 

 悪態を着きながらも、二人を相手取っているのは恐ろしいところだ。

 冥加刀使一人の力は、単純計算で平均的な刀使の数倍。

 二桁には及ばないが、可奈美たちとやり合っているのを見ると、相当の強さだと分かる。

 しかも、冥加刀使は数も多いし、連携も取れているのだ。

 

 

 あと少し、あと少し、と言うところで押しきれない。

 こんなことをやっている内に、タキリヒメは戦いの中で左手を失っていた。

 

 

「タキリヒメェ!」

 

「本来であれば、我らの間に力の差等ない。だが、人如きを必要とした貴様と、不要とした我。それがこの結果だ」

 

 

 残った右腕も吹き飛ばし、腹の真ん中に御刀を突きつけた。

 タキリヒメは逃れることも出来ず、唇からはノロを奪われた。

 唇から滴るのは、血ではなくノロ……なのか。

 誰も助けることは叶わず、タギツヒメはタキリヒメのマスクを破壊した。

 破壊されたマスクからは目が見えた。

 吸い込まれるような緋色の瞳。

 

 

「ああ、そんな顔をしていたのか千鳥の娘」

 

「タキリヒメ!!」

 

「何処までも、飛ぶ姿が見えた」

 

「えっ?」

 

「その刀のもう一つの名のように、雷すらも切り裂いて。飛べ、人よ。高く、早く、遠く」

 

 

 その顔をどこか満足しているようにも見えた。

 粒子となって消えるまで、彼女の言葉は響いた。

 可奈美の心に、重く、強く。

 百合の心には、タキリヒメの消失が……人の死と同義だと感じた。

 重なった、あの時の結芽の死と。

 

 

 最近、百合が見る夢と。

 彼女が見ているのは夢、そんなものではない。

 夢などではなく現実。

 無限に広がる並行世界で起きた一つの事象。

 結芽の死という、一つの事象だ。

 

 

 百合の心に、少しづつ良くないナニカが蓄積し始めていた。

 

 

「タキリ…ヒメ?」

 

「心地よし…さて次は」

 

 

 言葉が終えると同時に攻撃は始まり、数瞬も経たずに攻撃は終わっていた。

 その場に居た誰もが、起き上がれずに居た。

 早く立たなければ、殺されるのは自分たちだ。

 だが、今の彼女たちには写シを張る余力すら残ってない。

 

 

「舞衣…!」

 

「早く、立たなきゃ」

 

「おい!まだ写シ張れっか?」

 

 

 薫の問に答えられる者は当然居ない。

 百合は奥の手の引っ張り出す決意をする。

 あまり使いたくはないが、四の五の言っている場合ではないのだ。

 早急に立ち上がらなければ死人が出ても可笑しくない。

 

 

(本気でいく。体を治して)

 

(良いわ、五秒待ちなさい)

 

 

 一瞬、淡く緋色に光る左目。

 それに、誰も気付くことは無く、百合は立ち上がった。

 もう一度写シを張る前に、結芽の御刀であるニッカリ青江と、自分の篭手切江を交換する。

 この一ヶ月、中に居る彼女の存在を認知してからだが、奥伝である『悪鬼羅刹』を三分弱ほど、体にかかる負荷をなくして使うことに成功した。

 

 

 しかし、デメリットは完全にはなくなってはいない。

 もし『悪鬼羅刹』を使ったら、百合は丸一日写シを貼ることが出来ないのだ。

 タギツヒメの力は増幅している、全力でかからなければ負けるのは確実。

 

 

「新夢神流奥伝『悪鬼羅刹』!」

 

 

 百合に巻き付いていた鎖が砕け散った。

 幻影に過ぎないその光景が、恐ろしく綺麗に見える。

 薄く碧色に光る右目、それをタギツヒメに向けて未来を視る。

 あらゆる可能性を視て、最善の行動を弾き出す。

 

 

「……お前達は手を出すな。我が始末する」

 

「随分とお気楽ですね?……調子に乗っていると、簡単に負けてしまいますよ?」

 

「半端者に負けるほど、弱くはない…!」

 

 

 構えた二振りの御刀同士を向け合う。

 先に動いたのはタギツヒメ。

 迅移で近付き、二振りの御刀を同時に振り下ろす。

 通常時の百合なら間違いなく避けることを選択したが、今の百合はそんな選択肢選ばない。

 右手に持っていた宗三左文字を、迫り来る御刀の腹に当てるように、力強く右薙に振り抜く。

 

 

 

 当たった御刀の軌道はズレて、床に突き刺さる。

 だが、そんなこともお構い無しに、突き刺さった御刀を無理矢理抜いて、瓦礫を百合に向かわせた。

 しかし、百合も百合で迅移で合間を取って回避する。

 数秒にも満たない攻防。

 目で追ってこれた者はどれほど居たのだろうか。

 

 

「ほほぅ、こちら側に寄ってきたな。腕も立つ。どうだ?もう少しこちらに足を伸ばす気はないか?」

 

「お生憎様。私は、人を駒のように扱う貴方とは一緒に居たくない」

 

「なに、お前を奴らのようには扱わん。我と共に人類に復讐しようではないか。お前と我は()()……そうであろう?」

 

「…………やっぱり、貴方には着いていきません。支持をするなら、イチキシマヒメです」

 

 

 同類、その言葉に反応する百合に対し、誰もが疑問を持った。

 けれど、誰も口に出して何かを言うことは無い。

 言えないのだ。

 何かを大切なものが壊れそうな気がしたから。

 

 

「それにしても…末恐ろしいな。半端者のお前でさえ、それを使えるとは。普通の人間ならものの数分で発狂しても可笑しくない。…さては見たな?自分が大切だと思った者の死を」

 

「うるさいですよ。存外お喋りなんですね」

 

「回答になっていない……が構わないか。どうせ死ぬのだから関係ない」

 

 

 嘲るように鼻で笑うタギツヒメに、腹の底からドス黒い感情が湧き上がってくる。

 ……彼女が言った通り、龍眼は可能性の未来を予測するもの。

 あらゆる可能性を見通すが故、自分の死や友の死を見ることも少なくはない。

 ならば、何故百合が普通で居られるのか?

 

 

 答えは簡単だ。

 彼女がもう壊れているからだ。

 修復不可能なほどに、心が壊れているから。

 前回、結芽を失ったあの時に壊れた。

 今の彼女は正常ではない、一応結芽や仲間が居ることで普通に過ごせているだけに過ぎない。

 

 

「仕掛けないのか?」

 

「……後悔しないでください」

 

 

 シフトなしの三段階迅移で距離を詰め、足を狙って地面スレスレに剣を添えていく。

 その攻撃を見透かしたタギツヒメは、軽く跳躍し避けようとするが、百合がニヤリと笑ったのを見て悪手だと気付く。

 跳躍したことで、彼女は今踏ん張りの利かない空中にいる。

 空中では避けることも難しく、受け流すことも至難の業。

 

 

 足を狙うのに使っていなかったニッカリ青江で、突きを放つ。

 流石のタギツヒメも受け流すことは出来ず、受けることにした。

 突き刺さったニッカリ青江から感じる、人間の肉を断つような触感。

 不気味な触感だが、手を離すわけにはいかない。

 そのまま壁に叩きつけるために壁に向かって走るが、タギツヒメが御刀を百合の首めがけて振り払った。

 

 

 あと数センチ、そんな所で百合は回避する。

 ギリギリの回避過ぎて、ニッカリ青江をタギツヒメから抜いてしまったがしようがない。

 

 

「三段階迅移をなんの反動もなくやってのけるとは…」

 

「技術と才能があれば出来ますよ…多分ですけど」

 

(技術と才能、それだけで三段階迅移を使った反動がなくなるのか?ありえない、ありえない筈だ…)

 

 

 姫和は言葉には出さなかったが、そう思っていた。

 鎌倉に招集がかかる前、姫和は実家にてある書物を読んだ。

 迅移をある学者が研究した書物であり、その中にはこう書かれていた。

 

 

三段階迅移からは使うと必ずと言っていいほどリスクが生じる。

三段階はニから三日弱体、四段階は使用後程なく昏倒。

五段階目は現世に戻ってくることが出来なくなる

 

 

 その瞬間、姫和は思い出した。

 舞草での鍛錬の中、百合がシフトなしの三段階迅移を行ったことについて驚き理由を尋ねた時。

 本当に驚いていたのは、シフトなしで三段階迅移を行ったことじゃない。

 三段階迅移を使っても反動がないことに驚いたのだ。

 

 

 …百合がどうして反動なくして三段階迅移や四段階迅移を使えるのか?

 三段階迅移は通常時でも、『悪鬼羅刹』使用時でも使える。

 四段階迅移は『悪鬼羅刹』使用時しか使えない。

 理由は少し可笑しいものだが、…百合は人体の構造を殆ど熟知しその反動を最低限までカットしているのだ。

 なら如何して、通常時でも四段階迅移が使えないのか。

 

 

 それを説明するのは難しくない。

 簡潔に述べるなら()()()()()()()()()()()

 幾ら人体構造を殆ど熟知していても、昏倒するほどの反動をカット出来る訳が無い。

 だからこそ、百合は『悪鬼羅刹』使用時でしか四段階迅移を使わないのだ。

 

 

「ふっ、今回は良い余興だった。さらばだ」

 

「待っーー」

 

 

 追いかけようとした途端、視界がぐにゃりと歪む。

 どうやら活動限界らしい。

 歪む視界で最後に見たのは、泣きじゃくる結芽の姿だけだった。

 

 -----------

 

 防衛省襲撃から早くも一週間が経った。

 あの後百合は、結芽にこっぴどく怒られ、寿々花や真希にも叱られた。

 …その時、結芽は徐に尋ねた。

 

 

「ゆり?隠し事、してないよね?」

 

「してないよ」

 

「嘘。…ゆりは気付いてないかもだけど、嘘つくときに限って少しだけ瞬きが早くなる」

 

「えっ?」

 

 

 自分の癖など完全には把握できない。

 ダラダラと、百合の背中に嫌な汗が流れる。

 そんな百合に、結芽は小悪魔の笑顔で呟いた。

 

 

「残念でした〜。それも嘘だよ〜ん。引っかかったー!」

 

「ゆ、結芽〜!」

 

「……で?なにを隠してるの?」

 

「…………言えない」

 

「そっか、ならいいや。言いたくなったら言って。待ってるから」

 

 

 言えない。

 言える訳が無い。

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 少しづつ生まれる溝に、結芽は気付かずにいた。




 次回もお楽しみに!

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二十一話「堕ちていく百合、燕は無知のまま」

 今回のお話は大分意味不明な所があります。
 私の文章力ではこれが限界ですので、頑張って読み解いて頂けると幸いです。

 本編をどうぞ!


 タキリヒメの防衛に失敗し、早くも一週間が経っていた。

 任務と言えば通常の荒魂退治のみ。

 可奈美たちには焦りが出てきていた。

 それを吐き出すかのように、食堂で話しているのを百合たち親衛隊は見つける。

 あまり宜しくない雰囲気を見兼ねた真希が、会話の中に入っていった。

 

 

「居場所さえ分かれば…」

 

「切り掛るか? あの時のように?」

 

 

 タギツヒメの居場所。

 それさえ分かれば、彼女たちは何時でも飛び出していくだろう。

 それがどれ程危険で愚かしい行為か、真希は身をもって知っていた。

 

 

「当然だ。タギツヒメを野放しには出来ない」

 

「気持ちだけで何とか出来ると思っているのか? 浅はかだな…」

 

「なっ!?」

 

 

 止めるにも言い方があるだろうに、真希の言い方は煽るようであまりいいものでは無い。

 百合の顔色はあまり良くない。

 百合からしたら、親衛隊と可奈美たちには仲良くしてもらいたいのだ。

 椅子を立って、怒りを露わにする姫和を百合と舞衣が宥める。

 

 

「姫和ちゃん!」

「姫和先輩! …真希先輩も言い方を考えて下さい。こうなるのは分かっているでしょう?」

 

「…半年前は紫様が肉体の自由を奪われながらも、内側からタギツヒメの力を抑えてくれていた。だが、今は違う。タギツヒメは紫様と言う枷から解き放たれた。君たち六人、いや…ボクたち親衛隊を合わせて十一人で掛かったとしても…」

 

 

 真希も真希で思うところはあるのか、言葉が止まる。

 そんな真希を正すのは寿々花の役目だ。

 

 

「あら、そういう誰かさんも、一人でタギツヒメを斬ろうとしてたのではなかったかしら?」

 

「どんな人か見てみたいな〜、真希おねーさん?」

 

「ああそうさ。あの時は、刺し違えてでもタギツヒメを切ろうとしていた。けど君に頬を打たれて、百合や結芽に抱きつかれて目が覚めた」

 

「…結構ですわ」

 

 

 嬉しそうに笑う寿々花と結芽、少し照れたように笑う百合、一瞬だけ頬を緩めた夜見。

 親衛隊が少しづつ戻り始めている証拠で、百合はそれが無性に嬉しくて、それと同時にどうしようもなく悲しかった。

 

 

「だからこそ言えるんだ。今はまだ動くべき時じゃないって」

 

「今はって…何時までこうしてれば良いんですか?」

 

 

 可奈美の語気が強く感じるのは…恐らくだがタキリヒメのことを思ってか。

 この中で一番焦っているのは、恐らくだが彼女だろう。

 表情もいつもと違い真剣で、刺すような冷たさがある。

 

 

「状況に変化があるまでですわ」

 

「そんな悠長な…」

 

「…相手はあのタギツヒメです。恐らくですが近い内に何かあるかと」

 

 

 夜見の言葉は、数時間も経たないうちに現実のものとなった。

 

 -----------

 

 百合はテレビに映る光景に困惑していた。

 

 

「なんですか、これは…」

 

『我の名はタギツヒメ。お前達人間が言うところの荒魂である。我は人間との共存を望み、それを実現するためにここに居る』

 

「人間と…共存」

 

「アイツの目的は人間への復讐だろ?」

 

 

 薫の言う通り、荒魂としての根源的な目的は人間への復讐。

 自分たちを身勝手に生み出した人間への憎悪を糧に、復讐を行う。

 タギツヒメの目的も本来は復讐の筈だ。

 何かが可笑しい、その場の誰もがそう思っていた。

 

 

「もしかして、タキリヒメと融合したことで何か変化が?」

 

 

 舞衣が出した最もそうな意見を、否定したのは可奈美と百合だった。

 

 

「違う。あの目、タキリヒメとは違う。タギツヒメは人間を見ていない」

 

「…はい。最期に可奈美先輩を見つめていた目は、もっと温かいものがありました。あれは違います…!」

 

 

 テレビに映るタギツヒメに、二人の言葉が届くはずもなく、タギツヒメは言葉を続けていく。

 

 

『しかし人間の中には、荒魂との共存を望まぬ者が居る。荒魂の討伐を名目に、大いなる力を手にしている者たち……刀使だ。彼女たちは対話を求める我の声を無視し、言葉を解さぬ荒魂同様に討ち滅ぼさんとした。我はただ、身に降りかかる火の粉を払おうとしたに過ぎん。それが二十年前の真実だ』

 

 

 その言葉は、百合の逆鱗に触れるにはあまりにも簡単な言葉だった。

 死んでいった姫和の母である篝や、可奈美の母である美奈都、自分の母である聖。

 最期に、二十年前、苦渋の決断の果てに荒魂を受け入れた紫に対する冒涜だ。

 腹のそこから湧き出てくるドス黒い感情は、憎悪。

 

 

 これ以上、タギツヒメにこの感情を向けてはいけないと分かっていても…

 これ以上、この感情を持っているのが危険だと分かっていても…

 憎悪せずにはいられない。

 百合からしたら、偽りを語り自分を正当化しようとするタギツヒメが憎くて堪らない。

 そんな彼女を見兼ねたのか、中にいるナニカが止めに入る。

 

 

(百合、それ以上は止めなさい。私に体を乗っ取られたいの?)

 

(分かってる、分かってるよ! でも…!)

 

 

 彼女が自分の内で葛藤している中、会見は続いていった。

 

 

「今の話を裏付ける証拠はあるんでしょうか?」

 

 

 ある記者の質問が放たれた瞬間、先程まで見えていたタギツヒメの姿が消えていく。

 タキリヒメが姿を隠していた時に使っていたすだれで、タギツヒメも姿を隠した。

 その代わりに、ある男性が出てきた。

 キッチリとしスーツを着た、どこか見覚えのある男性。

 

 

『それについては、私が保証しましょう』

 

「誰だ? このオッサン」

 

「何言ってるんデスカ、内閣官房長官デスヨ」

 

「まさか、こんなお偉いさんまで…」

 

「米軍と裏取引した日本政府にも、大災厄の責任がありますから」

 

「それをネタに脅したってことか」

 

 

 責任を負いたくないがために、こんなことをしているのか? 

 人間の醜さ、それを直視させるような現実。

 タギツヒメに向いていた憎悪が遥かに大きくなるのを感じる反面、人間にも塵のようにちょっとづつ憎悪が溜まっていく。

 結芽も様子には気が付いていたのか、そっと百合の手を握る。

 それのお陰か、幾らか憎悪は和らいだ。

 

 

『そして本日はもう一人、詳しいお話を出来る方をお連れしました。鎌府女学院学長、高津雪那氏です』

 

 

 なんとなくは分かっていた。

 だが、こうも堂々と出てくとは思わなかった。

 誰もが…目を見開いていた。

 

 

『確かに二十年前、タギツヒメは大災厄をもたらしました。しかし、彼女はそれ以上の被害を望まず、刀剣類管理局による拘束を受け入れました。その後も彼女は暴力に訴えることなく、ただ静かに対話を求めました。その姿を目にし、刀使の中にも考えを改めるものが現れました。人は対話することで文明社会を気付き上げた。ならば、対話を求める荒魂との間にも信頼関係が築けるのではないか、と。私もその一人です。しかし、折神紫は違いました』

 

 

(…人間とは、ここまで愚かになるものなの?)

 

(………………)

 

 

 自分の内側からくる言葉に、百合は答えなかった。

 否、答えられなかったのだ。

 必死に腹の底から湧き出る憎悪を抑えている百合には、中のナニカの問に答える余裕がない。

 

 

『タギツヒメの声を無視し、監禁を続けたのです。そしてあれが出現した。……イチキシマヒメ。人間への疑念から生じた、もう一人のタギツヒメです』

 

「いよいよ本題が…」

 

『タギツヒメから分裂したイチキシマヒメは、鎌倉からの脱出を試み。結果として、関東一円にノロが撒き散らされてしまった。しかしその混乱の中でも我々は綾小路の相楽学長の下、綾小路の刀使たちを中心に編成した近衛隊と共に、タギツヒメをお救いしたいのです』

 

「近衛とはまた仰々しい名を付けたものですわね」

 

「タギツヒメを女王にでも担ぎ上げるつもりか?」

 

 

 限界はすぐそこまで来ていた。

 腹の中でグチャグチャになっていく感情。

 顔色が段々と悪くなる百合を見て、結芽は余っていた手も使い、両手で強く彼女の手を握りしめた。

 

 

『脱出を阻止されたイチキシマヒメは、今も管理局の手の中にあります。彼女の目的は人間への復讐、それのみです。もし彼女が力を解放したら、これまで以上の災厄がもたらされるでしょう。そんな危険な存在を、折神紫は未だに手放そうとしていないのです。惨劇を防ぐには、イチキシマヒメとタギツヒメを再度融合させるしかありません。その為にも、我々刀剣類管理局維新派は、ここ東京を拠点に決起します! その上で要求する。折神紫、並びに刀剣類管理局は一刻も早く我々にイチキシマヒメを引き渡せ。これ以上、国民を危険に晒すと言うのであれば、実力を持って対処する!』

 

 

 この言葉を最後に、テレビは消えた。

 真っ黒になった画面。

 それに対して、百合は本気の拳を叩き込んだ。

 助走なしで、棒立ちのままからの一撃。

 彼女はその拳一つで、テレビ一台と壁を、見るも無惨な形で破壊した。

 

 

 テレビは中央部分に穴が空き、そこから真っ二つに。

 壁には、百合の拳と大差ない程の穴が出来ていた。

 その場にいた全員が目を疑った。

 百合が常人離れしていることは知っていたが、御刀の力なしでここまで出来るなど知らなかったのだ。

 

 

 結芽は慌てて百合に駆け寄り、叩き付けた右手の拳を見た。

 幾ら百合とは言え、怪我の一つや二つしてても不思議ではない。

 だが…

 

 

「嘘…傷がない」

 

「…私、夢神の刀使失格だ」

 

「いきなりどうした?」

 

「私、タギツヒメのことを憎んでしまいました。憎んではいけないのに」

 

 

 夢神の刀使は、荒魂を被害者と見て祓う。

 荒魂の思いを受け止め、自分の思いをぶつける事で祓うのだ。

 彼らがどれ程の行いをしても憎んではならない。

 ……不完全な形で夢神流を免許皆伝した百合でさえ、分かっていること。

 

 

「彼女たちは被害者だ。彼女達がした行いに、私が憎しみを持ってはいけない。でも…でも…許せないんです! 篝さんを、美奈都さんを、お母さんを、紫様の努力を馬鹿にする行為がどうしても許せないんです! 挙句の果てにイチキシマヒメに罪をなすり付けるなんて……。普通に攻撃されるだけだったら良かった。なのに、なのに、彼女はあろう事か人を利用し、人同士の醜さを使って攻撃してきた! だから、私はタギツヒメを許せないし、憎んでしまう」

 

 

 己の内で暴れ回る感情を吐き出す。

 だが、百合は決定的なミスを犯してしまった。

 最低なミスを。

 

 

「…どうして、人間と言う種はこれ程までに愚かなのでしょうか」

 

「…あなた、本当にゆり?」

 

「……当たり前だよ? いきなりどうしたの? …ごめん、少し可笑しくなってたみたい。今日は休むね。先輩方もすいません、変に所を見せてしまって」

 

 

 百合の中で、大切なナニカが音を立てて壊れ始めていた。

 

 -----------

 

 あれからまた時間が経った。

 百合たちが以前乗っていたノーチラス号と言う潜水艦は、米国見捨てられ国籍不明の潜水艦になってしまった。

 それに乗っているのがイチキシマヒメと紫と言うことが割れてしまい、百合や可奈美たちが確保に動くことになった。

 

 

 未だに調子が可笑しい百合を行かせることに結芽は反対したが、百合が構わないと言ったせいでその話はおじゃん。

 結局、親衛隊は親衛隊で、可奈美たちは可奈美たちで分けて捜索することになったのだ。

 

 

「累さんからの報告によると、銚子海岸で分かれた姉とイチキシマヒメは、人目を避けて北上してるとの事です」

 

「既にタギツヒメ側が先んじて接触したことを確認したが、政府や世論の手前、流石に連中も人目のつく状況で無茶は出来ないと思われる」

 

「と言うことは、私たちも人目を避けて、迅速に確保する必要があるということですね」

 

「そうだ。あぁ! 後ついでに、累も確保してやってくれ」

 

「ついでって…」

 

「るいるい、就職先にも上司にも恵まれない人生でしたね」

 

 

 その後は、しょうもないコントがあったが百合は見て見ぬふりをして、遠くの空を見上げた。

 何となく、本当に何となくだが、結芽やみんなとの別れが間近まで迫ってる気がした。




 なんやかんやで、次回がこの物語一番の山場になりそうです。
 まぁ、山場というより修羅場になりそうですが……

 次回のタイトルは「咲くはクロユリ、燕はまた泣く」でしょうか。
 お楽しみに!
 アンケートの方もよろしくお願いします。
 アンケートの結果次第では明日にでも次の話を投稿しますよ!


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二十二話「咲くはクロユリ、燕はまた泣く」

 ここにきて、ようやっとまともな伏線回収?です。


 紫の捜索を開始してから、一時間も経たない頃。

 可奈美の伝達により、銚子海岸近くの工場街に紫が居るとのこと。

 百合たち親衛隊も、至急その場所に向かっていた。

 

 

「この近くか?」

 

「見たいですわね」

 

「皆さん…!」

 

「言わなくても分かってるよ!」

 

「来ましたね…!」

 

 

 紫の元へ行く道を阻むかの如く立ちはだかるのは、二十はくだらない数の冥加刀使。

 こんな所で足止めを食らっていられる程、余裕がある状況ではない。

 百合の思考回路が導き出した答えは……

 

 

「元親衛隊に告ぐ。大人しくしていれば危害は加えない。抵抗するならば、斬る!」

 

「そんなの、馬鹿正直に『はい、分かりました』って頷くわけないじゃん!」

 

「その通りだ。突き進むぞ!」

 

「……先輩たちは支援に回ってください。私と結芽で切り込みます」

 

「何か良い案があるんですわね?」

 

 

 寿々花の問にコクリと頷く。

 百合は親衛隊のことを信頼しているし、背中を預けられる存在だと知っている。

 だが、ここまで数が多いと龍眼の処理は追いつかない。

 無理矢理やろうとすれば、処理に負荷が掛かりすぎ使い物にならなくなるだろう。

 

 

 ならば、今の最善案は百合と結芽でほぼ全ての敵を倒し、真希たちには支援に回って貰うことだ。

 彼女の案に、結芽はなんの疑いも、躊躇いもなく賛同する。

 真希たちもそれが最善だと分かったのか、少し呆れた顔をして頷いた。

 

 

「百合。君は時々、凄く馬鹿みたいなことを言うね」

 

「偶に結芽にも言われます。…行くよ結芽!」

 

「まっかせて!」

 

 

 二本の御刀を鞘から抜き、写シを張る。

 相手は既に御刀を抜いて写シを張っている状態だ。

 百合と結芽はピッタリのタイミングで顔を合わせる。

 その瞬間、二人揃ってニヤリと笑った。

 一瞬のうちに迅移で近づき、目の前に居た敵を右薙で胴から真っ二つにする。

 

 

「なっ!」

 

「気を付けろ!」

 

「甘いです!」

 

「余所見してたら、すぐ終わっちゃうよ!」

 

 

 そこからは一方的な暴力。

 二人のコンビネーションに冥加刀使が敵うはずもなく、次々とやられていく。

 真希たちも、堅実な動きで着々と数を減らし、五分を過ぎた頃には敵は半数も残って居なかった。

 圧倒的な実力差があると分かっていながら、冥加刀使が逃げ出すことはない。

 

 

 数の差にものを言わせて、残った全員で前線に出ている百合と結芽を囲む。

 真希たちには先に可奈美たちの方に行ってもらったので、救援は来ない。

 しかし、百合は動じてないかった。

 なにせ結芽が居るのだから。

 敵が百人居ようが、負ける気がしない。

 

 

「背中合わせって、ドラマとかでよく見るけど実際は全然違うね」

 

「そう? …私は凄く安心してる。結芽にだったら命を預けてもいい」

 

「ヒュー! カッコイイね〜。私も、信頼してるからね」

 

「何をごちゃごちゃと! 全員で掛かれ!!」

 

 

 一斉に向かってくる敵。

 後ろは見ないで、前に居る敵だけを見る。

 心配しなくても、きっと大丈夫。

 そう、百合は信じていたし、結芽も……。

 

 

 僅かなタイミングのズレを利用し、自分に近付くのが早い順番に斬り伏せていく。

 右端、左端、真中二人。

 二つの御刀と言う自分の有利を活かし、両端を振り下ろしで斬り。

 その後は持ち手を順手から、逆手に持ち替えてXを描くように斬り上げる。

 

 

 百合は倒したことを確認すると、後ろを振り向く。

 そこには、小悪魔のような笑みでこちらを見つめる結芽が居た。

 

 

「お疲れ〜」

 

「結芽もね。早く追いかけよう、紫様とイチキシマヒメに何かあったらいけないし」

 

「りょーかいっ」

 

 

 八幡力を駆使して、工場街を飛び回る。

 真希たちを見つけるのは、そう難しいことではなかった。

 

 -----------

 

 あの後、可奈美と姫和だけが紫に会ったと言っていたが……

 テント内に、紫やイチキシマヒメ……そして姫和の姿はない。

 聞いた話によると、タギツヒメに襲撃され、紫がイチキシマヒメの囮となった。

 それを助ける為に、イチキシマヒメが姫和に融合することを懇願し、姫和がそれに応じたらしい。

 今の姫和は、十条姫和でありイチキシマヒメ。

 

 

 頭が混乱するような目まぐるしい状況だが、理解しなければ話は進まない。

 百合は何とか頭の整理を着けて、紗南の話は聞く。

 

 

「お前たちは少し休め」

 

「私は平気です。姫和ちゃんの捜索に加えて下さい!」

 

 

 姫和のことでより一層焦りが出てきたのか、可奈美の語気は強い。

 意図した訳では無いが、相手が萎縮しても可笑しくない。

 そんな強い語気の声を聞いても、紗南は萎縮などせず冷静に言葉を返す。

 

 

「ダメだ。休息をとって万全な状態を保っておけ。お前たちは欠かせない戦力だ」

 

 

 けれど、そんな言葉で可奈美が食い下がることはなく、自分の意見を押し通す為に言葉を紡ぐ。

 

 

「タギツヒメはイチキシマヒメと融合した姫和ちゃんを狙います! 姫和ちゃんを守らないと!」

 

「可奈美ちゃん!」

 

「自分以外は信じられないか?」

 

「そう言う訳じゃ……」

 

「らしくありませんよかなみん。気持ちを落ち着ける意味でも、少し休みましょう?」

 

「うん。ボス戦の前には回復しとくものだ」

 

 

 エレンの諭すような言葉と、薫のお巫山戯半分の言葉は案外可奈美に効いたらしく、焦りは少しだけなりを潜める。

 紗南も、可奈美の焦りがまた顔を出す前に話を進めていく。

 

 

「十条の捜索はこちらに任せろ。局長も後を追ったのだろう?」

 

「はい……」

 

 

 それ以上は何か言うことは無く、可奈美たちは外に出て行った。

 百合はただ、心配そうに可奈美を見つめていた。

 

 -----------

 

 休息の間百合は、夢を見ていた。

 濃い霧に覆われた空間。

 神社の石階段にも似た場所で、百合は聖と対峙していた。

 もう幾度と無く戦ったが、勝った回数は一桁代だ。

 

 

「は~い、少し休憩。……な〜に悩んでるか、教えて?」

 

「お母さんには、分かるよね……」

 

 

 全て話した。

 並行世界での自分たちの……いや、結芽の結末。

 その殆どが、死だと言うこと。

 この世界がどれだけ奇跡に近いかを。

 

 

「そっかぁ……」

 

「私、もしもの場合は()()使()()()()

 

「……力を使うのは悪いことじゃない、力に溺れるのが悪いこと。この意味、何となく分かるよね? 百合のやり方は、きっと大切な人を傷つけるよ? …それに、自分自身も」

 

「正直、怖い。でも、結芽を失うことの方が怖い。……大丈夫、もしもの時にしか使わないから。もしもの状況がこないように、精一杯頑張るよ」

 

 

 作ったような笑顔。

 聖は懐かしむように見つめていた。

 自分の娘である証拠が、こんな嫌な部分で見つかるなんて。

 聖は思いもしなかっただろう。

 

 

「その顔、やり過ぎるとバレるよ。私も良く、龍雅君に怒られたっけ…」

 

「お父さんに?」

 

「うん。お前の献身は度が過ぎてるって」

 

 

 その献身が身を滅ぼすことを、聖は痛い程分かっていた。

 だが、止めることはしない。

 百合の、娘の可能性を信じたいから。

 

 

「百合。私、信じてるから」

 

「…………ありがとう」

 

 

 そんな、親子水入らずの会話を隠れ聞くものが一人。

 何故だか、百合や聖と良く似ている。

 髪の色や瞳の色は違うが、顔は瓜二つ。

 彼女は、声をかけることはなく、ただ親子の会話を聞いていた。

 

 -----------

 

 夢から覚めた百合を待っていたのは、結芽だけだった。

 

 

「……? ねぇ、何で結芽しか居ないの?」

 

「百合、何度揺すっても起きないんだもん。みんな先に行っちゃったよ?」

 

「えっ!? ご、ごめん、今すぐ行こう!」

 

「ちょ、御刀! 御刀! 忘れていくつもり!」

 

 

 少々焦り過ぎていたのか、百合は御刀を忘れると言う大失態を起こす所だった。

 少しだけ頬を赤くしながら、結芽に御刀を受け取る。

 紗南が居るテントに行くと、累も居て、新型のスペクトラムファインダーを貸し出された。

 ……今の百合にとっては、殆ど意味のないものだが厚意を無下にはしたくないので、笑顔で受け取る。

 

 

 どれ程走っただろうか。

 かれこれ数十分は駆け回っている。

 万全の状態になったとは言え、刀使の力も、もう一つの力も使うわけにはいかない。

 

 

「ゆり〜、少し休憩しようよ」

 

「ダメ。もう少しだけ我慢して……何か嫌な予感がするの…!」

 

「はぁ〜、分かったよ。キビキビ走れば良いんでしょ?」

 

「そう言うこと!」

 

 

 会話に気を取られていた瞬間、地を裂くような音が聞こえた。

 音が聞こえた方向には、碧い雷が見えた。

 四の五の言える場合じゃない、そう判断し御刀を抜いて写シを張る。

 結芽も百合の行動を見て、御刀抜いて写シを張った。

 二人揃って迅移を使う。

 結芽を置いてはいけないが、心臓を締め付けるような嫌な予感がした。

 

 

 だから、百合はシフトなしの三段階迅移でその場に訪れた。

 そこには、既に百合と結芽以外の全員が揃っていてーー可奈美が御刀を姫和に向けていた。

 

 

「ふーん。そんな簡単に諦めて、荒魂ごと隠世の果てに送られるつもりなんだ」

 

「…………」

 

 

 姫和の中に感じる尋常ではない気配、彼女の中にタギツヒメたちがいることが何となく分かる。

 止めるべきなのか? 

 百合がそう思った瞬間、可奈美の瞳から涙が零れた。

 

 

「させない、そんなの絶対にさせないから」

 

 

 そして、ゆっくりと姫和を抱きしめていた。

 

 

「一人で抑えきれないなら、全部出しちゃえばいいよ! 私が斬ってあげる、全部全部全部斬ってあげるから! 半分持ってあげるって言ったでしょ。もっと信頼して預けてよぉ」

 

 

 泣きながら説得しようとする姿が、とても綺麗で止めるべきではないと分かった。

 しかし、世界はどこまでも残酷だった。

 抱きしめられた姫和が穏やかな顔になったと思ったら、次の瞬間苦痛の表情に変わった。

 

 

「つっ! あぁ!」

 

 

 可奈美を突き飛ばしたかと思いきや、彼女の体を……ノロが覆うように蠢いた。

 数秒もしない内に、背中からタギツヒメが現れた。

 大典太と鬼丸を持って、変化した姿を百合たちには見せつける。

 腹から胸元にかけて、八つの目が出来た。

 おどろおどろしい雰囲気が溢れだしている。

 

 

「謀っていたのは貴様だけではないぞ、紫」

 

 

 二振りの御刀を姫和に突き刺すと、姫和は跡形もなくノロに変換されていった。

 ありえない、そう言いたかった。

 されど、現実に起こったことを幻想と言っている暇はない。

 今すぐタギツヒメを斬らなければ、やられるのは……

 

 

「可奈美先輩!!」

 

 

 可奈美の前に立ち、タギツヒメと向き合う。

 龍眼も使って未来視を行うが、何故かノイズのようなモヤがかかった。

 そして……いつの間にか目の前に居たタギツヒメに胴を水平に切り裂かれ、写シが剥がされる。

 

 

「半端者はこちらに来い」

 

 

 この一言と共に、百合の心臓に御刀が突き立てられた。

 写シを張ってない生身の体、体中を燃やされるかのような激痛が走り地面に倒れ伏せる。

 一連の流れを棒立ちしながら見てた結芽が、怒りに任せて御刀を振るった。

 けれど、変化した……進化(神化)したと言っても過言ではない彼女に、結芽の御刀が通ることはなく簡単に写シを剥がされてしまう。

 

 

 同じ様に、その場に居た全員がタギツヒメに瞬殺された。

 写シを剥がされただけだが、危険な状態に変わりはない。

 

 

「さて、お前の大切な者を殺せば、こちら側にくるか」

 

 

 結芽に近付いて行くタギツヒメ。

 写シを張れない結芽に、容赦なく御刀を振り下ろそうとする。

 きっと、この時間は実際は数秒程度だっただろう。

 だが、百合にとってはとても長く感じられた。

 振り下ろされる御刀が、周りにいる仲間が、自分の呼吸が、完全に静止した世界。

 

 

 スライドショーのように、あらゆる並行世界を見た。

 結芽を救えなかった世界、結芽を殺してしまった世界、結芽に殺された世界、結芽を助けなかった世界、結芽をーーー。

 何千、何万と言う並行世界の夢神百合が、この世界の百合に統合されていく。

 そのスライドショーのような光景を見て最初に感じたのは孤独感。

 

 

 百合の存在理由の全てに等しい結芽の死。

 他にも大切な者が居るのに、結芽を失っただけで全てが霞んでしまう。

 二番目に感じたのは喪失感。

 結芽を失ったことにより出来る、心の穴。

 他の存在では埋めようがない、大き過ぎる穴。

 

 

 三番目に感じたのは憎しみ。

 結芽を守れなかった自分への憎しみ、結芽を奪った者への憎しみ。

 百合自身さえ燃やすような憎悪。

 

 

(止めろ百合! その感情たちで私を使ったら!)

 

 

「……触るな…」

 

「ん?」

 

 

 刺された傷が()()によって治されていく。

 痛い、痛いが、立てない程ではない。

 百合がゆっくりと立ち上がると、両目が違う輝きを放っていた。

 燃え盛る炎を彷彿とさせる、緋色の輝きを放つ左目。

 迸る雷を彷彿とさせる、碧色の輝きを放つ右目。

 

 

「私の結芽に……触ってんじゃねぇ!!」

 

 

 それは、今まで誰も聞いたことがない百合の本気の怒声だった。

 写シを張らずに、三段階迅移と同等のスピードで、タギツヒメが結芽に振り下ろそうとしていた御刀を弾いた。

 タギツヒメも一瞬驚き、薄く笑いながら間合いをとった。

 

 

「ふふふ、ははははは! ようやくこちら側に来たか!」

 

「ゆ…り…?」

 

「…私の仲間に触ってみろ、殺す…!」

 

 

 百合から発せられたとは思えないほど低く、ドスの効いた声。

 けれど、結芽が気にしているのはそこではなかった。

 先程の迅移と言っても過言ではない動き、それに加えて目のこと。

 聞きたいことが沢山あり過ぎて、結芽の口はただパクパク開いたり閉じたりしているだけだ。

 

 

 百合は、そんな結芽に気付いたのか、そっと近付いた。

 

 

「我に背中を見せるとは、やけに余裕があるな?」

 

「仕掛けてくればいい、私には通じないけど」

 

 

 売り言葉に買い言葉。

 しかし、タギツヒメは仕掛けることなく待った。

 

 

「結芽?」

 

「ゆり? な、なんで、その目…」

 

「…………」

 

 

 百合は無言で結芽の唇に自分の唇を押し当てた。

 人前ですることに、恥ずかしいと言う感情はない。

 逆に、もっとしていたい、そう思った。

 

 

(こんな幸せな時間が、もっと続けば……)

 

(今すぐやろうとしていることを止めなさい! まだ間に合うわ!)

 

(もう無理だよ。だって、私が荒魂だってバレちゃったもん)

 

 

 名残り惜しそうに唇を離し、優しく頭を撫でた。

 母が子にやるように、姉が妹にやるように。

 ありったけの愛を込めて。

 

 

「ごめんね、結芽。でもね、継ぎ接ぎだらけの私にあなたは、誰かのために剣を振るう尊さを、誰かに愛される、誰かを愛する嬉しさを教えてくれたの。……私と出会ってくれてありがと」

 

 

 聖や龍雅に貰った愛情は失われ、新しい親の元必死に努力した。

 認められる為に、足りない部分を継ぎ足して、継ぎ足して。

 学校に友と呼べる存在は居らず、ただ剣を振るった。

 友人と絆を育むべき時間全てを剣に捧げた。

 それでも足りなくて、また継ぎ足して。

 その繰り返し。

 

 

 そんな時に出会った運命の人。

 認めてくれて、褒めてくれて、友として愛してくれて。

 百合は嬉しかったのだ。

 

 

「先輩方も、こんな不出来な後輩でごめんなさい。それと、友達になってくれてありがとうございました」

 

 

 真希に寿々花に夜見、可奈美に舞衣、沙耶香に薫、エレンに……ここには居ない姫和。

 百合を変えてくれた人たち。

 優しい人が居て、少し不真面目な人が居て、不器用なくらい真っ直ぐな人が居て、あまり感情を漏らさない人が居て、研いだばかりの刀のように鋭い人が居て…………

 誰もが大切な人で、誰も失いたくない人で。

 

 

 だから、使うことにした。

 もしもの時に用意した、最悪な方法を。

 

 

「夜見先輩、貰いますね?」

 

 

 迅移を使っていないのに夜見の隣に移動し、夜見の制服のポケットからある物を抜き取った。

 それは……

 

 

「あれは、ノロのアンプルか?!」

 

「……すいません。万が一のことを考えて……」

 

 

 夜見が使ってたのを見た事はある。

 だったら、百合が使えない道理がない。

 慣れたような手付きで、首筋にアンプルを持っていき、躊躇いもなく突き刺した。

 

 

「あっ、がぁ、あ゙ぁぁぁー!!」

 

 

 心臓を突き刺された時とは比べものにならない程の熱量が体全体に広がっていく。

 骨の髄から溶けていくような感覚と、神経が焼け爛れていくような感覚が同時にした。

 生命の根本から作り替えられていく、そんな比喩的表現を百合は体感していた。

 

 

 それが終わった瞬間、そこに居たのは……百合ではないナニカだった。

 長い白髪に、先程のままの両目、親衛隊の制服を白と黒、加えて少しの橙色のラインで形成し直した服。

 極めつけは、病的なまでに白い肌。

 

 

「やはりな、我と同格の素質を持っておったか。…我と共に来るがいい、人類に復讐する時だ!」

 

「ごめんですね。生憎、私に人を殺すような趣味はありません」

 

 

 軽口のような言葉を発したその時、百合は迅移を使ってタギツヒメの裏を取った。

 タギツヒメも目見開いたが、またも薄く笑いながら攻撃を繰り出した。

 百合は持ち手を変則的に変えて、タギツヒメの攻撃を尽く受け流し、逆に袈裟斬りを決められる。

 

 

「づぅ…何故、愚かな種である人間の肩を持つ!」

 

「そうですね、人間と言う種は愚かです。醜くて、どうでもいい事で争って、責任を擦り付け合って。でもですね、その中にも居るんですよ。真っ直ぐで綺麗な心の在り方をしている人間が! 確かに、人間は色々な罪を犯した。赦されなくても可笑しくない。だけど、そんな人間を利用した貴方が、彼女たちに愚かだと言うなんて、私は認めない!」

 

 

 認められない、それだけは絶対に。

 

 

「私は、例え世界の敵になったとしても彼女たち(人間)を護り続ける!」

 

「ふっ! 本当に愚かだ。次に会うまでに、もう少しマシな回答を聞かせろ」

 

 

 タギツヒメは吐き捨てるように言葉を残すと、その場を去っていった。

 百合はゆっくりと後ろを振り返った。

 そこに居るのは仲間……だった人たち。

 

 

「……何だか分かんないけどさ。帰ろうよ、ゆり?」

 

「結芽、それ以上来ないで」

 

 

 初めてだった。

 百合に拒絶されたのは。

 胸がキュッと締め付けられる。

 それでも、止まるわけにはいかない。

 ここで手を伸ばさなかったら、きっと自分は後悔する。

 そう、結芽は知っていたから。

 

 

「どう…して?」

 

「私は怪物(荒魂)で結芽が人間(刀使)だから。もう、一緒には居られない」

 

「そんなのどうだっていいだろ! 俺は百合まで居なくなるなんてゴメンだ。さっさと帰るぞ」

 

「そうだよ、帰ろうよ百合ちゃん」

 

「デスネ。帰りましょうゆりりん!」

 

 

 その言葉が嬉しくて、同時にとても悲しい。

 こんな優しい人間と出会うことは、きっと二度とないと思うから。

 ずっと一緒に居たい、離れたくない。

 

 

 けれど、それは許されない。

 

 

「私が、皆さんと一緒に居ることはできません。…実際の所、何時暴走しても可笑しくない状況なんです。暴走した私を、皆さんは殺せますか? 最も、その時の私は既に夢神百合ではなく、大荒魂クロユリですけど…」

 

「形がどれだけ変わっても、ゆりはゆりだよ! だから、私が殺る。本当に危なくなったら私がゆりを殺す」

 

「……何となくそう言うって分かってた。結芽は知らないと思うけど、人を殺した罪悪感ってずっとずぅーっと残るんだよ。私の心にも残ってるよ、結芽を殺した時の罪悪感と後悔。もっと別の方法があったんじゃないか、って? だからね、私は結芽にそんなことして欲しくない。それに、暴走した私を殺せる刀使って、この世界に一人しかいないんだ……」

 

「それが、私?」

 

 

 結芽の問に百合が頷く。

 恐らく、この世界で百合を殺せるのは結芽だけだ。

 可奈美より結芽は弱いかもしれない。

 しかし、結芽に躊躇いはなく、百合のことを思って早く終わらせてあげようとするだろう。

 

 

「……じゃあね」

 

 

 タギツヒメと同じ方法で、百合は消えていった。

 最後に見た顔に涙が流れていたのは、見間違いではない。

 

 

「ゆり…! ゔぅ、あ゙ぁぁ、あ゛〜あ゛〜!」

 

 

 枯れ果てたと思っていた涙は、まだ枯れていなくて。

 止めどなく涙が溢れてきた。

 燕は泣いた、自分の無知を嘆いた。

 

 

 戦いは終わりに向かって進んでいく。

 終わりの先にあるのは、破滅か……はたまた希望か。




 みにゆりつば「好きな理由!」

「ねぇ〜ゆり?」

「なに?」

「ゆりってさ、私の何処が好きなの?」

「…………笑顔が可愛いところとか、困ったことがあるとすぐ、捨てられた子犬みたいな顔で私を見てくるところかな?」

「も、もう良いから!」

「えぇ〜、結芽が聞いてきたんじゃん!」

 この後、何個も好きな所を上げていったら、その日一日口を聞いてもらえなかった百合なのでした。

 -----------

 次回からは、こんなミニコーナーがあります!
 シリアスムードをぶち壊すスタイルで申し訳ありません!

 取り敢えず、次回もお楽しみに。

 誤字報告や感想などよろしくお願いします!


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二十三話「明かされる秘密、燕の決意」

 お待たせです!
 


 一九三七年、八月某日。

 京都府京都市右京区にて、荒魂が発生した。

 それも、通常の荒魂ではなく大荒魂。

 当時の日本は日中戦争が始まったばかりと言うこともあり、何処も彼処も大騒ぎ。

 そんな中起こったのが、京都嵐山大災厄。

 

 

 起こった理由は百合たちが生きる現在まで解明されていない。

 死者数は千を超えて、行方不明者数も数百人に及ぶ災厄。

 相模湾岸大災厄には及ばないが、それでも大災厄と言うに相応しい被害をもたらした。

 その大災厄を解決・収束に導いたのが夢神家。

 

 

 当時の当主でもある夢神(つばめ)と、その他数名の刀使によって大荒魂は討伐された。

 だが、本当の所は違った。

 この情報は嘘であり、本当の結末は……

 

 -----------

 

 大災厄の日、その日は酷い土砂降りの雨だった。

 空を覆い尽くす薄気味悪い雲を見ながら、嵐山の中を歩く二本の御刀を持った少女。

 桜色の髪に、碧色の瞳で、笑った顔を小悪魔のそれ。

 よく見なくてもわかる程発育の良い体。

 全体像は、聖や百合に瓜二つだ。

 

 

 彼女の名前は夢神燕。

 その少女の他にも刀使は居るが、肩で息をするほど疲れているようだ。

 

 

「どうする〜、ちょっと休憩する?」

 

「いいえ、ここで立ち止まる訳には…」

 

 

 他の者達も意見は同じなのが、息も絶え絶えながら頷いた。

 彼女達の真面目さに、些か呆れた顔をしている燕。

 ここまでの道程には、荒魂の残骸とも言えるノロがあちらこちらに散らばっていた。

 少し複雑な表情になりながらそれを見た燕は、ある決断をする。

 

 

「…みんな、ここから先は一人で行く。だから帰って。もし私が戻ってこなかったら、折神の家に急いで討伐班を寄越すように伝えること」

 

「そ、そんな、待ってください。私達はまだ!」

 

「これは夢神家の当主である私の命令なんだよ? 逆らうの?」

 

「で、ですが…!」

 

 

 食い下がろうとしない自分の仲間に嫌気がさすことはなく、寧ろ本当に良い仲間を持ったと感じた。

 だからこそ、連れていく訳には行かない。

 

 

(この子達に、荒魂を斬らせたくない…。それ以上に、荒魂にこの子達を傷つけて欲しくない)

 

 

 燕は如何にも真面目そうな、副隊長である藍色の髪の少女の頭を撫でて諭すように言った。

 

 

「…心配しないで、とか。大丈夫、とか言わない。だけどね、私はあなた達に生きて欲しいの。……お願い」

 

「…わ、かりました。皆の者退くぞ! 陣形を整えろ!」

 

 

 藍色の髪の少女によって、燕が大荒魂討伐のために造った急造の討伐班は来た道を帰っていく。

 討伐班と言っても、普段から一緒に居る友人と言うだけ。

 本来なら巻き込みたくなかったが、いざと言う時に頼れるのは連携の取れた仲間だ。

 

 

 燕は歩く。

 歩いて、歩いて、荒魂を避けながら歩くこと十数分。

 嵐山の頂上に、それは居た。

 荒魂…大荒魂でありながら、百合の様に美しい。

 その美しさ故に付けられた識別名は、大荒魂クロユリ。

 

 

「…人間か、何の用だ?」

 

「…いや〜、貴方が出す荒魂をどうにかして欲しいな〜って思ってさ。それを伝えに来たんだけど…」

 

「? 他に何かあるのか? 用がないなら去れ。我は生き残る術を探している最中だ。いずれお前達刀使に討たれる未来など視えているからな」

 

 

 右目は碧く、左目は緋く。

 双眸が違う輝きを放つクロユリに、燕は見惚れていた。

 クロユリは異形の存在。

 愛されるとこともなく、産まれた瞬間から孤独感と喪失感に苛まれ、やっと得た強い感情は人への果てしない憎悪。

 

 

 悲しき生命だ。

 燕は、悪いとは思ったが同情していた。

 昔から、荒魂を斬るのが嫌いだった。

 だけど、それで荒魂の想いを断ち切れるから、清め祓うことが出来るから、そう言われて燕は斬ってきた。

 何千と言う荒魂を斬って、得た感情は深い後悔だった。

 

 

 何か違う接し方があったのではないか? 

 もっと分かり合うことが出来たのではないか? 

 頭の中をグルグルと駆け回る問に対して、燕はクロユリを見たことでようやく答えを出した。

 

 

「ねぇ、勝負しない?」

 

「勝負だと? くだらん、やっている暇などない」

 

「そうだなぁ、勝ったら私に寄生してもいいよ? 出来るんでしょ?」

 

 

 荒魂が人を飲み込む所を、人が荒魂になる所を見たことが燕にはあった。

 だからこその、勝利の褒美。

 

 

「そうすれば、貴方は私を苗床にして生きながらえることが出来る」

 

「貴様が勝ったら?」

 

「私が勝ったら? …う〜ん…私が愛してあげる!」

 

「……?? 何を言っているんだ貴様は?」

 

「だから、私が愛してあげるって言ったの。…貴方、愛されたことないんでしょ? それじゃ可哀想だもの…」

 

 

 クロユリは訝しむような視線を燕に向けたが、彼女の提案は魅力的であった。

 何せ、自分が考えていた生き残る術を、態々与えてくれるのだから。

 この時、クロユリは自分が負けることなど全く考えていなかった。

 どうやって、ダメージを少なくして燕を倒すかを考えていた。

 

 

「勝負内容は簡単。私が貴方に一太刀入れる。それを耐え切れたら貴方の勝ち、耐え切れなかったら私の勝ち」

 

「もし、我が消滅した場合は?」

 

「その時はその時だよ」

 

 

 飄々とした態度が怪しさを持たせるが、クロユリは動じない。

 それどころか、余裕綽々といった立ち住まいだった。

 舐め切っている。

 人間を、夢神燕を、完全に舐め切っているのだ。

 憎むべき相手に負けるなど、憎むべき相手に愛されるなど言語道断。

 クロユリにとっての一太刀は、蚊が止まった程度のものでしかない。

 

 

 だが、燕にとっての一太刀は希望の一太刀。

 夢神流のやり方に則って、宗三左文字を鞘から抜き構える。

 数分間、ありったけの想いを御刀に乗せる。

 次の瞬間、燕はクロユリを斬り裂いた。

 

 

「ーーなっ!?」

 

「ふぅ……一太刀に全て込めた」

 

 

 燕は確かにクロユリを斬った、だが斬ったのはクロユリの穢れ。

 この世界にいる荒魂全てが持ってるもの。

 本来なら不可能に近い事を、燕はたった一太刀でやってみせたのだ。

 益子の家がねねの穢れを落とすのに数代かけたのに対し、燕は一太刀。

 こうやって並べると可笑しさの度合いがわかり易いだろう。

 

 

「…私の勝ちだね?」

 

「は、ハハハ! 面白いな、貴様は! 名前はなんだ?」

 

「私の名前は夢神燕だよ。これから宜しくね? クロユリ」

 

「宜しくも何も、我は消える」

 

「消えないよ? 私の中に入ればいいじゃん? 駄目なの?」

 

 

 思考を巡らせる。

 今燕と関係を持ったら、絶対に面倒なことになる。

 そう思ったが……それ以上にそれも悪くないと思った。

 

 

「穢れがなくても大荒魂だ? 貴様が耐えられる保証はないぞ?」

 

「大丈夫だよ? 私はクロユリの事を愛してるから」

 

「……勝手にしろ」

 

「うん。勝手にする」

 

 

 燕が近づいてクロユリに手をかざすと、掌から液状となったクロユリが侵入する。

 血管や神経を辿り、クロユリが辿り着いたのは燕の心臓付近。

 そこで止まった。

 

 

(ここでいい)

 

(了解! …頑張っていこうね?)

 

(気まぐれだ、飽きたら出ていくからな?)

 

 

 その言葉に燕は答えることは無く、嵐山を下った。

 その後は正史通り、燕とその仲間が大荒魂を討伐したことになった。

 

 

 結局クロユリが燕の体から出たのは、燕が娘を出産してから。

 出たと言っても、娘の体に乗り移ったに過ぎない。

 夢神家で数代…約二代だけだが、刀使が排出されなかったのは、クロユリを使いこなせるほどの器がいなかったからだ。

 聖と百合は、燕と酷似した容姿と精神性であり、器に至った。

 

 

 これが、夢神家に隠されていた秘密であり、百合がひた隠してしてきた真実。

 

 -----------

 

 最終決戦直前、紫が連れてきた結月が語った夢神家の秘密。

 外の状況は大災厄の再来とも言える地獄絵図。

 避難誘導のため多数の刀使と機動隊が忙しなく動いている。

 執務室に居た、可奈美たちや真希たち親衛隊も押し黙まり、話をした結月には後悔の顔が見れた。

 

 

 だが、結芽は違った。

 

 

「話は何となく分かったよ。ゆりが荒魂だってことも理解出来た」

 

「結芽?」

 

「でもね、ゆりはゆりなの!! 私の一番の親友で、私の大切な家族! だから、絶対に連れ戻す」

 

 

 結芽は百合が居なくなってからの数日間、ある夢を見た。

 それは夢ではなく並行世界の結芽の記憶と言った方が正しい。

 神様の気まぐれ、そう言った類のもの。

 ……あらゆる結末を見た。

 百合を救えなかった世界、百合を殺してしまった世界、百合に殺された世界、百合を助けなかった世界、百合をーーー。

 

 

「私はゆりを失いたくない…!」

 

 

 決意の言葉が響く中、紗南のスマホが鳴った。

 その着信相手は……百合。

 紗南は急いで自分のスマホを機材に繋いで電話に出た。

 スピーカーから、結芽の待ち望んだ声が聞こえてくる。

 その声は、泣いた後なのか少し震えている。

 

 

『百合です』

 

『私だ。久しぶりだな』

 

『余計な話はなしで単刀直入に言います。結芽を今現在起こっている最終決戦に出させないで下さい』

 

『それをするメリットは?』

 

 

 紗南の言葉に、若干の間を空けて百合が答えた。

 

 

『私が、タギツヒメと共に隠世の果てに行きます。人類からしたら私と言う脅威と、タギツヒメと言う脅威二つが同時に居なくなります。最高のメリットでしょう?』

 

『……お前はそれでいいのか?』

 

 

 またしても答えに間を空ける百合。

 言葉を選んでいるのか、はたまた……

 

 

『本当は消えたくないですよ、出来るなら生きていたい。だけど、怪物(荒魂)である私がみんな(刀使)と一緒に居ることは出来ない。それに…今真庭本部長の声を聞いているだけで、貴方を殺したくなってしまう。他にも、道端を歩いている赤の他人にさえ憎悪と殺意を覚えてしまうんです』

 

 

 悲しくも、それが現実。

 変えようがない、荒魂の根源。

 

 

『この殺人衝動に抗えなくなる前に、タギツヒメと消えたい。こんな姿、あの子(結芽)に見られたくない』

 

 

 結芽はズキリと胸が痛んだ。

 ……その時、何故か自分の中によく知るナニカが入ってきた事に気付いた。

 

 

(このままで良いの?)

 

(良くない! 嫌だよ! 離れたくない!)

 

(じゃあ、やるべき事は一つだよね!)

 

(…うん!)

 

 

 この世界の結芽に、他の並行世界の結芽の意識が統合されていく。

 今度こそは助ける。

 揺るがない覚悟を持って。

 

 

 全員が何も言わないのをいい事に、結芽は叫んだ。

 

 

『そんなこと! ぜーったいさせないから! ゆりは私が助ける!』

 

『…………』

 

 

 結芽の言葉に答えることは無く、百合は電話を切る。

 

 

 そして、最終決戦が始まった。

 

 

 




 みにゆりつば「ガッチャ」
 
「ゆりー、今回のイベント報酬のキャラゲットした?」
 
「魚釣りのやつでしょ?ゲットし終わったよ」
 
 二人が話しているのは、「イチゴ大福ネコの冒険」というスマホのゲームアプリだ。
 以前軽くゲームシステムは紹介されたので、今回は補足事項を話そう。
 基本的にゲーム内の資金は他と変わらずコイン、ガチャを引くための課金アイテムは「虹の鰹節」だ。
 
 
 その他にも、強化素材として大福とイチゴ大福がある。
 最後に、スタミナ回復用には猫缶(半分)とゴージャス猫缶(全部)。
 イベントでは、基本的にSRのキャラが配布され、配布されたキャラ同士で合成すると甘味増量という限界突破が起きてステータスが向上する。
 
 
 それ以外にも、イベントキャラを強化するための強化素材や、キャラに持たせる為の武器なども、交換させてくれる。
 ランキングイベントでは、順位によってのキャラ配布ではなく、ドロップアイテムとの交換でゲットできる良心設計。
 勿論イベント上位者には、それ相応のプレゼントも用意されており、やり込みたい人もほのぼのやりたい人も楽しめるゲーム。
 
 
「イベント限定のガチャキャラは?」
 
「う〜ん今回は私はいいかな、あんまりタイプじゃないし」
 
「えぇー!可愛いのに!漁師イチゴ大福ネコ!……ふっふっふ、私は引くよ!これを使ってね!」
 
 
 結芽が胸を張ってスカートのポケットから取り出したのは、青いリンゴが描かれたカードだ。
 右上の角には「10000」と書かれている。
 百合は呆れた顔で、結芽を見る。
 相手の金遣いにどうこう言う権利はないが、結芽の課金額は給料の三分の一。
 ……流石に注意せざるを得ない。
 
 
「結芽、そろそろ止めた方が良いよ。今月買いたい服があるんでしょ?マニキュアも見に行きたいって言ってたし」
 
「だって、欲しいんだもん!大丈夫だよ!天井が百回なんだから、五十回も引けば出るって!」
 
 
 何を隠そうこのゲーム、天井があるのだ。
 天井に到達すると、イベントSSRが確定。
 天井までは二万でいけるので、百合や結芽のようなブラック国家公務員には懐に優しい額だ。
 排出率はSSRの確率が五%で、SRが四十%、Rが五五%。
 確率的には悪くない。
 
 
「じゃあ!いっくよー!!」
 
 
 十分後。
 
 
「うわ〜!当たらなかったよ〜!」
 
「はいはい、泣かないの」
 
 
 爆死。
 五十連引いて、SSRは一体も来ず。
 出てきたのは、SRばかりだった。
 百合の胸に蹲りながら、結芽はチラリと百合のスマホを見た。
 そこにはなんと、虹の鰹節を二百個も貯められていた。
 
 
「ゆり!二百個もあるじゃん!ガチャ引こうよ!」
 
「い、嫌だよ。私は次回のイベントまで取っておくつもりなんだから」
 
「ぶぅ〜!じゃあ、チケットで!」
 
「まぁ、チケットなら…」
 
 
 百合は渋々頷きながら、ガチャ画面に移動する。
 基本的に、一回のガチャに虹の鰹節が五個必要。
 それの代わりとして、チケットがある。
 正確には「ガチャチケット」だ。
 排出率は変わらず、一枚で一回引くことが出来る。
 
 
「じゃあ、五枚しかないから五回だけだよ?」
 
「イイヨイイヨ!私が引いてもいい?」
 
「はぁ〜、別に良いよ」
 
「やった!」
 
 
 ウキウキした顔で、ガチャを引く結芽。
 ガチャを引く、と言うボタンをタップすると白い皿とイチゴ大福ネコが居る空間に移動する。
 フリックで虹の鰹節を皿の上に五個置くと、イチゴ大福ネコがそれを食べ始めた。
 すると、体の色が徐々に変わっていく。
 
 
 銀から金、金から虹。
 虹は最高レアであるSSRが出る確定演出。
 最終的に、虹色になったイチゴ大福ネコが、口から虹色の毛玉を吐き出す。
 ここだけが少しショッキングな映像だが、慣れれば可愛いものだ。
 
 
「ゆり!虹出た!虹出た!」
 
「へっ?嘘!?」
 
 
 出てきたキャラは、結芽が欲しがっていた漁師イチゴ大福ネコ。
 気まずそうな表情な百合と、瞳をうるうるとさせる結芽。
 百合はため息を吐きながら、立ち上がった。
 
 
「あ〜、なんかコンビニのお菓子食べたくなっちゃったな〜、結芽も一緒に行く?」
 
「……行かない」
 
「残念だな〜、一万円まで奢ってあげようと思ったのに」
 
「一万円!」
 
 
 態とらしい言い方で結芽を誘い出すことに、見事成功。
 今にも泣きそうだった結芽の顔は見る見るうちに、花咲く笑顔に変わっていく。
 
 
「そういう所、だ〜い好き!」
 
「もう、調子いいんだから…」
 
 
 その後、天井目前でSSRを当てて結芽が歓喜したのは、また別の話。

 -----------

 少し、みにゆりつばの文字数が多い気がしますがお気になさらず。
 今後は大体、五百から千文字あたりで書いていきます。

 最終話まで残すところ後、二話となりました。
 アフターストーリーなどはありますが、百合と結芽の結末をお楽しみに。

 誤字報告と感想は何時でも待ってます。
 リクエスト箱です。
 https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=218992&uid=234829


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二十四話「夢神百合」

 最終話は明日投稿予定です!
 どうぞ最後までお付き合い下さい(最終話で終わるとは言っていない)。


 空が堕ちてくる。

 結芽が外に出て見た光景は、この一言に尽きる。

 あちらこちらに出現している荒魂と、タギツヒメが居るであろうビルの周辺に彷徨く冥加刀使。

 何となく、百合が居るのはあのビルの近くだと感じた。

 

 

「真希おねーさん…」

 

「分かっている。ここはボク達に任せて百合の所に急ぐといい」

 

「そうですわね。衛藤さんと紫様も近くまでは一緒に行くでしょうし」

 

「ご武運を」

 

 

 たった一言で分かり合える関係が心地好くて、ここに百合が居ないのがもどかしい。

 絶対に連れて帰る。

 決意がより一層強くなり、結芽の顔は小悪魔のような笑顔に変わる。

 勿論、簡単に片付くとは考えていない。

 ……出会った瞬間から斬り合いが始まるだろう。

 

 

 それでも…それでも、結芽は連れ戻さなければいけない。

 自分の隣に居るのは、自分の隣に居て欲しいのは夢神百合だから。

 

 

「行ってくる。雑魚荒魂なんかに負けたら許さないからね!」

 

「ふふっ、ボク達をあまり甘く見ないでくれ」

 

「百合や結芽程ではありませんが、できますわよ私たち」

 

「元から、負ける気はありません」

 

(…おねーさんたちが強いのなんて、ずっと前から知ってるよ)

 

 

 口に出さない信頼があった。

 軽口を言い合うことで、絶対に大丈夫だと自分に言い聞かせる。

 結芽は、少しだけ空を見上げてから、走り出した。

 向かう場所はーー

 

 -----------

 

 迫り来る荒魂を斬り捨てながら進んで行く。

 ビルまでの距離はそこまでないだろうが、如何せん障害物が多すぎる。

 半ば荒魂化した百合だったが、根本的なものは変わっておらず、避難し遅れてる人を助けていた。

 荒魂を斬り、冥加刀使も斬り、自分に向かってくる障害全てを斬り伏せる。

 

 

 こんな事をやっていたら何時まで経っても、ビルに辿り着けないのだが、百合は辞めようとは思わなかった。

 無くならない殺人衝動、それに必死に抗いつつ人を助ける。

 穢れに身を堕としても、変わらない優しさ。

 度が過ぎた献身にも見える行為は、傍から見れば英雄だ。

 けれど、彼女は英雄ではなくただの心優しい少女で、本当は………

 

 

「はぁ、はぁ……。あと、もう少し…!」

 

「待って!」

 

 

 聞こえた声は、一番の聞きたかった声で、一番の聞きたくなかった声だった。

 ゆっくりと振り返る、そこに居たのは額に汗を浮かべた結芽。

 余程急いで来たのか、息も絶え絶え。

 …何故、来てしまったのか。

 そう問い質したい。

 

 

 しかし、悠長に語ってる時間はない。

 限界は近付いている、早くタギツヒメと共に隠世の果てに行かなければ。

 

 

(……早くしないと、私が私じゃなくなる前に)

 

(本当にやるのか?)

 

(やるよ。だってそうしないと、私が人類を滅ぼす存在になっちゃうかもしれないから)

 

「結芽、ごめんね。私は先にーー」

 

「ダメ! 行っちゃダメ!」

 

 

 少しづつ、自分の方に近付いてくる結芽。

 写シを張っていない、それを百合は好機と見て御刀を振った。

 だが、結芽は避けようとしなかった。

 頬に小さな切り傷が出来る。

 チクリと、百合の胸が痛んだ。

 

 

 でも、今来させる訳にはいかない。

 避けなければ致命傷になるレベルの斬撃を繰り出す…が。

 またしても結芽は避けず、逆に百合の御刀がギリギリの所で致命傷部分を避けた。

 ありえない。

 

 

 確かに本気で狙った。

 その筈なのだ。

 なのに…なのに…。

 今度はデタラメに御刀を振り始めた。

 変則的に持ち手を変えて、体制や狙い場所も不規則に変えた。

 

 

 けれど、百合の攻撃は尽く致命傷を避けて、かすり傷程度のものにしかならない。

 明らかに可笑しい現象に、百合の方が壊れ始める。

 タガが外れた百合は誤って、結芽の首筋を斬り割くように御刀を振った。

 だが、その攻撃は直撃寸前で止まった。

 

 

「なんで! なんでなの! 憎んで(愛して)るのに、どうして当たらないの」

 

 

 泣いていた。

 違う色の輝きを放つ両目から涙を零していた。

 結芽はそんな涙を指で拭き取り、そっと百合を抱きしめた。

 身長差が少しだけある百合を屈ませて、心臓の鼓動が聞こえるように胸に顔を当てさせる。

 

 

 そして、言い聞かせように言葉を紡いだ。

 

 

「私ね、バカだからさ、ゆりがどんな事を隠してて、ゆりがどれだけ辛かったかとか、全部理解出来た訳じゃないよ? でも、私はゆりに私の隣にいて欲しい、おねーさんたちだってきっとそうだよ」

 

「…………」

 

「…私が好きなのは()()()()なの。人間の…刀使の夢神百合じゃなくて、荒魂としてのクロユリでもなくて、夢神百合って言う存在が好きなの。私のことを何時も想ってくれてて、凄く優しくて、気遣ってくれてる。そんなゆりが好き」

 

 

 百合は結芽の言葉を聞いて、胸から顔を離してずっと逃げていた想いを口にした。

 

 

「私は…荒魂で…結芽は人間なんだよ?」

 

「そうだね。もし、みんながゆりの事を否定したら、私がゆりの事を肯定するよ。もし、みんながゆりの事を祓おうとしたら、私がゆりの事を守るよ。…世界の敵であるゆりを守ったら、私も世界の敵になっちゃうね…」

 

「それは、ダメ!!」

 

 

 声を荒らげる百合を見て、結芽は小悪魔のようにクスリと笑い、続きの言葉を発した。

 

 

「…でもさ、そうなったら昔みたいにずっと一緒だね?」

 

 

 何の根拠もなく、明日がくると信じていたあの頃に戻る。

 喜ばしいことで、悲しいことで。

 百合はもう一度だけ、結芽の胸に顔を押し当てて消え入りそうな声で呟いた。

 

 

「…私、我儘言ってもいいかな?」

 

「良いよ。好きに言えばいい」

 

「私! 私、結芽の隣に居たい! みんなの傍に居たい!」

 

「…………」

 

「やっぱり、私行くよ。やらなきゃいけなとことを思い出しちゃった」

 

 

 そう言って、彼女は立ち上がった。

 姿は、何時もの百合に戻っていた。

 両目の輝きは変わっていないが、タギツヒメたちのような白を基調とした姿ではなく、いつもの夢神百合だ。

 

 

「元に戻ったね」

 

「そうみたい…どうしてだろうね?」

 

「愛の力! だったりして?」

 

「かもね」

 

「…待ってるからね! 隣の場所は空けて、ずっと待ってるから!」

 

 

 遠ざかる愛しい人(結芽)の声を聞きながら、百合は……タギツヒメの元を目指し走り出した。

 

 -----------

 

 フリードマンや紗南、結月達との連絡を終えた可奈美たちは決戦に赴こうとしていた。

 その時、紫のスマホに着信が入る。

 連絡を寄越した相手は……百合だ。

 その場に居た全員が息を呑む、姫和も可奈美たちから事情を聞いているため若干だが警戒している。

 

 

『百合です。紫様でしょうか?』

 

『ああ、私だ。……連絡をしてきたと言うことは、結芽がやってくれた訳だな』

 

『ええ。……今現在、そちらに向かっています。少しだけ待ってください。後、今何階に居ますか?』

 

『私たちが居るのは四八階だ。くれぐれも気を付けて来い』

 

『はい。三分もしないで着くので』

 

 

 ……三分? 

 可奈美たちは困惑していた。

 幾ら百合でも、この階までひとっ飛びとはいかないだろう。

 相当近かったのか? 

 否だ。

 

 

「? 舞衣ちゃん、明眼で百合ちゃんが何処に居るか分かる?」

 

「ちょっと待ってね…」

 

 

 舞衣はガラス越しに外を見渡す。

 すると、飛行タイプの荒魂を足場にしてピョンピョンと跳ぶ、小さな人らしきものが見えた。

 一瞬見間違いかと思い、目を擦る。

 もう一度見ると、それがハッキリ人だと分かり、ついでに百合である事が分かった。

 

 

 これに加えてもう一つ分かったことがある。

 ……百合が御刀を抜いていないのだ。

 写シを張った状態で八幡力を使っているならまだ納得はいく。

 百合ならやれない事はない、そう納得できるだろう。

 だが、現実は違い、写シを張らずにピョンピョンと跳んでいる。

 

 

 百合が人間ではないと、舞衣は今しがた理解した。

 

 

「舞衣? どうした」

 

「姫和ちゃん。あそこにぴょんぴょんって、荒魂を足場にして跳んでいる人が居るの分かる?」

 

 

 舞衣が可笑しくなったのか? 

 そう思った姫和だったが、その思い…もとい考えは杞憂になった。

 

 

「……百合、なのか?」

 

「多分…」

 

 

 他のメンバーも珍しいもの見たさに、ガラスに寄って外を見た。

 百合の姿に唖然としたのは、無理もない話である。

 段々と近付いてくる百合、全員がガラスから距離を取る。

 それを見た百合は、ライダーキックさながらの構えでガラスにキックをかます。

 ガラスはいとも簡単に砕け散り、百合が姿を現す。

 

 

「夢神百合、ただいま参りました!」

 

 

 笑顔で言い放つ百合に若干引いている者も居るが、可奈美は引くことは百合を抱きしめた。

 

 

「百合ちゃん! 心配したんだから!」

 

「可奈美先輩……姫和先輩も居るんですよね?」

 

「私ならここだ。……案外、私たちは似たもの同士だったのかもな」

 

「ですね…。生きていて、本当に…良かったです」

 

 

 一旦可奈美から離れて、姫和を抱きしめた。

 お互い何処かぎこちないが…それでいいのだろう。

 そうして薫やエレンたちとも抱き合い、数分が経過した頃に紫が咳払いをして場を治める。

 

 

「準備は整った。決戦だ」

 

 

 階段を一歩づつ上がり、タギツヒメの元を目指す。

 屋上、そこで待っていたタギツヒメが百合たちに放った言葉はーー

 

 

「気合い充分と言った顔だな。さぁ、この世の終わりを共に見届けようではないか!」

 

「ワァオ、随分人間臭い台詞を言うようになりましたね?」

 

「タキリヒメとイチキヒマヒメを取り込んだ影響かな?」

 

「けど知ってるか? ラスボスってのは倒されるために存在してるんだぜ」

 

「そう、滅びるのはこの世界じゃない。タギツヒメ…あなた!」

 

 

 その言葉を皮切りに、沙耶香と薫が飛び出し。

 続いて、舞衣とエレンがいく。

 沙耶香は無念無想で近付くき背後からの突き、薫は真正面からの振り下ろし。

 それをタギツヒメは、薫の御刀を人差し指と中指を使って受け止め、沙耶香の突きを自分の御刀を合わせることで止めた。

 

 

 動揺した二人を吹き飛ばし、次に来るのはエレン。

 

 

「隙だらけデース!」

 

 

 外れることは目に見えている突き、背後からの気配にタギツヒメは気付いていた。

 エレンの突きは頭を少し逸らすだけで避け、舞衣の背後からの振り下ろしを受ける前に鳩尾に肘打ちを叩き込む。

 

 

「カハッ!?」

 

「づぅ!」

 

 

 倒れる二人。

 紫、可奈美、姫和、百合は四方から囲む様に陣形を組む。

 先に倒されていた四人も加わり、怒涛の攻撃が始まった。

 八人が入れ替わりで攻撃を繰り出す中、タギツヒメは余裕を持って受け流していく。

 

 

 百合は既に悪鬼羅刹を使っている。

 …今の状態の百合に上限時間や、発動条件は存在せず思うままに御刀を振るうが当たらない。

 龍眼での予測はぶつかり合い相殺、剣の技量だけで言えば勝っている筈だ。

 それなのに、一太刀も与えることは叶わない。

 

 

「窮鼠猫を噛む…か。だが、幕引きだ…!」

 

 

 空と…いいや現世と隠世の境界線と繋がっていた、タギツヒメの橙色の糸のようなものが切れる。

 瞬く間に世界が変わる。

 濃い霧のようなものが頭上を覆い、緋色の月が彼女たちを照らす。

 

 

「ここは…?」

 

「現世と隠世の狭間だ」

 

「狭間だと?」

 

「我々がここに取り込まれたと言うことは、境界が地上に到達するまであと数分…」

 

「その通りだ。もはや、現世と隠世が交わるは必定。だが、決着を着けぬまま、お前達を隠世に呑ませてしまうのは如何にも惜しい。残された時間、最期の一瞬まで堪能させて貰うぞ」

 

 

 またしても一瞬で消えかと思いきや、エレンの前にタギツヒメが現れる。

 斬られる。

 エレンがそう思った時、目の前に紺色の髪を靡かせながら、百合が立ち塞がった。

 ギリギリの所で腰を深く落としながら重い一撃を受け止める。

 

 

「迅移?!」

 

「よく動く…、だが次はどうだ?」

 

「ぐっ!」

 

「俺たちも行くぞ!」

 

 

 百合と可奈美、姫和に続き紫以外の全員が三人を追う。

 世界の終わりまで、残り数分を切っていた。

 

 -----------

 

 刀剣類管理局維新派の拠点にて。

 結芽と夜見は荒魂に襲われる一人の女性を見つけた。

 

 

「なぜ、何故だ! なぜ私の元に誰も来ない! 沙耶香! 夜見!」

 

「助ける? 助けない? 夜見おねーさんが決めていいよ? 私、あんまり高津のおばちゃん好きじゃないし」

 

「…でしたら、少し申し訳ないですが。高津学長を助けるのを手伝ってもらえますか?」

 

 

 その夜見の言葉にため息を吐きながらも、結芽は頷き。

 目の前に居た邪魔な荒魂達を斬り伏せていく。

 真希たちも、この騒動を聞きつけたのか合流をしに来た。

 その時には、荒魂は殆ど残っておらず…泣き崩れる雪那だけが居た。

 

 

「夜見…何故来た。私はお前に何も…」

 

「…貴女がなんとも思ってなくとも、私に手を差し伸べてくれたのは貴女だったから。ただ、それだけです…」

 

「…夜見、お勤めご苦労様です」

 

 

 夜見はその言葉に少しだけ微笑んで、雪那をおぶった。

 それを見た一同は呆れているが、何かを言うことはしない。

 

 

(ゆり、大丈夫だよね?)

 

 

 彼女が心配する人物は、今しがだ死闘を繰り広げている。

 本当の死闘を。

 

 -----------

 

 ノロが抱える根源的な孤独。

 姫和は知っていた、いや知ることが出来た。

 御刀で知性を保てないほど切り刻まれれば、再度融合してもそれは記憶も性質も違うナニカだ。

 それは人間で言う死。

 

 

 死の概念がありながら命の輪から外れている。

 それが荒魂でありノロ。

 姫和が語り終えると、百合が前に出た。

 

 

「貴方と同じになって、ようやく分かった。孤独、喪失感、憎悪。貴方を構成する全てが……。私はやっぱり半端者です。人間にもなれず、荒魂にもなれない。片方を助けたら、片方を助けられない。荒魂でありながら荒魂を斬り、荒魂でありながら人間を守る。逆に人間でありながら荒魂を許容し、人間でありながら荒魂を助けたいと思う」

 

「何が言いたい」

 

「…私にはきっと自分がなかった。他人を拠り所にして、誰かのために戦うのを自己欲(エゴ)だと言い張っていた。そんなあやふやで、不定形だった私を、あの子は見つけてくれた。私は私だと言ってくれた…」

 

「百合? まさかお前!?」

 

「私は夢神の刀使だから、貴方と共に行きますよ隠世の果てに」

 

 

 姫和や可奈美でさえ、気付けず置いていかれた。

 永遠に等しい一瞬、その中で動き続ける。

 沙耶香が追いかけようとしたが動けず、姫和と可奈美も動かない。

 千日手の状態が続く中、その膠着状態を破ったのは思いもよらない人物だった。

 深々と胸から突き出た二本の御刀、それが思いもよらない人物のヒント。

 

 

「私のこと、よもや忘れた訳ではあるまい。行くぞタギツヒメ、共に奈落の底まで!」

 

 

 凄まじい突風と光がタギツヒメを中心として放たれる。

 紫が、タギツヒメを隠世に送る役目を変わろうとしたのだ…

 

 

「紫様!」

 

「今度は私の番だ。夢神、私が討ったタギツヒメをお前が抑えろ! それは夢神の刀使であるお前の役目だ!」

 

 

 あくまでも自分が犠牲になり、百合を生かす。

 その覚悟の表れなのか……

 

 

「ゆぅう゛ぅかぁりぃ゛〜!!」

 

 

 タギツヒメの怨嗟の篭った声が届く。

 あと少し、あと少し。

 そう言った所で、光と風が収まってしまう。

 …押し負けた、二十年の時は紫を弱体化させるのに充分過ぎる時間だった。

 

 

「ここまで来て…」

 

「ふっ、お前も人だ。二十年の抵抗の影響は消し難いな」

 

 

 そう吐き捨てるように、タギツヒメの御刀が紫の腹部を貫いた。

 

 

「紫様!」

 

 

 トドメを刺そうとするタギツヒメの御刀を紙一重で受け流す。

 全力の連撃で追い込もうとした瞬間、誰かの声が聞こえた。

 

 

「百合ちゃーん! 百合ちゃーん!」

 

「百合! 百合ー!」

 

「可奈美先輩に姫和先輩?!」

 

 

 何故か空間に白い切れ目が生まれ、そこから可奈美と姫和が同時に飛び出した。

 姫和は上手く着地したが、可奈美は顔面から地面? に激突。

 ……こんな状況なのに、百合は少し笑ってしまった。

 

 

「ここまで、一体どうやって?」

 

「頑張って!」

 

「まぁ、そんな所だ」

 

「それじゃあ、タギツヒメを救いましょうか」

 

 

 怨嗟を断ち切り、彼女を救う。

 想いを込めた御刀は、因果さえ断ち切ることが出来たのだから。

 きっと出来る、百合は信じていた。

 可奈美や姫和の事を。

 

 

「救う……か」

 

「やっぱり、百合ちゃんもそうじゃなくちゃね!」

 

 

 永遠に近い刹那の牢獄。

 それがこの場所。

 彼女を楽しませる、それこそが救いなら叶えなければいけない。

 夢神百合と言う存在の全てで。

 

 

 打ち合い、打ち合い、打ち合い。

 剣戟の果てに…

 

 

「ごめんなさいタギツヒメ、一生ここには居られないかな。だって、私の隣は一生あの子が予約済みだから!!」

 

 

 姫和がやった五段階迅移を完璧な模倣にて、タギツヒメに打ち込んだ。

 それに続く形で、姫和と可奈美が割って入る。

 

 

 この日、世界の終焉が訪れることはなかった。

 

 -----------

 

 あれから、どれくらいの月日が経ったのか。

 暗闇の中を歩き続けるのは些か疲れてきた。

 少しだけ休憩してもいいだろうか? 

 そんな思考を振り払い、必死に二人の名前を呼び掛けながら歩く。

 

 

 結局、百合一人の命では足りず、可奈美や姫和の力を借りてしまった。

 やはり、どこまでいっても半端者らしい。

 一人前になるのは何時になるのか…

 

 

「……可奈美先輩! ……姫和先輩!」

 

 

 届いて欲しくて、声を上げる。

 しかし、無情にもナニカが返ってくることはない。

 

 

 会いたい、会って謝りたい。

 自分がもっと上手くやれていれば、こんなことにはならなかったのだから。

 ……それ以上に、会いたい人が居る。

 申し訳ないと思っていても、それ以上に会いたい人が居る。

 

 

「結芽…会いたいよ…」

 

 

 震える声、頬を伝う涙。

 今にも決壊しそうな孤独感。

 だが、その涙がパタリと止まった。

 御刀の共鳴。

 ナニカがある。

 

 

 走り始めたその先にあったのは…

 

 

「平屋建ての一軒家? …何処かで見たことが…」

 

 

 何処かの並行世界で見た光景。

 木製のスライド式のドアを開けて、中に入っていく。

 馴れた足取りで居間に入ると、そこには正座をしている聖が居た。

 百合に気が付くと顔を綻ばせては、手招きする。

 

 

「久しぶり…でもないか」

 

「……ここは、何処なの?」

 

「うーん、分かんないや。私も初めて来たし」

 

「そっか……」

 

 

 上手く繋がらない会話。

 今の百合は聖に頭が上がらない。

 彼女の存在自体が、聖の信頼を裏切った証拠なのだから。

 

 

「少し、お話しようか?」

 

 

 何処とも知らぬ家で、二人は出会い話を始める。

 ケジメつけるための話を。




 みにゆりつば「ファッションセンス」
 
「ゆりってさぁ、ファッションセンスないよね〜」
 
「そ、そう?そんなにダサい?」
 
「そうじゃなくてさぁ〜、素材を生かしきれてないんだよ!」
 
 
 夢神百合と言う少女は、中学生女子でありながらファッションセンスは皆無である。
 特にファッション雑誌を見ることも無く、ようやく最近マニキュアなどをやり始めたばかり。
 ……刀使として真面目なのは良いが、世間体として今のファッションセンスではいけない。
 
 
 今日のデートだって、上がロングTシャツにカーディガン、下はロングスカートとにショートブーツ。
 一見ダサくないように見えるが、色が絶妙に合ってない。
 ロングTシャツが白なのにカーディガンは緑、加えてロングスカートは茶色でショートブーツは黒。
 
 
 服の買い物くらい一人で出来ると豪語して買いに行った服がこれである。
 ……結芽からしたら、最高の素材を持ってるのに勿体ない、そう言いたい所だろう。
 
 
「決めた!今日のデートの予定変更。映画は後回しにして服を見ます!」
 
「えぇ〜!私、あの映画見たくて今日楽しみにしてたのに…」
 
「はいはい、文句言わない。すぐ済ませるから」
 
「…この前、そう言って三時間は付き合わされたんだけど」
 
 
 恨めしそうな視線を向ける百合。
 結芽は知らん顔をしながら吹けていない口笛を吹いて先を行く。
 
 
「待ってよ、結芽〜!」
 
 
 ……最終的に、服の買い物が終わったのは九時過ぎ。
 五時に来て、六時の回を観るはずだったのだが叶わず。
 九時の回は年齢的に観ることが出来ず、結芽は帰り道で百合のご機嫌をとるので手一杯だったらしい。

 -----------

 次回は殆どオリジナル回になると思いますので、ご自愛ください。
 誤字報告や感想もお待ちしております!
 次回もお楽しみに!


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最終話「百合の少女は(The girl of the lily)燕と生きる未来を守った(kept a swallow and the future to live in)

 完・結!


 クリスマスイブの事件から二ヶ月。

 未だに百合・可奈美・姫和は行方不明のまま。

 捜索は行われているらしいが、結芽は特別遊撃隊の任務で各地を飛び回っているためそれ所ではない。

 本当なら、自分から探しに行きたい。

 

 

 だが、それが許されるほど甘い状況ではない事ぐらい彼女も分かっていた。

 だからこそ、鬱憤を晴らすかのように任務をこなしていく。

 特別遊撃隊には元親衛隊に加え、沙耶香と薫が入隊している。

 結芽は自分が認めた者以外の指図は受けない為か、基本的に一匹狼のように一人で行動している。

 

 

 しかし、彼女の鎮圧数は沙耶香と並ぶほどのものであり、誰も止めようとはしない。

 ……以前と変わらず、偶にサボる癖は抜けていないようで今日も任務そっちのけでサボタージュしている。

 百合とお揃いで買ったイチゴ大福ネコのストラップを見つめながら、木の上で座る。

 

 

「……あれから二ヶ月か…ねぇゆり、二ヶ月は長いよ」

 

 

 最近はあまり吐いていなかった弱音を吐き出しながら、目を瞑る。

 百合が居ない、それだけで世界が霞んで見える。

 あれほど輝いていた毎日が、たちまち色褪せていく。

 親衛隊のメンバーや、舞衣たちが居るのに……

 

 

 待ち望んでいた春は遠く、桜はまだ蕾すら実らせていなかった。

 

 -----------

 

 百合と聖は向かい合いながら、会えなかった時に起こった全てを話した。

 最初は頷いていた聖も、最後には頷くことすら億劫になったかのような表情で百合を見つめていた。

 話終わってから数分、ようやく聖が口を開いた。

 開いた口から出てきた言葉は、思いもよらないものだった。

 

 

「…本当はさぁ、全部知ってたんだ」

 

「うん。…うん!?」

 

「百合には教えてなかったけど、あなたの中にあるクロユリの中に私の意識もあるんだよね。勿論燕ちゃんの意識も」

 

「ちょ、ちょっと待ってよ!? じゃあ、私が話した意味は?」

 

「嘘ついたらちょこっとお仕置きしようかな〜って」

 

 

 嘘などつける筈がない。

 嘘をついて物事が上手く進んだ試しがない百合は、嘘をあまりつこうとしない。

 緊急時や、本当に知られたくない秘密がある場合は別だが、それ以外では基本的に嘘をつきたくはない。

 

 

「…まぁ、怒ってるから結局お仕置きはするけど」

 

「分かった。…何時でもいいよ」

 

 

 目を瞑り、ただ待った。

 殴られるか、叩かれるか。

 どちらにせよ、罰は受けなければいけない。

 自分はそれだけの事をした、それぐらい百合は分かっている。

 けれど、何時まで経っても痛みはこず、逆に優しく抱きしめられた。

 

 

「ホント、私に似てバカなんだから! 私や他の子たちがどれだけ心配して、どれだけ傷ついたか分かってる?」

 

「…ごめんなさい」

 

「私や百合みたいな人種はね、殴られるよりも叩かれるよりも、泣かれた方が辛いって知ってるんだから」

 

 

 聖は知っていた。

 殴られるよりも、叩かれるよりも、泣かれる方が辛いことを。

 自分自身の体験で嫌と言うほど知っていた。

 だから、これを罰に選んだ。

 

 

 十分ほど泣きながら娘を抱きしめた聖は、スッキリしたのか曇りのない笑顔だった。

 

 

「さてと、お仕置きしたし。本題を話そうか……クロユリ〜! 燕ちゃ〜ん!」

 

「話は終わったのね?」

 

「一時はどうなるかと思ったは、てっきり張り倒すかと思ったから」

 

「やだな〜! 私でもそんな事しないよ……龍雅君はするかもしれないけど」

 

 

 少しだけ母である聖と、父である龍雅の闇が垣間見えた気がするが、百合は無視した。

 …燕とクロユリ。

 燕は、髪と瞳の色だけで言えば結芽にそっくりだった。

 クロユリは荒魂化していた自分そのもの。

 一瞬、口を開いて驚いてしまったが、すぐに口を閉じて二人に向き合う。

 

 

「初めまして? で、いいのかな?」

 

「別にいいんじゃない? ……あぁ、この姿はあなたから借りてるだけよ。本当の私はもっと荒魂っぽい見た目よ」

 

「そうかな? 結構可愛らしい感じだと思うよ?」

 

「そう思うのは貴方だけよ燕」

 

 

 少しだけ会話に着いていけてないが、数秒のうちに正常に回りだした頭で先程の聖の言葉の意味を聞いた。

 

 

「クロユリに……燕…さん? その、本題って言うのは具体的に…」

 

「今から話すは…その前に」

 

 

 クロユリは百合に近付くと、思いっきり頬を引っ張り始めた。

 百合のもちもちとした柔らかい頬を、ゴムのように引っ張る。

 眉間には青筋が出来ているのを見ると、相当怒っているのが分かった。

 

 

「よくも、私の忠告を無視してくれたわね。あれほど言ったのに〜」

 

いひゃい(痛い)いひゃいよ(痛いよ)くりょゆり(クロユリ)〜!!」

 

「はいはい、罪人は我慢しなさい」

 

 

 結局、聖が抱きついていた時間と同じくらい頬を引っ張られ続けた。

 聖よりかはマシだが、引っ張られ続けた頬は若干赤くなり腫れている。

 それを見た燕がクスクスと笑う中、クロユリが表情を切り替えて話し始めた。

 

 

「今のあなたは、半分荒魂で半分人間。タギツヒメの言っていた通り、本当に半端者になっちゃったわね。…私が体内で、あなたが入れたノロの穢れを浄化するのに三年掛かるは。その間、食事と睡眠をあなたは必要としなくなる。折神紫と同じで体の成長もストップするは」

 

「……因みに〜クロユリの補足だけど。味覚は残ってるから、娯楽として食事は楽しめるし満足感も得られる。睡眠だって取ったら取ったで、体を休められる。…あと、トイレに行く必要がなくなるよ」

 

「…?? 何故ですか?」

 

「だって、クロユリが体の中に入った栄養素を食べちゃうからね。お腹は一杯になった気がするけど、栄養素は一向に体を循環しないし、取った食物自体もクロユリが食べるから体外に排出することはないもん」

 

 

 ……この時点でやっと、自分が人間を逸脱してることを再確認した。

 少し怖いが、仕方のないことだ。

 三年もすれば、普通の生活に戻れる。

 

 

(……あれ? でも、確か私の体が全盛期になったら成長が止まるって、クロユリが言ってたような)

 

「…それもあったわね。我慢してちょうだい、元々はあなたが私の忠告を無視したからなんだから」

 

「…だよね。分かってる」

 

「百合、帰ったら結芽ちゃんにお礼言うんだよ? 結芽ちゃんが居なかったら、穢れを浄化するのに数十年単位で掛かる所だったらしいから」

 

 

 聖の言葉に素直に頷いた。

 頷いた時の顔が、綻んでいたのを聖は見逃していなかったが。

 粗方のことを話終えると、百合の持っている宗三左文字と篭手切江が共鳴し始めた。

 近くに二人のどちらかが居る。

 その紛れもない証拠だ。

 

 

 急いで立ち上がり、廊下を抜けて玄関を飛び出した。

 それに着いてくるのは聖だけ。

 クロユリと燕は突っ立ったまま、行く末を見守った。

 

 

「ありがとねクロユリ」

 

「なんのこと?」

 

「……お節介焼いてくれて」

 

 

 燕の言葉にクロユリは最後まで気付かないフリをした。

 燕も、クロユリが微笑んでいたのに気付いて、そっと手を握る。

 走り去る二人の影はもう見えないけれど、彼女たちなら何処までも走り続けていけると、燕とクロユリは信じていた。

 

 -----------

 

 可奈美が美奈都から、新陰流の免許皆伝を言い渡された数分後。

 百合と聖が到着した。

 そこには、姫和と篝も居た。

 どうも、二人を待っていたようだ。

 

 

「おっそいよ聖〜! 結構待ってたんだから」

 

「ごめんごめん。この子と少し話してて」

 

「へー、その子が聖の…似すぎじゃない?」

 

「そう? そう言われるとなんだが嬉しいね」

 

 

 親が親組で話している最中、可奈美と姫和は百合に泣きながら抱きついえきた。

 抱きつかれた百合も泣いていて、微笑ましいような悲しいような光景が広がっていた。

 

 

「可奈美先輩! 姫和先輩! ごめんなさい! 私が、私がもっと」

 

「いいの! いいから!」

 

「私の方こそ済まない。私がやるべき役目だったのに…!」

 

 

 泣きながら謝り合う。

 今日二度目の抱擁はどちらも涙を流していた。

 時間が残っていない。

 百合と聖がその事を聞いたのは、また少し時間が経ってからだった。

 

 

「へぇ〜、可奈美が免許皆伝ねぇ…。はっ! そう言えば、百合って免許皆伝してないよね?」

 

「うん。元々、私は誰かに師事してた訳じゃないから…」

 

「よーし、じゃあ! 私が免許皆伝の儀を取りし切ろう」

 

「聖先輩、そんなこと出来るんですか?」

 

「モチのロンだよ。一応私だって、免許皆伝はしたし。免許皆伝の儀も見たからね」

 

 

 唐突に始まった免許皆伝の儀。

 やることは至ってシンプルだった。

 相手に一太刀入れるだけ。

 その一太刀にどれだけ想いを込められるか? 

 夢神の刀使としての素質を見るための儀。

 

 

 想いが強ければ強いほど、剣は強くなる。

 代々、そう受け継がれてきた。

 

 

 納刀していた宗三左文字を抜き、写シを張る。

 聖もゆっくりと写シを張った。

 だが、構えることはしない。

 想いの篭もった一太刀が自分を斬るのを待つ。

 

 

「はぁ……ふぅ……」

 

 

 息を吸って吐く。

 その動作を何度か繰り返し、御刀を聖に向けて構えた。

 やることはなんの変哲もない袈裟斬り。

 浅く斬る訳でもなくて、深く斬り割く訳でもない。

 迅移を使わずに、一歩づつ近付き間合いに入る。

 

 

 間合いに入ったその瞬間。

 一輪の花が咲いた、白く美しい百合の花が。

 純粋、その花言葉通り。

 真っ直ぐな剣で、聖を斬った。

 

 

 斬り割かれた聖は写シを外して納刀する。

 百合も、その動きを見て納刀した。

 聖から教えを受けた時間は短かった。

 期間にして約半年。

 そんな短い時間の中で、百合は聖から色々なことを学んだ。

 

 

「…ん。いい剣だったよ。流石私の娘」

 

「合格、かな?」

 

「そうに決まってるじゃん。…百合、立派な刀使になったね」

 

「お母さん! お母さん!」

 

 

 三度目の抱擁。

 温かくて心地良い。

 頭を撫でられる感触が、どこか懐かしい。

 

 

(そっか、昔の私もこんな風に…)

 

 

 辛い記憶。

 重く蓋をして、目を逸らし続けた過去。

 だけど違った、辛い記憶なんかではない。

 確かに、聖と龍雅の死は悲しいものだったのかもしれない。

 しかし、それ以上に楽しいことも嬉しいこともあったのだ。

 

 

 蓋を開けた先にあったのは、笑顔で自分を抱きしめる二人の姿。

 二度と手に入ることはなくて、それでも絶対に忘れたくない最高の一時。

 結芽に対する想いと同じくらい大切な、かけがえのないもの。

 

 

 やがて終わりが来て、去らなければいけない時が来た。

 

 

「体があるから帰れる。かぁ、あやふやだけど」

 

「美奈都先輩は一言余計です」

 

「見送る側ってのも辛いもんだねぇ」

 

 

 美奈都も、篝も、聖も、三者三葉にあるものを渡した。

 聖が渡したのはネックレス、龍雅に貰ったものらしい。

 至る所に小さなアメジストが埋め込まれた物だ。

 他に二人が渡した物に、聖は興味が無い。

 何せ、大事なのは渡した物より、込めた想いだから。

 

 

 百合達は後ろを振り返ることなく、前に進んでいく。

 三人で手を繋いで、何処までも。

 途中からは、スペクトラム計から出たノロに道案内をしてもらい、暗闇を進んだ。

 仲間の名前を呼んで、その仲間を思って。

 

 

 暗闇を抜けた先にあったものはーー

 

 -----------

 

 暗闇を抜けた先にあったのもは、満開の桜並木。

 …以前お花見をしに来た場所だ。

 ここから刀剣類管理局本部まで、そこまで遠いわけではないけど、可奈美たちの姿が見えないことに違和感を覚える。

 手を離した感覚はなかった……

 

 

「もしかして、まだ可奈美先輩たちは隠世の中に?!」

 

 

 戻ろうと思ったが、戻る宛がないことに気付き項垂れる。

 ……宛がない、これは嘘だが、あまりやりたくないのは事実だ。

 もしもう一度やって帰って来れる保証はない。

 ため息をつきながら桜並木を歩く。

 今頃、結芽はどうしているだろうか? 

 

 

 そんな疑問に答える者はいない。

 しかし、代わりと言っては可笑しいが、見覚えのある背中が見えた。

 桜並木に溶け込むほど綺麗な色合いの髪の毛をした少女。

 見つけた時には駆け出していた。

 それが彼女だという証拠はない。

 

 

 でも、百合は確信していた。

 …そして、引き止めるために袖口を掴む。

 

 

「結芽……だよね?」

 

「おっそいなぁ、待ちくたびれちゃったよ……ゆり」

 

「結芽……結芽ぇ!!」

 

 

 抱きついた結芽からする甘い匂いと、包み込むような温かさ。

 恋しくて、恋しくて、ずっと求めていたもの。

 落ち着いた頃には、結芽が小悪魔のような微笑みで百合を見ていた。

 

 

「…私、怒ってるんだよ? 四ヶ月は長かったな〜」

 

「……そんなに経ってたんだ…ごめん。私…」

 

「謝っても許してあげないんだから」

 

「酷いよ…。私だって…」

 

 

 また泣きそうになる百合に対し、結芽はこう言った。

 

 

じゃあさ、一生を懸けて私を楽しませてよ! 

 

「一生…?」

 

「そっ。もし、居なくなったり、楽しませられなかったら…」

 

 

 言わなくても分かるよね? 

 そう言わんばかりの眼光で睨まれる。

 小悪魔の微笑みを保ちつつ、目は本気だ。

 色々な意味で胸の高鳴りが治まらない。

 未来を誓うプローポーズのようで、百合を逃がさないための楔にも感じる。

 

 

「分かった。約束するよ!」

 

「それでいいんだよ! …私の命はゆりが救ってくれたもの。ゆりの命は今から私のもの」

 

 

 二人の愛は重い。

 常人なら、受け取ることは出来ないだろう。

 ……だからこそ、それでいい。

 

 

「私たちって重い?」

 

「普通だよ、フツー。さっ、帰ろ。真希おねーさんたちが待ってるよ」

 

「うん…!」

 

 

 桜並木を手を繋いで歩く。

 舞う桜を見ながら、ゆっくりと。

 二人の歩幅は違うけど、想うことは同じ。

 

 

百合の少女は(The girl of the lily)燕と生きる未来を守った(kept a swallow and the future to live in)

 

 

 誰かの詩が聞こえた。

 その詩が聞こえた瞬間、百合と結芽は後ろを振り返る。

 ……誰も居ない。

 少しだけ馬鹿らしくなって二人で笑った。

 

 

 何故か二人は、その詩をとても良い詩だと感じた。

 誰の詩なのかなんて分からない、有名な詩人の詩かもしれないし、はたまたただの独り言かもしれない。

 

 

 だけど、それは心に響く詩だった。




 色々なことがありましたが、これにて本編「百合の少女は、燕が生きる未来を作る」完結です!

 今後もアフターストーリーや、誕生日回、過去話などありますのでまだまだお楽しみにしていてください!

 ……ぶっちゃけると、この作品が自分の書いた作品の中で一番伸びた作品で、ここまで評価してもらえるなんて思っても見ませんでした。

 感想を十件以上も貰えたりして、発狂したり。
 日刊ランキングのって発狂したり。
 今後ともこの作品もよろしくお願いします!


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アフターストーリー
After1「溢れる想い」


 ……何だか、久しぶりにまともなイチャイチャ書いた気がする。

 アフターストーリーもそこまで長くありません。
 リクエスト箱も置いてあるので、なにかあったらご意見をどうぞ!
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=218992&uid=234829


 隠世から三人が帰還して数日が経ったある日。

 粛々と御前試合の学校別予選が行われる中、百合は寿々花や夜見が入院していた研究所兼病院に来ていた。

 理由は勿論…

 

 

「はーい、少しチクッとしますよ」

 

「っ……」

 

 

 検査のためである。

 現状、百合の体に異常はない。

 ……異常がないことが異常と言うべきなのだろうが、そんなことを言って変に気を遣わせる訳にもいかない。

 なので、朱音は百合の中にあるクロユリの調査をしたい。

 そう言って、彼女を呼び出したのだ。

 

 

 一通りの検査を終え、先程の採血が最後の検査だった。

 数時間にも及ぶ拘束だったが、百合は嫌な顔一つせずに研究員や医者の言うことを聞いていた。

 ……分かったことは……

 

 

「よく分からない。そう言うしかありません」

 

「そうですか……」

 

「でも、獅童さんや此花さん、皐月さんの体にあるノロを取り除く研究は順調です。今後も、夢神さんにご協力して欲しいのですが。よろしいですか?」

 

 

 朱音の言葉に、少ししょぼくれていた百合の顔が花咲く笑顔に変わる。

 その後は、研究に協力できそうな日があれば教えて欲しいと頼まれ、百合は二つ返事で了承した。

 

 -----------

 

 研究所兼病院から帰ってきた百合を待っていたのは、親衛隊……もとい特別遊撃隊の面々。

 薫を隊長として、真希・寿々花・夜見・結芽・沙耶香が隊員として在籍している。

 百合も帰還そうそう、特別遊撃隊に入隊。

 

 

 綾小路に帰ることも出来たが、紗南の懇願と結芽の我儘に負けて、未だに刀剣類管理局本部に居る。

 

 

「遅かったな。待ちくたびれたぞ」

 

「すいません。にしても、全員が揃ってるなんて…何だか珍しい光景ですね。薫先輩は今頃、花見でもしながらサボってると思ってました」

 

「百合の指摘は間違ってないよ。何せ、益子はつい十分前まで花見をしながら本当にサボってたからね」

 

「全く、これで隊長だと言われるとなんとも言えませんわ」

 

「自重して欲しいものです」

 

「薫おねーさん、私よりサボってるもんね〜」

 

「薫、任務をサボるのは良くない」

 

「だーー!! うるさいうるさい〜! そもそも、何で俺の責任で御前試合の運営を特別遊撃隊がやらなきゃいけないんだ!」

 

 

 約一週間後に迫った御前試合。

 それの運営を任されたのが特別遊撃隊。

 何故任されたのかは不明。

 だが、凡そのことは分かる。

 あえて口には出さないが、某パワハラクソ上司さんの所為だ。

 

 

 薫は何とか自分から意識を逸らすために、百合に話を振る。

 

 

「そう言えば、百合の方はどうだったんだ? 検査」

 

「……まだ詳しいことは分からないみたいです。まぁ、今の私の体を完璧に理解してるのなんて、私しか居ないんですよ。当たり前ですけど……」

 

「取り敢えず異常はなかったんだよね?」

 

「一応ね」

 

 

 彼女たちに言うか迷った。

 結芽には、会ってすぐに全て話せたが、他の仲間には話せていない。

 紗南や朱音も諸々のことは報告の中で伝えてあるため、刀剣類管理局のお偉いさんの中には百合の体の異常性を知っている者も居るだろう。

 食事も睡眠も必要とせず、やろうと思えば何時でも荒魂化出来る。

 世界を滅ぼす程の力を百合は有している。

 

 

 言うべきだ。

 そんなこと分かっているのだが………

 心配させたくないし、受け入れられるかなんて分からない。

 自分は拒絶したのに、拒絶されるのは嫌だなんて身勝手だ。

 

 

(……どうすれば)

 

 

 俯いたまま黙ってしまった百合を見かねた結芽が、ゆっくりと手を握る。

 指と指を絡めて、しっかりと繋ぎ止めるように。

 私が居るよ、そう言ってくれているようでとても嬉しかった。

 後ろ向きになっていた心が、前向きになり閉じていた口を開いた。

 

 

「実はーーー」

 

 

 結局、百合はみんなを心配させてしまったが、拒絶されることはなかった。

 ……壊れてしまった心が、少しづつ修復されていく。

 隣に居てくれる存在がとても頼もしく感じた。

 

 -----------

 

 午前は検査で、午後は御前試合の準備運営。

 忙しい一日を終えた百合と結芽は、夕食やお風呂を済ませて寝室に入っていた。

 化粧台の前で結芽の桜色の髪を梳かす百合。

 慣れた手つきで、櫛を使って髪を流すように梳かす。

 梳かした後は交代し、今度は結芽が百合の髪を梳かす。

 

 

「結芽、あの時はありがとね」

 

「……なんのこと?」

 

「とぼけないでよ。私が体のことを話す前。私の手、握ってくれたでしょ? ……嬉しかったんだから」

 

 

 頬を少しだけ朱に染めて嬉しそうに微笑む百合を見て、結芽もにっかりと笑った。

 リボンで結んでいた髪を流した百合の姿は、パジャマなのにも関わらず上品さと美しさがある。

 艶、肌触り、色合い、どれをとっても一級品。

 こうやって落ち着いて見るのは初めてかもしれない。

 

 

 慣れすぎて忘れていた。

 夢神百合と言う少女の魅力に、惹き込まれていく。

 既に奥の奥まで来たかと思っていた結芽だったが、まだまだ奥があることに気付いて、少しだけ表情を変える。

 

 

「ねぇ、ゆり?」

 

「? どうかしーーんっ」

 

 

 髪を梳かしている途中で呼ばれたので、何かあったのかと考え百合は結芽の方に振り向いた。

 だが、言葉の最後を言う前に唇が重なり、最後の言葉は言えなかった。

 

 

「……ぷはぁ。ごめん、我慢できなくて。だって、ゆりが悪いんだよ? …一緒に居ればいるほど、どんどん好きになっちゃうんだもん」

 

「うぅ〜〜!!」

 

 

 何時ものイタズラっ子……もとい小悪魔の表情はどこえやら。

 そっぽを向きながら、拗ねた子供のように言い放つ。

 あまりにも破壊力抜群のギャップ萌え。

 百合も百合で真っ赤にした顔を手で隠している。

 お互いがお互いに、破壊力抜群の攻撃をする所為でなんとも言えない雰囲気が漂う。

 

 

 この雰囲気を破ったのは百合。

 先程の言葉に噛み付きながら、自分で地雷を踏みに行く。

 

 

「そ、それを言うなら結芽だって。私を救ってくれた時、すっごくカッコよかったよ! あの言葉がなかったら、私はここに居なかった」

 

『私が好きなのは()()()()なの。人間の…刀使の夢神百合じゃなくて、荒魂としてのクロユリでもなくて、夢神百合って言う存在が好きなの。私のことを何時も想ってくれてて、凄く優しくて、気遣ってくれてる。そんなゆりが好き』

 

『もし、みんながゆりの事を否定したら、私がゆりの事を肯定するよ。もし、みんながゆりの事を祓おうとしたら、私がゆりの事を守るよ』

 

 

 この二つの言葉が百合を救ってくれた。

 こんなことを言われたら、好きになるなと言う方が無理な話である。

 思い出した結芽は、顔が熱くなるのを感じた。

 もうこうなったらヤケクソである。

 彼女も彼女で、過去の言葉を蒸し返す。

 

 

「なら! ゆりだって! 私が私じゃなくなった時に言ったじゃん!」

 

『苦しい思いをさせてごめん。辛う思いをさせてごめん。悲しい思いをさせてごめん。一人にしてごめん……約束破ってごめん』

 

『苦しかったよね? 辛かったよね? 悲しかったよね? 寂しかったよね? ……怖かったよね?』

 

 

 罪悪感があって、それ以上の温かな優しさがあった。

 全てを包み込んでくれるような温かな優しさが、ユメの心を癒して結芽を救った。

 あの時の言葉は今でも忘れていない。

 あんなこと言われて、落ちない少女は居ないだろう。

 どこまで行っても、自分のことを想ってくれた彼女のことを好きにならない筈がない。

 

 

 二人とも何時の間にか恋に落ちて、泥沼のように恋に溺れていった。

 どちらも相手のことを想っている。

 

 

「……や、止めようかこの争い」

 

「……だね」

 

「でも、私の方が結芽のこと好きだから。それだけは忘れないでね?」

 

「ふふん、私の方がゆりのこと好きだもん。それだけは忘れちゃダメだよ?」

 

 

 言葉を発した直後、顔を見合わせてクスリと笑った。

 約一週間後に迫った御前試合を忘れて、その日は少しだけ夜更かしをした。




 みにゆりつば「愛してるよゲーム!」

 愛してるよゲームとは、二人以上居れば行える簡単なゲーム。
 ゲーム内容は、単に「愛してるよ」と交互に言い合うだけ。
 言われて照れてしまっり、笑ってしまったりした方が負け。
 
 
 進め方としては、最初の人が「愛してる(わ・よ)」と言う。
 言われた方はそのまま次の人に「愛してる」と言ってもいいし、言った側に「え?」「今なんて言ったの?」「もう一回言って!」などと言い返してもOK。
「愛してる」に変化を加えても構わない。
 
 
 そんなゲームを、百合と結芽は二人でやろうとしていた。
 本当は特別遊撃隊のメンバーでやろうかと考えたが、暇な人が居なかったので二人でやることになった。
 百合からしたら、結芽と二人きりの方がやりやすいので内心安心していた。
 
 
「じゃあ、ゆりからね」
 
「うん。…いくよ?愛してるよ」
 
「誰よりも好きだよ」
 
「…貴方だけを愛してる」
 
「だ〜い好き!」
 
「…小悪魔みたいな笑顔が可愛くて好きだよ」
 
「少しバカっぽい所も好きだよ」
 
 
 この後も勝負は続き、十分が過ぎた。
 二人とも案外律儀に「愛してる」と言うだけだった。
 時折変化球じみたものもあったが、完全に脱線することは無くゲームは進む。
 
 
 そして、このゲームに終止符を打ったのは……結芽だ。
 いきなり百合の耳元に近づいて、小悪魔の如く声で犯すように「愛してる」と伝える。
 
 
「…愛してる」
 
「ひゃぁ!…ちょ、ちょっと耳元はやめてよ!」
 
「わーい!私の勝ち〜!」
 
 
 けれど、このやり方には流石の百合もカチンときた。
 結芽を無言で壁の方に追い込む。
 彼女も段々と焦り出すが、百合は止まらない。
 ゆっくりと優しく、顔の横の壁に手を着く。
 そして、淫魔の如く甘い声で「愛してる」と囁いた。
 
 
「悪戯好きな結芽も愛してる。でも、罰は必要だよね…?」
 
「ひゃ、ひゃい!」
 
 
 百合は結芽の腕を強引に掴むとベットにーーー
 
 
 後日、やけに顔が潤った百合と、少しだけやつれた結芽が同時に出勤した。

 -----------

 ベットにーーーの後はご想像にお任せします。
 もしかしたら……しちゃったかもしれませんし。
 しなかったかもしれません。

 信じるか信じないかはあなた次第!

 誤字報告や感想をお待ちしております!


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After2「御前試合と浮気」

 気付いたらお気に入り登録者が100人一歩手前まで来ていました!
 それもこれも日頃読んでくれている皆さんのお陰です!

 独り言はここら辺にして、本編をどうぞ!


 御前試合当日。

 百合は一人、準決勝までの試合が行われる予選会場にいた。

 勿論ただ試合を見に来た訳では無い。

 彼女もこの試合に出るためにここに居るのだ。

 ……一応、百合の登場は誰にも知らされていない。

 

 

 準決勝の試合が始まる数分前に、何とか予選に出てきた刀使の殆どと対戦。

 準決勝出場を確定した相手に勝って、可奈美との試合をもぎ取った。

 相手からしたら理不尽極まりない行為だったが、こうでもしないと出場できないため、百合は対戦相手に謝り倒していた。

 

 

 そして、準決勝の開始がアナウンスで指示される。

 

 

『準決勝。美濃関学院・衛藤可奈美、特別遊撃隊副隊長・夢神百合、前へ』

 

 

 アナウンスの指示で、審判が待機している対戦場所に移動する可奈美は、頭に大量の疑問符を浮かべているようだ。

 それ以外にも、会場に応援に来ていた生徒の殆どがザワついていた。

 何故夢神百合が出場しているのか? 

 この疑問が出てこない人間は居ないだろう。

 

 

『……ザワつくのは分かりますが、どうかお静かに。夢神百合の出場理由は割愛しますが、彼女は正規の方法でこの場に立っています。確認したければ、私の所に直々に来るように』

 

 

 平坦な口調でああ言われて、誰かが文句を言いに行ける訳もなく。

 順調に準決勝の場が整っていった。

 ……後日、百合が謝罪の旅に出たのは言うまでもない。

 

 

 それは兎も角、百合も対戦場所に入る。

 二振りの御刀を腰に付けながら、悠然とした立ち振る舞いで会場を湧かせる。

 まだ幼さが抜け切っていないが、その凛々しさは大人の女性のそれ。

 特別遊撃隊の制服に身を包み、可奈美の前にて止まる。

 

 

「待ってましたよ。ずっとこの時を…」

 

「私も、百合ちゃんの本気の剣が見れるって思うとすっごいワクワクする!」

 

 

 短い会話の後、審判を務める女性が始めるための合図を言っていく。

 

 

「礼。双方、構え。写シ。……」

 

 

 緊張の瞬間。

 会場の空気が変わり、二人の真剣な雰囲気に呑まれていく。

 次の瞬間、勝負は始まった。

 

 

「始め!!」

 

 

 先に動いたのは可奈美。

 迅移ではなく八幡力で脚力を底上げし、百合に近付く。

 百合は一瞬戸惑いの色を見せるも、すぐさま反応して迅移を使う。

 二段階ではないものの、八幡力を使った可奈美よりも速く近付き御刀を交える。

 

 

 二回か三回ほど打ち合うと少し離れて、相手の様子を見る。

 百合はここでようやく龍眼を発動させた。

 

 

「ずるい、なんて言わないですよね?」

 

「うん。それが今の百合ちゃんの力だから!」

 

 

 今度は龍眼の未来視で相手の動きを警戒しながら、可奈美に接近する。

 上段から振り下ろしを狙うが簡単に受け流されて、カウンターが入れられる。

 しかし、百合はギリギリの所で二本目の篭手切江を抜いて、カウンターを逸らす。

 

 

 そこからは何時もの連撃を放つために懐に接近する。

 不規則に持ち手を変えながら放たれる連撃は、可奈美でも受け流すのは容易ではなく、体を捻りながら回避を加えてなんとか耐え凌ぐ。

 可奈美は迅移で距離を空け、百合はその場に留まる。

 連撃は体力を持っていかれるのだ。

 今の百合にとってさして問題点はないが、気力的なものがある。

 

 

 少しの間、二人とも呼吸を整える。

 お互いに呼吸が整ったのを確認すると、今度は可奈美が体制を低くして迅移で距離を詰めた。

 低い体制から繰り出させる攻撃は逆風。

 切り上げる攻撃を、百合は未来視によって見切っていた。

 なので、その場でバク宙し避けて、体が地面に着くタイミングに合わせて御刀を振り下ろした。

 

 

 二本の御刀を同時に振り下ろしたことで、反撃された時の防御は難しくなる。

 現に龍眼の予測では、可奈美が攻撃を受け流せないことなんてない。

 …龍眼の予測通り、可奈美は御刀の切っ先を右下に向かせて受け流して、お返しと言わんばかりに横方向に一閃する。

 百合から見て左から来る御刀、彼女の二本の御刀は防御に使うことは出来ない。

 

 

 避けようにも、御刀に力を入れ過ぎたせいで重心が前方に傾いている。

 紙一重で避けられても、その後の攻撃でやられることなんて龍眼を使わないでも分かった。

 だから……

 

 

「せやぁ!!」

 

 

 可奈美の気迫が篭った御刀が刻一刻と迫る中、百合は限界ギリギリまで首を後ろに傾けた。

 剣の通る道は百合の頭部付近。

 …恐らくだが、可奈美は分かっていのだ。

 夢神百合と言う少女なら、こんな攻撃屁でもないことを。

 

 

 ニヤリと笑う可奈美に対し、百合も結芽の真似をして小悪魔のように微笑んだ。

 コンマ一秒ほどのやり取りの後、百合は思いもよらない行動に出る。

 御刀を受け止めたのだ……()で。

 

 

「はァ!?」

 

 

 流石の可奈美もここまでやるとは分からなかったらしい。

 驚いた隙にもう一度距離をとり、間合いを測る。

 距離にして三メートル、踏み込みで近付いて御刀を振るのに適している距離だ。

 可奈美もようやく落ち着きを取り戻し、百合を見据える。

 

 

 だが、百合の型破りな行動はまだ続く。

 今度は……()()()のだ。

 篭手切江を八幡力を使って全力で。

 弾丸を超えるスピードで放たれた御刀を、首を傾けることだけで回避した可奈美だったが……その時百合から目を離してしまった。

 

 

 急いで百合が先程まで居た場所を加味して、周りに目を向けるが居ない。

 焦りが出てくるのと同時に、体をなんとも言えない高揚感が支配する。

 楽しい。

 心が踊る、そんな言葉を実際に体験していた。

 焦りと高揚感で高鳴る心臓の鼓動。

 会場の殆どが着いていけないレベルの戦い。

 

 

 目が肥えている者でも、油断すれば簡単に見失う。

 次元の違う戦いが、そこで繰り広げられていた。

 一瞬をが永遠に感じられるような感覚。

 避けた御刀は未だに空中……もとい可奈美の後方にある。

 

 

(まさか!?)

 

 

 人間の限界値を突破するほどの反射速度で後方に振り返る。

 絶対にここに居る、一瞬前まで居なかったが絶対にここに来る。

 研ぎ澄まされた第六感に近い直感と、今までの経験から叩き出した答えは見事に的中した。

 背後に居たのは、自分の投げた御刀をシフトなしの三段階迅移で回収し、✕の字に可奈美を切り裂こうとする百合。

 

 

 回避は間に合わない、そう判断した可奈美は八幡力を自分の出せる最大まで引き出し、御刀を切り上げる。

 両者の御刀がぶつかり合った時、甲高い音と共に()()()()()が宙を舞った。

 御刀を手放したことにより、百合の写シが剥がされる。

 

 

「止め! 夢神百合が写シを剥がされたため、勝者衛藤可奈美!!」

 

 

 その言葉に、可奈美はようやく自分が勝ったことを自覚した。

 観客からの歓声は、会場外に漏れるているのではないかと言うほど大きい。

 悔しそうな百合だったが、笑顔で可奈美に握手を求めた。

 

 

「完敗ですね」

 

「ううん。百合ちゃんは本気だったけど全力じゃなかったし、また今度試合しようね?」

 

「はいっ!」

 

 

 この後、御前試合は滞りなく行われ、優勝者は衛藤可奈美となった。

 

 -----------

 

「負けちゃったよ〜。結芽〜慰めて〜!」

 

「はいはい」

 

 

 演技のような態度を取る百合に、結芽は適当にあしらうように頭を撫でる。

 膝枕の要領で頭を太ももに乗せる百合は、体を仰向きにして結芽に対してブー垂れる。

 

 

「……もうちょっと、慰めてくれてもいいじゃん」

 

「浮気者を慰めているだけ感謝して欲しいな〜。可奈美おねーさんと試合したんでしょ? 態々手間暇かけて」

 

「…そ、それは…」

 

「あ〜あ〜。傷ついたなー……ゆりが私をほっぽってどっか行っちゃうから。私寂しかったのに…ゆりは可奈美おねーさんと浮気してたんだよね〜」

 

 

 言い返せない百合はしょんぼりとした顔で瞳を潤ませた。

 浮気をしたつもりはない、ただ可奈美と試合をしたかっただけなのだ。

 結芽も相当怒っているのか、瞳を潤ませている百合に見向きもしない。

 …だが、結局は結芽が折れた。

 撫でていた手を離して、そっと百合の頭を抱きしめた。

 

 

 制服越しに頬に伝わる柔らかい感触。

 発展途上ではあるが、明らかに姫和以上にある胸。

 心臓の鼓動が耳に届き、心が安らぐ。

 

 

「もう、そんなに怒ってないから泣かないでよ…こっちが悪いみたいじゃん」

 

「ホント?」

 

「ホントに本当。……だから、今度デート連れてってよ。遊園地とか動物園でもいいよ?」

 

「分かった! ……遊園地だったらねーーー」

 

 

 先程まで泣きそうだった顔はどこえやら。

 花咲く笑顔でデートの話をし始める百合に呆れつつも、なんだかんだ言って嬉しい結芽なのだった。

 

 

 …その後、イチゴ大福ネコのテーマパークがあると聞いた結芽が大はしゃぎして、連れ回されることになったのは、また別のお話。




 みにゆりつば「温泉!」

 温泉、それは人々の疲れを癒す場所であり、裸の付き合いで人を知る社交の場でもある。
 今宵、ここに来た二人は……どのような付き合いをするのか?
 
 
「結芽?ちゃんと体洗ったの〜?」
 
「洗ったよ!ゆりってママみたい」
 
「そんなことないよ。ただ心配なだけ」
 
 
 軽口を言いながら、湯船に浸かる。
 包み込む温かさは心地よく、このまま眠りに落ちてしまいそうになる。
 だが、そんなことをする訳にもいかないので、結芽に話を振った。
 
 
「そう言えば。私が居なかった間ってどんなことしてたの?」
 
「う〜ん…。別に、特に何もしてないよ?いつも通り任務してただけ」
 
「ふ〜ん。そっかぁ……」
 
「どっかの誰かさんが四ヶ月も待たせるから、待ちくたびれちゃったけどね?」
 
「そ、それは何度も謝ったし、結芽も許してくれたじゃん!」
 
 
 百合の反応が楽しくてついイジってしまう結芽だが、彼女の体の一部分に目を向けた。
 歳不相応に熟成した体。
 身長は結芽とそこまで変わらないのに、胸に実った果実の差は倍では足らない。
 
 
 前々から思っていたのだが、どうやったらこうなるのだろうか?
 湯船に浮かぶ双丘を見ながら結芽は熟考する。
 そんな結芽を見かねた百合が肩を揺さぶった。
 揺さぶられた結芽は我に返ったかのように百合を見つめる。
 いや、正確にはまたしても百合の双丘を見ていた。
 少し揺さぶっただけで揺れる胸。
 
 
 決して大き過ぎる訳ではなく、手の平から少しはみ出す程度。
 妬ましく思いながら、同時に今すぐにでも揉みしだきたいと思った。
 
 
「ゆり……少しだけ触っていい?」
 
「へっ?…そ、それは、その…少し恥ずかしい…かな」
 
「だよね…」
 
「……でも、結芽なら良いよ。…触ってもいい」
 
「ホント!?」
 
 
 結芽の反応に驚きながらも、百合は首を縦に振った。
 内心ガッツポーズを決めた結芽は、手を伸ばそうとするが百合に手を叩かれる。
 
 
「ぇ?」
 
 
 驚くのも無理はない。
 何せ、自分から触ってもいいと言っておいてこれなのだから、驚かない方が可笑しい。
 結芽が驚いたことに百合は頬を朱色に染めて呟いた。
 
 
「……部屋に戻ってからにして。…ここだと誰かに見られるかもだし」
 
「別にーーー」
 
「良くない!もし、前みたいに変な声出ちゃったら嫌だもん」
 
 
 百合の理由に納得した結芽は、夜の楽しみが増えたことにクスリと笑う。
 翌日、旅館の女将から優しく注意されて、二人は顔を真っ赤にして帰ったという。

 -----------

 こらそこ!
 今ネタ被りとか思ったでしょ!
 その通りですよ!
 ……まぁ、今後もゆるーくやっていくコーナーなのでご期待は程々に。

 誤字報告や感想は何時でもお待ちしております!
 リクエスト箱はこちらです⤵︎ ︎
 https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=218992&uid=234829


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After3「夢、それは過去の記憶」

 これを書いている途中にお気に入り登録者100人突破しました!!
 この作品はまだ続きますので、どうぞよろしくお願いします!

 それでは、本編をどうぞ!


 二人して同じ夢を見た。

 ……苦い過去の記憶。

 結芽が入院していた時の記憶だ。

 百合と結芽に切っても切れない絆ができた話。

 

 -----------

 

 結芽が入院して数日が経ったある日。

 百合は今日も今日とて、病院にお見舞いに来ていた。

 彼女が大好きないちご大福を買って、学校から急ぎ足で向かう。

 ……学校に結芽以外の友人が居ない百合にとって、放課後は暇だ。

 剣術の鍛錬も、最近は結芽と一緒じゃないとあまりやる気が出ない。

 

 

 それでも、剣術の鍛錬を休んだことがないのは、彼女の真面目さ故だろう。

 受付で面会手続きを済ませて、病室を目指す。

 腰に付けた二本の御刀が、周りの視線を集めるが百合は特に気にすることなく、病室までの道のりを歩く。

 

 

 結芽の病室は個室で、そこそこの広さがある。

 …実際の所、彼女は話し相手が居ないことに不満を漏らしていたが……

 

 

「結芽〜、来たよ〜」

 

「あっ! ゆり〜! 遅いよ、退屈で死んじゃいそうだったんだから」

 

「ーっ!? …ごめんね、帰りの会が思ったより長くて。代わりにーーー」

 

 

 そう言葉を続けて、いちご大福をベットに付いているテーブルに置く。

 結芽は無垢な瞳を輝かせて、「全部食べていいの?」と、訴えかけてくる。

 無論、そのために買ってきたものなので百合が断る筈もなく、次いでに買ってきた紙コップにお茶を入れてテーブルに置いた。

 

 

「いっただっきま〜す!」

 

「召し上がれ」

 

 

 美味しそうにパクパクといちご大福を食べる結芽を見ながら微笑む百合。

 ……彼女が重病に掛かっているなんて、誰が分かるだろうか? 

 看護婦の中でも、事情をよく知らない者はこぞって言う筈だ。

 

 

「後一週間もしない内に退院するんだろうな」、と。

 

 

 百合自身も、知ったのは偶然だった。

 結芽の主治医の人が彼女の両親と話しているのを、たまたま聞いてしまったのだ。

 

 

「……お子さんの命は良くて一年。そう思って下さい」

 

 

 あまりにも無慈悲な宣告だった。

 まだ幼い百合にとって、余命一年と言うのは最初よく分からなかった。

 家に帰って侍女に余命の事を聞いた時、初めて余命と言う言葉の重大さに付く。

 

 

 この一週間後、百合の無謀な作戦が始まった。

 

 -----------

 

 結芽が入院して三ヶ月。

 未だに欠かさず病院にお見舞いに行っている百合だったが、最近は結芽より百合の方が顔色が悪い。

 少しづつ、本当に少しづつ細くなっていく結芽の体。

 病魔が彼女を苦しめている何よりの証拠。

 

 

 この三ヶ月、百合は結芽のカルテ片手に、近場の病院から片っ端に治せないか当たっていた。

 態々、あまり関係が良くない父に頼み込み、カルテの持ち出しの許可を取ってもらい、手当り次第に病院や医者を当たる。

 この頃には、既に結芽の両親は蒸発していた。

 結芽の私物だけを残して。

 

 

 無責任な親だと怒り狂った。

 しかし、居ない人間に怒ってもしょうがない。

 百合は今日も走る、初めてできた友人の命を繋ぎ止めるために。

 平日も休日も関係なく、ひたすらに走り続けた。

 勿論病院には欠かさず行っているし、結芽と話す時間も一時間以上取っている。

 

 

 その代わり、百合の睡眠時間は急速に減り、一日に五時間ほどしか寝ていない。

 そんな状態に成り果てていた。

 結芽に会う度に、彼女の細くなる体を見る度に。

 どうしようもない吐き気が込み上げてきて、二回に一回のお見舞いでトイレに駆け込んで吐いてしまう。

 

 

「……ゆり? 本当に大丈夫?」

 

「大丈夫だよ。心配しないで。結芽の方こそ平気?」

 

「少し苦しいけど、ゆりと話してるとなんだか苦しくないんだ。不思議だよね!」

 

「そう……だね」

 

 

 平気な筈がない。

 彼女は知っていた、結芽は自分がお見舞いに訪れる少し前に、痛み止めの薬を飲んでいることを。

 彼女は感じていた、最近の結芽の笑顔が心の底からの笑顔じゃないことを。

 

 

 知っていても、どうすることも出来ず。

 百合も作り笑顔を張り付けた。

 今にでも泣き出したい。

 そんな感情を押し留めて、結芽に作り物の笑顔を見せる。

 彼女が好いてくれた顔だったから、彼女にもっと見て欲しくて。

 

 

 百合の少女は今日も、燕に小さな嘘をつき続けた。

 積み重ねた嘘が、罪悪感となって自分を襲うことを、少女はまだ知らなかった。

 

 -----------

 

 結芽が入院して九ヶ月。

 半年以上が経ち、残りの時間は三ヶ月を切った。

 百合は既に医者を回るのを、諦め半分でやっていた。

 残りの時間は結芽が笑顔になれるように使うため、マジックや一人人形劇などを練習して、彼女に見せていた。

 

 

 ここ数ヶ月、結芽はあまり笑わなくなった。

 百合が来る度に、パパとママはいつ来るの? 

 そう聞いてくる。

 

 

「今日のはどうだった? 前よりは良くなったと思うんだけど」

 

「…………ゆり。パパとママはいつ来るの?」

 

「そ、それは…きっと結芽の治療費のために頑張ってるんだよ! 病気が治ればすぐにーーー」

 

「もう何度も聞いたよ!!」

 

「ご、ごめん……」

 

 

 友人である結芽に初めて浴びせられた怒声だった。

 百合は気まずそうな顔をしながら、イスを立つ。

 これ以上ここに居ることは、彼女を傷つけることに他ならない。

 九ヶ月前から変わらない生活サイクルの所為で、疲弊している体を引きずって、フラフラとした足取りで病室のドアに手を掛ける。

 

 

「今日はもう…帰るね」

 

「待っーーー」

 

 

 百合は結芽の言葉を聞かずに病室を出た。

 拗れ始めた関係の中でも、二人はお互いを想っていた。

 だが、無情にも残された時間は減っていく。

 百合が初めて結んだ縁という名の糸は、救いようがないほどに解けかけていた。

 

 -----------

 

 結芽が入院して約一年。

 先日聞いた話によると、結芽の残った時間はあと三日らしい。

 彼女の両親が蒸発してから、百合の両親が保護者代わりになっている。

 それのお陰で知ることが出来た情報。

 

 

 結局、百合はこの約一年間で結芽を救う方法を見つけ出すことは出来なかった。

 だが、結芽がが助かる道はまだ残っている。

 体内にノロを入れること。

 ノロを入れることで延命に繋がり、その延命によって生まれた時間で彼女の病気を治す方法を探す。

 

 

 ノロをそうやって利用することを百合は許せない。

 ……許せないが、結芽を助けるにはそれしかないのだ。

 結芽は覚悟を決めている。

 後は、百合が背中を押せばいいだけ。

 

 

「…………」

 

「…………」

 

 

 無言。

 静寂が病室を支配する。

 背中を押す、それさえ出来れば今まで通り結芽は自分の傍に居てくれる。

 …分かっている、分かっている筈なのに。

 口が開かない。

 

 

 結芽も結芽で、そんな百合を知っているからこそ口を開けない。

 口が開かない、だったらどうするか? 

 決まっている。

 行動で示すのだ。

 

 

 イスを立った。

 結芽は痩せ細った体をベットの機能で起こす。

 ゆっくりと近付いて、触れただけで折れてしまいそうな体を壊さないように優しく、居なくならないように強く抱き締めた。

 

 

 その時、結芽が口を開いた。

 

 

「ありがとう。ゆり。……私のために頑張ってくれてたんだよね? 凄く、すっごく嬉しかったよ。だからーーー」

 

「言わなくていい。言わなくていいから…!」

 

 

 頑張りを知っていた。

 作り笑顔も分かっていた。

 辛さも、苦しさも、悲しさも、全部知っていたし分かっていた。

 自分を抱きしめてくれる少女に、愛おしさを覚える。

 

 

 こんなにも自分を想ってくれる人は、この世に二人と居ないだろう。

 そう思わせるような、百合の献身。

 強くなりたい、そう思った。

 忘れられないほど強く、誰かの記憶に刻み込まれるように。

 そして、何時か……泣いているこの子(百合)の涙を拭ってあげられるように。

 

 

 この日、結芽はノロを体内に入れることを決意した。

 

 -----------

 

 長い夢を見ていた。

 昨日の御前試合の後、夜遅くまでデートの話をしたのが原因だろう。

 隣に居る愛する人(百合)を見つめる。

 何故か泣いていた。

 理由は分からないが、悲しそうな表情で涙を零していた。

 

 

「今なら、ちゃんと拭えるよ」

 

 

 そっと零れる涙を拭い、悪戯におでこに口付けをした。

 その後は、小悪魔のように微笑みながら百合を起こす。

 

 

 久しぶり慌てる百合を見て、朝から結芽が大爆笑したのは別のお話。




 みにゆりつば「お酒は二十歳になってから!」

 甘酒、人生に一度は飲んだこともある人は居るだろう。
 ノンアルコールのものとアルコールが少量入ったものの二つがある。
 今、百合と結芽の目の前にあるのは明らかにアルコールが入ったものだった。
 アルコールは少量なら体に良い……が、彼女たちはまだ中学二年生。
 
 
 幾らアルコール度数が低いとはいえ、少量でも入っているのを飲むのは不味い。
 だが、飲まなければならない。
 何故なら……
 
 
「すごーい!姫和ちゃんが三人も居る〜!」
 
「か、可奈美!私は一人だ!と言うか、甘酒のアルコール度数は一%未満だぞ!普通酔わないだろ!」
 
「………………」
 
「さ、沙耶香ちゃん?!そのぉ、ずっと抱き着かれるのはさすがに暑いんだけど……じゃなくて!大丈夫、もしかして酔っちゃったの?」
 
 
 可奈美は言ってることで分かるレベルで酔っている。
 顔は真っ赤に染まっていることが余計に分かり易い。
 逆に沙耶香は何も言わずに、ただただ舞衣に抱き着く。
 こちらは顔が普段のままなので分かり辛い。
 他にも……
 
 
「畜生がァ!!あんの腐れ本部長め!俺が何したって言うんだよ!いつもいつも、面倒な仕事吹っかけやがって!」
 
「まぁまぁ、薫。落ち着いて下さいヨ?」
 
「真希さんはズルいです……。いつも私を…」
 
「寿々花だって、ボクを惑わせるじゃないか?」
 
 
 薫はブラック会社の社員並に、上司の愚痴を零す。
 真希と寿々花は超えてはいけない一線を、百合たちの寝室で超えようとしていた。
 カオス……あまりにもカオスだった。
 唯一、夜見だけが難を逃れておにぎーーーおむすびをもぐもぐ食べている。
 
 
 ほぼ全員が飲んでいてこの有様。
 ……百合はため息を吐きながらも、結芽の分の甘酒も一緒に呷った。
 一気に飲み過ぎた所為なのか、異様にアルコールが早く回る。
 本来なら、体内に居るクロユリが飲んだ甘酒を勝手に飲むのだが……
 
 
(言い忘れていたけど、私アルコール嫌いだから飲まないわよ?)
 
(それ、もう少し早く言ってよ……)
 
 
 火照る体。
 アルコールの所為か、体中が暑い。
 着ていたパジャマを脱ぎ出した百合。
 それに一拍遅れて、結芽が反応した。
 何とか脱がせないように止めようとするが……
 
 
「ゆめぇ、暑いの。暑くて暑くて堪らないの、だがら……」
 
 
 酔っ払った所為で少し扇情的になった百合は、結芽の理性を溶かすような声で呼びかける。
 理性と欲望の狭間で、揺れている結芽を現実に引き戻したのは姫和だった。
 
 
「燕!百合を脱がせるな、大惨事になるぞ!」
 
「わ、分かってるよ!」
 
 
 危うく、百合の黒歴史がまた生まれる所だったが、何とか阻止されて事なきを得た。
 
 
 今回総じて分かったことは……お酒は二十歳になってから。
 この一言に尽きる、そうホライズン同盟の一人、ヒヨヨン・ザ・ナイペッタンは語っていた。

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After4「親と言う存在」

 今回は少し文字数少ないです。


 御前試合から数日経ったある日。

 久しぶりに休暇の取れた二人は、実家に帰省していた。

 ……実家に帰省と言っても、百合の帰省に結芽が付いてきただけなのだが。

 

 

 実家は京都府美山町にあり、立派な武家屋敷だ。

 所々現代風に改築されてはいるが、大元の形は崩されていない。

 部屋数は……百合自身も知らない。

 広い庭園に、少し古びた倉庫、道場なども建てられている。

 庭園の手入れや家事、侍女の数もそれ相応に居る。

 

 

 帰省の連絡は入れてあるが、家の門の前で無性に緊張していた。

 強ばった体に喝を入れるように、結芽が後ろから背中を叩いた。

 

 

「大丈夫! 私が居るよ?」

 

「ありがとう。……よし…!」

 

 

 インターホンを鳴らして数秒待つと、声が返ってくる。

 懐かしい声に、どこかホッとした。

 

 

『百合お嬢様ですね? 少々お待ちを』

 

『急がなくて結構ですよ。小林さん』

 

 

 数分もしない内に門が開いた。

 門から玄関までの道のりは約五分も掛かる。

 偶に感じる不便さを懐かしく感じた。

 

 

 そして、門を開いた先には、白を基調とした給仕服に身を包んだ小林正子(まさこ)が居た。

 凛とした表情と、年齢の老けを感じさせない艶のある肌。

 綺麗な黒髪と夜空色の瞳は、給仕服に大変似合っている。

 

 

「お久しぶりでございます、百合お嬢様」

 

「こちらこそお久しぶりです、小林さん。……あっ、この子が私の友人で、今日ここに泊まる燕結芽です」

 

「ど、どうも、燕結芽です」

 

「燕様ですね。お話は聞いております。大変仲がよろしい友達が出来たと」

 

 

 若干緊張している結芽を気遣う優しさは健在のままらしい。

 昔も、親とあまり上手くいってなかった百合を慰めてくれた。

 乳母のような存在だ。

 その後は、流れるように誘導されて、居間で待っている両親の元に通された。

 

 

 荷物を正子に渡し、自室に持って行かせる。

 居間に居るのは、両親と百合と結芽の四人だけ。

 侍女は居らず、母親である夢神漣音(さざね)が飲み物をお盆に持って運んで来た。

 正子と同じく、歳を感じさせない美しい肌。

 童顔故か焦げ茶色の髪に栗色の瞳は、幼さを際立たせている。

 

 

 逆に父親である夢神(れい)は、厳格な表情で百合と結芽の二人を見ている。

 聖と同じく紺色の髪に薄茶色の瞳。

 二人が兄妹だと言うことを嫌でも教えてくれる。

 

 

 向かい合って十分、短いように見えて長い時間が流れた。

 片やかつて自分を化け物と蔑んだ母親、片やかつて自分に不干渉だった父親。

 何を話せばいいかなんて、分かるわけがない。

 ……だが、目的があるので話しは進めなければいけない。

 凝り固まった雰囲気の中、百合は進んで話し始めた。

 

 

「お久しぶりです。お父さん、お母さん。……この一年、色々なことがありました。自分のことを、夢神家のことを初めて理解出来た気がします。……私の本当のお父さんとお母さんのことも」

 

「そうか、聖や龍雅君のことを知ったか。…時間の問題だったが、それが分かったなら私たちをお父さんやお母さんと言う必要はーー」

 

「あるよ。…私を育ててくれたのは紛れもなく二人だから。私を産んで愛してくれたのはお母さんやお父さんだとしても、今の私を作ったのは間違いなく二人。だから、この呼び方は続ける」

 

 

 あまりにも強引で、力強い物言い。

 その言葉に、参ったと言わんばかりに、礼は手を挙げた。

 厳格そうな表情はもうなく、不器用な笑みを見せていた。

 

 

 その後、二人から謝られたが、百合は何でもないように許した。

 何故なら、前提が違うのだ。

 最初から百合は怒ってなどいない、ただ……

 

 

「謝るのはいいから……。褒めて欲しい、認めて欲しい、私が二人の娘だって」

 

「…お前は自慢の娘だよ。聖と龍雅君の愛の結晶で、私たちの娘だ」

 

「そうよ。本当に自慢の娘だわ」

 

 抱きしめながら頭を撫でられる。

 心が温まる、未だヒビの入った心が少しづつ修復されていく。

 結芽は少しだけ不機嫌そうだったが、百合の幸せそうな表情を見て、悪戯をする気は失せた。

 

 

 話しは進み、二人に跡取りが居ないことから百合が暫定的に、夢神の当主になることが決まっていると報告を受けた。

 分家、もとい親族の方にも女子は居て刀使でもあるが……

 如何せん百合と比べたら差があるし、本家の子である百合が選ばれるのは必然だ。

 

 

 だが、百合はここで一つ爆弾発言にも等しい言葉を放った。

 

 

「二人共、落ち着いて聞いて欲しいの」

 

「どうした?」

 

「何かあるの? もしかして、当主になるのが嫌なの?」

 

「違うよ。当主なるのは構わない。…そのね、今…私と結芽は真剣にお付き合いしているの!!」

 

 

 礼と漣音がフリーズした。

 オマケに結芽もフリーズした。

 流石にここで暴露すると思っていなかったのだろう。

 三人がフリーズした中、何か不味いことを言っただろうか? 

 そう考える百合に、結芽が声を荒らげた。

 

 

「ゆり! それは今言わなくていいでしょ!」

 

「えっ? でも、報告はキチンと……」

 

「夢神家の当主になるって話してるのに、私たちの関係話したら事実上の跡取り産まれない発言してるのと同じじゃん!!」

 

「あっ……あーー!!」

 

 

 今更気付いたのか叫ぶ百合に、礼と漣音はクスリと笑った。

 結局、帰省中散々弄られて顔を真っ赤にしながら生活を送る百合だった。




 みにゆりつば「キスの味」
 
 キスはレモンの味がする、とはよく言ったものだ。
 結芽は常々そう思っていた。
 何せ、何回キスをしてもレモンの味なんてしやしない。
 この世の甘味を全て足しても届かない程の甘さ、それが彼女が感じるキスの味。
 
 
 彼女にとってのキスは、この世に存在する最高の甘味を食しているのと変わらない。
 夢神百合と言う最高の甘味。
 一口食べただけで病み付きになる。
 そして、今日今日とて唇を重ねた。
 
 
 するのは慣れても、どうしようもない幸福感には慣れない。
 寝る前にするキスが、段々と違う物になっているのを最近感じる。
 
 
「ん……はぁ……ぁ」
 
 
 僅かに漏れる吐息。
 暗闇の中で見えないが、さぞかし蕩けた表情に違いない。
 百合のそんな表情を見るのが、最近の楽しみの一つでもある。
 昔から、百合の表情を見るのは好きだが、自分の行動によって変わる表情は見てて飽きがこない。
 
 
 彼女も彼女で、キスの味を知っている。
 無我夢中で貪りたくなるような、少しだけ癖のある味。
 何度でも求めたくなるような……
 
 
「ゆり?」
 
「もう一回だけ?ダメ……かな?」
 
 
 増えていくキスの回数。
 変わっていく感覚。
 
 
 唇を重ねる、この行為が何処までも相手を愛おしくさせる。
 ……一線を超える日は、そう遠くないのかもしれない。

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After5「盗まれた物は」

 長らく投稿が出来なくてすいません。
 Afterはもう少し続くのでお楽しみに。


 時が進むのは早く、御前試合からかれこれ三ヶ月。

 夏休みに突入している。

 そして、百合たちは……

 

 

「海だぁーー!」

 

「海だね」

 

「海…」

 

「あっちぃ。太陽も休暇届けだしてくれねぇかな」

 

 

 結芽・百合・沙耶香の言葉とは方向違いの言葉を吐き捨てる薫。

 煌めく太陽、広がる砂浜、澄み渡る海。

 彼女たちは海に来ていた。

 四人以外にも人はおり、薫の横には顔見知りの面子が居る。

 

 

 御刀マニア兼指揮官役の木寅ミルヤ。

 女の子大好きフリスキーな山城(やましろ)由依(ゆい)

 以上二名が、今回の任務の参加者。

 

 

 ……お察しの方も居るだろうが、彼女たちがタダで海に来れるわけが無い。

 この砂浜近くに荒魂が出たとの報せを受けて派遣された。

 しかも、荒魂の強さが相当なため、特別遊撃隊の四人を中心に選抜された二名が加えられて、任務が開始された。

 

 

「夢神百合、近くに荒魂の気配は?」

 

「…………。特には」

 

「はぁ〜。ねねも反応なしなところを見ると、いつもの足で捜査に切り替わるわけか。まぁ、早く終わらせてバカンスとしゃれこもう。三日も期間を貰ったんだ、速攻終わらせてギリギリまで遊んでやる」

 

「良いですね! ここなら合法的に可愛い女の子を拝み放題ですから! 許可さえ貰えれば写真もーー」

 

「はいはい、由依おねーさんは黙ってようね〜」

 

「任務は完遂させる。……遊ぶのはその後」

 

 

 それぞれがひとしきり喋った後、ミルヤの指示で三手に分かれて捜査が行われた。

 基本的には、聞き込みをしてそれを元に場所を絞っていくのだが、あまりにも情報があやふやで捜査が一向に進まない。

 荒魂は出て、付近の刀使が一度交戦したのにも関わらず…だ。

 

 

 何かあるのか? 

 百合が疑問を抱きながら結芽と一緒に捜査を進める。

 日差しが強い所為か、汗が出て服がベタつく。

 服を脱ぐわけにもいかないので、汗で服がビショビショのまま歩き続けた。

 

 

 捜査を開始して二時間、ようやくしっかりとした情報を知ることが出来た。

 それは……

 

 

「荒魂が水着を盗んだ?」

 

「そうなのよ。昨日来たお客さんがさぁ、急いで店に来たと持ったら服貸してくれって言うもんだから、ビックリしちゃったよ」

 

「へぇ〜。なんか、最近の荒魂って色々盗むよね」

 

「つぐみさんも理由があるかもしれないって、色々調べてるらしいけどこれと言ったナニカはないって」

 

 

 水着を盗む荒魂、最近は色々な物を盗みすぎて何が何だか分からないが、今までの情報よりはまだマシだ。

 

 

(荒魂が水着を盗むんだったら……。そうだ!)

 

「結芽…私いい事思い付いたかも」

 

「?」

 

「一回集合しよう」

 

 

 百合がそう言うと、二人揃って動き出した。

 

 -----------

 

 二十分後。

 集合し、全員に作戦を話した。

 由依は一も二もなく大賛成。

 ミルヤに薫も特に何も言わず賛成。

 沙耶香に至っては、その場で下に着ていた水着に着替えようとした。

 

 

 着替え終わったあとは、また三手に分かれて捜査開始。

 捜査を開始して十分、水着と言う餌に食いついたのは違うものだった

 

 

「お嬢ちゃんたちさぁ、俺らと遊ばない?」

 

「すんげぇ気持ちいこと教えてあげるからさぁ?」

 

「結構です」

 

「私もいいや」

 

 

 百合の水着は真っ白なビキニタイプ。

 歳不相応に実った果実は嫌でも男を吸い寄せる。

 

 

 二人の素っ気ない態度に苛立ったのか、片方の男が結芽の腕を掴んだ。

 

 

「調子に乗りやがって!」

 

「おにいさんさぁ、早く離してくんない? 痛いんですけど」

 

「おめぇが大人しくすればいいんだよ!」

 

 

 彼女の実力なら片手で御刀を抜いて峰打ちでも出来るだろうが、彼らは一般人。

 御刀を向けるべき相手ではない。

 しかし、百合は違った。

 幾ら一般人であろうと結芽を傷つけようとする輩に容赦などしない。

 

 

 半分荒魂になったことで強化された腕力で、力づくに男の腕を引き剥がした。

 そのまま腕を捻る。

 ミシミシと骨が軋む嫌な音がなり、男が叫び始めた。

 

 

「がァァァ! クソがッ! 離せ!」

 

「貴方が先に手を出したんですよ?」

 

「チッ! ふざけんな!」

 

 

 隣に居た男が殴りかかってくるが、百合に彼らの攻撃が届く訳もない。

 容易く受け止められて、片手で男を海に投げ捨てた。

 特に勢いを付けた筈はないのだが、簡単に飛ばされる。

 明らかに人間離れした行動に驚き、腕を掴まれていた男も泣いて謝ることで事なきを得た。

 

 

「…やり過ぎじゃない?」

 

「良いの。ああ言う人たちにはあれくらいしないと」

 

 

 百合が笑いながらそう言うと、砂浜の中からモグラにも似た荒魂が飛び出した。

 手先の爪部分で水着を引っ掛けられる所だったが、何とか躱し御刀を抜く。

 気配を全く感じなかったのは、地中深くに潜っていたからなのか? 

 理由は完全には分からないが、今は戦うしかない。

 

 

 写シを張って構える。

 結芽も御刀を抜いて写シを張っているが、仕掛けようとはしない。

 目配せをして、タイミングを図る。

 荒魂がずっとジッとしているはずはない、何時か飛びかかってくる。

 

 

 百合はその瞬間まで、感覚を研ぎ澄ます。

 十秒、二十秒、三十秒。

 ついに、荒魂が一手動いた。

 砂浜の砂を手先の爪を使って器用に飛ばし目潰しを仕掛けたのだ。

 だが、それに対応できない二人ではない。

 迅移で加速し、目潰しを交わすと左右に分かれて挟み込む。

 

 

 結芽が八幡力で脚力を強化、跳躍しながらの振り下ろし。

 百合は体制を低くして近付き、二本の御刀を同時に振り上げる。

 荒魂は目潰しに対応された事に驚いたのか、動きが一瞬止まった所為で回避できない。

 

 

 そして、呆気なく四等分に切り刻まれてしまった。

 

 

「目潰しは以外だったけど、案外弱っちかったね〜」

 

「うん。でも、目潰しは予想外だったかな。初見でこれに対応するのは難しいかも」

 

 

 二人がそうやって話している所に、他の面々も現れて報告を行った。

 薫は任務が早く片付いた事に喜び、沙耶香と微笑んだ。

 由依もようやくじっくりと可愛い女の子の水着を拝めると百合に抱きつこうとし、ミルヤがブツブツと戦闘時の考察をしながらそれを阻止する。

 バラバラに見えるが、結局この後は二日間バカンスを楽しんだ。




 みにゆりつばはお休みです。

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After6「咲いて散る火の花」

 二週間も投稿を開けてしまってすいません!
 お待ちした方も多いと思いますが、今後も少し投稿の間が開くと思います。

 偶に確認する程度にしてもらえると助かります。


「夏祭りの巡回任務…ですか」

 

「ああ、そうだ。夏祭りぐらい普通に過ごしもらいたいが、荒魂は空気を読める訳ではないからな…」

 

「えぇ~! その夏祭りって、私とゆりが行こうとしてたやつじゃん! 真庭のおばさん、狙ったでしょ!」

 

 

 ぶーたれる結芽を他所に、百合と紗南は話を進める。

 指令室の中は、涼しいが空気はどんよりと重い。

 何せ、作業をしている職員達の殆どが二徹を超えて働いている。

 空気が重くなるのも当たり前だろう。

 百合や結芽が居るお陰で、何とか空気は軽くなりつつあるが……それがいつまで持つか……

 

 

「任務は構いませんけど…。参加可能な刀使の数は?」

 

「……悪いんだが、そこまで多く出せなくてな。お前達を含めないとあと三人程度だ」

 

「最ッ悪! せっかく頑張って任務こなして、休みを作ったのに~~!!」

 

 

 結芽は休み返上の任務に怒り心頭。

 百合も若干嫌そうな顔をしている。

 …ブラックな国家公務員と言えど限度がある。

 薫がいつものブラックブラック言っている意味が、彼女たちはようやく分かった。

 

 

 最終的に任務は泣く泣く受けることになり、休日だった筈の翌日に任務地である夏祭りが行われる場所に向かった。

 

 -----------

 

 任務当日の昼過ぎ、祭りはまだ始まっていないと言うのに人盛りが出来てきた。

 浮かれている者も多く、浴衣姿の人が目立つ。

 結芽と百合は羨ましそうにそれを見つめていた。

 年頃の少女にとって、浴衣は何度着ても新鮮さがあるものだ。

 

 

 日頃から非日常に浸かっている彼女たちからしたら、浴衣を着て夏祭りを楽しむと言うのは娯楽の中の娯楽と言っても過言ではない。

 そんな二人の肩を、ポンポンと誰かが叩いた。

 叩いたのは……

 

 

「百合ちゃんに結芽ちゃん、そろそろ巡回始めよう」

 

「美炎先輩、すいませんぼーっとしてしまって」

 

「はぁ、荒魂ちゃんはまだかよ。早く来ねえかなぁ」

 

呼吹(こふき)さんだけですよ、荒魂が出て喜ぶのなんて」

 

清香(きよか)おねーさんは戦うの嫌なんだっけ? だったら後ろに居て良いよ。私とゆりだけで充分だし」

 

「あぁん!? 結芽てめぇ、あたしの楽しみをとってじゃねぇ!」

 

 

 チグハグなメンバーだが、個々の戦闘力は折り紙付き。

 荒魂に対して無類の強さを誇る七之里(しちのさと)呼吹。

 持続的な集中力さえあれば、可奈美や結芽とも渡り合える可能性を持つ安桜美炎。

 天才的なセンスの持ち主である六角(むすみ)清香。

 ミルヤのような司令官さえ居れば、彼女たちは最高のパフォーマンスを披露するだろう。

 

 

 だが、残念なことにミルヤは居ない。

 今回の巡回任務の隊長は百合である。

 不安はあるが、やれることをやるだけだ。

 

 

「…ふぅ」

 

 

 少し息を整えて、落ち着いた口調で言葉を紡ぐ。

 

 

「皆さん、よく聞いて下さい。これからの巡回任務にあたって、注意しなければいけないことが二つあります。一つ目は夏祭りに来た人たちの安全確保です。荒魂を見つけた場合、可及的速やかに避難誘導を行って下さい。勿論、全員でやる必要はありません。誰か一人でも良いので避難誘導をして、それ以外は荒魂の討伐。…二つ目、これが一番重要です。出店に被害を絶対に出さないでください。もし被害にあった出店があると、夏祭りに来た人達は相当悲しみます。絶ッ対に死守して下さい」

 

 

 ……二つ目は大分私情が混ざっているがしようがない。

 何故かと言うと、巡回任務が終わればその後は好きにしていいのだから。

 清香と美炎はうんうんと頷いていたが、呼吹は面倒臭そうにへいへいと言葉を返すだけだった。

 

 

 その後、二組に別れて巡回を行い、五周して異常がなかったら任務は終了。

 御刀は帯刀したままだが、夏祭りに参加していいと言われている。

 荒魂の所為で折角のデートをぶち壊されたことに殺気立っている結芽は、周囲に気を張り巡らせている。

 さっきの呼吹との言い合いもそれが原因だろう。

 

 

 だが、拍子抜けのように…時間は何事もなく過ぎていった。

 時刻は四時すぎ、休憩も込みでこの時間だ。

 残り最後の一周。

 辺りは人盛りが凄まじく、手を繋いでいても人混みに揉みくちゃにされてしまう。

 喧騒も高まっているので、荒魂を探すのも一苦労。

 

 

 こんな所で御刀を抜く訳にはいかないが、一度この人混みを出なければ見つけられるものも見つけられない。

 百合は溜息を吐きながら、あまり使いたくない荒魂の力を使う。

 御刀を抜いて八幡力を使っていないのにも関わらず、彼女は八幡力と同等かそれ以上の力でその場を脱した。

 

 

 そして、丁度それを狙ったかのように百合の中の第六感にも等しい感覚が、荒魂が出現したことを知らせる。

 それと同時か少し遅いタイミングで、スペクトラムファインダーにも反応が現れた。

 

 

「ゆり、荒魂が!」

 

「分かってる、悪いけどこのまま行くよ!」

 

 

 御刀を抜いている暇はない。

 結芽の首裏と膝裏に腕を通して、お姫様抱っこをして荒魂が出現したであろう場所に向かう。

 

 

(…荒魂の数は…)

 

(七体ね、あんまり多くもないし、強い訳でもない。ちゃっちゃと終わらせなさい)

 

(言われなくても…!)

 

 

 百合は荒魂を視界に捉えると、結芽のお姫様抱っこするのを止めて荒魂に向かって投げた。

 

 

「ごめん!」

 

「ちょっ! こんなの聞いてないんですけど~!」

 

 

 いきなり投げとばされたにも関わらず、結芽は柔軟に対処した。

 御刀を抜いて写シを張り、着地地点にいる荒魂に向かってニッカリ青江を振り下ろした。

 残り六体。

 百合は辺にいる人たちの避難誘導を優先。

 十分もしない間に、荒魂の討伐は終わったが……

 

 

「ゆ~り~!」

 

「ご、ごめんって。被害が出る前に抑えたくて…」

 

「何も投げることないじゃん! 私じゃなかったら大怪我だよ!」

 

「それは…結芽を信頼してたから。結芽だったらやってくれるって信じてたから…」

 

 

 モジモジしながら呟く百合に、結芽は流されてしまう。

 いつも姉のような百合の、こう言う姿には弱い結芽だった。

 

 -----------

 

 巡回任務終了後、美炎たちとは別れて夏祭りを回る二人。

 チョコバナナや綿あめを買ったり、射的や金魚すくいをしたり。

 充実した時間を過ごした。

 二人で手を繋ぎながら祭りを回るなど数年ぶりで、百合は心なしか浮き足立ってしまう。

 

 

 それを結芽が感じ取れないなんてことはなく、優しく手を握った。

 時刻は七時過ぎ、出店の提灯のお陰で暗くはなく、煌びやかな光が辺りを包んでいる。

 

 

「楽しいね、ゆり」

 

「そうだね。…あっ! そろそろ花火が始まっちゃうよ。場所取りに行かないと」

 

「だいじょーぶ! 私が事前にリサーチしてたから、穴場は見つけてあるよ」

 

「結芽~! 大好き!」

 

 

 何時にもなく年相応にはしゃぐ百合。

 夏祭りに限らず、祭りと言うのは人の心を昂らせる。

 大人も子供も、みんな揃って笑う。

 それが、祭りと言うものだ。

 

 

 結芽が連れてきた場所は本当に穴場で、人もあまり見当たらない。

 着いて数分もしない内に、花火が上がり始めた。

 

 

『たーまやー!』

 

 

 声が重なる瞬間が愛おしく感じて、さっきまで握っているだけだった手の指をお互いに絡めた。

 肩を寄せあって、打ち上がる花火を見つめる。

 百合は百合の花が描かれた黄色い浴衣を着て、結芽は巣から飛び去る燕が描かれたピンク色の浴衣を着ていた。

 

 

 百合が結芽の浴衣を、結芽が百合の浴衣を選んだ。

 一も二もなく決めて、せーので見せあった。

 驚く程に似合っていて二人で褒めあったあと、回り始めて今に至る。

 

 

 数秒だけ咲いて散る火の花。

 百合は少しだけ昔の自分を思い出した。

 結芽の為だったら、この身を懸けても構わないと思っていた自分を。

 

 

 でも、それは間違いで。

 結芽は自分に、隣に居て欲しいと思っていた。

 

 

(…私は隣に居ていいんだよね?)

 

 

 思ったことが顔に出ていたのか、結芽は百合の前に回っていた。

 不機嫌なのか小悪魔のような笑みで、こう言った。

 

 

「私との約束、忘れてないよね?」

 

「勿論、忘れてないよ」

 

「だったら、そんな顔しないの。…私の隣は一生分ゆりに上げたんだから」

 

「…うん」

 

 

 微笑んだ百合の唇に、結芽は自分の唇を重ねた。

 少女漫画であるような、花火を背景にする口付け。

 短い時間なのに、何時間も時が流れたような…そんな感覚がした。

 

 

「花火、綺麗だね」

 

「ゆりの方が綺麗だよ」

 

「結芽の方が可愛いよ」

 

 

 出てきた言葉に、二人してクスクスと笑った。

 夏も終わるその日、関係は変わらないままに時は進む。

 今年の夏は例年に比べて熱い(厚い)夏だったと、百合は後に語っていた。

 

 

 




 みにゆりつば「ポッキーゲーム」

 ポッキーゲームとは、一本のポッキーを二人が両端から食べていき、どこまで近づけるかというもの。
 先にポッキーを折った方の負けである。
 特にやることがなかった結芽が持ちかけた勝負であり、百合が受ける義理もないのだが……


 百合に受けないと言う選択肢はないらしく、笑顔で了承した。
 この時、結芽はまだ知らなかった。
 自分がポッキーごと美味しく頂かれるなんて……


「じゃあ、よーいドン! でスタートね」

「良いよ」

「よーい……ドン!」


 二人が同時に両端からポッキーを食べて、顔を近づけて行く。
 結芽は近付けは近付くほど、百合の端正な顔立ちに見惚れていってしまった。
 中々に、こうやってじっくりと顔を見る機会はない。
 あるにはあるが、その時は結芽の調子が乗っているため、そのまま口付けまで運べてしまうのだが……


 何故か、今回に限ってそんなことはなく、みるみる内に顔が赤くなっていく。
 茹でダコよろしく赤くなった顔のまま、お互いに近付いていく。
 そして、ポッキーを食べ切り唇が重なった瞬間、百合が貪るように口内に舌を入れて絡ませた。


「んん!? ん~~~~!!」

「んんぅ」


 ……唇が離れると、二人の顔の間に糸が垂れる。
 何時もとは違う百合のギラついた目付き。
 今日組み敷かれるのは自分だと、結芽は悟った。


 そして翌日、首筋辺りに絆創膏を貼った結芽と百合が仲良く歩いていたのは、また別の話である。

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After7「百合と燕と仮面ライダー」

 完全なネタ回なのでお気になさらず。
 …私的にはビルドとオーズが大好きです!


「ゆり! これ使って!」

 

「ゆ、結芽!?」

 

 

 結芽は荒魂とは違う怪物のように変化した右腕から、赤い三枚のメダルを百合に投げ渡した。

 ……コアメダル、そう呼ばれる動物の力を模して作られた、欲望という進化エネルギーを内包したメダル。

 百合は投げ渡されたメダルをしっかりと掴む。

 タカメダル・クジャクメダル・コンドルメダルをオーズドライバーの三つの穴にセットし、右腰にあるオースキャナーで読み込む。

 

「変身!」

 

【タカ! クジャク! コンドル! タージャードールー】

 

 

 コンボと言われる、同じ系統のメダル三枚を使って変身するオーズの特化フォームと言った所だ。

 ……残念ながら、彼女たちが使っているのは玩具なので本当に変身することは出来ないのだが……

 

 

 一応、何故こんなことをしているのか補足をしよう。

 時間を数日ほど遡ることになるがしようがない。

 

 -----------

 

 夏休みも後半。

 荒魂の出現数も低下の一途を辿り、暇になり始めたこの頃。

 百合と結芽は二人して一週間の休みを貰うことになった。

 …因みに、薫や真希たちも少し日が違うが休みを貰っている。

 

 

「うぉおおおおおっしゃあああああああ!」

 

 

 感極まった薫の咆哮を、特別遊撃隊のメンバーが忘れることはないだろう。

 …そんなことはさておき、一週間の休み。

 最初は百合と結芽も喜んでいたが、よく考えればそんなに休みを貰ったところでやる事が無いことに気付いた。

 イチゴ大福ネコの冒険も、イベントは開催されていない隙間時期なので本当にやる事がない。

 

 

「…ひ~ま~。ゆり~なんかないの?」

 

「外には出たくないんでしょ?」

 

「だって暑いんだもん」

 

「だったら、私がDVDでも借りてこよっか?」

 

 

 百合の提案に頷きかけた瞬間。

 彼女の頭にビビヒと電流が走った。

 

 

(そう言えば…前。見たいドラマが有ってHuluに加入したんだっけ?)

 

 

 結芽はHuluと言う動画配信サービスに加入したのを思い出す。

 急いで百合にその事を伝えて、テレビを付けてHuluの番組表を見ていく。

 どれもこれも見た事あるものや、あまり面白くなさそうなものばかり。

 ため息を吐きながら諦めかけたその時、一つのジャンルが目に止まった。

 

 

 デカデカと主張の強いフォントで『仮面ライダーシリーズ!』と書かれている、番組一覧を見つけた。

 そこには一号から、最新のジオウまでの全てが視聴可能と書かれている。

 特撮ヒーローもの……そんなの見たこと無かった二人だが、何故か目に止まった。

 

 

 ヒーローものに詳しい人物。

 そんなの、百合と結芽が知ってる人間など一人しか居ない。

 

 

 結芽はアイコンタクトで百合に電話を促す。

 百合もそれをしっかり理解し、スマホを取り出して電話をかけ始めた。

 スマホに映る連絡先の表示には…『益子薫』と書かれていた。

 

 

『俺は休暇中だ。仕事の電話なら掛け直せ』

 

『違います薫先輩。実は……』

 

 

 薫にある程度のことを話すと、オススメのものを教えてくれた。

 

 

『お前らだったら、オーズかビルドだな。どっちもシリアスとギャグがいい塩梅で面白い!』

 

『なるほど、なるほど。分かりました! ありがとうございます。参考にさせていただきます!』

 

『おう。見終わったら感想でも聞かせてくれ』

 

 

 何時になく上機嫌だった薫との電話を終えて、二人は早速オーズから動画を見始めた。

 

 -----------

 

 三日後。

 オーズ最終話視聴後。

 

 

「アングゥゥゥゥウ!!」

 

「ゔぅぅ~あ゛ぁぁぁぁ~」

 

 

 大泣きである。

 感動のあまり、涙腺が完全に崩壊してしまった。

 十数分後、ようやく涙が枯れてきた頃。

 CSMオーズドライバーコンプリートセットをネットで即注文。

 

 

「ふっふっふ! 買っちゃったね!」

 

「そうだね。…何だかビルドも楽しみ!」

 

 

 二人でワクワク、ビルドの視聴準備を始める。

 …この翌日、CSMオーズドライバーコンプリートセットが届き現在に至った。

 

 -----------

 

 自室でのお遊び終了後。

 アンクの手を模した手袋を脱いだ結芽が、百合に詰め寄る。

 

 

「ゆり~! 私も変身したい! ベルト貸して!」

 

「はいはい。…そう言えばあの手袋どうしたの?」

 

「あ~。研究棟の職員さんに作っもらったの」

 

「へっ? もしかして、お金払って?」

 

「ううん、違うよ。無料(タダ)でやってくれたの。何時も元気を貰ってるからって」

 

 

 …百合の中で研究棟の職員にロリコン疑惑が浮上した。

 

 

(…あんまりあっちには行かせないようにしよう)

 

 

 そう、心の中で決意を固めていると……

 

 

『付近に荒魂の出現を確認! 刀使は至急現場に急行せよ! 繰り返す。付近に荒魂の出現を確認! 刀使は至急現場に急行せよ!』

 

「変身はお預けだね」

 

「うぅぅ!! 弱っちぃ荒魂の癖に!」

 

 

 謂れのない想いを結芽が荒魂にぶつける中、百合は一瞬だけ作られたアンクの手袋が動いた気がした。

 だが、すぐに気の所為だと片付けて現場に急行。

 

 

 現場に着いた頃には殆ど荒魂の討伐は終わっており、結芽が暴れ出したのは言うまでもない。

 帰り道々、いちご大福を買って機嫌を治すことに成功したが……

 

 

「あれ? ない! ない!? アンクの手袋がない!!」

 

「…ヒビ割れたタカコアも無くなってる……」

 

 

 二人は一時間に及ぶ家探しを決行。

 しかし、一向に見つからず百合と結芽は号泣。

 新たに手袋を発注したりヒビ割れたタカコアを注文して、事なきを得た。

 

 

 翌日、異形の腕が飛び回っていると言う噂を聞いた二人は…まさかねとだけ呟き、ビルドの視聴に入った。

 

 

 尚、ビルドでも号泣し、変身ベルトやらアイテムを即購入したとかしてないとか……真相は闇の中である。

 




 
 今回はみにゆりつばお休みです。不定期で申し訳ないです。
 今後は毎週土曜日更新になると思うのでお楽しみに。
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 新しく始めましたので、時間があれば読んでやってください。
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After8「素直な気持ち」

 滑り込みセーフ!
 投稿がギリギリになってしまって申し訳ありません!


 イチゴ大福ネコの楽園。

 そう書かれた看板の下にある入場ゲートを潜ると、上下左右どこを見渡してもイチゴ大福ネコで溢れた楽園があった。

 上の空にはイチゴ大福ネコの形をした飛行船が飛んでおり、下の地面には所狭しとイチゴ大福ネコが描かれていた。

 

 

 右を見渡してもイチゴ大福ネコの着ぐるみ、左を見渡してもイチゴ大福ネコの着ぐるみ。

 楽園と言う言葉が本当に似合うテーマパークだ。

 そんな場所を、百合と結芽は二人で訪れている。

 御前試合が終わった日の夜に話した場所に、まさか数ヶ月の遅れを持って来ることになるとは思わなかっただろう。

 

 

 現に、百合はもう少し早く行くものだと思っていたが……如何せんイチゴ大福ネコの楽園はチケット予約制のテーマパーク。

 この時期になるまでのチケットが完売していたのだ。

 一応予約はしたが、結芽はすぐに行きたいと駄々を捏ねた。

 しかし、そう簡単に物事が進も事はなく、結局、任務に忙殺されていた。

 

 

 だが、最近になってようやく時間に空きが出来始めたので、予約したチケットを使いデートに来ていたのだ。

 残暑が続く九月上旬、百合の服は結芽が監修したものなのでオシャレなJC風になっていた。

 白を基調とした丈が膝下五センチ程のワンピース、胸元にやや主張強めな蝶々結びのリボンが付いている。

 そして、それを隠さない程度に薄めの茶色いカーディガンを羽織っていた。

 

 

 結芽自身は百合と合わせるように白を基調としたワンピースを着ており、麦わら帽子を被っている。

 身長は少しばかり百合の方が高いので、仲の良い友達か一見姉妹に見えなくもない。

 何故か分からないが、周りからヒソヒソ声が聞こえてくるのは気の所為だろう。

 

 

「ねぇ、あの子達って…」

 

「嘘、そんな訳ないでしょ。あんな有名な刀使の子がこんな所に居るわけないじゃん!」

 

「写真撮ったら怒られるかな?」

 

「辞めとけ辞めとけ。俺もお前も死にたくないだろ?」

 

 

 …半分荒魂になった百合の耳にはハッキリと聞こえているが、結芽は気付いていない様子なので彼女は無視をした。

 流石に写真を撮られたら消しに行かなくてはいけないが、そんなこと本当にする人など滅多に居ないだろう。

 

 

「ゆり! ゆり! あれから乗りに行こうよ!」

 

「どれ?」

 

 

 結芽が指を指していたのはメリーゴーランドだ。

 …本来馬車やらなんやらがある筈だが、全てイチゴ大福ネコになっている。

 可愛いと言われれば可愛いが、乗ると言う行為に若干の罪悪感を覚えそうだ。

 ……結芽は違うらしいが。

 

 

 百合は手を引かれるままに、次々とアトラクションを楽しんでいく。

 メリーゴーランドから始まり、ジェットコースター、イチゴ大福ネコの冒険(迷路)、ゴーカート。

 レストランで休憩を挟んだが、そこでもイチゴ大福ネコ祭り。

 結芽頼んだパンケーキは、イチゴ大福ネコの顔を模したものが出されるし、デザートのアイスもそうであった。

 

 

 百合が頼んだハンバーガーのパンズに至っても、イチゴ大福ネコの顔を模したものが出された。

 

 

「…少し食べ辛いね」

 

「でもでも、すっごく可愛い! 最っ高!」

 

「そっか、なら良かった」

 

 

 食べ辛かったが、結芽が嬉しそうならそれでもいいかと百合は思っていた。

 デートはまだ続く。

 

 -----------

 

 時刻は夕暮れ。

 締めの観覧車に乗りながら、夕日が落ちるのを見届けるように景色を見渡す。

 

 

「夕日って案外綺麗だね」

 

「案外は余計。いつも綺麗だよ」

 

「…ゆりは今日楽しかった?」

 

「うん。結芽と一緒にデートできて楽しかったよ」

 

 

 屈託のない笑みで答える百合。

 そんな恋人の顔を見た結芽の心臓は、ドキドキと高鳴る。

 その笑顔が見たかった。

 今日はその笑顔になって欲しかった。

 楽しいのが自分だけじゃなくて良かった。

 

 

 言いたいことが溢れてきて、結芽は上手く喋ることが出来なかった。

 思った事を、素直に、言葉にしたい。

 今までだったら出来たーーいや、出来ていた。

 でも、百合の事を好きになれば好きになるほど、結芽は偶に素直に想いを口に出せずにいた。

 

 

 偶にが増えてきて、もしかしたら全然言えなくなってしまうのではないか? 

 そう思うと凄く怖くて…病院で一人ぼっちだった時を思い出す。

 看護師の人がヒソヒソと噂する声が嫌で、必死に耳に手を当てていた。

 

 

(やっぱり、どれだけ強くなっても……変わってないや)

 

 

 変わらなかった、変われなかった。

 一度知ってしまったら、変わることなどできなかった。

 恐怖は人を変える、簡単に変えてしまう。

 けど、この想いを口にしないのが嫌で…一歩踏み出した。

 

 

「その笑顔が見れて良かった、その笑顔になってくれて嬉しかった。……今日はその笑顔になって欲しかったから」

 

「結芽…」

 

「あぁ、うぅ……そんな目で見ないでよっ! やっぱり今の言葉取り消し!」

 

 

 結芽の素直な想いは、百合にとって効果抜群らしくあまりの喜びからか瞳をうるうるとさせていた。

 百合のそんな反応は予想していなかったのか、恥ずかしくなった結芽は耳まで顔を赤くしながら俯く。

 我慢が効かなくなるのも時間の問題なのか、対面に座っていた筈の百合はそっと結芽の隣に座って包み込むように手を握った。

 

 

 小さくて、柔らかくて、温かくて、赤ちゃんの手を握っているかのような感覚がある。

 この手が、自分を救ってくれたのかと思うと、とても愛おしく感じて胸に手を寄せた。

 結芽は結芽で、手に当たる水枕のような柔らかい感触に、先程から高鳴っていた心臓が更に高鳴っていくのが分かった。

 

 

「結芽、ドキドキしてる」

 

「…してない」

 

「嘘。……だって、私もドキドキしてるから」

 

「…してない」

 

「…じゃあ、私が勝手にキスしても…ドキドキしない?」

 

「そ、それは…」

 

 

 結芽の返しに、クスクスと笑う百合。

 恨みがましい視線を送るが意味は無いらしく、優しそうな笑顔で見つめてくる。

 …もう、嘘なんて言える訳はなくて。

 ポツリと言葉が漏れ出した。

 

 

「…してる。ドキドキしてる」

 

「うんうん。最初からそう言ってくれれば良いのに」

 

「だって…何だか恥ずかしくて」

 

「私たちの間に、今更見せて恥ずかしいものなんて無いでしょ?」

 

「そうだけど…恥ずかしいものは恥ずかしいの!」

 

 

 怒った口調の結芽と、優しい笑顔を絶やさない百合。

 彼女たちはいつも違う表情を見せ合う。

 同一人物なのに、毎日違う人間のような変わりよう。

 だが、本当は違う。

 変わっているのではない、本当の自分たちを出し合っているだけなのだ。

 

 

 

「ねぇ…観覧車でのキスってどんな感じなんだろうね…」

 

「私に聞かれても…試してみる?」

 

「良いの?」

 

「良いよ、私は」

 

「じゃ、じゃあ…」

 

 

 ドラマのようなロマンチックな感じは、背景である夕日ぐらいしかなくて、それでも温かいものが流れ込んでくる。

 愛が、好意が、お互いの中に流れ込んで行く。

 一瞬はあくまでも一瞬で、永遠なんかにはなりはしない。

 だからこそ、何度も唇を重ねた。

 

 

 温かい想いが、もっともっと欲しくて。

 観覧車が下に降りきるギリギリまで、繰り返した。

 

 

 観覧車を降りてから、二人はポツポツと少しの会話をしながら帰って行った。

 このテーマパークは最高に楽しかったが…今は他にやりたいことが…したいことがある。

 

 

 腕を組んで、指をしっかりと絡めて。

 少し顔を近づければすぐにでもキスができる程の距離で、歩いて行く。

 

 

 翌日、二人が寝不足に悩まされたのは言うまでもない。




 みにゆりつば「タピオカチャレンジ…」

「本日五人目のタピオカチャレンジ挑戦者は!夢神百合~!」

「頑張って、百合」

「…いや、ごめん。状況が全く理解できないんだけど?」


 執務室で任務を終わらせた百合が自室に戻ると、やけにハイテンションな結芽といつも通りーーではなく少しばかりテンションが高い沙耶香が居た。
 …自室に居るのは構わない。
 何せここは百合と結芽の部屋だ、同居人が誰を呼ぼおがあまり気にしない。


 来る人物などある程度絞れる。
 問題はやろうとしている事なのだ。
 タピオカチャレンジの存在自体は知っているが、やりたいとは微塵も思わない。
 何せ、落とした場合タピオカミルクティーが無駄になるからだ。
 ようやく状況を整理し、一呼吸置いてから簡潔な答えを言った。


「…嫌だよ」

「いいじゃん、やってよ~」

「と言うか…私が五人目って他に誰がやったの?」

「姫和と舞衣、私と結芽」

「…明らかに人選ミスじゃない?四人中三人は確実に失敗するでしょ」


 ホライズン同盟などと言うグループに入っている以上、無理に決まっているだろうに……
 沙耶香に結芽もまだまだ未発達、やるべきではないだろう。
 …少しだけ自分の胸部を見る。
 クロユリのお陰で肉体的な疲労は起こらないはずなのに、最近肩がやたらと重くなった。


 揉むと大きくなると言うのは…真実なのかもしれない。


「……良いからやってよ。私だって無理にテンション上げなきゃやってられないんだから…」

「…私も」

「わ、分かったから!やるから、泣かないでよ」


 落ち込み具合が酷く、瞳を潤ませる二人を何とか持ち治させる。
 百合は不承不承と言った様子で胸にタピオカミルクティーを乗せて、ゆっくりと手を離した。
 タピオカミルクティーは落ちることなく、百合の胸の上に佇んでいる。
 頭を少し動かせば楽にストローから飲むことができるだろう。


(…手を使わなくていいのが楽だなぁ…今度やってみよう)


 心の中の決意はさておき、百合は結芽と沙耶香を見やる。
 二人の視線は、百合の果実に注がれていた。
 ガン見である。


「あ、あの、流石にそんなに見つめられると…恥ずかしいんだけど…」

「…………ゆり、私のも揉んで。育つかもしれないから」

「…………舞衣に頼んでみる」


 据わった目と抑揚のない声が百合の背筋を凍らせるが、少しだけ可哀想だったので優しく頭を撫でておいた。


 一週間ほど経ったある日、刀剣類管理局本部に務める刀使の中で、胸は揉むと大きくなると言う迷信が本当だったと噂になっていたのは…また別のお話。

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After9「救えたものは確かにあって」

『お前に価値なんかない』

 

『何故? 生きているんだ?』

 

『死んでしまえ!』

 

『お前なんて産まれなければ良かった!』

 

『どうせ貴女は一生一人ぼっちよ…!』

 

 

 夢の中で、言われる言葉は…様々な負の感情に充ちていた。

 怨嗟、失望、憎悪、恨み、妬み。

 数えていたらキリがない。

 …百合は、その言葉をその身一つで受け切っていた。

 いや、受け切るしかなかった。

 

 

 半分荒魂になってから、百合は良くこの夢を見ている。

 理由は…恐らく荒魂の性質故だろう。

 昔の一人ぼっちだった頃なら耐えられた。

 何せ、そんな言葉に耳を傾けなければ良いだけだからだ。

 でも、今は違う。

 

 

 結芽や沙耶香、他にも色々な友達や仲間が出来た百合は、中途半端に心が治り始めた所為で、誰の言葉かも分からないのに勝手に傷ついてしまっている。

 真面目過ぎる性格は、時に仇となるのだ。

 真剣に受け止めなければいけないと思えば思うほど、ど壺にはまっていく。

 

 

 浴びせられる言葉に、時々百合は自分の自信を忘れてしまう。

 本当に価値のある存在なのか? 

 本当に生きていていいのか? 

 生まれて来なければ良かったんじゃないか? 

 

 

 …もしかしたら、また一人ぼっちになっしまうのではないか? 

 

 

 百合は幻視した。

 友達が、家族が、仲間が、愛する人が去って行く最悪な最期を。

 誰も助けてくれない、誰も見てくれない、誰も声を掛けてくれない。

 

 

「待って…! 置いてかないで! …私を…一人にしないで…!」

 

 

 溢れる涙で視界がぐちゃぐちゃになりながらも必死で追いかけた。

 けれど、少しづつ距離は広がっていき…次第に何も見えなくなってしまう。

 真っ暗な空間で、またしても一人になった百合は、負の感情に充ちた言葉を浴びせられる

 

 

 辛いとか、苦しいとか、怖いとか、そんな感情はもう出て来なかった。

 ただ、無だった。

 

 

 眠りから覚めようとしているのか、明るくなる世界。

 しかし、依然として百合は無であった。

 

 -----------

 

 九月も中旬、今日も今日とて百合は任務に励んでいた。

 珍しく、結芽とは別々の任務を言い渡されて少々驚いたが、偶には離れることを体験するのも悪くない。

 刀剣類管理局周辺の巡回任務なので、一人……と言うのは今の百合の精神衛生上宜しくないが、任務であるなら仕方ない。

 

 

 荒魂同士が引き合う力を頼りに、何処かで荒魂が現れていないか探る。

 だが、早々簡単に見つかる訳もなく、宛もなく歩いた。

 朝から少しだけ憂鬱な気持ちだった百合は、物悲しそうな顔で周囲を警戒する。

 すると、そこに一人の少女が現れて声を掛けてきた。

 

 

「お、お姉さん! この前は助けてくれてありがとう!」

 

「? ごめんね。私、貴女とどこであったかな?」

 

「ほら! あの時だよ。お空が破けてた時!」

 

(…もしかして、タギツヒメが隠世への門を開いた時? …でも、あの時の私は)

 

 

 そう、その時の百合は大荒魂クロユリとして活動していた。

 今の百合とは全く持って別人とは言えないが、違うことに変わりはない。

 だがしかし、少女は言い当ててみせた。

 あの時のクロユリが、今の百合だと。

 

 

「…凄いね。あの時の私ちょっと変わってたのに」

 

「? 違うよ! お姉さんはお姉さんだよ? …ありがとう、お母さんを助けてくれて。実はね、お母さんのお腹の中に赤ちゃんが居たんだ! もう産まれたから見てってよ!」

 

 

 朗らかに笑う少女に手を引かれて、百合は進んでいく。

 五分もしない内に母親であろう女性のもとに着いた。

 その女性はベビーカーに、可愛らしい男の子の赤ちゃんを乗せている。

 

 

「お母さん! お姉さん連れて来た!」

 

「ダメじゃない。お姉さんは私たちを守る為に、頑張ってお仕事してくれてるんだから…。…すいませんね、ウチの子が」

 

「いえ、特に任務に支障はないので…」

 

「それと、ありがとうございます。あの時は本当に助かりました。この子が無事産まれたのも、刀使さんのお陰です」

 

 

 温かいものが篭もった優しい瞳で、赤ちゃんを見ながら…女性はお礼を言った。

 微笑ましい光景に、百合も自然と微笑んだ。

 

 

「その…少し抱っこさせて貰えませんか?」

 

「ええ、構いませんよ。こうやって抱えるんです」

 

 

 女性のお手本の見様見真似で赤ちゃんを抱き抱える。

 プニプニしてて、暖かくて、それでいて少し重い。

 そこに命がある事を、重さが証明していた。

 自分が助けた命が、新しい命を紡いだ。

 その事実が、百合の心を温めていく。

 

 

「良かった…この命を紡ぐことが出来て」

 

 

 天使が如く微笑む百合。

 それを見た女性と少女も、優しく微笑んでいた。

 

 -----------

 

 夕方頃、お役御免な太陽を見送った後に百合は自室に帰ってきていた。

 既に結芽も帰ってきていて、今日起こったことを話した。

 …黙っていた夢の事も含めて。

 

 

「へぇ~、そんなことがあったんだね」

 

「うん。…何だかすっごく嬉しかった」

 

「そっか」

 

 

 ニシシと笑う結芽を見ながら、想った言葉を素直を口から出した。

 そして、結芽はしっかりとそれに応えた。

 

 

「私に価値ってあるのかな?」

 

「あるよ、私たちは知ってる」

 

「私は生きていて良いのかな?」

 

「良いんだよ、と言うか生きてくれないと困る」

 

「私は産まれてきて良かったのかな?」

 

「悪い訳ないよ、ゆりはこの世界に…皆に必要とされてるよ」

 

「私、まだ、一人ぼっちのままなのかな?」

 

「違うよ、私か居るし。皆が居るよ」

 

 

 正解なんてない哲学のような問いに、結芽は真剣に答えたし応えた。

 そして、確実に結芽は百合の中での正解を選び抜いていた。

 何時もは姉のように振る舞う百合に対し、久方ぶりに結芽は姉になろうとする。

 

 

「ゆりが居なくちゃ助からない人が居た。ゆりが居なくちゃ笑顔になれない人が居た。ゆりが居なくちゃ……壊れてしまう人が居た」

 

「…………」

 

「私さ、ゆりにいっぱい助けてもらったから、私が一番知ってるよ? ゆりの価値とか何で必要とされてるかとか」

 

「…………」

 

「自信を持って欲しいとかそんなこと言わない。自分に自信なんてなくていい……ただ、私のことを信じて。私を、燕結芽を信じて。絶対に裏切ったりしないからさ」

 

「…ありがとう…結芽」

 

 

 結芽の胸に顔を埋めるように、百合は抱き着いた。

 柔らかい感触と、伝わる鼓動が心地好くて、何時の間にかスヤスヤと眠りに就いてしまった。

 

 

「もう、そうやって寝ちゃうとオオカミさんに食べられちゃうよ?」

 

 

 唇を少しだけ触れ合わせて、結芽は眠る為に体を横にした。

 抱き枕では感じることが出来ない温かさと柔らかさは、癖になってしまいそうだ。

 

 

「…おやすみ、ゆり」

 

 

 まだ夜には早いのに、二人はゆっくりと眠りに就いた。

 

 

 その日は、良い夢が見られた気がした。

 

 

 




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After10「百合sキッチン」

「料理教室ですか…?」

 

「そうだ。最近、刀使への風当たりも大分軟化してきたからな。ここらで大きい一手に出て信用を取り戻そうって訳だ」

 

「で。それをやるのが私だと?」

 

「候補は大勢居たんだがな。愛想が良くて、献身的で、物分りがいいとなると段々絞られてきてな。最終的にお前になった訳だ」

 

 

 百合は選出方法に文句の一つや二つ言いたいが、面倒事にするのは嫌なので無言で睨みつけておいた。

 紗南は百合の眼光に若干頬をビクつかせたが、流石は学長にして本部長、取り乱す事はしない。

 冷静な顔付きを出来るだけ崩さぬまま、料理教室の概要を話し始めた。

 

 

「やる内容はシンプルだ。お前が一品メニューを決めて先んじて私に報告。報告後は私の方で食材やら道具、場所を用意する。募集人数は四十名で、お前にもう一人サポートが付く。サポートはお前が自由に選んで構わん。最後に言っておくが男女関係なく募集するので、言い寄られても手はだすなよ?」

 

「分かってますよ。…本当に私がサポートに付く人物を選んで良いんですよね?」

 

「ん? ああ。出来るなら料理がそれなりに出来る奴の方が良いと思うが、お前の任務だからな、お前が決めろ。これに作る品物を書いて提出してくれ、後は頼んだぞ」

 

 

 そう言うと、紗南は通常業務に戻って行った。

 一人残された百合は、ため息を吐きながらも指令室を出る。

 まばらに人が居る廊下を歩きながら、頭の中でサポートに付く人物を選出していく。

 

 

(無難なのは舞衣先輩とか、智恵先輩だけど…)

 

(確か二人は今は自分たちの学園じゃないか?)

 

(そうなんだよね…真希先輩達に頼むのも申し訳ないしなぁ…)

 

(居るじゃない。頼んでもそこまで罪悪感を感じないで、かつ暇な人間が…)

 

 

 頭に思い浮かんだのは小悪魔のような表情をした結芽だった。

 確かに、彼女なら百合も罪悪感なく頼めるし、結芽も結芽で暇を潰せて万々歳となる可能性は高いが……

 残念なことに、結芽の料理スキルはお世辞にも高いとは言えない。

 この前なんて、ホットケーキを作ってくると言って部屋を出て行った結芽が、半泣きで真っ黒焦げになったホットケーキを持ってきたのは記憶に新しい。

 

 

 躊躇する要因は幾つもあったが、結芽と二人の方が百合自身安心出来るので、頼むことを決めた。

 

 

(よし! そうと決まれば早速部屋に…)

 

 

 百合が大きく部屋への一歩を踏み出した瞬間、火災報知器がけたたましく鳴り響いた。

 次いで、アナウンスが流れ始める。

 

 

『給湯室で火災が発生。給湯室で火災が発生。近くに居る職員は至急避難してください』

 

 

 大きく一歩踏み出した足を方向転換し、百合は急いで給湯室に向かう。

 本当に火災が起きたなら、近くに居る職員の避難を誘導しなければいけないし、もし違うのなら……

 

 

 走って一分もしない間に給湯室前に到着したが、一向に煙臭さを感じない。

 大変嫌な予感がしたので、ゆっくりと部屋の扉を開けた。

 そこにはーー

 

 

「あわわわ!! ど、どうしよ…。こんなの真希おねーさんやゆりなんかにバレたら…」

 

 

 慌てながら今後の動きを模索する結芽の姿が…。

 良く良く見ると、フライパンから煙が上がっておりそれの所為で火災報知器が鳴ったのだと確信した。

 …百合は料理教室への不安が増えたがやるしかない。

 刀使への風当たりをどうにかするためにも、どうにかこうにか成功させなければいけないのだ。

 

 

 だが、その前に……

 

 

「結~芽~?」

 

「ひっ!? ゆ、ゆり! …あ、あのね、これは違うのちょっとした事故で…」

 

「私との約束覚えてる?」

 

「……一人で料理はしない。誰かに付いてもらうこと」

 

「よろしい。ちゃんと覚えていながら、この状況は何?」

 

「そ、それは…」

 

 

 言い淀む結芽。

 百合はジワジワと吐息が当たる程の距離まで近付いた。

 そうして、両手で結芽の頬を抑えて顔の位置を固定する。

 

 

「私の目を見て、正直に答えて。本当の事言ってくれたら、一緒に謝りに行ってあげる」

 

「…誰にも言わない?」

 

「言わないよ」

 

「その…えっと…」

 

 

 指先を遊ばせて少し頬を朱に染めながら、結芽は消え入るような声で言った。

 

 

「ホットケーキ」

 

「ホットケーキがどうしたの?」

 

「…作れるようになりたくて」

 

「どうして? 私が何時でも作って上げるのに」

 

「わ…私が、ゆりに作って上げたかったの! だから、皆にバレないように一人で練習しようと思って…」

 

 

「ズキュン!」と音を立てながら、百合のハートが射抜かれた。

 驚きのあまり、頬を両手で固定するのも忘れて、使われなくなった手で顔を隠すように覆った。

 ドキドキと高鳴る心臓は爆発寸前の爆弾のようで、今にも感情が溢れ出しそうだ。

 今すぐにでも抱き着いて、結芽を体で感じたいと言う感情を必死に抑える。

 

 

 数分の時を経て、何とか理性を取り戻した百合はこう言った。

 

 

「結芽…。私と一緒にお料理教室やろっか?」

 

「…………え?」

 

 

 間の抜けた声が給湯室に響く中、外では職員たちが大慌てで避難していた。

 

 -----------

 

 一週間という月日を経て、料理教室は開かれた。

 作るのは……肉じゃが。

 至ってシンプルだが、奥深く作るのも案外難しい。

 結芽を誘ってからの一週間、空いてる時間の全てを使って練習したが、作れるようになったのは最終日だ。

 

 

 だが、作れるようになっただけで上々の結果と言えよう。

 酷い時は手から包丁がすっぽ抜けて、見に来ていた真希の髪が数本宙に散った。

 …あれは忘れられない事件である。

 

 

「本日は料理教室にお越しいただきありがとうございます。今回は私、夢神百合とサポートに燕結芽が付きますので、安心して調理を行ってください」

 

「よろしくね~」

 

『よろしくお願いしまーす!』

 

 

 基本的には女子が多いが、男性もチラホラ見える。

 年齢層も十代後半殆どで、今回参加する最年長の人物でも二十代前半程度だ。

 百合は前にあるホワイトボードを使い、丁寧に料理の工程を説明し、調理の開始を促した。

 各テーブルで調理が始まると、楽しそうな声が響いてくる。

 

 

 掴みは好感触。

 後は、しっかりと完成までこぎつけるかが肝となる。

 百合と結芽は順繰りとテーブルを回りながら、アドバイスをしたり注意をしたりして、誘導していく。

 

 

 しかし、どこにでも遅れる人は出るもので、少しだけ他と遅れているテーブルがあった。

 百合はすぐさまそこに向かい、どうしたのか聞いた。

 何せ、そのテーブルに居た少女たちは包丁を持ったままで、食材を切ろうとしていなかったからだ。

 

 

「そ、その。私達全員、全然料理なんてした事なくて包丁も数得られるくらいしか触ったことないんです…」

 

「任せて下さい。しっかりレクチャーしますから」

 

 

 百合は少女の手にそっと自分の手を重ねてトントンと、心地好い音を立てながら食材を素早く切っていく。

 そのテーブルに居た少女たち全員にそれを行い、何とか食材は切り終わったが、何故か件の少女たちからうっとりとした視線で見られている。

 

 

「あ、あの? どうしましたか?」

 

「い、いえ?! 何でもないです」

 

 

 百合がどうしたのかと聞いた瞬間、少女たちは一瞬で顔が青ざめてブンブンと首を横に振りながら誤魔化した。

 ……少女たちの視線の先に居たのは……勿論結芽だった。

 般若も素足で逃げ出すような恐ろしい形相で、少女たちを見ていた。

 百合が去ったのを確認し、ゆっくりとそのテーブルに近付く。

 

 

 そして、すれ違いざまにこう言った。

 

 

「次、私のゆりに色目使ったら殺す…」

 

『ひゃ、ひゃい!!』

 

 

 心臓を凍てつかせるほどの、冷たい声だったと後に少女たちは語った。

 

 

 その後は、何とか無事に料理教室を終わらせることに成功した。

 作った肉じゃがが失敗したテーブルは一つもなく、皆それぞれが笑顔で帰って行った。

 

 -----------

 

 その日の夜。

 

 

「ゆり?」

 

「何? どうかしたの?」

 

「今日の料理教室でさ、女の子たちに包丁の使い方教えてたよね?」

 

「? それがどうしたの?」

 

「あれ、やるの辞めて。ゆりが触っていいのは私が認めた人の体だけなんだから!」

 

 

 突然意味不明なことを言う結芽に対し、百合は呆然としながらもコクリと頷いた。

 それを見た結芽は、急に機嫌が良くなったのか鼻歌交じりにスマホを弄り出した。

 

 

(…偶に、結芽が何言ってるか分からないんだよね)

 

(……はぁ、百合には一生分からないわよ)

 

(えっ? それってどういう事? ねぇ、ねぇってば!)

 

 

 ……夢神百合は鈍感である。




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After11「猫好きだけど、犬も好き(特に忠犬)」

 滑り込みセーフ!
 本日、二万UAを突破しました。
 記念に何かやりたいのですが、何かやって欲しいことってあるでしょうか?

 因みに、五十話記念では、本編各話の解説(色々)をしたいと思っております。


 十月上旬のある日、百合はいつも通り朝から道場にて鍛錬に励んでいた。

 素振り、型の通しの順でやり始めて一時間が経とうとした頃、道場に真希が入って来た。

 それに気付いた百合は振り返り、真希に挨拶をする。

 

 

「おはようございます。真希先輩」

 

「ああ、おはよう。ゆ……り?」

 

「どうしたんですか? そんな、子供が描いた落描きみたいな顔して」

 

 

 真希の顔はへのへのもへじと同等かそれ以上の可笑しなものになっている。

 保育園児でも、もう少しまともな顔に出来ると言うレベルで酷い。

 流石に可笑しさを感じた百合は、自分の格好を確認した。

 今朝は眠かったので、あまりしっかりと確認していなかったが、自分に何かしらの原因があるのは間違いない。

 

 

 先ずは寝癖のチェック、頭の上まで手をやり髪の毛をぺたぺたと触る。

 特段変化は無いように思えたが……一つ可笑しな部分があった。

 柔らかいが、しっかりとした手触りと感触がある。

 まるで、()()()()()()()

 

 

「ん?」

 

 

 二、三度触り直すが、確かに犬の耳擬きが自分の頭にある事が分かる。

 何せ、普段の髪の毛には無いであろう、暖かさがあるからだ。

 

 

「んんんー?!」

 

 

 慌てて臀部の方に手を回し、少しづつ確認していく。

 ある筈がない、ある筈がない。

 そう自分に言い聞かせながら、プルプルとした手で確認を進める。

 ワサ、と人体の構造上有り得ない所から不思議な音が出る。

 恐る恐る首を後ろにやると……

 

 

「し、し、し、尻尾ーー!!」

 

 

 異常事態や非常事態に慣れている百合でさえも、脳の処理が限界に達したのか、ゆっくりと後ろに倒れた。

 意識が埒外にあった真希も、百合の危機には気が付いたのか倒れる彼女をギリギリの所で支えた。

 

 

「……一体、何があればこんな事に」

 

 

 自分一人の力ではどうにも出来ないと判断した真希は、兎も角百合の体を調べられるであろう、研究所兼病院に向かって百合を抱えて走り出した。

 

 

 ……興味本位で少しだけ百合の頭に生えた耳を触ったのは秘密だ。

 

 -----------

 

 一通りの検査を終えて、ようやく百合が目を覚ました。

 検査の結果を一言で表すなら……不明(よく分からなかった)だ。

 仮説は立てられたのだが、仮説が仮説の域に達していない。

 妄言と言っても過言ではないものらしい。

 因みに、百合が寝ている間に結芽や特別遊撃隊のメンバーは全員集合していた。

 

 

「ゆり、大丈夫?」

 

「全然。何ともないよ」

 

「…ねねみたい」

 

「沙耶香の言う通りだな。流石に耳の形や尻尾の形は違うけどな…」

 

「そんな事はどうでもいいですわ。…問題はこの症状が治るかどうか」

 

「そうだね。ボクもそれが気になる所だよ」

 

「検査に参加した人の殆どが、分からないと匙を投げていました。しばらくはこの状態が続くことを覚悟した方がいいかもしれません」

 

 

 それぞれが思ったことを言い合う雰囲気は、和やかなものではあるが少し暗い。

 結芽は興味半分と善意半分で、雰囲気を変えるためにある行動に出た。

 一瞬、小悪魔のような表情が見えたが決して見間違いではないだろう。

 

 

「ねぇ、ゆり?」

 

「な、何?」

 

「はい、お手」

 

「ワン!」

 

 

 結芽が出した掌に百合は自分の拳を置いて、大きな声で『ワン』と鳴いた。

 しかも、その時の顔は輝く程の笑顔だ。

 周りに居る誰もが、その行動に驚いた。

 百合なんて、みるみるうちに顔を赤くして、最終的に湯気が出始める。

 

 

「あ、あぁぁぁぁぁぁーー!!」

 

「ぷっ、ははははは! ゆりってば超可愛い! 最っ高!」

 

 

 起こしていた体を再度倒し、先程まで寝ていたベットで羞恥心から転がり回る。

 無意識だった、勝手に体が反応していた。

 そうするのが当たり前なのように、結芽のお手に応えた。

 応えたことは別にいい、犬っぽさが増している今ならしょうがないと割り切れる。

 

 

 だが、問題はそこじゃない、そこじゃないのだ。

 問題は、皆が見ている所でやってしまった事なのである。

 特別遊撃隊のメンバーは色々と察したようで、そそくさと部屋を出た。

 その後、羞恥に悶える百合をおんぶしながな結芽も自室に戻って行った。

 

 -----------

 

 自室に戻ったあと、百合はベットで枕に顔を埋めている。

 余程恥ずかしかったのか、結芽とも顔を合わせようとしない。

 恥ずかしい所は色々と見られたと思っていたが、あれは経験の無いものだった。

 いや、本来なら経験のしようがないものだった。

 

 

 結芽が声を掛けてきているが、顔を枕から離そうとはしない。

 

 

「ゆり~。もう許してってば、プレゼントあげるからさ~?」

 

 

 結芽の『プレゼントあげる』と言う言葉に、百合は反応を示した。

 尻尾を可愛らしく振りだして、耳をぴくぴくさせている。

 この仕草を見て、結芽は好機だと悟った。

 そこで、捲し立てるように言葉を続ける。

 

 

()()百合に、すっごく似合うやつなんだけどな~」

 

「うぅ、ぐぅ」

 

「これつけたら、ゆり可愛いだろうな~」

 

「ず、ズルい!!」

 

 

 百合は結局、結芽の言葉に抗うことが出来ず、枕から顔を離した。

 顔を上げたら、結芽の声が聞こえた方を向く。

 そこには、目をキラキラと輝かせた結芽が、可愛らしい()()を持っていた。

 

 

「ゆ、結芽。それ、チョーカーじゃないよね?」

 

「もっちろん! だって、()()百合に似合うやつって言ったじゃん」

 

 

 ジリジリと、結芽は距離を詰めてくる。

 百合はベットの上で逃げられる場所がない。

 逃げようと藻掻くが、結芽に壁まで追い詰められてしまう。

 

 

「ま、待ってよ。話し合おーー」

 

「問答無用!」

 

 

 五分後。

 飛び掛った結芽に、無理やり首輪を着けさせられたのは言うまでもない。

 涙目になりながらも、百合は恨みが増しい視線を結芽に送る。

 そんな視線に気付かない結芽ではない。

 ニッカリと笑い、百合に近づく。

 

 

「ゆり~。自分の立場分かってる? 今のゆりは私のペットで、ご主人様は私なんだよ?」

 

「……私、ペットじゃないもん」

 

「はぁぁ~。しょうがないなぁ。…物分りの悪いペットには、体に教え込ませなきゃね」

 

 

 またしても、ジリジリと近づく結芽。

 だが、百合は動こうとしない。

 自分が抵抗する姿が、結芽を焚き付けると理解したからだ。

 …けれど、百合は失念していた。

 結芽は、一切の抵抗を示さない相手に容赦がないことを……

 

 

 真正面に辿り着いた結芽は、顎に手を優しく当てて顔を動かす。

 キスがし易い角度を探しているのかもしれない。

 十数秒ほどが経つと、顔を動かす手を止めてゆっくりと顔を近づけていく。

 

 

(…やっぱり、綺麗)

 

 

 初めて会ったあの頃と変わらない。

 強いて変わったことろを上げるなら、少し意地が悪くなったところだろう。

 重なる唇。

 結芽は一切の抵抗をしない百合の口内に自分の舌を侵入させ、彼女の舌で遊んだり、悪戯に犯し尽くす。

 

 

 一分と言う短い時間の中で、二人は自分たちの世界に入り込んだ。

 百合は瞳を蕩けさせ、うっとりとした視線で結芽の唇を見つめた。

 唇と唇の間で、すっーと糸が繋がっている。

 結芽も結芽で、獰猛な笑みで百合を見つめた。

 

 

 一瞬前までの事など、二人にとっては指して意味の無いことに成り下がる。

 我慢など出来ず、ブレーキなど使える筈もない。

 もう一度、唇を重ねようとした瞬間。

 唐突にドアが開き、ウザ喧しい声と共に二人の少女が現れた。

 

 

 一人は女の子を愛して止まない山城由依。

 準性犯罪者予備軍の噂が、出ているとか出ていないとか。

 もう一人は、オシャレ少女の六角清香。

 最近、好きな人が出来たとか出来ていないとか。

 

 

「結芽ちゃーん! 百合ちゃんにケモ耳と尻尾が生えたって言うから見に来た……よ?」

 

「由依ちゃん! ノックして入らなきゃダメ……だ…よ?」

 

 

 見・ら・れ・た。

 言い訳など出来るわけないほど、ハッキリと見られてしまった。

 百合は羞恥心が限界を天元突破し、即気絶。

 結芽は何ともないが、百合とのお楽しみを邪魔されたことにキレ散らかした。

 

 

 この日、一番の被害を被ったのは百合ではなく……清香だったらしい。




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終焉編
記念幕間「何でもない日、それは最高の日」


 日常が壊れる前の、優しい物語。

 お気に入り百五十人記念の物語です。(みにゆりつばなし)


 その日は、特別なにかがある訳ではなかった。

 いつも通り、朝の稽古をして、二人で朝食を食べて、自室で書類仕事をする。

 百合と結芽にとって、ルーティーンにもなりつつある普段通りの日常。

 

 

 もしも、なにか違う事があるなら、それはーー

 

 

「ゆ〜り〜」

 

「…結芽、離れてくれない? 作業できない」

 

 

 二人の距離がいつもより近い事だろう。

 新年が明けて数日が経った。

 ゆっくりとした年明けを過ごしたい所だが、彼女たちは国家公務員…刀使である。

 休みなんてあってないようなものだ。

 

 

 先日も、新年早々、参拝客が集まる神社に荒魂が出現し、二人は即出撃命令が下った。

 お陰でまともな新年の祝いさえ出来てないが、刀使になった以上はしょうがない事だと、二人は割り切っている。

 ……だが、二人で過ごせる時間が短くなるのを割り切るのは、流石に無理だった。

 

 

「ひ〜ま〜! 遊ぼーよー!」

 

「私は暇じゃないの。なんなら、結芽が報告書書く?」

 

「ぐぬぬぬ。じゃあいいよぉ。このまま引っ付いてるから」

 

「それはそれで……」

 

 

 多少の苦笑いを浮かべながらも、百合は強く拒まない。

 それ所か、少し耳を赤くしているところを見ると、傍に居てくれるのが嬉しいのだろう。

 長い髪で隠そうとしているが、結芽にはバレバレだ。

 イタズラっ子な笑みをすんでのところで隠している。

 

 

(お仕事邪魔したら怒るよね? うーん……そうだ!!)

 

 

 結芽は何か思い付いたのか、口を開こうとした瞬間、聞きなれた放送が聞こえた。

 

 

『付近に荒魂の出現を確認。対応可能な刀使は、至急出動して下さい。繰り返します、付近に荒魂の出現を確認。対応可能な刀使はーー』

 

「……はぁ。結芽、行くよ」

 

「はいはーい」

 

 

 言いたい事が言えなかった所為で機嫌が悪くなったのか、結芽は頬を少し膨らませ、ムスッとした表情で百合にそう返した。

 百合も百合で、結芽との時間を邪魔されて不機嫌なのか、ため息を吐いてからの言葉だった。

 

 

 ……二人は親しい人以外にバレてないし報告もしてないが、周囲にはそのバカップルのような雰囲気でモロバレである。

 

 

 御刀を持って、部屋を出る。

 今日も今日とて、刀使であり巫女である彼女たちは荒魂を浄め祓う。

 

 -----------

 

 二人が駆け付けた頃には、荒魂の半数は片付いていた。

 結芽は先程までの事もあり、面白くなさそうな顔で御刀を抜き写シを張る。

 百合は先程までとは打って変わって、真剣な表情で御刀を抜き写シを張る。

 

 

 見知った顔が居ない事を確認すると、百合はいつもと変わらず、敵の攻撃を受けてから斬る、カウンター戦術で少しづつ荒魂を減らしていく。

 受けて斬って、受けて斬って、受けて斬って、その繰り返し。

 あまり大型の個体は居ないので、冷静に荒魂を祓っていく。

 

 

「……コロス」

 

「スルガ型……ですか。喋る個体は珍しいと聞いていたんですけど」

 

 

 並の刀使じゃ太刀打ち出来ない。

 タイマンでやるなら、少なくとも伍箇伝トップクラスの実力かS装備が必要だ。

 ……無論、百合には関係の無い話だが。

 

 

 何せーー相手をする前から、勝負は着いている。

 この場に、彼女たち二人が揃っている時点で。

 

 

「協力プレイでもするー?」

 

「良いね。さっさと終わらせて……これの報告書も書かないと」

 

「ガンバレー」

 

 

 結芽の棒読みな声援が始まりの合図となり、スルガ型との戦いが始まる。

 スルガ型が使うのは赤羽刀。

 現状御刀を新たに製造する事はできないため、この赤羽刀を再生する形で製造されている。

 錆びてしまった御刀の様な存在だ。

 

 

 スルガ型はそれを使い、百合と結芽に接近するが……遅い。

 他の刀使には早く見えても、二人にとっては遅い。

 それは、彼女たちの実力の問題であり、迫りくる横薙の一閃を二人は悠々と回避する。

 

 

 回避したら、結芽は右から、百合は左から同時に袈裟斬りを仕掛けた。

 

 

「せやぁ!!」

 

「はぁ!!」

 

「ーーっ!?」

 

 

 迅移で近付いてからの袈裟斬りだった為、スルガ型は躱すことが出来ず、ノロで構成された体が切り裂かれる。

 苦悶の声を上げることはなく、速さに驚いた瞬間には荒魂として死に、祓われていた。

 

 

 燕の剣は速く、洗練された技で。

 百合の剣も速く、極められた技で。

 

 

 スルガ型には、驚く以外何も出来なかった。

 そんなスルガ型に、百合は一言、弔うように呟く。

 

 

「……ごめんなさい」

 

 

 救えなかった事への謝罪。

 祓うことしか出来ない事への謝罪。

 大切な人さえも憎ませてしまった事への謝罪。

 

 

 荒魂に飲まれるという事は、憎しみに飲まれるという事。

 それが分かっているからこその、謝罪だった。

 

 

「……ほら、行くよ。ゆり」

 

「うん、分かった」

 

 

 スルガ型だったノロの処理を、回収班に任せて帰還する。

 ……少しだけ、少女の心が淀んだ。

 

 -----------

 

 自室に戻ってからは、本当に何も無かった。

 報告書と諸々の頼まれていた資料を纏め、提出したあとはお仕事終了と言われて暇になり、百合は結芽とゲームをして過ごした。

 

 

 本当に、特に何もない一日だった。

 普段通り、いつも通り、日常、そんな言葉が当てはまる日だった。

 

 

 恐らく、傍から見たら非日常なのだろうか。

 中学生そこらの少女が業務に追われ、化け物と戦う。

 非現実的だ、けれど、彼女たち刀使が居なければ、一体どれ程の人間が犠牲になるのか? 

 

 

 計り知れない数になるのは間違いないだろう。

 酷い地区では、多い日に二桁の出撃も珍しくはない。

 

 

 百合や結芽ーー刀使たちの日常を不幸だと思うか、幸福だと思うか。

 それを決めるのは当事者だ。

 傍観者ではない。

 

 

 少女たちは一日を懸命に生きている、楽しく生きている。

 明日、終わるかもしれない人生に悔いがないように。

 

 

 二人だってそうだ。

 

 

「……ねぇ、結芽?」

 

「どしたのー?」

 

「あの、やっぱり今日も一緒に寝ない?」

 

「…別にいいけど。別々で寝よーって言ったのゆりだよね?」

 

「…………だって、最近はずっと一緒に寝てたから。なんだか、その、落ち着かなくて…」

 

 

 寂しいと言えない。

 しかし、やりたい事は言えている。

 お互いが好きだから、一緒に居た方が嬉しいから。

 だから、やりたい事はしっかりと伝える。

 

 

 内に秘めた想いを伝えるかは……自由だろう。

 

 

「ふふっ、そっかぁ。…ほら、降りてきなよ」

 

「…ありがと」

 

 

 百合はゆっくりと小さい梯子を降り、結芽のベットに潜り込む。

 隣に感じる温かな存在からは、仄かに甘い香りが漂ってくる。

 結芽が隣に居てくれるだけで、安心感と愛おしい感情で満ちてくる。

 彼女の胸に顔を埋めるように、百合は優しく抱きついた。

 

 

 トクントクンと規則的に聞こえる心臓の音が、近付いたことでより甘く感じる香りが、百合の心を満たしていく。

 

 

「……………………」

 

「大丈夫。大丈夫だよ」

 

 

 背中を優しくポンポンと叩き、空いた手で頭を優しく撫でる。

 いつもそうしてくれるから、私もそうする。

 そう言わんとばかりに、結芽は愛情の籠った瞳で百合を見ながら撫で続けた。

 

 

 何でもない日が、本当に大切だと感じるのは、これから少ししてからだった。




 次回もお楽しみに!

 誤字脱字などがありましたらご報告お願いします!

 感想もお待ちしております!

 新連載始めました(二作品)
 百合https://syosetu.org/novel/210919/

 マギレコhttps://syosetu.org/novel/206598/


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壱話「百合散る報せを燕は聞いた」

 終焉編、開始!!!


 新年も明けて、二週間が経ったある日。

 任務のなかった百合は自室で一人、イスに座り、膝にブランケットを掛けてマフラーを編んでいた。

 素材から道具まで全て自分で買いに行った事で、一つ作るのに値段の桁が少しズレてしまったが問題はないだろう。

 大切な結芽に贈る物は、最大級の愛を込めるべきだと百合は思っていたからだ。

 

 

 久しぶりにできた一人の時間を有効活用し、今日も今日とて愛を編む。

 寒冷の波が最高点に達したこの季節。

 マフラーの一つがあるだけでも全く違う。

 しかも、手編みのマフラーなら尚更だ。

 少々値は張ってしまったが、結芽の動きでも解れず破れにくい素材を買った。

 

 

「ふっふっふっ〜、ふんふんふん〜」

 

 

 微笑に鼻歌混じりでマフラーを編む姿は、国宝級の芸術品のような美しさがある。

 故に、今日一日。

 彼女の部屋には、誰一人としてやって来ていなかった。

 何時もなら任務のない特別遊撃隊のメンバーか、可奈美たちが来ている所だが、お生憎様なことに全員任務の遂行中。

 

 

 百合の身近な友人たちでフリーな者は一人も居ない。

 ……いや、沙耶香はフリーだが、呼び出しが掛かってから連絡がないのだ。

 遊びに行くかも、と聞いていた彼女も少し寂しさは感じたが、任務ならしょうがないと割り切っている。

 

 

「…………みんな、今頃どうしてるのかな?」

 

 

 それぞれが別々の任務をこなす中、百合は一人自室に籠って愛を編む。

 大切な想い人が帰ってくるのを、今か今かと待ちわびながら……

 

 -----------

 

 編み始めてから何時間経っただろうか? 

 ぼーっとそんな事を考えるも、動かす手は止めない。

 マフラーを編むこと自体は、一週間ほど前からコソコソやっていたが、今日はどれくらいやっていたのか少し気になった。

 朝の九時から始めて、今の時間はーー

 

 

「…十四時を少し過ぎたあたり…か。ちょっと、休憩しようかな?」

 

 

 机の上に道具と作りかけのマフラーを置き、イスを立つ。

 そのまま、トコトコとドアの前まで歩き、外に出ようとした瞬間……

 

 

『特別遊撃隊副隊長・夢神百合。至急、指令室までお越しください。繰り返します。特別遊撃隊副隊長・夢神百合。至急、指令室までお越しください』

 

 

 ……妙な胸騒ぎがした。

 行ってはいけないと、脳が警報をうるさく鳴らしている。

 けれど、百合は刀使。

 指名して呼ばれるなんて、緊急事態以外ありえない。

 

 

 急いでドアを開けて、指令室まで走り出した。

 普段なら、廊下を走るなと注意する側の百合も、今回ばかりは見逃して欲しいと心から願う。

 顔見知りの人に会釈する時間も惜しいくらい、百合は急いでいた。

 

 

 指令室に着くと、一も二もなく重いドアを開けて中に入る。

 中は慌ただしく職員の人たちが動き回っており、紗南も声を張り上げて指揮を執っていた。

 空気が違う。

 よくよく指令室に入る百合だからこそ分かる。

 何時もの落ち着いて冷静な雰囲気が欠片もない。

 

 

「真庭本部長? 一体これは……」

 

「百合!? 良く来てくれた! 休みの所悪いが、緊急の任務が入ってな。それをお前に任せたい」

 

「構いませんけど。任務の内容は?」

 

「…近頃、刀使の失踪が噂されているのを聞いた事があるな?」

 

「確か、綾小路の方ですよね? 京都寄りの」

 

 

 刀使失踪の噂。

 最近はある地域での急激な荒魂の出現率低下と合わせて、問題となっている。

 荒魂の出現率低下地域も、刀使失踪の噂が出ている場所と同じく京都付近。

 

 

 どちらも謎に包まれている部分が多く、迂闊に手を出す事が出来なかった。

 ミイラ取りがミイラになる…なんて事が起きれば、たちまち世間は刀剣類管理局を叩きにくるだろう。

 ようやく落ち着きを取り戻してきた所なのだ、下手な手を打てばまた信用の取り直しに時間を割く羽目になる。

 

 

「何か分かったんですか? 確か、そこは荒魂の出現率低下地域でもありましたよね? ……もしかして、関係性が分かったんですか!?」

 

「いや残念だが、まだそこまではいけていない。だが……これだけは分かった。刀使の失踪には、ある組織が関与している」

 

「ある…組織?」

 

「舞草と並び、刀剣類管理局の裏で隠れて動いていた組織だ。元々は舞草と同じ目的と思想を持って動いていたが……去年起きたタギツヒメの一件以来、目的も思想もリーダーも替えて動いている」

 

 

 顔を顰めて言う紗南の様子から、彼らが掲げる目的や思想が真っ当なものではないと、百合は察する。

 そして、その組織に捕まったかもしれない刀使や、討伐された荒魂。

 外道な事をされていても、可笑しくはない。

 百合は拳を強く握り締めた。

 

 

 綾小路武芸学舎には、百合の旧友が居る。

 離れていても結んだ縁は確かにあるのだ。

 ……もし、縁を結んだ友人たちが外道な事をされていたなら、助けなければいけない。

 一友人として、一仲間として。

 そして、最後に荒魂たちも……

 

 

「……目的や思想だけで言えば、奴らはイチキシマヒメと似ている。だが、タギツヒメとほぼ同じやり方で、同士を増やしている」

 

「冥加刀使の量産…ですか」

 

「そうだ。ヘリは手配してあるし、場所も大体は特定した。あとは足での捜査だ。……糸見は既にヘリポートで待機している」

 

「了解しました! その任務、全力で遂行します」

 

「くれぐれも気を付けてな」

 

 

 その言葉を最後に、百合は一礼して去っていく。

 結芽がこの場に居たなら、間違いなく百合を止めていただろう。

 何故なら…彼女も百合と同じく、離れた場所で胸騒ぎを感じていたからだ。

 

 -----------

 

 ヘリで現場に向かったのは良いが、着いた時刻は夕暮れ時。

 特定された場所は、嵐山の山間部中腹。

 大雑把ではあるが、情報が全くないよりはマシだ。

 ヘリから落ちるように降りた百合と沙耶香は、周囲の警戒をしながら山間部の獣道を進む。

 

 

「百合……。ここ、何だか嫌な感じ」

 

「私も、沙耶香ちゃんと同じだよ。変な寒気がする。ただ寒いって言うのとは違う……不気味な感じ」

 

 

 荒魂の気配は百合でも確認できない。

 もっと奥に居る可能性が高いのだろう。

 二人は御刀にすぐ抜刀できる準備をしながら、捜査を進める。

 十分……いや二十分ほど経っただろうか、一向に荒魂の気配がない事に、百合は違和感を感じ始める。

 

 

(……クロユリ、反応はないよね?)

 

(ええ。…恐ろしいくらい静かよ。誘い込まれてるみたい)

 

(……まさか!?)

 

 

 クロユリとの会話で何か気付いたのか、百合は周囲を良く確認する。

 すると、生い茂った周囲の木が、上空を完全に隠しきってることが分かった。

 胸のざわつきが最高潮にまで達し、動悸が早くなる。

 来る。

 ナニカは分からないが、得体の知れないナニカが来ている。

 

 

「百合。……ナニカ、来てる?!」

 

「……沙耶香ちゃん。御刀を抜いて。相手が誰であろうと油断しちゃダメ」

 

「ん…」

 

 

 小さく頷いた沙耶香は御刀を抜き写シを張る。

 チラリとそれを見やった百合も、二振りの御刀、宗三左文字と篭手切江を抜いて写シを張る。

 警戒心をMAXまで引き上げた二人は、何時でも戦闘態勢に入れるように腰を低めに落としていた。

 

 

 足を止めてから約数分。

 気に止まる小鳥の鳴き声以外聞こえなかったその場に、葉と枝を踏む音が複数届いてくる。

 

 

(…一…二…三…四…五…六…七…七人)

 

(気を付けなさい。全員、体にノロを入れてるは……しかもあの時の冥加刀使より多く)

 

「…沙耶香ちゃん。気を付けて、多分全員冥加刀使だよ」

 

「今後の行動は?」

 

「倒して、情報を貰う。その一択かな。闇雲に探してたら、この襲撃を何回も喰らう事になっちゃう。あんまり、同じ刀使は斬りたくないし……」

 

 

 罪悪感が含まれた声は、少し震えているのが沙耶香でも分かった。

 彼女は、一層御刀を強く握り締める。

 友人が、これ以上苦しまなくて良いように。

 

 

 早い段階で、敵を片付ける。

 決意は一種の誓となり、迫り来る敵を視認し睨みつけた。

 

 

「御足労感謝します。夢神百合に糸見沙耶香。ようこそ、私たち黒桜(こくさ)の隠れ家に。……私のことは薔薇(ばら)とでもお呼びください」

 

 

 そう言ったのは、優に百七十を超える長身の刀使。

 十代後半ほどだろうか、漆黒の髪は適当な長さで腰の辺りに揃えられており、朱殷(しゅあん)の瞳が百合たちを見据えている。

 体付きも、程よく鍛えられていることが分かる。

 

 

 ……加えて、彼女たちはS装備を纏っていた。

 ただのS装備ではない……珠鋼搭載型S装備。

 沖縄での実験以来開発を凍結されていた筈の代物を纏っているのだ。

 しかも、七人全員が……

 

 

「珠鋼搭載型S装備…ですか。聞くことは多そうですね」

 

「あら、これを知っていらっしゃるのですか? だったら、大人しく降伏しませんか? 真っ当にやり合って勝てる勝算はありませんよ?」

 

「…簡単に負ける気はない」

 

 

 無念無想を発動した状態の沙耶香が、近くに居る冥加刀使に突っ込んだのを皮切りに戦いが始まる。

 百合もリーダー格らしき冥加刀使に迅移で接近し、宗三左文字を振り下ろした。

 しかし、彼女は構えぬまま、自動発動した金剛身で身を守り、カウンターの薙ぎ払いを返してくる。

 

 

 龍眼による未来視で体を背けて避けるが、他にも居る冥加刀使が体制をズラしている百合を見逃す筈ない。

 三人同時に迅移で接近し斬りかかった。

 幾ら二刀流とも言えど、三箇所からの同時攻撃を、体制をズラしたまま凌ぐのは至難の業だ。

 

 

 だが、百合はそんなの苦ともせず、ノールックで放った後ろ回し蹴りで後方から来る一人を吹き飛ばし、正面左右から来る二人の振り下ろしをギリギリの所で受け流す。

 その後も、受け流されただけの二人は攻撃を続ける為に、切り上げる。

 

 

 けれど、連続攻撃を易々と受けるほど甘くはない百合は、二人より早い神速の切り上げで、写シを斬り裂いた。

 写シを外された冥加刀使は、意識を失いかけているのか、地面に膝の手を着いたまま動こうとしない。

 蹴りを喰らった冥加刀使も、大木に打ちどころ悪く頭をぶつけたのか意識を失っている。

 

 

 確かに彼女達の珠鋼搭載型S装備は五段階の金剛身を発動したが、百合も五段階の八幡力を発動していたので相殺されてしまったのだ。

 

 

 残るは……

 

 

「残ったのはあなただけですね…」

 

「それはどうでしょうか?」

 

「……っ!?」

 

 

 いきなりどこからが放たれた注射器は、百合が一瞬前まで居た地面に突き刺さる。

 突き刺さった後は、自動的に中のナニカが注入されてーー荒魂が出現した。

 

 

「ヴァァァァウ!!」

 

「ちっ! 沙耶香ちゃん、冥加刀使の相手は後回し! 今はこの荒魂を……」

 

 

 自分と数メートル離れて戦っていた沙耶香を見やると、そこには……

 写シを剥がされて地に伏せる沙耶香の姿が。

 助けようにも、目の前の荒魂は熊型の巨大荒魂。

 目を離そうものなら、一撃でやられるだろう。

 かと言って、沙耶香を放置している訳にもいかない。

 

 

 倒れた彼女の近くに居る冥加刀使は二人。

 一人は何とか倒せたらしいが、二人同時に倒すことは不可能だったらしい。

 

 

(…流石に、五段階の八幡力と金剛身が使える相手を二人は難しいよね。……一人は何とか速さで倒せたって感じかな)

 

(あなたや結芽、可奈美のような才能の塊はこの世にそんなに居ないわよ)

 

(ごめんなさいクロユリ。あなたの力借りるよ!)

 

 

 大荒魂の力を解放し、白と黒にオレンジが合わさった姿に変化した百合は両の瞳に違う輝きを宿すと、四段階迅移で移動し沙耶香を確保。

 ついでと言わんばかりに、熊型の大型荒魂を斬り倒し、離脱しようと試みた……が、何者かに行く手を阻まれた。

 

 

「…また、あなたですか」

 

「悪いけど、その力貰うわよ?」

 

「お生憎様。この力を譲渡する気は毛頭ありません」

 

「あらあら、誰も譲って下さいなんて頼みませんよ。ねぇ、皆さん?」

 

 

 彼女ーー薔薇がそう言うと、あらゆる方向から注射器が飛んできた。

 普段の百合なら避けられただろうが、今の彼女は沙耶香を担いでいる身。

 ノロが入っているであろう注射器など放たれたら、第一に自分の身より沙耶香の身を案じて行動を起こす。

 全神経を集中させ、沙耶香に当たる注射器と自分に当たる注射器を叩き壊していく。

 

 

 だがしかし、完璧に壊しきれる筈はなく、三本の注射器が荒魂化した百合の体に刺さり、自動的にノロが注射されている。

 

 

「ヴゥゥゥゥウ!! ア゙ァァァァァア!!」

 

 

 血が沸騰するように熱さを増し、体中を駆け巡る。

 灼熱の炎に焼かれるような痛みが、百合を襲う。

 そして、ノロの注入により、彼女の中にいたクロユリの穢れの度合いが高くなり、異形化が始まる。

 

 

 ……薔薇はこれこそを狙っていた。

 表面的に、クロユリが現れるのを。

 御刀を構えた薔薇は、皮を剥ぐような剣捌きで百合の半分である大荒魂(クロユリ)を削り取った。

 

 

 刹那、百合の体は人間として普通の状態に戻り、焼くような痛みも治まったが、急速に体が冷え始める。

 凍えるような寒さだ。

 まるで、体中の細胞が死滅していくかのような。

 

 

「ありがとうございます。夢神百合。あなたのお陰で、私たちの目的に一歩近づいた」

 

「クロユリの力で……何…を」

 

「決まっています。新世界の創造ですよ!! 荒魂と人間の融合、それが起こることによって、人間は新たなレベルに進むことができる。…誰も、荒魂によって死ぬ事は無くなる。最高の世界じゃないですか!!」

 

 

 狂ったように笑う薔薇。

 その笑い声を最後に、百合の意識は深く…深く堕ちてった。

 

 -----------

 

 任務を終えた結芽は、いつも通り百合が待つ自室に戻る最中だった。

 先日の夜からの任務、お陰で丸一日ほど百合に会えなかったのだ。

 ウキウキとスキップしながら自室に向かうのも無理ないだろう。

 だが、結芽の待つ至福の時は、その日訪れなかった。

 

 

 自室のドアを開けて中に入ると、真っ暗だったのだ。

 もう、電気を付けてないと何も見えない時間だろうに。

 頭に疑問符を浮かべながらも、結芽は部屋の奥に進んで行く。

 すると、百合が編んでいたであろうマフラーを見つけた。

 綺麗な桜色で、桜の刺繍まで入れられている。

 

 

 ほぼ完成品に近いのだろう、今すぐにでも使いたい衝動を抑えながら部屋を見渡す。

 電気をつけて見易くしたが、百合は見当たらない。

 

 

「おっかしいなぁ〜。今日帰るって、言ってたのに……。もしかして、お風呂かな?」

 

 

 あらゆる可能性を考えようとベットに腰掛けた瞬間、スマホが軽快な音を鳴らして電話がきたことを報せる。

 ……電話の相手は結月だ。

 

 

『もっしもーし。どうしたの、相楽学長〜?』

 

『結芽。落ち着いて聞いてくれ……』

 

『いきなり何? 何かあったの?』

 

『実はな……』

 

 

 電話越しでも分かる、結月の少し震えた声。

 昼過ぎにも感じた胸騒ぎに近いが、それ以上のものにも感じた。

 とてつもなく、嫌な予感がする。

 聞かない方が、良いかもしれない。

 

 

 だが、電話越しの結月に結芽の思いが通じる訳はなく、結月は重い口を開くかの如くゆっくりと言った。

 

 

『百合が倒れた』

 

『……えっ?』

 

 

 スマホを持つ手から急に力が抜けて、ブラりと垂れた。

 続いていた平穏は、続いていた幸せな時間は、その日に砕けちてしまった。

 




 みにゆりつば「○○しないと出られない部屋」

 朝、目が覚めたら、二人は見知らぬ部屋にいた。
 ドアは二つしか見当たらず、他に出口はない事が一目で分かるような部屋だ。
 しかも、その内の一つは御手洗。
 ベットが一つに、冷蔵庫が一つ。
 キッチンも有り、冷蔵庫の中の食料を使えば一週間は持つレベルだ。


「ここ、何処だろうね?」

「さぁ、何処かなんて分かんないよ。それより、スマホが圏外で、イチゴ大福ネコの冒険が出来ないんですけど〜!!」


 閉じ込められたことより、ゲームが出来ない方が怒るとは……
 何とも結芽らしい、と思いつつも百合は必死に出る方法を探す。
 ……十分程探すと、出口らしきドアの上に小さく文字が書いてあった。


『尊さをオーバーフローさせれば開きます』

「と、尊さをオーバーフローって何?」

「ん〜? すっごく可愛いって事じゃない? それか癒される〜とか?」


 二人であーでもないこーでもないと話していると、ベットの上にナニカが落ちた。
 話していてもそれくらいは気付くので、百合と結芽は警戒しながらも落ちたナニカに近付く。


 ……落ちてきたナニカとは? 


「バニーガールの衣装? ……しかも、一着分だけ」

「しっかりウサ耳カチューシャもあるし、尻尾も服にくっ付いてるタイプだね〜。……ゆり?」


 目を怪しく光らせた結芽は、カチューシャとバニー服を持ってゆっくり歩み寄る。
 …百合は覚えていた。
 犬耳が生えた時、結芽に首輪を(無理矢理)付けさせられたことを。


「ゆりも私も寂しがり屋だし、どっちもウサギで間違いはないけど〜。ゆりは飼ってもらう側、だよね〜」

「ゆ、結芽、ちょっと待ってよ。ジャンケン、ジャンケンで決めよう!!」

「だーめっ」


 小悪魔のように魅惑的な笑顔と、肉食動物のような獰猛な瞳で百合に迫る結芽。
 数分も掛からずに、制服を剥かれてバニーガールに変身していた。
 網網タイツに、体のラインがピッタリでるバニー服、最後にウサ耳カチューシャで完成。


 可愛い可愛い、百合ウサギだ。


「ゆりは、今。私が飼ってるウサギちゃんだよね? だったらさぁ、私の言う事。ちゃーんと聞けるよね?」

「は、はいっ!」

「へぇ〜、ゆりの中でウサギの鳴き声はそれなんだ〜。ふ〜ん。出来ないなら、私が鳴かせてあげようか?」


 身長差があるにも関わらず、百合は力なくベットに押し倒される。
 紅潮した頬、荒い吐息、潤んだ瞳。
 それでも逃げようとしないのは、真に結芽が好きだからこそ…だろう。
 二人を遮るものは何もなく、一度目の口付けを行う。


 一度目は触れるだけ、二度目は少し長く、三度目は少し舌を入れる。
 焦らしながら、百合からの言葉を誘う。


「……ゆり? もっと、もーっと凄いキス…したくない?」

「………………」


 何も言わず、コクリと頷くだけ。
 それだけではダメなのだ。
 それだけでは意味が無いのだ。
 しっかりと彼女の口から言葉が出なければ……


「私さぁ、最近目が悪いんだぁ。言葉で、ハッキリ、伝えてくれないと…分かんないなぁ?」

「……したい」

「なぁに?」

「…もっと凄いキス…して欲しい…です」

「そっかそっか、じゃあ。いただきまーすっ!」


 ゆっくりと迫る唇。
 思考回路がショート寸前の百合は、結芽の行動全てを受け入れてしまう。
 だからこそ、必然として唇は重なるーー筈だった。


 ドゴォンと音を立てて、出口らしきドアが壊れ外から真希や寿々花たちが入ってくる。


 ……この後、寿々花にこっ酷く怒られたのは言うまでもない

 -----------

 次回もお楽しみに!

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弐話「終焉の始まり」

 綾小路武芸学舎の生徒が利用する為に建てられた病院に、結芽を乗せたヘリは大急ぎで向かっていた。

 焦燥感が体中に駆け巡り、自然に体が震え出す。

 大丈夫だと必死に言い聞かせる行為は、大した効果を出してくれず、ヘリの中で『百合の死』と言う有り得てはならない恐怖に怯えながら、目的地への到着を待った。

 

 

 数時間による空の移動でも、結芽にとって気持ちを整理する時間にはまるで足りなかったようで、青を通り越して白い顔で待っていた結月の前に現れる。

 

 

 辺りは暗く、時刻が相当に遅い事を教えているが、二人には関係ないらしく、病院の中に入っていく。

 無言だった。

 屋上のヘリポートから降りるのに使ったエレベーターの中で、二人の間に会話はなく。

 静寂の中で、百合が眠る場所へと向かう。

 

 

 結月が声を掛ける場面は勿論あったが、結芽は反応できていなかった。

 数分もしない間に出てくる現実は、果たして目を逸らしていいのか、はたまたいけないのか? 

 それを考えるだけで精一杯だったのだ。

 

 

 やがて、百合が眠る病室の前へと着いてしまった。

 横開きのドアを開け、結月が中に入るように促す。

 鉛にでも変わったんじゃないかと思うほど重くなった足を、一歩づつ前に動かして中に入る。

 

 

 嗅ぎなれた匂いがした。

 病院特有の消毒液の匂いだ。

 ……そして、それ以上に、見慣れた物を見た。

 尋常ではない程に、ベットの周りに置かれた生命維持装置の数々。

 

 

 自分が一番弱っていた時期に取り付けられていた量より遥かに多い。

 それこそが、百合の状態の深刻さを物語っている。

 

 

「相楽学長? ……ゆりは? ゆりは今、どんな状態なの?」

 

「悪いが、説明は少し後だ。後から来る者たちも居るからな。出来るだけ最新の情報をやりたい」

 

「………………分かった」

 

 

 少しだけ結月は驚いていた。

 昔の結芽だったら間違いなく、暴れて容赦なく御刀を振るっただろうに。

 渋々と言った様子ではあるが、大人しく引き下がるなんて……

 

 

(…何時見ても、子供の成長は早いものだな)

 

 

「……沙耶香ちゃんは?」

 

「糸見か? 糸見なら、関係者以外立ち入り禁止の会議室で待機している」

 

「…どこにあるの?」

 

 

 百合からきたメールで、結芽は知っていた。

 任務に沙耶香と一緒に出ていたことを。

 彼女なら何があったのか知っているかもしれない。

 今すぐ情報が欲しいのだ。

 出来るだけ信頼のできる情報が。

 

 

 後から来る人物を待っていられるほど、結芽は冷静ではなかった。

 …そんな悠長な考えは生まれなかったのだ。

 一度病室を出て、結月の案内の元で沙耶香が居る会議室に向かう。

 一秒、一分でも長く傍に居たいが、あの病室に長く居ることは無理がある。

 一定の時間が過ぎたら追い出されるのが関の山だ。

 

 

 だったら、一秒、一分でも早く、今回の事件を解決するのが先だろう。

 事件を解決出来れば、ゆっくりとした時間が取れる。

 ……約束を破らせる訳にはいかない。

 

 

「ここが糸見の待機している部屋だ」

 

「ありがとう、相楽学長」

 

「…わかっていると思うが。あまり責めてやるなよ?」

 

「それぐらい分かってるよ〜! 私、もう子供じゃないもん!」

 

 

 いつも通り振る舞って、小悪魔のような笑みを零す。

 芝居は苦手だが、いつも通り振る舞うぐらいならどうってことない。

 隠世から百合が帰ってくるまでの四ヶ月間、こうやって振る舞っていた時もあったからだ。

 

 

 会議室の中に入ると、隅の方で沙耶香は体育座りをしていた。

 ドアを開けて入ってきた結芽を見るやいなや、申し訳なさそうな顔をして俯く。

 

 

「ごめんなさい。結芽。…私の所為で、百合が……」

 

「別に怒ってないよ。……いや、少しは怒ってるけど。それより、沙耶香ちゃんだけでも無事で良かったよ」

 

「……ごめん。……ごめんなさいっ!」

 

 

 自分の胸に飛び込み、泣きじゃくる沙耶香をあやしながら、結芽は話を聞いた。

 黒桜(こくさ)と言う、敵に当たる組織の情報や、何が起こったのかを……

 

 

 ざっくりとした説明だったが、分かったことがある。

 自分は今後、その組織と戦っていかなければいけないと言う事を。

 

 

 その日、終焉の戦争が始まった。

 

 -----------

 

「ーー、と言うのが今回の事件の今分かっている全容だ。…そして、今から話す事が、お前達が一番欲しい情報だろう」

 

「ゆりのこと…だよね?」

 

「そういう事だ」

 

 

 特別遊撃隊のメンバーに加えて、可奈美や姫和たち。

 それ以外にも、何かと縁がある調査隊のメンバーがようやく到着し、事件の全容が話された。

 

 

 最近この辺りで頻発している刀使失踪事件と荒魂の出現率低下の件で、百合と沙耶香が調査に来た事。

 先の件を起こしているのが黒桜だと薄らとだが分かっており、場所も大体特定していたことから、嵐山の山間部中腹を調べていた時に襲われた事を話した。

 

 

 そして、遂に結月は百合の状態を話始める。

 

 

「…ここに居る皆は知っていると思うが、今の百合は存在の半分が大荒魂クロユリで成り立っている。そして、今回の事件で、存在の半分である大荒魂クロユリが抜かれてしまった。本来なら、抜かれた時点で現世から消滅しても可笑しくなったが、何とか百合はギリギリの所で耐えていた。……私自身、やりたくない手ではあったが、延命措置としてノロを入れる事で、今は存在を補っている」

 

 

「その、もってどれくらいなんでしょうか?」

 

「良い質問だな、柳瀬。…研究者一同と、私の見解から言って少なくとも二週間は持つ……いや持たせる」

 

 

 覚悟の決まった結月の言葉が、昔の彼女を語る。

 決まった覚悟は何があっても貫き通す。

 鬼と呼ばれた彼女の強さが、今は顔を出していた。

 だが、結芽はそれを気にかける以上に、他の事を気にかけていた。

 

 

「相楽学長。クロユリはどうやって取り返せばいいの?」

 

「そっちについても、案は出ている。恐らくだが、百合から出たクロユリはタギツヒメたちのように既に実体化している筈だ。百合()が無くなったクロユリがどう言う行動をするか、皆目見当がつかない。もし、黒桜に上手く言いくるめられて、あちらに着いていたなら倒してでもノロとして回収しなければならない」

 

 

 続けて、結月はこう言った。

 

 

「クロユリの討伐方法は簡単だ。宗三左文字と篭手切江の力を百パーセント出せる刀使が、斬り祓えばいい」

 

 

 その一言に全員が固まった。

 確かに、やる事は簡単だ。

 いつもと変わらずに、ただ斬り祓えばいい。

 しかし、問題はそこじゃない。

 宗三左文字と篭手切江の力を百パーセント出せる刀使……そんなの一人しか居ない。

 

 

 夢神百合しか存在しない筈だ。

 代々受け継がれてきた御刀、それを他の血筋の人間が簡単に扱えるとは、誰も思えなかった。

 御刀が刀使を選ぶのに、そんな人間が都合良くーー

 

 

「何か勘違いしているようだが言っておくぞ。百合以外にも、宗三左文字と篭手切江の適性者はいる。しかも、クロユリと戦っても簡単には負けない刀使が……な」

 

 

 チラリと、結月は結芽の方を見やる。

 ……篭手切江は、確かに結芽を認めているが、宗三左文字まで認めているかなんて分からない。

 結芽は半信半疑ながらも、結月から御刀を受け取り抜刀した。

 

 

 次の瞬間、初めて御刀を持った時と同じく、眩い光が結芽を覆う。

 写シだ、写シが張られたのだ。

 認めた証拠として、御刀が半自動的に写シを張ったのだ。

 

 

「……嘘」

 

「嘘じゃない。嘘じゃないんだ結芽。……お前が、百合を助けろ。ジッとしてなんて、居られないだろ?」

 

 

 背中を押す師の言葉に、結芽は真剣な顔付きで頷いた。

 翌日から、ある人物によって二刀流に慣れるための特訓が始まる。

 その人物はーー英雄だった。




 みにゆりつば「夢」

 誰もが思うだろう、ずっと夢を見ていたい…と。
 少女ーー燕結芽もそうだった。
 刀使と言う特殊な人間ではあるが、常に命の危険がある戦場には慣れている。


 でも、それは隣に居る百合のお陰だ。
 一緒に居る日常はとても楽しくて、まるで夢でも見てるかのようなふわふわとした感覚がある。
 日常と言う夢を見ていたい。


 だけど、夢には終わりがある。
 そう、その日がちょうど今日だったのだ。
 色々な機会に繋がれる百合の隣にイスを置き、それに座る結芽は悲しそうに愛おしそうに彼女を見つめる。


 時折、手を握っては離して、温かさを確かめる。
 まだここに居ると言う確証が欲しくて、隣に居られていると言う証明が欲しくて、握っては離してを繰り返す。


 この温かさが無くなった時、現世から消えるのは一人じゃないことを、結芽は薄々分かっていた。


「私が死ぬのを百合が耐えられなかったみたいに。私も、百合が死ぬのは…耐えられないよ」


 何故なら、それほど大切な存在になってしまったから。
 親友以上、家族以上、恋人以上の絶対に居なくなってはならない存在になってしまったから。


 腰の固定器具を外し、ニッカリ青江を取ってそっと百合の手に握らせる。
 代わりに、結芽は百合の固定器具と御刀を借りた。


「それは私だよ。しっかり握っててね。それで、コッチはゆり。…私が絶対に離さない」


 そう言い終えると、百合が良くやるようにおでこに口付けをして去っていく。
 一瞬、顔が朗らかに微笑んだのは、きっと気の所為だろう。

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 次回もお楽しみに!

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参話「存在と時」

「バランスの取り方が甘いっ! そんな隙を作っていては、簡単に写シを剥がされて殺されるぞ!!」

 

「っ!? うぅぅ……」

 

 

 綾小路武芸学舎の剣道場にて、結芽は元英雄……折神紫から二刀流の基礎を教わっていた。

 元々、一刀流だった彼女にとって二刀流は未知の事ばかり。

 幾ら百合の動きを近くで見ていたからと言って、その程度でマスター出来るほど甘くはない。

 

 

 一月中旬の朝、寒さは体を強ばらせ、呼吸で肺さえ凍る。

 そんな中であるにも関わらず、御刀を握る手は一切震えていない。

 いや、結芽の天才としてのプライドが手の震えを許していないのだ。

 既に三時間以上休み無しで稽古を続けている。

 

 

 体力も限界が見え始めるが、結芽は全く持って辞めようとは思っていなかった。

 もっと追い詰めなければ勝てない。

 もっと追い詰めなければ助けられない。

 もっと追い詰めなければ……失ってしまう。

 

 

(嫌だ…嫌だ嫌だ嫌だ!! あんなに苦しいのは……もう嫌だ!)

 

 

 彼女か居なかった四ヶ月間、死にたくて死にたくて仕方がなかった。

 隠し続けていたが、またこうして『百合の死』に直面して思い出す。

 寒さと体力の限界で震える足にムチを打つ。

 手だけは震えさせまいと虚勢を張りながら、御刀を支えに立ち上がる。

 

 

「もう……一本!!」

 

「良い目だ」

 

 

 紫はそう一言呟いて、御刀を構え直す。

 その日、結芽と紫の稽古は約六時間休み無しで続いた。

 

 -----------

 

 だだっ広い真っ白な世界が、百合の目には映っていた。

 どことなく感じる懐かしい感覚から、ここが何処かは何となく分かる。

 

 

「夢……それか、精神世界?」

 

「良い回答! 花丸を上げてしんぜよう」

 

 

 冗談混じりの話し方をしながら、どこからともなく聖が現れる。

 いつもとよろしく、緩く温かい空気を纏い、長い髪を揺らしていた。

 朗らかな笑顔は余裕の証なのか、滅多な事がない限り崩れることは無い。

 

 

「…お母さん。どうしてここに? クロユリが抜けれちゃったんだから、ここには……」

 

「念の為、色々と細工しておいたんだ。クロユリの中には今、燕ちゃんとの魂しかないよ。私の魂は、宗三左文字と百合の中に半々で移しておいたの」

 

 

 もしかして、こうなる事を知っていたのか? 

 そんな疑問が浮かぶが、すぐにかぶりを振って疑問を吹き飛ばす。

 

 

(気付いてたら、真っ先に私に言ってくれる筈。本当に、保険としてやっていた事なんだ)

 

 

 落ち着いた様子で、百合は今までのことを整理していく。

 恐らくだが、今の聖は質問すればホイホイと返してくれる。

 直感が百合にそう告げていた。

 だからこそ、記憶を遡り色々と整理していく。

 

 

 そこで、二つの疑問が生まれた。

 一つは、『外の世界』のこと。

 もう一つは、『残りの時間』のこと。

 

 

「…二つ聞きたいことがあるの。聞いてもいいかな?」

 

「良いよ! なんでも聞きなさいっ!」

 

「外の世界はどうなってるの? ……あと、私の残り時間は?」

 

「…外はまだ何も起きてないは、今の所はね。百合の残り時間は……そうね。結月先輩の延命措置があっても限界はーー」

 

 -----------

 

「結芽の方はどうだい?」

 

「疲れて眠ってるだけですわ。少し時間が経てば起きるかと」

 

「あまり、無茶をして欲しくないですが…彼女は言っても聞かないでしょう」

 

「だけどよぉ、アイツの稽古ヤバかったぞ。常人なら死ぬレベルだ」

 

「私も……少し見てたけど、凄く厳しい稽古だった」

 

「ねねぇ〜」

 

 

 薫や沙耶香の言葉に身震いするように、ねねが鳴いた。

 特別遊撃隊のメンバー以外は、百合の病室を行ったり来たりしている。

 落ち着かない者は多い。

 あの呼吹さえも、苛立って殺気を放っている。

 他の集まったメンバーも、関わりが深かった者はあまり調子が良さそうには見えない。

 

 

 持って、持たせて二週間と言う結月の言葉。

 それが彼女たちを苦しめている。

 明確な訳では無いが、死は着実に百合に迫っているのだ。

 この事実を知って、落ち着いていろと言う方が無理な話。

 

 

「結芽が一番泣きたいだろうに…。クソっ! ボクたちは泣かせてやることすら出来てないっ!!」

 

「真希さん…」

 

「………………」

 

「それを言われたら…何も言えねぇわな」

 

「……うん」

 

 

 真希の悲痛な言葉が、待機場所である会議室に響く。

 重苦しい雰囲気の中、誰もその場を変えることは出来なかった。

 無情にも……時だけが過ぎていく。

 

 

 初めて、その場に居る全員が思った。

 夢神百合と言う少女の存在の大きさを。

 良い意味でも、悪い意味でも、空気を変えることが出来たのは彼女が居たことが大きい。

 

 

 失いかけて初めて、色々なことに気付いた。

 空白の四ヶ月間の方が、まだマシだった。

 

 -----------

 

「二ヶ月……」

 

「そっ。どんなに頑張っても持って二ヶ月」

 

 

 軽く言っているように見えるが、目は笑っていない。

 真剣に考えを纏めているように見える。

 

 

「百合、あなたの今の体ーーううん、存在の半分は荒魂だって事…覚えてる?」

 

「勿論。それが一体」

 

「存在の半分、それは体もーー魂も半分は荒魂だって事。もし、それがいきなり半分無くなったら? どうなると思う?」

 

「……存在が保てなくなる?」

 

「そういう事」

 

 

 体だけではなく、魂も半分は荒魂。

 それが今の夢神百合だった。

 だが、もし半分である大荒魂クロユリが居なくなったら? 

 存在は不完全な状態になり……消滅する。

 居たと言う証明さえ残せぬまま、消滅してしまう。

 

 

「私は、何も出来ないんだよね?」

 

「そうね、信じて待つしかない。…でも、あなたは心の底から信じている筈よ。自分を助けてくれる家族のーー仲間の存在を」

 

「…うん。みんななら、きっと助けてくれる」

 

 

 根拠なんてない。

 だけど信じている。

 無条件に信じている。

 理由は、家族だからーー仲間だから、そんなもので十分だ。




 みにゆりつば「背伸び」

「んっ」


 結芽は最近思うようになった。
 少し背伸びをしないと届かない唇がもどかしいと。
 柔らかい唇の感触に酔いしれながら、ぼんやりと思う。


「どうしたの? 結芽? ……キス、変だった?」

「ううん、違うの。そうじゃなくて……背伸び」

「背伸び? ……あぁ。ごめんね、気付いてあげられなくて。今度からーー」

「合わせなくていいよ」


 百合の言葉を遮るように、結芽は言葉を吐き出す。
 もどかしい、もどかしいが、百合に合わせられるのは少し嫌だった。
 それにーー


(…背伸びするの、嫌じゃないから)


 照れたのか、顔を逸らす結芽を百合はクスリと笑って見つめる。
 思ってる事なんて、手に取るように分かる。
 結芽はわかり易いから。


「……ゆり?」

「もう一回したい。…ダメ?」

「しょうがないなぁ…」


 少しだけ背伸びして、まだ湿っている唇を近付ける。
 乾燥する季節だと言うのに、その日、彼女たちの唇が乾くことはなかった。

 -----------

 次回もお楽しみに!

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肆話「尊いものはなにか?」

 気だるさの残った重たい体を無理矢理に持ち上げて、少女はーー結芽は目を覚ました。

 まだ完全に意識が覚醒したわけじゃないのか、目を擦りながら辺りを見たわす。

 清潔感のある真っ白い部屋に、ポツンと置かれたベットで寝ている自分。

 ここが病室であることは、結芽もなんとなく理解した。

 

 

 だが、そこで疑問が生まれる。

 何時から寝ていたのか? 

 どうしてベットの上に居るのか? 

 

 

 途切れた記憶を思い出そうとした時に、彼女の寝ていた部屋のドアが開かれる。

 気だるそうな顔をして、頭にねねを乗せた薫が、トコトコと歩いてベットに近付く。

 起きていることはもう分かっていたのか、テキトーな椅子をかっぱらってきている。

 

 

「よう。調子はどうだ?」

 

「大丈夫。眠いくらいで、元気だよ」

 

 

 嘘だ。

 体は稽古の所為でボロボロ、疲れが完全に抜けきっていないのか、思考も薄ぼんやりとしている。

 だけど、心配をかける訳にはいかない。

 ただでさえ、今はみんな辛い時なのに、自分の都合を押し付けられない。

 仲間だからこそ、結芽はそう思った。

 

 

「ならいい。手短に、事情を説明するぞ。お前の事だが、昨日の稽古が終わったあと気絶して、半日近く寝てた。今は朝の七時過ぎくらいだな」

 

「そっか……私、そんなに」

 

「他の奴等は、ある五人を除いて一度刀剣類管理局本部に戻った。除かれた五人は、黒桜の調査に向かってる。因みに、メンバーは獅童真希、此花寿々花、可奈美、ヒヨヨン、沙耶香だ」

 

 

 妥当なメンバーだと、結芽は思った。

 薫が続けて、珠鋼搭載型のS装備について話したからだ。

 五段階の八幡力と金剛身が使用出来る。

 並の刀使が使っただけでも厄介な代物なのに、着けているのは冥加刀使。

 厄介なんて話では済まない。

 

 

 相当な実力者でもなければ、一撃を当てることすら叶わないだろう。

 結芽がそうやって真剣に考えていると、またふと疑問が生まれる。

 この説明をするのは薫じゃなくても良かったのではないか? 

 そんな疑問だ。

 薫は腐っても特別遊撃隊の隊長。

 常日頃から忙殺される程の任務を負わされている筈だ。

 

 

 なのに、何故彼女なのか? 

 答えは、すぐに彼女の口から出てきた。

 

 

「俺が残った理由?」

 

「うん。説明するだけだったら、他の人でもーー」

 

「俺が隊長だからだよ。部下の面倒を見るのは俺の役目だからな。……それに、気持ちの整理は関係が深い人が居たらやりにくいだろ?」

 

 

 面倒くせぇが口癖の彼女も、どこまで行っても刀使だ。

 仲間を慮る心はしっかりとあり、社会的交流が多い故に気遣いも出来る。

 人情に厚いのが、益子の刀使なのだ。

 

 

「……ありがとね、薫おねーさん」

 

「言っただろ。隊長だからだよ。それ以上の意味もそれ以下の意味もねぇよ」

 

 

 ぶっきらぼうに言い放つ薫だが、顔を逸らしている時点で照れているのはバレバレだ。

 カッコつけすぎ、そう言ってやりたかったが、優しさが酷く温かくて、全く言う気にはなれなかった。

 …そのまま、薫が顔を逸らしたまま話を続ける。

 

 

「…俺たちも、一度本部に戻る。戻ったら、お前の稽古は七之里呼吹が引き継ぐ。折神紫も復帰して間もないからな、連続で付き合える余裕はないんだとよ。…まぁ、あっちに着いたら研究棟ーー研究所の方に行け。何時もアイツが居る場所で稽古だとさ」

 

「呼吹おねーさんも…二刀使いだから?」

 

「そんなとこだろうな。お前と御刀に違いはあるが、基礎を教えて貰うのには悪くない。実力もない訳じゃないしな」

 

 

 そう言うと、薫は結芽にベットから出るよう促し、外に出ていった。

 強くならなければならない、そんな焦燥感が薫が居なくなると同時に湧いてきた。

 今の実力じゃ勝てない、それが分かってるからこその…焦りだった。

 

 -----------

 

 太陽が頂点に登りきる少し前、結芽は研究所のある場所に顔を出す。

 そこに既に、三人の見知った顔が居た。

 一人は、薫が言っていた呼吹と、同じ研究チームに所属していた(ばん)つぐみ、そして薫の相棒(バディ)でもあり、最近は研究所に度々顔を見せているエレン。

 

 

「遅かったじゃねぇか。待ちくたびれたぞ。こっちは荒魂ちゃんと遊ぶ時間を削ってたんだぞ?」

 

「まぁまぁ、紫様に何時もより多く荒魂を使っていいと許可が貰えたんですから、御の字じゃないですか」

 

「デスネ。稽古と研究を同時並行でできるなんて、一石二鳥デース!」

 

 

 面倒臭そうな呼吹と、それを宥めるつぐみ、最後に場の雰囲気を明るくしようと声高く言うエレン。

 ミスマッチに見える三人だが、悪くない噛み合い方をしているのは傍目でも分かった。

 

 

「…取り敢えず、稽古始めるぞ。やることは簡単だ。出てくる荒魂ちゃんと遊びながらアタシの攻撃を受け続ける。大型の荒魂は出てこないけど、中型は出てくるからな、気ぃ張ってねぇと死ぬぞ」

 

「オペレーターとして、私も参加しますので危険になったら言いますよ」

 

「もしもの時は私も行きますので安心してくだサイ」

 

「…ありがと。それじゃあ、よろしくお願いします!」

 

 

 挨拶をしたあとは、呼吹と共に荒魂が放たれる実験場所に入って行く。

 ここからは無法地帯もいいところだ。

 正面のゲートから来る荒魂を処理しながら、隣に居る荒魂ジャンキーの相手をする。

 対人戦は好まない彼女ではあるが、実力はピカ1だ。

 

 

 未だに、素人に毛が生えた程度にしか二刀流が出来ていない結芽にとって、厳しい相手であり、厳しい稽古である。

 だが、実戦形式の方が能力の向上が良い事も分かっている。

 だから……

 

 

(…落ち着いて、良く聞いて良く見る)

 

 

 視覚と聴覚以外の感覚も研ぎ澄まし、敵を見据える。

 

 

「…荒魂ちゃんが出てきたなーー行くぞっ!」

 

「づぅ!?」

 

 

 呼吹は宣言通り、結芽に向かって御刀を振るう。

 二人とも写シは張っているが、剥がされた瞬間、運が悪ければ死ぬ。

 緊迫感のある稽古は、一時間以上続いた。

 

 

 荒魂を斬り祓っては、呼吹の攻撃を受けて、また斬る。

 同じ行動を繰り返しているだけなのに、圧倒的な恐怖が結芽を襲った。

 本来の彼女なら感じない筈の恐怖だ。

 慣れない二刀流に加え、数十は居る荒魂と全力の呼吹。

 

 

 刀使本来の死と隣り合わせの戦いがそこにあった。

 まだ抜けきっていない疲れの所為で、結芽が倒れたのを合図に稽古は一時中断された。

 

 

 ソファに寝っ転がる結芽と、それをつまらないと言わんばかりの視線で見つめるが呼吹。

 つぐみは何を言うこともなく、先程の稽古で得た戦闘データを整理している。

 そして、エレンはーー

 

 

「ゆめゆめは、命を懸けても守りたいものってありマスカ?」

 

「…あるけど……。それが?」

 

「それは何デスカ?」

 

「ゆり…それにおねーさんたち」

 

「良い答えデスネ。じゃあ、何故そこまでして守りたいんですか?」

 

 

 いきなりの質問ではあったが、結芽は迷う事なく答える。

 まるで、それ以外の答えなど無いと言わんばかりに。

 

 

「私は…ゆりやおねーさんたちに助けられてーー守られてきたから…だから助けたいし守りたい。…だから、ゆりの事は命を懸けてでも助ける。ゆりがそうして私の命を繋いでくれたから。この命は、ゆりのために全部使う」

 

「愛…デスネ。美しい心デス。…ですけどーー」

 

「その答えじゃ、半分も点数はやれねぇな」

 

 

 けっ、と吐き出すように呼吹が口にした。

 嫌なものを見た時に人がする顔そのものだ。

 苦虫を噛み潰したような、そんな顔をしている。

 

 

「…何で?」

 

「最初の回答事態は間違ってない。けど、理由は違う。それだけだ……。さて、喋れるんだから休憩は十分だな。ほら、稽古の続きだ」

 

 

 完全な答えは言わずに、呼吹は実験場所に入って行く。

 結芽も後を追うように入ったが、結局、稽古が終わっても呼吹もエレンも答えは言わなかった。

 

 -----------

 

 稽古終了後、時刻は夜の九時を回っていたが、結芽は一人は自室でスマホを弄っていた。

 写真のアルバムを眺めて、過去の思い出に浸る自慰行為の延長戦にあるような事を行っている。

 意味の無い事だ、だがしなければ彼女自身が持たない。

 

 

 足りない穴を、代替品で埋め代える。

 本当に、只の自慰行為だ。

 慰めにしかならない、他人から見たら無為の行為。

 それでも、止める気にはなれなかった。

 

 

 ドアが開かれるまでは……

 

 

「結芽? 居る?」

 

「沙耶香ちゃん? 任務はどうしたの?」

 

 

 黒桜の調査に向かった筈だ。

 少なくとも、結芽は今日明日で帰ってくるとは思っていなかったのだが……

 

 

「ごめん。任務失敗しちゃった」

 

「どうして? 何かあったの?」

 

「最初は順調だった。上手く進めてると思ってた…けど。敵の数が段々多くなって、捌ききれなくなって、それで……」

 

「…そっか。お疲れ様。疲れてお腹も減ったでしょ? ご飯食べに行こうよ、おねーさんたちも誘ってさ」

 

 

 気軽い口調で、彼女は言った。

 怒ってないと、ちゃんと理解してもらう為に。

 だが、それは逆効果だったようで、沙耶香は病院の時と同じく泣き付かれてしまって。

 困ったなぁ、と口にしながらも、結芽はそっと頭を撫でて背中を摩った。

 

 

 数分もしないで泣き終わった沙耶香の手を繋ぎ、真希たちが居るであろう指令室に向かう。

 何時ものようにノックをしないなんてことは無く、丁寧にノックをする結芽に沙耶香は目を見開いて驚く。

 そんな沙耶香の顔を見てしまった結芽は、失礼だなぁと思いながらも中に入った。

 

 

「おねーさんたち〜、居る〜?」

 

「結芽か……。済まない、黒桜の件はーー」

 

「失敗しちゃったんでしょ? 知ってるよ、沙耶香ちゃんから聞いたし。…怒ってないよ、おねーさんたちが強いのは私知ってるもん。相手がちょっと卑怯だっだけ。ちゃんとした勝負だったらおねーさんたちは負けたりなんかしないし」

 

 

 小悪魔のような笑みはなりを潜め、朗らかな微笑んでそう言った。

 そう、まるで、百合のように。

 

 

「…結芽。百合の真似はおよしなさい。貴方が、百合になることは出来ませんわ。辛いのも、苦しいのも、分かっている仲間に、それは侮辱と変わりません」

 

「………………」

 

 

 結芽は、何も言わなかった。

 何も言うことが出来なかった。

 寿々花の言葉に、何も返すことが出来なかった。

 弱々しくよろけるように、寿々花の胸元に飛び込む。

 泣き顔を誰にも見せまいと、必死になる子供のように、抱き着いて泣きじゃくった。

 

 

 虚勢は長く続かない。

 誰しも何時かは壊れてしまう、崩れてしまう。

 仮面が永遠に剥がれない、なんてことは起こりえないのだ。

 ……絶対に。

 

 

 泣きじゃくった結芽は精神的疲弊から、少しうとうととし始めて眠ってしまった。

 寿々花は、近くに居たエレンに言葉を投げかけた。

 結芽が来るまでしていた質問の続きだ。

 

 

「それで、どんな事を話したんですの?」

 

「簡単なことデスヨ。命を懸けて守りたいものはあるか? そんな質問…問い掛けデス。答えは良いものデシタ。ですが、理由は良いものではありまセン」

 

「大方、ゆりや私たちの事を言ってくれたのでしょう。理由は…そうですわね。助けられたから、百合のために自分の命を使いたい…とでも言ったのでしょうか?」

 

「正解です。ハナハナは感が良いデスネ?」

 

「淑女の嗜みの一つですわ」

 

 

 おどけるように言う寿々花と、こちらも道化師のようにクスクスと笑って話すエレン。

 巫山戯ているようで、全く巫山戯てないのがこの二人だ。

 

 

「自己犠牲は尊いものデス。ですが、それで助けられた側が喜ぶかと言われたら違いマス。…仮に、マキマキが命を懸けてもハナハナを守ると言ってくれマシタ。ハナハナは嬉しいですか?」

 

「…嬉しくは思いますが、ただ守られるだけなのは嫌ですわ」

 

「強い人はそうデス。ですけど、弱い人は嬉しいだけで終わってしまいマス。……そして、命を懸けて守る、それが実行された時、ハナハナはどう思いマスカ? 大切な人が居なくなった世界で、笑う事が出来マスカ?」

 

「……無理ですわね。後追いをしないように自分を保つので、きっと精一杯です」

 

 

 大切な人が居なくなった世界で、笑えるか? 

 世の中のあらゆる人が問い掛けられるもので、それにはいと言えた人間はーー答えられた人間はいない。

 

 

「そうなんデス。大切な人はそれぞれ、家族、仲間、恋人、親友。色々居ますが、その人が消えた世界で、心の底から笑える人は数えられるほどしか居まセン。もしかしたら居ないかもしれませんネ。人は不完全デス。だからこそ、大切な人の本当の価値を、傍に居るだけじゃ分かりまセン。居なくなって、失って、失いかけて、初めて気付くんデス。その人にどれだけ支えられてきたか、有難い存在だったか、自分の中で大きな存在だったかヲ」

 

「君は研究職志望だった気がするけど、意外だね。そう言う、心理学や宗教的な分野もやっているのかい?」

 

 

 人間の不完全性を説く言葉は、まるでそう言う分野に傾倒しているような感覚だ。

 真希の言葉に、エレンはイタズラっ子のような笑みで答える。

 

 

「マキマキは知らないかもしれませんが、案外研究者は神様を信じてたりするんデスヨ? 現に、荒魂や御刀にも神性が宿っていマスシネ。存外、私たちの近くに神様は居るものデス」

 

 

 言いたい事を言い終えたエレンは、指令室から出て行くように体の方向を変えて歩き出す。

 そして、思い出したように、振り返ってこう言った。

 

 

「ゆめゆめには、自分で気付いて欲しいと伝えて下さいネ。何せ、最終的にはゆりりんも自分で気付きましたカラ。自己犠牲を望まない人が居て、自己犠牲の所為で傷つく人が居ることヲ」

 

 

 彼女の言葉は、その場に居た全員の心に響くものだった。

 




 みにゆりつば「三姉妹?」

 ある夜の話。


「一緒に寝たい?」

「うん。最近一緒に寝てれないし、偶には良いかなーって」


 百合が結芽のお願い事を断るなんて、天地がひっくり返ってもありえない訳で難なく了承の返事をした百合だったが……
 何かを思い出したようにこう言った。


「ごめん。今日は二人きりは無理かもよ?」

「? どうして? 今日は誰も泊まりに来る予定なんて……」


 結芽が言葉を続けようとした時、コンコンとドアがノックさせる音が聞こえた。
 既に寝巻きに着替えていた百合が、ドアまで迎えに行き、来たであろう人物を中に通す。
 入って来たのは……


「沙耶香ちゃん?」

「ごめん、結芽。さっき、怖い映画見ちゃって……」

「一緒に見ようって誘った私が悪いから、怖くなったら来ていいって言ったんだ。……ごめんね?」


 バツの悪そうな顔で謝る百合に対し、結芽は呆れたような顔でブツブツと文句を言う。
 だが、沙耶香の参加を拒む事はせず、三人で百合のベットに入る。
 結芽、百合、沙耶香の順で入ることで百合を挟む形にする。
 こうすれば、百合の隣を争う必要もない。


 我ながら画期的な方法だとニコニコする結芽だが、唯一問題があった。
 それは……広さだ。


「キツキツ。結芽、もう少しそっちに行けない?」

「こっちだってキツキツだよ〜!」

「ああ、もう。騒がないの。大人しく寝るよ」


 百合はそう言うと、リモコンで電気を消して瞼を閉じる。
 他の二人も、倣うように瞼を閉じた。
 最初の方は瞼を閉じていながらもじゃれ付き合っていたが、段々と睡魔に負けて眠りに落ちていく。
 外側の二人が百合に抱き着く形で寝る姿は、まさに天使の三姉妹のようだ。


 翌日。
 起きて来ない三人を起こしに、薫が百合たちの部屋に向かっていた。


「おーいお前らー。朝だぞ〜」


 気の抜ける緩い声で語り掛けるが、答える者はいない。
 仕方ないと割り切り、薫はドアを開けて中に入った。
 そこには……


「三姉妹って言ってもバレないくらいだな……。天使のような寝顔とはまさにこの事か……」


 一人納得するように、薫はスマホで写真を取り始める。
 その後、ファンクラブで写真が高値で取引されたのは言うまでもない。

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 次回もお楽しみに!

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伍話「小さな旅路の一歩と、解けないし切れない縁」

 みにゆりつばはお休みです。
 最近、投稿が遅れ気味でごめんなさい!


 研究所での稽古が始まってから三日。

 刻一刻と過ぎ去って行く時間に焦り、結芽は一心不乱に御刀を振り続けた。

 だが、幾ら一心不乱に御刀を振ろうと、技術が向上する訳では無い。

 睡眠時間すら削って稽古に望む所為で、一回の稽古の中で最低でも一度は気絶している。

 

 

 本来なら稽古を休ませるべきである呼吹は、飄々とした態度で稽古を続ける。

 決して他人事のように関心がない、なんてことはなく、ただひたすらに面倒臭さを感じたからだ。

 今のアイツにどうこう言うのは、絶対に面倒な事になる……と悟っていたから。

 

 

 だから、稽古は続ける。

 休ませる気など毛頭ない。

 彼女が自分の口から言わない限り。

 

 

「呼吹おねーさん! もう一回!」

 

「はいはい。付き合ってやるから少し待ってろよ」

 

 

 そこまで自分を傷つけて助けられた側は、果たして喜べるのだろうか? 

 傷ついてまで助けた事を喜ぶのか? 

 傷ついてまで助けた事に怒るのか? 

 誰にも分からない……が。

 

 

(アタシだったら……そんなの真っ平だ)

 

 

 荒魂ちゃんと遊ぶのを邪魔されるのも嫌だし、傷ついてまで助けられたいとは思わない。

 彼女たちはーー調査隊は、少女にとってそれ程大事なものだから。

 

 -----------

 

 三日目の稽古が終わったあと、今日も黒桜の調査が失敗に終わったことを知った。

 しょうがない事だ…そう割り切れない自分がいる事にーー結芽は薄々気付いている。

 

 

 しかし、問題はそれだけじゃない。

 何故、何度も調査されているのに拠点を移動しようとしないのか? 

 呼吹の「その答えじゃ、半分も点数はやれねぇな」、と言う一言。

 自分の答えに、何か間違いがあったのだろうか? 

 もし、それがあった場合、どこが間違いだったのか? 

 

 

 二つの疑問が、ぐるぐると頭の中を駆け巡る。

 終わりのない問いじゃないのに、答えは出てこない。

 けれど、あの日の寿々花の言葉で結芽には分かったことがある。

 

 

「逃げてばかりじゃ、ダメだよね……」

 

 

 現実から目を背けたい。

 今すぐにでも、幻想の世界に溺れたい。

 だが、背けていたら、想像できないほどの後悔をすることになる。

 

 

 向き合わなければならない、問題が疑問と同じく二つある。

 百合の事と……避け続けていた両親の事。

 怖い、向き合うことが怖い。

 そう思う心を、必死に押さえつけて一歩踏み出す。

 

 

 大切な人の死を直視するのが怖い、大切だった人たちにまた拒絶されるのが怖い。

 ……だが、だからこそ向き合わなければならない。

 面と向かって言わなければならない。

 

 

 大切な人に誓を、大切だった人たちに報告を。

 誓、それは絶対に助けると言う誓。

 報告、それは自分が幸せになれた事の報告。

 

 

 傷付くと言う事は、悲しむと言う事は、辛いと言う事は、苦しいと言う事は、その人の事が大切だと言う証明だ。

 自分の中で、大きい存在だと言う証拠だ。

 

 

「……パパ…ママ……」

 

 

 大切だった人たちに報告をしてから、大切な人に誓を立てる。

 やる事は決まった。

 頼れる人を頼って、使えるものは使って、目的を果たす。

 向かい合うと言う目的を。

 その為には先ず……

 

 

「おねーさんたちの所に……!」

 

 

 指令室に向かって走り出す。

 両親の場所を探してもらい、会いに行く。

 単純な事だが難しい。

 自分を捨てた人に会いに行く、それを許可してくれるかなど分からない。

 

 

 しかし、やらなければならない。

 

 

 燕の短い旅が始まろうとしていた。

 

 -----------

 

 京都嵐山にある黒桜本部。

 そこは現代技術の粋が詰め込まれた研究施設であり、隠れ家。

 各国屈指の天才研究者や、才ある刀使が多く集っている。

 それを取仕切る存在が薔薇。

 

 

 彼女はいつも通り、漆黒の髪を揺らしながら本部を歩き回る。

 研究の進み具合を観察したり、刀使の稽古を見たり、時たま書類を書いたり。

 優雅な振る舞いを、黒桜の者たちに見せる為だ。

 上に立つ者は常に気を張るべき、薔薇はそう思っていた。

 

 

 しばし、そうやって本部を巡回すると、ある部屋の前で立ち止まる。

 何の変哲もない、木製のドアだ。

 …いや、周りの部屋を見れば分かるが、明らかに浮いている。

 

 

「ここだけ木製のドアなのは、流石に露骨ですよね…。建て替えでも申請しておきますか」

 

 

 薔薇が言う通り、その部屋だけが木製のドアなのだ。

 他の部屋は、全てが重そうな金属製のドア。

 建て替えの検討をしつつ、彼女は部屋の中に入る。

 

 

 中には、玉座とキングサイズのベットが一つ、置かれている。

 一体何の部屋なのか? 

 誰もが疑問に思うだろうが、そんな疑問はすぐに何処かに吹き飛ぶ。

 

 

 突如現れる、彼女のお陰で。

 燃え盛る炎を彷彿とさせる、緋色の輝きを放つ左目。

 迸る雷を彷彿とさせる、碧色の輝きを放つ右目。

 病的なまでに白い肌と、それを一部隠すように着られている、白と黒とオレンジで構成された制服のようなもの。

 

 

 彼女の顔や身体付きは、驚く程に荒魂化した夢神百合と同じだった。

 ……名前は、言わなくても分かるだろう。

 そう、彼女こそが……大荒魂クロユリだ。

 

 

「クロユリ様、お加減いかがですか?」

 

「悪くないですね。体はしっかりと保てている。作戦実行段階には及びませんが、悪くない状態です」

 

「そうですか。なら良かった。…作戦の実行は何時頃に?」

 

「話を聞く限り、ノロの改良は良好。あとは、ノロで作れる強化型大荒魂を量産体制に移し、各地に散布させる手筈まで考えると……約二ヶ月後でしょうか」

 

「お話に聞く、夢神百合の存在が消滅する時期ですか?」

 

 

 クロユリから貰った情報は、流せる分だけ共有している。

 なので、最大の驚異である夢神百合の消滅と同時期にやるのは丁度いい。

 消滅しかけで焦っている時期に、大規模な同時多発的災厄は相当のダメージだ。

 

 

「そうです。ですが、油断してはなりません。人間とは、追い詰められた時、何をするのか分からない生き物ですから」

 

「なら、危険の芽は詰んでおくべきでは?」

 

「百合の事ですか? ……そうですね、それはあなたがたに任せます。少しでも、作戦の成功率上げたいならするべきでしょう」

 

「了解しました」

 

「…それと、作戦実行の一週間前に奇襲を仕掛けます。次いでに、愚かな人類に作戦実行日も伝えます」

 

「なるほど…。恐怖で動揺した市民を邪魔に使うと?」

 

 

 恐ろしい程に頭が回る。

 演算能力の賜物か、彼女の作戦はテキトーなようで的を射てる。

 全てが計算づくだと錯覚させるような、そんな気がしてならない。

 薔薇はつくづく思う、彼女を引き込むことに成功して良かったと。

 

 

「ええ。…愚かな人類を荒魂(私たち)と融合させることで昇華させる。良かったですね、あともう少しの辛抱であなたたちの願いは叶う」

 

 

 どこか小悪魔チックな笑みで、彼女は言った。

 薔薇も釣られて笑う。

 その日、二人の狂ったような笑い声が本部に響いた。

 

 -----------

 

 だだっ広い真っ白な世界で、少女は御刀を振るう。

 愚直に、誠実に、振るい続ける。

 眠り始めて五日、聖と喋る時以外はずっと、彼女は御刀を振り続けていた。

 

 

 精神世界なのだから、彼女が望めば何でも手に入るのに、何かを望むことはしなかった。

 欲しいものは、現実(あっち)に全てある。

 だから、この世界で望むことは何もない。

 

 

 強いて言えば対戦相手くらいだが、それも聖がやってくれるので、本当に何も望むものはないのだ。

 

 

「真面目だね。そう言うところは、龍雅君に似たのかなぁ」

 

「そう? 別に、こんなの普通だよ」

 

 

 否、全く持って普通ではない。

 普通なら、五日間もこんな何も無い世界に居たら気が可笑しくなり始める。

 だが、彼女にその予兆は見られない。

 望めば何でも手に入る世界で何も望まない。

 

 

 この時点で普通ではないのだ。

 

 

「結芽ちゃん、頑張ってるよ。今の所、中型には苦戦してないし、大型も大丈夫じゃないかな? ……流石に大荒魂クラスになるとどうにもならないと思うけど」

 

「クロユリには?」

 

「絶対無理。()()クロユリには勝てない。どれほど自分を追い込んで強くなろうとしても、勝てないよ」

 

「……お母さんはどうしてそう思うの?」

 

 

 あの結芽の事だ。

 二ヶ月もあれば、クロユリを倒すレベルまで成長しても可笑しくない。

 まして、自分を追い込みに追い込んで稽古をしているのに、届かないなんてありえない。

 何か訳がある。

 

 

 百合は少ない会話から、しっかりと問題に気付いていた。

 

 

「今のクロユリは、私たちが知ってるクロユリじゃないの」

 

「…具体的には?」

 

「私たちの知ってるクロユリを、仮にクロユリAとする。知らない方はクロユリB。クロユリAは、私たちの中で約百年存在していた。そこまで長く存在していると、意識はちゃんとした形で確立されていく。今回の件で、少なくなっていた穢れが増えに増えて、刈り取られたと同時に新しい意識が生まれた」

 

「それが、クロユリBって事?」

 

「そっ。クロユリAの方が意識として確立されてるけど、あとから生まれたクロユリBの方が荒魂として優勢だった。……ここで問題、一つの存在に意識は二つ必要ですか?」

 

「…必要な場合もあるけど、基本的には必要ない…筈」

 

 

 一つの存在に、二つの意識は意味が無い事が多い。

 確かに、二つある事で利便性は生まれるかもしれないが、そんなことは稀だ。

 意識同士がぶつかり合う方が多いに決まっている。

 なら、自ずと聖の説明の続きが分かってくる。

 

 

「荒魂として優勢だったクロユリBはクロユリAの意識を完全に消そうとした。勿論、着いてった燕ちゃんの意識もね。でも、約百年の時間を懸けて確立された意識を、生まれて間もないひよっ子が完璧に消せる訳が無い。だから、クロユリBはクロユリAを利用することにしたの」

 

「……もしかして?!」

 

「百合の思ってる事は、多分正解よ。クロユリBはクロユリAの記憶を自分にコピーした。だから、彼女は荒魂化したあなたと同じ容姿を持ち、同じ剣術を使う」

 

「待ってよ! じゃあ、御刀は?」

 

「恐らく、赤羽刀とノロを利用して、宗三左文字と篭手切江の贋作を作ったんでしょうね」

 

 

 不可能だ、そう言いたい百合だが、完全に否定する事は出来ない。

 何故なら、今のクロユリは禍神に近い状態だからだ。

 見立てが間違ってなければ、黒桜の本部内にあったノロを使って穢れの濃度を上げ、最終決戦時のタキヅヒメと同等以上になっている。

 

 

「お母さん、結芽に指導を……」

 

「ダメ。あの子にはまだ教えられない」

 

「……昔の私と、同じだから?」

 

「良く分かってるじゃない。あんな状態の結芽ちゃんに夢神流を教えたら、どう転んでも死ぬわ。娘の想い人を殺すなんて……したくないもの」

 

「気付くまで、待つの?」

 

「残り一週間になってもダメだったら、その時はまた考えるわ」

 

 

 朗らかに笑う聖に焦りは見えない。

 娘の死を恐れているが、それ以上に娘の想い人を信頼していた。

 彼女ならきっと気付くだろう…と。

 

 

 百合も百合で、クスリと笑った。

 自分は気付くことが出来た……いや気付かせてもらった。

 なら、結芽も大丈夫だ。

 今の結芽には、頼れる人がいっぱい居る。

 

 

 それに、約束がある。

 一生懸けて彼女を楽しませる、と言う約束があるのだ。

 約束を破らせる筈がない。

 破らせてなんて、くれないだろう。

 

 

 斬っても切れない縁を結んだ。

 どれだけ解けそうになったとしても、解けない縁を結んだ。

 

 

 死が二人を分かつことがあろうとも、けして解けはしないし、切れはしない。

 同じ想いで繋がった縁は……絶対に。

 

 

 




 次回もお楽しみに!

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陸話「不変の事実」

 お気に入りが百四十人を突破し、UAも25000を突破しました!
 これからも、私の作品を読んでもらえると嬉しいです!


「北海道の旭川市?」

 

「はい。正確には、北海道旭川市東旭川町です。…そこに、結芽さんの御両親が居ます」

 

 

 真希や寿々花たちに頼って両親の捜索を始めてもらってからまだ一日。

 たった一日で、結芽の両親は見つかった。

 指令室に居る職員の顔を見れば、どれだけ頑張ってくれていたかが一目で分かる。

 黒桜の件で寝不足により顔色が悪かったのが、更に酷くなっているのだ。

 

 

 デスクの周りにはエナジードリンクや栄養剤の空き容器が転がっている。

 結芽は目頭が熱くなり、少しだけ顔を俯けて小さくお礼を言った。

 

 

「………ありがとう」

 

 

 職員はその言葉が貰えるだけで充分だったのか、皆薄く微笑んで通常業務に戻る。

 夜見は結芽に一通りの説明をし、すぐに北海道に立つことを伝えた。

 二人は百合の残り少ない時間の内に決着を付ける為に、一分一秒を無駄にすることは出来なかった。

 

 -----------

 

 その日の夕暮れ頃に、二人は北海道旭川市東旭川町に降り立った。

 空港からバスに揺られること四十分弱、ようやく着いたのだ。

 結芽は辺り一面の雪景色に驚きながらも、寒さでかじかむ手を自分の吐息で温める。

 

 

 遠征で何度か訪れた事はあったが、真冬のこの時期に訪れたのは初めてだ。

 だからこそ、北海道の寒さを舐めていたと後悔している。

 自分の隣にいる夜見は女子力ガン無視の完全防寒スタイル。

 登山用の靴にウインドブレーカーを上下で着込み、更にその上にベンチコートを羽織っている。

 

 

 勿論、手袋も二重で付ける程の完全防寒スタイルだ。

 対する結芽は、イチゴ大福ネコがプリントされた可愛らしいダッフルコートを羽織り、同じくイチゴ大福ネコがプリントされた手袋とネックウォーマーを付けている。

 女子力ーーもとい少女力高めな防寒装備は、完全には寒さをなくすことが出来ず、ブルブルと震えながら雪道を歩く。

 

 

 因みに、下の靴は普通のスニーカーだったり……

 

 

「も〜う! なんでこんなに寒いの〜!!」

 

「あまり叫ぶと、余計に体力を使って寒くなりますよ」

 

「ぐぬぬぬ……! …それで、夜見おねーさん。パパとママの家まで、あとどのくらいなの?」

 

「そうですね。……今の位置から大凡で計算すると、あと五から六分と言った所でしょうか」

 

 

 手袋を付けている為、スマホではなく地図を使いながら場所を確認する。

 そんな夜見の行動を、結芽は嫌いな物を押し付けられた子供のような表情で見つめていた。

 幼い頃から剣術漬けだった人生で、勉強に割いた時間などたかが知れている。

 

 

 ふと、「隣の芝生は青い」、そう百合が言っていた言葉を思い出して苦笑する。

 

 

「どうかしましたか?」

 

「ううん。なーんにも」

 

「…? そうですか、なら先を急ぎましょう」

 

 

 防寒対策の所為で御刀が抜きにくい今、荒魂が出現したら面倒臭いことこの上ない。

 諸々の面倒事が起きる前に、夜見は今回の件を片付けようとしていた。

 

 

 真っ白な雪景色を見ながら歩くこと五分。

 一軒の小さな家が見えてきた。

 北海道特有の家の造りである平らな屋根『無落雪屋根』にこれまた驚きつつ、結芽は歩を進める。

 

 

 家の前に着くと、表札に「燕」と書いてある事が分かった。

 自慢ではないが、彼女は自分の苗字が珍しい方だと思っている。

 …加えて、この近くにある家は、また五分ほど歩かないと見えてこない。

 住所的には、この家で間違いはない筈だ。

 

 

 寒さの所為ではない震えが、結芽を襲う。

 拒絶、それは今まさに追い詰められつつある彼女の心に、簡単には治らないヒビをいれる事と同義だ。

 先程まで軽やかに踏み出せていた一歩が、中々踏み出せない。

 

 

 そんな時、彼女の頭を、そっと夜見が撫でた。

 優しい手つきで、温かい気持ちの篭った撫で方だった。

 

 

「…私に出来る事は少ないですが、出来る範囲の事はやるつもりです」

 

「夜見おねーさん…………行こっか」

 

 

 報告するだけだ。

 自分が幸せになれたと、報告するだけだ。

 インターホンを押してから数秒、重そうな玄関のドアがゆっくりと開かれた。

 出てきたのは結芽の母、燕冬芽(ふゆめ)

 腰まで流したままの結芽と同じ桜色の髪に、驚きの色を含んだ紺色の瞳。

 

 

「…………結芽…なの?」

 

「…久しぶり、ママ」

 

 

 数年の空白が開いた母娘は、こうして再開した。

 方や捨てた側、方や捨てられた側。

 驚きの顔と苦笑気味の顔。

 凡そ母娘の再開には似合わぬ空気が、そこに出来上がっていた。

 

 -----------

 

 中に上げてもらった二人は、玄関で防寒着を脱ぐよう言われ居間に通された。

 居間には、嬉しいとも悲しいとも取れる曖昧な感情を、表情で表している父、燕解人(かいと)が座っていた。

 少しボサつきが見える黒い髪に、結芽と同じく碧色の瞳。

 

 

 突然の再開に困惑しているのは明らかだ。

 無言のまま二人は座布団に座り、冬芽が来るのを待つ。

 床暖房とエアコンのお陰で寒さは全く持って感じず、少し暑いくらいだ。

 待つ事数分、解人にとっては地獄のような数分が過ぎた時、彼女はお盆にお茶を持ってやって来た。

 

 

「ごめんなさいね、ジュースはないの。…これはお茶菓子よ、自由に食べてちょうだい」

 

「…ありがとうございます。冬芽さん」

 

「良いのよこれくらい。この程度じゃ、罪滅ぼしにもならないわ」

 

「…何をしに来たんだ、結芽? …私たちに復讐をしに来たのか? だったら、早く済ませてくれると助かる。…()()()()()()()

 

 

 解人の「もう疲れた」には、色々な意味が含まれているように結芽は感じた。

 娘を捨てた罪悪感、娘を助けられなかった無力感、娘を道具のように使っていた後悔。

 それに押し潰されそうになりながら生きてきた空白の時間だった。

 

 

 間が空いた、結芽は言葉の重さに何も言う事が出来ず固まっている。

 だが、夜見は違った。

 

 

もう疲れた…ですか。それに、早く済ませてくれると助かる…ですか。良くそんな言葉言えましたねっ!!」

 

 

 彼女は自分の御刀である水神切兼光の切っ先を解人と冬芽に向ける。

 親衛隊として長くの時を過ごした結芽でさえ、初めて見る怒りの表情と初めて聞く怒声だった。

 

 

(ゆりみたい…)

 

 

 自分の為に怒ってくれているその姿が、最愛の人(百合)に重なる。

 追い詰められた結芽の心が、少しづつ癒されていく。

 こうやって、温かい感情に包まれる感覚は病みつきになりそうだと、彼女は思った。

 

 

「夜見おねーさん。止めて」

 

「ですがっ!」

 

「良いの。私は、大丈夫だから」

 

 

 きっと百合もこうやって怒ってくれたんだろうなぁ、そんな事を思いながら、結芽は言葉を続けた。

 

 

「何で捨てたの? 何で何も言ってくれなかったの? …色々聞きたいことがあるけど、でも今日はそれを聞くために来たんじゃないの」

 

「じゃあ……何の為に?」

 

「報告だよ、報告。…あれから、元気になって幸せになったって。自分の口で言いたかった。パパとママにもう一度会いたくて、戻ってきて欲しくて、ノロの力で生き延びだ私は…強くなるためにーー強くある為に戦ってた」

 

 

 でも、違うのだ。

 結局、変わらず弱いままで、強くなんてなれてなかった。

 けれど、百合が教えてくれた。

 ありのままで良いと、強さなんて関係ないと。

 そのままでも、私が傍に居ると。

 

 

 約束もした。

 破らせてはいけない約束で、破らせたくない約束だ。

 

 

「私さ、あの子が隣に居るだけで良かったんだ。みんなが傍に居るだけで良かったんだ。パパとママだけが大切だった私は、とっくのとうに死んじゃったの」

 

「そう…か」

 

「…結芽。私たちはね、結芽が幸せならそれで良いの」

 

 

 まだ、言いたい事はあるが、取り敢えず言っておきたいことは大体言った。

 あとは、邪魔者を斬るだけだ。

 先程から感じていた気配を頼りに、結芽は立ち上がり一歩踏み出す。

 両腰に固定された御刀を抜き、写シを張る。

 

 

「パパ、ママ。…産んでくれてありがとね、愛してくれて…ありがとね」

 

 

 その二つだけは、きっと不変の事実だから。

 言わなくてはいけないと、直感的に思った。

 玄関のドアを開くと、三人の冥加刀使が居た。

 …資料で見た珠鋼搭載型S装備を装着している事から、黒桜の一員だと言う事が分かる。

 

 

「パパとママには手を出させない。…先に負けたい人から来なよ? まぁ、誰が来ても同じだけどさぁ」

 

 

 挑発は簡単に成功し、正面右側に居た一人が迅移で突撃してくる。

 ただの振り下ろしにしか見えないが、第五段階の八幡力を使用している可能性がある以上、受けるのは得策ではない。

 結芽は見切りで躱すと、カウンター気味の薙ぎ払いで写シを剥がす。

 

 

 予想通り、八幡力を使っていたらしい。

 珠鋼搭載型のS装備は、第五段階の金剛身と八幡力を使えるが、二つを同時に使う事が出来ないのだ。

 このカラクリさえ分かっていれば、カウンター主体の攻撃で写シを簡単に剥がす事が出来る。

 

 

 …だが、一度見られてしまったら、二度目は簡単には通用しない。

 自動で金剛身と八幡力を発動されるのは厄介極まりない。

 結芽は百合が良くやっていた、二本でやる独特な射の構えで相手の首元を狙う。

 迅移を使い、近くに居た正面の敵との間合いを詰める。

 

 

 間合いを詰められることが分かっていたのか、敵である冥加刀使は構えを受けの姿勢に移す。

 我流にも見える結芽の連撃が冥加刀使を襲った。

 切り上げから始まり、振り下ろし、薙ぎ払い、袈裟斬りからの逆袈裟。

 無茶苦茶にも見える攻撃は、相手の動揺を誘い八幡力を使った攻撃が結芽に降り掛かる。

 

 

 しかし、追い詰める所まで考えていた彼女は、難なくその一撃を避け、逆にほぼ同時に相手の体に一撃を叩き込んだ。

 残された冥加刀使はしきりに辺りをキョロキョロと見渡している。

 救援を待っているのか、はたまた仲間が倒された事に焦りを感じているのか? 

 

 

 そんな事はどうでもいい、百合を傷付けて、両親に危害を加えようとした時点で、彼女たちは結芽の逆鱗に触れたのだ。

 

 

「…これで、終わり」

 

 

 結芽が迅移を使って迫ろうとした瞬間、敵である冥加刀使が突然倒れた。

 一応警戒しながら近付くと、気絶している事が分かった。

 

 

(…怖くて気絶したって事はない筈。なら、何で……)

 

 

 彼女たちが装着しているS装備に、何かしらの欠陥があった? 

 降って湧く疑問に答えがすぐ出る筈もないので、結芽はため息を吐きながら家に戻って行く。

 

 

 その日、結芽の中で一つの区切りが着いた。

 

 

 




 みにゆりつば「キセキノハナ」

 桜前線に異常無し。
 テレビでのそんは報道を見た結芽は、百合にこう持ちかけた。


「ねぇねぇ、ゆり〜!」

「…桜見に行こうって言うんでしょ? ダメだよ。つい二日前に見に行ったばっかりじゃん」


 ぐぅの根も出ない正論で論破されかけた結芽だが、一つある事を思い出した。
 それは先日の事。
 せっせこ任務に励んでいた結芽が帰ってきた時、一人で百合がパソコンを使って何かしていたのだ。


 他所様には見せられないような緩んだ顔をしていたので、結芽は声を掛けた。


「なーにしてるの、ゆり?」

「ひゃっ!? ゆ、結芽?! どどど、どうしてここに?」

「だってここ、私たちの部屋だし」

「で、でも、今日はもう少し帰りが遅いって…」

「えー。私、帰るの早くなったって連絡したよ? メールで」


 急いで百合はスマホを確認する。
 そこには、「早めに帰れそう!」と一言書かれたメールが送られてきていた。
 緊急事態を悟った百合は、目にも止まらぬ早さでパソコンをシャットダウンしようとしたがーー


 バシッと、結芽がその手を掴んだ。
 力では勝ってるはずなのに、百合は結芽に強く出られるとあまり押していけないタチだった。


「へぇ〜。日記かぁ…なになに。ふむふむ……へぇーん……ほうほう……。あ〜あ、良い事知っちゃったなぁ」

「ゆ、結芽っ! こ、この事は秘密に……」

「じゃーあ。私の言う事、一回何でも聞いてね?」

「聞く聞く!」


 …という事があったのだ。
 因みに、日記の内容はプライパシーの侵害に当たるので、お見せすることは出来ないとか……


「てな訳で! 行こ!」

「……はぁ。分かったよ」


 渋々と言った百合を連れ出して、結芽はいつも桜を見ている場所に向かった。
 花見の季節はまだ終わっておらず、ポツポツと花見客が居るのが分かる。
 二人は適当な所にレジャーシートを敷いて、ゆっくりと座った。


 風によって流されていく桜の花弁を見ながら、ただただぼーっとするだけ。
 それだけなのに、二人はどこか懐かしい顔だった。
 一時間ほどが経った頃、百合はふと桜の木の下に一本の花があるのを見つけた。


 ただの花だったら、そこまで驚きはしなかっただろうが…それは普通の花ではなかったのだ。
 百合の花、本来は夏に咲く筈の花が、そこ咲いていた。
 まるで桜の木に寄り添うように、そこに一輪だけ咲いていた。


 何故か、百合は無性に応援したくなって、声小さくエールを送ったのち近くまで近付いて写真を撮った。


 奇跡の花と言っても過言ではない一輪だ。
 近くに居る結芽に早く教えたくて、彼女はとてとてと結芽の下に戻る。


 世界は不条理で残酷だが、奇跡は有るんだと。
 その花が証明してるようだった。

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 結芽の両親の心境は、私の勝手な解釈やオリジナルの設定です。
 気に入らないと思った方はすいません。

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 次回もお楽しみに!

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漆話「聖女降霊」

 綾小路武芸学舎に隣接する病院のある一室に、少女ーー夢神百合は死んだように眠っていた。

 眠りについてから十日、一向に目が覚める気配はなく、クロユリを取り戻さないと百合が死ぬかもしれない、と言う予測が段々と現実味を帯びていく。

 

 

 そんな眠っている百合のベットの脇に、結芽は居た。

 鬱陶しいほどある生命維持装置を、態々少しズラして作った場所にイスを置いて座っている。

 両親との件は吹っ切れたが、こっちはまだ済んでいない。

 だが、言う事はとうの昔に決まっていた。

 

 

 ゆっくりと息を吸って、彼女のーー百合の心に響くように言葉を紡いだ。

 

 

「ゆり。もう少しだけ待っててね、絶対に助けてみせるから。約束、破らせたりしないから。例え…私の命に代えてでも……!」

 

 

 その言葉は力強くて、重い。

 最後の一言に全てが詰まっていた。

 結芽にとっても、百合にとっても、お互いは生きる為の糧だ。

 お互いが居るから頑張れる。

 お互いが居るから生きていける。

 

 

 なら、もし片方が居なくなったら? 

 …勿論、関係は破綻する。

 いや、そもそもの時点で破綻している。

 お互いが居るから頑張れるなど、お互いが居るから生きていけるなど、普通ならありえない。

 

 

 世の本気で愛し合ってる恋人や夫婦たちの中にも、彼女たちのような関係は少なからず居るだろうが、片方が居なくなったら本気で『死ぬ(生きていけない)』と言う人間は、その中でも少数も良い所だ。

 それ程までに想いあっている、それ程までに依存しあっている。

 

 

 ……だからだろうか、結芽が百合の危機に気付いたのは。

 

 

「…じゃあ、稽古があるからそろそろ帰るね」

 

 

 そう言った直後、帰ろうとする体を結芽の第六感とも言える直感が止めた。

 百合が危険だと、脳に正体不明のナニカが語り掛けてくるような感覚。

 イスから立ち、静止した彼女は御刀に手を置いた。

 何時でも引き抜ける準備をしていた、何時でも斬りかかれる体制に入っていた。

 

 

 なのに敵は、堂々と病室の入口から現れた。

 適当な長さで腰に揃えられた漆黒の髪に、値踏みするような朱殷の瞳。

 どこか、百合と似た雰囲気を持つ女性だと結芽だけが感じ取った。

 その正体は薔薇だ、何故か珠鋼搭載型S装備を着ていないが……

 腰に固定された御刀は、天下五剣が一振り「三日月宗近」。

 

 

「…三日月宗近。…それ、何でおねーさんが持ってるの?」

 

「答える義理も義務もありません…が。条件を呑めば答えてもよろしいですよ?」

 

「どーせ、大人しくゆりを渡せって言うんでしょ? 嫌だよ。絶対に渡さない。もし、ゆりに触ったら……殺す」

 

 

 二本の御刀、宗三左文字と篭手切江を抜き、殺意と共に薔薇に向ける。

 薔薇も薔薇で、やれやれと言った様子ではあるが、口元が少し緩んだ。

 簡単には終わらないで欲しいと、暗に言ってるようだ。

 同時に写シを張ると……刹那、二人の距離は一気にゼロになり、御刀同士で斬り結ぶ。

 

 

 結芽の二刀を、薔薇は余裕がある笑みのまま受け止める。

 …珠鋼搭載型S装備を着けていなくても、彼女には結芽の御刀を受け切り、尚且つ押し返す余裕が有り、逆に結芽には斬り結んだ薔薇の御刀を押し退ける余裕すら無い。

 

 

 最初の一撃で、結芽は自分の実力と相手の実力の差を知った。

 強者には、実力差がハッキリと分かる。

 弱者には、実力差がハッキリと分からない。

 …結芽は前者だ。

 だからこそ、絶望の色に瞳が染まっていく。

 

 

 勝てない、勝てる訳が無い、百合を守れない。

 負の感情が濁流のように押し寄せるが、結芽は、百合を絶対に助けなければいけないと言う一心で、何とかそれを乗り切る。

 

 

「っ…!! あァ!!」

 

「ーーっ!?」

 

 

 結芽は八幡力を使って押し退けると見せかけて、逆に押し返させて御刀を振り下ろさせて隙を作った。

 その作った隙に合わせて左足を軸に右足で蹴りを叩き込んだ。

 薔薇にとっても蹴りは予想外だったらしく反応が遅れるが、冷静に対処し躱す。

 

 

 しかし、躱した所に結芽が追撃を掛ける。

 喉元を中心とした攻めの連撃で、相手を追い詰めていく。

 薙や突きを、一瞬の合間もなく繋げて余裕を削ろうとするが、薔薇は涼しい顔で受け流す。

 

 

 そして、結芽の連撃が遅れた瞬間、薔薇のカウンターが入る。

 八幡力を発動し、柄で右腕の御刀を落とし、先程の結芽と同じく蹴りで左腕の御刀も落とす。

 あまりにも短い時間で起きた出来事に、結芽は全く反応出来ず、薔薇がトドメに放った左フックで吹き飛ばされる。

 

 

「ぅう、ァああ」

 

 

 痛みが彼女を苦しませたが、数秒もしない内に意識が薄れていく。

 

 

(…ごめん……ごめんね…ゆり。…私…ゆりの事…助けるって……言ったのに………………)

 

 

 その想いが言葉にして外に出る事はなく、結芽の意識は深く闇に沈んだ。

 

 -----------

 

「全く、あなたも厄介な少女に好かれてくれますね。…さて、残念ですが、クロユリ様が完璧になる為に死んでください……私の可愛かった従姉妹(いもうと)よ」

 

 

 彼女がそう言って、御刀を振り下ろそうとした瞬間、突如胸から御刀が生えてきた。

 否、後ろから誰かに突かれたのだ。

 

 

「ありえません…気絶させた筈」

 

「だね〜。結芽ちゃん(この子)は気絶してるよ? 最も、宗三左文字の中に居た私は、気絶なんてしないけど」

 

 

 瞳が碧色ではなく、薄茶色に変わっている事から、薔薇は彼女が先程までのものとは違う事を確信する。

 結芽……ではなく聖は、突き刺した宗三左文字を抜いて迅移で下がった。

 しっかりと篭手切江の近くに…だ。

 

 

「私の可愛い娘に、手を出すの止めて欲しいんだよね〜」

 

「私にも、私なりの理由が有りますので、譲る事は出来ません」

 

「あっそ。まぁ、そんなの関係ないよ? …力づくで譲らせるから」

 

「…聖女とは思えぬ言動ですね。我を忘れているのでは?」

 

「そうかなぁ? 私は、昔からこんなんだったよ」

 

 

 ただ、会話をしているように見えるが、二人はジリジリと距離を詰めている。

 自分の間合いに届くように。

 けれど、その均衡していた状態を、一人の少女が崩した。

 病院の窓ガラスを壊しながらのダイナミックな突入をした少女の名は、衛藤可奈美。

 

 

「…聖さん、百合ちゃんも結芽ちゃんも大丈夫ですか?」

 

「察すが〜。視えてるんだ、私の事」

 

「一応。それで……二人は?」

 

「大丈夫だよ、二人共無事。結芽ちゃんは中で眠ってるけど」

 

「良かったぁ。…じゃあ、あの人を倒して色々聞きましょうか!」

 

 

 可奈美が意気込むが、薔薇にその気は無いらしく可奈美が壊した窓から飛び去って行く。

 意表を着いた逃げだった事に、可奈美はぼーっとそれを眺めるだけで終わってしまう。

 

 

「……すいません。やっちゃいました」

 

「…まぁ、大丈夫だよ。でも、一応もっと安全な場所に百合を移した方が良いかもね」

 

「ですね。…今から、相楽学長に掛け合います」

 

「私も行くよ。混乱させるけど、私が居た方が良いし。……それに、言わなきゃいけない事もあるし」

 

 

 百合を置いて行くのは心許ないが、予断は許されない。

 近くに居た警備の刀使に、巡回を止めて百合の近くで待機して貰うようお願いして、二人は学長室に向かった。

 ……そこで、聖は言わなければならない期限を提示した。

 

 -----------

 

「…二ヶ月が期限」

 

「そうだ。それまでには絶対にどうにかしなければならない」

 

 

 結月からの言葉を結芽は聞こうとするが、先程の戦闘が頭に残って全く耳に入ってこない。

 勝てるビジョンが見えない。

 どれだけ強くなっても勝てない、そう錯覚する程の強さだった。

 文字通り次元の違う強さ。

 

 

 その上にクロユリが居ると思うと……

 

 

(…どうすれば)

 

 

 どうすれば良いか分からない。

 稽古を積んで、実践を積んで、それでどうにかなるのか? 

 

 

 その日、少女の中に、誓が揺らぐような不安が芽生えてしまった。

 




 みにゆりつば「重い」

 生理、それは刀使である彼女たちにとっても、普通の人とさほど変わりなく待ち受ける成長の兆し。
 そして、その生理が今日、百合にも訪れた。


 御刀で写シを斬られる痛みとは、ベクトルの違う痛みに耐える事が出来ず、百合はベットに蹲っていた。


「ゆり? 何かして欲しいことある?」

「…お腹、温めたいから…カイロが欲しいかな」

「分かった。探して無かったら、買ってくるから少し待ってて」


 ガサゴソと机の引き出しを探っている音さえも、今のは百合には辛く感じるが、不思議とその音を出しているのが結芽だとあまり辛くは感じない。
 同年代でも生理が重い方だと言われる百合だが、そんな彼女が生理中を穏やかに過ごせるのは傍に結芽が居てくれるからだろう。


「あったよ〜。貼るカイロだから、辛いと思うけど服脱がすね?」

「うん。…お願い」


 気恥しさは確かにあるが、嬉しさが勝ってあまり照れることは無い。
 結芽も似たような理由なのか、気恥しさはあるが真剣な表情でお腹にカイロを貼り元に戻す。


「終わったよ。…あとはどうする?」

「…眠れるまで、傍に居て」

「任せて」


 支え合う。
 簡単に見えて難しい事を、二人はさも当然のように出来るほどの仲だった。

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捌話「折れた翼は戻らず、燕は堕ちる」

 薔薇の襲撃から四日、百合が眠りについてから二週間が過ぎた。

 関東圏でも雪が降るほど寒いこの季節、結芽は制服の上に薄手のコートを羽織り、とぼとぼと歩いて任務から帰還する。

 

 

 ここ四日ほど、結芽は誰とも口を聞いていない。

 可奈美や真希が心配そうに話し掛けても、紫や呼吹が稽古の件で話し掛けても、彼女は全く持って返事を返さない。

 イタズラっ子のような笑顔も、小悪魔のような笑顔も、楽しそうにニッカリとした笑顔も、まるで過去のものになってしまったかのように、綺麗サッパリ消えてしまった。

 

 

 淡々と任務と稽古をこなし、百合の見舞いに時間を割く。

 日に日に、百合との面会時間が増えていく。

 今も、任務の報告を電話で済ませて、百合の見舞いに行こうとしている。

 

 

「……………………」

 

 

 ……稽古の成果は着々と出ているのに、どこまで登っても勝てる気がしない。

 だから、諦めかけている。

 絶対に取りたくない手を使おうとしている。

 きっと、みんなに怒られる方法だと知りながら、百合が望まぬ救われ方だと知りながらも、結芽は禁じ手にーー最凶の悪手に手を出そうとしているのだ。

 

 

 しかし、誰もそれに気付かない。

 結芽が誰とも喋らなくなったから、誰も彼女の考えに気付けない。

 異変には気付けても、考えには気付けない。

 

 

 ……ある、一人を除いてはーー

 

 

『……やっても、百合は喜ばないよ』

 

「煩いなぁ…。私の命をどうしようが、私の勝手でしょ?」

 

『でも、あなたの命を救ったのは百合で、あなたは自分の命を百合のものだと言った。…違う?』

 

「……………………ウザイ」

 

『ほら、そうやって逃げる。逃げてても良い事なんてないよ? 稽古、もう少し頑張ってみれば?』

 

 

 宗三左文字の中に居る聖だけは、彼女の考えに気付いていた。

 本当なら手を出す時期じゃない筈なのに、取り返しのつかない道に進もうとしている結芽を、どうにかする為に話し掛ける。

 結芽も結芽で、聖の話にだけは耳を傾けた。

 どこか百合に似た優しい声音だったから、気を紛らわす為に耳を傾けた。

 

 

 それ以上の意味は無い、だから説得は効かない。

 

 

「……おねーさんには分かんないよ、どうせ負けた事なんてないんでしょ…?」

 

『そうだね。負けた事は無いよ』

 

「だったら……何も言わないで」

 

『……………………』

 

 

 一方的な言葉で聖を黙らせて、都合の悪い事は耳に入れようとしない。

 そうして、燕は深く落ちていく。

 天に届く才を持つ燕は、自信という翼を折られて落ちていく。

 

 

 救わなければならない少女に縋らなければ、燕は生きていくことさえままならない状態にまでなっていた。

 

 -----------

 

 百合が眠る部屋には、所狭しと精密機器が並べられている。

 ベットの近くに置いてあるイスに座るのも、一苦労がかかる程の過密さだ。

 それほど慎重を期さなければいけない状況だと、医学に精通してない者でも一目で分かる。

 

 

 結芽はそこで、百合に絶えず話しかける。

 最近起こった事や、過去に起こった事、果ては未来に起こるであろう事を、少女は絶えず話し続ける。

 

 

 何か喋っていないと、気が変になりそうで、返事が来ないと知りながらも喋り続ける。

 それを、二人の少女が硝子越しに見ていた。

 

 

「ゆめゆめ……。相当不味いデスネ」

 

「見たいですね。…稽古の成果は出てきてはいますが、それで折れた自信が補えるとは思えません」

 

「薔薇……ですか。似てるけど対照的デスネ、百合と薔薇。棘のある薔薇に対し、滑らかな百合」

 

「どちらも花言葉には純潔が入るらしいですよ」

 

「む〜。ゆめゆめに話しかけたい所デスガ…無視させるのがオチですねヨネ」

 

「……でしょうね」

 

 

 仲間だからこそ心配だった。

 出来るなら声を掛けてやりたいが、彼女はそれを受け付けない。

 なら、そんな言葉を吐く時間に意味は無い。

 だったら、他の事に有効に時間を使うべきだ。

 百合を助ける為にも…………

 

 

「ゆりりんが居たらこうならずに済んデ、ゆりりんが居ないからこそこうナル」

 

「彼女は、良くも悪くも、燕さんにとって大きな存在でしたからね……。こうなる事は必然の結果でしょう。暴走していないだけマシですよ」

 

 

 二人は他の仲間に比べて、幾分か落ち着いていた。

 怒りも、辛さも、苦しみもあっただろうが、それでも落ち着いている。

 何故なら、彼女たちは探求する者だからだ。

 どれだけ嬉しい事があっても、どれだけ悲しい事があっても、表に出し過ぎず、探求し続ける。

 

 

 感情の波に任せた探求が上手くいかない事を知っているからだ。

 昂った感情は内に宿すが、決して脳まで届かせない。

 あくまで冷静に物事を処理する。

 それが出来なければ、結果など出すことが出来ないからだ。

 

 

「グランパが、珠鋼搭載型S装備に対抗する物ヲ、今全力で制作していマス。……完成はギリギリでショウ。」

 

「確か……燕さんや皆さん達のような強い方専用のS装備でしたっけ? …完成するんでしょうか?」

 

「才ある刀使限定にしても、完成の目処は分かっていマセン。……再開発だとしても、そう簡単には進みませんカラネ」

 

 

 未来の研究者である二人は、結芽の事を心配しながらも先を見据えて話していた。

 才ある刀使限定のS装備、フリードマンが手掛ける最後の作品は、全く持って全容の見えない……霞のようなものだった。

 

 -----------

 

「……今、なんて言った?」

 

「ノロのアンプルが欲しいって言ったの。相楽学長」

 

「意味を分かって言ってるのか? ……今、お前の体の中にノロが無いのは、フェニクティアのお陰なんだぞ!! あれだって、そう何度も使える代物じゃないんだ」

 

「知ってるよ。ノロを抽出する機械ができるまで、私の中にノロが居続けるんでしょ? ……別に良いよ、ゆりが居なくなるより万倍マシ」

 

 

 一歩も引く気は無いと、雰囲気と声音が伝えてくる。

 だが、結月も引く訳にはいかない。

 そんな事をさせたら、百合がどれだけ悲しむか知っているからだ。

 助かっても、救われても、それじゃ意味が無い。

 ……ただただ、虚しいだけだ。

 

 

「……話にならん、もう一度良く考え直せ」

 

「………………考えたよ」

 

「何?」

 

「考えて考えて! その結果がこれなの!! どんなに強くなっても、全然勝てる気がしない! だけど……あの時の力があれば…! きっと倒せる!! …だから、アンプルが必要なの!!!」

 

 

 普段の結芽なら絶対にしない行動だった。

 恩師である結月に、御刀を向けるなど……

 切っ先が、結月の頬をかすり、浅く切り傷がつく。

 切り傷から、すーっと血が垂れた。

 

 

 結月は何を言うでもなく、ただ悲しそうに一言、こう言った。

 

 

「残念だ……」

 

 

 悲しそうな表情のまま、彼女はデスクに置いておいたアンプルを結芽に手渡す。

 

 

「…出来るだけ使用者への負担を減らした最新のアンプルだ。戦う前に使え」

 

「開発、続けてたんだ」

 

「……まぁな。世界中には、昔のお前のような子供は五万といる……そう言う存在を救う為だ。……こうやって、戦う為に使うものでは無い」

 

「でも、作った。……こうなるって分かってたんじゃないの?」

 

「………………さぁな」

 

 

 結月にとって、結芽だけが大切な存在なのではない。

 百合も、結月にとっては大切な存在なのだ。

 それを救う為なら……なんだって……

 

 

「じゃあ、行くね」

 

「………………好きにしろ」

 

 

 皮肉な事もあるものだ。

 かつて、結月の事を幾度も守ってくれた御刀ーー宗三左文字が、今になって彼女を傷付けるなんて。

 

 

「聖……私は、何をするのが正解だったんだ…?」

 

 

 今を生きる筈の結月の言葉が、過去に生きていた聖に届く事は無い。

 だが、聞かずには居られなかった。

 

 

「こんな事になるんだったら、あの時、聞いていれば良かったな……」

 

 

 彼女は久しく感じていなかった後悔の念を、その日、思い出した。




 みにゆりつば「VR」

 先日、百合は結芽がどうしても欲しいと言っていたVRゴーグル(イヤホン付き)とゲームを買った。
 だが、それは間違いだった。
 何故なら…………任務をサボってゲーム三昧の毎日を一週間も過ごしているからだ。


「……結芽?」

「やっふぅ!! VRゲーム、最っ高!!!」


 今は『Beat Saber』と言うゲームにご執心らしい。
 VRゴーグルを掛けてリモコンをフリフリしながら遊んでいる。
 百合の心を正直に言うなら、「結芽可愛い」だ。
 笑顔で楽しそうに遊んでいる結芽は可愛い……が、任務を疎かにするのは不味い。


 薫に、明日には引っ張ってでも連れて来いと言われた百合としては、早々の内にゲームを没収し封印すれば良いのだが…………


(……楽しそうだしなぁ。最近、任務の所為で遊べてなかったし、しょうがないのかなぁ……)


 本当に楽しそうに遊ぶ彼女から、ゲームを取り上げるのは、百合にとってどんな稽古よりも辛い事だ。
 でも…………


(結芽に構って貰えないのは……やだな……)


 自分の中の天使が、「薫先輩の為にも、結芽の為にもゲームを取り上げるのです」と囁いて。
 自分の中の悪魔が、「自分の我儘を言って、結芽と一緒に遊ぼうよー!」と囁く。


 二つに一つの選択。
 ……百合はーー


「結芽?」

「イェーイ!! ふっふー!」


 聞こえてないのと見えてないのを良い事に、そっと片耳のイヤホンを取り囁く。


「…構ってくれないと…寂しいなぁ」

「ひゅっ?! い、いきなり、なに!?」

「……だってぇ、結芽がぜ〜んぜん構ってくれないんだもん。……浮気しちゃおっかなぁ」


 最後の言葉が無かったら、きっと優位に立ててただろうに……
 結芽は百合の最後の言葉を聞くと、ゴーグルを外してリモコンと一緒にテーブルに置く。
 そして……百合をベットに押し倒した。


「ゆ…結芽?」

「………………」


 鬼気迫る表情で自分の上に馬乗りになる結芽に、百合は頬を赤らめながら声を掛ける。
 しかし、結芽は無言のまま顔を百合に近付けていく。
 そして、さっき百合がやったように耳元で囁いた。


「絶対に…誰にも渡さいなから」

「ぁっ…」


 その瞬間、百合は悟った。
 今日は勝てない事を。

 -----------

 次回もお楽しみに!

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玖話「誰もが何かを求めてる」

 今回はみにゆりつば無し、本編短めですが悪しからず。


 時は無情に過ぎる。

 最悪な事に、黒桜との一件は進展を起こせぬまま一ヶ月の時が過ぎてしまった。

 百合が眠りについて一ヶ月。

 恐らく、結芽にとってその一ヶ月は、数年間が経ったほどのゆっくりとした時間の進みだっただろう。

 

 

 証拠として、結芽の最近の言動は常軌を逸したものが多くなってきている。

 幻聴、幻覚は当たり前、時には狂気じみた笑い声を突然発すると言う事例も出てきた。

 紗南や朱音、紫等の指揮に関わる者に、カウンセリングを受けるように言われ、受けてはいるが全く持って効果は見られない。

 

 

 一周まわって、可奈美や真希たちとは話すようになったが、何時スイッチが入るか分からない結芽の対処に誰もが困っていた。

 

 

 ……眠っている百合でさえも。

 

 

「…………………………」

 

「百合、あなたの所為じゃないよ」

 

「……でも、私がヘマしなかったらーー」

 

「あのねぇ、人間誰しも完璧になるなんて無理なの。どう足掻いても未完成、それが人間ってものよ。……もし、完璧になれた人間が居たとしたら、それはもう人間じゃない。人間の枠組みを超えたナニカよ」

 

 

 真っ白な世界に聖の声が響く。

 勿論、百合の心にも。

 ……それでも、百合の心には結芽に何かしてあげたい、と言う思いが残っている。

 追い詰められた人間は何をするか分からない。

 

 

 現に、結芽はノロに手を出そうとしている。

 気持ちは分かる……分かるが……止めなくてはならない。

 

 

(……命懸けで助けられる側って、こんなに苦しくて……辛いんだ)

 

 

 今まで知らなかった。

 いつも命懸けで助ける側だったから……

 気付かされる側だったから……

 命懸けで助けられても、助けられ方は喜ばないと。

 

 

「なにか、出来ないのかな…?」

 

「今の所はね。…時間も一ヶ月を切った。そろそろ向こうも動き始めるかもね」

 

「黒桜……どう動くのかな?」

 

「さぁ? 私も分かんないよ。結芽ちゃんが作戦会議に参加すれば、何か分かるかもしれないけど……」

 

 

 紗南たちが必死に動いているものの、敵の尻尾は思うように掴めない。

 外の空気はピリピリとしたものだ。

 百合の頭の中には、考えても仕方のないもし(IF)しか浮かばない。

 結芽の為に動きたいし、みんなの為に動きたい。

 

 

 けれど、今の自分の体は、そうやって動く事を許してくれない。

 

 

「みんな……大丈夫だよね?」

 

 

 信頼は無くなってないのに、不安が募っていく。

 少女は、夢の世界の中でもがき苦しんでいた……

 

 -----------

 

 黒桜本部にてーー

 

 

「また、刀剣類管理局の追っ手が?」

 

「はい。追い払ってはいますが、ここが気付かれるのも時間の問題かと……」

 

「そうですねぇ。…特に動く必要はありません。私たちが逃げる理由はないのですから」

 

「…分かりました。その方向で進めます」

 

「そうそう。…百合の暗殺に失敗したそうですね」

 

「どこでそれを…?」

 

 

 薔薇は明らかに動揺していた。

 朱殷の瞳を微かに左右に揺らし、顔も強ばらせている。

 報告はしてないし、誰もこの部屋ーークロユリの居る部屋に入れないようにしているので、誰かが入ったと言う事は有り得ない。

 

 

 なら何故……

 その思いが、素直に口から出てしまったのだ。

 

 

「…あら。本当でしたか。ここ最近、あなたがやけに不機嫌だったので、少しカマをかけてしまいました。許してくださいね…」

 

「いえ。私の不徳ですのでお気になさらず。…私の方こそ申し訳ありません」

 

「……さて、この話はこれで終わりにしましょう。強化型大荒魂の生産は順調ですか?」

 

「はい、量産は滞りなく……」

 

「なら、私から何か言う事はありません」

 

 

 そう言うと、クロユリはベットに寝転がる。

 睡眠を必要としない筈の荒魂だが、クロユリは稀に睡眠をとる。

 その時は決まってーー

 

 

「薔薇、すいませんが横に居てください」

 

「はい。仰せのままに…」

 

 

 存在自体が未だに完全ではないクロユリは、こうやって他者に依存する形で概念として存在を安定させる。

 だが、薔薇は知っている。

 クロユリがこの行為に、存在の安定以外に求めているものを。

 

 

(荒魂である、クロユリ様が人間の温もりを求めるのは……何故?)

 

 

 人間の温もり、クロユリはそれを求めた。

 本来のクロユリから記憶を奪い、百合からも記憶を奪った。

 だからこそ、今のクロユリは知っている。

 荒魂でありながら知っているのだ……

 

 

 愛される心地良さを。

 人肌の温もりを。

 故に、彼女は求める。

 誰でもいい、たった一人でいい……自分の隣に居てくれて、自分の存在を肯定してくれる存在を。

 

 

 元のーー本来のクロユリとは全く違う性質。

 新しいクロユリだからこそ目覚めてしまった性質。

 

 

黒桜(ここ)は私を肯定してくれる。だから、力を貸す)

 

 

 根底にあるのは人間への憎悪で、人間への怨みなのに、クロユリは黒桜の面々を……薔薇を信頼し好いていた。

 

 

 

 そして薔薇も、失礼だとは思いながらも、クロユリに在りし日の可愛かった従姉妹(百合)を重ねる。

 お互いに純粋だった。

 

 

 しかし、彼女の隣を歩くには力が足りな過ぎた。

 彼女の隣を歩くには、体が脆すぎた。

 薔薇は、だからこそ荒魂との融合による昇華を求める。

 

 

 在りし日の彼女が手に入らなくても、今の彼女を殺すことになっても構わない。

 力さえ手に入れば、体さえ強くなれば、薔薇はそれでいい。

 代わりを見つけたから……

 

 

「薔薇…。あなたは、私のーー」

 

「言わなくても大丈夫です。私は、何があってもクロユリ様の隣に」

 

「そう……ですか。良かっ……た」

 

 

 ゆっくりと、クロユリは瞼を閉じる。

 左右で色が違うオッドアイのような瞳はもう見えないし、雪女のように白い体が動く事も、あと数時間はないだろう。

 

 

 服で隠れていない部分の殆どが純白の輝きに満ちており、パッと見ただけでは荒魂だとは思わないだろう。

 神々しい白さから、神と見間違う者の方が多いかもしれない。

 何せ、彼女は実質禍神なのだから……

 

 

「……クロユリ様」

 

 

 人間の温もりを求める姿は普通の少女だ……

 だから最近、薔薇は思うようになった。

 彼女の力を利用する行為は、果たして意味のある事なのかと。

 

 

 人並みの感情は、彼女にーークロユリにきっとある。

 だったら、生み出した責任として、彼女にそれ相応の報酬があるべきではないか? 

 そんな考えさえ、薔薇は持ち始めている。

 

 

 残り一ヶ月。

 物語の終焉は着々と迫っていた。

 

 

 




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拾話「堕ちた燕の揺れ動く心」

 一ヶ月半、百合が眠りに就いてからそれほどの時間が経った。

 残った時間は約二週間であり、彼女たち刀剣類管理局側は知らないが、一週間後には余興の襲撃が控えている。

 

 

 そんな中、結芽は研究所に呼ばれていた。

 理由は、ノロのアンプルの件だ。

 

 

「……戦う前に使うんじゃないの?」

 

「最初はそう思っていたんだがな。元病人のお前はノロのお陰で生き長らえた。今の、フェニクティアを投与したあとのお前に、以前と同じような適性があるかは分からないからな」

 

 

 嘘である。

 本当は、ノロを入れても問題ない事など既に分かっているのだ。

 だがしかし、安全を期す事に損は無い。

 研究所で、取り扱いに慣れている者が、バイタルデータを見ながらやる事で、安全性を限界まで高める。

 

 

 アンプルを打った途端に暴走ーーそれが有り得ない訳じゃない。

 危険も伴うが、一人で暴走されるよりはマシだろう。

 

 

「…では、いくぞ」

 

「いつでもいいよ」

 

 

 結月は落ち着いた様子で、周りの白衣を羽織った者たちの様子を見ながら、結芽に近づいて行く。

 右手にアンプルを持ち、左手で髪をどかして打つ場所を確保する。

 

 

(…………………)

 

 

 考えないように思考を殺し、感じないように心を殺す。

 ゆっくりとアンプルを首筋に近づ、打ち込んだ。

 すると、結芽が短い悲鳴を上げる。

 一瞬、苦悶に満ちた表情を周りに見せたが、即座に表情を戻す。

 

 

 痛いし苦しいが、結芽にとってはどうと言う事はない。

 病気を患っていた時の方が痛かった、百合が隣に居ない方が苦しかった。

 だから、こんな痛みで立ち止まっている暇はない。

 

 

 稽古の時間を増やしても勝てない、百合との面会の時間を減らしても勝てない。

 なら、もう一度、使いたくない手を取ればいい。

 ユリを殺そうとした時のように、クロユリを殺そうとすればいいのだ。

 

 

(……ころす、殺す、コロス。私からゆりを奪おうとする奴は、ミンナコロス)

 

「……バイタルは?」

 

「問題ありません。暴走の危険性も、今の所は」

 

「分かった。…結芽、体に違和感ーーいや、調子は悪くないか?」

 

「大丈夫。むしろ、調子が良いくらいだよ!」

 

 

 真剣な顔付きはどこえやら、取って付けたような笑顔で結月にそう言う結芽。

 可笑しいと感じても、結月は何も言わない。

 いや、結月は何も言えない。

 

 

 作戦を考え、死地に送り出す事しか出来ない大人に、何かを言う資格はないと思っているからだ。

 そうして、結芽の言葉を最後に結月が黙っていると、また結芽が話し掛けてきた。

 

 

「ねぇ、相楽学長? ……ノロの力を全部引き出して戦ったら、私の体は何分持つ?」

 

「……十分だ。お前の切り札、持続して三段階の迅移を使い続ける……殺念狂想は体への負担が大き過ぎる。糸見の無念無想は持続的に使い続けると言っても一段階の迅移だ。しかも、デメリットは行動が単純化するだけ、体への負担はないし、あれは神力を抑える燃費のいいものだ」

 

「だけど、私のは違う」

 

「そう。本来、三段階の迅移は普通に使うだけでも三日から四日、全力で戦う事が出来なくなる。……まぁ、一部例外もいるがな。だが、本来はそう言うものだ。それを、持続的に使うとなれば、ノロの力で体を補強しても十分が限度だ。十分以上使おうものなら、体が完全に機能を停止する」

 

「……死ぬってこと?」

 

 

 言葉を濁した、言い方を変えた。

 少女にとってーー結芽にとって死は身近にあったもので、今も大切な人の近くにあるものだから。

 周りにいる研究者も気を使って黙っている中、結芽は真っ直ぐな瞳で言葉を返す。

 

 

「あぁ、死ぬ。殺念狂想のデメリットは二つ、十分という絶対の限界と、安定性のない感情コントロール」

 

「……最初のは分かるけど、二つ目のは?」

 

「情緒不安定になると言う事だ。一つ一つの物事に敏感になる」

 

 

 ただでさえ、今の結芽は情緒不安定気味なのに、殺念狂想を使えばそれに拍車をかける事になる。

 避けたい現実だ、だか避けられない現実だ。

 何せ、結芽の一存で全てが決まるのだから。

 

 

 決定権の全てが彼女にある。

 未来への選択肢は、彼女しか選ぶ事が出来ない。

 自分を殺して、大切な人を救うか。

 自分を殺さず、大切な人を見捨てるか。

 

 

 答えなど、とっくに出ている。

 だから、結月は言うのだ。

 言う資格なんて無いのに、言うのだ。

 

 

「私からの身勝手な願いだ。聞かなくてもいい。ただ……最後に二人で笑っていて欲しい。一人は、辞めてくれ」

 

「……………………頑張る」

 

 

 一言、そう残して、結芽は研究所を出て行く。

 一人になって欲しくないから、出た言葉だった。

 二人で居て欲しいから、出た言葉だった。

 

 

 叶うなら、幸せな結末が見たいから……

 

 -----------

 

 刀剣類管理局本部に併設されている剣道場に、多くの刀使が詰め寄っていた。

 理由は一つ。

 ある二人の刀使の戦いを見る為だ。

 一人は当然だが結芽で、もう一人はーー可奈美だった。

 

 

 最強の刀使の一角でもある二人の戦いは白熱しており、野次馬に来た駐在の刀使は観客として楽しんでいる。

 だが、戦っている二人は違う。

 可奈美は酷く苦しそうに攻撃を受け流して守りに徹している。

 反対に、結芽は緋色に輝く瞳とニッカリとした笑顔で、嵐のような激しい連撃を続けている。

 

 

 守りに徹している可奈美は、異変に気付いていた。

 攻撃一辺倒で、スタミナを無視した動きは、いつもの結芽とは思えない。

 勝つ為だったら何でもする彼女だが、こんな自暴自棄のような無茶苦茶な攻めはしない。

 殺念狂想は使ってないようだが、大分ノロの力を引き出しているのか、あまり精神状態も良くない。

 

 

 ニッカリとした笑顔が本当の笑顔ではないことに気付いていたし、瞳の奥に良くないものが視えた。

 

 

(無刀取りで何とかしたいけど……隙がない…!)

 

 

 強者との戦いは嫌いではない、可奈美はそう思っているが、これは違う。

 こんな立ち会いは苦しいだけだ。

 変則的に持ち手を変える、百合の戦い方を真似た二刀流は厄介で、間合いを取っても素早い対応で詰められて斬られる。

 受け流せない程ではないが、攻撃に転じられる隙がない。

 

 

 加えて、不規則に速さを変えるチェンジオブペースのような動きは、隙をなくす一因でもある。

 

 

「はははっ!! やっぱり、可奈美おねーさんは強いね! 楽しい、楽しい楽しい!!」

 

「私は……楽しくないよっ!!」

 

 

 彼女が発した否定の言葉は拒絶の言葉のようで、結芽の不安定な心をぐにゃりと握り潰した。

 ……それが、トリガーだった。

 一瞬、ほんの一瞬、瞬きの間に、可奈美の写シは切り刻まれる。

 最初は胴を斬られ二分にされ、次に右足と左足、その次に右腕と左腕、最後に脳天から振り下ろしで切り裂かてれ……視界が割れた。

 

 

 遅れてやってきた痛みで、ようやく自分が斬られた事を自覚する。

 写シを張っていても感じる燃え盛るような激痛は、可奈美の視界を明滅とさせた。

 チカチカとする視界で、可奈美はくしゃくしゃに泣いている結芽の顔を見た。

 

 

「ごめん…ごめんなさい!! 可奈美おねーさん…私、ここまでやるつもりなくて、本当にーー」

 

「分かってるよ…。私の言い方が悪かっただけ」

 

 

 優しい言葉は、今の結芽には効きすぎる。

 苦しさでどうにかなりそうだった結芽は、剣道場を飛び出した。

 覚悟して使った、自分がどうなろうとどうでもいいと思った……なのにーー

 

 

「なんで、なんで……!!」

 

『…後悔なんて、今更遅いわ。自業自得よ』

 

「煩い!!」

 

『使わないで勝てる方法を、最後まで探せばーー』

 

「そんなのない!! 私が一番知ってるっ!! 私が一番分かってるっ!! だから、使う。私がどうなろうとーー」

 

『それを喜ばない人が居るって言ってるのよっ!!』

 

 

 頭に直接響くような言葉。

 御刀ーー宗三左文字を持っている時にーー帯刀している時に聞こえる事は、最近分かってきた。

 離せば良いだけだ。

 腰に固定している器具を取れば、それで終わる。

 御刀を握らなければ、何も聞こえないで済む。

 

 

 でも、それは逃げる事だ。

 百合から逃げる事だ。

 それだけは出来ない。

 それだけはしてはいけない。

 

 

 他からなら逃げても良い。

 他からなら逃げても悪くない……だが、これからだけは逃げてたくない。

 

 

「……私はーー私はゆりが笑っていてくれるなら、生きて幸せでいてくれるならそれでいい」

 

『筋金入りね。勝手にしなさい』

 

 

 吐き捨てるように言われた聖の言葉は、結芽の心を苦しめたが気にしてなどいられない。

 やらなければいけない事が山積みなのだ。

 多く見積っても、あと二週間の内にクロユリを倒さなければ、百合は死ぬ。

 

 

 暴走しないようにセーブする術を掴めなければ、勝てない。

 少女にとって、時間は最悪の敵だった。

 




 みにゆりつば「……おねロリ?」


 百合の体の半分ーーいや、存在の半分は大荒魂クロユリで出来ている。
 だからこそ、どんな異常事態が起きても可笑しくない。
 だが、誰もこうなるとは思わなかっただろう。


「結芽おねーちゃん! 抱っこ抱っこ!!」

「痛い、痛い! 髪引っ張らないでよ〜ゆり〜!」


 彼女が……若返るなどと。


 事の発端は今日の朝だった。
 休日だった事もあり、結芽は何時もより遅い九時頃に目が覚めた。
 しかし、結芽はここですぐに疑問に思った。
 いつも通りだったら、休日だろうと百合に叩き起される時間をとうに過ぎている。


 カンカンに怒っていることを想像してしまった所為で、朝からぐったりモードで指令室に向かうと……
 そこには、結芽が初めて会った時より幼い姿の百合が居た。
 何でも、結芽以外の人間が起きる前からこうだったらしく、調べた結果の限り原因は分からないとのこと。


 体内にクロユリが居る副作用的なナニカだろうと仮定し、治まるまでの世話係を探していたらしい……そこに結芽がグットタイミングで現れた。


 幼くなった百合は、精神年齢も同様に低くなっている。
 本来は、昔と同様に人見知りな感じになる筈だが、結芽との出会いで精神的に一歩前進した百合は、普通の女の子らしい明るく可愛らしい少女になった。


 問題は、結芽が子供のあやし方など知らない事だ。


「抱っこー!」

「はいはい! 分かったから! 髪は止めてー!!」

「はーい!」


 笑う百合は天使のようで、見ていて癒されるが、些かやんちゃ過ぎる。
 ……結芽は一瞬、百合は自分の事をこんな風に思っていたんだろうと思い、少しだけホッコリした……が、時間はゆっくりとは流れない。
 息付く間もなく、抱っこの後はおままごと遊び、おままごと遊びの後はテレビゲーム、テレビゲームの後は鬼ごっこ。


 遊び疲れて眠るまで、三時間は掛かった。
 丁度、お昼時だった事もあり、結芽は簡単な料理を作る事にした。
 お姫様抱っこで給湯室まで百合を運び、備え付けのソファに寝かせる。


 その後は、冷蔵庫の中身を見て、何か作れそうな物を探す。


「卵に、冷ご飯、ウィンナーに玉ねぎ……後は何故かブロッコリー。……うーん、炒飯?」


 ご飯を入れて、具を入れて、卵を入れてフライパンで炒めれば、大体チャーハンになる、とは百合が言っていた。


「……よし!」


 手始めに玉ねぎの皮を剥き、剥いたらみじん切りにする。
 涙が出たが我慢どころ、溢れる涙を玉ねぎに落とさないよう注意して、みじん切りを続ける。
 終わったら、一度包丁を水洗い。
 次はウィンナーを小口切りにする。
 包丁を持つ手は猫の手を意識するのが、手を切らない基本とは百合の言葉。


 具を切り終わったら、フライパンに油を少し入れて熱する。
 給湯室のコンロはIHなので出火する事は無い。
 ……炒めているもの焦がしたりしなければ。
 因みに、フライパンを温めている間に、卵を溶かしておくと良い。



 数分も経たない内に、フライパンが温まるのでそのタイミングで具を投入。
 玉ねぎどウィンナーを少し炒めて、玉ねぎに色が着いてきたら、冷ご飯を投入する。
 ご飯、玉ねぎ、ウィンナーを炒めて一分ほどで、卵を全体に掛るように入れれば完成は近い。


 その後は、焦げないように炒めていくだけ。
 少ない材料でもあら不思議、簡単にチャーハンを作る事が出来る。
 ……味付けは塩コショウで整えるだけで、店には出せないがそこそこのチャーハンを素人でも作れる。


 ……現に、結芽はあたふたしながらも完成させた。


「ゆり〜! ご飯出来たよ〜」

「…ごひゃん? 食べる〜」


 起きたばかりの所為か、眠そうな目を擦りながら、更に盛られたチャーハンをスプーンで掬って口に運ぶ。
 すると、一口食べた途端、百合は急に笑顔になった。
 それはまさに、天使の笑顔だ。


「おいしい……おいしい!! 結芽おねーちゃん! これ、おいしい!」

「そっかぁ、良かった」

「食べたい! 次も食べたい!」

「はいはい、次があったらね」


 天使の笑顔を振りまく百合に、つられて結芽も笑った。


 後日、元に戻った百合は、迷惑を掛けた全員に謝罪し、どうか記憶を消して欲しいと言って回ったと言う。

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拾壱話「終焉の音が聞こえた日」

 期限である二ヶ月まで一週間となったその日。

 生憎の土砂降りの雨の中、少女ーー結芽は巡回任務に当たっていた。

 レインコートでは動き辛い為、傘をさしながら歩きなれた鎌倉の街を歩く。

 

 

 雨だと言うのに、街はどこか活気づいてい、何故か結芽はそれが無性に気に触った。

 あの子は笑えないのに、あの子は楽しめないのに、あの子はあたなたちの為に頑張っていたのに、何であの子が……

 

 

 そう思ったら最後、結芽は不機嫌なまま巡回を進めた。

 目に映る景色で、誰もが笑っていた。

 友達と、家族と、恋人と一緒に、笑っている。

 

 

「……………………」

 

『……………………』

 

 

 少女の隣には誰も居ない。

 その事に、聖は何も言わなかった。

 否、何も言えなかった。

 慰めの言葉は、意味なんてないと分かっていたから。

 

 

 チラチラと隣を見ては、結芽は少し悲しそうに顔を歪めた。

 居る筈だった、居てくれる筈だった。

 何があっても、何時であっても、傍に彼女の姿がある筈だった。

 ない、居ない、どこにも居ない。

 

 

「……早く帰ろ」

 

 

 巡回任務で時間を潰している暇はない。

 早くノロの扱いに慣れなければ、本番で失敗は許されないのだから。

 失敗=百合の死だとしっかり理解しなければ。

 

 

 そう、自分を戒めながら、巡回任務の足を速めようとしたその時。

 聞き慣れたアラームと共に近くのスピーカーから放送が流れ出す。

 

 

『付近で荒魂の出現を確認しました。放送範囲内に居る皆様は、特別祭祀機動隊の指示に従って避難してください。繰り返しますーー』

 

「…弱っちぃのを相手するの嫌だけどーー」

 

『練習台にしなさい。暇なんてないんでしょ?』

 

「……………分かってる」

 

 

 ノロの力を引き出せば、荒魂がどこに出現したかなど瞬時に分かる。

 だから、結芽は放送では言われていない真実にも気付いた。

 

 

「……居るっ!」

 

『待ちなさい! 今のあなたじゃ!』

 

「黙れっ! 今ここで倒して! 全部終わらせる!」

 

 

 分かる。

 目と鼻の先に目的だった大荒魂クロユリが居る事が。

 聖の静止を振り切って、結芽は御刀を抜いて走り出した。

 写シを張り、全速力で目的の場所まで移動する。

 

 

 好都合な事に、クロユリは一向に動こうとしない。

 まるで、()()()()()()()()()()()()()()

 明らかに罠だと、聖は思ったが、止めようとしても今の結芽は止める事が出来ない。

 もしかしたら、百合でも止められないかもしれない。

 

 

 そう思える程に、結芽の不安定さは極まっていた。

 

 

 そして、怪物(狂人)怪物(荒魂)は出会う。

 

 

「……見つけた」

 

「遅かったですね。燕結芽。……まぁ、良いでしょう。唯一の希望である貴女を消せば、人類は降伏せざるを得ない。大人しく、新しい人の形へと昇華されれば良いんです」

 

「ゆりの声で、ゆりの姿で、偽物のお前が、私の名前を……呼ぶなぁっ!!!」

 

 

 殺念狂想を発動し、一瞬で間合いを詰め、二振りの御刀を振り下ろす。

 だが、真っ直ぐな動きに対応できないクロユリじゃない。

 振り下ろされた二振りの御刀を、切り上げで押し返す。

 

 

「ちっ!」

 

「甘いですね」

 

 

 その一言で更に火がついたのか、殺念狂想の真骨頂でもある、持続的な三段階の迅移を発動し翻弄しようとするが、クロユリの龍眼は全てを見切っていた。

 異なる輝きを放つ両の眼は、間違っても結芽から視線が外れることは無い。

 

 

 白く染まった髪がサラサラと舞う。

 止まらない三段階の迅移で動く結芽の連撃とも言える斬撃を、クロユリは一つ一つ丁寧に叩き落とす。

 

 

 その動きは百合の動きだった。

 剣舞のような動きで、彼女は確実に結芽の攻撃を叩き落とす。

 当然の事のようにそれは行われて、当然の事のように成功していた。

 

 

 知識と記憶で知っているから再現出来る。

 体が覚えているから再現出来る。

 そんなもの、とうに超えている。

 

 

 大荒魂を超えた禍神として、クロユリはそこにいるのだ。

 一分、二分、三分、四分、五分、六分、七分、八分、九分。

 刻々と時間を使い果たしていく。

 あと一分、されど一分。

 

 

 まだ、負けてない。

 まだ、切り刻む時間は残っている。

 結芽は、自分を奮い立たせた。

 ここで負ける訳にはいかない。

 ここで終わる訳にはいかない。

 

 

 死なせたくない人がいる、死んで欲しくない人がいる。

 ……必死に奮い立たせた。

 

 

 しかし、現実は非情だった。

 

 

「死ね、死ね死ね死ね死ね死ね!!!」

 

「そんな、狂った感情で私を切ろうなんて、どこまで愚かなんですが?」

 

「煩いっ!! 黙れ、黙れっ!! お前には分からない! 分かるわけない!! この感情が!!」

 

「……分かりますよ。私にだって、心はある。経験や記憶をあの子から奪った(コピーした)から」

 

「それがどうした!! たかが奪った(コピーした)もので、私の想いを分かった気になるな!!!」

 

 

 雨は冷たいが、そんな事は気にならなかった。

 それ程に燃えていた、殺意が燃え盛っていた。

 勝手に語るな、勝手に知った気になるな。

 

 

(この想いは私のモノだ! この想いは私だけが向けていいモノだ! 勝手に分かった気になるな!!!)

 

「残念です。でもまぁ、あの子もこれで救われる」

 

「何を……」

 

 

 救われる。

 その一言で、結芽は動きを止めたーーいや、止めてしまった。

 残り少ない時間を使い果たせば良かったのに。

 聞く耳なんて傾けなければ良かったのに。

 そしたら、まだ勝機はあったのに、まだ正気に戻れたのに。

 

 

「百合は、貴女のことを好いていた。ですが、同時に貴女の事を嫌っていた。いつも自分勝手で自分本位で、他人の都合なんて考えもしない」

 

「……やめて」

 

「いつも心のどこかで呆れていました。いつも心どこかで疎ましく思っていました」

 

「……やめてよ」

 

「自分勝手な癖に、自分本位な癖に、好意を向けて欲しいなんて、誰かに覚えていて欲しいなんて厚かましいと」

 

「……お願い、やめて」

 

「鬱陶しい、嫌いだ。そう言う所が、大嫌いだ」

 

「……お願い、やめて、やめてください」

 

「あぁ、何で貴女なんて好きになってしまったんだろうって」

 

「……否定しないで、ゆりの声で、ゆりの姿でーー私を否定しないで!」

 

 

 不安定だった心に、百合の声で、百合の姿を型どったクロユリの否定の言葉は、修復不可能な傷をつけた。

 修復不可能な傷を負った結芽は、子供のように丸くなって泣き始める。

 

 

 そして、クロユリはその隙を見逃さない。

 絶対にーー

 

 

「私にも、欲するものがあるんです」

 

 

 一言、そう言ったクロユリは、宗三左文字の写シを結芽の心臓に突き立てた。

 決して助からないように、決して起き上がれないように。

 ……頭に突き立てなかったのは、慈悲だったのかなんなのか。

 

 

 先程言葉を言い終えた時から、とうに写シは剥がれていた。

 だから、結芽の生身の心臓に御刀は突き立てられる。

 

 

「あっ……ぅうう」

 

 

 燃えるような、痛みは確かにあった。

 しかし、それよりも心が痛かった。

 否定された心が、何よりも痛かった。

 

 

「がっ……ごほっ……ごほっ…!」

 

 

 血塊が口から吐き出される。

 久し振りに見た自分の血。

 真っ赤な血は、生きている証明なのか、はたまた命が尽きようとする証明なのか? 

 

 

 体から漏れ出す血は池を作るように広がっていく。

 痛みから熱く感じた体が、血が抜けた事によって急速に冷えていく。

 

 

 言葉の刃と御刀に傷付けられた事で、体も心も凍てついていった。

 

 

(……死ぬ? 私が死ぬ? ゆりを救えないで……死ぬ? まぁ、でもーー良いか)

 

 

 否定されたんだ。

 結芽は、自分の存在意義を否定されたんだ。

 いつの間にか、クロユリは消えていて。

 

 

 辺りに人は居ない。

 人っ子一人居やしない。

 

 

(……一人だ。また、一人だ。寂しいなぁ、辛いなぁ、苦しいなぁ……一人は怖いなぁ)

 

『……本当に馬鹿な子ね。あなたが、一人な訳ないでしょう』

 

 

 少女にはーー結芽には、もう誰の声も誰が出す音も聞こえない。

 頭に直接響いている聖の声さえ、聞こえていないのだから。

 

 

 だからこそ、終ぞ気付かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分の為に駆け付けた、仲間の足音に。




 次回もお楽しみに!

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拾弐話「この想いだけは変わらない」

 クロユリの市街地を襲った戦いから数時間の時が経過した。

 少女ーー結芽が眠る部屋は、百合と同じ部屋であり、研究員は忙しなくバイタルチェックを強いられている。

 そんな中、結月はいつもと変わらない真面目な表情で、ガラス越しに二人の少女を見つめていた。

 

 

「……まだ、目覚めないか」

 

「当たり前でしょう。フェニクティアを投与してからまだ数時間ですよ。そうそうすぐ目覚めるなんてことーー」

 

「傷自体は既に回復している。体の中に入れていたノロも、完璧に無くなっていた。目覚めない方が可笑しいんだ」

 

 

 真希の怒気のこもった言葉に、結月は冷たい声で返した。

 彼女の言った通り、結芽の体はフェニクティアノ投与のお陰で全快しているし、ノロも消滅している。

 目覚めない方が可笑しいのだ。

 

 

 それを真希も理解したのか、唇を噛むように口を噤んだ。

 戦場で何があったのか真希はーーいや、真希たちは知らない。

 分かっているのは、結芽がクロユリに負けたと言う事だけだ。

 

 

「……目覚めないか訳があると、お考えなんですか?」

 

「あぁ。体自体は、至って正常に機能している。残る可能性は……」

 

「心的要因…ですか?」

 

「間違いなくそうだろうな。……不甲斐ないばかりだ、お前たちに命令や指示を出すだけだ、私たちが大人は何も出来ない。精々サポートが関の山だ。結局、私は何も出来てない。あの時と、まるで変わってないよ」

 

 

 そう言って、結月は自嘲気味に笑う。

 あの時とはどの時なのか、彼女を知る者しか分からない。

 だがしかし、それを知る者はこの場に居ない。

 過去の後悔である、大災厄のあの日の選択を、任せる事しか出来なかった少女の命を。

 誰も、知りはしない。

 

 

 初めて見る結月の顔に、真希は言葉を失い、目を伏せた。

 見ていけないものだった訳じゃない。

 ただ、見ていられないほどに苦しく、悲しいものだったのだ。

 何故なら、大切な仲間の為に何も出来ていない自分と重なって見えるから。

 

 

 数秒の間に、周りを静寂が包む。

 誰も、何も喋ろうとしなかった。

 誰も、何も喋れなかった。

 

 

 続く筈の静寂を破ったのは、不機嫌そうな顔をして、頭の上に相棒であるねねを乗せた薫だった。

 

 

「何時までも辛気臭い話してる暇はねぇだろ、俺たちには時間がないんだ。一週間後にあるテロの対策を、立てなきゃいけないんだからな」

 

「日本全土に、人為的の強化した大荒魂を散布するテロ……だったか」

 

「あぁ。百合と結芽が居ない分、戦力はガタ落ち。それでも、戦える奴はまだ残ってるし、俺たちの仕事は人を守り荒魂を祓うことだ。…面倒だがな」

 

 

 不機嫌そうな顔を崩さないまま、彼女はガラス越しに百合と結芽を見やった。

 背中に背負う、身の丈に合わない大きな御刀を、今にも憂さ晴らしに使いたい気持ちを抑え込み、薫は真希と結月を連れ出す。

 

 

 クロユリの宣戦布告により、日本は今、未曾有の危機に晒されている。

 世間への対応も急がれているが、テロの対策を疎かにするなんて出来ない。

 

 

「うちの学長も忙しくて手が回せない。折神紫や朱音様も同じくだ。アンタの力が必要なんだよ、相楽学長」

 

「……最善を尽くそう」

 

「獅童真希。お前にも働いてもらわなきゃ困る。隊の動かし方に慣れてる奴は居るには居るが、お前みたいに全体を引っ張れる奴は居ないんだ」

 

「…分かったよ」

 

 

 薫は誰よりも仕事が嫌いだ。

 面倒臭いし、疲れるから。

 

 

 けれど、彼女は益子の刀使。

 荒魂が暴れ回るのを放っておけないし、人を見殺しにも出来ない。

 彼女は誰よりも仕事が嫌いだが、彼女は誰よりも仕事をしなくちゃいけないと思っている。

 

 

「はぁ、めんどくせぇー」

 

 

 口ではそう言いつつも、薫は体をキビキビと動かす。

 百合に残された時間は少ない。

 助けられる可能性が0%になっても、薫は助けるつもりだった。

 

 -----------

 

 だだっ広い真っ白な空間で、結芽は目が覚めた。

 周りにはなにもない。

 この空間から出るようなドアも、退屈を凌ぐゲームも、座れるようなイスも、なにもない。

 

 

「……どこ、ここ?」

 

「地獄にしては綺麗過ぎて、天国にしては殺風景過ぎる。ようこそ、夢の世界へ」

 

 

 そんな、用意されていた台本を読んだような言葉を口にしたのは、百合と瓜二つの容姿を持つ聖だった。

 違う点は、髪の色と瞳の色、あとは泣きボクロ。

 全く違うと言われればそれまでだが、体付きや顔立ちはそっくりだ。

 

 

 初対面ではあったが、何度か声を耳にした事があった結芽は大して驚くことなく、聖に向き合う。

 

 

「……私、死んでないの?」

 

「えぇ、フェニクティアのお陰でピンピンしてるわよ」

 

「じゃあ、なんでここに?」

 

「…それは、あなたが一番よく分かっている筈でしょ?」

 

「……………………」

 

 

 目を細めながら放たれた聖の言葉に、結芽は無言を貫いた。

 何も言わず、直立不動のまま聖を見すえる。

 まるで、お前に何が分かる、とでも言いたげな表情で。

 先程まで真っ白だった空間に、暗雲が立ち込めた。

 

 

「怖い目。とても、逃げた人の目には見えないわね」

 

「それがなに。あなたには分からないでしょ!? 否定された気持ちが! 嫌いって言われた気持ちが! 分かったような口でーー」

 

「分かるわよ? 私だって大好きな人にーー大切な人によく嫌いだって言われてたもの。お前の在り方は嫌いだって、耳にタコができるくらい言われてたわ」

 

 

 涼しい顔で、聖は結芽の言葉を流して、反撃の言葉で押し返した。

 結芽は結芽で、反撃の言葉を聞いて何も言えずにいる。

 それを良い事に、聖が話を続けた。

 

 

「大好きな人に否定されて、大好きな人に嫌われて、それであなたの気持ちは変わるの? 違うでしょ? あなたの気持ちは、永遠に変わらない。好きだって気持ちは変わらない筈でしょ?」

 

「……そ、それはーー」

 

「まぁ、この程度の事で変わってしまうなら、あなたの気持ちは底がしてれるわね。はぁ、残念。百合を救えるのは、あなただけだと思ったのに…」

 

「………………違う」

 

「何か言った?」

 

 

 わざと煽るような口調で聖は言った。

 そして、その煽りに釣られるように、結芽は叫ぶ。

 想いの丈を吐き出すように。

 

 

「違うっ!! 私はゆりが大好きだ! それは今でも変わってないっ! 例え否定されようと、例え嫌いと言われようと大好きだ! 私はーーあの子に否定されるより、あの子に嫌われるより、あの子が笑って生きてくれない方が嫌だ!! あの子が死ぬのが嫌だ、あの子が笑わないのも嫌だ! だから、私はーー」

 

「私は?」

 

「あの子をーーゆりを助ける!」

 

「…………よく言ったわね。合格よ」

 

 

 微笑んだ聖の顔は、百合そっくりで、結芽も少しだけ笑った。

 久しぶりの本当の笑顔だった。

 紛い物じゃない、無理して作った物じゃない。

 自然に零れた、天然物の笑顔だった。

 

 

「…私は夢神聖。百合の…本当の母親って言えばいいのかしら?」

 

「……聖さん?」

 

「そう。でも、これからはあなたに修行をつける訳だから、聖さんじゃつまらないわねぇ……。師匠って、呼んでちょうだい?」

 

「……分かった、師匠」

 

「さぁて、御刀を取りなさい。今から、夢神流の全てをあなたに叩き込むわ。覚えられなかったらその時点で百合が死ぬと考えなさい」

 

「はいっ!」

 

 

 百合の消滅まで、残り一週間を切ったその日。

 歴代でも最高峰の刀使である夢神聖と、稀代の天才刀使の燕結芽の師弟関係が完成した。

 

 

 それぞれの想いが交差する中、辿り着く先は一体どこなのか。

 一人の少女の運命を、日本の運命を賭けた戦いは刻々と終わりに近付いていた。

 

 




 みにゆりつば「チョコレート」

 バレンタインデー。
 恋に心躍らせる少女たちが意中の人に想いを伝える日。
 これは、まだ百合が結芽の事を『燕さん』と呼んでいた時の話だ。


「ねぇねぇゆり〜! バレンタインデー、誰かに上げるの?」

「上げない…と思う。私、好きな男の人は居ないから」

「へぇ〜……。じゃあさ、じゃあさ! 私と交換こしようよ!」

「燕さんがやりたいなら……分かった」


 バレンタインデー前日だった事もあり、百合はその日急いで市販の板チョコと型取り器を買いに行った。
 家に帰ると、正子に台所を貸して貰えるようにお願いし、急いでチョコの制作に取り掛かった。
 ブラウニーやチョコケーキ等の物を作りたかったが、今から作って完璧な品が出来るとは思えない。


 百合は型取り器に溶かしたチョコを入れて、冷やして固めるシンプルな物を作るように考えた。
 型取り器のデザインは、ハート型と星型の二つしか残っていなかった為、その二つを買ってきた。
 問題としては、どちらの型取り器も大きいと言う事。


「……大き過ぎる、どっちか一つにしないと。ハート? 星? ……………………」


 そうやって、百合が悩んだように唸っていると、正子が声を掛けてきた。
 とても、優しい声だった。


「百合お嬢様。想いが籠るのは、ハートと相場が決まっています。大切な人に送るなら、絶対にハートですよ」

「……別に、燕さんそう言う人じゃーー」

「でも、好きなんでしょう?」

「…はい」

「じゃあ、ありったけの想いを込めるべきです!」


 押しの強い正子の言葉に背中を押され、百合はハートに型取り器に決めてチョコ作りを始めた。
 始めたら最後、百合は手際良くチョコを細かく刻み、刻んだチョコを入れたボウルを湯煎し、湯煎し終わった溶けたチョコを型取り器に流し込んだ。


 手間の掛かる作業ではあったが、心が踊るような楽しさが百合にはあった。
 チョコの入った型取り器にラップをして、冷蔵庫に入れてやる事は終了。
 あとはラッピングするだけだ。


 箱は事前にハートと星型の両方を買ってある。
 値は張ってしまったが、あまり苦ではない。
 何故なら、百合は殆ど買い物などしないからだ。


 偶に結芽に付き合って買い物に行くが、百合は殆ど物を買わない。
 だからこそ、こう言う時にパーッと使っても問題はない。


「……明日、楽しみだな」


 誰にも聞こえない声が、そっと台所に響いた。


 翌日、登校中に渡す為に、百合は可愛らしい紙袋にチョコを入れて家を出た。
 浮き足立っていた百合は、登校路で見つけた結芽の背中を見て走り出す。


「燕さん!」

「……ん? あっ、ゆり〜。おはーー」


 彼女が朝の挨拶をしようとしたその時、走って追い掛けて来ていた百合は壮大にコケた。
 ……持っていた紙袋を下敷きにするように。
 パリッと、嫌な音が耳に届いた。
 咄嗟に起きあがり、中身を確認する。


 ……やはりと言うべきか。
 大きいハート型のチョコは綺麗に真っ二つになっていた。


(どうしよう、折角作ったのに……。燕さんも、きっと楽しみにしてくれたのに……ダメにしちゃった……)


 込み上げてくる悲しみから、涙が生まれようとしたが、百合の前に笑顔の結芽が立った。
 真っ二つに割れてしまったチョコを見ながら、結芽は笑っている。
 ……百合は何故笑っているのか、全く持って意味が分からなかった。


「なんで……笑ってるの?」

「だって、こんなに大きいチョコ作ってきてくれるなんて、思わなかったから……嬉しくってさ」

「…割れちゃったのに?」

「二つになったら、二人で食べられるじゃん! ラッキーだよ」


 ニッカリと笑う彼女は、百合から割れた半分のチョコをかっさらうと、一口齧りついた。
 すると、驚いたように目を開いてチョコの感想を口にする。


「すっごく甘くて美味しいよっ! ありがとね、ゆり〜!」

「…それ、市販の板チョコを溶かして固めただけだよ?」

「ゆりがーー大事な友達が作ってくれるから美味しいんだよ! も〜、分かってないなぁー!」


 からかうように、結芽はそう言った。
 この時、百合に初めての感情が芽生える。
 胸が痛いくらい苦しくなって、でもとても嬉しい。
 ……それを恋だと気付くのは、まだ少し先の話だ。

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拾参話「燕は再び飛び立つ、百合の少女を救うため」

 みにゆりつばはないよ。ごめんね。


 唐突に行われた襲撃から三日、そして百合の余命もあと三日。

 そんな日に、彼女は目覚めた。

 眠気眼を擦りながら、自分に付けられている医療器具を引き剥がし、二振りの御刀を持って外に出る。

 

 

 しかし、そんな彼女ーー結芽を誰も止めない訳が無い。

 一人の職員が、彼女を止めようと近付くと、明らかにいつもと最近の雰囲気と違うことが分かった。

 …いや、それ以前に、外見からして昔の姿から少し変化していた。

 

 

 右目は碧色のままだが、左目は薄茶色に変化しており、髪も綺麗な桜色に混じって紺色が見えている。

 

 

「つ、燕様? そ、その目と髪が……」

 

「あぁ、これの事? 気にしないで、色々事情があるから」

 

「で、ですが!?」

 

「どうせ、バイタルデータ? で私の体に問題はないって分かってるんでしょ? ならいいじゃん」

 

「ちょ、ちょっと待ってください! 燕様ーー!」

 

 

 職員の呼び止める声が辺りに響くが、結芽は何処吹く風と言ったように颯爽とその場を後にする。

 残されたのは、慌てふためく職員たちだけだった。

 

 -----------

 

 バタバタと動く職員や駐在する刀使の間を通り抜けるように、結芽は指令室までの廊下を歩く。

 何人か見知った顔を見た気がするが、結芽は特に気にすることなく先を急ぐ。

 今の彼女には、何がなんでもやらなければいけない事があった。

 

 

 覚悟の為に…百合の為に…。

 

 

「……着いた」

 

『一歩、踏み出す時よ』

 

「…分かってる」

 

 

 苦しい程に高鳴る心臓。

 顔を合わせるのが怖い。

 そう思うのは自然の事だろう。

 あれだけの事をしてしまって、「治りました大丈夫です、お願いを聞いて下さい」、なんて馬鹿正直に言ったら何て言われるか……

 

 

 分からない、分からないから怖い。

 けれど、進まなければ始まらない。

 彼女は、一歩踏み出して指令室のドアを開いた。

 

 

 誰もが、バタバタと忙しなく動いている。

 その中心になって動いているのは、やはりと言うべきか特別遊撃隊の面々や元調査隊、可奈美たちだった。

 そして、その中心を統括し回すのはーー相楽結月学長。

 もう一人の結芽の師匠。

 

 

 息を大きく吸っては吐いて、それを何度か繰り返し、呼吸を整えてから結月の元へと向かう。

 

 

「学長」

 

「……報告は聞いている。安静にして欲しかったんだがな」

 

『嘘つかないでくださいよ、結月先輩ー! どうせ、遅かれ早かれここに来るって分かってたでしょ?』

 

「聖…なのか? 報告でもしもと思っていたが、まさかな……まぁいい。やるべき事が山積みでな、今お前にやれる事はーー」

 

「今すぐ、鎌府の体育館に駐在している刀使を集めて。お願い、相楽学長」

 

 

 謝りたい事があった…けれど、今言っている余裕はない。

 そんな心の余裕ありはしない。

 壊れた心を必死に修復している途中で、触れば砕けるような脆い心のままなのだ。

 短い言葉で、結月にそう告げると、結芽は指令室を出る。

 

 

 出る直前、一瞬だけ大切な人たちと目が合って、出来るだけ自然な形で微笑んだ。

 上手く笑えているか、それさえ分からない。

 今、結芽が分かる事は、敗北のあの日より自分が強くなったと言う事実だけ。

 

 

 それ以外は分からない。

 

 クロユリに勝てるのか? 

 

 百合を救えるのか? 

 

 そしてーー自分は生き残れるのか? 

 

 何も分からない。

 

 -----------

 

 三十分後、鎌府女学院の体育館には三桁を優に超える刀使が集まっていた。

 これだけ居れば、見知った顔を見つけるのは難しいが、結芽はすぐに仲間を見つける。

 奥の方で、心配そうに、自分を事を見つめる仲間たちが。

 

 

(頑張らないと…)

 

(気を張らないとね)

 

 

 聖の声援を受け、結芽は壇上に立つ。

 全員の視線が彼女に集められる。

 憐れみや悲しみの視線を寄越す者も居れば、憎悪や怒りの視線を寄越す者も居る。

 

 

 マイクを取った右手が、自然に震えた。

 視線が怖い、ただそれだけで結芽の体は凍えるように震える。

 いつもなら、こんな時は百合が手を握ってくれたが、彼女は居ない。

 

 

 いつも勇気をくれた大切な人は居ない。

 今は、自分の力だけで勇気を出していかなければならない。

 出来ない、と頭が言って、出来なくてもやるんだ、と心が言った。

 

 

 震える右手に重ねるように、左手を添えて、結芽は話し始めた。

 

 

「初めまして…じゃないよね。知ってる人も居ると思うけど、私は燕結芽。元折神紫親衛隊第四席で、今は特別遊撃隊所属の刀使。集まって貰ったのには理由があるんだ……実はね、皆に死んで欲しいの」

 

 

 結芽の一言に、周りがざわついた。

 だが、そんな事知らないと言わんばかりに、結芽は話を進める。

 

 

「勿論、ただ死んで欲しいから言ってるんじゃないの。…自分勝手かもしれないけど、私の大切な人の為に、命を預けて死ぬ気で戦って欲しい。大切な人の名前は夢神百合、聞いた事あるんじゃないかな? 結構有名だと思うし……実はね、今の百合はすっごく危険な状態なんだ。なんでかって言うとーー」

 

 

 話した。

 夢神百合に纏わる全てを話した。

 今までどれ程の事があって、自分がここに居るのか。

 今までどれだけ彼女が自分自身を犠牲にしてきたか。

 

 

 洗いざらい全てを話した。

 途中、苦しくなって一度泣いてしまったが、結芽は話す事を止めなかった。

 そして、全てを話し終えて、こうも言った。

 

 

「私を恨んでる人は、いっぱい居ると思うんだ。理由は色々あると思うけど…いっぱい。この戦いが終わったら、何をされても構わない。斬られても、殴られても、悪口を言われても、本当に何をされても構わない。…だから、お願い…お願いします」

 

 

 初めて、誰に頭を下げた。

 傲慢だった彼女は、自分の為ではなく、誰かの為にーー大切な人の為に初めて頭を下げた。

 涙を流して、嗚咽を漏らすように言葉を吐き出す。

 

 

ゆりを助けるのを、手伝って下さい! 

 

 

 協力など、群れることなど、弱い人たちがするものだと結芽は昔、そう思っていた。

 親衛隊に入って、今の特別遊撃隊に居て、ようやく誰かと助け合う事の大切さを知った。

 

 

 最強であった彼女に必要ないものが、新たな壁が現れた事で必要になり、初めて正直に助けを求める。

 百合以外にそんな事しないと思っていたのに……現実とは何が起こるかわからないものだ。

 

 

 シーンとした空気の中、誰かが声を上げた。

 

 

「……良いよ、協力する!」

 

「わ、私も!」

 

「私も!」「じ、じゃあ、私も!」「なら、私も!」「いっちょやりますかー!」「任せといてー!」「一緒に頑張ろー!」

 

 

 一人、また一人と声を上げてくれる。

 初めての感覚に戸惑うが……それでも純粋に嬉しいと思った。

 きっと、私の為じゃない、結芽は思ったが、それでも嬉しかったのだ。

 

 

 百合の為に、命を預けてくれる人がーー死ぬ気で戦ってくれる人がいる。

 百合の紡いだ縁が、今、この瞬間、巡り巡って彼女を助けようとしていた。

 

 -----------

 

 嵐のように過ぎた三日だった。

 半壊している心を補う為に聖の力を借り、夢神流を鍛える為に心血を注いだ。

 今日が決戦の日。

 

 

 泣いても笑っても、今日で全てが決まる。

 全国各地によりすぐりの刀使が舞い降り、人を守る為に準備をしている。

 そんな中、結芽はクロユリが訪れるであろう、刀剣類管理局本部がある鎌倉に配属されていた。

 特別遊撃隊は散り散りになっているが、可奈美が居る。

 

 

 心強い味方だ。

 けれど、念には念を。

 結芽は任務が始まるギリギリまで、百合の傍に居た。

 ずっと傍に居ると約束したから。

 

 

「……ゆり。私、絶対に救ってみせるから。ゆりの事を絶対に」

 

「……………………」

 

 

 冥加刀使が使う珠鋼搭載型S装備の対抗装備は、既に作られており、限られた人間に渡されている。

 彼女も、その限られた人間に含まれていたが辞退した。

 理由はただ一つ。

 

 

『私は負けないから、要らない……か。大きく出たわね』

 

「負ける気でやってたら勝てないもんね」

 

 

 そう言って、名残惜しそうに結芽は部屋を出る……が、その時声が聞こえた。

 …紛れもなく、百合の声だった。

 

 

「……助けて……たす…けて」

 

「助けるよ、必ず」

 

 

 しっかりと手を握り、自分の御刀でもあるニッカリ青江を傍に置く。

 数秒ほど間を開けて、外に出る為に歩き始めるとまたしても声が聞こえた。

 今度の声は凄くはっきりしていた。

 

 

「…みんなを助けて」

 

「……本当に、我儘だなぁゆりは。分かったよ、全部助けてハッピーエンドにしてあげる」

 

 

 ニッカリと笑いながら、結芽は部屋を出た。

 異なる輝きを放っていた瞳は一つの色に戻り、髪も元の桜色一色に戻った。

 

 

 歩く、歩く、歩く。

 

 

 辿り着いた場所には、良きライバルの一人でもある可奈美が、改良型S装備を纏っていた。

 オレンジ色に輝いていたS装備の部分が碧色に輝いている所を見ると、本当に改良に成功したらしい。

 

 

 気迫が違うと、近くに近付いただけで分かった。

 

 

(心強いね)

 

(えぇ…そうね)

 

 

 快晴の空の下、一人の少女の為のーー世界の為の、終焉の戦いが幕を開ける。

 




 次回もお楽しみに!

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拾肆話「想いの力」

 遅れた言い訳を一言。
 バイトのシフト調整をミスり、土曜は卒業式に行って日曜はバイトでした。
 本当に申し訳ないです。

 大変唐突ですが、本編は残り一話で完結となります。理由は後書きに。


 刀剣類管理職本部に入る道路を埋め尽くすように、熊や巨大なムカデの姿をした強化型大荒魂溢れていた。

 その奥に、誰もが濃厚な気配を感じる。

 クロユリ率いる、冥加刀使の軍団だろう。

 

 

 目測で図ることは不可能だが、数十人単位でこちらを落としに来るのは容易に想像できた。

 可奈美と結芽に部隊指揮の経験なんて数得るほどしかないので、上から出された命令は一つ。

 

 

『単騎で敵陣に特攻し、より多くの荒魂と冥加刀使を切れ』との事。

 

 

 簡単でわかり易い命令だ。

 二人は二つ返事で了承し、先陣に立つ。

 

 

「薔薇が来たら、私がやるから。結芽ちゃんは先に」

 

「……分かった。借りは、終わってからでも返せるもんね」

 

 

 地獄絵図と言った状況にも関わらず、二人は笑っていた。

 お互いがお互いを知っているから、笑っているのだ。

 結芽は可奈美の強さを知っている、可奈美は結芽の想いの丈を知っている。

 だから、負けない、負ける筈がない。

 

 

 一も二もなく、彼女たちは飛び出し、強化された大荒魂に御刀を振るう。

 可奈美は慎重に相対する敵の動きを観察しながら、正確に必殺の一撃を叩き込み。

 結芽は相対する敵の一撃一撃を軽やかに受け流し、生まれた隙を利用して細かく連撃を叩き込む。

 

 

 やり方は違うのに、二人が大荒魂を倒す速度はほぼ同じ。

 改良型S装備──正式名称は燕翔(えんしょう)、があるからこそ可奈美はその動きが出来ているが、結芽はどうやっているのか? 

 そんなの決まっている、夢神流の極意を掴んだ結芽は自分の制御装置(リミッター)をとっぱらったからだ。

 勿論、奥伝が使える余力を残す程度に。

 

 

 だが、それだと可笑しい事になる。

 制御装置をとっぱらったーー解除したなら、結芽の場合でもほぼ一振りで決着をつけることが出来る筈だ。

 

 

 しかし、結芽はそれをしない。

 律儀に、一撃を受けてからカウンターで攻撃を叩き込み倒している。

 加えて、大振りな一撃ではなく細かい連撃で大荒魂を倒しているのだ。

 

 

 神経をすり減らしながら戦ってるも同然。

 一体一体が遜色なく強く、一撃食らったらお陀仏…なんて事が有り得るのだから。

 それでも、結芽はパターンを変えようとしない。

 

 

 確固たる決意を持って、御刀を振り続ける。

 ……それを見て、気に食わない者が居ることを知っているから。

 

 

「…来た」

 

 

 漆黒の髪をたなびかせて、朱殷色の瞳でこちらを睨みつける長身の刀使。

 見間違える筈がない、薔薇だ。

 彼女は、自身の御刀である三日月宗近で、自分が通るのに邪魔な大荒魂を祓い、寄って来た。

 

 

 眉間に見える青筋から察するに、先程までの結芽の戦い方が大分頭に来たらしい。

 珠鋼搭載型S装備を纏った彼女の振り下ろしの一撃が、結芽の脳天に直撃する直前。

 合間に割って入る影が一人……可奈美である。

 

 

 全力の振り下ろしだったのだろう。

 受け止めた可奈美の腕は尋常ではないほどに震え、衝撃で地面に小さなクレーターが出来た。

 

 

「あらあら、随分苦しそうですが? 大丈夫ですか?」

 

「大丈夫じゃない…だけど、結芽ちゃんの邪魔をさせる訳にはいかないから。あなたの相手は私だよ!!」

 

 

 そう言うと、可奈美は不意打ち気味に脇腹に右脚で蹴りを当て、距離を離す。

 八幡力で幾分か強化した筈の蹴りを食らっても、薔薇はピンピンしており、好戦的な笑みで可奈美を見下ろす。

 

 

 血走った薔薇の目と、落ち着いた流水のような可奈美の目がぶつかり合った瞬間、迅移でお互いに距離を詰めて切り結んだ。

 

 

 結芽はそれを尻目に、走り出す。

 クロユリの元まで走り出す。

 後ろは……振り返らなかった。

 

 -----------

 

「不純なものは…消えましたか。…観戦者は居るようですが」

 

「師匠に手出しはさせない。私が、あなたを祓う」

 

 

 二人の周りにいる冥加刀使は一切手を出そうとしない。

 前例があるからだ。

 本来、二十人は居たはずの冥加刀使は残り十人、他十人は二人の衝突を邪魔しようとしたがばかりに、一瞬の内にクロユリに切り捨てられた。

 

 

 見つめ合う二人は、何を言うでもなく二振りの御刀を構え写シを張り直す。

 

 

「あなたに、私が倒せるとでも?」

 

「出来る出来ないじゃない、やるの。ゆりの魂(それ)は私のだから」

 

「…人のことをモノ扱いとは、良い御身分ですね」

 

「違う。私の命はゆりのモノ、ゆりの命は私のモノ。そう約束したから、違うんだよ。ゆりが、笑って生きてくれる事はーー幸せでいてくれる事は、私の存在意義の全てなの。例え、あの子にどう思われてようと変わらない。私が、ゆりを大好きな気持ちは変わらない」

 

「だから、私を倒し祓うと?」

 

 

 クロユリの返しに、結芽は黙って頷いた。

 それ以上、言葉は必要ないと言っているようだ。

 

 

 太陽の光が二人を照らす。

 運命の女神がどちらに微笑むかなんて分からないまま、一歩づつ距離を詰め始める。

 

 

「新夢神流、大荒魂クロユリ」

 

「夢神流、燕結芽」

 

『勝負っ!!』

 

 

 迅移なんて使わずとも、二人は悪鬼羅刹を使い迅移以上の速さで間を詰めた。

 鎖を壊す幻影は見えず、ただ二人が纏う覇気が変わる。

 一方は、飛び回る燕のように自由な柔らかいものに。

 一方は、咲き誇る花のように畏まった慎ましいものに。

 

 

 迅移を使えば、お互いに燕より早く動き、花が散るよりも早く一撃を繰り出す。

 一撃一撃が必殺で、受け流した後からが本番。

 カウンターの読み合い、クロユリが何百…何千…何万、と言うパターンで最善を選んでも、結芽はその上を行く切り返しで少しづつ傷を付けていく。

 

 

 未来視と言っても過言ではない力を持つクロユリが、押されていた。

 それを見た冥加刀使は戦慄した表情で、敵である結芽を見ている。

 

 

 彼女は一瞬一瞬の内に成長し、未来の最前の位を一つ一つ上げていたのだ。

 天才の中の天才である自分に秘められた才能を、その場その場の必要に応じて開花させ、更には昇華させる。

 

 

 異次元にいる天才の百合が使った悪鬼羅刹は、自分の中に眠る全ての力を解放させるもの。

 要は封印していたものを解くだけなのだ。

 しかし、結芽は違う。

 

 

 未だ高みに到達していない結芽は、中に眠る溢れんばかりの才能を悪鬼羅刹の能力を利用して、無理矢理掘り起こして開花或いは昇華させているのだ。

 無茶無謀も良い所、体に掛かる負担は百合以上だろう。

 

 

 長くは持たない、良くて三分ちょっと。

 それ以上は活動限界どころか、生命の限界に挑戦するようなものだ。

 気を抜いた瞬間に即死する、なんて事も有り得る。

 

 

 彼女はそれでも、戦うことを止めない。

 死ぬ気は無い、死ぬ気は無いが死ぬ気で戦う。

 追い詰めないと勝てない、ギリギリまでやらないと負ける。

 それを、結芽は知っていたから。

 

 

 刻一刻と迫る時間。

 写シを張り直す事が出来ない結芽は、致命傷を避ける事を最優先に戦い、細かい傷を増やす。

 細かい傷を増やされたクロユリは、致命傷の一撃を入れる事を最優先に、迅移の段階を上げて手数を増やした。

 

 

「……有り得ない」

 

 

 なのに、結芽はその全てを悉く避けるか受け流す。

 常人なら発狂するレベルの予測に予測を重ねても、受け流すどころか避ける事すら不可能な筈なのに。

 

 

「何故、受け流せるんですか? 何故、避ける事が出来るのですか?」

 

 

 クロユリの迅移の段階は四、結芽は三。

 二人の間には圧倒的な差がある筈なのに、結芽は未だに一撃も食らってない。

 写シは無傷のまま、結芽は不敵に笑って見せた。

 

 

「なんでだと思う〜?」

 

「…答えなさい」

 

「正解は、簡単だよ。…それはゆりの剣だから。私を誰だと思ってるの? あの子の一番の理解者で、一番の親友で、一番の想い人。ゆりの剣を一番受けたのは私。その私が、あの子の剣を見切れない訳が無い」

 

 

 ハッタリだ。

 その場その場で才能を開花ーー或いは昇華させ限界ギリギリの所で、対処している。

 命綱無しで超高度の綱渡りをやってるようなものだ。

 風で揺れる綱、恐怖に震える足、その他にもある様々な不安要素を、結芽は想い一つで乗り越えて戦っている。

 

 

「…あなたは私に負ける。偽物が本物に負けるように」

 

「私が偽物だとでも? …ふざけるな、私の心は本物だ!! 例え奪ったものだとしてもーー」

 

「別に心は本物だと思うよ? でもさ、感情は違う。あなたは知ってるだけ、味わってもそれは知ってるから分かるだけ。本当は感情なんて簡単には分からない、大切な人が伝えてくれてようやく分かるものなの。ショートカットし過ぎたんだよ、あなたは」

 

 

 結芽の言葉に、クロユリは動揺しているのか左右で異なる瞳を震わせる。

 真逆だった、以前とは真逆の関係になっていた。

 

 

 同様で落ち着きを無くした今が、結芽にとって絶好のチャンス。

 そこからは、昔の再現のように、時間が進む。

 

 

「…ゲームでもしない? お互いに一太刀浴びせて、立ってた方が勝ち。勝った方は、その後相手をどうしても構わない」

 

「私が乗るとでも?」

 

「別に、乗らなくてもいいよ? 負けるのはあなただもん」

 

 

 煽るようないつもの口調で、結芽はそう言った。

 完全に自分を取り戻した結芽に、『敗北』の二文字は存在しない。

 クロユリは苛立ちを顕著に表しながら、御刀『宗三左文字』を構える。

 結芽はニッカリとした笑顔で、御刀『篭手切江』を構えた。

 

 

 向かい合い、数メートルの間を置き、睨み合う。

 快晴の中、太陽が涙を流したように、一雫の雨が落ち、それを合図に二人動いた。

 一瞬、ほんの一瞬だった。

 お互い以外の誰にも捉えられない世界の中で、二人は切り結び、そして……

 

 

「………………えっ」

 

「勝ちだね」

 

 

 糸が切れた人形のように、クロユリは膝から地面に崩れ落ちた。

 訳が分からないままに、クロユリは光の粒子となり薄く消えていく。

 

 

 何も言わず、結芽はクロユリに近付き、彼女を起こし抱き締めた。

 

 

「…なんで……私を…」

 

「勝った方が相手をどうしようと構わない。そお言うルールでしょ? だから、これは勝手に私がやってるだけ。……少しは、温かいでしょ?」

 

「…………えぇ。…とても」

 

 

 勝手だった。

 やりたい事を好きなように、いつも我儘を言うみたいに、結芽はクロユリを抱き締めた。

 少しづつ、消えていく彼女を見つめながら。

 

 

 段々と、自分の意識が薄くなっていることを理解した。

 

 

(…浮気って言われちゃうかな)

 

『…誰も言わないわよ』

 

(そっか…なら、良いか)

 

 

 完全に光の粒子となって消えたクロユリ。

 居なくなった事を確認する間に、結芽の意識は完全に途絶える。

 快晴だった筈の空は、薄く雲がかかり少しだけ雨が降っていた。

 

 -----------

 

 真っ白な夢の世界に、クロユリは迷い込んでいた。

 なんとなく、ここがどこか分かって、自分が完全に負けた事を知った。

 

 

「そうか……私は」

 

「どうやら負けたようね。また、私は」

 

「嘲笑いに来たんですか?」

 

「いや、ただ同胞を迎えに来ただけさ。ほら、行くぞ。私も面倒臭い連れを待たせてるんでな」

 

 

 自分と全く同じ容姿の存在、オリジナルのクロユリ。

 彼女に手を引かれ、クロユリは走った。

 真っ白な世界の先には、温かく彼女を迎える三人の人影があった。

 

 

「……本当にあなたたちは変わっている。…いや、私も…か」

 

 

 クロユリは負けた、可笑しな人間たちの固い絆に。

 温かい愛に…負けた。

 




 この作品を書いて、もうそろそろ一年が経とうとしています。
 一番伸びてもので、皆さんには一番楽しんでもらえた作品になれたら幸いです。

 今は、マギレコの二次やオリジナルの旅話を書こうと躍起になっていて、こっちの方に余り力を回せてない気がします。

 勿論、全力でやってますし、読者の皆さんには面白いと思ってもらえる作品になるよう努力しています。

 ですが、このまま本編完結後もアフターストーリーを続けると、弛んでしまって詰まらない駄作を描き続ける気がしてならないのです。

 だからこそ、私はこの作品本編完結を持って終わらせようと思います。

 もし、私の作品がまだ見てぇよ…と思った読者さんが居ましたら、リクエスト箱を用意しますし、マギレコの方も読んでみてください。(NLです)

 次回、最終話でお会いしましょう。お楽しみに。


 リクエスト箱→https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=234630&uid=234829


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最終話「作って、守って、二人は生きる」

 見慣れた研究所兼病院の一室から、二人の少女は天国かと見紛うような桜散る外を見る。

 ただひたすらに、桜舞う景色を眺める。

 あの事件から、早くも一週間が経った。

 

 

 事態はまだまだ収束とはいかないが、次第に落ち着きを取り戻し、元の軌道に戻って行く事だろう。

 百合と結芽は、ある人にとっては忙しく、ある人にとってはゆっくり流れる時から外れた場所で、二人揃って窓の外に目をやる。

 

 

 互いに何も言わずとも、互いが何をしたいか分かっていた。

 だけど、それは難しい事だとも二人は分かっていた。

 

 

「桜…早くしないと散っちゃうね」

 

「だね〜、今年こそは…って思ったんだけど」

 

 

 外を見やっていた顔を向け合い、苦笑する。

 病室内は真っ白な清潔感漂う場所で、どこか味気ない。

 春風吹くような良い花見日より、百合は朝の天気予報でそんな事が言われていたのを思い出す。

 

 

(見に行きたい、二人でーーいいや、みんなで)

 

 

 思い立ったが吉日、そう言わんばかりに、百合は渡そうと思っていたものを渡し、外に出る事を決めた。

 やる事をやる前に、彼女は急いで各所連絡網に一報を入れる。

 誤差はありながらも、ポツリポツリと返信は返ってきて、ニマニマしながらそれを見ていると、面白くなさそうな声が百合の耳に響いた。

 

 

「…私より、メールを見る方が大事なの?」

 

「う〜ん、どっちも大事だよ」

 

「…濁した」

 

「あはは〜!」

 

 

 から笑いをして、持ってきていた紙袋からある物を取り出す。

 起きてから一週間、存在の半分が無くなり消え掛かっていたとは思えない程のスピードで回復した百合は、誕生日に渡す筈だったある物ーーマフラーを今日の朝ようやく完成させた。

 薄ピンク色の病院服を羽織る結芽の首元に、かけるようにマフラーを巻く。

 

 

 結芽の桜色の髪に合うような紺色のマフラーは、どこか百合の存在を感じさせる。

 

 

「これは……?」

 

「誕生日プレゼント。…ちょっと渡す時期がズレちゃったけど、渡さないより良いでしょ?」

 

「……ありがと」

 

「プレゼントはまだあるよ。…車椅子に乗って、外に行こー!!」

 

 

 百合はそう言うと、結芽の事をお姫様抱っこでベットから持ち上げる。

 戦いを知る少女とは思えない程にか細い体を、壊さないように優しく…優しく包み込み、病室を出て車椅子がある場所まで連れて行く。

 病室を出た途端、白衣を着た研究者に止められたが、百合が笑顔のゴリ押しで跳ね除けてズンズンと歩いて行った。

 

 

 百合の少女は、時々暴君だった。

 

 -----------

 

 想い人が乗る車椅子を押しながら百合は歩く。

 何度目かの桜並木を、二人は歩く。

 散った桜の花が、地面に敷かれカーペットのようになっているのがまた美しい。

 

 

 無言で桜に見惚れながら、百合は目的の場所まで歩く。

 結芽は桜に見惚れながらも、何処に行くかも知らされずに連れ出された驚きで、キョロキョロと辺りを見渡していた。

 

 

 クスクスと、笑った百合にも気付いてすらいない所を見ると、本気で驚いてるらしい。

 そっと、彼女の頭を、百合は撫でた。

 大丈夫だと言うように、温かい手の平で彼女の頭を撫でた。

 

 

 歩く事数分、いつかの日、親衛隊で桜を見たあの場所に辿り着いた。

 そこにはーー

 

 

「…嘘」

 

「嘘じゃないよ…本当だよ」

 

「…なんで、みんながーー」

 

 

 みんなが居た。

 百合と結芽が絆を紡いだ全ての人が居た。

 きっと、誰もが彼女たちに助けられた人で、誰もが彼女たちを助けた人だった。

 そんな人たちが、みんなそこに居た。

 

 

 メールをして病院を出てから、まだ三十分程。

 なのに、全員が揃っていた。

 まるで、狙ったかのように。

 

 

「結芽ちゃーん、百合ちゃーん! 久しぶりー!」

 

「二人とも、元気そうで何よりだ」

 

「可奈美おねーさんに、真希おねーさん…どうして?」

 

「こんな事になるだろうと思ってね。事前に準備は整えてたんだよ。今年の桜は今年しか見れない…だろ?」

 

「うんうん! 料理とかは少し味気ないかもだけど、いーっぱい用意したしお菓子もあるよ!」

 

 

 可奈美と真希、二人を皮切りに多くの人が百合と結芽に詰め寄った。

 代わる代わる挨拶や他愛のない話をしては去って行く。

 中にはたった一言の挨拶をして、仕事に戻る人も居た。

 ……本当にただ一言を言う為だけに来た人もいたのだ。

 

 

 でも、多くの人は残って、ゆるりゆるりと散っていく桜を眺めて和気あいあいと笑っていた。

 騒がしい、そう思うくらいに楽しげて、その騒がしさが二人はどうにも嫌いになれない。

 

 

 二人は迷う事無く、元親衛隊が集まっている場所に向かった。

 真希が居た、寿々花が居た、夜見が居た、紫が居た。

 みんながみんな、そこに居た。

 

 

「……久しいな、二人とも」

 

「紫様も来てくれたんだ…」

 

「執務が幾分か早く済んでな。遅くなる所が間に合った」

 

「……嘘ですね。昨日から殆ど寝ずに作業されてたの、私知ってますよ。大方、今日の分の執務を先取りしてやっていたんでしょう?」

 

「どうだか」

 

 

 あくまでもシラを切るように、紫は笑った。

 真希たち三人は堪えるように笑いを零し、結芽に至っては大爆笑である。

 この間には上司と部下の関係があって、でもどこか家族のようや温かい関係があって。

 

 

 みんながみんな、そんなぬるま湯に浸かっている。

 心安らぐぬるま湯に浸かっている。

 

 

 昔以上に喋った。

 二ヶ月と言う、埋めきれない隙間をーー溝を埋めるように喋った。

 辛かったこと、悲しかったこと、苦しかったことーーでもでも最後は、嬉しかったこと。

 

 

 喋って、喋って、喋り尽くす頃には、カラスが鳴くような時間になっていた。

 まだまだ遊びたくて、それでも時間は待ってくれなくて、お開きになるのは必然で、少し悲しい気持ちになりながらも、二人は夕陽が隠れ月が輝く夜道を歩く。

 

 

 夜桜を見ながら、思い馳せるように、呟いた。

 

 

「久方の

 光のどけき

 春の日に

 しづこころなく

 花の散るらむ」

 

「…何それ? 短歌…だよね?」

 

「百人一首に載ってるやつだよ。紀友則作の歌。訳は…覚えてないけど、桜の美しさをいつまでも眺めていたいからこその、散ることに対しての嘆きの感情を表した歌…だったかな」

 

「どうして…、今そんなのを歌ったの?」

 

「そのままだよ、こんなに綺麗なのになんで早く散っちゃうのかなーって」

 

 

 百合の言葉に、結芽は呆気らかんと返した。

 

 

「永遠なんてものがないから、綺麗だって思うんじゃないかな…? ずっと桜が咲いてたら、それは綺麗だけど……つまらないよ」

 

「そっか…それもそうだね」

 

「まっ、私たちの絆は永遠だけどねぇ〜!」

 

「…ふふっ、勿論!」

 

 

 マフラーが巻いてある首に優しく抱きつき、二人は少し止まって空を見上げた。

 美しく舞い散る桜。

 それを見ながら、二人は同じタイミングで言い合った。

 

 

『来年も、再来年も、ずっと先も、私と桜を見てくれますか?』

 

 

 一言一句違わず、同じ言葉を同じタイミングで。

 百合と結芽は笑った。

 考えてる事が同じなのが嬉しくて可笑しくて、揃って笑った。

 

 

 そして、また同じタイミングで返した。

 

 

『はい、喜んで』

 

 

 きっと、とても遠い道程だった。

 すれ違って、ぶつかり合って、結ばれて、離れ離れになって、また結ばれて。

 辛くて、苦しくて、悲しくて、怖くて、でも最後は笑って話せるくらいに愛おしい時間だった。

 

 

 幾千、幾万、幾億の中から二人は出会って、友達になって、親友になって恋人になって、家族になって。

 少しづつ関係を変化させてここまで来た。

 

 

 今なら、お互いに気恥しさなんてなく、ハッキリと言える。

 

 

月が綺麗ですね(あなたを愛してる)』と。

 

 

 ハッピーエンドかなんて分からなくて。

 バットエンドではないことは分かっていて、トゥルーエンドじゃないことも確かで。

 じゃあ、なんなんだと言われたら、彼女たちは答えられない。

 

 

 大事なものを全部落とさないなんて無理だった。

 少し落としてしまった…けど、それを差し引いても有り余るくらいの幸せがあるから。

 

 

 ハッピーエンド…なのだろう。

 

 

 止まっていた足を、百合は動かし、結芽は命を預ける。

 花咲くような笑顔で、病室への道を進む。

 

 

 好きだと言い合って、大好きだと言い合って、愛してると言い合って、進んで行く。

 

 

 二人がもし人生で最期に言い残す言葉が有るとしたら、それはきっとこうだ。

 

 

『私たちは色々な選択を間違えたかもしれない。けど、最後に取る手だけは間違えなかった』

 

 

 救われなかった世界の分だけ、彼女たちは幸せを過ごすだろう。

 救われなかった世界の分だけ、彼女たちは不幸を忘れるだろう。

 

 

 百合の少女は、燕が生きる未来を作った。

 燕は守った、百合の少女が笑う未来を。

 

 

 これは、きっとそう言う物語だ。

 




 ゆりつば、ここに完結。
 特別に次回一話だけアフターエピソードがあります。
 最終話と言ったな、あれは嘘だ。

 でも、本編的には完結です。
 伏線回収をほっぽり投げてご都合主義エンドな感じはありますが、許してくださいなんでもしますから(なんでもするとは言ってない)。

 一応、最後なので一言。
 この作品を最後まで読んでくれた読者の皆さん、本当にありがとうございます。
 ちょっとは昔より成長できた作品になったと思います。
 それも、皆さんが読んで応援して下さったからです。


 本当に、本当にありがとうございました。


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アフター「温泉旅行記」

 短めです。少し長いみにゆりつばみたいな感じですね。


 桜の花が散り切る間際、元親衛隊のメンバーは結芽の退院祝いと称して温泉旅館に来ていた。

 久しぶりのまともな休暇、全員揃ってゆっくりするーー筈だった。

 だがしかし、現実は悲しい事に無慈悲で、旅館に向かうバスの途中で荒魂が登場、刀使として放置する訳にもいかず祓う事に。

 

 

 お陰で、旅館に着いた頃には、お休み気分だった面々は気疲れしていた。

 

 

「どうしてこうなるの〜!」

 

「しょうがないよ。荒魂が現れるのは日常茶飯事なんだし」

 

「そうだぞ結芽。寧ろ、少なくて良かったことを喜ぶべきだ」

 

「まぁ、休暇中ではなかったら素直に喜べたかもしれませんわね」

 

「荷物を置いたら、そのまま温泉に行きましょうか? 荒魂の戦闘で気疲れしているようですし、汗も流した方がいいでしょうから」

 

『賛成(だ・です・ですわ)!』

 

 

 夜見の意見に全員が賛成し、各自荷物を下ろし、下着だけ持って揃って温泉に向かう。

 旅館と言う事もあり、脱衣所の籠の中にはタオルと浴衣が入っている。

 百合たちは自然な流れで、籠の中に替えの下着を入れ、横に脱いだ服を畳んで置いていく。

 

 

 結芽は待ち切れなかったのか、いの一番に温泉への引き戸を開けて走って行った。

 

 

「結芽! 走ったら危ないよ!」

 

 

 そう言った百合も、結芽を走りながら追いかけて行く。

 他三人は、戻ってきたいつも通りの光景に微笑みつつ、温泉へと入っていく。

 中は湯気の所為で所々見えないが、危険と言うレベルではない。

 何せ、遅れて入った真希達ですら遠目に、体を洗わないまま温泉に入ろうとする結芽を、羽交い締めにしている百合の姿が見えたからだ。

 

 

 微笑みを苦笑に変え、三人は備え付けられたシャワーで一度体の汗を流し各自、体や髪を洗っていく。

 体も髪も女の命、全員が入念に洗っている中、ようやく結芽を連れた百合が戻ってきた。

 

 

 百合は手際良く、自分の体と結芽の体の汗をシャワーで流し、自分を後回しにして、結芽の髪から洗っていく。

 腰まで届くような長い髪を、器用にシャンプーでシャワーで取れない汚れを落とし、綺麗な髪を維持するためにコンディショナーで補填する。

 

 

「痒い所ない? 大丈夫?」

 

「大丈夫〜!」

 

「了解。流すから、ちゃんと目閉じててね?」

 

「は〜い」

 

 

 間の抜けた声を聞き流した百合は、シャワーで泡や余分なものを落とし、今度は体を洗っていく。

 手の届かない背中部分はやるが、デリケート部分が多い前面は結芽に任せる。

 

 

「背中はやってあげるから、前は自分でやるんだよ? しっかり洗わなきゃダメだからね?」

 

「もぉ〜! それぐらい出来るよ! 子供じゃないもん!」

 

 

 プンスカ怒る結芽に苦笑を返した百合は、丁寧にボディーソープを手に染み込ませ、優しく、割れ物を扱うように体を洗う。

 優しく撫で過ぎた所為か、擽ったそうな可愛い矯正が聞こえたが、彼女は聞き流した。

 

 

「ひゃっ! ゆ、ゆり〜、くすぐったいよー」

 

「我慢して…。後で、私の髪とか背中も洗ってもらうんだから」

 

 

 こんなやり取りをしている間に体も洗い終わり、今度は交代して結芽が百合の体や髪を洗っていく。

 既に体や髪を洗い終わっている真希たちが、先に湯船に浸かっているのを見た結芽は、超特急で工程を進める。

 

 

 丁寧に、優しく、それでいて早く。

 変な部分を触ってしまったのか、時々変な声が聞こえたが結芽は特に気にしていなかった。

 百合が十分程掛けた工程を、結芽は五分で終わらせて、温泉に駆けていく。

 

 

 勿論、百合の腕を引っ張りながら。

 

 

「は、走らないで、結芽!?」

 

「みんなで一緒に入りたいの〜!!」

 

 

 滑り込みセーフ、と言わんばかりに、二人は揃って湯船にゴールイン。

 勢いを付けて入った所為で水しぶきが飛んで、真希達を襲う。

 ……寿々花が怒るのは必然だった。

 

 

「結〜芽〜?」

 

「ひっ」

 

「百〜合〜?」

 

「なんで私まで!?」

 

「姉役である百合がストッパーになるべきでしょう?」

 

「…そ、それを言われると」

 

 

 押し黙る百合、ビクビクと震える結芽。

 そんな二人に対し、短縮版お説教をして場を収める。

 

 

 少し間を開けて、ようやくゆっくりとした休みの時間が流れ始める。

 旅館の温泉から見える景色は絶景、夜空に浮かぶ月と満開の桜の気がベストマッチしていた。

 近くに桜の木が植えてあるのか、散った桜の花びらが温泉の方へと舞ってきて、とても幻想的な雰囲気を醸し出している。

 

 

 誰もがそんな幻想的な雰囲気を楽しむ中、結芽が怒ったように声を上げた。

 全員が何事か、と振り向くと、しょうもない理由が飛んできた。

 …彼女以外にとってはしょうもない理由だが、彼女にとっては死活問題。それは……

 

 

「なんで…なんで…私だけ、全然成長してないの!!」

 

「いや〜…十分成長してると思うよ? そ、そうですよね? 先輩方?」

 

「っ。あぁ、少し大きくなったんじゃないかな?」

 

「まだ十四歳です、成長期として十分な成長はしてると思いますわ」

 

「ん。結芽さんが気付いてないだけで、しっかりと大きくなっていますよ」

 

 

 まるで、口裏を合わせたような、そんな回答に結芽は首を傾げる。

 …チラリと、百合を見やった。

 彼女は目をパチクリとさせながら、キョロキョロと泳がしている。

 挙動不審も良い所だ。

 

 

(…よし。取り敢えず揉もう)

 

 

 怒りが有頂天、とはいかなかったが、イライラはしたので、しっかりと恋人の果実は揉んでおいた。

 先程と同じく変な声──嬌声が聞こえたが、気にかけることはなかった。

 何もかも、大きい果実を実らせている奴が悪い。

 

 

 そう言うように、揉みしだいた。

 真希達も止めようとしたが、標的が自分になるのを恐れ、誰も手出しが出来なかった。

 結局……

 

 

「はぁ……はぁ……ゆめぇ…ゆるしてよぉ」

 

「……私、先上がるね」

 

 

 蕩けた瞳と表情をする百合を、結芽は置いて逃げた。

 今更になって、報復が怖くなったのだ。

 

 

 しかし、温泉を出たあと、百合は特にこれといって結芽に報復をしなかった。

 

 

 ……後日、旅館から帰ってきた元親衛隊全員(百合以外)の首筋に痣が出来ていたことで、刀剣類管理局本部中に噂が広がったが……それを彼女たちが知るのは少し後の話。




 ~完~

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