艦娘の小さい胸を見ていたい (あーふぁ)
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艦娘の小さい胸を見ていたい

 小さい胸の子が好きなのはおかしいだろうか?

 小さい胸の子が話のネタにされ、からかわれるのはなぜだろうか?

 小さい胸の子が男性から性的な意味での人気が低いのはなぜだろうか?

 そんなことを俺はよく不思議に思っている。

 周りの男は小さいのよりも大きい胸がいいだろと言う。

 だが、俺はそうは思わない。

 大きいのは正しくて、それ以外はありえないと巨乳こそ正義みたいに言う人たちは間違っている。

 ひとつの胸しか選択肢がない世界ではなく、多様性に溢れている世界こそが正しいのだ。

 そう、だから俺が小さい胸を好きだとしてもおかしいことは何もない。

 人が何かを好きになるにおいては、なんらかの理由が必ず存在する。そして何かを否定するには、それについてどれだけ考えたかも重要だ。

 しかし、今まで小さい胸について否定してきた人の多くは深く考えてはいなかった。

 女性の胸とは男性にとって神秘であり、たくさんの夢と希望に満ちているものである。だからこそ小さい胸は、小さいゆえに悲しみがあると人は言う。

 だが、小さい胸のことを簡単に結論づけて言う人は思考が足りていないと思う。

 胸に対する思考の限界を思考してこそ、女性の胸が好きだと言うべきである。

 結論として俺はそう述べたいが、思考の限界を思考できないからこそ人は深く悩み、長い時間を持って考え、多くのことについて考えたあとに答えを出していく生き物だ。

 そもそも胸について思考する問題は多くある。

 単に大きい、小さいだけではない。形、張り、色、体形とのバランスなどが。

 これらの問題はどのような労力と時間を持ってしても解決する問題ではない。答えが出ないというのが答えだから。

 生まれて23年が経つ若い男の俺でさえもこのように色々と言いたくなることはあるが、あえて一言で言うことも問うこともできる。

 ―――艦娘の小さい胸は素敵だと思いませんか?

 

 

 ◇

 

 

 海軍の士官学校を卒業したばかりの俺が前線へと研修に行き、提督学校で仕事をするようになって一週間が経った。

 軍管轄の提督学校は将来の提督を育てるのと、提督補助の人員を育てるのが目的である。

 俺もここで艦娘とふれあうために学生として入りたかったものの能力が足りず、不純な動機と多少の能力不足もあって入ることはできなかった。

 だが、今ではここで働くことができて結果的にはよかった。

 そんな提督学校で俺がする仕事は、資料室で前線から送られてきた書類の保管と分類、統計のまとめをすること。また、倉庫に行って前線から不要となった装備の管理もやる。

 メインとなる仕事場の第一資料室はあまり広くなく、畳で換算すると20畳ほどの広さがある木の床の部屋だ。南向きに窓がひとつある部屋の広さだが、棚やキャビネットで部屋がいっぱいに満ち溢れていて、隅っこのほうに俺が使う事務机とパイプ椅子があるのみだ。

 資料室勤務という仕事はいわゆる左遷的な意味が強い職場。だが、この仕事を俺はとても気に入っている。

 今の仕事は白い制服をきっちり着る必要がある以外はストレスがとても少なく、マイペースでできる。それに1人だけの仕事というのもいい。

 この場所は滅多に人が訪れることなく、静かにできるのは嬉しくなる。仕事は楽しいなと思いながら事務机に積まれた書類を1枚1枚丁寧に読み、問題がないか確認していると扉をノックする音が聞こえる。

 壁にかけてある時計を見ると、時刻は午後1時半頃。

 最近聞き慣れ始めてきたノックに俺は振り返りもせず、すぐに返事をする。

 

「入っていいぞ」

「提督、仕事は順調だろうか?」

「ああ、自分が知らない知識を得るのは実に楽しいぞ」

「それはよかった。提督が楽しいのなら、私も嬉しい」

 

 そう言って部屋に入ってきたのは低めの声を持つ少女。本来、提督になれない俺が提督という役職になれたのは初月のおかげだ。研修先で出会い、俺がいなくなってから強引についてきたために仕方がなく軍が部下として認めてくれた子だ。

 その初月は部屋の端に置いてあるパイプ椅子を手に取り、俺のすぐ隣へと置いて座ってくる。

 初月は美しく光を反射して宝石のように輝いている黒髪で胸が小さい、かわいらしくもかっこいい少女だ。

 瞳の色は茶色。髪にはハチマキにも見えるペンネントで、前を2か所、後ろを1か所くくっている。その前髪部分はどことなく犬のような耳にも見えてかわいらしい。

 顔つきは中学生に見える。けれど幼さを感じるよりも、恰好によっては美少年にも見える中性的な顔だ。

 首から下は黒の全身インナーを着ていて、そのうえに白のセーラー服と黒のネクタイ。プリーツスカートは黒で全体的に黒っぽい服装。

 靴はハイヒールを模した艤装だ。

 身長は155㎝ほどで168㎝の俺より13cm低く、その姿は小さくかわいらしいものだ。

 その中で特にかわいいのが、小さい胸だ。そう、女性の特徴である胸である。

 大きな胸でないから視線誘導をされてセクハラだとか、見ていたことを理由に色々苦情やらなにやらをされることもない。それと初月は服による肌の露出が少ないのもいい。

 体も胸も小さいと体全体から感じる雰囲気が、なんだか守ってあげたくなるような気持ちになる。黒インナーも汗をかいたときなんかは妙に色っぽくもあるし。

 現在は唯一の部下である初月の小さい胸を見て日々心を癒している。小さい胸を思う存分に眺めることができれば、その日は実にいい気分になる。

 そんな気分の時に、ふと今日の初月は提督学校に来てから初めての休みだったかと思い出す。

 

「初月、休みの日は休んでおけよ。ここはお前がいた前線じゃないんだから、ゆっくり休んでもいいんだ。誰もお前を責めたりはしないぞ?」

「ボクはしっかり休んださ。今だって艦娘の子たちと一緒に潮干狩りをしてきたぐらいに休みを楽しんでいる」

 

 初月は手を熊手のような形で砂浜を掘る仕草をした。

 初月も提督学校にいる子たちと仲良くやれているようでなによりだ。休みを楽しく過ごしているのもよいことだ。だが、気になることがある。

 

「終わったのなら買い物に行くとか、部屋でごろごろして寝るとかあるだろう?」

「今は提督と一緒にいたい気分だったんだ。それと潮干狩りで採ってきたアサリは提督の部屋にある冷蔵庫に入れておいたから安心してくれ」

 

 俺は幼い頃から1人で暮らしていたものだが、こっちに来てからは初月が毎日部屋にやってきては一緒の時間を過ごし、俺が作るご飯を一緒に食べてている。

 そんな仲だが家族でも恋人でもない。一緒にいるのは寂しがりやな初月のためだし、俺も小さい胸を眺めることができてお互いに嬉しい。

 戦闘ばかりやっていた初月は生活能力が言葉にするのを戸惑うほど低く、料理や掃除など生活していくうえでの多くのことは俺がやっている。

 艦娘や軍人が使う食堂に行けといったら、提督が行かないなら行かないと中々にかわいいことを言ってくれる。

 

「それならアサリの酒蒸しでも作るか。……いや違う、そうじゃない。こっちに来てから最初の休みなんだ。日用品や足りない物を買って来たらどうだ?」

「買い物は提督と一緒に行く。仕事は休めばいいさ。急な体調不良や生理が重いと言えば教官の人たちも許してくれる」

 

 いたずらっぽく笑う初月に小さいため息をつくが、そうまでしても一緒にいたいという気持ちがとても嬉しい。

 初月がこっちに来てからの仕事は教官補助と提督候補生の指揮練習、訓練と演習を提督候補生に見せるという仕事で活躍している。もちろん戦闘もできるように、前線の時ほどではないが他の艦娘たちと一緒に少ない時間ながらも訓練をしている。

 

「急にだと教官連中も困るだろうから、一緒に行くときは事前に申請をしてくれ」

「提督が言うならそうしよう」

 

 話が一段落すると俺は仕事を再開する。

 仕事の書類に書いてあるのは、8㎝高角砲は使えないからいらない、酸素魚雷があるから空気魚雷は返すなどという多くの"使えない、必要ない"と言われる装備返却の申請を見てから上官へと報告するために苦情やら文句をまとめた文章を書いていく。

 新しい装備や改良された装備が出てくると、以前のはいらなくなるのは当然だが、どうにも寂しいものだ。

 2線級の部隊にもある程度は渡るものの、それほど多くもない。2線級の部隊は日本周辺の警備や輸送護衛なために砲弾の使用頻度も少なく、最後にはここ、提督学校で使うことになる。

 それでも使わないのは倉庫に眠るか、あとで資源として溶かして再利用に。

 そんな処理の手続きを紙に書いていく仕事をしていると、初月からの視線を感じる。

 

「俺に興味を持ってくれるのは嬉しいが、そんなにも見つめられるとやりづらい」

「慣れてくれ。これからはこういうのが増えていくからな」

 

 初月は友情的な意味ではとても好きだが、だとしても好きな人から見られることが続くのは仕事がやりづらい。秘書の仕事を経験させておけば、口に出さずとも自然と俺の状態を察してくれたんだろうなと思う。

 いや、そもそもそこまで望むのは贅沢だ。何か言いたいなら素直に言えばいいだけだ。嫌なら断れるだけだから。

 

「コーヒーを淹れて来てくれないか? ホットで角砂糖3つ入れた甘いやつを」

「任せてくれ。悪魔のように黒く、地獄のように熱く、天使のように純粋で、恋のように甘いコーヒーを目指して淹れてこよう」

 

 そう言って詩人のような言葉を言って立ち上がると、少し急ぎ足で部屋を出ていく。

 静かになった部屋で、コーヒーが来るまではしっかりと仕事をやることにしよう。

 だが、その前にすることがある。

 それは初月の体を思い返すことだ。1人でないと、おそらく人に見せれない顔になっているから。

 初月といえば黒インナーを着ているのが目立つが、俺が思い出すのは胸だ。

 揺れない胸ではあるが、見ているのは実に心落ち着く。それは美人の顔を見続けることと同義であり、小さい胸を色々な角度、距離で見ることができるのは素晴らしいことだ。

 思い返すことで、その日1日は幸せな気分になる。

 小さい胸を思い返したあとは俺はさっきまでやった仕事をやり、終わらせると次は艦娘に関する書類を手に取る。

 その内容は駆逐の艦娘よりも空母や軽巡の艦娘をよこせというものだ。

 どこの前線でも駆逐はあまり重要視されていない。駆逐ができる仕事は軽巡にもでき、駆逐のメリットは燃料や物資消費が少し安いぐらいだとの認識なためだ。

 確かに軽巡のほうが丈夫で火力もあり、駆逐とは違いって対艦戦でも仕事ができる。

 敵である深海棲艦は戦艦が主力で、空母なんてのは滅多に見ない。なら、対空を軽視しているのかと思えば圧倒的な密度の高い対空弾幕だった。

 そのためこちらの空母も活躍できず、まるで第一次大戦のような戦場を連想させてくれる。

 そんな戦場では駆逐は活躍ができない。駆逐は対潜や対空特化している子がいるために対空要員なんていらないも同然だ。

 いつでもどんなときでも戦艦がいる戦場で、あまりの戦艦の多さに相手は戦艦経済でもやっているんだろうかと考えるほどに。

 現場を知るために研修へ行った前線の提督でも、本土で言われているように駆逐を軽視していた。

 仕方がないとはいえ、何か上手な運用をしていると期待していただけにショックを受け、さらには駆逐の艦娘は艦娘としてではなく、雑用など他の人員と変わりない仕事と待遇が悪いことにひどく失望したものだ。

 小さい胸が好きな俺としてはその扱いに納得がいかず、積極的に駆逐の艦娘たちと話をして食事を共にした。

 一緒に駆逐でも活躍できる戦術について話し合い、前線の提督に頼み込んでは時間と弾薬を使わせてもらった。

 そこらで言われているように駆逐は確かに対艦能力に劣る。

 駆逐が持てる砲はどれも威力が足りず、1度撃ったら終わりの魚雷でのみでしか戦果は期待できない。教本どおりの戦い方なら。

 そこでうまく生かそうと俺は考えた。駆逐ならではの小柄と素早い運動能力。小口径主砲の連射力と取り回しの良さを生かそうと前線で初月たち駆逐艦娘と研究を重ねた。

 その結果、胸と主砲がでかい戦艦の艦娘であるビスマルクのような艦娘を相手にしても、ねばり強く正面からの砲撃戦を長い間生き延びならすることができた。

 だが、その戦術は実戦で使う機会がなく、新戦術として提言はできなかったが。

 俺としては捨てられるも同然で、対艦戦闘に期待されない駆逐艦娘になんとかして光を当てたかった。

 まぁ、そもそもが戦艦相手に活躍させようとするのもおかしいが。駆逐には駆逐の向いている仕事があり、長所を生かすべく頑張るのが提督だと思う。

 なんとか駆逐のいいところを知ってもらおうと思ったが言い過ぎたらしく、その提督の怒りを買ってしまったために研修先で低評価を受けてしまった。

 それで資料室勤務に。出世は望めないが、結果的には艦娘と関係する仕事にできたからいいが。駆逐に対する評価が皆して低いのは困ったものだ。

 俺はひどく大きなため息をつくと同時に、扉が開けられて微笑みを浮かべた初月が入ってくる。

 コーヒーのいい香りが鼻へと来て、頭がリラックスモードへと入ってしまう。

 仕事はもう終わりだ。初月を目で愛でながら、のんびりとコーヒーを飲むとしよう。

 机の上にある資料をどけると、初月が温かいコーヒーを置いてくれる。だが置いたあとは椅子にも座らず、入ってきたときとは違って悲しげで困っている顔になっていた。

 

「……おい、誰かに文句を言われたか? それともバカにされたか? そうなら教えろ。今からそいつを海に投げ込んでくるから」

 

 初月がそんな表情をしていることに怒りが出てきて勢いよく立ち上がる。そして初月の手を引っ張って外へと出ようとしたが、初月が俺の手を抑えてきた。

 

「その、違うんだ。提督が言っていたことは何もなかったんだが……」

「じゃあなんだ。俺か? 左遷された情けない提督って噂がある俺のことか? もしそうなら捨てておけ」

「いや、それを言った人を見つけたらボクが文句を言う。それでも言うのをやめなかったら魚雷にくくりつけて海中遊泳をしてもらうさ」

 

 俺と初月、お互いにお互いを心配しあっていることに段々と落ち着いてくる。

 深呼吸し、頭を冷やすと改めて初月の様子を見る。

 

「初月が言いづらいことなら言わなくてもいいが……」

「そういうのじゃない。ただ、その。ボクはここに来て迷惑じゃないかと思って」

「ここに来て一週間のあいだ、俺がお前に迷惑とか言ったことはないだろ? まぁ、ここでは俺1人で働く予定だったのに木箱の中へ入って船に乗ってくるのは意外すぎたが」

「うぅ……それは迷惑をかけたけど……外で大きな穴掘って埋まってくる」

 

 初月は俺から目をそらし、物凄く落ち込んだ様子で部屋から出て行こうとする。

 そんな初月を見た俺は慌てて立ち上がると大事だという意味を込め、少し力を入れて後ろから抱きしめる。

 小柄な初月は抱きしめやすく、手はセクハラになってしまわないように変なところをさわらないよう気をつけていく。

 俺の抱きしめた手を初月は撫でるように優しくさわってくる。

 

「離してくれ。ボクがいらないというのなら、遠まわしじゃなく、はっきりと言って欲しい。提督に捨てられたならボクの価値なんてないも同然だから、すぐにでも前線へ行くんだ」

「そうは言ってないだろ。初月がいなきゃ俺の話し相手がいないし、お前がいないと俺はコミニュケーションに飢えて干からびてしまうぞ。それに小さい胸は見ていて落ち着くからな」

「ここには提督の、お前の好きな小さい胸を持っている子が複数がいるじゃないか。その子たちと仲良くなって話相手になってもらいうといい」

「駆逐や空母の小さい胸の子たちはいるが、小さければ誰でもいいというわけじゃ……いや、いいか」

 

 すねている初月に、なぐさめる言葉をかけていたが途中でつい本音を抑えることができずに言った言葉で初月が俺から逃げ出そうと暴れてくる。

 俺の腕の中から逃げ出そうとする初月を必死に抑え、心の底から思っていることを伝えていく。

 

「でも初月が1番のお気に入りだ。上司と部下の関係だけじゃなく、友人みたいな付き合いを長く続けていきたい」

「……ボクが大事なら、正面から抱きしめて欲しい」

 

 そう言われて1度初月を離す。すると初月のほうから俺へと抱き着き、背中へと手を回して強く抱きしめてくる。

 俺はそっと初月の背中へ手を回すと、大事な物を扱うかのように優しく抱きしめていく。

 感じる初月の温かな体温と首へとかかる柔らかな髪に、花のような香り。そして小さくはあるが柔らかく、適度な大きさは抱きしめやすくていい胸の感触。

 

「どうかボクを捨てないでくれ。このまま一緒にいたいんだ。もし、また1人になったら……」

「1人になんてしないさ。できうる限り、初月のそばにいよう」

「そうして欲しい。もし、提督がいなくなったらボクはもう1人では生きていけない」

 

 俺の胸に顔を押し付けながら切なく言う初月を感じ、俺は自分が小さい胸に興味を持って追い求めることになった出来事を思い出す。

 

 

 あれは俺が小さい、5歳の頃だった。

 両親と一緒に本州から北海道へ旅行に行くとき、フェリーに乗っていると沿岸まで深海棲艦がやってきた。

 日本のすぐそばまでやってくることは今までなく、周囲には軍や艦娘はいなく無防備な状態だった。

 敵である深海棲艦がしたのは殺戮だ。民間船であるフェリーに武装はなく、一方的な砲撃を受け続けた。

 船体に穴が開き、乗客たちが救命船や飛び込んだりして海へと逃げると砲撃は船から人へ。

 海の上にいる人々の腕や頭が吹き飛び、血が舞い、響き渡る叫び声。

 端の方から順番に撃ち続け、海に浮かぶ人が少なくなった頃には、ついに砲撃が俺と両親の方にも向けられる。

 砲撃音と衝撃を一瞬でやってきて、意識が朦朧としている中で見た光景は、深海棲艦に何かがあたって爆発の光が見えた。 

 そのあとは体を動かすことなく海へ沈むだけ。

 だが、俺は死ななかった。あまりの息苦しさに段々と離れていく海面へ手を伸ばすと誰かが掴んでくれ、引き揚げてくれた。

 その手を力強く握ってくれたのは艦娘だった。

 でもその当時は意識がはっきりしていなかったために、顔を見ても誰かがわからなかった。艦種さえも。

 覚えているのは優しさと温かさを感じる体で抱きしめてくれたこと。それと顔に当たっていた胸は小さくも柔らかいものだった。

 抱きかかえられた俺はその艦娘と一緒に病院へ行ったが、その時にかけられた言葉が今でも記憶に残っている。

『間に合わなくてごめん』と、そんなことを涙声で。入院してからその艦娘とは会うことはなく、その艦娘のことは医者も看護師も知らなかった。

 フェリーが沈んだ事件では425人が死に、7人しか生存していなかった。退院してからは両親が亡くなっているために1人で生きていく必要があった。

 幼いながら死んでしまおうと思っていたが、ただひとつだけ目標があるから今まで生きてくることができている。

 それは、いつの日か助けてくれた艦娘にお礼を言うこと。その時から俺は小さい胸に憧れと好意を持ち、追い求めるようになった。

 艦娘とどうすれば会えるか、一緒にいることができるのはどうすればと。それで軍人を、提督を目指すようになった。

 いつの日か、その艦娘と会うことを夢見て。

 能力不足で提督になれずとも、願い、追い続ければ、いつかはまた会うことができると信じ続けている。

 

 

 そんな懐かしい記憶を思い出しながら、小さくて安心する初月の体を抱きしめながら思い出す。

 助けてくれた艦娘の顔や姿はわからないが、胸の感触と言葉だけは覚えている。助けてもらったときは涙声だったために、声だけ聞いてもわからないかもしれないが。

 でも胸の感触があれば、思い出せるに違いない。胸をさわるだなんてことは、女性の命ともいえる髪よりも難しいことだが。

 

「……初月の胸はいい感触だな」

「なんだ、そんなにボクの小さい胸で喜んでくれるのか?」

「ああ、喜ぶとも。きちんと抱きしめあっているという実感があるからな。俺は小さい胸が俺は大好きだから」

「…………小さい胸でよかった」

 

 安心したように小さな声で言う初月が物凄く、とてつもなくかわいらしくてたまらない。

 小さい胸=素敵な性格、というのは今までの人生経験でも良い子が多かっただけに結論付けてもいいような気がした。提督学校にいる胸が小さい艦娘とも仲良くなり、この考えが正しいか証明をしてみたい。

 初月の温かさを味わうと、腕の中から解放して俺は椅子へと戻る。けれど、初月はぼぅっとして立ったままで顔がほんのり赤い。

 

「大丈夫か?」

「あぁ、大丈夫だ。大丈夫だとも。……提督はボクを抱きしめて気持ちよかったか?」

「抱き枕みたいで安心する、と言うのは失礼になるな」

「いや、ボクは構わない。抱き枕としても提督に役に立てるなら。なんなら寝る時はベッドの中で一緒にいてもいい」

 

 そう提案されると素直に頷いてしまいそうだったが、物事には限度というものがある。

 かわいい初月をベッドの中、至近距離で見つめてしまったら恋愛感情がなくてもどうにかなってしまう。そういう性欲的なものは風俗に行って果たすものだ。

 俺にとって小さい胸は目で愛でるものだ。運動したときにちょっとだけ揺れ動くのを見るのは感動する。胸が小さいのを恥ずかしがる姿などはとてもいいものだ。下着姿を見る機会があったときには、小さい胸用のデザイン豊富なことにはワクワクする。

 初月はいわば愛玩動物的なものと考えている。俺へ向けてくれるのは信頼と癒しがあれば、それでいい。

 

「一緒に寝るのは、強く落ち込んだ時に頼むよ」

「その言葉、忘れないでくれよ?」

 

 そう念を押して言ってくる初月には頭を撫でて返事をしないことを誤魔化し、仕事へと戻る。

 初月も隣へ座ってきて、俺は初月の視線を感じながら仕事を進めていく。

 仕事を続けながら思うことは、これからどうやって艦娘たちと仲良くなっていくかだ。

 この一週間で仕事の流れはわかり、安定した生活を送ることが可能になった。でもこのまま仕事を続けていても、資料整理や備品確認では艦娘たちと会えない。

 会えないのなら機会を作ることが必要だ。

 直接声をかけるのもいいが、毎日のように声をかけることは難しい。そんなことをすれば、うるさくて邪魔な人だなんて思われかねない。

 なら、時々声をかけて接すればいいとも考えるが、俺は小さい胸をいつでも見たく、その胸を持つ子とよく話をしたい。

 俺の目的としては命の恩人である艦娘を探すことだが、すぐに見つかるものではなく、提督学校の中にいるとも限らない。

 時々、前線から艦娘がやってきては前線の状況や戦闘を教えるということがあるから、それに期待することにしよう。

 あまり考えたくはないが、もうすでに死んでいるという可能性もあるが。この資料室では昔の艦娘に関する戦闘や編成資料がないのがもどかしい。

 小さなため息をつくと机に置いてある、初月が淹れてくれたコーヒーを一口飲む。すると「うまいな」と自然に声が出てしまう。

 

「よかった、気に入ってもらえたようで」

「初月のコーヒーは初めて飲んだ時から気に入っている」

「それは本当か?」

「こんなことで嘘は言わない。前線でお願いしたときはおいしくなかったが、一生懸命入れてくれたのがわかっていたからな。今ではこんなにも俺好みの味になった。次に飲むときはブラックを頼もうか」

 

 そう言うと、とても嬉しそうな笑みを浮かべてくれる。もし犬みたいに尻尾があったら、それはもう勢いよく振り回しそうな気配だった。

 

「ボクは提督の役に立てているんだな」

「立っているとも。いるだけでもな」

 

 初月の小さな胸を熱心に見つめながら言うと、両手で胸を隠そうとしていたが俺から顔をそむけて恥ずかしそうにしながらも胸を見せてくれる。

 やはり小さいのはいい。大きい胸は見るだけでも脳が疲れるが、これは一目で胸全体を簡単に見られる。それに恥ずかしがる姿もいい。

 まさに癒しである。これがそばにあるだけで大抵の仕事は気分よくできそうだ。

 そういい気分になっていると、これからここでの生活を送るにあたって名案が浮かんでくる。

 それはこの仕事場である資料室を、小さい胸を持つ艦娘たちのたまり場みたいな気楽に来ることができて楽しく話ができる場所を作ればいいと。

 この部屋にある物は空いている部屋に運んでしまえばいいし、いざ俺が邪魔になったら物を運んだ部屋でやればいい。

 実にいいアイディアだ。これが実現可能か、または実現したとして問題がないか考えをまとめていかなければいけない。

 今なら人生で2番目ぐらいにやる気が満ち溢れている。これもすべては恩人の艦娘と、記憶に焼き付いている小さい胸のために。

 そして、そんないい気分の時に言いたい言葉がある。小さい胸は俺にとって人生を変えるほどのものだったからだ。

 そう、その言葉とはごく短い言葉だ。

 

1日の気分を変える小さい胸は、人生を変える小さい胸へ!

 

 



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初月の日常

 秋月型4番艦の初月であるボクが提督学校に来て7日目。今日が初めての休日だ。

 つい最近まで前線にいたから、空襲警報も戦闘出撃も遠征も死ぬ危険がない"退屈"な毎日自体が休みに感じられた。

 本土はとても平和で、自分の部屋で1人ぼぅっと過ごしているだけなのはなんだか静かすぎて寂しい。かといって出かける用事も特にはない。

 提督は自由に過ごしていい、と言っていたが自由とはなんだろうか。今日の休日には選ぶ選択肢がなく、命令もない。

 いったい休日とはどうやって過ごすのだったか。

 前線では休みの日と言ったら、基地内で他の艦娘たちとチェスをして本を読んだりしていた。緊急の出撃命令が来てもいいように基地の外に出るのなんてことは滅多になく、他の艦娘たちもボクと同じように過ごしていた。

 ここではそれと同じのはできない。出撃はなく、仲がいい艦娘もいないからだ。

 ……とりあえず外に出よう。幸いにして今日はいい天気だ。散歩日和としては中々だと思う。

 支給されている制服で部屋の外に出ると、タイミングよく駆逐の艦娘と出会った。

 その艦娘は親潮という名前の子。

 顔はボクと同じぐらいの幼さ。髪色は黒で長さは肩あたりまでのストレートなセミロングで、ヘアピンをつけておしゃれにしている。

 目の色は薄黄色。服はワイシャツの上にベストタイプのブレザー、下は黒のプリーツスカートを履いている。白い手袋を身に着けた手には熊手とバケツを持っていた。

 親潮はボクと違って女性的なかわいらしさと清楚な雰囲気をもっている。

 

「ちょうどいいところで会いましたね。これから潮干狩りに行きますけど、よかったら初月さんも行きませんか?」

 

 挨拶する暇も与えてくれない親潮はボクの手を掴むと、有無を言わさず潮干狩りへと連れて行こうとする。予定がないボクは抵抗もせずにそのままつれていかれる。

 途中、倉庫に寄って親潮に熊手とバケツひとつを持たされてから着いたのは、士官学校の敷地内にある海岸だった。

 この海岸は民間の人が近寄ることはできず、軍人か艦娘しか利用ができない。

 利用といっても艦娘は使うことはそうなく、提督候補生が砂浜から訓練の遠泳をするぐらいだ。

 今は干潮の時間帯で潮が引いており、あたりには全部で20人ほどの様々な艦種の艦娘が仲良くグループを組む子たち、または1人静かに掘っている海外艦の子。

 その子たちは砂浜へとしゃがんでは砂を掘り返している。

 ボクは親潮に手を引かれ、その艦娘たちから10mほど離れた場所へと行く。

 

「このあたりでやりましょうか。アサリがいそうな気配がしますので」

 

 そう言った親潮は繋いだ手を離すと波打ち際に行き、持っていたバケツに海水を入れるとバケツを砂浜へと置くと、手に持った熊手で砂浜の砂をかきわけていく。

 そんな姿を見ながら、ボクは潮干狩りの経験がないために同じくバケツに海水を入れてから見様見真似で熊手を使って掘っていく。

 周囲は賑やかに会話をしているけれど、ボクたちの間には何の言葉もない。

 ただ静かにアサリを取っていくだけだ。……ボクのほうは何も見つけていないが。

 

「私、初月さんと話がしたかったんです」

「期待に応えられればいいけど」

 

 しゃりしゃりと音を立てていると、不意にそんなことを聞かれる。

 ここで仕事をするようになってからは他の艦娘と話をする機会がなく、提督の顔に泥を塗らないように仕事に関する勉強と仕事をする日々だった。

 本来は来る予定のなかった艦娘のボクに対して興味を持っているらしい。

 

「今まで学校にいる正規の軍人で艦娘を連れている人はいなかったたんです。私がここに来てから……私は今年で4年目になりますけど、今まで見たことがなくて」

「前例がないからボクに興味を持ったと」

「はい。それに駆逐の艦娘でしたから」

 

 そう言った親潮は手を止め、まっすぐとボクの目を見つめてくる。

 その目は敵を見るような、けれど寂しく、うらやましさがある感情が入り混じった目。そんな目で見られたのは初めてで、ボクはなんて返事をすればいいかわからない。

 

「わざわざ連れて来るのなら、あまり役に立たない駆逐はおかしいと?」

「はい。あ、初月さんが悪いというのではなく、駆逐全体に対する意見ですからね。その駆逐である私たちのような幼い外見の艦娘が一緒にいると相手から下に見られますし、艦娘を知らない一般人からは変な人扱いをされます。それに……」

「それに?」

 

 言葉を止めた親潮は恥ずかしそうに言いよどみ、10秒ほどの時間を置いてから言葉を続けた。

 

「私たちは色々と小さい部分がありますので、大きいのが好きである男性の性的欲求を満たさないものかと……。だから駆逐の艦娘をそばに置くのは非常に珍しいと思いまして」

「ボクの提督は小さい胸がとても好きなんだ。でもただ好きというだけじゃなく、小さい胸を持つ艦娘を探しているような。それに、ボクを通して誰かを見ているのがわかる」

 

 そのことが少しだけ寂しく感じる。ボクだけを見て欲しい、そんなことを思うのは贅沢だろうか? でもボクがそれで必要になれるのなら悪くはない。必要とされる限りボクは提督とずっと一緒にいれるのだから。

 

「それは……ちょっと寂しくありませんか?」

「提督と一緒に居れるのなら、なんだってかまわないさ」

 

 親潮はそれを聞くと、困ったような寂しげな笑みを浮かべた。

 それを見たボクは言葉を続けず、潮干狩りの作業を再開する。

 どこを掘ればいいかわからず、そこらをざばーっと掘っているが出てくるのは砂と海水のみ。

 離れたところにいる他の艦娘を見ると、少数ながらも採れている姿が見える。

 周囲ができているのに自分ができないと、ぐぬぬという悔しい気持ちになってくる。

 今度はもう少し深く掘ってみようかと思ったとき、親潮に声をかけられた。

 

「アサリを探すときは注意深く地面を見てください。ほら、そこに小さい穴が空いていますよね。あそこは吸水管、呼吸するための穴なんです」

 

 親潮が指差したところには確かに穴がある。そこを親潮が掘っていくとすぐにアサリが出てきた。

 さすが経験者だなと感心し、親潮が指差したところを掘るとアサリがいた。

 それを手に取り、初めて何かを収穫する感覚にボク自身の心が喜んでいるのというのがわかる。そう、それは他の感覚と比較できない初めてのもの。

 そのアサリを色々な角度で眺めたあと、そっと丁寧にバケツの底へと置く。

 あぁ、どうしよう。まさか潮干狩りがこんなにも楽しいだなんて思わなかった。

 自然と笑みが出てくるのが自分でもわかる。

 

「楽しいですか?」

「楽しい。こう、普通に捕るというのは新鮮だ。前線だと、浅瀬に砲撃や爆雷を投げては浮かんできた魚を捕ったのとは大違いだ」

「……それ、場所が荒れて次から取れなくなりません?」

 

 困惑気味な様子の親潮だが、そんなにおかしいことだろうか。弾薬は使うけど、簡単かつ短時間で魚が捕れるのはとてもいいことだと思う。魚の体に破片が入ることや、身がばらばらになってしまうこともあるけど小さな問題だ。

 

「場所はたくさんあったから問題なかった。……そうだ、こっちでもやってみようか」

「待って、待ってください! こっちだと私たちが使える海の場所って少ないんです! それにそんなことしたら怒られます! 独房入りですよ!?」

 

 大きな声をあげながら立ち上がり、まっすぐにした手の平をボクへと向けて制止してくる。

 

「1度試すぐらいなら―――」

「ダメです! 絶対にやめてください。あなたの提督にも迷惑がかかりますよ?」

「……それは嫌だな。砲撃をするのはやめておこう」

 

 ボクがそう言うと、親潮は安心したため息をついてしゃがみこむ。

 

「本当に提督が好きなんですね。初月さんが迷惑をかけたくないと思う提督なら会ってみたいです」

「自慢の提督だ。会うことがあったら、話してみるといい。それと少し訂正することがある」

「なんです?」

「さっきの話だが、提督がボクを連れてきたんじゃなくてボクが無理についてきたんだ。離れるのが嫌で、段ボールに入って船で密航して」

「密航ですか」

「そう、密航だ。ボクの提督は優しくて素敵だからな。怒られたはしたものの、送り返されずに提督学校所属の艦娘として暮らすことを許してくれた」

 

 静かに驚く親潮に、ボクは自慢げに言う。

 だって、そうだろ? 優しく、艦娘としては役に立たないボクを受け入れてくれる提督は世界で最もいい男だと思う。

 

「それは、それはまるで恋愛小説のようです! 愛する人を求めて遠くからやってきただなんて! 提督と艦娘の恋愛は時々聞きますけど、恋なんですね!」

 

 今までの落ち着いていた様子とは違い、ボクへと1歩近づいて興奮したふうに言う姿に戸惑ってしまう。

 恋愛小説、なんだろうか。ボクはまた捨てられたくなくて来ただけなのに。そもそもボクが提督に抱いている感情は、恋愛感情なんかじゃない。言葉にするのなら…………なんだろう?

 好きではあるけれど、それをどういう好きかがわからない。でもずっと一緒にいて、離れたくないというのはわかっている。

 

「では小説みたいに初月さんが提督のおそばで色々お世話を?」

「もちろんだとも。きちんとお世話されている」

 

 今の生活は満足しているというように優しく言うも、親潮は目をつむり頭を片手で押さえて辛そうだ。

 なにかあったんだろうかと親潮が元に戻るまで地面を掘ってアサリを探すことにする。

 しゃりしゃり。

 掘っていると小さなため息が聞こえ、掘る手を休めて親潮の方へと顔を向ける。

 

「あまりの予想外なことに驚いてしまいました。聞いていると、あなたの提督はよほど人格が優れている気がしてきますね」

「だろう? それにボクはただ世話をされているだけじゃない。癒しとして働いているんだ。提督はボクの小さい胸を眺めているだけで満足しているからな!」

「その、それは小さいからではなく、初月さんだからではないでしょうか?」

「そんなことはないと思う。ここに来てから好きなだけ小さい胸の子を眺めていたから。親潮もいい感じの小ささだから提督もきっと気に入ると思う」

「……中身ではなく、外見で気に入られるのは複雑な気がしますね」

「そうかな。それでも気に入ってもらえるところがあって、大事にしてくれるのはいいことだと思う」

「大事にしてくれれば、他はいいと?」

「そうは言っていない。提督は個人を大事にしてくれている。悪いことをすれば怒るし、悲しいことがあれば一緒に泣いてくれる。そんな人なんだ」

 

 提督はボクにとって愛おしくて大切な人。

 前線でいらない子扱いだったボクを拾ってくれ、大事にし、自信を持たせてくれるために駆逐でも戦艦相手に昼間での戦闘はできると証明してくれた。

 でもその代わりにボクが以前いた前線の提督に嫌われ、艦娘の運用に対するメンツを潰してしまったから出世の道は閉ざされてしまった。

 本人は気にしているどころか、艦娘と会える場所での仕事を喜んではいる。でも資料整理が仕事だなんてのは周囲からバカにされやすい。ボクの提督はもっと尊敬されるべきだ。だからボクとしてはこの提督学校にいるあいだは、いかにボクの提督が優れているかを艦娘たちに教え、理解させたいところだ。

 そんな提督のことを考えると、無性に会いたくてたまらなくなってくる。

 

「ボクは急に提督と会いたくなってきたから、潮干狩りはやめることにする。今日は誘ってくれてありがとう、親潮」

 

 そう言ってボクは熊手とアサリが4個入ったバケツを持って立ち上がる。

 

「待ってください。もう砂抜きした私のアサリがあるのでもらってくれませんか? そのままだと食べるのに時間がかかりますし、量も足りないかと」

「いいのか?」

「はい。私に話をしてくれたお礼です。部屋にある冷蔵庫にしまってあるので一緒に行きましょうか」

 

 親潮は立ち上がると、ボクより先に艦娘寮へと歩いていく。ボクは親潮の後ろ姿を追いかけ、横へとならぶ。

 熊手を水道水で洗ってから倉庫に戻し、アサリが入ったバケツをいったん寮の入り口へと置く。

 そうしてから寮へと入ろうとしたとき、親潮が足を止めてボクへとゆっくり振り向いてくる。

 

「……自分の提督がいるというのは幸せなのでしょうか。私みたいな駆逐の艦娘は色々なところを転々として、オトリとして使いつぶされるのが当たり前で。私みたいに戦場が怖くなって使いづらくなった前線帰りが集まるここでは、あなたみたいに信頼できる提督がいるという感覚がわからないんです」

「いつか、親潮が自分の提督を見つけた時は今のボクみたいに毎日が楽しくなるよ」

「私にそんな日が来るでしょうか?」

「来るさ。艦娘は戦うために生まれたんだから必要としてくれる人はいる。ボクはそう思い続けて今の提督に出会えたんだ」

 

 不安な表情を続ける親潮の手を掴み、ボクは寮へと入っていく。

 そして親潮の部屋でアサリを受け取り、感謝の言葉を言ってから提督が住む士官用の部屋へと行く。

 掃除が行き届いた部屋に入って冷蔵庫にアサリを入れるとき、提督が喜んでくれたら嬉しいなという考えが自然と出てきてしまう。

 親潮に言ったことは嘘じゃない。提督がいるから今のボクがある。そう、提督は希望の光だ。その光があるからボクは自分の人生が素敵なものになっていっている実感がある。

 いつか提督に恩返しがしたいものだ。と、なると今のボクには持っていないものを持つ必要がある。

 それは料理や掃除とか、そんなことをだ。もしくは学校で1番優秀な駆逐を目指すのもありかもしれない。

 何が必要かを焦らず、じっくりと考えていこう。いつか、提督がボクへと心からの満面の笑みを向けてくれる日にわくわくしながら。




書いていた話だから、投稿したかった。


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