比企谷くんと小学生な彼女 (青木々 春)
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こうして、比企谷八幡は小学生な彼女に出会う。

私は何を書いているんだ一体…。(深夜テンション)


私は変化を求めない。

特に人間は環境の変化に大きな不安と、大きな期待を寄せるというのが普通だが、私にとっての変化とはただ困惑を呼ぶ障害だ。所謂さっき言った不安の要素の方が強く感じるから、私にとっての変化とは厄介なものでしかない。

 

「お姉ちゃん、入るよ〜?」

 

「へ?あっ、ちょっと待って!」

 

いつもと変わらぬ静かな夜。お風呂から上がった私は、受験の為の過去問を貸してもらおうと姉の部屋を訪ねた。

姉の部屋の中から聞こえてくるのは焦ったような姉の声と、ドタバタと騒がしい音。

これもいつも通り。さっき食べた夕食もいつものお母さんの料理の味で、仕事から帰ってきてお疲れの様子のお父さんがリビングに横たわっているのも、うち、『綾瀬家』のいつも通りだ。

 

ただそんな私でも唯一変わってほしいと願うものがある。

 

それは姉の存在だ。

いや、誤解してほしくないから説明しておくと、別に姉が嫌いなわけじゃない。

むしろ総武高校という割と難しめな学校に入学し、運動も勉強もそつなくこなせる姉に尊敬の念を抱いている。

しかし姉を見ていると常々人間というものの不完全さを思い知る。

 

やはり福沢諭吉の学問のすゝめは間違っていなかったんだと。

 

「もう入るよ〜」

 

「う、うん」

 

姉の部屋のドアノブに手をかけ、扉を開ける。

するとすぐ姉の姿が確認できる。ピンク色のいかにも可愛らしい絨毯の上に疲れたように座っている。

そしてその服装は、淡いピンク色のフリルのついた可愛らしいパジャマ。

 

「ごめん、邪魔しちゃった?」

 

私のせいで疲れさせちゃった訳だし、一応謝っておく。

 

「え?な、なんのことかなぁ…?」

 

む、あくまでシラを切るつもりか。

それならば仕方がない、最終手段だ。

どうせまたクローゼットの中に突っ込んだのだろうから。

 

「ちょっと待って…!」

 

姉がなんか言っているが、構わずクローゼットを開ける。

するとそこには…

 

「あぁ…」

 

案の定。プリキュアの変身グッズやフィギュア。

今一度クローゼットを見渡すと、色々な女児向けアニメのグッズが置いてあることが伺える。

きっと今の今までこのグッズでなりきり遊びをしてたのだろう。

 

そう、これが姉である『綾瀬 綾音』の趣味だ。

そして私が唯一変わって欲しいと思う原因。

 

断っておくと、別に人の趣味にケチをつけるつもりはない。

一人で遊ぶ分には全然構わないし、同じ趣味の人と盛り上がるのも全然構わない。

ただ姉はその域を超えている。趣味というより、感性から子供なのだ。

 

この部屋を見れば分かる。

もう17歳といういい歳をしているのに、家具やカーテン、絨毯などはピンク色のメルヘンで可愛らしい仕様。

好きな食べ物はオムライスやエビフライ、ハンバーグなど。

キラキラしたものが好きで、未だに幼い頃にハッピーセットか何かで買った、宝石を模したラメの入ったプラスチックが付いているカチューシャを大事そうに持っている。

そしてパジャマは前述した通り、上下一体型のフリフリやリボンのついたもの。

 

部屋や服などからうかがえるこの小学生感。これが私を困らせるのだ。

一度そのことで姉と喧嘩したことがあるものの、好みや趣味は人それぞれなので、その時は勿論私が折れた。

ただそれ以来姉も気を使っているのか、私の前で堂々とごっこ遊びやおままごとなどをする事はなくなった。

 

いや、悪いとは思ってるよ?

 

でも私の気持ちも考えてほしい。

こんな姉だ。私服ももちろん小学生で、基本ピンク色で、フリルやリボンが付いているものが多い。

そんな姉と一緒にいるところを同級生に見られた時のあの目!多分私は一生忘れられないよ…。

 

だからせめて人前ではそういった好みを抑えてほしいといってから、意識はしているそうだ。

 

「ごめんね『小園』」

 

う、別にお姉ちゃんは何もやってないんだから、謝る必要なんてないのにさ。

これだからお姉ちゃんはズルい。すごい罪悪感を感じちゃう。

 

「別に怒ってないってば。ただ私の前では隠す必要が無いって言いいたいの」

 

確かに抑えてほしいとは言ったけど、家族の前まで隠す必要はない。

そういう極端なところも、お姉ちゃんっぽくて小学生っぽいんだけど。

 

「でも私って普通じゃないんでしょ?今までずっと普通だって思ってたから…」

 

「あー、もう!家族の前ではいいの!そんなに気にされると罪悪感で潰されそうだよ!」

 

主に私のせいで体育座りでしょんぼりしている姉を慰めながら、私、『綾瀬 小園』の1日は終わった。

 

 

 

 

〜〜〜

 

 

 

紅茶の香る部室。

放課後いつも通りに奉仕部に行き、いつも通りに雪ノ下に罵倒をもらい、いつも通りに由比ヶ浜に宥められるという工程を終え、今日も静かな時間がやってきた。

たまに由比ヶ浜が携帯を睨みながら唸ってみたり、宿題を睨みながら唸ってみたり、俺を睨みながら唸ってみたりと、少し騒々しいが、基本会話をしない俺と雪ノ下がいる時点で、部室には静寂が訪れている。

というか何故俺は由比ヶ浜に睨まれてるんだ…。

 

「ヒッキーキモい!」

 

そんなことを考えていると、丁度由比ヶ浜に話しかけられる。

いや、話しかけられるというか、ただの罵倒だったんですが…。

最近由比ヶ浜にキモいって言われないなぁって思ったら、ここに来て言われたよ。なに?焦らしプレイなのん?

 

「突然なんだよ…」

 

「変質者がニヤニヤしながらライトノベルを読んでいるのだもの、由比ヶ浜さんの殺意も仕方がないわ」

 

ふと顔を上げると雪ノ下までも俺を不愉快そうに見つめていた。

それに殺意って、俺そんなもん向けられてたの?

あんな膨れ面しておいて、由比ヶ浜結衣…恐ろしい子…!

それに今日は残念ながら、ライトノベルを読んでいない。

 

「これはラノベじゃねぇ。小説版プリキュアだ」

 

ツッコミどころを間違えている気がするが、まぁいいか。

 

「え?ヒッキーまだプリキュア見てるの?」

 

「由比ヶ浜さん、そこより男性がプリキュアを見ていることにツッコむべきではないかしら?」

 

「ばっかお前、今は大きなお友達もプリキュアを見る時代なんだよ。いや、随分前からか?」

 

「なるほど、変質者の集まりと言うわけね。通報するわ」

 

やめてさしあげろ。俺を含め大きなお友達が悲鳴をあげてる。

とにかくプリキュアは小説でも最高という訳だ。あぁ〜心がキュアキュアするんじゃ〜。

 

「そんなことよりゆきのん。最近依頼少なくない?」

 

突然由比ヶ浜がそんなことを言う。確かにここ最近は全くと言っていいほど依頼がない。

これまでは大きな依頼はないものの、小さな依頼を含めると結構あった。

ただ最近はそれもパタリと止んだ。奉仕部自体の知名度がないのもあるのだろうが、まず奉仕部とかいう得体の知れない部活に依頼する奴なんて物好きしかいないだろう。戸塚は例外でな?

それに俺的には楽でいいしな。

 

「えぇ、そうね。けどそれはこの学校の悩みがない証拠。つまりいい傾向なのよ」

 

そうそう、だから由比ヶ浜も黙って勉強しとけ。この前のテスト赤点ギリギリだったそうだし。

雪ノ下の答えを聞いて、少し納得行かなそうに由比ヶ浜は携帯に目を移す。

よし、俺はプリキュアの続きを…………

 

 

「失礼しまぁす…」

 

由比ヶ浜のフラグ回収はやっ…。

 

 

 

 

 

 

ノックと同時に控えめに入ってきた少女は、部室を見回した後、緊張しがちに歩を進めてくる。

それも仕方ないだろう。学年一の美少女であり、学年一の頭脳の持ち主の雪ノ下雪乃に、

クラス内カースト一位の、男子人気が高い由比ヶ浜結衣が揃っていれば、それも頷ける。

 

え、俺?それは察しろ…。

 

そして奉仕部サイドは、由比ヶ浜は久し振りの依頼に目を輝かせていて、雪ノ下は何を言うでも無く依頼者と思われる少女を見つめている。

かく言う俺は、きっとものすごい面倒臭そうな顔をしているだろう。

このまま依頼者が来ないで解散って言ういつもの流れを期待したんだけどなぁ…。

 

「依頼かしら?」

 

雪ノ下がしっかりと少女を見つめながら言う。

 

「は、はいっ!」

 

おいおい雪ノ下。そんな凄んでやるな。依頼者ガチガチじゃねぇか。

 

「大丈夫だよ!ゆきのん一見こわいけど、ほんとはすっごい優しいから!」

 

「ゆ、由比ヶ浜さん!余計なこと言わないで頂戴」

 

雪ノ下が焦ったように由比ヶ浜を手で静止させる。

 

「…ふふ、うん。ありがとう由比ヶ浜さん」

 

由比ヶ浜の一言でだいぶ依頼者の緊張はほぐれたらしい。

さすが由比ヶ浜って感じだな。さすゆいだ。こうやって人の気を抜かすのが得意な由比ヶ浜は多分ハニートラップとか向いてんだろうなぁ。

 

「んんっ、それで、なんの依頼かしら?」

 

下らない事を考えていると雪ノ下が咳払いをして、依頼内容を尋ねる。

にしても面倒くさい依頼だったらやだなー。早く帰って小町のご飯食ってゲームしたいんだよ。

下らないことの後にまた下らない事を考えていると、依頼者が口を開く。

 

「あの、実は相談に乗ってもらいたくて…」

 

と思ったら、なんだただの相談か。それなら早く終わる事間違いなしだ。

大体の人間が相談をしてきた時に求めてくる答えは決まっている。

相談をしてくる彼ら彼女らは、アドバイスが欲しいんじゃない。ただ共感や同情が欲しいだけだ。

だから彼ら彼女らは決まった答えを求めに相談をしてくる。

 

つまり、相談者に都合のいい事言って合わせていれば、いずれ勝手にスッキリして帰ってくれる。

ソースは俺の奉仕部での経験。相談という依頼は奉仕部としては少なくない。

そのどれもが大体勉強や人間関係についてだが、これまで相談の依頼をしてきた大半の人間が前述した通りの行動をしただけで満足そうに帰って行く。

 

「相談だけかしら?」

 

雪ノ下もそれをわかってのことなのか、もう一度聞き返す。

この調子なら今回も早く帰れそうだな…。

 

「はい。多分解決できないと思うので」

 

っておいバカ、やめろ!フラグ回収がさっきから早すぎんだよ…!

悪気なく言ったであろうその依頼者の言葉。

きっと雪ノ下には挑発に聞こえたであろうその言葉に、ピクッと反応を見せる。

雪ノ下雪乃。こいつは俺がこれまで見たどの人間よりも負けず嫌いだ。

そんな彼女は、今の言葉を『あなたごときには解決できないので〜』なんて言う安っぽい挑発に受け取ったに違いない。

 

「何ですって…?」

 

ほら、始まったよ。

あーあ、俺のゲームが…俺の小町が…。

 

「あなたの依頼、相談に乗るだけでなく解決して見せるわ。奉仕部として」

 

ドンっとない胸を張って雪ノ下は宣言して見せる。

由比ヶ浜は未だ目を輝かせているし、俺に拒否権はないし。これは長くなりそうだ…。

 

「えっと、多分難しいと思うんだけど…」

 

「あら、やってみないと分からないわ。それで、解決するにあたって、相談内容を教えて欲しいのだけれど」

 

これはゾーンに入ってますね。雪ノ下ゾーンに完璧に入ってますね。

もう目が赤く血走ってるもん。少年漫画とかのあれだもん。なに?雪ノ下は写輪眼でももってんの?

 

「それじゃあ……あ、私2年の『綾瀬綾音』っていいます。ごめんなさい、自己紹介遅れちゃって」

 

思い出したように依頼者改め綾瀬が自己紹介をする。

綾瀬綾音…どっかで見たことあると思ったらこいつあれだ。文化祭の実行委員にいた奴だ。

最初から最後まで真面目に仕事してくれて、だいぶ助かったのが記憶に強く残ってる。

周りからも仕事頼まれてたのに、俺の仕事手伝ってくれた時は天使か何かと勘違いした気がする。

 

「いえ、構わないわ。私は雪ノ下雪乃よ」

 

「私は由比ヶ浜結衣っ!よろしくねあやや!」

 

それぞれ自己紹介を進めていく。

そして由比ヶ浜の奴、また変なあだ名つけてやがる。

ただ綾瀬よ、お前はあたりを引いたな。俺なんてヒッキーだぞ?まるで引きこもりじゃねぇか。

半分間違ってないけど。

 

「あ、あやや?とにかくよろしくお願いします!…それでえっと…」

 

「比企谷八幡だ」

 

綾瀬からの視線に逃げるように、そっぽを向きながら自己紹介する。

さっきは雪ノ下と由比ヶ浜を美少女と称したが、この綾瀬も相当の美少女だ。

染めている様子はないが、少し茶髪っぽい髪色の長めのショートボブカット。

顔つきは少し幼さを感じる童顔で、目の大きさがそれを際立てている。

全体的に清楚な印象な…………いや、これ以上は変態っぽいからやめておこう。

とにかくそんな美少女に見つめられれば、健全な男子高生は照れてしまうってのが世の常だ。

 

「あぁ、比企谷くん。文化祭の時がんばってたよね!助かっちゃった」

 

「ッ〜!?」

 

危ねぇ、思わず吹き出しそうになった。

基本的に奉仕部で文化祭の話題を出すのはなんとなくタブーとなっている。

そこに驚いたのもあるが、俺なんかを覚えていること。そして文化祭で悪い噂ばかり流れている俺への感謝の言葉。そのどれもに驚いてしまった。

 

「あ、いや。綾瀬も助かった。だいぶ仕事回されてたみたいだったしな」

 

「ううん。あれくらいなら全然だよ」

 

文化祭の時も思ったが、まるで絵に描いたようないい人だな。

周りからも頼りにされそうなお姉さんタイプの大人な人だな、この人。

 

「むぅ…それで!あややの依頼ってなに?」

 

謎に頰を膨らませる由比ヶ浜が無理やり話を進める。

 

「あ、うん。その…ちょっと恥ずかしいんだけど…」

 

「うんうん!」

 

「その…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私の子供っぽいところを治したくて…」

 

夕焼けに照らされてなのか、頬を赤く染めながら彼女の口から出て来た言葉は、彼女に似つかわしくない依頼だった。

 

 




そろそろ執筆する小説一個に縛らないとマズイ。
あ、受験終わりました(近況報告)


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思ったより、綾瀬綾音の小学生力は凄まじい。

頭が冴えている夕方に書けば良いものを。
何故夜中に書いてしまうのか。


「えっと…」

 

奉仕部に突如舞い降りた依頼。

その依頼者、綾瀬綾音の口から出た依頼は、彼女には似つかわしくないものだった。

 

子供っぽいところを直したい?

この綾瀬を見て誰が子供っぽいと感じるのか。

俺のようなぼっちにも気が使えて、仕事もそつなくこなせる。

彼女のどこが子供っぽいというのだろうか。

 

「私、昔からずっと子供っぽいらしくて。それを直したいって思ってるんだけど。やっぱり難しいかな?」

 

ただ奉仕部とかいう謎部活に依頼をしてくるということは、彼女の中で大きな問題である可能性がある。

こんなチンケな部活にまで縋ってきたのだ。友人や家族に相談できないのか、はたまた…。

ただ勿論その逆も然りなんだがな。

 

「あややってそんなに子供っぽいかなぁ?今話してる感じだと、どっちかというと大人って感じがするけど」

 

由比ヶ浜が綾瀬に尋ねる。

これに関しては由比ヶ浜に同感だ。

 

「う、うーん…。私も子供っぽいって自覚がなかったからなんとも…」

 

どうやらそれは綾瀬本人も自覚したのは最近らしい。

 

「…そうね。綾瀬さん本人が分からないのなら私たちも考えようがないわ。ひとまず別の方法を考えましょう」

 

雪ノ下が顎に手を添えながら話し始める。

確かに具体的なことがわからないのであれば、俺たちもやりようがない。

最終的な目標が綾瀬の『子供っぽい』を直すとするならば、まず何をやるべきなのだろうか。

 

「取り敢えず、子供っぽいって思う趣味を我慢してみる、とか?」

 

「バッカお前。そんなんじゃいつまで経っても終わらねぇだろ」

 

否、大人な綾瀬綾音という表面だけ作っちまえばいい。

 

「大人な趣味をいくつか作れば、いくらでも誤魔化しはきく」

 

 

 

 

 

 

 

 

「…比企谷くん。それは根本的な解決になっていないんじゃないかしら?」

 

「確かにそうだな。お前の言うことは最もだ雪ノ下。しかしな…」

 

その通り。この方法は俺の十八番である問題の先送りでしかない。

ただ今回に限ってはこの方法が一番の得策だ。

 

「人間がそんな簡単に変われるはずがない。趣味、センス、好み。それらの感性を捻じ曲げたところで、それこそ悪手だ。実際問題、綾瀬は自身の感性を捻じ曲げてまで達成したい依頼なのか?」

 

綾瀬本人を捻じ曲げて作ったもの。それは綾瀬綾音と言えるのだろうか。

そしてそれを綾瀬は分かっているのだろうか。

そんなにコロコロと自分を捻じ曲げていいはずがない。それならどこぞの陽乃さんのように仮面をつけた方がマシだ。

いつだって偽れて、いつだって本音を言えるのだから。

 

「…私のせいで迷惑がかかっているのは確かだから。出来ることならなんでもしたい」

 

っとおぉっと…予想外の答えなんだが。

 

「だ、そうよ?比企谷くん」

 

ぐっ、こいつ煽ってきやがる。かっこよく雪ノ下を論破するつもりが…恥ずかしっ。

だいたい綾瀬も綾瀬だ。漫画の主人公みたいなこと言いやがって…。

おい、雪ノ下。哀れみのめを俺に向けるな…!

 

「で、でもヒッキーの案もいいと思うなぁ。あややが大人な趣味を作れば、最終的な依頼の解決につながるわけだし!」

 

俺と雪ノ下がバチバチ睨み合っている間に、すかさず由比ヶ浜がフォローを入れてくれる。

さすがビッチの神様、雪ノ下を論破し損ねた哀れな俺を救ってくれるのか…!さすがビッチの神様!!

 

「…ヒッキーなんかシツレーなこと考えてない?」

 

「考えてない考えてない。んで、結局なにすんだ?」

 

由比ヶ浜を適当に押しのけながら、話の脱線を元に戻す。

 

「誠に遺憾ながらも由比ヶ浜さんの言う通り、比企谷くんの意見も最もだわ。由比ヶ浜さんの言う通り」

 

なんで二回言ったんだよ。どんだけ負けず嫌いなんだよ…。

 

「ひとまず大人な趣味を考えましょう。それを実行に移して、大人な趣味を作る。偽物ではなく、本物のね」

 

あぁはい、分かった分かった。あくまで俺の案には従わないのね。

 

「っつったって学校でできることは限られてるだろ」

 

休日なんかは多少自由がきくが、平日は基本学校の中だ。

大人な趣味っていうと、ダーツとか、ビリヤードとかか?一つも学校で出来ないな…。

いや、ダーツなら遊戯部にあったような気がしないでもないが…。

 

「うーん…。まずあややはどんなのが好きなの?」

 

確かにそれも重要だな。あくまで俺が論じたように趣味を偽るのではなく、本当に大人な趣味を作るのだから、綾瀬の好みを知っておくべきだ。その好みから趣味を割り出すって方法も出来るしな。

 

「え、私?私は……

 

 

 

 

 

 

 

プリキュア…………とか?」

 

 

「「「…………」」」

 

なるほど。

 

 

 

 

〜〜〜

 

 

 

 

「まずは料理よ」

 

プリキュア好きらしい綾瀬と語り合うのは後にして、思った以上に綾瀬の好みが使えなかったので、取り敢えず家庭科室で料理をする事にした。

料理といえば、子供から御老人の方まで、幅広く趣味として使えるコンテンツだ。

大人っぽいと言われればそうではないが、1回目としては十分かつ、定番だろう。

ちなみに家庭科部顧問の鶴見先生協力のもとだ。

 

「なんだか放課後に料理作るのって新鮮で楽しいよね!」

 

由比ヶ浜はいつものごとくお遊び気分。

雪ノ下は調理器具を出していて、綾瀬は由比ヶ浜の相手をさせられている。

 

「何つくろっか、あやや!」

 

おい、あんまりグイグイ行ってやるな由比ヶ浜。綾瀬困惑してるぞ。

 

「そうね。料理内容はなんだっていいわ。綾瀬さんの好きなものを言ってちょうだい」

 

料理器具の準備が終わったのか、雪ノ下が顔を上げ、綾瀬に尋ねる。

 

「それじゃあ…エビフライとか?」

 

「さすがにエビはないわね」

 

家庭科部が盛んだとはいえ、エビを置いている学校なんてなかなかないだろう。

 

「ほかに好きなもは?」

 

「うーん…ハンバーグとか、オムレツとか、唐揚げとか、コロッケとか…あ!あとプリン大好き!」

 

…………なるほど(2回目)

 

さっきのプリキュアの件と言い、今のことといい、だいたい分かってきた気がする。彼女の子供っぽさが。

今あげた好物。全て子供が好きなものランキングに載っているような料理だ。

いや、それぞれの料理が大好物だって人はたくさんいるだろう。ただピンポイントに全部当てるだろうか。

つまり、彼女の小学生力は思ったより凄まじいかも知れないという事だ。

 

「…………簡単に鮭のムニエルにしておきましょう」

 

それを察したのか、雪ノ下がさらっと軌道修正する。

 

「えぇ!?私の好物参考にしてくれないの!?」

 

「い、いえ。参考にした故にムニエルになったのよ?ほら、あなたの言う好きな食べ物をこう…総合するとね?鮭のムニエルになるというか」

 

雪ノ下頑張ってるなぁ…。

 

「どう総合したらムニエルになったの…?」

 

「あら?綾瀬さんの好きな食べ物って鮭と小麦粉じゃなっかたかしら?」

 

「違うよ!プリンだよぉ!プリン食べたい!プッチンプリンしたいよぉ〜!」

 

突然綾瀬が手足をばたつかせながら、駄々をこね始める。

いや、キャラ変わりすぎだろ…!?

しかも作ったプリンじゃプッチン出来ないんだよ、駄々こねるな!

 

「プッチンプリンしたいよぉ!プッチンプリンした…………ごめんなさい」

 

ぴたっと動きが止まったかと思うと、顔を赤くしながら謝ってくる。

いや、なんだこの可愛い生物。そしてまた綾瀬の小学生な部分が垣間見えた。

さっきのは自分自身も子供っぽいと理解しているようだったがな。

 

「む、ムニエル!ムニエルつくろっ!」

 

話は終わりとばかりに、不自然に綾瀬が手を叩く。

 

「え、えぇ。そうね…」

「う、うん。つくろっか」

 

苦笑いしてる彼女らは一体何を考えているのか。

俺が言えるのは…とんでもない依頼を受けたかもしれないということだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こういう場合料理シーンを描写するのが普通なのだろうが、あまりにも普通だったのでここに綴る。

綾瀬 綾音の小学生力の高さえを見た後だ。料理の腕が心配だったが、別にそんなことはなかった。

確かに普段から料理はやらないらしく、慣れない手つきでノロノロと野菜を切る姿は小学生………というより単純に料理スキルがなかったが、別段下手くそという訳でも、由比ヶ浜のような木炭錬成者でもなかった。

雪ノ下の指導のおかげでだいぶ良くなって、今じゃ包丁さばきもスムーズだ。

ただ…。

 

「ひ、比企谷くん。私お野菜ダメなの!」

 

出来上がったムニエルを彩りの野菜と共に盛り付けようとしたところ、全力で止められた。

どうやら野菜が苦手らしい。特にゴーヤとセロリとピーマンがダメらしい。

 

小学生かっ!?

 

余談だがキノコなどの菌類もダメみたいだ。

 

「「「「いただきます」」」」

 

そして盛り付けが終わり、あとは食べるだけとなった今。

しっかりと食材に感謝して料理を食べ始める…前に。

 

「綾瀬、フォークの持ち方…」

 

ふと綾瀬を見て気づいた。右手でフォークを握る手。

それが所謂グーの形をしているのだ。

 

「変なのは分かってるんだけど…持ちづらくて」

 

だからといってグーはないだろグーは。もはや小学生でもしないんじゃねえの?

いや、それ以前になんで箸じゃなくてフォークなんだよ。

 

「綾瀬さん。さすがに高校生がそれはマズイと思うのだけれど…」

 

「うっ、しっかり治します…」

 

雪ノ下に指摘され、落胆する綾瀬。

どうも遠目じゃ分からないが、関わってみて初めて分かる。綾瀬の小学生力を。

依頼に来てまだ1時間程度しか経っていない。それなのにこのボロのだしよう。

 

「なぁ、純粋に気になっただけなんだが。友達とかに指摘されたりしないのか?」

 

綾瀬は一般的には美少女の部類だが、あまり目立つタイプでもない気がする。

しかし俺のようにぼっちって訳でもないだろう。

そんな友人が綾瀬に指摘したりしないのだろうか?

 

「多分気付いてない訳ないから。きっと気を使ってくれてると思う…」

 

しょんぼりと肩を落としながら答える。

なるほどな。確かに友人の立ち位置になったら、言いにくいかもしれない。

子供っぽいなんて言った日には怒らせてしまうかもしれないし、間接的に伝えようにも難しい。

友人のためを思って気を使うと難しい…か。やっぱ友達っていらないな。ぼっち最強。Q.E.D証明終了。

 

「安心しなさい。これからそれを直していくのよ」

 

またもや胸を張りながら言う雪ノ下。

そんな宣言しちゃって大丈夫なのかよ…。相当難しい依頼だと思うんだが。

 

「うーん…でもさあやや」

 

「ん?」

 

「あややのそう言うところ、あたしは可愛くていいところだと思うんだけどな〜?迷惑かけてるって言ってたけど、どうやって迷惑かけてるの?」

 

お、由比ヶ浜にしてはいいこと言ったな。

そこは間違いなく短所なんだろうが、長所でもある。彼女らしさでもある。

それを捻じ曲げるほど重要な理由が、俺には見つからない。

 

「ありがとう、由比ヶ浜さん。でもね、私のせいで恥をかかせちゃった人が結構いるの。特に家族とか。ほら、私って子供っぽいみたいだから。こんな人と一緒にいるんだーって。こんな人が家族なんだーって」

 

「「「…………」」」

 

そうかよ。そういうことかよ。

そんなもんなら俺だって味わった事がある。

中学の時も小町に風評被害が行ったり、由比ヶ浜と夏祭り行った時もそうだ。

 

でもよく考えれば、それで俺に文句を言う奴は俺の周りには居なかった。

由比ヶ浜も、小町も。

 

ただ彼女はどうだったのだろう。自分のせいで恥をかかせてしまった家族とやらには、受け入れられているのだろうか…。

 

「次の趣味、思いついた。さっさとムニエル食べて行くぞ」

 

「ヒッキー…?」

 

みんな怪訝そうな顔でこっち見てるが、今回の依頼、なんとなくやる気になった。

別に同情したとかそんなんじゃない。ただ俺のような奴ならまだしも、彼女のような人が蔑まれるのはお門違いだ。

 

こちとら文化祭の時の借りもあるからな。

 

 

 

 

 

裁縫(家庭科室)

 

「見て見て比企谷くん!うさぎちゃんの枕!可愛いでしょぉ〜」

 

「お、おう」

 

読書(図書室)

 

「私、活字苦手…」

 

「国語…というか全体の成績は良いわよね?」

 

「でも絵本の方が好きぃ…」

 

音楽(音楽室)

 

「あややなんか楽器できる?」

 

「トライアングルとカスタネットぐらいしか…」

 

ダーツ(遊戯部)

 

「ご、ごめんね?大丈夫?」

 

「なんで後ろにいる俺に矢が飛んでくるんだ…」

 

絵(美術室)

 

「どう、かな?」

 

「塗り絵をしに来たんじゃないのだけれど…」

 

 

 

 

 

 

 

「結局全部ダメだったな…」

 

一通り学校内での趣味になりそうなものを当たったが、むしろどんどん綾瀬の小学生力が垣間見えてくるだけで、逆効果まであるぞこれ。

 

「ごめんね、なんだかピンとこなくて。でも裁縫と美術は楽しかったよ!」

 

裁縫は作るものが作るもので、逆に小学生力高まってる気がしておススメ出来ないし。

美術はただのプリキュアの塗り絵だったし。結局成果はなしだな…。

 

「…そう」

 

ほら、雪ノ下も心折れかけてんじゃねぇか。

 

「楽しかった〜!またこういうのやりたいね、ゆきのん!」

 

由比ヶ浜は相変わらずだがな。

というかこいつは何か考えているのだろうか。

もはや楽しんでね?ってツッコミはもっと早く言うべきだったな…言う機会を逃しに逃して野放し状態だ。

まぁ俺ももう何も思いつかないがな。

 

「んで、もう手は尽くしたろ。結果はお手上げだ」

 

「えぇ!?さっきまであんな格好つけてやる気出してたのに!?」

 

おい、格好つけてとはなんだ、格好つけてとは…。

それに手の内全て出し尽くしちまったんだからしょうがねぇだろ。

学校の内だからやれる事には範囲はあった。外に出ればもっと選択肢があるのだろうが、よくよく考えれば小学生にスーツ着せた所で気に入らないのと同じなように、小学生の感性にどんな大人な趣味ぶつけてもダメな気がする。

 

つまり何が言いたいかっていうと、心が折れたって事だ。

 

「それじゃあ由比ヶ浜はなんかあんのか?」

 

どうせないだろうけどな…。

 

「むふふ〜。あたしにおまかせっ、だよ!」

 

あんのかよ!?(高速フラグ回収)

 

「あやや!土曜日予定ある?」

 

「ん?いや、特にないよ?」

 

「ぃよっし!ここから結衣プロデュース企画の始まりだよっ」

 

雪ノ下と同じように由比ヶ浜は自信ありげに胸を張る。

雪ノ下になかった胸が今はあるから頼もしく感じるな、ぅん。睨まないで雪ノ下さん…。




次回ッ!由比ヶ浜ッ!圧倒的始動ッ!


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はじめて、綾瀬綾音は恋をする。

休日ってのは休む日の事なのだから、休まない休日はそれはもう休日ではないのだ。

休むというのは人によって定義が違う。

趣味も好きなものも違うならば、当然だろう。

その中で俺は休日は一日中家でゴロゴロするものだと考えている。

しかし、何故俺が土曜日の午前中からららぽに来ているのだろうか…。

 

話は何かと小学生っぽい彼女、綾瀬 綾音が奉仕部に依頼しに来た日に戻る。

 

依頼解決に向けて、由比ヶ浜が自信ありげに案を出したのだ。

それはまたごく単純かつ、遺憾ながらいい方法ではあった。

内容を要約するとこうだ。

 

『女子高生っぽい事をする』

 

由比ヶ浜らしいというか、なんというか。

それ故にもしかしたら解決の糸口に繋がるかもしれないというのが恐ろしい。

 

んでそっからはトントン拍子で話が決まっていった。

 

土曜日の予定を聞かれ、依頼人である綾瀬本人のアポは取れた。

ただ雪ノ下は家の事情で無理らしい。

そんで俺はというと…

 

『いや…俺はアレがアレでアレだから無理だな、うん』

 

『比企谷くんは行くらしいわ』

 

『オッケー!』

 

酷い話だよ本当に。ちょっとの間無視されてたしな。

綾瀬が頑張って話しかけてきてくれた時は、抱きしめてやろうかと思ったわ。

 

そんなこんなで俺の土曜日強制送還が決まり、来たるは土曜日。

小町に早く出て待ってろと追い出され、絶賛ららぽに駆り出され中だ。

そしてもう約束の時間。そろそろ来る頃と思うんだが…。

 

「あ、比企谷くん!」

 

お、そう思ってたら綾瀬が来たな。

 

「ごめんね、待たせちゃった?」

 

「おー、待った待った。超まっ……!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっと、何かな?」

 

俺がしばらく見つめていたからか、綾瀬はモジモジと恥ずかしそうにする。

ただ勘違いしてほしくないが、決して見惚れていたわけじゃないぞ?問題は服装だ。

いや、制服と私服のギャップに見惚れていたわけでもない。あながち間違ってはいないが…。

 

ここで彼女の私服を今一度見よう。

 

デニムのショートパンツに、袖にフリルがついたピンクのTシャツ。

赤いカチューシャに、ニーハイソックス。そして可愛らしいサンダル。

 

圧倒的に小学生。しかもキャピキャピしたタイプの。

 

もうここまで来るともうイタいよ。イタい」

 

「えっと…イタい?」

 

あ、やべ。声に出てた。

 

「わ、私どこかおかしいかな?」

 

焦ったように自分をキョロキョロ見回す綾瀬。

いや、おかしいのは全部なんだよ…。ただどうしたものか。

正直に伝えた方が依頼内容的にはいいのだろうが、散々小町に女の子の服は褒めろと教育もされている。

 

ただこれを褒めたり、見逃してしまったら、それこそ依頼失敗になる可能性がある。

というよりいずれ雪ノ下あたりがバッサリ言うような気もする。

よし、ここは妥当にさりげなく伝える作戦だ。

 

「あー、服がな…その」

 

小学生というか、なんと言いますか。

 

「服?あ、そうそう!今日は気合入れて見たんだけど…どうかな?どんな形であれ男の子と出かけるのなんて初めてなんだ〜」

 

いや、『服似合ってるな…』とかベタな展開やりたい訳じゃなくてな?

俺はただその服の小学生度を指摘したいだけであって…。

 

とかなんとか思ってたら、綾瀬は完全に褒められる気になってるしな。

完璧に言うタイミングを逃したよ。。ここで言ったら絶対傷つくよなぁ…。

 

「お、おぉ。いいんじゃないか?」

 

くそっ、自分のヘタレ具合が恨めしいな……助けてガハマさん!!

 

 

 

 

 

〜〜〜

 

 

 

 

「ヒッキー!あやや!」

 

結局由比ヶ浜が来たのは、しばらくしてからだった。

しばらくと言っても実際は2、3分程度なのだろうが、その間に流れる沈黙はやけに長く感じるものだった。

 

そりゃそうだ。俺と綾瀬二人で喋ることなんて何もないし、クラスも違うから共有の話題もない。

本来なら男側が気を使って話しかけるもんなんだろうが、残念だったな。生まれてこのかた孤高の存在である俺の目の前では無意味なんだよ。

実際俺から話しかける勇気なんてなかったしな。

気の利いた言葉の一つも言えないんだ。返ってくる言葉は『キモっ』とかそんな感じの言葉だろう。

 

「ごめんね〜。ちょっと遅れちゃった。待った?」

「あぁ。超待ったからマッ缶奢ってくれ」

 

どれだけ気まずかったと思ってんだ。

まぁ、マッ缶奢ってくれたら気にしないでもないけどな。

 

「普通は嘘でも待ってないって言うものだよヒッキー。それに女の子に奢らせるのも良くない!」

 

何故か由比ヶ浜にメッと叱られる。

奢りのことはいいとして、遅れてきたのは事実だろうが…。

 

「えっと、それで今日は何をするの?」

 

俺と由比ヶ浜のやり取りを見ていた綾瀬が、由比ヶ浜に話しかける。

 

「まずはね!化粧品とか…見た…い…?」

 

意気揚々と話し始めた由比ヶ浜だが、綾瀬の方に視線を向けた途端その勢いがなくなっていく。

 

「え、えっと…。由比ヶ浜さん?」

 

そしてそれに困惑する綾瀬。

原因は一目瞭然。由比ヶ浜は綾瀬の服装をついに目撃してしまったのだろう。

 

「ちょ、ちょっと待ってあやや!なにその服!?」

 

「え?服?どこか変かな」

 

目を丸くして驚く由比ヶ浜に、先ほどと同じように自分を見回す綾瀬。

まぁその反応だよな…。女子力の高い由比ヶ浜なら尚頷ける。

しかし由比ヶ浜に指摘することはできるのか。こいつはこう見えても案外気を遣えるからなぁ…。

 

「変っていうか…その、うーんと…いや、なんでもないっ!」

 

ウンウンと唸りながら、言葉を捻り出そうとしていたが、結局服を指摘することはなかった。

まぁクラスカースト上位にいて常に三浦達に気を使ってたこいつのことだ。

どんな状況だろうと指摘するってのは難しいのだろう。

 

「さてっ!ちょっと想定外もあったけど、以前問題は無しっ、だよ。結衣プロデュース第一弾として、服屋に行きます!」

 

ドンっと擬音がつきそうなほどに胸を張って言う由比ヶ浜。それに『オー』と拳を突き上げる綾瀬。

さっきは化粧品だとか言いかけてたのを服屋に変更したのだろう。ナイス判断だ。

 

さて、ここで由比ヶ浜の作戦について話すと、前述した通り、女子高生っぽい事をするというのを第一に、綾瀬改造計画でもある。由比ヶ浜が綾瀬に休日の予定を聞いたところ、プリキュアを見てるか、砂場で遊んでいるか、おままごとか、ごっこ遊びのどれからしい。

 

いや、ツッコミどころが多いが、そこはぐっと我慢してくれ。恥ずかしそうに顔を真っ赤にしながら自身の休日の過ごし方を語った綾瀬に免じてな。

兎にも角にも、その休日を使って女子高生っぽい事をしつつ、綾瀬に化粧や服。女子高生らしい遊びを覚えてもらえれば、だいぶ依頼解決につながるということだ。

 

「よしっ、まずはそこの服屋だよっ!」

 

待ち合わせ場所から近い店を由比ヶ浜が指差す。

ショッピングモールに入っている程度だ。そこまで高い店ではないと思うが、さすがに若者層を狙っていそうな店。オシャレで入るのはなかなか気後れする感じの店だ。

 

「え、えっと。あそこに入るの?」

 

それは綾瀬も同じようで、緊張した様子でいる。

ってか綾瀬は服どこで買ってるんだ?その服は自分で選んできたものなのだろうか。

 

「あややは服屋とかあんまり行かないの?」

 

と思ったら由比ヶ浜が質問してるな。

 

「私は…その、ママが買ってくるのを…」

 

恥ずかしそうに顔を俯かせながら言う。

恥ずかしいなら自分で買いに行こうとか思わないのだろうか…。

ほら、由比ヶ浜もちょっとフリーズしてるし。

まぁ女子高校生で私服をお母さんに頼んでもらってるっていうのは、リア充な由比ヶ浜からしたら衝撃なんだろう。

オシャレ知識のないインキャの俺だって、ユニクロとかで適当に見繕ってきてるってのに。

 

「そ、そっか。じゃあお店入ろっか」

 

気を使ったように口を引きつらせながら笑う由比ヶ浜。さて、何度も言うがこの依頼は相当前途多難だ。果たして由比ヶ浜がまともに対応できるのだろうか。

綾瀬の小学生力をまともに食らったら流石の由比ヶ浜でも耐えられないだろう。お願い死なないで由比ヶ浜!あんたが死んだら誰が依頼を解決するの!?

 

次回『由比ヶ浜死す』デュエルスタンバイ!

頑張れ由比ヶ浜!応援してるぞ、じゃあな!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヒッキーも行くんだよ?」

 

ですよね…。

 

 

 

 

〜〜〜

 

 

 

結局店の中まで来てしまった俺だが、すっごいそわそわする。

因みにこの店、レディース専門店みたいだ。なんてとこ連れてきてんだ由比ヶ浜は…!

恨めしそうに由比ヶ浜を睨むと、早速服を漁っている。綾瀬は落ち着かない様子で、キョロキョロしている。

由比ヶ浜曰く、この店は『安い』『可愛い』『種類』の三拍子が揃った由比ヶ浜オススメの店らしい。

なんだよそれ、牛丼かよ。

 

「あ、これどう!これ!」

 

「えっと…ちょっと大人っぽすぎじゃないかなぁ」

 

「普通のワンピースだよ?全然そんな事ないよ!」

 

まぁ綾瀬から見ればこの店全体が大人っぽく見えているんだろうし、無理もないな。

 

「あぁそうだ由比ヶ浜。あんまり服を一変すると、荷物が増えるのも忘れんなよ」

 

ちょっと前由比ヶ浜とララポ行った時は荷物増えすぎて大変だったしな。主に俺が。

今回もどうせ荷物持ちで呼ばれたんだろうし、あまり荷物が増えると俺の負担も増える。

 

「たしかにそっか…他にもいっぱい買いたいものあるしなぁ」

 

ブツブツと由比ヶ浜は何かを考える。

いっぱい買いたいものねぇ…さて、今日は何時に帰れるのやら。

 

「よしっ!今の服の上から軽くなにか着る感じにしよう!」

 

頭の上で電球が光ったかのように由比ヶ浜が閃いた後は早かった。

あっという間に服を見つけてきて、あっという間に綾瀬を試着室へ押し込む。

あんまり乱暴に扱ってやるなよー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱり!あややは清楚な服が似合うと思ったんだよね〜」

 

カチューシャは外し、ショートパンツはそのままに。

ピンクのTシャツの上から水色と白のストライプのシャツ。そしてベージュのロングカーディガン。

サンダルはヒールに変え、あとは大きくは変わっていない。

 

そんなシンプルな格好ではあるが、所々に見えるアクセサリーや、計算されたようにシャツの襟や袖から覗くピンクのTシャツに、由比ヶ浜の雑には終わらせないと言うこだわりが伺える。

 

さすが匠ですね。

 

「私にはまだ早いような…」

 

いや、そうでもないと思うぞ。

 

「もう!ようやく女子高生っぽくなって来たって感じだよ!ねぇヒッキー」

 

「俺に振るのかよ…。まぁ、さっきよりはいいんじゃねぇの?」

 

そう、さっきよりは断然良くなったな。

さっきまでは完全に女子小学生だったしな。

ようやく女子高校生になれたわけだ。

 

「そっか…それなら良かった。でも……やっぱりさっきまでの服はダメだったんだね…」

 

「「え」」

 

ヤバイ、やっちまった…。

 

 

 

 

 

「いっ、いや、違うんだよあやや。さっきより良くなったって意味で、別にダメだった訳じゃ…」

 

「二人とも私見た途端驚いてたもんね…。ごめんね気を使わせちゃって…」

 

「いや、だからな?由比ヶ浜が言う通り、決してダメだった訳じゃなくてだな…!」

 

「でも次からはちゃんと子供っぽいって言ってほしいな…。私みたいないい歳してプリキュア好きな人には気づけないんだから…。そう、どうせ私には…どうせ私なんか…」

 

やべぇよ。なんかメンヘラみたいになっちゃったよ。

よし、こうなったら…。

 

「いや、全然問題ないだろ。実際俺もプリキュア好きだし」

 

「いやヒッキー、そう言う問題じゃ「プリキュア好きなの!?」

 

「お、おぉ。毎週欠かさず見てるぞ」

 

「どのプリキュアが好きっ!?誰が一番好きっ!?」

 

案の定食らいついてきたな。

趣味が趣味だ。同じ趣味を共有できる友達が少ないのは容易に想像できる。

 

「そうだな…俺はスマプリだな」

 

「私も好きっ!でも一番好きなのはねぇ〜………」

 

見ろ、今までの落ち込みが嘘みたいだろ?

小学生なんて単純なもんなんだよ。…いや、小学生じゃないけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…あれ?あたし置いてけぼり?」

 

 

 

 

〜〜〜

 

 

 

 

あれから俺と綾瀬のプリキュア談義が盛り上がり、あの由比ヶ浜が蚊帳の外になってしまっていた。

その後は化粧品売り場へ行って、俺も綾瀬もなんのこっちゃ分からないので全て由比ヶ浜に任せた。

カフェだのバックだのなんだの言っていたが、もう完全に由比ヶ浜に任せちまったな。

そう考えると今日の由比ヶ浜の負担半端ない気がする。

よし、あいつには後でハニトー奢ってやろう。

 

「ふぅ…もうクタクタだぁ」

 

「ごめんね由比ヶ浜さん、全部任せちゃって」

 

お疲れの様子の由比ヶ浜に謝る綾瀬を横目に、店内を見回す。

今はもう昼時。途中由比ヶ浜に案内されて、小洒落たカフェで休憩はしたものの、空腹とは別だ。

つまり今は飲食店に来ている。といってもただのマックだがな。

 

「いいのいいの、あたしが好きでやった事だから」

 

由比ヶ浜は笑顔で綾瀬にそう返す。

 

「んで、何頼むんだ?」

 

なんだかこのまま放っておくと話し込みそうだから、先にメニューを聞いておく。

女子の話は長いからな。

 

「あたしはマックフルーリーと、メロンソーダと…」

 

「お昼ご飯だよね…?」

 

お前の言う通りだ綾瀬。お昼ご飯だってのになんだその糖分の暴力は。

太るぞ」

 

「なっ!?ヒッキーデリカシーなさすぎだし!」

 

やべ、声に出てたか。

しかし太ると言ったものの、由比ヶ浜は結構な頻度で甘い物を食べているが、全然太らないよな…。

もしかして胸に全て脂肪が言っているのか…?

もしかしたら雪ノ下も甘い物を食べれば…いや、これ以上はやめておこう。

 

「悪い悪い。んで、綾瀬は?」

 

俺はいつも通りチーズバーガーにセットを付けるとして。

今日はコーラにしようか。いや、メロンソーダも捨てがたいよなぁ…。

 

「え、えっと、私は自分で頼んでくるからいいよ?」

 

申し訳なさそうに言う綾瀬。

別に俺が楽だから行くわけで、遠慮なんかいらないんだがな。

 

「いや、一度に行った方がいいだろ。何人も動くの手間だし」

 

「そ、そっか、じゃあ…

 

 

 

 

 

 

 

ハッピーセットで…」

 

「「………………」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あやや…」

 

「やめてっ!分かってはいるからっ!」

 

 

 

〜〜〜

 

 

 

「ふふふっ」

 

注文をしにカウンターへ行った比企谷くんを見て、由比ヶ浜さんが嬉しそうに笑う。

 

「どうしたの?」

 

少し気になって由比ヶ浜さんに尋ねる。

何がそんなに可笑しかったのだろう。何がそんなに嬉しいのだろう。

なんでそんなに幸せそうな顔をしているのだろうって。

 

「えっとね、あややはヒッキーの事をどう思ってる?」

 

「ふぇ?え、それって、どどど、どういう!?」

 

もしかしてこれは恋バナという奴だろうか。

今の今まで恋なんてしたことのない私には縁のない話だけど、いざ目の前でされるとドキドキする。

でも、これじゃあまるで私が比企谷くんの事を好きみたいな反応になっちゃったけど…。

誤解してないよね…?

 

「あ!違くてね?純粋にヒッキーのイメージを答えてほしくて」

 

あぁ、なんだ。そういう事か。

比企谷くんのイメージ…か。

 

最初はちょっと怖そうな人だなって思ったけど、話してみると全然普通の人で。

たまにちょっと怖い事言う時もあるけど、私と同じでプリキュアが好きで。

少なくとも悪い印象はあんまりないかなぁ。

 

文化祭の時も何も言わずに頑張って仕事してくれてたし。

 

純粋に…真面目な人なのかなって印象かな。

でもちょっと捻くれて卑屈なところもある気がするし、真面目とはちょっと違うのかな…?

 

「う〜ん…う〜ん…」

 

「あれっ?そんなに悩ませる質問だった!?」

 

私が深く考えていることに、体を使って驚く由比ヶ浜さん。

なんだかこう見ると、言っちゃ悪いけど奉仕部は変わり者の集まりだなって思う。

今ここに居ない雪ノ下さんも他にないなにかを持っていたし…。

そう言う私も相当変わり者みたいだけどね…。

 

「う〜ん…一言では表せないけど、不器用な人なのかなって」

 

結局私の口から出たのは、当たり障りのないそんな言葉だった。

 

「うん、その通りヒッキーは不器用で、捻くれ者で、卑屈で、全然デリカシー無くて、空気読めてなくて、ボッチで…」

 

普通なら酷い言い草だって。悪質な暴言だって。

そう思うけど、由比ヶ浜さんの表情はどこか穏やかで、そんな事言うに言えなかった。

 

「でもね、すごい優しいの」

 

笑顔でそう言う由比ヶ浜さんを、私は直視出来なかった。

 

「今だって何も言わずに私達の分までたのんできてくれてるでしょ?」

 

そういえばそうだ。彼は自然に私達の分まで頼んでくれてる。

あまりに自然すぎて気付きもしなかった。でも由比ヶ浜さんは気付いた。

彼のさりげない不器用な優しさに、気付いてみせた。

 

「そんなヒッキーが大好きなんだよね…」

 

そんな幸せを噛み締めるように言う彼女は、あまりに美しく見えた。

 

「…………」

 

 

 

 

 

 

 

「あっ、待って!今の無し!忘れてっ!!」

 

顔を真っ赤にしてブンブンと手を振る由比ヶ浜さん。

なんて綺麗なんだろう。なんて羨ましいんだろう。

なんとなく自分を抑えて、周りと絡んできた私には、こんな友人は居なかった。

 

いいな、いいな。私も奉仕部に混ざりたい。

 

まるで小学生の様な感情が私の中をかき混ぜる。

そんな事出来っこないのに。どうしようもなく、奉仕部はあの3人で完結してしまっているのに。

それでも私も欲しい。そんな綺麗な関係を。ピカピカした宝石の様な…そんな関係を。

 

その日、私は初めて恋をした。

 

『恋』に、恋をした。




オシャレの事とか全然分かんないんで割愛。
化粧の事とか全然分かんないんで割愛。

プリキュアを語り合う場面をもっと詳しく書きたかったけど、そういえば私プリキュアをまともに見た事なかったんですよね…。ちゃんと勉強してきます。

〜お知らせ〜

学校生活が始まるので、来週は投稿出来ない可能性大です。
別の書きだめてある小説を投稿します。


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どうしても、比企谷八幡は変化が嫌いだ。

お気に入り件数なんと100越えですって。
ほんとありがとうございます。


由比ヶ浜さんや比企谷くんとららぽへ行った帰り道。

私、綾瀬綾音は二人と別れた後トボトボと帰路についていた。

 

『人間がそんな簡単に変われるはずがない。趣味、センス、好み。それらの感性を捻じ曲げたところで、それこそ悪手だ。実際問題、綾瀬は自身の感性を捻じ曲げてまで達成したい依頼なのか?』

 

一瞬、依頼をしに行った時に比企谷くんに言われた言葉がフラッシュバックする。

私は誰なんだろう。子供っぽい小学生な高校生。それが私。

それなのに私はそれを捻じ曲げようとしている。その先のいるのは、本当の私なの?

 

比企谷くんの言う通りなのかもしれない。

それじゃあどうすればいいんだろ。

 

比企谷くんの言うように、表面だけ作って偽っちゃえばいいのかな。

でも、それじゃあ奉仕部の3人みたいに、本当のお友達が作れないかもしれない…。

 

…それはイヤっ!

 

「お姉ちゃん?なっ、なにその服!?」

 

ふと話しかけられた方へ顔を上げると、そこには妹の『綾瀬 小園』がいた。

いつのまにかおウチの前まで来てたんだ、気づかなかった。

 

「お姉ちゃん!そんな服持ってたの!?」

 

もう、小園はさっきから何騒いでるんだろう。

…あ、そういえば今日は服を買って着替えたんだ。

ちょっと大人っぽいって思ったけど、由比ヶ浜さんがそんなことないっていうから、つい買っちゃったけど…。

 

ほほぅ、なるほどなるほど。小園はすっかり大人になったお姉ちゃんに度肝を抜かれたわけですな?ふふん、今日から私はニューお姉ちゃんなのだ!

 

「えへへっ、大人っぽいでしょぉ〜?」

 

小園の前でくるりと一回転して見せる。

これやってみたかったんだよねっ、テレビでよくモデルさんがやる奴!

 

「………あ、あわわ」

 

小園ったら、驚いてる、驚いてる。

ちょっとはお姉ちゃんのこと見直したか〜?

お姉ちゃんのことをもう子供っぽいとは言わせないよっ!

 

「おかあさ〜ん!お姉ちゃんが頭打ったかもしれない〜!」

 

んなっ!?失礼な!

 

 

 

〜〜〜

 

 

 

「もぉ〜、びっくりしちゃった」

 

時は変わって夜7時。私たち四人家族は食卓を囲んでいた。

小園はすっかり落ち着いたみたいだ。

 

「ふふん、お姉ちゃんだってもう大人なのっ。もうバカにはさせないよ〜だ」

 

小園に向かって軽くデコピン。

散々子供っぽいって言われたお返しだ、このこのっ。

 

「あたっ、もう、ちょっと服変えたからって調子に乗って〜…」

 

小園は呆れた様子で私をジト目で見る。

 

「でもちょっと大人っぽすぎじゃないかしらぁ〜?」

 

するとママが、いつもの様にまったりした声で心配してくる。

私のママは極度の心配性だ。

今思えば、私が子供っぽい性格になった原因の一端は、ママにもある。

ママはいつも過保護で、なにかがあるに連れて、私たち娘を酷く心配する。

でも叱ってくれる時は叱ってくれて、私たちの自慢のママだ。

 

「もう、お母さん!お姉ちゃんの歳ならあれくらいが普通なのよっ!お母さんがそんなんだからお姉ちゃんが子供っぽくなったんだからね?」

 

「お姉ちゃんはもう子供っぽくないよっ!」

 

小園がママに向かって焦ったように言う。

聞き捨てならないなぁ、もう。お姉ちゃんはもう子供を卒業して大人になったんだからっ!

 

「ふ〜ん…そんなうさ耳がついたパジャマ着てる人が?」

 

小園は私のうさ耳付きフードをヒラヒラさせる。

今一度私のパジャマを見てみると、淡いピンク色のうさ耳付きフードパーカーに、同じ色のズボン。そうだ、パジャマはこういうのしかないんだった。

 

「ぐっ…これは、仕方なく…着てるだけで…」

 

そう、これしかないから、仕方なく着てるだけであって。決して私の意思とかは関係ない。

ホントのホントに関係ないからね?

 

「じゃあ捨ててもいいんだ?」

 

すると小園が勝ち誇ったようにニヤニヤとする。

 

「……っ…うぅ」

 

小園のイジワル。イジワルイジワルイジワルっ!

 

「どうなの?」

 

「…うぅ…小園ぉ〜、パジャマ貸して〜」

 

「ちょ、ちょっと、いきなり抱きつかないでよっ!…もう、仕方ないなぁ〜」

 

 

 

 

「うふふ〜。今日も姉妹は仲がいいわねぇ。あなた、おかわりはいらない?」

 

「ン…今日も美味しかったよ、ありがとうママ」

 

「ふふ、そう言ってもらえると嬉しいわ」

 

こうして今日も綾瀬家の日常が終わる。

いつも通りに夜の帳が下りた。

 

 

 

〜〜〜

 

 

 

「失礼します…」

 

放課後の部室。いつも通り奉仕部に来た俺は、静かにライトノベルを読んでいた。

すると少し前にも聞いた、遠慮がちな声が聞こえてくる。

 

「あ、比企谷くん!」

 

そう、綾瀬綾音だ。部室を見回した後俺を見つけると、子供のように微笑む。

顔が童顔だから本当に小学生みたいだな…。

 

「うす…」

 

「比企谷くん一人?」

 

「いや、今二人で鍵を借りに行ってる」

 

今日も百合百合しながら鍵借りに行ってたよなぁ…あいつら。

雪ノ下は一人で十分と言っていたが、由比ヶ浜が二人の方が早いっつって無理矢理ついて行ってただけだが。

果たして二人で行く必要はあったのかを疑う。女子ってのはトイレも大人数で行くからな。

 

「そっか…」

 

そう言いながら綾瀬は、俺の近くに椅子を運んで座る。

やめろよ、なんでわざわざ近くに座るんだよ。勘違いしちまうだろうが。

 

「ねぇ比企谷くん。私さ、」

 

そんな語り口で始めた綾瀬の表情は、すごく不安そうな顔をしていた。

その深刻そうな表情に、ついこちらも改まってしまう。

 

「お友達が欲しいんだ」

 

「……………はぁ?」

 

おっといけない。間抜けな声がでてしまった。

それでこいつはなんと言った?友達が欲しい?

お前、それ俺にする相談じゃねぇだろ絶対。

 

「普通に友達いただろ、確か。なに?ぼっちの俺への当てつけ?」

 

「そっ、そうじゃなくって!…その、比企谷くんも言ってたけど。私を捻じ曲げて作った私に、本当のお友達が出来るのかなって…心配になっちゃって」

 

焦った様子で、どこか幼い言葉づかいで言う彼女の目は、真剣そのものだった。

それにしても小学生みたいな悩みだな。

 

「…だったら依頼やめればいいだろ。それで友達作って終わりだ」

 

「で、でもっ。この性格のせいで…迷惑がかかってる訳で…その…」

 

目が泳ぐ。彼女が言葉を発する度にしどろもどろになっていく。

 

「前にも家族が〜って言ってたが、そいつらに自分の性格を否定でもされたのか?」

 

「それは…ないけど」

 

「だろうな」

 

本気で迷惑をかけたくないと思った奴が、その原因を解決しに赤の他人にまで頭を下げに来たのが綾瀬だ。

しかし、そんな依頼をしたのにも関わらず、自身の変化に今更怖気付いたのも綾瀬だ。

 

いや、彼女は最初から分かってなかったのだ。環境の変化というものを。

出会いが来れば別れが来て、別れが来れば出会いが来るのが世の常。

しかしまるで子供のように今だけを見て楽しむ彼女は、それを知らない。

 

そんな環境の変化に今こいつは気付き始めている。

 

「え…?」

 

綾瀬が泣きそうな顔でこちらを見つめてくる。

まるで縋った藁に避けられたかのような表情だ。

 

しかしそんな顔をしても、彼女は変化というものの恐ろしさを知らなくてはならない。

それを踏まえて彼女が出した依頼こそ、本当の依頼になるのだ。

 

「綾瀬が小学生の理由は、綾瀬の周りの環境にある。何も知らず、無知に育てられてきた綾瀬の環境にな」

 

「そ、そんなことないもん!」

 

子供のように怒鳴り声をあげる。

 

「ママは過保護で、パパは優しくて。それでもちゃんと叱ってくれて。色々な事を教えてくれたもん!」

 

「別に親とは言ってねぇよ…。ただ誰かに甘えられて、常に受け入れられる環境では、そりゃそんな性格になるだろ」

 

冷たく言い放つ。

我ながら感心するほどのクズっぷりだ。

 

「っ〜!っ〜!」

 

俺がそう言うと、綾瀬は顔を真っ赤にして足踏みをする。

家族の事をバカにされたと思ったのだろう。すごく悔しそうな表情を浮かべている。

 

しかし知らなくてはならない。彼女は彼女自身の無知さを。

 

変化というものの本質を知らなくては、この依頼の先に行くことは出来ない。

俺から見れば今の彼女は、死に急いでいるようにしか見えない。

自分のその性格を受け入れてくれる家族がいて、後は何がいるだろうか。

 

しかし彼女はそれを分かっていない。愛してくれる家族がいる故に、無知に育ってしまった。

変化というものの重大さを。今の自分の幸せを。全く知らずに育ってしまった。

それが彼女の小学生力の一番の原因だ。

 

「自分が変われば周りも変わるんだ。さっき言った通り、友達なんて作れない可能性もあるし、家族がそんなお前に愛想をつかす可能性もある」

 

環境が変わると言うのはすなわち、今が崩れると言うことだ。

 

「うるさいうるさいうるさい!!」

 

いつもの彼女からは想像出来ないような大声で叫ぶ綾瀬。

耳を塞いで聞く耳は全く持ってくれない。

失敗したか、少し突き放し過ぎたな…。

 

「やめてよヒッキー!」

 

すると教室の扉の方から声が聞こえてくる。由比ヶ浜だ。

一見泣きそうな表情にも見える、険しい表情をしながらずんずんと部室に入ってくる。

 

「そうよ比企谷くん、そのくらいにしておきなさい」

 

「雪ノ下…」

 

その後ろには雪ノ下もいた。

由比ヶ浜が足をふみ鳴らしながら入ってくるのに対し、雪ノ下は静かに部室に入ってくる。

耳を塞いでうずくまっている綾瀬に、それに付き添う由比ヶ浜。そして俺を見つめる雪ノ下。

なんだか悪いことした感ハンパないな…。いや、したんだけど。

 

「今のあなた、まるで依頼を妨害しているみたいよ?」

 

「いや、俺は…」

 

ただ綾瀬がちゃんと理解していないから言っているだけなんだがな…。

 

「ヒッキーのことだから、何か考えはあるんだろうけど、こんなやり方はやっぱりあんまりだよ」

 

由比ヶ浜が悲しそうな表情をしながら言う。

別に今回は文化祭の時のようなことをしたかったわけじゃない。

何度も言うが、ただ教えたかっただけだ。

 

「…………」

 

俺が黙っていると、由比ヶ浜は綾瀬を連れて部室を出て行く。

この空間には俺と雪ノ下だけになって、無言の気まずい空気が続く。

 

「どこいってたんだよ」

 

なんとなく話を逸らしたくなって、とぼけた質問を聞く。

 

「そうね、子供の成長というものは、何かしらのターニングポイントがあるものよ。あなたには分かる?」

 

「…?いや…」

 

急に素っ頓狂な質問をする雪ノ下に首を傾げる。

 

「思春期や、反抗期などよ。そしておままごとなどの子供趣味卒業のターニングポイントは、いずれそれを恥ずかしいものと認識し、離れていくというもの。だから彼女にそのターニングポイントを知ってもらうために、パソコン室の鍵を借りに行っていたのよ」

 

まくしたてるように言う雪ノ下。

結構鬼畜なことしようとしてましたね…。由比ヶ浜がそれを許したのか?

いや、あいつのことだ。全く理解してないのだろう。

 

「なるほどな…」

 

俺に話を広げられる訳もなく、またしばらく沈黙が流れる。

その間、俺はずっとベランダを眺めていた。

グラウンドで一心不乱に猛練習する野球部やサッカー部。

それらの掛け声がこの特別練にまで聞こえてくる。

 

「…あなたの言いたい事も、少しなら分かる気がするわ。変化というものの本質を教えようとしたのでしょう?」

 

先に沈黙を破ったのは雪ノ下の方だった。

そして彼女には俺のことはお見通しだったみたいだ。

 

「あぁ…。変化を分かってないからこそ、今あいつは迷っているんだ。それを拭ってやるのも奉仕部の務めだろ?」

 

雪ノ下に向かってニヤッと笑いながら言ってやる。

今の彼女には知識が必要だ。判断というのは、知識を持って始めて出来る。

しかし知識を持っていない彼女は判断が出来ない。

変化によって起こる障害や、苦難。真っ直ぐで純粋な彼女にはそれが見えていない。

きっと世界の全てのものが希望に見えているだろう。

 

「確かに彼女は変化と言うものを分かっていない。大人になると言うことに憧れて、目を輝かせているだけの、子供にしか過ぎない。まるで本当の小学生よ」

 

雪ノ下は俺の隣に並び立ち、綺麗に掃除された窓のサッシを撫でる。

その意見は同感だ。だから雪ノ下は綾瀬に大衆の意見を見せようとしたのだろう。

 

俺も、きっと雪ノ下もこんな事は嫌いだが、集団の持つ力は凄まじい。

高校生にもなっておままごとをしている人間を、社会は一体どう思うか。

きっと前向きな反応はないであろう。そう、大半の人間が苦い顔をする。

そんな大衆の常識を綾瀬に見せる事で、子供趣味離れをさせるという目論見だったのだろう。

 

「そんな彼女に現実を直視させたら、それらから逃げようとするのは当たり前。結局、あなたの作戦も、私の作戦も、ダメだったみたいね」

 

「あぁ、そうだな。十中八九今の綾瀬は現実を見ようとはしないだろうな」

 

やはり根っからの子供だ、あいつは。

嫌なことには耳を塞いで見もしない。

今度こそ本当にお手上げかもしれんな。

 

「けれども、よ。その話は別。これは綾瀬さんの問題だもの」

 

すると雪ノ下は俺の顔を覗き込むように見る。

 

「さっきのあなた、まるで変化そのものを否定しているようだったわよ」

 

そしてそんな雪ノ下の言葉は、やけに胸に突き刺さった。

もしかしたら、俺もただ否定をしたかっただけなのかもしれない。

そしてそのエゴを綾瀬に押し付けようとしていただけなのかもしれない。

 

「…………」

 

俺が黙っているのを見ると、雪ノ下は部室の扉へ向かう。

雪ノ下が扉を開くと、冷たい風が入ってくる。

 

教室の扉を閉めることなく、雪ノ下は部室から離れていく。

 

 

 

 

 

「綾瀬さんだけでなく。あなたも私も、まだまだ子供なのかもしれないわね」

 

最後にこんなことを呟きながら。

 




綾瀬家の設定


綾瀬 綾音(長女)

4月1日生まれ 16歳
見た目・茶髪ショートボブ、童顔
性格・子供っぽい(底が知れない)
趣味・おままごと、ごっこ遊び


綾瀬 小園(次女)

8月11日生まれ 15歳(受験生)
見た目・黒髪ツーサイドアップ、ツリ目
性格・ツンデレ(デレ多め)
趣味・女性アイドルの追っかけ


綾瀬 愛(母)

9月30日生まれ 43歳
見た目・黒髪、タレ目童顔
性格・おっとり(心配性)
趣味・料理


綾瀬 綾西(父)

7月1日生まれ 44歳
見た目・茶髪、ツリ目
性格・紳士で寡黙(優しい)
趣味・家庭菜園


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思いがけなく、綾瀬小園は思い悩む。

シリアスが続きすぎて辛いです。


だってシリアス書くの苦手だし。(違うそこじゃない


騒がしい教室。教室の隅では女子生徒たちが大声で笑いあっていて、これからカラオケになだれ込むつもりだそうだ。

そして教室の中央には男子生徒たち。ここにいてたまに聞こえてくる内容は、ゲームやアニメ、漫画の話。

校庭からは運動部の掛け声が聞こえてきて、本当にいつもどおりの放課後だ。

 

「ねーねー、小園ちゃん!カラオケ行かない?」

 

さっきまで教室の隅で笑いあっていた女子生徒の一人が私、綾瀬小園に話しかけてくる。

クラスで結構目立つ方の彼女は、いつもクラスの中心にいる。

顔も可愛ければ、性格も人懐っこくて明るい。誰しもに好かれるような子だ。

 

かくいう私もこの子のことは嫌いじゃない。だって普通にいい子だし。

 

でも残念ながら今日は用事がある。

いつも仲良くしてもらっているのに悪い気もするが、今日は断らせてもらおう。

 

「ごめん!今日友達と帰る約束してるの!」

 

「あー!全然全然!また今度行こうよ、その友達も一緒にね!」

 

私が手を合わせて謝ると、なぜか彼女の方が申し訳なさそうに言う。

やはりいい子だ。無理強いする事もなく、あっさり理解してくれた。

そんな彼女を見るとさらに申し訳なくなって、ちょっと居心地が悪い。

 

「ごめんね、また誘ってね「綾瀬ってやついる〜?」

 

念を押してもう一度彼女に謝ろうとしたら、教室の外から私を呼ぶ声が聞こえてくる。

 

「えっと、私だけど?」

 

その生徒は隣のクラスの男子生徒だった。

あまり、というか全然喋ったことのない彼がなんのようだろうか。

 

「いや俺の後輩がさ、体育館裏にきてくれって言っててさぁ〜」

 

なんだかチャラそうな喋り方の隣のクラスの男子生徒は、体を揺らしながら喋る。

ってこれってまさか…。

 

「え?告白?」「キャー!」「綾瀬モテモテじゃん!」

 

やはりか…。さっきカラオケに誘ってくれた彼女もキラキラした目でこちらを見ている。

恋愛話が好きな年頃だ。クラス中はもう告白の話に興味が向いていて、教室の隅で笑いあっていた女子生徒も、中央でゲームの話をしていた男子生徒も、みんな目線は私の方へ向いた。

 

どうしよ、友達と帰る約束してるんだけどな…。

 

 

 

 

 

 

 

「お、俺とっ、付き合ってください!」

 

やっぱりか…。

場所は変わって体育館の裏。案の定一年下の後輩に告白された。

自慢じゃないが、正直普通に比べて私は告白される事が多い。

しかし、告白は全て断っている。

 

どんなにイケメンが告白してきても、もちろんお断りだ。

 

今回の後輩君も結構イケメンの部類だ。

サッカー部に入っているらしく、肌は褐色で、目鼻立ちも整っている。

きっとクラスではモテモテなのがうかがえる。

 

「まず聞くけど、なんで私なの?」

 

それがなんで私に告白するのかなー…。

もっといい人いっぱいいるでしょう?君の周りには特に。

 

年上好きなのかもしれないけど、それなら私よりあの子に告白してくれればいいのに。私をカラオケに誘ってくれたあの子に。

だって可愛いし優しいし明るいし、ダメなところないよ?

 

「そっ、その。サッカーの練習場からテニスコートが見えて、それで初めて見たときこう…ビビッと!」

 

確かに私はテニス部だから、テニスコートにいる。

でもつまりそれって一目惚れってこと?う〜ん…。

 

「ごめんなさいっ」

 

やっぱりダメかな。希望が高すぎるとかじゃなくて、今は彼氏とかそういうの欲しくない。

私は今が一番平和で、今が一番楽しくて、今が一番幸せだと思っているから、あんまり変化したくない。

 

「そ、そんなぁ〜…。俺の何がダメなんすか」

 

絶望した表情で後輩君が聞いてくる。

 

「う〜ん…。ダメとかじゃないんだけどさ」

 

彼自体がダメなわけじゃない。私の好みとはちょっと違うけど、普通にイケメンだし、雰囲気はいい子そうだ。

でもやっぱり今が一番幸せだから、その環境を変化させるようなことはしたくない。

私はいつも通りが好きだから。だってそっちの方が安心するでしょ?

 

「それじゃあ…!」

 

さっきの絶望した顔とは一変。少しの希望が後輩君の顔に映る。

でもごめんなさいね。まだそういうのは早いかなって。

 

「ダメでもないけどよくもないから。どうでもいい感じ」

 

さらっと言った悪気のないその言葉。

その言葉を後輩君が聞いた途端、空気が凍りつく。

まるで時間が停止しているような錯覚に陥る静けさ。

主に後輩君は微動だにしない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわぁぁぁああああん!!!」

 

あ、もしかしてやっちゃった?

 

 

 

 

 

〜〜〜

 

 

 

 

後輩君に酷い振り方をしてしまった後、急いで私は校門へ向かう。

約束にだいぶ遅れてしまった。怒っているかな?

いや、彼女はそんなことで怒らない人だ。きっと笑って許してくれる。

でも約束をしておいて遅れるだなんて、悪いことをしたのは確かだ。

 

「あ!小園ちゃん!」

 

少し遠くに見える校門に、手を振っている女子生徒が一人。

その周りにはもう他の生徒の気配はなく、部活動をやっている生徒以外はもう全員帰ったようだ。

 

「ごめん!ほんっとごめん!」

 

今日何度目かの謝罪をする。

ダメだなぁ〜、私。いろんな人に迷惑かけちゃった。

 

「いいのいいの。事情は知ってるから!告白されたんだって?モテモテですな〜」

 

二ヒヒと笑う彼女。彼女はこの手の話が大好物だ。

それにしてももう告白のことを知っているのね。違うクラスなのに。

やっぱり女子中学生の情報網は恐ろしい。

 

「茶化さないでよっ、私だって良い迷惑なんだから!」

 

なんとなく恥ずかしくなってそっぽを向く。

 

「相変わらず素直じゃないな〜、小園ちゃんは。誰かさんにそっくり」

 

ジト目で言う彼女。

 

「とにかくっ、ごめんね?待たせちゃって」

 

「もう、その話は終わったはずだよ。『小町』は全然気にしてないのですっ!」

 

八重歯を覗かせながら笑う彼女、『比企谷小町』ちゃん。

少しふざけたように体を揺らしながら言う小町ちゃんに合わせて、彼女のチャームポイントであるアホ毛がゆらゆら揺れる。

 

小町ちゃんは三年生に上がってから仲良くなった子だ。

それまではお互いに存在こそは知っていたけど、同じクラスになったこともなく、そこまで話はしたことがなかった。

それが何故今仲良くなったのかと言えば、少し長くなる割に、つまらない話なので、割愛させてもらう。

 

とにかく愛想の良い小町ちゃんは、みんなの人気者だ。

私のような人にも、誰にでも明るく笑顔で話しかけてくれる。

そしてその小柄な体に、可愛らしい顔つきは男子人気も高く、誰からも好かれているといっても過言ではない。

 

「それで、急に一緒に帰りたいってどしたの?」

 

校門から離れ、歩きながら小町ちゃんが話しかけてくる。

そう、今日小町ちゃんと一緒に帰る約束をしたのは他でもない私だ。

なにかと兄弟のことで相談しあう小町ちゃんに、話しておきたいことがあったのだ。

 

「最近お姉ちゃんがね。どういう心境の変化なのか、おかしくなっちゃってて」

 

それは姉のことだ。最近の姉は奇行を繰り返している。

急に服を買いに行ったり、料理をしたり、コーヒーを飲んだり。

結局小学生のような服に目移りをしたり、ムニエルを焦がしたり、砂糖とミルクを大量に入れてたりと、なんだか残念な感じに終わってはいるが、奇行は奇行だ。

 

それを伝えると、小町ちゃんは少しクスッとした後に、口を開く。

 

「良いことじゃないの?お姉さんも大人になろうとしてるんだよ」

 

確かにそうかもしれない。私の周りにもよく居る。

格好つけてコーヒーを飲んでみたり、ファッション誌を買ってみたり、楽器始めてみたり。

所謂世間じゃ中二病なんて言われている、背伸びしたいお年頃。

中学生じゃ珍しくないことだ。

 

そっか、お姉ちゃんは今それが来たんだ。

 

私にもそう言う時期があった。

いつしかプリキュアを恥ずかしい物だと認識するようになって、恋愛漫画ばっかり見たり。

お母さんに内緒でこっそり化粧してみたり。

大人に憧れて目一杯背伸びする時期が私にもあった。

 

「確かに言われてみれば…」

 

お姉ちゃんは今、大人になろうと必死に背伸びしている。

高校二年生にもなって、今更その時期が来たという事実に、姉らしさが垣間見えて少し呆れるが、姉も少しは大人になれたという事だろうか。いや、なろうとしているが正しいのかな?

でも…

 

「なんだろ、それって嫌だな」

 

今の言葉を、私はどんな顔で言ったのだろうか。

隣にいる小町ちゃんも、私のことを怪訝そうに見ている。

そっか、小町ちゃんには分からないか。

 

お姉ちゃんが変わるということは、今の環境も変わるという事。

 

私はそれがとてつもなく嫌だ。

だって私は────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お姉ちゃん…?」

 

あの後、なんだか少し気まずくなって、しばらく小町ちゃんと無言で並んで歩いた。

私の一言で、空気を気まずくしてしまった。

また後で謝らなきゃな…。

 

そんなこんなで小町ちゃんと別れて、そろそろ家に着くというところ。

公園のブランコに乗っているお姉ちゃんを見つけた。

 

夕日に照らされる公園の中。

別段漕ぐわけでもなく、風に身を任せて揺れるブランコに乗っているだけの姉は、下を向いていつにも増して暗い雰囲気だった。

 

「お姉ちゃん!」

 

一瞬、私の中で悪い想像がよぎる。

暴漢にでもあったのだろうか。なにかを盗まれたのだろうか。いじめでも受けたのだろうか。

いてもたってもいられず、お姉ちゃんに駆け寄る。

 

「あ、小園…」

 

顔を上げて私を見上げるお姉ちゃんの顔は、酷く憂鬱そうなものだった。

 

「お、お姉ちゃん!なにがあったの!?犯罪に巻き込まれたの!?」

 

その顔を見てさらに焦りが膨れ上がる。

いつも子供のように無邪気で、怒られて泣き喚いて落ち込んでも、次の日にはけろっとしているお姉ちゃんだ。

こんな顔をしているのは初めてだった。

 

「お、落ち着いて小園!そんなんじゃないからぁ!」

 

かくいうお姉ちゃんも焦った様子で私を宥める。

なんだ…。犯罪に巻き込まれたとかじゃないんだ。

 

「もう、紛らわしい事しないでよ!お姉ちゃんのバカっ!」

 

安堵感から、ついお姉ちゃんに暴言を吐いてしまう。

本当はこんな事言いたくないのに…。自分の不器用さにため息が出る。

 

「ご、ごめんね小園。また迷惑かけちゃった…?」

 

私の言葉を聞いて、泣きそうになるお姉ちゃん。

あ〜!私のバカバカバカ!!なんとか訂正しないと…。

 

「うん、相当ねっ!」

 

「うぅ…」

 

私のバカァ〜!

またお姉ちゃん落ち込んじゃったじゃない!

なにいい笑顔で言ってんの私は!?

 

「…それで、なにがあったの?」

 

取り敢えず私に話の軌道修正は無理そうだから、本題を尋ねる。

 

「あの…ね」

 

お姉ちゃんは未だに暗い面持ちで話し始める。

そこでお姉ちゃんが語った事。それは私を歪ませるのに十分なものだった。

 

お姉ちゃんが私たち家族のために大人になろうとしていたこと。

いつのまにか自分自身が大人に憧れていたこと。

しかし変化の先にあるものを見失ってしまったこと。

 

そして、それら全てを否定されたこと。

 

「私、難しいことわかんないっ!変わるがどうとか!そういうのぜんぜんわかんない!ただ皆みたいに大人っぽくなりたくて、お友達がいっぱい欲しいだけなのにっ、なのに…」

 

ここまで錯乱しているお姉ちゃんは珍しくて、つい後ずさってしまう。

しかし、お姉ちゃんそこまで錯乱する理由が見つからなかった。

それがつい気になって、聞き出そうとしてしまう。

 

「なのに…?」

 

これが引き金とも知らずに。

 

「家族皆んなが私に愛想尽かすって…!」

 

カラスが鳴く。もうそんな時間だった。

お姉ちゃんは怖いんだ。変化した先にいるのが、本当の自分なのかが。

そしてそんな自分を、私たちが否定せずに受け入れてくれるのかを。

 

やっぱりお姉ちゃんは子供だ。

 

こんなことで泣きじゃくって、落ち込んでいる。

私たち家族がそんな事で否定する?そんな訳ない。

そんなこと、あるわけないじゃない!

 

「じゃあ、変わらなくていいんじゃない?」

 

 

え…?

 

 

「え…?」

 

…………あれ?私今なんて言ったんだっけ?

あぁ、そっか。私は最低だ。

 

ぐるぐると黒い感情が私の中を渦巻く。

 

子供で無知なお姉ちゃんを利用して、私は今環境の変化を防ごうとしている。

お姉ちゃんは変わらなくていいと。変わる必要がないと。

そうやって変化を斬り捨てようとしている。

 

「小園も…おんなじこというの?」

 

お姉ちゃんの目は、腐っていると形容できるほど濁っていた。

 

「小園は…私のこと嫌いなの!?」

「嫌いな訳ないっ!!」

 

そんな訳ない。

お姉ちゃんが変わるということは、今の環境が変わるということ。

私はそれがとてつもなく嫌だ。

 

だって私は──

 

──だって私は『今の』お姉ちゃんが大好きだから。




今回小園ちゃんが結構暴れましたが、許してあげてください。
彼女の変化を求めない性格故のものなんです。


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変わらず、綾瀬家は暖かい。

心理描写も地の文も薄っぺらくなってます。
安定の深夜テンションです。


「そんな訳ないっ!!」

 

夕焼けに満ちた公園。妹の綾瀬小園の声が響きわたった。

 

「私は…!その…。だから…」

 

夕焼けに照らされてか、顔を真っ赤にしながら言葉に詰まる小園。

私はただそれを見上げていた。

妹に否定された気になって、ただ放心していた。

 

「今のお姉ちゃんが大好きだから…!変わってほしくなんてないの!子供っぽいお姉ちゃんがいて、それを面倒見る私がいて、心配性なお母さんがいてっ、無口なお父さんがいてっ!」

 

最初こそ恥ずかしそうのもぞもぞしていた小園は、今や吹っ切れたかのようにハキハキと言葉を発する。

 

「それがいつもの綾瀬家でしょ!?それが私は大好きなの!それが私は幸せなの!だから変わってほしくなんか…ないの」

 

そこまで言われて、ようやく小園の気持ちがわかった。

そっか、小園はただ我儘なだけなんだ。

それを思うと嬉しくて、切なくて、小園の顔を見ることが出来なかった。

 

「っ…!私は…っ」

 

そんな私を見て、なにを勘違いしたか、小園は目に涙を溜めて走り去っていく。

ちがう、ちがうの小園。私はあなたに失望したわけじゃないの。

 

「待って!」

 

あっという間に私の声が届かないほど遠くに走り去って行ってしまった小園の背中は、やけに小さく見える。

 

声では待ってと言ったものの、私はそこから動かなかった。

きっとそれも、私が子供で頑固ものだから。

心の内で自分の非を認めず、小園を責めている気持ちがあるから。

結局私も、わがままには変わりない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま…」

 

何ができるわけでもなく、ただ小園の背中を寂しく見送った後、しばらく経ってから私は家に帰ってきた。

時計の針はもうとっくに8時を過ぎていて、きっと両親は心配している。

小園も心配してくれてるかな…?

 

「おかえり、綾音」

 

顔を上げると、玄関にパパが立っているのに気づいた。

会社から帰ったばかりなのだろう。まだスーツのままだ。

もしかしてずっと玄関で帰りを待っていたのだろうか。

だとしたら悪いことしちゃったな…。

 

「ごめんねパパ、心配かけちゃった…?」

 

パパは頑張り屋で、いつも朝早くから仕事に行く。その代わり残業は少ない。

それはパパが家族と一緒にいる時間を増やすために、そんな会社についたらしい。

 

そのせいか、パパはいつも疲れていて、帰ってからはソファに寝っ転がってテレビを観るというのがうちの日常になっている。

 

そんなパパが玄関でずっと私の帰りを待っていてくれたんだ。

胸が罪悪感でいっぱいになる。

 

「もう綾音も小園も大きいんだ。僕は心配ないんだけどね」

 

そんな私の気持ちを読み取ってか、パパは笑顔でそう返してくれる。

少し心が楽になる。

でも、心配ないのになんで玄関で待ってくれてたんだろう?

 

「でもママは別だ」

 

「あ…」

 

そうだ、ママは極度の心配性だった。

そういえばいつも聞こえてくる料理の音も、匂いもない。

きっとママは外まで私を探しに行っている。

そしてパパは、私たちが帰って来た場合、確認するためにずっと玄関で待っててくれたんだ。

 

「ま、待って!ということは小園は…」

 

「帰ってきてないよ」

 

私のせいだ。私のせいでまた皆んなに迷惑かけてる。

私が余計なことしなければ、こんな事にはならなかった。

私のせいでまた…。

 

「…………」

 

「綾音、取り敢えず家に入ろう」

 

黙っている私の肩に、優しく上着をかけてくれる。

私はトボトボ歩きながらリビングへ向かう。

 

リビングに入り、ふと台所を見ると、作りかけの料理が置いてある。

まだ切っている途中であろう玉ねぎに、煮込んでいる途中であろうシチュー。

きっと料理を放棄してまでママは私たちを探しに行ってくれているんだ。

 

「ママは8時を過ぎて、『これはおかしい』って言って飛び出して行っちゃったんだ。鍋の火も付けっ放しでね。全く、おかしいのはママの方だよ」

 

冗談めかして笑いながらパパが台所の奥から出てくる。

その手にはココアを持っていた。

 

「小園は…」

 

静かに音をたてながら、私の前にココアが置かれる。

小園が心配になってパパに尋ねると、パパはにっこり笑う。

 

「大丈夫。絶対にママと一緒に帰ってくるから」

 

どこに根拠があるんだ。なんでそんなことが分かるんだ。

不思議とそんな言葉は浮かんでこなかった。

 

「うん…」

 

ココアを一口含んで、コクリと小さく首を縦に振る。

そこからは無言が続いた。

 

時計の秒針が動く音がハッキリと聞こえる程に静寂に包まれた空間は、気不味くもなく、かといって明るくもなく、なんとも言えない雰囲気を醸し出していた。

しばらく経つとパパは自分の分のコーヒーを入れ、私の向かいの椅子に座った。

 

コーヒーを飲んで、コップを置いて、ココアを飲んで、コップを置いて。

 

しばらくその音だけが続いた。

静寂が訪れ、何分か経った頃。その静寂を破ったのは私だった。

 

「パパは…心配じゃないの?」

 

心配そうな表情を全く見せないパパのことが気になって、つい聞いてしまう。

パパは小園が心配じゃないのだろうか。

 

「全く心配してないって言ったら嘘になるよ。でも、僕はそれ以上にママを信頼しているんだ」

 

「ママを…?」

 

「うん。ママはね、とっても頑張り屋さんだから」

 

そう言って話を始めたパパの顔は、いつにも増して穏やかだった。

いつも優しくて、紳士的で、穏やかなパパだけど、ママの話をする時はそれ以上に穏やか、というより嬉しそうな顔をしている。

 

「掃除や炊事などの家事。綾音達の学校のこと。家族サービスにお金の管理。僕が出来ないことはいつもママが補ってくれるんだ」

 

「うん。ママ、いつも頑張ってる」

 

毎日毎日お弁当を作って、お掃除して、お料理して。

家に帰ると、いつも忙しそうなママがお家の中をせかせかと走り回っている。

それでも私たちの不安を煽らないように笑顔を絶やさないママは、本当に頑張っていると思う。

 

「でも本当はね、ママは強い人じゃないんだ。昔から体力はないし、泣き虫だし、わがままだし」

 

「あのママが!?」

 

そんなママだからこそ、パパの口から出た、本来のママのイメージとはかけ離れたイメージに驚愕する。

 

「うん、少なくとも知り合ったばかりの中学生の時はそうだったよ」

 

「信じられない…」

 

いつも頼もしいママが泣いている姿を想像する。

しかしその想像はなかなか膨らまず、はっきりと想像することができない。

本当にママのそんな時代があったのだろうか…?

 

「そう、信じられない。あのママが今は立派にお母さんをやっているんだ。…つまり彼女はね、、

 

『成長』したんだ」

 

パパの口から出た言葉が、やけに私の胸に刺さる。

成長、成長。なんだろう、意味は知っているはずなのに、あまり馴染まないこの言葉。

でも馴染まないはずなのに、今一番しっくりするこの言葉。

 

「体力がなかったママが、毎日膨大な量の家事をこなしている。泣き虫だったママが、泣き言一つ言わずに毎日家を守ってくれている。本当に強くなったよ…」

 

パパはしみじみと遠くを眺めながら言う。

そっか、よく考えればすぐにわかることだった。

ママはママである以前に、一人の人間であり、一人の女性なんだ。

 

ママだってプリキュアが好きで、おままごとが好きな時代だってあったはずだ。

そしてそれはいずれ忘れ去り、どんどんと移り変わっていく。

こうして今の強いママが作られたんだ。

 

「パパは…ママが変わって寂しくなかった?」

 

でもそれを、小園は求めていない。

小園は今が幸せで、今が大好きだから。それだから何も変わってほしくないんだ。

私が変わろうとしているのを、小園はよく思っていない。

 

「変わって…?あぁ、なるほど」

 

一瞬察したような素振りを見せた後、パパは言葉を続ける。

 

「寂しくないって言ったら嘘かな。ちょっぴり情けなかったママを支えるのが、あの時の僕の仕事だったからね」

 

やっぱりそうなんだ…。

分かってた。私だって、小園がグレちゃったり、引きこもっちゃったりしたら寂しい。

結局私も同じだ。それなのに、自分だけ何食わぬ顔で変化を求めて…私はいいご身分だ。

 

「…でも、ママは何も変わってなかったよ」

 

「ふぇ…?」

 

私が俯いていると、すかさずパパが口を開いた。

何も変わってないなんて、そんなはずない。事実弱かったママは強く『変わった』。

 

「どんなに強くなろうと、おっとりで、心配性で、マイペースなママは今も健全でしょ?」

 

そんな私の考えもお見通しだという風に喋る。

よく少年漫画である、根は変わっていないという奴だ。

 

「でもでも、もう泣き虫なママはいないんだよ?」

 

そう、それでももうその時のママはいない。そして戻ってこない。

その時に過ごしたその空間、雰囲気、ルール。全てが変わって、もう戻ってこない。

パパはそれが寂しくないのだろうか。嫌じゃなかったのだろうか。

 

「うん、それが『成長』なんだ。弱い自分から強い自分へグレードアップすること。それは絶対に誰もが通る道かつ、大切な事なんだ。さっきも言ったけど、ちょっぴり寂しいけれどね」

 

パパもやっぱり寂しいとは思ったんだ。

それでもパパは、ママの成長が何より嬉しかった。

だから変化を受け入れられたパパがいて、成長出来たママがいる。

 

「そして、強く、たくましく成長したママを僕は尊敬して、何より信頼している。だから絶対ママは小園を連れて帰ってくる、その確信が持てるんだ」

 

そんな風に語るパパを見て、私も自然と口元がほころぶ。

 

「そっか…うん、私もママの事信頼してる」

 

パパがママに強い信頼を置いているのを見て、理解した。

うちのパパとママは結婚20年目にして熱々だと。

 

そして話は何も解決していないけれど、私の気持ちはすっかり落ち着いたみたいだ。

ココアを飲んだら私も探しに行ってみようかな…?

そんなことを考えて、ようやく落ち着いた様子の私を見て、パパは嬉しそうに頷く。

 

「うん、なら大丈夫」

 

「ありがと、パパ」

 

そんなパパに感謝を伝える。

今日はだいぶ元気付けられちゃったなぁ…。

仕事で疲れているだろうに。明日も仕事だろうに。

いっぱい迷惑かけちゃった。

せめて、今私に出来ることをしないと…!

 

「私、探しに行ってくる」

 

ココアを飲み干して、椅子から立ち上がる。

これ以上ママに迷惑かける訳にはいかないからねっ!

決心して肩にかかっている上着を取ると、パパはイジワルそうな顔で口を開く。

 

「ふぅ…そういえばママに綾音が帰って来たこと連絡してなかったんだった。もしかしたらもう小園を見つけていて、必死に綾音のことを探し回っているかも…?」

 

え…?じゃあママは、もう家に帰っている私を必死に探してるかもしれないってこと…?

 

「わー!わー!早く連絡したげてよ!」

 

「冗談だよ。もう連絡は終わってる。そろそろ家につく頃じゃないかな?」

 

爽やかに笑いながらいうパパを軽く睨む。

もう、最近パパまで私にイジワルするんだから。

調べてみたら、どうやら私というキャラはいじられキャラというらしい。

 

なんだか納得いかない…。

 

そんな気を込めて睨む私を横目で見ながら、パパは携帯を確認する。

すると、パパの表情がだんだん明るいものになっていく。

 

「いや、もうついてたか。さすがママだ、仕事が早い」

 

「え…?」

 

今の今まで私をいじっていたパパは、微笑みながら私の後ろを指差している。

そこにはどこの誰よりも見知った顔があって、どこの誰よりも安心できる人がいた。

中学校のセーラー服に身を包み、小柄だけどツリ目で少し気の強そうな女の子。

 

「…お姉ちゃん」

 

頰を膨らませ、ジト目でこちらを睨んでいる。

目元は赤くなっていて、影で泣いていたのが伺える。

 

「小園…」

 

そう、そこには私の最愛の妹が立っていた。

 




とあるアニメの家族をモデルにしました。
あの家族大好きなんですよ。


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いつまでも、綾瀬小園は夢を見たい。

文字数少なめ。
綾瀬小園ちゃん目線。


夏も終わり、秋の冷たい風が私の頰を叩く。流れていた涙はすっかり乾き、頬が突っ張る。

なにかを考えようとしてもぼーっとして、なにも頭に入ってこない。

ただただ河川敷の土手の上で、頬杖を立てながら空を眺めているだけ。

私の頭の中は、この薄暗い空と同じように空虚だった。

理由を話すと単純明快で、くだらないことなのかもしれないが、

 

今日、久しぶりにお姉ちゃんと喧嘩した。

 

きっときっかけは小さな事だったと思う。

そこまで大きな喧嘩ではないのだと思う。

それでも私は、私自身に一番腹が立った。

 

『じゃあ、変わらなくていいんじゃない?』

 

あの時言った言葉は、ただ私の考えを押し付けるものでしかなかった。

お姉ちゃんに変わって欲しくないと言う自分のワガママの為に、お姉ちゃんの混乱に乗じて利用しようとした、最低の言葉だった。

 

なんであんな事言っちゃったのか、自分でも分からない。

 

いくら変わって欲しくなかったって、絶対に変化は訪れる。

それを分かっているはずなのに、見て見ぬ振りをして、お姉ちゃんに押し付けた。

今の私の心の内は、後悔で埋め尽くされている。

それでも、これを機にお姉ちゃんが心変わりしてくれるかもという期待を、少しでも持っている自分がいるのは確かで、そこにもまた腹がたつ。

 

そんな事を考えていても、やはりまた頭が空っぽになってゆく。

今はなにも考えたくないや。難しい事、ぜ〜んぶ丸投げしたい。

 

考える事を放棄して、ゴロンと草の上にねっ転がった。

白い制服が汚れるのも御構い無しに、もぞもぞと動き回る。

すると頭上から誰かが近づいて来る足音。

 

「全く…ま〜た服汚して。女の子がそんな事でどうするのぉ」

 

間延びした気の抜けるような声。そんな聞き慣れた声が聞こえてくる。

そう、私の母である、『綾瀬 愛』だ。

なんでここに!?…って、お母さんのことだ。きっと心配で飛び出してきちゃったんだろう。

腕時計をちらっと見ると、既に7時半を過ぎていて、心配性な母ならすぐにでも飛び出してきていい時間だ。

 

「別にいいでしょ、、私が洗濯するから」

 

いつも通りのはずの母の心配性が、なんとなく恥ずかしくなって素っ気なく返す。

 

「門限とか堅苦しい事は言わないけれど、一報くらい入れなさいよぉ〜?」

 

そんな事も気にせず、マイペースな喋りのまま、私の隣に腰をかける。

そうなるとなんだか寝っ転がっているのが少し恥ずかしくなって、私も座り直す。

ふとお母さんの顔を見ると、いつも通り穏やかで、薄っすらと優しい笑みを浮かべている。

 

それでもきっと心配性な母だ、心配しすぎて胸が張り裂けそうだったに違いない。

しかしその事を決して表情に出す事なく、ここまで探しに来てくれた。

私たちに心配させまいとずっと顔に出さずに。

一番心配しているのはお母さんなのに。

 

「ふふっ、相変わらずねぇ〜」

 

相も変わらず優しい笑みを絶やさずに、泥で汚れた私の頰を、可愛らしいハンカチで優しく拭ってくる。

 

「ちょっ、やめてよ恥ずかしい!お姉ちゃんじゃないんだから…」

 

そんな事をされるのが子供みたいで、つい強引に手で追い払う。

恥ずかしいというのもあったが、それ以上に懐かしさを感じたのだ。

 

「昔からあなたは事あるごとにやんちゃして、毎日買ってあげた服を泥で汚して帰ってきて…」

 

そう、昔はいつも公園で走り回って、泥まみれで家に帰ってきていた。私はそんなわんぱくな少女だった。

そんな時いつもお母さんは可愛らしいハンカチで、私についている泥を拭ってくれた。

それが嬉しくて嬉しくて、わざと泥まみれになって帰ってきたこともあったけな…。

 

そんなんだった私が今それを『恥ずかしい』という理由一つで拒んでいる。

そう、つまり私は既に『変わった』。

いや、変わらない人間などいないのだから、当然のことなんだろうけど。

そのくせしてお姉ちゃんの変化を否定している自分はどうなんだって話だ。

 

私が変わった時。そんな事覚えてないけれど、お姉ちゃんもきっと寂しさを感じていたと思う。

 

だってお姉ちゃんは昔っからどこか危なっかしくて、可愛いものが大好きなThe女の子のような少女だったから。

それでもお姉ちゃんは我慢して、妹の変化を見守ってくれた。

本当に、自慢の姉だ。

 

それでも──

 

 

──やっぱり私は変化を求めない。

私のワガママなのは分かっているし、おこがましい事なのも分かっているけれど。

それ以上に私は今が大好きだから。

 

「む、昔の話でしょ!?恥ずかしいから思い出させないでよっ」

 

頭をブンブン振りながら余計な考えを捨てる。

なんだか、私の方が子供みたいなのはきっと気のせい。

 

「今もそうじゃない」

 

「……」

 

お母さんに痛いところを突かれ、苦い顔をしつつも、その目線は河川敷の向こうを見つめる。

きっと今の私の目は、酷く空虚なものなのだろう。

私が黙っていると、お母さんは一息といった風に息を吐く。

 

「そう、昔から…あなたも綾音も。昔っから変わらない」

 

そう呟いた母の言葉に、少しムッとする。

人の気も知らないで…。なんて自己中な感情をお母さんに向ける。

 

「そんな事ない…。少なくとも私は、きっともう変わってる」

 

「…そうねぇ、、子供の成長はあっという間だもの。私たち親が気づかないうちに色んなことを学んでいるもの」

 

「そ、だからお姉ちゃんも、きっといつか変わっちゃう」

 

そんな言葉を自分で口にして、自分で寂しくなる。

なんとなく惨めになって、お母さんの視線から逃れるように目をそらす。

目線を逸らすと、自分の吐息が白くなっている事がわかった。

 

今日は、、寒いもんなぁ…。

 

秋が始まり、温度がぐんぐんと下がってきているこの頃。

土手にいる私たちの背中を、冷たい風が容赦なく叩いている。

すっかり冷え込んだ体を一瞬震わせると、お母さんは自分の着ていた上着を私にかけてくれる。

 

「…きっとお姉ちゃんに憧れてるのねぇ」

 

少しばかりの沈黙が続いた後、夜に包まれている街並みをぼーっと眺めていたら、突如としてお母さんが口を開く。

しかしその言葉はあまりに的を得ている気がしなくて、自覚もなくて。

まるで素っ頓狂な言葉だった。

 

「憧れ…?」

 

ついつい聞き返すと、母は微笑みながら語り始める。

 

「えぇ、憧れ。いつもやんちゃだったあなたに対して、女の子らしい綾音。覚えてないかもしれないけど、あなた、よくお姉ちゃんに嫉妬してたのよぉ」

 

「私が?お姉ちゃんに?」

 

全然覚えがない。

…いや、覚えがないというわけではないのかもしれない。

ただ、気づかないふりをしているだけなのかもしれない。

 

「えぇ、それはもう。気が強くて、いつも男の子に混じって遊んでいたあなたの目には、きっとお姉ちゃんみたいな娘は羨ましく映ってたのかもしれないわねぇ」

 

そうだ。その通りだ。いつも女の子らしいお姉ちゃんが羨ましくて、気に入らなかったんだ。

お母さんの言うことがあまりにしっくりきて、幼かった時の感情が今のように鮮明に思い出される。

 

そう、本当は私だって女の子っぽい事をいっぱいしたかった。

プリキュアだって見てみたい。おままごとにだって混じりたい。

なのになぜか恥ずかしいという感情が邪魔して踏み出せなかったんだ。

 

いつしか私は、キラキラした可愛らしい世界に憧れるようになっていた。

夢のようなお話の童話を読んだり、恋愛漫画で恋愛を妄想したり。

そして今もキラキラで可愛いアイドルを追いかけて、私に持っていないなにかを求めている。

 

それでもその事を言う相手はいない。

 

だって恥ずかしいから。

私みたいな気の強い女の子がプリキュア好きで、恋愛漫画読んでて、アイドルの追っかけやってるだなんて。

そんな事恥ずかしくて言えないから。

 

だからそういうことを表だって言えるお姉ちゃんが羨ましくて。

いつまでも子供のように無邪気で可愛らしいお姉ちゃんが気に入らなくて

 

そしてそんなキラキラした女の子の夢を今もなお持っているお姉ちゃんに、憧れていたのだ。

 

「うん、うん…!お姉ちゃんが羨ましくて、私にはないものを持っているくせして、変わろうとしているのが気に入らなくて…お姉ちゃんに憧れていて、今のお姉ちゃんが大好きだから変わって欲しくなんかなくて…」

 

結局ワガママで最低野郎なのは変わらない…。

それでも大好きで、私の理想で、私と言う人格を作ってくれたお姉ちゃんだけは、変わって欲しくなかった。

ずっとお姉ちゃんの背中を追いかけてきて、ずっとお姉ちゃんみたいになりたいって思ってた。

きっとそんなお姉ちゃんが変わってしまったら、私は目的地を見失ってしまう。

 

「私にとっての一番のアイドルのお姉ちゃんが、、いなくなっちゃう…」

 

ポロポロと私が本音をこぼしている間も、お母さんは静かに聞いてくれる。

今お母さんはどんな気持ちなんだろうか。

自分の私情を押し付けているような真似をしている娘を見て、どんな気持ちなんだろうか。

 

軽蔑?失望?いや、そんなんじゃない。

だって今のお母さんの目には、確かな強い気持ちが宿っているように見えるから。

 

「それは違うわぁ。お姉ちゃんはね、今成長しようとしているのよぉ」

 

ゆっくり、気の抜ける声で喋る。

いつも通りのお母さんのはずなのに、どこか違う。

そこには確固たるものを感じられた。

 

「成長?」

 

「えぇ、成長。別にお姉ちゃんがグレちゃったり、犯罪起こしちゃったり、そう言うわけじゃないのよぉ〜?」

 

冗談めかしたように、お母さんが言う。

そんなお母さんを、ムッと睨むと、苦笑いしながら言葉を続ける。

 

「変化と成長は、一概には言えないの。きっと成長したお姉ちゃんは、もっともっと素敵になって、もっともっとキラキラしてる」

 

どこか遠くを見据えたように言うお母さんの言葉には、変な説得力があった。

 

「キラキラ…」

 

私がおうむ返しのように言ったその言葉、『キラキラ』

私の持っていないもの。でも私の大好きなものには絶対にあるもの。

白馬の王子様のキスも、イケメン転校生とのラブコメも、みんなに愛されるアイドルも。

みーんなキラキラして、ドキドキした。

 

そしてお姉ちゃんも。私とは違って、いつもキラキラしていた。

 

そんなお姉ちゃんが変わるのが嫌で。

キラキラがなくなってしまうのが嫌で。

私はとてつもなく不安だった。

 

でも、お母さんが言うように。もしお姉ちゃんが成長してもっと輝けるのなら。

もっとキラキラできるのなら。

 

それはきっと、素敵な事だなって。

 

「そうよぉ。だから小園も、そんなお姉ちゃんをもっともっと好きになれるし、もっともっと憧れる事ができる」

 

きっともっと好きになれる。もっともっと憧れる。

どこまでいっても、なにをしようとも。

私の理想であり、目標であるお姉ちゃんは、私の近くで輝き続けてくれるだろうか。

私の前のステージで、踊り続けてくれるだろうか。

 

ならいいや、、私だって推しのアイドルが幸せならそれでいい。

ちょっぴり寂しいけど、推しのアイドルが人気になるならそれでいい。

 

「だから小園。怖がらないで?」

 

そう、私の中の、一番のお姉ちゃん(アイドル)が。

 




シリアスが凄い長いわ。主人公(八幡)全然出てこないわで。
皆さんに楽しんでもらえてるのかなって心配になる。

私用のため来週は投稿出来ない「可能性」があります。


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