他所の妹が小町より可愛いわけがない (暮影司)
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やはり高坂桐乃は唐突に人生相談をする

エロマンガ先生のクロスオーバーを書いてみたあとで俺妹も書いてしまうのだった……。そしてやはり思いつきで書き始めてしまっているのだった……。
あと平塚先生は異動しません。


俺の名前は比企谷八幡。ごく普通の高校三年生だ。

普通じゃないって? ぼっちなだけで結構普通よ?

 

妹の名前は比企谷小町。世界で一番可愛い妹だ。大好きな俺の後を追って俺の通う総武高校に入学した。

 

俺が所属している奉仕部は、雪ノ下雪乃、由比ヶ浜結衣、そして妹と俺の4人で行っている、まあボランティアのような部活だ。やってきた人を助けるのが目的で、魚を与えるのではなく魚の獲り方を教えるという崇高な理念がある。こう説明すると凄く立派っぽい! 実際は放課後ティータイムです。

 

「へっくっしょ、へっくしょ」

 

このくしゃみは小町のものだ。可愛いからすぐにわかる。

 

「あら、ごめんなさい。花粉症?」

「そうなんです……スギ花粉は小町的にポイント低いです……ヒノキもです……」

 

雪ノ下が窓を閉じながら心配して、小町は鼻を赤くしながら涙目。明らかに弱っていた。

つか、花粉のポイント高いやつなんていねえよ。マスク作ってる会社の株主くらいじゃねーの。

 

「てんちゃ? これ美味しいね」

 

あはは、と笑いながら甜茶を啜る由比ヶ浜。

花粉症の症状を抑えると聞いたので俺が買ってきたものだ。もちろん妹のために用意したのであり、決してガハマさんに飲ませるためではない。この季節はスギが終わりかけでヒノキは始まるとかで両方アレルギーの小町は大変らしい。

 

「小町は紅茶のほうが好きです」

「えっ、これ俺がお前のために買ったんだけど?」

「結衣先輩が私のために淹れてくれた紅茶に勝てると思う?」

 

勝てねえよ。

俺だってそれ飲みたいんだけど?

そう思いながらちびちびと甜茶を舐める。俺は花粉症じゃないんだが……。

 

小町が加入したことで賑やかになった奉仕部にようやく慣れてきた4月の中旬。

メールのお悩み相談もなく、いつもの平常運転だ。

ところが往々にして平和というのは、突然失われる。

それが骨身にしみるイベントが発生した。

 

コンコン。

 

「どうぞ」

 

雪ノ下は冷静に優しい声で入室を促した。

 

「ここが奉仕部? 人生相談、あるんだけど」

 

入ってきたのはロングのストレートの茶髪の女。やたら派手で不機嫌そうな顔を除けば、モテそうな美少女だった。眉毛はきちんと整えられ、大きくて二重の目はぱっちりしている。やたら垢抜けていて、芸能人かと思うほど。

チャラついている感じは三浦由美子と同じ分類だろうか。あーしさんよりも童顔でスレンダーな体型だ。

まぁ可愛いけど一目で分かるほど俺の苦手なタイプの女子だな。

短いスカートからすらりとした脚が伸びてどうしても見てしまうところとかが、あーしさんそっくり!

そっくりなのは本人じゃなくて俺の反応なわけだが……。

 

「こちらにどうぞ」

 

小町が椅子を薦めるとすぐにどかりと腰を下ろした。

そんな乱暴に座ったら見えちゃうよ!? と心配したが見えなかった。残念……。

しかし遠慮というものが微塵も感じない。それにしても、こんな目立つやつウチの学校に居たかな?

首をひねっていると小町がなにやら嬉しそうに立ったまま話しかける。

 

「高坂桐乃さんだよね? 比企谷小町です、よろしくね」

「ああ、比企谷さん。隣のクラスだよね? よろしく」

 

なんと1年だったか。俺が知らなかったことには納得だが、よくもまあ3年相手にこんな態度ができるものだ。

 

「あーでも、桐乃さんって凄くお友達多いし人気あるけど、やっぱり今がホントのキャラですか?」

 

小町が頬に人差し指を突きつけつつ小首をかしげると、高坂桐乃と言ったか。彼女はふんと鼻を上に向けると、悪びれる素振りもなく首肯した。

 

「そ。まぁ別に頑張って猫かぶってるんじゃなくて習性みたいなものなんだけど。でも、人生相談のときは本当の自分じゃないと意味ないかんね。平塚先生からも奉仕部ではありのままの自分で相談したほうがいいってさ。あの先生の前では全部見透かされている感じだよね~」

 

そう言って、腕を組んで脚も組む。

まー、ふてぶてしいことこの上ない。

猫をかぶってるところの方が想像つかん。

偉そうに髪をかきあげる指の、派手に飾られているネイルが目についた。

ん?

あれ?

 

「こ、これさ」

 

ぼそぼそと声を出すと、彼女はビクッとなった。

 

「うわ、誰あんた。いつからいたの?」

「最初からいるんですけど……存在感がなくてごめんね?」

「なんか目が死んでるんだけど大丈夫?」

「生まれつきだからほっといて」

 

初対面でここまで生意気な人間を見たことがない。

まぁあんまり人と関わったことがないけどね?

 

「比企谷八幡だ、よろしくな」

 

後輩にあんた呼ばわりされるのもツラいので自己紹介する。

 

「え? 比企谷?」

 

小町と俺を交互に見ながら指を差す。

そうだよ兄妹だよ。

 

「……偶然?」

「なんでだよ! 比企谷なんて名字がそうそう居てたまるか」

「全然似てないし……まぁ、それはウチもか」

 

そこでなぜか頬を赤らめる高坂。

その瞬間を見逃さない小町はきゅぴーんと目を光らせた。

 

「桐乃さんも兄妹がいるんですか?」

「あー、そう。京介っていう兄貴」

 

目線を上に泳がせながら、頬をぽりぽりと掻く。

なんか照れてるのか?

小町と同じで兄のことが好き過ぎるのだろうか。小町と同じで。

 

「ひょっとしてー、お兄さんのこと好きなんですか?」

 

小町の質問に、こくりと頷く高坂を見て由比ヶ浜が目を丸くした。

 

「ひ、ひょえー」

「人生相談、というから随分と大仰な物言いだと思っていたけれど。どうやら本当に大変な悩みのようね」

 

雪ノ下はこめかみに手を当てながら、深刻そうな顔をした。

おいおい、マジなのかよ。

お兄ちゃんのことが好き過ぎる妹の話が世の中に多すぎるだろ。

 

「どういう風に好きなんだ」

 

俺は確認する意味も込めて質問した。

こちら側の早とちりという可能性もある。

 

「子供の時からずっと兄貴のことが好きで、ちょっと前まで付き合ってた」

 

な……。

雪ノ下も由比ヶ浜も固まっている。

俺も絶句するしかない。

小町も理解できないというような顔をしている。おかしい、小町は理解できるはずなんだが……。

 

「ふーむ、小町も兄のことは嫌いじゃありませんが、付き合うというのは具体的にどういう……」

「一緒にホテルに泊まった」

 

……マジマジと高坂桐乃を見つめ直してしまう。

この娘が兄と……。

エライことになったな……。

小町は青ざめ、由比ヶ浜は真っ赤になり、雪ノ下はうつむいてしまった。

ビッチの由比ヶ浜でも、お兄ちゃん大好きの小町でもこの案件は無理だ。

完璧超人の雪ノ下雪乃に関しては、完璧に拒否するだろう。理解できる気がしない。

 

「で、でも兄妹がホテルに泊まるって普通だよね」

 

由比ヶ浜はビッチらしからぬ健全な発想に至ったらしい。一度は想像したものの、そんなわけないと思い直したのだろう。そりゃそうだ。

 

「そうだな、ラブホテルに行ったわけじゃないだろう」

「あ、あ~。まぁラブホテルにも行ったことあるんだけどね」

 

ビシッと部室が凍ったような気がする。

もはや決定的だった。

 

「いやそのそれは取材だから、その別に何もしてないんだけど」

 

ようやく高坂桐乃というビッチ、まさにビッチだ。由比ヶ浜にはもう二度というまい。こいつこそビッチ。ビッチがようやっと自分の発言の危うさに気づいたのか、慌て始めた。遅すぎる。

しかし今こそ多少空気を和らげるチャンスだ。補足しよう。

 

「それなら安心だな。取材目的なら俺と小町だってラブホテルくらい行ってもおかしくないし」

「絶対イヤだよ!? そんなことになったら小町的にポイント全部無くなるよ!」

 

え? そうなの?

流石に手を出すことはないよ? 多分、きっと、おそらく。

凍えるように肩を抱きしめながら戦慄する小町を見やりつつ、高坂は嘆息した。

 

「ま、そうだよね。ふつー兄妹ではラブホに行かない。取材だとしても。それはわかってる。それに付き合ってくれる京介が特別なんだって。でもどうしようもなく好きだったから恋人になった。でも、本当の兄妹だから。だから中学を卒業するまでっていう約束で、もう今は普通の兄妹になったの」

 

高坂はぽつぽつと語る。

スカートの裾をぎゅっと握りしめて、綺麗に整えられた眉毛をきゅっと中央に寄せて。

中学を卒業したばかりの女子が、高校生の先輩たちに囲まれて、慣れない部室でこんな重たい話をするのはさぞ勇気のいることだろう。

 

「約束は守る。でも、そんなすぐに気持ちは切り替えられない。男として兄貴のことがまだ好き。どうにかしてなんて言わないけど、どうしたらいいのかって……」

 

先程までと違い、みんな本気で彼女の気持ちを慮っていた。

小町は目を伏せ、唇を噛んだ。

雪ノ下は手を合わせながら目を閉じて、懸命に受け止めようとしている。

由比ヶ浜は心底つらそうに心臓のあたりを掴んでいる。

だが、これは。

この案件は違う。

 

「あ~、すまん。奉仕部の手には余ると思う」

 

頭をかきながら、頭を下げる。

 

「比企谷君……」

「ヒッキー……」

「お兄ちゃん……」

 

みんなどうしようもないのに、断るという選択肢を選ぶことが出来ないのだ。彼女の味方になってあげたい。それは悲恋のヒロインを見た女の子なら当然の考えなのかもしれない。

 

「だよね。忘れて?」

 

そう言った彼女があまりにも寂しそうで。

なにか声をかけたくなって、さっき言えなかったセリフを今更ながらに言った。

 

「ところでその、ネイルアートってやつ? それメルルの魔法陣じゃね?」

「あーっ!? わかった!? わかった!? 同士見つけたーっ!?」

 

先程までの深刻さはどこへやら。

高坂は飛び上がるように椅子から腰をあげると俺の手を握ってぶんぶん振りながら、目に星を瞬かせて俺に詰め寄った。近い、近い、近い。手が柔らかい、なんかいい匂いがする!

 

「オタクの友達いるんだけど、兄貴のこと好きだったから今はちょっと連絡取りづらくってね~。だからこうやって同士だけがわかるサインを準備してたんだけど初めて見つけた~っ!」

 

ハイテンションで盛り上がる高坂。

何が何やら、と冷たい目でこちらを見る雪ノ下と、クエスチョンマークを頭の上に乗せた由比ヶ浜。小町は興味深いとばかりに顎を手で擦っていた。

 

「ねえねえ! メルルだと何話が好き!? あたしは~」

「待て待て待て、お前は何しに来たんだ」

 

突如ハイテンションになって距離を縮めてくる女子と、それを冷徹に見つめる女子2人+実の妹。はっきりいって居心地が悪すぎる。

 

「人生相談したかったのは、高校でオタクの友達がいなくて寂しかったってことなの!」

「お、おう」

「だから、解決!」

 

俺の右手を、両手でぎゅっと掴む高坂。うわあ、アイドルの握手会みたい……。

 

「あたしのことは、きりりんって呼んで!」

 

き、きりりんだと……。

 

「ゆいゆいより恥ずかしいぞ……」

「流れ弾飛んできた!?」

 

うっかり恥ずかしい目にあった由比ヶ浜は目をバッテンにしながらお団子をくしくししていた。

俺の恥ずかしさを誤魔化すための犠牲にしてしまった……正直すまなかった。

 

「あー、じゃあ、きりりん氏」

「お!? 沙織スタイルで来た! 比企谷バジーナ!」

 

比企谷バジーナ……?

こいつは何を言っているんだ……。

さすがにきりりんは恥ずかしすぎるので氏をつけたら余計オタクっぽくなってしまったが、誰かと呼び方が同じなのかなにやら納得している。

 

「まぁ、きりりん氏でもいいよ。じゃ、早速行こうか」

「は……? どこに……?」

「んー、まぁどこでもいいけど。二人っきりで話せるところなら」

 

雪ノ下の冷え切った目と、由比ヶ浜のキョトンとした目と、小町のニヤニヤした目が俺に注がれる。やめて! 俺のライフはもうゼロよ!

 

「おおお、わかった、わかった、行こう行こう、オタク友達同士な! そうだ、材木座を紹介しよう~」

 

こんな言い訳がましいセリフ、通じる相手達じゃないんだよなあ……。

わかってはいても言わざるを得なかった。

背中を押すようにして部室を出ていく。

これからどうしよう……。

 




書き溜めてないどころかまだロクに続きも考えてないですが、よろしくおねがいします。


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どうにも高坂桐乃は可愛らしさがない

第一話の時点でお気に入りや評価頂きまして恐悦至極。
原作の偉大さを感じました、それではよろしくどうぞ。


駐輪場から自転車を押して校門へと向かう。

桜はすでに散っており、帰宅時間になってももう風は冷たくない。

しかし、春らしさが増していくことに感慨を持つ余裕はなかった。

 

どうにも厄介としか言いようがない人物に出会ったからだ。

なんというかトラブルメーカーに違いない、その確信が持てるほどの強烈なキャラクター。

 

少し気合を入れて校門に近づくも、誰かが待っている様子はなかった。

安心と不安がないまぜになったような気持ちになる。

見当たらなかったことを理由に、このまま帰っていいのだろうか。

校舎に後ろ髪を引かれるようい校門をくぐると、柱の裏で彼女はスマホをいじりながら待っていた。

 

「おっそい」

 

スマホの画面に目を落としたまま、悪態をつく様子がなぜかサマになっている。

 

「待ってたのね」

「ハァ? 校門とこで待ってるって言ったじゃん」

 

そう言って歩き出す高坂。とりあえず着いて行くしかない。

しかし、いちいち癇に障る言い方をする女だな……。

猫をかぶってるところを見てみてえ……。

 

「見えなかったんだよ。一緒に帰ってるところを見られると恥ずかしいし……とか言って先に帰ったかと思ったぜ」

「お。ときメモ? よく知ってるじゃん」

 

ほーん。通じるとは思ってなかったけど、知ってるご様子……。

あれか、今どきはガールズサイドとかあるし、女子も知ってるのかしらん。

それにしてもなんで上からなの? なんでマウント取ろうとするの? 俺の方が年上だし男子なんですけど。

 

「まー、でも藤崎詩織は無いよねー。あんなお高くとまってる女、可愛くなーい」

 

お前が言うな、お前が。

その言葉をぐっと飲み込む。

しかしどうやら初代からプレイしているようだな……。

当然だが、今どきの女子高生が知ってるものではない。

 

「やっぱ~、早乙女優美ちゃんだと思わな~い?」

「……伊集院メイの方が好きだけどな」

「おお! あんた、わかってるね!」

 

自転車を押す俺の肩をばしばしと叩いて嬉しそうに笑った。

なんだこの浅草の酔っぱらいのおっさんみたいな絡み方……。

 

「ねえ、あんた。クラナドは?」

「あ? あぁ、人生?」

「ふんふん、鳥の詩は?」

国歌(くにうた)?」

 

そう答えると、なにやら満足そうに頷いて、ふんふふふんふんふふ~ん♪と鼻歌を奏でる。俺は黙って追いかけて追いかける。

手足の関節を曲げずに棒みたいにして、てくてくと歩いているところは小町と同じ年相応に見える。

しかし言ってることは20年前のオタクだし、なんなんだコイツ。

 

「あんた、なかなか見どころあるわ」

「そりゃどうも」

 

お褒めに預かり光栄ですよと。

訳がわからないなりに、なにやら楽しい気持ちになってきたのも確かだった。

会話が楽なのだ。答えているだけでお互いの気分が盛り上がる。

これが……トモダチ……?

なんだかんだ奉仕部に入ってからというもの、交友関係は増えたものの友人と呼べる相手は居なかった。

雪ノ下も由比ヶ浜も友人ではないし、一色はなおさら違う。

戸塚は天使だから違うし。なんなら友達というより恋人の方が近いしな。

材木座? 誰だっけ?

それなりに話しながら歩いていると、駅前に着いた。

いくつかの店がそれなりに揃っており、サイゼもある。

 

「じゃ、ここに寄ってくわよ」

「え、俺はサイゼの方が」

「はぁ?」

「なんでもないです」

 

訂正。友達とか思ってた俺、思い上がりにもほどがあった。

俺は奴隷。なろうで言えば、異世界に飛ばされた高坂桐乃が少額で購入した亜人みたいな存在です。もう、ご主人様の鈍感! いや、別に惚れてねえけど。

裏の駐車場に自転車を止めてハンバーガーショップに入る。

やや大きめの店舗は平日の夕方でも賑わっていた。4列が形成されている。

意外にも彼女は入口付近で待っていてくれた。さすがご主人様……。

 

「注文、あんたがして」

「えっ、それはご主人様の役目では」

「はあ? 何ワケわかんないこと言ってんの」

「すみませんでした、何を注文すればよろしいのでしょうか」

 

薄々社畜の才能があると思っていたが、馬車馬の如くを越えてハヤテのごとくだな……。

 

「ほら、アレ」

 

顎をしゃくってポスターを見ろと促す高坂。せめて口で言えよ。マジでこいつムカつくな……。

 

「あ」

 

ポスターを見て、セリフにしなかった理由を把握した。

え、これ俺が注文すんの?

さすがに恥ずかしいんですけども……。

 

ちらと高坂の表情を伺う。

はい、諦めました。八幡、諦めるの得意。

異性の先輩に見せる顔じゃねえよ、ウシジマくんかと思った。

高坂とはまるで真逆の表情をした店員が俺に向かってぺこりと挨拶する。

 

「ご注文はお決まりですか~?」

「ハッピーセット2つ。プリキュアの方で」

「ちょ、あんたもハッピーセットにすんの!?」

「え? そりゃそうだろ、なんでお前の分だけ買うんだよ」

「兄貴だったら俺の分だって言いながら買って、その後こっそりくれるかんね!?」

 

声がでけえよ、声が。

正直、今の状況はハッピーセットを注文することよりも遥かに恥ずかしいんですけど。

店員さんは苦笑いだし、周囲の客の注目も浴びてるし。

どうみても完全にブラコンの彼女を持った痛いオタクカップルの男、ですよね。

 

「あの~、ドリンクの方は~?」

 

そりゃ聞かれるわな。さっさと注文を終わらせたほうがいいだろう。マックスコーヒーは無いし、コーラでいいか。

 

「コーラで」

 

チッ

 

「あたしもコーラ」

 

今、舌打ちしたよね? やめてね? 店員さんにも聞こえちゃうでしょ?

俺はお前を無視したんじゃなくて、周りに配慮しただけなのよ?

 

「すぐご用意いたしますので、こちらでお待ち下さーい」

 

店員にレジの横に行くよう指示される。

 

「先に席取っておくから」

 

そう言い残し、高坂は奥の方へ向かった。置いてっちゃうのかよ、ご主人様。

さっきの高坂の大声で注目を浴び、プリキュアのハッピーセットが出来るのを待っている冴えない彼氏。

くっ、好奇の目に晒される屈辱……。やはり亜人風情の私はご主人様の恥になっているのだ……。

従順な奴隷キャラを演じないと冷静でいられない状況が憎い。

 

ハッピーセット2つを乗せたトレイを持って向かうと、存在感たっぷりに2人席のソファー椅子の方にどーんと座っている。目立つ奴だなあ。

脚を組んでスマホをポチポチしていた。俺に気づく素振りすらない。ま、そうだよな。

「あ~、ありがと~、待ってたよぉ~」みたいなことを言うわけがない。

城廻先輩だったら言うと思う。いなくなってわかる魅力、あると思います。

 

「待たせたな」

「ん」

 

スマホから目を離さずにポテトをつまむ高坂。

このムカつく感じが様になってるというか、違和感がなさすぎるというか。

こいつ兄貴にもこんな態度なんじゃないの?

だとしたら兄貴は聖人君子なんだろうな……悟りを開いているに違いない。

 

「で、どっちにするんだ。カチューシャとステッキだぞ」

「え!? マジであんたどっちか欲しいの!? 両方くれるんじゃないの!?」

「プリキュア好きなんだよ。先に選ばせてやるだけでも感謝しろ」

 

奴隷の反逆だ。ちょっと緊張したのでコーラを少し口にした。

今度はどんな罵倒が来るのか、と思って身構えていると意外にも目をランランとさせていた。

 

「いいね、いいね! プリキュアが好きで、それを後輩の女子に恥ずかしげもなく言い切るとか! やっぱあんた見どころあるよ! はい、ご褒美」

 

むぐ。

強引にポテトを2本、口に放り込まれる。

まーた奴隷に逆戻りかよ! しかし意外にも照れるなこれ。異世界転生主人公がモテる理由がわかったぜ。奴隷の私に優しくしてくれるなんて、嬉しい。しっぽ振っちゃう!

ナデポならぬポテポしていると高坂は腕を組んで悩んでいた。なんだよポテポって。

 

「ん~、しかしステッキもカチューシャも捨てがたいナァ~。あ、でもあんたがカチューシャつけるってんなら譲ってあげてもいいよ」

 

いや、サイズが合わねえから……。って合ってたら着けちゃうのかよ。

 

「どっちでもいい。俺はどっちも好きだしな。お前の好きな方にしとけ」

「ふぅ~ん。自分の好きなものを大事にしろ、って兄貴もよく言ってた」

「そうかよ」

 

しかし、兄のことどんだけ好きなんだよこいつ。

そいでまた、兄貴はなんでこいつのこと可愛いと思ってるんだろ。

恋する乙女の顔……どころか、新婚さんみたいな表情していやがる。

 

「どっちも好きだなァ~」

 

頬を緩ませまくってデレデレと机に突っ伏しながらおもちゃを両手に持っている……。

兄貴のことが好きなのか、プリキュアが好きなのか、わからなくなってきた。

正直なところ、こんな嬉しそうにしているところを見たら、両方あげちゃってしまおうかとも思うのだが。

今更言うのもな。理由に困る。

 

「また、近いうちに来ればいいだろ」

 

照れ隠しのように聞こえなければいいが、と思っていったのだが。

 

「は? なにそれ誘ってんの? キモ」

 

本当、こいつ可愛くねえ……。

 

「あっ、ちょっとステッキ取らないでよ!」

「うっせ、お前はカチューシャ付けてろ」

 

ステッキを奪って、カバンに放り込む。

ため息をつきながらチーズバーガーを食い始める俺を、高坂は細く整えられた眉毛で睨みつける。

顔がどんだけ綺麗でも可愛くない女ってのはいるもんなんだな。

 

カチューシャをいじくりながら、ふてくされた顔でコーラを飲んでいる後輩の顔の、可愛くないことこの上ない。

 

しかしそれでもお兄ちゃんスキルを外すことが出来ない俺は、カチューシャがダブったときには交換してやろう、と思ってしまった。

 

 

 

 



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なぜか高坂桐乃は待っている

ぼんそわ~!

二次創作書いているときは、キャラクター達に脳内でアフレコしながら書いています。違和感が無いか確認する意味も込めて。

この小説、桐乃と小町ばっかりしゃべるからすっごくプチミレディで書いてて最高。
プチミレディオ最高。

それではよろしくおねがいします。


僕は友達が少ない。

いや、自己紹介じゃないぞ、愛読書の話だ。

ぼっちにとってはバイブルとも言える。

 

やっぱり、はがないは面白い。

そして小鳩は小町ほどではないが、妹として可愛い。

それに比べて誰かさんは可愛くない。

妹ラノベの妹にしたら絶対人気が出ないこと請け合いだ。

雪ノ下の淹れてくれた紅茶を啜りながら、ブリキ先生のイラストを見ていると改めてそう思った。

 

今日も今日とて、いつもの奉仕部だ。

俺は手前の椅子に座り、窓際に雪ノ下と由比ヶ浜がいて、向かいには小町がいる。

雪ノ下は文庫本に目を落とし、由比ヶ浜は携帯をいじり、小町は宿題をしていた。

 

昨日やってきた高坂桐乃のことには誰も触れなかった。

 

静かに流れる時間、ときおり雪ノ下のめくるページの音だけが聞こえる穏やかな時間。

なんとも安心する。

再度はがないの世界に埋没しようとページを手繰ると、視界の隅にある戸がノックの音もなくがらりと開いた。

 

「大変ですよ~!」

 

平和を脅かすやかましい声をあげて奉仕部に勝手に乗り込んできたのは、もちろん一色いろはだ。

みんなはこの状態の一色にもう慣れたもので、狼が来たぞと叫ぶ少年のように涼やかにスルーしていた。

 

「これ、これに載ってるモデル、うちの生徒なんですって!」

 

長机にバーンとファッション雑誌を叩きつけて、指をさす。

心優しき由比ヶ浜が、一応その指先を見てあげている。

 

「あ、これ高坂さんだ」

 

由比ヶ浜が出した名前にどきりとする。

え、あいつファッション雑誌に載ってるの?

意外、じゃねえな。

すごく納得だ。妹だってことのほうがよっぽど意外だ。

 

「桐乃さんですか?」

 

宿題をしていた小町がシャープペンシルを放り捨てて、雑誌を覗き込む。

 

「えっ、二人とも知ってるんですか?」

 

一色はスクープを持ってきたつもりなのに、すでに知っていたことが面白くないのか、ぷくっと頬を膨らませた。

 

「ええ、小町は同じ一年生ですし、有名人だから面識ありますし。昨日、ここに来ましたよ」

「へー、そうなんだ」

 

丁寧な対応をしている後輩に対して無愛想な返答を返す一色。

大人げないぞ、いろはす……。

大人毛もなさそうだけどね。いや、あるかも……。

 

 

「うわー、本当にモデルさんやってるー。すっごくカワイイー」

「ですよね~、この娘がうちの生徒にいるとかヤバイです」

「桐乃さん、素敵だな~」

 

女子高生が3人寄って雑誌を見ていると、きゃあきゃあと、まぁ、かしましい。

雪ノ下は興味なさそうだが、さっきからページをめくる音が消えている。

俺が見ていることに気づいたのか、雪ノ下は本に栞を挟んで閉じた。

 

「それで、比企谷くんは昨日、高坂さんとどうしたのかしら」

 

その言葉で、雑誌に向けられていた3人の視線がばっと俺に集まる。

 

「どういうことですか、先輩」

 

一色はジト目で俺を見ている。

由比ヶ浜は探るような目で、雪ノ下はちろりと涼やかに横目で。

そして小町はらんらんと目を輝かせて状況を伺っていた。

 

「桐乃さんは奉仕部に相談に来たのですが、まぁなかなかの内容でして。そこでお兄ちゃんが一人で引き受けようとしまして」

「昨日はヒッキー、高坂さんと一緒に出ていったんだよ」

「どういうことですか? 先輩?」

 

説明を受けた一色はさきほどよりも語気を強めてそう言い、にっこりと笑った。

 

思わずため息をつく。

 

「ちょっとハンバーガーショップに行っただけだ」

 

後頭部を掻きながら、観念して自白した。

 

「ちょっ、ヒッキー」

「せ、先輩それって」

「あら、いつの間に比企谷くんは送り狼になったのかしら」

 

諦めて自白したというのに、状況は悪化した。

 

「ちょっとと言いますが、兄が帰ってくるのは結構遅かったです」

「小町、それ言う必要ある?」

 

このスパイ、可愛すぎて処分できないから厄介だ。

3人の目は更に鋭くなってしまった。

このままでは質問攻めに合うのは必至。

都合が悪いので、ここは三十六計逃げるに如かずというやつだ。

 

「あ、今日は夕飯の買い物を小町に頼まれていたんだった」

「いや、小町そんなの頼んでないけど」

「ヒッキーがアホな嘘ついてる!?」

「先輩、実はアホなんですか?」

「比企谷くん、小町さんが入ってくるまではそれで誤魔化していたという事ね」

 

参ったな。

何も考えずに去年までの言い訳を使ったらバレてしまった。

アホ扱いされてることを利用してアホとして逃げるか。

 

「ちょっと今日は頭が働かないみたいだ、やっぱ帰るわ」

「そう。ずる賢くない比企谷くんなんて気持ち悪いものね」

「気持ち悪くてごめんね? 大人しく帰るね?」

 

ひどい言われようであるという引け目を使ってなんとか逃げ出すことが出来そうだ。

感謝するぜ雪ノ下……。

そそくさと帰り支度を開始するが、由比ヶ浜に呼び止められる。

 

「ヒッキーは気持ち悪くないよ、アホでもないし」

「ありがとな由比ヶ浜、心配してくれて。でもアホすぎて気持ち悪いから帰るね?」

 

こうなったら完全に病人扱いされないと逃げられん。

由比ヶ浜の優しさは時として仇になる。

 

「先輩は気持ち悪いですけど、アホじゃないですよ」

「一色、なんかややこしくなってきたけど、兎に角帰るね? あー頭が悪いわ~」

 

兎に角、俺は逃げたいのだ。

逃げちゃ駄目だ、なんて全く思っていない。

こめかみを抑えて退室する俺を、雪ノ下はこめかみを抑えて見ていた。シンクロしちゃったよ……瞬間、心重ねちゃったよ……。

 

小走りで廊下を駆け、いそいそと靴を履き替える。なんか小悪党みたいだな……。

駐輪場から自転車に駆け乗って、颯爽と校門をすり抜ける。

スタコラサッサーという感じでいかにも逃げている感じ。俺が何をしたというのでしょう。

 

「ちょ、こら! 待ちなさいよ、あんた! こら、比企谷八幡―――!」

 

校門を過ぎた途端、大声でフルネームを叫ばれ、ブレーキを握りしめる。

 

首だけで振り返ると、校門の前で仁王立ちしているのは、生意気で派手な女。

不機嫌そうに眉を吊り上げた高坂桐乃だ。

 

「どうした、きりりん氏」

「どうしたじゃないわよ、約束したでしょ」

 

何を?

とりあえず回れ右して自転車を押し、彼女に近づく。

 

「すまん、約束ってなに?」

「ハッピーセット、行くって言ったじゃん。あんたが誘ったんでしょ」

「ああ、そのうちな……」

「はあああ!? 近いうちって言ったでしょ」

「近いうちってのは明日って意味じゃないだろ」

「もう明日は学校休みなんだから今日行くでしょ」

「まあでも」

「うっさい! 今から行くかんね!」

「痛ってえ!?」

 

足を踏まれた、踵で。

事実だけ考えると、こいつは昨日の俺の適当に言った誘いを本気にした。

それを楽しみにして、ここでずっと待っていた後輩なのだから可愛いはずだ。

――なのだが、全くこれっぽっちも可愛くない。

顔やスタイルはファッション雑誌に載るくらいだというのにだ。

 

不機嫌にたったか歩いていくのを自転車を押しながらとっとこついていく。

なんで着いていなきゃいけないんだろうと疑問に思いながらも、諦めて着いて行く。

あまりの速さに少し距離を離されるのでストーカーの如く尾行する羽目になる。通報しないでね?

昨日と同様にレジ前は混んでいた。

やがて順番が来て、当然のごとくマッククルーに問われる。

 

「ご注文をどうぞ」

 

結局注文まで一言も話すことがなかったので、2人で並んでいた。

飲み物なんにすんの、という言葉すらかけにくいくらいむっつりしている。

注文する素振りもないので、俺が頼むんだろうな……。

 

「えと、ハッピーセット1つと、俺はてりたまバーガーのセットを……って痛ってえ―――?」

 

足を踏まれた、さっきより強く。

涙が出るくらい痛い。

 

「何違うもん頼んでんのよ!? ハッピーセットしかないっしょ!」

「おい、昨日は俺もハッピーセット頼むのかって言ってなかった? 2日続けて同じもの食うの嫌なんだよ、いいだろ別に俺の注文なんだから」

「はあああ!? 2つ注文しないとカブる確率上がっちゃうじゃん!」

 

声がでかい声が。

昨日よりも周囲の目が痛い。

バイトのおねーさんの目は怖くて見れない。

モデルとかやってると注目を浴びるのに慣れすぎるのかしらん?

俺もうこの店来れねえよ……。

高坂は俺の発言権はないとばかりに、勝手に話し始めた。

 

「プリキュアのハッピーセット2つ、両方チーズバーガーでコーラね」

「ちょ」

「なんか文句あんの?」

「ないです……」

 

せめて飲み物は変えたかったのに……。

足の痛みが引かないこともあって、その場で待つ。

今日は高坂は先に席を取りに行かないようで、2人で待つ形に。

ちらちら見られたり、指を指されたりしている。

居心地悪いなあ……。

 

「ハッピーセット2つでお待ちのお客様~」

「は~い♪」

 

機嫌よく手を上げてトレーを受け取る高坂。これが外面か!

確かに完璧に猫をかぶってるが、今更にも程があるだろ。もう周り全員に本性バレてるんだけど?

高坂がトレイを持っているので、俺は空いている席を探す。

100人は座れそうかと思われるスペースでもなかなか空いていない。

混んでいるが、なんとかエリアのど真ん中のぽつんとした二人がけ席に空いているところを見つけた。

ささっと座って、高坂に合図を送る。

 

ちっ

 

舌打ちが聞こえた。なんで?

 

「ソファー席取んなさいよ、このグズ」

「お前、逢坂大河みたいな言い草するね」

「は? 誰それ」

 

とらドラ知らないのかよ……。

こいつ、知識の偏りがあるな。ラノベは読まないのかしらん。

当然だが、ソファー席は空いていない。

高坂は不満げに座った。

昨日はひたすら俺が相槌を打っているだけだったが、これから会話をしていくに当たっては、調査が必要だな……。

 

「なぁ、高坂。好きなジャンルとかメディアを聞いてもいいか?」

 

そう質問すると表情は激変、よくぞ聞いてくれたというように目を輝かせる。

 

「そっか、そっかー、気になるかー」

 

勿体ぶって腕を組み、うんうんと頷いている。

若干ウザいが、まぁ、機嫌がいい分にはいいか。

なんとなく海老名さんとは異なる趣味な気がしてはいるが、いまいち要領を得ていない。

コーラを口に含むと、冷たさが心地いい。

 

高坂は気持ちが高ぶったのか立ち上がって、ギレンの演説のように拳を握りこんで大きな声で叫んだ。

 

「エロゲー! あたしエロゲーが大好きなの! 特に実の妹とヤっちゃうやつ!」

 

ブッフゥ―――――!

 

「ああっ、あんた何コーラ吹いてんのよ!?」

 

げっほげっほ、あ、器官に入った、苦しい、死ぬ。

 

「お、お前何を叫んじゃってるかわかってんの?」

 

なんとかそれだけのセリフを漏らす。まだ肺にダメージがある。

 

「何? あんたそういうの駄目とかキモいとかいうタイプなの? そういう奴じゃないと思ってたケド」

 

露骨にがっかりしたという表情になる高坂。

 

「そういうことじゃねえよ、周りを見ろ」

「あ」

 

舞台演出かと思うくらい、静けさの中で高坂だけが注目を浴びていた。

彼女1人だけがスポットライトでも当たっているかのようだ。

そりゃそうだ、舞台女優だとしても目立つくらいの美少女が大声でとんでもない事を叫んでいるのだから。

エスポワールよりもざわ・・・ざわ・・・しているぞ。

 

両手のひらを地面に向けて押さえつけるようにジェスチャーで座れと伝える。

そのまま、どうどう、落ち着けとゆっくり手を上下に振る。

状況がわかったのか、顔を赤くして、歯を食いしばっている。ぐぬぬとでも言いそうだ。

 

しかし、CLANNADは全年齢だしAirもアニメやコンシューマ版があるわけだが、もしやとは思っていた。

それにしてもファッション雑誌の読モをやってる派手な女子高生がエロゲーやってるとは……。

俺は少し前に乗り出して、殊更に声を小さめにする。

手を口に添えると、高坂も少し耳を近づけた。綺麗な耳に、ピアスの跡がある。

 

「あのな、ファミリー層や中高生の多い平日夕方のハンバーガーショップで目立つルックスの女子高生が大きな声で叫ぶような言葉じゃねえんだよ、わかるか?」

「……うっさい、わかるわよ」

 

少し恥ずかしそうに答える高坂。

ちっとは冷静になったか。

話題を変えてやらないと、ずっと恥ずかしいだろうな。

 

「あけるりの麻衣もわかるか?」

「……けよりなでしょ? リースちゃんも可愛いけど」

「あぁ、やっぱお前は可愛い子好きなんだな」

「そうよ」

「妹キャラならなお良いと」

「そ」

「羽瀬川小鳩は知らないのか?」

「知ってるに決まってんじゃん、絶対星奈よりあたしの方が小鳩ちゃんを愛してっかんね」

 

ほーん。つまり名作とか有名なタイトルか、ということではなく美少女、特に妹が出てるかどうかなんだな。

 

「じゃあシスプリも好きなのか?」

「あんたそれ、朝まで会話が止まらなくなるんだケド?」

「そりゃ、女子高生の朝帰りの理由としては残念すぎるな」

 

ふひひと笑う高坂は、まるで秘密を共有している悪友のようだった。

ひそひそと話している間に、俺達はすっかり意気投合していたのだ。

 

ポテトを食べ終わり、コーラが溶けた氷で薄くなっても、取り留めの無い会話が終わることはなかった。

 

 

 




さて、エンゲージプリンセスやらなきゃ!


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いろいろと比企谷小町は困惑している

高評価ありがとうございます!
よろしくおねがいします!


「ただいま」

 

玄関に小町の靴があることを確認した俺は、とりあえず帰宅の報を告げる。

リビングにいるらしき妹から「おかえり~」と返事が帰ってきた。

おとなしく自分の部屋に帰って着替えようかとも思ったが、なんとなく気分が高揚しているせいで小町の顔が見たくなった。

ドアを開けて入室すると、小町はなにやらポーズを取っている。

なにやってんだろうと観察していると、先に声をかけられた。

 

「お兄ちゃん、買い物は?」

「え? してないよ」

 

そういえばそういう理由だったな。

正直、高坂に会わなかったとしても買うつもりなんかなかったが。

 

 

「嘘ついて部活から逃げたわりに、堂々と何もしてないんだね……その割に遅かったじゃない」

「まーな」

 

小町は全くセクシーではない決めポーズを解除した。

なぜか近づいて俺の顔をまじまじと見つめる。やだ、こいつまで実の兄を好きになってしまったとか言ったらどうしよう……マジでどうしよう。

 

「なんか嬉しそう? 戸塚さんと遊んでた?」

「戸塚はテニス部で未経験の新入部員にレッスンするのに忙しいから無理だ」

「戸塚さんの状況を把握しすぎてるのが気になるけど、戸塚さんじゃなかったらなんでこんな顔してるんだろう」

 

腕を組んで首を傾げながら眉根を寄せる小町。

え、俺って戸塚と遊んだ後くらいの表情なの? 

それってもう腐ってた目が発酵した目に変わるくらいじゃないの? 俺には違いがわからんが。

でも、なんででしょうね……?

あれだ、きっとハッピーセット食べたからハッピーになったんだな。すげえぜハッピーセット。ハッピーラッキーみんなにと~どけ♪

 

「どこ行ってたか教えなさい」

「な、なぜだ」

「誤魔化すところがあやしいな」

「いやいや、別に隠すことじゃないけど」

「じゃあ言いなさい」

 

なんとなく気恥ずかしく、こほんと咳払いをする。

勿体ぶっていると捉えられたのか、苛つきを見せる小町。そんな表情も可愛いよ!

 

「高坂とハッピーセット食ってた」

「え!? 昨日に続いて!?」

 

そうだよな、高校3年生の男子が2日続けて同じ店でプリキュアのハッピーセット注文するって驚きだよな。

っていうかそれって超恥ずかしくない? 今更気づいたけど!

なんとなく気恥ずかしく思ってる場合じゃない。明らかに恥ずかしい。

 

小町は恥ずかしいモノを見る目ではなく、目を丸くして驚いているようだった。

 

「桐乃さんってまさか……そんなに……好き、なの……?」

 

まぁな。俺も驚いたもんな。2日続けて同じもの食ってまでグッズが欲しいくらいプリキュアが好きとはね。

俺よりプリキュアを好きな女子がいたなんて……。あれ、普通は女子が好きなものだっけ?

 

「しかしお兄ちゃんがモデルさんと……いや~、いや~」

 

なにやら孫が結婚したおばあちゃんのような感慨深さを見せて、うんうん頷いている。

別に大したことはしてないのだが……というかヲタトークしただけなんだが。

 

「雪乃先輩か結衣先輩だと思ってたのにな~。いろは先輩や沙希先輩も飛び越えてとんだダークホースが登場したもんだよ……それでお兄ちゃんは桐乃さんと何を話したの、小町に教えておくれ」

 

すっかりおばあちゃんのような顔でおばあちゃんのような優しい言葉で質問してくる小町。

そんなピュアな顔の妹に、本当のことは言いづらいんですが。

 

「エ、エロゲーの話」

「えっ? 何だって?」

 

羽瀬川小鷹かな? 

それともおばあちゃんの真似をしていたら、耳が遠くなってしまったのかな?

 

「だから、エロゲーの話だよ!」

「声が小さくて聞こえないんじゃなくて意味がわからないんだよ、お兄ちゃん!」

 

そうか、小町はエンジェルだからエロゲーという言葉の意味がわからないのか。さもありなん。

 

「エロゲーというのはだな」

「うん」

 

真剣に聞こうとしている表情を見ると尚更話しにくい。

しかし妹にエロゲーの説明をするというのはなかなかアレだな。

高坂は兄とエロゲーの話とかすんのかな。それはないか。

 

「エロいゲームのことだ。つまり18歳未満はプレイしちゃいけないくらいエッチなやつだ」

「え……お兄ちゃん何言ってるの、本当に気持ち悪いんだけど」

 

ゴミカスを見るような顔で見るのやめて欲しいんだけど……。

 

「そういう言葉なんだからしょうがないだろ」

「それもそうだけど、桐乃さんに言うのがおかしいでしょ……セクハラだよね」

 

蔑んだ目はより強いものへ……。

 

「いや、あいつがエロゲーが好きで、俺は相槌を打ってただけのようなもんだぞ」

「お兄ちゃん、本気で頭どうかしたのかな? 桐乃さんがそんなのやるわけないでしょ。つい最近まで女子中学生だったんだよ? 読モなんだよ?」

 

本当にそうだよな。

事実は小説よりも奇なりとはよく言ったものだ。

 

「俺もそう思うけどな。ちなみに俺はコンシューマに移植されたやつをやってるだけだから全年齢版だが、高坂はガチだ。エロエロのやつだ」

 

真剣な顔で、何を言っているんだろうね俺は。

それでもこれが事実であることを伝えないと妹からセクハラ野郎だと思われてしまう。

 

「……え? マジ?」

「マジだ」

「桐乃さんがエロエロ……」

 

小町は驚きに戸惑っている。

目は確かに見開いているのだが、虚空を見つめたままだ。

眉間の先で手を振っても見えていない様子。

まぁ、無理もないな。

しばらく待つと、ようやくぽかんとしていた口が活動を始める。

 

「――それで……お兄ちゃんと桐乃さんは、その、え、エロエロなトークをしてたの? マックで?」

「いや、トークはエロくないぞ。あいつの好きなキャラクターのどこが萌えるとか言う話に共感してやるだけだ」

「ふーん、そっか。なんかお兄ちゃんが女の子と上手におしゃべりできてるみたいでそこは良かったけど、内容がちょっとアレだから小町ちょっと複雑だよ」

 

小町は困ったように眉毛を真ん中に寄せるが、口はちょっと笑っていた。複雑な表情も可愛いな小町は。

 

「でも奉仕部の依頼のオタク友達が欲しいって言ってたの本当だったんだねー。本当に一件落着か。お兄ちゃんがオタクだったことが役に立つ日が来て小町嬉しいよ」

 

嬉しいよ、と言いつつ遠い目をしている。なんで笑顔じゃないんですかね……。

いや、正直、なんとなくわかりますが。

 

しかし、奉仕部への依頼は本当にこれでいいのだろうか。

オタク友達が欲しい。それは本音ではあるのだろう。

だからといって真実とは限らない。

 

今、高坂が求めている願いとは、なんなのだろう。

そのためには、彼女と、彼女の兄のことを知る必要がある。

 

実の兄妹が付き合うとはどういうことなのか。

そしてわかっていただろうに、実の兄妹だからという理由で別れるというのはどういうことなのか。

 

俺が小町を可愛いと思うよりも、彼女の兄は高坂桐乃を可愛いと思っていたのだろうか。

俺が小町を愛しいと思うよりも、彼女の兄は高坂桐乃を愛しいと思っていたのだろうか。

 

どこか遠くに思いを馳せる妹の横顔を見やりながら、思う。

そんなわけないよなあ……、と。

 

だって明らかに小町のほうが断然可愛いだろ? 異論は認めない。

 

 




小町可愛いよ小町。
オリ主つくって小町を攻略したいと思いきや、それは違うんだよなあ……と思ってしまうあたりがまさに世界の妹だね!


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やはり材木座義輝は敗北する

俺妹の設定ですが、私は原作小説が大好きです。ですが、ゲームもアニメもドラマCDも大好きです。
ですので設定についてはどのメディアと縛ることはありません。混在していてもご容赦ください。



本日も奉仕部は平常運転だ。

金曜日に頭が悪いなんて理由で早退したことも、土日を挟んだことでみんな忘れているのだろう。

 

由比ヶ浜は小町と仲良く喋っているが、高坂の話題にはなっていない。

湯呑に入った紅茶を啜りつつ、ほっとする。

なんでですかねえ……。やっぱり紅茶には安心する効果があるんだなー。心がぴょんぴょんするんじゃーって、あれ? むしろ興奮してきたな?

 

そして奉仕部あるあるのノックのないドアの開放。

今回は独身教師か、あざとい後輩か、どっちかしらん。

 

「やっほー! 来てあげたわよー」

 

第三の選択肢!

このセリフは決して雪ノ下の姉ではない。上機嫌な高坂桐乃のものだ。

あまりの連続での来訪に困惑して、やたら派手な笑顔に疑問を投げかける。

 

「え、何? また、依頼?」

 

なんのようだと聞くような俺の態度が気に食わなかったのか、腰に手を当てて人差し指を俺の顔に突きつける。

なんだよ、そんなことしていいのはSOS団の団長くらいだっつの。俺はキョンじゃないっつーのー。

 

「友達がわざわざ訪ねてきたってのに、何なのその態度」

 

お前こそ、年上の先輩の異性の出来たばかりの友人に対する態度じゃないけどね?

なんて言ったら面倒くさいことになるのはわかっているので、いろいろと諦める。三十六計諦めるに如かず。

 

「そりゃ悪かったな、わざわざ来てくれてありがとう、感謝する。お茶でも飲む?」

「ふふーん、わかればいいのよ」

 

コロっと機嫌がよくなった。

雪ノ下陽乃や涼宮ハルヒに比べれば遥かに扱いやすいやつだな。ま、相手が悪すぎるか。

 

「あ、ヒッキーが淹れるんだ」

 

ぽしょっと少しの驚きを見せる由比ヶ浜。

そのセリフに少しの目線だけで反応を見せる雪ノ下。

 

「こいつは奉仕部の客じゃなくて、俺の友人として訪れてるからな、俺以外がもてなすのはおかしいだろ」

 

二人が俺をなんとなく非難しているようにも見えて、素直に自分の考えを伝えておく。

 

「すみません、雪ノ下さん、由比ヶ浜さん、兄がこんなんで。これでも正論を述べているだけで、他意は無いんです」

 

なんで小町が謝るの? ぺっこり35度に腰を曲げて丁寧にお辞儀。

 

「ふふーん、当然よねー。友達だもんねー」

 

背を反らしたことにより薄い胸がより薄くなる。いやそこまで薄いわけでもないな。すくなくとも雪ノ下さんよりは確実にありますね?

それにしてもなんでこんなに高坂は嬉しそうなの? 

まぁ、俺がお茶淹れてるからか……いや、そんな嬉しいか?

 

「それで、奉仕部になんの御用かしら?」

 

俺に会いに来ただけだという話になっているのだがそれでも雪ノ下は、なんの用かと問うらしい。

 

「奉仕部に頼んだのは、友達が欲しい。でしょ? その友達に会いに来たってワケ。頼みに来たんじゃなくて依頼を実行してもらうために来たの。文句ある?」

「そう。わかったわ」

 

あれ? なに、なんか雰囲気悪い?

何やら言葉に棘があるというか、交錯する視線がぶつかりあっているというか。八幡こわーい。

 

「あはは……」

 

空気を読むが何もできずに愛想笑いを浮かべる由比ヶ浜。平常運転だな。

なんとなく空気が重くなり、小町もきょろきょろと何か出来ないか目線を泳がせるが、無力だった。

雪ノ下と高坂が相手では戦闘力が足りない。こいつらに比べたら俺たちはヤムチャみたいなもんだ。

どうしたものかと思って、無駄に顎をさすっていたら膠着した戦況を打破する音が聞こえた。

 

「頼もう~」

 

正直頼まれたくないのだが、これは空気を変えるチャンスだ。ちゃんす!

 

「どうぞ」

 

相手が誰であっても来るものは拒まない雪ノ下さんがドアを開ける許可を出す。

 

「剣豪将軍、材木座義輝! 推して参る!」

 

うるせえ。

入ってくるだけでうるさい。

空気は変えて欲しいが、静かに変えてくれ。

無謀にも推参した材木座に雪ノ下が意外な声をかけた。

 

「あら、材木座……さん、そういえばあなたってオタクだったかしら」

 

間違いなくそうなのだが、雪ノ下が材木座に興味を持っていること自体が珍しすぎて、俺と小町は「どゆこと?」と目と目で通じ合う。

由比ヶ浜も目をぱちくりしている。

高坂は誰だコイツ、という目で睨んでいた。誰なんだろうねコイツ。

 

「けぷこんけぷこん、な、なんというかオタクと言う言葉の定義にもよるわけだが。我はそのような短絡的なレッテルを貼られるような存在にあらず! 我は……」

「材木座さん? 手短に答えて」

「はい、オタクであります!」

「そう。丁度良かったわ」

 

しれっとそう言いのけると、肩の髪をぱさりと掻き上げる。

全員が雪ノ下の次のセリフを待っていた。

 

「そこの高坂さんがオタク友達を欲しているそうだから、お友達になってあげてくれないかしら」

 

そういうことか……。

雪ノ下雪乃の中で依頼はまだ終わっていないのだ。

俺が仮にオタク友達だとしても、友達ってのは1人いればいいというものでもない。なんせ友じゃなくて友達というからには複数形だ。少なくとも、1人紹介すれば終わりという認識ではないのだろう。

さっきまで険悪なムードだった相手にこれだ、全く律儀というか真面目なやつだ。

 

「八幡? このド派手な女子がその高坂さん? どうみてもオタク友達が必要に見えないでござるよ?」

 

困惑の極みなのだろう、俺にだけ比較的普通の口調で不安そうに訊いてくる。

 

「実はオタク狩りが目的なんじゃ……」

 

材木座は怯えている!

 

「安心しろ、材木座。こいつはガチのオタクだ。俺と……すでに、オタク……と、友達になっている」

 

ぼっちの人生が長すぎて、自分の友達を紹介するということに慣れてなさすぎてどもってしまった。

みんなよく友達とか平気で紹介できますね? その友達が愛と勇気だとか、ボールだとかなら俺も紹介出来るんですけど。

 

「比企谷君、二人のお友達としてお互いを紹介してあげてくれないかしら」

 

友達を紹介!?

材木座が友達かどうかは兎も角、友達を紹介するというイベントが人生でやってくるとは。笑っていいともが終わった時点で一生やってこないイベントだと思ってたぜ。あれは本当は友達じゃなくていいからね?

しかし、仲人を引き受けたような気持ちだ。俺に仲人を頼むようなやつはいないだろうがな。小町? 小町は一生結婚しない。するときは俺の屍を越えていくから俺は仲人が出来ない。Q.E.D.

しかし照れくさい。

後頭部をぼりりと掻き、一度目を瞑ってから深呼吸。

よし。

 

「えー、こいつは材木座。3年生だ」

 

材木座が「いかにも」と頷く。

高坂は「あぁ、いかにもオタクっぽい」と評した。ばっさりだな。

 

「あー、こいつは1年のきりりん氏」

「む!? きりりんとは……まさか」

 

知っているのか雷電。

いや知らないだろ。

 

「いや、偶然であろうが、真妹大殲シスカリプスの上位ランカーの名前で見たことが」

「あ、それ、あたしー」

 

はいはい、と少しだけ手を挙げる高坂。

 

「ほ、ほほう、お主が」

 

だらだらと汗をかきながら、材木座はオープンフィンガーグローブから突き出した人差し指でメガネを押し上げる。それを特になんとも思わずにしれっとした顔で見やる高坂。

 

 

「格闘ゲームそんなにやんないんだけどねー、シスカリは特別」

 

なんでもないように言っているが、格闘ゲームの上位ランカーって凄いんじゃないの?

世界で飯を食っていけるって聞いたぞ。

 

「ま、まぁ我も格闘ゲームは嗜むのだが、あいにくシスカリはメインではなくてな」

「ああ、そうなんだー。へ~」

 

二人の表情をちらちらと見る。

高坂は何やら自信満々というか、悟りを開いているというか。遥か高みから見ている。

材木座が汗をかきまくってるのはいつものことではあるのだが、シスカリやってたけど足元にも及ばない戦績なのであろうことは、俺でなくてもわかりそうだ。

こいつは比較的アーケードゲーマーだった気がするが。ハイスコアガールに出会えなかったタイプのな。

 

「流石はきりりん氏、我がライバルと認めよう。だが、我はそう、どちらかというとゲームよりもアニメ。特にマスケラなど至高であろう、その魅力を語れるか?」

「あー、マスケラねー。あんたみたいな厨ニっぽい奴らはなんであんなのが好きなのかなー」

「ぐほう!?」

 

早くも材木座を厨ニと断定したか。まぁ、当然だな。

 

「くっ、我の悪口は良い……だが、マスケラの悪口は許せねえ……訂正して貰おうか」

 

きゃー、材木座さーん、カッコいいー。そういう声援は特に誰からも発生しなかった。まぁ、当然だな。

 

「ああ、ごめんごめん。そんな好きじゃないってダケ。まーあれの原作者ってあたしの友達のお姉さんなんだけど」

「なんと!? 月見里がんま先生の!?」

「そうそう。加奈子のおねーちゃんなんだよね」

 

しれっと言い放つがこれもなんか凄くないか?

アニメ化した漫画原作者が友達の姉だと?

こいつ本当に何者なんだ?

 

「ふむう、なかなかやりおるな。流石はきりりん氏。さぞかし創作についても造形が深いのであろう。我は小説をメインとしていてな」

 

書いてないけどな。プロットだけで満足してるワナビだけどな。

絶対ゲームのほうがメインだ。

 

「へー、あたしも小説書いてたんだよねー」

「ほほーう? なろうかな? ピクシブかな?」

 

なんの実績も無いのに、なぜかマウントをとろうとするんだ材木座。

なに、お前ネット小説家馬鹿にしてんの? 載せる勇気もないくせに?

しかし、高坂が小説書いてたとは意外だ。Kanonの2次創作でも書いてたのかな? U-1かな? 何歳だよ……。

 

「まー、妹都市っていうケータイ小説なんだけど」

 

ふーん、知らないな。

とはいえ俺も本は読むがケータイ小説なんて読んだことがない。

 

「妹都市って……アニメ化したアレのこと……?」

 

材木座は困惑していた。アニメ化? 女子中学生の書いたケータイ小説が? 流石にそれはないだろ。

そこで意外な声があがる。

 

「えっ、妹都市? 読んだ~! めちゃくちゃ流行ってたよね~?」

 

由比ヶ浜だった。

本は読まないのに、ケータイ小説は読むのか。なんかわかる。

それにしても由比ヶ浜が読むくらい流行した小説を書いてたって? 本当に何者なんだコイツは。

マックの中心でエロゲーを叫ぶような奴なのに、スペックが高すぎる。

ファンであることを告げるように笑顔で近づく由比ヶ浜。

 

「あ、ありがとうございます~」

 

高坂が敬語を使っている!? 使えたの!? これが外面?

しかし、自分の書いた小説の読者に会ったら、誰でもそうなるのかもしれん。

高坂も真っ当な感覚を持っているということだ。エロゲーライターに出会ったら速攻でサインを貰いに行くのだろう。俺がいるときは控えて欲しいところですね。

 

「ん? それって」

 

好奇心に満ちた顔で高坂が由比ヶ浜の胸元につけられたネックレスを指さした。

俺も何か綺麗なものを付けているな、という認識はあったが、広く開けられたワイシャツの胸元をじろじろと見るわけにもいかない。実際はそのアクセサリーを見ようとしてもその周囲の肌色のメロンを見てしまうから見ることが出来ない。

 

「エターナブル・シスター?」

「あ、そうそう、知ってるんだ、さすが読モだね」

「へへ~、そのデザイナー知り合いなんだ~」

「え~っ、そうなんだー! すっごーい!」

 

何だコイツら。へー、可愛いアクセサリーとかが好きなフレンズなんだね! ってそりゃ普通の女子高生はそうなんだろうけどな。

なんだよ、オタク友達が欲しいとか言うからてっきり普通の友達はいないのかと思ったが、そんなことはない。由比ヶ浜のようないわゆる普通の女の子と仲良くきゃぴきゃぴるんるんできるんじゃねーか。

その様子を見て、もはや材木座はシオシオのパーだ。そりゃそうだろう、由比ヶ浜のようなきゃぴるん女子高生なのにオタクとしてはチート能力者みたいなスペックだったら、材木座のような一般のオタクは見る影も無い。もちろん、俺もだ。

 

「知り合いって、このデザイナーさんって?」

「ん~、まあなんていうか。元彼っていうわけじゃないケド~?」

「えっ、大人の男の人と付き合ってたの~?」

 

なんだな……。なんかこうイライラする。

なぜだ。なぜ俺は今不機嫌なのだろう。

 

そんな俺の表情を見たのか見てないのかわからないが、雪ノ下はバースデーケーキにサバイバルナイフを突きつけるようなその場の甘ったるい空気をぶち壊すセリフを言い放った。

 

「高坂さん? 確かに私が今回頼んだ相手は材木座さんだけれど。元々はあなたの依頼を叶えるためのものよ? 今回のあなたの態度は失礼なのではないかしら?」

 

そうだ。それだ。

材木座が貶められたことでもなく。俺が友達紹介を上手く出来なかったということでもない。ましてや高坂がハイスペックすぎることを妬んでいるわけでもない。

 

それはオタク友達を作るという奉仕部への依頼に対して紳士に向き合い、材木座にお願いをしている雪ノ下の意思にそぐわない結果に向かっているからに違いない。

オタク友達を増やそうとしてるのに、なぜか上から目線の物言いをして下に見て、あまつさえ由比ヶ浜と仲良くなろうなど不真面目を通り越して裏切り行為に近い。

俺が不機嫌な理由は、雪ノ下が代弁してくれた。

 

「はぁ? 今楽しくおしゃべり中なんですけど」

 

雪ノ下にそんな顔でそんなセリフを言える人間を他に知らない。

わかっていたことだ、高坂桐乃は常に高飛車で偉そうで失礼だ。

だから、どうしようもなく可愛くない。

 

どうしようもなく可愛い妹の小町を見ると、ずっと前から俺の方を見ているように思えた。

 

その目は、意思を伝えるわけではなく、俺の意思を伺おうとしている、そんな目だった。

 

 




UAが凄いのは嬉しいんですがもうプレッシャーが半端なくて。

感想お待ちしております! 貰えないと怖くて書けない!


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それにしても材木座義輝はチョロすぎる

皆様お気に入り登録や感想、評価いただきましてありがとうございます。
遅筆で申し訳ないですが、よろしくおねがいします。


ここはカラオケルーム。

間違いなくカラオケルームだ。

 

なんでここに俺と材木座と高坂の3人が!?

 

それは我が妹、世界で一番可愛い比企谷小町がコナン君のような口調で、

「あれれ~? こんなところに今日限定の学生フリータイムクーポンが~!? 高坂さんカラオケ好きですか~?」

などと見え透いたセリフを言ってけしかけ、

「超好き~、いこいこ~!」

と高坂が言った途端に目配せ。

 

「今日は用事があるんだ、今度絶対行こうね~」

と由比ヶ浜が無難に辞退。

 

「実は小町も今日は駄目なんです、でもクーポンが勿体無いと思って。次は絶対行きましょうね桐乃さん」

などと若干やりすぎ気味に目をうるませた。

 

雪ノ下は、

「カラオケはあまり得意ではなくて。3人で行くといいわ、そのアニソン? とか遠慮なく歌えるわよ」

とたどたどしいながらも無理のない流れを作っていた。

 

「八幡、そういえば我の歌声を知らぬままだったな」

 

材木座が考えるような素振りで言うが、考えるまでもなく知らないし知らないままで一向に構わないんだけど?

高坂はどう思ってるのかと見やると、腕を組んで眉を釣り上げている。よく見るポーズだな。

 

「し、仕方ないわね、そこまで言うならアニソン縛りカラオケに行ってあげるわよ」

 

誰もそこまで言ってないんだが。しかしこいつツンデレがえらい似合うな。ちょっと可愛いと思ってしまったぞ。

 

 

「し、仕方ないなあ。特撮ソングはアリですか?」

 

材木座、おまえはツンデレするな。気持ち悪い。

 

まあ、そんなわけで高坂と俺と材木座の3人でカラオケにやってきたのだ。まさかこんな日がこようとは……。

 

高坂はカラオケに慣れているのだろう、入室してすぐに何やら端末をちゃっちゃといじると、ログインを行ってアバターを呼び出した。その後も流れるように設定をしている。ライブ会場で歌ってるように音が反響したり、歓声が上がるようになるらしい。

材木座も手慣れた様子でスマホと連動させていた。そういうアプリがあるらしい。

 

真のぼっちである俺は、とりあえずドリンクバーに向かう。

カラオケに慣れていないということを初めて恥ずかしいと思ってしまい、気にしていないふりをするための戦術的エスケープである。

オタク仲間というカテゴリーで括られてしまうと尚更ぼっち感が増してしまう、どうも俺です。

 

どどめ色のオリジナル炭酸カクテルを作成して部屋に戻ってくると、すでに歌声がドアから漏れていた。

 

「めーるめるめる、めるめるめー!」

「めるめー!」

「めーるめるめる、めるめるめ!」

「はい! はい! はい! はい!」

 

そこにはスタンドマイクを前に、星くず☆うぃっちメルルのOPを熱唱している高坂と、どこから持ってきたのかビームサーベルのようなものを2刀流させて完璧なヲタ芸をかましている材木座がいた。どちらも似合いすぎている。

 

入り口のドアからは奥にモニターとスタンドマイク、両脇に3人くらいが座れそうなソファー席があり、真ん中はテーブルだ。

右側の中ほどに座り、ドリンクをちゅうちゅうさせながら、うりゃほいうりゃほいとうるさい材木座の脇から高坂を見る。

 

妙に完成度の高い振り付けだ。どんだけメルルが好きなんだこいつは。

歌も上手い。そして、その、笑顔もいい。さすが読モだな……。

 

歌い終わると、当然とばかりに決めポーズ。

カラオケ機器の機能も拍手を喝采させ、タンバリンで最高潮に盛り上げる材木座。

 

「拍手」

 

最高の笑顔をみせていた高坂は、俺を軽くにらみながら、拍手を要求した。

慌てて拍手をすると、苦しゅうないとばかりに頷いた。

 

「いやー、きりりん氏、完璧ですなー!」

「ふふーん、それほどでもあるけど」

 

確かにそれほどでもあるが、少しは謙虚さを見せた方がモテると思うぞ。まぁ十分にモテるのだろうけどね?

それにしても材木座がキモい。あんまり俺達が持ち上げると、高坂がオタサーの姫みたいになっちゃうからやめてね?

すでに曲は入れてあったのか、高坂と入れ替わりに材木座がマイクスタンドの前に。

よく知った勇者シリーズの曲だ。

 

「ディバイディーング、ドライバァ―――――!!」

 

なぜかわからんがやたら上手い。歌はそうでもないんだが、妙にしっくりくる。前世でガオガイガーのパイロットだったんじゃないかと思うくらいだ。

高坂もやんややんやと盛り上げていたが、ちらちらと俺の方を睨む。なんだよ……。

クエスチョンマークを出していると、高坂はチッと舌打ちしてテーブルを回り込み、俺の隣に座った。ち、近い。

選曲用の端末をなぜか俺に押し付けながら、身体も俺に近づけて……耳を引っ張る。痛えよ。材木座の歌を邪魔しないように耳元で喋ろうとしてるのか、結構優しいとこあるんだな。

 

「次はあんたの番でしょ、さっさと入れなさいよ。あたしが入れられないじゃない」

 

うーむ、どうやら暗黙の了解というやつか。

カラオケは順番に歌うものらしい。そういうの誰か教えてよね?

しかし2人が上手すぎて気が引ける。

そもそもカラオケほとんどしたことないし。

とりあえず、これか。

送信すると、モニターの上部に受け付けた曲名が表示される。

 

「あっ、そうきたか、いいじゃん」

 

褒められたよ。

 

「が~お~が~い~ガァ!」

 

材木座が余韻たっぷりに歌い終わる。

高坂は俺の隣から移動を始める。向かいの前の席に戻るのだろう。

二人はマイクスタンドで歌っていたが、俺は座ったままでいい。

テーブルの上にあったマイクを取る。

モニターを見ようとすると、マイクスタンドの前に立っている高坂が、手招きしている。どういうことだ?

 

「さっさと来なさいよ。あんたどっち?」

「は?」

「だから、あんたが選ばない方を歌ってあげるって言ってんの」

「え?」

「いいからさっさと来いっつの!」

 

要領を得ない俺に苛立ちながら、高坂は俺の手首を掴んで立たせ、マイクスタンドの前に立たせた。

すぐ隣に高坂が陣取る。

 

「もう曲が始まっちゃうじゃん、あたしが黒でいいわね?」

「え、あ、そういうこと?」

 

散々っぱら聴いたイントロが流れ、俺達はデュエットを始めた。

当然、断然、ふたりはプリキュアのOPである。

まさかプリキュアを女の子と二人でデュエットすることになるとは。

 

初っ端から高坂は歌詞ではなく俺の方を見ながらきっちり合わせてハモってきた。

俺が白キュアを歌い、高坂が黒キュアを歌う。

 

――やべえ、楽しい。

親父がスナックに行く意味がようやく理解できた。あんなババアと酒飲んで歌う場所の何が楽しいのかと思っていたが、女性とデュエットするというのはどうやら何やら楽しいのだ。

 

歌い終わると、高坂は当然とばかりに手を上げ、誘われるままにハイタッチ。ボーリングでストライクが入ったときに小町としたことがあるが、そのときよりも嬉しいかもしれない。

 

次は高坂の番なので、俺だけが席に戻ると、名曲が流れ始めた。

体全体でリズムをとっており、歌い出しも完璧だ。

 

「八幡、だ、誰だ、あの娘」

 

材木座は見事な歌声に見惚れているようだったが、驚愕しながらも身を乗り出して俺に声をかけてきた。

言うしか無いのか、お約束ってやつを。

俺は高坂の邪魔をしないようテーブル越しに、右手を添えて言う。

 

「ご存じないのですか? 彼女こそ超時空シンデレラ、高坂桐乃です」

 

高坂は見事な振り付けで、「キラッ☆」をやってのけた。

 

「八幡、我、我、ヤックデカルチャー」

「あ、ああ」

 

デカルチャーかどうかは兎も角、高坂は完全にランカ・リーだった。

しばらく歌って踊る高坂をじっと見つめていた材木座は、やおらスマホをいじり始めると次の曲を入れた。

あ、こ、こいつ……。

 

星間飛行が終わると、すかさず材木座は高坂に声を掛ける。

 

「あ、その、きりりん氏、我はその~シェリル・ノームを歌う故」

 

もじもじしながら勇気を出してデュエットを誘う材木座。キモい。

しかしながら俺と高坂がプリキュアを歌っているのを見ていて羨ましくなったのだとすると何も言えん。俺もキモかったに違いない。

 

「あ、ライオン? いいよ、ランカ歌うね~」

 

高坂? 無理しなくていいのよ? なんか俺のときより態度が優しくない? そんなに生き残りたいの?

ライオンを二人で歌ってる絵面はなかなかにレアだった。というかアイドルとそのイベントに参加したキモオタにしか見えん。

材木座がもう目も当てられないくらいにデレデレしている。全くデュエットしただけでそんな顔になるとはチョロいな。チョロ木座だな。

おっと、俺も曲を入れないといけなかったんだ。サヨナラノツバサとかどうかしらん? 俺もシェリル・ノームになれるかしらん?

 

俺と材木座のデュエット合戦はそう長くは続かず、高坂はうまいこと俺たちにリクエストを入れるようになり、俺は一所懸命にメイドさんロックンロールを歌ったりした。高坂のセンスはヤバイ。

だがしかし、俺のリクエストで歌っただがしかしのOPは、完成度が高すぎて本人かと思うほどだった。マジシュガーフィーリング。

 

カラオケのフリータイムは15時から20時までの5時間であったため時間はたっぷりあったが、高坂は夕ご飯は家族で一緒に食べる決まりだと言って途中で帰ろうとしたので、俺と材木座も退室することにした。

クーポンを持っている高坂が代表して支払いをしたので、自分の分のお金を少し多めに渡していると、思わず言葉が口をついて出た。

 

「なあ、今度は3人じゃなくて」

 

そこまで言って止まる。俺は何を……。

 

「ああ、そうだね。今度はあたしの友達も誘ってみんなでこよっか!」

 

上機嫌に笑う高坂を見て、そうだなと首肯する。

 

自宅へと向かうすっかり暗くなった道で自転車を漕ぎながら、なんで俺は高坂と2人でカラオケに行きたいなどと思ったのか考える。

 

チョロ木座がキモいからだな。そうに決まっている。

 

 

 

 




意外と八幡もチョロかったですね。違いますかね?いや、実際そうなると思うよ?
オタサーの姫っぽいのは黒猫さんの方なんですが、桐乃もそりゃげんしけんに入ったらモテまくるでしょうよ。
そんなわけでカラオケしてるだけの小説でスミマセン・・・。


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なぜか五更瑠璃は浮足立っている

お気に入りが1400を超えまして、いやーびっくりです。
お手柔らかに!


「久しぶりに連絡してきたと思ったら、新しい彼氏の紹介とは恐れ入ったわ」

「は、はあ!? 違うから、彼氏とかじゃなくて、友達よ友達」

「どうかしら。ねえ、あなた。ああ、失礼。私のことは黒猫と呼んで頂戴」

 

高坂の友達と聞いていた、ゴスロリファッションを妙に着こなした長い黒髪の少女は初っ端からキャラクターの強さを発揮していた。いくら秋葉原だって、こんなバンドリの黒いボーカルみたいな格好してたら目立ってしょうがないだろう。ロゼリアにすべてをかける覚悟があるのかな?

 

カラオケに行った週の土曜日、俺は高坂から友人を紹介したいと言われて秋葉原のメイド喫茶までやってきていた。

彼女は先に待っていたため、後からやってきた俺と高坂が向かい合って座った。高坂の前に彼女がいて、高坂の隣に俺がいる。なんとなく俺と高坂の方が身内感が出ちゃってるのが気になりますね……。

この店は彼女たちにとっては常連であるらしく、ウェイトレスとは気心の知れた挨拶を交わしていた。

 

とりあえず、黒猫と自称する彼女に自己紹介をせねばならない。

 

「ああ、俺は……」

「彼のことはHACHIMANって呼んで」

 

普通に名乗ろうとしたら高坂が邪魔してきた。ええ……なんかイヤなんですけど……。本名なのに本名じゃないっていうか、なんか特殊な才能がありそうな感じがしちゃうというか……。確かに彼女が黒猫なんて呼び名であれば合わせるのがマナーなのかもしれんけど。でもこいつらは何故か、あんたとかあなたとか呼び合っている。喧嘩でもしているのかしらん。

なんにせよご機嫌がよろしいようには見えない黒猫に会釈する。

 

「よろしく」

「目が死んでいるけれど、アンデッドなのかしら」

「聖水をかけられたことがないからわからんな」

 

黒猫はさすが高坂の友人というだけのことはあって、なかなかに初対面とは思えないコミニュケーションだったが俺は雪ノ下という知り合いがいるのでそれほど困惑しなかった。目が腐っているとか死んでいるとか言われて慣れてるしな。慣れるって悲しいね?

 

「で、彼氏でもない友達が出来たからという理由でわざわざ呼び出したのかしら?」

 

 

どうも兄貴との恋人関係の影響があって最近連絡を取れていなかったのだが、俺を紹介するということをダシにして会う約束をしたらしい。

 

「いや、まあ、なんつーの? なんとなく二人だけで会いにくいっつーか」

 

高坂は罪悪感と照れくささが混ざったような顔で、頬をかいたり目線を泳がせたりしていた。

 

「それはあなたが私の元彼を奪っておいてフッたからかしら?」

「ちょ!? あんたそういう言い方はないっしょ!?」

 

元彼?

高坂の兄貴が?

 

「あら、事実じゃないかしら。大体、私達が別れたのもあなたが泣いてお願いしたからだけれど?」

「な、泣いてないし!? あんた自分から別れたんじゃん!」

「あなたが素直じゃないからよ」

 

待て、待て。

兄貴と黒猫が付き合ってて、別れてくれってお願いして、別れた兄貴と付き合って、それで友達だってのか?

わけがわからん。

事実だとしたら、俺がいるからという理由で会える高坂の気が知れない。

まあ高坂のことは未だによくわからんけど。

 

「HACHIMANには説明しているのかしら」

 

童顔の雪ノ下みたいな少女にHACHIMANって言われるの抵抗ありすぎるんだけど、これも慣れるんでしょうか?

ヒキタニだのヒッキーだのも慣れたから慣れるか。

 

「京介……兄貴と付き合ってたことは知ってる」

「そう……実の兄と禁断の道を歩むことを選んだ罪深き者。わかりやすく言えば近親相姦クソビッチだと知っていてお友達になってくれるなんて優しい人ね。あなたが惚れるのもわかるわ」

「あんた喧嘩売ってるワケ!?」

 

高坂はやおら立ち上がり、座ったままの黒猫を上から睨む。

しかし、この黒猫とやら。高坂みたいな導火線だらけの爆弾によくこれだけ火を用意して近づけるものだ。逆に言えば相当の関係性なのだろう。親友と呼べる間柄に違いない。俺と戸塚のような……おっとそれは伴侶だったな。

 

「なあ、ちょっと聞いてもいいか?」

「なにかしら?」

 

どちらにともなくセリフを吐いたが、対面にいた黒猫が反応した。

 

「高坂の兄貴と交際していたのに、高坂と兄貴をくっつけたってんなら、どうかしているのは誰なんだ?」

「フッ……許されざる交配によってキメラを生み出そうとしてしまったことを責めているのかしら。勘のいい男は嫌いよ」

 

なぜか悦に入っている。どうやらこいつもまともじゃあないようだ。

どこの錬金術師なんですかねえ。

 

「こ、交配って……」

「あら、さすがにちゃんとコンドームは使っていたかしら」

「ちょっ!? してない! してないから!」

 

思わず雪ノ下のようにこめかみを抑える。

周囲を見渡すがそれほど近くに客はおらず、注目を浴びていることはなさそうだった。

高坂といると常に周囲を気にすることになるな。

メイドのウェイトレスさんが俺に、大変ですねと同情するように微笑んでいた。

だが、兄貴とはどうやらそういったことをしてないことを知って少し安心した気持ちもある。

可愛い妹がいる身としては、見たこともない高坂の兄貴に対してなんともいえない感情を持っていたが、どうやら超えちゃいけない線は超えていなかったようだ。

 

「あんた、なんか今日やけに突っかかってくるじゃない」

「そうかしら」

「兄貴とは、正直あんたが付き合ってやって欲しいって思ってるんだケド」

「へえ……自分は新しい男が出来たから譲ってくれるの。ずいぶんとお優しいことね」

「だから違うっての!?」

 

黒猫というだけあってキャットファイトがお好きなようだ。どうもこいつらは本気で喧嘩しているのではなくじゃれあっているだけみたいだがな。黒猫という女、あまり表情が豊かではないが、どうにも楽しそうに見える。おそらくなんだかんだで高坂のことが好きなのだろう。

極めて冷静であるかのように、ゆったりと紅茶を啜ったりしてはいるが、表情や仕草でわかる。本当に猫なら耳や尻尾が動いただろうと思う。

 

高坂もいつもどおりプンスカしているがやはり楽しそうだ。セリフに怒りの感情が無いからな。

 

普段から喧嘩している間柄の親友同士が事情があって連絡をとっておらず、久々に会ったらやっぱり喧嘩になったという流れが、関係性が変わっていないということが嬉しいのだろう。

 

ぼっちの俺からすると眩しい限りだ。思う存分ゆるゆりしたらいい。

 

「何ニヤニヤしてんのよ、キモッ」

 

高坂が横から目を眇めながら吐き捨てた。やられっぱなしだからって矛先を向けないでくれませんかね……。

 

「安心なさいHACHIMAN。彼女のキモッはよく京介にも言っていたセリフで翻訳すると素直に言えないけど大好きって意味だから」

「ちょ―――!? あんたそんな風に翻訳してたの!?」

「あら、大好きじゃなくて愛してるだったかしら」

「誤訳! 誤訳にもほどがある!」

 

高坂はすっかり顔が真っ赤だ。恥ずかしいのかテンションが上ってるのか頭に血が上ってんのか。おそらく全部だな。

 

「あたしは、あんたなら、その、京介を譲ってもいいって言ってんの」

「それはそれは。嬉しいわ、元々私の彼氏だけれど」

 

ドロドロの三角関係だな。その割にはこいつらは妙に仲良く見える。本当の親友ってのはそういうものなんですかね。俺にはいないからよくわからないね?

 

「まあ、ベルフェゴールの手に落ちるのは彼にとって惨劇と呼べる結末だわ。だから、その、譲り受けてあげようかしら」

「うっわー!? あんたってばいつの間にツンデレになったの! まあでもそのとおり。アイツには絶対あげない」

「誰がツンデレよ。でも珍しく利害が一致したわね」

「不甲斐ない兄貴をよろしく」

 

何を言っているのかよく分からないが、何やら休戦協定が結ばれたらしい。意味ありげに笑い合っている。まあよかったよ、延々と喧嘩されててもな。

俺は砂糖とミルクをたっぷり入れたコーヒーを飲んでから、気になっていることを聞いた。

 

「ちょっと訊いてもいいか? 高坂の兄貴と黒猫が付き合っていた?」

「ええ」

「彼氏を妹に譲ったってのか?」

「そうよ」

「だとしてもだ、兄貴はこんなに可愛い彼女がいたってのになんでまた別れて実の妹と付き合うことになるんだ?」

 

俺は理解出来なさすぎて、本気で質問していた。高坂よりも可愛い妹がいる俺ですら理解できん。

仮に一色あたりが、

「せんぱ~い、小町ちゃんと付き合ってくださいよ~」

って猫なで声で頼んできたとて、おうそうするかとはならない。なるわけがない。

 

「かわ……」

「ちょ、さり気なくアプローチすんな!」

 

二人とも俺の質問には答えてくれなかった。

黒猫は恥ずかしそうにうつむき、高坂は不機嫌そうに睨んできた。

なに? 可愛い彼女って言い方がまずかったの?

 

「いや、そういう意味ではなくてだな……。俺の好みの話じゃなくてな? 要するにちゃんとした誰に対しても自慢できるような容姿の女性って意味だ。一般的に、客観的にだ」

 

極めて納得できる冷静な理屈を伝えているつもりだったが、黒猫はますます顔を赤らめて両手で頬を隠していた。

なんでだよ。

 

「ふ~ん。要はあんたもこの黒いのと付き合えたら嬉しいな~とか思ってるってことね」

「なんでそうなる……」

 

高坂もますます機嫌を悪くしていた。俺の話ちゃんと聞いてた?

 

「じゃあ、あんたがこいつから告白されたらどうすんの。付き合う?」

 

馬鹿げた過程の話だ。

そんな都合のいい展開になるのはラノベ主人公くらいのものだ。

しかしここではぐらかしても話が前に進まないのだろう。

 

「そりゃ、付き合うだろ。断るやつの気が知れねえよ」

「ふーん。こんな真夏に暑苦しい格好する厨ニ病のひねくれもののどこがいいのやら」

 

高坂は親友に対しても毒舌が酷い。

黒猫はといえばボロクソに言われているのに、それに関しては全くのノーリアクションで、ますます顔を下に向けていた。怒ってもいいと思うよ?

 

「で、あんたの可愛い小町ちゃんが別れてって言っても別れないってことね」

「そりゃ、そうだろ。小町のお願いなら大概のことは聞く俺でもそれはないと思うぞ。兄貴、京介って言うのか? そいつが変わってるんだ」

「なにそれ、あたしがこの黒いのに比べて女としての魅力が低いっての?」

「いや、そうは言ってないだろ。妹じゃなきゃ話は別だ」

 

俺は空になったコーヒーカップを振りながら言った。

催促と捉えたのか、メイドさんがおかわりを淹れに来てくれる。

星野と書かれたネームプレートを少し揺らしながら、コーヒーポットを傾けているところを見ていたら、高坂はメイドさんがいるにも関わらず、妙なことを言い出した。

 

「じゃあ、あんたは、あたしとこいつ、同時に告白されたらどうすんのよ」

「は、はあ?」

 

このメイドさんがいる間くらいは黙れないの?

こんな会話を聞かせて、恥ずかしくないの?

 

コーヒーを淹れ終えた星野さんはにっこりとスマイルしながら、ぺこりと会釈して去っていく。

バックヤードでネタにされないといいなあ……。

俺が黙っているのを答えに窮していると捉えたのか、助け舟を出してくれるのだろう、黒猫が苛ついている高坂に口を開いた。

 

「嫉妬はみっともないからおやめなさい」

 

助け舟じゃなかった。

なんでそう喧嘩を売るんですかね。

さっき仲直りしたじゃないですかー、やだー。

 

「はあ?! 嫉妬? 誰が!?」

「あなたに決まっているでしょう? 可愛いって言われたことがなかったのね、可哀想に。私が言ってあげるわ、可愛いわよ、桐乃」

「もー、あったまきた! 勝負よ、勝負!」

 

無駄に龍と虎を背負った2人は、腕組みをしながら睨み合った。

俺は砂糖とミルクを入れないコーヒーを飲み、苦さで顔をしかめることしか出来なかった。

 

 

 




どうでもいい作者の情報~

八幡は由比ヶ浜とくっついて欲しいよ派
京介は黒猫と結婚したらいいよ派
です。

俺の妹がこんなに可愛いわけがないポータブルが続くわけがないのエンディングの中でも黒猫が一番幸せだもんね。京介と黒猫の間に生まれた子供を可愛がる桐乃が可愛い。

俺ガイルのゲームだと、平塚先生エンドが好きだけどw

で、個人的に好きなキャラは、いろはすとあやせです。

好きなキャラの出番が多いとは限らないんだなあ・・・。


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そうして秋葉原では勝負が行われる

このシリーズは本当に感想をいっぱいいただけるので嬉しくて嬉しくて。
誠にありがとうございます。


なんでこんなものがあるんですかね……。

 

俺の手には、バラエティ番組などでよく見る○と✕の書かれた札が握られている。

メイド喫茶ではこのアイテムを使ったゲームがあるのか、高坂が借りてきたのだ。

 

なぜかはわからないが、話の流れで高坂と黒猫は対決をすることになり、俺が審判ということに。

しかもそれは可愛さ対決などという不可思議な競技で、俺が可愛いと思ったら○を上げる。すると1点が加点される。

逆に可愛くねえー! っと感じたら×で、1点が減点。

今から秋葉原を回遊し、帰る時点での点数にて勝敗が決まるということだ。

 

この審判をすることによるメリットがあるとはとても思えない。

どうやったって恨まれるだけでは……?

しかし初めて会ったゴスロリ美少女を勝たせても仕方がないわけで、そうなれば高坂を機嫌よくさせたほうが今後のためだろう。

 

俺が支払いをしている間に2人は店を出る。この店を出たら勝負が始まるのだ、高坂の勝利が確定した勝負が。

 

悪いな、黒猫。

 

2階のメイド喫茶から階段を降りながら先に外で待っていた黒猫に心の中で詫びた。

黒猫は何やら俺の方に近づいてきた。

日差しを防ぐつばの広い黒いレースのいっぱいついた帽子を被っており、そのつばを俺に当たるかというところまで顔を寄せて、手を口に当てていた。内緒話があるのだろう。少しかがむようにして顔を近づける。

黒猫は帽子で高坂の視線を遮ってから、俺に囁いた。

 

「変なことに巻き込んでしまって本当にごめんなさい。正直なところ、久しぶりに彼女に会っていつもの調子ではしゃいでいるだけなのよ。どちらが可愛いかなんて考えるまでもなく彼女に決まっているのだから私なんかに遠慮なんかしないで頂戴」

 

そう言って、ほんのりと微笑む。長いまつげが柔らかく動くのを見ていたら、目の下にある泣きぼくろに気づいた。

 

「ちょっ、何もう○を上げてんのよ!?」

 

高坂が怒号を上げた。

その声で気づく。完全に無意識だったが、確かに俺は○の札を握った右手を上げている。

 

「はっ、いつの間に」

「いつの間にじゃないわよ、がっちり○を上げてるじゃん!? あんた、あたしに隠れて何やったの!?」

 

そう言って高坂は黒猫に詰め寄った。まぁ、なんだかわからないうちに1点発生したので納得いかないのだろう。

しかし本当のことを言うわけにもいかん。

黒猫は高坂のためを思って俺にアドバイスをしてくれただけなのだ。

なんと友達思いのイイやつなのだろう。高坂には勿体無いくらい良い子に違いない。

俺は黒猫をかばうように高坂との間に体を差し込む。

 

「黒猫は何もしていない。ちょっと笑顔が眩しすぎただけだ」

 

俺がぶっきらぼうにそう言うと、高坂はふ~んと苛立たしげに睨んできた。可愛くねえなあ。×上げてもいいのよ?

 

黒猫は○のついた札を上げたままでいる俺の間抜けな顔を見ながら、

 

「あなたもばかね……」

 

などとつぶやいて、目をそらした。頬が赤らんでる。

 

「あー!? また、○を上げ直したー!?」

「うおっ、いつの間に?」

「あんた、わざとやってんでしょ!?」

「可愛いんだからしょうがねえだろ……」

 

勝負が始まって1分そこらで、俺と高坂がにらみ合う展開になってしまった。

思い通りにならねえもんだなあ……。

黒猫は自分の容姿を卑下したが、なかなかどうして大したものだ。

確かに高坂は読者モデルだから、垢抜けているし華がある。派手だがそれがばっちり似合っているオシャレな女の子かもしれん。

しかし実際に男子高校生が好むのは黒猫の方なんじゃないかと思うくらい、見た目は悪くない。

 

困ったな、俺は自分で思っているよりも打算的じゃない素直な人間だったのかもしれませんね?

 

「まぁ、あたしくらい完全無欠の美少女からしたら2点くらい丁度いいハンデだけど」

 

にやりと笑いながら、いかにもモデルといった風情の小憎らしい立ち姿でポーズを決めた。

思わず、俺は左手を上げる。

 

「ちょっ!? なんで今のがマイナスなのよ!」

「今のお前の言動で可愛いと思うやつは、お前の兄貴くらいのもんじゃねえの?」

 

げんなりしつつ言うと、黒猫が横から、

 

「いえ、今のは京介だったらやっぱこいつ可愛くねえー! って絶叫すると思うわ」

 

そう言いながら、ふふ、と。

とても愉快そうに笑った。

こいつ、本当に高坂とその兄貴のことが好きなんだろうな。

左手を下げて、右手を上げる。

 

「HACHIMAN、どうして○を上げているのかしら」

「そりゃあその、可愛いから、だろ。京介ってやつが羨ましいね」

 

俯いた黒猫はつばの広い帽子に隠れて表情が読み取れないが、赤くなっていることは間違いないだろう。

 

その様子を見て、高坂はチッと舌打ち。

当然俺は×の札を上げる。

 

「はあああ!?」

「いや、いくら俺がひねくれ者でも舌打ちが可愛いって思うほどひねくれてないんだけど?」

 

そう言うとこれ以上反論してもマイナス点を稼ぐだけだと気づいたのか、口をつぐんだ。

黙ったまま、親指をくいくいと動かして移動を促している。完全に「表に出ろ」って感じのジェスチャーだが、左手を上げるのは勘弁してやることにする。

 

万世橋までやってきたところで、高坂がいかにも今から本番だと言わんばかりに、

 

「さて、これから本領発揮といきますか」

 

などと言って、アキレス腱を伸ばしたり、首を回したりしている。運動と勘違いしてない? カワイイはスポーツなの?

 

ちなみにすでに結構な点数の差がついてるからね? 仕切り直し感出してるけど。

とはいえ、この高坂桐乃が本気でカワイイアピールをしてくるというのは興味がある……。

きらっ☆だけで材木座をデカルチャーさせてしまうポテンシャルはあるからな。

少し期待をしつつ、3人で秋葉原をてくてくと歩いていると、高坂がゲームショップの前で止まった。

 

何やら、右腕を差し出しつつ手のひらを上に向けてにっこりと笑っている。

 

地獄に落ちそうな人を助けようとしているのかな? 我々には見えないものが見えているのかもしれん。

それとも突如ネオ・ヴェネツィアのウンディーネになったのかな。お手をどうぞとでも言うのかしらん。

 

実際のところ何をしているのかと思いつつ首をひねりながら近寄ると、ゲームショップに貼ってあるポスターと同じ格好をしているのだとわかり、正面に回った。

 

「え、何やってんの……?」

「何って、べっかんこう立ちに決まってるじゃん! 激萌えでしょ!?」

 

ポスターは、オーガストというレーベルの新作ゲームだった。うん、18禁というマークが付いているね。

 

「いや、お前、エロゲーのポスターの前で女子高生がエロゲーのヒロインと同じ格好をするとか、いくら秋葉原でもどうかと思うよ?」

「カワイイっしょ!?」

「いや、引いちゃって無理だわ」

「はあああ!?」

 

可愛くないわけではないから✕は上げないけどな。

 

俺たちのやり取りを黒猫は静かに眺めていた。他人のふりをしないなんて良いやつだな、マジで。

ありえない、誰がどう見たってカワイイのに、などとぶつくさ文句を言いつつ、不機嫌な態度を隠すこともなく歩いている高坂の後ろを黒猫と付いていく。

 

あれは一緒にいると恥ずかしすぎる状況だったが、写真かなんかで見れば可愛かったのだろうな。撮っておけばよかったね?

引いたと言いつつも先程の光景を脳内で何度か再生していると、またしても高坂が立ち止まる。

本屋の前みたいだな。新入荷のアイテムが記載されているボードを見ていた。

今度こそ俺の右手を上げるときが来るのか?

 

「あーっ! ぼるぜの若おかみは小学生本出てるじゃん! 双子キター!?」

 

多くは語るまい。

俺と黒猫は他人のふりをして店の前を通過した。左手を上げることすら拒否したいね。

高坂が待ってよーと慌てて駆け寄ってくるのを待たずに早歩きしていると、黒猫が立ち止まった。

まさかエロ同人を買おうとしたりはしないだろうな……。

 

黒猫は無言でガチャポンの前で膝を折って腰を落とした。

シュタインズ・ゲートという作品でうーぱというキャラクターがガチャポンの景品になっているものを再現したもののようだ。

ゲームの中でもキーポイントとなるアイテムだったな。

 

「あー、確かにあんたって鳳凰院凶真とか好きそうよねー」

 

後ろからやってきた高坂が、黒猫をそう評した。そうなのか?

別に黒猫は突然機関からの電話に出たりしないし、突然左腕を抑えて苦しんだりもしていないけどな。

 

「とぅ」

 

黒猫は何やら口をとがらせている。

なんだ?

俺も腰を落として、隣に座る。

 

「とぅ」

「とぅ?」

 

何を言いたいのか。

じわじわと耳を寄せた。

 

「トゥットゥルー♪」

 

……。

まゆしぃだよ、まゆしぃがいるよ。

 

「あっはっはっは! トゥットゥルーって! あっはっはっは! でも似てるー!」

 

高坂が笑い転げ、黒猫は真下を向いていた。

つばの広い帽子が尚更、まゆり感があった。黒いまゆりだ。

 

「あははは! ってなんで○上げてんの!?」

「いや、そりゃしょうがないだろ。俺だってラボメンなんだよ。ルカ子とか好きなんだよ」

 

ラボメンが好きというよりラボメンになっていると言い切れる程度にはファンであると言えよう。

むしろ戸塚が本当に女になっちゃう世界線に移動しているまである。

 

「ルカ子じゃないし! まゆしぃだし!?」

「声とか似すぎなんだよ」

 

本当のまゆしぃと違って恥ずかしそうに言うところがまた良い。

しかし、トゥットゥルーって言うのは本当に恥ずかしいと思うぞ。なんで? そんなに勝ちたいの? おとなしそうな顔をしているが実は負けず嫌いなのかしらん。

 

その後、暫くの間勝負は行われたが膠着状態に陥り、大きな点数の変動はなく終わった。

高坂はなんやかんや可愛くないわけではないのだが、何かと残念なため○を上げることはなく終了した。

決して俺がヒネデレだからでも何でもなく、誰がやってもそうなってたんじゃないかと思います……。

それにしてもこの勝負、戸塚が参戦してきたら○を上げっぱなしになりそうで怖いぜ。

 

駅で解散する流れになり、圧勝した黒猫がそれなりに勝ち名乗りを上げて颯爽と立ち去るのを憮然と見送った高坂だったが、一緒に総武線に向かうエスカレーターに乗っていると一つ下の段から俺を見上げながら、話しかけてきた。

 

「あのさ、あたし黒猫と会うの久しぶりで……なんかぎくしゃくしたらどうしようって不安でさ。元々あたし達ってちょくちょく喧嘩してて。そんなときにいつも間を取り持ってくれたのも兄貴なんだよね」

 

俺は黙って聞いていた。

総武線のホームに並んで立ち、黄色い電車を待つ間も高坂は一生懸命に言葉を紡ぐ。

 

「兄貴が、京介が居ない状況でも黒猫と、親友と仲良く出来るかなって……でもあんたがいればって思って。だからね……変なことに巻き込んじゃってごめん。だけど楽しかった。あんがとね」

 

ばかやろう。

もうメイド喫茶には返してしまったから○の札を俺は持ってねえっての。遅すぎるだろ。

しかし上げてしまった右手はその意味を求め、そのまま高坂の頭の上に乗せて撫でた。これはあれだ、あくまでお兄ちゃんスキルが自動発動してしまっただけで、他意はない。

意外にも黙って撫でられていた。やはりこいつも妹だということなのだろう。

 

電車に乗り込むと、空いている椅子にささっと座り、スマホをいじりだした高坂を見て思った。

 

他所の妹がこんなに可愛いわけがないってな。

 

 

 




声優ネタ多くてごめんね!

ちなみにこの黒猫が中二病っぽい言動が少ないのは、まだそこまで八幡に気を許してないからです。大人になっちゃったわけじゃないからご安心を(?)


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いつになく奉仕部は賑わっている

エンゲージプリンセスの俺妹コラボ最高でしたね!
「めておいんぱくと」の桐乃のイラスト可愛すぎですよ!
シナリオでは黒猫が良かったですね~。

でも、今回の話は奉仕部メインです。


ふぁ~、む。

俺はあくびを噛み殺した。

 

今日も今日とて奉仕部は平常運転だ。

天気は良くも悪くもなく、暑くもなければ寒くもない。

 

雪ノ下は本を、由比ヶ浜は雑誌を開き、なぜか奉仕部の部室に入り込んでいる一色は小町となにやら話していた。

聞き耳を立てるのも何なので、文庫本を眺めるものの頁をめくるのは遅かった。

 

悪くはないが、けだるい。

 

そのけだるさを打破するようにノックの音が響く。

 

「どうぞ」

 

雪ノ下が本を閉じながら入室を許可すると、扉を開けたのは最近良く見る顔だった。

 

「なんだ、こ……」

 

てっきり俺に会いに来ただけだと思って話しかけると、俺の方はちらりとも見ずにすたすたと通り過ぎた。

右から左に移動していく高坂を見ながら、「こ」の口のまま固まる。

 

「人生相談、あるんだけど」

「奉仕部への依頼ということね。何かしら」

 

ちょっと? この状態でのスルーは恥ずかしすぎるんだけど?

 

「先輩、先輩に用じゃなかったみたいですね?」

 

一色、スルーされるより確認されるほうが恥ずかしいことはわかったから、黙っていてくれる?

奉仕部に用事があるんじゃなくて友達の俺に会いに来たと思い込んでたという、ぼっちなら尚更恥ずかしい状況ですよ。

 

「これは私の友達の話なんだけど」

 

おい高坂、それは絶対自分の話のときの前置きだぞ。

しかし今のこの状況では俺が発言できる気がしないので黙っておく。

 

「久しぶりに会った女友達が連れてきた男友達にカワイイカワイイ言われまくっちゃったんだけど、どう思う?」

 

――確かに、それは君の友達の話かもしれないね?

 

「それはまた随分と軽薄な男ね」

 

ぱさりと髪を払いながら雪ノ下が言ったセリフからは軽く蔑んだ感じが伝わってくる。彼は軽薄なんかじゃないよ? そういう勝負だったのよ?

擁護したい気持ちをぐっと抑えて、様子を見る。

 

「それがそれほどナンパっていうわけじゃないから尚更どうかってことなの」

 

高坂はいつもの不遜な態度を少しだけ和らげて、4人の女子に問いかけていた。

 

「つまり、その男が容姿を褒めちぎることが恋慕なのかどうなのか、ということかしら?」

「そう! そういうこと!」

 

ちょっと? 俺の目の前で俺の恋バナするのやめてくれる? 恥死するよ?

しかし、ここで席を外すのもな……。

 

「小町は兄からはよく言われますが、兄妹なので」

 

ノーカンですよね、という意味であっけらかんと笑っているが、小町以外の4人はここへ来て初めて視線が俺の方へ。わぁ、冷たい。

温かいお茶でも啜りましょうね……わぁ、ぬるい。

 

「私も、そんなことを言うのは姉くらいだわ」

 

ふう、とため息をつく雪ノ下。可愛いと言われることを思い出しているとは思えない表情だ。

 

「んー、私はあんまり異性からカワイイなんて言われないからよくわかんないな……あはは……」

 

そう言いつつ、お団子頭をくしくしと触る由比ヶ浜。意外だな。

 

「そうですねえ、じゃあ、先輩に今言ってもらってもいいですか?」

「は?」

 

突然、一色が手を合わせながら良いことを思いついたというような顔でこちらを見る。

 

「言われてみればわかる気がするんですよね~。あ、由比ヶ浜先輩にもお願いします」

「え、ええ? んー、でも、依頼のため、だもんね。ヒッキー、お願い」

 

一色と由比ヶ浜の視線が容赦なく俺に刺さる。助けを求めて小町を見てもニマニマと状況を楽しんでいるだけだ。

藁にもすがる思いで雪ノ下を見るが、姿勢を正して目を閉じていた。

 

「俺は軽薄な男じゃないのでそういうのはちょっと」

「は? あんた言いまくってたじゃん」

 

高坂があっさりと言った。言ってしまった。

こいつは隠す気があるのかないのか?

 

「あら、いつの間に比企谷君は高坂さんに可愛いを連発するようになったのかしら」

「ち、違~う!? あたしじゃなくて、友達の話!」

「そうだったわね」

 

ああ、雪ノ下はやっぱりあの前置きを友達じゃなくて自分の話だと認識したんだな。

それで今の話から男が俺だと思ったと。

いや、俺が高坂にカワイイを連発するわけないだろ。ユキペディアさん、修正が必要ですよ?

 

「それで、なんだかんだで奉仕部の依頼については妙に真面目に取り組む比企谷君の一色さんと由比ヶ浜さんへの愛の告白はまだかしら?」

「あ、愛の告白!?」

「ん~、正直葉山先輩じゃないのは不本意ですが、どうしてもというなら嫌じゃないので問題ないです」

 

ちょっと? 好き勝手言いすぎじゃない?

 

「そもそもお前らが高坂の友達の気持ちを理解する必要ないんじゃねーの。高坂が聞きたいのはカワイイを連発された友達の気持ちじゃなくて、言った男の方のことなんじゃねーのか」

 

俺が頬杖を付きながら言うと、一色はつまらなそうに口をとがらせた。

 

「あ~、まーた正論で逃げてるよ、すみませんね、いろは先輩。兄がつまんない人間で」

 

小町が何か言っているがキニシナイ!

この場合、依頼者がそうだと言えばそうなんだからな。俺の意見に賛同してくれるであろう高坂の表情を伺う。

 

「うっさい、あんたには聞いてないっつーの」

 

依頼者は取り付く島もなかった。なんでよ。

 

「まぁ、比企谷君は女性を自然に褒めるなんてこととは無縁だものね」

「そうですねー、これだけ可愛い子達に囲まれているのに、さっぱりですからね。ヘタレです」

「でもお兄ちゃんは、小町と戸塚さんには言いまくってますけどね」

「あ、あはは……」

 

言いたい放題言われて黙ってみているしかない俺です。

 

「ま~、小町ちゃんはあたしから見てもカワイイカワイイ妹だからわかるケド。戸塚さんって誰?」

 

さすが妹好きだな、小町の魅力がわかってしまうのか。いや、むしろさすがなのは小町だろう。伊達に世界の妹と呼ばれているわけじゃないぜ。その小町は高坂にカワイイと言われたことについては特に反応せず、質問に答えようとする。

 

「ああ、戸塚さんはですね、カワイイ男の子です」

「え”!」

 

目を見開く高坂に由比ヶ浜がぽんと肩に手を置く。

 

「彩ちゃんは確かにカワイイから……」

 

高坂以外の4人は一様にため息をついた。そして高坂は顎をさすって、

 

「あ、え、あ~。そうか~、そういう人だったか~。うん、わかった」

「ちょっと? 何がわかっちゃったの?」

 

ぼっちはわかってもらえないことには慣れてても、変に理解されるのは慣れてないのよ?

 

「大丈夫、あたしは色々な愛の形があることを知ってるから」

「待て、待ってくれ」

 

なぜだろう、戸塚と愛し合うことを認められたのにとてつもなくマズイ気がする。

特に高坂の知っている色々な愛の形の一つに数えられるのが怖い。

 

「あー、お兄ちゃんが戸塚さんを好きなのはもうわかっていたことではあるんですが、どこか本当は違う気がしてたんですよね~。ついに本気で考えるときが来ちゃったか~」

 

そう言って両手の上に顎を乗せ、遠くを見る小町。

妹が兄のことを思ってくれるのは嬉しいのだが、正直ごめんね?

 

「私はLGBTにきちんと理解を示しているから全く驚かないし、今までと同じように接するから安心していいわよ、比企谷君」

 

雪ノ下は珍しいくらい邪気のない笑顔を見せた。

 

「なんでこういうときだけ優しいんですかね……?」

 

おそらく雪ノ下は全部わかっているのだろう。

 

 

「でも先輩はなんだかんだで女の子のことを、そういう目で見てると思うんですよ~」

 

そして、この一色もある意味わかっているのだろう……。そういう目で見てたのバレてたの?

 

「そ、そうかな? ヒッキーは彩ちゃんのこと本当に好きだし……」

 

由比ヶ浜はなんというかいい子過ぎて心配だね。

 

「え~、先輩は気づけば由比ヶ浜先輩の胸を見てますよ~」

「そうよね。あたしもそう思う」

 

一色と高坂が同時に俺を睨む。

やべえ、組んじゃいけない2人が組んでしまった。モストデンジャラスコンビだ。

 

「えっ!? ヒ、ヒッキー……」

 

顔を赤らめて胸を隠すような仕草を見せる由比ヶ浜だが、かえって強調しちゃってるんだよなあ……。

 

「ほら~!? 今、凄い目で見てますよ~?」

「はっ、キモ」

 

お前らの方がよっぽど凄い目で俺を見てるんだけど?

大体、今のは仕方がないだろ。

 

「ふふふ……比企谷君は男も大好きだし、妹も大好きだし、巨乳も大好きなのよね……」

「ひえっ!? なんかこの人、あやせに似てる!?」

 

ダークに笑う雪ノ下を見て高坂が恐れおののいた。あやせって誰なの?

ちなみに俺はもうとっくに雪ノ下を恐れている。まな板怖い。

 

「とりあえず、女の子に興味がないわけではないということはよ~くわかった」

 

高坂に蔑まれるのももう慣れたな……。

こいつはデフォルトで人を睨んでる気がするね。

 

「だけれど、妹とか男の人にしか容姿を褒めることは出来ないと言ったところかしら」

「黙って見てるだけってことですね。先輩はむっつりすけべのヘタレです」

「あー。いろは先輩、兄を一言で的確に表現してますね~。小町的にはポイント微妙ですけど」

「ヒッキー……」

 

視線が痛い……。

由比ヶ浜だけが侮蔑ではなく、恥じらうような表情だった。一人だけが優しくしてくれると好きになっちゃうからやめろ。蔑んでください。

 

「と、言うことよ。高坂さん」

 

腕を組んでしたり顔をする雪ノ下。

 

「ん~?」

 

腕を組んで思案顔をする高坂。

なんなの? 君たちは腕を組むことで威厳や風格を更に出したいの? それとも控えめな胸を強調したいの? 高坂はそこまで小さくないけど?

一色がぽんと手を打つ。

 

「つまり、先輩はヘタレだから、本当にそういう気があったら褒めたりしない、ってことですよね?」

「そういうことよ一色さん。まぁ高坂さんの言っている男が比企谷君のような特殊な人とは限らないけれど」

 

なんかこの2人、怖い……。お釈迦様が孫悟空を手のひらでもてあそぶように、男を手玉に取ってる感じ。まぁ専業主夫志望の俺は甘んじて手玉に取られてあげてもいいけどね。

 

「ふ、ふ~ん。なるほどね~」

 

高坂は得心したのか、腕を組んだまま頷いた。

由比ヶ浜も心なしか安心したように見える。

 

「人生相談は解決したようだし、高坂さんもお茶を飲んでいったらどうかしら」

「あ、そうですね、小町が淹れますよ~」

 

なんか解決したみたいね?

もう誰も俺の方なんか見ずに、放課後ティータイムに興じている。

 

奉仕部の依頼に対して、一切なんにも出来なかったが、自身の力不足を嘆くことはなかった。

 

そんなことより、むっつりすけべのヘタレだと思われていることをどうしたらいいかを考えていた。

奉仕部に相談してみようかしらん……。

 

 




この奉仕部にオリ主で登場したらカワイイ連発してメロメロにしてやんよって感じでしたが、いかがだったでしょうか。
感想お待ちしております。


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気づいたら比企谷八幡は泣かされている

6話より7話の方がUAが多いという不思議な現象が。

ちなみに6話は「それにしても材木座義輝はチョロすぎる」で
7話は「なぜか五更瑠璃は浮足立っている」なんですね。

やっぱ黒猫って人気あるね!

そんなわけで今回も登場です。


待ちに待ったゴールデンウィーク。

何をするかって、何もしないをするんだよ。

 

GWをがんばらないウィークと称した広告を俺は強く称賛したい。

そんな意気込みを表明する俺に妹は、いつものように素敵なうんざり顔で言ったものだ。

 

「あ~、ごみいちゃんウィークか~」

 

流石、小町。

いともたやすくキャッチコピーを作ってしまうとは。

是非とも電通に入って俺を養って欲しい。勝ったな、ガハハ。

 

だらりとしていると、スマホにメッセージが着信した。

おや、目の前に小町がいるのに誰が連絡してくるというのだろうね。戸塚かな? 連絡先を交換していないのに連絡してくるとか天使かな?

 

メッセージを見ると、一言だけ書かれていた。

 

今すぐ来い

 

送り主は高坂桐乃。

ふー。

なんと傍若無人なのだろう。思わずため息が出るね。

そして速やかに外出の準備を始めてしまう自分が恨めしい。

 

「あれ、どうしたの、どっか行くの」

「今すぐ来いって言われたんでな」

「ん~。桐乃さんか」

「よくわかったな」

「まあね。そんな連絡してくるの、雪乃先輩のお姉さんか桐乃さんくらいだし。満更でもなさそうだからね」

 

俺が満更でもない顔をしているとかナニソレコワイ。

なんで休みなのに呼び出されて満更でもなく行っちゃうの俺? 生まれながらの社畜なの?

早く俺を甘やかしにやって来てよ、仙狐さん……。

 

「桐乃さんね……。彼氏と別れたばかりで傷心のうちにYOU捕まえちゃいなよ」

「ちょっと? 俺を誰かと勘違いしてない? どっちかって言うとジャニーズより、ボビーがナレーションするYOUの方がまだ親近感あるよ?」

「お兄ちゃんは何しにこの世へ?」

「さあな……それを探すために生まれてきたのかもな」

 

妹の適当ないじりを適当にいなしつつ支度を終わらせる。

今すぐ来いと言われた以上、すぐに行かないとな。

高坂の家は自転車で3、40分といったところだ。

 

はー、はー、はー。

 

いやー、全力で自転車を漕いでしまったね。

ひーめ、ひめー、ひめー、と歌っていたから早く着けたと思うっショ。

 

しかし後輩の女の子の家に入るとか初めてなんだけど。

そもそも他人の家に行くこと自体慣れてないってのに。

 

ぴんぽーん♪

 

自転車を降りて、ドアホンを押してから緊張が増す。

やべー、どきどきするなー。

お兄さんが出てきちゃったらどうしよう。

川崎大志が我が家に小町を訪ねてきたらと思うと……あれ、俺は死ぬのかな?

 

「どちらさまですか」

 

インターフォンから聞こえる声は高坂でも兄貴でもなさそうだ。

 

「ええっと、高坂さんの……」

「ああ、どうぞ入って頂戴」

 

お母さんにしては若い声だったが……初めての家で知らない女の人が相手って、ぼっちにはハードルが高すぎるんですけど……。

 

「おじゃましま~す」

 

うわー、あんまり言ったことないなこのセリフ。

玄関で靴を脱いでいると、意外な人物が出迎えた。

 

「待っていたわ、邪神の下僕、生贄の運命に抗うことが出来ない哀れな子羊よ。こちらに来て頂戴」

 

この前知り合った高坂の友人、黒猫だった。全く知らない相手ではなくて一安心。

黒猫が着ているゴスロリの服はよれよれで、なにやらとても疲れているように見える。

それにしても俺の身にこれから何が起こるの? 俺を墓地に送ってブラック・マジシャン・ガールでも召喚するの?

スリッパを履いて玄関の右の扉をくぐるとリビングになっていた。

そこにはA4サイズの紙がこれでもかとカーペットの上に敷き詰められていた。

しかも、どんだけ翼を授けられたんだっていうくらい、エナジードリンクの空き缶が積み上がっている。

 

これは……どうみても修羅場!

ちぃ知ってる、こみっくぱーてぃーで見た!

 

「今、桐乃が表紙をカラーコピーしているから。それが届いたら、ここにある紙を製本して頂戴。どうしてもオフセの締切が間に合わなかったの。私は、もう、限界だから、ふふ、暫しのお別れよ」

 

そう言って、こてんとソファーに倒れるとすやすやと寝息を立て始めた。

いつから寝てないんだ、こいつ……。

どうしたものかと後頭部をぼりぼりと掻く。どうやら他に住人はいない様子で、タオルケットを借りることもままならない。

まぁ、この暑苦しい服なら風邪を引くようなことはないだろうが、こうも無防備にされるとどうもな。

しかし普段は目が閉じがちだが、大きな目をしてるなあ。睫毛も長え……。

 

「何やってんのよ、この変態!」

「うわっ!」

 

いつの間に帰ってきたのか、振り返ると鬼の形相で俺を睨む高坂が立っていた。

 

「何もしてねえよ。黒猫が寝ちゃってな」

「フン、口ほどにもないっつーの、3徹程度で」

 

こいつらそんなに寝てないのかよ。

 

「俺を呼んだのは、なんとか原稿を書き終わってコピーしたものを製本するためか」

「そう。察しがいいじゃん」

 

話しながら、高坂はカラーコピーされた表紙にモノクロの両面印刷された紙をホチキスで留め、見本誌を作っていた。この状態に仕上げればいいんだな。

 

「了解。お前も寝ていいぞ」

「は? 流石にあたしと黒猫が寝ててあんただけにやらせるなんて無理でしょ」

「心配しなくても寝込みを襲ったりしないぞ」

「そ、そんな心配してるわけじゃないし!」

「はいはい、むっつりすけべのヘタレだから手を出す勇気もありませんよと」

 

会話をしつつも手を動かす。

一体何部作るんだこれ。どうやら1冊は26頁みたいだが……。ネットプリントとかあるご時世にコピーで26頁って。どんだけギリギリまで書いてたんだ……。

 

「もっと早く呼べばいいだろ」

「へ? いや原稿を書くのはあたし達でやんないと意味ないし」

「そうかもしれんがな、なんかしらお前らの睡眠時間を少しは用意してやれるかもしれんだろ」

「ま、まぁそうね。次は考えとく……。寝るのはともかく、ちょっとシャワー浴びてくる。あんたに覗く勇気もないだろうし、多分、臭いし」

 

くんくんと腋を嗅ぎながら、退室していった。多分、臭くないけどな。

 

黙々と手を動かす。

しかし、この同人誌、結構凄いんじゃないの?

この手のものに詳しいわけじゃないが、素人感丸出しっていう感じじゃない。

黒猫は普通に漫画として完成度が高い。マスケラの2次創作だな。

きりりん……小説とイラストでラノベのようなスタイル。元ケータイ小説家が書いたメルルのSSか……。

読みてえな。

 

1冊分を横に並べて置いて、読みながら作業ができるようにする。

 

ふむふむ。

ほう……。

黒猫は癖は強いが、アクションの描写も良くて格好いい。

 

高坂の方は、読むのに少し時間がかかりそうだな。

文体はやたらに読みやすい。

擬音が多くて描写が単調ではあるが……。

やっべえ、面白い。

熱中しすぎて、手が遅くなってしまいそうだ。

いかんいかん、ちゃんとやらないと……ってこれいつまでにやればいいんだろうな。

 

……。

…………。

 

「あー、さっぱりしたー、覗きに来なかったむっつりすけべはちゃんとやってるか……って、あんた、なんで泣いてんの!?」

「これが……涙……?」

「ええ!? 綾波みたいになってんじゃん!? どしたの!?」

「いや、お前のSS読んだだけだけど」

「えっ、えっ!? 感動で泣いてんの!? マジで!?」

「いやー、メルルが、メルルがなー。ううう」

「そっかー! にひひ、あんたもなかなかわかってんじゃん。ここ? この辺?」

 

気を良くしたのか高坂は俺が読んでいる隣にやってきて、自分の書いた文章を指さし始めた。

ボディーソープなのかシャンプーなのか、風呂上がりの匂いがふわっと鼻孔をくすぐる。

 

「それともこっち?」

 

近い、近い、っていうか当たってる!

Tシャツだけしか着ていないであろう高坂の肩が俺の肩にぶつかる。

ドライヤーをかけたばかりの温かい髪の毛が、さらりと俺の腕を撫でる。

 

「どこよ~?」

 

そう言って俺の顔を見る高坂の瞳。

徹夜が続いているとは思えない、洗顔したてのぷるぷるの肌。

一切化粧なんてしていなくても完璧に綺麗な顔。

その大きな瞳は、俺が見つめているとだんだんと近づいてくる。

おい、まさか……。

視線を外すことが出来ない。

彼女の瞳の中に、俺が映っている……。

 

「あなた達、私が眠っている間に何をしているのかしら?」

 

ばっ!

 

黒猫の声を聞いて、反発する磁石のように俺達は離れた。

 

「い、い、いつから見てたのよっ」

「そうね、HACHIMANが桐乃の髪をクンカクンカしてたあたりかしら」

「あっ、あたしの髪をクンカクンカ!?」

「そんなこと俺はして……いや、すまん、してた」

「なあっ!? こんのむっつりすけべ!」

 

げしっと素足で肩を蹴られる。

Tシャツの下からはなまめかしく、白い太腿が覗いた。

 

「お、おい、見えるぞ?」

「はあ!? ちゃんとショートパンツ履いてるっつーの! このスケベ!」

 

げしげしと4発繰り出されるキックを黙って食らう俺。

確かにショートパンツを履いているようですね?

 

「はあ、あまり私の前でイチャイチャするのは止めてくれるかしら」

「してねえよ!?」「してないから!?」

「息ぴったりじゃない……いいから製本をしましょう、間に合わなくなるわ」

 

チッと舌打ちをしながら、あぐらをかいて製本を始める高坂。

ショートパンツを履いてるとわかっていても、Tシャツの中に視線が行ってしまうんだよなあ……。

 

「ところで、これいつまでにやんなきゃいけないの?」

「とりあえず今から宅配便の集荷が来るまでにできるだけ製本。出来なかった分はあんたが明日イベントまで持ち込み」

「ええ、俺、明日のことなんか聞いてないんだけど……」

「あなた、相変わらず非道いわね」

 

集荷が来た時点でダンボール2箱まで出来ていたが、明日のイベントとやらは強制参加が決定した。

 

 




一応、次回は同人誌即売会の予定です。


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当然のごとく槇島沙織はその場にいる

翌日。

朝早くから同人誌即売会に来るように言われてサークルの番号の書いてあるところに着いたが、高坂も黒猫も居やしねえ。

 

結局集荷に間に合わなかった同人誌は俺が持ってこなくても、高坂の友達が車で運んでくれることになった。しかし、いわゆる店番みたいなことはすることになったわけなんだが……。

初めてやってきた俺が勝手もわからずにやれるものなのかしらん?

 

困惑しきりだが、冷静に考えたら何かしら連絡があるよな。

案の定、スマホにはメッセージが来ていた。

ぼっちだからスマホに連絡が来ることに慣れていないんだ……。そういえば最近平塚先生の無茶振り来ないな。べ、別に寂しいとか思ってないんだからね?

 

きりりん氏の伝言は、そこにいる友だちによろしく伝えてあるから、言うこと聞けば無問題(モーマンタイ)とのこと。

きょろきょろと周りを見渡すと、とんでもないやつから手を振られた。

 

 

「やあ、これはこれは噂のHACHIMAN氏ではござらんか?」

「あ、ああ。噂になってるかどうかは知らないけどな」

「やはり! 拙者の目に狂いはなかったでござるよ」

 

こいつは……古い!

なんというか材木座もいかにもなオタクだが、そのオタク感を更に10年くらい古くしたような奴だ!

しかもデカい!

女だよな? 胸があるし。しかもデカいし。

胸もデカいが、背がデカい。180cm以上あるような女性を俺はほとんど見たことがない。

更にぐるぐる眼鏡ってのも始めて見た。

あれだよ勉三さんの掛けてるやつだよ。眼鏡を外したら(3 3)(こんな)になるやつだ。

 

チェックのネルシャツをブルージーンズにINして、背中にビームサーベルを背負って秋葉原に出没して、拙者だのござるだのと言うオタクだって? 電車男くらいの時代に絶滅したんじゃないのかよ。少なくとも俺はこみっくぱーてぃー以来見てないと思うよ……? 20年前のコミケから時を越えてやってきた可能性まである。

こいつが高坂のお友だちですか。

 

「あの~、きりりん氏のご友人?」

「左様。拙者はきりりん氏の友人、というよりも親友でござる。おっと名乗るのが遅れましたな。私はかつて、沙織・バジーナと呼ばれた女だ!」

「いやそれ逆だから。シャア・アズナブルと呼ばれてたからクワトロ・バジーナだから。今なんて呼ばれてるんだよ」

「おお! やはり京介氏並みのツッコミ! 流石でござる!」

 

京介氏……?

聞き覚えがあるな。確か……

 

「それって、きりりん氏の兄貴のことか」

 

確か高坂京介だったような。

しかしお互いにきりりん氏って呼ぶのもう恥ずかしくて嫌なんだけど。こいつと同類の古参オタクみたいに思われちゃう! 葉鍵板で東鳩のAAとか書き込んじゃう! はわわ!

 

「左様でござる。京介氏はそれはもうツッコミまくっておりましたな。きりりん氏にも、黒猫氏や拙者にも」

 

ほーん。

まぁ、こいつは普通にツッコミ入れるしかないようなやつだが。

しかし、この声のトーンの優しさ。

こいつは……

 

「なあ。きりりん氏も黒猫もその京介ってやつが好きみたいだけど。ひょっとしてあんたも好きだったのか」

「せ、拙者でござるか!? ん~、もちろん好き、なのですが、お二人とはちょっと違うでござる。きりりん氏や黒猫氏と同じように友達だと思ってるでござるよ」

 

そうか、友情だったか。

男女の友情ってのもあるんだな。俺はわからないが……ってそもそも俺は普通の友情も知らないわけだが。

 

しかし良かった。

京介氏が超モテモテ野郎じゃなくて。

周りに魅力的な女の子がいっぱいいて、その女の子達が軒並み好意を寄せているみたいなやつは許せん。

ましてやモテてる自覚がないようなやつは尚更だ。

 

「そうか。初対面で突っ込みすぎたこと聞いて悪かったな」

「いいのでござるよ、HACHIMAN氏。正直、拙者は嬉しいのでござる」

「? なにがだ」

「兄妹で愛し合うことを選んだきりりん氏を拙者は応援してはいたものの、やっぱりこうなってしまったことでどうしていいやらと。ところがHACHIMAN氏という男が出来たと聞いたので安心していたのでござる」

「ちょっと? どういう意味?」

「ああ、まだ付き合ってないとは聞いておりますが。黒猫氏曰く時間の問題とのこと。なれば、きりりん氏をよろしく頼みまする」

 

そう言って、ぺこりと頭を下げる沙織・バジーナ。

黒猫……勝手なことを言いやがって。

正直、頼まれても困るんだがなあ……。

ぼりぼりと後頭部を掻いていると、やにわに周囲がざわつきはじめた。

 

「おっと、そろそろ開場5分前でござるな。見本誌の提出はしておいたので、周りのサークルの挨拶だけはしておくでござる」

「あ、ああ」

 

ってどうすりゃいいんだよ。

まごまごしていたら、周囲の方から挨拶に来てくれたので、適当に済ませた。

どうやらお互いの同人誌を交換しあうものらしい。

メルルとマスケラの合体サークルとかいう不思議なジャンルのため、周りもカオスっている。

詳細はよくわからんが、タナトス・エロスの本はこっそりカバンに入れた。表紙の時点でわかる。これは良いものだ。

 

しばらくすると、開場のアナウンスが流れ、そこに間髪を入れず怒涛の拍手が起こった。アナウンス全然聞こえないんだけど? これは聞かなくていいの?

 

さぁ、始まった。

と意気込んでみたものの、辺りは閑散としている。

やる気が空回りしているような気がして、気恥ずかしい。

俺は何をしてればいいんだ。

 

「始まりましたな、HACHIMAN氏」

「そんな感じがしないんだがな」

「ははは、開始直後はみんな大手サークルに並んだり忙しいですから。我々が忙しくなってくるのは少し経ってからでござるよ。その頃にはきりりん氏や黒猫氏もやってくるでござろう」

 

ほーん。

なるほどね。

言ってしまえば、朝10時開店の定食屋みたいなものか。開店している以上客は来るが、定食屋が混むのはランチタイムになってから。それまでの店番というのが俺の役割ってことだ。

あいつらは未だに寝不足だろうからな、少しでも寝かせてやれるのなら構わないけどな。

 

「しかし、HACHIMAN氏も流石というところでござる」

「なにがだよ」

「よく知りもしない厄介な頼まれごとをやってしまうところでござる。詳しくはわからないがきりりん氏に頼まれたから断れなかったというところでござろう。京介氏にそっくりでござるよ」

「そりゃ、兄貴だったら妹のために何でもするんじゃねえの」

「ははは、HACHIMAN氏もお兄ちゃんでござったか。しかし、それならなおのこと。妹でもないきりりん氏のためにどうしてそこまでするのでござろう」

 

む。

ぐるぐるメガネは少しも透過していないが、口がω(こんなふう)になっているので表情はわかる。

しかしこの、嬉しそうなにゅふ顔に反論する言葉が用意出来ない。

 

「見てもいいですか?」

 

丁度いいところに、訪問者がやってきた。

特に見本誌などとは書かれていない薄い本を持って、中肉中背の特に特徴のないギャルゲーの主人公のようなやつが俺の答えを待っている。

これって見てもいいのか?

勝手がわからず、沙織・バジーナに表情で伺う俺。

 

「どうぞどうぞ、是非ご覧くだされ」

 

その声を聞くと彼は巨大なぐるぐる眼鏡をかけた女に驚くこともなく、立ち読みを始めた。

 

「HACHIMAN氏、楽しいでござるなあ。やっぱり同人誌は目の前で読まれてこそでござる」

 

確かに、自分たちで作った本を目の前で読んでるってのは何やら感慨深いものがある。

ましてや自分が一生懸命描いたものであれば、尚更だろう。

 

高坂も俺が読んだときにどこが良かったか、訊いてきたもんな。

彼女のサークルにもぽつぽつと来客が現れ始めた。

2時間ほどするとペーパーなどというコピーされた紙を持った黒猫がやってきてようやく交代。どうやら寝てたのではなく何か作っていたようですね。ほんと頑張るなあ、こいつらは。

俺はトイレと昼飯の休憩となった。

 

おいおい、トイレも行列じゃねえか。

空いてるかと思って近寄ってみれば「この男子トイレは、今日は女子トイレです」などとわけのわからない張り紙がされていて女の子が並んでるし。

 

仕方がなく、男子トイレの行列の後ろに並ぶと、先程のセリフが思い出された。

どうして妹でもない高坂にここまでするのか。だったか。

わけのわからないイベントにやってきて、トイレですら行列に並ばなければならないような目に遭っているのか。

 

簡単だ。

奉仕部の依頼だからだ。

今までもずっとそうだった。認めたくはないが、仕事となればそれを達成しようとしてしまう。

 

彼女はオタク友達が欲しいと望んだ。俺がその友達だ。

オタク友達ならば、彼女の同人活動に協力するのは当たり前のことだ。

恐るべきは俺の社畜っぷりよ。それこそジオン軍にでも入れば結構なポストがもらえるんじゃないかね。

 

そんなことを考えて行列に並んでいたが、大と小の列が異なっていることに気づく。

 

どうやら、俺の認識は間違っていた。

 

 




てなわけで、比企谷八幡の初体験でした。まぁ楽しんでるご様子ですが、八幡はルルーシュみたいなコスプレで参加したりしません。そう考えると京介って陽キャだよねー。

ところで年下の男の子に対する沙織・バジーナって、結構いいかも?
槇島沙織だったらもっといいかも?



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どうにもこうにも新垣あやせの目が怖い

沙織の話が感想ゼロだったショックを引きずっておりますが、あやせを書くのは本当に怖いのです。ゲームのシナリオを伏見つかさ先生が自ら書いたのもそれだけ難しいキャラなんだと思うのよね。著者が一番好きな俺妹のキャラであり、この話ではメインヒロインではないということを踏まえつつ、優しく見守っていただけますよう、お願い申し上げます。


同人誌即売会が終わった2日後、まだゴールデンウィークと呼ばれている連休の中。

リビングのソファーに転がりながら、ワイドショーをBGMに文庫本を読んでいるとスマホから変な音がすることに気づいた。

やだなーやだなー怖いな怖いなー。メールやメッセージが届いたときと違ってずっと鳴ってるし、着信音じゃないし……なんだっけな、この音。聞いたことあるような気もするんだが。

恐る恐る液晶画面を見ると……ぎゃあー! 高坂桐乃の文字が! ってなんだ、これは無料通信アプリの着信音だったか。いつもチャットの機能しか使ってないから、本来のビデオ通話のやり方がわかんねえ。何これ、どうやって出ればいいの……。受話器のアイコンをいじっていると、赤い方の受話器が動いて着信音が消えた。

 

よし! やっちまったな!

間髪を入れず、再度着信音が鳴り響く。やっぱそうなるか。

緑の受話器をそーっと押し込む。ううむ、なんて難しいんだ。この操作は。レッスンが必要だろ、何やってんだよ俺のプロデューサーさんは。

 

どうやら応答に成功したらしく、高坂の顔が画面に表示される。うわー、これがビデオ通話か。マジで未来って感じだぜ。何か言う暇も無く、スピーカーから怒号が聞こえた。

 

「あんた、あたしを着拒するとかいい度胸してんじゃん」

「すまん。ビデオ通話が生まれて初めてだから勝手がわからなかった」

「はあ!? いつの時代の人間なのよ」

「いや、時代の問題じゃなくて、かけてくる友達がいないんだよ」

「……ごめん」

「こっちこそなんかごめんね?」

 

謝られても調子が狂う。高坂は怒鳴り散らしてるくらいが丁度いいな。

 

「それで、用件はなんだ」

 

さすがに何の用事もないのに俺に連絡してくることはないだろう。どうでもいい用事ならそれこそチャットで良いはずだ。

 

「ああ、んとね、今回はサークル手伝ってくれてあんがとね」

 

ちょっと恥ずかしそうに、頬を掻きながら言う高坂。素直に感謝してくる……だと……こいつがこんなに可愛いわけがない……。

 

「なによ」

「いや、なんだ、どういたしまして」

 

なんとなく俺も頬を掻いてしまう。気恥ずかしいな。

 

「で、お礼をしたいと思ってんの」

「お礼? 今してくれただろ」

「あんだけしてもらって一言で終わりってわけにはいかないかんね」

 

ほーん。意外と律儀なやつなんだな。

 

「ちょー可愛い女の子2人でデートしてあげる。嬉しいっしょ?」

「なんだ、また黒猫と一緒に遊びに行くって話か」

 

デートなんて言ってるが、結局こいつは黒猫と遊ぶのが好きなのだろう。2人だと素直になれないから俺を巻き込もうっていう魂胆に違いない。

 

「へー。あんたあの黒いののコト、超可愛いって思ってたんだ」

「おっ、お前それはズルいだろ……」

 

ジト目で俺を見るな。腐った目で見つめ返すぞ。腐ったって自分で言っちゃったよ。

 

「ま、いいケドね。今から千葉集合だから」

「わかった」

 

急だなとか、どうせ暇なんでしょ、などという余計なやり取りはしない。以前小町が選んでくれたコーディネートを再現させて、早々に千葉へ向かう。千葉ってのはもちろん千葉駅のことだ。

向かう途中にメッセージが入り、小洒落た喫茶店にいるとの連絡を受けて、すぐに到着した。

連絡を受けてから40分経っていないぜ。なんで俺は勝手にタイムアタックに挑んでしまったのだろうね。

 

喫茶店に入ると、すぐに手を上げている高坂を見つけた。相変わらず派手な格好してるなあ。渋谷や原宿ならともかく、千葉の喫茶店では非常に目立つ。

 

「早いじゃん、どんだけあたしに会いたかったのよ」

「うるせ」

 

そんなわけあるか、と思いつつも他に理由が思いつかないので気の利いたことが言えなかった。ほんと、なんでこんなに早く来ちゃったの? 暇すぎて友達に誘われたら、散歩に連れて行って貰えるとわかった犬のように興奮しちゃったの? やだその可能性も否定できない!

 

「あ、初めまして。私、桐乃の友達の新垣あやせです」

 

高坂の隣に座っていた長い髪の少女は少しだけ腰を上げてぺこりとお辞儀をした。頭をあげると、髪がはらりはらりと横に流れて少しずつ顔が見えていく。

思わず息を呑んだ。超可愛いってのは、大袈裟でも何でもなかったのか。

 

「彼が八幡。比企谷八幡よ」

 

高坂が俺を紹介した。本名で呼ばれることが恥ずかしくて仕方がない。いつの間に俺はHACHIMAN氏って呼ばれるより本名の方が恥ずかしくなってしまったんだ……。

 

「お会いしたかったです、八幡さん」

「あ、ああ。よろしくな、新垣さん」

「こちらが八幡さんと呼んでいるのですから、新垣さんはちょっと。あやせって呼んでください」

 

にっこりと笑う新垣あやせという少女に、どうやら俺は緊張している。何故だ。

 

「あ、あやせ。よろしくな」

「はい、八幡さん」

「はっ。八幡ってばすっかり骨抜きになってやんの。まー、あやせを見たら男なんてみんなこんなもんだけどね。ちょー人気モデルだもん」

「そんなことないよ、桐乃の方が全然人気あるって」

「まー、女性読者からはそうかも知んないけど、男が好きなのはあやせだって」

 

なんか仲良しだね、君達! 容姿を褒め合う美少女2人を見ているのは、悪くない気分だ。しかし、そうか。高坂のモデル友達か。そりゃあ素人離れしてるわけだな……。

高坂が言う男子ウケするという批評も納得だ。高坂は派手でギャルっぽい印象があるから女性ファンが多いのかもしれんが、好みではないという男も多そうだ。

新垣あやせという少女はいかにも正統派の美人というか綺麗で可愛いと言うか清楚でオーソドックスというか、化粧もキツくないし髪型もシンプルに黒のストレートだし、変なネイルアートもしてないし、わけわからないアクセサリーもしてないし、服装もお嬢様みたいなワンピース。なんだこれ非の打ち所がないぞ。子供から大人まで、オタクからヤンキーまで、日本人男性が好きな女の子っていうのはコレだと言い切れるほどの完全美少女だ。この女の子に勝てるとしたら、ウチの妹くらいしかいないんじゃないかしら……。

 

「八幡さん、ドリンクの注文どうしますか?」

「あ、ああ。カフェラテにしようかな」

「すみませーん、店員さん、カフェラテを一つ、お願いします」

 

うわー、気遣いも出来るし、店員への態度も丁寧だし、偉そうに腕組みしたり、突然不機嫌になったりしないし、マジ天使じゃん……まさか本当は男だったりしないだろうな。戸塚に続いて奇跡が2度起きてしまったのか?

 

店員がカフェラテを運んでくると、高坂が席を立った。

 

「ちょっと化粧直してくる」

 

ほーん。本当に化粧を直すのか、本当は便意を催したのかはわからんが、ダイレクトに言わない点についてこいつも女の子らしいとこあるんだななどと感心していると、物凄い圧を感じてあやせの顔を見た。

 

「……八幡さん、ちょっと伺ってもいいでしょうか?」

 

――ぞくり。

なんだ、なんでこんなに恐怖を感じる?

彼女の目からは光が消えて闇のように深い黒へ。声のトーンが下がり、笑みは失われていた。

 

「どうして桐乃に近づいたんです? いえ、桐乃が可愛いからいかがわしいことがしたいというのはわかっています。この汚らわしいハイエナめ!」

 

ちょっと?

どうしたの、この人?

さっきまで天使だと思ってたのに、あっという間に堕天使になってるんだけど?

 

「せっかくお兄さんと別れて綺麗で美しい大好きな桐乃が私だけを見てくれるようになったと思ったのに、なんでこんな目が合うだけで強姦してきそうな変態の魔の手に落ちたのかしら……」

 

言いすぎじゃない? ちょっと目が腐ってるだけだよ? 悪いスライムじゃないよ?

 

「あの」

 

あまりの暴走っぷりにとりあえず落ち着けと、右手を近づけようとした途端、まるでゴブリンに襲われるエルフの如く身を避けた。

 

「やめてください、私にまで手を出そうというんですか、エロゲーみたいに! ひえっ、それ以上近づいたら通報! 通報しますよ!」

 

手を触れた事実すらないのだから裁判になったら彼女の弁護人がナルホド君でも勝てると思うんだが、絶対に通報されたくはない。小町が「いつかやるんじゃないかと思ってました」などと泣きながら報道陣に答える想像をして青ざめる。どうすればいいのやらと、ただ戦慄するだけの俺に、派手な笑顔が近づいてくる。助かった。こんな怖い女と二人で居たらどうにかなってしまう。

 

「あ、どしたの二人ともー。すっかり仲良しってカンジ?」

 

ハンカチをふりふり帰ってきた高坂に、俺は目で助けを乞う。だが、この状況を仲良しに見えてしまう絶望的な状況把握能力ではとてもじゃないが伝わらなかった。

 

「にひひ、まーあやせはホント可愛いからね~。どうせメロメロなんでしょ」

 

俺の顔は赤らめているどころか真っ青だと思うのだが、本気で言っているのか高坂。普段から青ざめているようなものだからわからないのかしらん。

 

「そんなことないよ、八幡さん、絶対桐乃のこと好きだもん」

 

ね? と俺に目を向ける新垣。

 

いや、正直、今どちらを選ぶかって言ったら躊躇なく高坂を選ぶよ俺は……。

しかしそんなことを言ったら確実に殺される。とはいえ、新垣にメロメロだなどとは口が裂けても言えない。カフェラテの泡を無意識に溶いて、せっかくのラテをただのカフェオレにしてしまいながら、お茶を濁す選択肢を選ぶ他なかった。

 

「まぁ、なんだ。あやせもすっごくいい子だよな。高坂はほんといい友達に恵まれてると思う」

 

我ながら無難だ。これなら誰も傷つけることなく、この場を収める事ができるだろう。やったね、八幡。

ところが、高坂は不服そうに唇を尖らせた。

 

「あんた、それはないでしょ」

「な、なにが」

 

安全策を取ったつもりでこのリアクションはさすがに不安になる。微塵もいい子だなんて思ってないけど、精一杯考えた無難な選択肢なのよ? これから突然サーヴァントに襲われてのタイガー道場行きは勘弁して欲しい。

 

「なんであたしを高坂って呼んでんの」

「え? だってきりりん氏って呼ぶのはちょっと恥ずかしんだけど」

 

あやせは黒猫や沙織とはちょっと違うグループの友達だと俺は睨んだわけだが違うのか? 実際、新垣も高坂のことは桐乃と呼んでいるし、高坂もあやせと呼んでいる。ここで俺が高坂をきりりん氏などと呼ぶのは、俺だけがキモオタになった感じになるので非常に避けたいのだが。

 

「違うっつーの。あやせはあやせなんだから、あたしも、その、桐乃って呼んでよ」

 

ああ、なるほど。確かに。なんだ、そういうことか。ちょっと安心して、緊張がほぐれる。

 

「悪かったな桐乃」

「ひひ、今度からは桐乃って呼んでよね」

 

にこぱーと嬉しそうに笑っているところを頬を緩ませながら見ていると、隣の方からゴゴゴゴという擬音が聞こえてきそうなくらいに不穏な空気を出しながら、ビグザムでも発射できないくらいのパワーの目線が俺を射抜いていた。あやせさん? なんで鬼の児嶋でも出せないくらいの威圧感を出せんの!?

 

「ほぉら、やぁっぱり桐乃のこと、好きじゃないですか……狙ってるじゃないですか……」

「待て待て待て、そもそもお前が自分のことをあやせって呼んでくれとか言い出したのが原因だろ」

 

あまりの恐怖に正当防衛を試みると、高坂も有り難いことに援護射撃を開始した。

 

「狙ってないって、あやせ考え過ぎ。こいつはただのオタク友達だし、なんか黒猫のことも可愛いとか言ってたし」

「へぇ~、黒猫さんも狙ってるんですか……ふぅ~ん、意外と見境無しなんですね」

 

高坂さん、ちょっと? 援護射撃のつもりで撃った弾丸が俺に当たってるよ?

それにしてもあやせさん怖い、怖すぎる。

高坂はあやせのダークオーラを軽く吹き飛ばしつつ、

 

「だから狙ってないって。なんなら私と一緒で妹と結婚したいとか思ってるタイプだから」

 

と、あっけらかんと言ってのけた。

そんなこと思ってるのかよ。俺は小町と結婚したいなんて思ってないぞ、養って欲しいだけだ。あいつは一生結婚なんてしなくていい。

 

「へ~、ふ~ん、ほ~う? ますます、どこかのお兄さんとそっくりですね♪」

 

なぜだろうね、美少女が笑いながら可愛く言ってるのに、死の恐怖を感じるのは。子猫に狙われたネズミのような心持ちだ。俺は勇気を奮い立たせて、反論を試みる。

 

「待て待て、一緒にしないでもらえます?」

 

いくら俺がシスコンだとしても、黒猫と付き合ってたのに妹の頼みで別れたり、妹とラブホに行くようなやつと一緒にされたくはない。

 

「じゃあ、桐乃のことはどう思ってるんですか、八幡さん」

 

ぐっ。

どう思ってるって……。

なんだこれ。

どう考えても、なんて答えてもバッドエンド一直線じゃねーか。

 

「まぁまぁ、ほら、八幡はぼっちだったから友達だって言うのも恥ずかしいのよ。勘弁してあげてよ、あやせ」

 

ああ、そうか、友達だと思ってるで良かったのか。それにしても高坂ってこんなに優しいやつだったっけ?

天使に見えるんだけど? 隣に堕天使がいるからそう見えるだけかな?

 

「まぁ、そうでしたか。いかにも友達が居なさそうですもんね、ごめんなさい、気が利かなくて」

「いや、まぁ、うん」

「私とも、お友達になってくださいね、八幡さん」

「あ、ああ、うん」

 

ちらちらと助けを求める目線を高坂に向ける。

た・す・け・て・く・れ

ようやく俺の顔の変化に気づいた高坂は、少し考えるような顔をして、一瞬迷った後、ぱっちーんとウインクをした。

 

 

そ、そうじゃねえよ。

可愛かったけど、そうじゃねえよ……。

 

 




うーん、どうでしょう。なにせ不安ですので、いいぞもっとやれって言って貰えないと続きかけないよぉ・・・ふえぇ・・・


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どちらにせよ一色いろはの登場タイミングは神がかっている

「いいぞ、もっとやれ」のご声援ありがとうございました!
やっていけるよ!


高坂がズココココーと音をたてながら、溶けたバニラアイスとメロンソーダが混ざりあった液体を飲み干すのを見ながら、俺が

 

「じゃあ、そろそろ帰るか」

 

と言うとまるでシンジくんに食って掛かるときのアスカみたいな顔で、

 

「は? いや、今集まったばっかじゃん。なんで帰るわけ」

 

と言いながら人差し指を突きつけられてしまった。眉毛は逆八の字、口は逆三角形。

まぁそりゃ喫茶店でクリームソーダをやっつけるためにわざわざ千葉に来たわけではないだろうが……大体いつも俺って帰宅を提案してたよね。とりあえず帰ろうとする、そいつが俺のやり方。高坂の表情を見てると、今までのリアクションは優しい方だったのだと気づく。一色、おまえって結構優しかったんだね、ありがとな。今思うとお前のほうが可愛げあるわ。

 

俺に対してぷんすこしている高坂を見やりつつ新垣は天使のような微笑みを見せて、

 

「ほら、桐乃。八幡さんはやっぱり忙しい方なんじゃない。ご友人も多いみたいだし」

 

ぐふっ。なんという辛辣極まりない皮肉。絶対わかってて言ってるだろ。雪ノ下の方がまだマシだ。

 

「いや、八幡に友達なんて居ないし、暇に決まってるじゃん。単に引きこもり性質だから家に帰りたがっただけっしょ」

 

ここに第三者が居たら、新垣が優しい人で、高坂はひどいやつに見えるのかもしれん。

しかし現実は高坂が大正解で少しも問題ない。意外と俺のことを理解してくれてるのね、高坂……。そして、今帰りたいことについてはもう一つ強い理由がある。

 

「あ~、そういうことですか」

 

ぽんと手を打って、にっこりとする新垣だがそれが本当のスマイルではないことを俺は知っている。

見た目が良ければいい。そんなの、ウソ、だと、思いませんか?

雪ノ下陽乃という人は奥底に闇を抱えているのがたま~に見え隠れする程度だが、新垣あやせは信号機の青と赤くらいの感覚で闇を見せてくる気がしており、とっても怖いです。アビスに降りるくらい怖いです。助けてナナチ。

 

「今回はお礼なんだから、きっちりお礼されなさいよねっ」

 

お礼をされるときに人はここまで上から目線で命令されることがあるだろうか。いや、ない(反語)

 

「ところでどこに行けばいいかな~。カラオケはもう行ったもんね」

「へ~。桐乃とカラオケに行ったんですか。ふ~ん」

 

やめて、そんな目で見ないで! 石化しちゃう。

っつか何でこいつそんなに高坂の事を思ってるんだ?

ゆるくないゆりなの? いつか君になるの? いっそCitrusなの? そういやCitrusの二人とこいつらって結構似てるな。特に藍原は高坂と似てるな。

 

高坂と新垣が一緒に住んで同じベッドに寝ている妄想をし始めてしまう前に何か考えないと!

俺がなんとかしようと考える必要もなく、藍原、じゃない高坂は人差し指をぴんと立てて、

 

「とりあえず、一緒にプリクラでも撮ろっか」

「ああ、そういえばお兄さんとも撮ってたわね。ケータイ電話に貼ってた――むぐっ」

「その話はいいから」

 

高坂は新垣の口を両手で押さえ、顔を赤くしていた。兄妹でプリクラか。俺も小町と撮って冷蔵庫にでも貼りたいね。戸塚とは結局撮れなかったしな。

 

「ゲーセン行こ、ゲーセン」

 

そう言って、高坂は新垣の手をとって立ち上がる。

伝票を取ろうとすると、先に高坂が人差し指と中指でぴっとつまんで持っていった。年下の女の子に支払わせるのは、ちょっと違和感があるが……そうか、きっちりお礼されないと、だったな。

 

高坂と新垣がショッピングモールに向かうところに付いて行く。離れるとストーカーだと思われて通報されそうだし、近すぎても新垣に通報される。いい感じの距離を保って付いて行くというとってもスリリングなゲームだよ? なにこれ超クソゲー……。

 

ショッピングモールのゲーセンは、ららぽ以来だったか。エスカレーターに乗っているとなんか聞いたことある鬱陶しい声が聞こえた。

 

「っべー。いろはす~、まじ、べー」

「意味わかんないこと言ってないで、ちゃっちゃっと歩いてくださいよ」

 

げっ、戸部と一色じゃねーか。両手に紙袋を持たされている戸部とすぐ後ろに一色。すれ違って登っていくエスカレーターに立っている。

今あいつらに見つかると厄介だ。

 

「あれ、今のヒキタニくんじゃね?」

「えっ、先輩ですか?」

 

逆走するわけにもいかないので、しゃがみこんだ。

 

「あっれ~? べ~?」

「どこにいるんですかっ」

 

キョロキョロしている戸部。自動的に右上に去っていく。助かったぜ。

そしてその後ろにいる、私服の一色。なんつーか、スカート短すぎないか……ってパンツ! 縦縞! 意外じゃない!

登りきったところで、速やかにエスカレーターから離脱。

ふう、助かったぜ……。しかし、思いがけず良いものを見させてもらった……。

 

階段でゲーセンエリアに向かうと、高坂と新垣は太鼓を叩いていた。

 

「おー、ジャパリパークか、なかなか上手いな」

「あ、あんたどこ行ってたのよ」

「八幡さん、私これやったことなくて、代わってください」

「お、おう」

 

つっても俺もそんなに上手いわけじゃないんだが。

高坂は全部パーフェクトだった。ハードモードでも余裕なのだろう。新垣に合わせて難易度を低く設定したものと思われる。

これなら俺でも、出来る、な。

 

「やるじゃん、八幡」

「桐乃もな」

「あったりまえじゃん、にひひ」

 

背後には新垣がいるが、妙なプレッシャーもかかってこないし、邪悪なオーラは鳴りを潜めている。

さすがに自分から代わってと言っておいて怒り出すほど理不尽ではないらしい。

太鼓を叩き終わった俺達は、後ろに並んでいるちびっこ達にバチを渡して、プリクラの方へ向かう。「ねえ、今の姉妹、超可愛くなかった? はう~、お持ち帰り~」などと言っているのは聞こえないふりをした。

 

しかし、今どきのプリクラってデカイよな。ジャック・フロストも話しかけてこないし。大きな垂れ幕にこれでもかと大きく修正された目の派手な女が印刷されている。

 

「じゃあ、最初は私と桐乃で撮りますから、その後、お一人でどうぞ」

 

あれ? おかしいな、理不尽さを感じるね。なんかこういう言い方すると雪ノ下そっくりだな。

 

「あはは、あやせ面白~い。そういうジョーク言えたんだね~」

「あ、うん、そう。最近バラエティにハマってて」

「あやせだったら、バラエティ番組に出ても大人気間違いなしだよ~」

 

絶対ジョークじゃなかっただろ。

数人並んでいるため、3人で最後尾に並ぶ。

前にいるのも3人組だった。ただし全員女子。

 

「もちろん、うちら3人で撮るっつーの」

「だおね~」

「ねえねえ、キスプリしな~い?」

 

キスプリ?

シスプリの親戚かな?

だとすると高坂が好きそうだね。

 

「桐乃、私達もキスプリしてみる?」

「ええっ、さすがに恥ずかしいっしょ」

 

ふむう。恥ずかしいのか。なんだろうね、キスプリ。キスのプリンスさまっの略でもなさそうだね。

それにしても何のことなのかしらん。高坂をぼんやりと見ていると目が合った。するとみるみるうちにゆでダコのように赤くなる。

 

「ええっ、だ、駄目だかんね、八幡。いくらお礼って言ったって、キスなんて、し、しないかんね」

 

キス!?

あ~、キスしながらプリクラ撮るってことか? とんでもねえ発想だな。

しかしこれはマズい、俺がキスプリしたかったみたいに思われちゃってるよ。

とりあえず視線をそらすとそこには高坂とは違う意味で顔を赤くしている新垣と目が合う。にっこり笑いながら首を傾げつつ、スマホをタップ。

 

「通報しますね」

「待て、俺は何もしていない」

 

なんだこいつ、スキあらば通報しようとすんだけど。

 

「キスすることを妄想しただけで十分です、さようなら」

「おいおい、思想の自由は憲法で守られてるぞ」

「ふ~ん、妄想したことは否定しないんですね」

 

語るに落ちるとはまさにこのこと。待てあわてるなこれは孔明の罠だ。

ジャーンジャーンジャーンと鳴り響く脳内のドラとともに現れたのは、妙にもじもじした高坂だった。

 

「へ、へー。妄想したんだ。それってどっちと?」

「いや、そのな。どっちとかじゃなくてね?」

 

ここで新垣と言っても、高坂と言っても新垣は通報するじゃん。事実上選択肢ないじゃん。どう言い訳したものやら困っていると、新垣が身を捩って俺を睨んでいた。

 

「ま、まさか2人共……脳内でいかがわしいことになってるんじゃないでしょうね、エロ同人みたいに! 死ねえっ」

「ま、待ってあやせ。今日はこいつへのお礼だから。ここはあたしに免じて。ね?」

 

高坂は新垣に手をすり合わせ、このとおりとぺこぺこしていた。あれ、俺なんか悪いことしましたっけ? でもなんかゴメンね?

それにしてもなんで新垣はバックステップしたんだよ。まさかハイキックとかしようとしてないよな。本気で死にかねないんだけど?

 

「ほらほら、もう順番だよ」

 

暖簾のように入り口を開けながら、一足先にプリクラブースに入っておいでおいでをする高坂。新垣はすぐにててっと追う。のこのことついて行く俺。

 

「フレームとかどうする、どうする~?」

「桐乃の好きなのでいいよ」

「八幡は?」

「任せる」

「ま、そうだよね。あたしにお任せ~」

 

手慣れた様子で選んでいくのをぽけーっと見る。なんかキャピキャピしてんなあ……。

 

「一枚目、行くよ~。枠の中に入ってね」

 

こいつはプリクラの機種の声だ。

枠の中って、これ3人だと相当狭くないか?

 

「ほら、八幡は真ん中。ちょっと屈んで」

 

言われるがまま中腰になると、肩にそっと手が触れた。そして長い髪も背中やら腕やらに当たる。画面を見ると俺の顔を挟むように2人の顔が。近い、近すぎる。近いなんてもんじゃない、2人の顔がときおり耳に触れる。

 

「あははは! 八幡の腐った目が、ちょーでかくなってんだけどー! ウケるー!」

「ぷっ、ふふふっ」

 

2人は笑っているが、俺はもうガチガチだ。そして心臓はバクバクだ。なにこれ、なにこれ。

 

「八幡、ちょっとは笑ってよ」

 

無理なことを言うね。ここでニチャア……と笑ったら新垣が即、通報しちゃうでしょ?

ひたすら耐えていると3回のシャッターによって撮影は終わった。どっと疲れたぜ……。

ブースから出ると、2人は落書きに夢中となっていた。俺はこっそりと深呼吸したり、素数を数えたりして待つ。

 

「はい、これ八幡のねー」

「おう」

 

受け取ってゲーセンエリアから出つつ、出来上がりをチェックすると、日付だの、☆だの、親友! だのLOVEだのが書かれていた。ちょっと、LOVEの位置がここだと俺と高坂がLOVEみたいじゃないの、はわわ! なんて思ってたら、うっかりプリントシールを取り落としてしまった。休憩用の椅子の近くにひらりと飛んでいったのを追いかけるとそこに座っていた女の子がスマホを隣において、拾い上げてくれた。

 

「あ、ありがとうございます……って縞パン」

「は? あれ? 先輩じゃないですか」

「やめろ、それは見るな」

「そう言われて私が見ないわけないじゃないですか」

 

そうだった、そういうやつだったわ、やだー。

最悪なことにプリクラシールを拾い上げたのは、一色いろはだった。

 

「え、ええ!? この人って確か高坂さんと同じ雑誌のモデルの、ええ!? 一緒にプリクラ? LOVE!?」

 

終わったな。これ、終わったわ。っべーわ。っべー。

 

 

 




原作の、パンツ! ピンク! 意外! が大好きなのでなんとしてもやってみたかった。反省はしていない。


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またしても新垣あやせの瞳からは光が消える

感想をいただいた方ももちろんなのですが、誤字報告していただいてる方にも本当に感謝しております。返信でお礼が出来ないので、ここでさせていただきたく。


「ひょっとして先輩って、異世界転生してるんですか?」

「それだとお前が異世界人ってことになっちゃうけど、そうなの?」

「違いますけど。じゃあなんで先輩なんかがこんな美少女に囲まれてプリクラ撮ってLOVEなんですか。都合が良すぎます」

「お前何気にヒドイからな?」

 

そうは言いつつも一色が言っていることは俺も正しい気がする。

今どき少年誌のラブコメ主人公だって勉強ができるからモテるのであって、何の特技もなくモテる時代は終わったのだ。そして俺は勉強が結構できる。あれ? じゃあモテるな?

 

「実は俺はモテるんだ」

「ええっ!? まさか女の子にですか!?」

「いや、男の子にはモテないだろ」

「モテてるじゃないですか、葉山先輩とか材木座先輩とか戸塚先輩とか」

「おい、葉山にモテてるなんて言っているのはどっかの誰かさんだけだ。あと戸塚が俺を好きっていうのはホントなのか」

「目がマジで怖いです、あと材木座先輩のことはスルーなんですね」

 

休日のショッピングモールの廊下でやいのやいのしていると、多少周囲の目が気になり始めた。

 

「もう、いいから返せよ」

「駄目です」

「なんでだよ」

「雪ノ下先輩と由比ヶ浜先輩に報告します」

「なんで? ねえなんで?」

「なんでもです。それよりさっき縞パンとか言ってませんでしたか」

「それは忘れろ」

 

軽く追いかけ回していると、そこへ二人が駆けつけてきた。

 

「ちょっと、八幡、も~、すぐどっか言っちゃうんだから」

「あら、桐乃。なんか八幡さんは彼女とイチャイチャしてるみたいだけど」

「違う」「違います」

 

俺と一色は見事にハモった。

しかし一色はすぐにハッとして高坂と新垣を交互に見る。

 

「わー、わー、ファンです、握手してください」

「え?」

「ああ、はい」

 

慣れた手付きで手を出す新垣に一色は両手で握手をした。

 

「高坂さんも」

「あたしも?」

 

高坂が手を差し出すと、やはり一色は両手で握手をした。

君たち、学校の先輩後輩で何やってんの。

 

「すっごーい、きれーい、モデル、まじヤバイです」

 

ヤバイのはお前の語彙の方じゃないかしらん。

誰なのよ、紹介しなさいよという高坂の目線を受ける。

 

「いや、あのな。覚えてるかどうか知らんけど、新一年生を迎えるスピーチを行った生徒会長の一色いろはだ」

「え?! ああ、あ~、生徒会長ね! はいはい」

 

こいつ絶対覚えてないし、全然聞いてなかったな。ま、よほどのことがなければ生徒会長なんて覚えてないだろ。城廻めぐり先輩みたいにめぐめぐりんとしてれば覚えてるが。俺の語彙もヤバイな。

 

「総武高校の生徒会長なんて凄いですね」

 

両手を合わせて頬の横に添えながら首を傾げる仕草はまさに完璧。

新垣の猫かぶり力は一色を越えてるかもしれん。

 

「そ、そんなことないですよっ?」

 

左手首に内側につけた腕時計を自分の鎖骨に見せつけてるのかというくらい顎の下で握りこぶしを振ってきゃるるんなポーズを見せるが、なんかクドい。

新垣が天然物のタイだとしたら一色は脂たっぷりの養殖のブリと言ったところか。軽くしゃぶしゃぶして欲しい。

 

「あの、一色……せんぱい? その手に持ってるやつ、返してやってくれませんか」

 

高坂が一応生徒会長相手に礼を逸しないように気をつけつつ、プリクラを返せと言ってくれている。

 

「む」

 

せっかく手に入れたおもちゃを返すのを惜しむ園児のような顔はやめてくれ。

 

「返しますけどー。その私とも撮ってくださいよ」

「え? お前俺とのプリクラ欲しかったの?」

「先輩とのじゃないですよ! お二人との!」

 

しまった、俺がモテモテだと思ってたのはやはり間違いだったのじゃよー。

これはなかなかに恥ずかしい。考えてみれば一色が好きなのは葉山みたいなタイプであり、俺とプリクラを撮りたいなんて思うわけがない。五等分の花嫁の四女あたりなら可能性あったと思う。

 

「ま、まあ。先輩とも撮ってあげます」

「そりゃどうも」

 

年下からの慰めに甘んじる俺。八幡、甘んじるの得意。

いつの間にか立場が逆転しているが、それが本来の立ち位置であろう。べ、別に一色とのプリクラが欲しいわけじゃないんだからねっ? プリ帳作っていっぱい集めたらプリクラパラダイス略してプリパラだとか思ってないんだからね?

 

「いや、なんかそれも微妙じゃん? 四人で撮っちゃおうよ」

 

高坂が無茶を言う。

 

「えっ。それは話が違うというか。なんで四人」

 

一色が真っ当なことを言う。

さっき三人ですらぎゅうぎゅうのぱっつんぱっつんでむぎゅむぎゅだったわけで、四人なんてことになったら新垣に痴漢として通報されちゃう。それでもボクはやってない。

 

「二度手間だし? ほら、さすがに男女二人だけっていうのは?」

 

なんか高坂が言葉を濁すのは珍しい気がするな。何を言いたいのか。

一色はなにやらしたり顔で顎を擦る。

 

「まさかとは思いますけど、高坂さん、私と先輩が二人でプリクラ撮るのイヤなんですか?」

「はあっ!? んなわけないでしょ」

「ですよねー。じゃあ別にいいじゃないですか~?」

「ぐぬぬ」

 

なんだ?

なんでこいつらマウント取り合ってるの?

高坂はやおら指をふりふり、胸を反らして高らかに、

 

「ごめん、今日はあたしが八幡にお礼をしてるの。だから時間無し! さっさと次行くかんね。一色先輩とはまた今度ってことで」

 

と言いつつ、シュタッと左手を縦に上げた。

 

「え~」

 

と不満そうな声を上げた一色だが、プリクラを振りながらニヤニヤと俺を見ていた。絶対ヤバイ。

 

「ちょっ、待て」

「いいから」

 

高坂に襟を掴まれて引きずられる俺。

新垣はこの流れに慣れたものという感じでにこにことついてくる。

次に行くとは言ったものの特に行く場所が決まっていなかったようで、しばらく襟を掴まれたままだった。耳たぶではなくてよかったとカツオに同情していると何か気に入ったものがあったのか高坂が足を止めた。

 

 

「あ~っ、これ、ちょ~~~可愛い~~~」

「ちょっと、ちょっと桐乃」

「あやせもそう思わない? あやせも絶対似合うと思う~」

「えっ、そう? じゃなくて」

 

なんだなんだ、やっぱりこいつら仲いいなあ。

 

「ねえ、八幡もそう思うっしょ?」

 

あー、一応俺にも意見を聞いてくれるのね。

……ってブラジャーじゃねえか!

ご丁寧に胸のところにあてがって見せてくれてますよ、大変良くお似合いですね!

 

返事をする前に俺はゆっくりと新垣の顔に視線を動かす。ひいっ、ダークなオーラちからが見える! バイストン・ウェルを覗けそう!

でも俺は悪くないよな?

そう思って祈るように新垣を見ていると、

 

「ねえ、桐乃。ひょっとして……お兄さんにもこういうことしてるの?」

「へ? こういうことって?」

「下着の意見を聞くことよ。男性の欲望に満ちた意見を」

「……あ」

 

あ、じゃねーよ。ちなみに俺は小町にブラジャーについての意見を聞かれたことはない。

 

「……あるのね」

「ない! ないない!」

「じゃあお兄さんにも無いのに、八幡さんには聞いたのね?」

「ぎゃー! 違うの、あやせと三人だから加奈子のつもりでうっかり聞いちゃっただけ! 男だと思ってなかったの!」

 

それを聞くと、修羅から菩薩のような顔にみるみる変わって、

 

「男だと思ってなかったなら仕方ないわね」

 

笑顔の新垣に、高坂は全力でうんうんと首肯した。

男だと思われていない……?

 

「となると、三人で風呂に入っても問題ないのか」

「ないわけないでしょ、この変態! 死ねええええっ!?」

 

俺は非常に不用意な発言により、二時間サスペンス『倒れるときは前のめり・ショッピングモールに倒れても、死んでいるのは(まなこ)だけ』というのが語り草になったとかならないとか……。

 

 

 




相変わらずわちゃわちゃしてるだけですが、ニヤニヤしていただけたでしょうか。


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読モ達との食事は鉄板焼きが鉄板と言える

見知らぬ天井だ。

 

なんということだ、つまり俺は汎用人型決戦兵器に乗って戦っていたのか……?

 

「あ。気づいた」

 

声のした右の方へ少し視線を動かすと、双丘越しに俺を見る高坂の顔があった。

 

「ここはどこだ……俺は一体……使徒は? 綾波は?」

 

そう言うと、あちゃーっと手のひらで顔を覆った。

 

「やっぱり4回転半はシャレにならなかったかー。あやせには兄貴以外にはハイキック禁止って言ってあったのに。あのね、八幡。あんたはあやせの後頭部への打撃攻撃によって完全KOされて、ショッピングモールでうつ伏せのまま動かなくなったから、ここまで運んできたってワケ。あやせはこの騒ぎを見て通報しようとした人に一生懸命釈明してるわ」

 

あやせが通報されそうって強烈な皮肉だな。

なんてようやく頭が動きはじめてきて、現状を把握する。

俺がハイキックで空中を4回転半したとか、京介という兄貴はこのハイキックをしょっちゅうされているのか、などは些細なことだ。

 

俺は今、高坂に膝枕されている……!

 

全神経を首の方へ集中させていくと、肌の感触がわかる。そうだ、高坂はショートパンツだったじゃないか、つまり俺の肩から上は生脚に乗せられているということだ。

 

「あれ、なんか顔赤くない?」

 

少し顔を近づけ、頬や額を手のひらで触る。ますます赤くなるからやめてください。

 

「熱があるかも……どうしよ」

 

顔を曇らせる高坂だが、熱の原因はハイキックではない。

 

「あー、大丈夫だから」

 

本気で心配されても困るので、なんとかそれだけ言葉にした。

 

「ほんとに? 目もうつろで濁ってるし……」

「……それは生まれつきだからね?」

 

目の前でパーにした手のひらをひらひらさせている。意識があるかどうかあやしいレベルにさせる蹴りだったんだな、あやせ。本気でヤバイな。

 

「あんたの妹の名前は?」

「……は? 小町だ。比企谷小町」

 

記憶喪失を心配しているのか?

それにしても自分の名前じゃなくて妹の名前を確認させるところが高坂らしいな。

 

「あたしの名前は?」

「桐乃。高坂桐乃」

「今日、一緒にいた私の友達は?」

「新垣あやせ」

「さっきばったりあった可愛い女の子は?」

「一色いろは」

「ふーん、やっぱり可愛いって思ってんだ」

「おまっ」

 

こいつ誘導尋問しやがった。

高坂は露骨に目を眇める。それでも俺より遥かに目が開いているがな。

 

「では今言った中で一番可愛いのは?」

 

ジト目で見下ろしたまま、とんでもないクイズを出しやがった。

ここで一色なんて言うやつがいたらそれこそ頭がどうかしている。

あやせくらいの圧倒的美少女であれば角が立つこともないかもしれないが、ふー。

俺は目を瞑って、鼻から息を吐き出しつつ、覚悟を決める。

これは、膝枕してもらってるお礼だ。もうしばらく続けて欲しいしな。

 

「桐乃」

 

そう告げると、想像していただろうに顔を真っ赤に染め上げた。意外と乙女だな。

高坂は目をそらしつつ、

 

「こ、小町ちゃんで良かったのに。恥ずっ」

 

とつぶやいたため、俺の体温が急上昇した。

し、しまった――マジで恥ずかしい。

そうか、今言った中にはラブリーマイシスターが含まれていたんじゃないか。いかん、本格的に頭が回ってないかもしれん。

 

「し、仕方ないだろ」

「仕方ないって、つい本音が出ちゃったってコト……?」

 

ハイキックの影響で頭がまともに働いてなかったから仕方ないという意味だったんだが。

表情を伺ってくる高坂の顔を正視できず、身体を捩るとへそが見えた。さすが読者モデル、お腹も綺麗だな。

そして右の頬にはしっとりとした肌のすべすべとしたふとももの感触が伝わってくる。

うん、これはヤバイ。

 

「あー、良くなったわ~。すっかり良くなったわ~」

 

地獄のミサワみたいなわざとらしい口調でゆっくりとふとももから別れた。若干名残惜しいが。

 

「桐乃~、あ、八幡さんも起きたんですね」

 

新垣が戻ってきたようだ。間一髪だな。あやうくもう一度蹴りを食らうかもしれなかったぞ。

 

「あやせは通報されなかったのか」

「ええ。セクハラの正当防衛だという説明をして納得してもらいました」

「セクハラなんてしてないだろ……」

「3人でお風呂に入りたいとか言ってましたよね? 沈めますよ?」

 

にこにこと「沈めますよ」とか言われても、マジ恐怖なんだけど。

 

高坂が立ち上がって、俺達に歩み寄る。どうやらここはトイレの前で、休憩用長椅子で看病されていたということがわかった。

 

「あ、あたしが悪かった。言い訳で男だと思ってないとか言ったから」

「いや、桐乃は悪くないだろ」

「悪いっての。男に向かって男だと思ってなかったーなんて、ホント悪かったと思ってる」

「そりゃどうも」

「いくらあやせが怖いからって……」

「あやせはマジで怖いから仕方ないって」

 

俺と高坂がお互いを慰め合っていると、新垣がぽつりと言った。

 

「私ってそんなに怖いですか?」

「怖い」「怖いからな」

 

さすがにショックだったのか、シュンとなった。新垣には悪いが、そうしていてくれた方が安心だ。

高坂を見ると、オフショルダーから見える肩をすくめて、気を取り直すように微笑んだ。

 

「んじゃあ、夜ご飯と行きますか」

「ほんと、そんなに奢ってくれなくて大丈夫だぞ」

「いいの、いいの。ほら、一応同人誌も黒字だったわけだから、手伝ってくれたあんたにも還元しなくっちゃ」

「そうか、悪いな」

「全然悪くなーい」

 

意気揚々とショッピングモールのエスカレーターに向かっていく高坂と、しおらしく続く新垣。俺はポケットに手を突っ込んで猫背になりながら後を追う。

何食うのかな、ラーメンかな。いや、こういうときにラーメンを選ぶのは平塚先生かラーメン大好き小泉さんくらいのものか。やっぱりサイゼかな?

高坂は店の前で立ち止まると、看板と入り口を紹介するように、

 

「お好み焼き屋さんでーす」

「おお」

 

お好み焼き屋ね。家族では来たことがない。なんせ両親はあまり家にいないし、俺と小町の二人では選択肢に出てこない。

お好み焼きというと、たまゆらを思い出すな。ぽって部長と高坂は声が似てるし。性格はまったく似てない、なので。

中に入っていくと、カウンターではなく、鉄板が埋め込まれたテーブル席に案内された。

ほーん。これは自分たちで焼くパターンか。リーズナブルだし学生らしい感じがする。一色、葉山とデートするときはお好み焼き屋がいいかもしれないぞ。

 

「注文はあたしにお任せしてもらうかんね」

 

得意げにメニューを開く高坂。文句などあろうはずがない。新垣は今、意気消沈しており、反論する雰囲気など皆無だ。

 

「これとこれ、最後にこれ」

 

高坂はメニューを指差しながらオーダーした。何を頼んだのかさっぱりわからん。まぁお好み焼きだろうが。

 

「ここ、ドリンクバーだから」

 

ぴぴっと人差し指であっちにあるから行こうと伝えてくる高坂。

当然マックスコーヒーは無し、と。まぁ、お好み焼きに合わないけどな。

ここは無難にコーラにしとくか。紅茶用のレモンをトッピングして、ちょっぴり大人さ。

高坂は氷たっぷりの烏龍茶。新垣はアイストロピカルティーを氷なしで持ってきていた。さすがモデルだな。小町ならカルピスソーダにオレンジとかグレープとか混ぜてくるだろうに。あれ? 単純にうちの妹が子供なだけか?

 

「じゃあじゃあ、かんぱーい。あやせもあんがとね、今日は無理に付き合ってもらっちゃって。ほんと感謝だよ~」

「ほんと? 怖くない?」

「怖くない、怖くないよ~」

 

肩をすり合わせながら、仲直りしたご様子。仲良きことは、ゆるゆりしきかな。

 

「おまちどうさま~」

 

はて。店員が持ってきたのは、お好み焼きとは違うような。つか、何これ。

 

「なんかベビースターラーメンみたいなの乗ってるぞ」

「ベビースターラーメンだよ」

 

は?

ベビースターを食事にするとか、だがしかしかよ。口内炎になるぞ。

 

「これ、明太チーズベビースターだから。オススメ」

 

明太子とチーズとベビースターラーメン? 意味わからん。ガリガリ君の新しい味か? 絶対売れ残る。

 

「八幡さん、もんじゃ焼き初めてですか?」

 

もんじゃ焼き。あー、聞いたことあるわ。ためつすがめつしてみるが、とても食い物には見えん。

 

「食ったこと無いな」

「それはそれは。じゃあ、作り方覚えていきな!」

 

腕まくりをする高坂に新垣は慌てたように、

 

「これは私が作るから。ね? さっきのお詫びもしたいし」

「そう? じゃああやせに任せるね」

 

明らかにホッとして、かちゃかちゃと液体を混ぜ合わせる新垣。この感じ、雪ノ下が由比ヶ浜にみせる対応と全く同じだ。どうやら高坂は料理が苦手と見た。

 

「もんじゃ焼きはカロリーが低いから結構食べるんですよ」

 

新垣は手慣れた様子で、ウォール・ローゼみたいな外壁を作っていく。おそらく巨人が襲ってくるんだろう。

残った液体を外壁の中に投入すると、溶岩の火口のようにぷつぷつと泡が出来ては潰れていく。新垣の前にあるとラストダンジョンみたいに思えるな。隅々まで探検して宝箱全部開けて伝説の武器を手に入れないと新垣には勝てまい。

最強の魔王は小さなコテを振り回すと、勇者たちへの範囲攻撃……ではなくベビースターラーメンの入ったぐちゃぐちゃのものをこそいだり鉄板に押し当てたりした。

少し焦げた状態にしたものを、ふーふーしたあとコテのまま小さな口に運んで咀嚼する。

 

「うん、出来ましたよ」

「わ~、あんがとね。あやせ~」

 

待ってましたとばかりに高坂も焦げを作りながら食べていく。ほーん、ちぃ覚えた。

 

俺はコテを持ち、赤いつぶつぶの多いところを一口大にこそいで焼いてみた。

 

ふー、ふー。

はふっ、もぐもぐ。

 

おー、なるほどなるほど、そうくるか~。

いいじゃないか、いいじゃないか~、こういうのでいいんだよ、こういうので。

 

柔らかい生地の部分が多いが焦げた部分は焼き餃子の皮のようにクリスピーで、ベビースターラーメンがまたイイ。食感のアクセントになっている。

駄菓子を食材に使っていいじゃないか、美味ければ。美味いものを食って文句を言うバカもなし、だ。

コーラにも相性バッチリ。こういうのもあるのか……。

 

おっと普段から孤独すぎて、つい孤独のグルメごっこに興じてしまったな。

 

ちまちまとして時間のかかる食事だが、普段のぼっち感あふれる外食と全然違う。

お好み焼き屋ってのは3人で仲良く楽しく過ごすことを主眼においたチョイスなのかもしれん。平塚先生なら想像だに出来ないのだろう。早く誰か貰ってあげてくれ。

 

男の俺は読モと同じボリュームでは足りないだろうとの配慮から最後のモダン焼きを多めに配分された。至れり尽くせりだ。

 

帰りの電車で、スマホに連絡が来ていることに気づく。

さっき別れたばかりだというのにな。スタンプでも送ってきたのかしら。

 

連絡してきたアカウントは『きりりん』ではなく、『いろいろいろはす』からだった。

……新垣より怖いかもしれん。

 

 




八幡爆発しろ!
自分で書いてて嫉妬してちゃ世話ないね。
せめて小町は俺に譲って欲しいよね。

あやせは悩んだけど書いて良かったです。やっぱりあやせは最高だぜ。



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何度も比企谷八幡は廊下に立たされる

いつものように奉仕部の部室に入ると、すでに雪ノ下と由比ヶ浜、そして一色が座っていた。

 

いつもの席に座る前に、俺は一色をちらちらと見る。決してエロい目でスカートから覗く脚を見ているということではなく、視線で合図を送っているということだ。

 

「あ、ちょっと、ごめんなさい」

 

一色は二人に軽く断ると、廊下の外に出た。俺も追って外に出る。残された二人の目線が背中に刺さるが、気にしたら負けだ。

 

ドアの外に出ると、すぐ右にある廊下の壁に背中をあずけている一色。いろいろいろはすから来たメッセージには特に内容が書かれておらず、直接話をするということで返信してもわけのわからんスタンプが届くだけだった。

 

「お前な、直接話すのはいいとしてなんで一旦部室で待っちゃうの。事前に打ち合わせられないの?」

「なんですか、先輩は私に文句があるんですか。そういう態度だと」

「待て、待て待て。何だ、お前は俺を脅そうというのか」

 

サーッと顔に青線が差す。このまま言いなりになって恥ずかしいところを撮影されてネットに流されたくなかったらとか言われて……やめて、ひどいことしないで、エロマンガみたいに!

 

「人聞きが悪いですよ? 別にまだ何も言ってませんし、何も見せてません」

「それで、例のブツは返してくれるのか?」

「どうしようかな~?」

 

くっ、殺せ!

いや殺さないでください。なんだ、こいつは何を考えている。

 

「要求は何だ」

「そうですね~。まず先輩が私をどうしても喜ばせたいというなら、そのプランを聞いてあげます。明日までに考えておいてください」

 

そう言うと部室にさっさと戻ってしまう。一色を喜ばせるプランを一日かけて考えて明日提案しろというのか。なんと面倒くさいプレゼンなんだ……。取引先にこんなこと言われて真面目にやるやつは島耕作くらいじゃねーの。人生においてビジネスを最優先にする男。俺と真逆の存在だ。働きたくないし、出世したくない。モテるのは構わないが。

 

閉まったばかりのドアを開け、中に入る。

いつもの席に座るや否や、由比ヶ浜が近寄ってきた。

 

「ヒ、ヒッキー。ちょっといいかな」

「あ? ああ」

 

座ったばかりなのに、すぐまた外に連れ出される。

 

「いろはちゃんと何かあった?」

「あ? いや、別に」

「そっか……あはは。じゃあいいや、ごめんね」

 

それだけ?

大したやり取りもなく戻っていく由比ヶ浜。

やれやれと席に着こうとすると、今度は雪ノ下から

 

「ちょっといいかしら?」

 

なんなの?

俺を座らせないゲームでもしてんの?

 

「一色さんと何かあったのかしら」

「お前もそれを聞くのかよ」

「そう。由比ヶ浜さんも同じことを」

「ああ。何もない」

「……高坂さんとは?」

「……別に」

「そう」

 

それだけを言い残してふぁさっと髪をなびかせて部室に戻る雪ノ下。

なんだか、無駄に心臓に悪い。それほどひた隠しにしなければならないものでもないんだがなあ……。一色が思わせぶりな態度をとるからだ。雪ノ下にプリクラを拾われていれば特に問題なかっただろう。いや、それもどうかな?

部室に入り直し、なんとなく雪ノ下が席に着くのを待ってから、俺も腰を下ろす。

 

文庫本でも開こうかと思った矢先、コンコンとノックの音。

 

「どうぞ」

 

と雪ノ下が言ってすぐにがらりと戸が開いて、高坂が入ってきた。

言うなよ、と目に精一杯のメッセージを込めて一色を見やる。

目線に気づくと、ふふんと笑った。完全に手玉に取られてますね、俺。

高坂は女子三人の方には目もくれず、俺の前に座った。

 

「この前はあんがとね、八幡」

「お、おう」

 

「この前……」「この前……?」

 

雪ノ下と由比ヶ浜は小声で何か言いながら訝しい顔をしていた。

一色は妙に機嫌がいい。まるで秘密兵器を手に入れた子供のように。

 

うーん、なんだろうね、すごく居心地が悪い。この部室には四人の女子高生が居て、男は俺だけというシチュエーションなのにね? みんな冴えなくないヒロイン達で育てる必要もないのにね?

 

「あやせもよろしく言っといてってさ」

「お、おう」

 

「あやせ……」「あやせ……?」

 

小声が耳をくすぐる度に、冷や汗が垂れる。

 

「ところでさ、ちゃ~んと持ってるよね? この前のアレ」

「お、おう」

 

「アレ……」「アレ……?」

 

なにこれ、雪ノ下と由比ヶ浜は同じ言葉しか発せなくなっちゃったの? 呪い? よく考えたら俺も「お、おう」しか言ってねえ。俺は呪われているという設定、凄くしっくりきますね?

 

「ちゃ~んと持ってますよね、先輩」

「お、おう」

 

一色は、ぱっちーんとウインクをしてきた。意味ありげすぎるだろ。お前は隠そうとしてくれているのか、バラそうとしているのかどっちなんだよ。高坂はショッピングモールで会った生徒会長だという認識はあるようだが、さすがにその話をここでしようとはしなかった。助かる。

 

「じゃあ、そろそろ予定があるので」

 

いそいそと去っていく一色を見届けると、三人分の視線を感じる。ほら、やっぱり気にしてるじゃないですかー、やだー。

必殺、本に没頭しているフリ。目は動かすが、内容はさっぱり入ってこないぞ。

 

「八幡?」

「いや、ちゃ~んと持ってるぞ桐乃」

 

「桐乃……」「桐乃……?」

 

高坂を桐乃と呼んだことに反応してしまったか。やばたにえん……。

 

「八幡、その、ちょっといい?」

 

もはやお約束のレベル、今度は高坂のご指名だ。

無言で立ち上がり、ドアを開けて高坂を待ち、彼女が廊下に出てから閉める。実はプリクラを持っていないことがバレているのか? 土下座ならいくらでもするが。

 

「あ、あのさ。ここで桐乃って呼ばなくても別にいいかんね」

「え? そうなのか?」

「ん~。さっき、あんたが桐乃って呼んでくれたとき、二人がぴりっとなったっぽい」

 

確かにあいつらとは長い付き合いだが、ずっと名字で呼んでいる。最近知り合った高坂を桐乃と呼ぶのはちょっとな。しかし、いまさらきりりん氏ってのもむしろ恥ずかしいんですが。

 

「別に、二人も名前で呼ぶなら、それでもいいかもだけど」

 

え? あいつらを? 雪乃と結衣って?

 

「いや、それはちょっと」

 

想像してみるが、恥ずかしいというより怖い。え、何こいついきなり呼び捨てにしてんの? 彼氏面してんの? マジで? キモーイ、マジ童貞キモーイと呼ばれるところまで想像した。そこまで言わないと思うけどね?

 

「へ~。そうなんだ」

 

なぜか高坂は嬉しそうな顔を見せる。

 

「じゃあ、学校では高坂。学校の外では桐乃ね」

 

高坂がそう言うならそれでいいだろう。

 

「了解」

「ふひひ。なんかさ、職場恋愛みたいじゃん?」

 

ブッ。なんてこと言うの。

 

「アハハ、照れてやんの。ちょーウケる~」

 

言いたいことだけ言って部室に戻っていった。

俺は、三回ほど深呼吸してから戸を開ける。そもそも深呼吸したこと自体が恥ずかしいんだけど、それがバレたらなおのこと恥ずかしい。自然に、自然に振る舞うんだ。

 

いつもの椅子に腰を掛ける。

ふー。自然だ。

前には高坂が両手を組んで顎を乗せていた。やたらニコニコしている。

 

「ねー八幡」

「なんだ、高坂」

「ふひひひひ」

 

笑ってるよ……。

二人の方を見やる。

 

「呼び方が高坂に戻ったわよ?」

「笑ってる……意味深だよぉ……」

 

こそこそ話しているが聞こえている。やはり不審がっているか。

高坂に目線を送る。

あいつらが、怪しいと、思ってる。気をつけてくれ、と。

 

高坂は一瞬キョトンとして、雪ノ下と由比ヶ浜の方を横目で見てから、ぱちぱちとまばたきをした。わかってくれたか。

 

「アイコンタクトだ!?」

「もはや隠す気もないってことかしら」

 

どうやら俺の戦略は大失敗に終わったようですね。孔明に全く泣かれず斬られるくらいの愚策だったな。こめかみを抑えてため息をついたのは雪ノ下ではなく俺だった。

 

その後はゆっくりとお茶を飲みながら、各々の時間を過ごして終わった。俺は文庫本に目を落としながら一色の出した課題を考えていた。

 

 

 




ちょっと短かったかも。でも間延びしてもあれだしね。
しかし怒り狂わない桐乃ってのもちょっとどうなのって思っちゃうよねー。もっと怒らせた方がいいです?


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その日のランチタイムは一色いろはへのプレゼンと化している

「おはよー、はちまーん」

 

なんだ、戸塚か。こいつは朝から縁起がいいな。

声のする方を向くと高坂だった。まぁ、よく考えたら声が違うけど。

 

「お、ん」

 

返事をする前に場所を確認する。ここは校門の手前、一応学校の外だ。

 

「おはよう、桐乃」

「わっ」

 

高坂は周りを見回して、他に生徒がいないことを確認してほっと胸を撫で下ろした。

 

「八幡、確かに学校の外だけど、知り合いに聞かれちゃったら同じだかんね」

「そうだな、すまん」

「気をつけてよね」

 

確かにそのとおりだ。学校の中と外というのが短絡的過ぎたな。考えが浅かった。高坂はたたっと近寄ってきた。怒られちゃうのかしら、顔はやめて、ボディにして。ボディならいいのかよ。

 

「でも、嬉しかった。あんがとね、八幡」

「お、おう」

 

繰り出されたのはパンチではなく耳打ちだった。照れくさいんだけど。更に耳の近くからのセリフは続く。

 

「今日さ、お昼一緒に食べない?」

 

む。

こういうお誘いをされると困っちゃう、だってぼっちだもん。しかし、学校で一緒に昼飯食っちゃったらバレバレなのでは?

どちらにせよ今日は駄目だ。

 

「すまん、用事がある」

「あ、そなんだ。うん、わかった。じゃね」

 

少し残念そうに笑ってそう言うと、先に駆けていった。

ぽりぽりと頬を掻く。なんというか少し悪い気がするな。俺の人生においてとりあえず誘いを断るというのは当然のことであったはずだが。

 

さて、その昼休み。

 

俺は二年生の教室に向かう。

ついこの間まで自分たちの教室だったが、アウェイ感は強い。俺と似たようなカーストであろう冴えない男子に声を掛ける。

 

「会長呼んでくれないか」

 

こういうとき役職があるのはありがたい。なんとなくな。

男子は露骨に嫌そうな顔を見せた。一色に話しかけるのは難易度が高いのだろう。

彼はゆっくりと一色に近づき、彼女が何のようだと反応したところで、俺の方を指さした。コミュ力ねえなあ。って俺も同じ立場だったら多分同じ感じになるけどな。

 

一色はなんだこいつという目で彼を見ていたが、指の先にいる俺を発見して「オヨ」という顔を見せた。オヨルンなのかな? 願えば必ず一色もプリキュアになれるよ。

 

一色はまるで「うわ~、参ったわ~、上級生がわざわざ私を訪ねてきちゃったわ~、仕方ないな~、まじで仕方ないな~」という地獄のミサワ感たっぷりの態度で近づいてくる。お前そういう態度だから同性の友達出来ないんだぞ? 俺もな?

 

「なんですか、先輩。また告白しにきたんですか?」

「ちょ、お前周囲の人間に誤解されるだろ。なんで一度告白したことになってんだよ」

 

やむを得ずツッコミを入れるが、にんまりと笑うだけ。コイツ……。

 

「まぁここじゃ目立ちますから、話は二人きりで、ね」

「お前な……」

 

反論したい気持ちは山程あったが確かにこの場所で注目を浴びながら口論するのは避けたい。いろはすめ~。上機嫌にパンの入ったビニール袋を下げて行進する一色を半歩後ろから着いて行く。

 

「ここでいいですかね」

「中庭かよ。もっと人気のないところの方がいいんじゃねえの?」

 

さくらちゃんや知世ちゃん達のように中庭で円を囲んでお弁当を食べるなんていう光景はそこにはなく、ときおり移動していく生徒が通り過ぎるだけだった。桜が満開だったりするならまだしも、高校生たちはそれほど風流というものを重視しない。風が吹けば弁当に砂が入るかもしれないし、曇ってれば寒いし、晴れてれば日焼けするなどとなんのかんの不満が出るから普通は教室か部室で済ますだろう。もしくはトイレな。オススメはしないが。

 

「誰も来ない体育館の裏とかですか? そんなところに二人きりでいたらそれこそ告白だと思われちゃいますよ? それとも本当に告白するんですか?」

 

それでもいいですけど、というメッセージを多分に含んだ笑みを見せる。

 

「告白する前から何度もフラレてるんだけど?」

 

何度ごめんなさいと言われたことか。抗議の眼差しを向けるが、わぁと一色はパーにした手を口の前にかざす。ファッション誌でそういうポーズのやつみるとイラッとするんだけど、もちろん今もイラッとしている。

 

「あちゃ~。まさか本当に告白すると思ってませんでした。でも、やってみないとわかりませんよ? 頑張って!」

 

両手をぐっと握りしめて「ファイトです、先輩!」みたいなポーズを見せるが、ファイティングポーズで応戦したい気持ちになってきた。オッス、オラ悟空! なんだかイライラしてきたぞ!?

ヤムチャより弱いオレが界王拳何百倍で戦闘力を高めたところで一色には勝てないので、諦めて社畜に戻ります。俺はエアネクタイを締めながら、一色をとりあえずベンチの方へ誘導。鉄製の手すりがついた木製のベンチは二人がけ。

今日は日差しが強いので木陰になっている方に一色を座らせ、拳二つ分ほど空けて隣りに座った。

パンが二つ入ったビニール袋を膝に乗せて一色の方を向く。

 

「さっさと本題に入らせてくれ。わかってんだろ、お前が言い出したんだぞ」

「あらら、結構せっかちなんですね」

 

はむっとハムサンドをかじる一色。わぁダジャレになっちゃったよ。いろはす~?

本題に入ると言っているのに堂々と飯を食い始める後輩に対して真面目な顔をする俺。圧倒的にこちらの立場が低い。なんでこうなった。

 

「また部室の前の廊下に立たされるのはごめんだからな。昼休みのうちにやらせてもらうぞ」

「ほおでふか、むぐむぐ」

 

わざとやってんのかってくらい上からだなコイツ。下請けをいじめるタイプだ、絶対大手のメーカーやゼネコンとかに入社するなよ?

 

「じゃあ、プレゼンをさせていただきます」

「むぐもぐ……意外とノリノリですね先輩。ぱちぱちぱち」

 

丸一日かけて考えたからな。必ずやこの商談をまとめてみせる! あれ? 何、俺ってやる気あるの? いや、そんなわけがない。ちょっとマジで例のブツを返して欲しいだけだ。

 

「今回ご提案させていただきますのは、現役モデル2名との撮影会であります」

「ほお~?」

「以前提示されていた一緒にプリクラを撮りたいという要望を遥かに超えてモデルと一緒に撮影会をするという体験は非常にレアであり、必ずやご満足いただけるものと考えております」

 

ふむ~、と腕組みをして渋面をつくる一色。プレゼン失敗なのかしら……。

 

「あのお二人と一緒にガチの撮影ってことですか? それは無いですよ」

「なんでだよ。プリクラより豪華だろ」

 

不服な理由がマジでわからん。

 

「プリクラだったら目がおっきくなったりとか加工されまくりだからいいんですよ。普通にあんな美少女モデル二人と一緒に撮られたらいわゆる公開処刑ってやつですよ」

 

ため息をつく一色。意外と殊勝なやつだな。

 

「そうか?」

「そうかってなんですか」

「そりゃ確かにあいつらはモデルだけどよ。そこまで見劣りしないんじゃねーの」

 

ボソリと言うと、一色はぽかんとした後にみるみる顔を赤らめる。

 

「なんですか個人的にはモデル並みに見えるくらい好みだから俺だけのアイドルになってくれよっていうメッセージで口説いてるんですか正直言ってこっちは好みじゃないんでごめんなさい」

 

ぺっこり45度で謝罪される俺。だから勝手にフるなよ。

 

「いや、まぁ確かにあいつらはモデルだからスタイルとかいいかもしれんが、女が求めるスタイルと男が好むスタイルってのは一致しないしな」

「ちょっとなんですか、まるで私が男好みのえちえちスタイルみたいな言い方しないでくださいよ!」

「そこまで言ってねえよ……」

 

一色は胸を隠しながら俺を睨んだ。わかっていたことだが、こいつめんどくせえな……。わーい嬉しいーやったーって言って小躍りしてウキウキしながらプリクラ返してくれよ……。小町ならそうするだろ。さすが小町、まじ可愛い。

 

俺も飯を食い始めるかと膝の上の焼きそばパンを手に取ると、そこには影が落ちていた。誰だと思って前を向くと、般若のような表情で腕を組んで仁王立ちの高坂がいた。

 

「八幡、あんたいい度胸してんじゃん」

 

高坂、その認識は間違っている。俺は一色と違ってこの状況でパンを口に入れるほどの度胸はない。

 

 

 

 




どう? こういういろはす、どう? 好き? はいかYESでお答えください。

しっかし、この子はからかい上手ですね。こういうふうにからかわれたかった・・・。

からかうのが下手くそな女の子が好きな方は、ぜひ「からかい上手になりたい神野めぐみ」の方を読んでいただければと(宣伝)


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人気のない中庭はどうしようもなく修羅場っている

「あたしと一緒にランチ出来ない理由が、他の女の子とのランチだったとはね」

 

高坂は口の端をヒクヒクとさせていた。俺は頭がちっとも働かない。睡眠不足でもないのにね。

 

「まあ? 約束は? 大事だけど?」

 

お、そうだな。約束していたことにすれば問題ないぞ。一色、わかるね?

 

「いえ、先輩と約束なんてしてないです。さっき突然誘ってきました」

 

しれっと言いのけた一色のセリフで俺は天を仰いだ。

終わったな――。短い人生だった。我が生涯に一杯の悔いしか無し。

 

「へ~。ランチのお誘いをする用事があったのに、誘っちゃってごめんね~八幡」

 

へ~。そんな雪ノ下みたいな皮肉を繰り出してくるとはね~。怖っ。新垣が言ってたらチビるまである。

 

「待て高坂。お前はとんでもない勘違いをしている」

 

一応反論を試みてしまうのが悲しい性というやつか。このパターンでうまくいった試しなんかないと思いつつも他に言うべき言葉がみつからない。俺が敵役だったら最後はやっぱり「覚えてろよー」と言い放ってしまうのかもしれない。

 

「何をどう勘違いしてるってのよ」

 

ほらね。この時点で終わってる。さて、この状況を一色が助けてくれるという可能性はあるのだろうか。俺はちらと表情を伺う。

一色はニマニマとにやけながら状況を楽しんでいただけだったが、俺の視線を受け取ると仕方がないなあとばかりに手で胸を叩いた。

 

「高坂さん、残念ですが先輩とお付き合いしているとかそういうわけじゃないんですよ~」

 

心底残念そうに寂しそうな顔をする一色。絶対残念じゃない。お前は演劇部に入れ。シンデレラの姉とかオススメ。

 

「へえ~、じゃあどんな関係なのよ」

 

高坂は面白いじゃない、と言わんばかりの顔をしたが当然のごとく何一つ面白くなどない。どうしたものかと思いつつも、とりあえず言い訳を試みる。

 

「あのな」

「うっさい! あんたは黙ってて」

 

一言も言わせてもらえずになぜか発言権が無くなってしまった。ろくな言い訳も思いついてなかったから助かったと言えば助かったが、このまま一色にすべてをお任せ出来るほど俺の心は図太くはない。

高坂が一色の方を向いたことにより直射日光がじりじりと俺の肌を温めるが、流れる汗は冷や汗だ。

一色はふむんと考えているような素振りを見せる。頼むから本当に考えて。

 

「そうですね。先輩が、一方的に、私のことを喜ばせたい一心でこうなっているんです」

 

うん、間違ってない。嘘ではないね。いろはすめ~。軽く睨むが、俺の方を見てもいない。逆に高坂は俺の顔を覗き込んだ。居心地の悪さから目線をそらす。

 

「ああ、なるほどね。弱みを握ってるってことか」

 

おお!? 高坂凄いな……。俺の心配を他所に得心したような表情に変った。しかし、わかられても困るんだが。弱みってのがお前とのプリクラだとバレてしまっては元も子もない。

 

「人聞きが悪いなぁ~、ねえ先輩」

 

腕を絡ませてくる一色。こういうとき男は腕を振り払うことが出来ない。肩に当たっている胸の感触が失われてしまうので勿体無いということではなく。

 

「八幡から離れろっての」

 

逆側の腕を掴む高坂。やめて、引っ張らないで体がちぎれちゃう! 先に手を離した方が本物の母親じゃ! それどんな大岡裁き? ハハハ……二人が私を奪い合っている……などとエンジェル・ハイロゥにおけるカテジナ・ルースの気持ちに浸っている場合じゃない。こんなところを誰かに見られたら、まるで俺がモテモテ男みたいに思われちゃう! 

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ。それぞれに話をさせてくれ」

 

そう懇願すると、二人は顔を見合わせた。

 

「あたしはもちろん、聞いてあげるけど」

「先輩の頼みなら聞いてあげますよっ」

 

うわ~、二人とも随分と聞き分けのいいことで。普段からそうしていただけます?

 

「一色、先にいいか?」

「はいはい」

 

ベンチの後ろの木陰に移動する。高坂は日光を恐れることもなく仁王立ち。読者モデルなんだから紫外線に気をつけた方がいいぞ。

 

「弱みを握られているところまではもうバレてるんだ。いっそお前の要求をなんでも言ってくれ。高坂には何度でも土下座するから」

「わぁ、一瞬格好いいように聞こえますけど、内容はクズですね」

 

ほっとけ。そいつが俺のやり方だ。

 

「でも言ったはずですよ。先輩が私を喜ばせる方法を考えてくださいって」

 

ちっ、意外とブレないやつだな。

 

「そうだな、読者モデルになれるよう紹介してもらうとか?」

「え~、なれないですよぉ~」

 

無理無理、と手をパーにしてわちゃわちゃさせるが、これはアレだな。「そんなことない、いろはす可愛いもん! 絶対なれるよ!」って隣でモブの女友達が言うパターンのやつだな。自分を照橋心美と勘違いしてるのか?

 

「そうでもないだろ。なんなら初めて会った時点で動画撮影が始まって、他愛もないインタビューの後、水着を着たり、下着を見せたり段々とエスカレートしていっていつの間にかみんなもやってるからとかいう謎の口車にのせられて女優になってるまである」

「最悪じゃないですか!?」

「お前のルックスなら大丈夫だ、きっと人気が出る」

「こんなに嬉しくない褒め言葉は初めてですよっ!」

 

おかしいな。俺がこれほど赤裸々に女性を褒めるなんてSSRだよ? グラブルなら10万円課金してようやく出るレベル。

 

「うーん、お前のことだから男にちやほやされたり有名になったり大人気になれば満足だと思ってた」

「なんかあながち間違ってない気がするところが本当に嫌ですね……」

 

なぜか凹ませてしまった。なんかごめんね?

 

「いや、正直本当にわからなくて悪い」

「そういうとこ、ずるいですよね……」

 

わざとらしくぷうと頬を膨らませる一色。お前のそういうとこ、ずるいと思うけどな。

 

「高坂さんのことは憧れます。でもそうなりたいわけじゃないんです」

「へえ」

 

なんか意外だな。一色はやりたいことは言うしやりたくないことも言うが、ああなりたいとかこうはなりたくないって言わないと思っていた。未来のことを考えていないというネガティブな意味ではなくて、目の前のことに一生懸命というか……。いや、よそう。俺なんかが一色の何を知っているというのか。

 

「さっきのちやほやされたいっていうのが図星かもしれませんが、先輩が一生懸命喜ばす方法を考えてくれたら嬉しいなって」

「お前……」

 

言いかけてやめた。代わりに後頭部をぼりぼりと掻く。

 

「俺なんかが喜ばせられるわけないだろ」

「奉仕部の依頼は実現させてきたじゃないですか」

 

俺は首を横に振る。問題点を解決するというマイナスをゼロにすることは俺にも出来るが、ゼロをプラスにすることは話が違う。それこそ俺じゃなくて葉山の出番だろう。

 

「じゃあ、待ってあげます。良い提案をお待ちしてますね」

 

にっこりと笑う一色。納期を伸ばしてくれるクライアントに俺は感謝すべきなのか? 

ため息をつきながら、とぼとぼとベンチに戻って今度は高坂と木陰へ。

 

「で? 弱みってあたしに言えないこと?」

 

直球どストレート160kmをぶん投げる高坂。

 

「まあな」

「ふ~ん」

 

ずっと眉毛を逆八の字にしたままだ。桐須先生かよ。

 

「貸しにしたげる」

「は?」

「あんたはあたしに貸しを作ってくれて、返してくれた。だから今度はあたしの番」

 

妙に律儀なやつだな。まるで誰かに対しては貸しばっかり作ってしまったことを悔やむかのように。

 

「人生相談、乗ってあげる」

 

そう言った彼女の顔は晴れやかで、まるでずっとそのセリフを言う機会を伺っているかと思うくらいだった。

俺は一瞬だけ思案するが、すぐに決意する。

 

「一色いろはを喜ばせたい。理由は言えない」

「わかった」

 

了承(1秒)ってやつか。リアルでは初めてだ。

 

「なんでそこまでしてくれるんだ」

 

疑問だった。兄妹ならわかる。俺だって小町のためならなんでもする。だが、なぜ俺に。

 

「友達じゃん」

 

腕を組んだまま、顎を上げて見下ろすように、当然だと言わんばかりにそう言い放つ。

 

ぼっちである俺にとって、その言葉は特別だった。

特別嬉しい言葉であるはずだったが、その友達という関係は。そう言い切られたことについては。

なぜか、胸がチクリと傷んだ。

 

 




行き当たりばったりすぎて毎回自分でもどうなるのかわかってないという長編にあるまじきこのSSですが、みなさまお付き合い頂いて本当にありがとうございます。

いただいた感想は本当に参考にしておりますので、キャラクターの出番などは結構左右されます。ぜひぜひ、もっとこのキャラ出せとか、こういうシーンを増やせとかお聞かせくださいね!


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やはり高坂桐乃の提案は間違っている

「どっちのエロゲーが好きかな? やっぱ陵辱?」

「待て待て」

 

これはボケなのか? ツッコんだ方がいいのか? それともマジなのか?

セリフの主はもちろん、高坂桐乃だ。雪ノ下だと思ったやつがいるとは思わないけどな。

俺は高坂に一色いろはを喜ばせる相談をしている。だからこの会話はやっぱりおかしい。

放課後俺たちは部室にいかずにハンバーガーショップに来ていた。俺たち好みのハッピーセットはやっていないから、高坂はアイスティー、俺はカフェオレを注文した。プラレールじゃなくてシンカリオンだったらよかったのに。上田アズサのグッズならきっと高坂も欲しがったに違いない。

俺はカフェオレにストローを刺しながら、スマホにエロゲーの画面を表示させて二者択一を迫る女子高生にツッコミを入れる。

 

「あいつがエロゲーで喜ぶように見えるか?」

「じゃあ、あたしはエロゲーで喜ぶようにみえるの?」

「いや、見えねえけど」

 

高坂はそうでしょ、と胸を反らした。

 

「いやいやそうじゃねえよ。お前は確かにエロゲーやりそうに見えねえけどエロゲーが大好きなのかもしれんが。一色はやりそうに見えないし、本当にやらねえの」

 

なんでこんな当たり前の解説をせねばならないのか、不思議でならないが。実はドッキリなの? カメラが仕掛けられてて後でてってれ~ってなるの?

 

「わかんないじゃん。聞いたの?」

「エロゲー好きかって?」

「そう」

「聞くわけないだろ……」

 

俺がそんなことをしたら新垣でなくても通報されるし、されても仕方がないくらい頭がおかしい。ドン引きするのがまともな反応であり、ウケるとか言うのは折本くらいのものだろう。だとすると折本もまともじゃねえな。

俺が戦慄しているのを見ながら、高坂はそうでしょ、と胸を反らした。(二回目)

 

なんで論破したみたいな感じなんですかねえ……。ダンガンロンパだったらお前が処刑されるからな? モノクマが大喜びだよ?

 

「むしろ、なんであいつがエロゲーを好きかもしれないって思ってんの?」

 

一応聞いてみる。俺は割と高坂を買っている。なんとなく、とか言わないと思っている。なにかしら考えた結果なのだろう。

 

「思ってないよ」

「は?」

 

想像とは違っていたが、受け止めきれん。俺がきょとんとしても可愛くないぞ。

 

「やったことないっしょ。どう考えても」

「じゃあ、なんなんだよ」

 

マジでわかんねえ。彼女は何を言っているのか。誰か教えて。

 

「あたしね、兄貴の誕生日プレゼントにエロゲーをプレゼントしたの」

「え。マジ?」

 

ありえねえ。しかし、この高坂桐乃であればありえる。こいつがそうだと言うなら、そうなんだろう。

 

「兄貴はエロゲーなんてやったことなかった」

「え。マジ?」(二回目)

 

普通そういうのって兄貴がドハマリしてて感化されて始めるものだよな。うちの妹だって俺の影響でプリキュアを見始めたわけだし。え? 俺、何か変なこと言ってる?

 

「でも、かわい~い妹からプレゼントされたらやるでしょ? 八幡だって小町ちゃんからプレゼントされたらやるっしょ?」

 

俺はこめかみを抑えた。なんつーシチュエーションを想像させるんだこいつは。小町がエロゲーを俺にプレゼントするだと? それなんてエロゲ? いやそれだとなんかややこしいな……。

俺は想像力から始まるイマジネーションを精一杯高める。エロゲーを買って、プレゼント用にラッピングしてくださいと頼んで、満面の笑みで俺に渡してくる小町を。

しかしまぁ、うん。

 

「やる、かな……」

「でっしょー?」

 

なんで勝ち誇ってるんだよ……。しかし、こいつエロゲーの話になると一段と目を輝かせるな。

 

「で、やってみたら面白いってなるじゃん?」

「そうかもしれんけど……」

「だからやってみたことなくて好きじゃなくていいの。これから好きになるの」

 

なぜそんなに自信満々に言い切ることが出来るのか。とりあえずカフェオレに砂糖を足そう。甘さが足りない。糖分が足りないと頭が働かないってデスノートで言ってた。

高坂はアイスティーの氷をストローでくるくるさせつつ話を続ける。

 

「一色会長だっけ? 好きそうじゃん、エロゲーとか」

「お前とんでもないこと言うね」

 

一色がエロゲーねえ……。似合うっちゃ似合うような……ってなんで俺は説得されかけてるの? 将来絵とか壺とか買わされるの?

高坂は満面の笑みをキープしたまま、

 

「で、一色さんはどっちだと思う? イチャイチャ系と陵辱系。なんとなく見た目で調教モノが好きそうな気がすんだよね~」

「お前とんでもないこと言うね」(二回目)

 

死んだ魚の目でお馴染みの俺の目が驚愕で開きっぱなしだよ。

しかしこの話、マジでなんとかしねえと。あまりにも非現実的な話だったからここまで引っ張ってしまったが、そもそも一色が好きになるとかならないという問題ではない。

 

「こ……、桐乃。やはりエロゲープレゼントは無しだ」

「なんでよっ!」

 

なんでそんなに怒ってるの? どんだけあいつにエロゲーやらせたいの? 言ってみたけど普通に考えて無理だよねって思わないの?

 

「まず買えないだろ。俺たち18歳未満だし」

「はっ、そんなの兄貴に買わせるから大丈夫だっつーの」

「おまえな……」

 

高坂の兄貴には同情を禁じ得ない。

 

「あんただって小町ちゃんから、お兄ちゃんエロゲー買って。って可愛くおねだりされたら買うっしょ」

「あの、仮の話でうちの小町をエロゲー大好きな変態妹キャラにするのやめてくれます?」

 

一応想像しちゃうでしょ。嬉しそうにエロエロなイラストが描かれたデカイパッケージの箱を持ってる妹を。あれ、似たような絵面をさっき見たな。二回も想像させるなよ。

理不尽な思いをしているのは俺の方だと思うが、高坂は声を荒げた。

 

「なにそれ、まるであたしがエロゲー大好きな変態妹キャラみたいじゃん!?」

「お前は事実だからいいだろ」

「はあああ!? 八幡失礼すぎ!!」

 

ぷいっと顔を横にそらす高坂。眉は釣り上がり、腕は組まれていて、漫画だったらぷんすかという文字が書かれてること請け合い。しかしなんつーか、凄くサマになっているんだよなあ。実は読者モデルっていってもそういう特殊なモデルなのかしらん。むしろこの方が表紙を飾れるんじゃねーの。

 

「っていうかよ、仮に全部お前の思い通りになったとしてもだぞ」

「なんか問題あるっての?」

「俺が一色にエロゲーをあげたなんてことが雪ノ下や由比ヶ浜に知られたら俺はどうなるんだよ」

 

想像もしたくねえ。と思いつつ想像してしまう。

雪ノ下だったらまぁ、そうだな。

 

「あら、ついに本性を表したのかしら。通報しておくわね」

 

こんなかんじか。本性じゃねえよ。やってねえよ。見るだけ。あと通報するな。通報していいのは新垣あやせだけだ。

 

雪ノ下はまだマシかもしれん。由比ヶ浜なんかむしろフォローしてくれそうでいたたまれない。

 

「ヒ、ヒッキーも男の子だもんね。でも、後輩の女の子に薦めるのはどうかな……あはは」

 

死にそう。想像しただけで死にそう。俺は頭を抱えた。

 

「あー。あんたのことは考えてなかったわ」

「頼むから考えてくれ。社会的に死ぬ」

「ほとんど死んでるじゃん」

「否定はしないが」

「しないんだ……」

 

俺たちはお互いに腕を組んで見つめ合った。高坂の整った顔立ちが、徐々に柔らかい表情に変わる。どうやら気づいてくれただろうか。俺は安堵しつつ、肩肘をついて手に顔を乗せた。

 

「ふりだしに戻るでいいか」

「しゃあない。もっかい考えよっか」

「そうしてくれ、すまん」

「感謝しなさいよね、このあたしが人生相談乗ってあげてんだから」

「ああ。フライドポテト食うか?」

「明日撮影だからやめとく」

「そうか」

 

そして二人で顎に指を持っていき、うーんと唸った。頬はぷっくりと丸いが、顎や鼻筋はシャープなラインで、モデルらしい整った顔立ちであることがよくわかる。きめ細やかな肌や長いまつげをぼーっと眺めてしまい、何にもアイデアが浮かばないうちに高坂は考える素振りを止めた。

 

「つかさー。彼女は八幡のこと好きなの?」

「……なんだよ突然」

 

またしても俺は唖然とする。俺がきょとんとしても可愛くないぞ。(二回目)

 

「それによって喜ばせられるかどうかが大きく異なるじゃん」

 

ほーん。真面目に考えてくれているんだな。俺が何も考えられなかった間に。しかし、普通に考えてそれはないことくらいわからんものか。

 

「んなわけねえだろ」

「わかんないじゃん。聞いたの?」(二回目)

「俺のこと好きかって? そんなこと言うように見える?」

「見えない」

「だろ」

「じゃあわかんないってことか」

 

両手で後頭部を抑えつつ、天井を見ながらそう言った。俺はため息をつく。

 

「わかるだろ。俺を好きなんてことはねーよ」

「わかんないじゃん」

 

高坂は前のめりになるとじっと、俺を見る。心底そう思っているのだろう。純粋過ぎる瞳は宝石のようで見つめすぎると吸い込まれてしまいそうだ。目をそらすのも抵抗があり、俺はまぶたを閉じた。

 

「あいつは葉山が好きなんだよ。イケメンでサッカー部の部長で陽キャでしかも良いやつだ。俺とは全く違うタイプだ」

「ふ~ん」

 

目を開けると高坂は汗をかいた紙コップをからからとゆすっていた。俺の言ったことがわかったのかわかってないのか、ちゅっとストローを吸う。ストローの先に少しだけ色がついた。

 

「好きでもない男に、自分を喜ばせろなんて言うかな」

 

ぼそりと、独り言のようにそう呟く。

 

お前は好きでもない男の人生相談に乗ってるだろ。普通はしないだろ。

 

しかし普通はどうかなんて考えても仕方ない話だ。一色いろはと俺の関係性を説明するのは難しい。いや、そもそも人と人の関係に名前をつけるのは容易じゃない。切なさにスノーハレーションという名前をつけるより難しい。小町は妹。雪ノ下や由比ヶ浜は部活の仲間。平塚先生は先生だ。しかし本当にそれだけの関係なのだろうか。

 

俺がいままで奉仕部の活動を問題なくやってこれたのは、依頼人と奉仕部員というわかりやすい関係性があったからだと言っていい。依頼だから葉山の進路を探ったのであり、俺にとって三浦がどうのこうのという話ではない。

 

そして俺と高坂は友達。わかり易い関係だ。

 

わかりやすい。悩むべくもない。そういう関係性がありがたい。心からそう思う。

 

だが、なぜだろうな。桐乃。

 

俺は今、わかりやすい関係でいたくないと思っているかもしれない。

人生相談に乗ってくれていることに、なにかしらの意味を求めているのかもしれない。

 

これでもかと甘くしたカフェオレを啜っても、俺の脳は全く回転しなかった。

 





いただく感想に、ニヤニヤっていう言葉が多くて大変嬉しい筆者です。
今回はコーヒー吹いたとか言われたら嬉しいなあ。


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どう考えても比企谷小町のアイデアは不安に満ちている

「それで、奉仕部に依頼したいというのかしら」

「そう。問題ある?」

 

俺は心臓を掴まれているかのような心地だが、高坂はあっけらかんとしたものだった。心臓に毛でも生えてるのかしら。頼もしすぎませんかね。

 

高坂は二人で考えてもわからないという結論を出した上、自分に任せろと言い切った。どうするのかと思ったら、まさか奉仕部に依頼するとは。雪ノ下と由比ヶ浜、それに我が妹の3人であれば文殊の知恵どころじゃない。確かに解決するかもしれん。しかし言い出せないだろ普通は。

 

「いろはちゃんを喜ばせる方法か~」

 

由比ヶ浜は早くも考えてくれているようだ。本当に理由を少しも聞こうとしない。わかっていたことだが、良いやつだな。雪ノ下は小首をかしげて少し考えるような仕草をしつつ高坂を横目で見る。

 

「高坂さんが一色さんを喜ばせたい……理由は聞かずに方法だけ考えて欲しいと……」

「うん」

 

雪ノ下は俺の方を見た。涼やかを通り越して、凍てつくような視線だ。本当はこいつ、ワンパンマンのフブキなんじゃないの?

高坂は平然としているがこいつも強すぎるだろ。よくもまぁそんなにふてぶてしくいられるものだ。

雪ノ下は俺から目線を外すと、今度は由比ヶ浜を見やる。視線に気づいた由比ヶ浜は「あはは……」と誤魔化すように笑うだけだった。雪ノ下はこめかみを抑えつつ、ふぅとため息をつく。

 

「なんでそっちで三角関係になるのかしら……」

 

なんか遠い目をして呟いている。由比ヶ浜は一瞬、><(こんなふう)にぎゅうっと目を瞑ったがすぐに笑顔に戻った。二人だけの事情があるのかしらん……。まぁ、俺には関係のない話だろうが。

 

「や、やっぱりヒッキーが何かするのがいいんじゃないかな」

 

由比ヶ浜が手を揉み揉みしながら言った。なんで俺なんだよ。

 

「そうね。比企谷くんが自白して自首したら喜びそうね」

「ちょっと? 何かをやっちゃってる前提は止めてね?」

 

全く冗談に聞こえない雪ノ下に一応反論を試みると、小町がぱあっと笑顔を作って八重歯を見せる。

 

「小町的にはお兄ちゃんが綺麗な体になってくれるのは嬉しいです」

「なんで小町も俺が何かやらかしてると思ってるの?」

「冗談だよ~、お兄ちゃんは何もしてないよ~。強いて言えば本当に、本当に、本当にな~んにもしてないよ」

「何もして無くてごめんね?」

 

とりあえず謝ってしまったが俺は何もしないをしているだけであり、そこにやましいことは無いはずだ。俺が悪いと言うならくまのプー太郎だって悪いことになる。あれ、なんか違うな。

 

「あんた達兄妹って仲いいよねー」

 

兄妹漫才を見せられた高坂から呆れたような声で言われたが、俺達は一緒にラブホテルに行くほどは仲良くないからな?

 

「ところで八幡が何かをするのが効果的、だと思うのはなんでなんですか?」

 

高坂が由比ヶ浜に問いかける。当然の疑問だな。由比ヶ浜は目を丸くした。

 

「な、なんとなく、だけど」

「へー。そうですか。じゃあ、由比ヶ浜先輩が八幡にしてもらったら嬉しいことってなんですか」

「ええっ!? あ、あたし!?」

「参考です、参考」

 

由比ヶ浜はしどろもどろだが、ここで高坂に口を挟もうというやつもいない。なんというか高坂が何かを言い出したりやりだしたときにそれを止めるというのは至難の業だと思われる。彼女の兄貴はさぞ苦労しているだろうな……。

 

「あたしがヒッキーにしてもらったら嬉しいこと、か~」

 

由比ヶ浜が俺の方を見ながら思案顔。うーん、なんか凄く恥ずかしいんですけど……。

 

「小町だったら小町のために何かしてくれるなら何でも嬉しいですけどね~。今の小町的にポイント高い~」

「はいはい」

 

小町のこのパターンはもはやお約束と化しており特に感慨がないな。

 

「ん~。あたしもヒッキーがあたしのために何かしてくれるなら何でも嬉しいけどな、えへへ」

 

そう言ってはにかむ由比ヶ浜を正視することはできなかった。何こいつ、何を言ってくれちゃってるの? べ、別に嬉しいわけじゃないんだからねっ!

 

「あー、お兄ちゃん小町と違って本気で恥ずかしがってる~。まぁでも今の結衣先輩は小町から見ても可愛すぎますけどね」

「ええっ!? そ、そうかな、なんか恥ずかしい」

 

頭のお団子をくしくしとしながら顔を赤らめる由比ヶ浜。

 

「いやなんで二人で顔を真っ赤にしてるんだっつーの。何でも嬉しいとかはいいから具体的に考えてくださいよ」

 

むっつりと不機嫌な顔で由比ヶ浜を睨みつける高坂。正論ではあるがよくもまあ先輩にそこまで言えるよなこいつ。

 

「そういう高坂さんはどうなのかしら」

 

雪ノ下が沈黙を破った。やっぱりちょっと今の発言にいらっとしたんですかね? ゆるゆりしている由比ヶ浜さんをいじめるなーって感じですかね? そういうの素敵やん?

 

「あたし?」

「ええ。高坂さんの比企谷君にされたら嬉しいことは何?」

「あたしのオススメエロゲートップ10を全部やって感想文を書くこと」

「即答だ!?」

「全く参考にならない意見だったわね」

 

高坂を除く全員が同じような表情になった。トホホというかタハハというか、そんなような感じ。まったく、きりりんはしょうがないにゃあ……。

 

「お兄ちゃん、高坂さんが喜ぶなら小町はお兄ちゃんが妹もののエロゲーをやっていても我慢するよ」

「そりゃどうも」

 

うちの兄妹は高坂家に比べれば普通の兄妹なので、エロゲーについて会話するのは抵抗がある。小町は割と平気なのだろうか。あれか、俺とエロゲーにそれほど違和感がないからか。やってないんですけど?

 

「あたしの意見が参考にならないのなんてわかってたっつーの」

 

ふふんと鼻を鳴らして腕を組む高坂。こいつの謎の自信満々っぷりはどこからやってくるのかね。

 

「散々あたしと八幡で考えたけど思いつかなかったから今こうなってんの。二人だけじゃ何時間考えてもダメそうだったかんね」

「散々……」

「二人だけ……」

「何時間も……」

 

軽く言い放った高坂のセリフを、雪ノ下と由比ヶ浜と小町はなにやら重く受け止めたらしい。そんな真剣な顔をしなくても。

 

「雪ノ下センパイはどうなんですか?」

「そうね。由比ヶ浜さんと同じ、というか比企谷君と同じかしら」

 

しれっとした態度で言っているが、なんとも思わせぶりというかたっぷりと意味を含んだような口ぶりだった。

 

「え? それってどういう?」

「比企谷君が以前、由比ヶ浜さんとバレンタインチョコを作るときにアドバイスしたことがあったのだけれど」

「えっ!? 八幡が!? バレンタインのアドバイス!? ちょっと意味がわかんない!?」

 

高坂はおどろきにとまどっている!

メダパニ状態になるほど意外なのか。まぁ、冷静に考えてみたらそうだね? 俺が恋愛の達人みたいなことをするのはおかしいね? でも本当のことなんだよなあ。

 

「そこで比企谷君はイケメンでも乙女でもないのに、チョコは味じゃない、気持ちだ、心だみたいなことをのたまったのよ」

「何それ!? ちょーウケるんですけどー!」

 

お前らね……。

雪ノ下はほくそ笑み、高坂は抱腹絶倒だ。意外とこの二人相性いいの? 俺を肴に随分とお楽しみですね?

他の二人の様子を見ると小町もにやにやしていたが、由比ヶ浜は子供の頃の写真でも見てるのかと思うくらい微笑ましい顔で回想にふけっているようだった。目がとろんとしてあらぬ方向を見ている。そんなに俺の行動ってウケますかね?

 

「ただね」

 

雪ノ下は口元を緩めたまま、目を静かに伏せる。

 

「今はそれがよくわかるわ。私も由比ヶ浜さんと同じ。もし比企谷君が必死で私を喜ばせようとしたというなら、それがなんであれ嬉しいに違いない」

 

静かで温かなそのセリフを由比ヶ浜はうんうんと何度も頷きながら聞いていた。

高坂は逆にバカ笑いをやめて、真剣な表情に変わる。

 

「会長もそうだと思うってコト?」

「ええ。きっとそうじゃないかしら」

「そーだよ! きっといろはちゃんも同じだよー」

 

雪ノ下と由比ヶ浜はもはや解決モードなのか、クッキーに手を伸ばす。高坂は目をつぶって、腕を組んで脚を組んでかぶりを振った。どういう状況なんだこれは。小町だけは握りこぶしを振ってわくわくしている模様。なぜだ。それはすぐにわかった。

 

「それってみんな八幡が好きってコト?」

「ブッ」「はわっ!?」

 

高坂の発言に、雪ノ下は口から粉を吹き、由比ヶ浜は口の中のクッキーが丸見えにしながら驚いた。俺の思考回路は停止状態だ。今すぐ帰りたいよ。

 

「なっ、ななっ」

 

由比ヶ浜は慌てすぎて咀嚼を忘れている。口内が気になるから早く食え。歯並びの良さとかに気づいちゃうだろ。

 

「な、なぜそうなるのかしら」

 

ハンカチで口を拭きながら雪ノ下。

 

「いや、そうならない方がおかしいじゃん。それって純粋に自分が好きだから気持ちが嬉しいってだけじゃん。父の日のパパかっつーの」

 

確かにな。そりゃうちの父親だって、小町が感謝の気持ちを込めたものなら、いやものじゃなくったって泣いて喜ぶことは間違いない。肩たたき券でも泣いて喜んでいたし、手紙でも泣いて喜んでいた。父の日があって兄の日が無いことを泣いて悔しがっていたどうも俺です。

それは愛娘だから嬉しいのであって、別に俺の手紙など欲しくもないだろう。俺だって小町から貰ったら嬉しいが父親のはいらん。

 

「ふ~ん。そっか。一色会長、八幡のこと好きなんだ。ふ~ん」

 

派手な茶髪をかき上げながら、なるほどなるほどと頷いている。すぐに否定意見が出るかと思いきや、雪ノ下も由比ヶ浜も下を向いて黙りこくっている。小町はずっとニヤニヤしている。これだとまるで高坂が言ってることが事実みたいになっちゃいませんかねえ……。

 

「いや~、小町としてはなんでそんなにモテるのかよくわかりませんが、そういうことみたいですね~」

「小町、ぼっちがモテるわけないだろ」

 

誰も突っ込まないので自らツッコミを入れる。自虐的な発言は非常にスムーズに出てくることでおなじみ。悲しくなんて無いよ。

 

「ハッ。誰がぼっちだっての。黒猫ともあやせともすぐに仲良くなって。なんなら沙織だってあんたと友達だと思ってんじゃない? こんだけ友だちがいるのに気づかないとか隣人部かっつーの」

 

高坂はそう、あっさりと吐き捨てた。俺がぼっちじゃないと言い切った。小町はそれ言っちゃうんだーと呟いて口をぽかんと開ける。はがないと同じパターンとか言っちゃいけないことってあると思います。

小町以外の三人は膠着状態に陥ったためか、小町がはいはいと手を上げた。

 

「小町にいいアイデアがあります」

 

絶対いいアイデアじゃない方に2万点くらい賭けたい。雪ノ下と賭ケグルイたい。しかし雪ノ下も由比ヶ浜も何かを誤魔化すように小町のアイデアに乗っかるつもり満々のようだった。

 

 

 





はい、てなわけで、いつもどおりワチャワチャしてるだけでした。
しかし雪結衣が出てくると桐乃は可愛くねえなーw 
ガハマさんの可愛さが目立つ目立つw
自分で書いてるんじゃねーかと思うかもしれませんがそうじゃないのよね。これはね、ガハマさんが可愛いの。だからガハマさん可愛いですという感想はね、これはもういっぱい来るに違いないよコレ(感想を送るチャンスだ!)



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その日の奉仕部はコントじみている

「つまり、私達が喜んだら一色さんも喜んでくれるだろう、ということかしら」

「そうです、そうです」

 

小町の提案というのは、雪ノ下、由比ヶ浜、高坂の三人ともが喜ぶのであれば一色も喜ぶに違いないので、案があったら事前に三人に試して効果を測定すれば間違いないのではないかというものだった。

 

「しょ、しょーがないなー。実験台になってあげるよ」

 

由比ヶ浜、しょうがないと言うならそんなに嬉しそうに言うな。嘘がつけないタイプだということはよくわかっている。それにしてもだ。

 

「いや、小町の意見は間違ってないが俺の労力がかかりすぎだろ」

「ごみいちゃんは黙ってて。誰のためにやってると思ってるの」

 

反論を試みたが、妹がちょっと低い声を出したので、諦める。兄は妹に勝てない。しかし妹が高坂じゃなくてよかった。少なくとも妹として考えた場合、可愛いのは小町だ。世界一可愛いよ! 高坂も年下であれば小町を襲っていたに違いない。

 

「聞いておきたいのだけれど、全員が大喜びするものが見つかるまでやり続けるということでいいかしら?」

 

雪ノ下は極めて静かに、冷静さを装ってそう問うた。が、明らかに腹に含むものがあるのはわかるし、高坂と由比ヶ浜に目配せをして頷きあっている。こんなの赤木しげるじゃなくったって八百長だと見抜けます。

 

「おい、雪ノ下。明らかにそれは微妙にお前らが嬉しいことをエンドレスで俺にやらせるつもりが見え見えだぞ」

 

完全に奴隷として扱う気満々の三人を睨む。

 

「そ、そんなヒドイことしないよ? い、一回だけじゃあ勿体無いかなって思っただけで……」

 

手の指をすべてくっつけてうにうにと動かしながら、由比ヶ浜は本音すぎる意見を言った。相変わらず、いい子ですね。

 

「え? せっかくだから鼻でピーナツ食べさせたり、逆立ちしながら町内一周させたりすんじゃないの?」

「高坂、何本気で鬼のようなこと言ってるの? それ、のび太の罰ゲームだよね?」

 

こういう会話をしていると完全に高坂はジャイアンサイドの人間であり、俺がのび太サイドであることを再認識させられる。いじめ、かっこ悪い。

 

「冗談だっつーの。別に面白くないし。じゃあ、小町ちゃんからどうぞ」

「ええっ!? 小町ですか!? 小町は別にお兄ちゃんにして欲しいことはしてもらっていると言いますか、何をされても別に嬉しくないと言いますか、本人がちゃんと働いて、幸せになって、子供の顔でも見せてくれればそれで良いと言いますか」

「小町ちゃんがお母さんみたいなこと言ってる!?」

 

高坂が言い出しっぺがまず案を出せという提案をしたものの妹による兄へのガチな愛が発動してしまったようだな。由比ヶ浜も驚いているが、雪ノ下も地味に衝撃を受けているようだ。

 

「私は姉さんにそんな風に思ったことはなかったわ……これが兄妹愛というものなのね。比企谷くんのような兄でもここまで愛せるなんて」

「ちょっと? 一言多いんだけど? まぁ俺みたいのにっていうのは同意だがな」

「同意なんだ!?」

 

高坂は口をへの字にしたまま顔を赤らめていた。

 

「んむむ……妹から見た兄貴っていうのはその、なんというか他人とは違うっていうか……」

 

お前んとこの兄妹は特殊だから黙っていていいぞ。小町の思いはお前の兄に対するそれとも違うものだ。

小町は高坂のぼそぼそとした独白を意識しているのか無意識なのか、遮ることを厭わず発言した。

 

「ん~、だから強いて言えば彼女を紹介して欲しいです。あ、じゃあここにいる三人をそれぞれ彼女だという設定で紹介してもらうってことで! 小町ナイスアイディア!」

「なんでそうなる……お前らもこんなの拒否していいからな」

 

俺は嘆息しつつ、三人に目をやる。いくら可愛い小町のお願いでも人様に迷惑はかけられない。

 

「べ、別にあたしはいいケド」

「小町さんの頼みであれば仕方がないわね」

「あ、あたしもっ! 大丈夫!」

 

ぱさっ、ファサッ、くしくし。三人共髪をいじりながらやぶさかではないという態度。なんだなんだ、こういうときだけ、妙に仲が良いよね。これが女の連帯感なのか? 松本に相談したほうがいいのか? 冷やかされるからやめとこうなのか?

 

「小町、とっても楽しみ! じゃあお兄ちゃん、頑張ってね!」

「お、おう」

 

とは言われたものの、妹に彼女を紹介するとか想像したこともない。いや、嘘だった。戸塚を紹介するときにどうやって説明したものかという心配だけは散々していた。小町が理解を示しすぎて小町も女性を愛してしまったらどうしよう。むしろイイ……まで考えてた。

 

「ヒッキー、あたしからでいいよ」

 

おずおずと隣に寄り添う由比ヶ浜。少しうつむきつつ上目遣いで俺を気遣う表情はマジで彼女みたいだった。こいつのは演技じゃないんだろうが、メインヒロインとして申し分なさすぎる。冴えてる彼女(ヒロイン)は誰が育てたんだ。

俺はなるべく音を立てずに深呼吸をすると、小町を見る。この状況で雪ノ下と高坂の顔を見る勇気はない。小町は行列に並んで買ったプリンを食べる直前のような表情だ。期待が強すぎる。

目を右上にそらしながら、頭をかきつつなんとかセリフをひねり出す。

 

「あ、あー、あのな、小町。こいつが俺の彼女だ」

「こいつとか言うなし」

 

ぽかりと軽く肩を小突かれる。八幡に2のダメージ。心地よい痛みですね。

そのやりとりを見た小町は目を輝かせた。

 

「わー、わ―! 今のやり取りリアルでしたよ結衣先輩!」

「え? え? リアルってその、ホント?」

「ホントです、リアルです、もう恋人同士にしか見えないです!」

「ちょ、ちょっと動画撮っといて」

「ラジャーです! 小町にお任せ! これ、披露宴で二人の馴れ初めとして使用されるかもしれませんね、責任重大だぁ~」

「ヒッキー、ヒッキー、今のやり取りもう一回やって」

「やだよ……」

 

なんなんだこいつら、箸が転んでもおかしい年頃なの? なんでそんなに盛り上がってるの? 雪ノ下と高坂は冷めきってるよ?

 

「お兄ちゃん、いいからやって。遊びじゃないんだよ? 誰のためにやってると思ってるの」

 

妹に凄まれる。そう言われると弱いな……くそ、完全に奴隷だ。人間弱みを握られたらおしまいだということがよくわかる。

スマホを嬉しそうに掲げる妹に向かって、俺は由比ヶ浜の肩を抱いて言った。

 

「小町。こいつが俺の彼女だ」

「えへ、えへ、えへへへえええ」

「おい、さっきとリアクションが違うぞ」

 

小突くどころか突かれたところてんみたいにフニャフニャになっている。顔は赤く、やたらに手足をすり合わせており、もはやリアルもへったくれもない。好きな人に告白されてしまったときのような幸せの絶頂でテレてまくっているようなリアクションだ。実は新婚さんいらっしゃいに出場してるの?

 

「お兄ちゃんだってさっきと違うじゃん、そりゃそんなにスマートに肩を抱かれたらそうなるよ。どこで練習したの」

「してねえよ……」

 

肩を抱くのが上手いとか妹に褒められてもな……。妙な気恥ずかしさを覚えたので視線を外す。高坂と雪ノ下は揃って同じような行動を取っていた。

 

「なんで二人ともポニーテールに?」

 

なぜか二人は長い髪をまとめる作業に夢中だった。

ちなみに俺はキョンじゃないから別にポニーテール萌えというわけでもないし、川なんとかさんの髪型にご執心だったわけでもない。ただ、髪型を変えるという動作そのものは女性らしさを感じないわけではない。ただし、材木座がロン毛をまとめる行為はただ暑そうとかデブそうとかしか思わない。

 

「べ、別に理由なんかないっつの」

「そうよ。特に理由はないわね」

 

俺の回答に対するセリフも二人はほぼ同じ。いつの間にこいつら仲良くなったの? シンクロ率高くない? 瞬間、心重ねたの?

 

「じゃあ、次はあたしね」

 

ポニーテールの高坂が相変わらずむっつりとした表情で言う。ポニーテール属性はないが、髪型を変えた女子というのはなんとも、こう魅力的に写ってしまうような気がしないでもない。うなじってなんか色っぽいなと思わないわけでもない。

何が楽しいのかハイテンションのままでスマホのカメラをスタンバってる小町の方へ二人で並び立つ。

 

「小町、俺の彼女だ」

「……」

 

ん? なんだ? 時が止まったぞ。うっかり超能力に目覚めてしまったか。勝ったなガハハ! 俺は人間をやめるぞジョジョー!

 

「肩」

「は?」

「――なんで肩を抱かないのよっ!」

 

激昂する高坂。こいつはティファールより沸騰するのが早い。そして怒っている理由がディオ様より意味不明。

 

「なんのためにわざわざ抱きやすいように髪型変えたと思ってんだっつの!」

 

ポニーテールを振り回しつつ、地団駄を踏む高坂。逆に俺は冷静さを取り戻しつつあった。ほーん。そういうワケであったのか……。後頭部を掻きつつ、雪ノ下を見ると、全力でそっぽを向いていた。そっちにはロッカーしかありませんよ? あと、耳が真っ赤ですよ?

しかし高坂がまさかこんなふうに思っていたなんてな。

 

「すまんすまん、まさかそんなに肩を抱いて欲しいとは思わなかった」

「ハァ? 誰がそんなことして欲しいって? チョーシにのんな」

 

あー、やっぱり間違ってました。俺は人生の選択肢を間違えてばかりだ。

 

「じゃあ、やめとくわ」

「ハァ~!? 男が一度言ったことを簡単に変えるなボケ!」

 

ドスッと脇腹をパンチされる。八幡に232のダメージ。由比ヶ浜の小突くのとは訳が違うぞ。確実に痛い。まあ、あやせに比べれば児戯に等しいが。

しかし理不尽なやつだな。理屈が通じないし、理屈を言うと余計にこじれること請け合い。こういうやつが妹だとさぞ兄貴は大変であろう。この妹が可愛い訳がない。

そして俺の妹は口出しすることもなくひたすらスマホの赤ランプを点滅させていた。何が楽しいんだか。

ため息をついてから、目配せをする。やり直しの合図だ。高坂は頷いた。今度は彼女の肩を抱く。

 

「小町、俺の彼女。高坂桐乃だ」

「はーい、八幡と付き合ってあげてま~す」

 

そう言ってカメラに向かって横ピースをする彼女は、まぁそれはそれはどこに出しても恥ずかしいビッチであった。由比ヶ浜のビッチさなど、高坂の足元にも及ばない。サイバイマンとフリーザくらい格が違う。そして、こういう写真とかをインスタグラムでこういうの見ると精神にダメージを受ける。まさか俺が被写体になるとは……。おお嫌だ。俺、爆発しろ。

 

「うわー、これはこれでリアル―! 高坂さん、うちの愚兄と付き合ってもらってありがとうございますー」

「こいつ、あたしのこと、ちょー好きだって言うから仕方なくねー」

「なるほどなるほど」

 

俺がこいつらみたいなスクールカーストの最上位にいるような、いわゆるイケてる女子と付き合うなんて夢物語をリアルに感じさせるセリフだったとは思うが、そもそもなんでリアルっぽくさせようとしてんの? この上なくフィクションだろ。俺なんかが高坂と付き合うなんてそれこそお芝居でしかありえない。

雪ノ下はおずおずと後ろにやってきていた。ネクストバッターズサークルがあるわけでもないのに、律儀に順番待ちをしている。高坂は意外にも空気が読めるタイプなので、由比ヶ浜がいる方にどいた。

 

ふー。三度目となっても慣れない。脳内でがんばるぞいと気合を入れる。

 

「俺の彼女だ、小町」

「は、八幡さんとお付き合いすることになったのよ、小町さん」

 

演技力があると思われた雪ノ下だが、恐ろしく下手だった。舞台の上にいるよりも遥かに、緊張している。なんでこの状況でアガってるんだ雪ノ下は。らしくないな。

高坂も細かったが、抱いた肩は非常に弱々しく、ガラスのような危うさを持っていた。こんなに触れたら壊れそうなか弱い女の子だっただろうか。いや、知っていたはずだ。凛とした振る舞いをしていても、いつ壊れてもおかしくないことを。

そう思うと、何を言うわけでもなく、表情をただ見つめる。

雪ノ下も応じるように、俺を見つめた。

 

「わー、二人の世界をつくってますね~」

 

カメラマン小町がぼそっと感想を言ったが、そこでチッという舌打ちが聞こえた。

 

その明らかに苛つくような、誰もが不快になるであろう音は。

なぜか、今、俺の耳には嫌なものだと思わなかった。

 




小説じゃなくてコントなんじゃないかって?
CDドラマかよって?
ちゃんとストーリーを書けって?

「いや、これでいい」の一言をお待ちしています!!!

でも「もっとちゃんとしろ」の激励もお待ちしています!!!!

ここで笑ったよっていう報告はもっとお待ちしています!!!!!


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うっかり由比ヶ浜結衣は茹で上がる

「ふ~、いや~、小町は満足だよ~」

 

何がそんなに嬉しいのか、ほっぺたをツヤツヤさせながら妹は口をω(こんなふう)にしていた。しかし俺は根本的な間違いを指摘せざるを得ない。

 

「俺が彼女を紹介して喜ぶのはあくまで妹だからだろ。俺が彼女を紹介して一色が喜ぶわけないだろ」

 

なぜこんな当たり前過ぎることを説明することになったのか。三人だって気づいただろ。

 

「言われてみればそうね」

 

雪ノ下が、言われてみれば、の部分を強調して言った。なーんか、わざとらしいですね。本当は言われなくったってわかってましたよね。俺をからかってるだけですね。俺をからかっても良いのは高木さんだけですよ?

 

「まぁ、彼女として紹介される役割なら喜ぶことはわかりましたけどね~」

 

にゅふふふと笑う我が妹。

 

「そりゃこいつらが意外と演技力があるだけだ」

 

別に耳垢が溜まっているわけではないが、耳に人差し指を突っ込みながら嘆息する。みんな奉仕部なんてやめて演劇部に行ったほうがいい。きっと恐ろしい子! って言われるだろう。

 

「演技? そうですかねぇ~」

 

小町はニヤニヤを増した。三人を比較するように眺める。なんかいやらしいぞ。さながら雌奴隷を選ぶ商人だ。俺も異世界転生したら雌奴隷を従えたいと思います。そのためならデスマーチで働くことも厭わない。今からでも理系に変更するか。

雌奴隷達はその自覚があるのか目をそらしたり頬をかいて誤魔化していたが、高坂が突然ニヤッとした。ろくでもないことを思いついたに違いない。

 

「じゃあ小町ちゃんもやってもらったら?」

「へ?」

 

小町は鳩が豆鉄砲を食ったような顔で間抜けな声をあげた。

 

「いやいやいや、小町とお兄ちゃんは兄妹ですから。カレカノとかありえないですから」

 

パーにした両手をブンブンと振りながら強烈に否定した。しかし、高坂は親指を自分の顔に当てて、勝ち誇ったように笑う。

 

「兄妹でカレカノは存在する。ソースはあたし!」

 

後ろにババーン! と、漫画みたいな効果が見えた。そして小町はワンピースのキャラクターみたいに顎をがくーんと下げた。

兄妹でカレカノ。そういえばそうでしたね。ソースは俺をされちゃうともう覆らないですね。

 

「し、仕方がない……」

 

ゾンビよりも肩を落とし、うなだれる小町。そこまで嫌なの? お兄ちゃんちょっとショックだよ?

 

「この時点で結果はわかってるんだから……」

 

やめないかと言おうとしたら、高坂は人差し指を口元に当てた。いわゆる黙れというジェスチャーであろう。しかしなんと様になるポーズだろうか。きっと読者にも黙ってろと言わんばかりにこのポーズで写真を撮りまくってるに違いない。

 

「いいからやれ」

「はい」

 

ポーズだけでは済まなかった。信長様の命令は絶対なのだと言わんばかりの態度に明智光秀の気持ちになる俺。いつか見てろよ。

俺たち兄妹は漫才師のように並び立ち、三人の方を向く。

 

「俺の彼女、小町だ」

「彼女で~す」

 

俺の妹は世界一可愛い。間違いなく可愛い。世界中の人間から寵愛を受ける存在だ。それでも彼女として紹介することはちゃんちゃらおかしい。はっきり言って寒い。兄妹というのはそういうものだ。すげーよ、高坂京介。あんたはヘンタイだ。もし自己紹介でごく普通の高校生だなんて言ってるとしたらとんでもない誤解である。あんたに比べたらその幻想をぶち壊すという名目で女の子をぶん殴る主人公の方がよっぽど普通だね。

 

「あはは……」

 

由比ヶ浜からいつもの愛想笑いを受ける。

この表情をされるのも慣れたな。しかし優しさはときに人を傷つける。

 

「そう。よかったわね、可愛い彼女で」

 

雪ノ下の表情は慈愛に満ちているようで、その瞳に映るのは憐れみである。

 

「ぷっ、ぷくくく。あはははは! 妹を! 彼女って! あはははは!」

 

高坂はバカパク10の満点大笑いである。

お前だけには言われたくないんだが。だからやめようって言ったのに、こいつは本当に意地が悪いな。しかし愉快そうに膝に手をバンバン打って笑い転げているさまを見るといっそ清々しい。

 

「さ、次だ次」

「そうだね」

 

俺たち兄妹は心が一つになった。

 

 

「小町がして欲しいことはイマイチだったということで次に期待したいです」

 

散々目を輝かせて盛り上がっていたのに、うってかわって淡々としたナレーション。比企谷小町は笑わない。こういうときは意外と声が低いのよね。

 

「そうね。では由比ヶ浜さん、どうかしら」

「えっ、あたし!? ヒッキーにして欲しいこと、ヒッキーにして欲しいこと……」

「仕事とか、まっとうに生きるとか、紳士的に振る舞うなどのような現実的でないものは駄目よ」

「おい、雪ノ下。別に大喜利のお題じゃないからね? そういうボケはいらないからね?」

「あら、本当に危惧しただけなのだけれど」

「えとえと、お、思いついた!」

 

由比ヶ浜は割と短い時間だったが考えをまとめたようだ。高坂はまだ笑い転げている。

 

「褒めて欲しい!」

「は?」

 

良いことを思いついたという由比ヶ浜の顔を見ながら唖然としてしまった。その様子をみた雪ノ下と小町が由比ヶ浜のフォローに入る。

 

「な、なるほど~。褒めてもらって嬉しくない女の子なんていませんもんね~」

「そうね。さすが由比ヶ浜さんだわ」

 

本気で思ってるのか? 一般論としてそうかもしれんが、俺だぞ。証明は簡単だ。

 

「小町、世界一可愛いな。可愛すぎてどうにかなりそうだ」

「うわっ、気持ち悪っ!」

「ほらな。俺が褒めても気持ち悪いぞ」

「ドヤ顔だ!?」

「これほど堂々と気持ち悪がられる人もいないわね」

 

全員が思ったとおりの反応だ。ほらみたことか。やっぱりそうだろう。あまりにも想像通りで拍子抜けだ。悲しくなんて無いよ? ほんとだよ?

そこで高坂が笑うのを止めた。

 

「ああ、うちの兄貴の方がキモいから大丈夫」

 

ざわ・・・

   ざわ・・・

 

高坂の一言は奉仕部の部室を戦慄させた。

しかし考えてみれば当然だ、俺達は普通の兄妹だが高坂はリアルガチで妹を彼女にしたわけだからそりゃもうシャレになっていない。

 

「やっぱキモいんだあ」

 

ドン引きしている小町。ところが高坂はマジで吐きそうな顔の小町を見て、兄貴のフォローに入った。

 

「いや、キモいことはキモいけど、なんつーかキモくないキモさだから大丈夫なんだけど」

 

何を言っているのかはわからんが、擁護していることだけはわかる。愛だな、愛。

雪ノ下と由比ヶ浜は甘くて苦いお菓子を食ったような表情で見守っていた。

小町はどうやらなんとか精神的ダメージが回復したようで、心臓を守るように胸に手を当てる。同じ兄好きとして心拍数が上がっちゃったのかな。

 

「うん、まあ桐乃さんがお兄ちゃんラブなのはわかったからいいよ」

「は、はあ!? 誰が!」

 

ここまでヒドいツンデレは見たことがない。誰がもクソも高坂が兄貴を好きすぎて男女の関係だったことは周知の事実であり、自分でキモいって言っておきながら小町に言われたらそんなことないと否定するくらい兄貴のことが大好きなのだ。それを素直に言えない性格なのもよくわかっている。

それは俺だけの認識ではないようで、奉仕部は少し暖かい空気に包まれる。

 

「まあ、比企谷くんがキモいことはどうでもいいわ」

「ちょっと? ナチュラルな誹謗中傷はやめてもらえる?」

「ヒッキーはキモくないよ! ちょっと……アレなだけだよ」

「由比ヶ浜、全然フォローになってないからね?」

 

いつものやりとりをしている間に、高坂は冷静さを取り戻したようだった。みんな優しいな。その優しさを少しでも俺に向けたらどうか。

 

「小町は兄に変に褒められても気持ち悪いだけですが、皆さんは喜ぶんじゃないでしょうか。まーお兄ちゃんのセンスは大変疑問ですが」

「そうね。人を褒めるなんてひょっとしたら人生でしたことがない可能性があるわ。下手くそな初体験の相手をしなければならないなんて」

「おい、それちょっと言い方エロいぞ」

 

どう考えてもわざとだろうと思って言ったのだが、雪ノ下は顔を赤らめた。

 

「そ、そういうことを言うのはやめてもらえるかしら」

「え、お前だろ言ったの」

「ヒッキー、ちょっとそのへんでやめといた方がいいよ、セクハラだよ、法的措置とかになるよ」

 

ありえる。怖い。法律怖い。

 

「由比ヶ浜さん、さすがに今のやり取りで訴えたりしないわ」

「ゆきのん、優しい!」

 

なんでだよ。お前らの優しさは間違っている。

 

「初体験の相手はあたしがしてあげるからね、ヒッキー」

 

前言撤回。雪ノ下はともかく、由比ヶ浜は完全に無自覚、無意識、無邪気だ。こんなセリフを言われてしまって、こっちが恥ずかしい。ビッチとか言ってた俺はアホなのだろうか。

 

「けぷこんけぷこん、それじゃ、褒めるぞ」

 

わざとらしく咳払いをしてしまう。っていうか完全に材木座だよねコレ。どんだけ動揺しているんだ。そういうときは冷静になるまで何もしないほうが良い。絶対に。人を褒めるなんてとんでもない。そのことは後でほとほと後悔することになる。

 

「由比ヶ浜は、胸が大きいな。形もいいしメロンみたいで、本当に美味しそうだ」

 

 

ピシャーン

 

 

俺はいつの間にかマヒャドでも唱えていたのだろうか、凍てつくような空気が周りを包んだ。俺また何かやっちゃいました?

しかし俺は異世界転生もしていないしチート能力も持っていないようだった。

 

「こ、こ、このアホー! ヘンタイ! セクハラ! 死ねっ!」

 

高坂の脳天チョップ攻撃を受けてようやく我に返る。どうやら混乱していたようですね。ダイッコンッランです、ダ~イコンラン! しかし、ドサクサ妖精のせいには出来ないようだった。

 

「由比ヶ浜さん、セクハラ訴訟なら私に任せて」

「すみません、結衣先輩。きっと普段思っていたことがつい口に出たんだと思います。塀の中で反省させますんで」

 

 

どうやら実刑判決不可避のようですね? 人生終了かな? 助けてナルホドくん!

 

「ま、待って待って。ヒッキーは一応褒めてるから、うん。あたしは嫌じゃないよ」

「ええっ!? このセクハラ野郎を許すのお!? あやせだったら殺してるのに?」

 

確かに、あやせに言っていたら死んでいたな。あやせはそんなに大きくないけどな。それを言っても死ぬな。Anotherでもないのに即死フラグがすぐに立つ、それが新垣あやせ。怖すぎる。

 

「えっと、ヒッキー。もっと褒めてくれるかな。他の部分だと嬉しいな」

「お、おう」

 

由比ヶ浜はすでに命の恩人だ。一生懸命考える。

 

「まぁ、可愛い、よな。とりあえず」

「ん。うん、ありがと」

 

死ぬほど恥ずかしい。なんだこれ。彼女だと紹介する方がお芝居という建前があった。しかし、これは恥ずかしい。正直、言う前はそうでもないと思っていた。なぜならば、さすがに由比ヶ浜クラスの女の子を可愛いという評価はあまりにも当然というか、周知の事実であり、可愛くないと思ってるやつはそうそういないだろうという話であり、だから言っても恥ずかしくないと思っていた。

いやー、恥ずかしい。

その恥ずかしさを周囲に悟れれぬよう、次の褒め言葉を捻り出す。

 

「由比ヶ浜は他人に気を使える優しい女の子だ。今の俺を許してくれるくらいな。器用じゃないのに、いつも頑張って誰かのために役に立とうとしてる。そんなところが好きだな」

 

俺はたどたどしくも言葉を紡いだ。

ふー。暑い。さっきマヒャド状態だったのに、なんだこの熱気は。誰かベギラゴン唱えた?

由比ヶ浜は沸騰したヤカンさながらにボシュっと頭の上から湯気を出していた。

 

「お、お、お兄ちゃんが、お兄ちゃんがー」

 

小町はテンションが上っていた。ワチャワチャと手足を細かく動かしている。どうしたの?

雪ノ下は目を開いたまま固まっている。だから、どうしたの?

そして高坂は、

 

「あ、あ、あ、アホー! 誰が告白しろって言ったー!?」

 

スパーンと俺の頭を(はた)いてこの現状をツッコんだ。そうか、俺は告白してしまったのか。それで皆さんビックリしているのですね。ちぃ、わかった。今するべきは誤解を解くことである。

 

「違うぞ、由比ヶ浜。褒めただけだ」

「そ、そうだよね!? わかってる、わかってるよー」

 

茹でダコのように顔を真っ赤にしたまま、わかってるを連呼していた。それにしても嬉しさが溢れ出ている。どうやら褒めるのが上手すぎたようですね?

 

これなら高坂も雪ノ下も褒めまくれるな。だ~いじょうぶ、まぁ~かせて、てなもんよ。

 

 





話が進むの遅くてごめんね!?

でも、これでみんな良いって言うから!!

ガハマさんが可愛ければそれで良いって言うから~。

正直ここで一回投稿することになるとは思いませんでしたが。

カワイイよね? 大丈夫ですよね?


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自信なさげな雪ノ下雪乃は期待を持って外を見る

さてさて、それでは高坂を褒めちぎってやるか。あまりの褒め上手っぷりに恐怖するが良い。

 

「高坂は美少女だな。スタイルもいいし、センスもいいし、まさに完全無欠だ」

「ま、そーね」

「しかも成績はかなり優秀だし、友人も多いし、元陸上部で足がものすごく速くて運動も出来る。読モの仕事も完璧にこなしていて非の打ち所がない」

「トーゼンって感じ」

 

あっれー!?

ここまで褒めて、当たり前過ぎてなんとも思ってませんというのか。そういうところが可愛くないんだよ……。

 

「ちょっと、そんな一般論で褒めたつもりなワケ?」

 

くっ、これだけの怒涛の美辞麗句を一般論と言い切れるこの傲慢さがスゲエ。しかし、その傲慢さを褒めたら怒り出すことだろう。

 

「ちょっと、由比ヶ浜さん。高坂さんが元陸上部で足が速いなんて知っていた?」

「全然、まったく知らないよ……」

「小町も聞いたことないです」

「比企谷くんが高坂さんのことをよく調べているということね」

「ヒッキー……」

「お兄ちゃん、桐乃さんの載ってる雑誌もこっそり買ってますからね」

「そう……」

 

外野が何やらごちゃごちゃ言ってるが、かまっている暇はない。俺は今このプライドの高い派手な後輩をデートも無しにデレさせなければならない。夜刀神十香なら俺もデレさせる自信があるのだが。こいつに比べたら五河士道の妹の方がまだ可愛げがあるってもんだ。

 

「はやく褒めなさいよ。あたしなんか褒めるところだらけなんだから、カンタンじゃん!?」

 

もう散々褒めちぎっただろ。ムカつくところだったらもっとスラスラ出てくるんですけどねえ……。

 

「自分に自信があるところも魅力だな、いい意味で」

「ふんふん」

「プライドがあるのも立派だな、いい意味で」

「うんうん」

「常に誇りを持って行動しているよな、いい意味で」

「そうそう、って全部同じ意味じゃん!? エラソーだって思ってんでしょ!?」

「気づいたか、さすがだな。いい意味で」

「いい意味でって付ければいいと思ってんの!?」

 

げしっ

 

膝を軽く蹴られる。この程度の攻撃はむしろ嬉しい感じがしますね? 別に特殊な性癖があるわけではないのですが、決して。ええ。

 

それにしても成績優秀なだけではなく、地頭も良いんですね。正直なところコテッと騙されてくれるかと思ってました。あーしさんだったらイケたはずだ。

しかし、ノリツッコミまで出来るとは高坂のポテンシャルはバケモノか。でも、そこを褒めたらやっぱり怒り出すことだろう。こいつを褒めるの難しすぎませんかね。スペックは高いのにそこを褒めても暖簾に腕押し。意外なポイントを見つけても褒めたら怒り出すこと請け合い。なんてこった。

この高坂とのテンポの良い漫才も三人のJKたちにはまったくウケなかった。小町は生暖かい目で、他の二人は冷え切った目で見ていた。ツッコミはかなり上手だと思うんだがな。

 

「お前、ツッコミうまいよな」

「はあああ!? 褒めるところそこなワケ!?」

 

もしや喜ぶかなと思ったが、やっぱり怒りましたね。これは戦略を練り直さなければ。高坂のいいところねえ。なんだろうなあと考えながら頭をボリボリかいていたら、その様子が不愉快なのか高坂が眉をつり上げる。いいところなんざ湯水の如くあるんだから、ひねり出すなと。やれやれ。

俺は机に腕を組んで手に顎を乗せる。いわゆるゲンドウポーズだ。

 

「なんだその、やっぱり好きなものに一生懸命になれるところじゃねえかな。エロゲーだろうが女児向けアニメだろうが、好きなものは好きだって言って自分を曲げないで。陸上や読モもやって。ケータイ小説も書いてたんだろ。同人誌作るときだって妥協なんかしてなかったし。兄妹で恋愛までしちまうくらいだ。誰がなんと言おうと好きなものを貫くっていうのは凄いことだろ」

 

ゆっくりと、つらつらと。思っていることを大して整理もせず。俺が褒めるなんて芸当が上手なわけもない。だからこれは感想だ。称賛ではなく、ただの感想に過ぎない。

よって反応が気になるものの、ちょ~っと怖いので、片眼だけちらっと開ける。なんか意味ありげな感じだけど、ビビってるだけだ。

 

――ん?

高坂含めて四人全員がぽかんとしていた。また俺なんかやっちゃいました? 別に祖父は賢者じゃないけど?

 

「ヒッキーは凄いなあ……」

「爆発しないかしら」

「あー、小町もうお腹いっぱいです」

 

オーディエンスの反応はよくわからない。つまりどうなのか。良いのか悪いのか。言葉にしてくれないと不安なの……こんなこと言わせないで……って俺がよく読む小説だとヒロインが言いがち。言わなくてもわかるだろ、とか男が言いがち。やれやれ、青春ラブコメってのはこれだから。俺はわからん。男だって言われないとわからん。

 

「ま、まあ!? 多少はあたしのことわかってんじゃん?」

 

例の如く腕を組んで顎を上げる。こいつ、このポーズ好きだな。何かの一巻の表紙でも飾ってるの?

 

「ここまで褒められて堂々としているなんて小町、尊敬ですよ」

「凄いよね」

 

由比ヶ浜、お前さっきから凄いしか言ってないぞ。語彙。

 

「じゃあ、まあ、あたしの番は終わりね」

 

次は雪ノ下の番だと促すように高坂の視線を受けた雪ノ下は、ふ、と視線を下げた。お前もそのポーズ多いよね。俺の評価は有耶無耶にされつつあるが、もうその方がいいだろうな。次いこう、次。

 

「私は……いいわ」

「遠慮することないじゃん」

「そうだよ、ゆきのん! 結構気持ちいいよ?」

 

由比ヶ浜は気持ちよかったのか。なんかこう、気持ちよくさせたと思うとなにかこみ上げるものがありますね? 由比ヶ浜より雪ノ下の方が感度がいい可能性もありますよ?

 

「高坂さんに比べたら褒める場所が少ないもの」

「そんなことないよ、ゆきのん! ね、ヒッキー?」

 

ハードルを上げるのやめてくれませんかねえ……。一般論はいらないとか縛りが増えているのよ?

 

「そうだな。貧」

「胸の話はいらないからね?」

 

由比ヶ浜はにっこりと首を傾げた。なんで「貧乳はステータスだ、希少価値だ」って言おうとしたことわかったの? でも言ってたら俺の命はなかった可能性もあるね? 由比ヶ浜さんは命の恩人かもしれないね?

 

「雪ノ下、は……そうだな頭脳明晰で冷静で冷たい印象を与えがちだが、実は情熱的で心も温かい、かな」

 

これは言っていても、上手いこと言った感じがある。これが褒め言葉査定ランキングだったら、絶対才能アリです!

小町も由比ヶ浜も、ほぉ~とかほぁ~とか感心したご様子。高坂はさっきから上の空だ。なんか目を閉じてずっと口をモニョモニョさせている。実は小町に腋をくすぐられてるのを我慢しているのかしらん。

 

「そ、その」

 

非常に言いづらそうに両手の指をもぞもぞとさせる雪ノ下。何かしら、感動しすぎてうっかり告白してくるのかしら。おいおい、よせよ。

 

「わ、私にはそのルックスの褒め言葉はないのかしら。ほ、他の二人には言っていたし、その、私はもちろんお二人に比べたらその、劣るとは思うのだけれど。でも一応その、一般的には可愛い方だと思うし……」

 

最初は上ずったセリフが、どんどんと尻窄みに小さくなっていく。

これはつまり容姿を褒めろということか? しかし一般論になってしまいそうな。元々は自信過剰女であった雪ノ下だが、流石に高坂に比べれば大したことはなく、いつの間にか自信なさげキャラに転向してしまったな。

自分が可愛いということを昔から自覚していたのに、由比ヶ浜のようなおっぱいやら高坂のような読モやらが登場してきたからちょっと自信無くなって来ちゃったのかしら。それとも世界一可愛いウチの妹のせいかしら。

 

それにしたって校内で指折りの美少女であることは疑う余地はなく、綺麗だなんて褒めてもそれこそ言わずもがなのことだ。天下一品を食ってスープが濃いと言うようなものだろう。

雪ノ下の全体をぼんやりと見ながら思案する俺を他所に、由比ヶ浜と小町が二人でなにやら興奮した様子で声を抑えて激論していた。

 

「ちょ、ゆきのん、今の可愛すぎるでしょ?」

「小町がお兄ちゃんだったら今ので鼻血吹いて倒れてますよ」

「やばいよ~、ゆきのん、今すぐ抱きしめて、カワイイを連呼したいよぉ~」

「ごみいちゃんに容姿褒められたいとか乙女すぎて……はぁ、尊い……」

 

お互いヒートアップしているが話はまるで噛み合っていないようだった。ほっとこう。俺は彼女の容姿を褒め称える任務に従事しなければならない。いや、なんだ。一般論を排除して容姿を褒めるって、完全に自分の好みを教えるようなものじゃないか。無理では?

 

「ご、ごめんなさい。いいのよ比企谷くん。難しいことを言ってしまって」

 

コレはまずい。見た目を褒めるのに熟考するというのは、ブスだと言ってるようなものだ。ええい、もう一般論だの客観論だのはどうでもいい、とにかく褒めろ。

 

「顎から首にかけてのなだらかなラインが綺麗だ。均整の取れたほっそりした身体が綺麗だ。黒くて長い髪が綺麗だ。笑うとえくぼが出来るところが可愛い。少し八重歯がのぞくところも好きだ。あと」

「も! もういいわ。 ありがとう」

 

雪ノ下は頬を真っ赤に染め上げ、両手でストップのサイン。ビデオ屋さんのこの先には進めませんというのれんに描いてあるあれだな。どうやら満足いただけたようだ。前から思っていたことを言っただけだがな。

 

「ヒッキー、本気すぎ……マニアックすぎ……」

「小町もこんなに詳細にじっくりと観察されてたと思うとちょっと怖い」

 

二人は引いていた。あれ? 雪ノ下も引いてるの? そういう意味でもう止めて! なの?

ちなみに高坂はいまだに目を閉じたまま、どこかにトリップしたままだ。透明なナーヴギアでも装着しているのかしら。フェアリィ・ダンスかしら。実は直葉なのかしら。

 

こほんとわざとらしく咳払いをした雪ノ下にみんな注目する。どうなのよ、褒められてどうなのよ。

 

「次は私の案でいいかしら」

 

話題を変えた!

まぁ、それはそれでいいか。俺も褒め言葉に対する賞賛が欲しいわけではない。

 

「私は、お手紙が欲しいわ」

 

は?

お手紙?

 

雪ノ下は思わせぶりに窓の外を見やる。

つられて俺たちも外を見る。気づけばもう夕方か。赤い夕日をバックにカラスが飛んでいた。吹奏楽部の練習の音もすっかり聴こえなくなっており、下校の時刻が迫っているようだった。

 

「メールやメッセージアプリによるコミュニケーションも嫌いではないけれど、直筆ならそれはなおさら嬉しいのではないかしら。特に一色さんのような女友達がいないタイプは」

 

それはお前もだろ、とツッコミそうになったが、俺も友達いなかったわ。てへへ。僕たちは友達が少ない。

 

「わー、それいい! 小学校のとき流行ったよね、交換ノートとか」

 

嬉しそうに共感を求める由比ヶ浜のセリフに賛同するものはいなかった。小町ですら目を背けている。

 

「あれ? あれ? やんない? やんなかった?」

 

いいんだ、由比ヶ浜。心配そうにするな。お前が正しいんだ。ただし俺の目を見るのはやめて。

 

「あー、やった、やったー」

「よかったー、だよね~」

 

由比ヶ浜と高坂がきゃぴきゃぴと手に手をとってキャッキャウフフしている。よかったね、ワンダーランドだね。リア充がもうひとり居て。

片やマジのいわゆるイケてるJKで、もう片方はエロゲー大好きこじらせ女子だけどな。これもうよくわかんねえな。

 

「比企谷くん、当然だけれど、便箋と封筒についてもその人を思って変えること。文字数は最低でも二千文字以上よ」

 

なにそれ? どこのルール? 小説家になろうでも二百文字あったら投稿できるんだけど? 封筒と便箋をそれぞれ買うのはいくらかかるの? ペンも買ったほうがいいの? 疑問だらけだが高坂が潮時と見たのか、席を立った。

 

「じゃあ、今日はここまでってことで」

「わ~、ヒッキーの手紙ってどんなんだろ~」

「お兄ちゃんから手紙貰うの久しぶりだな~」

「ちょっと? 小町にも送るの?」

「当然でしょう? むしろなんで普段から送ってないのかしら。生きていてくれてありがとうとか、生きててすみませんとか」

「思っても口に出さないのが兄妹なんだよ」

「思ってるんだ!?」

 

部室を片付けながら、俺たちはいつもどおりの会話を続ける。すっかり高坂も小町も奉仕部に居るのが当然になっていた。

そして、俺はこいつらに振り回されることも、言いなりになることも、当然になっていた。なんで、なんで忍者なんで?

そんなことを思いつつも、帰りにレターセットを買う場所と、どういうのが似合うのかを考えてしまうあたり、俺はどうも真面目過ぎる気がしてならない。

 

 

 

 




ようやく一旦は奉仕部の部室で四人がだらだらお喋りするだけの話を脱却したよ!
ずっと俺ガイルサイドの話が続いてるから俺妹ヒロインズ達との話も書いたほうがいいかしらん? どうかしらん?
なんにせよ感想をいただくのが嬉しくて書いてるようなものですから、本当に一言でいいのでいただけますと嬉しいです。
ゆきのん可愛かった?


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下校時に戸塚彩加は新世界の神になる

便箋を選ぶ、などと乙女チックなことが俺に出来ると思いますか? アンケートを取るまでもない。スタンド能力を発動させなくてもNO、NO、NO、NOと怒涛のように伝わってくるぜええっ!

俺は助けを求めることにした。なんでも一人でやろうとするのは俺の悪い癖だ。この奉仕部に属した高校生活で人を頼るということを学んだよ。人は一人では生きていけないのさ。早く誰か俺を養って!

 

「小町、あのな」

 

世界中を敵に回しても小町だけは俺の味方だ。幻想だとしてもぶち壊さないで欲しい。助けて、小町。

 

「お兄ちゃんが手紙書いてくれるなんて~。どんなのかな~」

 

くっ!?

小町が素直に妹らしく楽しみにしている……だと……?

わざとかな? 今、俺が雨に濡れた子犬のような目で助けを求めていることを察してのことかな?

 

「小町楽しみだよ~」

 

猫耳が付いてるのかと思うくらいの猫なで声を出してほにゃ~っと微笑む。

これは心からだ……演技ではない。いや、そう思いたい。小町が実は腹黒いなんて設定は絶対に許さない。小町はどこぞの妹と違って完全無欠の誰もが望むリトル・シスターだ。彼女がそう望むのであれば、期待に応えなければならない。それが兄貴ってもんだろ。

 

雪ノ下は依頼主みたいなものだし、由比ヶ浜は……。

 

「ヒッキーが選ぶレターセットか~」

 

いかん、勝手に妄想している。遠くを見てにへら~とだらしなく口を開けてるのは、俺の手紙の中身の前にビジュアルでウケてること請け合いだ。これは小町より相談できない。俺のセンスに期待するとかどうかしている。

 

高坂は……すでにいなかった。長らくトリップしたままだったが、突然腕時計を見て「ヤバッ!」とか言って駆け出していった。そういえば門限があるんだったな。

 

ならば平塚先生に……いや、無理だ。あの人に相談できるのは今度行くラーメン屋くらいのものだ。披露宴の会場を相談する相手が出来ることをお祈りしつつ、他のメンツを検討する。

 

あやせ……は命が惜しい。

 

黒猫……は凄くレターセットとか詳しそうな気がするが、二人きりで会うアポを取るほどの仲じゃない。いや、そもそもそういう仲なんていないだろ、という話は別にしてだ。

こういうときに相談する相手といえば、友人だが俺には友人が……はっ!?

 

いるじゃないか、誘ったら喜んで付き合ってくれそうな天使が! 戸塚だよ! いっそそのまま付き合っちゃう!?

 

俺は夕暮れの中を急ぎテニスコートへ。もう残っている生徒はまばらだが、部長だから最後まで残ってる可能性が高い。

ハードルを片付ける陸上部の一年生や、球拾いを続けている野球部のいがぐりあたまを見ていると少し不安になるが……。

音のしない静かなテニスコートには、長い影が二つ。それはラケットの持ち方を手取り足取り教えている戸塚と、恥ずかしがりつつも懸命にスコートを揺らして腕を振る女子だった。戸塚は腰と手をとって、後ろから彼女に身体を密着させている。

 

う、羨ましい。

なんて羨ましいことを。

 

俺も戸塚に手取り足取り教えて欲しい!

こんなことなら未経験でテニス部に入るんだったぜ。

 

指を咥えて眺めていると、ぺこりと礼をして去っていく新入部員と思われる女子。戸塚は彼女に手を振って別れたのちにテニスコート全体を確認するように首を回して、俺に気づいた。

 

「あ、はちまーん!」

 

勝った。去っていく女子よりも俺に対しての方がいっぱい手を振っている。

ぴらぴらと手を振りつつ、戸塚に近寄る。爽やかな汗をかいたばかりで、まるでひんやりする洗顔料のコマーシャルのヒロインのようだ。瞬間、汗キュン。敏感、俺キュン。

頬に冷たい缶ジュースでもくっつけてやりたいところだったが、あいにく用意がなかった。もう、バカバカ!

 

「どうしたの?」

 

きょとんと首を傾げる天使。今からでもテニス部に入ろうかしら。て~きゅう。みたいに。ってあいつら全然テニスやんなかったわ。

 

「実は頼みがあるんだ」

 

勇気を出して話しかける俺。

空はいわゆるマジックアワー。紫とオレンジの光を浴びた戸塚はもはや天使を超えて女神であった。

 

「八幡のお願い? なんでも聞くよ」

 

なんでも!?

女神になんでもお願いを聞いてもらえるなら話が違うな。君にずっと一緒に居て欲しい、にしようかな。ああっ戸塚さまっ!

それとも一緒に冒険についてきてもらうか……いや、花鳥風月などと言いながら水芸をする戸塚は想像もつかない。やめておこう。

ここは初志貫徹、当初の依頼をお願いしよう。

 

「実は奉仕部で手紙を書くことになったんだが……書いたことないから、レターセットとやらを買うのがどうもな。ファンシーな店に男一人で入るのもやりづらく、付き合ってもらえないかと」

「お手紙、いいね。でも、ぼくも男なんだけど」

 

戸塚が男。ははは、面白い冗談だ。性別は秀吉では? そう言えばバカテスでも自分は男じゃがとか言ってたな。ウケる~。折本じゃなくてもウケる~。そうそう可愛い男がいるかよ。

 

「駄目か?」

「ううん! いいよ、一緒に行こ」

 

にっこりと微笑む女神を超えた何か。そろそろ俺も教祖になるときが来たのかもしれない。この人類の宝を世界に伝えないのは悪なんじゃないかと思い始めたが、やっぱり俺のものにしておこう。独占しなきゃ損だ!

 

「着替えるから、ちょっとだけ待っててね」

 

こくこくと頷く俺。

男子更衣室の前で脚を組んで待つ。こういうとき覗きをしようとする輩がいるが俺は紳士だからな。

あれ? 何かがおかしい。

男子更衣室を覗くってどういうこと?

そもそも俺は普通に入っても少しも問題ないぞ。

 

組んだ脚を解除して、ドアに近づくが、足が止まる。

 

待て、これはなんというか背徳感がやばい。明らかに天罰が下ってもおかしくない行為。

仮に材木座が戸塚が着替えている男子更衣室に堂々と入っていったとして、俺はそれを許すことが出来るのか。否。断じて否だ。

 

人は理屈ではなく心のままに行動しなければならない……。今まで散々屁理屈をこねて嫌な立ち回りをしてきたにも関わらずここでその判断に至るのは成長なのか、それとも。

 

そんな低レベルすぎる哲学の道をさまよっているとがちゃりとドアが開いた。

 

「おまたせ、八幡!」

 

男子更衣室の前で悶々とする男子の話、完。

 

自転車を押しながら、下校しつつ商業施設へと向かう。他愛もない会話をしながらな。なにこれトゥルー・ラブストーリー? やっぱり戸塚ルートこそ真の愛の物語なの?

 

「手紙かあ、いいよね。ぼくも欲しいなあ」

「書く」

 

俺はコンマ二秒で返答した。誰に何を言われることもなく二千文字を超えて書くぞ。

 

「ほんと? じゃあぼくも書こうかな」

 

なんだと!?

価値が聖書を超えてしまう! やはり教祖になるしかないかもわからんね。新しい元号どころか西暦に代わって彩加になるまである。彩加世紀0079あたりになったら独立戦争とか始まるんじゃないかしら。

 

「お、俺に?」

 

はい、どもりましたー。

 

「うん、もちろん!」

 

はい、オチましたー。いやとっくに落ちてたといっても過言ではないが、奈落まで落ちたね。死んじゃうのかよ。

 

「でもぼくたちのレターセットをファンシーショップで買うのは変だからまた今度ね」

「そ、そうだな」

 

戸塚には似合うかもしれんが、俺には似合わないしな。しかし戸塚が俺に贈るのも、俺が戸塚に贈るのも変ではない気がするが。男同士だから変なのか。ん? 何もおかしくないような? あれ? 何かがおかしいですね?

 

「小町ちゃんとかと行ったことないの?」

「ファンシーショップか? 行かないな」

「へ~。ぼくも初めてだなー。楽しみだね、えへへ」

 

そんな話をしながら、下校時の寄り道をする俺たち。なんでもないようなことが幸せだったと思うね。やっぱり死んじゃうのかよ。二度と戻れないのかよ。

 

到着したのは普段はフードコートかゲーセンにしか寄ることもない、ショッピングモールの三階の一エリア。たまに見かけるだけで全く興味のなかったファンシーショップに初めて入店。残念ながらファンシーララのグッズは置いていない。ファンシーショップなのにおかしいですね?

 

「八幡、この辺じゃないかな、レターセット」

 

先に奥の方へ入っていった戸塚が、ぴょんぴょん跳ねながら手を振って教えてくれる。あまりにも尊すぎる。今持ってるお金じゃ全然お布施が足りないな。

とりあえずいくつかを眺めてみる。

 

「ほーん。この辺が女神とか天使とかだな。これを戸塚用に購入と」

「えっ? なんで? それよりぼくは後でいいよ。誰に贈る手紙なの?」

 

おっと、戸塚への手紙のことで頭がいっぱいで他のことは忘れていた。まぁ、新しい神の登場より重要なことなどないだろうから仕方がない。

 

「雪ノ下と、由比ヶ浜と、小町。それに高坂と、一色もだな」

 

これが採用になった場合、一色の分も書くことになるわけだから、買っておいたほうがいいだろう。また、同じ理由でここに来るのも面倒……しまった、面倒なんてとんでもない。また戸塚と一緒にデートできる口実になったじゃないか! ばか、はちまんのばか!

 

ぐうう、と苦悩の表情を見せる俺を見て、新世界の神は少し驚く。

 

「やっぱり八幡は凄いなあ、そこまで真剣に悩めるなんて」

 

いや、自分の愚かさに苦悩していただけだけどな。穢れを知らない幼女のような聖なる瞳で見つめられると、ターンアンデッドしちゃう。もう死んじゃってたのかよ。

 

「大変そうだから手伝うよ。一緒に選ぼう!」と言って戸塚は笑った。

 

この笑顔で選ばれたら、それがタワーマンションでも買うまである。

 

「雪ノ下さんかぁ。この雪うさぎのなんてどうかなあ? 安直かな」

「それにしよう」

 

人差し指を顎につけて悩む戸塚。まるで新婚さんが晩御飯の買い物をしているかのようだ。彩加の作るものならなんでも喜んで食べるよ。もし由比ヶ浜より下手でも完食します。

 

「次は由比ヶ浜さんだね。何がいいかな」

「この牛とか?」

「え? なんで牛? 確かに可愛いけど……」

 

雪ノ下が雪うさぎというシンプルな発想を見習って、由比ヶ浜は乳牛かと思ったけどどうやら間違えたようですね? じゃあ何だって言うんです? メロン?

 

「動物だったら犬じゃないのかな。飼ってるんだよね?」

「お、そういやそうだった」

 

デフォルメされた犬やら骨やら犬小屋やらで構成されたファンシーなやつがあった。コレだ! と思いました。

俺がアイテムをゲットしている間も、戸塚は次を探してくれている。何か見つけたらしく、見せながら近寄ってくる。こういう犬っぽさなら俺も大好き。むしろ俺がしっぽを振るまである。

 

「このハートマークとかいっぱいのやつ、一色さんっぽくない?」

 

そう言って、ふにゃっと笑う戸塚。俺からハートマークがいっぱい出てますが、どうしたらいいですかね。今なら石破ラブラブ天驚拳も撃てそうですよ?

しかし、俺はクールな男。冷静に判断を下すことが出来るぜ。今すぐ戸塚にプロポーズすることも我慢する。

 

「俺からハートマークいっぱいの手紙送ったら、ラブレターだと思われないか?」

「え。あ、そっか。ラブレターじゃないの?」

 

俺が?

一色いろはにラブレター?

ちょっと想像してみる。

 

「なんですかこれ、どうせ罰ゲームでやらされたんですよね?」

 

そう言ってへっと笑うイメージが脳裏に浮かぶ。ぶるぶるぶる。ああ、恐ろしや。

 

「無い、無い」と手を振った。

「そっか~」

 

そう言って元の棚に戻そうとする戸塚。

 

「ま、待ってくれ」

 

それは戸塚に贈るのに使いたい。

 

「やっぱりラブレター贈るの?」

 

何故か恥ずかしそうにそう呟く相手に出すというのはもはや求婚と同様であり、さっき我慢したのが無意味になってしまうので、諦める。

 

「小町に贈るわ」

「小町ちゃんに? 愛されてるなあ」

 

ほわわんと、アットホームな笑顔を見せる。マジで俺と家族になって欲しい。

まぁ小町にハートをいっぱい送りつけるのも悪くはないだろう。愛にあふれていることに変わりはない。

 

「いろいろ可愛いのがあるね」

 

一番可愛いのはお前だけどな。ってなんで戸塚の隣にいると少女漫画の主人公みたいになっちゃうんですかね。そして少女漫画の悪役みたいなヒロインばかりに囲まれている気がしますね? 

 

後ろ手に棚を眺める戸塚から目を離すことが出来ないので、まったく買い物が進まない。真面目にやってよね、八幡。てへっ。真のぼっちは自分で自分にツッコミを入れる。

 

「一色さんは生徒会長だから、真面目な感じかな?」

「それは断じて違うことだけは保証しよう。むしろ一番ふざけてていい」

「えぇ~、それは一色さんに悪いよ」

 

ふうむ、このキャッキャウフフな時間が永遠に続けばいいのに。今夜はゆずれない願いを抱きしめて眠ることになりそうだ。

 

「このゾンビのやつなんかいいんじゃないの」

「あ、それ可愛いよね! ぼくもいいなって思ってたんだ」

 

そう言えば、戸塚はホラー映画好きだったな。俺にはこのふざけたテイストのグロキャラクターの何がいいのかさっぱりわからん。八等身のネコ娘のほうがいいね。しかし戸塚が可愛いと言うなら間違いない。とつかわいいは正義。

 

「じゃあ、まあこれでいいか」

「あとは高坂さん? ぼくはよく知らないけど、どういうのが好みなのかな」

 

エロゲー。とは言えないな。なぜか小町に言えることでも戸塚には言えない。天使だからですかね?

あとは、幼女? うーん。ろくなものがないな。

 

「そうだな、魔法少女モノとか好きだったな」

 

ようやく口に出せるものがあった。

 

「へ~。読者モデルさんだってさっき八幡言ってたけど、結構子供っぽいところがあるんだね!?」

 

いや、完全に大きなお友達の方の意味なんだけどね。むしろ子供を邪な目で見ている気がするね。子供らしいところっていうか悪ガキっぽいところはあるかもしれんけど。

 

「これとかかなあ」

「トゥインクル!?」

 

戸塚の提示したそれは女児向けとしか言いようがないレターセットだった。しかしこれは興味深いでプルンす。地球人はこんな素敵なものを贈り合ってるルン?

 

「それにするんだね、八幡。でもなんで二つ」

「か、書き損じるかもしれないからな」

「そ、そうなんだ」

 

それを言うなら全部そうだろ、というツッコミなど当然女神はしなかった。本当は鑑賞・保管用として買った。なんとか三つ買うことは自重した。

 

すぐにお会計に向かうのも何となく気が引ける。手紙はともかく、戸塚に何かお礼したいのだ。もっと言うとプレゼントを贈って好感度をアップしたい。そしてエンディングを迎えたい。

 

戸塚が内股でゆっくり、目を泳がせながらトコトコ歩いているところを見ていると、何かを見つけたようだった。よし、それを俺が買おうじゃないの。

 

「何か気になるものでもあったか」

「ん? ううん、なんかこれ面白いなって。ほら」

 

それは貝のキーホルダーだった。それの何が面白いのかしらん?

 

「ぴったり合わさるのがこのセットだけなんだって」

 

ほ~ん。貝合わせという神経衰弱みたいな平安時代の遊びに由来したものだろう。二枚貝は他のものとは合わないから夫婦の絆を表すとかなんとか。だから嫁入り道具になってたとかなんとか。

 

「これ、二人で買ってお互いのバッグにつけようよ」

 

りーんごーん♪

 

チャペルの鐘が鳴る。これはもう結婚するしかないかもわからんね。

 

「戸塚、これは俺が買って片方をプレゼントさせてもらう。今日付き合ってもらったお礼だ」

「ええっ、悪いよ~」

「いや、ここは出させてくれ。俺だって男なんだ」

「ぼくも男だよっ」

 

そう言ってぷくっと頬を膨らませるが、もうその顔が男ではない。そんなに可愛い男がいるわけがない。

数秒間見とれていると、空気を逃して、嘆息した。そして微笑む。

 

「わかったよ、ありがとね、八幡」

 

レジで買った途端にバッグに付けた。

 

帰り道は完全に舞い上がっており、家についても舞い上がっており、風呂でも舞い上がっており、飯の間もずっと舞い上がっており、ベッドに入ってから手紙を書かなければいけないことを思い出した。

 

文面、何も考えてなかった……。

戸塚への手紙なら書けるだろうが、他は何も思いつかねえ。

 





うーん、戸塚は可愛いけど、流石にこれは自信がないですねえ。
男同士のデートとか初めて書きましたw
これでもニヤニヤしていただけましたでしょうか?


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睡眠時間を削ってまで比企谷八幡は手紙を書き上げる

いいや、寝よう。

 

当然の選択肢だろう。それほどタイムリミットが厳しいわけでもあるまい。

明日は金曜日だが、手紙を見せるのは来週でいいだろ。

スマホの目覚ましをセットしようとしたら、珍しくメッセージが届いてるようだった。

そう言えば、俺も戸塚に今日は楽しかったよありがとうって送らなきゃ駄目じゃん。女の子として当然の礼儀じゃん。ってなんで俺が女子サイドなんだよ。

本当に戸塚からだったりして。少しだけウキウキしてロックを解除すると、意外すぎることに複数のアカウントから来ていた。ラーメン屋以外からメッセージが来ること自体レアだというに。

 

一つ目の送り主は由比ヶ浜だな。

 

『手紙、楽しみだなー。でもみんなの分書くの大変だよね。無理しないでね☆(ゝω・)v』

 

なにこの俺のことを完全に把握したうえでサボるのを許してくれようとしている感じ。由比ヶ浜のところに婿入りするのも悪くないな、母ちゃん美人だし。

 

じゃあお言葉に甘えておやすみなさいと思ったが、まだ未読があるんだったよ。二通目は雪ノ下か。一日に人間から二通も来るとか俺の人生とは思えない。

 

『比企谷くん、真面目に手紙を書いているかしら』

 

ぎくり。字面だけで冷たい目で射抜かれているような感覚。怖いよー、ゆきのん怖いよー。

 

『いえ、真面目に取り組んでいるとは思うのだけれど、その、あまり根を詰めないように』

 

あれ? どうしたこの雪ノ下は。メッセージアプリだと優しくなるの? ハンドルを持つと性格が変わるとかと同じ? いや、そんなことはなかったような。姉の酌で無理やり酒でも飲んでるのかしらん。

 

『私から言い出したことだけれど、私のはいつでも構わないので、早く眠るのよ』

 

おかん? おかんなの? いや、うちのおかんはこんなに優しくねえけど。むしろ三浦かよって感じ。お母さん属性が付いちゃった雪ノ下さんなんて、通常攻撃が二回攻撃で全体攻撃より強いんですけど?

こりゃもう大人しく眠るしかないな。ようやく俺の生活にもゆとりが生まれたね。いままでがブラック過ぎたんだ! これが時代の流れってやつだ! ビバ働き方改革!

 

ようし、もう歯を磨いて寝よう。

そう思って洗面所に向かうと、パジャマ姿の小町が口を濯いでいた。ちょうど交代できそうだな。

 

「……お兄ちゃん、顔を洗いに来たんだね」

 

ん? いや、俺はもう眠りたいからそんな目の覚めるような行動はしませんが……。鏡越しに目が合う。しかし、俺の目は開いてるのかどうなのかわからんくらい腐ってるな。腐ってる自覚あるのかよ。

鏡に写った小町は、優しく微笑む。

 

「手紙、小町のは別にいいからね。徹夜とかしないでね。お兄ちゃん、いっつも頑張り過ぎちゃうから」

 

いや、その、俺はまだ一文字も書いていないのですが。それを伝えるような時間は用意されていなかったらしく、口を拭き終わった小町はスリッパをぱこぱこ言わせながら手を振った。

 

「じゃ、おやすみ」

「お、おう」

 

なんなんだ、なんかみんな優しくない? いや、小町が天使なのは昔からだった。お兄ちゃん、何かを間違えてたよ! 

 

歯を磨いて、トイレを済ませる。待っててね、オフトゥン。

 

部屋に帰ると、スマホがピカピカしていた。まーた誰かが俺に優しい言葉をかけようとしているのか。ありがたすぎる。この世界は愛に溢れているね。

誰からかしらん。この流れからすると……ちぃ、わかった! きっとこれは高坂だ。おそらく、そうだな……文面はこんな感じじゃない?

 

『どうせまだ手紙書いてるんでしょうけど、あたしは別に楽しみすぎて眠れないなんてことないかんね! だから、週明けでも、べ、別にいいんだからねっ!』

 

こーんな感じに違いないね。わぁ、なにこの絵に描いたようなツンデレ。ははーん、こいつ実は俺のこと好きだな?

 

って高坂は俺の想像どおりに収まる器じゃねえな。どれどれ。

 

差出人はいろいろいろはす……高坂じゃなかったよ。それにしても、この名前どうにかならんのか。

 

『先輩、確かに期限は決めていませんでしたが、さすがに土日をまたぐようだと情報流出しちゃうかもです。では明日、楽しみにしています』

 

はちまんは、めのまえがまっくらになった。

 

鬼か、悪魔か、いろはすか。容赦無さすぎる締め切りだ!

どうやら一色だけは俺に甘くなかったようですね。畜生!

しかし別に一色は手紙なんて大変なことをやってるとは思っていないし、当然五人相手にしているなんてことはツユほども知らないわけだ。勝手に俺が茨の道を歩んでいるというわけだ。絶対に歩かないと決めていたはずなのに! なんでこうなった!?

 

とりあえず、パソコンでエディタを起動。文字数が二千を超えたらわかるようにして手紙を書き始める。全員分を書き終えたら、一度推敲して文章を清書。書き上げた文章を見ながら、レターセットに書き写す。

これを雪ノ下、由比ヶ浜、高坂、小町、一色の五人分。くそっ、八時間じゃ足りねえよ。

 

深夜に入り始めた頃になって携帯が振動する。

高坂だ。今更ツンデレされても意味などないのだが。

 

エロゲーのキャラクターのスタンプが一つ。ほらな、俺の予想とは全然違うね。予想通りの行動をするようなやつだったら苦労しないんだ。

 

そのスタンプのメッセージは『頑張れ』だった。

 

なんだこいつ。俺がこの時間まで起きてて手紙書いてることを疑いもしない。

まぁ、無理して身体を壊すななんて優しい言葉が高坂から来るのも変だがな。こいつらしい。

俺は少し迷ったあと『任せろ』というスタンプを返した。

既読になり、その後反応はなし。これでいい。俺も高坂も既読スルーで怒り出すようなやつじゃない。それが意味するところをちゃんとわかっている。

 

頑張れと言われたからには、仕方がないので頑張る。本当に仕方ない。

 

どうにかこうにか下書きを終えてペンで書くところまで漕ぎ着つけた辺りで、雀の鳴き声やら聞こえ始めた。急げ、手を動かせ。間に合わん。

 

文章が乱暴にはならない程度に急いで書き終えると、目覚ましが鳴った。ちょうど徹夜だったな。ぎりぎり間に合った。

じゃあ寝るか、とベッドにダイブしたいところだがそうもいかない。

みんなからの昨日のメッセージがいくら優しかったからといって、やったけど宿題忘れました、みたいなことを言えるわけもないし、一色はそんなに甘くない。丁寧にかばんに仕舞う。

 

制服に着替えて、洗面所に向かうと昨晩と同じように小町が歯を磨いていた。パジャマが制服になっているだけだ。そして鏡に写っている俺は、昨日の何倍も目が腐っている。小町はぺーっと口を濯ぐと、また鏡越しに話しかけてくる。

 

「お兄ちゃん、徹夜しないでって言ったのに」

「するなって言われるとしちゃうんだよ」

 

俺の減らず口を聞いても、鏡の中の小町は微笑むだけだ。

 

「わかってたけどね」

 

そう言い残して、小町はダイニングへ向かった。お前は何もわかっていない。ごみいちゃんは、本当に何もしないで眠るはずだったんだ。一色に脅されたからやむを得ず徹夜になっただけだ。

 

歯を磨き、顔を洗う。目玉にも水道水を浴びせてやると、痛みとともに気持ちがスッキリとなっていく。

ダイニングで小町の用意してくれた朝食を食べているとき、会話はなかった。朝のニュース番組の音だけが耳に届いている。本日も何気ない、ただの一日の始まりだ。

 

その後のことは余り覚えていない。つまり授業中は上手に睡眠を取ることに成功したようだった。平塚先生からのメールが届いているが、これを開けるなんてとんでもない!

 

放課となって奉仕部に入ると、すでに四人は揃っていた。

 

「どうやら睡眠は取れているようね」

「おかげさまでな」

 

雪ノ下のおかげでぐっすり睡眠が取れるはずだったので、ここはそう伝えておく。小町だけはすべてを理解していたが、何も言わなかった。本当によく出来た妹だ。俺以外にはもったいないから永遠に嫁に行かないで欲しい。

 

由比ヶ浜は何も言っていないが、早く見せてと顔に書いてあった。そこまで楽しみにされると恥ずかしいので、このまま帰ろうかな。

 

「ん」

 

そんな俺に高坂桐乃様はただ手を出した。このコミュニケーション能力、俺が言うのもなんだがなんとかした方が良い。

しかし素直に手紙をその手に載せる俺。やだ成功しちゃってる。これがパーフェクトコミュニケーションなの? そんなの絶対おかしいよ。

だが、ここで昨日スタンプでやりとりしたことをバラすような野暮なことはしないところはさすがだ。小声で頑張ったじゃんとか言ってくれてもよさそうなものだが、そういうことを言わない。

 

「なるほどね」

 

プリティーでキュアキュアな封筒をためつすがめつする高坂。どこの鑑定団だよ。鑑定結果は怖くて聞けない。

 

「ん」

 

今度は由比ヶ浜が手を差し出す。こうすれば手紙が受け取れると学習したのね。賢いワンちゃんだこと!

 

「わー! かわいいー!」

 

ワンちゃん向けの封筒を見ながら、由比ヶ浜はしっぽを振った。おかしいな、俺はいつの間にDOG DAYSの世界に召喚されたのかしら。それとも由比ヶ浜が実は異世界からやってきたのかしら。

 

「ん」

 

ニヤニヤしながら右手を出したのは小町だ。こういうノリはムカつくやつがやるとムカつくが、小町がやると最高に可愛いから仕方ない。まったく仕方がない。

 

「ほいよ」

「わ、わー!」

 

ハートたっぷりのレターセットを受け取って慌てふためく小町。ふふふ、テレやさんだな。

 

さて。

雪ノ下の方を向く。

 

「……」

「……」

 

見つめ合う二人。別に良い雰囲気なわけではない。これはちょっとしたバトルである。

 

だんだんと雪ノ下の顔が赤くなる。

周りの三人も雪ノ下に注目する。さっさとやればよかったものを。

由比ヶ浜なんか、露骨に両手を握り込み、頑張ってとポーズしている。応援とかされちゃうと余計にやりにくいだろう。

 

「ん」

 

よく頑張りました。

雪ノ下もみんなと同じようにお手々を出してお手紙を催促できまちたー。お遊戯している幼児かよ。

 

みんなも祝福ムードである。由比ヶ浜と小町なんて音こそ立てないが「わー」なんて拍手している。恥ずかしそうだからやめてあげて。

雪ノ下は場の雰囲気を変えたいと考えたのか、「へぇ」とか「ふうん」などと口に出しながらレターセットの感想を述べようとしていた。よし、切り替えていこう! 森崎くんのせいで一点取られたけど、頑張ろうよとチームを鼓舞するキャプテン翼のような気持ちです。

 

「比企谷くんにしては、なかなか良いセンスじゃないかしら。私の心の冷たさをよく表現しているわね」

 

その自分も相手も卑下するスタイル、誰も得しないからやめておけ。俺が言うのもなんだがな。

 

「悪い、それを選んだの、戸塚なんだ」

「なんで彩ちゃん!?」

 

素早く由比ヶ浜がツッコむ。雪ノ下も目を丸くしていた。

 

「昨日買い物に付き合ってもらってな。ほら、ファンシーショップに男一人で行くのもなんだろ?」

「男二人ならいいの!?」

 

またしてもツッコミを入れる由比ヶ浜だが、戸塚を俺と同じ単位で数えるなんてどうかしている。

 

「じゃあ、あたしのも!?」

「由比ヶ浜のやつな、可愛いだろ。戸塚のセンスは間違いない」

「そ、そうなんだ」

 

しょぼんと肩を落とす由比ヶ浜。雪ノ下もさっきまでのワチャワチャした感じはどこへやら、すっかりテンションが落ちて髪をくるくるといじっている。なんだ、戸塚のセンスの良さに嫉妬でもしたのかしらん。

 

「そ、そっかー。小町は安心したな! 選んだのお兄ちゃんかと思ってたから」

「あぁ、それは戸塚が一色にと選んだんだが、俺が小町に贈ることにした」

「ええ、なにそれ複雑……」

 

小町もなぜかアンニュイな表情に。なんでだよ。戸塚と俺の共同作業とか胸アツだろうが。

 

「あ、あたしのも?」

「高坂のは俺が選んだ」

 

戸塚もこれとかかなと選んではくれたのだが、そっちは明らかにピンクたっぷりの女児向け過ぎたので隣の落ち着いた配色のものを選んだのだ。イラストの使い方もセンスがいい。要するに子供向けとガチオタ向けの違いだが。

 

「ま、まあそうよね。あたしのこと知らないだろうし」

 

戸塚は高坂のことを知らないから俺が選んだ、という理屈を改めて口に出す高坂。なにか文句でもあるのかしらん……雪ノ下と由比ヶ浜は高坂のことを軽く睨んでいるようにも見えるが。

 

「封筒はどうでもいいわ、問題は比企谷くんの書いた手紙の内容だわ」

「そ、そーだよ! そーだよ、ソースだよ!」

 

なぜか無理くりにでも気を取り直そうとしている二人。あまりの幼稚さに懐かしさすら覚えるね。戸塚の選んだ可愛い封筒のどこに不満があるんだ、こいつらは。

 

「で、でも手紙をここで読むというのもちょっとアレよね」

「アレだよね~」

 

どれだよ。でも何となく分かるよ、俺も恥ずかしいよ。とはいえ、お家に帰ってじっくり読んでねって言うのも恥ずかしい。どうやったって恥ずかしいんだよ、手紙ってのは!

 

「まぁ、手紙はじっくりと家に帰って読ませて貰うとして」

 

雪ノ下は妙に興奮した様子で封筒を大事そうに、クリアファイルに挟んでかばんの中に仕舞った。いや、それじゃ困るんだけど。

 

「あのな、雪ノ下。一色がもう待てないって言ってんだよ。今からあいつのところに行かないと。だから結果を教えてくれ」

 

そう言うと、高坂がキンキンした声を上げた。

 

「ハァ!? あんたバカじゃないの?」

 

唐突にキレる若者。しかしこの違和感の無さ。犬が吠えたり、セミが鳴いたりするのと同じくらい高坂がキレるというのは通常運転だ。俺は冷静に質問することができる。

 

「バカにもわかるように説明してくれ」

「ふん。読まなくたって手紙もらったら嬉しいなんてこと、すでにわかりきってるじゃん。褒めてもらうのだって絶対嬉しいっつーの。彼女として紹介はしなくていいから、二つともやってこい!」

 

強引に背中を押される俺。まぁ、どっちみち早くしないとヤバイからいいのだが。

 

廊下に追いだされ、俺は生徒会室に向かった。少しすると、奉仕部の部室からはかしましい声が上がる。あいつら、開封したな……。それにしても、あんなに大騒ぎするような手紙を書いた覚えはないがな。

 

 





んー、自分で書いてても八幡は爆発したほうがいいと思う。

どうですかね、優しい雪ノ下、優しい小町、ひたすら可愛い由比ヶ浜、そいつらに比べても桐乃に魅力感じていただけてますでしょうか。


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もしかすると一色いろはは感情的になっている

生徒会室に行くと、忙しそうに働く副会長と暇そうな一色が居た。

ノックした返事が「入ってまーす」というふざけた返事だったのですっかり一色が一人なのだと思ったが、もはやこいつは副会長相手に猫を被ったりしないようですね。

 

一番奥に会長が座り、一色の右手側に副会長が座っている。その向かいの席を少し引かれたので座ることにした。

生徒会室で会長と副会長がいる状態はアウェイにも程がある。まったく落ち着かない。

副会長はちらと俺を一瞥しただけですぐに仕事に戻った。

 

一色は副会長がいることなど少しも意に介さずに、机に身を預けながら俺の顔をじっと見る。

 

「先輩、例の件ですよね?」

「ん。ああ」

 

もちろん例の件でわかるのだが、副会長が存在する生徒会室でその話をするのは躊躇われる。

いるじゃん、こいつが、というアイコンタクトを送るが、伝わっていなさそうだ。それが俺たちのコミュニケーションの相性の悪さなのか、俺の目が腐っているからよくわからないのか、一色がわざとわからないふりをしているのか真相はわからないが。

 

「どうするんですか~、先輩」

 

綺麗に塗り上げられたネイルを見せつけるように組んだ手に顎を乗せながら、試すような目を向けてくる。

 

「どうするって?」

「あれあれ、じゃあなんのためにここへ? まさか生徒会長に会いに来たわけじゃないですよね。一色いろはにどうしても伝えたいことがあるから勇気を振り絞って来たんじゃないんですか?」

 

おそらくだが、これはわざとだ。

俺が副会長の存在を意識していることを十分にわかった上で、思わせぶりで意味深な態度を取っているというわけだ。いろはすめ~。

お前がそういう態度であればこちらにも考えがある。

 

「お前はあれだ、秀麗(しゅうれい)にして、端麗(たんれい)にして、美麗(びれい)にして、流麗(りゅうれい)にして壮麗(そうれい)の女の子だ」

「は? なんですかそれ」

 

くそ、西尾維新風に褒め称えたのにまったく通用しないとは。

なんか副会長がちらちら俺を見てるのも気にかかる。まさか物語シリーズのファンだったりしないだろうな。こいつにだけバレてるって恥ずかしすぎるだろ。

 

「なんだ、要するに見てくれが良いってことだよ」

「それはなんとなくわかってましたけどね」

 

じゃあ多少は喜んだらどうなんだよ。マジでこいつ何いってんのって顔するからストレートに言う羽目になったんだろうが。

 

それにしてもやりにくいな。副会長はすっかりボールペンを動かす手が止まって固まっているが座ったままだ。空気を読んで出ていけよと思うが、彼は仕事をしているのであり、出ていくべきは俺たちだ。そして一色は出ていくつもりがない。今のは聞かなかったことにしてやるからさっさと次やれよ、という目線で俺を見ている。くそっ、俺からは伝わらないのに向こうの意思は伝わるのかよ。

やはり第三者がいる状態で褒めそやすなんてのは愚策だ。

俺は用意してあった手紙を取り出す。それを見た一色は「オヨ~?」という顔。手紙というものを初めてみた宇宙人ルン?

 

「それ、まさか?」

「ああ。お前にだ」

 

俺が右手で渡した封筒を、丁重に両手で受け取る一色。

 

「うわー、へぇ~! なるほど~」

 

ためつすがめつしながら、感嘆をあげる。そんなにキラやばですか?

変なゾンビのイラストが描かれてて大して可愛くもない封筒ですが、戸塚が気に入ってたからやっぱり女の子にはウケるのかしらん。

 

「これは先輩、確かにやばいです。葉山先輩からだったらコロっといっちゃいますよ」

「いや、それ葉山だからだよね。あいつからなら別にFAXでもコロっといくんじゃないの」

「まあ、それは、そうですね~」

 

そうは言いつつも、宝物でも手に入れたかのように撫でたり眺めたり、まるで開封する気配がない。そのままうっとりと目を閉じて、心臓の当たりに押し当てた。

 

「読まなくても、伝わってきますよ先輩」

「何がだよ。読めよ」

 

絶対伝わってねえよ。それなりに時間をかけて書いた俺の文章の価値をなんだと思っているの。

そこで存在を忘れかけていた副会長が立ち上がった。

 

「お先に失礼します」

「あ、お疲れ様でーす」

 

両手で胸を抑えたまま、挨拶をする一色。俺は会釈のみで彼が出ていくのを見送った。ようやく出ていったか。ほっとするね。これでようやく例の件だとか誤魔化すことなく脅迫されて仕方なく一色を喜ばせることになっている話ができる。

 

「いや~、とんでもないところを見られちゃいましたね」

「そうか?」

「だって告白じゃないですか」

「え? してないんだけど?」

「いやいや、何言ってるんですか先輩。可愛いを連呼したうえでラブレター渡してるところを見られてるんですよ?」

「ばっ、お前」

 

ばっか、お前何いってんの。と思ったが、どうやら彼からするとそう見えてもおかしくないな。いや、そうにしか見えねえ。

三年生が突然現れて、二年生の女子となにやら意味深な会話を繰り広げ、容姿を褒め称えた後に今どき気合の入った手紙を渡している。これは間違いないね。なんてこった。

 

「で、先輩は他の男子がいるところで愛の告白をしたら喜ぶんじゃないかと思ったわけですか」

「ちげえよ……完全に今のは間違えた」

 

ここまで俺のおつむって悪かったっけか。寝不足から昼寝のしすぎのせいなのかもしれない。息を吐きながらこめかみを抑える。

 

「用意した策としては二つだ。言葉で褒める、手紙を渡す。それが考え出した結論だった。手紙は決してラブレターじゃない」

「なるほどなるほど。ラブレターじゃないのは残念ですけど」

 

まぁまぁ満足いただけたようだ。大仰に頷く様子を見て確信する。しかし、ラブレターだったらもっと文句言ってると思うがな。

 

「先輩にしてはなかなかのアイデアじゃないですか」

「まぁな。俺のアイデアじゃないからな」

「はい?」

「手紙は雪ノ下、褒めるのは由比ヶ浜のアイデアだ」

「ふ、ふ~ん、そうですか、あのお二人が」

 

笑顔が引きつったような気がしなくもないが、人の褌で相撲を取っておいてそれを隠すような真似は出来ない。せめて真実を語ることくらいはせねばなるまい。

 

「ああ、小町と高坂も相談に乗ってくれた。だからこれは俺だけの力じゃない。言うなればチームの勝利だ」

「言いたいことはそれだけですか、先輩」

「ああ。だから例のアレは」

「じゃあそのチームである奉仕部のグループ全員に見せておきますね」

「ちょ、おい!? おかしいだろ」

 

プリクラはなんと電子データとしてスキャンされ、インターネットを介して世界中にばらまくことが可能な状態に。なんてことをしやがる。

スマホのメッセージアプリの送信ボタンに人差し指を近づけながら、()()()()()()()()()一色。

 

「待て、落ち着け、いいか、ゆっくりと手を離すんだ」

「先輩が悪いんですよ」

「話せばわかる! 話し合おう! な!?」

 

もはや探偵モノで犯人が判明したあとの悪あがきのようだった。早く誰かじっちゃんの名にかけてこいつを取り押さえたり、腕時計から麻酔針で眠らすなりしてくれ。

 

「先輩がいちゃいちゃするための口実を作ってしまっただなんて、一生の不覚です」

「いやいや! そうじゃない! あいつらはそんなに甘くない!」

「甘いですよ……どうせ雪乃先輩や結衣先輩にもたっぷり褒め言葉を浴びせたんですよね」

「むぐ」

「可愛い封筒に入れたお手紙も渡してるんでしょ」

「ぐぬ」

「一色が喜ぶかどうか先に試しておこうみたいな理由で、散々いろんな事やってたんでしょ」

 

くそ、なんでわかるんですかねえ……。恐ろしいくらいドンピシャすぎて否定できねえ。

もはや観念して目をそらす。

 

「先輩、甘々ですよ、マックスコーヒーより甘い甘い時を過ごしてよかったですね」

 

いくらなんでもそれは言いすぎだろ。そんなに美味しい思いはしていない。昨日だって寝かせてくれなかったんだぜ。

俺が抗議しようとする隙も与えず、一色は指を動かす。

 

「さらばだ」

 

待って! さらだばーしないで!

俺はカエルのようにジャンプ。もちろん青木勝のようにカエルパンチをするためではない。

ジャンピング土下座だ。この技だけは使いたくなかったが、ここでの敗北はチームの敗北を意味する。俺だけが負けるのなら我慢できるがあいつらのためにも、ここは土下座だ! プライドなんかよりも仲間たちの友情を大事にするどうも俺です。

 

「勘弁してくれ!」

 

額を床に擦り付けているため、表情は伺えない。頼む、許してヒヤシンス。

 

「なんでそこまでするんですか」

 

お、どうやら作戦は成功だ。聞く耳を持ってくれたぞ。

 

「高坂さんとのプリクラを見られたくない理由は何なんですか」

 

え。なんでと言われてもな。

 

「わたしには見られても平気なのに、雪乃先輩や結衣先輩には絶対に見せたくない。そういうことですよね」

 

そういうことなのか?

 

「それってつまり、そういうことですよね」

 

どういうことなんだってばよ。

肩を落とす一色。声が少し震えていた。ま、まさか泣いてないよね? やばたにえん……。

 

「まるでわたしが敵役で、奉仕部のみんなが仲間みたいになってて……うう」

 

やべー、べーよ、べー。一色がこうなっちゃうと八幡困っちゃう。

 

「先輩が私を喜ばせる方法を考えてくださいって言ったのに、先輩が一生懸命喜ばす方法を考えてくれたら嬉しいなって言ったのに、他の女の子に考えさせるなんて」

 

うわー、なにこれなにこれ!? そんなモテモテクズ野郎みたいなことしたの俺? してるな……。爆発しろ俺。

 

「待ってくれ、違うんだ、そういうつもりじゃなくてだな」

「うう……」

 

くっ、こうなるともう理屈ではない。なんとしてでもなんとかするしかない。

俺はがばりと頭を上げ、両手をパンと合わせる。決して錬金術をしようというのではない。みっともない謝罪の続きだ。

 

「すまん。喜ばせてやれなくて」

「え?」

「だから、お前が高坂に言っていたとおりなんだよ。本当に俺がお前を喜ばせたい一心でやってたんだ、とっくに。プリクラは流出しても構わん」

 

正直なところ、もはや理由とかよくわからなくなっていた気がする。ドリーとブロギーが戦うのと同じかもしれん。理由などとうに忘れた、というやつだ。

付け加えるならば、雪ノ下と由比ヶ浜と小町、それに高坂の力を借りて挑んでいる。だから絶対に成功させなければならない。あえていえばそれが理由だ。

 

「俺はお前を喜ばせる方法を一生懸命考えた。結果、自分だけじゃなくて頼れるだけ人を頼ってみんなにも考えてもらえるようにお願いした。それが俺の全力だと思ったからだ。その事自体がお前を不愉快にしてしまったというなら謝る」

「な、なんですかそれ、先輩ズルいです。それで流出させたら、わたしすっごくイヤなやつじゃないですか」

 

俺への文句とは思えないくらい弾んだ口調だった。機嫌がよくなっていることがわかる。

ふー、不運(ハードラック)(ダンス)っちまったと思ったが、生きながらえたか。

本当に流出したら高坂に悪い。

 

「はぁ。ん~、手紙の内容も気になりますし、一旦は保留にしてあげます」

「そりゃどうも。それで満足できなかったら、また考える」

「一人でですか」

「……それが望みならな」

「わたし、誰にも相談せずに先輩が一人で考えた案が聞きたいです」

「文句言うなよ」

「文句は言いますけど」

 

言うのかよ。まぁすでに言われてるからこうなったわけだしな。

しかし、舌をぺろっと出したいつもの一色がそういうのなら。目尻に少し残った液体のことを見なかったことにしていいのなら。

文句なんていくらでも受け止めようじゃないか。

何度だって、考えてやる。

 

 





しまった、作者がいろはすのことが好き過ぎることがバレてしまう!?
ひょっとして、とっくにバレていた!?

八幡が三年生になったこの頃には、しかも高坂なんていうアドバンテージがないようなキャラがでてきたようなこのストーリーでは、いろはすが露骨に嫉妬したりしてもいいと思うんだ。

目薬を用意しているいろはすも好きだけど、こういうのもどうですか? 


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意外な連絡が五更瑠璃からやってくる

「お兄ちゃん、あれってワザと? それともうっかり?」

 

家に帰って疲れ切った身体に糖分を与えようと、冷蔵庫のマックスコーヒーに手をかけたときに小町から言われたのがこのセリフ。

 

あれって何だよ、と聞くのは容易いが、残念ながら俺は性格がひねくれている。

 

「うっかりだよ、もちろん。小町の部屋に仕掛けたビデオカメラのことだろ。よくわかったな」

「そんなの仕掛けてたの!? それ絶対にうっかりじゃないよ、用意周到な変態行為だよ、通報だよ!」

「大丈夫だ、クローゼットの前をメインにしているから、見られるとまずい行為をしているベッドは映っていない」

「完全に着替え狙いだし、大丈夫じゃないし!? ベッドで何をしていると思ってるの!?」

 

くぴくぴと缶から甘露を飲みながら、妹のぴーちくぱーちくを味わう。まさに桃源郷だ、よくぞ比企谷八幡として生まれけり。

 

「で、そんなことはどーでもいいんだけど」

「いいのか」

「いや、本当に仕掛けてたら引くけど」

「残念ながら、うっかりビデオカメラを仕掛けられるほど器用じゃないんだ」

「でしょうね! 小町はわかってたよ」

 

長年連れ添った兄妹というのは、ここまで以心伝心するのだなあ。いっそ、一生一緒にいてくれや。

小町はソファーに腰掛けた。向かいに座れということだろう。マッ缶も飲み終わったことだし、本題に入ってもらおう。

 

「で、あれってなんだ」

「最初から聞きなよ、わかんないんだったら」

「ごみいちゃんがそれが出来ないやつだってことくらいわかってるだろう」

「あちゃー、自分でごみいちゃん言い始めちゃったかー」

 

ぺしんと額をはたく小町。これほど可愛くあちゃー出来る人間がこの世にいるだろうか。この様子を動画にしてアップしたら、俺もカリスマユーチューバーとして生きていけるかもしれん。勝ったな、ガハハ!

 

「そんなことより、あれってのはこれだよ」

 

最初から出してくれよ、と思いつつ受け取ったのは見覚えのある便箋だ。

 

「ん? 俺の書いたやつだよな」

「そうだよ」

「へ?」

 

マジでわからん。このプリティでキュアキュアな小町への手紙の何が……

 

「ああっ!? なんでこの便箋を小町が持っているんだ?」

「あー、やっぱりうっかりかー。作戦かもしれないと思ったんだけどなー、そこまでやらないよね~」

 

これは高坂に送られるべきだったものだろ。

急いで内容を読むが、文章は小町に宛てたもので間違いない。

つまり?

 

「小町への手紙が、封筒がハートで便箋がキャラもの」

「そう。つまり?」

「高坂への手紙は、封筒がキャラものと見せかけて開けてみたらハートってことか……?」

「大正解」

 

ハート様じゃないよな。完全にラブラブすぎるハートだよな。本当は戸塚に贈るはずだったが小町用に使用したはずなのに、高坂に送ってしまったというわけだ。

 

おうふ。

 

俺が奉仕部を出た後に一騒ぎあったのはコレか。高坂が軽い気持ちで封筒を開けたら、どうみてもラブレターな手紙が出てきたから声を上げたってわけだ。俺、やっちまったな!?

 

「で、どうなの? 文章はラブラブなの?」

 

高坂に書いた手紙の内容か。

どうだったっけ……。

 

「正直、詳しいことは覚えてないな」

「ちなみに小町への手紙はラブラブすぎて見てらんないよ」

「そりゃ小町への愛は本物だからな」

「麗しい兄妹愛だね。あ、今の小町的にはぐらかしポイント高い~」

 

なんだよ、はぐらかしポイントって。そんなのが上手だと社長秘書とか政治家の秘書とかになりそうだな。意外と有能じゃねえか。女教師みたいなタイトなスカートとハイヒールの小町とか想像できんが。

 

「桐乃さんにもこの調子で書いてたとすると、完全にラブレターだね」

 

……そうなりますね。

 

そもそも相手を喜ばせるための手段として書いてるわけだし、高坂は客観的に捉えた高いスペックを褒めても無駄とわかっている。結果的には主観的な評価、つまり好意を書くことになるわけで、それはすなわち好きってことを書き連ねることに他ならない。

それを他人の異性に向けて書いたものを一般的にはラブレターと呼ぶだろう。目的が違うだけだ。

 

「しかも桐乃さんは絶対うっかりだと思ってないよ。周到に仕掛けられた隠れラブレターだと思ってるよきっと」

 

……そうなりますね。

 

バレンタインで例えるなら、いかにも義理チョコでございっていうラッピングでもってみんなと同じように配られて、開けてみたらどうみても自分のだけ本命チョコだった。そんな感じか。一色でもやらないだろってくらいあざといな。そんなのされたら、ほとんどの男子はイチコロだろ……。

つまりそれくらいのことを俺はやってしまったということだ。

 

「どうするのお兄ちゃん」

「どうするって」

「まさか、間違えちゃった~てへへ、な~んて言うわけないよね」

「そんだけ可愛く言えれば高坂は許しそうだが、残念ながら俺の顔じゃ駄目だな」

 

どうする。

どうするか、か。

 

「お兄ちゃん」

「ん?」

「それでいい、ってこと?」

「は?」

「だから、うっかりやったことだけど、それでいいと思っているのかって。つまり桐乃さんがラブレターを受け取ったって思ってていいって」

「ん~、そうだな」

 

考えてみればそれだけのことだ。

そもそも手紙はみんなに送ったわけだし、内容に関して言えば雪ノ下にも由比ヶ浜にも似たようなことを書いている。

俺が海老名に告白してみんなが見ていたことに比べたら大したことでもない。

 

「問題ないな」

「おお、来たね、お兄ちゃんついに来たね」

 

なんか来たの? 使徒襲来? カヲル君が戸塚だったら俺は世界を守れないよ? 心も身体も一つになっちゃうよ?

 

「ごみいちゃんの癖に地味にハーレム作っておいて自分からは戸塚さんにしか好意を表さないクズだと思ってたけどついに来たんだね」

「ちょっと? そんなこと思ってたの? 読者よりヒドイんだけど?」

「そっかー、桐乃さんかー、正直小町と同じ歳っていうのはちょっと微妙だけど、幸せになってね」

「おい、なに勝手に高坂ルートのエンディングまで勝手に行ってんだよ」

 

小町はたまに俺を超える想像力を発揮しますね。

だいたい、高坂が俺を好きになるわけ無いだろ。男に免疫がなければラブレターでころっと落ちるかもしれないが、読者モデルだろ。

あのド派手な女の事だ、男性に告白された経験なんて……待てよ、兄貴と付き合ってたんだよな。兄貴と付き合ってもそういう経験があったことにはならないかもしれん。特殊すぎる。男に免疫はつかん。

それでも彼氏がいるということであれば、無謀にも高坂にナンパしようってやつは少なそうだ。実は男からアプローチされたことないんじゃないのか。

仮にあったとしても「ハァ? バカじゃん? 一昨日来いっつーの」くらいあっという間に瞬殺してた可能性がある。というかそれしか想像できない。

となるとまだ高校生になったばかりの高坂が、例え俺のような腐った目をしていたとしても高校三年生の先輩からラブレターを貰ったらぐらつく可能性がある。

しかもなんだ、その日は奉仕部でうまく褒めるスキルを鍛えられたばかり。手紙だってかなりうまく書けた自信がある。

 

「これ、高坂ルートだな」

「ようやくわかったの、お兄ちゃん」

 

小町は嬉しそうに呆れるという器用な表情でため息をついた。

 

その後、俺は飯を食い、風呂に入って、トイレに座って、ずっと高坂のことを考えていた。

 

そんななか、メッセージアプリによる通知音が聞こえる。液晶をタップすると、そこには意外な人物の名前。高坂の親友、黒猫だ。

 

『あなた、桐乃に恋文を送った?』

 

ふむ、闇の力の封印を解いて何もかも真実を暴き出す第三の目によってそのことを知った……のではなく高坂が「トモダチの話なんだケド、こういうことがあったんだけどどう思う? 絶対ラブレターだよね? ねえ?」とかなんとか言いながら相談したんだな。

そして黒猫は不思議な力でもなんでもなく、高坂にそんなものを送るやつなんてどうせHACHIMANだろうと予想した。そんなところか。

なぜかはわからんがこの黒猫からは見透かされることを不愉快と思わない。高坂に対する友情がダダ漏れで、そのための行動だとわかるからだろうか。

 

『送った』

 

簡潔に返事を返したところ、すぐに通話の着信が入る。

 

「あ、夜分にすみません、五更と申しますが」

「おい、家の電話じゃないんだ、いいぞいつもどおりで」

「ううっ、しまった……もう一つの人格の方がでしゃばって……今はお前の出る幕ではない……! 下がるがよいわッ」

 

それにしてもこの女、ノリノリである。さっきのはガチで間違えたに違いない。普段携帯で友人と通話しねえんだろうな。口調が完全に連絡網だったぞ。誤魔化す方法が二重人格って厨二すぎるだろ。まぁそういうやつらしいと知っているので別に驚くことはないし、材木座と違って可愛いから問題ない。交換してくれないかな。

 

「待たせたわね、黒猫よ。さっきはもうひとりの私が失礼したわ」

「まあそれでいいや。何の用だ」

「それでいいやって……まぁいいわ」

 

こっちがスルーしてあげてるんだ、文句は言わないほうがそっちのためだぞ。ちなみにラブライブサンシャインだとヨハネ推しだ。

 

「桐乃が気持ち悪いくらい脳みそピンクなんだけど、どうするのあなた」

「げえっ」

 

高坂の脳みそがピンク!

それは……いつものことでは?

 

「あいつがエロゲーのことしか考えてないのはいつものことだろ」

「あなたも言うわね。でも、そうじゃないわ。あなたの書いた恋文の影響」

 

まぁ、この流れだ。わかってたけどな。

 

「薄っぺらなケータイ小説を書いてた桐乃だからこそ、拙い恋文が刺さってしまったのね」

「お前、本当にナチュラルにディスるのな」

 

高坂のことも俺のことも。だが悪意は感じない。むしろその親しげな態度が嬉しい。この黒猫が俺に対して他人行儀でないということが。

 

「ねえ、HACHIMAN」

「なんだ」

 

真剣な、というか素の声になる黒猫に俺も真面目な返事で応える。

 

「桐乃と付き合ってあげて」

 

……なんつーことを言うんだ、こいつは。

 

「高坂は、桐乃は、付き合ってあげるようなやつじゃねえよ。付き合ってくださいって百回お願いして仕方なく付き合ってくれるようなやつだろ」

「あら、それだけ覚悟できているなら言うことはないわね。百回お願いして来て頂戴」

 

さすが高坂の親友だ、言うことが違うね。

 

「なんでそんなことを望む?」

 

この話は簡単にわかったと言うわけにもいかない。もちろん、それが誰の願いであれ。

 

「桐乃は本当に京介が好きだったの。私は桐乃と京介と三人でずっと居られることを望んだわ。でも、まさかこんな形で夢が叶うことになるとは思わなかった」

 

そのセリフは懺悔にも似て。とても夢を叶えたやつの口調ではなかった。

 

「私は三人では駄目なのだとわかったの。そこにあなたが必要なのよ」

「俺が?」

「そうよ。デスティニーランドに四人で行ってコーヒーカップを回したり、カチューシャをつけてポップコーン食べてインスタに載せるのよ」

「え? マジ?」

 

それは三浦なら想像つくが、黒猫はどうなんだ。いや、可愛いんだろうけど。そもそもこいつは猫耳とかの類が恐ろしいくらい似合うからな。

 

「本当は秋葉原で一緒にポップンミュージックしたりメイド喫茶行ったりエロマンガ買ったりエロゲー買ったりエロドール買ったりするわ」

「よっぽど想像つくな……」

 

つかエロドールって。京介氏、そんなの買うん?

 

「……ちょっと盛って言ったのだけれどHACHIMANはエロドールを買うのかしら」

 

なんでだよ。なんでこいつが言い出したことで引かれなきゃいけないの?

 

「買わないから。京介ってやつが普段使ってるんだと思っただけだ」

「せっ、先輩が!?」

 

いや知らねえよ。だから最初に言い出したのは誰なのかしら。

 

「俺は高坂の兄貴のことは知らないからな。妹がヘンタイだから兄貴もヘンタイだと思ってるが」

「そうね、否定は出来ないけれど」

 

やはり出来ないのか。ヘンタイの兄妹の両親はやはりヘンタイなのだろうか。意外と堅物だったりしてな。

 

「つまりダブルデートのお誘いってことなのか」

「……そうとも言うわね」

「黒猫と京介は普段いちゃいちゃデートしてるのか?」

「いちゃっ……実はその、まだ正式にお付き合いしているというわけではなくて」

 

ほーん。

この前会ったとき高坂からYOU付き合っちゃいなよされてから進展無しか。

 

「つまりあなた達と一緒できっかけ待ちというか」

「ちょっと待て、いつの間に俺と高坂が」

「あなた、ラブレターを渡しておいて随分と平気でしらを切るのね」

 

うぐぅ。

ぐうの音も出ないときに出るのがうぐぅ。

しかし俺たちはともかく、お前らはどうなんだと問いたい。小1時間問い詰めたい。

 

「で、京介ってのは愛しの妹が彼氏を連れてくる現場に一緒に行こうって誘ってついてくるのか? 俺は小町が男を連れてくるなんて聞いただけで発狂してバーサーカーとして英霊召喚されるまであるぞ」

「あなたも大概よね……まあ私にも可愛い妹がいるからわからなくもないけれど」

「じゃあ、どうするんだ」

「千葉でたまたまあなた達がデートしているのを私達が発見してついていくというストーリーよ」

 

ストーリーよ、って随分と簡単に言ってくれるな。

要するにお前らの出汁になれってことじゃねえか。

そんなことをするメリットがどこにあるんだ。

 

「なんで俺が……」

「HACHIMANが桐乃にラブレターを送ったことを新垣あやせに言ったらどうなるかしら」

「わかった、その作戦で行こう」

 

脅しには屈しない、そういうやつもいるだろうが、俺は自分の命が大事だ。

 

 





俺妹ifまだ読んでないよ! 読んだらこの小説があやせルートになっちゃうし!
あとエンゲージプリンセスが終わる前にやらないといけないし。伏見つかさ先生のキャラクエはいちゃいちゃしまくってて最高ですよ。

今回は小町と黒猫です。いちゃいちゃというより、アットホームな雰囲気でございましたですね。これでもニヤニヤしていただけたでしょうか?


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スマホの向こうの高坂桐乃は頭の中がピンクになっている

高坂をどうやって誘ったものか。

 

兄貴と黒猫のために付き合ってくれ?

どっちもお前の大切な人だろうって?

どうなんだろうなあ、それでオーケーするならそもそも黒猫が直接言ってるだろ。

そもそもコールすることがもう怖い。「何?」とか言われそう。

なんせ向こうはラブレターを受け取った認識で、頭がピンクになっているわけだろ。どうなることやら……。

あれはそういうつもりじゃなかった、なんて言い訳できるのか?

そもそも高坂が俺の想定通りの言動や行動をするなんて仮定がおこがましいな。

こういうときはチャットが便利か。流れでなんとか誘えばいいだろう。

 

メッセージアプリを開き、とりあえず『よう』とだけ送ってみる。続いて何を書こうかと思う前に不思議な現象が発生した。

既読がついている。

どういうことだ?

これは会話をしている間に表示されるものでは?

これが送信した途端に既読になるというのは、俺との会話を開きっぱなしにしていることになるのでは……。

 

俺が続きの文章を送る前に『遅い』というレスポンス。遅いってなんだよ。

『何が?』

『連絡してくるの遅い』

 

意味がわからん。俺は「今日の夜、連絡するわ」みたいな謎のセリフは言わない。連絡が必要ならその場で言えばいいし。つまり連絡する予定などまったく無いわけで、遅いというのは何に対して遅いのか。

 

俺は『は?』のスタンプをタップ。なんかこのアプリを使いこなしている感じがしてよい。ちなみにスタンプはクソアニメと呼ばれたこともある妙な漫画のものだ。なぜか小町がくれた。俺がオワコンとでも言いたいの?

 

『何あんた、こっちから連絡するとでも思ったワケ?』

 

いや、そもそも連絡する必要性を感じないわけだが。俺が今送信したのは黒猫の脅しに屈したからであって、そうじゃなかったら今日コンタクトを取る予定はありませんよ?

理解出来なさすぎてどうしたものかと思案していると次のメッセージが表示された。

 

『あんたがあたしと連絡を取りたくて仕方がないのはわかるけど、こっちは付き合ってあげるだけなんだから』

 

え?

マジでどういうこと?

なぜ俺は高坂と連絡取りたくて仕方がないの?

残念なことに誰かと何の理由もなく連絡を取りたいなんて気持ちになったことが生まれてこの方無いんですけど。マジで残念だな。

 

『で? 特に用事もないのに連絡してきたってワケ? 本当は声が聞きたいけど勇気がなくてチャットなワケ?』

 

なにこいつ、俺のことを乙女だと思ってんの? ポケベルが鳴らなくての歌詞なの? ポケベルのことは詳しく知らんけど。

これが頭の中がピンクってことなのかしらん……。

声が聞きたいわけじゃないが、ここまでチャットで会話してれば今更勇気がないなんてこともないので、通話してみるか。正直ぽちぽちするのもかったるい。こちとらぼっちだからスマホで文字を打つのは得意ではないからな。

 

ぴぽぴぽぴぽん♪

 

「何?」

 

ここまで来てそれを言うのかよ。最初は想定してたが、今となっては想定外だよ。もはや通話を催促されてるかと思っていたんだが。

 

「いや、文字打つより早いかなと思ってよ」

「ふ~ん。あっそ。利便性ね。はいはい」

 

どうやら選択肢を間違えたらしい。なんという不機嫌さなのか。こいつギャルゲーよりわかりやすいぞ。

 

「いや、本当はお前の声が聞きたくて仕方がなかった。実は声があずにゃんみたいで萌え萌えだと思っていた」

「え? え? あずにゃんペロペロ!? マジ!?」

 

口調が大歓喜に変わった。どうやら好感度がめちゃくちゃアップしたようだ。アイリスやコクリコをかばうしたときよりもわかりやすく喜んでいる。やっかい極まりないやつだと思っていたが、実はちょろいのか?

なんにせよこいつの機嫌が悪いのは危険だからな、ご機嫌をとって取りすぎるということはないだろう。

 

「おう、こんな大人気声優みたいな声が聞けて俺は幸せものだ。桐乃がもしネットラジオやってたら課金して全部聞く」

「そっかそっかー。ま~ね~、モデルなのにラジオもやっちゃうとか天は二物も三物もあたしに与えすぎだよね~」

 

別にウソは言ってないが、こいつは遠慮とか恐縮とか謙遜という概念があるのだろうか。

 

「まぁそうだな。それでだ、えー」

 

明日デートしようぜとすぐに誘える八幡様ではないので、時間稼ぎのセリフになってしまう。

 

「何? さっき放送してた可愛ければ変態でも好きになってくれますかについて語り合いたいって? わかる~。古賀ちゃんも可愛かったけど小春ちゃんもいいよね~。もちろん一番は瑞葉ちゃんだけどぉ~」

 

うむ。高坂は平常運転だな。可愛い後輩とロリな先輩と妹をチョイスしたか。って別にそんな話をするつもりではなかったが、一旦話を合わせよう。

 

「俺は沙雪先輩派だな」

「へー。あんたああいうのがいいんだ。やだやだ男子は」

「別にオープニングで胸がぷるんぷるん揺れるからじゃねえよ」

「やっぱりそこに注目してんじゃない!」

「体中が大好きって叫ぶんだからしょうがないだろ」

「キモ! はー、やだやだ」

 

自分から話を振っておいてキモいとは相変わらず無茶苦茶だな。しかも沙雪先輩派は王道だろ。さらに俺は自己犠牲的行動をすることがあるが別にドMじゃないので、たまには美少女を奴隷にしてみたい気持ちがないわけではない。

しかし、こんな会話をしていた方が俺たちらしいというか、なんというか。話しにくかった雰囲気は霧消し、十年来の友人のように会話が進む。十年来どころか友人なんて居ないから推測ですけどね?

 

「あんたさ」

「なんだ」

 

流れに乗ってはいるものの、少しだけ口調が変化した。少しだけ勇気を込めたような、そんな息遣いを感じた。

 

「あんたは、変態でも可愛ければ好きになるの?」

 

これはそのままの意味なのか。言葉通りに受け取って答えて良いのか。

それとも……高坂は自分が変態であることを気にしていたのか。

 

「桐乃……確かにお前は変態だが」

「はっ、はあああああ!? ちがっ、違うし! あたしは変態じゃないし!」

「無理するな。幼女によだれを垂らしてハァハァしているやつのことを日本では変態と呼ぶんだ。お前の中身は秋山君と同じだ」

「あたしは小春先輩が年上でも全然問題ないし! だから秋山君とは違うし!」

「いやそれ、むしろ上位互換だから。ロリババアキタコレって言ってるだけのキモオタだから。変態だから」

「あたしが、変態……」

「でも気にするなよ、お前は自分の好きを貫けよ」

「なんで変態呼ばわりされた上に慰められなきゃなんないのぉ!?」

 

どうやらまた選択肢を間違えたらしいな。

 

「すまん、さっきの質問はお前のことを言ってるのかと思った」

「それって、あたしが変態だけど可愛いってコト? そんであんたが、八幡が……あたしを好きになるかってコト?」

 

そういうことになってしまった。とんでもない質問じゃねーか。

 

「……」

 

沈黙に交じるちょっとした息遣いだけでも心拍数が上がる。変態美少女だけが出てくるラブコメからこんな話に発展しようとは原作者や監督も思うまい。もちろん、俺もだ。

こんなの、なんて答えればいいんだ。

チャットなら数分待つのも平気だが、通話で無言じゃ三十秒も持たない。

 

「ま、聞かなくてもわかるけどね」

 

これは助けてもらったのか?

それとも俺の書いた手紙はその確信を得られるような内容だったのか。もはや何を書いたのか覚えてねえよ……。

 

「それで? あんたのことだからホントは用事があったんじゃない? ひょっとしてデートのお誘い?」

「む」

 

冗談半分に言ったんだろうが、それを言われてからデートに誘うのが一番恥ずかしいだろ。

ましてや、ここでダブルデート作戦のためだとかいう説明をしたところで「このデートの誘いは、あくまでもお前の兄貴や黒猫のためだから! べ、別に桐乃と一緒にデートするための方便なんかじゃないんだからねっ!?」って言ってるようなもんだ。俺がツンデレとか気持ち悪すぎる。

ここは素直に、スムーズに進行してみるか。

 

「そうだ」

「んなっ!?」

 

なんだその意外そうな反応は。言ってみただけなのか?

 

「デートしてくれ、明日」

「え? え? マジ?」

「マジだ」

「んー、明日はいろいろ忙しいんだけど」

「そうか、それじゃ諦める」

「こら! すぐに諦めんな!」

「諦めるのが得意なんだよ」

「粘んなさいよっ! すがんなさいよっ!」

「頼む。明日、どうしてもデートしたい」

「ん、う~~んッ、かぁ~~~~っ! しっっっっかたないわねえ~~~! しょうがないからデートしてあげる~~~~!」

「悪いな、忙しいのに俺のわがままに付き合ってもらって」

「ホントよね~! マジ、あたしって可愛いだけじゃなくて優しいっていうか? 八幡って世界一の幸せモンって感じよね~!」

 

うん、こいつ可愛くねえと思ってたけどどうやら実はちょろいようですね? 高坂運転免許2種の試験に合格できそうですよ? 良かったな黒猫。

 

「んじゃ待ち合わせ場所とか後で送っとくわ」

「うん、うん! 楽しみにしてるね!」

 

ぷつっ。

 

は~。

可愛くねえけどちょろいヤツだとか思ってたのに。

お前はいやいや仕方なく俺に付き合ってくれるんだから、楽しみにしてるねとか最後に言っちゃ駄目だろ……。

 

 





言うほどピンクでもなかったかもしれない……。

高坂ちょろ乃さん、どうでしょうか? 

1.こんなの桐乃じゃねー! もっと無駄にプンスカしろ!
2.うんうん、これも一つの桐乃だね!
3.もっとチョロくなるが良いぞ、フハハハハ!

次回からデートっす。

あ、音泉の変好きラジオおすすめです。


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デート場所のおもちゃ売り場に思わぬゲストがやってくる


お気に入りが3200を突破しました~、ありがとうございます!



週末の朝、俺は高坂とのデートの待ち合わせ場所である千葉駅の改札にやってくると、すでに高坂は待ち構えていた。

携帯をいじるでもなく、ピンクの革の腕時計をちらちら見ながらキョロキョロしている。

ゆっくり近づくと、一瞬だけぱあっと表情を明るくしたが、すぐに不機嫌な顔に。情緒不安定か? なんかのサプリメントでも買おうか?

 

「おっそい! レディを待たせんな!」

「いや、十五分前なんだけど」

「はぁ? あたしがうっかり一時間早く来ちゃったときのことを考えて二時間前から待っときなさいよ」

「相変わらず無茶苦茶な理不尽さだな……うっかり遅くなるのはわかるんだが、早く来ちゃうことある?」

「な~んか早く起きちゃって~、家に居ても落ち着かなくて~」

 

うっかりじゃねえだろ。どう考えても楽しみにしすぎだ。遠足の日に早く登校しちゃうガキみたいじゃねえか。これ、今から実はダブルデートなんだよねとか言ったらどうなるか……。やっぱり全部偶然で押し通そう。俺と黒猫が結託すればなんとかなるだろ。

 

「それにしても派手な格好だな」

 

高坂はデカいイヤリングを付け、派手なネイルアートをして、首からなにかデニムの短いスカートに黄色のタンクトップ、革のベストを合わせていた。靴はなんだ、よくわかんねえけど少し足のついたサンダルみたいなやつだ。俺はあんなほとんど裸足状態の靴に高い金を払うのは納得行かないが。

 

「そう? 結構ふつーじゃん?」

「俺には普通がわかんねえ……周りの奴らも注目してるだろ」

「はー、八幡は全然わかってない。みんなが見てるのは派手だからじゃなくて、あたしが綺麗で魅力的だからよ」

 

いや、まあそりゃ志茂田景樹的な意味で注目してるんじゃないことはわかっていたが、ここまで言い切られるとこちらとしても二の句が継げない。

困ったときは謝っておく。そいつが俺のやり方。

 

「冴えないのが隣ですまんな」

「んなことないわよ、五十点くらいあげる」

「それ合格なの? 不合格なの?」

 

微妙な点数で評価されつつも、移動を開始したらすぐに腕を取ってくるあたり、ご機嫌のようだった。

五十点の男にそんなにくっつくなよ、俺みたいに捻くれてるやつならいいが純情なやつが勘違いして好きになっちゃったらどうすんだよ。

それにしても肘のところに当たってるのって、ネックレスの金具だよな? ブラジャーじゃないよな?

 

「それで? どこ連れてってくれんの?」

 

ランチの店を選ぶ際にショッピングモールのフードコートで黒猫に目撃される筋書きなので、一時間くらいは時間をつぶす必要がある。

 

またゲーセンでも……いや、今ゲーセンに行ったら二人でプリクラを取っちゃうかもしれない。一枚のプリクラのせいで人生狂い始めた俺としてはもうゴメンだ。

 

「ちょっと見たいフィギュアがあるんだが」

「お、いいじゃん。メイト?」

「ヨドバシだ」

「おけ」

 

アニメショップもだが、家電量販店のおもちゃ売り場もオタクとしては楽しい場所だ。子供向けのおもちゃとともにオタク向けにもディスプレイされている。ゾイドとかガンプラのジオラマなんて、「ほら、男の子ってこういうのが好きなんでしょ?」って感じで飾られており、「好きでしゅう」と臆面もなく言ってしまうレベル。主に材木座が。

 

「お、オヨルンじゃないですか」

「うんうん、いい感じー。こっちもレインボーパフューム行くにゃんって感じで尊い~」

 

当然俺たちは男の子の売り場ではなく女の子向けの売り場に直行だった。高坂はライダーに変身できるイケメンなどにはまったく興味がない。二次元の少女を好む女子高生だ。

ウィンドウショッピングよろしく展示されているものを見ながらうろうろする。

 

「お、オリジンのジオラマあるぞ」

「ロリテイシアちゃんは可愛いけどね」

 

高坂はブレない。モビルスーツでは金髪ロリに勝てないのだ。わからんかなあ、このグフの良さが……。まぁグフのパイロットもロリテイシアちゃんにデレデレだったけどな。

 

さて次は何が……

 

「あれ!? 先輩じゃないですか」

 

うわっ、この心がぴょんぴょんしない声は!?

 

「何やってるんですかー、せんぱー……って、え?」

 

一色いろは。どうやら俺を見つけて無邪気に寄って来たのち、隣に高坂がいることに気づいたようだ。控えめに言って最悪だな。

 

「あ、一色会長でしたっけ。ども」

 

高坂も今更猫をかぶることはしないようだが、仲良くもないのでこんな感じ。逆に彼女っぽくなっちゃってるから。デート中になんか彼氏の友だちにあったみたいな感じになっちゃってるから。

 

「こ、これって……」

 

むむ、とわざとらしく顎をさすって考える一色。逃げてえ。

 

「ちょっと会長、少し待っててもらっていいですか」

 

高坂は一色を足止めすると、プラモデル売り場の棚に入り込み、手だけで俺を呼んだ。

 

「どうした」

「あのさ、あの娘を喜ばせるってやつ、もう終わってんの?」

「……まだだ」

「あっそ。ん~、じゃあ今からデート誘ったら?」

「は!? なんでそうなる」

「絶対喜ぶから」

「なんでだよ。それにお前はどうすんだよ」

「あたしは、そうだな、隣で悔しがったり、羨ましがったりしてあげる」

「は? 何言ってるの?」

「いいから、あたしに任しとけっつーの、八幡」

 

何故か、親指をぐっと立て、歯を見せて笑う高坂。マジで意味分かんないんだけど?

高坂はとててっと一色の前に行くと、よそ行きの仕草なのかちょい媚びの仕草で話しかける。

 

「会長さん、今ってお忙しいですか?」

「えっ? いや、まぁ機種変しようかな~と思って見に来てただけだから暇かな……」

「だったら、今日一緒に遊びません?」

「え? え? そうなの?」

「いや~、実ははちま……比企谷先輩が誘えって」

「ええっ!?」

 

何言ってるの?

そして、なんなのこの高坂の口調。気持ち悪いんですけど。

俺も高坂と一色に近づくが割っては入れない。ちらちらと高坂に視線を送る。どういうつもりなの?

 

「あー、ごめんごめん言わない約束だったー、比企谷先輩が一色会長と一緒に遊びたいことは内緒であたしが誘う話だったのにー。ごっめーん、比企谷先輩」

 

なにこの棒読み。どういうシナリオなんだよ。あと後輩が普通に喋ってるだけなのに違和感がすごいのどういうこと? 高坂は誰が相手でもタメ口で話してるわけではないだろうに。比企谷先輩って呼ばれるのがこれほどむず痒いとはな。

 

しかし、俺が一色を誘ったらなんで喜ばせられると思ってるんだこいつ……ああ、そう言えば、高坂は一色が俺のことを好きだと思いこんでいるんだったな。

その前提であればこの作戦を立てるのも無理はないが、間違っているんだよなあ……。「えー、なんで先輩と? レンタル彼女したいんだったら事務所通して下さい」とか言いかねないんだよなあ……。

 

「へ、へ~。先輩、そんなに一緒に居たいんですか~。高坂さんもいるのに~」

 

おや、表情からするとそんなに悪くない。

あれ? まさか成功してるの? 

これはあれか、俺が今高坂と二人きりなのに、そこに一色がいたほうがいいと判断するってことは、読者モデルである高坂と同等かそれ以上に女の子としての魅力があると判断したと認識しているからかもしれん。

 

例えば、三浦が葉山と一緒に居たのを俺が見つけたとする。言うまでもなく葉山の方がイケメンでモテる。

で、三浦が「あ~し、ヒキオも一緒に居てくれたら嬉しいかも」とか言ったとするね。

そのときの俺の気持ちを考えると……これ駄目だ、ミスキャスト。危うく妄想だけであーしさんに惚れるところだった。あぶないあぶない。

 

よく考えたら今のはフェアじゃないな。同じレベルで考えるなら、葉山が俺に言うべきだ。

「優美子が、君とも一緒に遊びたいと言っているんだが、どうかな」なんて言うんだな。いかにも言いそうだ。俺はウソつけと思いながら三浦を見るね。

そしたら、あいつが頬を赤らめて、髪をミョンミョンさせてるわけだな。

駄目だ、やっぱり惚れる。多分、ほとんどのやつはイチコロだぞ。あいつ少しでもデレたら破壊力がすげえな。そこでスカートをちらっと持ち上げて誘惑したら完全に落ちる。それは俺の妄想だけで本当にやってるの見たこと無いけど。

 

まぁ、俺の三浦への好感度ほどじゃなくても、やぶさかじゃないだろうことはわかった。

あれ、こいつ葉山より俺のほうが好きなのか? マジ?

ってだけで、かなり嬉しいもんな。まして高坂は読モだ。社会的に可愛いと認められている存在だ。俺がどうこうってことじゃなくて、高坂という比較対象があることがデカいんだろう。

 

「しょうがないですね~」

 

了承してしまったね。全然仕方なく無さそうに了承してしまったね。

意外にも高坂の作戦が成功したわけだね。でも、この後どうすんの?

一色を見ると、テレくさそうにもじもじした後、ぽむっと手を合わせて提案した。

 

「じゃあ、お昼ごはん行きましょうよ~。実は朝食べてなくってペコペコなんですよ~」

「あ~、それがいいね~、比企谷先輩、どこ行きます?」

 

高坂は完全に引き立て役に回ろうということか。別に八幡って呼び捨てにしても問題ないと思うが、一色が嫉妬するとでも思っているのだろう。するわけないのにな。

 

「またあのラーメン屋さん行きます? 先輩」

「あ? ああ、あそこは今日は行かない」

「へ~、そうなんだ。高坂さんにはあの店、まだ連れてって無いんですね」

「まあな」

「ふ~ん。……ふ~ん」

 

なんだ、一色のやつ。今の会話でなんでそんなに笑顔になる。

 

「ふ~ん」

 

高坂は同じセリフだが、どう見ても不機嫌だった。なんでそんなに……と思うが、まぁこいつはデフォルトで不機嫌みたいなもんだな。キニシナイ!

 

「それで? どこ行く予定だったの、あたしと」

「フードコートだ。ショッピングモールの」

「なんで? あたしにはまだ行きつけのラーメン屋にはまだ連れてけないっての?」

 

うわー、なんだよ高坂。

なんでこいつこんなにめんどくさ……いや突っかかってくるんだ。ん?

そういやさっき言ってたな。隣で悔しがったり、羨ましがったりしてあげる……そういうことか。こいつもよく考えてるんだな。

 

「まだ駄目だな。一色とはデートだったからな」

「ほ、ほお……一色会長とデートしたことあるんだ、そいであたしとは無いんだ」

「ないだろ? 今日のだってデートじゃないしな」

 

本当のところはこれこそがデートで、一色のはデートの予行練習なわけだが、ここは高坂の立てた作戦に乗っ取ろう。

 

「ぐぬぬぬ」

 

おい、芝居にしちゃあ随分マジで苛ついてない? それとも実は読モだけじゃなくて女優もやってたの?

 

「ふふ~ん、高坂ちゃん、今度一緒に行こうね~?」

 

一色は完全に調子にノッてるし。すげーなこいつ。名字にちゃん付けだよ。昭和のプロデューサーか?

にしてもすげえよ高坂、お前はヤン・ウェンリー並の策略家だよ。ミラクル・きりりんだよ。お前のぐぬぬで一色は大喜びだ。

 

「ど、どうも……」

 

高坂の顔がひきつっている。ほんとに演技なんだろうな……?

 

「あ、じゃあ先輩行きましょうか、フードコート」

「お、おう」

「みんな大好き、フードコート~♪ 無難な選択、フードコート~♪ デートじゃないからフードコート~♪」

「くっ、ぐぐぐぐ……」

 

こんなに嬉しそうにフードコート行くやつも、こんなに嫌そうにフードコート行くやつも見たことねえよ。それにしても高坂の演技は鬼気迫るものがありますね?

 

意気揚々の一色を先頭に俺、高坂と続くパーティはフードコートを目指す。

しかしどうしたものか、フードコートには黒猫と高坂の兄貴がいるはず。ここに一色が存在しているのは想定外だ。

巻くか!?

いや、それをしたらプリクラも撒かれることになる。

 

とりあえず黒猫に会って、作戦を立てよう。あいつもきっと、名軍師だと思うんだ。

 





いや~、まさかこうなるとは思わなかったのではないでしょうか。
ダブルデートの前にやってくるんですよ、そういう役どころなんですよ彼女は。私にとって。

さて、ここで聞いておきたいのは、もちろんこのことです。

高坂桐乃と一色いろは。

今回可愛かったのはどっちでしたでしょうか?


あと宣伝。オリジナルで「女子小学生に大人気の官能小説家!?」っていうバカでエロいロリコメ書いてます、よかったらぜひ。


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フードコートで待つ高坂京介はうどんを啜っている

フードコートに向かう道中も、一色はノリノリだった。

 

「先輩、せんぱ~い」

「なんだよ」

「どうですか、今日のコーディネート」

 

え、お前はコーディネーターだったの? ナチュラルかと思ってたが……。

一色はぴらぴらぴろーんとスカートを動かした。最愛ちゃんみたいにぱんつを見せてくれるのではなく、どうやら服装についての感想を求めているようですね。コーディネートってファッション的な意味か。そう言えよ。言ってるのか。

 

「あー、似合ってるんじゃねーの」

「ふんふん。でも桐乃さんも似合ってますけど?」

 

あー、そうか。ここは高坂と比較した上で圧勝させないといけないんだな。

 

「高坂も似合ってるが、派手すぎるからな。正直男としてはお前みたいないかにも女の子って感じの服装の方が可愛いかな」

「へー、へー! そうなんですかぁ~、桐乃さんよりあたしの方が可愛いんですね~、先輩の好みなんですねぇ~」

「くっ、ぐぐぐ……そ、そうよね~、男はそっちのほうが可愛いって思うよね~……そういうクソビッチみたいに男に媚びたやつが……ッ」

 

作戦通り、一色に対して悔しがる高坂だが、なんか最後に小声で付け足すのやめてくれないかな……俺にしか聞こえてないと思うけど……。あとどっちかっつーと見た目ビッチっぽいのはお前の方だよ。

 

「リップはどうですか?」

 

リップ?

リップスだったら舐め回しに気をつけた方がいいが、なぜ突然ドラクエの話を。

ピンときてない俺に気づいて、一色は唇を少し突き出し、ちゅっと音を立てた。こいつあざといにもほどがあるだろ。あれか、唇に塗るやつだ。俺も冬場には使うが、ひび割れを防ぐためではないらしい。

 

「ぎりりりりりり」

 

対する高坂は歯ぎしり。まったく可愛くない。

 

「正直俺にリップのことはわからん」

「じゃあ、もっと近づいて、よーく見てもいいですよ」

 

確かに唇を見るとテカテカしているな。唐揚げを食べたからじゃないんだな。うっすらピンク色だ。

 

「綺麗だな」

「うわー、先輩ってそんなストレートに褒めることができたんですね。意外です」

「それにしてもお前の唇って薄いのな」

「え、ええっ、そうですか? ほんとによーく見てるんですねっ」

「ぐ……ほ、ほーんと羨ましいなァ~」

 

例によって高坂軍師は羨ましがっているようだ。高坂が別に厚いわけでもないし、薄いほうがいいというわけでもないだろうがな。でもここで比較して高坂が下だと名言しなければならない。それが作戦だからな。

 

「高坂は口紅か? ちょっとケバいな」

「ケバ……だ、だよね~。あたしケバいよね~」

 

あはははーと軽快に笑い飛ばしてはいるが、口の横が引きつっている。読モは女優でないということだろう。

しかし口紅をしていても浮いてないというのは美人だということなんだろうがな。まあ、俺が言うまでもない。

 

「桐乃さんも素敵ですよぉ~、ちょ~っとあたしの方が先輩の好みだっていうだけですよぉ~」

「あ、あ、あ、あ、そう!? あ、あ、あ、あんがとね?」

 

どうした高坂。じつは舐め回し攻撃くらってたのか? 明らかに状態異常だぞ。

 

意気揚々と歩く一色と、何かに取り憑かれてしまったかのような高坂との三人パーティーはようやくフードコートに到着。

 

黒猫があらかじめソファー席に荷物を置いて場所取りしてくれているので、そこに誘導。

目印として使われていた、中二病でも恋がしたいのハンカチをそっとポケットに。それにしてもこのタイトル、黒猫さんの本音みたいですね?

俺は変装して座っている黒猫と背中合わせになるように陣取った。二人は俺の前にいるので、内緒話は可能だ。おそらく黒猫の向かいには高坂の兄貴がいるはずだ。

 

早速、黒猫からぽしょぽしょと声が漏れる。

 

「何をやっているのかしら。桐乃をデートに誘っておいて他の女を連れてくるとか、新垣あやせに教えたら殺されるわよ」

「ヒエッ……あいつには言うな。いや、言わないで下さい」

 

冷や汗が流れる。こいつはなんでこう恐ろしい発想ができるんだ。

とりあえず高坂はおとなしくしており、黒猫や兄貴には気づいていない。

みんなで席に座ったところで、一色が顎を両手に乗せて俺を見る。いちいちあざといね。

 

「どうします~? 先輩~?」

 

どうしようね。マジでどうしようね、いろはす。

三人でフライドチキンを齧るような感じはまったくしませんね?

 

「トイレ」

 

またも黒猫に耳元で囁かれる。いや、トイレだったら勝手に行けよ。なんで俺に言うの。

そんなことより他の奴らに聞こえないように二人で作戦会議したいんだけど。適当にトイレに行くとか言って抜け出せないのかよ。

……あ、黒猫さん、意図がわかりました。

 

「すまん、実は漏れそうだったわ。とりあえずトイレ行っていいか」

「どうぞです」

「そりゃ漏らしていいのは幼女とメイドさんだけだかんね」

「悪いな」

 

幼女はともかくメイドさんもフードコートでお漏らししていいわけじゃないなどと、高坂にツッコミを入れてる場合じゃないので、そそくさとトイレ方向に。

トイレに行く途中の廊下で待っていると、黒猫がやってきた。よかったー、あってたー。

 

「バカなの? 死ぬの?」

 

いきなり容赦ねえな。

 

「ごめんね? 仕方なかったんだよ」

「五人でデートする気?」

「いや、すでに限界だ」

 

現状ですら高坂の負担が大きいし、借りた恩も大きい。そして俺の胃が痛すぎる。

 

「昼飯食ってる間に、一色はなんとかするから」

「そう。じゃあうまくやって頂戴」

 

俺たちは連れ立って戻ろうとしたが、途中で足が固まった。

 

「あ」

「なっ」

 

そう、俺たちが席を立ったことにより、高坂の兄貴と高坂はお互いの顔が見える状態になっていた。黒猫軍師の策はダメダメだったな。

なんとなく俺と黒猫はウォーターサーバーの影から様子を伺うことに。

 

「あ、あ、あんた、なんでこんなとこに。何やってんのよ」

「何って、うどん食ってんだけど」

「そういうことじゃないっつーの!」

 

釜揚げうどんを平然と啜っているのが高坂の兄貴か。なんつーか全然似てないな。俺と小町ですらアホ毛と言う共通点があるのに、何一つ似てないぞ。

しかもランスみたいな俺様系主人公だと思ったのに、恐ろしいくらい普通の人だ。強いて言えば髪型がなんか変なことくらいか。いや、俺が言う筋合いじゃねえけど。

 

しかしまあ、高坂兄妹の雰囲気もよくある兄妹というか、元恋人同士にはとても見えない。これだったら俺と小町のほうがよほどラブラブだな。

 

兄妹ご対面の様子を見て、一色はしばらくキョトンとしていたが、やおら立ち上がると少しキョロキョロしてから二人を置いて歩き始めた。

 

スタスタと一直線に俺のところまでやってきて、俺の服の袖を掴むとトイレの方に強制連行。

黒猫はジト目でお見送りしてくれた。まぁ助けて欲しいとは思わないけどよ。

 

「先輩、予定外のことが起きちゃいましたね」

「お、おう」

 

どれの事が!? と思うがとりあえず話を合わせておこう!

 

「先輩、あたしを喜ばせようとサプライズを仕掛けてくれたんでしょう」

 

え?

 

「桐乃さんと一緒にあたしに会いに来て、桐乃さんよりもあたしを褒める。なかなかいい作戦でした」

 

あれ、こいつ今日会ったの偶然じゃなかったと思ってるの?

偶然だよ?

 

「さすがにあたしの方ばかりチヤホヤして桐乃さんが怒らないわけないですよー。あれって協力してくれてたんですよね」

 

そこは合ってる。すごくそのとおり。気づいていたのか、いろはす。

 

「でもまぁ、わかってましたけど、正直、楽しかったです。愉快痛快ってやつですね」

「そりゃよかった」

「あと、やっぱり先輩って褒め上手ですよね」

「思ったこと言ってるだけだけどな」

「わー、本当にお上手」

 

目を丸くしてぱちぱちと小さな拍手をする一色。ほんと、あざといね。

 

「それにしてもまさか桐乃さんのお兄さんと出会っちゃったのは想定外ですよね。このまま続けたらブラコンと噂のお兄さんに先輩が何されるか」

 

お、おう。そういうふうに捉えてくれたのか。

お前が偶然で、こっちは必然なんて真実は墓まで持っていこう。

そして俺が恐れているのは兄貴じゃなくて新垣あやせだ。

しかしこいつが俺の身を案じてくれるとは思わなかった。

 

「だからもう十分です。これはお返しします」

 

念願のプリクラを手に入れたぞ! 

長かったね!

なんか知らないけど、俺の考えたサプライズなおもてなしだと思ってくれたみたい! すごいよきりりん! ミラクルきりりん!

 

「じゃあ、このまま帰りますんで」

「そうか? なんか悪いな」

「いいえ~、気分が良いまま帰れてラッキーですよお~♪」

 

そう言うと手をひらひらとさせて去っていった。

正直、助かったな。

 

安堵して高坂のもとに戻ると、周囲の家族連れがすっかり居なくなるくらいヒートアップしていた。

 

「ほんと可愛くねえー! そんなんだから彼氏も別の女のところに行っちゃうんだよ!」

「ち、違うかんね! あいつは、あの女のことは理由があって!」

「どうせ比較して向こうの方が可愛いって思ってるよ!」

「ちがっ、違うもん! それは作戦で……作戦だもんね!」

「そりゃどんな作戦だよ! どう見たってさっきの彼女の方が女の子っぽくって可愛いじゃねえか! お前はケバいんだよ!」

 

最悪の兄妹喧嘩だった。

おいおい、どうなってるんだよ。

 

「黒猫、聞いてもいいか」

「何も聞かないで頂戴」

 

黒猫はすっかり、げんなりしていた。

でも黒いカレーにナンを浸しながら食っている。肝が据わってますねえ。

 

「……や、やっぱりさっきのって本音だったのかな~、ケバいのかな~、可愛くないのかな~」

 

兄貴相手に啖呵を切りまくっていた高坂は、一気に意気消沈。なぜなら高坂の兄貴が言ったことはさっき俺が言ってしまっていたからだ。もちろん、あの作戦実行中でなければ言わないことだが、まったく思っていなかったわけでもない。

高坂の兄貴は紅生姜の天ぷらにだしソースをかけて頬張っていた。高坂相手にここまで出来るとはさすが兄貴だと思うが、なにやらこの状況は俺にとっても面白くないな。

 

「よし」

 

俺は自分の頬をパンと打って気合を入れる。今俺に必要なのは、勇気。少しばかりの勇気だ。

 

「俺も昼飯買ってくるか」

 

勇気を出して、皿うどんを注文しにいった。実は食ったこと無いんだよな、皿うどん。お酢じゃなくてウスターソースかけるんだろ。すげー勇気いるわー。

 

ほら、腹が減っては戦はできぬというし。高坂にも飯を買ってきてもらわないといけないしな。

 

 





ついに登場した高坂京介。
八幡と京介が交差するとき物語は始まる……んだろうか。どうなんだろうか。

あとフラグの一切立つ可能性のない黒猫に需要はあるんだろうか。

そして、チョロ乃、ぐぬ乃に続いて、しょげ乃は有りなんだろうか。

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四つのアイスクリームはゆっくりと溶けていく


あやせと黒猫はわかるけど、京介を待ち望んでいる読者様が多いのが意外でしたね。
そんなわけで結構出番あります。


俺があんかけ野菜のたっぷり乗ったぱりぱり麺の皿を持って返ってくると、高坂は不在だった。

高坂の兄貴と黒猫がソファー席に並んで座っていたので、黒猫の向かい側に腰を下ろす。

 

「桐乃に何も言っていないの?」

「言ってない」

 

短く返事してから、ふーふーとあんかけを冷まし、口に入れる。熱い! でもうまいな。

やれやれと言わんばかりにふうとため息をつく黒猫。ごめんね。

 

京介氏はもう食い終わっているようで、スマホをいじっていた。

黒猫は食うのが遅いのか、まだナンをちぎっている。

 

「黒猫は何て伝えてるんだ? その、京介氏に」

 

俺がそう言うと、高坂京介は俺をちらりと眺める。

 

「京介氏、か。沙織みたいだな」

「沙織バジーナさんのことですか」

「知っているのか、ええと」

「比企谷です」

「比企谷くん、でいいかな」

「うす」

 

年上の、大学生の男。しかもあの高坂の兄貴。

しがない男子高校生からすると身構えてしまうような大人ではあるが、沙織の友達だと思うと途端に近く感じる。

黒猫は静かに、ひたすらカレーを浸したナンをかじっている。紹介とかしてくれないんですね……。こっちはぼっちなんだからそういうところケアしてくれないと困りますよ?

 

「桐乃だけじゃなく、黒猫や沙織とも遊んでくれてるのか。ありがとな」

 

意外すぎることに爽やかな顔でお礼を言われた。なんとなくマウントを取られたような気もする。

俺の友達と遊んでくれてありがとうなんて俺には一生縁がないな。友達がいないから。

俺の妹と一緒に遊んでくれてありがとうも俺には一生縁がなさそう。小町に近寄る男にお礼を言うなどありえない。

つまりはやはり余裕のある大人の男ってことだ。俺とは違ってな。

 

「しかし桐乃と一緒に遊んでいるところにたまたま会うなんて奇遇だな」

 

……をい。

 

「黒猫さん?」

「何も言ってないわ。文句ある?」

 

無いけどさ……。さっき心で謝っちゃったのを返して欲しい気持ち。

少しは悪いと思っているのか、黒猫は自分の皿の玉ねぎのピクルスみたいなものを、俺の皿の横に置く。

 

「あげるわ」

 

いや、これ単に嫌いなだけだな。嫌いなものを押し付けてるだけだな。猫だからネギが苦手なのかもな。

そういうのは隣の彼氏にやってくんない? うどんには合わないと思うけどさ。

カレーの福神漬の要領で皿うどんと一緒に咀嚼するとエスニックな風味に変身。あんかけの甘さにアクセントがついて悪くない。

 

「で、どうすんの」

「……どうしたらいいかしら」

 

軍師黒猫はどうやら知力がなかったようですね。周瑜くらいの期待があったのですがどうやら魯粛くらいですね。諸葛亮の引き立て役ですね。

 

「桐乃が返ってくる前に、兄貴に全部言っちゃおうぜ」

「だ、駄目よ」

「なんで」

「……恥ずかしいから」

 

口を尖らせて、うつむく黒猫。こやつ、役に立たんぞ。マジ魯粛。

わかった、わかったよ。

 

「京介氏、お願いがあるんだが」

「なんだ? あやせのこと以外ならいいぞ」

 

あやせは高坂の兄貴からも恐怖の対象なのか……どんだけだよ。

 

「実は、今日は俺と桐乃の初デートなんだが、正直扱いが難しい。ここは四人でダブルデートということにして貰えないでしょうか」

 

軽く頭を下げる。

黒猫、いつか恩返ししてね?

 

「ほ、ほ~。桐乃とデートねえ」

 

動揺を隠せない京介氏。

どうやら黒猫と一緒にダブルデートできることよりも俺と高坂がデートすることの方がショックであるらしい。

 

「あれ? まさかまだ実妹エンドを諦めてないんすか?」

「んなわけねえだろ~~~!?」

 

あやしい。京介氏はあやしいな。

俺の腐った目がますます細くなるが、黒猫もその涼やかな眼を半分閉じる。

 

「京介?」

「違っ!? 違うぞ、黒猫。俺は別にあんな可愛くない妹のことなんか」

「あんだって!?」

 

一番厄介なタイミングで高坂が帰ってきてしまった。トレイに乗っているのはたこ焼きとアイスクリーム。

 

「よかったわね、あなたのお兄さんはまだあなたとのトゥルーエンドを諦めてないわ」

「なっ!? はあああ!?」

「いや、諦めてるから。普通に断念してるから」

 

このやり取りを見ていると、あれなんだなー。本当に一度はそのエンディングを迎えようとしたんだなーと実感する。着席した高坂は、熱々のたこ焼きを食った後に、アイスで口を冷やすという交互に食べるスタイルだった。フードコートならではの変わった食い方だな。

 

「黒猫、それと比企谷くん。俺たちはもう普通の兄弟だ」

「そ、そうよ。普通の兄妹なんだから。八幡と小町ちゃんところみたいに」

「そこで比較されるとなんか何が普通かわかんなくなるが……」

 

しかし皿うどんというチョイスはあまり良くなかった。会話を必要とする場合に急いで咀嚼すると、口内にダメージを受ける。尖ったぱりぱり麺で頬が傷付き、上顎はあんかけで火傷だ。なるたけ話は聞く側に回りたい。冷たいマックスコーヒーを準備しておくべきだったな。

高坂のセリフを受けて、高坂兄はへえと俺に関心を持つ。

 

「なんだ、比企谷くんのところも妹が可愛くないのか?」

「むぐむぐ、いや、世界一可愛いです」

 

頬が痛い。

可愛くないから手を出してないわけじゃないんだが、それが理解しかねるのだろうか。この人には絶対小町を近づけさせないことを誓おう。俺は小町だけを守る正義の味方になる。

 

「……普通か?」

 

京介氏は俺ではなく黒猫と高坂を見て、意見を求めた。

 

「妹が可愛いのは普通じゃないかしら。可愛くないのに本気で恋する兄は可笑しいけれど」

「そーよ、八幡はガチじゃないから妹に世界一カワイイって言い切れんの。ソファーに寝そべってるときの生足をエロい目で見たりしてないの」

「悪かったよ! 俺が悪かった!」

 

どうやら京介氏も高坂や黒猫にはたじたじというか頭が上がらないようだな。まぁこの二人に勝てるようなやつはそうそういないだろうが。

 

そうか、京介氏は高坂が生足を出してたら妹でもエロい目で見ちゃうのか。それはやむなしという気もするね。

小町が生足を出してた場合に俺がどう思うかについては、黙秘します。

 

「兄貴に比べたら八幡は普通よ。もちろんあやせにセクハラもしてないかんね」

「あやせにも会ってたのか、比企谷くん」

 

喋りたくないので、首肯する。

っていうか、今とんでもないこと言ってなかった?

新垣あやせにセクハラ? 命がいくつあっても足りないだろ。高坂京介という男は死に戻りの能力でも持っているの? ゼロから始めてるの?

 

「あと彼は眼鏡に対する異常な執着も無いわ」

「黒猫、別に俺は……」

「今、眼鏡を持っているけれどどうしようかしら」

「かけてください、お願いします!」

 

京介氏は眼鏡属性だったのか。じゃあ、実は沙織バジーナのことを結構好きなのか?

俺の知る限り他に眼鏡をかけている女子はいない。俺の知り合いでは海老名くらいか。俺には眼鏡属性はないと断言できるだろう。だが、黒猫さんがメガネを掛けたところは正直見たいですね?

 

「どうかしら」

「可愛い」

 

眼鏡をかけた黒猫を見て京介氏は何の躊躇もなく言い切った。まぁ、俺でもそう思う。メガネスキーであれば尚更たまらないのであろう。

 

「し、仕方ないわね」

 

全然仕方なくなさそう。顔を赤らめて照れてて、めちゃくちゃ嬉しそう。黒猫さん、正直萌えます。こんな変態兄貴には勿体ないね。

 

「痛っ」

 

なんだ?

 

「チッ。黒猫にデレデレすんなっつの」

 

高坂が爪楊枝で俺を攻撃していた。マジでやめろ。

 

「デレデレしてねえよ、可愛すぎるからニヤニヤしただけだ」

「それをデレデレしてるって言うんでしょ!?」

「いやむしろデレてるのは黒猫だと思うんだが。あと眼鏡似合いすぎだろ」

「あ、あんたもそうなわけ? じゃあ、あたしも眼鏡かけようかな……」

「いや、似合わないと思うからやめとけ」

「はあああああ!?」

 

高坂が爪楊枝で高速で二の腕を攻撃してくるのを必死で避けるが、いくつか当たる。痛い! 痛い! BCGの痕みたいになっちゃうだろ!

 

「お前ら仲いいなー」

 

高坂の兄貴が、多少の驚きを持ってそう言った。どこを見たらそう見えるんだよ!?

 

「そうね、高坂兄妹と同じくらいイチャイチャしてるわね」

「イチャイチャしてねえよ!?」「イチャイチャしてねえよ」「イチャイチャなんかして無いから!」

 

まさか三人ともセリフが被るとは。

 

「ハッピーアイスクリーム!」「ハッピーアイスクリーム!」

 

しかもハッピーアイスクリームまで被るとは。これは高坂兄妹のセリフだ。この状況ですぐにこれが言えるあたり、何度かやったことがあるのだろう。俺みたいなぼっちには出来ない芸当だな。

ご存知とは思うが、同時に同じことを言ったときに先にハッピーアイスクリームを叫ばれた人はアイスを奢らなければならないというルールのことである。

ってことは? え?

 

「悪いな、比企谷くん」

「八幡、ごちそうさま~」

「いや、桐乃はもうアイス食べてますよね」

「ごちそうさま~」

「わかったよ」

「あなた達、仲が良すぎて呆れるわね」

 

俺は財布をケツのポケットに入れて、バスキン・ロビンスと書かれた看板へ。そう呼んでる人は見たこと無いけどな。

 

無難にバニラとチョコにしておくか。なーんて俺がすると思う?

 

席に戻る頃にはさすがに黒猫もナンとカレーを食べ終わり、高坂もたこ焼きとアイスを食べ終わっていた。マジで今からアイス食うの? お腹壊しちゃうよ?

 

「ほらよ。こっちがチョコミントとホッピングシャワー。こっちはチョコミントとキャラメルリボンだ」

「なんで両方チョコミント入れてくんのよ!?」

「当然ね。究極にして至高の存在、それがチョコミント」

「黒猫もチョコミン党だったのかよ。俺も苦手だわ」

 

どうやら俺と黒猫はチョコミント大好き派で高坂兄妹は否定派のようだな。大体思ったとおりだ。

 

「あたしキャラメルリボンね」

「じゃあ、俺はホッピングシャワーだな」

 

それを聞いて、俺は二つのアイスが入ったカップを渡す。

 

「あ、すまん。スプーン二つしかねえや」

 

いやー、失敗失敗。比企谷八幡としたことが大失敗です。

 

「いいわよ。別に一つあれば」

「いや、チョコミントは食べてもらわないと困る」

「そ、そーね」

 

カップを受け取った高坂兄妹は思案顔。

俺と黒猫は目を見合わせる。

そしてお互い、隣にいる相手を見て様子をうかがう。

 

「先に俺が食うってのもな。その間に溶けちゃ悪いし」

「そ、そーね」

「かと言って先に食べてくれというのもな」

「そうよね、兄貴は黒猫の使用済みスプーンをベロベロ舐めそうだし」

「しねえけど、そう思われるんだろうなと思ったよ!」

 

この兄妹見てて飽きないなー。漫才師になったらいいんじゃないの?

黒猫を見ると、やはり楽しそうに二人を見ていた。そして高坂兄に提案を投げかける。

 

「一口ずつ交互に食べたらどうかしら」

「え? 瑠璃がそれでいいならいいけど」

 

瑠璃!

それが黒猫の本名!?

うはー。瑠璃かー。

瑠璃ちゃんはチョコミントを一口食べると、ホッピングシャワーを一口掬って彼に差し出した。なんて羨ましいことを! リア充爆発しろ!

赤面しながら交互にアイスを食べている二人を眺めていると、隣から小さな声で「よし」という気合を入れる声。

 

「しょ、しょうがないからだかんね」

 

高坂はキャラメルリボンを食べた後、チョコミントの乗ったスプーンを俺に差し出した。緊張しつつも、ありがたく頂戴する。味などさっぱりわからない。口内は冷えていくが、身体はどんどん熱くなる。

最後の方はフレーバーが混じり合って、高坂もチョコミントを食ってたと思う。特に不満を言うこともなく、黙って食べていた。

 

やはりチョコミントアイスは究極にして至高にして最強。異論は認めない。

 

 





チョコミントアイスみたいに甘くて癖があるけど好き嫌いの分かれる小説をいつも読んでいただいてありがとうございます。

やってみたらダブルデートはなんとか書けてる気がしますので、しばらく続けてみようかな?

あとこの八幡と黒猫の感じ、どうでしょう?

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比企谷八幡にとってそのコーヒーは苦すぎる

「よう、随分とイチャイチャしてたな」

「貴方達には負けるわよ」

 

フードコートの外に出る際、高坂兄妹がトイレに行ったので、俺は黒猫に作戦が成功しているか確認しようと話しかけたが、カウンターを食らった。

しかし俺は自分たちのためじゃなくて黒猫のためにチョコミントのアイス買ったんだよ。

 

「そっちが上手くいくように気を使ったんだけど?」

「それは有難う。でも周りが恥ずかしくならない程度にお願いしたいわね」

 

そうは言ったものの傍から見た俺たちはどういうことになっていたんだ……。京介氏はデレデレしてるのが似合うからいいが、俺はヤバイだろ。あやせに見つかる前に自分で自分に通報するまである。

 

「お互い様だろ……瑠璃ちゃん」

「その呼び方は止めて頂戴。その、それは彼だけに許したことよ」

 

照れたような怒ったような。

その静かな感情の揺らぎが伝わってくるのがなんとも心地良い。

……マジで、京介はなぜこの人と一度付き合ってから別れたのか。ありえねえ。

 

「で、黒猫。今からどこいくの?」

「そうね、家電量販店で液タブを見たり……」

「え、そんな事して楽しいのか?」

「ぐ……本屋で漫画を見たり……」

「京介氏はそれほどオタクじゃないんだろ? 退屈させるんじゃないのか?」

「ぐ、ぐふっ……後はゲームセンターで好きなゲームを」

「……黒猫……」

「ちょっと、憐憫の目で見るのはやめて頂戴」

 

どうやら俺は黒猫を買い被っていたようだ。女子力がありそうで無いし、知力もありそうで無い。いや、どう考えても能力に恵まれているのだろうが、桐乃とは違う意味で女子としてポンコツっぽい。

いや、まあ俺が京介氏だったら黒猫と二人でどこか行けるならどこでもいいけど。できれば花火大会とかがいいです。

 

それはともかく、これからダブルデートでどこへ行くかだ。食事……は今したばかりだ。カラオケ……はもう行った。卓球……はヤメておこう。プール……はさすがに黒猫の水着が見たいだけだとバレてしまう。

 

「よし、帰るか」

「あなた、使えないわね」

 

当然だが、俺もポンコツだった。そもそもぼっちなんだからみんなで遊ぶ場所とか知らねえよ。鴨川シーワールドと東京ドイツ村とマザー牧場しか知らねえよ。今から行くには遠すぎる。

 

何も出来ずにいると、高坂が帰ってきた。

 

「ねぇねぇ、あたし夏服見たいんだケドー」

 

ウィンドウショッピングというやつだな。まったく想定外だ。

 

「黒……瑠璃は、あまり涼し気な服を持っていないし、いいかもな」

 

一緒に戻ってきた高坂の兄貴は賛成のようだ。

確かに黒猫はいつもフリルいっぱい夢いっぱいの服装で、夏はどうしてるんだと思っていた。

 

「じゃ、行くか……黒猫」

「え、ええ」

「よし、って痛え!」

 

二人で歩きだすと、スネに強烈なダメージを受けた。

 

「あ、あんたねえ……。何で黒いのと一緒に歩くワケ?」

 

どうやら高坂に蹴っ飛ばされたようだった。しかし「何すんだ!」というような抗議をしかねるくらい顔が怖い。

 

「お、おう……そういや黒猫は京介の兄貴のものだったな」

「そ、そういうわけでは……ないのだけれど」

 

怒り狂った高坂と違って恥じらった黒猫は可愛いですね……。

 

「そういうことじゃなくて! あたしがあんたの……違う、あんたがあたしのものなの! 文句ある!?」

「無いです……」

 

主従関係ってわかりやすくていいですね。社畜として行きていく道が開けたな。最悪だ……。

 

「ふふふ、貴方達はいいわね」

「どこがだよ……」

 

人類は平等ではないという悲しい現実を直視することの何が楽しいのか。

 

「よし、じゃあ行こうぜ、瑠璃」

「ええ」

 

俺たちよりも先に行く高坂兄と黒猫。後ろから見るとお似合いのカップルだな。

 

「ほら、さっさとする! ぼさっとしてたら置いてくかんね」

「はい……」

 

それに比べて元ヤンの母親と息子みたいな俺たち……。

 

このショッピングモールにはファッションのショップも数多く入っている。フードコートの一番近くは皆さん御用達のG○だ。まぁ、こういう安い店には入らないんだろうな……。

と思いきや意外にも女子二人は興味津々のようだ。

 

「桐乃、どうやら今回のコラボTシャツは買いのようね」

「ちょ!? まさかのマスケラコラボ!? メルルじゃなくて!?」

「当然ね。ジョジョやマスケラはアートの領域だもの。メルルのTシャツなら、そこにある赤ちゃん○舗で売ってるわよ」

「な、な、なにをー!?」

「でも気をつけたほうがいいわね、うっかり避妊に失敗したアホそうなビッチだと思われてノンカフェインコーヒーとか薦められそうだから」

「あ、あ、あんたそこまで言う!?」

 

Tシャツ一枚でよくもまあここまで盛り上がれるものだ。家族連れが多くにぎやかな場所のためそこまで目立つことはないが、あまり近くにいるのは恥ずかしい。

同じような距離感の高坂の兄貴も、俺の隣で腕を組んで苦笑いしている。

 

「こいつらが口喧嘩してると、なんか落ち着くよ」

「……そういうもんですか」

「不器用だけど、本当に仲が良いんだこいつらは」

 

どうやら京介殿は本当にこの二人のことが好きなんでござるなあ……。沙織殿でなくてもそれくらいわかるでござるよ、ニンニン。

ま、確かに侃々諤々してはいるが、これが親友というものなのかもしれん。ここまでの交友関係を築いている人間を俺は知らない。なんというか、もっと相手のことを考えながら話していると思う。こいつらはもう言いたいことを言っている。それは相手がそれを受け止めてくれると信じ切っているからだろう。

俺も高坂兄と一緒にもう少し二人を見守るか。

 

「だいたいね、八幡はちゃんとゴムつけてくれると思う!」

「ぶっ!?」

 

流れ弾どころの騒ぎじゃねえ。驚異的な角度でホーミングミサイルが飛んできたぞ。

 

「あ、あなたね」

 

さすがに少し慌てる黒猫だが、高坂はもうアクセルを踏みっぱなしだ。別に黒猫は高坂の見た目の話をしているだけであり、俺は何一つ関係ない。俺と高坂が赤ちゃん○舗を一緒に歩いていても夫婦だと思うやつはいないだろう。

 

「それに比べて兄貴はどうかしらねー。外に出せば大丈夫とかコーラで洗えば大丈夫とか、さきっちょだけだからとか言いそ~」

 

俺は隣を恐る恐るみたが、ここで割って入るのも恥ずかしいのだろう、目を覆って知らないふりをしていた。そりゃそうだ、赤ちゃんを抱いたお母さんやお腹の大きなお母さん達がぎょっとして見ているわけで、そこに近づいていくということはそういう目で見られるということだ。やばたにえん……。

 

「そんであんたもなんだかんだで兄貴に押し切られそう。仕方ない人ねとかなんとか言って」

「ちょっと待ちなさいよ、私のことは兎も角、私の京介を貶めるような言葉は慎んで頂戴」

「わ、私の京介ぇ~!?」

「そうよ。私の京介は紳士だもの」

「あ、あ、あたしの八幡だって紳士だもんね! ちゃんと0.02ミリ離れてくれるかんね!」

 

俺は目を覆って知らないふりをした。高坂の兄貴とまったく同じポーズになったのは偶然なのか、あの二人が為せる技なのか。とりあえず避妊具は密かに買っておこう……。

 

「いや~、比企谷くん、コーヒー飲みたくならないか」

「そうですねー、ちょうどそこのカル○ィで配ってますから入りましょうか」

 

俺たちは戦略的撤退を試みる。

カル○ィのコーヒーはマッ缶ほどではないが甘いのでちょいちょい入る。海鮮せんべいとかオリエンタルな菓子とか買っちゃうよな。

 

「甘いな~これ」

「そうすかね。もっと甘くていいですけどね」

「そうか~」

 

なんと他愛も無い会話だろう。平和。男同士って安心だね?

 

「ところで比企谷くん」

「なんです?」

「その桐乃とは、その、したのか?」

「……いえ」

 

二秒前まで安心していたのに、もう冷や汗をかくことになるとはな。彼女の兄と二人きりになるというのはつまりこういうことなのだ。小町に彼氏が出来たとき、俺はこんな冷静に会話できるだろうか……。

ここでそっちはどうなんです、黒猫とはもうしたんですか、などと返すようなやつもいるんだろうが、こういったことは頭の中では想像するけど口には出せない。

 

「ぶっちゃけ、どこまで行ってるんだ?」

「いや、その、全然どこにも行ってないです」

「一緒にエロゲーやったことは?」

「無いですね」

 

彼氏彼女の進捗状況を確認するのに一番最初にそれが出てくるのはさすがだなと思いました。

しかし緊張するなあ……。

高坂兄がゆっくり歩いていくのにあわせて、着いていく。特に興味はないだろうパスタソースの前で足を止めた。

コーヒーを飲み終えて、紙コップを捨てるまでは、まだ少し時間がかかる。

 

「今の質問って」

「うん?」

 

聞いていいのだろうか、と戸惑ってはいるが、これは重要なことだと思うからな。

 

「元カレとしての嫉妬からですか。それとも兄貴としての心配からですか」

 

その質問の返事をする前に、高坂京介は紙コップを煽って、ゴミ箱に投げ込んだ。

 

「どうだろうな。兄貴として嫉妬してるのかもしれない」

「あ、マジでシスコンなんすね」

「そうだな。初めて彼氏を連れてきたときのことを思い出すと否定できねえよ」

 

……え? 彼氏連れてきたことあんの……?

考えてみれば兄貴と付き合っていたとは言っていたが、その前にも誰かと付き合っていた可能性があるのだということを考えていなかった。

 

「どうした、比企谷くん」

「い、いえ」

 

慌ててコーヒーを片付け、二人で高坂と黒猫の元へ移動を開始した。

なんだか地味にダメージを受けた気がする。なんというか付き合っていたのが兄貴だったのは自分としてはノーカンになっていたのだろう。普通に彼氏が居たというのは、ちょっと、いや結構ショックかもしれない。

ましてやさっきのゴムを付けたとか付けてないとかのことを思い出すと……高坂は兄貴とはしてないと公言していたし、俺はそれを信じたわけだが。

その前の彼氏とは……。

高坂の兄貴の後をとぼとぼ歩いていると、元気すぎる女の声が近づく。

 

「あ、八幡! どう、どう? 似合うっしょ?」

「え、あ、うん、そうだな」

「……どしたの? なんか顔色悪くない?」

 

正直なところ、彼女を正面から見れなかった。

 

「どうしたんだ比企谷くん? コーヒー飲むまで普通だったよな?」

「京介が妹への愛をこじらせて毒を盛ったのかしら」

「してねえよ!」

 

……どうにもこの会話の中に混ざれる気がしない。

 

「わり、コーヒー飲んだらトイレ行きたくなった」

「あっそ。じゃ、行ってら~」

 

顔でも洗えば、少しは気分が晴れるだろうか。

 

 




やべーみんなが期待した展開じゃない気がしてならない……

でもだってみんな京介と八幡の絡みが見たいって言うから……

とりあえずこのダブルデートはしばらく続きそうです!
作者もびっくりの展開の遅さですからね!(爆)


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四人が向かった下着売り場は必要以上に盛り上がっている

トイレで顔を洗って戻ると三人は次に行く店の相談をしているようだった。

 

「あんた、兄貴に下着選んでもらったら?」

「なによそれ。自分が下着を選んでもらいたかったからってダシにしている訳? ならあなたも京介の選んだ下着をつけたらどうかしら?」

「いや、それだと俺が妹と一緒にランジェリーショップに入ることになるからすげー嫌なんだけど」

「あたしの方が嫌だっつーの!? なんで兄貴の下着の趣味を知らなきゃならないワケ!?」

 

いやはやこの三人は本当に仲良しだな。この中に俺が混ざっているというのが信じられん。自分だけが普通なのにそこにいるという感覚は、SOS団に所属したキョンのような気持ちだ。もっとも彼との共通点は妹が可愛いことくらいのものだが。

 

しかし、俺は小町と一緒に下着を選ぶことに抵抗はないな。問題は小町がしま○らのプリ○ュアのぱんつを履いてくれるかということだけだ。そもそもサイズがあるかどうか知らんけど。

戻ってきた俺に黒猫が気づき、声をかけてくれる。

 

「八幡はどう? 好きな下着を選ぶというギャルゲーっぽいイベントよ」

「確かにな……。黒猫はエロいのが似合いそうだな。黒のガーターベルトとか」

「ちょ、あ、あんたが黒猫の下着を想像すんな!」

 

裏腿に蹴りを食らってしまった。しかしこのギャルゲーイベントは選択肢があっても正解を選ぶのは難しいのでは?

 

「確かに似合いそうだな、比企谷くん」

「お褒め頂き恐縮です」

「あ、あなたたちは……まったく」

「こういう風に恥じらう黒猫は可愛いと思わないか、比企谷くん」

「激しく同意ですね」

「痛え!」「痛っ!?」

 

高坂は無言で俺と京介氏の足を踏みつけた。今のはお前の兄貴にあわせて会話しただけだから俺も攻撃されるのは理不尽ではないだろうか。

 

「八幡、桐乃が嫉妬しているわよ。良かったわね」

「は!? はぁ!?」

 

高坂は本当に嫉妬しているのかどうかはわからないがとにかく腕を組んでむっつりしていた。こいついっつもこういう感じですね?

黒猫は顔を赤らめたまま、左手を腰に当てて人差し指をぴんと立てた右手を前に繰り出す。黒猫らしくない、高坂っぽい仕草だ。なんならハルヒっぽい。

 

「八幡が下着姿を妄想していい女の子はあたしだけなんだからねっ!」

 

黒猫の変な動作はどうやら高坂のモノマネであるようだった。言い方とかめちゃくちゃ似てますね。

 

「ふ、ふざけんな! あたしはそんなこと言わなーい!」

 

地団駄を踏みつつ、ぷんすこ怒り出す高坂。そりゃまぁ言わないだろうな。黒猫もわかってておちょくってるんだよ。

 

「いや、似てたけどな。なぁ、比企谷くん」

「俺に同意を求めるのやめてもらえませんかね……痛いのは好きじゃないんですよ」

 

同意するだけでダメージを受けるのはもう避けたい。黒猫の攻撃だったらじゃれてる感じになるかもしれんが、高坂の打撃はマジで痛いからお断りだ。

 

それにしても京介氏はたいそう愉快そうに見える。彼女と元カノが喧嘩してるという状況からするとここで笑ってるなんて常軌を逸しているわけだが、気持ちはわかる。この高坂桐乃と黒猫のやり取りというのは見ていて本当に楽しいからだ。

ところで、高坂の兄貴にはちょっと不在時の疑問に答えてほしいことがある。

 

「でもなんで下着を買いに行く話に?」

 

藪から棒だろ。まさか本当にギャルゲーっぽいイベントをしたいからじゃあないだろうな。

 

「さーな。なんか桐乃がいきなり言い出した」

「あら、わからないの?」

 

京介氏がさっぱりわからないとばかりに手を挙げると、黒猫がニヤニヤしながらこちらに寄ってくる。

 

「八幡が落ち込んでるみたいだから、あたしのセクシーな下着姿で元気づけてあげるわ! とそういうことよ」

「はああああああ!? どこをどうやったらそういう翻訳になんのよっ!?」

「あら、本人すら自覚してなかったのかしら。私にはココロの中にある言霊が直接理解できるのよ」

「んぐぐ……まぁその、ちょっと元気無さそうだからちょっとサービスしちゃおうかなー、くらいだし」

「あら、図星じゃない。思ったより直訳できているわ」

「ぐぎぎ」

 

高坂は悔しそうというよりは恥ずかしそうに顔面を真っ赤にしていた。

え。じゃあ、そうなのか?

どこまで本当かはともかくとして、俺がさっき落ち込んでいたからギャルゲーイベントでもやってやろうと思ったってことか。

……嬉しい、な。うん、嬉しい。

だがしかし、だがしかしだよ。

本当にその気持ちは大変嬉しいのだが、高坂の兄貴が一緒にいる状態で高坂の下着を選ぶなんてありえない。俺が高坂の兄貴だったら俺を殺してしまう。物理的に殺すと怖いから社会的に殺すまである。

よって俺は寿命を伸ばすために提案をせざるを得ない。

 

「逆にしようぜ。逆に。男子の下着を女子が選ぶ分には問題ないだろ」

「ほう。それはいいアイデアだ」

 

俺の無難な案に京介氏はすぐに賛同。黒猫も首肯した。それを受けて高坂も武装解除だ。

そのまま無難中の無難なテナントであるユニ○ロへ。

高坂は見慣れない男性用下着売り場で大はしゃぎだ。はしゃぐ場所じゃねえよ。

 

「ほら、銀魂コラボの下着もあるよ~?」

「いやそれ新八じゃないから! ただのメガネ柄のトランクスだから!?」

 

すかさず兄からツッコミが入る。おいおい、京介氏は志村新八風のツッコミもこなせるのかよ。すげーな。

俺が高坂の兄貴のツッコミのスキルに関心していると、黒猫はくっくっと声を殺して笑っていた。この人も本当に高坂兄妹が大好きなんですね?

 

「京介はこういうのを履いているのよね?」

「いや、白ブリーフなんてとっくに履いてないぞ」

「こういうのっしょ?」

「ああ、桐乃はこういうボクサータイプが好きなのね。クンカクンカしやすいものね」

「だからしてないっつーの!?」

 

流れるようなボケとツッコミが怒涛のように押し寄せ、こっちとしては何も言うことはない。俺も大概ツッコミのタイプだと思っていたが、こいつらの前では出る幕がない。

と思っていたのに黒猫がこちらを見て含み笑いをする。

 

「HACHIMANは白ブリーフよね。DTだから」

「いや、それ関係ないし。DTだからブリーフってブリーフに失礼だし」

 

普通に返しただけだが、高坂姉妹が腹を抱えて笑った。

 

「比企谷くん、ツッコミうまいなー」

 

いやいや、あんたには遠く及ばないですよ。

 

「兄貴とはタイプが違うツッコミよね~」

 

比較されるのもおこがましいと思いますがね……こっちは脳内でひねくれるだけですよ。

 

「で、あんたは兄貴にどんなぱんつ履かせるの?」

 

高坂は黒猫にひじでツンツンしながら非常に摩訶不思議な質問をするが、これ、現実なのよね。

 

「あなた、もうちょっと言い方があるでしょう……そうね、これなんかどうかしら」

 

黒猫が指差したのは、銀色の骸骨だの十字架だのがふんだんに盛り込まれた黒いボクサーだった。なんというかとても頭が悪そうな感じだ。世紀末にヒャッハーする人たちに似合いそうですね。

 

「こ、これかよ……」

 

京介氏は鈍痛がしているかと思うような顔を見せる。まぁ、わかる。

 

「そこまで嫌がらなくてもいいでしょう」

 

意外とマジで選んでいたのか、黒猫は軽くショックを受けていた。いや、俺は黒猫がそれを選んだというなら喜んで履くけどね?

 

「さっきの新八で良いんじゃないの? ほら、兄貴はメガネフェチだし」

「そう言えばそうね」

「いや、メガネをかけているのが好きなのであって、メガネそのもののフェチじゃねえんだよ」

 

わかる! ここで声をあげて賛同はしないけどわかる!

 

「え、八幡もメガネスキーなの?」

 

高坂が俺を妙なロシア人であるかのような疑惑を持ったようだ。口に出さなくても考えがわかっちゃうような顔してたの、俺?

 

「いや、そういうわけじゃないですけどね。世の中の属性というものは理解しているつもりだ」

「ふーん。まぁあんたも妹属性だしね」

 

男の娘属性もわかる、とかは言うのやめておこう。戸塚は特別な存在。秀吉も。

俺が妹属性を認めたのに、妹を彼女にしていた男は否定をし始めた。

 

「いや、あんたもって言い方だと俺に妹属性があるみたいだろ! 心外なんだけど!?」

「京介、それは今更言い逃れ出来ないわよ。あと、ドMもね」

「ドMじゃねえよ! 別に俺はあやせに蹴られたいわけじぇねえんだよ! 身体が勝手にセクハラしちゃうだけなんだよ!」

「この男、本当に最低ね」

「ごめんね、うちの兄貴がサイテーで」

 

なんか、高坂京介という人間は俺が思っていたのとはちょっと違うようだな。

新垣あやせにセクハラするとか、そこにシビれるあこがれるゥって感じですよ。俺にはとても真似できねえ。もちろん恐怖のためです。

 

さて、ここはさっきからずっとユニ○ロの男性用下着売り場なわけだが、さすがに周囲の視線が痛くなってきた。

 

「ちょっと場所、移動しようぜ」

 

俺はポケットに手を突っ込んで、その場を去る。はっきりいって恥ずかしい。

 

周囲の人たちからは「なんだこいつら、男モノのぱんつ指差して何を大騒ぎしてるんだバカリア充、爆ぜろ」と思われているに違いない。少なくとも俺ならそう思うね。

 

しかしなんだ、この三人と同じくくりにされているというか、仲間みたいに思われているとしたら。

 

それはなんともこそばゆい気持ちだった。

 

 

 

 





自分が思っている以上に話が進まないゾ!?

でもこの四人のダブルデートは意外と好評なので、もうちょっと続きますね。

しかし今回はサービスカットが発生するつもりで書き始めたのにおかしいなあ……。



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ギャルらしく高坂桐乃はタピっている

「で、どーする? タピる?」

 

多ピル?

それは避妊薬をいっぱい飲むということか? よくわからないけどやめておきなさい!

セリフの主である高坂は両手を後ろ手に組んであっけらかんと、まるでお茶でもしないかと提案してるかのごとくだ。

 

何言ってるのかわかるのだろうかと彼女の兄の京介氏を見るが、首を振った。

黒猫は知っているのか、高坂の提案に対して思案顔だ。

 

「やめておきなさい、気持ちはわかるけどあなたでは無理よ」

「何がよ」

「タピオカチャレンジでしょう?」

「違うから!? タピるイコールタピオカチャレンジってオタクをこじらせすぎだから!?」

 

タピオカチャレンジ? それなら知ってるぞ。ってことは俺もオタクをこじらせすぎってことなの?

あれだろ、胸にタピオカミルクティーを乗せて飲むとかいう由比ヶ浜なら出来るけど雪ノ下は出来ないやつだろ。三浦あたりは「は? あーしなら余裕なんだけど」とか言いつつ、失敗して由比ヶ浜にぐぬぬっってなるんだろ。やだそれ見たい!

あーしさんが胸元にミルクティーを零しているところを想像している間に高坂京介はぽんと手を打った。

 

「あ~、タピオカチャレンジってあれか。麻奈実がやったやつか」

「……ベルフェゴールが何をしたですって……」

「ちょっと!? 黒猫さん!? 出ちゃってる! 闇の波動が!」

 

ベルフェゴールって呼ばれている麻奈実というのはどんなやつなんだ……さぞ恐ろしいに違いない。

高坂兄が黒猫からものすごい目で睨まれているとこを見て妹の高坂桐乃はにこぱーと笑っていた。まぁ俺もそんな感じで見守っておけばいいのか。これ、あれだよね。嫉妬という名の痴話喧嘩ですよね。

それはそれとして、俺は兄貴の修羅場を心底楽しそうに見ている人に疑問を投げかける。

 

「なぁ、タピオカミルクティーって並んでまで飲むほど美味いのか?」

 

甘いものは好きだが並ぶのは好きじゃない八幡くんは飲んだことがない。コンビニに売ってるやつを買うと店員から鼻で笑われてしまいそうで買えない。そして一緒に行こうよと誘うような友人もいないし、誘われてもめんどくさいから行かない。仮に戸塚に誘われたとしたら、それは万難を排して行くに決まっている。なんで誘ってくれないの?

 

「おいしーに決まってんじゃん!? 八幡、飲んだこと無いの!?」

「逆になんで俺が飲んでると思うんだ」

「えー? なんで偉そうなの? 流行に流されない俺かっけーとか思ってんの?」

「そう言われると超ダサい男っぽいからやめてね?」

 

まぁ実際のところそういうことなんだが……。

流行のスイーツをよくわからずに並ぶとか俺がするのも気持ち悪い。小町にお願いされてようやく並ぶことになるはずだ。偉そうというか、身の程をわきまえていると考えて欲しいところだな。

こいつは太陽みたいで、あまりにも眩しすぎる。俺のような日陰者とは違いすぎる存在なんだよな……。元カレとやらはどういうやつだったのか。陽キャなんだろうなあ……。

 

「じゃあ、並ぶかんね八幡」

「いや、そこまでして飲むものでもないかと」

「八幡は何もわかってない」

「何が」

「オタクがエロゲーを発売日の深夜に買ったり、同人誌を通販でも買えるのにわざわざ炎天下のコミケで買うのはなんで?」

 

……タピオカミルクティーをエロゲーや同人誌で例える女子高生ってどうなんだ……。まぁ今更だな。

 

「並んでる間もどきどきわくわくして楽しいから、じゃねーかな」

「わかってんじゃん」

 

同じことだと、そう言いたいわけか。

俺たちと少し離れて黒猫と京介氏も並んだみたいだ。

 

「黒猫たちと一緒に並んだほうがよかったんじゃねーの」

「あん?」

 

足を踏まれた。どう考えてもおかしい。今まで一緒にいたんだから一緒に並ぶのが普通であり、怒る理由がひとつもない。断固講義すべきだ。俺が理論を展開していると、

 

「あたしと二人っきりになれて不満とかありえないんだケド」

 

――その考えがまったく無駄だということがわかった。世の中、理屈じゃないんですね。正しいことが正しいとは限らないんですね。

 

「……すまん」

 

俺は何一つ悪くないが謝った。強いて言えば野暮だったということだ。

 

「わかれば良し。ったく」

 

どうやらご機嫌を損ねてしまったが、なにやら俺は足を踏まれたうえに謝罪をしたにも関わらず、嫌な気持ちは少しもなかった。いや、なにやら気分がいい。

 

「何嬉しそうにしてんの、キモいんだけど」

「二人っきりになれて満足なんだよ」

「……あっそ」

 

ここへ来て黒猫の言うことがなんとなくわかっていた。こいつの言うキモいには愛がある。俺はキモいと言われて喜ぶほどの変態さんではないと思っていたが、今は嬉しい気持ちだった。

 

「随分、機嫌よくなったじゃん」

「お前のおかげでな」

「……さっき、なんであんな凹んでたの」

 

気にしてくれてたのか。今、二人っきり状態になったのも、この話をするためだったのだろうか。それは考えすぎなのだろうか。

しかし今から話すことは、間違いなくいい話ではない。墓場に持っていくのが正解だったという可能性も高い。

 

「コーヒーショップで聞いたんだ、兄貴とは別に元カレがいたって」

「へ?」

「家に彼氏を連れてきて紹介したって……」

「あ、あー。あー、あー」

 

何この反応。あれか昔の男なんてとっくに忘れたから思い出すのも一苦労なのか。

よく言うもんな、男の恋は別名保存、女の恋は上書き保存なんて。恋は遠い日の花火だったのか。

 

「付き合ってない」

「は?」

「彼氏として紹介したのは本当だけど、付き合ってない」

「え? どゆこと?」

「んー。なんつーか、彼氏連れてきたら兄貴が嫌がるかなーと思って」

「え、嫌がらせのために男連れてきたの?」

 

いくらなんでも大好きなお兄ちゃんにそんなことするかね。

 

「そ。だけど、付き合わないでくれーって泣いて頼むからやめてあげたってワケ」

 

ほーん。

つまりお互い様ってわけか。京介が黒猫と別れたのは、妹が他の男と付き合わないでくれと頼んだ以上、同じことをされて付き合わないわけにもいかないと。結果、二人で付き合ってしまったと。

 

「そうか、そうなのか」

「ふ~ん」

「なんだよ」

「随分とホッとしてるじゃん」

「そうか?」

「あたしが兄貴以外にも彼氏がいたと聞いて、顔が青ざめるくらいショックだったんだー?」

 

こ、こいつ。

何言ってるんだと言いたいところだが、否定できる要素がない。完全に図星。ここまできたら開き直るしか無い。大体、こういう攻撃力に特化したキャラクターは防御力がないと相場が決まっている。背水の陣を敷いて反撃することこそ唯一の勝利の鍵だ。

 

「そうだ、そのとおりだ」

「へ?」

「桐乃に彼氏がいたなんて想像するのも嫌だ」

「ちょ、ちょ、ちょ」

「桐乃はな、桐乃は」

「すと、すと、すと~~っぷ!」

 

唇を塞がれた。残念ながら手で。

高坂は周囲を確認……するまでもなく、あちゃーっと手で目を覆った。

 

「貴方達、いくらなんでもイチャイチャイチャイチャしすぎじゃないかしら」

 

すぐ近くにいたのは黒猫だった。行列の折返しになってたまたま隣に居たらしい。そして一連のやり取りを見られていたようだった。黒猫は批難するような言い方ではあったが、表情は笑いを堪えているような面白いものを見るかのようであり、大変恥ずかしいですね。

 

「そっかー、比企谷くんは俺が桐乃から彼氏を紹介されたって聞いて俺よりショックを受けちゃったのかー、そっかー、うんうんなるほどなるほど」

 

京介氏も大変ご機嫌ですね。元カノからかって楽しいのかよ。いや、まぁ俺をからかっているだけなことはわかっていますが。

 

「桐乃、八幡、聞いているこちらが恥ずかしくなるからやめて頂戴」

「あたしは別に何も言ってないっつーの!?」

「へぇ~、一方的に言わせていると? それはそれは失礼致しました姫君」

 

慇懃無礼にお辞儀をする黒猫に高坂は南無三とばかりに目をギューッと閉じる。打つ手なしだ。

 

俺は間違っていた。

高坂に対して攻撃しても、意味がなかった。ここには高坂京介と黒猫というとんでもない怪物がいたのだ。そもそも俺が桐乃に対して勝ちとか負けとか言い出すことが間違っていた。

 

「ところで桐乃、タピオカチャレンジは」

「しないかんね!」

 

 

 




やだ、俺の八幡ってあーしさん好きすぎ……?
それとも俺が好きなのかしらん。歳取るとギャルが好きになってくるんだよなあ……。
初めてベルフェゴールさんの名前が登場。イメージCG欲しいですね。

投稿頻度減ってすみませんが、原因も八幡なんです。
エロマンガ先生の神野めぐみと八幡との短編小説シリーズはそれほど人気でなかったからコレを書き始めたのですが、現在のところ、はよ続きを書けとの叱咤を頂いており。
知らない方はそちらもぜひ読んで頂くと幸いです。

基本的にはやっぱり感想がいっぱい来るものを優先して書いちゃいます。





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ロマンティックはともかくロマンスカーは止まらない

タピオカミルクティーを飲み終わった後、2時間のカラオケを行ってダブルデートは終焉を迎えた。

まぁ、タピオカミルクティーはうまかった。高坂と交互に飲むという恥ずかしさを別にすればな。

 

しかしそのダブルデートが終わったと思った矢先、黒猫から来たメッセージはとんでもないものだった。

 

『みんなで温泉に泊まりましょう。兄妹の名前だったら男女混合でも予約できると思うわ』

 

おいおい、黒猫さん。すんごいこと考えますね。俺は本気で高坂の兄貴に嫉妬しているよ。

びっくりすぎることにすんなりことが運んで、俺達はロマンスカーに乗っていた。ロマンスありすぎだろ。千葉にもいい温泉あるのにわざわざ箱根まで行くとは。

席は向かい合わせ。窓側に高坂兄妹が座り、京介氏の隣が黒猫、桐乃の隣が俺だ。もう学校外で会うことが多すぎて桐乃と呼ぶのが当たり前になってきている。

 

「いや~、桐乃と温泉旅行って久々だよな~」

 

これは当然俺のセリフではなく、京介氏のセリフだ。

意味合いが全然違うだろ。これは明らかに家族旅行じゃねえよ。むしろ高校生とかがしていいレベルのデートでもない。正直、小町にも本当のことは言えなかった。まあ、頑張ってねとか言われたから全部お見通しっぽかったけどな。

 

「いいから早く助けろっつーの」

 

俺たちは携帯ゲームを一緒にプレイしていた。4人協力プレイのアクションであり、車窓から風景を楽しむなんて風情はまったく無し。ロマンスがあると思っていた俺が間違い。

 

「俺、何すればいいの」

 

黒猫はゲームが上手すぎて意味がわからないレベルだし、桐乃も動きが凄すぎてついていけない。京介氏は役に立ってるだけマシであって、俺はおろおろしているだけなんだけど。出来る人がちゃんと指示してくれないと困るんだよねっ。

 

「死ぬと面倒くさいから、生きていて頂戴」

 

優しいのか優しくないのかよくわからない言葉をかけられる俺。つまり役たたずってことですよね。まぁ、生まれてこの方ずっとそうだから気にしないけどね?

 

しかし、ゲームしながらお菓子を食べつつ男女四人で特急とかなかなかリア充みたいなことやってるな。いつの間にか仲良しグループじゃねえか。仲良しって言葉が俺に似合わねえー。なかよしは読むものだろ。

 

「あ、八幡もやっぱりきのこ派?」

「ん?」

 

何気なく口に放り込んだが、どうやらお菓子はきのこの山とたけのこの里のアソートを開けたものだった。

 

「馬鹿ね。全人類がたけのこ派なのに八幡がきのこ派なわけないでしょう」

「馬鹿はあんただっつーの!? 全人類がたけのこ派だったらきのこ販売しないっつーの!」

 

黒猫と桐乃の意見がぶつかったが、珍しく桐乃の方がまっとうなことを言っていた。ほんとに珍しいな。

 

「だああ! お前らいっつもそうなるのな!? 喧嘩にならないようにアソート買ったのによ」

 

京介氏、その判断は間違っている。だったらアルフォートを買うべきだったな。これは無駄に論争を巻き起こす戦争の火種なんだよ。

 

「こういうゲームやりながら食べるときにきのこは食べやすいワケ。たけのこなんてチョコのところ触っちゃうじゃん。意味ないし」

「語るに落ちるとはこのことね。つまりはきのこのプレッツェルはポッキーのチョコなし部分と同じということじゃない」

「なっ!?」

「それに比べてたけのこはチョコとビスケットの組み合わせが完璧といっても過言ではないわ。お互いがお互いを高めあっている。理想の関係ね」

「なにそれ、共依存の間違いなんじゃないの。ねえ八幡」

 

共依存っていう言葉はオレの心をえぐってくるんでヤメてもらえませんかねえ……。ちょっとたけのこの里を嫌いになりそうだよ?

 

「どっちも美味いじゃないか、それはそれで」

「あーっ、出た出た。さっすが、あたしの友達みんなに色目使ってただけのことはあるよね」

「なっ、そんなことないだろ桐乃」

 

おいおい、目の前で兄妹がラブコメを始めたぞ。やっぱり俺の青春ラブコメは間違っている。

 

「まぁ、ちょっと目を離したら黒いのとイチャイチャしてるわ、あやせのことはエロい目で見てるわ、加奈子にまで手を出して」

「出してねえよ!?」

「あやせをエロい目で見てたことは否定しないんだ」

「そうは言ってないだろ!?」

「……」

「瑠璃さん? 無言の方が怖いんだけど?」

 

うーん、よくわからないが京介氏に対するヘイトが溜まってきますねえ……。こういううらやまけしからん人が現実にいるんだな。ラブコメ主人公みたいなやつが。

 

「八幡はあやせをエロい目で見ないよね」

「命が惜しいからな」

「俺だって命は惜しいんだよ! でも仕方がないんだよ!」

「最ッ低」

「最低ね」

「最低っすね」

「八幡くんまで!?」

 

俺が味方をすると思ったら大きな間違いですよ、高坂の兄貴。よっぽどショックだったのか京介氏の操るキャラは死んだ。

 

「京介が死ぬのはいいけれど面倒くさいわね」

「辛辣!? わざと言ってるだろそれ!」

 

ま、黒猫は本当に怒っているわけではない。全部わかってて、それを踏まえて受け止めていながら、ちょっと拗ねているだけだ。くそっ、なんて可愛い人なんだ。マジで爆ぜろよ京介氏……。

 

京介氏は、きのことたけのこを同時に口に放り込んだ。なんてことをするんだ。

 

「最ッ低」

「最低ね」

「最低っすね」

「お菓子くらい好きに食わせろよ!?」

 

もはや菓子の好みの問題ではなくなっていることくらいわかれよ。難聴鈍感主人公かよ。

 

「で、八幡はどちらが好みなのかしら」

「本当のことを言いなさいよ」

 

菓子の好みのことだけにしておいて欲しかった……なぜ俺は鈍感主人公じゃないんだ……。

 

「俺はどっちも好きだけどな」

 

たけのこを一口で食べる。

 

「出た出た、八幡」

 

何も出てねえよ。

 

「そういうのはいいからきちんと評価して頂戴」

 

全然曖昧な答えを許してくれる気無いんですね、黒猫さんは。本物が欲しいんですね。

頭を掻きながら、きのこを手に取る。

 

「たけのこは確実に美味いんだけど、きのこはこうやって食べることも出来る」

 

俺はチョコの部分だけを食べた。

 

「甘くないところとか、甘すぎるところとか、色々な側面がある。まだ俺にもわかってない魅力もきっとある」

 

俺は残りのプレッツェルを口に入れる。

 

「だから、どっちも好きだけど、きのこの方が好き、かな」

 

たどたどしくもこっ恥ずかしいセリフを言い終わって、黒猫を見る。その微笑みは回答を許してくれた、ということだろう。みんな、ゲームをする手はいつの間にか止まっていた。

 

桐乃を見る。

 

これでもかというくらい顔を赤くしていた。別にお前に告白したわけじゃねえよ……。そこまで甘くなくていい。俺は次もきのこを手に取り、プレッツェルだけをかじった。

 

「俺は両方口に入れるのが一番美味いと思うけどな」

「最低ね、本当の一番を決められないなんて」

「ほーんと。あやせに蹴られて地獄に落ちればいいのに」

「お前ら、マジで酷すぎじゃね!? 温泉旅行の序盤だよ!?」

 

ほんと、これからお泊りイベントとかどうなっちゃうのかしらん。草津の湯でも治らない病気っぽいんだけど。

 

 





大して先のことを考えてないのに、なんか書き始めちゃった!? このあとどうするの!?

あと八幡がドンドン恥ずかしいキャラになっていくんだけど!? 文句は受け付けませんよ!?


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もちろん比企谷八幡はアレを持ってきている

「着いたーっ!」

 

桐乃がわざわざ両手を高々と上げて大声でそんなことを言った。そんなことはわざわざ声にしなくてもわかるのだが、着いたのはもちろん温泉旅館だ。秘宝館ではない。

 

「じゃあチェックインを済ませましょう」

「そうだな」

「ええと、高坂兄妹の部屋がこっちでいいのかしら」

「黒猫さん? それだと俺と一緒の部屋になっちゃいますけど?」

「あら、嫌かしら?」

 

嫌なわけがないが。嫌な予感しかしない。

 

げしっ!

 

「鼻の下伸ばすな! 八幡!」

 

ほらね。桐乃に蹴られるじゃん。だから嫌だったんですが。お尻だとそんなに痛くないよ。

それでも俺はもちろん反論を試みる。

 

「いや、黒猫も本当はお前の兄貴と一緒がいいんだと思うぜ。俺も桐乃と一緒がいいしな」

「なっ!? あ、あ、あんたね」

「八幡くん。悪いけど、君は俺と一緒の部屋だ」

「え。京介さんってそっちもアリなんですか。俺はちょっとそういうのは……」

「そうじゃねえよ!? 普通に男同士と女同士の部屋割なの! 未成年だからそうじゃないと無理なの!」

 

……どうやら俺は恥ずかしいことを言ったみたいですね?

雪ノ下陽乃に「三角関係とか」と言っちゃったとき以来の恥ずかしさが込み上げる。あんときも死ぬほど恥ずかしかったけどね!?

 

黒猫さんから肩をぽんぽんされる。結構あなたのせいだと思うんですけど?

そして桐乃はフンとそっぽを向いているが顔は真っ赤だ。なんか段々、この態度が可愛くなってきたんですけど? やっぱり病気なのかな? 早く温泉に入らなきゃ!

 

黒猫が主導でチェックインを済ませてくれ、俺と京介氏で部屋に案内された。

旅館らしい和室で、とりあえず荷物を置く。窓からの景色をチェックしているとブザーが鳴る。早々に女性陣が俺たちの部屋にやってきたようだ。桐乃は少しだけ扉を開けて、こちらの様子を伺ってから、ゆっくりと入ってきた。なんだ? この妹は俺TUEEEくせに慎重すぎないか? 誰もお前には勝てないだろうに。

 

ちなみに彼女たちは俺たちの部屋にいつでも来ていいが、逆にこちらから行くことは禁止されている。

そりゃそうだな、俺がうっかり彼女たちの部屋に入ったときに黒猫が浴衣に着替えている途中だったりしたら桐乃に殺されて俺の命は無くなってしまう。そして異世界に転生して巨乳のエルフとイチャイチャすることになってしまう。間違っている青春ラブコメの主人公は異世界だと余裕で生き抜くようですよ!?

 

着替え中じゃない俺たちの前にやってきた桐乃と黒猫。

 

「あ、あのさ……」

 

なんだ、何を誘おうというのか。

 

「あんまり、こういうのはしたこと無いんだケド」

 

ごくり。

 

「こ、こっちから誘うのもちょっと恥ずかしいんだケド」

 

……。

 

「四人でプレイできるチャンスだし?」

 

プ、プレイ……?

 

「夜通しになっちゃうかもしんないし」

 

よ、夜通し……?

 

「でも、実は初めてだからよくわかんないんだケドさ」

 

勇気を出して言葉を紡ぐ桐乃に、こちらはどきどきしっぱなしだ。

黒猫はなぜか腕を組んで余裕の態度で桐乃を見守っている。え、経験豊富なんですか?

 

「まー、俺たち四人だったら何かしらそういうことはするだろ」

 

京介氏? 何かしらとは? そういうこととは?

 

「そうね、何もしないほうがどうかしているわ」

 

黒猫さん!? ふふふ、と微笑を浮かべるその表情は本当に妖艶なんですけど!? なんてこった、この三人は思っていたよりもやる気満々だったようだぞ……。いや少しは期待してましたけど。だって、ダ、ダ、ダブルデートで温泉旅館に泊まるわけだろ。一応、俺だって勇気を出して買ったよ。0.02ミリの厚さのゴムを。持ってきましたよ、一応。一応ね!?

 

「比企谷くんは自分のを持ってきているのか?」

「じ、自分のと言うと!?」

 

持ってきちゃってますけど。でも、勘違いの可能性がね?

 

「いや、こうなるとは思っていなかったから比企谷くんの分は持ってきてないんだ」

「はあああ!? 普通、そうなるってわかるじゃん! バカ兄貴」

「いや、俺たちだったら泊まりとなれば絶対そうなるけどさ」

 

え。

ええ?

えええええええええええええええ!?

 

さすが、ラブホテルに行く元恋人同士の兄妹だぜ。でも、そういうことはしてないんじゃなかったの? あれかな? 本番無しってやつかな? 逆にエロくない?

 

「で、何をやるのかしら」

 

悟りきった雰囲気を醸し出す黒猫。あなたもですか!? 

 

「四人で朝までって言ったらそれほど選択肢は多くないわよね」

「うん……いや、いろいろやろうなかっとも思ってたんだケド。でもせっかくだからゆっくりとたっぷりと時間をかけて、話をしながら出来るのがいいかなって」

「そういうのは経験があまりないから興味があるわね」

「俺も全然やったことないんだよなー」

 

なんかここまでくると、わざとミスリードを誘ってる気がしてなりませんね。

俺は高坂京介にだけ聞こえるように質問をすることにした。

 

「あのー、俺だけ多分全然わかってないんで、わかりやすく教えてもらっていいっすかね」

「ん? ああ、桃鉄だよ」

 

桃鉄かよ!

そんなことだろうとは思っていました!

 

「桐乃とはいつも対戦格闘になってしまうのよ」

 

ため息まじりで眉毛をひそめる黒猫だが、どうでもいいよ。

 

「いやー、モンハンじゃなくて桃鉄かー。そういうのもいいなー。癒やし系ってやつか」

 

癒やされねえよ京介氏。いや、思っていたやつよりは疲れなさそうだけど。

 

「さっさとハードをテレビに接続してよ。で、八幡は結局自分のコントローラーあんの?」

 

桐乃は自分の兄に軽く命令をしつつ、俺への質問を繰り出す。どうやら俺がゴムだと思っていたものはゲームのコントローラーのことだったようです。あっぶねえ! 

 

「ねえよ……普通持ってこないだろ」

「ま、そっか。じゃあたしと交代で」

 

わかったと首肯する。

 

「瑠璃のコントローラーは持ってきてるからな」

「そう」

 

お茶を煎れてくれている黒猫は、ちょっとムスッとしたように見えた。京介氏、そこは交代でプレイしたかったんじゃないの? その方がいちゃしちゃしている感じがするからさ。

 

――って俺たちの桃鉄はいちゃいちゃプレイってことかよ!?

 

いや、考えすぎだな。俺はかぶりを振った。

 

京介氏がセットアップを終え、黒猫がお茶を用意し、桐乃が桃鉄を開始させる。八時間かかる予定のロングプレイだ。夜通しってそういうことね?

俺は部屋に用意してあったお茶菓子の温泉まんじゅうをかじりつつ、座椅子を移動させて腰掛ける。この温泉旅館のテレビは液晶モニターではあるが型は古く、そこまで大きいものではなかった。必然的に画面の前に近づく四人。そしてコントローラーを貸し借りする立場の俺と桐乃は当然近くなるわけで。

桐乃のほうが画面に近い分、近距離で後頭部を見ることになり、それはゲーム画面を見ているふりをしながらいくらでも見ることが可能で。長い茶髪は染めたものであろうにつややかで。たまにふぁさっと掻き上げると、女の子の香りが漂ってくる。

桐乃がサイコロを振ったり物件を買ったりするところはあまり見ていなかった。

 

「きりりん社長、出だし最高~! ほら、次、はちまん社長」

「お、おう」

 

コントローラーを手渡しするというだけなのに、ちょっと緊張する。

軽く振り向いた桐乃は、一緒にゲームをしていることが心底楽しそうで。それがなおさら恥ずかしさを加速させた。でも、これはいちゃいちゃなんかじゃない。温泉まんじゅうをかじりながらジト目で見ている黒猫のことは気にしてはいけない。

駅には止まれず、カードを手に入れて自分の番は終了。まあまあだな。

コントローラーを返そうとすると、桐乃は俺の方を見ていた。テレビではなく、俺の方を。

 

「桐乃……」

「なに?」

 

ずずっとお茶をすする桐乃。単純にテーブルのお茶を飲むためにこっちを向いていただけだった。自意識過剰かよ。恥ずかしくて死にそう。

 

「いや、なんでもない」

 

目線をテレビに戻した。俺もお茶をすする。ほっとするね。

 

「八幡」

 

間違えるわけもない、桐乃の声だ。

 

「なんだ」

「あたし幸せかも」

「そんなに桃鉄やりたかったのかよ」

 

黒猫が最初に止まった駅の物件を全部買い占めているところをぼーっと見ながら相槌を打つ。

 

「うん。この四人でやりたかった」

 

はいはい。そりゃ光栄ですよ。

 

「なんか、この四人だと長く続けられそうな気がして」

 

確かに三浦だったらすぐに飽きそうだよな。「あーしもういい。経営とか無理だしー、結衣ー温泉行こー」とか言ってコントローラーを投げ出して、浴衣から生脚も投げ出しそうですね。そして温泉で洗いっこしそうですね。「ちょ!? 背中洗ってくれるのは嬉しいけど、背中に当たってるのは何? わざと? うっかりだとしてもそれはそれでなんかムカつくんだけどー!?」とか言って勝手に怒ってそうですね。なんか風呂に入ってもいないのにのぼせそうですよ?

 

「本当に五〇年続けられそうな気がして」

 

……それは桃鉄の中での五〇年じゃなくて、現実に五〇年間一緒にいるってことか?

それは、それはつまり……。

 

桐乃の目はただ楽しいだけとは思えなかった。火照っているというか、熱を浴びているような。そんな顔を見ていると俺もなんだか体が熱くなってくる。

 

「桐乃~、きりりん社長の番だぞー」

「う、うっさい! 汗かいたから温泉行く! ほら、黒いのも早く!」

「別に私は汗なんかかいていないのだけれど」

「うっさいっつーの」

 

俺たちの部屋から退室していく女性二人。

 

「桐乃のやつ、まだ一回しかサイコロ振ってないってのに。まぁ先に温泉入ろうと思ってたくらいだからいいけどよ」

 

京介氏はそう言って浴衣やらなにやらを持っていく準備を始めた。

ここで俺だけ部屋に残るという選択肢を選ぶほど、今の俺はぼっちではなくなっていた。

 

 




可愛い女の子と泊まりで桃鉄やりたい人生だった。

それはまあいいとして。

高坂桐乃はオタク友達に当初恵まれていないし、京介もゲームをほとんどやったことがないのでパーティーゲームへの憧れがあるんじゃないか。
また、八幡もぼっちなのでパーティーゲームとか本当はやってみたかったのではないか。そんな感じですね。

それでは感想お待ちしております~。


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やはり俺たちの露天風呂は間違っている

桃鉄を中断した俺たち。当たり前の話だが、桐乃は黒猫と女湯へ。俺は京介氏とともに男湯へ。

俺たちは身体を適当に流して、露天風呂に入っていた。温泉旅館に来たのだから、露天風呂に入らないわけにはいかない。

 

京介氏は頭に絞った手ぬぐいを乗せ、右斜め前で背中を見せている。洗った髪はオールバックになっており、少し大人っぽくてカッコイイな……。

しかし俺は別にカッコイイ男に興味があるわけではない。ただし天使のような男には興味がある。ここにいるのが戸塚だったら良かったのにね。なんで戸塚と一緒には入れない運命なの? 時をかける八幡なら戸塚と風呂に入れるまでタイムリープするまである。

 

ちなみにこの温泉旅館にサウナはないようだ。

残念だ……。本当に残念……。整わない……。

もし俺が異世界に転生したらサウナーマスクとして活躍し、スパ銭を作るためにクエストをこなすまである。旗揚げ!サウナみち!

 

そんなどうでもいいことを考えながら、湯気越しに外を見やる。小さくときおり聞こえてくる黄色い声。まだ露天風呂には入っていないのだろうが、ものすごく通る。間違えようもない桐乃の声だ。聞いていないふりをするためにも、遠くを見るのだ。

「ひろーい」とか「他に誰もいなーい」とかどうでもいいようなセリフだが、なぜか聞き逃したくない気持ち、大切にしたい。

 

「八幡くん」

「……なんすか」

 

背中を見せたまま声をかけてきた京介氏。

実は耳を澄ませていることがバレたのかな……。

ちょっとどきどきしつつ、平常心をよそおう。

 

「覚悟はいいか? オレは出来てる」

 

何の……?

何の任務を遂行するの? 部下を守る必要あるの?

あと、なんでそんなにブチャラティがサマになるの?

ドドドドドドという効果音が目に見えるような態度で振り返った京介氏は、人差し指をぴ、と立てながら

 

「覗こうか!?」

「妹の風呂を覗きに誘う兄貴がどこにいんだよ!」

 

柄にもなく大声でツッコんでしまった。

いや、こういうときにそういうことを言い出すやつは少なくない。戸部とか絶対言う。だが、事情が違いすぎるだろ。

自分の妹と彼女だぞ?

それを俺に見られるってどうなの?

「正気ですか!?」という目で見ているケンドーハチマンに余裕で肩をすくめる京介氏。

 

「へ~、八幡くんだったらどうすんだ? 例えば俺が君の妹の風呂を覗こうという提案をしてきたら?」

「そうですね、死ぬリスクをおかしてまで聖なる弓矢を使用してスタンド使いに目覚め、アリアリアリアリアリーベデルチって感じですね」

「シスコンだねぇ~」

「あんたにだけは言われたくないっすよ……」

 

妹への溺愛エピソードは今更紹介するまでもないが、俺でもドン引きするレベル。

京介氏は自分では「俺は高坂京介、ごく普通の大学生だ」とか思ってそうだが、実際はとんでもない。

大体、あの高坂桐乃の兄である時点で普通の存在なわけもない。小町のような世界の妹とはわけが違うんですよ。

 

手でお湯をすくい、ぱしゃりと顔にかける。硫黄の香りがすんと鼻をつく。

確かに温泉旅館で露天風呂ってなれば、覗きに行くか、うっかり男湯と女湯を間違えるか、途中で女の子が入ってきてしまってお湯の中に隠れるか、そのへんが定番だろう。しかしそれはラブコメの話であって、現実の話ではない。

これがゲームであれば俺が見ていなくても、ユーザーにはイベントCGがプレゼントされるだろうが、そういうわけでもない。

しかしせめてラジオCDだったら……などと妄想していたところ、本当に隣から二人の声が聞こえてきた。すぐ後ろの竹でできた柵の向こうにやってきたようだ。なんとなく、息を殺す。京介氏も目を閉じ、口を真一文字に結んでいた。

 

「あんた、意外にあるじゃない」

「それはこちらのセリフよ……って、ちょっと、あまりじろじろ見ないで頂戴」

 

いいじゃないかいいじゃないか、そういうのでいいんだよ。こういうキャッキャウフフなやりとりを聞きたかったんだよ。これこそ正しい青春ラブコメなんだよ。

 

「でもさ、乳輪黒くない?」

「黒くないわよ! 失礼ね!」

 

あっれー? なんだろう。なんか思ってたのとはちょっと違うな。どう違うかって言うと俺の顔が赤くなるべきところが、青くなってるところかな?

京介氏もなにやらダメージを受けているように見える。彼女の乳首が黒いとか、そりゃショックだよな……。でもまだ見たことなかったんですね?

 

「桐乃は……まぁ結構ピンクね」

「でっしょー!?」

 

ピンクなのか……そうか……。

 

「よかったな、八幡くん」

 

よかったなて……。

自分の妹の乳首の色の話題する? 俺は一生御免だね。

続けて黒猫の声が聞こえてくる。

 

「でも下の毛が多くないかしら」

「はああああああ!?」

 

俺は天を仰いだ。空はこんなに青いのに、風もひんやり心地よいのに、太陽もいい感じに傾いているのに、どうしてこんなにやるせないの。

いや、別にいいんですけどね。きりりん氏の下の毛がもりりんしてても。クリリンみたいにツルルンしてなくても全然いいんですけどね?

 

ぽん、と肩に手が載せられる。

高坂の兄貴は気にするなとでも言うように、優しい表情で俺を見ていた。

自分の妹の陰毛が多いことで人に同情する? 俺は来世でも嫌だね。

桐乃は反論を試みているようだ。

 

「そういうあんたは、あんた……ってパイパンじゃない!?」

「ちょ、ちょっと桐乃……!?」

「なんで、なんで!?」

「やめ、やめて頂戴。そんなにじっくり見ないで」

「あ、これ、生えてないんじゃなくて剃ってる!」

 

うーん。

 

「うーん」

 

俺も京介氏も、腕を組んで目を瞑る。こめかみを抑えたり、目の付け根の当たりを揉んだり、せわしなく困惑する。

なんというか、なんといっていいかわからん。

「剃ってくれて嬉しいですね」って言うのも変だしな……。「羨ましいですよ」ってのもおかしいしな……なんも言えねえ……。

そもそも想像することがマズいんだよなあ……。無いところもマズいけど、剃ってるところなんてヤバイんだよなあ……。でも俺の想像なんてアニメみたいに湯気とか強い光とかで結局肝心なところは見えないんですけどね?

 

「はぁ……もう上がるわ」

「ああ、あたしもー」

 

もう終わりかよ!

 

なぜだ……。普通はさ、お互いに肌を褒めて、そのあとおっぱいを揉み合って、ひうんとかはうんとか嬌声が聞こえてくるっていうのが定番なんじゃないのかよ……?

そんなことを思ってお湯をぶくぶくさせていたら、隣の京介氏はがばっと湯船で立ち上がり、拳を握って吠えた。

 

「おっぱい揉み合いっこしないのかよー!?」

 

かよー、かよーと箱根の山の方へ消えていく木霊。天下の険も困惑ですよ。函谷関もぽかーんですよ。

あー、口に出して言っちゃうんだ、この人……。いや、思ってたよ? 俺も思ってたよ? でも思ってても言わないことってあるよね?

っていうか妹と彼女が胸を触りあってる声なんて聞きたいか?

……聞きたいな。ごめん。ほんとごめん。各方面に対してごめん。

 

「なっ、何言ってんの、兄貴のアホー! 死ねーっ!」

「京介、後で話があるから覚悟しておいて頂戴」

 

ほら、怒られた。そりゃそうだろ。

頭を抱える京介氏。この人も大分残念な人だな。

 

 

そもそも本当なら、三浦と由比ヶ浜が隣にいるべきなんだよ。

 

「ってか、マジで結衣ってデカイよね。ずるいんだけど」

「ずるいって……ははは……」

「この、うらやまけしからん、これが、これが」

「ちょ、優美子、ちょっと、だめ、だめだって~!」

「うりうり」

「はあん、はあ、んも~、こっちだって~」

「え、あーしはいいって、そんなに大きく、な、な、なーっ? ちょ、結衣、うまくない?」

 

……いかん。

別の世界線の俺が羨ましすぎて、涙が出てきた。

 

隣を見ると、京介氏も同じように泣いていた。何を見ているのかは知らないが、俺と同じような気持ちなのかしらん。

 

「あやせ……」

 

あやせ!? それだけはやめておけ! っていうか黒猫と付き合ってるんじゃないの!? 最低だこの人!

 

「女湯にいるのが、あやせと瑠璃だったらなあ……」

 

……まぁ、それは、なんというか、いいですね。うん、いい。

 

「せめて、今の二人に沙織がいればなあ……」

 

……なんかいい感じになるんですね? あの人、脱いだら凄いんですね?

 

「はぁ……」

「はぁ……」

 

遠くの山を見ているようで、脳内では女湯が見えている。

おそらく、京介氏も同じなのであろう。

 

俺たちは下半身が整うまで、しばらく露天風呂から出られなかった。

 

 

 





投稿遅くなりましたが、八幡と小町のSSを書いてました。そのうちご紹介できると思いますので、何卒。

俺ガイル最終巻読み終わった後の初めての投稿ですが、まぁサウナーマスクくらいしか影響を受けてないですね。クロスオーバーだしね。

渡航先生のトークライブも参加してきたんですけどね。まったく反映できてないというね。どうしたって私はバカなことしか書けないですね。


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そして、高坂桐乃と比企谷八幡は……

風呂からあがった俺たちは一緒に夕食を食べ、再度桃鉄に興じた。

プレイすること数年……もちろん桃鉄における数年だ。二時間程度だろうか。

 

「うーん、お菓子が無くなった。兄貴、買ってきて」

 

畳に寝そべりながら足をぴこぴこ動かしつつ、桐乃が極めてナチュラルに兄へ命令を下す。ふーむ。さすが元陸上部、引き締まったふくらはぎをしてるな。

 

「はあ?」

 

京介氏はわかりやすく不満な顔で、素直に従うことはない。俺が小町に言われれば俺は買いに行くが、それは小町だからだ。高坂桐乃と比企谷小町では妹としての可愛さが違いすぎる。

 

「お菓子が無ければパンを食べればいいじゃない」

 

桐乃の隣で黒猫が背筋を伸ばしたぺたんこ座りで、ゲーム画面から目を離さずに言葉を返した。彼氏を奴隷扱いされたことへの不満なのか、ただ単にいつもの漫才なのか。両方かもしれんし、どっちでもないのかもしれんけど。

 

「なにその庶民的なマリー・アントワネット……太るっつーの」

 

意外にも冷静にツッコミをいれた桐乃はペットボトルを傾け、最後の一滴まで飲み干した。

 

「飲み物も無くなったみたいだし、俺が買ってくる」

 

そして発動してしまう俺の自己犠牲スキル。っていうかこの状況だと俺が行くのが当然だけどな。

 

「んー、じゃあ、あたしも行く」

 

なんの気まぐれか、立ち上がって帯同を申し出る桐乃。すかさず京介氏が手を上げた。

 

「じゃあ、俺は無糖の紅茶な」

「ピルクルね。一リットルでいい?」

「なんでだよ!? どんな耳してんだ、想像するだけで喉まで甘ったるい」

 

安定の兄妹漫才だな。俺はピルクルでも全く問題ないけどね? マックスコーヒーより甘くないし。

桐乃はさらっと兄貴をスルーすると、コントローラーを持ったままの黒髪の美少女の方を向く。

 

「あんたは?」

「黄昏よりも暗き水」

「はいはい、コーラね。どっち?」

「反逆する真の闇」

「ペプシか。ゼロじゃないやつってことね」

 

いまのでよくわかったな。こいつら、どんだけ仲がいいんだよ。

俺は小銭入れを渡してきた京介氏に礼を言いつつ、サンダルを引っ掛ける。

桐乃も小豆色の羽織を着ながら、とてとてやってきた。スリッパを脱ぎながら、残った二人の方を向く。

 

「じゃ、あたし達がいない間に、えっちなことしててどうぞ」

 

本気なのか冗談なのかわからんことを言う桐乃。慌てる京介氏。

 

「しねえよ!?」

「……しないの?」

「えっ!?」

 

羨ましい雰囲気の二人を残して、俺たちは部屋の扉を閉めた。

連れ立って温泉旅館の廊下を歩き始める。

 

「すると思う?」

「どうだろうな」

 

曖昧な質問には曖昧に返すに限る。

薄いカーペットが敷かれた廊下にかこかことサンダルの音をさせつつ、桐乃の横顔を見る。

京介氏と黒猫氏を二人にさせる作戦でござったか。沙織バジーナならそう言うのだろうか。

 

玄関の自動ドアを抜けると、桐乃は歩みを止めて月を見上げた。半分の月がのぼる空だ。

 

「コンビニなら左の方にあったぞ」

 

まさか月に帰りたがっているお姫様でもないだろう、道がわからないだけかと思ってそう言ったのだが、桐乃は黙って右の方へ歩き始めた。

聞こえなかったわけじゃなさそうだ。腕を組んですぐ後ろをついていく。

まさか本当にあの二人がえっちなことをしてる間に帰らないよう、時間稼ぎでもしてるのかしらん……

緩やかな上り坂を、ゆっくりと登っていく。

夜九時を過ぎたが、寒くはない。温泉街だから灯りも十分にあるし、問題はないだろう。

 

「あたしさ、兄貴のことが好き」

「……おう」

 

そう来たか。

二人っきりにさせたかったんじゃなく、二人っきりになりたかったのか。

 

「もちろん、すっぱり諦めてるよ。兄妹だからね」

「そか」

 

嘘ではないんだろうが、本当に何の問題もなければわざわざ言うこともないだろう。そういうことだ。

 

「黒猫も好き。大好き。最高の親友だと思ってる」

「だろうな」

 

本当にそう思ってることは言わなくてもわかってたことだ。こいつは素直じゃないだけでわかりやすいからな。

 

「だから、二人が付き合うのは賛成だし、お似合いだし、上手くいって欲しいってホントに思ってる」

 

月を見上げながら歩く浴衣姿の高坂桐乃は、やけに素直で、やけに可愛い。だが、伝わってくる。今から本題が始まるのだと。空気の変わる予感がした。

 

「思ってるんだケドなあ……」

「……そう、か」

 

そういうことか。

桐乃は苦虫を噛み潰したような顔を見せる。素直に祝福したいけど、まだ出来ない。その自分の感情に気づくことがツラいのだろう。

まるで兄のことを諦めきれていないような気がして。

好きな人同士が付き合うことを祝福できない自分が、嫌な人間であるかのような気がして。

やれやれ。

 

「俺の小町に彼氏が出来たら、俺は気が狂うけどな」

「は!? ……キモ」

 

誰のために言ってるんだよ、とも思うが、コイツらしい。やけに素直でやけに可愛い高坂桐乃なんて気持ちが悪い。こっちのほうがしっくりくる。

 

「俺は妹が好きだ。小町は世界一の妹」

「へ、へ~。キモ」

 

二回も言わなくていいと思うけどね?

 

「だけど俺はもちろん小町と恋人になるつもりは一切ない」

「……同じだって言いたいワケ?」

「何が特殊で何が普通かはわからんが、多かれ少なかれそういうもんなんじゃねえの。大好きな人達のことを考えてモヤモヤするのは悪いことじゃねえよ」

 

桐乃は立ち止まった。坂の下には住宅街の灯りが見える。月明かりを浴びて白くぼんやりと光る桐乃は、まるでモデルのようだった。って、本当にモデルだったな。

 

「慰めて、くれるの?」

 

そう言って、頼りなく小首をかしげた。

 

――誰だよ。

 

温泉の効果など不要な肌に、メイクなどする必要のない目の中で瞳が潤む。

いや、マジで誰なんだよ。

 

あの高坂桐乃が、こんなに可愛いわけがない。

 

いや、俺はそろそろ認めたほうがいいのだろう。

桐乃は可愛い。トニカクカワイイ。変態でも好きになるくらい可愛い。俺を好きなのはお前だけで一向にかまわない。

 

「慰めるのは構わんが、お前は素直に慰められてくれんの?」

「そりゃ、あんたが上手にやればね」

「自信ねえなあ……」

 

左手で首を撫でつつ、おずおずと近づく。

 

「よしよし」

 

右手で、頭を撫でてやる。一応、小町が小さいときはよくやったものだ。そのお兄ちゃんスキルが発揮できるかと言うと、うまくできん。心臓がバクバクいっている。手は細かく震えて、腕も変に力が入ってしまう。

 

「んう……」

 

猫のようにくすぐったそうに目を閉じる桐乃。これは上手くやれている、ということなのだろうか。頬は赤らんで、整えられた眉を動かして、段々と表情が和らいでいく。

 

「大丈夫、大丈夫」

「ほんと?」

「ああ。大丈夫だ、何の問題もない」

 

後頭部をゆっくりさすってやる。髪は細くてさらさらしている。温泉とシャンプーの匂いに混じって、女の子の匂いがして、俺は心臓をさらに加速させてしまう。

 

「悪い子じゃない?」

 

そう言って、俺の胸元に顔を寄せる。やめろ、これ以上は心臓がオーバーヒートする。でも、これ、もはやどうにもならないのよね。

 

「いい子、いい子」

 

俺に出来るのは頭を撫でることだけ。無心だ、無心になれ。

 

「そっか。八幡が言うなら……へへ」

 

桐乃が腰に手を回す。これってもう完全に抱き合ってる感じなんじゃ……待て待て、考えると余計にヤバい。キラやば~的な意味ではなく、ステータス異常的な意味で。心臓発作で倒れるまである。

 

「あたしさ、あの二人が大好きだから、ずっと一緒に居たいんだ」

「ああ」

「でもさ、また今みたいになっちゃうかもしんない」

「ああ」

「だからさ、八幡もずっと一緒に居て。いつでもこうして、あたしを慰めて」

「……わかった」

 

胸から伝わる体温を感じながら、俺は月の光に誓った。

 





お待たせしました。
本当はこれで完結にしようかと思ってましたが、もう一話くらい書けるかな。エピローグ的な。

俺ガイルのSS合同企画に参加しました。八幡と小町の短編です。よろしければ是非。
https://syosetu.org/novel/208387/1.html


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高坂京介と五更瑠璃が結婚しないわけがない

「新郎新婦の入場です」

 

現れたのは白いタキシードを着た高坂の兄。

そして、白いウェディングドレスに身を包んだ、黒猫……じゃない、白猫……でもない、五更瑠璃。でもないか、高坂瑠璃だ。

それにしても入場曲がハッピーシュガーライフなのはどうなんだ。タイトルと違って幸せで甘い生活にはならないんだよなぁ……。

 

高坂京介と五更瑠璃は、先程結婚式を挙げて今は披露宴が始まるところ。

さっきまで桐乃は隣にいて「アニキ、ちょー緊張してやんの。ウケる~」とか「早くキスしろ~、むしろ爆発しろ~」などとギャルのようなジジイのような、まぁ桐乃らしいヤジを飛ばしていた。

一番祝福しているのが彼女だと俺も含めてみんなわかっているので生暖かく見守っていましたとさ。

 

「いや~、京介氏と黒猫氏が結婚とは。仲人のような気持ちでござるよ」

 

右隣にいる沙織バジーナは感慨深げに呟いた。長身でダイナマイトボディの彼女が大きく背中の開いたドレスを着ているとどこの一流ファッションモデルだという感じだが、ぐるぐるメガネがすべてを帳消しにしていた。どんなメガネっ娘好きでも外したくなるくらい、そこだけが勿体ない。メガネを外すと性格が変わってしまうということなので致し方ない。

 

俺たちは新郎新婦共通の友人が集まるテーブルに配置されていた。当然だが桐乃は新郎の実の妹なので、一人だけ親戚のテーブルに座っている。

 

左隣には俺の妹……いや、世界の妹である比企谷小町が座っている。ドレスが似合いすぎ。まぁ、素がいいから何でも似合うけどな。小町は新郎新婦に惜しみない拍手を贈っている。なんだかんだこいつも高坂兄弟とその仲間たちの一員になっちまったな……。

小町はウェディングドレス姿の黒猫が着席するのを見ながら感嘆の声を漏らす。

 

「キレイだね~、お兄ちゃん」

「お前もキレイだよ、小町。あ、今のお兄ちゃん的に超ポイント高いな」

「小町的には低すぎだよ……桐乃さんに言ってあげたら?」

「親戚が集まってるところにそんなこと言いに行くの、ハードル高すぎるだろ……」

 

長男の披露宴だと言うのにムスッとした表情の、いかにも厳格な父といった風情の男が、どうやら桐乃の父親のようだった。はっきりいって怖い。絶対近づきたくない。

 

「桐乃、キレイだよねぇ~」

 

そう言っているのが新垣あやせ。見た目だけなら、あやせたんマジ天使。実際はマジ悪魔。桐乃の父親とは別の意味で怖い。

しかし、なんで黒猫じゃなくて桐乃を見ているのか。実は京介氏が好きで黒猫に嫉妬している……なんてことはないか。同性であっても好ましいルックスというのはあるだろう。俺が戸塚に対して感じている感情と同じかもな。え? それってガチ恋じゃね? 治し方は俺は知らないから俺に任せろとは言えない。

 

二人が着席し、乾杯の流れとなる。

シャンパンなんて生まれて初めてだが、大丈夫だろうか。

 

「HACHIMAN氏、キール・ロワイヤルの方が飲みやすいですぞ」

 

沙織が俺の心配を見破って声をかけてくれた。それって王ドロボウJINGの必殺技じゃないの?

乾杯向きの甘いカクテルだと教えてもらったのでありがたく頂戴し、乾杯した。もっと甘くていい。

披露宴の司会がマイクを取り、進行を始める。

 

「お二人の馴れ初めは……」

 

高校の先輩後輩として知り合ったという説明だった。

 

「そうなると拙者の出番が一切無いのでござるが……」

「妹がオタク友達作ろうとしたオフ会のメイド喫茶で知り合ったとは言いにくいんだろ……」

 

親戚一同どころか、この司会者にすら説明したくない内容だった。単純にややこしいってのもあるが、桐乃に配慮したところが大きいのではないだろうか。オタクであることは無理して隠さなくてもいいかもしれんが、兄にオフ会に着いてきてもらったというのが恥ずかしすぎる。桐乃がブラコンだとバレるのは非常に面倒くさい。

 

「まぁ、真実は我々だけが知っていればいいことかもしれないでござる」

「そうそう」

 

沙織が隣にいると安心するな。特に対面にあやせがいるからね?

 

「きりりん氏とHACHIMAN氏のときは正直に言えそうでござるな」

「ぶっ!?」

 

俺たちのときって何だよ!?

ほら見ろ、あやせが俺のことを睨みきってるんだけど!? なんでこの人結婚披露宴でこんなに殺気出せるの!?

あやせはシャンパンを一気に煽ると、グラスをテーブルにダンと叩きつける。やめて! 壊れちゃうよ!?

 

「お兄さんも、桐乃も、私のものになってくれなぃいぃ~」

 

そう言って、大げさに机に突っ伏した。酒を飲むと面倒くさいタイプ! っていうかラブリーマイエンジェルあやせたんも京介氏のこと好きだったのかよ……爆ぜろ。

 

「披露宴に参加できなかった方々からお祝いのメッセージが届いております」

 

淡々と進む司会進行。

 

「あ~、京介? あたしのジャーマネだったくせにあたしの許可も無く結婚とかマジちょーしに乗ってんね? 相手が誰か知んないけど、幸せにしてやんないと、めてお~いんぱくと☆ だかんね? 来栖加奈子様より」

 

……誰か知んないけど、なんちゅー内容だ。しかも京介氏の方の関係者なのかよ。

 

「さすがでござるなぁ」

「さすがの一言で片付けるお前もさすがだと思うがな」

 

それにしてもこの司会者はこの電報を何故こんなにパーフェクトに読めるのか……。メイド喫茶で働いていたとか言っていたが、それにしては司会も読むのも上手すぎる。

 

「加奈子、相変わらずね~」

 

かぱかぱとシャンパンを飲みまくっているあやせは、この電報の主を知っているようだ。二人が話している姿が想像できないんだけど……。

 

常識人の俺が戦慄する内容だったが、意外にも会場はざわついていなかった。触らぬ神に祟りなし(アンタッチャブル)と判断したのかもしれんが……。だとしたら、極めて正しい判断です。

 

「それでは、会場の皆様に今のお気持ちを聞かせていただきたいと思います」

 

ほーん。俺たちも何か言う可能性があるのか。正直、結婚披露宴とか初めて参加するのでよくわからん。そしてサイゼリヤに出てこない洋食もよくわからん。まぁ、美味いのでヨシ!

 

「では新郎の妹の高坂桐乃さんから」

 

桐乃かよ……嫌な予感しかしない。

 

「兄貴、黒猫、ほんとにおめでと!」

 

意外にも普通だ。そういえば普段は猫をかぶっているんだった。なら安心だな。

 

「早く姪っ子の顔が見たいから、この伊達メガネをプレゼントするね! 兄貴はメガネフェチだから、これをかければ夜の営みが捗ること間違いナシ!」

「桐乃ぉぉ!?」

 

真っ赤な顔で立ち上がる京介氏。

真っ赤な顔でうつむく、黒猫氏。

末永く爆発しろ。

 

「そ、そういう目で見られていたでござったか……」

 

顔を赤らめる沙織バジーナ。多分、見られてない。メガネを取ったほうがいい例外と思われる。

 

「かければよかったかなぁ~、かけときゃよかったかなぁ~」

 

ぐにゃぐにゃと呂律の回らないことをのたまいながら、飲んだくれているあやせ……このままだと平塚先生みたいになりそうだから誰か止めてあげて!

 

「では、新郎新婦の共通の友人であり、先程の高坂桐乃さんの親友でもある……」

「おっ、どうやら拙者の出番でござるな」

 

くいっと眼鏡を中指で押し上げる沙織。

 

「新垣あやせさん、どうぞ」

「……そ、そうでござるか……」

 

何もなかったかのようにレバーパテをバケットに塗る沙織。

 

「ううう、うううう~」

「どうやら感極まって、泣くことしかできなくなっているようです。深い友情を感じますね」

 

まともに喋れない酔っぱらいだったが、司会者は都合のいいように解釈した。

 

「それでは代わりに……やはり二人の共通の友人である……」

「ここで拙者の番、というわけか。フフフ」

「比企谷八幡さんにお願いいたします」

 

……俺かよ……こういうのって事前に言われてるもんだと思ってたわ……起立してみるものの、何も思い浮かばん。なんとかセリフをひねり出そうとする。さっき思ったことをそのまま言えばいいか……

 

「あー、なんだ……末永く爆発してください……」

 

遠くで桐乃が笑い転げているのが見える。

 

「あー、まぁ、お兄ちゃんらしいよ」

 

慰めているのか、呆れているのかよくわからん小町のリアクションを聞きながら着席。こりゃシラフじゃいられんな。俺は片手を挙げてウェイターに赤ワインを注文した。

 

「はい、皆様ありがとうございました」

 

黒猫の妹さんと、京介氏の幼馴染からのよく出来たメッセージを最後にしてこのコーナーは終了。あの幼馴染、見事なメガネっ娘だな……まさか……。

 

「拙者は……? ねえ、拙者は……?」

 

右隣から聞こえる声を完全に無視して、俺はワインを飲む。あやせや小町も目をそらしていた。

 

「考えてたんだけどな~。何言うか、ずっと考えてたんだけどな~」

 

デカイ女が何やらぶつぶつ言っているがキニシナイ。

新郎の子供の頃の写真などを見つつ、食事を続ける。

 

「わ~、桐乃さんってやっぱり小さな頃から可愛いんだね~」

「ま、そーだろ。小町だって小さな頃から可愛いしな」

「またそんなこと言って。ほんとは見惚れてるんじゃないの」

 

見惚れるに決まっている。ギャルっぽくなる前の小学生桐乃もいいし、モデルばりばりの中学生桐乃もいいし、俺と出会ってからの高校生桐乃もいい。

ただ、今のドレス姿の桐乃には勝てないけどな。

 

「それではケーキ入刀となります。みなさま、どうぞ前に来てお写真をお撮りください」

 

わらわらとみんなが席を立つ。小町も。あやせと沙織はさっきからトイレに行ったまま帰ってこない。飲みすぎだろ。

 

桐乃は嬉しそうにバシャバシャと撮影しまくっていた。黒猫の妹を。何やってんだよ。

 

「うっひょー! 待って、待って、口の周りのクリームを付けたままの状態でもうちょっと撮らせて! 舌だけ出して! 舌だけ!」

「やめろ、このド変態」

 

さすがに止めた。

キモオタがアイドルに執拗に迫るのを抑えるように、桐乃と彼女の間に体をねじ込ませて。

 

「ケーキ入刀を撮れよ」

「はあ? あんたも撮ってないじゃん」

「俺はカメラを持ってるだけで通報されるからしょうがないだろ」

「あー。納得」

 

納得すんのかよ。そこは否定しろよ。目が腐ってるだけで普通だよ。

そうこうしているうちに初めての共同作業は終了。

それぞれの席に戻る。

俺の席は誰もいなかった。どこ行ったんだあいつらは。

 

なんとなく桐乃の方を見やると、彼女も俺を見ていたので、すぐに目をそらした。

 

フォアグラうめー。これはうまいわー。

 

……ちらっ。(目逸らし)

 

……ちらっ。(目逸らし)

 

おい……見られてると見れないだろ……。お前は新郎新婦を見てろよ……。

 

「お兄ちゃん、桐乃さんの方見すぎ……」

 

いつの間に戻ってきていたのか、小町が「くく……」とこらえきれないというように笑いを漏らしていた。

 

「見てるのはあいつの方だっての」

「いや、それがすでに見てる証拠なんだけど……ごちそうさま」

 

……そのとおりだった。

恥ずかしさをごまかすため、ワインの追加を頼む。

 

「……小町、俺のフォアグラが無くなってるんだけど」

「だから、ごちそうさま」

 

そういう意味かよ……まぁ、牛フィレ肉だけでも美味いけどな……。

他の二人はまだ戻ってこないのか、トイレで倒れてるのかしらん……と思ったら新郎新婦の席で立ち話をしていた。泣いているのは友情ゆえであると信じたい。

桐乃も俺と同じような表情で見守っていた。

 

「本当に、ごちそうさま」

 

小町は皿を空にして、手を合わせていた。

俺はワインのせいで顔が熱くなっていることに気づき、水を注文する。やれやれ、飲み慣れないものを飲むときは気をつけませんとね。

 

帰ってきた泣き虫の酔っぱらい二人に水を飲ませたり、かまったりしているうちに披露宴は終わりを迎えそうだった。桐乃は親族なのでわざわざ新郎新婦に言葉をかけにいったりしないようだし。

 

あれ? 桐乃は親族だからいいが、俺は声をかけるべきだったのでは?

でも桐乃が……いや、そりゃ桐乃と一緒じゃなくて小町と行ってもよかったような気もするが……その発想がなかったな……。

 

会場の送り出しが行われ、中庭に。

外の空気を吸って、みんな少し落ち着いた。

 

記念撮影では、桐乃があやせと眼鏡を外した沙織と肩を組み。俺は小町の隣に立った。これが本来の形だよな……。

 

「さあ、みなさんお待ちかね~! ブーケトスですよ~」

 

ブーケトスは御存知の通り、ブーケを受け取った女性が次に結婚できるというイベントだ。男にはまったく関係がない。ベガ立ちして待つ以外ない。

 

「あの~、お嬢様たち~? 早く来てくださ~い!? ……ほんとは私が欲しいくらいなんですが……」

 

ブーケを受け取ろうとする女の子が不在らしい。それも納得だった。黒猫の妹たちや、あやせに沙織。女性たちはあまりにも若く、まだ結婚したいという年齢ではない。

桐乃もそうなのだろう、俺と同じポーズだった。なんてベガ立ちが似合う女なんだ。

 

「あ~、じゃあ小町が貰おうっかなぁ~」

 

そう言ってのこのこと前に出る小町。バカ! 早まるな! お前が結婚なんて二十年早い!

 

お色直しでオレンジ色の魔法少女みたいなドレスに着替えている黒猫は、高くブーケを投げた。

 

「あぶないっ」

 

俺はトラクターに轢かれそうになった女の子を救うときのカズマのように小町を弱く突き飛ばして、ブーケを奪い取る。

 

「「ぶ~」」

 

一斉にブーイングが起こる。ええい、民衆はいつも愚劣だ。小町が結婚するくらいなら地球が滅んだほうがマシだとなぜわからん。

 

「あ、あんたね!」

 

丁度いい、駆け寄ってくる桐乃にパス。

 

「え? ええ!?」

 

慌てる桐乃。冷静になる俺。

これは……ひょっとしてとんでもないことをしたのでは?

 

「「ひゅー」」

 

ブーイングは一気に逆転。口笛などの歓声に変わった。

はわわとなる桐乃を前に、俺はあわわとなる。

 

「おおっと、どうやら私の司会も近いうちにもう一度やることになりそうですね~♪」

 

名刺を俺に渡してくる司会者。

 

「やれやれ、今度もご祝儀ははずまないといけないようですな~」

 

困ってそうでまったく困ってない素振りのデカイ美女。

 

「この期に及んで怖気づいたら……殺しますよ?」

 

笑顔で殺人予告してくる美少女。

 

「今の動画を見た雪乃先輩と結衣先輩からメッセージ来てるけど、どうするお兄ちゃん」

 

想像しただけで肝が冷えることをしでかす妹。

 

「おいおい、今日の主役は俺たちだったはずなのに、どうしてくれるんだ」

「まったく、あなたたちといると退屈しないわね」

 

すっかり仲良くなってしまった本日の主役の二人。

 

「あたしのために……あんがとね、へへ」

 

大切そうにブーケを抱きしめる高坂桐乃。

俺の婚約者がこんなに可愛いわけがない。

 

やれやれ。

俺は披露宴会場の中庭から青空を見上げて、頭を掻いた。

 

どうやら、俺の青春ラブコメは間違っていないようだ。

 

 




お久しぶりです!

のうりんの13巻を読んで、やっぱりちゃんと完結させないといけないなと思って書きました。好きなキャラはマネー金上です。はやく14巻出して!

いやー、これにて完結です。俺妹のキャラたちはみんな書いてて楽しかったですね。ベルフェゴールさんは最後まで書かなかったけど。代わりに星野きららさん登場です。エンゲージプリンセスで活躍してたしね……

完結したことにより初めて読んでくれた方もいるかも?
他にも二次創作のラブコメ書いてますし、オリジナル小説も読んでいただけますと幸いです!

それでは、ありがとうございました。





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