Dear My Future (湯たぽん)
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西暦3034年。

 

人類は彼らが思っているほど愚かではなかった。

第二次世界大戦後、小さな紛争、核問題などによる戦争などを経て、世界は一つにまとまった。

 

 

 

はじめは科学から。

ドイツの医学研究者を中心とした世界規模の巨大な科学同盟”アインス”が発足。その後全ての分野の科学者達が同盟に参加し、医学から教育までを含む全ての科学、学問をアインスが行うところとなった。

 

アインスに引き寄せられるように各国の首脳も歩み寄りをはじめ、話し合いによる統一国家の設立という史上類を見ない事態が起こった。

アインスに反発する国々との長い、大きな戦争を経て、ついに人類は完全にひとつにまとまった。

 

 

 

国が統一され、政治もアインスの専門家が民主的な投票により選抜され行うようになった。

全てが統一され、食糧難、貧富の差も次第になくなり

何よりアインスの研究による科学の進歩がめざましく、全てがうまくいっていた。”精神”の力までも応用することができ、人類はほとんど体を動かすことなく快適に生活できるほど進歩した。

 

 

 

 

 

 

しかし、研究には常に危険がともなう。クローン実験をはじめとするリスクをともなう研究を一般人から隠し、処理するためのアインス専用の軍が設立された。

その名を”ツヴァイ”という。

 

設立当初はマスコミへの睨みや一般人から研究内容を隠すための隠蔽工作などが主な任務であったが、研究が進むにつれ危険なリスクを伴う実験をする必要性がなくなり、ツヴァイの意味もしだいに薄れていった。

 

 

 

が、しかし。

 

3015年8月、その立場は一変した。

 

謎の現象が都市を襲い、その都市のすべての生命が奪われるという事件が起きた。ツヴァイは、その隊員のほとんどを失いながらも都市に侵入し調査を行った。

 

都市では、”実体のない存在(この時、ソレはヒトの姿をしていたと伝えられている)”がほぼ無尽蔵に次々と現れ、それに触れられた者は力を吸い取られ衰弱し、死んでしまうという信じがたい現象が起きていた。

 

それは全く”未知の災害”と位置づけられ、アインスの最重要研究科目となった。全く対策を見出せなかったアインスはパニックを抑えるため即座に報道規制をしき、最初の被害地が孤島の都市であったことも手伝って、”ゴースト”と名づけられたこの現象は一般人の記憶には残らなかった。

 

ツヴァイは、当初対処不可能とされていたゴースト現象に果敢にも挑み、多くの犠牲を払いながらもゴーストは当時研究が進んでいた精神波によって対処できる事を発見、精神波による攻撃、防御システムを確立した。

ゴーストに効果のない火器を一切排除し、全隊員に精神波保護スーツ及び精神波攻撃武器を装備させ、ツヴァイは格闘を基本戦闘方法とする対ゴースト専門部隊と化した。

 

加えて、アインスもゴースト対策を最重要課題として研究を進めた結果、ゴースト発生地予測システムを成立させた。ゴースト現象により結びつきの強くなったアインスとツヴァイの連携のおかげでこの恐るべき災害が一般人に知られる心配はひとまずなくなった。

 

 

 

そして3034年、再び人類は転機を迎えることとなる

 



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第一章:現出

その日、シュロは何年かぶりに神に祈っていた。

 

「くっ・・・・いい加減どうにかしてくれよ神サマ!」

迂闊だった。何もかもが迂闊だった。

正拳に突いてくる敵の拳を受け流しながら敵の足を払い、水月を突き上げる。そんないつもの連結技でさえも焦りと疲労で妙に遅く感じる。倒れた相手の顎を踏み抜く。かかとに嫌な感触を覚え・・・・そして消えていく。・・・・敵の姿も薄らいでいく。

だがその直後、気配を感じて振り向くとさっき倒したのと似たような人影が虚空からうっすらと、だんだんはっきりと現れる。

ゴーストだ。

振り向いた勢いそのままに体ごと旋回させて後ろ回し蹴り、そのまま反動で正面のゴーストにも裏拳を見舞う。

愚痴をこぼしながらも手足は動かし、周りのゴーストを蹴散らしている。

対ゴースト用の武器がないと実体のないゴーストは倒せないため、シュロは拳に精神力増強武器:ブレイブ・ナックルを装備している。赤い髪を逆立て、精神力増幅ブースターとなっているペンダントを首から下げている。

やや背が低いががっしりとした体格をもつ、シュロはそんな男だった。

 

「ったく・・・・これだけ大量のゴースト現象が起きるってのによりによってこんな時に予報を外してくれるとはね!!」

となりで同じようにしてゴーストと戦いながらモクレンがぼやく。彼は日本人だった。もっとも世界が統一された今となってはそんな区別すら意味を持たないが。黒髪を短く切り、こちらは精神力増幅を額にまいたバンダナで行っている。

軍から移籍してきたモクレンはマーシャル・アーツの使い手であり、彼もブレイブ・ナックルを使っている。

 

「何ぶつくさ言ってるんだ!そっちでまた沸いてるぞ!!」

銃を持ったイスカが怒鳴る。金髪で眼鏡をかけている、知的さを漂わせた長身の男。集中力をかわれてこの”ツヴァイ”にスカウトされた彼は珍しく、特に扱いの難しい精神力を射出する銃:サイ・バスターの使い手だった。しかし援護射撃の立場でありながら彼までもが接近戦をしいられている。全くもって迂闊であった。

 

戦闘開始からもう3時間が経過している。ゴーストの沸きには時間差があるものの、それだけに休めない。上の指示で張っていたゴースト現象地点が間違いだと気付いたはいいが、そのまま装備も整えずにこの大量のゴースト現象に突っ込んでしまった。

しかも今回のゴースト現象はやけに手ごわい。普段ならば見た事もない獣のようなゴーストや意味もなく殴りかかってくる、原始人と猿のあいのこのようなのがせいぜいであった。

今は違う。黒装束の上に武装し、明らかに訓練された感のあるゴーストだ。武器も体力も格段に自分達が上だが、沸きが異常だった。大軍と戦うことに慣れていないシュロ達は消耗も早い。

 

状況を分析してシュロは目眩を覚えた。あまりに悪すぎる。ブーツにも仕込んである精神波武器で正面の敵にかかと落としを決めると、後ろから声が聞こえた。

 

「シュロ!こっち片付いたぞ!」

振り返ると、接近してきていたゴーストを全て消し、イスカがサイ・バスターを構えていた。小型のバズーカほどもある漆黒の銃:サイ・バスターは扱いこそ難しいが、使いこなすことができれば戦闘において非常に役に立った。銃の調節ボタンをまるでサックスでも演奏するように操作し、イスカがあらためてサイ・バスターを構えた。彼が首をクイッとひねり、合図をするとシュロは急いで相棒に向かって叫んだ。

 

「モクレン!」

正面と左右、3体のゴーストを同時に回転蹴りで仕留めたモクレンが、後ろを確認するまでもなく蹴り足の方向へ側方宙返りで体ごと飛び出した。シュロもそれに倣い、反対方向へ体を転がした。

 

「 いくぞっ!!!」

イスカの気合の一言とともに、サイ・バスターから射出された彼の命の光が戦場を激しく照らした。

 

 

 

目がくらんでいたのはほんの2、3秒だったろうか。

シュロが体を起こして見回すと、山の中にあるその街は何も変わることなくそこにあった。

21世紀初頭から続いた大災害は、交通網整備の急速な発展という皮肉な恩恵を人類にもたらしていたため、山奥のこの村にもしっかりとした建物、整備された道があった。任務でなくここに来たならば、その白い建物が続く町並みを、美しいと思ったことだろう。

サイ・バスターの巨大な光柱が通り過ぎた後も、それらは変わる事なくそこにあった。イスカの精神波を射出するこの銃は、対象の精神波を打ち消すための武器であるため、生体以外には全く影響を及ぼさないという便利な面があった。

もちろんシュロ達はこれに撃たれれば精神波を打ち消されダメージを受ける。そのために呼吸をあわせて退避、射出したのだった。

 

「う・・・・くそ。頭がズキズキする。

全部消し飛んだろうか」

イスカがその場に座り込み、まさに命の力燃え尽きた様子でつぶやいた。最大出力でサイ・バスターを放ったためしばらく戦闘は無理だろう。

 

「・・・・いや。本当に今回は特別のようだぜ」

道の向こう側でモクレンが体を起こすのが見える。予感していた事だが、シュロも頭をめぐらしてその光景を目に入れた。

 

「まだ来るぞ!」

イスカの銃で全て消し飛びはしたものの、ゴーストが沸き続ける現象は止まらなかった。

 

「イスカを守るんだ!俺が前に出る」

シュロが跳ね起きて前方へ飛び出しながら指示を出した。しばらくの間、銃を撃てないであろうイスカを守るため、モクレンがシュロとイスカの間で守り、シュロは最前線でゴーストを蹴散らし始めた。

彼の蹴り技には定評があったが、シュロの足はむしろすばやく体を移動させるのに秀でていた。素早い体さばきでブレイブ・ナックルを振るい、正面のゴーストを次々と殴り倒していく。

 

「うは~・・・さすがにすさまじいな」

シュロが全て倒してしまっているためにやる事がなくなってしまったモクレンが感嘆の声をあげた。

 

「射撃専門の俺にもわかるよ。さすがにマーシャル・アーツで軍No.1だったお前の師匠をやるだけある。まるっきり疾風だな」

イスカも座り込んだ姿勢のまま同意する。

確かにシュロの動きは風そのものであった。踏み込みの勢いそのままに拳を叩き込み、側方へ体当たりするかのようなボディブロー。かと思えばアクロバットのように体ごと回転させ、裏拳で2体を同時にあの世へ送り戻す。

ゴーストでない人間を相手にしても一撃で殺してしまうのではないだろうかと危惧してしまうほどの鬼神ぶりであった。

 

しかし、ゴーストは一向に減る気配を見せなかった。

 

「どうするシュロ。ゴーストの発生地点もわからないようじゃこの先俺達が不利になり続けるだけだぞ」

イスカの冷静な分析がシュロの頭に痛い。

ゴーストの厄介なところは強くなり続けるところにある。周りの生物、大地、空気からも存在の力を吸い取り自分のものとし、具現化していくのだ。

シュロ達のような専用の装備がなければすぐに吸い尽くされて死んでしまう。

 

「・・・・!ヒソカが増援を要請に行って1時間くらいはたったよな」

「あぁ、彼女の足ならもう増援をここまで誘導してるはずだ」

後ろにいるイスカが同意する。ようやく回復したらしく、援護射撃につとめている。隣のモクレンが口をはさむ。体がうずくのか、イスカの護衛役を早々に放棄し、シュロと一緒に最前線でいつの間にか戦っていた。

 

「つっても到着するまであと30分くらいはかかるぞ!どうすんだ?」

彼は喋りだすと集中力が低下するという欠点から戦闘中での発言は禁じてあった。だがこの状況ではそうも言ってられない。モクレンの指摘ももっともだ。

 

「しょうがない、一時撤退するぞ!

イスカ、そこの平屋の建物の扉を破壊するんだ。俺が入り口でゴーストを始末するから二人は休め。10分毎に役を交代する。あの入り口なら1対1で戦えるだろう。だがみんな無茶するなよ」

4人目の隊員、ヒソカを信じて撤退命令を出す。また銃の設定を変え、イスカが今度は扉に向けてグレネード弾を発射した。こういう時のため、サイ・バスターには工作用の実弾も装填してある。

今度は土煙も混じった白くない閃光を伴った爆発が起こる。イスカが破壊した扉から、さして大きくない平屋に飛び込んだ。

 

 

 

 

 

 

飛び込んでみると、室内にはほとんど光がなかった。まともに中を見ることもできない暗さを自覚し、シュロ達は自分達がどれだけ長く闘っていたのかを思い知った。

建物の中は綺麗な外観とは裏腹に、奇妙な臭いにつつまれしけっていた。

 

「?どうしたんだ。ゴーストが追ってこないぜ?」

モクレンが疑問符をあげる。

見やると、確かにさっきシュロ達がいた最前線でゴースト達は膠着している。突如、シュロは奇妙な既視感に襲われた。

 

(前にもこんなことがあったような・・・・)

 

 

 

「シュロ、おい!照明弾を使うぞ!いいか?」

自分を呼ぶ声で我に帰ると、イスカが銃をいじりながらこちらを睨んでいる。モクレンはもう休む体勢に入っていた。

 

「・・・・いや、待て」

シュロは身構えたまま、建物の奥をつぶさに観察した。

どこか汗臭さを感じる板張りの内部。外は白だったが、中はすすけた色になっている。住民の死体からは一切武装がなかったため、訓練施設ではなく武術か何かの練習場であろう。暗い・・・・時刻通りの暗さだが、どこか違和感がある。しかもさっきの既視感・・・・焦りながらも全神経を周囲に張り巡らせる。

 

「おいどうしたんだよシュロ?」

モクレンが立ち上がりシュロに触ろうとするのをイスカがとめる。

 

「・・・・!!」

―――突如、奥のほうで何かが揺らめいたのが見えた。

同時にシュロに戦慄が走る。

全て思い出した。あの既視感は・・・・!

血液が沸騰したのかと思うほどに熱くなる。

 

無意識のうちに、シュロは力の限り吼えていた。

あれは・・・・!奴は・・・・!!

 

「おぁぁぁぁああああああああ!!!!」

驚く二人の隊員を残し、奥へと駆け出す。揺らめきが前へ進み出、正体を現した。ゴーストだった。しかし他と変わりなく見える。

 

「おい、シュロ!焦るな!!ただのゴーストに全力出してどうするんだ」

イスカの静止もシュロには聞こえない。ゴーストの元へ走りよると、一度右へ体を振り、ゴーストの側面へ踏み込んだ。左フックで体をこちらに向けると本命のアッパーを叩き込む。

ヒットはしたもののゴーストは手でシュロの拳をさえぎっていた。カスっただけでダメージを与えることはできず、ゴーストも動き出す。鋭い蹴りをすんでのところで体さばきでかわし、シュロも足刀を返す。

 

 

 

「・・・・なんなんだ、あのゴーストは・・・・どうやったらあのシュロと互角に闘えるんだ・・・・?」

だらりと肩を下げてモクレンがつぶやく。彼はいつもシュロと訓練している。

研究用機密特殊部隊:"ツヴァイ"、その中でも№1の戦闘力を誇るシュロの強さは身をもって知っていた。

 

「12歳のときからこの任務についていたというシュロとあそこまで闘えるとは・・・・ただのゴーストじゃないな」

冷静なイスカもこの時ばかりは呆然としている。

 

ハッとしてモクレンが叫ぶ。

「シュロ!俺も加勢する!!」

走ろうとするモクレンをシュロが鋭く静止した。

 

「待て!お前には無理だ!!そこで外のゴーストの動きを見ていろ」

気がそれた瞬間ゴーストの拳がシュロの顔面をかすめる。舌打ちしてバックステップし、距離を置いて息を整えると、

 

「こいつは具現化したゴーストだ。存在の力を自分のものとして今、この世界のモノとして存在しはじめたんだ!

2年前、こいつと同じものと闘ったことがある!」

 

シュロの声に歯噛みしながらもモクレンが立ち止まる。

 

「外のゴーストはどうやらここまで来ないようだ」

イスカの言葉にホッとしながらもシュロは必死で闘った。実際このゴーストはシュロと全くの互角だった。一瞬も気を抜くことができない。

得意の足さばきで敵の間合いに侵入しても、黒装束をまとったゴーストは引き剥がすような蹴りでシュロを間合いから追い出す。シュロも素直には下がらず、蹴りを右へ避け、相手の側面に回りこみ大振りのパンチから足払いのコンビネーションを放つ。ゴーストのほうは素直に後ろに下がり、胴回しの中段蹴りで襲い掛かる。

スピードと見切りではシュロが勝り、技とそのタイミングではゴーストが勝っていた。

 

(なんでゴーストがこんなに闘い慣れているんだ・・・・!)

口に出す余裕もなく毒づくその間にも疲れを知らないゴーストは動き続けた。

 

 

 

暗闇の中、二つの影の闘いは続き・・・・そして突如終わりを迎えた。

シュロの足刀がカウンター気味に敵の下腹部に突き刺さった。とどめの一撃を脳天に受け、ゴーストは消えていった。

 

「さすがにシュロのほうが一枚上手だったか」

肩で息をしているシュロに近づき、モクレンが賞賛した。シュロはゴーストが消えていった先を見つめてしばし黙っていた。

よく見れば床は畳が敷いてある。そんな事にも気付く余裕なく闘っていたのか・・・・

 

「・・・・いや。全くの互角だったよ。見た目通りにな」

否定されたことに驚いて、モクレンとイスカが疑問符をあげる。

 

「なんでだ?後半はシュロが明らかに押していたじゃないか。結局は実力差だったろ」

 

「いや・・・・俺がヤツの動きを覚えて見切ったからだ。具現化していたとはいえ、あのゴーストにはまだ知性がなかった。俺の動きをヤツが読んでいたら、どうなったかはわからない」

 

と、その時建物の奥から大きな音が響いてきた。

「くっ・・・・!まだあんなのがいるってのか!?」

「いや!あれは人の声だ!まさか・・・」

悲鳴にも似た喚声の正体を確かめに、三人は奥の部屋へ近づいていった。

 

 

 

 

 

 

「増援部隊が来るよ!」

長い髪を後ろで束ねたヒソカが戻ってきた。

ゴーストの力も、銃弾さえも通さない装備に身を包んでいてもなお彼女のスタイルの良さはこの殺風景な戦場でも目立つ。

 

「・・・・?シュロ、その子は一体・・・・?」

白い建物を出て、ヒソカ達増援部隊と合流したシュロは。

 

 

 

その肩に小さな男の子を乗せていた。

 

 

 



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第二章:過去

「 掃討完了しました。ゴーストの沸きはストップした模様です」

増援部隊の、若い隊長(といってもシュロと比べれば年かさであろうが・・・・)が報告にきた。

装備を外す手を止め、シュロは頷いた。

「 うむ、ご苦労。いい手際だったな。新設部隊とは思えない連携だった」

「 ありがとうございます。自分は、シュロ大尉と一緒に闘えただけで十分です。

 自分達新米には及びもつかない動きで、感服しました。

 今回もすばらしい活躍でしたね」

興奮した様子で瞳を輝かせ、早口で賛辞を述べる隊長から顔をそむけ、周りを見回しながらシュロはつぶやいた。

「 ・・・それでも誰も助けられなかったな・・・」

 

戦闘が終結し、静けさを取り戻した山奥の白い街は・・・あちこちに死体が散らばっていた。

戦闘中は気にしないようにしているが、改めて現場を見てみると、外傷もなくただ眠るように死んでいる人達。

彼らは、本当に何の表情もなく倒れている。ゴースト現象を初めて目の当たりにして、恐怖に怯える顔すらない。

精神力を吸われ表情を作り出す力すらないほどに衰弱して死に至るためだ。

 

増援部隊隊長は、シュロにつられて街の人々の様子を見た途端顔面を蒼白にして目を閉じた。

何の恐怖もなく、無表情な死に顔はむしろ見る者に恐怖を与える。

しかしゾッとしながらもシュロを気遣って、カラカラになった喉からなんとか言葉をつむいだ。

「 ・・・あなたのせいではありません。予報が外れたのです、しょうがありません。

 シュロ大尉は、これまで多くの人々の命を、ゴースト現象から守ってきたのです。

 しかも誰にもその存在を知られることなく。自分は尊敬しています。どうか気を落とさずに・・・」

「 ありがとう。・・・遺体の処理は任せる。隊員の疲労が激しいので看護車に乗って先に帰還する」

遺体の処理を任され、さらに顔色が悪くなった隊長は、敬礼をひとつしてから部下をまとめはじめた。

ゴースト現象の恐ろしさは、現場を目の当たりにして初めてわかる。

予報、処理方法が既に確立されているにもかかわらずアインスがこの現象を一般人に隠すのはこのためだ。

予報が当たれば事前にツヴァイを配置し、住民には適当な理由をでっちあげて避難させるだけで済むが

今回のような事態が起きればまず間違いなく人口の100%が死滅する。All or Nothingなのだ。

そしてこの街は・・・

シュロは何もかも、心までもが白くなっていってしまうような死の街に背を向け、歩き出した。

 

 

 

 

「 そういえばあの時、他のゴーストが建物内に進入してこなかったのはなんでだろうな?」

看護車の中、イスカがくつろいだ姿勢でシュロに質問する。

建物内にいた男の子をヒソカとモクレンがあやし、シュロは怪我の手当てをしていた。

イスカの質問に、医者の診察を受けながら肩越しにシュロが答えた。

「 あの具現化していたゴーストが、建物の周りの存在の力を吸収し尽くしていたからだろう。

 存在の力を吸い尽くすとゴーストはその場から動けなくなると考えればつじつまは合う。

 力が吸い尽くされなくなった場所へ立ち入ることもできないんだろう。

 3015年に起きた最初のゴースト事件でもそれを利用して鎮圧したんだろうな」

淡々と自説を説き、最後にやや沈鬱な調子でシュロは付け加えた。

「 ・・・つまり俺達はそんな程度の事もわからずにゴーストと闘っているんだな」

看護車が沈黙に包まれた。4人とも自分に課せられた任務の重さを今さらながら痛感した。

 

診察を終えてシュロが服を着込んでいると、ヒソカが無理矢理明るい声をあげた。

「 でも今回もシュロの大活躍で無事鎮圧できたってことじゃない。

 具現化したゴーストなんて私見た事ないのに!」

大袈裟にはしゃぐヒソカを見て、モクレンも身を乗り出す。

「 あぁ、すごかったよ。

 互角だとか危なかっただとか言うけれど、最後は一撃で戦闘不能だったもんな」

「 私もそれだけ強くなれたらなぁ~」

彼女は自分の槍、ソウルランスをもてあそびながら口をとがらせた。

精神力は扱いが複雑なため、ツヴァイの武器はその形態を大きく退化させざるをえなかった。

もちろん、精神力の未熟な男の子に触らせるのは危険なため今度はイスカが肩車している。

「 ふふ・・・帰ったらもっと厳しくしごいてやるか?」

シュロが笑顔を見せる。イスカやモクレンもしかめっつらを返しながらもどこか楽しそうにしていた。

任務の後はどうしても神経がとがってしまうが、普段はこんな楽しいチームだ。

辛い任務もこのメンバーならこなしていける。シュロはこの日初めての笑顔を3人と分け合うように楽しんだ。

 

 

 

車は高地をくだり、既に平坦な街の道路をヘリポートへと進んでいた。

「 ・・・あ~しかしなんだ、えーと」

モクレンがもごもご口を動かしている。彼には珍しく言葉を外に出すのをためらっている。

「 どうした?モクレン」

シュロが聞く。モクレンが話しやすいように軽い調子で声をかけている。

「 あぁ、えぇと・・・すごいよな、シュロは」

「 ん?」

「 あのゴーストなんて、俺は手も足も出なかっただろうな。

 シュロが止めてくれなかったらあっという間ににやられてたかも知れない」

「 ・・・何が言いたいんだ?」

モクレンがいいにくそうにしている理由がわからずに、今度はシュロが聞いた。

「 私達と歳は変わらないのに、シュロは抜きん出てるわよね」

ヒソカが察して話をつなげた。

さらにモクレンが言いたかった事を代弁する。

「 ・・・キャリアの差よね。

 シュロは12歳のときからこの任務についてたって聞いてる・・・

 ・・・なんでなのか聞いても・・・いい?」

普段から聞きたかったことなのだろう。

ヒソカもモクレンも、イスカまでもが遠慮がちにシュロをじっと見つめている。

 

シュロは男の子を複雑な目で見つめていたが、やがてポツリと言った。

「・・・みんなには・・・いずれ話すことになるだろうな。今は・・・まだ整理がついてない」

さっきよりも重い沈黙が訪れた・・・シュロも辛い。

自分のことを隊長ではなく、名前で読んでくれる部下達は信頼しているが、この事実を伝えるのは・・・。

 

「 ・・・・この子・・・どうなっちゃうのかな・・・」

窓の外を見ながらヒソカがつぶやくのが聞こえた。

 

 

 

 

 

 

「 すまなかったな、予報が外れたか」

ツヴァイの本部に戻ったシュロ達を、彼らの直接指示を与える立場にある”アインス”のツゲが迎えた。

本部は、秘密特殊部隊であるにも関わらず、アインス本部の中に堂々とあった。

アインスはそれぞれの部門の専門家の中から、さらに身分証明や厳しい試験などを経て全てのプロフィールを公開した上で選ばれるエリート集団になっていた。

しかし機密性は高く、人のプロフィールは公開されていても研究内容は秘密にすることができた。

また事実上、研究の後始末を押し付けているアインスはツヴァイに対して負い目がある。

出来る限りの待遇をし、ツヴァイとの連携を深める意味もあり本部を同じくしていた。

「 あぁ、だがおかげで収穫があったよ」

シュロは標準装備についているマイクロカメラのディスクをツゲに手渡した。

「 ゴーストの活動停止か。

 仮説としてなら今まで有力なものだったんだがな。これで証明されるな、ご苦労様」

ツゲの言葉を聞いて、モクレンがくってかかった。

「 ちょっと待てよ、仮説として出てたんならなんで俺達に知らせなかったんだよ。

 存在の力を吸い取り終わったら活動を停止することがわかっていれば作戦を立てるにもかなり楽になったはずだろう」

広々とした講義室のような作戦室に、声が響く。

「 仮説を信じて命を賭けることは愚かな事だと思わないか?

 ゴーストそのものを研究することはできない。

 証明もできなかったし、それを伝えて君達が油断するのは避けたかったのだ」

モクレンの詰問をさらりとかわしてツゲは続ける。

「 隠していたわけじゃないんだ。君達のためだよ。そうつっかかってくれるなモクレン」

「 しかし・・・!」

 

ガチャリ

 

モクレンはまだ何か言おうとしたが、作戦室の扉の音に止められた。

扉の向こうから入ってきたのは、先日の作戦で増援部隊としてシュロ達を助けたあの隊長だった。

続いてツヴァイの隊員が次々に入ってくる。

「 全員集まったか。じゃあ始めよう」

ツゲがモクレンから目を離し、教壇へ向かった。この作戦室は実際の講義室としても使われる。

 

当然、ツヴァイ隊員に対するゴースト現象の説明だ。

 

「 今回、シュロ大尉の第二部隊の任務中、重大な事実が判明した。

 まだデータ解析が途中であるため確実な事は言えないが、ゴースト現象は存在の力を吸収しつくすと

 一時、その進行を停止するようだ」

ツヴァイ隊員が全員席についた後、ツゲが講義を始めた。

元々作戦司令室ということもあり、ツヴァイ隊員にとっては自分の命に関わることであることも手伝って、場は真剣そのものであった。

「 皆、知っての通りゴースト現象は精神波武器による攻撃でそれ以上増えることを抑えるという形の消極的な対処法しかない。

 つまり自然にゴーストの出現が止まるのを待つしかない。

 先の研究でゴースト現象が続く時間・量はその土地に住む生物の量に比例して増えていくということがわかっていたが

 どれほどの沸きであろうとも闘い続けなければならなかった。長ければ4時間ずっと戦闘状態が続くこともある。

 だが今回の発見により作戦の幅はひろがるはずだ。

 ゴースト出現地の予測が外れ、その沸きが予想よりも激しいと思われる場合、しばし時間を置き交戦することが望ましい」

 

隊員の間にざわめきが起こった。いずれも百戦錬磨の、いわば戦闘に関するエリートだけで構成されているツヴァイだが

やはり命は惜しい。危険な状態に陥ったときに撤退命令が下せるか否かで、生存率は断然違うだろう。

「 しかしその場合、これも今回シュロ大尉からの報告にあった存在の力を吸収しつくした具現化ゴーストに注意しなければならない」

ツゲが一旦口を動かすのをやめ、後ろのスクリーンにシュロのデータディスクの内容が映し出された。

シュロの動きを見て、感嘆の声を漏らす隊員達の中で、シュロだけはゴーストの動きだけを修行僧のような面持ちで見つめていた。

あれ以上力を蓄えたゴーストが現れたらどうすれば・・・そう考えると周りからの羨望の目なんか気にしてはいられなかった。

 

「 見ての通り、すさまじい戦闘力だ。

 その他のゴーストは、通常のものよりは強いが警戒していれば問題はないだろう。

 この一体が独占して存在の力を吸収した結果だと思われる。

 だが我々の見解では、これは具現化したゴーストではない」

シュロがハッと顔を上げると、周りの隊員のざわめきも大きくなっていた。

ゴーストが存在の力を吸収し、それによって戦闘力が上がるのは隊員達もみんな気付いていることだった。

だが存在の力を吸収しつくすとどうなるのか・・・それも、あの作戦以来シュロの頭から離れない疑問だった。

 

「 これは、データから解析したところまだ具現化といえるほどのレベルではなく、いまだ精神体のゴーストだ」

確かに映像を詳しく見てみると、ゴーストの足が畳からたまに浮いて見えたり、逆に沈んでいるように見えるときもある。

いままで静かに聞いていたシュロだが、たまりかねて手を挙げた。

( ・・・あれ以上のものが出てきたら俺は勝てないかもしれない・・・多分他の誰にも)

「 じゃあゴーストが完全に具現化したらどうなるんだ?」

 

質問を聞いて、全隊員の視線を浴びたツゲは、一呼吸置いてから再び説明しはじめた。

「 ・・・ゴーストが完全に具現化することはないはずだ。

 皆、勘違いしているかもしれないがアレはただの現象だ。災害だ。

 人間や野獣の形をとって襲い掛かってくるように見えるが、あれはあくまでも精神波。

 やつらが吸収しているのを仮に存在の力と呼んでいるが、今ではあれも精神波を吸い取ることにより生物を死に至らしめ

 自らの精神波と同調させて強化していると考えられている。

 しかし所詮は実体を持たない精神体、理論上今回シュロ大尉と戦ったものより強くなる事はない。

 これはゴーストの行動範囲と吸収精神波量との計算によって証明されている」

ツゲの言葉を聞いて、シュロはホッとしたが他の隊員は複雑な顔をしていた。

結局あのゴーストに勝てるのはシュロだけなのが分かっているからだ。それだけシュロの力はぬきんでていた。

 

「 今回の発見については以上だ、各隊で今後の作戦の立て方について十分参考にしてほしい」

そう言うと、ツゲはデータを鞄にしまい、解散を命じた。

「 あ、シュロ大尉は残ってくれ」

「 あぁ・・・わかった。みんな先に戻っていろ」

シュロは答えてツゲと共に別室へ入っていった。

さっきの事もあって、モクレンはまたツゲに何か言いたそうにしていたが、やがて憤然として作戦室を出ていった。

 

 

 

 

 

「 何噛み付いてるんだよ、モクレン」

イスカが追いついてモクレンをなだめる。

モクレンとは違って、彼はアインスを信用し、ツゲにもそれなりの恩を感じていた。

「 アインスあってのツヴァイだろ。

 彼らがいなければ俺達は装備を整えることもできないんだ」

「 俺は・・・あいつらが間違った事してる気がするんだ。

 一般人に隠すためにツヴァイに尻拭いをさせてるような連中なんだ、信用できるか」

ツヴァイ本部では、どこでも戦闘ができるように、通路でも戦闘訓練が行われる事がある。

その白く丈夫な壁を力任せに殴りつけてモクレンは吐き出すように怒りをぶちまけていた。

「 一般人のために隠してるんだ。知らせたってパニックになるだけだ。それくらいわかるだろ」

「 でも・・・俺はこの世の中のために戦いたいんだ。

 そのために軍からこのツヴァイに移籍してきた。

 一般人を守るために。これじゃあアインスを守るための戦いじゃないか」

いまだ怒りを隠しきれないモクレンを気遣いながら、今度はヒソカが疑問を出す

「 私もイスカと同じでアインスは信用してるけれど・・・

 今日はツゲさん、妙にカリカリしてたわね。

 いつもはあんなに突き放した言い方はしないのに。

 モクレンとも毎回納得するまで話しあってくれるのに今日はすぐに帰っちゃって・・・」

「 研究の毎日だ。疲れることもあるんだろう。

 ある意味俺達よりも真剣にゴーストと戦っているんだ。研究することによってな。

 モクレンも感謝すべきなんだよ」

イスカの説得に、しぶしぶモクレンが黙る。

彼は自分の思想のために軍に入り、そこでツヴァイにスカウトされたのだ。

アインスに従うことに疑問を持つのは当然の成り行きだった。

三人は廊下を歩き、ツヴァイ部隊の屯所にある、各部隊に一部屋ずつあてがわれている談話室についた。

自動扉が三人の”精神波”を感知して開く。

精神波には個人差があり、指紋と同じように区別することができるシステムが既に成立していた。

同様に武器なども登録した精神波を持つ人間しか使えないようになっていた。

イスカなどは精神波がサイ・バスターのシステムにうまく同調し、シュロ、モクレン、ヒソカもそれぞれの武器に合った精神波を持っている。

 

「 それよりも、あの男の子はどうなるんだ?」

談話室は豪華なつくりではなかったが、広く快適なつくりであった。

特にシュロ大尉率いるツヴァイ第1部隊は優遇されており、他部隊より広い。

丸いテーブルに乗り、椅子に足を引っ掛けた状態でモクレンは次の疑問を口にした。

「 ・・・ゴーストに襲われた子だ。

 アインスが保護することになるだろうな」

イスカの冷静な答を、ヒソカが沈んだ声で肯定した。

「 確かに・・・世間に公表するわけにはいかないもんね。

 かわいそうに・・・」

イスカがさらに付け加える。

「 あのゴースト現象の中生き延びていたんだ。

 特殊な体質を持っているとしか思えないしな。アインスの研究にも協力してもらうことになるだろう。

 以前にも同じ例があったらしいぞ。赤ん坊がゴースト現象の中で元気に生きていたってな」

「 その子は今どうしてるの?」

ヒソカが不安そうに尋ねる。あの男の子のことでもあるので本気で心配しているようだ。

「 さぁ?俺も知らないよ。話で聞いただけだからな。

 記録を調べればわかるはずだが、ゴーストに関するものだからな・・・俺達にも触れないだろう」

「 その子も元気でいるといいんだけど・・・」

ヒソカがシュロのいる作戦室のほうを向いてつぶやいた。

 

 

 

 

「 またその話か。ダメな事はわかっているだろう?」

一方、シュロはまだツゲと話していた。

「 推薦してくれるだけでいいんだ。試験は絶対に通ってみせる。

 俺をアインスの研究チームの一員にしてくれ!」

シュロは必死の形相でツゲに頭を下げていた。

ツゲは検討することもなく即答した。

「 無理だ。推薦することもできない。

 アインスの新規メンバーは全てマスコミに公開することになっている。

 プロフィールもだ」

「 そんな事、いくらでも・・・」

「 無理だ。ツヴァイの隊員っていう経歴だけじゃない。問題は他にある」

ツゲはシュロの言葉をさえぎって否定した。

さらに、やや声のトーンを下げて続ける。

「 ・・・お前が世間に出るだけで大変な事になってしまうんだ。

 何度も言ってきたことだ。わかっているだろう?お前は・・・」

その先は言わずに、シュロをじっと見つめる。

シュロもこれ以上は反論できずにうつむいている。

「 お前の人生を決めてしまったゴーストの研究だ。

 自分の手で決着をつけたいのはわかるが・・・

 お前はツヴァイでがんばってくれ」

なぜかとても暗い、哀れみをも含んだ悲しい瞳でシュロを見ながら肩をたたき、ツゲは後ろを向いた。

ふとシュロは思い出し、ツゲに疑問を投げかけてみた。

「 ・・・そういえばあの街で俺達が保護したあの男の子はどうなった?」

 

 

 

 

シュンッ

 

談話室の扉が開き、シュロが入ってきた。

「 あ、シュロ。どうだった?あの街で助けた男の子」

待ちかねたヒソカが飛びついてくる。

モクレンとイスカもテーブルを囲んだ椅子に座りながらも、心配そうに見ている。

「 あぁ、あの子だがな・・・」

シュロは自分の後ろを気にしながら答える。

 

と、シュロの後ろからあの男の子が飛び出してきた。

「 ウチの隊で面倒を見る事になったぞ」

その瞬間、隊員全員が固まった。

事態を理解できず、三人一斉にぽかんと口をあけてとりあえず聞き返してみる。

「 ・・・・・・・・なんだって?」

「 この子、名前はシロー。俺達4人でこの子の面倒を見ろとの命令だ」

律儀に詳しい内容を繰り返し、シュロは男の子:シローを前に出す。

「 シロー。三つ。」

男の子が可愛くお辞儀をして、自己紹介した。まだ言葉が片言だ。

つられてイスカをも含めた三人もお辞儀をした。

「 よ、よろしく・・・言葉喋れたっけ?この子」

ヒソカがシローを抱き上げ、疑問を口にする。

「 あぁ、三歳と言えば言葉をしゃべれて不思議じゃないんじゃないか?

 俺には全然わからないが。

 何故か保護したときは喋れなかったが、だんだん言葉を話すようになったらしい」

「 あぁ、そうか・・・恐怖か何かが原因だったんだろうな」

出てきた疑問はとりあえず解決して、黙る三人。

 

突然、ハッとしてイスカが立ち上がった。

「 って、なんで俺達が面倒見るんだよ!?非公式ではあるが、俺達は軍隊みたいなもんなんだぜ

 シローを軍人にしろって事なのか!?」

それを聞いて、シュロがニヤニヤ笑いながら答えた。

「 ははは・・・そうだな。説明不足だった。すまん

 この子の処遇が決まらないからそれまでの間だけ預ってくれとのことだ。

 その間この部隊には出動命令は一切下されない」

シローを用意されたベッドに寝かせるとシュロも3人と同じ丸テーブルを囲んで座った。

 

「 なんだ、そうだったのか・・・てっきりこの子を軍隊として訓練するのかと・・・」

モクレンがホッと息をついて座りなおした。

この男、意外と子供好きなのかもしれないな、とシュロは思いながらあとの二人を見た。

ヒソカも納得した様子でシローの寝顔に見入っている。

イスカは・・・椅子に座ったまま考え込んでいる。まだ納得していないようだ。

シュロを見返してまた質問してきた。

「 でもゴーストをよせつけない体質はアインスの研究に役立つんじゃないのか?

 俺達が預かってていいのかな」

「 研究はシローの処遇が決まってからなんだとさ」

シュロが気軽に返答すると、突然モクレンが顔の色を変えて怒鳴った。

「 なんだよそりゃ!」

3人の視線が集まるのをしばし待ってから、芝居がかった仕草で足をテーブルに乗せ、悪態をついた。

「 ハッ!耐性体質のガキは”二人目”だから研究は後回しでハイもういらないよってか!

 やっぱりこれがアインスの本音なんだ!

 ゴーストの処理は全部ツヴァイに押し付けていればいいと思って適当にしか研究してないんだ。

 俺達はやっかい事引き受け隊としか思われてないんだよ!」

シローが起きないか気にしながら、シュロは静かにモクレンに声をかけた。

「 大丈夫だよ、研究のは確かに必要だが

 それよりもシローの心のケアが先だとツゲが言っていた」

一瞬、モクレンはたじろいだが、その後は大人しく座った。

「 む・・・そうか。ならいい。

 ・・・・すまん」

「 いいさ、モクレンのアインス嫌いは相変わらずだな」

シュロは笑った。元々仲のいい、付き合いの長い隊員だ。

意見が違うことはあってもまたすぐに打ち解けてみんな笑うことができる。

こいつらと一緒ならツヴァイも悪くないか。

アインス入りをまたも断念せざるを得なかったシュロも素直にそう思った。

 

 

 

ひとしきり笑ってから、シュロはふと真顔に戻って、モクレンに聞いた。

「 二人目?さっき二人目って言ったよな。何が?」

「 シローと同じ体質を持った赤ん坊が過去にいたらしいのよ」

代わりにヒソカが質問に答えた。シローのベットに向かい、うつむいたまま。

シローの事を自分の子供の事のように心配しているだけに、過去の事例が何より気になるらしい。

しばらく面倒を見ることができるってだけなのに・・・シュロはむしろそのことが気になった。

「 ゴースト現象から助けられて、その子それからどうなったのかな・・・」

「 元気にしてるだろうさ」

うつむいたままのヒソカにシュロに気軽に答えると、今度はイスカが口をはさんできた。

「 真面目に考えろよ、シュロ。モクレンみたいな言い方で好きじゃあないが

 一時だけとはいえ軍隊に子供を預けるようなアインスだぞ、俺達がしっかりこの子の将来に責任を持ってやらないといけない」

「 だがこの子のゴーストの力を全く受け付けない体質はツヴァイの軍人としても有用だ

 ”一人目”の子もゴーストと戦う立場にあるのかもしれない。シローもそうなるべきかもな」

突然、シローを見ていたヒソカがカッとなったのか、振り向いてかみついてきた。

「 シローにそこまで要求するつもり!?

 ゴーストに襲われたからってその後の人生まで決められるわけないでしょ!」

「 シローにとっても、一人目のその子にとってもゴーストは自分を孤独にした憎い敵なんだ!

 自分がどんな目にあってもそれを解明してくいとめたいと思うはずだろ!」

さすがにシュロも我慢できなくなり、テーブルに手をついて大声をあげた。

「 ”一人目”と同じ人生を歩めっていうのも間違ってるわよ!

 この子にはこの子の人生があるの!」

「 だが”一人目”はそうやって生きてきたんだ!」

モクレンとヒソカに加えてシュロの怒号も部屋に響き渡る。

叩き付けるように押し付けている拳のおかげでテーブルは真っ二つに割れるかと思うほどきしんでいた。

しかし―――

「 ・・・ちょっと待て。シュロ」

一人冷静に話を聞いていたイスカが口を開いた。

「 ”一人目はそうやって生きてきた”だって?

 ・・・その子の事を知っていそうな口ぶりだな」

シュロがハッと顔を上げた。

ヒソカとモクレンもそのことに気付き、食い入るようにシュロを見つめていた。

「 まさか・・・その子」

「 軍人にでもなってるっていうのか・・・?」

ヒソカとモクレンが真っ青になって呆然とつぶやいた。

二人が可愛がっているシローの将来。

まだ満足にしゃべりもできないこの子にも、そんな重い運命が待っているかもしれない・・・

イスカとシュロも、その事実に心を暗くしていた。

 

しばらく、誰も口をきけなかったが・・・

「 シュロ。その”一人目”について知っているなら話してくれないか・・・本当に軍人になったのか?」

意を決して、モクレンが口を開いた。

 

しかしシュロは黙っている。テーブルに額を押し付けて、なかなか話そうとしなかった。

「 ・・・シュロっ」

「 あの街で、ゴーストが動かなくなった時な。あぁそうかって俺は納得してた」

ふと、シュロが話しはじめたのはシローを助けた街でのことだった。

身を起こし、テーブルを見つめながら淡々と、物語でもするように。

「 ツゲがあのことを仮説として有力だと言ってた事も俺は以前から知っていた」

たまりかねてモクレンがシュロの体を起こし、額を押し付けるほどに近づけて言った。

「 話をそらさないでくれ。俺達はシローの将来に責任を持たないといけないんだ。シュロだってわかっているだろ?」

「 ・・・あの時もゴーストは止まっ―――」

「 そらすなって言ってるんだよ!」

モクレンがシュロの体を揺さぶろうとするのを、イスカが止めた。

「 あの時っていつの事だ。シュロ」

 

 

「 3015年、ゴースト現象が最初に起こった時だ。俺自身は覚えてはいないんだがな」

「 ・・・っ!」

三人が揃って立ち上がり、戦慄した。

「 まさか・・・シュロ・・・」

 

 

 

「 ―――そうだ。俺が生まれたのも3015年8月。俺もゴースト現象を生き残った人間の一人だ・・・」

 

 

 

いつもはにぎやかなはずの談話室が、この時ばかりは完全に沈黙に包まれた。

シュロは恐れていた。自分の過去に。

ゴーストに対する意識が他の三人と違うのは元から自覚していた。

イスカとヒソカは一般の人々を守るため。モクレンも同じだが、アインスを毛嫌いしている。

そして自分は、人生のために闘っている。自分の人生を狂わせたものと。

その意識の違いがはっきりしてしまえば、もう一緒に闘う事はできなくなるかもしれない。

それがシュロをためらわせていた理由だった。

沈黙の後、何が起こるか・・・シュロは想像して、ぶるっと身を震わせた。

と―――

 

 

 

「 ・・・ぷっ」

それが何を表す言葉なのか、はじめシュロには全く理解できなかった。

「 は、はははは!!!」

それはモクレンの笑い声だった。

モクレンは笑うだけ笑うと、涙をぬぐいながら言った。

「 いや、すまんすまん。それじゃあシュロが鬼のように強いのも当然だなと思ってね」

モクレンにつられてイスカとヒソカも笑っていた。

「 確かにそうだ。小さい頃からずっとゴーストと戦ってたんだな。色んな意味で・・・」

「 すごいね、シュロは」

口々にシュロを褒めたたえ、今度はシローのベッドを見た。

「 でも今日からは他人事じゃないぞ。シュロは勿論だけど、シローだってもう俺達の仲間なんだ。ちょっとの間だけどな。

 ゴースト現象の原因をつきとめて、二人を呪縛から解放しないとな!」

シュロは呆然としていた。こんな反応がくるとは思ってもみなかった・・・

「 みんな・・・」

安堵と嬉しさで涙がこぼれる。

自分の過去を話したのはこれが初めてだった。

「 悪い方向へ考えてたみたいだな。俺たちはそれほど冷たい人間じゃないぞ」

いつの間にかイスカがすぐ隣に来ていた。起きていたシロー肩車して。

「 変わらないさ、シュロの過去に何があろうと。そのくらいの時間は共有してきただろ?俺たち」

みんながシュロを囲んでいた。モクレンも、ヒソカもイスカもシローもみんな笑っていた。

 

「 やるしかないな・・・」

シュロもつられて笑っていた。

 

 

 

 

 



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第三章:決意

「何みてるの?シュロ」

 

シュロが振り返ると、青い半ズボンに白の袖なしのシャツという、いかにも3歳児という格好のシローがニコニコして立っていた。

対するシュロも、対ゴースト用の分厚い装備ではなく、ジーンズにラフなYシャツを着ている。

この子を救助してから2ヶ月。

シローの体質の研究はデータを取るだけで頓挫しており処遇はいまだに決まらず、従ってシュロ達ツヴァイ第二部隊には出動命令が出ることもなく、暇な毎日を過ごしていた。

 

「 あぁ、ここ数年のゴースト現象のデータを見てたんだ。

 俺達が出動してなかった分もあるから」

シュロがコンピューターの画面から目を離して答えた。シローが最もなついているのはシュロであった。

シュロの背中に飛びつくと、シローは画面を見た。

画面とは言っても立体映像、ホログラフになっている。この時代のコンピューターの形はもはやキーボードだけになっていた。

それすらも精神波を利用した思考操作コンピュータの出現により、過去のものとなりつつあった。

扱うデータが膨大なためネットワークに接続していないと使えないのが難点ではあるが。

 

「 あれ、まだOS変えないの?WindowsSP3がでたよ」

シュロのYシャツをつかんで、上へ這い上がろうとしながらシローが言う。

救助したてのときは、恐怖で口を開くこともできなかったが

シュロ達と一緒に生活していくうちにシローは三歳児とは思えないほどの明晰な頭脳を発揮しだしていた。

話す言葉もはっきりしており、詩など朗読させればそれだけでお金を取れそうなほどだ。

 

「 いいんだよ、このままでもなんとか使えるから」

シュロが冷や汗をかきながら言う。早くもコンピューターに関する知識でシローに敗北を喫していたシュロだった。

「 しかし・・・増えてるな、ゴースト現象の発生数・・・この二ヶ月で18回も起きてるのか」

「 でもどれも山中とか砂漠とか・・・・あ、海の中もあるね。何も被害を受けない場所で起きてるから大丈夫だよ」

シュロの頭の上にしがみついてシロー。どうやらここが彼のお気に入りの場所のようだ。

不意に、談話室の扉が開き、声と一緒にモクレンが入ってきた。

「 あぁ、そのおかげで助かってるようなもんだな。二ヶ月前の任務以来、発生数は増加したが

 都市での発生は一つもない。そうでなかったら今頃アインスにマスコミが詰め掛けてるとこだ」

彼は戦闘装備をしていた。白く、分厚い服を着ている。ダウンジャケットのようにも見えるが、対ゴースト用の戦闘ジャケットだ。

精神波を増幅して身体能力を飛躍的にアップする機能も備えている。

戦闘ジャケットを脱ぎ、汗を拭きながらモクレンは椅子に座った。何故か青い顔をしている。

 

「 おう、起きたか。マスコミに騒ぎ立てられるべきだと思ってるんだろう?モクレン」

シュロは笑いながら振り返って言った。

水を飲みながらシローを乱暴に抱きしめ、モクレンは真顔で頷いた。

「 あぁ、そうだな。それだけの数起きてるんだ、いい加減一般にも警告しておくべきだ」

モクレンの汗臭さに閉口して、シローがシュロのところへ戻ってきた。

「 いいからさっさとシャワー浴びてこいよ。シローが嫌がってるぞ。

 頬も腫れ上がってるから手当てしとけよ」

再びシローに背中を登られながら、シュロがシャワールームを指差した。

「 けっ、叩きのめした本人が言うセリフかよ」

「 訓練に誘ったのはお前だ」

「 失神したヤツをほっといて勝手に着替えてパソコンいじりなんかするか?普通」

モクレンはぶつぶつ言いながらシャワールームへ消えていった。

 

再びホログラフの世界地図に目を戻すと、シュロはゴースト発生地点と日時のチェックをはじめた。

「 ほとんど全世界だな・・・ここ二ヶ月ではツヴァイ本拠地に近い場所で起きてるから救いはあるが・・・

 またいつ人が住む場所で起きるかわからんな、これじゃあ」

世界地図に表された丸い点は、どこも戦闘員を配備しやすい地点であり、住民もいないような場所であった。

が、謎の自然現象に都合のいい場所で起こることを期待するわけにはいかない。

「 だが、ここ二ヶ月では北半球でしか起こっていないな・・・発生場所が絞られてきている?」

シュロも馬鹿ではない。アインスのゴースト研究チームに入れてくれと言うだけあってIQは高くデータ解析能力に長けていた。

ただし機械には何故か弱い。今年も、シュロが使っていた二台のコンピュータが意味もなく壊れた。

 

「 ま・・・でもこんなとこかな。データ見てるだけじゃ解明なんてできるわけないか」

コンピュータのスイッチを切ろうとするシュロ。

ふいに、シローが画面を指差して言った。―――シュロの頭の上から。

「 なんでだろ?ゴースト現象ってほとんど土曜日と日曜日に起きてるみたいだよ」

「 ・・・・あ、確かに・・・」

日付を確認し、スイッチを切る。確かに、ほぼ全てが土日に集中していた。

シローを頭に乗せたまま昼食のために扉に向かい、シュロは小さくぼやいた。

「 ・・・まさか、な・・・」

 

 

 

 

 

 

『 ツヴァイ全隊員、作戦司令室に集合せよ!』

大音量で、滅多に使われることのないツヴァイ本部全館放送を聞いたのは、シュロが隊員+シローみんなで昼食をとっているときであった。

「 私達も?」

ヒソカがパスタをからめたフォークを置いて首をかしげる。

「 そうだろうな。シローは静かな子だし、作戦室に連れて行っても大丈夫だろ」

と、気軽にシュロ。

「 ま、どの道俺達に出動命令が出ることはないんだ。いかなくてもいいんじゃないか?」

と、やる気なさげに言うイスカはリゾットを食べていた。

「 ま、一応行ってみよう。俺達はツヴァイだ」

 

 

 

 

作戦司令室についたシュロ達を迎えたのは、異常に殺気立った隊員と、それ以上に目もあてられぬほどに狼狽したツゲの姿であった。

「 あぁ、シュロ!すまないがお前達も出撃してくれ!」

そのまま首を絞めにくるんじゃないかと思うほどの勢いで突進してきて、ツゲはシュロの肩をつかんだ。

「 どうしたんだ、ツゲ?」

状況がつかめず、シュロが尋ねると、ツゲは今度は顔を近づけてきた。

勢い余って頭突きをくらい、シュロがうずくまるのも目に入らない様子で、狼狽しきったツゲは叫んだ。

「 どうもこうも、ゴーストが発生するんだよ!」

「 ・・・いつもの事じゃないか。

 最近はほとんど毎週といっていいほどの発生数だな」

と、シュロを助け起こしながらイスカ。

「 違う、そうじゃない!」

「 ・・・発生しないのか?」

いつもは冷静なツゲがこの時ばかりは混乱していた。

矛盾するツゲの言葉が何を伝えたがっているのかなかなか理解できずにシュロ達は首をかしげた。

 

「 落ち着いてよ、ツゲさん。他の隊員もみんなパニックになってるみたいだから、あなたが落ち着いて指示出さないと大変な事になっちゃうわよ?」

ヒソカがツゲの顔を覗き込むようにしてなだめている。

同時に、シローがビクンと体を震わせた。

シローは検査だの何だのと言って連れまわしていくこの男の事を嫌っており、今日もモクレンの足にしがみついて前に出ようとしなかった。

だがツゲの顔から何かを感じ取ったのだろうか、恐る恐る口を開いた。

 

「 もしかして・・・ここに出るの?」

「 ここ?」

するとその言葉に反応して、ツゲが半ばヤケになって叫んだ。

「 他に何があってこの俺がこんなに慌てるっていうんだ!?

 そうさ、ここ、この街、この世界の中枢”セントラル”にゴーストが出現するっていう予報が出たんだ!今度は間違いない!!」

「 !!!?」

ツゲの慌てぶりに呆れていたシュロ達の目が大きく見開かれた。

アインスの本拠であり、ツヴァイの本部であり、全世界の首都である地球最大の都市”セントラル”。

一昔前であれば、考えもしないほどの巨大さである。

この街にゴーストが出現するとなれば被害は尋常ではすまない。

この巨大都市には1億を超える人が暮らしていた。

アインスの本部も巨大な研究施設だが、それを支える住居、交通網、経済全てが揃った街が必要になった。

世界が一つになったのだ、全ての国の首都も一つに重なったようなもの。”セントラル”はまさに全ての中枢となっていた。

そこにゴーストが出現すれば・・・

「 一般市民はどうする!?」

「 予報ではゴーストは午後4時頃。ブロック10~1、アインス本部、ここにも出現する。

 ブロック10までの市民には既に避難命令は出しているが、時間ギリギリなんだ・・・!」

「 くっ・・・!」

うなって爪をかむシュロ。ツゲが慌てるのも無理はない事態だった。

 

 

 

「 っ!シロー!!」

突然、イスカが叫んだ。

シローは顔を真っ青にして、床に倒れていた。

「 シロー!どうしたんだシ・・・」

「 動かすな!ここは触らずにすぐに医務室へ運んだほうがいい」

不意に冷静になったツゲが指示を下した。さすがに事件を目の前にとらえると判断は早いらしい。

戦闘準備のため騒がしく行き交う隊員を押しのけ、シュロは医務室へ走った。

未曾有のゴースト事件を目前に控えて、殺気立っている隊員もシュロの顔色を見て次々に道を開けた。

背負ったシローの体を動かさないよう、細心の注意を払いながら全力で医務室へ向かった。

走りながら、シュロは猛烈に後悔していた。またしても迂闊な事をしてしまった。

シローが倒れた原因ははっきりしていた。

「 ・・・考えてみればシローはゴーストに、両親も友達も、自分が生まれ育った街全てを奪われたんだ・・・

 同じ境遇の俺がそれに気付かないなんてな・・・」

 

「 この子の前でゴーストゴーストって連発するなんて、俺達は・・・俺はなんて無神経だったんだ・・・!」

 

天才とはいえ三歳の子供の、その心に負った傷はあまりにも深かった。

それを対ゴースト部隊と一緒に暮らしていればそのうち慣れるだろう、などと考えていた自分を、シュロ達4人は心の底から恥じた。

 

 

 

医務室へ駆け込むと、シローの顔を見るなり医者はただの貧血だと診断した。

「 すまんが俺はツヴァイへの戦闘配備指示をしなきゃならんからもう行くぞ」

と言い、ツゲが医務室から出ようとすると、ベッドの脇で寝顔を見守っていたシュロがポツリと言った。

「 シローを一般人に・・・こんなところから出して元の生活に戻してやってくれ、ツゲ」

「 ・・・わかった」

ツゲは振り返ると、はっきりとうなづいた。

「 ・・・!いいのか」

「 あぁ、俺にどれだけの事ができるかはわからないがお前達の気持ちは良くわかる。出来る限りの事はするよ」

「 すまん」

「 いいさ」

 

 

 

「 ・・・いやだ」

突然聞こえてきた否定の声に、シュロ達は驚いて立ち上がった。

声の主はシローだった。

「 シロー・・・起きたの。いやだって何のこと?」

ヒソカが優しい言葉をかけても、聞いていない様子でシローはシュロにしがみついた。

「 シュロはここでゴーストと戦うんでしょ?僕も残る。

 僕もツヴァイになる!」

「 ・・・だめだ」

シュロが静かに、だがきっぱりと否定した。

「 子供だからってみくびるなよ!」

突然声を荒げたシローに、シュロ達も、医務室を出ていこうとしていたツゲも驚いて戻ってきた。

「 僕だってゴーストをこの世から無くしたいんだ。アインスでもツヴァイでもいい。

 シュロと一緒にゴーストと闘うよ!一生!!」

とても三歳児とは思えない決意の表明に、その場の全員が声を失った。

ベッドから見上げるシローの眼には力強い光があった。

「 ・・・それは・・・シローが決めればいい。すまなかった。

 とにかく今日は大事件だ。お前は避難していろ」

「 嫌だよ、今言ったじゃないか、シュロと一緒に闘う」

「 それだけはダメだ」

頑固なシローを必死でシュロは説得にあたった。

シローはもうベッドから起き上がって、さっきまで真っ青だった顔を真っ赤にして主張する。

「 でも!僕は」

「 死なないって言いたいんだろ。だが死なないだけで戦闘力にならない子供を戦場に置くわけにはいかない」

「 ・・・・」

「 それにゴーストの打撃は生身には効いてしまうんだ。逆は精神波を利用しないと無理なのにな。

 だから俺達は格闘術を訓練した。運が悪ければお前だって狙われるかもしれないだろ」

さすがのシローも納得したようだった。ベッドに座りなおしうなだれて、うなづく。

「 な、だから市民と一緒に避難していてくれ。必ず迎えにいくから。

 そしたら一緒に訓練して、ゴーストと戦おう。今日のところは我慢してくれ、な?」

再度うなづくと、シローは抱きついてきた。

「 みんなは大丈夫なの?今日のは危ないんでしょ?」

と、今まで黙っていたモクレンがシローを抱き上げた。

「 何言ってるんだ。俺達はツヴァイ最強の部隊だぜ?負けるわけねぇ」

「 でも二番隊なんでしょ」

今度はヒソカに抱き付いてシロー。

「 ん~・・・隊長のシュロが若すぎるからね・・・でも実力的には一番は私達なの!」

普段は控えめなヒソカもVサインを出している。微笑みながらツゲが医務室から出て行くのが見えた。

最後にイスカがシローをかかえ上げて頭上にかかげた。

「 お前のそのよく回る頭がいずれきっと役に立つ。それまで俺もお前も死ねないんだぞ。

 絶対、ゴーストを止めてやるんだ。俺達でな」

 

シローの顔に笑みが戻るのを見て、シュロは立ち上がった。指示内容はツゲが紙に書いてそっと置いていっていた。

「 よし!ツヴァイ本隊へ合流するぞ!全員A装備で、”セントラル”ブロック5へ直行!

 シローは俺がヘリポートまで送っていく!」

 

「 おぉ!」

ツヴァイの、真に最強の部隊がここに結成された。

涙と笑いで顔をくしゃくしゃにしながら、シローも4人と一緒に敬礼した。

 

 



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第四章:決別

 

「 第4ブロックの市民のみなさんは大セントラル空港3番搭乗口へお急ぎください!」

空港の入り口。シュロはヒソカと一緒にアインスの正規の警官に混じって市民の避難指示を出していた。

 

 

 

あれから、ツヴァイの隊員として認められたと安心したのか、シローは大人しく一人で避難用ヘリポートへ歩いていった。

できれば全員で見送りたかったが事態はそんな時間すらもシュロ達に与えてはいなかった。

 

午後4時。それまでになんとしても全市民を区域から離脱させねばならなかった。

ゴーストがいかに恐ろしい存在であるとはいえ、あらかじめフル装備で配備されたツヴァイ全部隊が待ち構えていればしのげるはずだ。

 

「 だが!」

ツゲはツヴァイ全隊への指示の際、強調して言った。

「 今日、このまま”セントラル”の住人がゴースト現象に見舞われれば、ゴーストに対する『恐怖』が、全世界を覆うことになる!

 人類が築き上げてきたものが『恐怖』に負けてしまうのを、我々は防ぐ義務があるんだ!

 防がなければ『恐怖』が『怒り』となり、アインスが崩壊してしまうかもしれない。

 アインスが今この世界に絶対必要だとは言わない。だが今のこの平和が『恐怖』と『怒り』から守るには

 この”セントラル”からゴーストを一歩でも出してはならない!住民にその存在も気付かれてはならない!

 全ての人々を『恐怖』から守るために、全力を尽くそう!」

 

 

 

人々はかろうじてパニック状態にはなっていなかったが、荷物の持ち出しを一切禁じられ着の身着のままで芋虫のように連なっていた。

シュロは避難用に緊急離陸する航空機への搭乗口へと市民を誘導しながら聞き耳を立てていた。

この緊急避難命令に対する市民の反応を知っておく必要がある。

「 なぁ君、胃薬持ってないか?・・・我慢できんよ、なんでこんなに急に避難勧告が出るのかね」

「 ・・・発電施設がおかしくなったらしいわよ、爆発するのかしら・・・!」

「 あんな小さな飛行機に全員乗れるのかよ、早くしないとみんな死んじまうぞ」

「 早くしてくれよ!この空港狭すぎだ!」

「 車で逃げれば良かったなぁ。たった10ブロックなのにわざわざ飛行機使う意味なかったなそういえば」

「 空き巣?”セントラル”の第1~10ブロックに住めるような人間にそんな事するのがいるとは思えんね。

 11以降のブロックも上流階級の住まいだ。心配することはないさ」

ここまで聞いてシュロはほっと息をついた。

市民は避難に対して協力的なようだ。これなら間に合うかもしれない。

 

「 シュロ!軍用機も全部使えるそうだ。

 若いのはそっちに回してやれ!」

振り返るとモクレンが走ってきていた。

綺麗な列のおかげでシュロやモクレンらも動きやすく、連絡が迅速に行われたようだ。

”セントラル”でも1~10ブロックはセキュリティも治安も最高で、特別な上流階級の人間だけが住んでいる。

性質的におっとりした人が多いからか、多少の混乱があるとはいえ市民は整然と並んでおり、思いのほか移動は早く進んでいた。

 

 

 

「 よし、これで終わったな」

空港のロビー。人の列がなくなり、シュロはつぶやいた。午後3時。予定よりもかなり早く市民の避難が終了した。

ここからいよいよツヴァイとしての作戦が始まることになる。

「 シュロ!市街地にはもう誰もいない。

 これで全員、避難は完了したようだ」

イスカが戻ってきた。万が一の逃げ遅れや盗難などのために市街地を見回っていたのだった。

「 OK、強化服を着込んで準備しよう。そろそろツヴァイ配備位置につかないとな

 ゴースト発生予測地点の中央、第5ブロックで集合だ」

 

 

 

「 なぁシュロ、アインスのゴースト予測ってどんなシステムなんだ?」

第5ブロックへ向かう車の中で、イスカがシュロに質問してきた。

言われてシュロは車の外に目を向けた。

世界の中枢、”セントラル”。建物ばかりではなく、自然もバランスよく配置された世界最高のこの街。

舗装されていない場所もあり、ここでは土も見る事ができた。鳥までもがいつもの通りに公園でさえずっている。

「 ・・・いや、俺も知らん。

 2ヶ月前、シローを救出した時はハズレの予報だったのに、今回はやけに確信を持った予報だったな」

40分後にゴーストが出現するとは思えない綺麗な町並み。

ツゲは本当に焦っていた。ここにゴーストが確実に出現してしまう、と。

「 ここ二ヶ月、シローの対ゴースト体質の研究やってたじゃない。

 その成果で予報の精度が上がったんじゃないの?」

ヒョイ、と手を挙げてヒソカ。

「 だがそれに関する説明を一切うけてないんだよな。

 ここ二ヶ月で発生件数も増えているってのに・・・俺たちに説明なしだ。

 それにゴーストが発生するのが土日に集中してるってのも。あれは・・・」

「 あれは?何?」

モクレンが先をうながす。

「 ・・・いや、そんな事よりもこの街を守ることが先決だ。

 もうすぐで作戦配備位置だぞ。気を抜かずにいこう」

ハンドルを握りながらきっぱりとシュロは言った。

 

 

 

第5ブロックには既にツヴァイ全隊が終結していた。ブロック中央の大型庭園に臨時の作戦本部が立てられていた。

「 ご苦労。空路避難は完了したか」

普段は作戦司令室での指示のみのツゲが今回は陣頭指揮を執っていた。

顔つきも真剣そのものになっている。いつもトロンとしたおっとり学者さんが、今は目を鋭く周囲に配り細かく指示を出す、一人の士官となっていた。

ボサボサの髪もまとめて装甲帽の下に収めてあった。

「 第二部隊はここ、今回の作戦地域の中央、第5ブロックの制圧に勤めてくれ。

 ゴーストの出現中心はアインス本部だが、本部から縦に伸びている立方体形の”セントラル”だからゴースト出現地帯の半分はズレている。

 ゆえにここが作戦地域の中央だ。第十五部隊と共に作戦遂行してくれ」

第十五部隊は二ヶ月前、第二部隊を助けた新設部隊だ。

精鋭の第二部隊と一緒なら戦力のバランスは保たれるだろうが・・・

「 待て、一つのブロックに二部隊も投入していていいのか?」

シュロがツゲに詰め寄る。立場的にはツゲのほうが上官のはずだが、シュロの実力から見れば、同格の口をきいても誰も疑問を持たない。

「 ゴーストの発生中心はアインス本部だろう。ここは作戦地域の中央というだけにすぎないし。

 精神波関係の機材が多く設置されている場所にゴーストが立ち入ればどうなるかわかったもんじゃない。

 アインス本部に割けるだけ人員を割くべきだ。」

西暦31世紀。この世界はほぼ精神波によって支えられた文明となったと言っても過言ではないというほど

人々は精神波のエネルギーを利用して生活している。

当然、アインスでも精神波に関する研究が進められており、それに関する物が多く保管されている。

そこに精神波の塊であるゴーストが立ち入ればどのような作用が起きるか・・・

 

「 大丈夫だ。今回は開発がほぼ終了した新兵器を使う。これをアインス研究施設に配備しておけば

 まず安全のはずだ。ツヴァイは万が一のためだ。アインス本部が危険になるからこそ貴重なツヴァイ戦力を使うわけにはいかないんだ」

ツゲの口調は自信たっぷりだった。

「 試作機だから不安な気もするが猫の手も借りたいときだ。とりあえずは任せてくれ」

新兵器についての説明は言葉少なめに、ツゲは各隊の配置割り振りに入った。

 

 

 

「 ・・・以上、ツヴァイ隊員はこのように配置し、ゴーストの出現に備える事。

 また出現予測時刻まであと40分ほどしかないが、なるべく配置ブロックの間取りを把握しておくように。

 強化服で体力を増幅すればすぐに調べられるだろう。

 大勢のゴーストとたった数人で闘う事になるため、どこに何があるかは最低わかっておく必要がある。

 避難、抜け道など使えそうな場所のチェックを頼む」

指示を終えて、ツゲが特設本部室に姿を消した。

一つ敬礼すると、ツヴァイ全十五部隊、総勢80名を超える軍人が一斉に動き出した。

ゴーストに対抗するため作られた強化服は、ただそれだけではなくツゲが言ったように速度、パワーを大幅に増幅させるためのブースターの役割も持っている。

またたく間に第5ブロックから第二、第十五部隊を残して人が消えうせた。

 

 

 

 

 

 

「 なんなんだあんた達?軍人じゃないよな、何やってんだ避難の済んだこんなとこで?なぁなぁ何だよ?教えてくれよ」

第5ブロック北側のチェックを終え、戻ってきたシュロの耳に聞きなれない脂ぎった声が聞こえてきた。

両脇をツヴァイ隊員に抱えられ、引きずるように作戦本部に連れてこられた男は、どこにどうすれば見つからずに隠れていられるんだろうと

疑問に思ってしまうほどの肥満体だった。

でっぷりとした腹をゆすり、左右の隊員を質問責めしている。

「 隠れて残っていた市民だな。あんたこそ何をしている。

 避難命令を無視して、ここがどんなに危険かわかってないな」

イスカが居丈高に質問しかえした。この手のタイプが嫌いらしく、ほとんど目をあわせていない。

「 ジャーナリストだよ。この突然の避難命令が何を意味しているのか。ほとんどまともな説明なしに避難させられてたからな

 スクープの匂いがぷんぷんするね」

自称ジャーナリストのその男は、汗まみれで汚れきった鼻をひくひくさせて言った。

「 まぁとにかく避難してもらおう。今からじゃ間に合うかどうかわからんが、すぐに区域から出てもらうぞ」

モクレンが前に出てきて言うと、ツゲがモクレンを制して手をあげた。

「 いや、我々を見られたからにはただ帰すわけにはいかないな

 アインス本部に来てもらおう」

「 !・・・・どうするんだ、ツゲ?」

意図がつかめずにシュロ。

「 逆に利用するしかないな。適当な映像をでっちあげて今日あった事をコイツに報道してもらおう」

「 待てよ!ウソをつけって事か!?」

モクレンと自称ジャーナリストの男が、同時に声をあげた。(直後、モクレンはかなり嫌そうな顔をしたが)

「 世間に知らせるわけにはいかない。当然の処置だろう」

あっさりとツゲは言い放ち、他の隊員にジャーナリストを連れて行くように命じた。

「 横暴だ!そもそもこの際一部の人間には広めておくべきじゃないのか?」

またしてもモクレンが反発した。

とはいえこの処置はひどいと、シュロやイスカもツゲのほうに視線を送っていた。

「 まだ時期じゃないと言ってるんだ。研究が進むのを待てないのか」

「 しかし・・・・!」

「 あのぅ・・・」

 

二人の争論に、突然割って入った声があった。ヒソカだった。

「 どうした?ヒソカ」

争論を一時中断して、モクレン。

どう言っていいのか迷っているらしく、ヒソカは手を挙げた姿勢のまま立っていた。

「 ヒソカは南側マップチェックだったな。何か問題でも?」

普段からやや控えめなヒソカであったが、近づくこともせずなにやら困っているようにも見えた。

「 その・・・こんなの見つけちゃいました」

 

ヒソカが横へ移動すると、その後ろから出てきたのは―――

 

「 シロー!?」

思わず全員で叫ぶ。

ヒソカが着せたのだろう、取り残された子供用の対精神波服を着てまるまると太ったようにも見えるシローがそこに立っていた。

怯えるように小刻みに震え、うつむいている。

「 ヘリに乗せたんじゃなかったのか。

 シュロが連れてったんだろ?」

と、ツゲ。

「 いや・・・一人で行けるから、って言ったから一人で行かせたんだ

 作戦も急がないといけなかったから」

「 第5ブロックに集合って指示を聞いてたらしくて先回りして隠れてたらしいの」

シローを前に出しながら、ヒソカ。ジャーナリストの男はシローを無関係の一般人と思ったのだろう、こちらは無視して他のツヴァイ隊員に質問しまくっている。

「 ・・・本当に3歳にしてはありえない行動力だな。

 しかし何を怯えているんだ?ゴーストはまだでないぞ」

「 ついさっき、見つけた時からこうだったんだけど・・・」

出てきたときからずっと、シローはうつむき動こうとしていなかった。明らかに何かに怯えている。

広々とした公園の中。

自然に配慮した土の見える、のんびりとした風景。遊具もなく、いろんな種類の木が生えている。

ゴーストもまだ出現していない。

「 どうしたんだ?シロー」

みんなでシローの顔を下から覗き込む。

 

「 ・・・・あの時と同じ」

震える声で、シローがつぶやいた。

「 あの時?」

イスカが聞き返すと、シローは顔を上げ周りを見回しながら言った。

「 あの時と同じなんだ・・・・あの時と同じ空気だ」

ふと気になって、シュロはシローの視線を追って公園内を見回した。

変わらない緑・・・静かな公園。人気はなく、さわやかな風まで吹いている。

だが・・・

 

違和感を感じてシュロは立ち上がった。

いまだ騒いでいる太ったジャーナリストの脇を通り過ぎ、木の幹に触れてみる。

確かに・・・何かを感じる。

 

「 あの時?空気?何も感じないけど・・・」

ヒソカ達は全く気付いていない。

だがシュロはおぼろげながらシローと感覚を共有していた。

一人そっと足を引き力の入る幅に開き、拳を胸の高さで構える。

「 確かに・・・いつもと違うぞ。構えろ!」

空気を察知したのではなく、シュロへの信頼が全員に構えをとらせた。

瞬間的に展開し、全方位に対する警戒態勢が整う。

 

「 ど、どうしたんだ!?何が起こるんだ」

ジャーナリストが叫ぶのを見て、モクレンがハッと顔を上げた。

「 しまった、そいつを早く避難させろ!」

その瞬間、シローが小さく、そして鋭くつぶやいた。

 

「 ・・・くる!」

 

変化は一瞬だった。ジャーナリストの脂ぎった顔から見る見る生気が失われ、そのまま座り込むように倒れた。

アインス本部を中心とした大規模なゴースト現象。予想は的中した。

円状に展開していたツヴァイ隊員が一斉に動き出す。ほとんどが徒手空拳のブレイブ・ナックル使いだった。

ゴーストは5体くらいの塊ごとに沸き始めていた。

シローのすぐ近くに4体のゴーストが沸いた。

「 2ヶ月前のゴーストより実体が濃いよ!」

シローが叫ぶ。その言葉が終わらないうちにシュロ達がシローをかばい、前に出た。

 

シュロは遠間から左拳をゴーストの胸に叩き込み、左下段払いから遠心力をつけての裏拳を叩き込み、一体を倒した。

確かに2ヶ月前とは手ごたえが違う。

だが精鋭のツヴァイ第二部隊にはかなうはずもなく、モクレン得意の回転蹴りで一体、ヒソカのソウルランスに貫かれて二体が消えた。

イスカは第十五部隊の援護までする余裕を見せていた。

 

「 ゴーストは人型。それ以外のはなさそうだね。数は多そうだけど」

ついさっきゴーストと聞いて倒れた、トラウマを持った赤ん坊はどこにもいない。

一人の立派なツヴァイ隊員として、シローはそこに立っていた。

どうやらシュロがゴーストを消し去るのを見て吹っ切れたようだ。震えもなくなっている。

「 シュロ!俺は第十五部隊に護衛を頼んで本部へ行く。ジャーナリストの死体を始末せねばならん。

 第十五部隊はすぐに戻す。それまでここは頼んだ!」

ツゲが公園の反対側から叫んできた。

「 ・・・わかった。引き受けよう」

シュロが承知すると、すぐにツゲと第十部隊は姿を消した。

 

「 ・・・」

モクレンが珍しくツゲに文句を言わずに彼が消えたほうを見つめている。

首から下は止まることなくゴーストの攻撃を受け流し、打撃を加えていた。

「 シュロ!あれでいいのか。作戦地域の中央、第五ブロックを一部隊に任せていいわけないだろ

 モクレンも今こそ文句を言うべきだったろ。何故黙っている!?」

イスカがサイ・バスターを連射しながら叫んだ。彼の銃の扱いはもはや人知を越えるほどになっていた。

乱射しながらも全弾命中という信じられない使い方をしている。

「 大丈夫!なんとなくゴーストの出る場所がわかるよ。

 次は噴水のところにゴーストが沸くよ、すぐに行って!」

シローが叫び、シュロが噴水へ駆け寄る。出現した5体のゴーストはまたたく間に消え去った。

「 やっぱりそうか。

 シロー、お前はゴーストの気配がわかるんだな?」

モクレンが聞くと、シローはコクリとうなづいた。

「 ツゲはその事を知らない?」

さらにモクレンはシローに顔を近づけた。再びシローはうなづき

「 うん、多分・・・僕も今ゴーストを目の前にして気付いたくらいだから」

 

今度は噴水と反対側の人口林の中から沸いたゴーストの塊を、シローの指示でイスカが確実に仕留めた。

「 そういえばアインスがやたら本部を俺たちから隠そうとしてるのも気になるな。新兵器の事も」

続いてヒソカが4体のゴーストを葬った。彼女も5回の突きを一呼吸で出せるというすさまじい技を持ったツヴァイ有数の戦士だった。

綺麗な容姿とは裏腹に、かなり攻撃的な戦闘法を用いる。

強化スーツで体力の底上げをするだけではこの戦闘力を得ることはできない。

力を強化された状態の自分の体を完璧に制御できるようになった者だけが到達できる域に、シュロ達4人は達していた。

「 自分達だけで動けるようにしといてかえって良かったかもね!上手くアインスの思案を探れないかしら」

「 アインスの本部へ忍び込んじゃおう!僕がいればここのゴーストの出現位置がわかるからゴーストはすぐにやっつけれるよ。

 その間に誰かが忍び込めばいい」

シローが言い、さらにゴーストの気配をみなに伝えた。

街からだんだんと生気が失われ、ゴーストに吸収されている。

さっきまでさえずっていた鳥達は地面に伏し、木の葉もみずみずしさを失っているように見えた。

そんな中でもシュロ達は精力的に闘った。生気を失いつつある街で自らの力を振りまくように。

「 よし、俺とモクレンがアインス本部に向かう。

 アインスの思案というより、これほどの広範囲にわたるゴーストの発生中心を見ればゴーストに関する何かが分かるかもしれん。

 あとの三人はゴーストの掃討を頼む。他の隊が来たら俺達は別のブロックの見回りに行ったと言っておけ」

シュロとモクレンは走り出した。

 

 

 

「 第五ブロック、あそこをたった二人に任せて大丈夫なのか?」

走りながら、モクレンが聞いてきた。

「 三人、だ。シローも立派に闘ってくれるだろう」

こちらも走りながらシュロ。

既に公園を出て、大きな道路沿い。体力を増強してあるので、走っていてもアインス本部まではあまり時間はかからない。

しかし、ゴーストと戦いながら、さらに他の隊員に気付かれずに走るのは意外と難しかった。

今回のように街の一部のみを戦闘区域とする場合、第10ブロックから先へ入れないように定点ブロック。

そうでなければいくつかのポイントに分かれて待ち伏せ、各個撃破の形をとる。

移動しながらゴーストと闘わねばならないのは経験の豊富な二人にとっても初の体験だった。

 

「 ・・・シローか。あいつ本当に三歳なのか?三歳児があんなにはきはき喋ってる時点でありえない。

 どうなってるんだろうな、シローの頭」

心底疑わしげにモクレン。

「 ・・・俺も似たようなもんだったよ」

「 シュロも?まさかぁ。今だってシローに負けてるだろ」

「 頭じゃないよ。俺も子供の頃から体力が図抜けてた。3歳の時には既に格闘技を始めていたし

 12の時には大人相手でも負けることはなかった。ツヴァイとして作戦に参加しだしたのもそのころだ」

シュロの話を聞いて、モクレンは立ち止まった。

つられて立ち止まり、振り返るとモクレンは顎に手を添えて考えにふけっていた。

「 ・・・頭脳か体力か。どちらかが異常に発達している子供でないと、ゴーストの耐性はもてないってことか?」

「 ゴースト耐性なんて世界に二度しか例を見ないものだからな。なんともいえないが・・・

 そのくらいのものを持っていないとゴーストから生き延びるのは無理って事だろうな」

言うと、シュロは再び走り出した。

「 でも、考えてみればアインスはその極めて稀な実例を二人も得ていて、何も成果を示していない。

 ・・・本当に成果を見つけれなかったのかどうか疑わしくなった。

 それを含めて俺自身がゴーストを探らなきゃいけないんだ」

モクレンも思考を終え、走り出した。

「 そうだな。ゴースト現象の解明をアインスだけに任せておけるか」

 

近くのブロックから他のツヴァイ部隊の戦闘音が聞こえる。

第5ブロックもイスカとヒソカ、それにシローがついていれば安心できる。

この街をゴースト現象から守ることはできる。シュロはそう確信した。

 

だがアインスからも守らなければならなくなるかもしれない。

ツゲの言葉。本部に配備されたという新兵器。ゴーストの出現地を知らせるシステム。

アインスを信頼し、あこがれていたシュロにも理解ができなくなっていた。

そしてモクレンは元からアインスを信用していなかった。

シュロの思い描いていた、ゴースト現象の解明。その一番の本拠であるはずのアインスが、彼の中で大きく揺らぎ始めていた。

だが逆に、自分が解明するという強い意思も生まれた。シローも、第二部隊のみんなもいる。

この5人となら前に進める。シュロは自らの力でゴースト現象を解明する決意を固めた。

 

 

 

「 ヒソカ!そっちに大きな塊がいるよ!」

シローに指摘されてヒソカが指差された方向に振り向くと、全く無駄のない動きで立ち上がり、駆け出した。

だが・・・

 

「 ・・・いないよ?」

ヒソカが戻ってきた。キョロキョロと見回しながら、ランスを手でもてあそんでいる。

「 あれ?向こうに大きな気配があるんだけど。今も・・・

 そうか、もっと遠くのほうなのか・・・ここまで届くほどの気配があっちに・・・」

その時、シローは公園の奥のほうを指差していた。

―――アインス本部のある方角を。

 

 

 

 



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第五章:驚愕

「 ・・・・ふっ!」

 

小さな気合とともに掌がゴーストをとらえた。

もともと半透明のゴーストが、さらに薄くなり、消えていく。

目を細めて敵が消えていくのを確かめながら、シュロは毒づいた。

「 くそ、だんだん見にくくなってきたな・・・」

ゴーストは半透明であるため暗くなると確認しずらく、厄介な敵になるのだ。

 

セントラルに夜が近づいていた。

日が傾き始め、空は夕焼けに染まっていた。

周りには生き物の気配は全くなく、普段は綺麗にうつる夕焼けも曲々しい風景に思えた。

赤く、血のように・・・

( ・・・いや。)

と、シュロはかぶりを振って浮かんできた考えを打ち消した。

( ゴーストにやられた街は白に染まるんだ。シローと出会った街がそうであったように・・・

 だからこの街は、この空の赤色はまだ生きている証拠なんだ。)

目の前からゆらり、と現れた数体のゴーストと向き合い、考えをしめくくる。

「 この街はまだ死んじゃいない。お前らには渡さない!」

 

斧を持ったゴーストが武器を振りかぶるのに合わせて踏み込み、肘打ちから回転蹴りのコンビネーションで二体を消し去った。

と同時に、別のゴーストの斧がシュロの背中めがけて振り下ろされ・・・そして地面に落ちた。

 

「 アインスへの道があったぞ」

声がするほうへシュロがゆっくりと振り向くと、うずくまり消えていくゴーストの向こうに正拳突きのままの姿勢でモクレンが立っていた。

本隊から離れて隠密行動をしていた二人は手分けしてアインス本部に侵入する抜け道を探していたのだ。

 

 

 

「 ・・・!イスカ、後ろに出てくるよ、気をつけて!」

その頃、残されたイスカ、シロー、ヒソカの三人もゴーストと死闘を続けていた。

第五ブロック、ゴースト発生の中心とはいえ、シローの能力で戦闘は有利になっている。

次第にゴーストの数も減ってきて、戦闘員二人は交代で休憩をとっていた。

「 しかしモクレンはともかく、シュロまでどうしてアインスに疑問を持ち始めたのかねぇ?」

イスカが疑問を発した。

「 シローを助けてから予報の精度が上がったのをよほど気にしてたみたいだったわね」

と、ヒソカ。

今度はシローが口を挟んできた。

「 でもどこにいつゴーストが出るかってのが分かるのにその現象の原因がわからないなんておかしいよ。

 アインスはゴースト現象に関する何かを隠してるってのは十分ありうるよ」

「 シロー・・・・お前本当に3歳とは思えないようなこと言うよなぁ・・・」

イスカが半ばあきれたような目でシローを見た。

「 でもシュロも同じようなものだったらしいよ。

 ゴーストから保護された後、子供とは思えない運動能力を持っていたからツヴァイになったんだって」

よろよろと立ち上がりながらシローが返した。

頭脳はすさまじいが運動能力は通常の3歳児よりやや長けている、といった程度のようだ。

シュロはその逆らしい。

「 へぇ・・・」

会話しながらもサイ・バスターを連射し、一発も外すことなくゴーストを一気に葬るイスカ。

「 ところで、さっきシローが感じたっていう強烈な気配はどうなった?」

聞かれて、アインス本部のほうを見、シローは答えた。

「 まだ・・・気配はあるよ。とてつもなく大きな存在感のある・・・ゴーストだ」

ふと、イスカがうつむいた。顎に手をあて、数秒考えてから

「 あの・・・二ヶ月前のアレと同じなのか」

咳払いしながら、言いにくそうに聞いてみる。

シローを救出した時に遭遇したゴースト。具現化しかけていた。

「 ・・・僕はもう大丈夫だからさ。気にしないでいいよ、イスカ。

 ゴーストとこうやって戦っているんだから、二ヶ月前の怖さはもうないよ」

公園の噴水に腰掛け、楽な姿勢に戻ってシローは笑った。

「 強いね、シローは。

 ・・・で、その気配は具現化したゴーストのものなの?」

立ち上がりながらヒソカ。シローは再びアインス本部を見ると、やや間をおいて話し始めた。

「 それが・・・ゴーストには間違いないんだけど・・・

 なんか、変な感じがするんだ・・・」

 

 

 

「 モクレン!どこに向かってるんだ。

 本部への抜け道を見つけたんじゃないのか!?」

走りながら、シュロは叫んでいた。

「 お前、これ本部の真正面から突破するって言いたいのか!」

 

二人はアインス本部へ続く中央本道を走っていた。

勿論本部周辺は他のツヴァイ部隊がゴースト駆逐のために配備されている。

運良くゴーストが沸いていない場所を走っているのだが、すぐに戦闘中の別部隊と出くわすのは目に見えている。

 

「 大丈夫だ。アインス本部前の第6部隊の話を聞いてきた。

 本部警備の第1部隊が危険らしいんだ。どうせ新兵器とやらが役に立たなかったんだろう」

前を走るモクレンが返す。

「 む・・・じゃあ救援に来たフリをするってことだな。

 確かに・・・俺が見てまわった限り入り込む隙間はなさそうだったからな」

シュロは立ち止まってあたりを見回した。

ここから先、本部に近づくと防衛線を張るように部隊が配備してあった。

セントラルの中心、アインス本部周辺は超高級住宅街と、超高層ビルが立ち並ぶ大都市。

道も広く見渡しがいいため本部前をうろうろしてるだけで見つかってしまう。

「 あぁ。だから堂々と行こう。通信は切断してあるが戦闘で壊れたと言っておけばいいだろ」

「 そうだな。よし、行こう!」

二人は拳を固めると、再びアインスに向けて走り出した。

 

 

 

「 怖いような・・・でもどこか懐かしい、というか親しみを感じる、というか・・・そんな変な感じがするんだ」

噴水の縁に腰掛けたまま、シローが言った。

自分でも困惑しているのか、首をかしげながら。シュロ達を心配するように気配のするほうを見つめていた。

 

 

 

 

 

「 !・・・全滅してる・・・のか」

アインスの研究施設本部中央ホール。研究所らしく装飾はなく、殺風景な白を基調とした清潔なだけの広い空間だった。

シュロとモクレンの二人が到着してみると。

そこには塊のような大量のゴーストと5つの死体が転がっていた。

 

「 いや、元からここを守っていた第1部隊とは違うぞ!ランに・・・フウタまでやられたのか!」

隙間なく襲ってくるゴーストを、まずは逆らわずにかわしながら、シュロは状況判断に努めた。

ホールの端から端までゆらゆらと曲線を描くように、びっしりと詰まったかの如きゴースト達がかえって動きにくくなるように誘導してさばいている。

「 やられてるのは第5部隊だな・・・救援に来てやられたのか」

冷静にシュロは判断をくだした。

中央ホールで倒れているという事は第1部隊やアインスが出したという新兵器と合流する前にやられたということだろう。

「 入った途端、第1部隊を探す間もなくやられたってことか!」

こちらは対照的に、全方位の敵を鬼のような形相で蹴散らしているモクレン。

言うと同時に前蹴りで前方3体のゴーストを吹き飛ばすと、モクレンはシュロと背中合わせになり、それぞれの死角をなくした。

「 く・・・二人でこの量のゴーストはヤバイな」

言いながらもシュロは側方2体のゴーストの槍を跳んでかわし、前方に蹴りを放つことでゴーストを消し去った。

「 中途半端に武器を持ったゴーストが多いからな」

シュロとモクレン、ブレイブ・ナックルの二人にはレンジの違いが痛かった。

一般的にはケモノのゴーストが多いので、今回のケースは稀なのだ。

加えて夜が近づいている。ゴーストはさらに闇に透けていた。

闇を溶媒とし、闇にまぎれ、浸蝕するように二人にまとわりつくゴースト。

だがそれでもツヴァイ最強の二人は倒れなかった。

「 モクレン、離れて壁を背にして奥に行こう。分かれても死角をなくせば少しずつでも安全に前に進める!」

言うなりシュロはゴーストを踏み台に高く跳んだ。

上から踏みつけるようにゴーストに蹴りを繰り出しながら数度宙に身を放ちエントランス中央から姿を消した。

モクレンもそれにならい反対側の壁に背中を押し付け、体当たりしながら強引にシュロを追った。

 

 

 

「 しかし・・・確かにゴーストの量は多いけどベテランの第5部隊が全滅なんて!」

廊下に出ると戦闘は途端に楽になった。

これならばシュロ達第2部隊には及ばないが経験を十分につんでいる第5部隊は全滅するはずがない。

「 そうだな。あのくらいなら5人部隊でなんとかなりそうだよな。何があったんだろうな・・・

 ところでこれからどこに向かう?」

聞かれ、シュロは一度立ち止まり、周りを見回した。

「 よし、まずはセキュリティールームへ行こう。監視カメラで建物全体の状況が分かる」

ある程度殲滅しながら進んだため、今は相談のために立ち止まるくらいの余裕はある。

建物入り口からはそれほど距離を経たわけではないが、セキュリティールームは目の前だ。

 

が・・・

 

( 監視カメラをあらかじめつぶしておかないとゴースト研究のデータを見に行けないからな。

 ゴーストの戦闘中に偶然をよそおって破壊しておこう)

唇の動きだけで、声を出さずにモクレンに意思を伝えた。読唇術である。

勿論口の動きはカメラには写らない死角だ。

モクレンも強く頷くと、背後に迫ってきたゴーストに後ろ回し蹴りを放ち・・・・

 

 

 

そして足は空を切った。

 

「 なっ・・・・!」

モクレンの驚きの声につられてシュロが後ろを向くと、ゴーストは攻撃範囲目前で止まり、引き返してしまっていた。

踏み込むタイミングをみはからって放ったモクレンの蹴りが外れる道理であった。

 

だが目の前のゴーストが襲ってこない。

「 これは・・・・まさか!」

再び前方を見やると

 

そこには一体のゴーストがたっていた。

その生命のない双眸に活きの良い獲物を二人うつして。

 

「 ・・・・!」

シュロはものも言わずにゴーストに突進した。

寸前で体を崩し・・・たと見せかけて体を前方に傾け、胴回しの回転蹴りを浴びせる。

踏み込んで蹴りを避け、軸足を刈りにくるゴースト。武器を持たず、シュロ達と同じく格闘技を扱うゴーストのようだ。

軸足を刈られ、片手で体を支えるとシュロは鞭のように足をしならせ連続で蹴りをくりだした。

ゴーストは後退し、シュロも立ち上がりにらみ合う。

「 二ヶ月前のあいつか!具現化したゴーストだな!」

モクレンが後ろで叫ぶ。彼は前回の戦闘を見て、自分ではかなわないことを知っている。

すぐ後ろに向き直り、入り口側のゴースト達に向かっていった。

退路を確保しなければならないほどの強敵だからだ。

「 第5部隊はこいつにやられたのか!」

 

モクレンが戻っていくのを横目で確認すると、シュロは息を整えて相手を観察しはじめた。

夕方になり、明かりのついた建物内でもゴーストははっきり見る事ができない暗さであった。

闇に半分溶けたようにも見えるゴーストは、民族的な衣装を着た男のようだった。

身長はシュロと同じくらいでがっちりしている。頭の形はぼやけてよく見えない。手と足には甲をつけていた。

 

突然、ゴーストが音も立てずに前に出た。

( 速いな)

シュロは心の中でつぶやくとあわせて前に出、左拳を突き出した。

爆発のようなすさまじい音を立てて、二つの拳は両者の中央で激突した。

「 ちっ・・・!」

シュロは舌打ちすると、右前方に踏み出し、敵の死角から大振りの左蹴りを正面に向けて放った。

・・・・が、狙った場所にはゴーストの手があった。

ゴーストもシュロと全く同じ軌道で体を移動させ、フックを放ったようだ。

 

蹴りをフックから外すと、シュロは体勢を整え今度はカウンターを狙い前に出た。

「 ・・・・・・?」

1瞬、どちらも動かない空白がうまれた。

シュロが違和感を覚え距離をおくと、ゴーストも飛びのいた。またも両者同様にカウンターを狙っていたのだった。

( 俺と全く同じ動きをしている・・・?馬鹿な)

 

シュロは再びゴーストを見た。さっきよりも距離が近い。

ゴーストを間近で見た瞬間、シュロは愕然とした。

その隙をついて踏み込んできたゴーストをすんでのところでかわし、さらに飛びのいた。

信じられないものを見ていた。

衝撃でまだ肌がざわついている。思わず声が口をついて出た。

「 俺・・・だ!」

 

 

 

驚くシュロを睨むゴーストの顔は透き通っていて見にくいが、シュロそのものであった。

髪の毛は赤く逆立ち、大きい目はするどく敵を見据えている。

「 なんで・・・俺がゴーストに・・・いや俺の形をしたゴーストが・・・違う・・・いや・・・」

 

動揺しているシュロにゴーストは容赦なく襲い掛かった。

シュロ得意の足さばきで次々と攻撃をしかけてくる。

自分の技で押され、シュロはどんどん後退せざるをえなかった。

 

「 シュロ!?」

自分を呼ぶ声にハッと振り返ると、モクレンがこちらを見返している。

「 大丈夫か!?こっちはほとんど片付いた。無理なら一旦引こう!」

焦るモクレンを見て、シュロはニヤリと笑った。

「 ・・・・いや、大丈夫だ。見てろ!」

落ち着きを取り戻し、シュロは再び構えた。

 

今度はシュロがゴーストを翻弄しはじめた。

ほんのわずか自分のタイミングをずらし、ゴーストにダメージを与えていった。

姿形も、戦闘法までも全くシュロと同一のゴーストであるだけに、慣れてしまえばかえって扱いやすいともいえる。

 

「 む・・・前の具現化したゴーストよりも速いな」

しかしモクレンの言うとおりだった。

ゴーストのスピードはさらに上がり、全くの互角となった。

カウンター中心に、効率よくダメージを与えるシュロと

スピードとパワーで押さえ込んでいくゴースト。

全く同じ姿の二つの影はすさまじいスピードで交錯した。

モクレンも手を出せず、ゴーストがシュロと同じ姿をしているのにも気付いていなかった。

 

 

 

しかし、シュロとゴースト。両者の大きな違いは、突然現れた。

それまでの苛烈な戦闘で消耗していたシュロの足が、体重を支えきれなくなったのだ。

「 ・・・!シュロ!」

警告の声を発するモクレンを尻目に、ゴーストは渾身の一撃を拳にこめ、シュロの頭部めがけて打ち下ろした。

体を崩しながらも、シュロは思い切り前傾し、突進するように掌低を放っていた。

 

鈍い音をたて、二人のシュロは動きを止めた。

 

 

モクレンが飛び出した。

崩れおちるように座り込もうとするシュロを支えると

ゴーストはだんだん薄くなり、闇に完全に溶けていった。

「 今のは・・・」

モクレンが呆然とつぶやく。間近でゴーストを見てしまった。

「 う・・・そ・・・」

二人のシュロを目の前にして、言葉を失っていた。

相棒にもたれながらシュロが苦しそうに口を開いた。

「 あぁ・・・あれは俺の姿をしたゴーストだった」

「 なんでだ!?全く同じ姿してやがったぞ。姿だけじゃない、考えてみりゃさっきの闘い方、あれもお前そのものじゃないか!なぜ?」

パニックに陥りそうになっているモクレンの肩をつかんで立ち上がると、シュロは言った。

「 だか・・・ら・・・俺の考えが当たっている・・なら・・・ゴース・・トは俺たちの力で止められる・・はずだ」

荒く息をはきながら、頭をおさえている。

「 ・・・シュロ!」

ハッとなってモクレンが手を出すと、シュロはその中に倒れこんだ。

掌低を打ったときの体勢がよく、威力で優っていたために倒せたが、シュロもかなりの打撃を負っていたのだ。

 

 

 

「 く・・・どちらにしろセキュリティールームへいかなきゃ」

完全に気を失ったシュロをかつぐと、モクレンはセキュリティールームへ入った。

 

すべてオートメーション化されたセキュリティを管理するだけの部屋。

暗く狭い部屋の中でモクレンはアインス本部研究所内を写した監視カメラの映像を見た。

「 ・・・・うおっ!!!」

 

その日一番の驚愕の声を上げると

 

モクレンはシュロを置いてセキュリティールームを飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

 



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第六章:予兆

シュロ・・・・シュロ・・・

 

遠くから声が聞こえる。

声のする方向を探そうと、シュロは起き上がった。

 

だがすぐに理解した。自分は”起き上がっていない”。

自分の脳だけが起き上がっていると告げている。

自ら鍛え上げた身体だ。それが反応していないということはすぐに分かる。

つまり

 

( これは夢って事だ・・・)

使い慣れた自分の身体が思うように動かせないのは癪にさわったが、とにかく声のするほうへシュロは顔を向け・・・その途中で首を止めた。

夢の中らしく、周りは真っ白な空間だけだった。その中に自分がいて、背後から自分を呼ぶ声があって・・・

 

 

 

・・・そして、自分の正面方向には赤毛の男がいた。

燃えるような赤毛が、真っ白な空間を拒絶するかのように自らを強調していた。

彼は微笑んでいるように見えた。少しずつこちらへ近づいてくる。

 

その顔が自分のものであると気付くのに少し時間を必要とした。

( ・・・さっきのゴーストか。

 あの打撃で・・・俺は気を失ったのか?)

夢に入る前の状況をようやく思い出し、あらためて目の前の男を観察した。

夢だからだろうか、さっきまで激しく戦っていたゴーストであっても、恐れも怒りも沸かなかった。

表情を崩さず、微笑のままゴーストはゆっくり歩いてきていた。

若い・・・今の自分よりいくらか若いように見える。

だが顔も身長も体格も、ゆっくりと近づいてくるその足取りもまさしくシュロそのものだった。

 

 

( やはりこいつは過去の俺。俺がゴーストとして出てきたって事は・・・)

ぼんやりとする頭の中で、一つの仮説が確信に変わりつつあった。

 

 

観察しているうちにも、もう一人のシュロは近づいてきていた。

目の前まで歩いてくると、彼は手を差し伸べてきた。

 

 

「 ・・・??」

不思議に思いつつも、シュロは手を伸ばした。

さっきまでゴーストとして姿を現していたが、今は夢の自分。親しみを込めて語りかけながら、シュロはもう一人の自分と握手を交わした。

「 なぁ、お前は何年前の俺なんだ?」

一瞬、相手の手がいっそう暖かく、力強く握り返してきたような気がした。

 

手のひらから身体全体へ、もう一人の自分から流れてくる温かみに、シュロは目を閉じた。

 

「 そうか・・・お前達も生きてるんだな。イキモノとして不十分とはいえ・・・」

自分の姿をしたゴーストを見てから、シュロのゴーストに対する感情は急速に変わりつつあった。

だが、それと同時に以前よりもさらに強烈に、ゴースト現象を止めたいという気持ちも強く。

 

「 ヒトってのはいつの時代も命の消費者なんだな・・・

 自分以外のものの命を奪わないと生きていけないんだ。

 ・・・だからお前達も俺達も闘わなきゃならなかった」

今度はシュロのほうから手を強く握った。

「 終わらせてくるよ。お前達がこんな知らない世界に迷い出てこなくてもいいように」

 

 

フッ・・・と。

シュロは自分が握っている手が、自分と同じ姿をしている手が少し軽くなったように感じた。

目を開けようとするが、自分のまぶたの動きがひどくゆっくりに感じる。

 

 

そしてシュロが目を開いたとき、その眼前には何もいなかった。

 

 

と同時に、背後からまたあの声が聞こえてきた。

 

( シュロ・・・・!)

 

 

最初に聞こえた自分の名を呼ぶ声と同じだった。今度はかすれず、はっきりとした大きな呼びかけであった。

シュロはゆっくりと振り向いた。

 

 

そこには、人が立っていた。さっきの自分のゴーストとは違う、二人の人だった。

あぁ、そうか。またこの夢か・・・

 

「 父さん・・・母さん・・・」

シュロは思わずつぶやいていた。

周りは夢の中らしく真っ白な空間。そこに自分と、自分を生んだ人がいる。

夢ってのもたまには悪くないな。シュロは素直にそう思った。

 

と、同時に。シュロは猛烈な違和感を感じた。

 

 

( 何故知っている!!?)

 

 

夢の中で、ぼんやりとしか見えない二人の顔。

以前にも同じ夢を見たような気がした。だがその時には彼らが両親だということに気付かず、目が覚めると同時に忘れてしまっていた・・・

しかし今、シュロは二人が誰なのかを自然に理解し、口をついて出た。

が・・・・

 

 

 

( 俺は両親の顔を知らないんだぞ!?)

 

生まれたばかりの赤ん坊の頃、シュロの故郷はゴースト現象に見舞われ、集落の全てが死に絶えた。

( だから俺は両親の事など一切知らない・・・そして知ろうと思ったこともなかった。

 なのに・・・あの二人が両親だって事がわかる!?何故だか・・・わかる。

思い出したわけでも教えられたわけでもないが・・・わかるようになった。突然に。何故だろう・・・)

不思議ではあったが、だが不安ではなかった。何故かはわからないがこの二人は間違いなく自分の親だ。

相変らずぼんやりとした輪郭で、近づいてこようともしない両親を見て、シュロは暖かい、未知の何かに包まれたような気持ちになっていた。

ゴースト耐性の体質ゆえに唯一助かったシュロは、以後アインスの施設で育てられ、親子の愛情に触れることなく育ってきた。

 

ゴーストへの恐怖と憎しみから自らを戦士として鍛え上げた。

( それがなんで今さら親の顔など・・・思い出したんだろう)

そんな事を考えている事態ではないのは分かっていた。

これからの闘いで自分の生きた価値が分かる。

シュロは夢の中で目を閉じ、両親の顔を焼き付けながらも意識を現実へと向けていった。

今は闘わなければ。ゴーストと。いや、ゴーストをゴーストたらしめているモノと。

自分の過去と。そして未来のために。

 

 

 

闘って・・・闘って・・・闘い続けて・・・

 

 

・・・・・・・・・・

 

 

「 ・・・ロ!・・・シュロ!シュロ!!・・・生きてる?」

甲高い子供の声が耳に入り、シュロは目を開いた。

身を起こすと、ぼんやりと輪郭のはっきりしない視界には、夢の中とは別の場所、セキュリティールームの画面がうつった。

殺風景な場所だな。家族団らんを、その部屋に邪魔されたかのように思えてシュロは歪んだ視界でゆらゆら揺れる機械をにらみつけた。

 

「 ふぅ・・・ただ気絶していただけみたいだな

 見たところ出血もないみたいだし、頭部に打撃をもらったな?脳震盪だろう」

高い位置からイスカの声がする。

ようやく視界がはっきりしてくると、シュロは自分の周りに見慣れた人がいるのに気がついた。

狭い部屋にシュロ、シローとイスカ、ヒソカと・・・

 

「 ・・・・モクレン?あいつはどこいった?」

一瞬、部屋の中の空気が止まったように思えた。

シローは当然シュロとモクレンが一緒だと思っていたのか、わけがわからずぼ~っとしている。

ヒソカとイスカは見合わせて・・・そして二人同時にこわばった顔をシュロに向けた。

白い壁に囲まれた狭い部屋。しかし夏の蒸した空気も、内臓を締め付けられるような不安感にかき消されていた。

 

数瞬の間のあと、イスカが咳払いをし、問いに答えた。

「 この部屋の外に・・・小規模だけどかなりの威力を感じる・・・爆発跡があったんだ

 あれは・・・モクレンがやったのか?」

「 ・・・・!!?」

シュロは頭痛も忘れ、突進するようにしてドアから外へ飛び出した。

 

 

 

部屋の外にゴーストはいなかった。

作戦は無事終了し、ゴースト現象は抑えられたのだろう。だからこそイスカ達三人はシュロを探しに来たのだろうが。

天井、床、壁という壁には一面びっしりとヒビが入り、凹んでいた。

セキュリティールーム前はまっすぐの廊下になっているが、かなり威力を絞って小規模にだけ破壊を行ったのだろうか。

壁のヒビはそれほど遠くにまでは到達していなかったが、少なくとも破壊が及んだ場所には、物がなかった。

完全に粉状に分解されたようだ。

火薬による爆発のような焦げ跡もなく

セキュリティールームのドアのすぐ横に置かれてあったはずの観賞用植物も色あせる事なくそこにあった。・・・ただし、粉々になってはいたが。

 

 

この綺麗な破壊跡を目前にして、シュロは立ち尽くした。

だが何かがおかしい。直感がそう告げていた。

「 これを・・・モクレンが?」

どこか腑に落ちない様子で、シュロは壁を睨みつけ観察しはじめた。

「 あぁ・・・お前がやったのでなければモクレンしかいないだろう。

 ・・・ここの警備にあたっていた第一部隊も、全滅していたそうだ」

普段から冷静なイスカは、こんなときにも淡々と状況を説明してくれた。

自慢の金髪をゆらしもせず、ただ現実にある破壊跡を見つめている。

 

「 まさかモクレン・・・精神波ブースターを暴走させてこんなことをしたんじゃぁ・・・」

対照的にヒソカは不安で泣き出しそうな顔になっていた。

普段は微弱な精神波を増幅し、戦闘用のエネルギーにするブースター。

シュロはペンダント型のものを首からぶら下げているが、モクレンはバンダナ型のブースターを額に巻いていた。

もともと戦闘用のエネルギーを、相手を破壊するためのエネルギーを得るためのもの。

危険なレベルまで増幅させれば大量のゴーストを同時に吹き飛ばす爆弾となり得るであろう。

その場合、当然それを実行した当人は・・・

 

「 ・・・・精神エネルギーを暴走させると、物質としての存在までもエネルギーに変換され、身体までも崩壊すると言われているな」

「 やめてよ!シローの前なのに!」

パニックになりかけてヒソカが叫んだ。

当のシローは状況を把握できず、ぼんやりと立っていた。さすがに死、というものは受け入れられない三歳児のようだ。

怒鳴られて、イスカはヒョイと肩をすくめて壁にもたれかかった。彼はこの状況に全く動じてないらしい。そして同じ調子でシュロに声をかけた。

「 どう思う?シュロ」

 

 

シュロもようやく破壊跡から目を外すと、三人の方へ振り返った。

「 確かに、俺が倒れた後大量のゴーストに襲われて・・・街と俺を守るためにブースターを暴走させた。

 状況とこの破壊跡を見るとそう解釈するのが一番自然だが・・・・ふん」

今さっき目が覚めたばかりだが、シュロの頭は冴え渡っていた。気を失う直前の状況、モクレンの行動、そしてこの破壊跡・・・

 

「 納得いかないな」

毅然として顔をあげ、言った。

ヒソカが えっ、と小さく声をあげこちらを向く。シローもこちらを見上げている。

 

 

「 俺には・・・”自分は死にました”と大袈裟に宣言しているように見える。」

イスカはサイ・バスターを小脇にひょいと壁から離れると、ニヤリと笑った。

ヒソカもピンときたのか、パッと明るい顔になった。飛び跳ねるようにしてシローのもとに駆け寄り、ギュッと抱き上げた。

「 よくわかんないけど、モクレンは絶対戻ってくるんだから、僕らは僕らのやる事をしっかりやらないとね!」

シローが生意気な口で締めくくると、シュロ達は苦笑しながら歩き出した。

 

爆発跡を振り返ることなく。まっすぐに。

 

 

 

 

 

 

「 そうか、モクレンも死んだか・・・残念だ。」

作戦終了後、集められた司令室で、ツゲは別人のように真っ青になった顔でシュロの報告を受けた。

目の下には大きなくまをつくり、涙のあとのようなすじも見てとれた。

初体験となるゴーストとの戦闘指揮で、神経をすり減らしたのだろう。

 

「 これで全隊員の現状が分かったな。ありがとう、ちょっと全体に話があるから席についてくれないか」

司令室は講義もできるようになっており、隊それぞれの席が設けられている。

しかしシュロは一旦席につくのを拒否し、ツゲの目を覗き込むようにして言った。

「 ちょっと待ってくれ。その前にゴーストについて発見したことがあるんだが。

 今聞いてくれるか?」

ツゲの目に、わずかな迷いが見て取れた。動揺というほどの感情の高ぶりは感じなかったが、やや疲れたようにツゲは返してきた。

「 あとにしてくれないかな。みんな疲れているだろうから。」

言われて、今度は素直に席につくと、ツゲは胸を張り、咳払いをして、(目薬をさして)壇上に立ち話し始めた。

 

 

「 諸君、ご苦労だった。

 第1部隊と第5部隊が全滅、また各隊にもかなりの死者が出た。

 これはアインスの研究者のくせにしゃしゃり出てきて自分のせいだと思っている。すまなかった」

ツゲは深々と頭を下げた。淡々とした話し方だがその奥に苦悩と悲しみを感じる事はできた。

あのやつれ具合は慣れぬ軍隊指揮によるものではなく、自分の指揮で人を死なせてしまったという自責の念からだったのだろう。

 

 

簡単に話を終わらせたツゲに続いてアインスのお偉いがたが賛辞を述べた。

普段見た事もない、貫禄があるだけの老人の話などツヴァイ隊員がまともに聞けるはずがない。

「 こちとら必死で戦ってきたんだ。休ませろっての・・・」

「 仲間が何人も死んだってのに街を守った事しか言わないのかよこいつら・・・」

「 結局アインス研究室の警備に使われた新兵器って調子どうだったんだよ?」

シュロのいる隊員席からは不平を吐く小さなつぶやきがいくつもあった。

イスカは腕を組み目をつむり、明らかに寝ていた。

シローも、疲れているだろうからと部屋においていこうとしたのを会議には出席すると言い張ったため連れては来たが。やはり寝ていた。

 

 

「 それでは、アインス本部の守りで活躍した新開発の兵器の説明を行う。

 全員第1錬成場に移動せよ」

隊の半数以上が寝始めた頃、ようやく老人特有の甘ったるいにおいと、長く同じ内容を何度も繰り返し言ってるようにしか聞こえない話は司令室から出て行った。

 

長話から解放されたのと、知りたがっていた新兵器を見れるという喜びで司令室内はやや沸きかえった。

 

「 おいシロー、大丈夫か?寝てるならいいが、俺達は行くぞ。俺の肩の上で寝ていけ」

目を覚ましたイスカも珍しく興奮しているようだ。シローを勝手にかついで行こうとしている。

シュロは周りに気付かれないように、ヒソカの手を引きイスカに近付き、耳打ちした。

 

 

「 イスカ、サイ・バスターに実弾を装填しておけ」

驚いて、身体が震えそうになるのを懸命にこらえ、イスカはポーカーフェイスを保った。

まだ装備が解かれていないために背中に背負っている銃がズンと重くなったような気がした。

ようやく大事件が終わったっていうのに・・・この隊長は何を言い出すんだか。

「 何を言ってる。終わったばかりじゃないか」

イスカも声を潜めて、しかし言葉とは裏腹にシローを肩に乗せながら後手で器用に装填を始めた。あくまでも回りに気付かれないように前を向きながら。

ヒソカの不審そうな視線を感じながら、シュロはさらに声を潜めて

 

「 モクレンが生きているとは言ったが、あいつが消えた目的が分からん。

 あの状況で消えたとなると、原因はセキュリティールームで見たアインス内の”何か”だ。

 それが何かは分からないが・・・」

ちらりと横を見て、シローが再び寝息を立てているのを確認すると、シュロは続けた。

「 あいつの性格からして、アインスを排除しようと考えるかもしれん。

 新兵器をここで公開するのならばモクレンにとってはチャンスだろう。

 あいつを止められるのは俺達だけだ。」

 

しばし逡巡したのち、イスカはシローをヒソカに手渡し、装填の速度を上げた。

ヒソカはまだ納得がいないらしく、口をとがらせて反論してきた。

「 でも、まだその可能性があるってだけなんでしょ?

 モクレンが敵に回るはずはないわよ。むしろ警戒すべきはアインスなんじゃない?」

その言葉を聞いて、ふとシュロもあごに手を当て考え込んだ。

 

「 確かに・・・あのゴーストが出たことを考えると・・・そうかもしれないな」

「 あのゴースト?」

装填の手を止め、イスカがまた小声で聞いてきた。

 

ややざわついているとはいえ、身を寄せ合っていつまでも小声で話していれば目だってしまう。

シュロはこれで打ち切るつもりでささやいた。

 

「 後で話すが、重大な事だ。だから事態が大きく動くなら今しかない。

 動かすのがアインスかモクレンか分からないが、みんな気を抜くなよ」

 

 

 

 

 

 

 

 



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第七章:裏切

その機体は、一見して機能重視であることが見て分かった。

 

 

「 これが今回の防衛でアインス本部を見事守りきった新兵器だ」

練成場にズラリと並んだ数十体のロボットは、ツゲの紹介で一斉にズシンと一歩前進した。

 

一歩前進といってもどうやらその接地面積の広そうな脚はローラーがついている、歩行用ではない速度重視のもののようだ。

流線型をしたなめらかなボディの横から砲身と一体化している腕が前方へ伸びている。

ゴテゴテと武装をしていない、むしろすっきりとした機動性の高そうな機体は、兵器でありながら美しいとすら言えた。

 

 

「 試作7号。正式名称がないので妙な名前だが、7回目の試作でようやく実用段階に達したので今回の作戦に参加することになった」

 

ロボットがフォーメーションを取った。

直接指示を聞いて行動しているわけでもなさそうだ。動きは滑らかで素早く、無駄がない。

 

 

 

「 動きはいいけれど・・・ゴーストに対する攻撃はどうするんですか?物理的なものは効かないはず」

若い隊員が手を挙げて質問した。

周りも同意するように、質問を受けたツゲのほうをみやる。

 

 

「 その点こそが、この兵器の開発が遅れた原因であり、最大の武器でもある」

淡々といい、ツゲはロボットの正面に立った。

ロボットが砲身型の腕をツゲのほうに延ばす。

その腕を叩きながら、ツゲは振り返り説明を始めた。

 

「 実はごく最近の研究により、精神波を蓄積、増幅し放出するメカニズムを人工的に行うシステムが開発されたのだ。

 これはそのシステムが使われているためにゴースト掃討に役立った」

大きなざわめきが起こった。精神波は当然、生物しかもっていないものであり、生物から離れたところで使う事は全くの不可能とされてきたのだ。

と言っても、ほとんどの用途では”人が使う”という前提であったため誰も意識していなかった。

 

そんな精神波だが。人が赴くには危険すぎる戦場において機械がそれを扱うという事は対ゴーストにおいて最上の策であろう。

精神波による攻撃は相手の精神波を打ち消すものだ。イスカのサイ・バスターも実弾を装填していなければ壁を破壊するなどの工作には全く使えないのだ。

壁と同じように精神波を持たないロボットはゴーストに破壊されることは無い。

 

 

 

「 すごいモン作ったんだなぁ・・・確かにこれがあればどんな状況でも危険はなくなるな」

ロボット見学の輪に混じって、イスカは感嘆していた。

そのイスカを輪から引き離す腕があった。シュロだ。

浮かれている周りとは対照的に、あたりに注意を払い油断していないようだ。

「 輪には入らないほうがいい。それよりも回りに気を配っておこう。モクレンの気配がしたら迷わず行動しないと

 さっきまでアインスのお偉方が司令室にいたんだ。モクレンにとっては都合のいい状況だろう。何かあったらすぐあっちに駆けつけるぞ」

ふと・・・一瞬考え込んだが、すぐに納得し、イスカも入り口近くで意識を集中し始めた。

ヒソカはシローを抱いて少し離れた場所に立っている。

 

 

 

「 これが完全に実用されればゴースト現象によるツヴァイの犠牲者は全くなくなる。

 指示を出す人間が一人いればいい、という戦闘スタイルだ

 万が一の時のための破壊スイッチもある」

ツゲがコントロールキーらしい掌サイズの機械を手に説明を続ける。

疲れきった顔はそのままだが、次第に饒舌になってきている。

釣られるかのようにツヴァイ隊員達もロボットの周りを取り囲んで説明に聞き入った。

 

 

 

「 ・・・ん、何か気付いたかイスカ?」

ロボットの説明に聞き入る隊員達の外に身をおいて冷静に見ていたシュロだが

ふと、隣でイスカがあたりを見回しているのに気付き、声をかけた。

イスカはサイ・バスターへ実弾の装填を終えて油断なく状況を見ていたが、急にその顔に焦りを映し出してシュロに近付いてきた。

寝ているシローを抱えたヒソカも、同じ事に気付いたのか集まってきた。

 

 

「 ロボットの数が・・・増えているぞ」

「 ・・・・!!」

 

シュロも二人にならって周りを見回した。

その通りだった。いまだ少しずつポジションを変えていっているようにも見える。

 

「 これは・・・まさか!」

だが一瞬遅かった。

シュロが口を閉じるより先に―――

 

 

 

練成場を大きな一条の光が貫いた。

 

 

 

「 うわぁああぁぁぁぁ!!!?」

音は無かったがあまりの光量に眠っていたシローも悲鳴を上げながら飛び起きた。

「 はじめやがった・・・!」

まともに目を開けることもできないような巨大な光に照らされ、シュロも身動きがとれなかった。

 

次に目を開いた時

練成場の中央では、ツヴァイ隊員が何人も折り重なるように倒れていた。

どう見ても、ロボット達の武器、イスカと同じサイ・バスターが発射されたとしか思えない。

だがその周りの、直撃をまぬがれた隊員達は現状が理解できず突っ立ったままだ。

 

いつの間にかロボット達は完全にツヴァイ全隊員を取り囲んでいた。

ツゲも姿を消している。

 

「 どういうつもり!!?ツゲさん!」

ヒソカがロボットの向こうへ問いかけた。

他の隊員達はいまだに混乱から抜け切っておらず、ぼうっとヒソカを見つめるだけだ。

 

 

 

「 ・・・君達には辞令が下っている」

ふと、場内スピーカーからツゲの声が聞こえた。どうやらツゲはまだロボットの隊列の向こうにいるようだ。

ロボットは動かず、ツヴァイ隊員達はスピーカーに集中した。

「 ・・・どんな辞令だ」

うなるようにしてイスカが聞き返す。返答は大方察しがついていたが。

 

 

 

「 本日付で対ゴースト任務の全てを、この精神兵器搭載戦闘機部隊”ドライ”に委譲し、最後の任務が終了次第解散のこと」

”ドライ”、とそう名付けられたロボット達はシュロ達ツヴァイを取り囲んで停止している。

その気配を察して、多少落ち着いた声音でイスカ。

「 ・・・その最後の任務ってのがこれ・・・”秘密遵守”、だな」

一瞬の間をおいて、練成場に感情を抑えた声が響いた。

「 ・・・その通りだ。ゴースト現象は現在、一度だけ起こった謎の災害、とだけしか全人類は認識していない。

 世界平和のためにもこれだけは完璧に守らねばならないんだ。・・・分かってくれるとは思わないが決定事項だ」

しん・・・と場が静まりかえった。

第2部隊以外の隊員はもちろん、シュロやイスカ、アインスも警戒すべきと主張していたヒソカですら驚きを隠せない。

 

祈る猶予でも与えようというのか。”ドライ”と名付けられた第三の世界組織。そのロボット部隊はツヴァイを取り囲み一時停止していた。

 

 

 

すると、静まり返った練成場の中で動くものがあった。

「 ! お前たち・・・」

ドライの攻撃で倒れた隊員が動き出したのだ。まだ起き上がる力は戻っていないらしく寝たまま辛そうにしているが、確かに動いている。

 

「 ・・・そうだ。ゴースト対策の対精神波強化スーツがサイ・バスターを防いでくれるはずじゃないか。」

サイ・バスター使いのイスカがつぶやいた。ゴーストもツヴァイ隊員の武器と同様、精神波に直接ダメージを与える作用を示す。

それに対する防御を既に完成させているツヴァイには”ドライ”のサイ・バスター耐性も持っているという事にもなる。

 

「 誤算だったようだな、ツゲ。確かにゴーストを完璧に排除できるような部隊があれば俺達を始末して秘密を守ったほうがいいかもしれないが・・・!」

背中に背負った愛用の銃に触れたかと思うと―――

 

 

 

軽く、振り回しただけのように見えた。

しかしたったそれだけで、イスカ愛用の銃に装填された実弾は、360度全方位の”ドライ”撃ち抜いていた。

間にいたツヴァイ隊員にはかすりもせずに、正確に敵だけを。

余裕たっぷりに銃をおろし、残ったロボット達を前にイスカはニヤリと笑った。

「 俺達の実力ってモノを計算に入れてなかったようだな」

 

 

 

ふ・・・っ

イスカに同調するように、沈んでいた空気が突然、風に変わった。

「 どの道、黙って殺される俺達じゃないぜ」

シュロだった。しかも声が聞こえてきた方向と、姿を現した場所がまるで違う。

空中で、既に蹴りの体制に入っていた。そのまま勢いをつけて後ろ回し蹴りを放つ。

 

 

すさまじい音を立てて、ロボットの頭部が大きくへこんだ。そのままゆっくりと前方に倒れる。

シュロも同時に優雅に着地していた。

「 ぬるいな、ツゲ。訓練されたツヴァイならサイ・バスターを避けることだってできるぞ。この程度じゃあ俺達は倒せない。」

適当に監視カメラのほうを向き、言い放つ。

( どんなスピードしてやがるんだ・・・バケモノめ)

イスカも苦笑いするほどの動きだった。以前よりもさらに速くなっているようにすら思える。

スーツには体力強化機能もついているとはいえ、パワーも桁違いだ。

 

 

 

「 ・・・決裂だな。俺達はこれからアインスを潰しにかかるぜ。何としてもここから脱出して世界にゴーストの事を公表する」

心の中でモクレンにわびながら、シュロははっきりと宣言した。

 

 

 

「 ・・・あぁ、付き合いの長い俺達だ。そう簡単に倒れるはずはないと分かっていたよ」

再び、ツゲの感情を押し殺したような声が練成場に響いた。

と同時に、シュロとイスカが破壊したロボットの後ろから、またズラリと一列に並んだロボット群が現れた。

 

「 だから生産が追いつかなかったんだよ。お前達に対抗するにはやはり数しかなかった・・・」

奥のほうにはさらに待機するロボットが見えた。

そしてふと、今まで無感情を装っているように聞こえたツゲの声に力がこもる。

「 今の人類にはアインスが必要なんだ。お前達を排除しようとしておいて正義だなんて決して言えるもんじゃあないが・・・

 それでも世界に安息をもたらせるのはアインスだけなんだ!潰すわけにはいかない」

 

練成場に一瞬だけ静寂が戻った。

 

最後に、再び落ち着きを取り戻したツゲの声が響いた。

「 ・・・とはいえ、シュロ。お前の第2部隊以外の連中は、果たして本当にドライより優れているのか?」

それに呼応するように”ドライ”がゆっくりと幅を狭め、動き出した。

 

 

 

「 サイ・バスターのフラッシュがやっかいだ、サングラスをかけろ!まず囲みを抜けることを最優先、抜けた後は混乱を誘いながら外部へ脱出!

 なんとしてでも生き延びろ!」

いまだ状況を把握しきれていないツヴァイも、具体的な指示が出されれば一瞬にして顔つきが変わった。

拳、槍、棍棒などおのおのの武器を手にドライとの交戦に備え隊列を組み始めた。

 

 

 

そしてついに、ドライの本格的な攻撃が開始された。

立っているツヴァイ隊員に向け、砲身から白い光が放たれた。

前方にいる者は姿勢を低くし光をかわし、端にいる者は横へステップしてから前方へ、後方の者は高く跳んだ。

はかったかのように放射状に、ドライからの一斉射撃を避け。

ツヴァイの反撃が始まった。

ドライのサイ・バスターが放つ無音の光をかいくぐり、脚や腕の間接部分に武器を叩きつける。

 

 

 

「 俺達はまずツゲを探すぞ。まだロボットの隊列の向こうにいるはずだ。

 シローもいることだし、もしあいつを通じてアインスと交渉できれば・・・少なくともこの状況はなんとかなるはずだ」

当のシローは周りの喧騒に慄いてか、青ざめて座り込んでいたが気を配っている余裕はない。

「 シロー、お前はゴースト耐性があるからこの場は安全だ。ゴースト耐性は精神波防護。サイ・バスターも効かないからな

 余計に動かなければいい。じっとしてろよ」

そう声をかけると、第2部隊の三人は戦闘に加わった。

広い練成場の出口は、既にロボットが密集していて見えなかった。

 

 

シュロが正面から突進し即座に接敵すると、正拳を敵の胴体へ放った。

めき、という音を立ててできた凹みにヒザを突き入れさらにアッパーを追加。

シュロの全力のコンビネーションに耐え切れず、バチッと一つ大きな火花を散らして一体のドライがゆっくりと沈んでいった。

 

標的はどこにでもあった。

ロボットの脚正面にシュロが蹴りを放つ。

損傷はほぼ無いため、ヒザをついたままロボットが撃ってくる光を、シュロは避けざまに得意の回転蹴りを別のロボットに見舞った。

またも脚部に命中した蹴りでロボットは横倒しになると、さらにヒソカの槍で2体のロボットが同じ場所に突き飛ばされてきた。

そこへイスカのサイ・バスターがグレネード弾を放ち一挙に破壊する。

ドライの内部に充填してある攻撃用精神波が波動となってあたりに四散した。

 

 

 

しかし戦況はツゲの言ったとおり、明らかにドライ優勢だった。

薄いとはいえ装甲がある。シュロでさえ、全力の攻撃でなければ破壊するのは至難の業であり

イスカのように銃を持っているものは他になく、逆にサイ・バスターで反撃してくる標的。攻撃を加えるだけでもかなりの危険を伴った。

次第に疲れがたまっていった。

 

「 シュロ!弾がもう無くなりそうだ。隊列が薄い面を集中して突破口を作るぞ」

イスカが叫ぶ。声には既に疲労の色がにじみ出ていた。

ヒソカもシローをかばいながらの戦闘で動きが鈍っているのが分かる。

シュロですら

「 どこでもいいからぶっ放せ!もう余裕がない!」

背後から放たれたサイ・バスターを見もせずにかわし、振り向いた反動でかかとを叩きつける。

疲労のたまったシュロの蹴りには、装甲を破るだけの力は無かった。

倒れながらも銃からは精神波が射出され、別の方向にいるツヴァイがまた一人、倒れた。

間髪入れずロボットのサイ・バスターを踏み砕くと、戦闘不能を自分で悟ったのか、ロボットは自然に動きを止めた。

「 銃か腕関節をへし折るまでは気が抜けないな・・・・くそっ」

 

次から次へと際限なく現れるロボットが放つ光は、次々とツヴァイ隊員を屠っていっていた。

精神波防護にもなるスーツを着用しているとはいえ、絶対に無事生きているとはいえない。

ここで捕まれば生きていようといまいと、始末されるであろうが・・・

 

 

 

「 敵のサイ・バスターだけを狙って攻撃しよう!武器を破壊されたら動きを止めるようだ

 腕を壊すだけなら簡単なはずだ」

シュロは周りに向けてそう叫ぶと、自ら実践しはじめた。

真正面のロボットに走り寄ると、光が放たれる瞬間フックを敵の左腕にひっかけて側面へ回り、蹴りからアッパーへの連携で1本を潰した。

もう1本の腕からの攻撃は跳んでかわし、そのままロボットの頭をつかんで一回転。

そこを支点に強烈なかかとを見舞って右腕を叩き落し、また一体のロボットが完全に沈黙した。

 

ざわわ・・・っ

音はせずとも、シュロの働きで場の空気が一気に盛り上がったのがわかった。

味方の士気がぐっと上がるのを肌で感じて、ヒソカとイスカも隊長に倣い各個撃破、ドライに対抗しはじめた。

 

 

 

・・・だが

「 ・・・しまった!弾が切れた!?」

突然、これまで一番多くドライを破壊していたイスカの叫びが聞こえた。

狙いを左右に動いて外しつつ、槍を腕の関節部位に突き入れ破壊していたヒソカもはじめの頃と比べ疲労で明らかに失速していた。

そこらじゅうに散らばる腕の部品を踏み越えて、ドライは無尽蔵に沸いて出てきていた。

「 ・・・くそ、仲間をこれだけ破壊されてなんとも思わねぇとはね。ドライ(冷酷)とはよく名付けたもんだぜ」

吐き捨てるようにイスカが皮肉を言っている。

・・・他の隊員はものを言う気力も残っていないようにも見えた。

ヒソカもついに攻撃することを諦め、シローを抱きかかえた。

「 せめて・・シローだけでも・・・!」

最後の希望を求めるように、ヒソカはシュロの姿を探した。

シュロだけは忙しく動き回り、なんとか他の隊員が倒されないように自分を標的に、ロボットをひきつけていた。

だが既にロボットを破壊できる者はいなかった。皆倒れているか攻撃を避けてなんとか隊列を保っているか。

 

 

 

皆が諦めたのを察してか、ふとロボットの動きが止まった。

しかし完全にツヴァイを包囲し、シュロさえも身動きとれないほど多くの銃口が向けられていた。

 

「 ・・・シュロもシローと同じ体質だったよね。一人ならシローつれて突破できるんじゃない?」

座り込んだヒソカが声をかけてくる。他の隊員には意味が通じないだろうが、今さら気にすることではない。

「 さすがに無理だろう。シローは小さく的にされないからじっとしてろと言ったが

 完全に防げるとは思えないな・・・撃たれ続ければ耐性ある無しに関わらず死ぬしかないだろう」

まるで他人事のようにシュロ。今度はイスカも近付いてきた。

「 まだ手はあるぜ。精神波ブースターが三つも、な」

モクレンが姿を消した、あの爆発跡を思い浮かべながら、イスカは自分のペンダントを指し示した。

本来精神波を増幅させ武器に使用する精神波ブースター。だが暴走させれば膨れ上がった精神波は物理的な力を持つことになる。

モクレンがやった(?)ように暴発させればこの練成場内のロボットを一掃できるかもしれない。

 

シュロ達三人は顔を見合わせ、誰からともなくふっと笑った。

「 悪くないな・・・シローが自由になるならアインスもツヴァイもゴーストもどうでも良いや」

今まで誰も考えた事すらない作戦だが、シローを助けるためなら。

不思議と恐怖は感じない。遠足の前の日のような気分だった。ワクワクしながら準備を始めた。

 

「 俺なら耐性である程度サイ・バスターの盾になるだろう。ヒソカがシローを背負って俺と一緒に跳ぶんだ。俺の陰から飛び出して出口を目指せ。

 狙われる前に俺とイスカが一人ずつ花火になってやるぜ。」

恐ろしい事を、しかし不敵に笑いながらシュロは指示を出した。

「 それじゃあ奴らが動き始める前に、先手を打つとしましょうか・・・!」

ヒソカがシローを背負って立ち上がろうとしたその時だった。

 

「 ダメだ・・・ダメだよ」

シローの声。今まで青い顔をして身動き一つ取れずに震えていたのだった。

「 大丈夫だ、シロー。俺達の事は気にするな。お前の頭を持ってすれば未来は明るいんだ、安心していられる」

「 やめてよ・・・ダメだ、やれないって・・・」

より一掃顔を真っ白にして、シローはヒソカの背中で震えていた。

 

「 ありがとな、シロー。元気で生きていけよ・・・!」

シュロはそう言うと、ロボットの残骸を踏み台に高く跳んだ。

ヒソカもそれに合わせて、背中のシローと共に跳ぶ。眼下には吐き気がするほどのロボットがひしめきあっていた。

 

全ての銃口がシュロに向けられ―――そして本体ごと爆発した。

 

 

 

「!?」

何事もなく着地し、4人は慌てて周りを見回した。

「 何今の!?全然違う方向から弾が・・・!」

爆発は続けて起こった。頑丈なつくりの練成場がミキサーにかけられた果物のように各所ではじけ飛んでいく。

ロボット達も同じようにして次々に破壊されていった。

 

「 どんな大部隊に取り囲まれてるってんだ、こりゃ・・・撃ち過ぎだ・・・

 何故自分が生きているのか分からん・・・」

死を覚悟していた事も忘れて、シュロは呆然とつぶやいていた。

彼の言うとおり、全方位から無作為に砲撃を加えているだけのように見えて、ツヴァイ隊員には少しの被害も無かった。

飛び散る破片さえも計算しつくされたように人間を避けている。完全に無害であった。

 

 

 

「 この撃ち方が出来るのは・・・多分あいつしかいないだろうな・・・」

欠けたメガネを捨てたイスカは、シュロよりは状況が見えていた。

ロボットが次々と爆竹のようにはじけ飛ぶ様を、どの順番で撃たれるか分かっているかのように目で一体ずつ追っている。

「 あいつ?イスカの知り合いなの?」

ヒソカの背中から降りて、シロー。

顔は青ざめて今にも泣き出しそうになっているが、その尋常でない頭脳は流石に聞くところは聞いていた。

「 ん?あぁ・・・そうだな。そうか、お前達は知らないか」

質問されて、なぜか意外そうにイスカは答えた。

 

「 軍にいた頃の仲間?ツヴァイで拳闘しかやってこなかったシュロ達じゃあこんな真似はできないもんね」

ヒソカがいい、シュロに小突かれている間には既に、練成場を埋め尽くしていたロボットの半分ほどは原型をとどめていなかった。

もっとも、外からまだ入ってきてはいたが。

 

「 もういいだろう?俺達の分の武器も持ってきたんだろうし早く出て来いよ」

イスカに呼びかけられて、重火器を山ほど積んだカートを引きながら現れたのは

 

 

 

「 イスカには分かっちまうだろうとは思っていたけどな。その他の反応が面白いからつい、な」

モクレンだった。

 

シュロとヒソカ、シローの三人の驚いている顔を楽しみながら、モクレンは外から入ってくるロボットをろくに狙いもせず撃ち破壊していた。

「 もともと、コイツは市街戦のプロだったんだよ。軍じゃあ拳闘ができても目立つというだけで、やっぱり実力として見られるのは銃撃メインだからな

 ツヴァイがどいつをスカウトするか判断する実力ってのは銃撃戦闘能力でしかないわけだよ」

話を続けながらも、シュロとヒソカはモクレンから大型の銃を受け取り準備を整えていた。

二人ともまだ納得はいかないようだったが。

 

「 大人数で囲んで一斉に撃っているように思えたんだがなぁ。あんな事が出来るんならモクレンもサイ・バスターを使えたんじゃないか?」

「 相性の問題だろ。俺の精神波が合わなかっただけだ。拳闘がやたら強い隊長さんがいるって聞いて第二部隊を選んだわけだしな。

 それに・・・早い話がイスカのほうが銃の扱いに長けていたって事」

淡々としたモクレンの話を聞いて、シュロもヒソカもゾッと背筋が冷たくなるのを感じた。

「 あれで・・・イスカのほうが上なのか」

「 工作用にちょっと実弾が装備されてるだけのサイ・バスターで俺が駆けつけるまで防いでたんだろ?

 最高の効率で一発一発、何体も巻き込むように撃ってたって事だ。そんな戦い方世界中探したって誰もできないだろうぜ」

言われてイスカを見てみると、モクレンから受け取ったのは一番小さな銃だった。

再び敵のサイ・バスターが打ち込まれてはきていたが、しかし確実にロボットの急所を撃ち抜き練成場の外にまでドライ隊を追い出している。

 

「 おしゃべりしてる場合じゃないぞ。片付き次第ツゲを追うんだ、装備をすぐ整えろよ」

イスカに背中越しに言われ、シュロとヒソカは慌ててマガジンをかき集めはじめた。

 

 

 

「 で・・・お前が姿をくらませたのは、やっぱりドライに対抗する武器を軍隊に借りにいっていたからなのか?」

シュロも銃を手に練成場内のロボットと闘い始めた。遠距離から仕留められるとなればサイ・バスターを避けるのに難の無いシュロならば余裕だ。

モクレンなどは敵に狙われる前に撃ち抜いているため、ほとんど足を止めて闘っている。

「 借りに行くなんてもんじゃなかったけどな。あの時、セキュリティールームでツヴァイ第一部隊がロボット達に殺されるのを見たんだ。

 その場にツゲも見えた。このままじゃ俺達も始末されると思ってな。死んだことにして別行動をとろうと思ったのさ」

 

 

 

 

「 おおかた片付いたな。突破するぞ!」

隊長のシュロが合図を送り、5人は一斉に出口へ走った。

他の隊員のことも心配であったが、持ってきていた武器を渡してある。基地から脱出することは出来るだろう。

 

銃の扱いに慣れていないシュロがシローを背負い、イスカが先頭、モクレンが後衛となってロボットが詰め込まれるように並んでいる廊下を突進した。

「 これだけの数ロボットを吐き出す、俺達が存在を知らなかった場所があるはず。どこかにツゲだけが知っていた口があるはずだ。

 ロボットの列の先にツゲがいる!」

先頭を走るイスカが叫び、全員が頷いた。

 

―――万が一の時のための破壊スイッチもある。

 

ツゲはロボットを停止させるというスイッチを持っていた。

まずドライを何とかしなければ。ゴーストどころではない現状だ。

 

「 今は説明を聞いてる場合じゃないが、ツゲを見つけたらシュロ、頼むぜ!

 ゴーストの何かをつかんだんだろ?」

モクレンが言う。

彼は姿を消す前の、ゴーストは止められるというシュロの言葉を信じて戻ってきたのだ。

「 あぁ、そうだ。シローを保護してから暇になっちまった時から考えていてな。少しずつ考えがまとまっていってたんだ」

シローを背負いながら隊列の真ん中でシュロは強く頷いた。

 

 

 

「 ゴーストは・・・アインスが作り出していたんだ!」

「 !!?」

 

かろうじて足は止めなかったものの、全員凍りついたような表情になった。

「 ま、まぁ・・・詳しい話は後だ。見ろ、司令室の横に階段が出来てるぞ」

動揺して舌を噛みそうなしゃべり方になっていたが、先頭のイスカが抜け道を見つけた。

司令室の扉のすぐ横に暗い空間が口を開けていた。

 

 

 

「 ここからロボットを出していたようだな・・・もう打ち止めか?」

ツヴァイ本部全域にロボットが排出され、司令室に戻ってくるだけでもかなりの数の戦闘を行ったが、入り口の向こうは静かなように見えた。

 

「 ・・・明らかに入ってくれと言っているよな」

モクレンが嫌な顔をしている。確かに今まで隠していたはずの通路をこれほど開放したままにしている理由が他に見当たらないが。

「 でも入るしかないな。行かなきゃ何もできないまま終わりだ」

 

 

 

アインスでは昼も夜も同じだけの明るさを確保しており、建物がつながっているツヴァイ兵舎でも同じだが

司令室の横に出来た階段は、完全に闇が支配していた。まるでそこでアインスが闇の研究でもしているかのように完璧な闇が。

 

「 ・・・入るぞ」

隊列そのままに、イスカを先頭にしてヒソカ、シローをかついだシュロ、モクレンの順に音を立てずに一行は階段を下りた。

 

 

 

短い階段だった。

「 あっさりおりれたな」

静かな声とは裏腹に、シュロは焦っていた。

アインスのした事、その罪をつかんでいながら、しかしそれをどうツゲに伝え協力を請うか決めかねていたのだ。

深い闇と、考える時間を与えなかった階段に焦りを増幅されながらも、シローをかついだシュロは辺りの気配をさぐった。

空気の流れ、圧迫感からそこがそれほど広くない部屋である事が感じ取れた。

しかし、これは・・・

 

同じ事を感じ取ったのか、イスカが宣言するように声を上げた。

「 こりゃあ、照明弾を使う必要はなさそうだな──!」

 

 

 

イスカの言葉が終わるのと同時に、あたり一面が光に包まれた。

4人と、ヒソカに背負われたシローは通路の四方へ飛び出した。

 

「 やはり待ち伏せていたか!しかも念入りだな」

視界をまぶしく照らしたサイ・バスターは───

広い空間を狭い通路に感じさせてしまうほどに配置されたドライのロボット団から放たれたものであった。

 

「 ツゲっ・・・・!」

サイ・バスターの光の中に、一瞬だけツゲの姿が見えた。手になにやら持っている。さっき練成場で見せたロボットの停止スイッチだろうか。

 

「 諦めて捕まれ、シュロ!こいつらはさっきまでのロボットと違うぞ。機動性を強化して肉弾戦もこなすようになっている!」

再び闇に包まれた部屋からツゲの声が響く。

言葉のとおり、ロボットはただ撃ちまくるだけではなく、闇の中を移動しこちらに向かって体当たりを仕掛けてきた。

だが言うなりに捕まるわけにはいかない。シュロは攻撃をかわしながらツゲに呼びかけた。

 

「 どうして今さら俺達を始末しようとするんだ!?ツヴァイを引き継ぐ部隊ができたからってだけじゃあないよな。

 アインスに何か後ろめたい事があるんだろう!どうなんだツゲ」

ロボットの装甲がすさまじい勢いで迫ってくるのを、勘だけでかわし敵の背後から足払いを放つ。

ロボットがバランスを崩したところへイスカからの銃弾が見事に命中していた。

闇を全く気にかけない完全なコンビネーションだった。

 

だが、向こうから聞こえたツゲの声は戦いぶりにもシュロの言葉にも動じない静かなものだった。

 

「 後ろめたいと言えば・・・そうかも知れんな。俺は一度嘘をついたしな。

 だがツヴァイの解体には明確な理由がある。やらねばならんことなんだ」

 

ツゲがゆっくりしゃべっている間にも激しい戦闘は闇の中続いていた。

ドライの装甲にも有効な重火器を持ったツヴァイ最強の部隊は、強化されたドライ部隊をも難なく倒していっていた。

 

「 知ったこっちゃないね!俺達はここを生きて脱出するんだ。ドライの制御スイッチを押させてもらうぞ!」

声をあげたモクレンは、天井を走っていた。それも常人には見る事すらできないほどのスピードで。

信じがたい身体能力と、さらに信じがたい射撃能力。暗闇の中銃を乱射して全弾敵のみに命中していた。

 

「 ダメ!私は納得いかない」

今度は別の場所からの言葉。これはシローを背負ったヒソカのものだ。

 

「 なんでこいつらツヴァイじゃないシローまで狙ってきているのよ!

 私じゃない、明らかにこの子を狙ってきているようにしか見えない。何でこんな事を!?」

ヒソカを狙うドライは常に背後から攻撃を仕掛けていた。無論そこには彼女に背負われたシローがいる。

それを感じ取ったのか、ヒソカは烈火のごとく怒っていた。

シローをかばい背中をひねると、振り向きざまに迫ってきていたロボットに集中砲火を浴びせ、部屋のどこかにいるはずのツゲに向かって叫んだ。

「 こんな小さな子を殺す理由なんて世界中どこにもあるわけないじゃない!今すぐ止めてよこんな奴ら!」

 

さして広くない部屋にヒステリックなヒソカの声が妙に重く、悲しく響いた。

「 ・・・しょうがないんだ」

シローの事を責められ心を動かされたのか、その日初めてツゲが感情のこもった声を発した。

 

 

 

「 アインスの、上からの命令は絶対だ・・・お前達が考えている以上にアインスは世界の中心なんだよ。

 お前達がここから脱出し、アインスの事を訴えるということは、世界を滅ぼそうと考えるのと同じだ」

その声自体はさっきまでと同じく淡々としたものであったが、ツゲの腫れ上がった目からは涙があふれ出ていた。

ツヴァイとドライの戦いのさなか、ツゲはゆっくりとロボットの間から姿をあらわし、部屋の真ん中に立った。

 

モクレンが天井を、まるで重力が逆転したかのように自然に駆け回り

イスカは壁に背を押し付け、大型ライフルを瞬時に組み立てると当たるを幸いの乱射を続けていた。

ヒソカはシローをかばうためにイスカの固定砲台の周りを行き来し

シュロは部屋全体を縦横無尽に駆け回りロボットを破壊してまわっていた。

誰一人として傷を負っておらず、明らかにツヴァイが優勢。

 

で、あるにも関わらずゆっくりと部屋の中央に陣取ると

ツゲはゆっくりと涙をぬぐい、胸を張りいつもの真剣な顔に戻り、大きく息を吸って声を発した。

「 シュロ。お前アインスで自分のゴーストに会ったな?」

 

「 ・・・あぁ、そうだ。モクレンも目撃している」

──しばしの逡巡の後、シュロが応えた。

「 その事から何が分かった?」

ツゲも見ていたのだろう、当然のように次の質問に移った。

 

 

 

質問の意味を吟味し、シュロは自分で見出した答を放った。

 

「 ゴーストは、過去の生物が何らかのきっかけで力を持って現世に現れたものだ。

 もちろん俺にそんな記憶はないから実際に時間移動したのではなくその記憶か残留思念か何かが具現化したものだろう」

今度は即答したシュロ。夢の中で見たゴーストの手の感触がまだ残っている。

 

実体も無くしなにもかも分からない時代へ送り込まれ・・・ゴーストはこの時代に吸い寄せられた。

攻撃でしか自分を表現できなくなってしまった哀れな者達。それがようやくシュロに理解できたゴーストの正体だった。

 

「 よし、そこまでは正解だ。ところで今回発生したゴーストはいつの時代のものだと思う?」

矢継ぎ早にツゲの質問。

この時もはやドライは半壊状態であった。それだけシュロ達の実力が傑出していたようだ。

とにかくも一瞬だけでも考える余裕を与えられ、シュロはゆっくりと応えた。

「 俺のゴーストだったわけだから、当然ここ数年のものであっただろうな。俺のほかにも知人のゴーストを見た者もいたんじゃないのかな」

 

ツゲを見やると、彼はもう一度顔をぬぐい、はっきりとシュロを見つめて言い返してきた。

 

 

 

「 違うな。今回出現したのは起源1世紀頃。ローマのコロッセオ闘士たちのゴーストだ」

「 何・・・っ!?」

よどみなく応えるツゲの答えに、シュロとモクレン、そして一瞬遅れて事態を飲み込んだ3人の驚愕の声が起こった。

 

「 じゃあ、あれは・・・俺の前世の記憶がゴーストに・・・?」

自分自身と戦った記憶を懸命に思い出しながらシュロは食いついた。

 

だがこの答にもツゲは首を縦に振らなかった。

 

「 それも違う。あのゴーストは前世などではなく、間違いなくお前だよ。

 我々の認識が正しければあれ、いやお前シュロとシロー───」

 

そこまで言ってツゲは一拍置いた。シローの事をヒソカに指摘されてからずっと、ツゲは迷っていた。

これを伝えるのは命令に含まれていない。シュロもシローも指示通り自分の手で消さなければならない。伝えようと伝えまいと。

どちらにせよ許されない事であるには変わりないが───

 

ここで自分を抑える事などできはしない

 

 

 

「 お前達二人は、具現化したゴーストだ」

 

 

 

ズシン・・・!

 

ドライの最後の一体が床に沈んだ。

と同時に、戦闘音も止み地下室に重い空気が流れた。

 

 

 

「 ち、ちょっと待てよ・・・じゃあシュロとシローの抹殺指令ってのはもしかして・・・」

ふと何かを思いついたように、大型ライフルを放り出し、イスカが声を上げた。

 

「 あぁ、多分イスカが考えた通りで正解だ。

 現在頻発しているゴースト現象は、具現化した二人、つまり・・・

 シローとシュロを核に起こっていると結論づけられた」

 

次々と明かされる真相に追い討ちをかけるように、ツゲは言葉を続けた。

 

「 今回の抹殺指令もゴーストの核が無くなれば現象の発生頻度も抑えられるだろうとの判断だ」

 

 

 

自分はゴースト。そして世界中を脅かしている脅威の現象の素。

 

 

 

敵のいなくなった床に、シュロはヒザをついて座り込んだ。シローはシュロにしがみついてきている。

すぐにイスカ、モクレン、ヒソカの三人も走りよってきた。

「 シュロ・・・シロー」

 

三人に助け起こされながら、シュロは多少勢いの抜けた声ではあったが、ツゲに向きなおってわめいた。

 

「 だがもう止まるわけにはいかない!

 ここのロボットはもう片付けた。外で危険にさされているツヴァイのためにも、ドライの停止スイッチを押させてもらうぞ」

 

ロボット部隊を紹介するとき、ツゲは確かにそのスイッチの存在を説明していた。

この先どうするにせよ、仲間のためにそれは押さねばならない。

 

「 停止スイッチ?・・・もしかしてこれの事か」

しかしツゲはあっさりとポケットからそれを取り出した。手のひらサイズのボタンがそこに現れる。

余りにも意外で思わず気をとられてしまったが、シュロはさらに歯を食いしばるようにして声を絞り出した。

 

 

 

「 俺がゴーストであるかどうかは別にして、あんたはもう俺達に対して手はないはずだ。大人しくそれを押してくれないか」

 

プレッシャーをかけるように、ゆっくりと一歩ずつツゲに近付きシュロは言った。

 

だがツゲはまたしてもあっさりとした口調でスイッチをかかげ言った。

「 ・・・これはドライの停止スイッチなんかじゃない。このツヴァイ本部を跡形も無く吹き飛ばすための引き金だ」

「 なっ・・・・!?」

5人、声が揃った。

完全にもてあそばれた。全てツヴァイの中心と言ってもいいシュロの第二部隊を導くためのシナリオだったのだと、拳を強く握りながらシュロは悟った。

 

食いしばった歯の間から怒りを絞り出そうと一歩、シュロはまた前に出た。

「 この地下室はシェルターか!貴様、そうまでして・・・そうまでして俺達を───」

 

「 殺したいと思っていると?俺がそんな事を思っているというのか。」

不意をつかれた。いつの間にかツゲはシュロの目の前までやってきていた。

さっきまでのあっさりした口調は一変し、涙で濡れた顔は瞼と言わず頬といわず全体が真っ赤に腫れあがっていた。

 

「 ・・・立場は違えど俺だって何年もお前達と一緒にゴーストを追いかけてきたんだ。

 シュロがゴーストだとか何だとか、そんな事はどうでもいいんだ。

 お前達はどうか知らないが、俺はお前達を本当の仲間だと思っているよ。殺すなんてできない。」

今まで殺しあっていたことも忘れ、シュロはこの数年来の友が泣き崩れるのを黙って見つめていた。

殺せないといいながら精神波ブースターなど持ち出すその真意もはかれなかった。

 

「 ドライ完成後の出世だって約束されたよ・・・でも俺の居場所はツヴァイと一緒の研究室、あそこしかないんだ。

 モクレンみたいにアゴでこき使う嫌なやつって思ってたのも結構いたけれど・・・それでも仲間だ。

 踏みつけて俺だけ前に進むなんて・・・できない」

ツゲは座り込んだまま、うつむいて独白を続けた。

「 じゃあ・・・どうして?」

たまりかねてヒソカが聞くと、ツゲはゆっくりと立ち上がった。

こちらに背を向ける方向へ、これもまたゆっくりと歩きながら答え始めた。

 

「 命令は下ってしまったんだ。逆らう事はできない。しかも俺自身に全ての計画を任されたんだ。

 だが俺にはドライのロボット共がツヴァイ全員に勝てるとは思ってなかった。少なくともシュロ達第二部隊にはかなわないだろうとね。

 お前達を殺したくはない。それは本心だが・・・でもゴーストの核である事に変わりはなく、任務は遂行せねばならない。

 そう考えて・・・・ふと思いついた」

ヒソカに背を向けてしばらく歩きながら話していたツゲは、地下室の反対側で立ち止まり振り返った。

 

「 コレを使えば良い」

振り返ったツゲの手の中には例のスイッチが握られていた。

「 あ・・・まさか!」

すぐに気付き、即座に奪おうとするシュロをスイッチに指をかけ掲げることで牽制すると、今度はモクレンに向けてツゲはしゃべりだした。

「 さっきの騒動で、モクレン。お前は精神波ブースターを暴発させて自爆したように見せかけたな。

 実際はあんな事無理なんだよ」

疑問符を浮かべ、イスカ達はモクレンに視線を集めると、モクレンは顔を赤くして白状した。

「 あぁ・・・確かに。危険とされるレッドゾーンギリギリに精神波を増幅させただけなんだ、あれは。

 ためしにやってみたら範囲は狭いけどあそこまでの威力が出たから誤魔化せるだろうって。誰もやった事なかったしな・・・」

「 そう。本当に精神波を限界を超えて増幅した場合・・・」

そこでさらにスイッチを持つ手を高くかかげ、思いつめた表情でツゲは宣言した。

 

 

「 ツヴァイの、この建物ほぼ全域が塵と化す。それがこのスイッチの力だ。

 これは精神波暴発専用のブースターだ」

 

 

───数秒、沈黙が続いた。冷や汗を垂らしながらもシュロ達は動けなかった。

「 ・・・すまない。俺ごと皆、消えてくれ」

無理に動けば何のためらいも無くツゲはスイッチを押すだろう。今の言葉で、その憶測は確信へと変わった。

 

「 なんでそうなるのさ!別のやり方があるはずでしょ!」

口を挟んだのはシローだった。ゴースト騒動の時からずっと白い対精神波服を丸々と着込んでいて饅頭のようになっている。

夏だというのにこんな服を着せられ、汗でふやけたようになりながらも必死な顔で前に出る。

今までずっと恐怖で動けなかった分、タガが外れたようにまくしたてている。

「 シローか・・・」

「 僕らが殺しあう理由が分からないよ!皆でゴーストが出なくなるように研究すればいいじゃないか。

 僕がゴーストならはじめからそう言ってくれたって構わなかったよ。僕が普通の人間になれるようにしてよ!」

 

 

 

「 ・・・その点については謝るほか無い。俺達の力では全く解決の糸口すら見出せなかったんだ。

 でも、それももう無理なんだ。研究はほぼ打ち切られてしまったようなもので・・・。

 結局俺は何もやり遂げることができなかった・・・これが一番良い方法なんだよ。

 せめて俺に決着をつけさせてくれ・・・」

諦めたような声音でツゲはシローを諭した。ゆっくりと締めくくると、ツゲは目を閉じ、ゆっくりと指をスイッチに押しあてた。

「 やめろ、ツゲ!」

シュロ達の制止の声も効果は無かった。スイッチはみるみる沈んでいった。

ツゲを抑えようと前に飛びだす四人の背中に、シローのひときわ大きく、やけに澄んだ声が響いた。

「 やめろーーーっ!!!!」

 

 

 

カチッ

 

 

 

小さな音と共に、ツゲの指先から閃光がほとばしり・・・

───そして収まった。

 

「 ・・・・??」

閃光以外に何事もなく、ツゲを羽交い絞めにしてスイッチを奪ったが。

「 不発・・・?」

スイッチは確かに押し込まれていた。しかし大きな閃光は確かに放たれていた。精神波が増幅されたのは間違いないようだが・・・

 

「 ぐっ・・・シロー、お お前・・・か?」

荒い息を吐きながらその場に倒れこみ、ツゲが絞り出すようにして声をだした。

 

当のシローは自分自身をくまなく調べるようにあちこちを不思議そうに触っていた。

疑問符を浮かべ言葉を失っているシローの代わりに、イスカが声を発した。

 

「 ツゲ・・・シローはゴーストの大発生の時にゴーストの気配を察知する能力を身につけていた。

 今のも・・・それかもしれん。」

精神波の吸収、といったところであろうか。

倒れ、消耗しきっているツゲを見るに、ブースターは確かに働いたようだ。

だが爆発はしなかった。シローが無意識のうちに能力を発現させたのだろう。

暴発する前に精神波を吸収し、ツゲの消耗も死に至る手前で終わっているようだ。

 

 

 

自分の事だと理解していないのか、シローだけが事態を分からずあたふたしている。

とりあえずイスカがそのシローを抱き上げると、なだめるように背中をさすった。

数体残っていたロボットも動かないようだ。もしかしたらツゲと一緒にロボット達に蓄積されていた精神波も吸収したのかもしれない。

「 もう一つある。俺とシローがゴーストで、それを抹殺しようとした事からはっきりした」

今度はシュロがツゲに近付いて、自分で確認しながらゆっくりと話し始めた。

「 シロー。お前と以前ゴーストの出現記録を見ていた時、お前はゴーストの発生日がある曜日に集中してると言っていたな?」

言われてシローが頷くのを満足そうに見、先を続けた。

 

 

「 ツゲ、ゴーストの核が俺達という事まで分かったというからにはある程度現象のメカニズムが解明できているという事か?

 分かる範囲で教えてくれないか」

ドライの一件の事など無かったかのように、シュロは穏やかにツゲに話しかけた。

「 ・・・それに関しては、また済まないと言わなきゃならんな」

さほどダメージがないのか、息をゆっくり吐きながらツゲはなんとか立ち上がった。

だが顔だけは辛そうに・・・シローからのダメージではなく心の痛みからだろうが・・・先を続けた。

「知っての通り、ゴーストは世界中に漏れてはならない最重要機密だ。

 その研究機構も内部の人間にすら容易には整理できないように多岐にわたってガードがかかっている。

 俺は対ゴースト戦術・装備の開発担当責任者だが、ただそれだけであってゴーストとの戦闘以外の事は何も知らされてないんだ。

 どこで何の研究が行われているかも知らん」

 

ツゲの言うとおりだった。アインスは世界機関として、その全ての研究を公にしながら進めなければならなかったが

逆を言えば、公開できない研究は何としても隠さなければならないという事。

シュロ達も事実そのような研究がある事を知っていたし、それに関するゴシップニュースはいくらでもあった。

 

だがむしろそれを聞いて安心したように、シュロは再び話し始めた。

「 アインスで見た俺自身のゴーストを倒した後、俺の意識は一瞬だけそのゴーストとシンクロしたんだ。

 俺が知るはずのない両親の顔・・・あれは今じゃあない、俺の元の時代でのゴーストの記憶だ」

話しながら、シュロの手にはあの時のゴーストとの握手の感触がよみがえってきた。その感情すらも・・・

「 あのゴーストからは戸惑いと悲しみと、怒りが感じ取れたよ。

 大きな、自分ではあらがう事のできない大きな力によって強引に知らない世界へ放り出された哀れな男の感情がね。

 そこには自然の力なんてものは感じなかった。冷たく、身勝手なうねりに流された不条理さへの怒り、悲しみ、戸惑いだ。

 それを感じて俺は直感したよ・・」

 

シュロは一拍置くと、その場の全員に向けて宣言するように大きく言い放った。

 

 

 

「 ゴーストは、アインスの実験によって無理矢理出現してしまったものだったんだよ」

 

 

 

自分がゴーストであったという事実、それすらからも自分の仮説を裏付けるものとなっていた。

シュロは確信していた。自分という人とゴーストの間のような者を作り出し、二度も自分を時空の狭間へ飛ばしたその真の敵を。

 

だがツゲは納得いかないようだった。シローに精神波を吸い取られ衰弱しながらも、乾いた笑いをとともに否定の声をあげた。

「 ・・・は、はは、そんな馬鹿な。そんな突拍子も───」

 

「 無いと思うか?今のアインスならそのくらいやるだろう。俺達にした仕打ちを忘れたとは言わせない」

間髪入れずに返されて、ぐ・・・っとツゲが押し黙る。

責めようとして出した言葉ではないが、ついツゲに向かって強い口調になってしまった。

 

しかし、顎に手を当てて改めて真面目に考えたツゲはふと思い当たったかのように口を開いた。

「 そうか、もしかしたら精神波の研究を進めるための一つの目標・・・対象としてゴーストを作ったんじゃないか。

 今までゴーストの被害に実際あったのはたった2件。それらをでっち上げれば負担なく精神波の研究になると考えたのでは──」

ツゲの予想ももっともなものだったが、シュロは手を振ってそれを否定した。

「 いや、その被害にあった二つの村ってのは俺とシローの村だ。

 シローの村については俺達が実際に確認した。あれだけの犠牲者をでっちあげるなんて事はできない」

 

「 じゃあ・・・何の目的でアインスはゴーストなんか作り始めたんだ?」

そこまで大人しく聞いていた第二部隊の4人も、たまりかねて口を挟みはじめた。

腕を組みシブイ顔のモクレンを振り返り、またその場の全員を見回してから、ツゲに向かってシュロは

 

「 重要な研究の副作用としてゴーストが生まれちまったと考えたらどうだ?

 ゴーストが過去の記憶や思念からうまれるって事は・・・次元とでも言うのかな。それに関する研究だ」

 

それを聞いてツゲが勢い良く顔を上げた。

「 ・・・ある!確かにあの研究室ならやりかねないな。

 こっちだ!」

そのまま全員を誘導し走り出した。

 

 

「 ようやくケリがつけれそうだな」

ツゲの後を追いながら、モクレンがつぶやいた。

「 まだ気を緩めるなよ。アインス内部から、というのはあくまでも仮説だ。

 それに今日のゴーストで何か異変が起きてるかもしれん」

シュロが鋭く意見する。言われてモクレンも、はっと気付いたようだ。再び気を引き締め足をはやめる。

 

モクレンに言ったとおり、シュロは事態をまったく楽観視してはいなかった。

だが事態は動いている。これから先一すじの気の緩みも禁物と心得て、シュロは走りながら自分の頬を張り気合を入れた。

相変らず地下のシェルターは暗いままだったが、シュロははっきと前を見据えて走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第八章:帰還

 

暗闇に完全に目が慣れ、暗い地下のシェルターを一直線に走り去る。

大きな分厚い扉を抜け、ツヴァイ屯所に隣接するアインス本部に向かって走りながらツゲは解説を続けた。

 

「 机上でなく4次元を追求しそれを扱おうとする研究。

 アインス内では長老共ばかりが集まってやっている、形ばかりの研究だと思っていたが・・・仲間内では”ドラえもん研究室”って呼ばれてたしな」

先のセントラルでのゴースト発生事件のせいで、アインス内に人は全くいなかった。

一つの都市といえるほどに巨大な建物内をただひたすらにまっすぐ、奥へ奥へと走った。

「 あの研究室は実際には動いてない、ジジイ共の役職名だけのために作られたものだと思っていた。

 部屋自体異常に広いだけで普段人の出入りが全くなかったからな。倉庫にそんな名前をつけて管理しているだけだと──」

 

「 じゃあそこに研究機材があるんだね?4次元の研究、というかゴーストを発生させるための!」

シローがヒソカの背中から叫んだ。その場の全員が頷く。

「 そのはずだ。今はゴーストの発生によりセントラルに人はいないはず。研究内容を確認して、あわよくば研究室を破壊してしまおう!」

先頭に立って走るツゲが士気を高めた。

研究者であるにも関わらず、ツゲの足は現役ツヴァイの4人と同じくらい速かった。どうやら彼もシュロ達と同じ精神波強化スーツを着込んでいるようだ。

一番前で、さすがに息を切らしながらツゲは独り言のようにつぶやいた。

「 俺は武具開発専門だから偉そうなことは言えないが・・・

 俺達研究者よりもお前が一番にこの事をつきとめるとはな」

そして横で並走しはじめたシュロに顔を向け、大きく息を吸い改めて口を開いた。

 

「 すまない、シュロ。ありがとう!」

 

 

 

だがシュロの顔は明るくなかった。ツゲと一緒に先頭を走りながら同じようにつぶやいた。

「 まだ終わっちゃいない。研究室を調べて・・・本当に人類のために必要な、

 ゴーストという副作用をもってしてもやはり止められない研究をしていたとしたら──」

 

ここで遠慮がちにヒソカの背中で緊張した面持ちでいるシローを振り返り

 

「 俺達が消えるべきなのかもしれない。世界のためにそれが仕方ないことなのかもな」

 

気がつけば既にアインスの中央付近を走っていた。シュロの出した言葉の重さに全員が思い悩んだが───

 

 

 

「 知ったこっちゃないね。シュロとシローが犠牲になるくらいだったらこのまま俺達がゴーストと闘ってやるさ。

 二人を逃がして、作戦は失敗しましたといけしゃあしゃあと報告してそれで終わりさ」

モクレンがいつもの調子で威勢よく言った。

それを聞いてイスカも笑いながら調子を合わせた。

「 言うと思ったよ、モクレンらしい意見だ。でも俺も同じ事思った。シュロとシローを犠牲にしてゴーストいなくなって万歳なんて我慢できないね」

さらにヒソカ。

「 私も賛成。でもイスカらしくはない意見ね」

「 うるせ」

 

 

あはは・・・とシローも後ろで気楽な笑い声を立てている。

後ろを振り返って会話を聞いていたツゲが感心したようにつぶやいた。

 

「 うん・・・その通りだな。ドラえもん研究室とやらに何があるか分からないが、

 何があってもやはりシローとシュロを優先して考えよう。破壊するかしないかは別として、二人が生きていても今まで通りっていうだけの事だしな」

 

そしてシュロの方を向き、強い口調でツゲは締めくくった。

「 早まった真似は、するなよ」

 

「 あぁ・・・分かった。ありがとう」

シュロとシローは、神妙な面持ちで頷いた。

 

 

 

 

 

 

目的地の扉は、やけに地味な作りであった。

ツゲが止めないと全員通過していたであろうその扉は、確かに倉庫と思われて当然といったたたずまいだった。

 

「 ゴースト現象がここで仕組まれたのであるなら、セキュリティはまだ生きているはずだ。

 基本的に俺のパスで入れるはずだが・・・気をつけろよ」

ツゲはそういうと、自分のカードで扉のロックを解除した。

 

ドライが警備にあたっていることを予想し、身を硬くして待ち構えたシュロ達の気持ちとは裏腹に、扉は静かに開いた。

 

ただ、

 

「 何だ!どうしたんじゃ!?」

という声を除いて。

 

 

 

慎重に扉をくぐると、そこは確かに広い、綺麗に整った研究室だった。

部屋全体が大きな機械になっているかのように、広い部屋のあちこちをパイプが走り太く束ねられたケーブルが廊下に沿って長く伸びていた。

小さな階段で部屋全体が段々になっており、奥にいくにつれて高くなる機械は、その塊をよりいっそう大きく見せていた。

 

扉が開く音を聞きつけたのだろう、その階段の一番上のほうからサンダル履きのくたびれた白衣姿で現れたのは

とうに還暦を過ぎたであろう禿げ上がった老人であった。

 

 

 

「 なんじゃお前達は。ゴーストが出るという告知を聞かなかったのか?今すぐ避難せい避難!さっさと逃げんか!」

階段を少し降り、その中ほどから精一杯威厳を出して老人は声を出した。

舌は少し回っていないが杖をつきながらもしっかりとした足取りで近付いてきている。

近付くにつれどんどん予想年齢が上がってくる。

その顔にはあまりにも多くのシワが刻まれていて遠くから見るとその影から褐色の肌をしているように見えていた。

 

「 私たちはそのゴーストを殲滅するべく配備された部隊だ。

 貴方こそ何をしているのです?研究者も例外なく全員に避難命令が出ていたはずだ」

逆にツゲが問いかけた。

 

しかしその問いかけには応じず──というか聞いてすらいなかったように思えたが

老人は階段を降り、近付くとこちらを見て小さく驚きの声をあげた。

「 お前・・・もしやシローか?」

ずかずかと近付いてきて、そのシワだらけの顔をヒソカの背中に近づけ頬をつつこうとした。

 

それを途中でさえぎって、シュロ

「 シローの事を知っているって事はゴースト研究の関係者だな。

 あんた誰だ。ここで何の研究をしてるんだ」

 

老人は、いまや100歳も越えるのではないかと思えるシワだらけの顔を今度はシュロに向けた。

 

「 ぬ、こっちはツヴァイのシュロじゃの・・・ということは、もしやお前達・・・」

背を向け、階段を上り始める老人の背中に、今度はツゲが声をあげた。

「 その通りだ。私たちはこの研究室に疑問を持って調査に来た。

 さっきも聞いたが。ここでは何をしている?」

 

このとき、老人が初めてこちらの言葉を聞き入れた。

階段の手前でこちらを振り返り誰に言うともなくつぶやいた。

「 ──分かった。教えるよ。こっちじゃ・・・」

 

杖をつきながらゆっくりと、そしてしっかりとした足取りで老人は一行を上へと導いた。

「 ここへ入ってこれたと言う事は、お前あれじゃな、アインスの研究者だということじゃな。

 アインスの最長老たるワシになんて口きくんじゃ」

相変らず誰も聞いていなくても口に出して言ったんじゃないかと思うような小声で独り言のように老人は呼びかけた。

 

「 アインスの研究者は室長クラスなら全員同格だ。階級差のようなものは無いからあなたに敬意を払う必要はない。

 ・・・あくまでも表向き、だけどな」

最後の一言はツヴァイの5人に向けての言葉だった。

シュロもシローも、ヒソカもイスカもモクレンも、これから起こる事への緊張と不安で常にまわりに気を配りながら警戒を解かずに階段を登った。

 

 

 

階段を登りきると、目の前に現れた光景を見て6人は息をのんだ。

 

「 どうじゃ・・・なかなかのものじゃろう」

 

部屋の中央には、大きな”闇”があった。

直径10m以上はあろうかという巨大な球体が、周りの機械、いやそれどころか空間すら拒絶するかのように闇色に染まっていた。

球体の両脇と上下、そして恐らく背面にもびっしりと機械が配置されており、アームのようなもので挟まれている。

正面をこちらに向けて、挟んだアームで”闇”を安定化し固定しているように見えた。

 

「 これは・・・なんというか陳腐な表現かもしれないが・・・次元の穴っていうやつか?」

ぽかんと口を開けたような、間の抜けた顔のままイスカが呆然と声をあげた。

 

「 正解じゃ。その表現はぴったりじゃな。これからそう言う事にしよう」

年寄りらしく乾いた声でかっかっか、と笑うとアインスの最長老は解説をはじめた。

 

「 こいつはもう随分と昔からこの場所で管理されてきたものでな。ワシも正確にはいつからか知らん。

 はじめ偶然で出来たもので何なのかはわからなかったが、維持機構はすぐに出来上がったんじゃ。

 これが何なのか、どう扱えばいいかが分かったのはワシがこれを前任者から引き継いでしばらく経ったときじゃった」

 

ここまで聞いて、たまりかねたようにツゲが老人に詰め寄って質問した。

「 こんな丸の歴史なんか真面目に聞く気はない。単刀直入に聞こう、こいつがゴーストを生み出しているのか?」

 

物珍しさに、つい説明に聞き入っていたシュロ達もはっとしてツゲと一緒に前に出た。

今はもう球体の目の前に来ている。”闇”を安定化させるためだけの機械なのか

その周りにあるものにはパラメータ表示のモニターのようなものばかりでコンソールやレバーのようなものは少なかった。

実際に動かすのは別の場所で行うのだろうか。

 

老人は、ツゲの物言いに機嫌を悪くしたようだ。途端に仏頂面になるとさらに”闇”に近付きその偉大さをこの若造に知らしめようと声を荒げた。

「歴史なんか、じゃと?そんなヤツにこの偉大な研究を理解することなどできんぞ」

そして後ろの球体を大袈裟に示すと、威厳を込めた太い声で言い放った。

 

「 これは、歴史そのものじゃ」

 

 

 

「 まさか・・・これはタイムマシンなのか?」

イスカが口を挟み、そしてふとまた陳腐な表現をしてしまった事に気付き赤面した。

「 あんたなかなかいい表現しよるの。研究チームに加えたいくらいじゃなぁ」

再び表情を崩すと、老人は得意げにまた長い解説をたれはじめた。

 

 

「 これは偶然に作られた次元の穴、というのはさっき言ったな。これを利用することによって時空をちょっと曲げて視覚的につなげることができるんじゃ。

 つまり過去を見ることができる。未来は無理じゃがな・・・。そのシステムが20年ほど前に確立された

 というわけで今ひそかに膨大な量の歴史の謎が解かれつつあるのじゃぞ」

喜色満面で話し、聞きもしないのに機械の一つ一つにまで解説を始めた老人を今度はモクレンが止めた。

 

「 じゃあ、ゴーストはそいつの副作用で生まれてきていたって事なのか?ただ、昔の出来事を覗き見するためだけのために!?」

 

それを聞くと、カッとなって老人は駆け出した。”闇”を操作するためのものと思われる大きなコンソールの前まで来るとさっきよりもさらに大きな声でわめきちらした。

「 何を言う!人類は全て過去から学んで今日の繁栄を築いたのじゃ!ゴーストなんぞ必要悪じゃろが!!

 あの戦争の原因も、あの事件の真相も。それどころじゃない今はもう絶滅してしまったあの動物の生態だって間近に見る事ができるのじゃ!

 これほど重要な研究がいままでの歴史にあっただろうか!?あるわけがないじゃろう!」

今度はツゲが声をあげた

「 それは違う!人類が過去を見るのは過ちを繰り返さないためだ。

 何もかも見ようっていうのは単なる個人の知識欲にすぎん!それを知ろうとする事は正しいが、ゴーストという副作用を無視してやっていい事じゃない!

 一般の人々をこれだけ巻き込んでおいて何が繁栄だ!こんなのは研究ではない!

 あんたがやっている事は、未来に残しちゃいけない過ちの歴史だ!!」

 

ぬぅぅぅ、と老人がうなりまた声を荒げた。

その目には明らかに狂気を含み声ももはや人のものとは思えぬほどしわがれた、猛々しい獣のようなうめき声だった。

「 一般人など知らぬ!やつらは知ろうともせぬではないか。ワシら知ろうとする者達の邪魔は許さん!

 ワシは・・・ワシは全てを知るのだ!ハハ・・・この地球の知識す、全てを・・ななにもかもををワわシのモノにするるんじゃゃ・・・ゃがが・・」

 

 

 

「 ・・・・おい、このジイさんもう壊れちまってるぞ」

イスカが遠慮がちに、だが冷めた口調で言った。

 

「 もういいよ。ここを調べて、破壊できるなら破壊してしまおう。

 こんな狂気じみた研究のためにゴーストと闘わなきゃならないなんてバカバカしくてやってられんぜ」

シュロがそう言い、部屋の中にある資料や機械に触れ始めた。

他の5人もそれにならい、物色しはじめた。

 

 

「 ひぃひゃ、ままて壊すの、こぁすのはゆぅ許さんぞ!」

老人がコンソールの前から怒鳴る。既にシローが老人のすぐそばで恐ろしく正確な手つきでコンソールを調べ、データを見ていた。

 

「 ワシの夢じゃ!何をするじゃあやめんかぁ!」

 

 

 

「 何が夢だよ!うるさい黙れ!」

突然甲高い声がだだっぴろい部屋の中に鋭く響いた。

 

シローだった。かつてシュロにつっかかって来た時のようにはっきりとその瞳に意思の光をともし老人を睨みつけている。

 

 

 

「 こんなくだらない事のためにゴーストを呼び出して人を殺しておいて・・・

 僕らをこの時代に勝手に呼び出しておいて何だ!お前なんかに人の生き死にを決められてたまるか!

 僕はお前なんかのために生まれてきたんじゃない!絶対にお前なんかの命令で殺されもしないぞ!」

 

 

 

思わぬ反撃に言葉を失い、大人しくなる老人。シローはさらに語気を強くしてまくしたてた。

 

「 ゴーストって!この機械で覗き見た過去のせいで時間軸がねじ曲がってごちゃごちゃになって出てくるんだろ!

 そんなねじ曲がった歴史なんか見てどうするんだよ!しかもな!ゴーストの事おまえ何も分かってないだろ!

 過去からの記憶っていう時点でもうまともな存在じゃないんだ。それをさらにツヴァイに殺させてるんだぞお前は!

 人やら動物やら色々ゴーストにもあったようだけど、ゴーストにされて、しかも殺される。二度も殺されるってことなんだぞ分かっているのか!」

 

ダン!とコンソールを乱暴に殴りつけシローは声を搾り出すようにつぶやいた。

 

「 壊してやる・・・こんなもの全部壊してやるよ!」

 

 

 

それを聞いて、ふと老人の目に正気が戻ってきた。シローから離れるとからからと笑い声をたて、元に戻った聞き取りずらい声で話し始めた。

 

「 壊すか!お前がこれを?あははははははは・・・

 壊してどうする?この世界でまともに生きていけると思っているのか?」

 

「 ・・・・?何が言いたい」

シローに変わって今度はシュロが尋ねた。

皆部屋を調べる作業を一時中断して周りに集まってきた。

 

「 シュロか。シローとお前と二人の抹殺命令を出したのは伊達じゃないのだよ。

 シローが保護されてからこの装置の安定性が下がってな。揺らぐようになったのだよ」

抹殺命令、と聞いてシュロ達はツゲを見たが、彼は首を横に振った。

「 俺達がゴースト現象の核になっていることは聞いている。

 だが精神の在り方は少し違うかもしれんが俺達はもはや実在の肉体を手に入れてこの世界に同化している。

 今俺達が住むこの世界のために、コイツは破壊しなきゃならん。壊せば揺らぎも何も無くなるから安心して隠居しろ」

 

半分嚇しをかけたつもりだったが老人はひるむ様子も無く、ひとしきり笑ってから言葉を続けた。

 

「 ははは・・・甘い甘い。では聞くが、

 元々時空の離れたところにあるお前の精神は本当にこの世界に同調できているのか?

 ここにある次元の穴をふさいだところで、お前達が持つその精神自体がこの穴と同質のものではないのか?」

 

老人の言葉にハッとして、ツゲが驚きの声をあげた。

 

「 そ・・・そうか!ゴーストと同じ過去の記憶から生まれたシュロとシローがいたらこの穴を塞いでも

 時空はねじまがったままなのか!?」

 

それを聞いて満足げに老人は頷き、シュロの肩を叩いて上機嫌に語った。

 

「 その通りじゃ。お前達がここを破壊しても、この世界のどこかにまた同じ穴ができるかもしれんのう?

 そしたらここと同じように制御することなどできんぞ。ゴースト現象はさらに増えるかもしれんなぁ。どうする、ん?」

 

 

 

「 ・・・・・・」

 

老人の陽気な声以外、部屋の中は重い空気がただよった。

ただこの”闇”を文字通り闇に葬ればゴースト現象は収まり二人が普通の生活に戻れるだろうと思っていた。

しかしゴーストから人へとなってしまったシュロとシローは存在だけでこの世界では異質のものとなっているのだった。

老人の言うとおりこの”闇”と全く同質のものと言える。

 

 

 

黙っていると、老人はさらに調子づいたようだ。

「 どうするね。ただしこのまま壊さなかったとしてもこの穴が不安定になっているのも確かな事での。

 お前達二人がここに影響を及ぼしているのも、最近分かったことじゃが確実での。そのままにしとくのも危険なんじゃがなぁ・・・

 二人が大人しく抹殺命令に従っていればゴースト現象も抑えられ、新しく作られたドライ部隊だけで安定すると思うぞぃ」

 

「 くっ・・・この野郎。どうすりゃいいんだ・・・・」

ツゲも困り果てた様子でうつむいている。

ヒソカにモクレン、イスカの三人は対照的にふてぶてしいほど堂々としていた。

 

「 そんなの考えなくてもさっき答は出したでしょ。二人を優先してここを予定通り壊せば良い」

ヒソカが胸を張って宣言した。モクレンとイスカも頷いている。

 

「 話を聞いてなかったのか?この穴を塞いでも世界のどこかに同じように穴が開いて制御ができなくなるだけだぞ」

ツゲがおろおろしながらヒソカに詰め寄った。

それをなだめながらイスカ。

「 そうなったら世界中探してまた穴を埋めてやるさ。どの道このくそじじいに管理をさせるよかマシだぜ。

 ゴーストもこの”闇”も、まとめて全部俺達が面倒見てやるよ」

 

調子を合わせて今度はモクレン

「 過去を覗く方法が分かるまではここで安定化させるだけでゴースト現象は起きなかったんだろう?

 はじめて現象が起きたのが19年前だからな。どっか他の場所で穴あいてた方が気楽かもしれないぜ?」

ここまで言われてはツゲも反論ができなくなってしまっていた。

 

(こいつらの絆がこれほど深いとは・・・)

 

心の底からうらやましいと思った。それは”闇”の正面でぽつんと一人残された老人も同じだったかもしれない。

 

「 よし、そうと決まったらさくっと壊しちまおうぜ」

威勢よくモクレンが言うと、まわりも同調しそれぞれ機械の解体の準備を始めた。

 

 

 

「 ・・・待ってくれ」

ふと、今まで黙っていたシュロが声をあげた。

 

いつの間にかシローを肩に乗せてシュロが全員に顔を向けている。

 

 

 

「 それじゃあリスクが高すぎる。元々次元に穴が開いているだけで相当危険じゃあないか。

 それを利用しようとすまいと危険には変わりないんだ。完全に消滅しないとダメだ」

ゆっくりと、かみ締めるように皆に言い聞かせる。肩の上でシローも頷いていた。

 

「 だがシュロ、他に手はないじゃないか。アインスに任せるわけにはもういかない。この”闇”をここに置いてはおけないぞ」

いまやすっかりツヴァイに溶け込んで、シュロとシロー保護に頭が染まっているツゲが反論した。

全員が頷き、口々に言い合う。

 

「 そうだよ、俺達がこの後なんとでもするって。絶対二人が安全に暮らせるようにするから安心しろよ」

「 うん、アインスの下で働くより、世界中飛び回ってこれを追いかける方が私達にあってる。はやくこれを破壊しましょうよ」

「 何をするにしても急がなきゃ今しかチャンスはないんだぞ。急いで破壊しようぜ」

ツヴァイの三人の意見も耳に入らなかったかのように、シュロは”闇”に向かいシローと一緒に歩いていった。

 

 

 

「 ・・・いや、手はある。この”闇”を破壊して完全に消滅させゴーストも無くし次元のねじれも直す手が」

 

重い調子で続けるシュロに反論できなくなって、全員シュロが”闇”に近付いていくのを黙って見守るしかできなくなっていた。

そして次元の穴の目の前まで来ると、シュロは肩にかついだシローをおろし、振り返って言った。

 

 

 

「 俺達二人が、この穴と一緒に消えればいい」

 

 

 

「 え・・・!?」

全員、しぼんだままうずくまっていたアインスの最長老まで立ち上がり驚きの声をあげた。

「 ちょ・・・待て!お前消えるってどういうことだよ!?自殺なんて考えるな!お前達が死んだら何のためにここまでやってきたんだか!」

モクレンがわめく。

「 そう!死ぬなんて考えないでよ!二人のためなら私達喜んで世界中飛び回ってあげるからさ!」

ヒソカも悲鳴をあげている。既に顔中涙で濡れていた。

「 死ぬって言っても精神がどうなるか分からないだろ。単にお前達がここで自殺したって穴とは直接関係ないかもしれないぞ!やめるんだ!」

イスカとツゲも必死で止めにきた。

 

 

 

だがシローとシュロの決意は固いのだろう。穏やかな顔のままゆっくりと首を横に振った。

「 死ぬっていう事じゃない。闇と一緒に消えればいいんだ。俺達とこいつが同質のものならばそれができるはずなんだ。

 そうだろうシロー?」

 

肩から下ろされて、シュロのヒザくらいの高さから、相変らず年齢設定が間違ってるとしか思えない明瞭さでこの三歳児は口を開いた。

「 うん・・・今は僕と同じっていうのが良くわかる。この”闇”・・・

 僕らがこの内側からこの穴を閉じれば次元の乱れは無くなるはずだよ。

 それに・・・僕とシロー、それぞれの生きた時代に戻れるような気がする」

 

「 それは確かなのか!?」

4人の声が揃った。あれだけ二人の事を心配していたのだから、元の時代に戻れるならば喜んで送り出すだろう。

だが、その可能性がどれほどあるか・・・

 

 

 

「 分からない。でもそうするのが一番だと思う。いつまでも僕らの精神がこの世界に同調していられるか分からないし・・・

 大丈夫、きっと上手くいくよ」

そう言って、シローはシュロの背中によじ登った。シュロが肩まで誘導してやると、二人は陽気に手を振った。

 

「 アインスの事は任せるよ。ゴーストの事はもう心配いらない」

 

シュロの足がどんどん”闇”に近付くのを見て、たまりかねたイスカ、ヒソカ、モクレン、ツゲの4人は駆け出した。

「 待て!待てったら!お前達が犠牲になるのは許さないって言っただろ!戻れよ!」

だがどれだけ急いでも、既に目の前にいたシュロが”闇”に入るのを止めるのには間に合わなかった。

 

 

 

「 大丈夫、犠牲になるわけじゃないよ。言ったろ?ただ自分達の時代に戻るだけさ」

 

 

 

「 ダメ!許さない!こいつ壊して世界中をまわろうよ!一緒に旅しようよ!いきなりここで消えるなんてそんなの許さない!」

4人とも涙でべたべたになりながら、間に合わないと知りつつも”闇”にへばりついた。

だが”闇”は4人を拒絶して中に入る事をこばんでいた。ギリギリのところで手がとまり、奥に居るシュロとシローの所にまで手が届かない。

どうしても先へは動かせなかった。

 

ゆっくりとした足取りで、”闇”の中央まで歩いていくと、真っ黒のはずの闇の中でも何故かはっきりと見える二人は最後の言葉を発した。

 

 

 

 

 

 

二人の言葉が終わった瞬間、その場にいた5人は意識を失った。

巨大な光に包まれたとも、大きな地震で吹き飛ばされたようにも思えたが、数分後に目覚めたときはやけに頭の中がハッキリしていた。

 

ゆっくりと身体を起こし、ツゲが呆然として言った。

 

「 本当に・・・消えちまったな」

言うとおり、周りにさっきまで目の前にあった真っ黒の球体は綺麗さっぱりなくなっていた。

機械はそれでもまだ動いており、目的の物が無くなった今もむなしく駆動音を響かせていた。

 

 

 

「 本当に自分達の過去へ帰れたんだろうか・・・・シュロとシロー」

つぶやき、ツゲが周りを見回すと

ツヴァイの三人は既に立ちあがっていた。

何故か三人は泣いていなかった。晴れ晴れとした表情で”闇”のあった方を向いて笑っていた。

 

 

 

「 当然じゃない。二人の最後の言葉覚えていないの?」

顔はまだ濡れていたが、にこにこしながらヒソカが語りかけてきた。

 

ふと言葉を思い出すと、ツゲもなんだか一緒に笑いたくなった。

 

「 は・・・・そうだな。心配はいらんだろうな

 むしろ俺達がこれからがんばらないといけないんだったな。逆に心配されてるようじゃ・・・はは」

そう言うとツゲは立ち上がり、服の汚れを払うと頬の涙をぬぐった。

確かに二人の心配はいらない。これからアインスを改善するための仕事がある自分達こそしっかりしなくては、そう思った。

 

 

 

思い出す二人の顔は、自信に満ち溢れた表情であり、確かにこう言っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ありがとう、僕らの未来・・・』

 

 

 

 

 



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