ダイの大冒険世界で王者になりました (HB)
しおりを挟む

ダイの大冒険世界で王者になりました

 吾輩はモンスターである。名前はまだ無い。

 

 現在、生後2カ月。

 生まれた当初は母から与えられた餌を食べていたが、3週間もすると大人とほぼ変わらない体格に育ったため、それ以降は母に狩りの仕方を教わりながら過ごしている。

 ちなみに父はいない。子作りが終わった後そのまま別れてそれ以来会ってないらしい。子育てって夫婦でやるものじゃなかったっけ?と母に聞いてみたら、なにを人間みたいなこと言ってるんだと呆れられた。なにか違和感はあるが、母は気にしてないようだし自分の勘違いだろう。

 さて、今日も適当な獲物を狩りに行くかーと準備運動をしていたら母に呼び止められた。はい、なんでしょう?

 

 「あなたも、もう私抜きで狩りはできるようになりましたね?」

 「はい、問題なく」

 

 実際、ここ1週間は母の手を借りずに狩りをしているが特に困ったことはない。最初のうちは逃げられることも多かったが、慣れてしまえば楽勝である。なんかこの体、他のモンスターと比べてやけにスペック高いし。バッと近づいてガッとぶん殴ればそれでどうにかなってしまう。

 

 「ならば、あなたはもう一人前です。今後は自分の力で生きていきなさい」

 「ええと……つまり独り立ちしろと?」

 「そういうことです」

 

 ううむ、もうそんな時期なのか。いずれそうしなければならないのはわかっていたが、いざその時になると寂しい気持ちになる。この辺、知能の低いモンスターばかりで母が唯一の話し相手だったからなぁ……。まあ仕方あるまい、遅かれ早かれこうなるのは決まっていたんだ。ここは新しい出会いに期待するとしよう。

 

 「わかりました、母もお元気で」

 「ええ、いい返事です。あなたも元気でやりなさい」

 

 そう言うと母は背を向けて去っていく……と思ったらすぐ戻ってきた。え、なに?まだなにかあるんです?

 

 「忘れるところでした。最後に、大人になった証としてあなたに名前を贈ります」

 

 おお、それはありがたい。母と二人暮らしの時は問題なかったが、今後ずっと名無しというのはやはり不便だろう。で肝心のお名前は?

 

 「ボラホーン」

 「わかっ……はい????」

 「これからあなたはボラホーンと名乗りなさい」

 「は…………ハアアァァアァァァァァァァァァァァァァァァァ!!?!?!??」

 

 それじゃあ達者でね、と今度こそ去っていく母。

 呆然と見送る自分。

 蘇る前世の記憶。

 え、ここってダイの大冒険の世界なの……????

 

 

 

 

 

 

 ……………………………………………………………………………………

 …………………………………………

 ……………………はっ!

 

 気が付けば母はいなくなっていた。どうやら、しばらく意識が飛んでいたようだ。いやまあ今はそんなことはどうでもいいんだ、重要なことじゃない。

 

 「ショックで前世の記憶とかいろいろ思い出せたのはいいけど……」

 

 よりによってボラホーンかあぁぁ……と、心の中で盛大に溜息を吐く。

 言われてみればなるほど、漫画で見た姿そっくりの顔が水面に映っている。でもボラホーンて。どうせ憑依するならノヴァとか、なんならでろりんでもいいから人間の方がよかった。

 いや、もちろんスライムとか腐った死体とかに比べれば遥かにマシなのは理解している。ちゃんと言葉だって話せるし、戦闘能力も世界規模でみれば強者に分類されるだろう。上の方は天井知らずだが、原作キャラのなかでも中堅クラスの実力はある。

 

 ……あるはず。

 

 

 ……あるといいなぁ(願望)。

 

 

 「まあ、成ってしまったものはしょうがない。とりあえず原作のボラホーンについて、わかっている情報を整理しよう」

 

 ボラホーン。

 竜の騎士バラン直属の部下である竜騎衆の一人にして海戦騎。海の王者。

 種族はトドマンだが、体色が通常のトドマンと違い青色なので、実は上位種のグレートオーラスではないか?という説もある。あのバランがただのトドマンを部下にするとも思えないので、それなりに信憑性はある。少なくとも、なにかしら見るべきところはあったのだろう。

 事実、当時すでに人類トップクラスの魔法使いであったポップのメラゾーマをあっさりかき消したり、ベタン喰らってもほぼノーダメージだったりと決して弱くはないことが伺える。

 天下無双の力を自称していたが、ヒュンケルに力負けしたうえ、クロコダインはお前の倍以上の力があるぞと煽られたりと、パワータイプとしては正直微妙。むしろ、ブラッディースクライドが腹に直撃しても普通に生きているタフネスの方が特筆すべきかもしれない。そのタフネスもギガブレイク2発喰らって生きてるクロコダインの前には霞んでしまうが。

 

 最後はポップを人質にヒュンケルを殺害しようとするも、卑怯な行為を嫌ったラーハルトから鎧の魔槍を投げられ死亡する。総じて卑怯者、噛ませ犬といった評価である。一応、卑怯者という点については擁護できなくもないが。

 そもそも人質を取ったのはすでにガルダンディーは死亡、ラーハルトも満身創痍、まともに動けるのは自分だけという状況であり、いくら消耗しているとはいえ格上のヒュンケル相手では勝ち目が薄かったこと。

 また、同じ竜騎衆の一人であるガルダンディーとは違って殺す前に無駄に痛めつけることもなく、あくまで敵の殺害(=主であるバランの障害を取り除くこと)を目的としていたこと。

 もしもの話だが、この人質戦法が成功していたならヒュンケルとポップは死亡し、バランは何の問題もなく目的(=ダイの奪還)を達成していたであろう。そう考えるとむしろラーハルトの方が個人的な感情を優先して任務を妨害したとも言える。まあさすがにそれはボラホーンを贔屓目に見すぎているが、卑怯な手段をとったとはいえ外道の類ではなさそうである。

 

 「さて、問題はこれからどうするかだが……そもそも、今って原作のどの辺の時期なんだ?」

 

 時間軸を詳しく覚えているわけではないが、確か原作でダイは12歳だったはず。当たり前の話だが、ダイが生まれるのはバランがアルキード王国の王女ソアラと出会い結ばれてから。そして、その前にバランは魔界で冥竜王ヴェルザーと戦い、同時期に地上では勇者アバンVS魔王ハドラーの戦いがあったはず。つまりまとめると、

 

  魔界でバランVSヴェルザー、地上でアバンVSハドラー(15~20年ぐらい前?)

   ↓

  バラン、ソアラと結ばれる(13~15年ぐらい前?)

   ↓

  ダイ誕生(12年前)

   ↓

  原作開始

 

 だいたいこんな流れになる。

 原作でボラホーンが何歳だったかはわからんが、少なくともラーハルトよりは年上だったはずだから……30~35歳ぐらい?そうなると最初の重要イベントであるハドラーの地上侵略まで、あと10年ぐらいはある計算になる。ボラホーンが対ヴェルザー戦に参戦していたとは思えないので竜騎衆にスカウトされるのはおそらくもっと後、バランがアルキード王国を滅ぼして大魔王陣営についてからの話だろう。

 

 「原作通り竜騎衆のスカウトが来るかどうかはともかく、まずはハドラー襲来までにしっかり鍛えておかないとな」

 

 今はまだ、モンスターたちも普通の動物のように過ごしている。まあ、中には元々血の気が多い奴らもいるが、基本的には狩りのときだけ警戒してればいい。

 だがそれもハドラーが来るまでの話、ヤツが来ればモンスターは支配され凶暴化する。

 そうなったら、普段はおとなしい連中もこっちに襲い掛かってくるかもしれない。1対1なら負ける気はしないが四六時中群れで襲われたりすると厄介だ。たとえそうなっても、まとめて蹴散らせるぐらい強くなっておきたい。

 ……いや、待てよ?そもそも自分だってモンスターなんだからハドラーに支配される可能性があるのか? 原作ボラホーンがかつてハドラーの支配下に置かれていたような描写は無かったから大丈夫だとは思うが……。

 

 いくら魔王とはいえさすがに自分より強い奴は支配できない、よな?

 同格以上の相手も支配できるなら、人類側についたクロコダインとか真っ先にやられてるはずだし。

 うん、万が一に備えて目標はハドラー超えにしておこう。

 原作主人公だってわずか数か月で大魔王倒せるぐらい強くなったんだ。

 10年以上あれば魔王超えもなんとかなるって。いけるいける(自己暗示)。

 

 「よし、なんにせよ方針は決まった。このあたりのモンスターは雑魚ばかりだし、これからは世界中旅しながら武者修行といこう」

 

 せっかくダイの大冒険の世界に来たんだし、ついでに観光なんかもできると良いな。お城とか見て回るのが楽しみだ。

 

 

 

 

 

 

 そんなふうに考えていた時期が私にもありました。

 

 いや、よく考えたら原作で出てきた場所って基本的に陸の上じゃん。

 まだハドラー来てないとはいえ、モンスターがのこのこ歩いてたら一発でアウトよ。スライムとかならともかく、見た目からして凶悪そうなのもマズい。すぐに警備隊なりなんなり呼ばれて騒ぎになってしまう。無意味に人間と敵対する気はないが、陸上だと鈍足なので逃げ切ることもできないし、残念だが諦めるしかないか……。

 

 そんなわけで陸が無理ならせめて海だけでも制覇しようと、全世界を泳ぎ回りながら強そうなモンスターがいたら片っ端から喧嘩売って過ごす日々。

 

  東にだいおうイカがいれば刺身にして食べ(醤油が無いのが残念だが美味かった)

  西にガメゴンロードがいれば甲羅を鍋にして食べ(〆のご飯が無いのが残念だが美味かった)

  南にダンジョンえびがいれば素揚げして食べ(天ぷらの材料が以下略)

  北にじごくのハサミがいれば無言で茹でて食べ(ry)

 

 そんな食べ歩き、いや修行の日々を送っていたのだがいまいち強くなったような気がしない。

 もちろん、まったく効果がなかったわけではないのだが……

 

  片手だけで戦ってみたり

  10分間敵の攻撃を避け続けてから戦ってみたり

  10分間敵の攻撃を防ぎ続けてから戦ってみたり

  弱点を見極めて其処を突くように戦ってみたり

  逆に甲羅などの堅い部分をあえて力で叩き潰すように戦ってみたり

 

 いろいろ工夫をして戦闘経験を積んできたおかげか、一方的に『獲物』を狩るのとは違った『敵』との戦い方が身についてきたと思う。また、キャラデザ繋がりで亀仙流を思い出してからは常にガメゴンロードの甲羅を背負って生活しているため、最近では体つきも一回り大きくがっしりしてきた。肉体的には順調に成長していると言っていいだろう。

 

 じゃあ何が問題なのかというと、まず1つ目は技術面、もっといえば必殺技である。

 アバンストラッシュをはじめ、ブラッディースクライドやら獣王会心撃やら……強者というものは得てして格上にも通用するような切り札を持っているものである。

 それに対して自分はどうか。原作の『凍てつく息(コールドブレス)』で凍らせてから鎖付きの錨で粉々に砕くという必勝戦法があるが、それはあくまで戦法であって必殺技ではない。『凍てつく息(コールドブレス)』にしてもマヒャド級の威力があるのは凄いが逆に言えばただのマヒャドで代用できるレベル、とても必殺とは言えないだろう。鎖付きの錨に至ってはそもそも持ってない。原作ではどこで手に入れたんだアレ。

 とりあえず修行法が分かっている大地斬を試してはいるが、残念ながら武器がないため仕方なく素手でやるはめに。疲れ切った状態で余分な力が抜けた正拳突きを繰り返す。確かに岩は砕けるが、別に普通に殴っても砕けるので、これであっているのかは疑問である。かといって直接アバン先生に教わりに行くわけにもいかないし、そもそも現時点ではまだアバン流殺法自体生まれてない可能性が高い。なかなか都合よくはいかないものである。

 

 2つ目の問題は、闘気が習得できてないという点である。

 正直これはかなり深刻な問題と言えよう。

 なにしろ闘気はダイの大冒険世界において攻防の要である。これが使えるのと使えないのとでは戦闘力が1~2段階は変わってくると言っても過言ではない。ラーハルト?あいつは例外だから。なんだよハーケンディストールって、単なる衝撃波でオリハルコンも切断可能ってどういうことやねん。

 それだけ重要な闘気だというのに、具体的にどうやって修行すれば身に着けられるのか原作では書いてない。マジかよ。

 メインの近接キャラは大体みんな使ってたので、このまま鍛えていればそのうち自然と使えるようになるのかもしれないが確証はない。いったいどうしろというのか。こうなったら自分も衝撃波出せるように修行した方が良いのかもしれない、とちょっと真剣に悩んだ。

 

 

 

 

 

 

 なんか都合よく覚醒したりしないかなー、とふざけたことを考えながらいつものように獲物を探して泳いでいると、海底の方で何かがキラリと光ったのが見えた。

 気になったので確かめに行くと、近づくにつれてなにか巨大な神殿のような建物が見えてくる。え、なにこれ?原作でこんなのなかったよね?

 いきなり中には入らず、外周をぐるりと回って様子を窺う。しかし、残念ながら外からだとよくわからない。さてどうするか。一番簡単なのは見なかったことにすることだろう。原作で登場しなかったということは放っておいても特に問題はないはずだし。

 とはいえ気になるのも事実。もしかしたらテランの湖の底にあった竜の騎士の神殿みたいなやつかもしれない。あそこは竜の騎士しか入れなかったはずだし、念のため入れるかどうかだけ確認しておこう。決して、地上の名所を観光できなかったからせめて海底だけでもとかは考えてない。

 

 まさか入ろうとしただけでキラーマジンガ×2とかは出てこないだろうが、最大限警戒しつつ入口からこっそり入る。

 ……問題なく入れたな。ということは少なくとも竜の騎士関連ではなさそうか。

 海底にあるにもかかわらず神殿の中は空気で満たされている。ざっと周囲を確認してみるが構造はそんなに複雑ではなさそうだ。エントランスホールの先、中央から通路がまっすぐ伸びていて左右にはいくつかの部屋がある。そして通路の先には美しい彫刻が為されたひときわ大きな扉があり、いかにも重要そうな雰囲気が漂っている。加えて、

 

 「これ、何の音だ?」

 

 通路の先の部屋、扉の奥からなにか風の通り抜けるような、あるいは唸り声のような、もっといえばいびき声のような音が聞こえてくる。いくら神殿内部が空気で満ちてるとはいえ海底で風が吹くとも思えないし、なにか生き物が居るのだろうか?

 

 「……確かめてみるか」

 

 これがゲームならほかの部屋をすべて探索してからメインの部屋に行くのだが、現実だとそうもいかない。ここが放棄された無人の施設ならともかく、主がいた場合、挨拶もなしにいきなり家探し始める侵入者とか敵対必至である。どんな相手かわからない以上友好的に接触できる可能性を潰したくはない。

 

 息をひそめて静かに扉を開け隙間から中を窺う。なるべく音を立てないようにしたが、それでもギ、ギ、ギと軋むような音が鳴ってしまった。マズいと思ったが、幸い気づかれずに済んだようだ。

 

 (まさか本当にいびき声だったとは……)

 

 見えたのは整然と並ぶ天井を支える太い柱と、奥の方の一段高い位置にある豪勢な玉座、そして玉座で眠る巨大なモンスターの姿だった。モンスターは全長5mクラスの半魚人、あるいは人魚(♂)のような見た目をしており、手にはサスマタのような形の槍を持っている。

 

 (というか、あいつグラコスでは?)

 

 DQ6に登場する大魔王デスタムーアの部下にして、ムドー、ジャミラス、デュランと並ぶ4人の魔王の1人。ダイの大冒険には登場しなかったはずだが……

 

 (そういえばジャミラスは北の大地で黒の核晶(コア)を守る番人として最後の方で登場してたっけ)

 

 ならこいつが居てもおかしくはない、のか?

 だとするとムドーやデュランもこの世界のどこかにいるんだろうか?もしデスタムーアまでいたら完全にお手上げである。原作後の続編としてダイが新生竜騎衆とともにバーン、ヴェルザーに次ぐ第3勢力と戦う魔界編なんて話もあったが、バーン様どうにかしても大魔王おかわりとか勘弁してほしい。いや冗談抜きに。

 

 まあ今すぐどうこうはならないはずなので、魔界編の話は一旦脇に置いておく。

 それよりも今は目の前で寝こけているグラコスをどうするかだが……。

 正直なところこのまま見なかったことにして帰ってしまいたい。というかそうした方が良いんじゃないかな?原作で出番がなかったってことは、案外地上の騒動に気づかずそのまま寝続けてた可能性もあるんだし。触らぬ神に祟りなし。仮に起こしたところでエスタークみたいに眠りを妨げたな!と襲われても困るからな。

 

 どうか起きませんように、と祈りながら少しづつ扉を閉めていく。

 巨大な扉の重さゆえか、開けたときと同じくギ、ギシッ、ギシッと軋んだような音が鳴る。

 まだこちらに気づいた様子はない。

 

 (頼むからそのまま寝てろよ……)

 

 だがその祈りは届かず、あと少しで完全に閉まる、という所でギィッ!!と、ひときわ大きな音が鳴る。

 マズい!と思うも時すでに遅く。目が覚めたグラコスとばっちり目が合ってしまった。

 

 「……………………あ、どうもおはようございます」

 「……………………ブクルルルー、なんだお前は?ここをこの海魔神グラコス様の居城と知って入ってきたのか?」

 

 どうやらいきなり襲い掛かってはこない模様。

 ならこのまま適当に話を合わせて、折を見てとんずらするべきか。

 

 「ブクルルルー、おい貴様聞いてるのか、いったい何の用でここに来たのだ」

 「あ、えーと、それはですね」

 「おい、そんな遠くで話されてもよく聞こえんぞ。もっと近くに来て喋れ」

 

 手招きをするグラコス。

 ここで話を切り上げるのも不自然なので仕方なく部屋に入って事情を説明する。

 

 「ブクルルルー、海を泳いでいたらこの神殿を見つけて、気になったから入ってきたァ?」

 「ええ、まあそうなります」

 「フン!つまり単なる興味本位で、わしに用があったわけではないということか!せっかく気持ちよく寝ていたのに下らぬことで起こしよって……」

 

 あ、なんかまずい流れっぽい。

 

 「じゃ、じゃあそういうことなのでそろそろお暇しようかな~、なんて」

 「待て、勝手に入ってきて勝手に去っていくつもりか?その前に詫びの一つも入れていくのが筋というものだろう?」

 

 ニヤリ、とグラコスが笑う。完全に獲物を見る目だ。

 何があってもすぐ対応できるよう、さりげなく態勢を整える。

 

 「詫び、と言われても……どうしろと?」

 「今わしは数十年ぶりに起きて腹が減っているのだ。ここはひとつ、貴様をこのグラコス様の腹の足しにしてやろう!」

 「チッ!?結局こうなるのかよ!」

 

 槍で突いてきたのを後ろに跳んで回避しながら悪態をつく。

 こうして、原作にない強敵との想定外のバトルが始まった。

 

 

 

 

 

 

 「げはげはげは!そらそら、どうした!逃げてばかりおらんでかかってこい!!」

 「好き勝手言いやがって、くそったれ!」

 

 連続して突き出される槍をかろうじて避ける。

 かかってこいと言われても、もともとの体格差に加えてあちらは槍、こちらは素手という如何ともし難いリーチの差がある。次々と繰り出される槍をすべて回避しながら素手の間合いまで接近するなど早々できることではない。

 相手はあの巨体なのだから動きは鈍いはず、と足でかく乱しようとしたがそれも失敗。よく考えれば体が大きいということは歩幅もでかいということ。こちらが2~3歩動く距離をあちらは1歩で詰めてくるのだから上手くいくはずがなかった。

 間合いを詰めれないのなら遠距離から、と『凍てつく息(コールドブレス)』で攻撃しても『氷の息』で相殺される始末。今のところお互いにダメージはないが、いつかは回避できず直撃を食らうだろう。このままいけばじり貧なのは明らかである。

 

 (どうする?どうにかして拳が届く距離まで近づく必要があるが、そのためにはヤツの槍をかいくぐらねばならん。あの手数の多さから見てすべて避けるのは不可能、かといって防ごうにも素手ではどうにも……)

 

 と、そこまで考えてハタと気づく。そうだ、あれがあったか!

 思いついたら即実行、足を止めて大きく息を吸い込む。

 

 「げはげはげは!また(ブレス)か、無駄なことを!」

 

 当然あちらも気づいて『氷の息』で相殺しようとしてくる。

 だがそれこそがこちらの狙い。

 

 「ブハアァァァーーーーーーッッ!!」

 「ゲハアァァァーーーーーーッッ!!」

 

 2種類の(ブレス)がぶつかり合って霧状になり、視界が白く染まる。

 その隙に、背中に背負っていた甲羅を下ろし盾のように構えて突進する。

 修行用の甲羅がこんなところで役に立つとは。

 

 「ヌゥッ!?」

 

 霧の中から飛び出してきた俺に向かってとっさにグラコスが槍を突き出してくる。

 

 「甘い!!」

 

 だがその一撃を甲羅の丸みを利用して受け流す。

 慌てて槍を引き戻そうとするがもう遅い。

 

 「貰ったァ!!」

 

 懐に飛び込み、勢いのままに拳を振るう。

 倒せなくとも大ダメージは与えられると確信できる一撃。

 

 「なっ!?」

 

 だが返ってきたのは柔らかいゴムのような感触。

 予想外の出来事に一瞬思考が止まった隙を突き、グラコスが力任せに拳を振るってくる。

 かろうじて盾で受けるも、吹き飛ばされてまた間合いが開いてしまった。

 

 「げはげはげは!残念だったなァ!」

 「今のは……!?」

 「ブクルルルー、わしの自慢の肉の鎧を前にしては貴様のちんけな打撃など無駄無駄無駄ァ!」

 

 勝ち誇ったように高笑いするグラコス。

 

 (くそったれ、なにが肉の鎧だ、ただの脂肪じゃねーか!どこのハート様だてめぇは!)

 

 内心で罵詈雑言を吐くも、実際問題として状況は悪化している。

 体への打撃が通じないのであれば、後は脂肪に覆われていない頭部あたりを狙うしかないが、そこはやつもわかっているのかさすがに警戒しているらしく隙が無い。

 

 (打撃が駄目ならいっそ噛みつきでも試すか?幸いこの体には立派な牙もついているが、あの脂肪の塊にちゃんと牙が刺さるかは賭けだな……)

 

 これならいっそ、ぶよぶよの脂肪よりカチカチの筋肉相手の方がマシだった……ん?

 そうか、柔らかいのが駄目ならカチカチに凍らせてやればいいのか。まさかここで原作ボラホーンの必勝戦法が活きてくるとは。

 こちらの『凍てつく息(コールドブレス)』を『氷の息』でわざわざ相殺してくるということは、逆に言えば直撃すれば効くということ。よし、これで光明が見えてきた。

 

 だがそれでもまだ1つ問題が残っている。

 遠距離から撃っても今まで通り相殺されるだけなので、迎撃不可能な距離まで近づかなければならないのだが、先ほどと同じ手はもう使えまい。

 相手の間合いの外から隙を作る必要がある。なお(ブレス)は連発できるようなものでもないので、それ以外の手段でだ。

 

 (甲羅の盾を投げつける……いや、駄目だな防御手段を手放すのはマズい。どっかに槍よりもリーチがある武器とか都合よく転がってないものか)

 

 振り回される槍を防いだり避けたりしつつサッとあたりを見渡す。

 当然そんな都合のいいものは転がっておらず、視界に映るのは玉座と柱だけ……柱?

 

 (あったよ!柱が!!)

 

 思わず、でかした!と叫びそうになりながら近くの柱に大地斬もどき(拳)をぶち込む。

 

 「貴様、何を!?」

 「オラァッッ!!!!」

 

 グラコスの驚愕した声が聞こえる。

 無視してへし折った柱を抱えると、これが天下無双の力じゃー!と言わんばかりに振り回してヤツの頭部に叩きつける。

 さすがに予想外だったのか直撃を食らって意識が飛んでる様子のグラコス。

 もちろんその隙を逃す理由などない。

 即座に懐に潜り込み、『凍てつく息(コールドブレス)』からの連撃を叩きこむ。

 

 「グワァァーーーーーーッッ!!??」

 

 痛みで激しく暴れるグラコスから一旦距離をとる。

 だがこれで均衡は破れた。

 このまま油断せず「もう許さんぞ貴様ァ!ここからは全力で戦ってやろう!!」え?

 

 グラコスが槍を掲げる。

 マズい!あの槍の効果は……!

 

 「纏え、堅鎧!」

 

 その言葉に応えて槍が光り、グラコスの体をその光で包み込む。間違いなく守備力増強呪文(スカラ)が発動したのだろう。

 グラコスの槍はクロコダインの真空の斧と同じく魔法を封じてある希少な武器だが、ただでさえ攻撃が通じにくいこの状況で守備力増強呪文(スカラ)は下手な攻撃呪文よりよほど厄介である。

 こうなると、凍らせたところで打撃が通じるのか。そもそも凍らせることが出来るのか。

 表情に出さないようにしているが、どうしても焦りから顔が歪んでしまう。

 

 「ブクルルルー、どうしたその顔は?絶望したか?だが今更後悔しても遅いわ!」

 「はっ、ぬかせ!」

 

 そうして再び膠着状態が訪れる。

 予想通り(当たってほしくはなかったが)こちらの攻撃は効かず。

 かといって相手の攻撃もこちらには届かない状況。

 だがその均衡も長くは続かない。

 幾度となくヤツの攻撃を防いできた甲羅の盾はすでに限界が近づいている。

 盾が砕ければもはや間合いに入ることもできなくなり、すなわち詰みである。

 

 (盾で防げそうなのはあと1回、次がラストチャンスってわけか……)

 

 狙うのは頭部。

 だがたとえ頭部を狙おうと攻撃力が足らないのはこれまでの攻防でよくわかっている。

 つまりこれは単なる悪あがきに過ぎない。

 ヤツもこちらの攻撃を恐れる必要はないと理解しているのか、先ほどから碌に防ごうともしていない。

 攻撃が効かないとわかっているのに無理に攻めてこないのは、警戒しているのではなく単に少しでも長くこちらをいたぶろうとしているだけである。

 

 (こんなとき、闘気さえ使えれば……)

 

 いや、ないものねだりをしてもしょうがない。

 かぶりを振って弱気な考えを振り払う。

 どうせ後はないんだ、この一撃にすべてを込めてやつのニヤケ面をぶん殴る!!

 

 「オラアアァアアァァァーーーーーーーーーーーッッッッ!!!!!!!!」

 「げはげはげは!なんだ、わざわざ自分から食べられに来たのか!!」

 

 勝利を確信した顔で槍を振るうグラコス。

 盾が砕けるが構わない、ここまで持っただけで十分だ。

 ヤツの顔面目掛け跳躍し、拳を振りかぶる。

 時間の流れが引き延ばされる。

 動きがスローに見える。

 体が熱い。

 振りかぶった拳に違和感。

 ヤツの顔がニヤケ面から一転、驚愕に染まるのが見える。

 疑問に感じるもそのまま拳を振りぬく。

 

 

 

 「グワアアァアァァァーーーーーーーーーーーーッッッッ!!?!??!?」

 

 「えっ」

 

 

 

 さっきまで効かなかったのになぜか吹き飛ぶグラコス。

 顔面は完全に陥没しており生きてはいないだろう。

 だがそれよりも目に映る光景が理解できない。

 なぜか黒い鉱物のような何かに覆われている振りぬいた拳。

 というか体半分ぐらい覆われてない?え、なにコレ怖い。

 攻撃が通じたのって多分これのおかげなんだろうけど、なんなのかわからないのがすごく怖い。

 これまさか闘気じゃないよね??闘気が物質化するとか聞いたことないんだけど……

 

 混乱しているうちにスゥーと空気に溶けるようにして謎の鉱物は消えていった。

 マジで何だったんだ。

 

 「しかし、疲れたなぁ…………」

 

 緊張が解けたら、ドッと疲れが押し寄せてきた。

 そのまま倒れ込んで体を休める。

 謎の現象のおかげでかろうじて勝てたとはいえ、薄氷を踏むような勝利だった。

 

  最初から守備力増強呪文(スカラ)を使われていたら

  守備力増強呪文(スカラ)使用後に一気に勝負を決めに来られていたら

  最後に謎の鉱物が発生していなければ

 

 勝敗は逆になっていただろう。

 いや、そもそも数十年ぶりに起きて体が鈍っていた上、その間食事もしておらず本調子ではなかったのにあの強さだ。今回勝てたのは運がよかったとしか言えない。

 

 「魔王の名は伊達じゃない、か……ハドラー超えが目標だったがまだまだ遠そうだ」

 

 それはそうと疲労感がやばい。

 そろそろ意識飛びそう。

 おや、すみ…………。

 

 

 

 

 

 

 さて、その後の話であるが。

 

 グラコスの死体はさすがに食べる気にならなかったので燃やし、槍は戦利品としてもらっておいた。もうグラコスの物ではなくなったので、海魔神の槍とでも名前を変えるべきだろうか?

 また、グラコスから海のモンスターの支配権を継承したのが感覚的に理解できた。原作ボラホーンも海の王者を名乗っていたが、これで名実ともにそうなったと言える。

 海底神殿のほかの部屋も調べてみたが、めぼしいものは特に無かった。まあ槍が手に入っただけでも良しとしよう。実際ダイの大冒険世界において魔法の武器はかなりの貴重品だし。

 砕けた甲羅もすぐに代わりを用意した。普段は修行に使えていざという時は盾にもなる便利アイテムである。今後も重宝するだろう。

 

 想定外の戦いではあったが得るものは多かった。

 だがすべてが順調だったわけではない。

 結局あの謎の鉱物に関しては何もわからなかった。もう一度出そうとしてもうんともすんとも言わない。あの力が自在に使いこなせるようになれば目標に大きく近づくのだが……。

 グラコス以外の魔王がいるのかどうかも不明のままだ。かといって魔界に行く方法なんて知らないし、調査は不可能だろう。

 

 まあこの辺は仕方ない。

 どうせ考えたってわからないものはわからないんだ。

 なら何が起きても対処できるよう鍛えている方がよほど建設的というもの。

 やることは変わらない。

 まずはこの槍を使いこなす修行から始めよう。

 

 

 さぁ……

 

 

 

 ボラホーン()の戦いはこれからだ!

 

 

 

 




 Q.槍使うとかラーハルトとキャラ被らない?
 A.鏡見ろ

 はい、この後どういう流れにするか思いつかなかったので打ち切りエンドになりました。
 もったいないので書いた分だけは投稿することに。
 長編書いたりとか毎日投稿してる作者の皆様方は凄いなと改めて思った。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第2話

続きを思いついたので2話目を投稿します。


「ハァッ!!」

 

 前方からの(ブレス)に向かって大上段から槍を振り下ろす。

 斬り裂くというより風圧でかき消したようになってしまった。

 ちゃんと刃筋を立てねばと反省。

 

「フッ!!」

 

 背後から飛んできた火球(メラ)を振り向きざまに薙ぎ払う。

 振るのが遅かったせいか剣圧(槍圧?)ではなく槍で直接ぶった切ってしまった。

 駄目だな、もっと速さを意識しないと。

 

「セイッ!!」

 

 一息つく暇もなく左からの(ブレス)を逆袈裟に斬り上げる。

 ふむ、今のはちょっと良かったかもしれない。

 感触を忘れないうちに次だ次。

 

 

 

 さて、今日も今日とて修行の日々である。

 小島と呼ぶのも憚られる岩場の上に立ち、周囲に(ブレス)や魔法を使えるモンスターを配置。流れ弾がいかないよう距離を取らせたあとはひたすら攻撃させている。時折魔法力が尽きたモンスターが交代しているが、こちらは休みなしで延々海鳴閃による迎撃を繰り返す。

 こうして疲れるまで海鳴閃の練習をし、それが終われば地雷閃の練習をする毎日。おかげで最近では地雷閃、海鳴閃ともに少しづつ形になってきたように思う。虚空閃?光の闘気が使えるようになるまでお預けです。

 そうして今日も日が沈むまで修行を続け、終わったあとは帰る前に一休みして体力を回復する。

 

「しかし、自分でモンスターを探し回っていたころと比べると修行効率が段違いだな」

 

 その点はグラコスに感謝である。こうして海のモンスターに命令できなければ海鳴閃の練習とか早々できなかったはずだし。

 ちなみに、モンスターたちは命令されてないときは普段通り過ごしている。こちらとしても修行に付き合ってもらう以外は特に用事もないので、人間を襲わないようにとだけ命令してあとは好きにさせている。

 数年後の魔王襲来を見据えてモンスター同士で訓練させて最強の軍団を……と考えないでもなかったが、最悪、鍛えたやつらがそっくりそのままハドラーに奪われるかもしれないことに気づいて止めておいた。こちらの支配力がハドラーを上回っている保証もないし安全策を取るべきだろう。

 

「ただなぁ……技の修業はともかく、戦闘訓練の方はちょうどいい強さの相手がいないんだよなぁ……」

 

 グラコス戦を経て成長した今となっては、もはや鍛えてもいないモンスターたちなどハンデを付けても相手にならない。

 原作でダイたちがわずか数か月で大魔王を倒すほどに成長できたのはもちろん本人たちの素質もあるが、なによりひたすら強敵と戦い続けたのが大きいと思われる。

 さすがにあそこまで死闘につぐ死闘をしたいとは思わないが、ここからさらに強くなるためにはやはり互いに高めあえる好敵手は必須だろう。

 

「その点クロコダインとかピッタリなんだけど」

 

 同じパワー&タフネスタイプの戦士だから学べるところも多そうだし。

 問題はこの時期にクロコダインにかかわると原作の流れが読めなくなるということだ。クロコダインといえばダイたちが最初に戦う軍団長、もし一緒に修行してクロコダインがパワーアップでもしてたらダイたちが返り討ちに会いかねない。かといって大魔王側に付かないようクロコダインを説得して戦闘自体を回避しても、それはそれでポップが勇気を振り絞ることも無くなりその後に影響がでる。

 

「そう考えると、やっぱり原作キャラへの接触は止めといた方が無難か」

 

 それこそ時期が来たら海底神殿にでも引きこもって原作に関わらず過ごすルートもあるんだし。

 正直なところ原作でボラホーンが果たした役割って特にないからな。ポップの相手はガルダンディーが、ヒュンケルの相手はラーハルトがするんだから自分が抜けても問題ない。自分の代わりに誰が海戦騎になるのかは知らないが、ヒュンケルをどうにかできる実力者がいるとは思えないし大して違わないだろう。もし代わりが見つからず海戦騎が欠番になっても精々ヒュンケルの見せ場が1つ減るだけだ。

 

 そう結論付けて休憩を終わらせる。

 さてそろそろ海底神殿(自宅)へ帰るかと思っていると、なにか用事があるらしくガメゴンロードが近づいてきた。

 何かあったのか聞いてみるとどうやら近くで人間が遭難しているらしい。以前ならともかく今は人間を襲わないよう命令されているので手を出してはいないが、そのまま放っておいていいのかわからず対応を聞きに来たそうだ。

 

「わかった、そういうことなら言葉が話せる自分が対応するからそこまで案内してくれ」

 

 ガメゴンロードは返事をするように一声鳴くと、こちらを乗せて泳ぎ始める。

 そして数分後、高波にでもさらわれたのか、ひっくり返っている小舟とそれにしがみついている中年男性(おっさん)を見つけた。

 

「おぉーい、大丈夫かー?」

「ひぃぃぃっ!?モ、モンスター!?」

 

 近づきながら声をかけるとビビりまくるおっさん。

 うん、まあ当然の反応なんだがちょっと傷つく。

 

「落ち着いてくれ、こちらに敵意はない」

「ほ、本当か……?そんなこと言って油断させようとしてるんじゃないだろうな?」

「いや仮にあんたをどうこうする気なら、声なんぞかけずにさっくりやってると思わんか?見た目が凶悪なのは自覚してるが、こっちは遭難してる人間がいると聞いて救助に来ただけだ」

「う、うーむ、それはまあ確かに……」

 

 そもそもあんたらにとっちゃワシが油断してようがしてなかろうが関係ないじゃろうし……と、俺とガメゴンロードを交互に見つつブツブツ呟くおっさん。

 

「納得したか?とりあえずひっくり返った船を戻してやるから一度こいつの背に乗ってくれ」

「おわっ、ととと」

 

 おっさんの手を掴んでガメゴンロードの背に引っ張り上げてやり、そのまま交代で海に飛び込むとさっさと船を戻す。

 

「荷物は流されたか沈んだかしたのか?場所が分かるなら探してみるが」

「ああ、いや……ひっくり返ってから大分流されてしまったんで場所はちとわからん、諦めるしかないじゃろう」

「そうか、なんというか災難だったな」

「まあこうして命を拾えただけでも儲けもんじゃろう、幸い懐の財布と手荷物は無事じゃったしな」

 

 そう言ってニカリと笑うおっさん。ふむ、まあ本人がそういうならこちらがとやかく言うこともないか。

 

「しかしなんでこんな小舟で海に出てたんだ?見た感じ漁師って雰囲気でもなさそうだが」

「ああ、実はパプニカからベンガーナまで海を渡って行こうと思ったんじゃが……」

「じゃが?」

「……定期船は高くてのう」

「いやいやいや、そこは金を惜しむところじゃないだろ」

 

 何考えてんだこのおっさん。

 

「いやいや、もちろんワシも普段だったらそんなことはせんわい。ちゃんと理由があるんじゃ」

「ほう、その理由とは?」

「なんでもここ最近、海のモンスターがめっきりおとなしくなったらしくての。たまに姿を見かけることがあっても、襲い掛かってくるでもなくすぐにどこかへ行ってしまうとか」

「へ、へ~それはまたふしぎなこともあるもんだな~ハハハ……」

「モンスターの脅威がないならこの小型船でもなんとかなるかと思ってな。帆を張れば速度は出るし、これぐらいの距離なら半日は無理でも丸1日はかからないじゃろうと……」

 

 実際、途中までは順調じゃったんじゃがのう……と話し続けるおっさん。

 はい、(間接的とはいえ)原因は俺でした。まさか自分が出した命令の影響でこんな無茶をやらかす人間が出てくるとは……読めなかった、この海の王者の目をもってしても!

 

(もしかしたら他所でも同じようなことが起きてるんじゃないだろうな?)

 

 良かれと思って出した命令だがこんな落とし穴があったとは。

 今後は遭難してる人間を見かけたら近くの陸地にでも送るように、あとで命令を追加しておこう。

 

「あー、ごほん、さて目的地はベンガーナだったな?ならそちらの大陸まで送っていこう」

「何から何まで悪いのう、何か礼ができればいいんじゃが……あいにく荷物はほとんど失くしてしまったし、この財布まで渡すと一文無しになってしまうからのう」

「別にそんなこと気にしなくていいんだが……そうだな、なら着くまでの間世間話の相手でもしてくれ」

「おお、それぐらいでよければぜんぜん構わんぞ」

 

 船とガメゴンロードの首をおっさんの手荷物にあったロープで結び出発する。

 この速さだと2、3時間もあれば着きそうだな。それまではさっき言った通り世間話でもして時間を潰すか。

 

 

 ……………………………………………………………………………………

 

 …………………………………………

 

 ……………………

 

 

「え、おっさんって魔法使いなのか?」

「おお、そうじゃとも。こう見えても高名な師匠の下で学んどったんじゃぞ」

「へぇー、そんな凄腕には見えないけどな、能ある鷹は爪を隠すってやつかね?」

「う、うむ……まぁそんなところじゃのう」

 

 魔法、魔法か。

 そういえば修行中も魔法についてはノータッチだったな。戦士系といえば闘気のイメージが強かったのもあるが、そもそも呪文の契約とかどうやればいいのかわからなかったし。いい機会だし聞いてみるか。

 もし魔法が使えるようになれば戦略の幅が広がるし、何よりギガブレイクは無理でも火炎大地斬とか閃華裂光拳とかの必殺技が使えるようになるかもしれん。

 

「ちょっと聞きたいんだが、呪文契約のための魔法陣とか覚えてたりするか?」

「うん?まあ基本的な呪文のは覚えとるぞ、使えるかどうかは置いといて師匠に一通り契約させられたしの」

「本当か!?」

「ぬおっ!?きゅ、急に顔を近づけるな!お前さん強面なんじゃからびっくりするじゃろうが!」

「あ、ああ、すまん、つい……」

 

 まさかこんなにあっさり行くとは思わずつい興奮してしまった。

 

「で、そんなことを聞いてくるということはお前さんが呪文契約をしたいということかの」

「ああ、陸地についてからでいいから頼めるか?」

「あー、その……悪いがそれは無理じゃ、お前さんはモンスターじゃからの」

「……それは人間としてモンスターには協力できないということか?」

 

 そういうことなら無理強いさせるわけにもいかないが、いや、でもこの機会を逃すと……などと考えていると、おっさんが首を横に振って否定してくる。

 

「違う違う、そういうことではない。よいか?人間は生まれつき魔法を使えたりはしないが、逆に呪文契約さえすればどんな魔法でも使えるようになる。まあ力量が不足しているうちは契約した呪文でも使用できなかったり、相性の問題かそもそも契約自体できないこともあるが。だからメラは使えるがヒャドは使えない魔法使いもいれば、ヒャドは使えるがメラは使えない魔法使いもいるわけじゃな」

「ああ、それは知っている」

「だがモンスターは違う。モンスターは種族によって生まれつき使える魔法が決まっておる。例えばフレイムなら皆メラは使えるがヒャドは使えない、メラを使えないフレイムもヒャドを使えるフレイムもいないわけじゃ」

「……ということはつまり?」

「魔族ならまた話は違うじゃろうがモンスターに呪文契約はできん、諦めい」

 

 その結論にがっくりと肩を落とす。

 くそう、さらば魔法剣、一度くらい魔法使ってみたかった……

 しばらくへこんでいると、ガメゴンロードが一声鳴いた。どうやら陸地が見えてきたようだ。気持ちを切り替えて別れの挨拶をする。

 

「そろそろお別れだな、魔法が使えないのは残念だが久しぶりに世間話が出来て楽しかったよ」

「いや、こちらこそ世話になったのう。あんたが見つけてくれなければどうなっていたことやら」

「もうこんな無茶はするんじゃないぞ、また遭難しても助けられるとは限らんからな」

「わかっとるわかっとる、ワシもこんな真似は二度とごめんじゃわい」

 

 そう言ってこちらに手を振りながら陸に上がっていくおっさん。

 

「ああ、そうじゃ聞きそびれてたがお前さんの名前は何て言うんじゃ?こんな立派なガメゴンロードを従えてるくらいじゃ、さぞ名のあるモンスターじゃと思うんだが心当たりがなくての」

「ん?別に名が通るようなこともしてないし言ってもわからんと思うが……まあいいか、俺の名前はボラホーンだ」

「ボラホーン、ボラホーン……うーむ、すまんが確かに聞いたことはないのう」

「で、そういうおっさんの名前は何て言うんだ?」

「ワシか?ワシの名はまぞっほじゃ」

「……………………まぞっほ?」

 

 え、マジで?あの偽勇者パーティーの??

 うわ確かに面影がある、爺さんのイメージが強かったから気づかなかった。

 

「なんぞやけに間が空いたが……マトリフの兄者ならともかくワシの名に聞き覚えでもあったのか?」

「(マトリフの名前が出るってことは確定か)あ、ああ、ちょっと珍しい響きの名前だと思ってな、それだけだ」

「そうか?それなら別にええんじゃが」

 

 おっさん改めまぞっほは訝し気な顔をしていたが、わざわざ追及することでもないと思ったのかそのまま去っていった。

 

「……帰るか、ここにいてもしょうがない」

 

 帰りもよろしく頼むぞ、とガメゴンロードに声をかけて帰路につく。

 その背で揺られながら考えるのは、今回の件による原作への影響である。

 

 偽勇者パーティーが原作で果たした役割は大きい。彼らがゴメちゃんを攫わなければダイの大冒険は始まらず、最後の最後に黒の核晶(コア)の爆発を防ぐこともできなかった。

 特にまぞっほは、クロコダイン戦でポップに勇気のあり方を説いた重要人物だ。今回そんな相手に意図せず関わってしまったわけだが……なにも影響が出ないとは考えにくい。

 

 そもそもまぞっほが小型船で海を渡ろうとしたのは、自分の命令によりモンスターが人を襲わなくなったからだ。

 ならば、本来の流れでは金を貯めてから定期船で海を渡ったのだろうか。

 あるいは諦めてパプニカにとどまっていた可能性もある。

 はたまた今回と同じく金をケチって遭難した挙句、目的地とは別の場所に流れ着いてたりしたのかもしれない。

 

 軽く考えただけでも様々な可能性が浮かんでくる。もしベンガーナに辿り着かないのが正しい流れだったとしたら、すでにその流れから外れてしまった以上、将来的に偽勇者パーティーが結成されるかどうかも怪しくなってくる。それはつまり原作の流れが当てにならなくなるのと同義だ。

 

(こうなるとダイたちでなくバーン様大勝利ENDの可能性もあるわけで。その場合のんきに引きこもっていたら、ある日突然、黒の核晶(コア)で海ごと地上を吹き飛ばされて死ぬ、と)

 

 さすがにそんな未来は勘弁願いたい。

 ならばどうするか?決まっている。

 

(不干渉ルートが無理なら上手いこと介入していくしかないよな)

 

 もはや原作キャラに接触しないように、などと言ってもいられない。

 さしあたってはクロコダインやブロキーナ老師あたりを探してみよう。老師は今なら肉体的に衰える前だろうし、チウを弟子にしていたことから見てもモンスター相手だからといって門前払いをされる可能性は低いはず。

 あとは……ロン・ベルクはもうランカークスの近くに住んでるのだろうか?こちらも確認しておかないと。

 なんにせよやることは多い。

 

 

 

 さぁ……

 

 

 

 

 ボラホーン()の戦いはこれからだ!

 

 

 

 

 




えー、打ち切りと言っておいてなぜか続いてしまいました。
今後もまたなにか思いついたら不定期に投稿するかもしれませんので、期待せずにのんびりと待っていていただければ幸いです。



おまけ
作品を読むうえでイメージの参考になればということで、ダイの大冒険に登場する武器の攻撃力について判明しているものを下に載せておきます。

・ダイの剣         攻撃力150
・鎧の魔槍(強化後)    攻撃力90(守備力85)
・鎧の魔槍(強化前)    攻撃力85(守備力80)
・魔甲拳          攻撃力62(守備力55)
・ブラックロッド      攻撃力60
・真空の斧         攻撃力50
・鋼鉄の剣         攻撃力33
・パプニカのナイフ(太陽) 攻撃力24
・輝きの杖         攻撃力23
・パプニカのナイフ(風)  攻撃力20
・ハンマースピア      攻撃力20

(参考)
・グラコスの槍       攻撃力58(かっこよさ-10、道具として使うとスカラの効果)
複数のDQシリーズに登場しており攻撃力や特殊効果については作品によって差がありますが、この作品ではDQ6の設定を採用しています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

お詫び(+プロット)

長らく放置してしまい申し訳ありませんでした。
新年度に入って以降、リアルでの生活環境が大きく変わった結果、小説を書く時間と意欲が削られてしまいこのようなこととなりました。
最後に、保存してあった今後のプロットだけ載せてこの作品は終了とさせていただきます。



・まぞっほの時のように、遭難してる船を積極的に助けつつ陸地まで送ってる間に情報収集

・数か月続けてようやくブロキーナ老師の居場所が判明、そちらに向かうことに

・なお、救助自体は部下に命じてそれ以降も継続(その結果、人類の一部で水棲モンスター及び主人公への評価が上昇)

 

 

・老師に弟子入りを志願するも一度断られる(そもそも主人公の武器は槍なので)

・せめて手合せだけでも……と挑むも達人の技の前に敗北

・なんだかんだあって、弟子は無理だけど武術全般における基礎は教えてもらえることに

・しかし修行3日目にしてハドラーが地上襲撃開始

・ここで主人公の時系列勘違いが発覚(対魔王戦争は数年程度と予想していたが実は10年近く続いていた=侵略開始時期はもっと早かった)

・近くの町が襲われているのを放置できず、なし崩し的に魔王軍と敵対ルートへ

 

 

・それから数年、主人公が人類側についたことで原作よりも被害は減らせている(特に海運関連はほぼ無傷に近い)し、陸上で活動可能な水棲モンスターも投入してはいるが、やはり陸上で本来の力は発揮できずジリジリと押し込まれていく

・人類すべてが諸手を挙げてモンスターの助力を受け入れてるわけではないが、状況が状況なので主人公の評判はかなり高い

・とはいえ一部の貴族は、戦後に主人公(モンスター)が英雄のような扱いになっては溜まったものではないと、何か手はないか考え始める

・かといって下手に手を出して魔王軍側につかれては人類が滅びかねない(街道にもモンスターが出るため陸の輸送網は各地で寸断ぎみ、海の輸送が命綱状態)

・そんなときに、カール王国を攻めてきたハドラーを撃退した勇者(アバン先生)が現れる

・貴族「せや!主人公(モンスター)なんかよりもっと活躍する人間(勇者)がおればええんや!!コイツ支援しまくって祭り上げたろ!!」

・そうして貴族たちが全力で国に働きかけた結果……

 

 

覇者の剣&冠装備の

完全体(パーフェクト)アバン先生爆誕!!!!

 

 

・主人公「あれ、これ凍れる時の秘法使わないでそのままハドラーに勝ってしまうんじゃ……??それだとメドローアは??」

・そもそもメドローアは、ハドラー諸共凍れる時の秘法に巻き込まれたアバン先生をただ見届けることしか出来なかったマトリフが、自らの無力への嘆きと「大魔道士」としてのプライドから編み上げた呪文

・もしこのままハドラーを倒してメドローアが生み出されないと大魔王戦で確実に詰む

・仕方なく勇者パーティーに参加、マトリフがメドローア開発するようそれとなくヒントを出したりと軌道修正を頑張ることに

 

主人公の苦難は続く……(プロットここまで)




もし、また落ち着いてから何か書く機会があれば、見ていただけると幸いです。
それでは、失礼します。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。