とある黒狼鳥の生態 (胡潮正油)
しおりを挟む

プロローグ

 密林を歩く紫色の影があった。

 

 怪しな黒い光沢を持った紫色のズラリと並んだ(きょく)と甲殻。これまた棘が並んだ硬質な尾。鎧ごと狩人の肉を抉るクチバシ。

 

 それは黒狼鳥・“イャンガルルガ”。戦闘を好むという生物として異質な特性を有する、狩人達の間でもとりわけ危険なモンスターとして恐れられているものであった。

 

 ……そして、その鳥竜が潜む森を歩く4人PT(パーティ)の狩人達。

 

 ◇の形の隊列を組んだ彼らは上から時計回りで順に、リオソウル装備の太刀使い、ハプルS装備の軽弩(ライトボウガン)使い、ボロスS装備の銃槍(ガンランス)使い、ナルガS装備の双剣使いであることから、少なくともHR5___狩人達の格付けとしてはちょうど真ん中あたりの位置の、上位ハンターと言われる者たちのPTだ。

 

 今回彼らが受けたクエストは所謂(いわゆる)調査クエストというもの。狩猟に失敗しても特に契約金が返金されないなどのペナルティは無い。

 

 

  ……そして、“それ”は狩人達の前に姿を現わす。

 

 イャンガルルガは自分を発見した狩人達を一人一人、その黄色い双眸(そうぼう)で捉えると、その首を持ち上げる。それは咆哮(バインドボイス)の構え。上位ハンター達は経験からそれだと瞬時に悟る。

 

 狩人達は一瞬反応に遅れてしまい、鼓膜を強引に破壊する音の嵐を避けまいと、血が出るほどの力で耳を押さえつけた。

 

  ____直後、それはやってきた。

 

 

 グォォォォォォォォォォッッ!!と言う暗闇の森を引き裂く、最早爆弾とも形容してもいい音波の嵐。対策をしていたリオソウル以外は全員その場で耳を塞いでうずくまってしまう。だが、その驚異の音波は凌さえすれば狩人にとっての大きな攻撃チャンスとなる。

 

 勿論リオソウルはその隙を見逃さず、紫色の翼に太刀を叩きつける。

 

 

「グォォッ……!」

 

 

 黒狼鳥はその一撃にふらつきはするが、しっかりと大地を踏みしめている。……まだ、その一撃は浅い。

 

 

「ならば、もう一度……!」

 

 

 リオソウルは太刀を自分の右肩の上へめいいっぱい持ち上げて、斜めに斬り下ろす。それは、ここから繋がる太刀と言う武器の大技、『気刃斬り』と言うものに繋がるアクションではあったが、間一髪黒狼鳥に飛翔されて(かわ)される。

 

 

「くっ……!」

 

 

 リオソウルはその禍々しい尻尾の一撃を受ける為、受け身の準備をした。……が、その必要が無いことにすぐに気づく。

 

 それは、黒狼鳥の羽音がもう既に、遥か上空から聞こえているためだった。

 

 

「っ、すいません!対応が遅れました!」

 

 

「……いや、大丈夫だ。ヤツはもう消えた。」

 

 

 ハプルSがリオソウルに駆け寄るが、もう黒狼鳥の姿は無い。

 

 モンスターに激烈な匂いを付け、追尾するためにあるペイントボールを当てていないため、もう追うことは困難だろう。

 

 

「……仕方ない。せめて痕跡を集めて帰るぞ!」

 

 

「「「了解!」」」

 

 

 リオソウルの声に合わせて一斉に散開するハンター達。それは狩るだけでは無い、研究者としての姿もあった。

 

 

「……やはり噂は本当だったのだな。」

 

 

 そして痕跡集めの最中に、リオソウルはポツリと一言零す。

 

 

「“全く好戦的では無いイャンガルルガ”の噂は。」

 

 

 ◆◆◆

 

 

 紫色の鳥竜はしばらく闇夜を滑空した後、高い岩山に降り立つ。

 

 そして、ピンと立てた耳をたたみ、しゃがみ込む。

 

 そして一言零した。

 

 

「こ、怖かったぁ!死ぬかと思った!

 

 何だよあの人間!何いきなり斬りかかってきてるの!?馬鹿なの!?死ぬの!?」

 

 

 ……そう。このイャンガルルガ、とてつもなく臆病であった。

 

 彼にとって、翼や咆哮は逃げる手段であり、戦う手段では無い。

 

 

「ふざけんな!ふざけんな!ガルルガ一族が戦闘狂だけだと思うなよ!俺は父さんや兄貴と違って平和に暮らしたいんだ!」

 

 

 彼は怒りを地団駄によって発散する。……だが、地団駄とは言っても大型モンスターの地団駄だ。地面が(えぐ)れ、岩石が飛び散り、周りに被害を与えてることに気づいた時点で彼はそれをやめた。

 具体的には肉球を模した武器を持つ黒い猫が被害を受けてるのを見て。

 

 

「ハァ……。お前らはいいよな。毎日気ままで。

 

 俺もハンターから追われる生活を辞めてお前らみたいになりたいよ。」

 

 

 疲れ切った目で(勿論ハンターには疲労=チャンスと思われるだけだが)彼は黒い猫(メラルー)達にそう呟くが、返ってくるのは『にゃーん、にゃーん』と言う声ばかり。……当たり前だが。

 

 

「……俺は決めたんだ、何としてでも平穏な暮らしをするって。

 ……その為に、お前らハンターに狩られてやるわけにはいかないんだ!」

 

 

 彼は先程自分に襲いかかってきたハンター達を遠くから睨みつけてそう叫……ばずに呟く。居場所がバレたら怖いと言うチキンな精神だからだ。

 

 

  「待ってろユートピア!もういなくなれ血生臭い毎日!

俺は!平穏な暮らしを手に入れるまで世界を駆け巡るぞ!」

 

 

 彼はその紫色の翼をもう一度広げて飛び立つ。日が昇ってきた空へ向かって……!

 

 

 

 

 

 ……さて、彼に平和は訪れるのだろうか?それが分かるのは、もう少し先のお話。




初投稿です。

イャンガルルガの言葉は人間からしたら、『グォォ』などにしか聞こえません。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

突撃!飛竜の巣!

 紫色の甲殻と鋭いクチバシ、そして激烈な毒を持つ鳥竜種・イャンガルルガ。その中で、とある個体はあることを考えていた。

 

 

「飛竜の卵が食べたい!」

 

 

 イャンガルルガという種は雑食だ。今まさに彼が地面から掘り起こしている、“盾虫(クンチュウ)”という強固な鎧を纏った虫をよく食べることが狩人達の間ではよく確認されているが、ただクンチュウが一番捕食し易いだけであって、イャンガルルガにもグルメな一面はあった。

 正直、丸呑みしないと食べれないほど硬いクンチュウは栄養価こそあるものの、飲み込んだ後に胃の中がうぞうぞ(うごめ)いて気持ち悪いと言うのが彼の考えである。そのため、出来るものなら高カロリーな美味しい物を彼は食べたいのである。

 

 

「だけど、そうなるとやっぱり、あの方が障害になるよなぁ…。」

 

 

 彼が気にしてる“あの方”とは、陸の女王とも呼ばれる飛竜・リオレイアのことだった。

 大型の飛竜で、飛ぶことよりも地上の戦いを得意とする彼女の尾には、強力な毒棘が生えている。

 幸い、イャンガルルガの彼には毒は効かないのだが、彼女の長い尾を生かした、サマーソルト攻撃や火球のブレスなどはどれも受けるだけで致命傷足り得る威力を持っていた。

 さらに、リオレイアが持つ緑の甲殻は炎への耐性を持っており、イャンガルルガという種が扱える火球すら彼女には通りにくい。

 この臆病なイャンガルルガという得意個体の彼は当然、そんな飛竜の、ましてやテリトリーでもある巣になど近づこうなど微塵も思っていなかったのに何故こんなことを思い立ったのか?

 それは小型の鳥竜種の“ジャギィ”と呼ばれる者たちの群れの話を盗み聞きしてた時のことが発端であった……。

 

 

 

 

 《 《now loading......》 》

 

 

 

 

「こ、ここまで逃げれば気づかれないだろ……。」

 

 

 イャンガルルガは翼を持っていなければ来れないであろう場所(樹海の大樹の一番上)まで逃げていた。……情けないことに小柄な鳥竜種の二人組から。

 その小柄な鳥竜種……“ジャギィ”というモンスターは、縄張りに入った者であればハンターだろうが自分よりも遥かに大型のモンスターにも襲いかかる習性がある。それに驚いて彼は逃げたのだが、あまりに情けない逃げっぷりにジャギィたちからも笑われる始末であった。

 

 

「おい見たかよ兄弟?」

 

「あぁ見たぜ兄弟。あの紫色のデカイ鳥野郎、あんなに慌てて逃げていくんだもんな。おかしくてしょうがねぇよ(笑)」

 

「(うるせぇやい!)」

 

 

 彼はそう毒づく。……心の中で、だが。

 それに勿論ジャギィが気づくわけもなくしばらく性格の悪い笑いをしていると、片方のジャギィがある話を切り出す。

 

 

「ところでお前は食ったことがあるか?“飛竜の卵”ってやつを。」

 

「いや、それが無いんだ。何回か狙ってはいるんだが、あのバカでかい鬼嫁がすぐ駆けつけてきちまう。」

 

「……だよなぁ。ボスが美味そうに食ってるのを見てから、一度は食べてみたいと思っちまうんだけどなぁ……。」

 

「そうだなぁ……。」

 

 

 “美味そう”“卵”。このワードにイャンガルルガは反応した。

 あちこちで自分たちが気に入った物を食い散らかしてしまう彼らが『なかなか手に入らない』『美味い』というのだ、それはもう絶品に違いない。

 ……と、言うわけで彼はさらに情報を集めようと、聞き耳……紫色の耳を立てて……、

 

 

 ガサガサガサッ

 

 

「あっ、あの野郎、あんなとこにいやがった!」

 

「あっ、テメェ!今から行くから待ってやがれ!」

 

「うわっ、バレたぁ!?」

 

 

 耳が木々の葉を揺らしてしまい、その音でジャギィたちに気づかれてしまうと、彼は大げさに羽音を立てながらそこを飛び立つ。

 ……しかし、今の彼は恐怖心よりも好奇心が勝っており、その飛び様はいつもより軽やかであった。

 

 

 

 《 《now loading.....》 》

 

 

 

「結局来てしまった……。」

 

 

 イャンガルルガは天空山の、人間が付けた名称で言えば“エリア8”。通称、飛竜の巣……の前の“エリア3”に来ていた。

 やはりというか彼は臆病なので大型の飛竜の巣に入る勇気が出ていなかった。……まぁ、彼もハンターたちから見れば大型の飛竜か、それ以上に厄介な種ではあるのだが。

 

 

「この岩肌をほんのひとっ飛びすれば辿り着けるんだけど……」

 

 

 彼はそーっと岩肌から飛竜の巣を覗き込む。

 ……そこには、卵を盗み出そうとするジャギィたちの姿が。

 そして、片方のジャギィが卵に口をつけようとしたその瞬間、……彼女は、来た。

 ワイバーン骨格の緑の巨体。そして卵を踏みつぶさないように着地した気遣いとそれを盗もうとしたジャギィたちに向ける怒りの表情。

 ジャギィたちは逃げようとしたが、もう遅い。彼女の火球は卵に近いほうのジャギィを捉え、その身体を吹っ飛ばした。

 それが自分の方に飛んで来たのを見ると、イャンガルルガは勢いよく顔を引っ込める。その後、頭を何かが掠める音と背後にズシャァ……とモノが岩肌に擦れる音。

 イャンガルルガは冷や汗をかいてそーっと後ろを見ると……、

 

 

「熱っちーよバーカ!アーホ!お前のかーちゃんガーブラス!

 お前なんかイビルジョーに食われちまえ!」

 

 

 と言って、ほどなくしてもう一匹と合流すると、ジャギィは起き上がって小学生のような負け惜しみを言ってギャンギャンわめきながら逃げていった。……どうやらこのジャギィ、なかなかたくましいようである。

 

 

「うっげぇ、怖い方だなぁ。リオレウスさん、あんな奥さんとつがいだなんて気の毒だなぁ……。」

 

 

 さりげなく毒を吐きながら彼は考える。どうにかして卵を食べる方法を。

 そこで彼は何個か案を考えた。

 

 

「作戦その1。バレないように卵をいただく。」

 

 

 イャンガルルガはまたもチラリと巣の方を見る。

 そこには警戒して地面を歩き回る女王の姿が。

 

 

「うん。無理!

 じゃあ作戦その2、戦う……のは無理無理無理無理。」

 

 

 彼の性格的に、戦うなんてもってのほか。威嚇するだけでも彼のガラスのハートは耐えきれないかもしれないのだ。しかも、それがモンスターの中でも恐ろしい顔ランキングトップ10に入っている(と、彼が勝手に思ってる)リオレイア種なら尚更だった。

 

 ……さて、彼がいつもの通り逃げ帰るだけなら簡単だ。(というかそもそも彼女は敵対どころか認知すらしていない。)だが、それは中途半端にグルメな彼の感性が許さない。

 クンチュウを捕食するときは色艶(いろつや)がいいものを探し当てるまで掘り続けるし、肉食モンスターのおこぼれを貰うときも出来るだけ新鮮な部分ばかりを食べる。

 だからこそ、彼は一つの行動に思い立った!

 

 

「……うぉぉぉぉぉぉ!!」

 

 

 彼は崖下から“バサリ”という羽音とともに勢いよく飛び出す。

 勿論リオレイアはそれに気づき振り向くが、ワンテンポ遅い。

 彼は彼女が振り向き終わる前に急降下し……!

 

 

「卵を一つ分けてください!」

 

 

 ……全力でクチバシを地面に擦り付けた。人間で言うところの土下座である。

 凶器である尻尾は地面に垂れ下げられており、目線も完全に下から。これ以上無い降伏のポーズに女王と呼ばれる者ですらポカンとしてしまう。

 そしてしばらくの沈黙の後に彼女が口にした答えは一つ。

 

 

「えっ、別にいいわよ?」

 

「……へ?」

 

 

 それは彼が予想していたどの答えにも当てはまらないものだった。

 てっきり彼は、『帰れクソトリ頭が!』程度のことは言われるものだと思っていたのだ。

 

 

「えっと、私たちは念のためにダミーの卵をいくつか産んでるのよ。それでいいなら1個はあげるわよ?」

 

「えっ、ならさっきのジャギィたちは……?」

 

「だって嫌じゃない?

 あんな口の利き方もなってない奴らに卵を渡すなんて。」

 

「は、はぁ……。」

 

 

 イャンガルルガはリオレイアに差し出された卵を咥える。卵、というにはかなり大きいシロモノなので若干加えにくそうだった。

 

 

「そ、それじゃあ、お邪魔しました……。」

 

「はい、お邪魔されました。

 貴方の種族が好きな“戦い”以外で来るならいつでも歓迎よ。」

 

 

 そう言われて、彼は若干不完全燃焼なまま飛び立つのだった。

 

 

 

 《 《now loadind........》 》

 

 

 

 彼は樹海の住処(すみか)に戻ると、飛竜の卵を(わら)の寝床に置いた。

 

「よ、よし!ねんがんの、ひりゅうのたまごを手に入れたぞ!」

 

 

 もう二度と行きたくないと思うほど怖い人(リオレイア)から卵を手に入れた彼はかなり喜んでいた。

 それはもう、全身の力を使ってで飛び跳ねて、尻尾をブンブンと振り回すぐらいには。

 ……だが、その喜び方がいけなかった。

 そう、彼は尻尾を振り回していたのだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を。

 

 バキィッ!という音ともに何かが割れる音と、尻尾に残るチクチクとした感触。

 彼は恐る恐る後ろを振り返る。すると……、

 

 

「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?卵が割れて……、いや、割っちゃったぁぁぁぁぁぁ!?」

 

 

 そこにあった無残に砕け散った卵を見て、イャンガルルガは叫ぶ。

 ……いや、地面に身が落ちた程度なら問題なかった。というかイャンガルルガという種自体クンチュウを地面から掘り起こしてるのだ。その程度なら問題にならない。

 だが、割る方法がいけなかった。

 なにせ、触れるだけで頑丈なハンターが毒に侵されるほどの毒性を持つ尻尾で叩き割ったのだ。どれだけ卵に毒が注入されたのかは考えるまでもない。

 イャンガルルガという種には毒が効かない。だが、効かないと分かっていても毒を、さらには自分が尻尾(尻の近く)から分泌した体液がべっとりと付着したものを食べようとする者はそうはいまい。

 

 ……まぁ、そこからの樹海は大騒ぎだった。

 

 そこら中の木々が、発狂して転がり回る彼の毒尾になぎ倒され、彼が叫ぶため辺りに継続的に轟く咆哮(バインドボイス)

 イャンガルルガ種ともなると駄々をこねるだけでも周りに大損害を与えるほどの脅威(きょうい)となっていたのだ。

 

 

「……あっ、イャンガルルガが暴れてるぞ!

 クエストの帰りだが、仕方ない!狩るぞ!」

 

「「「了解!」」」

 

「に、人間!?な、なんでバレたんだ!?」

 

 

 バレるのは当たり前である。

 ……と、彼は慌てて翼を広げて飛び立つ。

 

 

「な、なんで、なんで僕がこんな目に合わなきゃいけないんだぁぁぁぁぁ!」

 

 

 彼のほとんど自業自得による悲痛な声は、オレンジ色の空に消えて行きましたとさ。




たった二話目からなんとかギリギリ一週間に間に合いました……。
ちゃんと書けよ自分。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。