今日も歌い、生きて行く (猫舌)
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1話

???サイド

 

 

季節は春。出会いと芽生えの季節である。まあ、僕にはそんな事関係ないのだが。

夕方の駅前の隅の花壇に座り込んだ僕は背中に背負ったギターケースを下ろして中から一本のアコースティックギターを取り出して、軽く調整を始める。

俯く姿勢になると、ここ最近まともに切っていなかった髪が視界に映る。鬱陶しい事この上ないがあまり顔を見られたくない自分としては都合が良い為、複雑な気持ちになる。一緒に被っていた帽子を目深に被りそんな事を考えていると、目の前に多くの人達が集まり始めていた。準備も済ませた僕は、ギターを構えて・・・

 

 

「・・・!」

 

 

今日も今日とて歌い続ける。自分が、自分達が生きる為に。

これが僕、《夕陽 刹那》の日常である。

 

 

刹那サイド終了

 

 

三人称サイド

 

 

現在、とある町では一つの話題があった。それは、夕方になると何処かに突然現れては路上演奏をする人物が居るという噂である。その人物は、名前、性別、年齢も何も分からない全てが謎に包まれた人物である事が尚更人々の興味を持たせた。だが、最も注目すべきはその人物の演奏である。その演奏は誰もが引き込まれ、その奏でる曲の世界を幻視すると・・・。

常に帽子と長い髪で顔を隠して演奏中以外は声を出さない。演奏が終わり、チップを貰うと、すぐにその場から去る事からその人物は《ゴースト》と呼ばれる。そして今日もそんなゴーストの演奏を聴く少女が一人。

 

 

「やっぱり凄い・・・」

 

 

制服に身を包み、ギターケースを背負った少女は何度か見たその光景に心を震わせる。黒髪に赤いメッシュを入れた少女《美竹 蘭》は、同じギタリストとして話題の人物であるゴーストの演奏に完全に聴き惚れていた。

やがて演奏が終わり、ゴーストが礼をすると周りの全員がギターケースにチップを入れて行く。百円玉や十円玉。中には千円札を入れて行く者も居た。彼女が気付いた頃には、ギャラリーは自分だけでゴーストは荷物をまとめて去ろうとしていた。慌てて蘭は声を掛けた。

 

 

「ま、待って!これ!」

 

「・・・!?」

 

「えっ・・・あっ」

 

 

焦る蘭は、財布から紙幣を取り出してゴーストに渡す。だが、相手から帰って来たのは一瞬の驚きからの高速の横への首振りだった。それを見た蘭はようやく自分が差し出した紙幣が千円札ではなく五千円札である事に気が付いた。気が動転してたとはいえ、高校生である蘭にとって五千円の損失は痛手である。だがしかし、差し出してしまったのに千円札と入れ替えるのは失礼だと考えてしまう。五千円札を差し出したまま固まる蘭に対し、ゴーストは口元を綻ばせながら改めて首を振る。

 

 

「・・・」

 

「あ、待って!」

 

 

先程と似た様な言葉を掛けるも、ゴーストは歩いて行く。次は二千円出そう。申し訳なさを抱えて蘭も重い足取りで家路に着いた。

ちなみにこの時、ゴーストこと刹那の内心は

 

 

「(ご、五千円とか勿体無さすぎるよあの子!?)」

 

 

バクバクである。

 

 

三人称サイド終了

 

 

刹那サイド

 

 

今日の演奏を終えた僕は、人気の無い道を歩く。この辺りは、十年以上前に土地開発がある程度進んだが地盤に難があるという理由で中止となった地域であり、今ではホームレスの溜まり場となっている。この町では、この辺りは誰も近づかない。そんな場所を僕は進んで行く。やがて、途中まで出来た橋に着くと、僕はその下まで土手を降りた。夢折れ橋と呼ばれるその橋の下に連なる幾つかの段ボールハウス。その一つが僕の家である。

 

 

「帰りましたよ〜」

 

「おう!お帰り」

 

 

数時間ぶりに会話として声を出した僕に、中年の男性がゴソゴソと段ボールハウスから出て来た。

この人は《ゲンさん》と呼ばれ、僕に昔からホームレスの生き方を教えてくれた人だ。かつて、会社の社長だった彼は奥さんを部下に奪われた上に、会社まで乗っ取られてホームレスに転落したそうだ。

そんなゲンさんに僕は小さい頃からお世話になっている。

 

 

「見てよゲンさん!今日もこんなに集まったよ!」

 

「相変わらずお前の歌は凄えな。それに比べて俺は何もしてやれねえ」

 

「そんな事無いよ!ゲンさんの、此処にいる皆のお陰で今の僕があるんだから。さ!他の人達が戻ったらお風呂行こう!」

 

 

僕の歌で稼いだお金は、この橋の下に住む全員で山分けする事にしている。この橋に住む人間は僕を入れて四人。僕の平均収入で、毎日銭湯に行ける位には稼げている。家賃や光熱費が無い分、ギリギリまでケチって食費やコインランドリー代に回す事で僕達は小綺麗なホームレスでいる事が出来る。僕の見た目で汚い格好は間違い無く警察のお世話になる。でも、見た目さえ清潔さを保っていれば学生が多く出没する夕方のみランダムに歌う事で最悪、放課後の学生の趣味として見てもらえる。

 

 

「お、帰ってたのか」

 

「お帰り、刹那」

 

「ただいま。《ユウさん》、《ハタさん》」

 

 

僕に声を掛けてくれたのはこの橋の住人残りの二人であるユウさんとハタさんだ。ユウさんは元格闘家で、山へ篭り修行をするも寂しさのあまり、約二年で下山。でも試合に勝てず、格闘家を引退。他の職を探すも、雇ってもらえず、気が付けば此処に流れ着いた。実は色んな事が出来るオールラウンダーなのになぁ。

ハタさんは元ミュージシャン。本人は、結局売れなかった負け犬ミュージシャンと言っていたが、僕はハタさんの歌が好きだった。僕に歌を教えてくれたのも彼だし、このギターもハタさんが使っていた物を譲り受けたものである。

僕が歌う曲は全て、ユウさんが拾った音楽プレイヤーをネカフェでダウンロードして来た物をハタさんが楽譜として書いてくれて、練習を重ねた物だ。それから、歌手の声真似で歌う技術を身につけて、芸の一部にもしている。そうすると結構貰えるのだ。

 

 

「じゃあ、全員揃ったし銭湯行きましょうか」

 

「刹那、今日は牛乳飲んでも良いか?」

 

「良いですよ。じゃあ僕はフルーツ牛乳にします」

 

「それじゃあ、私はコーヒー牛乳を」

 

「お前ら少しは遠慮ってもんを・・・俺もフルーツ牛乳」

 

 

僕らはこうして銭湯に行き、体を綺麗にして橋の下へと戻り、横に切ったドラム缶の中に木の枝を入れてゴミ捨て場から頂戴したマッチで火を起こし、古びた鍋に安売りしてた肉やら野菜やらを兎に角ぶち込んで味噌を溶かす。調味料を買う程度の余裕はあるのだ。こればかりは僕の声に感謝である。この世界に生まれて早十五年と少し。正直クソの様な前の暮らしに比べれば家が無いくらいどうって事なかった。こうして四人で笑いながら過ごせる事が何よりの幸せである。

学校に行かなくとも元社長だったゲンさんが捨てられてた教科書を拾って来てくれて、教えてくれたのでこれでも高校の問題くらいなら解ける。昔の事を思い出しながら、僕は橋の上に登って座り込んでギターを弾きながら歌う。

 

 

『き〜ら〜き〜ら〜♪』

 

 

歌うのは誰もが知ってる《きらきら星》。そういえば、最後に五千円札出して来た子。あの子もギター持ってたな。そう言えば、生で人の演奏って聴いた事ないかも。そう思いながらなきらきら星以外に数曲歌って、僕は眠りについた・・・。

 

 

〜翌朝〜

 

 

朝、早くに目を覚ました僕は家から出て川の向こうを見る。夢折れ橋の向こう側の土手に建っている時計の針を見ると、朝の6時半過ぎを示していた。他の皆を起こさない様に、僕は出掛ける。向かう先はこの先の商店街にあるパン屋だった。目的地へ着くと、丁度開店の看板を出していた所であった。僕の存在に気づいた店員が手を振ってくる。僕と同い年位であろう見た目の店員の少女はそのまま駆け寄って来た。

 

 

「おはよう、ゴースト君。いつものだよね?」

 

「・・・」

 

「今用意するから、中で待ってて」

 

 

少女の後ろに着いて行き、店の中で奥に消えていった少女を待つ。出来立てのパンの良い香りが鼻と胃を刺激する。暫くすると、少女が袋を持って戻って来た。そしてそれを僕に渡す。

 

 

「はい、いつものね。あとお父さんがおまけ入れといてくれたから」

 

「・・・」

 

「そんなに畏まらなくて良いって。君も学生なのに大変だね。困った事があったら言うんだよ?」

 

 

そう言って、少女は僕の頭を撫でた。ハッキリ言って僕の身長は低い。目の前の少女よりも低いのだ。ぶっちゃけ僕は中学生に見られてると思われる。そして僕はもう一度礼をしてから店を出る。

これが朝の日課である。簡単に言えば、パンの耳を貰いに来てるのだ。相手も貧乏な中学生が頑張っていると誤解してくれているので都合がいいが、やっぱり一回位はお店のパンを買うべきだよね。そう思いながら袋の中を見ると、パンの耳と一緒にチョココロネやメロンパンが入っていた。勿論焼きたてである。

 

 

「うん、今度は買おう」

 

 

そう決意しながら僕は袋を抱えて帰路に着いた。こうしてまた僕の一日が始まる・・・。

 

 

刹那サイド終了



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第2話

刹那サイド

 

 

さて皆さん、2話目にして唐突ですがもしも目の前で台風や現代の科学で理解できないヤベー自体が起こったらどうしますか?好奇心で飛び込む?それとも逃げますか?

 

 

「ゴーストさん!出て来てちょうだい!」

 

「もしかしたらこっちに行ったのかも!」

 

「(何!?何なのあの子達!?)」

 

 

僕は迷わず後者の方を選ぶ。そんな事を考えながら二人の少女から住宅街の塀と塀の隙間から息を殺して隠れてるこの状況に目を逸らしたくなるが踏ん張って現実と向き合う。思えば今日は厄日な気がする。話は今から少し前に遡る。

 

 

〜数時間前〜

 

 

「・・・」

 

 

あの五千円札事件から数日。今日は町の中にある大きめな公園の噴水の前で歌った僕は片付けを終えて帰ろうとしていた。だが僕の前に人影が一つ止まったので視線を向ける。そこには見知らぬ少女がこちらを見下ろしていた。なんか春になってから女の子と関わる頻度高い気がする。というか無表情が怖い。

 

 

「少し、良いかしら?」

 

「・・・?」

 

 

首を傾げながらも僕は近くのベンチに少女を座らせて、その前に立って話を聞く。小まめに風呂に入っているとはいえ暮らしはアウトドアもいい所だ。

言われる可能性があるのは分かるけど面と向かって臭いとか言われた日には僕のメンタルが確実にブレイクする自信がある。まあ、翌日には同じ生活に戻らざるを得ないが。考える自分を置き去りに少女は口を開いた。

 

 

「私は《湊 有希那》。演奏、よく聴かせてもらってるわ」

 

「・・・」

 

 

取り敢えず軽く会釈しておく。そして彼女は続ける。

 

 

「本題なのだけれど、私達のバンドのコーチをしてほしいの」

 

「・・・ほへ?」

 

「ほへ?」

 

「・・・!」

 

 

思わず声が出た僕は口を押さえる。やっべ、声出た。僕の心配をよそに湊さんとやらはガンガンと話して来る。

 

 

「私は《Roselia》というガールズバンドのボーカルをしているわ。そこで頂点に立つ為にメンバー達と真剣に練習してるの。でも私達だけだとどうしても行き詰まる部分が出て来る。そんな時、あなたの噂を耳にした」

 

「・・・」

 

 

いや、悪いけど僕はお金稼ぎメインで歌ってるんで。音楽は好きだけど、正直この人達の練習見るとか御門違い過ぎて無理です。僕は無言で首を振る。だが、湊さんはメモを取り出して何かを書くと僕に渡して来た。

 

 

「私達はそこのライブハウスで練習しているの。この日、私達の演奏を聴いて判断してもらえるかしら?」

 

「・・・」

 

「お願い。私達は決して遊びでバンドをしているわけではないわ」

 

 

そう言って目の前の少女は頭を下げて来た。その目に嘘が無い事は僕でも分かった。でも僕にそんな事をする資格なんてない。そもそもライブハウスなんて行った事も無いし、ギター以外の楽器なんて触った事も無い。

悪いけど改めてお断りさせてもらおうとした所で、僕達に向かって足音が近付いて来た。その正体は数日前に出会った少女のものだった。

 

 

「ま、間に合った・・・」

 

「美竹さん?」

 

「湊さん?」

 

 

美竹さんと呼ばれた少女と湊さんがお互いを見て固まる。同じ制服着てるし、どうやら同じ学校の知り合いの様だった。美竹さんと呼ばれた少女は呼吸を整えると僕に向かって唐突に千円札を二枚取り出して僕に差し出して来た。

なるほど分からん。

 

 

「この前払い損ねた分。ずっと渡したかったから」

 

「・・・!?」

 

「この前みたいに受け取らないのは無し。聴いた分はちゃんと払う。でないとあたしが納得出来ない」

 

「・・・」

 

 

そう言って来た彼女の目は有無も言わさぬ迫力で、僕は受け取らざるを得なかった。そして美竹さんは僕が片手に持っていたメモに目を向けて、驚いた顔で湊さんを向いた。何となくだが、二人の間に不穏な空気が漂い始める。

 

 

「湊さん、これはどういう事ですか?」

 

「見ての通りよ。ゴーストに私達のコーチをしてもらえないか交渉してたの」

 

 

交渉ではなく一方的に言われただけな気がするのですがねぇ・・・。何やら二人が勝手に始めた口論を傍観していると、美竹さんとやらもメモを渡して来た。見るとそこには湊さんのメモに載っていた同じライブハウスの名前や練習時間の日時と一緒に《美竹 蘭》と《Afterglow》の二つのワードが書かれていた。

 

 

「湊さんの前にあたし達のバンドがスタジオ借りてるから、見に来てほしい」

 

「・・・」

 

「それじゃあ、メモ通りに。待ってるから」

 

「私達のバンドの事も忘れないでちょうだい」

 

 

そう言って二人はその場から去って行った。誰も居なくなったベンチに腰掛けて過去最大の溜息を吐きながら手にある二枚のメモを改めて見る。

 

 

「行くしか、無いのかなぁ」

 

 

正直な話。いきなり練習見てくれと言われて、そのライブハウスでの使用料金は割り勘でとか言われた日には僕の所持金が死ぬ。行ったことのない施設だから料金が幾らかも分からないしあまり無駄遣いしたくない。普通のホームレスよりは稼ぎが良いが、困窮している事に変わりはない。

改めて溜息を吐いていると、再び足音が近付いて来た。嫌な予感がしたのですぐに帰ろうとしたが、相手が速かった。金髪とオレンジの髪をした二人の少女が僕の前に立ちはだかる。この町には女子しか居ないのだろうか。

 

 

「やっと見つけたわ!あなたが噂のゴーストね!」

 

「きっとそうだよ!だってギター持ってるもん!」

 

 

金髪の少女の後にオレンジの髪の少女が答える。出来る事なら今すぐダッシュで帰りたい僕など御構い無しに二人は話し掛けてくる。

 

 

「私達とバンドをやりましょう!」

 

「《はぐみ》も一緒にやりたーい!」

 

「・・・!」

 

 

脳の許容量が限界を超えた僕はその場から全力で駆け出した。そんな僕に対し、少女達は・・・。

 

 

「捕まえたらOKという事かしら?行くわよはぐみ!」

 

「うん!頑張ろ《こころん》!」

 

 

何故か僕のメンバー入りを賭けた鬼ごっこがスタートした。気分は飢えた獣に追いかけられる草食動物。しかも相手の身体能力がイカレてる。人が本気で走ってるのに笑顔で追い掛けて来るし、その辺をピョンピョン飛び回る姿は一種の恐怖を感じざるを得ない。

最終的に僕は、住宅街の細道を駆使して何とか隠たのだった。

 

 

〜現在〜

 

 

「ねえこころん。そろそろ帰んないと怒られちゃうよ」

 

「もうそんな時間?今日は帰りましょっか。ゴーストさん!明日は必ず捕まえに行くから、一緒にバンドしましょう!」

 

「ゴーストさんまたねー!」

 

 

そう言って二人は何処からともなく走って来たリムジンに乗って帰って行った。情報過多過ぎてお手上げの僕はその場に蹲る。いや、ホント今日の出来事は何だったのだろうか?マジで知り合いに貰った猫道マップを覚えてなかったら即死だった。

疲労困憊の体を無理やり動かして歩き出す。そして僕はある事に気付いた。

 

 

「・・・あれ?まさか鬼ごっこ継続!?」

 

 

それと同時にゲンさん達が待ってる事を思い出してその場を走り出す。住宅街を抜けて街中を走る。帰宅ラッシュの波が通り過ぎ始めた頃で人は少なめだった。なので全力疾走で街中を駆け抜ける。すると目の前の道を塞ぐ集団があった。

またまた見知らぬ少女二人とそれに近付くチャラい男が二人。何やら話しているが、二人の表情からして明らかに碌でもない会話であろう。ナンパの類いだと感じた。そして近付いて行くとチャラ男AとBの顔が更に見える様になった瞬間、頭に血が昇った。

あのチャラ男達は前に僕が演奏してる時に水風船を投げつけて来た奴らだった。こうして歌っていると悪戯して来る連中は少なからず居る。チップ代わりに石を投げる奴も居れば、文句ばかり言って金を払わない奴だって居る。ホームレスである以上下手に騒げないので我慢するしかなかった僕だが、目の前の他人にも迷惑かけてる馬鹿共が少女達の腕を掴んだのを見た瞬間、何かがキレた。

 

 

「何女の子に乱暴してんだこのボケ共がぁ!」

 

「「ゲブラッ!?」」

 

 

僕の全速力の助走によるドロップキックが直撃した二人は、吹っ飛んで地面に仲良くダイブした。それを見て満足した僕は、再び走り出す。途中に声を掛けられたが、今日はもう誰かと関わりたくなかった僕はそれを無視して走り出した。

 

 

刹那サイド終了

 

 

三人称サイド

 

 

先程まで派手な二人組に言い寄られていた二人の少女。一人は茶髪の少女《羽沢 つぐみ》。もう一人は銀髪の少女《若宮 イヴ》。この二人は目の前の出来事に困惑していた。

いきなり目の前の二人組が吹っ飛んだと思ったら、それを蹴り飛ばした人物。偶に駅前などで見かけるゴーストと呼ばれる人物が目の前に映る。そして此方の声を聞く事なくギターを背負って走り去って行ってしまった。

 

 

「び、ビックリした・・・ねえ、イヴちゃ・・・ん」

 

 

何とか落ち着いて隣に居る少女に声を掛けるが、相手は此方の方へ見向きもせずに顔を紅く染めていた。

 

 

「何も言わずに悪を挫く・・・まさにブシドーです!」

 

「えぇ・・・」

 

 

ただ無視されただけなのではと言いたいつぐみだったが、疲れていたのもあってその言葉を飲み込んだ。だが彼女は知らない。近いうちにゴーストと呼ばれる少年と再会する事を・・・。

 

 

三人称サイド終了

 



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第3話

刹那サイド

 

 

とうとうこの日が来てしまった・・・。

あれからと言うもの、毎日の様に金髪の子とオレンジの髪の子との鬼ごっこに付き合わされた事で僕のストレスは限界に達していた。そんな状態でのライブハウスにお邪魔する日である。なにそれつらい。

 

 

「此処が《CiRCLE》か」

 

 

メモに書かれた場所に着いた僕は、CiRCLEと大きく看板の出ているライブハウスを見る。うん、場違い感半端ない。あんなオシャレなカフェテリア付いてるとか最早僕にとっては異世界だよもう。うわっ、コーヒー一杯でそんなにお金取るの?

 

 

「ごめん、待たせた?」

 

 

暫く値段の書かれたメニューを見ていた僕に後ろから声が掛けられた。黒髪に赤いメッシュを入れたその人物は、数日前にメモを(強制的に)渡してきた美竹さんだった。その後ろには彼女のバンドメンバーであろう四人の少女達が僕を興味深そうに見つめる。

僕は取り合えず首を横に振って、そんなに待ってないとの意思を示す。

 

 

「そう。じゃあ、着いて来て」

 

「・・・」

 

 

美竹さんにそう言われ、黙って着いて行く。美竹さんが話してたのかそれとも僕を見た事があったのか、残るメンバー達も僕が声を発さない事に特に追及せずに建物の中へと入って行く。

中に入ると、目の前の受付に女性が立っていた。真面目にこの町に男性は少なすぎるのではと思ってしまう。

 

 

「あ、蘭ちゃん。皆もいらっしゃい」

 

「こんにちは《まりな》さん。スタジオの鍵を貸して欲しいんだけど」

 

「それじゃあ此処に名前を書いてね。はい、どうぞ」

 

「ありがとう。行くからこっち来て」

 

「あれ?その子誰?」

 

「ちょっとね」

 

 

進んで行く美竹さんを追いながら、まりなさんとやらに軽く頭を下げる。相手は微笑みながら手を振ってくれた。良い人だ。そして進んだ先の一室の鍵を開け、中に入る。そこは広めの空間が広がっており、アンプ等の機材が置かれていた。

今までそんな物など触った事のない僕はそれらに近づき、眺める。

 

 

「・・・」

 

「そんなに珍しい?」

 

「・・・!」

 

「ふふっ。そっか」

 

 

頷く僕に美竹さんは何か懐かしむ様な目で僕に微笑む。だが、すぐに表情を戻してメンバー達を僕の前に立たせた。

四人の内、銀髪の少女が口を開く。

 

 

「《青葉 モカ》で~す。担当はギターやってま~す。よろしく~」

 

 

少し個性的な話し方をする少女にお辞儀をする。次に話し始めたのはピンクの髪をした少女だ。

 

 

「私は《上原 ひまり》!担当はベースだよ!よろしく!」

 

 

元気だなぁ。と年寄り臭い事を考えながらも先程と同じ返しをする。今度は赤い髪の少女だ。見た目からして元気そうだなこの子も・・・。

 

 

「アタシは《宇田川 巴》。担当はドラムだ。よろしくな!」

 

 

思った通りの元気の良さだ。同じくお辞儀をする。最後に茶髪の少女が頭を下げた。あれ?この子何処かで・・・。

 

 

「《羽沢 つぐみ》です。担当はキーボードをやってます。あの、この前はありがとうございました!」

 

「・・・?」

 

「えっと、この前に男の人達に連れてかれそうになってた・・・」

 

「・・・!」

 

「思い出してくれたんですね!良かったぁ」

 

 

そう言って羽沢さんは胸を撫で下ろした。あの時の子か。納得行った。だが、周りはこの会話に疑問を抱いたらしい。

 

 

「ねえ、つぐみ。その話どういう事?」

 

「あ・・・えっとね。実は」

 

 

どうやら心配を掛けさせまいと隠していた様で、買い出しの途中でアルバイトの子と一緒に例のチャラ男達に絡まれた所を僕がドロップキックでぶっ飛ばしたと渋々説明した。そして案の定、仲間達からお叱りの言葉を受ける。

 

 

「つぐみ、そう言う事はちゃんと言って」

 

「ごめんね蘭ちゃん」

 

 

最後に美竹さんに謝る羽沢さんを見て、仲が良いなと思う。僕は同年代の友達が居ない。いや、昔は居たけど。二人共、今は何をやってるのだろうか。どのみち、こんな姿を見せる訳にはいかない。というか僕が生きてる事がバレてはいけないのだ。

ハッキリ言えば僕は過去に色々あり、行方不明又は死亡扱いとされている。これがバレれば色んな問題が発生してしまう。そう考えるとかなり危ない橋を渡って生活しているなと感じた。

一人思考に耽る僕に、美竹さん達が礼を言って来た。ぶっちゃけた話、あの時の僕は彼女達を助ける事よりもあのチャラ男共を蹴り飛ばす事だけを考えていたので逆に考えなしに突っ込んですみませんでしたと頭を下げたくなる。

 

 

「つぐみ達を助けてくれてありがとう」

 

「・・・」

 

「少しは受け取ってよ・・・」

 

 

また首を横に振る、基本否定的な僕に美竹さんは溜息を吐いた。

 

 

「まあまあ。つぐも無事だったんだし、もう良いでしょ。それよりも練習しよ!あのゴーストに聴いてもらえるんだもん。張り切って行かなくちゃ!」

 

「ひまりの言う通りだぞ蘭。それに礼をするんだったらバンドらしくアタシ達の出来る最高の演奏をしてやろう!」

 

「そうだよ蘭~。ほらほらつぐも早く~」

 

「う、うん!蘭ちゃん」

 

「・・・わかった。それじゃあ準備するからそこ座ってて」

 

 

近くの椅子に座らされ、彼女達が準備する様子を遠巻きに眺める。エレキギターなんて触った事も無い。弦の交換の為に楽器店に訪れる事は何度かあったが、到底手を出せぬ値段の品々が並ぶコーナーを歩く度胸は僕にはない。もしも何かあって買い取りなんて事が起きたら死ねる。

そう思っていると、準備が終わった様だ。美竹さんが僕に言う。

 

 

「それじゃあ、あたし達Afterglowの演奏。しっかり聴いてて」

 

「・・・!」

 

 

目つきが変わった美竹さん達に僕も気合が入る。此処まで真剣なんだ。だったら僕も出来る限りの事をしてやらねばと集中する。

 

 

「一曲目、《That Is How I Roll!》」

 

 

その声と共に演奏が始まった。その瞬間、僕は今までに無いワクワクとドキドキを確かに感じた。今までずっと一人でやって来た僕にとって、多人数で行うバンドは未知の体験なのだ。機械越しに聴いていた曲とは違う。初めて聞いた生の演奏に何もかも忘れて夢中になって聴いていた。その後も一曲、また一曲と彼女達の音に聴き入る。

やがて全ての演奏が終わり、美竹さんはゆっくりと僕へ視線を向けた。

 

 

「・・・どうだった?」

 

「・・・!」

 

 

僕は立ち上がって拍手を送る。本当に凄い。出来る事なら声を大にしてもっと称賛の言葉を送りたいが、なんとか堪えて全力で拍手を送る。それに全員満足そうに笑みを浮かべる。

そんな中、宇田川さんが言った。

 

 

「そんなに喜んでくれるなら声出しても良いんだぞ?此処にはアタシ達しかいないし、誰かに情報をバラす気も無いしな」

 

「モカちゃんも聞きたいな~」

 

 

うぐっ。そう言われると確かに失礼に当たる気がする・・・。でもこれは商売の為だけじゃないんだよね。こうなったら最終手段を使うしかない。日々の努力で身に着けた僕の特技・・・見せてやる!

僕は深呼吸をして、遂に声を発した。

 

 

『うん、凄く良かった。本当に感動した』

 

「ええっ!?」

 

「ら、蘭ちゃんの声・・・?」

 

「あ、あたしこんな声なの?」

 

「間違いなく蘭だな。この声は」

 

「多分後ろ向いてたら気づかないね~」

 

 

どうやらウケは良かったらしい。声真似の応用で習得した僕の特技は声帯模写である。その場で聞いた声ならどんな声でも真似できる。これなら地声がバレる事無く堂々と話す事が出来る。

 

 

『ごめん。色々あって自分の声は出せないんだ。だからこの話し方で許してほしい』

 

「わ、分かった」

 

『それとあたしはバンドの演奏を聴いたの初めてだから、あんまり具体的な話は出来ない』

 

「そうなのか。でも初めての演奏がアタシ達なんて嬉しいな」

 

『そう言ってもらえるとありがたいね。じゃあ、まずはボーカルから』

 

「うん、お願い」

 

『力強い歌声と、熱い思いが伝わってくる良い声だった。聴いててこっちも熱くなって来る』

 

「・・・ありがと」

 

「蘭ったら照れちゃって~」

 

「モカ!」

 

「さ~せ~ん」

 

 

顔を紅くしてそっぽを向く美竹さんを揶揄った青葉さんは怒られても何処吹く風といった様子で笑う。本当に仲良いなこの子達。羨ましい。

 

 

「あ、良ければ欠点も言って。次に繋げたいから」

 

『分かった。正直に言えば、所々で先走ってる部分があったからそこは気を付けて』

 

「次は完璧にしてみせる」

 

『その意気だよ。じゃあ次は・・・』

 

 

言葉を止めて僕は青葉さんを向く。

 

 

『君だよ~』

 

「おお~、そっくり~」

 

「今度はモカまで・・・」

 

「これって全員のパターンかな!?」

 

「ちょっと緊張しちゃうかも」

 

「アタシも気になる・・・」

 

 

そんなに盛り上がってくれるのなら、やった甲斐がある。そして僕は続ける。

 

 

『基本的にミスも無くて良かったよ〜。後は、少しずつアレンジ入れてけば良いんじゃないかな〜』

 

「まあ、モカちゃんは天才ですから〜」

 

 

ニコニコして青葉さんは答える。実際に天才的だから何も言えない。さて、あと三人・・・。

ベースはともかく、キーボードとドラムに一切触れた事の無い僕に彼女達の評価とか無理な気がする。

 

 

『次、上原さん行ってみよー!』

 

「やった!私だー!」

 

「そっくり過ぎて分からなくなって来たぞ・・・」

 

 

宇田川さんの呟きに周りが頷く中、僕はなるべく冷静に評価を下した。

 

 

『君もちょっと走ってる部分があったかな?でも、全体的には出来てたから細かい所を直していけばもっといい音が出せるよ!頑張ろう!』

 

「うん!ありがとう!」

 

『元気でよろしい!』

 

 

元気なスマイル頂きました。そして少し緊張が増えた所で残りの二人を見る。

 

 

『じゃあ、キーボードから行こうかな?』

 

「は、はい!お願いします!」

 

『そんなに畏まらなくて良いよ。自分の話しやすい様にしてほしいな』

 

「う、うん」

 

『よし。羽沢さんはミスもなくて、リズムも正確だった。正直、この中で一番良かったと思うよ』

 

 

僕の言葉に羽沢さんは大きく息を吐いた。そんな彼女に上原さんが嬉しそうに声を掛ける。

 

 

「やったねつぐ!あのゴーストにベタ褒めだよ!」

 

「良かったぁ・・・」

 

「(畑違いなんだけどな僕)」

 

 

取り敢えず満足して頂けた所で、最後の一人に集中する。

 

 

『最後は宇田川さんだな』

 

「アタシの声ってこんな風に聞こえるのか・・・」

 

『感想はどうだ?中々なもんだろ?』

 

「なんか慣れないな、自分の声って・・・変な感じだ」

 

『そうか?アタシは好きだぜ、その声』

 

「お、おう」

 

「トモちん照れてる〜。いきなり口説くとはゴーちゃんもやりますな〜」

 

「変な事言うなモカ!」

 

『ご、ゴーちゃん?』

 

「ゴーストだから、ゴーちゃんだよ〜」

 

 

どうやら僕のあだ名が勝手に決まったらしい。まあ、良いか。

 

 

『さて、本題に戻るけぞ。お前のドラムは美竹さんと同じく、熱意が伝わって来る素晴らしい演奏だった。ただし!熱くなり過ぎて走ってる部分もあったから気を付けろよ』

 

「おう!分かった!」

 

『これで全員の評価終わりィ!ああもう、ギター以外は専門外なんだって』

 

「お疲れ。悪かったからあたしの声でその話し方やめて」

 

 

美竹さんの声で愚痴ると引き攣った顔で言われた。それから暫く彼女達の練習を椅子に座って遠目から眺める。もし、僕が普通の生活を送っていたらあんな風に友達と楽しく過ごせたのだろうか?いや、たらればの話をしたところでどうにもならない。

嘗て、二人の幼馴染と過ごした日々が脳裏に蘇る。僕も昔はせっちゃんって呼ばれてたな。

そんな事を考えていると、美竹さん達が練習を終えたのか僕の方へと向かって来た。

 

 

「できれば最後に一曲聴かせてほしいんだけど」

 

『いきなり練習見てって言われた後に一曲とは中々に強欲だね君は。まあ、コーチしてくれなんて言われるよりはマシか』

 

 

僕は立ち上がって相棒のギターを構える。どうせなら盛大にやってやろう。

 

 

『それじゃあ行くよ。《アイスクリーム シンドローム》』

 

 

最近覚えたての歌をギターの音と共に歌う。そこからはもう夢中だった。自分の全てを持って歌い切る。自分に出来る最大限の演奏を奏でる。彼女達は全力で歌ったんだ。僕も本気でやらなきゃ失礼ってもんだろう?

 

 

『君とならどんな一瞬だって煌めいて見える』

 

 

最後まで歌い切り、目の前の彼女達を見ると何故か目を潤ませていた。

 

 

「・・・?」

 

「ごめん、思った以上に上手くて」

 

「凄く切なくなっちゃったよ・・・」

 

 

美竹さんと上原さんに続く様に周りも頷く。何というか、感受性良過ぎませんかお宅ら?

ギターをしまいながら思っていると、部屋の壁に取り付けられた受話器から音が鳴った。どうやら時間らしい。僕達は、荷物を纏めてスタジオを後にした。因みに支払いは彼女達の奢りだった。ゴチになります。

 

 

「じゃあ、あたし達は帰るから。その、頑張って」

 

「・・・」

 

「そんなに嫌なの湊さん達の演奏?」

 

 

いやね?聴くだけなら良いんだよ別に。音楽好きだし、人の演奏生で聴くのって中々無いし。でも、それを評価してコーチするかどうかとか困るんだよ。僕なんかより良い人なんてわんさかいるだろうに。

 

 

「あの、さ」

 

「・・・?」

 

「もし次に会えるなら、またあたし達の演奏聴いてくれない?」

 

「モカちゃんもさんせ〜い」

 

「私も!今日は最後に一番良い演奏出来たし!」

 

「私もお願いしても良いかな?」

 

「無理にとは言わないから、暇な時にでも頼む」

 

 

全員にお願いされるが、正直なところもう関わりたく無い。演奏は良かったが、ぶっちゃけ格差を見せつけられてる様で辛い。当の本人達は自覚無いだろうけど、最初に声を掛けられた時に恵まれた環境の中にいる癖にホームレスで戸籍もない僕に何を求めるのだろう?とか黒い気持ちが生まれた。湊さんの時も同様だ。

これ以上何も考えない様に、適当に手を振りながら彼女達に背を向けて歩き出す。僕の気持ちを何となく察したのか、後ろから足音が遠のいて行くのが聞こえる。

僕は、カフェテリアの椅子に腰掛けて、憂鬱な気持ちで湊さんを待ち始めた・・・。

 

 

刹那サイド終了

 

 



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第4話

多分、平成最後の投稿ですね。
これからもこの作品を読んでいただけ


刹那サイド

 

 

----夢を見ていた。

 

 

『うぅ・・・』

 

 

目の前に蹲って泣く少年をただ眺めるだけのシンプルな夢だ。だが、風景は変わって行く。少年に近付く人影。そしてそれは幼い少年の体を・・・。

 

 

『ぃぎっ!?』

 

『本当の子でもない癖に・・・そんな目すんなっ!』

 

 

罵倒と共に蹴り飛ばした。その後も、支離滅裂な言葉を投げ掛けながら何度も暴力を振るい続ける。やがて少年が動かなくなると、フーッフーッ!と肩で息をしながらその場にへたり込んだ。そしてその顔から透明な雫が滴り落ちる。

 

 

『ごめんね・・・ごめんねぇ・・・!』

 

 

そして暫く泣き続けた後、何処からか響く赤ん坊の声の方へと向かって行った。

更に視界は暗転する。目の前に現れたのは、玄関の扉だ。気付けば少年は居なくなっていた。分かっている。これは何度も見て来た夢だ。体は自覚すると勝手に動き出し、ドアを開けた。目の前に広がったのは炎。一面を赤い炎が埋め尽くし、地面を雨が濡らしていた。その先に見えるのは火元と思われる乗用車。

この光景は実際に見たわけではない。だが、その光景は何故かリアルに見える。燃え盛る乗用車の中から覗くのは二つの人影。それは此方へと手を伸ばしたまま動く事なく、パチパチと音を立てる。そして一瞬、炎の威力が上がり、思わず目を瞑った僕の足にナニカがしがみ付く感覚があった。其処へ目を向けると、

 

 

『----Aaaaaaaaaaaaaaa!』

 

 

此方を見上げる燃えた赤ん坊の姿があった。それはゆっくりと体を這い上がって来る。でも僕は抵抗しない。だって僕は、守りたかったソレを守る事すら出来なかったのだから・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・!」

 

 

赤ん坊の手が僕の顔へ迫った所で目を覚ます。帽子の下でかいた汗を袖で拭いながら周りを見回すと、湊さんと共にSiRCLEへ訪れた四人の少女達がそれぞれ談笑していた。この情景を見て、経緯を思い出す。美竹さん達Afterglowと別れた後、すぐに湊達が来た。だが、まだスタジオの準備が終わっていないのでそれまでカフェテリアで待機していたのだ。どうやらその間に寝落ちしていたらしい。

まだコップに残ったカルピス(湊さんからの奢り)を飲み干して一息吐く。其処で、SiRCLEの方から月島さんが出て来た。

 

 

「遅くなってごめんね。準備出来たから」

 

「いえ。私達も予約した時間より早く来てしまいましたから」

 

「皆、行くわよ」

 

 

水色の髪をした少女が月島さんを庇護し、それをどうでも良いと言わんばかりに歩いて行く湊さん。それを茶髪の少女が苦笑いをし、水色の髪の少女と後を追って行く。それに続いて、紫の髪をした少女と黒髪の少女が歩き出した。僕も月島さんにお辞儀をしてから続いてカフェテリアを後にした。

 

 

〜スタジオ〜

 

 

「練習を始める前に、皆に紹介しておくわ」

 

「ええ。先程から誰なのかずっと気になっていましたから」

 

「友希那ってば、アタシ達が聞いてもスタジオで話すってそれっきりなんだから」

 

「ククク・・・我等の聖域へ踏み込む貴公は・・・《りんりん》!」

 

「・・・こ、此処は普通で良いんじゃないかな?」

 

 

まあ、いきなり見知らぬ奴が居て一緒にスタジオ入りしたらそりゃあ怪しみますよね。そして事前連絡してなかった湊さんェ・・・。そんな僕達を他所に、湊さんは続けた。

 

 

「この人は、前々から言っていたコーチになり得る人物よ」

 

「この人が・・・申し訳ありませんが、急にこの様な方を紹介されても素直に信じられません。それに先程から一言も話さないじゃないですか」

 

「演奏以外では声を出さない。不明な点が多いのが売りだからよ」

 

「友希那、それってまさか・・・!」

 

「ええ、紛れも無いあのゴースト本人よ」

 

「「「「えぇっ!?」」」」

 

「・・・!」

 

 

少女達の驚きの声に、近い距離にいた僕は思わず顔を顰める。それから全員が僕をジロジロと眺め始めた。特に水色の髪の少女からの視線が凄い。さっきまでのの警戒心マックスハザードな雰囲気は何処に行ったのか、珍しい生き物を見る目をしていた。

 

 

「今日は演奏を見てもらって、私達Roseliaをコーチする価値があるのか見極めてもらう為に呼んだのよ」

 

「あのゴーストに話し掛けるだけでなく、コーチの話まで・・・やはり貴女は違いますね湊さん」

 

「当然よ。私達は、頂点を目指すの。其処に妥協は許されない」

 

「でも友希那。一体どんな条件を出したの?」

 

「ただ話をして、練習日のメモを渡した。それだけの事よ」

 

「それって無理矢理って言うんじゃ・・・」

 

 

茶髪の少女の言葉にスタジオの空気が凍った。どうやら気付いたらしい。僕はほぼ強引にこの日に呼ばれた事を。それから直ぐ、水色の髪の少女が湊さんを引き連れて謝って来た。

 

 

「本当に申し訳ありません!真面に許可も取らずに呼び出すなんて」

 

「《紗夜》、痛いわ」

 

「湊さん、何をやっているのですか!?貴女の話によれば、どう考えても相手の返答を聞いていないでは無いですか!」

 

「でも相手は来た・・・そう言う事よ」

 

「どう言う事ですか!?」

 

 

この人、間違いない。苦労人だ(確信

さっきからコントの様な何かを繰り広げている二人は何時の間にか僕をそっちのけで言い合いを始めた。取り残された僕に茶髪の少女を筆頭に、残りの二人が近付いて来た。

 

 

「ごめんね、ウチの友希那が。でも、音楽に全てを掛けてるのは本当だから出来れば聴いて行ってくれると嬉しいな。アタシは《今井 リサ》。ベースやってます、ヨロシク☆」

 

「・・・」

 

 

ああ、コミュ力高そうだな。取り敢えず無難に会釈で返す。会釈に関してはプロ並みの腕だと自負している。いや、プロってなんだよ・・・。

 

 

「我こそは漆黒の闇より現れし、混沌を司る魔王!」

 

「・・・」

 

「《宇田川 あこ》、さんじょー!ドーン!」

 

「・・・」

 

「あの・・・よろしくおねがいします」

 

 

何やらポーズを付けて挨拶して来た紫の髪の少女にお辞儀で返すとショボンとしながら話し方を戻した。いや、そのキャラの人と会話するの初めてだからどうしたら良いか分からないんだって。

 

 

「ほ、ほら!次、りんりん!」

 

「キーボードを担当してます・・・《白金 燐子》、です・・・」

 

「あこはドラムやってます!」

 

「・・・」

 

 

取り敢えず頷く。そして向こうで互いの頬を引っ張り始めたボーカルと恐らくギターであろう二人の少女のヒートアップして行く姿に今井さんが声を掛けて、正気に戻った二人が顔を真っ赤にして早足で近づいて来る。

 

 

「すみせんでした。ギターを担当しています、《氷川 紗夜》です」

 

「これが私達Roseliaのメンバーよ。此処にいる全員が頂点を目指す為に努力しているの。だからお願い。どうか正当な評価をちょうだい」

 

「私からもお願いします。今回は湊さんの不手際があったとはいえ、ゴーストであるあなたにコーチを受けてもらいたい気持ちは同じです。駄目だと思ったのならば即座に切り捨てて構いません。ですがもし、私達に可能性を感じたのならばどうかコーチを引き受けてはいただけませんか?」

 

「改めて、私からもお願いするわ」

 

 

こ、断りづらいーーーー!?

チラッと視界をずらせば他のメンバーも頭下げてるし・・・頷くしか無いじゃないか。

 

 

「・・・」

 

「ありがとう。それじゃあ、早速行くわよ」

 

 

湊さんの声を皮切りに全員が手早く準備を済ませる。そしてすぐに空気が変わった。美竹さん達とはまた違う気迫。不思議と口角が上がる。鼓動が早くなる。そして僕はその演奏に夢中になっていた。

気が付けば演奏は終わり、湊さん達が此方を見つめて来る。なんかデジャヴ感凄いが、僕は拍手を送った。

 

 

「どうだったかしら?・・・そう言えば声は出さない主義だったわね」

 

『地声はね。ええ、とても良い演奏を聴かせてもらったわ』

 

「友希那の声!?」

 

「声真似・・・いえ、声帯模写ですか」

 

『ご名答です。失礼ながら、この方向で話させていただきます』

 

「こ、今度は紗夜さんの声」

 

「・・・凄い」

 

 

宇田川さんと白金さんの言葉に満足感を覚えながら、会話を続ける。

 

 

『正直言って、全員のレベルは間違いなく高いわね。そこは考えるまでもない事実よ』

 

「そう。なら、私達のして来た事は無駄ではないわね」

 

『でも、だからといって完璧という訳でもない』

 

「・・・どう言う意味ですか?」

 

『細かいミスが所々にあるのよ。湊さんは最後の部分で音程が少し上だった。氷川さんは前奏で少し走り気味だし、今井さんはAメロで音程が僅かながらズレていたわ。宇田川さんは最後のサビで音が弱くなっていたし、白金さんも後半の音が弱目ね』

 

「・・・たった一曲で全体の音を見抜くだなんて」

 

『と言ってもあまり気付く人はいないでしょうね。でも、分かる人には分かってしまう。ゆっくりでも良いから確実に直しなさい』

 

「分かったわ。ありがとう」

 

『それで、本題なのだけれど・・・悪いけど、コーチの件は断らせてもらうわ』

 

 

僕の言葉に全員が分かりやすく落ち込む。

 

 

『勘違いしないで。貴女達の演奏は間違いなく高レベルよ。それこそバンドをしてる人なら誰もが憧れる《FUTURE WORLD FES.》への参加だって夢じゃない』

 

 

《FUTURE WORLD FES.》。略してFWFやフェスと呼ばれるそれは数々の実力派バンドが鎬を削る大会である。湊さん達はそこのトップを取るつもりらしい。僕の口からその単語が出たからか、睨み付ける様な表情で湊さんがガン飛ばして来た。怖い。

 

 

「なら何故・・・!」

 

『単純に、私に貴女達の気持ちに応える資格が無いからよ。私がどうして、路上アーティストをしているか分かるかしら?』

 

「大手企業のスカウト待ちとか?」

 

『生憎と芸能界には興味無いの。私が歌う理由はね。稼ぎが良いからよ』

 

 

その発言に部屋が凍り付いた。変に誤解されては溜まったモノでは無いので、事実と嘘を混ぜながら付け加える。

 

 

『訳あって私の家はお金が足りないの。日々の生活の為にも何とか稼ぐ必要があった。でもアルバイトも出来る環境じゃなくてね。その時、偶々利用出来たのが音楽だった。私だって音楽は好きよ。でも、稼がなければ満足に歌う事だって出来ない。だから、お金の為に歌う私と頂点を目指して音楽に全てを掛ける貴女達。例え同じ事をしていても思いの差は歴然でしょう?』

 

 

一旦区切って、湊さん達に頭を下げる。これが今の僕に出来る最大限の礼儀である。

 

 

『だから、ごめんなさい。貴女達に教える事は出来ません』

 

「そう・・・」

 

『きっと私よりも良いコーチになりえる人は沢山居るわ。だから・・・』

 

「なら、月謝を払えば満足かしら?」

 

『・・・なんと?』

 

「毎月必ず、望む額を月謝として払うわ。それならアナタは確実に纏まった金額が手に入る。私たちも上のステージに上がる事が出来る。利害の一致と言うものよ」

 

「ま、待ってよ友希那。もし、高額だったらどうするのさ?」

 

「その時はアルバイトをしてでも稼ぐわ。さっきの評価と断った理由を聞いて確信した。この人の音楽に対する思いもまた、本物よ。Roseliaのコーチは間違いなく彼しか在り得ない」

 

「友希那にアルバイトなんて無理でしょ!?音楽以外の日常生活はポンコツなのに!」

 

「リサ。一度此処の裏で話し合いましょう?」

 

 

青筋立てながらも此方へ視線を向ける湊さんに僕は何とか言葉を絞り出した。

 

 

『どうしてそこまで・・・』

 

「今言った通りよ。アナタの音楽に対する思いは本物。決して資格が無いなんて言わせないわ。それに、あの演奏以上の人材を探せと言う方が難しいわ」

 

「・・・そうですね。確かに湊さんの言う通りです」

 

「紗夜まで・・・あーもう!やっぱりこうなるよね。うん、私もそうは思ってたし・・・」

 

「あ、あこも幾らまで払えるか分からないけど!ゴーストさんに色々教わりたいです!」

 

「あ、あの・・・私も・・・お願いします」

 

 

あれ?本当に断れない状況になって来たぞ?恐る恐る後ろに下がると、五人は距離を詰めて来る。それが数回続き、部屋の隅に追い詰められた所で全員からの期待を込めた視線から一言。

 

 

「「「「「コーチ、引き受けてくれますか?」」」」」

 

『・・・ひゃい』

 

 

完全敗北でした。

それからトントン拍子で事態は進んで行く。取り合えずコーチするのは全員の予定を合わせつつ週に3~4回で次のFWFまでの間。月謝は流石に高額は申し訳ないので、話し合いの末、月に一人千円で計五千円となった。最初は二千円位貰えればと提案したのだが、逆に申し訳ないと全員に猛反対された。

こうして、僕のホームレス兼コーチ生活というハードどころか難易度ルナティックな生活が幕を開けたのだった。

 

 

~練習後、外にて~

 

 

「練習の日程を伝えたいから携帯の番号を教えてくれるかしら?」

 

「・・・」

 

「えっ!?携帯持ってないの!?」

 

「まさかそこまで困窮して・・・」

 

「やっぱり月謝安いんじゃ・・・」

 

「値上げ・・・しますか・・・?」

 

 

何故か携帯持ってないだけで全員から生暖かい目で見られた。しょーがねーだろホームレスなんだから。

やっぱり住所不定無職って人権無いんだなって思った。

 

 

刹那サイド終了



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第5話

令和一発目行くぞォ!


刹那サイド

 

 

あれから日数が経った。僕の生活も、ただ歌うだけの生活からかなりの変化があった。朝にパンの耳を貰い、昼間はギターの練習に費やし、夕方はコーチの無い日は歌い、金髪の少女とオレンジの髪の少女と夜まで鬼ごっこ。

毎日限界まで動き続ける生活は体に堪えるが、何処か心地の良い感じがした。いや、別に僕がどМとかそう言うのではなくて。

そんなある日、FWFの日程も近付いて来た頃。僕はコーチの為にCiRCLEへと向かっていると、何やら物陰に隠れる宇田川さんと白金さんを見つけた。

 

 

「あ、ゴーストさん!こっちです!」

 

「あこちゃん・・・静かに・・・」

 

 

何やら慌ててる二人に、近付くと向こうを見ろとジェスチャーされる。その先には、誰かと建物へと入って行く湊さんの姿があった。その表情は何処か真剣だった。

 

 

「行こう、りんりん、ゴーストさん」

 

「良いのかな・・・?」

 

「だってあんな表情の友希那さん見た事ないし・・・」

 

「・・・」

 

 

面倒なので一人ライブハウスへ向かおうとするが、引っ張られた。建物の中に入ると、中に隣接されたカフェスペースで会話する二人を見つける。こっそりとその近くの席へと座り、会話を聞く。そして僕達はこの会話を聞くべきでは無かったと後悔した。

これが、僕の生活を更に変える騒動の始まりだったのだから・・・。

 

 

~SiRCLE~

 

 

僕達がSiRCLEに到着すると、既に湊さんと今井さんと氷川さんが待っていた。

 

 

「・・・30分の遅刻よ。やる気はあるの?」

 

 

まあ、貴女にバレない為と宇田川さんを白金さんと宥めてたからですけどね。

 

 

「そういう友希那も、15分遅れたけどね~。珍しい事もあるもんだね~」

 

「いいから早く準備してください。ロスした分を取り戻さなくては」

 

 

氷川さんの鋭い声が上がる。何度か練習を見たり、会話したりして彼女がストイックな人間なのは分かっていたけど、今日は何時にも増して厳しい。というよりも・・・焦ってる?

それと、どうやら湊さんは二人にさっきの事は言ってない様だ。宇田川さん達も少し驚いた表情をしている。もしかしてコレ。本当に、非常にマズイのでは?

 

 

「なーに3人して辛気臭い顔してんの?紗夜先生が怒るなんて何時もの事じゃーん☆」

 

「今井さん!真面目にやって。コンテストは刻一刻と近付いてるのよ」

 

『氷川さん。少し強く言いすぎです』

 

「・・・すみません」

 

 

流石に八つ当たり気味に声を上げる氷川さんを宥める。自分の声で止められたのもあって、少しは冷静になってくれたらしい。でも、事態が収まった訳ではない。正直言って、今日のRoseliaはガタガタだ。傍から見てもちょっとした事で崩壊しそうな位には。湊さんもさっきから気まずそうにしている。

 

 

「・・・あこ、燐子。早くして」

 

「え、ちょっと何?どうしちゃったの、3人とも」

 

 

今井さんはそう言いながら湊さんにも視線を向ける。どうやらこのマズイ状況に気付き始めたらしい。湊さんもこれ以上隠すと間違いなく危険だ。

そして俯く宇田川さんに氷川さんが声を上げた。

 

 

「宇田川さん。やる気が無いのなら帰「あ、あの・・・!」」

 

「あ、あこちゃん・・・!」

 

「ごめん、りんりん、ゴーストさん。あこ、みちゃったの・・・友希那さんがスーツの女の人と、ホテルで・・・話してて・・・」

 

「それがどうしたって言うの。湊さんにだってプライベートはあるでしょう?」

 

「で、でも・・・」

 

「あこちゃん・・・今は練習を・・・」

 

『白金さん。多分今話さないと、もっと後が辛くなる』

 

 

白金さんを宇田川さんの声で止める。ぶっちゃけ今話すのもアレだけど、後に回して露呈する方がもっと危うい。それこそ、このバンドが解散の可能性が出る位には。

 

 

「だって・・・コンテストに出られないなんてぜったいイヤなんだもん!」

 

「・・・どういう事?」

 

「今日・・・りんりんと待ち合わせしてて、そしたら・・・」

 

 

そして宇田川さんは語りだした。今日、あのホテルで何があったのかを・・・。

 

 

「スーツの人が、友希那さんを、その・・・スカウトしてて」

 

「貴女達・・・!」

 

「隠し聞きしてたのはごめんなさい!でも、友希那さんの雰囲気が気になっちゃって・・・それにあの人がストーカーか何かかと思って」

 

 

え、そんな事思ってたの?あんな堂々としたストーカーいて堪るか。

それは些細な事で本題はその後である。宇田川さんもあまり精神状態が安定してないので、説明が曖昧な点があるが、要約すると湊さんにRoseliaを捨ててステージに立たないか?というものだった。つまり、スカウト側は湊さんにしか興味ないと。そしてそれに対する友希那さんの答えは、保留に近いものだった。

そんな話を聞いて、氷川さんが湊さんを向いた。その目には明らかな怒りが見える。

 

 

「・・・宇田川さん達の言い分は分かったわ。湊さん、認識に相違は無いんですか?」

 

「・・・」

 

「・・・っ。私達とコンテストになんか出場せずに、自分一人本番のステージに立てれば良い。そういう事ですか?」

 

「私・・・は・・・」

 

 

湊さんにその気は無いのは何となく分かる。でも、本人の不器用な所と僕の知らない抱えたナニカの所為で言葉が出ないのだろう。だが、それは周りに大きな誤解を与えた。

沈黙は肯定、という最悪な誤解で。

 

 

「否定しないんですね。だったら・・・」

 

『待ってください。少し落ち着いて話し合いを』

 

「そ、そうだよ!友希那だってそう言った訳じゃないじゃん!友希那の言い分も、ね?」

 

『そうですよ。湊さんも・・・』

 

「・・・」

 

 

今黙んなでくれないかなぁ!?

僕と今井さんが折角タイミング作ったのに!

 

 

「ちょっと、何か・・・!」

 

「[私達なら、音楽の頂点を目指せる]なんて言って・・・[自分達の音楽を]なんて、メンバーを焚き付けて・・・フェスに出られれば、何でも、誰でも良かった。・・・そう言う事じゃないですか!」

 

『氷川さん!』

 

「メンバーの問題に口を出さないでください!」

 

「あ゛?」

 

「ひっ・・・失礼しました」

 

 

思わず地声で軽くキレてしまった。条件を最終的に受け入れたのは僕だが、そこまで部外者扱いされるとイラっと来る。あんなに頼んで来たから受け入れたのにその扱いマジで腹立つ。

 

 

「・・・え?それじゃあ・・・あこ達、その為だけに、集められたって事?」

 

「・・・あこちゃん、何も、そうとは・・・」

 

 

思ってたよりも事態は深刻だった。宇田川さんも疑問を持ち始めたし。白金さんがまだ理性的な人で助かった。

 

 

「あこ達の技術を認めてくれてたのも・・・Roseliaに全部掛けるって話も、みんな・・・嘘だったの・・・?----ッ!」

 

「あこちゃん・・・っ。待って・・・何処に・・・」

 

 

飛び出した宇田川さんを追って、白金さんもスタジオを出てしまった。その場に僕を含めて4人が取り残される。

 

 

「ちょっ、二人とも・・・!」

 

 

今井さんは呼び止めようとするが、もう遅い。そして当然、キレるのはもう一人。

 

 

「湊さん。私は本当に、貴女の信念を尊敬していました。だからこそ、私も・・・」

 

 

氷川さんは辛そうな表情を浮かべた後、無表情で冷たく言葉を発した。

 

 

「とても失望したわ」

 

『氷川さん、この場の全員も一旦落ち着いてください。無言イコール肯定と決めつけるのは早計です。取り合えずカフェテリアで何か飲んで・・・』

 

「ゴーストの言う通りだよ。お願い紗夜、少し待って。友希那の話を・・・」

 

「ならどうして目を合わせようともしないの!言葉に出せないのなら態度で示す位したらどうなの!」

 

「・・・」

 

「この行為が最大の答えじゃないっ!」

 

 

ダメだ。この人も、感情的になり過ぎてる。人間、一度キレると冷静な判断が出来なくなる。そしてその衝動に身を任せるともう止まらない。裏切られた’あの人’がそうだった様に・・・。

怒る氷川さんに今井さんは不安そうに聞いた。

 

 

「じゃあ、これから先、アタシ達、どうするつもり・・・?」

 

「貴女と湊さんは幼馴染。何も変わらないでしょうね」

 

「そう言う事じゃなくて・・・!」

 

『・・・これからRoseliaでどうするかと聞いているんです』

 

「私はまた時間を無駄にした事で、少し苛立っているの。申し訳ないけれど、失礼するわ」

 

「待ってよ紗夜!友希那っ。ねえ、今の話、全部本当なの?」

 

「本当だったら、何?」

 

 

なんでこの人はそんな言い方しか出来ないかなぁもう・・・!

このバンド中心的な人が不器用な奴らでしか構成されてないのか!?そんな僕の心配を余所に、二人の会話は進んで行く。

 

 

「・・・な、何って・・・このままじゃRoseliaは・・・それで良いの?」

 

『言いたいことがあるなら、細かい事考えずに言った方が良いですよ。でなきゃ本当に手遅れになります。今からなら追いかければ間に合います』

 

「----知らないっ!」

 

「----!友希那・・・」

 

「(・・・自分でも、どうしたら良いのか、分からない・・・)」

 

 

湊さんの表情が辛そうに歪む。そして、己の内に抱えるモノを一瞬だけ吐き出した。

 

 

「私は・・・っ、お父さんの為にフェスに出るの!昔からそれだけって、言って来たでしょ!」

 

「・・・友希那」

 

「・・・帰るわ」

 

「か、帰ってどうするつもり・・・?」

 

「フェスに向けた準備をするだけよ」

 

『それは、Roseliaを捨てると言う事ですか?幼馴染とやらの今井さんの思いを、氷川さん達の貴女を信じて共に此処まで来た思いも、全て踏みにじって一人で歌うつもりですか?それに・・・僕はこれからどうすれば良いんですか?』

 

「それは・・・ごめんなさい」

 

「友希那・・・っ!」

 

 

今井さんの声も虚しくスタジオの中へ消えて行った。そしてその場に僕達だけが残る。

 

 

「どうしよう・・・このままじゃRoseliaがバラバラに・・・」

 

『今井さん、取り合えず外に出ましょう。時間です』

 

 

僕は立ちすくむ今井さんを連れてSiRCLEを後にした。そして近くの公園のベンチに今井さんを座らせて自販機でカルピスを二本買い、その一本を渡す。

 

 

「ありがと・・・」

 

『いえ。別に、これ位・・・』

 

 

二人で缶を開けて中身を飲んで一息。無言の時間が流れる・・・。静寂を打ち消したのは今井さんだった。

 

 

「ごめんね、その、今日は」

 

『お気になさらず。それで?これからどうしますか?』

 

「うん、必ずアタシがなんとかするから心配しないで」

 

『・・・どうやって?』

 

「それは・・・」

 

 

黙り込んでしまう今井さんに、僕は溜息を吐きながら聞いた。

 

 

『何があったか、教えてもらえますか?湊さんに何があったのか。でないと何も出来ませんし』

 

「手伝ってくれるの?」

 

『コーチですから。バンドを見る責任はありますし。それに・・・目の前でそんなに辛そうな顔されたら、放っておけないですよ』

 

「・・・ありがと。あのね」

 

 

今井さんは一呼吸おいて、話し始めた。昔の湊さんはもっと明るい子だった事。中学の頃に湊さんのお父さんがミュージシャンをしていて、所属してた事務所から本来の路線とは違う歌でフェスに出場させられた事。そしてそれが原因で誹謗中傷を喰らってバンドが解散した事。その無念を晴らす為に湊さんはRoseliaを作った事。

段々と話し声が嗚咽混じりになって行く。やがて話し終えた今井さんは僕に抱き着いて本格的に泣き出した。僕よりも高い背をしてる筈の目の前の彼女は、小さく見えた。

今まで一人でずっと皆を支えて来たのだろう。それは並大抵の精神では無理な事だ。このバンドの精神的支柱は彼女にある。

 

 

「・・・大丈夫」

 

「あ・・・」

 

「Roseliaは、この青い五つの薔薇は絶対に散らない。散らさせない」

 

 

今だけは、声を隠す事なく今井さんを優しく抱きしめる。今の彼女を放っておいたら間違いなく壊れる。そんな事があれば絶対にこのバンドは終わる。それどころか、メンバー全員の今後の人生が滅びかねない。

それ以前に放置とか無理。ゲンさんにも言われたけど、やっぱり僕ってお人好しなのだろうか?

 

 

「今井さん、貴女の知るRoseliaのメンバーはこんな事で躓くと思いますか?」

 

「・・・思わない。だって、最高のメンバーだもん」

 

「ですね、僕もそう思います。じゃあ、いつまでも泣いてられませんよ。明日から忙しくなりますから」

 

「そう、だね」

 

「それに、今度は僕もいますから。今井さん。今まで一人でお疲れ様でした」

 

「うん・・・!うん・・・!」

 

「今度は、今井さんが皆を支える分、僕が今井さんを支えますから」

 

「・・・!」

 

 

再び泣き出した今井さんを抱きしめて撫で続ける。それから10分後位にようやく収まった・・・。

 

 

「ごめんね・・・濡らしちゃって」

 

「今井さんの心が少しは安らいだのなら、これ位良いですよ」

 

「・・・それが君の本当の声、なんだね」

 

「ええ。湊さんの過去とか、今井さんの抱えてたモノとか聞いてしまったのでこれ位は、まあ」

 

「ちょっとは君との距離が縮まったって事かな?だったら嬉しい」

 

「・・・」

 

「お?もしかして、照れちゃったのかな~?うりうり~☆」

 

「止めてくださいよ・・・」

 

 

憑き物が取れた表情で今井さんは僕の頬を突く。それを僕は甘んじて受け入れる。なにはともあれ、今井さんが安定して良かった。一番危なかったからね。

 

 

「今井さん、明日からの事なんですけど」

 

「うん。朝からって時間空いてる?」

 

「はい」

 

「じゃあ、九時にSiRCLEのカフェテリアに集合ね」

 

「分かりました。んじゃあ、一発説教かましに行きますか」

 

「説教・・・?」

 

「はい!」

 

 

今井さんに向かって僕は微笑む。

 

 

「人の事無理やり引っ張ってコーチにした癖に口出しするなとか、謝るだけで帰った二名にちょっとお話しがあるんで、ね?」

 

「そ、そっかぁ(友希那、紗夜・・・頑張って☆)」

 

 

後日聞いたが、この時の僕の後ろには阿修羅が見えたと言う・・・。

 

 

刹那サイド終了



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第6話

刹那サイド

 

 

「行って来ます」

 

「おう。気を付けてな」

 

「はい。帰って来るのは遅くなると思うので、お風呂とかは先に済ませちゃってください。僕は明日の昼間にでも行きますから。食事もパンの耳余ってますし」

 

「分かった。二人にも言っとく」

 

「お願いします」

 

 

ゲンさんに挨拶を済ませて、僕は待ち合わせのカフェテリアへと相棒のギターと共に歩を進めた。

 

 

〜カフェテリア〜

 

 

「ごめんね、待たせちゃったかな?」

 

「いえ、僕も来たばかりなので」

 

 

待ち合わせ場所で席に座ってカルピスを飲んでいると、今井さんがやって来た。お互い待ち合わせ時間の前に来てるので、文句など無い。寧ろ30分前から来てた僕が早過ぎただけである。なんとなく女の人を待たせるのは気が引けたのだ。人も少ないので、周りに聞こえない程度の声量で地声で話す。

それにしても此処のカルピス濃くて美味しいな。月謝が貰える事と、最近売り上げが上がって来たお陰でこれ位の出費が痛くなくなった。そんな事を考えると、今井さんがこっちを見て微笑んだ。

 

 

「ねえ、カルピス好きなんだ?」

 

「ええ。昔から好きなんですよ」

 

「コーヒーとかって飲まないの?」

 

「・・・苦いの嫌いなんです」

 

「そっか。友希那もブラックだと飲めないんだよね〜」

 

 

知ってる。この前、コーヒーに凄い量の砂糖入れてる所見たし。僕もコーヒーは飲めないけど、昔ゲンさんに奢ってもらった練乳入りの缶コーヒーは美味しかった。あの甘さなら毎日飲みたいと思う。

今井さんが飲み物を注文しに行っている間に今日の予定を考える。取り敢えず今日の目標は味方を増やす事と、湊さんと話す事である。

氷川さんは今回の件の他にも何か抱えてる気がしてならない。彼女に関しては確定的な情報が無い限り、下手に行動を起こせない。下手をすれば溝が深まる事間違いなしだ。

カルピスを再び嚥下すると、チルドカップに飲み物を入れた今井さんが戻って来た。

 

 

「また待たせちゃったね。ごめん」

 

「別に謝る必要無いですよ。それで、今日の予定なんですけど」

 

 

僕の言葉に今井さんが表情を引き締める。

 

 

「まずは宇田川さんと白金さんに連絡を取ってもらえますか?」

 

「あこと燐子に?でも二人は・・・」

 

「あの時は真っ先に出て行きましたけど、二人は今井さんの次にメンタル強いと思いますから、今頃自分達なりに動き出しそうな気がするんですよね。だから先に味方に付けておこうかと」

 

「よく見てるね。皆の事」

 

「コーチですから。でも今井さん程じゃないですよ」

 

「謙遜しちゃって。それじゃあ、昨日の公園に呼び出しでも良いかな?」

 

「はい。それと、宇田川さんに携帯を持って来る様に伝えてください」

 

「持って来るとは思うけど、何で?」

 

「不器用な二人を揺さぶるには良い材料があるからですよ」

 

 

この事は僕と宇田川さんしか知らない事だ。でも、間違いなくアレを見れば二人の心に変化は起こるだろう。もし反応が無ければ本当にこのバンドは終わりだ。数少ない希望に望みを託して、僕達は手にあるカップの中身を飲み干して、公園へと歩き出した。

 

 

〜公園〜

 

 

「ゴーストさん・・・リサ姉・・・」

 

「・・・おはよう、ございます・・・」

 

「おはよ。あのね、この前の事なんだけど・・・」

 

 

今井さんは話し出した。湊さんの父親の話や、Roseliaに対する思いを。それを聞いて、宇田川さん達は表情を暗くした。

 

 

「ねえ、あこ達・・・どうすれば良いのかな?」

 

「あこちゃん・・・」

 

「・・・何を今更」

 

「ゴースト、さん?」

 

 

戸惑う宇田川さん達を無視して僕は話を続ける。

 

 

「本当は分かってるんでしょ?どうすれば良いか。自分がどうしたいのか。そもそも湊さんが君達を利用するのなら、もっと上手くやるでしょうに。あの音楽以外不器用で構成されたあの人に限ってそんな演技は無理なのは疑いようの無い事実だし」

 

「どうしようりんりん。友希那さん滅茶苦茶言われてるのにあこ納得しちゃった」

 

「私も・・・」

 

「宇田川さん。携帯持って来てくれた?」

 

「あ、はい!」

 

 

最後まで言わずとも宇田川さんは携帯を操作してある動画を再生した。それは、彼女達の練習中を録画したものだった。そこに映し出された少女達は心の底から楽しそうに演奏していた。それは互いを信頼して、思う存分演奏出来ている何よりの証拠である。現に、今井さんと白金さんは映像を見て目を見開いたままだ。

 

 

「こんな楽しそうにしてるのに、演技な訳無いでしょ?これがその動かぬ証拠だよ」

 

「皆、こんな楽しそうに歌ってたんだ・・・」

 

「あこちゃん・・・新しい動画撮ってたんだね」

 

「うん・・・。あこ、あの日はカッとなって飛び出しちゃったけど、また、こうやって集まりたい。だから何かしなきゃ!そーだよね?」

 

 

動画を見ながら宇田川さんは言った。彼女の本音が出て来る。

 

 

「でも、こうやって集まったら、なんか・・・昨日みたいに、バラバラになっちゃうかもって・・・なんか・・・わかんないけど、こわい・・・」

 

「そうなるかも、しれない・・・」

 

「えっ・・・そ、そんな・・・」

 

「でも、わたしは・・・わたしを変えてくれたこの人達と、もっと・・・もっと、もっと、音楽がしたい」

 

「!・・・りんりん・・・」

 

「燐子・・・!」

 

 

そう強く話す白金さんに目に確かな意思が宿る。やっぱりこの人も強い人だ。なんだ、僕なんていらなかったじゃないか。そう思ってると、優しく背中を今井さんが触れた。何ですか、その目は?その君も仲間だからみたいな生暖かい目を止めてください。死にたくなる。

そんな僕らを他所に、白金さんは続ける。

 

 

「(りんりん・・・元々あこよりお姉さんだけど・・・なんか、前より・・・お姉さんっぽくなった)」

 

「だから・・・わたし達でも、出来る事を・・・一緒に・・・考えてほしい・・・」

 

「・・・うん。・・・うん!りんりん!わかった!あこ達も頑張るよ!うーん・・・なんだろうな・・・何が良いんだろう・・・ゴーストさん、リサ姉。どうしよう?」

 

「頼るの早くない?」

 

「あはは・・・まあまあ。でも、やっとアタシ達らしくなって来たじゃん☆」

 

「・・・ですね。宇田川さん、その動画なんだけど・・・一緒にメッセージ付きで先輩二人に送ってほしい。それから・・・」

 

 

もう一つの提案をする。これが最終関門。これが成功すればきっと彼女達は成長して前へと進める。僕の提案に二人は顔を明るくして頷いた。

 

 

「はい!すぐにしますね!」

 

「分かりました・・・」

 

「僕達はまだやる事があるから」

 

「任せてください!それとゴーストさんの声・・・キリッとしててカッコイイですね!」

 

「初めて、聞いた気がします・・・」

 

「全部って訳には行かないけど、僕なりのコーチとしてのケジメだよ。君達の本当の気持ちを聞いたんだ。僕だけ全部隠すのはね?でも、この事は・・・」

 

「誰にも言いません!お姉ちゃんにも内緒ですから!」

 

「やっぱり君のお姉さんって、宇田川巴さん?Afterglowの?」

 

「はい!世界で一番のドラマーです!」

 

「そっか。家族を大切にね」

 

「大丈夫です!あこ、お姉ちゃん大好きだから!」

 

 

力強い返事と心の底からの笑顔に、僕は心の中で安堵と小さい燻りを感じた。いや、これは劣等感だ。きっと彼女達は良い姉妹なのだろう。あの子を守れなかった僕には眩し過ぎる。

 

 

「・・・ゴーストさん?」

 

「どうしたの?」

 

「・・・いや、ウチの歌姫様をどうしてやろうかと考えてただけだよ」

 

「じゃああこ達行きますね!友希那さん達の事、お願いします」

 

「任された。でも、最後は君達がやるんだからね?」

 

「えへへ。分かってます!行こ、りんりん!」

 

「うん・・・失礼します」

 

 

二人は少し広くなった歩幅を確かに踏み締めて、公園を出て行った。それじゃあ、僕達も向かうとしますか。

 

 

「それじゃあ、僕達も向かいましょうか」

 

「うん。こっちだよ。それにしても・・・」

 

「何ですか?」

 

「こんなに早く動くとは思ってなかったかな」

 

「良いんじゃないですか?その分、全員で演奏出来ますよ」

 

「それも、ゴーストが居てくれたからだよ。ありがとう」

 

「僕は何もしてませんよ。今井さん達だけでも早い内に解決したと思いますし」

 

「そんな事無い。本当はね。あこと燐子が出てった時、もう心が折れそうだったんだ。でも、ゴーストは最後まで友希那の話を聞こうとしたり、紗夜を落ち着かせようとしてくれたのがしてくれたでしょ?アレ、本当に助かったんだ」

 

「そう、ですか・・・」

 

「そうだよ。だから」

 

 

そう区切って、今井さんは帽子越しに僕の頭を撫でた。

 

 

「あんな辛そうな顔しないで。君だって、大切なメンバーの一人なんだから」

 

「別に辛いなんてそんな・・・」

 

「目元隠してても分かるよ。その分、雰囲気に出やすいんだから」

 

「雰囲気で判断されたの初めてなんですけど」

 

「それ位分かるよ。メンバーの事だもん」

 

「・・・それは、どうも」

 

 

その後は、湊さんとの昔話をしながら歩き続けた。そしてある一軒家の前へと辿り着く。湊さんの家だと思ったが、表札には今井と表記されていた。僕は今井さんを見て聞く。

 

 

「今井さん?」

 

「友希那の家、アタシの家の隣なんだ。多分、正面から行っても面会拒否されるだろうし。だから、アタシの部屋の窓から友希那の部屋に入る」

 

 

今井さんがそう言って指を指した先には、超至近距離で隣の家の窓に繋がってる窓があった。あの窓のある部屋が今井さんの部屋なのだろう。

 

 

「ほら、上がって上がって」

 

「・・・お邪魔します」

 

「大丈夫だって。今日は家に誰もいないから」

 

 

そう言って今井さんは階段へと上がる。僕も、差し出された来客用のスリッパを履いてその後を追う。案内された部屋は、正に女子の部屋と行った感じだった。正直場違い過ぎて居心地が悪い。

僕の気持ちなぞ露知らず、今井さんは窓を開けて湊さんの部屋の窓をノックした。

 

 

「ゆっきな〜!窓開けて!」

 

『・・・忙しいから無理』

 

「寝っ転がって何に忙しいのかな〜?カーテン空いてるぞ☆」

 

『・・・!』

 

 

そう、湊さんの部屋の窓はカーテンが全開だった。僕はよく見てないから分からないが、声は筒抜けである。結局、湊さんは僕達を部屋に招き入れた。

 

 

「やっほー。友希那の部屋に来るの、ひっさしぶりだな〜!家が隣同士なんだから、友希那ももっとうちに来ても良いんだよ?」

 

「・・・どうせ毎日会うのに、何か用?」

 

「・・・喧嘩してても会いに行くんだ」

 

「何か言ったかしら?」

 

「・・・」

 

「そう。それがあなたの声なのね」

 

「何故皆、初見で僕の地声と分かるのか問いたいのですがそれは」

 

「ん〜・・・感、かな?」

 

「そうね。直感で分かるわ」

 

「感のレベルがエグいよアンタら」

 

 

溜息を吐く僕を見てから、湊さん達は会話に戻る。

 

 

「友希那、まずはごめんねっ。今回のスカウトの事。アタシ、何にも気付けなかったや」

 

 

後悔が滲み出ている声音で今井さんは続ける。

 

 

「昨日、練習に来た時さ・・・もうその時からずっと悩んでたんだよね?アタシが気付けてたら、何か出来たんじゃ無いかって」

 

「いや、その性格だから言い出さないでしょ。んで、最悪の事態手前と」

 

「ちょっと」

 

「サーセン」

 

 

ちょっとした嫌味位は言わせてほしい。こちとら散々振り回されたんだ。そんな会話に対しての返答は・・・。

 

 

「・・・」

 

 

無言である。それでも今井さんは口を開く。

 

 

「アタシ、友希那が幸せなら、とか言っておいて、今まで・・・っ、なんっにも、してこなかったなぁ〜って!言うだけなら、いくらでも出来るっての、はは・・・」

 

「今井さん・・・」

 

「お父さんの事も、Roseliaもフェスの事もずっと友希那一人に背負わせてごめん!これからは、アタシももっと一緒に・・・」

 

「なんで・・・っ!」

 

「えっ・・・?」

 

「リサは何で、何時もそうなの!何で優しくするの!全部、悪いのは私じゃない!私の自分勝手でこうなった事くらい分かってる!」

 

 

湊さんの叫びが部屋に響く。それはずっと口にしていなかった、彼女の本音だ。

 

 

「なのにバンドもフェスも・・・お父さんの事も!リサは私が何をしても、笑って・・・何時も・・・側にいて・・・っ」

 

「うん・・・ごめん・・・」

 

「だから・・・それをやめてってば!私は・・・っ、リサがいると・・・っ、ちゃんと音楽に向き合えない・・・っ!」

 

「・・・そうですね」

 

「ゴースト・・・」

 

 

同意する僕に今井さんが不安そうな表情を向ける。正直今からする事に対して胃が痛いけど、このポンコツ歌姫様の本音を全て吐かせるには必要な事なのだ。

 

 

「正直言って、湊さん達は馴れ合い過ぎたんですよ」

 

「馴れ合い、過ぎた?」

 

「だって湊さん何時も言ってたじゃないですか。頂点を目指す事以外は不要だって。それなのに妙に仲良くして・・・低レベル相手によくもまぁ」

 

「それって、アタシ達の事・・・?」

 

「今井さん達以外に誰が居るんですか?氷川さんは兎も角、他の奴らなんてギリギリ及第点の寄せ集めじゃないですか。湊さんからも言ってやれば良いんですよ。お前らはもう、必要ないって」

 

「・・・がう」

 

「特に今井さんなんかがいるから音楽出来ないってハッキリと拒絶してやれば良いんですよ。この役立たずってね!」

 

「違う!」

 

 

湊さんはそう叫んで僕の頰に平手打ちを叩き込んだ。頰に鋭い痛みが走り、次に胸倉を掴まれてマウントを取られた。涙を流しながら僕を睨み付ける湊さんの目には怒りが見えた。

 

 

「確かにリサには数年分のブランクがある。でもそんなもの気にならないレベルにまで上達したわ。それに、何時も周りに気を配ってくれて、何度も衝突しそうな場面も納めてくれた!そんなリサが役立たずな訳無いじゃない!」

 

「友希那ぁ・・・!」

 

 

今井さんが口元を押さえながら号泣する。彼女自身も自分が一番のお荷物になってるのでは無いかと不安に思ってたのだ。でもそれは違う。間違い無くこのバンドのメンバー全員は天才レベルの音楽を奏でる。ただ、今は多感な時期だ。様々な事で思い悩み、葛藤する。精神面での問題は音に出やすい。だからミスもするし、今回みたいな衝突だってありえる。

僕の真意に気付かないまま、湊さんは続けた。

 

 

「あこと燐子だってそう!あこは私と一緒に音楽がしたいって言ってくれて、ずっと断ってた私に何度も会いに来て、歌ってた曲も全部出来る様になって・・・私の中ではあの子のドラムは紛れもなく一番よ!」

 

 

最早、取り繕う事もしなくなった湊さんは全てを吐き出す勢いで話す。まさか此処まで計画通りに行くとは・・・素直になり過ぎて今井さんも少し驚いていた。

 

 

「自分を変えたいって言っていた燐子も、今では堂々と演奏する事が出来る!それに私達の衣装だってデザインから製作まで全て彼女がしてくれた物よ!このバンドで、間違いなく彼女は成長したわ!」

 

 

ホント、それを言えれば万事解決何だけどね・・・此処までしないと素直になれんか。

 

 

「紗夜だって!彼女の正確な演奏と冷静な視点からの意見には助けられて来た!あの日、彼女に声を掛けた事は間違いじゃなかった!」

 

 

一層胸倉を掴む力を上げて、湊さんは叫んだ。

 

 

「何も知らない癖に、私の大切な人達を見下す事は絶対に許さないわ!私は彼女達と頂点を目指すって決めたの!」

 

「・・・だ、そうですよ?」

 

「ゆぎなぁ!」

 

「り、リサ!?苦しいわ・・・」

 

 

ギャン泣きしながら湊さんにしがみ付く今井さんを仰向けのまま見上げながら、ポケットの入れていた今井さんの携帯を取り出した。画面には、宇田川さんの名が表示されており、通話状態だと分かる。そして電話越しに啜り泣く声が二つ聞こえた。

 

 

『ゆぎなざぁん!』

 

『・・・ぐすっ』

 

「あこ・・・燐子まで・・・あなたまさか最初から!?」

 

「逃げ道はありませんよ?来週、スタジオの予約を取りました」

 

「何を勝手に。それに紗夜は・・・」

 

「来ますよ必ず。動画、貴女も見たんでしょう?」

 

「・・・分かった。来週、全て話すわ。私の本音も、Roseliaのこれからも」

 

「・・・ん」

 

 

その言葉、信じますからね。そう思いながら僕は携帯を今井さんに渡す。今井さんは涙声で宇田川さん達と二、三と言葉を交わした後、通話を切った。湊さんが僕から離れたので、ゆっくりと体を起こす。あ、口の中切った。まあ、あんな事言ったしバチが当たったな。足りないけど。

 

 

「湊さん。貴女を焚き付ける為とは言え、すみませんでした」

 

「そう。全て最初からあなたの手の平の上だったと言う事ね」

 

「・・・」

 

「私は許すわ。でも、他の子達にはちゃんと謝罪しなさい」

 

「それは勿論です」

 

 

正直土下座から切腹するまである。だって今でも罪悪感で死にそうだし。そんな僕を湊さんは優しい表情で撫でる。

 

 

「でも、あなたにそこまでさせてしまった私も同罪ね。ごめんなさい」

 

「湊さんが謝る必要は・・・」

 

「あれ〜?お話があるとか言ってたのは何処の誰だったかな〜?」

 

「今井さん!」

 

「そうね。コーチをお願いした身で失礼な事ばかりしてしまったわ」

 

「それはもう良いので・・・もう、勘弁してくださいって!」

 

 

困り果てる僕に二人は笑う。その表情に先程までの重苦しいものは無く、楽しそうに笑っていた。僕も嬉しいが、照れ臭かったので帽子を・・・あれ?

 

 

「あっ!?」

 

 

湊さんに押し倒された際に帽子が飛んで行ったらしく、急いで上着のフードを被って顔を隠す。だが、時既に遅し。二人は笑顔のまま話す。

 

 

「いや〜、ゴーストって結構可愛らしい顔してるんだ。でも髪の毛切ったらイケメンに化けるかも?」

 

「確かに顔立ちはかなり良いわね。でも、性別までは分からないわ」

 

「じゃあ、着せ替えしてみる?アタシのお古が部屋にあるし」

 

「良いアイデアね」

 

 

その会話を聞いた瞬間、僕のトラウマが蘇る。かつて、幼馴染の二人に着せ替え人形にされたトラウマである。顔までバレた僕に今更隠せる物など無かった。

 

 

「男の尊厳を奪う事だけは勘弁してください!」

 

 

某加速装置を付けたサイボーグも真っ青の速度からの土下座である。

 

 

「ふ〜ん?男の子だったんだ(あれ?じゃあアタシって男の子に抱き付いて泣いちゃったの!?)」

 

「リサ?顔が赤いわよ?」

 

「な、なんでもないよ」

 

「今井さん?」

 

「ご、ごめん!今こっち見ないで!」

 

「え、辛辣」

 

「そういう意味じゃないから!恥ずかしさで悶え死にそうなだけだから!」

 

「「悶え死ぬ?」」

 

 

僕は湊さんと共に首を傾げる。それは5分程続き、ようやく今井さんは落ち着きを取り戻した。

 

 

「ごめん。やっと落ち着いた」

 

「なんか、すみません」

 

「リサも落ち着いた所で、来週までどうするのかしら?」

 

「取り敢えずは自主練にしてください。僕は一度、氷川さんに会って来ます。ちょっと聞きたい事があるので」

 

「そう。なら紗夜の事、貴方に任せたわ」

 

「はい。必ずスタジオに向かわせますので、湊さんも今度はちゃんと話してくださいね」

 

「ええ。皆が作ってくれたチャンスは絶対に無駄にしないわ。それと、スカウトはすぐに断っておくから」

 

「その・・・ホントに良いの?此処までしておいてアレだけど、フェスに出るのは友希那の」

 

「フェスに出るのは私の前からの目標よ。でも、私個人じゃ無くてRoseliaとしてフェスに出るのが今の目標。リサ、これからは止まってる暇なんて無いわよ」

 

「友希那・・・うん!アタシもっと頑張るね!」

 

「だから苦しいって言ってるじゃない・・・」

 

 

前々から思ってたけど、二人は付き合ってるんじゃ無いだろうか?距離感が異様に近い気がする。でも美竹さんと青葉さんも似た感じだもんなぁ。もしかして、皆そういう・・・?

 

 

「どうしたの?」

 

「いえ、なんでも。これから大変だろうけど、頑張ってくださいね」

 

「うん!ゴーストも応援してね!」

 

「はい」

 

 

あ、確定だコレ。この調子だと、宇田川さんと白金さんもあり得る。なんだっけ?たしかユウさんがそういうの百合?とか言ってたっけ?あの人色んな事知ってるな。そんな思考も、僕と湊さんの腹から鳴った音で掻き消された。

 

 

「あはは・・・」

 

「仕方ないじゃない。昨日から何も食べて無いのよ」

 

「じゃあ、お昼作ってあげるから二人とも家に来なよ!」

 

「あ、お構いなく。昼食は持ってきてるんで」

 

「お弁当でも作って来たの?」

 

「いえ、僕にはコレがあるので」

 

 

そう言って僕はギターケースからビニールに包まれたソレを取り出す。それを見て何故か目の前の二人の動きが止まる。

 

 

「それって・・・」

 

「パンの耳よね・・・」

 

「はい。食べ応えがあって腹持ちも良い最強の携帯食です!しかも商店街のパン屋で無料で貰えるコスパも良い最早無敵の代物で・・・なんで抱き締められてるんですか?」

 

「待っててね。いっぱい作るからね」

 

「今度、ファミレスでハンバーグをご馳走するから」

 

 

なんだ、気遣いが痛いぞ。その後、半ば無理矢理に今井さんの家のリビングでテーブルに座らされた僕は出されたお茶を飲みながら料理をする今井さんの後ろ姿を見ていた。懐かしいな、この感じ。誰かがキッチンで料理してる光景ってあの人以来だからな。

 

 

「そう言えばゴーストって好きな食べ物ある?大抵のは作れるから言ってみな。お姉さんが作ってあげるぞ☆」

 

「いや、そんな・・・」

 

「諦めなさい。ああなったらリサは止められないわ。それに貴方の好物も気にはなるわ」

 

「えっと・・・ハンバーグとエビフライ、です」

 

「ホントに好きなのね。目が輝いてるわよ」

 

「昔、よく母が作ってくれたので」

 

「そっか。じゃあ、君のお母さんに負けないくらい美味しいの作っちゃうからね!」

 

 

そう言って今井さんは鼻歌を歌いながら料理を再開した。その後は、作ってもらってる間に、僕の演奏と湊さんとのWボーカルをBGMにしたりしてゆったりとした時間を過ごした。あ、ハンバーグとエビフライはめっさ美味しかったです。あと、一緒に出て来た筑前煮が想像以上に美味しかった。

空腹も満たされた僕は、片付けを手伝って少し休んだ後、帰ろうと思いながら窓を見る。

 

 

「あちゃー、降って来たね。止むまで二人共ゆっくりしてって」

 

 

今井さんのご厚意を無駄に出来る訳もなく、今井さんの部屋で三人で小さな演奏会を開く。誰かと演奏するのは初めての経験で、とても楽しかった。だが、そんな時間もあっという間に過ぎ去り、気が付けば雨は上がって、空は綺麗な夕焼け色に包まれていた。

僕は身支度を済ませてから、改めて二人に頭を下げる。

 

 

「今日はお世話になりました」

 

「気にしないでってば。普段から色々してもらってるし、こんな時位はアタシ達に甘えなよ。ねっ?」

 

「えと・・・ありがとう、ございます」

 

「(あー、保護欲やっばい。今まで頑なだった分、無防備感凄い)」

 

「(にゃーんちゃんみたいで可愛いわね)」

 

 

無言で撫でて来る二人に暫くなすがままにされた後、今井家を後にした。少し暗くなって来た道を歩きながら一人思考する。それは氷川さんの事だ。会いに行くのは良いが、よくよく考えたら僕は氷川さんが何処に住んでるのかとか、普段何処で何してるのかとか会うために必要な情報が何一つ無い。どうしたものかと考え込む僕に目の前から声が響く。

 

 

「やっと見つけたわ!ゴーストさん!」

 

「みんなー!ゴーストさんいたよー!」

 

「ふっ・・・はかなウぇっ」

 

 

何時もの鬼ごっこメンバーの二人と、それに引きずられてた紫色の髪の少女が顔を青くして死にそうになってる光景を見てカオスを感じた。でもそれ以上に僕は衝撃を受けて動けなかった。何故ならその今にも胃の中身をブチまけそうな少女に見覚えがあったからだ。見間違える筈もない、紛れもなく彼女は僕の嘗ての幼馴染の一人だったのだから。だが僕の意識を迫って来る金髪の少女によって引き戻される。

此方に駆けて来て伸ばされた手を躱して、僕は塀に飛び移って細い足場を走り抜ける。

 

 

「あら、逃げられちゃったわ。はぐみ!《薫》!行くわよ!」

 

「うん!」

 

「ちょ、ちょっと待っ」

 

 

後ろでそんな会話が聞こえたが、僕は兎に角走った。距離を取った筈なのに秒で追いつかれた。辛い。

気が付けば三人と黒髪の少女にスカイブルーの髪をした少女も参戦していた。5対1と、不利な状況に置かれた僕は気が付けば橋の上に追い詰められていた。しかも挟み討ちという最悪な形でだ。

 

 

「さあ、ゴーストさん!一緒にバンドしましょ!」

 

「はぐみも一緒にしたいなー」

 

「大人しくしてもらえると嬉しいかな?」

 

「薫さん、顔色が髪の毛と一緒だよ」

 

「ふ、ふええ・・・」

 

 

ジリジリと距離を詰められ、遂に彼女達は一斉に動き出した。橋の上で大乱闘の様な光景が繰り広げられる。マジで車が来なくて良かった。

何気に黒髪の少女の運動神経も良くて困る。

 

 

「特に恨みとかは無いけど、こうでもしないとあの子満足しないから。悪いけど、付き合ってもらいますよっと!」

 

「・・・!」

 

「ふええ・・・」

 

「ちょっ、《花音》さん!?」

 

「み、《美咲》ちゃん!?」

 

 

僕が避けた先に居たスカイブルーの髪の少女と黒髪の少女が縺れ合って転ぶ。なんかスマン。二人戦力が減ったが、まだ3対1・・・。

 

 

「・・・」

 

「こころん!薫君が燃え尽きちゃったよ!」

 

「私達だけでも行くわよ!」

 

 

訂正。勝手に一人自滅した。一言掛けてやりたいが、僕の事をバレると面倒なので黙って二人の猛攻を避け続ける。オレンジの少女の手を避けた先で、金髪の少女が橋の手すりに足を掛けた。次の瞬間、背中に悪寒が走る。捕まる未来が予測出来たからでは無い、先程まで降っていた雨により濡れた手すりに乗った所為で、少女の体は橋の外側へとズレたのだから。そこからは無意識だった。

 

 

「馬鹿野郎!くそっ、《かおちゃん》後頼んだ!」

 

「な、何故その名を・・・!?」

 

 

何か言っていたが、こっちはそれどころでは無い。ギターケースを幼馴染に投げて僕は今にも落ちそうな少女に手を伸ばす。何が起こっているのか分からなそうな表情をする少女の腕を何とか掴み、手すりに足を掛けて全力で内側へと投げ飛ばす。

 

 

「ちゃんと周り見ろ、馬鹿」

 

 

入れ替わる形で空中へと投げ出された僕は、少女が他の子に受け止められたのを見届けながら先程の雨で激流と化した川へと重力に従って落下する。ああ、バレちゃったなぁ・・・。

今日1日の己の失態に苦笑しながら僕の意識は一瞬で暗闇へと飲まれて行った。だが最後にこれだけは言わせてほしい。

 

 

「僕、泳げなガボッ!?」

 

 

刹那サイド終了



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第7話

三人称サイド

 

 

少女、《瀬田 薫》はある意味有名人である。宝塚レベルの美貌に、それに見合ったスタイル。更にその個性的な話し方から、自身の通う《羽丘女子学園》と近くの《花咲川女子学園》の生徒達からは王子様扱いされており、ファンクラブなんてものもある。最近では、《ハロー、ハッピーワールド》、略してハロハピと呼ばれるガールズバンドでギターを担当しており、益々ファンを増やしている。

だがその実態は、高所恐怖症にお化け嫌いetc...と、何気に普通の女の子である。そんな彼女には、周りに一度も話していない過去があった。それはとある幼馴染の存在であった。それは瀬田薫の憧れであり、今の彼女を、自分を隠す殻を形成させてしまった張本人である。その人物の名は、《夕陽 刹那》である・・・。

 

 

「・・・」

 

「薫さん・・・大丈夫?」

 

「ああ、大丈夫だよ。だからそんな顔をしないでおくれ、美咲」

 

 

ゴースト、つまりは刹那がハロハピのリーダーにしてボーカルの《弦巻 こころ》を助けて濁流に呑まれてから二日が経過した。有名な財閥の御令嬢であるこころを影から守る黒服と呼ばれる集団はすぐに捜索を開始したが、見つかったのは、刹那自身ではなく、彼が身につけていた帽子と水辺から這い上がった後に残されたかなりの量の血痕だった。血痕を調べた結果、病院のデータベースに登録されている夕陽刹那の血液と一致した事で、その正体は明らかとなった。

だがそれは同時に、黒服達に衝撃を与えた。何故なら彼は10年も前に行方不明になったままだったのだから。ハロハピのメンバー達がいくら薫に聞いても彼女は放心して応えない。まだこの情報はハロハピのメンバーしか知らない。そんなまま、時間は過ぎて行ってしまったのだった。

黒髪の少女《奥沢 美咲》は、今までに無い薫の姿に動揺を隠せなかった。放課後に、公園のベンチで一人黄昏ていた所を話し掛けて来た彼女に、薫は力の無い笑顔で返す。

 

 

「・・・その、ゴーストの正体って薫さんの知り合いなんですよね。黒服さん達から聞いちゃったし」

 

「・・・やはりバレてしまうか。ゴースト、いや、夕陽刹那は私と《千聖》の幼馴染だよ」

 

「千聖って、パスパレの?」

 

「ああ」

 

 

千聖とは、アイドルバンド《Pastel*Palettes》に所属するベース担当の女優《白鷺 千聖》の事だ。彼女もまた、子役時代から有名人の少女で、綺麗なロングストレートの金髪が特徴の今をときめく芸能人である。

美咲も何度か薫と会話している所を見た事があったが、そこまでの関係だったとは驚きであった。

 

 

「まさか、あの人と幼馴染だったとは・・・」

 

「まあ、千聖は恥ずかしがって少し冷たくしてくるけどね。ああ、そんな彼女もなんて儚いんだ・・・」

 

「はいはい儚い儚い。それで?その夕陽さんって子はどんな子だったんですか?」

 

「彼は、私の一つ下の子でね。こころを幼くした感じだったかな」

 

「それはまた・・・」

 

「刹那は何時も私と千聖の後ろを笑顔で着いて来るんだ。その姿は本当に愛らしかったよ」

 

「もしかして、好きだったりします?」

 

「ああ。私も千聖も刹那の事が好きだよ。今でもね」

 

「おおう。かなりの大スキャンダルなのでは・・・」

 

 

さらっと言う辺り、流石と言うべきかと美咲は苦笑する。そんな美咲に対し、薫は顔を一瞬だけ歪めて立ち上がる。

 

 

「此処から先の事は皆に話そう。出来れば千聖も呼びたいんだ」

 

「まあ、こころなら二つ返事でOKすると思うけど・・・」

 

「それじゃあ、こころに伝えてくれるかな?私は千聖に連絡を入れるよ」

 

「はい。じゃあ、ちょっと電話してきまーす」

 

 

美咲が離れたのを見てから薫も千聖へと電話を掛ける。確か今日はレッスンも無かった筈と思い出しながら携帯を操作する。電話番号が発信されてから5コール程経過し、機械越しに不機嫌そうな声が聞こえた。

 

 

『何かしら?こっちは久し振りのオフでゆっくりしたいのだけど?』

 

「やあ、千聖。相変わらず素っ気ないね。そんな所も素敵なんだけどね」

 

『切って良いかしら?』

 

「ま、待って《ちーちゃん》!」

 

『・・・その呼び方をするなんて珍しい。何かあったの?』

 

「・・・《せっちゃん》に会った」

 

『それは本当なの?』

 

 

携帯の向こうから食い気味に聞こえる声に薫はうん、と答えた。

 

 

『分かった。今から会いに行くわ』

 

「薫さん、こころが迎えに来るって」

 

「ありがとう。こころの家から迎えが来るから君の家に行くよ」

 

『詳しく話してもらうから』

 

 

そう言い残して千聖は電話を切った。

その後、合流した3人は弦巻家のリムジンに拾われ、弦巻邸へと向かって行った・・・。

 

 

三人称サイド終了

 

 

刹那サイド

 

 

「・・・っ!」

 

 

左腹部に走る激痛に顔を顰めながら今日も街を歩く。川に落ちた僕は運良く岸に流れ着き、体を引き摺りながら帰った。どうやら流されている最中に岩で切ったらしく、腹部に裂傷の様な傷を負ってしまった。ホームレスである僕に病院なんて行ける筈もなく、ギターも持ってないので怪しまれる事間違いなしなので橋の下にも帰っていない。しかもこの二日、よく分からない謎の黒服集団が僕を捜し回ってるし。名前までバレてるって怖いんだけど。それに見つからない様にしないといけないので、更に気が休まらない。帽子まで失くすし、本当に不幸だ。

ガッツで何とか今日までやって来たが、朝からすこぶる体調が悪い。寂れた公園の遊具から這い出て朝日を浴びるが何時も気持ちよく感じたソレは今は煩わしく感じた。水道で顔を洗って、同じく水道水で洗った服を着てから歩き出す。何となく湿っている気がするが、財布も全てギターケースの中に入れており、かおちゃんに預けてしまったので洗濯も出来ないのだ。それでも泥だらけよりはマシなんだけどね。

 

 

「・・・辛い」

 

 

今日の目的は、氷川さんの捜索である。スタジオの予約は今週の水曜日。今日は月曜なのであと二日しかない。だが今日は平日。確か氷川さんは花咲川女子学園に通ってる筈だったからその周辺を捜せば出会う筈。

だが、現在地から花咲川まではそこそこに距離がある。痛みに耐えながら歩いた所為か、時間なんてもう分からなかった。気が付けば陽が傾き、夕陽が肌を照り付ける。

暫く歩くと、川の土手に差し掛かった。そしてそこに彼女はいた。ギターを抱きかかえながら今にも泣き出しそうな表情で川の向こうを見つめている。僕は、怪しまれない様に痛みを噛み殺して近付いた。

 

 

「やっと見つけましたよ、氷川さん」

 

「・・・ゴーストさん」

 

「隣、良いですか?」

 

「・・・どうぞ」

 

 

普段の彼女からは感じられない無気力感で答える。少し危うさを感じながら隣に腰掛ける。それから、互いに無言で時間が過ぎ去る。その静寂を最初に破ったのは氷川さんだった。

 

 

「何故、あなたは私にそこまでしてくれるんですか?」

 

「そこまで、とは?」

 

「あの日、私は湊さんにあんな言葉を掛けた上にあなたに失礼な言葉を言ってしまいました」

 

「それに関してはあのポンコツ歌姫様にも非がありますし、ぶっちゃけ僕が部外者ってのもあながち間違いじゃないかもしれません。僕は別に貴女達と演奏する訳でも無いですしね。それに契約期間もありますから」

 

「それは違います!あなたは常に正確なアドバイスをくれるだけでなく、メンバーの事も見抜いていたでは無いですか。この前だって、宇田川さんの体調が良くない事にいち早く気付いて・・・私達はミスが目立つとしか考えて無くて・・・」

 

「いや、あれは宇田川さんが必死に誤魔化してたから気付かなかっただけでしょう?まあ、路上で演奏してると色んな人の表情が見えるので自然と分かっただけですよ」

 

「だとしても、あなたにした事は・・・」

 

「だったら、話してくれませんか?氷川さんのが何に焦っていたのか。それでチャラにします」

 

「やはり、気付いていたんですね」

 

「何かを気にしてたって感覚は最初の演奏を聴いた時に感じてました。それがあの日、とても強かったので。どうも放って置けなくて。つい、捜しちゃいましたよ、氷川さんの事」

 

 

僕に言葉に氷川さんは諦めた表情で話し始めた。

 

 

「最近、パスパレが話題になっていたのはご存知ですか?」

 

「ぱすぱれ?」

 

「今テレビで流行っているアイドルバンドグループです。正式名称はPastel*Palettesでそこに私の妹が所属しているんです」

 

 

その後も氷川さんは教えてくれた。その妹さんが天才すぎて何でも高レベルにこなし、常に氷川さんと同じ事をやって来た事。でも氷川さんは常に一瞬で越される事にコンプレックスを感じていた事。そして今度は妹がアイドルバンドのギターとしてデビューを果たした事。演奏してる動画を見せてもらったが、確かにレベルは高かった。これで初心者なんて言うものだから才能とは本当に狡いと思う。

再生された動画を見終わると自嘲気味に氷川さんは笑った。

 

 

「やっぱり、私の努力は全て無駄なのでしょうか?やっとあの子に、《日菜》に出来ない事を見つけられたのに・・・!」

 

「いや、氷川さん別に負けてないですよ?確かに妹さん上手ですけど」

 

「今はそうかもしれませんが、いずれは私を越すに決まってます!やっと見つけた唯一誇れた事だったのに・・・また私は」

 

「そうやって負けるって決めつけるからそうなるんでしょうに」

 

「決めつける・・・?」

 

 

僕はふと感じた疑問に、氷川さんはポカンとなった。その顔に少し笑ってしまう。

 

 

「だってそうでしょう?走ってる自分に追いつきそうな速度で追って来る相手。足を止めたら越されるなんて目に見えてますよね。あと同じギターでもジャンルが違うでしょうがジャンルが」

 

「ジャンルですか?」

 

「はい。確かにお二人ともギターです。でも、片や本格派ガールズバンド。片やアイドルバンド。Roseliaがキャピキャピのアイドルソング歌う所なんて想像出来ますか?」

 

「無いですね」

 

「でしょう?逆もまた然りです。それと最後に根本的に違うものが一つ」

 

 

僕は人差し指を立てて笑う。これは、どんな人達でも一番大切にしないといけない事である。というか前提中の前提条件なんだけどね。

 

 

「それは自分がどれだけ楽しむかですよ」

 

「楽しむ、ですって?私達にそんなものは・・・」

 

「義務感と焦燥感に縛られた音楽なんて誰も聞きやしませんよ。宇田川さんからの動画見て分かってますよね?」

 

「・・・そうですね。日菜も楽しそうに演奏してました」

 

「氷川さんって存外プレッシャーに弱いですよね。多分、妹さんがいると尚更いらない力が入ってやらかすタイプの」

 

 

図星だったのか、視線を逸らした氷川さんに僕は苦笑してしまった。

 

 

「僕、氷川さんのギター好きですよ。妹さんのギターよりも断然」

 

「な、何をいきなり」

 

「氷川さんは妹さんを気にしすぎて自分の評価が低すぎなんですよ。だから、貴女が自分は別に劣ってないって分かるまで僕が褒め続けます。周りが何と言おうと貴女の音は素敵だって幾らでも言い返してやります。だから、そんな悲しい顔しないでください。氷川さん、貴女は僕の中で最高の女性ギタリストだ」

 

 

僕は氷川さんの手を握って真っ直ぐその目を見つめる。氷川さんはあうあう言ったまま動かないが、僕はそのまま褒め続ける。思わず熱が入ってしまったが、もう気にしない。気にしないが、最後につい聞いてしまった。相変わらずのヘタレである。

 

 

「氷川さん・・・僕の言葉じゃ、ダメですか?」

 

「・・・いいえ。コーチであるあなたにそう言ってもらえるのなら、少しは自身が持てました。確かに、動画の私の方がライブよりも良い音を出してるのかもしれませんね」

 

「じゃあ・・・!」

 

「もう少しだけ、頑張ってみます。あの子に負けない位に。応援、してくれますか?」

 

「はい!一生応援しますよ!」

 

「ふふっ。一生は言い過ぎですよ」

 

 

そう言って氷川さんは笑った。思えば氷川さんがこんなに笑ってるの初めて見るかもしれない。なんていうか、美少女ってやっぱり笑っても美少女なんだなって・・・。

上機嫌になった氷川さんと他愛ない話をしていると、かなり日が暮れて来た事に気付く。

 

 

「それじゃあ、今日はもう帰りましょうか」

 

「はい。それではゴーストさん、スタジオで」

 

「はい・・・」

 

「ゴーストさん?」

 

 

立ち上がった氷川さんの後を追って立ち上がった筈の体は、何故か土手を転がり落ちて停止した。後ろから氷川さんの叫ぶ声が近付いて来る。返事をしたいけど、体に力が入らず、声も出ない。僕はそのまま、意識を落とした・・・。

 

 

刹那サイド終了

 

 

三人称サイド

 

 

夕方の弦巻家に6人の少女達が集まっていた。

ハロハピのボーカルである弦巻こころ。ギターの瀬田薫。ベースの《北沢 はぐみ》。ドラムの《松原 花音》。訳あって、裏方扱いの奥沢美咲。そしてパスパレの白鷺千聖。この6名である。

まずは薫が美咲にした所まで説明する。そこから先は、美咲も知らない話だった。

 

 

「長くなるから少し省くが、刹那は母親から虐待を受けていたんだ・・・」

 

「どうして・・・?」

 

「詳しい事は分かっていない。当時はまだ今ほど警察も捜査能力が高く無いからね」

 

「ただ、刹那の性格を考えると大体の予想は着くわ」

 

 

そう言って千聖は薫に続けて話し出す。その表情は、とても辛そうだった。友人である花音は心配そうな視線を向けるが、千聖は気付かない。そして重苦しく口を開けた。

 

 

「刹那にはね、妹がいたの。名前は《永久(とわ)》。当時まだ0歳だったわ」

 

「当時って事は・・・」

 

「その通りさ。永久ちゃんは10年前に亡くなっている。母親である《夕陽 朱里》と共にね」

 

「死因は車のスリップによる崖からの転落。でも、司法解剖の結果では永久ちゃんの体から虐待の痕は無かった。その代わりに喉に異物が詰まっていたのよ。ボタン電池がね」

 

「可笑しいと思わないかい?家からは刹那の血痕や血の付いた物が大量に出て来たのに、永久ちゃんは全くの無傷で、窒息死と言うのは・・・」

 

 

その言葉にこの場のほぼ全員がある予測を立てる。こころとはぐみはショックが大きすぎたのか先程から俯いたままだ。こころも刹那に助けられてから、何処か元気が無い。

そんな中、美咲が声を発した。

 

 

「だとしても、当時彼はまだ5歳かそこらなのにそんな事って・・・自分から虐待されに行ったって事ですか!?妹を守る為に!?」

 

「刹那なら間違いなくやるだろう。彼は昔から、誰かを助ける時に自分を勘定に入れない子だったからね」

 

「私と薫が迷子になった時だって、身体中に傷を作ってまで探してくれた子だったから一番可能性は高いわ」

 

「きっと幼いながらに母親に過ちを犯させまいと必死だったんだろう。小さな子供よりは耐久力のある自分をあてがう事で最悪の未来を防ごうと・・・!」

 

「でも結局永久ちゃんは不慮の事故でおばさんと一緒に・・・!」

 

 

二人の手に力が入る。今にも血が滴り落ちそうな勢いで握られた手は、赤くなっていた。そんな二人に、ついにこころが声を上げた。

 

 

「だったら、尚更ゴーストさん、じゃなくて刹那を見つけないといけないわね!」

 

「こころ・・・?」

 

「だって、こんなにも薫と千聖が刹那の事を大事に思ってるのに何も無いままなんて悲しすぎるわ!それに、そんな子も笑顔にする事があたし達ハロー、ハッピーワールド!の目標だもの!皆で刹那にお帰りって言ってあげましょう!きっと彼もあなた達に会いたがってるわ!あたしも助けてもらったお礼を言いたいのよ!」

 

「こころん・・・そうだね!だって一人ぼっちは寂しいもんね!はぐみも刹那君とお話ししてみたい!」

 

「うん、私もその子の事放っておけないかな」

 

「まあ、そこまで辛い人生生きて来たんならもう報われても良いと思うしね。それに薫さん達もこのままじゃいられないでしょ」

 

「弦巻さん・・・花音達も・・・皆、お願い。刹那を助けて」

 

「もちろんよ!まずは刹那を見つけないと」

 

「こころ様、先程夕陽刹那様が見つかったとの連絡が入りました」

 

「本当!?なら早速会いに行きましょう!」

 

 

絶妙なタイミングで黒服の一人が報告して来た。朗報だと喜ぶ少女達に黒服は何処か暗い面持ちで続けた。

 

 

「それが・・・彼は今、病院で緊急手術中で予断が許されない状況です」

 

 

少しだけ温まった空気が一瞬で冷え込んだ。

意識が遠くなりそうになるのを抑えて、全員は刹那が手術を受ける病院へと向かった・・・。

 

 

三人称サイド終了



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第8話

三人称サイド

 

 

「紗夜!」

 

「湊さん。今井さんも・・・」

 

「ゴーストは!?」

 

「今は手術中です。救急車の中で聞いた話では、腹部の傷が化膿して発熱までしているそうです。かなり深い傷でした。私、何も気付かずに」

 

「それだったらアタシ達もだよ!だって昨日あんなに一緒にいたのに・・・!」

 

「紗夜。貴女の責任では無いわ。それに、紗夜が救急車を呼んでくれたから早くに手術が出来たのよ」

 

「・・・」

 

「今は手術が終わるのを待ちましょう」

 

「はい・・・」

 

 

暗い顔で俯く紗夜の肩に友希那は手を置く。リサも紗夜の隣に座って手を握った。三人が手術室を見つめて数分、複数の足音が聞こえた。

 

 

「友希那さん!ゴーストさんは!?」

 

「あ、あこちゃん。此処、病院だから・・・静かに」

 

「湊さん!」

 

「あこ、燐子・・・どうして美竹さん達までいるのかしら?」

 

「ゴーストと関わりのあるあたし達が来たら何か問題でも?」

 

「いやぁ〜、あこちんが泣きながら飛び出してく所見ちゃって〜。追い掛けて来ました〜」

 

 

紗夜から連絡を受けたリサが他のメンバーに報告したのはあこと燐子のみの筈。だが、その二人の後ろには、Afterglowのメンバーともう一人。刹那が食パンの耳を貰いに通うパン屋《山吹ベーカリー》の娘である《山吹 沙綾》の姿があった。

それも気にせず、一触即発の二人の間にモカが入って、説明する。ワンクッション挟んだお陰か、友希那は軽く息を吐くとそう、と呟いて再び椅子に座った。そこに少し距離を開けて蘭が座る。他の全員も座り始め、椅子は全て埋まった。

 

 

「山吹さん、だったわね。貴女もゴーストと関係が?」

 

「はい。あの子、毎朝家の店のパンの耳を貰いに来てたんです。でも此処数日一回も来なくて家族全員で心配してた所にあこがAfterglowの皆と走ってて、事情を聞いたらもう居ても立っても居られなくて」

 

「そうなの。あの子が持ってたパンの耳は山吹ベーカリーのだったのね」

 

 

納得した友希那は再び手術室へと目を向ける。未だに赤いランプが灯っており、刹那の命が危険である事実を告げる。そこへ更に複数の足音が響いた。そして友希那達の前で止まる。

 

 

「あら?皆も彼に会いに来たの?」

 

「ハロハピの皆さんまで・・・それと、白鷺さん?」

 

「か、薫さん!?」

 

「やあ、子猫ちゃん。悪いけど、今はあまり話す余裕が無くてね」

 

 

薫のファンであるひまりが顔を紅くするが、薫はそんな彼女に目もくれずに紗夜の前に立った。そして頭を下げる。

 

 

「ありがとう。君のお陰でゴースト・・・いや、刹那の命は助かった」

 

「私は何も。それより、刹那とはゴーストさんの名前ですか?」

 

「ああ。夕陽刹那と言うのが彼の本当の名前さ」

 

「ま、待ってください・・・!」

 

 

薫の声に反応したのは意外にも燐子だった。その顔は蒼白に染まっている。そんな彼女をあこは心配そうに覗き込んだ。燐子は一度、ゴクリと喉を鳴らしてから薫に問い掛けた。

 

 

「本当にゴーストさんの名前は、夕陽刹那さんなんですか?」

 

「私も声を聞いたのは一瞬だったが、フードから一瞬だけ見えたあの顔は絶対に彼だ。小さい頃から共に過ごして来た私が保証する」

 

「でも、彼は10年前に行方不明になった筈です・・・一部では死亡扱いされたとも」

 

「そうだよ。彼は10年前、行方を眩ませてそのままだった。川の側に彼の皮膚が付着した靴下を残してね。どうして彼が今生きているのか、私にも分からないよ」

 

「そんな・・・それじゃあ、ゴーストは」

 

「名前の通り、幽霊の様な扱いという事になるわね」

 

 

薫から明かされた事実に、全員が息を呑んだ。想像していたよりも重く、衝撃的な事実にあのモカですら唖然として動けない。そんな中、手術中の赤いランプが消えた。そして扉が開かれ、執刀医が姿を現した。そこに総勢17名の少女達が殺到する。最初に口を開いたのは薫だった。

 

 

「先生!彼は大丈夫なんですか!?」

 

「み、皆さん落ち着いて。結論を言えば、彼の一命は取り留めました。ですが、油断は出来ません。何せ発熱まであるものですから。常人ならもっと危険な状態で最悪命を落とすかもしれないですし」

 

「そう、ですか・・・」

 

「取り敢えず今日の所はお引き取りください。患者を病室に移させますので」

 

「失礼します」

 

 

突然現れた黒服の一人が医師に話を始めると、顔を青ざめて大声で叫んだ。

 

 

「すぐに患者を最上階の病室へ運ぶんだ!」

 

「あの〜、最上階って?」

 

「この病院で最も高級な病室です。暫く休んで頂いた後に、弦巻家に現在建造中の病院へ転院して頂きます」

 

「敷地内に病院・・・」

 

 

あまりにも現実離れした言葉に美咲は口の端を痙攣させる。それは周りも同じであった。そんな中、手術室から寝台に寝かされた刹那が運び出された。

 

 

「刹那!」

 

「落ち着きなさい薫!」

 

「でも!やっと、やっと届くんだ。あの日、掴んであげられなかった刹那の手にようやく手が届きそうなんだよ!」

 

「それは私だって同じよ。でも今は刹那の回復を待つ方が大事だって分かるでしょう?」

 

「・・・すまない」

 

「今日はもう帰りましょう。病院からの連絡を待って、それから会いに行っても遅くは無いわ」

 

「千聖・・・ありがとう」

 

「貴女がそんなんじゃ調子が狂うのよ」

 

「ふっ。それは、何時もの私の方が好きという事かな?」

 

「やっぱり戻らなくて良いわ」

 

「儚い・・・」

 

 

ようやく何時もの調子に戻り始めた二人と、刹那の一応の無事に全員が安堵の表情を浮かべる。こうして、この日は全員が帰宅する事となった。それから、二日の時が流れるのであった・・・。

 

 

三人称サイド終了

 

 

刹那サイド

 

 

「・・・だるっ」

 

 

体を内側を熱が埋め尽くす。体を動かそうにも、倦怠感と頭痛の所為で真面に動かせず。思考も安定しない。数分程だろうか。天井を眺めていると、ようやく事態を理解し始める。どうやら僕は病院へと運ばれた様だ。腹部に痛みが無いので、手術は成功したと捉えても良いのだろうか?

何とか首を動かし部屋を眺めると、電子時計に曜日と時間が表示されていた。なるほどなるほど・・・水曜日の午後4時ね・・・ん?

 

 

「水曜日ィ!?」

 

 

思わず跳ね起きる。その時に腹部に再び激痛が走る。どうやら傷はまだ塞がりかけの様だ。暫く痛みに悶えてから、ベッドから立ち上がる。ああ、月曜日よりも動きやすい。

その後、枕元の棚に置いてあった僕の服に着替えてから一緒に置いてあった相棒を背負う。やっと戻って来たか相棒!

ようやく手元に戻って来た事を実感して、落ち着いた所で行動を開始した。病室のドアをこっそり開けて、左右を確認する。誰もいないと分かった所でエレベーターらしきドアの前まで走った。その勢いで、下の階へのボタンを押すが、一向にエレベーターは作動しない。よく見ると、何やら見たことの無い装置がボタンの下に取り付けられていた。

 

 

「なにこれ?」

 

「この階のエレベーターは、許可証のIDが無ければ移動が出来ない仕組みになっております」

 

「へえ・・・っ!?」

 

「おはようございます、夕陽様」

 

「何で僕の苗字を?」

 

「それについてのご説明もさせていただきます。まずは病室へお戻りください。まだ傷が完全に塞がった訳ではございませんので」

 

「・・・はい」

 

 

急に現れた黒服の女性に返事をする。此処は従うしか無さそうだ。ぶっちゃけ逃げ道も無いし。窓から見えた景色も相当な高さだったから多分飛び降りたら死ぬ。二階とかだったら行けたんだけどなぁ・・・。

何とか此処を抜け出して、スタジオへ向かう方法を考えながら黒服さんに抱えられてベッドに戻された。

 

 

「では、夕陽様の現状を説明させていただきます。私は、夕陽様に助けていただいた弦巻こころ様の身の回りの敬語をさせていただいている者です」

 

「はあ・・・」

 

 

どうやらあの子はとんでもない金持ちだったらしい。その後の説明で僕が氷川さんに救急車を呼んでもらって手術を受けた事。そして今まで眠りこけてた事。熱が下がり次第、弦巻さんの家に建てられた病院へ転院する事を説明された。スケールデカすぎない?

あとさらっと住んでる場所もバレた。なんでも自家用の衛星を使ったとか。画像を見せてもらったけど、ピンクのクマの形とは如何なものか?

 

 

「あの、僕の住んでる場所の事は」

 

「この事はこころ様にも報告しておりません。ご安心を」

 

「そうですか・・・」

 

 

痛む体をゆっくりと横にして天井を仰ぐ。もしこの話が警察にでも知られた日にはゲンさん達が誘拐犯として逮捕されかねない。僕が一番隠したかった事はそれだ。でも分かった。金と権力には勝てない。

頭の中を整理しながらボーッとしていると、目の前に一台のパッド端末が置かれる。そこには、何時もの練習スタジオが映し出されていた。五人の少女と共に。

 

 

『ゴースト!あ、刹那で良いのかな?』

 

「・・・できれば名前は伏せていただけると」

 

『体調は、よくないみたいね』

 

「そうですね。さっき体温計ったら38度ちょっとありましたから」

 

『あまり無理をしないでください。倒れた時、本当に怖かったんですよ』

 

「あー、すいません。ホントあの時は必死だったんでガッツで耐えてたんですけどね」

 

『ゴーストさん無事で良かったぁ』

 

「心配かけてごめん。次からは気をつけるよ」

 

『もう・・・無理しないでくださいね?』

 

「はい。気を付けますね」

 

 

その後も皆さんからお小言を頂いた所で本題に入る・・・筈だったのだが。

 

 

「解決したぁ!?」

 

『ええ。貴方が手術を受けた日に全員で話し合ったわ』

 

「一番大事な所に立ち会えなかった・・・」

 

『ご、ゴーストさんが目に見えて落ち込んでる』

 

 

まあ、自分必要ないとか思ってたけどさぁ。もうちょっとこう、空気読んでもよくない?いや、確かに全員集まってたらしいからそりゃタイミング良いけどさ。

その後も軽く話してから通信を終了した。後日、お見舞いに来てくれるそうだ。でもその前にフェスを集中してほしいのだが。僕に構わずそっちに集中してほしい。

 

 

「夕陽様。同居者の方には既に貴方の事をお伝えしてあります。ですのでごゆっくりと体をお休めください」

 

「何から何までどうも・・・」

 

「いえ。では、医師を呼んで参りますので失礼します」

 

 

そう言って、病室を黒服さんは去って行った。再び天井を見上げてこれからの事を考える。取り敢えず第一目標はなんとかして早く橋の下に帰る事だ。三人の事が心配でならない。ゲンさんとユウさんいつも喧嘩するし、ハタさんも止めようとしないし・・・僕がいない間に喧嘩別れとかは勘弁願いたい。

そんな事を考えながら、僕は医者に体を診てもらった後、再び眠りに落ちた・・・。

 

 

〜翌日〜

 

 

朝起きると、昨日よりは体が軽くなっていた。熱が引いたのか怠さも無い。未だに少し腹部に痛みを感じるが、概ね問題ない。やって来た医者にまた診てもらうと、熱も下がって順調らしい。このまま行けば、弦巻さんの家の病院へ転院となる。ぶっちゃけこのまま橋の下へ帰りたい。

やる事もなく、ギターを弾いていると部屋の外に気配を感じた。目を向けると、ちょこん、と金色の頭が此方を覗いている。その姿に僕は見覚えがあった。何も言わずに、手招きするとその全身が見えた。

 

 

「・・・やあ。元気そうで何よりだ」

 

「ええ!あの時はありがとう!お陰で助かったわ!」

 

「えっと、弦巻さんだったよね?」

 

「そうよ。あたし、弦巻こころ!こころって呼んでちょうだい!」

 

「いや、弦巻s「こころよ!」・・・こころ」

 

「なにかしら!」

 

 

あ、ダメだコレ。絶対人の話聞かないウーマンだこの子。

目をキラキラさせながら僕を見つめる彼女に僕は口を開いた。

 

 

「君からも黒服の人達に言ってほしい。もう熱も下がったし、傷もそんなに痛くないから家に帰らせてほしいんだ」

 

「まだ傷が治ってないんでしょう?ならダメよ。あ、わかったわ!あなた、一人で寂しいのね?だったらあたし達が毎日会いに行くわ!」

 

「いやそうじゃなくて・・・」

 

「それじゃあ、皆に刹那が起きたって知らせて来るわね!」

 

「待って・・・行っちゃった」

 

 

名前はどうせかおちゃんから聞いたんだろうなぁ・・・。

ベッドに寝転んで天井を見上げる。思い出すのは先ほどの彼女の事だ。

 

 

「手、震えてたな・・・」

 

 

彼女の手は微かに震えていた。それは僕が生きてた事への安堵なのかそれ以外のものなのかは分からないが、僕に対して何かの感情を持っていたのは確かだ。もし、あの日の事がトラウマにでもなってしまったら申し訳なくて死ねる。そんな事になったら間違いなく僕の体は海の藻屑にされるだろう。権力怖い。

それから間もなく、こころは笑顔で戻って来た。凄く嬉しそうに話してくれたが、興奮しすぎで何言ってるかよく分からなかった。なんとか解読できたのは、皆が僕の回復を喜んでくれた事だ。それから少しして、夕方頃に僕は車椅子に乗せられて病院前に止まった黒塗りのリムジンに乗った。

 

 

「ほぇ・・・」

 

「どうしたの?」

 

「自分の身分の差を改めて思い知っただけだから気にしないで・・・」

 

「身分の差?あなたもあたしも同じ人間なんだから差なんて無いじゃない!」

 

「ソウダネ」

 

「そうよ!」

 

 

良くも悪くも純粋なんだなこの子は。きっとこの世の汚い部分とか見ずに育てられて来たのだろう。それ故に彼女の笑顔が辛い。自分がいかに汚い人間なのかと嫌になるほど自覚させられる。

長いホームレス生活は当然、危険と隣り合わせだった。別の場所に住んでいたホームレスが、町の不良にボコボコにされている所を見た事があった。その時は警察が止めに来ていたのを覚えている。後日、そのホームレスは無残な姿で川に流されていた。そんな光景を何度も目にした。

かという僕も、演奏中にボコられるなんて最初は普通だった。僕の歌を聞いてくれる人が増えるまで毎日の様に続いた。母さんに殴られたりした痕は消えたけど、未だに体には青痣が大量に残っている。だから僕は下手に半袖を着られない。

そんな事を考えている間に、車は停車した。窓から外を覗くと、目の前に巨大な豪邸とその隣に新築感満載の病院が見える。だからなんで上にピンクのクマ付いとんねん。

 

 

「夕陽様。失礼致します」

 

 

黒服さんに抱えられ、車椅子に乗せられた僕は再び最上階の病室に案内された。部屋の内装は一言で表せばゴージャス。床は真っ赤なカーペットで壁はよく分からない模様で彩られており、所々に絵画が掛けられてた。あれ?あの絵って確かモナ・リザとか言うやつだった様な・・・。

他にも、大きな画面の液晶テレビに何やらたくさんのゲーム機。電気屋のテレビで朝にやってるのを見た特撮番組の玩具等。もうこれ家じゃん。病院の物とは思えないフカフカのベッドに寝かされた僕はポカンとなる。

そんな僕に再び金持ちの凄まじさが炸裂する。

 

 

「医師の方から、お食事は普通のもので宜しいと伺いました。本日のご夕食は、フレンチのフルコースとなっております。アレルギーは無いとの事ですが、苦手な食材はございますか?何かご要望の料理がございましたらなんなりと」

 

「・・・ふれんち?」

 

「別の料理になされますか?」

 

「いえ・・・それで」

 

「畏まりました。では、御夕食は6時30分をご予定しております。何かございましたら、枕元にある受話器をご利用くださいませ」

 

「アッハイ」

 

「失礼致します」

 

 

そう言って黒服さんは去って行った。もう訳が分からない。なんで僕なんかに此処までしてくれるんだ?僕はただのホームレスだぞ?しかもお宅のお嬢様に馬鹿とまで言ったのに。そんな思考が頭の中を駆け回る。この10年近くで僕の性格は大分変わったと思う。

まず、相手の言葉をあまり信用しなくなった。ホームレス生活を続けていると、正直者が馬鹿を見る事がよく分かったからだ。その結果、相手の表情や出す音で何となく心の奥底にあるナニカを感じられる様になった。

次に身体能力の向上である。あまり関係なくね?と思われるだろうがそんな事は無い。ホームレスは体が資本である。僕達の本来のやる事は朝から晩まで売れそうな物を搔き集め、僅かな賃金に変える事だ。僕が演奏を始めたここ数年よりも前は、食事をする金も無い日が殆どで、風呂なんて夢のまた夢だったのだ。

僕も小さい頃から参加したり、ユウさんに鍛えてもらった。力は付いたけど、あまり筋肉は付かなかった。ユウさんの様なムキムキの体が羨ましい。

 

 

「刹那、ご飯の時間まで何して遊びましょうか?」

 

「君は部屋に戻らないの?」

 

「帰ったら、刹那が一人ぼっちになっちゃうじゃない。それにあたしはもっとお話ししたいわ!」

 

「・・・もう好きにして」

 

 

僕はもうまな板の上の鯉。いや、蛇の口の中の蛙と言っても良いだろう。此処は何も考えずに、過ごすのが吉だ。

 

 

「・・・コキュウ、タノシイ」

 

 

刹那サイド終了

 

 

こころサイド

 

 

あたしは今、目の前の少年に必死に話し掛けていた。でないと、ふとした時に消えてしまいそうな気がしたから。

刹那を初めて見たのは、今から一年前。あたしが中学3年生の頃だった。皆を笑顔に、がモットーであるあたしは悩んでいた。もっと皆を笑顔に出来る事は無いのか、と。

嘗て、公園で泣いてたあたしに飴をくれて話を聞いてくれた人物。今のあたしの原点となったあの子との約束。その為にも、なんとしても打開策が必要だった。

悩みながら、放課後に散歩をしていたある日。公園の噴水に人だかりが見えた。何やら楽しそうだったので向かってみると、声が聞こえてきた。

 

 

『夢が一つあればいい♪カバンに詰め込んで♪』

 

 

フードを被った人物から、その声は聞こえた。それを認識した瞬間、あたしは不思議な感覚に陥った。彼の声に、歌に全てを引っ張られる。彼から歌詞が紡がれる度に、自分の感情が大きく主張する。それは周りの人達もだった。寂しく感じる歌詞は泣き、楽しい歌詞では全員が盛り上がる。演奏が終わる頃には、あたしも含めて全員のテンションが最高潮に達していた。

 

 

『・・・あっ』

 

 

興奮している内に、周りはあたし一人。フードのあの子も、周りの皆も居なくなって公園は静まり返っていた。でも、さっきまであの子が歌っていた。あたし達がいた空間だけは未だに熱気が残っている気がした。

 

 

『こころ様。そろそろ日が暮れてしまいます』

 

『ええ、わかったわ!』

 

 

黒服さんと一緒に車に乗って、あたしは帰った。そしてその夜、あたしは思いついた。

 

 

『そうだわ!あたしも音楽をしましょう!きっと皆を笑顔に出来るわ!』

 

 

そして何時か必ず、あなたと一緒に歌いたい。フードの中に隠れたきっと素敵な笑顔が見たい。そう思った。

でもあの日、あたしは・・・。

 

 

『馬鹿野郎!くそっ、かおちゃん後頼んだ!』

 

 

初めて聞いた彼の声は、激しい雨の中に凛と響いた。繋がれた手が離れる。彼は下へ下へと遠ざかる。そんな中彼は、あたしに微笑んだ。

 

 

『ちゃんと周り見ろ、馬鹿』

 

 

違う。違うの。あたしが見たかったのはそんな笑顔じゃない。待って、行かないで。

感情に対して、体は反応出来なかった。気が付いた時には、あたしは美咲やはぐみに抱きしめられていた。視界の先では、青い顔をしたままギターケースを抱える薫に花音が声を掛けているのが見えた。

それからはとても長く感じた。フードの人物。ゴーストの正体が10年前に行方不明になった薫と千聖の幼馴染の刹那だった事。それを知ったあたしは目の前が暗くなるのを感じた。呼吸が定まらない。視界が眩む。それを気力で抑え込む。

あたしは加害者だ。被害者ではない。そんな事をする権利はあたしには無い。本当は今この場で謝りたい。でも、この場の空気をなんとかする為にもあたしは何時も通りに振舞った。それから刹那の元へ駆け付け、皆と話をしてから。あたしは薫と千聖に謝罪した。

自分の出来る精一杯の謝罪。これで許してもらおうなんて思わない。もしかしたら薫がハロハピを辞めるかもしれない。でも、それが怖いからなんて思うのは下の下だ。頭を下げてからどれだけ経過しただろう。あたしの体は不意に、二つの体温に包まれた。

 

 

『こころ。謝るのは私達もだよ。本来なら、あの場で君に注意するべきだったのは紛れもないメンバーの私達だ。それに刹那が助けてくれなかったら、こころがどうなっていたのかも分からない』

 

『ずっと、その気持ちを抱えていたのね。気付いてあげられなくてごめんなさい』

 

『『生きててくれて、ありがとう』』

 

 

あたしは泣いた。二人は許すどころか謝って来たのだ。泣いてはいけないのに涙が止まらない。こんな中でも、皆がそこまであたしを想ってくれていた事を嬉しく感じてしまう。

それからあたしは薫に言われた。

 

 

『こころ。今回の事は確かに忘れてはいけない。でも、君は君のままでいてくれ。私達は、どんな時も笑顔で誰かを笑顔にしたいと思うそんな君に惹かれたんだ。もしこころが間違いそうになった時は、絶対に私達がその手を掴む。もう絶対に放さない』

 

『いいの・・・?これからも、あたしと一緒にいてくれるの?』

 

『当然さ。私達は全員揃ってハロー、ハッピーワールド!なんだ。だからこころ。何時もの様に笑っておくれ。皆の中には、君だって入ってるのだから』

 

 

また泣いてしまった。泣いて泣いて泣き疲れたあたしは、ベッドの上で目を覚ました。隣には薫もいる。それがとても嬉しかった。それからは何時も通りに過ごす事が出来た。そんなある日、刹那が起きたと連絡があった。あたしは誰よりも先に刹那の元へ向かった。本当は薫達にも来てほしかったけど、電話で断られてしまった。

 

 

『こころがまず行くと良い。私達が居ると言いにくい事もあるだろうしね。その間、私は千聖と優雅なティータイムと洒落込もうか』

 

『これから仕事なの。お茶なら一人でしてちょうだい』

 

『フッ・・・儚い』

 

『弦巻さん。刹那は優しい子だからきっと笑顔で許すわよ。顔は良いから、惚れない様に気を付けてね』

 

 

受話器から聞こえる二つの声に感謝してあたしは刹那の元へ向かった。あの時のお礼と謝罪の為に。でも、あたしは怖くて謝罪の言葉を出せず、有耶無耶にしたまま家の隣に建てた病院まで来てしまった。

そして現在。ずっと話し掛けてると、刹那は疲れた様で寝転がったままボーッとし始めてしまった。

 

 

「・・・どうして何も言わないの?」

 

 

ふと口から出た言葉。僅かに震える手を抑えながら刹那に聞いた。刹那はあたしに視線だけ向けると、こう言った。

 

 

「え、何か罵ってほしかったの?君って変態?」

 

「違うわ!?その、あたしの所為でそんな体になって、恨んでないの?」

 

「全然」

 

「えっ・・・」

 

 

即答する刹那にあたしは戸惑う。そのまま彼は続けた。

 

 

「確かに最初は馬鹿野郎って思ったけど、結局こうなったのは僕の自己責任だし。そもそも僕泳げないしね。生きてたのマジで奇跡だわ」

 

「なんでそんな馬鹿な事したの!?」

 

「君が馬鹿って言うなよ」

 

「ごめんなさい・・・でも、あなたの命の方が危ないのにどうしてそんな事を」

 

「君がもし、死んでしまったらたくさんの人が悲しむ。でも、僕なら死んだ所で特に問題は無いでしょ?まあ、そんな事考える前に体が動いてたから」

 

「そんな・・・」

 

 

薫の言ってた事は本当だった。刹那は自分の命に対する評価が低すぎる。きっと似た事があれば、迷いなく同じ行動を取るだろう。あたしでもわかる。夕陽刹那は、どこか壊れている。そんなあたしの感情を悟ったのか、刹那は言った。

 

 

「僕がイカレてるのは昔から分かってる。でもね、僕だって何も全ての誰かを助けたいなんて思っちゃいないよ。僕は飽く迄も自分の手が届く範囲の守りたいと思った人しか助けない。生憎と、聖人君子でも無いんでね」

 

「でも、助ける時はそんなになってまで・・・」

 

「するさ。僕に出来る事ならなんでも。絶対にその手を掴む。でなきゃ、死ぬ程後悔するから」

 

「後悔・・・」

 

「人は万能じゃない。ましてや僕なんてただのクソガキだ。出来る事なんて限られてる。結局僕は、一番守りたかったものさえ取りこぼした。だからこそ、自分の出来る範囲で守れるものには全力を尽くすんだ」

 

 

刹那は拳を握りながら、悔しそうな表情でそう言った。そんな刹那の頭をあたしは撫でる。今まで異性と真面に話して来なかったから少し気恥ずかしさがあったが、手を止める事はしなかった。

 

 

「刹那は、凄いわね。あたしなんかよりもずっと・・・」

 

「そんな事は無いと思うけど・・・こころより人望無いし」

 

「凄いわ!リサ達から聞いたの。Roseliaの皆を説得したって。カッコよかったってあこも言ってたわ!」

 

「あの人達はまた軽々しく言っちゃうぅ・・・」

 

 

刹那は顔を紅くして頭を抱えてしまった。どこか可愛らしく見えて、笑ってしまった。そんなあたしを見て、刹那が嬉しそうな顔をした。初めて彼の楽しそうな顔を見た気がする。

 

 

「やっと、笑ったね」

 

「あたしはずっと笑顔よ?」

 

「いや、あんな無理した笑顔されても・・・」

 

 

どうやらあたしの笑顔はどこかぎこちなかったらしい。

 

 

「君が何を思ってたのかは大体分かるよ。手、ずっと震えてたし」

 

「それは・・・怖くて。あなたが何処かに行っちゃいそうで」

 

 

感情が漏れる。顔を俯かせて、震える腕を見つめる事しか出来なくなったあたしに刹那の方から溜息が聞こえた。きっと失望された。そんな事を考えていると、両頬を掴まれて、無理やり上げさせられた。目の前に刹那の顔が映る。女性のあたしから見ても羨ましい程に綺麗な黒髪。目は燃える様な赤色で、肌は健康的な白さを保っている。

思わず見惚れるあたしに刹那は言った。

 

 

「弦巻こころ。今目の前に居るのは誰だ?」

 

「えっ・・・刹那?」

 

「今、君は僕にどうされてる?」

 

「頬を触られてる・・・?」

 

「そうだ。じゃあ・・・」

 

 

今度はあたしの腕を掴んで、刹那の左胸。つまりは心臓に押し当てられた。そこからはトクン、トクンとリズムよく鼓動が刻まれるのを感じた。

 

 

「弦巻こころ、僕は死んでいるか?」

 

「いいえ・・・生きてる・・・生きてるわ!」

 

「そうだ、僕は生きてる」

 

 

そう言って刹那は震えるあたしの手を優しく握った。

 

 

「だから君がもう気にする必要は無いんだ。約束する。僕は死なない」

 

「ごめんなさい・・・あたし・・・あたし・・・!」

 

「泣かないで。もう、怒ってないから」

 

 

抱きついて、泣くあたしを刹那は抱きしめ返して撫でてくれる。どうしてこの子はこんなにも優しいのだろう。優しすぎて、そのまま身を委ねそうになってしまう。彼の優しさに甘えてしまいそうな自分を抑え込む。

でも、そんな思いは・・・。

 

 

「やっぱりこころには笑顔の方が似合ってるからさ。気にせず笑っててほしいんだ。・・・ダメ?」

 

 

無防備な笑顔からの思わず抱きしめたくなる困り顔に、あたしは折れるしかなかった・・・。千聖、この子の笑顔は確かに危険だわ。

手の震えはもう、止まっていた・・・。

 

 

こころサイド終了



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第9話

刹那サイド

 

 

こころが泣き止んでから少しして、僕の前に黒服さんが見た事も無いような料理を運んで来た。しかも大量の食器が並ぶ。え、これどう使えと?

黒服さんに教えてもらいながら、コース料理を味わう。美味しい・・・美味しいんだけど、味が複雑すぎてよく分からない。僕はドの付くレベルの貧乏舌だったらしい。

母さんがあまり外食を好まない人だった為に僕はちーちゃんとかおちゃんの家以外で外に出ての食事は殆ど無い。ファミレスなんて入った事も無い。ファストフード店やラーメン屋なんかもだ。母さんの作った食事以外は未知の料理だ。今井さんの作ってくれたものは全て母さんが作った事があるのでなんとかなったが、あれ以外が出たら間違いなく固まっていただろう。

 

 

「ああ、緊張した」

 

 

人生でそう無いであろう体験をした僕は、溜息を吐きながら柔らかいベッドに沈み込む。こころは一度お風呂に入りに本邸に戻って行った。一人天井を見上げる僕に黒服さんが近付いた。

 

 

「夕陽様。体の方を拭かせて頂きたいのですが」

 

「えっ」

 

「ここ数日、夕陽様が意識を戻しておりませんでしたので我々がお世話をさせて頂きました」

 

「あの、じゃあ全部見られてたんですか・・・?」

 

「ご安心を。夕陽様のお身体に不調等は見られず、傷の方も幾つか跡は残る事にはなりますが、基本的には目立たなくなり始めておりました。それと、大変御立派でした」

 

「いっそ殺せぇ!」

 

どうやら全身くまなく見られたらしい。再びフリーズした僕はされるがままに体を拭かれた。拝啓、天国の母上様と妹へ。僕、もうお婿に行けない・・・。

それから少しして、パジャマに着替えたこころが部屋に入ってきた。可愛らしい黄色のパジャマの彼女は僕の隣へと乗り込んで来る。

 

 

「さあ、寝る時間まで何をしましょうか!」

 

「こころさんステイ。一回待とうか」

 

「?」

 

「いや、首を傾げたいのはこっちだよ。自分の部屋に戻らないの?」

 

「あたし、刹那が退院するまで一緒の部屋に居る事にしたの!」

 

「ファッ!?」

 

 

何を言ってるんだこのお嬢様は。脳の処理が追い付かない僕はこころを見て呆然としていた。

いやいやいやいやロップイヤー。本当に何考えてやがりますかこの子は。

 

 

「あのね、こころ。僕は男。そして君は女の子だ。それもとびきりの美少女ね」

 

「び、美少女だなんて・・・ちょっと照れくさいわ。でも、刹那の方がもっと素敵よ!」

 

「はいはい社交辞令ドーモ。話戻すよ」

 

「嘘じゃないのに・・・」

 

 

どこか不貞腐れた様子のこころに僕は懐かしい感じがした。確か、小さい頃にこんな雰囲気の会話を何処かでした気がする様な・・・んな訳無いな(軌道修正)

改めてこころを説得する。

 

 

「良いかいこころ。君は自分が思ってるより魅力的なんだ。僕は自分でもそこまで下種ではないとは思いたいけどもしもの事だって有り得る。だからそう軽々しく男の隣に寄って来たり、一緒に居るなんてダメだよ」

 

 

それとさっきからシャンプーなのか元からなのかメッチャ良い匂いする。ホームレス生活じゃまずない香りだよね。金持ちだからきっとそういうのも高級品なんだろうなぁ・・・。

今井さんとかも良い匂いするよね。こころはなんかこう、元気ハツラツ!って感じで、今井さんは何処か落ち着く匂いと言うか・・・。

思考の海に沈みそうになったが、何とか持ち直して会話を続けた。

 

 

「それに、ずっと見られなきゃいけない程僕は子供じゃない」

 

「でも一人はきっと寂しいわ!それにあたしも刹那と一緒にいた方が一人よりも楽しいもの!」

 

「忘れてた。この子話通じないんだったー」

 

「あたし、日本語以外も話せるわよ?」

 

「いや、そういう意味ではなくて・・・てか黒服さん止めろよ」

 

「皆、分かったって言ってくれたわ!」

 

「え、これおかしいのって僕なの?」

 

 

前から思ってたけど皆僕に対する警戒心薄すぎない?いくらそこそこの付き合いがあるとはいえ、唯一の異性がブチ込まれた環境で何故あそこまで警戒なしに過ごせるんだ?僕だったら間違いなくほぼ一生警戒するね。いや、まあ若干の人間不信が入ってるからアレなんだけどさ。

 

 

「いや、もう寝ようよ。今日は色々あって疲れちゃったし」

 

「そうだったの?気が付かなくてごめんなさい。それじゃあ、寝ましょう!」

 

「はい、こころさんストップ。一旦入り込もうとしている僕のベッドから離れようか」

 

「でもこうしなきゃ寝れないわ」

 

「このままじゃ僕も眠れないから。色んな意味で」

 

 

主にドキドキでね。まあ、そんな事を聞いてくれるはずもなく。こころは笑顔で僕の隣に入り込み、僕の頭を抱える様に抱きしめる。当然、彼女の胸の位置に顔面が来るわけで。柔らかな感触と良い匂いに頭がクラクラし始める。だが、数秒もすれば落ち着いた。想像以上に疲労が溜まっていたらしい。緊張が解けたら、一気に眠気が襲って来る。

それと何処か懐かしい感覚を覚えた。それは遥か昔の記憶。今は居ない母がよくしてくれた事と酷似していた。ああ、これは駄目だ。数年間人肌に真面に触れていなかった僕には温か過ぎる。この温もりが消えてしまうのが怖くなる。戻らなきゃいけないのに・・・。

そんな僕の心境を察するかの様に、こころは僕の頭を撫でながら先程とはまるで違う優しい声音で囁く様に言った。

 

 

「大丈夫。どんな事があっても、あたし達は刹那の側にいるわ。貴方が寂しいと思ったらいつでもこうしてあげるから。もう、誰も貴方の手を離す気なんて無いんだから。だから今はゆっくり眠りましょう?」

 

「・・・ぅん」

 

「ふふっ。おやすみなさい、刹那」

 

「おやすみ・・・こころ」

 

 

こころの声を聞きながら僕はストンと眠りに落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〜翌朝〜

 

 

「・・・朝か」

 

「せつなぁ・・・」

 

「ん。ありがと、こころ」

 

 

いつも通りの時間に目を覚ました僕はホールドされた頭を何とか抜いて、未だ夢の世界にでも居るのか幸せそうな顔で寝言を呟くこころに小声で礼を言った。窓辺まで歩いてカーテンを少し開ける。外は晴れわたっており、朝日が輝いていた。日差しを浴びて軽く伸びをする。腹部に違和感を感じるが、大分楽になった。

それから暫く、備え付けの冷蔵庫に入っていたカルピスを窓際の椅子に座って飲んでいると、ベッドの方で布が擦れる音が聞こえた。どうやらお嬢様のお目覚めらしい。

こころは少し寝ぼけた様子で此方を見て来たので挨拶する。

 

 

「おはよう、こころ」

 

「・・・」

 

「こころ?」

 

「・・・おは、よう」

 

 

僕を見てこころは固まりながら片言の様に言葉を紡いだ。何故か少し顔も紅い。そして顔をシーツで隠してしまった。・・・何で?

 

 

「・・・?」

 

「(あ、朝からあんな笑顔ずるいわ・・・!)」

 

 

昨日から何処か挙動不審な所がある少女に疑問を感じながらも時は過ぎ去り、朝食を終えた僕達はそれぞれの用事を済ませる為の支度をする。僕は朝の定期検診の為にベッドへ戻り、こころは本邸に戻って、制服に着替えて来た。

 

 

「やっぱり刹那が心配だわ。やっぱり今日は学校を休んで・・・」

 

「こころ。さっきも言ったけど、学校にはちゃんと行くんだ。僕は黒服さん達が居るから大丈夫」

 

「・・・学校が終わったらすぐに戻って来るから!友希那達も連れて来るわね!」

 

「ん。のんびり待ってるよ。いってらっしゃい」

 

「いってきます!」

 

 

元気に笑うと、こころは走って部屋を出て行った。相変わらず台風みたいな子だ。さてと、僕も動きますか。体を軽く起こして、こころが去って行った廊下を見つめる。そこには・・・。

 

 

「夕陽様。本日から、入浴しても問題ないそうなので浴場へのご案内を。お身体を洗う際は、我々にお任せを」

 

「此処からが本当の地獄だ・・・!」

 

 

手をワキワキさせながら、医師の後ろでスタンばってる黒服さんA〜Cに恐怖を覚えながら、僕の男の尊厳を掛けた戦いが始まった。

 

 

※勝てませんでした(敗因:三対一)

 

 

・・・失ったものは大きかったが、こころが帰ってくる前に身綺麗になった僕は黒服さんに電話を借りる。連絡先は、橋に下にいる家族だ。向こうの方にも黒服さん達が手を回してくれたらしい。数コール後に相手が出てくれた。数日ぶりに聞く声に涙腺が緩む。

 

 

『刹那!無事なんだな!?』

 

「ゲンさん・・・僕、生きてるよ!迷惑掛けてごめんね」

 

『良いんだ。お前が生きててくれたんだからな。あ、ちょっ、おい!?』

 

 

電話に向こうで、ゲンさんの声が遠くなり、別の声が響いた。

 

 

『無事か刹那ぁ!?』

 

「だ、大丈夫だから声抑えてユウさん』

 

『で、でもよ・・・お前が帰って来ないなんて初めてだったし、知らない黒服集団に話しかけられるしでもう寝てもいられねえよ』

 

「・・・ごめん」

 

『謝るなよ。事情は聞いた。自分を犠牲にする姿勢は好きじゃないが、お前は確かに誰かの命を救ったんだ。やっぱり凄えよ、刹那は』

 

「は、恥ずかしいって。あ!ハタさんはいる?」

 

『おう。ちょっと待ってろ。ほれ、ご指名だぞ』

 

 

ユウさんからハタさんへと電話相手が変わった。受話器からは、優しい聞き慣れた声音が響く。

 

 

『無事で何よりです。また随分と無茶をしたみたいですね』

 

「・・・返す言葉も御座いません。心配掛けてごめんなさい」

 

『そう思うのなら、ゆっくり休んで元気な姿で戻って来てください。私も二人もずっと待ってますから』

 

「うん!絶対に帰るから!」

 

『まずは傷を癒してからですよ?明らかに今すぐ戻りそうな勢いの声になってるのですが・・・』

 

「・・・ワカッテルヨ」

 

『はぁ・・・兎に角、ちゃんと休んでください』

 

 

そう言ってハタさんは電話を切った。

黒服さんに電話を返して僕は一人、喜びに浸る。そっか、皆待っててくれてるんだ。だったら、ちゃんと戻らないとね!

その後、ベッドに寝転びながら暇潰しに部屋にあったルービックキューブを弄る。手で揃えるのは飽きたので今は目を瞑って足で揃える。・・・よし、10秒切った。

 

 

「刹那!・・・何してるの?」

 

「あ、お、お帰りこころ・・・」

 

「ただいま!」

 

 

うん、良い返事だ。帰って来るタイミングは最悪だったが。そう思っていると、こころの後ろからヒョコっと顔を出す我らがポンコツ歌姫様のお姿が。

 

 

「思ったよりも具合は良さそうね」

 

「お陰様で。ご迷惑お掛けしました」

 

「本当よ。でも、貴方が無事で本当に良かった」

 

「湊さん・・・」

 

「良い雰囲気の所悪いけど、アタシ達の事忘れてない?お姉さん悲しいぞ☆」

 

「いや、湊さんが入り口に立ったままなので話し掛けようにも、ね?」

 

 

湊さんが塞いでいる入り口の隙間から今井さんが顔を出した。そして湊さんが体を動かした瞬間、今井さんが飛び込んで僕を抱きしめる。なんか最近ホントに抱きしめられる事が増えた気がする・・・。

 

 

「良かったぁ・・・良かったよぉ・・・!」

 

「・・・ごめんなさい」

 

「ううん。事情はこころから聞いたから。頑張ったね。偉いぞ」

 

「偉いだなんてそん「でも・・・」はい?」

 

「無茶しすぎ!泳げないのに川に落ちるとか!」

 

「うっ・・・今井さんが虐める」

 

「虐めてません。自分の事を勘定に入れない悪い子にお説教してるだけです」

 

 

そうこうしてると、Roseliaの皆さんが入って来た。その表情は安堵、怒り、不安等の様々な感情が見え隠れしていた。その中でも特に安堵の表情が大きい氷川さんが近付いて来た。そして僕の頬に手を触れた。温かくて、優しい手。その手が僕の体温を捉えたのを確認した氷川さんは大きく息を吐いてその場にしゃがみ込んだ。

 

 

「ひ、氷川さん・・・?」

 

「本当に、本当に良かった・・・もうあのまま目覚めないんじゃないかって、ずっと不安だったんです」

 

 

涙声になりながらも氷川さんは続けた。予想外の反応に湊さん達に目を向けるが、こうなっても当たり前だろうとでもばかりに頷く。えぇ・・・?

 

 

「話を聞いて、後悔してたんです。もし私があの時スタジオを飛び出さなければ貴方がこんな怪我をする事も、弦巻さんが危険な事にならなかったのでは無いかと・・・」

 

「氷川さん、それは違います」

 

 

そこは本気で否定させてもらう。

 

 

「あの日じゃなくてもどうせ強制的に追い掛け回されるのできっと似た様な事は有り得ますし、今回の件だって湊さんがもうちょっと素直なら多少は円滑に事が運んだ筈ですから」

 

「あら、まるで私が全て悪いとでも言いたい様な口ぶりね」

 

「湊さん、こんな時に意地悪言わないでください」

 

「何の事かしら」

 

 

僕の声に湊さんは微笑んでわざとらしく顔を反らす。氷川さんは僕と湊さんを交互に見て、ポカンとなる。

 

 

「紗夜、今回の事は偶然起きた事よ。彼の言う通り、もし誰かに責任があるのならそれは紛れもなく私よ。それは最初から自覚してるわ」

 

「ですが湊さんは・・・」

 

「たとえ父の事があったとしてもあの時の私の態度は間違いなく不適切だった。それも感情的になって誰かに理解されてもらう事すら拒んだ。私を主犯と言わずしてどうするの?」

 

「友希那、紗夜も。その事は、この前ちゃんと話し合ったでしょ?」

 

「そうね・・・」

 

「すみません。取り乱しました・・・」

 

「紗夜?責任感があるのは良いけど、行き過ぎると潰れちゃうよ?それに本人が良いって言ってるんだしさ。それ以上は逆にゴーストが困っちゃうよ?」

 

「・・・分かりました。でも、約束してください。これからは絶対に無理はしないと」

 

「はい。分かりました」

 

 

ごめんなさい。多分、似た状況になった時はやっちゃうと思います。

僕の思考が読まれているのか、全員から白い目で見られる。こころ、君までもか。

そして宇田川さんと白金さんが待ってましたとばかりに口を開いた。

 

 

「じゃあ、次はあこ達が怒る番ですね!・・・みんな言われちゃったけど」

 

「そうだね・・・でも、ちょっと怒り足りません」

 

 

怒りの感情が最も強かったのが以外にも白金さんだった。失礼な言い方だが、この中で一番関わりが薄い人物だった為に余計以外に感じた。段々と増えて行く怒りの感情に隣の大魔王様は怯え始めた。僕を抱きしめたままの今井さんの力が増し、氷川さんも僕の手を掴む。湊さんと、廊下から様子を伺っているこころですら汗を流すレベルの事態である。

 

 

「夕陽さん・・・わたし、凄く怒ってます」

 

「あの、僕の事はゴー「夕陽さん?」おーけーおーけー、まいねーむいずせつなゆうひ」

 

 

怖っ!?後ろに般若が見える。思わず語彙力が崩壊してしまった。僕の恐怖心も露知らず、白銀さんはハイライトがオフなさった目で僕を見下ろした。だから怖いんだって。宇田川さんなんてもうノックアウト寸前のボクサーみたいな足になってるし。

 

 

「わたし、このバンドに入れてもらってから本当に楽しかったんです。ずっと内気だった自分も少しは変われて、色んな人達と関われて。だからこそ、Roseliaの皆さんには笑っていてほしいんです。それには、夕陽さんだって含まれてるんですよ?」

 

「僕なんて、ただコーチを頼まれた隠し事しか無いただのガキですよ」

 

「そんな事は、ないです。だって貴方がいなければきっとわたし達の問題はこんなに早く解決なんて出来なかった筈ですから」

 

「そう、なんでしょうか?」

 

「そうです。・・・夕陽さんは、自己評価が低過ぎです。わたしよりも・・・」

 

「あこもそう思う!」

 

「私もよ」

 

「アタシも」

 

「それには私も同意せざるを得ません」

 

「あたしもよ!」

 

 

コイツ等、寄ってたかって・・・!

でもよく考えてみてほしい。片や青春真っ盛りの仲間がいっぱいの幸せな学生。片や、妹一人守れずにみみっちく生き残ってホームレス生活送ってるクソガキ。劣等感感じるなってのがまず土台無理な話である。

 

 

「・・・夕陽さんは、もっと自分を大切にしてください。わたしとも、約束です」

 

「はい」

 

 

まあ、これ以上下手な事言ったらどうなるかも分からないので取り合えず素直に返事をしておく。

 

 

「本当はまだ、言い足りないけど・・・反省してますよね?」

 

「勿論ですとも!」

 

「じゃあ、次はあこちゃん」

 

「あ、うん。あこはもう良いかな・・・りんりんこわい」

 

 

分かるよ、怖かったよね。見ろ、湊さんなんて涙目だ。

なんとかこれ以上の説教を逃れた僕は強制的に別の話に持って行く事にする。

 

 

「そ、そういえば今週末でしたよね、フェス!」

 

「え、ええ。日曜日よ」

 

「最後まで練習に参加できなくてすみません」

 

「気にしなくても良いわ。その代わりに貴方は弦巻さんの命を救ったのだから。胸を張りなさい」

 

「いや、でもこんな最後は嫌だなと・・・」

 

「最後って?」

 

 

僕を抱きしめながら撫でる事を止めない今井さんに苦笑しながら答える。

 

 

「だってフェスが終わったら僕の契約期間終了じゃないですか。コーチも終わりですよ」

 

 

その言葉に部屋の空気が完全に凍り付いた。今井さんの手も止まる。湊さんは大量の汗を流し始めた。この人達、完全に忘れてたな。

 

 

「まあ、正直な話皆さんのレベル高過ぎるんで僕もういらないと思うんですけどね」

 

「そんな事無いよ。ねえ、本当に辞めちゃうの?」

 

「そういう契約ですから。だから抱きしめる力強めないで」

 

「・・・もう少し居てくれても良いんですよ」

 

「僕もゴーストの本業に専念したいんですよね。なのでさっきから指を絡めるその手を放してもらえると・・・」

 

「ゴーストさん、居なくなっちゃうんですか?」

 

「悲しい、です・・・」

 

「いやそんな事言われても・・・」

 

「じゃあ、あたし達と一緒にバンドをしましょう!」

 

「君に至っては話を聞けよ」

 

 

その後、僕の契約期間を延長するかどうかの話はフェスで優勝したら継続となった。彼女達のやる気が凄すぎて反対も何も出来なかったのは言うまでも無いだろう・・・。

 

 

刹那サイド終了



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