4:3パソコンなので、12:7だとどうなるのか分からない……
Chromeでは確認しました
――――ヨウコソ!
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ケンサク |
《center》
ワスウ | ハイパーリンク |
第1,01話 | 「きおくのかなた①」 |
第1,02話 | 「きおくのかなた②」 |
第1,03話 | 「きおくのかなた③」 |
第1,04話 | 「きおくのかなた④」 |
第1,05話 | 「きおくのかなた⑤」 |
ともえちゃん(哺乳綱 霊長目 真猿亜目 狭鼻下目 ヒト上科 ヒト科 ヒト属 ヒト)
イエイヌちゃん(哺乳網 ネコ目 イヌ科 イエイヌ)
一面も見られる。
じゃぱりまん
サンドスター
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第01話 「きおくのかなた」
第1.01話 「きおくのかなた①」
年季の入ったドーム状の建物。人が住んでいた雰囲気を全く感じさせない廃墟。いたるところに穴が開き、長い年月の間、何の手も加えられずにただ、そこにあった事だけがうかがえる。草原の中でポツリと立つ孤独な建築物は、雨風や日照りによって風化しきっている。静けさの中で風に吹かれてか、その天井が、轟音と共に脆く朽ち果てた。その一部が重力のままに落ちていき、あるカプセルに直撃した。
そのカプセルは鉄とガラスによって囲まれており、キラキラと光る直方体の物体が中に敷き詰められている。中には人一人分のスペースが確保され、カプセルというよりも、小さなケースといった印象がもっともである。
カプセルは鈍い音を立て煙を巻き上げる。丸い球体の上部のガラスが綺麗に割れ、埃がまきあがったのだろう。刹那、カプセルの中の住人がこの出来事に、衝撃を受けたのか、小さな産声をあげ、目を覚ました。
「……いった……」
カプセルに開いた穴、そこからひとつの手がその中からひょっこりと覗かせた。その手はカプセルのフレームを掴むと、体を支えて立ち上がった。
そこにいたのは十代くらいの少女であった。頭には鳥の羽がついた帽子を被っている。彼女はカプセルから出ると散乱したガラス片を足で踏みつけてしまう。ピキピキと音がし彼女はビックリして咄嗟に身構えてしまう。
「……えへへ」
自ら鳴らした音に驚いたことがおかしかったのだろう。少女はかすかに苦笑いをする。そして、両手をあげ、天に向かって大欠伸をした。先程、崩落したことで開いた天井の穴からは光がさしており、辺りは少しばかり暗がりが満ちていた。
「そういえば、ここどこだろう?」
しどろもどろに周囲を見渡し、自分の置かれた状況を把握しようとする。すると、光の筋の先にスケッチブックとショルダーバッグが置かれていることに気が付いた。暫く誰も使っていない様子でほこりが積もっている。少女は近づくとそれを目の前に持ち上げた。すると、周りに海雪が舞う。
「けほっ!けほっ!」
少女はせき込んで涙目になる。ほこりが光に反射して白く部屋が濁ったが、ひとしきり待つと、白い粒はなくなりスケッチブックという英文字だけが顔を出していた。
見覚えのある文字なのか、なんとなく少女はその文字を声に出して読んだ。
「すけっち……ぶっく?」
少女は言葉の真意を少しばかり考え、その言葉の意味を思い出したかのように手を叩いた。絵を描くものと理解した少女は何かが描かれていないかと、中身をペラペラと捲り始めるが、ただの白紙のスケッチブックであった。
「何も書かれてない……」
少女は落胆したのかため息交じりにそうつぶやく。そして、傍らに置かれたショルダーバッグに興味を示した。紐の部分を掴んで目の前にぶら下げる。青々とした軽く持ち運びやすいかばんである。肩からかけるために緩衝材として、ベルトに長方形のフェルトが通してある。
一通り見終わると、少女はチャックの存在に気が付く。少女はチャックを引っ張って中を強引に開けようとする。なかなか開かないことに悪戦苦闘しつつも、突然に、チャックは心地よい音を立てて、開かれた。それと同時に、中から色鉛筆のセットが入った箱が落ちてきて、中身がばらばらに床に落ちた。
痛快な音が反響して、色鉛筆が落ちていく。赤色。青色。黄色。全部で十二色の色が白くひずんだ床の上で転がり、少女を動揺させる。
「あわわわわ……」
落ちた色たちは床でひしめきあった後、静かに止まった。少女は棒が割れていないことを確認すると、安堵して、それを拾い上げる。箱の蓋の裏には丁寧に色の位置が描かれており、少女はその通りに箱の中にしまう。
「よしっ!」
正しく元の位置に戻され、綺麗な虹模様となった色鉛筆を確認すると、蓋を上から覆いかぶせ、ショルダーバッグの中へ戻す。
ふと、足元を見ると、ショルダーバッグの中から落ちたのだろうか。少女の目を奪う物が足元に置かれていた。それは鍵穴のついたロケットペンダントである。
高級な様相を醸し出すペンダントは流麗に何かの文字が彫られている。しかしながら、その文字は他の傷によって塗り替えられ、既にもともと彫られていた線を映し出してはくれなかった。少女もその線は気にせずに鎖の部位を持ち上げると、目線高くにかざして見せる。
「綺麗……」
持ち上げたペンダントは光に反射して黄金色に輝いていた。彼女はただただそれを、美しいと感じたようで、首にかけると満足げに笑顔を見せた。
彼女の耳に風の音が聞こえたのだろう。建物の外側を彼女は見た。眩しく、目に光がなじむのに数秒かかったが、彼女の好奇心はそれを見逃さなかった。
外はどうなっているのだろうか。湧いた疑問が頭から離れないでいる少女は、目の前に扉があることに気が付いたようだ。肩にショルダーバッグ。首からロケットを下げて、胸が踊る思いで扉に近づく。メッキがはがれ表面がさびている扉。彼女はそれを押すと、ゆっくりと金切り声をあげて、扉は開くのだった。
「――――うわぁ……」
少女は外界の光景に感嘆の声をあげてしまう。純粋なる、きれいな景色。澄み渡った蒼穹の空。岸芷汀蘭という言葉が似つかわしいものは他にはないだろう。広葉樹と青々とした草原。遠目には天高くそびえたつ山が見える。太陽が快活に注ぎ込み、心を洗っていくような気分になる。そんな、素晴らしき情景に彼女は心を弾ませていると、目の前に木の板が地面にめり込んでいるのを見つけた。
「あれは……」
少女はおそるおそる、それに近付く。板はベニヤ板のようで、その板には砂がかかっており、何が書かれているようだったが、よく分からない状態であった。
彼女は木の板を持ち上げて、かかった砂を優しくふり払う。すると、手で書いた文字とは異なる意匠をこらしたデザインの文字が現れた。
その文字を見た少女は小さな声でそれをつぶやいたのだった。
「よう……こそ……じゃぱり……ぱーく?」
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第1.02話 「きおくのかなた②」
建物を出た少女はいの一番に好奇心を開放させ、閉口することのない草原を走り抜けた。自然の中で少女の感情は高ぶり、奮い立たせられ、少女は有頂天になったのだろう。さながら、幸福のひと時であった。
少女は突然、ぴたりと足を止めた。それもそのはずであった。見覚えのない場所であるという感覚が少女にエントロピー*1が増大するように、ひしひしと伝わってきたからである。
少女はショルダーバッグとスケッチブックだけしかもっておらず、なおかつ、自身の記憶を思い返そうとしても、
そよ風が彼女の体を取り巻き、少女は悪寒を感じ始めた。自身のことを忘れてしまった少女は好奇心によって、怖い思いを振り切り、いざ、古びた建物を後にしたが、先の不安が消えることはなかった。恐怖は自分自身という存在さえ確かに認知せず、しかも、周りには誰も自分を自分だと確かめる人間もいないことから、数段にも上回って彼女を襲ってきた。
なんとか彼女の平静を装ていた好奇心も、
「……誰かー―。いないのーー」
少女のか細く震えあがった声が草原に響いた。自分以外の人間を必死に探している様子であった。人っ子一人いない場所は少女の寂しさを更に駆り立てていく。
すぐそばの木の後に誰かいるのではないか。木々の後ろに回り込んで探しても、石をひっくり返しても、誰も出てこなさそうであった。
広々とした空間はどこまでも続いている。それは身長の小さな少女にとってはあまりにも広すぎた。先程まで美しく見えた草原は、いつの間にか、独りぼっちであると分かることで畏怖の対象となってしまっていた。
ずいぶんな距離を歩いて探し回ったようで、振り返ると先ほどまで居た、廃墟が遠い彼方に見える。孤独による少女の
「ぅぅ……」
少女の目に雫がうっすらとこみあげてくる。草原を吹き抜ける風が雫をそっとよそいでくれるが、それも間に合わず、次に次へと涙があふれてくる。跪いてしまい、彼女は歩こうとはしなかった。滴る水は草原のある一つの草の葉に垂れていく。
彼女の精神が疲弊しきった、その時である。直ぐ近くで、轟音が鳴り響いた。彼女のすぐ近くの森の中からである。見るとものすごい煙幕が森の方から上がっていおり、地響きが彼女の足に伝ってくる。メキメキと木々が倒れる音も同時に聞こえる。
「――もしかして」
少女は涙を拭うと急ぎ足で駆けて行く。その先は森林である。一抹の希望を胸に少女は音のする方向へ、がむしゃらに走る。森の中へ入ると、日の光は遮られ薄闇が漂っている。その光景をみると、自分以外の人間がいるとしても少女にとっては少し躊躇する場面であった。しかし、滞る思いを胸にしまうと緑の暗闇に足を踏み入れた。
「おーーーーい」
静寂な森に彼女の声が響き渡った。精一杯の想いで走ったことで少女の息が切れてしまうと、その場で止まって息継ぎをする。額から滴る汗を払うと、再び走り出した。
すると、斜め右から爆音とともに砂埃が舞い上がった。木が右往左往に倒れこみ青色の四角形に手足が生えた異界の生物が目の前に立っていた。少女はビックリしてその場で倒れこんでしまう。手と腰を着いた彼女をその巨大な目玉が少女をのぞき込む。
「っひ……」
少女は腰が抜けてしまい動けないでいた。目玉は容赦なく彼女を見定めると奇怪な手で叩きのめそうとする。
「あぶないっ!!」
少女が目を閉じて自らの死を覚悟すると、頭にふわふわの耳を持った、オッドアイの見知らぬ少女が彼女をつぶそうとしたその手を受け止め、足でそれを軽やかに蹴り返したのであった。見知らぬ少女は少女の手を取ると、蹴り返した反対側へと走り出す。
少女は目の前の見知らぬ少女を見て、先程までこわばっていた顔が緩む。誰もいないと思っていた場所に自分以外の人間が現れたことによる安心感からだろう。
化け物は蹴り返された後、ものすごい剣幕で二人の少女を追いかける。二人が追い付かれそうになると、見知らぬ少女は彼女を腕に抱えて更に早く走り出す。
「うわぁああああ」
暫く森を駆け抜けていくと右手の茂みに急いでかけて入る。化け物は横を素通りしていき、轟音は遠ざかっていった。二人はため息をつくとお互いに顔を見合わせた。
「大丈夫ですか?」
心配そうに少女を見つめるオッドアイ。その瞳はパステルカラーの藍色と琥珀色である。にっこりと見知らぬ少女は手を差し伸べる。
「うわーん!ありがとうーー!!」
彼女はお礼を言うと、不思議な耳を持つ少女に抱き着いてきた。勢いあまって二人は倒れてしまう。見知らぬ少女は優しくそのまま抱かれていた。理由はあまりに簡素なことであった。少女が大粒の涙を流していたからである。
「大丈夫ですよ~。もう、追ってきませんから」
見知らぬ少女は少女を宥めるばかりであった。
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第1.03話 「きおくのかなた③」
「本当に申し訳ないです。あんまりに取り乱してしまって」
少女は
そんな彼女の葛藤を悟ったかのように、見知らぬ少女は優しく微笑むと少女を諭すように語りかける。
「気になさらなくて大丈夫ですよ。それに少し確かめることもありましたし……」
彼女はその姿に引けを取らず手を振り、謝らなくていいように促す。先程まで暗がりであった森は天頂近くに上り詰めた太陽によってだんだんと明るく照らしだされていた。
「あのぉ、失礼じゃなかったらで、いいけどもう一度、抱き着いて良い?」
「はい。別にいいですが……」
許可が出たことを境に、少女の胸中に溜まっていた他人を感じたいという感覚が爆発したようで、彼女は見知らぬ少女の胸の中に飛び込んだ。
「ありがとー」
少女は見知らぬ少女に再び抱きかかえられる。少女は誰かを撫でて触ることで、自分以外の存在を確固たるものにするために、こうやってスキンシップをとっているようであった。見知らぬ少女も少女のスキンシップに順応したようで、さりげなく体をキャッチする。
「もふもふだー。さっきも触ったときも思ったけど、この感覚がたまらないー」
少女は幸せそうに見知らぬ少女の頭をなでなでする。耳を部分を撫でるのがどうやら気に入ったようで、その局所を集中的に撫でまわしている。見知らぬ少女は少しくすぐったくしているようだが、撫でられることに抵抗は感じられなかった。
というよりも、見知らぬ少女は少女の匂いを嗅いでいた。そして、何かを確信したように、少女の肩を両手でつかみ、らうたげな顔を至近距離でつめて、うれうれと言葉を発する。
「やはりこの匂い。あなたはヒトですね。会いたかったー!この日をどれだけ待ち望んでいたことかー!」
ヒト。聞きなれない言葉に少女は困惑した。少女はその言葉をおぼろげに聞いたことはあるようだったが、真なる定義は分からずにいた。それに、目の前でぴょんぴょんとはねる、見知らぬ少女は彼女の記憶では、見知らぬ少女でしか他ならなかったからである。
「えっと……。あたし、多分、貴方の事を知らないと思うんだけど」
自分のことを知っている少女。しかし、それを素直に肯定することは彼女にはできないでいた。少女の当惑した様子に我に返ったイエイヌは一度、手を離すと改めて彼女に対峙する。
「あっ……。すみません。つい興奮してしまいました。私はイエイヌと申します。ご主人様のお名前を教えてくださいませんか」
「ご主人様!?」
主従関係において、従者が主人に対して言うその言葉に少女は少しながら嬉しさのようなものを感じるも、目の前の彼女と同い年に見えるイエイヌの姿を見て、その考えは無くなったようであった。まして、命の恩人にそのような態度を取られては、どうしても気が滅入ってしまう様子であった。
「はい。私はヒトに仕えることが"しめい"なのです。ですから貴方様のお名前を教えてくれませんか」
ペットが主人を待つように、羨望のまなざしで彼女の解を待ちわびるイエイヌ。その眼差しにどう返したらいいのか分からず、少女はしばらく、返答に困っている。
「えっと。あたしはそのヒトなのかどうかさえ分からなくって。自分の名前だって分からなくって。」
イエイヌの態度にうろたえを覚えて、少女は渋るような声でそう言う。命の恩人であるイエイヌにこのような態度を取られてどうしたものかと、少女自身でも整理に型が付かない様子である。
「その手にお持ちになっているものは?」
イエイヌの視線の先には、少女が目覚めたときに拾ったスケッチブックがあった。何も書かれていない、白紙のスケッチブック。少女は知らずの知らずのうちに手で汗がにじむほどにそれを掴んでいた。先程、走ったときにしっかりと握っていた証拠だった。
「これは、私の目が覚めたときに近くに落ちてたもので、すけっちぶっくて言うんだ」
特にめぼしいものではない。そういうジェスチャーをしてスケッチブックを差し込む光に掲げて見せる。どうでもいいようなものであるはずなのだが、逃げるときも少女はしっかりと握って離そうしなかったものだ。
「すけっちぶっく……?」
聞きなれない言葉であるようでイエイヌは少女からスケッチブックを渡されてみるも、使い方はおろか、名称も知らないようであった。
「えっと。絵を描くためのモノだよ」
絵。その概念を知らないイエイヌは次から次に繰り出される不可思議な概念に興味津々でいるようで、
「"え"って何でしょうか。食べられるんですか?」
純粋無垢な質問だが、どことなく狂気を感じる。
「おいしくないよ!?」
少女はイエイヌが絵というものを知らいないらしいと分かると、ショルダーバッグを地面に置くと中から、色鉛筆を取り出すと、傍らに会った石に腰かけて、颯爽とページをめくり始める。
「イエイヌちゃん。ちょっと、じっとしててもらっていい」
「はい。分かりました」
少女はスケッチブックの一ページを開くと、黄色と橙色の色鉛筆を取り出す。そして、アタリも取らずに、目の前のオッドアイの少女をものすごいスピードで描き上げていく。
パステルカラーを基調とした、少女の絵は温かさを感じる、しっとりとしたデフォルメで描かれていた。少女はこういう絵柄を描くの得意らしく、感覚だけでやっていたように思われた。
その絵をスケッチブックの針金からはがすために、紙の部分を一思いに引っ張る。すると、綺麗に、先端に等間隔に配置された円の部分が弧状になって離れた。そして、切り離した絵をイエイヌに手渡した。
「うわぁ~……すごいです!すごいです!これ、貰っちゃっていいんですか?」
イエイヌの目に映った少女は格好良く、尊大なものであった。少女はショルダーバッグに色鉛筆の箱をしまいながら受け答えをしていた。
「うん。助けてもらったし、これじゃあ足りないぐらいだけど」
少女は何でもないように言い切るが、イエイヌの尊敬のまなざしは尽きることはなかった。
「いえいえ。本当にありがたいです」
大切そうに紙を抱きかかえるイエイヌの表情を見ると、少女はどこかほっこりとした気持ちになる。
少女はスケッチブックを再び見つめる。年季の入ったスケッチブック。どこか安心感のあるデザイン。少女は記憶の片隅に見覚えのある様な感覚に陥る。
「あれ。なにかそこに書かれていますよ」
イエイヌがスケッチブックの裏側を指し示す。少女がスケッチブックをひっくり返すと、拙く、今にも消え入りそうにマジックで何かが書かれているようだった。
「あっ。本当だ。なんだろう?」
少女はその文字の意味を読もうと目を凝らす。年季が入っているためか、所々、消えているようで、何とかその文字を読んでみせた。
「……と……もえ?」
スケッチブックの左下には黒色で、確かにそう書かれている。
「貴方様はともえさんとおっしゃるのですね。いい名前です」
少女が思わず口に出してしまった言葉。それは彼女の名前なのかは本人ですら分からなかったが、自分の数少ない存在証拠であるために、そうであるかもしれないと思い始めていた。
「そうなのかな……?」
ともえはいい名前と言われたことを素直にうれしく受け取ったようで、先ほどの暗さはほとんど感じられない、ひき笑いをしている。
「よろしくです。ご主人様」
「まぁいっか」
自分の名前の真偽を確認するよりも、目の前にいる相手を優先させる方が重要だと思ったともえは踵を返すと、イエイヌに向き直り手を差し出す。
「こちらこそ。イエイヌちゃん。それと、あたしは多分、ご主人様じゃないと思うよ」
「いえいえ。私はヒトに使えて、役に立つための存在です。ご主人様からはどこか懐かしい、ヒトの匂いがします」
「それでも、ご主人様っていうのはやめてほしいな」
ともえが求めているのは主従関係ではなかった。記憶喪失で道も分からず襲われかけた彼女を助けてくれた相手に取れる態度でもなかった。それに、素直に彼女も"ともだち"として接したいという気持ちも重なっての事だろう。
「分かりました。ともえさん」
ともえとイエイヌは満面の笑みで互いの手を握り合ったのだった。
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第1.04話 「きおくのかなた④」
――――ギュルル......
ともえのお腹が救難信号を発したようで、滞りなくその音が聞こえる。恥ずかしさのあまりともえの顔は満面朱を注ぎ*1、両手でお腹を抱えていた。
「お腹がすいているんですか」
イエイヌは役に立つためのチャンスだと思ったのかとてもうれしそうである。ともえは謎のカプセルの中から出てきてから、一度も水や食事をとっていなかった。そのため、お腹がなってしまうのもしようがない事に思える。しかしながら、思春期真っただ中な少女にとって、鳴ってしまうというのは大人が感じるよりも十二分に恥ずかしいことであり、本人にとってはあまりうれしいものでもなさそうである。
「うぅ~。そういえば何も食べていなかった」
自分のお腹を睨みつけて諫めようとするともえの意図は自身のお腹には伝わらないようで、二回目がなり始めていた。その鳴り様は余程の期間、何も食べていなかったようである。
「少し待ってください。確かここら辺に」
ともえの役に立とうと、イエイヌは地面の匂いを嗅ぎ始めた。そして、右往左往しながらも、ある一定地点を見定めると、必死にその場所の地面を掘り返していた。砂が周辺に飛び散り、山が形成されるぐらい堀り終えた所でイエイヌは手を止めた。
掘り起こした地面の中からはビニール袋が顔を出したのだ。その袋を持ち上げると中に、ごろごろと紙包みに囲まれた楕円形が見て取れた。その下には、ともえが眠っていたカプセルと同じ、虹色の正方形の結晶がしかれている。
「よければですが、私のじゃぱりまんを差し上げます」
ともえはイエイヌが食べ物を地面の中から掘り起こしたことに違和感を覚えたが、イエイヌの必死な態度にどうでもよく感じたようで、ともえは気にしないことにした。それよりも、袋の中に入っているじゃぱりまんと呼ばれる肉まんのようなものは、見たこともないパッケージをしていてともえの興味を引いた。
「これが……じゃぱりまん?」
イエイヌは袋の中からじゃぱりまんを二つ取り出すと袋にくるめて、再び穴に入れ、足で砂をかけなおす。そして、ともえのもとに戻ってくると、二つあるうちの片方をともえに差し出した。
「はい。外はふわふわで、中はぎゅぎゅっとしています」
ともえがじゃぱりまん受け取ると、イエイヌは口いっぱいに皮の部分にかぶりつく。口元から油がはち切れんばかりにしみだし、口で具を逃さないように更に追い込む。玉葱もどき*2の絶妙なシャキシャキと肉のホクホクさが皮を被った傑物にイエイヌはよだれをとどめることを知らないようだ。
「ありがとう」
本当に美味しそうにジャパリマンを
「うーん。おいしー」
頬っぺたを抑えこみ、至福の時を味わうともえ。ほくほくしたものが口を通り、胃の中へと通過する快感。それはたまらなく、少女たちの胃の中をあっという間に満たしていく。まさに悪魔の食べ物であった。
「他のフレンズの皆さんも食べているんですよ」
食べ終わり、一息つくと、イエイヌはまだ食べているともえにそう投げかけた。フレンズという聞きなれない言葉にともえは不可思議そうにそのことを考える。皆さんということはイエイヌの仲間たちなのだろうかと、ともえはしっくりする解を頭の中ではじき出した。
「フレンズ……それってイエイヌちゃんみたいな子のことをいうの?」
ともえはモグモグと口の側壁に肉片を避けながら喋る。彼女の顔は美味佳肴なじゃぱりまんにお腹の虫も鳴りやみ、満足げな顔でいる。お腹がすけばどんなものでも美味しく感じれるというのがまさにこの状態である。実際にじゃぱりまんは美味しかったのだろうと憶測で物を語るしかできないのだが。
「はい。私以外にもたくさんのフレンズの方がいらっしゃいます」
ともえも食べ終わると、安堵をつき、お腹周りを撫でまわして満足そうにしている。
「へぇ~。たくさんのフレンズちゃんかぁ~。見てみたいなぁ」
食べ物に対するよだれとは別のよだれが若し少女の口元から微妙に垂れ落ちているが、咄嗟に気が付き首を降りしきる。
「私が案内いたしましょうか?」
イエイヌはともえの要望をかなえようと、ともえに顔を近づけて尻尾を振っている。
「そんな、悪いよ」
手をメトロノームのようにしてイエイヌの提案を遠慮するとイエイヌは構わず前のめりの強気の姿勢で役に立つという一つのことを成し遂げようと躍起になる。
「いえいえ。ヒトの役に立つのが私の使命なので」
ともえは迷惑でないのかと察すると目の前の無邪気な少女の提案を受け入れようと少し表情を明るくし、イエイヌをよしよしと撫でる。ともえにとっては先ほど慰められたお返しみたいなものなのであるが、イエイヌは嬉しそうに更に尻尾を振っている。
「じゃあ申し訳ないけど、お言葉に甘えちゃおうかな?」
「はい」
威勢のいい少女の声を合図に、ともえとイエイヌの二人の少女は茂みを後にする。不安や恐怖などの負の感情はイエイヌというはっちゃけた存在と中和し、ともえは冒険心を高ぶらせている。二人の影が森の暗中から草原の日の光の中に出ていく光景が、目の前で煌めいていた。
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第1.05話 「きおくのかなた⑤」
草原は所々にギャップがあった景色で無くなり、気高くそびえたつ草に覆いつくされた大地は、一言で集約するのであれば、サバナという言葉がぴったりな場所であった。サバンナ、あるいはサバナとはドイツ学者のケッペンが植生分布に基づいて区分けしたうちの一つであり、林は少なく、しかしながら、高い草が生い茂る場所である。
一際、背が高く、サバンナ全体を見渡す、サバンナアカシアの木が点在するのみで、他は茎が太い、エレファントグラス*1しか存在しない。生い茂る草たちは押しのけるが、二人の身長の二倍ほどの草のまえでは視覚も奪われてしまっている。
しかしながら、イエイヌが草を掻き分けてともえを先導して、時々、後ろを振り返っては目配りも欠かさないでいる。そのおかげで、スムーズに動けているようだが、ともえは幾分の時が目を覚ます前から立っているせいか、はたまた、ずっと動いていなかったからか、彼女の体は運動不足の症状に悩まされている。
「はぁはぁ……」
ともえは息を切らしているのをイエイヌは目の前で待っている。ただ、沈黙と目線のエールを送りつつ。
「ごめんね……イエイヌちゃん」
ともえはイエイヌの穏やかな笑顔に無理やり笑顔を返す。その顔をみてか、彼女の不安を取り払おうとイエイヌは言葉をかける。
「いえいえ。フレンズによって得意なことは違いますから」
優しく甘い言葉は少女にとって、多少なりとも、救済になったのだろうか。ともえの顔は、辛そうな顔から、邪念が弱まり、もう少し頑張ろうという意欲が見て取れる。
「もう少しで、休憩できる場所につくので、私がおぶっていきましょうか?」
イエイヌは最初は自力で頑張ろうとするともえの気持ちを汲み取り、あえて何も手を貸そうとはしてこなかったが、四苦八苦する彼女の姿からか、心配そうに最善策を提案する。ともえは自分では疲弊しきった体を足腰で何とか保っている。周りで騒然と立つ草のような気力は残されていないように見える。その閉鎖的環境に加えて、日照りという障害が、彼女たちを蒸し返すように煽っている。
「大丈夫。頑張れるから」
少女の眼に篝火がともったように感じられた。イエイヌはその微細な決心を受けたかのように再びともえの先を歩き出す。ともえもならって重たい足を前へ前へと進める。彼女は黙々とイエイヌの後を付いていき、息を切らしながらも、前をかき分けていくと、目の前から壁が取り払われ、広々とした空間が現れた。そこは一つのアカシアとため池のある、サバンナのオアシス――文字通りの憩いの場所であった。
「とうちゃくーー」
目の前からスライディングする形で、木の周りに敷かれた、枯草の絨毯にうもれる。イエイヌも疲れていたようで、舌を出して、口呼吸を繰り返している。カバーが幾重にも破かれたソファーがそこにはあり、刻み込まれた傷が何回も上から引っ掛かれた木の板が紐でくくって掛けられていたり、三本足のガラクタの椅子があちらこちらに散乱している。*2
「ふぅ」
足をだらんとだらしなく遊ばせると木陰の中で天を見つめる。すると、棘のついた不思議な枝が彼女の目にとまった。彼女にとっては不思議な木だったのだろう。目を輝かせて観察する。どのように分かれ目があるのだろうかと、入念に、真剣なまなざしでスケッチブックにその風景を描きとめようと、開いてスケッチを始める。
「のどが渇きましたね。そこに水があるので、ともえさんも飲みましょう」
ともえはイエイヌのその声で我に返り、自分の喉が渇ききっていることを自覚したようで、「あたしも行く」とイエイヌに伝えるとイエイヌの後を追いかけて水辺へと向かったのであった。
水を啜るイエイヌ。ともえは対して水を手で汲み上げ口元へと運ぶ。イエイヌもそれを真似をして、手で水を持ち上げようとするがすくった水は手を離れて顔面に直撃してしまう。
イエイヌは上手く真似ができなかったことを少し恥ずかしそうにしていると、ともえもイエイヌと同じように洗顔するように顔に水を打ち付ける。炎天下のサバンナに涼しい空間がそこには広がっている。二人は互いに濡れた顔を見て無邪気に笑いあった。その笑いは本当に無邪気だったのか、そよ風が二人の合間を駆け抜けていったのだった。
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第1.06話 「きおくのかなた⑥」
そういう印象を与えてしまった場合、この場で謝罪いたします。
説明シーンを吹っ飛ばしておりましたので、展開が謎なことになっておりました……
PC画面で見ないと崩れるのでPCで見てくださればありがたいです。
「そういえば、さっきの化け物もフレンズなの?」
息が切れて死にかけていたともえは木陰の下で珍しいのか景色をスケッチしている。その繊細なタッチは見事に才能としか言いようがなく、色鉛筆だけで出せる色には見えなかった。
「いえ。あれはセルリアンといってフレンズを襲ってくる危ないヤツです」
息を整え終わりつつあるイエイヌはともえの後から絵が出来ていくのを見ていた。ただ、邪魔にはならないように後ろから覗く程度である。
「じゃあじゃあ、襲われた時は逃げるしかないの?」
筆を止めて、ともえは顔をしかめる。あの化け物の前では逃げるしかないという事実は彼女にとっては恐怖の代名詞以外ではなかろう。先程、追いかけられた恐怖からか、少しばかり手が震えている。小刻みに振動する手をイエイヌは両手で強く、優しく握りしめると、諭した。
「いいえ。セルリアンには石が付いていて、そこを叩かれるとパッカーンってなります」
パッカーンの部分を大げさなジェスチャーで表すと、その大袈裟な態度にともえの笑顔は回復していった。イエイヌの顔と動作がおもしろかったのだろう。
「ぱっかーんとな」
ともえの負の観念は取り払われたようで、安心しきったように一息をつくとスケッチに没頭する。すると、何かがフラッシュバックするようにともえに襲い掛かってきたのだ。
―――………も…え
郷愁さ。ともえの感じたものはそれであった。知らない景色。知らない影。何が起こっているのか分からなかったようだが、ただ、自分の居場所の言葉だけははっきりと思い出すことができた。
「……おうち……パパ……ママ……」
ともえは単語をブツブツと呟き、スケッチブックの筆が完全に止まり、今では震えていた。
「ともえさん?」
再び震え始めた手を見てイエイヌは心配そうにする。
「ねぇ、イエイヌちゃん」
少し重苦しい雰囲気で言葉を発するともえ。
「はい。なんでしょうか」
少し聞きにくそうにするともえに明るく対応するイエイヌ。
「あたし以外にヒトってみたことあるの?」
ともえの質問の意図は考えるよりも明白であった。ともえの心の中で訴える記憶は自分以外のヒトがいたという曖昧ながらもしっかりとした事実を付き続けている。ここで留意するが、ともえにとってイエイヌが仲間ではないと言いたいのではない。ただ、ともえ自身の生みの親とかつての居場所があったという不確かながらも、どこかしかは信じることができる本能が知りたがっていたのであった。
「いいえ。私の記憶ではフレンズになって初めての気がします」
イエイヌも嘘をつく訳にもいかず正直に答える。
「そう……」
悲しそうにともえは顔を俯かせる。そして、少し躊躇するように言葉をつなげた。
「あたしね、何となくなんだけど、おうちを探しているんだと思う」
一言一言ゆっくりと、ともえは空虚な空に記憶を回想する。それは判然としない、何となくである。存在しないかもしれない根拠で自分の存在理由を定義づける。
「おうちですか?」
やはり、この言葉も聞きなれないらしく、目新しさを感じたのかイエイヌはその言葉をオウム返しにする。
「そう。あたし以外にヒトがいる所」
何処にあるのか、果たして本当に存在するのか。不安が募るともえの心中は暗いものであった。ともえ自身、記憶があやふやな自分を信じていいかもわからず、ただ
「いっぱいですか?」
イエイヌはヒトがいる場所と聞いて、耳をばたつかせていた。ヒトの話題は彼女に多幸感を与えているよう。その嬉しそうなイエイヌの顔にともえはしっとりとした笑顔を向ける。
「そう、いっぱい」
優しく朗らかで、どこか物寂しい。ともえの受け答えから見えるものは二つの二律背反の感情であった。
「それは素晴らしい場所ですね」
理想郷。ユートピア。桃源郷。極楽。楽園。アヴァロン。パラダイス。何とでも言い換えれる。それが、存在するのか否かはともえには別問題であった。机上の空論で終わるもの。それに執着するか、しないか。
「そうだね……」
それは、少し落胆しているようでどこか安心している声であった。
「分かりました!フレンズの案内のついでに、このエリアの出口まで案内します」
威勢よくともえの隣で仁王立ちするイエイヌ。その姿は逆光で大きく偉大なもののように感じる。
「そこまでしてもらわなくていいよ~」
ともえは命の恩人にそこまでしてもらう気はさらさらなかった。流れで一緒に来てしまった上に、使命感でしてもらっていることで、悪い気がしていたからである。それに、そんなものないのかもしれないという不安が一番の理由だろう。
「どうしてですか?」
単純な疑問。
「もしかしたら、ないのかもしれないよ?」
ともえはイエイヌの顔を見る。森林から出て、この場所に来て、たった少しで死にかけていた。それでイエイヌに迷惑をかけ、なおかつ、セルリアンという一人では太刀打ちできない存在がいる。曖昧なそれに拘って、外を目指すか。それは幻想だと思い込んで、引きこもるか。草が二人の前でゆらゆらと流麗な波を描き、ともえの悩みを軽くしようと努めている。イエイヌも同じように。
「大丈夫です!ヒトを見たことあるっていうフレンズは何人もいますから、おうちもきっと探せば見つかりますよ。私もそんな予感がしますから」
イエイヌは素の感覚をともえに伝える。嘘やはったりではない。しっかりと前を向いた、堂々たる視線だ。世界の広さを凝視するそのオッドアイは、大丈夫だと言っているようにも見える。
「でも記憶にないって……」
フォローはしなくてもいいよ。ともえは何となく、イエイヌの言葉に不安を覚えたのだ。ともえにとって嘘であったとしてもそう信じたほうが楽なのかもしれない。それは自明の理である。命題の排反が真であれば、その命題が真であるように。物理法則が不変であるように。*1
「そうですね。あんまりてきとーな事は言えないですけど、実は、ずっと前、私にヒトのご主人様がいた気がするんです」
イエイヌの目線は変わらない。遠くに見える山と空の合間をずっと見定めている。ともえはその顔に嘘でないことを確信したようで、変に勘ぐってしまい、何かを疑っていた自分の愚かさで、イエイヌでは見えない所で、羞恥を感じているようであった。自責の念を抑え込み、世界を見据える少女にともえは同調するように尋ねる。
「気がする?」
ともえの言葉を合図に小さな脳で必死に考えた悩みを彼女に伝えようとしたらしく、イエイヌは躊躇いが完全に消失したようだった。フレンズ達は基本的に本能のまま、自分らしさのまま、死に至る病*2を抱えずに生きている。それでも、中には知恵の実を食べたフレンズもいる。イエイヌはちょうどそんなけものなのだろう。
フレンズ化によってどこまでが人間で、どこまでが人間なのかは資料や調査でも少ししか判明していない。その境界は曖昧なのだ。しかし、イエイヌは人の考えを察することができると推察される。
「はっきりとは覚えていないんですけど、なんだか、ともえさんに似てる気がするんです」
遠方を見上げていた目はともえに向き直っていた。その彼女の空漠たる笑顔はうす暗い記憶の端くれが纏わりついて離れない亡霊のように思われた。
「そうなんだ」
ともえはイエイヌの言葉を否定せずに同意する。ともえ自身の記憶に彼女の主人であった記憶もないし、イエイヌと初めて会ったはずである。しかし、イエイヌが言った言葉に自分が抱えていた不安が急に馬鹿らしくなったようで、不敵な笑みを浮かべている。
しだいに、小さかった笑い声はだんだんと大きくなると、イエイヌにも聞こえる声になった。イエイヌはビックリしているようだが、ともえはお構いなしに笑い続ける。相当おかしかったのだろう。めそめそと弱気だった自分が。彼女の無邪気な笑い声が風に吹かれて、雲のように草原中を駆け抜けた。
「どうしました。ともえさん?」
ともえの唐突な笑い声に動揺するイエイヌ。ゆらゆらと揺れる木の枝も一緒に笑みを浮かべている。考えすぎてともえは空回りしていたのだ。恐怖に打ち負け、絶望に浸っていたのだ。それがどうしても自分らしくなくって、それに本気で笑っているのだ。
「なんていうか、今までの自分が自分らしくなかったなぁっていうか~、ちょっと弱気になりすぎてったいうのかな~」
知らない場所、知らない人物。そして、謎の異形物に追われた恐怖、イエイヌの足を引っ張っていた自分への引け目。様々な思いがいっきに流れ込み、彼女の人格というダムを破壊していったのだった。
そんな自分の行動と言動を振り返り自嘲するともえ。そして、イエイヌを両手で包み込み、優しく抱きかかえる。数年ぶりに再会した姉妹のような光景がそこにあった。邪念が存在しない純粋な空気。あたりに漂っているものはまさに夏みかんのような甘酸っぱいものであった。
「わっ」
深く深く。クローズに。イエイヌもともえの気がすむように何もしず、静かにしている。
「励ましてくれて、ありがとね。イエイヌちゃん」
優しい光に包まれて、二人の影は一つになった。何も言わない。ただただ、沈黙の中、互いの心が通じ合ったようであった。
そんな時であった。目の前の草が勢いよく揺れ始めたのである。何かがやってくる予感。イエイヌは鼻で何かをかぎ取ったようで立ち上がった。ともえも同じように立ち上がり、騒ぎ立てる草をじっと見つめるのであった。
イエイヌ
四本足で歩きまして、とってもモフモフしていますよね
頭が良くて、人類が誕生してから、一番、付き合いがながいどうぶつなんじゃないんですかね
イヌは……人間よりも汗腺が少ないので、舌をだして体温を調節をしているんですよね
人間よりも体温調節が早かったりするんですよね
玉葱とかチョコレートがたべられないんですけど、そういう所もかわいいですし
おしりをこすって自分の縄張りを主張するところもかわいいですよね
いわたおねえさん
ここに出てくる人物はフィクションです。
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第1.07話 「きおくのかなた⑦」
直接、飛べるように、あとがきにてURLを記載しておきます。
動物紹介は一期のおねえさん、おにいさんをりすぺくとしてお送りしていますが、オリジナル路線も行こうかなぁと思っています。
PCで見ないと崩れるかも。
カラカル
カラァカル……はですね、乾燥したところがすきでしてぇ
黒い耳が特徴でしてぇ……なんといぅのでしょう……
ジャンプ力ぅ……ですかねぇ
人間よりもぉ、高く飛べるんですねぇ
それを使ってぇ、空で飛んでいる鳥を捉えたりぃ
体の大きな動物も狩ることができるんですよねぇ
その中でもですねぇ……オスはですねぇ
縄張りが広いんですよねぇ やまねおにいさん
激しく揺れる草。それを掻き分けて何かがこちらにやってくる。聴覚と視覚で暗雲を捉えたともえは体を身構える。セルリアンの映像。彼女の脳裏に真っ先にそれが映ったようで、汗をだらしなく垂らしている。風向きは今までとは反対側に吹き始め、空もあわただしく変動している。
ばたつく草は急に止まると、中から何かが出てきたのだった。
「あら、イエイヌ。あなたが群れで行動するなんて珍しいわね」
草むらから現れたのは、セルリアンではなく、黒い耳*1をした橙色の短い髪とリボン。藍色の目の少女であった。ともえは一息ついて安心すると、目の前の少女の耳に目を奪われる。彼女はイエイヌと出会ったときも感じた好奇心に囚われて、近づくと、そつなく彼女の耳を触り始める。
「ちょっとちょっと。撫でないで。くすぐったい」
少女はこそばゆそうにしている。フレンズの耳には感触があるというのは今までの研究でも分かっているが、どうしてそこに至るのかは、ビッグバンがなぜ起こったのかと同様な段階の疑問だというのが、現在の通念である。
「あっ。ごめんなさい。少し感触を確かめたくって」
ともえは我に返るとぱっと手を耳から話す。少女は気恥ずかしく自分で耳を触りなおすと、ともえの言った言動に少し、何か動物的本能な身の危険を感じたのだろう。目の前で僥倖に浸るともえを何とも言えない目で見ている。
「感触!?まぁ別にいいけど。私はカラカルよ。あなた。耳がないなんて珍しいフレンズね」
カラカルは珍しさで触ってきたのだろうからと、触られたことにあまり気にしていない様子である。あるいは、こういうことに慣れているかのどちらかだろう。
「あたしはともえと申します」
ともえはスケッチブックをわきに抱え、帽子を取って、軽くお辞儀をする。記憶がないはずなのだが、こういう礼儀的作法は体に染み付いているようであった。フレンズも動物の時の習慣がフレンズ化した後も顕著に現れるように。
「カラカルさん。ともえさんはヒトなんですよ」
イエイヌは彼女と以前からの知り合いらしく、気さくに言葉を交わしている。
「ええっ。ヒトってあの⁉︎」
カラカルは大っぴらに動揺している。ヒトというものがどれほど珍しいのか反応だけでともえは分かってしまったようだが、ともえは場の空気を気遣ってか顔には出さない。
「そういえばカラカルさんはヒトの記憶があるんでしたっけ?なんでも、旅をしたとか」
イエイヌはともえのおうちの情報の手がかりを探すために尋ねている姿を申し訳なさそうに見つめるともえ。彼女はイエイヌだけにまかせっきりにさせてしまってはいけないという思いからか、二人の会話の合間に入る。
「もしかして、あたし以外にヒトに会ったことがあるんですか?」
ヒトに会った貴重なフレンズ。ともえがそれを聞き逃すはずもなく、目的の情報を手に入れようとする。
「そういえばそんなことをあなたに話した気がするわね。でも、それは微かに覚えているってだけだし。それに、今の私にはね……」
カラカルはあまり歯切れの悪い回答をする。つまり、確証を得られる情報ではないということである。イエイヌもカラカルも会った気がする。ともえも居たような気がすると誰もが、そもそもヒトというものが存在するかも分からないような状況である。
「そういえば、イエイヌ。あれほど待ってたご主人様が現れてよかったわね」
カラカルは話を転換させ、イエイヌに話を振る。イエイヌはともえを見ると、済まなそうに口を覚束なくさせている。
「いいえ。ともえさんは記憶にあるご主人様とはどうやら違うようです。それに、ともえさんはともえさんです」
イエイヌはご主人様という概念以前にともえというヒトとは隔絶された存在であることを強調する。ともえは嬉しさの反面、イエイヌのご主人ではなかった自分を悔い、申し訳なさを募らせているようだった。
「なんか、ごめんね」
風は先ほどよりもやわらぎ、暑さがもわんと、彼女たちに襲い掛かる。だが、木陰と水場が近くにあるからか、一帯はひんやりとしていた。
「ともえさんが謝る必要は無いんですよ」
イエイヌはともえは悪ではないからと、彼女の揺蕩う気持ちを無上に抑えるように諫める。
「そうです。そうです。ともえさん。ともえさん。カラカルさんは凄いお姉さんで、私に色々と教えてくださった素晴らしい方です」
気分を変えるように楽しい話題を提供するイエイヌ。純粋無垢な心意気がその発言には現れている。
「モフモフしているし、可愛いし、凄いフレンズちゃんなんだね」
ともえもその話題に乗る形で、カラカルの可愛さに対する本意を強調する。それは素からの発言だと考察しなくても分かるほどに、にこやかさを見せて言っている。接頭に謎の理由が付加されているが、ともえ本人にとってはそれだけで尊敬に値する価値があるのだろう。
「そんなに褒められると、なんていうか、少し恥ずかしいわね」
カラカルは顔を紅潮させて、まんざらでもなさそうな顔をしている。彼女は面倒見のよい性格と褒められるとあまりに喜ぶようで、フレンドリーな人物であるようだ。
「ともえさん。ともえさん。私、少し探したいものがあるのであっちの行ってます」
イエイヌは指を指して木の向こう側、水辺側に行きたいことを伝える。一人で何かを探しに行きたかったのだろう。木の裏側には先ほどは、水で気にはならなかったが、確かに、ガラクタの山のようなものがはみ出している。その中にイエイヌの私物があるのかもしれない。
「あ、うん」
イエイヌはともえの返事を聞くと、すぐさまに何かを探しに木の裏手へと消えていった。カラカルは心配そうな目で見つめている。
「少しいい?」
「はい。なんでしょう」
カラカルはともえに深刻そうな表情で話を切り出した。
「一応だけれども、言っておいた方がいいかなっと思ってね。自分の身は自分で守ること。これはジャパリパークの掟。なんでも、イエイヌを宛にしちゃダメよ。彼女、ただでさえ、貴方の言うことなら何でも聞いちゃいそうだし」
彼女の警告、もとい、注意ではある。やんわりとした口調の言葉ではあったが、ともえは様々な思い当たる節目がありすぎるせいか、少し目を見開くことはできないでいる。
「……はい。分かりました。」
踏ん張りが付かない返事。ともえはスケッチブックを強く握りしめていた。
「少しあの子が心配なだけだから。それにともえ。貴方もね」
カラカルは言い過ぎてしまったのかと不安を覚えたようで、言葉を補填する。
「あの」
ともえは少し震えているようで芯がある声を出す。
「なに?」
カラカルはそれに合わせるように、ふんわりとした羽衣のような声を出す。
「ありがとうございます」
ともえはお辞儀をする。その行動に少しばかり、カラカルも驚きを隠せていない様子である。
「お礼なんて言われるほどの事じゃないわ」
少し照れ恥ずかしそうに、ともえから視線を外す。その背中はともえには壮大な背中に映ったに違いなく、ともえのスケッチブックを持っている手は震えてはいなかった。
「ありましたー」
その時、イエイヌは溌溂とした声で笑顔を張り付けて帰ってきたようであった。手に真ん丸とした円形の板のようなものがあった。板ほど真っすぐではなく、少しく真ん中がくぼんでいる。そして橙色である。
「それは?」
「私の宝物です。ずっと持っていたものです」
思い出深そうにイエイヌはそれを握っている。それを懐かしそうに、見続けている。昔の記憶を重ねるように、じっくりと。
「落とさないように、ここに入れてく?」
ともえはイエイヌの大切なものと理解したらしく、背負っていたショルダーバッグを開封すると、中の空きを確認している。先程の、イエイヌにまかせっきりという言葉が、彼女の胸中にリフレインしているのだろう。
「じゃあ」
イエイヌはその好意に甘えて、ともえに思い出の品を渡す。その様子を傍目で見ていたカラカルは奇怪そうな目で見つめていた。自分の大切なモノ。それを渡すというのは、イエイヌとともえの間の絆の強さを見たからである。
「貴方たち、今日知り合ったばかりにしては、随分仲がいいわね」
それは当然の疑問であって、必然的に感じてしまう物だろう。まるで、以前からの付き合いがあるような、無駄のないチームワークであったのだから。
「どうしてでしょうね」
ともえは渋ったような言葉しか言いようがなかった。
「ともえさんは凄いからだと思います」
それに対してイエイヌはともえに絶大な信頼を置いているようである。凄いというのは、ともえが描いた絵のことだろうが、カラカルはそれを知る由はなさそうである。
「はいはい。そうね、そうね」
カラカルは受け流して柔和な対応をしている。イエイヌが凄いフレンズと言っていたのは、こうやって、他人を諭して、面倒見がいいことを言っているのだろう。
「そういえば、いつもの皆さんは」
いつもの皆さんという単語。他には誰かがここに集まってくるのだろう。キョロキョロとイエイヌは周りを確認している。すると、それに共鳴したかのように、再び草が揺れ始める。ともえは今度こそセルリアンかと、イエイヌの前に立つ。
カラカルとイエイヌは身構えていないことにともえは気が付いていないようだった。颯爽と草が倒れていき、道が出来ているのが遠目からでも見て取れる。その影も捉えぬ速さは、一瞬、何がやってきたのか分からなくさせる。
「ぬぅ~」
ばさりと二つの白い角が目の前に現れ着地する。韋駄天かとも思わせる一世を風靡する走り様は流石としか形容しがたいものである。
「わぁ」
ともえはそれに圧巻して声が出てしまう程であった。白色のブレザーとスカートをはき、純白の首巻をちらつかせ、手にはアーチ形の何かを持っている少女がそこにあった。
「ちょっと、オグロヌー!置いてかないでよー」
その少女を追いかけるようにして遠方からもう一人の少女の声が聞こえてくる。息を切らしているようで、言葉に力強さを感じさせない。カラカルとイエイヌは驚いていないが、ともえだけは目を見開かせて固まっている。
「あれあれ。貴方、見かけない顔ね。どこのフレンズ?私、オグロヌー*2っていうんだけど。私、こう見えてもすんごく速いんだ。」
「えっと……」
ともえはあまりの速さに頭が追い付いていないでいた。オグロヌーの早口で情報を多く詰め込まれた一方的なマシンガントークにともえの脳内はショートを起こしかけて、白煙を頭から噴出しかけている。彼女の達者な口はとどまることを知らないようである。
「貴方も足が速いフレンズ?それにしても貴方は耳もないわね。あれあれ?その四角いのってなに、なに。見せて。貸して。触らして~」
オグロヌーはスケッチブックに興味を示すと、更に好奇心は加速していくばかりで、既に暴走列車と化していた。ともえもされるがままにその言葉のキャッチボールが出来ないことに思考停止しかけている。
その様子に助け船を出すように、カラカルは二人の間に割って入り、オグロヌーの暴走を止めようと白手袋をした手を出す。
「はいはい。オグロヌー。そこまでにしてあげて」
カラカルが止めたときには遅く、ともえは目を回している。イエイヌはともえが倒れかける瞬間に肩を即座に持ち態勢を整えさせようとしている。
「あら、カラカルさん。先にいらしてたんですか。チャップシマウマちゃん*3も一緒なんですけど……あれ?」
オグロヌーは後ろを振り返った。そこには彼女が先ほど、通ってきた場所で、勢い余って走ったせいか、草が倒されて道が出来ている。そこにものすごい荒い息遣いをする音が近付いてくるのが分かった。
「……はぁはぁ。オグロヌー……。後先考えずに行動するから……そうなるのよ」
ひざ丈までしかない白色のカーゴパンツに白シャツ、白いスニーカー。黒と白の縞々の髪の少女が中腰で息を切らして立っている。先程のともえと同じように死にかけており、立っているのが辛そうであった。きっと、オグロヌーがあまりに速く走るために追いつくのに必死に走ったのだろうと思われる。
チャップシマウマはオグロヌーの顔を見ると安心したようにその場に倒れる。
「バタンキュー……」
「チャップシマウマちゃん!?」
少女の安らかな表情がそこにはあった。この世に未練のない、幸せな表情は木陰で安らかに息をつく。その顔はそよ風も嫉妬してしまうくらいのとびきりの爽やかな表情であった。
【使用させていただいたURL】
オグロヌー©けものフレンズ http://bit.ly/blue-wildebeest
チャップマンシマウマ©けものフレンズ http://bit.ly/chapmans-zebura
第1.5話「ぼうし」 by ばるばんさーさん [pixive] http://bit.ly/episode1-5
台詞を先に書いて後に文章を書いていく形をとっていると、汚くなりますね……。
bitlyは別に怪しいリンクじゃないです。
実はオグロヌーちゃんはけものフレンズ2に出てきているので未登場ではありません。
オグロヌーちゃんもチャップシマウマちゃんも、どちらも、公式ガイドブックが初出です。
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第1.08話 「きおくのかなた⑧」
「それでおうちを探していまして」
ともえは今までの経緯と自分たちが目指している「おうち」のことをカラカルたちに伝える。情報を多く手に入れて旅の危険を少なくしようという、ともえの気遣いがそこに、見て取れる。イエイヌは相変わらず、尻尾を愉快に振っている。
「おうちねぇ。ヒトがいっぱいいる場所かぁ……」
カラカルは何か思いこむように考える。ヒトの記憶を持つ、数少ないフレンズにはどこか思いいたる所があったようで、何かを模索しているようであった。
「おうちだって!?おうち!ヒトがいっぱい!そんなの見たことないよ~。きっと、すんごく面白いんだろうね、チャップシマウマちゃん」
それとは、正反対に「おうち」という未知の単語に心を弾ませて、臨界点に達しそうなオグロヌーはチャップシマウマちゃんに余白を埋め尽くす言葉を送っている。彼女の好奇心旺盛な性格は人一倍強いのか、目を煌びやかにさせている。
「もう。オグロヌーはー。あんまり、はしゃがないの」
怒っているようで、少し、安心した声でチャップシマウマはオグロヌーの奇行を優しく抑え込んでいる。もしも、この場にチャップシマウマの存在がなかったら、今にも、飛び出して、光速で駆け抜けていきそうなぐらいの破竹の勢いがあり、猪突猛進しそうである。
「さっきはごめんね。チャップシマウマちゃん」
オグロヌーはチャップシマウマに謝る姿の傍らで、カラカルは何かを思案し続けているらしく、顔を俯かせてじっと地面を凝視している。その姿を、横からともえもイエイヌもじっと待ち続けている。
「やっぱり図書館に行くのがいいんじゃないかしら」
考え抜いて出した結論はともえには意外な答えであり、目を見張らせている。
「図書館ですか?」
ともえはどことなく知っているようで、切れがいい発音をする。図書館。イエイヌは珍しい単語にまたもや頭をかしげていた。
「そっ。川を越えた向こうにね」
カラカルが指を指し示す方角は草で覆いつくされており、藍色にぶち当たる。その左側には、ともえが最初に目撃した山色がそこで主張し続けている。遠いようで近いその場所。ともえは何を思ったのか、背負っているショルダーバッグの紐を強く握りしめた。
「そこにいけば他のヒトの居場所が分かるんですか」
「多分……ここにいるよりかは」
カラカルは問い詰められると自分に自信が持てない性格らしく、またもあやふや物言いをする。こういうことは苦手なのだろう。
「図書館なら、カラカルさんに連れられて、行ったことあるよー」
雲行きの怪しさに敏感なオグロヌーはカラカルをフォローする形で会話に入ってくる。カラカルはどうやら、何回か図書館に行っているらしく、ともえは納得している。
「どんな場所なんですかね」
「ぬぅ~とねぇ~。なんか、ずっこーんって感じで、ぬっこーんて感じで、あとあと、がっこーんて感じ」
オグロヌーは主語や述語の使い方という概念、全般を知らないかのような受け答えをする。オノマトペが言語の大半を占めていて、ジェスチャーだけで物事を伝えることと同格のように感じられる。
「オグロヌー。それじゃあ何にも伝わってないじゃない……」
ため息交じりにカラカルはオグロヌーの肩に優しく手をのせる。
「そういえば、カラカルさん。図書館で"えほん"っていうのを借りていませんでしたっけ」
チャップシマウマは思い出したかのように図書館での出来事を伝える。またもや、聞きなれない単語に更に目を回すイエイヌ。見たことがある他のフレンズ達はそれほど疑問視はしていなさそうではある。
「あぁ……そういえば。ここら辺に……」
カラカルもその一言に連動して、木の根元に置かれたガラクタを漁り始める。そこには四季折々、古今東西を混ぜ合わせた錬成物のような不規則性が見て取れた。そうはいってもしっかりと断層のようになっており、所々は綺麗になっているようではある。それは、以前は整理されていたが、出し入れされている過程を得て、ぐちゃぐちゃになっていることを物語っていた。
「あのぉ。これ、出しにくくないですか」
ともえもそのカオスな山を見て違和感を覚えているようであった。雑に置かれたそれらは取り出したり、まして、物を探すのに時間がかかってしまうのは明らかだ。先程、イエイヌも自分の宝物を掘り当てるのにずいぶん苦労したのだろう。
「まぁ……そうね」
カラカルは山を撫で上げるように、一つ一つ手でかぎ分けている。黙々と作業をする様を見てか、ともえを手伝う為にその場に入る。イエイヌもチャップマンシマウマもその輪に入り、荒れ狂った峰を引き離してく。
「それ、わたしのー。ぬぅー」
この山の大半のガラクタはオグロヌーのものらしく、オグロヌーも片付けに入る。ガラクタを紐解いていくと、どのような用途の物なのか分からないものから、明らかに壊れて使えないようなものまである。しかし、これらはオグロヌーにとっては大切なものなのだろう。
「これは一体、何に使う物なのよー」
チューブがはみ出たタイヤをチャップシマウマは持ち上げる。だらしなく垂れるゴムは水が入っていたらしく雫が滴り落ちる。
「ごめんね。チャップシマウマちゃん」
オグロヌーはタイヤを受け取ると自身の横にどけるように置く。他のフレンズ達もえほんを探すために山をどかしているに過ぎず、余計に散らかっていくのは目に見えている。ともえは危機感を募らせたのか、チャップシマウマに声をかけた
「あのぉ」
「なーに?」
チャップシマウマは看板の残滓を持ち上げているところであった。
「これって、どうやって分けてるんですか」
ともえは散らかり続ける床を見ている。探し終えたらもう一度、元に戻すための時間が必要になって二度手間になることは明らかである。
「収まるように積み重ねているだけ。元の場所に戻してって言ってるのに」
チャップシマウマはオグロヌーをしょうがなさそうに見つめている。ともえは再び散乱しているものを見て、何かを考えているようであった。
「だってごちゃごちゃしてて、覚えられないんだもん。ぬぅー」
オグロヌーは悪意ではないことを主張している。確かに、何がどこにあるというのを覚えるのは大変で、整理整頓しても元通りに戻すのは一苦労であるが、積み重ねるだけ積み重ねるということがもっと困難にさせているようであった。
「ちょっと待ってください」
ともえは何かを思いついたようで、スケッチブックを手に取るとページをめくり始める。その声につられてか、皆の目線がともえの方を向く。
「さっきの四角いのだー」
スケッチブックに興味を惹かれていたオグロヌーは目を輝かせる。ともえは何かを書き終えるとスケッチブックの針金からページを一枚剥ぎ取り、そして、それに折り目を付けると広げて、破って分け始める。その断片を皆の目の前に持ってくるのであった。
「これを目印にして、片付けるようにしてみてはいかがでしょう。丸い印に丸いものを、四角い印に四角いものをって要領で」
そこに描かれていたのは円と四角形である。ともえは片付けるときに、物の形に注目して分けることで分かりやすくしようとしたのである。フレンズ達は見たこともなかった解決方法に興味をそそられているようで、目を丸くしてともえの周りに集まる。
「これはなにかの"もじ"かしら?」
カラカルは文字を知っているらしく、それに似ていることを指摘した。文字の定義がその描かれたものに意味が付加された時点で文字になる、ということであれば、ともえが描いたのは文字なのかもしれない。
「まぁ……似たようなものですが」
ともえは記憶が曖昧故に断定したことを言えないでいる。イエイヌは取り巻きの外でともえが皆に感激されているのを見て、嬉しそうにしている。
「でも、"もじ"は意味話が分からないけど、これは分かりやすーい」
オグロヌーは文字が理解できないらしく、それに対して、文字というより絵に近いこの印は視覚情報だけで判別できる点を評価しているようであった。見て分かるというのは、分かりやすいということであり、とても大事な事である。
一つの紙に描くことがどれほど大切なことなのかをともえは知ったようであり、それと同時に、自分なりの役立ち方をともえが学んだ瞬間だったのかもしれない。ともえの脳裏にはカラカルに言われた、あの言葉が反芻するように流れていたのだった。
片付けるというのは大変です。
私自身が子供の時、分かりやすくしまう場所を教えるために母親がシールを貼ってくれたことがありました。
こういう物も人類の英知の一部なのではと思っています。
ただ、貼りすぎるとタンスが大変なことになりますけど……
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第1.09話 「きおくのかなた⑨」
風に吹かれないように紙に石が置かれている。先端が流れる川のように円滑に揺れている。その近くで賑やかなお祭り騒ぎが聞こえる。水の音と草の揺れる音が根負けをするような喧騒。それは木を周回していき、このサバンナ中に飛び火しそうな勢いであった。
「ともえさん。これはどちらになるんでしょう」
イエイヌは愉快に形が異様なものを掲げる。錆び付いたパイプで、くねくねと曲がっている。持ち上げると鼻をツンとさせる、鉄の匂いが上がったようで、ともえは少ししかめ面をしていたが、片付けをしているさなかで清潔感を気にするのに限界が来たようで、ともえは何気なく素手でそれを貰っている。
「よく分からない形はこっちでまとめておくといいと思うよ」
丸いもの、四角いもの、それ以外。この三つで分けられていくガラクタ達。それらは綺麗に積み上げられていき、空間を形作っていく。ともえのアドバイスで、それぞれ、分担をして効率よく片付けられていく。
「わぁ。これ、懐かしいね、チャップシマウマちゃん」
オグロヌーは梯子を持ち上げている。木製の古めかしさが漂う梯子。足を掛けたら折れてもおかしくない様子であった。
「ほんとだ。オグロヌーと始めて、森の中に行ったときに拾ったやつだわ」
まじまじと梯子を見ながら郷愁に浸るチャップシマウマ。オグロヌーとチャップシマウマの二人にとっては、思い出の塊なのが見て取れる。そのせいで、二人の手は片付ける手が止まってしまっている。
「こーら。あんまり、思い出に気を取られてると整理できないわよ」
カラカルは二人の合間に入ると作業を進めるように急かす。
「「はーい」」
仲の良い息ぴったりの二人の声。二人は共鳴するように声を交わさず、片付けを再開する。それは一種のパフォーマンスのようなもので、順序良く片付けが加速していく。
「皆さん仲良しだね」
ともえは二人の姿を遠目から見つめていた。片付けに|邁進≪まいしん≫しているものの、重いものを運ぶのに苦労しているようであった。薄こげ茶のキャビネットを両手で持ち上げようとしている。
「台車か何かがあればよかったんだけど……」
ともえは息を切らしながら呟く。木を台車にしようとも草しかないこの場ではともえは無力でしかなかった。彼女は一息つくために座り込み、分厚く|聳≪そび≫えるキャビネットの壁を優しく|摩≪さす≫る。困り果てたともえを見たイエイヌは優しくともえの手を取ると、軽々と持ち上げる。
「ありがとう……」
ともえは悲哀な表情を浮かべる。自分のことは自分でやる。その思考にともえは囚われているようであった。イエイヌは何食わぬ顔で持ち上げる。その事態について少し考え込んでいる様子であった。
「いえいえ。こういうの得意ですから」
笑顔を向けるイエイヌの先には考え込むともえがいた。熱風が二人を包み込み、ともえの|顳顬≪こめかみ≫が発汗する。イエイヌは彼女に配慮してか座り込んで目線を合わせる。そして、満面の笑みを浮かべる。
「ともえさん。凄いですね。こんな事、考えたこともありませんでした」
本心からの感謝の言葉。純粋無垢なイエイヌに少女は嬉しく感じるとともに一抹の不安を抱く。
「あたし、役に立ってるかなぁ?」
役に立つ。ともえは不安であった。彼女自身の明るく向上心のある性格でも、見知らぬ大地の上では自身の常識に正しさを見出すことは難しい。それが不安という不定な感情に左右される原因でもあった。
「心配しなくても大丈夫ですよ」
イエイヌは笑顔を絶やさない。そして、急に立ち上がると手を仲睦まじく片付ける二人の影を指し示した。
「だって、皆、楽しそうなんですから」
煌びやかに奮闘するオグロヌーとチャップマンシマウマ。その姿は遠目からでも賑やかさを醸し出している。見るものを心地よくさせる空気がこの辺りを抱擁している。
急速になる風はともえの髪を靡かせる。イエイヌとともえは互いの目を見つめあった。
「そうよ。皆が嫌な顔しているように見える?」
いつから聞いていたのか、カラカルが会話へと入ってくる。ともえは再び、二人の姿を捉える。変わらぬ柔和な空間。役に立つことが他者を幸福にさせるという目的を帯びているのであれば、これは間違ってはいないだろう。ともえは朗らかな表情を見て自信を付けたようで、少女の笑顔が回復した。
「そうですね。とてもキラキラしてます」
自身に念を押すように細々と言う。その声はしっかりとイエイヌとカラカルには聞こえたようで、二人は自信げのある顔になっている。ともえも同調するかの如く、覚悟のできた顔をするのであった。
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