セイシュンリハーサル (蒼井 綾)
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図書館は寝る場所じゃない

息抜き、と言ったらあれですが短編を書いてみました。
よろしくお願いします。
メインは『From dawn to dusk.』なので、更新速度はあまり自信ありません。





 遂に迎えた高校最後の夏。

 義務教育ではないけれど、今では必然と誰もが通う3年間の高校生活に終止符を打つ最後の年。

 つい先日、私達はお世話になっていたライブハウス『SPACE』のファイナルライブを終わらせて完全に受験モードに切り替えたばかりだった。

 

 軽く背筋を伸ばして重たい腰を椅子から起こして、近くに置いていた鞄を取り、中に参考書やノートを入れていく。

 普段は家で勉強するかバンドメンバーと一緒にするのだけれど、今日は図書館でやりたい気分なのだ。

 

 

「お姉ちゃん、どこかに行くの?」

 

「あ、りみ。少しだけ図書館で勉強してくるね」

 

「うん、わかった」

 

「今日も有咲ちゃんのお家で練習?」

 

「うん!ライブが終わったばかりだけれど文化祭があるから、お姉ちゃんも勉強頑張ってね」

 

「ふふ、ありがとう。ポピパのライブ楽しみにしてるね」

 

 

 妹のりみと軽く会話を弾ませつつ、私は自分の部屋を後にしてお母さんに図書館で勉強してくる事を伝えてから玄関で靴を履く。

 今までならギターを背負っていたから靴を履き終えて、後ろに振り返っても大きいギターケースがあったけれど今は無い。

 代わりにあるものと言えば、参考書とノートがぎっしりと詰められた現実味溢れる鞄のみ。

 

 あの日々と少しだけ離れると考えると、しょうがないのだけれど何だか寂しいと感じる。

 

 

「遅くならないうちに帰ってきなさい」

 

「うん、わかってる。行ってきます」

 

「気を付けてね、お姉ちゃん!」

 

「りみも気を付けてね!」

 

 

 車の隣に止めておいてある自転車に駆け寄り、鍵を開けて重たい鞄を前のカゴに乗せる。

 何だか一気に肩が軽くなったせいで違和感を感じるけど、夏特有の暑さでやられてしまう前に涼しい図書館へ行こう。

 うちからさほど遠くなくて、ここら辺では大きいと有名な図書館へ。

 

 自転車を漕ぎ出せば、暑い日光は変わらないものの風が吹いて気持ちがいい。

 こんな風に思いっきり自転車に乗って自然を感じるのも、リフレッシュになるし時々走ろうかな。

 なんて思いながら、幾つもの曲がり道を過ぎて真っ直ぐと進んでいけば図書館が見えてくる。

 

 ここの図書館には中学生、高校生と約6年ほどお世話になっているからか受付のお姉さんとは顔見知り。

 作詞する時や楽器の本を見たくて借りたりしたのが多かったから、私が来るといつも音楽系の本を進めてくる優しい人。

 そして6年も通っていれば、お気に入りではないけれどこの図書館で一番人気が少なくて太陽の光がいっぱいに広がってる場所が一つだけある。

 

 そこが、私のお気に入りの場所。

 自転車を駐輪場に止めて鍵を閉め、入口を通ればエアコンが効いた涼しい風が外の熱で熱くなって汗をかいていた体をひんやりと冷ます。

 私は受付のお姉さんと目が合い、軽く会釈をしてから重たい鞄を持ってお気に入りの場所へと向かう。

 ただそこには、その席には既に先着がいた。

 

 しょうがない、図書館は公共の場だから今まで私一人だけ使えてたのが奇跡みたいなものだと思う。

 私は重たい鞄をテーブルに静かに置いてから隣に座ってもいいかを聞くために、群青色の表紙の本を読んでいる同い年ぐらいの男の子に話しかけてみた。

 

 

 

「…あの、お隣いいですか?」

 

「………。」

 

「……あの?」

 

「……え、あ、悪い。寝てた」

 

「…へ?」

 

「ここって気持ちいいよな、エアコンの風も効いてれば太陽の光もあるし寝るのに最適な空間」

 

「………。」

 

「アンタも寝に来たんだ?」

 

「違います」

 

「それは悪かった、んで何?」

 

「勉強したいので隣座ってもいいか確認を……」

 

 

 私がそう言うと男の子はポカーンっと口を開けたまま固まってしまう。

 そしてその数秒後、図書館だと言うのに大きな声で笑い出し始めた。

 すぐに図書館の方が来て一緒に私まで怒られてしまったのは、少々納得がいかないけれど。

 

 

「悪い、巻き込んだわ。でもアンタ律儀だな、いいぜ。座んなよ」

 

「…ありがとうございます」

 

「俺は寝てるから気にせず、どーぞ」

 

「……は、はぁ」

 

 

 確かにここは寝やすい環境ではあるんだろうけど、人が勉強してる隣で堂々と寝られるとこっちの集中力が切れてしまいそう。

 でも、私だって高校3年生で大学受験という最終学歴になる大切な受験を控えてるから勉強をやらないわけには行かない。

 

 隣で寝ているであろう男の子の事を一旦頭の外へと追い出し、参考書とノートを開いてシャーペンを走らせる。

 今解いてるのは数学、私の苦手分野の一つだ。

 

 

「何やってんの、それ」

 

「…え?大学受験の勉強です」

 

「ふーん、それって一般?」

 

「一応、でもまだ迷ってます」

 

「迷ってるってもう夏だぜ?」

 

「……海外の大学に行こうかなって迷ってて」

 

「へぇ、英語得意なのか?」

 

「凄くってわけじゃないですけど得意です」

 

「……大学受験ねぇ」

 

 

 何処か関係無さそうに言うけれど、私が見た限りじゃ同い年ぐらいだから彼も受験生じゃないのかな。

 だとしたら、こんな呑気に図書館を寝る場所にしてられない。

 先程あったばかりだと言うのに、私は多分同い年のはず……と思って小学校ぶりにお父さん以外の異性の人に勇気を出して話しかけてみた。

 

 

「受験勉強しないんですか?私の勝手な予想ですけど同い年な気がして」

 

「しない、俺スポーツ推薦」

 

「え、スポーツ得意なんですか!?」

 

「バスケだけ昔からやってる、あと敬語要らない」

 

「は、はい。じゃなくて、そうなんだ」

 

「そんで他に聞きたいことでもあるのかよ、そっちは受験勉強あるんだろ」

 

「あ、ううん。大丈夫、ありがとう」

 

 

 そっか、スポーツ推薦ならもう受験勉強っていう受験勉強をしないのかな。私には無縁の受験方法だから調べてさえいなくて分からないけれど。

 シャーペンを動かしながらチラッと見れば、彼は本から手を離して私の参考書を見てる。

 

 

 

「……えっと」

 

「悪い、初対面相手にやるもんじゃねぇな」

 

「ううん、驚いただけ。何かあった?」

 

「別に。良く集中してやってんなー程度」

 

「最終学歴だし、自分が行きたい所だから」

 

「ふーん」

 

 

 いや、興味があるのか無いのか微妙な反応をしないでほしい。

 私はとりあえず彼から目を離して、再び参考書に目を向けるけど苦手な分野なのもあって動きが止まる。

 あれ、これってどうやるんだっけ。

 

 

「ん」

 

「え?」

 

「この問題、上のこの方程式を最初に使って解いたら次の③に書かれてる方程式使う応用」

 

「…あ、ホントだ」

 

「ちゃんと読めよ、問題文の上に解き方のヒントとか普通に乗ってるぞ」

 

「……はい」

 

「しょんぼりしてないでさっさと解いちまえ」

 

 

 彼とは初対面のはず、だよね。

 一つ一つの言葉に刺があるわけじゃないけど、凄く馬鹿にされてる気がしてならない。

 でも、彼の言う通り落ち込んでないで早く1問でも解いていかないと。

 

 数学は確かに苦手な分野だけど全てができないわけじゃない。

 今解いてるのは高校2年でやった二次関数。これは得意だから自信あるし、ささっと終わらせて次に進もう。

 

 

「ストップ」

 

「え、何?」

 

「そこ間違えてる、3じゃなくて4だろ」

 

「え?どこ?」

 

「……はぁ、ルーズリーフとシャーペンくれ」

 

「…どうぞ」

 

 

 やっぱり上から目線な気がして、ちょっとムカつく。

 ルーズリーフとシャーペンを渡せば、私が最初に書いた式を書いてサラサラと問題を解いていく。

 偶に参考書に書かれてる方程式を間違えてないか確認して、私が間違えた部分は青ペンを使ってラインを引いてる。

 

 

「これがアンタが出した答え」

 

「うん」

 

「でも、ここ忘れてる」

 

「あ!」

 

「アホかよ、こんなんで大学受験って大丈夫か」

 

「……うるさい」

 

「へいへい」

 

「…返事は1回」

 

「へーい」

 

 

 初対面同士のはずなのに、前にもあったかのように会話してる私達。

 彼は、私の参考書から目を離すとまた本を手に取って読むのかと思えば表紙をぼーっと眺めてるだけ。

 本の中身は読まないんだ、変な人。

 

 

「読まないの?」

 

「俺の事気にする暇あったら、基本中の基本ぐらい解けるようにしてくれ」

 

「……わかりましたよっ」

 

「がんばれがんばれー」

 

 

 こんなにも棒読みの応援なんて聞いたことないと思う。

 とてつもなく棒読みで言われた言葉に、本当に変な人だと思いながら意識を切り替えてシャーペンを動かしていく。

 あれから3ページほど進んで、休憩しようかなと思って隣を見ると本を顔の上に乗せて天井を見てる男の子。

 え、何してるの。

 

 

「……キミ、何してるの」

 

「………んあ?呼んだ?」

 

「…まさか寝てた?」

 

「おう」

 

「…寝るなら中庭に設置されてるベンチで寝たら?」

 

「やだよ、あんなクソ暑いとこ」

 

「…図書館寝るところじゃないけどね」

 

 

 なんて、私が言い返せば無視して彼はボーッと今度は外を見てる。

 本当に変な人、それに上から目線なのは変わらないし。

 

 

「…んだよ」

 

「名前、教えてよ」

 

「個人情報漏えいを阻止するために拒否」

 

「学年!」

 

「拒否、つーか聞いてきた側が普通は言うんじゃねぇの?」

 

「…私は牛込ゆり」

 

「そうか、でももう会うとは限んねぇしな。諦めろ」

 

「フェアじゃないじゃん、スポーツやってるならフェアプレイの心を持ってるよね?」

 

「……ずりーぞ」

 

「何もずるくないです」

 

「……一颯(いぶき)

 

「フルネーム!」

 

「……はぁ、長谷川(はせがわ)一颯(いぶき)。学年はご想像でどーぞ」

 

「一颯くん、か。よろしくね」

 

「よろしく、牛込。二度と会わないだろうけど」

 

「牛込じゃなくて、ゆりって呼んで!それとそういうこと言わない」

 

「へいへい」

 

「返事は1回で十分」

 

「へーい」

 

 そして、一颯くんはまた本を顔に乗せて椅子によっかかれば完全に寝る体勢に入った。

 本当に変な人、あと図書館は寝る場所じゃなくて読書や勉強する所なのを一颯くんは覚えてた方がいいと思う。




初のゆりさん小説。
上手く書けるか不安ですが、暖かい目で見ていただければ。


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彼は変わらず変な人


Fromと家庭事情を書いてる合間に書いてるこの作品。
文字数が少ないから書き終わるスピード早いなと感じる作者でした。






 

 あの変な人と言っては失礼なのだけど、長谷川一颯くんに出会ってからと言うものの、私が図書館に行くと必ず一颯くんは決まっていつもの席(窓側の椅子)に座って本を顔の上に乗せて寝ている。

 今だって、そこに座って本を顔の上に乗せて天井を向いているんだから寝ているんだろうな。

 二度と会わないだろなんて言ってたのは何処の誰だったかな、そう言ってあげたくなるぐらいに必ずいるのが不思議。

 そういえば、スポーツ推薦と言っていたけどペーパー試験がないとはいえ、実技試験対策とかバスケットボールの練習や大会とかは無いのだろうか。

 サボりすぎて大学のスポーツ推薦試験の時にミスなんてして、落ちましたなんてシャレにならない。

 

 

「……ふぁ」

 

「おはよう、一颯くん」

 

「はよ。つーか、アンタ最近毎日来てね?」

 

「それを言ったら君もね、あとゆりって呼んでって言ったじゃん」

 

「さぁー?俺は、そう簡単にポンポンっと話に乗っかるような軽い男じゃないんでね」

 

「私が軽い女みたいな言い方しないでくれない?」

 

「え、そうだろ」

 

「違うから」

 

「あのなぁ、まだ知り合って片手どころか速攻で数え終わる男に名前で呼べーなんて言ったら軽い女に見えるだろ」

 

「それを世の中では軽い女じゃなくて、フレンドリーな人って言うんです」

 

「それはお前の中だけだろ」

 

「お前じゃない」

 

「へいへい、さーせんした」

 

「返事は1回」

 

「へーい」

 

 

 相変わらず、私の言葉を聞いてるのか聞いてないのか分からないテキトーな返事。

 まぁ、彼に付き合ってばかりいて私も大学受験が駄目でしたなんて笑えないから始める準備をしよう。

 鞄から筆記用具とノート、参考書にりみが入れてくれたルイボスティーを入れてある水筒を取り出してテーブルに置く。

 

 一颯くんは変わらず本を顔に乗せて椅子によっかかって寝ようとしてる。

 大学受験落ちても知らないんだから。

 

 

「…んだよ」

 

「え?」

 

「さっきから俺の顔見てる」

 

「いや、受験勉強はしなくて大丈夫だとしてもバスケの練習とか大会とか無いのかなって」

 

「練習は朝に学校で、夜に自主練。大会は1ヶ月後」

 

「へぇ、ちゃんとやってるんだ」

 

「…どういう意味だっつーの」

 

「毎日ここに来てるから、それで大学受験落ちたらシャレにならないなぁーって」

 

「……別に、俺は落ちないし」

 

「その自信がどこから出てくるのか知りたいよ…っと」

 

「ゴリラじゃん」

 

「何?」

 

「何でもございませーん」

 

 

 さっき借りたばかりの参考書達を纏めて取り出してテーブルにドンっと載せれば、一颯くんが最低な事を言うものだから少し睨んだ。

 女の子にゴリラなんて言うもんじゃないよ、他の子が聞いたら絶対に機嫌悪くなって嫌われるんだから。

 口には出さないけれど、私はせめてのやり返しとして肘を脇腹に入れれば一颯くんは飛び上がるように起き上がって脇腹を抑えてる。

 

 

「…何すんだよ」

 

「女の子にゴリラなんて言うものじゃないってこと」

 

「さーせん」

 

「……はぁ、もう一颯くんと話してると本来の目的を忘れそうになるよ」

 

「それ、別に俺のせいじゃなくね?」

 

「今日は英語やろうかな」

 

「話聞けよ」

 

 

 単語帳を見ながら英単語と意味を覚えていく。

 そんな私を見て彼は溜息を吐くと、また本を顔の上に乗せて寝て椅子に寄りかかり始めた。

 単語帳をペラペラと捲る音と遠くで賑やかに話しているカップルの声、外で元気よく遊ぶ小さい子達の声だけがこの場に広がっていく。

 

 

「ねぇ、ゆーくん」

 

「なんだい、あいちゃん」

 

「私、この単語読めなーい」

 

「しょうがないね、俺が読んであげるよ」

 

「ふふ、嬉しいな〜」

 

 

 ……集中出来ない。

 それは私だけでなく、睡眠を妨害されたのか一颯くんも顔から本を退かしてこの話し声が何処からしてるのかをキョロキョロと探しては苦虫を噛み潰したような顔を浮かべてる。

 気持ちはわかるけど顔に出しすぎだからね。

 きっと、もう少し我慢してればカップルならカフェとかにでも行くだろうし我慢しよう。

 

 

「ねぇ、ゆーくんっ」

 

「なーに?あいちゃん」

 

「私ー、この本が使いたいの」

 

「聞いてみようか、すみません」

 

「はい、何でしょうか?」

 

「この本を借りたいんですが、ありますか?」

 

「あー、そちらの本でしたら先ほど貸出してしまいまして……」

 

「そうですか……」

 

「えー、ゆーくんないの〜?あいちゃん、悲しい〜」

 

「申し訳ございません……」

 

「あいちゃんが使いたいんだもんね……、あれあの人が持ってる本ってそうじゃない?」

 

「あ!ほんとだ!借りに行こうよ!」

 

「お、お客様!館内は私語は慎んでください…!」

 

 

 図書館に務める人も大変だなぁ、ああいうバカップルって呼ばれる恋人達も本当にいるのに驚きだけど。

 そんな風に別の事を考えていたら突然テーブルを叩かれて、私は驚いて顔をあげた。

 叩いてきたのは、さっきのバカップルさん達。

 

 

「ねぇ、それあいの本なの。返してくれる?」

 

「え、えっとこれは図書館の本で私が先程借りたものですけど……」

 

「俺の可愛い彼女あいちゃんのお願いが聞けないなんて、君はどういう神経をしてるんだい?」

 

「……え」

 

 

 どうしよう、まさか私が借りてる本だったなんて気付かなかった。

 何とか穏便に終わらせたいけど、このバカップルさん達ちょっと我儘じゃないかな…?

 

 どうしようかと悩んでいたら私が借りて持っていた1冊の参考書を、あいさんという方に奪われてしまう。

 待って、それ今使ってるものなの!

 

 

「それじゃ、借りていくわね!」

 

「あいちゃんが使い終われば返すよ」

 

「いつになるかわからないけどね!」

 

「おい、待てよ」

 

「……一颯くん?」

 

 

 あれを持っていかれたら、このあと勉強の続きが出来ないと焦っていたら隣で静かにしていた一颯くんが本をパタンっと閉じて立ち上がった。

 何をするんだろうと思えば、取られた本を女性から奪って私の手に返してきた。

 

 

「ここの本は図書館が所有し、図書館で働く方が貸出を許可されたからこの人が持ってたんだ。アンタらはその許可を得ずに、勝手に取っていくって事は窃盗と変わんねぇけど警察にお世話になりたいか?」

 

「な、何よ!あいが使いたいって言ってるだけじゃない!」

 

「あー、うるせ。あのさ、高校生ならこんぐらい常識分かるだろ。借りた方だって今使ってんじゃんか、使いたいなら正規の方法で借りろよ。迷惑だ、帰れ」

 

「な、何なんだよ!お前!」

 

「何なんだよはこっちのセリフだっつーの、真面目に自分の未来のために努力してる人の邪魔してくんじゃねーよ」

 

 

 まさか、一颯くんがここまで言ってくれるなんて思わなかった。

 私の中で彼はバスケと睡眠以外は興味が無いと勝手に思っていたけれど、彼はとても良い人なのかもしれない。

 いや、最初から変な人だとは思っていたけど悪いイメージは……少しだけあったけど訂正しよう。

 

 一颯くんはそう言って男性の方の胸ぐらを掴むと、まだ片手でしか数えられない程度しか関わってないけど聞いたことがないぐらいの低い声で言った。

 

 

「人の未来を邪魔する奴らに貸す本なんてねぇよ」

 

「ひぃ…!」

 

「……はぁ、よっわ」

 

「…ありがとう、一颯くん」

 

「別に、寝てるの邪魔されただけだし」

 

「君って案外優しい所あるんだね、あと常識人」

 

「案外ってなんだよ、案外って。てか、常識ぐらい持ってるつーの」

 

「え?図書館を寝る所って思ってるのに?」

 

「…うるせぇ、さっさと勉強しろよ。俺は寝たいんだ」

 

「さっきまでかっこよかったのに、今の一言で台無しだよ」

 

「へいへい、そーですか」

 

 

 そう言って頭を掻きながら面倒くさそうに椅子に座り直せば、また本のページを適当に開いて顔に乗せて寝ようと椅子に寄っかかる。

 そんなに寝たいなら家に帰って寝ればいいのに、どうしてわざわざ図書館のここで寝るんだろ。

 本当に変な人、私にはちょっと理解するのは難しい。

 

 

「あぁ、それと」

 

「何?」

 

「嫉妬のスペル間違えてる」

 

「…あ」

 

「海外の受験なんて無理じゃね?」

 

「うるさい、これはただのミスだから!」

 

「図書館では静かにしましょーねー」

 

「一颯くん!」

 

「さーせん」

 

「謝る気ないでしょ、その返し方」

 

「さぁ、どうだか」

 

「…明日もここ来るの?」

 

「気が向けば」

 

「そっか、私は来るよ」

 

「どうでもいい情報ありがとーございまーす」

 

「………。」

 

「すんません、調子乗りました」

 

「素直でよろしい」

 

 

 何だかさっきまで大変な目に遭いそうだったのに、いつも通りに戻っちゃった。

 シャーペンを改めて握り直して参考書とノートに目を向ける。さて、切り替えて勉強しないと。

 これ以上、一颯くんに間違えてる所を見られて笑われたくないもん。

 

 

「はい、ざんねーん。そこは関係代名詞でしたー」

 

「もー!教えてくれるのは嬉しいけど普通に教えてよ!」

 

「へいへい」

 

「返事は1回!」

 

「へーい」

 

 

 とうぶん、彼に馬鹿にされるのは続きそうだ。

 そういえば彼が寝る時に使ってた本の表紙、今日は赤色だったな。



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意外と見てくれてる

ベース弾きたい。





 今日は、いつものように図書館に行って受験勉強をするではなく最寄り駅に来ていた。

 本当は今日もいつもの場所でいつも通り勉強をするはずだったんだけど、私が知っている一颯くんからでは想像すら出来ない一言が原因だった。

 理由は一週間前に遡る。

 

 いつも通りにお気に入りの場所で勉強。

 隣も普段と変わらず、一颯くんがテキトーに開かれた本を顔の上に乗せて寝ている。

 あの体勢、身体きつくなったりしないのかな。ずーっと維持してたら首が痛くなりそうだけど。

 そんな事を思いながら一颯くんから目線を外して、私は参考書と睨めっこし、シャーペンを走らせて真っ白なノートに黒い文字を書いていく。

 

 今日の勉強は日本史。

 暗記が得意な私にとってはそこまで苦手ではない分野。

 

 

「……なぁ」

 

「あれ、起きてたんだ」

 

「今起きた」

 

「そっか、それでどうかしたの?」

 

「アンタって休んでんの?」

 

「…名前で呼んでよ」

 

「質問に答えたら考える」

 

「休んでるよ、図書館で勉強したら家に帰ってギターを少し弾いたりしてる」

 

「ギター弾けんの?」

 

「あれ、言わなかったっけ。バンド組んでるんだよ」

 

「へぇ、因みにオリジナル曲はあったりするのか?」

 

「あるよ」

 

「頼むから英語は使うなよ、悲惨な歌詞になる」

 

「ちゃんと勉強してるし辞書を引いてます!」

 

「不安だわ」

 

「信用低いね、私」

 

「日頃の見てたら……な?」

 

「…哀れむような目で見てこないでよ」

 

 

 本を顔から退かして、私に向けてどんまいとでも言いたげに見てくるから私はテーブルに置いてる一颯くんの右手をシャーペンで刺す。

 もちろん、芯は出たままの状態で少し強めに。

 

 

「痛ってぇ!」

 

「一颯くんが悪いんだから」

 

「はいはい、すんませんね…っと」

 

「あ!ちょっとノート取られたら勉強出来ない!」

 

「……すげ、ちゃんとやってんだな」

 

「…当たり前でしょ?」

 

 

 突然私のノートを取り上げたかと思えば、パラパラと捲っていつもなら眠そうな目をしてるのに驚いてるのか目が見開いてて新鮮な表情。

 なんだ、一颯くんってそんな顔もするんだ。

 

 そう思ったら何だかクスクス笑えてきてしまって、一颯くんからは変なものを見るような目を向けられる。

 

 

「…変な奴」

 

「君にだけは言われたくないから、それとノート返して?」

 

「…はぁ、受験勉強も大切だけどよ。リフレッシュするのも大切なんじゃねーの?」

 

「リフレッシュ?」

 

「まさか、リフレッシュの意味も……」

 

「わかります!」

 

「じゃなきゃ困るっつーの、来週ぐらい1日勉強やめちまえ」

 

「え、何処かに気分転換しに行くってこと?」

 

「他に何があんだよ」

 

 

 ふぁっとあくびをしながら答える一颯くんに、私は目を見開く。

 いや、彼と関わり始めて意外と人の事を本を顔の上に乗せて寝ているくせに分かってるんだなぁーとか思ってはいたけど、自分にメリットがないものは無関心だったはず。

 そんな彼が私に気分転換しに行けって、どうしたんだろ。

 風邪でも引いた?

 

 

「おい、何で俺の額に手を置いてんだよ」

 

「……熱はないね、じゃあ悩み事?なんかあった?」

 

「何もねーよ!」

 

「え、じゃあバスケの試合でミスした?」

 

「してねーよ、俺を誰だと思ってんだ」

 

「スポーツ推薦なんて余裕だって図書館で寝てる変な人」

 

「キレんぞ、おい」

 

「冗談だよ」

 

「真顔で冗談言うかよ、普通……」

 

「まぁまぁ、ちょっとびっくりしちゃって」

 

「…びっくり?」

 

「うん、一颯くんって基本的に自分にメリットがあるものにしか興味無さそうだなってイメージだったから、まさか私に気分転換しに行けって言うと思わなくて」

 

「……馬鹿かよ、アンタ」

 

 

 すっごい呆れてますって顔で、私のことを見てくるから私はまたシャーペンを彼の右手に同じように刺す。

 もちろん、今回も芯が出てる状態だから痛いわけで一颯くんはまた呻いてる。

 バカってよく言うけど、意外と傷つくんだからね。

 

 

「…痛ってぇ、まぁいいや」

 

「え、本当にどうしたの?」

 

「勉強勉強ってやんのもいいけどよ、走り過ぎたって疲れんだろ。偶には、どっか行ってここをパーっとスッキリさせてくればいいんじゃねーの?」

 

「…え?」

 

「模試の点数が悪かったのかは聞かねぇけど、受験がやばいって焦ってんだろ。最近のアンタ、前よりもピリピリして追い詰められてんぞ」

 

「……それは」

 

「そういう時に詰め込んだって頭入んねーし、何ならジェットコースターにでも乗って吐き出してこいよ」

 

「…じゃあ、そうしようかな」

 

「そーしろそーしろ、俺はその間またここで一人の睡眠時間が増えるだけだしな」

 

「え?何言ってるの?一颯くんも行くんだよ?」

 

「……は?」

 

「私一人で遊園地とか行ってもつまらないもん、どうせここで寝るしか予定無いなら行こうよ」

 

「あのなぁ、何で俺までアンタの気分転換に……」

 

「言い出しっぺは誰?」

 

「へいへい、わぁーりました」

 

「返事は1回」

 

「へーい」

 

 

 という事があって、今日は私と一颯くんの2人っきりは流石に不味いかなと思ってGlitter*Greenの皆に来てもらったはいいんだけど、よく良く考えたら私と彼は連絡先を交換していない。

 何なら名前しかわからないから家も近いのかとかも、さっぱりだったりする。

 失敗したなぁ、もし迷ったら連絡手段がないから困っちゃう。

 

 

「わりぃ、遅れたって……何か増えてね?」

 

「ゆり、彼に説明しなかったの?」

 

「あ、ごめん一颯くん。流石に私と2人っきりはあれかなって思ってバンドメンバー連れて来ちゃった」

 

「…連れて来ちゃったって、まぁ別に俺は構わねぇけど」

 

「うわー!君、身長高いね!いくつ?」

 

「…182cmっすよ」

 

「デカ!ひなちゃんとの身長差やば…!うぐっ!」

 

「ごめんねー、うちのバンドメンバーが失礼しました。ひなこ、ハウス!」

 

「わん!」

 

 

 私達にとって、ひなこが暴走するのは普通だから見慣れてしまったけど一颯くんはもちろん驚いてる。

 何だか、バンドメンバーと初対面した時のりみを見てるみたい。まぁ、ひなことリィの関係性はちょっとだけインパクトが強いからね。

 

 

「…おい、あの人やべぇやつじゃねーよな?」

 

「うん、いい子だよ」

 

「……お前に聞いた俺がバカだった」

 

「…聞き捨てならない言葉が聞こえたんですけど?」

 

「しーらね、空耳じゃね?」

 

「空耳にしてはハッキリ聞こえたんだけどな〜」

 

「ゆり、そろそろ良いかしら」

 

「あ、ごめん!紹介するね、彼は長谷川一颯くん」

 

「どーも、いつも牛込さんに睡眠妨害食らってる長谷川です」

 

「あのねー、図書館は寝る場所じゃないから!」

 

「あ、貴方が最近ゆりが良く話をしてくれる方ね」

 

「七!?」

 

「何の話っすか?」

 

「いえ、こちらの話よ、気にしないで頂戴。私は鰐部七菜、バンドではキーボードを担当してるわ。よろしくね」

 

「私は鵜沢リィ、バンドではベース担当でこの子はデベコ!よろしくね〜」

 

「私は二十騎ひなこ!ひなちゃんワールドにぶっきーくんもご招待〜!」

 

「……おい、大丈夫か特に二十騎さん」

 

「うん、慣れれば元気な子だな〜ってなるよ」

 

「それ慣れていいもんなのかよ」

 

 

 まだ出発すらしてないのに、既に一颯くんは疲れてる様子だ。まぁ、勝手に私が連れてきちゃったのも悪いから今からでも遅くないし彼の知り合いを呼んでもらおうかな。

 そしたら、男の子が一人ってわけじゃないから気まづく無いはずだろうしね。

 

 

「一颯くん、私が勝手に皆を連れて来ちゃったから一颯くんも友達呼んでいいよ?」

 

「いや、別に構わねーよ。どっちみち俺の知り合いもやべぇ奴らしかいねーから」

 

「え、そうなの?」

 

「あぁ、一人だけまともなのがいるっちゃいるが最近ガールズバンドを組んだって聞いたしな。練習してたら迷惑だからいい」

 

「へぇ〜、君でもそう思う時あるんだ」

 

「どういう意味だよそれ、前にも言われた気がしなくもねーけど」

 

「そう思う事があるなら図書館で寝るの辞めればいいのに」

 

「アンタには関係ないだろ、それにあそこは適切な環境過ぎるのが悪ぃんだ」

 

「もう!それに、アンタじゃなくてゆり!」

 

「へいへい」

 

「返事は1回!」

 

「へーい」

 

 

「七ちゃん、ゆりちゃんってあんなに鋭いツッコミを入れる担当だった?」

 

「しっかりしてる子だけど、どちらかと言うとツッコミは市ヶ谷さんの担当じゃなかったかしら」

 

「ぶっきー!ひなちゃんを感じてー!」

 

「な、なんだ!?」

 

「ひな!離れなさい!」

 

 

 何だかんだいいつつも、一颯くんもグリグリの皆も楽しそうだから誘って正解だったかな。

 さっき来る途中で鞄にしまってたけど、彼が持っていた本の表紙の色は緑色だった気がした。




ゆりさん小説増えろ()
(短編の私が何を言う)


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やっぱり彼は変な人

 とりあえず、全員集まったって事で電車に乗ろうと意見が一致した時だった。

 突然、一颯くんが立ち止まって改札ではなく反対方向に視線を向けて歩いていく。

 そんな彼に気付いた私は同じように視線を変えれば、そこにいるのは重そうな袋をもっている私もバンドという繋がりで知った可愛い後輩の一人である人物。

 

 

「あれ、一颯くん」

 

「久しぶりだな、沙綾」

 

「久しぶりだね、何処かに出かけるところだった?」

 

「まあ、ちょっとな。沙綾は……お見舞いか」

 

「…うん、丁度バンド練習が午後からだったしお店も大丈夫だからリサさんと二人で」

 

「…もう二年だっけ」

 

「そうだよ、一颯くんもミニバスから知り合いだったもんね」

 

「まあな、あの人の運動神経は化け物レベル」

 

 

 沙綾ちゃんと仲良く話している一颯くん。

 彼ってあんな風に笑ったりするんだ、とりあえずホームに先に行っている事だけでも伝えておこうかな。

 それにしても私って、彼と関わり始めたのが最近とはいえ知らない事ばかりだなぁなんて思っているときだった。

 私にとっても大切な人と呼んでも過言じゃない人物の名前が聞こえたのは。

 

 

「こーら、そんな事言ったらアキさんに怒られるよ?」

 

「それだけはマジで勘弁、起きて早々怒られたくねーよ」

 

「ふふ、私も嫌だよー。あ、出かける所だったんだよね?」

 

「あぁ」

 

「気を付けて行ってきてね、うちの弟も一颯くんとバスケしたいって言ってたからまた家に来てよ」

 

「おう、負けないから準備しとけって伝えといてくれ」

 

「はーい、行ってらっしゃい」

 

「ん。」

 

 

 予想外の人の名前が聞こえてしまった私は、沙綾ちゃんに挨拶することも出来なかった。

 すると、そんな私に気づいてくれた沙綾ちゃんが驚きつつも会釈してくれて、やっと動けて私は挨拶を返してから一颯くんへと視線を向ける。

 彼は沙綾ちゃんと何ら変わらない雰囲気で戻ってきて、私の顔を見て不思議そうな顔をしている。

 

 

「何つー酷い顔してんの」

 

「え、あ、ううん。沙綾ちゃんと知り合いだったんだね」

 

「昔からの知り合い」

 

「そっか」

 

「沙綾の事知ってたんだな」

 

「うん、妹がバンドメンバーで高校の後輩だから」

 

「…ふーん、バンド仲間か」

 

「どうかしたの?」

 

「いんや、あのキラキラについていけるのかと思っただけだ」

 

「キラキラ?」

 

「キラキラガール戸山」

 

「あー。りみ、香澄ちゃんと仲いいよ」

 

「…マジかよ」

 

「君、今失礼なこと考えなかった?」

 

「妹もやべー奴なのかと思った」

 

「怒るよ?」

 

「さーせん」

 

「謝る気ないよね、次言ったら怒るから!」

 

「へいへい、つーかアンタの知り合いが死んでるけど?」

 

「だから返事は一回って……え?」

 

 

 一颯くんが目で訴えてくるから視線を向ければ、完全に暇すぎて死にかけてるひなこ。

 そんなひなこを何とか支えてるリィにと、苦笑いを浮かべている七の姿。

 しまった、私は一颯くんに先にホームに行っている事を伝えようと思っていたのに予想外な人物の名前が聞こえたから変な所で立ち止まっていたんだ。

 何やっているんだろう……。

 

 

「ゆりちゃん!!」

 

「ごめんー!」

 

「ゆりは何のために、一颯くんのもとに行ったのよ……」

 

「あ、あはは……」

 

「もう、早くいこーよー!」

 

「……はあ、やっぱお前変な奴」

 

「一颯くん?」

 

「さっさと行くぞ」

 

「ぶっきー、ゆりちゃんに逆らえない感じ?」

 

「……違います、ああいうのは早めに折れるべきだと沙綾と話してて学んだんすよ」

 

「一颯くん!!」

 

「さーせん」

 

 

 ひなこに話しかけられて、隠さずにそんな事を言う彼に私はジト目を向けながら言うけど効果なし。

 前に向かって歩きながらいつも通りの謝る気のない返事だけが返ってきて、ひなこがくっついてきたのをいやそうな顔をしながらも改札に向かっていく。

 何か悔しい、沙綾ちゃんの事は名前で呼び捨てなのに私の事は未だに呼ばれたことがない。

 

 確かに昔からの知り合いと、最近出来た知り合いの差だと言われたら納得するしかないんだけどさ。

 そんなことを思っていれば自然とため息も出てくる。

 

 

「……はあ」

 

「ゆり」

 

「…びっくりした、どうしたの七?」

 

「彼の事気になる?」

 

「何言ってるの!?」

 

「ふふ、何でもないわ。早くいきましょう?」

 

「……変な七」

 

 

 突然変な事を言ってくるもんだから、変な声を上げてしまった。

 そんな事を言われたら、何でもなくてもつい彼の事を目で追ってしまう。

 意外と服のセンスがいいんだね。正直バスケばかりやっていて服装とか気にしない人なのかと思っていたけど、結構清潔感がある。

 ジャージで来たらどうしようとか、勝手に悩んでいたのが無駄だと感じるぐらいにセンスあると思う。

 絶対に彼には言わないけどね、そんな事を言ったらなんて返されるか目に見えてるもん。

 確実に「俺の心配より自分の服装心配しろよ」って返ってくるに決まっている。

 

 でも、そこまで考えて七の言葉を思い出してふと私が彼を気になるなんてあり得るか考えてみる。

 いや、絶対に有り得ない。私が一颯くんに恋?

 

 

「……いやいや、有り得ないから」

 

「おい、いつまでそこにいんだよ」

 

「へ?」

 

「出かけるんだろ、時間ばっか過ぎんぞ」

 

「あ、ごめん。ぼーっとしてただけだよ」

 

「…ふーん」

 

 

 これは私の言葉を信じてないな。

 そんな事を思いながら、改札の中に入ってホームを歩いていく。

 隣を歩いてから分かったけど、身長高いなー。それに睫毛も長い。

 こんな風に彼の顔を見たことがなかったけど、女の子に嫉妬されそうな要素が意外とあってちょっとびっくりする。

 

 

「…何だよ」

 

「え?」

 

「…え?じゃねーっつうの、さっきから人の顔ずっと見てる」

 

「いや、こうやって一颯くんの顔ちゃんと見るの初めてだなーって」

 

「…は?」

 

「身長も改めて高いし、女の子みたいに睫毛も長い。それに顔も整ってる方だと思うし、細身なのにバスケ部だからなのかな?結構……むぐっ」

 

「…ちょっと黙ってろ」

 

「んー!」

 

「ゆりちゃーん、私達もいるのも忘れてないー?」

 

「んっ!?」

 

 

 そうだった、今日は彼と私だけじゃないんだった。

 私は普段やられている事の仕返しだと思って割り切る。じゃないと恥ずかしくてみんなの顔なんて見られない。

 ちらっとさっきから静かに私の口を押えてる一颯くんへと目を向ければ、顔は逸らされてるけど髪の毛に隠れてた耳が少し見えて真っ赤。

 え、もしかして照れてるの?

 

 

「あら、長谷川くん照れてるのかしら?」

 

「…照れてません、慣れてないだけっすよ」

 

「でも、ぶっきー。真っ赤だよー?」

 

「…気のせい」

 

「ゆりは何で勝ち誇った顔してるんだ?」

 

「んー!んん!」

 

「…何言ってるのかさっぱりだ」

 

「長谷川くん、ゆりから手を放してくれるかしら?」

 

 

 七がそう言ってくれて、やっと手を離してくれる一颯くん。

 今日は私の勝ちかな、皆の前じゃ彼はきっと強く出れないだろうしね。

 

 

「いつものお返しだからね!」

 

「いつもの?」

 

「ゆり、一颯くんに言い負かされてるみたいよ」

 

「ほー、ゆりちゃん負けず嫌いだもんね~」

 

「七!!」

 

「…なあ」

 

「何!?」

 

 

 つい強く言ってしまった。

 彼も少し驚いているけど、私の現状を理解してくれたのか何も言わずに話を進めようとしてくれた。

 やっぱり、結構優しいところがある……のかもしれない。

 

 

「どこに行くか決めてんのか?」

 

「そういえば私たちも聞いてなかったわね」

 

「聞いてないぞ~」

 

「ひなちゃんも聞いてないよー」

 

「……あ、決めてなかった」

 

()?』

 

 

 今日が楽しみで全然決めてなかった。

 行くって決まった日の次の日には一颯くんと話そうと思っていたのに、彼を説得するのに必死で忘れてた。

 

 

「やっぱ、バカだろ」

 

「な!?」

 

「無計画って意味わかんねー」

 

「君のせいでもあるんだから!」

 

「いや、もっと意味わかんねー」

 

「一颯くんがすぐに行くって言ってくれなかったから私も忘れたんです!」

 

「へいへい、さーせん」

 

「返事は一回!」

 

「へーい」

 

 

「あれ、完全にゆりちゃんのミスだよね?」

 

「うん」

 

「でも、ゆりは凄く楽しそうだから私達の方で行く場所決めましょう?」

 

「賛成~」

 

 

 そんな会話が広げられてなんて知らない私は、一颯くんと話をしていた。

 うん、やっぱり私が彼を気になってるなんて有り得ない。



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全部、彼のせいだ

お久しぶりです。






 一定のスピードで走る電車、窓から見える景色は次々と見慣れた景色から見慣れない景色へと変わっていく。

 結局、私と一颯くんが話している間に七達が行先を決めたようで、今はそこに向かう途中。

 つり革に捕まって皆で固まって会話の花を咲かせる。

 

 

「ねぇ、ぶっきー」

 

「…なんすか?」

 

「ぶっきーは彼女さんとかいるのー?」

 

「ちょっと、ひなこ!」

 

「ゆりちゃんは気にならないのー?」

 

「そ、それは……」

 

 

 気にならないと言ったら嘘になる。

 別に恋愛対象として見てるとか、そういうわけじゃないけど単純に興味があるってだけ。

 女子高に通っているから恋愛なんて無縁の存在だって思ってたけど、普通に共学だったら高校三年生の彼なら彼女がいてもおかしくない。

 

 だから、本当にその程度の興味。

 私達の年齢でする普通の恋バナって感覚の一つに過ぎない。

 

 

「…ノーコメントで」

 

「おやおやー?」

 

「その反応はいる感じだね〜?」

 

「ふふ、長谷川くんも青春してるのね」

 

「…してないっすよ、共学の女子って怖いんで」

 

「……怖いの?」

 

 

 一颯くんの怖いという一言が気になって、私は聞いてみる。

 女子高でも怖い子はいるにはいる。だけど、あまり私自身関わりが無かったし、先生にも監視されていたから何もなく3年間を過ごせた。

 

 でも、身内や友達が共学に通っていて私が中学生の時に事件が起こったのもあって、一颯くんの言葉の真意が知りたくなった。

 彼はつり革に捕まりながら、話すのがめんどくさいと顔に出しつつも渋々口を開いた。

 

 

「…何つーか、俺はアイツらを信用したいと微塵も思わない」

 

「何かあったの?」

 

「…別に、だから彼女なんていないし要らないっすよ」

 

「そう、なんだ……」

 

「…俺なんかより逆に皆さんこそどーなんすか?」

 

「え!?」

 

「皆さんの方が普通にモテそうじゃないっすか。俺なんかより全然いそーですけど」

 

 

 確かに七は美人だし、ひなこやリィも可愛いと思う。

 ずっと女の子しかいない学校にいるからあれだったけど、彼氏の1人ぐらいいてもおかしくないのか。なんて言われてみて気付く。

 

 

「私達もいないわ、女子校なのよ」

 

「あー、そういやそっすね。すんません、変なこと聞いて」

 

「気にしないでー!大学では出来るかもしれないしね!」

 

「遠くから応援しときますわ」

 

 

 ひなこの事を微笑ましそうに笑ってる姿を見て、そんな顔もするんだ。なんてふと思ってしまう。

 つり革に捕まって、時々くる強めの揺れに耐えながら電車に揺られていると前の座席が3つ空いて、私はリィとひなこ、七の方へ視線を向ける。

 

 

「3人とも座っていいよ」

 

「え、いいの?」

 

「うん。あ、一颯くん座りたい?」

 

「俺はいい。座っていいっすよ」

 

「一颯くんごめんなさいね、ゆりもありがとう」

 

「ううん!気にしないで!」

 

 

 3人に空いた座席に座ってもらって、何処に向かってるかは分からないけど着く前に疲れちゃったら申し訳ないし。なんて考えてたら、突然腕を引っ張られてドアと座席の間にある僅かなスペースに移動させられる。

 吃驚して私を移動させた目の前にいる人の顔を見れば、なんてことなさそうにドアのガラスから外を見てる一颯くん。

 

 

「…えっと」

 

「そこ居ろ」

 

「へ?」

 

「…キツくなっても文句言うなよ」

 

「いやいや、だからいったい何のこと言って」

 

 

 静かだった電車内が騒がしくなってきて、彼の手が私のすぐ後ろにある壁に着いて、すぐ側の座席に座ってるひなこが何やら声を上げてる。けど、私はそんなひなこ達に声をかけれるほど余裕が無い。

 

 今、私は彼に壁ドンと呼ばれるものをされてる。

 りみが好きな少女漫画を気分転換に読んだりしていたし、私も自分の漫画で読んだことがあったから名前自体は知ってるけど初めての体験で。

 

 

「い、い、一颯くん!?」

 

「……いいから黙ってろ、俺も不本意だっつーの」

 

「なっ……!」

 

 

 顔を少しあげれば彼の顔がすぐ傍にあるこの状況。こんな事されれば嫌でも意識してしまうし、何で突然と考えてる中で電車が動き出す。

 ガタガタと揺られて時々、つり革が無いことで身体が大きく動くけど、一颯くんの腕が私の腕にぶつかってそれ以上は動かない。

 

 そこまで来て、私は電車内が混んでいるのにあまり苦しくないし、隣にいる男性とも距離があることに気付いて彼に視線を向ける。

 

 ……もしかして、私のことを人混みから守ってくれてる?

 

 座席に座れてない私の事を考慮して、電車内で何かが起きないようにとわざわざここに移動させて、彼が混んできた車内でも苦しくないようにと体勢をキープしてくれてるんじゃ無いかと1つの仮説が浮かぶ。

 

 もし、それが本当ならもう少しだけ私の方に近寄った方が彼の腕があまり辛くないかもしれない。彼との距離は近くなるけど、知らない人と近いより彼なら安心する。

 

 そう思って、そっと服の裾を掴んで私の方に引き寄せる。

 

 

「……っ、おい。何してんだ」

 

「…そのままじゃ腕痛くなっちゃうでしょ?」

 

「…はぁ、あんた女子校出身だろ。こういうの慣れてねーくせに辞めとけ」

 

「やっぱり、君って案外優しいね」

 

「はぁ?」

 

 

 この時間帯は出勤ラッシュで男性が多くなる車内。彼は女子校出身の私が男性慣れしてないからこういった行動してくれてるんだと気付いて、何だか普段の彼らしくないなぁと笑ってしまう。

 

 それにチラッと見た彼の伸ばした腕には、バスケをしてるってこともあって程よくついてる筋肉と薄らと見える血管に、私の腕と見比べてもやっぱり男の子なんだなーなんて考えちゃうんだ。

 

 

 

「おい、何笑ってんだ」

 

「ううん、何でもない。私は平気だから、もうちょっとこっち来ていいよ」

 

「…あんた、やっぱ軽い女だろ」

 

「ほんっとに失礼だよ、キミ」

 

「へいへい、すんません」

 

「返事は1回!」

 

「へーい」

 

「…悪いと思ってないでしょ」

 

「さぁ?どうだろうな」

 

 

 それからと言うものの、混んでしまったから座席はなかなか空かず、私はずっと彼に守ってもらいながら電車に揺られる。

 さっきまで賑やかだったリィやひなこも今では寝てしまったようで、2人で寄りかかりあって寝ていて、七はスマホを見ながら多分向かってる場所を再確認しているんだと思う。

 

 私も私でドアのガラスから外を眺めたりしながら時間を潰す中、私の目の前にいる彼は左手だけ壁につけて、右手では器用に何か本を読んでる。

 距離は私が少しだけ、彼の服を引っ張って詰めたから最初よりちょっとだけ狭まっている。

 

 

「ねぇ、一颯くん」

 

「…んだよ」

 

「ずっと思ってたんだけど、キミは何読んでるの?」

 

「何だっていいだろ、別に」

 

「それはそうなんだけど、キミって本は寝てることがバレないようにするための道具にしてるんじゃないの?」

 

「…は?んなわけねーだろ」

 

「図書館で寝てる時、いつも本を顔にかぶせて寝てるくせに」

 

「それは眠いからな」

 

「理由になってないよ!」

 

 

 ジーッと彼の目を見れば、彼は何やら面倒くさそうに溜息を吐く。そんなに嫌そうな顔しなくたっていいじゃない、ちょっとだけ前から気になってたから聞こうと思っただけなのに。

 

 表紙は何も書いてないカバーがされていて、初めて会った時は群青で、他にも赤だったり、緑だったりしたなーと思い出す。

 

 

「小説?」

 

「ちげー」

 

「漫画?」

 

「ちげー」

 

「…図鑑?」

 

「このサイズでどう見たら図鑑になんだよ、馬鹿かよ」

 

「小さめの図鑑も出てます!」

 

「へぇ、つーか何でもいいだろ」

 

「気になるんだもん、色とりどりの表紙だなーってずっと思ってたし」

 

「そーかい」

 

 

 どうやら、教えてくれる気は無いらしい。

 まあ、無理強いして聞く程でもないし私と彼はまだ知り合って僅かの関係だ。そこまで親しくもない間柄だから仕方ない。

 

 そう思って、また私は外の景色を眺めるために視線を動かす途中でガタンっと電車が揺れて身体が大きく揺れる。

 

 

「……あっぶねぇな、ちゃんと立ってろよ」

 

「ご、ごめん……」

 

 

 ギュッと強めに抱き寄せられて、一瞬で彼が支えてくれたのかと納得する。でも彼はすぐに私を離して、また本へと目を向ける。

 ……何だかつまんない。

 

 別に彼の事を恋愛対象として見てるわけでもないし、何ならそう言った感情は一切ない。

 いつも上から目線で馬鹿にしてくるし、何考えてるか分からない上に基本的に彼は睡眠第一で図書館を寝る場所だと思ってる変わった人。

 

 それでも、ちょっとぐらい私のことを意識してくれたっていいじゃない。これでも私は女の子なんだけど。なんて変な事を考えてしまうのは、彼が普段私には見せてくれない優しさを発揮してくるせいだ。

 

 

 ……そう。全部彼のせいで、顔が少し熱いのは太陽のせいだ。

 

 

 今の顔を見られたら彼にからかわれるのなんて目に見えてるから、ガラスの方へ目を向ける。その途中でチラッと横目に映る彼の手元にある本は、合流した時に見た緑色のものじゃなくて黄色い表紙だった。

 

 



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