その辺を歩いていた令嬢を監禁してみた (りうけい)
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女の子とHするだけの簡単なお仕事です

 

 

 

その子を誘拐しようと思い立ったのは、電車内でたまたま見かけたからだった。

 

 

 ある日の夜、俺は吊革につかまりながら、心地良い電車の揺れに身を任せていた。そして左手に本を持ち、それを読むふりをしながら、周囲に目を走らせる。丁度いい「獲物」がいるかどうかを確かめるために。

 

 俺の勤め先の動物園は安月給だが、こういう好みの女を探して調査するために時間を割けるので文句はない。ここのところ経営不振ではあるらしいが、俺の優雅な監禁ライフを持続させるためにも、もう少しもってほしいものである。

 

 そう思いながら、俺の右側に座っている少女に目を留めた。まず髪型は艶やかな黒髪を肩まで伸ばし、青いゴムで結んでいる。俺好みだ。肌は雪のように白く、容姿も整っていてグッド。胸は小さすぎず、しかし主張は控えめなところが可愛らしい。着ている制服から、この辺りの高校の生徒だということが分かった。

 

(よし、この子をターゲットにしよう)

 

 俺はこの道(監禁道)のプロである。今まで14回ほど女子を監禁してきたが、一度も捕まっていないし、失敗もしていない。俺の家に連れ込んでしまえばあとはこっちのものである。

 

 え? 監禁した後その女の子をどうするかって? ……流石に殺したりはしない。キャッチアンドリリース。数日家にいてもらって、やることをやったらお家に帰してあげる、いたって親切な誘拐犯だ。もちろん顔は見せないし、手がかりも残さないが。

 

 車掌のアナウンスで停車駅が知らされると、彼女は席を立った。自分の降りる場所ではなかったが、俺も同じように電車から降りて、改札を通った。

 

 俺はその子の後を尾行して、辺りの状況を探る。物陰が多い。人があまり歩いていない。とても仕事がしやすそうである。そのうちに彼女はある家に入っていった。なかなかの豪邸で、ひょっとしたらどこかのお金持ちのお嬢様なのかもしれない。俺はその表札を見て、その子の名字が「如月」ということを知った。

 

 

 

 

 結論から言って、誘拐は成功した。

 

 俺は綿密に調査を重ね、誘拐ポイントを決めた次の日の夜、彼女の帰宅ルートの途中に車を止め(レンタカーである)、待ち伏せていた。そして予想通り彼女が通りかかったところで車から飛び出し、悲鳴をあげられないようにその子の口を押さえた。

 

「………っ!?」

 

 その子が暴れ、もがくたびにいいシャンプーの香りが鼻をついた。腕力は俺の方がはるかに勝っているので、無駄な抵抗にすぎない。いじらしい抵抗を愉しむのも一興だったが、誰かに見られても面倒なので、さっさと片をつけることにする。

 

 俺は空いた右手でポケットから麻酔銃の弾を取り出すと、彼女の腕にぷすりと突き刺した。無論、健康に害が無いよう、きちんと麻酔薬の量を調整している。女の子は自分に何かが注射されたのと、それが麻酔薬であることを悟ったのか、悔しげな表情になる。しかしそのうちにくたりと倒れ、眠ってしまった。

 

作戦大成功! というわけで、後部座席にその子を載せ、先ほど暴れた時に落としたらしい鞄を拾うと、俺は意気揚々と自宅へ帰った。

 

 

 

 

 

 

俺は家に帰って「貴賓室」のベッドに彼女を寝かせた。上着を着たままでは寝にくかろうと思って、俺はブレザーを脱がせた。ブレザーはハンガーにかけ、クローゼットの中に入れた。

 

ことりと何かの落ちる音がした。

 

ぎょっとして振り向いたが、彼女がすやすやと無警戒に寝息をたてているだけだった。安堵して彼女の白いブラウスがゆったりと上下するのを見ていると、途端にその下にある彼女の肌を思うがままに蹂躙したいという欲望が頭をもたげてきた。

 

(待て待て。メインデッシュはまだだ)

 

 俺は手を引っ込めると、鍵を閉めて素早く出た。まずは彼女のことをよく知ってから行為に及ばねばならない。会話を楽しんでからの方が、気持ちいいのだ。

 

 俺は「貴賓室」ーという名の地下室であるーから出ると、彼女の荷物を物色した。人の持ち物からある程度情報を得ることができるのだ。

 

「……へえ」

 

 フルネームは如月雪音。制服から分かっていたことだが、この県でもなかなかの高偏差値の学校へ通っているようで、ノートやそこに偶然挟まっていたテストを見るに、頭は良いらしい。そして財布の方には2万円と、高校生にしてはかなりの金額が入っている。成績優秀な深窓の令嬢といったところか。

 

 そんな人生ヌルゲーで、恵まれた彼女がこんなところに監禁されるのだから、人生は分からないものである。俺も気を付けなければならない。

 

 俺はスマートフォンの電源を入れ、「貴賓室」の監視カメラの映像を見た。本来はシャワーシーンの録画(これも重要)のために用意されているのだが、別の目的もある。安全確認である。

 

 あの部屋には監禁している女の子が暇にならないよう本や携帯ゲーム機などを用意してあるため、それを武器にして不意を討ってくる可能性があるからだ。普通はそれほどガッツのある娘はいないが、1度だけそんなことがあって、俺は前もって用意していたスタンガンで(紳士であろうとする俺にとって不本意ではあるが)制圧し、目的を遂げたことがある。

 

 映像の中で、ちょうど雪音が目を覚まし、周りを見回し始めた。襲った時のような警戒心はなく、落ち着いているようである。少しこの子は鈍いのだろうか。

 

 とりあえず俺は彼女と話すため、地下へ下りた。もちろん顔を見せるわけにはいかないので、マスクとサングラスを付ける。「貴賓室」の扉を開けると、雪音はびくりとしてこちらを見た。

 

「こんばんは」

 

「………あなた、誰?」

 

「お前をここに連れてきた者だ」

 

 そう言うと、雪音は警戒の度合いを引き上げたようだった。顔に怯えの色が浮かんでいる。彼女は、絞り出すように訊いてくる。

 

「……身代金目的?」

 

「お前の家ってそんな金持ちなのか?」

 

 そう訊き返すと、雪音はこくりと頷いた。

 

「多分頼めば3億くらい余裕で出すと思う」

 

 それを聞いて、俺は心がぐらついた。身代金を貰えれば、働かずに監禁道に専念できる。だが……一度でもその理念を曲げて身代金目的の監禁に切り替えた瞬間、俺は道を踏み外したことになるだろう。

 

「俺は……そんなことのためにお前をさらったんじゃない」

 

「じゃあ、何のため……」

 

「お前とセックスするためだ」

 

 雪音は少し呆気にとられていたが、やがて、「何だ、それならいいや」と答えた。

 

「はあ?」

 

「というか、これからしばらくここに居させて。ずっと勉強から解放されたいと思ってたの」

 

「……そうか。まあどちらにせよ、お前の身体は俺が好きな時に好きなようにさせてもらうからな」

 

「お好きにどうぞ。まだ私の婚約者よりはましだから」

 

「婚約者いるのか? 高校生なのに?」

 

「いるの。お父様がこいつがいいって言って勝手にね。肝丘京太郎って言うんだけど。あれよりあなたの方が遥かにいいわ」

 

「あ、そう」

 

 俺はそれを聞いて、雪音とやろうという気が萎えてしまった。これほど彼女に抵抗がないのは予想外だった。男の侵入を嫌がる雪音と無理やりまぐわうイメージが、完全に破壊されてしまったのである。イメージが完全でない状態では、最高の行為は望めない。適当に性処理をしてもいいが、それは俺のポリシーに反する。レイププランを練り直さなくてはならないだろう。

 

「……今日はもういい。夕食にするか」

 

「あ、私ピザ食べたい」

 

「なんて?」

 

「ピザ食べたい。宅配ピザ。1回も食べたことなくて……皆食べてるんだけど。お父様は和食派だから、朝ごはんもお弁当も夕食も全部和食なの」

 

 思ったより厳しい、というよりもヘンな家庭だったようだ。それでちょっとずれた娘に育ってしまったのだろう。しかしそもそも雪音の貞操観念がもっとしっかりしていれば俺も今頃は楽しく行為にふけっていたはずである。如月家の父に一言もの申したい。

 

「分かった。今日はピザにしよう。その辺にある本とか漫画読むか、ゲームしてて待ってろ」

 

「あ、これが噂に聞く漫画……。どうやって読むの?」

 

 箱入り娘か。今時漫画を読んだことない日本人など、トキなみの絶滅危惧種だろうに。

 

 俺が読む方向を教えると、雪音は礼を言って、真剣に読み始めた。俺はそれをしり目に、出前を頼むためにそろりと部屋を出て鍵を閉めた。

 

「妙な娘拾っちゃったなあ」

 

 もっと怖がれよ! 嫌悪を露わにしろよ! イメージが崩れるじゃないか! ……と叫びたかったが、さらったものは仕方がない。しかも雪音のプロポーションは俺の理想だし、何もしないで解放するのは勿体なすぎる。男として、せめて1度は一夜を共にしなくてはなるまい。

 

 雪音を犯すイメージを構築しようと四苦八苦しながら、俺はピザ屋へのダイヤルを回した。

 

 

 

 



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御令嬢のお目覚め

 

 

 

 ジリリリ、とけたたましく鳴る目覚まし時計を止めると、俺はベッドから起き上がった。時計を見ると、針は朝7時を指していた。一瞬だけ仕事に遅れる、と焦ったが、よくよく考えると今日は土曜日、休日だった。

 

 薄給だが、週休2日という今時ありえないほどのホワイトさがウリの職場に感謝しながら寝巻を脱ぎ、ぱりっとしたシャツに身を包んだ。休日だからと言って、俺は遅く起きて生活リズムを崩すことはしない。そうしなければ襲撃の時に女の子の力を抑え込むための健やかな体を保つことはできない。その辺りは、監禁のプロとしての意識がついつい働いてしまうのである。

 

「……よく寝られたかな?」

 

 朝一番に必ず確認するのは、貴賓室の様子である。起きていれば朝食を用意しておくし、起きていなかったら静かに開けて冷めてもいい朝食―シリアルなどを置いておく。

 

 貴賓室のベッドには誰も居らず、毛布もめくれあがっていた。どうやらすでに起きているらしい。俺は台所で2人分のベーコンエッグとトーストを用意すると、雪音のいる貴賓室へ足を向けた。

 

「……あれ」

 

 ドアを開けて入ってみて、異変に気付いた。ベッドの上には雪音はいなかった。それは前もって知っていたのだが、この部屋のどこにもいないのだ。さては風呂に入っているのかと貴賓室に隣接しているユニットバスの部屋をのぞくが、そこにも誰もいなかった。

 

……まさか、逃げられた?」

 

 そんな馬鹿な。昨日ピザを渡した後もちゃんと鍵は閉めておいたはずなのに。そしてこの地下室から出られるのはあのドア以外にない。どうやって逃げたのか。

 

 俺がそう思ってあたふたし始めた丁度そのとき、衣擦れの音がベッドの向こうから聞こえてきた。慌ててそちらへ回ると、雪音はベッドからずり落ち、床の上で寝息を立てていた。ベッドの影になっていたので、入って来た時に見えなかったのだろう。

 

(ベッドで寝たことないのかね……)

 

 俺は呆れながら、雪音の身体を抱えてベッドに戻した。元々彼女の体温が低いからか、床で雑魚寝していたからか彼女の身体はひんやりとしていて、心地よい冷気を手のひらに残していった。

 

「……ん……んんっ」

 

 どうやらベッドに戻した拍子に目が覚めたらしい。雪音は声を漏らすと、ゆっくりとまぶたを開けた。俺が昨日ピザと一緒に渡しておいた白いパジャマは少し彼女の肩幅に比べて大きすぎたらしく、パジャマがずれて滑らかな鎖骨が露わになっていた。

 

 しかし頭ははっきりとしていないらしく、雪音は寝ぼけまなこのまま、むにゃむにゃと何かを呟いていた。

 

「お父様……今日は体調が悪いので学校を休ませていただいても……」

 

「体調が良くても今日は学校に行かせるつもりはないけどな」

 

 俺が答えると、雪音はようやく自分のいる場所と状況を思い出したらしく、はっと目をみはった。

 

「そうだった。 今は学校に行かなくてもいいんだった」

 

 それ以前に家の心配とか、俺に何かされなかったか不安がるとか、取るべきリアクションは他にもあるのではないだろうか。そう思いながらも黙ってトーストとベーコンエッグの載った皿をベッドの傍にある机に置いた。

 

 すると雪音は何を思ったのか、ズボンとパンツをずらしてその中を見ると、意外そうな顔をして俺の方に顔を向けた。

 

「私が寝てる間に犯らなかったの?」

 

「ああ」

 

 そう答えると、雪音は満足げに頷いた。

 

「そうよね。普通は相手が寝てる間に襲ったりしないよね。あなた、噂にきく紳士でしょ。美味しいご飯出してくれるし、学校に行かなくてもいいって言ってくれるなんて」

 

 彼女の紳士の定義は間違っていたが、それにつっこむ気にもなれない。

 

「……というか普通はって……前に寝てる間にそんなことが?」

 

 俺がそう言うと、雪音はええ、と答えて、

 

「……ちょっと前に肝丘……お父様が勝手に婚約させた男ね、その人が、私が寝てる間に布団の中に入って来たことがあるの。どうすぐ結婚するんだから、一夜を共にしても何ら問題ないはずだって」

 

「いや、あるだろ」

 

「そうでしょ? その時はなんとか部屋の外に追い出して、後でお父様に言いつけたんだけど……『肝丘くんとならいつでも交わっちゃってオッケーだぞ』って言われて……」

 

(やべーなお前の親父と婚約者) 

 

 いくら婚約者と言っても、互いの同意なしにその一線を越えれば、性犯罪にもなりうるのだ。そして父親ももう少し娘の気持ちを考えてやるべきではないのか。

 

「……まあいいや。朝飯食い終わったらその机に置いといてくれ。そのうち取りに来る」

 

 雪音が頷いたのを確認すると、俺は貴賓室の扉を閉め、台所へ向かった。自分の分のベーコンエッグもトーストも冷めてしまっていたが、温めなおすのも面倒なのでそのままトーストを齧りながら、テレビをつける。

 

『今日のニュースです。

 昨日の午後8時ごろ、〇〇町で如月雪音さん(17)が行方不明となりました。父親の甲州さんによると、学校帰りの途中で誘拐されたか、事故にあったのではないかとのことです』

 

 もうニュースになっていた。俺も監禁を始めた最初の頃はニュースを見るたびに見つかるのではないかとびくびくしていたが、最近では暇つぶし程度にしか思わない。雪音が綺麗な和服を着て上品に座っている写真を画面に映し出しながら、アナウンサーは読み上げを続ける。

 

『……甲州さんは「如月不動産」の社長でもあり、もし誘拐なら莫大な身代金の請求が目的だろうと警察はコメントしています』

 

 俺はそれを聞いて、拳をテーブルに叩きつけたくなった。俺はそんな不純な動機で雪音を誘拐したのではない。彼女の純潔を最高のシチュエーションで頂戴するという極めて純粋な、そして生物として当然の欲求を満たそうと努力する健全な考え方のもとに行動しているのだ。

 

 それに身体を好きにさせてもらう代わりに、監禁した女性には絶対に自分から暴力をふるうことはしないし、できるだけ希望は叶える。俺は監禁した相手をひたすら欲望の捌け口にするだけのような人間ではないのだ。

 

『雪音さんを見つけた方は県警まで連絡を……』

 

 俺はテレビの電源をぶつりと切ると、片づけのために食器を台所へ持っていこうとした。するとその時、ぴんぽーん、と玄関のチャイムが鳴った。

 

 こんな朝早くから一体誰だろうか。俺は一人暮らしだがちょっとした事情で一軒家に住んでいるので、金持ちと思われて新聞を取れと言うヤツや妙な宗教に入れと言ってくる者が来たりすることがあるのだ。この前などダイレクトメールで風俗店のサービスチケットがポストに入れてあったりした。貴賓室に誰でも俺好みの女を連れ込めるのでその時は、間に合ってますという返事を風俗店に送り返した。

 

「今開けます」

 

 俺がそう言って玄関へ走り、ドアを開けた。

 

「あ、こんにちは……」

 

 そこにはスーツを着た太っちょの男が立っていた。年齢は20代後半といったところで少し彫りが深く、頬と喉にたっぷりとついた脂肪が無ければまあまあな顔になりそうである。男は鋭い目で俺を見て、口を開いた。

 

「ちょっと訊きたいことがあるんですが」

 

「はあ……なんですか」

 

(むしろ何をしに来たのか、こっちが聞きたいけどな。)

 

と思いながらも、表面上はただ怪訝な顔をして、続く言葉を待っているふりをしていた。

 

「……お宅に、如月雪音さんはいらっしゃいませんか」

 

「……はい? 誰ですそれ?」

 

 俺はしらばっくれながらも、どっと背中から冷汗を流していた。どうしてこの男はその名前を出してくるのだろう?

 

「ニュース見なかったですか?」

 

「……いや、さっき起きたばかりなんでね。それよりこんな朝っぱらから、なんでうちに? あと誰ですか?」

 

 俺が逆に訊くと、男はああ、と言ってポケットから名刺を取り出すと、俺に手渡した。その名刺を右から目で追っていき、最後に書かれていた男の名前を見て、俺は愕然とした。

 

 

『如月不動産 専務 肝丘京太郎』

 

 

ー雪音の言っていた、婚約者の名前だった。

 

 

 

 



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肝丘と氷目

 

 

 

「くそ、しらを切りやがって……」

 

 肝丘京太郎は、忸怩たる思いを視線に込めて、目の前にある紅茶を睨みつけていた。昼間に会った男は、雪音を返せという肝丘の言葉に首をかしげて、あろうことか、「警察を呼びますよ?」と言ったのである。

 

 本当に警察を呼ばれると面倒だし、強行突破して雪音を助けるという手もあったが、男は肝丘より背が高く、体つきもしっかりしており、逆にこちらがやられてしまう可能性のほうが高かった。そのため肝丘は仕方なく撤退し、自宅へ戻って来たのである。

 

「………雪音……」

 

 肝丘は、あの男に囚われているに違いない雪音を想って、呟いた。あの男は一見して好青年に見えるが、裏では彼女を踏みにじり、人としての自由と尊厳を奪っているのだーそう思うと、肝丘の紅茶のカップを持つ手は震え、怒りのあまり床に叩きつけそうになる。

 

(落ち着け……あそこで引いたのは正解だ……まだやつも雪音を殺しはすまい。まさか雪音の身体だけが目当てではないだろう。身代金を得るために何らかのアクションを起こしてくる可能性が高い)

 

 肝丘が何もしなくても、あの男は出てくる。しかし、その時に雪音が殺されている可能性は存在する。そのため、肝丘は一計を案じていた。

 

 その時、こんこん、と肝丘の部屋をノックした者がいた。

 

「入れ」

 

 そう言うとドアを開け、1人の女が入って来た。栗色の髪を後ろで束ね、上のシャツにタイトスカート、タイツに至るまで全てを黒で揃えている彼女は、どこかの映画にでもでてきそうな女スパイのような雰囲気を漂わせていた。

 

「……今日は何の御用でしょうか?」

 

 彼女ー氷目玲香は肝丘の秘書だが、利権を狙ってくる敵企業やヤクザと渡り合う手腕も併せ持つ、右腕のような存在である。そして文字通りスパイの真似事もできるので、あの男から雪音を救い出すのに打ってつけの人材だった。

 

「……早速本題に入りたい。昨日、雪音が誘拐されたのは知っているな?」

 

「はい。それがどうかしましたか」

 

「場所を突き止めた。今日の夜、犯人の男から取り返してきてほしい」

 

 そう言うと、いつもは無表情を崩さない氷目も流石に驚いたのか、わずかに目を見開き、肝丘を見た。

 

「……どうやって?」

 

「僕は内緒で雪音の鞄にGPSの発信機を付けているんだ。いつでも居場所が分かるようにね。それで分かった」

 

「なるほど、理解しました。それで、今回はその雪音お嬢様の救出に向かってほしいというわけですね?」

 

「そうだ。話が早くて助かる」

 

 しかし、肝丘の言葉に氷目は少し首をかしげた。

 

「でも、警察に行った方がいいのでは? 私も普通の民家程度なら侵入できますが」

 

「……警察は頼りにならない。人質にされても困るから、君に頼りたいんだ」

 

「分かりました。では早速その男の住所を教えてください。今日の夜忍び込みます」

 

 

 

 

 

 氷目は目標の家の電気が全て消えたのを確認すると、目標の家に忍び寄り、玄関の前に立った。

 

(……ここに、本当にお嬢様が?)

 

 見るからに普通の一軒家である。下調べでは男が1人住んでいるだけらしい。確かにこれだけのスペースがあれば何人か監禁しておくのも難しくはないかもしれない。

 

 氷目は針金を取り出すと、鍵穴に差し込んで解錠を試みた。ピッキングは練習したことがあるので、この程度の鍵なら3分あれば突破できる。

 

 かちゃり。

 

 鍵が開いた。中にいる男を起こさないよう音を立てずに入り込み、暗視ゴーグルをつける。

 

 辺りは思いのほか片付いていて、掃除も隅々まで行き届いていた。氷目は足音を殺しながら家の中を探し回り、地下への階段があるのを見つけた。

 

(ここかな……)

 

 窓も無い可能性が高く、監禁するのには持ってこいだろう。しかしそれを開けようとしても、どうやら鍵が掛かっているようで、びくともしなかった。

 

(やはり鍵を掛けて……どこかにないかな)

 

 辺りを見回すと、近くにあった小棚の上に、小さい鍵が置いてあるのを見つけた。おそらくこれだろう、と思って鍵穴に差し込む。するとかちりという音がして、簡単に扉は開いた。

 

「……よし」

 

 氷目が部屋に入って中を見回すと、部屋の中央にあるベッドの上に、誰かが寝ているのを見つけた。そして顔をよく見ると、雪音であることは間違いなかった。

 

「起きてください、雪音様」

 

 小声で囁くと、雪音は目をしばしばさせて、呟く。

 

「………誰?」

 

「氷目です」

 

 ゴーグルを外し、部屋の照明をつける。雪音は驚きの余り目を見開いていた。

 

「説明は後にします。今のうちに脱出しましょう」

 

「脱出……?」

 

 後ろ手に雪音の手を掴み、つかつかと階段へ向かう。

 

「ええ。ここから出るんです」

 

「学校にも行くことになる?」

 

「はい、好きなだけ」

 

 氷目がそう答えた瞬間、後頭部に衝撃が走った。何か硬いもので殴られたようで、足から力が抜ける。

 

「……なっ……」

 

 視界がぐらりと揺れ、目の前が暗くなっていく。

 

(……馬鹿な……後ろには雪音様以外いないのでは……)

 

 どこかに犯人の男が隠れていたのかもしれない。氷目は己の迂闊さを呪いながら、床に倒れ伏した。

 

 

 

 

 

 

 

「………何だ、今の音は⁉」

 

 俺は地下の方から聞こえた何かの落ちる音で目を覚ました。顔を隠してから地下へ向かって俺が見たのは、ゲーム機を振り上げている雪音と、その前で倒れている見知らぬ女性だった。

 

「……何やってるんだ? あとその人は?」

 

「氷目さん。肝丘の秘書よ」

 

 昼はやけにおとなしく帰ったと思ったが、どうやら肝丘は俺を完全に黒とみなしているらしい。どうやって雪音の居場所を突き止めたのかは全くの謎だが、こうして人を送り込んでくるあたり、肝丘はその情報に絶対の自信があるのだろう。

 

「だけど、なんで助けにきた人を殴って気絶させちゃったんだ?」

 

俺の問いに、雪音はあっけらかんと答えた。

 

「この人、私を家に連れて帰って学校に行かせるとか言ったから……もう少しここにいたいわ」

 

俺は床でのびている女性ー氷目という名前らしいーを見て、少し気の毒になった。犯罪者の家から人を救い出すという無茶振りミッションに加えて、助けるべき対象ー雪音に殴られて昏倒しているのだから。

 

「ねえ……この人どうするの? まさかこのまま帰さないわよね?」

 

「まあな。しばらくここに居てもらうことになるかもしれん」

 

見れば、この氷目もなかなかの美人である。雪音とはまた違う色っぽさもある。

 

「……一応逃げられないように縛っといて、バスタブに入れとくか。目が覚めたら教えてくれ」

 

「わかったわ」

 

雪音は頷き、ベッドに戻って行った。そして俺は縄を持ってくるために立ち上がろうとしたとき、氷目のポケットから手帳がはみ出ているのを見つけた。

 

「手帳…?」

 

なんとなく気になったのでそれを回収すると、俺はいそいそと縄を取りに行った。

 

 

 



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利害の一致

 

 

 

 冷たいものが額に当たった拍子に、氷目玲香は目を覚ました。

 

「………!?」

 

 目を開けたとたんに飛び込んできたのは、板張りの天井と、仰向けになっている自分の顔の真上にある蛇口。そこから滴り落ちてくる水滴をかわそうとしたが、身体の自由が利かず、頬に水滴がこぼれる。その時初めて、氷目は自分が縄で縛られているのに気が付いた。

 

(そうか……私は、捕まったのか)

 

 確か、雪音を連れて脱出しようとしたところで背後から犯人の一撃を受け、気絶してしまったのだ。自分の油断といえば油断だったが、犯人は氷目のような人間が来るのを予想して罠を張っていたのかもしれない。

 

 氷目は何とか動いて縄を緩めようとしたが、固く縛ってあり、容易にほどけそうにない。しかしそのわりには縛り方はきつすぎず、首をよじって縛られている手首を見ても、うっ血してはいなかった。この結び方といい、手際の良さといい、犯人は肝丘の予想を大きく上回る技術と頭脳を持ち合わせている。バスタブに入れたのも、おそらく氷目を殺すのに都合がいいからだろう。刺殺するなら水で血を洗い流せるし、手っ取り早くバスタブに水をためて溺死させることができる。

 

 氷目は包丁を腹に何度も突き立てられる自分、そして水の中でひたすら空気を求めてもがく自分を想像して、さっと顔から血の気が引くのを感じた。雪音は身代金に換えることができるから生かされるだろうが、犯人にとって氷目など生かす価値はない。口封じのために殺されるのが落ちだろう。

 

(こんなことになるなら、来なければ良かった……)

 

 氷目が肝丘の無茶ぶりを受け入れたのは雪音を助けたいと思ったからでも、犯人の非道に憤ったからでもない。その理由は、ごく単純な一個人への想いからだった。

 

 氷目が何とか縄を解こうとしていると、風呂場の戸が、きい、と音を立てて開くのが見えた。

 

「……!」

 

 犯人か。もしそうなのだとしたら、氷目はここで殺される。わざわざ目を覚ましたころ合いを見計らって襲い掛かってくるあたり、相手は相当の嗜虐趣味を持っているらしい。その凄まじい悪意を自分の身体で受け止めねばならぬのだー氷目がそう思って恐怖に目をみはり、ドアを凝視していたが、そこからぴょこりと現れたのは、全く別の、予想だにしていなかった顔だった。

 

「あ、氷目さんもう起きてたの」

 

「雪音お嬢様……!」

 

 どうやら氷目の入れられた部屋は雪音の部屋と繋がっているらしい。要するに、雪音と2人で地下室の1つに閉じ込められているのだ。

 

「私も、捕まってしまいました」

 

「そうね。まあ大丈夫よ」

 

「何が大丈夫なものですか! あなたはまだ大丈夫かもしれませんが、私は多分、犯人に目が覚めてるのに気付かれたら殺されます! この縄をほどいてください!」

 

 氷目の言葉に、雪音は首をかしげて、少し考え込むそぶりをしていた。

 

「でもあの人、そんなに悪い人じゃないと思うの。私も身体を要求されたくらいで、あとはここを出なければ自由にしてていいのよ?」

 

「………」

 

 それを聞いて、氷目は呆れのあまり何も言えず、そしてこんな馬鹿を助けに来たのか、と涙が出そうになった。最初は雪音がストックホルム症候群(犯罪者と一緒に過ごすうちに親密になること)にでもかかっていたのかと思ったが、少なくとも強姦、拉致、監禁をした人間を悪い人ではないと言うのはよほどの聖人か馬鹿――雪音は後者である――しかいない。

 

 氷目が何も言わなくなったのを確認と受け取ったのか、雪音は「そうだ」と言って踵を返した。

 

「……どこへ行くんですか?」

 

「犯人さんのとこ。氷目さんが起きたら教えろって言われてるから」

 

「さっきの話聞いてました? 呼ぶのは止めてください」

 

「もう、心配性なんだから。大丈夫よ」

 

 氷目が呼び戻そうとしても、雪音は聞かず、部屋を出て行ってしまった。氷目は相変わらず身動きが取れない状態なので、慌てて動いても追いかけるどころかバスタブから起き上がる事さえままならない。

 

「……待たせたな」

 

 縄が少しずれたというところで、サングラスにマスクをした男が部屋に入って来た。手には何故か肉じゃがの入ったお椀と、一膳のご飯を持っている。

 

「……何する気ですか?」

 

「いや何。君の身体で女体盛りでもどうかと思ってね」

 

 あまりのおぞましさに、身体の芯から震えが走った。この男は氷目を殺す前に散々身体をおもちゃにするつもりなのだ――そう思っていると、男は「冗談だよ、冗談」と言って食事をタイルの上に置いた。どうやら氷目用の食事らしい。

 

「ご飯は粗末にしたらバチが当たるからね」

 

 どこのおばあちゃんだ、とつっこみたくなったが、自分の命がこの男の手の上にあるのは変わりない。押し黙っていると、やはり男の手が伸びてきた。何をするつもりだろうか、と警戒していると、男は氷目の縄をほどきはじめた。

 

「……縄を解いても暴れないでくれよ。押さえるの大変だから」

 

「縄を解くんですか?」

 

 氷目が訊くと、男は不思議そうな声で、

 

「そうだけど。……ひょっとして縛られてた方がいいタイプ? まさかそんな性癖もあるとは……」

 

「……ち、違います!」

 

 顔を紅潮させて反論したとき、氷目は男の言葉に違和感を覚えた。そんな性癖()あるのかとこの男は言ったのである。まるで他にも何か知っているようではないか。

 

 まさか、と思って男が縄を解いた後、氷目は自分の手帳がないか、ポケットをまさぐった。が、そこには何もない。手帳が無いことに狼狽していると、男は気まずそうに、手帳を差し出した。

 

「探してるの、これか?」

 

 

 

 

 

 俺が氷目に手帳を差し出すと、氷目は顔を真っ赤にしながら口をぱくぱくさせていた。何かを言おうとしているらしいが、恥ずかしさのあまり言葉が喉から出てこないらしい。

 

 氷目は俺から奪うようにして手帳を受け取ると、ぎゅっと胸の前で抱きしめた。

 

「……この中身、見ましたか?」

 

 彼女を気遣うなら、見ていないと嘘をつくべきだろう。しかしわざわざ持っていて見ていないというのも不自然だし、何らかのわだかまりが残る可能性もある。だから俺は正直に答えることにした。

 

「……ああ、見た」

 

 氷目の手帳には秘書らしく肝丘の予定や自分の予定が書きこまれていたが、仕事とは全く関係なく、明らかに個人的な興味で書き留めておいたような肝丘の行動の記録があったり、肝丘の写真が挟まっていたりもした。しかもその写真の中の肝丘はカメラを意識しておらず、ただ普通に歩いているだけだった。つまり、この写真は盗撮されたものである可能性が高い。

 

「いや、まあ個人の趣味なんだろうから、他人がとやかく言う事ではないかなって思うんだ。ただここまで来るとストーカー……」

 

「やめてください。犯罪者に言われたくありません」

 

 顔を手で覆いながら、氷目は絞り出すように答えた。そうだな、と言いながら、俺も見なければ良かったと後悔し始めていた。あれを見なければこのクールビューティーがデブ専プラスストーカー属性もちなどという不必要な情報を得ることもなく、今頃は棚ぼた感覚でつまみ食いさせてもらっていたはずである。

 

 しかし手帳に「今日の朝の京太郎さまの体重 94キロ」、「京太郎さまの使った歯磨き粉の回収に成功」などと書かれているのを見た日には、いかに彼女が美人でも、躊躇せざるを得ない。全く雪音といい氷目といい、最近はろくな獲物がない。釣りで例えるなら調理できないフグや毒があるかもしれないアオブダイを釣った気分である。

 

「雪音お嬢様は、知ってるんですか?」

 

「……いや、これを見たのは俺だけだ。あんたの肝丘ストーキングも、知らないはずだ。だからこれから一緒に生活する分には問題ないだろ」

 

「一緒に生活って……私もここに閉じ込められると?」

 

「当たり前だ。殺しはしないが、逃がしちゃまずいからな」

 

氷目はそれを聞いて、ふっ、と笑った。

 

「……私が肝丘様に頼まれてここに来たということは分かっていますよね? 私が戻ってこなかったら、流石にあなたが黒だということは一目瞭然では?」

 

「ぐっ……」

 

そう、問題はそこなのだ。逃がすと俺の正体はばれるし、逃がさなくてもいずればれる。将棋やチェスで言うところの「詰み」の状態である。血生臭い解決策ー例えば目の前の氷目を殺した後に手帳に住所が書いてある肝丘の家へ行き、これも殺害するーといった方法も無いわけではなかったが、俺のやり方ではないし、するつもりも断じて無い。

 

「ですから、ここは取り引きといきませんか」

 

俺が考え込んでいると、氷目は笑みと緊張を微妙なバランスで混ぜたような表情で、そう言った。

 

「取り引き?」

 

「はい。私はあなたが雪音お嬢様を監禁していることは勘違いだったと報告しましょう。その代わりに私を解放してください」

 

「……どうやって勘違いって言い張るんだ? 肝丘は雪音の居場所を知ってるみたいだったが」

 

「GPSの探知機をあなたが拾ってしまった体にすればいいでしょう。雪音さんの鞄に交通安全のお守りが入っているんですが、肝丘様はそれに居場所を発信し続ける装置を入れておいたと言っていました」

 

 半信半疑ながら雪音にことわって鞄のお守りの中身を見てみると、確かにその通り、小さな発信機が入っていた。発信機をつけるあたり、肝丘も氷目と同じようにどこかストーカーじみたところがあるようだ。

 

「これをあなたが拾っていたことにしましょう。それで雪音お嬢様はどこにもいなかった、と伝えておきます」

 

「そうか。でも、解放しても約束を破らないって保証はあるのか?」

 

「まあ、絶対にしないと確約する方法はありませんが……正直に言うと、雪音お嬢様があなたに監禁されている状況、私にとって好都合なんですよ」

 

 後半は声を潜めて、俺以外に聞かれまいとしているようだった。

 

「悔しいことに、雪音様は肝丘様の心を釘付けにしています。それゆえ私は身を引いて自分を押し殺して仕事をしてまいりました」

 

 身を引いて……? 俺はびっしりと手帳を埋め尽くしていた肝丘の行動記録を思い出して、首をかしげた。

 

「しかし今はどうでしょう? 雪音お嬢様は檻の中。 肝丘様はご傷心。これはチャンスではないでしょうか」

 

 どうやら氷目は俺が人殺しをしない人間だと今のやりとりのどこかで見抜き、策謀を巡らせる余裕が出てきたようだ。まあ俺としても彼女の提案に乗るしかないが、先ほどまで氷目に感じていた憐れみは1ミリも残ってはいなかった。

 

「……雪音はどうするつもりだ?」

 

「好きなようにしていいですよ。むしろもうしばらく監禁しておいてくださると助かります」

 

「ずいぶん薄情なんだな……」

 

「私の上司は肝丘様なので」

 

 指揮系統も違うし、恋敵でもあるのだから見捨てて当然と言わんばかりだった。おそらく肝丘に言われなければ、氷目は雪音救出に指の1本たりとも動かそうとしなかったに違いない。

 

……しかし周りがこんな人間ばかりで、果たして雪音は今までどんな生活を送って来たのだろうか? 好きでもない男と結婚させられるうえに父親にスルーされ、拉致監禁され、ついでに部下にも見捨てられているのだ。さらった俺が言うのもおかしい話だが、彼女は孤独だったのではないか。

 

 監禁しても何も不自由を訴えないのも、もともと彼女が孤独に慣れていたからだろう。つまづいたらそのまま倒れたままである方がよい、とは誰の言葉だったか。彼女の孤独への「慣れ」は天性のものではなく、周りの人間によって形成されたものなのかもしれない。

 

そう思うと、何故か雪音が、あのどこかずれたところのある世間知らずのお嬢様が、急に可哀そうに思えてきた。

 

 

 

 

 



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籠の中は自由

 

 

今までの雪音にとって、自由や解放という文字は、歴史の教科書の上に踊っている文字の羅列に過ぎなかった。

 

 勉強。手伝い。習い事。礼節。レールの上を行く人生。つまらないとこぼせば、友人からは贅沢な悩みだと鼻で笑われる。贅沢な悩みというものは理解者が少ない分、損だと思いながらも特に自分のしたいこともなかったので、親の示す「目標」に進まざるをえない状態だった。

 

 それを打ち破ったのは、白馬に乗った王子でも、改心した親でも、反抗しようと決心した自分でもなかった。

 

 常にサングラスとマスクで顔を隠し、雪音の身体を狙っている(もう好き放題できるのに手を出してこないのでこの表現が正しいといえるかは分からないが)犯罪者。彼の与えてくれた休暇は、雪音のきっちりかっちりとした操り人形のような日課を取り払った、ひたすら楽しいものだった。

 

 もともとそれほど体が強い方ではなく、読書や室内でできることが趣味だったため、監禁されても不自由に感じることは無かったし、「犯人」は食事を運んでくるとき以外でも話し相手になってくれることがある。あの家に比べると、遥かに自由だった。

 

 監禁されている今の方が以前より自由で、父親や肝丘よりも、この「犯人」の方に人間味があるように感じるというのも不思議な話だが、ともあれ雪音はこの状況を楽しんでいた。

 

 

 

 

 

「……はいっ、復唱! 『こちらへ来て……』」

 

「こちらに来てー」

 

「棒読み止めてくれ! 『さぁ、ベッドの中に……』」

 

「さあ! ベッドの中に!」 

 

「うん、気合入れすぎ。もうちょい緩く頼む。『もう我慢しきれないの……』」

 

「もう、我慢しきれないの……」

 

 くう、と雪音のお腹が鳴った。それで彼も流石に練習を続けようという気力が失せたらしく、「やめやめ。夕飯にしよう」と言うと、ドアを開けて出て行った。

 

 「犯人」は雪音の身体を目当てにさらってきたのはいいものの、いまいちアレをする興がのらないようで、シチュエーション作りから雪音とともに練習を始めた。今回は「カムカム夜の受付嬢」という官能小説の台詞を言わされたらしいのだが、雪音の壊滅的な演技力の欠如により、カムカム雪音計画は頓挫したようだった。

 

 彼も官能小説の内容など端から当てにしていないと言っていたので成功するとは思わなかったのだろう。それでも少し落胆していた。

 

「………はい、ロールキャベツ」

 

「犯人」が持ってきたロールキャベツはしっかりキャベツの芯まで火が通っていて、しかも中身のひき肉の中にはチーズまで仕込んであり、かなり手が込んでいた。彼は決して自分の情報を明かさないが、ひょっとするとどこかの厨房でコックでもしているのかもしれない。

 

「……そういえば、氷目さんはどうしたの?」

 

 てっきり氷目も監禁するつもりだろうと思っていたが、どういうわけか、彼はさっさと逃がしてしまったのである。せっかく雪音が何とか引き留めたのに、何故そんなことをしたのだろう。

 

「……いろいろあったんだよ。というかお前の家の関係者って皆ああなのか?」

 

「ああって……確かにお父様と肝丘は最低だけど、氷目さんは普通じゃないかしら?」

 

「そうか。そう思ってるならまあいい」

 

「犯人」はやれやれとばかりに肩をすくめると、ベッドに腰かけ、ロールキャベツをもそもそと食べている雪音の足元に、紙袋を置いた。

 

「……これは?」

 

「小説とか漫画とか。リクエストしたのもあるぞ」

 

 彼は官能小説を買うついでに雪音の欲しいという本を買ってきてくれていた。雪音のリクエストは「雪国」だった。たいていの人はこれが好きと言うと「なるほどー、で、本当は?」と訊いてくるのだが、大真面目に好きなのだった。

 

 彼は腕を組んで、独りごちる。

 

「『雪国』ねえ……アレしか知らないな。トンネルを抜けると、そこは雪国だったってやつ」

 

「私の名前もそこから取られてるのよってお母様は言ってたわ」

 

 ふふん、と自慢げにいうと、彼はなるほどね、と言って「誰がその名前を付けたんだ?」と何気なしに訊いてきた。

 

「………お父様」

 

「あ、そう……」

 

 

 

 

 

 

 

 俺は空になったお椀と茶碗を片づけ、サングラスとマスクを外すと、どっかりとソファに腰かけた。

 

「………どうもいつも通りに行かないな……」

 

 いつも通りであれば、今頃は彼女と愉しい夜を過ごしているはずだ。だが、あのしなやかな肢体に触れる前に興奮が冷めてしまうのがどうにも計算外だった。

 

 彼女の容姿に全く問題はない。むしろ世俗の垢に塗れていない無垢さと劣情をそそる身体が同居する彼女は、滅多に出会えない至高の身体を持つといっても過言ではなかった。

 

 しかし、彼女はシチュエーションというものの存在を理解していない。ただ()()だけでは面白みのかけらもない。反応や恥ずかしがる姿がいいのであって、それが動物と人間の交尾の違いだとさえ言える。雪音にはそれがないのだ。

 

 

(……まあ、それだけじゃないよな)

 

 父親の無理解、望まない婚約者(肝丘)、犯罪者予備軍(氷目)など、ろくな人間に囲まれていない分、同情もしていた。幸い母親はまともなようだが、他がこれでは……とここまで考え、俺は頭をぶんぶんと横に振り、無駄な思考を吹き飛ばした。

 

(他人の家庭を心配してる場合じゃないな。重要なのはこれからだ)

 

 まああの様子であれば雪音が外へ逃げようということはないだろう。一応俺は麻酔銃取り扱いの免許を持っているし、麻酔銃を所持しているので万が一があっても静かに連れ戻すこともできるのだが、雪音に限ってはその心配はない。問題は、彼女の雰囲気的な色気の無さをどうにかするという点だけだった。

 

(シャワーシーンは良いんだけどなあ)

 

 壁に備え付けられた隠しカメラで、シャワーの様子を録画してみたのだが、その時はアングル調整やカメラワークをうまく使いこなせばそのままビデオとして売っても問題ない程度にはよかった。(もちろん俺の目的は商売ではないのでそんなことには使わないが)

 

 口を開かなければ美人なんだけどなーと思った丁度その時、俺の携帯端末が、テーブルの上で震えた。通話相手は「非通知」となっている。

 

 俺は不審に思いながらも、電話に出た。

 

「もしもし」

 

「あ、氷目です。昨日はお世話になりました」

 

 電話をかけてきたのは、氷目だった。……しかし俺は彼女に携帯の番号を教えた覚えは無いのだが。そう思うと、ちょうど心でも読んだらしく、すぐに答えてきた。

 

「あなたの電話番号くらいちょっと調査すれば分かることですよ。もう住所も個人情報も割り出してあるので」

 

 流石ストーカー秘書。正体の分かっている相手の情報を探り出すことなど朝飯前ということか。仕方なかったとはいえ、すぐに帰すべきではなかったかもしれない。

 

(……まあこれでも警察が来ないんだから、氷目は本当に通報しないつもりってことか)

 

 氷目を逃がした時、俺は逮捕されるのを覚悟した。仮に警察の手から逃れることができたとしても、その先で食っていけるとは限らない。バイトをするにしても履歴書が必要だし、指名手配でもされれば打つ手はないのである。

 

「肝丘様には前の通りに言いました」

 

「……で、信じたのか?」

 

「はい。あなたを脅して聞き出したと言ったので」

 

 脅したという点では、間違っていない。

 

「拾ったお守りをなんで俺が持ってたか聞かれなかったか?」

 

「聞かれました。とりあえず拾った理由はあなたが信心深くて、バチが当たりそうだったというのにしておきましたが、どうでしょう」

 

「……まあ、それでもいいか」

 

 信心深い犯罪者というのもおかしな話だが、肝丘を丸め込むことができたのなら問題はない。……というかそもそも氷目への信頼が厚いから、多少怪しい話でも肝丘は信じたのだろう。

 

「肝丘様は再び雪音様の手がかりを探しています。通り一遍の調査で終わらせない、真面目な探偵を何人も使ったり、雪音様の周囲で怪しかった人物を徹底的に洗い出しているようです」

 

「……それで?」

 

「あまり大っぴらに活動することは避けてくださいということです。私の報告でマークは外されましたが、あなたはまだ肝丘様の警戒範囲内にいる可能性があるので」

 

「分かった。……まあもともと目立つようなことやってるわけじゃないし、大丈夫だろ」

 

「それでもいつもの数十倍は気を付けてください。私も雪音様に戻られたくありませんし」

 

「はいはい、わかったよ。もう話は終わりだな?」

 

俺がさっさと通話を切ろうとすると、氷目は「ちょっと待って」と制止した。

 

「雪音様は肺が弱いので、風邪になったらすぐに病院へ連れて行ってください。体も弱いですから、放っておくと重病になります」

 

 こうして通話していると、飼い猫を預かった時を思い出してくる。……あの猫は今回ほど手がかからなかったが。

 

「でも病院で誰かが雪音だと見抜いて通報されたらどうする?」

 

「……そうですね。ではそんな時は私に電話してください。病院に連れて行きます」

 

「恋敵だから見殺そうとは思わないんだな」

 

「雪音様に罪はないわけですしね。存在は邪魔なんですけど」

 

 あちらこちらに不穏な言葉が入るが、氷目は万一の時には雪音を助けるつもりであるらしい。ある意味で俺と彼女は共犯者のようなものなので、俺が捕まった時のことを考えてのことなのかもしれないが、助けがあるにこしたことはなかった。

 

「じゃ、これで切ります。肝丘様や探偵の皆様方と雪音様の捜索方法を練らなくてはならないので」

 

 これから氷目は何食わぬ顔で雪音捜索会議に出席するのだろう。肝丘も信頼している秘書が俺と手を組んでいるとも知らずに必死に捜索方法を考えようとするのだから、少し気の毒である。

 

 俺は通話が切れると携帯の電源を切り、テーブルに置こうとして、くしゃみをした。すでに外は暗く、冬の冷気が断熱効果の薄い我が家に侵入して来ているらしい。

 

 俺はさっとカーテンを閉め、窓際に置いてあったエアコンのリモコンを取り、電源を入れようとした。

 

「………?」

 

 カーテンを閉める直前に、さっと何かが塀の向こうで動いたような気がしたのだ。しかし俺がカーテンを再び開いて確認すると、そこには誰もいなかった。

 

 

 




誤字報告をしてくださった方々、本当にありがとうございます。いつもはメールでお礼をしているのですが、覆面投稿ですからそれもできず、ここでお礼を言わせてもらうことにしました。

これからは誤字がないように気をつけます。


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探偵は見た

 

 

 

 1月の半ばともなるとますます冷え込んできて、素手で水に触るのはひどくつらい仕事になる。しかも今晩は大雪になるらしく、夕方からちらちらと雪が降ってきていた。

 

「お疲れさまでしたー」

 

 一日の終わりに行われるミーティングを終えると、三須要は先輩の従業員とともに更衣室へ向かった。先ほどうっかり足を滑らせて作業服を泥だらけにしてしまったので、早く着替えたい。そう考えながら早歩きをしていると、横から先輩従業員の東雲がぽんと肩を叩いてきた。

 

「おい三須。洗濯機に入れに行くんなら、俺の分も洗っといてくれないか?」

 

 これだけ聞くと三須が高校を出る直前によくやらされていたパシリのようだが、東雲は仕事を丁寧に教えてくれたり何かと気前よくおごってくれたりしているので、その程度の頼みはやぶさかでない。

 

「あ、オッケーっす。真田さんは?」

 

「……必要ない」

 

 もう1人の寡黙な従業員ー真田は、面倒くさそうに答えた。お喋りで面倒見のいい東雲とは対照的に、寡黙で何事にも我関せずという姿勢を貫くこの先輩が、三須はどうにも苦手だった。

 

 三須が洗濯所から戻ってくると、東雲はすでに私服に着替え、肩に鞄をかけていた。

 

「お、サンキュ。俺、今日は早めに帰るから鍵頼むぜ」

 

「あ、分かりました」

 

「あと今、真田が外に飲み物買いに行ってるから戻って来るまで待っててやってくれ」

 

 東雲は更衣室の鍵を三須に渡すと、足早に部屋から出て行った。最近スポーツジムに通い始めたそうで、早めに帰ることが多い。とはいっても東雲は飽きっぽい性格らしく、何度もその手のジム通いや資格取得を試みては放り出している。始めた頃はこのように早めに帰るが、いつも通りの時間で帰るようになるころにはもうその興味も失せている。

 

「雪積もったら電車止まるかもしれんぞ。お前も早めに帰っといた方がいい」

 

「分かってますって。俺もさっさと帰るつもりですから」

 

 東雲が出ていった後、三須は着替えて椅子に座り、真田が戻ってくるのを待った。ここから自動販売機まで往復で15分はかかるので、まだ時間がかかる。ため息をつきながら、三須は自分の携帯端末の電源を入れた。

 

『20時から打ち合わせ』

 

 三須はここ1年ほどバイトとして動物園に勤めているが、もう1つの副業がある。それは、私立探偵業である。

 

 昔から名探偵にあこがれていた……というわけではなくただ単に思い付きで始めた副業だったが、思いのほかうまくいっている。浮気調査や飼い犬探しといった依頼が大半だが、堅実に仕事を成功させていくうちに評判が少しずつ上がり、仕事も増えてきている。そして今扱っている仕事は今までにないほどビッグな仕事である。

 

 行方不明の令嬢を探す。

 

 今、巷でニュースを騒がせている如月家の令嬢誘拐事件。警察だけでなく、如月の人間たちも一刻も早く雪音を探し出すため、信頼できそうな探偵を集めて探させており、三須はその探偵の1人なのである。

 

 探し出せたらまとまった金が入ってくるし、三須の評判もますますうなぎ登りだろう。絶対に成功させなくてはならない。

 

 三須は依頼主ー肝丘から受け取った雪音の写真を見て、頭にその顔を焼き付けていた。しかし監禁されていれば彼女が外にいる可能性は薄いし、結局は聞き込みで地道に怪しい家を探していくしかない。

 

 そう思っていると、急に大音量の「喜びの歌」が流れ始め、三須はあやうくもたれかかっていた椅子から転げ落ちそうになった。

 

 見回すと、どうやらテーブルの上に置いてある携帯が音源のようで、真田が置いて行ったものだった。

 

(ったく、うるせーなあ)

 

 おそらく何らかの理由でタイマーでもセットしていたのだろう。それを忘れてここに置いて行ったのだ。

 

 三須はさっさとその耳障りな演奏を止めるため、真田の携帯に触れた。ぱっと画面が明るくなり、背景に黒髪制服の美少女の映った画面が表示される。

 

 パスワードもかけていないのかとその不用心さに驚いたが、とりあえずタイマーを切ると三須はそのまま携帯をテーブルに置こうとした。

 

「………?」

 

 ふと何か違和感があったような気がして、三須はもう1度真田の携帯の電源を入れた。

 

 画面上に表示されるアプリは何の変哲もなく、いくつかゲームやSNSのものがあるくらいだ。そして三須が引っかかったのは、アプリではなくその背景に使われている女の子の画像の方だった。

 

 その顔は、自分が先ほどまで見ていた如月雪音の顔に酷似していたのである。

 

 三須は自分の携帯で雪音ので写真をそれと見比べ、間違いなく彼女であることを確認した。しかし、写真の中の彼女は全くカメラを意識していないようで、おまけにニュースで出回った写真(全てチェックした)ではない。

 

(盗撮だな)

 

 写真を撮られると分かっている時は、被写体の表情や体の向きで分かるのだが、写真の中の彼女は明らかにカメラを意識しておらず、おまけにただの電車通学中の写真である。明らかに異常だ。

 

 そう考えると、真田はいったいこの写真をどこで手に入れたのかということになる。まさかネットで雪音が誘拐される前に彼女の写真を勝手にアップロードするような暇人はいないだろうし、真田自身が撮影したものかもしれず、そうなると誘拐事件と何らかの関係性を持っている可能性も出てくる。

 

(まさか……な)

 

 三須はひとまずその写真を自分の携帯で撮り、真田の携帯を元の場所に戻した。もしも如月家が公開した雪音の写真でなければ、真田が犯人というのも十分にありえる話である。

 

 三須は少しの興奮を覚えながら、自分の携帯をポケットに入れた。

 

 

 

 

 

 

 シンプルに行こう。

 

 靴がずぶずぶと埋まるほど深くなりつつある雪を踏みしだきながら、俺は動物園から帰ってきた。そしてその途中で、雪音との行為を最高の体験にする方法を模索し、その結論にたどり着いた。

 

 複雑なシチュエーションを理解させるのは面倒だし、演技もできないときている。世の女性の中にはアレをするときに気持ちよい演技をするという者もいるらしいが、雪音にはそんな器用な真似はできないようである。

 

 それゆえに、雪音の身体を愉しむ方法はむしろそれを逆手にとり、その無垢さを汚すという感じで行くのが1番だろう。最初は反応がいまいちかもしれないが、慣れてくれば彼女もだんだんとその感覚を理解するようになるだろう。

 

 俺は帰宅してすぐに風呂に入って汗を流すと、地下室へと急いだ。今回は息苦しくならないが、ぺったりとはりつくゴム製の面を被って顔を隠している。いつものサングラスやマスクだとふとした拍子に取れてしまうかもしれないからだ。

 

 俺は貴賓室に入って、ベッドの上で突っ伏していた雪音に言った。

 

「雪音。風呂に入ってくれ。今からやる」

 

 純潔でいられる最後の時間だ。しっかり身体を清めて、そして改めて俺が彼女の初めてを奪う。処女を喪う前に、それと別れを告げる時を設けるのが、俺の流儀の1つでもあるのだ。

 

 雪音は手をついて起き上がると、ふらふらと立ち上がった。

 

「…………ああ、分かったわ……今からシャワー浴びて……来る」

 

 今まで連れ込んだ女性はだいたい嫌悪の表情を浮かべたが(当然である)、雪音はやはり自分の貞操に興味がないのか、ずいぶんあっさりと承諾した。しかしよく見るとその顔には赤みがさし、眼もどこか焦点が合っていないように見える。

 

「どうした?」

 

「……いや、何でもない……」

 

 やはり乙女らしく恥じらいはあるのだろうか。それとも今までは虚勢を張っていて、本当に犯されるとなった時に初めて事の重大さに気付いたのか。

 

 しかし俺の予想が両方外れていたことは、数秒後に分かった。着替えを持って風呂場へ行こうとした雪音が、突然倒れたのである。

 

 ばさり、とタオルと着替えが舞い、床に力尽きた雪音の身体が落ちる。俺は雪音に駆け寄った。

 

「どうした⁉」

 

「……本当に、大丈夫よ……?」

 

 俺が抱きかかえると、彼女の息が俺の二の腕に当たった。息が荒い。そして前に触れたときよりもはるかに雪音の体は熱かった。

 

「風邪だな。いつからだ?」

 

「……今日の午後から。頭がぼうっとしてて……でも大丈夫。病院に行けないでしょ?」

 

ふふ、と笑った雪音には、およそ生気というものが感じられなかった。氷目の言うとおり、雪音は体が弱いのだろう。俺は携帯を取り出すと、事前の打ち合わせ通りに氷目に電話を掛けることにした。

 

「お前の場合はただの風邪でも放っておくとまずいことになる。嫌と言っても絶対に病院には連れていくからな」

 

「……犯人だとバレたら困るのはあなたじゃないの?」

 

「まあそうだな。でもそれ以上にお前に死なれたら困るんだよ」

 

「………なんで?」

 

俺は、一瞬だけ言葉に詰まった。俺は不思議そうに見上げる彼女から少し目をそらして、答えた。

 

「お前と、やりたいから」

 

雪音はぽかんと口を開けていたが、やがてくすりと笑って呟いた。

 

「えっち」

 

いたずらっぽく、それでいてどこかはにかんだような雪音の笑みは、これまで見てきたどんな人間の表情よりも美しかった。そ少し手で触れれば砕けてしまいそうなほどの儚さをもったそれは、俺の目を釘付けにするには十分だった。

 

俺は携帯のコーリング音を聞きながらそこに突っ立っていたが、はっと我に帰ると、携帯を見た。

 

『電話をお呼びしましたが、お出になりません……』

 

何度もかけ直すが、結果は同じだった。

 

(氷目っ! 肝心な時に何で出ないんだ!?)

 

氷目をあてにすることはできない。かといって、このまま雪音を放っておくことも不可能だ。すでにおそらく40度近い熱がでている。彼女の体がもたないだろう。

 

「……どうしたの?」

 

「何でもない。ちょっと待ってろ」

 

俺はタクシーを呼ぼうと思ってサイトを見たが、大雪のせいですでに先約ばかりらしく、呼べないということだった。俺は車を持っていないので、何かに乗って病院へ連れていくことは不可能だ。

 

(なら、どうする………?)

 

電車? 駄目だ。駅には近いが、おそらく運行していない。 救急車を呼ぶか? しかしそれでは身元が割れてしまう……。

 

俺は思考を巡らせ、1つの結論にたどり着いた。

 

「分かった。徒歩で行く」

 

「……え?」

 

「歩けば30分だが……俺がおぶってやる。できるだけ暖かい格好をしてくれ」

 

俺は雪音に俺のセーターとコートを渡し、こちらは面を取って、サングラスと紙マスクをつけた。

 

「そんな格好してたら、怪しまれない?」

 

 雪音は熱に浮かされているのか、焦点の合わない眼でこちらを見ていた。早く行かなければならない。

 

「……心配する必要はない。今は自分の身体のことを心配してろ」

 

 そう言って俺はしゃがみこみ、背中におぶさるように雪音に示す。すると雪音は戸惑ったような表情をした。

 

「……本当に私を背負って病院に?」

 

「ああ。早くしてくれ」

 

 雪音は、おずおずと遠慮がちに俺の肩に腕を回した。

 

「……ちゃんとくっついてないと落ちるぞ」

 

 俺がそう言うと、雪音はぎゅっと手に込める力を強め、背中にぴったりと胸を付けた。雪音の吐息がうなじを撫で、背中から伝わってくる体温はまた上がっている。

 

「行くぞ」

 

 俺は貴賓室の鍵を開けると、暗い階段を上る。そして玄関へ向かう途中で俺の家の様子を見て、雪音は呟いた。

 

「私を出さないんじゃなかったの?」

 

「今回だけは例外だ」

 

 俺は家を出ると、雪音を背負いながら雪の積もった道に向かって歩き始めた。

 

 



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三途の雪原

 

 

 

ー雪音。雪音ちゃん。

 

 顔を上げると、母親の顔があった。雪音と同じ、真っ黒な髪を腰まで伸ばし、白い着物を着ていた。雪音はくすりと笑いかける母親を見て、目をみはった。

 

「どうしたの? そんなに驚いた顔をして」

 

「……ううん、何でもない」

 

 周りを見回すと辺りは真っ白で、足の裏に伝わってくる冷気から、雪が積もっているのだなと理解することができた。そしてどんよりと曇った空からちらちらと降ってくる雪だけで、地平線の向こうには何もない。この世界には、雪音と母しかいないのだ。

 

「最近、学校はどう?」

 

「…………行ってない」

 

「駄目じゃない。ちゃんと行かないとお母さん怒るわよ」

 

 雪音は黙って頷いた。すると母は「学校に行く約束よ」と、小指を出してきた。そして雪音の小指を絡ませると、勢いよく振って、歌うように言った。

 

「指切りげんまん、嘘ついたら針千本のーます、指切ったっ!」

 

 ぱっ、と指を離すと、母はにこりと笑った。

 

「これで約束よ。破ったら駄目」

 

 雪音は子ども扱いされるのに少しむっとしたが、それも仕方ない事だと思った。そして、答えの分かり切っている問いを、母に投げかけた。

 

「お母さん。ここはどこ?」

 

 それを聞いた母は不思議そうな顔をして、首をかしげた。

 

「……何でそんなことを訊くの? あなたなら分かるでしょう? 私の賢い雪音なら」

 

「……うん」

 

 これは夢だ。雪音は最初から気付いていた。現実での雪音は今頃高熱に浮かされて意識を失っているはずだ。だからここは、雪音の思い出が作った空間に過ぎない。

 

 そして雪音がそれに気づいたのは、周りの景色が普通ではありえないからーではなく、母親が目の前にいるからだった。

 

母は数年前に、病気で死んでいる。

 

「……そうね。今話している私は、あなたの思い出の中の私よ。本物の私じゃない……」

 

 目を伏せて、母は悲し気に呟いた。

 

「お母さん。なんで死んだの?」

 

 母が生きていたころは肝丘もそれほどちょっかいをかけてこなかったし、父親が無関心でも心の支えがあった。しかし母が死んでからはスケジュールに押しつぶされそうになりながら、壊れないように、用意されたレールから外れないように生きるだけだったのだ。

 

「……何でって言われても、私はあなたが分かること以上のことは答えられないのよ」

 

 所詮は、この母の姿も雪音の心が生んだ幻影なのだ。雪音の知識と思考可能な範囲を超えることはできない。

 

「……でもね、私は雪音が気づいてないことなら知ってるのよ」

 

「気づいてないこと?」

 

 雪音が訊き返した時、雪音の名を呼ぶ声が、どこからか聞こえてきた。空からでも、この地平線の彼方からでもない。ただ必死に呼ぶ声が大きくなってくるのだけが、はっきりと分かった。

 

「………そろそろあなたは帰らないとね。だから最後に、1つだけ教えてあげる」

 

 母の姿が、歪んだ。母だけでない。世界も、雪音自身の身体も、全てのものの境目が無くなって、無へと帰そうとしていた。意識がぷっつりと途切れる直前、母の声が聞こえてきた。

 

「あなたの近くにいる人は、絶対にあなたを支えてくれる」

 

 

 

 

 

 

 

「………雪音! 雪音!」

 

 うっすらと目を開けると、見知らぬ男が雪音の肩を掴んで揺さぶっていた。急に目に飛び込んできた光で顔は見えなかったが、声は、いつも聞く犯人の声だった。

 

「あー、あんた、患者をそんなに揺さぶらんでくれるか。脳震盪を起こすかもしれん」

 

「黙れヤブ! じゃあさっさと雪音の意識を取り戻してくれ!」

 

「ヤブとはなんだヤブとは! だいたいあんたがこうなるまで放っておいたから……」

 

 男と罵り合っていた医者が、ふと口をつぐみ、雪音を見る。しわくちゃの手をぷるぷると震わせながら、雪音を指さした。

 

「……おい、目を開けとるぞ!」

 

「何⁉ おい、雪音、聞こえるか!」

 

 雪音が何とか頷くと、男は安堵の息をついた。

 

「運んで来たら意識が無いから……どうしようかと思った」

 

 雪音は仰向けに寝かされており、照明の逆光になって男ー犯人の顔は見えなかったが、彼は本気で雪音のことを心配しているようだった。

 

(私の近くにいる人……ね)

 

 そういえば、母が死んでから、心配されるということが1度も無かったような気がする。父親はもちろん、肝丘はそんなことは考えていないだろうし、氷目も雪音のことを気にかけている様子は無かった。

 

 そんな中で彼が雪音の心配をしているという事実が、雪音の凍った心を少し溶かし、温めたーような気がした。

 

 

 

 

 

 

 俺が雪音を連れてきたのは、こぢんまりとした診療所だった。今は雪音を別室で寝かした状態で、老医師に雪音の状態を聞いていた。

 

「解熱剤を飲ませたから、しばらくは大丈夫だ」

 

「ありがとうございます。……あと、ヤブなんて言ってすみませんでした」

 

「まあ最初はわしの若い頃のあだ名、なんで知ってんだってびっくりしたけどな」

 

 マジでヤブだったのかよ、と思わないでもなかったが、雪音の熱を下げてくれたし、処置はまともだったので、この際は何も言うまい。医師は話し続ける。

 

「原因はただの風邪だろうな。あの子が落ち着いたら帰ってもらって結構だ」

 

「薬とかは貰えるんですか?」

 

「まあ抗生物質を少し出しとこう」

 

 医師はさらさらと何か書きつけていた。おそらく処方箋だろう。

 

「あ、どうも」

 

 俺がお礼を言うと、医師は「ところで」と、言って、こちらを見た。

 

「……あの子の顔。どっかで見たような気がするんだよな……」

 

「……気のせいでしょう」

 

 普通、ニュースで行方不明の人間の写真を見ても、覚えていることはまれである。表面上は心配そうにしても。自分にとっては関係ないという心理が流れているので、すぐに忘却の彼方に消え去ってしまう。だからこそ雪音を病院に連れてくる決心をすることができたのだがー

 

(このジイさん、伊達に医者やってないな)

 

 このまま雪音のことを思い出されでもしたら厄介だ。俺はこの病院に入る前に怪しまれないようマスクとサングラスを外しているので今は素顔をさらして話しているのだが、ここから足がつくかもしれない。

 

「うーん、何だったかなー。頑張れば思い出せそうなんだが」

 

 医師は首を捻りながらうんうんと唸った。頑張らなくていいからさっさと仕事に戻ってくれないか、と少しいらいらしながら見ていると、「思い出した!」と言い、手のひらをぱんと叩いた。

 

「アレだ! 誘拐されたって話!」

 

 心臓に杭を打ち込まれたような感覚が俺を襲った。じっとりと背中から嫌な汗がにじみ、喉がからからになる。それでも俺は表面上は呆れたような顔をして、否定した。

 

「……冗談はやめてくださいよ。似てるってだけですよね」

 

「いや、誘拐された娘の名前も雪音というだろ? 同一人物じゃないか」

 

 万事休すか。あの時は焦っていて本名で呼んでいたが、迂闊だった。何か偽名を作っていればよかった。

 

「いや、いや、いや、面白いことになった!」

 

 医師は興奮し、携帯電話を取りだした。まずい、警察を呼ぶ気だー

 

 俺は立ち上がり、医師の携帯を奪うために飛び掛かろうとした。その時ー

 

 ばん、と勢いよく後ろの扉が開く音がした。俺と医師が驚いてそちらを見ると、そこにいたのは栗色の髪を束ねた黒スーツの女性ー氷目だった。氷目は俺と医師がつかみ合いをしようとしているのを見て、何が起きたのかを了解したらしかった。そして、医師の方へ目を向けると、静かに言った。

 

「まずは1つ……ここで知ったことは決して口外しないでくださいね?」

 

 

 

 

 

 俺は横になっている雪音を後部座席に運び込むと、服に少しついた雪を払って氷目の車に同乗した。時計を見ると、針はすでに0時を回っていた。俺は自動販売機で買ったお茶のペットボトルの蓋を回しながら、氷目に訊いた。

 

「……あのジイさん、何でお前の言うことに従ったわけ?」

 

 氷目が来ると、医師は興奮が嘘のように冷め、ただ氷目の言うことに頷くことしかできなかった。それで俺のピンチも切り抜けることができたのだが、その理由は何故なのだろうか。

 

「あの人はギャンブル狂でしてね。所有権が人の手から人の手に渡って、今現在あの診療所は如月家が差し押さえてるんです。管理は私に委託されてるんですけど」

 

 つまりあの医師は氷目に命綱を握られている状態なのだ。俺はよく知らないが、診療所が無くなればあの老齢ですぐに他の病院に就職することは難しいだろう。

 

「……なるほどね。で、何で俺と雪音があそこにいると分かったんだ?」

 

「ちょっとあることで連絡したくて電話したんですが、あなたが出なかったので家まで行きました。そのあとピッキングで入ってあなたのパソコンを調べたら、履歴にこの辺の病院が出ていたので、ここに来た次第です」

 

 さらりと言うが、家宅侵入について全く罪の意識が無い。これだからストーカーは……と俺が呆れていると、氷目は運転しながら、ため息をついた。

 

「だいたい、あなたが電話に出ないからわざわざ家まで行かないと行けなかったんです。どうして何も言わずに自分で雪音様を病院に連れて行ったんですか。あなたが捕まったら私も困るんですよ」

 

「……仕方ないだろ。こっちが電話したときに出ないんだから。20時ごろにかけたんだが、何かしてたのか?」

 

 そう言うと、氷目は「そうだ」と呟くと、何か重大なことを思い出したように唇をきっと引き締めた。

 

「……はい。私があなたと連絡を取ろうとしたのもそのためなんですが……三須という人を知っていますよね? あなたの職場に入って来た新人だと思うんですけど」

 

「どこまで調べてるんだ? 気持ち悪いんだが」

 

「私は肝丘様一筋ですので気にしないで結構です。それより三須という人を知っていますよね?」

 

「……まあな」

 

 三須は新しく入って来た高卒の新人で、仕事ぶりも真面目な気のいい男である。天然パーマ、無害そうな柔和な顔をしているせいか、動物園を訪れる子供にはウケがいい。以前などモンキーコール(サルの物まねをせがまれること)をされていた。

 

「その三須さんがうちで雇ってる探偵って、知ってました?」

 

 俺は、飲んでいた緑茶を吹き出しそうになった。あいつが、探偵だったって? 幼稚園児の「モンキーコール」で引っ込みがつかなくなってフェンスをよじ登ろうとして落下し、尾てい骨を折ったあいつが?

 

「……まじか」

 

「ええ、まじです」

 

 氷目が重々しく頷いた後、彼女の唇は俺の恐れていた一言を紡ぎだした。

 

「しかもおそらく………彼はあなたが誘拐犯であることを勘づきました」

 

 

 

   

 



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錯綜する思い

忙しすぎて間が空いてしまった…すみません。


 

 

 

ー如月雪音の病院騒動の数十分前ー

 

 

 

「氷目さん。俺、犯人を見つけたかもしれません」

 

 席につくやいなや、三須はそう口火をきった。今日は依頼人が捜査の進捗を尋ねに来る日で、待ち合わせの場所はなぜかファミレスだった。もう20時なので食事に来る客も多く、周りは騒がしい。

 

「……本当ですか?」

 

 氷目ー依頼人の肝丘の秘書らしいーはそう聞いてきた。前に会った肝丘は弱肉強食の不動産業界で自社を大きくした実業家らしく妙な威圧感を覚えたが、彼女もなかなか彼に勝るとも劣らない。三須は少し気後れしたものの、頷いた。

 

「この目で見たんですよ。携帯を見たら雪音さんの写真があったんです」

 

「………それだけで犯人だと決めつけられますかね?」

 

「見るからに盗撮なんですよその写真。出回ってる写真でもないですし」

 

「そうですか……」

 

 氷目は珍しくたじろぐような様子を見せた。いつもはただ報告を聞いて2、3質問をして終わりなのだが、今回の報告にそれほど驚いたのだろうか。顔には出さず、しかし得意な気持ちになっていると、氷目はおそるおそる、といった調子で聞いて来た。

 

「……その人の……そうですね。勤め先はどこですか?」

 

 三須はその質問の意味をはかりかねてしばらく黙っていたが、素直に「動物園です」と答えた。

 

 ひょっとすると氷目や肝丘の手元には他のつてで犯人の情報が集まってきており、犯人のおおまかな情報は分かっているのかもしれない。だから三須の情報と照らし合わせて、犯人の実像と合致するかどうかを確認しようとしているのではないか。

 

「………なるほど、わかりました」

 

 氷目はそう言った直後、感謝の言葉をかけられると思っていた三須に予想もしない言葉をぶつけた。

 

「今日限りであなたを解雇します。……全く、そんなあやふやな根拠で来られても困るんですよね」

 

「………は?」

 

「……まず我々……もちろんあなたを除いた他の探偵の方々も含みますが、その見解では別の人間が最重要な人間として浮上してきています。あなたは今まで何も収穫はありませんでしたし……それにあなたの勤める動物園の同僚が犯人だった、というような思いつきが通じるとでも?」

 

「でも、実際にそうなんだから……」

 

「もういいと言っています。契約解消のお金は後で振り込んでおきますので、今日はどうぞお引き取りください」

 

 どういうことだ、と三須はあせった。あれは犯人であるという証拠になるはず。しかし氷目は頑なにそれを否定している。……他の探偵、そして彼らの見解が一致している……要するに、依頼人や彼女は他の探偵の説を信じ、しばらく成果をあげられなかった三須を解雇する、ということなのだろう。

 

「………俺の話を聞いてください。絶対に俺が正しい」

 

 そう言うと、氷目は冷たい目で三須を一瞥し、立ち上がった。

 

「もうあなたと話すことはありません。仕事のお話もこれかぎりということで」

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ!」

 

 三須の声にも構わず、氷目はさっさと歩いて行ってしまった。三須はただ悔しさと熱意を持っていた仕事がなくなった虚無感とを同時に感じ、そこに立ち尽くすだけだった。

 

 

 

 

 

 

「……そんなことがお前の寝てる間にあったんだ」

 

 俺はベッドのそばで氷目から聞いた話を雪音に語っていた。……しかし俺が携帯の待ち受けを盗撮写真にするようなうかつな真似をしたことがあっただろうか? まあ一応雪音を誘拐する前に背丈の確認や周囲の様子を調べるために盗撮写真はあったが、待ち受けにすることは多分無かったはずなのだが。

 

「………その三須さんって人、可愛そうね」

 

 雪音はそう言うと、くしゅん、とくしゃみをした。俺は毛布を掛け直しながら、彼女の額に手のひらを当てて熱を測った。

 

 まだうっすらと残っていたが、熱は十分下がっていた。昨日に峠を越えたおかげか、すぐに体調は良くなってきているようだった。雪音は何故か頬を赤くしながら、言葉を続けた。

 

「氷目さんは、その人が真実にたどり着きそうだったから排除したんでしょ? 本当のことを伝えようとしてるのに、それを聞いてもらえないなんて」

 

「……うん、まあ悪い奴ではないんだがな……」

 

 だが、俺の正体には相変わらず気付いているという事だろう。これから奴と会うときには気をつけなければならない。少なくとも携帯に入れている雪音の写真は全部移し替えるか削除するべきだ。

 

 そんなことを考えていると、雪音はそうだ、と言って俺の方を見た。

 

「そういえばまだ読みかけの本があるの。読んでもいい?」

 

「……やめとけ。昨日あれだけ熱出してたんだし、今日くらい安静にしててくれ」

 

「ちぇ」

 

 雪音は詰まらなそうに毛布に顔をうずめると、そのまま完全に布団を被ってしまった。

 

「……でも、ずっと寝ててもいいっていうのは最高ね」

 

 俺は呆れながらも、少し笑った。思ったよりも雪音は回復しているのかもしれないーならば、明日は軽いものを朝食にした方がいいかもしれない。

 

「……ところで、明日の朝食は何がいい?」

 

すると雪音は毛布を被ったまま、「イチゴジャム」と答えた。

 

「分かった。じゃあ明日はジャムトーストにしよう」

 

そういえば冷蔵庫に貰い物のイチゴがあった。あれにペーストを入れてジャムを作ってやろう。

 

俺はそう思いながら、どこかで雪音に大事が無くてほっとしていることに気づいた。

 

 しかしそれは自分の戦利品が失われることを防げたという喜びというよりかはどちらかというと、大切な人間とのつながりを繋ぎとめたような安心だった。それに気づいて初めて、俺は雪音に抱く感情が単純な劣情だけでないことを自覚したのである。

 

(俺は雪音を……どう思ってるんだ?)

 

 今までに監禁した女性には肉体的欲求はあったが、彼女たちへの愛というようなものはほとんど無かった。だが、雪音が熱に浮かされているとき、そして病院で命を取り留めたとき、俺は冷静さを失って、即座にリスクのある行動に出てしまっていた。

 

 これは愛と言えるのか、それとも同情なのか。

 

 俺は雪音の寝息の聞こえ始めた毛布のふくらみを見て、そう自問自答していた。

 

 

 

 

 

 午後10時。三須は、辺りを見回しながらそろそろとある家の庭に入り込んだ。近所で外を出歩いている者も少なく、容易に侵入することができた。

 

 家の表札には、真田という文字が彫り込まれている。三須はそれを確かめると、身を屈めて中の様子の分かりそうな窓を探した。

 

 氷目に解雇されたにもかかわらず彼が調査を進めている理由。それは、囚われの少女を助けようとする正義心からではなく、犯人を捕まえて有名になってやる、という名誉心が主だった。

 

(氷目は信頼できない)

 

 実際、氷目は三須の話を聞きもせずさっさと三須を首にした。本当に情報を集めるつもりなら、もう少し三須が話すのを待ってくれていただろうし、名前くらいは聞いただろう。

 

 実は、氷目はすでに真犯人を知っているのではないか。そんな気がしたが、考えすぎだと思い直してその考えをすぐに捨てた。

 

(今に見てろよ……絶対に決定的な証拠を見つけてやる)

 

 氷目たちに先んじて犯人を捕まえる。そして有名に……という夢想をしながら、それでも体は無駄のない動きで、カーテンの閉められていない窓を見つけ、そちらへ向かった。

 

 部屋を覗き込むと、中央に大きなテーブルがあった。キッチンらしい。そこにはいくつものボウルが並んでおり、向こうにはまな板が置いてあった。

 

(なんの変哲もないな)

 

 そう思いながら壁に目をやると、そこには何枚もの如月雪音の写真が貼られていた。

 

(……これは決まりじゃないか?)

 

 そう思った瞬間、扉が開き、真田がその部屋へ入って来た。普段からは想像もつかないエプロン姿で、手に持っているのは黒いゴミ袋とハモ切り包丁。そして包丁を見ると赤い液体がべっとりとついていた。

 

「…………!」

 

 三須は叫びだしたくなったが、すんでのところで留めることができた。まさか。あの包丁についているのは。そしてあのゴミ袋の中身は……。

 

 幸いあちらからは窓の外は完全な闇にしか見えないので、気づかれる心配はない。しかしそれでも三須の目はその包丁とゴミ袋に釘付けにされ、目を離すことができない。

 

 真田は包丁を床に置くと、そのまま外へ出て行った。ほっと安心したのもつかの間、今度は玄関のほうからがちゃり、とドアの開く音が聞こえた。

 

(………気づかれた⁉)

 

 心臓が加速し、喉がからからになる。しかし真田がこちらへ来る前に踵を返して逃げてしまおうとしたとき、真田が右手にゴミ袋を抱えたまま、外へ出て行くのが見えた。

 

「……ふう、ラッキー」

 

 そして、あのゴミ袋の中身も改めることができる。何が入っているのかは気味が悪くて想像したくもないが、例えば死体なら……

 

決定的証拠だ。

 

三須は冷や汗を流しながら、しかし笑みを浮かべて、真田の後をついていった。

 

 

 

 

 



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「殺人鬼」

 

 

 

 

 空はすでに夕日の残滓も消え去り、夜のとばりが下りてきていた。

 

 その日、俺は遅くに動物園から帰ってきた。休日は家族連れが多く、臨時で駆り出されることもあるのだが、今日はことのほか人が多く、骨が折れた。

 

 しかも今日は仕事仲間の二人が抜けていたため、俺に割り当てられる仕事の量はすさまじかった。

 

(……まあ、仕事をこなした後の趣味は最高だがな)

 

 雪音は風邪から完全に回復しているし、あの日にできなかったことを今日しようというのが楽しみで、仕事の時間が長く感じられた。足取りも軽く、一刻も早く家に帰りたい。

 

 家に到着し、玄関に近づこうとしたとき、俺はひやりと背筋に氷を当てられたような感覚がした。

 

 ガラス戸が割られている。

 

 いや、割られているという言い方は正確ではない。一部分をガラス切りで丸く切り取り、内側から解錠してドアを開けているのだ。

 

 空き巣、という単語が頭の中に浮かんだ。そういえば最近外から見られているという感じがしていたが、まさかこんなことがあろうとは。警戒を怠っていた。

 

 まだ辺りに犯人がいるかもしれないので、そっとドアを開けると、一つ一つ、照明をつけながら虱潰しに人の隠れられそうな場所を確認していく。

 

 しかし人が隠れている様子はなく、また何かを盗られているようではなかったので、ほっと安心した。俺は自分が犯罪者であるために警察を呼ぶことができないのである。

 

(……そういえば、雪音はどうした?)

 

 そうだ。忘れていた。今、俺が真っ先に確認しなければならないのは彼女だ。空き巣だろうと、警察だろうと、彼女を見られてはまずい。俺は慌てて地下への階段を駆け下りた。

 

「………!」

 

 貴賓室の扉は乱暴に開け放たれていた。ここは外側からしか開かない。侵入者がやったのだろう。

 

「雪音!」

 

 部屋に入るが、動く者は見当たらない。いつかの時のようにベッドの向こう側を調べたり風呂場をチェックしたが、だれもいないのである。

 

「………やられた!」

 

 誰かが連れ去ったのだ。そして雪音の他は何も盗られていないことから、彼女を狙った侵入だと考えられる。一瞬氷目の裏切りを考えたが、それならば堂々と警察を使えばいいわけで、俺が口封じされずにここにいる理由もない。

 

 俺が病院に雪音を運んでいくのを見た誰かの犯行だろうか。いや、それ以前から視線があったことから、もっと前から狙っていたのかもしれない。

 

「どちらにせよ、相手が分からないことには取り戻しようがないな……」

 

 手詰まりである。ここは田舎と都市の境目のような街ではあるが、それでも半径1キロメートル以内にいる人間全てを調査することはできない。そして、相手がどんな人間であるか分からない以上、最悪、雪音は殺されてしまうかもしれない。

 

 絶望に打ちひしがれていると、ポケットの携帯が鳴った。

 

 

 

 

 

普段は気にならない時計の針が動く音が耳に入ってくる。応接室には氷目と、もう一人―三須しかいない。

 

 氷目は少し眉間にしわをよせ、目の前で深く椅子に座り込む三須に冷たい視線を浴びせた。

 

「どうしても見せたいものがあるというから仕方なく話に応じたんです。もし前みたいなくだらない話でしたら金輪際私の前に来ていただきたくないのですが」

 

 終業直前、三須は会社の方に押しかけてきたのだ。電話をして会おうとしてものらりくらりとかわされるため、このような強硬手段にうって出たのだろう。

 

 氷目はやむなく片づける予定だった仕事を切り上げ、それに応じた。このまま三須がごねて、それが肝丘に伝われば、まずいことになる可能性が高いからである。

 

「……氷目さん、これを見てもあなたはまだそんなことが言えますか」

 

 三須は何故か、アタッシュケースを持参しており、ソファの横に置いていた。それを開けると、中から大きな黒いゴミ袋を取り出す。

 

「……うっ」

 

 氷目はハンカチで鼻を押さえた。そのゴミ袋からは異臭がしたのだ。血の匂い。そしていつだったか、肉を腐らせてしまった時に嗅いだのと同じ腐敗臭。

 

「見ますか?」

 

「いえ、結構です。……それより何ですか、それは」

 

 そう言うと、三須はにやりと笑って、答えた。

 

「これこそが俺が突き止めた誘拐犯の証拠です。……写真を撮っておいたので後でご覧になるといいでしょう。女性のバラバラ死体ですよ」

 

 三須の寄越した写真を見ると、眼を見開いたままの女性の頭部と、露わになった赤黒い臓器、ビニールにこびりついた血液が写っていた。氷目はこれでもうげっそりしていたが、細かく問うことにした。

 

「……これは雪音さんではありませんね。被害者の身元は?」

 

「それを調べましたが、どうやら数カ月前に行方不明になった保険会社の外回り社員のようです。彼女をさらい、殺害した者が、先日俺の言おうとした犯人候補です」

 

 まさか、と氷目は思った。もしあの男が殺人をいとわない者であるなら、氷目や雪音は今生きていないだろう。しかし彼を尾行ていたという三須は、紛れもない本物の証拠を持っている。後で調べれば写真や袋の中身が本物かどうかがすぐに分かることは相手も承知のはずだから、嘘をついているとは考えにくい。

 

「……これはどこで?」

 

「あの男がゴミ捨て場でこの袋を捨てるのを見つけたんです」

 

「本当にあなたが目星をつけていた人?」

 

「はい。しっかりこの目で見ましたよ。血だらけの包丁も持ってましたし」

 

 おかしい。辻褄が合わない。冷酷な殺人鬼と、警察に捕まる危険を負っても雪音を病院へ連れていく犯人の男とが、どうしても重ならない。

 

 氷目はありえる可能性を検討した。犯人は殺すのに何らかの条件をつけている。雪音がなんらかの殺されない努力をしている。氷目が逃がされたのは他にどうしようもなかったため。もともと殺すつもりだったが情がうつった。

 

「………!」

 

 しかし氷目は、その途中で、重大な間違いを犯したかもしれないことに気がついた。そしてすぐに、三須に問う。

 

「あなたが犯人だと思っている男は誰ですか?」

 

「……分かってるでしょ。今更何を」

 

「いいですから」

 

 氷目が有無を言わさない目つきで睨んでくるので、三須はやや押されながら、答える。

 

「………真田です」

 

 氷目は、勘違いをしていたことを確信した。氷目だけではない。三須も、である。

 

「……分かりました。あなたに対する非礼は詫びます。後日正式に報酬を出しますので、明日に電話をかけてください」

 

 氷目は席を立った。

 

「ちょっと、どこ行くんですか」

 

「いえ。連絡しなければならない人がいるので」

 

 足早に応接室を出ると、氷目は誰もいないのを確認して、更衣室に入った。電話を犯人の男にかけるため、その番号をダイヤルする。これはある意味朗報であり、警報でもあった。

 

 二人だったのである。氷目と三須が見ている「犯人」は同一人物ではない。三須が見ているのは「殺人鬼」である真田。そして、氷目が連絡を取っている「誘拐犯」は東雲なのだ。

 

 電話を取る音がして、氷目が雪音を誘拐した犯人ー東雲に、真田の正体を教えようと思ったそのとき、電話から信じられない言葉が紡ぎだされた。

 

「雪音が、さらわれた」

 

「ど、どういうことですか」

 

「俺にもわからん。ガラス戸を破って入ったみたいだ」

 

「何か盗られたものは?」

 

 氷目は、ぴんときた。雪音を狙った犯行。そして、東雲の家に雪音がいると知る機会が多い者。雪音をさらう目的がある者。

 

「……犯人は真田である可能性が高いです」

 

「真田? なんでここに真田が出てくるんだ?」

 

「真田が殺人鬼だからです。三須が疑っていたのは真田の方で、あなたではありません」

 

「つまり雪音は……」

 

 その先を言わず、東雲は押し黙った。氷目も、何が起こるかははっきりと分かった。雪音は殺人鬼に連れ去られたのだ。早ければ今夜中に、雪音は殺される。

 

 

 

 

 




一年近く間が開いてしまった……スミマセン。

 誘拐犯と殺人鬼と探偵が職員やってる動物園なんて行きたくないですねえ。リアリティ?何それ美味しいの?


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令嬢は誘拐犯の夢を見るか?

 

 

 

 

 雪音が殺人鬼に連れ去られた。その事実が俺の脳に完全に浸透した瞬間、俺の体は勝手に動き出していた。

 

「氷目……真田の住所はわかるか?」

 

 俺は携帯を頬と肩で挟みながら、倉庫へと走る。電話の向こうからは氷目の困惑した声が伝わって来た。

 

「ええ、一応あなたの身の回りの人間の住所は全て調べあげてあるので」

 

「さすがだな。じゃあ教えてくれ」

 

「……行っても無駄でしょう。相手は殺人鬼です。あなたが行っても、口封じに殺される危険があります。警察を出動させましょう。……それに真田のところで雪音様が見つかれば犯人は真田ということになります。あなたが警察に捕まる心配もなくなるわけです」

 

「そんなことは分かってる。それがどうした?」

 

「……だから、あなたは手を引けばいいんです! 私ももう何も言いません。警察なら雪音様が助かるかはわかりませんが、助けにいって殺される心配はないはずです」

 

 俺は2階へ上がると、天井裏の階段を落とした。

 

「……で、殺人鬼をどうにかするのに必要な警官がそんなに早く集まると思うか? 今通報しても交番に詰めている警官は一人、二人くらいだろう。それに下手に刺激したら雪音が死ぬ」

 

「だからなんです。殺人鬼なんてのが出てきた時点で、準備のない状態での我々はどうしようもないんです。私はそんなリスクはおかせません」

 

「だからその危険を負うのは俺だけだし、それなら俺の勝手だろ」

 

 階段を上がりながら、俺は答える。すると携帯電話から大きなため息が聞こえてきた。

 

「しかたありません。住所を教えましょう。……何か勝算はあるんですか?」

 

「ああ、もちろん」

 

 俺は天井裏に置いてある麻酔銃とその弾が入っているケースを取り出した。動物園や保健所などで猛獣を鎮圧するために用意されているものと同じである。

 

 本来人間に対して麻酔銃を使用するのは違法であるが、この非常事態で法を気にする暇はないし、そもそも俺は立派な誘拐犯である。いまさらこの程度の違法行為をためらうことがお笑いぐさだろう。

 

 俺はケースを背負うと、真田の住所を聞きながら、マスクをして家を出た。氷目は最後にこう訊いてきた。

 

「電話を今から切りますが……一つ教えてください、東雲さん。あなたはただ、雪音様の身体だけが目的だったはずです。これほどの危険をなぜ冒すのですか」

 

「……」

 

 確かに、今までの俺なら今回のようなことが起きればもうあきらめて次の獲物を探していたかもしれない。しかし雪音は今までとは違うし、単なる獲物や客人ではないと思っている。向こうがどう思っているかは知らないが、

 

(俺は、雪音が好きだ)

 

 もちろん氷目にそんなことをいう事ができるはずもない。俺はただ笑って、こう答えた。

 

「まだ一度も抱いてないんでね。それが惜しくて惜しくて」

 

 俺はぶつりと電話を切ると扉を開け、真田の家へと急いだ。

 

 

 

 

 

 床から伝わってくる冷たさで、雪音は目を覚ました。体を起こすと、大きな湯舟とシャワー、プラスチック製の風呂桶が見えた。どうやらここは風呂場らしい。

 

 しかし妙に寒い。体を見下ろすと部屋着は脱がされ、下着をまとっているだけだった。

 

「………なんでこんなところに……」

 

 もっとも、ここにいる理由は分かる。夕方ごろ、地下室に何者かが侵入してきたのである。いつもよりも帰ってくるのが早かったので妙だとは思ったが、「犯人」とは違う人物だとは思わなかった。

 

 侵入者の顔つきはのっぺりしていてこれといって特徴はなかったが、いやに鋭い目つきが印象的な男だった。

 

「犯人」の顔を見たことは無かったが、「犯人」はがっしりとした体つきでどちらかというと背が高い方であり、侵入者は中肉中背でどう考えても体形が違っていたため、別人だとすぐにわかった。

 

 しかし雪音が逃げようとすると髪を掴まれ、逃げられなくなったところで後頭部に衝撃が走り、雪音は昏倒した。

 

(頭を殴られるってこんなに痛かったのね。もし会えたら、氷目さんにも謝らなきゃ)

 

 ずきずきする頭を押さえながら、雪音は辺りを見回した。扉のガラス戸の向こうには、つっかえ棒がしてあるのが透けて見えた。軽く戸を叩いてみたが樹脂か何かで強化されたガラスらしく、ちょっとやそっと叩いた程度では割れそうにない。

 

「はあ……」

 

 つまり、雪音は閉じ込められていた。「犯人」のときのように細やかな心遣いはない。ただ、雪音を逃がさない為だけにある空間である。しかもガラス戸以外に出られそうな場所はない。雪音はため息をついて座り込んだ。

 

 そのとき、雪音はふと生臭い臭いが鼻腔を抜けていくのを感じた。すんすんと空気を再び鼻に取り入れる。やはり気のせいではなく、どこからかこの臭いが漂ってくるのだ。

 

 雪音は、ゆっくりと湯舟を見た。プラスチックのフタがされているが、そちらから臭いは漂ってくる。一歩近づくと、むわっと鉄の臭いが鼻をついた。

 

「な、何が……」

 

 友人に本能が薄いと言われる雪音でも、その湯舟に入っている「もの」の見当はついていた。

 

 見たくない。しかし見なければならない。場合によっては、この中身が、雪音の辿る運命であるかもしれないのだから。

 

 雪音はおそるおそるフタをとりーそして押し殺した悲鳴をあげた。

 

 ぱっちりとした大きな目に長いまつげ、ふっくらとした唇が美しく並んでいる。肌は薄いコーヒー色で、スポーツ系の部活かサークルにいる快活な選手、という感じの女性である。

 

 が、首から下は、ずたずたにされていた。

 

 叫べないようにするためか声帯は切除されており、右の乳房はえぐられて黄色い脂肪が肋骨のまわりにこびりついているのが見えた。へそから下腹部にかけて一直線に切れ込みが入り、赤黒い内臓がてらてらと輝いていた。

 

「う……っ」

 

 ひどすぎる。これを、人間がやったの?

 

 吐き気がする。目が熱い。気づくと、雪音はぼろぼろと涙を流していた。この名前も知らない女性だけでなく、これから自分が辿る運命がはっきりとした形で現れたのだ。へたり、と体から力が抜けた。

 

(い……嫌。なんで、私が)

 

 自分は何をしたのか。怖い。死にたくない。誰か。誰か助けてー

 

 そのとき、がらりと扉が開いた。振り向くと、雪音をさらったあの男が立っていた。外科医が身に着けるようなガウンや手袋を身にまとっている。そしてその手には、大きなはも切り包丁が握られていた。

 

 男は黙って、ねっとりとした目つきで雪音の身体を眺めまわす。まるでどこから魚をさばくかを思案しているかのように。

 

 雪音はあとずさった。脳裏に、湯船で絶命していた女性の死体が鮮やかに現れる。間違いない。ここで殺されてしまうのだ。

 

「やめて……なんで私を殺すの……?」

 

 恐怖に押しつぶされそうになりながら、雪音はようやく声をしぼりだした。すると男の眼に嗜虐的な光が差し、目の端が釣り下がった。

 

「獲物だからだ。お前にはずっと前から目星をつけていたんだ」

 

「目星……?」

 

「そうだ。私が先だ。なのに……東雲の野郎が先に手を出した。私は彼が犯罪者だとは知らなかったからな。盲点だったよ」

 

 東雲というのは、おそらく今まで雪音と暮らしていた犯人の名だろう。もし東雲にさらわれなければ、雪音はもっと早い段階でこの男に殺されていたのかもしれないのだ。

 

「だが、もうそのことはいい。私のもとに、お前は戻ってきた」

 

「……!」

 

 男は、左のポケットから、手術用具を複数取り出し、床に置いた。

 

「私は獣医くずれでね。今は動物園の職員なんかをしているが、動物の身体のことはよくわかる。……動物っていうのは、人間も含めているがね」

 

 怯える雪音に近づくと、マジックペンをどこからか取り出し、喉、手首、内もも、腰回りにバツ印をつける。

 

「お前だけの切開箇所だ。皮膚を裂き、お前の肉体で一番美しい部分を露わにするための」

 

 男は鼻歌を歌いながら、優しく雪音の喉に包丁をあてがった。

 

「……しかしこの施術は激しい痛みを伴う。よって、痛みの少ない方法ー頸動脈を切って死なせてから行う」

 

 雪音は涙で濡れた眼でたんたんとつぶやく男を見上げながら、もう何も考えられなくなっていた。 

 

 終わりだ。雪音は男に無残に殺され、なぶられる。どうしようもない。回避できない運命が雪音に降りかかるのをただ待つしかないのだ。

 

 男の包丁が、ゆっくりと引いた。数秒後にはその刃が雪音の喉に食いこんでいるだろうー

 

 そう思ったとき、どこかでガラスの割れる音がした。

 

 男はぴたりと包丁を持った手を止め、耳をすませていた。静寂の中、がちん、とシリンダーを回す音が聞こえてきて、がらがらとガラス戸の開く音がした。

 

「邪魔が入ったか」

 

 男は大きく舌打ちをすると雪音から離れ、手術用具を拾う。呆然とする雪音に、男は不機嫌そうに言った。

 

「……お前の解剖は後だ。まずはやって来た者を排除しなくては」

 

 

 

 

 



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相容れず

 

 

 

 

俺がヤツー真田の家に入り込むと、むっとした瘴気が家から染み出してくるような錯覚に襲われた。

 

 たいてい一人暮らしの男というのは家賃の安いアパートに住むものだが、真田は俺と同じように、一軒家を借り切って、もしくは所有して暮らしているようだった。

 

 ヤツがそうする目的は言わずもがな、他の住民に悟られることのないよう自分の目的ー奴にとっては殺人を愉しむためだ。

 

 その証拠に、俺が侵入したリビングには凝ったインテリアや小物、調度の類はほとんどなく、ソファとテレビ、いくつかの本棚があるくらいである。わざわざ家にこだわって一軒家にしたのであれば、これほど殺風景な部屋にはならない。

 

 俺はリビングの扉を開けると、そっと廊下の様子をうかがった。

 

 おそらく、ガラスを割った音は家に響いただろう。時間帯的にも真田が在宅していても不思議ではない。そして真田は自分が後ろ暗いことをしているだけに、警察を呼ぶことはできない。では、侵入者である俺をどうするか?

 

 もちろん、殺す。

 

 氷目の情報が正しければ、真田はある程度死体処理に慣れているようだ。奴にしてみれば獲物の死体に加え、俺という邪魔者の死体を処理すればいいだけである。

 

 俺は、汗ばんだ手で麻酔銃を握りしめた。

 

 俺の武器、つまりこの麻酔銃の弾丸は注射器のような構造になっており、命中した対象に多量の薬液を流し込んで昏倒させる。対人使用が禁じられているのは瞬時に昏倒させるために薬の量が多く、相手を殺してしまう可能性が高いからである。

 

 普段俺が女性を捕まえる際に使うものはちゃんと量を調節しているため効きは遅いものの死にはとうてい至らない。だが、俺が今回持ってきた弾は、相手を即座に行動不能にするため、薬液の量は従来通りーつまり、相手を殺す可能性がある。

 

(……最悪、真田を殺してでも、雪音は助ける)

 

 だが、俺は雪音を助けるために、殺さない、という一点に目をつぶった。相手が反撃してくる可能性がある以上仕方のないことだし、何より女性を殺すという点が許せなかった。

 

 むろんそれで俺が真田を殺すことが「いいこと」になるわけはないが、それでも俺は自分でそうするべきだと考えたからこそ、殺してしまうことを覚悟した。そして、殺されることも。

 

 俺は、ゆっくりと廊下を歩きだした。こちらを窺う気配、息を殺す気配があるかどうかを確認し、音を立てないよう、つま先だちで床を踏む。

 

 ぎしっ、と床が嫌な軋みをたてた。ぎくりとして立ち止まったが、真田は俺の存在に気づいていないのか、それとも気づいていてあえて何もしないでいるのか、何の反応も無かった。

 

 俺は速まる鼓動を抑え、用心深く周囲の様子を窺いながら考えた。

 

 雪音はどこにいるのか、そして真田がどこにいるのか。

 

 人を閉じ込め、殺すのにちょうどいい場所は? 簡単に殺人の証拠を消せる場所……少なくとも和室やリビングではない。となると、雪音がいるのは地下室か風呂場辺りだろう。風呂はどの家でもたいてい一階にあるため、階段を上る必要は無い。

 

 俺は順に部屋の扉を開けて虱潰しに捜索した。そして、俺があるドアに手をかけたとき、かすかな気配を感じた。

 

「……」

 

 俺は顔をあげ、通路の先ー曲がり角に目をこらした。するとその曲がり角の床に、白い指の先端がぴたりと張り付いているのが見えた。

 

 真田だ。俺はごくりと唾を飲み込んだ。

 

 おそらく俺があそこを通ろうとした瞬間に刃物か何かで襲いかかるつもりなのだろう。左手を床につけ低い姿勢をとっているということは、俺の足の動脈を狙うつもりなのかもしれない。確かにそれほどの近距離で、しかも不意をうたれれば当然麻酔銃よりも刃物の方が武器として有用だ。

 

 しかし、俺が先に気付いた場合は別である。角度を調節してゆっくりと奴がいる場所に照準を合わせながら進めばいい。

 

 まだ真田は気づいていないようで、指はぴくりとも動かず、俺がのこのこやって来るのを待っている。

 

(気づくな。気づくな……)

 

 俺は麻酔銃で相手の身体があるであろう場所をポイントしながら、何気ない足取りで歩を進める。残り1メートルくらいで残りの距離を詰め、眠らせるーそれを実行するイメージは、俺の中で完璧に出来上がっていた。

 

 そのため、気づくのが遅れた。開けようとして放置したドアから真田が飛び出してきたことに。

 

 背後に嫌な風圧を感じて飛びのくと、先ほどまで俺の脇腹があった位置を、巨大なハモ切り包丁がえぐっていった。

 

「そっ……ちかよ!」

 

 攻撃をかわされた真田はちっと舌打ちをすると、今度は俺の首めがけて水平に包丁を薙ぎ払う。が、俺は顔をそらすと、刃の切っ先は喉をかすめていった。

 

(距離を取らないとやられる!)

 

 大型のハモ切り包丁はほぼ短剣と言っていいほどのリーチがある。それを至近距離で振り回されればひとたまりもない。俺はたまらず、先ほどまでゆっくりと向かっていた方へ走り出した。

 

 後ろから真田が俺を追いかけてくる音がした。追いつかれればもちろん死。俺は全力で床を蹴った。

 

 角を曲がると、奴が仕掛けてきたトリックの正体が分かった。曲がり角の向こうには、切り取られた女の腕だけが落ちていた。これをわざと見せ、俺が背後に注意を払わなくなるように仕向けていたのだ。

 

 だが、これは誰の腕だ?

 

 俺は、想像したくないものを想像してしまい、首筋に氷柱を突っ込まれたように、ぞくりとした感覚が全身を襲った。

 

 嫌な予感。俺は、間に合わなかったのだろうか? もし手遅れだったとしたらー

 

 角を曲がって少し走ったところで、ぴたりと足を止めた。振り向き、真田がやって来る方へ麻酔銃を構える。

 

 すぐに真田は現れた。しかし銃を構えてぴったりと狙う俺の姿を見て、目を見開く。

 

「止まれ。さもなければ今すぐ撃つ」

 

 真田はぐしゃり、と憎々しげに顔を歪めたが、俺の有利をさとったのだろう、指示通り足を止めた。

 

「包丁も捨てろ」

 

「……分かった」

 

 からん、と高い音をたて、真田が放り出した包丁が床ではねた。

 

 真田との距離は6メートルほど。外さない距離だ。

 

「お前は……どうしてこうも人間を粗末にできる?」

 

「好きだからだ。人を美しくするのが」

 

「美しくする? 何言ってるか分からないな」

 

「別にお前の意見なぞ聞いてない。個人的な趣味だからな。私はむしろ、女を誘拐しておいて何もしないほうが理解しかねる」

 

 やはり頭のおかしい奴だったようだが、最後の一言だけは痛いところをついていた。

 

「……そもそも、ヤるためだけに女を誘拐するなど、畜生にも劣る。そんなことで私の趣味の邪魔をするとは……」

 

「うるさいな。人殺すよりよっぽど健全だろ」

 

「どこがだ。どうでもいい犯罪などない。お前は女たちが受けるであろう心の傷は見えるのか?」

 

 じゃあお前は殺されるときの気持ちが分かるのかよ。

 

 言い返してやりたくなったが、通じるわけはない。同じ誘拐でも、信じる道は決して交わらない。直感的に、俺はそう確信していた。

 

 だから何を言ってもしょうがない。俺は聞くことだけを聞いて、真田を眠らせることにした。

 

「で、雪音はどこだ」

 

 今の腕が雪音ではないのかーという恐れを表情には出さず、俺はそう訊いた。

 

「……あれをお前に渡すわけにはいかない」

 

「どこだって訊いてるんだ!」

 

 俺が怒鳴ると、真田はしぶしぶ、「風呂場だ」と答えた。

 

 よかった。雪音は生きている。あの声は聞ける。

 

 俺は、心の底から安堵した。今までのちりちりと心臓のあたりが小刻みに震えるような緊張が、ほぐれていく。

 

「風呂場にいる……が」

 

 おれがほっとした瞬間、真田は素早く胸ポケットから何かを抜き出し、俺に投擲した。

 

「……ッ!」

 

 不意をつかれた俺は反射的に引き金を引いた。

 

 しばらく俺と真田は向かい合ったまま沈黙していた。しかし、一瞬の対決の帰趨は明らかだった。

 

 俺の数センチ横の壁に鋭いメスが立っており、真田の腕には、俺の麻酔銃の弾丸が深々と突き刺さっていた。

 

 真田はそのままくずおれると、寝息を立て始めた。

 

「危なかった……こんな奥の手があったとは」

 

 そういえばヤツは獣医だった。メスを所持していても不思議ではない。……もっとも、ブラックジャックのように投げてくるとは思わなかったが。

 

 真田と言う脅威が取り除かれたため、俺は楽に捜索を進め、風呂場を見つけることができた。

 

 風呂場の扉は普通内側からかかるようにするものだが、この家のものは外側からかかるようになっていた。閉じ込めることを目的とした部屋だからだろう。

 

 鍵を開けると生臭い空気が鼻をつき、俺は顔をしかめた。それと同時に、

 

「うわあああーっ!」

 

 叫びながら拳を固め、雪音が走って来た。

 

「⁉」

 

 俺が飛びのくと、雪音は風呂場のぬかるみに足を取られたのか、見事にすっころんだ。

 

「おい、大丈夫か?」

 

「……お願いだから殺さないで。私、あんな風には……」

 

「待て。相手をよく見ろ。俺だぞ俺」

 

「それでもするなら痛くしないで……って、え?」

 

 涙にぬれた眼で雪音は俺の顔を見上げた。そして、俺の顔をまじまじと見た。

 

「……犯人、さん?」

 

「あ……」

 

 そういえば、顔を隠していない。そういえば家を出るときは雪音を助けるための準備をするのすらもどかしく、顔を見られることなど意識の外へいってしまっていた。

 

「こんな顔だったんだ……思ってたより……」

 

「よせ。見てもつまらないぞ」

 

「ううん、思ってたより、ちょっと男前よ」

 

 そう言って雪音は俺の胴に抱きつくと、嗚咽の交じった声を絞り出した。

 

「さっきまで、不安で不安で……そこの湯舟に、私の前に殺された人が……」

 

『そちら』に目を向けると、ひどく損壊された女性の死体が目に入った。俺はやるせない気分になりながらも、その女性の冥福を祈った。

 

 そして俺は雪音の頭をなでながら、心を落ち着かせる。

 

「……大丈夫だ。もう、ヤツは倒した。そこの人は気の毒だったが……雪音は助かったんだ」

 

「本当……? 本当に大丈夫? 怪我はしなかった?」

 

「むしろ俺はお前に怪我が無いかが心配なんだが。俺は雪音とやるまでは死ねないから」

 

「なにそれ」

 

 初めて、くしゃりと雪音が笑った。赤くなった目のせいでその笑顔はやや不格好になっていたが、これまでのどんな表情よりも、見ていて幸せだった。

 

 俺も顔をほころばせながら、雪音の手をとって立ち上がらせる。俺たちは風呂場を後にして、家から出るために歩き出した。雪音はそういえば、と言って、俺の顔を見上げた。

 

「……ところで、顔を見ちゃったから私のこと見逃せないよね」

 

「まあな」

 

「ずっとあなたの家に監禁するしかないよね?」

 

「ま、まあな」

 

 しかし彼女がどう考えていようとも、雪音をずっと俺の家に監禁し続けるのは俺にとっては避けなくてはならないことだった。彼女が嫌いだからだとか、飽きるからという理由ではない。

 

 長い期間を俺の家の中だけで過ごさせることが、彼女にとっていいことではないからだ。

 

 俺は一週間程度で「リリース」するのが常だったが、事情が重なり今の時点でもかなり長く監禁してしまっている。彼女の人生を監禁された生活だけで塗りつぶしたくはない。

 

 彼女は今の生活を望んでいるようだが、それはまだ「本当の自由」を知らないからである。だから俺との生活が前よりも自由だと錯覚してしまっているからだ。

 

 どうすればいいのだろう?

 

 そう思ったとき、俺の耳にパトカーのサイレンが聞こえてきた。

 

 

 

 

 

 

 警察は思ったよりも始動が早かった。七、八人ほどの警官たちが真田の家を取り囲み、合図を送りあっている。

 

「……あの人たち、麻雀大会やってたらしいですよ」

 

 隣にいる三須に言われて、氷目は苦笑した。不良警官の集まりか。元から集まっていたのだから、出動も早かったというわけだ。今回ばかりはその不真面目さに救われたというところだろう。

 

 氷目は東雲が電話を切ると、すぐさま警察に通報した。

 

 東雲の到着より早く警察が現場へ向かえば、もっともすっきりとかたがつくと思われたからである。結果として警察は早く動いてくれたわけだが、あの家の中に東雲がいるというわけでなければ、特に問題は無いだろう。

 

「雪音は無事なのか」

 

 そして、どこから聞きつけたのか、肝丘も氷目たちとともに真田の屋敷を凝視していた。雪音の安否を心配する肝丘を見て、氷目は心の中でため息をついた。

 

 結局、雪音のいない間に肝丘の興味を氷目自身へと向けるのはうまくいかなかったのである。肝丘が仕事を終えたあとに食事に誘っても雪音を探すからと言って断られ、氷目と話しているときもどこか物思いにふけっていることがあった。

 

 しかも食事の量も少なくなり、肝丘は次第にやせていった。氷目はそれを心配しながら、ほんのわずかに嫉妬の火が心に灯るのを感じた。

 

 こんなに肝丘様に心配されているのが羨ましい!

 

 もちろん声には出さず、表面上は肝丘、三須とともに雪音の心配をするふりをしていたが。

 

 やがて警察が突入の準備を整え、入ろうとしたとき、玄関のドアが開き、中から人が現れた。

 

それを見た隣の警官は、電話ですぐさま報告した。

 

「……如月雪音さんです! 行方不明の……はい!」

 

 出てきた雪音は、下着姿だった。かなりきわどい状況だったのか、他に身に着けているものはない。肝丘ににらまれ、三須は慌ててそっぽを向いた。そして肝丘も気をつかってか見ないようにしながらコートを脱ぎ、氷目に渡した。

 

「寒いだろうから、持って行ってやってくれ」

 

「……わかりました」

 

 本来ならこのまま家に持って帰る所だが、今日のところは自重し、コートをかけることにした。

 

 警官に囲まれながらパトカーに乗る雪音の方へ向かう途中、氷目の耳には、冬の風の音に紛れていくサイレンが響いていた。

 

 

 

 



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(最終話)あの日々にさよならを

 

 

 

 

 

 寒々しい冬から春へと変わりつつある。季節の変わり目であるせいか、それとも辺りに敷き詰めてあった枯れ葉の素材が鼻に入り込んだのか、俺は大きなくしゃみをした。

 

「東雲さん、こちら終わりましたー」

 

「おう、お疲れ。こっちもウサギ小屋片付いた」

 

 三須はふれあい用のモルモット小屋から、食べ残されていた餌をまとめて袋に入れたものを持ち出していた。三須は、おえ、と吐く真似をしながら、小屋の近くに備え付けられている水場で手を洗い始めた。

 

「いやー、しかし本当に臭いですね、モルモット」

 

「お前普段ライオンとかゾウの世話してるだろ。動物臭さなんて平気じゃないか」

 

「そいつらは慣れてるから大丈夫なんですけどね。慣れてない動物のはちょっと」

 

「俺は全部同じに思えるけどなあ」

 

 ちなみに、俺も本来はウサギの世話をする担当ではない。げっ歯類系や鳥類など、悪い病気を人にうつしそうな動物はまとめて真田に管理されていたからである。

 

「そういえば、来なくなった真田……さんのこと知ってます? 警察に捕まったらしいですよ」

 

 らしい、と来たか。氷目から聞いたので、こいつ自身が真田の正体を突き止めたということは、俺は知っていた。しかし表向き俺は事件に関しては全くの無関係なので、ほう、と興味ありげな顔で相槌を打つふりをした。

 

 すると三須は鼻高々という顔で、さらに続ける。

 

「しかも、あの人殺人鬼だったんですよ。まあ、ある一般市民のおかげで正体がばれたんですけど」

 

「……なんでそんなに得意げなんだ?」

 

「え、あ、いやその……その一般市民の名前、知りたくありません?」

 

「まあ別にいいかな。俺はそういうのドラマの中で間に合ってるし」

 

「そうですか……」

 

 三須は残念そうな顔をしてタオルを肩にかけた。

 

 全部知ってるからいいよ、とは言えなかった。もちろん三須の情報が無ければ俺が雪音を助けることはできなかったわけで、その点では感謝している。しかしこの件について三須と話していると、「無関係」であるはずの俺が知らないはずの情報まで誤って口に出してしまいそうなので、この手の話題は避けることにしている。

 

 ちなみに今、真田俊雄は警察で取り調べが続けられている。

 

 警察の質問に対してはほぼ黙秘を貫いており、弁護人もほとほと困り果て、しまいには「これほどの猟奇的事件を起こすのはまともな精神では不可能であり、責任能力はない」という方針で減刑を求めていくと言い出したという。

 

 実際に出会って言葉を少し交わした俺からすれば、あのレベルで精神がおかしいのであれば減刑しない方が世の為になるのではないかと思うのだが。まあその辺りは法律家の先生方が考えることであり、俺がどうこう言うべきことではない。

 

 あの日の夜、雪音が玄関から外に出て警察の目を引きつけている間に裏口から逃げ出し、自宅まで誰かに見とがめられないよう気をつけながら帰った。

 

 別れる間際、雪音は一緒に出ようと提案したが、さすがに俺が真田の自宅に侵入している理由を作るのは難しい。下手すれば、共犯だと(共に雪音を誘拐したという意味ではある意味正しい)誤解される可能性があったため、却下した。

 

 命までかけて目的は果たせなかったので未練はあったものの、ここを逃した場合「リリース」するチャンスはもうないかもしれない。

 

 そんな考えもあり、雪音の監禁生活は、そこで終了した。

 

 家に帰ると、散らかった貴賓室が、開け放たれた地下室のドアの向こうに見えた。ほのかに彼女のいた気配の残るその部屋で、俺は何となく大事なものを真田の家に置き忘れてきてしまったかのような気になった。

 

 それ以降、雪音がどうなったかは俺には分からない。真田が抜けた後を埋めるための仕事が忙しく、それを確かめる時間と体力がなかったからである。学校には通っているのだろうか。肝丘に困らせられていないだろうか。

 

 近頃は、ふとした折にそんなことを思い出す。

 

 彼女のいた生活が懐かしかった。多少屈託はあるものの、幼さの抜けないお嬢様。その割には食べたいものがジャンクすぎる気はするが。

 

 俺が手を動かしていると、三須は「そういえば」と言って首をかしげた。

 

「これだけが分からないんですが……真田さんが発見された時、廊下でぶっ倒れて寝てたそうです。ベッドじゃなくて、廊下ですよ。麻酔みたいなのがかけられてたらしくて。窓も何故か割られてましたし、実はあの家には真田自身と如月雪音さん以外にもう一人、誰かいたんじゃないかって話もあるんですよ」

 

「そ、そうか」

 

「まあ、凶行は真田さんの家でやってますし、仮にもう一人いたとしても主犯は真田さんでしょうが」

 

 容疑者候補があがらなければ、後は勝手に警察が理由をつけてくれるらしい。あの日家にいた三人目の人間は、ほっと安堵の息をついた。

 

 そのとき、俺の尻ポケットに入れていた携帯からメールの着信音が聞こえた。見覚えのないメールアドレス。俺はけげんに思いながら、受信ボックスを開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「………ねえ知ってる? 如月さんのこと」

 

「知ってる知ってる。誘拐されたんでしょ」

 

「やっぱり、変なこととか……されてたのかなあ」

 

「逆にあのコの見た目的に変なことしないほうが変でしょ。……まあされなかったらしいけどね」

 

「え? なんで?」

 

「誘拐した奴がドン引きするくらいヤバい殺人鬼だったんだって。エロいことよりグロいことの方が好きだったらしくて」

 

「……それ本人から聞いたの?」

 

「まさか。可哀そうでしょ。ただでさえひどい目にあってるのに。ウワサだって」

 

「でも今は普通に学校来てるじゃない?」

 

「……まあねえ。案外ああいうお嬢様が精神的にタフなのかもね。男の人と外で会ってたって話もあるし」

 

「何それ⁉ そんな話聞いたことないけど、学校の外に彼氏を?」

 

「どーせ相手はイケメンか高収入よ。学校内は眼中にないんでしょ」

 

 

 

 もともとそれなりにウワサの種でもあった如月雪音について、今回の事件によって空前の、そしてこれからの人生によっては絶後になるかもしれないほど大きなウワサが流れていた。

 

 美少女と殺人鬼の組み合わせが一つ屋根の下……これほどドラマチックで官能的な学校のウワサなど、あるはずがない。しかも本人がまだ在学・登校しているのである。当然好奇の視線が集中することになったが、おそらく幸いなことに、如月雪音という人間は周りの人間の心の機微に、少しだけ疎かった。

 

 不登校になる可能性が高いと判断され、用意されたカウンセラーも雪音が普通に登校し、いくつか心理テストをやっても「正常」と判断できるので、お役御免となった。

 

 多少の勉強の遅れはあったものの、地頭がいいため、その分を取り返すのにはそれほどの時間は必要なかった。

 

 一番の難問は誘拐後に雪音の父が、「それなら肝丘くんの家にずっと居て、授業も全て家庭教師にお願いすることにしよう」と言い出したことだった。

 

 その場で思いついたように言ったから、おそらく深い考えはないだろう。ただ、またこのようなごたごたがあったら面倒だろうという思いがあったのかもしれない。

 

 雪音にしてみれば、肝丘の家にいるのは嫌だったし、今まで以上に拘束されることになるので、それも問題外だった。

 

 しかしそこで助け舟を出したのは、意外にも肝丘自身だった。てっきり父の案に賛成するかと思ったが、それではあまりに雪音に不自由を強いることになるといって断ったのである。氷目もそれに大賛成し、父はついに折れた。

 

 そして最後に一つだけ残った問題。それは、あの日の夜に別れた「犯人」のことだった。

 

 

 

 

 雪音は公園のうららかな日差しを浴びながら、目を細めた。

 

 ベンチに座ってぼんやりと公園の景色を眺めていると、小学生たちが騒ぎながら通学路を駆けていくのが見えた。雪音は春になりかけた新緑の香りを胸いっぱいに吸い込みながら、ほうとため息をつく。

 

「なにため息ついてんだ……えーと、雪音」

 

「えっ⁉ あ、ああ……」

 

 突然話しかけられて、雪音はびくりと肩を震わせた。後ろから聞こえてきたのは、聞きなれた、そしてあの夜からずっと聞けなかった、頼もしい声だった。

 

「犯に……いえ東雲さん。来てくれたのね」

 

「ていうかここに来いってメールしたのはお前じゃないか。ていうか人前で絶対犯人て言わないでくれよ」

 

「わかってるわ。東雲犯人さん」

 

「名前は秋に人って書いてあきひと」

 

「秋人」

 

 真面目に繰り返す雪音を見て、東雲は呆れたような顔をした。

 

「うん、まあ、そのなんだ。聞きたいことはいくつかあるが……まず、俺はお前にメールアドレスなんか教えてなかったと思うんだが」

 

「ええ。名前も知らなかったわ」

 

「それも。教えてなかったろ」

 

「氷目さんに訊いたの」

 

 高熱が出たとき、雪音は東雲が氷目に電話するのを朦朧とした意識の中で聴いていた。それを思い出して、雪音は氷目なら東雲に連絡を取ることが可能なのではないかということに思い至ったのである。

 

 氷目は東雲の電話番号を知っているかと雪音に聞かれ、教えてほしいと頼まれると、快諾してくれた。

 

「電話では繋がらないこともありますから、こちらもどうぞ」

 

 とメールアドレスまで教えてくれたのである。やはり氷目は如月家、社の人間の中では雪音に()()だった。

 

「ああ、あいつか……なるほど。理由は完全に分かった」

 

 なぜか東雲は深く納得した様子だった。そして、ちらりと雪音の顔を見て、言った。

 

「それでもう一つ教えてほしい」

 

「なんでもどうぞ?」

 

「……どうして俺を呼び出したんだ?」

 

 あの日の夜。彼にとっては、雪音との関わりはそこで終わりになる予定だったのかもしれない。だから、「関係なくなってしまったはず」の雪音がメールを送ったことを、不思議がっているのだろう。

 

 だが、雪音はそれで終わったつもりはなかった。

 

「だって……あなた、私とアレするのが目的だったんでしょ?」

 

「おま……もっと静かに言えよ」

 

「私は構わないわ。何なら大声で叫んでも……」

 

「本当にやめてくれ。社会的に死ぬ」

 

 少し慌てた様子の東雲に、くすりと雪音は笑いかけた。

 

「冗談よ、冗談」

 

「お前はもっと言っていい冗談と悪い冗談があることを学んだ方がいいと思うぞ」

 

 心の底からそう思っているような口調で東雲がたしなめると、雪音はそうね、と言ってから本当の理由を口にした。

 

「……いろいろ考えたんだけど、もう一回監禁されるっていうのは……難しい、よね?」

 

「まあな」

 

 さすがに二連続で攫われるというのは、偶然にしてはできすぎている。もし二つ目の事件と一つ目の事件について関連性が見いだされれば、東雲が逮捕される可能性もあるわけだ。

 

 だが、雪音は一緒に、東雲といたかった。

 

 雪音を必死に病院まで運び、殺人鬼の家まで助けにやってくる。自分の母親以外で、これほど自分のことを思ってくれた人間はいなかったと思う。

 

 ぼんやりとした意識の中で見た、頼もしい背中。なんだかんだ言いながら助けてくれる人。

 

「あなたの近くにいる人は、絶対にあなたを支えてくれる」

 

 夢の中で母が言った言葉。雪音の潜在意識は、東雲をそう思っていた。

 

 支えてほしい。だから、近くにいてほしい。

 

 もちろん、その気持ちをすぐに言葉にのせることはできない。言うならはっきり。棒読みでも気合を入れすぎてもいけない。雪音はあのときの復唱で東雲が言ったことを思いだして、ふわりと笑った。

 

「だから……私とお付き合いしましょう」

 

 東雲の目がまん丸く見開かれたことと。

 

 次に彼が言った、嬉しい言葉は。

 

 きっとずっと、忘れない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……うーん、良い感じですね。二人とも」

 

 公園のベンチで話す二人を、近くの喫茶店から覗く、一人の女性の姿があった。すでに注文したコーヒーはすっかり冷めており、しかも口をつけられていない。

 

 それどころではなかった。氷目としては、たとえストックホルム症候群だとしても、二人がくっつくことは喜ばしいことなのである。これでもっと雪音が肝丘を嫌うようになれば、氷目にもまだ万が一のチャンスが残っているかもしれない。

 

 そういうわけで雪音に東雲の連絡先をきっちり教えたし、肝丘の家に住むという話も反対したのであった。

 

 雪音には悪いが、これはすべて氷目の利己的な行動。結果的に雪音に親切になっているだけなのだ。

 

 氷目が窓の外をじっと眺めていると、「ちょっとここいいか」という声が、向かいの席から聞こえてきた。

 

「え、でもまだ他に席は空い……て……」

 

 る、と言いかけたそのとき、氷目は目の前にいる相手が肝丘であることに気が付いた。

 

「これは肝丘様。こんなところで会うとは偶然ですね」

 

「偶然じゃない」

 

 がたりと椅子を引いて手に持っていたアイスティーをテーブルに置くと、肝丘は氷目の前に座った。

 

「偶然じゃない……?」

 

 氷目は、いつもと気配の違う肝丘の態度に引っかかるものを感じた。そう、何か自分が致命的なミスをしてしまったかのようなー

 

「……君が熱心に見ている二人。雪音と……東雲君、だったかな」

 

「え?」

 

「いや、犯人君、と言った方が正確かな」

 

「え、何ですか、ちょっと。待って」

 

 どういうことだ。そんなこと、肝丘が知っているわけはないのに。氷目は動揺した。雪音を誘拐した犯人は真田だと思っているのではないのか。

 

「……僕が君を東雲の家に送り込んだ時、君にも発信機をつけておいたんだ。音声で君の安否が分かるように」

 

「音……声」

 

「それで、東雲が最初に雪音をさらった犯人だってことは分かった。だが、雪音を連れて帰ろうとする君を後ろから殴り倒したのが、他でもない雪音なんだ」

 

「……そうなんですか」

 

 あの時は犯人に不意をつかれたと思ったが、雪音本人に殴られていたとは。氷目は雪音に対する、たいして高くない好感度が下がるのを感じた。

 

「東雲の方も雪音に無茶なことはさせてないし、雪音はあの状態を望んでいたみたいだったから、僕はしばらく様子を見ていた。君が、真実を知っていながら全くの見当違いの方へ捜査を進めるのもね」

 

「うっ……申し訳ありません」

 

「だいたい、東雲君がお守りを拾ったって言い訳は苦しすぎる。いくら僕が君のことを信頼してるからって、そんな嘘でごまかせるわけないだろう」

 

 駄目だ。信用を失った。しかも私情のために仕事をこなさないと思われれば、クビになることも考えられる。氷目は顔をこわばらせた。

 

「……真田が雪音をさらった時は、やっぱり任せるんじゃなかったと思った。だから僕は真田の家に行った」

 

 そうか、と氷目は納得した。あの日の夜、連絡もしていないのに肝丘が真田の家へ来ていたのは、氷目が電話で東雲と話していた内容を聞いていたからだろう。

 

 肝丘は全てを知っていて、それでもなお「雪音が望んでいるなら」という理由で干渉してこなかっただけだったのだ。

 

「それで……どうするおつもりでしょうか。東雲を逮捕しますか?」

 

 当然だ。そして肝丘が望むなら氷目自身も共犯として逮捕できる。証拠が盗聴されたものだとしても、肝丘の力を使えばその辺りはどうとでもなるのである。

 

 しかし、肝丘はベンチの二人を見ながら、首をゆっくりと横に振った。

 

「……いいや、それはいい。雪音は望んでない」

 

「え……」

 

「前、雪音の寝室に行ったことがあってさ。そのときに嫌われてしまってね」

 

「は、はあ……」

 

「彼を刑務所送りにしたところで、もう雪音の隣には僕の席はないような気がするんだ。例え法律上で結婚することは可能だとしても」

 

 からん、とコップの中の氷が音をたてた。

 

「それなら雪音が幸せな方がいいだろ。……ま、東雲が雪音を泣かせたらすぐにでも牢屋に叩き込んでやるが」

 

 氷目は呆気にとられながら肝丘の話を聞いていた。が、やがて肝丘が、なぜ自分のところへやって来たのかということに思い至り、冷汗が流れ始める。

 

 肝丘が東雲に関して干渉するつもりがないというだけなら、そもそも氷目にそれを言う必要はなかった。わざわざ氷目に話をしにきているということは、氷目自身に「言わなければならないこと」があるからに違いない。東雲の罪もイモづる式で露わになるため逮捕されることはないだろうが……。

 

 左遷か、クビか。

 

 氷目に下される処罰はこのどちらかだろう。からからになった喉をうるおすため、氷目は、コーヒーカップを震える手で掴んだ。そのとき、肝丘は不意に口を開いた。

 

「そして、君には……」

 

 来た。氷目が最も恐れる言葉。肝丘と会えなくなるうえ、職を失うことになるかもしれない一言。

 

「悪いことをしたな」

 

 クビを言い渡されると思い込んでいた氷目は、一瞬、肝丘が何と言っているかが分からなかった。

 

「今回君が東雲君に加担した動機は、その、僕に対する感情が原因だということがわかった」

 

「あ………」

 

 そうか。音声を傍受されていたのであれば、「それ」も知られているはずだったのだ。体重の記録をしていたことも知られているのだとしたら。

 

 氷目は恥ずかしさのあまり、うつむいた。今すぐこの店から逃げ出したかったが、強固な自制心がそれを抑え込んでいた。

 

「で……その、僕は、君のことを信頼しているし、非常に優秀だと思う。そして憎からず思っている」

 

「……?」

 

「だから……まあまだ公にはできないが、付き合わないか」

 

 

 暖かい日の差しこむのんびりした雰囲気の喫茶店に一人の女性の驚きの声がこだました後、静かにその日の午後は過ぎていった。

 

 

 

 




最終話です。たった5万字を投稿するのに1年かかるとはどういうこと……? スタンド攻撃を受けていた可能性がありますね。

こんなナメクジのような投稿スピードでもお気に入りを外さないでくださった方々には感謝しきれません。

また、筆者は注意力が散漫なので、打ち間違いの多いこと……すみませんでした。誤字修正をしてくださった方々にも感謝を。

ストーリーについてですが、途中からコメディが行方不明になっています。ばりばりのサスペンスじゃんとツッコみながら書いていた記憶が。やはり私にコメディは無理だったよ……。

ひょっとしたら気づく方もいたかもしれませんが、人物名は雪音以外はそのままな名前が多かったです。ミスリードさせるから三須、殺人鬼(マーダラー)だから真田とか。

元々暇潰し的なノリで書いた話ですので、1話1話の量が物足りない感じもあったかもしれませんね。

ともあれ、ここまで読んでくださり、ありがとうございました。



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