Fate/Masked Order Cosmos in the Rider belt (下駄)
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プロローグ『結』

プロの絵師様に描いていただいたので、表紙だけでも見て帰ってね!!


【挿絵表示】



 広大な白い大地で二つの陣営が激戦を繰り広げていた。

 

 片や藤丸立香をマスターとした歴史を創った英雄、サーヴァントの軍勢。

 

 片や門矢士を中心に据えた歴戦の勇士、仮面ライダーの軍勢。

 

 邪竜を墜とした白い長髪の英霊が、竜殺しの力をもって突撃する。

 鏡世界に生きる黒い騎士がカードを装填すると龍の尾を象る青龍刀がその手に収まった。

 刃と刃がぶつかり合い火花を散らす。

 竜殺しの英雄がその名を冠する宝具を解放すると、龍の騎士は契約を交わした黒龍を喚び出して、かの伝説に挑む。

 

 二人組の女海賊が見事なコンビネーションを発揮する。

 その隙と無駄のない連携は、命懸けの航海で磨き抜かれた、まさに二人で一人のサーヴァントだった。

 されど彼女達と戦うのは、文字通りに心と体を一つにした探偵達。

 時に風をまとった蹴りで、時に敵を追尾する弾丸で、二つの記憶の力によって適切に対処する。

 

 華美な衣装に身を包む天下無双の二刀流は、まるで天元に舞う花のように美しい。

 華麗にして苛烈。流麗にして泥臭い。人斬りの技。

 負けじと刀を振るうは、果物をモチーフにした派手な鎧を纏った鎧武者だった。

 理不尽に抗い救うため成長してきた活人剣が、最強剣士の代名詞と切り結ぶ。

 

 征服王が指揮する軍勢が侵略の活路を開く。我が王を敬い命を捧げる精鋭達。

 それを量産されたトルーパーが食い止める。現代に通ずる軍隊の力だった。

 その中心で愛馬に騎乗し果無き夢を追う王と、愛機に騎乗する夢の護り手が相対していた。

 

 神速の英雄は誰よりも早く戦場を駆け抜ける。

 天の道を往く男は時間流さえも操り、神の領域に突入してみせた。

 彼らはもはや視認さえ困難な程に濃縮された時の中でせめぎ合う。

 

 二体の鬼は欲望のままに暴れ、炎が上がり、骨をも蕩かす。

 人という種とは決して相容れぬ、まさに魔性の悪鬼達。

 対する戦士達もまた鬼であった。

 鍛錬により己が肉体を人外に昇華した赤と青の鬼。

 人を護る清めの鬼が、音撃にて迫る魔を払う。

 

 魔性を切り裂くことこそ、我が使命にして存在意義。

 けれど同時に己の半身に強大な魔性を宿す矛盾した女侍が、彼女の名の通りに雷の飛び散る刃を振り下ろす。

 その一太刀に蹴りを打ち込み食い止めるのは、人の生命力を吸い殺す魔性と人のハーフ。

 名に牙を宿し、されど魔性と人の仲を取り持つことを望んだ心優しき青年だった。

 

 女侍の傍らには、かつて彼女を大将と呼び慕った漢が一人。

 金色に輝く巨大なまさかりを、怪力によって縦横無尽に振り回す。

 時の守護者は、そうはいかないと熊のように豪快な金の魔人をその身に下ろし、力と斧で迎え撃つ。

 

 己を鍵として、宇宙の悍ましき邪悪を少女は喚び出す。

 その背後に大量の触手が生じて、獲物を絡みとらんと伸びる。

 しかしそれらは空を切った。

 たとえ戦場でも、白き戦士は手に装着したロケットで、身も心も自由自在に飛び回る。

 

 百の貌を持つ暗殺者。単騎の力では他者に劣ろうとも、その意志を総動員して数を武器に襲いかかる。

 それを前にした緑の戦士が銃にカードを装填すると、同じく緑色で巨体のモンスターが出現。

 銃を差し込み引き金を引くと、内蔵された武装が一気に解き放たれた。

 

 エジプトを支配したファラオ達の中でも、最も偉大な功績を誇る神王。

 彼の圧倒的な魔力がピラミッドと化し、今まさに一人の戦士を押し潰した。

 一つの戦いが終わる。それと同時に神王の背後に土管が出現。

 九十九の命を一つ減らした電子世界の神が、高笑いと共に第二ラウンドを開始した。

 

 誇り高き青き騎士の王が、勝利を約束された剣を構え駆ける。

 その先にいるのは己の身を切札(ジョーカー)に変え、(キング)と融合した青き剣士。

 

 二人の黄金剣がぶつかり合い、されどどちらも退かない。

 ならばと彼女らは秘めたる力を開放する。

 

『スペード10、スペードジャック、スペードクイーン、スペードキング、スペードエース』

 

「エクス――――」

 

『ロイヤルストレートフラッシュ』

 

「カリバァ――!!」

 

 拡大していく戦場。

 次々と上がる爆音と黒煙。

 激化の一途を辿る闘争の中心に、彼らはいた。

 

 誰よりも信頼するマスターを背後に、デミ・サーヴァントの少女は立つ。

 永く険しい旅を経て、彼女の盾は、大切な人を、大切な想いを、護り切る。歴史の守護者と成った。

 

 彼女に立ちはだかるのは真逆の運命を背負った旅人だった。

 世界の破壊者と呼ばれし者。

 全てを壊し、全てを繋いだ彼は、壊す間もなく終わった歴史を踏みしめる。

 

 全て破壊し繋ぐ者。

 歴史を終わらせず護り抜く者。

 

 二人は戦う。旅の中で見つけてきた己の信念を貫いて。

 

 そして戦地より離れた一角。

 二つの意思がぶつかり合う姿を、神秘を宿す青き人外の女は、ただ静かに眺めていた――

 



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Lostbelt No.1 永久凍土帝国 アナスタシア 獣国の駆除者(かりうど)
第1節『旅の終わり』


 門矢士の旅はある日突然、誰からの言葉も何の前触れもなく、唐突に終わった。

 もし、その終わりに始まりがあったとすれば、恐らくはこの時だろう。

 

 士は今日もまた一つ旅を終えて、光写真館へと戻ってきた。

 様々な世界を巡り、けれども物語のない彼の旅に終わりはない。

 

 かつては世界を救いながら自分という物語を探すの旅だった。

 今は旅こそが士の物語なのだ。

 

 いつものように、士がトイカメラの写真で切り出した世界は歪んでいた。

 それを現像した店主の老人、光栄次郎は「士君にしてはよく撮れている」と好意的に微笑む。

 

 確かに歪んではいたが、その世界で出会った人達は一様に楽しそうで、不思議と彼らの笑顔が強調されるように加工されているようにも見える。

 

 その評価に対して何故か尊大な態度で栄次郎が淹れたコーヒーを飲む士に、それを呆れ顔だけど楽しそうにツッコミを入れる小野寺ユウスケ。

 そして彼の反省を促すように、店主の孫である光夏海が『笑いのツボ』を押して、強制的に士を爆笑させる。

 

 そんな彼らの周りを、小さな白いコウモリ形のモンスター、キバーラが自由に飛び回っていた。

 

 いつもの旅。

 いつもの日常。

 だから次もきっとそうのだろう、皆が思っていた。

 

 そして次の旅、その行き先を示すように写真館の撮影スペースにある、背景の絵が下ろされる。

 

「なんだ、これは?」

 

 下ろされた背景を見た士が、最初に疑問の声を上げた。

 

 毎回、次の旅先を暗示するような絵が現れて、次の世界へと移る。

 その絵が、明らかにいつもの様子と違ったのだ。

 

 いや、正確に言えばおかしかったのは絵ではない。

 そこにあるのはただの無地で、何も映っていなかったのだ。

 

「これは、どういうことでしょう?」

 

 夏海も不思議そうに小首を傾げる。

 こんなことは今まで一度もなかった。

 

「おかしいなあ?」

 

「私は何もしてないわよ?」

 

 栄次郎にも思い当たる節はなく、元々敵のスパイだったキバーラは自分の仕込ではないと疑われる前に否定する。

 

「まさか、今回で旅は終わりってことか?」

 

 ユウスケは何も映ってないことから連想した思いつきだった。

 

「そんなのはここを出てみればわかる」

 

「あ、ちょっと待ってくださいよ士くん!」

 

 行動力のあり過ぎる士は夏海の制止を聞かず、一人先んじて店の扉を開き外へ出た。

 彼のマイペースと自由さに皆が振り回されるのはいつものことである。

 

 けれど、外の光景は写真館全員の予想を遥かに超えていた。

 最も近いことを言い当てたのは、旅の終わりを口にしたユウスケだっただろう。

 

 外には何もなかった。

 ただただ白一色の世界。

 他には何もない。

 白い地面だけが延々と広がっており、空だけが青く澄み渡るような快晴だった。

 

 白しかないのだから、写真館の絵も白しか描きようがなかったのだ。

 

「おい――」

 

 士は思わず振り向いて事態を報せようとした。

 

「嘘だろ…………」

 

 しかし振り返った先も、虚無の白以外にはなかった。

 写真館はいつも外観だけを変えて、世界の何処かと繋がっている。

 もし、()()()()()()()()()()()()()()のなら、写真館もまた存在し得ないのだ。

 

 彼があちこち振り向いてみても、色の付いた物は何も見当たらず、写真館の皆がどこに消えたのかもわからない。

 士はたった一人、白の中に取り残されてしまった。

 

「何がどうなってる!」

 

 ややこしい話は『大体わかった』の一言でバッサリ切り捨てる彼だが、こうも情報がなくてはそれすらできない。

 

「世界は漂白されました」

 

 不意の声が耳に届くと同時に、視界に闇が下りてきた。

 突然夜になったかのような現象。

 

 しかしこのまま延々と白いままよりはマシだったろう。

 それにこの声には聞き覚えがあった。

 

「久しぶりにお前か、紅渡」

 

 呼びかけた主へと振り返った士はそう返した。

 彼が過去に渡った世界の一つ、キバの世界。そこにいた仮面ライダーキバのオリジナルといえる存在である。

 

 かつて彼は世界の融合と崩壊を止める方法として、世界を旅して破壊せよと命じた。

 始まりを伝えた男が久方ぶりに、士の前に現れた。

 その意味は士も薄々察している。

 

「こういった形で再び貴方の前に現れるのは、僕としても不本意です」

 

「そういうのはいい。世界が漂白されたってのはどういう意味だ」

 

「貴方が今さっき見たままです」

 

 渡は無表情で告げる。

 あれが今地球の全てに起こっていることなら、それは世界の終わりを告げられたに等しい。

 

「何故こうなった。全ての世界がこうなのか」

 

「ある者達が世界の地表にあるもの、テクスチャを全て書き換えました。かつて世界にあったものは全て喪失したと言っていいでしょう」

 

「なんだ、それは……なつみかんやユウスケ達はどうなった」

 

「光写真館が漂白された世界と繋がった時点で消失しました。彼らだけじゃない、未来が全て白紙となったのです」

 

 信じられなかった。信じられるわけもなかった。

 士にとって旅とは戦いでもあったのだ。

 

「抵抗していた国も人達も、貴方が様々な世界を旅している間に漂白されました。貴方が先ほどまでいた世界もじきにそうなります」

 

「これは……」

 

 周囲の暗黒にいくつもの地球が現れる。

 以前に何度か見た平行世界の映像だった。

 けれど、今そこに浮かんでいる地球はどれもこれもが白い。

 これが今の世界だと、これ以上ない程わかりやすく突きつけられた。

 

「じゃあ、俺のこれまでの旅はなんだったんだ!」

 

「貴方の旅は終わりました」

 

 世界を繋ぐ旅が、出会いが、全て白に塗り潰されていく。

 抵抗もできないまま、気が付くと全てが終わっていた。

 

「しかし、まだ抗う術は残されています」

 

「それはどうすればいい」

 

「僕を含む多くの仮面ライダーは聖杯と契約を交わしました」

 

「聖杯?」

 

「万物の願いを叶える器。そこには過去偉業をなした英雄達の魂が収められている『座』があります」

 

 それは士の知る仮面ライダーというシステムや力とはまったく異質なものだった。

 

「聖杯には人の歴史を守護できる力がある。仮面ライダーを終末への抵抗力として取り込み、彼らもそれを受け入れたのです」

 

「その聖杯とやらと契約するとどうなる」

 

「聖杯を通じて、僕達は召還されます。そして召還したマスターと契約を交わし、世界を漂白した者達との戦いに参加できる」

 

 未知の話。

 そして未開の世界。

 異質にして異端。それは仮面ライダーという在り方すらも変えてしまうものだった。

 しかし、もはやこうでもしなければ抵抗することもできないのだろう。

 

「聖杯との契約を交わした仮面ライダー達は、ある者は召喚を待ち、ある者は戦いを始めています。仮面ライダーディケイド、貴方も聖杯と契約して戦いに参加してください」

 

 士は目を閉じた。

 思い浮かぶのは光写真館の仲間達。

 旅してきた世界で出会った者達。

 そして……。

 

「断る」

 

「何故ですか?」

 

 渡にとって彼の返答は予想外だったのだろう。

 門矢士もまた様々な敵と戦い人々を守ってきた存在だったから。

 

「俺は旅を続けるだけだ」

 

「もう旅をできる世界なんて残っていません」

 

「随分と真っ白になったが、俺はまだこの世界を見ていない」

 

 ついさっき真っ白な大地に立って周囲を見回したばかりだ。

 士にとってはまだそれだけ。他には何も見ていない。

 

「俺の行く先は俺が決める。それだけだ」

 

「……そうですか。あの時も貴方は壊すはずの世界で仮面ライダー達と手を取り合った」

 

 思えば、元々彼はこうなのだ。

 自分がやるべきことは自分で決める。やろうと思ったことをする。

 彼は終わっている旅を、なお続けるという選択をした。

 

「貴方はまた間違った道を歩む」

 

「ならその正解とやらを決めるのは誰だ?」

 

 紅渡は何も答えず背を向けて去っていく、世界は再び白一色に戻っていた。

 士は一人で、再び歩き出す。

 

 世界はどこまで行っても白かった。

 白くて、白くて、ひたすらに白くて、白しかない。白しかなかった。

 これだけ何もないとどれだけ歩いたかもわからず、時間の感覚もわからなくなってくる。

 それでも行く。

 そうすべきだと思うから。

 

「なんだ、やっぱりか」

 

 白い世界が、白いままに歪んだ。そこからコート姿でメガネをかけた一人の男が出てくる。

 

「おのれディケイドォ!」

 

「今はお前のような奴でもありがたく感じるから最悪だ、鳴滝」

 

 それは予定調和なやり取りで、白一色の大地で士はむしろ心地よさすら感じていた。

 

「クリプタ―達の計略により世界は漂白されてしまった!」

 

「それが敵の名前か」

 

 渡の言っていたある者達というのが、クリプタ―と呼ばれる連中なのだろう。

 世界規模の事件だ。ショッカーのような組織を作っていると考えた方が自然だ。

 

「そうだ。そして奴らに抵抗できるのは歴史から切り離された存在。ディケイド、お前しかいない!」

 

「切り離されたとは酷い言いようだな。そういえば、何で俺は無事だったんだ?」

 

 光写真館さえ消失したのに、士は変わらずここにいる。

 まるで世界から除け者にされような気分だった。ある意味、いつものことだが。

 

「ディケイド、世界の破壊者であるお前には物語がない。即ち漂白される歴史もない」

 

「やっぱりか……。じゃあお前はなんだ鳴滝」

 

「知れたこと。お前がいるならお前を倒すため私もいる」

 

 説明になっていないが、士にはそれで十分だった。

 この男ならば、きっとこの状況でも己の前に現れる。

 目を閉じて頭の中に鳴滝が浮かんだ時、不思議とそう確信した。

 

「鳴滝、お前なら知ってるんだろ。どうすれば世界を救える」

 

「世界を救うだと? お前には無理だ」

 

「なんだと?」

 

「そんなもの決まっているだろう。お前が世界の破壊者だからだ」

 

 結局、士はライダー達を倒して世界を破壊することでしか、世界の融合を止められなかった。

 破壊からしか創造は生まれない。

 

「なら、俺はどうすればいい」

 

 しかし今この世界には何もない。

 何もなければ破壊もできない。

 

「ディケイド、お前が旅以外何をするというのだ?」

 

 それは渡とは全く異なる答えであり、なによりも士の望んでいたものだった。

 

「お前に物語はなく、だから世界を求めて旅をする。終わらない旅こそがディケイドの物語」

 

「ああ、その通りだ」

 

 それこそが聖杯の協力を拒んだ最大の理由。

 聖杯に喚ばれ戦うだけの存在は、もはや自分では、ディケイドではない。

 

 鳴滝と士はどちらともなく笑みを作った。

 この男は敵でありながら、同じ仮面ライダーであるはずの渡より、むしろ士をよく知っている。

 

「行け、私の宿敵! 旅する仮面ライダー!」

 

 鳴滝は歪んだ空間を指し示すように腕を伸ばす。

 

 行き先はわからない。

 行った先で誰と会うのか、何を求められるのか。

 それもわからない。

 それでいい。

 それがいい。

 

 ずっとそれが門矢士の旅だった。

 だから行く。

 宿敵に導かれて、新たな道を歩き出す。

 

「行ってくる」

 

 迷うことなく、時空の歪みへと入っていく。

 二度目の旅立ちは一度目と同じく唐突に始まった。

 




10年もこのメンツで旅しているかどうかについては突っ込んではいけないところ
(少なくとも海東大樹は10年ストーキングしているぞ!)



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第2節『トール・テイルのヒーロー』

 空は朝でも昼でも薄暗く、吹き抜ける吹雪は常に肌を裂くような冷気を伴う。

 普通の人間なら絶対に耐えられない極寒の地。

 

 藤丸立香は魔術によって強化された特殊な礼装を身に纏い、雪原を踏みしめ進んでいた。

 歩いた足跡はすぐまた雪に埋もれて消えていく。

 彼の後ろには何も残らない。

 それはまるで、これまでの旅路のようだった。

 

 2017年12月31日。

 カルデアは崩壊した。

 魔術王を相手に、世界焼却を防いだ人類最後の砦。

 それが、全ての機能を失い、その核である地球環境モデル『カルデアス』までも凍結させられた。

 

 多くの犠牲を出して辛くも生き残ったカルデアの局員達は、虚数の時空を潜る潜水艇シャドウ・ボーダーに乗り込み逃走。

 そして敵との僅かな縁を辿り、永久の凍土帝国へと浮上したのだった。

 

 されど状況は一向に好転しない。

 物資は最低限も満たせておらず、潜水艇の修理もままらない状況。

 そして、共に戦った英霊(仲間)達は未だ一人も再召喚できていない。

 

 何より悔しかったのはコヤンスカヤのことだ。

 カルデア崩壊の立役者である謎の美女。

 

 必死に生きようとしているヤガ達の気持ちを踏みにじる、残虐非道な彼女の行為を見ているだけしかできなかった。

 たとえ一度世界を救ったのだとしても、自分はしょせん凡人だと思い知らされる。

 

 いつか、世界焼却の任を受けた時、Dr.ロマンは藤丸立香に問うた。

 たった一人で、君にカルデアの、人類の未来を背負う覚悟はあるかと。

 

 立香は答えた。

 

『覚悟なんてない』

 

 そう、はっきりと返した。

 ただの一般人としてごく普通の家庭で育ってきて、たまたまレイシフトの適性を持っていたから連れてこられただけ。

 48人目のマスターは予備。ただのおまけ。

 

『そんな使命、俺にはあまりに大きすぎる責任だ』

 

 それでも……それでも嫌だ。

 受け入れたくない。

 世界が燃えて、家族が、友達が、何も残らず全て焼き尽くされる未来なんて、嫌だ。

 

『だから背負います。それが自分にできることなら。俺は覚悟して戦います!』

 

 そうして、立香の長い旅が始まった。

 

「先輩? 大丈夫ですか?」

 

 ふと、聞き慣れた少女の声が沈んでいた思考へと割って入った。

 

「ああ、マシュ。心配してくれてありがとう。大丈夫だよ」

 

 あれからずっと隣で共に戦い、戦えなくなってもサポートし続けてくれた、相棒ともいえる少女に微笑み返す。

 あの当時は、自分にできることをひたすらこなして、ただただ必死に走り続けた。

 

 しかし、今ならわかる。

 いや、わかってはいたけど、こうなったら改めて強く感じる。

 

 カルデアの局員達が必死に後ろから支えてくれていた。

 本当にたくさんの英霊達が、歴史を守るため力を貸してくれたおかげで走ってこれた。

 

「顔色がよくなさそうでしたので……」

 

「少し昔のことを思い出していただけだから」

 

 今は違う。

 カルデア崩壊時に、多くのスタッフが犠牲となって死んだ。

 英霊達も役割を果たして消えてしまった。

 

 残り半数以下になって身も心も疲弊しているスタッフ達と、戦いが大きな負担となってしまっているマシュ。

 世界焼却だって絶望的な戦いだったのに、今はそれ以上に過酷な状況だ。

 

「戦いを終えて帰還した、英霊(みなさん)達のことでしょうか」

 

「うん、それにカルデアの皆も」

 

 恐い。今も寒さとは違う理由で震えだしそうだ。

 長い戦いの中で立香は知った。

 

 戦いの恐さ。

 仲間を失う悲しみ。

 そして自分の無力さ。

 

 立香の努力と戦いは、どれも自分一人ではできなかったもの。

 それを理解してしまったなら、もうかつてのようには走れない。

 

「そうですね。皆さんがあの頃のようにいてくれたら、きっと……」

 

「だけど、ううん。()()()こそさ」

 

 諦められない。

 諦めたくないから。

 そう思えるだけの強さは、まだ胸の中にある。

 

「一歩ずつ、俺達のできることをやろう」

 

 ここで諦めてしまったら、共に戦ってくれた英霊達の頑張りが無駄になってしまう。

 

「先輩……はい! その、わたしだけではとても頼りないとは思いますが、専属サーヴァントとして全力でマスターのサポートを務めます」

 

「頼りなくなんてないよ。後輩(マシュ)がいてくれるから、先輩(オレ)も頑張れるんだ」

 

 何より、今もそばにいて自分を支えてくれる大切なパートナーの心を、彼女の信頼を裏切りたくない。

 

 だから、やる。

 走れなくても歩くことはできる。

 

 自分にできることを一つずつ。

 たとえ歩幅は小さくても一歩ずつ。

 

 進むことを諦めない。

 

「それに、もうすぐ英霊達(みなさん)の一人と再会できます」

 

「うん。誰が召還されるかはわからないけど、誰であってもきっとまた俺達の力になってくれる」

 

「はい。わたしも同じ気持ちです」

 

 電力を貯蓄した霊基グラフのトランクを手に、洞窟の中へと入る。

 そして彼らは現地にてパツシィという獣人の協力者を得て、たった一度きりだが召喚の機会を得られた。

 いつ切れるとも知れないか細い糸だけれど、吹き荒れる嵐の中で握り締め続けて、ようやく手に入れたチャンス。

 

「マスター、準備は完了しています。蓄電量も十分。一度だけなら召還できます!」

 

「ああ、始めよう」

 

 吹雪も届かない洞窟の奥で、立香は右手を突き出して召還の呪文を唱え出す。

 紡ぐ言葉は、世界救済を諦めない者の誓いだ。

 

 以前は魔術師の悲願である根源への到達を目指し使われたフェイトシステム。

 しかし歴史の焼却という未曾有の危機においては、世界を救う意志を持った英雄達を喚び出す救済の力となった。

 それは歴史が白紙になっても変わらない。

 

 英雄達はいつだって、人々の願いを背に、世の不条理に立ち向かう。

 

 虹の色彩を伴い、三つの輪に囲われながら一筋の青き光が立ち昇る。

 これが反撃の始まり。そのはずだ。

 

 激しい光が収まりだして、その中にいる者のシルエットが見えてくる。

 立っていたのは一人の青年だった。

 その姿に、立香とマシュは驚きと困惑を覚える。

 

「召喚は成功した……けど」

 

「霊基グラフに保存されていないサーヴァントです、先輩」

 

 茶髪に染められた髪と風貌は日本人のそれだ。それもかなり近代に寄っている。

 着飾っている衣服も、現代日本のファッションそのもの。

 サーヴァントとしては、かなり異質の雰囲気を放っていた。

 

「何処だここは?」

 

 青年は周囲を確認するように見回している。

 困惑から先に立ち直ったマシュが、立香をサポートせんと率先して青年の前へ立つ。

 

「失礼します。貴方のクラスと真名は……?」

 

「はぁ? 真名……名前か? 人に名前を尋ねる時は、まず自分から名乗れと教わらなかったか?」

 

 マシュが名前とクラスを尋ねると、青年は尊大な態度で質問を質問で返す。

 偉そうと思ったら実際に王様だったり神様だったり、なんてこともよくあるのがサーヴァントだ。

 正体もわからないし、マシュはすぐ頭を下げて自分から名乗る。

 

「失礼いたしました。わたしはマシュ・キリエライト。疑似サーヴァントで、クラスはシールダーです。こちらは貴方を召喚したマスターの……」

 

「藤丸立香です」

 

 慌てて立香も頭を下げて自己紹介した。

 同じ日本人だとしても、まず年上だろう。自然とかしこまり敬語になった。

 

「召喚だと? 渡も召喚がどうとか言ってたな。鳴滝め、旅立てとか格好つけておいてこれか」

 

 青年は何やら独り言のようにぶつくさと呟いている。

 

「お、おい、お前何者だ! どこから来た!」

 

「パツシィさん! どうしてここに?」

 

 青年がパツシィに対して怪訝そうな視線を向けている。

 通信越しにホームズが洞窟から出ていてほしいと頼んだはずだったが、隠れて召喚の儀式を見てしまったのだろう。

 向こうもわけがわからず混乱しているようだ。

 

「あいつは、()()か?」

 

「え? 怪人? ええと、そういうわけでは……」

 

 怪人というよりは狼の獣人という見た目だ。

 しかし何も知らなければ怪物だと思ってしまうのも無理はない。

 

 現代日本人らしき人物の召喚。

 ヤガと呼ばれる獣人が住まう歴史。

 

 状況が色々と予想外と急展開過ぎて、立香も戸惑いを隠せない。

 通信の向こうでは召還を見たパツシィをどうするかであれこれと話し合いが起きていて、こっちのフォローどころではないようだ。

 

「ふん、お仲間も連れてきたか」

 

「仲間だと? こいつら……!」

 

 青年がパツシィの後ろを指差すと、洞窟へと侵入してきた三匹の魔獣――クリチャーチが現れた。

 恐らく彼の後を付いてきたのだろう。

 

「話はこいつらを片付けてからだな」

 

 青年はどこからか取り出した白い何かを腰にかざすと、それはベルトとなって腰に巻き付いた。

 

「なんだそれは! それも魔術師の秘儀ってのか」

 

 自分が敵対視されていることに気付いたのだろう、パツシィは睨み銃を構えて警戒を強めている。

 

「二人共、ちょっと待って」

 

 銃も立香の言葉も意に介さず、青年はカードを一枚取り出した。

 

「くそ、何なんだよお前は!」

 

「通りすがりの仮面ライダーだ。覚えておけ』

 

『Kamen Ride――』

 

「変身!」

 

『Decade!!』

 

 ベルトのバックルにカードを挿入し、挿入口を閉じるとそこから男が叫ぶような音声が鳴り響いた。

 その瞬間、青年の姿が変化する。

 

 いくつものシルエットが現れて、像を結ぶように男へと重なった。

 独特な形状の黒いスーツを身に纏い、頭部にバーコードのようなパネルが嵌め込まれていく。

 それと同時にスーツがマゼンタカラーへと染まる。

 完成したスーツの名は仮面ライダー。異形なる戦士だった。

 

「危ないから下がってろ」

 

 少なくとも立香は敵対者ではないと考えているのだろう。

 声をかけながら腰に装着された箱型の銃を取ると、こちらへ突進してくるクリチャーチの一匹へと発砲した。

 

「ガアァァァ!」

 

 光弾が肩に当たると肩が爆ぜる。

 足に当たると足が爆ぜる。

 痛みに身を捩るクリチャーチへ更に数発の弾丸を打ち込むと、その一撃は頭部に直撃して完全に沈黙させた。

 

「すごい……」

 

 マシュが思わずそうこぼす。

 あんな形状で、あんな弾を飛ばす銃は見たことがない。

 明らかなオーバーテクノロジー。

 思いつく一番近しい存在はセイバーXやそのオルタだろうか。

 

「グルルゥ……」

 

 しかしクリチャーチはまだいる。

 戦士の銃が、今度は剣へと形状を変化えて、次の一匹へと斬りかかった。

 

「ハァッ!」

 

 魔獣が鋭く伸びるの角を振り下ろすが、それを戦士の剣が容易く切り払う。

 切断された角は飛ばされ、近くの地面に突き刺さる。

 その間に今度は魔獣の首が斬り落とされていた。

 

「気を付けて、残りが!」

 

 最後の一匹が猛スピードで突進して襲いかかろうとしていた。

 彼は焦ること無く飛び退くように突進を回避。

 剣の箱型になっている部分を開き、新たなカードを抜き取ると、さっきのようにベルトへと差し込む。

 

『Attack Ride――Slash!!』

 

 音声が響くと戦士は残像が見える程に急加速。

 追うように突っ込んでくるクリチャーチよりもずっと速く、瞬く間に斬り裂き倒してのけた。

 厳しい環境下を適応して生き残ってきた魔物達が、まるで問題にならない強さだった。

 

「残るはお前だけだな」

 

「クソったれ!」

 

 パツシィは戦士の視線を受けてヤケクソ気味に銃を向けるが、それより早く距離を詰められてしまい、剣が振り下ろされる。

 人より強靭な肉体を持つヤガの彼も、思わず恐怖で目を瞑ってしまい身を縮こまらせしてしまう。

 だが、数秒経過してもその身に刃が振れることはなかった。

 

「お前……」

 

 パツシィの眼前にいたのは、あの戦士ではなく立香だった。

 

 彼に背を向けて庇うように両手を広げている。

 戦士の刃は立香の眼前で止まっていた。

 

「この人……パツシィさんは敵じゃないよ」

 

「みたいだな」

 

 一言だけ返すと、悪びれた様子もなく戦士は身を引きながら剣を下ろす。

 

「マスター、今のは無茶です!」

 

『そうだよ立香君! もし剣が振り下ろされていたら今頃は……』

 

 マシュと共に、通信から幼い少女の声が聞こえてきた。

 それは中身の精神は全く幼くはないどころか、性別さえも異なるダ・ヴィンチのものだ。

 

「それはないよ」

 

 しかし立香は言い切った。

 彼は知っている。

 その名を。そしてそれが持つ意味を。

 

「だって、この人は名乗ったから」

 

 かつてアメリカの辺境にトール・テイルと呼ばれるホラ話があったように、日本にもある都市伝説が存在した。

 悪の組織や怪物達が影から人々を襲う中で、同じく人知れず人間の自由と平和を守るヒーロー達。

 彼らは様々な形状をして固有の力を持っているが、その名前はある統一性を持っている。それが、

 

「仮面ライダーだって……!」

 

 マゼンタ色の戦士――仮面ライダーはスーツを解除して元の姿へと戻った。

 

「俺は仮面ライダーディケイド、門矢士だ」

 

 そして通りすがりだった彼は、その場へ留まるようにもう一度、自らの名を口にしたのだった。

 




(元ネタ知らない人向け補足)
藤丸立香の世界での仮面ライダー認知度は雑にフォーゼくらいの基準です。


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第3節『旅人達と契約』

「だいたいわかった」

 

 魔獣を全滅させて、自分の置かれた状況を改めて説明された士は開口一番にそう言った。

 本当に理解できているのか、周囲の者達からすれば少々怪しいものではある。

 

「先輩、この状況はかなり不可解であると判断します」

 

 通信を介して会話している者を除いた、今この場にいるメンバーで、一番魔術関連について詳しいマシュが疑問をなげかけた。

 

「霊基グラフに存在しない士さんが現界したこと?」

 

「それもありますが、聖杯から喚ばれたサーヴァントであるなら、マスターの知識は共有して召喚されるはずです」

 

「それは確かにそうだね」

 

 腕を組みうむうむ、と何度か頷き立花は同意した。

 

「それに門矢さんは現状どころか聖杯戦争の知識すらほとんど有していません」

 

 以前聖杯から不安定な霊基で召喚されていたジャンヌ・ダルクも聖杯戦争についての記憶はあった。

 

『聖杯戦争の知識がないのなら、別の可能性を考慮すべきだろう』

 

 映像通信越しにホームズが会話へと割り込んだ。

 

「別の……それは一体どのような可能性でしょうか?」

 

『例えば、彼は聖杯や世界のカウンター役とは別の手段でここへ喚ばれた』

 

「聖杯や抑止力の他にも召喚される手段があるんですか?」

 

 ホームズの解説に立香が疑問を返した。

 魔術の知識は深くない彼も、これまでの旅で通常形式の召喚以外にサーヴァントが喚ばれるケースには慣れている。

 しかし、この事象はそれらのいずれとも該当しないケースだった。

 

『あくまで可能性だよ。その答えは本人に聞くのが一番確実だと、私は思うがね』

 

「答え以前に、そのカウンターってのはなんだ」

 

『よろしい。士君は当事者だ、簡単に解説しよう』

 

 サーヴァントが召喚される条件はいくつかある。

 

 一つ目は聖杯を通じてマスターが召喚する方法。

 本来なら今回はこの方法でサーヴァントが召喚されるはずだった。

 

 二つ目は聖杯が不正な手段で扱われた時などにイレギュラーを修正するために、問題解決のカウンター役として召喚される。

 立香が戦った世界焼却においても、この手段で多くのサーヴァントが召喚されていた。

 

 最後の三つ目、世界が危機的状況に陥った時に、その要因を排除するための抑止力が喚び出される。

 これは二つ目に近いが、聖杯ではなく世界そのものが召喚するため事象としては別物だ。

 

『私は当初、士君は三つ目の抑止力として世界が最後の抵抗を試みたのだと考えたのだがね』

 

『それだと説明の付かないことがあるのさ。彼の霊其は通常と構成パターンが異なっている。マシュのような擬似サーヴァントとも違う。意外かもしれないけれど藤丸君が一番近い』

 

 イレギュラーケースの士を解析していたのだろう。ずっと会話に入ってこなかったダ・ヴィンチが告げた。

 

「俺ですか?」

 

 立香は本当に意外そうな表情で自分を指差している。

 

『正確に言うとレイシフトしていた頃だね』

 

「レイシフト……でもあれはカルデアだけが使えるシステムだったよね?」

 

『全く同じではなく、近いんだ。門矢君の存在は本来この世界にはない。しかし何かしらの方法で彼はこの世界に存在証明が行われている』

 

「えー、と言いますと?」

 

「なんだ、そんなことか」

 

 頭をひねる立花に対して、士は首に下げているトイカメラのシャッターを切った。

 

「それならいつものことだ。気にしなくていい」

 

『こっちとしては非常に気になるんだけど……。それともう一つ。君はレイシフト状態でありながら、同時にサーヴァントとしての肉体を有している。問題はむしろこっちだね』

 

「俺はサーヴァントとやらになった憶えはない」

 

 こちらについては士も思い当たる節はないらしい。

 しかし別段慌てた様子もなかった。

 

『そうは言ってもねえ。あ、ちなみにクラスはライダーだよ』

 

 もし、サーヴァントになっていなければ、士は今頃極寒の地で凍え死んでいただろう。

 

「流石仮面ライダー!」

 

「フォウフォーウ!」

 

 立香は目をキラキラとさせて、それに反応するようにマシュの腕に収まっていたフォウが鳴いた。

 

「俺をここへ来させたのは鳴滝という男だ。あいつは平行世界を繋げる能力を持っている」

 

「平行世界ですか……ここが特異点の一種だと考えれば並行世界を渡る能力は有効だと思われます」

 

『ふざけとるの? 個人でそんなものを保有しているなぞ、もはや魔法の領域ではないかね!』

 

 士の説明から可能性を見出したマシュに反して、魔術師の家系であるゴルドルフは納得がいかないらしい。

 本来、異聞帯への侵入は簡単な話ではない。

 シャドウボーダーも虚数潜航がなければこの地帯へは入れなかった。

 

「しかし、現実として士さんは今現在ここにおられます。その事実は変えようがありません」

 

『Mr.門矢に質問なのだが、そのMr.鳴滝との接触は可能かな?』

 

「どうだろうな。ま、あいつはいつも唐突に現れる。旅を続けていればそのうち会えるだろ。それより大事なのはこれからどうするか、だ」

 

「これから、どうするか……」

 

『私達としては門矢君に藤丸君と契約をお願いしたいな~。事情がどうあれ、私達には仲間が必要だという事実は今も変わりないよ』

 

 元々はクリプターと戦うため、戦力を得るための召喚だった。

 しかもチャンスは一回こっきり。やり直しはもう効かない。

 次に召喚できるタイミングがあるかどうかさえ怪しいものだ。

 

「断る。俺はまだお前達のことを完全に信じたわけじゃない」

 

『なんだと! 形式はどうあれ貴様はサーヴァントとしてここへ召喚されたのだ。使い魔となって我々に仕えるのが当然だろう』

 

『まあ落ち付いてください新所長。彼からすれば、この反応こそ当然と言えるでしょう。それにMr.門矢は召喚方式が違うからか、今でも霊基は安定している。今すぐ契約が必須というわけではない』

 

 召喚に使用した雷のエネルギー量では、短い時間しかサーヴァントの現界は維持できないはずで、喚び出してすぐの契約が必須だった。

 

 よくわからないままここに召喚されて、いきなり使い魔と主人として主従関係を結ぶため契約をしろと言われているのだ。

 たとえそれが必要なことだと言われても、自分が何かしら騙されている可能性だってある。

 

「それなら、契約はしなくていいんじゃないかな。無理にさせるものでもないと思うし」

 

『けれどサーヴァントである以上、マスターなしで戦い続けるのには色々と制約がある。最悪、魔力が底をついて消滅もあり得るよ。それは門矢君の望む話でもないよね』

 

「マスター、士さんの意思はわたしも尊重すべきだと思いますが、ダ・ヴィンチちゃんの説明も尤もです」

 

 戦力が他にもいるなら、誰と契約をするかしなかは選択肢がある。

 しかし今いる戦力は士を除いて不調のマシュのみ。

 戦況の悪さも考慮すれば、契約の必要性は考えるまでもない。

 

「うん、わかってる」

 

 立花はマシュに頷いてから士へと向き直る。

 

「士さん。俺は、これまで色んな時代を旅してきたんだ」

 

 時間に置き換えれば数年程度。

 けれど、その中には数え切れないくらいの想い出が詰まっている。

 

「それは歴史を守るため、未来を守るための戦いだった。とにかく大変だったよ。つらくて、恐くて、痛くて……」

 

 楽な旅はどれ一つとしなかった。

 挫けそうなことならいくらでもあって、それでも何とかここまでやってこれた。

 それも自分だけの力では決してない。

 

「俺は皆に助けてもらいながら、ただ必死に、自分のできることを精一杯やってきた」

 

 いくつもの世界があった。

 いくつもの出会いがあった。

 いくつもの別れがあった。

 

「だけど……」

 

 立香は静かに目を閉じた。

 考え事をするというよりは、何か大切なことを思い出すように。

 

「だけど、楽しかった。楽しかったんだ」

 

 旅の先で出会った皆は、どれだけ絶望的な状況でも決して諦めず、そしてある人は力強く、ある人は優しく、ある人は心から楽しそうに笑っていた。

 たくさんの話を、たくさんの英霊(サーヴァント)達と交わしてきた。

 だから楽しかった。

 

「旅の先で出会って、一緒に戦ってくれた英霊(なかま)達。最初は敵でも、今はとても心強く感じる反英霊(なかま)もいる」

 

 今だって皆の顔を思い出せば、折れそうになる心の支えになってくれる。

 

「皆と笑って泣いて繋いできた旅だった。そうしてようやく辿り着いた未来。それを俺はこんなところで、世界を真っ白にされたくらいで終わらせたくない」

 

 世界焼却を防いだ旅は、元々正しい歴史には残っていない。

 全ては泡沫の夢のように消えていく。

 それでも、自分は憶えている。

 マシュも覚えている。

 カルデアのスタッフ達も。

 

 誰が否定しても、誰に漂白されても、それらは決して消え去ることはない。

 

「俺は一人じゃ弱くて戦えない。それでも、まだきっとできることはあると思う。それを全力でやりきりたい」

 

 もう一度、全力で走り出したい。

 そのために漂白された世界と極寒の地を、諦めずに歩き続けてきた。

 

「それにさ、俺、ここで出会えた士さんとも旅がしてみたいんだ」

 

 旅とは出会いと別れ。

 士の召喚は新たなる出会いだ。

 だから、この縁を大事にしたい。

 

 それもまた、藤丸立香の偽らざる本心だった。

 

「だから、俺達と一緒に戦ってくれないかな」

 

「先輩……」

 

 立香は目を開いて、右手を士へと差し出す。

 マシュはその様子を見て、自然と穏やかな微笑みを浮かべていた。

 

「旅か……」

 

 ふっと士は口角を上げる。そしてしっかりと立香の手を握った。

 

「いいだろう。しばらくは付き合ってやる。俺は旅する仮面ライダーだからな」

 

「旅する仮面ライダー……うん、ありがとう!」

 

 硬く握りあった手は、刻まれた令呪による契約はなされていない。

 けれどそれは間違いなく一つの契約だった。

 

「士さんも旅をされてきたのですね?」

 

 確認するようにマシュが問うた。

 彼も人々を守る仮面ライダーとして様々な世界を旅してきたのだろうか。

 

「ああ、いくつもの世界を通りすがってきた。次はここだ」

 

「はい。わたし、マシュ・キリエライトもよろしくお願いいたします!」

 

「フォフォーウ!」

 

「こちらはフォウさんです!」

 

「ああ、よろしく頼まれてやる」

 

 マシュは改めての自己紹介と、そして反応するように鳴いたフォウも抱き上げて主張した。

 

『うんうん。一先ず協力関係は結べたね。サーヴァントの契約はこちらを信じてもらえてから追々かな』

 

「そういうことになるな。信用できれば、だが」

 

 今はそれでいい。

 一緒に旅してお互いをもっと知り合って、本当に仲間になれたのなら、その時は改めて契約をお願いしよう。立香はそう決めていた。

 

「話はまとまったか。ならここから出ようぜ」

 

 これまで空気を読んで大人しくしていたパツシィが提案してきた。

 どうやらまた魔物が入り込んで来ないか見張っていたようだ。

 あるいは、士に倒されかけた恐怖から、誤解が解けても少し近寄りがたいのかもしれない。

 

「一緒に旅をするのはいいが、次はどこへ向かうつもりだ」

 

『次なる目的地は既に決まっている』

 

 特別顧問役の名探偵が、進むべき先を告げる。

 

『この世界の王……イヴァン雷帝の圧政を押しのけようとする有志達の集い、叛逆軍の隠れ家さ』

 



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第4節『ライダークラス』

 カルデアの一向はパツシィの情報を元に叛逆軍のアジトへと向かう。

 吹雪の中を進む道行きにさしたる問題は起きなかったが、途中に経由した村で一悶着起きた。

 

 そこは叛逆軍のアジトへ向かうには避けて通れぬ場所に位置している。

 そして、この村の警備を担当する者に立香達は呼び止められたのだ。

 

 彼らは叛逆軍へ参加しようとする者達に対して、ここを通ることを黙認する代わりに、通行料と称した対価を要求して稼いでいる。

 しかし今の立香達に支払えるものはない。

 そこへ話を付けるため、一歩前へ出たのが士だった。

 

「なら、この俺がお前達の写真を撮ってやろう。ありがたく思え」

 

 なぜか上から目線で告げた士は、了承を得るよりも先に首から下げているマゼンタカラーのトイカメラを手に取りシャッターを切る。

 

「お前らのところで写真の現像はできるか?」

 

「どうして撮ってから聞いたの?」

 

 思わず立香がツッコムが士はマイペースにどこ吹く風で答える。

 

「いつもの癖だ。気にするな」

 

 つまり撮ってから環境が変わって現像できないことに気がついたらしい。

 彼は旅人であると同時に写真家なのだろうと立香は理解しておくことにした。

 

『うーん、必要ならできなくはないけど、一旦こっちに戻ってもらわないとなあ』

 

『それより、Mr.カドヤの撮影技術がいかに芸術的であったとしても、写真で向こうが納得してくれるとは思えないのだがね』

 

「何やってるんだ、お前?」

 

 写真を取られたヤガは怪訝そうに首を傾げている。

 あー、もしかして、と立香はある事実に気付く。

 

「ねえパツシィさん。この世界ってカメラある?」

 

「カメラ? なんだそりゃ?」

 

「あったとしても、時代的に士さんのような小型で近代的なカメラは存在していないと思います」

 

 マシュがいつものようにさり気なく補足をしてくれる。

 残念ながら写真撮影の技術は適応の過程で置き去りになったロストテクノロジーのようだ。

 

「おい、出すのか、出さないのか。どっちだ?」

 

「悪いが、こっちには持ち合わせがない」

 

 しびれを切らした守衛のヤガが問うてくるのを、士が素っ気なく返した。

 写真で支払うのは流石に諦めたらしい。

 

「だったら金じゃなくても、代わりがあればそれでもいいぜ」

 

 写真を代わりにしようとして失敗したくらいだ。

 別の持ち合わせもこちらにはない。

 

「クレジットカードは作らない主義だ」

 

「クレジットカードも使えないと思う……」

 

 間違いなくそういう意味じゃない。

 士もわかって言っているのだろう。やれやれと肩をすくめる。

 

「ならどうする?」

 

「逃げよう。できるだけ穏便に!」

 

 そもそも、こちらは支払わないなら通報すると脅されている身だ。

 無理をしてまで要求に従う必要はない。

 

「やれやれだ。変身」

 

 士はカードを取り出して、かけ声と共に変身する。

 

「なんだお前、うわ!」

 

 ディケイドへと変ると、素早い身のこなしで守衛のヤガから弓を取りあげて破壊した。

 

「よし、逃げるぞ」

 

 士が告げると、目の間に揺らめくようなオーロラが出現した。

 そこを抜けてくるように無人のバイク――マシンディケイダーが出現する。

 

「マシュ、お前は後ろに乗れ」

 

「……はい。失礼します」

 

 サーヴァントにならない状態だとマシュの身体能力は立香よりも低い。

 運転はバイクを出した士で、彼女が後ろに乗るのは必要な措置だろう。

 

「俺達はどうすんだよ!」

 

 守衛のヤガは逃げていったが、あれは仲間を呼んですぐ戻ってくるはずだ。

 逃げ切る足は他にあるのかという意味でパツシィが問う。士は明瞭簡潔に答えた。

 

「走れ」

 

「ですよね!」

 

 なんとなく答えを察していた立香は、その言葉と共に駆け出した。

 パツシィは逃げながら「おいおいマジかよ」と愚痴っているが、立香は必死の表情ではあるものの、どこか落ち着いてもいる。

 手と気を抜かなければ、この場はこなせると確信している者の顔だ

 

 狂化されたヘラクレスを誘導するための逃走劇など、これまでもっと危険な状況で逃げ回ることは何度もあった。

 今さらこの程度でパニックになりはしない。

 

 士もスピードは出さず一方的に置いていくような真似はせず、立香の様子を観察しながら速度調節をしていた。

 やはり村のヤガ達が何人も出てきたが、弓を構えるより先にライドブッカーのガンモードで彼らの足元を撃ち威嚇する。

 相手が躊躇っている間に、立香達は距離を広げて逃げ切った。

 

「ぜぇ……ぜぇ……なんとか、逃げ切れたみたいだね」

 

「それよりなんだよ、その乗り物は」

 

 モーターバイクなんて、それこそ近代も近代の産物だ。パツシィが知っているはずもない。

 

()()()()じゃよくある乗り物だ」

 

「そんなのが当たり前にあるのかよ……」

 

「でも、このバイクどこから出したの?」

 

「さあな。前から俺が使ってるバイクだが、こんな時にあれば便利だと思ったら出てきただけだ」

 

 変身を解除した士が、小首をかしげながら応えた。

 どうやらバイクの呼び出しは本人も感覚的にやったらしい。

 

『たぶん宝具の一種じゃないかな。ライダークラスだし、英霊としてはどうかと思うけど、近代ならバイクが出てもおかしくはないかも。前例もあるしね』

 

 カルデアでもバイクを宝具として扱うサーヴァントはいる。当人達は決して近代の人物ではないのだが。

 

「とにかく、先を急ぐぞ。ここからはまた歩きだ」

 

 そういうと再び揺らぐ壁が出現してバイクは消えていった。

 仮面ライダー。その名が示す通り、門矢士の霊基はライダーのサーヴァントとして現界している。

 

 彼らにとってバイクは基本武装の一つであり、自分達の存在を示す物の一つ。

 それが宝具の一つとして具現化するのはさほど驚くことではないのだろう。

 それは彼の愛機もまた、共に旅する相棒としてここにあるということだった。

 




この話を差し込んでおかないとマジでライダークラス要素がない。
次回、二人目のライダー登場。




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第5節『叛逆軍のリーダー』

 追手のヤガ達から無事逃げ切った立香達は、先程の村についての考察を交えながら先を急いだ。

 ヤガ・スモレンスクに比べて、あの村は明らかに時代が逆行して中世にまで戻ったようだった。

 パツシィによるとヤガ・スモレンスクの町は旧種(ヒト)の時代の技術で作られたものらしい。

 そのため、今のヤガ達では当時の技術を模倣することはできず、補修を繰り返して今まで残ってきただけ。

 

 文明や文化の差に思うところはまだあるが、叛逆軍の本拠地へと近付いたため、議題はコンタクトの取り方へと移る。

 決まった手順はシンプルかつストレートなものだった。

 まずはパツシィが叛逆軍へ志願を申し出て、そこからのツテで立香達を紹介するというものだ。

 

 すでにパツシィは覚悟を決めていた。

 藤丸立香という魔術師と、彼の行ったサーヴァントの召喚を見て、パツシィに見えていた現実は変わった。

 そして仮面ライダーという存在は、彼に世界を変える夢の片鱗を見せたのだ。

 

 言い換えるなら、立香と出会ってしまったことで彼の人生観は大きく揺らいだ。

 前を向けたのか、それともヤガとしての歯車が狂ったのか。それはパツシィ自身にもわからない。

 それを立香は少し悔やんでいたが、士は彼らの姿を眺めるだけで特に声をかけるような真似はしなかった。

 

 ともかくパツシィはもはやただの案内役ではなく、共に雷帝を打倒する仲間となったと言える。

 そして彼にとっても叛逆軍から信用を得て、仲間へと加わる手土産として立香は必要な存在。

 なので、彼らの強さと安全性を叛逆軍へ伝えた上で、全員で戦列に加わるという流れだ。

 

 パツシィが単独で先行してアジトとなっている村へと入り込み、立香達残りのメンバーは少し離れたところで待機する。

 しかし彼は暫く待っても戻ってこず、代わりに現れたのは叛逆軍と思われる武装したヤガ達。

 そして立香達が旧種(ヒト)だとわかるなり銃を向けてきた。

 

「おい、何のつもりだお前達」

 

「ここ最近入った情報だよ。イヴァン雷帝の側近に魔術師が入ったそうだ。旧種(ヒト)のサーヴァントもな」

 

「俺達は違います!」

 

 確認のためにフードを脱がされた立香はなんとか説明しようとするも、警戒しているヤガ達は話に耳を傾けようともしない。

 

「悪いな。だが容赦はできねえよ。こっちにはそんな余裕もねえ!」

 

「さて、これはどう対応する? 藤丸立香」

 

 士は何かを見定めるように立香を見つめている。

 こうなったら戦うしかないだろう。

 しかし向こうに敵意はあっても敵ではないのだ。できるだけ危害は加えたくない。

 

「士さん、峰打ちでお願いします!」

 

 その言葉を聞いた士は呆れ顔をしながら腰に変身ベルトを巻く。

 

「俺の武器に峰はないぞ。だがまあ、いいだろ。変身」

 

『Kamen Ride Decade!』

 

「こいつ、変身したぞ!」

 

「マジかよ! くそ! 気を付けろ」

 

 ディケイドへと姿を変えた士は、ライドブッカーを剣モードで起動する。

 この刃は両刃式なので峰はない。だから柄に近い黒く刃のない部分で近くのヤガを打つ。

 

「ぐああっ!」

 

「気を付けたところで無駄みたいだな」

 

 ディケイドの力なら、たとえ峰打ちでもでも骨をへし折れて、殺害も容易くできてしまうのだ。

 だからなるべく力加減をして、大きな怪我をさせることなく戦闘不能にする程度に加減している。

 逆に言えばそれだけ手心を加えても、さして苦戦もしない相手でしかない。

 

 ヤガはクリチャーチを倒せる銃撃さえ気をつければ、ディケイドにとって大した相手ではなかった。

 一匹ずつ距離を詰めて打撃を入れていけば、ものの数分で周囲にいたヤガを全員叩きのめせる。

 

「ま、こんなもんか」

 

『気を付けて。この反応、増援だよ』

 

「ヤガなら何匹きたところで同じだ」

 

『そうとも限らないよ。なぜならこの反応は……』

 

 銃を携えて駆けつけたヤガ達。

 しかし、その中心にいる者は他と明らかに違う姿形だった。

 茶髪に染められた髪に、目鼻立ちは立香や士と同じく東洋人のそれ。年齢は立香よりも幾つか上に見える。

 

「この人も日本人だ……」

 

 世界焼却の旅ではほとんど出会うことのなかった現代日本人を、こんな異世界地味た場所で連続で見ている事実に、立香は驚きを隠せない。

 

「よくも仲間を!」

 

 先走ったヤガが一人銃を構えたが、青年は腕を伸ばし待ったをかけた。

 

「ここは僕に任せて。皆は仲間達の介抱を」

 

 仲間達への思いからか、わずかな躊躇いを見せたもののヤガ達は彼の言葉に従う。

 

「お前が叛逆軍のリーダーか」

 

「待ってください。俺達は戦いに来たわけじゃなくて、仲間になりたいんです」

 

 青年は立香の説得を無視して、取り出したベルト型を腰に装着した。

 

「なるほど、さっきの反応はこれか」

 

 さっきのヤガ達は変身に驚きはしたものの、変身そのものに対する反応は意外と薄かった。

 何も知らなければパツシィや守衛のヤガみたいにもっと大仰に驚いて、警戒度合も上がるはず。

 ディケイド相手に対応が早かったのは、()()()()()()()を知っていたからだ。

 

『OMEGA』

 

青年がベルトのグリップをひねると機械音声が鳴り響く。

 

「アマゾン」

 

『Evolu-E-Evolution』

 

 呟くような、しかし力強い一言と共に彼の体から周囲の雪が蒸発する程の高熱が発せられた。

 同時に青年は人間から異形の存在へと変貌していく。

 

「俺の知らない仮面ライダーアマゾンだと……!」

 

 それは士の知るトカゲ型の野性味あふれるアマゾンライダーと似ているが、細部の形状は大きく異なっている。

 野性的な緑の異形地味た姿でありながら、無機質で機械的なプロテクターを装着しており、複眼も釣り上がった攻撃的なデザインだ。

 

「はああっ!」

 

 『アマゾン』がその場から飛び跳ね、一気にディケイドとの距離を詰めた。

 速く、そして鋭い突き。

 一発をしのいでも次々と矢継ぎ早に打ち込んでくる。

 

「ふんっ」

 

 休まない打撃を、横腹への蹴りで止める。

 素早い反応で受けられはしたが、警戒するように『アマゾン』は一旦距離を取り、ディケイドの周囲を回るように駆け出す。

 

「ちょこまかとせわしない」

 

『Attack Ride Blast!』

 

 『アマゾン』の足元へ、銃型に変えたライドブッカーでマシンガンのような連射を放つ。

 だが、弾丸は駆け抜けたその一瞬後を撃ち抜いていく。速くて捉えきれない。

 

「っち。あのスピードは厄介だな」

 

 ライドブッカーを開いてカードを手に取ろうとするが、その大部分は黒く本来の能力を失っている状態だった。

 以前の士なら『アマゾン』の野生に対応できる()を持っていた。

 しかし世界漂白以降、ディケイドとして扱う力を除きカードは効力を失っているのだ。

 

 ベルトもマゼンタカラーのネオディケイドライバーから、旧式の白に戻っている。

 もう一つの切り札である『ケータッチ』も今は起動しない。

 新たな旅の始まりの時に、ディケイドの力は大きく失われていた。

 

『Attack Ride Slash!』

 

 クリチャーチを切断した時の高速斬撃。

 『アマゾン』は腕にあるヒレ状のカッターで受け、弾く。

 

「『予測回避』だ!」

 

 逆に攻め返すような『アマゾン』の前蹴りが、ディケイドの腹に迫る。

 しかしディケイドの体がふわりと浮かび、蹴りよりも早く後方へと跳ぶ。

 まるで『アマゾン』の攻め手を予め読んでいたような動きだった。

 

 今の動きは士自身が意図したものではない。

 声の主を確かめるように振り返ると、後方に控えていた立香が広げた手を広げ、士へ向けて伸ばしていた。

 

「アシストくらいはできるから」

 

「なるほど。悪くない」

 

 これが魔術師ってやつの力かとディケイドは理解して、前方へと向き直す。

 『アマゾン』は不意の展開に焦ることなく、ドライバーのグリップを引き抜いて、鎌状の武器を構える。

 

 ガンモードに戻したライドブッカーで射撃するが、『アマゾン』はそれを避けながら飛びかかるように距離を詰めて、ディケイドに鎌を振り下ろす。

 しかし、それはディケイドの肩口を抉る寸前で止まっていた。

 同時にライドブッカーが『アマゾン』の眼前でトリガーを引くことなく静止している。

 

「やはり、そうですか」

 

「こっちも大体わかった」

 

 二人は互いにゆっくりと離れながら武器を下ろして向かい合う。

 

「どういうこと?」

 

 突如戦いが止まって、立香は疑問を浮かべている。

 しかし戦っていた二人には何かしら感じ入ることがあったようだ

 

「あなたからは本気でこちらを倒そうとする殺気が感じられない」

 

「それはこっちのセリフだ。明らかに様子見しているだろ、お前」

 

「すみません。念のためにあなたの力と意思を確認させてもらいました」

 

 『アマゾン』は変身を解いて元の人間体に戻った。

 ほとんど同時に士も変身を解除している。

 

「いいんですか、こいつらを信用して」

 

 ヤガの一人が警戒を保ったまま、青年へと歩み寄る。

 もしもの時は自分が銃で彼を守るつもりなのだろう。

 

「うん、この人はこちら側の存在だよ。元々、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()はずだから」

 

 士は最初、紅渡に仮面ライダーとして戦いへの参加を持ちかけられた。

 あの青年はそれを断らずに協力を選んだのだろう。

 

「初めまして。僕の名前は水澤悠です」

 

 数々の世界を旅した士も知らない別個体のアマゾン。彼の名は仮面ライダーアマゾンオメガ。

 ロストベルトで初めて出会った、士以外の仮面ライダーだった。

 



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第6節『藤丸立香という少年』

 立香達は叛逆軍に案内され、彼らのアジトへと辿り着いた。

 途中何度か魔獣に出くわしたが、ディケイドとアマゾンという二人のライダーがいれば大した障害にはならない。

 むしろ食糧や貴重な素材として使えるものは回収した。

 

 叛逆軍は皇帝(ツァーリ)に村を焼かれて、家族と共に逃げてきた者達も多数いる。

 そのため叛逆と銘打ってはいても、メンバーには戦えない女子供や老人も多い。

 彼らを生かすための食糧や物資も必要なのだ。

 

 それでもアジトである砦は見つかりにくいよう隠され、もしも攻め込まれた時の備えもされている。

 長年雷帝に歯向かい続ける者達の意思が形になったような砦だった。

 

 アジト内へと入ってからは、立香らは叛逆軍から途中で狩った魔猪の肉を分けてもらい食事を始める。

 新所長から毒抜きの方法を教わったマシュが焼いたものだ。

 

「マスター、お味はいかがでしょうか」

 

「うん、なかなかいけるよ」

 

「魔獣の調理は初めてでしたが、それなら良かったです」

 

 もともと立香が毒に強い体質になっているということもあるだろうが、遭難慣れしている新所長のサバイバル知識が役立ったのは事実だ。

 本人はメタボ体型で貴族育ちだが妙なところで逞しい。

 

「そうか? けっこう癖があるぞ、この肉」

 

「味付けが悪かったでしょうか?」

 

「いや、マシュじゃない。肉そのものの味だな」

 

 文句を言いつつ、士も肉にかぶりついて食べてはいるようだ。

 

「カレー粉があったら大抵の癖や臭みは誤魔化せるんだけどね」

 

「お前、見かけよりタフだな」

 

「あはは、マスターやってると毎回スタート地点が安全とも限らないし、物資にも限りはあるから。最低限のサバイバルはジェロニモやサーヴァント達にも習って訓練したんだ」

 

「先輩は長い旅の間、様々な英霊から特訓を受けていました」

 

 途中の村でヤガ達に追いかけられた時、速度を落としていたとはいえ、パツシィと共にバイクへ追いついてきた。

 背後からは他のヤガ達も追ってきていたのだ。それなりの体力とガッツがなければできることではない。

 

「ふうん。そういえば、マシュは食べないのか?」

 

「サーヴァントに食事は必須ではないですから。備蓄はできるだけ温存しておこうと思います」

 

「そうなのか」

 

 今は士もサーヴァントとなっているため、同じく食事は必要のない体であるはずだ。

 特にそんなことは気にせず、いつものように食べていた。

 

「すみません、士さんはまだサーヴァント慣れしておりませんでした。わたしの説明不足です」

 

「便利なんだな、サーヴァントってのは」

 

「代わりにサーヴァントは魔力が動力源です。そのため魔力が尽きれば消滅します。食事は肉体よりも精神面の回復要素がメインでしょうか」

 

 美味い食事は精神安定剤の役割を果たす。

 ストレスの強い環境に赴き戦うサーヴァントにも、食事はちゃんと意味がある。

 もっとも魔猪の肉では精神的な回復より、むしろストレスが溜まるかもしれないが。

 

「なんだ、その小僧は?」

 

 途中から会話に参加しなくなっていた立香は、いつの間にかヤガの子供と見つめ合っていた。

 

「顔、つるんつるん。痛くならないの?」

 

「うん、全然平気だよ」

 

「もしかして、幽霊(ゴースト)?」

 

 ああ、そういやあいつは確かに顔がツルツルしてたな、と士はある幽霊型ライダーを頭に思い浮かべている。

 

「おーばーけーだーぞー!」

 

「キャー!」

 

 立香は食べ終わった肉の串を皿に置くと、手首をだらんと下に向けて、子供に向き直って幽霊の振りをしていた。

 子供は嬉しそうにはしゃいで逃げ回っている。微笑ましい光景だ。

 

「やっぱりタフだな、アイツ」

 

 極寒の地で物資もままならない危機的状況。

 そんな状況でも子供とじゃれ合う心のゆとりがある。

 

「あの和やかな雰囲気については……先輩が最初から持っている魅力だと思います」

 

「ほう?」

 

 士が立香を眺めているとマシュが補足した。

 彼女は微笑ましく見守る目で立香を眺めている。

 

「わたし達が正式なグランドオーダーとして向かった第一特異点、オルレアンでのことです……」

 

 そう切り出して、マシュは語りだした。

 

 マシュ達はフランスの地で召喚されたサーヴァント達と巡り会った。

 旅をすれば寝泊りもするし、食事だって皆でする。

 キャンプ地を決めて、夕食の準備やその食事会の中でマシュ達や英霊達は様々なことを語り合った。

 

 それは皆が知る歴史の裏側。

 あるいは他愛ない雑談。

 歴史に名を刻んだ英雄達と談笑しながら、彼らの生前過ごした出来事に耳を傾ける。

 そんな夢のような一時だった。

 

 その夜、マシュはたまたま夜風に当たりながら休憩していた立香を見つけた。

 そこでの話題も、やはり英霊達とのキャンプについてだ。

 

 旅の目的はあくまでも聖杯の回収。戦いは激しく当然辛いことも多い。

 何よりも世界焼却を防ぐという、自分達にしかできない重役を任されている。

 そもそもにフランス自体、聖杯を巡る戦いに巻き込まれて多くの人達が命を落としている最中だ。

 

 故にマシュは、責任と良心の呵責からくる罪悪感に囚われていた。

 世界はこんなにも危険な状況で、自分はこんなに充実した時間を過ごしていいのか。

 この感情はとても罪深いものではないか。

 これは人類の存亡をかけた戦い。一時たりとも気を緩めることなんて許されないのに……。

 

 けれど、

 

『楽しかったよね』

 

 月明かりに照らされ輝く立香の笑顔。

 マシュが胸の奥にしまい込もうとしていた気持ちを、そのまま代弁しくれた。

 

『はい……!』

 

 彼女の心に爽やかで心地いい風が吹き抜けて、罪悪の闇は霧散する。

 

 自然に湧き上がるこの気持ちは、そこにあっていいものなのだ。

 世界を救いたい使命感。

 旅を楽しんでいる気持ち。

 どちらも嘘偽りのない自分なのだと、立香はごく自然な笑顔一つで教えてくれた。

 

 辛いのも楽しいのも、ただありのままに、自分の感情を受け止める。

 

「先輩はいつも、そうやって旅を楽しんできました。きっと、今も」

 

「そうか……」

 

「あ、すみません! 一人で長く語ってしまいました……」

 

「いや、肉の癖を紛らわせるには、丁度いい(スパイス)だった」

 

 マシュが気付くと、士の皿も残っているのは骨だけになっていた。

 不満を漏らしつつも、ちゃんと食べきったらしい。

 

「お待たせしました」

 

「ああ、こっちも食べ終えて暇していたところだった」

 

 

 水澤悠が、ヤガ達との食事を兼ねた今後について相談を終えてこちらへとやってきた。

 とてもついさっき食べ終わったとは思えない態度で、士は彼を迎え入れる。

 

 それに合わせて子供と遊んでいた立香も、こちらへと戻ってきていた。

 食事を終えてひとまずは落ち着いたが、本題はここからなのだ。

 

 




ぐだ男とマシュのやり取りは『Fate/Grand Order-turas realta-』の第三巻を参照。

当作品にも大きな影響を与えています。
ガチでオススメのコミカライズ作品なので読んでほしい。
マリーのシーンガチ泣きした……。



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第7節『アマゾン細胞』

 悠が極寒の地へ導かれた当初は、立香と同じく動揺と驚きがあった。

 ヒトもアマゾンもいない世界。

 守るべき存在も、倒すべき敵もいない。

 

 いや、それはここにくる前から同じだった。

 アマゾンはもはやヒトを食さない草食が細々と生きるのみ。

 

 そして、あの地にはもう自分の居場所はない。

 最後に残った一匹の獣は、狩る者達から逃げ回りながら、ただ、生きていくだけ。

 

 世界を白紙化から護る戦いは、そんな彼に新たな生きる価値を与えた。

 

 そして導かれ辿り着いた世界、獸国の凍土。

 変わり果てた地球の姿だった。

 

 そこで出会ったのはヒトともアマゾンとも違う生命体ヤガ。

 文明は明らかに衰退して、生きる糧を得るだけでも必死だ。

 けれど、彼らの生き方に触れて、悠の脳裏に久方振りの『あの言葉』が蘇った。

 

『何も傷つけず、自分の手も汚さない。優しい生き方だけどな、何の役にも立たないんだな』

 

 悠にとって、最大の敵であり、師であり、同類だった男。

 最後まで残った二匹の獣。その一匹。最後に自分が殺した片割れ。

 

 彼らは、ヤガ達は生きている。

 この過酷な世界で生きるために狩り、生きるために喰らう。

 優しくない生き方で、厳しい世界を生きている。

 

 悠は新たに守りたいと思う存在を見つけた。

 

 ●

 

「それで、協議の結果はどうなりましたか?」

 

 カルデアの代表として問うた立香に、悠は小さく頷いて返す。

 

「ヤガ達は人間という種族に慣れていません。ですが、このままでは雷帝を倒す悲願には届かない。何より、士さんに倒されたヤガ達は皆軽傷で、もう皆復帰しています」

 

 ヤガの高い生命力もあるが、極力怪我をしないよう配慮したことが活きたようだ。

 

「我々は貴方達と同盟を結びます」

 

『できれば君が藤丸君と契約してくれるとありがたいんだけど』

 

 ダ・ヴィンチの申し出に対して、悠は首を横に振る。

 

「すみませんが、それはできません。叛逆軍はあくまで叛逆軍としての行動を続けます」

 

 悠が立香と契約を結べば、自動的にカルデアの傘下へ入ることになる。

 サーヴァントは契約者の使い魔である以上、叛逆軍がカルデアの配下に入るも等しい。

 

 立香に叛逆軍を操る意思はないと悠は感じている。

 けれど戦いが激化すれば、カルデアを守るため叛逆軍を犠牲にせざるを得ない事態に陥るかもしれない。

 それに雷帝の元には魔術師がいる。彼が敵の精神支配を受ければどうなるかわからない。

 

 マスターには令呪という一方的な命令権がある限り、リーダーである悠はその立場と責任から軽々と契約は結べないのだ。

 悠が拒絶した理由には、そういう意味が込められている。

 

 シャドウ・ボーダーから通信している才人二人はその意味を当然理解していた。

 ならばこそ出てくる疑問をホームズは投げかける。

 

『ミスター水澤、君は叛逆軍をまとめているだけあって、とても理性的な人物のようだね。バーサーカーのクラスとは思い難い程だ』

 

 シャドウボーダー内部の機材によって悠のことはすぐサーヴァントだと特定できた。

 それも契約者なしの野良サーヴァントだと、制御が効きにくく最も危険である狂戦士(バーサーカー)のクラスだ。

 

「僕がバーサーカーなのは、体内のアマゾン細胞が原因だと思います」

 

『ふむ、私は初めて耳にする名前だね』

 

「簡単に説明すると、アマゾンは人間とは異なる生命体で、その中でも僕は人間の遺伝子を持った特殊なアマゾンです」

 

「つまり……どういうこと?」

 

 英霊ともアルターエゴとも違う、完全に未知な存在。

 立香の脳内では大きなはてなマークが浮かんでいる。

 

「つまり悠さんは人間とアマゾンのハーフだと判断できます、マスター。それとお話から察するに、アマゾンとは本来バーサーカーとして認定される程の凶暴性を有しているのでしょうか?」

 

「はい。アマゾンは動物性のたんぱく質……とりわけヒトの肉を強く好みます。中にはヒトを喰らう衝動に負けて、自我が崩壊するアマゾンも少なくありません」

 

『人間の肉だと……!』

 

 彼の言葉に一番強く反応したのはゴルドルフだった。

 立香も声こそ上げないが、反射的に体が強張っている。

 

『そんな食人衝動持ちの怪物をシャドウ・ボーダー内に入れられるものかね! いや、逆に契約して令呪でさっさと衝動を封じてしまった方が……』

 

「僕は人間の遺伝子を持っているためか、アマゾンの衝動は薄いんです。サーヴァントになる前は、暴走してヒトを襲うアマゾンと戦っていました。それだけは信じてください」

 

『いや、しかしだね……』

 

「信じます」

 

 躊躇うゴルドルフを余所に、立香はハッキリと頷いた。怯えている様子はもうない。

 

「いいのか、こいつはバーサーカーってやつなんだろ?」

 

 念を押したのは士だった。

 モニターからは『そうだ、考え直さないかね?』などという怯えた声も聞こえてくるが、士の雰囲気はそういう恐慌からくるものではないと一目でわかる。

 

「バーサーカーは本来理性を失った狂戦士で、たとえ元は聡明な人物であっても変質してしまいます。これまで契約を結んだ数々の英霊や、以前の聖杯探索、オルレアンがそうであったように……。ですが」

 

「ならいつ暴走するかわかったものじゃない。違うか?」

 

 士はマシュの反論を途中で遮った。視線は最初からずっと立香へ向けられたままだ。

 お前が答えろ。と彼の瞳が告げている。

 

「ねえ、パツシィは俺達を食べたいとは思わなかったんだよね」

 

「俺か? ああ、そうだな。前も言ったが、多分ヤガが元はヒトだったからだろうぜ」

 

「それってヤガとヒトが種族的に近いってことだよ。なら、アマゾンはヤガでも食べたいと思うんじゃないかな」

 

「なるほど、それは一理あると思います」

 

「もしこれまでアマゾンの衝動があったのなら、叛逆軍のリーダーなんてできなかったと思う」

 

 悠はヤガ達から信頼を得ている。それは彼と出会ってからここまでで、十分に確信できている事柄だ。

 もし食人衝動を抑えるのに必死だったのなら、普段はヒトの外見をしている彼が、ヤガ達との信頼を勝ち得てリーダーというまとめ役にはなれなかっただろう。

 それはただの主観だけではなく、それなりの論理性を有している。

 

『我々を謀って油断させて美味しく食べる作戦かもしれないのでは?』

 

『どれだけ疑り深いんだよ、オッサン……』 

 

 通信側、奥の方から小さい呆れ声が聞こえてきた。多分ムニエルだろう。

 

「それなら食人衝動の話はしないと思います」

 

 食人の衝動を教えなくても、アマゾン細胞とバーサーカーの関わりは説明できたはずだ。

 説明すれば警戒されるとわかりきっているのだから、隠れて襲う線は薄い。

 

「理由は憶測だけか?」

 

 士はまだ認めようとはしていなかった。

 これらは状況から推測しているだけで、確信に至る証拠はない。

 ホームズならまだ推理ショーは始まらない段階だ。

 

「それに悠さんからはコロンブスやおっきーと初めて会った時の、嫌な感じがしなかったから」

 

「誰だそいつら?」

 

「先輩を過去に陥れようとしたサーヴァントの方々です。今はどちらも少々性格に癖が強いですが、いてくださると大変心強い方達でもあります」

 

 モリアーティ教授やコロンブスから立て続けに騙された立香は、英霊とはいえ無条件に信じることの危険性は知っている。

 それでも……いや、だからこそ、だ。

 

「まあ、本音はただ悠さんを信じたくて理由を探したようなものなんだけどさ。だって」

 

 立香は周囲のヤガ達を見回した。そこにはさっきの子供もいて、邪魔しないよう遠巻きにこちらを眺めている。

 

「悠さんはここの人……ヤガ達を必死に守ってきたんだよね。その気持ちを俺は信じたい」

 

 立香はハッキリと士を見据えて告げる。

 

「それが、悠さんを信じる理由だよ」

 

「……まったく、ずいぶんお人好しだな」

 

 あくまで悪ぶっている士の表情はしかし、見るの者に不快さを与えない笑みだった。

 それを少し意地の悪い肯定だと受け取った立香は、もう一度悠へと向き直る。

 

「改めて、俺達を叛逆軍に入れてもらえませんか?」

 

 同意を求めるように、自分の右手を悠へと差し出した。

 元々サーヴァントと契約するためにここへ来たわけではなかったはずだ。

 叛逆軍がカルデアの傘下になるのではない。カルデアが叛逆軍の下へ入る。

 彼はそのミッションを忠実にこなしていた。

 

 状況的に空気を読んだのか、それともシャドウ・ボーダー内で説得されたのか、ゴルドルフも押し黙っている。

 

「ありがとう……」

 

 悠はただ一言だけそう応え、悠は立香の手を取りしっかりと握手を交わした。

 




悠は完結編後からの参戦です。




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第8節『カルデアの者』

 ヤガとは人類の延長線上に在る。

 地球規模の極端な寒冷化から生き残るため、魔術によって人間と魔獣を合成した人工的な種族だ。

 

 それを進化と呼ぶべきなのかどうかは解釈の分かれるところだろう。

 ただ言えることは、彼らヤガ達はヒトのままでは生きられなかった極寒の環境に適応した。

 ヤガにならねば旧種(ヒト)が絶滅していたのは確かなことだ。

 

 されど適応には代償もあった。

 ヤガの生命維持には人間時代に比べて膨大なカロリー摂取を必要とする。

 肉体を強化する程に維持も難しくなっていくのは自然の摂理だ。

 

 そんなただでさえ過酷な環境にも関わらず、イヴァン雷帝はそんなヤガ達に重税をかけて、非情にも日々の糧を奪っていく。

 逆らう者は殺戮猟兵(オプリチニキ)に容赦なく粛正される。それは即ち死だ。

 

 しかし、そんな皇帝《ツァーリ》に反旗を翻す者達も現れていた。

 彼らは大別すると二種に分けられる。

 

 一つは叛逆者達。イヴァン雷帝を打倒さんと目論む者達の集まりだ。

 現在最も有力な叛逆軍は、ヤガよりも強靭な種族アマゾンがリーダーを務めており、藤丸立香達カルデアもそこへ加入している。

 けれどメンバーには幼い子供や老人も少なくない。イヴァン雷帝の搾取に耐えかねた者達の逃げ場という意味合いも強く、悪く言えば寄せ集めだ。

 実情はどうあれ、それでもまともな組織として成り立っているだけマシだろう。

 

 もう一つが盗賊である。

 彼らは雷帝ではなく、自分達よりも弱い者から奪取することを選んだ。

 

 この世界には主要となる町や都市の他に、いくつもの村が存在している。

 首都から離れる程に、その規模も縮小化していく。

 生活様式も原始的に戻り、住民も年老いた者の割合が増えるのは想像に難くない。

 

 そこに、武器を携えた盗賊は襲撃をかけるのだ。

 盗賊は数と武器を揃え、勝てるとわかった村にしか襲撃しない。

 それも村を焼いて、村人達は可能な限り根絶やしにする。その上で奪う。

 

 そのため村は防衛にも回ろうにも、時間をかけて籠城する村ごと蹂躙される。

 今もまた、ある村が盗賊団の襲撃に遭っていた。

 

「っち、死にたくなければさっさと金と食料を出せってんだ!」

 

 盗賊達が襲撃をかけたのは昨日だ。

 最初は武器を見せつけながら襲撃をかけて、脅しをかけた。

 力の差に恐怖を感じて、村側が貯蔵している食糧を差し出すのなら、彼らもそれに越したことはない。

 戦えば盗賊団達にも怪我人や死者は出る。

 

 いや、怪我人なら既に多く出ていた。

 前の村での襲撃時に激しく抵抗されたためだ。

 それで結局、薬や食料が足りなくなって次の村を襲う必要が出た。

 

「昨日も伝えただろう。それはできない……諦めて帰ってくれ」

 

 しかし、村長のヤガははっきりと断って、脅しは失敗に終わった。

 盗賊が奪えるのはせいぜいが貧しい村程度。

 村側も盗賊達に食料を差し出してしまうと、自分達の糧がなくなり壊滅する。

 

 これは村長のヤガにとっても苦しい決断だった。

 圧倒的な力の差があり、戦えば必ず負けるとわかりきっていれば降参もしただろう。

 

 相手は盗賊といえども怪我をした雑兵の集まりに過ぎない。

 抵抗すれば退けられるかもしれない相手。村の壊滅よりはと抵抗を選んだ。

 どちらにせよ、犠牲が多く出ることだけは間違いない。

 

「だったら、食料と金以外は燃やしちまえ!」

 

 村人達は柵で囲って籠城しているため、そこに再び襲撃をかけている最中だった。

 相手が抵抗するなら、もはや抵抗されないよう皆殺しにして奪うしかない。

 

「おい、なんだお前? ヤガなのか?」

 

 その時、盗賊の一人から声が上がった。

 まさか背後からの襲撃か?

 

 しかし、村長も何事かと驚きの表情を作っている。

 少なくとも村の側すら想定していない事態らしい。

 

「何しにきた。答えろ!」

 

 ボロボロのローブを纏った何者かが、ただ無造作に立っていた。

 標準的なヤガと比べて小柄で、顔はローブに隠れてはっきりとは見えない。

 ローブから僅かに見える手は獣毛がなく、つるりとした地肌が露になっている。

 

「お前達は、何くだらないことをしている」

 

 その者は問いかけには答えず、盗賊達へとそう返した。

 呆れたような、冷え切った声色だ。

 

「ふざけるな、コイツもやっちまえ!」

 

「さっさと死ねえ!」

 

 リーダー格の言葉に従うように、盗賊の一匹が斧を手に襲いかかった。

 ローブの者は腰に手を当て何かを操作しながら一言つぶやく。

 

「変身」

 

 すると、その者は異形へと姿を変えた。

 戦士が装備する鎧のような、けれど見たことのない形状。そして仮面。

 

 仮面の者は振り下ろされた斧を、ヤガの腕を掴むことで止めた。

 片腕を捕られたヤガはジタバタと暴れるが、仮面の者はまるで微動だにせず、その異様な光景に場が静まり返る。

 

「腕が、動かねえ。は、離せ……おげえ!」

 

 仮面の者が腕を離すと同時に、胴体へ拳をめり込ませた。

 ヤガの体はふわりと宙に浮き、重力に引かれるようそのまま崩れ落ちた。

 声にならない呻き声を上げて、血と吐しゃ物を雪の上にまき散らしている。

 

 仮面の者は蹲るヤガを無視して周囲の盗賊達を見回した。

 その表情は仮面に隠され窺い知れない。

 しかし盗賊達には仮面越しでもはっきりと強烈な殺気が伝わってくる。

 

 盗賊達が、いや、その場にいる全てのヤガが恐怖で固まっていた。

 盗賊のリーダー格が、辛うじてライフルを仮面の者へと向けている。

 

「お、おい! テメエら、止まってんじゃねえ! 全員で一気にい……くそ、来るなあ!」

 

 仮面の者は真っすぐにリーダー格のヤガへと歩みだす。

 狙撃するチャンスのはずが、ガタガタと震えてライフルは狙いなんてろくに付いていない。

 

「な、何なんだよテメエ!」

 

 その叫びはもはや悲鳴だった。

 仮面の者の腕がリーダー格へと伸びて、ライフルを掴んだ。

 その握力で銃身が歪にへしゃげ、誰の目からももう使い物にならないとわかった。

 

「ひいいいいいい!」

 

「ふざけんな! こんなの無理だ!」

 

「逃げろおおおおお!」

 

 腰を抜かしたリーダー格がその場に尻餅を付くと、盗賊達は散り散りになって走り出す。

 リーダー格も這う這うの体で逃げていった。

 仮面の者は、それを眺めているだけで、追ってとどめを刺そうとはしない。

 

 周囲に敵がいなくなると、仮面の者はベルトを触り別の姿へと変わる。

 そうして怪我をした村人達の治療を始めた。

 次々と礼を述べるヤガ達に言葉も返さず、黙々と。

 

 それも一通り終えると、異形化を解除して元の姿へと戻る。

 放浪者のようなボロボロの姿に、大きなベルトだけがヤガ達の目を引いた。

 

「ありがとうございました! こちら少ないですがお礼を……」

 

 寡黙なまま仮面の者が村から立ち去ろうとすると、村長は慌てて声をかけた。

 村は貧しくとも、救援に現れたった一人で盗賊達を追い払い、村人達への治療まで行ってくれたのだ。

 このまま帰すわけにはいかないと、短時間でかき集めた食料を渡そうとする。

 

「必要ない」

 

 だが、仮面の者はそれもヒトの手で押し返す。

 言葉と行動は端的でも、その動作はやんわりとしていて、どこか優しげにも感じた。

 

「ならばせめて、あなたのお名前を教えていただけますか?」

 

「……カルデアの者」

 

「カルデア……?」

 

 そっけなくぽつりと告げて、その場を去る。

 村長が言葉の意味を測りかねている内にその後ろ姿は小さくなっていき、足跡はすぐに吹雪が白一色に塗り潰す。

 

 さほど時間もかけずカルデアの者は村人達の視界から消えた。

 残るのは見送る彼らの記憶の中だけだ。

 

 しかし、村を救った者は確かに存在する。

 今、この瞬間も吹雪の中を独りで歩き続けていく。

 

 吹きすさぶ風の中でぼろ布同然のマントがなびいて、視界も悪い。

 しかしその先にうっすらと人影が見えた。

 そこへ近付いていけば、やがて誰かははっきりと視認できる。

 眼鏡をかけたコート姿の男と、彼の背後にあるオーロラの歪みもだ。

 

「ベルトの力はどうだったかね?」

 

「問題ない」

 

 鳴滝の言葉に返された言葉は、極寒の地と同じく凍てついた声色だった。

 

「盗賊や道中のクリチャーチ、それと辺境の殺戮猟兵(オプリチニチ)程度では肩慣らしにもならなかったかな。いっそジャヴォル・トローンでも出てくればもう少し試せることがあったかもしれないが、あれは他と比べて個体数が少ない」

 

 返事はない。けれど鳴滝は気にした風もなく、そのまま一方的に話を続ける。

 

「次の世界ではもっと手応えのある者もいるだろう」

 

 やはり回答はなく、そのまま鳴滝を通りすぎて後ろのオーロラへと消えていった。

 去った後の風景を見つめている鳴滝の背後から、また別の声がかかられる。

 

「これぞまさしく、通りすがりの仮面ライダーでは?」

 

「その名は、今となってはディケイドだけのものだよウォズ君」

 

 鳴滝とやや近い色合いの衣服に黒いマフラー。そして手に預言書を携えた男は、シニカルな笑みを彼へと向けている。

 

「ディケイド……我が魔王最大の障害が、まさかこのような形で王道を拓き直す手助けをしてくれるとは。予想外ではありました」

 

 このような形とは、藤丸立香と合流して戦っている現在のことを指していた。

 

「我が魔王、か。君には君のやるべきことがあるだろう。『カルデアの者』については間接的であれ関わっているはずだ」

 

「わかっていますよ。全ては、我が魔王のために」

 

 ウォズは恭しく頭を下げて礼をする。

 されど、それが鳴滝に向けられた敬意でないのは明らかだった。

 

「それにしても、なぜ『カルデアの者』などと名乗っているのやら」

 

「そう名乗るしかないのだ。真名と、かつて呼ばれた名も捨て去って、残ったものは『カルデアの者』だけだった」

 

 一部始終を知る鳴滝には『カルデアの者』が抱える気持ちが痛いほどよくわかる。

 その名が抱える贖罪と祈りを。

 

「それに、その名を否定できる者は誰一人としておるまいさ。たとえシャドウ・ボーダーの彼らでも」

 

「なるほど。ならば『カルデアの者』の祈りが現実になるよう、私も助力しましょう」

 

 新たなオーロラが生まれて、作り出したのは鳴滝の力だが、その中へと入っていくのはウォズだった。

 

「その先に2019年へ続く歴史が再び開かれる!」

 

 最後にそう言い残して。

 そして、今度こそ鳴滝は一人になった。

 

「白紙化された歴史に現れた2068年からの使者か……。黒きウォズ君、君はこの戦いの果てに、自分の未来が異聞帯(ロストベルト)ではないと断言できるかな?」

 



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第9節『あるカルデア局員の報告書』

 カルデア局員による未提出のごく個人的な会議レポートを抜粋。

 

 

 カルデアが叛逆軍に協力して最初のミッションは、叛逆の仲間を集めるため他の村へ檄文の配達だった。

 

 結果は上々で、三つのうち二つの村へと配り承諾を得る。

 残る一つは失敗だったものの、向かった時点で村自体が壊滅していたためこちらに責はない。

 

 檄文を配り終えた藤丸立香達は一度シャドウ・ボーダーに帰還した。

 現在、藤丸立香は休息のため仮眠を取っている。マシュ・キリエライトはダ・ヴィンチによる身体検査を受けた後、何かしらの相談事を行っているようだ。

 これは話がまとまり次第報告を受ける手筈になっている。

 新規に加わったメンバーである門矢士は、職員によりボーダー内の案内中だ。

 

 ともあれミッションを問題なく完了したと言えるだろう。

 問題はなかったが、新たな情報とそれ以上の疑問が生じた。

 檄文を配布途中、最後の村で『カルデアの者』と名乗った何者かが盗賊達を撃退したという情報を入手した。

 その通り名と、ヤガ達をものともしない高い戦闘力から、かつてカルデアに関わったサーヴァントである可能性が高いと思われる。

 

 だが、村長の話によると『カルデアの者』は『変身』という一言と共に、その姿を異形の戦士へと変えた。

 そして変身と治癒力の行使にはベルトを媒介に使用していたともある。

 

 門矢士や藤丸立香の証言によると、これらはどちらも『仮面ライダー』の特徴と合致するらしい。

 カルデアにもベルトを媒介にして霊基を変質させたサーヴァントの例は一応あるが、報告内容と照らし合わせると『カルデアの者』は明らかな別人だろう。

 

 仮面ライダー。

 極東、主に日本でメインに報告されているトール・テイルに似た性質を持つ都市伝説というものだ。

 例外もあるらしいが、彼らは主にベルトをドライバーにして特殊なアーマーを装着する。

 その際に仮面を被り、移動手段としてモーターサイクルを活用するケースが多いことが名前の由来だという。

 中にはモーターサイクルではなく四輪駆動など例外も多々あるらしいが、今回の主題ではないため割愛する。

 

 そもそも、仮面ライダー達が座に登録されたことについても議論の余地があるだろう。

 英霊の中には物語の存在として現実には存在しない者も存在する。

 また、仮面ライダー達の戦いと活躍は十分に英霊足りえるものだ。

 少なくとも探偵や作家よりはずっと英霊らしい。

 

 そして彼らの情報は伝達規模が大きく、かなり有名でもあるようだ。

 そういう意味で、トール・テールである仮面ライダーの具現化は、何かの要因と結びつけば完全にあり得ない話ではない。

 

 しかし仮面ライダーと呼ばれる者達の誕生はあまりに近代だ。

 最初の一人目誕生ですら半世紀前にも満たない西暦1971年である。

 魔術師的な繋がりも決して強いわけではなく、サーヴァントとして召喚されるにはあまりに特殊性が強い。

 かの発明家エジソンも歴史の浅さを埋めるため、アメリカの歴代大統領が概念強化に用いられている。

 

 仮面ライダー達は歴史の白紙化を食い止めるため座に登録された戦力であるという情報を、仮面ライダーアマゾンオメガを名乗る水澤悠から得ている。

 恐らく彼らは白紙化された歴史から、守護者として緊急に契約された可能性が高い。

 それならば、英霊としての出典が大きく異なるため、歴史の浅さも枷にならないだろう。

 

 故に水澤悠は、我々と接触するまでカルデアの存在を知らなかったそうだ。

 ならば仮面ライダーのいずれかが『カルデアの者』と名乗るのは矛盾が生じてしまう。

 

 だが座を通さず門矢士を召喚に導いた鳴滝という外部協力者の存在も確認している。

 どうにも仮面ライダー達の勢力も一枚岩ではないようだ。これは非常に興味深い。

 まだまだ我々の知りえない情報が彼にはある。

 そこも含めて、『カルデアの者』の正体は現時点では保留にしておくべきだ。

 

 それに楽観視ばかりもしていられない。

 我々が侵入したロシアの地は、人間ではなくヤガと呼ばれる人間と魔獣の融合種族(キメラ)が支配している。

 しかもその歴史は長きに渡るのだ。

 

 これまでの特異点は異常が介入したことでそこが(ポイント)となり歴史が書き換わる。

 だがこのロシアにおいては(ポイント)はとうに過ぎ去り、450年の歴史が流れ我々の世界と同じ長さにまで継続している。

 

 これはこれまでのような特異点とはまるで別種。

 ヤガの文明が続いてきた、我々とは異なる歴史だ。

 

 そして、その中枢にはカルデアを壊滅させたクリプターと名乗る者達もいる。

 ほぼ間違いなく、カルデアで凍結されていたコフィンから姿を消した七名の魔術師だ。

 その内の一人と、その者が召喚したであろう氷を操るキャスターのサーヴァントがいる。

 加えてコヤンスカヤと、ダ・ヴィンチを殺害した神父も集っているかもしれない。

 

 いずれも容易ならざる敵対者達だが、同時に明確なのは彼らが雷帝の近くにいること。

 そしてヤガの誕生にはその皇帝(ツァーリ)がターニングポイントとして関わっている。

 

 このロシアにおけるカルデアの戦いは、必然的に五百年近く存命しているイヴァン雷帝との戦いだ。

 敵は強大だが、しかし何をすればいいのかで迷うことはない。

 まずは打倒雷帝の道筋を作ること。それと並行しての情報収集。

 

 そこで今、最も重要になるのはやはり門矢士。仮面ライダーディケイドである。

 彼もまた謎だらけのサーヴァントだ。

 ここまでは比較的素直に協力して戦ってくれているが、これからもそうだとは限らない。

 

 藤丸立香は仮面ライダーである彼を信頼しているようだが、現実は未だサーヴァント契約には至っていない。

 門矢士が時折藤丸立香へと向ける視線は刃のような鋭さを有している。

 

 とはいえ、彼の視線が意味するものはおおよそ察しは付いている。

 恐らく、この件にはそう遠くない未来に決着するだろう。

 

 わかるものといえば、異なる二つの歴史とそれが意味するものについてもだ。

 我々カルデアが大嵐に包まれた世界の中で、本当に立ち向かうべき相手は何なのか。

 

 これはいずれ、藤丸立香が直面する壁になるだろう。

 あるいは雷帝よりも強大な障害になるかもしれない。

 

 この問題の真に難関な部分は、()()()の後だ。

 藤丸立香に対して、言葉かけによるアドバイスや説得で解決できる類のものではない。

 彼自身が一度ぶつかり、覚悟を決めて乗り越える必要がある。

 

 恐らくはかの天才ダ・ヴィンチも今頃は同じ結論にたどり着いているだろう。

 ならばあえて口に出さない理由も同じだ。

 

 確証に至る道筋はまだ見えていない。

 ならばこの話はこれで締め括ろう。

 

 ――今はまだ語るべき状況にない。

 

 やれやれ、カルデアの経営顧問に就任したのでその一環として報告書という形式でまとめてみたのだが……。

 いや、まとめようとしただけだけで、まだ提出はしていない。

 ふむ、やはりこういった文章による記録は私自身ではなくワトソン君の領域だと強く実感した次第だ。

 




キャラクターの呼び名がフルネームなのは報告書という形式のため。



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第10節『裏切りの混入』

 檄文の配達を終えてカルデアに戻ったマシュは、その足でダ・ヴィンチの身体検査を受けた。

 立香達を呼び戻した要因の一つが、この定期検査だった。

 

 検査自体は一通り終えて、メディカルルームでマシュとダ・ヴィンチは二人で向き合う形で椅子に座っている。

 

 万能の天才ダ・ヴィンチ。

 男だったはずの天才は、彼自身が描いた理想の女性へとその姿を変えた。

 そして、今はその姿形すらも捨て去って、愛くるしく幼い美少女へと変貌している。

 

 その経緯を知らなければ、彼女がかのダ・ヴィンチだと推察できるものはまずいないだろう。

 もっとも、二度目の変貌は彼女自身が望んだものではなかったのだが……。

 今はその姿でありながらカルデアの技術顧問を務めている。

 

 ダ・ヴィンチが検査結果を確認している姿を、マシュは緊張しながら見つめていた。

 必要なものだったとはいえ、無理を押してのサーヴァント化。そして戦闘だった。

 身体への負荷は相当にあるはず。

 

「メディカルチェックはこれにて終了~☆ うむうむ、大きな異常はなし」

 

 マシュの予想とは裏腹に、ダ・ヴィンチから伝えられた検査結果は良好だった。

 そんなはずはない。だって、事実として前回の戦闘もサーヴァントとしては満足に戦えていなかったのだから。

 門矢士が召喚されなければ、一人で藤丸立香を守り抜くことは到底できなかっただろう。

 

 マシュの不安を先読みしたように彼女は続ける。

 

「サーヴァントとして不安定なのは相変わらずさ。でも人体としては問題なし。()()から話していることを除けばね」

 

 マシュは疑似サーヴァントと呼ばれる特別な存在だ。その影響もあり、かつてのマシュは短命の宿命を背負っていた。

 しかもこの体は今、人間とサーヴァントのバランスが大きく崩れている。

 現在の彼女は、戦闘ではかつての力を半分も引き出せていない。

 

「あの、ダ・ヴィンチ技術顧問。少しお話をしてよいでしょうか?」

 

「ん? 改まって何の話かな? 私で力になれるジャンルかい?」

 

「…………率直に質問します。わたしはあと何度、サーヴァントとして戦闘できるのかを」

 

 今の体が万全とは程遠いのは自分が一番よくわかっているつもりだ。

 それを気遣ったダ・ヴィンチはきっと大事なことを伏せているに違いない。

 

「うーむ……」

 

「デミサーヴァントとして活動できないことは分かっているのです。それでも、わたしはもう一度前へでないと……」

 

「う――ん……むむむ――うぅぅ……」

 

 マスターの前に立って、守らないと。

 しかし、ダ・ヴィンチの反応はマシュの想定を越えていた。

 首をひねって考え込む仕草は、今の幼い姿だとむしろ可愛らしいのだが、そこまで伝えにくい程悪いのだろうか。

 

「ええと、その、ダ・ヴィンチ技術顧問?」

 

 しばらくすると彼女は決心したように、マシュと正面から向かい合う。。

 

「いいや、伏せるのも遠回しな回答もやめやめ! あと何回か。その質問は不適切だ」

 

「それはどういう意味でしょうか?」

 

「キミはもう何度でも戦える。一年をかけて眠らせていた霊基はもう目覚めてしまったからね」

 

 ダ・ヴィンチは幼い微笑みを向けて、マシュの考えとは真逆の回答をした。

 

「そうだったのですか? ですが、わたしの中にいたギャラハッドさんはもう」

 

 マシュを疑似サーヴァント足らしめていた存在である英霊ギャラハッドは、人理焼却の戦いを終えるとマシュの中から去った。

 何も告げず教えることなく消えたのだから、ダ・ヴィンチから見てもそれは無責任な行為だと感じている。

 しかし、それでも彼女は戦えている。つまり、

 

「もうキミは、あの戦いを通して、ひとりの“盾の騎士”として成立できるぐらいに成長した。キミに憑依して霊基を譲り渡した英霊とマシュ・キリエライトは別の存在だ」

 

 本来ギャラハッドとマシュは縁もゆかりもない別人だった。故に彼が去っても疑似サーヴァントとしての力は、マシュの中に今もそのまま残っている。

 ギャラハッド由来の能力(スキル)は喪失したが、戦うに足るだけの性能はマシュの中で眠っているのだ。

 

「ならばわたしは、再び戦えるように――皆さんのお役に立てるんですか?」

 

「問題はいくつか残ってはいるよ。一つはギャラハッドが抜けたことで、キミの霊基は大幅にレベルダウンした。けれどまあ、これは対応策がある」

 

 それを再び起こすこと、そしてギャラハッドが消えた喪失分の力を別の形で補填する。

 カルデアにとっては、むしろそちらこそが正道、オルテナウスと名付けた計画だった。

 異常事態から特異点解決がスタートして、切迫した状況を解決するため例外ケースをそのまま運用していたようなものだ。

 

 そういう事情を簡潔にまとめながらダ・ヴィンチはマシュに説明した。

 彼女は自分がまだ戦えるという事実を上手く飲み込めていないようだったが、容易く納得できるようなら、彼女はもっと己の力を引き出せていただろう。

 

「問題はもう一つの方だよ」

 

「もう一つとは?」

 

「これは以前君の体内から未知の成分が検出された件の続報だ」

 

 未知の成分、と聞いてマシュの体が強ばった。

 この話は以前にも聞いている。

 最初はシャドウ・ボーダーでの逃亡中、一度目の検診でだ。

 

 元々はカルデア内で戦闘影響を見るためのメディカルチェックだった。

 検査結果は全て正常値。しかし一つだけ、これまで検出されたことのない成分がマシュの体内から発見された。

 

 サンプルケースは他になく、肉体にどういう影響を与えるかもまったくの不明。

 そもそも、カルデアで生まれたデミ・サーヴァントのマシュは体調管理は繊細かつ入念に行われてきた。

 それも主治医は長らくロマニ・アーキマンであり、彼の消滅後はダ・ヴィンチの担当として引き継がれている。

 突然未知の成分が検出されるなんて、通常なら考えられない事態だった。

 

「成分Xに何かしらの変化が起きていたのでしょうか?」

 

 成分Xとはカルデアにいたアサシンを由来とする仮の呼称である。

 あまりに例がなくて、ダ・ヴィンチが命名にすら迷っていたところをマシュが提案した。

 

「それがごく微量ながら、成分値……というか濃度が高くなっている」

 

「そ、そうなのですか。最初の検出報告を受けた時と同様ですが、自分では自覚症状らしきものは体感できていないので、あまり実感はわきません」

 

「未知の成分が増えていて、有効な対処法も不明なままなんだ。微量とは言えこれだけは慎重にならざるを得ない」

 

 反応の天才と名乗るダ・ヴィンチとしては自身の不甲斐なさに歯噛みしていた。

 

「マシュがシャドウ・ボーダーで生活していた間は値に変化はなかった。なら、藤丸君と探索していた中での行動が影響を与えている可能性が高い」

 

「それは、もしかしてサーヴァント化でしょうか?」

 

「その可能性もあるけど、まだ何とも言えないかな」

 

 成分Xがマシュに注入されたタイミングと方法はある程度絞られている。

 

 ダ・ヴィンチはマシュの主治医となったが、ロマニ亡き後は彼女がカルデアの最大責任者であり、様々な業務に日々追われていた。

 彼女の定期チェックはできる限り自分の手で行っていたが、どうしても手が離せない時は他の技能ある職員に頼み、最終確認のみをダ・ヴィンチが行っていたことが数度あった。

 

 その中の一度がゴルドルフ達のやってくる前日に行われていたのだ。

 またマシュからの話によると、この時は特別なチェックにより短期間だが睡眠状態にあったらしい。

 ダ・ヴィンチはそのような指示は出していないし報告も受けていなかった。

 この時に提出データを改竄されていたら、ダ・ヴィンチには確認する術がない。

 

 正確な検査データのバックアップも、犯人と思わしき人物の命も、カルデアに置き去りとなったのだから。

 犯行に及んだ者はカルデア崩壊の日に、殺戮猟兵(オプリチニキ)によって殺害されていた。

 

 マシュにとって一番のショックは、成分Xを注入されたことよりも苦楽を共にした信頼するカルデア職員に裏切り者がいたことだった。

 今でさえ、何かの間違いであってほしいと思っている。

 

 そして一人の裏切り者が発覚したのなら、他のメンバーも疑ってかからねばならない。

 現在、シャドウ・ボーダーの混乱を防ぐ意味合いから、成分Xと裏切り者の情報は二人を除けばホームズにしか開示されていない状態だ。

 

 今やマシュのメディカルチェックは完全にダ・ヴィンチが専属となっており、その他ボーダー内のデータは全て彼女の管理下にある。

 ダ・ヴィンチがボーダーと接続可能なのが幸いして、極秘裏かつ自然に裏切り者対策が実行できていた。

 

 立香にまで伏せることにはマシュが難色を示したものの、今は状況が状況だ。

 マシュの体調問題を知れば彼は余計な心配を抱え込んでしまう。

 戦いの場では過剰な心配が致命的な判断ミスに繋がりかねない。

 彼には折を見て早めに話すということで、マシュには納得してもらった。

 

「ロマニがいたら大目玉……いや、ごめん。これはわたしが言うべき言葉ではないね」

 

 これは言い訳だ。

 ロマニがいたらきっとどうにかできていた。

 そういう弱気な感情からついこぼれ落ちたものだ。

 

 それに今のダ・ヴィンチはロマニと直接の面識はない。

 あるのは記憶だけ。

 

 失敗しちゃったなあ……。

 彼女は心の中で反省する。

 

 普段ならともかく、環境的にも戦況的にも追い詰められつつある状態。しかも仲間の中にも裏切り者がいるかもしれない。

 不安が積もる中で率先して皆を引っ張っていく自分が、軽々(けいけい)と口にしていい名前じゃなかった。

 

「いいえ、ドクターならきっと困った顔をして、けれど前向きに解決方法を模索するのではないでしょうか?」 

 

「ああ、確かにそうかも」

 

 ああ、突っ込むのはそっちなんだ。とダ・ヴィンチは苦笑する。

 

「あ、いえ。すみません! 言いたいのはそこではなくて……ダ・ヴィンチちゃんが怒っているドクターの姿を想像したのは、自分を奮い立たせるためだと判断しました」

 

「私自身を、か……」

 

 なるほど、そういう解釈もあるのかもしれない。

 もっとしっかりしろと、そう怒っているのは自分の中のロマニ。結局それは自分自身なのだ。

 

 マシュは自分の胸に手を当てて目を瞑る。 

 

「それに、わたし達はたくさんの犠牲の果てにここまで辿り着きました。もう会えない皆さんのことを思うと切ない気持ちにります」

 

 ですが、と続けて目を開いた彼女は微笑んだ。

 

「思い浮かべた皆さんの顔は笑顔で、胸にあたたかさが広がるのです」

 

 ダ・ヴィンチが怒ったロマニを思い浮かべたのと同様に、それはマシュの心象風景なのだろう。

 

「今はとても厳しい状況ですが、皆さんことを思い浮かべると、今を繋げるためのもう一歩を踏み出せます。ドクターロマン、所長、英霊の方々、局員の皆さん……そして、もう一人のダ・ヴィンチちゃんも」

 

 マシュは本当に成長した。

 肉体的な強度ではなく心が。

 

「だから、ダ・ヴィンチちゃんの言葉はとても好ましいと感じられました」

 

 故に、次なる試練はきっとマシュの心を強く苛むだろうとわかってしまう。

 

「ありがとう。そう言ってもらえると、カルデアにいた私も浮かばれるよ」

 

 記憶や人間性を引き継いだためダ・ヴィンチはかつてと同じように話し、振る舞っている。

 それはごく自然な行為であり、元々サーヴァントとはそういうものだ。

 それでも、かつてカルデアでの日々を過ごしたのは、やはり今ここにいる彼女ではない。

 

 背後から冷たい凶刃に胸を貫かれながら、それでもマシュ達に未来を託して消えたダ・ヴィンチは、あの場にいた彼女だけ。

 あの時の『(ダ・ヴィンチ)』もちゃんとマシュの中で微笑んでいて、彼女と一歩を進ませる力になっている。それが嬉しかった。

 

「まあ、とにかく成分Xに関してはこれからも慎重に経過を観察するとして……」

 

 どのみち、この問題は解決に時間はかかる。

 もちろん解析は進めているが、いかんせんシャドウ・ボーダーの設備では限界があり、進捗は芳しくない。

 

「マシュ、もう君は戦える。大事なのは君の気持ちだ。これが最後の問題」

 

「わたしの気持ち……」

 

 もし、彼女の体が本当にボロボロだったとしても、再び藤丸立香を守る盾となってほしいと言えば、マシュは必ず首を縦に振るだろう。その確信がダ・ヴィンチにはある。

 しかし今回の戦いは、これまでとはある点において大きく違う。

 

 自分の命と引き換えとはいえ、ゲーティアの全力からすら立香(マスター)を守り抜いた盾の騎士。

 それでもこれから直面する出来事は防ぎようもない。

 ただ、一緒にぶつかり一緒に苦しむことはできる。

 

 確定には至ってないが、確信するだけの材料はもう揃っていた。

 そして、このことはマシュも薄々感じ取っているのだろう。

 

 あの名探偵ならまだまだ焦らしているところだろうけど、天才の才能は知らしめてこそ意義が出る。

 だから、ダ・ヴィンチはあえてマシュに事実をぶつけることを選んだ。

 

「マシュ・キリエライト。キミは“相手が何の非もない隣人”であっても、自分の正義の為に戦えるかい?」

 

 

 

 




マシュのテコ入れ回。



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第11節『切り取った世界』

 四時間程の仮眠。シャドウ・ボーダーに戻ってから藤丸立香が自室で過ごした自由な時間である。

 疲れが完全に取れたとはとても言えない環境と時間だが、それでも外の世界よりはずっと快適ではあった。

 そんな彼に目覚めを促したのはダ・ヴィンチだった。

 立香は朝食として渡されたゆで卵風味のレーションを食べながら、彼女と二人で顔を突き合わせている。

 

 マシュはレムナントオーダー時と同じく、ダ・ヴィンチの助手としてナビゲーターに戻る。そう伝えられた。

 わざわざダ・ヴィンチが起こしに来た時から違和感を感じていたので、彼女が伝える言葉も実は予想が付いていた。

 

 元々マシュはかなり無茶をしてサーヴァント化している。

 門矢士は完全に信用しきることはまだできない。

 けれど仮面ライダーと呼ばれる変身能力とその戦闘力は、これまでで十分に証明されている。

 

 頼りになる仲間を得た時点で、彼女を前線に出すべきではないだろう。

 それがダ・ヴィンチの見解だった。

 

 傍らにマシュがいない旅は寂しくはあるが、納得はしている。

 それに士は信用できる人物だと、少なくとも立香は思っている。

 故に立香は『大丈夫です』とはっきり伝えた。

 

 と、丁度そこへマシュが扉を開けて、足早に入ってくる。

 後ろには門矢士の姿もあった。

 

「マスター!」

 

「うん、マシュ。おはよう」

 

「はい、おはようございます」

 

 いつもの笑顔でおはようを告げる。

 マシュも焦れた様子だが律儀に挨拶を返した。

 

「士さんも、おはようございます」

 

「たまたまそこで一緒になっただけだ。俺のことは後でいい。先にマシュの相手をしてやれ」

 

「はい、ここはお言葉に甘えさせてもらいまして……」

 

 そう言ってマシュは立香の前に立ったが、そこから先の言葉が続かず黙してしまう。

 立香はあえて何も言わず、かと言って焦らせることもなく、ただ彼女と向き合う。

 

「申し訳ありません、マスター」

 

 ダ・ヴィンチがいる。ならばもう立香は今しがた伝えに来た内容をもう知っているだろう。

 だから、マシュはまず謝った。

 

「わたしは前線から外れることになってしまって……」

 

「大丈夫、俺は平気だよ。士さんもいるからね」

 

 きっと、マシュの方が心配だと伝えても、彼女の後悔を大きくさせるだけだ。

 ならば伝えるべきは心配を伝える言葉でも、心配させないための言葉でもない。

 

「ナビゲート、よろしくね!」

 

「マスター……!」

 

 一緒に旅はできなくとも、一緒に戦う。

 自分の旅は一人でできているものではない。

 傍らにいない後輩は、けれどいつだって戦えるように背中を押してくれるから――

 

「はい!」

 

 マシュは入ってきた時との思いつめた表情が消えて、しっかりと力強く頷いた。

 

「マシュ・キリエライト。ナビゲート、務めさせていただきます」

 

 最後に二人で頷き合って、彼女は自然に後ろへ下がる。

 

「お待たせしました、士さん」

 

「俺のは大層な話じゃない。これを渡しておく。ほら」

 

「これは……?」

 

 手渡されたのは酷いピンぼけ写真だった。

 ボヤけて歪んでおり、そこに移っているのが立香だと辛うじてわかる。

 

「昨日撮ったお前の写真だ」

 

 そう言えば、昨日士を召喚した洞窟で一枚撮られていたのを思い出す。

 しかし、大事なのはそこではなくて、

 

「なんというか、その……」

 

「酷いもんだろう? 普通に撮るよりずっと難しいよ、これー」

 

 立香は言葉を濁したが、ダ・ヴィンチが容赦ない感想をぶつけた。

 

「写真の現像はできないのかと聞かれたから私の工房を利用したんだけど、いやはや、ある意味ビックリしたよ」

 

「世界が俺に撮られたがってない」

 

「世界が?」

 

「ここは俺の世界じゃないってことだ」

 

 意味が掴めず立香が問い返すと、更に意味深な言葉を返された。

 

「世界、というかボーダー内と思わしき写真も全部こうだけどねー。念のためカメラも軽くチェックさせてもらったけど、そっちは異常なし」

 

「案内されてやるついでに何枚か試しに撮っていたからな」

 

 そう言いながら写真を見返すダ・ヴィンチは、逆に興味をそそられているようだった。

 

「写真、ありがとう。大切にするよ」

 

 多分好意でくれたものだと思う。

 少々顔は引きつっている気はするが、お礼を言って机の引き出しへと入れた。

 

「おい、ボーダーの中は殺風景で撮り甲斐がない。それを食べ終えたらさっさと行くぞ」

 

 外は今日も吹雪で殺風景さは変わらないと思うが、立香達は先を急がなければならない。

 士なりに発破をかけたのだろう。

 

「うん。まあ、次に出るのは正式に再開の命令が出てから、になるはずだけど」

 

 立香がうなずくと、今度はマシュが士に声をかける。

 

「士さん……」

 

「なんだ?」

 

「先輩をよろしくお願いします」

 

 彼女はとても丁寧に頭を下げた。

 士はこれからも協力する気はあるようだが、サーヴァント契約をしていない以上、全ては彼の意思で決まる。

 

「それと、これはいつか機会があればのお話なのですが、わたしも写真を撮っていただけませんか?」

 

 正気かい? と言った表情でダ・ヴィンチは彼女を見つめている。

 写真を受け取ったばかりでなければ立香も同じ顔をしていただろう。

 

「確かに個性的な写真だとは思うのですが、士さんが撮ったものだから良いと思うのです」

 

「そう言えば、前の旅じゃ写真を撮ることはほとんどなかったね」

 

「士さんはずっと首にカメラをかけられていますから、きっとこれまでも旅の先々で写真を撮ってこられたのだと思います」

 

「まあな」

 

「わたし達の旅はたくさんの出会いと別れ、そして思い出を縁として紡いできました。けれどそれを何かの形として残すことはあまりしてきませんでした」

 

 これまで写真は役一名、とある聖人が個人的な趣味で撮っていただけ。

 立香の手元には、サマーレースや時々の記念として残しているものはあるが、せいぜいそのくらいだった。

 

「特異点での|記録≪ログ≫なら必要な情報は残っているけど……。まあ、実情は現地じゃそんな余裕もなかったというのが一番大きいかな。けど、マシュが言いたいのはそういうことじゃないみたいだね」

 

「ええ、はい。情報収集としてではなく、旅の想い出として写真を撮る。わたし達がここにいたこと……想い出を切り取って形として残すという行為に、憧れを感じてしまったというか……。すみません、先輩を少し羨ましく思ってしまいました」

 

 つまり、マシュの言葉をごくごく単純化すれば『先輩だけ写真を撮ってもらって羨ましい』ということになるだろう。

 

「俺は俺が撮りたいもの撮る」

 

 士はきっぱりとそう断じた。そして少しの間を開けて言葉を続ける。

 

「だから、このままお前達と旅していれば、いつかマシュのことも撮るかもな」

 

「はい、その時がくることを楽しみに待っていますね!」

 

「ああ、そのためには……」

 

 一瞬、何か考え事をするように士は視線を落とした。

 どうしたのだろうかと立香が声をかける。

 

「士さん?」

 

「いや、何でもない。俺の用は済んだ。じゃあな」

 

 すぐいつもの様子に戻った士は、何事もなかったように部屋を後にしたのだった。

 




物語はまだまだ続きますが、次で一区切りになります。
できればGW中に区切りを付けたい……。


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第12節『天へと届く始まりを』

 立香の旅は再開された。

 目的は前回と変わらず、不可思議な事象だらけなロシア領の解明だ。

 

 新人類として生きるヤガ。

 五百年の時を生きるイヴァン雷帝。

 世界を包む大嵐。

 そして謎の大樹。

 

 調査すべきことは幾つもある。

 幸いにも、カルデアは水澤悠の率いる叛逆軍の共闘を取り付けた。

 彼らに協力して、皇帝(ツァーリ)に近付くチャンスを得る。

 

 これらの方向性に大きな変更はない。

 前回との違いは、マシュの姿がボーダーからの通信映像であることだ。

 

「しっかし、やっぱり今日も吹雪だね」

 

 時間は正午を回ったところだったが、吹雪のせいで暗く昼か夜かの見分けもまともに付かない。

 迷わないようにマシュが地図と叛逆軍のアジトを示すポイントを表示してくれた。

 それを確認していると、士が手と声で静止を促す。

 

「待て、何か音がする」

 

『この音は……』

 

 耳を澄ますとそれは立香の耳にも届いた。

 映像の音声越しにでも伝わったのだろう。マシュも感づいたようだ。

 

 何か重たいものが雪を均しながら這いずる音。

 それも地から響くような重々しさ。

 

「相当な大物みたいだな」

 

 音が近付くにつれ、吹雪の中から巨大な影が現れた。

 長大な蛇の体から、いくつもの頭部が生え伸びている。

 これまでもあのタイプの魔獣とは幾度か戦っているが、いずれもサイズ通りに強靭な膂力を有していた。

 

『もしかすると、あれがパツシィさんの言っていた』

 

「ジャヴォル・トローン?」

 

 この世界について、パツシィから聞いた情報の一つだ。

 村を一つ潰すという話の大型魔獣であり、あの巨体に相応の狂暴性があれば十分に現実味がある。

 幸いなことに、そのサイズ差故にまだ立香と士は捕捉されていないようだ。

 

『戦闘するか迂回してやり過ごすのか、選択はマスターにお任……』

 

「丁度いい。行くぞ」

 

 マシュの言葉を遮り、士はシニカルな笑みを浮かべて大蛇へ向かって歩きだした。

 

『待ってください、士さん!』

 

「いや、いいんだ。このまま放置すると近くの村が襲われるかもしれない。戦闘するよ。マシュは分析をお願いするね」

 

『マスターがいいのなら……。はい、データ収集に全力を尽くします』

 

 立香は士のすぐ後ろに続く。

 昔に比べれば魔獣と遭遇しても冷静でいられるようになったと思う。

 しかしここまで大型だと話は別だ。

 油断すると足が震え出しそうになる。

 

「俺止めるか迷わないのか? 今なら気付かれずやり過ごせるかもしれないぞ?」

 

「迷いましたよ」

 

 今戦えるのは士一人だけ。

 超大型の魔獣と戦えば、勝てたとしても消耗はするだろう。

 本来の任務遂行に支障をきたすかもしれない。

 自分達の歴史が漂白されてしまったのに、襲われるとは限らない近隣の村を守るのは、本当に正しい決断なのか。

 

「その割には止めようとしなかったな」

 

「止めませんよ。士さんを信じてるから」

 

「ほう……」

 

 しかし士は迷わず行った。

 ならば自分はそれに付き合う。仲間(サーヴァント)の判断を信じると決めた。

 

「後で苦労するかもしれないし、戦ったことを後悔しない保証もない。けど、それは後で考える」

 

 今までだってそうだった。絶対の答えなんてない。

 

「士さんが本当にやりたいことなら手伝います。その代わり、格好悪いですけど後で困ったことがあったら助けてください」

 

 気が付けば、後を追っていた体は士の隣に立っていた。

 ごく自然に。いつもしてきたことを言葉にする。

 

「それが一緒に戦うってことだと思うから」

 

 もういつ気付かれても不思議ではない距離だ。

 ここまで近付けば、爬虫類特有の粘膜でぬらつく鱗に覆われた黒と青の体躯や、禍々しく尖った幾つもの牙まで見える。

 

 恐い。

 けどやはり迷いはない。

 

「そうか。なら、契約ってヤツをするぞ」

 

『契約を? それはつまり……』

 

「カルデアのこと信じてくれるんですか?」

 

「いいや。肥えてるオッサンは気に食わないし、探偵は胡散臭い」

 

 モニターから不服そうな新所長とホームズ、そして二人をなだめるダ・ヴィンチの声が聞こえてくるが、今はあえて気にしない。

 

「だが、お前のお人好しとお前を信じる後輩は信じられる」

 

 そのためにずっと見てたんだからな。と、士は小さく付け加えた。

 

「それに、マシュと約束したからな」

 

 立香を守り、いつかマシュの写真を撮る。

 

『士さん……』

 

 ジャヴォル・トローンの頭が揺らめき、その一つが立香達を捉えた。

 

「ほら、もう時間がないぜ」

 

 士はいつものようにベルトを装着すると、そこにカードを装填。

 

「変身!」

 

『Kamen Ride――Decade!!』

 

 仮面ライダーディケイドへと姿形を変えた。

 戦いが、始まる。

 立香は手の甲を外側に向けて、契約の詠唱を唱えだす。

 

「告げる――」

 

 ●

 

 立香が何か呪文みたいなのを唱えだした。

 契約の詠唱というやつか。

 

「汝の身は我が下に」

 

 だが、まだ時間がかかりそうだ。

 その間にやられてしまったら元も子もない。

 ライドブッカーの銃で巨獣を撃つ。

 

「我が命運は汝の剣に」

 

 これで倒せる相手じゃないのはわかっている。

 立香から離れて、こちらへ気を引くためだ。

 

 ――くそ、少し体が重い。

 

 こちらの世界に来てから、カードを使う度に少しずつ体から力が抜けていくようだ。

 

 水澤悠はカウンターとして世界に喚ばれた存在だが士は違う。

 そのせいで外部からの魔力供給ができない。

 細かい構造を理解しているわけではないが、士もその理由は感覚的に理解していた。

 

「聖杯の寄るべに従い、この意この理に従うならば」

 

 巨獣の頭部と牙がいくつも迫ってくる。

 一発目を避けても次から次へと。

 これ以上は防ぎきれない。

 

「我に従え! ならばこの命運。汝が(カード)に預けようッ!」

 

 立香が叫んだ。

 その瞬間、体からダルさが消えた。

 

「せや!」

 

 いや、むしろ力が漲ってくる。

 至近距離でデカブツの目に向かって銃を連射。

 嫌がっている間に距離を取り直す。

 

「いいぜ、その誓いってやつを受けてやる!」

 

『Attack Ride――Illusion!!』

 

 ディケイドの周りに、分身が何人も出現した。

 カードを使っても力が抜ける感覚がなく、肉体に負担がかからない。

 

 再び襲いかかってくる巨獣の顔を、ディケイド()が次々と斬りつける。

 巨獣が攻めれば攻める程、一方的に裂傷が増えていく。

 

 獲物を喰らうはずが、小さき餌に翻弄されている。

 魔獣の怒りに火がついたのか。ジャヴォル・トローンが一際大きい頭部を持ち上げると、大きくしなりをかけて振り落としてきた。

 

 ディケイド達は散開するが、逃げ遅れた数名が砕け散る。

 しかし、それらはイリュージョンのカードが作り出した虚像。

 本物のディケイドは、叩きつけられた頭部に飛び乗ってイリュージョンの効果を解除した。

 

 巨獣は体を持ち上げて頭部を跳ね上げる。

 慣性の力に逆らわず、ディケイドは自らも跳び上がった。

 

 巨獣よりも更に高く。

 視界の端に小さくなった立香が映る。

 

 いつもそうだ。

 旅は突然始まる。

 

 世界はただ通り過ぎるだけを許さない。

 戦うことを求めてくる。

 自分が何をするべきかは、そこから見つけていく。

 

 そして、今回は藤丸立香がいた。

 世界のために戦う運命を背負う者。

 

 ただ、それだけじゃない。

 バカみたいなお人好し。

 自分じゃない誰かのために戦って、悪くない笑顔をする男。

 

 ふとした拍子に、ずっと共に旅をしてきた()()を思い出させる。

 マシュは姿や性格が大分違うが、あの少女を連想させた。

 

 大切なシーンは心とシャッターに収めていく。

 その中には、きっと彼女も入るだろう。

 マシュの願いはいつかきっと叶えてやる。

 

 こいつらとなら、楽しい旅ができそうだ。

 契約する理由はそれでいい。

 

 実際に、今それだけのことを考えたわけじゃない。

 けれど刹那の時間、士の心によぎった心の流れと感情を言葉にすればそうなる。

 

 ディケイドは新たに引いたカードをバックルに装填する。

 

『Final Attack Ride――De! De! De! Decade!!』

 

「はあっ!」

 

 次々と巨大な輝くカードが並ぶ。それらには全てディケイドのマークが描かれている。

 蹴りの姿勢を取ると、吸い込まれるようにそのカード達を通り抜けていく。

 一枚通り過ぎるごとに、光が魔力となりディケイドの体を纏って強化する。

 

 ディメンションキック。

 幾多の怪人を倒してきたそれは、分類するなら対人宝具。

 しかし、ディケイドとは存在そのものが対界宝具の素質をその身に宿す存在。

 ならばその破壊は巨大な魔獣にも及ぶ。

 

 強大な魔力の塊となったディケイドは、ジャヴォル・トローンの体に蹴りを打ち込んだ。

 

 ●

 

 巻き起こる爆発に、砕けた魔獣の身体が降り注ぐ。

 胴体部分は逆巻くような炎に包まれていた。

 

 腕で身を庇いながら、立香はその様子を眺めている。

 

『すごい……! 爆散と共に、敵性反応の消失を確認しました』

 

「あれがライダーキック……」

 

 仮面ライダー達の多くが使用する必殺技だと、都市伝説で聞いたことがある。

 巨大な魔獣すら爆散させる威力は、まさに必殺と呼ぶに相応しい。

 

『敵性情報も分析できました。体内にアルコールを生成するようです』

 

「だからあんなに燃えているのかな」

 

 真偽のほどは定かではないが、ディケイドの力は間違いなく本物だった。

 

『それと士さん……仮面ライダーディケイドの分析も現在進めています』

 

『数値と戦闘力だけ見ても、クラスはライダーだけど戦闘力は三騎士級。セイバーにも引けを取らないね!』

 

 ダ・ヴィンチの言葉に立香はただ頷いた。

 じっと見つめる視界の先、炎の中からディケイドが現れる。

 

「お疲れさま、士さん」

 

 変身を解いた士はふっと笑みを見せ、煙の上がる背後を振り返って、一言だけ告げる。

 

「これが反撃の狼煙ってやつだ」

 

 世界の破壊者ディケイド、その瞳が映すものは――

 

 




第一章第一部完!
第一部は士と立香を中心でしたが、第二部からは新たなライダー達も参戦してもっと賑やかになります。




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第13節『叛逆の意思』

忙しくて更新が開いてしまいました、すみません。エタってないよ!


 パツシィは立香達がシャドウ・ボーダーに戻る時に一旦別れて、先に叛逆軍のアジトへと一人で帰ってきた。

 

 故郷を捨てた彼は、今や叛逆軍の一員である。

 戻ったその日から、新入りとして日々の仕事を覚えるためにあくせく働いていた。

 

 けれど、早くも荷物を持って部屋を行き来する作業に嫌気がさしているところだ。

 荷物運びが苦痛なのではない。

 

 原因はその途中にすれ違う者達だ。

 無邪気に遊ぶ子供達。

 幼い子どもをあやす母親。

 穏やかに農園を耕す老人。

 

 ――こんなもんかよ。

 

 それが叛逆軍に対して彼が抱いた素直な感想だった。

 砦に住み込んでいる数はそれなりにいる。

 だが中には子供や老人も多く含まれていて、戦える者は半分いればいい方だろう。

 これではまるで、

 

「難民……だな」

 

 ここへ来る前にはあった皇帝(ツァーリ)に逆らう命知らずの叛逆軍(レジスタンス)という想像は、いとも容易く打ち砕かれた。

 胸の中に黒くて粘着質なドロドロとしたようなものが溜まっていく。

 これじゃあ、俺は何のために……。

 

「これは、地図か?」

 

 ふと机の上に置かれていた紙が目に付いた。

 アジトを示したものかと思ったが、位置が大きく異なる。

 よくよく見るとアジトを移動させるつもりで、準備を進めているようだ。

 

「俺には関係ねえな」

 

 本格的な移動が決まればそのうち正式な通達があるだろう。

 その時に考えればいいことだ。

 

「ご苦労様」

 

 荷物運びを再開した背中に向けて、誰かから声をかけられた。振り向くとそこにいたのは水澤悠だ。

 全体的に線の細い優男。そう見える姿が仮初めであることは、ディケイドとの戦いで理解している。

 この男の本性は、魔獣よりも獰猛な獣だ。

 

「ただの雑用だよ」

 

「見ての通り、ここは人員不足だから。とても助かっているよ」

 

 叛逆軍だというのに、雑務をこなす者すら不足している。それでも組織の規模だけは増加傾向らしい。

 

「俺に何か用か?」

 

「カルデアの人達が戻ってきた」

 

「そうか……」

 

 立香達が戻ったと聞いて、自分の頬が緩んだのを、パツシィは自覚していた。

 叛逆軍がこんな難民の引取先になっていたとしても、立香達は別だ。

 

「今からカルデアの人達と次の任務について打ち合わせをするので、君にも同席してほしい」

 

「わかった。すぐ行く」

 

 荷物を置くと、背を向けて歩きだした悠の後を追う。先程までの黒い憤りはもう収まっていた。

 

 ●

 

 普段悠達は大型のテーブルがある広間を会議室として用いており、戻ってきたカルデアのメンバーもそこへ入ってきた。

 パツシィが機嫌良さそうに彼らを出迎えている。

 

 先程悠が声をかけた時の彼は、どこか険しい表情だった。

 叛逆軍に加わる多くのヤガは、老人か家族連れの避難者が多いものの、稀に血気盛んな若者が単独か仲間と共に入団を志望する。

 悠達にとっては戦力増強としてありがたい話だが、そういう者は叛逆軍の実情を見て落胆してやる気を失うケースがほとんどだ。

 

 パツシィもその手合いと同じ雰囲気を感じる。

 そのため悠は彼をここへ連れてきた。

 もちろんこれはパツシィのご機嫌取りが目的ではない。

 

「任務ご苦労さまでした。報告はパツシィから聞いています。おかげで他も含めた辺境の村は大部分が味方についてくれました」

 

 まずはカルデアの面々に労いの言葉をかけた。

 関係上、カルデアは叛逆軍の一部であるが、実質は同盟状態だ。

 個別に叛逆軍入りしたパツシィとは違って、丁寧な言葉遣いで応じている。

 

「マシュさんは前線からは離脱されたのですね」

 

『はい、申し訳ありません』

 

「そちらにはそちらの事情があるのでしょう。深く問うつもりはありません」

 

「で、俺達をここへ通した理由はなんだ? おつかれさま会ってわけじゃないだろう」

 

 門矢士に促されて悠は頷き、早速本題を切り出すことにした。

 

「味方は増えましたが、残念ながら戦える者は未だ多くありません」

 

 仲間になったと言っても所詮は村人。それも辺境のため若者の数も少ない。

 

「ま、そうだろうな」

 

「皆さんが檄文を配布してくださっている間に、ある勢力から連絡がありました」

 

 叛逆軍はアジトの位置を殺戮猟兵に悟られないよう、同時にいざというときのリスク分散として、離れた位置に倉庫や中継の連絡地点を確保している、

 彼らからの連絡も中継地点を通してのものだった。

 

「ある勢力、とは?」

 

「実は我々叛逆軍以外にも、イヴァン雷帝と殺戮猟兵(オプリチニチ)と敵対する者達がいます」

 

「そうなんですか?」

 

 この世界に来て日が浅いカルデアなら知らなくて当然だろう。

 それにあちら側に所属する組織の面子を考えると、連絡が来るとは悠も考えていなかった。

 

「僕達は農村出身のヤガ達がメインですが、あちらは逃亡した兵士や元貴族達が主体です」

 

「戦えるメンツならそっちの方が揃ってそうだな」

 

「ええ……しかし、問題もあります。彼らは叛逆軍とカルデア所属の仮面ライダー、つまり僕と士さんとの顔合わせを、同盟関係を結ぶための条件として提示しました」

 

『ちょっと待った。仮面ライダーと直接指名されたのかい?』

 

「ええ、そうです。もちろん、僕らからは士さんに関する情報は伝えていません。そもそも、彼らとのまともなやり取りはこれが初めてですから」

 

「それじゃあ、どうして士さんのことを知っているんですか?」

 

 カルデアがこの地へ来て士を召喚したのはここ数日の話。それにディケイドは殺戮猟兵(オプリチニチ)とも未戦闘だ。

 情報が漏れる要素があまりに少ない。

 

「だいたいわかった」

 

『士さんは何かわかったのですか?』

 

「どうもこうも会えばいい。こいつらは敵じゃないだろ」

 

 質問には答えず結論だけを語った。そのスタンスのせいで場はむしろ混沌が進む。

 

『カルデアの存在を察知している上、こちらに二人しかいない仮面ライダーを出せと言っておるのだよ? 罠の可能性だってあるではないか!』

 

『私はミスター門矢に賛成だ。ここは会っておくべきだろう』

 

 焦った様子の新所長の疑念をホームズはあっさりと切り捨てた。

 

『あ、この探偵もわかったくせに説明しないパターンだね』

 

 ジト目のダ・ヴィンチを彼は悠然と笑って流す。見事なまでのマイペースさだ。

 

『憶測でしかない話なので、まだ語るのは控えているだけさ。ミスター門矢も恐らく私と同じ結論だろう』

 

「まあな」

 

「もどかしい……」

 

 自己完結が二人に、ポツリとつぶやくマスター。

 彼らはいつもこんな調子なのだろうかと悠も少し心配になった。

 せめて助け船になればと、自分が出せる残りの判断材料を提示する。

 

「彼らが罠をかけてくることはないでしょう。僕は一度遠巻きであちらのリーダーらしき人物を見ています。吹雪でハッキリとは判別できませんでしたが、その人は現代風の服をきた旧種(ヒト)でした」

 

『また現代の服装で、仮面ライダーの存在を知っているということは』

 

「そいつも仮面ライダーだな」

 

「可能性は高いと考えています」

 

 仮面ライダーは皆、汎人類史を救う使命を自覚して召還される。皇帝(ツァーリ)側に付くことはあり得ない。

 それにサーヴァントであるのなら、それだけで仲間にすべき最重要戦力だ。

 

「ますます会わないわけにはいかなくなったね」

 

「ええ、ですが……僕がここを離れてしまうと、アジトを守る要がいなくなってしまう」

 

 元々、檄文の配布をカルデアに任せたのも、リーダーでありサーヴァントでもある悠が、拠点から離れるわけにはいかなかったためだ。

 

「それならここは俺達に任せて、リーダーは行ってきてください」

 

「ヤシキアさん……でも」

 

 悠の脳裏に、かつて自分が守ろうとしたアマゾン達を思い出す。

 あの時は守り抜くことは叶わず一人、また一人と消えていった仲間達。

 悠の無力さから、現状に絶望したアマゾン達は溶源性細胞という凶行へと走った。

 

「元々は俺達だけでなんとかやってきたんだ。それに、これは叛逆軍にとって、これまでにない最大のチャンスなんです。ちょっとは信用してください」

 

 悠がヤシキアと呼んだヤガは、彼がここに来る前のリーダーだった。

 今もこうして主要な会議に参加している。そうでなくとも色々な業務を任せている今の叛逆軍には欠かせないメンバーだ。

 ヤシキアが言うことは正しい。迷っていてもジリ貧で削られての敗北は火を見るより明らかだ。

 

「……わかりました。ではこのアジトの防衛はヤシキアさんに任せます」

 

 カルデアを仲間に引き入れた以上、叛逆軍はもう止まれない。

 今後は危険な橋を渡る必要が何度も出てくるはずだ。

 その度に考えることは大事だが、ただ躊躇うだけではゴールには辿り着けない。

 

「それとパツシィにも同行してもらいたい。サーヴァントのリーダーはともかく、ヤガが一人はいないと向こうのヤガ達からの警戒が強まる。それに君は狩人と聞いているよ。道中に仕留めた魔獣の肉を捌いてほしい」

 

 サーヴァントである悠や士は食事がなくても問題はないが、立香はそうもいかない。

 食糧だって余裕はないのだ。あちらへ付くまでの糧はその場で調達する。

 

「わかった。それなら俺の得意分野だ。っつー訳でまたよろしく頼むな、藤丸」

 

「こちらこそよろしくです!」

 

「よし、ならば我々はこれより、同盟交渉への出立の準備を始める!」

 

 水澤悠の号令が、次なるライダーと邂逅する任務の始まりとなった。

 

 




悠の話し方に丁寧語とそれ以外でのブレがあるのは、当人が人(ヤガ)の上に立つことに不慣れと苦手意識(アマゾンズシーズン2の事件)があるためという設定。

後、ヤシキアの立ち位置は独自設定です。
(理論上は前リーダーらしき人物が誰かしらいるはず)



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第14節『海ノ鼠(前編)』

更新再開した直後に風邪。
しかも二週間くらい延々と咳が止まらなくて寝不足でやっと復帰しました。


 立香達は二日をかけて、イヴァン雷帝と敵対するもう一つの組織が住まうアジトまで到着した。

 アジトといっても叛逆軍のような砦があるわけではない。外観は崩壊した廃村そのものだった。

 

「ここまで来るのに苦労したら何だこれは?」

 

 本当にここがアジトなのだろうか?

 ここに来る途中から吹雪が一層激しくなったことで、士と悠のマシンも使用不能になり徒歩での移動となっていた。

 士は労力に見合わない光景に拍子抜けしたようだ。

 

 

「息が凍る……」

 

 立香はもっとそれどころではない現実と相対していた。

 比喩ではなく、本当に吐いた息がそのまま凍ってしまう。極地用の魔術礼装がなければ、生身の人間である立香はあっさりと凍死していたに違いない。

 

「今日は格別に天気が悪い。俺みたいなヤガでも結構キツいからな」

 

 あまりの寒さに、パツシィすら体を縮こまらせながら歩いている。

 

『昨日はそうでもなかったのですが、本日はかなり天候が悪くて通信も遮断気味です』

 

「吹雪が強すぎて通信が切れるなんてことあるんだ……」

 

 カルデアではなくシャドウ・ボーダーからの通信ではこれが限界のようだ。

 伊達に人類が滅んだわけではないのだと立香は身に沁みて理解した。

 

「昨日は道中色々見つける余裕もあったが、今日は吹雪しか見えないな」

 

 パツシィの言葉に、立香は昨日の光景を思い出す。

 ここまで来る途中に、ヤガと魔獣の遺体を見つけた。

 

 ヤガは鋭利な武器で胸を刺し貫かれたような痕があった。

 パツシィ曰く基本的にヤガの近接戦闘は力任せに武器を叩き付けることがほとんどだ。

 綺麗に貫かれた痕跡からして、一般的なヤガの武装では不可能だろう。

 

 魔獣の亡骸もまた普通ではない。

 頭部が殴打され、その周囲が焼け焦げていた。

 そもそも、魔獣は貴重な食糧になるので、仕留められたものが回収されずに放置されていることはかなり珍しい。

 

「やっぱり、『カルデアの者』と名乗る誰かが?」

 

 例えばサーヴァントなら食事を必要としないため、倒した後はそのまま放置したと考えれば違和感はない。

 通常のヤガでは残りそうもない痕跡も説明がつけられる。

 

 立香はそんなことを考えながら吹雪の中を進み村の内部へ踏み込んでいく。

 そして、突如足元の雪が弾けるように舞い上がった。

 

「おわっ!」

 

「気を付けてください。銃撃です! それも連射だ!」

 

 なんの前触れもなく銃弾が足元に撃ち込まれたらしい。

 感覚的にはそうだが、正しくは吹雪で視界が白一色に染まり何も見えなかったので、着弾してようやく気付いたのだ。

 それも、ヤガのライフルではあり得ない連射性能である。

 

『先輩、今の銃撃に魔力反応がありました!』

 

「卑怯な奴だな、姿を見せろ」

 

 士はすぐ様ドライバーを装着してカードを引き抜き身構えた。

 悠もいつでも変身できるよう、取り付けたドライバーのハンドルを握っている。

 

「やあ士。残念ながらこの世界ではナマコは絶滅してしまったようだ」

 

 吹雪の中から現れた者は、シアンブルーを基調にした大型の銃を手にしていた。

 明るめの茶髪で、整った顔立ちには軽薄そうな笑みが浮かべる男。

 門矢司は、この男を知っている。

 

「よりにもよってお前か……海東!」

 

 海東大樹。

 士が旅する先々に現れる自称トレジャーハンター。

 好き好んで会いたいとは全く思わない奴と、今回も出会ってしまったという気分だ。

 

「待ってほしい、僕達はイヴァン雷帝への叛逆軍だ。そちらの連絡に応じて話し合いにやってきた」

 

「話し合いね。それよりも君達のお宝をいただこうか」

 

「お宝ってなんのこと?」

 

「そこの二人が装着しているものさ。ディケイドライバーと、更にもう一つ。どちらも魅力的なお宝だよ」

 

 海東が示しているものは士と悠が装着している変身ベルトだった。

 元々仮面ライダー二人を招集したのはあちら側で、その力の源を奪おうとしている。

 

『やはり罠でだったのはないかね!?』

 

 新所長が立香の考えを代弁するように叫んでいた。

 

「こいつに何を言っても無駄だ。俺がやる」

 

 士が海東の正面に立った。

 明確な敵意をぶつける視線を受けても、海東は変わらない笑みのままだ。

 

「君が僕に勝てると思うかい?」

 

「言ってろ」

 

 士はベルトのバックルに、海東は銃の一部を展開してカードを差し込む。

 

『変身!』

 

 二人の声が重なった。

 バックルを閉じる。

 トリガーを引く。

 

『KAMEN RIDE DECADE!!』

 

『KAMEN RIDE DIEND!!』

 

 その後のプロセスは全く同じ。

 黒いバトルスーツを装着して、黒いパネルが互いを牽制するようにぶつかり合いながら頭部へ収っていく。

 

『敵性のサーヴァント、仮面ライダーディケイドによく似たフォルムへと変身しました!』

 

 マゼンタカラーに染まり上がった仮面ライダーディケイド。

 対するはシアンカラーに銃を主武装とする仮面ライダーディエンド。

 どちらもバーコードをイメージしたデザインだった。

 

「似ているのはデザインだけではないよ」

 

『ATTACK RIDE BLAST!!』

 

 ディケイドと同じようにカードを読み込んで技を発動させる。

 

『ATTACK RIDE BLAST!!』

 

 撃ち出された大量の弾を、士も同じカードを使い弾を相殺させながら、円を描くように回り込む。

 

「ふふん」

 

 そのタイミングを読んだように、ディエンドが急加速。

 ディケイドの体に肘を打ち込み、よろめいた瞬間に至近距離で銃を連射。

 

「ぐああっ! だったら……」

 

 後退りながらそう呟いて、ディケイドはライドブッカーを開くがそこで手が止まる。

 何で対抗すればいいのか。

 同類故にカードの対応方法は熟知している。それはディエンドも同様だ。

 根本的な戦闘方法を変更できるカードは、立香とサーヴァント契約しても未だディケイドの手元には戻っていない。

 

 そして、根本的な性能差でディケイドはディエンドに大きく負けている。その理由は……。

 

「士さん! はあっ!」

 

 迷いを逃さず銃口を向けるディエンドの前に、アマゾンオメガへと変身した悠が割り込む。

 

「やはりそのベルトも良いお宝だ」

 

 銃の照準をアマゾンへと変えて放つ。

 しかし光弾は腕のブレードが弾くように切り裂き、一気に距離を詰められる。

 

 素早く正確な動き。

 野性的なアマゾンの割に理性的な戦い方だと判断し、ディエンドは一定の距離を保とうとする。

 

 しかし横合いからライドブッカーをソードモードに切り替えたディケイドが反撃を仕掛けてきた。

 咄嗟にディエンドライバーを盾にして受け止める。

 

「二対一は流石に不利かな」

 

 ただでさえ吹雪で視界が最悪だ。奇襲が容易でカードを使う暇がない。

 

「バーサーカー君! そろそろ君にも参戦願おうか」

 

「まだいるのか」

 

「士は僕がヤガ達のリーダーなんて柄だと思うかい?」

 

『背後から追加の魔力反応です! 霊基タイプから仮面ライダーである可能性が高いと思われます』

 

 通信越しにマシュが注意を促す。

 士や悠の二人を基にして仮面ライダー型サーヴァントの解析がシャドウ・ボーダーにて進められている。

 その成果の一つとして変身時の魔力を感知できるようになっていた。

 

 変身する姿や声は吹雪でかき消されているが、ごく近くに仮面ライダーがいる。

 それもまた、

 

「バ……」

 

 バーサーカーだって。と立香は発しようとした。

 それより早く、白一色の大地をつんざくように、特殊な形状をした黄色の刃が次々と出現する。

 

「バ、バナナぁ!?」

 

 半透明だが、どう見てもそれらは巨大化したバナナだ。

 

「バロンだ!」

 

 吹きすさぶ白い暴風を物ともせずランスを構えて突っ切ってきたのは、赤と黄色をメインカラーとした騎士甲冑を思わせる戦士、仮面ライダーバロンだった。

 

 




三作目は鎧武より参戦。
後々タグは追加予定ですが、ライダーはまだまだ増えるためタグはあくまで参戦作品基準にするつもりです。




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第15節『海ノ鼠(後編)』

 今、廃墟の村で、四人の仮面ライダーが二つの陣営に分かれて争っている。

 

 一人は仮面ライダーディケイド。彼はカルデアから持ち出した簡易の召喚システムで現界した。

 

 残りの三名は人類史が消えるという危機に応え、世界がカウンターとして呼んだサーヴァントだ。

 聖杯もない地で、よくそんな魔力があったものだとホームズは疑問を感じていた。

 

 否、聖杯が『ない』と前提に考えていること自体かナンセンスではないか。

 仮面ライダーはいずれもサーヴァントでもある。

 ならば聖杯に該当する何かが、この世界にはあってしかるべきだ。

 そしてこの仮説が正しければ、他の仮面ライダーがこの地に降り立っている可能性もある。

 

 これ以上は現在考えるべき事柄ではないな。とホームズは思考を打ち切った。

 目下の問題は今この場をいかに切り抜け次の段階へ繋げるかだ。

 

「今度はバロンか」

 

 士は新たに現れたライダーも既知であるらしい。

 ならば話が通じるかもしれないと悠は和平の意思を伝えようとする。

 

「僕達はあなた方から連絡を受け取って話し合いに来ました。武器を収めてはくれませんか?」

 

「ふん、()()()()()()()

 

 バロンもまた海東と同じく、対話の意思をまるで見せず臨戦態勢を取っている。

 彼の後続にはヤガ達がそれぞれ銃を持って現れた。

 

「このロシアでは強者こそが絶対の(ルール)! 俺に貴様達の強さを証明してみせろ!」

 

「……なるほど」

 

 バロンの言葉から何かを察したように、アマゾンオメガもまた構えた。

 

「了解しました。お相手します」

 

「悠さん、どうして?」

 

「ここは僕を信じて付き合ってください」

 

「大体わかった。そいつは任せるぞ、悠」

 

 士も同意して、改めてディエンドと向き合う。

 この戦いはもう避けられない。ならば仲間である彼を信じて戦うと立香も決意を固めて頷く。

 

「了解! やろう、二人とも」

 

「魔術師を含め向こうは三人だ。こちらもバランスを取ろう」

 

 ディエンドはまたディエンドライバーに新たなカードを使う装填してトリガーを引く。

 

『KAMEN RIDE BEAST!!』

 

 ディケイドやディエンドと同じく像を結ぶように現れたのは、黄金のたてがみを模した頭部と緑の眼。名前通り(ビースト)のようなライダーだった。

 

『新たな仮面ライダーの現界を確認しました……! あの仮面ライダー特有の召喚機構でしょうか』

 

『サーヴァントがサーヴァントを召喚した? それもあの銃一つで? 一体どういう構造してるの!?』

 

 士を召喚したトランクはダ・ヴィンチは、サーヴァントの召喚システムを他に類がないほど簡略し小型化したものだという自負があった。

 まさか数日でそれがひっくり返されるなんて思うわけもない。

 

「これが海東……ディエンドの能力だ。お前らで言うところのシャドウサーヴァントみたいなもんだと思えばいい」

 

「士さんも同じような力を?」

 

 あれがディエンドのスキルだとするのなら、ディケイドと同種らしきディケイドも何か同じような力を扱えるのだろうか?

 けれど士は首を横に振る。

 

「君達、僕を相手にしておしゃべりとは余裕だね? いけ」

 

 ディエンドの命令を受けて、意思なきビーストがディケイドへと襲いかかる。

 ディケイドはそれを迎え撃つように駆け出した。

 

 一方、アマゾンオメガとバロンとにらみ合いになっている。

 互いに仮面ライダーでありながらヤガを統べる者であもある。リーダー同士の対決だ。

 

 三対三と言ったのは事実のようで、バロンが引き連れてきたヤガ達はその場から動かず観戦に徹するらしい。

 

「来ないのか? ならばこちらから行くぞ! はっ!」

 

 バロンは積極的に攻め込んでくる。

 ランスの分だけ、こちらは間合いが遠い。

 身を捻ってランスを避けて、アマゾンズドライバーのグリップに手をかける。

 

『Violent Break!』

 

 機械音と共にグリップを引き抜くと細身の槍、アマゾンスピアが生成される。

 

「俺に槍で挑むか。面白い、やってみせろ!」

 

「せぁっ!」

 

 金属同士がぶつかり合う甲高い音を立てて、二人の戦いが始まった。

 

「やはり、二人同時は厄介だな」

 

 ディケイド側の戦いは、明らかに優劣が付いていた。

 ディエンドが後方から射撃。

 それを避けて次を警戒していると、前衛のビーストが細身のサーベルを武器に力強く踏み込んでくる。

 一人では完全には捌ききれず、刺突を受けてディケイドがよろめく。

 

「ぐうっ」

 

 その隙にビーストは指に付けた指輪をベルトに押し込む。

 

『ゴーッ! バッバ、ババババッファー!』

 

 ビーストが右肩にバッファローの頭部を持つ赤いマントを装着。

 地面を殴りつけると、その威力で衝撃波を発生させてディケイドを吹っ飛ばした。

 

「ぐああっ!」

 

「士さん、大丈夫?」

 

 立香は倒れたディケイドに寄り添うと、魔術礼装の力を使い傷を癒す。

 

「獣の国にビーストかよ。笑えないな」

 

 そんな愚痴なのかどうかもわからない言葉を溢しながら立ち上がる。

 

「待って、このままじゃ二対一で押し切られる」

 

 そんなことはわかっている。

 だが、具体的な打開策は浮かんでこない。

 

「おや、あれは手詰まりかな?」

 

 そんなディケイドの様子を、ディエンドは冷静に観察していた。

 さっきも咄嗟に戦闘方法で迷っていたくらいだ。

 ビーストも含めた二対一ではどうしようもないだろう。

 

 頼みの綱であるアマゾンオメガとやらはバロンの相手で手一杯のようだ。

 ある意味予定とズレる結果なのだが、この程度では皇帝(ツァーリ)と戦うなど問題外としか言いようがない。

 

「残念だよ。正直、期待ハズレだ」

 

 何やらマスターと士で二言三言交し合っていたが、それも無視して二人へ向け発砲する。

 恐れてたじろぐマスターを庇うようライドブッカーの剣で弾を受け止めた。

 

 今の間で動きが多少改善されたらしい。

 ちょっとした回復魔術は使えるようだが、あれでは焼け石に水。

 下手すると士の足手まといだ。

 

 それでも懲りずに向かってくるディケイドを、装着したバッファマントを翻してビーストが阻む。

 

『FINAL ATTACK RIDE DE! DE! DE! DECADE!!』

 

 パワーを増した形態で突進するビースト。

 対するディケイドは前面にカードを展開。

 

 それをくぐることで己自身を超強化してディケイドは、ビーストをマントごとライドブッカーで横一文字に両断した。

 倒されたビーストはその場で消滅する。

 

『FINAL ATTACK RIDE DI! DI! DI! DIEND!!』

 

 その間にディエンドもファイナルアタックライドを発動させていた。

 青緑に発光するカードが銃口から渦巻くように伸びていく。

 遅れてディケイドも銃モードに切り替えたライドブッカーを向けてきた。

 

 威力がある分、こちらは発動が遅いが、それでも攻撃タイミングはほぼ同時。

 それなら確実に撃ち勝つのはディエンドだ。加えてディケイドの回避はもう間に合わない。

 

 ――チェックメイトだ!

 

 勝利を確信してトリガーを引く瞬間。

 ほんの僅か先に撃ちだされたディケイドの弾がディエンドライバーに直撃して、その衝撃に思わず取り落とした。

 

「何っ!?」

 

「今だ()!」

 

 更に二発目、三発目とディエンドの身体に命中。

 その威力に、今度はディエンドが後方に飛ばされ雪の上を転がった。

 

「この速度と威力は……!」

 

「お前が言ったんだろう、海東。三対三だってな」

 

 なるほど、そういうことかとディエンドは理解した。

 

「マスター君の仕業だね」

 

 今のはディケイド自身の力ではない。マスターの援護による瞬発的な強化だった。

 

 油断していた。

 いや、侮っていたというべきだろう。

 魔術師とはいえ所詮はただの人間だと。

 

 事実、彼は戦闘中でも自分の恐れを隠し切れていなかった。

 

 よくやっても単発的な援護がせいぜいの実力。その考えは間違っていないだろう。

 しかし、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「士一人の旅ではないってことか」

 

 ならば可能性はある。

 後は向こう次第かと、ディエンドは視線を残る二人へと移す。

 

 バロンとアマゾンオメガの戦いは一進一退だった。

 バロンの激しい攻めを、アマゾンがいなしながら隙を突いて反撃をしかける。

 それをバロンがまた捌く。

 

 緊張感のあるせめぎ合いにも見えるが、段々とアマゾンオメガの手数が減っていく。

 

「どうした! そんな戦い方で強さを示せるつもりか!」

 

 わかっている。

 彼のいうことはもっともだ。と悠は思う。

 

 もっと激しく戦え。

 本当にそれでいいのか?

 

 良いも悪いもないだろう。

 攻めなければ勝てない。

 強い者だけが喰らう。

 

 それがヤガの世界。

 とてもシンプルな在り方が許容される獣の国。

 

「っぐぅ!」

 

 バロンのスピアが肩を掠めた。

 微かだが血が飛び散り体が揺らぐ。

 均衡が崩れだしている。

 

 どうした!?

 力を示せ。

 強者が喰らう世界だ。

 やれ、思い切り喰らえ。

 

 違う。

 冷静になれ。

 これはそういう戦いではない。

 

 心の中で沸々と獣の己が湧き上がる。

 攻めようとすればする程、自分が獣に染まっていく。

 

 理性でアマゾンの闘争本能を抑えて、自分の力と体を完全に制御する。

 出会った頃の鷹山仁の戦闘を見習い、時間をかけて磨き上げた戦い方だ。

 

 それが、少しずつ崩れていく。

 またスピアが掠る。

 今度はわき腹を。

 

 痛みがくる。

 痛いか。

 ああ痛い。

 

 だが、今度は退かなかった。

 ヤツの肩を引っつかんだ。

 握りこんだ槍を、相手の頭上から打ち下ろす。

 

 腹を蹴られて逃げられた。

 だが、いい。

 今のでいい。

 槍の長さは負けるが、こっちは小さい分こういう使い方もできる。

 

 バロンのスピアはヒレで止める。

 突く。

 突く。

 突く。

 

 二発は避けられたが、一発は当たった。

 バロンからくぐもった呻きが漏れている。

 

 痛そうだ。

 君も痛いんだな。

 生きているから痛い。

 生きている限りは痛い。

 

 痛いのは生きてる証だ。

 痛いな。

 お前も痛いだろう。

 だから生きてる。

 生きてるならやれ。喰らえ。

 

 ああ、中々当たらないな。

 なんでだ。

 防がれるからだ。

 相手の大きな槍に、自分の槍が受けられている。

 

 巧い。

 相当使い込んでいるのだろう。

 向こうの方が上手く武器を使いこなしている。

 

 そもそも何でこんなの使っているんだ。

 こんな槍があるから戦いにくいんだ。

 

 距離を詰めろ。

 切り裂け。

 喰らいつけ。

 突っ込もうとしたら先に正面から突かれた。

 

「ふんっ!」

 

 右か。左か。

 どっちに避けてもどこかに、当たった。

 痛。

 後ろへ跳ぶ。

 

 血が漏れている。

 傷は浅い。

 刺さった瞬間に跳んで威力を殺したからだ。

 考える前に動いていたからだいやそれじゃあまた昔みたいにうるさい考えるなこれでいい余計な思考は無意味だ今は戦いだろ。

 ほら。

 敵がこっちに走ってきた。獲物だ。獲物じゃない。獲物だ。

 

「うおおおおおあああああああ!!」

 

 吼えた。

 何か握っている。

 体を反らして掴んでる(もの)を思い切り投げつける。

 そうだった。(これ)はこう使うものだ。

 

『バナナスカッシュ!』

 

 獲物の槍が黄色いオーラを帯びて投げた槍を弾いた。

 それを空から眺めている。

 獲物が投槍を避けず、迎え撃とうとしているのを見て跳んだ。

 

 落下先には突き出した槍を戻す前の獲物。

 振りかぶった腕を思い切り下ろす。

 腕のヒレが赤と黄色の鎧を裂き激しい火花が散った。

 

 斬られた獲物は怯んで膝を突く。

 まだやれるか。

 それとも餌になるか。

 どっちでもいい。獲物なら喰らうだけだ。

 

「悠さん!」

 

 背後から声が響いた。

 別の獲物か?

 振り返る。

 そこにいたのは立香だった。

 

 ああ、そうだ。

 立香と士は別の相手と戦っていたんだっけ。

 あっちは相手も含めて全員が立っているけど、もう戦ってはいない。決着は付いたようだ。

 

 バロンへと向き直ると彼も既に立ち上がっていた。

 そこまでの深手は与えられていないらしい。

 

「もう十分だろう。ここらが潮時でいいんじゃないかな?」

 

 海東がオメガに向かって声を投げかけた。

 正しくは、もっと先にいるバロンに対してだ。

 

「ふん、いいだろう。貴様達を強者と認める」

 

 バロンは周囲で観戦していたヤガ達と向き合い声を張り上げる。

 

「文句の在る者は前へ出ろ!」

 

「全然!」

 

「まったく!」

 

「ないっす!」

 

 ヤガ達は口々に同意していく。

 その流れを見て悠は変身を解いた

 

「やはりそうか」

 

「どういうことです?」

 

 現状に理解が追いついていない立香が問うた。

 

「彼は言っていた。このロシアで大切なものは強さで、それを証明してみせろと。つまり話し合いがしたいなら、まず強さを見せてここにいるヤガ達を納得させろって意味だったんだと思う」

 

「なるほど。なら最初からそう言ってくれれば……」

 

「回りくどい、というよりは口下手なんだよ、あいつは」

 

 悠も組織的な姿勢は異なるが、反逆軍のリーダーだ。バロンの態度である程度の機微は察していた。

 

「なのに、僕は……」

 

 わかっていたのに、途中から本気でバロンを相手を倒そうとしていた。

 バーサーカーというクラスに反応して、アマゾン細胞が活性化しやすくなっている。バロンの殺気に当てられて、本能を制御しきれなかった。

 

『大丈夫ですか、悠さん。傷が痛むのでしょうか?』

 

「いや、大丈夫。何でもないよ」

 

 静かに俯いた悠に、心配したマシュが声をかけた。

 

『それならいいのですが……』

 

 一先ずはまだ抑えられている。

 何より今はアマゾン細胞よりも優先すべきことがいくつもあるのだ。

 

「士さん、さっきは呼び捨てにしてすみませんでした」

 

 戦闘中、一度だけ立香は士を呼び捨てにして叫んでいた。そのことを謝っているのだろう。

 

「いや、それでいい」

 

「え?」

 

「呼び捨てでいいと言ったんだ」

 

 既に通常の姿に戻っている士は、ぽんっと立香の肩を叩いた。

 戦いにおいてマスターとサーヴァントの連携がどれだけ重要なのか、士も今回で理解した。

 今後、さん付けでほんの僅かに指示が遅れて、勝敗が左右されることもある。

 

 サーヴァントとして従属しようなんて僅かにも考えていない。普段なら年下相手に呼び捨てられたら容赦なく怒るのが士だ。

 

「どうやらカードに代わるお宝を手に入れたようだね」

 

 変身を解除したディエンドが、さっきまで敵対していたとは思えない朗らかさで士へと話しかけた。

 

「宝か……」

 

 士が手にしたもの。

 それは、共に戦うものとして呼び捨てぐらいは認めてやってもいいだろう。そう思えるだけの――いや、まだそこまで大層なものじゃないな。

 

「それより海東、なぜお前はカードが使えてる」

 

「それについては隠れ家でね」

 

「だったらさっさと案内しろ」

 

 いくらサーヴァントでも、仮面ライダーは変身前だと大した強度を持たない。

 この場において、吹雪と風をしのげる場所に移動することを反対する者なんて、いるはずもなかった。

 

「ようこそ無頼者の村へ。士とカルデアのマスター君。そしてその仲間達。案内しよう」

 

 最初に仕掛けてきた男が、今度は廃村へと向けて悠々と皆の先導を始めた。

 

 




前編と同じくらいの長さになる予定が、書き上げてみれば倍以上に……。
なお、サブタイトルの意味は海鼠(なまこ)です。


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第16節『解けた絆』

 バロン達のアジト内部は、外の廃村風景とは違って、しっかりと補修されていた。

 外装は殺戮猟兵の目を欺くため、あえてそのままにしているのだろう。

 

 中には隠れ家としては見合わない高価なインテリアも所々に見かけた。

 悠はそれらから叛逆軍との組織的な差異を認識していく。

 

 そして最も驚いたのが、運ばれてきた料理だった。

 流石に豪勢とまではいかないが、メインの肉料理以外にもスープやサラダの盛られた皿が並ぶ。

 

 肉も下ごしらえや飾り付けがしっかりとされていて、食べる前に目で楽しませるように作られている。

 

「すごい……」

 

 思わず立香が漏らしていた。汎人類史でもそこそこの値段が張るレストランでもないとお目にかかれない代物だ。

 明日の食事を皆に行き渡らせるのにも困窮している叛逆軍ではまずあり得ない。

 

「さっきのお詫びだよ。君達の実力を試すためとはいえ手荒な真似をしたからね。遠慮なく食べてくれたまえ」

 

 そう言って海東も着席して、テーブルには悠も含めたライダー四人とマスター、そしてヤガのパツシィが並んでいる。

 フォウは立香の足元付近にいて、スープの入った小皿が置かれていた。

 

「いただきまーす!」

 

「フォーウ!」

 

 立香は言われた通りに遠慮なく食べ始めた。士も何やら思うことはあるようだが、しっかりと食事に手は付けている。

 二人はこの世界の野性的な食事にまだ慣れていない。

 特に立香はカルデアでの食事も切り詰めているらしいので、がっつくのも致し方ないだろう。

 

「美味しいです!」

 

「僕の心尽くしを楽しんでくれて光栄だ」

 

「この料理、海東さんが作ったんですか?」

 

「ああ、料理は昔から得意でね」

 

 悠もスープを掬い上げて口に運ぶと、芳醇な香りとコクが広がる。

 まさに美味だ。

 

 サーヴァントは食事をしなくても死ぬことはないが、アマゾンの特性上、食事なしだと十全に力を発揮できない。

 そう言う事情を差し引いても、悠は残してきた叛逆軍のヤガ達への罪悪が沸いていた。

 

「さて、食事をしながらで構わないので改めて自己紹介といこう。僕は海東大樹。仮面ライダーディエンドだ」

 

 海東が目配せすると、バロンと名乗った男は食べる手を止めて、

 

「……駆紋戒斗。アーマードライダー・バロンだ」

 

 耳慣れない単語に藤丸立香が首を傾げる。

 

「アーマードライダー?」

 

「呼び方の問題だ。仮面ライダーと思ってもらって構わない。士はいいとして君はどうかな、アマゾン君?」

 

「叛逆軍のリーダーを務めています。水澤悠。仮面ライダーアマゾンオメガです」

 

 続けて藤丸立香とパツシィ、そして通信越しにカルデアの者達が名乗る。

 そのままの流れで話し合いは開始された。

 悠達にとってはようやく本題に入れたと言えるだろう。

 

 けれど、結果から語るならば同盟軍として合流するには至らなかった。

 双方共にイヴァン雷帝に反抗する意思を有する組織だが、発起の理由が異なる。

 

 戒斗側のヤガは元貴族達であり、皇帝(ツァーリ)のやり方反発して離反した。

 そのため彼らはヤガの中でもプライドが高く、一際大きく強き者を尊ぶ。

 

 悠のまとめる叛逆軍は弱い故に逃げて集まった者達だ。

 家族を切り捨てられず、守るため村から離反した者達も少なくない。

 そのためヤガという種族の中では特殊で、比較的差別意識の低い者達が多くなる。

 

 根本的な思想が真逆のため下手に同盟を結び合流すると、不協和音で仲間割れを起こす可能性が高い。

 事実、駆紋戒斗がリーダーとなった時、納得できなかった一部の者達が叛逆軍との合流を選び離反した。

 だが彼らも叛逆軍の実情を知ると、どちらの有り様を拒んだ。そうして行き場を失い盗賊へと堕したのだった。

 

「俺達が檄文を配った時にでくわして蹴散らした連中はお前達の元仲間だったわけだ」

 

「連中の始末は俺が付けている」

 

「始末って……もしかして」

 

「ここへ来るまでに鋭利な武器で貫かれたヤガの死体を発見しましたが」

 

「それは俺がやった」

 

 戒斗の回答に迷いはなかった。

 刺し貫かれたヤガの傷跡はバロンのスピアによるもので間違いないだろう。

 

「弱者を踏みにじる者は許さない。それが元ここにいた者ならばなおさらだ。奴らのけじめは俺が付ける」

 

 立香は盗賊によって壊滅させられた村を直接見ている。

 戒斗の行為と責任感が間違いだとは思えない。

 しかし、全て飲み込みきれない自分がいるのも事実だった。

 

『駆紋さんはバーサーカーの中でもナイチンゲールさんに近い雰囲気を感じますね』

 

 鋼の信念を持つクリミアの天使。

 そして、その意思の強さが故にバーサーカーのクラスに収まってしまったような女傑だった。

 あの強固な意思に似た性質が、駆紋戒斗からは感じられる。

 

「ならば、僕達叛逆軍と駆紋さん達でどのように連携を取るかですが……」

 

 話し合いの末、協力関係は密に連絡を取り合いながら個々に動くということになった。

 組織は二つのまま、協調して皇帝(ツァーリ)を討つ。

 そうなると必要なのは素早く連携するための連絡方法だ。

 

 連絡用に飼っている魔獣を使役し匂いを覚えさせるという提案があったものの、そこには大きな落とし穴があった。

 魔獣が、叛逆軍とカルデアのメンバー全員の匂いを覚えられなかったのだ。

 海東が「大体わかった」と理論を展開する。士が不機嫌に睨んだが彼はまるで意に介さない。

 

 魔獣は敵対種を避けたがる。

 そのためアマゾンである悠には近付かず、ヤガの匂いも覚えられない。

 藤丸立香は極寒対策として体全体を魔術礼装で固めているため、そもそも匂いすら漏れない状態だ。

 最後に士は、世界の破壊者という役割が仇となり、本能的に魔獣が避けようとしてしまう。

 

「ならば、僕が君達に同行しよう。この子は僕の匂いなら覚えているからね」

 

「なんだと?」

 

「フォフォーウ」

 

 露骨に嫌悪感を示したのは士だった。

 逆に組織として貴重な戦力を失うはずの駆紋戒斗は平然としており、特に口出しすらしない。

 

「いいんですか?」

 

「勝手にしろ。この男が決めることだ」

 

 スープの皿を空にしたフォウを膝に乗せ、自分の食事を分けていた立香が思わず問うが、戒斗はバッサリと切って返した。

 

『ライダー召喚能力を持つ大樹さんがこちらに付いてくださるなら、戦力的にも大変助かるお話だとは思いますが……』

 

「僕はトレジャーハンターだよ。何処かに根を生やすつもりはないさ。それにね」

 

 と、そこで区切り海東は士へと視線を移し、ニヤリと意地悪気な笑みを作る。

 

「士が力を失っているなら助けが必要だろう?」

 

「力を失っている、士がですか?」

 

「おや、マスター君にカードのことを教えてないのかい?」

 

「今は必要ないと思っていただけだ」

 

「意地っ張りだね」

 

 海東はやれやれと肩を竦める。代わりに説明しないということは、一応士の意思を尊重してるようだった。

 

「それよりお前だけカードが使えるのはどういうことだ。それに何故俺がカルデアにいると知っていた」

 

「まあ落ち着きたまえ。順番に答えよう」

 

 海東が先の戦闘でも使っていた、ビーストが描かれたカードを見せる。

 

「君のカードが使用不能になったのは世界白紙化の影響によるものだ。汎人類史が白紙になり異聞帯に侵食されたことで、君が繋いできたライダー達との絆も全て消え去った。ベルトの強化もね。ジオウの歴史改変以上に厄介な現象だよ、これは」

 

「だが、お前は使えている。カードだけじゃなく、ネオディエンドライバーもな」

 

「それは僕の霊基が座に登録されたことで、ライダー達との繋がりも戻ったためだ。座にいるライダーの力なら全部使える」

 

「そんなの俺は聞いてないぞ」

 

 説明を受けた士は、自分のカードを何枚か引き抜き見つめる。

 カードは黒い背景で、旅を始める前と同じくブランク状態のようだった。

 

「知っていたとしても君は旅を選んだろう? 元々記憶喪失の時に一度リセットされたんだ。切れた絆はまた繋ぎ直せばいいでもと言ってね」

 

「………………」

 

 士は無言だったが、それがそのまま返答だとでも言うように海東は続ける。

 

「僕はお宝を失わないため、そして新たなお宝を得るため座への登録を選んだ。士は旅を選んだ。そういうことだよ」

 

 門矢士と海東大樹の二人には浅からぬ因縁があるのだろう。

 立香にもそれはわかる。

 そして白紙化を契機に、二人は決定的に別の道を歩みだすことを選んだのだとも。

 

「二つ目の回答だ。士がカルデアにいるのを知っていたのは情報提供者がいたからさ。誰かは薄々わかっているんだろう?」

 

「鳴滝か」

 

「ご明察。彼は一度ここへ現れて、僕にカルデアの到着と士が共にいると伝えていった」

 

『割り込みを失礼。ミスター鳴滝が今何処にいるのかは把握しているかな?』

 

「いいや。彼も神出鬼没だからね。ただ今回ばかりは僕達に全面協力するつもりのようだ。裏で色々と動いているんじゃないかな」

 

「だろうな」

 

『それは残念だ。色々と興味深い人物なので、一度対話してみたいのだがね』

 

 鳴滝とは士を召喚という形式でこちらへ送り込んだ人物だったはず。

 彼は抑止力やサーヴァントに関わらず、彼自身の意思で活動しているようだった。

 かなり謎多き人物だ。

 

「士の居所がわかったのなら、下手に探してすれ違うよりここに来てもらった方が確実だ。それにイヴァン雷帝を倒すのなら、叛逆軍ともコンタクトを取る必要はあったからね」

 

 どうやら今回の筋書きを作ったのは海東らしい。

 荒っぽいやり方ではあるが、おかげで叛逆軍とバロン達、そしてカルデアが同志としてまとまったのも事実だ。

 サーヴァントとしての実力も士に匹敵する上、他のライダーを召喚する能力まで保有している。

 カルデアとしては彼を拒否する理由がない。

 

「それじゃあ、暫くよろしくお願いするよ、マスター君」

 

「こちらこそ、お願いします!」

 

「フォーウ!」

 

 藤丸立香が海東に頭を下げる姿を、士だけは心底嫌そうな表情で見ていた。

 

 




ジオウだと一対一で戦った時、とどめを刺すのに全く迷いを見せない士。
そして、お宝のためならディケイドの力を奪わせるのに全く躊躇いのない海東。

仲いい時とそうじゃない時の容赦ない落差が好きです。


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第17節『妖眼』

 銃声が響く。

 (わたくし)に映る視界を、ずっと僕は見ていた。

 軍服を着込んだ男達が、(わたくし)を見下ろしている。

 

 痛みが加速していく。

 恐怖の坩堝に引き込まれる。

 

 嘲笑う。嘲笑う。兵士達が嘲笑う。

 憎悪で嘲笑う。

 蔑みで嘲笑う。

 

 耳に響く不快感から込み上げてくるもので(わたくし)は満たされる。

 そして兵士達とは違う声が響いてくる。獣のような、人のような、言葉にもならない唸り声。

 (わたくし)の殺意に()()は呼応した。

 

 (ママ)も、(パパ)も、(オリガ)も、(タチアナ)も、誰も、誰も気付かなかった。

 ずっと(わたくし)のそばにいたのに。

 

 彼はただ見ていた。

 彼はただ見ている。

 じっと、ただ見つめている。

 

 殺意が幻想を喚び出した。

 ロマノフの血を引き、尚も才覚ある者だけに、その存在を知らしめる。

 魔眼の怪物。

 

 彼は見ていた。

 (わたくし)がバラバラに刻まれる姿を。

 (わたくし)が激しい炎に灼かれていく姿を。

 (わたくし)が冷たい土の中へ埋められる姿を。

 

 (わたくし)は感じていた。

 壊され、焼かれ、捨てられる自分を。

 死にながら理解していた。

 

 故に(わたくし)は彼らを呪う。

 命は奪わない。

 ただ見ている。

 

 一つ目の怪物が見ている。

 呪いの瞳が見ている。

 ただただ怯え続けるがいい。

 

 死ぬまで許さない。

 死ぬまで視ている。

 死ぬまで見ている。

 

 呪い(ヴィイ)が見ている。

 見ているぞ。

 見ているぞ。

 見ている。

 見ている。

 見ている。

 見ている。見ている。見ている。見ている。見てる。見てる。見てる。見てる。見てる。見てる。見てる。見てる。見てる。見てる。見てる。見てる。見てる。見てる。見てる。見てる。見てる。見てる。見てる。ずっと見ているずっと見ているずっと見ているずっと見ているずっと見ているずっと見ているずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっと――

 

 お前を見ているぞ。

 

 ●

 

 視界はいつしか黒く染まり、けれど恨みと怒りはそこに残らない。

 暗闇に光が差す。

 開かれた瞼の先には、見慣れた室内に皇女がいた。

 

「眠っていたの?」

 

 カドックはソファーから上半身を起こして首を横に振る。

 効率的に作業を可動させるため仮眠を取るはずだったのだが、そうはならなかった。

 

「眠ったわけじゃない。ただ、夢を見ていただけだ」

 

 あれは夢。

 僕じゃない。(わたくし)の夢。

 

「同じではないの?」

 

「意識の遮断と、意識の交代は大きな違いだよ」

 

 それは少なくとも、彼にとっては別物だった。

 

「僕が眠っている時は夢を見ない。そしてもう、眠らなくてすむ」

 

 サーヴァントみたいね。と皇女は言った。

 話をしているうちに幾分かクリアになった意識で、改めてカドックは聞く。

 

「ところで、僕を探してたのかな?」

 

「辺境に派遣した殺戮猟兵(オプリチニキ)から報告が入ったの」

 

 大したことではないけれど、と彼女は前置きして続ける。

 

「叛逆軍の貯蔵庫を焼き払ったそうよ」

 

 盤面の手が一つ進んだ。

 カドックにとっては十分な吉報だった。

 

「ふむ、追い詰めることができたな」

 

 それはチェスの詰せ方に近しい。

 食糧庫を焼いたなら、次に彼らが打つ手は限られる。ならば先の先を見て次の手を決められる。

 

「それに、叛逆軍以外のサーヴァント達も、そろそろ対処を考えないと。皇帝(ツァーリ)の威光に悪影響を与えます」

 

 本来の聖杯戦争であれば決して現れない者達が出現している。

 そういう情報は掴んでいた。

 それでも彼らがサーヴァントであることに代わりはない。

 

「それは僕達で対処できるだろう。その間は枢機卿に任せる」

 

「なら、お出かけね。準備をしてきます」

 

 ふっと微かに、皇女の頬が緩んだ。その様子にカドックは怪訝な顔をする。

 

「準備の必要性が見いだせないんだが……」

 

「あなた、サーヴァントの扱いが下手ね。こういう時は、喜んで見送りなさい」

 

 それはサーヴァントではなく女性の扱い云々の話なのだが、カドックにそういう機微を理解しろと言うのはまだ難しいようだ。

 

「放っておいてくれ。効率を優先したいだけだ……じゃないと、凡才は一生かかっても天才に追いつけない」

 

 天才とは感覚で理想を理解して組み上げる者を言う。

 努力では追いつけない世界に凡才が付いていくには論理で効率を上げていくしかない。

 合理性を武器とするカドックはそうやって人生の密度を高めていく以外、天才に対抗する術を知らなかった。

 

「効率的にしたいなら、(わたくし)の準備を手伝いなさい」

 

「……へいへい」

 

 ボリボリと頭をかきながらカドックは立ち上がる。

 

「だらしのない兵士みたいな返事は止めなさい。呪いたくなるわ」

 

 彼女が言うとシャレにならない。特にあの夢を見た後だ。

 

「わかったよ。それで、手伝って欲しいってのは?」

 

「外出用のコートを見繕ってほしいの」

 

 そんな光景を、たまたま通りかかった二人の男女が遠巻きに眺めている。

 微笑みをみせて答える少女に、気の利かない少年が溜息を付いた。

 

「微笑ましい光景ですわね」

 

 軽薄な笑みのコヤンスカヤと、仏頂面の神父だ。彼らの間にはむしろ冷え切った空気が流れている。

 

「今にも奈落に落ちそうなところが、薄氷の上のワルツのようで、初々しい」

 

「補完の関係……いや、彼らにとっては補填かな」

 

 全てを諦められないが故に、おっかなびっくり手を伸ばす少年。

 全てを諦めたが故に、少女は自ら少年の手を取りにいく。

 けれど少女は少年がいなければ歩むことができない。

 足りないものを埋め合うことで、彼らはようやく完成に向けて歩み出せる。

 

「理想的なサーヴァントとマスターの形だろう。そういうわけでね、面白半分で彼らをかき回すのは感心しない。皇帝(ツァーリ)の補佐として私も看過できなくなる」

 

「あら。思いの外愛国心があったのですね。ご自分の故郷がメチャクチャにされるのはお嫌?」

 

 コヤンスカヤは挑発的な笑みでもって神父を見つめるが、彼の無表情は微かも揺るがない。その頑なさにコヤンスカヤが折れた。

 

「でしたら、(わたくし)も、そろそろ退散するとしましょうか。やるべきことは終えましたから。個人的な趣味も含めましてね」

 

「ああ、そうしたまえ。そもそもこのロシアに、君好みのエンターテイメントは存在しない」

 

 この地に未来はない。

 ヤガ達は滅びに抗うのではなく、目の前の生活にしがみつくだけ。

 皇帝(ツァーリ)は国を見ても、民を見ていない。そういう形に()()()()()

 

「そうですわね。痩せこけた土地はお金を生みませんもの。(わたくし)はこれにて失礼します」

 

 彼女はまた浮かべる。

 希望を踏みにじる酷薄な微笑みを。

 

「それではまたご愛好のほどを。見知らぬ他人を蹴落としてでも設けたい。見知った隣人を不幸にしても満ち足りたい」

 

 それはまさにコヤンスカヤの悪辣な商売によって、糧を得るため弱者を踏みにじり、隣人から財を奪い、食糧にありつこうとしたヤガ達を嘲笑うかのように。

 

「そんなアナタの願望にお応えする、NFFサービスでしたー♪」

 

 わざとらしく悪辣におちゃらけて去っていく彼女のを背中を、神父は眺め見送った。

 残された彼はポツリと呟く。

 

「ふっ、愛国心か……。俺の故郷(くに)はとうに滅びたさ」

 

 

 

 

 




次回はまた新たなライダーが登場でっす。

後できれば感想いただけたら……嬉しいなって……。


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第18節『夢路の外で世界は回る』

 神父――言峰綺礼がイヴァン雷帝に呼び出されたのは、コヤンスカヤが去って暫くしてからだった。

 いつも彼はマカリー司祭として、皇帝(ツァーリ)の元へと出向く。

 

 彼もまたサーヴァントであるが、クリプタ―が召喚した者ではない。

 コヤンスカヤと神父は『異星の神』が使徒として遣わせた者達だ。

 

 『異星の神』はクリプタ―達に歴史の漂白と異聞帯(ロストベルト)による書き換えを命じた存在である。

 使徒はクリプターの協力者ではあるものの、リーダー格であるヴォーダイムですら彼らは制御できない。

 

 そういう都合を使徒達は各々に利用している。

 そのため、神父が本当は何の目的と考えを持ってここにいるのか、読める者は誰もいない。

 たとえごく最近まで滞在していた、同じく使徒のコヤンスカヤであってもだ。

 

「そこにいるな、『キバ』よ」

 

 皇帝(ツァーリ)の寝所に入った神父は、ベッドの傍らでバイオリンを奏でる男へと声をかけた。

 『キバ』は変身して纏う特有の鎧を着込んだ姿で、視線だけを神父へと移す。

 

「そう睨むな。枢機卿として外征の報告に来た」

 

 バイオリンの音が止まる。

 けれど、鎧越しに視線はじっと神父へと向けられたままだ。

 

「そう大事にするつもりはない。少し前に皇帝(ツァーリ)は怒りに任せて村を一つ叩き潰した。そのことを大いに後悔なされていてね。当分は無心の祈りに身を捧げるだろう」

 

「……それで? 用件は?」

 

 皇帝(ツァーリ)ではなく、自分を呼んだ理由を『キバ』は問うている。

 

「サーヴァントとして現界した気分はどうかな?」

 

 『キバ』は答えない。ただ静かにバイオリンを下ろした。

 静かな殺気が肌を撫でるが、襲いかかってくるような気配はない。

 話は聞くが信用すると思うな。そういう警告だと理解して神父は続ける。

 

「君は本来、サーヴァントになる資格を持たない」

 

 仮面ライダーとは本来、座に登録されていた存在ではない。白紙化という世界崩壊から始まった抑止力とライダー達による偉業にして異形なる行為だった。

 

「理由は異なるが私も同じようなものだ。適合する人間の体を得てサーヴァントとなった」

 

 そして、それが言峰綺礼という男である。

 この場においてマカリー司祭と喚ばれながら、彼の体躯と容姿は日本人のそれだ。

 

「用件は?」

 

 回りくどさを嫌ったのか、もう一度『キバ』が問う。

 制御下に置いたのはいいが、変異した性質が彼本来の人間性を歪めている。

 これはこれで厄介なものだと、神父は肩を竦めて本題を切り出す。

 

「ここでバイオリンを弾き続けることがサーヴァント本来の役割ではあるまい。殺戮猟兵(オプリチニキ)と共にヤガ・カザンへ迎え。元貴族の賊軍どもが街を支配下に置いた。速やかに殲滅させたまえ」

 

皇帝(ツァーリ)を眠らせる役目を放棄しろと?」

 

「その間の慰労は私が担当する。皇帝(ツァーリ)の安寧を保つのに不足はないさ」

 

 神父の返答を聞いて『キバ』が鎧を解除した。

 皇帝(ツァーリ)に眠りを与える役を下りた意思表示だろう。

 鎧の中身は言峰綺礼と同じ日本人だった。名に、鎧の色と同じく『紅』の名を持つ青年。

 

「この地は地獄……救いがたい程に」

 

「君の勤労次第で、更なる地獄に陥ることは避けられる」

 

「そうして続くものは――」

 

 また地獄。

 それだけを呟いて『キバ』は寝所を出ていった。

 部屋に残った神父はベッドへと歩を進める。

 

 ●

 

 音楽が消えた。

 そして音が聞こえる。

 コツコツと、近づいてくる。余の世界が壊れる音だ。

 いや、こちらが本当の世界か。

 

「我がそばに寄るのは、おお、マカリー神父ではないか」

 

「ご機嫌麗しゅう、皇帝(ツァーリ)。今日もまた、一段と顔色がよろしいようで何よりです」

 

「我が愛しき妻……アナスタシアから聞いている。余の代わりに諸国を巡り、平和と余への崇敬を説いてくれているそうだな」

 

皇帝(ツァーリ)の威光も、辺境の地までは届きにくい。であれば、私が向かうのは当然でしょう」

 

 ああ、そなたならば安心して任せられる。

 

「ですが、私もこの通り老体。貴方の代わりはいつまでも務まらない。一刻も早く傷を癒やし、直接貴方のお姿を見せて臣民達を安心させておやりなさい」

 

 おお、これは手厳しい。

 だがその通りだとも。

 

「余を叱りつける者など、広きロシアの中でもそなたのみであろう」

 

 瞼を閉じる。

 世界が広がる。

 夢の、そう夢のようなかつての我がロシアだ。

 

 アナスタシアよ。

 我が愛。我が光。アナスタシア……。

 余はお前のために平和を求むるのだ。

 永遠の平和を。

 永遠のロシアを。

 

「マカリー……信じるに値する我が師よ。辺境は、未だに荒れ果てた地のままであるか?」

 

「いいえ。ヤガ達は皆皇帝(ツァーリ)に敬服しております。親衛隊が厳重に見て回っているお陰でしょう。ただ、いささか数が足りないようで」

 

 ふむ、そうか。

 足りぬのならば、数を増やそう。

 

「増員した殺戮猟兵を辺境にも向かわせるが、それでよいか?」

 

「ありがとうございます。これで皇帝の大いなる寵愛を、全てのヤガ達が受けられるでしょう」

 

「……全て、か。なあ、許せ、マカリー。余は恐ろしいのだ」

 

「なんと?」

 

「余は既に四百五十年生きた。これからも続く。永遠に生きるだろう」

 

 だが、どうだ。

 この現状はどうなっておるか。

 

「余の、皇帝(ツァーリ)の威光はまだ届かぬ。遍く世界全土に、吹きすさぶ吹雪にも負けぬ愛を、ヤガ達へと届けねば」

 

 そのためには、悪しき者共を残らず消しらさらねばならぬ。

 

「余はな、聞いたのだ。神の啓示を。異境の神であれ、あれは我らの知る神と同じ存在だ。その神が申されたのだ、異聞を広めよと」

 

 そうして、排除せよとも。

 

「正しき人理などとほざき、我らを救わなかった者達。忌々しき星見のども(カルデア)どもを消し去れと申しされた……!」

 

 ならば啓示に応え、この地に降り立った汚物を全て消し去ろう。

 

「しかしてな、余が動くことはできぬ。既に余は、怒りに身を任せ動くという愚を犯した。そうして、村の一つが滅びた」

 

「お気になさるべきではない。彼らは皇帝(ツァーリ)に敬意を払わなかったヤガ達です」

 

 そうかもしれぬな。

 だが、そうなった因果はどこからきたのか。

 

「それも余に世界を照らす力があれば起こらなかったであろう」

 

 届かぬ。

 まだ余には力が満ちておらぬ。

 ここで夢路と(うつつ)を渡り続けておるのも……。

 

「『異星の神』はこの地に救いをもたらしたのだ。他の異聞帯と競い、戦う力を与えた。空想の樹……。その恩恵によって、世界は遍くロシアと等しくなる」

 

 しかし、それで良いのか。

 その先には何があるというのだ?

 

「世界を統べるべきは余だ。それは不変だが、世の果てまで凍てつかせ、吹雪で一色(ひといろ)に染め上げ……そのような世界に統べる価値があるのか? 否、何を統べればいいのだ」

 

 余は偉大なる皇帝(ツァーリ)

 

 皇帝(ツァーリ)は間違えない。

 皇帝(ツァーリ)は間違えない。

 皇帝(ツァーリ)は間違えてはならない。

 

 余が統べるべきは大国ロシアである。

 今度こそ、ロシアの全土を余の威光で照らすのだ。

 

 そのための殺戮猟兵(オプリチニキ)。我が夢路に這い出る猟犬である。

 

「なあ、マカリー。我が師よ。余は正しいのだな? 余が歩みを進める道は未だ半ば。終わってはおらぬ、光満る道だと……」

 

「その通り。ですが、まだ午睡から目覚める時ではございません。傷を癒やし、その眼がまことに開く刻を待つのです」

 

「うむ、そうか。そうだな……」

 

 そなたが言うのではれば、それが正しき選択なのだろう。

 

「ええ、いずれ刻がくれば、始まるでしょう。新しきロシアが花開くのです」

 

「美しきバイオリンの旋律は聞こえぬが、マカリーよ。そなたが言うのなら、今は眠ろう……。夢路にて刻を……」

 

 再び意識を夢路へと向ける。直に、意識は遠のいていく。

 ああ、夢だ……夢のようなロシア……ああ、アナスタシア……。

 

「ええ、どうぞ。ごゆるりとおやすみください。王サマ……」

 

 ああ、微睡みの中で、マカリーよ。そなたの言葉が……声が……。

 

 ●

 

 これは少々厄介なことになった。

 集めた情報から推測するに、どうやら叛逆軍は近隣の都市に略奪をかけるつもりのようだ。

 

「そんな、どうしてそんなことに……。叛逆軍にはカルデアって組織の人達もいるんでしょ?」

 

 叛逆軍の食糧庫が殺戮猟兵(オプリチニチ)達によって焼き払われた。

 多くのヤガを抱える彼らでは遠からず餓死者が出るだろう。

 いや、その前にパニックが起きて組織として崩壊する方が先かな。

 

 カルデアがいようとも食料問題はどうしようもない。

 彼らもイヴァン雷帝への決起前に略奪という行為が持つ意味はわかっているだろう。それだけ追い詰められているということだろうね。

 

殺戮猟兵(オプリチニチ)も酷いことをするのね。大切なヒト……いえ、ヤガや物を奪われて叛逆軍に入ったのに、今度は奪わせる側に回らせるなんて」

 

 厄介なのはそこだ。

 食料庫を焼いたのなら、叛逆軍が次にどう動くかは皇帝(ツァーリ)側も予想が付くはず。

 僕なら次の一手として、叛逆軍が略奪を行う都市に目星を付け殺戮猟兵(オプリチニチ)を大量に派遣する。

 

「それで叛逆軍を追い詰める気?」

 

 それだけならまだいいんだけどね。()()()からの情報によると向こうには今、三人の仮面ライダーがいる。

 殺戮猟兵(オプリチニチ)の数が多少増えたところで、十分跳ね除けられるだろう。

 

 問題は略奪された都市のヤガ達だ。

 これまでの傾向からして、殺戮猟兵(オプリチニチ)は市民の安全を度外視して叛逆軍の壊滅を最優先にする。

 叛逆軍は必至に抵抗して激しい市街戦になり、結果多くの市民が巻き込まれてしまうだろうね。

 そうなれば待っているのは――市民の虐殺。

 

「それじゃあ余計に早くなんとかしないと!」

 

 依頼人のシナリオだと僕らが表舞台に上がるのはもう少し先だ。

 ここで余分な魔力を消費してしまうと、最も重要な局面で身体が保てず退場の可能性がある。

 

「けどだからって、襲われるとわかっている街のヤガ達を見捨てるのは嫌だよ」

 

 あえて苦言を呈するよ。その考え方はこの異聞帯(ロストベルト)に対して感情移入をし過ぎている。

 僕らがここへ来た理由を忘れたのかい?

 

「そんなのわかってる。わかってるよ。けど……」

 

 キツイ物言いになってしまってすまない。

 気持ちはわかるよ。今のは僕自身への戒めでもあった。

 

 僕だってこの流れを見過ごすのは後味が悪いと思っている。

 それに、もう叛逆軍は動き出していて、こちらの距離だと動くなら今すぐでないと間に合わない。

 

 ふむ、さっきからずっと黙っている君の意見も聞きたいね。どうすべきだと思う? あるいは、どうしたいと問うべきかな?

 

「そんなもん決まってるだろ、相棒――」

 

 

 

 




次回への前振りが書いててすごい楽しかった。
そして、そろそろ次の大きなイベントへ。


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第19節『怪盗の流儀』

 殺戮猟兵(オプリチニキ)は機械的に街を巡回する。

 彼らは皇帝の畏怖そのもの。ヤガであればまず逆らう者はいない。

 もしいたとしても、武力によって無慈悲に即刻排除される。その性質から、彼らはもはや兵士というよりも監視システムに近い。

 

 故に、これから起きる一連の出来事には周囲のヤガはおろか、殺戮猟兵(オプリチニキ)すら対応できなかった。

 

 いつものように街を巡回していた殺戮猟兵(オプリチニキ)の死角から緑の異形が飛び出す。異変に気付き銃を構えようとしたが、異形は猛スピードで肉薄し、手にした鎌を振るった。

 発砲音は響かない。銃を持つ腕ごと切断されたためだ。

 

 理解が追いつかず腕の断面を見つめている間に、今度は首が宙を跳び殺戮猟兵(オプリチニキ)は消滅した。

 これでこの街の管理システムは文字通り死んだ。

 

 異変は直ぐ様街に広まり、市長が何事かと状況確認へとやってきたが時すでに遅し。周囲に隠れて展開していた叛逆軍のヤガ達が、即に街を占拠し終えていた。

 そこで殺戮猟兵(オプリチニキ)を倒した異形、水澤悠は街を取り仕切る市長と対峙する。

 

「貴様らは一体何だ!?」

 

「我々はイヴァン雷帝に反旗を翻す意思を持つ者達の集団だ」

 

「叛逆軍か……!」

 

 こうして叛逆軍による食料の強奪が始まった。

 そうは言っても戦闘はない。殺戮猟兵(オプリチニキ)を瞬殺する戦力に、都市一つを占拠する迅速な動きと統率力は、街人達から反抗の意思を削ぐに十分な効果をもたらした。

 

 悠のやるべきことは相手の弱みにつけ込んだ交渉である。

 この都市は他の村や町のヤガ達から隠している秘密の狩場があるのだ。そこに入ったよそ者のヤガが殺害されたという情報もある。

 

 また圧政に耐えかね逃亡を企てた辺境の村を売り、殺戮猟兵(オプリチニキ)に媚を売っていた。

 そのため食料の半分を強奪したとしても、この都市はまだなんとか生き残れる。

 叛逆軍は全て承知した上で奪いに来ていた。その事実を理解した市長は、大人しく悠の出した要求を飲んだのだった。

 

 都市を滅ぼすつもりなら食料は全て掻っさらうはず。

 そうしないのは、あくまで欲しているのは叛逆軍が生き延びるための食料。それが手に入るなら何もせずに引き下がるだろう。

 下手に抵抗すれば、勝ち目がない上に犠牲だけが増えていくことになってしまう。

 ならば理不尽でも食料を渡してしまうことが、最も犠牲の少ない落とし所だと市長のヤガも判断した。

 

 故に略奪は、量と内容の交渉だけで血を流すことな進む。

 その最中、たまたま叛逆軍と子供のヤガがぶつかり、その親と口論に発展していた。

 

皇帝(ツァーリ)への恩も忘れて! 恥知らず!」

 

「何だと! 俺の妹は殺戮猟兵(オプリチニキ)に殺されたんだ!」

 

 そこにディエンドライバーを手にしている海東大樹が割り込み、双方に距離を取らせる。

 

「そこまでだ。無駄な口論だとわかっているだろう? お互い大人しく離れたまえ」

 

「っち」

 

「ふん!」

 

 過熱する前に物理的な距離を離してしまう。そうすれば、しこりは残っても一先ずこの場は収まるのだ。

 

「海東さんが止めてくれたんですね。ありがとうございます」

 

 荒げた声が耳に届き、いさかいを止めに来たのだろう立香が頭を下げた。その傍らには士とパツシィの姿もある。

 

「略奪中に言うのもなんだけど……この状況、あまり良いとは言えないね」

 

「泥棒がそれを言うか」

 

 呆れた口調で士が横から茶化すが、海東は気にした風もなく続ける。

 

「僕はトレジャーハンターだけど、結果として誰かのお宝を掠め取ることもある」

 

 士の言った通りそれは泥棒では……? というツッコミを立香は飲み込む。トレジャーハンターとは一見夢のある職業だけど、現実は良くて怪盗に近そうだと理解した。

 

「だからわかるのさ。奪われる側の激しい怒りから、思わぬ反撃を受けることもある」

 

「そんなのは言われるまでもない」

 

「本当にそうかな、士? この都市は今奪われる側に立っている。今みたいな少しの火種から一気に燃え広がることもあり得るよ」

 

『一気に……』

 

「ああ、そうだともマシュ君。そうなると一番危険なのは都市の市民だ。サーヴァントである僕達なら手心を加えることもできるが、他のヤガ達はそうもいかないだろう。最悪、虐殺になる」

 

『虐殺……そこまで発展するのですか』

 

「おい、ボスは出発前に市民への危害は加えるなと念押ししていたぞ」

 

 海東の言に対してパツシィは不服そうに否定した。

 リーダーの悠は暴動にならないよう注意して行動しているし、ヤガはそんなに愚かではないと信じたいのだろう。

 

「周りを見渡したまえ。怒り、正義感、焦燥、恐怖。多くの人間と弾圧行為はどうしたってパニックの引き金になる。そしてこの手の暴動は起きてしまうと制御できない。人もヤガも関係なくね」

 

『今の状況はミスター海東の言う通りだ。残念ながら虐殺が起きる条件は十分に整っている』

 

「……それなら、今は俺達にできることをしよう」

 

 ホームズまで肯定したのならもう認めるしかない。重要なのはそうならないよう先に対処することだ。

 今できることを全力でやる。立香にとってそれはいつも通りであり、忘れてはならない大事なことだ。

 

「そういえば海東、駆紋戒斗にはこの件をどう言っている?」

 

「略奪についてなら、彼にはあえて連絡してないよ。どんな理由であれ弱者から一方的に奪う行為を、彼は絶対許さない。特に今はバーサーカーで融通が利かないからね。伝えれば間違いなく同盟破棄さ」

 

『どちらの立場にも理由はあって……けれど、わたし達の行為はどんな理由を付けても、弱い人達への一方的な略奪です……』

 

 この場にいる誰もが息苦しさを憶えていた。

 したくてしている行為ではなく、誰かを傷付けたいわけでもない。

 

 しかし、これは必要悪なのだともわかっている。

 立香達は早く終ることを願って暴動が起きないよう監視員に徹するしかないのだ。

 

「わかったのなら、君達は君達の持ち場へもどりたまえ。より広い範囲で見張るのが最善だろう」

 

 立香が頷いたその時、やや離れた位置から歓喜の混ざる叫びが上がる。

 

殺戮猟兵(オプリチニキ)が来てくれたぞぉー!」

 

 突如、市民のヤガから叫びが上がった。

 途端に市民と叛逆軍の双方にどよめきが起こる。

 

 叛逆軍との交渉を引き受けていた市長も例外ではない。一転して歓喜の表情で悠へ強気の態度に出る。

 

「やった! 皇帝(ツァーリ)は我らを見捨ててはいない! 叛逆軍ども、皆殺しにされると思え!」

 

「よりによってこのタイミングで……危険なのは貴方達だ!」

 

「なんだと?」

 

殺戮猟兵(オプリチニキ)が貴方達を守ることはない。このままだと挟み撃ちになる」

 

「………………え?」

 

 思わず、市長は悠達叛逆軍と、殺戮猟兵(オプリチニキ)が来たと声の上がった方角を何度も往復して振り返る。

 

「くそ、こうなったら戦うしか」

 

 早々に武器を構えようとする叛逆軍のヤガも出てきていた。悠はそれを強くたしなめる。

 

「まだ武器は構えるな! それより急いで食料を運びだせ!」

 

 混乱を始めたヤガ達の間を立香達は走り抜けていく。

 

 悠は奇襲をかけ、高圧的に出て素早く略奪を為そうとした。

 市長のヤガは犠牲者を出さないため奪われる量の交渉をするだけに留めた。

 

 しかし殺戮猟兵(オプリチニキ)の増援が来てしまうとその時点で問答無用に戦闘となり、多くの被害が出てしまう。

 

「まったく、言ってるそばからこれとはね。いくよ士、それにマスター君!」

 

「うん、虐殺は起こさせない!」

 

 市民達と距離を取りながら士と海東は変身する。

 迫ってくる殺戮猟兵(オプリチニキ)が視界に入ると、ディエンドは即ディエンドライバーにカードを挿入する。

 

「僕はお宝を得るための人殺しはしない主義なんだ」

 

『KAMEN RIDE RIOTROOPERS!』

 

「頼んだよ、兵隊さんたち」

 

 召喚されたのはライオトルーパー。量産型が特徴であるため一度に三体を召喚できる。

 彼らはアクセレイガンを短剣状にして殺戮猟兵(オプリチニキ)の軍勢へと向かっていく。

 とはいえ所詮は量産型。大量の敵が相手ではいいとこできて時間稼ぎだ。

 

 最初からそれを加味して海東はこのカードを選んだ。

 迫る殺戮猟兵(オプリチニキ)が振り切った手鎌と、ライオトルーパーの握る短剣がぶつかり合い硬直する。そこへディエンドの弾丸が降り注ぐ。

 そこから抜けてきた残りの敵を、ディケイドがライドブッカーで切り裂き倒していく。

 

「この調子でなんとか食い止めて!」

 

『いや、残念だが始まってしまった』

 

「え……」

 

 それはホームズからの無情な報せだった。

 別方向から奇襲をかけていた殺戮猟兵(オプリチニキ)が叛逆軍へと襲いかかっていく。

 アマゾンオメガが応戦しているが、とても追いつく数ではない。

 

「ぎゃああああああああ!」

 

「ぐげえ!」

 

皇帝(ツァーリ)の威光に陰りを持たせる者に死を。安らかに眠れ」

 

 あちこちから悲鳴が上がる。

 その叫びは叛逆軍のものだけではない。

 殺戮猟兵(オプリチニキ)が外した弾が、市民のヤガへと直撃する。

 

 彼らの優先事項は叛逆軍の殲滅。そのための被害は配慮せず戦い続けるだけ。

 市民を逃そうとする者はこの場に存在しない。最前線で一人でも多く殺戮猟兵(オプリチニキ)を相手取ろうとする悠にもそんな余裕はなく、皆自分が生き残ることに必死だ。

 

「この! くそ!」

 

「ぎゃあ!」

 

 叛逆軍の一人が撃った弾が市民に当たった。それを見たパツシィが胸倉を掴んで凶行を止める。

 

「おい! 市民を撃つな!」

 

「こいつは武器を持ってるだろうが!」

 

「あれはただの箒だ! よくみろ!」

 

「あ……」

 

 パニックに陥った叛逆軍は焦りと恐怖から市民の戦意すら見分けられない。全て海東の言った通りだった。

 

 そして叛逆軍が市民を傷つけると、市民のヤガ達も銃を手に取り防衛と報復という名の応戦を始める。

 恐慌へ至った流れはもう止められない。殺戮猟兵(オプリチニキ)と叛逆軍と市民が入り乱れる地獄が始まった。

 



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第20節『Lの世界/ジェノサイドを食い止めろ』

「市民を撃つな! 殺戮猟兵(オプリチニキ)を狙え!」

 

 部下のヤガ達へと叫んだ悠の言葉は届かない。いや、届いても叶えられないものだった。

 叛逆軍、市民、殺戮猟兵(オプリチニキ)は混ざり合いもはや三つ巴の乱戦になっている。

 こうなると、どう戦っても市民は巻き込まれてしまう。

 

「そんな……どうして……ワシの街が……狩場を隠していたのだって、仕方なかったんだ……そうしないと……ただ、街を守りたかっただけなんだ……」

 

 流れ弾に当たったのだろう、足から血を流して蹲る市長がぼろぼろと涙を流しながら、誰に向けたものでもない言葉で訴える。

 少数の弱きヤガを犠牲に、一人でも多くの者を救う。残酷なやり方だが、強き者しか生きられないこの世界では、決して間違っていると言い切れるものではない。

 そんなことは悠だって知っている。

 

 ヤガ達は過酷な世界で皆必死になって生きている。

 皇帝(ツァーリ)に恭順するのだって生きていくため、仕方なく横暴に耐え忍んでいるのだ。

 叛逆軍とは選択が違うだけ。共に虐げられてきたことに変わりはない。

 

 それでもやらなければならなかった。

 この理不尽な世界からヤガ達を救うために、まだ余裕のあるヤガ達から奪うことを選んだ。その結果がこの惨状だった。

 

 わかっていてやったことだ。なのに、いくつもの悲痛な叫びが悠の心を締め付ける。

 苦しい。世界を救うのはこんなにも苦しいことなのか。

 

 何人もの殺戮猟兵(オプリチニキ)が並んでこちらへ銃を向ける。

 一人ずつ倒していたのでは間に合わない。

 自分が盾になって庇うにしたって、敵も、守るべき者も多過ぎる。

 

「うおあああああ!」

 

 それでも飛び掛かった。一人でも犠牲を減らすために、正面にいた二人を巻き込み倒れ込む。

 残りの殺戮猟兵(オプリチニキ)が無情に、無感動に引き金を引く。

 

 悠は獲物を腕のひれで切り裂きながら、その様を見ているしかできなかった。

 凶弾が罪無き者達を穿つ残酷――――が回避される瞬間を。

 

 突如、大型トレーラーがヤガ達と殺戮猟兵(オプリチニキ)達の間に割って入った。

 銃弾は堅牢な装甲を撃ち抜けず弾かれる。それはヤガ達の前に巨大な盾が出現したも同然だった。

 

「あれは……」

 

 突如乱入したトレーラーを立香達も目撃していた。

 

『こちらも確認しました、先輩。謎の大型車両です!』

 

 立香や殺戮猟兵(オプリチニキ)か困惑する中で、車両が大きく開閉され、そこから何かが飛び出した。

 よく見ると、前方と後方が黒と緑で塗り分けられ前輪が横倒しになったバイクに、飛行機のような赤い翼が付いて飛行している。

 見上げる姿勢でわかりにくいが、その操縦席には何者かの姿がチラチラと視界に入った。見たままの容姿を立香はつぶやく。

 

「青い仮面ライダー?」

 

『わたしは黄色く見えましたが……』

 

 空を舞うマシンを目で追う立香とマシュ。二人の言葉を士が訂正する。

 

「両方だ」

 

 右半身は黄色。左半身は青色。

 左右二色に分かれた仮面ライダー。その名は、

 

()()()()は……仮面ライダーW」

 

 ●

 

 ハードタービュラーで高速飛行するダブルの眼下では、今も激しい乱戦が繰り広げられていた。

 ()()はこの惨劇を止めるために、ここへとやってきた。

 

「予想通り大量だ。始めるぜフィリップ」

 

 一つの肉体に二人の会話がなされる。

 先に言葉を発したのはダブルのボディ担当となっている左翔太郎。

 

殺戮猟兵(オプリチニキ)の情報は検索済みだ。高い耐久性だが、弱点の頭部を狙えば倒しやすい』

 

 もう一人が応答すると右側の複眼が点滅して、エコーがかかった声になる。

 彼はダブルの体に乗り移り翔太郎と同居するソウル側、フィリップ。

 彼らこそまさに、二人で一人の仮面ライダーである。

 

「よし、ならっ」

 

 翔太郎が銃型の装備トリガーマグナムを構えて、地上へ向けて引き金を引くと数発の光弾が発射される。

 弾はただ落下するのではなく曲がりくねり、次々と地上にいる殺戮猟兵(オプリチニキ)の頭部へと着弾。上空からの不意打ちに為す術なく倒れた。

 

「流石相棒、情報通りだ」

 

『倒せはしたが数は多い。やはりマキシマムドライブで一掃するしかないね』

 

「元々その作戦だったろ」

 

『だが本当にいいのかい? 今の僕達がここに現界できているのは依頼人の力と魔力によるものだ。マキシマムドライブの使用は僕らの消耗も大きい』

 

 そもそも、今この場での戦闘自体が依頼から外れる行為だった。

 ここで多くの魔力を消費してしまうと、与えられた依頼を最後まで遂行できない可能性が出てくる。それは事前に翔太郎もフィリップから説明を受けていた。

 

「ここは俺達の愛した街じゃねえ。けどな、それは泣いているのを見過ごしていい理由にはならねえだろ!」

 

 それでも翔太郎に迷いはなかった。

 後のことを考えるなら、手放しに正しい決断とは言い難いだろう。

 けれど、今ここで消えかけている命を、ヤガ達の流す涙を放ってはおけない。

 たとえ半熟卵(ハーフボイルド)だと誰かに笑われても、貫き通すべき信念がある。

 

「ここまで来て出し惜しみはなしだ! いくぜ、相棒!」

 

『ああ、そうだね。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それでこそ僕の相棒、左翔太郎だ』

 

 翔太郎が黄色いルナのメモリをマキシマムスロットへセットすると、力強い音声が流れる。

 

『マキシマムドライブ!!』

 

『「トリガーフルバースト!」』

 

 二人の声が重なると同時に、引かれたトリガーから大量の光弾が矢継ぎ早に放たれだした。

 それらは変幻自在の軌道を描き、次々と目標に着弾していく。

 

 ヤガの持つ武器へ。

 そしてヤガ達に混ざる殺戮猟兵(オプリチニキ)の頭部へ。

 

 敵性だけでなく、虐殺の発生原因になるヤガの武器も破壊して無力化する。

 弾丸はかつて、下水道の閉鎖空間で跳びまわる猫達を全てすり抜け狙ったドーパントを撃ち抜いた。それはこの敵味方入り乱れる乱戦状態でも最高のパフォーマンスを発揮していると言えよう。

 これが虐殺を止めるためフィリップが選んだ最善策。連続誘導射撃による虐殺因子の排除だった。

 

 乱戦状態にある敵の数が減ると、他のライダー達も格段に動きやすくなる。

 アマゾンオメガやディエンドは周囲に混ざり込めていない殺戮猟兵(オプリチニキ)へと狙いを定めて残数を減らしていく。

 

「っくそ、あっちの方で火の手が上がってやがる」

 

『落ち着いて翔太郎。僕の計算では吹雪によって火はすぐに落ち着く。今は殺戮猟兵(オプリチニキ)を優先するんだ』

 

「……わかった」

 

 熱くなりやすく、火元へ向かおうとした翔太郎を冷静にフィリップが抑える。

 性格の違う凸凹コンビだが、だからこそお互いの短所をカバーして長所を活かし戦う。

 

「残りの敵は少ない。降りた方がはええ!」

 

『了解した。メモリはメタルに変えよう』

 

『メタルゥゥゥ!』

 

 ハードタービュラーの高度を下げながら、取り出したメタルメモリを起動してトリガーと差し替える。

 

『ルナァ! メタルゥゥゥ!』

 

 ダブルの左半身が青からグレーへと変わり、武器も銃型から鋼鉄の棒メタルシャフトへと変化した。

 残った殺戮猟兵(オプリチニキ)が放った銃撃を、ぐにゃりと曲がるメタルシャフトが全て弾き飛ばす。

 

「おりゃっ!」

 

 まるで鞭のようにしならせたメタルシャフトが残る殺戮猟兵(オプリチニキ)達を打ち付ける。

 変幻自在の鋼鉄棒。これがルナメタル最大の武器だった。

 

『FINAL ATTACK RIDE! DE! DE! DE! DECADE!!』

 

「ふんっ!」

 

 鞭打でよろめいた殺戮猟兵(オプリチニキ)を、走り込んできたディケイドがライドブッカーで切り裂きトドメとした。

 

『久しぶりだね。仮面ライダーディケイド……門矢士』

 

「風都の探偵が出張か?」

 

 増援の殺戮猟兵(オプリチニキ)を全て片付けて、二人のライダーが向かい合う。

 

『僕らはこの地に喚ばれたサーヴァント達とは異なる。ある者の依頼を受けてこの地に導かれた』

 

「ある者だと?」

 

『君もよく知る人物……鳴滝氏さ』

 

 



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第21節『離別の歩み』

 虐殺の混乱に加えて街が燃え上がったことで、パツシィも冷静ではいれなくなった。

 殺戮猟兵(オプリチニキ)の大多数を退けても、まだ混乱の収まりきらないヤガの波を掻き分けながら、彼は戦場となった町を走り抜けていく。

 

「落ち着け、火は家とは全然違う方向だ……!」

 

 自分に言い聞かせる言葉は、けれどほとんどその役割を果たせていない。

 

 虐殺が現実になったことで焦っていた。

 ただの箒を銃を持っていると勘違いして射殺する者が出る。

 これ程のものなのか。

 ヤガとはこんなにも簡単に狂ってしまうのか。

 

 ありえないと思っていたものが、今は強烈な実感となって心を支配していた。

 

 この街にはあの人がいる。母親と呼ぶべき人が。

 でも、だからどうだって言うのだ。

 自分は母親を、この街に捨てて叛逆軍へと入った。

 

 今更、顔を合わせる資格なんてない。

 それ以前に、家を出る前に置いていった食料だけで持つはずはないのだ。

 

 駆け抜けていく先に恐怖で蹲るヤガの市民がいた。

 パツシィも見知った男だったが、今はそんなことどうでもいい。

 

「おい、お前!」

 

「な、お前はパツシィか? この裏切り者、やっぱり叛逆軍にっ」

 

「んなことはどうだっていい! おい、母さんは無事か!」

 

「お前の、母親?」

 

 食って掛かるように問い詰める剣幕のパツシィに、きょとんとした顔をしたヤガは、次第に口の端を上げて引きつるように笑い出す。

 

「ひ、ひひひ……ひぃ、ひひひっ! 馬鹿か!」

 

「なんだと!」

 

「お前の母親はとっくに殺されたよ!」

 

 パツシィは言葉に詰まって固まる。一瞬、頭が真っ白になった。

 

「わかってるだろ。お前が叛逆軍に加わったせいだよ!」

 

 自分のせい。わかっていた。はずだった。はずだったのに。

 

 そもそも、もはや現実と夢想の区別すら付いていなかった母親が、家に残され一人で生きているわけがない。

 パツシィが見捨てた時点で、その運命は決まっていたのだ。

 

「石をありったけ投げつけて、殺してやったさ! おま、お前! お前のせいでっ! お前みたいな、弱虫のせいで! 今度はお前を殺してやる!」

 

 市民のヤガは震えながら、ぶつけどころのない怒りをぶつける矛先を見つけたように、武器として手にしていたスコップを振り上げた。

 けれど、それより先に、パツシィは銃を構えていた。

 

「え、おい、待っ」

 

 トリガーは淀みなく、迷いなく、無感動に引かれた。

 

「ぐあっ!」

 

 横合いから放たれた不意の一撃を受けて、パツシィの手から赤い飛沫が上がった。

 もはや目の前の憎き母の敵を撃つ余裕はなく、吹き出る血を抑えながら振り向く。

 そこにいたのはシアンカラーの戦士ディエンドだった。

 

「そんなところで何をしているのかな?」

 

「た、助かった……ひぃぃ!?」

 

 海東はパツシィに問いかけながら、続く射撃でスコップの柄を撃ち抜き、折れた先端の金属部分が雪に刺さった。

 

「君はさっさと行きたまえ」

 

「な、何なんだよぉっ!」

 

 泣き言を残しながら、街人のヤガは慌てて逃げ去っていった。

 

「嘘だ……そんな……」

 

 海東の声はパツシィに届いていなかった。

 今、目の前にあるのは、母が殺されたという現実だけ。

 口でどれだけ否定しようとも、それはどこまでも現実だった。

 

「母さんが、死んだ……」

 

 言葉にして、そこに実感が生まれる。

 本当なら、理解していたことだった。

 この街が裏切り者と、その家族を許すはずがない。

 ただ、目の前に降ろされた藤丸立香という希望に縋るため、その現実から目を背けていた。

 

「俺のせいじゃない。俺のせいじゃない。俺のせいじゃない。俺のせいじゃない!」

 

 この街は弱者を淘汰する。

 弱者を守ろうとする者も。

 それがたまらなく恐かった。嫌だった。それが当たり前の街が大嫌いだった。

 

 パツシィの父親は街の警備隊長で、殺戮猟兵(オプリチニキ)に代表として食料の陳情をした。そして叛逆の意思ありと見做され処刑された。

 それが理由でパツシィと母親への風当たりも強くなっていったのだ。

 

 だから、逃げた。

 変えるために逃げた。

 変えることを言い訳に逃げた。

 

「いい加減にしたまえ。君は虐殺のことを聞いていた上での行動だ。返答次第ではこのまま見逃すことはできない」

 

 裏切り行為を追求するため、ディエンドの銃口はしっかりパツシィへと向いている。

 

「撤退の命令が出たよ。海東さん、パツシィさん! 早く逃げよう! って、え?」

 

『あの、これはどういう状況でしょうか?』

 

 撤退を伝えに来た立香は予想外の状況に思わず固まり、マシュが通信越しに説明を要求した。

 駆け寄ってきた立香を、パツシィは何処か虚ろな目で見つめてる。

 

 自分は、街のヤガを撃ち殺そうとした。

 立香達は命懸けで虐殺を止めて、街のヤガ達も守ろうとしたのにだ。

 

「すまん……」

 

 ぽつりとパツシィは謝罪を口にした。それで立香が何かを理解できようはずもない。

 

「何が、あったんですか?」

 

「彼は街のヤガを撃とうとしていた」

 

「そんな、何かの間違いじゃ。パツシィさん……?」

 

『あるいは、この戦闘で一時的に混乱されていたのではないでしょうか』

 

 説明を求めても無言を通すパツシィの態度が、何よりも事実を物語っていた。

 そのまま、彼は立香へと背を向けて歩き去っていく。

 

「パツシィさん!」

 

「いくよ、マスター君。彼は自ら離別を選んだ」

 

 追いかけようとする立香の足が止まる。

 早く逃げなければまた殺戮猟兵(オプリチニキ)の増援が現れる可能性はあるのだ。迷っている時間はない。

 

 それはパツシィにもわかっていた。

 けれど彼の足取りは重く、向かうべき場所も定まっていない。

 この街を、そして叛逆軍を捨てて行くあてなどあるわけもなかった。

 

 ただ、もう戻れない。それだけは確かだ。

 パツシィと立香との間には、どうしようもなく深い溝ができていた。

 




今回の更新でブログの掲載分に追いつきました。
次回のキバ編より同時更新となります。

因みに同時更新形式にした理由は、ブログだとコメントがかなり付きにくいためで、暫く様子見してあまり瓦なさそうなら再びブログ先行形式に戻る可能性があります。

今回同時公開したサーヴァント辞典も最新版になっています。


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第22節『プレリュード♪不穏なる跡』

 吹きすさぶ吹雪の中で、銃声とヤガ達の悲鳴が断続的に響いている。

 

 ヤガ達は皇帝に対して敵意を抱いている盗賊連中だった。

 駆紋戒斗が貴族達をまとめた反皇帝派のリーダーとなったことに納得ができず、グループから離反したメンバー達である。

 彼らは悠の率いる叛逆軍に入ろうとしたが、弱者の集まりに過ぎないとこちらも否定し、生き残るため盗賊へと堕ちた。

 

 そして小さな村で権力者に取り入り、自分達の隠れ家としたのだ。

 

 今その住処を、殺戮猟兵(オプリチニキ)を率いた『キバ』が襲撃している。

 仮面ライダーの圧倒的な力に、ただ武装しただけのヤガが敵うはずもない。

 銃声を遥かに上回る爆発音が響き、そこで戦闘――と呼ぶにはあまりに一方的だった蹂躙は終了した。

 

「くそ……化物め……」

 

 抵抗を試みた殆どの盗賊達はもはや息絶えた。辛くも生き残った一匹も怪我と痛みで動くことすらできず、うつ伏せの状態で苦々しく吐き捨てた。

 

「ぐがっ……あぐっ……」

 

「音楽も知らない貴様ら(ヤガ)に言われるとはな」

 

 『キバ』に喉を掴まれ持ち上げられたヤガは、まともに声を発することも敵わず、うめき声を上げる。

 

「お前達は叛逆軍か?」

 

 問いかけながら、『キバ』は僅かに首にかけている力を緩めた。

 話さなければこのまま殺される。

 本能でそう悟ったヤガは苦しそうに声を絞り出す。

 

「違……う……俺達は、あんな……惰弱な奴らとは……」

 

「お前の音は醜いな」

 

 つまらなさそうにそう呟くと『キバ』は手を離した。

 ヤガは重力に引かれるまま雪原に腰を打ち付けて、本能で肺に空気を送り込む。

 

「あがっ! ゲホッ! ゴホ……!」

 

 逃げた盗賊を捕まえるために散っていた殺戮猟兵(オプリチニキ)達も、数匹のヤガを捕獲して『キバ』の元へと集結してくる。

 今回の惨劇で残った数名の生存者達。誰も彼もが抵抗した結果、既に傷を負っている。

 

「捕縛しました」

 

「こいつも含めて拷問をした後、釈放して放り出せ」

 

皇帝(ツァーリ)の敵は全て抹殺すべきでは?」

 

「今はまだその時じゃない。こいつらは撒き餌に使う。本命を釣るためのな……と言ってもお前達には理解できないか」

 

 殺戮猟兵(オプリチニキ)は夢見の世界から這い出た、自動で言われた命令をこなすだけの人形みたいなもの。お世辞にも思考力が高いとは言えない。

 今の問いかけも先に命じられた絶対事項である『皇帝(ツァーリ)の敵を排除する』と矛盾するからでたことだ。

 

皇帝(ツァーリ)にとって最大の逆賊、叛逆軍を討つための布石だ。黙って命令を聞け」

 

 こんな盗賊の村一つ、本来なら殺戮猟兵(オプリチニキ)だけでも十分に対処できた。

 皇帝(ツァーリ)側とて保有するサーヴァントの数は限られている。このような些事を、それも皇帝(ツァーリ)を眠らせる役割を放棄させてまでやらせることだとは到底思えない。

 ならば、その真意は自分が倒すべき者達の討伐。それはつまり、サーヴァントを擁する叛逆軍を壊滅させること。

 

 もっともその真意は確かめねばわからず、その気はない。『キバ』が自分の目的を果たすため()()()()()()()()()()のだ。

 己の内から沸き起こる復讐の音に促されるままに。

 

 ヤガは追い詰められれば強者に恭順する。この群れに壊滅的な損害を与えれば、もはや行くあては叛逆軍しかない。たとえそこまで首尾よくいかなくとも、噂話くらいは届くだろう。

 そして敵側にサーヴァントがいると知れば、奴らは皇帝(ツァーリ)の戦力を削るチャンスだと考えて、確実にこちらへ攻め込んでくる。

 断片的であれ『キバ』の意を理解した殺戮猟兵(オプリチニキ)達は、了解の意を示し捕縛したヤガを連れて離れていく。

 

 結果的には、盗賊が占拠していた街にも平穏が戻った。善良なヤガ達も普段道理の生活ができるようになるだろう。

 雷帝に恐れ、従順に支配される地獄の日常が。

 

 皇帝(ツァーリ)に仕えることが己の使命。

 けれど、課せられた役割をいくらこなしても、胸に去来するのはただ虚しさだけだ。

 『キバ』は空を仰ぎ嘆きの言葉を吐いた。

 

「なぜ、この世界には美しい音色が響かない……」

 

 ●

 

 降りしきる吹雪の中を二台のバイクが疾走している。

 一台はマシンディケイダー。士が運転し、彼の背にはフォウを抱えながら立香が捕まる。

 もう一台は海東が駆るマシンディエンダーだった。

 相変わらず人間なら凍死は免れない気温であるが、吹雪の勢いはそれほどでもなく、宝具として召喚されたライダーのバイクなら走行に支障はない。

 

 パツシィの住んでいた街から略奪を実行し、来襲した殺戮猟兵(オプリチニキ)から無事逃亡しきってアジトに戻った叛逆軍は、現在急いで体制の立て直し中だ。

 負傷者も多く、ただでさえ少ない人手はより人手不足に陥っている。

 

 そんな中、盗賊を討つため雷帝側のサーヴァントが単独で動いているという連絡が入った。

 しかもそのサーヴァントはキバと名乗っていたらしい。

 少なくとも、士と海東には身に覚えがあるライダーだということもあり、まずは接触が急務となった。

 

 悠は叛逆軍の指揮で慌ただしく、とてもではないが拠点から離れられない。

 結果、立香を含めた三名での行軍となったのだ。

 

 海東は並走する士と立香の様子を見る。

 二人共ほとんど会話もなく景色を眺めるだけ。どちらも心ここにあらずと言った風だ。

 

 士は仮面ライダーWとの遭遇で、いくつかの情報を入手した。

 それは既にカルデアや叛逆軍のメンバーにも共有されている。

 

『僕達はわけあって座に登録されたライダー達とは別行動をしている。ここに来たのは依頼人、鳴滝の時空を越える力によるものだ。実際のところ彼は支援者といったところかな』

 

「あいつは何を考えてる」

 

「俺達の受けた依頼は雷帝を倒すことと、裏で糸を引いている連中の調査だ。今回は味方と考えていいだろうぜ」

 

「裏で? クリプターって連中のことか?」

 

 鳴滝が呼んでいた敵の名前であり、彼らが元カルデアスタッフであることもホームズから説明は受けている。

 

「いや、正しくは()()()()()()()()だ」

 

『その正体を掴むことも、白紙化された世界を救うために必要なことなのさ』

 

「なるほど。大体わかった」

 

 あえて探偵ライダーが動いているのならば、何かしら調べることがあるのだろう。

 ここまでは士の予想していた範疇内であり、さほど驚くべきことでもなかった。

 

「で、お前達はこれからカルデアに合流するのか?」

 

『いや、残念ながらまだその時じゃない。僕らは僕らで調査をしなければならないし、使える力にも限りがあるからね』

 

「俺達はこの世界じゃお前と同じサーヴァントってヤツにならないと活動できないらしい。魔力が切れたらその時点で強制送還だとさ。面倒な首輪を付けられっちまった」

 

『それにライダーではない仲間も迎えに行かないといけない』

 

「ライダーじゃないだと?」

 

 『仮面ライダーではない仲間と一緒に来ている』という事実に、士は強く反応した。

 それを察したように翔太郎が説明する。

 

「ああ、亜樹子やときめ……鳴海探偵事務所のメンバーも、白紙化に巻き込まれないよう一緒に来てる」

 

「そいつらは戦えるのか」

 

『二人は戦闘員じゃない。けれど彼女たちも魔力によって現界を維持しているのは同じだ。僕らが消えると彼女達も共に消える。その様子だと、君の仲間達は一緒じゃないみたいだね』

 

「あいつらは、消えた……」

 

『消された、ではなくてかい?』

 

「ああ、俺が真っ白な世界に出ると同時にな」

 

 白い世界には、ひかり写真館との繋がりさえ確立できず、士が外に出ると同時にはぐれてしまった。

 それから一度も連絡は取れていない。携帯電話は電波がなく、オーロラでの移動も自由にできなくなった。今では辛うじてマシンディケイダーが呼び出せる程度だ。

 

『それならまだ望みはある』

 

「どういうことだ?」

 

『漂白されてしまったのなら終わりだけど、空間ごと消えたとなると話は別だ。今もその場所ごと時空を彷徨っているか、あるいは既に保護されている可能性もあるだろう。あの鳴滝という人物なら何か知っているかもしれない』

 

「そうか……ま、俺にとってはどうでもいいことだがな」

 

 それはいつものように本音を隠すために吐き出された、士特有の強がりだった。

 まだ仲間達が生きている可能性がある。それが士にとってどれだけの希望になっているか。わかるのは本人だけだろう。

 そこで会話に一区切りが付いて、Wはリボルギャリーと共に街を離れていった。

 

『遠からず僕らは再会するだろう。次に会った時の支援は約束するよ。それと、この世界を突破するためのキーは、世界の破壊者とカルデアのマスターだ』

 

 それがWから士へ向けて語られた、別れの言葉だった。

 この言葉の真意は士にもわからない。

 けれど、世界の破壊者としての士が求められていると考えれば、己の成すべきことは()()()()()

 

 もう一人のキーと呼ばれた藤丸立香が考えているのは全く別のこと。食料略奪時に別れしまったパツシィについてだった。

 

 海東曰く、パツシィは街のヤガを銃で撃とうとしていたらしい。

 立香には彼が理由もなくそのような行為に及ぶような者だとは思えない。

 

 何か大事な理由があったのではないか。どうしてそれを教えてくれなかったのだろう。

 もしもう一度パツシィに会えたら、何を言えばいいのか。

 そもそも、まだ殺戮猟兵(オプリチニキ)が彷徨いている可能性のあった戦場で、たった一人上手く逃げ切れたとも限らない。

 

 同じような考えと心配が、何度も頭をぐるぐると巡る。

 その度に浮かぶ答えは違ったり同じだったり。つまり名案と称せるものは出せずじまいだった。

 

「ここが言われていた村だよ、お二人さん。いや、これは村だった……というべきだね」

 

 海東が思考の沼に嵌る二人を、現実に引き上げてバイクを止めた。

 

 立香達は同時に道々の村で檄文を配るよう依頼も受けている。

 けれど、そちらは前回の配布と違い芳しくない。一つ前に立ち寄った村では取り付く島もないまま断られてしまった。

 

 最初に配った村々では、雷帝の脅威に諦めつつも心の中では『皆が力を合わせればあるいは……』という淡い希望が見えていたが、今回は雰囲気がまるで異なる。立ち寄った街のヤガ達は完全に戦意を失っていた。

 その理由を問うと隣村を見ればわかると言われて、わざわざ先に足を運んだのだ。

 

「おいおい、何だこれは?」

 

 そこはまるで、大地震やハリケーンに飲み込まれたような惨状で、村はまともな形を遺していなかった。

 この村だけが天変地異に襲われたような、言い難い違和感さがそこにある。

 

「一体……これは……何があったのかな?」

 

『こちらでも映像を確認した。これは隕石でも衝突したような無惨な残骸だ』

 

「隕石だと?」

 

『これは……よく見るとクレーターの下に民家と思わしき跡が見えます』

 

 マシュの言うように、雪の下からチラチラと家の一部に見える残骸が見て取れた。それは何か巨大なものに押し潰されたようにへしゃげている。

 

「とあるライダーの世界では渋谷に隕石が落ちて、そこからエイリアンが出現していたけれど、今回は関係なさそうかな」

 

「それなら今頃目に見えない敵に襲われているだろ」

 

『いずれにせよ、これが雷帝の力によるものであるのは間違いないだろう』

 

 殺戮猟兵(オプリチニキ)の軍勢、そしてサーヴァント以外にも、村一つをここまで完膚なきまでに破壊する力を皇帝(ツァーリ)は備えているのか。

 

 立香の頭にかかっていたモヤが、緊張感と共に払われた。

 パツシィのことは変わらず心配だ。けれど、自分達がここに来た理由から、いつまでもよそ見はしていられない。

 

「なるほど……使うためにゲットするのは主義じゃないのだけど、今回ばかりはあのお宝を手に入れておいた甲斐はあったようだ」

 

 士と立香、そしてカルデアのメンバーが崩壊した街に注目している中、誰にも聞こえないような小声で海東は呟いた。

 




仮面ライダーは皆バイクに乗っている(リュウタロス談)ので海東大樹もバイク持ってます。
レッツゴーライダーキックでようやくちゃんと乗れたと思ったらバトライド・ウォーでメッチャ走ってたけど持ってます。
自分がバイクに変形したり頑なに車運転したり自転車と合体したりプロペラで飛んだりする奴もいるけど皆持ってんだよ(逆ギレ)!!!!!


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第1章 サーヴァント辞典

※ ストーリーが進むにつれ順次更新していきます。

 

『Lostbelt No.1 永久凍土帝国 アナスタシア 獣国の駆除者(かりうど)』から登場した仮面ライダーを解説しています。

解説内容は現在進んでいるストーリーまでで、最新話以降のネタバレはありません。

 

また本編では解説する必要ない事柄などもここに書いていく予定です。

 

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サーヴァント名:門矢士

変身後:仮面ライダーディケイド

クラス:ライダー

詳細:

本来なら座への登録を拒否した士はサーヴァントになる資格を有していない。

しかし鳴滝に導かれ辿り着いた世界ではサーヴァント反応が生じていた。

そのため極寒の地でも通常の私服で普通に活動できている(ただし普通に寒い)。

また、オーロラによる移動能力も消失している。

 

他のサーヴァントとも十分に渡り合えるスペックを有しており、基本スペックは以前と大きな違いはない。

しかし、これまで入手したカード能力は大部分喪失している。

残っているのはカメンライドせずディケイドのまま使用できるアタックライドなどの一部のみ。

ベルトもネオディケイドライバーではなく白い旧式。

 

理由は世界白紙化による影響で、他のライダーと繋いできたパスのようなものが切れてしまったため。

実質ディケイド第一話までリセットしている状態。

 

クラスはライダー。お約束。

ライダーの宝具として、変身以外にマシンディケイダーを任意に召喚可能。

オーロラを通って現れるが、人や他のものがそこを通過することはできない。

 

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サーヴァント名:水澤悠

変身後:仮面ライダーアマゾンオメガ

クラス:バーサーカー

詳細:

歴史を救うため聖杯に登録されたライダー。

現在は雷帝に対抗する叛逆軍のリーダーとして活動している。

 

外見年齢は二十代前半で落ち着いた物腰。

戦闘も初期の荒々しさより理性的な戦闘スタイルになっており、少なくともアマゾンズ完結編時点の姿と記憶を有している。

 

バーサーカークラスだが、理性はあり意志疎通は可能性。

クラススキルとして狂化の代わりに『アマゾン細胞A』を有している。

この効果によって、戦闘での高揚感による自制がアマゾンズ初期レベルで効きにくくなっている。戦闘中にゆで卵渡したら殻ごと喰う。

 

特定の条件でプッツンするタイプ。

 

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サーヴァント名:海東大樹

変身後:仮面ライダーディエンド

クラス:アーチャー

詳細:

汎人類史を救うため聖杯に登録されたライダー。

だが、海東はあくまでお宝を得ることが史上目的である。

世界がなければお宝もない。だから世界を救う。

 

武器の相性からアーチャークラスに割り当てられたが、トレジャーハンターの性質からアサシンクラスの適性も高い。

アサシンクラスだと、お宝を手にしたい性格が強く切り出され、制御の難易度が格段に上がる。

特にロシアのロストベルトでは狙うお宝が乏しいことも相まって、現在は士達に協力的で比較的話の通じる時の海東大樹。

 

変身アイテムはネオディエンドライバーで、変身後の性能はかなり向上している。

士と違い能力に制限もなく、実は召喚可能なライダーの中ではかなり上位の実力者。

 

ただしこれは良い事ばかりではなく、ネオディエンドライバーでの戦闘は通常時に比べてかなり魔力燃費が悪い。

通常のディケイドライバーでも何とか対応できたのは、力を試すためと可能な範囲で魔力消費を抑えていたから。

マスター無しの間はそれなりに魔力のやり繰りに苦労していたらしい。

 

藤丸立香と仮契約を成した現在はその制限が解除されているので、カルデアの召喚制限を穴埋めしてくれる上に単騎でもディケイドより強い。

(ただし立香の負担も大きい)

 

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サーヴァント名:駆紋戒斗

変身後:仮面ライダーバロン

クラス:バーサーカー

詳細:

汎人類史を救うため聖杯に登録されたライダー。

本来の適性はランサーだが、今回はある理由からバーサーカーで召喚された。

元々バーサーカーの適性もあるため、クー・フーリンがキャスターで召喚されたようなもの。

 

強者を尊び、弱者を踏みにじる行為は許さない。

正しいが融通が効かず暴走しがちな特性が強く反映されている。

 

というか元々の性格適性からバーサーカーになったタイプであり、ナイチンゲール程強調されていないため狂化のランクは低い。

戒斗の流儀から外れないならば、ある程度会話は通じる。

 

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サーヴァント名:左翔太郎&フィリップ

変身後:仮面ライダーW

クラス:ライダー

詳細:

二人で一人の仮面ライダー。

聖杯からの抑止力召喚ではなく、士と同じく鳴滝の手によって召喚されたらしい。

 

ライダークラスであるためフォームチェンジや固有能力に制限はないが、使用魔力の制限はある。

ただしマキシマムドライブ一発ではさほど影響がなく保有魔力はそれなりにあるよう。事実上の野良サーヴァント状態。

 

魔力の貯蔵量やリボルギャリーまで持ち出していることからも、士よりはかなりいい条件で召喚されていると思われる。

 

 



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用語・設定解説

■フェイトシステム(仮面ライダー版)

現在の仮面ライダー達は世界白紙化の抑止力となるべく座に登録されている。

ただしライダー全員ではなく、世界を救う意思を持たない一部のライダーは呼ばれていない。

意志ある者でも、門矢士のように独自で動いている者もいる。

 

基本的には他のサーヴァントと同じく召喚される存在ではあるが、例外的な座への登録だったため一部通常のサーヴァントとは運用やルールが異なる。

 

サーヴァントは歴史の長さと知名度が強さに影響されるが、仮面ライダー達はそれらの影響受けない。

基本は元のスペックそのままでお求め可能。

 

ただし別方向の制限がかかる。

仮面ライダー達はいずれも非常に高い戦闘力を有しており、その全てを再現するのは容易ではない。

またサーヴァントとして使役するには、魔力消費量的にコストが高くマスターの負担も大きくなる。

そのためクラス分けなどによる緩和措置が取られている。

 

例えば仮面ライダーゴーストがセイバークラスで召喚された場合、通常フォームやムサシ魂など剣を武器にするフォームのみに使用が限られてしまうが、基本的な魔力コストは下がる。

逆に言えば、特殊な事例を除き適性のないクラスで召喚されることはない。

 

抑止力として世界から召喚される場合、野良サーヴァントとして長期的に戦う可能性も考慮されて、浪費の大きいライダークラスで呼ばれる可能性は低い。

 

本来のフェイトシステムから外れた部分の運用については、何名かの仮面ライダーが力を貸して成立させているらしい。

根源に関わる座への交渉は神(本物)。霊基登録やその際におけるクラス適性の設定等は天才物理学者(どこぞのムーンキャンサーノリ)等の運営メンバーが頑張った。

彼らも個別に座への登録は為されているので、設定上は召喚可能である。

 

なお、各ライダー勧誘役は紅渡の担当。そして門矢士を誘うも蹴られた。人選ミス疑惑。

 

 

■ライダークラス

通常のフェイトシステムでは四騎士クラスの一つだが、仮面ライダーにとってはエクストラクラス級の意味を持つ。

 

具体的にはライダークラスで召喚されると、そのライダーが持つ全ての力やフォームに変化が可能。

ただし魔力負担もその分大きくなるため、野良サーヴァント状態でフォームチェンジや必殺技は軽々とは扱えない。

 

 

■鳴滝

 

謎の人。士がいるなら鳴滝もいる。原作でも当人がそう語っていたので仕方ない。

公式ですら正体を考えるの諦めたので、二次創作においてはもはや何でもありの便利設定なお方。

 

本作では座への登録組とは別に行動して、ライダーをロストベルトに送り込んでいる。

ただし目的はロストベルトの破壊なので、士やカルデアに協力的な行動を取っている。

 

 



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