銃の勇者の成り上がり (夜神 鯨)
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エピソード0

盾の勇者の成り上がりを見ていたら書きたくなってしまいました


 平穏な平日の昼下がり、夜神加奈は人入りの少ない喫茶店で流れているJAZZを聴きながら1人読書を楽しんでいた。紅茶を片手に読書をする姿はとても絵になっている。

 

 普段軍人としてこの国の国防に務め、日々泥まみれになりながらも鍛錬を重ね、時には命をかけて任務に当たる。そんな忙しい日々も、読書を楽しむこの瞬間だけは忘れることができる。

 

 稀にある平日休みの日に読書をして過ごすのが最近の日課だった。2日以上繋がる休みでも許可を得て射撃練習をしたり、私有地の森で数人の仲間達とエアーガンを用いて戦闘訓練をしたりなど。あまりの情熱に同僚からも若干引かれ気味だ。

 

 しかし、私とて好きで日夜訓練に励んでいる訳では無い。本当ならば好きな本に囲まれて音楽を聴きながらゆっくりと過ごしたいと思う。だがしかし、夢半ばで倒れて行った仲間の事を考えるとどうしても体が動いてしまう。

 

 そんな彼女が現在読んでいる本は四聖武器書というタイトルの本で、この喫茶店に向かう道中の古本屋で掘り出したものだ。物語の中でもとりわけファンタジー系の本が好きな加奈は、有名所の本は全て読み終えてしまい、こうしてマイナーな本を探すのが趣味になっていた。

 

 四聖武器書という全く聞いたことの無いタイトルに古ぼけた表紙、極めつけに溜まりに溜まった埃を見てなにか引かれるようにこの本を購入した。加奈は現在本の3分の1を読み終えた所だが、近年ではあまり見ない中々に癖のある本に夢中になっていた。終末の予言をされた異世界で度重なる災厄の波を退けて行くストーリー。在り来りなストーリーだが、かなり昔の本のようだし当時は珍しい内容だったのだろう。まあ、それが売れなかった要因でもある気がするけれども。

 

 強いて欠点を上げるとしたら可愛らしいヒロインが一向に出てこないところだろうか。王女らしきキャラはいるのだがセリフの節々に見える腹黒さにヒロインとは思えない。ヒロイン不在という悲しみはあったが、それを差し引いても主義主張の異なる勇者達の立ち振る舞いは読んでいて面白い。

 

 次々出てくる化け物を倒す剣の勇者。仲間思いで情に厚い槍の勇者。ロビンフッドさながらの活躍を見せる弓の勇者。そして最後に盾の勇者だが...

 

「あら? 書き忘れかしら」

 

 ページを捲った先に文字は無く、白紙のページだけが続いていた。

 

「残念ね、せっかく面白かったのに」

 

 本を閉じ紅茶のお代わりを頼もうとした加奈だったが、その行為は行動に移されること無く加奈は意識を失ったのだった。



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エピソード1

「んん...」

 

 加奈が目覚めるとそこはさっきまでいた喫茶店では無くどこかヨーロッパの建物を彷彿させるような、しかし全く見覚えのない建物の中で倒れていた。加奈は素早く起き上がり周囲を確認すると周りにはローブを着た男達が立っている。床には蛍光塗料で書かれたものか、淡く発光したファンタジーによく出てくる魔法陣らしき模様が描かれていた。

 

 不審に思いつつもまずは自身の身体を最優先で確認する。特に欠損や異常は見られないが、何故かマスケット銃を持っている。しかも手から離そうとしても離れない。

 

「ここは?」

 

 加奈が自身の状況確認に勤しんでいると剣を持った男がローブを着た男達に質問をしていた。

 

「おお、勇者様方! どうかこの世界をお救いください!」

 

「「「「はい?」」」」

 

 未だ状況の整理が着いていないがなんとか声を出すことには成功した。

 

「それはどういう意味ですか?」

 

 今度は弓を持った男が質問をしている。

 

「色々と込み合った事情があります故、ご理解する言い方ですと、勇者様達を古の儀式で召喚させていただきました」

 

「召喚……」

 

 一連の流れを見る限りどうやら召喚されたのは5人、しかもどうやら加奈以外は全員が男のようだ。

 

「この世界は今、存亡の危機に立たされているのです。勇者様方、どうかお力をお貸しください」

 

 ローブを着た男が深々と頭を下げている。情報の少ない今軽率に判断してはいけないと判断を悩んでいると。

 

「まあ……話だけなら──」

 

「嫌だな」

 

「そうですね」

 

「元の世界に帰れるんだよな? 話はそれからだ」

 

 加奈以外の4人がそれぞれ話初めてしまう。

 

「人の同意なしでいきなり呼んだ事に対する罪悪感をお前らは持ってんのか?」

 

 剣を持った男の子、見た目高校生くらいの子がローブを着た男に剣を向けた。

 

「仮に、世界が平和になったらっポイっと元の世界に戻されてはタダ働きですしね」

 

 弓を持った子も同意してローブの男達を睨みつける。

 

「こっちの意思をどれだけ汲み取ってくれるんだ? 話に寄っちゃ俺達が世界の敵に回るかもしれないから覚悟して置けよ」

 

 何故か好戦的な3人に対して加奈ともう1人盾を持った男は明らかに置いていかれている。

 

「ま、まずは王様と謁見して頂きたい。報奨の相談はその場でお願いします」

 

 ローブを着た男の代表が重苦しい扉を開けさせて道を示す。

 

「……しょうがないな」

 

「ですね」

 

「ま、どいつを相手にしても話はかわらねえけどな」

 

 悪態をつきながらも3人はローブの男達に導かれるまま扉の奥へと進んでいった。

 

「あんたはどうするんだ?」

 

「どうするもついて行くしかないんじゃないかしら」

 

 取り残された盾を持った男が加奈に質問をしてきたが、加奈はそう言い残して先に進んだ。

 

 先へと進みと暗い部屋を抜けると石造りの廊下が続く。時より窓から見える青い空とオレンジ色を中心に質素で鮮やかな街並みは何処と無く中世のヨーロッパを彷彿させる美しいものだ。

 

 足を止めて景色を楽しみたい気持ちもあるが、残念ながらそんな時間は無く、加奈達は足速に廊下を進み謁見の場へと到着した。

 

「ほう、こやつ等が古の勇者達か」

 

 加奈達が大きく頑丈そうな扉を潜り謁見の場へと着くと王座でふんぞり返っている男がいた。彼こそがこの国の王であるオルトクレイ=メルロマルク32世だ。彼は頭を下げない勇者達に苛立ちを覚えながらも王として平然とした態度で名を名乗った。

 

「ワシがこの国の王、オルトクレイ=メルロマルク32世だ。勇者共よ顔を上げい」

 

 突然連れてこられた勇者達は訳も分からずにただ王を見ていた。だがしかし、それも仕方ない事だと加奈は思う。何せ王族に謁見する機会など民主化が進んだ現代ではありえない。それにここの流儀もわからないのだ起こした行動が不敬と見なされ処刑でもされようものなら目も当てられない。幸いにも暴言や失言をする者は居ないようだ。もしそのような者がいたなら私が助かる為に攻撃を仕掛けなければならない所だった。

 

「さて、まずは事情を説明せねばなるまい。この国、更にはこの世界は滅びへと向いつつある」

 

 メルロマルク32世が唐突に始めた話を纏めると。

 

 1、現在、この世界には終末の予言と言うものが存在しており、いずれ世界を破滅へ導く幾重にも重なる波が訪れ、その波が振りまく災害を撥ね退けなければ世界は滅んでしまう。

 

 2、その予言の年が今年であり、予言の通り、古から存在する龍刻の砂時計という道具の砂が落ちだしたらしいのだ。

 

 3、この龍刻の砂時計は波を予測し、一ヶ月前から警告する。伝承では一つの波が終わる毎に一ヶ月の猶予が生まれる。

 

 4、当初、この国の住民は予言を蔑ろにしていたが、予言の通り龍刻の砂時計の砂が一度落ちきったときメルロマルクに厄災が振り降りた。突如発生した亀裂から、凶悪な魔物が大量に這い出て街を襲ったのだ。その時は辛うじて国の騎士と冒険者が退治することが出来たのだが、おそらく次に来る波は更に強力なものとなるとの事。

 

 5、このままでは災厄を阻止することが出来ない。

 だから国の重鎮達は伝承に則り、勇者召喚を行った。

 

 と纏めるとこんな感じになる。厄災の旅に騎士や冒険者を駆り出していたのではコストもかかるしリスクもそれなりに大きい。ならば古の力を頼り勇者を召喚した方が効率が良いだろう。

 

「話は分かった。で、召喚された俺たちにタダ働きしろと?」

 

「都合のいい話ですね」

 

「……そうだな、自分勝手としか言いようが無い。滅ぶのなら勝手に滅べばいい。俺達にとってどうでもいい話だ」

 

「確かに、助ける義理も無いよな。タダ働きした挙句、平和になったら『さようなら』とかされたらたまったもんじゃないし。というか帰れる手段があるのか聞きたいし、その辺りどうなの?」

 

 加奈以外の4人はメルロマルク32世の話に食って掛かる。確かに報酬も提示されていない状態で急に召喚されたのだ怒りが湧いてきてもおかしくは無いだろうが...

 

「待ちなさい! そう喧嘩腰では交渉になりません。まず国王の方から条件と報酬の掲示を、話し合うのはそれからでもいいでしょう」

 

 こちらの都合もお構い無しに勝手に召喚をしたのはこの国の人間だ。しかし何も知らない状態で頭ごなしに相手を批判するのはおかしい。国防に携わっていた人間だからこそ加奈はつい叫んでしまったのだ。

 

「ああ、そうだな」

 

 加奈の一言で勇者達は萎縮して場は静まり返る。時間にして数秒、重く居心地の悪い静寂が場を覆ったが、王メルロマルク32世が静寂を破った。王としての責任がそうさせたのかメルロマルク32世は部下に命じて追加の説明をさせる。

 

「も、もちろん勇者様達には十分な説明と報酬を用意しております。更には活動しやすいように物資の提供や援助金のご用意もしております」

 

 その情報を聞いた勇者たちは拳を握り嬉しそうに頬を緩めた。

 

「へー……まあ、約束してくれるのなら良いけどさ」

 

「俺達を飼いならせると思うなよ。敵にならない限り協力はしておいてやる」

 

「……そうだな」

 

「ですね」

 

 未だこの国の国力も分からず、もっと言えば国際情勢等この世界の事は全く知らない状態なのに、よく上からものを言えるものだと加奈は素直に関心をする。しかし同時にこのままでは何もせずとも勇者たちは自壊していくかもしれないなぁと一抹の不安が胸をよぎる。

 

「では勇者達よ。それぞれの名を聞こう」

 

 この流れさっきまで読んでいた本と似ている言うことに加奈は気づく。セリフが一言一句同じ訳では無いが大筋は似ている。確かにさっき読んだ本は四聖武器書と言うタイトルで勇者は4人しか出てこなかった筈だか...と思考に耽ていると勇者たちの自己紹介が始まる。

 

「俺の名前は天木錬だ。年齢は16歳、高校生だ」

 

 初めに自己紹介をしたのは剣を持った小柄の男。おそらく彼が剣の勇者だろう。名は天木錬。外見は、美少年と表現するのが一番しっくり来る。顔のつくりは端正で、体格は小柄の165cmくらいだろうか。

 

 女装をしたら女の子に間違う奴だって居そうな程、顔の作りが良い。髪はショートヘアーで若干茶色が混ざっている。切れ長の瞳と白い肌、なんていうかいかにもクールという印象を受ける。

 

「じゃあ、次は俺だな。俺の名前は北村元康、年齢は21歳、大学生だ」

 

 次に自己紹介をしたのは槍を持った男。おそらく彼が槍の勇者で名は北村元康。外見は、なんと言うか軽い感じが印象に残る。

 

 最初の彼に負けず、割と整った顔立ちをしている。持ち前の性格から女性関係には苦労しなさそうだ。いや逆に苦労思想ではあるか。髪型は後ろに纏めたポニーテール。細身の身体も相まって男がしているのに妙に似合っている。

 

「次は僕ですね。僕の名前は川澄樹。年齢は17歳、高校生です」

 

 次は弓を持った大人しそうな男の子。弓の勇者、川澄樹。最初の天木より年上の筈だか彼より幼く見える。儚げそうでありながら確固たる意識を感じる。かなり癖が強そうな感じがする。髪型は若干パーマが掛かったウェーブヘアー。

 

「次は俺だな、俺の名前は岩谷尚文。年齢は20歳、大学生だ」

 

 加奈の前、最後に挨拶をしたのは盾を持った男。おそらく彼が盾の勇者、名は岩谷尚文。前の3人ほど活動的では無さそうだ。しかし先程からやけに周囲を観察している事からただの間抜けでは無さそうだ。髪型は黒髪のショートヘヤー。

 

 さてこれで本に出てきた4つの武器を持った勇者は全員が出揃ってしまった。

 

「さて、最後は私ね。名は夜神素子。年齢は21歳、大学生よ」

 

 加奈は慌てず平然と嘘の情報を語る。加奈が嘘をついた理由は3つ。

 

 まず1つはここがおそらく地球ではない何処か他の星である可能性が高い事。

 

 そして2つ目は私達が召喚と言う未知の方法で連れてこられた事、そしてこの世界には未知の力があるであろうという事。

 

 最後の3つ目、他の4人は兎も角おそらく私は歓迎される人間では無いという事だ。

 

「はて、盾の勇者はさておいて何故、5人目の勇者がおるのだ? ...」

 

 ローブを羽織った男達の動揺、そして国王メルロマルク32世の発言から察するに私が呼ばれたのは手違いだろう。

 

「モトコとやら貴様は何者だ? 先の行動には感謝するが、返答次第ではタダでは置かんぞ」

 

 王の言葉と同時に謁見の場にいた兵士達が剣を引き抜きその刃先を加奈へと向ける。4人の勇者達も加奈と距離をとっていた。

 

「モトコよ、己がステータスを確認しその情報を開示せよ!」

 

「ステータス?」

 

「なんだ気が付かなかったのか? 視界の端にアイコンがあるだろそれに意識を集中させれば確認出来る」

 

 ゲームの中でしか聞いたことの無い言葉に戸惑っていた加奈だったが錬の言葉通りに視界の端にあるアイコン意識を集中させるとピコンと軽い音が鳴るととも視界に文字の列が現れる。まるでパソコンのブラウザの様だ。そして、その中には加奈の情報が書いてあった。

 

 

 夜神加奈

 

 職業 銃の勇者 Lv1

 

 装備 マスケット銃(伝説武器)

 

 異世界の服

 

 スキル 無し

 

 魔法 無し

 

 成程、王の反応を見るに4勇者以外の勇者が現れるのは異常なのだろう。おそらくこの情報を伝えたら良くて投獄最悪死刑も考えられる。

 

「私は賢者です」

 

「ふむ賢者とな? そのヘンテコな武器も魔法を放つものか...」

 

 メルロマルク32世を上手く誤魔化す事が出来たようだ。変に勇者を名乗らず賢者とする事である程度融通が聞くだろう。

 

「あんた本当に賢者か?」

 

「な!?」

 

 槍の勇者元康は加奈に1歩近付き加奈が持つマスケット銃を遠目から観察している。

 

「モトヤスよ何故、そう思う?」

 

 元康の言葉に反応したメルロマルク32世が詳細を聞こうと質問をする。実際メルロマルク32世はモトコが勇者出なかった場合、彼女を奴隷にして使役させるつもりだったので元康の言葉にあまり興味は無かったが、もしモトコが嘘偽りを述べていたのであれば無駄な手続きをせずに王族に対して嘘を並べた不敬罪としてモトコを好き勝手できる。

 

「だって、あんたが持ってるの銃だろ?」

 

「チッ! 余計なことを」

 

 元康の言葉を聞いた加奈の行動は早かった。銃と言

 単語が出ると同時にマスケット銃を元康へと向けてその引き金を引いた。途端大きな破裂音が謁見の場に響きわたる。突然の音にその場にいた全員が驚き瞬時にしゃがみ込んだ。

 

 元康も例外では無く、彼の胴体に向かって放たれた弾丸は元康がしゃがんだ事により照準がずれ、元康の持っていた槍に当たり跳ね返る。跳弾した弾丸は近くにいた兵士の脇腹に突き刺さりそのまま貫通して更に壁へと突き刺さった。

 

「うぐっ...痛てぇよ...痛てぇ.....」

 

 弾をくらった兵士はその場に倒れ込み腹を押さえて蹲る。弾丸が臓器を傷付けたのだろうか傷口からは大量の血が溢れ出し血溜まりを作っていた。

 

「なっ....」

 

「撃ったのか?」

 

「そんな馬鹿な」

 

 突然の出来事、ついさっきまで平凡な日常を送っていた彼らは目の前で人が撃たれるという光景に脳が処理できず。呆然として動けないでいた。周りにいる兵士達も同様で初めて聞く破裂音に驚き呆然として動けないでいる。

 

「全員その場から動くな!!」

 

 未だ全員が立ち直れていない中、謁見の場に怒号が響きわたる。畳み掛けるように起きた状況に全員が戸惑いながらも声のした方を見ると、先程大きな破裂音を立て兵士を1人負傷させたその武器が今度は国王に向けられていた。

 

「決して誰も立ち上がるな! 誰かが動いた瞬間、王は死ぬぞ!」

 

 引き金を引いた加奈は一瞬できた隙を見逃さず、自分を包囲しつつあった兵士たちの間を抜け即座にメルロマルク32世を拘束した。

 

 残念ながらこのマスケット銃マッチロック式の為、一発撃ってしまうと直ぐに次弾の発射が出来ない。その為こうやって王を人質にとって盾にして脱出を試みるしか無かった。

 

「ではメルロマルク王よ城の外まで案内を頼みますよ、まだ死にたくはないでしょ?」

 

「貴様..!!」

 

 加奈はメルロマルク32世の耳元でそう優しく囁くと王の案内で白の外へ向けて歩き出した。

 

 喧騒に包まれた場内を王と加奈の2人だけが歩き続ける。自分の選択で王を殺してしまうかもしれない。そんな可能性を孕んでいるのであれば誰も動くものなどいなかった。唯一動こうとした勇者達も兵士達に止められて謁見の場から動くことが出来ないでいた。

 

「それではメルロマルク王、さようなら。願わくばもう二度と会いませんように」

 

 誰にも邪魔されず無事に城の外へ出た加奈は王にそう言い残すと城下町方へと消えていったのだった。

 

 



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エピソード2

「それであの女はどうなった?」

 

 加奈の脱出騒動から一夜明け、城内は普段通りの平穏な生活を取り戻していた。幸いにも国王の身に怪我は無い。しかし跳弾が不運にも当たってしまった兵士は残念ながら手当が間に合わずに死亡してしまった。

 

「それでは報告させていただきます。ヤガミモトコを名乗る人物は王都メルロマルクを出た後消息が途絶えています。おそらくですが近辺にある魔物の森へと逃げ込んだ様子です。現在は影の者達が追跡しており状況がわかり次第ご報告いたします」

 

 報告を聞いた王は「そうか」と呟くと目をつぶり深く思考をした後に神妙な顔で口を開いた。

 

「....やつは見つけ次第殺せ」

 

「..宜しいので?」

 

 勇者は全滅した場合で無いと呼び直すことが出来ない。それを知っていた男は王に問掛けるが、王は何も答えずに沈黙をしている。

 

「かしこまりました。影にはそのように伝えておきます」

 

 沈黙を肯定と受け取った男は確認を取ったのち、王座を後にした。

 

 男が去った事で今この場にいるのは国王のみとなっている。勇者達も昨夜の件で疲れたのだろう。今も部屋でゆっくりと休んでる。

 

 彼らが顔を合わせるのは食事の時のみ、それ以外の時間は基本的に部屋で休養をしている。波が迫っている中で余り時間的猶予は無いのだが、王の状態を考えて明日もう一度説明を行い、勇者達はこの城を去る手筈になっている。

 

「王よそろそろ昼食の時間ですが、どうなさいますか?」

 

 時刻は正午になろうとしていた。給仕の人間が王の食事を聞きに来る。疲れからなのか王は昨日の夜と今日の朝も食事を取っていない。

 

「部屋で貰おう。そうそう、勇者達には良い食事を振舞ってくれ。私も自室に戻らせてもらう」

 

 やはり昨日の疲れが抜けていないであろう、王はそう言った後、フラフラとした足取り王は自室へと戻っていた。給仕の男も今聞いた事を忘れないよう、速やかに厨房へと戻って行った。

 

「お父様も随分と弱ってますわね...フフ..さて、どの勇者から壊しましょうか...」

 

 誰も居ないはずの広間にいつからいたのか、柱の影には女性の姿が映っている。女性は誰も聞こえないほど小さな声で言い残すとスッと消えていった。

 

 食堂を見ると勇者達が昼食を取るために集まって来ているのが見える。昨夜の光景が忘れられないのか全員の表情は暗い。

 

「なあこの世界ってゲームの中じゃないのか?」

 

「昨晩の話の続きですか...」

 

 集まって早々に元康が口を開く。加奈が去った後、4人はこの世界について話し合っていた。当初同じ世界から来たと思っていた4人だが、話の食い違いと首相の名前が違った事でそれぞれ異世界の人間であると認識をしていた。そしてその話し合いでこの世界はゲームの中であると結論づけたのだが、元康はその結論に疑問を持っているようだ。

 

「俺が知ってるエメラルドオンラインにはあんなリアルな流血表現なんて無い。それにあの血の匂いゲームと考えるにはリアル過ぎる」

 

「ですが、このアイコンはどう説明するんですか? .....それにそうでも思っていなければやっていけないでしょう..」

 

 樹が必死に反論をする。彼はこの世界が怖かった。召喚された当初はこの世界で勇者として好きに生きようと思っていた。しかもシステムは大好きなディメンションウェーブによく似ている。ここならばと思ったのだが..突然として目の前で人が死んで行ったと言う現実を受け止めることが出来なかった。ならばゲームの世界だと思えばいい。ゲームの世界ならば何が起きても現実ではない。そしてそれは樹だけでは無く他の勇者達も同じような考えを持っていた。

 

「全てはあの女がいけないんだ! あいつがいなければ少なくとも死者は出なかった」

 

 錬は加奈へ強い憎しみを向ける。彼だって気楽にこの世界を謳歌するつもりだったのだ。それを加奈が台無しにしてしまった。唐突に起こった殺人、初めて人が死ぬ瞬間を見てしまった。あれを見てしまってはこの世界をゲームとは思えなかった。

 

「どちらにせよ、だ。判断をするのは明日の説明を受けてからでもいいだろ? 俺達は今できることをするだけだ」

 

 尚文はそう言って昼食をとり始める。それに続いて勇者達も食事を始める。食事を取り終えた者から順に誰も話すこと無く部屋へと帰っていったのだった。

 

 *****

 

 城を抜け出した加奈は夜通し走り続け、街から離れた森へとやってきていた。道中襲いかかってきた化け物共を自前の銃で倒しながらだったせいで、時間はかかったがこの世界での戦闘方法をある程度理解する事も出来た。更に使い慣れないウィンドウの操作もなんとか要領を得ること成功した。

 

「しかし、招かれざるものになるとは思わなかったわー」

 

 そうボヤきながら加奈はつい先程倒した猪のような化け物を捌く。日が落ちる前に火起こしも終わり、周囲の探索も余裕をもって終わらせているおかげで、多少体の疲れがあるもののある程度時間にゆとりをもって行動をすることが出来る。

 

 よく血を抜き、皮を削いだ猪の肉をよく焼いてから口へと運んでいく。お世辞にも美味しいとは言えないが何も食べれないよりはマシだ。それに残念ながら身一つの状態では料理と言うほどのものも出来ない。しかし地獄の様な戦場での生活に感謝する時がくるとは思わなかった。あの日々のお陰で今のこの状況が天国に感じる。

 

「しっかし、本当に妙な世界ね、この妙なウィンドウとかはゲームみたいなのに、この世界のものはしっかりと生きている」

 

 日も完全に落ち月明かりだけが照らす夜の中誰もいない森で加奈は銃を触りながら1人ぼやく。触っている銃は最初のマッチロック式のマスケット銃からフリントロック式へと変わっている。どうやら前のマッチロック式戻すことも出来るようだが、あえて戻すつもりも無い。しかしホイールロックを飛ばしてフリントロックに行くとは更に謎は深まるばかりだ。

 

 フリクトロック事態は最初に撃った兵士が死亡した通知と共に解除された。他にも化け物共を撃ち倒していくうちに銃剣も解除された。これだけでも約200~300年ほどの技術進化が起こっている。しかしそんな事は加奈にとっては重要では無く。彼女にとっては重要なのはこれでリロードをする必要も無く継続的に戦える点だった。

 

 どちらの方式にしろ、マズルローダー(前装式)なのには変わりなく、これではどう頑張っても継続的な攻撃が出来ない。しかも有効射程は単体を狙うのならば精々75m程度であり、移動力の早い敵であれば2発撃てるかどうかといったところだ。複数体に狙われてしまえばそれでお終い。その点銃剣さえあれば、近距離で戦い銃声に驚いた獣達に優勢をとることが出来る。

 

「かと言って決して効率がいいとは言えないけれどね」

 

 そう言いながら加奈はステータスを見る。見るとスキルと言う欄があり、そこを開くと武器の進化系列を見ることが出来た。加奈の進化系列は木の様な形になっていて途中までは縦1本ずつアイコンが並んでいて後半から枝分かれするようになっていた。その中で下二つのアイコンは半透明から白色に変わっている。

 

 おそらくこの2つが今持っている武器なのだろう。そして半透明なアイコンの下には同じく半透明のバーがありその下に67と数字が書いてある。67は私が殺した敵の数。それから察するに解放の条件はおそらく私が生物を殺した数だろう。

 

 フリントロック式の武器アイコンをさらに選択するとアイコンが蜘蛛の巣上に広がり、剣のアイコンだけが半透明から白に変わっていた。そして真ん中のアイコンの下に同じくバーが書いてあり、その下の数字が34となっている。34は私がマッチロック式の銃で殺した敵の数だ。同じ銃で敵を倒すと習熟度と言うか熟練度と言うか、どうやら武器の性能が上がるみたいだ。

 

 しかし早々に銃剣が来てくれたのはやはり有難い。銃剣での攻撃はある程度心得がある。何度も言うが、マズルローダーであるマスケット銃は装填時間がかかりすぎて正直一発目を撃ってしまったら次の攻撃に30秒程はどうしてもかかってしまう。

 

 と言ってもマスケット銃を扱ったことの無い私がこの速度で撃てるのもスキルのお陰なのだが。兎も角にも隊列を組んで発射するのならまだしも1人で運用するには余りにも隙が多すぎる。一刻も早くブリーチローダーの銃を解放しない事には戦いにならない。

 

 

「はぁ...そろそろ寝ようかしら」

 

 加奈は焚いていた火を消すと近くに生えていた太い木に近付き、頑丈そうな枝を見つけて飛び乗る。加奈は枝の上で銃を抱えたまま眠りやすい体制を整えると直ぐ瞼を閉じて睡眠に移った。

 

 加奈が眠ったのと同じく時刻、森の外で動く影がある。全身をなるべく音が出ないように工夫された黒い服を着た影の様な人物は遠目から焚き火のが消えたことを確認すると、静かにそして素早く森へと近付いていった。

 

 素早くしかし慎重に森へと近づいた影は草原から森へと入る境界線に達した所でより慎重に焚き火のあった方へと近付いていく。本来ならばもっと近くで監視をするのだが、加奈の尋常ではない警戒心と観察眼のせいで何度か発見されそうになっている為、影は距離を置いて監視をしていたのだ

 

 焚き火があった付近まで接近した影は、体の自由を奪う毒が塗ってあるナイフを取り出すと逆手に構えてゆっくりと焚き火へと近付いていく。

 

 焚き火の後を見つけた影は、加奈の姿を探して周囲を見渡すが、誰もいない事に気付くと少し落胆したように肩を下げ、焚き火周辺の探索に移ろうとする。だが影が少し気を抜いた瞬間、上空から襲いかかる物体があった。

 

「なっ...!?」

 

 影は回避をしようと試みるも気付いたのが遅かった事と、一瞬気を抜いた事が合わさり、回避をする事が出来ずに上空から落ちてきた物体にそのまま押し倒されてしまった。

 

「ふーん....女性ねぇ..しかも1人。いや、うーんいやでもあの城から続いていた妙な視線が無くなった事を考えるとやはり追っては貴方1人みたいね」

 

 上から落ちてきた物体もとい加奈に押しつぶされた女性は押さえつけられたまま、植物のツタを編んで作られた紐で素早く縛られ拘束されてしまう。

 

「....な、なるほど、王を人質にとり無傷で街から出た実力は伊達ではないという事ですか」

 

「さてと、それで...貴方は誰かしら?」

 

「....私はメルロマルクに所属する諜報員のレイです」

 

 圧倒的に有利な状況の加奈だが、素直に所属と名を明かしたレイに対して更に警戒心を強める。レイの動きに注意しながら彼女が身につけているものを一つ一つ丁寧に剥いでいく。

 

「そんなに警戒しなくても、王から差し向けられた刺客は私1人ですし、その私も動けない」

 

「敵の言葉を鵜呑みにすると思うのかしら?」

 

 加奈はレイから武装や装備等を剥ぎ取り、彼女の手足から届かない位置に剥いだ物を置く。

 

 レイは着るものが無くなって寒いのか顔を赤くしながら足をモジモジと動かしている。そんなレイを横目に加奈は持ち物の精査を始める。レイが持っていた物の中には毒の塗られた投擲用ナイフを始め、同じく毒が塗られた短剣などや拘束用の頑丈な紐が入ってた。

 

「成程、確かに殺す気満々の装備ね。念入りに毒まで塗って...」

 

 この世界での毒が分からない為、確実な事は言えないが加奈はこの毒が体の自由を奪う神経毒の部類である事が今までの経験から分かった。

 

「さてと後は身体の中を調べるだけね」

 

 相手は自称諜報員、身体の中に武器なんかを隠していても不思議ではない。加奈は1度離れたレイに向かって再び近付く。

 

「ちょ、ちょっと待って! 身体の中には何も隠してないわ!!」

 

 レイは加奈の発言と尋常ではない雰囲気に顔を青くして必死に逃げようとするが、そもそも拘束されているので走る事は疎か、立ち上がる事すら出来ない。

 

「わーわー、わかった! わかりました。全てお話するので痛いことはしないで下さい!!」

 

 加奈が近付き触れようとすると、レイは子供の様に叫び、赤子の様に縮こまって震えている。先程まで余裕のあった事が嘘だったかのように豹変してしまっている

 

「それも演技かしら?」

 

 豹変したレイを警戒して少し距離をとった加奈はそう問いかける。

 

「....違います。ですがお願いです私の身体に触れないで下さい。約束してくれるのであれば貴方の知りたいことを全てお話します」

 

「...はぁ、分かったわ貴方が大人しく話すのであれば触れないことを約束しましょう。ただし、怪しい動きをした場合即刻その首をはねるわ」

 

 加奈がレイの事を信用した訳ではない。ただこの世界で信用出来る人間がいないのも事実。レイに尋問して情報を吐かせようと考えていた加奈だが、その情報が正しいのか判断する材料も持っていない。素直に話してくれるのならばそちらの方がいいだろう。

 

 加奈はレイから奪った衣服だけを返す。そして一時的に拘束を解き服を着させた後に、再び手足を拘束する。一時的にでも拘束を解いて服を着る事を許した事が、加奈が出せる最大限の温情だった。



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エピソード3

 日は昇り始め辺りも薄らと明るくなっている。時刻でいえば5時頃だろう。加奈がレイの説明を受け始めてから概ね3時間が経とうとしている。

 

 結局ろくに睡眠を取らずに話を聞き始めた加奈だったが、戦場での日常を考えればこの程度屁でもなかった。それ以上に今得られる情報量の多さと貴重さに感謝しながらレイの話に聞き入っている。勿論この情報が信用出来るかどうか今はまだ分からないが、全く情報が無いよりはいい。

 

 レイから得られた情報はこの世界の事に始まり、国の情勢や宗教。各国の軍事力そして勇者についての情報も得ることが出来た。

 

「これで全てかしら?」

 

「いえ、最後に2つ情報が残っています」

 

「そう、では聞かせてちょうだい」

 

 日も昇り本来ならば既にこの森を去っている頃であった。追手に追跡されているこの状況では時間が一分一秒でも惜しい。夜間の危険性を人一倍知っているからこそ昨夜は動かなかったが、日が昇れば直ぐにでも行動するつもりだった。しかし貴重な時間を犠牲にしてでも加奈は最後までレイの話を聞くことした。

 

 加奈はこれまで数多くの諜報員達と出会い騙し騙されをも繰り返して来た。最近では相手の口調、目の動きや息遣い等の五感で感じ取れる情報を精査し、相手が嘘偽りを述べているかが分かる様にまでなっていた。

 

 しかしそこまで技術を磨いた加奈がレイの話を聞く中で、レイが嘘偽りを言っている様子を感じ取る事が出来なかった。そしてここが異世界だと言う事を差し引いても加奈はレイの事を多少信用しつつあった。

 

 今までならばこんなこと如きでは信用しようとも思わなかったが、何も無い異界の地で加奈は自分の感覚だけはどうしても疑いたく無かった。何故ならば、何も無い何も知らない。味方すら居ないこの世界で自分自身すら信じられなくては本当に何も出来なくなってしまうと思ったたからだった。だから加奈はレイの話を黙って最後まで聞くことにしたのだ。

 

「まず1つは貴方がこの世界に呼ばれてしまった原因、それは恐らくメルロマルクが原因だとおもいます」

 

「どう言う事?」

 

 レイによると、従来勇者を召喚する時には複数の国で話し合い様式に則りそれぞれの地で勇者を召喚するらしい。これは勇者召喚による各国の負担を減らし、更に勇者に充実した支援が出来るようにといった配慮と、一国が戦力を持ち過ぎないようにするという思惑があるらしい。

 

 メルロマルクの本来の主である女王もそれの話し合い、調整の為に長らく国を空けている。しかし今回、王であるオルトクレイと三勇教の暗躍によりメルロマルクにて4人の勇者が同時に召喚されてしまった。これは今までの歴史でも例が無く、確実性も乏しかったが王オルトクレイの独断により実行されてしまった。

 

 そしてその結果、今回の加奈のようなイレギュラーが誕生してしまったのだ。

 

「なるほどね、因みに女王はどちらに?」

 

「おそらくはフォーブレイかと」

 

 加奈の質問に対してレイは即座に答える。そして加奈はレイが情報を隠すつもりも無いと言う確証をこの質問で得た。

 

 フォーブレイは四聖教の本部や七星教会があるこの世界での大国で1番文化が進んでいる国でもある。因みに四聖教は剣、弓、槍、盾4つの聖武器を崇める宗教。メルロマルクの三勇教はここから派生し、盾が抜かれている。そして七星教会はそれ以外の聖なる武器に選ばれた者達を進行している。

 

 この世界には四聖勇者と呼ばれる異世界から召喚された勇者以外にもこの地で精霊具と呼ばれる武器に見初められ勇者になる者達もいるのだ。

 

「てことはこの騒ぎが伝われば女王は戻ってくるのね」

 

 おそらくだが同じ女性である女王なら事情を説明し、和解出来るであろうと加奈は考えていたが、しかし。

 

「いいえおそらく女王様は戻って来られません」

 

「何故?」

 

 声を荒らげ問い質したい気持ちになった加奈だがそれを抑え、レイに質問をした。

 

 いくら加奈が軍人だとはいえ孤立無援の状態で国という組織に追われ続ければやがて終わりを迎えてしまう。他の国に取り入るとしても立場的に酷使されるのは明白だった。その為早急にメルロマルクとは和解をしたかったのだ。

 

「今回の勇者召喚は他国の諜報員によって既に各国に出回っている事でしょう。そうなった場合、今回の件を糾弾し戦争を仕掛けようとする国が現れるでしょう」

 

 確かにレイの言う通り各国が連携して話し合っていた召喚を一国が独断で行ってしまったのだ、戦争を仕掛ける正当な理由にしようと思えばできる。特に人間至上主義のメルロマルクと相反する亜人至上主義を掲げているシルトヴェルトからすれば都合がいい。

 

「確かにそうね、一国だけならまだしも複数の国に攻められたら勝ち目は無いわね」

 

 メルロマルク自体かなりの国力を持っているみたいだが、複数の国が集まった連合軍の前には塵に等しいだろう。

 

「はい、ただでさえ波が迫っていて余裕がない状態です。そんな中、戦争を始めてしまえば世界が滅びます」

 

 次元の亀裂から魔物が溢れるという波。そんな災害に対処をしながら戦争などを行えばこの世に地獄が具現すること間違い無しだろう。

 

 加奈の世界、科学が進歩しボタン一つで何万人も人が消える。そんな時代とは違い、いくらこの世界が剣と弓の時代だとしても混乱渦巻く戦場は地獄そのもの。人と人とが傷つけ合い、魔物の恐怖に怯え、枯れた大地で飢えに苦しみ更には病に倒れる。長年戦場にいた加奈はそんな光景が容易に想像出来てしまった。

 

「.....」

 

「ですからおそらく女王は戦争回避の為に各国と交渉を始めるはずです。早くても1ヶ月遅くて1年の間は国に帰る事は無いでしょう」

 

 そうなれば加奈は自分の身の振り方を考えなければならない。最低でも武器はあるが逆にいえばそれしかない。仲間を作るかどこかの陣営に入るか単身では生き残ることすら難しい。

 

「身の危険を感じて王を人質にとり窮地を脱し、更に私を殺すのではなく情報源として扱う。感情的にならず冷静に物事を判断し必要な情報を的確に聞き出す。そんな聡明な貴方なら今の状況がわかるでしょう?」

 

 レイの言葉に加奈は固まった。このままではどう足掻いても詰み、得た情報を全て事実だと仮定して考えると加奈に残された道は少ない。

 

「えぇ、だからと言ってメルロマルクに戻るつもりも無いわ」

 

 既に兵を殺し王を人質に取ったメルロマルクには戻れない。滞在時間が短かったおかげでまだ民に顔と名前が知られていないことが唯一の救いだが、他の勇者や城の兵士に見つかればジ・エンドだ。

 

「貴方は力を示した、冷静な判断力と豊富な知識も。道中に貴方の取った行動はしっかりと確認していましたから」

 

 加奈の額に嫌な汗が浮かぶ。圧倒的に有利だった筈なのにこちらが圧されている。そして道中を見ていたという事は銃の存在も知られてしまっている。

 

「おそらくあの火を噴く筒が貴方の精霊具なのでしょ?」

 

「えぇ」

 

 謁見の間では賢者と名乗った加奈だったが、レイから放たれる圧力に負けて自分が勇者であると確証を与えるような発言をしてしまう。

 

「そうですか、やはり.それでは精霊具を持つ勇者である貴方に最後の情報を提示します」

 

 そういうとレイは上衣をはだけさせて、胸にある小さな痣を加奈に見せつける。先程の暗闇では見えなかったそれをよく見ると痣では無く、青い花の刺青が彫ってあるのが見える。

 

「私の本当の名前はアンファ。ブルーコスモス幹部が1人」

 

「ブルーコスモス?」

 

 今までの会話には出てこなかった新しい言葉を聞いた加奈は、同じようなテロ組織の名前が頭を過ぎる。地球にいた時は自分以外の民族を滅ぼそうとする危険組織だったが.

 

「私達ブルーコスモスは、差別のない世界.そう、蒼き正常なる世界の為に戦っています。そして私は貴方を是非仲間にしたいのです」

 

 言っている事は悪いことでは無いのだが 、『蒼き正常なる世界』というセリフに加奈は危機感を覚える。そのうち民族浄化でも始めそうな雰囲気だ。差別のない平和な世界の為に一方を滅ぼす等をしそうに感じる。

 

「気持ちは嬉しいのだけど私はその組織の事をよく知らないの.」

 

「大丈夫です今からお教えします。追手についても心配ありません。あと2日は私の報告を待って街で待機している筈ですから」

 

 日は完全に昇り、爽やかな日差しが朝を迎えた事を伝えてくれる。ほんわかとカルト宗教臭のするブルーコスモスとは関わりたくない加奈だったが、かと言って行く宛もない為、この話を最後まで聞く事にしたのだった。

 

 

 聞いた話を整理とブルーコスモスと言う組織は蒼き正常なる世界と言うフレーズこそ怪しかったが、差別のない平和な世界をつくる為に動く真っ当な組織でその歴史は古い。

 

 構成員は世界中に散らばっていて、アンファの様に諜報員として働くものもいれば、国の官僚や重役として活躍している者もいる。中には一般市民として普通に生活をしている者達もいるみたいだ。ただし長い歴史の中でも勇者が在籍していた記録は無い。

 

 構成員達は種族や年齢、崇める宗教さえも違い。共通点を上げるとすれば差別を無くしたいと本気で思っている事だけだ。幹部は人間10人、亜人10人の計20人存在し、活動の方針等はそれぞれの過半数が同意すれば可決される。

 

 過去にフォーブレイやシルドヴェルトから離反したシルドフリーデン等の国で差別の撤回に成功したが、双方ともに長い時間がかかった事と更に遺恨が消しきれていない等といった事から完全に成功したとは言えない。

 

 そこで白羽の矢がたったのが加奈なのだ、彼女は何も知らない異界からの勇者、しかも神聖視されている四聖勇と共に召喚されている。更に目的の為ならば人を殺す事も厭わず、メルロマルクから離脱してもいる。

 

 ブルーコスモスからすれば足りていない組織の主軸、旗として掲げるには最高の人物であった。

 

「なるほどね、貴方達の事も概ね理解できたわ」

 

 アンファの話を聞いた加奈は静かに呟いた。彼女としてもこの提案は悪い話では無い。この世界から帰るにしてもこの世界で暮らすにしてもまずは勇者としてこの世界の危機に立ち向かう必要がある。その為には多くの情報と仲間が必要だ。旗柱として立つのは厄介だがそれを差し引いても美味しい話だ。

 

「是非私たちの仲間として世界平和に協力して頂きたい」

 

 アンファが頭を下げ、手を差し出した。加奈はそんなアンファを見て深く考え込んだ後に差し出された手を取った。

 

「わかりました。貴方を信頼し協力しましょう」

 

「ホントですか! ありがとうございます!!」

 

 正直上手い話し過ぎて信じきれない加奈であったが、もし裏切られても逃げ切れるだろうと考えて返事をした。何故ならば銃弾や爆撃、更に空飛ぶパワードスーツに追いかけ回される日常と比べたら多少の追手から逃げる日々など随分と平和な日常に感じたからだ。

 

「でしたら早速近くの拠点に案内します」

 

「わかったけど貴方は戻らなくて大丈夫なの?」

 

 メルロマルクを出てから余り時間は経っていないとはいえ、こんな話の後だと多少心配になってしまう。しかもこれからは目的を同じとする仲間になるのだ。

 

「私なら大丈夫です。それに貴方と私の足取りを追えるような者達は女王と共にいますから」

 

「そうならいいんだけど、あと加奈よ」

 

「何がです?」

 

「私の本当の名前」

 

 加奈はブルーコスモス完全に信用する訳では無かったがそれでもここまで情報を開示し自らの拠点へ連れていこうとするアンファに対して名前も明かさない事は加奈の軍人としてのプライドが許せなかった。

 

長い間戦場で殺し合いをし続けた結果、他人を信用出来なくなってしまっている加奈だが、信頼を得る為にアンファがした行動に最大限の誠意を示したかったのだ。

 

「ええ、では行きましょうか」

 

 そう言ったアンファの顔は笑みが溢れていた。アンファに連れられて加奈も歩き始める。目的地はこの森の先にある洞窟拠点だ。日が差しても薄暗さの残る森の中を2人は痕跡を消しながら歩き続けるのだった。

 

 

 




青き清浄なる世界の為に


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エピソード4

 アンファに案内され加奈がたどり着いたのは森の奥にある断崖絶壁の崖、下を除けば先が見えない闇が見える。そんな崖を降りた中程にある横穴だった。まだ日が出ているにも関わらず穴の中は暗く先が全く見えない。人や動物の気配もしないただの空洞だった、しかしよく観察をすれば僅かだが、比較的新しい足跡や痕跡があり、人がいた事がわかる。

 

「アンファ、私を謀ったのかしら?」

 

 先程信頼すると言ったばかりだが、明らかに罠の気配しかしないこの横穴に加奈は警戒心を強め、マスケット銃をいつでも撃てるように準備する。

 

「違いますわ、ただ認証が必要なんです」

 

 アンファが一呼吸いれて「蒼き正常なる世界の為に」と呟くと、どこからもなく男の声が聞こえてくる。

 

「認識番号」

 

「A193、アンファ」

 

 アンファが言い終えると同時に足元が一瞬光る。すると先程までいた真っ暗な洞窟とは違い人工的に造られた辺りは広い空間へと変わっていた。

 

 壁や天井は水平直角になるように削られていて、天井には均等に配置された光源がある。加奈には光源の原理まではわからなかったが、現代科学的なものではなく、この世界特有の技術によってできたものとだけは分かった。

 

 光源のおかげで周囲もよく見える。その雰囲気に加奈はよく見知っている地下研究所や地下司令部などと同じような印象を受けた。

 

 そうして加奈が周囲を見渡していると遠くから馬に乗った集団が近付いて来きた。集団は性別も種族も別々だったが、見た目だけは皆等しく比較的若めで全員が武装をしていた。

 

 集団は加奈とアンファの手前で下馬すると綺麗に整列した後に集団のリーダーらしき男が1歩前に出てアンファに話しかけた。

 

「突然の訪問に驚きましたが、アンファ様いったいなんのご要件でしょうか?」

 

 男は慣れた様子でアンファへ要件を聞く。彼の様子からアンファの訪問が初めてでは無く、過去に何回かあった事がわかる。そして武装して整列している彼らの表情が少々強ばっているのを見れば武力を行使した前歴がある事まで察する事が出来る。

 

「突然の訪問すまないわね、早速で悪いけど通信珠を借りるわ」

 

「了解しました。ではこちらへ」

 

 アンファの言葉を聞いた男は一瞬安堵した表情を見せるが、すぐに表情を戻した後、整列している部下達と共に来た道を歩いて戻り始めた。

 

 それを見たアンファは満足そうに頷いた後男の後を追う。そしていまいち状況が呑み込めない加奈だったが、アンファに促されて後に続いた。

 

 加奈達がいた広い空間を抜けると、車両が余裕で通れそうな広い通路が続いていた。通路は先程の部屋と同じくしっかりと整備されている。

 

床も壁もレンガのようなものを敷き詰めた造りをしていて、洞窟と言うよりかダンジョンや遺跡に近い形をしていた。

 

「....アンファここは?」

 

「ここはブルーコスモス第0支部。世界に点在する支部の中でも最も古い拠点です」

 

加奈は内心驚きながらも冷静にいつもと変わらないように質問をした。アンファもそれをわかっていながら少しドヤ顔をして答えた。

 

 はるか昔、今よりも差別が激しかった時代にブルーコスモスは誕生した。昔は今よりも差別が酷く、慰めモノにされたり殺されたり等は日常茶飯事。激化する戦争や混乱で地上に居場所を無くした者達が続出した。

 

 それを嘆いた10人の魔導師がブルーコスモスを創ったのだ。彼らは地下に空間を造り、そこで生活が出来るような環境を整えた。彼らは自らの叡智を絞り、地上には無い楽園を地下に創っていた。そして差別を嘆き、差別のない平等な世界を望む人達を招き入れて仲間としたのだ。

 

「そして、その始まりがここ第0支部。ここ以外にも全部で15個の地下拠点が世界中に点在していて、それぞれ拠点を転送陣で結んで行来がしやすいようにしているのです」

 

「なるほどね、じゃあ先程からすれ違ってる人達がここの住民ってわけね」

 

 先程から通路ですれ違う人達は加奈達を最初に迎えた者達と同じように人種や性別が全然違う。更に違う所は元気に走り回る子供から杖をついて歩くお年寄りまで年齢の幅が広い所だった。

 

「ここに住む人の数は約400人程度、そのうちの7割がこの施設の維持運営の為の人員です」

 

 アンファに代わって説明するのは案内をしてくれている男性。鍛え抜かれた肉体と体に残るいくつもの傷が場数を踏んでいる一流の戦士だと物語っている。立派な尻尾と時々除く犬歯、一部が欠けてもなお存在を誇張する獣耳が彼に更なる威厳を産んでいる。

 

「残りの3割はここで生まれ育った者や職員達の家族、そして迫害され追いやられた者達と元奴隷になっています」

 

彼らは地上では生きられない。出れば敵に狙われるような者もいれば、地上にトラウマをもって出れない者もいる。

 

「この支部はどうやって食料を供給しているの?」

 

 この拠点は地下にある。加奈は実際に確認した訳では無いが地下独特の雰囲気ですぐに分かった。そしてすぐに疑問が生まれる。食料の問題だ。この問題は地下で簡単に解消できる問題ではない。加奈も昔地上に出れなかった時はコウモリやネズミを食べて空腹をしのいだものだ。

 

「丁度見えてくると思いますが....。あちらをご覧下さい」

 

 加奈質問に答えたのは屈強な男。男が示す方向を見ると通路の先に一際明るい部屋が見えた。よーく目を凝らして見ると部屋には緑が溢れ、子供達の楽しそうな声と一緒に動物たちの鳴き声も聞こえる。

 

「あれは、家畜?」

 

加奈は信じられないものを見るような目でその光景を見た。天井に穴が空いてそこから太陽光が降り注いでいるのか、と考え見に行くがそこには穴など空いておらずサンサンと輝く白色の球体があるだけだった。

 

「それだけではありません。野菜や小麦など食料の全てをこちらの農場で飼育しています。その為ここの食料が無くなる心配はまずありません」

 

 それは魔導師達によって産み出された奇跡の産物。一際高い天井に設置された魔道具から出る光には太陽に似た温もりがあり、外と何ら変わらない陽の光が辺りを照らす。そして同じく錬金術によって生み出された食物はどんな環境でもすくすくと育ち一定の恵みをこの地に与えていた。

 

「なるほどね....しかし、これだけの技術があれば世界なんて簡単に手に入るでしょうに」

 

 この世界に来て日の浅い加奈は実際にその目でこの世界を見た訳では無かったが、アンファから聞いた情報と、メルロマルクから逃げる時に見た景色から、この世界の技術がそこまで進んでいない事は知っている。

 

 一方、現代社会に負けず劣らずの技術を持つブルーコスモスがその気になれば世界征服など簡単なものだと加奈は感じてしまう。

 

「武力による主義の押しつけは亀裂を生みます」

 

 加奈の言葉を聞いたアンファは静かに語った。

 

「それでは駄目なのです。亀裂は不安を呼び、不安は新たなる火種となります」

 

 長い歴史をもつブルーコスモスでは過去に何カ国か、武力によって差別の撤回を行った事がある。しかし、その国全てが互いを再び憎しみあい、どちらかを滅ぼすまで決して止まらない、憎しみに駆られた地獄を繰り広げてきた。

 

「だからこそ、私達は武力ではない、ほかの手段で差別のない世界を作りたいのです。別に世界が欲しい訳ではありません。ただこの世界に住む者たちが平等に過ごせるそんな世界を作りたいのですよ」

 

「...そんな世界をつくりたいわね」

 

 静かに、しかしアンファから語られた言葉にはしっかりと重みが篭っていた。決して理想ばかりを追いかけている訳では無い。真に平等な世界を懇願する彼らに加奈は昔の自分を重ねてしまった。

 

「お話中のところすいません。目的地に着きました」

 

 話がいい所だったが、男に言われ加奈達は前を見る。そこには鋼で出来た扉が1枚鎮座していた。扉や壁にはなんの表記も無く、床や天井は今までと何ら変わりはない。此処だと言われなければ通りすぎてしまうだろう。

 

「案内ありがとう。それでは加奈さん行きましょうか」

 

 アンファはお礼を言うと鋼の扉に手をかけ、扉を押す。すると扉はアンファを招き入れるように開いた。扉を開けたアンファは1人スタスタと中に入っていった。それを見た加奈は案内人にお礼をい言った後アンファの後を追って部屋の中へと入って行く。

 

 中に入るとそこには人が1人暮らせそうな生活道具が1式揃った小綺麗な部屋があった。高価そうな物は一切無くただ機能性を追求した家具や道具が置いてある。

 

 アンファはテーブルを挟んで向かい合っているソファーに腰をかけると部屋を調べている加奈に向かって手招きをした。

 

「安心してください。あまりいい部屋ではありませんけど、罠なんかはありませんよ」

 

「──分かってはいるんだけど..ついクセでね...」

 

 バツの悪そうな顔をしてゆっくりとソファーに座る加奈。どれだけ信用をしても初めての場所ではどうしても周囲の警戒してしまう。戦闘で長い間、命のやり取りをしてきたせいでついてしまった習慣だ。

 

「さてと、定期報告の日では無いので何人出るかは分からないですけど、とりあえず始めてみますよ」

 

 そう言うとアンファは机の上にあった人の頭くらいある水晶玉を操作し始める。すると途端に水晶玉が青い光を放ち周囲に複雑な模様を描き始めた。

 

 水晶玉から描かれた模様は、水晶玉を中心に半径2mの綺麗な円形を作る。模様が完成すると円を囲うように半透明の薄い壁が現れた。壁は9個に分かれていて、しばらくすると半透明の青い色をしていた壁が色々な景色や風景を写し始めた。壁と言うよりかディスプレイに近いそれは加奈が知っている現代の技術と酷似していた。

 

『おやおや、アンファさんからの通信とは珍しいですね』

 

『確かに、定期報告以外ではほとんど連絡が取れないと言うに』

 

『という事は急を要する案件ですわね。メルロマルクでは勇者召喚が行われたと情報が入っておりますし...』

 

『さてと、では要件をお願いしますよアンファさん』

 

「.....」

 

 9個のディスプレイ全てに人の姿が映りそれぞれが反応を示す。その様子を見たアンファはつい呆れてしまった。

 

「まさか全員がいるとは思いませんでした」

 

 この支部に着いたのが朝早くだった為、通信をする時間には皆それぞれの仕事等をしていると考えていたアンファは最悪の場合、誰も連絡に出ないかもしれないととまで考えていたのに、蓋を開けてみれば拍子抜け。

 

 ブルーコスモスの幹部と呼ばれている者達は通信宝珠を起動した瞬間に応答し、当たり前のように通信宝珠の前に座っている。思わずお前ら暇人か!! と叫びたくなってしまったアンファだったが、日々の諜報員生活で鍛えた演技力を駆使してなんとか感情を抑える事に成功した。

 

『最近では魔物の増加や波の問題で組織としても忙しかったですからね....』

 

『それにメルロマルクでの勇者召喚の情報も掴んでいたので連絡があると思い待っていたのですよ』

 

 やはり幹部であるだけあって無能では無かったとアンファ少しホッとする。そして、いつも忙しく世界中を飛び回っている私が異端なのだろうかと真剣に悩んだがすぐに疑問が思考を切り替えて本題に移る。そして一呼吸置いた後に加奈の紹介を始めた。

 

「皆さんもうご存知かと思いますが、メルロマルクが昨日勇者召喚を行いました。今回異例ながら一国に4人の勇者が召喚され各国でも頭痛の種となっている事でしょう。しかしメルロマルクがもたらしたのは何も面倒事ばかりではありません」

 

 アンファはそう言うとディスプレイの外、通信宝珠の範囲外にいた加奈を手招きで呼び寄せ他の幹部達に紹介した。

 

「こちらにいるのが今回召喚された4人の勇者と共に召喚された5人目の勇者様である加奈様です。彼女は私達ブルーコスモスの思想に理解を示し、協力する事を約束してくれました。彼女が入れば今まで出来なかった共存への道が示せます」

 

 アンファに紹介された加奈はその場で一礼をすると静かに喋り出した。特に何かを語るつもりでは無かったがディスプレイ映し出された幹部達の顔を見ると自然と口が動き出していた。

 

「私はこの世界に来てから日が浅い、その為この世界の事もアンファから聞いた情報でしか知らない、この目で見た訳でも実際に声を聞いた訳でも無い」

 

『.....』

 

 先程までの賑やかな騒がしさはなく、静かになった部屋で加奈だけが淡々と喋り続ける。ディスプレイの先にいる幹部達は加奈を見極めるかのように聞いている。

 

「しかしそれでも確かに差別をされている人はいるのでしょう。理不尽な暴力に怯え、抗うことの出来ない民もいるのでしょう。ならば平等な世界を望む貴方達の考えを私は理解する事ができます」

 

 そう言う加奈の脳裏に思い浮かぶのは、過去の記憶、戦友たちと共に駆けた戦場の記憶だ。新たな出会いと辛い別れを繰り返した記憶。思う事は色々あれど加奈達が戦った理由は自由と平穏な日々を守る為だった。自国だけでは無く世界中が1つになる為に。その為に戦った。

 

「生まれ育った世界は違えど、自由無く苦しむ者達がいるのなら、私は再び武器を取り戦いましょう....」

 

 かつて戦友たちと駆けた道。あの世界では結局1つになる事なんて出来なかった。しかしこの世界ならば理想に近付けるかもしれない。加奈は一呼吸置いて肩に背負っていた銃を手に取り天に向かって掲げて力強く言い放つ。

 

「──蒼き正常なる世界の為に」

 

 その動作には一切の不自然さも無く、水のように流れる様に自然な動きであり、各動作の節々できっちりと止まる。その動作を全く知らない者でさえも、そうあるべきだと感じさせるほど美しい動作だった。

 

 加奈が行う動作が全て終わるまでその姿を見ていた者は誰も動かず黙って静かに動作が終わるまで見ていた。

 

 まず最初に動いたのは狼の耳をつけた初老の男だった。騎士と言うよりも軍人に近い服装をした男は、ただ一言呟いた。

 

 蒼き正常なる世界の為に...と。

 

 そしてその男が呟いた後に続々と呟きが続く

 

『蒼き正常なる世界の為に』

 

『蒼き正常なる世界の為に』

 

「蒼き正常なる世界の為に」

 

 目を閉じ胸の前で手を握る幹部達、彼らも加奈の全てを認めた訳ではない。しかし、それでも我々を我々たらしめる旗としてこれ程相応しい人物はいないだろう。

 

それを見た加奈は再び一礼をすると映像に映る範囲から出ていく。そして自分が言った言葉に恥ずかしさを覚えながら意識を失ったのだった。



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エピソード4.5

加奈の軍人時代での記録です


「..さ..どの..」

 

 意識がぼんやりとする、声が聞こえる気がするがはっきりとは聞こえない。

 

「...少佐.どの」

 

 だんだんと声が大きくなってきた。それと同時に視界も明るくなってくる。

 

「..少佐殿!!」

 

 肩を揺すられ耳元で叫ぶ大きな声によって覚醒する。

 

「...状況..は..?」

 

「意識が戻られましたか、草薙少佐」

 

 意識を取り戻した加奈の耳元で叫んでいたのは副官である加藤大尉だった。彼の姿は満身創痍いつ動けなくなってもおかしくない程の怪我を負っている。

 

「大尉..すごい怪我では無いか..衛生兵は..何処だ..ゴホッゴホッ..」

 

「何を言っているのですか少佐殿! 貴女の方が重傷ですよ!」

 

 加藤に言われ自分の姿を見た加奈はその姿に驚愕する。欠損する部分は無いがような事は無いが全身血まみれ、傷づいいていない所を見つける方が難しい。こんな出血で死に至らないのも体内にあるナノマシンのおかげかと加奈は苦笑いをする。

 

加藤が呼んだ事ですぐさま衛生兵が駆け寄り両名の処置を開始する。

 

「ゴホッゴホッ..それで大尉、状況は?」

 

「はい。状況は最悪です。撤退する敵を追撃していた我が大隊は後方より飛来した迫撃榴弾によって攻撃を受け被害甚大。榴弾の直撃を受けた我々、大隊本部は壊滅。各中隊も人員の半数が重軽傷を負っています。更に撤退していた敵が反転し進撃して来ている模様です」

 

「くっそ! 確かに最悪だ! それで敵後方の迫撃砲部隊は未だ健在なの!?」

 

 加奈は傷付いた拳で力強く地面を殴る。そうもしなければ正常を保っていられなかったからだ、軍司令部直属で軍の中から優秀な人材を集めた決戦部隊であるピースメーカー隊をこんな所で半壊させてしまった自分自身を責めずにはいられなかった。

 

 しかし、状況は最悪だがまだ策が無い訳では無い。何故なら砲撃さえなければ後退自体は不可能ではないからだ。そしてその指揮をする自信が加奈にはあった。それが出来るからこそ若くして少佐の地位を貰いピースメーカー隊と言う特殊な部隊で指揮を取っているのだ。

 

「...少佐..誠に申し上げにくいのですが...」

 

 報告をしようとする加藤の顔は青白く、加奈から視線を逸らしている。

 

「何? 報告は、はっきりしなさい」

 

 加奈のその言葉に加藤は大きく息を吸うと覚悟を決め、報告をした。

 

「砲撃は敵方からでは無く我が陣営の後方から飛来したものであります!」

 

「はぁ?」

 

 加奈自身でも驚くくらい間抜けな声が出た。それもそうだ、この事態はそれほど驚愕な事実であった。本来、部隊に飛んできてはいけない方向から砲撃が飛んできたのだから。

 

「何処の馬鹿がそんな真似をしたッ!!」

 

 加奈は我が部隊をこんな有様にした愚か者の首を今すぐにでも引きちぎりに行きたい気持ちでいっぱいになる。

 

そしてそんな思いの篭った加奈の怒号を近くで聞いた加藤は勿論のこと、付近で装備を整え集合しつつあった兵士達ですら怒号を聞いて固まった。しかしさすがは長い期間加奈の副官としてやってきた加藤は、すぐさま正気を取り戻し言葉を続ける。

 

「作戦本部からの情報では共和国と連合国が一斉に裏切り連合軍側に着いたそうです。そのせいで戦線は崩壊し我が軍は包囲されつつあるとの事です!」

 

 加藤の報告を受けた加奈は再び拳を震わせた。

 

「...なぜ..何故裏切るのだ..我々は植民地の解放を誓った同志では無かったのか?」

 

 そう呟いた加奈の声は震えていた。そして衛生兵の治療が終わったばかりで、本来ならば動かすべきではない体に鞭を打って、無理やり立ち上がる。

 

「...大尉、私の機体は動くか?」

 

「砲撃により多少の損傷はありますが動きます」

 

そう言って加藤は加奈の機体がある方を指し示す。

 

「そうか、ならば出るぞ! 出撃だ!」

 

 機体を視認した加奈はそう言い無理やり歩きだそうとするが大怪我の為バランスを崩してしまう。バランスを崩した加奈の肩をすかさず加藤が支える。

 

「しかし無茶です! 航空優勢は未だ我が軍にありますがそれが覆るのも時間の問題! 更に敵の数は我々の3倍はいます! この状況でどうするおつもりですか!?」

 

 加奈は加藤の目を真っ直ぐと見るとこの場にいる全員に向けて言い放った。

 

「それがどうした?」

 

「ど、どうした..です..か?」

 

 あまりにも力強く強い意志の宿る瞳に見つめられた加藤はそのあまりの迫力に尻込みをする。

 

「あぁ、そうだ。それがどうした? 我々はピースメーカー隊だこれくらいの危機を乗り越えなくてどうする?」

 

「しかし、どうするおつもりですか?」

 

加藤の疑問はもっともであった、いくらピースメーカー隊が優れていようとこの数の敵に包囲されたらひとたまりもない。

 

「追撃に向かってきている連合軍主力の中央を強行突破する。その後急速反転した後連合軍主力を局地的に包囲して各個撃破する」

 

「奴らだって疲弊している。それにさっき裏切ったばかりの人間と密な連携は取れないだろうし、しかも連合軍は戦力が増えた事で油断している。我々が攻勢に出るとは考えてもいないはずだ」

 

 加藤に支えられながら自分の機体。3m程ある真っ黒なパワードスーツにたどり着いた加奈は機体の損傷を見て異常がない事を確認した後に命令を下す。

 

「各隊に伝達、これより我がピースメーカー隊は敵主力を壊滅させる。敵中央を突破した後に急速反転、混乱している敵主力を局所で包囲し各個撃破する。私以外は必ずスリーマンセルで動けよ! 各人エースとしての意地を見せろ!」

 

『第一中隊了解! 務めを果たします』

 

『第二中隊も同じく了解、勝ちましょう大隊長』

 

『第三中隊了解、被害が1番少ない我々が殿を務めます』

 

「大隊本部も了解です。最後までお供しますよ少佐殿」

 

 周りを見ると既にパワードスーツに身を包んだ隊員達が用意を完了させていた。

 

「悪いな私の我儘に付き合わせてしまって」

 

「今に始まった事ではありませんので、それに我々が打って出なければ我が軍主力は全滅してしまいます」

 

「ああ、だから行かなければ。通信兵! 各部隊に伝達しろ。これよりピースメーカー隊が道を開く死にたく無い部隊は我に続け、と」

 

「了解です」

 

 加奈の命令を聞いた通信兵が全部隊に通信を流す。

 

『これよりピースメーカー隊が道を開く死にたくない部隊は我に続け。繰り返す我に続け』

 

「さて、では行こう。皆、死ぬなよ」

 

 その言葉と共に再び加奈の意識が途絶える。

 

 後にアリシアの奇跡と呼ばれたこの戦いは、戦争終結に向けてのターニングポイントともなりアリシア勝利に大きく貢献した。



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エピソード5

 加奈が目を覚ますとそこは先程までいた部屋とは違っていた。壁には装飾品が掛けられていて、手入れも行き届いている。

 

「...懐かしい夢を見たわね」

 

 加奈は深く目を閉じて感傷に浸りながら夢の内容を鮮明に思い出す。最近では夢すらも見ないようになって来ていたが。久しぶりに見たのは大事な仲間との記憶。

 

 思えばあの戦いが地獄への旅路、その第1歩だったのだろうか? 結局の所、死にものぐるいで戦い続けた私達が最後に得たのは、一時的な平和とナノマシンに侵されもはや人とは呼べなくなってしまったこの体だけだった。

 

「おはようございます、やっとお目覚めですか」

 

 声がした方向を向けばアンファが椅子に座って書き物をしている。加奈は起き上がろうと体に力を入れたが上手く体が動かず思うように立ち上がれない。

 

「っ!..」

 

 無理矢理にでも動こうと加奈は身体に力を込めるが、身体は全く言うことを聞かず、生まれたての小鹿のように何度も倒れ込んでしまう。何度も試したが結局上手くいかず、しまいには起き上がる事を諦め、ふかふかのベットに身体を預けた。

 

 ここまで体が動かないのは久しぶりだ、と人間味のある体に感動したが、同時に体の機能が制限されているようにも感じる。しかしそれ以上に久しぶりのふかふかベットを堪能する事に決めたのだった。

 

 堪能し始めてから5分程で意識を覚醒させる想像以上にふかふかで体が沈みそうになるベットではいつも使っている硬すぎるベットと違いすぎて逆に落ち着かない。

 

「アンファ、体が動かないのだけども助けてくれないかしら?」

 

 しまいにはアンファへと助けを求める加奈、

 

「無理をなさらない方がいいですよ、貴女はまる1週間も寝続けていたのですから」

 

 それを見たアンファは楽しそうに微笑むと椅子から立ち上がるり、加奈の寝ているベットに寄り添った。そして加奈の体を優しく支えると、ゆっくりベットから起こした。

 

「...はぁ..こんなに体が弱いとは思わなかった」

 

 例えどんな怪我をしていても2日で戦場に戻り戦線を支え続けた丈夫な体に絶対的な自信を持っていた加奈は悲しそうな顔をしてため息をつく。

 

 そんな加奈を見てアンファはフフと上品に笑うとこう続けた。

 

「仕方のない事ですよ、加奈様。本来召喚されるだけでも莫大な量の体力を消耗し、多大な疲労が蓄積するのです。更に貴女様は勇者召喚に巻き込まれたであろうイレギュラー、通常よりも大きな負荷がかかっていてもおかしくありません」

 

 更に言えばその状態でメルロマルクから逃げ出し、アンファとの戦闘も行ったのだ。身体の限界を超えてもおかしくは無い。

 

「逆にこれほど早い目覚めをしただけでも素晴らしいと思います。流石は勇者様ですね」

 

 そこまで言ったアンファは次の言葉を言おうとして踏みとどまった。アンファが加奈に伝えようとした情報は加奈の体に関する情報で加奈は知らない情報だった。

 

 ブルーコスモスのメンバーは加奈が寝ているに回復薬の類いを使い目覚めを促そうとしたのだが、どんな薬を使おうとも加奈には一切薬が効か無かった。更に回復魔法も使用したが、一切の効果は無く、効果があれば3日で起きるはずが1週間まで延びてしまっていた。

 

 更に確証を得る為、寝ている加奈の皮膚を浅く切り裂き、その部位に回復薬や回復魔法を使う実験を行ったが結果は変わらず、唯一自然治癒だけが加奈の傷を癒したのだった。

 

「...」

 

「どうしたのアンファ?」

 

「い、いえなんでもありません」

 

 悩んだ挙句アンファは言うのを止めた。それは、一時的なだけであって確実な情報では無く、無駄に加奈の選択肢を狭める事になると判断したからだった。

 

「そう? じゃあ悪いんだけど私は途中から話を聞いてなかったからどうなったか教えてくれないかしら?」

 

「ええ..そうですね。この1週間で変化があった事も教えしておきましょう」

 

 まずアンファが話し始めたのは幹部との話し合いで決まった事項だった。

 

 加奈はブルーコスモスへ歓迎はされたが、加奈がブルーコスモスを信用出来ていないのと同じく、いくら幹部であるアンファの紹介だとしても組織として加奈を完全に信用する事は出来ない。

 

 その為暫定的な処置として枠が空いていたアンファの副官として組織に貢献して貰い、その功績をもって加奈が信用するに値すると判断出来れば、加奈を旗として蒼き正常なる世界を創る為に活動を開始すると決定した。

 

「なるほど、信用を得たいなら功績を残せと言うことね、それで私はどうしたらいいのかしら?」

 

(私が信用していないように組織も私を吟味しているところか)

 

 アンファの事があった為意外とチョロい組織なのでは? と考えていた加奈だったが警戒しながら付き合っていくべき組織だと認識を改める。

 

「そうですね。加奈様にはまず勇者としての務めを果たして頂きましょう」

 

「務め?」

 

「この世界に来た時に説明を受けたように、勇者は波と言う厄災を止めるために召喚されます。そこで活躍をすれば勇者として認められ評価されるでしょう。あと、その為に龍刻の砂時計に触れる必要があるので後で一緒に登録に参りましょう」

 

 砂時計は第7支部で保管されていて、波時期を知らせる以外にレベル上限を迎えた者をクラスアップする事も出来るそうだ。

 

「取り敢えずは波に備えなければね」

 

 加奈にとって波と言うのがどれほどのものか皆目検討もつかないもしからしたらあの戦場よりきついものかもしれないのだ。その為彼女は数値上の強さであるレベルアップをしておきたかったのだ。

 

「ああ、そういえばその件で1つお話が」

 

「何かしら?」

 

「はい、波の際にパーティメンバーを組んでいれば現場に仲間を連れて行けるのです。我々からも人員を出せますが仲間の要望などはありますか? 。因みに6名以上でパーティを組んだ場合1人1人に入る経験値が下がります」

 

 ふむ、と加奈は深く考え込む。波というものを経験したことが無い以上あまり複数で行ってもかえって犠牲者を増やすだけだ。ならば少人数で腕の経つものがいた方がありがたい。

 

「性格云々は気にしないからとにかく腕の経つ者が欲しいわ」

 

「分かりました。至急手配しておきますね」

 

 そう言うとアンファはすぐさま一筆書きあげると、部屋の外で待機していた男に紙を渡す。そして男は紙を受け取ると静かに部屋から出ていった。

 

「ありがとう。そう言えば他の勇者達はどうなったの?」

 

 今後、戦場に出るのなら勇者達と会う事もあるだろう。が、しかし初手で最悪な印象を与えてしまった加奈は正直、他の勇者達と出会いたく無かった。それに、あんな行いをした為、勇者達この一週間でどう動いたかの動向が少し気になったのだ。

 

「えーっと、槍、弓、剣の勇者達は互いに仲間を作り、無事旅へと出ていかれました」

 

「なるほどね、城に篭ったりはしなかったんだ」

 

 戦場で身を削り人の死に慣れた私と違い他の勇者は一般人だったはずそんな彼らに人の死を見せてしまった事を加奈は後悔していたが、気にする事はないようだ。

 

「それで、盾の勇者は?」

 

「盾の勇者は...マルティ王女に嵌められ、強姦罪の冤罪で城を追い出されました」

 

「...その話詳しく教えてちょうだい」

 

 加奈は興味津々にアンファに言い寄る。言い寄られたアンファは知りうる情報を加奈へと伝えた。

 

 メルロマルクに残った諜報員の情報によると盾の勇者は第1王女であるマルティに嵌められた挙句、装備を剥ぎ取られ国中でさらし者にされていた。

 

 状況が状況だった為、盾の勇者を信じるものは1人も居らず他の勇者達も盾の勇者を責め立てたようだ。

 

 会ってから盾の勇者とあまり会話の無かった加奈だが、温厚そうだった彼が裏切りで心を病んでしまっていないか少し心配になってしまっていた。

 

「彼が少し心配ね」

 

「ならば見に行きますか?」

 

「はい?」

 

「いえ、私もそろそろ戻らねば怪しまれますし、メルロマルクに戻ってしまえば諜報員としての仕事で加奈様の補佐が出来なくなります。なので代わりに直属の部下を加奈様の補佐につけようと思っていたのですが、メルロマルクで街の様子を見ながら現地で合流なんてどうでしょう?」

 

 加奈のこれからを近くで見守りたかったアンファ、だが影の1人としてそれなりの地位と信頼を得てしまっているアンファはメルロマルクを離れることが出来ない。

 

 その為、非常に悔しかったが、部下であるメアリーに後を任せる事にした。メアリーは優秀な諜報員であり並の兵士以上には戦える。

 

「いいわね、結局メルロマルクに居られる時間は無かったし、この世界での人々も見て見たいしね」

 

「そうと決まれば早速龍谷の砂時計に行きましょうか」

 

 こうしてアンファに手を引かれた加奈は龍谷の砂時計に向かうのだった。

 

 

 ──────

 

 

「ここがメルロマルクね」

 

 アンファと共に馬車でメルロマルクに降り立った加奈はメルロマルクの街並みを見渡す。石造りの建造物が目立つ中世ヨーロッパの街並み。

 

「いい街ね、活気があって人が生きている」

 

 ブルーコスモスの拠点でも人々の生活を見れたが、あれは街と言うよりは拠点という感じだった。みなで協力して生きている感じは素晴らしかったが、やはり喧騒溢れる街並みも素晴らしい。

 

「国王がマシならもっと素晴らしいんですけどね」

 

「いいの? あなたがそんなことを言って」

 

 心底うんざりそうな顔をして言い放つアンファを加奈は心配そうに見つめる。

 

「誰も聞いてないですよ」

 

「そう、ならいいけど」

 

 馬車から降りて少し歩いた路地では亜人の奴隷が使役されていた。まだ幼い子供も多くいたが、皆、布切れ1枚しか着ておらず、身体中擦り切れてボロボロになっている。

 

「さっさと動け!! このノロマ!!」

 

「....ごめんなさい..ごめんなさい..」

 

 加奈の見ている視線の先では幼い亜人が身なりのいい小太りの男に鞭を振るわれていた。

 

「前言撤回、そう言えば奴隷が許容されているんだったわね」

 

 鞭を振るわれる度に傷つく亜人の少年を見て加奈は怒りで拳を震わせた。

 

「加奈様、今は抑えて下さい。ここではあれが正常です」

 

 今にも亜人の少年の方に向かって走り出しそうな加奈をアンファは必死に押さえた。

 

「分かっている!!」

 

 加奈は煮えくり返っている腹をどうにか抑えて言葉を返した。握りしめた拳には血が滲んでいたが、加奈は気にせず更に力を込めた。

 

「最悪よ、こんな光景を見ないように戦い続けたというのに! 異界の地で再びこの光景を見ることになるなんて..」

 

「加奈様が力を付け皆に認められるようになればこの光景も無くなります...いえ、無くして見せます!」

 

 加奈がアンファを見ると彼女も悔しそうに歯を食いしばっていた。

 

「分かったわ、いずれこの光景も無くしましょう」

 

 加奈は固く心に誓いその場を後にした。何も出来ない自分の無力差を噛み締めながら。

 

「それではここでお別れですね加奈様。このお店で待っていれば仲間に会えるはずです」

 

「ありがとうアンファ。早く行きなさいあまり私といると怪しまれるわよ」

 

「えぇ、それでは名残惜しいですが、また逢う日まで」

 

 アンファと別れた加奈は1人寂しくアンファに紹介された店で食事をとっていた。

 

「美味しい、味がする料理はやはり素晴らしいわね」

 

こちらに来る前はナノマシンの注入しすぎで味覚が鈍くなっていた為、料理の味もろくに分からなくなっていた加奈だが、こちらに来てからは料理を味わうことが出来ている。

 

「...また来たのかよ」

 

「...汚らしい」

 

「...亜人もか」

 

 しかし亜人を連れた男が来店すると落ち着いていた店の雰囲気がガラッと変わり、急に険悪な雰囲気が漂い始めた。せっかく先程の気持ちに整理がついて良い気分で食事をしていた加奈だが、店内の変化に気分を悪くしていた。

 

(クソッ、ナノマシンの制御が薄くなっているせいかこの世界に来てから感情の制御が上手く出来ない)

 

「あれは..」

 

「盾の勇者ですよ加奈様」

 

 感情を紛らわせる為に吐いた独り言に返事が返ってくる。慌てて視線を向けると誰も居なかった向かいの席には黒髪の女性が座っていた。

 

「....貴女がアンファの部下かしら?」

 

油断していたとはいえ、気付かれることも無く近付く技術から彼女が待ち人だと当たりをつけた加奈はなんのひねりもなく質問した。

 

「はい、メアリーと申します。貴女様の事は長より聞き及んでいます。私の事は手足のようにお使い下さい」

 

 メアリーと名乗った女性は後ろで束ねた黒髪と三白眼特徴の美しい女性だった。金髪でおっとりとした顔立ちだった、実際おっとりとしていたアンファとは違い、メアリーはクールな顔付きで知的な雰囲気を出していた。そしてチラリとめくられた腕の裾から見える青い花の刺青がブルーコスモス一員である事を語っていた。

 

「それにしても各地における龍谷の砂時計へのご登録おめでとうございます。これで貴女様は四聖勇者と同じと証明されましたね」

 

ここに来る前アンファと共にブルーコスモスの拠点を飛び回り各地にある砂時計に登録を済ませてきた。かなりハードなスケジュールだったがこのメルロマルクにある砂時計に登録すれば準備は整う。

 

「それはどういう事?」

 

「聞いてないのですか? 龍谷の砂時計への登録は四聖勇者でしかできないのです。それが出来た貴女様は四聖勇者と同列に語ることができます」

 

「おやぁ、盾の勇者が何故こんな所にいるんだぁ!?」

 

 加奈が話を続けようとした時、店の扉から怒号が飛ぶ。見れば立派な鎧を着た男達が騒いでいた。

 

「俺がここにいちゃ悪いのか?」

 

「あぁ、犯罪者がいていい場所ではない」

 

「チッ、行くぞラフタリア」

 

 鎧を着た男たちに言われ店から出ていこうとする盾の勇者とその連れの女の子。

 

「下らない」

 

「駄目ですよ加奈様、ここで目立ってはいけません」

 

盾の勇者を庇おうと加奈は席を立とうとしたがメアリーに腕を捕まれ席に引き戻される。

 

「貴女様もメルロマルクを逃げ出しているんです。ここで目立ってしまっては今後、不利な状態になるでしょう」

 

奴隷騒動に続いて差別まで見てしまった加奈は既に我慢の限界。今すぐにでも騎士達を蹴散らしに行きたかった。

 

「....いいえ、我慢の限界よ」

 

 加奈はメアリーの腕を振り切り盾の勇者と鎧を着た男達との間に入ろうと飛び出す。

 

「この国の騎士様は随分と礼儀がなってないんだなぁ」

 

加奈が盾の勇者の元に到着する前に声を荒らげる男がいた。声を荒らげた男は騎士達の後に入ってい来た集団の先頭に立つ30歳くらいの男だった。

 

「ルドルフ、やめてください此処で目立っては.」

 

「ヘンシルさん、此処は言うべきでしょう。波から人々を守る勇者相手にこの仕打ち常識的ではありません」

 

「フローレンスの言う通りだ、いくら騎士だろうが許されることではない」

 

「シムナさんまで....」

 

扉の前で騎士達に絡んでいるのは3人の男性と1人の女性だ。パッと見た立ち姿だけでも、4人が相当の実力者だと言うことが分かる。

 

「な、なんだ貴様らは!?」

 

「なんだっていい、取り敢えず表に出な、お前らは気に食わん」

 

 ルドルフと呼ばれた男が騎士達を店の表へと連れ出す。

 

「はぁ...全くあの人達は..」

 

 近くまで来ていたメアリーは4人の姿を見見て溜息をついて顔を伏せる。

 

「知り合い?」

 

「いえ..その.」

 

「まあ、いいわ取り敢えず見に行きましょう。騎士に喧嘩を売るあの人達が気になるわ」

 

 そういうと加奈は1人、店の外へと出ていった。

 

「よくも我々に舐めた口を聞いてくれたな。総員抜剣」

 

 総勢5名の騎士が同時に剣を抜いた。5人の騎士は4人を取り囲むように構えた。

 

「それで、誰が行くんですか?」

 

「いや、私が行こう最初に挑発したのは私だからな」

 

ヘンシルが問いかけるとルドルフが名乗りをあげる。彼は荷物をヘンシルに預け騎士の方へと歩き出す。

 

「この人数に1人で立ち向かうのかぁ? 随分と舐められたものだ」

 

 騎士の1人が挑発するが、ルドルフは1歩前に出ると首や腕を鳴らして挑発し返す。

 

「フン、強がるのも今のうちだぞ!」

 

「いいからかかってこい、来ないならこちらから行くぞ」

 

 ルドルフの言葉を聞いた騎士たちは一斉に攻撃を開始した。一斉に向かって来た剣が振り下ろしきる前にルドルフは剣の間合いの内側に入り、騎士の1人に密着した。

 

「なッ!?」

 

 そして、そのまま剣を振り下ろした腕を取り、腕の勢いを利用して引くようにして騎士を投げる。投げられた騎士は武器をその場に置き去りにして空高く飛んだ。

 

 ルドルフは剣が戻る前に流れるように2人目の騎士に接近すると、軸足を刈り地面へ倒す。そして倒れた騎士の剣を持った方の腕を思い切り踏みつける。ボキッと言う鈍い音が響き、騎士の1人は呻き声をあげながら腕を押さえて転がり回った。

 

「案外不甲斐ないな、この国の兵士も」

 

 瞬く間に2名を戦闘不能にしたルドルフはそう言うと2人の剣を拾い二刀流の独特の構えをとった。

 

「クソがァァァ!!」

 

叫びながら向かって来くる3人目の騎士。勢いよく振りかぶった剣はルドルフの左手で払われ、がら空きになった胴体にルドルフが構えていた右手の剣が振るわれる。攻撃を食らった騎士は1mほど飛んだのに腹を押さえてその場に突っ伏した。

 

 4人目の騎士はルドルフに切りかかろうとするが、ルドルフの投げた剣に驚き、咄嗟に剣を弾く。剣の対処で意識を取られた一瞬を狙ってルドルフは一瞬で騎士に肉薄すると、剣の柄頭で腹を叩き相手を気絶させる。

 

「残るは1人か、以外と楽しめないものだ」

 

「ナメるなァァァ」

 

 叫びながら上段から振り下ろされる剣をルドルフはものともせず、剣を斜めに傾け攻撃をいなし、上段から騎士肩に向けて振りかぶる。

 

ルドルフの攻撃に耐えられなかった最後の一人も倒れ、立っているのはルドルフだけになってしまった。

 

「他愛も無い。これでは波が来ても負けてしまうぞ」

 

 倒れている兵士達にルドルフは吐き捨てるように言い放つ。そして持っていた剣を放り投げると盾の勇者に向き合った。

 

「その...ありがとうな」

 

「いいえ、これから波に向かう勇者様を思えばこれしきのこと....おっと、すいません私達も人を待たせておりますので」

 

 そう言うとルドルフは店内へと入って行く。それに続くようにして3人も店内へと入っていた。

 

「随分と面白いものが見れたわね、それじゃあ私達も戻りましょう。彼らの待たせ人は誰なのか気になるけど私達も話の途中だった訳だし」

 

「はぁ...初日からこんな感じかぁ、先が思いやられるなぁ..」

 

 悲しそうにボヤきながら加奈の後に続いてメアリーも店内へと戻っていく。メアリーの足取りは重く戻った後に訪れるであろう面倒に頭を抱えた。

 

「ナオフミ様彼らは一体..」

 

「さあな、ただ彼等ような仲間がいれば俺も..いや..」

 

そうボヤきながら盾の勇者尚文は唯一の仲間であるラフタリアを見る。

 

「ナオフミ様?」

 

 ラフタリアの声を聞き数秒考え事をした尚文だったが、すぐにフッと笑い飛ばして歩き始める。

 

「行くぞラフタリア」

 

「は、はい」

 

 こうして盾の勇者と銃の勇者の再開は激しく、しかし何事もなくすれ違うように終了した。尚文の様子を最後まで見た加奈は優しく微笑み安心した表情で席へと戻り、加奈に出会ったことすら気付かなかった尚文は先程まで無かった希望を胸に宿しながら店を後にしたのだった。



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エピソード6

「なるほどね、貴方のため息の理由が分かった気がするわ」

 

「....すいませんこういう人達なのです」

 

 加奈が席に戻ると先程の4人は加奈達の座っていた席に座って机に運ばれてきていた料理を片っ端から食べていた。

 

「すまない、ここまで休息なしで来たから皆、腹が減っているのだ許してくれ」

 

「はぁ.....取り敢えず席を移動しましょう、ここでは私と加奈様が座れません」

 

 メアリーが店員に掛け合い、

 大きめのテーブル席へと案内をして貰う。席に着いた4人は座った途端に、一緒に運んできた料理を食べ始めた。

 

 次々と絶え間なく運ばれてくる料理。それを喋ることなくただ黙々と食べ続ける4人を見た加奈とメアリーは自己紹介を求めることを諦め彼らと同じく食事を堪能したのだった。

 

「それで、何故、貴方達がここにいるんですか?」

 

 食事を終え、ゆっくりお茶をしている4人にメアリーが質問をした。元々、彼等とはメルロマルクを出た後、ブルーコスモスの拠点で落ち合う予定だった。

 

「何故って、次の波がこの国で起きるからだ。私達のリーダーに会う次いでに、メルロマルクの下見を行いにきたのだ。誰もこの国には来たことが無かったからな」

 

 お腹いっぱいご飯を食べたルドルフは満足そうな顔をしながらメアリーの質問に答える。

 

「なるほどね、と言うことは貴方たちがブルーコスモスから派遣された戦士ね」

 

「いかにも、我々はヘルヴォル。ブルーコスモス所属の対災害用部隊だ。よろしく頼む」

 

「ああ、こちらこそ」

 

 ルドルフから差し出された手を握り返しながら加奈はルドルフの体をよく観察した。短く切り揃えられた金髪に引き締まった肉体、傷だらけの皮膚。差し出された手も硬く皮が厚くなっている。かつての仲間達の様によく鍛えられた兵士の肉体だ。

 

「自己紹介がまだだったな、私はハンス・ルドルフ。ヘルヴォルの隊長兼、フォーブレイの特務隊隊長で空挺魔導師をしている」

 

「そして僕がルドルフのバディを努めますエルヴィン・ヘンシルです。同じく空挺魔導師です」

 

 ヘンシルと名乗った男はルドルフと同じく短く切り揃えられた金髪をした優男だった。しかし引き締まった肉体と立ち振る舞いはれっきとした兵士のものだ。

 

 空挺魔導師とは最近フォーブレイの軍部で秘密裏に新設された兵科でどうやらブルーコスモスが関わっているらしい。空を縦横無尽に動き一方的な攻撃を加える魔導師をコンセントに設計されていて、飛行や攻撃の殆どを魔道具に頼っている。

 

 強力な兵科ではあるが、飛行するだけでも尋常ではないほど魔力を使い、攻撃までこなせるには莫大な魔力が必要になる。更に制御するのも非常に難しく、上手に動けなければ宙に浮くただの的でしかない。実際戦闘が可能なのはルドルフとヘンシルしかしない。

 

「次は私ですね、私はフローレンス・ナイゲル、フローレンスとお呼びください。職業は医者です」

 

「医者? 治癒師では無く?」

 

 アンファはこの世界には医者がいないと言っていた。なんでも魔法が発達しているこの世界では治癒師が医者にとって変わっているそうだ。

 

「はい、治療魔法以外にも医学を修めていますので医者で間違いありません」

 

 フローレンスは琥珀色の瞳で加奈を真っ直ぐと見る。その力強く透き通った瞳を見た加奈は少し気圧されながら彼女を観察した。

 

 琥珀色の瞳に淡い色をした長い赤髪、医者と言ってはいるが、纏っている服はルドルフ達と同じく軍服だ。体付きは女性らしい華奢な体をしているが、重心の置き方と足運びから戦闘訓練を積んだ者だと理解出来る。

 

 フローレンスもルドルフ達と同じくフォーブレイの特務隊に衛生兵して所属している。更に転生者や転移者によって葬りされてしまった医学を修めている。

 

 医学の知識自体は大昔の転生者が残したもので、決して途絶えさせてはならない知識として一族に代々伝えられているものらしい。

 

 その為、平和な世界を目指し文化や文明を保護しているブルーコスモスとも深い関わりを持っている。

 

「最後は私だな、私はシモ・ハユハ、シムナと呼んでくれ。所属はルドルフ達と同じく特務隊で狙撃手をしている。よろしく頼む」

 

 自己紹介をしたシムナはルドルフ達よりも2回りほど小柄で、丈に合わない長銃身の銃を抱えているのが印象的な男性だった。帽子を被っている為よく見えないが灰色の髪を持ち、青い瞳をしている。

 

 全員の自己紹介を聞きまず加奈が思った事は...

 

「私のよりもいい銃を持ってる...」

 

 そうシムナが持っている銃だ。シムナが持つ銃はボルトアクション方式のライフルで、加奈が持っている銃よりも2、3世代先の銃だ。

 

 加奈が銃をジーっと見ているとシムナは銃を肩から下ろして銃を差し出してきた。

 

「勇者にはウェポンコピーという能力があると聞きます。この武器もコピーして見たらどうでしょう?」

 

 ウェポンコピー、加奈は初めて聞く単語だったがどうやら同じ種類の武器をコピー出来るという勇者の能力だそうだ。知識として情報を認識すれば使う事が出来るらしい。

 

 正直フリントロックの銃では再装填までに時間がかかりすぎて戦いにならない。ほぼ一撃で敵を倒せるのはいいが、正直な話銃剣で刺突した方が戦果を出せる。

 

 しかしこの武器を手に入れれば話は変わる。使い慣れないフリントロック銃ではなく、使い慣れたボルトアクション式の銃だ射程も連射力も比べるまでも無いほど差がある。

 

「それでは遠慮なく」

 

 加奈はシムナから受け取った銃を己の銃に当てる。話ではこれで武器が追加されるらしいのだが。

 

「.....あれ?」

 

 いくら待っても武器は追加されなかった。何度試してもステータスを確認しても加奈のステータス欄に武器が追加されることはない。

 

 意気揚々とシムナの武器を自分の武器に当てていた加奈だったが、時間が経つと共に行動の無駄を悟り徐々にテンションを落としていった。今では完全に意気消沈して机に突っ伏している。

 

「正規の勇者達とは違うイレギュラーなのです、多少システムも違うのでは?」

 

「そうね、まあ早々にパワーアップは出来ないわよね」

 

 メアリーの言葉を聞き思考を切り替えた加奈は前向きに考える事にした。可能性はゼロでは無い他の勇者達に会えばなにか変わる可能性もあるのだから。

 

「さて、ではこの後どうするかね?」

 

「先ず優先すべきなのは、龍刻の砂時計への登録ですね。この国では行っていませんし」

 

 加奈はアンファと世界中を飛び回りブルーコスモスが関係している各地の砂時計に登録を終わらせたが、ここメルロマルクにある砂時計への登録は済んでいなかった。

 

「この国は確か三勇教会が龍刻の砂時計を握ってるんだったな」

 

「それは、厄介ですね。我々とは相容れないあの教会では人員の確保も難しいでしょう」

 

 そう話すシムナとフローレンスは嫌そうに顔を顰めた。

 

 この国で龍刻の砂時計を管理しているのは人間至上主義の集団である三勇教。その為全種族の平等を目標に掲げているブルーコスモスとは相性が悪い。

 

 それに加え3勇教の教皇が大きな力を持っている為、人員を送り込んでも直ぐに使えるようにならない。

 

「教会の内部ですと動かせる人員は0。外部でしたら即座に5人、1晩あれば20人まで集められます」

 

 最低限の人数でも、集めた5人とここにいる6人を合わせれば11人となる。決して多い数では無いが、国を落とすわけでも無ければ大抵の事はできてしまう人数だ。むしろひっそりと動くのならば多すぎるくらいである。

 

「まあ妥当な数だな...よし、それでは今夜、教会を急襲する。目的は加奈を砂時計に触れさせることだ。指示は追って伝える。それでいいですかな? 加奈殿」

 

「ええ、構いません。必要な事であるならばやりましょう」

 

 すっかり蚊帳の外だった加奈だが、ルドルフからの声掛けには即座に反応し即答した。それを見たルドルフは満足そうに頷いた後に席を立った。

 

「それでは一先ず解散にしよう」

 

 そう言いながらルドルフは席を立つと悠々と店から出ていった。ルドルフの後を続くようにヘルヴォルの面々は各々、席から立って店を後にする。

 

 そうなると店に残されたのは加奈とメアリーの2人だけ。会計をしている様子も無かったのでここは2人のどちらかが支払う事となる。

 

「...すいません..お会計なんですけども...」

 

 気を利かせた店員が伝票を持ってくるがそこに書かれていた数字を見て2人ともド肝を抜かれた。

 

「....なにこれ?」

 

 伝票に書かれていた金額は金貨10枚。これだけでそこそこいい装備が買える額だ、貴族御用達の高級料理店ならまだしも城下町の飲食店で見る額では無い。

 

「迷惑料でも含んでいるのか? それとも私達に対する挑戦?」

 

 アンファにこの世界での金銭基準を教えられている加奈は馬鹿げた値段を見てぼったくられているのだと感じ、強気に値段を確認した。

 

「えぇッと...いえ、そうではなくてですね....あの..単純に注文数に応じた値段となっています...ハイ」

 

 そう言いながら店長が指した方向を見ると4つのテーブルいっぱいに積み上げられた空の皿がその圧倒的な存在感を主張していた。

 

 いつの間にあんな量を食べたのだろうか、等と積み上げられたタワーのような皿を見た加奈は半ば放心状態になりながらも、先程の非礼を謝罪をした後に金貨10枚を支払って店を出る。

 

 加奈達が店を出るとヘルヴォルの面々は誰もいなかった。今から追った所で誰1人にも会えず無駄な時間を過ごす事になるだろう。

 

「私達も宿に入りましょう加奈様。ルドルフの事ですので明朝には行動を開始すると思います」

 

「はぁ、性格は問わないと言ったけど....まさか...はぁ...」

 

 加奈は言葉を最後まで言うことなくため息をついた。あちらの世界に居た部下達も酷かったがここまででは無かった。あいつらはまだまともだったんだなぁとしみじみ思いながら、加奈はメアリーと共に宿へと向かった。



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