新勇者バーバラの冒険 未熟時代の外伝置き場 (ランスロス・マッキ)
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外伝
阿鼻叫喚のサンライズ号


 全ての外伝はバーバラとはほとんど関係がありません。時系列的にはこの遥か先にバーバラの物語もあるというぐらいで、筆者が思いついたまま書きたいだけの話たちです。読み飛ばしても本編に問題はありません。

※このエピソードは食事前後での閲覧をお勧めしません。


 魔人討伐隊は人類の精鋭戦力を結集し、海路から奇襲して魔人ケイブリスを討伐するという航海に出た。人類の希望を載せた船、サンセット号とサンライズ号は満ち潮5日目に出立した。

 しかしその航海は最初の一日で壊滅の危機が訪れた。絶望的な敵が現れたからだ。

 知ると知らないとでは天国と地獄の世界――――船酔いだ。

 

「う、おえぇぇぇぇ……っ」

 

 魔人討伐隊隊長、世界総統のランスですらこの強敵には敵わない。のたうち回り、本日二度目の嘔吐をして苦しんでいる。

 

「アカンなぁ……これじゃ戦えそうにないわ……」

「いたいのいたいのとんでけー!どうですか、楽になりましたか?」

「……全く駄目だ。かけ続けろぉ……」

 

 シィルが懸命にヒーリングをかけたり、状態回復をかけているが意味はない。一度こうなったら簡単に抜けられない。船酔いとはそういうものだ。

 

「お、おのれ……どうしてこんなことに……」

 

 最初の不幸は、出立前にヘルマンパンが半分ほどしか入手できない事だった。ヘルマン国民以外からは石か岩かとボロクソに言われるものだが、こと保存食となると話が変わってくる。賞味期限、2年。2年間変わらずに食べられる……いや、噛み砕くパン。それがヘルマンパンだ。

 今回の魔人討伐隊の遠征でも、作戦行動をする際の非常食として常用するつもりだった。しかし半分は届かずに普通のパンで済ませる必要ができた。普通のパンならば、防腐の魔法、調達の為の手間などが余計にかかる。

 限られた時間の中で、他にしわ寄せが行き、酔い止めの薬の絶対的な量の不足が起きた。

 

 そうして、飲まない人間が出る必要が生まれてしまった。この世界の酔い止めの薬は、酔いという状態異常になるか、ならないかというようなものだ。一日三食の前に飲めば、船酔いにはほぼならない。

 魔人討伐隊の精鋭なら、酔ってもいずれ慣れるだろう。飲まない人間も数日で立ち直るだろうと、そこまで懸念はされてなかった。

 

 

 昼食前のことだ。サンライズ号で、配分の問題になった時にリーザス女王リアは宣言した。こういう時こそ指導者は率先して飲まないものだと。苦しい状況こそ、自分から身を切るのが王であると。

 コパンドン等取り合わない者も多かった。だが、ゼスの新王マジックは乗った。ヘルマン大統領シーラも素直に感動して従った。その結果が――――

 

「ほらほらデコちゃん。皆を引っ張っていく王になったんでしょ? ここで気張らないでどうするの。頑張りなさい♪」

「だ、大丈夫ですか? マジック様」

「こんなところで……負ける、もんかっ! う、う、う、うううう……」

 

 この惨状だ。マジックだけが苦しみ、臣民に情けない姿を晒している。

 

(考えておくべきだった……あの性悪女王が素直に本当の事を言うわけないって……!)

「あんた……飲んだでしょ?」

「ちゃんと水分補給はしてるわよ? ねぇマリス」

「はい。滞りなく」

 

 食事をする前に、リアはマリスが用意した水を飲んでいた。その中に薬を溶かして入れていたのだろう。それが明らかになったとしても、従者が責めを被り、リアにダメージは行かない。

 

「こういうズルをするなんて、信じら……うぷぅっ!」

 

 遂に耐えきれず、マジックは船頭へと駆け出した。

 

(はー、デコちゃんほんと可愛い♪)

「それはそれとして……ヘルマン人って人間じゃないわね。お化けよ」

「どういう意味でしょうか?」

 

 シーラは酔い止めを飲んでいない素の状態だ。荒れた全速力の航海にも関わらず、全く船酔いの気配がない。体幹が鍛えられていて、バランスが取れている。全く堪えていない。徹夜続きの執務室より、よっぽど楽だと感じているフシがある。

 

「こっちはつまんないって言ってるのー!」

「ええっ……す、すいません」

 

 この分だと、弱っている姿は見られそうにない。諦めたリアは踵を返して愛する人の下へ向かった。

 

「ダ―リーーーン! 大丈夫? 私が介抱してあげるね。あの奴隷じゃ駄目みたいだし、いい薬があるよ!」

「……私はマジック様の介抱に行ってきますね」

 

 二人はそれぞれ分かれて、船酔いに苦しんでいる人のところへと向かう。

 

「大丈夫ですか、マジック様……? こちらお水です」

「……ん。まぁ出すもの出したし波は去ったから、頂くわ。ほんと、ありがとね……」

「はい。あ、あれは……」

 

 マジックの傍で、本来リーザスから薬を貰う予定だった一名が苦しんでいた。

 

「っく……このわたくしが……ううぐうぅっ……」

 

チルディ・シャープ、リーザス金の軍副隊長が、胸と口を押さえて立ち上がれない。

 

「……チルディさん、大丈夫ですか?」

「っ!お、お構いなく。ちょっと転んだだけですわ!」

(この状況がバレて、リア様に及んだら……!)

 

 ふらつく足を、無理やり動かして少しでも遠くの方へと移動する。

 

「チルディちゃん、大丈夫? けろけろしちゃった方がいいよ~?」

「皆さん倒れてますし……こういう時こそわたくし達が頑張りましょう……」

 

 そう言ってる内にさかなモンスター達が海から飛び出して、海面から船上に飛び掛かってきた。

 

「来ましたわよ! 戦闘準備!」「もう死んでるよ~?」

 

 モンスター達はそのまま船に落ちて……動かない、全員が息絶えている。

 

「な、なんでこんなことに……」

「なんかね~線をすぱっと斬ったら、みんな死んじゃった~」

 

 隣にいる眼鏡の親衛隊隊員、ジュリア・リンダムが全てのモンスターを瞬く間に殺害していた。

 

「……はぁ。うぷっ……もうダメ……!!!!」

 

 気を抜けたところで、強い揺れと波が来た。遂に我慢できなくなったチルディは、剣を取り落として右舷に体を預けて溜めていたものをぶちまける。

 

「大丈夫~? 辛いなら下に降りた方がいいよ~?」

 

 お世話していた、足を引っ張る先輩が一夜にして力関係が変わる。今の気持ち悪さ、両方の感情を乗せてチルディは呟いた。

 

「……最悪ですわぁ」

 

 

 移動したリアはランスを介抱していた。リーザスが持ってきたアイテムを惜しみなく使用している。今では超レアとなっている元気の薬まで持ち出しランスに服用させる。

 

「これね、私達が川中島に行く時に渡されるすっごい酔い止め薬だよ。ダーリンのために取っておいたのあげちゃうね。んちゅー」

「ん。んむ…………」

「ダーリン、どう? お薬、効いた?」

「う、ぐ、ぬぐぐぐぐ……」

 

 揺れが効いたか、ランスはリアを引きはがして別の船端に移動する。次の波が来るようだ。

 

「あっ……」

「き――気持ち悪い、っ……うぶぐえええええっ……」

 

 ランスの三度目の嘔吐を、涙目になってリアは見送った。

 

「しぃる~~~……ひーりんぐだ、ひーりんぐで治せ……」

 

 奴隷を押しのけて、自分が出来る賢明な介抱をしても奴隷を中心に見ている。リアは胸が締め付けられるような思いと共に、はるまきを抱きしめた。

 船上は、対モンスターの為の護衛戦力のはずだった。今では介抱する人間と、される人間しかいない。

 魔人討伐隊は、壊滅していた。

 

 

 

 

 

 

 

 前線に出ていない船内――だが、船酔いという戦場に安全地帯はない。猛威が容赦なく吹き荒れていた。

 

「う、うぅ……サクラ、サクラ―……おるか……」

「ここに。……ですが、手立てはないようです。申し訳ありません」

 

 カラー女王、パステルは人間の薬を信じなかった。海、船の経験も薄かった。船酔いを侮っていた。サクラ達、他のカラーらが無事なのも、女王の為の毒見であった。

 結果として、他のカラー達は助かり、パステルだけが苦しむ。事態を認識してから改めて女王の分を求めたが、吐き始めていたらどうにもならない。薬が効く前に、薬ごと吐き戻されてしまう。

 

「はは……妾はもう駄目じゃ……次の女王、リセットを支えてやってくれ……頼んだぞ」

「しっかりしてください、パステル様!私達にはまだ貴方様が必要です!」

「そうです!城の皆も、パステル様を信じて待っています!」

「いや、これは妾が悪い……あの子は聡明な子じゃ。きっと皆を率いてくれる……」

 

 今夜が峠というように嘆くカラー達。彼女達は船酔いを知らない。それがいつまで持つかわからない死病と認識していた。確かに食物が一切喉を通らなければ早晩死ぬだろうが、船酔いはそこまでは続かない。

 

「か、簡易だが英霊化の儀式を行う。母様、祖母様、力をお貸しください……」

「航海一日目で自殺はやめてください」

 

 ぱこんと、クルックーがメイスでパステルの頭を殴り飛ばした。

 

「ぐっ……なにをする貴様ー!」

「自殺しようとしてたので、止めました。船酔いで死ぬ人はいません。というか明日か明後日には元気になってます」

「それを速く言わんかー!」

「聞かれなかったので」

 

 苦しい中で頭を殴られてパステルは怒っているが、クルックーの目にも怒りの色があった。そもそも最初から最後まで一切話を聞きに来ないで、挙句自殺を慣行するカラー女王の身勝手さを責めたい。

 先ほどパステルに吐き戻された酔い止めの薬は、クルックーの分だった。次に苦しむのは自分の番なのだ。無駄だと分かっても協調の為に渡した薬を飲んだ後に、自殺されてはたまらない。

 クルックーはぎゃあぎゃあと騒ぐ元気がある女王を放置して、魔人討伐隊の介抱をしに甲版へ上がって行った。

 

 

 今までのグループは、そもそも酔い止めを飲まなかった選択をした人達だ。侮ったか、対策を怠ったか、苦しい事情を考慮して飲まない選択をした人達の様子だ。だが、船酔いで苦しんでいる人種は他にもいる。飲んでも酔う人。

 

「ぐえ~~~~っ……ぐえええええっ……」

「う、うぷっ……」

 

 シーラの秘書、使徒ペルエレと村人のアナセルはそんなグループだ。共に船内共同寝室でえずいている。

 シーラが飲まなかった分を貰い、ペルエレは酔い止めを服用した。しかしこの薬は人間用のもので、使徒には効かなかった。鋭敏になった耳目は、この時却って揺れを敏感に感じられるようになって、苦しむ羽目になっている。

 

「聞こえすぎる、見えすぎるってこういう悪いこともあるのね……ぐぅぅ……」

「も、もう駄目……。~~~~~~~ッ!!」

 

 遂に我慢できなくなったアナセルはヘルマンパン、干し肉、レモン等が混ざった液状なものを吐き出した。これらの流動物は、用意されていた受けの洗面器に注がれていく。

 アナセルは戦力以前の貧弱な村娘だ。酔い止めを飲もうが、全力で進み続けるサンライズ号の揺れに体力が削られて、吐き気を催していた。

 

「うぅ……なんであんた、ここに来てるの……」

「しら、ないっ……ランスの奴が……連れ去るように、押し込んだの……!」

 

 魔人討伐隊は、メアリーのような戦闘力の無い子供もパーティに加えている。ランスの子供達とその護衛以外は道連れとばかりに、ランスの女は2つの船に全員押し込まれた。アナセルもそんな一人だった。このような人種は哀れな犠牲者にしかならない。

 何故サンライズ号に振り分けたかわからないゼス四天王のチョチョマンに至っては既に死亡している。

 

「なんで魔物界のど真ん中に私まで行かなくちゃいけないのよぉ……」

 

 胃の不快感を耐えながら嘆くアナセル。彼女の災難はまだ始まったばかりだ。

 

 

 

 日差しも傾き……海と夕日のコントラストによって美しい光の線がかかっている。

 船主の少し先に、浮遊する芸術があった。魔人筆頭ホーネットだ。

 魔物界の方向を見据えるホーネットは、魔力球を全力展開していた。完全なる戦闘態勢。傷が癒えてから久方ぶりに行使される今までにないホーネットの全力。それを前方の警邏の為に使われていたのか。いや違った。

 ホーネットが戦う相手は、船酔いだった。端正な済ました表情は全く変わらない。だが、顔色が青白いのは隠しようがない。

 

「……………………」

 

 ホーネットは魔力球を展開すれば、浮遊する事が可能だ。船という不安定な移動手段を使わず、自身の膨大な魔力をガソリンのようにつぎ込んで、自力で船に並走して進んでいる。

 

「な、何あれ……私達いれば哨戒には十分だと思うんだけど……」

「姉さん、そっとしておきましょう。……私も気づかないフリをするのが辛いんです」

 

 船そのものは氷炎の魔人、サイゼル姉妹が交代で哨戒している。ホーネットが立つ意味はほとんどない。だが、それをどちらも指摘しようとしない。

 サイゼルは純粋に敵対魔人であったから話しかけ辛いだけだが、ハウゼルは違う。知識の上で酔いの症状について理解している為に、主の崇高な判断を尊重していた。

 

(あと、4時間程飛べば落ち着くでしょうか……)

 

 ホーネットは航海中、魔力をすり減らして飛び続けた。決戦前には魔力を8割方使い切っていたほどに。

 

 

 夜、既に日は落ち、船酔いに苦しんでいる人間すらも吐き疲れて早々に床につく。その中で、唯一、誰もいなくなってから吐きだして苦しんでいた人がいた。魔人四天王のシルキィだ。

 

「~~~~ッ………はぁ。やっと出尽くした、か……」

 

 彼女は普通に船に酔った。しかし最後まで吐いて楽になる事を良しとせず、強烈な精神力で拒否し続けた。逆流する胃液、胸に満ちる不快感、苦しくなる呼吸……全てを耐えきり、誰にも気づかれないような状況まで待ってから、自身の衝動を処理仕切った。英雄に相応しいだけの、自制心と精神力だからこそ出来た偉業だった。ただし、最後まで気を抜かないという事を忘れてしまった。

 

「くくく……シルキィちゃんゲーット!」

「きゃ、きゃあ!? ……ランス総統!?」

 

 少し近くに、先ほどまで力尽きてデッキで転がっていたランスがいる事を意識してなかったのだ。シルキィが吐き出し始めたところで、ランスは覚醒してそっと近寄っていた。終わって弛緩したタイミングを見計らって、145cmの華奢なシルキィの身体は完全に持ち上げられた。

 

「見ていたぞー。見ていたぞー。俺達は吐き仲間ー!」

「……う、うう」

「……これは抱けそうだな。よし抱こう」

「だから心の中で言ってよ! 私もう戻って寝るから……!?」

 

 じたばたともがいても、どこにも力は入らない。シルキィはランスによって持ち上げられている。これを引き剥がすにはランスのどこかを部位破壊するしかない。

 

「俺達はこれから命を賭けてケイブリスを殺しに行くのだ。初日から怪我はしたくないよなー? 抵抗したら、俺様もちょーっと辛い怪我をするかもしれんなぁ?」

「くうううう……ッ、うぐっ……」

 

 この状況で、万が一にもランスに怪我をさせるわけにはいかなかった。シルキィの身体から力が抜けていく。

 

「がはははは! シルキィちゃん、いっただーきまーす!」

「せ、せめて誰も目の入らないところでやって……」

「いいだろう! その代わり、船酔い対策を一緒にやろう! 俺様の個室にゴーだ!」

 

 シルキィがランスの個室に運ばれて行った。ほどなくして、漏れる歓声と嬌声。

 

「シルキィちゃんが小っこいし軽いから、船の揺れが完璧に活かせるな! ほれほれー!」

「あああっ……! ランスさんっ、もう駄目ぇ! やだやだやだぁっ……!」

「がはははは! 今日の俺様は残機たっぷりだ! 昼に出来なかった分やりまくるぞー!」

 

 航海三日目まで、シルキィは個室から出られなかった。

 

 

 

 深夜、耳を傍立てれば聞こえる嬌声の上がる船内。だが船尾に、なおも苦しんでいる一団がいた。メタと内輪が得意技のコンビ。ヌヌハラと、クゥだ。

 

「ランス様が素敵過ぎて、夕飯の時に薬を飲み損ねちゃった……くぅぅ……」

「な、なんで妾まで……本来空飛べるじゃろ、ドラゴンなのに……」

「だって、そのままの力でこっち来たら目立ちたいがために大暴れするでしょ?」

「だから最低限の戦闘力以外封印したの。それがこっちの世界に居続ける条件だから」

「くっ……このお綺麗な事しか言えん看板娘どもが……」

 

 エンドオブドラゴン、QD、どの作品でも最上位に君臨する少女の姿をした化け物は、現在は幼女のアスカ並の筋力しか出せない。看板娘の二人に介抱されながらも、全く力が入らずに苦しみ続ける羽目になっていた。

 

「こ、このままでは終わらんのじゃ。イブニクル2もよろ……うっ、げぼげぼげぼげぼ…………」

 

 とっくに異の中に何も無いはずなのだが、液状に固体の混ざった吐瀉物を吐き続ける。この吐き具合は、一日や二日では収まりそうにない。

 そもそも彼女だけ、吐く為専用の立ち絵がある。吐きキャラである以上、吐くしかない。

 

 航海出立一日目。嵐はまだ、来ていない。

 

 

 




スーパージュリア lv82
 人類が存亡の危機に足掻く中でハニーに頼んで誕生したバグ。多分この壊滅状態では主戦力。
 正史の場合、文章に出て来たリーザスNO.2の女剣士という表現の意味が変わるかもしれない。
 チルディが指南役なのは、隊長はスーパージュリアだからという可能性もある。
チョチョマン
 砂糖が切れると死ぬおじいちゃん。恐らく2部は死亡済。でも今回は復活してる、多分。

クゥ
 どらぺこ、イブニクル、ランスXより登場。
 ver1.03から実績100を達成していると1部のゲーム開始時から初期手札にいるおふざけドラゴン。秘書にまでなる。必然的に2部を何週もしていないとお目にかかる事はない。実績フルコンプする程ハマった人のためのご褒美?
 食券ではレッドカードを喰らっていたが、そんなの関係ないとばかりにしがみつき、サンライズ号でも乗り込み組に入っている。
 スキル構成は強いが、カード性能がフロストバイン以外に勝てないぐらい弱いので最序盤以外空気になる。

 イブニクル2公式サイト発表記念に準備していたネタ。
 クゥ出したかっただけなんだ、うん。きっと出てくるよね!ドラゴン出るみたいだし!
 12月20日からは間違いなく更新が死ぬので、それまで頑張って書き溜めます……。

 シルキィは普段ランス総統呼びなんだけど心の中でランスさんなのが好き。きっと魔王の時も普段魔王様だけど乱れるとそっちが出そう。滾る。


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魔王就任(上)

 全ての外伝はバーバラとはほとんど関係がありません。時系列的にはこの遥か先にバーバラの物語もあるというぐらいで、筆者が思いついたまま書きたいだけの話たちです。読み飛ばしても本編に問題はありません。


 魔軍総大将、魔物王ケイブリスを討った魔人討伐隊は本拠地cityに凱旋した。総大将を失った魔軍はその数膨大なれど、統制は失われた。少しばかりの時を要するだろうが、いずれは魔物界にほとんどを追い返せるという目途が立ちつつある。凱旋と時を同じくして、祝賀会が開かれる事となった。

 しかしその祝賀会の最中、二つの悲劇が起こった。世界総統ランスの奴隷であるシィルの死と、来水美樹の魔王への覚醒だ。

 特に後者は深刻だった。魔王は魔物達の絶対君主であり、血の衝動によって人類に対して破滅的な破壊を繰り返す。魔王リトルプリンセスが誕生すれば、人類は滅ぶ。現場では様々な対処療法が試されたものの効果はなく、方法は違えど結論としては『誰が魔王になるか、資格があるのか』ということになった。

 

「あ゛あ゛あぁあぁあ゛ぁああ゛ぁああ!!!!!」

 

 世界総統ランスは自室で心臓を抑えてもがき続けていた。自身が望んで血の継承を受けてから既に一時間。今も魔王の血と戦っている。

 継承が無事に済み、これだけの時が経っても叫び声が聞こえる時点で、ランスが魔王の資格者であった事は疑いようがない。問題は、来水美樹の時からあった覚醒が止まらない。まるで神が未覚醒な状態というものを許さないかのように、ランスを魔王という存在に作り変えていく。

 

「新しい魔王様は、どのような方かしら……」

 

 人がほとんどいなくなった、ランス城の客室でハウゼルが呟いた。

 継承を受けた直後のランスの命令もあって、既に魔人討伐隊、及び城内のほとんどの人間は退避している。パイアールロボに至ってはルートと一緒に遥か彼方へ消えた。残っているのは死ぬ覚悟のある者か、魔人、使徒、魔物ぐらいだった。

 

「魔王になると性格変わるし、元も酷い口デカ男だから人類にとっては良くないでしょ」

「ランス総統はワガママな子供みたいだけど、強い意思を持つ人だったから……あの人に似た魔王様になってくれるかもしれない」

「……どのような方であろうと、魔王様の意に私達は従うだけです」

 

 サイゼル、シルキィ、ホーネット。それぞれが新しい主の誕生を待つ間に各々の思いを口にする。この世界では絶対的な力を持つ彼女達も、魔王にとっては多少便利な手足でしかない。頭を思っても、出来ることはない。

 

「ま、それはともかくとして……あいつはどこへ行った?」

「魔王様の近くにいるのでしょう」

「……いてもどうにもならんだろ」

 

 タハコをぷかぷかと吹かしながら、レイは上を仰いだ。

 

 

 

 ランス城6階、ランスの自室。サテラはその部屋の扉に、耳を傍立てるように寄りかかっている。苦しみながらも自室に駆け込むランスを追っていたが、入る事を禁じられた。新しい魔王だからというより、ランスに言われた事が、サテラの足をそこで止めている。

 

(…………ランス、ランス、ランスぅ……!)

 

 サテラは祈っているが、何を祈っているのかは自分でもわからなくなっている。魔人や魔王というものは抜け落ちた、想い人を案ずる一人の少女になっていた。もがき苦しむ声を聞き続けて、それでも誰よりも近くにいたかった。

 先ほどまでの叫び声は少しづつ収まり、今では物音がほとんどない。それでも少しでもランスの声が、生きてる証が聞きたくて、より強く体を扉に押しつける。そうしたところで扉は内に開かれて、支えを失ったサテラは頭からランスの部屋へとなだれ込んだ。

 

「あうっ!?」

「……何やってんだ、お前」

「ラ、ランス!? いや、これは……」

「ふっふっふ…………」

 

 ランスはいつもとは違う服、鎧を着ていた。

 黒を基調とした色合いのインナー。それに合わせるように重厚な厚みのある鎧。そして、足先まで伸びる長いマント。身体も変わった。爪が尖り、人を傷つけやすい鋭利な刃物のように尖っている。元々茶色だった目の色が、赤に染まっている。

 魔人の本能で察した。目の前の人が、新しい主、魔王となっていることを……

 

「がはははははは! 俺様は魔王になったぞ!!!」

「あ……あ……あ……」

 

 少し呆けたが、主を迎える態度ではないと気づき、サテラは慌てて跪く。

 

「ま、魔王様はその、以前とお変わりは……ありませんか?」

「くだけた敬語が似合わんなあ……まあいいか。俺様は俺様だ。さっきまで魔王の血とやらがちょーっとうるさかったが、俺様が一括したら逃げだした。魔王の力は完全に俺のものだ!!! がーっはっはっはっは!」

「あっ……」

 

 馬鹿笑いと、その明るい声色を聞き、歓喜の感情に染まった。この人と共に歩める事が、たまらなく嬉しかった。

 

「魔王様……! おめでとうございます! サテラは一生懸命、魔王様に仕えていきます!」

「うむうむ。では魔王として最初の命令をサテラに与える」

「ああっ……なんなりと!」

 

 魔王としての最初の命令。それを受ける立場である光栄に心が躍り、なんとしてでも完遂しようという決意に満ちる。

 

「うむ、重要な命令だぞ。その命令とは……セックスだーーー!」

「ひゃああああ!?」

「がはははは! 魔王になった俺様を満足させろ! とーーーーー!」

 

 ランスはサテラに襲い掛かり、その身体を思うままに貪った。

 

 

 

 

「んゆぅ……ランス、すき……だいすきぃ……」

「態度は変わってもサテラはサテラだな。中々気持ちよかったぞ!」

 

 ランスは萎え知らずで、まだまだいくらでも出来そうだ。ただ、あまり張り切り過ぎるとこの後に堪えるかもしれない。そう思って自室から出ようとする。魔王の服を着ようと思ったところで、絡みつくように服の方から魔王としての衣装を整えていく。

 

「おお……これは便利だな。脱ぐのも着るのもあっという間か」

 

 精力増強。肉体強化。全てが至れり尽くせり。魔王として与えられる特典に、ランスは深い満足を感じていた。

 

「御主人様。全て手筈は整いました」

「うむ。屋上から行くか。サテラも落ちついたら玉座の間で待っていろよ」

 

 残っていた数少ない人間、メイド長のビスケッタが部屋の前に待機していた。ランスはサテラの相手をしている一方で、彼女に大雑把な命令を飛ばしていた。魔王の新しい部下を集めろと。

 ランスはそのまま、ランス城の屋上に上がり、一息に城下へと飛び降りる。

 

「とー!」

 

 全く衝撃を感じないようにふわりと城下に降りる。魔王の元では自然法則の方が捻じ曲がる。魔王の思い通りに、一切衝撃を感じさせないように柔らかく城下に着地した。

 ランス城下は、にわかに騒がしくなっていた。魔王軍の結成。そこに馳せ参じるチャンスが沸いたのだ。魔人討伐隊だった魔物達や、ホーネット派だった魔物兵の捕虜。ケイブリス打倒時に参戦したマエリータ隊。ストーンガーディアンや絶魔物まで、ありとあらゆる魔物達が、ランス城下に集結していた。

 

「あと一時間もあれば、現時点で魔王軍として動かせる戦力として形になります」

 

 これらの編成を命じられた暫定魔物大元帥、学者は降りてきた新しい主に報告した。

 

「多すぎるわ。解散! 城には女の子以外入れるな!」

「……そう言ってくるのは分かってましたよ。落ちついたら、私も玉座の間に向かいますので」

 

 以前と全く変わらぬランスを見て、学者は思わず軽口を叩く。絶対君主に対してはあまりに迂闊な言動だったが、何故かそちらの方が相応しいように感じられた。

 

「グズグズしてたらクビにするからな。キリキリ働け」

 

 ランスは自分の城へと戻っていく。他には目もくれずに、誰もいなくなった2階の祝賀会場へと向かった。

 ……そうして、一時間以上の時が経ってからランスは玉座の間に戻ってきた。それと共に、そこに集っていた魔人、使徒のほとんどが拝跪して主を迎える。

 

「がはははははははははははははははは! 壮観だな、これが全員俺様の奴隷か!」

「余は違うがな」

 

 残っていた数少ない人間、ミラクル・トーが胸を張ってランスの隣にいた。

 

「……ミラクル、お前なんでここにいるんだ」

「この世界の王である余ならば、魔王を見ないわけにはいくまい」

「こ、こいつ……魔王様になんて不遜な……!」

「こいつはこういう奴だ。気にするな」

 

 大して意に介さずに玉座にランスは座った。ぐるりと改めて周囲を見ると、魔人討伐隊に参加していた魔人、使徒全員がいる。人間と同じところに避難していたニミッツやオーロラまで連れ戻されていた。恐らく、復活したサテラがシーザーと一緒に連れ去ったのだろう。戦力過剰の一座に、放り込まれて涙目になっている。

 多数の魔人、使徒。魔物代表の学者、ミラクル、カオスを持った日光、元魔王の美樹、メイドのビスケッタ。そして魔王ランス。以上が玉座の間にいる全ての人と魔だ。

 魔王ランスの魔王就任式が始まった。

 

「新たなる我らが主。その誕生を心よりお祝い申し上げます。我ら魔人、使徒一同は貴方様に忠誠を誓い、手足となって魔王ランス様の為に働き、この世界の秩序を守っていきます」

 

 魔人筆頭ホーネットは、新たなる魔王の誕生を言祝ぐ。

 

「うむ。だが堅苦しいのはもういいぞ。それより魔王ってのは何が出来るかって話をしたい。美樹ちゃんを救う為に魔王になったが、魔王についてはなんも知らん」

「魔王は全ての魔物、使徒、魔人に対しての絶対君主です。絶対命令権を持ち、この世の全てを支配できる存在です」

「その絶対命令権ってのはなんなんだ? ビリビリブス専が跪いてるのもそれが理由か?」

「……そうだ。俺達は魔王に死ねって言われたら死ななくちゃならねぇ。自分の意思関係なく身体が勝手に動く」

「ほほーう……面白そうだな。よしビリビリ、試しに自分を殴ってみろ!」

「嫌に決まってんだろ」

 

 レイは跪いたまま、魔王の言う事をあっさりと拒否した。自分を殴る事もない。

 

「……ん?どういう事だ。ついさっき言った事なのに何も起きんぞ」

「私達にも分かりませんが、魔王様には絶対命令権を使った言葉と、そうでない言葉があるようです」

「つまり、普通に喋るのと絶対命令権の言葉とやらは別と……ん?」

 

 そのように考えている内に、ランスの中に一つの『力』があるという意識が生まれた。魔人の血、使徒の血、魔王の血、あくまで自分の血の延長であるように、操作が出来そうだ。

 

「うむ、俺様もわかった。恐らくは『これが絶対命令権』なのだろう。なのだろうが……」

(……使い辛いな。とりあえず試してみたいんだが、魔人連中は進んで跪いてるし、大体の事は自分からやってる事と見分けがつかない。だからやりたがらない事をやらせるべきなのだが……)

 

 ホーネット、シルキィ、レイ、サイゼルハウゼル、ユキに火炎書士……どれもこれも一癖も二癖もあるような魔人や、使徒達だ。人間であったランスとの価値観がズレているところも多い。誰に何を言うべきか悩んでいる内に――ペルエレが目に入った。

 

「あ、こいつでいいや。おいペルエレ」

「ひぃっ!?」

 

 使徒ペルエレ、つい最近まで人間だった少女。人間側にいたのだがシーザーに連れ去られてランス城に戻されていた。哀れな犠牲者は彼女に決まった。

 

「光栄に思えよ。魔王の最初の絶対命令権を使用する相手はお前だ!」

「かかか、勘弁してください、魔王様……私忠誠誓ってますから。頭だって下げてたでしょ?」

『ペルエレ! 裸踊りをしろ!』

「ぎゃーーーっ!」

 

 ペルエレはマリオネットのように跳ね起きて、自分の手に服をかけていく。あっという間にすっぽんぽんになり、踊り始めた。

 

「がはははははははは!! これはいい! これは便利な能力だなー!」

「ふざけんなこのクソ魔王ー! だから存在感消してたのにー!」

『もっとエロく踊れ! ポールダンスのねーちゃんみたいに!』

「くたばれー! 地獄の業火にその身を焼かれてもがけー!!!」

「がーっはっはっはっはっはっは!!」

 

 ペルエレがどれだけ悪態をついても、彼女の体は踊るのをやめない。複数の視線がある中で、ポールの無い状態のポールダンスを懸命にやっている。厳かな雰囲気は、無茶苦茶になった。

 

「うむ。絶対命令権とやらについては把握した。色々面白い事が出来そうだな。くくく……」

 

 そう言うと、ランスは玉座の間から外に飛び出して、『力』のボリュームを最大に設定して大声で叫んだ。

 

『この近くにいる魔物で偉い奴。魔王様であらせられる俺様のところに来い! 明日の朝までにさっさと来い!』

 

 どよめきが、どこか遠くで起きた気がした。満足したランスは戻ると、学者に問いかけた。

 

「……さて、これでどうなる?」

「今ので魔物将軍、魔物隊長はこちらに来るでしょうね。不可能な命令は解除されたはずですから、そこまで遠方からは来ないでしょう。それでも、パラパラ砦に集結していた魔軍は大混乱かと。可能でしょうから」

「夜通し急げばか、それはいい! 今の一声で徹夜か! がはははは!」

 

 悪しき企みを含んで、それでもなお陽気に笑うランス。今のところは、身内に大迷惑なだけの魔王だ。

 

「うむ。とりあえずはこんなところでいいか。他に魔王で出来る事って何かあるのか?」

「私達魔人は、魔王様から血を貰うことで魔人となりました。つまり、魔王様には好きな方を魔人に出来る力があります」

「それはわかるぞ。だが枠が狭いな……残り二つみたいだ。せめて5つは欲しいな」

「今大戦で、魔王様は多数の魔人を討ち取られました。彼等を、私達もどうしようとも魔王様の御心次第だと思います」

「女の子は皆可愛いから手放す気はないぞ。真っ先にクビにしたいのがとりあえず一体いるし、そいつだな」

 

 そう言って、ランスは呆けている健太郎に掴みかかった。

 

「ぐぅっ!?」

「健太郎君!?」

「こいつのせいで美樹ちゃん攫われるわウザいわ役に立たんわ……俺様の奴隷なんて受け入れられるか、クビだクビだ」

 

 そう言って、ランスの容易く魔人を引き裂ける手を、頭へと持っていく。

 

「や、やめて……ください。健太郎くん、殺さないで……ランスくん……おねがい……!」

「もう終わったぞ」

 

 そう言って手を放すと健太郎が崩れ落ちた。胸と口から、多数の血が抜き取られたような跡がある。

 

「健太郎くん! 健太郎くん!」

「美樹ちゃん、ごめん……でも、君を守れたから良かった」

「かっこつけてないでとっとと起きろ。魔人の血を抜いただけだ」

「「えっ」」

「…………そんな事が、可能なのですか?」

「お前ら魔人殺し共は分かるだろ。どうなんだ?」

「うそーん…………マジだ。魔人じゃなくなってる」

 

 日光も、カオスも、自分の機能から察したが、未だに信じがたい。魔人を人間に戻す事が出来る。このような事をあっさりとやるあたり、ランスは完全に魔王の力を使いこなしている。

 血の衝動を完全に封じ込めて性格が変わらず、力は十全に利用する。就任一日目でこの有様は、まるで魔王をやる為に生を受けたような才能があったように感じさせた。

 

「俺様は出来た。他は知らん。殺しても良かったが、美樹ちゃんが悲しむしなー」

「ランスくん……」

「お代は前にたっぷりと頂いたからな。ベッドの中で初々しくてよかったぞ」

「も、もう!馬鹿馬鹿ー!」

 

 来水美樹はぽかぽかとランスを叩く。その力は魔王の頃からは違って、年頃の少女相応になっている。当時の全力でも、ランスに大きなダメージは与えられないだろう。

 

「他に魔人や使徒を辞めたい奴はいるかー? 俺様も無理強いしてまで奴隷が欲しいわけじゃない」

「あ……わ、私もお願いしてもいいですか?」

 

 眼鏡の、この場の頂上戦力に萎縮されていた少女が手を上げた。

 

「ニミッツか、いいぞ。ちょいちょいちょーい。フィーッシュ!」

「あ、ああっ!?」

 

 もはや触れる事もせず、魔王が手を上げるだけでニミッツの魔血魂は口から出て行く。これで彼女は魔人ではなく、ただの一人の女の子に戻った。

 

「もういないか?」

 

 誰も答える者はいない。永遠の命を捨てられると言われても、すぐにはその決断は出来ない。

 

「男には、特に僕には厳しいから……ランスさんは僕を殺すと思っていました」

「男の奴隷なんていらん。美樹ちゃんは元の世界が良いんだろ。……今度はさらわれるなよ。3回目は許さんぞ」

 

 ランスは後ろを向いたまま、そう言った。どんな顔をしているかは、健太郎達には見えない。

 

「ミラクル」

「はっはっは。こうなると思っていたからスチールホラーへのゲートを開いておいたぞ」

 

 二人は人間に戻り、帰る為の道も用意されている。美樹がホーネットに視線を向けると、彼女は頭を深く下げていた。日光も口元を緩めて二人を眺めている。

 

「さて、どうでもいい事は済ませた。後は本題だけだ」

「……本題? 魔王様がこれからどうするか、という事でしょうか?」

「そのとーり、俺様の華麗な魔王様一日目だぞ? 素晴らしい計画がある」

 

 魔人、使徒に緊張が走る。彼等は魔王の下僕。魔王の示した方針に従うしかない。どれだけ破滅的なものでも、絶望的なものでも。

 

「その計画とはどのようなものでしょうか?」

「その計画とは――――――今日は俺様が魔王になった記念日だ! よって、魔人使徒大乱交だ!がーーっはっはっはっはっはっはっは!」

 

 ランスは魔王の鎧をすぽぽーんと脱ぎ全裸になった。

 

「ああ……」「魔王様ならそうなるよね……」「グロい顔の火炎ちゃんもですか!?」

「念願の魔物界ハーレムだ! 拒否権はないぞ! 『女の子は全員服を脱げ! 男部屋から出ろ!』  

 

そして、魔王の命令に操られて恥ずかしいことを晒す悲鳴が続く。

 

「……見てられんな。さあ、とっとと行け」

「う、うん」

「お世話になりました、それじゃあ失礼します」

「来水美樹、小川健太郎。余の世界にとっても興味深い客人であったぞ。さらばだ」

 

 騒がしい声を背景に、二人はスチールホラーへのゲートをくぐった。

 

 

 

 

 

 

 

 気がつくと、小川健太郎と来水美樹はとあるビルの前に立っていた。今まさに祭りの時らしく、はっぴを来た子供達がはしゃいでいる。横から神輿も来るらしい。人だかりに、大型のカメラまで見える。天神祭というはっぴを着た少女は、サイダーを脇に置いて、踊りの練習をしている。

 二人は元の世界に、人間として戻ってきた。

 

「うわー……蒸し暑い……」

「ひょっとして、日本は真夏だったのかな?」

「そうみたい……」

 

 人間の身としては、それなりに辛く暑い日だった。日本特有の湿度の高さが主因の暑い日だ。少し歩くと、どうしても汗が出て身をつたい、それが不快感を増やす。

 

「お金もないから、どうしようかなー……」

「結構歩くと地下街があるから、とりあえずそっちで涼もうか?」

「それにしようか。食い倒れとかも見てみたいよ」

「それは結構方向違うよ?」

 

 この日も、熱中症で多くの人が倒れるような暑さだった。それでも、二人とも平和な日本人とは鍛え方が違う。8年に及ぶ旅で、基礎的な根性や体力は比較にならない。

 日が中天から消えて、影が増える頃には地下街に入っていた。

 

「こういう所、マッピングはあるけどダンジョンより複雑だよね……」

「うーん……こっち行くと大阪駅?そうすると戻れるのかな?」

 

 大阪の地下街は、慣れぬ人間にとっては難解なダンジョンも同じだ。地下鉄の走る線の切れ目がところどころで行きたい道を断ち、容易には解けぬ迷路と化している。二人は迷いつつも、質屋で多少のお金を手に入れていた。金塊はこの世界でも強い。足元を見られた気がしたが、それでも行動に支障はないだけの軍資金にはなった。

 

「はふはふ、はふはふ。おいしいねぇ……」

「おいしいねー。やっぱり日本はこうでなくちゃ」

 

 味の強いお好み焼きを二人は食べていた。ソースとマヨネーズの味で食感以外全てを塗りつぶしたようなものだが、それが大阪の味として出ている。

 

 その後も大阪を練り歩いた二人は……公園で花火が打ちあがるのを待っていた。

 

「帰るつもりだったのに、どうしてこうなったんだっけ?」

「どうしてなんだろうね?まぁ、花火いいところで見られそうだしいいかな」

 

 既に日は沈み、後は花火が打ちあがるの待つのみとなっている。

きゅぽんと、看板娘が書かれたラベルのサイダーを開けて、喉を潤す。普通のソーダだが、こういう場面で飲むというのは、状況の方がこの上ない価値を与えてくれる。

 

「…………美味しいねぇ」

「…………………うん」

 

 口数は少なく、想いは多く。そうこうしてる間に、花火が上がった。歓声高く、様々な色の花火が一面を支配する。

 8年の冒険を振り返って、彼はぽつりと言葉を零した。

 

「美樹ちゃん守れて、こうして一緒に戻れて、良かったよ」

 

 花火よりも、綺麗でかっこいい人に眼を奪われる。この人から目を離せない。

 

「健太郎くん。……本当に、ありがとうね」

 

 祭りの中、誰もが花火に夢中な桜ノ宮公園。来水美樹は、好きな男の子の頬にキスをした。

 

 小川健太郎、異世界から来た来水美樹のボーイフレンド。

 こうして、一人の少女を救う彼の物語は終わった。




小川健太郎 lv99
 この世界の3人の主人公の一人。
 8年もの長い間、魔王になってしまった女の子を救う為に奔走することになる。
 魔王にとってのブレーキであり、救いとしてあり続けた。

来水美樹 lv1
 異世界から連れてこられて、魔王の血の継承を受けた第七代魔王の女の子。
 ヒラミレモンと精神力で魔王という破壊の権化になる事を拒否し続けた。
 ワーグに記憶を一時弄られて、ランスを恋人と誤認。初めてを捧げている。
 魔王覚醒における過程で、ワーグの記憶操作は解けた。

カミーラ
 実は唯一いなかった魔人。ランス城にいたとしても、絶対命令権使用しないと来ないし、サテラも流石に言う事聞かせられない。

ニミッツ・リーク lv3
 魔血魂と不完全な融合を果たした魔人。取り合いになれば負けるしかないので、不発弾処理。取ったものの吸収を忘れて使徒二人の手に。


天神祭コラボ、ハニービルの時に撮った写真達を参考に。せっかく大阪行ったし……
寝取られてから魅力が出るのが健太郎君だと思うので恋人美樹ルートです。


 うーん懐かしい天神祭、今年もあったら行こうかな。


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魔王就任(下)

 全ての外伝はバーバラとはほとんど関係がありません。時系列的にはこの遥か先にバーバラの物語もあるというぐらいで、筆者が思いついたまま書きたいだけの話たちです。読み飛ばしても本編に問題はありません。


 アコンカの花が、咲いていた。

 

 魔人討伐隊と人類の首脳陣は、総統ランスの命令を受けてCITYに避難していた。その際、ランス城に備え付けられていたこの花を一房持ち込んだ。普段は白くて美しい花というだけだが、今日の人類にとっては重要な意味がある。咲くのが非常に希少なのだ。たった一日しか咲かず、目的を果たすとつぼみに戻る。その花が今日は咲いている。

 アコンカの花は、魔王か勇者が誕生した時だけ咲いて喋る。世界の在り方が変わる時を伝える花だ。人類の首脳陣が注視して見守る中、アコンカの花が遂に声を発した。

 

「世界の変革をお知らせします。新しい魔王が誕生しました」

 

 事務的で機械的な声だ。大きくはないが隅々まで通る声で命じられた事を伝えていく。花が喋るという時点で異様であり、まるで神々からの託宣であるように感じられた。

 

「まだ正月早々ですが、LP歴は8年で終了となります。来年からRA1年となります。お間違えなきように」

 

 仕事を終えたアコンカの花は、ゆっくりとつぼみへ戻っていった。

 

「RA、ランスか……」「これで、確定ですか」「ああっ……そんな……」

 

 この託宣に対する反応は様々だった。年表の頭文字の意味を理解して、苦々しく噛みしめるパットン。事実を事実と受け止めて、なお前を向くウルザ。絶望して崩れ落ちるセル。ただ、最も多い反応は無言だった。ほとんどの人間がこれからどうすればいいのかわからない。

 今日まで主と仰ぎ、人が魔に勝利するという史上初めての偉業を成し遂げた男、ランスが魔王に転じた。人類王が魔物の王になってしまったという衝撃は甚大だった。アコンカの花によって、神に認められた真実であると突き付けられて、人類司令部のほとんどは何も考えられなくなってしまった。

 それでも各国の軍師達は前を向き、これからどうするべきかと口を開く。

 

「深夜にミラクルさんが戻ってきた時点で、ランス総統が魔王になったのは判明していました。その状況の裏付けが取れただけです」

「魔王リトルプリンセスのように、おじ様をヒラミレモンで抑える事は可能でしょうか?」

「いや、カオスマスターは完全に覚醒していた。そこまで行けばヒラミレモンの効果はないな」

「魔王に覚醒しておきながら正気を保っているという話が信じがたいのですが……」

「今は余の推測に過ぎんが……恐らく、魔王の血の破壊衝動に対してなんらかの耐性があったのだろう。…………法王がいれば、もう少し詳しく分かったのだろうが」

 

 法王特典の一つ。相手の才能、技能が分かる神魔法。それ以外にも博識な魔物、神に関する知識。クルックー・モフスがこの場におらず、情報が少ないことで魔人討伐隊の二の足を踏ませていた。cityに一目散に駆け込んでいった魔物に対しても、静観を決め込む事になったのもそれが理由だ。

 

「このまま……ランス兄様が魔王というだけで、何も変わらなければ……」

「それはない。魔王はそんな甘いものではない」

 

 香姫の儚い願望を、ばっさりと魔剣が切り捨てた。

 

「……美樹ちゃんは頑張っていましたが、それでも暴走する事はありました。あれですら覚醒前です。覚醒後のランス総統にかかる破壊衝動は比べ物にならないでしょう」

「あの馬鹿がどれだけ耐えたとしても、10年もすれば元の人格は消え去って魔王に支配される。あいつはもう儂等の敵だ。完全に魔王の血に飲まれる前に殺した方がいい」

「っ…………そう、ですか……」

 

 実の兄が魔人になった時は、信長である内に楽にさせてあげるべきだった。

 同じように、もう一人の兄は魔王によって消されてしまう。どうしてこうなるのか。

 やるせなさに、香姫は唇を噛んでうつむいた。

 

「誰でもいいから儂を使ってあいつを殺せ。油断してる今しかチャンスはないぞ」

 

 カオスの言っている事は正論なのだろう。だが、正論だとしてもそれを実行出来る『勇者』はいない。出来るわけがなかった。ランスがどれだけの事を為してきたかを皆が思い知っている。魔王になったからというだけで、殺すべきだと思える者はいなかった。

 どうするべきか決めかねている間に、一人の兵士が駆け込んできた。

 

「報告します。ランス城にいた魔物達が動き始めました! 北登り口からパラパラ砦に向かう模様です。総統閣下の姿は見えませんが、魔人シルキィ、ホーネットが魔軍を先導しています」

「……戦争をこれから始める動きではありませんね。ランス総統は正気のようです」

「そう。じゃあダーリンに会うのは今しかなさそうね」

 

 そう言うと、リアが立ち上がった。矢継ぎ早に指示を飛ばして、これまで固まっていた人類の首脳陣に活を入れていく。

 

「バレス。今一番戦力を持ってる私達が魔軍を見張るわ。北登り口の展開を急いで」

「畏まりました。突発的な戦闘が絶対に起こらないよう、皆に言い含まておきますぞ」

「ダーリンを見つけたら知らせて。私とかなみだけで会いに行くから」

「お、お供します」

 

 女王の決定を受けて、リーザスの指揮官達は次々と動き出した。一拍遅れて、それぞれの国主達もやるべき事に取り組んでいく。魔王ランスとの面会を求めて。

 

「私もランス兄様と話をしたいです。cityから降りるには3つの道があります。リーザスが東口を抑えてくれるので、私達は正面山道の方で待ちましょう」

「ほなウチも正面の方に行くわ。1兆億ゴールド溜まった事伝えんとな。魔王を買ったるでー!」

「ゼス組は東登り口に行くわよ。スシヌの事とか聞きたい事山ほどあるんだから!」

「東側は横道も多いですし、漏れの無いよう私も展開に加わります」

 

 自由都市とjapanは中央、ゼスは東。にわかに魔人討伐隊は活気を取り戻し、出立への準備を整えていく。ヘルマン組では、シーラ大統領だけが準備を整えつつも軍隊を指揮するような事はしていなかった。たまりかねてパットンはシーラに問いかけた。

 

「シーラはどの道に行くんだ?」

「……私はランス城に向かいたいと思います。大事な、やらなくてはいけない事があるような気がするので」

「分かった、ただし俺も連れていけ。魔物が残っていたら心配だしな」

「……ありがとうございます」

 

 やがて、ヘルマン組は少数精鋭でランス城へ向かった。残されたのは、cityを守るいくらかの兵士と指揮官だけとなった。居残り組だったクリームが、最初から最後まで一切口を挟まなかったカラー女王に問いかけた。

 

「……パステル様はどこにも行かれないのですか?」

「あいつが魔王になった以上、出来ることなどないじゃろ。言いたい事もないし、去るなら勝手にすればいい。妾は魔物が去ったら帰る」

 

 茶を飲みほして自室に戻ろうとしたパステルは、一つの異変に気付く。

 

「……あ、あれ? リセットはどこにいるのじゃ?」

 

 アコンカの花が喋るよりも早く、ある3人は姿を消していた。

 

 

 

 

 

 

 少し前のことだ、ランス城では魔軍、魔物界の重鎮達と魔王の謁見が行われていた。

 

「てめぇらの略奪や戦争行為、一切を禁じる! 全員、魔物界の奥地に引っ込んでるように!」

 

 新たなる主の命は下され、どよめきと驚愕の声が渦巻く。絶対命令権によって徹夜で人類軍の本拠地まで呼びつけておいて、帰れと命じられた。彼等は疲労した体に鞭を打って、帰り支度をすることとなった。

 

「がはははははははは! こんなところまでわざわざご苦労。さあ帰れ! 途中で俺様のものに手を出したら殺すからな!」

「今回の魔王様は、魔物使いが荒らそうだな……」「ここからアダムの砦まで戻るのか……」「お前は脚速かったからな、同情するわ……」

 

 魔物達の不平不満を受け流しつつ、ランスは魔人達に魔物の処理を丸投げした。シルキィは嬉しそうに魔軍の荷物運びを手伝っている。

 

「……魔人なのに、なんで魔物の手伝いをしているんだ」

「魔王様の方針が嬉しくて仕方ないんでしょう。あそこまで上機嫌なシルキィは初めて見ますね」

「あとは全部私がやるから先に戻ってていいからねー!」

 

 大きな荷物を運ぶ事はシルキィにとって苦ではない。絶対命令権に操られた指揮官に同情したような発言をしているが、終始笑顔になってしまっている。時折スキップまでしているあたり、ここ1000年でもないような喜びを全身で表現していた。

 

「……シルキィちゃん、本当かわいいな。次から普通に口説いたら落ちそうだな」

「絶対命令権あるんだからいつでもヤレるだろ」

「いいのだ。心からメロメロにした方がハーレムの甲斐がある。……次から魔人共に絶対命令権使うのやめるか」

 

 暫く時間を潰していると準備が整ったらしく、ホーネットが出立前の挨拶として頭を下げて来た。

 

「これより残った魔物兵達をまとめて、魔王様の意を魔軍に伝えに行きます。魔王様はどうされますか?」

「俺様はこれから旅に出る。残った城はビスケッタさんに任せるから、お前らも後は好きにしろ」

「それについてですが……供にサテラを連れて行ってくれませんか?」

「ふえっ!?」

 

 魔王の近くにいたサテラは驚愕して、変な声を出してしまった。ホーネットが魔王の行動に意見を挟むのは、今までにないことだった。

 

「今回の戦争もサテラの功績が大きかったと思います。本人も魔王様と共にいたいようですので、従者として連れ添ってあげては如何でしょうか?」

「んー……まあいいか。サテラも行きたいのか?」

「……っはい! サテラは魔王様とどこまでも一緒に行きたいです!」

「がはははは! いいだろう! それじゃ早速行くぞ!」

 

 ランスは城を飛び出した。サテラも幸せそうな顔をしてついていく。

 

「まず山を登るぞ。俺様が支配する世界をゆっくりと見てみたい」

「はいっ!」

 

 そうして二人は下山ではなく、登山道へと進みだした。北の山、LCM連邦の一角の頂上へと続く道へ。

 登山道を進むと若干開けた花畑があり、そこには3人の小さな女の子が立っていた。魔想志津香、ナギ・ス・ラガール、そしてランスの娘であるリセット・カラー。リセットはランスの姿を認めると、駆け寄ってきた。

 

「おとーーーーさーーーん!」

「おおっと……」

 

 リセットはランスに抱き着いた。足を離さないようにしがみついている。

 

「…………なんでここにいるんだ」

「なんとなく」

「お姉様が朝方私達をこっちに連れて来たの」

「えへへへへ……おとーさん、こっち来たー……サテラちゃんも……」

 

 リセットは祝賀会の日、誰よりも早く寝ていた。祝賀会の前日に初めての徹夜をし、昼過ぎにランスが帰って来たのを見てじゃれついた後、安心して眠った。彼女は祝賀会も魔王もシィルの死も、何も知らない。朝早く起きた時に、志津香が彼女をここに連れて来ていた。きっと、ランスに会えるからと。

 

「こ、こら……魔王様から離れろ! 失礼だろうが!」

「魔王? ……おとーさん目が赤いよー?」

「そうだ。俺様は世界で一番偉い魔王様になったのだ! もう俺様は総統閣下ではない。全世界を統べる超王様だ!」

「すごーい! おとーさん、かっこいいー!」

 

 子供心からすれば、何もわからない。魔人が大変なのは魔人討伐隊の日々で分かっているが、前の魔王はリセットから見れば優しいだけのお姉ちゃんだった。ナギが近づいて、ランスの目を覗き込んだ。

 

「ラーンス♪ 冒険をするなら私達も連れてってよー!」

「ガキ共を連れて冒険へ行けるか、アホ。10年早いわ」

「どうしても?」

「……どうしてもだ、今回は駄目だ」

 

 絶対に今回は連れて行かない。口調はいつもと変わらないが、目は真剣だった。

 

「ちぇー……」

「はいはい、ナギはもういいでしょ。後はリセットに任せて行くわよ」

 

 志津香はナギの手を取り、ランス城へと引っ張っていく。

 

「お前は何か言う事ないのか」

「…………魔王になるなんて、馬鹿でしょ」

 

 もう背中を向けているのだから表情は見えない。分かっていてもなお、志津香は帽子をより深く被りなおしていた。

 

「親子でごゆっくり。私がしたいのはそれだけだったから。それともリセットと会わない方が良かった?」

「ぐりぐりー、ぐりぐりぐりー♪」

「……………………」

 

 じゃれついてくるリセットを見ると、毒気が抜けてくる。昨日から少しささくれだった心が、なごんだ気がした。

 

「……最後にちょっとだけ遊んでやるか。ちょっとだけだぞ。サテラも少し先行ってろ」

「は、はい!……魔王様は忙しいからな! あんまり迷惑かけるんじゃないぞ!」

 

サテラが去ると、ランスはリセットを持ち上げた。

 

「えへへ……おとーさん♪」

「…………………」

 

 リセットはにこにことしているが、ランスは何も語らない。ただじっと、しっかりとリセットを抱き上げた。包み込むように、離すまいと。

 

「えへへへへ…………」

 

 リセットの方からより強く抱きしめてきた。より密着して、父と共にいるのが楽しくて仕方がないと思っている。ランスはこうなると、多少は身を捩ったり、気恥ずかしさから離れろと言うのだが、今日はそれをしなかった。ランスは全く動かない。何かを言うより、この温もりを味わっておきたかった。

 ……ずっとそうしていて、5分だろうか、10分だろうか。やっと体を離して、ランスはゆっくりとリセットを降ろした。

 

「……今日の遊びはこれで終わりだ。俺様は忙しいからな」

「おとーさん、ありがとー! 大好き―!」

「…………むぅ」

 

 離れる時、いやにゆっくりとしていた。明らかに、未練がある動きだった。だからこそ、離れた後はひらりとリセットから走り去っていく。

 

「俺様はこれから魔王の力を使って楽しく冒険するのだ。じゃあな! がーっはっはっはっはっは!」

「おとーさん、がんばれー! がはははは……!!」

 

 ランスがサテラが居たところに追いつくと、道を塞ぐように巨大な岩があった。ここ数日の間に落石が起き、登山道を塞いだらしかった。

 

「魔王様。サテラがすぐにどかしますので!」

「いやいい。ちょっと試してみたい事があったしコイツに使ってみるか。魔法実験だ」

 

 魔王は燃えろと思った。すると、ありとあらゆるものを溶かすような炎が生じて、巨大な岩も瞬く間に溶け落ちた。次に、動けと思った。溶岩を巻き込んだ強烈な竜巻が発生して、溶岩を残らず巻き込んでいく。最後に凍れと思った。巨大な竜巻は下から次々と動きを止め、凍り付き……先ほどまでにあった巨大な岩だったものは、奇怪なオブジェになった。

 

「ふふふ……すごいぞ、俺様。魔法も自由自在だ。なんでもできるな」

 

 ふと、冒険の日々であった奴隷とのくだらないやり取りを思い出す。

 

「俺が魔法を使えるようになれば最強だ。というわけで、使えるようにしろ」

「ええっ……それは無理です……魔法は素質のない人にはどうやっても……」

 

(……あるではないか、やはりあの奴隷はダメダメだな。まったくもってダメな奴隷だ)

 

 後ろを振り返れば、ピンク髪の奴隷はいない。でも赤髪の魔人はいる。長い髪に手を突っ込んでくしゃくしゃとしてみれば、弄られるのが嬉しいように朗らかな笑顔を浮かべてくれる。

 

「魔王の力を使って面白おかしく遊ぶぞ。サテラ、ついてこいよ!」

「は、はいっ! 魔王様!」

「がーーっはっはっはっはっはっはっは!魔王様のお通りだーーー!!」

 

 魔王ランスは、失ったものを取り戻す為の冒険に旅立った。

 

 

 

 

 

「がはははははー……」

 

 父親は、あっという間に遠くへ行って見えなくなってしまった。後は帰るだけだ。戻れば魔想姉妹が待っていて、二人でランス城に向かうことになる。

 

「リセットには言ってなかったけど、これから嫌な事あるから」

「……いやなこと?」

「……私も見たくないものだけど、見ない方がもっと後悔するだろうから、受け止めて」

 

 ランス城に戻った時に、そう不吉な言葉を志津香は漏らした。

 

「お待ちしておりました。リセット様、志津香様、ナギ様」

「……シィルちゃんはどちらにいますか?」

「地下一階、教会におります。セル様とシーラ様が、もうほぼ整えております」

「ありがとうございます」

 

 有無を言わさず、無言で大人達が下へと降りていく。リセットもそのまま喋らずに、不安になりながらも降りていった。

――ランス城、地下教会。そこにシィルはいた。

 

「シィルおねーちゃん……?」

 

 棺に入って、顔だけが出されている。リセットにも経験はある、死者に対する形式だった。ここまで来ればリセットでも分かる。シィルは、息をしていない。死んでいる。だから葬儀が行われようとしている。

 

「な、なんで……昨日まで、一緒にいたのに……おとーさんが、魔物をやっつけたのに……」

「昨日の祝賀会によからぬ人が来て、彼女を殺したわ。だからお別れをしなくちゃいけないの」

 

 リセットはシィルに触れてみた。身体の傷はヒーリングによって治されている。だからいつもと変わらない。でも、冷たい。息をしていない。やはり、死んでいる。

 

「あ…………あああ……」

 

 ペンシルカウが襲われた事はあった。魔人討伐隊や冒険で命を奪った事もある。だけどこれはリセットにとって、初めての身内の死だった。

 

「――――――――ッ!」

 

 受け入れられずに、教会から逃げ出した。そのまま走って、ランス城から出て、cityの街に向かい……

 

「リセット! ここにおったか!」

「っ……おかーさん!」

 

 リセットは、母の胸の中に飛び込んだ。もう涙でくしゃくしゃになった顔を母に押しつける。

 

「シィルおねーちゃん、いないの……い、いや……ひっく……」

「ああ……そうか、知ったか……」

「うえええーーー……」

 

 もう涙と嗚咽を止められない。わんわんとパステルの胸の中で泣く。

 

「ひっ……うう……」

「…………誰でもいつかは通る道じゃ。今は、母の胸で泣くがよい」

「うえええーーーん……」

 

 パステルは、じっと娘が泣くに任せていた。リセットにとって、シィルは父の恋人だった。父が一番好きな人だった。自分もすぐに好きになり、笑顔が素敵で、実の娘のように仲良くしてくれた。涙の中で、一つの疑問が生まれた。

 

「おとーさんの恋人がいなくなって……おとーさんはなんでいなくなったの?」

「…………リセット。父のことは、もう諦めよ」

「えっ……」

「もう会えると思うな。むしろ会うな、探そうとするな」

「なんで……おとーさん悪い人じゃないよ!?」

 

 パステルは難しい顔をしている。だが、娘を守る為に、伝えるべき事を伝えなければならなかった。

 

「今まで言っていたリセットの言う事は正しかったのかもしれん。でも、もう手遅れじゃ。魔王になってしまった。じきに魔王に心を乗っ取られる」

「魔王って……おとーさんどうなるの!?」

「いずれ近づく人を誰であろうと殺す。妾だけじゃない。リセットの友達であるナギも、何よりもリセットまで、娘とわからずに殺すじゃろう。あやつはもう、人としては死ぬ」

「…………………いや、やだやだやだ!!」

 

 駄々をこねようが、いくら泣こうがこれは変わらない。泣く事がより酷くなっても言わなくてはならなかった。

 

「もうどうにもならないんじゃ。妾と一緒に、生きていこう」

「手立てならあります」

 

 二人のいるところに法王クルックー・モフスが現れた。

 

「……いつからおった、貴様」

「今、来たところです」

 

 本当に、全力で駆けて今間に合ったところだった。ジフテリアから全力でうし車を飛ばし、山道に入ったところはレベルに任せた走りの方が速いからここまで駆け抜けた。今も汗が滴っている。

 

「私達人類は、昨日迎えるはずだった大団円を奪われました。ですが、取り戻せます。リセットさんの力があれば」

「えっ……」

「法王……!無駄な希望をリセットに持たせるな! こんな幼子を、死なせる気か!」

「私は諦めません。ランスの好きな世界を、彼に壊させません」

 

 クルックーは譲らない。表情は乏しいが、パステルから見ても強い決意が込められているように感じられた。

 

「何かリセットに出来る事があるとでもいうのか! 言ってみい!」

「リセットさんの手は、恐らくは魔王にも有効です。ランスが破壊衝動に、魔王の人格に飲まれつつあったとしても、クラウゼンの手なら正気に戻せるでしょう」

「わたしの、手……」

「それだけか?出来たとしても、ただの時間稼ぎじゃろうが!」

「……………………」

 

 クルックーは、何も答えない。今は語るわけにはいかない。ただ頭を下げるだけだった。

 

「……お願いします。私が知る限りでは、今ランスを助けられるのはリセットさんだけです」

「魔王にビンタするというのがどれだけ無謀な事かと分かっているのか! 貴様は……!」

「……わたし、がんばる! おとーさんを、元に戻してみせる!」

 

 リセットはそう言うと、母の腕の中から抜け出してクルックーの手を取った。涙を拭きとる事もせずに、真っ直ぐクルックーを見つめている。

 

「リ、リセット……!」

「お願い。クルックーさん。わたしこそがんばるから……おとーさんを一緒になんとかしよう!」

「…………ありがとうございます。リセットさん」

 

 手を――魔王を止める唯一の希望を強く握りしめる。

 こんな悲しい事を少なくしたいと。もう失いたくないと。

 

 リセット・カラー、ランスの長女でカラー姫、今では魔王の子。

 父を救う為に、これから彼女の長い長い物語が始まる。




リセット・カラー lv42
 この世界の3人の主人公の一人。
 15年もの長い長い間、魔王になってしまった父を救う為に奔走することになる。
 魔王にとってのブレーキであり、救いとしてあり続けた。

魔王ランス lv??
 第八代魔王。リトルプリンセスの覚醒を阻止するため、美樹を死なせないため、そしてなによりも、自分にはない力を求めて魔王となった。
 目的の為にありとあらゆる手を尽くしても、手立てがない。少しずつ心を黒く染めて苦しむことになる。

クルックー・モフス
 AL教の法王。この世界を変えた人間。神異変の主犯。
 RA0年からリセットビンタを作戦に織り込んでいた。

 年表RA0年の再現。文章力に対して用意した題材が勝ちすぎている。学生がフォアグラやキャビアを使って料理を作る気分。
 シィルとの会話はランス01より。ザンスやら小ネタが多くて魅力的ですよ。


 うーん未熟、でもこの頃の方がランスシリーズの文章には寄っているんだよね。


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birthday

 全ての外伝はバーバラとはほとんど関係がありません。時系列的にはこの遥か先にバーバラの物語もあるというぐらいで、筆者が思いついたまま書きたいだけの話たちです。読み飛ばしても本編に問題はありません。


 新暦RA1年1月――――探せど探せど見つからなかった魔王ランスの所在が判明した。

 正月早々翔竜山の頂上から魔人達と共に新魔王軍の結成を宣言。かねてから魔物達が建設を進めていた城が魔王の居城であり、翔竜山は魔王の領土であると通達。それを受けて、世界各国は魔王ランスに対する謁見を求めた。

 リーザス女王は即日ウエディングドレスを着て嫁ぎに押しかけたが、魔人サテラの逆鱗に触れてあえなく退散。以後人類圏の意思疎通をしようとする試みは、悉くが魔人サテラによって阻まれることとなる。魔物界側も同じような試みはあったが、魔王に興味を持たれない。結局誰一人として魔王ランスどころか、新魔王軍についての情報を得られなかった。

 そんな中、一番最初に有力な情報を得たのはヘルマン共和国だった。

 

「だーかーらー! 絶対命令権で操られてただけなの! それが解けてやっと逃げ出せたわけ!」

 

 大統領秘書、ペルエレ・カレットは涙目になりながらランク・バウ城内の司令部で叫んでいた。後ろ手に縛られて正座で床に座らせられており、強面のヘルマン軍人達からの尋問を受けている。まるで、これから処刑される罪人から遺言を聞いているような状況だった。

 

「では、何故こちらに来なかった? 展開していた我々の軍が見えなかったとは言わせんぞ」

「あんたたちと関わったらもっと面倒な事になると思ったからよ!」

「おかげで私達が対応する事になったんだけどね」

「最悪の選択だったわ……まだ軍隊に投降してた方がマシだったぁ~……」

 

 二ヶ月ほど前から行方不明になっていたペルエレが新魔王軍にいる事が確認され、翔竜山を下山しようとしている。この情報は電撃のように広まり、周囲に展開していたヘルマン軍第1軍は広範で安全な『お出迎え態勢』を整えた。それを見たペルエレはあらぬ方向へ逃げ出した。

 その結果、フレイア率いる闇の翼から『熱烈なお引き留め』を受けることとなった。おかげで、今こうして楽しいお話の時間となっている。

 

「私の『尋問』を続けていたらもうちょっと早く情報がまとまったと思うけど」

「も、もうあれはやめて……ぐすっ……」

「……まぁ、こいつの性格的にすぐ逃げるのはわかってたからあれ以上は勘弁してやれ」

 

 この場の総司令官、ヒューバートが取りなした。目的はペルエレを壊す事ではなく、魔王ランスについての詳細な情報を得るのが大事だからだ。得るものを得ても、壊れてしまったら悲しむ人が出る。

 

「あれでも私としてはかなりソフトにやった方だけどね」

「概ねの情報はフレイアさんからもう頂いています。魔王はまだ正気。魔軍は少数だが精鋭。魔物界との連携も取る気がない等、どれも今の我々にとっては有難いものばかりでした」

「実生活はどんなんだった?リーダーも含めて全部やったんだろ」

「遭遇したら拉致されて、行方不明の2か月間は強制労働に魔王専用慰安婦。総合すると、今のところ魔王に対する一番の被害者ですね」

「…………うわぁ、容赦ねぇ」

「シルキィが手伝ってくれて命令が解けたから抜け出したの。もうあんなとこは嫌ぁ……」

 

 流石に、同情が広まった。魔王の手先かという懸念があったが、蓋を開けてみれば絶対命令権に翻弄された哀れな使徒(どれい)だった。戦争が終わってからは使徒という特別感に酔っていたが、それを後悔に変える程には哀れな生活だったらしい。

 

「まあ、この辺で楽にしてやるか」

 

 そう言ってヒューバートは刀を抜いた。それを見てペルエレの顔は真っ青になり、ガタガタと縄を解こうと暴れ始めた。

 

(つ、遂に殺される!? 用済みになったから処刑ってわけ~!?)

「やーめーてー! 永遠の命があるのに死にたくないー! 化けて出るわよー!」

「……はぁ。やっぱり大分錯乱してるな」

 

 普段ならこの流れでヒューバートが斬るわけがないと判断が出来る。だが、2ヶ月の使徒生活と闇の翼の『説得』はペルエレをマイナス思考に染まらせるには十分だった。本来いるべきトップが、大統領の椅子に座るべきシーラがいない中で全てが進んでいたのがペルエレの不安をさらに増大させていた。

 

「たたた、助けて―! 助けてよシーラ! どこにいるのよー!」

「そらよっと」

「ぎゃーーー!」

 

 ヒューバートは縄を斬った。暴れようが縄だけを斬る程度の技量はある。ぱらぱらと縄が落ち、ペルエレは叫んだ拍子に飛び上がって完全に開放された。

 

「シーラなら奥の院の自室にいるぞ。早く行ってやれ、きっとお前の顔を見たがっている」

「へ、へ、へ? いつも朝早いしとっくに来てるでしょ?」

「未明にゴタゴタがあってな、今頃は疲れて寝てるだろうよ」

 

 ヘルマンは魔王の事を全く知らないように、ここ二ヶ月のヘルマンをペルエレは知らない。柔らかい笑顔で、ヒューバートはペルエレの肩を叩いて送り出した。

 

「なにせ今日は……誕生日だからな。祝ってやれ」

「あー……そういうこと」

 

 察したペルエレは、頭をぽりぽりと掻いて奥の院へ向かった。

 

 

 

 

 ランク・バウ城内、奥の院。昔は傀儡皇帝、シーラ・ヘルマンに対する牢獄だった。今は大統領の寝室と、執務室のある区画だ。多くの者が報告の為に出入りして、魔人戦争時代は昼も夜もなかった。自分がいた頃は活気と騒がしさが日常だった区画が、今日は静けさに満ちている。

 人はいつもより多い。だが、努めて静かにしようと意識しているようだった。今日は黒鉄の兵よりも、白衣の者の方が目につく。

 

「…………………」

 

 周りの知り合いに目線だけで挨拶を済ませ、ノックもせずにそっとシーラの部屋に滑り込んだ。 シーラはいつものように、安らかに寝ていた。彼女の隣にふかふかの毛布と、そこにくるまる小さい生き物も。すぐ近くまで来て覗き込むと、産まれたての赤ん坊と分かる。タグに書かれてるのを見る限り、女の子らしかった。

 

「………………ペルエレ?」

 

 寝ていたはずのシーラが来客に気づき、眼を開けた。

 

「うわっ、なんで寝てるのにわかるのよ」

「私は大丈夫だけど、いいから寝てろって兄様に言われて目だけ瞑ってたの」

 

 シーラは半身を起こした。女性として戦い抜いた後だろうに、その動きはかなりしっかりしている。そのままペルエレに抱き着いた。

 

「……お帰りなさい。とっても、心配した」

「あーもう、出産直後に他人を心配するな。赤ちゃんと自分だけ見てなさいよ」

「だって……2ヶ月もいなくて……」

「魔王軍で美味い飯食ってただけだから。秘書としての仕事も飽きてたところだし、丁度よかったのよ」

 

 そう言って、シーラを引き剥がす。魔王軍の食事だけは他の使徒や魔人の食事と一緒で、皇帝に成りすましていた時と遜色の無い豪華なものにありつけていた。

 

「魔物にも料理が得意な奴がいてね、あっという間になんでも作ってくれるの。腕はヘルマンより良かったし、飯食うならあそこは最高だわー」

「あ、あははは……やっぱり不満持ってた?」

「そりゃ他国行けば自国の飯がマズいってわかるでしょ。お寿司、ステーキ、うな丼とか安直なものに始まって、うはぁんとか高級料理も一通りコンプしてきた。それで、飽きたから帰った。そんだけ」

 

 案外、ペルエレは魔王軍でふてぶてしく暮らしていた。ランスもキリキリ働かせてはいたものの、夜の仕事以外はそこまで厳しいものではない。元より絶対命令権で泣き叫ぶ反応を楽しんでいただけで、そこまで苦しめるつもりもない。ペルエレもまたヘルマン人だった。ただし夜の仕事は、魔人使徒総出でローテを組んでも死屍累々となる程度には過酷だったため、逃げ出す主因だったりする。

 

「いやー、食べた食べた。戻ってきたらあんたより太ってないか不安だったぐらいよ」

「ふふっ……少しも変わってない。大丈夫だよ」

「そっちはちょっと伸びたしね。妊娠期間中にはもう背抜かされちゃったし」

 

 シーラの妊娠が発覚したのは、魔人戦争終了後からほどなくしてのことだ。相手はランス以外考えられなかったため、草の根を狩る勢いで魔王捜索が進められたが何の手がかりもなく、そうこうしてる内にシーラのお腹も膨れ始め……ペルエレが行方不明になった。

 そして今日、ペルエレが戻ってきた日がたまたま出産の日だった。

 

「あんたがこの年で母親か……なーんか実感ないわ。3年前まで何も知らない箱入りのお嬢様だったのにね」

「うん……自分でも、想像できないと思う」

 

 何も出来ない皇帝が奴隷になり、革命に参加し、大統領になり、魔人戦争を戦い抜き――――母親になる。過去の自分に言っても、信じられそうになかった。

 

「これで魔王の子がまた一人、か……」

「魔王の子?」

「私達の間の呼称よ。新年早々リセットが来てね……すったもんだあった挙句、魔王の子達には手を出すなということになったの」

 

 お転婆なカラーの姫が単身押しかけて、侵入者を排除しようとした魔物兵と争いになり……魔王ランスが直々に飛んできた。あの時のランスの焦りっぷりは、新年初笑いだった。

 

「そっか、リセットちゃんもザンスちゃんも……ランス様のお子様は、皆この子のお姉ちゃん、お兄ちゃんなんだね」

「まぁそういう事になるわね。でも、魔王の子なんて呼び方は広がらない方がいいと思うけど」

「ううん、それでいいよ。きっと兄弟姉妹がいた方が楽しいから……レリコフには、たくさん笑って欲しい」

 

 シーラの娘を見る微笑みは、既に母親の顔だった。

 

「レリコフって、あんたの子供の名前?ヘルマンでもあんまり女の子っぽくない名前ね」

「……昔、お世話になった人がいて、その人は素晴らしかったから」

「ま、子供の名前なんて親の好きにしたらいいけどさ」

 

 レリューコフ・バーコフ、ヘルマン帝国時代最後の第一軍将軍。革命に倒れた古い屋台骨と評価されているが、シーラはそれだけで忘れられるには忍びないと思い、彼の暖かさを持てるようにと名付けていた。

 

「各国勢力そろい踏み、魔王の子で人類圏全制覇。えーとこれで……9人目?」

「年越しの時に、ミラクル様も赤ちゃんを見せに来てたよ。ランス様と自分の娘だって」

「えー、そういえば昨年はあの目立ちたがり屋が全く姿を見せなかったけどさ……」

「望めば王にも、盗賊の頭にもなれるだろう。名前はミックス、ゆくゆくは世界を継ぐ者として育てるってはりきってた」

「魔王に性格似ているから親馬鹿まっしぐらだ。絶対」

 

 魔王ランスは新年早々の騒動で使徒魔人達から親馬鹿と影口を叩かれ、ペルエレに至っては真っ向から大爆笑をかました。その程度には、リセットに対して甘々な言動をしていた。

 

「私と同じように、かなみさんのところにも挨拶に行くって言ってたし、かなみさんもそうなんだろうね」

「どんだけ土壇場でバラ撒いてるのよあの男は……この分だと、まだまだいそう」

「くすくす……賑やかで、楽しそうだよね」

(この子……未だに自分の恋とか、そういうの分かってないんじゃ……)

 

 母親としての心構えは明らかにあった。ペルエレからすれば違和感しかない。その前にあるべきものが育たないまま既成事実だけが来てしまったように感じた。それでも、シーラはペルエレの手を握り、太陽のように笑いかけてくる。

 

「私、今がとっても幸せ。……ペルエレも戻って来てくれて、ありがとう」

「う…………まぁ……おめでとう」

 

 あまりに眩しすぎて、目を背けないといけなかった。気恥ずかしさで、まともにシーラの目を見れない。

 

(あー……こういう幸せもあるのかな。どうなのかな……)

 

 幼少の頃から辛い日々が多かったペルエレにとって、こういう真っ向からの暖かい空気は苦手だった。今はことさらに甘すぎて、適当に誤魔化す気すら起きない。ここからゆっくりと、二人は2ヶ月の間のとりとめのない話をしていた。

 この暖かい時間が終わらせたのは、ノック音とそれと共に入ってくるヒューバートだった。

 

「失礼するぜ。お二人とも仲良さそうで何よりだ。そのままそうしてやりたいんだがペルエレにちょっと用がある。執務室まで来てくれ」

「あー……もうこんな時間かー……」

 

 思ったより時計の針が進んでいた。ゆったりとした空気は、本人達もゆっくりにするらしい。ペルエレは立ち上がると、切り替える為に捨て台詞を吐く事にした。

 

「色々長く話聞いてたけど……父なき子なんて悲惨よ。やっぱりあんた、不幸のどん底に落ちるわ」

「ええっ……!?」

「魔王の子なんて言ってたら世間はブーイングの嵐でしょ。来年は落選だろうから誰かに取り入らないとねー」

「いや、お前なぁ……悪口言わないと気が済まないのか」

「ささ、ヘルマン軍総司令官。いや、未来の大統領様! ワタクシめと一緒に頑張りましょう!」

 

 そう言って、ペルエレはヒューバートの肩にしなだれかかってシーラの部屋を去っていった。残されたのは、産まれたばかりの赤子と母。ふと目を向けると、丁度起きたらしく目が合った。

 

「生まれて来てくれて……ありがとうね」

 

 レリコフとシーラ。二人はニコニコと笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 奥の院、執務室内。本来は大統領と秘書ぐらいしか常駐しないところだが、今日は煩雑な書類と格闘しているクリームと真田透琳がいた。

 

「なんでこっちに呼ばれたか分かるか?」

「どーせ、いない間溜まってたものでしょー……シーラがあの調子なら、どのみち暫く無理よ」

「今シーラに頑張らせちまう方がマズいからな。だから秘書としての仕事は溜まってても一切ない。その代わり、今日はお前にしか出来ない仕事がある」

 

 ニヤリと笑って、ヒューバートは一つの瓶を取り出した。中身は肌の質を変える変身薬。

 

「何度もやっただろ? シーラの身代わりだ」

「あー……そういうこと」

 

 周りを見れば、全てが用意されている。金髪の高級ウイッグ、シーラが着る替えの服。メイド時代に慌てて用意したものと違って、国民の税金で用意された最上級品たち。

 ペルエレがこれら全てを使えば、シーラとほぼ寸分違わぬ姿になる。余人はもちろん、近くにいる身内ですら見分けがつかない。声真似が得意技なのもあって、騙せない人間はいなかった。

 

「人の黒歴史をここまで清々しく乱用するわねー……」

「使えるものはなんでも使わなきゃいけなかったからな、それに比べれば今日は楽だろ」

 

 第二次魔人戦争時代、シーラ・ヘルマンは二人いると言われている。最初はランスが魔物将軍を討つ為の囮に使った事がキッカケだった。この作戦は完全にハマり、決戦とばかりにペルエレのところへ魔軍は殺到し……ヘルマンは局地的に劣勢を跳ね返す程の大勝利を得た。

 その後もヘルマン軍は幾度となく多用した。囮は勿論、首都の防空措置と化したシーラを他の都市に移動させ、もはや誰も来なくなった首都にはこれ見よがしにペルエレを立たせたり……泣こうが喚こうがヘルマン軍は偽シーラをやらせ続けた。

 

「それで、私がやらなきゃいけないことって何?」

「ローレングラード解放日だからな、記念式典がある」

「あー、初めて領土取り返した日だったっけ……」

 

 ロレックス、アミトスの二人が率いる軍隊で魔軍に対する大攻勢と領土の奪還日だった。病気から戻った二人は思うがままに暴れて、溜まっていた鬱憤を晴らした。この日は後にヘルマンの祝日と定められることになる。

 

「演説文は先生が書き上げてあります。フォローはこちらでもやりますので」

「私がやるべきじゃないと思うんだけど……」

「今やローレングラードはヘルマン一の人口を誇る都市となっております。あそこでの演説は民心を考えれば欠かせませんな」

「あのキザおじさん自分の手元だけはお綺麗な事やってたからね。どうしてもやんなきゃいけないの?」

 

 民間人を虐殺する方針の魔軍の中で、ケッセルリンクが占領したローレングラードだけは殺傷が禁じられていた。魔軍占領下のヘルマン人はその都市を遮二無二目指して逃げ込んだ。その名残で、今のローレングラードは過剰人口の大都市となっている。

 

「式典の日取りはともかく、シーラの参加の可否はお前が決めてたぞ」

「そんなんしたっけ? 覚えてないわー」

「……身から出た錆と思ってやってくれ、ほれ」

 

 ヒューバートはペルエレに瓶を渡した。大した気負いもせずにペルエレが薬を飲むと、褐色の肌が、あっという間にシミの一つもない美白へと変わっていく。

 

「じゃあ俺達はうし車で先に待ってるからな」

「はいよー」

 

 ヒューバート達が去り次第、衣服を着替えてウイッグと固定化の魔法薬を飲むと完全に一年前のシーラと瓜二つになっている。奥の院にいる兵士達は皆知っているが、それでも目を奪われてしまうような美少女だ。

 

「さーて、成りすまして美味しい食事でも堪能しますか」

 

 そう呟くと、ペルエレは執務室を出る。そのまま奥の院から外に出るために、区画にある庭を突き進んでいく。

 その時、庭で一輪の白い花が咲いた。ヘルマンに植えられていたアコンカの花。喋るべき時が来ていた。

 

「世界の変革をお知らせします」

「ん?」

 

 淡々と事務的な声で、つい先ほど起きた事実を伝えていく。

 

「新しい勇者が誕生しました。なおエスクードソードは塵モードです」

「………………今のって、何?」

 

 その声を、ペルエレは聞き取れなかった。しかし、確かに花は咲いていた。




レリコフ・ヘルマン lv1
RA1年1月産まれ、ミックスは0年12月産まれ。元就は4月後半~11月、ウズメはレリコフと誤差、運命の女実績順。肉体的な接触のチャンスは鬼畜王戦争以外薄いと想定。
身長的な部分はベストフレンドイベントにおける「不治の病」の影響で幼少期の成長の機会を奪われたと考えている。
 ヘルマン人だし、どうせ育つ。 ※全部独自設定です。

リセット・カラー lv63
 世界を股にかけるお転婆カラー姫。戦争終了後はシャングリラに住もうと提案。ランスしか身よりの無いカロリア、ピグ等の人間と一緒に暮らしている。新年早々母親と喧嘩になって、初めての家出を慣行した。泣くリセットには魔王も勝てぬ。
 
ランスの魔王生活
 影響少ないRA1年だろうが、魔王時だろうがやる事はやってる。時々2部でも魔王城サイドの文章が出るが、常に女性魔人一人から二人は一切出る事がない。
 例えば2部ターン10,翔竜山攻略時にいるはずのシルキィ、ホーネットは終始出番が無い。恐らくは魔王ランスによってダウン中である。


 ……なんかペルエレばっかり書いてる気がするな。
 ホントはローレングラードの部分も突っ込みたかったけど長くなりすぎるし主題が固まらないから泣く泣く大カット。
 ペルエレがパクった力のポテチが毒入りで苦しんで、それをきっかけにローレングラードの住民達と仲良くなり、二ヶ月に一度ぐらいはマズいスープを作る未亡人と娘のところに行くキッカケになる。
メスボスとデストラーの師弟関係やら、サムソンの大都市に対する田舎者の苦悩やらヘルマンモブ勢をガッツリ詰め込んだものだった。でも全部ボツ!結果ボツ文の方が長い!
 そいつらまで書くと勇者災害真面目に書かないと活きない。そして勇者災害は外伝で書いちゃいけない(もっと腰を据えて書かないといけない)分量になりそうで断念。


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リセット・カラーの誕生日(上)

 全ての外伝はバーバラとはほとんど関係がありません。時系列的にはこの遥か先にバーバラの物語もあるというぐらいで、筆者が思いついたまま書きたいだけの話たちです。読み飛ばしても本編に問題はありません。


 魔王の子達が魔王を倒す為の修行――――それは、想像以上に過酷なものだった。

 

「ぐっ……ひ、卑怯な……」

 

 最後まで生き残っていた二人、乱義が遂に倒れた。

 

「これで俺の勝ちだ!! がはははー…………」

「はい終了。馬鹿げてるでしょこんなの」

 

 最終勝者となったザンスもとっくに限界を迎えていたために倒れ込み、ミックスは足を緩めてザンスの方へ近づいていく。彼女は二人のせいで3回目の走破をする羽目になっていた。

 

「これで全員だね~。お疲れ様ー」

 

 4回目以降は免除となったリセットがとてとてと飲み物を渡しに駆けだす。お茶を最初に受け取ったナギが不平不満をこぼした。

 

「限界まで走り続けて、全員が倒れるまでやるって強さに関係なくなーい?魔法使いの私達までなんて」

「時には根性が必要だからな。限界も知らないと引き際がわからない」

 

 パットン・ヘルマンの徹底体力訓練によって、今日の魔王の子達は異界で持久走をやらされていた。少しづつ要求ラップは上がり、楽を許さない構成。回復したら最後の人間が倒れるまで2週目を走る。最終的にはいつも張り合う二人が残されて、精神的な限界を遥かに超えて走り続けた。

 

「ともあれ、俺が教えるものはこれが仕上げだ。後は他のメニューを継続するだけでいい」

 

 満足そうに、パットンは自分の訓練の終わりを告げた。

 

「あーっ! もうマジ無理! 俺なんて何度割れたかわかんねーよもう!」

「最後のはザンスが長田君を乱義に向けて蹴ったからでしょ……」

 

 愚痴を漏らしつつ、魔王の子達は疲れた身体を引きずってキャンプ地に戻っていく。ロッキーや死霊騎士団が用意した食事に手をつけつつ、雑談の時間となった。

 

「えーと、これでとーちゃん達が終わりだと、次はオイラ達は何をするのかなー」

「明日からはブリティシュ殿のチーム戦術をやる予定でござる。適当に戦ってるだけで連携がないとか」

「よくわからないけどボクも頑張るよー! ガンガン行っちゃうから!」

「どんなものであろうと飲み込んでくれるわ! ぐわっはははは!」

「…………この子達に教え込むの、無理じゃないかしら。一体いつまでかかるやら」

 

 魔王の子達は戦いとなったら好き勝手に暴れるだけだ。今までは志津香達のような年長組がフォローをすればどうにでもなったが、相手が魔人や魔王ならば連携は必須となる。

 ポリポリワンのモノクロな世界を――――もはや慣れ親しんだ異界を眺めながら、スシヌは気合を入れた。

 

「時間はたっぷりあるしレリコフちゃんも元就ちゃんも、私も出来るようになるよ!多分……」

「異界の時間は長すぎて日付が分からなくてちょっと怖い。それと布団が恋しい」

「えーと、今日は何日目だったっけ?」

「ポリポリワンに来てからちょうど70日目だね。そろそろ物資が乏しいから戻る必要が出てくるかな」

「70日目、元の世界だと7日後……なにかあったような気がするわね……」

 

 何かを思い出そうと首を傾げる志津香。だが、答えにたどり着いたのはナギの方が早かった。

 

「……あっ、リセットの誕生日って今日じゃん!」

「えぇっ!?」

「そういえばお姉ちゃんはこの時期だったよね。私も3年ぐらい前にお祝いした気がする」

 

 異界のせいで時間間隔はズレてはいたが、元の世界の暦ではリセットの誕生日にさしかかっている。

 

「ホントっすか!? リセットさんおめでとうございます!」

「ま、まぁこの年齢になったらそこまで嬉しくないし……気にしないで」

「そのとーりだ。今は魔王ランスを倒す為に一日でも惜しい。このままいつも通り修行するぞ」

「…………ない」

「……ん、今なんて言った?」

 

 ここまで疲れすぎて一言も喋らなかった冒険のリーダー、エール・モフスが顔を上げた。

 

「お姉ちゃんの誕生日を祝わないとかあり得ない。修行中止―!!」

「はぁっ!? 何言ってんだコイツ!?」

「明日一日はお姉ちゃんの誕生日を祝います。これはリーダーの決定! お姉ちゃん誕生祭は修行より大事!」

「え、エールちゃん……」

 

 呆然とする一行。この破天荒な悪戯娘は一度言い出したらほとんど修正は効かないことを長い冒険で知っていた。肩を落として、ミックスは折衷案を持ち出した。

 

「まぁいいんじゃない? 祝うだけならケーキでも持ち込めばすぐに済むでしょ」

「ダメ。お姉ちゃん誕生祭はキッチリ一日分使って盛大にやろう。もう修行ばっかりで楽しくないよー!」

「エール、確認するけどそれは魔王を倒す為の10日分を無駄にするってことだからね? 次は絶対に負けられない戦いだ。尽くせる手があるなら尽くした方がいい」

「大丈夫、ボク達が修行したんだから楽勝だよ! そんな事よりなるだけ派手でお姉ちゃんが喜ぶような誕生日にしよー!」

 

 もう身体を痛めつけるのは飽きた。そんな事より遊びたい。エールはこれ幸いと姉の誕生日という口実に飛びついていた。

 

「あーあー……エールがこうなったらテコでも動かないもんねー……」

「ふざけんな! 根性無しは放っておいてやれる奴は修行するぞ」

「臣下として二年間ご無沙汰なので、ウズメはリセット主君を祝いたいでござる」

「私は今回の冒険が終わって落ち着いた時でいいから。エールちゃんの気持ちは嬉しいけど、今はお父さんの方を大事にしよ?」

「お姉ちゃんが良くても、ボクがダメー! 絶対祝うー!」

 

 いつもの事だが、魔王の子達は個性が強く意見の対立が絶えない。今回はリーダーから持ち込んだ火種だった為に、収まる気配がなかった。テンションが上がった元就がレリコフに殴りかかり、乱闘会場と化しつつある。

 

「もうこれ収集つかねーよ……どうすんだよ……」

「はっはっはっ。こんなこともあろうかと、全能である余はどちらの願いも叶える修行も用意してあるぞ」

「マジっすか! ミラクルさんお願いします!」

 

 ミラクルは小さな杖を取り出して、騒がしい者達へと魔法を放つべく前に出る。

 

「スリープ!!」

 

 長田を除くパーティ全員の意識は、この言葉を最後に途切れた。

 

 

 

 次にリセットが目を覚ました時は、ソファーの上だった。周囲にいるのはザンス、乱義、スシヌ、深根、ミックス……概ね、修行したい派の魔王の子達が寝ていた。明るい方に目を向けると、ガラス張りの窓の向こうに外の景色が広がっている。高所らしく、かなり遠くの山々まで見渡せる。下に目を向けると、整理された区画にビル群がひしめきあって、それを縫うようにある道をたくさんの人間が行き来していた。

 周囲のインテリアは今まで見たことがない。ここまで整然と滑らかな加工はゼスでもない。周囲の物音を聞く限り、この階層が20も30も上下に連なっているようだ。机一つ、椅子一つ見ても洗練されて軽く、薄そうにまとまっている。明らかに、今の人類の技術力を越えている。

 自分も含めた魔王の子達は着替えさせられていた。リセットが着ている白のワンピースはカラーの服と違って防御力や耐久性は大きく落ちてそうだが、服飾に対して多少はあるはずのムラがない。一体どういう手法で作られたか想像がつかない。

 遥かに技術の進んだ国に、リセットは連れ去られていた。

 

「ここは……どこだろう?」

「スチールホラーの一国、日本の首都東京のマンション。そして余の自宅の一つだ。時間も惜しいし全員を起こすぞ。目覚めエモン」

 

 部屋の端に居たミラクルが銅鑼を叩くと、スリープで寝ていたザンス達はあっという間に目が覚めた。事態を認識したザンスは跳ね起きて、ミラクルに掴みかからんと迫る。

 

「俺を二度も寝かしつけやがったな! この糞ババ………ア……?」

「どうしたザンス・リーザス。余の姿が何か変か?」

「変に決まってんだろ……その姿はどうした」

 

 ミラクルは、ザンスと大して変わらない年頃の少女になっていた。茶色を基調としたブレザー姿の制服を着て、その上に白衣を羽織っている。ザンスは慣れない装いと全盛期の美女を前にして、怒りの矛を向けられなくなってしまった。

 

「この世界の流儀だ。郷に入っては郷に従えとな。……祖母様の服を着れないのは(しゃく)だが、これが一番なのだ」

「年齢や見た目に関してはこの女はやりたい放題だから気にするだけ無駄よ。しかし東京か……ベルリンとか、ロンドンがありがたかったんだけど」

「それでは他の者達の言語が通じないだろう」

 

 どの魔王の子もキョロキョロとあたりを物珍しく見回すなかで、ミックスだけは平常心で続けていた。日常の延長のように、ミラクルが沸かしておいたらしい湯を使って、コーヒーメーカーの中にパックを入れて人数分のコーヒーを作っていく。

 

「ミックスちゃんだけ慣れてるねー」

「余は数多の異界を発見、探索、調査してきた。特にこの世界、スチールホラーの調査は念入りだぞ。10年以上かけてこっそりと馴染んで、今では熟知している」

「その中であたしも幼い頃からこの世界に連れてかれてた。ちょっとだけこっち育ちよ?」

 

 さらりとした爆弾発言だ。心の中の動揺を置いておいて、乱義はミラクルの真意を問いただした。

 

「……それで、僕達を連れてきたのはどういう事でしょうか?」

「はっきりと言っておこう。エール・モフスら多くの魔王の子を置いて、貴様等だけを連れてきたのは意味がある。ここは最も危険な世界だからだ。だからこそ、いずれ各国の指導者になる貴様等はここの危険性を認識する必要がある」

「えっ……平和なように見えるけど」

「ここはな、地域によって違う。世界の全てどころか、異世界も欲しいという輩も多いぞ?そしてそれが可能なだけの強みを持っている。攻めて来られたらリーザスも一週間と持たないだろう」

 

 自国を引き合いに出されて、反骨心と共にザンスは鼻白んだ。

 

「なんだそりゃ、技術はそりゃ進んでそうだが俺様の敵じゃないだろ」

「総人口70億オーバー。数を揃えるだけで魔軍を一方的に虐殺出来る携帯武器。編隊を組むドラゴン。そして魔王のような破壊をもたらす兵器まで量産している。あのサイズの国家を解体するだけなら3日もあれば十分だろうな」

「……………………」

 

 最強国家であるリーザスの最盛期でも5000万ほどだった。その100倍以上の人口を持つ勢力――国力ともなると、どれほどの差が開くかわからない。全てを冷徹に告げるミラクルの物言いに、反論をする事も出来なくなっていた。

 

「余もカオスマスター率いる魔人討伐隊も戦いになったら逃げるしかなかったぞ。数と統率と広さで、質が良かろうが手も足も出ない。そんな世界だ」

「そ、そんな世界でわたしに何をさせるの!? 修行としても危険すぎない!?」

 

 不安げな表情をするスシヌに対して、ミラクルは柔らかく笑って数枚の紙と財布を魔王の子達に渡した。

 

「貴様等に命じる修行――――それは、おつかいだ。争いを起こさないように、この世界を楽しんでこい。5万は渡す。お釣りは好きに使っていい」

 

 

 

 

 リセット・カラー

品目 岩山書店で複数の書籍、雑誌。

 

 リセット・カラーは書店の中で見物をしていた。

 ミラクルが命じたお使いは、そこまで難易度の高いものではなかった。秋葉原という駅近くの本屋での買い物。人通りは元の世界ではお祭りかという目まぐるしさだが、マップを見たり考えたりというのは長い冒険生活の中で慣れている。麦わら帽子を目深に被り、クリスタルを隠しながら彼女は買い物を進めていく。

 

「月刊アメジスト、聖騎士団長殺し、ホモサピエンス全史、ライフシフト……ミラクルさん、難しい本多いなぁ」

 

 リセットは経済、宗教、歴史、価値観……ありとあらゆるジャンルの書籍の中でも、比較的新しい本を指定されていた。

 ミラクルの家――――高層マンション、その一フロアを丸ごと買い取ったらしいその家も本だけ、コンピューターだけというように、様々な用途別のフロアがあり(おびただ)しい数の情報が集められていた。どれだけこの世界に対して熱意をもって理解しようとしたのかが察せられる、ミラクルの勤勉で理知的な一面が凝縮されていた。

 

「後は好きに使えって言ったけど……一本だけで、後はザンスちゃんやスシヌちゃんの為にとっておこうかな」

 

 リセット・ザンス・スシヌの買い物は概ね同じ場所の指定だった。彼女は自分の買い物を済ませ次第、二人のところへ向かう予定だ。用事を済ませた彼女はとてとてと会計へ向かった。

 

「これお願いしますー」

「畏まりまし…………ん?」

 

 清算の店員から見て、声はすれど姿は見えなかった。横を見ても遠くを見ても誰もいない。

 

「ここですここですー! お願いしますー!」

「あっ……ごめんね。お嬢ちゃん」

「うう……もう慣れました……」

 

 下を見ると、麦わら帽子にワンピースを着た青髪の子供がいた。目いっぱいに背伸びして、本を上に掲げてもギリギリ死角に入っている。3歳ぐらいだろうか?いやにしっかりとした言葉遣いをしていた。

 

「一人だけ?お母さんに頼まれたおつかい?」

「親戚のおばさんに頼まれた本です。弟と妹も別のところでやっています」

(……この子より小さいのは無理じゃないかしら。後で迷子センターに連絡しておこう)

 

 はきはきとしっかりとした子供だった。清算の時にピン札を出すあたり、非常に裕福な家らしい。テンプレート通りの質問をしても、淀みなく答えていく。良くできた大人と変わらなかった。

 

「ありがとうごいました。お渡しの方は私が直接レジの外に出て渡させて頂きます」

「あ、最後にこの本を別の袋でお願いします。私の個人的な分です」

「…………本当にこちらの本で間違いありませんか?」

「はい!お願いします! えへへぇ……」

 

 明るそうな、嬉しそうな声色で、幼女は一つの本を差し出していた。

 <ナイスバディになる方法! 魅力的なオンナのカラダの作り方>

 確認をとったが間違いがない。本人は心から欲しいと思っている。もう書店の店員としては何も言えなかった。会計を終えて手渡す時に、しゃがみこんで目線を合わせて大人のお姉さんとして一つのアドバイスをした。

 

「あのね……その年で気にする必要はないから。お嬢ちゃんが今この本に書かれている努力をしても、きっと伸びないよ。10年早いと思うから、まず背丈を伸ばそうね。牛乳飲んでる?」

 

 そう言うと、ヤケになった表情で幼女は本をひっつかんで駆け出した。

 

「うわーーーーーん! 飲んでるもん! 毎日頑張ってるのにちっとも伸びないのー!」

 

 見た目と実際の年齢がアンバランスな少女は去っていった。10年後も、彼女はナイスバディにはなっていない。

 

 

 

 

 ザンス・リーザス、スシヌ・ザ・ガンジー

品目 漫画、ライトノベル、CD,DVD、画集

 

 二人は虎の穴本店に来ていた。この店はAとBがあって要求品目はそれぞれ広範に存在する。現代風の服に身を包んだ彼等は手分けして左右両店の買い物を済ませる事となった。

 

「新約禁書20、ブレーキワールド16、寄宿学園のロミオ……あいつ、何買ってんだ」

 

 ジーンズに赤色が混じったアロハシャツを着た長身の男、ザンスが買い物を進めていた。古く、今時の若者に受けそうなライトノベルや漫画も集めている。大した知識というものではなく、完全に娯楽目的な書物たち。それにしたって、低俗過ぎないか。

 

「ま、誰が何買おうがどうでもいい。それより問題は余った金と、アレだな」

 

 ザンスが目を向けたのはただ一つ。地下一階『成年向けエリア』別名、エロの集合地への道。

 

「ぐふふ……」

 

 最初にこの店を訪れた時点で、目星はつけていた。リセットもスシヌも別フロアに行っている。ここに行っても誰も気づかない。

 

「……これは異界の視察だ。この店を隅々まで調べて、異界について得られる機会があるなら利用するべきだ。これは将来王となる俺様のやるべき事なのだ!」

 

 勇気をもって、地下への階段への第一歩を踏み出した。ここよりは異世界人にとって前人未踏の第一歩。まだ誰も見たことのない景色へと進んでいく。

 

「うおおぉぉぉ~っ…………!」

 

 エルドラドはここにあった。ディスプレイに表示される女性のあられもない姿。エロシーン特有の嬌声。ほとんど裸と思うような水着がディスプレイに映る。

 

「すげぇ、すげぇ、すげぇよ!! うわっ……うへへへへ……」

 

 ザンスにとって望んでいたものがそこにはあった。しかもどれもが画質良く、レベルが高い。リーザスやラレラレ石では望めない高品質のエロの世界。声優も喘ぎのプロだ。男の興奮を誘うような声色で、購入を誘っていく。

 

(だが……買えん。買ったらバレる。悔しいが……眼に焼き付ける事しか出来ねぇ……)

 

 一階、二階で買ったものはカバーはあるが薄かった。あれでは中身がバレバレだ。裸の女を見せつけたまま往来を歩く事は出来ない。

 

「ありがとうございましたー。こちら、商品となります」

 

 その時、会計が袋を手渡しているのが見えた。

 

「あの袋、上のと違って、明らかに厚い、何も見えないな……まさかっ……!」

 

 そういった問題点を、異界の人間達は配慮していた。成人向けのものが売っているエリアでは袋の種類が違う。地下一階に至っては段ボールと見紛うような質感と厚さをもって、何を買ったかわからないようになっている。ザンスが先ほど渡されたものを見ても、何かはわからない。つまり、ザンスが何を買っても魔王の子達は分からない。

 

(すげぇ……! なんてすげぇんだスチールホラー! リーザスに帰ったらこれを取り入れよう……!)

 

 ブレーキは壊れた。ザンスは脱兎の勢いで自分の好きそうな書籍、DVD,ゲームをまとめていく。本気で頭を働かせて自分の好みを吟味、計算しつつ購入するものをつめこんでレジへと向かった。

 

「これだ! 店員、これをくれ!」

「9点で、計四万八千円となります」

 

 渡された額よりも低いが、ミラクルが頼んだものを買った分だけお金が足りない。

 

「ぐぅっ……!? どういうことだ!? 表示値段より高いぞ!」

「表示価格は税抜きです。消費税が入って若干加算されます」

(しまった……! どうすれば……!)

 

 異界には消費税がある。その認識が薄かった。そういえば、ミラクルの本を買った時も表示価格より要求は高かった。

 

「三千円……三千円足りねぇ……! この俺様が金で悩むとは!」

 

 既に店員は商品を手早く袋にまとめていた。後は厚手の袋を受け取るだけなのだが最後のステップでつまづいている。

 

「ザンスちゃんお金足りない? 私持ってるからあげるよー」

 

 上から大天使の声が聞こえた。救いの神だ。

 

「おおっ! リセットか、ナイスだ! こっち来てくれ!」

「はーい! お姉ちゃんに任せなさーい!」

 

 もう厚手の袋だ。問題ない。そう、今は屈辱だが後で宝石でも誕生日でもなんでも倍ぐらいで帰せばいい。異界の宝物は価値が違う。ぱたぱたとリセットが下りてきて、ザンスにお金を渡した。

 

「はい、ザンスちゃん」

「ふぅ~……」

「ありがとうございましたー。こちら、商品になります」

 

 そうして、戦利品は手に入れる事が出来た。もう自分の物で、誰も覗けない。リセットがひょこひょこと近くでのぞき込んでいるが、問題はない。

 

「ザンスちゃんザンスちゃん、そんなに高いもの買うなんてよっぽどいいものだったんだねー。何買ったの?」

「てめーには一生教えねーよ。最高の土産だ! がははははは!!!」

「む、じゃあ予想してみるよー。この手はジャンル別だから周囲のものからある程度想像できるんだからね。シンキングタイム、ちっちっち………………えっ?」

 

 周囲にはエロしかない。嬌声が聞こえる。裸の女が扇情的な恰好で媚びている。抱き枕に書いてある美少女が目の色をハートマークにして股を開いている。

 

「………………あっ」

「違う!違うぞコレは! たまたま会計をココで済ませただけだ!」

「う、うん、そーだねー! どの階でも出来るからたまたまここになっちゃっただけだよね! お姉ちゃんちっともわかんないや! それよりスシヌちゃん探してくる!」

 

 リセットは逃げ出すように階段を駆け上がった。ザンスも頭を抱えながらリセットの後を追う。

 

(畜生! もう買っちまった以上開き直るしかねぇ! スシヌを適当に虐めて場を誤魔化すか!)

 

 二人はスシヌ捜索へ階段を上がっていった。アニメ、CD担当の女の子を探しにB店へ。

 

 

 

 

 

 

 程なくして、ゼスの姫はB店6Fで発見された。

 

「執事×主人……執事攻め!? 立場の差があるのにそんな事がっ……!?」

 

 眼鏡を自分の熱気で曇らせていたスシヌが、そこにはいた。カゴの中には様々な肌色率の高い男の絡みが描かれている同人誌が積み重なっている。セミロングのスカートに、かわいらしいポーチ、今時の装いに整えられた服を着た少女は完全にこのコアな客層に同化している。

 僅かな時間にも関わらず、異界の毒にやられて手遅れになっていた。

 

「ス、スシヌちゃん…………」

 

 リセットとしても直視に耐えかねるような状況下で、スポンジのようにポンポンといけないものを吸い込んでいる。ザンスも、妹の醜態をこれ以上見ていられない。そっとリセットの麦わら帽子を押さえた。

 

「リセット……俺達は何も見なかった事にするぞ。アホのスシヌが狂気に染まっても、お前の手で戻してやってくれ」

「う、うん……あ、あんな、あんな、ひゃあっ……もう完全に隠しようがないものまで……」

「…………例え手遅れでも、家族だと救いたくなるんだな」

 

 そう言って、二人は踵を返す。だが、そのタイミングでザンスがすれ違う人と当たり、通行人が持っていたらしい戦利品が落ち、金物の大きな音がけたたましく鳴り響いた。

 

「げっ……」

「…………お姉ちゃん!?ザンスちゃんまで!?」

 

 見つかった、見つかってしまった。後はもうこっちが気まずいだけだ。

 

「あ、あ、あ、あ……」

 

 興奮で赤くなっていたスシヌの顔色が青ざめ、羞恥に炙られてまた赤に戻る。

 

「ご、ごめんね! お姉ちゃんそういうのに気づかなくて!」

「……その、なんだ。ミラクルの家でコーヒー飲んで待ってるから、ゆっくりやっててくれ」

 

 普段はここぞとばかりに弄るザンスの滅多に見せない優しさが、トドメだった。

 

「ああああああああああああああああああ!!!」

 

 スシヌの叫びが虎の穴に響いた。そして光と共に――――彼女は消えた。

残されたのは水晶玉、一つだけ。

 

「あのアホここで迷宮作って引きこもりやがった!」

「ま、万引きになっちゃうー! 商品だけでも連れ戻さないと!」

 

 目立たない位置に移動してスシヌ自作の迷宮の中に二人は飛び込んだ。どうやっても、騒がしくなる魔王の子達だった。

 

 




ダークランス lv260
 兄馬鹿な長男、20歳。LP3年1月誕生(公式)
 自分はどうでもいいが、弟や妹を祝うのが楽しくてしょうがない。全員の誕生日を把握しているが、冒険中に乱義、ザンスから釘を刺されて祝えなかったのを残念に思っている。ネプラカスを捜索中。

山本乱義 lv255
 しっかりものの次男、17歳。LP6年4月誕生(公式)
 実は兄弟との冒険中に誕生日を迎えているのだが本人は何も言わなかった。ザンスと喧嘩になりそうなものを自分から持ち込む事はない。

リセット・カラー lv253
 大天使な長女、17歳。LP6年6月誕生(公式)
 年齢を数えるたびに、他の子との差(特にナギや深根)を感じてコンプレックスが増大している。

スシヌ・ザ・ガンジー lv250
 引っ込み思案な次女、16歳。LP7年4月~9月誕生。
 年齢についてはあまり触れられたくない側面がある。
 ゼス第1応用学校の制服を着ている。つまりまだ中学生。
 スシヌに出会った時点でRA15年4月後半な為に残念ながら言い訳は出来ない。
 >そっとしてあげよう……

ザンス・リーザス lv255
 乱暴な三男、16歳。LP7年4月~9月誕生。
 年齢を意識するとどうしても乱義が兄であると認める必要があるため、冒険中に祝われたくない。

徳川深根 lv259
 なまけものな三女、15歳。LP7年4月~9月誕生。
 祝われたかったが、その前に冒険が終わってしまった(独自設定)

ミックス・トー lv258
 凄くいい子な四女、14歳。前話の独自設定準拠でLP8(RA0)年12月誕生。
 スチールホラー含む様々な異界に幼い頃からちょくちょく連れられており、その反動ですっかり常識人に。
 自分の誕生日はありふれた一日と価値は同じと考えているが、祝われると悪い気はしない。

ミラクル・トー lv66
 魔王と自分だけが使える魔法、異界を繋げるゲートコネクトを駆使して魔王の子を修行中。
今回の服装はアリスソフトブログ2014年3月13日号掲載、学園恋愛ゲーム『ランス』より。

 魔王の子全員駆使して物語作るという贅沢。元就をスチールホラー入りさせると祝うどころじゃなくなるので仕方ないね。下編でちゃんと出てきます。


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リセット・カラーの誕生日(中)

 全ての外伝はバーバラとはほとんど関係がありません。時系列的にはこの遥か先にバーバラの物語もあるというぐらいで、筆者が思いついたまま書きたいだけの話たちです。読み飛ばしても本編に問題はありません。


 全ての外伝はバーバラとはほとんど関係がありません。時系列的にはこの遥か先にバーバラの物語もあるというぐらいで、筆者が思いついたまま書きたいだけの話たちです。読み飛ばしても本編に問題はありません。

 

 山本乱義、徳川深根

品目 ケーキ用食材、チョコレート、砂糖類。

 

 二人の買い物はさして時間がかからなかった。冒険中はマッピングを担当していた山本乱義にとって、異世界だとしても地図があれば迷う事はなかった。買い物も間違いがないように店員に頼る事で、全ての品目を素早く購入することが出来た。

 

「こちら商品になります。ありがとうございました」

「こちらこそ。何から何まで手伝って頂いてありがとうございます」

「……っはい」

 

 この白のポロシャツ姿の若者はどこかの学生なのだろうか。短い受け答え、所作の中でもしっかりとした礼儀正しさがある。精悍で理知的な顔つき。それでいて笑顔も柔らかい。短い期間の付き合いだったのに、すっかり彼の魅力にやられている。熱くなる頬と胸の高鳴りの中、店員は勇気を出した。

 

「……あのっ。ラインのIDを教えて頂いてもよろしいでしょうか?当店コラボイベントを実施しておりまして……」

「いや、申し訳ないがそのようなものを知りません。ラインとはなんですか?」

「えっ……でしたら電話番号だけでも教えてくれませんか!?」

「すいません。そちらについても僕はわかりません」

 

 困惑した表情を若者は浮かべているが信じ難い。今の時代、どちらも持ってない学生なんて有り得ないだろう。という事は、教える気がないのだろうか。

 

「遅い。買い物終わったら行こ?」

 

 どう言葉を繋ぐべきか悩んでいる内に、白いセーラー服の少女が店に入ってきた。するりと若者の手を掴み、店外の方へと引っ張っていく。

 

「ああ、深根……すいません。連れが急いでるもので」

「こちらこそお止めして申し訳ありませんでした。デート中では、野暮でしたね」

 

 店員は頭を深く下げた。短い期間で彼女持ちに惚れた事故だった。そう言い聞かせてもズタズタになった心はどうしようもなく、恨み節が出てしまう。

 

「あそこまで美男美女を絵にかいたようなカップルだったら、最初に二人で入ってきてよぉ……」

 

 今日はストロングゼロを飲もう。そう店員は心に決めた。

 

 

 

 学生服の二人、山本乱義と徳川深根は町を練り歩いていた。行きから深根は誘っていたが、乱義は用事を済ませてからと言って断っていた。結果、その分行くところが増えた。

 

「次こっち、次こっち行こう」

「前の店と同じようなところじゃないか?……まあ、いいんだけどね」

 

 今までは目的値に向かって真っすぐ向かった分、その道をS字上に縫うように進んでいく。その度に、一つか二つ、様子を見て何かを買ったり、楽しんだりする。甘えん坊っぷりではトップクラスの末っ子がその本領を発揮していた。

 

「VRイベントでーす!一回1000円で最新のVRゲームを先行で楽しめまーす!このゲームはマルチプレイ、二人一組で楽しめるゲームですよー!」

「最新……行こ?」

「僕も最新というのは気になるね。これぐらい技術の進んだ国の最先端は見てみたい」

 

 そう言って、二人はゲーミングPCを販売してるショップの上階へと上がっていった。廃スペックPCに繋がれた2台のVRゴーグルがあり、それを被る事で視界全部で楽しむものだとの説明を受けて、二人は視界を塞がれた状態になった。

 

「それじゃ、始めますよー。日頃のストレスを晴らすのに最適だと思いますので楽しんでいってくださいね」

 

 目を塞いだ暗い暗闇だったものが、奥行きの深く広い空間になった。

 

「……これは異界を再現するものか。ミラクルさんもやってたけど、こっちは視点を変えればついていく。拡張現実と言うだけはあるな」

「わくわく」

 

 そうして拡張現実が光を取り戻し世界が表れて――ふざける気満々の少女が飛んできた。ゴシック調のドットロゴがせり上がってくる。

 

【冒険者のくせになまいきだ】

 

「二人は魔王とその嫁じゃ! 魔王を倒そうとする猪口才な雑魚共を退けて、世界を滅亡させるのがお主の使命じゃ! ガイド役は妾、QDでお送りするぞー」

「「………………………」」

 

 空気が凍った。たまたま、魔王討伐隊がやるべきものではなかった。

 

「このゲームは適当にパンチ、キックをしただけで屈強な冒険者や魔法使いが次々とスプラッタに死んでいくのを楽しむのが醍醐味じゃ! チュートリアルなので難しかったらQDコマンドがあるから押すが良い! 妾が対象のステージをグチャグチャにしてやるわ! ステージ名はJAPANじゃ!」

「もうこれ止めないか……」

「兄様、何事も楽しもう?あくまでゲーム、現実じゃないんだから」

 

 そうしてゲームは始まった。見事に、拡張現実とは思えないほどに忠実に再現されていた。敵意を向けてくる軍隊の家紋は、山本家の家紋だった。旗も、大将の兜も山本家の家紋。

 

「僕は一切拳を振るわない。この戦いに負けるよ。深根も戦わないでくれ」

「…………わかった。兄様、可哀想」

 

 負けず嫌いの男が清々しく負けを認めた。拡張現実の世界を見ていると、城は燃えている。鬼が人を食い、周囲は地獄絵図だ。その状況でも折れない心で武将率いる軍隊は戦っている。後ろの方には彼等が守るべき家族がいる。次々と斬りかかってくるがダメージは3桁、そして自分達に表示されていた体力は六千万。

 

「日が暮れちゃうよ?」

「いいんだ。魔王に殺される山本家なんてやってたまるか!」

 

 義憤に燃えて、山本乱義は立ち続けた。しかし元から地獄絵図の劣勢。鬼が他からも出現し、彼等の守るべき家族に襲い掛かり、食い殺される。武将も鬼に囲まれて傷が増え、少しずつ嬲られていく。劣勢から蹂躙へ、最早攻撃する事もなく残虐に嬲られるショーと化した。

 

「せめて、戦え……この卑怯者っ……!」

 

 軍隊は全滅し、武将の最期の呪詛と共にステージクリアの文字が出現する。

 

「ゲームクリアじゃ、おめでとう! こうしてjapanは滅びた。武将殺害スコアは0じゃ! お主、魔王になっても無能じゃのう!」

 

 ファンファーレと共に、10分程の地獄絵図は終わりを告げた。

 

「はい、お疲れ様でした。終了になりまーす!スコア0って事は、最初の刺激が強すぎました?」

 

 現実世界に引き戻された。残されたのは異様な後味の悪さだけ。乱義はダメージが強すぎて目の焦点が合っていない。

 

「僕達が失敗したらこうなる。山本乱義は完璧であらねばならない……」

「次行こう次!もっと楽な気持ちになれるの探そ?」

 

 深根は自分が楽しむ為ではなく、乱義の心を癒す為に全力で遊ぼうと決めた。真面目な部分を少しは忘れた方がいい。

 

 

 

 

 ミックス・トー

品目 普通の食材たち、おつかい。

 

「…………なんで、あんたもいるのよ」

「はっはっは、愛娘が心配だからに決まっているだろう」

 

 ミックスはいつもの姿で――――白衣を着ていない、ゴシックロリータな服装で秋葉原を歩いていた。ミラクルもブレザー型の制服を着ているが、代わりに白衣を羽織っていては不自然に感じる。この世界に溶け込むと言っておきながら、自分達の世界を崩す気がない。

 ただし、今日この日、この場所では耳目を引いても違和感はなかった。二人は休日、秋葉原の歩行者天国を堂々と闊歩している。その広い道を利用したコスプレイヤーがいるなど日常茶飯事だ。ミックス達親子はその美貌も相まって数あるコスプレの中でも目を引いていた。道を歩いていると、勇気のある小太りの男が一眼レフを前に出して声をかけてきた。

 

「デュフフ、そこの美しいお嬢さん一枚よろしいですかな!?」

「……ああん?」

「うっ……なんでもないです」

 

 ミックスは絶対零度の目線と凄みによってカメコの意思を挫いた。しかし、もう一人の目立ちたがり屋は違った。

 

「……せめてそこのお姉様だけでも、どうか一枚!一枚だけでも!」

「ふはははは! 余の美しさに見惚れたか! 許そう! 世界を統べる王の姿をしかと残すがいい! 愛娘と一緒にな!」

 

 そう言って、がっしりとミックスの腕を抱き寄せた。巻き込むようにホールドして逃げられないように。

 

「ちょっ……!? はーなーせー!」

 

 ミックスの叫びも虚しく、お使いの途中で撮影会が始まった。

 高貴な気品を備えた目、珠のような肌、この世のものと思えぬ美貌。服装自体はブレザーと白衣というあり合わせの組み合わせだったが、却って素材の良さが際立つ。カメコが次々と群がり、ミラクルは一切逃げずに道路のど真ん中で堂々立ち続ける。身体をよじる娘を手放さない。そうして、あっという間に美少女を撮る為の輪が出来上がった。

 

「ああもう……撮るな撮るな撮るなー!」

 

 シャッターを切る速度は止まらない。むしろ目線を動かすごとに色めきたち、様々な角度からミックスの可愛さを写し取ろうとする。全てが逆効果な事を悟り、ミックスはどうしたらいいかわからなくなってしまった。

 

「昨今はこの通りのコスプレは露出度の高い煽情的な服装が増えている。だが、コスプレというものは日常の中に非日常を加える事で良さが引き出されるものだ。むしろ余の場合は現実に近づけた方がいいだろう。――――このように」

 

 勿体をつけてミラクルは眼鏡をかけた。白衣のポケットの中に両手を入れて、実験動物を見るようにカメコを上から目線で睥睨する。多くのレイヤーは媚びた目を撮影者に浮かべるものだが、異端の行動なれどあまりにも似合っていた。

 

「「「うおお~~~~~~~~~~っ!」」」

 

 ローアングラーならずとも跪いた。丈は長いため見えるものではない。むしろそこに近づく方が憚れるように感じた。スカートではなく全体像を収めておきたい。まさしく、コスプレ通りに現れた王だった。

 

「ククク……ふっふっふ……はーッはッはっは!!!!!」

「もう…………やめてぇ……」

 

 母の奇行に巻き込まれた娘は顔を真っ赤にして俯いている。もう人だかりで逃げ場はない。

 カメコ達には二人は姉妹に見えた。日常的な服の組み合わせにも関わらず女王様な姉。ゴスロリ姿で常識人な妹。着ている服と取るべき立場の逆転が最高のギャップ萌えを醸し出していた。

 逃げ出そうとしたり、へたり込んだりする妹。求めれられれば見事な演出で答える姉。この撮影会はカメコにとって至福の一時だった。

 

「さて、そろそろいいだろう。臣民ならば王の道を示せ」

「「「ははぁっ!!!」」」

 

 人垣が割れた。ようやくミックス達は歩行者天国、コスプレ通りから解放される。

 

「さっき通った青髪スーパーロングも最高だったし、今日は大当たりでござる……生きててよかったぁ……!」

「王様……! 王様……! 踏まれたいぃ~!」

 

 コスプレ王に心酔した臣民の声を受けつつ、二人は去っていく。

 

「はっはっは。この世界で王となるのも簡単かもしれんな。自撮り専用でツイッターとインスタグラムでも開設するか」

「あたしは静かに暮らしたいのに……ママはどうしてこうなのよ……」

 

 ミックスは王の気持ちがわからない。ミラクルは娘の可愛い画像をたくさん残したいからという親馬鹿な動機でやっていた。派手な演出に隠れて、自分の分をしっかりと撮っていた。

 

 

 

 ただのお使いの前に撮影会などを挟まれては、穏やかな買い物など望むべくもない。ミックスは指定にあったスーパーを使わずに、なるだけ母親から距離を取りやすく広い店を選択した。どうせついてくるし振り払えないが、気分の問題だ。

 店内は午前中ということもあって閑散としていた。いくらかの客はいるが地元民だろう。ほとんどは主婦や老人だった。ミックスは母親を振り払うように足早に店内を駆け巡る。

 

「卵4パック、次」

 

 ゴスロリ姿の少女が、可能な限りのハイペースでカゴの中に荷物を積み上げていく。急いでいるため雑に見えるが、スペースを有効活用して荷物が痛まない置き方がされている。スーパーの店員が入れ替える必要がない整然とした配置だ。このあたり、ミックスの几帳面さが出ていた。

 

「生鮮食品も終わったし、この果物で全部ね」

 

 広い店内を無駄のないルートで駆け回り、10分もしないうちに二つのカゴは一杯になっていた。地頭の良さと、この世界に対する慣れ。ただのお使いだからこそ、魔王の子の中でも彼女特有の長所が出ている。

 レジに立ったところでミラクルが寄ってきて、カゴの中から一つの商品を取り出した。

 

「何故リストにはないワインを入れた?まだ飲む年ではないだろう」

「出かける前にチェックしたらこの品種だけ状態が良くなかった。今日の料理に使うでしょ?」

「……新品を仕入れたのだがな。流通のミスか」

 

 ミックスは人がいるならどんな世界でも溶け込んで暮らしていける。そして人を助けられる。器用万能とは、彼女の為にあるような言葉だ。そして、今日はこの場所で彼女が必要とされる日だった。

 

 エスカレーターを上がってきた熟年の夫婦らしき二人。男が足をもつれさせて前のめりに膝をついた。ありふれた光景だが、ミックスの目には少し気になる症状があった。顔色が良くない。

 

「……ママ、会計済ませておいて」

 

 ミラクルの返事を聞く事なく、ミックスは夫婦に近寄った。

 

「足腰立たなくなるのはまだ早いでしょう。早く起きなさいよ」

「ここ最近仕事続きだったからかな……思ったより疲れてるみたいだ。あ、あれ……?」

 

 手にも力が入らない。踏ん張ろうとしても膝が笑ったまま言うことを聞かない。どうにも立ち上がるのは難しそうだった。

 

「はいちょっと見せて。立つの辛そうね。返事出来る?」

「……君は?」

「…………医者じゃないけど知識がある人間」

 

 ミックスは若干目を逸らしてそう答えた。この世界では資格がなければ医者を名乗れない。当然、ミックスは持っていないモグリという扱いになる。

 

「その年では無理でしょうね……心配してくれてありがとうね。店員さんを呼んでくるから」

「お恥ずかしいところを見せてしまったな。ただの疲労だから大丈夫だよ」

(……大丈夫かどうかはあたしが決めるって言いたい)

 

 顔面蒼白、手足の冷え……ミックスにあるこの世界の知識では貧血と診断する。疲労の蓄積とも言えるだろう。しかし、今はもう一つの世界の知識が――――彼女の中で警鐘を鳴らしていた。

 

「アナライズ、――――ッ!?」

 

 ミックスは自分が使える技能の一つ、「アナライズ」を使った。すると異変が露わになる。HPが、生命力が緩やかなれど確実に減っている。そしてそれは止まらない。毒でも呪いでもなく、原因不明の減少。

 この病気は彼女の中で覚えがあった。初期症状の貧血。遅効性なれど気づかず、止める手立てなく数多の人を殺した病魔。最後には体中の血、生命力を残らず吸い取る寄生術。

 魔人ワルルポートが振りまいた数多の毒と病、その内の一つだ。

 

「確定。あんたは患者で私が医者」

「…………っは?」

 

 ミックスは仕込んでいた薬品を晒した。緑、青、紫……その中からどす黒いものを取り出して注射器のシリンダーに入れていく。

 

「き、君、何をする気だ…………!?」

「とりあえず生命力の上薬注射してから輸液。そこから移動して治療に入るから」

 

 淡々と医者としての説明責任を果たす。しかし一般人から見ればそこにいるのは医者ではなくゴスロリ少女だ。注射器に詰めてるものも怪しげな薬品としか思えない。ごっこ遊びにしても過激過ぎた。

 

「ちょっとやめてあげてください。何をしているんですか」

「っ!?」

 

 周りから見ても明らかに不穏なものだったため、遠巻きに見ていた人がミックスの腕を掴んで止めに入った。

 

「離して! これはちゃんとした治療よ!」

「そういうのは医者に任せればいいでしょう。そこまで悪いわけでもなさそうだし、焦る必要はないですよ」

「……っああもう!」

 

 店員も気づいて近づいている。このまま医療機関に任せる流れになるだろう。そして明日には死んでいる。ミックスは自身の力を行使してでも流れを変える覚悟を決め――――

 

「スリープ」

 

 突如、ミックスを除く全ての人間の意識は消失した。

 

「…………は?」

「このスーパー全ての人間を眠らせた。必要だっただろう?」

 

 荷物を一杯にしたレジ袋を持ち、小指ほどの杖をつまんでいるミラクルが近づいてきた。

 

「なんであたしが起きてるのよ……」

「お前だけ対象から外したからな。魔法に関して余に不可能はない」

 

 単体指定であるはずのスリープで広範囲を眠らせるだけではなく、特定の相手だけを避けて発動できる。希代の大魔法使いは伊達ではない。

 

「さあ、お前のやりたいことをするがいい。余の愚娘にして愛娘、ミックス・トー」

 

 ことさらに上機嫌な表情で、ミラクルは娘の頭を撫でた。

 

「……決まってる。医者は患者を治すもの。こんな病気は3年前に撲滅済みだから」

 

 メス等の不穏な道具を展開して、自分の本業に取り掛かるミックス。彼女によって解決済みの病魔は、30分も経たずに患者から取り除かれた。

 

 

 

 日が少し傾き、異界を探検していた魔王の子達がミラクルの家へと帰ってくる。リビングルームはテレビがつけられており、アナウンサーが今日のニュースを読み上げている。

 

「トップニュースです。カード大統領の躍進が止まりません。今回の日本のサミットで、日米中露の太平洋合同演習が正式決定しました。壁を無くすというスローガンを有言実行し……」

「今戻りました……ぐすっ……ひっく……」

「いつまでウジウジしてんだてめー!ここまで引きずるつもりか!」

 

 ザンス達書籍購入組が帰ってきた。彼等は本屋よりもスシヌ作成の迷宮で過ごす時間の方が圧倒的に長い。装備無しでZガーディアンと戦い、パニックになったスシヌをなだめる頃には昼過ぎになってしまった。

 ミラクルは新聞を読んでいる。ミックスは何をするでもなく、ぼーっとミラクルの隣で座っている。

 

「……なんだありゃ。あんなの見たことねえぞ」

「うーん……あんな風になるミックスちゃんは、よっぽど良い事があった時ぐらいだろうねえ」

「おらおら、どうした妹。喋れんのか」

「……あたしはいつも通りよ」

 

 ザンスは軽くミックスを小突いたが反応が薄い。いつもはガンを飛ばしてくるはずの目の隈が取れている。そもそもミラクルと隣同士で大人しくしている時点で異常と言えた。

 ミックス達も少し前に帰ってきていた。患者を治療した後、荷物を家に置いてからの親娘はごく普通の生活をした。一緒にご飯を食べ、映画館で映画を鑑賞し、批評しつつ帰宅。家事を手伝い、落ち着いたところでテレビをつけ……日常に、平和で穏やかな暮らしに浸っている。

 

「ふふふ……良かったねぇ、ミックスちゃん」

 

 リセットは自分の事のように喜んでいる。人が楽しい事で、自分も楽しくなれる姉だ。雰囲気そのものが弛緩し、ザンスも毒を吐く気になれなかった。

 

「首相の経済政策の効果は著しく、支持率もストップ高。今回の憲法改正によって権力集中による懸念の声もありますが……」

「戻ったよ。深根を本気で遊ばせると大変だった……」

「大満足。むふー」

 

 乱義、深根達japan組も到着した。頼まれたものよりもゲームセンターのぬいぐるみや景品、ストラップといった装飾品がスペースを取って、紙袋がはちきれんばかりに膨らんでいる。積荷を降ろした乱義はリセットに問いかけた。

 

「こっちは穏やかに終わったよ。ザンスは騒ぎを起こさなかったかい?」

「大丈夫、みんないい子だったよ。スチールホラーって面白いところ多いねー」

 

 迷宮攻略程度ならリセットにとっては騒ぎにカウントされない。心から楽しかったと、その笑顔が物語っていた。

 

「おいコラ、なんで俺指定なんだよ」

「売られた喧嘩は全部買う狂犬だからな。この中で争いを起こすなと言われてやるのはザンスぐらいだ」

「上等だ! だったら今買ってやろうか!」

「むー。二人とも今日ぐらいは抑えてくれないかなぁ……」

 

 ザンスと乱義が喧嘩になり、リセットが止めに入る。いつもの流れだが、今日喧嘩を止めたのは別のきっかけがあった。

 

「続いてのニュースです。本日10時頃、秋葉原でケミカルテロじみた事件が起きました」

「秋葉原って……ここだよね」

「………………あっ」

 

 ようやくミックスは現実世界に引き戻された。テレビにはエスカレーターと倒れた熟年の男、そしてゴスロリの少女が映し出される。

 

「こちらの監視カメラの映像をご覧ください。黒衣の少女が薬品を取り出してからほどなくして、全ての人間が一斉に倒れてしまいます。他の監視カメラの映像も見ればわかりますが、フロア内のほぼ全員が昏倒しています」

「これは酷いですね。一体どんな化学薬品を使えばこうなるんでしょうか」

「その後も少女は倒れていた男に対して残酷な行為を続けていきます。ちょっと刺激が強すぎてこの先は地上波には流す許可が下りませんでした」

 

 場は凍り付いた。目線は地上波に流された二人、ミラクルとミックスに注がれている。

 

「ふははははは! 監視カメラの方は考えが及んでいなかったな。文明の利器、やるではないか」

「てめーら騒ぎ起こすなって言っておいて自分から起こしてるじゃねーか!」

「う、うるさい!」

 

 顔を真っ赤にしてミラクルは立ち上がった。慌てて窓から眼下を見れば警察車両が何台か止まっている。

 

「幸いにも一時的な昏睡状態に陥るだけのガスらしく、被害は昏睡時の転倒等の軽傷のみでした。警察当局は監視カメラに映った二人を、毒性物質等発散罪容疑で捜査中です」

「……来てる。10分もしない内にこっちに来るでしょうね」

「も、もうこれわたし達も危ないんじゃ……!?」

「買うべきものは買ったし、戻ろうか。捕まると厄介な事になりそうだね」

「そうだな。エール・モフスも痺れを切らしてそうだし急ぐとするか」

 

 ミラクルは立ち上がった。この世界から去るべく魔法の詠唱を開始する。

 

「お天気の前に、最近熱中症による倒れる人が増加しています。今年の夏は非常に熱くなりそうです。この2週間で首都圏だけでも400名近くが搬送。死者も既に……」

「ゲートコネクト!……さて、急ぐとするか」

 

 そう言って、ミラクルはTVの電源を消した。術者である以上、最後まで残るミラクルは後始末をする役目になる。その一方で、展開されたゲートコネクトに魔王の子達は次々と飛び込んでいく。

 

「ふふ……あっちもあっちで中々に愉快な事になっているだろうからな。エール・モフスがどんな反応をするか楽しみだ」

 

 全てを終えたミラクルもゲートコネクトの先へと向かう。

 サウルスモール、怒髪天となっているエールのところへ。




魔王ジル
 スチールホラーに来ている魔王。
 オルブライト派を影で操り、暗躍中。
 魔王であるため、ゲートコネクトを使える能力者。
 5%ではあるが完全復活している。


 病気周りは独自設定です。中編が何故かあるせいで自分の首を絞める。主に本編のストックに
 これもケイブリスって奴が悪いんだ。まずはケイブリスしばく。絶対命令権と魔人健太郎や使徒って使い方によると凶悪だよね。
 ネタ8割、やるならこれぐらいやらかすだろうな2割で出来ています。


 こっそり黒塗り解除したりして。
 彼女達の出番はいつになるやら。


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リセット・カラーの誕生日(下)

 全ての外伝はバーバラとはほとんど関係がありません。時系列的にはこの遥か先にバーバラの物語もあるというぐらいで、筆者が思いついたまま書きたいだけの話たちです。読み飛ばしても本編に問題はありません。


リセットが異界であるスチールホラーに飛ばされた一方で、エール達はサウルスモールに飛ばされていた。

 異界サウルスモール。スチールホラーの世界を現代の地球とするならば、サウルスモールは白亜紀の地球に近い。温暖で熱帯な気候。木々が栄えて動物にとっての食糧が豊富。そしてヒエラルキーの頂点に立つ恐竜たち。どれもこれも好戦的で、弱肉強食の原始的な世界にエール達は放り込また。

 飛ばされた場所は本物のジュラシックパークという表現が妥当だろうか。中心に活火山があり、それを囲むようにジャングルや入り江、森林や平野と行った様々な地形がある大きな島だ。

 恐竜達は手頃で美味そうな食料が来たとエール達に殺到した。ただし、魔王の子は食われる側にはならない。むしろ一方的にこちらが食う側だった。

 

「ぐわっはははははははは! 弱い! 弱すぎるぞお前ら! 数が多いだけか!」

 

 元就は恐竜ヴェロキラプトルの群れと戦っていた。これらの体長2メートル程度の細長い恐竜は俊敏さが売りだ。素早い動きで飛び掛かって、相手の急所を長く鋭い爪や牙で突き刺して狩る。自分より大型の恐竜に飛び掛かる好戦性を持つ。

 

「ぐぅっ、ククク……数だけは本当にあるな! 食いきれんわ!」

 

 既に元就の身体にはいくつもの傷跡が刻まれていた。背中と腹、四肢の傷は勿論、耳に至っては削げている。それでも全く止まらない。意に介さずに次の敵、次の獲物へと向かって身の丈を越える刀を振り下ろして屍の山を築いていく。

 

「良いぞ! どいつもこいつも敵意に満ちていてたまらない! 血が滾るぞ! はぁっ!」

「ギィィィィィッ」

 

 防御を考えない捨て身の一撃、豪快そのものの一振りで恐竜が5.6匹まとめて抉り取られる。振りが大きく、無防備な背中を切り裂かれたが問題は無い。返す刀で他の恐竜もまとめて斬り飛ばした。傷だらけになりながらも、より多くの敵を素早く殺す。不死の元就だからこそ可能な戦法だ。

 

「どうしたどうした! あれだけ寄ってたかってもうお仕舞か! 弱すぎるわ!」

 

 元就の周りにいた恐竜は、気づけば悉くが屍となっていた。そこに、疾風のように動く影がまた一つ。元就は気配を察知して斬りかかる。

 

「死ねええええええええー!」

「おっとっと!」

 

 金属音と共に、今日初めて斬撃を止められた。相手は両腕のグローブを重ねて真っ向から刀を止めている。元就は腹違いの妹、レリコフ・ヘルマンに斬りかかっていた。

 

「レリコフか! どうしてこっちに来た!」

「にーちゃん。こっちも終わったよー」

 

 斬りかかられた事を全く気にせず、笑顔のままレリコフは答えた。彼女のグローブには恐竜の体液が付着しており、恐らくは拳で元就と同じような事をしていたと察せられる。

 

「そうか、お前もか! ならオレについてこい!」

「分かった! どこ行くの、にーちゃん!」

「あっちに敵がいる気がするぞ! あっちに行くぞ!」

 

 そうして元就は島の平野を指さした。こちらも恐竜がそこかしこで見え、騒ぎを起こせば囲まれそうな場所だった。

 

「ここはいいな! 戦がどこにでもある! 妹の母君には感謝しないとな! カカカカカ!」

「異界って楽しいね!アハハハハハ!」

 

 ミラクルの指示は島の一角の敵意のありそうな恐竜を遠ざけろという内容だった。しかし先に潰したところも、今向かっている地域も指定している場所からかなり遠くに離れている。平野に近づくにすれ、威嚇の声や敵意を向ける恐竜が増えてきた。

 

「ククク……いるぞいるぞ。ウヨウヨ戦を求める馬鹿者がたっぷりだ」

 

 平野は先ほどの恐竜より若干大きくたくましい恐竜たちの縄張りだった。プロトケラトプスという有角の草食恐竜で、どちらかというと縄張りから追い出す為に戦う。

 去れば何事もなかったが、元就にとっては今敵意を向けられている事に違いははない。分かりやすく敵だ。元就は剣を構えて恐竜の前へ飛び出した。

 

「いくぞ妹よ、戦の時間だ! 毛利が跡継ぎ! 毛利元就! 血飛沫に嗤わせてもらう!」

「わーい! 行っきまーーーーーーーーーす!!!」

 

 魔王の子一の馬鹿とアホは、当初の目的を半ば忘れて恐竜退治に夢中になっていた。

 

 

 

 

 弱肉強食の世界で群れているという事は、自分達より強い存在がいることに他ならない。サウルスモールの世界での真の強者とは孤独なものだ。今エール達が戦っているのはこの島における最強の存在だった。一体だからこそ、その威容に圧倒される。

 

「ひ、ひぃーっ! ドラゴンにもこんな大きいの見たことねえよぉ!」

「ガアアアアアアアアアアッ!」

「あんっ」

 

 恐竜が雄叫びを放つだけで、近くにいた長田が割れた。大きいドラゴンでも全長は5m程だが、この恐竜は10mを裕に超えている。口の大きさだけでも人間を丸飲みに出来るだろう。

 

「ティラノサウルス……また戦う事になるとはね……」

 

 ベテラン魔法使い、魔想志津香が呟いた。ヘルマン革命時にこの恐竜とランス一行は遭遇し、半壊しながらもなんとか倒した存在だった。今回の恐竜は、その時よりもさらに一回り大きい。

 

「私達は退がるわよ。前衛組が足を止めてくれないと肉薄されて壊滅させられる」

「頑張ってね、ウズメ、ヒーロー!」

 

 魔想姉妹は経験から射程外まで退却した。生半可な魔法を打つだけでは有効打にならない。その機動力と突進を止められず、初遭遇時は尾の薙ぎ払いで後衛のほとんどが行動不能に陥った。

 

「こんな大きいの、オイラ達だけじゃ無理だよー!」

「ではウズメがその分増えるでござる。ににんにん。分身の術!」

 

 そう言うと、煙と共にウズメが12体に増えた。全てのウズメは取り囲むようにティラノサウルスに肉薄する。この恐竜は素早いが、巨体な分動きは分かりやすい。襲い掛かってくる恐竜の攻撃をひらり、ひらりと躱していき一人も当たらない。

 

「ギイイイイイッ」

「残念。そっちは分身でござる」

 

 ようやくティラノサウルスの歯がウズメの一体を捉えた。だが噛んだはずの肉の感触はなく、代わりに小さな爆発が口の中であった。そして全周から投げ込まれるクナイ。大した痛みなどはないが、苛立ちは増した。

 ティラノサウルスはその場のウズメ全てを巻き込むように、勢いをつけて尾を振り払った。体重移動と共に行われたフルスイングの薙ぎ払いは、11体もいたウズメ全てを巻き込んだ。

 

「――――ま、全部分身でござるが」

 

 本人は最初の分身の時点で退避していた。全ての分身が恐竜をおちょくり、頭に血を昇らせる為の囮だった。盛大に尾を振り切ったティラノサウルスは体の戻しの為に動けず棒立ちになる。ウズメがそこを機として投げた忍者刀は、恐竜の右目に突き刺さった。

 

「ギャアアアアアアッ!?」

 

 いかに硬い表皮で覆われていようが、目を開けていては保護出来ない。右目の視界を奪われた。その上、予想外のところの攻撃に怯んでのけ反っている。

 

「……ん、今ね。行くわよナギ」

「了解! 今回は私からだー! スクリューマーブル!」

 

 そこに魔想姉妹の必殺技が襲った。狙いは堅い腹や頭ではなく、後ろ足。白色黒色両方を混ぜて貫通に特化させた破壊光線は、恐竜の巨大な足に風穴を開けるには十分だった。

 

「ギュオォォッ……!?」

「ちぃ……倒れないか」

 

 大きくティラノサウルスはのけぞり、脚の負担が増えたタイミングで脚を削られた。それでも機能としては多少は残っているらしく、自身の崩れを何とか戻そうとしてる。

 

「え、えーーーい!!」

 

 そこにこの中でとびぬけて再重量、820kgのドラゴンカラーであるヒーローが懇親のタックルをぶちかました。風穴を開けた穴に潜り込むように。

 

「オ、オオオオオォォッ……」

「ナイスだヒーロー! すげぇ! 倒れるぞー!」

 

 開けた傷跡を抉られる痛みとヒーローの重みから、遂にティラノサウルスは倒れ込んだ。轟音と砂煙が巻き上がる。これで頭や心臓といった急所から届かない位置だったものが射程に届く。そうなれば、魔王の子随一の瞬間火力の持ち主の出番だ。

 

「これで後は決まりでしょ」 

「やっちゃえ相棒!」

 

 既にエールは跳躍している。落下先はティラノサウルスの頭上。聖刀日光を上段に構えて、その刀は白い光を帯びている。神魔法を剣に乗せて衝撃波をぶちかます理屈不明の大技。魔王の子の一人、エール・モフスだけが使える必殺技が放たれようとしていた。

 

AL(エール)魔法剣!!!」

「ガァッ――――」

 

 轟音と共に、エールの必殺技がティラノサウルスの頭部を粉砕した。この島の最強だった存在は、一瞬だけびくりと身体を動かして動かなくなる。

 光が満ち、白い粒子が漂う。これはエールの衝撃波の後に続く効果だ。エールにとっての敵以外の傷が多少だが癒える。ザンスも乱義もオリジナルの必殺技が使えるという対抗心から産み出されたこの技は、優しい力に溢れていた。

 

「相変わらず俺の相棒すげーな……あんな化け物を一撃かよ……」

「主君どの! ちょーかっこよかったでござるよ!」

 

 戦いが終わりエールの元へパーティが駆け寄っていく。しかしエールに気の緩みはない。むしろ必死に、何かを求めるように焦っていた。

 

「……次は? 次の敵はどこ?」

「この島にいる大型恐竜は、このティラノサウルスが最後でしょうね。渡された地図でも今のが最後だったし」

「そう。じゃあ行こう、すぐ行こう!」

 

 志津香の答えを聞くや否や、エールは駆け出した。

 

「リセットがご褒美になると、あんなに真面目なキリングマシーンと化すんだねー……」

 

 苦笑いしながら、ナギはこれまでの経緯を振り返る。

 エール達が目を覚ました時、一枚の紙とマップがエールの手の中に握られていた。ミラクルの指示書だ。ザンス達はおつかいで、エール達は掃除。そこでリセットの誕生日会をするから、大物の恐竜と近くの邪魔者を退治してくれという内容だった。

 エールは今日、初めて本気でリーダーとしての務めを果たした。近くの退治と大物を二つの班に分け、元就とレリコフに委任。残りの恐竜討伐隊は縦横無尽に島内を駆け巡り、全ての恐竜を黙らせていった。

 普段は適当にやってる悪戯娘が、遊びを一切排除して目的を遂行していた。冒険のベテランである志津香達から見ても適格で、文句のつけどころがない。後始末を志津香達にお願いする事まで完璧だった。

 

「さて、私達はこれからレリコフと元就を捕まえなきゃね」

「エールの指示だもんねー、あの二人は今どこにいるやらっと……」

 

 持たせたマジックアイテムによって魔想姉妹は二人の位置が分かる。マジックアイテムの位置と座標をマップと睨めっこするとどこにいるかが見えてきた。

 

「………これ、どう考えても火口なんだけど」

 

 島内中心点、活火山の中にトラブルメイカー達はいる。

 

 

 

 

 茶髪の少女は自分が目を覚ました場所に戻ってきていた。この砂浜がゲートコネクトが来る地点という事になっている。後は姉がこっちに来るのを待てばいい。

 ここに戻ってくる時は全力疾走だった。恐竜退治の時も、リーダーとしての行動時も駆け回っていた。少しでも早くリセットに会いたい。その思いからエールは頑張っていた。後はここでリセットを待つだけだ。

 日か傾き光が海にかかる頃、ようやく長田が戻ってきた。エールはずっと砂浜が一望出来るところに座っている。

 

「エール、早すぎ……うわっ、お前凄い汗かいたろ!」

 

 温暖で湿度の高い地域で走り回っていればそうなる。本人もコートを脱いだからわかるが、若干だが脇のあたりが湿っている、下地のシャツは汗を吸い込み切ってびしょ濡れに違いない。湿度が高すぎて乾く事すらなかった。

 

「俺の水の分全部やるよー。ホント今日頑張ってたからな。脱水症状も怖いし飲んどけ飲んどけ!」

 

 長田は水筒を差しだした。何も言わずにエールは水筒を手に取る。エールの目は据わっている。

 

「エ、エール……?」

 

 立ち上がり、ごっきゅごっきゅと全ての水を飲み干し、水筒を投げ捨て――――長田を割った。 そして海に向かって吠える。

 

「ミラクルおばさんの、ばーーーーーーーーーーーか!」

 

 エールは激怒した。必ずかの邪知暴虐なミラクルを除かねばならぬと決意した。エールには異界の理屈はわからぬ。けれども姉のリセットに対しては人一倍に敏感であった。姉の誕生日を祝いたいと言ったら姉と別れさせて修行をさせられた。

 

「呆れたおばさんだー! 殺してやるー!」

 

 これが人のやる事か。そっちが嫌がらせをするのなら考えがあるぞ。魔王退治なんてやめてやる。エールは魔剣カオスを地面に叩きつけて地団駄を踏むように蹴りつけた。

 

「ぐびゃっ!? ぐげっ!? ほげっ!? なんで蹴る!?」

「オーナーの気分。むかついたから!」

 

 魔剣カオス、元は人間だった喋る剣だ。世界に二つしかない魔人を斬れる剣だが、エールはもう片方である聖刀日光を使うので、サブ武器兼八つ当たりの道具に堕ちていた。

 

「日光は一切蹴らないだろ! なんで儂にだけ当たるんじゃー!」

「ボクを貧乳って貶したからだよ! 魔王退治に必要じゃなかったら叩き折りたかった!」

「理不尽な―! 事実はどうしようもないだろ! ぐえええええーーー!」

 

 エールがカオスに叩きつけるものが靴から聖刀日光に変わった。この娘は自分の身体そのものには自信があるが、貧乳と指摘されるとキレる。ザンスと出会った時も貧乳を弄られ、頭に矢を刺してやると言い放ち、二人の関係性は暫く険悪であった。

 

「も、もうやめて。これ以上は儂折れちゃう……」

「丁度いいや。もう魔王退治を辞めようと思ってるんだ。折れたカオスを投げつけてやる!」

「やめろー!エール、ストップ、ストーップだ! ぎゃーっ!」

 

 復活した長田がエールとカオスの間に入り込んだ。当然、割られた。即座に復活してまた割られた。3回同じことを繰り返して、やっとエールは止まった。

 

「こ、今回は俺も譲る気はないぜ……!友達が間違ってる時は止めるのが真の友情ってもんなんだ」

「ボクのどこが間違ってるの?」

「まだ日は昇ってるだろ!? 俺の常識では友達の誕生日会ってのは夜やるもんだぜ!」

「………………!?」

 

 長田は盛大な嘘をかました。昼だろうが夜だろうが祝う時は祝う。ただし、田舎者であったエールに判別する手段はない。常識と言われると、それが正しい事のように感じられてしまう。

 

「そ、そうなの?」

「おうともよ! 俺の曇りのない目を見てくれ!」

 

 長田の目は節穴だ。当然ながら陶器の黒い裏側しか見えない。だけどそこまで言われて、エールの怒りは少し収まった。

 

「ま、まぁ……長田君がそこまで言うならもう少し待ってみるよ」

「おう! 俺も一緒にいるからなー……っておい!」

 

 砂浜に、突如怪しげな階段と扉が出現した。エール達にとっては最早見慣れたもの。異界ゲート、ミラクルだけが使えるゲートコネクトだ。

 

「行こう!」

「おうともよ!」

 

 疾風の如く扉の前に向かう二人。ゲートから最初に降りて来た人はエールの母親、クルックーだった。チルディ、パステル、その他見た事の無い大人達が、次々とゲートからサウルスモールに降り立っていく。

 

「……母さん?」

「ああエール。修行頑張ってるみたいですね、母は嬉しいですよ。……でも、少し頑張りすぎたみたいですね、お風呂に入りましょうか」

「どうやって入るの。この世界にはお風呂なんてないよ?」

「持ってきました。魔法ハウスDX」

 

 そう言って、クルックーは掌大の家の模型を取り出した。砂浜から少し離れた地面に置くと、どんどん大きくなり実物大のサイズになる。金持ちのプライベートビーチと言われても遜色ない、豪勢なものが熱帯世界に顕現した。

 

「すげー! 豪邸が一瞬にして出来た!」

「普通の家サイズのものなら、ゼスだけでも30個程はありますよ」

 

 大して意に介さず、クルックーと大人達は入っていく。エールも母親に引っ張られて、個室浴槽へと突っ込まれた。

 

「リセットさんを祝うんでしょう? じゃあ身体綺麗にしてからいかないと」

「う、うん……」

「あ、じゃあ俺も適当に休んでるっす。エール、後でなー!」

 

 破天荒な悪戯娘だが、母親の前では借りてきた猫のように大人しく素直だ。久しぶりに身体を洗い、長い髪の毛を手入れして、私服に袖を通す。そうやって清潔になってから母親の前に戻った。

 

「うん、よろしい。それじゃあ料理を作るのを手伝いましょうか」

「……ボクはそんな得意じゃないの、知ってるでしょ」

 

 ついと、エールは目を逸らした。

 

「料理は祝う側が用意するものです。そうして作った方が祝われる側も嬉しいですよ。それに、女の子がいつまでも苦手とそのままにするんじゃありません。冒険中に結構やったでしょう?」

「うっ……それは……」

 

 冒険出発当日に長田が加わり、翌日にはロッキーが加わり、エールはそもそも食事に苦労する機会がない。冒険は様々な成長を彼女にもたらしたが、胸のサイズと女の子的なスキルに関しては、皆無だった。母の引っ張る手は力強い。大概の事には自信満々な少女だが、弱みと分かり切っているものを晒すのは好きではない。エールは観念するしか無かった。

 

 

 

 

 

 エール達が向かった厨房は戦場だった。

 

「うどんと聞いてたけどなんで卵を出さないの!? これで何を作れって言うのよ!?」

「普通にうどんだけど? 小麦粉を揉んで伸ばして切って茹でれば具を入れて完成。簡単でしょ?」

 

 世界一の料理人と医者が言い争っている。料理人は得体の知れない白い粉を使ってうどんを作れと無茶振りをされていた。いずれ埋まるだろうが、異世界との認識のズレとの戦いとなっている。

 

「ミックス、そっちは終わったんだ」

「あ、エール。こっちもお疲れ。リセットは異界で待たされてるわよ。こっちの準備が完了してから呼ぶって」

 

 こちらを一瞬見るだけで矢継ぎ早に支持を飛ばしていく黒衣で白衣の少女。エールは助け船が欲しかったが、忙しさから見て無理そうだった。

 

「この飴細工は……粘性から使える部分もありますが、強度が弱い。こっちの世界のものと混ぜて使うべきですわね」

 

 抜群のプロポーションを持つ女性、エール達を指導するリーザスの女剣士、チルディ・シャープが遥か高みを見上げる程大きいケーキの構想を練っていた。結婚式のウエディングケーキでも3~5層なところを8層の作りを想定しているらしい。彼女一人に対して与えられたスペースがあまりにも広く、素材も多い。

 

「あんた料理組でしょ? 私みたいに下ごしらえ組に回ってていいの?」

「キムチ鍋を作ると匂いが他に比べて強すぎるからね……私は締めしか出番がないだろうから」

 

 cityで一番人気の酒場の主のように、異界に行ったことがある料理人は概ね招集されていた。

 上がトッププロならば、手伝う人間も常人では手に余る。そこで集められたのは、全世界の料理技能を持ったプロフェッショナル達だ。口を動かす間にも手は止まらず、正確性がある。流れるようなハイペースで下ごしらえが次の工程に進んでいく。

 エールは戦闘において戦う前から顔を青くしたのは魔王ランスぐらいだが、今の状況はそれに似ている。そもそも土俵に立てないと感じていた。

 

「ああ、あちらに関わる必要はありませんよ。エールはこっちです」

 

 それらの区画を通り過ぎて、エールは普通の厨房に案内された。カラー女王、パステルが肉や野菜を切り分けている。入ってきた法王達を認めると、実に嫌そうな顔をした。

 

「……法王、何故貴様もここに来た」

「リセットさんに手料理を振る舞っておきたくて」

「妾はミルミルシチューをつくっておる。邪魔をしたら呪うからな」

 

 パステルも、リセットの為なら妥協が出来るらしい。法王と魔王が絡むと更年期の老人より怒りやすいが、ここは鼻を鳴らすだけで調理に戻っていった。

 

「ではやりますか。エールは料理で何が出来るようになりました?」

「……イカ焼きと蒸かしただけ芋」

「ちゃんとした料理を教えますか。厚焼き卵から行ってみましょう」

 

 エールの元々のラインナップはおにぎりとサンドイッチだけだった。普段はクルックーが料理を作り、母がいない時もサチコにたかりに行く。焼くという工程を覚えただけ、成長はしている。

 

「まずは母が作りますから良く見てくださいね、その後にやりますから」

「わかった!」

 

 エールは目を輝かせて母の料理を眺めだした。クルックーは慣れた手つきで料理を作り始める。使う材料、分量やコツを適宜説明しつつ、手を進めていく。圧焼き卵はルド世界とスチールホラーでの作り方は似ている。モフス家では、お弁当を作った時に必ず入っている家族の味だ。卵の数だけ大匙の砂糖、それに対してごく少量の醤油。モフス家の厚焼き卵はスイーツのように甘い。

 

「2回目の巻きが難しいですが、ここは箸の力加減がものを言います。中を崩さないように焼きが十分なのをやるといいでしょう。出来てからは焦げを防止するために火は止めていいです」

 

 そう言いつつも、年季の入った母親は火を止めずにスムーズにまとめてしまった。皿に移して包丁を入れる事数度。完成品がエールの前に出される。

 

「これで完成です。母の言うことはわかりましたか?」

「おいしー!」

 

 娘は最初から母の料理を食べるつもりで待っていた。話は聞いてたが、本筋より食い気が先だった。クルックーは娘の頭を指先でこつこつと叩いて、忠告をする。

 

「いつもは失敗作を食べてまた今度という事で見逃していましたけど、今回は納得が行くまでやります。分量の失敗は許しませんよ?」

「……はぁい」

 

 エール達はこのやりとりを昔から何度もやってきた。卵を殻ごとボウルにぶちまける。適当に目分量を突っ込んで台無しな味にする。かき混ぜる間に勢いをつけすぎて中身を零す。焼く以前の段階でエールの不注意と適当さから失敗するのが少なくなったのは最近だ。今はもっぱら焦がすか、半熟でスクランブルエッグになるかが悩みだった。

 エプロンを手に取り、厨房で母と同じ事をしようとエールは手を動かすが――――案の定焦がした。

 

「はぁ~ボクには上手く作れない呪いや才能でもあるのかなー」

「母が保証します。そんなものはありません。練習量です」

 

 エールにとって出来るものはすぐに出来る。出来ないものはすぐには出来ないという意識がある。なんでもやりたがりだが、成果が無いと飽きがちだ。彼女にとって、料理やレンジャーの技能がそれにあたる。才能が無いものは、あまり続かない。

 次のトライでは、巻いている途中に卵の層が潰れてスクランブルエッグになった。

 

「むぅ~…………」

「まだまだ材料も時間もたっぷりあります。リセットさんに良いものを作ってあげましょうね」

「が、頑張る!」

 

 いつもならこのあたりで投げるのだが、今日は姉の誕生日だ。ふと外を見れば、ミラクルの死霊騎士団がこのあたりの清掃をしている。椅子やテーブルも運ばれてゆき、姉を祝う準備を整えていた。

 そのまま何度目かの失敗の時、ふとエールは疑問を思いつき母に問いかけた。

 

「母さんはなんでこっちに来たの? お姉ちゃんのため?」

「娘に料理が出来るようにと思いまして。このタイミングしか無さそうなので」

「長田君がいるし、ボクが料理を作れる必要はなくなーい?」

 

 クルックーは失敗作の一つをつまみつつ、気の無いように……本題を斬り込んだ。

 

「エール、冒険を通じて好きな人は出来ましたか?」

「一緒に冒険している人達はみんな好きだよ。みんな面白い!」

 

 無邪気な、満面の笑顔でエールは答えた。クルックーにとっては嬉しかったが、母が聞きたい事としては少しズレていた。

 

「これは母の言い方が悪かったですね。言い方を変えます。気になる同年代の男の人。一緒にいたり、ふとした時に胸の奥がドキドキする人っていますか?」

「……そういうのは、ないかなぁ」

「魔王の子達は個性が強いですが、皆それぞれ魅力的な男の子達だと思います。冒険してて思うところはありませんでしたか?」

「ザンスは弄ると楽しいし、乱義とダークランスは頼れるお兄ちゃんだし、元就とは気が合うけど……ないよね。どれもないな-」

 

 首を捻りながら、冒険の日々を思い返しながら母の意見を否定した。エールはまだ恋心を知らない。他人の好意は見ても、ちょっと自分にはわからない。

 

「あ、割らないと気が済まないのは長田君。これはもう割るのが楽しい。退屈なところに何か一つだけ持っていけって言われたら長田君を選ぶね!」

 

 今の発言にも恋心のかけらはない。作業中の会話でも集中出来たらしく、初めて一週目の厚焼き卵が完成した。

 

「そうですか。エールに好きな人がいたらお弁当を作る時の手助けになるかと思ったのですが」

「…………ボクが、作るの? 好きな人とやらに?」

「好きな人の胃袋を掴むことは大事ですよ。きっとエールの事を好きになってくれます。多少下手でも、一生懸命なものを作れば想いは届いてくれるはずです」

 

 自分では自覚する機会を逃したまま、成果だけが出来てしまった。娘にはせめて、甘酸っぱい想いをして欲しいと思って、クルックーは言葉を続ける。

 

「そうですね。これから先の冒険で、もし大好きな人が出来たら母に紹介してください。トリダシタ村に連れて来てください」

「どうせ長田君がいるから最低3人セットだけどねー」

 

 2回目の卵が注がれていく。初めての試みだったがエールに気負いはない。母との会話の中で非常にリラックスしていた。

 

「でも、ドキドキした経験がないのはちょっと勿体ない気がしますけどね。年頃の女の子なら一回ぐらいはありそうなものですが」

「ドキドキ…………」

 

 その時、エールは移動売春宿の記憶がフラッシュバックした。プロの売春婦に弄られて初めて受けた性的快感。脇目も降らずにレリコフを引っ張って逃げ出した。初体験のお誘いを受けて顔を真っ赤にして黙り込んだ。アームズと女性との情交を覗き見て目を回したらレリコフまで変になっていて涙目になった。

 

「あ、あ、あ………って、あーーーーーーー!!!」

 

 エールは2週目の卵をスクランブルエッグにしてしまった。そうして綺麗な一週目へドッキング、ぐちゃぐちゃになってものの見事に大失敗だ。

 

「母さんが余計な事言うからー!大事なとこだったのにー!」

「そうですね。細かい作業の中で聞くべきではありませんでした。ごめんなさい」

 

 失敗の責任転嫁で頬の紅潮を怒りに見せて誤魔化した。だが一度思い出してしまったものは脳裏から離れない。ぐるぐるとあの時の記憶が回って、卵の殻がボウルに入ってしまった。これではまた失敗だ。

 

(えっちなのは、苦手だよぉ……)

 

 耳たぶまで真っ赤にしながら少女は振り払うように作業に没頭しようとする。エールの厚焼き卵が完成するのは、まだまだかかりそうだ。

 

 

 

 

 

 異界の狭間、ミラクルの自室で鐘が鳴った。

 

「さて、今日の主役の出番だぞ、リセット・カラー。演出は余だ。楽しみにするがいい」

「う、うん……」

 

 目の前にあるのはゲート。そしてその先にあるのは自分の誕生日会。大仰な準備と、世界各地から集めた大人達まで巻き込むのは悪い気がした。でも、それだけやってどのようなものになるのだろうか。もういい年なんだからという恥ずかしさと、いつにない期待がリセットの胸を高鳴らせていた。

 思い切ると、リセットはサウスモールへのゲートをくぐった。

 

「うわぁ…………」

 

 サウスモールの世界は大きく変わっていた。日は既に沈み、本物の満点の星空と3つの月がリセットを迎える。ゲートコネクトを一際高いところに展開したらしく、島と海を一望出来る。

 海は暗いが、3つの内2つの月が満ちている為光量があり、広く深く地平線まで見渡せる。この島は実際のところはもう少し広いのだろう。砂浜のエリアが大きく海に塗り潰されていた。島に目を向けると、活火山が暗くとも大きな光源だ。それ以外の光源などはない。恐竜も文明もない世界だから当たり前だ。ただ一つ、自分が下りる階段だけは光の道として伸びていた。

 一歩一歩階段を降りると、それに応じて少しずつ砂浜に光が出て、光量が増えていく。

 

「ミラクルさん勿体付け過ぎだよ。あはは……」

 

 苦笑いをしながら、それでも幻想的な光景に悪い気がせずに楽しみ、最後の一段を降りて地上に降り立った。それと同時に、背後で強烈な爆裂音が立て続けに沸き上がった。

 

「ええっ!?」

 

 振り向くと海から全面展開された花火が打ちあがっていた。白、赤、青……様々な色で打ちあがる花火は、多くはスチールホラー制のものだった。気づくとミラクルがしたり顔でリセットの横にいた。

 

「10年前から中止になった花火を余は買い込んでいてな、今回は四万発をここで使う予定だ」

「え、え、えー……私の誕生日会にそんなに……」

 

 金額を考えると気が遠くなった。小さな打ち上げ花火でも500円近くはしていた。他人の誕生日に一体どれだけの金と人を使っているのか。

 打ち上げ職人はミラクルの死霊騎士団。どこまでも便利な労働力として自在に使い込まれている。ミラクルの知識と操作によって粗略はない。ミラクルは本場の最大規模の花火大会をリセットと魔王の子達の為だけに開催した。

 

「しかも魔法ハウスDXまで持ち出してるしー……あれクルックーさんとか各国の王様しか持ってないものでしょ」

 

 豪邸の前にはリセットの祝賀会場が会食形式で置かれていた。異世界の料理からこの世界の高級料理までふんだんに盛られている。元就は志津香とナギとミックスの3人に睨まれて大人しくしている。彼女がひな壇に上がるまで始まらないようだ。ザンスが声を張り上げた。

 

「リセット、早く上がれ! こっちは結構待ってんだぞ!」

「う、うん!」

 

 リセットは慌てて駆けて、ひな壇に上がった。それを見てから、おもむろにクルックーがマイクのスイッチを入れて司会を始めた。

 

「これより魔王の子の長女、リセット・カラーの誕生日会を始めます。まずは今回の発起人にして私の娘、エールからのプレゼントになります」

「え、エールちゃん!?」

 

 花火の打ち上げは止まった。ひな壇へ向けてゆっくりと魔王の子の一人、エール・モフスが近づいていく。皿を持ち、その上には不格好な厚焼き卵が載せられている。

 

「お、お姉ちゃん。誕生日おめでとう! これはボクからのプレゼントだよ!」

 

 姉にとって初めて見た、妹の緊張した顔だった。エールはリセットの前に立つと膝立ちになって、屈みこんで口元へ皿を持っていく。リセットは何も言わずにそこにあった箸を取り、大きな口に厚焼き卵を放り込んだ。

 この状況でどんな出来でも言う言葉は決まっていた。だとしても、今回は本心から言う事が出来る味だった。太陽のような笑顔を見せて、リセットはお礼を言った。

 

「ありがとう、エールちゃん! すっごく美味しいし嬉しいよ!」

「……っああ、リセットお姉ちゃーん!」

 

 姉妹は抱きつき、抱擁を交わす。身長からアンバランスな形に見えるが、どちらが姉かは一目瞭然な形だった。

 

「はい、ありがとうございました。後は各自好きに食べてください。リセットさん、17歳の誕生日おめでとうございます」

「あーっ、面倒なのは終わった。飯だ飯だー!」

「ぐわっはははははは! 食い尽くしてくれるわ!」

 

 花火がまた打ちあがり、魔王の子達は散った。周囲にある料理を手当たり次第につまんで食べていく。どれも絶品と決まっていて、厳しい修行の日々から解放されて、一時のオアシスを堪能している。

 

「よしよし、よしよし、頑張ったねぇ……ありがとね……」

「お姉ちゃん、大好きー!」

 

 体をしっかり預けて喜びを表現するエール。重さを気にせずに自分も嬉しくなっているリセット。姉妹二人の抱擁はそう簡単に終わりそうになかった。暫くしてから抱擁が離れ、長田が声をかけてきた。

 

「おいエール! 異世界の料理対決しようぜ! 見た目で美味しいのを当てた方が勝ちな!」

「異世界の料理対決!? なにそれ面白そう! やるやる!」

 

 ノリの良い娘、今回一番頑張っただろうリーダー、エールは遊びに向かった。

 

「さーて、じゃあお姉ちゃんも美味しいもの食べに行こうかなー」

 

 スキップしながら、リセットは珍しい食事達をどんどんつまんでいく。料理人の苦労の甲斐あって、どれもこれも絶品だった。

 周りを見渡せば、ザンスと乱義は料理の全制覇対決をしている。スシヌはミックスと一緒になって、異世界についての談笑をしている。エールは長田と食べ物で遊んでいる。元就とレリコフとヒーローはおかわりを要求してコックが厨房に駆けて行った。そして深根とウズメがリセットに声をかけてきた。

 

「リセット姉上、誕生日おめでとうでござるー!」

「姉様おめでとう。二人で出し物するね」

 

 深根は舞った。複数の既存の種類の中に即興でアレンジも加わり、見事な演舞だ。

 

「よっ、ほっ、はー!」

「おおっ……!? おお……おぉぉぉ……」

 

 その即興のアレンジに対して、演出役を担当していたのはウズメ。相手のノリで変更したものを完璧に合わせていく。あらかじめ練習されたとしか思えない程息が合っていた。あまりの凄さに、リセットは感嘆の声を漏らす事しか出来なかった。

 

「二人とも凄いねー、コンビで世界が取れそうだよ」

「褒められた。んふふ……」

「それじゃ次行くでござる。深根姉上、次の品目はなんでござるか?」

「踊って疲れたからあそこのもの食べよ」

 

 マイペースに自分のやりたい事へ振り回す深根とパシリ気質のウズメ。二人の仲は非常に良い。魔王の子達はめいめいにリセットに近づいたり、あるいは自由気ままに楽しんでいた。

 そうこうしている内に、大声が上がった。

 

「なんか運ばれてくるぞ! でっけーーーーー!」

「ありゃあケーキか? あんなデカいの城でも見た事ねぇぞ!?」

 

 別荘の方から、これまで隠されていた超大物、今回のメインディッシュが現れた。素材は異界とルド世界の融合。良いとこどりを成立させた大型の階層ケーキ。題材は魔王の子達が攻略すべき翔竜山。アメージング城や魔軍の砦、魔人の飴細工まで乗っている。

 

「RA15年翔竜山ケーキ、別名チルディスペシャルですわ」

 

 名は出る事はない世界一のお菓子職人、チルディ渾身の一品だった。

 

「言われた層を切り取りますが、早い者勝ちですから。切り取った後も単調にならないように中も工夫されておりますの。ですが、頂上だけは彼女の為に作りました」

 

 頂上層はチルディが直接持っていた。それがリセットに手渡される。小声で、リセットにしか聞こえない声でチルディは囁いた。

 

「私個人としても、ランス様がこうなる事を願っていますわ。リセットさん、お願いしますね」

 

 それはリセットが願ってやまない未来予想図だった。三角錐の頂上で、魔王ランスが小さなリセットにビンタされて素顔が露わになる瞬間。がはは笑いの自分。ランスは片方の目が赤く、ビンタされた方の目が元の色に戻っている。

 

「……チルディさん、ありがとう!」

「食べる事で未来が近づくと思って召し上がれ」

「お姉ちゃーん! 一緒に食べよー! ……お姉ちゃん?」

 

 魔人サテラが乗ったエリアを持ってきたエールが駆け寄ってきた。リセットは目がキラキラと輝き、口が開かれてギザ葉が露骨に見えている。姉の見たことのない表情に、エールは少し戸惑った。

 

「じゃあ食べる時に作法があるんだけど、お姉ちゃんと一緒にやろー!」

「そんなのあるの? やるやる!」

「これは特別な食べ物で特別な日だから、食べ物も特別なやり方があるの!」

 

 リセットは嬉しすぎて少し幼児退行していた。作法やら常識で固めた部分が剥がれ落ち、普段見せない彼女の幼い芯が露出している。

 

「まずはケーキに感謝! じっくりと見てデコレーションを指差し確認して食べるの!」

「ケーキに感謝するの!?」

「こうやってー、手を合わせてー、美味しく頂きまーす、ありがとうございまーす……って」

 

 リセットは神妙に祈り始めた。その動作は真剣そのもので、そこに大きな意味が込められてるように感じられる。気圧されたエールもサテラ相手に祈ってみた。姉を攫いやがって、次は絶対ひんひん言わせてやると祈願した。

 

「よし、感謝終わり! デコレーション指差し確認! KDさん! わたし! おとーさん!」

「……アメージング城、ビスケッタさん、魔人サテラ、マエリータ隊」

 

 普段はサポートに徹するリセットが、完全にエールを振り回していた。まるで年頃相当の幼女に戻ったように感じさせる。

 

「それじゃ……いっただっきまーす!」

「いただきまーす……お姉ちゃん……なんか、凄い……」

 

 迷わずケーキにがっつくリセット。今まで上品に食べていた淑女がはしたなく大きい口にぽんぽんケーキを入れ込んでいく。クリームがついていようが気にしない。

 リセット・カラーの17歳の誕生日は、今までの彼女の人生の中で一番楽しい誕生日だった。




魔法ハウスDXは独自設定。魔王の子達ガッツリ登場させるには台所のサイズが小さかったので。

毛利元就 lv247
 悪力怪童の四男、15歳。LP8(RA0)年5月頃誕生(独自設定)、15歳。
 暴れるしか能がない。教育はないが考えはある。
 誕生日?そんなものは覚えていない。スチールホラーは恐らく一生出禁。

レリコフ・ヘルマン lv259
 五女、RA1年1月誕生(独自設定)、14歳。
 魔王の子一の元気っ子。スチールホラーに連れて行くべきではあるのだろうが、落ち着きのなさから諦められた。忙しいシーラも娘の誕生日だけは休みを取る。

見当ウズメ lv240
 パシリ気質の六女、RA1年1月誕生(独自設定)、14歳。
 スチールホラーに連れていかれても良かったが、戦闘の方がよさそうなのでお呼びした。
 誕生日は祝われるよりも祝う時に驚く顔を見るのが好き。

エール・モフス lv252
 リセットを除いた全ての魔王の子は素呼び。リセットだけはなついて甘えて弄ってくる。
 ベストフレンド長田君の影響で恋愛面の成長がない。初恋はまだ来ていない。このあたりは母に似ていて超鈍い。
 13歳の誕生日に母から魔王退治の旅を命じられた。破天荒な悪戯娘、RA2年2月誕生(公式)。
 今回はリセットと母が絡み過ぎてエールの素があまり出ない日だった。

 かなり長いですが自分のエールちゃんについて補足します。
 このエールちゃんは共通選択肢と地の文全部突き詰めて選択肢選んだ結果のキャラクターです。真面目にエールの地の文の心理描写をメモしながら、全選択肢を不自然にならないように、ただしその中で過激なように選択していった結果誕生しました。
 負けず嫌い、自信満々、ノリ良し、悪戯娘……などなど、概ね過激な選択肢をとっても不自然の無いような性格になっています。ただし、筆者にも予想出来ない女版ザンスみたいな部分が出てきてしまいました。

 それはturn4,リーザスにおけるザンスのエロ自慢の選択肢でした。女を抱きまくったという自慢に対して凄いなぁ、無言、1000人抱いた(冗談)の3択を選ぶ状況です。
 既にエールちゃんは貧乳を弄られてザンスに対してブチ切れていました。頭に矢を刺してやると言い放つほど好感度最悪、ザンスに対してイーッ!ってなってます。その状態ではエールちゃんはザンスが凄いと思っても凄いとは言いません。
 千人抱いたって言った場合、長田君がかっけーって言うのは変な反応です。エールくん(男)専用選択肢の反応でしょう。以上から、無言だけが残される。ザンスはエールを処女と認識してて、女の子専用の差分文章があるので自然な回答ということで決まりました。
 そうしてザンスのエロ自慢に照れて、何も言えずに黙り込んじゃうエールちゃんだけが残されたのです。過激な選択肢ばかり選んだ結果、自然にしようとすると物凄く可愛いところが出てくる。目から鱗の発見でした。
 自分のエールちゃんはエロまで行くと苦手でダメダメです。童貞(ザンス)を弄る時に悪戯に自分の身体を使ったり、自分の裸そのものには頓着しないが(意味わかってない)、ガチのエロ展開になりそうだとビビッって逃走する子です。
 皆さんのエールちゃんとは違うかもしれませんが、自分はこの子の魅力を引き出せるよう頑張ります。



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もしもイブニクル2の主人公がバーバラだったら

 四月馬鹿企画。執筆6時間のスピード勝負。
 メインでキチガイを煮詰める息抜きがてら何も考えずに書いた。
 移動されました。



 この世界は二つの病に侵されている。

 一つ目は魔物。

 一般人を蝕み、命を奪い続ける病。欲望のままに奪い、貪り、殺す存在である。人類は常にこれに蝕まれていた。

 これに対抗する医師はいる。戦士という選ばれた人間達の事である。

 彼等は魔物に対抗するために、スキルという強力な特効薬を用いて人類を助けていた。彼等の力によって人類は栄え、この世界に遍く平和に暮らす統一国家が出来上がる。

 しかし、そこに二つ目の病が現れる――――英雄病だ。

 ある時期からスキルを使った戦士達は、英雄病という『病気が治らなくなる病気』に罹患するようになった。

 英雄病に罹った戦士は様々な病気を発言し、闘病という苦しみの末に、最後には命を落とす。

 戦える戦士は次々と早逝し、魔物に跳梁跋扈される日々が戻り、少しずつ、少しずつ人類は痩せ細っていく。

 これは、そんな世界の物語。

 

 

 

 

 

 

 

 ここはツクダニという田舎の村にある診療所。

 この診療所に暮らす一人の少女が、医学書を枕に涎を垂らしていた。

 

「すやすや……」

 

 少女の名はバーバラ。この物語の主人公である。

 

「起きろ。貴重な本の上で何をやっておるか!」

「ふぎゃあっ!?」

 

 怒声と共に、バーバラの頭にゲンコツが落ちた。

 

「ううぅ……何するのよぉ、お爺ちゃん!」

 

 バーバラの祖父――タウロスが疲れを滲ませた表情で立っていた。

 

「本を駄目にされてはたまらん。これは没収だ」

「これは勉強してただけだから! ちょ、ちょっと寝ちゃっただけで……」

「お前に生兵法を覚えられる方が迷惑じゃ。ただの風邪をゲンフルエンザと断定して勝手に劇薬を持ち出した時点で、今後5年間は人を診させん」

「むむぅっ……」

 

 この前の失敗を指摘され、バーバラは頬を膨らませた。自分の医学への熱を否定されては良い気がしない。

 

「いや、だから私も学ぼうとしたのよ。その本だって比較的優しい本でしょ? 『一年目から出来る盲腸手術』って」

「死人が出るだけじゃ! メスなど金輪際持たせるか!」

「失敗は成功の元とか、科学の発展に犠牲は付きものって言うじゃない。私も失敗はするかもしれないけれど、失敗を恐れてはいい医者になれないと思うの」

「それを言う時点でいい医者ではないわ!!!」

 

 頭の血管が切れかねない程の剣幕で、タウロスはバーバラを叱った。

 バーバラは、ドのつくポンコツであった。

 幼い頃から不注意が元の怪我をしては祖父の厄介になりまくる筆頭患者。包帯や絆創膏の取れない日が一日として無かった。誰に似てここまでお転婆でアホなのかと、頭を抱えたくなる有様であった。

 そんな甲斐甲斐しい治療の日々の中でバーバラが将来の夢としたのは、医者という職業だった。

 そう言われるのは、祖父として嬉しい。凄く嬉しい。

 だが才能がこれっぽっちもない。全く医者に向いていなかった。あるとしたら医療ミスの天才だ。ここ数年で、ツクダニの村は三途の川を見たと報告する老人が三倍になった。

 

「悪い事は言わんから諦めろ。お前は医者に向いていない」

「才能はあるでしょ。私しか使えないスキルがあるんだから!」

 

 そう言ってバーバラは右腕を掲げ、青い光を輝かせる。

 

「メディカか、それだけはまともじゃからな」

「伝説の医者アスクレイピオスが使える技が私も使える。むしろ神が私に医者になれって言ってるはず! これを駆使して有名な医者になって大金持ち待ったなし!」

 

 メディカ――バーバラが幼い頃から使える謎の力である。

 小さい怪我の治療、風邪、軽い火傷を<MPを使う事で治せるスキルであり、過去には聖人アスクレイピオス以外使えなかった彼女固有のスキルだ。

 

「だが、アスクレイピオスは万病を治したと聞く。お前のそれはどうだ?」

「っぐ……」

 

 治せない。そうでなければ苦手な小難しい書籍で勉強なんてしていない。

 

「夢物語をせずに、まずは料理とか、掃除や洗濯とかだな、身の回りの苦手な事でもしっかりやれるようになって……」

「あー、小言は聞きたくなーい! 私は名医になるんだから!」

 

 母親のような事を言い出した祖父に背を向けて、バーバラは診療所の扉を開けた。

 

「どこへ行く! 逃げるな!」

「適当に散歩と魔物退治! お金稼いでくる!」

 

 ツバキという元レンジャーに鍛えられたバーバラは戦闘経験も積んでいる。定期的にツクダニの魔物を倒すのが日課となっていた。

 

「ああもう、はあ……」

 

 タウロスが家を出ると、もう少女の後ろ姿は小さい。到底追いつけそうになかった。

 医者志望の14歳、バーバラの冒険はこうして始まった。

 

 

 

 

 

 

 続々と、ツクダニ近くの魔物は一所に集まっていく。

 甘い匂いに誘われ、アイテムの効果によって、彼等は目指していた。

 ただ、その森の中にある、匂いの中心は凄惨な光景になっている。

 

「炎の矢! 火爆破! ビリビリ! 強攻撃! 全力斬り! ハニ割り! 薙ぎ払い!」

「「「ギャアアアアアアアアアアアアアッ!!」」」

 

 スキルの乱舞が、魔物を襲う。

 意思ある炎熱が森を焦がし、斬撃が地形ごと巨躯を砕く。

 魔物を倒す為に生み出された力ある技が、怒涛の勢いで振るわれていく。

 

「いつ見ても凄いな。バーバラちゃんの戦い方は……」

 

 遠目から見る兵士が零すように、瞬く間に魔物が数を減らす様は圧巻だった。

 こんな戦い方はバーバラ以外やらない。戦士は常にスキルを出し惜しみするのが常識だ。

 スキルを使えば魔物は倒せる。聖女の儀式によって与えられた力ある技は強力だ。だが、今では英雄病という弊害のせいで、死と隣り合わせ。

 戦士が見れば一ヶ月どころか三日以内に複数の病気に侵されて死ぬと確信する、そんなハイペースでスキルが連打されている。

 だがバーバラは生まれてこの方、病気に罹ったことがない。メディカの濫用から始まったスキル頼りの戦法は、無茶な戦い方を可能としていた。レベルが上がってからは、今のような殲滅法になっている。

 

「氷雪吹雪! 光爆! 乱打乱打らんだー! これで終わりかなー!?」

 

 屍すらなく、黒い煙となって消え去る。後にはただ、静かな森があるばかりだった。

 正直、バーバラの才能は戦闘に特化している。スキル使い放題という利点を駆使した戦士として名を上げれば、すぐにでも地上最強候補の戦士となるかもしれない。

 だがそんなのは望んでいない。バーバラのやりたい事は医者だ。戦闘そのものは身と村を守る日課のようなものであり、そんな方向性に興味はなかった。

 つまるところ今の蹂躙は、好きな祖父に将来を否定されることに対する八つ当たりである。

 

「……はあ、虚しい。こんな事しても医者として成長するわけではないのにね」

 

 医者としての経験値があるなら欲しかった。

 後は散策があるばかり、バーバラは森の奥へと踏み入り、あたりを眺める。

 久しぶりに母の墓に顔を出そうかなと思っていたところで――――

 

「……………………」

 

 全裸で首を吊っている男を、発見した。

 

「きゃーーーーーっ!?」

 

 宙づりになった男の顔は青白く、足はびくんびくんと痙攣している。大きい口から伸びる舌は末期の言葉を吐こうと慄き、指の方向は制御を失ったようにあちこちに捻じれていた。

 つまり、まだ生きている。

 

「ちょっ、ちょーーーっとまーった!」

 

 バーバラは駆けて、男の首を吊っていた縄を切り裂いた。

 支えるものがなくなった男はそのまま落下し、草と幹の上に転がる。

 

「えっと、こういう時は意識……ないよね。心臓は動いてる。息は……ない」

 

 祖父から教えられた救急時の言葉を頼りに、茶髪の男の状態を確認する。

 少し年上な大人の男とか、厚い胸板に耳を傍立てるという行動に少し動揺するが、これでも医者志望。目の前に死にそうな人間が居たら助けるべきだった。

 ポンコツでも、こういう切羽詰まった時には比較的まともな判断が出来た。相手は喉を塞がれて、空気を吸うのを一時的に忘れている状態だ。

 

「息してない以外は、概ね問題ない。今有効そうなのは、人工呼吸ぐらい……うう」

 

 顔を赤くして、少女は唇を手に当てる。

 人工呼吸。それはつまり、目の前の男に接吻をするということ。

 初めてを捧げるということ。ただ、死のうとしていた男に。

 逡巡があり、葛藤があった。だが、目の前の男が息をしてない。そして、自分は医者になりたいのだ。

 こういう時、祖父だったらどうするか。

 

「……どんな理由かは知らないけど、死なないでね」

 

 大きく息を吸い込んむと、バーバラは男の大きい口に、そっと唇を当てた。

 相手の鼻を塞いで、溜まった空気を肺の中に送り込む。

 少女の顔は真っ赤だ。ただ確実に入るようにゆっくりと、確実に空気を送り込む。

 一回で劇的に何かが変わるという事はない。心臓マッサージも間にやって、二回、三回と口づけをした。

 やがて、男の顔色に血色が戻ると、思い出したように自発呼吸を始めた。

 

「……はあ」

 

 バーバラは男が助かった可能性が高いのを見て、尻餅をついた。

 最初の一回は勢い余って相手のギザ歯で唇を切った気がする。ひりつくような痛みと血の味。そしてむせるような男の香り。

 助けた相手をまじまじと見て、整った顔立ちで無駄な贅肉一つない肉体美であることに見惚れ、顔を逸らした。

 全裸の相手を横に置いて、バーバラはずっと俯いていた。

 

 

 

 

 

 

 

「…………ん」

「あ、起きた?」

 

 男が瞼を開けた時、金色の髪を揺らした美少女が横に居た。

 普段ならラッキーだったと喜んだろう。しかし、今日の彼は違う。

 

「…………何故、俺様を助けた」

「医者志望だから」

 

 バーバラが振り返ると、男の目は死んでいた。

 完全に世を捨て、人を捨て、全てがどうでもいいという表情をしていた。

 

「余計な事をしやがって」

「自殺するなら世所でやってよ。助けた手前、診察代として名前ぐらいは聞かせてくれない?」

「ランス」

 

 ランスは頭を抱えて、陰鬱そうに言葉を漏らす。

 

「ほっといてくれ。俺はもう生きてる価値がない。終わったんだ……」

「…………」

 

 バーバラは不快げに眉根を寄せた。

 自分の初めてを捧げた男が、死のうとしている。するべきではなかったという後悔が生まれる。だが、それと同時に捧げてまで生き返らせて、もう一度死なせてたまるかという思いもある。

 

「話してみなさいよ。医者だから、治せるかもしれない」

「っは、英雄病が治せるわけがないだろう」

「英雄病か、ランスは戦士だったのね」

「そうだ。史上最強にして空前絶後、天才の俺様にも病気には勝てない。色々治す方法を探してみたが駄目だった。こうなれば病気にではなく、自分から死んでやるのが英雄のやることなのだ」

 

 いやに自信満々な言葉が気になるが、死ぬ意思は頑なだった。そしてその原因が病気。医者志望のバーバラにとって、挑戦状を叩きつけられた気がした。

 

「……ねえ、メディカって試した事がある?」

「ああ、アスクレイピオスか。リセットが言ってたが、あれじゃ俺様は無理だろう」

「私、使えるわよ」

 

 ランスは怪訝な表情でバーバラを眺めた。

 

「なんだそりゃ。アスクレイピオスは若い女しか治さなかったエロ男の話だぞ」

「エロ男云々は知らないけど、使わない人がいないなら試してみる価値はある」

 

 バーバラはランスの肩に手を添え、頭を筋骨隆々胸に押しつけた。

 

「何やってんだ」

「個人的に、これが一番やりやすいのよ。村のお婆ちゃん相手とかだといつもこうやってる」

 

 バーバラ懐から取り出した二色半団子をありったけ口に含み、青白い光が掌から零れる。

 光がランスに纏わりつく。MPを次々とメディカに変換して、目の前の相手を治す事に集中する。

(普通じゃ怪我とか治すのが精々だけど、今回は全部治すつもりで、ありったけ…………!)

「お、おい!? うぐっ……!」

 

 BPも、MPも、自分の持てる全ての力を癒しに向け、相手の中に力を流し込む。

 少女は目を閉じて集中し、青い光の光量が増していく。

 

(…………! この力は、いつもと違う!?)

 

 壁を、超えた。そんな思いがあった。

 元から本来あるべき真の力が戻るように、不思議な力の正体が流れ込む。

 

「うおおっ!? こ、これは……!!」

(分かる……いける……! 治せる!)

 

 光はランスの下腹部の中心にあった。それを押し込み、刺激し、擦り上げるようにする事で力は高まり、悪いものを押し出すという感覚がある。それと同時に、自分も同じ位置に熱いものを感じる。

 

「…………ッ」

「おおっ、くうっ、がはははっ、あれだけ勃たなかったのが……!」

 

 バーバラに相手の声は聞こえない。それすら遮断して自身の力に集中している。白い光はいよいよ輝きを増して、強く発行し――自身の中に消化する形で、一息に押し込んだ。

 

(……い、けぇ…………!)

「おおおおおおおおおっ!!!」

 

 メディカの真の力の発動の確信と共に――

 

<びくびくんっ! びゅるっ! びゅるびゅるっ!>

 

「…………へ」

 

 バーバラの顔は、白濁に染まった。

 イカ臭い匂いとつんとした香りに目を開ける。そこには完全に勃起したペニスが元気に跳ねまわり、次々と少女の肢体に精液を付着させていく。

 

「…………い、いやあああああああああああああああああああああ!!!」

 

 そういえば、相手は裸だった。体を慌ててのけ反らせようとしたところで今度はランスが肩を回して抱き留める。

 

「凄い! なんて凄い名医なんだお前は! くーっ、出る出る―!」

「いやあああああああああ! 離して、離してええええええええええええ!!!」

 

 ランスの腕の力は強く、全く振りほどけない。じたばたともがこうが、彼女の体は次々と白色にコーティングされる。

 ああ、何故こんな事になったと思った時、メディカの部分の答えが頭を過ぎった。

 

【メディカ】

【相手の病気を治す事が出来る。なお、セックスをしなければ完治は出来ない。】

 

 メディカの能力は、若い異性を相手にしないと真の力を発揮しないのだ。

 これまでバーバラは限界集落の年寄りにしかメディカを使ってこなかった。その為にこの真の力が発揮される事はなかった為に気づかなかったのだ。

 今ならランスの状態も克明に分かる。一体どれだけの病に侵されていたのかも。

 

「ああ、凄い! 全ての症状がないとは信じられん! 体が軽いぞー!」

「そりゃそうでしょうよぉ……それより離してよぉ……」

 

 十日酔い、常在戦場、百六十肩、ホルモーン、風麟、ハニハニ、ロリコソ……数多の病気にランスは罹っていた。そのどれもが戦士として致命的になり得るものから、死に至りかねないものまで次々と。

 この戦士は、規格外だ。普通ならとっくに死んでいる。

 ランスは満面の笑みを湛えて、バーバラを見つめてきた。

 

「がははははは!! いや、本当にお前は名医だ! 王都のヤブ共に比べたら天と地だ! まさか俺様の最大の問題を治すとは! これで死ぬ必要はないな!」

「最大の問題……? どれもでしょ」

 

 どれもこれもが死に至るような病気だ。だが、ランスが選んだのは自死だった。精神病の類ではないはずとバーバラが思ったが、

 

「インポを治してくれた事にはどれだけ感謝しても足りんぞ! 今も可愛い女の子を抱き締めてガッチガチだ!」

 

 ランスの悩みは、勃たなくなる事であった。

 数多ある死病は鬱陶しいだけだ。だが、インポだけは死ぬに足る致命の病気であった。

 そそり立つ自分のモノを強調するかのようにバーバラの腹にこすりつける。

 

「…………っひ」

 

 腹の中に、凶悪な熱いモノが当たって悲鳴が上がる。

 バーバラは医者志望なだけの年頃の乙女だ。そんな状況は耐えられない。

 

「分かった! 分かったから! もう離してよ! お礼はいつか金銭と言う形でお願いね!」

「いーや、ちゃんと治ってるか確認する必要がある。ここはお礼をそういう形で示さないとな!」

 

 ランスは体重をかけてバーバラを押し倒した。

 少女の華奢な肢体を眺め、ハイパー兵器はもう完全に臨戦態勢だ。バーバラもメディカを使用した事によって、かなりの湿り気を帯びている。

 

「ぐふふ……口では言っておいて、そっちも望んでいるではないか」

「違うのお! これは能力の副作用なの!」

「おお、それは大変だ! 今度はこっちが治す番だな」

「やめてえええええええええええええ!!」

 

 じたばたと暴れて抵抗しようとするが、完治したランスの力は常軌を逸していた。高レベルのバーバラの力が全く通用しない。

 

(…………あ)

 

 その時、メディカの力が教えてくれた。

 

【インポ】

【完治条件、二色半団子】

 

 ランスのインポは、偶然にも、幸運にも、今二色半団子を口に含んだバーバラとセックスする事で、完治するという事だった。

 

「がはははははははははは!!! いっただっきまーーーーーーーす!!」

「いやあああああああああああああああああああ!!!! 助けてお爺ちゃーーーん!」

 

 バーバラはランスに初めてを散らされ、しっちゃかめっちゃかに犯された。

 

 

 

 

 

 

 

「がはははははははははは! 満足、満足!」

「…………あ、ぁぁ」

 

 凄惨な光景が広がっていた。

 精液塗れ、粘液塗れ、服の至るところが破れた少女が、泡を吐いて倒れている。

 涙に滲み切った目に、薬指に嵌った金色の指輪が映ってしまう。

 

(唇どころか……全て……)

 

 自殺者を助けたら、乙女心どころか貞操ごとまとめて踏み躙られた。

 どうしてこうなった。

 後悔ばかりが頭を支配し、こっちが自殺したくなる番だった。

 薬指を抱えて呆然とする少女に気づいたランスは、バーバラを抱えた。

 

「そういや初物だったな。安心しろ、きちんと嫁にしてやる」

 

 初めてを奪われ、体力の限界まで犯され切ったバーバラに抵抗する力はない。為すがままに連れ去られていく。

 向かうはタクアンの村。村と名を借りてるが、実態は30名近くのハーレムとランスの労働奴隷達がいる拠点だ。

 

「さーて、これからどうすっかな」

 

 自殺していた事が嘘だったかのように、上機嫌に笑いながらランスは次の事を考える。

 

「インポは解決した。だが俺様がこれから病気にかかるかもしれん。だからコイツは手放せん」

 

 ランスの目的はセックスだ。より良い美女を求めて戦っていたが、スキルを適当に使っていたら英雄病に次々と罹った。その英雄病を治した少女は、自分に無くてはならない存在だと認識していた。

 

「まずはこいつをハーレムに入れてメロメロにする。それが終わったら世界を一緒に旅してまだ見ぬ美女を手に入れるのだ。くくく、楽しみだな!」

 

 意気揚々と自身の村に帰宅するランス。

 

「ここから俺様の大冒険が始まるのだ! がーっはっはっはっはっはっはっはっは!!!」

 

 彼の旅は始まったばかりだ。

 

 

 

 

 

 

 ――――これは、愛の物語。

 

「お父さん! その、あんまり酷い事をしないでよぉ……ポニーさん泣いちゃったよ……」

「何を言う。俺様に抱かれる事は幸せだぞ、緑化病も解決したしドラゴン姉妹丼も堪能出来たし大成功だな」

「全ッ然成功じゃなーーーーーい! もう私この大陸にいられないから! どんな変態プレイさせてるの!」

 

 

 

 ――――これは、愛の物語。

 

「お前が諸悪の根源だったんだな! バーバラ!」

「私達を謀った報い…………受けて貰います!」

「ランスとピュロスどこいったのーーーー!? なんでここで残ってるのーーーー!?」

「虹色破壊光線!!!」

「地獄之神火!!!」

「いやああああああああああああああああ!!!」

 

 

 

 女と病気を求めて東奔西走。

 世界を縦横無尽にぶっ壊し――

 

 そして、バーバラは――――

 

「いやー凄いね。この争奪戦でまさか君が取るなんて」

「ふ、ふふふ…………ホルス像は全て私のものよ。全て無かった事にしてやる……」

 

 ありとあらゆる手を尽くして、時間を巻き戻す選択をしていた。

 

「なんでも願いが叶うならあの時の事を無かった事にしましょう。もうやだ。お爺ちゃんと仲良くした日々に帰りたい……」

「いやー、滅茶苦茶酷い目に合うのが面白いから仲良くしてたらこうなるとはね」

 

 ホルス像を全て手にし、王家の台座に立つのはジョンとバーバラだけとなってしまった。

 

「さあさあホルス像を置いていきましょう。ジョンも手伝ってよ」

「いやー、僕全然力無くてさー、君が一人でやった方がいいんじゃないかな」

 

 と、バーバラ達がホルス像を約束の位置に置こうとした時。

 

「そこまでだよ! バーバラちゃん!」

「なっ……その声は!」

 

 83cmのお姉ちゃん、リセット・カラーが間に合っていた。

 ただ、事情は知っている為に同情的に目を細めている。

 

「……あのね、バーバラちゃんがすっごく酷い目にあって、悪いのはお父さんなのも分かってる。でも、それは辞めてくれないかな? きっと後が……」

「…………でも、でも、でも! 私、こうするしかないの!」

「バ、バーバラちゃん……」

 

 悩みながらでも、大好きなリセットの言葉でもバーバラは止まらない。その熱量ある瞳を悟って、リセットが悲し気に俯いた。

 

「マザー、説得は無駄です。この世界はやりたい事を押し通すには力しかない」

「ハーメルン!? キノコックスの時に滅んだはずじゃ!?」

「マザーに叩かれて、目が覚めましたよ。この世では愛こそが正しいと気づかせてくれました。そしてマザーの目指す世界の為に救ってもらった命を使いましょう」

 

 澄んだ目となったハーメルンは薬を取り出した。その数……4つ。

 

「今なら分かる。私なら制御出来ます」

 

 雀陰、除穢、非毒、尸狗。全てを口に含み、異形へと変じていく。

 

「全てを尽くして生き残った日には、マザーとムスバレマショウ…………!」

「だーーーーーーれがやるかーーーーーーーーーー!」

「お父さん!」

 

 ああ、やっぱり生きていた。宇宙船走る高魔力粘液に叩き込まれても生きていた。

 娘を奪う相手がいるならばランスは立ち上がる。

 

「ああもう…………なんだかわからないけど、ここが決戦よ! ここで勝ち残った方が全てを手にする!」

「とーぜん俺様だ! 世界中の女は俺様のものだー!!」

「オ,オオオオオオオオオオオオ!!!!」

 

 ランスは高く跳躍した。

 

「まずはいきなりランスアタタターーーーーーーッック!!!」

 

 轟音と共に世界は揺れ―――――――

 

 これは、一人の女の子を気持ちいいからと苛め続けた挙句に滅茶苦茶になった、【麻薬】と言われた女の物語。




 楽屋裏。ツインテールの二人組は事態を呆れと共に眺めていた。

「あ~……こんな事をやってもいいかと思ったのじゃが」
「二次創作だからってやっていい事と悪い事あるでしょう!? これランスシリーズの作品ですよ!? イブニクル出していいんですか!?」
「一つだけ言っておこう」
「なんですか!? 予想はついてますけどね!」
「これは四月馬鹿じゃ。明日には消えとるから気にするな」
「開き直っちゃダメでしょおおおおおおおおおおお! 通報されても知りませんからねー!?」
「まぁまぁ、ここはいつものアレで締めるとしよう」

 クゥはない胸を張り、満面の笑みを浮かべた。

「駄目じゃこりゃ! 次行ってみよーう!」

 これでイブニクルの二次創作小説を初めて書いた人間になったかな(白目)


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プロローグ TURN0 RA15年8月前半
その勇者は


こっそり再編集版一話を乗せる


 ――――大陸。そう、一つの大陸がある。

 

 宇宙に球体の膜があり、その中でオーストラリア程のサイズの大陸が聖獣達に支えられた世界。それがルドラサウム世界、創造神ルドラサウムによって作られた大陸である。

 その大陸上には人や魔物を始め様々な種族がいて、魔法があり、敵を倒すと経験値を得てレベルが上がって……ファンタジーそのものの世界だった。ただ、多くの世界とは違って、とんでもなくバランスが悪かった。

 その大陸では数千年もの間、人間は魔物に一方的に虐げられていた。負け続けていた。

 まず、基本的に魔物は人間より強い存在である。

 下を見れば、最弱の魔物であるイカマンを倒そうとしても、武器を持った一般人では敵わない。

 一般人が倒そうと思うならば、イカマン一匹に対して五人は欲しい。個人によって差は大きいが、基本的に単身で魔物に勝てる人間の方が少ないのだ。

 そして上を見れば遥かに絶望的な存在、魔王がいる。

 

 魔物達の王、魔王。

 単身で地上を殲滅出来る力を持ち、人類に対して破壊と殺戮を繰り返す厄災。

 これに人類は全く敵わなかった。それどころか魔王から血を与えられた配下である魔人にも敵わない。魔人から血を与えられた使徒になって、やっと、ようやく、何とか――ごく一握りの精鋭達が戦えるような状態だった。

 人類は、悲惨で絶望的に生きるように求められたバランスの中で、苦しい生を強いられていた。

 ただし、希望が無いわけではない。

 

 

 

 

 RA15年8月。

 新しい魔王である、魔王ランスとなって15年目の治世。

 この時代でも人類は魔王討伐を目指していた。ある集団は都合18度もの魔王討伐隊を結成し、悉くが跳ね返されていた。

 魔王を倒そうと思ったら広大な魔物界の森を抜け、世界最高峰である翔竜山を登り、山上に陣取る数多の魔軍を退けて、魔人を倒さなければ魔王に挑む事が出来ない。挑戦はされたが、到底無理な話であった。

 そもそも最初の森を抜ける段階の野良魔物だって弱くない。才能ある精鋭が数十人集ってやっと安定して抜けられる程度に過酷な環境だ。

 今も森の一角に、魔物達が集っている。

 

「キヒヒヒッ」

 

 ガーター大統領、ノーススラッグ、NASU、クロメ……様々な魔物、総勢20体近くがいた。

 彼等はこの近くにある広い水場に集まり、喉を潤したり、周囲を我が物顔で睥睨している。

 このような魔物の群れを見つけたら一も二もなく逃げるのが賢明だ。優秀な冒険者のパーティでも全滅し得るだけの高位の魔物が混じっている。個人で挑むなど馬鹿げた戦力だった。

 ところが、そこに少女は躊躇なく飛び込んだ。手には輝く剣がある。

 

「列車斬り!」

 

 鋭い踏み込みと共に、複数の魔物の巨躯が両断された。クロメの半身が落ちる前に、少女は別の魔物へと肉薄している。

 

「ギギッ――――!?」

「あと14体」

 

 驚きの声を上げようとした魔物が、喉を貫かれて黙り込む。次の一歩でまた血飛沫が舞い、複数の魔物が斬り殺される。

 ただ速すぎて、強すぎる。魔物達が何か行動を起こそうとする前に少女の姿は掻き消えて、別の魔物が斬られている。生きる世界が違った。

 ロクな攻撃すら敵わないまま、魔物達は次々に屍となり果てる。

 

「あと2」

 

 ナメクジの巨体が四つに別れ、粘液が飛び散る。

 一分もしない内に残るのはタンクのガーターと、イモムシに似たNASUだけになってしまった。

 ここで初めて少女は足を緩め、勝ちを確信した笑みを浮かべて歩み寄っていく。

 

「オ、オオオオオオオッーーー!」

 

 魔物としての本能か、ガーターはその巨体を揺らしてNASUを庇うように前に出て、腕を振り上げた。

 岩のように堅く、重い体を活かした一撃が少女を襲うが――

 

「1!」

 

 力任せの剣が跳ね上げられ、今までと同じように、ぞっとするような切れ味で魔物の体が裂かれていく。そのまま振りぬかれた後には、腕から頭までが綺麗に分かれた。

 少女が握る剣はエスクードソード。

 岩も鋼も断ち斬る剣の前では、魔物の堅さに意味はない。

 

「はいラストーーー!」

 

 頭が半分になったガーダーを足場に跳躍し、最後の魔物の頭に剣を突き込んだ。

 そのまま斬り降ろして、頭が開いたNASUを景気づけに蹴り上げる。200キロ以上ある巨体が吹き飛ぶ。くるくると回りつつ木々の幹に当たって軌道を変え、水場に落下して水柱が上がった。

 

「…………ふふ」

 

 水が肩までかかる金髪にかかり、瑞々しく跳ねる。薄く青い瞳が細まり、口元が緩む。

 

「ふふふ…………ふふふふ……」

 

 昨日までは逃げ回るしか無い日々だった。だが今は違う。

 彼女は、選ばれたのだ。

 

「っぷ、あはははははは!!! あーっはっはっはっはっはっは!」

 

 人の枠を遥かに超えた身体能力、右手に持つは伝説の剣。

 彼女こそが魔王という絶望に対を為す希望。

 勇者、その名は――――

 

「バーバラ、何を馬鹿笑いしてるんですか。気持ち悪いですよ」

 

 フードを被った小柄な体躯が、ジト目で主を貶した。従者としては、この軽薄な姿は見ていられなかった。

 

「だってコーラ、これ強すぎない!? もう本当世界最強だってこの力!」

「当然です、貴方は勇者になったのですから」

 

 溜息を吐き、コーラは勇者に近づいた。

 

「いいですか? 貴方は剣に選ばれた勇者です。勇者には数多の役目があります」

「この剣軽とっても軽いし良く斬れるよね。ガーダーもバッサリ!」

「……そんなもんじゃありませんよ。魔人の無敵結界すら斬れます。無敵結界のせいで全ての魔人は人類には手も足も出ない存在ですけど、貴方は別です」

 

 勇者には旅のサポートをする従者がいる。コーラは勇者が神に与えられた特典の一つであり、旅を助ける存在、勇者としてあるべき姿を教える教導者でもあった。

 勇者一日目、剣を遊ぶように振り回す馬鹿相手には毒舌にもなる。

 

「勇者は人類の希望です。人類は度重なる魔王の被害によって人口を大きく減らしています。それだけの危機だからこそ、バーバラに今の力が与えられているのです」

 

 15年前、この大陸の人類は3億人程がいた。それが魔人との戦争や災害、魔王の蹂躙によって死に続け、今は2億1千万人を切っている。

 神は人を見捨てない。危機に応じて勇者に与えられる力は増大している。バーバラは一日にして人類最強の力を手にしたのだ。

 

「貴方がするべき事は今の絶望的な世界を救うこと。今は力と技術をつけて使途を討ち、魔人を討ち、最後には魔王を討つ――――それが勇者に求められる役割です」

「…………」

「力を手に入れたからには、それ相応のやるべき事があるとは思いませんか?」

 

 真剣な眼差しで役目を説くコーラにバーバラは下を指さして、

 

「そうねー。今やるべき事は、そこにいる死体からアイテムやgoldを漁ること――――それが従者に求められる役割よ」

 

 血塗れとなった森の後始末を命じた。

 

「…………」

「勇者のサポートをするのが従者の役目でしょ? 助けてね」

「…………はぁ、そーですね」

 

 従者は勇者の言う事に基本的に逆らえない。勇者誕生以来やっている性からか、コーラは魔物達に屈み、血に濡れた肉塊に手を突っ込んだ。

 バーバラは空になった水筒に水場の水を満たしていく。

 

「私はこの力を利用してお金を稼いで、冒険者としての名声や地位を手に入れるのよ」

「ほんと、マジでそれ言い続けるつもりなんですね」

「魔王や魔人を倒してくれって任務はギルドに乗ってない。ま、あっても絶対に請けないけどね。命を張る気なんて全くないから」

 

 一通り溜まった透き通るような水を眺めて、口に含む。

 

「んぐっ、んぐっ……私は勇者じゃなくて、冒険者。絶望的って程じゃないし、面白おかしく暮らせればいいのよ……!?」

「あ、馬鹿やった」

 

 突然、バーバラの体が水場に突っ込んだ。

 舌に痺れを感じると同時に、その痺れがたちまちの内に全身を支配して、バーバラは動けなくなってしまった。視界が極採色に染まり、体の内が焼け爛れるような感覚がある。

 

「もがもがもがもがもが!?」

「NASUって猛毒を持つ魔物なんですよ。水場に蹴り落として飲むとか死にたいんですかねー」

 

 痙攣しか出来ない状態で、震えるばかりのバーバラに息を吸う術がない。勇者の力があろうが、この状況では為す術なく死ぬだろう。

 

「もがーーーーーっ」(助けてコーラああああ!!)

「多分助けて欲しいんでしょうけど、勇者は危機的状況は自分で脱出するものなので助けません」

 

 コーラの作業の中、水泡ばかりが上がり、首の一部だけ暫くのたうち回り――やがて、バーバラの動きが完全に止まった。

 

「これで普通なら死亡なんですけど、勇者特典があります。勇者は決して死にませんから早く復活してくださいね」

 

 と、思ったらまたバーバラはもがきだした。満足に動かない体を捩り、苦しみに足掻く。

 

「もがもがもがもがーーーーー!」(息息息息ーーーー!)

 

 勇者には様々な特性が与えられている。

 身体能力の強化に始まり、強運、見切り、異性に対する魅力……不死もその一つである。

 例え毒の効果によって行動不能になり、溺死し続ける状況になっても勇者は生き続ける。

 

「……ま、どう考えても死んだのは自業自得ですよ。一日目にして自滅するのは勇者史上初じゃないですか」

 

 コーラは空を見上げ、このポンコツな少女の世話係になる己の身分を憂いた。

 

 

 

 

 

 

 

 RA15年現在、世界は荒れに荒れている。

 魔王が世界に君臨し、人々は恐怖に慄き、魔王に対する立場の差で人類同士の内紛も絶えない。

 リーザス王国王子ザンス・リーザス。ゼス王国王女スシヌ・ザ・ガンジー。japan国主山本乱義、次期カラー女王リセット・カラー。

 主要国の元首、あるいは次代の王は皆が魔王の実子であり、戦わずして魔王に支配される未来が待っている。

 神の加護は異変によって消え、食物の生産力や、治癒の奇跡も失われていく。

 人類には希望が、勇者が必要だった。

 

 だが、その勇者となった人物は……

 

 とってもポンコツで、とっても俗物的で、とっても従者使いが荒くて。

 

 とても勇者とは思えない少女だった。




 これ以外は蛇足過ぎる本編部分を削除しただけのコピーです。スラルだけ残します。
 それぞれのエピソードは当時の全力だったけど、読者に付き合わせてるエゴ外伝で、出来もばらつきがあり、長すぎました。

 新turn0が書き上がったら交換します。
 一回書くの辞めるとすっごく遅筆になるわ……


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自由都市

 自由都市地帯のCITYという町は稼ぐのに向いている。一代で財を為したコパ帝国総帥コパンドン・ドットが築いたこの町は、経歴不明でも実力と金次第で稼げる仕事が舞い込んでくる。

 一方、仕事を果たせないものにはシビアだ。昨日も失敗した新米冒険者のバーバラは、武器の新調すらままならない生活を強いられていた。

 現在は自らの冒険者ギルドの主であるキースに、いつものように失敗の報告と楽な仕事のおねだりをしている。

 

「キースさん、命の危険がなくて、お金がたくさん貰えて、すごい楽な依頼ってある?」

「普段はないんだが……あるぞ。主にお前さんのような、可愛い女の子だけのな」

「ホント!? 今回はそれでお願いします!」

 

 目の色を変えて前のめりになったバーバラに、キースはカメラを取り出して、依頼について語り始めた。

 

「視察目的で撮影してくれって依頼だ。こいつを一人で携帯して撮るだけでいいぞ。

最初の1枚だけでも5000gold、追加もガンガン出る。指定場所は翔竜山だがな」

「値段は凄いけど、魔王軍の本拠地とか世界一の危険地帯でしょ……無理無理無理!」

「配下の魔物は美女、美少女なら殺さないように厳命されているそうだ。むしろ野良魔物に襲われていたら『保護』しろだとか。お前さんなら、命の危険は少ないだろ。貞操は知らんがな」

「魔王に犯されろって言ってるでしょ!?」

 

 スカートを押さえてすっかり及び腰のバーバラに、キースは淡々と彼女の選択肢を挙げていく。

 

「捕まらなきゃ問題ない。逃げ足には自信あるんだろ?

さっきの条件に全部当てはまるのはこれだけだな。安全なら蜂の素の駆除とかあるぞ。

金なら魔物、盗賊退治や荷駄の護衛だな」

「うぅ……どれもやりたくない仕事だよぉ……」

 

 頭を抱えてバーバラは悩み始めた。彼女の冒険者としての欠点は仕事を選びすぎることだ。

 剣や魔法が使えるので冒険者になったが、基本的に戦いたがらない。自分が危ないという状況を徹底的に避けようとしている。

 戦闘になっても範囲魔法を打ち込み、ハニーには不意打ちで切りかかり、即逃げるだけ。

 不意打ちと逃走以外はからっきしの上に根気無しだから、戦闘以外の仕事も上手くいかない。

 新米冒険者のここ半年の繰り返しに、キースは変化させるキッカケが欲しいと考えていた。それ故に、わざと今回は彼女にとって無茶な依頼を見せていた。

 

(地に足のついた仕事か、冒険者としての仕事か、護衛ぐらいはやってくれるようにならんとな)

 

 バーバラとしても、ここ最近の失敗続きでgoldは乏しい。写真一枚撮るだけで5000とは破格だ

 そろそろ地道な仕事をするか、一発実りのいい仕事をしなければならない。しかし――

 

(あ……ある、出来るかも!)

 

 堂々巡りの思考の中で、解決策を閃いたバーバラは胸を張って答えを告げた。

 

「翔竜山の方を受けるわ。バシッといいの撮ってきちゃうから!」

「…………お前さんがそっちを取るとは思ってなかったよ。重ねて言うが、危険だぞ。野良魔物だって弱い地域じゃないんだ」

「逃げ足には自信があるから大丈夫、多分……それより、うし車の高速便をお願いしていい?」

 

 キースが持ち出した依頼ではあったが、実際に受けられると悪い気がして、成功率の低い冒険者に対する前払いを同意してしまった。

 

「写真が来た時点で元は取れるからいいぞ。ゼスと西ヘルマン、どっちから行くんだ」

「西ヘルマンのランクバウ行きで、故郷の方がやりやすいから」

「3時間後に俺が走らせてる便が出る。俺から話つけといてやるよ、ついでに食費をほんのちょっとだけ渡しておこう。」

「キースさん、ありがとう!」

「あ、あぁ……気をつけろよ、達成しても最後まで気を抜くなよ」

 

 ウエーブのかかった金色の髪を揺らして笑顔でお礼を言う姿は、掛け値なしの美少女だ。

キースはつい気圧されて、らしくないお節介な言葉でバーバラを見送った。

 

 キースギルドを去ったバーバラは、長距離遠征の準備を進める。

 保存の効く糧食、水、手持ちの武器の簡易の手入れ、自分の出来る準備をしている内に、出立の時刻が迫り、うしが停泊所に繋がれていく。

 

「さーて、ペルエレねーさんに会いに行こう!」

 

 気合十分、バーバラは勢いよくうし車に乗り込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 うし車はアウトバーンを抜ける道すがら、半日程の休憩をシャングリラで取る。

 その休憩時間で、バーバラは初めて訪れる都市を観光していた。中心街から少し外れたところを歩くと、目を引く一団が騒いでいる。

 

「長田君、ありがとー! お別れするの寂しいよー! 寂しいよー!」

「うわーーーん、俺もーーー! ナギさーん! びえーーん!」

「うぅ……お姉ちゃんだって我慢してるのにぃ……」

 

 幼女のような背丈の亜人から、存在だけで威圧感を感じさせる大男がいるパーティが、皆別れを惜しんでいた。

 

「う、ううううう…………やだやだやだー! ボクはもうお姉ちゃんとここでずっと暮らすー!」

 

 茶髪の少女が、カラーの幼女に熱烈に抱き着いた。

 

「にゃにゃにゃにゃあー!? エールちゃん、気持ちは分かるけど落ち着いて。お母さんに顔見せに行くんでしょ?」

「それならボクと一緒に母さんのところまで行こ?お姉ちゃんの無い生活なんて考えられない。死んじゃう」

 

 カラーの女の子を、抱きしめたまま持ち上げて――物凄い速さで一団から離れてこちらに来る。

「あっ、あっ、あっ、力強い!連れ去れられるー!」

「エールを止めないと! せっかくの雰囲気がぶち壊しだよ、もー!」

 

 一団はエールと呼ばれた少女を追うように、バーバラの横を駆け抜けて竜巻のように去っていく。どたばたと、ぎゃあぎゃあと騒がしく――それでも、心から冒険を楽しんできたと分かるパーティだった。

 

「さっすが国際共同都市シャングリラねー……人間、カラーはともかく、ポピンズやハニーまでパーティ組んでるなんて、種族のデパートって感じがする」

 

 この上なく幸せな旅の終わりを横に見つつ、バーバラの冒険は始まる。




 うーん、拙い。
 でも残しておく。半分交換。


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西ヘルマン

 cityを出立した高速うし車はシャングリラを経由して、スードリ、マイクログラードを抜け――バーバラはラング・バウに到着した。

 

「あ~~っ、窮窟だったぁ。数日で着くのは凄いけど乗り心地は最悪ね」

 

 狭い車内で荷台として過ごしたバーバラは、固まった筋肉をほぐしつつ、故郷の風土と開放感を味わっていた。

 他国民に石と評されるヘルマンパンをガリガリと食べつつ、ラング・バウ城内へ向かう。

 アポイントメントを取っていないので、本来ならば入城には面倒な手順を済ませる必要があるが、通行券なら用意があった。

 

「ここより先は目的と身分を告げて頂きます」

「大統領秘書のペルエレにお願いします。ねーさんにバーバラが会いに来たと伝えてください」

「ああ、この手袋は……了解致しました。少々お待ちください」

 

 ヘルマン帝國の刺繍が入ったメイド手袋を渡し、程なくしてバーバラは大統領府に案内される。 指定された一室に入ると、15年前から全く変わらぬ少女、ペルエレ・カレットが座っていた。

 

「ねーさん久しぶり! こんなに早く案内されると思わなかった」

「私目当ての来客だからね、仕事はちゃっちゃと終わるからそっちを先にするのよ。どんな人でもすぐ会えるようにしてるのよ」

(シーラに仕事ぶん投げてサボるチャンスだしー)

「おお……ねーさんかっこいい…………」

 

 憧れにキラキラと目を輝かせているバーバラ。バーバラにとって、ペルエレは鬼畜王戦争の時期に知り合って以来最も尊敬している人物だ。

 貧民から立身出世して国の中枢を担い、自分のような庶民にも立場の差なく接する。

 バーバラは、彼女のような女性になりたいと思って家を飛び出していた。

 

「しっかしあんたも呼び方変える気ないわね……実の姉妹でもないのに」

「ねーさんはねーさんだから。会ってからちっとも変わらないんだもの」

「そりゃ使徒になったからね。第二次魔人戦争の活躍は話したでしょ?

スパイと悟られずに、魔人の懐に潜り込んで戦況をコントロールした時のおまけ」

「ついでで永遠の命なのがかっこよすぎるよー!」

 

 ペルエレ・カレットは第二次魔人戦争時代に、魔人四天王ケッセルリンクのところへ単身潜り込んで使徒となった。

作戦決行の際には、他の使徒を無力化して、人類総統ランスがケッセルリンクを討伐した際の決め手になっている。

 その後のリーザス大戦、勇者災害、鬼畜王戦争、ヘルマンの分裂等々、ヘルマンを襲った災難や戦争を、ときには魔王軍に寝返ってヘルマンに必要な情報を流していた。

 これらのペルエレが語ったホラは、ある程度は正しいのだが、大幅に脚色されているものをバーバラはすっかり信じ込んでいる。

 気を良くして、シーラが煎れてくれたコーヒーを飲みながら、サボり魔は話を進めることにした。

 

「ま、茶飲み話をしにわざわざ来たんじゃないんでしょ? 手紙で冒険者始めたって送ってたからもう暇じゃないだろうし」

「あ、うん。翔竜山について来て欲しいの。写真取ったらお金くれるって任務が来たから。

ねーさんは今でも魔王軍の関係者で、定期的にスパイしてるんでしょ?」

「あぁ……まーね! 有能だから魔王軍でもひっぱりだこよ! もう裏切っても切れないって感じ?」

(ビスケッタさんがやってくれって言うからやらざるを得ないのよ……

一回ヘルマン離れて逃げたのに、わざわざ報告を聞きに逃走先まで来たし逃げられなかった。

あの人魔人よりこわい)

 

 実際は、どちらにもいいように使われている連絡用のコウモリだった。

 本音は身の危険しかないから諸々の立場から開放されたい。

 しかし鬼畜王戦争以降、人類圏で彼女の生きられる立ち位置は西ヘルマンしかないため、詰んでいる。

 

「まぁ、そろそろ定期報告の時期だし連れていくぐらいはいいか。ちょうどあのアホいないし」

「あのアホって?」

「魔王ランスよ、シーラが言うにはビンタが成功してどこぞへ雲隠れだと。

……わかんないだろうけど、要は魔王はいなくて比較的安全ってことよ。気分いいわー」

 

 ケタケタと笑いながら、ここ最近の不安の解消をこぼす。

 ペルエレが漏らした情報は、本来バーバラのような庶民に伝えていいものではなかった。現在もアサシン組織である闇の翼が懸命に捜索中なのだが、愚痴のついでに漏らす時点で秘書としては優秀ではない。

 

「魔王をアホって言える使徒がいるんだ……何にせよ、いないのは丁度いいね」

「ほっとんどの使徒にはボロクソよあいつ。オーロラと私はくたばれって思ってる。魔王城のメイド達もそうなんじゃない?」

 

 使徒には使徒同士の交流と立場、立ち位置がある。ペルエレは反魔王派のグループだ。

 以前からそれなりに悪縁があるせいか、魔王に染まった時だけでなく、シラフの時でも絶対命令権でこき使われてきた。

 本来魔王ランスは絶対命令権を使うことを好まない。魔人も、魔物相手にもほとんど使わない。何故かペルエレだけは、こいつならいいやと使いまくっていた。

 魔王になった夜の裸踊りから始まり、アメージング城の建築、愛人作りの身分の誤魔化しまで。絶対命令権の使用回数は、二位と桁が一つ違うほど使われていた。そうなっては、ペルエレが反魔王になるのも当然だ。

 

「魔王軍のドロドロな事情は怖いだけだよ……それより、どうやって翔竜山に向かおうか?」

「ここから二人で歩いて行くのも面倒ね。シーラに高級うし車を用意させて、それで行きましょ」

「大統領に!? 豪華なの用意させていいの!?」

「へーきへーき、最新式の高級うし車まで頼むから。魔物も振り切って翔竜山のすぐ近くまで行ける最高速の旅を見せてあげる」

「う……ただの冒険者のつきあいでこれって良いのかな……」

「私一人でもやるけど。最近都市を離れた移動とか徒歩でやってない」

 

 シーラの甘さに付け込んだ、権力の濫用だけは秘書として成長していた。

 一方、それだけの信頼を得ているのかと、バーバラはペルエレに対する尊敬の念を強めた。

 

「明日の朝にランク・バウの正門に待ち合わせね。現地で写真はいいけど、標高3000超えると魔王軍から文句出そうだから諦めて」

「す、凄い……これが、15年以上も信頼を受けている大統領の秘書……」

 

 とんとん拍子で話がまとまる手際に感動し、バーバラはペルエレに抱き着く。

 

「ねーさん大好きー! 愛してるー!」

「はいはい、あんましひっつくな。あと儲けは6割私だからよろしく」

「……………………」

 

 バーバラはフリーズしたのを機に、ペルエレはニヤリと笑ってデコピンをかまして引きはがす。

 

「あうっ」

「当然私が儲けないと受ける気ないわよ、私がいないと成立しないし6割は優しいでしょ。

精々良い写真たくさん撮ろうじゃなーい。こっちもた~っぷりネガ持ってくから」

「ねーさん抜け目ない……くうううぅ…………」

 

こうして、小心者コンビの翔竜山登頂が決まった。




 うん、酷い。これは特にひどい。
 小説形式とゲームの違いが分かってないんだよなあ……


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