この素晴らしくあざとい後輩との冒険者生活はまちがっている。 (水刀 言心)
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プロローグ① このぼっちと後輩に女神の祝福を!






初めまして水刀 言心と申します。

数年ぶりに筆を取りましたので、こちらで投稿させて頂きました。

ハーメルンは初めての利用なので、お見苦しい点がありましたら申し訳ございません。

気になる点、ご助言、ご感想等ございましたら、よろしくお願いします。

サイトの使い方に関するご助言も大歓迎です。

なお、序盤は駆け足気味ですので、俺ガイル及びこのすば!原作既読orアニメ視聴済みでご覧頂くことをお勧め致します。


「ようこそ死後の世界へ。 ヒキガヤ ハチマンさん。 イッシキ イロハさん。」

 

 

全ては自称女神様の、そんな一言から始まった。

 

 

「残念ながら、あなた方の人生は、終わってしまったのです。」

 

 

そうして、アクアと名乗る女神様(自称)は、俺たちの現状を語り始める。

 

彼女によると、俺たちは生徒会の書類整理を終え(なお一色に強制連行された)、駅までの道のりを連れ立って歩いていた所、2人揃って運転を誤ったトラックに跳ねられ即死したらしい。

 

耳に残るブレーキ音や悲鳴から、それが事実であることは間違いないだろう。

 

横に目をやると、どうやら同じ心境らしい一色が、何とも言えない表情を浮かべていた。

 

まぁ、いきなり死んだと言われれば、そうもなる。

 

俺自身、意識がはっきりとし過ぎている為か、アクアの話が事実だとは分かっているものの、自らの死については、どうにも実感が湧かなかった。

 

 

「さて、あなた方には、いくつかの選択肢が用意されています。」

 

 

呆然とする俺たちをよそに、アクア様は今後についての説明を始める。

ざっくりまとめると、天国か生まれ変わりか、異世界に行ってワンチャン魔王を倒して願いを叶えるか。

 

それが、俺たちに提示される選択肢らしい。

 

なお、異世界に行く場合、一つだけチート能力を授けて貰えるとの事。

 

アクア様の勧めるままに、カタログとにらめっこを始める俺たち。

 

流石はチートと言うだけあって、カタログに列記された武器や能力は、俺が中学時代に一度は憧れを抱いたものが、いくつも並んでいた。

 

とはいえ、転生先の異世界の情報を、何も知らずに選ぶのはリスクが高過ぎるだろう。

 

 

「あの、少し聞いても良いですか?」

 

 

仮にも女神様が相手ということで、俺はなるべく失礼がないよう注意を払いながら、異世界について尋ねる事にした。

 

そして判明した事実。

 

それは、場合によっては、カタログの転生特典はまるで役に立たないという事だった。

 

例えば伝説の魔剣を選んだとしても、剣士…………ソードマンやソードマスターの適性が無ければ、まともに振るうことは出来ない。

 

例えば無限の魔力を選んだとしても、魔法使い…………ウィザードやアークウィザードの適性が無ければ、まともに魔法が運用出来ない。

 

一歩間違えば、即座に詰む、という恐ろしい現実である。

 

やはりリアルだと、異世界転生ですらクソゲー化するらしい。

 

そもそもとして、カタログを見る限り、チートと言っても、本当に無制限に強力というわけではないのだろう。

 

著しく世界のバランスを崩壊させることがないよう、絶妙な制限が設けられており、それが悉くネックになっていた。

 

さて、それを理解した上で何を選ぶのが正解なのか。

 

ここはある程度のデメリットを受け入れ、その上での運用が容易なもの、というのが理想だろう。

 

手っ取り早いのは、ここで俺に一体どんな職業の適性があるのか、それを明らかにする事だが、あいにくと不可能らしい。

 

ではどうすべきか。

 

ここで忘れてはいけないのが、冒険者の能力は、職業とステータス、そしてレベルに依存する、ということ。

 

剣と魔法のファンタジーという観点からすると、優先すべきは低レベル帯での安全より、高レベル帯での最終的な到達点の高さ。

 

そして俺の性格という観点から、ソロでも活動可能な火力と汎用性。

それらを兼ね備え、俺の資質に左右されない力となると…………。

 

 

「…………史上最高のルーンナイトとして、早期に大成し得る資質、ってのは可能ですか?」

 

 

俺の言葉に、きょとんとするアクア様。

 

おそらく、これまでの転生者は、割と素直にカタログから特典を選んでいたのだろう。

 

しかしながら、俺はそこまで素直ではないし、命がかかっている以上、生半可な物は選べない。

 

そして思いつくリスクを、徹底的に排除した結果、この選択がベストだと判断した。

 

武器や特殊能力では、汎用性に欠ける上、それを効果的に運用出来る職業の適性が無ければ即座に投了する。

 

特定の職業における高い適性であれば、持ち腐れることはない。

 

さらに『早期に大成し得る』という文言を加えた事で、レベルアップに払う労力も最小になる、という我ながら文句の付けようがないアイデアだと思う。

 

ちなみに、あえて全ての職業への適性とせず、特定の職業に限定したのは、先程述べた何らかの制限への対策である。

 

こちらからある程度制限を設けておけば、新たに厳しい制限を受けることは無いだろう、という打算だ。

 

 

「資質って、変わったもの要求するのね? それだとレベルアップしないと、別にチートでも何でもなくなっちゃうけど、本当に良いわけ?」

 

「はい。ただ、今言った文言、一字一句その通りのものが良いんですが。」

 

「『史上最高のルーンナイトとして、早期に大成し得る資質』だったわね。分かったわ。上に確認とるから、ちょっと待ってなさい。」

 

 

そう言うと、アクア様はどこかに電話をかけ始める。

 

どうやら神様の世界でも、お役所仕事的な事情は存在するらしい。世知辛い。

 

 

「あ、あの、先輩?」

 

 

電話中のアクア様を大人しく待っていると、これまで殆ど言葉を発していなかった一色が、こわごわと言った様子で声を掛けてきた。

 

 

「何? どうかしたか? さっきから嫌にビクビクしてるけど。」

 

「あ、良かった。やっぱり先輩だったんですね。」

 

 

すると一色は、強張った表情を緩ませ、安堵の溜息を零す。

 

何、俺の顔忘れたの?

 

君、あんだけ人の事こき使ってるのに?

 

跳ねられた時に、頭の打ち所が悪かったの?

 

 

「何か変なこと考えてるみたいですけど、別に先輩の顔を忘れてた訳じゃないですから。とゆーか、あんな腐った目付きの人忘れませんよ。」

 

「おい、さり気なく人の目をディスんじゃねぇよ。つーか、だったら何で俺が本人かどうか疑ったんだよ?」

 

「いやだから、その先輩の目が腐ってないからですよ。」

 

「…………はい?」

 

「確認取れたわよー! 大丈夫だってー!」

 

 

一色の言葉に絶句した瞬間、アクア様の能天気そうな声が木霊した。

 

 

 

 

 

「目の腐り? ああ! あんたの目のことね! アンデッドみたいで不快だったから、こっちで肉体を再生するときにちょちょっと治したのよ。」

 

「ブフォ!?」 「ぷーっ!www」

 

 

あんまりなアクア様の言いように、俺は吹き出し、一色は爆笑。

 

アクア様としては、どうやら善意でやったことらしく、悪びれた様子は全く見られず、むしろ褒めて褒めて褒めそやして、と言わんばかりのドヤ顔である。

 

そんな顔をされると、こちらとしては何も言い返すことが出来ず、寧ろ自分でも致命的な欠点だと思っていた為…………。

 

 

「…………ありがとう、ございます。」

 

 

そう絞り出すことしか出来なかった。

 

 

 

 

 

話を戻そう。

 

先程俺が提案した特典についてだが、アクア様によると概ね問題ないとの事だった。

 

具体的には、一部ステータスの補正と、いくつかのスキルとして授けられるとの事。

 

説明を受け、特に問題を感じなかった俺は、特典をそれにする事に決めた。

 

 

「ハチマンの特典はこれで良しとして、イロハはどうする? 私的にはちゃっちゃと決めてくれるとありがたいんですけどー?」

 

「えぇー、そんなこと言われましてもぉ…………。ええと、先輩?」

 

「いや何で俺に振るの? 自分の特典なんだから、ちゃんと考えろよ。」

 

「それは分かってますよぉ。ただ、確認と言うか、先輩はいろいろと考えた上で、特典を『資質』にしたんですよね?」

 

「そりゃ、まぁ…………。」

 

「んー…………だったら、わたしもそう言うのにしとけば安心かな、と思いまして。」

 

 

ちろり、と舌をのぞかせて、悪戯っぽく笑みを浮かべる一色。あざとい事この上ない。

 

あと、結局選考基準が俺頼みなんだよなぁ…………。

 

とはいえ、『史上最高の◯◯として、早期に大成し得る資質』、と言う特典であれば、そうひどい事にはなるまい。

 

そう自己完結した俺は、黙って一色の決断を見守ることに…………。

 

「じゃあわたしの特典は『史上最高のアークプリーストとして…………』「待て待て待てっ。」ちょっ!? 何なんですか!?」

 

 

見守る事にしたんだが、聞き過ごす事が出来ず、結局思い切り口を挟む事にした。

 

 

「おい一色。さっきの俺とアクア様の会話ちゃんと聞いてたか? 何でアークプリーストだ? アンデッドや魔族以外には攻撃力皆無じゃねぇか。」

 

「ちゃんと聞いてましたよぉ。でも回復役って、普通にそういうものじゃないんですか?」

 

「これがゲームなら、それでも良いだろう。だが良く考えろ。これは現実だ。常にお前を守ってくれるディフェンダーや、代わりに攻撃してくれるアタッカーが、側にいるとは限らない。もし仲間や護衛と逸れて、一人でモンスターと戦わないといけない、なんて状況になったらどうするつもりだ?」

 

 

ぐっ、などと、悔しそうに呻く一色。

 

こいつのことだ。

 

恐らくは、回復支援役として、周囲からチヤホヤ甘やかして貰おう、という魂胆だったのだろう。

 

打算的な癖に、考えが甘いんだよ。

 

 

「回復役やりたいなら、クルセイダーの方が攻撃手段も確保出来るし、防御力も高そうだから、そっちのが安全だろうが。」

 

「むー…………。ま、まぁ先輩の心配も分かりますけど…………はっ!?」

 

 

言いかけて、一色ははっとした表情になると、俺と距離を取るように身をよじる。

 

 

「はっ! なんですか口説いてるんですか心配して貰えるのは正直嬉しいですし目がまともになってぶっちゃけイケメンだし結構かなりトキメキましたけど今はいろいろあり過ぎて冷静じゃないですしその辺り落ち着いてからお願いしますごめんなさい。」

 

「いやだから、何で告白もしてないのにフラれてるの。つーか、早口過ぎてほぼ聞き取れなかったんですが…………。」

 

「…………とゆーか、ここでイチャつかないで欲しいんですけどー?」

 

 

結局、一色の特典は『史上最高のクルセイダーとして、早期に大成し得る資質』になりました。

 

 

 

 

 

「…………さて! これで準備は整ったわね! それじゃ、これからあなた達を異世界に送るから、魔法陣の上から出ないでちょうだいね!」

 

アクア様がそう言うや否や、俺と一色の足元に、青白く輝く魔法陣現れる。

おお! ファンタジーっぽいなこれ!

 

 

「さぁ、勇者たちよ! 旅立ちの時です! 願わくば、これから現れるであろう数多の勇者候補たちの中から、あなた方が魔王を打ち倒さんことを!!」

 

 

思い出したかのように、女神っぽい事を言い出すアクア様。

ぶっちゃけ今更感が半端ない。

ともあれ、そんなアクア様に見送られ、俺たちは異世界へと旅立った。

 

 

「ようこそ死後の世界へ。ヒキガヤ ハチマンさん。イッシキ イロハさん。」

 

 

…………筈だったんだけどなぁ。

 









最後までお読み頂き、ありがとうございました。

既に色々とやりたい放題やっておりますが、これからよりはっちゃけていきます(ぇ。

今後とも、お楽しみ頂けると幸いです。

さて、今回の言い訳を少しだけ。

①八幡の目
これは作者がイケメン主人公に拘った訳ではなく、『あれだけアンデットを目の敵にする天界が、ゾンビ染みた八幡の目を放置するだろうか?』という疑問から、実験的にこうなりました。

付け加えると、彼がイケメンだった方が、ヤキモキさせられるいろはすが見れて作者☆大☆満☆足! だと思ったというのも理由の1つです。(笑)

②2人の特典
かなり悩みましたが、作中で述べた通り、リスクを排除していった結果こうなるのではないか、という考えです。

八幡の性格(拙過ぎる作者の分析に基づく)を考えると、異世界の情報を何も聞かずにほいほい特典を選ぶとは考えにくく、初対面のアクア相手に横柄な態度で応じるとこはまずないでしょう。

となると、お調子者のアクアは彼の問いに快く答えてくれるでしょうし、彼は十分に判断材料が揃った上で選択ができたと思うわけです。

以上、今回はっちゃけた内容の言い訳でした。

さて、本作は基本的には週1回程度の更新を目標にしております。

しかしながら皆様のご声援により、作者がkskする可能性も無きにしも非ずですので、どうか生暖かく見守ってやって下さい。

それでは、また次回の更新でお会いしましょう。


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プロローグ② この呪われた装備たちに救済を!






週に一回程度と言ったな? あれは嘘だ!

というのは冗談で、プロローグは書き上げておりましたので投稿します。


 

 

「混乱させてしまったみたいで、申し訳ありません。」

 

 

そう言って、頭を下げてくれたのは、2人目の自称女神様、幸運の女神エリス様。

 

アクアに見送られた俺たちは、異世界ではなく、何故か先程まで居た場所と、そう変わらない空間に飛ばされ、アクアの時と同じような挨拶を受けた。

 

謎の無限ループにでもハマったのかと、内心ビクついていたのだが、どうやらそう言うわけでは無いらしい。

 

 

「本来であれば、あなた方2人には、このまま異世界へと旅立って頂く所なのですが、実はいくつかお願いがありまして、こちらにお呼びしたのです。」

 

 

…………と、言うのがエリス様の言い分である。

 

 

「お願い、ですか?」

 

 

目を白黒させながら、そう聞き返す一色に、エリス様は、見る者を虜にしてしまいそうな、可憐な笑みを浮かべて頷いた。

 

 

「実は、お2人に受け取って頂きたい装備がありまして。その、実はその装備というのが…………所謂『呪いの装備』というモノなんです。」

 

 

…………あれ? この人女神様じゃなくて、悪の魔女なんじゃね?

 

そう思ってしまった俺は、決して間違っていないと思う。

 

 

 

 

 

危うく女神様を魔女認定するところだったが、話を聞いてみると、納得のいく理由が存在した。

 

今から半世紀以上前、1人の転生者が異世界へと降り立った。

 

彼は神々から『神器に比肩し得る武具を創り出す能力』を授かっていた。

 

しかし、残念ながら彼には、冒険者としての才能が著しく欠落していた。

 

その事実に彼は大きく落胆したが、やがて立ち直り、持ち前の器用さと、神から授かった能力を活かすため、鍛治師に弟子入りすることに。

 

やがて独立した彼は、数々の武器や防具を生み出し、魔王軍に脅かされた人類に、大きく貢献した。

 

誰もが彼を褒め称え、彼が生み出した武具を欲しがった。

 

 

しかし、彼の名声が世界中に広まった頃、悲劇は起こった。

 

 

「…………さて、少し話が逸れますが、彼は古典文学を愛しておりまして、特にウィリアム・シェイクスピアの作品を愛読していたそうです。お2人はシェイクスピアの四大悲劇というものをご存知でしょうか?」

 

「え、ええと、ロミオとジュリエット、くらいなら。」

 

「違うぞ一色。ロミオとジュリエットは有名だが、四大悲劇には入らない。」

 

「く、詳しいですね。流石は国語学年3位。」

 

「まぁ、濫読家なだけだけどな。『オセロー』『リア王』『ハムレット』『マクベス』の四つですよね?」

 

「はい、その通りです。お詳しいんですね、ハチマンさん。…………話を戻しますが、彼は自身の作品に、古典文学の作品名、或いはそれに関連した銘と能力を付与していました。」

 

 

最高の鍛治師であった彼の作品の内、自他共に認める至高の品が四つ存在した。

 

 

簒奪の魔剣『マクベス』

 

慟哭の鎧『レクスリア』

 

因果の魔槍『ハムレット』

 

転換の法衣『オセロー』

 

 

神をして、神器と遜色無いと言わしめたそれらは、対魔王軍、対魔物への切り札として、多大な戦果を齎した。

 

 

しかし、それは悲劇の始まりに過ぎなかった。

 

 

『マクベス』の所有者が、自らの主に対して反旗を翻した事から全ては始まった。

 

『マクベス』の所有者は遂には主を弑し、一時は領土をも手にしたが、やがて主の息子らによって追い詰められ、魔剣に強力な呪いを残し自害した。

 

無論、それだけでは終わらない。

 

『オセロー』の所有者が、『レクスリア』の所有者が、『ハムレット』の所有者が…………次々と、まるでその由来となった物語をなぞるように非業の死を遂げた。

 

そして、それぞれが武具に決して消し去れぬ呪いを残し、後に武具を手にした者たちにも、次々に不幸が襲い掛かった。

 

そして人々の恐怖、怒りは、それを生み出した鍛治師、転生者である彼に向けられる。

 

程なくして彼は捕らえられ、魔王軍との内通の嫌疑から火刑に処される。

 

最期まで無実を主張した彼の声は、終ぞ誰にも届く事は無かった。

 

 

「…………彼の死後、四つの武具を回収した事で判明したのですが、それらには『因果を捻じ曲げる』効果が、付与されていました。無論、彼にはそんな付与をした覚えはなく、物語への愛着が、無意識に起こしてしまった悲劇、というのが事の真相です。」

 

「「…………。」」

 

 

急に聞かされた壮大な悲劇に、一色と俺は、ただただ押し黙ることしか出来なかった。

 

そしてふと、当然の疑問が浮かぶ。

エリス様は何だって、そんな物騒な品を俺たちに渡そうとしているのか、と。

 

 

「先程お話しした通り、これらの武具には、2つの呪いがかけられています。1つは『因果を捻じ曲げ、所有者に悲劇を齎す呪い』。2つ目が、最初の所有者が遺した無念による『装備者を狂気に堕とす呪い』です。そしてこれらの呪いには、実は明確な対処法が存在するのです。前者は死の因果を断ち切った者、すなわち転生者には効かず、後者は高い精神力を持つ者には効きません。」

 

 

エリス様はそこで言葉を区切ると、困ったような、しかし優しい笑みを浮かべた。

 

 

「これは、亡くなった彼の最期のお願いなんです。『私の生み出した武具が、悲劇を齎したのは事実だが、武具たちに罪は無く、悪名を刻まれたまま封印されるのでは、生みの親として申し訳が立たない。だからどうか、どうか彼らを、呪いを克服し正しく振るえる者に託して欲しい。』と…………。そして今日、ようやく私は、彼らを託すに相応しい方々に出逢う事が出来ました。」

 

 

エリス様はゆっくりと椅子から立ち上がると、俺たちの目の前まで歩を進める。

 

立ち止まった彼女は、俺に右手を、一色に左手を伸ばし、切なる声でこう嘯く。

 

 

「…………どうか、彼の最期の願いを聞き届けて頂けませんか?」

 

 

…………やはり、彼女は女神より、魔女か女悪魔の方が、よほど性に合っているのでは無いだろうか。

 

そんな表情で、そんな声で懇願されて、断れる人間など、居る訳がないのだから。

 

 

 

 

 

「あの、ふと思ったんですが。」

 

 

武具の受け取りを承諾した後、俺は気になっていた事をエリス様に問い掛けた。

 

 

「その呪いって、女神様の力で解く事は出来なかったんですか? もし解けるなら、条件を狭めず、人格的に信用できる人間なら、直ぐにでも見つかったんじゃ…………。」

 

「あー、あ、あはは、はは…………。」

 

 

そんな俺の問いかけに、エリス様は気まずそうに視線を逸らす。

 

あ、これ絶対しょうもない理由で呪い解かなかったパターンだわ。

 

 

「そ、その、私もそれは直ぐに提案したんですよ? ですが彼は『いや、呪いの武具というのは、それはそれで趣深いものだから、是非このまま使って欲しい』って言って取り合ってくれなかったから…………。」

 

 

案の定である。

 

先程の重たいやり取りは、一体なんだったのか。

 

思わず一色と共に、半目で女神様を睨みつけてしまった。

 

 

「か、彼は根は善人なのですが、空想に耽る気らいがありまして、日本に転生した今でも、自分の事を『剣豪将軍』と名乗ってみたり、その、らいとのべるなるものの執筆に夢中で勤しんでいる有様でして…………。」

 

「せ、先輩、それって…………。」

 

「おい止めろ。お前の言いたい事は分かるが、その先を聞きたくはない。」

 

 

あいつ前世で何してくれちゃってんの?

 

というか、前世から中二病だとか、業が深過ぎるだろ…………。

 

 

 

 

 

「気を取直して、2つ目のお願いについてお話ししてもよろしいでしょうか?」

 

 

知りたくもなかった事実に、愕然としていた俺たちだが、エリス様の言葉で無理矢理に意識を切り替える。

 

2人して頷いた所、エリス様はようやくそれを語り始めた。

 

 

「実の所、こちらの方が重要な案件でして、場合によっては、ハチマンさんの命に関わる問題なのです。」

 

 

命、と言われて、俺は自分の心臓が大きく跳ねるのを自覚した。

 

今しがた死んだばかりで、また命の危機にさらされるなんて冗談じゃない。

 

固唾を飲んで、俺はエリス様の言葉の続きを待つ。

 

 

「単刀直入に言いますと、ハチマンさん、イロハさん、私の信者になって頂けませんか?」

 

「「はい…………?」」

 

 

その衝撃発言に、俺たちは2人して素っ頓狂な声を零すのだった。

 

 

 

 

 

「…………幸運値が低い、ですか?」

 

 

唐突な宗教勧誘の真意をエリス様に問いただした所、帰ってきた答えはそれだった。

 

 

「はい。イロハさんもそこそこの低さなのですが、ハチマンさんは最早群を抜いていると言いますか、寧ろその年齢まで良くぞご無事で、と言いますか…………。その、危機的状況を理解して頂くために、測定担当部署の者の言葉をそのままお伝えしますと『ヤバイ。とにかくヤバイ。長らくこの仕事してるけど、幸運値がマイナスで始まってる人間なんて初めて見た。ヤバイ。このまま異世界に送ったら、ギルドに辿り着く前に死ぬんじゃないか? マジでヤバイ』…………との事でして。」

 

「担当部署の人の語彙力も大概ヤバイですけどね。」

 

「先輩、ショックのせいか論点ズレてますよ。」

 

 

…………うるせえよ。

 

 

「と、とにかくそういう訳でして。このままお2人を異世界にお送りすると、余りにもふび…………コホンッ! 余りにも危険なので、私の祝福を授けよう、という話になりまして。」

 

「「今不憫って言いかけましたよね!?」」

 

「そ、そんなことありませんよ? た、ただ、本来であれば、女神の祝福は長らく修行した僧侶や、偉業をなした英雄に与えるものでして。」

 

「…………角が立たないよう、せめて俺らにはエリス様の信徒になって欲しい、と?」

 

「そういう事になります。話の流れでご理解頂けたと思いますが、私は幸運の女神ですので、祝福を与えた者の幸運値に、大きな補正を施すことが可能なのです。…………少なくとも、マイナス分くらいは打ち消して、人並みの幸運値には出来るはずです。」

 

 

最後の方で自信が無くなってきたのか、尻すぼみになるエリス様の声に、言いようのない不安を感じる。

 

とはいえ、今の話を聞いて、『結構です』と突っぱねられる程、俺の肝は座っていなかった。

 

 

「…………よろしくお願いします。」

 

 

結論…………2名様、入信です。

 

 

 

 

 

そして俺たちは、エリス教への入信を宣言し、御神体であらせられる女神様本人から洗礼と祝福を受けるというVIP待遇で入信を果たした。

 

戒律は俺が想像していたような厳しさは無く、生活に影響はなさそうだった。

 

入信を終えた俺たちは、例の中二病装備を受け取り、着替え、また恐らくアクアが渡し忘れていたらしい軍資金を受け取り、エリス教の戒律についての説明を受け、不死・即・斬の心得と魔・即・斬の心得について、半ば洗脳染みた教育を施され、今度こそ本当に旅立ちの時を迎えた。

 

 

「それではお2人とも、準備はよろしいでしょうか?」

 

 

エリス様の言葉を受け、一色の方に視線を向ける。

 

目が合うと一色は、小さく笑みを浮かべて頷いた。

 

それに頷きで返し、俺は視線をエリス様へと戻す。

 

それを承諾と受け取ったのだろう、エリス様は満足げに微笑み両手を広げた。

 

足元に再び青白く輝く魔法陣が現れる。

 

 

「さぁ、勇者たちよ! 旅立ちの「「あ、さっきもやったんで、大丈夫です。」」…………せめて最後まで言わせて下さあああああいっっ!!」

 

 

エリス様の絶叫に見送られながら、俺たちを謎の浮遊感が襲う。

 

こうして、今度こそ俺たちは、異世界へと旅立ったのだった。

 









最後までお読み頂き、ありがとうございました。

前回同様、少し言い訳を。

①呪いの装備
ぶっちゃけ作者の中二病が再発しただけです。
生暖かい目で見守ってやって下さい。

②材なんちゃらの前世
このすば!における転生者は、皆どこか残念なので、ちょうど良い人ばし…………人材だったのです。

③エリス教入信
今後の展開の為、としかコメントしようが…………。
今後ともご贔屓に。(笑)


以上になります。

さて、これで今度こそ週1回程度の更新となります。

是非、今後ともお付き合い頂けると幸いです。

それでは、また次回の更新でお会いしましょう。


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第1話 この冒険者ギルドに驚愕を!






皆様のおかげで、日間ルーキーランキングにランクインする事が出来ました。

お礼に、というのもおかしな話ですが、1話分書き上がりましたので、投稿させて頂きます。

お楽しみ頂けると幸いです。


 

 

 

《名もなき冒険者の証言》

 

その日、ギルドは特に変わったこともなく、荒くれ者どもの怒号と、受付嬢の挨拶が行き交う、いつも通りの光景が繰り広げられていた。

 

そんな日常が、音を立てて崩れ落ちたのは、ちょうど昼を過ぎ、昼飯目当ての客で、ギルドがごった返し始めた頃だ。

 

聞き慣れた鈴の音と共に、ギルドの羽根扉が開かれる。

 

さっき言ったように、時間が時間だ。

 

俺はさして気にも止めず、そちらを振り返る事もしなかった。

 

しかし、直ぐに異変は起こった。

 

あれだけ騒がしかったギルドが、しんと、静まり返ったのだ。

 

何事かと、周囲を見渡せば、皆一様に入り口の方を見つめて固まっている。

 

俺は直ぐ様そちらへ視線を向け、他の連中と同じように息を飲んだ。

 

そこにいたのは、1人の女。

 

いや、幼さの残る顔立ちと、小柄な体躯から、少女というべきだろう。

 

亜麻色の髪に黒目がちな大きな目。

 

黒を基調とした荘厳な法衣。

 

首にはエリス教のロザリオ。

 

何より目を引いたのは、彼女の身の丈を越える長大な黒い槍。

 

そんなチグハグは出で立ちの少女は、これだけの視線を一身に集めながらも、しかし動じた様子はなく、その大きな目をキラキラと輝かせながら周囲を見渡し、不躾な視線を送っていた1人、若い剣士と目が合うと、にこり、と可憐な笑みを浮かべた。

 

笑みを向けられた剣士は、そりゃあもう酷い取り乱し様で、耳まで真っ赤にした上、盛大に椅子から転げ落ちていた。

 

そんな剣士の様子がお気に召したのか、少女はくすくすと笑みを零し、受付に向けてだろう、ゆっくりと歩き始める。

 

そしてちょうど件の剣士の前を通り過ぎようとした時だ。

 

その剣士は完全に少女の美貌に魅了されていたんだろう。

 

何をとち狂ったのか、彼女を振り向かせようと、その肩に手を掛けようとしたのだ。

 

しかし、その目論見はあっさりと失敗に終わる。

 

がちゃり、という金属音と共に、剣士の腕が何者かに払われたのだ。

 

一瞬、何が起きたのか分からなかった。

 

剣士と少女の間には、確かに誰もいなかったからだ。

 

しかし、その正体に気づいた時、ギルドは先程とは違う、ひりついた静寂に包まれた。

 

 

そこにいたのは、1人の男だった。

 

 

宵闇を想起させる漆黒の全身鎧。

 

腰には一見して上等と分かる黒い両手剣。

 

決して巨躯ではない、中肉中背でありながら、全身から言いようのない迫力を滲ませる漆黒の騎士が、いつのまにか、そこに立っていた。

 

これには、俺も慌てたさ。

 

何故って?

 

俺は盗賊職だ。気配察知には、それなりに自信がある。

 

しかし、そんな俺も、奴の気配にはまるで気がつかなかったんだからな。

 

手を払われた若い剣士も、その瞬間まで奴に気がつかなかったのだろう。

 

驚きの余りか、奴の迫力に当てられたのか、茹で蛸の様に赤かった顔を蒼白にして、どさり、と音を立てながら腰を抜かしていた。

 

それを意にも介していないのか、鎧の男は剣士を一瞥することも無く、まるで影の様に少女の後ろに付き従う。

 

その豪胆さから、俺は確信した。

 

こいつらは、俺たちとは次元の違う、凄腕の冒険者だ、と。

 

気がつくと、そいつらは受付に辿り着いていて、1番人気の受付嬢、ルナさんの前に立っていた。

 

 

「ぼ、冒険者ギルドへようこそ。きょ、今日はどういったご用件でしょうか?」

 

 

普段から荒くれ者たちを相手に揉まれ、必要であればそんな奴ら相手に、一歩も引かない胆力を見せるルナさん。

 

そんな彼女でも、さすがにこんな次元違いの化け物の相手をした事は無かったのだろう。

 

声は上擦り、緊張でその肩は震えていた。

 

一体、こいつらは駆け出しの集まるこの街に、何を求めてやってきたのか。

 

全員が固唾を飲んで見つめる中、連中が発した言葉は、俺たちの想像を遥かに超えたものだった。

 

 

「「冒険者登録をしたいんですが。」」

 

 

声を揃えてそう言った少女と鎧。

 

水を打ったような静寂の後…………。

 

 

「「「「「はああああああああっ!!!?」」」」」

 

 

ギルドに居た全員がそう叫んだのは、当然の結末だろう。

 

《名もなき冒険者の証言 了》

 

 

 

 

 

エリス様に送り出された俺たちは、今度こそ異世界に辿り着いていた。

 

見覚えのない街並み、行き交う人々の格好。

 

全てが既知のものとは大きく異なるその様子に、俺はここが異世界であるという事実を噛み締めていた。

 

 

「ほぁーーーー…………ホントに異世界に来ちゃったんですねぇ…………。」

 

 

俺の直ぐ隣で、あざとい溜め息を零し、感慨深そうに呟く一色。

 

彼女は見慣れた制服姿ではなく、例の中二病装備…………転換の法衣『オセロー』という、何というか修道服をファンタジーアニメチックにアレンジした様な服に身を包んでいた。

 

そして右手には、彼女の身長をゆうに越えた長槍、因果の魔槍『ハムレット』を握りしめている。

 

…………何というか、制服姿を見慣れてるせいか、クオリティ高めのコスプレにしか見えないな。

 

まぁ、俺も人の事は言えないのだが。

 

 

「ちょっと先輩? 黙らないで下さいよ。 兜で顔が見えないから、ホントに先輩か疑っちゃうじゃないですか。」

 

「…………そりゃ悪うございました。」

 

 

一色の言った通り、俺の顔は現在、フルフェイスのヘルムで覆われていた。

 

尤も、覆われているのは頭だけでは無く、全身余す事なくだが。

 

そう、俺も一色と同じく、例の中二病装備をまとっているのだ。

 

慟哭の鎧『レクスリア』…………まさか全身鎧だったとは。

 

お陰で着込むのには相当苦労した。

 

寝床を確保したら、死ぬほど着脱の練習しないとダメそうだ。

 

因みに腰の後ろには、簒奪の魔剣『マクベス』を携えている。

 

ハムレットに比べれば大した長さではないが、そこそこの剣身を持つこの魔剣は、エリス様曰く両手剣に分類されるとのこと。

 

スキル選択時は気をつける様に、などと、釘を刺された。

 

 

「んー…………やっぱり顔が見えないと落ち着きませんね。まぁ、今の先輩だと顔が見えてても違和感半端ないですけど。むしろ隠してた方が良いですね。…………羽虫に集られてもウザいですし。」

 

「おい。腐った目は直してもらったのに、何でまだ虫にたかられてんだよ。あれか? それは暗に俺の性根が腐ってることを揶揄してんのか?」

 

「被害妄想激し過ぎませんかね? …………まぁ、先輩が脱ぎたいなら止めませんけど、面倒なことになるのは確実ですよ? これ、一応ちゃんと先輩のこと考えて言ってあげてますからね?」

 

「お、おう? ま、まぁ、そういう事なら…………。」

 

「うんうん。素直で大変よろしいです。それじゃ、冒険者ギルドでしたっけ? 早速向かいましょう♪」

 

 

花が咲いたような笑みを浮かべる一色。

 

そしてそんな彼女に手を引かれながら、俺は冒険者ギルドへと向かうのだった。

 

 

 

 

 

そして辿り着いた冒険者ギルドの受付にて、登録をしたいと告げたところ。

 

 

「「「「「はああああああああっ!!!?」」」」」

 

 

…………こんな大絶叫を頂く羽目になりました。

 

一色は意味が分からず、目を白黒とさせていたが、俺に言わせれば、然もありなん、である。

 

どう見ても上等と分かる防具と武器を持って、楽しげにギルドを練り歩く2人組。

 

誰がどう見ても凄腕の冒険者だと勘違いするだろう。

 

途中、俺にぶつかって、尻餅をついた剣士風の少年を、無視したのも良くなかったかもしれない。

 

いやだって彼、俺にまるで気付いてなかったみたいだし、これで声かけたら恥の上塗りだと思ったんだもの。

 

決して、知らない人に話しかけるのが、怖かった訳ではない。

 

というか、ぶつかるまで気づかないってどういうことなの?

 

全身鎧なのに、俺の存在感の無さはそこまで悪化してるの?

 

それはさておき、黙っていても話は進まない。

 

俺は溜息を吐きながら、誤解を正す為に、立派なものをお持ちな受付嬢さんに向き直る。

 

しかし…………ヘルム被ってて良かった。

 

こんなんどう足掻いたって万乳引力の法則には勝てねぇって。

 

 

「あのですね、多分俺たちの装備で勘違いされたんでしょうが、これは呪いの装備で、使える人間がいなくて死蔵されてたものを、適性があるからと譲り受けただけでして…………。」

 

「え、えぇと…………それじゃ、本当に?」

 

「はい、俺たちはレベル1の駆け出しで、モンスターとの戦闘経験もありません。」

 

「し、失礼しました! そ、それではこちらの用紙にご記入を。」

 

 

丁寧な対応が功を奏したのか、気を取り直した受付嬢さん(爆乳)は、テキパキと手続きを始めてくれた。

 

…………胸がでかくても、みんながみんな由比ヶ浜みたく、そこに栄養を吸われてる訳じゃないんだな。

 

まぁ、平塚先生や雪ノ下さんだってかなりのもんだったし、一概に言い切れるものでも…………!?

 

 

「…………先輩?」

 

 

寒気を感じて振り返ると、一色は笑みを浮かべて俺を呼ぶ。

 

しかし、その声色は何時ぞやと同じ、聞く者を腹の底から震え上らせるような、恐ろしく冷たいものだった。

 

 

「…………何を考えてたのか知りませんけど、その兜で何もかもを隠せると思ったら大間違いですよ?」

 

「ひゃ、ひゃい。しゅみませんでした…………。」

 

 

…………女子って怖い。つーか、いろはすやっぱ怖い。マジ怖い。

 

 

 

 

「用紙の記入は終わりましたか? はい、確認させて頂きます。…………問題有りませんね。それでは次に、お1人ずつこちらの水晶に…………。あっ、その前にヒキガヤさん、大変お手数ですが、本人確認のために、一度ヘルムを外して頂けますでしょうか?」

 

「げっ…………。」

 

「いや、何でお前が嫌そうなんだよ。」

 

 

冒険者カードは身分証にもなるんだから、本人確認くらい当然だろう。

 

まぁ、面倒なことは認めるが。

 

何故か俺に代わって呻き声を上げた一色を窘めつつ、俺は受付嬢さんの要求に従い、兜の留め金を外してヘルムを脱ぐ。

 

数分ぶりの開放感に、数度首を振り、俺は脱いだヘルムを右腕に抱えた。

 

 

「これでいいです、か…………?」

 

「…………(//////)。」

 

 

俺が掛けた確認の言葉に、何の反応も示さず、頬を紅潮させて呆然とする受付嬢さん。

 

…………え? 何この反応? どゆこと?

 

 

「…………ちっ。言わんこっちゃないですよっ。もう!」

 

 

そんな悪態と共に、突如として、ぱんっ、と両手を打つ一色。

 

 

「はっ!? し、失礼しましたっ。ひ、ヒキガヤさん、もうヘルムを戻して頂いて結構です。あ、ありがとうございました…………(//////)。」

 

 

一色の柏手で我に返ったのか、受付嬢さんは早口でそう促してきた。

 

因みに、その頬は今だに上気したまま。

 

気のせいか、出来るだけ俺を視界から外そうとしている様にも感じる。

 

一色の行動を含め、いまいち釈然としなかったが、俺は素直にヘルムを被り直すのだった。

 

 

「…………だから言ったじゃないですか。『面倒なことになるのは確実』だって。」

 

 

小声でそう伝えてくる一色に、俺は三度首を傾げる。

 

しかし、その疑問は直ぐに氷解した。

 

…………なるほど、これはつまり、男女のあれか。

 

自分でも、目さえ何とかすれば、とはよく口にしていたが、どうやら余程劇的な変化が俺の顔には起こっているらしい。

 

未だ自分で確認していないので、その程度は分からないが、初対面の女性を惚けさせるくらいには整っているのだろう。

 

つまり、これは人生最大のモテ期到来ということでは!?

 

…………ダメだわ。

 

いろいろと柵を抱えまくってた某人気者の姿がチラついて、全く喜べん。

 

やはり、俺は骨の髄からぼっちなのだろう。

 

ぼっち最高。ああぼっちよ。ビバぼっち。

 

 

「ちょっと先輩、せっかく治ったのに、また目が腐りそうなこと考えるのはやめて下さい。」

 

 

…………いや、ナチュラルに心を読むのはやめて下さい。

 

ホント、いろはすマジ怖い。

 









最後までお読み頂き、ありがとうございました。

思いがけずランキング入りを果たしましたので、調子に乗って連投してしまいました作者でございます。

今後もこのペースが続くのか、と問われそうですが、まず間違いなく不可能ですので、ご了承ください。いや割とマジで。

さて、本日の言い訳のコーナー。

①2人の服装の描写
手抜きです。(震え声)
八幡はまんま◯ate◯eroの◯ーサーカーを。

いろはについては、服装が◯ブリン◯レイヤーの◯官ちゃんの服装の、青い部分を白く、白い部分を黒くしたものを。

槍は◯GOの◯リュン◯ルデの◯マンシアなアレの黒バージョンをご想像下さい。

②(目だけ)きれいなはちまん
もはや何番線じかも不明。
やってみたかったのです許して下さい。

以上になります。

遅々として話が進まず、力不足を痛感しております。

なるべく早く続きをお送り出来るよう、頑張りたいと思います。

たくさんのご意見ご感想、お待ちしております。

皆さまのご意見ご感想が。作者にとってのカンフル剤になりますので。(笑)

それでは、また次回の更新でお会いしましょう。


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第2話 だから、彼は彼女の笑顔に誓う






遅くなりまして、申し訳ありません。

とは言え、今回もあまりお話は進んでいないような…………。

それはさておき、本文をお楽しみ頂けると幸いです。


 

 

「それでは、こちらの水晶にお1人ずつ手を翳して下さい。あ、ヒキガヤさんは、お手数ですが籠手を外してからお願いします。」

 

俺がヘルムを戻したことで、いくらか落ち着きを取り戻した受付嬢さんがそう促してくる。

 

さて、どうしたものか。

 

ちら、と一色を一瞥すると。

 

 

「先輩、お先にどうぞ♪」

 

 

何ともご機嫌な返事が返って来た。

 

もっともその言葉は、

 

こんな未知の作業を後輩女子に先にやれとか外道なこと言いませんよね?

 

みたいな意味を、言外に孕んでそうだったが。

 

おずおずと籠手を外し、俺は受付嬢さんが用意した水晶に手を翳した。

 

すると水晶はカチカチと音を立て、淡い光を放ち始める。

 

な、中々にファンタジーしてるじゃねぇか。

 

光が収まると、受付嬢さんは機械にセットされていた、1枚のカードを取り出し内容を確認し始める。

 

恐らくは、あれが冒険者カードなのだろう。

 

そして…………。

 

 

「ええええええぇっっ!?」

 

 

本日二度目の絶叫を頂くのでした。

 

 

「ど、どうしたんですか?」

 

「どうしたも何もっ、何ですかこのステータスはっ!? 幸運値と生命力こそ平均程度ですが、後は初期値とは思えない程の高さです! 何より精神力と魔力は今まで見たことのない数値です! 精神力は高レベルのアークプリーストよりも高く、魔力に至ってはもう、人間の限界を遥かに超えています! それに最初から複数のスキルまでお持ちですし…………ヒキガヤさんは一体何者なんですかっ!?」

 

「…………た、ただの駆け出しです。」

 

 

興奮冷めやらぬ受付嬢さんに、若干気押されながら、俺はそう誤魔化してカードを受け取る。

 

比較対象がない為、明確な事は言えないが、彼女の言葉が正しいのなら、俺のステータスはかなり高いのだろう。

 

アクア様に聞いていた通り、ステータスに補正が入っているらしい。

 

また、アクア様の話だと、レベルアップの度に補正値が入るらしく、手に入るスキルポイントも上昇するとのこと。特典様々だな。

 

続いて水晶に手を翳した一色を横目で確認しつつ、俺はカードのスキル欄を確認する。

 

そこには『天賦の才』『女神の祝福(幸運)』『心理掌握』『気配遮断』という4つの項目が。

 

…………いや待て。

 

天賦の才は、特典で狙っていたレベルアップを加速させるスキルで、女神の祝福は、エリス様による不運対策だと当たりがつく。

 

しかし、後半の2つは何だ?

 

明らかに特典ではないが、何とも慣れ親しんだ響き…………。

 

まさかとは思うが、これはもしや、俺の生前の習性がスキル化した?

 

突拍子もない話だが、そう考えると納得がいく。

 

しかし、この考えが正しいのだとすると…………。

 

一抹の不安を抱えながら、先程の俺と同様に受付嬢さんから絶叫されている一色に視線を移す。

 

一色は苦笑いで誤魔化しつつ、カードを受け取ると、その内容を確認し始める。

 

そして…………。

 

 

「…………え゛?」

 

 

スキルの項目に差し掛かった辺りで、一色の表情が凍り付いた。

 

どうやら、嫌な予感が的中したらしい。

 

嫌だなー。怖いなー。と思いつつ、俺は一色のカードを覗き込む。

 

するとそこには、俺と同様に『天賦の才』『女神の祝福(幸運)』『心理掌握』の3つのスキルと…………。

 

 

『同種族魅了』というスキルが表記されていた。

 

 

「わたし、こんなの頼んだ覚えないんですけど…………。」

 

 

俺にだけ聞こえるように、しかしげんなりした様子で、一色がそう呟く。

 

 

「…………残念ながら、これは特典とは別物みたいだ。ほら。」

 

 

小声で応答しながら、俺のカードを一色に差し出す。

 

そこに記された『気配遮断』の表記を目にしたのだろう、がっくりと肩を落とす一色。

 

 

「つまり、日頃の行いが招いた結果、ってことですか…………。」

 

「…………認めたくないがな。」

 

 

まぁ、これも因果応報というやつだろう。

 

そしてやっぱこいつ、クルセイダーよりジャグラーの方が大成するんじゃないか。

 

密かにそう思ったものの、決して口にはしなかった。

 

 

 

 

 

…………と、まぁお互いに気になる点はあったものの、希望した才能を受け取れている事を確認した俺たちは、それぞれルーンナイトとクルセイダーの職業に就職。

 

ギルドを挙げての喝采と、歓迎の言葉の嵐に見舞われた。

 

これまで受けたことのない、惜しみ無い歓迎の雰囲気に、多少のむず痒さを感じたが…………まぁ、悪い気しなかった。

 

その後、俺たちは例の受付嬢さん、ルナさんというらしい、にスキルの取得方法やクエストの受注方法、冒険者の心得などの説明を受けた。

 

それから、安価で宿泊できる宿屋を紹介してもらい、ギルドを後にしようとしたのだが、少し思うところがあり、俺は一色から離れ、ルナさんにいくつか尋ねる事に。

 

概ね聞きたい事が聞けた俺は、今度こそギルドを後にした。

 

そして宿を確保し、日用品の買い出しと、公衆浴場で入浴を済ませ、再び宿屋で合流。

 

宿に併設された、食堂件酒場で夕食を摂ることに。

 

ちなみに、鎧は既に脱ぎ、宿の部屋に仕舞ってある。

 

買い出しで購入した品も同様で、何故か一色の荷物まで俺が運ぶ羽目になった。解せぬ。

 

さて、食事の話に戻ろう。

 

酒場のメニューに書かれていた品名からは、この世界の料理がどんなものか、全く想像ができなかった。

 

仕方なく、店員に「遠方から来た為、食文化がかなり違う。癖がなく食べやすいオススメのものを」という、下調べ不足な外国人観光客のような注文をすることに。

 

それでも正直かなり戦々恐々としていたのだが、運ばれてきた料理は、少なくとも見た目はまともであり、俺だけでなく一色も、安堵の溜息を零していた。

 

なお、ドリンクは2人ともオレンジジュースにした。

 

この世界では飲酒に年齢制限がないらしく、アルコールに興味自体はあったが、人(女神)から貰ったお金で酒を飲むというのも気が引けたため、アルコールデビューは後日となった。

 

そして早速、運ばれてきた料理に手を付けようとしたところ、フォークを持った右手を、一色にてしてし、と叩かれる。

 

 

「…………何だよ? 料理冷めちゃうじゃん。生憎とこの世界じゃフリーペーパーなんざないし、写真を撮ろうにもカメラすらないぞ?」

 

「いつの話をしてるんですか。そうじゃなくて、せっかくだから乾杯しませんか?」

 

 

そう言いながら、オレンジジュースが注がれた木製のジョッキを掲げる一色。

 

 

「いや何にだよ。色々衝撃的過ぎて忘れてるかもしれんが、俺たち一応死んでるからね? 何一つめでたいことなんてないから。」

 

「いや確かに死んでますけど、こうして普通にしてると実感がわかないですし…………それにほら! 将来は専業主夫なんて言ってた先輩が冒険者。しかも誰もが羨むルーンナイトなんて職業に就いたんですよ? これってめでたいことじゃないですかっ!」

 

「なん…………だと…………!?」

 

 

言われて、俺は愕然とした。

 

そうじゃないか。

 

何故気がつかなかった。

 

思わず、俺は両手で頭を抱え込んだ。

 

 

「へ? あ、あのちょっと? せんぱいっ?」

 

「…………キャラメイクの感覚で話を進めていた…………? …………まさかこの俺が、現実と仮想を混同していたとでもいうのかっ…………!?」

 

 

冒険者になる=就職。

 

そんな当たり前かつ、単純なことにも気付けないとは。

 

俺も転生のドタバタで、混乱していたのだろうか。

 

 

絶対に働かない、絶対にだ!!

 

 

そう嘯いていたことが、セピア色の景色のはるか向こうにさえ感じられる。

 

…………ごめんな小町。お兄ちゃん汚れちゃったよ。

 

 

「…………働きたくない…………。…………働きたくねぇよぉ…………!!」

 

「ちょ、ちょっとぉっ!? そんな泣くほど落ち込むことですかぁ!? あーもうっ…………ほら先輩っ! 乾杯ですよ! カンパイ!」

 

「…………かんぱい。」

 

 

一色に促されジョッキをぶつけ合う。

 

口にしたオレンジジュースは、涙の味だった。

 

 

 

 

 

結局、どの道冒険者にならない、という選択は無かったという結論に至り、俺は気を取り直した。

 

生活をする為には、どうやったって金が必要になる。

 

これまでなら、それは親が稼いでくるものであり、学生である俺はその脛を齧っていれば良かった。

 

しかし、この世界にその親はおらず、成人である俺は、自らの糧を得る為に働かなねばならない。

 

そして、女神様達から与えられた力を考えたならば、俺に最も適した職業が冒険者である事は明白。

 

どうしたって、俺は働かなくてはならなかったのだ。

 

とはいえ…………。

 

 

「…………やっぱ働きたくねぇなぁ。」

 

「だからって泣く事ないじゃないですか。どんだけ働きたくないんですか。普通に引きます。」

 

 

料理を口にしながら、半目で睨みつけてくる一色。

 

お前にこの気持ちが分かってたまるか。

 

その訴えを黙殺しつつ、俺も注文した料理を口に運ぶ。

 

お、意外といけるな。

 

 

「それはそうと、明日はどうする予定なんですか?」

 

「…………は?」

 

 

夢中で食事していると、一色が投げかけてきた予想外の質問に、間抜けな声を上げてしまう。

 

 

「何ですかそのムカつく顔…………。」

 

「いやだってお前、予想外のこと聞いてくるから。何? お前明日もついて来るつもりなの?」

 

「…………はい?」

 

 

おっと、先程とは立場が一転してしまったぞ。

 

 

「何ですかそのムカつく顔(裏声)。」

 

「ぶっ◯しますよ?」

 

「ひでぇ…………。」

 

「というか、今は先輩のキモいモノマネなんて、どうでもいいんですよ! それより、明日もついて来るつもりか、ってどーゆー意味ですか!?」

 

「いやどうもこうも…………今日は流れで一緒に行動してたが、寝床も確保出来たし、職にも就けて身分証も手に入れた。だから別にこれ以上一緒にいる必要も…………。」

 

 

言いかけて、言葉に詰まる。

 

いつの間にか、一色は俯き、その小さな肩を震わせていたのだ。

 

 

「…………わたしが一緒じゃ、迷惑ですか?」

 

 

そしてその声までを震わせて、絞り出すように言葉を紡ぐ。

 

きりきりと、そう自分の胃が音を立てるのを感じた。

 

余りにも彼女がいつも通りに振る舞うもので、俺は失念してしまっていたのだ。

 

彼女が失ったモノ。

 

自分が失ったモノ。

 

きっと言葉に出来ない程に大切なものから、その存在すら忘れていたような、取るに足らないものまで。

 

その全てを今日、俺たちは期せず、そして一瞬で失ったのだ、という事実を。

 

不意に、嗅ぎ慣れた紅茶の香りを思い出した。

 

…………あぁ。何で、何でよりによって、それだ。

 

目を背けた、背けていた、失ったという事実。

 

それと再び対峙するくらいなら、俺は何も望まない。

 

俺は独りで良い。

 

そう思っていたのに。

 

震え、怯え、絞り出された一色の、切なげな声に、思い知らされる。

 

俺も、彼女も、かろうじて繋ぎ止められているに過ぎないのだ。

 

全てを失った今、俺を俺足らしめるものは、自身の記憶と彼女だけしかなく。

 

彼女を彼女足らしめるものは、彼女の記憶と俺という存在だけ。

 

リア充に受けが良いラブソングのような安い言葉だ。吐き気がする。

 

しかし、もうきっと俺も彼女も、切り捨てる事や、突き放す事は出来ないだろう。

 

全てを飲み込み、受け入れ、前へと歩き出す、その時まで。

 

本当にそんな時が来るのかと、そう自らに問いかけた。

 

しかし答えたのは俺ではなく、記憶に残る恩師の姿。

 

 

『どこかで帳尻は合わせられる。世界は、そういう風に出来ている。』

 

 

どこか諦めたように、そう呟いたあの人の姿が、今はひどく頼もしいものに感じた。

 

ならば、今は、今だけは開き直ろう。

 

彼女が俺を、俺足らしめているならば、俺はあくまで『先輩』だ。

 

後輩の前で、余りしけたツラを晒すわけにはいかない。

 

だから…………。

 

俺は身を乗り出し、俯く一色の頭に手を触れた。

 

 

「せん、ぱい…………?」

 

 

驚き、顔を上げた彼女の目尻に、きらきらと、何かが光る。

 

そんな顔をさせてしまった罪悪感が、どうしようもなく俺を攻め立てた。

 

だが、今は全て飲み込め。

 

 

「…………別に迷惑なんかじゃない。回復役がいてくれるのは助かるし、お前なら、戦力としても期待出来る。だから…………迷惑、なんて事は絶対にない。」

 

 

ぶっきらぼうに、そう呟く。

 

その言葉に、目を丸くする一色。

 

届け、届けと、柄にもない事を祈る。

 

その祈りが通じたのか…………否、そんなものが誰かに伝わらない事なんて、俺は誰よりも知っている。

 

しかし、それでも彼女は…………。

 

 

「…………仕方ありませんね。それじゃあもうしばらく、先輩と一緒に居てあげますっ。」

 

 

花が咲いたような、そんな笑みを浮かべて、心底嬉しそうにそう呟いた。

 

ああ、今はそれで良い。

 

お前はそうやって、幸せそうに笑っていてくれ。

 

お前が、全てを飲み込み、受け入れ、歩き出す、その時まで…………。

 

この素晴らしい世界で、その帳尻が合わせられる、その時まで…………。

 

せめてその時まで、俺はその笑顔を見守っていよう。

 








最後までお読み頂き、ありがとうございます。

前話投稿後、1日の間でしたが、日間ランキング(加点式・透明)にて1位を獲得致しました。

ひとえにご愛読くださっている皆様のおかげだと、筆舌に尽くしがたい感謝の念に打ち震えております。

それはもう一時期の西◯カ◯並に。

今後もご期待に添えますよう、そして一日も早く更新出来ますよう、鋭意努力し、文章力と妄想力を磨いて行く所存です。

本当にありがとうございます。

さて、恒例となりました本日の言い訳をば。


①2人のステータスとスキル
敢えてはっきりとした表現を避けましたのは、今後の展開に自由度を持たせるため。

早い話が、作者の一身上の都合でございます。プロット? なにそれ美味しいの?

スキルについては、そう遠からず、どういったものか判明させるつもりですので、今後にご期待ください。

②唐突なシリアス展開
作業用BGMにや◯ぎ◯ぎさんの「◯擬き」を流していた為、俺ガイル続のテンションに引っ張られました。(笑)

というのは半分冗談でして、きっとこの2人は、カズマほど異世界転生を急に受け入れられる器用なメンタルをしていないだろう、という作者の独自解釈によるものです。

タグに用意しました『独自解釈の嵐』は、主にこうした俺ガイルキャラへの、作者の拙い考察への保険だったりします。

生暖かい目で見守ってくださると幸いです。


以上、本日の言い訳でした。

なかなかお話が進まず申し訳ございません。

作者としても、早く八幡といろはすをイチャイチャさせたいのですが…………。

もうしばしお待ち頂けると嬉しいです。

また、当作品では、皆様のご質問、ご感想、ご意見を、随時募集しております。

非ログインでも書き込めますので、お気軽にご送信ください。

誤字報告等も、歓迎です。

それでは、また次回の更新でお会いしましょう。


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第3話 このぼっちに新たな黒歴史を!

大変お待たせしております。

連投につき、今回はあとがきを最後にまとめております。

なお、今回は後半殆ど説明回となります。

ご了承下さい。


 

 

 

自分たちの置かれた現状の危うさを、ようやく認識した俺たちは、あの後つつがなく夕食を終え、互いが借りた部屋へと戻った。

 

あれからの夕食中は、結局ろくに会話は弾まず…………というか、俺自身がとても談話を楽しめる精神状況ではなかった為、音速で食事を終え、そそくさと逃げ出すようにこの部屋に戻って来たのだ。

 

そして買い出しの時に購入した黒のスウェット…………何で異世界にスウェットがあるのか、というツッコミはさておき、それに着替えた俺は、思い切りベッドへと倒れ込んだ。

 

 

「…………あ゛ぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああ…………!!」

 

 

周囲の部屋への音漏れを意識し、枕に顔を埋めたまま、声にならない叫びを上げる。

 

…………もう、ゴールしても、いいよね?

 

 

 

 

バカじゃねぇの!?

 

バッカじゃねぇの!!!?

 

何が『迷惑なんてことは絶対にない(キリッ)』だ!

 

挙句の果てに、何自分から後輩女子(傷心中)の頭撫でてんの!? バカなの!? 死ぬの!?

 

つーかもう一遍死んでるよ!!

 

バカは死んでも治んなかったよ!!

 

目は治ったのにね!?

 

何が訓練されたぼっちは勘違いしないだよっ!?

 

自分の行動振り返って見ろ!? 完全に自分に酔っちゃう系の、痛々しい勘違い野郎じゃねぇか!!

 

何で転生した早々、新たな黒歴史を紡ぎ出してんだよぉぉぉおおおおおお!!!?

 

 

「…………はぁ、死にたい。」

 

 

異世界生活1日目。

 

既に俺のSAN値は、限界を迎えようとしていた。

 

もう今日は何もかもを忘れて、泥のように眠ってしまおう。

 

幸い、慣れないことの連続で、それなり以上に疲労感はある。

 

このまま目を閉じていれば、そうかからず夢の世界からお迎えが現れることだろう。

 

今は、全てを忘れよう。

 

恥も後悔も黒歴史も、全てを夢の世界へと置き去りにしよう。

 

そう結論を出し、俺が目を閉じた瞬間だった。

 

 

 

こんこんこん、と3回、扉を叩く音が響いた。

 

 

 

2回でも4回でもなくて、3回ってとこが、地味にマナーが分かってる感じがしてあざとい。

 

そしてそんなあざとさを発揮しつつ、俺を訪ねて来る人間なんてこの宿には…………否、この世界には1人しかいない。

 

本来なら、眠っている体を装い、居留守を使ってやり過ごすシーンだ。

 

だが、ふと脳裏に過ぎる、彼女の寂しげな、切なげな、震える声。

 

放っておく、と言う選択肢はなかった。

 

がしがし、と頭を掻きながら、俺は扉へと向かう。

 

そして鍵を開け、ゆっくりと扉を開いた。

 

 

「…………何か用事か?」

 

 

出来るだけ平静を装い、抑揚に乏しい声で口にする。

 

開いた扉の向こうには案の定…………。

 

 

「良かったぁ。まだ起きてたんですね。」

 

 

なんて言いながら微笑む、あざとい後輩の姿があった。

 

 

 

 

「よいしょっ、と…………。」

 

 

突如として強襲を掛けてきたあざとマスターいろはすは、俺に確認を取ることもなく入室し、躊躇することなく、先程まで俺が倒れ込んでいたベッドに腰掛ける。

 

…………いや、流石にちょっと待ってほしい。

 

勝手に入室したことは良いにしても、普通男と2人きりで躊躇いなくベッドに腰掛けるだろうか?

 

おまけに、現在一色は呪いの法衣でも、食事時に来ていた町娘風の服でもなく、淡いピンク色のパジャマ(ボタンシャツとズボンに分かれたオーソドックスな薄手のもの)に着替えていた。

 

何で着替えてきちゃったの? 目のやり場に困るでしょうが。

 

理性の化け物と称された俺だが、別に異性を全く意識しないわけじゃないんですよ?

 

さっきからドギマギし過ぎて、若干息苦しくなってきてるんですが?

 

そんな俺の気も知らずに、一色は無情にもこんな事を宣った。

 

 

「先輩も座りましょうよ。立ってられたら、落ち着かないじゃないですか。」

 

 

ぽんぽん、と自分の隣のスペースを叩く一色。

 

俺はこの後輩が、何を言っているのか分からず、思わず半目でその顔を凝視した。

 

 

「な、何ですか? し、視線がやらしいですよ? と、というか、あまりジロジロ見ないで下さいっ。家族以外の男の人に、パジャマ姿なんて見せた事ないから、結構恥ずかしんですよ。」

 

 

…………じゃあなんで着替えて来ちゃったんですかね?

 

俺の視線から、身を守るように自分の体を抱く一色。

 

その様子に、俺はこいつが、恐らく何も考えてないんだろうな、という結論に至り、大きく溜息を吐いた。

 

これはもう、俺の精神的な安寧の為に、さっさと用を済ませてお引き取り願おう。

 

開き直った俺は、これまでの脱力感もあって、少し乱暴に、どかっ、とベッドに腰を下ろした。

 

 

「きゃっ!? …………もうっせんぱいっ!! わたしが座ってるんですから、もう少し気をつけて下さいよね!?」

 

「へーへー、悪うございました。で? 何の用だ? 明日早いから、さっさと寝たいんだけど?」

 

「むぅ、全然反省してないですよねそれ…………。というか、わたしの用事もまさにそれなんですけど?」

 

「はい?」

 

「明日の予定ですよ。先輩、何も言わずに、そそくさと部屋に戻っちゃうから。」

 

 

言われてから、はっとした。

 

そう言えば、夕食時の微妙な空気、もとい俺がちっちゃな黒歴史を刻む羽目になったきっかけは、一色が明日の予定について尋ねてきた事だったな。

 

精神的ダメージが大き過ぎて、完全に忘れていた。

 

 

「すまん。完全に伝えるの忘れてたわ。」

 

 

どう考えても俺の手落ちだったので、素直に謝罪する。

 

すると一色は、意外な事に居心地が悪そうに視線を彷徨わせていた。

 

 

「い、いえその、もとはと言えば、わたしがあんなこと言ったのが原因ですし。む、寧ろ話を逸らしてしまって、申し訳ないと言いますか、何と言うか…………。」

 

 

頬を赤らめ、謝罪らしき内容の発言をする一色だが、その声は尻すぼみで、最後の方は良く聞き取れなかった。

 

そんな後輩の殊勝な雰囲気に。

 

 

「お、おう…………。」

 

 

対人スキルのレベルが底辺の俺は、そんな間抜けな返事を絞り出すのが精一杯だった。

 

…………何この空気。

 

 

 

 

 

「ぎ、ギルドのお手伝いですか?」

 

 

再び訪れた微妙な空気を打ち消すべく、明日の予定を切り出した俺。

 

それに対する一色の反応は、全く訳が分からない、といった表情と今の台詞だった。

 

あと、どうでも良いことなんだが、手伝いを『お手伝い』って言っちゃうあたり、こいつのあざとさは徹底してるな、と感心してしまった。

 

 

「まぁ、そう言う反応になるだろう、とは思ってたがな。」

 

「いやだって、普通なら初心者向けのモンスター退治に行ったりするんじゃないです?」

 

「ゲームならそれで良いんだけどなぁ…………。」

 

 

これはゲームなんかではなく、紛れも無い現実だ。

 

素人に毛が生えた程度の初心者冒険者が、何の危険も無く相手出来るようなモンスターなんて、街の周辺に出没しようものなら、ワゴンセールの人気商品並みの早さで駆逐される。

 

結果、定番である薬草採集なども、危険がなければ冒険者に依頼を出すより、自分達で向かった方が安上がりだ、と殆どの者が考える。

 

そういった事情から、初心者向けの討伐依頼は、初っ端から一歩間違えば、命の危険を伴う、ウルトラハード仕様となっていた。

 

余談になるが、今説明した諸々の事情から、駆け出し冒険者は殆どが、無料で宿泊出来る馬小屋で寝泊りをするらしい。

 

衛生的にも感情的にも最悪だろうが、経済的に考えるなら合理的ではある。

 

俺一人なら散々迷った末に、結局馬小屋生活を選んでいたかもしれない。

 

話を戻すが、日銭を稼ぐ程度なら、土木工事等の肉体労働が、クエストとして斡旋されている。

 

とはいえ、それだと本当にその日の給料以外に得るものがなくなってしまう。

 

それはいかがなものかと思い、俺が目をつけたのが、ギルドの手伝い、という常設クエストだった。

 

 

「仕事内容としては、書類の整理や報酬の計算。女性の場合だと、依頼窓口で受付をしてもらう事もあるらしい。」

 

 

言いながら、俺は机に置いてあった紙、常設依頼書の写しを一色に手渡す。

 

 

「いつの間に用意してたんですか…………って、これ報酬凄くないですか!? この宿の宿泊費と1日の食事代、お風呂代なんかを差し引いてもおつりが来ますよ!?」

 

 

依頼書に目を通し、驚きの声を上げる一色。

 

お隣さんに迷惑だから、声のトーンは落としてね。

 

とはいえ、彼女の驚きは尤もだろう。

 

俺も元の世界で、多少なりサブカルを嗜んでいなければ、この報酬額にビビり、依頼を受けよう、などとは思わなかっただろう。

 

 

「最後の募集条件のせいで、殆どの冒険者が振るい落とされてるんだろうよ。」

 

「募集条件って、読み書き計算が出来る方って、こんなの誰だって出来るじゃ…………あぁ!」

 

 

改めて募集条件を見直し、一色はようやく俺の言わんとする事に気付いたのだろう、納得の声を零した。

 

そう、誰だって読み書き計算くらいは出来る。

 

それが、日本ならば、の話だが。

 

どの程度かは分からないが、この国の識字率はそう高くないのだろう。

 

現代社会でさえ、国外に目を向ければ、識字率の低い途上国なんてザラだっだのだ。

 

中世程の文化レベルしかないこの世界では、言うに及ばずだろう。

 

それは計算についても同様で、下手をすると四則計算の概念があるかすら怪しい。

 

加えて、この世界で計算が出来る、というのは相応の教育を受けた事の証であり、それなりの身分か裕福さの表れでもある。

 

そんな人間が、冒険者ギルドの手伝い、もっと言えば冒険者などという仕事に就く筈もなく、この依頼は常設でありながら塩漬けになっていたのだろう。

 

なお、冒険者ギルドの名誉の為に言っておくと、この依頼が常設となっているのは、ここ始まりの街アクセルのみらしい。

 

常に駆け出しの冒険者が増え続けるこの街では、ギルドは慢性的に人手不足なのだ、とルナさんが死にそうな顔で零していた。

 

…………お労しや。

 

 

「なるほど、報酬が高い理由は分かりました。確かにわたしたち向けの良い仕事ですね。…………アレ? でもそれって、報酬は良くてもレベルは上がらないんじゃ?」

 

「そりゃモンスターを倒さなきゃ、レベルは上がらんだろ。」

 

「特典の意味ないじゃないですか!?」

 

「別に延々とこの依頼をやるつもりはねぇよ。一先ずは5日間、この仕事をしながら情報収集と、戦い方を学ぶ。」

 

 

そう前置きをして、俺は改めて、一色に今後の方針を語る事にした。

 

これから5日間の方針。

 

それを端的に表現するなら、『チュートリアル』である。

 

ギルドの手伝い、というクエストを選んだもう1つの理由が、そこに保管された情報を閲覧できる、ということ。

 

ルナさんにも確認したが、冒険者ギルドには、各職業が習得出来る職業スキルや、習得者が稀なレアスキル、過去唯一の個人しか習得した者のないユニークスキルなどの目録、ギルドが把握しているモンスターの生態や懸賞金の目録などが保管され、随時更新されている。

 

そして、それらは冒険者から要請があれば、無条件に開示が許可されている。

 

尤も、あまりアクセルの冒険者は活用してない様子だが…………。

 

俺はそこまで大胆にはなれない。

 

命の危険がある仕事を、何の前情報もなしに請け負うなんざ、命知らずにも程がある。

 

そこで俺は、この5日間でそれら目録に目を通し、最適なスキル構成の模索と、今後相手にするであろうモンスターの情報収集、あとはついでにこの世界、この国の常識について学ぼうと考えた訳だ。

 

加えて言うなら、その為に俺は、初期のスキルポイントで、魔剣の運用に必要不可欠な両手剣スキル以外は習得していない。

 

スキルポイントとスキルは不可逆であり、一度使用したスキルポイントは戻ってこないのだ。

 

慎重にならない方がどうかしてる。

 

これには一色も同意見だったらしく、彼女も冒険者カードの機能確認の為、魔槍を操る為の槍スキルのみを習得したらしい。

 

さて、話を戻そう。

 

この点については、既にルナさんと話はついていて、空き時間や勤務後に、自由に必要な目録を閲覧する許可は貰っている。

 

そしてもう1つの予定である、戦い方を学ぶ、と言う事について。

 

こればかりは、いくら資料に目を通しても、どうにもならない。

 

そこでルナさんに、誰か戦い方を教えてくれるような人物に、渡りをつけてもらえないか、と交渉したところ、意外にも二つ返事で了承してもらえた。

 

というのも、戦い方を知らない駆け出し、というのは珍しい話ではないらしく、そういった連中が先達の指導を求める事は、良くある事なのだそうだ。

 

そのような場合の為に、ギルドでは対応可能な人材として、現役、引退者問わず数名の指導者を常に確保しているとのこと。

 

しかも、指導料は先行投資、という事でギルド持ち。

 

にも関わらず、やはりアクセルには命知らずが多いらしく、このシステムの認知度はまるで上がらない、とルナさんが悲しそうに呟いていた。

 

…………本当にお疲れ様です。

 

ともかく、ルナさんの計らいで、俺は勤務終了後に、元ソードマスターだというおっさんから、毎日2時間程度の稽古を付けてもらえる事になっている。

 

命がかかっているのに、そんな部活みたいな稽古時間で大丈夫なのか、と不安になったが、スキルによるアシストが前提である為、多少動き方を確認するだけで、必要充分以上の効果があるらしい。

 

本当にゲームのような話だ。

 

長くなったが、改めてこれから5日間の、俺たちの動きを確認しよう。

 

まず早朝から夕方まで、ギルドの手伝い及び、スキルやモンスター、一般常識について情報収集。

 

夕方、城壁の外で、元冒険者から戦い方を学ぶ。

 

中々にブラックな5日間になりそうだが、今後の生活が…………引いては命がかかっているのだ。

 

俺は断腸の思いで、無理やり自分を納得させる事にした。

 



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第4話 どうしようもなく、彼女は理由を求めている

連・投! 満を持して!




 

 

「…………と、まぁこんなところだな。」

 

 

一通りの説明を終え、一色へと視線を移す。

 

かなりガチガチに予定を決めてしまっていたので、文句の1つ2つは覚悟していたのだが、一向にそう言った言葉は出て来ない。

 

それどころか、一色は惚けた様子で、俺の顔をまじまじと見つめるばかりで、何一つ言葉を発する様子は無かった。

 

 

「…………おい、俺の話ちゃんと聞いてたか?」

 

 

流石に心配になり、そう尋ねる。

 

すると一色は、はっと我に返った様子を見せ、慌てて視線を足元に向ける。

 

既に時刻は夜半。

 

日はとっくに沈み、灯りはマジックアイテムの照明のみで薄暗い。

 

にも関わらず、俯く彼女の横顔、その頰にははっきりと朱が差していた。

 

…………そういう仕草をされると、勘違いしそうなんで、やめてもらえませんかね?

 

思えば、今日は彼女に調子を狂わされっぱなしだ。

 

普段の意図したからかいと違い、今日の一色にそんなつもりは無いのだろうが。

 

夕食のときと言い、案外俺も余裕を失っていたのだろう。

 

働かずの誓いを破ってしまった事を思い出し、思わず遠くを見つめてしまう俺。

 

…………決して恥じらう薄着姿の一色が、目に毒だったから視線を外した訳ではない。

 

 

「…………やっぱり、先輩は凄いですね。」

 

 

どれくらい沈黙していたのか、不意に一色が、ぽつり、と零すように呟いた。

 

 

「褒めてもらったとこ悪いが、別にこれ、俺が一から十まで考えた訳じゃないぞ? 異世界転生もののアニメやラノベ、ゲームのチュートリアルとか思い出して、最善だと思った方向に話を持ってっただけで…………。」

 

「だとしても、ですよ。そういうこと冷静に考えられるだけ、やっぱり先輩が一緒で良かったなって。わたしだけだったら、きっと特典選びの時点で失敗してました。」

 

「買い被りだ…………。」

 

 

予想していた罵詈雑言どころか、予想外の誉め殺しに、バツが悪くなって視線を逸らす。

 

俺を一体どうしたいんだこいつは。

 

その攻撃は俺(の精神)に効くからやめてね。

 

 

「普段は挙動不審で、ぶっちゃけキモいですし時々何言ってるのか分からないし、というか、存在自体意味不明だったりしますけど。」

 

「おい。」

 

「…………じょーだんですよ?」

 

 

ぺろっ、と舌を出して、悪戯っぽく微笑む一色。

 

…………それはそれで効くからヤメロ。

 

 

「でも本当にいざっていう時…………生徒会選挙のときも、クリスマスイベントのときも、みんなを動かしてくれたのは先輩でした。」

 

「いや、選挙はお前を口車に乗せただけだし、クリスマスだって、結局他の連中の手を借りたし、仕切ってたのはお前だっただろ。」

 

「そのわたしを動かしたのは、先輩じゃないですか。…………それにあの2人も。」

 

 

敢えて俺がぼかした筈の言葉を、しかし正確に言い当てた一色に、思わず俺は振り返る。

 

意図して口にしなかった訳ではない、しかし僅かに胸を過ぎった鈍痛が、俺が失った何か、その重さを例えているように感じた。

 

そしてそれは、一色も同じだっただろう。

 

困ったようにはにかんだその表情は、いつものあざとさなどカケラも見当たらない、どこか歪な笑みだった。

 

 

「…………わたし、ずっと怖かったんです。この世界に来た時からずっと、先輩も急に居なくなっちゃうんじゃないかって。」

 

 

今にも何かが溢れてしまいそうな、その何かを堪えたような、そんな彼女の呟きは、どこか悲痛で、俺は息をすることすら忘れ、その言葉に耳を傾けていた。

 

 

「だって、わたしもう生徒会長じゃなくなっちゃったんですよ? ここには葉山先輩もいないんですよ? だからっ、生徒会長に、された責任も、葉山先輩に、フラれた責任もっ、今の、先輩にはっ、無いっ、ですよ…………!!」

 

 

その声は涙に濡れ、頬にもはらはらと雫が伝う。

 

ああ、そうか。

 

俺の中で、かちり、と何かが噛み合ったような、そんな錯覚を覚える。

 

案外、俺と一色は似ているのかもしれない。

 

きっと彼女は、理由が欲しいのだろう。

 

俺がそばに居てくれる理由が。

 

孤独にならないですむ言い訳が。

 

理由がなければ行動出来ない俺。

 

理由がなければ安心出来ない一色。

 

それを欲した経緯は違えど、結果的に俺たちは同じように理由を、そう振る舞う大義名分を望んだ。

 

ならば、それでこいつが安心出来るなら、そんなものいくらでもでっち上げてやればいい。

 

問題の解消は、俺の十八番だ。

 

いつだってそうしてきた。

 

例えそれがまちがっていたとしても、今こいつが求めている理由になるのなら、そのまちがいは、俺が全て飲み込めばいい。

 

だから、俺はこれから、きっと柄にも無い事を口にする。

 

 

「…………責任がない、って事はないだろ。」

 

「えっ…………。」

 

 

驚きに見開かれる一色の瞳。

 

涙をたたえ、きらきらと揺れるそれを、真っ直ぐ見据えることができず、俺は視線を足元に落とす。

 

視界に映る己の両足は、いつも通り何とも頼り無く、それが返って俺の心を落ち着けてくれた。

 

 

「お前が生徒会長じゃなくなろうと、葉山がここにいなかろうと、それがイコール、俺がお前にした事が、全て精算されるって事にはならんだろ。」

 

「なに、言ってるん、ですかっ…………?」

 

 

…………さぁな?

 

自分でも、良く分からなくなってきたところだ。

 

 

「お前の言った責任ってのが、何を指してんのかは知らんが、少なくとも、それを果たしてやるまでは、俺がお前に負った責任とやらは精算される事はない…………と、思う。多分。知らんけど。」

 

 

心の中で、大見得を切った割に、結局口から出た言葉は竜頭蛇尾に。

 

いや、だから言ったでしょ? 柄じゃないって。

 

こうなると、最早一色の顔など恐ろしくて、とてもじゃないが見る事は出来ず、俺は只管自分の足元を見続ける作業に没頭する。

 

しかし、それほど待つ事なく。

 

 

「…………ぷっ、あは、あははっ!」

 

 

隣から溢れ出した笑い声に、俺は思わず顔を上げた。

 

そこには、心底可笑しそうに、口元を押さえ、声を上げて笑う一色の姿が。

 

一気に顔が熱くなった。

 

やっぱ慣れないことするもんじゃねー!!

 

再び黒歴史を紡ぎ出してしまった事実を認識し、今すぐごろごろ、と転がり悶え苦しみたい衝動に駆られた。

 

 

「あはははははっ…………な、何ですかそれっ? か、カッコつけるなら、ちゃんと最後までやって下さいよ!」

 

 

未だ笑いが込み上げてくるのか、途切れ途切れで口にする一色。

 

…………もういっそのこと殺してくれ。

 

しかし、その声色に先程までの悲壮さはなく、俺はその事に、心底安堵していた。

 

…………まぁ、体張ったんだから、そうじゃないと困るが。

 

 

「は、はははっ…………もうっ、ホント、おかし過ぎですっ…………ふぅ。でも、言質は取りましたからね?」

 

 

…………は?

 

ようやく笑いが収まったらしい一色。

 

その口から飛び出した、余りにも無情な言葉に、ぶわっ、と全身から嫌な汗が吹き出した。

 

恐る恐る、顔を隣へと動かす。

 

ニンマリと、まるで獲物を見つけたネコ科哺乳類のような、空恐ろしい笑みを浮かべた後輩と、目があった。

 

…………雪ノ下が居たら、真っしぐら待ったなしだろうなぁ(白目)。

 

 

「…………ちゃんと責任もって、わたしを幸せにして下さいね?」

 

「…………はい?」

 

 

一瞬、目の前が真っ白になった。

 

本当に人間って、驚き過ぎると視界がホワイトアウトするものなんだな…………。

 

いや、現実逃避はよそう。

 

後輩を慰めようとしただけだったのに、何でプロポーズをOKされたみたいになってるのん?

 

わけがわからないよっ!?

 

酷い目眩に見舞われながら、俺が思ったのは、やっぱり早まったかも知れん、というどうしようもない後悔ばかりだった。

 

 

 

 

 

「あ、そういえば先輩。1つ気になってたんですけどぉ?」

 

 

あれから一頻り人をいじり倒し、すっかり持ち前のあざとさを取り戻した一色。

 

口元に右の人差し指を当て、んー、などと可愛らしい、何ともあざとい鳴き声を上げつつ、首を傾げてそう尋ねてくる。

 

…………絶好調みたいで何よりだ。

 

こっちは今すぐ窓からI can fly!! したいがな!!

 

 

「先輩、もともと1人で行動するつもりだったんですよね? ギルドのお手伝いクエストって、わたしが飛び入りで参加しても、大丈夫なんですかぁ?」

 

「…………だ、ダイジョーブダヨー。」

 

 

飛び出して来た当然の疑問に、慌てて視線を逸らす。

 

こいつ、1番聞かれたくなかった事を…………!!

 

俺のあからさまに不審な行動を、そう易々と見逃してくれる一色ではなく、

 

 

「…………センパイ? 何を隠してるのか、ちゃんと全部教えてくれますよね? 」

 

 

…………と、冷え切った声で詰問された。

 

こっわ!? いろはすこっわ!?

 

センパイ、の部分だけメチャクチャ甘ったるい声なのに、落差がヤバイ!

 

 

「…………い、いや、その、だな…………も、もともと、依頼は2人で受ける形で話をつけてたというか、ね、念の為な? で、でだ、な? 指導してくれる冒険者も、い、一応な? 槍使いの人も、探して貰えるよう、頼んでみたり、なんか、しちゃってまして…………。」

 

 

しどろもどろになりながら、隠していた事実を打ち明ける俺。

 

恐る恐る一色の顔色を伺おうとしたところ。

 

 

「…………はぁぁぁぁぁあっ!!!?」

 

 

耳がキーン、とする程の絶叫が木霊した。

 

…………いや、周りの部屋に迷惑だから、声のトーンは落としてね?

 

 

「じゃ、じゃあ最初から、先輩はわたしと一緒に依頼や指導を受けるつもりだった、て事ですか!? それなら何で、夕食のときあんな事言ったんですか!?」

 

「いやだって、自分の預り知らんところで、一緒に行動する前提で話進められてたとか、普通に引くだろ? 良かれと思ってやったのに『キモーイ! マジストーカーとか最悪ぅ! マジテンサゲー!(裏声)』とか言われたら、悲しすぎて死にたくなっちゃうだろ?」

 

「引きませんし、言いませんよ!? わたしのこと何だと思ってるんですか!?」

 

「イマドキJK(笑)。」

 

「ぶっ◯されたいんですかっ!?」

 

 

終いには胸ぐらまで掴んで、怒髪天を突く勢いの一色。

 

…………正直に言ってしまえば、何と言えば良いのか分からなかったのだ。

 

もともと俺の中に、こいつを放り出す、という選択肢はなく、かと言って、それを確認する言葉も、共に行動してくれるよう頼む言葉も、どちらも口にするのは、むず痒く、重かった。

 

だから、ああいった迂遠な言葉で、こいつの意思を聞き出そうとしていた訳だが…………結果がアレだったんで、本当に後悔したし、反省もした。

 

だから、出来れば気付かないままでいて欲しかったんだが、そうそう上手くいかないのが人生ということなのなろう。

 

喚き散らす一色のまなじりには、引っ込んでいたはずの涙が、再び顔を覗かせていた。

 

 

「わ、わたしがどんな気持ちで、どれだけ、怖くて、寂しくて、悲しかった、か、わ、分かりますかっ!?」

 

 

ガクガクと、掴んだ胸ぐらを揺すりながら、それ以上に声を震わせる一色。

 

 

「いや、正直反省してる。悪かった。けど、俺の方から確認するのは、流石に気が引けたんだよ。分かってくれ。」

 

 

数々のトラウマたちの所為でな。

 

あと、そろそろ離して下さい顔が近い。

 

 

「じゃ、じゃあ何ですか? わたしがあんなに、あんなに辛い、思いをしたのは、その、先輩の捻くれの、所為、って事ですか!?」

 

「…………まぁ、端的に言えば、そうなる、か?」

 

「…………。」

 

 

ぱっ、と俺の胸ぐらを解放し、だらん、と項垂れる一色。

 

どうにか分かって貰えたか、と安堵のため息を零した瞬間。

 

勢い良く顔を上げ、きっ、と俺を睨み付けた一色は、

 

 

「乙女の純情を何だと思ってるんですかこの大バカぁぁぁぁあああっっ!!!!」

 

 

とまぁ、盛大に吼えた。

 

…………これ、絶対明日苦情言われるな。

 

せめて追い出されないことを祈りたい。

 



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第5話 この素晴らしくあざとい後輩に約束を!

連投…………これで、ラァァァァストォォォオオオッッ!!!!

◯トラッシュ…………なんだかもう、ねむいんだ…………。


…………あれから数分。

 

 

「なぁ? いい加減許してくれって。俺が全面的に悪かった。」

 

「…………うるさい。絶対に許しません。この鬼、悪魔、ハチマン。」

 

「だからハチマンは悪口じゃねぇだろ…………。」

 

 

膨れっ面で視線すら合わしてくれない一色を相手に、俺は悪戦苦闘していた。

 

…………文句言うなら、自分の部屋に戻れば良いと思うんだけどなぁ。

 

 

「…………大体、人をアレだけ弄んでおきながら、はいごめんなさい、なんて謝るだけで済むとか、本気で思ってます?」

 

「…………いや、まぁ思わんが、俺に一体どうしろと?」

 

「許して欲しければ、態度で示して下さい!」

 

「…………ふっ、それで気が済むんなら、安いもんだ。」

 

 

俺は立ち上がり、一色の正面に立つ。

 

そして襟元を(スウェットなのに)正し、手を膝の上に揃え、膝を曲げて跪こうと…………。

 

 

「すとぉっぷっ!!」

 

 

としたところ、一色に頭を両手で捕まれ制止された。Why?

 

 

「何一分の迷いもなく土下座しようとしてるんですか!? プライドとかないんですか!?」

 

「媚びる時は、プライドを捨てて媚びる…………それが俺のプライドだ…………!」

 

「良い顔で何言ってくれちゃってるんですか!? ああもう、普通に良い顔だから余計に腹立つ!!」

 

「お、おう。さんきゅな?」

 

「褒めてないですから!? もう! ホントにもう!! そうじゃなくてっ!!」

 

 

そして一色は、俺の頭部から手を離し、まるで何かを招き入れるよう、両手を広げる。

 

…………何ぞ?

 

その行動の意味が分からず、思わずまじまじと一色を見つめる俺。

 

すると一色は、何故か頬を赤らめ、気まずそうに視線を泳がせた。

 

 

「…………普通、見たら分かりませんかね…………抱きしめて、欲しい、です…………。」

 

「…………。」

 

 

時が止まった。

 

何を言ってるんだこの後輩は?

 

 

「…………頭、大丈夫か? 病院行くか? 夜間診療してるか分からんけど。」

 

「うーわそれ先輩にだけは絶対に言われたくないですとゆーかその慈しむような表情やめてもらっていいですかマジで半端なく殺意が湧き上がって来ちゃうんでごめんなさい。」

 

「…………こころがいたい。」

 

 

一瞬で無表情になり、冷たい声で捲し立ててくる一色に、俺の心は折れかけていた。

 

割と本気で心配してやったのに。

 

 

「そうじゃなくて…………わたしが寂しい思いをしたのも、泣いちゃったのも、元はと言えば、先輩の心無い言葉が原因じゃないですか? だから、責任取ってわたしの事、安心させて下さい。」

 

「いやその理屈はおかしい。」

 

 

そりゃ急に見知らぬ土地に送り込まれ、人肌恋しい、とかいうのは分からなくもない。

 

それを求められる相手が、現状俺しか居ない、というのも、まぁ百歩譲って、良しとしよう。

 

だが、俺にそんな事が出来ると思うか?

 

答えはNOだ。紛う事なきNOだ。完膚なきまでにNOだ。

 

 

「どうしても出来ないって言うなら、仕方ありません。」

 

 

俺の気持ちを察してくれたのか、すっと、両腕を下ろす一色。

 

どうやら、分かって貰えたようだ。

 

そして一色は、自分の体を抱き締めるように腕を回し、

 

 

「先輩が抱き締めてくれないなら、きゃあおそわれるぅ、って悲鳴を上げます♪」

 

 

と、無邪気な声で死刑宣告を突きつけて来た。

 

 

「ちょ!? おま!? それは男性に対する即死呪文だぞ!? 早まるな!?」

 

「大体、全部先輩が捻くれてるのが悪いんじゃないですか! 異世界に来て早々にクサいご飯を食べたく無かったら、つべこべ言わずに抱き締めてくれれば良いんです!」

 

「要求と結末がおかしいだろ…………。」

 

 

普通は手を出したから、クサい飯を食う羽目になるんだろうが、何で手を出さなかった所為で、クサい飯を食わされにゃならんのだ。理不尽過ぎるでしょ。

 

 

「とゆーか、普通はラッキーだって思いませんか? 自分で言うのはアレですけど、わたしって結構可愛いと思うんですけど…………。」

 

 

一向に自分を抱き締めようとしない俺に、業を煮やしたのか、一色はふて腐れたように唇を尖らせ、そんなことを呟き出す。

 

いや、この場合は寧ろ可愛いのが問題というか、寧ろ意識してなかったら、こんなに拒否しないと言いますか。

 

 

「そ、そんなに、いや、ですかぁ…………?」

 

「い、いや、そんなことは…………!?」

 

 

俺があまりに躊躇していた所為だろう、先程の寂しさがぶり返して来たのか、次第に涙目になっていく一色。

 

これが演技だとしたら、アカデミー女優賞ものだろう。

 

今にも泣き出してしまいそうな一色の表情に、俺は覚悟を決めた。

 

 

「せん、ぱぃ…………?」

 

 

待って。ちょっと待って!

 

今覚悟決めたから! お願いだから、頼むから、そんな甘ったるい声で、切なげに呼ばないで!

 

八幡の中の何かがプッツンしちゃうから!

 

目を閉じ、深く、深く息を吸い、ゆっくりと吐き出す。

 

そして意を決して、ベッドに腰掛けたままの一色を、自らの腕の中へと抱き締めた。

 

 

「あっ…………。」

 

「っっ…………!?」

 

 

いきなりで驚いたのか、思わず、と言った風に溢れた、一色の吐息に、変な呻き声を上げそうになったが、必死でそれを飲み込む。

 

…………すごい! やわらかい! いいにおい!(小並感)

 

未知との遭遇に、俺の言語中枢どころか、脳みそ全てがオーバーヒート寸前だ。

 

しかし意外な事に、本当に意外な事に、抱き締めた一色の温もりが、じんわりと伝わって来ると、不思議と高まっていた鼓動が、ゆっくりと落ち着いていくのを感じた。

 

それは一色も同じだったのか、借りて来た猫のように大人しく、身を強張らせていた彼女は、やがてゆっくりと俺の腰に手を回し、俺の体を抱き返して来る。

 

 

「…………ふふっ、せんぱい、あったかいです。それに心臓の音、ゆっくりになって来ました。」

 

「…………いや、言わなくて良いから。自分でも驚いてる。」

 

 

人の温もりは、安心感を与えてくれる。

 

良く耳にする台詞だが、正直眉唾ものだとバカにしていた。

 

しかし、実際に体験してみて、その効果の程に感心する。

 

理性がどうとか、可愛いから意識してしまうとか、そんな下衆な思考を吹き飛ばし、もっと根源的な安心感を与えてくれる、そんな尊さに身を預けているような、不思議な感覚を味わっていた。

 

とはいえ、いつまでもこうしていられるか、と問われれば、そんな事は不可能である。

 

現在俺の中では、温みからこみ上げる安心感と、鼻腔を擽ぐる甘い香りによって急き立てられる劣情が、一進一退の攻防を繰り広げていた。

 

しかも現状、劣情がやや優勢。即時撤退を進言したい。

 

 

「…………お、おい。さすがにもう良いだろ?」

 

 

そう言って、離脱を試みるが、すかさず一色は抱き返す腕に力を込め、俺の体をホールド。

 

特典により、筋力値が上昇している為か、一色が俺を抱き返す力は、その細い腕のどこから出ているのか、という程に強く、ぐえ、と潰れたカエルのような呻き声が溢れた。

 

そんな俺を余所に、一色は俺の胸に顔を埋めたまま、いやいや、と首を振る始末。

 

…………ホント勘弁して下さい。

 

 

「ダメです。まだ許してあげるには、安心感が足りません。もっと強く、ぎゅ〜〜〜〜ってして下さい。」

 

「いや無茶言わないで。俺特典のせいで筋力値高いし、お前細いし折れそうで怖い。」

 

「きゅ、急に嬉しいこと言わないで下さいっ。 照れるじゃないですかぁ…………。」

 

 

…………あ、ホントだ。なんか温くなった。

 

 

「とゆーか、それをいうなら、わたしの生命力値、先輩の筋力値より高いですから、そう簡単に折れませんよ。」

 

「…………そうは言ってもなぁ?」

 

「…………この状況で叫んだら、言い逃れ出来ませんね?」

 

 

こやつめ…………!?

 

一色の脅迫にあっさりと屈した俺は、ため息一つ、彼女を抱き締める腕に、より一層、それこそ目一杯に力を込めていく。

 

な、なんか腹に! 腹に柔らかい感触がががががっ!!!?

 

 

「…………んっ、せん、ぱいっ、くる、しい、ですっ…………。」

 

 

ちょっ!? 変な声出すのやめて! 危ない性癖に目覚めそうで怖い!

 

反射的に両腕の力を弱める。

 

 

「あっ…………むぅ、まだやめて良いなんて言ってないですよ?」

 

「いや、苦しいっつってただろ。」

 

「それはそれです。…………ほら、もういっかい、ですよ。」

 

 

甘ったるい声でそう言いながら、まるで甘えるように、一色は腰に回す腕に力を入れる。

 

既に俺は安心感など感じておらず、伝わって来る感触や、香り、熱に、くらくらと目眩すら感じ始めていた。

 

だから、上手く働かない思考の中で、言われるまま、彼女の身体を強く、強く抱き締める。

 

 

「…………んはっ、ふぅ…………このっ、くる、しっ、のが、いい、ん、です、よっ?」

 

「…………やっばい事言ってない?」

 

「しつっ、れ、しちゃ、ますっ…………だっ、て、せんっ、ぱい、も…………わた、しもっ、いき、て、るっ、て…………こ、こにっ、いっ、るっ、て、あん、しんっ、すっ、るんっ、ですっ…………。」

 

 

喘ぐように、途切れ途切れそう口にする一色。

 

これは、死んだ、生まれ変わった、などと聞かされ、何処か夢見心地だった自分を、自分の現実を、正しく認識する為の、彼女なりの代償行為だったのかも知れない。

 

…………とは言え、流石にもう良いだろう。

 

彼女の呼吸も、俺の理性もそろそろ限界だ。

 

一色を抱き締めていた腕を離し、その肩に手を掛けて、そっと距離を取る。

 

当然、視界に飛び込んで来る一色の顔。

 

息苦しさのせいか、それとも別の理由か、その頰は上気し、息は荒く、どこか視線の定まらない様子だった。

 

そんな彼女の表情に、色香を感じてしまい、息が止まる。

 

衝動的に伸ばしそうになった腕を、理性を総動員して押し留めた。

 

…………何考えてんだ俺!? ステイ!!

 

気まずさと気恥ずかしさから、俺は明後日の方向へ、視線を逸らした。

 

徐々に冷えてきた思考の中、何で彼女を抱き締めていたのか、その原因を思い出した俺は、この妙な流れをかき消す為に、敢えてそれを口にする。

 

 

「…………あー、その、なんだ。満足、したか?」

 

 

ちら、と一色の表情を伺うと、何故かダラシないニヤケ顔を晒していたのだが、俺が見ていると気づいた瞬間、憮然とした表情を浮かべる。

 

 

「ま、まぁ少し物足りない感じですけど、悪く無かったですし、またわたしが不安になったりしたときに、してくれるならよしとしましょう。」

 

「マジでか…………。」

 

 

今回限りではない、と匂わせて来る一色の発言に、俺はがりがり、と自分の精神が物理的に削られていく幻聴が聞こえた。

 

 

「それから、まだ許してあげるには少し足りませんね。だって後輩美少女を抱き締めるとか、やっぱりどう考えたってご褒美ですし。」

 

 

…………ご褒美、という部分に、あっさりと納得してしまった自分を殴りたい。

 

次は何を要求されるのか、とげんなりとする俺。

 

そんな俺の様子などお構いなしに、一色は先程と打って変わり、自分から俺の胸に飛び込んで来た。

 

くぁwせdrftgyふじこlp!!!?

 

不意打ちに、声にならない悲鳴をあげる。

 

しかし、縋るように力の込められた両腕が、俺を逃してはくれなかった。

 

 

「…………だから、約束、してくれたら、許してあげます。相談無しにパーティを解散しない、勝手にそばから離れない、わたしを1人にしないって。」

 

「いやお前それは…………。」

 

 

適当なことを言ってはぐらかそうとしたが、俺は直ぐに言葉飲み込んだ。

 

自分の胸の中で、決して窺い知れない一色の表情。

 

しかし力強く発されたその言葉が、酷く真剣なものだったから。

 

それはかつて、俺が思わず零してしまった感情を、『忘れない、忘れられる訳ない』と、そう言った時と同じ、強い意志を感じる声色。

 

そんな彼女の声に、俺はいつのまにか、魅せられていたのかも知れない。

 

柄じゃないと、そう思いながら、俺は彼女の小さな背中に、もう一度自分の腕を回した。

 

 

「…………ったく、こんな口約束、俺が守るとは限らないだろうが。」

 

 

思わず溢れた憎まれ口に、しかし一色はやけに確信めいた言葉でこう返した。

 

 

「大丈夫です。だって先輩、約束は守ってくれますから。」

 

 

それは無邪気な信頼か、それとも彼女の策略か。

 

生憎と、俺の少な過ぎる対人経験では、判断がつかなかった。

 

 

 

 

 

どれくらいの時間が経っただろうか。

 

一色と約束を交わし、俺たちはしばらく無言のまま抱き合っていた。

 

いろいろと刺激的過ぎて、感覚が麻痺していたが、側から見たら、酷く犯罪臭漂う光景なのでは無いだろうか?

 

恐らく雪ノ下当たりがいれば、通報される事は確実だし、由比ヶ浜がいれば、キモいキモいとブーイングの嵐だろう。

 

不思議なことに、先程と違って、2人の事を思い出しても、俺はもう何ら痛みを覚える事は無かった。

 

これがこの抱擁の効果なのか、一色と交わした約束のせいなのかは分からない。

 

しかし、それは悪いものでは無いと自然にそう感じていた。

 

…………それはそれとして、このままいつまでも抱き合っている訳にもいかない。

 

明日からの事を考えれば、今日はそろそろ休んだ方が得策だ。

 

 

「おい一色、流石にそろそろ離れ…………。」

 

 

声をかけようとして気がついた。

 

背に回された彼女の両腕に、既に微塵も力が入っていない事に。

 

嫌な予感を覚えつつ、俺は恐る恐る、耳を澄ませる。

 

すると…………。

 

 

「すぅ…………すぅ…………。」

 

 

一色から、何とも気持ち良さそうな寝息が聞こえてきた。

 

子どもか!? と、思わずツッコミそうになったが、ぐっと飲み込む。

 

考えてみれば、今日はいろいろと起こり過ぎた。

 

精神的な疲労で言えば、きっと一色の方が大きかったろう。

 

この小さな体にそれだけ詰め込めば、寝落ちしてしまう事にも頷けるというもの。

 

俺は溜め息を零しながら、彼女を起こさないことを決め、ゆっくりと自分のベッドに彼女を横たえた。

 

が、これが問題だった。

 

俺、どこで寝よう?

 

結局、散々迷った挙句、宿の人にお願いして、一色の部屋の鍵を開けて貰い、彼女を起こさないよう細心の注意を払いながら、俺が抱えてベッドまで連れて行った。

 

筋力値の補正が入ったおかげか、対して苦労せず運べたのが不幸中の幸いだった。

 

なお、宿の人には、次痴話喧嘩をしたら追い出す、と釘を刺された。

 

…………痴話喧嘩じゃないけど、本当にスンマセンっした。

 

そしてようやく眠りに着こうとした俺だったのだが、ここで再びの問題発生。

 

寝入ってしまった一色を、どうしようかと迷っていた時間が長引いた為、俺のベッドには、すっかり一色の香りが移ってしまっていた。

 

そんなベッドに横たわった結果、抱き締めた時の感触やら、あいつの苦しそうな吐息やら、上気した色っぽい表情やらを思い出し、眠気なんて吹き飛んでしまう俺。

 

結局、熟睡することなど叶わず、朝方まで、殆ど眠れずに過ごすこととなった。

 

…………端から放り出すつもりはなかったし、迷惑なんかじゃ無いと言った。責任を取るとも言ったし、側にいる、1人にしないと約束もした。

 

しかし、それでも、それでも、敢えて言わせて欲しい。

 

 

 

やはり、この素晴らしくあざとい後輩との冒険者生活はまちがっている。

 

 

 

そう思わずにいられない、転生初日の夜だった。

 





最後までお読み頂き、ありがとうございます。

今回は連投となりましたので、3〜5話の後書きを一括とさせて頂きました。

前回投稿より、お気に入り登録数、UA数ともに急上昇し、喜びに咽び泣いております。

皆さまのご期待に添えますよう、今後も精進して参りますので、どうかお付き合い頂けると幸いです。

さて、早速恒例の言い訳コーナーに参りましょう。

今回は長文駄文注意です。読み飛ばして頂いても一向に構いませんので、悪しからず。


① 説明回
実を申しますと、今回更新した3話は、当初の予定では1話にまとまるはずだったのです。
しかし書いているとあら不思議、気付くと文字数が7,000字を越えており、前後編にするか、と分割。

しかし再び気付くと文字数は8,000字を突破。前中後編にするしかあるまいと、再度分割。

それでも文字数が5,000字を越えているあたり、作者の実力不足を痛感した次第でございます。

そういった事情で、キリのよい所で分割をした結果、第3話は犠牲となった訳です。

ご了承下さい。


② いろはすスパークリング
言い訳、というのも変な話なのですが、やらかしたという自覚はあります。

だが私は後悔しない!

だってこれがやりたかったんだもの!!(開き直り)

最初からタグに用意していたので、『何ぞこれ?』と思われた読者様もいらっしゃったかと思いますが、ようやく伏線(?)回収が叶いました。

八色でイチャラブを書こう、と思い立った際、いかに2人の距離を(物理的にも精神的にも)縮めるか、という点は、最初から悩みの種でした。

恐らく八幡から近づく事はなく、いろはもいろはで、一定以上の距離を詰める事を諦めている節があり、恐らく奉仕部が存在する限り、この2人が、作中以上に近づく事はあり得ないのだろう、というのが作者の見解でした。

とはいえ、作者的には原作時間軸の2人をイチャコラさせたい訳で、かといって原作再構成にしてしまうと、原作で築かれた、2人の絶妙な関係を活かせない、と、毛根が死滅する程に葛藤しました。

その時天啓が降りました。

『クロスオーバーすればいいじゃない、だって妄想だもの。 』さくしゃお

そんな訳で、非日常的な現象で2人を追い詰め、精神状態に変化を与え、なおかつ奉仕部の2人も合法的にフェードアウト(作者は奉仕部アンチではなく、むしろ2人は2人で結構好きです。敢えて言うならゆきのん派。でも敬虔ないろはす教の信者なのでごめんなさい)させ、いろはが八幡に対して、距離を詰める事への遠慮を排斥、八幡に近づくため拵えたと思しき「生徒会選挙の責任」「葉山隼人へのアピール」という大義名分を棄却、さらに見知らぬ土地で2人きり、という吊り橋効果で2人に必要以上に寄り添う為の、新たな大義名分を与えようと、このすば!とのクロスオーバーを選択しました。

共依存? 上等だゴラァ!!!!(錯乱)

恐らく八幡は、そこまで追い詰められたところで、他者との壁を壊そうとはしないと思い、満を持して(?)、今回はいろはに弾けて頂きました。

とはいえ、この2人の場合(というか、八幡の場合相手が誰であろうと)、物理的な距離がいくら近づいたところで、すぐに告白だとか、付き合うだとか言う話にはならないと思うのです。

お互いに意識はしながらも、精神的な距離を測りかね、不安から必要以上にスキンシップを取りたがるいろはに振り回されて、徐々に物理的な距離感(いろは限定)が麻痺していく八幡。

そして周囲から「え? あいつら付き合ってないの? そマ?」とか言われる八色が、作者的には大正義なのです。

もっともどんな形であれ、愛があればどんな八色も美しいと思うのですよ。

あくまで作者個人は『面倒臭がりだけど、何だかんだで面倒見の良い先輩と、小悪魔的であざといけれど、実は健気で頑張り屋な後輩』という2人の関係性が好きだなぁ、というだけのお話です。

話を拙作に戻しますと、今回の布石によって、八幡といろはの距離(物理)は一気に縮まります。

そちらをお待ち頂いていた読者の皆様、大変お待たせ致しました。

ようやくイチャつく2人を描くことが出来そうで、作者も一安心しております。

③ 問題のシーン
R−15タグ付けときました。

深夜テンション怖いですね。

初稿だと至る所に「♡」飛んでたんですが、あまりに薄い本過ぎたんで、作者自身が引いて、書き直したものの、やっぱりいかがわしさが拭い切れず、結局タグを追加することになりました。

正直スマンかった。


以上、今回の言い訳でした。

長文、お目汚し大変失礼致しました。

冒頭でも申し上げました通り、想像以上の数の方々にお読み頂き、またお気に入り登録を頂きまして、本当に励みになっております。

あくまで趣味、しかも二次創作で、ぶっちゃけ作者の妄想垂れ流しのような拙作ですが、皆様からのご感想や評価、様々な形での反響を頂き、公私ともに活力を頂いております。

描きたいもの描く、というスタンスで始めた拙作ではありましたが、ご期待頂いている以上、少しでも楽しんで頂けるよう努めていく所存です。

今後とも、是非ご愛読頂けると幸いです。

それでは、また次回の更新でお会いしましょう。




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第6話 この寝不足のぼっちに睡眠を!

お待たせしました。

そして今回、話は進んでません。

2人がイチャイチャしているだけです。

2828したい方々、お楽しみ頂けると幸いです。


 

 

 

 

 

未だ薄暗さの残る早朝。

 

宿屋の井戸を訪れた俺は、上着を脱ぎ、ゆっくりと桶を引き上げる。

 

結局、あれからいろいろと格闘した末、ようやく眠気を感じ始めた頃、空には夜明けの足音が。

 

このまま寝たら、初日から遅刻、という冒険者として、というか社会人として致命的な経歴を作ってしまう。

 

そしてそれを阻止するため、まだ周囲が寝静まっているであろうこの時分に、水でも被って目を覚まそうとここを訪れていた。

 

引き上げた桶を持ち、張られた水に映る自分を見つめる。

 

昨夜、公衆浴場でも確認したが、本当に自分なのか疑わしいほど整った顔立ち。

 

しかし、その両目の下には、残念な事にくっきりと隈が現れ、心なしか昨日より目つきも胡乱だった。

 

それでも、以前に比べると遥かにマシだと思える辺り、以前の俺の目は、やはり死に切っていたのだろう。

 

若干の覚悟を決め、ばしゃん、と頭から水を被る。

 

 

「〜〜〜〜〜〜っっ、冷たっ!?」

 

 

井戸水が冷たい、という事は、知識として知っていたが、いささか甘く見ていた。

 

とはいえ、今はこの冷たさが有難い。

 

水気を拭う為、持って来ていたタオルに手を伸ばす。

 

ぬ? 目に水が入って、上手く取れん。

 

わさわさと、目を閉じたまま手探りでタオル掛けを探す。

 

 

「はい、どうぞ。」

 

「あ、ども…………。」

 

 

タオルが見つからず四苦八苦していると、不意に手に触れるようタオルが差し出される。

 

寝ぼけていた所為か、特に疑問を感じる事なく、軽い会釈と短い礼でそれを受け取り、髪、顔を拭く。

 

そしてようやく、何者かの乱入に気付いた。

 

 

「…………何してんの?」

 

「気付くの遅くないですかね…………おはようございます、先輩。」

 

 

呆れたような溜息を吐き、それから一転、あざといくらいに可愛らしい笑みを浮かべ、一色はそう口にする。

 

 

「…………おう。」

 

 

実際に顔を見たことで、昨夜の光景や感触が、鮮明にフラッシュバックする。

 

熱を持ち始めた頰を、タオルで覆い隠しながら、ぶっきら棒に短く返した。

 

つーか、何でこいつは平気そうなんですかね?

 

やっぱり遊び慣れてたりするの?

 

…………やめよう、この想像はよろしくない。

 

知らない男と遊んでいる一色を想像して、気が滅入りそうになったのは、きっと何かの間違いだと、俺はすぐさま思考を中断した。

 

俺はそんなにちょろくない筈だ。多分、きっと。

 

 

「でも意外でした。先輩はきっと朝弱いって思ってたんですけど、案外早起きなんですね?」

 

「いや、早起きというか…………。」

 

 

一睡もしてないだけなんですけどね。

 

流石にそれを伝える気にはならず、閉口してしまう。

 

 

「…………もしかして、寝てないんですか?」

 

「…………。」

 

 

察しが良いこの後輩は、押し黙った俺の反応だけで核心に辿り着いてしまう。

 

反射的に、タオルで顔を全て覆った。

 

 

「…………えいっ!」

 

「ちょっ!?」

 

 

しかし、無情にも剥ぎ取られてしまう、最後の砦。

 

そして、ずずいっ、と間合いを詰めて来た一色は、じぃっ、と俺の顔を見つめて来た。

 

ちょっ!? 近い近い近いっ!?

 

 

「うわっ、酷い隈じゃないですか!? ホントに眠れなかったんですね。あ、それでも目付きとか、前よりは酷くないんで、安心して下さい。」

 

「…………あぁそう。」

 

 

つい先程考えていた事を、他人の口から聞かされ、つい先日までの自分に同情した。

 

 

「…………もしかして、わたしの所為、ですか?」

 

 

申し訳無さそうな表情で、そう尋ねてくる一色。

 

今にも泣き出しそうなその顔に、寂しかった、辛かったと、涙に湿った声で訴えた、彼女の姿を思い出す。

 

…………やめてくれ。

 

別にそんな顔をさせたいわけじゃない。

 

転生してからこちら、俺はめっきり、こいつのこういう顔に弱くなってしまった。

 

人間強度が下がった、なんて笑い飛ばすこともできやしない。

 

だから、俺はいつものように嘘を吐く。

 

 

「…………バカ、そんなんじゃねぇよ。これはあれだ、俺も男の子だからな。夢にまで見たファンタジー世界での冒険に、胸踊り過ぎて眠れなかっただけだ。」

 

「…………ぷっ、何ですかそれ? 第一、冒険なんて先輩に似合いませんよ? そもそも、そんな男子高校生みたいな感性してないですよね?」

 

 

そんな俺の言い訳を、彼女がどう受け取ったかは、分からない。

 

それでも、彼女に笑顔が戻った事に、俺は小さく、安堵の溜息を零した。

 

…………返ってきた言葉は酷すぎるが。

 

 

「おい、男子高校生みたいって何だ。もろもろの事情で就職を余儀無くされたが、俺は昨日まで立派な男子高校生だっただろうが。」

 

「もしかして寝ぼけてますか? 立派ではなかったですし、先輩自身普通じゃないって自覚はありましたよね? なのに今更普通の男子高校生みたいなこと言われましても…………正直ないです♪」

 

「…………うわ、腹立つくらい眩しい笑顔をどーも。」

 

 

すっかり元の調子を取り戻した一色は、満面の笑みを浮かべ、奪い取ったタオルを差し出して来た。

 

 

「はぁ…………まぁ良いけどね。それはそうと、お前は良く眠れたみたいだな。」

 

 

先程の様子を見るに、未だ精神的に不安定な部分はあるのだろうが。

 

それでも、一色の血色は良く、俺のように睡眠不足や疲労感の滲み出た、草臥れた様子は見られなかった。

 

 

「は、はい、お陰様で。…………そ、その、さっき宿屋のおかみさんに伺ったんですけど、へ、部屋まで運んでもらっちゃったみたいで、あ、ありがとうございましたっ。」

 

「あ、ああ…………まぁいろいろあったし、寝落ちくらいするだろ? 気にすんな。」

 

 

頬を染めながら、恥じらうように感謝を述べてくる一色に、何となく気不味くなって視線を逸らす。

 

…………顔、あっつ。

 

 

「そ、それでなんです、けど…………せんぱい、寝てるわたしに、何もしてない、です、よね?」

 

「…………は? 何もって、え? 何が?」

 

「だっ、だからっ、その…………え、えっちぃ意味での、いたずら、とか…………?」

 

 

…………そんなに信用ないですかね?

 

もじもじと、言いづらそうに尋ねてきた一色。

 

その心配は尤もな事だし、そう思うのなら、思春期の異性の前で、そうやすやすと無防備な姿を晒さないで欲しい。

 

そもそも、そんな事を心配するくらいなら、昨日の抱擁は何だったのか…………と、そこまで考えたところで、再びフラッシュバックに襲われた俺は、かぶりを振って、昨夜の光景を頭から叩き出す。

 

 

「安心しろ。んなこと考える余裕無かったし、そもそも俺は一時の感情に流されて、人生棒に振るような恐ろしい真似はしない。」

 

 

尤も、一色との抱擁や、眠りについた彼女を運ぶ際、全く劣情を催さなかったかといえば、もちろんそんな事はない。だって男の子だもの。

 

とは言え、それをわざわざ口にする程、俺は命知らずではない。

 

 

「そ、そうですか…………まぁ先輩ですもんね。そんな事する度胸、無いですよね…………。」

 

 

…………何でちょっと残念そうなんですかね。

 

ここで迷える男子諸君らに、1つ重要な助言をしておきたい。

 

今のように、女子が「何で手を出さないのか?」みたいな事を、それはもう残念そうに聞いてきた場合、それを自身への好意だと解釈するのは、余りにも早計だ。

 

往々にしてその発言には、「弱みを握るチャンスだったのに」というような、出来れば知りたくなかった本音が隠れている事が常であり、よしんばそれが好意から来るものであっても、決して安易に「何? 俺のこと好きなの?」などと聞いてはいけない。

 

本当に自身への好意があったとしても、その場の雰囲気がそれを認める事を困難にし、「そんなわけないでしょ!」という台詞とともに、バイオレンスな制裁を受けたり、その後の関係がギクシャクしてしまうリスクが高い。

 

核心を突かれてなお、「うん、実はそうなんだ。えへへ。」などと、嬉しそうに微笑んでくれるような、そんな癒し系子犬女子は、画面の向こうか紙面の中にしか存在しないのだ。

 

故に男子諸君よ、現実を直視し、自身に言い聞かせて欲しい。

 

「そんなわけないだろ。」と。

 

分不相応な勘違いによって、自らを傷つけてしまわないように。

 

そして現状、一色の不安定さから、彼女の場合は、俺の弱みを握り、早々に俺が離れていかないよう、交渉材料を得ようとした、という可能性が高い。

 

別にそんな事をせずとも、いきなり放り出したりするつもりはないのだが、不安というものは、時に度し難い行動へと、人を誘うものだ。

 

こういう時は、正論を以って話を逸らすに限る。

 

 

「というか、そりゃ度胸あるなしの問題じゃなくて、誠実さの問題じゃねぇの? 曲がりなりにも、一緒に冒険者やろうって相手に、いらんことしてギクシャクするとか、想像しただけで胃が痛くなる。」

 

「それはまぁ、その通りですけど…………いえ、別に手を出して欲しかった訳じゃないですよ? でも、あれだけ無防備な姿を見られたのに、変な気1つ起こされない、というか、ドキドキしてもらえない、っていうのは、それはそれで、女子としてのプライドが傷付くと言いますか、なんというか…………。」

 

 

目論見通り、正論をぶつけられた一色は、慌てて付け加えたような前置きから、そんな事を言い始める。

 

何その面倒臭い生態。女子ってそんな事考えてんの?

 

…………まぁ、男子がどうしたらモテるか、なんて事を、至極真面目に考えているのと似たような話か。

 

ついでに言うなら、俺は別に変な気を起こさなかった訳ではない。

 

起こしかけたが飲み込み、任務(一色を部屋に送る)を優先しただけだ。

 

そもそも、変な気を起こさせる=女子として魅力がある、というのなら、一色にはそんな心配は無用だろう。

 

それを言葉にする為口を開いたのだが…………これが大きな過ちだったと、俺は後悔する事になる。

 

 

「…………んなプライドは、犬にでも食わせとけ。相手に悪意があったら笑えんだろ。そもそも、ドキドキしてもらえないことが不満、って言うなら、お前には無縁の心配じゃねぇか。パーソナルスペースは狭いし、スキンシップは多いし…………毎度毎度、どんだけドキドキさせられてる事か。そろそろこっちは心臓発作でも起こし、そ…………。」

 

 

言いかけて、ふと気付く。

 

俺は、一体何を口走ったのかと。

 

重ねて言うが、俺は一切寝ておらず、思考力は普段と比べ、遥かに鈍い。

 

その状況で、警告をしつつ一色を励ます、などという、善意から来る行動をとった為、いつもに比べ、言葉の吟味が不十分だった。

 

その結果、口から出た言葉は…………。

 

 

『毎度毎度、どんだけドキドキさせられてることか。』

 

 

…………ヤダこれ完全に自白ですね。(白目)

 

それなりに信頼して(くれてたらいいな)いる先輩からの、突然の衝撃告白に、当の本人たる一色はというと。

 

 

「え、ええと…………そ、そうなんですか。ドキドキ、してるん、です、か…………。」

 

 

完全に想定外の反応だったらしく、頬を赤らめ、恥ずかしげに視線を逸らしながら、右手で肩にかかる毛先を弄んでいた。

 

…………だから、そういう満更でも無さそうな反応はかえって困るんだよ!

 

そういうのが、罪もない男子たちを死地に送り込む羽目なるんだからなっ!?

 

などと訳の分からない事を心中で喚き散らすくらいに、俺は泣きそうになっていた。

 

やっぱ寝不足で下手な事言うもんじゃねぇな…………。

 

 

「…………後生なので、忘れて下さい。」

 

「え、あ、うぅ…………ちょ、ちょっと、無理、です、ごめんなさい。」

 

 

…………いつものキレはどこに行ったんですかね?

 

気まずい沈黙が流れる中、俺はいそいそと、脱いだ上着を着直すことしか出来なかった。

 

 

 

 

 

「そっ、そういえば! 先輩って着痩せするタイプだったんですね!?」

 

 

意外な事に、沈黙を打ち破ったのは一色だった。

 

あからさまに白々しく、気を遣っているのは一目瞭然だが、今はありがたく乗っかっておこう。

 

…………これ以上、黒歴史を増やしたくないしな。

 

 

「昨日抱きしめ…………さ、触った時も思ってたんですけど! 結構ガッチリしてると言うか、鍛えてるって言うか。ほ、ほら! 腹筋もバキバキですし!」

 

 

早速座礁しそうな助け舟に、思わずコケそうになる。

 

…………思い出して恥ずかしくなるくらいなら、何でああ言う事言っちゃうかな。

 

ともあれ、俺はせっかくの救助船が転覆する前に、その操舵を変わる事にした。

 

 

「見直してくれてるみたいだが、残念ながらお前の予想通り、俺は元々ひょろひょろだったぞ?」

 

「はい? え? だ、だって、腹筋がっつりシックスパックでしたよね?」

 

「思いの外しっかり見てんじゃねぇよ…………多分、これも特典の影響だろ。上がった筋力値の分、相応に筋肉が付いた、みたいな。」

 

 

思えば、転生した時から違和感はあったのだ。

 

そしてその違和感の正体というのが、猫背が治り、高くなった視点だった。

 

尤も、これに気付いたのは、昨夜公衆浴場で服を脱いだ時で、自らの身体つきが、理想的な細マッチョになっていたから。

 

恐らく、バランスよく筋肉が付いたおかげで、姿勢も矯正されたのだろう。

 

…………天界は、どんだけ俺を魔改造すれば機が済むんですかね?

 

そんな事を考えていると、目の前に立つ一色が、むぅ〜〜、なんてあざとい唸り声とともに、食事中の某げっ歯類の如く頰をぱんぱんに膨らませ、俺を睨みつけて来た。

 

何だそれ可愛いなおい。

 

 

「いや、何で睨むの? 俺何かした?」

 

「むぅ〜〜!! だって不公平じゃないですか! 先輩ばっかり顔が良くなったり、スタイル良くなったり! わたしだって、筋力値上がってるはずなのに、痩せたりスタイル良くなったりしてませんもん!」

 

 

俺に言われても知らねぇよ…………。

 

 

「そりゃアレだろ。誠に…………誠に遺憾だが、俺の素体が酷過ぎたってだけの話で、お前の場合は、ステータスの補正分、体付きをいじる必要がなかったんじゃねぇの? こんもりマッチョになんざ、なりたくないだろうし。そもそもそんな気にしなくても、お前元からかなり可愛いんだ、し…………。」

 

 

再び、俺は言いかけた台詞を思い返し、凍りつく。

 

やはり寝不足で他人のフォローなんてするもんじゃない。

 

今日の俺、口滑らせ過ぎだろ…………。

 

恐る恐る一色を見やると、両手で顔を隠していた。

 

ただし、髪から覗くその両耳は、俺が嫌いなトマトの如く、これでもかと言うほど赤かったが。

 

 

「…………忘れてくれ。いやホント、忘れろ下さい。」

 

 

動揺のあまり、妙な日本語で、そう懇願する。

 

しかし対する一色は。

 

 

「だっ、だから無理ですよぅ、もぅ…………せんぱいのばかぁ…………。」

 

 

くぐもった声で、そう余裕無さげに返すばかり。

 

こうして、一色が出してくれた助け舟は、ものの見事に轟沈したのだった。

 

…………やっぱ睡眠って、本当に大事なんですね。

 

 

 




最後までご覧頂き、ありがとうございます。

お待たせした割に、話が進まなくて申し訳ございません。

作者も執筆中、クエストまでが遠いなぁ、と八幡の用心深さを呪っております(エクストリーム棚上げ)。

それでは、今回の言い訳コーナー。


①八幡魔改造
筋力値上がってるのに、そのままひょろひょろ、ってことはないだろう。と言うわけで、細マッチョに。

以前も申し上げました通り、八幡がイケメンな方が、八色が捗りそうだな、というのも理由です。

外身を弄くり回した分、内面は八幡らしく描けるように努力する所存です。

②寝不足八幡オーバドライブ
八幡が、考えている事を無意識に口にして、女性陣を赤面させる、というネタを良く見かけます。

それをやりたかったんですが、実際、普段の八幡がそこまでストレートにやらかすことはないだろうと、このような変則的な形に。

寝不足だと、時々自分が何言ってるか分からなくなる事って、ありますよね? というお話でした。


毎度お待たせしておきながら、話が殆ど進まず申し訳ございません。

次回からは、もう少し話が進むと思いますので、今回は全話の後日談、と割り切ってお目溢し頂けると幸いです。

それでは、また次回の更新でお会いしましょう、


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第7話 この受付嬢にも色恋を!

こんばんわ、お久しぶりです。

流石に前回話が進まな過ぎたんで、今回はせめて少しは、と一応頑張ってみました。(苦笑)

とは言え、やはり思ったより進まず…………。

力不足で申し訳ない限りです。

今回は、遂にあの人が動き出す!!

…………まぁタイトルアレですし、隠す気無いですけどね。(笑)


 

 

 

 

何とも気まずいやりとりで、早朝から精神をすり減らしつつも、俺は何とか出発の準備を終えた。

 

因みに今日は全身鎧姿ではなく、麻のシャツに革製にズボンとジャケット。

 

ズボンは黒で、ジャケットはブラウンというカラーリング。

 

そして腰には護身用…………にしては些か物騒が過ぎるが、魔剣を帯びている。

 

鎧は部屋に置いたままだが、宿の女将さんには、呪いの件と、決して触れないよう言い含めてあるし問題ないだろう。

 

またその事を伝えた際、賄い用の料理を朝食に勧められ、一色と2人でご馳走になった。

 

宿には俺たち以外にも、数組の冒険者が寝泊まりしているらしいが、こんな朝早くに出て行く者は稀らしい。

 

そういう訳で、朝食は女将さんなりの激励とのこと。

 

一応、代金を払おうとしたが、固辞されてしまった。

 

それどころか、明日以降も食べていけ、などと勧められてしまい、もう女将さんには頭が上がりそうにない。

 

なお余談なんだが、食事中に「女を泣かせるな」とか「女に恥をかかすな」とか忠告を受けたが、女将さんの言う「女」という言葉には、何か含みがあったように思う。

 

隣にいた一色も、当然それを聞いていた訳だが、顔を赤くして曖昧に返事するばかりで、ついぞ女将さんの真意は分からなかった。解せぬ。

 

 

 

 

 

そんな感じで、宿を後にしたのだが、早速問題が発生していた。

 

 

「…………一色さん? 念の為聞いておくのだけれど、一体何のつもりかしら?」

 

「うわ、雪ノ下先輩ですか? 無駄に似てて腹立ちますね。」

 

「…………いやそうじゃなくてだな。これは何のつもりだって聞いてるんですが?」

 

 

左手で問題の箇所を指差す俺。

 

そこには一色によって、がっつりと抱きしめられた俺の右腕があった。

 

 

「はい?」

 

 

そんな俺の問い掛けに、一色はさも意味がわかりません、とばかりに、満面の笑みを浮かべたまま、首を傾げる。

 

…………あ、これ取り合って貰えないパティーンじゃね?

 

 

「いや、はい、じゃねぇんだよ。何で人の腕抱きしめてんのかって聞いてんの。」

 

「ああ、そういう事ですか。別に良くないですか? これくらい今更ですよ、い・ま・さ・ら♪

昨日の夜に比べたら、おやつ感覚ですね。」

 

 

しっかりと言葉にした事で、ようやくまともな返事が返ってくるかと思いきや、やはりまともに取り合う気の無い一色の様子に、がっくりと肩を落とす。

 

お前はおやつ感覚でも、こっちはそうじゃねぇんだよ。

 

前にデー…………げふん、千葉を一緒に歩いた時も腕を取られたりしたが、今は抱きしめられてんの。

 

当たるンですよ。柔らかい2つの何かが!

 

一色の本日のコーディネートは、昨夜とは別の街娘風ファッション。

 

さして厚着でもない為、それはもうしっかり感触が伝わって来る。

 

因みにだが、槍と法衣は俺の鎧同様、女将さんに託けて部屋に置いて来た模様。

 

話を戻そう…………そりゃね。昨日の夜、あんな息苦しくなるくらい抱き締め合いましたよ?

 

でもこれは訳が違うでしょ!?

 

鎧じゃない上、君が結構しっかり抱くもんだから、かなりはっきり柔らかさが伝わってくるんですよ!?

 

 

「そういう問題じゃないから、いいから離しなさい。」

 

 

諭すようにそう言うと一色は、むすっ、と今朝のように膨れっ面になる。

 

可愛いからそれやめてね?

 

 

「むぅ〜いいじゃないですかぁ! 別に減るもんじゃなし、お仕事始まったら一緒にいれないかもしれないし。寂しくないよう、今のうちにセンパイニウムを補充しておきたいんですぅ!」

 

 

いろは の あまえる!

 

こうか は ばつぐんだ !

 

はちまん は たおれた。

 

 

…………いや、倒れちゃいかんでしょ。

 

というか、センパイニウムって何だよ?

 

とうとうぼっちを拗らせ過ぎて、俺は謎成分精製するようになっちゃったの?

 

その成分、きっと寂しさは紛らわせられないからね?

 

きっと余計に虚しくなるような、そういう成分しか配合されてないからね?

 

とは言ったものの…………一色の言う謎成分やら、おやつ感覚とか言う言い分はともかくとして、こっちに来て俺がこいつの悲しそうな顔に弱くなったように、こいつはこいつで、人肌恋しさを変に拗らせてしまっているのかも知れない。

 

色々と思う所はあるし、正直精神が削られる思いだが、また泣かれるよりは、気の済むようにさせてやる方が八万倍マシだろう。八幡だけに。

 

…………口にしてたら白い目で見られそうだな。

 

俺は溜息を1つ、抱き着いている一色を、半ば引きずるようにして歩き始める

 

 

「わっ!? ちょっと、せんぱい!?」

 

「はぁ…………ギルドに着くまでだからな。」

 

「へ? …………はいっ!」

 

 

満面の笑みとともに、腕を抱く力が強くなる。

 

そして押し付けられる、柔らかな双丘…………やっぱ早まったよなぁ。

 

熱くなった頰を、せめて一色に見られないよう、澄み切った青空を仰いだ。

 

 

 

 

 

「おはようございます! ハチマンさん、イロハさん!」

 

 

ギルドに着いた俺たちを迎えてくれたのは、溌剌とした笑顔を浮かべたルナさんの、そんな挨拶だった。

 

因みに一色は、ギルドの羽扉を開く際、大人しく腕を解放してくれている為、変に騒がれたりはしてない。

 

今はお互い、支給されたギルドの制服に着替えている最中だ。

 

俺の方は既に着替え終わった為、充てがわれた更衣室を後にし、受付へ戻って来た所だが。

 

流石にマクベスは置いて来る訳にいかず、一応ルナさんに呪い云々の話を伝え、帯剣の許可はもらっている。

 

 

「あ、ハチマンさん。サイズは問題ありませんでし、た、か…………。」

 

 

言いかけて、妙なところで固まるルナさん。

 

どこかおかしな所でもあったかと、自身の身体を見回すが、精々が腰に吊るされた魔剣ぐらいだ。

 

となると、もはや原因は、似合ってない事ぐらいしか思いつかないのだが…………仮にも制服だし、その内見慣れるだろう。

 

そんな諦めの感情を、溜息とともに吐き出そうとしたところ。

 

 

「すっ、凄く良くお似合いですよ! まるで遣り手の執事みたいです!」

 

「近っ…………!? っごほっ、げほっ、ごほっ!?」

 

 

凄まじい勢いで詰め寄られ、咳き込んでしまった。

 

 

「す、すみません、驚かせてしまって。」

 

「げほっげほっ…………い、いいえ。おかしくないなら、良かった、です。」

 

 

息を整え、何とかそう返事をする。

 

そう言えばルナさん、昨日素顔を見せた時の反応がアレだったな。

 

恐らく、今の俺の顔の造形が好みのタイプなんだろう。

 

例えるなら、推しのアイドルが、自分好みのコスプレで登場した、みたいな心境か?

 

…………アイドルって、自分で言ってて違和感酷いな。

 

それと俺は、決して同列に扱われるような単語ではないのだが…………小町あたりに今のを聞かせたら、窒息して痙攣するまで爆笑待った無しだ。

 

そう言う経緯もあり、これまで衣装が似合うなんて、褒められた事ないから、そっちの可能性を失念していた。

 

まぁおかしくないようで何よりだが。

 

それはさておき、周囲を見渡すと、先に案内されたはずの一色が、未だここにいないことに気付いた。

 

 

「けほっ…………ところで、一色はまだですか?」

 

「はい。先にご案内したので、そろそろ来られると思いますが。」

 

「せ、せんぱぁい…………。」

 

 

噂をすると、ちょうど一色から、何とも情けない声でお呼びがかかる。

 

声のする方へ振り向くと、曲がり角の壁から、顔だけ覗かせた一色がいた。

 

何してんの?

 

 

「…………いや、何してんの? 急性人見知り症候群?」

 

「何ですかその珍妙な病気? 聞いたことないですよ…………そ、そうじゃなくて、この制服、ちょっと肩が開き過ぎじゃないですかぁ?」

 

 

言われて、無意識にルナさんを見た。

 

まぁ確かに、けしからん仕様だとは思います。

 

とは言え、他の受付嬢さんたちも着てるんだし、何より一応は仕事で来ているんだ。

 

いつまでも恥ずかしがっていられても困る。

 

 

「…………まぁ、恥ずかしいのは分かるが、他の人たちも同じ格好なんだし、な? これも仕事の内だと思って、耐えろ。」

 

「うぅ〜〜〜〜…………は! もしかして口説いてますか!? 俺はどんな格好でもいろはを受け入れるから恥ずかしがらずに見せて欲しいとかちょっと顔がよくなったからって調子に乗り過ぎですしベタ過ぎるのできちんと台詞を練り直してからにして下さいごめんなさいっ!」

 

「…………あぁ、もう何でも良いから、早よ出てこい。」

 

 

…………何だ。ちょっとは調子出て来たみたいじゃねぇか。

 

不意に飛び出した一色のお断りに、意外にもどこか安心してしまっている自分に驚きつつ、再度一色を促す。

 

流石に観念したのか、顔を赤くしながらも、一色はおずおずと角から出て来る。

 

そして、その姿を目にして、俺の思考は凍り付いた。

 

ざっくりと開いた胸元。

 

そこから覗く白い肌に、しなやかな鎖骨と首筋。

 

羞恥から若干赤く染まったその肌は、元の白さを際立たせ、扇情的に映える。

 

普段、制服姿の彼女しか知らない為、僅かとは言え、晒されたその柔肌を、食い入るように見つめてしまった。

 

 

「ちょ、ちょっとせんぱい、目付きがやらしいです。」

 

 

開いた胸元を両手で隠しながら、一色はそう言いつつ身をよじる。

 

それでようやく、我に返った。

 

 

「べ、別にそんな目付きは、して、ない、と思う…………。」

 

「うっ、うそですぅ! してました! 湿度120%くらいでしたもんっ!」

 

「不快指数高過ぎでしょ…………泣いちゃうよ、俺…………。」

 

 

…………と、こんな感じで一悶着はあったものの、こうして俺たちの冒険者としての初仕事が幕を上げた。

 

…………冒険要素皆無だけどな。

 

 

 

 

 

あれから数分。

 

一先ず落ち着いた一色を受付に残し、俺はルナさんの案内で資料室に向かっていた。

 

この5日間における、俺たちの仕事の割り当ては、一色が受付のヘルプで、俺が主に資料室の整理となっている。

 

以前話した通り、ここアクセルの街では、冒険者が多い割に、資料室の活用率が極端に低い。

 

その為、モンスターやスキルの情報の更新などで、資料の差し替えなどの作業があった場合、必然的にその優先度は低くなり、後回しにされ続けた結果、ここ半年程は資料が運び込まれるばかりで、整理されてないとのこと。

 

元々情報の閲覧目的でこの依頼を受けた、というのはルナさんも既知の事で、整理の合間に気になる資料を見つけた場合、持ち出しは許可しかねるが、作業に影響が出ない程度であれば、書き写したり、閲覧しても良い、と許可をもらった。

 

至れり尽くせりとは、この事だろう。

 

そんな訳で、俺はルナさんと2人、ギルドの廊下を黙って歩いている。

 

気の利いた話題でもふれ? ご冗談を。

 

ぼっちにそんな素敵機能は、搭載されておりません。

 

会話がなければ、沈黙に耐える。コマンドはこれ一択だ。

 

 

「お2人は随分仲がよろしいんですね。」

 

「へい?」

 

アホな事を考えつつ、沈黙をやり過ごしていると、不意に話しかけられ、妙な返事をしてしまった。

 

何だよへい、って。ノリ良さそうだなおい。

 

しかし、それを気にした様子もなく、ルナさんは会話を続ける。

 

 

「そ、その…………や、やっぱり、お付き合いされてたり、するんです、よね?」

 

 

…………ああこれ、気にしてないんじゃなくて、気にする余裕がないだけだわ。

 

以前一色にやられた、『確認だけしてアピール』というやつだと、出会ってからのルナさんの様子で、割りとすぐに気付けた。

 

…………やっぱり、ぐっと来ない事はない、というかぐっと来るんだが、それは答えには影響しない。

 

 

「いや、そういうんじゃないですね。何というか、腐れ縁、に近いというか…………出会ってから半年も経ってませんし。」

 

 

口にして、自分でも驚いた。

 

まだ半年も経っていない、だというのに、一色いろはという存在は、思いの外、俺の認識の中に馴染んでいる。

 

いや、馴染み過ぎていると言っても過言ではない。

 

その理由がどこにあるのか、その答えを探ろうとして…………俺は結局、昨夜の出来事に理由を紐付け、思考を中断した。

 

今は、開けたくもない蓋を、開けてる時じゃない。

 

…………それはともかくルナさん? 俺に見えないよう、反対側で小さくガッツポーズしてたの、気づいてますからね?

 

そりゃ見た目は好みかも知れんが、所詮中身は俺だ。

 

どうせ彼女とは、冒険者をやっていく上で、今後も付き合いがある。

 

その内、俺の残念さを思い知って、目も覚めるだろう。

 

…………自分で言ってて泣けてくるな。

 

そう結論を出し、俺はルナさんガッツポーズ事件を黙殺した。

 

 

「で、でも、やっぱり仲が良いですし、昨日依頼の話をされてる時も、随分と気に掛けてらっしゃいましたよね? …………その、もしかして、彼女の事が好きだったり、とか?」

 

「…………はっ。」

 

 

再び投げ掛けられた質問に、思わず鼻で笑ってしまった。

 

俺が? 一色を? 冗談にも程がある。

 

むしろああいった『自分が可愛いと分かっている女子』は、どちらかと言えば、なんて前置きが必要ないくらい苦手な部類だ。

 

それでも、俺があいつと一緒にいる理由は、成り行きと責任、妥協と思惑の成れの果てでしかない。

 

そう、それだけの筈だった。

 

昨日までは。

 

 

「さっき言った通り、そういうんじゃないです。あいつと一緒に冒険者をやる事になったのは成り行きですし、そもそも今の関係になったのだって、利害の一致や妥協の賜物、みたいなもんですし…………ただ…………。」

 

 

しかし、しかし今は…………。

 

 

『大丈夫です。だって先輩、約束は守ってくれますから。』

 

 

自分の掌を見つめ、握る。

 

抱き返したその温もりが、確かに現実だと、そう思い出すように。

 

思わず、苦笑いが零れた。

 

ああ、本当に、らしくない。

 

 

「…………約束、しちゃったもんで。一人にしない、って。まぁ、ただの口約束なんで、律儀に守るもんでもないって、分かってるんスけど…………。」

 

 

言いながら、視線をルナさんに戻すと、何故か驚いた様子で目を見開いていた。

 

 

「…………どうかしました?」

 

「い、いえ。ただ、ハチマンさんて、そんな風に優しい表情もされるんだな、と思いまして。昨日からのご様子だと、どこか慎重というか、警戒心が強くて、周囲を鋭く見ている、みたいな印象でしたので、驚いてしまって…………。」

 

「はい?」

 

 

ルナさんの言葉に、思わず困惑する。

 

どれから突っ込めば良い?

 

優しい表情? ただの苦笑いが?

 

鋭く見つめる? 知らない人が怖いだけですが何か?

 

警戒心が強いってのは、ぶっちゃけ何も言い返せませんが…………。

 

これが恋する乙女フィルタ…………痘痕も笑窪とはよく言ったものだ。

 

そんな風に戸惑っていると、今度はルナさんが苦笑いを浮かべた。

 

 

「…………まぁそんな上手い話はないですよね。分かってましたけど…………。」

 

 

そう呟き、彼女はどこか決意に燃えた様子で、俺にこう言った。

 

 

「…………でも、余計に燃えてきました。私、負ける気はありませんから。」

 

 

そして挑戦的な笑みを残し、呆然と立ち尽くす俺を置いて、ルナさんは再び資料室へと歩き出してしまう。

 

…………あれ?

 

もしかして今、相当厄介なフラグを立ててしまったんじゃ…………?

 

嫌な予感に、思わず身震いする。

 

その悪寒を振り払う為、慌てて彼女の後を追った。

 

数時間後、この悪寒が間違いではなかったと、そう痛感することになるのだが、今の俺にそれを知る由もない。

 

ただ一つ、言える事があるとするならば。

 

ああ、

 

 

やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。

 

 

この一言に尽きるのではないだろうか。

 




最後までご覧頂き、ありがとうございました。

なるべく5,000字程度、と言いながら、最近1話あたりの文字数が超過しっぱなしの作者でございます。(白目)

冒頭でも述べました通り、遂にサブヒロイン、ルナさんが動き出しました。

更新に合わせて、タグも追加致しますが、苦手な方は本当にごめんなさい。

それを交えて、今回の言い訳、行ってみたいと思います。


①いろはすスパークリング・続とセンパイニウム
多分ですが、ウチのいろはは今後ずっとこんな感じです。(開き直り)

今でも作者の構想を無視して、文字数を食い荒らしていますので、最早手のつけようがありません。(ぉ

センパイニウムが不足する度、今のところは人目を忍んで(今後はどうなるやら(白目))、隙あらばイチャつく事でしょう。南無三。

②ルナさん参戦
感想板でも少し触れましたサブヒロイン、と言うか、引っ掻き回し要員ですね。

だってこのSSは八色前提だから。

八色前提だから!!(大事な事なので2回言いました)

とは言え、そんな酷い扱いはしたくないですし、彼女も彼女で可愛く魅力的に描いていければ、と気持ちを引き締めております。

やっぱラブコメにはライバルが付きものなんですよ。

外伝見る限りだと、結構面食いみたいですし、ウチの八幡とは相性が良さそうだったので、ついやってしまいました。(テヘペロ)

生暖かく見守って頂けると幸いですが、そういうのが苦手な方には、本当に申し訳ありません。


以上、本日の言い訳コーナーでした。

よく考えたら、数話ぶりにこのすば!キャラ登場ですね。

原作詐欺の誹りを受けないよう、今後はよりこのすば!キャラとの絡みを意識して執筆していきたいと思います。

是非、今後ともご愛読頂けると幸いです。

それでは、また次回の更新でお会いしましょう。


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第8話 このバイトでスキルの情報を!

大変長らくお待たせ致しました。

今回は本当に難産でした。

割にクオリティ低い気がしますが…………。

広い心で見て頂けると幸いです。


 

 

 

 

 

結局、ルナさんは言葉の意味を教えてはくれず、一抹の不安を残したまま、俺は仕事に臨むこととなった。

 

案内された資料室は、予想していたよりはマシで、追加の資料とやらは、全て厚紙…………これ、一応段ボールか? で出来た箱に、日付別に揃えられている。

 

ルナさんには、5日間一杯掛けても問題ないと言われたが…………多少情報収集に時間を割いても、明日中には終わりそうな量だった。

 

 

「それでは、私は受付に戻ります。何かありましたら、遠慮なくいらして下さいね。」

 

 

先程のテンパりが嘘のように、完璧な営業スマイルを残して退出していくルナさん。

 

しかし去り際に…………。

 

 

「…………さて、一色さんにも色々とお話を聞かないと。」

 

 

まるで戦に赴く武士のような形相で、小さく呟いて行った。

 

俺の不安ゲージは最早天元突破である。

 

…………訓練の前に死んだりしないよね?

 

 

 

 

 

背筋が寒くなるようなやりとりはあったものの、作業は順調に進んでいた。

 

途中、俺と一色が取得していたスキルに関する情報を見つけ、書き写したりもしたが、スキルに関する資料は差し替えも終わり、午後までには整頓も済みそうだった。

 

そして俺たちが取得していたスキルについてだが、どれもレアスキルで、ユニークではなかった。

 

天界的には、これで一応のバランスを取ったという事なのだろうか?

 

さて、そんなレアスキルについて判明したことだが…………。

 

まずは『天賦の才』。

 

これは100年に一度、と言われる頻度で取得者が現れるスキルで、先天的に授かる以外に取得する事が出来ず、効果はレベルアップ及びスキル熟練度の蓄積の高速化、レベルアップ時のステータス上昇値と取得スキルポイントの上昇、スキル取得時の必要スキルポイント低下など…………まさにチートスキルと呼ぶに相応わしい代物だった。

 

次が『女神の祝福』。

 

これは天賦の才と反対に、後天的にしか取得できす、厳しい修行や、何らかの偉業を成し遂げた者が、何らかの理由で、信仰を捧げる女神と拝謁し授けられるもので、効果は授けてくれた女神に由来し、エリス様の場合だと、幸運値の上昇とアンデッド及び魔族に対する特攻効果の付与。

 

3つ目が『心理掌握』。

 

取得条件は不明で、戦闘時にオートで発動する。知性ある者との戦闘時、その行動を先読みする。なお、その効果は精神力に依存。

 

そして俺が取得した『気配遮断』。

 

盗賊や暗殺者などが稀に取得するスキルで、本来の職業スキル『潜伏』の上位互換。遮蔽物がない、明るい、人目が多いなど、身を隠すのに向かない場所でも、複数の他者に認識されていようが、問答無用で他人の意識外に使用者を隠す。加えて、潜伏スキルの通じないアンデッドにも有効。攻撃や詠唱時には、自動的に効果が切れる。

 

最後に一色の『同種族魅了』。

 

見目麗しい者が、その外見を磨くなどする事で、ごく稀に取得出来るスキルで、効果は任意に発動出来、相手が同種族、人間であれば男女問わず発動可能。と言っても、精神支配のような強力なものではなく、せいぜいが好意を抱かれ易くなる、程度の効果しかない。その為、明確な敵対理由がある相手には通じない。成否は使用者と対象者の精神力に依存する。

 

…………これを知るまで、俺は昨夜から一色に振り回されているのは、このスキルのせいなのでは、と疑っていたのだが、俺の精神力値的に、その可能性は低い。

 

つまり…………一色のあざとさは、高レベルアークプリーストの精神力すら貫通するという事になる。何それ怖っ!!

 

とはいえ…………。

 

 

「…………目先の問題は、一先ず片付いた、か。」

 

 

昨日、冒険者登録を行ったときから、俺が抱いていた1つの懸念。

 

それが、一色の獲得した『同種族魅了』のスキルだった。

 

字面からの憶測でしか無かったが、異性や他者を自らの虜にするスキルだという事は予想出来ていた。

 

問題は発動基準で、もし常時発動し続けるパッシブスキルだった場合、あいつを冒険者にするのは、余りにもリスクが大き過ぎる。

 

最悪の場合は…………などと、悪い予想ばかりを立てていたが、取り越し苦労で済みそうだ。

 

 

「…………となると、後は取得すべきスキルの取捨選択か。」

 

 

天賦の才による影響か、俺と一色の冒険者カードには、職業スキル以外にも、無数のスキルが習得可能スキルとして表示されていた。

 

手堅い職業スキルで固めていく、というのは誰しもが思いつくところだろうし、無論、一定のものは俺も取得するつもりでいる。

 

しかし、それだけでは足りない、とも考えていた。

 

大衆に迎合するだけでやっていけるなら、女神様たちは、わざわざチートなんて寄越しはしない。

 

つまり手堅い職業スキルだけでは、俺たちが貰った特典は、ただの職業適性に成り下がってしまうのだ。

 

かと言って、あまりにセオリーを逸脱してしまうと、それはそれで取り回しが困難になってしまう。

 

匙加減が難しいな。

 

そんな風に頭を悩ませながら、俺は作業を続けていく。

 

そしてその内、ある資料を手にして、動きを止めた。

 

精神力に依存したレアスキルの目録。

 

そこで目に付いた3つのスキルに関する資料を探しだし、内容を閲覧する。

 

どのスキルも欠点が大きく、資料では酷評されていたが…………。

 

…………これ、俺には打って付けなんじゃないか?

 

そう考えた俺は、直ぐに冒険者カードを取り出す。

 

3つとも習得可能になっている事を確認して、ついで消費されるスキルポイントを確認。

 

全て1、ないし2ポイントで取得出来る事が判明し、俺は逡巡する。

 

…………まぁ、どのスキルも腐る事はないだろう。

 

結局、俺はそれらのスキルを取得することにした。

 

勤務後の訓練で、早速実用性を試すことにしよう。

 

初のスキル取得に、僅かばかりの高揚感を覚えながら、俺は残りの作業に没頭することにした。

 

 

 

 

 

作業を続ける事数時間。

 

既にスキルに関する書類の整理は終わったのだが、モンスター関連の書類については、じきに昼休みになる為、キリが悪くなると思い、午後へと回す事に。

 

そこで残り時間を、俺と一色、それぞれが取得すべき職業スキルの優先度を考えたり、他の業種の職業スキルで有用なもの、呪いの装備の効果的な運用に必要なスキルなど、それぞれの名称と詳細を書き写しながら過ごす事に。

 

そしてちょうど、一区切りがついた時だ。

 

 

「せんぱ〜いっ! 愛しのいろはちゃんが、お昼をお伝えに来ましたよぉ〜♪」

 

 

叩き付けるかの如く資料室のドアを開き、一色が乱入してきた。

 

…………愛しのって何だよ。

 

 

「へいへい、もう昼飯行って良いのか?」

 

「むぅ、リアクション薄いですよ? はい、ルナさんから、先輩に声掛けて来るように言われました。」

 

「そりゃわざわざどーも…………。」

 

 

適当過ぎる礼を口にしながら、スキル情報を書き写した紙束をまとめ、席を立つ。

 

するとニコニコと、何が楽しいのかは不明だが、満面の笑みで一色は俺の隣にやって来る。

 

そして今朝同様、流れるような動作で、俺の右腕をホールドした。

 

 

「…………いや、ギルドに着くまでって言ったよね?」

 

「えぇー? だってわたし、お仕事超がんばったじゃないですかぁ?」

 

「いや、俺ここから出てないから知らないけど。ってか、仕事と俺の腕をホールドする事に因果関係はないよね?」

 

「がんばった自分にご褒美を! とかってみんなよく言いますよね? なのでわたしもご褒美にセンパイニウムを補給しようと思いまして。…………ぎゅ〜〜〜〜っ♪」

 

 

そう言いながら、幸せそうな顔で、人の腕を締め付ける一色。

 

今朝同様柔らかい何かが当たるし、色々と大変な状況なのだが…………それ以前に痛い!!

 

色々とステータスが強化されている俺だが、こと生命力値、即ち耐久性だけは平均以下なのだ。

 

対するは、前衛として、十分過ぎる筋力を与えられた一色。

 

そんな彼女に全力の抱擁を受けようものならば、全身ならまだしも、腕くらいなら簡単に軋みを上げ始める。

 

ロープ! ロープを!! 早く!!

 

 

「ちょっ!? 折れる折れる折れる!? ストップ! ストップだ一色!!」

 

「…………にゅふふ〜♪ 数時間ぶりのせんぱいだぁ〜…………。」

 

 

俺が必死で叫んでいるというのに、一色には届いていないのか、ただただ幸せそうな表情で、ギチギチと軋む腕を抱きしめ続けている。

 

いや、寂しさ拗らせ過ぎだろ!?

 

何事かうわ言のように呟いてるが、痛みで視界が明滅し始めている俺には、なんと言っているか判断する余裕などない。

 

結局、折れる寸前まで、俺の腕が解放される事はなかった。

 

 

 

 

 

「え、えぇと、すみません。ステータスのこと、完全に忘れてました…………。」

 

「…………危うく利き腕が、タコみたくなるところだった。」

 

「どんだけ砕けてるんですか!? というか、それ完全に骨なくなってますよ!? 大体、それって女の子に抱き着かれたときの台詞じゃ無いですよね!?」

 

 

いや、割と冗談抜きの感想だからね?

 

ぶっちゃけ某大型霊長類並みだと思う。

 

流石に女子を例える生き物としては不適切だと思うし、明言は避けておくが。

 

俺はズキズキと痛む右腕を摩りつつ、一色はぷんすかと、まぁ安定のあざとさで憤慨っぷりをアピールしながら、ギルドの酒場を目指し、歩いていた。

 

 

「…………まぁ、今のは全面的にわたしが悪かったですし、今の失礼な物言いは、と・く・べ・つ・に! 不問にしてあげますけどぉ。」

 

「おう、そりゃどーもな。」

 

「そもそも! わたしが疲れたのって、先輩の所為でもあるんですからねっ!!」

 

「いや、まぁこの仕事にしようつったのは確かに俺だけども、労働量そのものは俺の責任じゃ…………。」

 

「そういう事じゃないんですよぉ!」

 

 

ぶんぶんと両手を振りながら、やはりあざとく俺の言葉を遮る一色。

 

じゃあどういう事なのよ…………。

 

 

「ルナさんにお仕事を教えてもらって、受付に入った途端、わたしの前にばっかり行列が出来て…………それでも、クエストの受付とか、終了報告なら良かったんですけど…………。」

 

 

瞬間、一色の双眸からハイライトが消える。

 

 

「…………どいつもこいつも、彼氏は居ますか? あの鎧の人とはどう言う関係ですか? 何で最上級職なのに受付してるんですか? …………仕事とは関係ない下らない質問ばかりっ!! この街の冒険者は暇人ばっかりですかっ!?」

 

「お、おぉ…………。」

 

 

先刻の様子を思い出したのか、烈火の如く怒りの咆哮を上げる一色。

 

初日という事もあり、強めにたしなめる事も出来ず、余程ストレスを感じていたのだろう。ドンマイ。

 

 

「挙句の果てに、最上級職の癖にクエストにも出ない腰抜けとは別れて俺の女になれ、なんて露骨に口説いて来る人まで出てきて…………流石にカチンと来てキレちゃいそうだったんですけど、そこはルナさんが上手く納めてくれました。」

 

「ほぉ…………。」

 

 

…………予想より早い展開だな。

 

一色の言葉に、内心で3つとはいえスキルを取得していて良かった、と安堵する。

 

しかし予想していた、異世界転生のテンプレ展開。

 

それが直ぐにでも現実になりそうだと聞かされ、若干憂鬱にもなる。

 

…………とは言え、避けて通れそうにはないんだよなぁ。

 

 

「ハムレットを置いてきて正解でした。持ってたら絶対投げてましたよ。」

 

「…………洒落にならないからやめてね?」

 

 

恨み骨髄と言わんばかりに呟いた一色。

 

その台詞で、エリス様から聞かされた魔槍のスキルを思い出して身震いする。

 

…………しかしこいつ、自分で言ってて気付いてないようだが、俺の事でそこまで腹を立てたのか。

 

いつも1人だった俺には理解出来ない話…………でもないか。

 

かつて文化祭実行委員内で、優秀さと公明正大さ故に孤立していった雪ノ下。

 

それを端から見ていて感じた、あの形容し難い感情を思い出し、一色がそれと同じ思いを、俺に対して抱いていたかも知れない、という事実に、照れ臭くなって視線を逸らす。

 

それを誤魔化そうと、俺は今の会話で気になった事を思い出し、彼女に尋ねた。

 

 

「因みに、何で受付してるか、ってのには、何て答えたんだ?」

 

「はい? えぇと、相方の方針です、って答えましたけど…………な、何か不味かったですか?」

 

「いや、上出来。百点満点くれてやろう。」

 

 

一色の答えに、無意識にその頭を優しく撫でる。

 

…………しまった。つい小町にやる感覚で手が出た。

 

昨夜からの過剰なスキンシップと、寝不足による思考鈍化で麻痺していたか。

 

流石にこれは怒られる、と身構えたのだが。

 

 

「あっ…………んふふ♪ せんぱい、撫でるの上手ですね? 流石はシスコンです。もっと褒めてくれてもいいんですよ?」

 

 

意外にも、というか彼女自身も感覚が麻痺してきているのか、ご満悦な様子でされるがままになっていた。

 

…………何だろう。上手く言えないけど、これはお互い大丈夫なんだろうか?

 

漠然とした不安を感じながらも、俺は言われるがまま、凄い、偉い、と褒めそやしつつ、彼女が満足するまで、その頭を撫で続けたのだった。

 




最後までお読み頂き、ありがとうございます。

今回は少し間が空いてしまい、申し訳ございませでした。

本当に今回は難産だったのですよ…………。

単純にスランプだったのかも知れませんが、中々執筆が進まず、自分でやきもきしておりました。

それでは、今回の言い訳をば。


①2人のスキルについて
まぁ特筆する事は無いのですが、特典やらやらの説明を、そろそろしておきたかったので。

実際どう使うかは、今後にご期待下さい。

②テンプレ展開の足音
異世界転生といえばこれでしょ?(笑)

せっかくチート持ちですし、そろそろ目一杯暴れて欲しいな、と思った次第なのです。


以上本日の言い訳でした。

例によって、またお話がまとまりませんで、今回はすぐにもう1話連投いたします。

合わせてお楽しみ頂けると幸いです。

それでは、次回の更新でお会いしましょう。


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第9話 このぼっちにも荒事を!

連投失礼します。

今回、大分長いです。

台詞少ないので、読み辛く無ければ良いのですが。

それでは、お楽しみ下さい。


 

 

 

一色からお許しを頂くまで撫で繰り回し、再び酒場へと向かい出す俺たち。

 

そんな時、一色が思い出したように、こんな事を聞いてきた。

 

 

「あっ! そう言えば先輩、ルナさんと今朝何を話してたんですか? 」

 

「何って…………大したことは話してないと思うが。」

 

「むぅ〜〜〜〜っ、そんなはずないですよぉ! 戻ってきたルナさん、いきなりわたしに、大事にされてますね、とか、頼れる相方で良かったですね、とか言ってきたんですよ? 絶対わたしのことで何か話してたはずです!」

 

 

…………うん。ルナさんの中で俺はどれだけ過大評価されてるのだろうか。

 

これだから仕事は嫌なんだ。

 

そうやって外堀から埋めていって、気付いた時には恐ろしくハードルが上がり、やってもやってもそのハードルを越えるまで、何度でもやり直しを命じられる。

 

顧客と上役のニーズを満たすまで、決して終わることのないデスマーチと負のスパイラル。

 

それこそが労働というものの真理。

 

やっぱ社会クソ過ぎだろ。

 

ふざけるな! 俺は引きこもらせてもらう!

 

 

「せんぱい? 何か目が腐り始めてますけど、絶対しょーもないこと考えてますよね?」

 

「はっ!? …………いや、やっぱ大したことは話してねぇよ。せいぜいが、何で冒険者にって聞かれて、成り行きって答えたくらいで。」

 

「本当ですかぁ〜〜〜〜?」

 

 

俺の答えがお気に召さないらしく、なおも疑いの眼差しを向けて来る一色。

 

…………実際、今の答えは嘘ではないが、心当たりは別にある。

 

ルナさんの様子は、十中八九、最後のやり取りに起因しているのだろうが…………それを一色に伝えるのは、少しばかり面映ゆい。

 

なので、俺はシラを切り通す所存だった。

 

 

「…………まぁ、そこまで言うなら、そういうことにしときます。聞かれたくないこと、誰でもありますし。」

 

 

結局、そう言って一色は追及を諦めてくれたのだが。

 

 

「けど先輩? 少しは自覚を持った方が良いですよ?」

 

「あ? 自覚? 何の?」

 

 

不意に真面目なトーンで飛び出した台詞に、思わず首を傾げる。

 

 

「自分がイケメンだって事を、です! さっき言った事だけじゃなくて、ルナさん、ハチマンさんの好みは、趣味は、好きな料理は、とか、空き時間は大体先輩のこと聞いてきましたからね? あれ、完全に恋する乙女の顔でしたよ?」

 

「う、嘘だろ?」

 

「ホントですぅ。どうせ先輩のことですから、惚れられた自覚はあっても、どうせ中身を知ったら離れてくだろう、とか卑屈なこと考えてたんでしょうけど、残念ながら今の外見じゃ、先輩のそれは卑屈じゃなくて謙虚になっちゃうんですぅ。恋する乙女を舐めちゃダメですよ? どんな些細な欠点も、たちまち美徳に早変わり、劇的ビフォーアフターです。」

 

「何だそれ。逞し過ぎだろ…………。」

 

 

やっぱ女子って怖い。

 

…………まぁ、欠点も美徳に、と言う点は思春期の童貞でも似たようなものだが。

 

…………え? 俺? 俺は違うよ? だってぼっちだもの。

 

ぼっちは惑わされない。たまに視線を奪われる事はあるけれども。

 

しょうがないよね? 童貞だから。

 

あと勝手に人の心を読むのは、本当にやめて欲しい。

 

何今の台詞の正確さ?

 

一色の心理掌握スキルだけ誤作動でもしてんの?

 

戦慄する俺を他所に、一色のお説教はなおも続く。

 

 

「だから、むやみやたらに女の人に優しくしない、この依頼が終わったら、不用意に兜を脱がない、人のいる所では極力わたしから離れない、徹底して下さいね? まぁ先輩が女の人を侍らせたいって言うなら、話は別ですけど…………。」

 

 

言いながら、半目でじろりと、俺を睨め付ける一色。

 

冗談じゃない。

 

基本的に、女子とはイケメンに興味を示し、清くない男女交際をする輩である。

 

…………つまり俺の敵だ。

 

例え自身がイケメンになろうが、俺の考えは変わらない。

 

 

「いや無いわ。普通に相手するのしんどい。面倒だが、極力レクスリア着て出歩くわ。」

 

 

この街は冒険者多いし、別に変な目で見られる事は無いだろう。

 

そんな俺の、心底面倒臭そうな答えが、余程お気に召したのか、一色は満面の笑みを浮かべ。

 

 

「ですです♪ やっぱり、それでこそ先輩、って感じですね♪」

 

 

そう言いながら、再び右腕に飛びついて来た。

 

…………うん、あと鎧着ておけば、お前の柔らかさに惑わされる事も、腕へし折られる事もないからね。

 

 

 

 

 

引っ付いた一色を引っぺがし、ようやく酒場に辿り着く。

 

その瞬間、周囲から向けられる、悪意のこもった視線。

 

昨日の惜しみない歓迎の拍手から、あまりに見事な掌返し、俺じゃなきゃ人間不信になっちゃうね。

 

…………まぁ、既に人間不信だろ、という突っ込みは抑えて欲しい。

 

 

「ほら先輩、早く座りましょう。」

 

 

その視線に彼女が気付かない訳はないのだが、しかしそれをおくびにも出さず、ご機嫌なご様子で俺の手を引っ張る一色。

 

さらに周囲の視線が厳しくなった。

 

…………うわ、そろそろ血涙流しそうなやつがちらほらいる。

 

まぁ気持ちは分からなくもない。

 

容姿が良い、と言うだけで万死に値するのに、少なくとも表面上は可愛い女子を連れているのだ。

 

俺だって自分じゃなければ、殺意の1つ2つ湧くだろう。

 

 

「すいませーん! 賄い定食2つお願いしまーす!」

 

 

周囲の視線など御構い無しに、席に着くや否や、明るい声で店員に告げる一色。

 

恐らくルナさんからそう言うよう教わっていたのだろうが、流石のメンタルである。

 

伊達に狂化の呪いを克服する精神力を持っている訳じゃ無い、と言う事だろう。

 

尤も、それは俺も同じな訳で。

 

結局、俺たちは周囲の羨望や殺意の入り混じった視線を、ものの見事に黙殺したまま、運ばれて来た料理を食べ始めた。

 

 

 

 

 

一色が振ってくる他愛のない話題に、かなり適当な返事をしながら、そうかからずに、俺たちは食事を終える。

 

食器を下げていく店員に礼を言いながら、残りの昼休みをどう過ごそうかと考えていた時、そいつはやってきた。

 

 

「良いご身分だなぁ新入り?」

 

 

ステレオタイプな物言いに、若干面を食いながら振り返る。

 

そこに居たのは、恐らく冒険者なのだろう、短い金髪に涙ボクロが印象的な、いかにも軽薄そうな男だった。

 

というか、チンピラだった。

 

若干顔が赤いところを見ると、昼間から酒を煽っていたのだろう。

 

典型的なチンピラである。

 

 

「クエストにも出ずに、賄いで飯食って、可愛い彼女まで侍らせてよぉ…………流石ルーンナイト様は余裕がおありで。」

 

 

下卑た笑みを貼り付けて、近寄って来るチンピラ。

 

どうでも良いけど、昼間から酒煽ってるダメな酔っ払いに言われたくない。

 

その物言いが気に入らなかったのだろう、席を立とうとした一色を、俺は手で制し、代わりに自分が立ち上がった。

 

…………さて、どうしたものか。

 

普段の俺ならば、直ぐにでも土下座して、見逃して貰うよう、全力で媚び諂う場面だ。

 

一色もそう思っているのか、一応は俺に従って引き下がったものの、その双眸は、土下座はやめて下さい、と言外に要求していた。

 

そうは言っても、その顔色は悪く、あからさまに不安げだった。

 

それはそうだろう。

 

元いた世界なら、十分に警察が対応する案件だ。

 

実際、俺だって怖い。

 

今にも足が震えそうだ。

 

喧嘩なんて、小学校以来やってないし、殴られたら死ねる自信がある。

 

それでも、土下座で済ませるのは、あまりに悪手だ。

 

何故なら、冒険者という職業は、力こそが必要とされる職種なのだから。

 

不用意に跪けば、それは臆病という悪評を生み、ギルドや依頼者からの信用を欠く。

 

そうなってしまうと、今後クエストを受ける際には、ギルドに渋られる事になるだろう。

 

舐められる、というのは、冒険者にとっては死活問題なのだ。

 

…………随分と、面倒な仕事に就いたものだ、と我ながら呆れる。

 

とはいえ、これは冒険者登録の時点で懸念し、この依頼を受けた時点で起こる事を確信していた事態。

 

遅かれ早かれ、このチンピラのような輩は現れた筈だ。

 

人は理由もなく他者を傷付けられる生き物だ。

 

ましてや、羨望や嫉妬は明確な敵意となり得、対象が臆病とあらば、どこまでも残酷な仕打ちを、嬉々として行える。

 

それが人間の醜さだと、嫌という程知っている。

 

しかも計ったように、この世界の文明レベルは中世前後、現代社会より暴力へ踏み切るハードルは低い。

 

然るに、こういった輩が現れる事は、予想出来て当然だった。

 

だからこそ、対応についても考えてある。

 

舐められる訳にいかない、しかし腕っ節に自信がない。

 

ではどうやって、荒事を乗り越えるか。

 

答えは簡単、擬態すれば良い。

 

より大きく、より強く、より恐ろしい存在に。

 

今後2度と、俺たちにちょっかいをかけようなどと思う輩が、誰1人として現れないよう徹底的に。

 

俺らしく、真正面から卑屈に最低に陰湿に…………とは、今回ばかりはいかないが。

 

尊大に最悪に傲慢に、このチンピラと周りの連中に見せてやろう。

 

俺のやり方というものを。

 

 

 

…………さぁ、ショウタイムだ。

 

 

 

 

《とある剣士の証言》

 

俺はその日、女神様に出逢った。

 

正確には、女神と見間違うくらい、美しく魅力的な女性に。

 

ああ、こんな人の為に剣を振るえたら、どんなに幸せな事だろう。

 

自分の前を通り過ぎようとする彼女に、無意識に伸ばした手。

 

しかしそれは、あっさりと払いのけられ、俺が抱いた希望も、粉々に打ち砕かれる。

 

女神様には既に、騎士様がいた。

 

夜の闇より真っ黒な、恐ろしい黒騎士が。

 

 

 

 

 

 

「…………納得いかない。」

 

 

ギルドの酒場で、俺はそう独りごちる。

 

運命の出逢いの翌日、俺は1人でギルドを訪れていた。

 

今日は他のパーティメンバーに予定があり、クエストを受ける予定は無かったのだが、もしかしたら女神様に会えるかも、という淡い期待が、俺をここに連れて来た。

 

そして期待通り、俺は女神様と再会を果たしたのだが、その結果が余りに予想外のものだったのだ。

 

昨日、女神様はクルセイダーに、連れの黒騎士はルーンナイトに、それぞれ最上級職に就いた筈だ。

 

にも関わらず、女神様はあろう事か、ギルドで受付のバイトをしていたのだ。

 

しかもあの、憎っくき黒騎士の指示で!

 

納得出来るはずがないではないか。

 

それは他の冒険者の同じらしく、中には女神様を口説こうとする不届き者まで現れた。

 

結局、その不届き者は、ルナさんの指示で屈強な職員たちにつまみ出されていたが、その行動自体には、大いに同意だ。

 

女神様を守る為に剣を振るわず、ギルドの雑務をやるなんて、臆病風に吹かれたとしか思えない。

 

そんな臆病者に、女神様を任せておけるか!

 

とはいえ、他のパーティの構成員を、無理に勧誘する事は、ギルドの規約に違反する。

 

現状、俺ではどうすることもできないのだ。

 

その事実に打ちのめされていると。

 

 

「ほら先輩、早く座りましょう。」

 

 

愛らしい女神様の声が耳に入り、項垂れていた体を反射的に起こした。

 

声のした方へ首を向けると、受付の制服を着た女神様の姿が。

 

…………ああ、昨日の法衣も美しかったが、これはこれでいいものだ。

 

と、そんな風に癒されていたのだが、すぐにその気持ちは握り潰される。

 

女神様に手を引かれ、酒場にやって来た黒髪の美形。

 

年齢は、今年成人を迎えた俺より、幾らか上だろうか。想像よりずっと若い。

 

恐らく、あれが昨夜の黒騎士なのだろう。

 

…………やっぱり顔なんですか女神様!?

 

俺は再び絶望に囚われる事となった。

 

 

 

 

 

それから女神様と黒騎士は、楽しげに談笑しながら食事を終えた。

 

歯軋りをしながらその様子を伺っていたのだが、2人の食器が下げられた時、黒騎士に話しかける者が現れた。

 

 

「良いご身分だなぁ新入り?」

 

 

赤いジャケットに金髪。

 

言わずと知れたチンピラ冒険者、ダストさんだ。

 

俺も街についたばかりの頃、妙な絡まれ方をした。

 

黒騎士を睨みつけるその顔は赤く、また昼間から酒を呑んでいたのだろう…………ツケで。

 

可哀想に、怯えた様子を見せる女神様。

 

直ぐにでも助けに行きたい衝動に駆られたが、あんなのでもダストさんはそれなりに腕が立つ。

 

俺では一瞬で返り討ちだろう。

 

すみません、女神様。

 

しかし、ザマァミロとも思った。

 

クエストに出ない程の臆病者なら、ダストさんにあんな風に絡まれたら、きっと怖気付いて逃げ出す。

 

そうすれば、女神様は幻滅して、黒騎士とパーティを解散するかもしれない。

 

そうなったら、勧誘しても規約違反にはならない。

 

…………行けダストさん! 黒騎士なんてぶっ飛ばせ!!

 

あ、でも女神様泣かせたらぶっ◯す。

 

 

「クエストにも出ずに、賄いで飯食って、可愛い彼女まで侍らせてよぉ…………流石ルーンナイト様は余裕がおありで。」

 

 

ニヤニヤと、いやらしい笑みを浮かべて、黒騎士を詰るダストさん。

 

…………なんかあっさり撃退されそうな台詞だけど、大丈夫ですよね? 信じてますよダストさん!?

 

黒騎士はそれに怖気付き、震えている…………かと思いきや、立ち上がろうとした女神様を抑えて、自分が席を立った。

 

…………おや? 雲行きがおかしいぞ?

 

そして黒騎士は、怖気付くどころか、口を三日月に歪め、ダストさんに言い返す。

 

 

「随分な言われようだが、ギルドの手伝いは立派な常設クエストだろう? 俺はしっかり、冒険者らしくクエストを受けてるじゃないか? それに賄いはクエストを受けた者への正当な報酬の一部だ。依頼書にも明記されている。あと、こいつは彼女じゃないが、パーティメンバーと一緒に飯を食うのはおかしな事じゃないと思うが? …………随分、考えなしに喋ったみたいだな、酔っ払い?」

 

 

嘲笑を浮かべ、ダストさんの文句を、1つ1つ丁寧に論破した上で、さらに煽る黒騎士。

 

臆病者では無かったのか?

 

…………あと、こいつ絶対性格悪い。

 

ダストさんの額に、ビキビキと青筋が走る。

 

 

「て、テメェ…………先輩様への口の利き方がなってねぇんじゃねぇか? えぇ? 立派なステータスしといて、モンスターとも戦えない臆病者の癖によぉっ!?」

 

 

核心を突く発言を怒鳴り散らすダストさん。

 

周りで事の次第を見ていた他の冒険者たちも、それに賛同する声を上げる。

 

 

「そうだそうだ! このタ◯ナシ野郎が!!」

 

 

無論、俺も黒騎士を罵倒する叫びを上げた。

 

しかし、黒騎士は酒場中に響く怒号を、まるでそよ風ほども感じていないのか、呆れたように溜息を零した。

 

更に勢いを増す怒号。

 

職員が駆け付け、事態を収拾しようとするが、人数が多過ぎて上手く対処出来ない様子だ。

 

涙目になった女神様の姿に、良心が傷む。

 

…………ごめんなさい、でもこれは貴女のためなんです!

 

建物を揺らす程の怒号。

 

しかし、その終焉は直ぐに訪れた。

 

黒騎士は何を思ったのか、腰に佩いた大剣、その柄に手を掛けたのだ。

 

流石に抜く事はしなかったが、その瞬間、奴の双眸が、真紅に煌めいた。

 

 

「ば、馬鹿野郎!? こいつ狂化しやがったぞ!?」

 

 

誰かが、そんな悲鳴を上げる。

 

狂化とは、状態異常の一種で、物理的ステータス、即ち、筋力、生命力、敏捷が2倍になる代わり、理性を失い、周囲を破壊し尽くすか、自分が死ぬか、或いは状態異常を解除するか、何れかが実行するまで暴れ続ける、凶悪な症状。

 

居合わせた冒険者全員に緊張が走る。

 

しかし…………。

 

 

「…………もう気は済んだか? あぁそれと、生憎だが狂化に飲まれる程、ヤワな精神力はしてねぇよ。こりゃ、あんたらを黙らせたかっただけだ。」

 

 

黒騎士がそう口にした事で、今度は全員が息を飲んだ。

 

狂化は、確かに精神力が高ければ、ステータスの上昇効果のみを得られる、というのは有名な話だ。

 

しかし、それを実際に成せる者が、一体どれだけいるだろう。

 

少なくとも、この街でそんな化け物がいるだなんて聞いた事はない。

 

同時に、全員が戦慄した。

 

そんな化け物染みた精神力の人間が、臆病者の筈がない。

 

狂化を抑え込む化け物が、モンスターと戦う恐怖ぐらい、捩じ伏せられない道理はない。

 

俺たちは、間違った人間に喧嘩を売ったのだと、そう自覚し、誰もが後悔していた。

 

ぐるり、と黒騎士が怒鳴り散らしていた冒険者たちを見回す。

 

当然、俺もその真っ赤な両目と視線がかちあった。

 

心なしか、黒騎士の存在感というか、迫力が増したように感じる。

 

気が付くと、全身から嫌な汗が噴き出していた。

 

 

「さて…………まず1つ言いたいんだが、あんたらの言い分だと、臆病さが害悪のようだが、それはおかしな話だろう? 臆病だから、人は対策を立て、慎重に行動する、という事を覚える。命懸けの稼業だ。慎重になる事は当然だし、俺は臆病者こそが、生き残れると思っている。それとも、この街の冒険者は、臆病者と新人を煽り、無謀なクエストに掻き立て、結果として命を落とす。そんな流れを助長して、それを楽しむような危ない連中の集まりか? そうやって新人が死んだ時、あんたらは責任が取れるとでも?」

 

 

こちらを馬鹿にしたような黒騎士の物言い。

 

しかし、誰もそれに反論する事はできなかった。

 

皆、経験があるのだろう。

 

知識不足、準備不足ゆえに命を落とし掛けた、或いは顔見知りが命を落とした。そういった経験が。

 

故に黒騎士の言葉は、重く、重く俺たちの心にのしかかる。

 

 

「…………あんたらがどう受け取ろうが勝手だが、俺は必要だと思う事をやってるだけだ。人様に迷惑を掛けた訳でもないのに、責められる謂れはない。」

 

 

ぴしゃりと言い放った黒騎士に、殆どものが言葉を失い、項垂れる。

 

しかし、いや、やはりと言うべきか、この男だけは違った。

 

 

「はっ!! 随分と偉そうに語るじゃねぇか!! 実戦経験もないど素人が、舐めた口聞いてんじゃねぇぞっ!!」

 

 

消沈した周囲に目もくれず、そう怒鳴り散らすダストさん。

 

…………あんたのそういうとこだけは、羨ましくなる時がありますよ。

 

しかし、黒騎士はなおも揺るがない。

 

真紅に染まった双眸を細め、ダストさんを睨みつける。

 

 

「じゃあ、そのど素人の力、思い知らせてやるよ。歯ぁ食いしばっとけ。」

 

 

黒騎士が僅かに身を屈め、言い放つ。

 

ダストさんもそれに呼応し、拳を構え凶暴な笑みを浮かべる。

 

次の瞬間…………。

 

 

 

俺は心臓を貫かれた。

 

 

 

否、正確には、そう錯覚した。

 

黒騎士から噴き出した、実際に質量を伴ったような殺意に、殺されたと、そう思い込んでしまった。

 

怖い怖い怖い怖い怖い!!!?

 

どうしようなく湧き出す恐怖に、体の震えが止まらない。

 

ガタガタと震える俺の視界に、酔いで赤く染まっていたダストさんの顔が、蒼白になっていく様子が、コマ送りのように映り込む。

 

しかし、次の瞬間には、その重苦しい殺気は、嘘のように霧散する。

 

そして…………。

 

 

「チェックメイトだ。先輩様。」

 

 

いつの間にか、ダストさんの背後に回った黒騎士が彼の首筋に、漆黒の大剣を突き付けていた。

 

…………は?

 

い、今一体、何が起こった?

 

混乱する俺と同様に、恐らくダストさんも何が起こったのか理解できなかったのだろう。

 

目を白黒とさせ、しかし剣先を突き付けられ、身動きが取れずにいた。

 

そんなダストさんを嘲笑うように、黒騎士が尋ねる。

 

 

「どうした? 『速過ぎて』見えなかったか?」

 

 

その言葉を聞いて、ようやく俺は理解した。

 

否、思い知らされた、と言った方が正しいのだろう。

 

俺とこの男、黒騎士は…………。

 

 

…………ああ、まるで格が違う。

 

 

《とある剣士の証言 了》

 




最後までお読み頂き、有難うございました。

本作では初めて、(本格的ではないにせよ)戦闘シーンを書いたことになりますが、如何だったでしょうか?

その辺りも含めて、今回の言い訳に、Go!


①ダストは犠牲となったのだ
材ちゃん同様、ちょうど良いいけn…………人材だったのです。

②HACHIMANとSEKKYOU
異世界ものの定番展開をやってみたかったんです。(泣)

思った以上に八幡がイケメンで、作者もビビりました。

尤もらしくSEKKYOU始めるし、もうどうしたものかと。(他人事)

偉く強そうですが、中身はやっぱり八幡な訳でして…………本人がこの時何を思って行動していたのか、そっちも次回の更新で語らせて頂きたいと思います

これだけだと、あまりに八幡らしくないですからね。(笑)


以上、今回の言い訳コーナーでした。


前回更新から、今回更新まで、アンケートを実施しておりました。

ご投票頂いた皆様、ご協力頂き、心よりお礼申し上げます。

ただまぁ…………結果がアレなんですよねぇ。(白目)

もちろんトリプルスコアでしたし、ご投票いただいた以上しっかりとやりますよ。やりますとも!!(ヤケクソ)

本当に需要あるのかなぁ…………?

それでは、次回の更新でお会いしましょう。


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第10話 このぼっちに策略を!

遅くなってしまい、申し訳ございません。

期間が空いた為、本来であれば連投したかったのですが、どう考えても今日中に仕上がりそうにない為、1話だけ更新致します。

あまり話は進んでいませんが、平にご容赦を。(ジャンピング土下座)


 

 

 

 

「どうした? 『速過ぎて』見えなかったか?」

 

 

不敵な笑みを貼り付けて、俺は身じろぎすら出来ずにいるチンピラに、そう突き付けた。

 

…………あせったぁぁぁぁああああああ!!!?

 

何なのあのスキル!?

 

精神力値に比例したステータス減少効果じゃなかったのかよ!?

 

何人か泡吹いて気絶してるんですが!?

 

◯王色の◯気かよ!?

 

異世界というか某偉大なる航路に来たかと思ったわ!!

 

…………とは言っても、事は概ね俺の思惑通りに運んでんだよなぁ。

 

ここでそれを自ら台無しにする程、俺は愚かでは無い。

 

内心の焦りを、決して表には出さぬよう、細心の注意を払いつつ、剣を鞘へと納める。

 

それで緊張の糸が途切れたのか、チンピラは、どさり、と酒場の床に尻餅をついた。

 

ゆっくりと正面に回り込むと、その表情は蒼白で、呼吸さえ忘れていたのか、息は荒い。

 

それを絶好の好機だと捉え、俺は最後の仕上げに取り掛かる。

 

 

「…………なぁ先輩様、名前を聞いといても良いか?」

 

 

俺の言葉に、ギリリ、歯を噛み締め、睨みを持って応えるチンピラ。

 

 

「…………ダストだ。テメェ、覚えてやがれよ。」

 

 

恨み言とともにそう名乗ったチンピラは、予想を裏切らず、この一件をしぶとく根に持ちそうな様子を隠そうともしない。

 

しかし、それでは少々都合が悪いのだ。

 

ポケットから小銭、この酒場で一杯頼むのには十分な額、を取り出し、座り込んだチンピラの前に、そっと置く。

 

 

「なっ!?ふざけ「これは、あんたを見くびってた事に対する詫びだ。」ん、な…………?」

 

 

俺の行動を憐憫と捉えたのか、怒鳴り散らそうとしたチンピラ。

 

しかし、それを遮り、行動の意味を口にする事で、チンピラは、訳が分からなくなったのか、あっさりと閉口した。

 

つけ込むなら、ここを置いて他にない。

 

気絶した面々を指差し、俺は苦笑いを浮かべる。

 

 

「本来なら、あんたにもああなって貰うつもりだったんだがな。真正面からあれを受けて、しかもまだ俺に噛み付いてくるなんて…………良い根性してるよ。」

 

「…………ケッ。嫌味かよ?」

 

「まさか。素直に感心してるんだ。口先ばかりのチンピラかと思ったが、あんたは確かに『敬意を払うに値する先輩』だったらしい。そいつはその詫びだ。一杯奢るってのは、冒険者にとって、交渉成立の相場なんだろ?」

 

「…………チッ。」

 

 

舌打ちしながら、しかし一応の納得はしたのか、チンピラは俺が置いた小銭を拾い上げる。

 

詰みだ、とそう確信した。

 

 

「…………比企谷 八幡だ。こういった対人戦は得意だが、あんたが言った通り、対モンスター戦はずぶの素人なんだ。これからよろしくしてくれると助かる。頼りにしてるぜ、『ダスト』?」

 

 

出来るだけ穏やかな笑みを心がけながら、右手をチンピラへと差し出す。

 

一瞬呆けたような顔を見せたチンピラは、すぐにバツが悪そうに顔を背け、頭をがしがしと掻き、しかし、おずおずと俺の手を取った。

 

 

「…………ったく、んだよ。出来んなら最初からそういう態度しとけっての。…………こっちこそ、変に絡んで悪かったな。よろしく頼むぜハチマン。」

 

 

立ち上がりながら、照れ臭そうに笑うチンピラ。

 

緊張の面持ちで、成り行きを見守っていた周囲から、一斉に安堵のため息が溢れる。

 

ほうら、簡単だろ?

 

今度こそ本当に、誰も傷つかない世界の完成だ。

 

…………尤も、スキルという、超常の恩恵ありきの話だがな。

 

内心で独りごち、俺は一色が待つ席へと戻るのだった。

 

 

 

 

 

「むぅぅぅぅぅぅぅぅっっっ!!!!」

 

 

一仕事終えた俺を迎えたのは、何故か再びジャンガリアンと化した一色だった。

 

何故にWhy?

 

 

「…………さては、この流れ結構正確に予想してましたね!?」

 

「お、おう…………ま、まぁじゃないとあんな大立ち回り出来ないだろ、常識的に考えて。」

 

「やっぱり…………もう!! どうしてそう『ほうれんそう』が出来ないんですか先輩は!? わたし半泣きになっちゃいましたよ!? 」

 

 

答えた瞬間、家の前を不審者が通りがかった番犬のごとく吠え立てる一色。

 

…………そういや、何も言ってなかったか。

 

別に言わなくても何とかなったし、結果オーライだと思うのだが、それでは彼女の気が済まないようだ。

 

 

「はぁ…………もういいです。先輩のバカ、唐変木、八幡。」

 

「いやだから、人の名前を悪口みたく言うのやめてね?」

 

「この埋め合わせはキッチリして貰いますからね! 宿に帰ったら覚えておいて下さい!」

 

「えぇーー…………。」

 

 

思いの外重たい、『ほうれんそう』を怠った代償に、がっくりと肩を落とす。

 

…………次から何かする時は、余程じゃない限り、しっかり伝えておこう。

 

そんな誓いを立てていると、何者かに肩を叩かれる。

 

振り返ると、そこには素敵な笑顔を浮かべたルナさんの姿が。

 

 

「ハチマンさん? 少しあちらでお話を伺ってもよろしいでしょうか?」

 

 

…………OH.

 

素敵な笑顔に丁寧な口調。

 

しかしルナさんには、有無を言わせぬ迫力があった。

 

あ、これ後ろに薄っすら般若がおるわ。

 

そうして、俺は一色とともに、ギルドの小会議室へと連行されるのだった。

 

 

 

 

 

「本当に何を考えてるんですかっ!? ギルド内での乱闘騒ぎはそもそもご法度ですし、戦闘用スキルの使用に抜剣なんて、冒険者資格を剥奪されたっておかしくないんですからねっ!?」

 

 

小会議室に着くや否や、物凄い剣幕でそう捲し立てるルナさん。

 

ぶっちゃければ、それは承知の上だし、今回は初犯な上に、一応は被害者の立場な為、高確率で見逃して貰えるだろうと高を括っていたりする。

 

 

「今回は初犯ですし、そもそもハチマンさんたちは被害者の立場ですから、厳重注意で済ませますが、二度目は有りませんからね!」

 

「…………っす。」

 

 

ほらな? と内心で舌を出しつつ、表面上は反省した振りをして、ルナさんに頭を下げる。

 

二度目はない、との事だが、そもそもその二度目を起こしたくないから、甘んじてこんな騒ぎを起こしたのだ。

 

これをもう一度なんて、こちらから願い下げである。

 

 

「でも先輩、凄かったですね。殺気って言うんですか? 睨んだだけで、気絶させたり、見えないくらいに素早く動いたり…………ぶっちゃけ、わざわざ慎重に情報収集とか、する必要なかったんじゃないですか?」

 

 

救援のつもりか、ルナさんの説教の合間を見計り、先程の俺の立ち回りを褒め称えてくる一色。

 

説教していた手前、手放しで褒める訳にいかないであろうルナさんだが、その目が明らかに一色と同意であると示していた。

 

…………こいつら、俺のハッタリ信じ込んでるのかよ。

 

 

「いやいや、いくらステータスが高くても、流石にそんな速度で動ける訳ないから。」

 

「はい? で、でも、実際にやってたじゃないですか?」

 

「そ、そうですよ。ハチマンさんだって、速過ぎて、って言ってたじゃないですか?」

 

「そう言っておいた方が、相手がビビってくれると思っただけですよ。」

 

「「えぇーー…………。」」

 

 

声を揃えて、何とも言えない顔をする2人。

 

仲良いなオイ。俺の心配返してくれ。

 

そもそも、最後の瞬間移動もどきに限らず、先程の俺の立ち回りは、徹頭徹尾全てがハッタリ、尤もらしく見えるよう振る舞っただけのパフォーマンスだ。

 

いくらチート持ちとは言え、レベル1、戦闘経験なしの素人が、その道のプロでさえ出来ないことを、そう易々と出来る訳が無いだろう。

 

それに、実際やった事としては、大した事はしていない。

 

 

 

まずは火付け役であるチンピラを煽り、敵意を持った者たちを炙り出す。

 

炙り出しが終わったら、狂化を抑え込める事を知らしめ、『臆病者に騙された美少女を救う』という、連中のお門違いな大義名分を叩き折る。

 

そして皸の入った連中の正義を、『命』や『責任』と言った奴らが嫌うであろう重たい言葉を使い、所詮嫉妬から来る醜い自己満足だと思い知らせ、あらゆる敵意を失わせる。

 

その辺りで念の為、狂化に加え、先程習得したばかりの『逆境スキル』で更にステータスを強化。

 

そこまで徹底的に精神を叩きのめしても、なお手向かって来る頭の悪い輩が出てくるだろうから、同じく習得した『威圧スキル』を使用してステータスを低下させ、ついでに俺の存在感を増す。

 

十分に視線を引き付けた時点で、発動済みのスキルをオフにし、『気配遮断スキル』を発動。

 

存在感の落差で、目の前から消えたように錯覚させ、背後に回り剣を突き付ける。

 

 

 

…………とまぁ、実際に列記すれば、この程度の事しかしていない。

 

マクベスの狂化と、3つのレアスキルありきという、非常にタイトに見える策だが、前提さえクリアしていれば実行は容易で、リスクも少ない。

 

最初の時点で、話が通じず暴力に訴えられる危険はあったが、そうなっていたとしても、狂化と逆境による二重強化によって、俺のステータスは大幅に底上げされていた為、撤退ぐらいであればどうにでもなっただろう。

 

 

「そ、それじゃ最後の、何だか先輩らしく無い、河原で殴り合った後の不良マンガみたいな台詞は…………。」

 

「当然、ブラフに決まってんだろ。誰が好き好んで、あんな臭い台詞吐くか。」

 

 

ああしておかないと、無用の敵意を延々と引き摺られる可能性があった。

 

それを避けるために、一芝居打ったに過ぎない。

 

羨望も嫉妬も、結局は劣等感から生じるもの。

 

それらを敵意に変え、他者を攻撃しようなどという輩は、往々にして、強い承認欲求を抱えている。

 

ならば、その欲求を満たしてやれば良い。

 

そしてそれは、奴らがより羨望を、憧憬を抱く者からの言葉である程、その効果を増す。

 

だからこそ、俺は強者として不敵に振る舞った。

 

無数の敵意に、怒号に屈さず、己が信念を徹し、正義を振り翳し、その刃でもって、征く道を切り拓く、そんな強者の姿を。

 

結果、あのチンピラ…………カストだったか? は、あっさりと俺の思い通りに動いてくれた。実にチョロい。

 

流石に威圧スキルで気絶する人間が出てきたのには焦ったが、結果的により早く話を進めることが出来たので良しとしよう。

 

 

 

因みに、今回俺が使用した威圧スキルは、魔力に殺気を乗せて拡散させ、精神力に応じて相手のステータスを減少させる、というもの。

 

減少効果は使用者の精神力に比例して、概ね1割減から半減まで。

 

ある程度の精神力をもった前衛職しか習得出来ないくせに、使用に魔力を要する上、その燃費が非常に悪く、死にスキル扱いされている不遇のレアスキルだ。

 

また、同じく使用した逆境スキルは、3つの条件の内、1つでも条件を満たせば、精神力に応じて全ステータスを強化する、というもの。

 

その条件は、

 

一、 敵のレベルが自身を上回る。

 

二、 敵のステータスが1つ以上自身を上回る。

 

三、 敵の数が自身を含む仲間の数を上回る。

 

…………というもの。

 

容易に満たせるが、強化の幅が一般的に三割増し程度と低く、習得に多大なスキルポイントを消費する、という欠陥スキルだ。

 

前者は異様に魔力の高い俺ならば問題なく、後者に関しては狂化が最終ステータスを上昇させることから、俺の場合は6割ステータスが上昇し、天賦の才により消費スキルポイントも2pと低コストだった。

 

その為、運用におけるデメリットが消失し、かつ効果が有用だと採用したのだが…………少し資料の情報と食い違いがあるようだし、十分な検証が必要だろう。

 

 

 

さて話を戻すが、あのやり取りには、副次的な効果も期待出来る。

 

カス何とかを屈服させるまでのやり取りでは、周囲の冒険者たちからの俺への認識は、

 

 

『狂化を制御する程の精神力を持ち、殺気だけで荒くれ者たちの意識を奪い、視認できない程の速さで移動し、己への侮辱に対し、抜剣する事も厭わない危険人物。』

 

 

といったところだろう。

 

…………自分で言っておいて何だが、相当にヤバイ奴だな俺。

 

そんなヤバイ奴だと認識されたままでは、いらぬ悪評に足を取られかねない。

 

そこで最後のやり取りを見せつける事で、『話が通じる人物』という印象を周囲に刷り込んだのだ。

 

敵対者の筆頭であっても、認める点があれば認め、賞賛する。

 

そういった懐の広さを示しておけば、無闇矢鱈に悪評を広めたり、敵対しようという輩は大幅に減らせるだろう。

 

それでも悪感情を抱く者は、ゼロにはならないだろうが、やらないよりは100倍マシだ。

 

 

…………と、そんな思惑を掻い摘んで説明していると、それを聞いていた2人の視線が、驚愕を通り越して、徐々に呆れたようなものに変わっていく。

 

あれ? 何かおかしな事言った?

 

 

「先輩…………。」「ハチマンさん…………。」

 

「「冒険者より詐欺師の方が向いてるんじゃないですか?」」

 

 

そして声を揃えて、そんなこと言い出す始末。

 

終いには泣くぞ? わんわん泣くぞ?

 

とは言え、その自覚は十分以上にあった俺は。

 

 

「…………放っといてくれ。」

 

 

苦し紛れに、そう言い返すことしか出来なかった。

 

…………悔しいです!

 

 

 

 

 

 






最後までご覧頂き、ありがとうございます。

前書きで述べました通り、本来であれば連投したかったのですが、力及ばず、申し訳ございません。

次話に関しましては6割程度執筆しておりますので、次回はそう間を空けず更新出来ると思いますので、どうかご容赦を。(土下座TAKE2)

それでは、本日の言い訳に参りたいと思います。


①八幡の策略(笑)
やはり本家のようには参りませんね。(白目)

そもそも書き方を間違えた気も致します。

…………三人称を挟むんじゃなかったかな?

広い目で見て頂けると幸いです。


②オリジナルスキル
第8話で八幡が取得したスキルの内、2つをお披露目する事が出来ました。

八幡の取得したスキルを整理しますと。

・天賦の才
・女神の祝福(幸運)
・心理掌握
・気配遮断
・両手剣
・威圧 New!
・逆境 New!
・??? New!

ということになります。

オリジナルスキルが少々強過ぎる感はありますが、八幡はカズマさんと違い、正統派チート主人公路線を貫いてもらうつもりなので、まぁいいかな、とこのような仕様になっております。(笑)

広い心で、お許し頂けると幸いです。



以上、本日の言い訳でした。

さて、つい先日ですが、皆様のご声援のお陰で、日間ランキング3位にランクインすることが出来ました。

加えて、お気に入り登録数も2000件を突破いたしました。

本当にありがとうございます。

これに慢心することなく、今後も精進を重ねていく所存です。

どうか皆様も、最後までお付き合い頂けると幸いです。

それでは、また次回の更新でお会いしましょう。


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第11話 思いの外、彼と彼女の距離は近いのかも知れない

お待たせしました。

イチャイチャ回です。(ドヤァ

若干、ブラックコーヒー推奨。

お楽しみ頂けると幸いです。


 

 

 

 

 

一波乱あったものの、午後からは特筆すべき問題もなく、俺たちはギルドの仕事に励んだ。

 

俺はモンスターの情報に関する資料の差し替えを、一色は受付業務を黙々とこなし、ルナさんの計らいで、予定より早めに初勤務終了を迎えた。

 

その際、その日のクエスト報酬も支払われたのだが、早く上がったにも関わらず、報酬は受注書に記載されていたよりも多かった。

 

ルナさん曰く、想像していた以上の働き振りだったので色を付けてくれた、とのことだが、一色はともかく、俺はそこまで働いていない、と言うより、割と自分の目的を優先させていた為、申し訳なかった。

 

…………まぁ貰えるものは貰うけどね。

 

そして、一度宿に戻り、俺は鎧に、一色は法衣に着替えて、指導者との待ち合わせ場所である街の城門へと向かった。

 

ルナさんが手配してくれた元冒険者は、仕立て屋を営む老夫婦。

 

旦那である爺さんは元ソードマスターで、婆さんは元ランサーとのこと。

 

冒険者時代に稼いだ報酬で店を建て、今は娘さん夫婦に店を任せて隠居中。

 

その為、こうして時折後進の者たちの指導を行っているらしい。ご苦労様です。

 

そしていざ訓練が開始されると、この俺たちが想像していた以上にスパルタだった。

 

恐ろしくガタイの良いジジイにいきなり木刀で殴りかかられる恐怖が、皆さんにお分り頂けるだろうか?

 

いくら鎧を着ているとは言っても、手加減一切なしの鋭い振り込みに、一体何度死の恐怖を感じた事か。

 

とは言え、直ぐにそんな心配もなくなった。

 

俺と一色が習得していた『天賦の才スキル』が、これまた予想を裏切り猛威を振るったのだ。

 

一合毎に、驚く程鋭くなっていく俺たちの動き。

 

訓練開始から1時間も経つ頃には俺たちの剣捌き、槍捌きは、老夫婦のそれを凌駕していた。

 

これには爺さんたちも苦笑いで、もう教えられることがなくなった、と、明日以降の指導をキャンセルされてしまう。

 

…………明日の勤務前に、ルナさんに相談しよう。

 

そんな事を考えながら、1日目の訓練は無事に終了した。

 

そして昨日同様、風呂に入り食事を終え、自室へと戻った俺なのだが…………。

 

 

 

どうしてこうなった。

 

 

「おお…………これヤバイですね。ちょっとした思い付きだったんですけど、結構ハマっちゃいそうです。」

 

 

感心したように、そんな台詞を呟く一色。

 

その声は、俺の正面やや下から響いていた。

 

つまり、俺たちの現状を一言で説明すると…………。

 

 

 

一色on俺、なのだ。

 

 

 

…………いや、何を言ってるのか分からないとは思う。正直俺にもさっぱりだ。

 

順を追って説明すると、食事を終えて部屋に戻り、部屋着に着替えて眠ろうとしたところ、昨日同様パジャマ姿の一色により強襲を受けた。

 

そして、昼間の件の埋め合わせとして、ベッドで胡座をかけ、という謎の要求を突き付けられた。

 

徹夜と、慣れない仕事や訓練をしたという事もあり、一刻も早く眠りたかった俺は、その思惑をろくに推察する事もせずに、彼女の言葉に従った。

 

結果、彼女は靴を脱ぎ出し、徐に俺の懐へと背中からダイブ。

 

最初に言った状況の出来上がりである。どうしてこうなった。

 

 

「せんぱい? ぼうっとしてないで、ほら、お腹のとこぎゅってして下さい。そんな仰け反られたら、隙間が空いて寒いです。」

 

 

だったら部屋に戻って、毛布に包まってれば良いんじゃないんですかね?

 

などと言ったところで、却下されるどころか、余計に面倒な要求を突き付けられるのは目に見えている。

 

俺が速やかに安眠を得る為には、業腹ではあるが、彼女の言葉に従うのが懸命なのだ。

 

懸命なのだが…………ちょっと待って。本当に待ってくれ。

 

正直、昨日正面から抱き合うだけでも、十分に一杯一杯だった。

 

だがこの状況は、ある意味でそれを遥かに凌駕している。

 

一色は胡座をかいた俺の足の間に、ちょこんと乗っかっている訳で、

 

薄着である以上、その小ぶりながら魅惑の感触を持った桃じ…………ケプコンケプコン、臀部の柔らかさが、余す事なく伝わってくる訳でして、

 

そして足の間に座っているということは、彼女の魅惑の臀部の直ぐ後ろには、八幡の八幡がいる訳でして…………。

 

つまり、危険が危ない!(錯乱)

 

何が結構ハマっちゃいそうです、だ。

 

一歩間違えば、誘惑に負けてやっはろーした八幡の八幡がハマっちゃうだろうが!(ど下ネタ)

 

…………落ち着け、落ち着くんだ比企谷 八幡、17歳童貞。

 

要はやっはろー(意味深)しなければ良いのだ。

 

使い古された手だが、ここは何か気分が滅入るような事を考えよう。

 

例えば男に誘惑される状況とか。

 

男…………そう、例えばこうしているのが戸塚だったとすれば…………。

 

 

『は、八幡? そ、その、何だか固いのが、僕のお尻に当たってるん、だけど…………。』

 

 

…………あかーん!!(錯乱)

 

これあかんやつやん!?

 

八幡の八幡がやっはろーしかかってますやん!?

 

人選ミスだ! いくらなんでも戸塚は可愛過ぎる! 分りきってたのに何で想像したの俺!?

 

いや待て、ならばその戸塚に、死ぬほど軽蔑された所を想像すれば…………。

 

 

『…………うわ、最低だよ、八幡。』(ゴミを見るような目)

 

 

…………。

 

……………………。

 

………………………………◯のう。

 

軽く精神が崩壊しそうだが、自分でも驚くほどに心は落ち着いていた。

 

今ならどんな誘惑にも、心を動かされない自信がある。

 

これも賢者モードと言うのだろうか。

 

だとすれば、悟りの道の、なんと険しく、悲しいことか。

 

そんな事を考えながら、俺はようやく、一色の腰に手を回し、その身体を抱き寄せた。

 

…………すごい。やわらかい。いいにおい。(2度目)

 

 

「ひゃんっ…………んふふっ♪ せんぱい、意外と素直ですね? 昨日からずっとイチャイチャしてたから、少し慣れて来ちゃいましたかね?」

 

 

俺の葛藤など知らず、どこか夢見心地というか、いつも以上にに甘ったるい声で、俺に身を預けてくる一色。

 

いやこんなん慣れる訳ないから。

 

というか、イチャイチャしてるって、自覚あったのかよ。

 

父親や兄に甘えているだけとか、それくらいの認識だと思っていた。

 

本当に何を考えているんだろうか、このあざとい後輩は。

 

 

「それにしても、今日はつくづく先輩がぼっちだったんだなって思い知りました。」

 

 

…………俺、ちょっと真面目な事考えてたんですけどね?

 

 

「おい、何で急に人の事ディスるんだよ? 今日の活動のどこにぼっち要素があったって?」

 

 

まぁ、確かに1人で黙々と書類整理はしてたけどもね。

 

 

「だって先輩、実は結構機転が利くし、何でも卒なくこなすというか、案外器用じゃないですかぁ?」

 

「…………お、おう? な、何だよ? 褒めてんの? 貶してんの?」

 

「どちらかというと褒めてるんですけど、ただの事実確認? な気もしますね。…………話を戻しますけど、何でもこなせるのに、人と関わること、それこそ『ほうれんそう』になると、途端に粗が目立つというか、雑になるというか、そんな感じですよね?」

 

「まぁ、否定はしないな。」

 

 

一色の言葉は正しく、確かに俺は、人と関わる事が得意ではない。

 

結果、自分以外の誰かが必須となる『ほうれんそう』という行動に関して、雑な対応をしがちだ。

 

…………それでぼっち認定されたのかよ。

 

結論に至り、項垂れたくなるが、目の前に一色の頭がある事を思い出し、俺は盛大に溜息を吐いた。

 

 

「それって、先輩がいつも1人で、何でも自分だけでやってきた、って事ですよね?」

 

 

どきり、と心臓が跳ねた。

 

一色が口にした台詞は、正しく比企谷 八幡の矜持であり、財産である。

 

それをこの2日のやりとり、否、それ以外にも、見当をつけるための材料はあったのかも知れないが、それだけで結論に辿り着いた、あまりにも意外な一色 いろはの洞察力に、驚かされたのだ。

 

 

「わたし、上手く説明出来ないんですけど…………。」

 

 

そして今度は、先程とは違う衝撃、戦慄といっても過言ではない程のそれに、息を飲んだ。

 

そこに続く言葉を、俺は知っている。

 

かつて、薄明かりに照らされた竹林で、己のやり方を貫こうとした俺に投げかけられた、明確な拒絶の言葉。

 

 

『上手く説明出来なくて、もどかしいのだけれど…………貴方のそのやり方、とても嫌い。』

 

 

自らの行いに、後悔など微塵もない。

 

それでも、その言葉を聞かされた時、必死で積み上げた積み木を崩されたような、そんな虚無感に、俺は確かに苛まれたのだ。

 

それを取り繕おうと、必死で理由を求め、動き、足掻き、そして間違えた。

 

それでもなお足掻き続け、ようやくの思いで、俺はその何かを取り戻した。

 

それが何なのか、明確な答えを、俺は未だ手に入れていない。

 

それでも、今もう一度その言葉を聞かされたら、再び何かが壊れてしまうのではないか。

 

そんな漠然とした不安が、俺の心を掻き毟る。

 

しかし…………。

 

 

「…………先輩のそういうとこ、結構カッコイイな、って思いますよ?」

 

 

一色の口から紡がれたのは、俺が身構えていたのと、まるで反対の言葉だった。

 

 

「…………はい?」

 

「だって、男の子って感じがするじゃないですか? 先輩、普段はぬぼー、って感じで、頼り甲斐のたの字もないですけど、でもいざという時は、自分の責任は自分で果たす! みたいな?」

 

「なんだよ、それ…………。」

 

 

力なく、掠れた声が喉を震わす。

 

呼吸すら忘れる程に、俺は焦っていたのか、と自分でも驚いた。

 

安堵のせいか、知らず、彼女の腹部に回した腕に力が入る。

 

 

「ひぁっ!? せ、せんぱいっ!? どうしたんですかっ!? 急に力入ってませんか!?」

 

 

驚きの声を上げた一色に、思わず苦笑いが溢れる。

 

 

「…………入れてねぇよ。ちょっと足が痺れて来たから、身じろぎしただけだ。」

 

「むっ! それ遠回しに、わたしのこと重いっていってませんか!? 失礼しちゃいますっ!!」

 

 

目一杯首を捻り、こちらを睨みつけ、あざとく頰を膨らます一色。

 

その姿に、どこか救われた気分になったのだが、悔しいし、何より癪に触るから、決してそれを伝えてはやるまいと、心に誓った。

 

…………案外、俺もチョロいのかも知れない。

 

昼間、カス何とかというチンピラを、散々馬鹿にしていたものだが…………。

 

自分のやり方を肯定された。

 

ただそれだけの事で、こんなにも満たされた気持ちになってしまっているのだから。

 

劣等感に苛まれ、肥大化した承認欲求に喘いでいたのは、俺も同じか…………。

 

まぁ何にせよ…………。

 

 

 

…………ありがとよ、一色。

 

 

 

自分を否定しなかった後輩に、俺は心の中で、そう小さく礼を言った。

 

 

 

 

 

…………それはそれとして。

 

一色によるぼっち認定発言で、中断された思考を再開する。

 

昨日から流されるままになっているが、今の状況は、やはりよろしくはないだろう。

 

いくら寂しさを紛らわす為とはいえ、俺と一色は男と女だ。

 

身寄りもなく、互いに協力し合う必要もあるし、約束した以上、急に放り出すつもりもない。

 

しかし、それ故に適切な距離というものは、必要なのではないだろうか?

 

俺は意を決して、その思いを口にした。

 

 

「お前、人恋しいのかも知らんが、こういうのはこの辺でやめとけよ。いくら適任が他にいないからって、何とも思ってない男に気を許し過ぎだ。」

 

 

少しばかり、厳しい口調になってしまったかもしれない。

 

しかし、それでもこれは伝えてなくてはならないのだ。

 

彼女が信用している程、俺は自分を、男という生き物を信用出来ない。

 

例え今、この言葉が彼女を傷付けるとしても、これ以上、流されるままに、とはいかないのだ。

 

俺の言葉に、一色はびくり、と身を震わせる。

 

そして、彼女は何を思ったのか、ぐっと背を反らし、俺の首筋に額を押し付けるように、身を寄せて来た。

 

彼女の髪から漂う、甘い香りに、頭がくらくらする。

 

微睡みのような心地良さと温もりに、何を考えていたのか、それさえ忘れそうになった。

 

だから、彼女を引き離そうと、踏み止まる。

 

 

「おいっ!? 人の話聞いて「本当に。」…………!?」

 

「本当に、わたしがせんぱいのこと、何とも思ってないって、思ってますか?」

 

 

俺の言葉を遮るように発された、一色の言葉。

 

今にも泣いてしまいそうな、湿った声に、息が止まりそうになる。

 

それは、一体どういう意味だろうか?

 

もしかして、一色は本当に俺のことを…………。

 

 

「…………って、その手には乗らんぞ。お前それバレンタインの時と同じやつだろ。」

 

「…………むっ。気付くの早くないですかね? 可愛くないですよ、先輩?」

 

 

あっさりと猫かぶりを止め、演技だと白状する一色に、盛大な溜息を零す。

 

本当に、こいつは…………。

 

そんな俺に構わず、一色は俺の首筋にぐろぐりと額を押し当て、まるで子猫のように甘えてくる。

 

 

「でも、ちょっと心外です。わたし、何とも思ってない男の人に、こんなことするようなビッチじゃないですよ?」

 

 

そして再び、どきり、とさせるような事を呟く一色に、俺は声を荒げそうになり、

 

 

「だってわたし、せんぱいのこと大好きですから。」

 

 

無邪気に投下された、戦術級の爆弾に、息の根を止められた。

 

 

 




最後までご覧頂き、ありがとうございました。

実は今回のお話は例によって、前後編になる予定の無かったお話でして、現在続きを絶賛執筆中です。

まとまらねぇんだよ、これが。(白目)

そんな訳で、正規のあとがきは、次回の更新にて行わせて頂きます。

それでは、また次回の更新でお会いしましょう。


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第12話 そうやって、彼も彼女も憧れている

待たせたなっ!!

イチャイチャ回・続!!

と言っても、前回より甘み成分は少な目かもです。(汗)

なお、今回は マ ジ で !! 独自解釈の嵐です。

苦手な方は、本当にごめんなさい。

大丈夫だ、問題ない、という皆様、お楽しみ頂けると幸いです。


 

 

 

 

 

 

「は? ちょ? え?」

 

「うわ、先輩動揺し過ぎじゃないですかね? 触れてる所、めちゃくちゃ熱くなってますよ?」

 

「そりゃそうだろうよ!?」

 

 

慌てふためく俺に、あくまでも冷静に、一色が指摘してくるが、こっちはそれどころじゃない。

 

今、この後輩は何と言った?

 

俺の聞き間違いか、とそんなことを思い付き、一色に尋ねようとするが。

 

 

「むぅ、わたしが先輩のこと大好きだったら、そんなに困ります?」

 

 

機先を制するかの如く、一色に尋ねられ、あえなく轟沈した。

 

…………マジでか。

 

 

「…………からかってる、訳じゃないんだよ、な?」

 

「さ、さすがに、言っていい冗談かどうかくらい考えてますよぉ。」

 

 

不満げに言った一色の台詞に、再び頭が真っ白になる。

 

とはいえ、その言葉に納得もした。

 

俺の知る限り、一色 いろはは己の可愛らしさを逆手に取り、他者をからかう事はあっても、悪戯に心を弄ぶような事はしない。

 

その程度には、彼女を信用している。

 

が、それ故、この告白に、俺はなんと答えれば良いのか、皆目見当がつかないでいた。

 

…………いたのだが。

 

 

「まぁ、恋愛的な意味かと聞かれたら、正直わたしもはっきりとは分からないんですけど…………。」

 

 

一色が放った一言で、もう何度目になるか分からない、思考停止に陥った。

 

…………なんなの、もう。

 

 

「…………ごめん。マジ無理。処理が追いつかない。どーゆーことなの…………。」

 

「な、何だか不思議な口調になってませんか? それにどういう事かと聞かれても…………うー、わたしも、上手く言葉に出来ないんですけど。」

 

 

そう前置きをした上で、一色はぽつり、ぽつりと、取り留めのない話をするように、語り始めた。

 

 

「ええと、そもそもわたしが、先輩の事を好きだって自覚したの、クリスマスイベントの終盤くらいでして…………その時って、正確には先輩が、っていうより、先輩を含めた、奉仕部の3人が大好きって感じだったんですよ。」

 

「もちろん、わたしが奉仕部を好きになったきっかけは先輩ですし、3人の中で1番はって聞かれたら、そりゃもちろん1番大好きなのは先輩だって即答しますけど。」

 

「でも別に、先輩と恋人になりたいとか、お2人から先輩を盗ろうだとかはなくて…………時々先輩にちょっかいかけちゃうことはありましたけど、あれは2人の反応が可愛いからつい、って感じですし。」

 

「何ていうか、仲良くしてる3人を見てるだけで充分というか…………。この際なので、ぶっちゃけちゃいますと、生徒会とか葉山先輩とか、本当はどうでも良くて、奉仕部に行く口実が欲しかっただけなんですよね。」

 

「ただ、3人を見てて、この間には入れないなぁ、って実感しちゃうと、ちょっと寂しくなって泣いちゃったりもして…………自分でも、どんだけ先輩たちの事好きなの!? って、ちょっと引いちゃうくらいでした。」

 

「そんな感じだったんですけど…………こうして異世界に来ちゃって、ここにはお二人はいなくて、わたしが先輩を独り占め出来るんだ、って思ったら、わーっとなっちゃって、歯止めが利かなくなっちゃったと言いますか…………。」

 

「でもでも、ルナさんが先輩にアピールしてるとこ見たら、渡すもんか! ってなっちゃうくらいには独占欲もありまして…………。」

 

「これが恋愛感情なのか、単に不安から来る依存心なのか、もともとある親愛なのか、自分でも良く分からなくなっちゃって…………みたいな感じなんですけど…………ええと、ちゃんと伝わりましたかね?」

 

 

話を区切り、俺に預けていた体を起こして、こちらを振り返る一色。

 

そしてこちらを見た瞬間、その表情が引き攣った。

 

 

「せっ、せんぱいどうしたんですかっ!? 限界まで息止めてた人みたいになってますよ!?」

 

 

…………何でよりによってその例えなんですかね?

 

一色が指摘した通り、現在俺の顔は、人生最大級の赤さを誇っているのだろう。

 

鏡を見なくとも、それを自覚できる程に、俺の体は頭の天辺から爪先まで、余す事なく熱を帯びていた。

 

一色の腰に回していた手をそっと離し、自分の顔を両手で覆う。

 

 

「…………お前さぁ、頼むからもうちょっと言葉を選べよ…………女子高生の『大好き』はな、ぼっちにとって…………いや、思春期の男子高校生にとっては、時に何よりも強力な凶器なんだぞ?」

 

「えぇっ!? せんぱい、それ照れてたんですかっ!? どう見ても窒息か、熱湯にでも浸かったみたいな赤さでしたけどっ!?」

 

 

…………皆まで言うんじゃないよ。

 

女子高生が口にする『大好き』と言う言葉は、時に神器にも匹敵し得る凶器なのだ。

 

例えその言葉の対象が自分ではないと分かっていても、気になる女子の口から、その言葉が出ただけでドキッとしてしまい、それを聞けただけで、その日一日何だか得をしたような気になってしまう。

 

それが悲しき男子高校生の性なのだ。

 

そして、自分に向けて言われたわけでもないのにその有様だ。

 

自分に向けて、しかもこんな至近距離で、それを連呼されようものならば、耐えられるはずがないではないか。

 

あまつさえ、度々口にしていた生徒会や葉山のことが、自分たちに会いに来る為だけの口実だったとか、独り占めとか、渡さないなどと聞かされて、平静を保てる訳がない。

 

こいつ、俺を悶死させる気なんじゃないか、と本気で疑うレベルだ。

 

 

「…………無理。もうホント無理。しばらくそっとしといて…………。」

 

「えぇー…………。ま、まぁはい、分かりました…………。」

 

 

困惑する一色を他所に、俺は冷静さを取り戻す為、脳内で『最も恥ずかしかった黒歴史決定戦』を開始するのだった。

 

 

 

 

 

「…………鬱だ。◯のう。」

 

「顔色戻ったと思ったらいきなり何なんですかっ!? というか、女の子に大好きって言われて鬱とか失礼にも程がありませんかねぇっ!?」

 

「いやそっちじゃない。こっちの話だから気にするな。冷静になる為に、ちょっと脳内で苦行してて、心が折れそうなだけだから。」

 

「れ、冷静さを取り戻す方法、斜め下過ぎますよ…………。」

 

 

軽く50回は◯にたくなる思いをしたが、その甲斐あって、幾分か落ち着きを取り戻すことができた。

 

とは言え、一色にかける言葉が見当たらない事は、さっきの話を聞かされる前と変わらないのだが。

 

…………そもそも、一色は俺に一体どうして欲しいのだろうか?

 

そんな事を考えて、彼女の顔へと視線を向ける。

 

すると一色は、照れ臭そうにして、体ごと正面を向いてしまった。

 

いや、そういう反応されると、こっちも恥ずかしくなるんですが?

 

そして再び、ぽふん、と俺へと体を預けてくる。

 

 

「…………そ、それで、落ち着いたなら、何か言って欲しいんですけど? その、恋愛感情かどうかはともかく、一応、大好き、って告白した訳ですし…………。」

 

 

照れ臭さからか、決してこちらに表情を見せないまま、ど真ん中どストレートの豪速球を投げ込んでくる一色。

 

言い分は尤もなのだが、その言葉が見つからなくて困ってるんですがそれは?

 

 

「あー…………何だ? 今日びの女子高生って、そんな色々考えて恋愛してるもんなのか?」

 

「こ、告白の返事を聞かれてその返しとか、どんだけ先輩なんですかっ!?」

 

 

ついに八幡だけではなく、先輩まで悪口のカテゴリーになったらしい。

 

やったねユキペディアさん!

 

…………何がだよ。

 

 

「まぁせんぱいですし、良いですけどね…………んー、多分普通はそこまで考えてないと思いますよ? 何となく良いな、って思ったら付き合って、何となく違うな、って思ったら別れて…………そんな感じじゃないですかね?」

 

「えぇー…………それはそれで夢が無さ過ぎんだろ。って待て。それじゃ何でお前、そんな七面倒なこと考えてんだ?」

 

「…………それ、先輩が聞きます? わたし言いましたよね? 『本物』が欲しくなった、って。」

 

その言葉に、再び凍りつく俺。

 

先程の脳内黒歴史王決定戦において、猛威を奮ったその記憶がリフレインする。

 

 

「…………後生だから、忘れてくれ。いやホント、マジで…………。」

 

「ふふっ、お断りです♪ わたし、忘れられません、とも言いましたよ?」

 

 

項垂れる俺に、一色は楽しげにそう言うと、先程のように背を逸らし、首筋へ額を押し当ててくる。

 

 

「…………わたしが先輩に、先輩たちに興味を持ったきっかけって、言うまでもなくそれだったんです。だからこれは、わたしにとって、大切な思い出…………忘れられる訳ないじゃないですか。」

 

 

そう口にする一色の言葉は、酷く愛おしげで、彼女にとって、それがいかに大切な思い出か、如実に物語っているようだった。

 

 

「真剣に向き合ってる3人が、すごくキラキラしてて、眩しくて、羨ましくて、憧れて…………自分も、そうなりたいって、子どもみたいにそれが欲しいって、そう思っちゃったんです。」

 

 

口にしながら、一色はベッドについていた俺の右手に手を伸ばし、まるでガラス細工に触れるかの如く、そっと自分の右手を重ねる。

 

 

「きっとそれって、すごく疲れるし、面倒だし、他人からすれば…………ううん、自分たちでも、何年かして振り返ったら、ああ、バカな事してたな、って、そう思っちゃうような、そんなことなのかも知れません。」

 

 

恐らく、一色 いろはの言葉は正しい。

 

大多数の人間は、他者にも自分にも、そんな面倒な向き合い方をしてはいない。

 

俺でさえ、時を経て、経験を積み、いつかはそんな自分と、社会と折り合いを付け、より効率的な…………言ってしまえば、何となくでも、自他との向き合い方を見つけていってしまうのだろう。

 

しかし、それでも…………。

 

それでも、俺は…………。

 

いつの間にか、重ねられただけだったはずの、一色の右手は、しっかりと俺の右手を握っていた。

 

 

「…………それでも、それでもわたしは、やっぱり『本物』が欲しいんです。どうしようもないくらい憧れた、色も形も、あるかすら分からない、そんな何かが。」

 

 

思わず、息が詰まる。

 

自分にとって、恥だとすら思っていたあの言葉が、こんなにも彼女の心を動かしていたことに、驚かされた。

 

俺の手を握る一色の手に、さらに力がこもる。

 

 

「…………だから、いろいろ考えもしますよ。きっとそうしないと、見つけられないと思うから。先輩だって、そうなんじゃないですか?」

 

 

その問いかけに、俺は答えることが出来なかった。

 

しかし今回は、決して返す言葉が見つからなかった訳でも、その言葉を否定したい訳でもない。

 

一色 いろはが口にした、その一語一句が、いつかだったか、俺が自問したその言葉と重なり、胸が詰まったのだ。

 

…………本当に、何てあざといんだこの後輩は。

 

散々に文句を言った後で何だが、この体勢で良かったと、心から思った。

 

この姿勢なら、顔を見られずに済む。

 

きっと今の俺は、誰にも見せられないような、酷い顔をしているだろうから。

 

だから、今感じている、胸に生じた仄かな温みは、きっと安堵の感情なのだろう。

 

そう自分に、言い聞かせることが出来る。

 

だから、そう、良かったんだ…………。

 

 

「ちょ、ちょっとせんぱいっ? ちゃんと聞いてますかぁ?」

 

「…………聞いてるよ。っつか、この距離で聞いてないとか有り得ないから。」

 

 

だんまりを決め込んでいた俺に、抗議の声を上げる一色。

 

それに答えながら、俺は今日何度目になるか分からない、苦笑いを浮かべた。

 

 

「…………まぁ、俺にも良く分からん。だから足掻いてるんだろ。じたばたと、みっともなく。だから、少なくともそこは…………何だ。お前と一緒、なのかもな。」

 

 

存在すら疑わしい、その輪郭すら掴めない、『本物』とやらを探して、俺も一色も彷徨っている最中なのだろう。

 

それは、何て途方も無い話だろうか。

 

諦めとも、感傷ともつかない、そんな万感の思いを込めて、俺はそう口にした。

 

一色がそれをどう捉えたのか、この姿勢では、表情から窺い知ることすら出来ない。

 

ただ…………。

 

 

「何ですかそれ。…………本当、先輩は先輩なんですから。」

 

 

呆れたように、呟いた彼女の声色が、どこか嬉しさを孕んでいるように感じたのは、気のせいではないだろう。

 




最後までご覧頂き、本当にありがとうございます…………が!!



いつから、これで終わりだと錯覚していた?



…………というわけで、もう少し続きます。(泣)

イチャイチャ回になると、どうしても文字数が増えてしまう、どうしようもない作者でございます。(土下座)

そういう事なので、あとがきは次回まとめて、3話分書き込む予定です。

確か、3〜5話の時も似たような事してた記憶があるんですよねぇ…………。

つくづく話が進まなくて申し訳ございません。

討伐クエストが遠いよぉ…………。

こんなどうしようもない作者ですが、今後ともお付き合い頂けると望外の喜びです。

それでは、また次回の更新でお会い致しましょう。






…………あ。

流石に次回でイチャイチャ回は一先ず完結しますよ?(笑)


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第13話 この後輩に素直な気持ちを!

第2回イチャイチャ回、完結編!

大変お待たせ致しました。

さぁ、次話以降はちゃんとお話を進めるぞー。

それでは、本編をお楽しみ下さい。


 

 

 

 

 

「…………って、何だか良い話風にまとまりそうでしたけど、よく考えたら、わたしまだ先輩に返事してもらってません!」

 

 

…………チッ。気付きやがったか。

 

 

「しかし 返事って言ってもな。そもそもお前自身、恋愛感情かどうかすら疑ってるレベルの話なんだろ? じゃあさっきのアレは、厳密には告白とは呼べない。よって、俺にはいいえにしろNoにしろ、どの道返事のしようがない訳だが?」

 

「何でお断りしか選択肢にないんですかね!? というか、わたしだって結構恥ずかしいの我慢して話したんですよ? 何かリアクション、というか、先輩がわたしのことどう思ってるかくらい、聞かせてもらってもバチは当たらないと思うんですけど!?」

 

 

…………勝手に喋った癖に、と喉まで出掛かった言葉を飲み込む。

 

流石にそれを言ったら、いろはす泣かせちゃうだろうしな…………。

 

と言っても、一色をどう思ってるかなんて聞かれても。

 

 

「あざとい後輩。」

 

 

この一言に尽きるだろう。

 

俺がそう言った途端、体を起こし、上半身だけでこちらを振り返る一色。

 

そして、俺と目が合うと、彼女は半目でこちらを睨みつけ。

 

 

「やり直し。」

 

 

無情にも、そう通告してきた。

 

…………いや、まぁ今のは自分でもなかったとは思ったけどもね。

 

 

「何ですかあざとい後輩って!? それを言うなら、 先輩の方があざといじゃないですか!! とゆーか、せめて好きか嫌いかくらい聞かせて欲しいですぅ!!!!」

 

「いや、親に好き嫌いしちゃいけない、って教わってるから。」

 

 

苦し紛れにそう口にしたところ、一色はにっこりと満面の笑みを浮かべ、その両手を俺の頬に添える。

 

えっ!? 何!? これってまさか…………。

 

 

「…………今のわたしの筋力値なら、先輩のほっぺた引き千切るくらい、余裕そうじゃないですか?」

 

「やめて下さい死んでしまいます!」

 

 

一瞬でもときめいた俺がバカでした!

 

つーかこえぇよ!

 

毎度のことだが、何でめっちゃ笑顔なのに、そんな冷たい声出るんだよ…………。

 

 

「大体、好き嫌いしちゃいけないって、その理屈だと先輩、大体の他人が嫌いになっちゃうじゃないですか!? そんな理由で嫌われたら、わたし泣きますよ!? 先輩に捨てられたって、ギルドで泣き叫んでやります!!」

 

「しれっと恐ろしいこと口走ってんじゃねぇよ…………。」

 

 

同種族魅了スキルも相まって、この街の全冒険者から命を狙われる未来が容易に眼に浮かぶ。

 

 

「あー、分かった。今考えるから、ちょっと待て。」

 

「えぇー…………。それって今までわたしのこと、興味すら持ってなかったって事ですか…………?」

 

「ちっげーよ! どう言葉にするか考えるだけだ。俺は考えをまとめるとき、黙考で長考するタイプなんだよ。分かったら、少しの間話しかけんな。」

 

「酷い!?」

 

 

一色が何事か叫んでいたが、それを黙殺し、思考に没頭する。

 

考えるときは、考えるべきポイント抑えること…………しかし、思ってた以上に、平塚先生に影響されてんな、俺。

 

脇道に逸れかけた軌道を修正し、今回考察すべき要旨を選定する。

 

一色が求めている解答は、至ってシンプルだ。

 

要は好きか嫌いか。

 

ただそれだけの二択問題。

 

ならば、後は俺が一色の事を、その二択のどちらで認識しているかだ。

 

俺はすっと、瞼を閉じ、これまでの一色との交流を思い出すことにした。

 

 

『せーんぱいっ。』

 

 

まず脳裏に浮かんだのは、制服姿であざとい笑顔を浮かべた一色の姿。

 

スカートを翻し、カーディガンからちょこんと覗く白い指を伸ばし、俺に向かって手を振る姿だった。

 

 

『先輩っ♪』

 

 

次に思い出したのは、ピンク色のコートを着た、千葉に出かけた時の一色。

 

ぽてぽてと、歩きにくそうな靴で、俺の隣へと駆け寄り、あざとく袖を引く姿。

 

それからも順に、法衣を着た一色や、町娘風、パジャマ姿、ギルドの受付姿など、さまざまな場面の一色を思い出し…………って、何で俺は脳内で一色の1人ファッションショーを繰り広げてるんだ?

 

どうやら寝不足で、大分思考にガタがきてるらしい。

 

一旦頭を冷やそうと、俺は閉ざしていた両目を開く。

 

すると当然の事ながら、至近距離で俺を見上げる一色が目に入った。

 

…………あれ?

 

 

「せんぱい…………?」

 

 

潤む瞳で、こちらを見上げてくる一色。

 

この2日間で、この異常に近い距離感にもいくらか慣れてきたはずだというのに、その姿を目にしただけで、俺の心臓は早鐘の如く脈打ち始めた。

 

涙に濡れ、潤んだ黒目がちな瞳は、キラキラと宝石のように輝き、俺を呼ぶ為、小さく動いた花びらのような唇は、瑞々しい輝きを讃えながらも、不安げに小さく震えている。

 

その全てを、どうしようもなく、愛おしいと感じてしまっている俺がいた。

 

…………あ、あれ? 一色って、こんなに可愛かったっけ?

 

いや、元々見た目が可愛いとは思っていたが、こんな眼が覚めるほど美少女だったか?

 

この可愛さはともすれば、俺の中で不動の圧倒的可愛い第1位の座に輝き続ける、戸塚の地位を脅かしかねな…………。

 

 

「…………ふんッッ!!!!」

 

 

瞬間、俺は右の拳で、自らの顔面を真ん中から撃ち抜いた。

 

それはもう、一切の加減も躊躇もなく全力で。

 

 

「せんぱいっ!!!?」

 

 

目の前で繰り広げられた凶行に、悲鳴染みた声で俺を呼ぶ一色の声が聞こえるが、正直それどころではない。

 

 

「ふ、ぉぉぉおおおおおお…………!?」

 

 

痛い。痛過ぎる。洒落にならん。

 

多分、絶対、鼻の骨折れた。

 

自分の筋力値が高いってこと、完全に忘れてた。

 

意識を失わなかった事は、奇跡に等しい。

 

しかし、こうせざるを得ない理由があったのだ。

 

 

「ちょ、いきなり何やってるんですかっ!? ヒールっっ!!」

 

 

鼻血すら滴り始めた俺に、一色が夕食前に覚えたばかりの回復魔法をかける。

 

その効果は覿面で、たった一度で瞬く間に痛みが引き、血も止まった様子だった。

 

それでも、すでに出血してしまった血で顔の周りやら、抑えていた手やらは大惨事だが。

 

慌てて一色がベッドから飛び降り、部屋を出て、水を汲んだ桶とタオルを用意してくれたため、すぐにその惨状は片付いた。

 

 

「まったく、何でいきなりあんなことしたんですかっ!? 自分の攻撃力と防御力の差、理解してます!?」

 

「…………スマン、助かった。いや、寝不足のせいか、酷い幻覚が見えたんでな。目を覚まそうと思って。安心しろ。おかげでバッチリ目は覚めた。」

 

「そりゃそうでしょうねぇっ!?」

 

 

一色が怒鳴りつけてくるが、俺は耳を塞いで聞き流す。

 

…………だって、認める訳にいかんだろ?

 

少なくとも容姿が可愛い後輩が、自分に気があるかも知れない。

 

そう思っただけで、その後輩がいつもより可愛らしく見えてしまった、とか…………。

 

 

 

思春期の童貞かっ!?

 

 

 

…………あぁ、そういや思春期の童貞だったな俺。

 

だとしても、そんなに自分がチョロいなどと、エリートぼっちである俺が、認められよう筈がない。

 

つまるところ、これは必要な犠牲だったのだ。

 

…………死ぬ程痛かったがな。

 

そもそも、今朝方ルナさんから、一色に気があるかを聞かれ、俺はそれを鼻で笑ったのだ。

 

それをちょっと大好きだなんだと言われただけで、ころっと気持ちが傾くなんて、どれだけ鮮やかな掌返しだよ。

 

それに、こんな明らかに外部からの情報で歪められた感情を、本物とは言えないだろう。

 

それを伝えるのは、真剣に自分の感情と向き合い、素直に気持ちを打ち明けてくれた、一色に対する侮辱だ、と俺は柄にもなく、そんな事を考えていた。

 

 

「…………本当にもうっ、油断するとすぐに予想外の事をしでかすんですから。」

 

 

呆れたように溜息を吐きながら、一色は再び靴を脱ぎ、いそいそと俺が腰掛けているベッドへと上がってくる。

 

…………あ、埋め合わせの抱擁は継続なんですね。

 

最早諦めの境地でそれを受け入れようとしていると、不意に頭が温かい何かに包まれた。

 

…………はい?

 

 

「…………もう、こういう無茶しないで下さい。大好きだって言ってるじゃないですか。怪我なんてされたら、普通に心配するし、悲しいです。」

 

 

そして俺の頭上から降って来た一色の声で、俺はようやく自分の頭が、膝立ちでにじり寄って来た、彼女の胸に抱き締められている事に気付いた。

 

 

くぁwせdrftgyふじこlp!!!?

 

 

昨夜同様、声にならない悲鳴を上げる。

 

振り解こうにも、今にも泣き出しそうな一色の声に、それすらも躊躇われた。

 

結局、俺は一色が落ち着くまで、彼女の胸の柔らかさと、想像していたよりも固い女性下着の感触、そして、彼女の鼓動を感じながら、大人しくしている事しか出来なかった。

 

 

 

 

 

しばらく経ってから、落ち着きを取り戻したらしい一色は、膨れっ面を隠そうともせず、胡座をかいた俺の正面に、ちょこん、とお姉さん座りだか女の子座りだかいう姿勢で腰かけた。

 

 

「次こういう事したら、治してあげませんからね? …………それで、考えはまとまったんですか?」

 

 

どこか拗ねたように、そう尋ねてくる一色に、心の中で、俺だってこんなのは二度とごめんだ、と悪態を吐く。

 

それはそれとして、俺は再び一色への返事、という問題に直面する。

 

おかげでやっはろー(意味深)しかけたリトル八幡とか、口から飛び出しそうな心臓とか、いろいろなものがいっぺんに沈静化した。

 

とはいえ、先程の痛みのおかげで…………というか、あんな目に遭わずとも、一色に対する俺の認識は決まっていたのだ。

 

この世界に転生する以前から、俺は恐らく一色 いろはという少女に好意を抱いていた。

 

…………勘違いの無いように断っておくが、決して恋愛的な意味では無い。

 

あくまで、一色の人と成りに好感を覚えていた、という話だ。

 

つまるところ、一色が求める答えに置き換えるなら、俺の気持ちは『一色の事が好き』ということになる。

 

問題は、それを素直に伝えるべきでは無い、という事だ。

 

先程の俺然り、相手が自分に対して抱いている感情というものは、容易に他者への認識を歪めてしまう。

 

好きだと言ってくる相手には好意的に、嫌いだと言ってくる相手には敵対的に接してしまうのが、人間という生き物の習性だ。

 

あそこまで真摯に、自分の感情と向き合い、答えを見つけようと足掻いている彼女に、それを強いるというのはあまりにも酷な仕打ちだ。

 

…………やはり、俺は存外チョロいのかも知れない。

 

この数分のやり取りで、こんなにも心を動かされ、心を許してしまっている。

 

彼女となら、求めていたものに、手が届くのでは無いか、などという根拠のない希望に、取り憑かれそうなくらいに。

 

…………それでも、そうあって欲しいと願うくらいは、許されるのでは無いか。

 

そんな押し付けがましい願望を込めて、俺は咳払いを1つ、意を決して口を開いた。

 

 

「まぁ、何だ…………少なくとも、嫌いじゃない事は確かだ。」

 

 

ここに至り、なお煮えきらない俺の台詞に、益々膨れっ面になる一色。

 

何か言おうと口を開きかけた彼女を、俺は右手を差し出して制する。

 

不安げに揺れる、彼女の双眸と目があった。

 

 

「…………お前がいてくれて、救われたとこもあるし、感謝もしてる。それにどうでも良いと思ってる奴のために、ああだこうだ考える程、俺はお人好しじゃ無い。だからきっと、俺にとってお前は…………。」

 

 

目を閉じ、深く、深く息を吸う。

 

…………しっかりしろ。せめてこれだけは伝えるんだ。

 

ヘタレそうになる自分に喝を入れ、俺はようやく、その言葉を口にした。

 

 

「…………大切、なんだと思う。」

 

 

正直に言えば、恥ずかし過ぎて死にそうだった。

 

それでも、今だけは彼女から目を逸らしてはいけない。

 

そんな気がして、不安げだったその表情を、じっと見つめる。

 

そんな俺の視線の先で、一色は一瞬、何を言われたのか分からなかったのか、呆然とした表情で固まっていた。

 

しかし、数瞬遅れてようやく言葉の意味を飲み込んだのだろう。

 

その目尻に、じわじわと涙を溜め、頬を見る見る紅潮させていく。

 

あ、ヤバい、泣く。

 

俺がそう思った瞬間。

 

 

「っっ…………!!」

 

 

何を思ったのか、一色は俺に向かって飛びついて来た。

 

咄嗟に受け止める事ができず、彼女諸共、ベッドに倒れ込む俺。

 

 

「ぐはっ…………!?」

 

 

…………おかげで、昨夜同様、妙な呻き声を上げてしまった。

 

混乱する俺を他所に、飛びついて来た一色は、俺を抱き締めた両腕に、ぎゅっと力を込め、肩を震わせながら、俺の胸板に顔を擦り付けて来る。

 

…………あ、あれ? 俺、何かマズイこと言っちゃった?

 

そんな不安に駆られ、どうフォローしたものかと、俺が頭を悩ませていると。

 

 

「…………ヤバいです。ヤバ過ぎです。」

 

 

不意に、胸元から、くぐもった一色の声が聞こえて来た。

 

 

「大好きな人に、大切って言われるの、こんなに嬉しいだなんて知りませんでした。ヤバいです。幸せです。幸せ過ぎて死にそうです…………!」

 

 

…………今まさにヤバいのはお前の語彙力だけどね。

 

どうやら肩を震わせていたのは、泣いていたからではなく、単に感極まって、どう振る舞えば良いか分からなかっただけだったらしい。

 

人騒がせな話だ。

 

眠気も相まってか、それとも混乱する出来事が、余りに立て続けに起こったせいか、いやに俺は冷静だった。

 

…………考えること放棄しただけとも言うか。

 

 

「つーか、大好きとか軽々しく言うなって言っただろうが。しかも、告白OKされたみたいな反応してるけど、違うからな? あくまで、恋愛感情とか抜きに、って話だからな?」

 

 

大切、という言葉一つで有頂天になっている様子の一色。

 

そんな彼女を落ち着かせるため、厳しいかも知れないが、敢えてそう事実を伝える。

 

しかし…………。

 

 

「いえもう正直そんな事どうでも良いというかさっきので全然いろいろOKというか今先輩に口説かれたら深く考えず即堕ちしちゃいそうなのでもういっそそうして下さいごめんなさい。」

 

 

すっかり幸せの絶頂にいる一色には、馬の耳に念仏だったようだ。

 

…………というか、最後のごめんなさい、言ってるだけで、完全に口説けって催促してるじゃねぇか。

 

あと、女の子が即堕ちとか言わない。

 

一色の感情を誘導させないよう、敢えて『好き』という言葉を避けた筈が、これでは余り効果がなかったのでは無いか?

 

思わず、溜息を零す。

 

 

「…………うー、分かってます。分かってるんですよ? でもでもっ、しょうがないじゃないですかぁ! 自分でも恋愛感情か分かんないし、先輩もそういう意味で言ってないって分かってるのにぃ…………! こんなに幸せな気持ち、どうして良いか分かんないですよぅ…………。」

 

 

俺の溜息に反応したのか、人の胸に顔を埋めながら、じたばたと足を動かし、行き場のない感情を持て余した様子の一色。

 

…………地味に痛いから、その辺で勘弁してもらえませんかね?

 

一頻り俺の上で暴れて周り、ようやく落ち着いたのか、不意に顔を上げる一色。

 

 

「せんぱいのばか…………あんな風に言われたら、もう恋愛感情かどうかとか関係なく、先輩から離れられなくなっちゃうじゃないですか。…………責任、取って下さいね?」

 

 

そして拗ねたような表情で、甘えるようにそう口する。

 

…………お前、俺にどんだけ責任取らせるつもりだよ。

 

 

「…………あ。そう言えばお前、生徒会とか葉山の事とかどうでも良かったって言ってたよな? じゃあ昨日のあれは何だよ? 俺恥かいて損したじゃねぇか。つーかその分の責任ノーカンだろ。」

 

「うっ、今頃それに気付きますか…………。ダメでーす。だって先輩が言ったんですよ? わたしが思ってる責任を果たすまで、って。男に二言はないですよね〜?」

 

「チッ! 厄介な奴に言質を取られた…………。」

 

「厄介とか、正直過ぎませんかね…………。」

 

 

そんなやりとりの後、再び俺の胸に顔を埋めた一色。

 

…………俺、いつになったら寝れるんだろうか?

 

正直、もうそろそろ限界なんだけど?

 

 

「…………先輩、ちゃんと約束通り、これからも一緒に居てくれますよね?」

 

 

睡魔と格闘している俺に、一色はそんな問いを投げかけて来る。

 

ベッドの感触と、彼女の温もりのせいで、ぼんやりとして来た思考の中、俺は思いつくまま、それに答えた。

 

 

「…………ああ。お前がもう飽きた、って言い出さない限りはな。」

 

「…………えへへっ。それじゃ、それじゃあせんぱいは、わたしを飽きさせないよう、頑張らなきゃですね?」

 

 

いやに幸せそうな声で、一色はそんな事を言い出す。

 

どんだけマウント取りに来るの、この後輩は?

 

呆れつつも、俺の眠気はいよいよ抗い難い領域に差し掛かり、目を開けていることすら出来なくなる。

 

…………ダメだ。もう、げんか…………。

 

 

「…………せんぱい、大好きですよ。」

 

 

一色の甘えるような、そんな声を聞きながら、俺の意識は、ようやく1日ぶりの睡眠へと堕ちていくのだった。

 

 

 

 

 

目が覚めたとき、どんな1日が始まるのか、それはいつだって、その時にならなければ分からない。

 

誰しもが同様に不安を抱え、それ故に、必死にその日を良くしようと足掻くのだ。

 

そんな先の見えない明日でも、きっと今日よりは良くなるのではないか。

 

何ら根拠のない、酷く漠然とした、淡い期待。

 

俺が数年ぶりに、そんなものを抱いたのは、きっと胸の上で、嬉しそうに微笑むこいつのせいなのだろう。

 

転生の際、残念ながらラブコメの神様には会えなかったが、もしいるのなら、是非いつか会ってみたいものだ。

 

そのときは、俺の青春ラブコメは、これで良いのか、と小一時間は問い詰めてやるとしよう。

 

 




最後までお読み頂き、ありがとうございます。

ようやく、今回のイチャイチャを書き終える事が出来ました。(灰)

いろいろとありますが、早速今回の言い訳をさせて頂きたいと思います。

もう溜まりに溜まり過ぎて、ね?


① 八幡の八幡
ド下ネタです。本当に申し訳ございませんでした。(土下座ぁぁぁ!!)

2人の体勢を考えていたら、どうしても気になってしまい…………。

いろはくらいの美少女を抱き締めてたら、そりゃそうなると思うのですよ。


② いろはすスパークリングストロング
何故ここでぶっ込んだのか、と方々から疑問に思われそうだな、と自覚しながら執筆しておりました。

おおよそは本編で描いた通り、いろはのカオスな心情故なのですが、やっぱりライバルの登場に焦るヒロインは可愛いと思ったのです。


③ いろはの想い
独自解釈、捏造のオンパレードです。申し訳ございませんでした。(土下座ぁぁぁ!!)

大体がこうだったら可愛いのにな、という作者の願望ですが、何か?(開き直り)

…………嘘です、ごめんなさい。

広い心で許して頂けると幸いです。


④ 八幡ご乱心
本来の八幡は、ここまでアグレッシブなダイナミック起床はやらないと思いつつも、いろはのチャームを解呪するには、これくらいのインパクトは必要かな、と。


⑤ 結局2人は両思いなの?
ご愛読、ありがとうございました。

水刀言心の、今後の活躍にご期待下さい!

…………いや打ち切りませんけどね?(笑)

結局のところ、2人は互いに意識し合っていることを確認したものの、関係はそんなに変わっていません。

敢えて言うなら、『先輩と後輩』だった関係が『先輩(後輩)以上恋人未満』になった、という感じです。

これ以上の進展は、今後にご期待下さい。


以上、今回の言い訳でした。

いつもたくさんのご感想、また誤字報告を頂き、誠にありがとうございます。

皆様のお声のおかげで、『10連休? 何それ美味しいの?』状態な過密スケジュールの中でも、日々の執筆に励むことが出来ております。

まるで話が進まず、申し訳ない限りの拙作ではございますが、今後とも是非ご愛読頂けると幸いです。

それでは、また次回の更新でお会いしましょう。


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第14話 この手強いライバルに宣戦布告を!




大変、大変長らくお待たせ致しました!

更新、再開します!


 

 

 

 

 

…………い。

 

…………んぱいっ。

 

 

微睡みの中、誰かに呼ばれているような気がして、僅かに意識が覚醒する。

 

未だぼんやりとする意識の中、起床を呼びかける何者かに、ささやかな抵抗を試みようと、やけに柔らかく暖かな抱き枕を、俺は強く抱きしめた。

 

 

…………ひぁあっ!? せんぱいっ!?

 

 

すると、少し力が強過ぎたのか、甲高い悲鳴をあげる抱き枕。

 

…………悲鳴を上げる抱き枕?

 

瞬間、俺の意識は急速に覚醒する。

 

眠気など銀河の彼方◯スカンダルまで吹き飛び、普段なら頑固に眠気を訴える瞼さえ、超特急で瞬時に開いた。

 

恐る恐る、視線を下へとずらす。

 

目に入ったのは、何となく見覚えのある、亜麻色のつむじだった。

 

 

「な、何ですか実は起きてるんですか昨日の今日でこういう事されたら逆らえる訳ありませんし初めてなんで優しくして欲しいですお願いしますっ。」

 

 

…………最早、ごめんなさい、もどっか行ってんじゃねぇか。

 

冷静に脳内でツッコんだものの、俺は全身から急激に血の気が失せていくのを感じた。

 

弾かれたように、俺は目一杯後退り。

 

 

「んがっ…………!!!?」

 

 

当然だが、ベッドから落下。

 

後頭部を強かに床へと打ち付け、無様な悲鳴を上げるのだった。

 

 

 

 

 

「あーもう、たんこぶ出来ちゃってるじゃないですか。ヒールっ。」

 

 

打ち付けた後頭部を触りながら、呆れたように呟き、回復魔法をかけてくれる一色。

 

昨日同様、瞬く間に痛みは引いていったが、この痛みの原因もこいつだと思うと、素直に感謝する気が起きない。

 

…………というか、2回とも戦闘と関係ない事で回復魔法使われたな。

 

 

「…………ありがとよ。けど、何でお前ここで寝てんの?」

 

「あ、やっぱり覚えて無いんですね。言っときますけど、わたしが先輩と一緒に寝てたの、全部先輩のせいですからね?」

 

 

言いながら、俺の後頭部の髪を掻き分け、こぶが治っていることを確認したのか、ぺしん、と人の頭をはたく一色。

 

…………何ですと?

 

 

「昨日、話しながら寝ちゃったのは覚えてます? わたしが上にいるのに、すやすや寝息立てて。」

 

「ああ、それは何となく。徹夜だったし、睡魔の猛攻に耐えられなかったんだよ…………。」

 

「いえ、それは別に良いんですよ? 先輩の寝顔可愛かったですし、ご馳走様でした。」

 

「…………コメントに困るから止めろ。」

 

「てへっ☆ …………ええと、それでですね、しばらく先輩の寝顔を網膜に焼き付けて、それから部屋に戻ろうと思ってたんですよ。で、いつまででも眺めていたくなる衝動を必死で抑えて、部屋に戻ろうとしたら…………先輩にしっかり抱き締められてて、身動きが取れませんでした。」

 

「…………いろいろとツッコミたい事はあるが、嘘だろ?」

 

「ぶー、ホントですもん! このままじゃ2人とも風邪引いちゃうって思って、両手使えないから、足でいっしょうけんめい毛布かぶせたわたしを、先輩はもうちょっと労わるべきですぅ! 足攣りそうだったんですよぉ!?」

 

 

ぷりぷり、とあざとく憤慨ぶりをアピールして来る一色だが、俺の方はそれどころではなかった。

 

…………いくら熟睡中の事とは言え、何してくれちゃってんの俺――――!?

 

余りの羞恥に、まさに顔から火が吹き出しそうだ。

 

しかしふと、一昨日の自分を思い出す。

 

俺が一色の残り香だけで眠れなかったのだ、抱き締められていた一色は、なおさら眠れなかったのでは?

 

そう思って、一色の顔を見ると、彼女は不思議そうに首を傾げる。

 

…………隈どころか、昨日より顔色良くないかコイツ?

 

 

「…………なぁ、お前その状況で眠れたのか?」

 

「ふぇ? バッチリ眠れましたよ? むしろセンパイニウム充填120%で、昨日より元気なくらいですね!!」

 

 

何故かドヤ顔で胸を張る一色。

 

…………可愛いからヤメロ。

 

というか、本当にその謎成分は何なんだよ…………。

 

心配が空振り、酷く脱力してしまった。

 

 

「はっ!! と、というかわたし、今せんぱいに寝起きのいちばん気が抜けたとこ見られてます!?」

 

「いや、それに気付くの今更過ぎでしょ…………。」

 

「ちょ、ちょっとタイムです!! 先輩にならいろいろウェルカムですし、一緒にお風呂とか余裕ですけど、流石に寝起きは恥ずかしくて無理です!!」

 

「羞恥心のハードルおかしいだろ!?」

 

 

というか、一緒にお風呂とか、俺の方が無理だからね!?

 

小町相手でも恥ずかし過ぎて無理まである。

 

 

「い、急いで用意してきますねっ!!」

 

 

言いながら、慌てて部屋を出て行こうとする一色。

 

しかし彼女は、ふとドアの前で足を止めると。

 

 

「…………せんぱい?」

 

 

何故か嬉しそうな表情で、こちらを振り返り。

 

 

「朝チュン、しちゃいましたね?」

 

 

照れ臭そうなはにかみを残して、俺の部屋を去って行った。

 

…………何で必要以上に意識させるようなこと言うんですかねぇ!?

 

寝起きにも関わらず、昨夜の大好き連呼事件時並みに、俺の顔は熱くなっていた。

 

…………もしや俺は、気が付かないうちに、普通に朝を迎えられない呪い、にでも掛かっているのだろうか?

 

かなり本気でそんなことを考えつつ、俺はいそいそと出掛ける準備を始めるのだった。

 

 

 

 

 

先日同様、女将さんから朝食をご馳走になり、ギルドへと向かう俺と一色。

 

そしてこれも昨日同様…………否、俺の右腕を抱き締めた一色は、昨日以上に俺へベッタリと引っ付いていた。

 

嬉しそうに鼻歌を口ずさみ、幸せそうに抱き締めた俺の腕に頬ずりして来る一色は、控えめに言って鼻血が出そうなくらいに可愛かった。

 

実際、すれ違った人たちも、一色が無意識にスキルを使用しているのか、もしくは彼女が放つ謎の幸せオーラにやられたのか、微笑ましげな視線で会釈してくれた。

 

もっとも、独り身と思しき男性たちは、一色の視界に映らないところで、血涙を流しながら俺を睨みつけていたが。

 

…………これ、最早独身男性に対するテロなんじゃなかろうか。

 

そんなことを冷静に分析している自分に気付き、俺は少し驚いていた。

 

昨日と合わせて、一色とこうして歩くのは2度目だ。

 

それ故に多少の慣れのようなものはある。

 

しかし、それだけでこうも女子にくっつかれて、平静を保てるようになるほど、俺の、というか一般的な男子高校生の異性に対する免疫力は高くはない筈だ。

 

では何故、俺がこうして冷静にいられるのか。

 

それはやはり、昨日聞かされた、一色 いろはの言葉が、脳裏に焼き付いて離れない所為だろう。

 

想像していた以上に、こいつの思考…………理想と言い換えても差し障りないかも知れないそれは、俺が抱いた幻想に迫っていた。

 

それを目の当たりにした所為か、俺は自分が思っている以上に、こいつに対して気を許してしまっているのだろう。

 

ここ数年、小町以外を近づかせた覚えのない、酷く広い俺のパーソナルスペースへの侵入を、無条件で黙認する程度には。

 

…………とは言ったものの、結局のところ、こいつは小町ではないし、妹のように思っていても、あくまでも他人だ。

 

つまるところ、多少気を許したところで、俺がこいつに異性を感じて、ドギマギする事が無くなるわけではない。

 

結果、昨日より強く押し付けられた、柔らかな感触や、甘い香りに気付き、俺が冷静さを失うのに、そう時間は掛からなかった。

 

…………やっぱ明日からは、全身鎧で出掛けよう。

 

 

 

 

 

「え? 指導の延長ですか?」

 

 

ギルドに着いた俺は、昨日と打って変わり、俺から離れる事に、酷く難色を示した一色を、必死で引っぺがして、ルナさんに訓練の事を相談していた。

 

 

「あのお2人が、自分たちより強い、と太鼓判を押されている以上、正直必要性はないと思いますが…………。」

 

 

あくまでも、訓練の続行を希望する俺に、困ったような笑みを浮かべ、そう答えるルナさん。

 

 

「その評価は有難いんですが、正直ずぶの素人としては、たったあれだけの訓練じゃ、イマイチ安心出来なくて。」

 

「は、はぁ…………? ええと、イロハさんも同意見なんですか?」

 

「んー…………わたしとしては、正直訓練なんて面倒、って思わなくもないですよ?」

 

「でしたら…………。」

 

「ただ、あの怠け者全国代表に選ばれそうな先輩が、ここまで真剣にくんれんくんれん言ってるとこ見ちゃいますと…………やっぱりしておいた方が良いのかなぁ、って。」

 

「は、ハチマンさんが、怠け者全国代表…………!?」

 

 

信じられないといった表情で、ルナさんは俺を見つめて来る。

 

全国代表は言い過ぎだろう。

 

せいぜいが千葉代表くらいだ。

 

…………怠け者否定出来てないな、これ。

 

 

「…………俺としても、やらなくて良いなら、それに越した事はないんですけどね。賭けるもんが、自分の命である以上は、やれるだけの事はやっておきたいんですよ。」

 

「な、怠け者は否定しないんですね…………分かりました。そういう事でしたら、少し心当たりを当たってみますね。」

 

 

相変わらずの苦笑いだったが、ルナさんはどうにか承諾してくれた。

 

 

「お手数お掛けします。」

 

「いえいえ、冒険者の方が命を落とさないようサポートするのも、ギルド職員の仕事ですから。気にしないで下さい。…………あ、話は変わりますが、昨日お願いされた件、盗賊の方とクルセイダーの方にお会いできましたので、今日の昼食時に来られるそうですよ。」

 

「そうですか。何から何まですみま「せんぱいっ!!」…………何だよ?」

 

 

ルナさん頭を下げようとしたところ、一色に腕を引っ張られ中断する。

 

犯人の顔を見ると、昨日から大分見慣れた膨れっ面で、俺を睨んでいた。

 

 

「何だよ、じゃないですよー! 何ですか盗賊にクルセイダーって!? わたしに断りなくパーティメンバー増やすつもりですかっ!?」

 

「ああそういう…………別にパーティメンバー募集とかいう話じゃねぇよ。ちょっと覚えたいスキルがあったから、ルナさんに頼んで教えてくれそうな人に声かけてもらっただけだ。」

 

「むぅ、それなら…………って、良くないですよ! クルセイダーのスキルなら、わたしが覚えて、先輩に教えれば良い話じゃないですかっ!?」

 

「いや、昨日夕食の前に話したろ? お前に一般的なクルセイダーの役割させる気は無いんだよ。囮スキルのデコイとか、正直覚えてもらっても、ヘイト管理が面倒になって、俺が困るだけだから。」

 

「へ? あ、ああ、あの敵の注意を引き付けるってスキルの事ですか? ま、まぁそれなら納得ですけど。」

 

 

昨日の夕食前、一色と俺は実際に討伐クエストに向かう際、どう言った役回りで動くか、という軽い打ち合わせを行った。

 

結果、スピードがあり、気配遮断を含め、急な離脱も容易な俺が前衛、支援魔法に富み、投槍による遠距離攻撃が可能な一色は後衛、という大まかなポジションが決定している。

 

その為一色には、クルセイダーの職業スキルより、ランサーやアーチャー、アークプリーストのスキルを優先して覚えてもらう事になったのだが、こいつ、言われるまで忘れてたな。

 

 

「まぁそういう訳だから、ルナさん、重ね重ねありがとうございます。」

 

 

気を取直して、そう礼を述べると、ルナさんは慌てた様子で両手を振った。

 

 

「そ、そんな気にしないで下さい。ギルド職員として、当然の事をしたまでですからっ。…………あ、で、でも、ハチマンさんがどうしても、気になさると言うなら、今度一緒にお食事でも…………。」

 

「え、ええと…………。」

 

 

一瞬にして怪しくなる雲行きに、しまった、と思う。

 

ルナさんの誘いに、どう答えたものかと、頭を悩ませていると。

 

 

「どーんっ♪」

 

「ぐっふっ…………!?」

 

 

何故か一色に、思い切りタックルを食らった。

 

 

「…………な、何なのお前? 話の腰を折るついでに、俺の腰も折るつもりだったの?」

 

「むっ、こんな美少女に抱き着かれて、その反応は失礼じゃないですかね?」

 

 

いや、今のは決して抱き着くなんて、可愛らしい威力ではなかった。

 

…………というか、こいつ人前で何してくれちゃってんの。

 

見れば、ルナさんも一色の奇行に、目を白黒させて驚いている。

 

流石にこれはよろしくないと思い、一色を引き剥がそうとした瞬間。

 

 

「全く、昨夜はあんなに愛し合ったのに、いきなり目の前で浮気なんて、感心しませんよー?」

 

 

抱き着く力を強めながら、一色が放った言葉に、俺は愚か、ギルド中が凍り付く。

 

あ、酒場の方で黄色い歓声が上がった。

 

 

「あ、あああ、あい、あいっ、愛しっ…………!!!?」

 

 

一色の衝撃発言に、処理が追いつかないのか、顔を真っ赤にして、壊れたプレイヤーの如く、同じ言葉を繰り返すルナさん。

 

 

「…………お前、マジで何してくれてんの!?」

 

 

よりによって、何でそう誤解を招く言い方をしますかね!?

 

非難の意味を込めて言うと、しかし一色はそれを意に介した様子は無く。

 

 

「…………ほら先輩、今の内に更衣室に行って下さい。ルナさんのお誘い、ウヤムヤにしちゃいましょう♪」

 

 

俺の腕を引くと、耳元でそう囁いた。

 

…………ああ、そういうこと。

 

 

「…………スマン、助かる。」

 

 

これが一色なりの助け舟だと理解した俺は、気配遮断を発動、そそくさと更衣室へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

《冒険者ギルド受付嬢 ルナの決意》

 

 

その人は、今まで私が見てきた、どの冒険者とも違う人でした。

 

暗闇を固めたような漆黒の全身鎧を纏って、腰には見るからに禍々しい大剣を携えた彼。

 

どう見ても、存在感溢れる外見なのに、その気配は酷く希薄で、炎の上に揺らめく陽炎のよう。

 

そして兜の下に隠されていた素顔を目にした時、私は息を飲みました。

 

 

…………だって超タイプだったんですもん!!

 

 

すっきりとした顔立ちと、少し鋭い目付き、にも関わらず柔らかな物腰。

 

一目惚れ、とまではいかないまでも、彼に興味を抱くのには十分でした。

 

そして登録時にはそのステータスの高さに驚かされたり、ほとんど誰も受けようとしない、ギルドのお手伝いクエストを受けようとされ、再び驚かされたり。

 

とにかく、彼は雰囲気も行動も、私がよく知る冒険者とは、かけ離れていました。

 

だけど、極め付けだったのは、イロハさんとの関係を伺ったとき、彼が一瞬だけ見せた、とても優しげな、ほんの小さな笑み。

 

 

『…………約束、しちゃったもんで。一人にしない、って。』

 

 

…………あれはもう反則です。

 

普段の…………と言っても、この2日というわずかな間しか知りませんが、とにかく平時の彼は、どこか近寄り難い空気を発していて、口数も表情も乏しい方です。

 

そんな彼が、不意にあんな優しい笑みを浮かべたら…………あれに心ときめかない女性なんて、いないと思います。

 

そう言った訳で、私は彼…………ヒキガヤ ハチマンさんにアタックする事を決意しました。

 

相方のイッシキ イロハさんという強力なライバルの存在もありますし、一筋縄でいかないことは明白ですが、乙女にはそれが分かっていても、戦わねばならない時があるのです!

 

そんな風に意気込んでいたのですが…………。

 

 

「全く、昨夜はあんなに愛し合ったのに、いきなり目の前で浮気なんて、感心しませんよー?」

 

 

…………いきなり心が折れそうです。

 

 

目下最大のライバルと認定しているイロハさんからの、衝撃の発言に早朝にも関わらず騒然とするギルド。

 

勿論、私も平静ではおられず。

 

 

「あ、あああ、あい、あいっ、愛しっ…………!!!?」

 

 

…………と、声を上擦らせてしまいました。

 

そして、私が正気に戻ると時すでに遅く、近くにハチマンさんの姿はなく。

 

 

「ふふっ、ちょっとやり過ぎちゃいましたかね?」

 

 

悪戯っぽく微笑むイロハさんが居るだけでした。

 

 

「それにしても、いきなりデートのお誘いなんて、ちょっと大胆過ぎませんかね、ルナさん?」

 

「うぐっ…………。」

 

 

言いながら、不敵な笑みを浮かべるイロハさん。

 

確かに、少し焦り過ぎていたことは否めません。

 

よりによって、彼女の前で誘うなんて、妨害して下さいと言ってるようなものじゃない!

 

 

「まぁ未遂でしたし、構いませんけど。それと『愛を確かめあった』って言うのは、少し本音を打ち明けあった、ってだけの話で、わたしと先輩は『まだ』そういう関係じゃないから安心して下さい。」

 

「そ、そうなんですか? ほっ…………。」

 

 

よ、よかった。

 

そう安心したのも束の間…………。

 

 

「まぁあの先輩に『大切だ』なんて言ってもらえた上に、昨日は同じベッドで抱き合いながら寝ましたけど。」

 

「えぇっ!?」

 

 

再びイロハさんの発言で、絶望のどん底に叩き堕とされました。

 

は、ハチマンさん、そういう事を口するタイプには見えないのに…………。

 

こ、これって、もう勝ち目ないんじゃ…………。

 

い、いや! 弱気になっちゃダメよ私!

 

本人が言ってたじゃない、まだそういう関係じゃないって!

 

恋は戦争! 遠慮なんてしてる余裕、私にはないんだからっ!!

 

きっ、と私は意地悪な笑みを浮かべたイロハさんを睨みつけました。

 

 

「ハンデがある事は百も承知です! でも、負けませんからっ!!」

 

 

そして、彼女の目をしっかりと見据え、そう宣言します。

 

するとイロハさんは、少し驚いた表情を浮かべ、しかし、次の瞬間…………。

 

 

「昨日までのわたしだったら、そこまでハッキリ言われちゃうと、きっと気後れしちゃってましたね。でも…………。」

 

「言いましたよね? 『愛を確かめた』って。いろいろ吹っ切れちゃいましたし、自分の気持ちにも整理がつきました。だから…………。」

 

 

 

「先輩は誰にも渡しません。」

 

 

 

同性の私でさえ息を飲むほどの、素敵な笑みでそう宣言しました。

 

…………やっぱり、彼女は私にとって、最大のライバルで間違いなさそうです。

 

絶対に負けないんだから!!

 

 

《冒険者ギルド受付嬢 ルナの決意 了》

 

 

 







最後までご覧戴き、ありがとうございます。

そして、大変長らくお待たせしてしまいました事、重ねてお詫び申し上げます。

活動報告でも述べました通り、一重にスランプだったことが主な原因です。

それと同時に、本業の忙しさもあり、なかなか筆を取れずにいました。

皆さまからのご声援と、少しずつとはいえ伸びていく閲覧件数や評価を活力に、ようやく続きを書くことが出来ました。

本当にありがとうございます。

以前よりは更新ペースが落ちるとは思いますが、今後は定期的に更新していきたいと思います。

それでは、久々に今回の言い訳コーナー。



①いろはすスパークリングリターンズ
 前日のやり取りと、一晩一緒のベッドで過ごした事により、いろいろと吹っ切れています。Warning!

②始まりのゴング
 描写が少なく分かりづらいかもしれませんが、一応いろはは八幡への気持ちを『恋愛感情』だと結論付けました。
 と、なると強かな彼女は、周囲を牽制して回るでしょうから、こういった展開になりました。
 女の人って、偶にこあいよね?(gkbr



以上、本日の言い訳コーナーでした。

さて、次回は少し時間が経った地点から、お話しを始める予定です。

少し更新のペースを落とし、月2〜3回を目標に頑張りますので、今回の長い放置期間に懲りず、今後ともお付き合い頂けると幸いです。

それでは、また次回の更新でお会いしましょう。




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第15話 然して、彼と彼女は野に放たれる

本当にお久しぶりです。

何かもう度々申し訳ございません(土下座)。

今回はまたもや説明回となっておりますが、前話の後の流れをざっくりダイジェストでお送りしております。

そしてオリジナルスキル、及びルーンナイトの設定を捏造しまくりです。ご注意下さい。

お楽しみ頂けると幸いです。


 

 

 

 

 

異世界に転生して2週間程が過ぎた今日この頃。

 

アクセルから馬で1日ほどの距離にある、とある農村を訪れていた俺と一色は…………。

 

 

「あーもう!! きりがなさ過ぎませんかねぇっ!!」

 

「口じゃ無くて手ぇ動かせっ!! 齧られんぞっ!!」

 

 

現在、農村近郊の森で、無数のコボルトに囲まれていた。

 

 

 

 

 

ことの発端は6日前に遡る。

 

あれから紆余曲折はあったものの、俺と一色は無事にギルドのお手伝いクエストを終えた。

 

ついでにルナさんに頼んだ後任の指導員も見つかり、4日間はその人達からの指導…………もとい、合同訓練を行い、折々でこちらもルナさんに顔繋ぎを依頼した、様々なジョブの冒険者達から、必要なスキルを教わり、訓練で効果を確認しながら、モンスターとの戦いにも備えた。

 

幸運だったのは、勤務2日目に、モンスターを倒さずとも、経験値を多く含む食材を食べれば、レベルが上がる、という事実に気付けたことだろう。

 

おかげで、俺と一色は、多少の散財はしたものの、モンスターと戦わずして、初の討伐クエスト時にはレベル5になり、チートの影響か、ただでさえ暴力的だったステータスが、さらに上昇していた。

 

勿論、こちらもチートのおかげでスキルポイントもアホ程増えた。

 

その為、俺と一色は有り余るスキルポイントを注ぎ込み、ギルドで収集した情報を基に、チートの影響で冒険者カードに出現した古今東西のレアスキルを数々取得。

 

綿密な計画を立て、万全を期して初の討伐クエスト、『3日間でジャイアントトード5頭の討伐』に挑んだ。

 

 

…………結果はお察しである。

 

 

チートスキルにチート装備、過剰なステータスと十分な訓練期間。

 

それらを俺は過小評価し過ぎていたらしい。

 

3日で5頭どころか、俺たちは1時間で20頭を超えるジャイアントトードを討伐した。

 

なお、たまたま付近を通りすがり、その光景を目撃した冒険者は震えながらこう語った。

 

 

『あれは討伐じゃない、虐殺だ。』

 

 

…………いやだって、あんなデカいカエル目の当たりにしたら、流石にパニックにもなるじゃん?

 

慌てた俺と一色は冷静さを失い、取得したスキルをフル活用。

 

一色の支援魔法を掛けられるだけ掛け、装備の専用スキルをはじめとした、凶悪な攻撃スキルを遠慮なしに乱発し、俺と一色はカエル相手に、それはもう見事な無双を披露した。

 

周囲を瞬く間に荒野へと変えてしまう程に。

 

…………余談だが、先程の冒険者は、威圧スキルで殺気を撒き散らし、目庇の奥で狂化により真紅に染まった眼光を煌めかせ暴れ回る俺を、リビングアーマーというアンデッドモンスターの変種だと誤認。

 

更には、傍らにいた一色を、それを討伐する為に送り込まれた、凄腕冒険者だと勘違いしたまま、見たままの情報をギルドへ報告。

 

即座に討伐隊が組織され、俺の討伐と一色の救援の為に、その討伐隊が差し向けられるという事件が発生した。

 

…………なお、討伐隊は俺を確認するなり、問答無用で魔法や矢を乱射。

 

スキルやらでそれを咄嗟に防いだ俺は、すぐに誤解を解こうとしたが、既に遅かった。

 

 

 

俺が攻撃されたことで、一色がガチギレしたのだ。

 

 

 

殺気に気付き俺は待ったをかけようとしたが、一色は止める間もなく法衣のスキルで上空へ移動。

 

そして間髪入れず、支援魔法マシマシで全力の魔槍投擲。

 

死人こそ出なかったものの、その日一番の威力で放たれた魔槍は、討伐隊の眼前に、巨大隕石が落下したかの如き巨大なクレーターを生み出した。

 

ダメ押しに、地面に突き立った魔槍の柄へと降り立った一色は、崩れ落ちる討伐隊の面々を冷たく見下ろすと、例の空恐ろしい声色で告げた。

 

 

『は? 何ですか? バカなんですか? そんなに○にたいんですか? そうですか…………よし、ぶっ○します。』

 

 

この時一色と対峙した冒険者たちには、狂化によって真紅に輝く眼光で、自分たちを射抜くように睨みつけた一色が、人の姿をしたエンシェントドラゴンに見えたそうな。

 

状況は飲み込めずとも、彼らは本能で自らのなすべきことを理解したのだろう。

 

彼らが怒り狂う一色を鎮める為にとった行動。

 

 

それ即ちDOGEZAである。

 

 

しかしブチギレムカチャッカファイヤーインフェルノ状態の一色は、その程度では治まらず。

 

ふわりと地面へ降り立つと、槍を引き抜き、その柄を地面へ、ずどん、と叩きつけた。

 

その衝撃は凄まじく、DOGEZA敢行中の討伐隊一行の体が、一瞬浮く程だった。

 

恐慌一歩手前な彼らに、一色は相変わらずな、絶対零度の声色で告げた。

 

 

『…………謝る相手が違いませんかね?』

 

 

次の瞬間、全速力で俺の眼前へと駆けつけ、目にも留まらぬ速さでDOGEZAを繰り出す、屈強な冒険者達。

 

その光景に、俺は思わず震えた。

 

一色への恐怖でな。

 

無論、直接その殺意というか、怒気を向けられた冒険者達は言わずもがな。

 

この日アクセルに、『イッシキ イロハ並びにヒキガヤ ハチマンを敵に回してはならない』という暗黙の掟が生まれた。

 

…………まぁ、俺もギルド内で派手に暴れたしな。

 

冒険者達の見事なDOGEZAによって、どうにか矛を納めた一色。

 

しかし本当の問題はその後だった。

 

ギルドにてクエストの達成報告を行った俺と一色は、そのままルナさんから事情聴取を受け、当然ながら過剰防衛だとお叱りを受けた。

 

しかも、俺たちが派手に暴れ過ぎた所為で、繁殖期が近づき、アクセル周辺に集まっていたジャイアントトードが、方々へ散らばってしまう可能性があるという。

 

流石に自分達のせいで、周辺の村落で人死にが出る、というのは看過しがたい。

 

結局、ルナさんとの協議の結果、俺と一色は『1週間でアクセル周辺の生態系を調査せよ』という緊急の調査クエストを請け負うことに。

 

具体的な内容としては、ギルドが指定するアクセル近郊の村落を回り、ジャイアントトードの流入が無いかを確認する、そして存在が確認された場合、速かにこれの討伐を、という至ってシンプルなもの。

 

ただし、結構な距離を移動することになりそうだった為、俺は馬を借り、乗馬スキルの取得を考えたのだが、珍しく一色に止められた。

 

 

『わたしにいい考えがあります!』

 

 

某司令官のような台詞で、あざとくドヤる一色に、俺は不安しか感じなかった。

 

…………そして、その不安は的中する。

 

詳しくは後述するが、一色が馬の代わりに提案した移動法は、確かに馬より速く、コストも掛からないものだった。

 

ただ、その代償に、俺はこの1週間で20数回のスカイダイビングを経験する羽目になり、少しでも心労を減らす為、一切の迷い無くテレポートを習得する羽目になった。

 

…………2度と調査クエストなんて受けねぇぞ。

 

そんな風に、俺の心に多少の傷跡を残したものの、クエスト自体は順長に経過し、この6日間で10数頭のジャイアントトードやゴブリン、大物だとオーガなどを討伐した。

 

そして残すチェックポイントも、あと2箇所となったクエスト最終日。

 

最初に訪れた村の近郊で、事件は起こった。

 

それが冒頭での惨状である。

 

 

 

 

 

「まさかコボルトの群れに出くわすなんてな…………!!」

 

 

悪態を吐きながら、俺は手にした魔剣、マクベスを一閃、数匹のコボルトを纏めて両断する。

 

視界の隅では、一色が俺と同様に魔槍、ハムレットでコボルトを纏めて薙ぎ払っていた。

 

 

「全く次から次へと…………! これもう上空から魔槍ズドン、で殲滅しちゃったらダメですかね!?」

 

「やめとけ。調査クエストの範囲と期間が増えるだけだ…………!」

 

 

コボルトに近付かれないよう、適確に魔槍を振るいながら、苛立ちを隠そうともせず、空恐ろしい事を口走る一色。

 

それに対し、冷静にツッコミながらも、彼女が言う通り、このままでは埒があかないと、俺も感じ始めていた。

 

敵感知スキルで、無数のコボルトの接近に気付いた俺と一色は、すぐにも森の中では見通しの良い、開けた空間へと移動。

 

おかげで不利にならず、防衛に成功してはいるが、いかんせん数が多過ぎる。

 

このままではジリ貧になる事は明白。

 

…………ここは多少強引だが、こじ開けるしかない。

 

即座に決断し、握っていたマクベスに、魔力を通す。

 

ばちっ、という放電音とともに、マクベスの剣身が、黒い稲妻に覆われ、次第にその稲妻は剣身を延長するように纏わり付き、漆黒の刃を形成していく。

 

 

「リベリオン。」

 

 

そして長大な魔力の刃を、自分側のコボルトの群れ目掛けて薙ぎ払った。

 

 

 

俺たちがエリス様に託された呪いの装備には、それぞれの名に因んだ専用スキルが付与されている。

 

俺が持つ両手剣は『簒奪の魔剣 マクベス』。

 

その名に冠する通り、付与されたスキルは『簒奪スキル』。

 

マクベスの刃を、一太刀でも浴びた対象が死亡した時、そのステータスの1割を、永続的に所有者のステータスへと加算するという、反則じみたスキルだ。

 

詳しい理屈は不明だが、この世界の理である経験値システムに、何らかの形で干渉しているとのこと。

 

そしてマクベス、というか簒奪スキルには、この効果をより効率よく運用する為、派生スキルが搭載されている。

 

それが前述の『リベリオン』であり、その効果は見ての通り、魔力を注ぐことで、マクベスの剣身を延長し、攻撃範囲を広げる、というもの。

 

押しも押されぬ、現状俺にとってのメインウェポンである。

 

…………意外と地味なとこが、俺っぽいとか思っちゃダメ。

 

 

 

半円状にコボルトを薙ぎ払った俺は、すぐさま左手で一色の腕を掴み、こちらへと引き寄せる。

 

 

「わひゃっ!? せんぱいっ!?」

 

 

一色が驚きの声を上げるが、それを黙殺し、くるりと立ち位置を入れ替え、再びマクベスを一閃。

 

円状に敵を処理して、すかさず一色に指示を飛ばす。

 

 

「一色! 結界だ!!」

 

「っ!? サンクチュアリっ!!」

 

 

一色がそう口にした瞬間、彼女を中心に出現する魔法陣。

 

そして、魔法陣は立体構造へと変遷し、ドーム状に俺たちを覆う城壁と化す。

 

 

 

レアスキル『結界魔法スキル』。

 

一定以上の魔力を持つクルセイダーが、稀に習得可能となる驚異的な防御魔法。

 

チートの影響で俺と一色の場合、その『稀に』という接頭語は適応範囲がガバガバになっている。

 

当然の様に、一色はそれを習得できた。

 

そして極められたそれは、史上最高の火力である爆裂魔法すら防ぎ切るという。

 

まさに不破の城壁。

 

もっとも、今回は詠唱を破棄していた為、効果範囲も強度もかなり控えめだが。

 

 

 

一先ずの安全が確保された事で、俺は深く安堵の溜息を吐く。

 

少々強引だったかも知れないが、他に思い付かなかったし、上手くいったのだからよしとしよう。

 

そう思いながら、一色へと向き直ると。

 

 

「むぅぅぅ…………。」

 

 

ここ最近、すっかりお馴染みとなった膨れっ面が、そこにあった。

 

 

「何よ? 今回は報告する余裕なんてなかったでしょうが?」

 

「それは…………そうなんですけど。でもでも! 事前に一言でも言ってくれたら、もっと堪能できたじゃないですかぁ!?」

 

「いや、何の話だよ?」

 

「ヒロイン気分を、です! 今のくるっ、てやつ、ダンスみたいでしたし、せんぱいに庇われてる感じが素敵だったじゃないですかぁ!!」

 

「…………お前、意外と余裕だったろ?」

 

 

兜越しで伝わらないだろうが、目一杯のジト目を向ける。

 

すると一色はきゃるん☆とでもSEが付きそうな程、見事に膨れっ面から笑顔に早変わり。

 

 

「それだけ、せんぱいのこと、信頼してるってことですよ?」

 

 

などと、抜かし始めた。

 

 

「ぐっ…………だからあざといんだよっ…………。」

 

 

そうは言いつつも、正直その笑顔と言葉に、ちょっとどころか大いにときめいてしまい、思わず声が上ずる。

 

そんな俺の内心は、一色には筒抜けなのだろう。

 

にんまりと満足げに、彼女は笑った。

 

 

「それで、結局どうしますか? 詠唱省いたから、結界もそんなに保ちませんし…………貼り直します?」

 

 

今までのやりとりが、まるでなかったかのように、真面目な話を始める一色。

 

…………情緒不安定ってレベルじゃないんですけど? 

 

女子のそういう切り替えの速さって、ときどき怖いんだが。

 

とはいえ、いつまでも戯れてる場合じゃない。

 

彼女の言葉通り、結界は外のコボルトによる攻撃で軋み、所々亀裂が生じ始めている。

 

咳払い一つ、俺も思考を切り替えると、右手でマクベスを顔の前に水平に持ち上げ、剣身に左手を添えた。

 

 

「貼り直しは必要ない。強化魔法込みの上級氷結魔法と魔法剣で一掃する。結界が割れたら、お前は出来るだけ上に退避しとけ。」

 

「なるほどです。あ、支援魔法はご入用ですか?」

 

「あー…………今回はいらんだろ。というか、それやったら結局被害が広がりそうだ。」

 

「確かに…………それじゃあ、後は頼れる先輩にお任せです♪」

 

 

言いながら、法衣の裾のちょんとつまみ上げ、優雅にお辞儀して見せる一色。

 

様になっているその仕草は、ある種幻想的で見惚れそうになったが、俺はそれに触れず、魔法の詠唱に集中した。

 

 

「マジックエンハンス。」

 

 

瞬間、俺の足元に魔法陣が出現し、赤い光が舞い踊る。

 

 

 

レアスキル『強化魔法スキル』。

 

アークウィザード、もしくはルーンナイトが、例によって、稀に習得可能なスキル。

 

数種類の効果があり、全て『○○○エンハンス』と結ばれるそれらは、自己のステータスを一時的に強化する魔法だ。

 

支援魔法と違い、自分にしか使用出来ず、物理的ステータスの場合は体力の消費も強化倍率に応じて上昇し、魔法効果を増強した場合、消費魔力も倍になる、というデメリットが存在する。

 

そして今使用した『マジックエンハンス』は、直後に使用した魔法の威力を、消費魔力が2倍になるものの、その威力をも2倍にする、という超強化スキルである。

 

 

 

そして1つ目の詠唱を終えた俺は、すぐに次の詠唱へ移る。

 

そして完成した魔法を、高らかに宣言する。

 

 

「カースドクリスタルプリズン。」

 

 

術者周囲を、速攻で氷結させる、氷結系の最上位魔法。

 

…………何か『氷結系最上位』って響きが、そこはかとなく負けフラグ臭いが、ここは目を瞑ろう。

 

俺は完成した魔法を、直ぐに解き放つ事はせず、続け様に、最後の仕込みを発動した。

 

 

「リロード。」

 

 

そう唱えると、完成していた上級魔法は、魔法陣ごとマクベスの刃へと吸い込まれていく。

 

 

 

職業スキル『魔法剣スキル』。

 

これは俺が使う中では珍しく、ルーンナイトであれば、誰しもが習得可能なスキルだ。

 

とはいえ、習得にかかるスキルポイントが高く、加えてかなりの高ステータスが要求される為、本来は駆け出し程度が習得できるスキルではない。

 

しかし俺たちなら(以下略。

 

魔法剣スキルは非常にシンプルなスキルであり、要は完成した魔法を近接武器に付与し、発動ワードで斬撃と同時に解放するというもの。

 

その際、魔法の効果を知力と魔力だけでなく、筋力のステータスも考慮し算出する。

 

ただし、魔法を付与する武器は、最低でもミスリルクラスの魔法金属製である必要があり、それ以下の物質製だと、開放と同時に得物が砕け散る、という欠陥が存在する。

 

当然、マクベスならば問題は無い。

 

 

 

全ての仕込みが完了した瞬間、ガラスが砕けるような、けたたましい破砕音が響き渡り、結界が崩壊する。

 

瞬間、視界の端で笑みを浮かべた一色は、上空を一瞥したかと思うと、まるでそこに、初めからいなかったように掻き消えた。

 

 

 

一色が纏う法衣は『転換の法衣 オセロー』。

 

冠する名の通り、転換…………即ち、入れ替えの力が付与されている。

 

『転換スキル セットスライド』。

 

一色自身と、彼女が視界で認識した対象を、生物無生物問わず、任意に入れ替える能力。

 

消費魔力は対象の質量と、対象間の距離に応じて増大するが、基本的には法衣に蓄積された魔力で賄えるとのこと。

 

前述のジャイアントトード虐殺事件において、一色が上空に移動する際に使用したスキルである。

 

曰く、空気と自分の位置を入れ替えている、とのことだが、視界に映らない物質も対象になることに、若干の疑問が残らなくもない。

 

なお、物体の入れ替えに際し、運動エネルギーも入れ替えてしまう為、飛び道具を相手の近くに移動させる等の使い方は出来ないらしい。

 

…………察しのいい皆さんはもうお気づきだろう。

 

何を隠そう、一色が言った良い考えとは、即ちこのセットスライドを用いた超長距離跳躍である。

 

俺が一色を抱えることで、2人を同一対象と見做し、あとは前述の通りの方法で上空へ移動。

 

訓練期間中に『千里眼スキル』を取得した一色にとって、視界が開けた上空から、

十数キロ離れた目標地点を探す程度朝飯前だったのだ。

 

確かに効率的だったことは認めよう。

 

ついでに、所謂お姫様抱っこをされた一色は、大変楽しそうだった。

 

反対に、ヘルムの下の俺の顔は蒼白だっただろう。

 

繰り返され、そして慣れることなどない浮遊感を、日に何度も味合わされ、何なら治ったはずの目の腐り濁りがぶり返していたまであるかも知れん。

 

絶叫マシンなんて目じゃない、トラウマ必至の壮絶体験であった…………。

 

 

 

さて、一色が上空に退避した事を確認し、俺は両手でマクベスを握り込むと、剣先を後方へ逸らすように、ぐぐぐ、と腰を捻った。

 

腕、肩、腰、大腿、脛部、足裏…………全身の力が、余す事なく斬撃に伝わるよう、スキルによって最適化された動きをなぞる。

 

動かぬ俺目掛け、涎を撒き散らしながら殺到するコボルトの群れ。

 

されどその動きは、あまりにも鈍い。

 

限界まで引き絞られた弓を放つが如く、漆黒の大剣を振り抜いた。

 

 

「バーストッ!!」

 

 

同時に、魔法剣発動用の句を告げる。

 

大きく円を描いた剣線を、追いかけるように舞う、圧倒的な冷気の渦。

 

刹那、襲いくるコボルトの群れは…………。

 

 

 

一切の抵抗も許されず、巨大な氷壁に飲まれた。

 

 

 

 

 

 







最後までご覧頂き、ありがとうございました。

8ヶ月ぶりの更新、お待ち頂いていた皆様、大変申し訳ございませんでした。

度々のスランプに、コロナ禍をまるで無視して増えていく仕事によって、執筆活動にまるで取り組めなかった、というのが主な更新地帯の理由でございます。

執筆できない間も、少しずつとは言え伸びていく閲覧数と、温かな感想メッセージに励まされ、恥ずかしながら戻ってまいりました。

また度々、更新が滞る事があるかと思いますが、今後ともお付き合い頂けると幸いです。

それでは、久々に本日の言い訳コーナーをば。



①お使い&初討伐クエストダイジェスト
 拙作の2人は、言うに及ばず高ステータスですので、特に苦労なく初クエストを終えると考えられる為、さらっと流そうと考えたのですが…………思いの外いろはに暴れられました。

②スキル説明会
 オリジナルスキル&装備のお披露目です。
とはいえ、まだ呪いの装備は半分残っていますし、いろはの戦闘スタイルも全容を明かせていませんので、次回も説明回じみてしまう気が…………。
が、頑張ります!



以上、本日の言い訳コーナーでした。

なるべく早く、次回をお送り出来るよう、鋭意努力して行きたいと思います。

それでは、また次回の更新でお会いしましょう。


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第16話 このあざとさを忘れて来た後輩と鍛錬を!




お待たせしました。

イチャイチャ?回(笑)です。

そして新章突入です。

よりオリ展開、そしてこのすばキャラの出番が増えます。

カズマパーティは…………遠いなぁ(涙)


 

 

 

 

 

《名も無き吟遊詩人の語り》

 

その時代、魔王軍との長きに渡る戦いによって、世は混迷を極めていた。

 

前線では日々数多の命が、女神エリス様の御元へと還り、民衆は不安に怯え、恐怖に涙した。

 

そんな人間を神々は哀れまれたのだろうか、かの時代、英雄大国と名高いベルゼルグ王国には、正に英雄と呼ぶべき、卓越した冒険者が幾人も現れた。

 

魔剣の勇者。

 

大物喰らい。

 

殲滅槍姫。

 

何れも我ら人類にとって、正しく希望と呼ぶに相応しき実力を持ち、そしてそれに見合う偉業を成した英傑たち。

 

そんな英雄たちと同じ時代に生まれ、なお一際の異彩を放った、とある男がいる。

 

呪装の勇者、厄災の使徒、赤刃一閃…………その男を指す異名は、彼が成した偉業の数だけ存在した。

 

されど、最も広く通った名が、非常に簡潔なものである事は、不要を嫌ったという彼の人柄故かも知れない。

 

ある者は希望を、ある者は敬意を、ある者は憧憬を込めて、かの英雄をこう呼んだ。

 

 

…………黒騎士。

 

 

今宵お聞き頂きますは、かの英雄黒騎士の冒険譚。

 

その序章と呼ばれる『アクセル農業地の戦い』にございます。

 

皆様、何卒最後まで、ご堪能下さいませ…………。

 

 

 

《名も無き吟遊詩人の語り 了》

 

 

 

 

 

鍛錬。

 

それは熱した金属を叩き上げ、より強靭なものへと鍛える様を指す。

 

転じて、技術や技能を磨き、より向上させるための反復作業を指す言葉となった。

 

しかし考えて欲しい。

 

当然ながら、金属と人は違うのだ。

 

金属が叩けば伸びるのは、その生来の性質故であり、それは不変の真理である。

 

だが人間はどうだろうか。

 

無論、叩いて伸びる者もいるだろう。

 

しかしそれはその個人の、それこそ生来の性質故であり、皆が一様に叩かれて伸びる訳ではない。

 

叩かれれば折れる者もいる、叩かれて曲がる者もいる。

 

それ故、鍛錬が成長を促すものである、というのは、こと人間に対しては、不変の真理たり得ないのだ。

 

そしてそれが、人の持つ個性によるものであるならば、我々人間はそれを尊び、個々にあった成長方法を模索すべきである。

 

結論を言おう。

 

 

 

…………地道な努力なんて、クソ食らえだ。

 

 

 

「せんぱい? 自分で言い出したのに、何でそんなにやる気無さそうなんですか?」

 

 

ジトっとした視線で見上げながら、避難の色を隠そうともしない一色の声に、俺ははっと我に帰る。

 

…………どうやら拒絶反応で現実逃避をしていたらしい。

 

俺たちは現在、アクセルの街、その城壁外の、開けた野原を訪れている。

 

無論、その目的は楽しいピクニックという訳ではなく。

 

 

「それにしても、先輩も随分真面目になりましたよね。まさか自分から、新しくとったスキルの確認がてら訓練しよう、だなんて。」

 

「訓練じゃなくて、鍛錬な。」

 

 

もしくは修練、練習、稽古etc。

 

誤用しがちだが、訓練だけは指導者ありきなので、今回は適切じゃない。

 

俺の指摘に、違いが分かりませんよぅ、と一色は頬を膨らませていた。

 

小さい「ぅ」が、あざといことこの上ない。

 

さて、前述の通り、俺たちの目的は鍛錬である。

 

先日の調査クエストを無事に終えた俺たちは協議の結果、3日間の休息を取ることにした。

 

したのだが、その間全く身体を動かさないということに、俺は不安を感じた。

 

…………柄でもない事は分かっているし、そこに思い至った瞬間、自身の変わり様に、我ながら戦慄したけどな。

 

結果、初日のみ完全休養とし、残りの2日は、早朝に城壁外で鍛錬して、それ以降を休養に当てることになった。

 

いくら命がけの稼業とは言え、まさか俺がこんなコツコツと地道な努力を、それも自発的に行う事になろうとは…………。

 

とは言え、ああだこうだとぐずっていても仕方がない。

 

 

「この辺りで良いんじゃないですか? これだけ城壁から離れてれば、守衛さんに怒られる事もないでしょうし。というか、せっかくのお休みですし、早く済ませて遊びに行きましょうよぅ!」

 

 

痺れを切らせた一色が、あざとくぷりぷりしながら、そんな事を提案してくる。

 

 

「まぁ鍛錬をさっさと済ませようってのには賛成だ。けどな、俺は遊びに行くとは一言も言ってないからな?」

 

「えぇ〜!? だってせんぱい、昨日も完全休養だ、って1日中部屋に引きこもってたじゃないですかぁ!?」

 

「それの何が悪い? むしろ鍛錬の必要性がなけりゃ、3日間丸々引きこもるまであるぞ、俺は。」

 

「うっわ…………久々に先輩の先輩らしいとこ出た…………。それと、スマホもゲームもマンガもないのに、良く部屋で1日過ごせますね?」

 

「別に娯楽がなかろうが、1人で時間潰すくらい、エリートぼっちである俺にとっちゃ朝飯前なんだよ。」

 

 

今後のスキル取得順考えたり、手頃なモンスターの情報纏めたり、後は妄想したり妄想したりな。

 

 

「何でちょっと誇らしげなんですか? 意味分かんないです。…………それから、先輩から言い出した割に、とことんやる気無いですよね? 鎧着て来てないですし。」

 

 

一色が言う通り、俺は今呪われた鎧ではなく、お手伝いクエストの時にも着ていた軽装冒険者風の格好をしている。

 

しかし、決して鎧を忘れてきた訳ではない。

 

 

「ふっ…………。」

 

 

俺はニヤリと口角を上げ、すっ、と某特撮ヒーローが如くポーズを決める。

 

 

「変身!」

 

 

そしてお約束のセリフを口にした途端、ぞわり、と広がる俺の影。

 

広がった影はそのまま渦を巻く様に競り上がり、一瞬俺の姿を完全に覆い隠す。

 

しかし次の瞬間、嘘の様に霧散する影。

 

現れた俺は、呪いの装備『慟哭の鎧 レクスリア』を纏っていた。

 

…………フッ。決まった。

 

ヘルムの所為で、恐らく誰にも伝わらないだろうが、俺は渾身のドヤ顔を浮かべていた。

 

しかしそんな俺とは対照的に、一色は絵も言われぬ表情…………秘境に住まう少数民族の、どう足掻いても理解することが出来ない奇習を目の当たりにしたかの様な表情を浮かべ。

 

 

「…………バカなんですか?」

 

 

と、吐き捨てるように呟いた。

 

…………俺の精神力が低かったら即死だったぞ。

 

 

「まぁ、明らかに無駄な特撮的ポーズは置いといて、どうやったのかは興味ありますね。どういうスキルですか?」

 

 

俺への痛烈な一撃など、まるでなかったかのように表情を一変させ、いつもの調子で尋ねる一色。

 

本当、その変わり身の早さには感心するわ。

 

 

「…………はぁ。影魔法スキルと早着替えスキルの合わせ技だ。無詠唱にポイント振ったシャドウガレージで鎧を収納しといて、これも無詠唱化したブラックシェードで目隠しして、そんで取り出した鎧に早着替えスキルで換装。」

 

 

ぶっちゃけ、一色の指摘通り変身ポーズは完全に無駄だったりする。

 

影魔法スキルは上級魔法に分類される魔法だが、適性を持つものが少ない、いてもだいたい性格が陰険、等の理由で非常にマイナー且つ不人気なスキルである。

 

シャドウガレージは名前の通り、影を入り口にして、亜空間に物を収納する魔法で、広さは最大魔力量に依存。

 

亜空間内は温度こそ23、4℃程で一定だが、外の空間と同じ時間経過である為、生ものの長期保存などは不可。

 

しかも、中に何をしまってあるかは完全に使用者の記憶力次第であるため、あまり大量に物をしまうのは恐ろしい、という欠陥がある。

 

そしてブラックシェードは、本来防御用の魔法で、物理、魔法問わず遮断する障壁で、強度は知力に依存する。

 

俺の現在の知力値だと、高品質のミスリル(魔力浸透済み)くらいの強度にはなる。

 

突発的な戦闘時にも、安心してお着替え出来る、世界一頑丈な更衣室(仮)の誕生だ。

 

なお、早着替えスキルは読んで字の如しなので割愛する。

 

…………余談だが、この早着替えスキル、ギルド酒場で鎧の着脱が面倒だと愚痴っていた所、たまたまそれを聞いていたらしいダ、ダ、…………ダスター?がシュワシュワ一杯と引き換えに伝授してくれた。

 

普段軽装ばかりのあのチンピラが、何故このスキルが鎧にも適応可能である事を知っていたのか、あまつさえ、何故習得していたのかは全くの謎である。

 

さて、俺の説明を聞いた一色は、興味津々な様子を一転、ガックリと項垂れていた。

 

 

「影魔法ありきじゃ、わたしには使えませんね。まぁ、いざと言う時、せんぱいが物凄く便利な荷物持ちになった、ってことでよしとしますけど。」

 

「いやそういう用途のために習得した訳じゃねぇから。しかもお前さり気なく外堀埋めにかかんな。出掛けないって、俺はっきり言ったよね?」

 

 

つくづく油断のならない後輩である。

 

そしてそんな油断ならない後輩は、俺から顔を逸らすと、盛大に舌打ちをした。

 

…………多分、JKにあるまじき表情してんだろうなぁ。

 

 

「…………はぁ。仕方ありません。あんまり女の子っぽくないし、可愛くないから、この手段だけは使いたくなかったんですけど、」

 

 

やれやれ、と大仰な仕草でため息をついた一色は、ふわり、と実に優雅な仕草でその場から飛び退く。

 

そして俺から20歩ほど離れた位置に着地すると、くるくるとまるでチアバトンをそうするように魔槍を弄び、

 

 

「…………力づく、です♡」

 

 

その穂先を俺へ突き付け、隙無く構えた。

 

 

「…………は?」

 

 

事態が飲み込めず、魔の抜けた声を零した俺。

 

しかし、一色は最早俺の言葉を聞く気はないらしい。

 

その黒目がちな双眸が、真紅に煌めいた。

 

 

「わたしが勝ったら、今日はこの後、デートに連れてって下さい…………ねっ!!!!」

 

 

瞬間、爆ぜるように飛び出した一色。

 

俺との距離を瞬く間に縮め、大気ごと貫くような、高速の一突きを放つ。

 

反射的にマクベスを抜き放ち、それを払い除ける。

 

散った火花の向こうで、一色はおよそ彼女らしくない、肉食獣染みた笑みを浮かべていた。

 

 

「あはっ♪ さすがですねせんぱいっ!!」

 

 

くるりと身体を翻し、再び跳び退いて間合いを離すと、穂先を此方へと向けて、一色は軽く腰を落とした。

 

その表情は相変わらず、狂気的なまでの愉悦を讃えていて、俺の背に冷たい汗が流れた。

 

…………完全にKillモードじゃないですか。

 

さて、何故彼女がこれ程までバーサーカー状態なのか、さぞかし疑問なことだろう。

 

無論、あれが一色の隠された本性という訳ではないし、モンスターを狩ってる内に、サドに目覚めたとか、そういう訳でもない。

 

これは一重に、狂化の呪いによるものである。

 

状態異常の1つである狂化は、精神力値が高ければ、そのデメリットを無視出来る。

 

このデメリット、即ち理性を失うことだが、言い換えればそれは破壊衝動の増大なのだ。

 

そしてこれを無効化できる程の精神力値、というのも曖昧で、俺と一色は共に無効化可能な領域の精神力を持っているが、内情は些か異なる。

 

俺の場合、完全に狂化の影響を受けず、発動後も何ら精神に変化はない。

 

しかし俺より一回り精神力値が低い一色はそうもいかず、ご覧の通り、狂化を使用した彼女は、恐ろしく好戦的になってしまうのだ。

 

因みに、本人はこのバーサーカーモード時の記憶もはっきりとあり、しかしそこまで戦闘狂化しているという自覚はない模様。

 

…………その殺気染みた闘気を向けられる方は堪ったもんじゃない訳だが。

 

そんな俺の心労も知らず、普段のあざとさを何処かに忘れて来たらしい一色は、益々笑みを深めていく。

 

 

「やっぱりせんぱいは凄いですね♪ 今のかんっぜんに不意打ちだったのに、簡単に弾かれちゃいましたっ♪ 筋力値はわたしとそんなに変わらないですよねっ? 不思議ですねっ? 何かスキル使いました? あっ! 敏捷値はせんぱいが高いんでしたっけ!?」

 

「…………いやだから怖ぇよ。」

 

 

新しい玩具を手に入れた子どものように、無邪気な様子ではしゃぐ一色。

 

しかしその発言内容は、今の一合に関する至極真面目な考察で、そのチグハグさが加醸し出す不協和音が、じくじくと俺の精神を蝕んでいくようだった。

 

…………やっぱり、柄にもないことをするもんじゃない。鍛錬なんてクソ喰らえだ。

 

しかし、俺は声を大にして言いたい。

 

 

 

…………こんなガチバトルを所望した覚えはないっ!!!!

 

 

 

と言っても、全ては後の祭り。

 

こうなった一色は、魔力が底を付くか、勝負がつかない限り、止まることはない。

 

さすがに本気で死ぬような攻撃はしない、もしくは危険なら寸止めする程度の理性と技術はあるだろう。

 

互いに、天賦の才スキル持ちは伊達じゃないのだ。

 

深く息を吐き、俺は仕方なく覚悟を決めた。

 

 

「…………ぼっちの矜恃に賭けて、意地でも休日は死守させてもらう。」

 

 

狂化を発動し、恐らくは彼女同様、真紅に染まった両眼で、彼女を射抜くように見据える。

 

 

「あはっ♪ 真剣な顔のせんぱいもカッコイイですね♪ 兜で見えませんけど、何となく分かりますよ♪ でも…………いえ、だからこそ、デートは譲れませんっ♡」

 

 

愉悦の表情を崩そうともせず、しかし魔槍を握る手に力を込めながら、口ずさむように口にする一色。

 

互いの間に、かつてない程、張り詰めた空気が流れる。

 

側から見れば、賭けているものが休日の予定には、とてもではないが、見えないことだろう。

 

されど、俺たちは真剣だった。

 

睨み合いを始めて十数秒、先に動いたのは、またも一色。

 

刹那の間もなく、先ほど超える速度と鋭さで、魔槍の穂先が迫る。

 

 

「さぁせんぱい…………勝負(イチャイチャ)しましょうっ♪」

 

 

再び、無数の火花が散った。

 







最後までご覧頂き、ありがとうございます。

イチャイチャする八色を描きたかったはずなのに、色々とどうしてこうなった?

兎にも角にも新章第1話でした。

この章はちょくちょくシリアス入ったり、このすばらしからぬ雰囲気になったりする予定ですが、カズマパーティ参戦で恐らく軌道修正されるでしょう。(ぉ

早くしろー! 間に合わなくなっても知らんぞー!!(他人事)

そんな訳で、本日の言い訳コーナー。



①冒頭の語り
 吟遊詩人がどういう感じの方々か知らないので、ほぼほぼア●スラーン戦記のイメージでお送りしました。
 盛大にネタバレしてる気もしますが、たまにはこんなテイストも描きたかったのです。許してちょ。

②某特撮的変身シーン
 男の子なら1度はやったことあるんじゃないかと思しきアレ。
八幡だって、たまには少年の心を発揮することもあると思うの。

③いろはすバーサークモード
 ジョーカーキャラ、ってあるじゃないですか?
 デート・●ライブにおけるく●みん、最弱無敗の●ハムートにおけるよ●るんみたいな、最初は敵で、味方にまわっても、他キャラと一線を隔す実力を持ってて、しかも狂気的なキャラ。
 ああいうの好きなんどす。(真顔)
 そんな訳で、そういうイメージで書いて見たのですが…………いろはす要素行方不明だけど、大丈夫かコレ?(オロオロ)
 真面目な方の話をすれば、色々と理性で押し込んでしまいそうなハッチーと比べて、いろはすは実際戦闘には向かない性格な気がしたので、せっかくの攻撃力を活かすための采配ではあるのです。
 あるのですが…………本当に大丈夫かコレ?(汗)



以上、本日の言い訳コーナーでしたー。

当然ながら、次回は2人の勝負の続きからです。

果たして、八幡は休日を守り切ることが出来るのか!?

待て次回!!

でわでわー。ノシ


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