俺は北山家の居候 (Maverick)
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プロローグ

やーっと独立に動き出しました、鈍行作者Maverickでございます。

少し加筆修正をしながらぽちぽち投稿していけたらなと思います。


雨が地面に、そして背中に打ち付けられる音がする。

車が地面を、力強く走り去る音がする。

心臓がまだ諦めてたまるかと、鼓動を続ける音がする。

肺が止まるわけにはいかないと、呼吸を続ける音がする。

身体が凍えてしまわないようにと、身震いを続ける感覚も残っている。

けど、もういいんだよ。俺の理性は生きることを望んでなんていないんだよ。本能なんて知らない…そんなものに従ってものちのち後悔するだけだ。あの家に俺は戻りたくないっ。──それは確かに逃げだ。妹を置いて死んでしまうなんてなんて妹不孝なんだろうと思うけれど、もう…耐えられないんだよっ!頼む──死なせてくれ…。

そう必死に言い聞かせていると、俺を尊重してくれたのか、鼓動も呼吸も身震いも弱くなっていく。

もう、何もかも、信じられない。

信じていた親も、信じていたかったあいつらも、俺を見捨てたんだ。

俺を、俺だけを、必要とする人は、いない。代わりがいるなら、もう…いいよな。きっと妹も、将来的に、幸せな家庭を、築いてくれるはず…。

せめて最後に、この残酷でくそったれな世界に、生まれ変わらないように、目に焼き付け覚えようと、開けていた目も泥で汚れてきた。さて、目を、瞑ろうか。

くすんだ視界を暗転させようとした時に見えたのは、少女が駆け寄る姿だった。

 

 

*****

 

 

次に目を開けた時には、俺はベッドの上に寝ていた。

しかしそれは、助けられてすぐの事じゃないし、知らない天井だと言うのは夢の日の翌日にやった。

定期的に見る、あの日の夢。もうあの日から四年と半年くらい経ったのか。今日までその夢を見た回数は、百を優に超える。

それを今日見れたことに運命じみたことを、らしくないと分かっていながら感じていた。

寝起きで気怠い体をよっこいせと起こす。そのまま軽く伸びをしてあたりを見渡した。

一年前からあてがわれた自分だけの部屋には、特に特別なものは何一つなく、現代にはよくある光景だった。

カーテンから指す光があまりに平面的で、それもまたカーテンかと幻視する。きっとまだ、しっかり目が醒めてないのだろう。自嘲的に苦笑を浮かべてベッドを降りる。

部屋を出て洗面所へ歩く。すると、正面から俺よりもそこそこ背の低い少女が歩いてきた。

お互いの顔がはっきり視認できた頃に朝の挨拶を投げかけられる。

 

「八幡、おはよう」

 

「おう。おはよう、雫」

 

「早く顔洗ってきてね、今日はなんと言っても──」

 

「分かってる、一高の入学式──だろ?」

 

満足そうに彼女が頷き、俺の横を通り過ぎていった。

その背中を少し見送って、洗面所へ歩き出す。

北山雫。

いわばこの家のご令嬢。父が資金家で、母が魔法師というめぐまれた環境下にいながら、不当な理由なしに人を蔑むことをしない、優しくも強かな少女。

洗面所のドアを開け、誰もいないことを確認しセンサに触れる。確認した理由はただなんとなく恥ずかしいだけだ。深い意味は無い。

清らかな水が流れ出し、それを手に掬って顔に浴びせる。再三するうちに、完全に目が冴える。いつもはしないけれど、一度パシンと頬を両の手で叩いてみた。

なんだか気合が入った気がする。鏡に映る自分の顔も普段より少し凛々しい。それでも目は腐ったままだけど。今日だけでも一日頑張るぞいっ。今日だけかよ。

洗面所を出て向かうはダイニング。毎朝の決まり事として、この家に住む皆で朝食を摂るためだ。

補足しておくとこの家には、雫とその御両親、そして弟の四人。それに俺、俺の妹。さらには住み込みのお手伝いさん──所謂メイドが四人と執事が五人の計十五人が住んでいる。日もそこそこになるとさらにお手伝いさんが増えるが、それは今話すことではないだろう。

なんて思っているとそこは既にダイニング。両開きのドアの片方に右手をかけてゆっくり引く。

広がる空間に、既に人がそれなりに集まっていた。みんなせっせと朝食の準備を進めていた。俺に気づいた人から挨拶をしてくれる。もちろんその挨拶を返しながら、最愛の妹にして最年少のお手伝いさんの背中に声をかける。尤も、身に纏うは通う中学の制服だが。

 

「小町」

 

「んん?あーっ、お兄ちゃん!おはよう!」

 

こちらにぱっと振り返り俺の右手を取り両手で大切そうに包み込む。少し経って手を離してから満面の笑みを返してくれる妹、今日の夢で思ったことを心苦しく思う。

あのことがあってから今でも小町は少し精神的に安定していない。これはきっと、俺が背負わなければならない、兄としての責任なのだと思う。

気持ちを切り替えて、朝の挨拶を返すことにした。

 

「おはよう。で、俺は何すればいい?」

 

「んー、それじゃあこの箸を全員分配ってくれる?あ、あそこだけ逆でお願い」

 

了解を返して、十五膳の箸の入ったカトラリーケースをワゴンからひったくって配ってまわる。そうして俺が一つの仕事を終えるあいだにプロのみんなはすべての仕事を終わらせていた。

みんなそれぞれ自分の席に座る。逆に置いた場所は左利きの人が座る場所だからで、一応記憶にはあるのだが間違えてしまうかもと不安なので、こういうことは毎回言ってもらうよう小町に頼んである。

入口から一番遠い、上座に座った雫の父の潮さんが恒例の音頭をとる。

 

「それじゃ、今日も一日楽しくいこう。頂きます」

 

『頂きます』

 

十四人分の声を部屋に響かせるのも、毎朝のこと。潮さんの意向であるが、この決まりが俺は密かに好きだ。始めの頃はこうして大人数で楽しく食べるご飯に救われていたな。

いかんいかん、節目の日だからすこし感傷的になってしまっている。

今日も絶品だと舌鼓を打っている時、隣の小町が話しかけてきた。

 

「ついに今日、入学式だね!お兄ちゃん、雫さん!」

 

「うん、楽しみ」

 

「少し面倒だけどな」

 

「うふふ、一高の一科生でそんなこと言ってるのは八幡だけじゃないかしら」

 

雫の母の紅音さんのその一言で、皆一同笑う。なんとなくいたたまれない気分になった俺は、味噌汁を一口啜った。

うん、やっぱり美味い。

場の笑い声がある程度収まったってところで、雫の隣にいる彼女の弟、航が大きい声で俺に言った。

 

「ねえ八幡。八幡はやっぱり魔法師?」

 

「ん?まあ、一応はな。でも忘れたのか?俺は魔工師も視野に入れてる、ちゃんと魔工師についても色々聞いてくるから、心配すんな」

 

「別にそんなこと言ってないけど…でもありがと」

 

またもこの場にいる人が笑顔になるも、今回のは航が微笑ましいって感じの笑みで笑い声が漏れることは無かった。場の雰囲気に充てられ頬を赤く染める航を、実の弟のように思ってきた俺としては将来を考えていることを嬉しく感じた。

実のところは、将来は魔工師になりたいと思っている。ただ俺はまだ迷っているということにしている。

魔工師として一流と言える腕を持つ俺だが、それを知るのはこの場では北山夫妻と北山家専属の魔工師である『師匠』だけだ。この場にいないものの紹介はまたいつか。誰もが優しくこの家の人を好きでいるから、とても居心地がいい──以前とは違う。

ここで簡単に俺と小町の境遇について説明しようと思う。

前述から分かると思うが、ここは北山邸。俺と小町はだいたい四年半前からここに居候している。実の親は、まだ刑務所のはず。まあ気にしてないから本当のところは分からない。あんなくそ野郎どものことなんざ忘れてしまった方が精神衛生上いいからな。

ある事情で勘当された俺は脇目も振らず街を走り回り、ある公園で行き倒れてしまう。気絶する直前に公園の前を車で通った雫が偶然俺を見つけ、そのまま介抱される。その後はとんとん拍子、虐待で起訴された俺の両親は有罪となりそのまま刑務所へ。引き取ってくれるような親戚がいない俺と小町を潮さんが後見人として家に入れてくれたって流れだ。

その後色々ありながらも、俺たちはここまで成長してきた。北山家の人たちには頭が上がらない。こうやって中学や高校に通うための必要経費をすべて出してくれてる。出世払いで返してくれればいいさと言ってもらえてるが、きっとその時になったらなったでまた言い訳を言われてしまい受け取ってもらえないのだろう。その愛情がむず痒いけど、とても嬉しい。

こうして俺たちはいろんな人に支えられながら、叶うことのなかったかもしれない成長を続けるのだろう。願わくば、せめてその成長が恩返しに繋がりますように。

 



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入学編.1

めっちゃお待たせしました。多少の加筆修正すら億劫になるほど忙しい日々を送っていたということでここはひとつお許しください…。

改めて見て自分の稚拙な文章に嫌気がさしましたがもう知ったこっちゃないです、黒歴史製造はまだまだ続きます。

では、どうぞ。


かなり余裕を持って家を出る。

ドアを開けると、庭に植えられている桜の花びらが舞っているのが見えた。改めて春を感じるとともに、この機械だらけの街の中を過ごすうちに無意識に貯まるストレスが霧散していった。

春の空気を肺いっぱいに充満させ、門を通って学び舎へ歩き出す。爽やかな追い風が辺りを駆け抜けた。

普段ぼっちを好む俺だが、今は隣に雫と小町がいる。航は初っ端から学校の方向が違うので、毎日寂しそうに家を出る。

大丈夫だ、お前も今の調子で行けば一年後には俺たちと一緒だぞ。3人でいってらっしゃいを言うのを忘れない。

途中で小町と別れれば、駅までは雫と二人きりになる。自然と、頬が赤くなる。途中、洋服屋のショーウィンドウに映った俺の顔は、春の花より、霜で色づいた葉より赤かった。

会話については問題ない、伊達に長いこと一緒に暮らしていないのだ。

だからと言って緊張しないのと、会話が不自然にならないのは、訳が違うから俺の心臓は常に徒競走したあとみたいだが。

白状すれば──もっとも、今までのモノローグでわからないやつは朴念仁だが──俺は隣を歩くこの少女を、恋愛的感情の面から好いている。

俺にとっての救世主がこんなに可愛くて優しくて魔法師の卵としてかっこよければ、そりゃ惚れないわけがない。

そんなありふれていて当然なことを考えながら、雫と雑談していれば駅にはすぐに着いた。

雫といるのが楽しいからか、時間の流れがあっという間で、あまりの単純さに我ながら呆れてしまう。水色の髪のカフェの店員さんの嘲笑が頭に浮かぶ…可愛いからいいや。

 

「雫!八幡!」

 

「おはよう、二人とも」

 

駅で俺たちを待っていた二人のうちの一人、光井ほのかがこちらに気づき、名前を呼んで手を振ってくれる。

俺は手を上げるに留まるが、雫は二人に挨拶する。

 

「朝からあついねえ、まだ春なのにブレザーを脱ぎたくなるぜ。全く」

 

朝からそんなことを言ってからかってくるのは、焔緋ケオ。ギリシャ人の母とエレメンツの父を持つハーフ才能マン。

その苗字に負けない、燃え盛るように鮮やかな赤髪をツーブロックにして前髪を上げてかっこよくキメている。母の血が濃く出ている顔立ちと髪が、フィクションのように完璧にハマっている。正直なところ、なんでこいつが俺の親友なのか分からない。見た目リア充層なんだけどなあ。というか俺以外の三人全員リア充層なまである。恵まれてるな、俺。しみじみ。

 

「そんなんじゃないって。行こう、ほのか」

 

そう言い残すやいなやとっとと先に歩いていってしまった雫。顔が赤い気がした…怒らせてんじゃねえよ。

ま、待ってよ〜と雫を追いかけていくほのかを見届けつつ、俺は肘でケオの脇腹をどつく。

 

「おい、お前からかうのもいい加減にしてやれよ。俺は嬉しいが、雫は迷惑に思うだろ──怒ったあの機嫌治すの俺とほのかだぞ」

 

「怒った──ねえ。ほんとに怒ってんのかは、どうか分かんねえよ?」

 

ニヤニヤしながら言ってくるのにかなりイラッときたけれど、特に否定する意味も理由もなかったため、ひとつ大きなため息をして二人の後を追うべく歩き出した。

四年以上一緒にいるんだから、怒ってるか怒ってないかなんてすぐ分かるんだよ──今回はケオに対してイラッとしてた感じ。しかもあれは俺に大して引け目を感じてたな…えっ、なにそれ恐れ多い。けど嬉しい。

雫たちの後ろに並んでキャビネットを待った。二人乗りが二台続けて来たのでそれに男女で別れて入った。

ケオはワクワクしつつ端末を触っている。そうだ、さっきの仕返しをしてやろう。

 

「なあケオ」

 

「なんだよ」

 

「ほのかにはいつ告白するんだ?」

 

勢いよく咳き込んだのを見て満足したので、もう何も言わなくてよかったのだが、ケオは律儀にも俺の問に答えてくれた。

 

「今年中…そうだな、九校戦までには、伝えたいな」

 

ケオの顔が髪に負けず劣らず朱に染まる。誰得だよ。

お察しの通り、ケオはほのかに好意を寄せている。傍から見ていればほのかも満更でもない様子だから、もうひと押しふた押しすれば付き合えるだろうが…見た目にそぐわないチキンぷりで二年あまりの両片思い?が続いていた。

俺にからかわれ腹が立ったのか、西方くんのように稚拙なからかいを返してきた。よってケオのからかい指数は中一レベルである。俺がラディッツならゴミめと吐き捨てるところだった。

 

「そういうお前はどうなんだよ?お前だって告白できてねえじゃねえか」

 

「北山邸にお世話になってるうちは言うつもりないけどな」

 

「ほーん、まあお前らしいっちゃらしいか」

 

渋々ながらも納得する素振りをしたもつかの間、首をブンブン横に降り始める。

数年前ならここは電車で、変質者扱いだったろうな。

 

「そうじゃねえよ。ぶっちゃけるが、雫はもうお前の告白を待ってるまであるぞ」

 

「──何言っても聞かねえな、その顔だと」

 

「まあな」

 

ケオは俺にとって三番目に付き合いが長い人なのだから、それくらいは分かる。

ちなみに一番が小町、二番は北山家とほのかだ。

ともかくそれほど長い付き合いということもあって、彼が嘘をついているようにも思えないし、同じく彼がそういうことで勘違いや思い違いをすることはないほど、見た目にそぐわない慎重さを備え付けているのは知っていた。

なら、信じてみようか。

 

「そうか──ま、前向きに善処するよう検討しとくわ」

 

「なんだよ、それ。ほれもうすぐ着くぞ」

 

前向きに検討すると善処するという、なんとも表面とはパラドックスな意味を持つこのワードたちのシナジー効果によって俺が伝えたかったトピックは、残念ながらケオには通用しなかった。

つまり、やる気はない。

駅についてキャビネットから降りた時には雫の機嫌はすっかり元通りだった。テトテトと俺の横に歩いてきてこちらを見上げ、ニコリと笑った。

 

「行こう?八幡」

 

「ああ、だな」

 

最寄り駅から歩いて数分、この高校のための駅だから当然だがすぐに一高に着く。

正面の校門から見える校舎は、威圧感さえ感じられた。しかし敷地内に入った途端にその雰囲気は霧散、空いた空間に滑り込むようにして上級生や教師達からの歓迎する雰囲気が流れてきた。

入学式前で慌ただしい様子だ。それでも、見える新入生は少ない。時間としてはまだまだ早いのだ。

これはひとえに、人混みが苦手な俺に三人が合わせてくれたおかげだ。感謝カンゲキ雨嵐。

そういう訳で俺達にはなかなか時間の余裕があった。

 

「あ、あそこにベンチがある!座って時間潰そうよ」

 

そのほのかの提案に乗らない理由は誰も持ち合わせてなかったし、持ち合わせていたところで断る理由はなかった。

向かい合わせの二人がけのベンチ二つセットが、だいたい八メートル四方のスペースに六つあった。

校門から見て奥の左に俺、横はケオで俺の向かいが雫、ほのかはケオの向かいだった。

だいたいこの四人で向かい合わせに座るとなるとこうなる。暗黙の了解、というやつである。

クラス分けへの不安などのこれからの高校生活に思いを馳せた雑談をしていた時、雫とほのかの視線が動く。二人は顔を見合わせて同時に立ち上がりたったったっと小走りしてこの場を離れてしまった。

目で追いかければそこには重そうな荷物を二つ抱えて運ぶ女生徒──おそらく上級生だろう──が二人いた。雫たちは彼女たちに話しかけ力になりたい旨を伝えているようだった。

取り残された俺たちは、苦笑を浮かべる。

 

「また、か」

 

「また、だな」

 

俺に続いてケオもボヤく。

あの二人、困っている人がいれば大抵何をしていても、相手が誰か知らなくとも助けようとする傾向がある。

それは美徳だとは思うけれど、ただあの重そうな荷物を運ぶのに、あいつらが加わったところでなんだかなぁという感じである。

ため息をついたケオが立ち上がって頭をひとかき、行ってくると呟いて行ってしまった。四つあるうちの一つを雫とほのかで運び、残る三つを上級生とケオが一つずつ運んでいった。

となればやはり俺は一人、別段その事に問題は無い。三人の案内が少しでもできるようにと、敷地内を歩き回ることにした──と言っても、手持ちの端末にマップデータは入ってるんだが。

ぶらぶら歩いていると、とある自販機横のベンチに見知った顔がいた。足をそちらへ向けた瞬間にこちらに気づいた相手には、一科生のエンブレムがなかった。

 

「よう、シルバー。一高入れたんだな」

 

こいつの評定基準での実技能力は小耳に挟んだことがあったため、少し皮肉をブレンドしながら話しかけた。

 

「比企谷か、というかここで俺をそう呼ぶのはやめろ。でないと俺もお前をレンズと呼ぶぞ」

 

「脅しか、しかしそれは効かない。なぜなら俺はお前の本名を知らないからな」

 

「──はあ。司波だ、司波達也。達也でいい」

 

絶句して固まっていたシルバー…改め司波が本名を名乗る。いきなり名前呼びが無理なのはデフォ。

俺とこいつは同じ会社に出入りする超新星としてお互いを認知している。

片や『新技術』のトーラス・シルバー。

片や『未来スペック』のグリム・レンズ。

世界レベルのCAD開発を主にする会社、FLTでのお互いが持つブランド名だ。

 

「お前は、一科生か」

 

「ああ…手抜いて二科生なんてやっちまったら友人達に弾劾裁判される」

 

「訳が分からん」

 

司波が自分の隣の空きスペースを指さす。特に断る理由が見つけられなかった俺は渋々座った。

 

「たまにお前のCADの実験を見るんだが──」

 

「何盗み見てんだよ」

 

「まあ、そこはお互いだろ?」

 

バレてたのか、俺が部下からこっそりトーラス・シルバーの技術実験の様子の動画を仕入れていることが。

なら、お互い不問としよう。それを伝えると司波は肯定の頷きを返してきて、会話を再開させた。

 

「お前なら総代行けたんじゃないか?あそこまでのCADをつくる座学教養もあれば、実技能力も申し分ないほどあるだろう」

 

俺は自身の開発したCADの実験を部下にさせたりしない。単純なことで、それがもし暴発して被験者が怪我を負ったとしても俺は責任を取れないから。

今や会社を支える大きな柱とまでされている──まだブランド設立から一年も経っていないのにそれはどうなのかと思う──が、蓋を開ければただの魔法科高校生なのだから。しかもひと月前までは中学生だ。

結局のところ何が言いたいのかというと、実験の映像を見られるとはつまり、俺の魔法師としてと実力と魔工師としての手腕を見られるということになる。

なにそれ恥ずかしい、リークルート見つけたら即断絶せねば。え?人材派遣?それはリクルート。

 

「友人たちに土下座してそこは手を抜いた」

 

「面倒くさがりなのか」

 

「基本的には、そうだな」

 

と言うより知らない人との交流はなるべく少なくしたいと思うだけだ。多くしすぎると人間強度が下がるから。

友人なんてあの三人でおなかいっぱいだし、別腹デザートだって司波で問題ない。

デザートに司波というイメージは問題かもしれないし、そもそも司波が友人かも怪しいところではあるが。

けれど俺の友人が欲しいという欲は、その程度で十分満たされるものだった。狭く深くがモットー。

 

「…時間も時間だな」

 

ふと司波が呟く。時間が気になって端末を開くと入学式まであと十五分を切っていた。

こいつの体内時計すごいな。

と、開いていた端末に連絡が入った。アイガッタメール。

送り主は雫、内容は『講堂前、あと五分』とだけ。

うーん、ちょっと怒ってるけどそれ以上に俺がなにかに巻き込まれたのか、万に一つ帰っちゃったかと思って心配してるな。それとあと五分と言っときながらも四分で行かなきゃ怒られるし、今返信しないと怒り三割増しの攻撃を食らうことになりそうだ。返信しないけど。

潮さんと紅音さんに雫検定準一級を貰ったのは伊達じゃない。雫本人にバレた時には軽く引かれた。軽くで済むのか。

立ち上がり数歩行って振り返る。

 

「行くぞ」

 

「お前の友人だって一科生だろ。俺は」

 

「いいから来いっ!」

 

変に遠慮しようとしている司波を無理やり引っ張って講堂へ向かった。らしくないことをしてしまったが、流石の俺でも浮かれているということで見逃していただきたい。あとそんな俺たちを見てきゃーと叫んでいた女子どもを個人的には見なかったことにしたい。



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入学編.2

もはやなにも言いません。次の更新がいつかもわかりませんというかもう書き上がってるのになんで投稿しないんでしょうかね。

昨日劣等生見返したんですよ、やっぱり面白いですね。原作も完結するらしいですし読みたいです。いつか、きっと、多分。

大学生って忙しい(言い訳)


四分と四十秒かかったが講堂に着いた。仁王立ちする雫の後ろでほのかとケオが苦笑いしている。ここで俺がとるべき行動はもちろんひとつ。

 

「こいつ司波達也。ついこないだ知り合った、経緯については聞くな」

 

話をそらすことに決まっている!

 

「──八幡?」

 

「すみませんでした」

 

俺の背骨が水平となった瞬間だった。無駄な抵抗、ここに極まれり。

俺の後ろにいた司波が回り込んでケオとほのかと話しているのを気配から感じた。ただ、ほのかの機嫌が悪いというか──少し乱れている。

しかしながら今の俺には大切な友人に割く余裕のリソースは無かった。

何とか宥めて講堂に入るけれども、その光景に反吐が出そうになる。それはケオも同じようなのでこそこそ言い合う。

 

「差別意識がすごいな」

 

「ああ、問題はこれがどちらに根強く定着しているかだが──」

 

「たぶん、双方」

 

俺たちの会話が聞こえていた雫が俺の言葉を奪い去った。スティールされた、下着じゃなくてよかったです、まる。

端的に示すなら前に一科生、後ろに二科生が固まっていた。一科生の殆どはチラチラ後ろを見ながらほくそ笑んでるし、二科生は二科生で妬み嫉みの視線を一科生に照射していたりお互いにため息しあっていたりと、お察し定番負け犬感がひしひしを醸し出していた。

 

「だよなあ」

 

「ま、まあ。早く座ろうよ、五人で座るところなくなっちゃうよ」

 

そこでちゃんと司波を頭数に入れるあたりほのかだなと思った。気づいていながらも、気にせず自分がしたいようにする。いつもはふんわりしてるが、こういう時はしっかりしている。

ほのかの言葉に驚くように目を見開いた司波だったが、やんわり断ったあとこちらのそれ以上を聞こうとせず二科生が座る方へ行ってしまった。

とりあえず残念そうにしているほのかを見て司波に一発拳入れなきゃなと思った。理不尽だ?知らん。

 

「座ろ、目立つの嫌でしょ?」

 

そう言われ講堂内を見渡すと、既に立っている人は俺たち以外に数人という状況だった。

その雫の言葉は俺だけでなく、ほのかにも向けられていた。実はこの光井ほのか、注目されることを苦手とする。そのため俺とケオで一高入学試験の実技の時、ほのかに集まる視線を散らしたりしていた。

兎にも角にも座ろうと四人並べる席を探すが見当たらない。仕方なくまたも男女で別れて前後二人分空いていたところに座った。俺の正面には雫の頭がある。

 

「そういやほのか。さっき少し取り乱してたようだが、なんかあったのか?」

 

式までほんの少しあったので気になっていたことを聞いた。

俺の言葉を聞いたほのかは少し驚いたあと、顔を青ざめて呟く。それは周りに聞かれないためか、本人が感情を頑張って抑えようとしたのか。

 

「入試の時に達也さんの魔法を見てたんだけど、それがすっごく綺麗だったの。流石魔法科高校と思ってたのに…なんで二科生なのっ、そんな評価、絶対に正当じゃないもん!」

 

僅かながらに声を荒らげさせてしまったことを悪く思いつつ雫がほのかを宥めるのを見ていた。

そんなことがあったのか…聞くだけ聞いといて何も出来ないとはもどかしい。それは俺もケオもだが、まして俺はあいつの名誉を挽回できる秘密を知っている分さらに居心地が悪い。

とりあえず俺たちもほのかを宥めているとすぐに入学式は始まった。

様々なお偉いさんたちが当たり障りのない挨拶をしていく中、一際目立った人物がいた。

一年生総代、司波深雪。

こちらも見覚えがある。よく司波とFLTに来ている。苗字も同じなのだから、従兄妹関係か双子かはたまた養子か。その辺だろう。

目立った理由は主にその美貌。この世界にあの少女に匹敵する美しさを持つ女性は存在しないと思われるレベルのそれは、顔だけでなく体格や姿勢、言葉遣いに声からでさえも感じられた。

しかし彼女が持つのは美しさだけでなかった。彼女が持つ肩書き通り、実力も余りあるほど持ち合わせており、入学試験の時から他を寄せ付けない記録をマークしていた。というか、二位は俺だった。なかなかいいラインでの手加減って難しかったりする。

彼女の声に皆がうっとりしている中、俺だけは過去の黒歴史を連想せざるを得なかった。あまりにも似すぎだろなんでだよと心の中で悪態をつく。

大半の人はそれらの美しさに見とれていたが、ここにいるうちの数人は違う意味で一目置いていた。

答辞に度々織り込まれていた『等しく』、『一丸となって』、『魔法以外にも』などのワード。

それはつまり、一科と二科の格差を消したいという婉曲表現にほかならなかった。

司波には格差をなくしたいなんて感情を感じられなかったから、あれは司波本人の意志に違いない。

──ややこしくなってきてしまった、心中では達也と深雪としておこう。

しかしなるほど、それほどの意思があれば生徒会役員としてはこれ以上ない戦力となりそうだ。そう思いながら生徒会役員の固まる場所をチラ見した。

そこに佇むは十師族が一柱、七草家の次期当主七草真由美その者だった。以前魔術協会の晩餐に──潮さんによって強制的に──参加させられた時に会ってから、何故か気に入られている。こっちは北山家に居候しているだけの軟弱者なんだから話すだけでも恐れ多いというのに。

閑話休題。

つい先日も呼び出され荷物持ちをしていたのだが、その時ちらりと生徒会役員に入る新入生総代は差別撤廃派がいいと言っていた気がする。あともしそうでなければ俺にも入ってもらうとか。そのため良かったですね七草さんというより、助かったぜ八幡くんという心境だ。

いや、ほんと。安心しました、言葉にできないレベル。

 



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入学編.3

お久しぶりです。あいかわらず加筆修正少しすれば投稿できるのになんでこんな鈍足なのか自分が一番わかりません。

まあそれは置いといて…由々しき事態です。

プロット消えました。

まあまだ少しは加筆修正だけなんでまあなんとかなる…?んですが、問題はその後ともう一個の方なんですよね。

一から書く勘も完全に消えてるわけですし、まずなでこスネークを読んでその上でどんな感じにしようか書かないとです。

まあ何はともあれ続きをどうぞ。こいつらまだ1日目なんだぜ?遅すぎワロス。


そんなこんなでほかに特筆することもなく入学式は幕を閉じた。そしてそのまま俺は帰ろうとしていた、だって帰ってもいいよと言われたんなら帰るでしょ。それとも何、まさか俺が禁止されたらやりたくなったり許可されたらする気をなくしたりするあれで帰らずにいると思った?

残念、帰る気満々です。ちゃんとやらなきゃいけない手続きとかはすべて終わらしてあとは自由なんだから、何も問題はないだろう?他の一般生徒は学内を見て回ったり?部活の下調べとか?中学の頃の先輩に会いに行ったりとか?してるらしいですけども。俺はしないです。

麗らかな春の日差しと爽やかな春の風に背中を押され、軽やかに帰路につこうと、右足を踏み込んで校門を出ようとした瞬間。

間違いなく俺の右足の真下に魔法式が展開された。

そこ一点のみが不自然に沈降し正味深さ二十五センチほどのそこそこな穴ができた。

そんなところにそんな穴が出来れば、そりゃもちろん俺の足はまっすぐその穴にゴキブリホイホイのように綺麗に吸い込まれていった。

十点!十点!十点!出ました満点三十点です!

しかし美しかったのはそこまで、バランスを崩してしまった俺はそのまま顔面から地面にダイブした。い、痛い…。

転んだ拍子に右足は穴から出てきて脛をぶつけることは無かったのが、不幸中の幸いと言える。脛は別名を弁慶の泣き所という。しかし、だ。俺なんかはそこを強打しちゃうと泣くどころじゃ済まない、悶絶するまである。いたいよーーままーー!!とザマスザマスなお母さん呼んじゃう。むしろ泣くだけで済む弁慶は異常。逆説的に俺は普通。

 

「というわけで、普通の人間がする行動とはつまり普通のことであるからして、俺が帰ろうとしたことは当たり前であり当然の帰結だと思います」

 

「…いきなり訳わかんないことを捲し立てられても困るよ、八幡」

 

こちらに歩み寄ってきて俺から見て左横にしゃがみこんでいるであろう雫に話しかける。いて良かった、いなかったら黒歴史確定だった。

 

「大丈夫?ほら、手貸して」

 

「さんきゅ」

 

起き上がってみれば昨夜まで新品未使用状態だった制服にすこし土がついていた。このままでいるのもなんとなく癪なのでCADを使わずにささっと魔法でそれらを除いた。

普通魔法を使う時にはCADを使うが、CADはあくまで補助でありCADが無くても個人的な能力が高ければそれなりの速度で魔法を使うことは出来る。ただ戦闘となるとどうしても高速高質な魔法を求められるため、一同CADを保有しているのだ。

俺ももちろんCADは所持しているが、日常で使うような魔法ならCADなしでも融通は効く。暗に自分できるやつでっせみたいだから他人に見られるところでやるのは嫌なんだけど。

 

「相変わらず出鱈目だね」

 

「──普通だろ」

 

多分褒められたから、少し照れて返す。雫に褒められて嫌になる訳ない!自分こんなことできて偉い!すごい!

どうやらこの一高は俺を帰してくれないらしいので大人しく教室へ向かおうとする。校舎の方へ振り返ると、ふと視界にあの人が映る。おそらく生徒会室であろうその場所からニコニコしながら手を振っている。

…七草さんめ、許さん。

 

 

*****

 

 

自由参加のものも一通り終わってついに帰れる!と思ったのもつかの間、ほのかが達也を探そうと言い始めた。

嫌だと言おうとしたがほのかの目には決意しかなく、こういう時何を言っても曲げない彼女に逆らう理由は残されていなかった。こうなってしまうと俺より一足早く雫とケオが折れてしまい、三対一になってしまうのが常だったからだ。

俺ももう高校生だからな、こういう所は柔軟に大人な対応をしていこうと思います。

敷地内をぶらぶらしていると、偶然にも達也を見つけた…風にしているが魔法で探知した俺がさりげなく誘導していたから当たり前といえば当たり前だ。

そして彼の隣には二人、女生徒がいた。もうナンパですか達也さん。流石っすね。ケオが元気よく話しかける。

 

「ヨウ達也!もう女引っ掛けたのか?ん?」

 

「やめろケオ。二人に悪いだろう」

 

「そうだよケオ。謝って」

 

あっぶな、俺も茶化すとこだった(嘘)

達也と雫からお叱りを受けたケオは律儀に二人に謝った。こういうところがあるから憎めないんだよなあ、基本的に良い人である。見た目とは裏腹にな!

おっと寒気が、エレメンツ的にそれはどうなんだ?

 

「ねえ達也くん、四人とも知り合いなの?」

 

達也の隣にいた二人の内の一人、赤髪でスポーティな雰囲気を漂わせる女生徒が達也に聞く。うなづいた達也が説明を続ける。

少しこちらを警戒している気がする──一科と二科の隔たり、か。

 

「ああ。と言っても一人以外は今日知り合ったんだがな」

 

「そっか──えっと、F組の千葉エリカよ」

 

「同じくF組、柴田美月です…」

 

ショートカットにメガネをかけた女生徒も千葉に続いて名乗る。

千葉、千葉ね…いい名字だ!仲良く出来そうだぜ!

ところで…さっきから周りの視線が少し──いや、かなりウザイ。周りをキョロキョロしたほのかが声を小さくして二人に言った。

 

「えっと──気にしないでね、私たちは気にしないから」

 

ここにいる人たちには、その言葉だけで十分に伝わった。千葉と柴田が少し驚いたような顔をする。

その顔を認めながら雫、ケオ、俺は頷く。それを見た二人は達也の方に目線を移す。

 

「今朝話しただけだが、保証できると思うぞ?」

 

達也のそれをきっかけに千葉と柴田が纏っていた警戒が解けた。

ほのかも雫も差別撤廃派だから、こういう一科にも差別撤廃派がいるということの周知みたいな地道なことをコツコツ積み重ねたいと思っていることだろう。俺とケオか?俺たちは差別殲滅派、撲滅と言ってもいい。過激に行くぜ。とりあえずは小町が入学するかもしれないことを視野に入れてるから、それまでには消し去りたい。

そのまま七人で喋っていると、こちらに近づいてくる人影が三つ。そのうち一つはあまりよく知りたくなかったがよく知っているものだったので、幻術魔法で自分の姿を見えなくする。千葉と柴田はかなり驚いていたが、説明はあとだあと。ここはひとまず乗り切らなければ…。

小走りで寄ってきた一年生総代が快活に口を開く。

 

「お待たせしました!お兄さ…ま?」

 

すぐに萎んだが…おっとこちらに目を向けた。流石総代、怪訝そうな顔をしているのでなんとか話を合わせてもらおうと人差し指を口に当てる。半ば賭けだったがこの子強い、俺の魔法効いてないわ。丸見えらしい。頭の上にクエスチョンを浮かべながらも従ってくれるらしい。というより今は俺よりも気になることがあるらしかった。

 

「お兄様…さっそくクラスメートとデートですか?」

 

周囲の気温が間違いなく下がった。一同身をぶるっとさせる。

す、すげえな深雪。事象干渉力が桁違いだ。これ程の実力を持ち合わせながら入試試験であのタイムってことは少し手を抜いている気もするが、能力のベクトルは全く違うためそんなもんかと思考を捨てる。

 

「いや待ちながら話していただけだ。こちらは同じクラスの…」

 

「千葉エリカです。よろしくねっ!」

 

「柴田美月です。よろしくおねがいします」

 

千葉と柴田が先に紹介される。

俺たちと話していたからか一科相手の話し方がかなりフランクになっている。まあ答辞を聞いていた限りこういう対応をして即抹殺はないだろう。案の定深雪は少し慌てながら自己紹介を進めた。

三人が姦しく話していたところに、雫が割り込む。

 

「司波さん、私たち同じA組なんだけど分かる?」

 

「え?ええ、北山さん光井さん焔緋さん……よね?」

 

ほんとにいい子ですねこの子。俺を配慮して俺の名前を呼ばない。それとも、もしかして認知されてない?

なんだか達也には勿体無い気がする。達也ったらコミュ障の俺にためらいないんだもん、怖いよ正直。もっと配慮してほしい。

 

「私たち…のことも名前でいいよ。私たちも深雪って呼ぶから。千葉さんたちもいい?」

 

私たちのあとに深雪だけに見えるように左手の指を四本立てている。はい、そうなりますよね。雫さん少し怒ってらっしゃる。まあ七草さんに見つかるよりはマシだと甘んじる。

 

「わかったわ、雫」

 

「もちろん!」

 

「いいですよ」

 

三者三葉の返事を返してくれてこちらサイドは安堵する。その刹那俺の肩に誰かの手が置かれる。瞬間俺の魔法が切れる。今年の総代を一目見ようと集まっていた野郎たちがざわめく。

 

「八くん?自衛目的以外の魔法の使用は校則違反よ?」

 

ここの返しをしくじれば間違いなく俺の週末は埋まるか入学早々停学処分である…さてどうしよう。

 

「いやいや完璧自衛でしょ。七草さんから自分の身を守ろうとしたんですよ?」

 

「土曜、暇よね?」

 

ダメでした。

 

「…はい」

 

こういうやりとりに慣れてる雫たちは呆れた顔をする。他の人は物珍しそうというか、とにかく驚いていた。

俺たちのやりとりを野次馬していた奴らが徐々に達也たちについてひそひそ言い出す。それが聞こえた七草さんは顔を顰める。

副会長であろう男子生徒に命令する。

 

「はんぞーくん、生徒会室に帰りましょう」

 

「それでは予定が…」

 

有無を言わさず七草さんは歩いていってしまった。どうやら相当気が立っていたらしい。もしかして俺のせいもあるか?あるな。

少し歩いてこちらを振り返った七草さんが作り笑いして言った。

 

「それでは深雪さん今日はこれで。皆さんもまた、機会があれば」

 

んー、週末俺生きて帰ってこれるかな。本格的に不安になってきた。とりあえず今日帰ったら小町の癒し成分を補充しないと、胃がキリキリしてます。

会長が去ってしまい居ずらくなったのか野次馬も散っていった。残ったのは八人。達也が口を開いた。

 

「帰るか」

 

七人七色の返事をするも、皆内容は肯定だった。俺がいいと言うなんて珍しいって?仕方ないだろう、雫が睨んで来ているんだから。そんな雫も可愛いと感じる俺はなかなか末期。




度重なる編集はだいたい誤字脱字か題名です。


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入学編.4

はい、お待たせいたしました。なんかもう、はい。ごめんなさい。言い訳はもうしません、どうぞ。


放課後こってりこんと———そりゃあもうなりたけのこってりくらいに———今日のあれこれについて雫から説教を受けた俺は心身ともに疲れていた。みんなが周りにいる中で叱られたので少し居心地が悪かった。

家に帰り粗方日常を終えあとは寝るだけとなった時雫に呼び出された。

やだなあ、また怒られるのかなあ。雫のことは好きだけど、積極的に怒られたいと思うほどではない。いや、怒ってる雫も可愛いのは確かなんだけど———結論、雫はかわいい(思考停止)

雫の部屋についてドアの前に立つ。ノックを三回、返事が返ってきたのを確認して中に入る。寝巻きになっていた雫がベッドに腰掛けながらこちらを見てる。身体の向きの先には勉強机に置いてあるモニター。寄ってみてみればそこにケオとほのかの顔が映っていた。やっぱりテレビ通話か。

説教ではないことに心底安心していると雫が右手でベッドをぼふぼふしている。そこに…座れというのか。いつもは雫の勉強机の椅子を引っ張り出しているというのに。

思いがけず現れたそこそこ高いハードルに、心拍数がリミットに近づく。顔を真っ赤にしながらもゆっくり歩いていって恐る恐る座る。俺と雫のあいだに拳三つ分空けて。画面越しに二人が笑った気がした。

軽く今日の話をしたあと、ほのかが神妙な顔つきになった。

 

『ごめんね八幡、ケオも。学校では取り乱しちゃって』

 

ほのかが言う。俺たちにしか謝らないということは、俺たちはあとから呼ばれた形になっているんだろう。

取り乱したってのは多分、達也のこと。

 

『気にすんなよ、いつもの事だ』

 

「違いないな」

 

『も、もうっ!酷いよ〜』

 

「二人ともダメ、ほのかすごく楽しみにしてたんだよ?」

 

『分かってるって、悪かったな』

 

「悪い悪い。つい、な?」

 

『う〜。式の前にも少し言ったけど、すごく魔法が綺麗でまさか二科生だと思わなくて、なんだか裏切られた気がしちゃって』

 

「そんなに綺麗だったのか?」

 

『うん、深雪はこう、なんていうのかな…フルパワーでドーンって感じだったんだけど、達也さんの方は逆に最小限しか使ってなくて…魔法式の無駄で出る光波のノイズが全くなかったの』

 

『ほのかが言うなら相当なんだな』

 

光のエレメンツであるほのかは、その家系に違わず光に関する適性が高く、使う魔法も特別知覚できるものも光に関するものが多い。そのほのかがいうのだから信頼性はとても高い。

 

「地元では俺たちだけが内輪で競い合ってる感じだったが、まだまだ世界は広いってことだな」

 

「うん、これから楽しみ」

 

『まずは九校戦だな!』

 

ケオが気合を入れるようにサムズアップする。

九校戦、全国の魔法科高校九校が一同に会して魔法技能を競い合う大会。魔法が普及してから甲子園に代わる夏の定番となっている。

なんかヒロ○カの体育祭みたいな位置づけだと思ってくれればいい。あんまり下手な説明をすると九校戦が大好きな雫に怒られてしまう…去年も北山家と俺ら兄妹総出で観に行った。もちろん、ケオとほのかも一緒だった。

 

『うんっ!みんなで出れるように頑張ろうね!』

 

「絶対、出る!」

 

「…出なきゃダメか?」

 

やる気のある三人に対してとてもやる気のない人がここに一人。

出来ることなら出たくない。参加するとしても、俺としては競技に出るよか魔工技師としてエンジニアの方に回りたいと思ってしまう。まあそれが将来進みたい道でもあるし…うまくいけば達也とタッグを組んでCADを…だなんてこともあるかもしれない。もしかすると、なんていう超低い確率だけど。もしそうならば、俺にしては珍しく心躍ることだろう。

 

『『「ダメ!」』』

 

まあ、ダメらしいが。

 

「…りょーかーい」

 

こう言われてしまえば仕方ない…両方、は流石にきついか?一応その時期になったら七草さんに聴いてみるか。

次の日もまた大事なオリエンテーションが多いということで早めに寝ることになった。という訳で雫と一言二言交わしてから雫の部屋から出ようとしたところで、改めて雫に呼び止められる。

 

「なんだ?」

 

「えっと…深雪もエリカも美月も美人だったね」

 

「…まあ、そうだな」

 

突拍子もなかったが特に否定する理由もなかったので安易に肯定する。

が、すぐ雫の機嫌が悪くなる。なんで?今回は流石に唐突すぎてわからんぞ。

とりあえずなんか言っとけ。

 

「えっと、早く寝ろよ?寝る子は育つ、な?」

 

「バカにしないで」

 

少し頬をふくらませながら言う雫は世界一可愛いと思うが、流石にそれを言うのは無理があるので受け流して部屋を出た。出る時は笑顔で手を振って送り出してくれた天使はやっぱりかわいい。

──春休みの途中から時々行われてきたこのテレビ通話だが、何故か俺の部屋には付けてくれないのだ。俺としては雫の部屋に入る口実になるからいいんだが…。居候の身で潮さんに頼むわけにもいかないし、ずっとこのままだな。

今日は俺史上最高に他人と距離を縮めた一日だった。達也とはCADの話で盛り上がり、深雪とは彼女の兄を慕う姿が我が妹の小町と重なった。エリカたちとも雫たちを橋渡し役に置きながらだが、そこそこ喋ったものだ。

そんなこんなで慌しい日常の始まりもまた慌しいもので、それもいよいよ幕を下ろした。




五話でようやく一日が終わるとかマジ?入学編やり切れるかすら怪しいな。


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入学編.5

なんか自分で納得いかない文ではあるんですが書き直す気力もなく(多分するとなると最初からになるので……)しかしまあ生存報告というか、気まぐれ更新とも言いますが、一応出しておこうかなって。

優等生アニメも決まりましたからね、雫ちゃん大暴れしちゃってくださいな。


今日も昨日の通りに朝を過ごし、そして高校前の駅まで来た。昨日と同じだったのはここまでで、駅から出ると少し前を達也と深雪が歩いていた。事情を知らない一般人は、達也は二科生で可哀想(笑)とか深雪にあの男は釣り合ってねえ俺が変わる!とか思うんだろうな。俺か?仲睦まじい兄妹は推奨してます。約一年違いの兄妹と知った時は驚いたが。

雫とほのかが深雪に駆け寄ってしまい三人で会話を始めてしまったので、俺たちも達也に話しかけようとケオが近づく。仕方ない、か。

 

「よっ、よう、達也」

 

昨日の帰り道に雫に命令され、結局全員を下の名前で呼ぶことになってしまった。納得いかないが…基本的に俺は雫より立場が下なので大人しく従う。噛んでしまった事は目をつぶって欲しい。まじのかみまみたなので。

この立ち位置は決して俺が悔しながらも甘んじているわけではなく、好きでこの立場に落ち着いている。恩人より上の立場なんて以ての外だし、雫と並ぶのはまだ恐れ多い。けどまあ、そのうちに、うん。

 

「おはよう、八幡、ケオ」

 

「うーっす。兄妹仲が良さそうで羨ましいねえ」

 

こいつ、一時間に一回くらい誰かを茶化さないと生きていられないのか…?

だがそんな茶化しなど、どこ吹く風と受け流す達也。独特のクールな雰囲気は男の俺からもかっこよく映った。

校舎に入ると達也だけ別れてしまった。

二科生と一科生は使う昇降階段すら違うのだ。ここまで徹底して区別意識を持たせる執念は、もはや敬意を払いたくなる。

教室に入ったあとも俺たち五人で会話を続けていた。クラスの男子からの視線が痛い。んー、これは保護対象に深雪も入れておこうか。

ケオと俺が共有する想いの一つに、雫とほのかにどこぞの馬の骨を近寄らせないというのがある。そして、俺は兄への慕い様で深雪と小町が重なってしまい、どうしても同級生相手にしては過保護がちになりそうだ。それで万一達也にあらぬ疑いをかけられても後味が悪い。あいつシスコンだからそんな身に覚えのないことで怒られたくないし、怒らせると絶対怖い。そんなことがあったら死人が出そうだ。

一応、お兄様の許可を取っておこうとメールを入れる。連絡先も昨日の雫令によるものだ。

 

『達也、クラスの男子の視線が深雪に刺さりまくりなんだが、これからフォロー入れていけばいいか?』

 

『そうしてくれるのは有難いが…負担じゃないか?』

 

『ケオもいるし問題ない。2人から3人になるだけだ。この画面も見せてる』

 

『そうか。2人はよほど雫とほのかが大事なんだな。よろしく頼む』

 

了承を伝えアプリを閉じる。恥ずかしいこと言うなやくそ。俺たちの顔が赤くなってないかお互いに確認する。どうやらお互い、少し赤いようだ。

軽くクラスを見渡す。このクラスにまともな奴は…見た感じいなさそうだ。なら、仲良くする意味もない。男子のひそひそ話が耳に入る。

 

「いいよなあ、女子は。深雪さんに近づきやすくて」

 

「あの男らはなんなんだ?」

 

「司波さんと話してる二人と仲いいから、おこぼれもらってるんじゃね?」

 

「羨ま〇ね」

 

俺の本命は雫だし、ケオの本命はほのかなのだが…。勝手に勘違いしてもらっては困る。

しかしそう言うと、深雪にかかる火の粉が増えそうなので耐えることとした。

しばらくすると校内放送が流れ出した。どうやらオリエンテーションが始まるらしい、全員が席に座る。

すぐにクラス毎に配属される指導教官が入ってきて簡単に挨拶をした。ありきたりと言うか…より差別意識を強める内容だと思った。変な競い方をさせる…。まあ選民思想の持ち主らにとっては一番の活性剤なのだろう。ドーピングとも言う。

これからの予定を伝えられるも、どうやら基本的には自由行動らしい。なら俺がすることはひとつ、サボる!

 

「ダメだよ、八幡」

 

先生が去ったと同時に雫が俺の席に近づいてきた。

 

「…いつも思うんだが、なんでピンポイントで考えてることわかるわけ?なに、そんなに顔に出る?」

 

「出やすい方だけど、ここまで詳しくわかるのは私だから」

 

出やすい方と聞いてショックを受けるも、その後に続いた言葉にドキリとする。これはもう実質告白では?いやいやこうやって勘違いして告って振られて家の雰囲気が気まずくなって俺が単身家を出ることになるんですね分かります。

そうなるのは嫌なので流すことにする。

 

「にゃ…んんっならいいが」

 

はい噛みました恥ずかしい。ばかじゃねーの?ばーかばーか。何も流せてねえよ。

俺達が話しているあいだに、ケオとほのかは深雪の方に行っており周りを牽制していた。俺たちも行くかと静かに目配せしながら立ち上がる。前を歩く雫と、三人の元へ向かう。

 

「これからどうするよ、深雪」

 

「私は先生について見学しようと思ってるけれど、ケオとほのかは?」

 

「まあそうだよな、俺たちもそのつもりだ。一緒について行っていいか?」

 

ナイス誘導だ、ケオ。変にコソコソしないで周りに情報を与えているのが、無自覚だろうがナイスプレー。

こういう時、自分の知りたい情報を隠されるとイライラが一気に溜まり、危うい道へ足が向いてしまいかねないのがなかなかあってしまう。周りの男子勢はよしっ、と意気込んでいた。

 

「まあ、八幡はサボろうとしていたけどね」

 

「もう!ダメだよ、八幡」

 

「…すみませんでしたー」

 

雫が零した俺への愚痴にほのかが乗っかり注意して、俺が適当に謝罪する。俺たちからすればいつものやりとりだったのだが、これを見て深雪が少し笑顔になる。どうもピエロです。まあかまわん。

恩人の友達に楽しく過ごしてほしいと思えないほど、俺は腐っているわけじゃないのだ。

 

 

*****

 

 

五人で先生の解説付きの見学の最前列を歩く。途中でうちのクラスの男子──森村だったか?──がドヤ顔で先生の質問に答えるも残念賞を貰い受け、直後深雪がなんてことないふうに正解を答えた時には俺とケオで大爆笑してやろうとしたが、流石にやめた。悪目立ちはしないって、決めたんだ…!

その森川が、司波さんは僕の失敗の尻拭いをどうのこうのと変に勘違いしているのには流石に引いた。

その直後は昼の休憩となった。カツオ〜ご飯の時間よ〜。

深雪が食堂を使いたいと言うのでケオが先に席を見に行き、その間に俺は尿意を解放しに行っていた。戻るとそこに三人はおらず、一科の女生徒が数人いるだけだった。

なんだか嫌な予感がする。そして、俺の嫌な予感は結構な確率で当たる。

とりあえず情報を得たい。…話しかけたくはないが、仕方ない。勇気を振り絞る。

 

「なあ、雫…北山たちが何処に行ったか知らないか?」

 

「わっ…えっと、もしかして司波さんと一緒にいた女の子のこと?その子達ならなんか変なグループに半ば無理やり食堂に連れてかれてたよ」

 

「そうか、助かった。ありがとう」

 

「ううん、気にしないで!」

 

いい人だな。A組ではなかったと思うし…ほかのクラスの人だろうか。

中学までクラスのやつに興味はなかったがケオが名前くらい覚えてやれよと言ってくるので、顔と名前だけは初日にできるだけ覚えることにしていた。そうしていたら、そのアドバイスをした張本人に極端すぎると引かれたが。

それはともかくとして、急ぎ足で食堂に向かう。案の定というかなんというか、そこは修羅場と化していた。急いで胸ポケットをまさぐる。

 

「席を譲ってくれないか?補欠くん」

 

そう言ってのけるフォレスト・ストリームくんの眼前にはエリカと美月、達也とあと一人、二科生の男子がいた。エリカは何こいつ?みたいな顔をしており美月はどうしよう?って顔。名前の知らない男子はかなり目つきが悪い。俺が言えたことじゃねえな。

流石に咎めないのは深雪としては不満でならなかったらしい。

黒森の方に振り返り口を開いた。

 

「あの」

 

「わかった」

 

しかしそれを達也が遮る。

ガタンと席を立ち既に食べ物が置かれていないトレイを持ち上げる。五つあった席の空席の一つを森森が引く。深雪をそこに座らせようとしているようだ。

 

「ウィードはしょせんスペア。一科生と二科生のけじめはつけないと…みんなもそう思うだろ?」

 

その言葉を皮切りに周りの一科生が好き放題言う。

はっは、なかなかに無様な光景だ。今はなんとか我慢してやるが、もう一度こんなことがあれば絶対我慢出来ん。

幼稚な一科生の相手をするのが嫌になったかエリカたちも席を立った。達也が去っていく時に深雪に口パクをしていた。読唇術で読み取る。

 

『騒ぎは起こさない方がいい』

 

…出来た兄だ。実は感情がほとんどないんじゃないと思えてくるほどだ、ロボットかなにかなんじゃないのか?ただ深雪の表情が少し暗くなったのは見ていて少しつらくもある。

気づくと雫とほのか、ケオが先程一科生が略奪した席に悠然と座っている。おいおい、これ以上ヒートアップさせるつもりか?当然の帰結として、モリサマーが声を荒らげる。おっと視界の端で茶髪の美少女がガタリと揺れた気がしたな。

 

「またきみ達か!君たちは何のつもりなんだ、少しは司波さんと話をさせてもらってもよくないか!?」

 

「深雪、八幡。座ってよ」

 

「おう」

 

雫が林原を無視して俺たちに声をかける。こういう時、どうしたらいいのか、わからないの。

なんて事はなく、こういう流れにはもはや慣れているため、余裕の態度で席につく。未だに深雪は混乱しているようだがそれでも、残しておいた、達也が座っていた場所に座る。若干嬉しそうな顔してるのは勘違いですかそうですか。

 

「おい!話を…」

 

彼が言葉を止めたのは多分俺がいきなり胸ポケットを漁り始めたからだろう。そこから出てきた右手に握られているのは、黒色の小さな機械。ちょちょいと操作して音を流す。

 

『ウィードはしょせんスペア』

 

「この録音、生徒会に提出したらどうなるだろうな」

 

「なっ!?」

 

この二日間でもっとも木村の顔が驚愕に染まる。が、冷静さを欠きながらも反論してくる。

 

「ふ、ふんっ。貴様の言葉など生徒会役員が信じるわけもない」

 

「どうだろうな。ここには、少なくとも俺の方につきそうな証人が四人いる…さっきお前らを見かねてどいてくれた四人も証人。八人もいれば十分すぎるな。それに、現代の声紋認証は舐めたら痛い目見るぞ」

 

俺のロジックに押されつつもまだ言い続ける。

 

「は、はは…それでも俺は聞いているぞ!生徒会はこの区別を、一科生の優越を黙認していると!ならば同じ一科である会長は…」

 

瞬間俺の中で何かがぷつんと切れた。

ほう、七草さんのことを何も知らないてめえが言うか森崎。

さんざん心中でもふざけてなんとか怒りを鎮めようとしたがもう無理だ。

こいつはあの人が差別意識をなんとか取り除きたいと真剣に考えているのを踏みにじる発言をした、してしまった。からにはやはり、制裁が必要だな。

視界の隅で雫が呆れほのかが慌ててケオが面白がっている。ケオは後で制裁だな、拳で。

 

「おい森崎」

 

「な、なんだ?もしやお前も結局はこち」

 

「舐めんなよ」

 

周囲の音が確かに消え始める。それは感覚という次元ではなく、確かな物理現象。

突如として音が消える恐怖というのは、なかなか計り知れないものだ。今この場で唯一空気を震わせることが出来る声帯から声が発せられる。

 

「七草さんがどれだけ差別撤廃に奮闘しているか何も知らない奴が、エゴであの人を堕落させんなよ…次そんなこと言ってみろ、一生喋れなくしてやるからよ」

 

俺の腐敗した三白眼が鋭さを増し、森崎を突き刺す。完全に怖じ気づいた森崎が後ずさり振り返って机にどんどんぶつかりながら食堂を出ていった。それでも、音は鳴らない。

しばらく去っていった背中を見ているとおでこに何か当たる。途端世界に音が戻った。風の音、木々が揺れる音、食器と食器がぶつかる音、人が散っていく足音。

気づけば目の前に雫がいた。ハッとして雫に頭を下げる。

 

「いつも悪い…感情をコントロールできないのは、治さないとな」

 

「いいよ、私がそばにいるあいだは何時でも怒ったり泣いたりして──でも、最後には笑ってね?」

 

「──おう」

 

たまに真顔で恥ずかしいことを言ってくるのは極力やめて欲しい。こちらだけが恥ずかしくなる敗北感がすごい。

笑ってと言われたので、下手な作り微笑を雫に返す。彼女から帰ってきたのは、とても自然な微笑だった。

 

「えっと…八幡?」

 

驚き言葉を失っていた深雪が俺に話しかける。瞳に映る感情は疑心と興味。

目だけで先を促す。

 

「今のは…?」

 

「あーっと…お前でいう周りの温度の低下、と言えば分かるか?」

 

深雪の事象干渉の結果が冷却ならば、俺の事象干渉の結果は音の消失。

空気を振動させ音を出すという物体の情報を、非生命体に限り書き換える…つまり物体を振動させなくするのだ。だから多分声帯だけでなく指パッチンや拍手は聞こえるはずだ。

 

「え、ええ…けどそこまで七草会長が大切なのね」

 

「なっ!?」

 

からかうように放たれたその言葉は予想の斜め上をズドンと大砲でぶち抜かれそうな衝撃を俺に与えた。突かれたなんてそんな甘ったるくない。深呼吸して冷静になる。

どうなのだろう。俺は七草さんが大切なのか?好きか嫌いかで言えば、少なくとも大嫌いではない。が、やはり人種が違うため苦手意識は根付いている。それでも、荷物持ちが全く楽しくないなどと言うつもりはないし…大抵ヘトヘトになって帰るけれど、そんな日は間違いなく充実していたと満足するし熟睡できる。

こんな俺にとって、そんな人物は必要不可欠なのではないか。そんな気がしてくる。

 

「まあ、大切な──というか、俺みたいな奴の知り合いとして、一人はいていいタイプの人だな」

 

「酷く合理的な解釈をするのね、八幡は」

 

「相手による」

 

雫なら論理も理論もすべてぶっ飛ばして好きだから一緒に笑っていたいと思うし、ほのかもケオも大切な親友だから隣で話していてほしいとも思う。

こうして思うと、俺は四年半前からかなり変わっている気がする。それが少しむず痒い。

 

「ほ、ほら早く食べよ。時間無くなるよ?」

 

俺たちの会話をぶち切り昼ご飯を食べることを促すほのか。時計を探してみると、見学再開まであと二十分ほどしか残ってなかった。

 

「やべえやべえ、早く食っちまおう。ほれほれ二人とも仲良しなのはいい事だが、いい子でいねえと好き勝手できん」

 

「…俺は中学ほどお前に付き合って馬鹿やるつもりは無いぞ」

 

そうして昼休みは過ぎた。

流石にこれ以上森崎があいつらにちょっかいかけるつもりは無いだろう。…今日もまたみんなで帰るのだろうか、そう考えた後でそれほど嫌がってない俺がいることに気づいて自嘲的に笑う。



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