デジモンアドベンチャー02AS ~呪いのドラゴン~ (疾風のナイト)
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第1章~現実世界に現れた卵~

 全てが電子情報で構築されているデジタルワールド。そのようなデジタルワールドであるが、現実の世界こと現実世界同様、広大な陸地も存在していれば、果てしない海と空もまた存在している。
 そして、デジタルワールド最大の特徴であるが、それはデジタルモンスター(略してデジモン)と呼ばれる生物が生活していることであった。また、デジモンはデジタルワールドと同じく、全てが電磁情報で構築されている一種の電子生物のような存在である。
 さらにデジモンは実に様々な姿をしているのが特徴である。現実の動植物のような姿をしたデジモンもいれば、空想の存在とされる姿をしたデジモンもいる。
 現実世界とデジタルワールドの両者はお互いの存在を知ることなく、それぞれに独立した歴史を営んできた。だが、極稀にこの2つの世界は時に結びつき合うことがあった。

 これから語られる物語。それは現実世界に迷い込んだデジモンが人間と一緒に生活することにより、種族と世界を越えた絆を育んでいった物語である。


 全てが物質で構築されている現実世界。この現実世界には100以上の国家が存在しているが、その中で日本と呼ばれている国家が存在している。

 この日本は四方を海に囲まれた島国でありながらも、あらゆる分野における科学技術と資本主義経済社会が高度に発達している国家であり、世界の中でも有数の先進国として知られている。

 そのような様々な特徴を有している日本の国内において、山陰地方と呼ばれている地方が存在している。この地方は日本海を面している地方であり、豊かな自然環境と天然資源に恵まれる一方、少子高齢化とそれに伴う人口減少が進行している地方である。

 山陰地方の自治体に一角に建っている某地方銀行。人口減少が進行している山陰地方において、貨幣の流通を担っている重要な金融機関であった。

 そのような某地方銀行の店舗の内部。この店舗の内部は多くの利用客で賑わっていた。口座の開設、資産運用、融資等、利用客が訪れる目的は実に様々である。

 今日も慌ただしい銀行の店舗内に1人の女性の姿があった。ウェーブのかかった長い髪、物静かな印象の女性である。

 銀行の制服に身を包んでいるこの女性の名前は松上愛菜。地方銀行に勤務している銀行員であり、主に窓口の接客業務を担当している。

「ご利用有り難うございました。またのご利用をお待ちしています」

 用件を済ませた利用客に対して、柔らしい笑みと共に感謝の言葉を述べている愛菜。一方、利用客もまた、機嫌良く銀行の店舗を後にする。

「番号札103番の方、3番窓口までどうぞ」

 先程の利用客の手続きを全て終えた後、次の利用客を自身の担当している窓口まで案内する愛菜。

 このようして、窓口に訪れるお客様を1人1人懇切丁寧に対応する。それが現実世界で生きる愛菜の仕事であった。

 

 全てが電子情報で構築されているデジタルワールド。ある意味、全てが物質で構築されている現実世界とは対を成している存在と言えるだろう。

 そのようなデジタルワールドにおいて、ダークエリアと呼ばれているエリアが存在している。

 電子情報世界におけるダークエリア。それは現実世界で例えるのであれば、冥界あるいは黄泉の国と言っても過言ではないエリアである。

 そのようなダークエリアの出入口、それは現世と冥界の境界と呼べる場所と言っても過言ではない。そして、そこには1体のデジモンの姿があった。

 まるで境界の番人のようにダークエリアの出入口の前に立っているデジモン、人の身体に犬の顔、まるでエジプト神話に登場するアヌビス神のようである。このデジモンの名前はアヌビモン、究極体の神人型デジモンである。

 そのようなアヌビモンの仕事。それは消滅したデジモンの霊魂とも言えるデジコアの善悪を判断した上、生前の行いに相応しい処置を施すことである。日本で言えば、閻魔の役割を担っていると言えるだろう。

「さて、次の案件に映るか」

 そのように言った後、次の案件の準備をしているアヌビモン。次にアヌビモンが担当する案件であるが、生前に罪を犯した2つのデジコアであった。

 配下からの報告によれば、この2つのデジコアは2体のデジモン達に憑依した挙句、デジタルワールドで争いを引き起こしたとされている。その後は心ある者によって、討伐されたと記録されている。

 やがて、アヌビモンの目の前に現れるデジコア。早速、仕事を始めようとするアヌビモンであるが、あることに気がつく。

「デジコアが1つだけだと……?」

 目の前に現れたデジコアを前にして、険しい表情を浮かべている中、そのような言葉を発しているアヌビモン。

 本来、この場に現れなければならないデジコアは2つである。だが、実際に現れたデジコアは1つだけであったのだ。これはどう考えてもおかしなことであった。

「まずいな……」

 異常な事態が起こっている中、冷静な姿勢を維持しようとしているアヌビモン。この場にいないもう1つのデジコア、一体どこに消えてしまったのだろうか。

 デジタルワールドのダークエリアで起こった事件。本来であれば、起こってはならない事態である。

 この事件は当のデジタルワールドだけではなく、現実世界にまで波及することになるとは誰も知る由もなかった。

 

 山陰地方の街中に建っているアパート。このアパートは街中にあるものの、賃貸料が比較的安い上に部屋の設備も整っているため、人気の物件として注目を集めていた。

 そのようなアパートの玄関前、そこには銀行での仕事を終えた後、買い物を済ませて帰宅した愛菜の姿があった。

「ただいま」

 早速、アパートの扉を開けた途端、帰宅の挨拶をしている愛菜。だが、愛菜の帰宅の挨拶に返事をする者は誰もいない。

 何故ならば、このアパートには愛菜以外に誰もいないからだ。そう、愛菜は実家を離れて、1人暮らしを営んでいるのであった。

 アパートに帰宅した後、自身で調理した夕食を食べると、テレビ番組を視聴している愛菜。ごくありふれた日常の風景である。

 そうした最中、リビングに設置されているパソコンが急に起動する。当然のことであるが、愛菜自身、パソコンの電源を入れていない。

 さらに起動した愛菜のパソコンであるが、画面には0と1で構成された文字列が映し出される。まるで何かのプログラムが作動したかのようである。

「えっ?ど、どういうこと?」

 突然起こったパソコンの暴走を前にして、驚きと戸惑いを隠せないでいる愛菜。このようなことは生れて初めてのことであった。

 すると、リビングに設置されたパソコンの画面からは眩い光が発せられる。その光量はまともに直視できないほどである。

 眩い光が消失した後、パソコンの光の中から現れた物、それは大きな卵であった。しかも、その卵の表面には何かの文様が描かれている。

「どうして、卵が……?」

 目の前に出現した卵を眺めている中、呆然とした表情を浮かべている愛菜。このような出来事はあまりにも常軌を逸しているからだ。

 さらに言えば、この卵は一体何の卵なのであろうか。愛菜には理解できないことが立て続けに起こっている。

 すると突然、目の前の大きな卵にヒビが入る。やがて、卵に生じたヒビは徐々に大きくなり、ついには完全に砕け散ってしまう。それと同時に卵の中から何かが姿を現す。

 砕け散った卵の中から現れた者の正体についてであるが、それはスライムに羽根が付属した不思議な生物であった。

 当然のことであるが、愛菜自身、目の前に現れた生物のことを知らなかった。何故ならば、目の前に現れた生物は愛菜の生きる現実世界の存在ではなく、デジタルワールドと呼ばれる世界に生きる生物、デジタルモンスターことデジモンであったからである。

 さて、卵から孵化したデジモンについてであるが、このデジモンの名前はププモン、幼年期のスライム型デジモンである。

「この生き物は?」

 初めて見る生物を前にして、問いかけるように言っている愛菜。あまりにも常識を逸脱した出来事が続けて起こったため、愛菜の頭は現実的な思考を手放していた。

「~~♪」

 一方、嬉しそうな表情で愛菜にすり寄ってくるププモン。そのようなププモンの態度についてであるが、まるで母親あるいは姉に出会ったかのような態度である。

「この子……」

 そう言った後、ププモンを胸に抱いてみせている愛菜。それと同時に愛菜はププモンが好意を抱いていることを理解する。

 この子を今の状態にしていてはいけない。直感的にではあるが、そのような確信を愛菜は抱いていた。

「よろしくね」

 ププモンのことを優しく抱いている中、慈愛に満ちた表情で語りかける愛菜。対するププモンもまた、満面の笑みを浮かべていることにより、愛菜の言葉に答えているかのようであった。

 このようにして、一緒の時間を過ごすことになった松上愛菜とププモン。今、現実世界とデジタルワールド、2つ世界を結ぶ物語が始まろうとしていたのであった。

 

                                    つづく

 

補足

 

名前:ププモン

種族:スライム型デジモン

属性:なし

進化レベル:幼年期

必殺技:毒の泡

泡のような軽い身体と薄い羽が特徴的な幼年期のスライム型デジモン。少し大きめの目は動きに対して反応が高く、何かあれば、その場から素早く逃げてしまうことがある。但し、臆病な性格と言う訳ではなく、意地悪をされれば、反撃を仕掛けてくることがある。必殺技は「毒の泡」

 

名前:アヌビモン

種族:神人型デジモン

属性:ワクチン

進化レベル:究極体

必殺技:アメミット

エジプト神話に登場するアヌビス神を彷彿とさせる姿をした究極体の神人型デジモン。消滅したデジモンの魂を司る役割を担っており、数多く存在しているデジモンの中においても、その権限と責任は極めて大きいものがある。必殺技は怪物を召喚して悪のデジモンの魂を浄化する「アメミット」




皆様、はじめまして。私は疾風のナイトと言う者です。
今回投稿させていただきました小説ですが、テレビアニメ「デジモンアドベンチャー02」を題材にした小説です。
私はデジモン作品を題材とした小説作品を創作することを趣味としてきました。
これまでは主にリアルでの作品紹介が主でしたが、新しく組み上げた作品を投稿することにしてみました。
色々と実験的な意味合いが強い作品ですが、今後ともよろしくお願いします。


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第2章 ~日常と裏で蠢く陰謀~

 現実世界の日本。日本の山陰地方の地方銀行に勤務している松上愛菜。愛菜は銀行員として勤務している一方、穏やかな日常を過ごしていた。
 そんなある日、愛菜のパソコンから謎の卵が出現する。愛菜が驚いている中、卵から不思議な生物が誕生する。
 この不思議な生物こそ、デジタルワールドの生物、デジタルモンスターことデジモンであった。
 こうして、愛菜とデジモンによる新しい日常生活が始まったのであった。

 一方、デジタルワールドでは事件が起こっていた。それは罪人として処分されるデジモンのデジコアが行方不明になるというものであった。

 現実世界とデジタルワールド。2つの世界を結ぶ物語が始動するのであった。


 深かった夜の闇が徐々に白んでいき、朝日が地平線より上がってくる。それは夜の時間が終わりを告げ、同時に朝が訪れたことを意味していた。

 夜から朝への変遷。この時間のサイクルは誰にでも等しく訪れるものである。それは愛菜の暮らしているアパートでも変わらない。

 そしてまた、愛菜自身、既に寝室から起床しており、現在は台所で朝食と昼食の弁当を作っていた。

 やがて、朝食の準備が完了した後、リビングで朝食を食べることにする愛菜。今日の朝食の献立であるが、トースト、コンソメスープ、トマトとフレッシュ野菜のサラダ、目玉焼きである。

「いただきます」

 そのような言葉と共に両手を合わせた後、自身で作った朝食を食べ始める愛菜。なお、愛菜の足元ではププモンが同じように食事を食べている。ププモンの献立もまた、愛菜と同じものである。

 朝食の後片付けを済ませると、今度はすぐに職場に行く準備を整えて、玄関に向かう愛菜。同じように愛菜の後を追いかけているププモン。まるで愛菜の出勤を見送っているかのようである。

「それじゃ、行ってくるから、いい子でいるのよ」

 目の前にいるププモンにそう言った後、頭を優しく撫でている愛菜。そのような愛菜の表情はとても柔らしいものである。

「~~♪」

 一方、愛菜に撫でられて満足そうな表情を浮かべているププモン。その様子はまるで主人に従順なペットであるかのようだ。

 そして、ププモンに見送られている中、アパートの玄関を出る愛菜。今から松上愛菜の1日が本格的に始動しようとしていた。

 

 職場である銀行に出勤する愛菜。職場に到着した愛菜は準備を整えると、定例的に実施される朝礼の後、すぐに仕事場の窓口に着席してみせる。

 やがて、銀行の営業の開始時間になる。業務が始まって間もないうちに様々な利用客が銀行を訪れる。

 地元の貨幣流通を担っているだけのことはあり、地域の金融機関として、この銀行に対する地元住民のニーズは高い。

 そういった状況の中、着実に業務を遂行していく愛菜。業務の性質上、すぐに終わる案件もあれば、時間を要する案件も少なくない。

 そうこうしていると、愛菜の昼食の時間が訪れる。愛菜は自身の窓口を他の職員と交代した後、朝に作った弁当が保管されているロッカーに向かう。

 弁当を回収した後、休憩室の中に入る愛菜。普段、愛菜はこの休憩室内で弁当を食べることが多かった。

 弁当持参の愛菜が休憩室に訪れると、そこには先客である同僚達が同じように昼食を食べていた。

 早速、適当な席を見つけて着席した後、自作の弁当の包みと箱を開ける愛菜。弁当の中身についてであるが、白御飯、梅干し、野菜の煮物、焼き魚等で成り立っている。

 すると、誰かが愛菜の座っている席に近寄ってくる。愛菜が視線を向けると、そこには同じ制服に身を包んだ同年代の女性の姿があった。

 この女性は愛菜と同期の銀行員であり、職場で担当している業務は異なるが、愛菜とは親しい間柄であった。

「あら、愛菜さんは今日も弁当?」

 そのように言った後、愛菜の目の前に座っている同期の銀行員。昼食時は2人で一緒に食べることが多かったのだ。

「ええ、と言っても、余り物の詰め合わせですけど」

「それでも、凄いことよ。愛菜さん、1人暮らしなのに弁当までちゃんと作ってくるなんて」

「健康管理のためですよ」

 同期の銀行員からの称賛の言葉に対して、恥ずかしそうに答えている愛菜。ただ、1人暮らしをしている以上、愛菜には色々な制約が常にあった。

 真っ先に挙げられる点として、衣食住の問題が挙げられるだろう。確かに1人暮らしは自由な面もあるが、その分、衣食住は自身で管理しなければならなかった。

 次に挙げられる点として、健康管理の問題が挙げられる。1人暮らしをするとなれば、健康の問題は常に付きまとってくる問題であった。

「それにしても、愛菜さん、最近は随分と変わったわよね」

「?どこがですか?」

「何て言うか……今まで以上に芯が強くなったと言うか……口では上手く伝えられないけど、子供を持った母親のようになった感じかな」

 理由が分からない愛菜に向かって、そのように語っている同期の銀行員。ただ、同期の銀行員からしてみれば、愛菜は見違えるように変わっていたことは確かであった。

 その後、昼食と休憩を終えると、自身の担当窓口に戻る愛菜。それから、愛菜は今日の営業終了時間までの間、銀行員としての職務を無事に遂行するのであった。

 

 銀行での仕事を終えた後、今日の買い物を済ませて、アパートに帰宅する愛菜。すぐに玄関の施錠を解除して扉を開ける。

「ただいま」

 玄関の扉を開けた途端、帰宅の挨拶をしている愛菜。今までであれば、誰の返事もなかったであろうが、今は状況が違っていた。

「~~♪」

 愛菜の帰宅の挨拶に反応するようにして、留守番をしていたププモンが目の前に現れる。そのようなププモンの表情であるが、とても嬉しそうな表情をしている。

「ただいま。良い子にしていてくれたわね~」

 そのように言った後、目の前にいるププモンの頭を撫でる愛菜。それと同時に愛菜に撫でられたププモンはご満悦の様子であった。

 帰宅した愛菜であるが、夕食を食べ終わった後、テレビを視聴している。これもいつもと変わらない日常の光景であるが、いつもと違っている点がある。

 それは愛菜の傍にププモンがいることであった。ププモンと一緒に生活するようになって以来、今までの生活にさらなる彩りが加わったような気がしていた。

 今、ププモンと同じ時間を過ごしている。最初こそ、戸惑いを感じていた愛菜であるが、そうした戸惑いも自然と消えていった。

 間違いなく今、幸せな時間を過ごしている。愛菜がそのように感じた時、思いもしないことが起こる。

 次の瞬間、ププモンの身体が発光を始めたのだ。当然のことであるが、目の前の出来事に驚いている愛菜。

「き、急にどうしたの!?」

 目の前のププモンに向かって、そう呼びかける愛菜であるが、ププモンの発光は一向に終わらない。

 それだけではない。眩い光を発している中において、ププモンの形状が徐々に変化していく。まるで生物が現状に適した姿に進化しているかのようであった。

 やがて、原因不明の発光が収まるものの、そこにはププモンの姿は既になく、全く見たこともないデジモンがそこにいた。

 光と共に消えたププモンの代わりに現れたデジモン、それはトゲのような3本角と葉のような尻尾が特徴的なデジモンであった。このデジモンの名前はバドモン、幼年期の植物型デジモンである。

 そしてまた、目の前に現れたバドモンこそ、先程までいたププモンが進化した姿であることは言うまでもないことであった。

「愛菜お姉ちゃん~」

 呆然としている愛菜に向かって、そのように呼びかけているバドモン。そのようなバドモンの姿であるが、以前のププモンの時と変わることがなかった。

「っ!貴方、喋れるの?」

 目の前で甘えてくるバドモンに対して、驚きを隠せないでいる愛菜。まさか、人間の言葉を喋ることができるとは思わなかったからだ。

「うん、そうだよ~」

 驚いたままでいる愛菜からの質問に対して、ごく自然な様子で答えているバドモン。デジモンは一定の成長段階に至ると、人間の言語を理解することができるのだ。

「私に教えて欲しいことがあるの?貴方は誰?そして何者なの?」

「僕?僕はデジタルワールドのデジモンのバドモンだよ」

 愛菜からの質問にそう答えた後、デジタルワールドとデジモンのことについて、詳しい説明を始めるバドモン。

 バドモンからの説明によれば、デジタルワールドとは全てが電子情報で構築されている世界であると言う。同時にデジモンはデジタルワールドで生活する生物とのことであった。

「つまり、貴方は別の世界から来たってこと?」

「そうだよ~」

 愛菜の質問に満面の笑みで答えているバドモン。これでバドモンの正体は判明したが、愛菜の中では別の疑問が浮かび上がっていた。

「どうして、バドモンはここにいるの?」

「分からない。気がつけば、ここにいたんだ」

 真剣な表情で質問してくる愛菜に対して、残念そうな表情で答えているバドモン。そもそも、バドモン自身、卵の状態で愛菜の家に現れたのだ。まだ生まれてもいない状態で現実世界に現れた理由など、知らなくても仕方のないことであった。

「それでデジタルワールドには帰れそう?」

「う~ん、帰れるかどうか、僕にも分からない」

 再度の愛菜からの問い合わせに対して、悩ましげな表情で答えているバドモン。バドモン自身、まだ生まれたての状態であり、元の世界に戻れるかどうか、その方法も分からない状態であった。

 バドモンから聞くことを聞いた後、それまでの張り詰めた表情から一転、いつもの物静かで穏やかな表情に戻る愛菜。

「色々と聞いてごめんなさいね。今日はゆっくりしましょう」

「うん」

 バドモンに謝罪した後、そのように呼びかけている愛菜。一方のバドモンも満面の笑みで返事をしてみせる。

 団欒の時間を再開する愛菜とバドモン。現実世界の人間とデジタルワールドのデジモンの日常はまだまだ続きそうであった。

 

 日本の首都の東京。東京は日本の首都であることは勿論のこと、人口も国内最大であり、日本の政治や経済の中枢でもあった。

 当然、外国人も多く滞在しているため、東京は日本の東京であり、同時に世界の東京と言っても過言ではなかった。

 そうした東京の一角に建っている建物内。建物内部は照明が灯されていないためか、まるで闇の中のように暗い状態にあった。

 そのような暗い建物の中、机に置かれたパソコンと向かい合っている1人の男の姿があった。肌は病人のように白く、長く伸びた髪、狂気の宿った眼、その男はまるで何かが取り憑かれているかのようであった。

 机の上に置かれたパソコンが暗い部屋の唯一の光源になっている。そのようなパソコンの画面に表示されているもの、それは男が住んでいる日本列島の地図であった。

 男はパソコンを操作することにより、日本列島の地図をズームする。地図をズームすることにより、パソコンの画面に表示されている地域、それは山陰地方であった。

「ここにいるのか……」

 そんな言葉と共に不気味な笑みを浮かべている男。この男が今、何を考えているのかは不明である。

 ただ1つだけ確実に言えることがある。それは男が秘密裏に企んでいる陰謀、それは邪な陰謀であることだけは確かなことであった。

 

 デジタルワールドの冥界とも呼べるダークエリア出入口の手前。そこにアヌビモンの姿があった。

 ある方向をじっと眺めているアヌビモン。視界に広がっている景色を眺めている訳ではない。

 むしろ、アヌビモンは視界で見ているのではなく、全感覚を総動員することにより、遠く離れた位置に存在するある者を感知していた。

「まさか、あのような場所にいるとは……」

 このダークエリアから遠く離れた地において、ある者の存在を感知する一方、意味深長な言葉を口にしているアヌビモン。

 これから、どうするべきなのだろうか。アヌビモンはデジモン達の生死を司る立場上、自らが迂闊に介入することはできない立場にある。

 あくまでも可能な限り、デジタルワールドに干渉することは避けなければならない。だからこそ、アヌビモンはさらにどうするべきか、その思考を深めるのであった。

 

 日常を続けている愛菜とバドモン、邪な陰謀を企んでいる謎の男、慎重な姿勢を保持するアヌビモン、それぞれの想いや思惑が交錯する中、現実世界とデジタルワールドを結ぶ物語は進行していくのであった。

 

                                    つづく

 

補足

 

名前:バドモン

種族:植物型デジモン

属性:なし

進化レベル:幼年期

必殺技:毒トゲトゲ

植物の蕾のような姿をしている幼年期の植物型デジモン。毒を宿した植物のデータを取り込んでいる。普段は葉っぱに乗って宙を漂っており、自らは攻撃を仕掛けてくることはない。但し、怒らせた場合には毒による攻撃を仕掛けてくる。必殺技は身体の毒で敵を攻撃する「毒トゲトゲ」




皆様、お疲れ様です。
今回は主人公の松上愛菜とププモンの日常を描いた話でした。
私は趣味の一環として、デジモンを題材とした小説を創作していますが、①主人公の年齢は高校生まで、②何かしらの事情でデジタルワールドに召喚されるというパターンが大半でした。
また、物語の流れも旅と戦闘が基本的な流れとなっていました。
本作品では新しい試みとして、①主人公が成人、②デジモンが現実世界に現れる、③日常描写を取り入れるといったことをしています。

但し、デジモンを題材にする以上、戦闘シーンは必須だと思っています。
次回からは戦闘シーンを積極的に取り入れるつもりです。

皆さんに楽しんでいただければ幸いです。


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第3章 ~授けられる力~

 現実世界で生活している松上愛菜。そんな愛菜はパソコンから出現した卵から孵化した生物と一緒に日常生活を営んでいた。
 ある日、卵から孵化した不思議な生物は別の姿になり、愛菜とのコミュニケーションができるようになる。
 コミュニケーションの結果、不思議な生物はデジモンであること、さらにデジモンはデジタルワールド特有の生物であることが判明する。
 その一方、何故、デジタルワールドのデジモンが現実世界に出現したのか、その理由は分からずじまいであった。

 その頃、現実世界の東京では1人の男が邪な陰謀を企てており、デジタルワールドのダークエリアではアヌビモンが事態の推移を見守っていた。

 様々な想いや陰謀が交錯している中、現実世界とデジタルワールドを結ぶ物語は信仰する。


 電子世界のデジタルワールドの冥界とも呼べるダークエリア。ダークエリアの出入口において、1体のデジモンの姿があった。

 そのデジモンについてであるが、ダークエリアでも重要な立場にあり、同時に消滅したデジモンの今後を司る役割を担っているアヌビモンであった。

 そのようなアヌビモンの視界には現在、ある場所の映像が映し出されている。但し、この映像はデジタルワールドのものではない。暑い時空の壁を隔てて存在している現実世界のものであった。

 アヌビモンの目の前に映し出されている映像。それは幼年期のデジモンが人間の女性と一緒に生活している映像であった。

「今のところ特に問題はないようだな」

 目の前に映し出されている映像を目の当たりにして、そのように判断しているアヌビモン。

 映像として映し出されている幼年期のデジモンと人間の女性の様子。そのような2人の様子は実に楽しそうであり、まるで親子あるいは年の離れた姉弟のようでもあった。

「だが、油断は禁物だな」

 その一方で警戒心を緩めないでいるアヌビモン。確かに現時点で問題は起こっていないが、何時、問題が起こっても何の不思議ではない。

 さらに言えば、デジタルワールドに悪意が存在しているのと同様、現実世界においても悪意は存在している。例えば、映像に映し出されている幼年期のデジモンを利用しようと企む輩がいてもおかしくはないのだ。

「本来であれば、私はこういうことをすることは良くないのだが……」

 そのように言った後、ある決心をするアヌビモン。本来であれば、アヌビモン自身、中立を堅持しなければならない立場である。

 だが、今は状況が状況である。杓子定規的な対応、四角四面な思考をしていては対処することができない問題も存在する。だからこそ、アヌビモンはあえて行動を起こすのであった。

 すると突然、不思議な呪文の詠唱を開始するアヌビモン。それと同時にアヌビモンの両手には紫色の光が発せられる。

 さらに両手の1つに合わせることにより、2つの光を1つに凝縮させるアヌビモン。その途端、アヌビモンの周囲には眩い紫の閃光が発せられる。

 眩い紫の閃光が消失した後、自身の両手を確認しているアヌビモン。そのようなアヌビモンの両手の中にはある物が出現していた。

 アヌビモンの両手の中に出現した物の正体、それはアメジストを彷彿とさせる紫色の8面体の結晶であった。

 当然のことであるが、この結晶がアヌビモンの呪文詠唱を発端として、発生した紫色の光が凝縮することで誕生した産物であることは言うまでもないことであった。

 次の瞬間、アヌビモンの両手に出現したばかりであるが、急に光の粒と化して消失してしまう8面体の結晶。その様子を静かに見守っているアヌビモン。

「願わくば、この力が正しき方向に使われることを望む……」

 紫色の8面体の結晶が消失した後、冷静な表情を維持したまま、そのように呟いているアヌビモン。

 送り出された力がどのように使われるのか、それはまだ誰にも分からない。ただ、アヌビモンは信じることしかなかった。

 

 日本の山陰地方の街中に建っている1件のアパート。幸いにも街中に立地しているため、通勤や買い物には便利な立地条件であった。

 そのようなアパートで生活している愛菜。元々、愛菜は実家から離れて、1人暮らしを営んでいたが、今は状況が違っていた。

 数日前、愛菜の部屋に設置されたパソコンより、この現実世界に現れたデジタルワールドのデジモン。最初は卵の状態であったが、時間の経過を経ることにより、今は幼年期のバドモンまでに成長していた。

 このため、愛菜はデジモンのバドモンと一緒に生活をしていた。デジモンと他の動物達の最大の相違点、それはデジモンが人間の言語を理解して、さらにはコミュニケーションを図ることが可能という点である。

 人間とデジモンの双方によるコミュニケーションが可能であるため、ペットに見られる主従的な関係ではなく、対等な関係を築くことを実現していた。

 従って、人間の愛菜とデジモンのバドモンは主人とペットという関係ではなく、同じ屋根の下で暮らす同居人の関係に近いものがあった。事実、バドモンは簡単な者であれば、愛菜の家事を積極的に手伝っていた。

 そして現在、愛菜とバドモンの2人であるが、食事後の団欒の時間を一緒に過ごしていた。今日は愛菜の仕事が休みであるため、のんびりと過ごすことができる。

 リビングで一緒にテレビを見ている愛菜とバドモン。そうした時、部屋に置かれたパソコンに異変が起こる。当然のことであるが、反射的にパソコンの方に向かって、視線を向けている愛菜とバドモン。

「まさか、またデジタルワールドが関係しているの?」

 異変が起こっているパソコンを目の当たりして、そのような言葉を発している愛菜。この時、愛菜の脳裏ではデジモンの卵こと、デジタマが部屋に出現した時のことを思い出していた。

「多分、そうだと思う」

 愛菜の言葉を肯定してみせるバドモン。確証はないが、かなりの確率でデジタルワールドが関わっていることだろう。

 デジタルワールドは全てが電子情報で構築されている世界である。このため、デジタルワールドを結ぶゲートとして、大量の情報を保有しているパソコンがその役目を担うことがあった。

 しばしの間、パソコンの様子をじっと見守っている愛菜とバドモンの2人。そうした時であった。

 突然、パソコンの画面から紫色の光が発せられたかと思えば、光の消失と同時に愛菜とバドモンの目の前で何かが出現する。

 不思議な紫色の光と同時に実体化した物の正体、それはアメジストにも似た8面体の結晶であった。呆然としている愛菜とバドモンであるが、異変はそれだけでは終わらない。

「綺麗……」

 実体化した紫色の8面体の結晶を見て、率直な感想を漏らしている愛菜。このような美しい結晶はそうはお目にかかれないだろう。

 実体化した8面体の結晶であるが、愛菜の所有するスマートフォンに向かっていく。その動きはまるで結晶自体が自らの意思を持っているかのようだ。

 さらに紫色の8面体の結晶は極小の粒子と化したと思えば、愛菜のスマートフォンと一体化を遂げる。

 このようにして、誕生したものであるが、基本的にはスマートフォンの形状をしているが、裏側に紫色の8面体が埋め込まれているのが特徴であった。

「これは……セント・アメジスト……」

 愛菜のスマートフォンに埋め込められた結晶を見た途端、驚きの表情と共にそのようなことを言っているバドモン。

「これが何か知っているの?」

「うん、少しは……」

 愛菜からの質問に対して、そのように答えているバドモン。さらにバドモンはセント・アメジストについての詳細を語る。

 バドモンからの説明によれば、セント・アメジストはデジタルワールドに伝わる伝説の宝玉の1つであり、所有者には強大な力が授けられると言う。

「そうなの。このアメジストが……」

 バドモンから話を聞いた後、今一度、スマートフォンに埋め込まれたセント・アメジストを眺めている愛菜。バドモンの話を疑う訳ではないが、このアメジストに強大な力が眠っているとは思えなかった。

 経緯はどうであれ、セント・アメジストを入手した愛菜。この時、愛菜はこのアメジストがデジタルワールドからの贈り物であることはまだ知らなかった。

 

 日本の何処かにある建物の部屋の中、必要最低限の物しか置いていないため、この部屋は殺風景であった。しかも、照明を作動させていないため、非常に暗い状況である。

 暗い部屋の中、机に置かれているパソコンと向かい合っている1人の男。部屋そのものが全体的に暗いため、男の全貌は分からないが、病的な様子を醸し出していることだけは確かである。

「ついに動き出したか……」

 パソコンの画面と向かい合う中、そのように呟いている男。この時、パソコンの画面が切り替わり、何かが男の目の前に映し出される。

 すると、パソコンの画面に映し出された者、それは悪魔のような風貌、血のように紅い身体、身体中に彫り込まれた文様が特徴的な怪物であった。

「旦那、俺が行ってこようか?」

 パソコンに映し出された途端、目の前にいるだろう男に向かって、そう言っている不気味な文様を施された紅色の怪物。

「いいだろう。ただ、くれぐれも周囲に気づかれるなよ」

「分かった。分かった」

 それだけ言った後、不気味な文様を施された紅色の怪物の姿は消えて、病的な男のパソコンの画面も元に戻る。

「さて、どうなるか……」

 気味な文様を施された紅色の怪物に指示を終えた後、病的な男はそのような言葉を発している。まるで今後の展開が楽しみで仕方がないといった様子である。

 このようにして、病的な男の手で差し向けられた悪意。この悪意こそが戦い火種になることは言うまでもないことであった。

 

 日が西の彼方に沈んだ頃、愛菜とバドモンの2人は海岸の砂浜において、夜の海の景色を眺めていた。

 愛菜とバドモンの2人は気分転換のため、ドライブで色々な場所を訪れており、最後の締め括りとして、夜の砂浜海岸を訪れていたのだ。

「ねぇ、愛菜お姉ちゃん。あれは何?」

 そう言った後、バドモンが指し示している先にあるもの、それは照明を点けている漁船であった。

「あれはイカ釣り漁船よ」

 バドモンの質問にそう答えた後、イカ釣り漁船について、簡単な説明をしている愛菜。一方、愛菜の話を聞いて、感心しているバドモン。

「そろそろ、帰りましょうか?」

「うん」

 愛菜からの呼びかけに対して、そのように返事をしているバドモン。そして、愛菜とバドモンの2人はその場から立ち上った後、駐車場に停車している愛菜の自動車に向かおうとした時であった。

「待ちな」

 すると突然、何者かが帰ろうとしている愛菜とバドモンのことを呼び止める。気がつけば、愛菜とバドモンの目の前には、何者かが立ち塞がっているのであった。

 愛菜とバドモン前に立ち塞がった者の正体、それは悪魔のような容姿、紅色の身体、身体中に彫り込まれた不気味な文様が特徴的な怪物であった。

当然のことであるが、この怪物もまた、デジモンであることを愛菜とバドモンは直感的に悟っていた。

「オレの名前はブギーモン」

 自らのことをブギーモンと名乗っている。ブギーモンの詳細であるが、成熟期の魔人型デジモンである。

「人間の女。このデジモンを置いていけ」

 さらに目の前にいる愛菜に向かって、自身の要求を突きつけるブギーモン。どうやら、ブギーモンは愛菜の隣にいるバドモンに用事があるらしい。

「愛奈お姉ちゃん、僕は嫌だよ」

 そのような言葉と共に身体を震わせているバドモン。そのようなバドモンは今、ブギーモンに対する嫌悪感と恐怖心を抱いていた。

「貴方にバドモンを渡すことはできません」

 傍にいるバドモンの意思を確認した後、目の前にいるブギーモンに対して、明確な拒否の姿勢を示している愛菜。

「そうか、邪魔するならば、お前を始末するだけだ」

 そのように言った後、邪魔者である愛菜に向かって、三叉の槍を構えているブギーモン。今、ブギーモンは愛菜に対する明確な殺意を抱いていた。

「っ!貴方には屈しません!」

 殺意を抱いているブギーモンに対して、毅然とした態度で応対する愛菜。そのような愛菜には恐怖の感情はなかった。

 それどころか、バドモンのことを何としても守らなければならない。そういった想いが愛菜の身体を動かしていた。

 だが、残念なことに今の愛菜は丸腰の状態である。バドモンを守れるだけの力が欲しい。心の中でそのように願った時であった。

 突然、愛菜の所有しているスマートフォンから紫色の光が発せられる。否、正確に言えば、スマートフォンに埋め込まれたセント・アメジストが光を発しているのだ。

 次の瞬間、セント・アメジストの光を全身に浴びる愛菜。やがて、この光は愛菜の身体を包み込んでいく。

 紫色の光に包まれる中、愛菜はボディコンを思わせる紫色の衣装に身を包み、同時に身体の各部には軽量化された防具が装着され、その上で頭部には耳当てのようなヘッドギアが装着される。なお、ウェーブのかかった長い髪であるが、急に現れたリボンによって1つに纏められる。

 そして、愛菜が着用している紫色の衣装の胸元部分と耳当ての両端部分には、それぞれにアメジストのような宝玉が埋め込まれている。まるで愛菜の力の源であるかのようだ。

 それと同時に愛菜の左手には弓が装備されている。そんな愛菜の左手に装備されている弓、それは単なる弓ではなかった。

 愛菜の弓は柄を除く部分が鋭い刀と化しており、このために遠距離だけではなく、同時に接近戦にも対応が可能であった。

 独特のデザインをしている紫色の衣装を着用した上、鋭利な刀と一体化している弓を装備している愛菜。そんな愛菜の姿はまるで戦う覚悟を決めた狩人のようでもあった。

「さぁ、勝負です」

 目の前のブギーモンに向かって、毅然とした態度で宣戦布告をした後、弓を構えている愛菜。そのような愛菜の表情には一切迷いがなかった。

「邪魔するんだったら始末してやる」

 あくまでも戦う姿勢を貫く姿勢を見せる愛菜に対して、そのように言っているブギーモン。そのようなブギーモンの胸中では、戦いへの喜びと愛菜への憎悪が渦巻いていた。

 突然、目の前に現れたブギーモン。戦う力を手にした愛菜。夜の砂浜海岸を舞台に愛菜とブギーモンの戦闘が開始されるのであった。

 

 夜の砂浜海岸で開始された愛菜とブギーモンとの戦闘。早速、愛菜を始末するため、ブギーモンは行動を開始する。

「おらよっ!」

 戦闘が開始された途端、手にした三叉の槍で攻撃を仕掛けるブギーモン。当然のことであるが、この攻撃をまともに受ければ、致命傷は免れないだろう。

 ブギーモンの攻撃に対応するため、すぐに後ろに退いている愛菜。素早い愛菜の判断と行動により、ブギーモンの攻撃から難を逃れることができた。

「私の身体能力が上がってる……?」

 自身の動きを目の当たりにして、そのような言葉を漏らしている愛菜。愛菜自身の身体能力が格段に向上しているのだ。

 そうでなければ、今頃、愛菜はブギーモンによる槍の攻撃の餌食になっていたことであろう。改めて、気を引き締め直している愛菜。

 今一度、目の前に立ち塞がるブギーモンを観察している愛菜。相手を観察することにより、愛菜は次の一手を考えようとしているのだ。

 ブギーモンの武器は三叉の槍。これは愛菜の装備している弓よりもリーチが長い。このため、愛菜は迂闊に接近することが難しい状況であった。

 同時にブギーモンの身体に刻み込まれている不気味な文様。これは魔法あるいは呪術の類なのだろうか。デジモンが存在しているのだ。魔法や呪術が存在していても不思議ではない。

 そして何よりも余裕に満ちたブギーモンの態度。この態度は完全に相手を侮っており、愛菜のことを格下であると認識している態度であった。

「(これでいく!)」

 次の瞬間、愛菜の中で次の一手が導き出される。それと同時に愛菜は後方へと跳び上がった後、ゆっくりと地面に着地してみせる。

「何だぁ?逃げてるつもりか?」

 愛菜の行動を嘲笑しているブギーモン。この時、ブギーモンは愛菜の行動が逃げの行動であると思っていた。

 だが、愛菜の思惑は別のところにあった。ブギーモンとの距離を置いた後、全ての意識を集中させている愛菜。それと同時に衣装に埋め込まれた宝玉が一瞬だけ発光する。

 すると、愛菜が左手で握り締めた弓からは光の弦が出現したかと思えば、さらに右手には弓と対を成す光の矢が出現する。

「おいおい、この攻撃で俺を倒すつもりか?」

 愛菜の行動を目の当たりにして、呆れた様子をしているブギーモン。同時に当のブギーモンは攻撃を回避しようとしなければ、防御しようとする素振りさえも見せない。

「(やっぱり、ブギーモンは私のことを完全に侮っているわ)」

 ブギーモンの態度を観察した結果、そのような確信を抱いている愛菜。これまでの間、愛菜は銀行員の窓口業務として、様々な利用客を相手にしてきたため、利用客がどのようなことを考えているのか、そのことを把握するように努めてきた。

 この点、ブギーモンの態度は非常に分かりやすい。そしてまた、ブギーモンが慢心している今こそ、愛菜にとっては絶好の好機であることは言うまでもないことであった。

 完全に相手を侮っているブギーモンに対して、構えた弓に光の矢を番えている愛菜。それと同時に愛菜の衣服に埋め込まれたアメジストのような宝玉が発光する。

 そして、弓に発生した光の弦を限界まで絞った後、標的であるブギーモンに向かって、愛菜は光の矢を勢いよく発射してみせる。

 まるで風のような時が過ぎ去った後、ブギーモンの胸部には先程の光の矢が突き刺さっていた。それと同時にその場で膝を突いてしまうブギーモン。

「ぐはっ!?ば、馬鹿な……」

 砂浜で膝を突いた状態のまま、苦しみ悶えているブギーモン。愛菜の発射した光の矢の攻撃力はブギーモンの予想を上回っており、同時にブギーモンの弱点である部位を貫いていたのだ。

「はっ……はぁっ……」

 苦しみ悶えている最中、ブギーモンの身体は粒子化を始めていく。しかも、粒子化の速度は時間の経過に従って徐々に速まっていく。

「俺がやられるだと!?」

 この時、自身が完全に慢心した状態のまま、愛菜との戦いに臨んだことを後悔するブギーモン。

 もしも、ブギーモンが一切慢心することなく、全力で戦いに臨んでいれば、愛菜は負けていたことだろう。

 だが、実際にはブギーモン自身、自らの力に溺れ、全力で戦うことを放棄していた。愛菜のことを侮っていたことが仇になったのだ。

 最早、今更、後悔したところで完全に後の祭りである。ブギーモンは戦いに敗北しただけではなく、自らの生命を落とすことになってしまったのだ。

「おのれぇぇぇっ!」

 愛菜に対する怨嗟の叫びを上げている中、ブギーモンは完全に粒子化して消滅する。それは同時に愛菜がブギーモンとの戦闘に勝利したことを意味していた。

 

 ブギーモンとの戦闘が終了した後、バドモンが待っている場所に戻る愛菜。それと同時に愛菜の服装も元の服装に戻る。

「愛菜お姉ちゃん、凄い!凄い!」

 愛菜が戻ってきた途端、称賛の言葉を贈るバドモン。まだ幼いバドモンからしてみれば、ブギーモンと戦っている愛菜の姿はカッコよく見えたのだ。

「有り難う」

 目の前で喜んでいるバドモンに対して、感謝の言葉を述べている愛菜。ただ、愛菜には気になることがあった。

 突然、襲ってきたブギーモンの目的は何だったのか。さらにセント・アメジストから授けられた戦う力、あれは何だったのだろうか。様々な疑問が愛菜の中で渦巻いている。

 セント・アメジストの導きにより、戦う力を手に入れ、ブギーモンを倒すことに成功した愛菜。それは同時に愛菜の戦いが幕を切って落とされたことを意味していた。

 

                                    つづく

 

補足

 

名前:ブギーモン

種族:魔人型デジモン

属性:ウィルス

進化レベル:成熟期

必殺技:デスクラッシュ

真紅の体色と悪魔のような容姿が特徴的な成熟期の魔人型デジモン。身体には邪な呪文の刺青が彫り込まれており、その分だけ、呪文を使用することが可能である。また、正々堂々と戦うことはせず、暗い場所から襲うという姑息な手段を好む。必殺技は右手に装備した三叉の槍で敵の急所を貫通する「デスクラッシュ」




今回はこの物語で初めての戦闘回になります。
まだバドモンが幼年期であるため、愛菜が戦うことになりました。
さて、愛菜の装備類についてですが、これは成人対象のゲーム「守護聖女プリズムセイバー」に登場したキャラクターの装備をデジモン風に落とし込んでいます。
また、戦闘描写についてですが、こちらは「仮面ライダー鎧武」に登場するライダーの戦闘描写を参考にしています。

今回の戦闘について、ブギーモンが倒されていますが、これは完全に慢心していたことが原因です。最初から油断せずに戦っていれば、愛菜はブギーモンに勝てなかったともいます。
逆に相手の慢心を読み取り、今までの人生経験を活かしたからこそ、愛菜は戦闘に勝利することができました。

とは言うものの、愛菜自身、戦闘経験は皆無であり、元の実力自体も突出している訳ではありません。
このため、今後の戦闘のことを考慮すれば。何かしらの訓練を受けることは必須になるかと思います。


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第4章 ~明かされる事実~

 現実世界に自身の力を送ることにしたデジタルワールドのアヌビモン。
 その頃、愛菜とバドモンはパソコンから出現した宝玉を手に入れる。この宝玉はセント・アメジストと呼ばれる代物であり、その内に強大な力が秘められているとされている代物であった。
 現実世界の東京。ここでは1人の男が自身の目的のため、パソコンを通じて刺客を送り込んでいた。
 休日の夕方、海岸で景色を眺めている愛菜とバドモン。そこに1体のデジモンが現れる。このデジモンに戦うため、愛菜は力を望む。
 次の瞬間、セント・アメジストから光が発せられ、愛菜は戦う力と装備を手に入れる。
 そして、戦闘の末、デジモンを倒すことに成功する愛菜。だが、それは愛菜の戦いの幕開けに過ぎなかった。


 デジタルワールドのダークエリアの出入口前。この場所には今日もまた、アヌビモンの姿があった。

 現実世界の様子を観測している中、これまでの間、色々と起こった出来事を整理しているアヌビモン。

 先日、時空の壁で隔てられている現実世界に向かって、聖なる力の込められた結晶を送ったアヌビモン。その後、アヌビモンの力は現実世界の愛菜の所有物に宿ることになった。

 ここまでは何の問題はない。問題はアヌビモンの送った力が使用されたことである。 いくら、アヌビモンが力を送った張本人であるとはいえ、力自体は行使されないことが最良なのだ。

 同時に力の行使自体も正当性がある。何故ならば、愛菜はバドモンを守るため、アヌビモンの力の行使したのである。

 そして、愛菜が力を行使した相手であるが、ブギーモンと言うデジモンであった。紛れもなくデジタルワールドの住民に他ならないだろう。

「何故、デジモンが現実世界に干渉する」

 驚きと憤りの感情を抱いているアヌビモン。まさか、デジタルワールドのデジモンが現実世界に出現したばかりではなく、愛菜とバドモンに危害を加えようとしたのだ。

「これは憂慮するべき問題だ」

 アヌビモンがそのような言葉を発しているのには理由がある。未だに世界同士が接続されていない現時点において、デジタルワールドが現実世界に干渉することは危険な行為である。

 だが、あのブギーモンは何かしらの手で現実世界に出現していた。これはブギーモンが独力で実行したとは思えない。

 そう考えれば、現実世界あるいはデジタルワールドにおいて、ブギーモンを背後から操る黒幕がいると考えるのが妥当であろう。

「しかし、どうするかだ……」

 この場で考え込んでいるアヌビモン。確かに現実世界の愛菜はアヌビモンが与えた力を行使したが、完全に使いこなしているとは言い難い状態であった。

 前回のブギーモンとの戦闘についてであるが、あれはブギーモンが完全に慢心しており、愛菜がそこを突いたからこそ、戦闘に勝利することができたからである。

 このため、ブギーモン以上の戦闘能力を保有するデジモン、あるいは慢心をしないデジモンと相対した場合、愛菜が戦闘で勝利する見込みは少なくなるだろう。

 何がともあれ、愛菜には与えられた力を使いこなしてもらう必要があるだろう。アヌビモンがそのように考えていた時であった。

「その役目、私に任せてはくれないか?」

 突然、そんな言葉と共にアヌビモンの前に何者かが現れる。当然のことであるが、すぐさま声が聞こえてきた方向に視線を向けるアヌビモン。

 アヌビモンの視線の先に立っている者。それはローブを着込んでおり、口に髭を蓄えた長身の男であった。年齢は30代後半から40代前半のようにも見えるが、実際の年齢は分からない。

「貴方は……」

 ローブを着込んだ男を見た途端、驚きの表情をするアヌビモン。本来であれば、ダークエリアへの侵入者として、即座に排除するべきなのだが、目の前に現れた男は様子が違っていた。

「私の名前はゲンナイ。デジタルワールドの均衡を守る者だ」

 ダークエリアで重要な立場にいるアヌビモンに対して、堂々とした口調で名乗ってみせているゲンナイ。そのようなゲンナイからは言い様のない風格が漂っている。

「事情はこちらも知っている。現実世界に現れたデジモンのことについてだが、この件は私が引き受けよう」

 自己紹介を済ませた後、単刀直入に本題を切り出しているゲンナイ。アヌビモンが頭を悩ませている案件について、自らが引き受けようという申し出であった。

「それは有り難いことであるが……」

 ゲンナイからの申し出に対して、言い淀んでいるアヌビモン。確かにゲンナイからの申し出はこちらとしても助かるものである。その一方でゲンナイに対して、負担を強いることに負い目を感じていた。

「お前さんが気にすることはない。それよりも、ダークエリアの管理に専念してくれ」

 すると、あれこれと考えているアヌビモンに対して、まるで諭すように言っているゲンナイ。アヌビモンの担当するダークエリアであるが、デジタルワールドにとっても重要なエリアである。

 だからこそ、余計なことは考えることなく、アヌビモンにはダークエリアの管理に専念して欲しい。それがデジタルワールドの均衡を維持する者として、ゲンナイの心からの願いであったのだ。

「分かりました。この件はよろしくお願いします」

 ゲンナイの意図を汲んだ後、改めて現実世界の件について、依頼をしているアヌビモン。同時にアヌビモンはダークエリアの管理に専念することを心に誓うのであった。

 このようにして、ダークエリアで起こった案件はアヌビモンからゲンナイに移ることになった。それと同時に物語の歯車はさらなる動きを見せるのであった。

 

 山陰地方の山地に隣接している公園。自然の景観と生態系を保全のために設立された園地であり、各所に休憩所や遊歩道が整備されているのが特徴である。

 この公園の広場に愛菜とバドモンの姿があった。愛菜とバドモンの2人がここを訪れた理由であるが、それはバドモンの希望によるものであった。

 バドモンは幼年期の植物型デジモンであるため、森林等の緑豊かな環境に身を置くことにより、自身の成長が促進されるのである。

「バドモン、どう?調子は!」

「うん、絶好調だよ」

 一緒にいる愛菜からの質問に対して、満面の笑みで答えているバドモン。緑豊かな自然に包まれ、バドモン自身は勿論、愛菜も心地の良さを感じていた。

 さらに幸いにも周囲には誰もいないため、愛菜とバドモンの2人は人目を気にすることなく、自由なコミュニケーションを行うことができた。

 しばしの間、緑溢れる景観、穏やかな大気の流れ、木々の揺れる音を楽しんでいる愛菜とバドモンの2人。

 すると突然、大気の流れが急に変わる。そうした時、何者かが愛菜とバドモンのいる場所に近づいてくるような気がした。

「君達がそうか……」

 急に投げ掛けられた声。声質からして声の主は成人男性であろうか。反射的に声のした方向に視線を向ける愛菜とバドモン。

 すると、愛菜とバドモンの視線の先には、1人の成人の男性が立っていた。その男性は白いローブを着込んでおり、口元に髭を蓄えているのが印象的である。

 そして、男性の年齢についてであるが、30代後半から40代前半に見えるものの、それ以上の風格を漂わせていた。

「あの、どちら様ですか?」

「私はゲンナイと言う者だ」

 素朴な愛菜からの質問に対して、紳士的な口調で答えるゲンナイ。自らをゲンナイと名乗った男性の立ち振る舞いであるが、まるで騎士のように礼節を重んじた振る舞いであった。

「私は松上愛菜と言います。ゲンナイさんは私達に何か御用ですか?」

「ああ。君とそこにいるデジモン……バドモンに用事があって来た」

 緊張した面持ちの愛菜の問いにごく自然に答えるゲンナイ。この時、ゲンナイから発せられた言葉に対して、愛菜とバドモンの2人は驚きを隠せずにいた。

 目の前にいるゲンナイと名乗った男であるが、明らかにデジタルワールドのことを知っている。それは先程の発言でデジモンと言うキーワードが出たことからも明らかだ。

 このとから導き出されること、それはゲンナイ自身、デジタルワールドの関係者、あるいは少なくとも何らかの関わり合いを持つ者であるということだ。

「お聞きしますが、その用事とは……?」

「君と一緒にいるバドモンをデジタルワールドに連れて帰る」

 目の前にいる愛菜から聞かれたため、用事の内容を単刀直入に話しているゲンナイ。確かにゲンナイの言っていることは正当なものであるが、何か特別な事情があるように思えて仕方がなかった。

「もし、よろしければ、その理由をお聞かせ願いますか?」

「そうだよ。教えてよ」

 口を揃えてゲンナイに対して、説明を要求する愛菜とバドモン。一方、意を決したようにゲンナイは静かに言葉を紡ぎ始める。

「このバドモンは過去を清算しなければならないからだ」

 淡々と紡ぎ出されているゲンナイの言葉。その言葉に言葉を失ってしまう愛菜とバドモンであるが、ゲンナイの詳細な説明はさらに続く。

 ゲンナイからの説明によれば、元々、バドモンは誕生する以前、前世の時にデジタルワールドで罪を犯していた。

 本来であれば、バドモンの前世の魂はダークエリアと言う場所において、アヌビモンの手で罪を裁かれた後、新しいデジモンに転生するという手順を踏む予定であった。

 だが、何らかの事故により、ダークエリアに転送されている途中、誤って現実世界に転移してしまったのだ。これがバドモンの過去から現在に至るまでの経過である。

「だからこそ、バドモンはデジタルワールドに戻る必要がある。分かってくれないか?」

 そんな言葉と共に再度、バドモンの身柄の引き渡しを要求するゲンナイ。そのようなゲンナイの表情であるが、真剣そのものであった。

「バドモンはどうするの?」

 バドモンと顔を見合わせた後、そのように語りかけている愛菜。事情が分かった以上、遅かれ早かれ、バドモンはデジタルワールドに戻る必要がある。ただ、バドモンの意思を無視することもできなかった。

「うん、戻らなきゃいけないことは分かってる。でも、怖いんだ。ダークエリアに行くことが……だから、もう少しだけ、待ってくれないかな?」

 これまで色々と世話をしてくれた愛菜に対して、自身の心の内を正直に吐露しているバドモン。デジタルワールドに戻らなければならないことは理解しているが、まだダークエリアで罪を清算する決心が固まっていなかったのだ。

「ゲンナイさん、バドモンはこう言っています。もう少し、待っていただけないでしょうか?」

 猶予を貰えないかをゲンナイに相談している愛菜。勿論、愛菜自身、言っていることが我儘であることは承知している。ただ、バドモンの想いも尊重してあげたかったのだ。

「……確かに待てないこともないが……」

 愛菜からの懇願を聞いた後、静かに言葉を紡いでいるゲンナイ。当然のことであるが、ゲンナイの言葉に愛菜は引っかかりを覚える。

「問題でもあるんですか?」

「ああ。ところで君達は最近、デジモンに襲われただろう」

「は、はい」

 ゲンナイからの指摘を素直に肯定している愛菜。何故ならば、つい先日、愛菜とバドモンはブギーモンと名乗るデジモンに襲われたからだ。

「やはり……今、バドモンはダークエリアで浄化されていないため、前世の邪なものが残っている状態にある。恐らく、君達を襲ったデジモンもバドモンを狙っていたはずだ」

「はい、そのとおりです。だから、私が戦いました」

 ゲンナイの指摘を認めている愛菜。事実、ブギーモンはバドモンに狙いを定めており、そのために愛菜が戦うことになったのである。

「今後も前と同じようにバドモンが狙われる可能性がある。その度に君がバドモンを守らなければならない。だからこそ、君に戦う力……セント・アメジストが託されたのだ」

 ゲンナイがそのように言った時、素早くセント・アメジストが埋め込まれたスマートフォンを取り出す愛菜。その様子を見守っているゲンナイ。

「セント・アメジストは君の所有するデバイスと一体化したか……。だが……」

「どうしたんですか?」

 言葉を一旦中断したゲンナイに対して、率直な疑問を投げかけている愛菜。やがて、ゲンナイは中断していた話を再開する。

「セント・アメジストはアヌビモンが君に託した重要な力だ。だが、残念なことに君はその力を使いこなせていない」

「……」

 ゲンナイの指摘に何も言えないでいる愛菜。事実、ゲンナイの言っているとおり、愛菜には思い当たる節があった。さらにゲンナイは言葉を続ける。

「この前の戦闘だが、君がこうして無事でいるのも、恐らくは敵が油断していたからじゃないだろうか?」

「はい。そうです」

 ゲンナイの推測を真正面から肯定してみせる愛菜。この前のブギーモンとの戦闘であるが、戦闘に勝利できたのは相手が油断していたからであり、実力自体は相手の方が上回っていた。

 また、この前の戦闘において、愛菜はセント・アメジストの力に振り回されるような感覚を覚えていた。

 だからこそ、完全に慢心しているブギーモンの油断を突いて、愛菜は早急に勝負を決めたのである。もしも、長期戦等に持ち込まれていれば、結果はどうなっていたか、愛菜自身にも分からなかった。

 全てを見透かされたような感覚を覚えている愛菜。一方、ゲンナイは愛菜の様子をじっくりと眺めた後、会話を再開することにする。

「これから先、バドモンを守っていくためには、君がセント・アメジストの力を使いこなせなければならない」

「そのためにはどうすれば……」

「これから、私がセント・アメジストの力を使いこなせるように訓練を施していこう」

 ゲンナイから発せられた言葉。それは愛菜にとっては衝撃的なものであった。だが、同時に拒否することはできないものでもあった。

 すると突然、右手を掲げるゲンナイ。それと同時にゲンナイを中心として、その周囲が結界のようなものに包まれる。

「今、この周囲数メートルまで結界を展開した。これで周囲には何も見えなければ、何も聞こえなくなる。さあ、セント・アメジストの力を使った訓練を開始しよう」

 先程、周囲への対策を施したことを愛菜に説明した後、セント・アメジストの力を使うように促しているゲンナイ。そのようなゲンナイの喋り方であるが、急いでいるようにも見えた。

 そしてまた、ゲンナイの右手にはいつの間にか、鋭い光を宿した長剣が握られている。その後、ゲンナイはゆっくりと動作で長剣を構えている。

 戦闘態勢を万全にしているゲンナイを目の前にして、これからの訓練のため、自らの意識を集中させている愛菜。それと同時にセント・アメジストから紫色の光が発せられる

 セント・アメジストの光に包まれる中、愛菜はボディコンを思わせる紫色の衣装に身を包み、同時に身体の各部には防具、頭部には耳当てのようなヘッドギアが装着される。その上でウェーブのかかった長い髪はリボンで1つに纏められる。

 さらに愛菜の左手についてであるが、一部のパーツが鋭い刃となった攻防一体の弓が装備されることになる。

 こうして、戦闘準備が完了したゲンナイと愛菜。これからの戦いを想定して、ゲンナイの指導による愛菜の訓練が始まろうとしていた。

 

 アヌビモンから与えられたセント・アメジストを使いこなすため、訓練を開始した愛菜とゲンナイの2人。そのような両者の様子を黙って見守っているバドモン。

 戦闘を想定した訓練が開始された途端、すぐに後退することにより、ゲンナイとの距離を置くことにする愛菜。

 長剣を構えているゲンナイの様子であるが、先程までとは様子が明らかに異なっている。このため、迂闊に接近して戦いを挑むより、弓で攻撃した方が得策であると愛菜は判断したのだ。

 意識を集中させる愛菜。それと同時に衣装の宝玉が一瞬だけ発光したかと思えば、弓には弦が張られることになり、右手には光の矢が出現することになる。

 握り締めた弓に光の矢を番えた後、目の前にいるゲンナイに狙いを定める愛菜。その後、光の弦を限界まで絞り込み、愛菜は光の矢を発射してみせる。

 弓から発射された愛菜の光の矢。ブギーモンを倒した攻撃であり、このままゲンナイに決まるものと思われていた。

「ふんっ!」

 次の瞬間、長剣で愛菜の光の矢を捌いてみせるゲンナイ。それと同時に愛菜の光の矢は粉々に砕け散ってしまう。

「そんなっ……」

 いとも簡単に攻撃を防がれて、驚きを隠せないでいる愛菜。そうした最中、今までの様子を見ていたゲンナイが口を開く。

「弓の構え方、狙い、弦の絞り方……いずれもまだまだのようだ」

 先程の愛菜の動作を見て、そう評価しているゲンナイ。少なからずショックを受ける愛菜であるが、ゲンナイの言葉はまだまだ続いている。

「それに戦闘への姿勢、身のこなし方……戦闘技術は勿論のこと、精神面での訓練も必要だな」

 訓練開始から現在に至るまでの一連の動きを見て、愛菜のことをそのように評価しているゲンナイ。そのようなゲンナイの姿であるが、まさに厳しい戦いを積み重ねてきた歴戦の戦士そのものであった。

「今度はこちらから行くぞ……」

 そのように言った後、剣を構えた状態のまま、愛菜との距離を詰めるゲンナイ。当然、愛菜はゲンナイの進撃を阻止しようとするが、とても間に合いそうになかった。

「はぁっ!」

「うっ!」

 長剣による斬撃を浴びせようとするゲンナイ。一方、弓の刃でゲンナイの斬撃を受け止める愛菜。

 金属同士が激しく衝突することで生じる音。それと同時に愛菜とゲンナイの2人はその場で切り結ぶ状態となる。

「足元がしっかり安定させろ。単に手に力を入れるだけではなく、身体全体に力を循環させるんだ。相対している敵をしっかり見るんだ」

「うっ……は、はい」

 次々とゲンナイの口から発せられる助言。この助言を実行に移そうとしている愛菜。 ただ、単純に言葉で言うことは簡単であるが、実際の行動に移すことは難しいことであった。

 助言どおりに自身の動きを矯正した後、目の前のゲンナイを振り払い、距離を置いて態勢を立て直している愛菜。

 弓を構え直した後、再び、光の矢を生成しようとしている愛菜。再度の遠距離の攻撃を見舞おうとする愛菜であるが、目の前のゲンナイはそれを許さなかった。

 気がつけば、弓による攻撃をしようとする愛菜の目の前には、剣を握り締めているゲンナイの姿があった。

「武器が弓だからといって、遠距離からの攻撃だけに頼るな」

 そのように言った後、目の前にいる愛菜に対して、無防備な状態を晒しているゲンナイ。この行動は明らかに愛菜からの攻撃を待っている行動であった。

「えいっ!」

 今度は鋭い刃と一体化した弓による攻撃を仕掛ける愛菜。攻防一体の弓であれば、剣のような使い方ができると考えた結果である。

「太刀筋が大雑把……それに動きも精彩さに欠けている」

 そのような感想を述べた後、愛菜の攻撃を受け止めるゲンナイ。そのようなゲンナイの動きであるが、愛菜の動きを完全に見切っているかのようであった。

 その後、何度かの打ち合いをする愛菜とゲンナイ。愛菜の弓とゲンナイの長剣が激突する度、周囲には金属同士の激突音が鳴り響く。

 必死に打ち込みをしている愛菜。一方、愛菜の太刀筋を完全に見切った上、長剣で見事に捌いてみせるゲンナイ。

 鋭利な斬撃を浴びせるゲンナイ。一方、ゲンナイの攻撃に反応するのがやっとなのか、必死に弓で防御している愛菜。

 どれぐらいの時間が経過したのだろうか。今回の訓練で何度目かの対峙をしている愛菜とゲンナイ。

 すると突然、愛菜の衣装に埋め込まれた宝玉が発光したかと思えば、元の姿に戻ってしまう愛菜。装備が解除されてしまったのだ。

 そのような愛菜であるが、呼吸が荒くなっており、疲労で身体が震えている。これ以上、訓練を継続することは困難のように見えた。

 愛菜の様子を目の当たりにして、手にしていた長剣を収めるゲンナイ。それと同時に今まで周囲に展開していた結界も解除する。

「今日はこの辺までにしておこう」

 激しい模擬戦闘で疲弊している愛菜に向かって、今日の訓練が終了したことを告げるゲンナイ。

「あの……ゲンナイさん、どうでしたか……?」

 恐る恐るゲンナイに今日の訓練についての質問をする愛菜。今日の訓練がゲンナイの目にどのように映ったのか、愛菜は気になって仕方がなかったのである。

「正直に言えば、セント・アメジストの力を全く使いこなせていない……これではデジモンとの戦いに勝つことはできない」

 今回の訓練の出来栄えについて、率直な感想を述べているゲンナイ。一方、予想していたとはいえ、愛菜の表情は暗いものになる。

「ただ、君は今まで何の訓練も受けていなかったのだ。この結果は仕方のないことだ」

 そうした最中、言葉を付け加えているゲンナイ。元々、愛菜は特別な訓練を受けたこともなければ、デジタルワールドでの旅の経験もしたことがない人間である。

 こうした事情を考慮すれば、セント・アメジストを与えられたとはいえ、戦闘で活かすことができないのも仕方のないことであった。

「申し訳ありません。私にせいで……」

「気にすることはない。ただ、訓練はこれからも継続するつもりだ」

「はい」

 訓練は続くゲンナイからの宣言に対して、毅然とした表情で返事をしてみせる愛菜。そのような愛菜の表情であるが、これまでに見せたことない覚悟が宿っていた。

「何かあれば、私の方から連絡しよう。それでは今日はこれで失礼する」

 それだけ言った後、煙のように消えてしまうゲンナイ。恐らくは元の世界であるデジタルワールドに戻ったのであろう。

 ゲンナイが立ち去った今、この場には愛菜とバドモンの2人が残されていた。そうした最中、バドモンが急に口を開く。

「ゴメンなさい。僕の我儘のせいで……」

 すぐ傍にいる愛菜に向かって、そのような言葉と共に謝罪しているバドモン。自身の我儘が愛菜に負担を強いているとバドモンは感じたのだ。

「ううん、気にすることはないわ。でも、デジタルワールドに戻る覚悟は決めてね」

 一方、デジタルワールドに戻ることに触れる一方、バドモンに優しく微笑んでいる愛菜。愛菜にしてみれば、この程度のことなど、どうってことなかったのだ。

「……はい」

 神妙な表情で答えているバドモン。いずれにしても、デジタルワールドに戻ることは確定事項であったからだ。

「それよりも、家に帰りましょう」

「うん」

 愛菜からの呼びかけに元気よく返事をしているバドモン。日は既に沈みかけており、間もなく夜の時間を迎えようとしていた。

 

 上空が漆黒に染まっている夜の時間帯、日本の山陰地方に設置された空港の出入口。今、この場所ではこの空港に着陸した飛行機の乗客が自らの目的地に向かっていた。

 観光目的でこの地を訪れた者、あるいは実家の帰省目的で訪れた者、さらには仕事の出張で訪れた者、飛行機の乗客が訪れる理由は人それぞれであった。

 そうした最中、他の乗客に紛れて、1人の男が空港の中から出てくる。この男は黒い上着を羽織っており、病的までに白い肌と長髪が印象的な男であった。

「ここがそうか……」

 夜の闇で彩られた周囲の景色を眺めている中、そのように呟いている不気味な男。まるで何かを企んでいるかのようだ。

 そして、男は人知れずに夜の闇の中へと消えてゆく。それはまるで幻のように現実感が伴っていなかった。

 

 全ての事情を知ることになった愛菜とバドモン、アヌビモンの協力者として現実世界に現れたゲンナイ、ついに山陰の地に足を踏み入れた謎の男。

 ついに役者は揃ったと言えるだろう。物語は最終段階に向けて、次なるステージに移行するのであった。

 

つづく

 




今回の話は特訓の話でした。
同時にバドモンの正体が明かされたお話でもありました。
戦う力を手に入れた愛菜ですが、元々、何かの武術に長けていた訳でもなければ、何かの修業を積んできたという訳でもありません。
このため、今の愛菜はセント・アメジストの力を全く引き出せていない状態です。
だからこそ、これから戦う以上、何かしらの訓練は必要でした。

さて、ゲンナイですが、「デジモンアドベンチャー」に登場したゲンナイその人です。
「デジモンアドベンチャー」のゲンナイは老人ですが、「デジモンアドベンチャー02」のゲンナイは青年の姿をしていました。
ですので、この話では中間的な年齢に設定してみました。
外見等のモチーフはスターウォーズのオビ=ワン・ケノービを参考にしています。

そして、物語の役者も揃ったことですので、次回からは物語は終局に向けて、進んでいく予定にしています。


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第5章 ~現れる悪意~

 デジタルワールドのダークエリアより、現実世界の様子を監視しているアヌビモン。そんなアヌビモンの前にゲンナイと名乗る男が現れる。
 ゲンナイはアヌビモンの代わりに現実世界に行くことを申し出る。一方、アヌビモンはゲンナイからの申し出を受けるのであった。

 緑豊かな広場で憩いの時を過ごしている愛菜とバドモン。そんな愛菜とバドモンの前に現れるゲンナイ。
 そして、ゲンナイの口からバドモンの正体、セント・アジメジストが送られてきた経緯を告げられる。
 さらにセント・アメジストを使いこなせるようにするため、ゲンナイは愛菜に訓練を施すのであった。


 日本の山陰地方の自治体内に建っている地方銀行。この銀行は地域密着型の金融機関であり、地元での貨幣流通に大きな貢献を果たしている。

 そのような銀行の店舗内に設置された窓口。いくつか存在している窓口のうち愛菜の担当している窓口があった。

「いらっしゃいいませ。ご用件はどのようなことでしょうか?」

 窓口を訪ねてきた利用客に対して、満面の笑みで応対してみせる愛菜。ここから先、利用客との応対が開始される。

 やがて、用件が済んだため、銀行から出ていく利用客。愛菜の応対が良好であったためか、利用客の表情はとても満足そうであった。

「ご利用有り難うございました」

 窓口を後にしている利用客に対して、訪れてきた時と同様、満面の笑みで見送ってみせている愛菜。

「番号札131番のお客様。3番の窓口までどうぞ」

 待ち合い席で待っている利用客を呼んだ上、自身の窓口を案内してみせる愛菜。そこから先程と同様の応対が始まるのであった。

 やがて、午前の業務時間が終了して、昼食の時間が訪れたため、愛菜は休憩室で昼食を食べていた。

 家から持参している自作の弁当を食べている愛菜。そうしていると、同期の女性銀行員が愛菜のいる場所にやってくる。

「一緒にご飯食べよ」

 そのように言った後、愛菜の目の前に座っている同期の銀行員。それから、いつものように2人での昼食が始まる。

「それにしても、最近の愛菜さん、随分と変わったわよね」

 食事をしている最中、そのようなことを発言している同期の銀行員。当然のことであるが、同期の銀行員の言葉に反応する愛菜。

「変わったって、どこかです?」

 そう言っている愛菜は訳が分からないといった様子である。事実、愛菜自身、普段と同じことをしているだけであり、特別に何かをしているという訳ではなかった。

「貴方の立ち振る舞いや言動とか色々よ。あまりにも今までと違うから何か特別な講習でも受けたんじゃないかって評判よ」

 そう言っている同期の銀行員の言葉には、いつも以上に力が込められている。ここ最近、愛菜の変わりようは噂になっていた。

 基本的に聞き上手な一方で筋はきちんと通す接客態度、誰に対しても分け隔てのない堂々とした態度、軽やかかつ優雅さを感じさせる身のこなし方、今までの愛菜には見られなかったものである。この変化は愛菜の所属する部署は勿論のこと、他の部署にも危機届いていた。

「変わったこと……」

 同期の銀行員の言葉を受けて、今一度、思い返している愛菜。これまでと変わったことと言えば、思い当たる節があるが、表立って言えるものではなかった。

「何か思い当たることでもあるの?」

「う~ん……。あるかも知れないけど、ちょっと事情があって」

 話題には出さないものの、素直に答えてみせる愛菜。こういう場合、下手に隠し事をするより、正直に話した方が誤解を生じさせることはないのだ。

「今は詳しいこと話せないけど、いずれ、話せるようになったら話すね」

「うん、分かったわ。その時は楽しみにしてる」

 そのように語る愛菜に対して、微笑んで承諾している同期の銀行員。今はデジタルワールドとデジモンのことを話しても、完全に信じてもらうことは難しいだろう。だからこそ、愛菜は遠回しな表現をしたのである。

 その後、愛菜と同期の銀行員は昼食を食べて、昼休憩の時間を過ごすと、自らの職場に戻っていくのであった。

 

 デジタルワールドのダークエリアの出入口前。今、この場所にアヌビモンとゲンナイの姿があった。

 アヌビモンとゲンナイがこの場所にいる理由であるが、現実世界から戻ってきたゲンナイの報告を聞くためであった。

「そうか。バドモンが戻ってくるのには時間がかかるか……」

 ゲンナイからの報告を聞いた後、そのような言葉を漏らしているアヌビモン。バドモンがまだデジタルワールドに戻る決心ができていないことは残念であるが、真実を知った上でこちら側の目が届くようになったことは喜ばしいことであった。

「私の送ったセント・アメジストはどのような状態になっている」

「セント・アメジストの所有者は正しい心の持ち主だが、残念なことに力を完全に使いこなせていない。今、私が訓練を施しているところだ」

 強大な力を宿したセント・アメジスト、アヌビモンからの問い合わせに対して、そのように答えているゲンナイ。

 愛菜自身の人格は申し分ない。ただ、これまで訓練等をしていないため、セント・アメジストを使いこなせていない状態であった。

 このため、ゲンナイが指導役となり、セント・アメジストの力を使いこなせるよう、愛菜に様々な訓練を施しているのが現状であった。

「戦う姿勢、身のこなし方等の訓練は完了している。今後は本格的な戦闘訓練を施していく予定だ」

 セント・アメジストの所有者の愛菜に対する訓練の進捗状況について、詳細な内容をアヌビモンに伝えているゲンナイ。

 ゲンナイが実施した訓練により、愛菜は戦いにおける基本的な姿勢、身のこなしを習得することに成功した。言い換えれば、土台が固まったといっても過言ではない。

 だが、それは本格な戦闘訓練を施すための始まりでしかない。今後は様々な技能を愛菜には習得してもらう必要があるだろう。

「そうか。ゲンナイ殿の尽力に感謝する」

 ゲンナイからの説明を聞いた後、改めて感謝の言葉を述べているアヌビモン。ゲンナイのおかげでアヌビモンはダークエリアの管理に専念することができるからであった。

 その後、アヌビモンはダークエリアの管理の仕事に戻り、ゲンナイは自らの拠点に戻っていくのであった。

 

 山陰地方の一角に立地しているスーパー。このスーパーについてであるが、品揃えは勿論のこと、値段も安いために地元客による利用が多いのが特徴である。

 そうした中、年若い1人の女性の姿がスーパーから出てくる。それは買い物を終えた愛菜であった。

 職場から帰宅した後、スーパーに買い出しに出た愛菜。普段であれば、仕事帰りに買い物をするのであるが、今日は買い物の量が多いため、一旦、帰宅してから買い出しに出たのだ。

 すると、愛菜のバッグの中から身を乗り出しているバドモン。普段は留守番をしていることが多いのであるが、気分転換のため、バドモンも買い物に参加していた。

「お疲れ様。愛菜お姉ちゃん」

「バドモン、有り難う」

 労いの言葉をかけてくるバドモンにお礼を言う愛菜。こうしてバドモンが傍にいるだけでも、随分と気分が変わってくることを愛菜は感じていた。

 早速、家に帰ろうとしている愛菜とバドモン。今、歩いている道は人気が少ないため、愛菜とバドモンは横並びの状態で歩いていた。

 しばらくの間、何気ないお喋りに花を咲かせている愛菜とバドモン。そのような時であった。

 急に何者かが愛菜とバドモンの前に立ち塞がっている。当然のことであるが、即座に愛菜とバドモンの2人は前を向いている。

 愛菜とバドモンの視線の先に建っている者の正体、それは大柄な1人の男であった。目の前に現れた大型な男であるが、黒い髪を長く伸ばしており、肌は病的にまで白く、まるで何かに憑依されているかのようであった。

「私は及川。早速だが、君のデジモンをそちらに渡してもらおうか」

 自らを及川と名乗った大柄の男。そんな及川は出会ったばかりの愛菜に対して、バドモンをこちらに引き渡すように要求している。

「……お断りします。貴方にバドモンは渡しません」

 及川の無茶苦茶な要求に対して、毅然とした態度で拒否する愛菜。この時、愛菜は及川と名乗る男から邪な気配を感知していた。

「嫌だね。誰がお前と一緒に行くもんか!」

 そんな言葉と共に及川のことを激しく拒絶しているバドモン。そんなバドモンであるが、及川に対する嫌悪と怒りの感情を抱いていた。

「そうか。ならば、仕方がない」

 静かにそう言った後、指を使って口笛を鳴らしている及川。まるで何かの合図をしているかのようだ。

 すると突然、及川の傍に狼のような生物が現れる。但し、本物の狼よりも何倍も大型であり、同時に邪な気配を発しているため、狼そのものではなく、狼のような姿をしたデジモンであることは言うまでもなかった。

 及川の傍に現れた狼のような姿をしたデジモンの正体。このデジモンの名前はファングモン、成熟期の魔獣型デジモンである。

「やれ、ファングモン」

 呼び寄せたファングモンに対して、攻撃の命令を出している及川。その姿はまるで訓練された猟犬に指示を出す熟練の猟師のようであった。

「ここは私が引き受けるからバドモンは買い物の荷物を守って」

 一方、すぐ傍にいるバドモンにそのような指示を出した後、セント・アメジストが埋め込まれたスマートフォンを取り出す愛菜。それと同時にセント・アメジストより、眩い紫色の光が発せられる。

 セント・アメジストの光に包まれている中、ボディコンを思わせる紫色の衣装に身を包み、同時に身体の各部には防具、頭部には耳当てのようなヘッドギアが装着される愛菜。さらにウェーブのかかった長い髪は途中でリボンによって結ばれる。

 セント・アメジストの力を発動させた愛菜。その手には鋭い刃が付属した弓を携え、及川のファングモンに戦いを挑むのであった。

 

 人気のない静寂な夜の道を舞台として、幕を開けることになった愛菜とファングモンによる対決。

「ファングモン、攻撃しろ」

 ファングモンに攻撃命令を出している及川。以前、愛菜とバドモンに刺客として、ブギーモンを差し向けたこともあったが、当のブギーモン自身が慢心していたため、勝てる戦いに負けてしまったことがある。

 だが、今回は違う。及川が従えているファングモン。戦闘能力は申し分ない上、何よりも及川の命令にも従順である。

 一方、対戦相手の愛菜であるが、確かに強い力を保有しているが、その力を十分に引き出せていない。このため、戦えば勝てるという勝算が及川にはあった。

 及川から攻撃を命じられた後、鋭い爪による攻撃を愛菜に仕掛けるファングモン。今の攻撃をもってして、愛菜に傷を負わせることができると及川は考えていた。

「えいっ!」

 一方、ファングモンの爪による攻撃に対して、鋭利な刃が付属した弓で受け止めている愛菜。同時に愛菜とファングモンの力は拮抗しており、両者はお互いにその場から後退することになる。

「何だと?」

 目の前で起こった事態に驚きを隠せない及川。元々の予定であれば、今の攻撃で愛菜を仕留められていたはずであった。

「もう1度、攻撃しろ」

 ファングモンに再度の攻撃を仕掛けるように命令する及川。今度は口を大きく開けたかと思えば、そこから伸びている無数の牙で愛菜を攻撃しようとする。

 そのようなファングモンの攻撃に対応するため、今度は大きく跳び上がって後退している愛菜。ここまでは愛菜が以前に見せた動きと同じである。

 だが、今回はこれまでと異なり、弓には光の弦が張られているばかりか、さらに光の矢を番えている愛菜の姿があった。

 そして、身体が宙に浮いた状態のまま、地上にいるファングモンに狙いを定め、さらには光の矢を発射してみせる愛菜。

「!?」

 瞬間的に愛菜による攻撃を察知したため、攻撃を中止して回避行動に切り替えるファングモン。このため、直撃は免れたものの、ファングモン自身、傷を負うことになってしまった。

「馬鹿な……」

 愛菜の動きを目の当たりにして、驚きを隠せないでいる及川。ブギーモンとの戦闘における動きとはまるで別人であったからだ。

 この時、及川はまだ知らなかった。愛菜はゲンナイによる訓練を積んでおり、姿勢や 身のこなしが初めて戦った時よりも格段に向上していたのだ。それと同時にまだまだ学ぶべきことは多いものの、愛菜自身の戦闘技術もまた、以前よりも向上しているのであった。

「くっ、予想外だ……」

 愛菜の戦闘力が上昇していることを知り、焦りと苛立ちを募らせている及川。そうした時であった。

「グルルルルルルルッ!!」

 愛菜によって傷を負わされたことによって、激しい怒りの感情を露わにしているファングモン。当然のことであるが、ファングモンは目の前にいる愛菜に対して、強烈な殺意を向けている。

「待て、早まるな」

 怒り心頭のファングモンを制止しようとする及川。だが、当のファングモンは及川の制止を無視した挙句、視線の先にいる愛菜に向けて、勢いよく突撃を仕掛けている。

 目にも留らぬ速さで突撃を仕掛けてくるファングモン。一方、当の愛菜は落ち着いた表情でファングモンを見据えている。

 一気に距離を詰めてくるファングモンを見据えたまま、冷静に迎え撃とうとしている愛菜。この時、愛菜の衣服の各所に埋め込まれた宝玉が発光する。

 すると次の瞬間、愛菜の装備している弓の刃の部分に眩い光が宿る。その後、距離を詰めてくるファングモンを可能なだけ、こちらに引き寄せようとしている愛菜。

「やあっ!!」

 ファングモンが目前まで接近した瞬間、その場で弓を大きく振ってみせる愛菜。それと同時に弓に宿った光であるが、鋭利な光の刃として発射されることになる。

「!?」

 全速力で突撃した状態のままであるため、まともな回避行動をすることもできず、愛菜の必殺の斬撃を浴びることになるファングモン。

 無防備の状態のままで愛菜の攻撃を受けたことにより、深手を負ってしまうファングモン。しかも、ファングモンの負った傷は予想以上に重いため、すぐに心身の限界を向けてしまう。

「ギャアアアアアアンッ!!」

 痛々しい断末魔を上げた後、身体を粒子化させてしまい、消滅してしまうファングモン。これが及川の呼び寄せたファングモンの最期であった。

 凶暴なファングモンの消滅を見届けた後、今度は及川の方に視線を向けている愛菜。いつでも攻撃が仕掛けられるよう、愛菜は現在の構えを維持している。

「どうします……?まだ続けますか……?」

「くっ!」

 愛菜からの勧告を受けた後、苦々しい表情を浮かべて、その場から立ち去ってしまう及川。今の状態では愛菜には勝てないと判断したためであった。

 こうして、及川が立ち去ったことにより、愛菜とバドモンは何とか、この場を切り抜けることに成功するのであった。

 

 及川がいなくなった後、その場に残されている愛菜とバドモン。やがて、愛菜は装備を解除することにより、格好も戦闘装束から普段の服装に戻る。

「やったね。愛菜お姉ちゃん」

 傍にいるバドモンはそんな言葉と共に満面の笑みを浮かべている。何がともあれ及川の攻撃を退けることができなのだ。

「でも、油断はできないわ。恐らく、また私達を襲ってくることでしょう」

 そのように言っている愛菜の表情はとても険しいものである。これで終わった訳ではない。むしろ始まりなのだ。直感的にではあるが、愛菜はそのように考えていた。

 

 まだ幼年期のデジモンであるバドモンを守るため、ゲンナイから課された訓練を続けている愛菜。

 そうした最中、バドモンのことを狙って、現れた及川と名乗る謎の男。愛菜の戦いはこれから先、大詰めを迎えようとしているのであった。

 

                                    つづく

 

補足

 

名前:ファングモン

種族:魔獣型デジモン

属性:データ

進化レベル:成熟期

必殺技:スナイプスティール

狼のような姿をした成熟期の魔獣型デジモン。童話等に登場する悪しき狼のデータがデジモンと化したとも言われており、狙った獲物を逃がさないという執念深さを持っている。そのため、獣型デジモンの中でも異端と言われている。必殺技は相手から武器やアイテムを強奪する「スナイプテール」




皆様。閲覧有り難うございます。
今回のお話では、「デジモンアドベンチャー02」の本編に登場した及川さんが登場しました。
勿論、及川さんが今回の作品の黒幕(正確には違いますが)でもあります。
このため、本編とやや違う部分が生じたりしますが、2次創作の作品として、作品の幅を広げられればと考えています。

この作品のタイトルの「デジモンアドベンチャー02AS」ですが、Another StoryとAdvance Storyの二重の意味を含んでいます。
これにより、「デジモンアドベンチャー02」という作品の可能性を追求していきたいと考えています。


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第6章 ~邪なる力~

 一緒に生活を営むバドモンを守るため、ゲンナイとの訓練を受けている愛菜。
 そのような愛菜の前に及川と名乗る男が現れる。さらに及川は愛菜に対して、バドモンを引き渡すように要求する。
 当然のことであるが、及川の要求を拒否する愛菜。一方、及川はファングモンを呼び出すと、攻撃を仕掛けるように命令する。
 そんな及川とファングモンに立ち向かうため、セント・アメジストの力を発動させる愛菜。
 これまでのゲンナイとの訓練もあり、愛菜はファングモンを撃破することに成功する。
 だが、それは最後の戦いの幕開けに過ぎなかったのである。


 国土が南北に長い日本列島の西部に位置しており、沿岸部が日本海に面している山陰地方の街中。この街中に1件のビジネスホテルが建っている。

 そのようなビジネスホテルの一室。照明のスイッチは入っておらず、机の上に設置されている起動中のノートパソコンが唯一の光源となっている。

 不気味なまでに暗いホテルの部屋の中、ノートパソコンと向かい合っている及川の姿であった。この部屋こそが山陰地方における及川の拠点であると言っても過言ではなかった。

「まさか、あの女がここまでだとは……」

 そのように呟いている及川の脳裏には今、この前、人気のない道で戦った愛菜の姿があった。

 異世界であるデジタルワールドより、セント・アメジストの力を授かった愛菜。確かにセント・アメジストの力は強大であるが、当の愛菜自身、その実力は並の人間に過ぎないものと思われていた。

 だが、実際に目の前で戦ってみると、愛菜は何らかの訓練を積んでいるのであろうか、及川の差し向けたファングモンを撃破する実力まで獲得していたのだ。

「厄介なことだ……」

 そんな言葉と共に苦々しい表情を浮かべている及川。元々、及川はバドモンのことを狙っているのであるが、愛菜と言う邪魔者が立ち塞がる以上、こちらが迂闊に手出しをすることができないのであった。

「こうなれば……」

 すると、前に置かれたノートパソコンの方に視線を送る及川。このノートパソコンは及川の個人のものであり、携帯用にビジネスホテルへと持ち込んだ代物である。

 現在、及川のノートパソコンの画面に表示されているもの、それは化石と思われる画像、さらに画像に関する詳細な記載事項であった。

「これで今度こそ、あの女を始末してやる」

 そのように不気味な笑みを浮かべてみせている及川。邪魔者である愛菜を始末して、強大な可能性を秘めたバドモンを手中に収める。及川の目的は当初と何ら変わることがない。

 自らの邪な陰謀を実現するため、誰にも知られることなく暗躍を続いている及川。それは同時に及川による最後の攻撃が今、狼煙を上げようとしている瞬間でもあった。

 

 山陰地方の山地に隣接している緑豊かな公園。同時にこの場所は愛菜とバドモンの2人がゲンナイと初めて出会った場所でもあった。

 今、この公園の一角において、セント・アメジストの力が具現化した装備類を装着している愛菜、ローブを脱ぎ捨てて愛用の長剣を構えているゲンナイの姿があった。また、少し離れた場所から愛菜とゲンナイの様子をバドモンが見守っている。

 そのような愛菜とゲンナイの2人であるが、セント・アメジストの力を引き出すため、今日も訓練を実施していた。

 緊張した面持ちで鋭利な刃が付属した長い弓を構えている愛菜。一方、いつもと変わらない冷静な表情で長剣を握り締めているゲンナイ。

「始めるぞ!」

「はい!」

 ゲンナイからの呼びかけに対して、愛菜がそのように返事をした瞬間、その場から金属同士が激突する音が鳴り響く。今、まさしく愛菜の弓とゲンナイの長剣が激突したのである。

 それぞれの武器越しにお互いの姿を見合っている愛菜とゲンナイ。いくら訓練であるといえ、愛菜とゲンナイの眼差しは真剣そのものである。

 その後、素早い動作をもってして、一旦、今いる場から愛菜とゲンナイ。さらに愛菜とゲンナイは激しい打ち合いを開始する。

 ゲンナイによる指導の下、愛菜が現在、励んでいる訓練であるが、それは剣術の訓練であった。

 愛菜の装備している弓であるが、弓本体に刃が付属している状態であるため、弓の一部が刀のようになっていると言っても過言ではなかった。

 このため、愛菜の装備は遠距離戦闘に向いた弓矢である一方、近接戦闘に向いた刀であると表現することができた。

 デジモンとの戦闘技術を習得するためには、近接戦闘に関する技術を習得することは必須事項である。こうした事情や愛菜の装備の性質を考慮した結果、ゲンナイは愛菜に剣術の訓練を施すことを決めたのである。

 現在、愛菜が習得しようとしている剣術の型であるが、シャイ=チョーと呼ばれている型である。シャイ=チョーはデジタルワールドに伝わる剣術の型のうち、最も古い型であると同時に最も基本的な型でもあった。今まで特に訓練を積んでいない愛菜には最適であると言えるだろう。

 愛用の長剣を巧みに操っているゲンナイ。一方、完全に慣れていない弓を懸命に操ろうとする愛菜。

「もっと早く!そして、的確に動かすんだ!」

「……分かりました」

 ゲンナイからの指導の言葉を受け、そのように返事をした後、自らの動作を修正している愛菜。但し、このことは言葉で言うことは容易いが、実際の行動で修正することは困難が伴うことであった。

 そうした状況に置かれてもなお、ゲンナイからの指導のとおり、自らの動作を修正する愛菜。それと同時に愛菜の動きもまた、次第に洗練されたものに変わってくる。

 それから、どのぐらいの時間が経過したのだろうか。急に長剣の構えを解くゲンナイ。同じように弓の構えを解く愛菜。

「今日の訓練はこれで終了だ」

 そのように告げた後、長剣を鞘の中に収納しているゲンナイ。それと同時に張り詰めていたゲンナイの表情も緩む。

「有り難うございました」

 訓練を施してくれたゲンナイに対して、感謝の言葉と共にお辞儀をしている愛菜。それと同時に愛菜の装備は解除されて、服装もいつもの服装に戻る。

「愛菜お姉ちゃん、ゲンナイさん……お疲れ様」

 そんな言葉と共に愛菜とゲンナイのいる場所に近寄ってくるバドモン。一方、こちら側に向かってくるバドモンのことを愛菜とゲンナイは温かく迎える。

 このようにして、愛菜がセント・アメジストの力を引き出せるようにするため、ゲンナイによる今日の訓練は終わりを告げるのであった。

 

 デジモンとの戦闘を想定した訓練が終了した後の緑豊かな公園。この場所には今、愛菜、バドモン、ゲンナイが休息の一時を過ごしていた。

「どうやら、シャイ=チョーの動きは覚えられたようだな」

 休息の時を過ごしている中、今回の訓練の講評をしているゲンナイ。これはゲンナイの見立てであるが、今回の訓練で愛菜はデジタルワールドに伝わる剣術の型のシャイ=チョーを習得したようだ。

 ただ、あくまでも愛菜は習得しただけであり、習熟する段階には至っていない。完全に使いこなせるようになるには、それなりの時間を必要とすることであろう。

「有り難うございます。これからも頑張ります」

 指導してくれているゲンナイに対して、感謝を述べている一方、これからの努力を誓う愛菜。何故ならば、愛菜自身、まだまだ未熟であることを知っていたからだ。

「ところで話は変わるが、この前、謎の人間とデジモンに襲われたそうだが……」

 先日起こった出来事について、愛菜に詳細を聞こうとするゲンナイ。愛菜からゲンナイに及川と名乗る人間に襲われたという連絡があった。

 しかも、及川と名乗る男であるが、デジモンのファングモンを使役していたと言う。これは尋常ではないことは明らかであった。

「はい。及川と名乗る男の人はバドモンのことを狙っていました。前にゲンナイさんの言っていたとおりでした」

 襲ってきた及川がバドモンを狙っていたことを報告する愛菜。以前、ゲンナイがバドモンは狙われる危険性があることを話していたが、それがまさに現実の出来事になってしまったのだ。

「それに及川って言うあの男……得体が知れないほど不気味だったよ」

 夜道で遭遇した及川の印象に対して、そのように評しているバドモン。及川の周囲に漂っている雰囲気であるが、とても人間のものとは考えられず、まるで強大な悪霊あるいは怨念が憑依しているかのようであった。

「ふむ。それは危険だな……」

 愛菜とバドモンの2人から話を聞いた後、率直な感想を述べているゲンナイ。この時、ゲンナイは事態が思っていた以上に深刻であることを知る。

 特にバドモンについてであるが、過去に罪を犯したデジコアがダークエリアでの浄化を経ず、現実世界でデジモンとして生まれ変わった姿である。

 そのようなバドモンが及川のことを不気味と評したのである。相手はゲンナイが思っている以上に危険な存在であるようだ。

 すると突然、愛菜、バドモン、ゲンナイのいる場所に一陣の風が吹く。本来、公園に吹きつける風は心地の良いものである。

 だが、先程、吹きつけてきた風であるが、あらゆるもの凍えさせるように冷たく、まるで災いを運んでくるかのようであった。

 すぐに愛菜、バドモン、ゲンナイは反射的に立ち上ったかと思えば、不気味な風が吹いてきた方向に視線を向ける。

 愛菜、バドモン、ゲンナイが視線の先に立っている者、それは黒いコートを着込んだ1人の長身の男であった。

「あの人は……」

「間違いない」

 目の前に現れた長身の男を見た途端、険しい表情でそう言っている愛菜とバドモンの2人。

 忘れるはずもない。目の前にいる長身の男こそ、先日、愛菜とバドモンを襲った張本人であり、同時に先程まで話題になっていた及川本人であった。

「先日ぶりだな」

 不気味な笑みと共にそう言っている及川。そのような及川からは何かを企んでいる様子を読みとることができた。

「貴様が及川か……」

 目の前に現れた長身の男を見た瞬間、この男が愛菜とバドモンの言っていた及川であることを理解するゲンナイ。

 確かに愛菜とバドモンが言っていたとおり、及川は尋常ではない邪気を発しており、まるで邪なる暗黒デジモンと近しいものを感じていた。

「成程、この男がいたからか……」

 目の前にいるゲンナイの姿を見るなり、何かが納得いった表情をしている及川。それは愛菜の急激な成長のことであった。

 本来、特殊な力を先天的に保有している訳でもなければ、特殊な訓練も受けた経験のなく、一介の女性に過ぎなかったはずの愛菜。

 そんな愛菜が何故、デジモンと戦うだけの能力を獲得するまでに至ったのか。及川にとっては今まで原因が分からなかったが、ゲンナイが関与していたとなれば、全てのことに説明がつくからである。

 ただ、今の及川にしてみれば、そのようなことは些細なことである。何故ならば、この場にいる全員は自らの手で始末するからである。

「これでお前達を始末してやろう」

 重々しい口調で告げた後、コートのポケットの中より、ある物を取り出してみせる及川。そのような及川が取りだした物の正体、それは無数の生物の骨であった。

 否、骨と言うにはあまりにも年月が経過しており、化石と表現した方が正しいであろう。しかも、この化石についてであるが、単一の生物のものではなく、複数の種類の生物のものであった。

 そして、急に取り出した無数の化石をばら撒いてみせる及川。あまりにも不可解な及川の行動を目の前にして、呆気にとられている愛菜、バドモン、ゲンナイであるが、それだけでは終わらない。

 さらにズボンのポケットの中より、ある物を取り出してみせる及川。それは今となっては旧式化している携帯電話であった。

 地面にばら撒かれた化石に向かって、携帯電話の画面を掲げている及川。それと同時に及川の所有している携帯電話からは光が発せられる。

 及川の携帯電話から発せられた光、それはこれまでの光とは異なり、漆黒に染め抜かれた不気味な光であった。正確に言えば、光に似た別の何かであった。

「これは暗黒の力……」

 及川の携帯電話から発せられた漆黒の光を見た途端、驚きの表情と共に評しているゲンナイ。

 初めて出会った時、ゲンナイは及川から暗黒デジモンに近しいものを感じていたが、たった今、発せられた漆黒の光は紛れもなく暗黒の力そのものであった。

「暗黒の力を浴びた化石よ……この地球に眠る力を取り込み、私の前に本当の姿を現すのだ」

 まるで呪詛のような及川の言葉。そのような及川の言葉に感応するようにして、暗黒の力を大量に浴びた化石に異変が起こる。

 極小の塵となることで地面と一体化する化石。それと同時に化石だった極小の塵であるが、この地上に宿るエネルギーや情報を吸収していく。

 膨大なエネルギーと情報を吸収した結果、塵だったものは再度集結することにより、ついには1つの形を成していくのであった。

 塵だったものが1つの形となって現れたもの、それは巨大な哺乳類の形をした化石の怪物と呼ぶべき存在であった。そう、目の前にデジモンが誕生したのだ。

 邪な及川の手によって誕生した醜悪なデジモン。このデジモンの名前はスカルバルキモン、完全体のアンデッド型デジモンである。

「まさか、人間が自らの手でデジモンを生み出すとは……」

 この場に姿を現したバルキモンを見た途端、愕然とした表情をしているゲンナイ。同時にゲンナイはバルキモンから強烈な邪気を感知していた。

「やれ!バルキモン、奴等を始末しろ!」

 早速、誕生したバルキモンに対して、邪魔者を排除するように命令する及川。この時、自らの手でデジモンを誕生させた影響からか、及川の意識は高揚しているようにも見えた。

 及川の命令を受けた後、愛菜、バドモン、ゲンナイの方に視線を向けるバルキモン。それと同時にバドモン自身の殺意も際限なく高まっていく。

「いかん!」

 そう言った途端、現状に対応するため、その場で右掌を掲げてみせるゲンナイ。それと同時にゲンナイの掲げた右掌より、眩い光が発せられたかと思えば、その周囲一帯を包み込んでいった。

 

 ゲンナイの右掌から発せられた光が消失した後、その場に広がっているもの、それは辺り一面が漆黒の上に白い光の格子模様で彩られた部屋のような空間であった。

 まるで幾何学的とも呼べる空間。この空間内に愛菜、バドモン、ゲンナイの3人の他、さらには及川とバルキモンの姿があった。

「これは……?」

 これまでとは全く異なる空間を前にして、呟くように言っているバドモン。ここは一体どこなのだろうか。

「まさか、ゲンナイさんが……」

 バドモンの疑問を引き継ぐ形でゲンナイに質問している愛菜。先程、ゲンナイの掌から発せられた光、目の前に広がる不思議な空間、この両者には何か因果関係があるに違いない。愛菜はそのように考えていたのだ。

「君の言うとおりだ。ここは私が創造した亜空間だ」

 愛菜からの疑問の言葉を素直に肯定してみせるゲンナイ。さらにゲンナイはこの亜空間についての説明をしてみせる。

 ゲンナイからの説明によれば、この亜空間はデジタルワールドの力を借りて創造したものであり、現実世界とは一時的に切り離されている状態に置かれていると言う。

 但し、本当の空間とは異なり、高さ・広さ・深さは限度があり、同時に亜空間そのものが一定の損傷を受けた場合、崩壊してしまうという危険性も抱えていた。

「ここであれば、あのスカルバルキモンとも戦える」

 ここで亜空間を創造した理由を語ってみせるゲンナイ。あのスカルバルキモンと言うデジモンであるが、現実世界においては勿論のこと、デジタルワールドにおいても危険である。

 下手にスカルバルキモンと戦えば、現実世界あるいはデジタルワールドに被害が及ぶことは目に見えていることである。

 だが、この亜空間であれば、スカルバルキモンと戦っても、その被害を最小限に留めることが可能になるだろう。これこそ、ゲンナイが亜空間を創造した最大の理由である。

「ふん、逆に好都合だ……スカルバルキモン!」

 ゲンナイからの話を聞いた後、不敵な笑みを浮かべている及川。その表情は自らの勝利を確信しているかのようだ。

「!!!!」

 一方、及川からの言葉を受けて、不気味な咆哮を上げているスカルバルキモン。今のスカルバルキモンであるが、目の前の標的を始末することだけしか考えていなかった。

「皆、これが最後の戦いになるだろう……気を引き締めるんだ」

 傍にいる愛菜とバドモンにそう呼びかけているゲンナイ。恐らく、この戦いこそがバドモンを巡る及川との最後の戦いになるだろう。確たる証拠はないものの、ゲンナイはそう予感していた。

「はい!」

「うん!」

 ゲンナイからの必死な呼びかけに対して、覚悟に満ちた表情で返事をしている愛菜とバドモン。ゲンナイと同様、愛菜とバドモンもまた、この戦いが最後の戦いになるだろうと感じていたのであった。

 デジタルワールドに出現したバドモン。このバドモンを守ろうとしている愛菜とゲンナイ。逆に自らの手中に収めようと画策している及川。決して相容れることのない両者の最後の戦いが今、始まろうとしているのであった。

 

                                    つづく

 

補足

 

名前:スカルバルキモン

種族:アンデッド型デジモン

属性:データ

進化レベル:完全体

必殺技:グレイブホーン

哺乳類の化石を彷彿とさせる姿をした完全体のアンデッド型デジモン。哺乳類の化石データの他、様々な生物の化石データが使用されている。感情や思考等を持っておらず、データに残ったプログラムに従って行動している。必殺技は巨大な脚で敵を踏み潰して地中に埋め込んでしまう「グレイブホーン」

 




皆様。閲覧有り難うございます。
今回からいよいよ終盤に入ります。
ちなみに今回の話で愛菜の習得した剣の型についてですが、「スターウォーズ」におけるライトセーバーの型を導入しています。
やはり、剣の型等を導入すると、話の幅が広がるのを感じます。
これから一気に最終回まで突っ走ることになりますが、最後までどうぞよろしくお願いします。


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第7章 ~目覚めるドラゴン~

 愛菜とバドモン、ゲンナイの目の前に姿を現した及川。
 そんな及川はいくつかの化石を媒体とし、不思議な術を用いて、スカルバルキモンを誕生させる。
 不気味な雰囲気と強大な威圧感を発するスカルバルキモン。そのようなスカルバルキモンが暴れれば、現実世界に甚大な被害が生じることは目に見えていた。
 現実世界に被害が出ないよう、戦いの場所を人工の亜空間に移すゲンナイ。
 現実世界とデジタルワールドの狭間である亜空間を舞台として、及川との最後の戦いが幕を開けるのであった。


 現実世界とデジタルワールドの狭間と呼べる亜空間の中、バドモンを狙う及川、及川の生み出したスカルバルキモンとの最後の戦いが始まる。

 まるで創造主である及川に操られているかのようにして、敵意を剥き出しにしているスカルバルキモン。

 一方、そのようなスカルバルキモンと対決するため、セント・アメジストの埋め込まれたスマートフォンを取り出している愛菜。

 さらにスマートフォンに埋め込まれたセント・アメジストが発光、愛菜の身体を優しく包み込んでいく。

 セント・アメジストの光に包まれる中、愛菜はボディコンを思わせる紫色の衣装に身を包み、同時に身体の各部には軽量化された防具、頭部には耳当てのようなヘッドギアがそれぞれ装着される

 さらにウェーブのかかった愛菜の長い髪であるが、急に現れたリボンによって1つに纏められる。

 愛菜の衣装がいつもの服装から戦装束に変わった後、その左手には鋭利な刃が付属した長い弓が装備される。これで愛菜の戦闘準備は整ったと言えるだろう。

 愛菜が戦闘準備を整えている頃、ゲンナイもまた、愛用の長剣を鞘から引き抜き、スカルバルキモンを前に構える。

 これで愛菜とゲンナイの戦闘準備が完了した。それと同時に亜空間を舞台として、スカルバルキモンとの戦闘が始まるのであった。

 

 ついに開始された愛菜とゲンナイによるスカルバルキモンとの戦闘。一方、戦いの様子をそれぞれ見守っているバドモンと及川。

「……」

 戦闘が開始された途端、標的である愛菜とゲンナイを狙って、両眼からビームを発射するスカルバルキモン。その攻撃には一切の容赦がなかった。

「くっ……」

「むっ……」

 一方、スカルバルキモンの攻撃について、愛菜は弓を操ることにより、ゲンナイは長剣を操ることにより、それぞれで防御してみせる。

 遠距離からの攻撃を剣で防御することで無力化する技。これはデジタルワールドに伝わる剣術の技の1つであった。

 特にゲンナイ自身、デジタルワールドに伝わる剣術の型の中においても、防御を重視しているソレスと呼ばれている型に習熟しているため、防御に関する技については抜きん出るものがあった。

「……」

 先程のビームが愛菜とゲンナイに効かないことを知り、次の攻撃を仕掛けようとしているスカルバルキモン。

 すると、今度はその場から跳び上がるスカルバルキモン。鈍重そうな外見に反して、動きは意外にも軽快である。

 やがて、スカルバルキモンの跳び上がりが頂点まで達する。さらにスカルバルキモンは一気に落下を始める。

「あれは……」

「まずい……」

 スカルバルキモンの動きを見た途端、自らの身の危険を感じて、その場から散開する愛菜とゲンナイ。愛菜とゲンナイの回避行動もまた、迅速そのものであった。

 やがて、一瞬で地面に着地してみせるスカルバルキモン。それと同時にスカルバルキモンの周囲には強い衝撃が走る。

 もしも、愛菜とゲンナイが散開していなければ、今頃はスカルバルキモンの下敷きになっていたことであろう。

「えいっ!」

 スカルバルキモンの攻撃の後、構えた弓から光の矢を発射する愛菜。光の弓矢による攻撃を発動するまでの間、それなりの時間を必要としていた時に比べれば、圧倒的な速さであることは言うまでもないことであった。

 ゲンナイが施してくれた訓練の効果もあり、一定の攻撃力のものであれば、愛菜は短時間で光の矢を発射できるようになっていた。

 だが、そのような愛菜の攻撃であるが、確かに矢はスカルバルキモンに命中したものの、ほんの数秒の間で消滅してしまう。

 この状況についてであるが、スカルバルキモンの気力が愛菜の発射した光の矢の攻撃力を上回っていることに他ならなかった。

「そんな……」

 自らの攻撃が効かなかったことについて、驚きを隠せないでいる愛菜であるが、何時までも落ち込んでいる暇はなかった。

「敵の攻撃がくるぞっ!」

 ゲンナイの注意の声が愛菜の方に飛んでくる。一方、ゲンナイの注意を受けて、自らの気持ちを切り替える。

 愛菜の攻撃を耐え切った後、今度は逆に反撃を仕掛けてくるスカルバルキモン。すぐにスカルバルキモンは右前脚による打撃を愛菜に叩き込もうとする。

「危ない……」

 人並み外れた迅速な動きをもってして、スカルバルキモンの攻撃を回避する愛菜。その結果、スカルバルキモンの右前脚の攻撃は空振りに終わる。

 セント・アメジストの力、ゲンナイの訓練による技量の向上、さらに先程のゲンナイからの呼びかけもあり、愛菜はスカルバルキモンの攻撃を回避できたが、逆にいずれかが欠けていれば、今頃は避け切れずに重傷を負っていたことだろう。

「大丈夫か」

 そんな言葉と共に愛菜のいる場所に駆け寄るゲンナイ。愛菜の様子を見たところ、特に負傷等はしていないようだ。

「はい、大丈夫です」

 ゲンナイからの呼びかけに対して、すぐに返事をしてみせている愛菜。改めて未熟であることを思い知らされるが、今はそのような感情に流されている場合ではない。

 何故ならば、愛菜とゲンナイの前には今、スカルバルキモンがゆっくりと距離を詰めてきているからだ。この戦いを乗り切るためにも、スカルバルキモンをどうにかしなければならない。

「このデジモン……強いです」

 実際にスカルバルキモンと戦ってみて、率直な感想を漏らしている愛菜。一見すれば、骸骨の怪物のように見えるスカルバルキモンであるが、戦闘の要となる攻撃力、防御力、機動力のいずれもが高い水準で保たれているのだ。

「しかも、敵は容赦なく、この亜空間に損傷を加えてくる」

 愛菜の言葉に付け加えるように言っているゲンナイ。スカルバルキモンの攻撃には一切の容赦がない。それは同時に今いる亜空間に損傷を与えることにも躊躇がないことでもあった。

「このまま長期戦に持ち込まれれば、こちら側が不利になる」

 これまでの状況を整理した結果、結論づけるように言っているゲンナイ。そのように言っているゲンナイの表情は今までに見せたことがないまでに険しい。

 スカルバルキモンの戦いぶりを見れば、恐らく、持久力に関しても相当なものがあるだろう。

 一方、ゲンナイと愛菜の持久力はスカルバルキモンに勝っているとは言えない。戦闘時間が長期化すれば、持久力の関係により、スカルバルキモンが優勢になることは容易に予想できることであった。

 それに加えて、スカルバルキモンの容赦のない戦い方。この亜空間が壊れてもお構いなしといった戦い方である。

 もしも、この亜空間が破壊されれば、スカルバルキモンは現実世界あるいはデジタルワールドに出現することになる。邪な意図を持った人間と凶暴なデジモンの出現、何としても避けたい事態であった。

「(こちらにもう少し戦力があれば……)」

 心の中でそのように吐露しているゲンナイ。こちらにもっと戦力があれば、スカルバルキモンを真正面から倒せないとしても、何とか対処する方法を見つけ出すことができるはずだ。

 だが、所詮はないものねだりに過ぎない。ないものねだりをしても、事態は何も変わらない。

 強敵を前に苦戦を強いられている中、この戦いに勝利するため、愛菜とゲンナイの2人はスカルバルキモンに戦いを挑んでいくのであった。

 

 漆黒と白い光の格子模様で彩られた亜空間の中、スカルバルキモンと戦っている愛菜とゲンナイの姿を見守っているバドモン。

「……愛菜お姉ちゃん……ゲンナイさん……」

 愛菜とゲンナイがスカルバルキモンに苦戦を強いられる中、誰に言う訳でもなく独り呟いているバドモン。

 この時、バドモンの中で焦燥感が込み上げてくる。この焦燥感はバドモンの心の中を激しく駆け巡る。

「力が欲しい……」

 気がつけば、バドモンの口から出ていた言葉。それは力を希求する言葉であった。そう、バドモンは焦りのあまり、力を望むようになったのだ。

 その瞬間であった。急にバドモンは自身の中より、何かが湧き上がるような感覚を覚える。しかも、その勢いは湧水のような穏やかなものではない。まるで固い地面の中から噴き上がった石油のようであった。

 それと同時に全身に力が漲っていく感覚を覚えるバドモン。これこそが自らが望んだ力であることをバドモンは理解する。

 この時、バドモンは自らの意識が別の何かに染まるような感覚を覚える。まるで他の誰かに意識を乗っ取られる。そのような感覚であった。

 次第に薄れていくバドモンの意識。このままいけば、バドモンの意識が消えてしまいそうな時であった。

 ふと、バドモンの中で思い出される記憶。それは現実世界でデジモンとして生を受けて以来の記憶であった。そしてまた、大事な人達と一緒に過ごしてきた記憶で持った。

 現実世界でデジモンとして生を受けて以降、一緒に生活を過ごしてきた愛菜。愛菜は得体の知れないバドモンのことを受け入れ、バドモンの正体を知っても優しい態度は変わることはなかった。

 それだけではない。愛菜は及川の魔の手からバドモンを守るため、懸命にセント・アメジストを使いこなそうとし、今もまた強大な敵に最後の戦いを挑んでいるのである。

 デジタルワールドから現実世界に現れたゲンナイ。デジタルワールドの使命のため、バドモンを連れて帰ろうとしたが、願いを聞き入れて猶予を与えてくれた。

 それだけではない。ゲンナイは献身的に協力してくれているだけではなく、愛菜と同様、強大な敵に最後の戦いを挑んでいるのである。

「力になりたい……僕は愛菜お姉ちゃんとゲンナイさんの力になりたいんだ」

 改めて自らが力を欲している理由を理解するバドモン。バドモンにとって大事な人である愛菜とゲンナイ。この2人の力になりたいからこそ、今、力を必要としているのだ。

 揺るぎのない確信を抱くバドモン。その瞬間、バドモンの中では今も全身に力が漲る一方、自我さえも呑み込もうとしていた衝動が鎮まる。

 そして、戦いを続けている愛菜とゲンナイ、スカルバルキモン、その両者の間に急いで割って入るバドモン。

「バドモン」

「危ない。逃げるんだ」

 突然のバドモンの登場を目の当たりにして、驚いている愛菜、逃げるように言うゲンナイ。そんな愛菜とゲンナイの反応は当然の反応であった。

「一体何をしようとしているんだ」

 一方、バドモンの登場を見た途端、首を傾げている及川。そんな及川にはバドモンのしようとしていることが理解できなかった。

「愛菜お姉ちゃん……僕も戦う。愛菜お姉ちゃんの力になりたいんだ!」

 これまでの間、一緒に時間を過ごしてきた愛菜に対して、そのように自らの意思を表明するバドモン。今、バドモンの瞳にはこれまでに見せたことのない覚悟の光が宿っていた。

「……分かったわ。バドモン、私達に力を貸して」

 バドモンの覚悟を目の当たりにした後、戦いの協力要請をしている愛菜。今、愛菜はバドモンのことを信じているのであった。

 バドモンのことを信じている愛菜。愛菜のことを信じているバドモン。お互いがお互いのことを信じる時、世界と種族の間を越えた絆が生まれ、さらに奇跡をも呼び起こしてみせる。

 すると突然、愛菜の戦装束に埋め込まれた宝玉から眩い光が発せられる。神々しくも神秘的な紫色の光、それはセント・アメジストの光そのものであった。

 内から湧き上がる力が全身に漲っている中、愛菜のセント・アメジストの光を浴びるバドモン。

 次の瞬間、バドモンの身体からは眩い光が発せられる。それと同時にバドモンは今、さらに高次の存在に至ろうとしているのであった。

「バドモン……Xエボリューション!ウィルスドラモン!」

 眩い光に全身が包まれる中、かつてバドモンであった存在はさらなる姿へと変わっていく。その様子はまさしく生物の進化そのものであった。

 次第にバドモンの全身を包んでいた眩い光は消失していく。それと同時にバドモンから進化を遂げたデジモンが姿を現す。

 様々な要素が重なることでバドモンから進化を遂げたデジモン、それは毒々しい紫色の体色、口から伸びている鋭い牙が特徴的なドラゴンのようなデジモンであった。このデジモンの名前はウィルスドラモン、完全体の毒竜型デジモンである。

「これがバドモンの進化した姿のウィルスドラモン」

 進化したウィルスドラモンの姿を見て、素直に驚きの表情を浮かべている愛菜。これまで一緒にいたバドモンがここまで進化したこと、それは驚きであると同時に喜びでもあったからだ。

「まさか、このような姿になるとは」

 バドモンから進化したウィルスドラモンを見た直後、率直にそのような感想を漏らしているゲンナイ。

 ウィルスドラモンの毒々しい外見であるが、これは恐らくであるが、生まれ変わる以前の情報が影響しているのだろう。ただ、外見よりも当のウィルスドラモンの精神状態の方が重要であった。

 さらにデジモンは本来、幼年期・成長期・成熟期の過程を経て、完全体に進化するのが順当な進化形態である。

 だが、幼年期のバドモンはいくつかの成長段階を経ず、一気に完全体のウィルスドラモンに進化した。

 この爆発的とも呼べる進化についてであるが、これは恐らく、バドモンが生まれ変わるよりも前に保有していたデータ、セント・アメジストの効力によるものと考えられる。

「くっ、こんなことになるとは」

 バドモンからウィルスドラモンへの進化の一部始終を見た直後、狼狽した表情をしている及川。これまでの間、及川が狙っていた力が逆に牙を剥いてくること、それは皮肉以外の何ものでもなかったからだ。

「愛菜お姉ちゃん、ゲンナイさん、いくよ」

 傍にいる愛菜とゲンナイに向かって、そう呼びかけているウィルスドラモン。たとえ、どのような毒々しい姿になったとしても、性格は元のバドモンと何ら変わることがなかった。

 やがて、全身に力を集中させるウィルスドラモン。その後、ウィルスドラモンは身体に集中させた力を一気に解放する。

 すると次の瞬間、ウィルスドラモンの背中より、無数の植物の蔦が発射されたかと思えば、目の前に立ち塞がるスカルバルキモンの身体の各部を貫く。

「!!!!!??」

 ウィルスドラモンの蔦で身体を貫かれ、声にならない悲鳴を上げているスカルバルキモン。しかも、ウィルスドラモンの攻撃はそれで終わらなかった。

「うおおおおおおおおっ!」

 敵であるスカルバルキモンに対し、自らが発射した蔦を媒介にして、身体に蓄積された毒を注入するウィルスドラモン。この毒はデジモンの身体を破壊する猛毒であった。

「今だ!愛菜お姉ちゃん、ゲンナイさん」

 一緒に戦っている愛菜とゲンナイに向かって、懸命に攻撃を促しているウィルスドラモン。スカルバルキモンの動きを止めている今こそ、攻撃を仕掛ける絶好のチャンスであったからだ。

「はっ!」

 愛用の長剣を構えた状態のまま、その場から大きく跳び上がるゲンナイ。そして、ゲンナイの位置がスカルバルキモンの眉間の位置まで到達した時であった。

「はああああああっ!!」

 動けないスカルバルキモンの眉間を狙って、強烈な斬撃を浴びせてみせるゲンナイ。いくら、スカルバルキモンの防御力が高いとしても、急所の1つに数えられる眉間に斬撃を浴びれば、大なり小なりの損傷を受けることは確実であった。

「~~~!!!!」

 またもや、声にならない悲鳴を上げているスカルバルキモン。だが、スカルバルキモンを襲う攻撃はそれだけでは終わらない。

「ヴェノムブレス!」

 ゲンナイの攻撃が終わった後、スカルバルキモンを狙って、口から猛毒のブレスを吐きかけるウィルスドラモン。

 蔦による拘束で動けないスカルバルキモンであるが、全身にウィルスドラモンの猛毒のブレスを浴びることになる。

「!!!!!?」

 今度はウィルスドラモンの猛毒に苛まされているスカルバルキモン。それと同時にスカルバルキモンの戦力が大幅に低下していた。

 スカルバルキモンが動けないことを利用して、連続的に攻撃を加えているゲンナイとウィルスドラモン。その間にセント・アメジストの力を集中させている愛菜。

 すると、愛菜の戦装束に埋め込まれた宝玉に光が宿ったかと思えば、左手に装備された弓には光の弦が張られ、右手には神々しく煌めいている光の矢が出現する。

 動けないスカルバルキモンの眉間に狙いを定め、構えていた弓に光の矢を番えた後、弦を限界まで絞っている愛菜。その過程で愛菜の弓から光が発せられたかと思えば、同時に光の矢もさらなる光を増すことになる。

 そして、セント・アメジストの光を全身に浴びている最中、弓から矢を発射しようとしている愛菜の姿であるが、まさに邪な獣を討伐しようとしている狩人そのものであった。

「ラストフォルテ!」

 今までになく凛々しい表情で叫んだ後、極限まで絞っていた光の弦を解放する愛菜。その途端、光の矢は真っ直ぐスカルバルキモンに向かっていく。この技はゲンナイとの訓練と苦心の努力の末、愛菜が編み出した必殺技であった。

 愛菜の弓から発射された光の矢。この光の矢はスカルバルキモンの眉間を貫き、さらにはその巨体さえも容易く貫通してしまうのであった。

「……」

 愛菜の光の矢で身体を貫かれてしまったスカルバルキモン。そのようなスカルバルキモンは今、断末魔の悲鳴を上げることなく倒れ込んでしまう。

 力なく倒れ込んでしまったスカルバルキモン。一方、その場に立ち続けている愛菜、ウィルスドラモン、ゲンナイの3人。そう、愛菜達の3人は及川との最後の戦いに勝利したのであった。

 

                                    つづく

 

補足

 

名前:ウィルスドラモン

種族:毒竜型デジモン

属性:ウィルス

進化レベル: 完全体

必殺技:ヴェノムブレス

不気味な容姿をしている完全体の毒竜型デジモン。身体全体に猛毒を宿しており、攻撃を受けて場勿論のこと、触れるだけでも毒に侵されてしまう。このため、高い戦闘能力を保有しているが、身体自体も毒に蝕まれているため、通常のデジモンよりも寿命が短い。必殺技は猛毒のブレスを敵に吐き出して攻撃する「ヴェノムブレス」

※このウィルスドラモンは私が独自に創作したオリジナルデジモンである。

 




皆様。お疲れ様です。
今回で最後の戦いが終わりました。
ウィルスドラモンの設定ですが、本来は邪なデジモンであったことを考慮して、こうした設定としました。
同時に元ネタですが、「遊☆戯☆王 デュエルモンスターズ」に登場したデス・ウィルスドラゴンをデジモンの形式に落とし込んだものです。
これで最後の戦いも終わり、いよいよ次回が最後の話となります。
最後までお付き合いいただければと思います。


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第8章 ~古き過去と新しい未来~

 邪な心を宿した及川が生み出したスカルバルキモン。一方、スカルバルキモンに立ち向かう愛菜とゲンナイ。
 だが、スカルバルキモンの戦力はあまりにも強大であり、愛菜とゲンナイの2人は窮地に追い込まれていく。
 そうした最中、愛菜と一緒に生活を過ごしてきたバドモンは力を望む。その過程でバドモンは巻き起こる力に飲み込まれそうになるが、愛菜とゲンナイの存在を思い出すことより、その力を制御することに成功、さらにはウィルスドラモンに進化する。
 ウィルスドラモンの参戦により、これまでの形成は一気に逆転する。愛菜、ウィルスドラモン、ゲンナイは持てる力を出すことにより、及川の生み出したスカルバルキモンを倒すことに成功するのであった。


 苛烈な戦いの末、ついに邪なる及川が生み出したスカルバルキモンを倒すことに成功した愛菜、ウィルスドラモン、ゲンナイ。

 それからすぐに愛菜、ウィルスドラモン、ゲンナイの3人は今回の戦いの黒幕である及川の方に視線を向けている。今回の一連の戦いについて、及川の責任を問うためである。

「ククク……」

 スカルバルキモンは倒され、追い込まれた状況にいるにもかかわらず、不気味な笑い声を上げている及川。当然、愛菜、ウィルスドラモン、ゲンナイの3人は及川の態度を不審に思う。

「何がおかしい?」

 険しい表情で及川に質問をしているゲンナイ。あまりにも不敵な態度を見て、及川にはまだ、何か手札が残っているに違いないとゲンナイは考えていたのだ。

「これで勝ったと思うな……」

 目の前にいる愛菜、ウィルスドラモン、ゲンナイにそう告げた後、右手の指をパチンと鳴らしている及川。その途端、愛菜、ウィルスドラモン、ゲンナイの3人は身構える。

 すると突然、倒れ込んでいるスカルバルキモンから熱が発せられる。しかも、その熱は時間が経過するに従って高まっていく。

「これで貴様達も地獄行きだ……」

 そんな言葉と共に愛菜、ウィルスドラモン、ゲンナイに向かって、薄ら笑いを浮かべている及川。今の及川の表情は最早、人間のものではなく、邪な悪魔のそれであった。

「地獄行き……それは……」

「どういうことだ?」

 目の前の及川を問い詰めようとしている愛菜とウィルスドラモン。及川が何か良からぬことをしていることは愛菜とウィルスドラモンも理解していた。

「いかん!早く脱出するんだ!奴はこのスカルバルキモンを自爆させる気だ」

 大声で愛菜とウィルスドラモンに対して、そのように呼びかけているゲンナイ。際限なく高まっていくスカルバルキモンの熱、同時に上昇していく周囲の温度、これらの情報からゲンナイはそう断定していた。

「そうだ。もうすぐスカルバルキモンは爆発する」

 ゲンナイに自らの目論見を見破られてもなお、平然とした表情でいる及川。どうやら、及川はスカルバルキモンを道連れにすることにより、愛菜、ウィルスドラモン、ゲンナイのことを始末する気でいるようだ。

 だが、こうしている間にも、スカルバルキモンの熱は上昇していき、ついには臨界にまで達することになる。

 熱量が臨界にまで達した瞬間、及川の目論見どおり、爆発を起こし始めるスカルバルキモンの身体。

 スカルバルキモンの爆発。最初こそ、小規模な爆発であったが、次第にその規模は大きくなっていく。

 徐々に勢いを増していくスカルバルキモンの爆発。その勢いは愛菜、ウィルスドラモン、ゲンナイをも呑み込まんばかりである。

「いかん!脱出しなければ!」

 すぐさま危険を察知したため、右掌を掲げてみせるゲンナイ。それと同時にゲンナイの右掌からは眩い光が発せられ、ゲンナイ本人は勿論のこと、愛菜とウィルスドラモンのことも包み込む。

 やがて、ゲンナイの右掌から発せられた光は消失する。光が消え去った後には愛菜、ウィルスドラモン、ゲンナイの姿はなかった。

 一方、スカルバルキモンから起こった爆発であるが、ゲンナイの創造した亜空間全体にまで及ぶ。それと同時に及川の姿も爆発の炎の中に消えてしまう。

 現実世界とデジタルワールドの狭間に位置する亜空間を舞台とした及川との戦い。この戦いはこのようにして幕を閉じたのであった。

 

 山陰地方の山地に隣接した公園。戦闘で相当な時間が経過したためか、既に日は沈み切っており、周囲には夜の景色が広がっていた。

 そしてまた、この公園には先程の亜空間から脱出してきた愛菜、ウィルスドラモン、ゲンナイの姿があった。

「皆、大丈夫か?」

「はい。大丈夫です」

「こっちも何とか」

 脱出を手引きしたゲンナイからの呼びかけに対して、そう返事をしている愛菜とウィルスドラモン。この場にいる全員、戦闘による消耗は見られるが、怪我等は特に見られなかった。

「とりあえず、これで終わったな」

 及川が差し向けたスカルバルキモンの撃破、爆炎に包まれた亜空間からの脱出、一連の出来事を終えて、そう呟いているゲンナイ。

「それであの空間はどうなったんですか?」

「あの爆発のおかげで亜空間は今、壊滅的な損傷を受けている。当分の間は使えないだろう」

 愛菜からの質問に対して、残念そうに答えるゲンナイ。ゲンナイの創造した亜空間はスカルバルキモンの爆発に耐え切ったものの、その代償に甚大な損傷を受ける結果になってしまった。完全に復興するまでには時間を要することになるだろう。

「及川の奴はどうなったんだ?」

「分からない。ただ、あの男があれで死んだとはとても思えない。恐らく、生き延びていることだろう」

 今回の戦いの首謀者である及川の生死について、気になっているウィルスドラモン。一方、ゲンナイは険しい表情でそう予想している。

 デジタルワールドのデジモンを従えるどころか、さらに自らの手でデジモンを生み出すこともできる及川。そんな及川があの爆発で死んだとはとても考えられない。間違いなく生きていることだろう。そうでなければ、そもそも、スカルバルキモンを爆破したりしないはずだ。

 余談であるが、ゲンナイの予想どおり、及川は亜空間での爆発から生き延びていた。 この後、及川はデジタルワールドの救世主こと、選ばれし子供達とそのデジモン達の前に立ち塞がることになるが、それはまた別の物語である。

 

 こうして、陰謀を企んでいた及川との戦いは終わった。夜の公園に佇んでいる愛菜、ウィルスドラモン、ゲンナイ。

 夜の闇と静寂が公園の周囲を包んでいる最中、ウィルドラモンの方に視線を向けているゲンナイ。

 ウィルスドラモンをデジタルワールドに連れて帰ること、それがゲンナイの本来の任務である。そうした中、ウィルスドラモンがゆっくりと口を開く。

「愛菜お姉ちゃん。覚悟が決まった。僕はデジタルワールドに帰る」

 ウィルスドラモンの口から告げられる衝撃的な一言。確かに衝撃的ではあるが、この場にいる全員は特に驚かなかった。何故ならば、来るべき時が来たからである。

「僕はこんな身体になっちゃった。愛菜お姉ちゃんと一緒に生活することは無理だ。だから、デジタルワールドに戻って、アヌビモン様の裁定を受けてくる」

 寂しそうな表情で語っているウィルスドラモン。ウィルスドラモンの体格は人間の何倍以上もあり、現実世界で生活するには困難が伴うことは目に見えていた。

「それに僕に残っている時間は少ない」

「っ!?それはどういうこと?」

 ウィルスドラモンの意味深長な発言について、驚きの表情と共に質問をしている愛菜。残された時間とは一体どういうことを意味しているのか。

「うん。僕の身体には大量の毒を含んでいる。その毒は僕の身体も蝕んでいるんだ。だから、デジモンとして生きている時間も限られているんだ」

 ウィルスドラモンの口から語られる事実。あまりにも強過ぎる毒はウィルスドラモンの身体も蝕んでいたのである。

「そんなっ!何か、方法はないの!」

「もういいんだ。僕は愛菜お姉ちゃんと出会えて幸せだよ」

 動揺を隠せないでいる愛菜に対して、悟った表情をしているウィルスドラモン。まるで今後、自身に訪れる滅びの運命を受け入れているかのようだ。

「諦めるにはまだ早い」

 すると、愛菜とウィルスドラモンの会話に介入してくるゲンナイ。それと同時にゲンナイは懐の中からある物を取り出してみせる。

 切迫した状況でゲンナイが取り出した物の正体、それは黄金色の光を発している桃であった。古来より、桃には不思議な力が宿っていると伝えられている。

「これは?」

「黄金桃だ。この桃を食べれば、デジモンの寿命が延びる効果がある。短命のデジモンでも普通のデジモンと同じ寿命が得られる」

 愛菜からの質問について、手短に答えているゲンナイ。デジモンの寿命を延ばす黄金桃、この桃は効果が絶大である反面、デジタルワールドでも入手困難な希少品であった。

「さあ、これを食べるんだ」

「……分かった」

 そのような会話をした後、ゲンナイから差し出された黄金桃を食べるウィルスドラモン。口に含んだ黄金桃をゆっくりと咀嚼して、ウィルスドラモンは一気に飲み込む。

 この時、ウィルスドラモンは身体が活力に満ちていくのを感じた。さらに活力が満ちていくどころか、生命力に満ち溢れていく感覚を覚える。

「ゲンナイさん、有り難う」

 黄金桃を授けてくれたゲンナイに対して、感謝の言葉を述べているウィルスドラモン。これならば、普通のデジモンと同じように生きていくことができそうだ。

「お礼には及ばないさ」

 お礼を言うウィルスドラモンに向かって、そう言ってみせているゲンナイ。デジモンの生命を救うことができたのだ。当のゲンナイはそれで満足であった。

 

 夜の闇と静寂に包まれた公園において、愛菜は今、ウィルスドラモンとゲンナイと向かい合っている。

 今からデジタルワールドに戻るウィルスドラモンとゲンナイ。愛菜はそのような2人を見送ろうとしているのだ。

「愛菜お姉ちゃん、今まで有り難う」

「ウィルスドラモン……デジタルワールドでも元気でね」

 今まで世話になったことを感謝しているウィルスドラモン。一方、デジタルワールドでのことを気にかけている愛菜。そのような愛菜とウィルスドラモンであるが、2人はまるで親子あるいは姉弟のようでもあった。

「ゲンナイさんには色々と迷惑をかけました」

「いや、私達に協力してくれたこと、心から感謝している」

 愛菜からの謝罪の言葉に対して、感謝の言葉で返しているゲンナイ。デジタルワールドで起こった出来事について、最後まで積極的に協力してくれた愛菜。ゲンナイにしてみれば、本当に心強い協力者であった。

 すると、ウィルスドラモンとゲンナイから優しい光が発せられたかと思えば、それぞれの身体をすっぽりと包み込んでいく。ついにデジタルワールドに戻る時が来たのだ。

「また、会えるよね?」

「うん、僕は必ず愛菜お姉ちゃんの所に戻ってくる。それまで待っていて」

 愛菜から問いに満面の笑みで答えてみせているウィルスドラモン。たとえ、どんなに時間がかかろうとも、どんなことがあっても、ウィルスドラモンは帰ってくることを誓う。

「今は現実世界の人間とデジタルワールドのデジモンが一緒にいることは難しいことだろう。だが、人間とデジモンが一緒にいられる時は必ず訪れる。そして、その時はそう遠くないことかも知れない」

「……っ!?有り難うございます!」

 ゲンナイから語られる人間とデジモンの共存の可能性。この可能性を聞いた後、ゲンナイにお礼を言っている愛菜。それと同時に愛菜の心の中で希望の芽が芽生えるのであった。

「さよなら。ウィルスドラモン、ゲンナイさん」

「さようなら。愛菜お姉ちゃん」

「達者でな」

 目の前のウィルスドラモンとゲンナイに向かって、別れの挨拶を告げている愛菜。同じくウィルスドラモンとゲンナイもまた、愛菜に別れの言葉を告げる。

 すると次の瞬間、優しい光に包まれているウィルスドラモンとゲンナイの身体が発光する。そう、今まさにウィルスドラモン、ゲンナイの2人はデジタルワールドに転移しようとしているのだ。

 発光が終わった後、そこにウィルスドラモンとゲンナイの姿はなかった。現実世界からデジタルワールドに戻ったのだ。

「有り難う……ウィルスドラモン、ゲンナイさん」

 たった1人、公園に残された愛菜は感謝の言葉を呟いている。ウィルスドラモン、ゲンナイがいたからこそ、今まで充実した日々を過ごすことができたのだ。

 デジタルワールドから出現したデジタマを発端として、開始された愛菜とデジモンとの生活。その生活はここで一旦、終わりを告げるのであった

 余談であるが、後日、山陰の地元新聞において、不思議な生物が出現したという記事が掲載された。この不思議な生物こそがデジモンであるとはまだ誰も知らなかった。

 

 デジタルワールドの一件が終わり、日常の生活に戻ることになった愛菜。そんな愛菜は銀行員としての業務を遂行している一方、これまでの戦いや訓練で習得した技術の訓練を続けていた。

 その理由であるが、愛菜の手元にはセント・アメジストが残されていたからだ。これは愛菜とデジタルワールドの絆が続いていることに他ならない。

 何時か遠くない将来において、デジタルワールドと関わる時が訪れる。そう信じている愛菜はデジタルワールドから授けられた力を引き出せるよう、自らを高める訓練を続けているのであった。

 

 あれから、どれほどの時間が経過したのだろうか。

 

 山陰地方の日本海付近の地域に存在する砂丘。この砂丘は山陰地方の地形条件等で誕生した場所であり、休日等では観光客で賑わっている場所でもあった。

 そんな砂丘の一角において、松上愛菜の姿があった。愛菜がここにいる理由、それは愛菜の所有するセント・アメジストの導きによるものであった。

 今朝、いつものように起床をして、朝の身支度を整えていた愛菜。そうした最中、愛菜のスマートフォンに埋め込まれたセント・アメジストが発光を始めたのだ。

 突然の発光の後、セント・アメジストの光はある場所を指し示す。それが愛菜が今いる砂丘だったのである。

「(きっとデジタルワールドが関係しているに違いない)」

 この時、セント・アメジストの光がデジタルワールドと関係していることを確信する愛菜。だからこそ、愛菜はこの砂丘を訪れたのである。

「(今日まで本当に色々なことがあったわね)」

 砂丘で佇んでいる中、今までに起こった出来事を思い出している愛菜。ウィルスドラモンのデジタルワールドの帰還を見届けた後、現在に至るまで実に色々な出来事が起こったからだ。

 その最たる例が現実世界に大量のデジモン達が出現したことである。この時、愛菜の周辺はおろか、現実世界全体が騒然となったものである。

 何故ならば、現在に至るまでの間、デジモンに関する目撃情報は多数存在していたものの、確たる証拠と呼べるものがなかったため、単なる都市伝説の領域として扱わざるを得なかったからだ。

 だが、ここにきて、実体を伴ったデジモンが現実世界に出現したのである。しかも、この世界に出現してきたデジモン達が元々、生息している場所がデジタルワールドと呼ばれる世界であることも公に報道されることになったのだ。

 これまでの間、無視あるいは黙殺されてきたデジモン達の出現、現実世界全体が騒がしくなるのも無理からぬことであった。

 但し、本来であれば、長期間に渡って現実世界が混乱しても不思議ではない事態であるが、驚くべきことに混乱は早期に終結した。

 デジモンのことを知る人間達が混乱を防ぐため、事態の鎮静化に奔走したのである。特にデジタルワールドにおいて、選ばれし子供達と呼ばれている子供達の尽力は大きい。

 その後、世界各国は先進諸国を戦闘にして、デジモン達を受け入れる環境の整備を急ピッチで進めたのである。デジモンの受け入れ態勢の構築であるが、世界各国がそれぞれの利害を抜きに協力した案件であった。

 この世界的な協力の結果、現実世界の各国においては、まだ不十分な面はあるものの、デジモン達を受け入れる態勢を整えることに成功したのである。

 やがて、今までに起こった出来事の回想を終える愛菜。そうした時、愛菜の所有するセント・アメジストに異変が起こる。

 再び、発光を開始する愛菜のセント・アメジスト。それと同時に砂丘の地面から光の柱が伸びる。この瞬間、愛菜は自らの姿勢を正すことにする。

 突然、愛菜の目の前に出現した光の柱であるが、時間の経過と共に消失していく。その一方、消えていく光の柱の中から何者かが姿を現す。

 消失した光の柱の中から姿を現した者の正体。それは毒々しい体色、鋭利な牙が特徴的な1体のドラゴンであった。

 目の前に現れたドラゴンのことを愛菜は知っていた。この時を愛菜自身、どれほど待ちわびただろうか。

 このドラゴンこそ、愛菜が初めて出会ったデジモンであり、貴重な時間を一緒に過ごしてきたウィルスドラモンであった。

 ついに別れの際に交わした約束どおり、再会することになった愛菜とウィルスドラモン。しばしの間、お互いのことを見ている両者。やがて、沈黙を破るようにして、ウィルスドラモンが口を開く。

「ただいま。愛菜お姉ちゃん」

「お帰りなさい。ウィルスドラモン」

 恥ずかしそうにそう告げるウィルスドラモンに対して、優しい微笑みと共に受け入れてみせる愛菜。今という時をどれほど待ち望んだことだろうか。

「これから、よろしくね」

「うん。勿論さ」

 穏やかな表情を崩さずに呼びかけている愛菜に対して、満面の笑みで返事をしてみせているウィルスドラモン。

 現実世界とデジタルワールドの壁を越えて、今一度、出会うことができた愛菜とウィルスドラモン。

 そしてまた、これは世界の壁を越えた絆を結んだ愛菜とウィルスドラモン、そんな2人の新しい物語が幕を開けたことを意味しているのであった。

 

                                      了




皆様。閲覧お疲れ様でした。
今回の話をもってこの作品は完結です。
元々、この小説は私の中で生み出された新規アイディア等を組み合わせて誕生した小説でした。そうした意味では実験的な意味合いも多分に含まれていました。
ちなみに亜空間に取り残された及川はちゃんと生き残っており、「デジモンアドベンチャー02」の最終回で重要な活躍をしてくれます。
最後になりますが、色々と好き放題に小説を創作させていただきました。
もし、私の小説を読んで楽しんでいただければ、創作した者としてはこれ以上にない喜びです。

皆様、本当に有り難うございました!!


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