常世を耽る御狐様の噺 (風邪太郎)
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常世を耽る御狐様の噺

投稿までの流れ:
もうすぐエイプリルフールだぁ!(3/30)
→オイナリサマ題材にして書きてぇ!(3/30)
→ならアカギツネちゃんも書きてぇ!(3/31)
→投稿間に合わねぇ適当に書いちまえ!(4/1)
→エイプリルフール要素はどこ……ここ……?(今)

設定:
オイナリサマとアカギツネちゃんが一緒に神社で暮らしてたら的なお話

最後に:
オイナリサマごめんなさい


春は明仄──とはよく言ったものである。そう感じさせる朝だと、赤褐色の少女は思った。

 

二枚戸の障子を引き開ければ、外のまだ明かり切らない爽やかで淡い碧空を、暖風が麗らかに通り過ぎて行った。小鳥は囀り木々は揺れ、遠くに映る太陽に山岳の地平線と棚引く雲は黄金へと染まる。この景色を、永遠と眺めるのも……などという欲望は、陽光を当てられ覚醒した脳から一片と残らず消えた。春眠に暁を覚えるための、ある意味でのライフワークである。

 

燈芯草の涼しい誘惑を振り払い、布団類を美しく畳んで箪笥の中へ。今の彼女にはいくら怒ったかも怒られたかも覚えぬ慣れた動作だ。鏡を前に洗顔、歯磨き、着替えを済ませ、それらが終われば床面の小さく軋む音を聞きながら廊下を進む。目的地は台所だ。

 

短い道だが歩いているとどうしても時代を錯誤してしまう、この通路。全面が木造であり、縁側もある上、扉は基本的に障子のみ。ならば勿論、彼女に立ちはだかるこの扉の向こう側にあろう台所も、低く見積もって二百年はタイムスリップしたような石畳プラス歴史的調理器具達が……

 

ガラガラ……

 

「……ま、古民家なのはガワだけなんだけどね、ここ」

 

……とはやはり上手くいかないものである。IHクッキングヒーターの三口タイプに、上下に電動で動く大型の食器棚、二段冷凍室完備の大容量冷蔵庫、etc(エトセトラ).「懐かしき古風の香り」なんざクソ喰らえとでも言いたげな科学の結晶たちが、そこに鎮座していた。

 

「おや、何か不満ですか?」

 

ふと、だれにも聞こえないはずだった呟きに応えが来た。どうもこの部屋には先客がいたらしい。

 

少女が声の方を探れば、応えの主は縁側から外観と庭を望む、丁度食卓の方面に、ちょこんと卓袱台を置き、座布団に座っているところであった。白銀とも形容し得る長髪に風を当て、静かな正座で尻尾を揺らしている。

 

「いえいえ、まさか。これのおかげで料理ができる、というかこれ以外の料理器具とか使ったことないんで。んで、オイナリサマは何をしてるんです?」

「貴女が来るのを待っていたのですよ、アカギツネ。理由は解りますよね」

「はいはい朝ご飯ですね、今作っちゃうんで待っててください」

 

『アカギツネ』と呼ばれた少女は手元にあったエプロンを取り、冷蔵庫を開ける。対して『オイナリサマ』と呼ばれた銀の少女は、庭内を舞う二羽の蝶を愉快そうに眺めていた。

 

 

 

 

~十数分後~

 

 

 

 

「「いただきます」」

 

息の合った声とともに、箸を動かす。台に乗せられた朝食は、白米に鮭、漬物、味噌汁と質素ではあるが栄養のある食事だ。強いてあげることがあるとすれば、オイナリサマの味噌汁がアカギツネのものに対し約1.5倍は油揚げが入っているというくらいだが、特に気にする様子は無い。

 

「……ふぅ、このお味噌汁も久々ですね」

「そういえばギョウブさんのとこにいってたんでしたっけ」

「ええ。流石に三日三晩で飲まず食わずだと食事そのものが恋しくなります」

 

涼しい顔で油揚げを二、三枚ほど箸で束ね持ったオイナリサマは、息を吹きかけ冷ましてから口に入れる。驚きと呆れの表情で、アカギツネは漬物をつまむ。

 

「よく生きてましたねあんた……」

「守護けものは伊達ではありませんから。あの子達は残してきてますが、まぁ自炊くらいはできるでしょう。明日には帰ってきますけど」

「はぁ……あれ?器具があるってことですよねそれ」

「ありましたよ、ここと似たような社務所ですし」

 

ピタッと動きの止まったアカギツネの腕と対照的にオイナリサマは漬物を咀嚼する。紫蘇で漬けたキュウリが彼女の頬を通りくぐもった音を出している。

 

「なら料理すれば良かったじゃないですか」

「それほど暇ではないのですよ」

 

ようやく金縛りから解放されたアカギツネは目線を目の前の女性から手元へ移した。滑らかな動きで鮭の身を柔らかく解し、丁寧に骨から分離させる。いくつかの断片となったそれらをつまみ上げる度、箸が皿と接触する短い金属音が連なって響き渡る。

 

「私、オイナリサマが自炊したとこ見たことないんですけど」

「でしょうね、貴女達がいますから。それに私が行う訳にもいかないのですが……もし私が家事を担当していれば、少なくとも油揚げをケチったりはしないでしょうねぇ」

「…………」

 

徒に鮭を運んでいたアカギツネの腕が微かに跳ね、束ね損ねた身がぼろぼろと落ちた。眉間に皺を寄せてその様子を傍観する。

 

「めんどくさいヒト……(ボソッ」

「聞こえてますよアカギツネ」

「うぐっ……なら、なおさら言わせてもらいますけど。私たちの寝室でも境内でもいいんで、偶には掃除でもしたらどうなんです?」

「境内って、自分を祀っているところを掃除してどうするんです。それに、これは貴女達への試練でもあるのです。そういう意味では、私も仕事をしているのですよ?」

「またその話ですか。もう子供じゃないんで、やめてくださいよ……」

「いえ、丁度良いことですし。悪い冗談のお詫びとして、ここで教えと行きましょうか」

 

そう言って油揚げを飲み込むと、カタン、と音を鳴らして箸をおいた。

 

 

 

 

「まず掃除や洗濯等のルーツに逆戻ってみましょう。例えば掃除ですが、これは我々『獣』の持つ行動にすれば何に当たるでしょうか」

「うわ、なんか始まったし……えーと、清潔を保つという面でみるなら猫の毛繕いとかですかね」

「惜しいですね。正解は『縄張りの確認』です」

「縄張り?」

 

両者ともの尻尾がゆらゆらと揺れる。

 

「もう少し奥まで、即ち『何故清潔を保つ必要があるのか』について考えてみるとわかると思います。この場合は掃除なので『何故部屋の清潔を保つ必要があるのか』ですね。貴女は普段から『掃除しろ』と妹たちを叱っていますが、それはどうしてでしょうか」

「それは、うーん……やっぱり自分の部屋くらい自分で管理してほしいからですかね。いつまでも頼られてばっかだと困ります、特にギンギツネ」

「ギンギツネのことは私も気になりますが、ここで重要なのは『自己の管理』についてです」

 

外で風が騒めいた。庭を舞っていた蝶は煽られて、成す術無く押し流されていく。

 

「それくらいはわかりますよ、自分のことは自分でやる。当たり前です。それが何で縄張りにつながるんですか」

「簡単なことですよ。部屋というのは我々にとってのプライベートな空間、一種のテリトリーです。その空間を完全に『管理』することで自分がどれだけの力を持っているのか再確認する。これは縄張りから自分の影響力を認識することと繋がっています。尤も、野生に従うならここから領土拡大・縄張り争いへと発展するわけですが……」

「しませんよそんなこと。これ以上寝室が広くなったって面倒くさいです」

「それが精神的な『自己の管理』です。頑張りの臨界点を事前に把握しているわけですね。普段の試練の成果が出ています、えらいえらい」

「ほ、褒められたものじゃないですよ……」

 

あまりに無意識に褒められたためかつい顔を赤くしてしまう。それはオイナリサマに褒められたことへの喜びもあるが、普段褒められない分の恥ずかしさが大方を占めていた。

 

「結論から言えば、洗濯は毛繕い、料理は単純に食事や狩りに似ますね」

「それで、毛繕いは身だしなみ、狩りは体力管理の面で『自己の管理』であると」

「そう。ついでに言えば、狩りには自分の狩れる獲物のレベルを管理する面もあります。まぁここまで長ったらしく話しましたが、要は日常的な行為は『自己の管理』に集約されるわけです」

 

ちらと横目するオイナリサマのフォーカスに二匹の蝶が当たる。どうも風の方向に抗おうとした結果だろう、進路が逸れて縁側の方まで来ていた。一匹は木張りの床で、もう一匹は地面で静かに止まっている。

 

「てことは家事として試練を与えてるのは『自己を管理しろ』ってことですか」

「ぶっちゃけそうなんですが、管理することで見えてくるものもあるでしょう」

「んー、自分の限界点ってことですか?ってことは……限界点をより高くできるような試練?でも家事でそんなことできないと思いますよ」

「早まってはいけません。確かに限界を超えようと努力するのも重要です。しかしそればかりするのは、脅迫的な不足感に襲われている証拠。努力の前に、せっかく自分の力が分かったのですから、その分自分を信頼することが必要です」

 

やがてまた、二匹とも飛翔して林の中へ消えていく。二人は話に夢中で気づきそうにない。

そう、二人とも(・・・・)夢中だ。

 

「このくらいなら、自分にもできる。そういった自分への信頼、一般にいうところの『自信』は、自分を知ることで生まれるのです。実際、私もそういった自信があったからこそ、三日間の無飲無食を強行できたわけですから」

 

ここまでの話を聞いていて、アカギツネはいつの間にか真剣に考える自分がいることに気づいた。些細なことすら関連性を見出し論理付けられる創造力。誰もが見落としてしまいそうな物を拾い上げ導きの糧とできるのもまた、守護けものが持つ威厳である。

 

「だからこそ己にできることとできないことの境界線を知る。己への無知は自信過剰の蛮勇と変わりません。己がどれだけ自立しているかを確かめる、自分を理解するのは一つの試練なのです」

「なるほど、じゃあ普段のエゴサもその一環なんですね」

「黙らっしゃい」

 

守護けものが持つ威厳である(笑)

 

「んんっ。話を戻しますが、実は自信の有無なんてわかりません。自覚しようにも普段は意識の奥に隠れて日常の中に溶け込んでいるでしょう。それでも自分にできることが解れば、大事の時、判断力が格段に上がる。まぁ、さすがに家事だけでそこまで到達するのは無理がありますけど、入門としては十分です」

 

今日何度目かのそよ風が、二人の隙間を走り抜ける。銀と赤の髪が優しく揺らいだ。遠くで鳥たちが飛び立つような忙しなくはためく翼の音が聞こえる。しかしすべての音は断続的で、二人の声がなくなった今は限りなく無音に近い程に静かだった。

 

「大事の時、ですか」

「現に貴女にはもう、守りたい者たちがいるでしょう」

「いるにはいますけど……」

「ならば彼女ら二人とも、守れるようになりなさい。貴女が彼女らに対しできることの限界点はどこなのか。先ほども言いましたが明日には帰ってきます、今話したことを念頭に接しなさい。きっと、強迫観念故でない、また別の向上心が見えてきますよ」

 

小さな音を立て、オイナリサマは右手に箸を触る。連られて箸をとろうとしたアカギツネだったが、目の前の女性が自分にとってどんな存在であったか思い出し、どうしても言わなければならないことがあると気づいた。なのに、うまく言葉にできない。

 

「さて、お料理も冷めてしまいますしそろそろ……」

 

いや、言わなくては。オイナリサマは『自信を持つことが重要』と言ったのだ、ここで持たなくてどうする。コンマ数秒の苦悩の後、意を決し、アカギツネは口を開いた。

 

「オイナリサマ」

「はい、どうしましたか」

 

オイナリサマは穏やかな声で応える。アカギツネはその雰囲気に後押しされ、深呼吸を挟むと、意を決した表情で──自らの茶碗に伸びるオイナリサマの右腕をつかんだ。

 

「……私の油揚げ、取らないでください」

「……あらら、バレてましたか」

「当たり前です。何年一緒だと思ってるんですか」

 

 

 

今日も、常世は実に平和だ。




オイナリサマの説教へのマジレスはやめてください(震え声)


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