彼が召喚されたのは、冬木から命からがら帰還した翌日だった。
槍を引っ提げて召喚に応じた彼は、からりとした気持ちの良い笑顔で自己紹介してくれた。クラスはランサーだと言う。
名前を聞いた事が無いので正直に告げると、苦笑いされたことはよく覚えている
どことなく幼さを感じる顔立ちだったが、瞳は太陽のようにらんらんとしており、意志の強さを雄弁に語っていた。少年とはいえども、まさしく戦士の顔つきをしていた。
彼の第一印象はそんなところだ。
冬木で共に戦ったキャスターからも及第点を得た。
曰く、少年の体躯は小柄ではあるが引き締まっており、更に頑丈。しかし、柔軟性もあり、言わば獣を連想させる姿をしていると。ランサーとして召喚された自分と張り合うのではないかと。
アルスターの大英雄の口からそう紡がれるほどの英雄などそうはいるまい。及第点どころか合格点突破ではなかろうか。私はそう思った。その思いをキャスターに告げると、不敵な笑みを返された。随分と好戦的な色を滲ませた笑いだったから、多分、うずうずしたんだと思う。クランの猛犬とはそういう男なのだと心に刻んだ。
彼の召喚を皮切りに、続々とサーヴァントがカルデアに現界した。
そこからはとにかく濃厚な日々だった。
文字に書き起こせば延々と書く羽目になるだろう。書かざるを得ない。現在進行でサーヴァントによるしっちゃかめっちゃかな日々を送っているのだ。気の遠くなる作業になること請け合いだ。
彼について書き起こすだけでもとんでもないことになる。
彼はいつだって最前線で戦った。
勇猛な英雄の中でも、特に際立った成果を上げた。
縦横無尽に戦場を駆け回る姿は、まさしく獣のそれだった。
そうして大暴れしていたこともあるが、自分よりも小さな彼が傷だらけになりながらも戦いに身を投じていたことが、記憶の奥深くに刻まれている理由なのかもしれない。
彼はいつだって笑顔だった。
どんなに絶望的な状況に陥ろうとも、決して笑みを絶やすことは無かった。
どんなに傷ついて膝が折れそうな時も、打ちひしがれた心折れそうな時でも、彼は鼓舞し続けた。その姿にどれだけ救われたかは分からない。たった一言、彼が声をかけてくれるだけで戦況は一変した。カリスマとは違う、生きる力というか、人を魂から揺さぶる力。彼はそこが知れない男だと感じた。
『相当強いぜ、俺たち』
彼はいつだってそう言った。
『俺たちは、今まで敵同士だったこともある。折り合いつかなくて離れ離れになったことだってある。いろいろとあったさ。だけど、今は味方同士だ。敵だったらやばい奴らがさ、手を取り合ってここにいる。みんながいるんだ。すげえよなあ、強い奴らが、こんなに頼もしい奴らがたくさんいるんだ。だからさ、相当強いぜ、俺たち』
この言葉が、今までずっと私の支えになってくれた。
きっとこれからも、消えないだろう。
皆がいてくれたから、私はここにいる。一生忘れない。忘れたくない。
彼が紡いだ言葉は、いつも私に宝物を与えてくれる。感謝してもしきれないくらいだ。
いつだったか、彼に何で召喚に応じてくれたのか聞いてみたことがある。
『助けてって、そう願ったんだろ。だから来たのさ』
朗らかに笑って、そう答えた。
英雄らしい回答だと思った。
彼は多くを語らない。
分からないことだらけだ。
ただ、私とそんなに変わらないかそれよりも小さい時から、その双肩に人の命を与っていたのだと考えると、私は問いただす気にはならなかった。
きっと、世界が背負わせた期待に、彼は応え続けたのだろう。何人もの英霊と言葉を交わしたからか、なんとなくそんなことを思ってしまった。
彼にとっては当たり前の世界は、なんて過酷だったのだろうか。
私に同情とか、そんなことはできないけれど。彼が幸せだったのならいいなと、そう願った。
幾つもの特異点を彼と超えた。
勿論、旅の仲間は沢山増えた。
笑いあり、涙ありの、騒々しい旅だった。
一年で駆け回るには広すぎる世界は、美しくて寂しかった。
そこに居るべき人はいなくて、ただ静かな地平と海とがどこかで途切れていて、空は覆われて明るいばかりだった。
一つずつ取り戻せて、本当に良かったと思っている。
特異点を取り戻す度に、お祭り騒ぎをしたのはいい思い出だ。
サーヴァントの巻き起こすどんちゃん騒ぎは苦い思い出だ。
でも、素敵な記憶だ。
旅の終着点への切符を掴み取る最後の特異点、バビロニアは特に思い出深い。
唐突にカルデアに現れた金色と黒の縞模様の変な生き物が、ワシも連れて行けなんて無茶を言うものだから、グダグダな出発になってしまった。
最初は流石に不満だらけだった。
緻密なミーティングを何度となく重ねたのに、とらとかなんとかいう変なやつのせいで予定が滅茶苦茶になったのだから。
とりあえず分かったのは、この生き物はランサーと知り合いだということと、バビロニアにどうしても外せない用事があるということ。あとバーサーカーのクラスだといったところだろうか。
ランサーとは食ってやるだの退治してやるだの物騒な単語の応酬だったけれど、多分仲良しなんだろう。
ランサーが初めて、素の表情を見せたから。
なんとなく打ち解けた私たちは、ウルクの街並みを楽しんだり、賢王様のお小言を頂いたりしつつ、来るティアマトとの最終決戦に準備をしていた。
『マスター、俺はこの戦線で、一人で立ち回ることになるかもしんねえ』
だから、彼の唐突な一言に面食らった。
『ギルガメッシュからは許可を得たよ』
二言目にはボディーブローを受けたような衝撃と似たようなものを感じた。
『…皆と戦えないのは、本当に悔しい。でも、俺はこの日のために召喚されたんだと思う。決着をつけなくちゃいけないんだ』
彼は、今まで自分のことを語らなかった。
もしかしたら、これが最後のチャンスかもしれなかった。
少しでいいから、あなたのことを教えてくれと泣いて縋るにも似たような形で呼び止めた。
『俺にとって、蒼月潮にとって、俺たちにとって、うしおととらにとってはさ、澱んでしまったものと決着をつけるっていうのはさ、必然なのさ』
『そういうこった、ガキ。お前達はせいぜい、誰も死なねえように注意すんだな』
その思いは決して揺るがない強固なものなのだと、その瞳を見れば分かった。
『心配すんなよ、マスター。俺たちは二人で一つさ』
『そういうこった。お漏らしして待っときゃいいのさ』
彼らは不敵な笑みを残して飛び立った。
私はただ見送るしかなかった。
だけど、確信していることがあった。
彼はティアマトに勝つのだろうと。
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「白面とはちがうけどさ、あんたも置いていかれたってことだよな」
金色の獣に跨った長髪の槍兵が、ポツリと呟いた。
「なんちゅうかよお、陰の気っちゅうか陽の気じゃない奴らってのは、なんでこうもおぞましい恰好が好きなのかねえ」
「ま、俺たちと敵対するんだしよ、そりゃあおどろおどろしい格好で驚かそうとするわな」
「そんなもんかねぇ…」
「お前の方が詳しいだろうが」
「うるせえなぁ、もー」
世界が今まさに滅びようとしている中、彼等は軽口をたたく。
絶望なんてものは、何度も感じてきた。
とびっきりのものを何回も体験してきた。
「これで勝てなかったら、滅茶苦茶怒られるんだろうな」
「えらく弱気だなあ、うしお。バカなりにやべえって感じてんのか?」
「な、し、失礼なことを言うない、バカ!」
「なんだとおい!バカっちゅうほうがバカなんじゃコラ!」
取っ組み合いでもしそうなくらいに、険悪な空気になる。
あと数時間もしないうちに特異点を救えなくなるかもしれないというのに、二人はお構いなしだ。
「…まあ、さ」
「なんじゃあ?」
「いつも付き合ってくれてよ、ありがとよ、とら」
「…へん」
「もう一回よ、世界救うぜ」
「あたりまえよ」
今更、絶望して何になる。
歩みを止めてどうする。
下を向いてどうする。
目の前に敵がいて。
命のろうそくは燃え盛って。
希望しか見えていなくて。
その思いに四肢が応えて。
どうしようもない土壇場に立たされているんだったら。
「いっくぜえとらあああああああああああ!!!!!!」
「うるせえってんだよぉうしおおおおおおおおお!!!!!!」
神話を打ち立てるのだ。
誰も敵うことの無い、完膚なきまでの奇跡を。
彼らにはそれができる。
誰が信じなくても、彼らは絶対に成し遂げる。
だって彼らは。
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打ち砕くべきもの
ティアマトとの決戦は、絶望的なものだった。
ウルクの都市は既に壊滅、残存兵は見当たらず。
キングゥの決死の足止めによって一度態勢を立て直したものの、あと一歩のところでとどめを刺せず。ティアマト側とて無傷でないことは確かなのだが、戦力差が歴然としすぎている。どうしても、最後の一手が打てない。
あと少しなのだ。しかし、もはや敗北が濃厚なものとなった。
それでも、ティアマト側も決定的な一撃を出せずにいる。
「おぉぉおぉぉぉぉぉおおおお!」
「ええい、そろそろ倒れんか!」
「とらあ!さぼってんじゃねえぞ!」
「さぼっとらんわ!数が多すぎて捌き切らんのじゃ!はやく手伝えってんだ!」
「こっちも手一杯なんだよ、くそう!」
最前線を縦横無尽に駆け回る獣が二匹。
たったそれだけの戦力が、侵攻を食い止めている。
当然、他にも戦っている者はいるが、誰が主戦力でありこの戦いを左右するのかは分かり切っている。そして、もはや限界が近いことは明白であり、最後の砦もいよいよ崩れ去るだろう、時間の問題だ。
それでも、ただ一人、王城から二人をまるで見定めるかのようにしている男がいた。
「…なるほど、我の瞳をもってしてもとらえきれぬのはそういう道理か」
「ギルガメッシュ…?」
「面白い、面白いぞ!よもやこれほどの、我を戦場に駆り立てるに足る豪傑が現れるとはなあっ!」
この絶望的な状況でもくつくつと笑っている。
瞳がらんらんと輝き、致命傷を負ったとは思えないほどの生気が溢れている。
けっして虚勢ではない、けっして見掛け倒しなどではないと、肌で感じる。
最古の英雄が、最古の王が、ふたたび戦士として目覚めたのだ。
あの二匹が。
「さて、異界の者よ。真髄を見せよ、そして討ち果してみせよ。その因縁に見事決着をつけるがいい!」
彼の声が聞こえたのだろうか。
閃光が奔り、雷鳴が鳴る。ほんのひと瞬き。
たったそれだけの間に、地も空も埋め尽くしていた大群が消し飛んだ。
あのティアマトも体勢を崩した。
突風が吹き抜ける。遅れて血の匂いが漂う。そして、千切れてしまった飛行型のラフムが城壁に叩きつけられる。あまりの数に城壁が真っ黒になった。海からここまではそうとうな距離がある筈だ。先ほどの攻撃が一体どれほどの威力だったのか、夥しい数の骸が雄弁に語っていた。
「うそ…」
「なに、出し惜しむ必要はないぞ。我が何の備えもしていないと思うか、獣よ」
横に立つギルガメッシュが不敵な笑みを浮かべて呟いた。
すべてを見た人。彼には、何が見えたのだろうか。
この声が聞こえているのだろうか。
それは疑わしいが、どう見ても二匹の動きが先程よりも激しい。ティアマトを守るかのように集合したラフムを蹴散らし、ただただ真っ直ぐ突き進んでいる。
風のように速く、激流のように呑み込み、嵐のように巻き上げ、雷のように轟き、獣のように激しく。
そして、決着は一瞬だった。
「白面―――――!」
二匹の槍が、胸に穴を開けた。
彼女にとっては、それほど大きな傷ではない。先の戦いでも、同じような傷をつけたが、すぐに塞がった。一切勝負にならなかったというのに。
「-----------!」
「泣くな、決別は済ませたであろうが」
ティアマトが崩れていく。その体は灰のようにボロボロと朽ちていく。
あの二匹がやったのだ。
「ギルガメッシュ…」
「労うならばあの二人だ。我を称えるのは当然のことだが、戦場にて武功を上げた戦士に褒美を与えるのが先だ」
「あ、はい」
「しかし…白面か。面白い名を聞いたな」
「白面、ですか」
「二人に聞け、我ではすべてを見るには遠すぎる故な」
うしおととらの二人は、ボロボロの様相で戻ってきた。その顔は、いつもの特異点解決を喜ぶ顔ではなく、しかし笑みを浮かべている。
「ありがとう、二人とも」
「よせやい…王様とキングゥがいなくちゃいっぱいいっぱいだったよ…俺たちはそのおかげでたどり着けただけさ」
「それでも…」
「へへ…俺たちは相当強いって言ったろ。俺じゃなくて、俺ととらだからでもなくて、みんなが強かったから勝てたのさ。だから、みんなにありがとうだ」
「うしお…」
「王様も、最後までありがとう。あんたのおかげで、賭けに出れたよ」
「当然だ。いつ突っ込むのかと待ち構えていたのだがな」
「…そっか」
「なに。白面との決着がついたのだからよかろう」
「…ああ」
神妙な顔をして二人が見つめあう。張り詰めた空気が漂うが、カルデアからの通信で緊張の糸は切れる。
「一帯の魔力が安定してきてよかった。そろそろ戻れるからね」
うしおがへらりと笑い、ギルガメッシュが苦笑して話は流れた。
白面という言葉について聞くことはできなくなってしまった。
そんなことがありつつ、バビロニアの特異点は幕を閉じた。
新たな謎を残して。
「ティアマトと白面、だっけ。なにか因縁でもあるの?」
ソロモンが待つ時間神殿に向かう数日前、なんとなく聞いてみることにした。
純粋な疑問である。彼らは少なくとも近代の英雄だ。神代の終わり、神との決別に関わっているとは到底思えない。東洋と西洋だ。そもそもとして生まれも違う。無関係だとしか考えられない。
「因縁、に近いもんだろうな。いろいろと複雑だから、説明してもチンプンカンプンになるとおもうんだよなあ」
「そうなんだ」
「うん。まあ、そんなに重大なもんじゃあないし、気にしないでくれよ」
「気になる」
「まあ、そうだよなあ…」
うしおは苦笑いだ。
いつもはそんなに質問を嫌がることは無いのだけれど、今日は渋々と付き合っている感じが滲み出ている。珍しい。
それを察したのか、ふわふわと辺りを漂っていたとらがにんまりしながら口を挿んできた。
「うしおは馬鹿だからよおー、説明できないんだよ」
「とらっ!」
「なんだよ!ほんとのことだろうが!」
「本当のことでも言わんでよろしい!」
「だー、槍をしまえ槍を!そんなに怒らんでもいいだろうが!」
退散ー、と叫びながらとらはどこかへと行ってしまった。
うしおは槍を持ってとらを追いかける。
ちびっ子たちが一緒に走り回っているのか、かわいらしい声が響き渡る。
遠くからエミヤの怒鳴り声が聞こえてくる。
カルデアの廊下はいつも騒がしい。
「はぐらかされちゃったか…」
私といえば、ポツンと取り残されてしまった。
真相を知るのは、まだ先になりそうだ。
いつか、教えてくれるだろうか。
いや、多分そんなことは起こらないのだろう。
「なにせ、白面は大陸を破壊しつくした化物ですから」
なんて話、人様に進んで話すようなものではないし。
戦闘描写が全然書けなくて、形容詞で誤魔化すという逃げ。
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おまけ的なやつ
接触
短いです。雑です。
「あのお、うしおさん? 誠に申し訳ないのですけれども、できる限り距離を置いてもらえます? あ、いえ、うしおさんが何かやったとかではなくてですねえ、その、宝具というか魂というか? 玉藻ナイン的にトンでも特攻がついてる気配がビンビンなのでちょっと近寄れないと言うかですね、魂が心からやべえって警鐘を鳴らしてるんですよね? いや、本当に申し訳ないのですが、これ以上近寄ったら即刻座に返されそうなので勘弁してくださいお願いします」
いつもみこっとしているキャスターの玉藻は冷や汗を垂れ流し、平身低頭懇願する。いつもの余裕ある姿はどこにもない。
「みこっとサマーにお召しかえしたわたくし玉藻、ランサーとして日々邁進しようかと思っていたわけですが、その槍がある限りMVPなんて夢のまた夢ですねえ…あ、こっちに向けないでください。ジュワッって逝っちゃいます、ジュワって。並行世界の玉藻っぽいような九尾っぽいようなのが首降って降参しろって言ってる気がします」
水着姿がまぶしい方の玉藻は、パラソルを盾にじりじりと後退り距離を取る。
「キャットはなます切りにされるのはごめんだワン」
頭がバーサークな玉藻は天井に張り付き毛を逆立てて威嚇する。
「お、大江山の首魁であるこの我に…あ、た、戯けぇっ! 近寄るな近寄るなぁ! 即刻去ね!」
大江山の首魁は酒吞童子に泣きつく。
「ぎゃああああああ‼‼‼ 酒吞‼‼‼」
夏仕様となった首魁も同じく酒吞童子に泣きつく。
「と、とろかさんといてほしいなあ」
暗殺が得意な方は引きつった笑みを隠し切れず。
「二度とその面見せないでほしいどすなあ」
護法少女は冷たくあしらう。
「ひいい、姫、引き籠ってただけだから! これといった悪いことしてないから! お城で起きた諸々は勘違いだからぁっ! ま、まじで勘弁、勘弁してください!」
引き籠っている方はこたつの中で震え。
「姫、アーチャーなんですけど! とんでもないダメージ入っちゃうんですけど!」
引き籠りを脱却した方はクラス相性に絶望し。
「妖を滅する槍…なるほど、風魔に伝っていた話は本当だったのですね…あ、うしお殿、近づけられると、ちょっと…いえ、だいぶ困るので離れていただくと…」
バーソロミュー特攻持ちの忍者頭領は興味津々ながらも距離を置き。
「お屋形さまぁ! 千代女、座に帰りたくありません!」
美少女忍者は嘆き悲しむ。
「な、なんであの槍がこのカルデアにあるのじゃーーーー‼‼‼」
のじゃろり皇帝は泡を吹いて気絶する。
日本に縁のあるサーヴァントの中で、特に平安や戦国で名を馳せた英雄達は、こぞって蒼月潮とその宝具を恐れた。それはもう、いままで見たことがないほどの怯えようだ。時には中国のサーヴァントも我を失うほどに取り乱す。一騎当千、百戦錬磨、万夫不当の英霊がこぞってこの様なので、マスターと潮は苦笑いするしかない。
「うーん…潮君は日本のサーヴァントだから、すぐに打ち解けられると思ったんだけどなあ…」
マスターは想定外の事態に頭を悩ませる。
最初期から最前線で戦い、人理救済に死力を尽くしてきた潮だが、打ち解けているサーヴァントは意外と少ない。仲が悪いと言うよりは、一方的に苦手意識を持たれているのだ。
特に、人ならざる者の力を持つものとは相性が悪い。日本も西洋も関係なく、だ。
戦闘時は協力できるのだが、日常生活ではぎくしゃくとしたやりとりとなってしまうことがほとんどだ。
「まあ、仕方ありません。『獣の槍』の力は、妖や妖の血を引く者にとってはトラウマですから。いくら潮殿が手綱を握っているといえども、こればかりはどうしようもありません」
「そうなんだよなあ、こればっかりは仕方ないよ」
「でも、巴御前は特に問題なく話せてるけど、なんで?」
「ああ…生前、ちょっとした恩を受けましてね」
「へえ…潮君が何かしたの?」
「いえ、槍と、それにまつわる生き物から、生きる意味を諭してもらったのです」
「ああ…あの『とら』とかいうサーヴァントね」
バビロニアの特異点で急に現れ、ソロモンの撃破が終わるとさっさと座に帰っていった不思議なサーヴァントがいた。潮や他のサーヴァントと浅からぬ因縁があるらしいが、詳細については皆が口を濁すため、わかっていない事が多い。基本的には好意的な意見が多いようだが、混沌・悪など、人類とは相容れない関係のものからは辛辣な意見が述べられる。
いまだに何を縁にして召喚されたのか分かっていない潮ととらについては、彼らの話がヒントとして活用されることがあるが、いまだに真実に行き着くことができていない。
「なんか、インドのサーヴァントには複雑な顔されるよね、とらの話すると」
「まあ、あの方は何と言いますか…扱い辛いお方でしたから」
「うーん…ちょっと、複雑な事情があるんだ、はは…」
巴はくすぐったそうな、どことなく嬉しそうな顔をする。
潮は苦笑いだ。
潮ととらの昔の話を深堀しようとすると、のらりくらりとかわされる。
しかし、藤丸には予感があった。
最終決戦を終え、四つの亜種特異点を治め、カルデアを退去する日をゆるりと待つ今だからこそ、詳細を聞き出せるのではないかと。
そして、事実、その予感は正しかった。
「その、さ…複雑な事情って、カルデアに召喚されたことと関係あったりする?」
あの決戦の日、潮ととらはたった二人でティアマトを打ち破った。
カルデアに英霊は数いれども、そう簡単に成し遂げられることではない。むしろ、成し遂げてしまう方が異常ですらある。
そんな彼らが、召喚された理由。召喚に応えられた理由。
「まあ、そうかもしれん。とらの生まれはインドだしね」
「へえ、インド!」
「そして、まあ…とらと深い因縁を持った…誰かと一緒に生きることを許されなかった…俺たちが滅ぼしたのは、そんなやつだったから」
「許されなかった?」
「うん…『白面の者』。俺たちがカルデアに召喚されたのは、こいつと関係があるんだと思う」
言及されていないサーヴァントがいる?
そんなことはない。そんなことはない。
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Obey
「白面の者?」
「そう、いわゆる九尾の狐だ」
廊下から食堂へ場所を移して会話は続く。
昼食の時間を過ぎた食堂の利用者は少なく、厨房を掃除するエミヤとタマモキャット、束の間の休憩時間に一息つく数名の周回メンバー、交代時間を利用して休憩するカルデアスタッフが5名ほど利用しているだけだ。
先に滞在していた彼らと軽く挨拶を交わした潮と立香は、エミヤに紅茶を頼み、食堂の奥、壁際の席に居座ることを決めた。
日頃は快活な笑みをこぼす潮だが、今日の彼の表情はいつになく真剣だ。
「つまり、タマモシリーズ的なやつってことだよね?」
「うーん、俺の知ってる九尾とこっちの九尾とはちょっと違うけど、まあそうだよ。中国で大暴れして、日本にも来た大妖怪ってところは一緒かな。細かいところはいろいろと違うから、説明が難しいけど」
「ふーん…?」
「まあ、俺もその辺詳しく理解できてるわけではないから、この説明で合ってるかわかんないんだけど…世界が光と闇に分かれたときに闇側の世界に住むことになったのが白面の者なんだ。メソポタミアのティアマトみたいな感じかな。俺が中学生の時に白面も目覚めて、退治することになったんだよね。その鍵になったのが、この獣の槍なんだ」
「なるほどね。つまり、白面の者は人類悪みたいなものなのか。ティアマトと近い存在だとしたら、かなりの神性持ちだよね…すごく苦労したんじゃない?」
「そうだね…日本が戦場になったんだけど、戦える人全員が力を合わせてようやく槍がとどいた…それくらいに強かったよ」
潮の顔は暗い。
カルデアに召喚された英霊たちは、誰もが過去を振り返るときに何かを悼む顔をする。
彼らは後悔はないと言う。しかし、過去を振り返れば傷の一つや二つはあるはずだ。それは彼らを苦しめたりするだろうが、その傷があるからこそ彼らは英雄なのだろう。程度はどうであれ、何かを背負て生きるとはそういうことなのだろう。
「潮君は凄いね…やっぱり、年が近いのもあるのかな。君が世界を背負って戦ってきたんだって思うと、こう、胸が熱くなるよ」
「そうかい? それは、なんか恥ずかしいな…」
「でも、世界を混乱に陥れた白面の者って、どれくらいやばかったの? いや、ティアマトみたいなものって聞けば、そりゃあとんでもないんだろうってのは分かるんだけどさ」
「うーん…説明は難しいな…一番やばかったのは、日本が沈みかけたことかな」
「沈む…?」
「白面は日本の地下深くに封印されていたんだけど、目覚めた影響で地盤がガタガタになっちゃってさ、地震と津波がひっきりなしに日本を襲うようになっちゃって。危うく沈むところだったんだぜ」
「それは、なんとも…人理焼却レベルだね…」
「あはは…いや、笑い事じゃないか。とにかくやばかったよ。白面の手下もすごい数いたし、味方の妖怪達は日本を支える柱になってしまったし…」
立香は絶句した。
潮はこの年で一体どれだけの重荷を背負っていたのだろうかと思うと、涙すら出てきた。
いつも明るい彼だが、その笑みの裏には想像を絶するような戦いと別れとがあったのだ。
「泣くなよマスター。俺は、自分のやってきたことに後悔はないぜ。救えなかったものとか、取りこぼしちまったもの、分かり合えなかったものとか、そりゃ色々あった。だけど、それでよかったんだと思ってる。生きるって、そういうことなんだと思うんだ。みんな一生懸命に、精一杯に生きてきたんだ。生きる世界が違う誰かと出会ったとき、正しいことと間違ったことはぐちゃぐちゃになっちまうことだってある。でも、自分が正しいと思ったことをなせばいい。それをみんなに教えてもらったんだ。カルデアのみんなにもお世話になりっぱなしさ。もちろん、マスターにもな。人理修復とか、聖杯とか、難しいことはやっぱりわからないまんまだったけど、いままでお世話になった皆のことを守るために戦えたってことは分かる。みんなと戦えてよかったなって思ってるんだぜ、マスター!」
「む、むず痒いなぁ…」
「まったくだ、そこまで褒められると流石に恥ずかしいぞ、潮君」
「お、ありがとうなエミヤさん」
潮の言葉に涙が止まらない立香と、苦笑いしながら紅茶を注いでくれるエミヤ。
食堂の奥にいるとはいえ、泣き声というものは響くものだ。その場にいるものは視線を向けたり、聞き耳を立てたりする。
「おっと、流石に目立つな。マスター、場所を移すか? もしも移動するならば茶菓子を包むが」
「大丈夫、ちょっと感極まっちゃっただけ。それに、聞かれて不都合なことはないからこのままでいいよ。よかったら、エミヤも一緒にお茶しない?」
「む、ではお言葉に甘えるとしよう。彼に聞きたいこともあるしな」
「お、いいぜ! あ、でも難しい話はよしておくれよ、説明へたくそだからさ!」
「ふむ、了解した」
厨房の方は夕飯の仕込みも終わったようなので、暇になったエミヤも誘って会話を続けることにした。
タマモキャットも呼ぼうかと思ったが、エミヤと入れ替わりで厨房に入ったブーディカとなにやら談笑をしているようなので三人でのんびりと紅茶を味わう。
唇を潤したところで、エミヤが口を開く。
「潮君、前々から聞きたかったのだが、君の使う槍は一体何でできているんだ? 解析してみたが、鉄や青銅といったものとは違うものが混じっている。確証があるわけではないが、魂が宿っているのか?」
一瞬だが、潮はどう説明したものかといった顔をする。
しかし、自分の中でうまくかみ砕けたらしく、古来の中国に伝わる魔を滅する槍の作り方を簡単に説明し、獣の槍はそれに由来することを語る。
「獣の槍は妖怪に家族を殺された兄妹がその怨念を込めた槍だ。文字通り、その身を捧げて作られた槍でさ、とにかく妖怪には恐れられていたんだ。玉藻さんとか酒吞童子が怖がるのはそのせいだろうね」
「人身御供ということか…なるほど、解析が弾かれた理由がわかったよ。人ならざるものの力を拒絶するのであれば、当然、私達英霊の干渉を嫌がるわけだ」
「あ、誤解しないでほしいんだけど、二人はもう見境なく妖怪を襲ったりしないから大丈夫だぜ! 仲良くしたいことをちゃんと伝えればいいから!」
「そうか、では、今後ともよろしく頼む」
「よろしくね!」
「おう、二人ともよろしくってさ!」
会話は続く。
潮の冒険の話、エミヤの豆知識、立香がイベント中に経験したこぼれ話など、すっかり語りこんでしまい、気づけばレイシフトの時間となっていた。
「じゃあ、僕はレイシフトしてくるよ。遅くても夕食までには帰ってこれると思うから、心配はいらないよ!」
「わかった! 気を付けて行って来てなマスター!」
「了解した。道中小腹がすくだろうから軽食を包んでやろう。ちょっと待っていてくれ」
それぞれが自分の役割を果たす時間が来た。
マスターはレイシフト、エミヤは夕食の準備、潮は子守りだ。
「じゃ、また夕ご飯のときにね!」
「ああ、行ってらしゃい!」
なんてことのない、いつものカルデアの日常がそこにあった。
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「どう思う、ダヴィンチ女史」
「うーん、マスター君のおかげでいろいろと情報が引き出せたけど、やっぱり彼については分からないことが多いなぁ」
場所は移り、ダヴィンチの工房。
そこではエミヤとダヴィンチが先ほどの潮の会話をもとに彼が何者なのかを突き止めようとしていた。
彼が悪人でないことは7つの特異点を超え、ソロモンと対峙した人理修復の旅の中で分かっているが、はっきりとした来歴はいまだに不明なままだ。彼の口から語られる情報がすべてであり、それ以外のことは全て憶測である。
「彼がこの世界の人間でないのはハッキリとしている…まあ、並行世界の英霊だと考えるのが妥当だろうね。白面の者についてはウルクの賢王が何か知っているみたいだけど教えてくれないし、獣の槍も該当する文献がない。潮君がカルデア側の人間であること以外はさっぱりだ」
「まあ、そうなるか…」
「憶測に次ぐ憶測でしか彼の存在については語ることができないのだけれど…おそらく、ガイアやアラヤが深く関わっているとしか言いようがないね。槍は神性特攻、それもビーストを一撃で屠りさることも可能な程に強力なものだ。獣の槍の伝承の他に、神殺しの逸話を持つ宝具の概念が多数付与されていると考えたほうがいいかもね。近代の英霊だろうけど、彼のいた日本は魑魅魍魎が跋扈する世界だったようだし、我々の知る20世紀とは分けて考えたほうがよさそうだ」
「抑止力として彼は呼ばれたと考えるべきか…ランサーのクラスだと自称しているが、実際は別だと思っていたほうがよさそうだな」
「まったく…研究者の好奇心をくすぐるねぇ、調べれば調べるほど面白いよ…」
「研究熱心なのは結構だが、限度はわきまえたまえよ」
「まあ、気を付けるとも」
仲が深まるほどに、謎も深まっていく。
蒼月潮の存在は、カルデアに何をもたらすのだろうか。
これでいいのかしら。
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