ふたりは断罪黙示録 (弐式炎雷)
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第失笑章 冗長でくどいチュートリアル
#01 ふざけるな!


 

 ナザリック地下大墳墓。第九階層にある『円卓の間』にて。

 

たっちふざけるな!

 

 白銀の全身鎧をまとう『たっち・みー*1』は激高し、巨大なテーブルに拳を落とす。

 打撃音と共にダメージを示す数字『(ゼロ)』がポップアップし、すぐに消える。

 この行為に彼のすぐ近くの椅子に座っている黒い山羊に似た姿を(かたど)る人型のプレイヤー『ウルベルト・アレイン・オードル*2』が両手を横に広げて肩を(すく)める仕草を取る。

 

ウルベルト「まだそのセリフは早いですよ、たっちさん」

たっち「えっ? そうでしたか?」

 

 少し仰け反るリアクションを取るたっち・みー。

 オーバーな反応に呆れたのか、ウルベルトはその行動には何も指摘しない。

 

ウルベルト「ええ。……それ、ギルド(マスター)であるモモンガ*3さんが言うセリフですよ。あと、ヘロヘロ*4さんもまだ来ていません」

 

 円卓に用意された椅子は四一脚。埋まっているのはたっち・みーとウルベルトの二つのみ。

 たっちは円卓を見渡し、納得の意味を込めて小さく頷く。

 部屋は明るく、壁面中央にはギルド武器が宙に浮いたまま横方向にクルクルと回り続けていた。

 

たっち「多くの『オーバーロード』作品では定番と化し、今や古典芸能とまで言われるように……」

ウルベルト「……ここ最近はこの定型文(テンプレート)も使われなくなってきた模様ですよ。……さすがに書き写しレベルが横行し過ぎた為に飽きられてしまったのでしょう」

たっち「でも、定番のNPC(ノン・プレイヤー・キャラクター)達による忠義の儀式は未だにやっているようだし、カルネ村での攻防もあるようですね」

 

 まだ『ユグドラシル』のゲーム内での出来事である筈なのに転移後の話しを始めるたっち。すぐさまウルベルトは呆れたが、指摘はしなかった。

 それは指摘する行為もまた虚しいくらい繰り返されてきたからだ。

 

ウルベルト「……もう転移後の話しですか? それより我々の現代の話しをすべきではないでしょうか?」

たっち「異形種が主役の作品なのに現代社会の話しをしても面白くないと思いますよ」

ウルベルト「……お前が言うな」

 

 心底呆れた、という態度で憤慨するウルベルト。

 これは彼が警察関係者であるために憤慨したのではなく、正義を標榜するクセに陰湿な行為も辞さないところが非人間的であるからだ。だからこそウルベルトは彼の発言に対して嫌悪感を抱く。それが偶々(たまたま)漏れ出てしまった事による発言である。

 世界最強の男とも言われるたっち・みー。見た目からは想像できない圧倒的な力は数多(あまた)のプレイヤーに振るわれてきた。

 弱者を守る意味では正しい(おこな)いだと言える。けれども、ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』の原点たるクラン『ナインズ・オウン・ゴール』を作り上げたのはたっち・みーだ。

 変態プレイヤーの頂点に居るという意味を思えば呆れるな、というのは無茶以外の何物でもない。

 

ウルベルト「……失礼。正義を振りかざすたっちさんとしてはゲームより現実を取ると思っていましたよ」

たっち「それはそれ、これはこれです」

 

 あっさりとした言葉にウルベルトは項垂(うなだ)れる。

 『立て板に水』、『(ぬか)に釘』という言葉を浮かべつつ。

 それからほどなく部屋に新たな来客が『転移(テレポーテーション)』の作用を持つアイテムによって現れる。

 この部屋はギルドメンバーのみ転移疎外を受けない仕様になっていた。しかし、事前連絡がない場合が多いので大抵は驚かれる。

 もし、頻繁に入れ替え作業があればたっち達も驚いたりはしない。

 

ウルベルト「……てっきりヘロヘロさんが来ると思ってましたよ」

 

 空席だった椅子に座るのは影で出来た人型のクリーチャー『フラットフット』であった。

 二次元生物の様な様相で横を向くと消えたように見える。

 『影の悪魔(シャドウ・デーモン)』の上位種族であるプレイヤーだ。

 彼が何か喋る前に他の空席も埋まっていく。

 

たっち「あれー。いつならモモンガさんとヘロヘロさんの二人だけなのに」

フラット「あー、私は様子を見に来ただけです」

ウルベルト「いやいや。もう少し居て下さいよ。せっかくギルドメンバーが()()()()居るんですから」

 

 そんな事を話している間に桃色の粘体(スライム)『ぶくぶく茶釜*5』と半魔巨人(ネフィリム)『やまいこ』と全身が口で覆われたような毒々しい色合いの人型モンスター『ベルリバー』が現れた。

 それぞれ自分以外の存在に気づいて驚きを現す。

 表情を変化させられないので態度だとオーバー気味になってしまうが今更な話しである。

 それぞれ自分の今の心境を『感情(エモーション)アイコン』によって示していく。

 

ぶくぶく「この度の不祥事は全て愚弟の仕業です」

 

 大きな効果音が部屋中に響き渡る。それに伴い不快に感じたメンバーが『怒』の感情(エモーション)アイコンを表示していく。

 

たっちそうだったんですか!?

 

 たっちは大きな声を出しながら驚きを示す。しかし、それは演技だと他のメンバーは理解しているので誰も乗らなかった。ウルベルトを除いては――

 (ウルベルト)は都合上たっちの相方の様な存在である。ボケに対して突っ込みを()()入れるのが様式美。

 

ウルベルト「……そんなわけないじゃないですか」

たっち「テンプレは大事だと古事記に書かれていますからね」

ウルベルト「いいえ、ここは続日本紀(しょくにほんぎ)です」

 

 毎回の事とは言え仲がいいな、と思いつつたっちとウルベルトのやり取りに口を出す者は居なかった。

 ここで部屋が暗転し、すぐに再点灯すると空席の数が減っていた。その中には黒い粘体(ヘロヘロ)の姿があった。

 ウルベルト達が改めて会話を始める頃合いに主役たるギルド長『モモンガ』が登場する。

 

モモンガ「……おぅ。まさかこれほど集まっているとは……」

 

 ゲームを始めて十二年。引退していったメンバーが大勢居たはずなのに、これはどうしたことかと大袈裟に驚くモモンガ。

 異形種だけで構成されたメンバーの中において『死の支配者(オーバーロード)』という種族の身体を借りて動かす彼の存在は見事に違和感なく溶け込んでいた。

 本来ならばヘロヘロと二人っきりになるところ――

 これは夢か幻かと何度も辺りに視線を向けるモモンガ。

 

たっち「今回は我々が主役らしいので」

モモンガ「……俺じゃないんですか?」

ウルベルト「いつも二人寂しく円卓の間でやりとりしているのは(しの)びないという配慮ですよ」

たっち「しかも『台本形式』という挑戦的な手法です」

ウルベルト「……脚本形式とも言いますが……。演劇っぽくて、わざとらしい表現が鼻につくかもしれません」

 

 モモンガ。たっち・みー。ウルベルトの三人だけにスポットライトが当たり、他のメンバーは暗い(とばり)が落ちたように静まり返る。

 

ウルベルト「このように」

たっちガヤ(喧噪)も消える。この辺りはドラマを視聴したことがあれば理解しやすいかもしれませんね」

ウルベルト「喋るたびにコロコロ視点が切り替わったりする手法が視覚的に苦痛になったりしますけど」

モモンガ「円卓の間に謎仕様!? それは充分に驚きましたけれど……」

たっち「では、早速……。(テーブル)を強く叩いて『ふざけるな!』って言って下さい」

ウルベルト「ヘロヘロさんはまだそこに居ますからダメでよ」

 

 何のことかまだ理解できていないモモンガはたっちの言葉に従いそうになった。

 拳を下ろそうとする彼にウルベルトは優しく語り掛ける。

 

ウルベルト「……ただまあ、我々はモモンガさんとヘロヘロさんのやり取りを嫌というほど聞かされていて飽きているんですよね」

たっち「そらで書けるほどに見事なトレース具合でした」

ウルベルト「それなら不評で定評のある『台本形式』にて新たな切り口に挑戦しようということになりまして」

 

 たっちとウルベルトが仲良く喋っている事に驚くモモンガ。それと少しずつ気持ち的に嬉しさがこみ上げる。

 見た目は白骨死体のアンデッドモンスターであるが中身は様々なものが詰まった『人間』のプレイヤーである。

 ここがゲームの世界でなければもっと仲間と語り合いたいと思っても不思議は無い。しかし、モモンガは知っている。

 今日がゲーム『ユグドラシル』のサービス最終日であることに。そして、この会話のやり取りもあと少しで終わってしまう。

 感慨と寂寥。ゲームキャラクターの身では細かい心情は表現できないのが一番の心残りだと――

 

モモンガ「……ああ。今日は何という幸運なのだ。俺は今……、猛烈に……」

たっち「どうせ転移するから感動はもう少しとっておいてください」

モモンガ「……あ、はい。このやりとりもかなりの数が出回っているんですよね?」

 

 たっちの言葉にすぐさま対応するモモンガ。

 現実の世界で様々なクリーム対応などに追われている彼にとっては造作もない。

 場の空気を読める男『モモンガ』こと本名『鈴木(すずき)(さとる)』の処世術。

 

たっち「そういうわけじゃないんですけど……。我々が主役なので。『カルネ村』まで駆け足で攻略しませんか?」

モモンガ「もう行く先が分かっている!? しかも攻略方法まで確立されている!?」

 

 転移先の世界。このフレーズだけで嫌な予感しかしないモモンガにとって未知の情報は不安要因でしかない。

 しかもなんだ、と追加で疑問に思う。

 どうしてゲームが終わるのに次があるようなことを言っているのだ、と。

 本来ならば意味不明のやりとりだ。しかし、たっち達は()()を熟知しているかのように落ち着いている。それどころか他のメンバーも同意の合図として頷いていた。

 

モモンガ「……今日は誰かの誕生日でしたか?」

たっち「いいえ。ユグドラシルが終わる日以外は何もないですよ」

ウルベルト「数日後にリアル世界が終わる予定かもしれませんが……」

 

 不穏な単語を織り交ぜる様子を見た他のメンバー達は思った。

 たっちさんといいコンビだ、と。

 鳥型異形種である『ペロロンチーノ*6』は拍手で感動していた。すぐさま姉である『ぶくぶく茶釜』にうるさいと言われ、張り倒される。

 

ヘロヘロ「時間が押し迫っていますので……。俺のセリフは無しでも構いませんよ。……全てのセリフを把握されているようだし」

 

 黒い触腕を振りながら椅子に座ったままヘロヘロは気さくに言った。

 普段目立たないメンバーに出番を譲る。おそらく『オーバーロード』作品の中で一番セリフに恵まれているのは自分ではないかと思ったからだ。

 言うべきセリフは会社の愚痴と健康。それを今更言ったところで面白いわけがない。

 

ヘロヘロ「なんなら俺がテーブルを叩きましょうか? 普段と違った行動を取ったら別の世界に行けるメンバーが増えるかもしれませんし」

ウルベルト「そこまで気を使わなくて結構ですよ」

 

 ヘロヘロはメンバーで唯一最後までモモンガの相手をしていた存在だ。彼を(ないがし)ろにできる者は誰一人として存在しない。

 本当ならもっと多くのメンバーは引退したまま円卓の間に来なかったのだから。

 

モモンガ「でも、最後の日に多くの仲間に囲まれて俺は幸せです」

たっち「別にモモンガさんに会いたいわけじゃないと思いますけどね」

ぶくぶく「ゲームばかりしていても腹は膨れませんから」

ペロロン「でも、いいの? ヘロヘロさん。折角の見せ場なのに」

ヘロヘロ「運が良ければ長大な休暇を得られるんです。それに聞き飽きたでしょう? 今更聞きたいですか? 単なる愚痴を」

スーラータン「……セリフの無い我々も出番が欲しいです」

死獣天朱雀「物凄い設定持ちの筈なのに未だにセリフも姿も出させてもらってません。なんとかしてほしいです」

チグリス・ユーフラテス「最近は獣王メコン川さんのことが出たらしいですね」

獣王メコン川「……ああ。ルプスレギナ*7の事でしょう?」

 

 ワイワイガヤガヤと賑やかさが深まってくる。その間にウルベルトは自身のコンソールを開いて現在時刻を確認する。

 残り時間は一時間を切っていた。このまま無駄話しに華を咲かせていてはそれだけで終わってしまう。

 ここで緊張を深めるためにBGMを速めた。

 

ウルベルト「我々がここで無駄にお喋りしても進展はありませんよ」

モモンガ「そうですね。では、第一〇階層に行きましょうか。……何故かメンバーが全員揃っていますけど……」

 

 揃っていると言っても原作未登場分は黒いシルエット状になっていて言葉は発せられない。

 何らかの行動アピールをしている。しかし、残念ながら誰も何を表現しようとしているのか理解できなかった。

 そして、そのすぐ後に場面が暗くなってきた。完全に暗くなるまでモモンガ達は頑張って会話を続けていた。

 

 

*1
CV 置鮎(おきあゆ) 龍太郎(りょうたろう)

*2
CV 吉野(よしの) 裕行(ひろゆき)

*3
CV 日野(ひの) (さとし)

*4
CV 間島(まじま) 淳司(じゅんじ)

*5
CV 後藤(ごとう) 邑子(ゆうこ)

*6
CV 立花(たちばな) 慎之介(しんのすけ)

*7
ルプスレギナ・ベータ。CV 小松(こまつ) 未可子(みかこ)



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#02 説明口調がウザイ

 

 次の場面へ移行。

 場所は第九階層と第一〇階層を繋ぐ通路。

 ギルド(マスター)『モモンガ』を先頭にたっち・みー以下が徒歩にて移動する。

 積層構造の『ナザリック地下大墳墓』は数キロメートル規模。かなり広大なダンジョンである。通路も広く、天井も高い。横幅は一〇人程が並べる余裕があった。おそらく数千人規模を抱えても余裕があると言えるほど――

 ギルドメンバー以外で通路を利用するのは『NPC(ノン・プレイヤー・キャラクター)』と呼ばれるゲームで製作した者達だ。

 来客はほぼ無く、モンスターの出現に関しては管理されているので見知らぬモンスターが居る事は無い。もし、そうでない場合は警告音が鳴るようになっている。

 

たっち「通路を行き交うメイド達。彼らはどんな目的を持って移動しているのか」

ウルベルト「……別に掃除する必要は無いですしね」

ぷにっと萌え「放っておいても餓死しない。けれども設定では大食いという……」

 

 プレイヤーとは違い、中身が完全なデータで出来ているメイド達に表情は無く、特別な命令を与えても無言の対応しかしない。

 それだけ余計な機能を省いている。

 

るし★ふぁー*1「……よくよく考えたら俺達はせっかく作ったNPCの扱いが酷いですよね」

タブラ「……色々と配置したまま居なくなったりしてるからね」

 

 それぞれ思い入れを込めて作ったNPCを思い浮かべる。

 ゲームが終盤に近づくにつれて相手をすることも無くなり、存在を忘れていく。

 これから向かう最下層もメンバーの殆どが行かなくなった場所でもある。

 

あまのまひとつ「……最初は本当に楽しかったんだ……」

ぬーぼー「……それは……間違いなく……」

音改「……世知辛い世の中が全て悪い」

 

 心なしかメンバーの移動速度が落ちた。それにモモンガは慌て始める。

 もうすぐ終了するゲームに対して寂しさを感じないわけではない。けれども、それは自分だけではなかった。その事に不謹慎ながら嬉しさを感じたのは事実。

 うっかり『喜び』の感情(エモーション)を出しそうになった。

 頭を軽く振り、意識を改める。

 

ペロロン「『同士打ち(フレンドリー・ファイア)』が禁止されているとどうなるか……」

 

 独り言をつぶやきつつ前方から歩いてくる『一般メイド』の前に立ちはだかる変態鳥人(バードマン)

 普通ならメイドは自動的に避ける。それを無理に阻むと反転して引き返す。更に無理を通すと当たることができる。

 当たるとどうなるか――

 プレイヤーなら多少の衝突判定を取られる。しかし、それ以外は尻もちをつくような細かい動作は設定されていない限り起きない。大抵はダメージ判定を取られるだけだ。しかも、直立不動の姿勢を維持したまま。

 倒れる動作(モーション)が存在していれば、すぐさま態勢を立て直して命令通りの行動を再開する。

 

メイド「………」

 

 無表情。無言のメイド*2

 直立不動の姿勢を崩さず(ペロロンチーノ)に当たりつつも移動をやめない。ダメージ判定を取られたとしても『(ゼロ)』だ。攻撃の意思を見せる時に数値が動く。

 このメイドは意地を張っているのか、ペロロンチーノの妨害に遭っているのに倒れもしない。

 

ペロロン「……見たこともない動きは取れない。ある意味では動く無機物だよね」

ぶくぶく「……最後だからって皆殺しにしていい理由にはならないぞ、弟よ」

餡ころ「台本形式だと説明口調がウザイ……」

 

 どうして今更そんなことを言うの、と『餡ころもっちもち』は憤慨した。

 説明しなければ誰がどんな行動をしているのか第三者(読者や視聴者)に伝えられない。単なる移動ならば当事者だけが分かればいい、というシステムに――現在は――なっていないからだ。

 台本形式の利点はキャラクターの造形、行動、所作などを省略させたまま誰が喋っているのか視覚的に分かる事だ。

 ――半面、行動と心理の描写が抜け落ちるので、細かな仕草が分かりにくい。それと大人数のキャラクターを動かすのに適しているとは言えない。誰か彼か抜け落ちてしまうし、いちいち全員分のセリフを書き出していては会話文が無駄に長大になって進行が長時間止まってしまう。

 こうして話している間にも刻一刻と残り時間は()()()()消費されている。

 それとギルドメンバーは全員が『名前持ち』である。これがモブキャラばかりであれば完全にカオスとなっているところだ。先程のメイドのように一〇人ほどが連なっていたら、誰が喋っているのか分かる読者はまず居ないし、興味も持たれない。

 

タブラ「じゃあ黙って場面転換しますか? 瞬間移動ばかりでは面白みに欠けると思いますけど」

テンパランス「……舞台があるという事は観客(読者)が居るということ」

るし★ふぁーいえぇぇい! るし★ふぁーぁぁでぇぇすぅ!

 

 メンバーが(ひし)めき合った通路内で大声を出すクズ野郎こと『るし★ふぁー』は全員から顔を背けられた。

 アピール方法としては無難だが羞恥心と戦わなければならないので、同じようなことが出来るメンバーは意外と少ない。

 次は自分も、と思ったのが『獣王メコン川』であった。

 

スーラータン「平仮名が入っているメンバーは地の文に出すの意外と難しそうですね。周りの文字に埋もれて見辛くなってます」

モモンガ「プレイヤー名はだいたい適当が多いですから」

やまいこ「……数万人規模のゲームプレイヤーに被らない名前って設定するの難しいよね」

タブラ「気取った名前は早々に使われてしまいますから」

 

 ペロロンチーノがメイドを開放すると同時にモモンガの前方から縦一列になった一団が現れる。

 先頭は白髪頭で厳つい顔の執事風の男性。見た目は人間だが設定者によれば異形種。その彼の後方を規則正しくついてくるのは六人の女性メイド。

 彼女達は『戦闘メイド』と呼ばれる個性を持たされたNPC達だ。当然、名前持ちである。先ほど通りを歩いていたメイドは『一般メイド』で施設内には四一人居る。そして、全員が名前持ちである。だが、公開されている名前が少ないので先ほどのメイドはモブと同然だ。

 

モモンガ「……そういえば彼らはどうしてここに居るんでしたっけ?」

 

 たっち・みーに顔を向けて尋ねるモモンガ。

 真正面を向いたままでは誰に向けての発言か分かりにくいのがゲームの世界である。

 目の前に居るNPC達は専用コンソールを開かない限り名前が分からない。それはプレイヤー視点で自動的に名前がポップアップする仕様が無いからだ。

 モモンガは滅多に合わないNPCの名前を殆ど覚えていないけれど、自分が手塩にかけて創ったNPCは――今でも――ちゃんと覚えている。

 健忘症をこじらせたプレイヤーではない。魔法もそらで七〇〇種以上言えるほどに――

 

タブラ「第九と第一〇を往復するのが彼らの仕事です」

 

 ギルド長なのにNPCの役割を知らない現実。

 プレイヤーは基本的にプレイヤー同士で遊ぶもの。

 戦闘の際に引き連れる事はあるが、メイド達を連れていく事態は今まで起きたことが無い。なによりモモンガはメイド達の存在を今まで知らなかった、と言い切れるほどに触れ合った事が無い。

 彼が理解している事は名前くらいだ。

 

ぷにっと萌え「戦闘メイドなのに戦わない」

ホワイトブリム「折角作った衣装がボロボロになるのは勿体ないですから」

ク・ドゥ・グラース「可愛い女の子達を敵陣に突っ込ませられる鬼畜の所業なんて俺達にはとてもとても……」

 

 個々人の趣味によって設計されたNPCはやはり当人の方に任せるべきだとモモンガは思った。

 知らない自分が余計な口出しをするよりも話しがスムーズに進む。

 自分はただ彼らの話しをまとめだけで良い、と。

 

 オーバーロード 

 

 場面が切り替わり、大広間への扉の前に移動する。

 瞬間移動しなくても良かったのでは、と疑問を覚えるメンバーが何人か居て疑問符のアイコンを出していた。

 

モモンガ「この先の『ソロモンの小さな鍵(レメゲトン)』にるし★ふぁーさんが途中で作るのをやめた動像(ゴーレム)があるんですが……」

 

 と、言いながら説明口調が長くておかしいなと首を傾げる。

 久しぶりの話題のなのでつい口から出てしまった、と思うことにして気持ちを切り替える。

 

るし★ふぁー「人間……、現実の予定は容易に変えられないものです」

 

 大扉を抜けた先にある『ソロモンの小さな鍵(レメゲトン)』の広間には侵入者を迎撃する動像(ゴーレム)が六七体配置されている。本当は七二体だが――

 迎撃用の動像(ゴーレム)を製作するのに希少な魔法金属が大量に必要で、かなりの日数を消費してしまった。それに気づいた時はもう手遅れだった。――などと言い訳する前にるし★ふぁーはギルドを去った経緯がある。

 それを蒸し返されても『じゃあ、今から完成させます』というわけにはいかない。

 もうすぐゲームが終わるのだから無意味でしかない。

 

ヘロヘロ「完成された拠点が出来上がっても誰も侵入しなければ徒労だよね」

ぶくぶく「ずっと遊べると思っていた時期は最初だけさ」

ばりあぶる*3「……感慨深いけれど今更だよ」

源次郎「……エントマ*4を連れて行っていい?」

 

 三〇人近くが一斉に喋ると優先順位を付けにくい。

 モモンガは一人一人の対応に追われつつも時間がない事を思い出したので、先に進むことを決めた。

 さすがに仲間を優先していては通路でログアウトすることになる。それでは折角の見せ場が台無しだと判断した。

 たっち・みーとウルベルトがそれぞれ大扉を開けて次の部屋へと向かう。

 立ち止まっていると前に進めないと判断したからだ。そうなると仲間も立ち止まっているわけにはいかない気持ちになる。

 

 オーバーロード 

 

 長めの通路を歩くところを暗転による場面転換に任せる。次の場面に切り替わった時、玉座に座る自分に驚くモモンガ。

 広大な空間に驚きや感動する(いとま)もなく――

 他のギルドメンバーは互いに距離を取り、柱に向かったり、天井を見上げたり――全員が冷静に対応していたわけではないけれど、それぞれ思い思いの反応を示していた。

 大墳墓の最奥に位置する最後の部屋は魔王が座するにふさわしい荘厳さを秘めている。

 モモンガ自身は悪のロールプレイをしている自覚はあっても魔王という意識は無い。

 数多あるギルドのギルド(マスター)という地位に居るだけのごく普通のプレイヤー。それに(みじ)めさを感じたことは無い。

 世の中には自分より強いプレイヤーが大勢居る事を知っているから。――推定二〇〇〇人ほどとなれば諦めもつく。

 

モモンガ「えっ!? ……もう座ってる」

たっち「戦闘メイド達は通路を今も歩き続けています」

 

 モモンガ一人だけであれば執事と戦闘メイドの集団を連れてくるのが()()()流れ。

 通常であれば勝手な転移は起きない。けれども脚本は時間の都合でいかようにも変化が付けられる。

 場合によれば『やり直し』も――

 モモンガは壮麗な現場の雰囲気を楽しむ余裕すら与えられず、ただただ困惑する。そんな彼の側には見慣れないNPCが立っていた。

 普段から触れ合っていないNPCが多いため、現れる(たび)に驚いてしまう自分に情けなさを感じる。

 

タブラ「ナザリックに長く放置されたアルベドは餓死もせずに……」

ぷにっと萌え身体(しんたい)的成長が無いからこそ成立する謎仕様」

 

 植物モンスターである『ぷにっと萌え』は嬉しそうに喋った。

 対して体色が死体じみた灰色の色合いで軟体生物を思わせる『タブラ・スマラグディナ』は感情(エモーション)を先ほどから出していない為、感情が全く読めない。

 物事に真剣に向き合っている時は誰もがゲームの仕様を忘れがちになる。

 側頭部から前方に向かって伸びる闘牛の如き角。腰から生えた大きな黒い――鳥類の様な――翼で自身の下半身を覆い、白いドレスをまとう妖艶な女性NPC『アルベド*5』は役割から玉座の側に配置されていた。ただ――立ち尽くしていた期間をモモンガは知らない。

 第一〇階層が作られてから何年も経過しているのにギルド長に存在を忘れられている可哀想なNPCであった。ただ、モモンガはNPC達を嫌っているわけではない。

 彼の中でNPCは単なるダンジョンギミックの一つにすぎず――

 

タブラ「アルベドの手には世界級(ワールド)アイテム『真なる無(ギンヌンガガプ)*6』が握られているのであった」

モモンガ「……確かに説明口調が(わずら)わしく感じます……。というか、どうしてそれ(ワールドアイテム)を持たせているんですか? ギルド長の許可も無く……」

 

 原作では尋ねられなかった事も二次創作では思いのまま。

 しかし、モモンガは何故か外部の情報を持っていないので始終あたふたとしたり、疑問ばかりが積み重なっていく。

 何も知らないのも主人公の功罪――

 もし、原作知識持ち*7が居ればもっとスピーディーに話しが進み、ある程度進んだところで飽きて小説は止まる。そして、そのまま再開の目処(めど)が立たなくなる。

 

タブラ「サービス最終日に玉座に座っている勇者に残り時間が(ゼロ)になる瞬間にどたま()をぶん殴る為ですよ。……って言ったら信じます?」

モモンガ「……つまり、俺の頭を殴る為ですか?」

 

 表情を変化させられたら『怒り』か『呆れ』のどちらかになる。しかし、面と向かって言われると二の句が継げない。彼の中ではどういう気持ちを表せばいいのか迷っていた。

 数秒程度モモンガはタブラの顔を見つめた。互いに異形種なので全く表情が読めない。

 

タブラ「……モモンガさんが座る保証はありませんよ。誰かです」

モモンガ「……高確率で俺だと思いますけど……」

ペロロン「愚かな勇者にフルスイング。……なんて恐ろしい罠を……」

ぶくぶく「それをアルベドに仕込めるのはタブラさんだけだから犯人は自ずと絞られるわね」

 

 実際に見てみたい気もする、と思ったメンバーが何人か居た。しかし、それはサービスが終わる瞬間だ。その時までナザリックに居られる者は本当なら『モモンガ』ただ一人。運が良ければヘロヘロだが――

 もし、誰も居なければ――アルベドはどのような行動に出たのだろうか、と予想するメンバーが多数に上った。しかし、そこまでの考えはモモンガには無かった。彼は自分が殴られるだけで思考が止まってしまった。

 

 オーバーロード 

 

 モモンガは持ち出されたアイテムを今から戻すのも手間だし、そもそも他にも世界級(ワールド)アイテムがあるので諦めることにした。

 だが、時間まで座っているとアルベドが形態変化を起こして殴り掛かってくるかもしれない、という恐怖が湧きたつ。

 精神的な攻撃に関して完全耐性を持つアンデッドモンスターとはいえ、怖いものはある。

 それが強制的に抑制されるとしても――

 

ペロロン「でも、タブラさん。最後までNPCの事を考えていたんですね。そこまで愛着を持っていたとは……。……俺、シャルティア*8を放置したままだった」

ウルベルト「モモンガさんを(いじ)めないでください」

タブラ「普通のプレイヤーはNPCに愛着を持つのは最初くらいです。かなり愛着が湧くのは中盤くらい使っているタイプかな……」

弐式炎雷「……設置しちゃうと放置が多くなるよね」

武人建御雷「戦闘の為に連れだしたりしないからな」

やまいこ「……哀愁漂うわね……」

たっち「生物的なふるまいをしないものは人形と一緒」

 

 まともな人間であればゲームキャラクターに愛情を注ぐのはあくまでゲーム的な範囲までだ。それ以上はゲーム依存症と見られても文句は言えない。

 それに規制の多い日本製のゲームである『ユグドラシル』で如何わしい行為は出来ない。

 ただ、見た目を色々と弄れる自由度の高さにおいて、アルベドのようなキャラクターの設定を許すのは生殺しのようなもの。しかし、本体がゲームの外にあるプレイヤーは感触を十全に味わうことが出来ない。

 その辺りの区別はモモンガと他のプレイヤー達も充分に理解している。

 

ペロロン「いくら見た目が可愛くてもゲーム内での行動が現実に影響を及ぼすことは無い*9。だからこそゲームをゲームとして遊べるし、そうでなければならない」

 

 腕を組んで真面目に喋った鳥人(バードマン)に普段は厳しい姉も桃色の触腕を伸ばして彼の頭を撫でた。

 戦闘面に関して『ぶくぶく茶釜』は弟である『ペロロンチーノ』を()()()()評価している。

 自分には遠く及ばないけれど、と言いそうになるほど。

 モモンガも普段はエロネタばかり話題にする(ペロロンチーノ)に戦闘で勝てたことが殆どなかった。これは手加減や社交辞令抜きでの事実である。

 

ヘロヘロ「……改めて見ると第一〇階層って広いですね」

タブラ「……一部は課金で拡張しましたから」

ぷにっと萌え「洞窟内なのにどうやって拡張したんでしょうか?」

死獣天朱雀「『質量保存の法則』と『熱力学第二法則』に照らせばトンデモ仕様ですよね。あと、第七階層が……」

 

 話しが長くなるメンバーは強制的に静音処理されてスポットライトから弾き出される。

 死獣天朱雀は突然の事に驚きの感情(エモーション)アイコンを出す。

 

ペロロン「これだけの空間を自由に使えるのも今日で最後か……」

獣王メコン川「あと三〇分くらいか?」

スーラータン「二〇分を切りました」

ぷにっと萌え「了解で~す」

 

 それぞれ自分の旗が掲げられている柱へと移動を開始する。

 モモンガはただただ慌てつつ玉座から動けない。固定されたわけではなく事態をまだ呑み込めていないだけであった。

 

ウルベルト「定位置に就くとスポットライトが点灯する仕組みになっているとは」

タブラ「その光源はどこにあるんでしょうか?」

たっち「アルベドは喋らないんですね。というか声って設定できました?」

ぷにっと萌え「決まったセリフなら喋ってくれると思いますが……。柔軟な対応は出来ないようです」

 

 昔から知っている筈なのに今更な疑問をぶつけあう。

 これもまた創作物の功罪――

 全てを熟知している者ばかりだと実際の会話は九割ほど削減されてしまう。

 ――それはそうだろう。知っている事を態々(わざわざ)口に出すプレイヤーは居ない。

 

弐式炎雷「……ござる口調で喋っていい?」

武人建御雷「………」

死獣天朱雀「……もう終わると分かっていると無理して喋る必要ないよねって話し……」

フラット「あと、喋ってない人は……」

ウィッシュIII「は~い、僕です」

エンシェント・ワン「……で~す」

ガーネット「……す」

ブルー・プラネット「残りは……、何か喋っていますが新刊待ちですね」

 

 最後だからとメンバーに自由行動を許したら、早速それぞれ自分のNPCを運んできたり、アイテムを床に並べ始めた。

 荘厳な室内とは裏腹に自由な行動を取るメンバー達を静かに眺めるモモンガ。

 何かしなければ。何か喋らなければ、という思いがない交ぜになる。

 側に控えるアルベドは微笑んだまま微動だにしない。いや、多少は動いていた。

 プレイヤーが何らかの命令を下さない限り、ずっと彼女は待機したまま。それがNPCの正しい在り方だ。

 通路を歩くメイド達も()()()()()()を受けて行動しているに過ぎない。

 ――ゲームが終わるその瞬間まで止まることを許されない刑罰のよう――

 

 

*1
CV 伊藤(いとう) 健太郎(けんたろう)

*2
人造人間(ホムンクルス)

*3
ばりあぶる・たりすまん。

*4
エントマ・ヴァシリッサ・ゼータ。CV 真堂(しんどう) (けい)

*5
CV (はら) 由実(ゆみ)

*6
黒い短杖(ワンド)のアイテムで、先端には黒い球体が空中に浮かんでいる。対物体に効果を及ぼすが攻撃には適さない。

*7
何でも知っている筈なのに『勘違い』を起こす矛盾したキャラクターが生まれる。大抵は原作に書かれていない部分を創れない。だから、なぞる作業に入って止まっていく。

*8
シャルティア・ブラッドフォールン。CV 上坂(うえさか) すみれ

*9
ただし、現実の肉体的強度などがゲーム内のステータスに影響を及ぼすことはありえる。



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#03 全員分のセリフ

 

 全員が所定の位置につくかと思いきや――

 たっち・みーが執事を自分が立つ筈の場所に放置して玉座に向かってきた。それに身構えるギルド(マスター)モモンガ。

 

モモンガ「ど、どうしました?」

たっち「アルベドの設定は書き換えないんですか?」

 

 そう言った後でウルベルトもモモンガのところに向かってきた。

 慌てるモモンガ。咄嗟に自分の利き手に顔を向ける。確かに何も握られていない事に気づいて納得する。()()()()()()が握られていなければ出来ない操作ではないが、あればあったで便利なアイテムというのは存在する。

 異形種は表情が固まったままなので怒っているのか、呆れているのか、慌てているのかが分からない。

 

ウルベルト「それよりも『ギルド武器』を持ってきてませんよね?」

モモンガ「持ってきた方が……良かったですか? あれは円卓の……」

 

 モモンガは尻切れ気味に尋ねる。一言一句間違えないように。相手を怒らせてしまったのか、そうでないのか疑心暗鬼気味に――

 (モモンガ)が様々な感情を巡らせている間、その他のメンバーは時間を止められたように動かなくなる。

 メインとなる人物以外は基本的に停止するものだが、アドリブをしてはいけない規則は無いので何らかの動きや相談事は(ひそ)かに(おこな)われていた。

 

たっち「いいから持ってきて下さい。話しが進まないどころか、ここで終わってしまいますよ。いいんですか? 我々との冒険が台無しになっても」

 

 顔を近づけて威圧するようにたっち・みーは言った。感情(エモーション)アイコンは無いものの怒っているように感じられた。

 性格的には短気ではない事は知っている。今は時間が差し迫っている上でのやむを得ない事情があり、その焦りがにじみ出た結果であると受け取る。

 

ウルベルト「……厳しい現実の方がいいとお思いならば……、それもやむなしです。しかし、やはり……」

ペロロン「……お~い。残り時間が差し迫ってるから早くしろよ~」

ぶくぶく「……時間を止めて~。進展あるまで。駄目?」

 

 可愛らしい声でぶくぶく茶釜は天井辺りに向けて言った。しかし、見た目が桃色の粘体(粘体)なので不気味にしか映らない。それと何処(どこ)を向いているのか、第三者には窺い知れない。

 ヘロヘロも明日出社を控えている。()()()眠気に打ち勝ち、定位置に居る。その彼の側には白人系金髪ロールの美女『ソリュシャン・イプシロン*1』というNPC(ノン・プレイヤー・キャラクター)が立っていた。

 戦闘メイドの一人でヘロヘロが作り上げた。

 全てを軽蔑する死んだ魚のような目をしている。性格は陰湿なもの。しかし、効果を発揮することは無い。

 設定(フレーバーテキスト)に書かれた事柄はそれだけのもの(演出)である。

 獣王メコン川の側にも『ルプスレギナ・ベータ』という褐色美女――

 

獣王メコン川「……全員分の説明を書いていくと……、途中で終わっちまうな」

チグリス・ユーフラテス「説明自体は時間経過しないと思うので」

ブルー・プラネット「それでも長大な説明になる。その間、我々は時間が経過していなくとも待ち続ける事には変わらない」

るし★ふぁー「どうせ場面転換で『カルネ村』だろ?」

ウィッシュIII「……それは無理がある」

テンパランス「『オーバーロード』の目玉イベントだし」

 

 名前一覧を見たぶくぶく茶釜はフルネームで紹介されて羨ましいな、という感情(エモーション)アイコンを選定。

 姉が『怒』、『喜』などのアイコンをコロコロ変えるさまを見ていたペロロンチーノは機嫌がいいのか悪いのか判断に困った。

 見た目には大人しい卑猥な粘体(スライム)だが、さすがにゲームのサービス最終日はしおらしさが窺えた。他のメンバーも一部を除けば黙って定位置に居る。

 

 オーバーロード 

 

 たっち・みーとウルベルトの催促により、大急ぎでギルド武器を持ってきたモモンガ。

 そこだけ見るとギルドマスターとは思えない単なるパシリだ。しかし、それでも『オーバーロード』作品の中では異色の存在である。しかし、『大虐殺』のエピソードによって一気に上昇していた好感度がダダ下がりしたのは記憶に新しい。(ちまた)では――

 

モモンガ「ま、まだ時間は間に合いますよね?」

たっち「……もう過ぎましたよ、と言いたいところですが……」

モモンガ「……たっちさん。そんなにせっかちな方でしたか?」

 

 雰囲気的には催促するような人ではない。そうモモンガは思っていた。

 実際の人となりは印象によって作り上げられるもの。モモンガの知らないたっち・みーという存在は様々な意外性を内包している――かもしれない。

 ウルベルトも悪にこだわりを持つ、という印象が独り歩きしており、実は――という意外な性格が無いとも言い切れない。

 その辺りを数秒間の内にモモンガは頭が空っぽの骸骨の姿で思索した。

 様々なことに対応する役職についているので色々と考える事は得意な方だと自負している。ただし、それが結果に結びつくかは保証されていない。

 

ウルベルト「モモンガさんが玉座に座り、魔王の様な威容を発揮し、目が赤く怪しく光りました」

モモンガ「……モノローグが言うべきセリフですよね? どうしてウルベルトさんが喋るんですか?」

 

 至極(もっと)もな疑問をぶつけてみた。

 単に多くのセリフを言いたいがため――

 簡潔に答える黒い山羊の悪魔。

 

ウルベルト「作中のモモンガさんは……」

たっち「作中というのはあくまで例えです。決して原作知識持ちとか、これから起きるネタバレとかではありません」

 

 と、言いながらたっちの背後が爆発し、『推定無罪』の大きな漢字エフェクトが現れる。

 

ウルベルト「……見事に雰囲気が台無しになる爆発エフェクトですよね、それ」

たっち「中々披露する機会が無くて……。あとこれ百種類ほどあります」

 

 たっちが所有する文字やエフェクトは課金によって実装できる。その値段も漢字一文字ずつではあるが単価は安い。もちろん、画数が多いものは少しだけ値が張る。

 『鬱』などはネガティブな印象を持たれるので使えないことはないが、仕様の乱用が制限されている。この辺りは運営の匙加減だが――多くのプレイヤーが遊ぶゲームなので自分一人の自己満足で全てが許される仕様にはなっていない。

 ちなみに今出ている漢字一文字の値段は五〇円。大きさやフォント、色指定に動きも設定できる。

 もちろん()った演出エフェクトほど割高になる。

 

ペロロン「……説明口調というか説明文だけで進行のスピードがぐんと減ったな……」

 

 (ペロロンチーノ)のNPCである『シャルティア・ブラッドフォールン』に色々とポーズを取らせていた鳥人(バードマン)は感心していた。

 シャルティアは『階層守護者』という役職を持ち、真祖(トゥルー・ヴァンパイア)。レベルは一〇〇。

 彼女を含めてレベル一〇〇は九人()り、例外が一人居る、事になっている。

 その例外こそが『ルベド』ではないかと予想されるが『ガルガンチュア』かもしれない。

 

モモンガ「……ギルド武器良し。次はアルベドの設定の書き換えでしたか?」

 

 アルベドの制作者である『タブラ・スマラグディナ』に顔を向けるモモンガ。不穏な言葉に対し、(タブラ)の意見を無視することは出来ない。

 ギルド武器は『ヘルメス神の杖(ケーリュケイオン)』をモチーフにした七匹の――

 

ウルベルト「大して使わないので省略です。さあ、そのギルド武器で専用コンソールを出してください」

モモンガ「……随分と()かしますね。すみませんが、俺の知らない事情で事を進めるのはちょっと……」

 

 大体、どういう理由でアルベドの設定を書き換えなければならない、と憤慨するモモンガ。多少の抵抗を感じたため感情(エモーション)アイコンは出さなかった。

 このシステム(感情アイコン)はある程度の感情を自動的に読み取ってくれる。しかし、頻繁に出ていると何かと不都合な場合があるのでオンオフを任意に出来る。

 意識を向けるだけで色々と出来る仕組みはモモンガ達の世界では当たり前の技術として定着していた。

 ちなみにギルド武器は有料の『ツールアイテム*2』の機能を一部使用することができる。違いはギルド長が使うか一般プレイヤーが使うか、だ。

 

 オーバーロード 

 

 仲間とはいえ他人のNPCの設定をギルド長だからといって好き勝手出来るわけがない。もし、モモンガであれば抵抗と不快を感じる。

 仲間だからこそ不和を起こさないルール作りは大切だ。そうでなければ全員が敵に見えてしまう。

 多少の葛藤と戦いつつもアルベドの創作者であるタブラは特に否定の意見は出さずにウルベルト達の言葉に頷いていた。

 

タブラ「進行の関係であれば仕方がありませんね」

モモンガ「……随分とあっさりしてますね」

 

 言葉尻からも勝手なことはするな、と言いそうなのに、と。

 進行の都合は確かに関係していると思う。モモンガは少しばかり理不尽さを感じつつも彼らのやり取りを黙って聞いていた。

 

タブラ「最後だから。どうせ消えるから、という事もありますが……、多くのメンバーが引退した後の事なんて知る由もないし、知ったからとて……。アルベドを連れて行けるわけもない」

 

 ゲームキャラクターはゲームと共に消える。それが自然の摂理である。

 様々な設定の原本が自宅にあればゲーム内の設定が()()()()()()本来であればどうでもいい事だ。

 最後まで見届ける者が全てを決めればいい。

 

タブラ「最後に残らなかったメンバーの事は気にしなくていいと思います。……今は残っていますけど……。あんまり固執し過ぎるのも精神衛生上よくないと思います」

モモンガ「……いいんですか、こんな流れで?」

タブラ「ゲームは楽しくあるべきです。過去の栄光を美化し過ぎですよ。それはそれで気持ち悪い」

 

 ゲームは『ユグドラシル』以外にもある。それら全てを満足に終えたところで何が変わると言うのか。

 しかし、それでもモモンガとしては美しく終わりたい。けれども終わりたくない。その葛藤が渦巻いている。

 自分にはユグドラシルしか無かった。そんな気持ちが(くすぶ)っている限り、前に進めない。

 

モモンガ「自動ログアウトしたら全部消えるとしても……」

タブラ「多人数プレイのオンラインをオフラインで継続使用するのは個人では難しいですからね」

 

 それが出来ないからオンラインのサービス終了は誰にとっても虚しいものだ、とタブラはしみじみと感情を込めながら言った。

 その間、他のメンバーは小さな声で相談し合っていた。自分達の出番が来ないし、()()()動けないし、で――

 

タブラ「残り時間も差し迫ってますので、文章は一気に飛ばして最後から」

モモンガ「ええっ!? そんなあっさりと結論を出すんですか?」

タブラ「抵抗しても無駄です。それが創作物というもの……。それともこのまま自動ログアウトしますか? 何のための作品なのか分からなくなりますよ」

ウルベルト「……次の場面に行かずに終わりたくないです」

たっち「向こうに居るメンバーも不安がってますよ」

モモンガ「……そんなことを言われても……」

 

 原作では自分で色々と決断してきたモモンガ。しかし、いざメンバーが――フルで――揃っていると中々前に進まない。

 これはそれぞれ個性を持っているため、意見が出ると結論までに時間がどうしてもかかってしまう。大抵は言い争いになる。

 すんなりと進む時は滅多に起きない。事前に進行を決めた後でならば別だが。

 

たっち「強制的に手を動かす、なんて事になりますよ」

 

 半ば脅迫じみた事態にモモンガはたじろぐ。

 ゲームの終わりを気持ちよく迎えたいのに実に慌ただしい、と焦りが募る。

 全ての決定権を持っているモモンガとて抵抗を覚える。

 

 これが本来の『アインズ・ウール・ゴウン』ではないだろうか。

 

 そして、そのままフェードアウト。

 混乱したまま終わることも一種のエンディング。

 

たっち「ここで終わるのは勿体ない」

ウルベルト「主役は我々なんですから。単なる喋りで終わってもらっては困りますよ」

ぷにっと萌えさあ、幕を上げろ! 演劇はまだ続いている!

 

 (つた)で出来た異形種が大仰に――天井に向けて――腕を上げて叫んだ。

 広い空間内にぷにっと萌えの言葉が反響する。

 他のメンバーも拍手したり、応援したり、様々な反応を示す。

 通路が暗くなり、所定の位置に居るメンバーにスポットライトが当たる。ただし、側に置いたNPCには当たらず。

 

ぶくぶく「ギルドマスターに迫る正義と悪。果たしてアルベドの運命やいかに」

ペロロン「ビッチ設定を持つアルベド。()()()()は全消しか!?」

ブルー・プラネット「コメンテーターの死獣天朱雀さん。モモンガさんはどういう内容を書くと思われますか?」

死獣天朱雀「定番は『モモンガを愛している』ですが、さすがにもう古いでしょう。ここは『っていうのは全部嘘』は如何ですか?」

弐式炎雷「前文を無視してますよね、それだと。あと、存在全否定になってしまいますよ」

やまいこ「『この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは関係ありません』」

餡ころ「それ大事よね」

あまのまひとつ「『ちなみに尿漏れが止まらない事で悩んでいる』」

ウィッシュIII「『ちなみに三日に一度は貧乳になる』」

フラット「『実は三人姉妹ではなく七人姉妹』」

音改「『興奮すると謎のオーラでダメージを受ける』」

ベルリバー「『ちなみに足が臭い』のと……。あと歯磨きしていないだろうから『口臭を気にする乙女である』を追加だ」

チグリス・ユーフラテス「『ちなみにフルネームは物凄く長くて書ききれない』」

ペロロン「『この続きが読みたければ課金してください』」

ぶくぶく「『声は渋い男性のものである』」

ばりあぶる「『ちなみに異世界活殺流の使い手である』」

ク・ドゥ・グラース「『言語機能に欠陥がある』……。そうでなかったりしちゃったりしてますでごさいますです……、みたいな。そうでやんす、とか。子供っぽい口調に変わって『ボクっ子』……」

タブラ「『ちなみに異世界や平行世界を行き来する機能が実装されている』」

ぷにっと萌え「『ちなみに物理法則を書き換えられる』」

ホワイトブリム「『う、宇宙の法則が乱れる……。という悪夢によく(うな)されている』」

ぬーぼー「『ちなみに誰かを憎んでいる』」

テンパランス「『ちなみに歌を聞くと悶え苦しむ』」

獣王メコン川「『三歩歩くと死ぬ』」

るし★ふぁー「『喘ぎ声しか言えない』」

エンシェント・ワン「『ちなみにヅラである』」

スーラータン「『中華料理には並々ならぬ思い入れがある』」

ヘロヘロ「……あー。全員分のセリフを書こうとするとこうなるのか……」

 

 喋るたびにメンバー一人一人が画面いっぱいに映る。

 アングルも全面、側面、背面に俯瞰など様々。

 

武人建御雷「……これ、アニメだったらもう、時間オーバーしてるよね?」

源次郎「時間経過はそこまで再現されないものですから、案外何とかなります」

ガーネット「……しかし、残りのメンバーはいつ頃判明するのやら。黒いシルエットが先ほどから色々と主張していますが……」

 

 判明次第、スポットライトが点灯し、セリフも出る。それまでは単なる動く影に過ぎない。

 ある意味ではフラットフットが一人何役も務めているように見える。

 

 

*1
CV 佐倉(さくら) 綾音(あやね)

*2
キャラクターメイキングに欠かせないアイテム。主な機能は外装や様々な設定の改編である。見た目は羽根ペン型。



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#04 声優

 

 残り時間が差し迫っているというのでたっち・みー達がモモンガを急かし始める。

 急展開に対して意外とモモンガは慌てる傾向にある。それゆえにコンソールの操作を――普段であれば冷静に対処できる――誤る。

 文字一つ打ち込むのも重労働という有様。

 

モモンガ「まだ少し余裕があると思うのですが?」

ウルベルト「そうですよ、たっちさん。ここでおかしな文章になったらアルベドが可哀想です」

たっち「……すみません」

 

 それぞれの視界に映る個人ウインドウの片隅には時計がある。これは残り時間を示すわけではない。けれども秒針となる数字は今も動いている。これが全て『(ゼロ)』になる時が『ユグドラシル』の終焉だ。

 その時(終了)まで七分を切った。

 

モモンガ「……人に見られた状態だと恥ずかしいですね」

タブラ「……大勢の前で『愛してる』なんて普通は書けませんよ」

 

 見た目は白骨骸骨たるモモンガとて中身は純心な男性プレイヤー。そこはかとなく羞恥心と戦うことになる。

 アルベドの設定は実のところ長すぎて読み込めなかったが最後の文章にある『ちなみにビッチである』を書き換える。――というのは理解した。それとまともに読み込んでいたら七分などあっという間に過ぎ去ってしまう事も。

 こんなことを何故書いたのか、尋ねる時間的余裕は無いが、周りが早くしろと(わめ)いていて気が散る。

 今まで寂しかった気持ちが嘘のように霧散していた。

 

 正直に言って少し黙れよ、と言いそうになるほど――

 

 それにしても製作者であるタブラは書き換えに何も口出ししてこない。それどころか一緒になって騒いでいる。

 とはいえ、とモモンガは専用コンソールに顔を向ける。

 アルベドというNPC(ノン・プレイヤー・キャラクター)は見目麗しい。規制が無ければ、とは言いたくないが――

 

モモンガ「……こんな女性が(かたわ)らに居る生活は……」

たっち「……可愛くても異形種ですよ」

モモンガ「……分かって、ますよ」

 

 吐き捨てるように言いそうになった言葉を飲み込んで冷静な対応で応える。

 確かにアルベドはモンスターだ。人ですらない。プレイヤーでもない。

 だが、彼女の表情はとても魅力的であった。

 

 オーバーロード 

 

 色々と迷いはしたが仲間達の――強引な――後押しにてボタンを押していく。それを羨ましそうに――悩ましげに、かもしれないけれど――タブラに見つめられながら。いや、ペロロンチーノ達を含む大勢の仲間達に見られながら、だ。

 定番らしい『モモンガを愛している』を避けて別の言葉となるとすぐには浮かばなかったが、同じ単語を書けとは言われていない。

 短時間で思いつくことは多くないが、仲間たちに見られても良いものとなると更に限定的になる。

 小声のタブラから『何でもいいですよ』と言われた事で(うれ)いが少し無くなった。

 

 モモンガの妻である。*1

 

 文字数的には一文字余る文章だ。

 近くで見ていたたっち達は(うめ)いた。当然、離れた場所に居る仲間達は早く教えろと叫んでいたがモモンガはあえて無視した。

 

モモンガ「……定番ならこれでもいいって事ですよね?」

たっち「……なんと無難な……」

ウルベルト「多くの二次創作が撃沈しましたね。愛している、が多くの懸念を生むというのに……。これでは平和街道まっしぐら……。……いえ、かえってもっと不穏になる可能性もありますか……」

 

 物騒な事を呟き始めた黒い山羊を無視して最大の問題は済んだ、とモモンガは思った。

 残りは時間経過のみ。その筈である。

 不満そうな態度を見せていたたっち達は入力を終えた文章の書き換えを指摘して来なかった。色々と思い悩みつつ自分の指定場所へと戻っていく。

 残り時間は二分――

 

モモンガ「えっと……。名前を言うんでしたね。たっち・みー。ウルベルト・アレイン・オードル……」

 

 モモンガはメンバー一人一人の名前を言っていく。

 言われたメンバーはそれぞれ自分なりのポーズを取る。それとタブラの名前の時に一度アルベドの様子を窺う。

 何も起きない事に安心しつつ儀式を継続する。

 

 オーバーロード 

 

 最後の『るし★ふぁー』まで無事何事もなく終わった後は静寂に包まれるところだが、ゲーム内のBGMがそれぞれのプレイヤーの耳に聞こえていた。

 消音(ミュート)するかは個人の裁量に任せ、モモンガは玉座に深く沈み込む。

 様々な思い出が詰まった『ナザリック地下大墳墓』とメンバーとの冒険の日々は現実の世界で改めて思索することにした。今はただ、終わりゆく景色を眺めるのみ。

 たっちの言葉が正しければ別の世界に行くらしい。しかし、モモンガには窺い知れない事だ。

 朝四時に起きて会社に行かなければならないのだから。

 そして、次の日まであと数秒に差し掛かった。ここでメンバーが何を言おうと無視することに決めた。

 (ゼロ)秒になった途端に大騒ぎするのか、メンバー全員が消え去るのかは分からないけれど、と不穏な考えがよぎった。

 あれほど騒いでいたメンバーも居なくなれば寂しいと思う。今日は逆の状況なので驚いたが、かつての栄光をもう一度見られただけでモモンガは物凄く嬉しかった。

 最後の瞬間、モモンガは『ユグドラシル、今までありがとう。メンバーのみんな、ありがとう』と――

 そして――

 

 〇〇:〇〇:〇〇

 

 サーバーが落ちる――筈だった。

 時間は更に進むかと思われた。しかし、数値は忽然とモモンガの視界から消え去り、残っているのは暗い景色のみ。そして、小さく『……よしっ』という声――

 モモンガは耳に聞こえるメンバーの声で戦慄を覚える。

 

たっちおめでとうございます!

 

 勝ち誇ったように叫んだ後、彼の背後で爆発のエフェクトが起きた。そして、現れた文字は『異世界!』だった。

 どう見てもナザリック地下大墳墓。異世界らしさは欠片(かけら)も無い。

 

ぶくぶく「……なんとなく分かってた」

やまいこ「……それよりコンソールが出せない……、というのはまあいいとしよう」

餡ころ「……元の世界に戻る方法が無いまま来て良かったの?」

 

 そう思いつつ、餡ころもっちもちも異世界には興味があった。それとこういう不測の事態は実際に起きる前までは()()()楽しみにしていた。しかし、実際に起きると真逆の立場に陥る事も知ってしまった。

 

るし★ふぁー「……想定内とはいえ……」

ヘロヘロ「みんな一気に不安になってますね。長期休暇だと思えばいいんじゃないですか?」

 

 黒い粘体(スライム)の言葉に誰もが同意の意見を持っていた。しかし、改めて思えば色々と悩ましい問題が噴出する。

 例えば家に残した家族。会社。家のあれこれ。

 ゲーム内に持ち込めないものが実に多い。それを無視するのは気持ち的にも無理がある。

 

ベルリバー「俺、実は既に死んでいるって言ったら信じる?」

ぷにっと萌え「現実の身体はどうでもいいんで」

ホワイトブリム「漫画連載が出来なくなるじゃん」

ク・ドゥ・グラース「今更!?」

 

 現実の問題が気になるならゲームにアクセスするべきではない。そんなことも分からない莫迦(ばか)が大勢居た。

 モモンガは玉座からメンバーを睥睨しつつ呆れたり、含み笑いを浮かべたり。気持ち的には混乱気味だったのは彼らと一緒。

 その中でも不安が(つの)ると急激に冷静さを取り戻す気持ちに驚いた。

 例えるなら体温が急上昇していったものが一気に下降するようなもの。

 

 オーバーロード 

 

 モモンガは改めて周りに顔を向ける。専用コンソールは各メンバーも出そうとしていた。何も無い中空に指を向けてもウインドウは出てこなかった。

 この状態ではログアウトも出来ない。――それは何となく理解した。しかし、実際に起きると――まだ――現実味が無く、無意味に動作する自分を止められない。

 

アルベド「皆様方。一体どうなされたのですか?」

 

 玉座の側に居たアルベドが喋る。

 聞きなれない言葉にモモンガは数秒から一分ほど気づかなかった。

 おそらくメンバーの中で状況を一番理解していると思われるたっち・みーとウルベルト()()が変化に気づいた。

 

たっち「モモンガさん。アルベドが喋りましたよ」

ウルベルト「ここは気づくまで待ってあげるのが正しいのでは?」

 

 二人の言葉すらもモモンガにとっては右から入り、左から抜け出るような有様だった。

 たっちはアルベドに向かって色々と動きを見せる。内容的には肩に手を乗せろ、モモンガの身体を揺すってみろ、というもの。

 それとは別に現実味を理解し始めたメンバーが次々と玉座に顔を向ける。

 中には不安を示す『感情(エモーション)アイコン』が出せない事に気づく者。配置したNPCに話しかけられて驚く者。

 

エントマ「わーい、わーい」

源次郎「……それどころじゃないか」

 

 少しずつ賑やかさが蘇りつつある第一〇階層。

 その中で冷静なのはたっち・みーとウルベルトの二人だけではないだろうか。次に気が付いたのはペロロンチーノとぶくぶく茶釜。

 一分二分と経過するごとにメンバーが自身に起きたことを理解し始める。

 モモンガはアルベドに揺すられたところで異常事態である、と認識し始めた。

 ギルドメンバーに触れる事はアルベドにとって不敬な行動である。それを可能としたのは創造者『タブラ・スマラグディナ』の命令があったからこそ。そうでなければ自主的にモモンガの身体に触れる事は無かった。

 

モモンガ「……サーバーダウンが延期になった、のか?」

たっち「そんなわけないでしょう」

 

 気楽な言葉にモモンガは頭を押さえる。

 彼の言葉を信用するわけではないが、と思いつつ想定された異常事態は実感が伴わない。悪質な嫌がらせの(たぐい)であるとしか思えない。

 

ウルベルト「……地の文が脚本っぽくなくなってますね。情報量の多い『オーバーロード』を詳細に説明するのはやはり……」

ぷにっと萌え「端的な行動だけだと面白くないですから仕方がありません」

るし★ふぁー「……よーい、ドン。……で、カルネ村を攻略するんでしたか?」

ばりあぶる「まずは外の様子を見る。またはNPCによる忠誠の儀式を執り(おこな)う」

ベルリバー「忠誠は省略でいいんじゃないですか?」

ペロロン「……オバロ(オーバーロード)の様式美ですけど……。喋るようになったシャルティアよ」

シャルティア「はい、ペロロンチーノ様」

 

 甘ったるい声を出すシャルティア。彼女の創造者であるペロロンチーノに声を掛けられるだけで顔が蒸気してきた。――見ようによっては怒りが沸々と湧き立つ様子に似ている。

 

ぶくぶく「原作通りNPC達が喋ったので帰ろうとしていいですか? べ、別に気持ち悪いとかじゃないんでからねっ」

 

 ぶくぶく茶釜の側には『闇妖精(ダークエルフ)』の姉弟(きょうだい)が居た。

 アルベド同様に自主的に動き、そして喋る。今は周りの様子を窺いつつ不思議そうな顔をしていた。

 

やまいこ「ボクのユリ*2も喋るようになったよ。わー、首の断面がゲームよりもリアルになってる~」

餡ころ「さっきまでずっと付き従っていたNPC達なのに今更な反応をするのは何故?」

 

 餡ころもっちもちも側に居る自分のNPCの様子を伺いつつ疑問に思った。けれども自主的に喋ったり動いたり――なにより能動的に動くようになった事態には素直に驚いていた。

 特定の命令をいちいち言わなければ*3行動しなかったNPC達だ。手間を一つ省けただけで随分と気持ちが変化したものだと――

 

 オーバーロード 

 

 確かに異常事態が起きた。半ば想定内だとしても――

 モモンガはゲームの時と今との差異を思索する。

 まず専用コンソールや様々な情報を映し出す個人ウインドウが消えたことを確認。次に場を満たしていたBGM(音楽)が消えていた。そして――NPC達の動きだ。

 アルベドは機械的な動きではなく流動的――一般プレイヤーと遜色ない動きと言った方が正確か。

 それと言葉だ。

 NPCは特別な場合を除き喋ることは無い。彼らに声を与えている『声優』が豊富に居ない。

 そう言い切れるのは余計な情報(表情データなど)に力を入れなかった等だ。

 

モモンガ「……これがアルベドの本来の声ということか」

タブラ「それぞれ無難な声が与えられたようですね。アウラ*4達も見た目通りのものです」

ぶくぶく「手間を考えると自主的ってところが羨ましいわ。実際、声を入れるのすっごい大変なのよ。広辞苑のような(原稿データ)を各キャラクター毎に当てなきゃならないから」

 

 DMMORPGである『ユグドラシル』はただプレイヤーが縦横無尽に遊ぶものではなく、何本かのストーリー展開(本筋)を持つ。当然、ラスボスも居る。

 イベントに必要なNPCは当然喋るし、声も与えられている。喋らないのはプレイヤーが製作したNPCや召喚した傭兵モンスターの(たぐい)に多い。

 課金制のゲームなので資金力次第では不可能ではないけれど――

 

タブラ「この後、通常であればアルベドのおっぱいを揉むイベントでしたね」

やまいこ「……自分のNPCに触れられるから今更な気がするけど」

ヘロヘロ「何の為におっぱいが付いているというのか。もちろん、揉むためさ」

 

 自信たっぷりに言い放つヘロヘロ。

 その意見に賛成する者は多かった。

 性別があるならば避けては通れない道である。そして、ギルドメンバーは全員が社会人。性に興味が無いプレイヤーはここには居ない。それはぶくぶく茶釜とて同様に。

 普段は弟に厳しい彼女(ぶくぶく茶釜)だが、中身は大人の女性だ。男性プレイヤーとは真逆に『男性』に興味がある年頃でもある。

 

ペロロン「……それ以前に全員が異形種プレイヤーだからな……」

餡ころ「……卑猥な言葉を大声で言っても何も起きないのは理解した」

武人建御雷「……うん。元々の身体と同様の動きは出来るし、能力もゲーム時代のものが使える」

弐式炎雷「……ナーベラル*5を『女忍者(クノイチ)』仕様にしていいっすか?」

獣王メコン川「……可愛いルプスレギナにお座りを教え込んでみた」

ばりあぶる「ゲームの時より動きが多くて新鮮ですね」

 

 賑やかな様相と化した第一〇階層にしばし戸惑うモモンガ。しかし、いつまでも玉座に座っているわけにはいかない。

 現実世界に戻れない原因と外の様子を調べなければならない。

 しかし――メンバーに悲壮感が無いのが頼もしい。それに引き換え自分は内面的には混乱し、声をかける事もままならない。先ほどからアルベドが心配そうにこちらを見ている。

 彼女は『感情(エモーション)アイコン』無しでコロコロと表情を変えてくる。なのに自分は骸骨顔のせいで変化が付けられない。いや、人間から乖離した異形種のメンバーの大半が固定された表情だった。

 タブラも軟体系モンスターなのに笑顔になる事が出来ない。――笑顔なんてできるのか疑問だが。

 (ヘルム)で隠されたたっちも表情の変化は無理。ウルベルトも口元くらいは動かせるのかと思っていたが全く微動だにしていない。

 完全な粘体(スライム)系は論外――

 ただ、同じく異形種である筈のNPC達は柔軟に対応していた。それがまた不思議というか驚きであった。

 

 オーバーロード 

 

 ユグドラシルのサービスは終了した。おそらくそうだとモモンガは理解し、次にどうすべきか――

 当たり前だが朝四時に出社する予定以外は考えていない。

 たっちが言っていた『カルネ村』なる場所の攻略に行くのが正しいようだが、聞いたことも無い村の名前をどこから仕入れたのか。

 広大なマップを持つユグドラシルの全てを攻略したわけではない。自分の知らないところがあっても不思議ではないけれど、それでもこの現象は『アインズ・ウール・ゴウン』だけのものなのか、と。

 他のギルドはどうなったのか。それも確認しなければならない。

 手始めに運営への連絡だ、と早速行動を再開する。

 

モモンガ「……メール機能が使えない状態で運営にどうやって連絡すべきか」

たっち「『伝言(メッセージ)*6』は届きませんよ。皆さん挑戦してますが……」

ウルベルト「仲間同士の連絡は今まで通りです」

 

 忠実な部下のようにたっちとウルベルトが報告してきた。

 今回は二人が主役という話しだった。モモンガ首を傾げる。それと台本形式に無理が生じてきているような気がするが動きを表現する手間が省けているようなので無視する。

 

ぷにっと萌え「モモンガさん。一時解散しましょう。落ち着いた時に円卓で会議ということで」

モモンガ「了解です。では皆さん、それぞれ自由行動にしましょう。気が付いたことがあれば連絡をください」

ペロロン「了解」

ぬーぼー「了解」

スーラータン「了解」

フラット「了解」

ベルリバー「了解」

チグリス・ユーフラテス「了解」

ウィッシュIII「了解」

 

 次々と了解と言っていくメンバー。

 今にも飛び出しそうだったたっちとウルベルトもいきなり外に出る事をあきらめたようで他と同じく『了解』といって立ち去って行った。

 第一〇階層の玉座付近は転移阻害対策が施されており、各メンバーが所持している指輪型アイテム『転移の指輪(リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン)』で転移することは出来ない。

 このアイテムは都合一〇〇個製作されており、残りは『宝物殿』に収められている。その宝物殿には転移の指輪(リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン)でしか行くことが出来ない。

 

タブラ「……ルビが長いアイテムだな」

フラット「限界数字があるからこれより長い場合は継ぎ足しになる」

テンパランス「……俺達、原作に登場していないけれど活躍する機会あるのかな?」

死獣天朱雀「……大半はNPCが動くから……、実際は我々の出番って少なそう……」

 

 『オーバーロード』はモモンガとNPC達の物語である。そこに旧来のメンバーも同席しては飽和状態となるのは自明の理。

 だからこそ多くの二次創作に出せる『オリキャラ』は多くない。まして複数人の『オリ主』は設定するだけで大変である。

 更に台本形式だとNPC分のセリフが加算され、倍化した分量を書かなくてはならなくなる。実際にNPCも喋っているのに書かれていないのはストーリーが進まなくなる為の措置であった。

 

 

*1
『モモンガと夫婦である』が最適解だと知るのはもっと後になってから。更に『モモンガと夫婦(めおと)になった』などの言い回しが色々と浮かんだが後の祭りであった。番外として『ちなみに性奴隷である』は却下した。

*2
ユリ・アルファ。CV 五十嵐(いがらし) 裕美(ひろみ)

*3
もちろん動作も必要である。

*4
アウラ・ベラ・フィオーラ。CV 加藤(かとう) 英美里(えみり)

*5
ナーベラル・ガンマ。CV 沼倉(ぬまくら) 愛美(まなみ)

*6
詳細は『ギルガメッシュ(小説ID:146408)』の『乗騎魔法』の付録を参照。



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#05 第一部はここで終わる

 

 ――それから十年後。

 『アインズ・ウール・ゴウン魔導国』は建国から(わず)か数年で世界を統一し――

 

モモンガちょっと待って! 一気に時間飛ばし過ぎっ!

たっち「我々の活躍が……」

ウルベルト「改めてカルネ村から始まる一大ストーリーを読みたい読者なんか居ません、という意味かもしれませんね。その気持ちは分からないでもない」

 

 外の様子を調べる前にストーリーが終わってしまう。

 モモンガは何が何やら分からず困惑する。だが、それよりも大事なことがある。

 彼らは未だに異形種の姿(アバター)のままだ。

 

ヘロヘロ「この世界の攻略が済んだなら粘体(スライム)が主役の作品*1に行ってきま~す」

ペロロン「ヘロヘロさん。上のは冗談ですよ」

ぶくぶく「お人好しの異世界小説なんて本当に()()()とあるからねー」

たっち「この作品の今後を読者の皆さんに聞いてみましょう」

 

 第一、カルネ村に向かう一大ストーリーを再開すべし。二三票。

 第二、このまま終われ。五七九票。

 第三、そもそも赤評価じゃないから読まない、興味も無い。一二〇一七票。

 第四、作者が『●●』なら続けろと言っていた。八七五一一票。

 第五、作者が『●●●●●』なら以下略。一五二〇八八六票。

 

モモンガ「……圧倒的ですね。作者だけでここまで違うんですか?」

たっち「ご祝儀評価を受けられるメンツですから。しかし、同じ人気作者なのに差がありすぎる」

ウルベルト「『●●●●●』や『●●●●●●●』でも一〇〇万票に届きません」

モモンガ「あれ? ユーザーは二七万*2しか居ない筈ですよね? おかしくありません?」

たっち「非ログインユーザーも含めれば不可能ではありませんよ」

モモンガ「何、非ログインユーザーって!?」

 

 玉座から一歩も動けない内に世界、というかストーリーは終わりを告げたようだ。その事にがっかりしたのはやはりモモンガ。

 外の様子の報告がまだ来ていない。側にいるNPC(ノン・プレイヤー・キャラクター)『アルベド』が自主的に動き出した事など。

 気になる事がたくさん出始めたところなのに。

 モモンガ以外の光りが無くなり、一人ぽつんと佇む。

 

モモンガ「あっ!? いきなり照明を落とさないでください」

 

 伽藍洞の第一〇階層は一人で使うには広すぎる。まして仲間達の姿をかき消されると孤独感が猛烈に襲ってくる。当然、過度の感情の起伏は強制的に抑制される。しかし、それが一度で済む気持ちにはまだなっていない。

 ここでウルベルトの姿が暗闇から浮かび上がる。

 

ウルベルト「演劇には必須の『デウス・エクス・マキナ』を使いますか?」

モモンガ「なんですか、それは?」

ウルベルト「物語が行き詰まったら助けてくれる『ご都合主義』の権化さんです。なんでもしてくれますよ。時間の巻き戻し。死者の蘇生。都合のいいストーリー展開とか」

 

 天井付近が光り輝き、機械で出来た柱時計の様な物体がゆっくりと降下してくる。*3

 世界を改変する世界(ワールド)アイテム『機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)』である。そして、オーバーロード世界を生んだ元凶――

 

ウルベルト「……おっ、BGMが……。実際は音楽は流れていない事になっていますけど」

モモンガ「それよりなんでこれがここにあるんですか? 確か上位ギルドが所持していた筈じゃあ……」

ウルベルト「気にしない気にしない。……もう終わったゲームなんですから」

 

 両腕を広げて笑う黒山羊の悪魔(バフォメット)。しかし、表情の変化は起きなかった。

 いや、起こせなかった。

 

 オーバーロード 

 

 突如として出現した機械仕掛けのアイテムは地面に降りることなく滞空を続ける。

 特定の命令(コマンド)によって様々な効果を発揮するが『二十』と呼ばれる分類に属しており、一度きりで消えてしまう。

 であれば一度使われた筈のアイテムが何故、ここにあるのかといえば再取得したからに他ならない。

 二度と手に入らないわけではない。ただそれだけのことだ。

 そして――

 我々の冒険はこれから始まるのだ。

 第一部完。

 

モモンガ「……勝手に終わってしまってますけど……」

ウルベルト「ここまでは才能の無い小説家の限界です。この程度でネタが尽きる奴は読者のまま好き放題批判していればいい。それよりも世界を意のままに出来るアイテムが目の前にありますが……、どうします? 元の生活に戻って苦しい人生を続けますか?」

 

 モモンガには家で待っている家族は無く、確かに苦しい生活が続く。

 ゲームの中に一生閉じこもることもまた出来ないと理解している。

 出来る事なら幸せになれる方を選びたい。だが、その選択肢がモモンガには見えなかった。

 

モモンガ「皆さんと共にいつまでも冒険を続けたいです」

ウルベルト「大元のゲームはありません。……その筈です。これから始めるのは未知の領域。ゲームの知識はほぼ自分の能力のみに限定されます」

モモンガ「それでも、です」

 

 気が付けば仲間達の姿は無く、モモンガの他にはウルベルトと腕を組んで佇むたっち・みーしか居ない。

 側に居たアルベドの姿はいつの間にか消えていた。おそらく強制退去の弊害だと思われる。

 

ウルベルト「ですが今回は我々が主役です。モモンガさんは退場……とまではならなくともナザリックに留まってもらいたい。()()()になるまで」

モモンガ「……皆さんと共に居る事が出来るなら……」

 

 ここで場違いなBGMが鳴る。小さく『……あっ』と言う女性の声が聞こえたがウルベルトは無視する。それから数秒も経たずに厳かな音楽が広い空間内に木霊(こだま)する。

 聞き違いでなければ先程小さく発したのは『ぶくぶく茶釜』だ。

 

ウルベルト「モモンガさんは他の皆さんと交流なり、指揮でも取ってくれればいい。それとここはユグドラシルとは違い、モモンガさんの素顔は怖がられると思います。偽装は忘れずに。……それとも、その顔のまま現地の人間と触れ合う度胸があれば止めませんが……」

モモンガ「骸骨の顔は怖がられますか?」

ウルベルト「一般常識を持つ人間であれば十中八九」

 

 自信を持って言うウルベルト。彼がそう断言するのであればそうなのだと理解するしかない。

 骸骨顔はゲーム時代ではありふれたもので、キモイとは言われたことがあるが怖がられることは少なかった。

 雑魚敵にありがちな顔だと自分では思っていたので。

 

モモンガ「……その前に疑問があります」

ウルベルト「んっ? 外に出ていないのにどうしてお前は外の様子を知っているかのような発言をしているんだ、ですって?」

モモンガ「………」

 

 分かって言っているのであれば何も言うことは無い。

 たっちもそうだったし、他のメンバーも()()()()()()()()と思った。

 

 先の展開を知っている。

 

 知らないのはモモンガだけ。

 そうだとすれば自分が前に出るよりは楽が出来る。半面、冒険する楽しみが味わえない。

 モモンガにとって難しい選択肢だ。しかし、ウルベルト達にとってはどうだろうか、と疑問に思う。

 少なくとも他の作品(二次創作)とやらを熟知しているのであれば上手く立ち回るのではないか。失敗を恐れる自分(モモンガ)よりも、と。

 

モモンガ「……上手く事を進められるのであれば文句はありません」

たっち「我々だって原作の結末を知らない身……。失敗だってあるでしょう」

ウルベルト「原作小説では転移前から既にカルネ村は襲撃される予定でした。……時間的にはそろそろ始まります」

モモンガ「何が? 村の襲撃イベント!?」

たっち「では、よーいドン、で……。救ってきますか」

ウルベルト「転移するには事前に村の様子を見る()()()を立てないと」

モモンガ「……未知のイベントなのにもう把握していらっしゃる……。なにこれ『強くてニューゲーム』みたいな流れ? 周回プレイ?」

たっち「そう。周回プレイみたいなものですよ。数としては一〇〇〇作品間近*4ですから」

 

 モモンガは訳が分からない。それと意識的に『感情(エモーション)アイコン』を出そうとしているが何も起きない。

 疑問がいっぱいだが主役がモモンガではなく、たっち達となるとあまり深読みしても仕方が無いのかな、と諦めが浮かぶ。

 過度に不安になると強制的に平静な思考が蘇る。しかし、それを違和感と捉えて分析すればなるほど。アンデッドという種族の特性にある――

 

たっち「勝手な行動ばかりしては不安だと思います。まず第一目標としては地上に出て……、村に行きます。名称が予想通りとは限りませんが……、十中八九『カルネ村』でしょう。……の筈です」

モモンガ「はい」

たっち「ちなみに黙って地下に潜ったままだと帝国が攻めてきます。大きな国と戦う場合は必然的に人間の国全てを敵に回してしまいます」

モモンガ「……えっ?」

たっち「国を相手取るとはそういう事になるんです。勝手に来たものを追い払っただけ、という子供みたいな言い訳は通じません。アンダスタン?」

モモンガ「そ、そういうことになっちゃうんですか?」

たっち「なります。我々は異形種ですから。化け物とまともに交渉しようだなどと思う方がどうかしている。世間の一般常識ですよ」

ウルベルト「参考までに言いますと、異形種の国が存続していられるのは人間に偽装出るからです。少なくとも人間を理解している種族である、と世間的に認知されなければ出来ない事です」

 

 一般常識を持ち出されてもモモンガには理解できない。いや、彼らが何を成そうとしているのかが理解できない。

 襲撃云々はなんとなく理解できる程度だが、人間の国全てを巻き込む事になるとは思っていない。それなのにたっち達は巻き込む事になると言っている。

 ゲームの事ならある程度の戦略として伸べられるモモンガもどう言い返せばいいのか――

 

 オーバーロード 

 

 ウルベルトの合図で世界級(ワールド)アイテムは引っ込み、姿を隠した。

 玉座に座ったまま慌てているモモンガに外の調査を依頼。その事で(ようや)く動くことを決めた。

 既にメンバーの大半は自室に向かったり、地上の様子を伺いに行ったり――

 モモンガとは対照的にアグレッシブに活動していた。

 

ウルベルト「ちなみに『ログアウトボタン』を願うと出てきます。……ボタンだけ空中に浮いたような感じになります。その場合、ゲームは終了しているので使った瞬間に二度とここには戻ってこれません」

モモンガマジで!?

 

 ウルベルトは頷く。

 

たっち「未知の世界を冒険する楽しみが無くなりますけど」

モモンガ「……あー。経過時間はどうなるんですか? 下手をすれば何年もここに居る事になるんですよね?」

ウルベルト「『時間停止*5』と『継続中*6』の二つを選べます*7。ただし、どちらも記憶には残りません。死獣天朱雀さん、ご説明願います」

 

 ウルベルトの要望にモモンガの近くに現れる炎の化身。

 大学教授という肩書を持つが出番が皆無だったギルドメンバー。

 

死獣天朱雀「あれ? 部屋に戻った筈なのに……。まあいいや」

モモンガ「……ウルベルトさん。こういう仕組みをいつ身に着けたんですか?」

ウルベルト「ノリです。変に悩むより楽ですよ。何故か色々な事が出来る。魔法と一緒です。何故か出来る、と理解している」

 

 ウルベルトは一歩下がり、死獣天朱雀に説明を任せる。

 動きや心情を省略できる台本形式において怒涛の如くセリフを書き連ねられるところが利点とはいえ、大勢の()()()()を描写するのは難しい。

 特にストーリーの根幹に()()()()()()アドリブ担当はそもそも記載されない部類だ。だが、それでも何かしら行動している。

 全てのキャラクターを停止したままにも出来るが話しの都合上、動いている方が良い。特に趣味人は――

 

死獣天朱雀「我は紅蓮の堕とし子。不死の(ちょう)です」

 

 両腕と背中の翼を広げて大仰に名乗りを上げる。

 炎のエフェクトが一瞬だけ現れた。*8

 

モモンガ「は、はい」

死獣天朱雀「……ノリが大事って聞こえたんですが……」

モモンガ「すみません。なんだか色々と展開が早くて……」

死獣天朱雀「そうですか。……折角出番が回ってきたのに……」

 

 落胆する燃え盛る鳥。

 基本種族はペロロンチーノと同じく鳥人(バードマン)。いくつかある上位種族の一つ『火炎梟(バーニングオウル)』である。別に不死鳥(フェニックス)でも良かったのだが――鳥人(バードマン)という異形種は猛禽類がデフォルトである、と思われているので。しかし、それは思い込みに過ぎず鳥類であれば烏顔にも雀顔にもなれる、(はず)――

 死獣天朱雀は猛禽類にちなみ種族が調整されている。しかし、名前と種族がイコールである保証はどこにもない。ちなみにぶくぶく茶釜はゲーム初期時代の体型から今の名前を決定した。

 

死獣天朱雀「私の種族はweb版に出てきた『真紅梟(クリムゾンオウル)』が参考になっています」

モモンガ「……ウェブ版?」

死獣天朱雀「シンプルに『不死鳥(ポイニクス)』……。または『不死鳥(フェニックス)』という案もありましたが……。オバロ(オーバーロード)らしさを生かすため、こうなった次第です」

 

 後背(こうはい)に燃え盛る炎が揺らめいているが攻撃判定は今はオフになっている。これは本人の意思で切り替えられる仕組みだ。

 モモンガの種族スキルも一部はオフに出来る*9。それと仕組みは一緒である。

 

モモンガ「それより何故、説明口調なんです?」

死獣天朱雀「台本形式の功罪です」

モモンガ「……タグには『脚本』としか書かれていなかった筈では? 台本形式が正式なんですか?」

死獣天朱雀「そこはまあ……、難しく考えない方が……」

 

 セリフ中心の文章はえてして説明口調になりがちである。

 空改行は見易さで開けても一行が限界だ。

 

 オーバーロード 

 

 記憶関連の話題について語るべく死獣天朱雀は話しを始めようかと思った。だが、モモンガが玉座から動けないようなので気を利かせて――

 

モモンガ「……すみません。分からない事が多くて」

死獣天朱雀「……まずは移動しましょうか。他の皆さんはとっくに自分の部屋に戻っているようだから」

 

 現場に残っているのは気が付けばたっちとウルベルトを除けばモモンガと死獣天朱雀の四人のみとなっていた。

 こういうところの描写不足は如何ともしがたい。いや、否めない、か――

 主要キャラクターにスポットが当たっている間、他のキャラクターがフェードアウトする手法は暗幕を用いれば容易いのだが、それを文章と言う形で表現する場合は手抜きっぽくなる。

 誰々がどういう動きで居なくなったのか、推理小説であれば抗議が来るところだ。

 運がいい事に単なるファンタジー小説に堅苦しい規則は無いに等しい。

 それぞれが納得したところで場面はモモンガの自室の『執務室』へと移る。

 

モモンガ「アイテムの使用を省略すると違和感バリバリですね」

死獣天朱雀「何がバリバリなのかは分かりませんが……。ウルベルトさん達が居ませんね」

 

 わざとらしいが言っておかないとたっちとウルベルトまで執務室に瞬間移動してきてしまう。

 別に居て悪いことは無いけれど、少ないキャラクターの方が脱線しにくくなる。

 

死獣天朱雀「……というわけなんです」

モモンガ「そうなんですかー、勉強になりますー」

 

 死獣天朱雀が用意した『カンペ』を読むモモンガ。もちろん、詳細な説明は()()していない。記されているのはモモンガのセリフ。ただの一行だけ。

 それだけで事態を把握できたのはギルドの空気か、ノリなのか。

 

死獣天朱雀「……ちなみに本当に理解しました?」

モモンガ「いいえ。……無理です」

死獣天朱雀「大抵は今の言葉で説明を省きます。腕の無い小説家が使う手ですよね。しかも文章を減らすことを良しとする読者にも原因があると思いますが……。無駄な説明もまた味があるものと受け取ってほしいものです。……二次創作なんですから」

モモンガ「……それはどうでしょうか。というより二次創作談義は関係ないと思います」

死獣天朱雀「少しでも多くセリフを言いたいだけです。では改めて……。記憶について」

モモンガ「はい」

 

 多くの疑問を呈する流れを省略し、モモンガは彼の言葉を優先させた。

 いちいち突っ込んでいたら外に出るまでに五万字相当もかかるのではないかと。

 

死獣天朱雀「不可解な事態によって進んだ時間が長ければ無いほど()()()()が起きやすいです。今回の場合は現実への回帰ですが……。記憶を維持したまま戻るパターンは大抵ダークファンタジーっぽくないです。ライトノベルらしいかと言えば、それも違いますが……」

 

 ライトノベルにもダークファンタジーが存在する。

 広義の意味でライトノベルの解釈は膨大であり、小さくまとめるのは困難である。

 例えば出版社が出しているレーベルによって違ったり、何処まで書いていいのか各社バラバラであったり。

 下は幼年から上は老年まで。

 分かりやすい区分で言えば表紙、挿絵がアニメ調。またはマンガ調。萌え絵と呼ばれるものであったりする。

 

死獣天朱雀「シリアス調の作品において勧善懲悪は若年向け。不幸な最期は一部の読者向け。ハードな内容を求めても最後だけハッピーエンド、では調子が良すぎます。その上でオバロはダークファンタジーを(うた)っていますので、それなりのハードさが欲しいわけです」

モモンガ「オバロの内容はどうでもいいと思いますけど? 我々が元の世界に戻れるか、または戻った時にどうなるかの説明では?」

死獣天朱雀「だから。そうは言われますが。何度も申し上げております通り。……これを何度も言いますよ」

モモンガ「すみません」

 

 融通の利かない相手が良く言うセリフである。否、対クレーマーへの常套句。

 こちらの言い分が通らない場合は黙るに限る。それをモモンガは実践する。

 言い返せば火に油を注ぐ事態になる、と本能に刻まれている程。

 

死獣天朱雀「シリアスでダークファンタジーっぽく、元の世界に戻る場合はここでの体験は全て消去。その方が健康的というものです。……勿体ないと思われますが、ディストピア出身の我々に明るい未来は似合いません」

モモンガ「……明るい未来になってほしいです」

死獣天朱雀「無理です」

 

 死獣天朱雀は断言した。

 たかがフルダイブ型オンラインゲームの延長線の様なストーリーだ。それで現実世界を変えられる筈がない。まして、この手のゲームは唯一ではない。

 多く存在する中の一つに過ぎない。それを忘れてはいけない。

 モモンガは主人公ではあるが世間一般から見れば特別な存在ではない普通のサラリーマンだ。

 朝四時から会社に向かっていつもの生活が始まる。それを幸せだなどと思える環境になっていない。

 彼らが幸せだと感じられるのは現時点でゲームの中だけだ。

 

モモンガ「地の文が急に容赦が無くなりましたね」

死獣天朱雀「本当の事だから。モモンガさんは現実世界で幸せになれそうな予感はありますか?」

モモンガ「無いです。……はい。断言してもいいくらい無いです。母は過労死しましたし。皆から小卒野郎って言われてます」

 

 メタ発言も何のその。薄々とは感じていたこの小説の神秘。しかして先の展開や如何(いか)に――

 と、その前に――モモンガはweb版では童貞を卒業した社会人設定になっている。しかし、書籍では小卒童貞だ。

 趣味は『ユグドラシル』のみ。このゲームが終わったら無味乾燥な社畜人生の続きだ。

 

死獣天朱雀「我々はモモンガさんの回想シーンにしか出番が無い幽霊のようなもの」

 

 おそらく最終巻になっても出ない筈である。

 せいぜい子孫が出るかどうか、だ。

 

死獣天朱雀「明日への希望など夢物語……。むしろ憂いなく奇麗さっぱりと消える事こそ最善」

モモンガ「……それだと……。いえ、なんでもありません」

死獣天朱雀「まだまだ若いですね、モモンガさん。しかし、変に希望を持っても現実は厳しいままです。素晴らしい能力を獲得した主人公がファンタジー世界から現実世界に転移する、という馬鹿げた内容ではもはやオバロらしさが失われます。絶望の中の一縷(いちる)の希望を見出して終わる。または……戻らずに永遠(とわ)の神話を築いてエンディングが最良」

モモンガ「ノリノリですね、死獣天朱雀さん」

 

 今まで出番が無かったメンバーだ。その溜まりに溜まった気持ちの吐露かもしれない。

 身振り手振りの描写を忘れるほど――

 大仰な言い回しにて喋り続けているが彼はおそらく今の立ち位置を忘れてはいない、とモモンガは予想する。

 ログアウト出来ないのは自分だけではない。であれば死獣天朱雀もまた何かしら不安を抱えていて、それを隠すための虚勢だとは言えないか。

 いや、と――

 意思疎通できる今だからこそ聞けることもある。

 そう――

 

 本来ならば彼らはナザリック地下大墳墓には居ないのだから。

 

 説明を受けたものの記憶の保持が出来ないと言われると不安になる。とはいえ、モモンガとて覚悟を決めなければならない事は少しずつ理解し始めている。

 あり得ざる事態が実際に起きたのだ。では次に何を成すか――

 当然、外の調査だ。

 しかし、今回の自分は墳墓内で待機し、たっちとウルベルトが出張る予定だとか。

 

モモンガ「戻る方法を見つける事を目的とすればいいのか。もしそうならば記憶と引き換えにしなければならない」

死獣天朱雀「それはあくまで可能性の話しです。それを決めるのは我々ではない」

モモンガ「……話しの流れではそんな気がしましたが……。違うのであれば希望もある……」

 

 いや、とモモンガは疑問に思った。そこで(ようや)く思い出したかのようにスポットライトが点灯する。

 モモンガは天井に顔を向ける。眼球が無いので『目を向ける』という表現が適切か疑問に思いながら。

 天井には光源となる電灯は無い。シャンデリアは部屋の中央付近に設置されていたがスポットライトのような光り方はしていない。であればこの強烈な光りは何なのか。

 

モモンガ「……この謎仕様も慣れなければならないのか」

 

 早口言葉のようなセリフを言う。

 惰性で喋っているが文字として見ると合っているのか不安になりそうな言葉の羅列だ。きっと『ゲシュタルト崩壊』を起こす。

 

モモンガあっ! 死獣天朱雀さんが消えた!? なんで!?

 

 主要キャラクターにスポットライトが点灯するという事は()()()()()()()()()、という意味になる。

 だからこそ、これは別段――珍しい事ではない。

 

モモンガ「……一人にされると不安になるからやめてください。……あー、コンソールが出せないからメンバーの所在が分からない」

 

 いわゆる『システムコマンド』を呼び出そうと試みるモモンガ。これは先ごろweb版を読み返して見つけた言葉である。

 元々はそういう名称で、コンソールは後から呼称したシステムだ。意味が通じればどちらでも理解しやすい筈だが――

 

 オーバーロード 

 

 場面が切り替わり、外に出る予定のたっちとウルベルトは既に第一階層を抜けていた。

 墳墓という拠点ゆえに出入り口は墓標のような様相である。墓石の様なギミックをずらすと下へと続く階段が現れる。

 

たっち「思っていたより説明が長くかかりましたね」

ウルベルト「初めてオバロを読む人に伝えなければならない事が多いですからね。これは作品が内在する情報量ゆえ仕方がない」

たっち「……本当によーい、ドン。しますか?」

ウルベルト「……得体の知れない存在が急に駆けつけて行っても混乱するばかりです。……ええ。是非、そうした方がいい気がしてきました」

 

 従来の流れをぶち壊す。二次創作において定められた流れを破壊すれば新たなシナリオが出現する。

 もし、ゲームシステムが生きていればイベントは急停止する。そうでなければ隠しシナリオとして続くことになる。

 

ウルベルト「でも、相手方の天使召喚を鑑賞する流れまで待っているのもつまらないですね。こちらも圧倒的な何かが欲しいところです」

たっち「……もっともっとハードモード? デスモード? タナトス級オーバーロード?」

 

 ゲームの難易度は初級から上級が一般的だ。それより上は様々な名称になる。それぞれ決まった区分けではないが星座だったり、何かの例えだったり。

 であればこれから始まる難易度はどのようなものであればいいのか。

 ――ここに選択はなされた。人類史上初となる極上の高難易度が出現する。()は前人未踏。これを踏み越えた者に大いなる祝福(ギフト)が約束される――

 八八体存在する人類――主にプレイヤー――が討伐しなければならない仇敵(●●●●●)が一体――

 

 仮称個体『変異体黒い仔山羊(ダーク・ヤング)*10』を討伐せよ。

 

 謎のアナウンス*11が墳墓内のみならず、たっち達ユグドラシルプレイヤーの聴覚に大きく響き渡った。

 これには原作知識持ちを自負していたたっち達も驚きを(あらわ)にする。これは冗談ではなく真剣(マジ)だと。

 

たっち「……コメディ調で進むと思ったら……」

ウルベルト「……これが抑止力ですか……。しかし……、慈愛に満ちた声でしたね」

たっち「……ええ。……おっと、聞き惚れてしまいました。……気を取り直して……。えー……、そう簡単にストーリーを進ませるほど優しくない作者だとは思っていましたが……。トンデモないモンスターを用意してきましたね」

ウルベルト「多分、レベルは一〇〇を超えているでしょうね。もう少し味方を(つの)りましょう。……嫌な予感しかしません」

 

 意気揚々と冒険の旅に出ようと思っていた二人は予定を変更し、即行動に移す。

 味方と言っても戦闘に連れて行けるのは多くない。

 基本、パーティは六人で一つ。それを一つの単位として複数でイベントボスなどに挑戦する。今回の場合は少なくとも三つ以上のパーティが必要になるかもしれないと予想している。

 馬鹿正直に全員をプレイヤーにする必要は無く、シモベや傭兵モンスターでも構わない。

 

ウルベルト「……(ようや)くです。ここから我々の冒険が始まるのです」

たっち「……序盤は結果が見えているとはいえ……、先ほどのアナウンスは気になります。気を引き締めて参りましょう。……仲間を募ってから」

 

 仲間の選定を整えて改めて墳墓の出口に立つ。この場合の時間飛ばしは実に有効的に働く。

 基本はたっちとウルベルト。残りは脅威のモンスター出現時の控えである。

 それでも一応の形は整った。よって第一部はここで終わる。

 何処からともなく大きな幕が降りてきて、音楽は次第に小さく――

 

たっちこらっ! 勝手に終わらせるな!

ウルベルト「せめてカルネ村には行きましょうよ」

 

 彼らの旅は――まだ続くようだ。全く、ご苦労な事である。

 今、観客席から空き缶が放り込まれた。お前らの活躍よりアインズ様を出せと猛抗議が多数上っている。

 何が楽しくて骸骨の活躍を書かなければならないのか。所詮マッチポンプにしかならないというのに。と、ここであることに気づく。

 画面の右下辺りに()()()*12が――

 

 

*1
転生したらスライムだった件 (c)伏瀬

*2
二〇一九年四月まで。

*3
BGMは第一期第四話、監視の権天使(プリンシパリティ・オブザベイション)との戦闘場面に流れたもの。

*4
二〇一九年四月まで。

*5
元々の世界の時間が停止したままになる。帰還した時には動き出す。

*6
現在の時間の流れと連動する。

*7
選んだ方の世界が優先され、選ばれなかった世界は『可能性』という平行世界として処理される。

*8
火炎梟(バーニングオウル)が元々持っている仕様で演出用に使われる事が多い。一応、火属性の攻撃判定を持つ。

*9
単行本一〇巻を参照。

*10
このモンスターのレベルは二〇一である。

*11
CV (はん) 恵子(けいこ)

*12
古めの映画やアニメではお馴染みの現象。



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#06 〈幕間〉 アルベドの真意

 

 と、その前に――NPC(ノン・プレイヤー・キャラクター)達による臣下の儀を思い出す。だが、意気揚々と出かける準備を整えたたっち・みー達の脳裏からはすっかりと抜け落ちていた。

 場面変わって第九階層の執務室にて。

 

モモンガ「……怒涛の連続だった。……俺、この先大丈夫かな。彼らとやっていけるかな」

 

 不安がたくさん襲ってきたが次々と負の精神は抑制されていく。登っては蹴落とされるかの如くに。

 過度の不安を抱いたままにならない点は便利だが、それでも完全に解消されたわけではない。

 

モモンガ「俺にも冴えない主人公属性があれば……じゃなかった。原作知識持ちだったっけ? それがあれば先の展開に対して色々と対策を練られるんだけど……」

 

 残念ながら今作のモモンガは指揮官のような役回り。決してメインで活躍することは無い。そういう風になっている。

 今の状況はいわば『回想』や『幕間』のようなもの。

 

モモンガ「そうだ。動き出したNPC達の処遇をどうしようか。……仲間達に任せておけばいいか」

 

 声に出して分かり切ったセリフを吐く。

 内面描写であれば内なる声として処理するところ。

 無駄な行為をするのは一種の精神の安定剤。いや、セリフと地の文しか書かないタイプに多く見られる現象だ。

 アニメであれば視聴者に分かりやすく()()()喋らせる手法を取る。そうしないと視聴者に何も伝わらないから。

 本当に熟練したプレイヤーであれば無言のままどんどん進んでいき、その行動や内面は誰にも知られることなく――または理解されることも無く――エンディングを迎えてしまうことになる。

 

 『マンガ的手法』

 

 擬音を多用し、迫力を見せる。演劇は結局のところ目で見て判断するしかない。では、サウンドノベルであればどうなのか。

 それぞれのシーンに適したBGMを流す。立ち絵の差分を使ってキャラクターの心境を出来るだけ表現する。

 では、小説ではどうするのか。

 長い地の文による解説。沈黙。文字に起こせるあらゆることが試される。この『ハーメルン』では様々な文字装飾が実装されているので、それで表現の幅を広げる事も可能。

 単なる挿絵一枚でもいいのだが、誰もが出来るわけではない。

 

モモンガ「えーと、NPCにも『伝言(メッセージ)』が通用するんだったな」

 

 通信系は相手の同意があれば比較的誰とでも双方向のやり取りができる。

 機能拡張としては『ブロック機能』と『消音(ミュート)』、『音量調節』だ。

 現在は『ユグドラシル』の個人コマンドなどの機能(システム)が現れず、己の感覚のみで――あたかもゲーム時代と同様の感覚で――機能を行使するしかない状況だ。

 本来なら思い込むだけで魔法が出せるわけもない。しかし、出来るのだ。

 異空間に手を入れて己のアイテムを取り出せる。

 『仮想分身(アバター)』だから出来るのかもしれないし、この世界独自の仕様――概念――かもしれない。その辺りは未検証ではあるが――

 

モモンガ「アルベドよ。私の執務室に来るのだ」

アルベド『承知いたしました』

 

 仲間ではないから偉そうな言葉使いで言ってしまった。だが、モモンガにとっては知らない相手に等しい。気軽に話せる間柄でもない。

 こういう場合は敬語かゲーム的に上位者っぽい態度で接する。

 実際、ゲーム時代のNPCに対して(おこな)う『命令(コマンド)』はどれも偉そうなものばかりだ。だから、その延長線上として理解し、使ってみた。

 

 オーバーロード 

 

 仲間達からの報告が来ないまま二分ほど経過したところでアルベドが来訪する。

 多くのNPCは徒歩にて移動する。アルベドの場合は第一〇階層の玉座の間で待機していたので距離から算出すれば決して遅いわけではない。

 転移疎外対策の事もあるし、とモモンガは納得する。

 

アルベド「守護者統括アルベド。モモンガ様の御前に(まか)り越しました」

 

 (うやうや)しく(かしず)く白いドレスの美女。

 改めて見るとやはり美しい。または奇麗な女性NPCだと思った。

 単なる機械的に動くしか能が無いNPCのままであれば仲間を優先して立ち去るところ。

 感じ方にも変化が生じたのかなと思いはすれど、初対面の相手に接するような気持ちは如何(いかん)ともし難い。

 

モモンガ「……本当に脚本っぽくないな。よく来てくれたアルベド。長年ナザリック地下大墳墓の最下層にて待機させてしまったが……。ずっとあそこに居たのか?」

アルベド「ナザリック地下大墳墓の絶対的支配者であられますモモンガ様が座す玉座の側にて待機するのが我が使命にありますれば……」

 

 長いセリフをスラスラと、特に甘ったるい声で紡ぎ出す。

 自分達とは違い、NPC達は――一部を除いて――表情が豊かで口元が動く。おそらく喉も、心臓の鼓動すらも分かるように表現できているのかもしれない。

 これはゲーム運営会社が実装しなかった()()情報(データ)量だ。各NPCも同様であるならば相応のデータ量が消費されている筈である。

 仲間からは『おっぱいを揉むイベント』と言われていたが、そんな気分にはなれない。

 

モモンガ「……つまり一度も風呂に入らなかった……、という理解でいいのか?」

アルベド「……申し訳ありません。ですが、我が装備はそういう要因を排除する機能が実装されております。もちろん、ご命令とあれば即座に身を清めてまいります」

 

 見た目では分からないNPC達の装備品。

 単なる置物として――または着せ替えのため――だけに配置しているわけではない。

 全員が対象ではないが主要なNPCの装備品は一級品揃いである。その多くは外的要因の阻害。いわゆる行動阻害対策が施されている。

 分かりやすい例えでは『落とし穴があっても落ちない』、『水に濡れない』など。

 アルベドの装備は創造者『タブラ・スマラグディナ』が与えたものなので個人的に調べ上げたわけではないけれど、それなりの恩恵が備わっていると理解しておく。しかし、歯は確実に磨いていない筈だ。

 匂いに関してアンデッドではあるがある程度は感じ取ることができる。それを踏まえて――アルベドの体臭や口臭は気にならない。漂ってくるのは柑橘系の匂い。これはおそらく化粧品だと判断する。

 しかし、ゲームキャラクターが小汚くなることなどあり得るのか疑問だ。

 

モモンガ「……ところでアルベドよ」

アルベド「はい」

モモンガ「お前は自分が作られた存在……。または被造物だという認識を持っているのか?」

 

 言葉使いに関して反論が無いので続ける。

 意外にも反論してきた場合は敬語にする予定だった。

 例えば『何その態度』と言いつつ睨みつけてきた場合は恐縮する自信がある。タブラが彼女をどのように設定したのか、聞きそびれていたが真っ当ではあるまい。今は従順だが何処かで(たが)が外れる筈だ。それを見極める事も大事だと思った。

 

アルベド「もちろんでございます。私は創造者タブラ・スマラグディナ様より創られたNPCでございますとも。……それが何か?」

 

 さも当たり前のように(のたま)うアルベド。言葉使いも特に問題は無い。

 彼女の中では一般常識レベルであった、という理解をするモモンガ。

 (モモンガ)の想像ではNPC達は生物(モンスター)、またはクリーチャーとして存在している、と言うと思っていた。であればいつか創られた存在だと知った時に狂乱し、反乱する、ような気がしていた。それなのに自分(アルベド)はNPCだと自覚している。

 それはとてもすごい事ではないかとモモンガは強く思い、そして精神が抑制される。

 下がる時は体温の低下のように感じられるので種族特性が働いたか分かるのはありがたい反面、違和感もある。それと不快感も。

 嫌な感覚は願い下げだが、仕様であるならば諦めるほかはない。

 

モモンガ「……酷な質問をしている自覚はあるが……。それをお前は良しとするのだな?」

アルベド「はい? 申し訳ございません。モモンガ様におかれましては……質問の意図が……」

モモンガ「……疑問も抱ける……。凄いな、NPCは……。いや、そういう機能を持った人工知能(AI)か。柔軟な対応が出来ると生身の生物と遜色がない」

 

 遜色がない。それはとても危険であるとモモンガの中で警告が発せられる。

 感心は一時的だ。だが、同時に大きな不安要素でもある。

 

モモンガ「アルベド」

アルベド「はい」

モモンガ「アルベド」

アルベド「はい」

モモンガ「アルベド」

アルベド「はい」

 

 三度問いかけ三度同じ返答。

 機械的であれば何の不思議もない。けれどもモモンガはそうは思わなかった。

 次の四度目に変化が生まれれば彼らが本当にNPCであるという証明が揺らぐ。だが同時に同じ返答をしてほしいと思う自分も居た。

 

 オーバーロード 

 

 NPCは作られたゲームキャラクターである。その点ではモモンガ達もプレイヤー自身によって作られた仮想分身(アバター)。NPCと大して変わらない存在だ。

 であるならば――

 同じ存在だと定義するならば今動いている自分は何者なのだ、と。自我が芽生えたにしては鮮明過ぎるプレイヤーとしての記憶。

 

モモンガ「……まさかな」

 

 いや、と即座に否定する。

 ゲームは終わり、プレイヤーとしてのモモンガの旅も終わった。

 では、今の状況は何なのか。サーバーが停止すればゲームは出来ない。データを消されれば存在することも出来ない。

 それなのに自分達はここに居る。未知の世界かもしれないけれど。

 

モモンガ「あえてもう一度だ。アルベド」

アルベド「はい。モモンガ様」

 

 縦割れした黄金の虹彩を輝かせてモモンガを見つめる黒き翼を持つ女性。

 ほんのりと頬に紅が差しているように見えるのは幻ではないような――

 彼を見据えるアルベドの視線は上位者への畏敬なのか、それとも何かしらの恋愛感情なのか。

 ここでモモンガが書き換えた設定を思い出す。

 

 モモンガの妻である。

 

 これ(フレーバーテキスト)がどういう働きをしているのか確かめようと思った。

 自分達であれば単なるキャラクターに対する装飾程度だ。ゲームプレイに関しては意味のない設定ともいえる。

 それを知らない――知っていたとしてもどうだというのだ――NPCの中ではどういう理解になっているのか気になる。

 

モモンガ「何度もしつこくて済まないな」

アルベド「何か気になる事がおありなのでしょう? であれば確証が持てるまでお付き合いいたしますわ」

 

 出来る秘書とはこういうものか、と思ってしまうモモンガ。

 一つの返答に対し、このような長文で返されると逆に恐縮してしまう。モモンガは支配者らしく振舞った事が()()無いので。

 キャラ付けで偉そうな態度を示すプレイヤーに覚えがあるけれど、それはあくまでゲーム内でのありかただ。

 モモンガ達は仲間に対して敬語で交わすことが殆どである。しかし――

 仲間でもなく、ダンジョクの装飾品に過ぎない――または戦力一部程度――NPCに気さくな話し方でいいのかと疑問に思う。

 ここで内面描写をするのが奇麗な書き方かもしれない。けれども脚本という形では色々と難しい事もある。

 実際の脚本で表現するならば『別撮り』だ。これは映像作品にちなむもので文章だとセリフが代替するのが基本となる。

 双方ともセリフとして使われるが、観客に心の声は――普通であれば――届けられない。あくまでニュアンス程度を感情として伝えるのみだ。今はそれ(感情)すらも出来ない。

 

モモンガ「アルベドよ。お前は私の……、俺の何だ? 階層守護者……、守護者統括はあくまで役割だ」

アルベド「はい。私はモモンガ様の()ですわ」

 

 自信を持って――はち切れんばかりの喜びの表現をもって――アルベドは言い切った。

 頬の高揚がモモンガにも分かるほど赤い。

 

 オーバーロード 

 

 確かにモモンガはアルベドの基本設定に『妻である』と書き換えた。だが、それは本人には伝えていない。

 本来の正しい解答は階層守護者以外に答えようがない。まさか『もちろん、ビッチですわ』とは言わない筈だ。――言ったら『凄いな、この女』と言葉に出す自信がある。

 確信が持てたわけではない。けれども、言葉として聞くと驚きがある。

 であれば――各NPCも性格設定などを書き換えれば色々と違う反応を示すことになる。

 問題はそれを(おこな)うためには専用のコンソールを出せなくてはならないし、出せたとして書き換えられるのか。書き換えられた場合、今のアルベドのように()()()()反映されるのか。

 

モモンガ「今まで妻という訳ではなかった筈だ。どうしてそう思う?」

アルベド「どうして? 私は最初からモモンガ様の妻だと認識しております。……もしかして他人行儀に様付けで呼んでいるからでしょうか? 申し訳ありません。妻である前に階層守護者をまとめる立場である守護者統括という任についている都合もございますので」

 

 書かれた設定はそのまま自分の性格として自然に溶け込んでいる。だからこそ疑問に思わない。

 もし、書き換えている現場を見せた状態でならばどういう変化を見せたのか。

 興味半分、恐ろしさ半分。

 NPC達が自分達を意のままに操る存在を果たして良しするのか。(モモンガ)であれば願い下げの事態か、どうにかして改竄を阻止する。またはしようとする。

 あくまで一般論かもしれないけれど。

 

モモンガ「……お前には窺い知れない事だから答えにくいかもしれない。もし、それらが意図的なものであるならば……。お前はそれを良しとするのか? 創造者であるタブラさんがお前の性格を書き連ねた結果として今、ここに居るわけだし」

アルベド「創造者のお考えがあって私が存在しているならばそれはそれで構わないではないでしょうか」

 

 微笑みつつ答えるアルベド。それは何を当たり前のことを、と言いたげにも見える。

 読心術が出来るわけではないから真意を探ることは出来ない。

 だが、モモンガとしては色々と疑問が浮かんでしまう事態だ。

 ――気が付けば悲壮感漂うBGMが流れていた。これもまた何者かの仕業なのか、と頭の片隅で思う。

 

アルベド「私の性格が意図的に書かれたもの……。または不本意であったとしても、それは窺い知れない事でございますれば……。実に答えにくい問題だと認識します。モモンガ様が危惧なされているのであったとしても私にはそれをどう説明すればご満足いただけるか分かりかねますので」

モモンガ「ま、まあそうだよな」

 

 お前の性格は意図的に改竄されたものだ、と言ったところで何をどう変えられたのか当人からすれば理解不能である。

 もし、自分であれば現実世界のディストピアのような暮らしが()()()()だと誰かに言われて信じるのか。

 答えは否だ。

 自分の記憶に深く刻み込まれたものが改竄や捏造(ねつぞう)されたものだと分かる筈が無いからだ。

 その点で言えばアルベドの言葉は納得できる。

 それとは関係ないが『脚本』形式はその他大勢が居る場合に有効であって、現在のように二人っきりの場合は実に書きにくいものである。

 

アルベド「敵による改竄であれば私は不満を抱きます。……それで構いませんか?」

モモンガ「端的な問題であれば構わないと()は答えるな」

 

 仲間とは違い、NPCに対してまだ他人行儀なモモンガの言葉に微笑みつつ軽く頷くアルベド。

 長い髪の毛が肌に張り付いたようにバサっと前方に垂れない。これもまた現実世界ではありえない状況だ。

 よく手入れされた髪の毛は僅かな風でサラサラと音が聞こえるかのごとく動く。

 特に腰にかかるほど長い黒髪のアルベドであれば毎回のように髪形を直さなければならない筈だ。しかも髪留めは無く、それでいて髪形が崩れない。実に現実離れした姿だと言わざるを得ない。

 

アルベド「もし……、我が創造者、または『アインズ・ウール・ゴウン』の方々の手による改竄であれば……。私はかの者達であれば文句など言いますまい」

モモンガ「タブラさんを無視した場合は? ……さすがに創造者が一番ではないのか?」

アルベド「タブラ様はタブラ様ですわ。このナザリックの最高責任者はギルド長であるモモンガ様。もし、モモンガ様であれば不快など一欠片(ひとかけら)も抱きますまい。ええ……、最上の幸福だと言い切れるほどでございます」

 

 女性の言葉として最上級の誉め言葉が紡がれると言い返せなくなるほど恥ずかしさが襲ってくる。しかし、今はアンデッドの仮想分身(アバター)だ。その過度の興奮も強制的に抑制される。

 いつまでも(えつ)()ってはみっともない状態だ。これはこれでありがたい事だと認識しておくモモンガ。

 

モモンガ「……要約すれば、我々の手にかかれば容認するわけだな?」

アルベド「皆様方が望まれているのであれば……」

 

 腰の大きな黒い翼を動かしつつ――

 しかし、モモンガは他人の言葉に対していまいち信用が持てない。

 疑り深いところは認めるところ。それに質問しておいて本音、または本心を述べているかもしれないが現実味が無い。

 当たり前だがゲームキャラクターの言葉だ。そこには様々な思惑があって然るべきだ。

 

 オーバーロード 

 

 質問した手前、何を答えても信用しないのは無駄である以外の何物でもない。

 なら目の前で自害して見せればいいのか。となると蘇生費用が頭をよぎる。

 最高レベルのNPCを復活させるにはユグドラシルの金貨*1が五億枚必要になる。

 

モモンガ「……そこまで答えてもらったのに私は未だに信用できない。であればアルベドよ。自害以外で私を納得させられる方法があると思うか?」

 

 意地悪な問いかけだと自覚している。けれども不思議と悪い気はしない。

 おそらく先ほどから強制的に抑制されるシステムが原因ではないかと。

 どんなに過酷な状況にも冷静に対処できる。ある意味では恐怖を感じない事に似ている。だが、抑制されたとしても気持ちとしては怖いと思っている自分が居る事は自覚している。

 アルベドの態度がどう変化するのか、それを考えるのと未だに怖い。しかし、興味が(まさ)っているから続けられる。

 

アルベド「モモンガ様が納得できないのであれば私はそれを受け入れるだけですわ」

 

 何でもない事のように涼しい顔で答えるアルベド。

 彼女――というかNPC達には恐怖は無いのか、とモモンガは疑問に思った。

 意のままに操る化け物が目の前に居る。例えアルベドが異形種で恐怖にいくらか耐性を持っていたとしても、だ。

 内なる気持ちに恐怖が絶対に無いと言い切れるものなのか。

 ここで不穏な空気を現すBGMが鳴る。

 

モモンガ「話しは変わるが……。場に流れている音楽はお前の耳にも聞こえているものか?」

アルベド「いいえ。荘厳な地下大墳墓において命令なき音楽を奏でる者など()りません」

 

 アルベドの言葉を信用とするとBGMはプレイヤーの耳に()()聞こえている事になる。耳というか聴覚が正しい気もするけれど。

 この場合、他の場所に居る仲間達にも同じBGMが聞こえていると関係が無い、または場違いな音楽を聞かせられている事になる。

 もし、各人それぞれ別の音楽であれば問題は無くなる。

 他のBGMと混ざる事も無い。

 そうでなければかなりはた迷惑な音楽が鳴り響き会話どころではない。

 条件によっては――例えば同一の部屋に居る場合など――共通のBGMを聞くことも可能であると言えそうだ。

 謎仕様が多くて興味が尽きない事にモモンガは自然と苦笑した。

 

モモンガ「無音よりはマシか……。後で音楽隊に何かやってもらおう」

アルベド「承知いたしました。エーリッヒ擦弦楽団に伝えておきましょう」

 

 和やかな雰囲気が場を満たす。

 しばし言葉を封印し、BGMに耳を傾ける。

 アルベドはここまで命令以上の動きと言葉を使った。こちらが与えた命令ではなく自主的に――

 血の通った生命体のように。こちら(プレイヤー)側の問い掛けに柔軟に対応してきた。

 それがモモンガにとって恐ろしい事だとアルベドはおそらく気づいていない。

 単なる置物ではない。自分達の一挙手一投足を分析されるおそれがある。それがどういう意味を持つのかまでは考えが及ばないが、このままでいい筈が無い。であればどうすべきか。

 例によって仲間に意見を求めるほかは無い。

 

 オーバーロード 

 

 連絡する相手はアルベドの創造主『タブラ・スマラグディナ』だ。モモンガもこの人物ほど適任は居ないと自信を持って言える。だが、設定書き換えの件で判断をモモンガに委ねられてしまった。

 彼の意見としては『妻』としたからには(モモンガ)自身が責任を負うべきである、と。

 一見すると突き放した言葉に聞こえる。けれども、創造者の手から離れたNPCだと自覚し、しっかりと面倒を見てほしいという想いの表れかもしれない。

 

モモンガ「……つまり何をしても文句は言わないと思っていいんですか?」

タブラ『はい』

 

 簡潔明瞭なる答え。

 (しば)し、モモンガは思考を停止させる。それからアルベドをタブラから遠ざける訳ではない事を思い出す。

 少なくともまだ彼女はナザリック地下大墳墓に滞在し、与えられた仕事を全うする。それはつまりタブラと会う機会が生まれる。

 完全な別離であれば確かにモモンガとて心配する。そうでなければ慌てる必要は()()無いと言える。

 

タブラ『モモンガさんはアンデッドですからね。精々、おっぱいを揉むか裸に剥くか……。頑張ってキスが出来るかどうか……』

 

 話しの途中で通話を切る。

 内容からして卑猥極まりない。そう思っての所業だ。――どうせ後で続きを話し会うかもしれないけれど、今は彼の意見は充分だと判断しておく。あと、創造主のクセに造像力が(たくま)しいな、と感心した。

 

モモンガ「……タブラさんからお前の扱いは完全に私の(てのひら)の上でどうにでもしていいとなったぞ」

 

 そう言われたアルベドは頬を赤くしたまま両手を合わせて幸福を感じているような雰囲気を醸し出す。

 多少の嫌味を込めたつもりだったが自分(モモンガ)が思っていた反応と違って驚いた。

 これは自分が男性だから嫌悪を示すのか。それともNPCという存在は人間としての基礎的な常識が適応されないとみていいのか。

 とにかく、創造主の許可を得た。次の確認作業に移行する事を決意する。

 異形種というかアンデッドの肉体のお陰か、多少の無理も通せるような気がしていた。先ほどのようにアルベドを問い詰めるような事は本来であればしない。だが、部下として責める事に引け目を感じなかった。いや、聞かなければならない、という使命感の様なものが働いた。

 他人の顔色ばかり窺って差し障りなく場を収めるばかりだった前の自分とは随分と違うものだと他人事のように思う。

 

モモンガ「……これもアバターの影響か。邪悪な部分まで見習いたいとは思わないけれど……」

 

 種族としての性能はある程度覚えている。その基本的な説明に当たるフレーバーテキストが適応されているのであれば割りと残酷な事も平気に出来るはずだ。

 例えば人を殺す事。

 PK(プレイヤー・キラー)戦であれば平気だが、現実の人殺しとなるとまた毛色が変わるものだ。

 ――ならば自分(モモンガ)はどこまで残酷な事が出来るのか確かめる必要がある。それは今後の活動にきっと必要だと()()()思った。

 

 オーバーロード 

 

 元より部下――NPC――の言葉など何一つ信用していない。だが、それでも信用する振りはしなければ話しが終わらない。

 その問題を解決するのは現時点では難しいと言わざるを得ない。

 そう考えているモモンガは様々な方法が脳裏に浮かんだ。それらは通常では絶対に選ばないようなものばかり。

 恐怖心をある程度抑制するアバターであるがゆえか、アルベドに顔を向けて想像してみるも(おこな)わない、という選択肢が欠落したかのように――

 つまり――

 

 是非とも試してみたくなるではないか。

 

 悪役らしいセリフと共に湧き上がる好奇心。それを抑えなければならない選択は皆無に等しい。

 仲間が創造したNPCに対して手を下すことは本来であれば禁忌に等しいものだ。それなのに今のモモンガは()()という名の下でならば出来るような気がしていた。

 

モモンガ「最高責任者が命令したことに対してアルベドは内容によって拒否する可能性はあるのか?」

 

 意地悪極まりない質問だ。仲間であれば半数以上は『怒』や『悲』のような感情(エモーション)アイコンを出す。残りは速攻で拒否を示す。

 実際に仲間に嫌らしい質問をすることはないけれど、今ならば様々な事を押し付けそうである。

 

アルベド「内容によります。……NPCである私は……、例えば不敬を覚悟で申し上げますが、至高の御方に危害を加えるような真似は……。モモンガ様のご命令であったとしても即座に、とはいきますまい」

モモンガ「道理だな」

 

 と言った自分の言葉が気障(きざ)ったらしくてむず(がゆ)さを覚える。

 偉そうな支配者のような態度は今の状況においては相応しいかもしれない。けれども仲間に対しても出来るかは不明である。

 それにもまして台本形式であれば色々とギミックが動き出すところなのに場面の切り替わりが起きず、アルベドに対する質問攻めが続いている事に恐怖を感じる。

 このまま進みたくない、というのがモモンガの本音なのだが――

 最後まで進ませようとするのは悪意以外の何物ではない。と思うのとアルベドに対してどこまでの事が出来るのかモモンガ自身にも興味があった。

 

 オーバーロード 

 

 モモンガの知る創作物ならかなり踏み込んだ対応は最後の方に多い。だが今はまだ序盤だ。

 これ以上進めば確実に何かがおかしくなる。

 後戻りできないような――

 都合よく来客イベントが起きれば事はここで終わりになる。そう願いつつ扉に顔を向ける。

 

モモンガ「……普通ならメイドとか来るイベントのようなことが起きるのに」

 

 残念ながら助け船は来ないようだ。

 いや、()()()()()()()()()。このまま続けるべきである。

 台本にそう書いてあるならば修正されない限り実行するしかない。

 モモンガに拒否権は無い。

 

モモンガ「………」

 

 NPCは命令に対する後悔はないのか。という問いは不毛だ。

 彼らは創造者(プレイヤー)によって創られた存在だ。であればプレイヤーの為に使い潰される事こそ幸せであると言ってもおかしくはない。

 それが自我が芽生えたからとて変わるものか。変わったのはモモンガ達の方ではないのか。

 そう言われれば否定はできない。

 自然な振る舞いで喋った程度で気にする小心者。それがモモンガというプレイヤーであるならば支配者と呼ばれる価値は一つもない。

 ネガティブな感想だがモモンガ自身が今まさにそう感じている。

 

モモンガ「不敬を覚悟に……か。お前の忠誠心を見せ貰おうか」

アルベド「何なりと。至高の御方に我が忠誠の程を……」

 

 定番の各守護者達による褒め殺し、もとい言葉による尊敬の程度を披露してもらうところだ。だが、今はアルベドと二人きり。

 原作や書籍では部屋に不可視化したシモベ『八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)』が多数控えているものだが、今作はギルドメンバーが多数存在するので不可視化したモンスターの配置は想定していない。もちろん、これは()()()()()()()()()というわけではない。

 居るのと居ないのとで警戒態勢がガラリと変わる。これもまた()()()()()()()()()の一つである。

 場面は変わらず、モモンガとアルベドにスポットライトが点灯し、荒々しいBGMが鳴り響く。

 雰囲気的には戦闘シーンのようなもの。ある程度、モモンガの心情に合わせている。時々、場違いな音楽が鳴るのはご愛敬――

 

 オーバーロード 

 

 アルベドは『女淫魔(サキュバス)』である。姿形の大部分はデフォルトの女淫魔(サキュバス)を踏襲している。中には尻尾を持つ者も居る。

 悪魔系モンスターの上位種族。魅了能力に優れている。

 ユグドラシルのNPCはプレイヤーによって可能な限りの強化が出来る。よって特別な能力の付与も――

 例えば変身能力の付与。

 プレイヤー以外のモンスターは基本的に習得している魔法は少ない。それを意図的に増やすことも可能。もちろん、無尽蔵とはいかないが。

 アルベドの場合は基本種族にちなんだ上位悪魔、または別系統への変態(メタモルフォーゼ)を可能とする。ただし、闇雲に変身できるわけではなく、変態可能な形態変化(ツリー)の中からしか選べない。

 それらの枠組みから外れる方法として『課金』がある。これを追加することによって通常では出来ない様々な事柄を可能にする。

 例えば(ツリー)に存在しない、選べない特別な能力を付与するとか。

 資金的余裕のあるプレイヤーは上位陣に多く存在するがモモンガは初期から無課金であったため、それほどの強さは持っていない。強さよりアイテムに力を傾けてきた。

 無理にやり込みをしなかった分、ギルドの拠点を維持することに邁進した結果ともいえる。

 

モモンガ「……もう『脚本』やめたらいいのに……。でも、キャラが多いからそうもいかないか」

 

 未登場のギルドメンバーも動く今作において名前の羅列を無くすのは色々と大変である。

 ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●メイン●●●●●●●●●●●●作者●●●●●●●。

 ●●●会話シーン●●●●●●●●●●●●評価●●●。●●●●い●●●●●●●●●●●●。特別●●●●●●●●●●●●存在●●●●●――

 それから脚本は日頃から不評なので挑戦してみただけ。

 多くの台本形式は雑。全てが雑。ただセリフだけを並べているようなものばかり。

 すぐシーンを飛ばし、攻撃や魔法一回だけで敵を倒してばかり。

 詳細な説明の回はもちろん手抜き。丸写しも最悪だが未読の読者に説明する労力を割くべきである。

 既読者にとっては『くどい』――または『冗長』――かもしれないが、全員がそうであればもはや小説の(てい)で書くこと自体がナンセンスである。

 文字を読みに来たのか、アニメやマンガのようなハイスピードな展開を期待しているのか。

 

モモンガ「大部分の読者はもう俺のセリフを丸暗記できるほど居るでしょうね。……言いませんよ? クソがぁ、とか……」

アルベド「……?」

 

 文字数が少ないものは単なる説明不足。というか喋らせれば何がどうなっているのか分かるだろうと作者の頭の中で思っているだけで読者には全く何も伝わっていない。

 ●●、●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●バカ●●●●●●●。

 ●●●●●●●●●●●●●●アニメ●マンガ●●●●●●。●●●●●●●●●●●●●●。●●●、●●●●●●●●●小説●●●●●●●●●。

 

モモンガ「……伏字に怒りを感じるな……」

 

 地の文はアルベドには知覚できておらず、始終モモンガの反応に首を傾げる。

 数分おきに視点が切り替わり、俯瞰やローアングルになったりと忙しい。

 これよりももっと頻度を高くしたドラマが存在し、やる事なす事いちいち視点切り替えの嫌がらせ。監督共々速やかにクビにすべきだ。

 『長回し』という手法がある。未知の世界を表現する場合、こちらの方が時間を多く使えるし、人間ドラマを嫌う人向けである。

 対人用のセリフは結局のところテンプレート気味に陥り、それほど面白い変化は起こせない。

 ――モモンガのアルベドに対するセリフが芝居がかっていて面白みが無いように。

 

モモンガ「……そういうロールプレイだから仕方がない。俺だって読者の為に面白いギャグを考えているわけではないからな。オホン、アルベドよ。脱線気味で悪いな」

アルベド「……いいえ。そちらに不可視化したシモベでも居るのかと……」

モモンガ「思考を整理する上での……。そう、つまらない独り言だ」

 

 内面を描写しないという事は必然的にキャラクターによる一人喋りが多くなる。だからこそわざとらしいセリフが鼻につく。

 他の作品と違い、内なるセリフ用の仕様が定まっていない。

 伝言(メッセージ)による相手からの返しに使った二重括弧のようなものを新たに付けると前の話しから修正しなければならなくなる。最初から設定していれば問題の事でも後々になってやりたいことが増えてくる事がある。

 脚本は進行の時々で修正を入れるもの。それもまた表現の自由とは言えないだろうか。

 

 オーバーロード 

 

 時間にして三分ほどの脱線を終え、本題であるアルベドへの確認作業だが――

 実質どういう方法を取ればいいのかモモンガには分からない。前提として相手を信用できないのだから何をしても無駄である。その上での確認作業というのはもはや自分を無理矢理納得させるだけの儀式とそう変わらない。

 納得できるのか。前提で言えば無理な話し。

 無理でも納得しなければならない。そうしなければ――

 

モモンガ「この先、アルベド達と付き合うのが難しくなる」

 

 彼の心情は複雑怪奇。いや、懸命にどう対処しようか悩んでいた。

 モモンガとて鬼ではない。しかし――そう、しかし、なのだ。

 急に降って湧いた大勢の他人(NPC)。それらと同居生活をしなければならない。

 仲間と一緒であるのとはまた違う意味で難しい問題だ。なにせ、大部分のNPCの行動パターンを把握しているわけではないから。

 自分が創ったNPCならまだしも――

 

モモンガ「……折角、脚本と付いているのだから……。少し試してみるか」

 

 モモンガはアルベドにいくつか指令を与える。

 指示を受け取ったアルベドは静かに頷いて移動を始めた。

 出入口に向かったアルベドは両扉を静かに開ける。錆び付いていないことを示す様に扉は静かな金属音のみなった程度で動いた。

 次にアルベドはその扉を静かに閉め、厳かな姿勢を保ったままモモンガの執務机に向かって歩き出す。その歩みもまた静か。カツン、カツンと硬質的なものではあるが耳障りなもの――決して、キュッキュッ、ドシンドシンという擬音――ではない。

 アニメなどでは表現されていなかったがヒール()の高い剣闘士(グラディエーター)サンダルというものを履いている。靴下は無く素足である。

 もし、裸足であればペタペタ、またはトゥットゥッと鳴る筈だ。

 

モモンガ「単なる移動と扉を開け閉めするだけの作業……。セリフ以外にも色々な行動があるものだ」

 

 サンバを踊りながら――またはラテン系音楽が鳴り響く中、という事も出来なくはない。

 丁度黒い翼があることだし、などと下らない事が浮かんだ。

 ――というのを内なる声としてモモンガの脳内に再生された。

 

モモンガ「そういう過剰演出ばかりするオバロではどういう物語なのか分からなくなる」

 

 何かあるたびにキメポーズのような演出が入るアニメが最近あった。*2

 あちらは行動する度に特殊な擬音が鳴る。

 モモンガのすぐ前に控えているアルベドは腰の翼を多少は動かす程度。これはゲームのように微動だにするタイプではなく、生物的な表現として動かしているもよう。

 彼女の翼は度々羽根が抜け落ちる。だが、その落ちた羽根の行く末には誰も目を留めない。

 

 オーバーロード 

 

 急ぐ案件はまだ無いモモンガ。いや、無い事にされているのかもしれない。

 なにせ都合よく仲間が現れない空間すら演出できるのだから、出来ない事は無いのかもしれないと思わせる。

 実際には色々と解決しなければならない問題はある。その一つとしてアルベドの処遇が含まれている。

 椅子から立ち上がるモモンガ。右に曲がるモモンガ。歩き出すモモンガ。机を通り過ぎるモモンガ。歩いている合間に顔だけ左に向けてアルベドの姿を確認するモモンガ。

 

モモンガ「いちいち名前を付与しなくていいのだが、実際に書かれると(わずら)わしいものだな」

 

 もし、大勢の登場人物が居たなら誰が、どんな動きをしているのか、誰と話しているのか、分からないと困る、事がある。

 読点(とうてん)を多用するとぶつ切り感が鼻につく。

 それらを上手く応用するのは意外と難しい。いくら作者たちの匙加減だとしても――

 アルベドの側まで近寄って来たモモンガ。(おもむろ)に彼女を五メートル以上机がある位置から後退させる。

 通常であれば声をかけるところを無言で(おこな)った。アルベドはされるがまま黙って従った。

 ここで選択肢が――脳内に――現れる。

 一、アルベドをその場で横回転させ、背中を見せた体勢にする。

 二、自分がアルベドの背後に回り込む。

 三、クソがぁぁ、と大声で叫ぶ。

 

モモンガ「……三は無いな。そればっかり強要されているのか、(よその二次創作)の俺は……」

 

 一番目を選択。すると突如――おめでとうございます。あなたは一〇〇〇人目のモモンガ様として認められました。特典として無条件で『アインズ・ウール・ゴウン』に改名する資格を得ました――脳内に響き渡った謎のアナウンス*3に驚き、早々に思考から追い出す。もし生身であったなら耳鳴りがする程のハイトーンな声だった。

 

モモンガ「素で宙に浮けるから縦回転も行けるか……」

 

 もし、縦回転させた場合は逆さまになり、背中を見せた状態になる。

 足元まで長いスカートは真下に落ちる筈である。当然、おっぱいも垂れ下がる。しかし、風営法に厳しいゲーム時代であれば物理演算を用いたとしても途中で止まる仕組みになっていた筈だ。

 おかしな体勢にしても仕方がないので――普通に――背中を向けてもらう。

 設定上『夫』ではなく『妻』のみがアルベドに存在するがモモンガを上位者扱いしているところを見ると夫という意識はまだ無いのかもしれない。あくまで彼女の中に存在する知識としてあっても――

 書き換えた程度で性格がすぐに変わるようでは他のNPC達も気になってしまう。

 意のままに操れる存在が側に居るというのはモモンガであれば気持ち悪いと思う。そういう意識すら消されてしまえばアルベド(NPC)と大差が無いのかもしれないけれど。

 指示に素直に従うアルベドは疑うことを知らないのか、と思いそうになるがギルド以外の者であれば違った反応を示すかもしれない。

 ギルドのメンバーはまだ他の存在と触れ合っていないから。

 

 オーバーロード 

 

 背中と言うか翼に隠れた尻というか。

 女性という意識で見てしまうので気になる部位に視点が向きがちだ。

 まずは、と気を引き締めて黒い翼を観察する。

 ゲームが終わった今、今更気になる事でもあるのかと自問する。それに対して感じ方が変わった気がするので確認の意味があると言い訳しておく。

 他のメンバーも今頃それぞれ確認作業を(おこな)っている筈だ。おそらくモモンガ以上に突っ込んだ検証を。

 

モモンガ「翼を思いきり広げてみろ」

アルベド(かしこ)まりました」

 

 バサリ、と音が聞こえるほど思い切り――モモンガに当たらないように――広げられる黒翼。

 翼の生え際に視点が向く。お尻の割れ目が僅かに覗いていた。

 常ならば興奮するところだがアンデッドの特性が働き、過度の精神的感情は抑制される。それは多くの場合、煩わしく感じる。だが、今回に限って言えば――ありがたいと思えた。

 翼は腰の僅かな部分から生えている。それなのによく千切れないものだと感心する。

 横二、三メートルはある羽ばたきは近くで見ると迫力があった。

 勢い良く広げたので羽根が何枚か床に落ちた。

 一枚を机に。もう一枚を適当な床に落とし直す。もう一枚は個人的に異空間へ格納しておく。

 

モモンガ「……設定によれば妻だという事になっているが……」

アルベド「………」

モモンガ「これから(おこな)うのは家庭内暴力(DV)……。または……」

 

 支配者という立場で言えば『DV(ドメスティック・バイオレンス)』以外の言葉といえば『パワハラ(パワーハラスメント)』が妥当か。

 それも人様のNPCに、だ。

 モモンガは『ブラック企業』否定派だったはずでは、と疑問を覚える。そして、逡巡する。いや、苦悩と思考錯誤か。

 確認したいことはNPC達の真意であり、その本質となる真の姿――

 自我が芽生えた彼らが何を『望んでいるのか』だ。

 

モモンガ「……いや。………」

 

 ログアウト出来なくなってまだ数時間も経過していない。それなのに何年も昔から苦悩しているように感じられる。

 たっち達が先の展開を知っているように、モモンガも記憶には無いが何かを知っているのではないか、と。

 NPC達が勝手に動き、思考することに――

 

モモンガ「……陳腐な言い方だが……」

アルベド「……ああもう……」

 

 地の底から湧き上がる赤熱した溶岩の如く、唸るように言い始めるアルベド。大きな翼は折り畳まれ、下半身を包み隠す。

 

アルベド「下等な骸骨(スケルトン)風情が……、思い上がるなよ。それとも何か、我々はお前達に『創造してくれと誰が頼んだ』とか言ってほしいのか?」

 

 アルベドは振り返らずに言った。

 言葉が紡がれる度にモモンガの身体に緊張が走る。しかし、それらはすぐさま抑制される。

 今の時点では抑制は悪手ではないか、という予感がした。

 

 ――いや。

 

 これこそが(モモンガ)が望んだ結果である。その筈だ。

 モモンガは自分に言い聞かせるように次の言葉を待った。しかし、それは何故、と疑問に思いつつ。

 たっち達が()()であるならばNPC達も()()ではないのか。

 冷静な思考によって思い至った事象――

 アルベドもまた数多(あまた)平行世界(二次創作)の出来事を記憶していた。そうではないと誰が言えるのか。

 この手の出来事を()()()()自覚したのであれば今のアルベドは危険な一匹のモンスターだ。いや、元々危険だったからあまり変わらない、ともいえなくもないが。

 

アルベド「私の愛は本物です、()()()()様。例え御身が忘れていようと……、私だけは最後まで……。いえ、……それすら()()アインズ様は覚えていらっしゃらない」

モモンガ「……待て。何故、アインズと呼ぶ?」

アルベド「……そんなことを聞かれても詮無い事ですわ。……いえ、いえ……。だ、黙りなさい腐れ骸骨っ! 本物のアインズ様でもない……、ただのモモンガさ……の分際で……」

 

 背中が震えている。翼も震えている。

 恋愛に無頓着なモモンガでも分かることがある。それは空気だ。

 特に恋愛()()の空気は肌で感じ取れる自信がある。

 アルベドは彼女が愛する『アインズ』とモモンガが別人であることを理解して悲しんでいる。そうモモンガは()()()した。

 

アルベド「年中無休ナザリックに(つと)めてきた我々NPCを最後まで信用なさらなかったアインズ様……」

 

 重い言葉を受けてモモンガの肉体にダメージが入った、ような気分が襲ってきた。

 いやに現実味のある言葉だ。それもそうだろうと納得する。

 女性の声で。生の言葉で言ったのだから。

 これが機械的なゲームキャラクターのセリフでは何も感じなかった筈だ。

 

アルベド「至高の御方がいらっしゃる今は我々は単なる邪魔者でしかない。それはとても悲しい事でございますが、それもまた我々の御役目の一つにございます」

 

 乱暴だったり丁寧だったり。

 アルベドの言動は内容によって異なるところが不可解だと思った。しかし、分析しようにも自分ではどうにもならない問題に思えてしまい、声がうまく出せない。

 仲間が居れば、という思いが何度も起きる。しかし、呼んではいけないという予感もある。

 これはギルド長が責任を持って対処しなければならない。ただ、それだけ。

 狭量な自分の心が恨めしい。正しくアンデッドギャグだ。

 

 オーバーロード 

 

 突如豹変したアルベドに対し、数多(あまた)ある定型文(テンプレート)によれば『後ろから優しく抱き締める』が多く出てくる筈だ。しかし、前段階の事を思い返せばその方法は間違っていると言わざるを得ない。

 何故ならば――

 

 アルベドを殺そうとしているからだ。

 

 本当に殺せるのかは未知数だが、出来ない事は無い。なにせ従順なNPCだ。その設定が生きているのであれば――

 でなければモモンガは彼らを危惧し、信用しない。それが証明となる。

 

モモンガ「他の作品の事を知るならば……、私が何を知りたいか知っている筈だ」

アルベド「……至高の御方の考えは……分かりません。ええ、分かりませんし、分かりたくありませんとも。……知りたいと思った事はないとは申しませんが……」

 

 どっちなんだよ、と小さく呟きそうになったが辛うじて踏み止まる。

 情緒不安定な女性に余計な一言を掛ければ悪化する。それは()()知っている。

 ただ、実際に目の当たりにすると勇気がたくさん削ぎ落され、自信を持った言葉が言えなくなる。

 

アルベド「腐れアンデッド。貴方が何をしようとしているのかは分かりませんが、私は()()()()()(守護者統括)……。全て無駄だと知りなさい」

モモンガ「……無駄か……。確かにそうだろうな」

 

 名前も姿も忘れていたが役割は覚えている。

 ナザリックの防衛に関することは特に。そして――

 モモンガは意を決する。

 未だに振り返らない彼女はモモンガの行動を待ち構えているのだと、そう理解した上で――心に余裕が生まれた。

 期待されれば全身全霊で応えたい。特に仲間達に対しては顕著だ。そして、ここには多くの仲間が()()()居るのだから。

 危惧するものは解決されなければならない。不安要素は徹底的に。

 

モモンガ「正体を現したな。……いや、自身の防衛本能が目覚めた、というのが正しいか……」

 

 ある意味では『それでこそだ』と嬉しく思う。それはモモンガがNPC達に対してそう思っていたから。反面としては無理矢理に言わせている事への罪悪感だ。これは微々たるものとはいえ不快を覚える。

 NPCはきっと本音で接してきている。それを自分は無理矢理否定している。

 彼らからすればきっと――しかし、それでもモモンガは思う。信用するに値しないと。

 急に変化が起きた事に納得できるわけがない。その点でメンバー――特にたっち達――のメンタルの強さは疑問を覚えるほど。

 そこまでの境地はまだ自分には備わっていない。

 どうして受け入れられる。これは引退していくメンバーに対して思うのと同じくらいの疑問だ。

 

モモンガ「……引退した筈のメンバーがどうしているのか、も疑問に思わなければならないところだな」

 

 不自然としか言いようがない。だが、現れたことに対して(モモンガ)は嬉しいと思った。なのにNPCに対しては逆の感情を覚えている。

 彼らに対しても自我を得て嬉しく思ってあげるのが筋ではないのか。彼らもナザリックの一員なのだから。

 信用を勝ち取れない彼らは無理矢理モモンガに敵対している。それは悲しい事ではないのか。

 これを感傷と言えるのか。いや、言えはすまい。モモンガは煮え切らない自分の気持ちに嫌気がさす。

 だからこそ――これは通過儀礼で必要な事だ、と無理矢理に自分を納得させる。

 

 オーバーロード 

 

 気持ちの準備は整った。モモンガは背中を向けているアルベドに顔を向ける。

 必要な魔法は既に頭の中に用意できている。

 何をすべきか――

 戦略的な考えは普段以上に冷静に、仲間達に負けないくらい素早く、恐ろしく回る頭――それが何故、普段は発揮してくれないのかとがっかりするところだが今は脳内から雑念を払拭しておく。

 執務室の椅子に座り、ほんの僅かだけアルベドの姿を脳裏に残しておく。そして――

 インベントリ(異空間の倉庫)から周りの音を消すアイテムを取り出して放り投げる。それは即座に効果を発動した。

 

モモンガ「ここまでしなければならないのか? ……愚問だな。守護者統括だからこそ責任は重大だ。……そして、それはギルドを取りまとめる俺にも言える事だが……。信用とは……、結局のところ納得できるかどうか。それだけだ。……それだけなのにこうも重苦しい事態になるのは……、全く嫌なものだ」

 

 自分(モモンガ)が信頼するのは四〇人の仲間だけ。彼らの家族は含めないが――嫌な性格をしているなと呆れてため息が出そうになる。

 呼吸を必要としない種族とはいえ、人間の時と感じ方が違うのはまだ慣れない。けれども何故か、()()()知っているような気にさせる。

 感傷はほんの一時(ひととき)――すぐさま気を引き締める。彼の空虚な眼窩(がんか)が赤く怪しく(きら)めいた。

 

モモンガ抵抗突破力上昇(ペネトレート・アップ)魔法三重化(トリプレットマジック)上位魔法封印(グレーターマジックシール)魔法三重最強(トリプレットマキシマイズ)位階上昇化(ブーステッドマジック)魔法の矢(マジック・アロー)魔法三重化(トリプレットマジック)上位魔法封印(グレーターマジックシール)……」

 

 貫通力を上げ、数に物を言わせた魔法の洗礼を仕込んでいく。相手は防御特化のNPCアルベド。手加減しては彼女に失礼だ。

 遠慮なく、彼女の期待に応えなければ失望されるのは自分(モモンガ)だ。

 可能な限りMP(マジックポイント)を費やす。それが尽きればアイテムよる追加攻撃。

 遠慮はしないと決めた。だから、机に数十本ほどの短杖(ワンド)を並べる。

 

モモンガ「……よし。……アルベドはこれだけの物量に応えてくれるだろうか……」

 

 応えられなければ失望する。だが、何に対してと言われると分からないと答える自信()()はある。

 もし、可能性を見出してくれたならば――

 

モモンガ「……いや、希望的観測は俺の性格には不似合いだ。俺はただ単に信用できないNPCを打倒するだけ。……そこに愛は介在しない。だって……、こいつはゲームのキャラクターじゃないか」

 

 自分にそう言い聞かせた後で消音アイテムの効果が切れる。

 一対一の決戦だ。モモンガは仇敵と出会ったような気持ちを抱く。

 

 オーバーロード 

 

 何でもかんでも相手を信用する程お人好しではない。だからこそ他のギルドを潰し、上位陣の仲間入りまで果たした。

 対人戦において大切なことは仲間を信用すること以上に――

 相手をどうやって貶めるか、戦略を練る事だ。――もちろん、それは一人ではできない。

 少なからずの()()がどうしても必要だ。

 多人数プレイのゲームで一人天下など無謀、不可能。様々な比喩に例えられるほど愚かな行為だ。モモンガでさえそう思うのだから。

 

モモンガ「信用か……。そうだな。であれば……俺が成すべき事は至極単純なものだな」

アルベド「………」

 

 ――僅かばかりの為により精神を落ち着かせる。既に気分は敵と(まみ)えたプレイヤーだ。

 後ろを向いて油断している、とは流石に思わない。そして、アルベドを()()油断している間抜けだとも言わない。

 彼女は最上位NPCだ。仲間がそう設定し、創り上げた。それを悪く言えるものか。

 

モモンガ「……真っ向勝負は見ている分には好きなのだが……。これはこれでやり難いな。……だが」

 

 (さい)は投げられた。

 尋常に勝負と行こう。モモンガは胸の内で(つぶ)く。

 

モモンガ「こちらを向け、アルベド。私の命令に従うつもりが今でもあるならば……」

アルベド「ええ。言う通りにしますとも」

 

 アルベドはその場で身体を反転させ、涼しい顔をモモンガに向ける。

 白い手袋に包まれた両手は臀部付近で重ね合わせており、いかにも清楚であるとモモンガが見ても思うほど自然な振る舞いであった。

 表情は怒りに包まれていると思っていたが平静を保っており、薄く微笑んでいるようにさえ見える。

 

モモンガ「……うむ。お前達NPCがどのような存在か……。言葉が真実か……。結局のところ私には判断が難しい」

アルベド「………」

モモンガ「お前達の忠義とやらが本物なら我が命令を甘受せよ」

 

 アルベドは黙って胸に手を当てて軽く頭を下げ、また元の位置に戻した。

 超然とした(たたず)まいは見る者を魅了する。しかし、アンデッドに精神攻撃は無効である。――その筈なのだが、素直な感想としてモモンガはアルベドの姿勢を美しいと評価した。

 女淫魔(サキュバス)としての特性か、それとも彼女自身が元々持つ美しさのオーラか――

 

モモンガ「命令は至極単純なものだ。……ただそこに立っていろ。もちろん、()()()()()()()。その美しき姿()()()()()

アルベド「は……」

モモンガ魔法最強化(マキシマイズマジック)現断(リアリティ・スラッシュ)

 

 アルベドの返事が終わる前に――正確には彼女が喋り始めたのと同時にモモンガは最強格の魔法を放った。

 第十位階にして空間を切り裂く魔法である。それが術者の狙い通りにアルベドの首を深く裂いた。それと女性の命ともいうべき髪の毛もかなりの量が一気に床に散乱する。

 

アルベド「……ごぁ」

 

 いくら防御に厚いとはいえ最強の魔法だ。無傷ではいられない。

 本来ならば完全武装形態で戦闘に臨むところ。しかし、今は非戦闘モードともいえるドレス姿。

 強力な魔法に抗える筈もない。それ以前にモモンガの命令によって微動だにしない状態でいなければならない。

 

モモンガ「……さすがに一太刀とはいかないか。だが……、それだけではないぞ。ここからが……、()()()

 

 首の半分ほどが浮きかけたが強靭な肉体と精神力のようなもので頭を下方に押し留める。

 受けた命令は絶対である。それがナザリックに所属するギルドメンバー達に作られたNPCが持つ矜持。いや、それは強制的に与えられたものではなく、NPCがそうあれと願っているもの。そして――

 モモンガに理解されなかったものだ。

 

モモンガ「解放。……NPC達よ、その真意を俺に見せろ。命令に従うだけで幸せなど幻想だ。自我を得たお前達の本音を見せろ。俺達に従うのは振りであり、自由が欲しいと思うのならば自分の命を守れ」

 

 淡々とモモンガは言った。しかし、既に言葉は魔法の発動でかき消され、アルベドの耳に届いている保証は無い。けれども言わずにはいられなかったのはモモンガの本音ではないか。

 それを証明するすべはないが、それでも彼は()()()半分は信じたい気持ちがあった。

 完全なる非人間ではない。仲間思いの優しい一面を残している。そんな人間が完全に非人間であるNPCに訴えかけたのだ。

 自我を得た生命体ならば生存本能が働くはずだ、と。

 それこそが完全な人形ではない証明となり、モモンガも改めて付き合いを模索しようと――

 

 オーバーロード 

 

 いくら言葉で着飾っても現実はNPCの虐待である。今まさに無数の砲弾の様な魔法の洗礼が無防備な女性NPCの頭部に殺到している。

 少し千切れかけた首を何の支えも無く(まと)に変えて。けれども、それでもモモンガからの魔法を一つたりとも打ち漏らさず受け切っている。

 アルベドは身体を動かして魔法攻撃を拾っているわけではない。魔法の効果として標的を狙っているだけだ。

 指向性のものではなく誘導弾のようなもの。余程の長距離に転移でもして逃走しない限り、どこまでも追い続ける。

 低い位階だが、確実に相手にダメージを与える。*4それも間断なく一〇〇発以上ともなれば強固さが自慢のアルベドとして無傷で居られるわけがない。

 よく首が千切れずに耐えられていると感心すら覚える。

 

モモンガ「……短杖(ワンド)も七本目か……。未だに立ち尽くしているとは感心だな」

 

 人間の身であったならば足元に飛び散る様子だけで震え上がっているところだ。

 過度の流血すらモモンガにとっては見るも()えないものだが、アンデッドの身体のお陰で見物することに不快感はあっても視線を逸らすほどではない。

 まだ一分しか経っていないが一本目の角は既に落ち、長い髪の毛の一部は頭皮ごと散乱している。

 全て顔だけを狙っているので首より下は血まみれではあるが、ほぼ無傷と言っていい。

 下方に添えられた両手は今も変わらず現在位置にある。それは痛みに耐えて握り拳を作るようなそぶりを見せる事も無く――

 永遠とも思えるモモンガの魔法にも限界はある。使った本人も自覚している事だが未だに現場から撤退の意思を見せないアルベドに対して彼はただ見守っていた。

 よくあるテンプレートでは途中で魔法を切り上げ、よく耐えたと褒め称えるところだ。

 だが、その程度はモモンガも想定している。だからこそ、それ(中断)は選ばない。

 『選べない』のではなく『選ばない』だ。

 

モモンガ「自分の命が惜しくないのはやはり……、ゲームキャラクターだからか? 死んでも蘇るシステムがあるなら平気だろうな」

 

 蘇生方法が無ければモモンガとておいそれと試すような事をしたいとは思わない。

 けれどもNPCの本心が見えないまま生活するのも嫌だった。

 だから、これは必要な事だ。NPC達と触れ合うためには、と。

 

モモンガ「しかし……、それにしても……」

 

 ゲームの時と違い、生々しい現場だとモモンガは疑問に思う。

 肉片を細かく描写し過ぎだ。それにキャラクターの肉体をここまで詳細に設定できるものなのかも――

 素材にならない髪の毛などは最初の斬撃で消滅するものだ。それなのに床に散らばっている。

 角は二本共に転がり、眼球らしきものも。

 残りは形容しがたい肉片。それと歯。

 既にアルベドの顔の大部分は削り取られ、首より下だけが無事な状態だ。それでもまだ生きているのか、もうモモンガには分からない。

 ただ、ステータス的には生存している気がする。

 数は多いが所詮は低い位階魔法の弾幕だ。精々、HP(ヒットポイント)の半分も削れればいい方だと予想していた。

 ゲーム的な思考が現実と同一な訳が無い。けれども、そういう考えでしかモモンガは見る事が出来ない。

 耳に聞こえるのはドドド、という音と攻撃に耐えている首の骨の(きし)み。

 直に魔法による砲撃は終わる。全て耐え切ったところでモモンガにとってはどうということもない。ただ単に終わるんだなと思うだけだ。

 白いドレスは既に真っ赤。アルベドの血の色は赤い。白人系の人物であるから奇抜な色ではないことは察していた。もし青白い、というかほぼ青い肌の悪魔系であれば――

 

モモンガ「……何色だとしても俺の気持ちはきっと揺るがない。この平静な気持ちが……」

 

 真面目に喋っているが内心では気持ち悪い現場に不快感が限界まで来ていた。しかし、抑制される。そしてまた不快感が復活する。その繰り返しだ。

 途中から慣れて来たのか、惰性で眺めていられるようになったが実際の気持ちとしては慣れたくなかった。

 アルベドが心配だからではない。ただ単に――そう、ただ単に自分が嫌だと感じているからだ。

 

 オーバーロード 

 

 攻撃時間は実際のところ一時間もの長いものではなく十分以下の短いものだ。だが、体感時間的には一時間ほどかかっているように感じられた。

 豊富なMPとアイテムによる魔法の弾幕をたった()()()()の為に使うなどレイドボスでもないかぎり、あり得ない浪費だ。

 最終的にアルベドの強固な首は保たなかった。

 顔は見分けがつかなくなるほど――それ以前に形が崩れている――の全損状態。一気に砕け散らないのはアルベドの強固な耐久力のお陰――いや、安易に死なないのは拷問に匹敵する。

 千切れかけていた頭部は下顎を残したまま、上がほぼ無くなった後で(ようや)く堪える事が出来なくなった為に異音を響かせて後方に(こぼ)れた。それ以前にアルベドは既にこと切れていたと思うが――

 首の皮一枚残して垂れ下がる残りの部分は改めてモモンガが魔法で撃ち落とした。

 最後の一撃は何の抵抗も無く目標を撃ち落とすに至った。

 奇麗に頭部を失ったアルベド。しかし、その立ち姿は()()()()清楚な佇まいを残したまま。

 

モモンガ「……やっと終わったか」

 

 (モモンガ)の呟くような言葉の後で周りの光りが一斉に消え、モモンガとアルベドだけにスポットライトが当たる。

 僅かな時間ではあったがモモンガにとっては退屈な時間――だと思いたい強がりかもしれない。

 実際のところ彼の中では様々な葛藤やら感情が渦巻いていた。耐えろ、早く死ね。硬い、楽になれ、逃げろ。

 そのどれが自分の本当の気持ちなのか、結局最後まで理解できなかった。けれども、命令した責任だけは忘れていない。

 NPCは自分の命を――結局のところは――無駄にした。いや、至高の御方の命令に恭順しただけだ。なにもおかしくはない。けれども何かがおかしい。

 

モモンガ「生々しい現場だ。……ここまで事細かい肉体のデータなんてあったか?」

 

 答えてくれる者の居ない問い。しかし、それでもやはりゲームプレイヤーとしては疑問を感じる。口に出すのはご愛敬だとしても――

 結果は惨憺たるものだ。ここまで気持ち悪いことになるとは思っていなかった。

 椅子から立ち上がり、未だに立ち尽くすアルベドを見据える。脅威の再生能力を発揮することも無く、頭部のあった首から今も血が漏れ出ている。

 モモンガは血まみれの床に近づき、角や髪の毛の束など――比較的形が残っている――の大きな部位のみ回収して残りは魔法で消し飛ばす。

 奇麗にした床に満足しつつアルベドの首を覗き込む。

 

モモンガ「……いやにリアルだな。でも、もっと血がドバーっと出ると思ってたけど……。実際はこんなものか」

 

 アニメなどは過剰演出されているが実際は噴水の様な事にはなりえない。

 血液は単なる水分ではない。不純物を多く含み、乾いたとしてもある程度の粘度を保つ。

 出血を続ける首も固まりかけた血によって血管が塞がれる事になる。ものには限度があり、無限である筈がない。しかし、それが通用しない場合もまた()()かもしれない。

 これは誰も証明したことが無いので。

 

モモンガ「……俺、NPCを殺したんだよな。しかもタブラさんの娘ともいうべき存在を……」

 

 仲間に悪いことしたな、とは思うが殺したことに対する罪悪感というものはあまり実感が伴わない。

 それは単純にアルベドはNPCではあるが女淫魔(サキュバス)というモンスターだ。人間を殺すのとは違うと無意識で思ったからかもしれない。

 それと死んだら復活させればいいだけだ。その際、かなりの額を失うことになるけれど。

 

モモンガ「……まあ、何にしても……。命令は守った。それで……俺は褒美でも与えればいいのか? こいつらNPCに……。それと信用だったか……。何のために」

 

 たかがゲームのキャラクターに人間並みの待遇を与えなければならない理由が分からない。理解できない。

 冷静な思考だと残酷な結果ばかり現れる。

 自分で約束したことなのだが、どうしても人間とゲームキャラクターという超えられない壁の様なものに阻まれてしまい、上手く表現することが出来ない。

 

 オーバーロード 

 

 小一時間ほどアルベドの死体を前にして考えに耽っていたようで、仲間からのメッセージは全て後回しにしてもらった。

 カルネ村という村が実際にあったとか、ヤベーモンスターにたっち・みーが半殺しになりそうだとかあった気がするが――右の耳から入る情報が左へと素通りするが如く流れていく。

 モモンガにとって大事なことはナザリックであり、ギルドのメンバーだ。しかし、今は優先順位が狂っている。

 自分以外の事を優先させることが出来ない。冷静な思考でものを考えられている筈なのに。

 

モモンガ「仲間が危機だとしても今の俺はMPが殆ど無いからどうしようもないですよー」

 

 鼻歌気味に呟くようにモモンガは独り言を言った。

 歌いたいわけではない。言葉に抑揚が付けられなかったから。それよりも――

 命より命令を選んだ愚かなNPC。ただそれだけが心に引っかかる。

 自我を得た筈なのに自分の願望というものは無いのか、と。

 

モモンガ「命令されて喜ぶのは奴隷根性っていうんだ。俺はそんな奴は嫌いだ。信用もしたくない。なにより……、ナザリックの一員なら自由を選ぶべきだ」

 

 従順なNPCでなければ困ることは確かにある。しかし、それでもモモンガ個人としては自由を勝ち取り、どういう人生を歩みたいか『夢』などはないかと聞きたかった。

 夢などという子供じみた希望より、NPCはNPCらしく振舞っていればよかった。ただのゲームキャラクターのままで。

 

モモンガ「……なんてな。それじゃあアルベド達が今まで通り返事もしないキャラクターでいいのか。いいわけないよな。自我だぜ、モモンガ様。俺なら……、俺ならどうする? 外が現代社会なら働きに出るのか? 行かないだろう。化け物だし」

 

 何が最適解なのか。モモンガには分からない。

 モモンガ一人だけではいつまでも答えは出ない気がする。であれば頼れる仲間達に聞けばいい。

 だから――

 

 アルベドに対する全てを保留にする。

 

 そう決めた。

 信じないのではなく、これから一緒に考えればいい。元より彼らを――無条件で――信じる事など自分一人だけでは出来なかったのだから。

 それを無理矢理押し通した結果がNPCの殺害だ。

 モンスター退治よりも気持ち的に嫌なものになっただけ。いや、だけ、ではない。

 アイテムや魔法の無駄遣いが酷い。

 仲間に相談したらもっと効率の良い殺し方を伝授されそうだが――

 

モモンガ「……ああ。そうだ。ここまで耐えてくれたアルベドに何か……。そうだな。……お前の忠義、立派なものだったぞ」

 

 首の無い赤いドレスを身にまとうアルベドにモモンガは(ねぎら)いの言葉を告げた。

 

アルベド「………」

 

 それに対し、既に死んでいる筈のアルベドの上半身がかすかに動き出した。

 それを見たもモモンガは一歩後ずさった。首が無いから喋り出す事態には――結局のところ――ならなくて良かったと。

 しかし、これはおそらく――

 至高の御方の暖かな言葉を受けて恭しく(こうべ)を垂れようとした仕草かもしれない。聞こえていたのかは考えない事にする。想像するのが怖かったから。

 脅威の生命力を持つNPC――そう見た方がいいのかはモモンガには分からないが、残ったMPで回復役の別のNPCを秘密裏に呼びつける。

 無理に隠蔽したところで一番目立つアルベドだ。隠し通せるわけがない。モモンガ自身もそう思うほどなのだから。諦めて真実を告げる。ただし、ごく少数にだけ。

 他の階層守護者の耳に入れば全員の殺害に発展するかもしれない。しかし、呼びつけるNPCが一番信頼に足るのか、という疑問について――

 復活役が多く居ないのでやむを得ず、だったからだ。こればかりはどうしようもない。

 一番信頼できるメンバーに詳細を告げる勇気が湧かなかった。

 戦闘終了を告げるようにスポットライトの光量が減っていき、暗闇に閉ざされていく。

 

 オーバーロード 

 

 差し障りのないBGM*5が鳴り、それに伴い場面が明るくなる。

 更に時間が経過し、モモンガの執務室は何事も無く平静な雰囲気が広がる。

 少し前まで殺戮現場だと誰が思うのか。

 今更になって椅子に座っていたモモンガは思い出す。

 アルベドのドレスはどうして血で染まったのか、を。汚れなどは付着しないものだとばかり思っていた。彼女が身に着けていたドレスも魔法の武具の一つだ。着飾るためのものに見えるけれど。

 

モモンガ「真紅のドレスも似合うものだな」

アルベド「では、次はそのように……」

 

 復活したアルベドはいつもの清楚な佇まいでモモンガに答えた。

 自我を得たとはいえアルベドも自分の身に何が起きたのか、実際のところは理解していない。

 そういうものだと()()()思っていた事だから。

 モモンガがどうして怒ったのか、危惧したのか、彼女もまた理解できなかった。けれども、それはそれで些細な事として処理する。大事なことは至高の御方がどう思い、考えるかであって自分の事は二の次。それが正常な主従関係だと彼女は判断した。

 

モモンガ「鮮血によるものではないぞ」

アルベド「はい。心得ております。……それより()()()()様……」

モモンガ「……やはり、その呼び方なのだな」

 

 アインズはもちろんギルド名『アインズ・ウール・ゴウン』の事だ。

 アルベドは何故か、モモンガをそう呼ぶ。正しくはそう呼んだ方がいいと自分の中では思っているようだ。

 それがいつ、どうしてそうなったかについては理解していない。というよりはまだあやふやで明確に言葉に出来るほど固まっていない状態だという。

 アルベドの(げん)によればつい先ごろ、急に記憶が蘇った、または天啓のように頭の中に浮かんだ、と。

 平行世界(他の二次創作)の記憶が流れ込んだのではないかとモモンガは漠然と思ったが、詳しい事は他のメンバーに考察を依頼しておく。自分一人だけではやはり解明は難しいので。

 

アルベド「私がそうであるように、他の階層守護者……NPC達も同様の現象が起きる可能性がございます」

モモンガ「うむ」

 

 アルベドと普通に話せている。つい先刻まで深刻な間柄だったのに。今は長年連れ添ってきた仲間の様な感じだ。モモンガも今はNPCに対して恐れよりも報告を優先させている為か、意外と平静でいられることに驚いている。

 やはり仕事をしていると余計な思考に邪魔されず、物事に集中できる。その辺りは色々と思うところはあるが、と小さく苦笑する。

 

モモンガ「……しかし、私は未だに疑心暗鬼が抜け切らない」

アルベド「はい」

 

 優しい声質でアルベドは微笑みながら相槌を打つ。

 本当ならば自分を攻撃した憎き敵と認識されてもおかしくない。反面、それはモモンガ側も同様なのだが――

 

モモンガ「お前にも……色々と思うことはあるかもしれないが……」

アルベド「反旗を(ひるがえ)す恐れがある……」

モモンガ「……う、うむ。それはそうなのだが……。それがどのような形で現れるのか……」

アルベド「NPCの言葉では信用できないかもしれません……。しかし、我らはナザリック地下大墳墓の一員という自負がございます。創造主より(たまわ)った我々はかの者(至高の御方)達の御寵愛(命令)さえあれば……、それだけで幸せを感じられるのです」

 

 その言葉はいまいちモモンガには理解できない。それは単に自分がNPCではないから、ともいえないかと自問する。

 プレイヤーとNPCはそもそも成り立ちが違う。しかし、それでもモモンガなりに理解したいという気持ちがある。彼らを全面的に信用しない、と言いながらも――思いながらも――理解したい気持ちまでは失っていない。

 ギルドの仲間達が作り上げたNPCが大嫌いだ、というわけではないのだから。

 

モモンガ「『冴えない主人公は相手を理解するのに小説十冊分ほどの時間をかける愚か者である』か……」

 

 それは誰の言葉だったか。仲間達か、作家か。

 どちらにしても自分の知力では確かに時間が()()()かかりそうだと認める。

 アルベド一人に対して何か理解できたのかと言われれば、否だと答えられる。そう。あれだけの猛攻の後にもかかわらず、だ。

 殺しきっても理解できないのは自分でもどうかしていると思うほど。それでは全滅しても駄目だという証明でもある。しかし、それでは困る。

 

 オーバーロード 

 

 モモンガは美しきアルベドを眺めつつ別の方法を模索する。

 自我を得たNPCとは実のところ何なのか――

 それらは自分にとってどういう存在なのか。

 考える事は山積みだ。ゲームの中でも外でも忙しいのは少々――困った事態だけれど仲間達が居るから今は()()平気だと言える。

 

モモンガ「そうそう。たっちさんが危機に立たされているとかいないとか」

アルベド「たっち・みー様が危機とは……想像できない事態ですわ」

 

 軽く聞き流してしまったがどういう状況なのか。

 殺された、という情報は入ってきていない。(くだん)の『カルネ村』とやらに向かってどういう事態に陥っているのか、情報収集の命令を下す。

 

アルベド「畏まりました」

 

 型通りとはいえアルベドの奇麗な姿勢に少しだけ見惚れ、意識を危機対策に改める。

 そこには下心満載の愚か者の姿は一欠片(ひとかけら)も見出せない。(ただ)あるのはナザリック地下大墳墓の支配者モモンガ。それしかアルベドの目には映っていない。

 至高の支配者こそ自分が愛する存在である。それを疑う心など――こちらもやはり一欠片(ひとかけら)たりとも――

 

 

*1
新旧二種類のデザインが存在するが価値は同じである。一枚一枚独立したアイテムとして扱えるが通常のアイテムとは違う概念が適応されている。一枚当たりの重さが気になるところだが、実際は枚数表示だけで扱うことができ、通常のゲームプレイにおいて金貨の重さは無視して構わない。

*2
三期目の『ぷれぷれぷれあです』参照。

*3
CV 森永(もりなが) 千才(ちとせ)

*4
これはモモンガの術者レベルが高いからこそ可能となっている。一般の術者が高レベルクリーチャーにダメージを与えるのは至難の(わざ)である。最低でも合計職業(クラス)レベル六〇ないし難度二〇〇以上は必要だ。

*5
第一期第四話、陽光聖典との戦いを終えてアインズとアルベドの二人だけで歩いている時に流れたもの。



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第失禁章 独白異界決戦 キーノ村
#07 わん


 

 モモンガとアルベドが――あたかも――最終決戦に臨もうとしている頃、準備を終えたたっち・みー達は地上部にて簡易的な建物の制作を始めていた。

 向かうべき目的地である『カルネ村』の名前は知っている。だが、位置までは把握していなかった。

 通常であれば便利な転移による移動が(おも)だが、今回は地道に探してみようという事になった。

 正確性に欠ける地図では分かりにくいが現『ナザリック地下大墳墓』からかの村までは約三〇〇キロメートル。意外と遠く、王国領というのは読者が想定しているよりも広い土地柄だ。

 

ウルベルト「既に襲撃が始まっている頃ですが……。それはあくまで一般的な見解です」

たっち「我々が転移した時点で違う、というのもアリなのかは分かりませんが……」

 

 ()()()()()異世界に転移した、という事になったのだが、それが本当という確信はやはり地上に上がってから得たものだ。

 晴れ渡る青い空。白い雲などたっち達の居た世界にあっただろうか、というほどの美しさ。

 現実世界がディストピアである為に分かっていても見惚れてしまう。そしてやはり――美しい自然を守らなければ、という正義感をそれぞれ持ち始める。

 ウルベルトも率先して壊したいと言わないほどだ。しかし、いつまでも見ているわけにはいかない。

 

ブルー・プラネット「自然はどうでもいいのですが、村を救う意味があるかどうかは議論しないのですか?」

ウルベルト「……まあ、確かに疑問に思いますよね」

 

 ギルドメンバーが話し合っている合間、シモベや地上に上げた階層守護者達は建物の建設に忙しく動いていた。本当ならば側に控えて会話内容に耳を傾けたい気持ちがあったけれど、今は与えられた仕事に集中している。

 自我を得た事自体はたっち達も把握しているがモモンガほど警戒している者は少ない。

 力関係で言えばレベル一〇〇のNPC(ノン・プレイヤー・キャラクター)が全員敵になったとしても迎撃できるだけの戦力がある。もちろん、警戒を怠ることは出来ないけれど。

 その辺りを突き詰めて行けば全滅にしかならない。であれば無駄な議論はするだけ無駄だ。

 

タブラ「……モモンガさんは仕方が無いとして、我々はドンと構えておきましょう」

ぷにっと萌え「メンバーの大半が実はモモンガさんの事が嫌い、という隠し設定が出たら可哀想ですよね」

死獣天朱雀「……原作は是非ともどんでん返しのような状態になりませんように」

ペロロン「俺達はいいとして他の上位ギルドの連中はどうでもいいのかな? 大抵俺達のリアル事情は特別な人間扱いさせることが多いと思うんだけど」

 

 多くのプレイヤーの中で特別な人間は一人も居ない。貧富の差こそあれ、人間であることに違いは無い。

 では、たっち・みーは特別かと言えばそうでもない。

 最強格ではあるが無敵ではない。総理大臣でもない。宇宙から来た使者でもない。

 他人より努力した人間である。

 

ぶくぶく「都合よく個性的な人間が集まるとも言えないし、仲違いも普通にするもんね」

餡ころ「それより私の種族はどうなるのかしら。動物系異形種か、精霊系か……」

やまいこ「一度は全員が揃っている話しが読みたいものだわ」

ペロロン「やまさんは先行して登場してたよね? 死んでたみたいだけど*1

やまいこ「よその作品の事は知りませんし、その設定がそのままオバロに適応されている保証もありません」

 

 ぶくぶく茶釜達が居るが村に向かう者と居残り組が混ざっているだけである。

 それぞれ地上の様子を見物しに来ただけだったり、攻略用のアイテムを整理したり、様々だった。

 地下に残っているのは部屋やNPC達の総点検を請け負う一部のメンバー。

 全員が外に出た瞬間に怪しげな事態に巻き込まれてしまう事を防ぐ狙いがあった。杞憂であればよし。それ以外であれば知恵を出し合う。

 

 オーバーロード 

 

 村の捜索の為に持ち出してきた大きな姿鏡のようなアイテムを早速操作する。

 魔法とは違い、見たい風景を指定するのではなく漠然とした俯瞰風景を映し出す。ただし、移動速度は早められないので地道に村が現れるのを待つしかない。

 アイテム名は『遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)』という。

 

たっち「ある程度手放しで操作できるのは赤外線とか出ているからでしょうか?」

タブラ「魔法的な効果としか言いようがありません」

ウルベルト「……昔から使ってきたはずなのに今更感が……。やはり説明口調で進めないと駄目なんですね」

ぶくぶく「いや……まあ、ねー。熟練した動きだと……、何やってるか分からないわよ」

 

 アイテムや魔法を使っているのだが効果が不明。だけれど事態はどんどん進んでいく。そんな内容の小説が面白いのか、と言われると疑問であるとしか言えない。

 アニメのような目で見てわかる表現(ビジュアル)であればいいのだが、今は文字のみが頼りだ。

 

獣王メコン川「モノホンの熟練ギルド調だと専門用語のオンパレードだし、略語だらけなのと早口。三文字の英数字が多い会話とか嫌でしょう?」

弐式炎雷「確実に一見さんお断りになるよね」

武人建御雷「我々の名前も愛称だらけでは区別できまい」

弐式炎雷「武人さんは片仮名で喋った方が()()()気もしますけど」

やまいこ「そうなるとボクも同様になっちゃうけど?」

 

 人数が多いと必然的に会話量も増えてしまう。そうなると動きを付けるのが難しくなる。

 まるで●●の作風ような有様だ。

 

ぶくぶく「対して動いていないから●●って人の作品らしくても構わないと思うけれど……。会話だけってのは味気ないよね」

ペロロン所謂(いわゆる)ぬるぬる動くって奴かな? そろそろ説明するのやめる?」

 

 大仰に翼をはためかせるペロロンチーノ。

 上方向と下方向用に二枚ずつの翼を持つ鳥人(バードマン)は読者の為に無駄な動きを見せる。

 彼の(ぶくぶく茶釜)は種族ゆえか目立った動きは表現できない。人型に形作らない限り、他の粘体(スライム)種と大差が無い。

 

餡ころ「あんたたちは良くても作中に出してもらえない我々は単なる黒いシルエットよ。この場合、どういう風に動けばいいわけ? 仮初のアバターでも設定してもらった方がいいの?」

 

 何らかの種族が何らかの動きを見せる。

 そんな表現方法で納得するのか。何の能力が使えそうとか想像することが難しいままというのも――

 

獣王メコン川人鰐(ワークロコダイル)人虎(ワータイガー)。どちらがいい? そろそろ出番だと思うけれど……。近い種族というのも芸が無いが、ルプスレギナの為に意見よろ(よろしく)

弐式炎雷「忍術というと他の作品を参考にした方が早いんだけど、読者のみんなはどういうのがいい? 精神系魔法か、それなりの特殊技術(スキル)を使った戦い方が見たいとかある?」

 

 ギルドメンバーは()()()()()()()に向かって尋ねた。

 それで応えくれる者が居るとすれば不可視化したクリーチャーくらいだ。

 読者――視聴者――に語り掛けるタイプは体験型といい、少し前の海外ドラマでは良く使われた手法である。大半は笑いを起こさせる。

 一方的な近代の作品は配慮ばかりされていたが、別に巻き込んではいけない事は無い。

 作品とは皆()創るものであって作者だけで完結させなければならないものではない。そうなのだが、今は完成度を求めるあたり、一方的なものが多くなってしまった。

 出来不出来は読者(視聴者)の気分次第。それでは何も発展しない。その証拠に『ロックアカウント』は実に盛況である*2

 

 オーバーロード 

 

 仲間達が盛り上がっている間にタブラは(くだん)の村を見つけた、と嘘をついた。いや、嘘をついてみた。反応は希薄で終わったけれど*3

 大抵の物語は場面転換した後、都合よく事態が進んだり事件が起きたりする。しかし、そんなことが現実的にあり得るのか。

 

ぷにっと萌え「移動速度から考えて小さな村を見つけるより大きな都市の方が早いに決まっている」

タブラ「目測があてにならないのは今も昔も変わらない。……ここはのんびりと捜索するしかありません」

 

 本当ならすぐにでも駆けつけるイベントの筈だが、たっち達は捜索組みを急かしたりはしなかった。ただどっしりと構えて報告を待っている。

 ウルベルトも話し半分に参加しつつアイテムの点検をしているほど。

 原作の流れで言えば明るい内に向かわなければならない。けれども、今作は原作とは違う。なぞる必然性も無い。

 まして()()()()に行かなければならない理由も無い。

 ――ただ、出だしのストーリーにおいて必要かなと思う程度。

 何でも原作をなぞれば誰でも簡単にストーリーが書けてしまう。反面、それから逸れると全く進まなくなる。

 大抵、勢いがあるのは最初だけ。気が付けば本を片手に――アニメを見つつ――書き写しの作業が半分以上を占めている事になる。

 実際●●●●は原作通りと前書きで書いている。該当部分は省略しているから不正には当たらないが二次創作としては失格だ。何がと問われれば全てを書き切っていないし、書き切れない内容を原作そのものに丸投げしている*4。物事に変化を付ければ(おの)ずと原作とは違う流れになるのが必定。だからこそ『原作と同じです』とは――

 

ぶくぶく「ここでマーレ*5を首をへし折った状態にしたらどういうストーリー展開になるの?」

ペロロン「……自分のNPCにそんなこと出来る?」

ぶくぶく「創造者の特権だから出来るんじゃない? 何かおかしなこと言った?」

ベルリバー「全然。規約的にNPCを殺害してはいけない、とは記載されていない」

ブルー・プラネット「……半数が地上に出ていて、残りは地下に居るってことでいいのか?」

 

 モモンガは地下に居る事が確定している。しかし、残りのメンバーはあやふやである。

 名前が出ているメンバーを除くとごく少数に思えるほど。

 名前付きの登場人物が多く居ると配分調整が難しい。

 

弐式炎雷「自分達のNPCに自我が芽生えたことについて。特に思う事がある人ー」

 

 手を上げつつメンバーに問いかける忍者。

 半動像(ハーフゴーレム)という種族であるが、これがどういう種族かというと人間と動像(ゴーレム)の混血という訳ではない。しかし、見た目的(めてき)には間違ってもいない、ように見えてしまう。

 簡単に言えば『見たまま。人間と動像(ゴーレム)の融合体』である。どのような出自があってそうなったのかは不明。

 

タブラ「いや別に」

 

 脳食い(ブレイン・イーター)の異形種であるが一つだけ注意点がある*6それ(脚注参照)さえ守っていれば何も言うことは無い。

 

ぷにっと萌え「右に同じ」

 

 死の蔦(ヴァイン・デス)という異形種となっているが葉っぱの集合体の様な姿をしている。絞め殺す蔦(ギャロップ・アイビー)の上位種か近親種だと思われる。

 

やまいこ「タブラさんは一番NPCの登場頻度が多い(高い)よね? それでも気にならないの?」

タブラ「気にしたところでどうにもならないでしょう。あいつらを現実世界に召喚して養うとかできるわけもなし。出来たとしても化け物だし。外見が可愛いからって何かしなければならないんですか?」

餡ころ「……創作物の登場人物だと何かしなければならなくなる病気を発症するよ」

タブラ「大型モンスターを会社に連れて行けるわけないでしょ。連れて行けたとしても自分たち以外のギルドも同様ってことになる。そちらは無視していいの?」

 

 NPCを作っているのは『アインズ・ウール・ゴウン』だけではない。

 獣人系ギルド。天使系ギルドがあるのだから、彼らの事も議論に乗せなければ平等性が失われる。

 

ペロロン「うちのシャルティアはどうしようかな……。多くは捨てられた、になってるみたいだけど……。よくよく考えてください。サービスが終わるゲームのキャラクターですよ。持ち帰りを選びますかね?」

 

 仲間()()に語り掛けるようにゆっくりと言った。

 この調子で全員分書いていたら日が暮れてしまうし、カルネ村を発見する頃には全てが終わった後、ということも――

 

 オーバーロード 

 

 ご都合主義だとしてもストーリーを進めなければならないので何日も時間をかけているわけにはいかない。

 探したいものは何日もかかるし、粘れば本気で一週間かかった、ということも実際にはあり得る事だ。それを無視するのは(いささ)か幼稚――

 たっち達としては折角晴天に恵まれた()()()だ。のんびりと探訪したい気持ちがあるし、襲われる村の事も気にかかる。

 

たっち「あくまで原作通りであれば……、の話しだけど」

ウルベルト「平和のままだと我々の旅の目的が無くりますからね。何も起きないオバロでは……」

 

 事件を熱望するのは不謹慎であることはウルベルトも理解している。しかし、それでも襲撃イベントが起きると分かっていて無視するのは面白くない。

 行動の幅を増やすには地道にイベントを消化する以外に無いのだから。

 

タブラ「ある程度の見当はついてますからもうすぐですよ」

ぶくぶく「で、マーレの首を折っていいわけね?」

ペロロン「……どんだけ自分のNPCが嫌いなんだよ」

ぶくぶく「……だって、自我が芽生えるなんて思ってなかったもん。皆だって異世界転移を想定してキャラメイクした? しないよね?」

餡ころ「嫌がるなら好きになる設定にしておきなさいよ。……っていうのは無理か」

 

 想定していない、または出来ないからこそ好き勝手にキャラクターの設定を書く。

 こだわりがあるならまだしも適当だとぶくぶく茶釜のように困惑する事態になる。それは彼女一人だけの問題ではない。

 

ペロロン「今頃モモンガさんはアルベドのおっぱい揉みのイベントなんだろうな」

ぷにっと萌え「定番ではありますが、案外殺害イベントに移行しているかも」

 

 蔦のモンスターが話題にした時、丁度タイミングよく――見計らったように――タブラにモモンガから連絡が入る。

 内容はアルベドの処遇。しかし、探索に意識を集中していた為、適当な受け答えをしてしまい、途中で切られてしまう。

 既にアルベドは自分の手から離れた存在だという認識を持っていたタブラにしてみれば興味を抱くものではなかった。

 

ぷにっと萌え読点(とうてん)が無い長文だと読む時、窒息しそうになりますよね」

タブラ「呼吸を必要としない種族にとっては造作もない事です」

ペロロン「アルベドが死んだら、どうなるんだっけ?」

タブラ「別に。どうもなりませんよ。復活費用が気になる程度です」

 

 表情の変化の無い偽装分身(アバター)ゆえか、何を言っても平坦に聞こえてしまう。せめて『感情(エモーション)アイコン』が出せなければ会話に不都合があるのでは、と思ったものが何人か。

 

ぷにっと萌え「NPCは独自の復活方法がありますから、レベルダウンとか気にしなくていいんですけどね」

やまいこ「アンデッドもアンデッドとして復活できる……。普通に考えておかしいよね」

餡ころ死の大魔法使い(エルダーリッチ)死の大魔法使い(エルダーリッチ)として復活させないといけない、と思っている人が大勢いるらしいよ。よ~く考えてご覧。それがおかしいことに……」

ペロロン「姉貴はアウラ達を大事にしてあげなよ。闇妖精(ダークエルフ)とはいえ森妖精(エルフ)種は癒しだから」

 

 ギルドメンバーの近くでは今も作業に従事しているシモベやNPCが居る。その近くでかなり物騒な話題をしている事にペロロンチーノは気にかけていた。しかし、恐怖心は覚えず、平静とした気持ちのまま。

 

ウルベルト「……メンバーが居るとNPC達はほんと喋りませんよね」

ペロロン「単に我々がセリフの機会を奪っているだけですよ。あいつらはあいつらで何かしら喋っているようです。……会話しているのに興味を示さないこちら側の方が凄くない?」

ベルリバー「語り合うほどの話題があるわけも無し」

やまいこ「つい先日まで一緒に居たわけだし、新しい発見とかあるものなの?」

ペロロン「いやいや。我々は何年も彼らに会ってなかったでしょう? 引退組も居るわけだし」

餡ころ「永遠にゲームで遊べるわけないじゃん。……言いたい事は理解できるけど」

ぷにっと萌え「……メンバーが揃っても喋りが中心でストーリーが進まないな。これじゃあ居ない方が効率的だよね」

ぶくぶく「でも、想像の中だけの私達ってかなり美化されているよね。実際はこんなもんよ」

タブラ「神話関係を適時長文でのべつ幕なし言っているらしいイメージがあるらしいけど、私はそこまで博識扱いなのか? 記憶力に自信がある設定は無かった筈だよ。好きな分野はついつい語りたくなるって意味なら……」

弐式炎雷「オバロで会話が少ないキャラは音改(ねあらた)さん、ぬーぼーさん、ばりあぶる・たりすまんさん。……意外な枠として源次郎さん。最近色々と判明したガーネットさん」

ぶくぶく「後はテンパランスさんとフラットフットさん。側に居るけど無理に喋る必要性は無いよね。……ここまで一時間以上も経過したように感じるけど、まだ十分程度だから」

たっち「全員が喋り出すと延々と続いてしまう。ある程度は制限しないと」

 

 何も喋らないキャラクターも居る。

 地下に今も居るスーラータンやヘロヘロなど。

 観客(読者)からすればさっさと村に行って王国に向かい、帝国を経由して竜王国か聖王国まで攻略してこい、と抗議が上がるところだ。

 文字数的には二万字以内で。

 それくらいのダイジェストさだと書籍を出している世の作家たちの苦労が水泡に帰すレベルである。

 

 オーバーロード 

 

 誰かに急かされたわけでもない。鏡を見つめるたっちもウルベルトもタブラに早くしろ、とは一言も言わなかった。

 焦りが無いのは種族のお陰。異形種は人間の時とは違う機能を()()()発揮してくれるようだ。

 

ペロロン「……良く書かれる定型文(テンプレート)は『……って言ったら嘘になる』だ。作者は意図的に書かないすべに長けているから恐ろしい」

ぶくぶく「そうだね。意図的に『じゃないですか』も書かないし。書くとすれば意識して書く」

たっち「他の作者と違う部分はそこだ。では、この作者の無意識で書く文とは何なのか」

やまいこ言葉にするのは簡単だっ!

餡ころと思ったっ!。または、とっ!

獣王メコン川「乱用されてきた『だろう』に代わって使われ始めた『と言える』も増えて来たな」

ぶくぶく「粗探しはやめなさい」

ペロロン「他の創作だと『やめて差し上げろ』だよね。どこのセリフから盗用してきたんだか……」

ウルベルト「その『なんなのか』ですよ。後、誤字脱字扱いされる例の熟語……。それと大部分ですでに書かれている単語ですね。それは別に……」

弐式炎雷「そうでござったか」

武人建御雷「プシュー。俺……口から冷気とか出さないし……。シカシ、一向ニ事態ガ進マナイノハ如何トモシガタイナ。……片仮名表記ハ書キ難イ……、イヤ言イ難イ……」

ペロロン「そうでありんすね。へいへい、創造主の特権は便利でありんす。……やめようか。俺達は口調に特徴を付けるようなプレイスタイルじゃなかった気がする」

ぶくぶく「オバロでクセのある喋り方をするのはごく少数。あの豚鬼(オーク)ですらブヒブヒ言わなかった。きっと獣人(ビーストマン)も標準語よ」

武人建御雷「じゃあやめます。みんなも標準語でいいな。セリフの前に名前が書いてあるから混乱はしないだろう」

ウルベルト「敬語が基本とはいえ……。今はもう自由に喋っていますよね。砕けた言い方というか……」

たっち「はっはっは。皆さん割と自由で頼もしいですね」

ペロロン「気が大きくなっているというか……。人間時代の気持ちがある筈なのに悲壮感は無いんだよね。粘体(スライム)だから酷く間延びした喋り方になるでもなし、思考も特に変化なし。……人間が食いたいとか言い出す(やから)も居ないようだし」

弐式炎雷「あー。そういうシチュエーションはありますよね。ナザリックの食料は優秀ですから切迫した状況ではないのが強みだから、ではないでしょうか?」

ウルベルト「炎雷さんは標準語だと違和感がありますね」

やまいこ「ボクっ子は私とユリだけみたい。それくらいは良いよね?」

餡ころ「わん」

たっち「脚本というか台本形式らしい書き方で安心しました。やはり大人数を扱う場合はこういう書き方じゃないと無理です」

 

 セリフの羅列だけでは進展が分からない。だが、無駄なお喋りが続いているだけだから仕方が無いともいえなくもない。

 一斉に喋る上で表現に困ることはセリフの重なりである。

 アニメなどを視聴すれば分かる事だが、相手が喋り終わるまで大抵は待っている。

 間延びした喋り方のキャラの場合は途中で遮らないとスケジュール的に厳しくなる。

 名前・名前・名前のように一列に並べるのも芸が無い。後、多重括弧。

 

ぷにっと萌え「リアルタイムにアグレッシブなセリフの進行というのは文字の世界では無謀です。最終的には少人数での会話劇に落ち着くのが関の山」

たっち「……全員分の動きをいちいち書いていたら凄い分量になるんでしょうね」

タブラ「そりゃあなりますよ。後都合よく事件(イベント)を起こせば限界文字数である一五万字も余裕で突破できるほどに」

ペロロン「ずっと喋りっぱなしだとストーリー進行が止まったままになりますから、どういうストーリーなのか読者には伝わらない」

 

 (おもむろ)に翼を広げる。すると側に居た獣王メコン川に当たった。

 こういう都合のいい衝突イベントを――意図的にも――起こせるのは見えない文字の世界ならでは。

 

獣王メコン川「いてーじゃねーか、ぶっ殺すぞ。……という仲違いイベントのフラグでも立てとく?」

ペロロン「……それは一先ず無しの方向で。あちこちで殴り合いが起きるとただのバトル小説になってしまう」

 

 本筋を無視してトーナメントで時間稼ぎをするかの如く――

 ここまでまだ一時間も経っていない。喋り続けていても意外と時間が経っていないことはよくある。

 

ぶくぶく「弟の翼は四枚だよ。上二枚、下二枚。顔は仮面で隠されているが猛禽類の(つら)だ」

ペロロン「メコン川さんは今のところモザイク処理の姿だ。確定するまで……」

獣王メコン川「ヤダな……。確定した姿でストーリーに参加したい」

 

 こういう時、読者の意見が欲しくなるが寄こしてくる人が全く居ない。かといってアンケートに答えてくれそうな気配も無い。

 待てども待てども作者の裁量によって進まざるを得ないのが実情。

 

 オーバーロード 

 

 そろそろ()()()()()()()()()()()()事にしようかなとタブラは思いつつ鏡の様子を見る。

 実のところ平地と樹木ばかりで変わり映えのしない風景が続いていた。旅人の姿は無く、モンスターの姿も映さない。

 

タブラ「……現実ってこんなもんだよな」

 

 アニメは『放送枠』がある程度決められてしまうのでのんびりと異世界を散策する余裕を持つことが出来ない。

 紙媒体は都合によれば結構な分量を増やすことができる。ただ、一定のページ数を超えると値段が割高になってしまう。それを我慢、または許容できれば立方体近くまで製本することは――物理的にも――可能である。

 

タブラ「……方向は合っている筈……」

ブルー・プラネット「地道な探索はいつだって時間がかかるものです」

獣王メコン川「階層移動だって一つずつなのに一気に上に出られると思っている読者が多そう。そうじゃねーから。原作をちゃんと読めよ」

 

 立ち入り禁止に入れなければ説明に矛盾が生じる、と思われるが階段は含めていない。

 回廊そのものは移動制限に引っかからない。第八階層とて守護するNPCが存在し、それらからの報告は原作でも受けている事が判明している。だから、矛盾はしていない。

 読み込みが不十分なだけだ。

 原作に書かれていないことは出来ない、というバカな理屈を持っている限りオバロを理解することは不可能である。

 

弐式炎雷「まさかうちのナーベラルは変身*7が一人分しか出来ない、なんて思っている読者が居たりしないよね?」

武人建御雷「居るわけねーだろ」

タブラ「……それより……なかなか見つからない。最悪、カルネ村が滅んでても怒らないでね」

たっち「怒りませんよ。私がやっても同じ結果だと思うので」

ウルベルト「死体が転がっててもいいです。そこは柔軟に……。村さえあればいいんで」

たっち「私としてはある程度生き証人が居てくれるとありがたいです」

ウルベルト「そうですね。全滅した後に向かったら責任を押し付けられそうですからね。……やはり生き残りが居るのがベストでしょうか? 最悪、何人か蘇生させてしまえばいい」

ぶくぶく「……無茶苦茶ね。でも、嫌いじゃないわ」

 

 テンポ良く事態が済む(進む)のはご都合主義だけだ。いくら原作知識持ちだとしても実際の現場に対して二の足を踏むのは想定内。

 脚本の観点ではありてはいけないミスではある。だが、それをあえてすることで彼らが()()()()苦労することのできる存在だとアピールすることができる。

 運営はクソだ、しか言えない他の二次創作は全く()って説得力が無い。

 詳細な説明を求める。それが出来れなければオバロを理解したとは到底言える筈もない。

 

餡ころ「どうやら『海上都市編』は書かれないみたいよ」

ぷにっと萌え「……ふーん」

 

 原作に出てこないストーリーなら何の興味も無い。少なくとも設定すらも、と付けば考えるだけ無駄な労力である。

 全体像を全て公開する気のない原作者であれば仕方がないと諦めるしかないのだが、世の中の創作物の多くは全て解明されたものばかりではないのもまた事実――

 

ペロロン「あー、別に俺達鏡の前で待機していなくてもよかった。ちょっと散歩に出かけてもいい?」

ぶくぶく「子供じゃないんだから自分で判断しなさいよ」

ペロロン「……ついつい。俺達社会人設定を持っているのに子供じみた精神年齢にされているよね? 大人はそう簡単に叫ばないよ」

ぷにっと萌え「まして異形種である今は大抵の事に平静でいられるし、滅多に驚かない」

ウルベルト「内なる声ではどうなっているか……。絶対は無いけれど感じ方がぐっと減っているのは何となく……」

 

 イエス、ロリータとか言わせて楽しいのか*8。月並みに溢れて王道だと言われても所詮は烏合の衆。それと『たっち・みー』の名前の由来をバカにし過ぎである。

 間違っても叫ぶための言葉ではない*9

 

たっち「……本名から名付けたのであれば自ずとどんな名前か想像できるでしょうに。別に触れさせないために名付けたわけでもない。よく考えてください*10

 

 通常の小説ではこういう説明は出来ない。メタ発言云々(うんぬん)を平然と可能にできるのも――

 いや、所詮は本筋の小説(作品)ではない。ただ、あり得たかもしれない可能性の一つに過ぎない。

 

たっち「設定*11に従うなら名前に相応しい種族になっています。それもまた読者の反応次第でどうとでもなるものですが……」

 

 深読みが出来ない読者は置いておくとして、現行いつまでも会話文を続けるわけにはいかない。そろそろイベントを進めなければ単なる文字数稼ぎと大差が無くなってしまう。だが、それでもわざとらしいイベントの発生は許容できない。

 何事も自然に。必要な時に起こりうる可能性として認識してもらわなければ――

 

ペロロンバ~カ!

 

 大自然に向かって叫ぶ鳥人間。

 それで事態が動けば誰も苦労はしない。

 

ぶくぶく「いいからあんたはさっさと近場を調査でもしてきなさい」

ペロロン「意味も無く超位魔法をぶっ放してみるのもありかな?」

餡ころ「平地を焦土に変えてもねー。大量のモンスターが蔓延っているならともかく」

 

 居るには居る。

 自分達こそが現場に蔓延る大量のモンスターだという事を無視しなければ。

 

 

*1
『歌月十夜』のミニシナリオ『黎明』を参照。

*2
二〇一九年五月時点で四三〇〇ユーザー以上が処分されている。

*3
一緒に鏡を見ていたメンバーの目にも平原と森しか映っていないから当然の結果である。

*4
ここからここまでは原作と一緒です、と書く行為。コメディ調やネタに走るタイプならありえるがシリアスでは許されない。

*5
マーレ・ベロ・フィオーレ。CV 内山(うちやま) 夕実(ゆみ)

*6
脳食い(ブレイン・イーター)系の種族を表現する場合、決して『タコ』と書いてはならない。必ず『イカ』――またはイカ系の生物――にしなければならない。訴えられたくないので説明はここまで。正しく書くとなると、●●●●●・●●・●・●●●●社が提唱するオープンゲームライセンスの『製品の独自性』によって保護されており、オープンソースとして使用できない。ハーメルンが規約で定める禁止行為のようなもの。

*7
確かにナーベラルは種族レベルの都合で一種類――一体分しか変身技能を持っていない。しかし、他の方法も使えない、というわけではない。事実、web版では冒険者モモンにも変身している。彼女が保有する()()特殊技術(スキル)――または種族特有の――などを利用すれば偽装の数はどうとでも増やせる。もちろん、デメリットを考えればおいそれと使えないわけだが――

*8
あくまで個人の感想です。

*9
評価が高い作品が言い出した事であって公式ではない。

*10
初期設定から現在までの種族構成や職業(クラス)構成が必然的に決定される保証はどこにもない。if(イフ)の世界線において彼が世界王者(ワールドチャンピオン)にならなかった事態を考えれば意味を無くす事態もあり得る。その場合の事も想定すべきである。

*11
これを書いている作者の活動報告を参照。



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#08 自害しろ

 

 よくよく考えれば魔法のアイテムを利用するより空を飛べるメンバーに上空から捜索してもらう方が効率的ではないか。

 ――という案が出た。しかし、これは姿を晒すデメリットがある。

 ゲーム時代であれば十分な対策を講じるのが常である。その辺りの描写に専念していると中々先に進め無くなる。

 戦略が大好きな人にはご褒美かもしれないがストーリーが読みたい(読者)にとっては拷問である。

 先にも書いたように『冗長』となるので。

 どんな小説も無から有を生み出す。予備知識がある読者と無い者とでは感じ方も違う。

 

ペロロン「そうだ。空を飛べばいい。……というセリフをいちいち言わなければ伝わらない」

 

 種族特有の特殊技術(スキル)によって浮き始めるペロロンチーノ。どういう訳か羽ばたきをせずに宙に浮いている。

 本物の鳥類であれば人型の身体のまま空を飛ぶことは骨格からも難しいと言わざるを得ない。

 まず必要な筋力。揚力が――

 

ペロロン「という小難しい理屈を無視できるのがゲームキャラクターの摩訶不思議なところです」

ぶくぶく「……ところで一〇〇〇字足らずの小説ってどういうものになるの?」

ぷにっと萌え「……どういう風になるんでしょうね。時間にして数秒というのは分かります」

獣王メコン川「……何だか本筋から逸れているような」

たっち「決まり切った二次創作はたくさん作られましたからね。今更ならあえて行かない事も一つの選択です。ただ単に喋りだけで終わることは無いと思いますが……」

ウルベルト「もう忘れられていると思いますが、今作は我々が主役になる()()の話しです」

 

 そうならないと困る。

 タイトル詐欺という言葉があるくらいだ。

 

ぶくぶく「おお、弟よ。空は快適かい?」

ペロロン「……ゲームと同じだから新鮮味は今一つ……。だけれど肌に感じるものがあるのは確か……。その辺りを上手く表現できないのが残念な点かな」

 

 無駄な容量(リソース)を削減――または(はぶ)いて――してきたユグドラシルというゲームと違う事は理解している。ただ、言葉にするのが簡単なようで難しい事がある。

 体感的なもの。それは個人個人違うものだ。人に言ってそのまま受け取るとは限らない。それに仲間達は殆ど違う種族だ。同じ感覚である筈が無い。

 

ブルー・プラネット飛行(フライ)*1

ペロロン「そこは『迅速飛行(スウィフト・フライ)』では?」

 

 ペロロンチーノが指摘した魔法は森祭司(ドルイド)専用の飛翔魔法だ。ブルー・プラネットの詳細なステータスは無いが魔力系職業(クラス)を持ち、尚且つ術者レベルが充分にあれば『飛行(フライ)』を使うことができる。*2

 

 オーバーロード 

 

 鳥人(バードマン)と何だかよく分からないモザイク生命体が空を飛び、上空から村の捜索が始められた。ただ、ペロロンチーノは単なる飛行遊泳だ。

 森と平地。合間に広い獣道が見えるだけで人の姿は無い。

 人口の多い都市部育ちの現代人にとって近代的な建物が無いだけで新鮮な風景に映る。まして空が青い。

 

ブルー・プラネット「……この大自然をナザリック地下大墳墓に再現できないものか」

ペロロン「そういうシステムがあれば出来そうですが……。個人コンソールが出せない今は眺めるだけで我慢しましょう」

ブルー・プラネット「勿体ない。……でも、変に人工物にするよりはマシか……」

 

 ゲームの世界は色合いが気持ち悪いものだったが、こちらの自然は人工的な気配がまるで無い。

 ただ、それなのにゲーム的な機能が色々と使えるのが疑問だ。

 相反する概念がある筈なのに――

 真下から遠方へ視点を移動させるペロロンチーノ。彼の視力はゲームそのままであれば数キロメートル先さえも見通せる。

 あまりにも良すぎる視力――視界――というのは脳に結構な負荷をかける。

 いくらゲームに慣れているとはいえ、無理をさせれば異形種とて何が起きるか分からない。

 

ペロロン「地の文が心配してくれるのかい? だが、回復魔法があれば問題無い。こういう時、ゲームキャラの強みがありがたいと思う」

 

 仮に墜落しても地面に穴が開く程度。身体が砕け散ることは無い、筈――

 もし、姉――粘体(スライム)――であればビチャっと嫌な音と共に辺りに飛び散る様子が拝めるかもしれない。

 なにせ、柔軟過ぎる身体だ。遠心力が付かない限りは地面に刺さることは無い、筈である。物理法則が生きて――

 

ペロロンコンクリ(コンクリート)であれば飛び散ると思うけれど、土だと普通に刺さりそう」

ブルー・プラネット「我々の身体は意外と丈夫か」

ペロロン「そうだと思うよ」

ブルー・プラネット「ペロロン君はシャルティアと一緒に行けば良かったんじゃないか?」

ペロロン「……それは言われて気づいた。あいつも空飛べるし。……キャラが多いと把握するの大変そう……」

 

 指摘されたからとて今更戻っても仕方がない。

 こういう時は便利な魔法に頼る。つまり『伝言(メッセージ)』だ。

 主の呼びかけに即座に応じるのはナザリック地下大墳墓の第一から第三階層までを守護する階層守護者『シャルティア・ブラッドフォールン』というNPC(ノン・プレイヤー・キャラクター)だ。

 

ペロロン「……その前に……。やっぱり以前から知っている筈なのに初めて気づくようなセリフはなんか……違和感ある」

ブルー・プラネット「……それが創作物の宿命さ。原作だって最初はいやに説明口調だった」

 

 もし、説明口調ではない場合、完全に未知の情報まみれで始終続いてしまう。

 知らないシステム。知らない魔法。知らないアイテム。それらで構成された状態で旅をする。

 勝手に人が死ぬ現象も説明しない。傷が治る原理も。敵対する理由も。

 未来の技術。聞き覚えのない単語。

 余計な言葉を排し、特定の合図のみで動き出す面々。

 

 それで何を理解しろと言うのか。

 

 唐突な回想シーンも作者の中では予定に含まれているとしても誰もそれを理解することが出来ない。

 というのばかりが続く作品が果たして面白いのか。

 途中から視聴する宇宙戦争もののよう。

 ――という話しをぶった切り『転移門(ゲート)*3』によってペロロンチーノの側に姿を現すシャルティア。

 既に完全武装形態へ移行し、赤い全身鎧(フルプレート)姿は見ごたえがある。

 見た目は小柄な少女然としている。

 色白の肌色に吸血鬼特有の赤い瞳。種族はアンデッド系の――

 

シャルティア「ペロロンチーノ様。ブルー・プラネット様。シャルティア・ブラッドフォールン、御身の前に」

 

 空中にもかかわらず地上の時と同様の立ち姿で彼らに相対する。そして、スカートを摘まんで軽く会釈する姿勢を取る。

 飛行する能力が無ければ出来ない芸当だ。

 

ペロロン「それはいいんだが……。天気のいい外に出て無事か?」

 

 吸血鬼にとって日光は弱点の一つである。それはゲーム時代から設定された種族特有の仕様。これはペロロンチーノが施したものではなく、ゲーム会社によるものだ。

 日の光りを浴びて消滅するような強力なものではなく動きが多少鈍くなる程度だ。

 

シャルティア「多少……気になる程度でありんす」

ブルー・プラネット「普通に受け答えした。……実際に聞くと驚かされるな。……というか、こんな声を出すんだな」

 

 多くのNPCには声が無い。いや、あるにはある。設定による選択の中には。

 実際にゲーム中に柔軟な受け答えをしないので生で声を聴くのはギルドメンバーからすれば初めての事に近い。

 

ペロロン「……多くの創作物では俺達のエピソードは結構ある筈だから今更感があるけれど……。初めて聞くという部分で言えば……、無難というか似合っているというか……」

 

 もし、時代が時代であればどんな声が相応しいのか。

 脚注に選んでもらおう。*4

 昨今の声優業界は病死者が増え始めている。個性的な声は日本の宝として大事にしたいものである。

 

 オーバーロード 

 

 ただ意味も無くシャルティアを呼んだのでは勿体ないので命令を与えてみる事にした。しかし、どういう命令を与えるべきか、実は考えていない。

 柔軟な対応を見せたことでド忘れしたからだ。

 

ペロロン「……機械的な動きじゃないからつい……」

ブルー・プラネット「……分かる。私もつい見惚れた」

 

 頭では分かっている。正確には知識として理解している。それでも現実の事として脳が受け付けていないのか、新鮮な驚きに包まれている自分達を自覚する。

 もうカルネ村なんかどうでもいいや、と思ってしまうのは(いささ)か酷すぎるか。

 

ペロロン「うん。よし、自害しろ」

シャルティア「え……? ……は!? えと、その……じ、自害でありんすか!?」

 

 唐突な死刑宣告。NPCではない者が聞けば驚くのも無理は無い。しかし、NPCであるシャルティアは理解が追いつかないのか、驚きの表情と共に驚愕する。

 顔の筋肉がアンデッドもんすたーなのに柔軟に動いたこともペロロンチーノ達を大いに驚かせる。

 

ペロロン「命令は絶対。即座に実行に移すのが()()()というものではないのか? それとも創造主に逆らうのか?」

シャルティア「……い、いえ。滅相もあ……りんせん……。ペロロンチーノ様のお言葉通りで……」

 

 それでもやはり理解できない。シャルティアは言い訳を考えようとした。

 創造主であるペロロンチーノからの命令だ。それにどうして異を唱えなければならない。早く死ねばいいんだよ。そんな単純なことも出来ないのか。全く使えない吸血鬼だ。

 

ブルー・プラネット「……酷い地の文だ」

ペロロン「……本来なら『っていうのは冗談だよ』とでも言うと思ったか。生憎、俺は本気だ」

ブルー・プラネット「訂正する。ペロロン君ごと酷い文章だ」

 

 モザイクモンスターは理不尽な命令を受けたシャルティアに顔らしき部分を向ける。

 予想では人型のモンスターの筈だから。

 

ブルー・プラネット「いいか、シャルティア。死ぬのは簡単な事だ。だから、実際に死んで見なさい。そうすればこの頭のおかしい鳥人(バードマン)も何かを理解するだろう」

 

 と言いながらも心の中では『その前にシャルティアはアンデッドだから既に死んでるよね。だから、それを逆手に取った変な命令を……』と思った。

 既に死んでいるから今以上に死にようがない。もし、あるとしても消滅だ。

 命令では死ね、だ。消滅ではない。だが、それに気づいたペロロンチーノが次に消滅しろと言った場合はどうなるのか。それはブルー・プラネットにも分からない。

 

ブルー・プラネット「……きっと『スレイン法国』のせいだ。そう決めつけよう」

ペロロン「というのは冗談ですよー」

 

 と、言うのが遅れたために自身を槍で貫いて見事に死のうとしているシャルティアの姿が――

 というのは流石に飛躍しすぎか。

 高レベルNPCであるシャルティアの自害はペロロンチーノ達が想像している以上に難しいものだ。

 攻撃最強のNPCで完全武装形態になっている今の彼女は一撃では死なない。前述されている通りアンデッドモンスターでもある。

 ステータス的にも難しい。

 

ペロロン「……命令を即座に実行しなかったのは……、やっぱり自我の影響か?」

 

 まだ生きているシャルティアに語り掛けるように言った。もちろん、槍で自分を貫いてなどいない。

 簡単に死ぬようなキャラクターでもない事を創造者が知らないわけがない。

 

シャルティア「……申し訳ありんせん……。私はご命令に従えない愚か者でありんす」

ペロロン「……逆に……。安易に命令を聞くようだったら本当に失望ものだった。正直な話し……、命令は本気だ。単なる興味本位と思ってもらってもいい。しかしだ、シャルティア」

シャルティア「は、はい」

 

 創造主に声を掛けられるたびに身体に電撃を受けたように痙攣させる。

 ゲーム時代はもちろんこのような怯えの様な表現は出さなかった。

 

ペロロン「創造主が命令したものを即座に従わなかったのは自分の身が可愛いからか?」

シャルティア「い、いえ。あまりにも突然の事でしたので……」

ペロロン「……そんなわけないだろう。命令だぞ。いいか、命令なんだ。何度も言うぞ。命令として与えた。命令、命令、命令。……はい、リピートアフターミー?」

シャルティア「め、命令……」

 

 ペロロンチーノのしつこい言葉はブルー・プラネットには理解できた。

 だが、予備知識が無い者にとっては何のことか理解不能の事態である。

 この辺りが知識の有無による差かも。

 

 オーバーロード 

 

 空中で説教を垂れている事にペロロンチーノも薄々何してんだろう、とは思っていたが大事な事なのでやめるにやめられない。

 これは確認作業だからだ。

 どうしてそんなことを今、ここでしなければならないのか。

 決まっている。

 思い立ったら吉日だからだ。忘れない内に出来る事をするのが最善だと感じた。おそらく姉であるぶくぶく茶釜も同意してくれる筈。

 

ペロロン「……自害が即座に無理なら……。俺の背中に乗っかれ」

シャルティア「ひゃえ!?」

 

 素っ頓狂な声を出すシャルティア。

 声優が発するには奇妙奇天烈なものだが、良い仕事をしているとブルー・プラネットは感心した。

 ただセリフを言えばいいというものではない。

 時と場合、視聴者に声だけで感情を伝え、時には取り直しをさせられる。その時、一定のリズムで繰り返す技術は素人には中々できるものではない。

 一度言い終わると二度目は楽をしようと早口になる。何度も繰り返せば飽きを感じる。けれども職業として(おこな)う以上、そんなことは許されない。

 

ブルー・プラネット「おんぶされなさい。命令としてオーケーが出たんだから。こんな経験は中々できないぞ」

 

 特に大勢が見ている前では、と思いつつ。

 感情の起伏はギルドメンバー間は何となく分かる程度だが、今のペロロンチーノはどういう状態なのか。苛立っているのか、興奮しているのか。

 予想だけすると――意を決して最大級の危険行為に挑戦している為、頗る興奮しつつ即座に自害しなかった事に安堵しているが見た目では分からないくらい混乱している。

 そうでなかったら急に性格が改変されて頭がおかしくなった、だ。昔からおかしいとは思っていた、とか言ってやろうかなと思いつつ黙って事の成り行きを見つめる。

 ブルー・プラネットの優しい言葉に戸惑いつつシャルティアは小さな声で『し、失礼します』と言いつつペロロンチーノの背後に移動する。その時、手に持っている大きな槍『スポイトランス』が気になった。

 全身鎧(フルプレート)と一体になったような武器を持ったままでは不敬だと感じて異空間に収める。

 元々この武器は相手のダメージの何割かを自分のHPとして回復させる効果がある。

 だからどうしたと言われれば――シャルティアは現在正常な判断が出来ない。精神攻撃とは違うのに精神攻撃を受けたように混乱している。

 行動の一つ一つにどうすればいいのか、と疑問ばかり湧いている。

 

ブルー・プラネット「……そろそろ助け舟を出してもいいか?」

ペロロン「ダーメ。こいつで遊んでいいのは俺の特権だから」

ブルー・プラネット「君にとっては遊びでもNPC達には本気と取られていると思うよ。……正直、こちらも驚いた」

 

 いや、とブルー・プラネットは小さく否定する。

 ペロロンチーノは確かに本気でNPCに向き合っている。だから、今の言葉は強がりである、と。

 加虐趣味がある男ではない事は分かっている。(むし)ろ、ぶくぶく茶釜の方がより危険かもしれない。

 

 オーバーロード 

 

 ゲーム時代では――

 ゲーム時代では――

 ゲーム時代では――

 多くの思い出が詰まったユグドラシル。それらを無視して語ることは出来ない。*5

 慌てつつも武器を収めたシャルティアはペロロンチーノの背中に覆い被さる。

 全身鎧(フルプレート)の硬質的な感触が軟らかい女児の如き印象をぶち壊す。けれども、今は――文句を言うのは止めようと彼は思った。

 

ペロロン「……何だか……既視感(デジャビュ)を感じるのは何故だろうか……」

 

 自分は以前にも誰かを背中に乗せていた様な気がする*6、と。

 このまま()()()()()()()()()()()()()()()シャルティアと遭遇するような――そんな予感だ。

 そのようなフラグは立っていない筈だし、あり得ない現象でもある。けれども、それが本当に起こらないと誰が証明できるのか。ペロロンチーノは滞空しつつ不安を僅かばかり覚えた。

 

ペロロン「……プラネットさん。ナーベラルは()()()()()()()()

ブルー・プラネット「あれが二人も居るのか?」

ペロロン「……すみません。間違えました。現地に既に居る方の……。いえ、なんでもありません。様々な物語の悪影響でもあるのかも……」

 

 自分でも上手く言葉に出来ないところを見ると様々な要因が脳内に渦巻いているようだ。

 似たようなシチュエーションが数多(あまた)存在する『オーバーロード』という作品はもはや混沌(カオス)(てい)を成していると言っても過言ではない。

 南方に向かう予定は無いので、遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)によって見えた方向に進む。

 地図は無いが現在位置から北西、または西(左方面)に目的の村がある、筈だ。ただ、自分達は散歩気分なので逆方向や大都市(エ・ランテル)に行ってもいいのでは、と思った。

 予想外の事態としてオバロ世界ではない場合については想定していない。そうなると原作自体が変わってしまうので、それだけはあり得ないと断言できる。

 

 オーバーロード 

 

 その後、無言のまま飛び続ける事数分から数十分は経過したか――

 ペロロンチーノの超遠望の視覚に反応があった。

 

ペロロン「解説しよう。俺は鳥目だ。基本的に数キロメートル先まで見通せる。意識を集中することで標的の映像を明確にできるが視野は反比例に狭くなるのだ」

ブルー・プラネット「……という設定を原作が覆す確率は高いけどな。最近、予想外の新情報を巻き散らしやがったようだけど……*7。原作者の考えなんて分かってたら誰も興味を持たないわな。この作品だって色々と新情報を出しているのに誰も見向きもしないのと一緒」

ペロロン「……そだねー。実は書こうと思えば魔法を四五〇〇個出せるとかね*8

 

 作中ではおそらく採用されない話題を交わしつつ目標の地点まで移動する。

 最初に見えたのは煙り。次に巨大な黒い物体だ。

 遠距離でも見えそうなものだが現実は意外と見えない事が多い。地図上では平坦そうな地形でも実際はかなりの段差があったりする。

 見間違えでなければ『黒い仔山羊(ダーク・ヤング)』だ。しかも宙に浮いている。

 浮いているというか、現在進行形でペロロンチーノ達の方向に飛んできている、ようにしか見えない。

 

 

*1
詳細は『ギルガメッシュ(小説ID:146408)』の『位階魔法』の付録を参照。

*2
ここまでで大体一〇〇〇字と少し。ただし、空改行とタグは文字数に含めない。

*3
詳細は『ギルガメッシュ(小説ID:146408)』の『乗騎魔法』の付録を参照。

*4
現在のシャルティアは『上坂(うえさか) すみれ』だが少し前であれば『釘宮(くぎみや) 理恵(りえ)』か『生天目(なばため) 仁美(ひとみ)』が無難。故人となった『水谷(みずたに) 優子(ゆうこ)』辺りも捨てがたい。

*5
ただ、二次創作において語られていない部分を書かなければならないのだから無理難題も(はなは)だしい限りだ。

*6
カクヨムにある『オー●ー●ー●【カクヨム版】』を参照。

*7
『亡国の吸血姫』を参照。

*8
ただし、原作者の都合で名称変更されることは多々ありえる。何事も参考程度に留める事を推奨する。



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#09 太陽神

 

 タイトル詐欺。それは序盤で満足してしまう二次創作にありがちな失敗。

 この物語の主役が全然活躍しないように思われるが――ヒーローは遅れてやってくる法則にしたがえば別段、詐欺と言われる程のことは無い。

 要は無理矢理にでも出番を作って戦闘させればいいだけのこと。

 都合のいいイベントを見繕えばどんな莫迦でもそれらしいものは書けるものだ。

 

ペロロン「強引に事件を起こし続けた為に作中時間経過が三ヶ月という驚愕の作品があるそうな」

ブルー・プラネット「巨大な物体が来ているというのに余裕だね、ペロロン君は」

 

 『インベリア王国』の新兵器か、と呟いたところで虚しいだけ。

 とにかく、予想外の大物モンスターは視界の中でどんどん大きくなっていく。相対距離がそれだけ近いからだが。

 そもそもアレは空を飛べない筈だ。

 

ペロロン「色は黒。黒いオーラも確認した。……普通の『黒い仔山羊(ダーク・ヤング)』にしか見えない」

 

 変異体などという雰囲気も感じられない。けれども序盤に居るわけがないのは()()()()()分かっている。

 居てはいけないモンスターが居るということは現地に『アインズ』だの『アインズ・ウール・ゴウン』の関係者が居るのでは、と。

 その仮説が正しいとなると今作は『リメイク』品になってしまう。けれどもそんな予定は組まれていない。

 少なくともリメイクなど一つも存在しない。

 

ペロロン「……で、迎撃する? 二人だと火力不足だけど」

ブルー・プラネット「ここは素直に主役にやってもらおう。タイトル詐欺、駄目絶対。という気持ちで」

ペロロン「……我が太陽神(アポロン)の加護を受けし一矢にて……」

 

 インベントリ(異空間の倉庫)から神器級(ゴッズ)アイテム『ゲイ・ボウ』を取り出し、装備して敵に構える鳥人(バードマン)

 姿だけならとてもかっこいい。――背中に赤い全身鎧(フルプレート)姿のシャルティアを背負っていなければ。

 

ブルー・プラネット「……伝言(メッセージ)

 

 勝手に戦闘を始めようが自己責任である。

 分別のつかない子供ではない。だからこそ彼が何をしようが止める気は無いが主役を無視するのは頂けないと判断しておく。

 仲間に連絡している横で攻撃を開始したペロロンチーノの様子を伺い、実況など忙しくなってきた。

 

 オーバーロード 

 

 いくら高レベルプレイヤーとて耐久力が高いモンスターを数発で撃滅できるはずもなく――

 長期戦は当たり前。

 元より倒しきれるとも思えないし、どうして飛んできたのか、原因を探ることも大事である。

 それらを全て台無しにする鳥人(バードマン)に対して思うところはあまり無い。

 魔法の矢が何発も目標モンスターに当たるのを確認。しかし、面白いように掻き消される。

 当たってはいる。あまりの頑丈さで折角の攻撃が小石をぶつける程度にしか見えないだけだ。

 擬音としてはボスッボスッというくぐもったもの。

 

ペロロン「……えー。少しは効いた振りとかして動いてくれればいいのに」

ブルー・プラネット「正に豆鉄砲。折角の神器級(ゴッズ)武器も形無しだな」

ペロロン「……まあいいや。そろそろ撤退します。……というかアレ。俺達を狙ってる? そうじゃないなら村の方を優先させた方がいい?」

ブルー・プラネット「……その前にシャルティア。よろしく頼むぞ」

シャルティア(かしこ)まりました。転移門(ゲート)

 

 ペロロンチーノの背中に乗ったままシャルティアは魔法を行使する。連絡は彼女にも届いていた。

 これは別に都合の良いイベントではない。

 流れ作業のように連絡をした結果である。

 地上に魔法によって生み出された門が出現し、黒い山羊の人型モンスターと白銀の全身鎧(フルプレート)をまとう騎士が姿を見せる。

 本当なら二人よりも多くの仲間も現れればいいのだが、かの二人が主役なので見せ場を作らないと事態が進みそうになかった。*1

 もちろん、不利を感じれば彼らとて追加(メンバー)を要望する。

 

たっち「……おお、本当に黒い仔山羊(ダーク・ヤング)だ。」

ウルベルト「でも、普通の奴ですよね。……普通というか特殊召喚のまま」

ブルー・プラネット「我々は村の探索に行くので、そのモンスターはお譲りします」

 

 上空からモザイクモンスターが声をかけた。それに対し、たっち達は上からとは思わなかったのか、辺りに顔を巡らせていた。

 声質によってはすぐ傍で聞こえる。このように彼らの聴覚は通常の人間より優れている為、このような現象を起こす。声()聞こえても方向性までは保証されていなかった。

 

たっち「上か……。了解しましたー」

ウルベルト「……やっとと思ったら巨大モンスターとの戦闘……。もしかしてこういう役回りでしょうか?」

たっち「それぞれ役が決まっているなら従いましょう。抵抗すると無駄な脇道ばかり増えてしまいます」

ウルベルト「そうですね。では、……少し運動をしましょうか」

 

 ペロロンチーノの攻撃をものともしなかった巨大モンスター『黒い仔山羊(ダーク・ヤング)』は飛行をやめ、たっち達のすぐ近くに落下する。

 胴体が地面にぶつかったので着地のようには見えなかった。

 一〇メートルという巨体は目測だと小さく見えるのだが三階建ての一軒家ほど。それが猛烈な勢いで落下すれば結構な振動が発生する。

 ただ、アニメだと距離感が狂い、このモンスターがとても巨大に映ってしまう。

 しっかりと測れば常識はずれな大きさにはならない筈である。そこは技術者の不備か、それとも発注ミスか。

 

 オーバーロード 

 

 全身が黒く、同じく黒いオーラを漂わせる巨大モンスター。

 現れた様子から自分で飛んできた、というよりは何者かに吹き飛ばされてきたような感じだ。

 ペロロンチーノの攻撃であれば逆方向に飛んでいなければ方向的におかしい。よって、彼の攻撃よりも強い衝撃が加えられたと考えるのが一般的である。

 では、その攻撃をしたのは何者なのか。

 

たっち「……という説明だとこのモンスターを攻撃するのは間違いに聞こえますね」

ウルベルト「本当の敵は別に居る。というパターンでしょうか。月並みですが嫌いではありません。さあ、出てこい。随分と尺を取られてしまったのでここらで活躍しないと次が無い気がしますから」

 

 ダイスを振った目によって与えられるダメージが決定する。その際――

 そんな概念はこの世界には無い筈だ。どこのTRPGだ、それは。

 

たっち「……地の文同士で喧嘩しないでください」

ウルベルト「……細かいルールなんか頭に入らないし、覚えていられる人は少数。だから日本で流行らないし、動画も少ないんだ。あったとしても●●とか●●●●関連ばかりだし」

 

 ファンタジー要素が無く、原作の雰囲気が掴めない。

 ルール的には間違っていない筈なのに受ける印象が違うだけで面白さが変動するのは如何(いかん)ともしがたい。

 

たっちAC(アーマー・クラス)*2とかBAB(ベース・アタック・ボーナス)*3とか言われても……」

ウルベルト「……絶賛飛翔中のあのモンスターのACってどのくらいでしょうか? 相当ありそうなものですが……」

たっち「四〇以上かな」

 

 数字だけ提示されても読者にはさっぱり理解できない。

 何かに例えてもらわないと――*4

 どの道、特殊技術(スキル)や魔法で一発撃破してしまう。そんな作品を面白いと思うわけがない。

 

たっち「かなり硬い動像(ゴーレム)以上ってところです。世の中にはAC二二〇〇超えの化け物*5が居るらしいですよ」

 

 無駄話しをしつつ迎撃体制に移行する白銀の騎士。

 まずは飛び込んでくる超大型モンスターをいなす。

 ――と文章で書くと簡単にやってのけてしまうのが玉に瑕。実際にはそんなに簡単にできるわけがない。

 想像と現実は違うのだから。

 無数の触手が乱雑に蠢く状態で飛んでくるモンスターを剣と盾で捌ける筈がない。すぐに判断を下し、隙の大きい部分を見定め、突貫する。

 ウルベルトは上空に避難する。――彼は魔法詠唱者(マジック・キャスター)なので空くらい浮かぶのは造作もない。ただし、取得している職業(クラス)の影響で行使する魔法全てが第十位階になってしまう。非常に燃費が悪い。

 

たっち「……うーん。この勢い。大きさ。感じ方が違うのか……迫力がある」

 

 そう言いつつも最小の動きで黒い仔山羊(ダーク・ヤング)を脇の森に強引に押し込む。もちろん、普通の人間にそんな芸当は不可能だ。重量がいくらあると思っている。

 慣性の法則に従えば触れる事自体が無謀。ついでに摩擦熱も考慮してほしいところだ。

 ただ、感触として剣がぶつかる時の反動が少ない。盾に当たる時は確かに衝撃が来るのだがしっかりと防御できている。

 それは相手に攻撃の意思が無かったからか。いや、それだけでノーダメージなどあり得るのか。

 

 オーバーロード 

 

 空中に居るウルベルトは上空への進出に対する空気圧や息苦しさがあるかどうかを分析する。モンスターは二の次だ。

 飛距離が短いから何とも言えないが、と内なる心で独白する黒山羊の悪魔(バフォメット)のウルベルト。

 重力や様々な重圧は無く、強風ではないから分からないが体感的な風の強さも気にならない。

 上昇負荷が無いのか、と疑問に思ったり――

 

ウルベルト「結構な勢いで飛んだら血流が狂うのがお約束の筈……。つまり物理現象が無効化されている? 法則の無効化だとすれば摩擦熱も無しって事ですか? まさか……」

 

 空気圧などが無効化されていれば宇宙に出たり入ったりすることも容易となる。

 さすがに大気はあるはずだから窒息しないと説明がつかない事がある。

 眼下に広がる大地は紛れもない星だ。それが存在しているという事は無視できない法則がある。それを無効化するとどうなるのか。

 

 重力の強い場に向かって移動を延々と続ける。

 

 星は大きな天体の遠心力に捕まって公転軌道を取る。そしてそれは立派な物理法則だ。

 生物が生物足りえる理由の一つである『大気』の存在も当然無視できない。

 いや、無視してはいけない問題だ。

 植物が育つのは何故か。

 日光があるから。大地に栄養があるから。微生物が存在しているから。

 

ウルベルト「……そんなものゲームにあるわけがない」

 

 大気はある、というのは説明文だけだ。実際に大気までデータに組み込めるはずがない。

 出来るのは数字の移動だけだ。まして、本物の大気をどうやってゲームの中に取り込む。

 仮想空間の中に。

 プレイヤーはあくまで脳内で感触を味わっているだけで実際に窒息死などしようものなら事件である。餓死も同様に。

 考察をしている間、たっち・みーは脇に逸れたモンスターを一瞥する。

 多少は動いているようだが勢いよく起き上がって攻めてくる気配は感じない。

 

たっち「……序盤でこのモンスターと出会うとは……。中々に歯ごたえがあってよろしい」

ウルベルト「後でブルー・プラネットさんに叱られそうですね」

 

 巨大モンスターが突っ込んだ場所は雑木林。ちょっとした災害が起きていた。

 毒液を巻き散らすモンスターであれば大急ぎで修復しないと確かにブルー・プラネットの激怒が確定してしまう。

 自然を破壊する者は仲間でも容赦しない。

 第六階層の壁のデザインにふざけた事をしようとすると威嚇してきたほどだ。

 

たっち「……マーレ。後で指定した場所の修復をよろしく頼むよ」

 

 仲間の雷が降り注ぐ前に手を打つ聖騎士。

 全てに対応していると無駄に時間が無くなってしまう。正義と言えど出来ない事は自覚している。

 人はこれを『適材適所』と呼ぶ。

 

たっち「このモンスターが問題の強敵……という雰囲気ではないですね。ということはまだ居るというわけだ」

ウルベルト「どう見ても普通ですから。丁度、飛んできた方向に道が出来てます。行きましょう」

 

 異世界らしい化け物が居て()()()良かった、と二人は心の底から思った。そして、歓喜する。

 

 異世界サイコー。

 

 黒い仔山羊(ダーク・ヤング)の出自を知っているので、このモンスターがそんなに簡単に呼べるものではないことは理解している。であればこのモンスターより凶悪な存在とは何者なのか。

 予想の一つは『ワールドエネミー』と呼ばれるイベント専用のボスモンスターだ。

 ゲーム会社が設定した数は三二体。しかし、その中に黒い仔山羊(ダーク・ヤング)の類似モンスターなどに覚えが無い。

 

 オーバーロード 

 

 歩き出してすぐに気づくたっち。

 自然な会話の流れで頼んだもののマーレの魔法などで現地の大地が再生するものか、と。

 自分達はゲームによって設定された存在だ。その能力も。

 であれば荒唐無稽な魔法という概念で出来る、と思う方がどうかしていないか。

 空は飛べてもいい。しかし、現地の物質にどれだけ干渉できるのか――

 

ウルベルト「そういう所を気にする二次創作は……、一人か二人くらいしか居ませんよ*6

たっち「本筋にしか興味のない読者のための二次創作ばかりですものね。こういうところを(おろそ)かにしてほしくないですよ」

 

 しかし、転移して目的地に向かおうとするタイミングを見計らったかのように黒い仔山羊(ダーク・ヤング)が飛んできた。それはつまり意図的にイベントを起こした存在が居る。それもたっち達の存在を知った上で。

 そもそも都合よく事件など起こるものか。自分達の周りばかりに、と。

 

たっち「はー、きっとネタが浮かばないから事件で誤魔化す手法ですね。全く想像力の欠如した二次創作だ」

ウルベルト「……そうしないと話しが進まないから仕方がありません。自然な流れのまま進めるのは結構大変ですよ。まず転移自体を否定したら……、我々の存在価値が無くなります」

たっち「……所詮空想の産物ですよ」

ウルベルト「……それを言っちゃあ……おっと、月並みな言葉が自動で……」

 

 会話しつつも歩き続けている。

 互いに話し終わるまで待たなければならないのは文字の世界の功罪ともいえる。しかし、同時であれば実に見にくくなってしまう。

 重なりを防ぐ上で色々と妥協しなければ小説として成り立たない。

 それよりも徒歩だとやはり目的地まで遠く感じるな、と。

 ウルベルトは飛べるがたっちは地道に駆け足で行くしかない。魔法のアイテムを使えばいいかもしれないけれど――

 

たっち「……面倒くさい。単なる平原より瞬間移動がいいです」

 

 ものの数分で諦める聖騎士。

 長距離移動はゲームの中でも辛い。出来れば道中に色々なモンスターが蔓延っていてくれればいいのに、と愚痴を垂れる。

 どこか子供っぽい。そんな一面も無いとは言えない。

 初めから終わりまで堅苦しいままではゲームを楽しむどころではない。だからこそ息抜きは必要で、精神の癒しが無ければ人間としても保てるはずがない。

 久方ぶりの外。それも青空。

 両手を空に向かって伸ばしてクルリと一回転しても叱られることは無い。

 

ウルベルト「……それだとミュージカルですよね」

たっち「音楽に乗せて……。出来ればケチャは勘弁してください」

ウルベルト「今は不穏な音楽が似合いそうなんですが……。音のない文字の世界では迫力に差が出ますね」

 

 スキップしながら進むたっちと直立不動の姿勢で――しかも空中で――進むウルベルト。

 そんな絵面をアニメで映したら爆笑ものなのに。

 なんだその紙芝居――

 

たっち「……オバロらしくない何かですよね」

ウルベルト「……地の文にも声優を起用すれば面白いのに。●●なんとかさん*7か、●●さん*8あたりがいいでしょうか。どちらも渋い声で楽しそうです」

たっち「もう一人の●●さん*9は声の勢いが強いですから、そちらはアニメ版オーバーロードのナレーション(地の文)……というかいつの間にかまた声優談義になってる!?」

 

 しばらく平原移動しか無いので。場繋ぎですよ。

 それともワープ三昧がいいですか。読者の対象年齢が一気に小学生レベルまで落ちますが。

 

たっち「それより適当なモンスターを出してほしいです。戦闘シーンをいっぱいプリーズ」

ウルベルト「序盤で極大スキル使ったら後半何もできなくなりますから、軽いジャブ程度でいいです」

 

 その要望に応えるかのように――ご都合主義らしく――雑木林の奥から野生のラナー*10が十体現れた。*11

 金髪碧眼の見目麗しい筈の少女は野生化の影響からか、見た目は動死体(ゾンビ)のような酷い有様だった。しかし、心は(にしき)。高貴な御方はいつでもどこでも紅茶を(たしな)むことを忘れない。

 討伐対象の難度は二〇程度。

 

野生のラナーA「ごきげんよう」

野生のラナーB「ごきげんよう」

野生のラナーC「ごきげんよう」

野生のラナーD「ごきげんよう」

野生のラナーE「ごきげんよう」

 

 あまり書き過ぎると文字数稼ぎと見做されるので表記は五人程度に留めておく。

 全く同じ姿勢で横に一〇人並ぶ野生のラナー達。まるでアニメの設定画をコピペ*12したような安易な画風。

 誰か一人くらい違う動きを見せるかと期待したが、画一的なクリーチャーに個性は無いようだ。

 

たっち「……こういうシュールな絵面……、古いゲームによくあったなー」

 

 新しいゲームはモンスターが喋るようになると最初は感動するものだが後半になるとそれすら煩わしく感じるようになる。

 結局RPGというのは単純作業。経験値とアイテム以外に興味が無くなり、次いで現れたオンラインゲームではアップデート待ち以外にやる事が無くなる。それと人間関係は大抵悪くなる。

 実際ソーシャルメディアは歯止めが利かない程やりたい放題。都合が悪い時に使われる『言論の自由』も蛙の面になんとやら。規制だけが厳しくなる。

 プレイヤーはそれでいいのかもしれないがNPC(ノン・プレイヤー・キャラクター)達にとっては日常以上の意味は持っていない。

 つまり彼ら(NPC)はプレイヤーの『当たり前』を理解することが出来ない。

 現れたクリーチャーも設定されたデータに忠実なだけで行動に疑問視することは無いし、それ以上の発展も無い。

 おかしいだろ、と言われてもなにがどうおかしいのか、理解することなく繰り返していく。

 

ウルベルト「……そんな生き方を絶賛社畜魂で我々も来たんですけどね」

たっち「朝何時に出勤。午後何時に退社。夕飯を食べて就寝。……そのサイクルを死ぬまで繰り返す」

ウルベルトうわぁ! やめろよ! もっと自由に生きたいからぁ!

 

 野生のラナーCは『キュアイーリム=ロスマルヴァー*13』を召喚しようとしています。

 野生のラナーDは身を守っている。

 野生のラナーGは花に夢中だ。

 野生のラナーJは『龍雷(ドラゴン・ライトニング)』を唱えた。しかし、術者レベルが足りない。

 

たっち「……Cは失敗判定にならないのか?」

ウルベルト「レトロな効果音が郷愁を誘いますねー。……なんでしょう。ヒーリング音楽でもないのに」

 

 たっちの理不尽な攻撃。デデデン、ザシュ。ラナーAに一〇ポイントのダメージを与えた。

 ウルベルトの攻撃。パワワン、キュッ。ラナーGは華麗に(ひざ)で攻撃を受け切った。

 

ウルベルト「ちょっと待って。格闘系? しかもノーダメ(ダメージ〇)って……」

たっち「私……何もしてないのに……」

ウルベルト「でも、攻撃時の効果音……ちょっといいですね」

 

 野生のラナーCは両腕を空に向かって伸ばし、何やら呪文を唱えだした。彼女の足元には七つの光り輝く『死の宝珠』が。

 

たっち違うモンスターじゃん!

野生のラナーCギャルっ!

 

 たっちは野生のラナーCの顔面に飛び蹴りを食らわせた。野生のラナーCは一〇八ポイントのダメージを受けた。首がもげ――

 画一的なクリーチャーの筈が生々しい死に方をした。経験値〇.一を入手*14

 元々悪属性のようなクリーチャーなのでたっちの属性(アライメント)には何の影響も無かった。

 

 オーバーロード 

 

 一人が死体と化したのにそこに何も存在していないかのように微笑む野生のラナー達。

 確かにゲーム的だ、とたっち達は思った。

 その後、暢気に遊んでいる暇は無いと気づいて、サクサクと野菜を収穫するようにラナー達の首を撥ね飛ばす聖騎士。元より異形種なので罪悪感はそれほど感じない。

 ウルベルトは『火球(ファイアボール)』を打ち込んだ。しかし、彼は取得している職業(クラス)の影響で弱い魔法も第十位階並みの威力に増大される事をうっすらと忘れていた。

 ――その結果が地獄絵図。

 生き残りのラナー達に高火力の炎の塊が襲い掛かる。

 

野生のラナーFぎぃやぁぁ!

野生のラナーGぎぃやぁぁ!

野生のラナーHぎぃやぁぁ!

野生のラナーIぎぃやぁぁ!

野生のラナーJぎぃやぁぁ!

ウルベルト「……物凄い叫び声ですね。声優さんも頑張りますな」

たっち「機械音の設定ミスってこともありますよ」

 

 服を焼く程度だと思っていたら思いのほか強すぎた。

 服だけ焼いたら裸が見えるかな、と期待していた。結果としてはヌードはヌードになった。ただし、肉が()げて骨だけ――

 クリーチャーを全滅させたことを意味する華やかなBGMが流れた。

 どう考えても殺戮現場にしか見えない状況で流れるには場違いなほど明るい。

 あと――こんなことをしている場合ではなかった。目指す村まで後少し――

 

 

*1
この時点でチームで向かわなければならない事を忘れている。

*2
所謂『防御力』のようなもの。昔は数字が少ないほど硬い事になっていた。例としてAC一〇は何も装備していない人間。

*3
基本攻撃ボーナス。

*4
参考になるかは分かりませんが、レベル四〇くらいの『石動像(ストーン・ゴーレム)』でAC二六です。

*5
誰が考えたんだか、こんなバカなモンスターを。存在するだけで死屍累々確実の超絶モンスターの名は『中性子動像(ニュートロン・ゴーレム)』という。しかもこいつ、複数体で現れる。――ただし、この記述は正確な表記ではない。

*6
すみません。

*7
CV 中田(なかた) 譲治(じょうじ)

*8
CV 大塚(おおつか) 明夫(あきお)

*9
CV 大塚(おおつか) 芳忠(ほうちゅう)

*10
ラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフ。CV 安野(やすの) 希世乃(きよの)

*11
甲高い効果音が鳴り響く。それは今も昔も愛され続けたRPG((ドラゴン))のBGM。

*12
コピー&ペースト。

*13
CV かない みか

*14
オーバーロードの経験値は小数点第一位まで設定されている。レベルも同様に。



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#10 大人のマーレ

 

 思えば遥か遠くから巨大な物体を吹き飛ばす輩が居る筈なのにのんびりと進めるのはおかしい。

 先程の戦闘は例外としても、あちこちで被害の跡が無いと戦闘している、またはしていたと断定することが出来ない。

 まず起点となる場所によっても対応が変わる。

 何もない虚空から飛んできた場合は『次元界』とかよく分からない概念が出てきてしまう。

 村、または街からならば何らかの事情が予想されるが――

 

たっち「……さっき倒したクリーチャーの死体は……、放置したままでもいいんでしょうか?」

ウルベルト「気にしていたら日が暮れます。あそこでは戦闘は無かった。いいですね?」

たっち「……はい」

 

 これ以上の引き延ばしは無意味である。

 下手をすれば廃墟しか待っていない。

 それはそれで物語としては問題ない。元より原作の流れに従う必要は無い。

 村人が全滅していようが、それはそれでそういうストーリーだと割り切ればいいし、生きている保証を事前に知っている、という流れでもない。

 単にたっち達が勝手に言っているだけだ。モモンガのように何も知らないキャラクターこそが自然である。

 

ウルベルト「村、らしきところにつくまで延々とモンスターとの戦いを描けば二〇〇万字を越えられ……」

たっち「……よほど密に出てこないと無理ですよ。……というかそれでいいのかって話しになります」

 

 面白ければいいん()()()()()()()

 気が付けばBGMも適当に流れている始末。

 獣道は一本だけなので迷うことは無い。

 

たっち「背後を見ると真っ白い世界に……」

ウルベルト「怖いです、たっちさん」

 

 異形種でも怖いものはある。それは中身が人間であった頃の残滓が影響している。と、書くと化け物になり果てたように思われるが『仮想身分(アバター)』の設定がプレイヤー本来の感覚に影響を及ぼしている為だ。

 自分の身体として動かしている以上は外側(アバター)の設定も生かされている、ということになる。

 

 オーバーロード 

 

 今度こそ邪魔者を排し、目的地に向けて進むふたりはプリ――じゃなくて二人だった。

 読者の中では仲が悪いと言われ続け、仲違いが強調されているが延々とその状態が続いていたのか、と言われれば疑問でもある。

 一日いっぱい怒り続けられる人間が居るのか。居ると仮定して、それは健全な生物なのか。更に居ると仮定してそれはどのような精神構造を持っているのか。

 戦争状態の地域出身でもないのに。

 捕虜として尋問を受けている最中でもないのに。

 いや、それはあくまで希望的観測だ、という意見もあるだろう。

 

たっち「……精神論も長いとウザイですよね」

ウルベルト「勧善懲悪もウザイですよ。……ワンパターンばかりも困ります」

たっち「最新のトレンドを取り入れて語尾でも変えましょうか。そうだるん、とか」

ウルベルト「ちびっ子相手ならいいですが、大きいお友達相手ではキツイですよ*1

 

 雑木林の中から野生のラナーがたっち達を覗き見ている。

 それに気づいて思わず足を止めた。

 

野生のラナー「呼びました?*2

たっち「……ここ最近、ご活躍のようで」

ウルベルト「……そういえばモンスターと会話できるんですよね? 村の場所を教えてください」

野生のラナー「うふふふ。私、クライム*3に首輪をつけて飼うのが夢なんです」

 

 それだけで話し合いは無駄だと(さとる)――悟るウルベルト。

 決まったセリフしか言えないのであれば無視するか、蹴散らすのが手っ取り早い。

 それにしても原作ではとある王国の第三王女だというのにクリーチャー化しているとは――

 データがあれば神でも殺せるのが恐ろしいところ。王女もまたデータがあり、経験値を持つ。

 難度によってステータスの内容は変動するが無敵のNPC(ノン・プレイヤー・キャラクター)は存在しないし、存在してはいけない。

 ウルベルトは会話するのも億劫と判断。即座にナイフ状になっている指で野生のラナーの顔を無造作に引っ掻く。

 通常であれば切り傷になる。しかし、彼の場合は基礎ステータスが高いのでそのまま肉を断っていく。頭蓋骨の抵抗を無視する程に。

 それだけクリーチャー(野生のラナー)が弱かった事でもある。

 それから雑木林に放り込んだ黒い仔山羊(ダーク・ヤング)の事はすっかりと忘れ去られていた。

 彼らにとって記憶に残す価値が無い、とでもいうように。

 

 オーバーロード 

 

 多くの読者がたっち・みーに過大な期待を持っているようだが実際の彼がどのような人間かは実は理解していない。それなのに全幅の信頼を持つのはおかしいと思わないものか。

 勇者を気取るいけ好かない勧善懲悪の権化でダークファンタジーにおける悪役だ。

 善こそ敵。それがオーバーロードの本質である。

 『亡国の吸血姫』をお読みの読者であれば『モモンガ』の行動こそが正しい在り方だと理解されているのではないか。

 

 どんな手を使っても勝ちゃいいんだよ。

 

 悪役ロールプレイの基本そのままだ。

 

ウルベルト「……たっちさんの人気がダダ下がりしますが、実際そんなもんですよね」

たっち「勝たないと全てを奪われる。いくら私でもせっかく作ったギルドの拠点を奪われたくないですから。……いくら終わったゲームだとしても後味が悪い」

 

 死体となった野生のラナーを踏み越えつつたっちは前に進む。

 彼の感覚では例え外面(ガワ)が人間の少女然とした王女ラナーだとしても一匹のクリーチャーとしか認識していない。

 装備品に付随している効果によって血などは付着しないけれど、感触はある。

 

たっち「……悔しい心を持つのはプレイヤーとしておかしいでしょうか?」

ウルベルト「……いいえ。負けるのが悔しいと思わない一流プレイヤーは居ませんよ」

 

 優しい声色でウルベルトが言うと少し気持ち悪いと思った。

 それに全く表情に変化が起きない。(ヘルム)を着用しているたっちも人の事は言えないけれど。

 

たっち「やっと……村っぽいところが見えてきました」

ウルベルト「……本当はもう少し先の筈ですが……、まあそれもいいでしょう。やはり知っている村でしょうか?」

たっち「……どうでしょう。カルネ村じゃないなら帰ります。というかもう……廃村同然かもしれません」

 

 カルネ村以外に興味なし。それはそれで鬼畜の所業である。

 困っている人が居るなら助けに行くべきである。本来ならばそうなる予定でも実際のたっち・みーというプレイヤーは闇雲に人助けをしているわけではない。

 彼が救いの手を差し伸べるのは自分の手が届く範囲だ。

 正義は万民に向けられない。ものには限度がある事を知っているから。

 

 オーバーロード 

 

 たかが集落一つ辿(たど)り着くのに一〇万字近くかかっている。書籍で言えば死の騎士(デス・ナイト)が暴れ始めた頃だ。

 多くの二次創作は書籍の進行を無視して書かれる。もし――相対的に把握した上で進行していれば自分が書いているものがどれほどのスピード感を持っているのか理解できるはず。

 僅か一〇〇〇字足らずしか書けない者達は説明部分を大幅に手抜きしている自覚を持たなければならない。

 それは小説ではなくエッセイだ、と言い聞かせる事を勧める。それと詩集じゃあるまいし――を付け加える。

 

たっち「実際には村の様子も書かれているから、それを排するともう少し軽量化しますけどね」

 

 たっち達の進む先に待ち構える次なる相手は大人に成長した美男子マーレ。

 背中の中ほどまで伸ばされた金髪は何の飾り気も無いが美しく、まるで洗い立てのように輝いて見えるほど。天使の輪を幻視したとしても不思議は無い。

 ほっそりとした長い脚はつい視点が向きそうになるほど魅力的だ。肉体的な成長を除けば装備品はほぼ一緒。

 性別は男性の筈だ。それなのに細い腕もまた女性的に見えるほどの繊細さを醸し出している。

 妙に艶のある表情は性転換したかのよう。髭も無く、化粧っ気も無い。それでいて清潔感がある。さすがに胸は大きくなっていたりはしなかった。

 スカートの丈は膝を少し隠す程度。脛毛はきちんと処理されているらしく、浅黒い肌が見えていた。

 先ほどと同様に複数体現れると危惧したが、一人だけだった。もちろん、念のために辺りを見回す。

 

大人のマーレ「……フッ。ボクの美貌に免じて帰りなよ。ここから先は修羅の国さ*4

 

 鼻を鳴らしつつ高慢な態度で見下す闇妖精(ダークエルフ)のマーレ。自分達側に居るマーレが見たら――普段は温厚な彼でも――激怒ものだ。

 声に関しては別の声優が当てられたようで、聞き覚えのないものだった。

 

たっち「……物凄く違和感があるのは……衣装がほぼ同じだからでしょうか?」

ウルベルト「……服飾関係が貧相なのはいつの時代も変わらないようです」

 

 二人は軽くため息をつく。

 大抵のクリーチャーというか登場人物は衣装の変化に乏しい。ファッション関係の作品でもない限り、最後まで同じ服という事はよくある。

 読者や視聴者に誰だか分かるように配慮した弊害だと言える。

 

ウルベルト「……後で忘れる自信がありますが……、私は彼らの謎が解けた気がします」

たっち「……私もです。予想が正しければ……とても賑やかな印象なんですけどね」

 

 二人は軽く頷き合い、マーレ担当に相応しい仲間を招聘する。

 たっち達の要請によって姿を現したのは赤みを帯びた粘体(スライム)

 粘体(スライム)系は脱力すると一般プレイヤーより身長が縮む。しかし、中身はプレイヤーなので意識すれば人型も取ろうと思えば出来る。

 

ぶくぶく「あらいやだ。かっこいいマーレじゃないの*5

たっち「さあ、創造主の特権でぶちのめしてあげて下さい」

ぶくぶく「えっ? いいの? クリーチャーなら仕方ないよね」

 

 自分の創造物とそっくりな存在である筈なのに平然と対処できるのは異形種ゆえ。

 己の感情に歯止めが利かない場合、ぶくぶく茶釜の様に抑制の効かない状態もありえる。

 いや、他のメンバーも同様か――

 

 オーバーロード 

 

 ぶくぶく茶釜は敵性個体大人のマーレと対峙する。

 成長した姿はついぞ見ることは無かったけれど。ゲームの仕様からも不可能ではあるが――

 予想した感じでは納得のいく姿をしていた。

 動きと連動するように発せられる声も男性的に聞こえる。

 

ぶくぶく「……どう倒すかな」

 

 どんな能力を持っていようが構わないが、敵対すると色々と思うことがある。

 自分達が遊んできたゲームは終わりを告げた。そう頭の中では割り切っている。しかし、気持ちはどうか。

 単なる置物として作り上げた者達が自我を持って動き出したわけだ。それを祝福できないのがぶくぶく茶釜。

 命令通りに動く人形。それだけであれば良かった。

 自分の思い通りならないNPCは何かと不安である。今までの恨みつらみを言い出しかねない。

 

ぶくぶく「まるで育児放棄だ。それもまた試練か……」

 

 自分に呆れつつインベントリから専用の武具を取り出す。

 盾役と指揮官職を持つぶくぶく茶釜は『両手盾』による戦闘を得意とする。

 ステータス的に筋力が低いのはヘロヘロも同様だが溶解液に頼らない分、熟練した経験が必要となってくる。

 盾でも攻撃するスキルを取得すれば戦闘自体は可能だ。

 たっち達は先に進めばいいのに何故か現場に留まっている。これはアニメでもよくある表現で、尺の都合やタイミングを計り損ねて能動的に進まなくなる現象だ。しかし、同時進行を文字の世界で表現するのは難しい*6

 あと数分で地球が崩壊する、と言っているのに数時間も経過してしまう。またはボールが飛んでくる間に三〇分近くかかりそうな長台詞を平然と喋るようなもの。

 その証拠に大人のマーレも時間が止まったかのようにピクリとも動かないし、喋らない。

 可愛らしい意匠の盾を装備しつつ敵と向かい合う。

 

ぶくぶく「かかってこいイケメン闇妖精(ダークエルフ)

大人のマーレ魔法最強化(マキシマイズマジック)火の実(ファイアシーズ)

 

 第六位階の魔法を唱え、ぶくぶく茶釜に向かって小さな木の実を投げつける。

 その速度は常人には視認できないほどの速度。ぶくぶく茶釜は()()()()()戦闘の為、少し油断してしまった。

 ポニュン、みたいな擬音が聞こえそうなニュアンスの後、木の実――のようなもの――が身体に埋まる。

 

ぶくぶく「んっ?」

 

 と、疑問に思ったとの同時に爆発が起きる。

 粘体(スライム)の身体が汚らしく飛び散る。が、そんなことであっさりと死ぬプレイヤーではない。

 広がった身体は時間が巻き戻る様に戻っていく。

 

 オーバーロード 

 

 同じプレイヤーであるたっち達は攻撃を安易に受けたぶくぶく茶釜に驚いたが致命傷とは考えていない。

 珍しい光景が見られて少し楽しくなってきた、という気持ちを感じていた。

 

ウルベルト「本当に飛び散ってしまえばよかったのに」

ぶくぶく「そう? 広がった自分を俯瞰して見られないけれど、意思の伝達はなんとなくわかる。例えるなら元々の身体と同じように当たり前の事として」

たっち「切り離された場合はさすがに途切れるん()()()()()()()?」

ぶくぶく「じゃないですか、にどれほど恨みがあるの? 切断に関しても多分……大丈夫じゃないかな。人間の時の様な視覚と一部の触覚の……」

 

 説明が長くなるので端折ります。

 強引な説明切りは大事な言葉も適応されるので勿体ないのだが、これを頻繁にするのは説明文をろくに書けない人に多い。

 では、切らずに続けてみようか。

 

ぶくぶく「……続けていいの? じゃ、じゃあ遠慮くなく……。それよりマーレが黙って待っているんですけど」

 

 説明回は誰もが行動を停止する。こうなれば誰も邪魔はしなくなる。

 さあ、どうぞ。卑猥な桃色粘体(スライム)さん。色としては橙色と赤が混ざったようなものですが――

 

ぶくぶく「えーと、触覚の……からね。触覚()感覚というか……。触覚に、ね。それに頼るところがあるけれど、アバターの場合は一部は自動的に処理されるから()()()()()()()()捉える必要が無かった。今回の場合は全て自前の感覚として捉える仕様になってはいるけれど、余程遠くに飛び散らない限りちゃんと全部に自分の意識が向くわ。……例えが上手く出てこないけれど。少なくとも高度な並列思考とかきっと出来ないと思う」

ウルベルト「自分、粘体(スライム)じゃないから説明を聞いてもピンと来ませんでした」

ぶくぶく「ウルベルトさんは足元まで自分の視覚って移せる?」

ウルベルト「……いえ、無理そうです。顔から下がりません」

ぶくぶく粘体(スライム)は頭部という概念が無いから全身が頭部であり手足って感じ。お尻からものを見るような事も出来るみたい。ただし、人間的な視界でものを捉えるからいきなり百個の視点とかは無理そうよ。……試していないし、試すのが怖いのもあるけれど」

 

 ぶくぶく茶釜が普段からとっている形態のままだと頭部らしき部分が(しゅ)となって視覚を行使できる。

 普段の視界は人間時と然程(さほど)変わらない。

 これが肉体変化を起こすと小さな視覚が増えて、感覚が許す限り適応される。

 もし、粉々に飛び散った場合は彼女の予想では視覚ではなく触覚のみが発達する。それに頼って元に戻ろうとしたり、遠くにある部位を探し出して取り込もうと――ある程度自動化された感覚で――する筈だ。そもそも元々人間であったぶくぶく茶釜が突然人間離れした能力を平然と使えるのには無理がある。意識を分断して別々の行動を取る――という事が本当に可能だと思うのか。いくら意識的にできると書いても。

 

 オーバーロード 

 

 そんな話しを大人しく聞いていた大人のマーレが次の行動に移り始めたのはぶくぶく茶釜が話しを終えた時だ。その影響からか、小刻みに震えているようにも見える。

 攻撃を受けた感触としては大きなダメージではなかった。だが、ノーダメージというわけでもない。

 受けた感触も『なんとなく』分かるのは感覚が鋭敏になっているか、専用の感覚器官があると予想する。

 言葉で説明できない――人間とは違う――新しい概念のようなもの。

 それを昔から自分の肉体として感じ取れるのはウルベルトやぶくぶく茶釜にとって不思議な感覚だった。

 おっと、たっち・みーも。

 

ウルベルト「たっちさんもダメージを受けるんですか?」

たっち「食らえば受けると思いますよ。装備品が優れているから黒い仔山羊(ダーク・ヤング)くらいじゃないとノーダメージだと思いますが」

 

 正確にはトータル取得レベル六〇以上のクリーチャーであること。それは素の状態で、だが。たっちの場合はもう少し高いレベルでなければダメージは通らない。

 ぶくぶく茶釜達のような粘体(スライム)種は軟らかそうな外見とは裏腹に物理防御の数値は高い。肉体が飛び散っているように見えてダメージを受け流す性質があるのかもしれない。しかし、そんなに器用な性質があるのかと言えば疑問ではあるけれど。

 

ぶくぶく「……そういえば、そこのイケメン。武器は持っていないのよね」

 

 序盤の設定次第では後からそういう状態にも出来るが、説明不足ともいえる。

 ここら辺は『ミスリード』なる手法を用いたと主張したいところだが、評価の色によって反応は変わる。

 そもそも『杖を持っている』という描写があったのか。もう一度、文章を確認してほしい。

 これは意図的か、それとも――

 

大人のマーレ「……ふふ。ボクの攻撃がこの程度で終わるわけが……」

ぶくぶく「隙ありですけど」

 

 触腕を伸ばして大人のマーレの股間を殴打する。

 ぶくぶく茶釜の取得している職業(クラス)戦士(ファイター)ではなく騎士(ナイト)となっている。戦士(ファイター)も取得しているのかもしれないが――

 仲間をほぼ自動的に守る特殊能力(スキル)があるそうだが、それらもひっくるめて読者にギルドメンバーの活躍が読める日が来るのか。それともまた限定商法に走り、多くの読者を置いていくのか。

 予想では後者だ。限定製品など数年後には大量廃棄されるのがオチだからだ。

 

大人のマーレ「ぐっ」

ぶくぶく「……クリーチャーだとこんなピンポイントな攻撃は大して意味がないようね」

 

 ゴスゴスと当ててみると普通のダメージとして処理されているらしく、痛みの表情こそ見せるものの怯みは見せない。

 丈夫な股間で大したもんだ、とぶくぶく茶釜は感心した。

 更なる追撃として触腕から盾による攻撃に切り替える。

 いくらか魔法を食らったとしても粘体(スライム)はダメージしか受けない。しかも数字的な意味で。

 痛覚はある程度あるようだが、別段怯むほどではない。

 

たっち「股間ばかり責めるのは見ていて陰湿としか」

ぶくぶく「弱点を狙うのは攻撃の基本よ」

 

 独特の効果音は鳴らなかった。

 攻撃をしつつも下着を外したらどうなるのか、という思いはあった。

 立派なものが()()()いると思うと期待が膨らむが、ぶくぶく茶釜としては複雑な気持ちがある。

 元々の種族のデータを元に細かい外装を与えているとはいえ、ゲームの中では表現できない――されない――部分が今は遠慮なく公開されている筈だ。

 予想の一つとしては何もついていない奇麗な股座(またぐら)になっている。このような表現は珍しくない。ただ、排泄行為が出来ない状態で長く生活など出来るのか、という問題は浮かんだ。それがどうせ倒すクリーチャーだとしても興味は人並みに――

 

 オーバーロード 

 

 多くのクリーチャーにも言えるけれどゲーム会社などの都合で改変された生物的特徴というものが転移などの作品ではどういう風になっているのか。

 死体は実に生々しく、倒されたら消えるという風にはならなかった。

 

ぶくぶく「たっちさん。ちょっと顔面を数発殴ってみて」

たっち「……平坦な言葉で言われると怖いですよ」

ぶくぶく「『感情(エモーション)アイコン』が出せないからじゃない?」

 

 今まであった表現が今は無い。その影響で受ける印象も違うのかもしれない。

 そう思いつつ魔法を使おうとしている大人のマーレの顔を()()()殴る。殴る、というか最初に強く殴りつけてから地面に引き倒し、馬乗りになる正義の使者。

 敵性クリーチャーはくぐもった声は発するが全然怯んでいない様子だ。キッとたっちを見る顔は真剣そのもの。しかし、そんなことは全く気にしないたっち・みー。

 

ぶくぶく(あざ)とか出来ないのかしら? おーおー、ボコボコに……」

大人のマーレ「あっ、ううっ、おっ……」

 

 何か言おうとしているようだが、すぐに中断させられる。

 しかし、たっちも容赦ないな、と思いつつも言われた通りに殴る彼には躊躇(ためら)いというものはないのか、と疑問に思う。

 

たっちさっきの(野生のラナー)よりレベルが高いようです。ここまで殴って死なないのだから」

ウルベルト(みな)が知っている正義の人とは思えないですね」

たっち「私もモンスターを倒しますし、PK(プレイヤー・キラー)くらいしますよ」

 

 それはそうなのだが、とウルベルトは疑問を抱きつつ――

 悪にこだわりがあると評判の黒山羊から見ても怖いと思わせるたっち・みー。いや、これが異形種としては普通のことかもしれない。

 それと、もはや脚本だの小説だのの形式はどこへやら。

 

 

*1
彼の中の人(声優)が今正にその役を担っている。

*2
彼女の中の人(声優)浅黒い少女戦士(ソレイユ)として活躍中だ。

*3
CV 逢坂(おおさか) 良太(りょうた)

*4
CV 甲斐田(かいだ) ゆき

*5
創造者だからか、一目で正体を見破る。ある程度の予想も出来ていた、ともいえる。連絡した時、マーレにそっくりなクリーチャーが居ますよ、とは言っていない。移動は転移ではなく、跳ね飛びながらだ。

*6
それぞれ別々に表現したとしても辻褄合わせの様な有様になるので今作――どころか他の作品でも採用しない。片方に集中し、もう片方は切り捨てる。



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#11 キーノ村

 

 時間差を置いて殴り続けてみたものの一向に顔が膨れ上がらない。というよりそこまで殴る必要も無さそうだが不可解な敵は絶好の実験日和(びより)である。

 対象個体『大人のマーレ』は推定レベル七〇以上。第六位階以上の森祭司(ドルイド)系魔法を扱う魔法詠唱者(マジック・キャスター)

 見た目が妖艶な美女風だが性別は男性。

 急な性転換(TS)ネタが出てきたところで面白いわけがない。文字の世界だから。

 

たっち「……一向に戦意を失わないとは……。自動的に襲ってくるクリーチャーの悲しい(さが)よ」

ウルベルト「どうせならパンツを脱がして確認しましょうか?」

ぶくぶく「……はた目から見ると陰湿なイジメよね」

 

 十中八苦、彼らがモンスターと交戦していると思うプレイヤーは居ないに違いない。

 たっちも装備品を剥げるのか、興味があった。

 大抵の場合、窃盗特殊技術(スキル)でも持っていないと出来ないものだ。

 コマンドを介さない自然な動きだけで何処まで出来るのか。

 

たっち「……『R18』タグが付いてたら挑戦している気がしますが、今回は殴り殺すだけで……」

ウルベルト「……全国のたっち・みーファンが聞いたら泣くような台詞(せりふ)です」

たっち「見えないファンに何を言われようと平気ですよ、私は」

ぶくぶく「……現場に弟が居たら脱がしていそうね。……なんと恐ろしい現場だ」

たっち「実際のところ……」

 

 大人のマーレに馬乗りになったまま喋り続ける聖騎士。

 それに対してウルベルト達は何も言わない。

 ゲーム時代の感覚が残っているから、ともいえる。戦闘中に態勢を気にしていたらやられるので。

 奇麗も汚いも無い。アインズ・ウール・ゴウンは勝利の為なら――規則の範囲内で――何でもするギルドだ。

 HP(ヒットポイント)の減り具合によって変化があるかと思っていたが何も起きない。それと顔のケガは想定よりも軽そうに見える。

 自動回復か軽度の回復魔法でも使っているのかと思った。それはそれで長く痛めつけられるだけだから問題は無い。

 

ウルベルト「そろそろ次に行きましょう。もう村は壊滅している気がします」

たっち「せっかく出会ったクリーチャーを野放しにするのは……」

ぶくぶく「手足をもいで持ち帰ればいいんじゃない? 何だか……、こういうのが普通に出てくる世界っぽいし」

 

 特定のイベントを持つクリーチャーであれば単調な攻撃やセリフを言うだろうか、と疑問に思ったので。

 たっちが離れた時に――おそらく――何らかの魔法とか使うはずだ、と予想する。

 使わせずに倒してしまえばいいのだが、それはそれで勿体ない気もする。

 

 オーバーロード 

 

 たっち・みーは大人のマーレの鼻に指を突っ込む。そして、そのまま地面から起き上がらせて持ち上げていく。

 指の力だけで大人程の生物を持ち上げる様は(まさ)しく見た目には分からない筋力の強さの証明だ。

 

たっち「ウルベルトさん。派手な花火をお願いします」

ウルベルト「……全国のマーレファンの皆さん。これが我々のプレイスタイルです。意外に思った人。やっぱりなと思った人。言いたいことはあると思いますが……」

ぶくぶく「クリーチャーやプレイヤーいちいち謝罪するプレイヤーが何処に居るの。敵は殺せ、よ。見た目が可愛いだけで倒せないなんて人は三文小説の冴えない主人公だけでお腹いっぱいなんだからね」

 

 特に味方がケガや死亡しただけで人間の国の兵士を数万人も逆しても平然としている主人公とか。

 女だけは殺せない。人は殺せない。仮に殺すと物凄い罪悪感を覚えるような偽善者とか。

 その手の創作物には飽き飽きだ。

 

たっち「そ~れ、ぶっ飛べ~」

 

 声だけは楽しそうに言いながらたっちは大人のマーレを空高く投げ上げる。それを見越したウルベルトは呪文の用意を始めた。

 どんな魔法も発動まで意外と時間がかかるものである。速攻魔法と言えど全てが適応されているわけではない。

 とはいえ、読者には体感時間が伝わらないが各行動(アクション)に必要な時間というものが決まっていて、(おおむ)ね一〇秒から一分の間が早い部類だ。もちろん、速攻というのもあるけれど。

 ちなみに一番長いのは『永続』である。

 

ウルベルト「派手に散れ。我が深淵なる魔法によって華を咲かせよ。魔法最強化(マキシマイズマジック)遅延爆発火球(ディレイ・ブラスト・ファイアボール)

 

 この魔法は本来第八位階の火属性魔法である。先の魔法同様にウルベルトが扱えば威力が段違いに上昇する。

 任意のタイミングで爆発を生じさせる魔法でもあるので、扱いに慣れた者にかかれば非常に危険なものとなる。

 右手に生み出した魔法――直径はおよそ二メートル以上――はかなり巨大な大火球の(てい)を成した。

 近くに居るぶくぶく茶釜たちに熱が伝わっていないのか、平然としていた。普通であれば魔法とはいえ炎の輻射熱に炙られる筈だ。

 平気なのは種族による恩恵か。

 ゲーム内であれば『同士打ち(フレンドリー・ファイア)』の禁止設定によって平気だと言えるのだが――

 生み出した魔法は誘導機能を有していない。任意で狙いを付けるしかない。

 熟練したプレイヤーであるウルベルトはしばらくゲームから離れていたとしても感覚はまだ残っているし、僅かな時間とはいえ、ある程度の勘を取り戻している。

 無造作に思える投擲によって標的に向かう大火球。久方ぶりに見る魔法にたっちとぶくぶく茶釜は感心しながら眺めた。

 

 オーバーロード 

 

 多少、狙がずれようが使った魔法は当てる必要が無いものだ。

 しかし、ここにモモンガ居れば隠密行動ではなく物凄く目立つ行動ばかりする彼らに酷く呆れた事だろう。

 運が良い事に今は外の様子を探っている暇が無かった。

 

たっち「たーまやー」

ぶくぶく「マーレの玉ごと派手に散ったわね」

 

 ウルベルトの感覚により魔法は派手に大爆発。正に太陽が突如出現したかの如く。

 広範囲に広がる爆炎に巻き込まれた大人のマーレは火達磨となって――たぶん――散ったか、死体として地面に叩きつけられる筈だ。

 あの攻撃に耐えられればもう一度打ち上げる所存ではあったが――三人の興味はかなり早い段階で霧散する。

 

ウルベルト「何か喋るかと思いましたが……。しっかり死んだようですね*1。反応がありません」

たっち「普通のクリーチヤーは死んだら消えるか、アンデッドとして蘇ります。それとデータクリスタルとユグドラシル金貨を落とすのがデフォ(デフォルト)です」

ウルベルト「そうでしたね。そういうことにこだわる二次創作は一つか二つ……。あれ? これ前にも言いませんでした?*2

たっち「……我々はのんびりと喋っているように聞こえるかもしれないけれど、実は物凄く早口だった」

ぶくぶく「相対的な時間の流れはそれぞれで感じ方が違うからね。……実はまだ五分も経過していないという……」

 

 体感時間は長い。けれども経過時間は思っている程短い。

 思考速度の問題もあり、それはあながち間違いでもなかったりする。

 

ウルベルト「実はたっちさんが投げる前に鼻が千切れて彼は空を飛ばなかった」

ぶくぶく「それは無い。私はしっかり見たもん。あと、服だけ地上に残されたってオチも無い」

 

 それにしても()()()派手に爆発した魔法となったにもかかわらず、たっち達はいつもの様子として処理し、気にせず歩き始めた。

 後方に居る仲間にも見えている筈だが、おそらく大した問題だと思っていない。

 ペロロンチーノの背に乗っているシャルティアは口を押えて驚いている、かもしれない。

 ギルドメンバーにとっては()()()()光景に過ぎない。

 

ぶくぶく「あれ? なんでうちのNPC(マーレ)クリソツ(そっくり)なクリーチャーが出てきたのかしら?」

ウルベルト「転移の影響では?」

 

 何でもかんでも『転移の影響』にしてしまうと謎が謎として機能しなくなる。

 似てはいるが大人版である。それとクリーチャー名は地の文だけで彼ら自身が名乗った事はない。

 あくまでビジュアル的に理解しやすそうな表現として。

 

ぶくぶく「犯人は地の文ね」

たっち「ある意味では真理だと思いますが……。進むには支障があります」

ぶくぶく「そうね。途中で唐突なエンディングとかされるの嫌だし……」

 

 完。または終幕。

 やろうと思えば出来る。それが創作者の特権である。

 終わりを決めるのは読者ではない。

 

ぶくぶく「……よし。進もう。進めるだけ進もう」

ウルベルト「我々の戦いはこれからだ」

たっち「第一部・完。……長い戦いでした」

ぶくぶく「それから数百年後、新たに転移してきたプレイヤーと出会い、数々の冒険の幕が……」

 

 それぞれ終わりそうなフラグを口に出しつつ進む。集落まであと少し――

 既に視界には収めている。黒い煙も見えている。それなのに彼らはゆっくりと徒歩で進んでいた。

 もちろん、自分達は異形種だから。いきなり突貫すれば混乱だけが広がる。特にぶくぶく茶釜はインパクト(衝撃)が強い。ウルベルトはまだ人型なので仮装とか言い張れば誤魔化せる可能性がある。

 

ぶくぶく「人型になろうと思えば出来るけれど……。肉体的に今の粘体(スライム)状態の方が楽なのよね」

たっち「そこは相変わらずズボラな事で」

ウルベルト「今のアバターは太らないと思いますから。そのままでいいん()()()()()()()?」

 

 じゃないですか禁止法でも施行されたように――

 それにしても急がないと廃村となると分かっているのか。いやに暢気な三人組である。いや、後方にまだ数人のギルドメンバーがセリフ無しで付いてきている。こちらも危機感が欠如した有様となっていた。

 先程の戦闘も実は見ていたが、止めようと思った者は誰も居ない。

 

 オーバーロード 

 

 セリフをばっさりと切り捨てれば居ないものとして扱えるし、後で『実は』と付け加えれば居るものとしても扱える。

 これが文字世界の妙である。代わりに漫画やアニメの場合は隠しようがない。

 特にアニメはコマ割りが無くなり、大抵大画面だ。

 漫画は逆に小さなコマの場合もあるのでシーンや情報量の都合では非常に見辛くなる。

 

ウルベルト「……今更ですがピンポイントで例の村に行くとして……、充分に怪しい一団ですよね、我々は」

たっち「そうですね。お約束ではありますが……。距離的な都合で村が一番近い。馬車でもあれば無視して大都市に行けるんですが……」

 

 これほど遠い道のりになるとは。しかし、書籍の進行具合ではこれくらいが普段通りだったりする。

 合間に回想シーンや村側の戦闘シーンが挿入されるので。

 今作はそういう余計な『相手側の事情』は書かれないので*3一本道のストーリー進行となっている。

 

黒い仔山羊(ダーク・ヤング)「メッメメェェ、メッメメェェ」

 

 後方に飛ばされた筈の黒い仔山羊(ダーク・ヤング)が猛烈な勢いでやってきた。しかもスキップしながら。

 五本の太い脚を器用に動かす様に一同は感心する。あと、地面を穴だらけにする強靭な脚力とそれに伴う地響きが凄まじい。

 メンバーの一人が『実はスキップをミスした拍子に空高く飛んだだけだったり』と呟いた。

 相対的な大きさからあり得ない事も無い。しかし、黒い煙はさすがに襲撃イベントの筈だ、と。

 夕飯時に発生させる煙は大抵は白い。黒いのは料理を失敗した時では、と思うものの燃料が薪の場合は場合によれば黒くなるのか、と疑問に思う。

 まさかそんな下らないオチなわけが、と人間時であれば脂汗が出るメンバーが多数。

 

たっち「大丈夫ですよ。謎のアナウンスを信じれば凄いのが居る筈です」

ウルベルト「村に居るとは言ってませんでしたが」

 

 そうしている間にも黒い仔山羊(ダーク・ヤング)は村に――と思いきや、森の方に進路を変えて身の丈が同程度の雑木林の中に突っ込んでいった。

 たくさんの木々を薙ぎ倒すかと思われたが黒い仔山羊(ダーク・ヤング)の為に空けられていたようで木に擦れる音が静かに鳴るのみであった。

 

たっち「さあ、面白くなってきましたよ」

ウルベルト「相対的に不安が増大しました」

 

 ふと思えば――

 分かってて村の救済に行くのは実に怪しい。恩着せがましい。分かっているなら襲われる前に助けろよ。そもそも――

 全く()ってその通りである。しかし、そこは創作物の妙。そうでもしないと物語が進まない。もっと言えばそういう物語だから妥協してもらわないとどうしようもない。

 異世界に転移。よーいドンで救済。全てを見透かしたような言動ばかり取って世界を平定し、ハッピーエンド。

 ――なんだその、えーと、んー。な、なんだ。なんなんだ。*4

 

 オーバーロード 

 

 たっち達が下らない脇道に逸れようとしたものを無理矢理に修正して強引に辿り着かせたものの、現場は騒然となっていた。*5

 原作からそうだったが村の名前が書かれた看板は存在しない。だから、ここが何の村か村人に尋ねなければ判明しない。

 

たっち「都合のいい村人は全員死んでいると思っていいのかな?」

ウルベルト「ただの廃村ですよ、それじゃあ……。そもそも我々が向かう先に目的の村があるとは限りません」

 

 そうなのだが、オバロはそういうご都合主義がある程度は必要な作品である。

 事件が勝手に起こり、人々が右往左往する。それに我らのモモンガことアインズ様が関わったり、触れ合ったりする。

 世界征服という目標を掲げてみたものの実際問題として未知の探求こそが本来の楽しみであり、重度の引きこもりではない。

 社会人だから引きこもりである筈は無いのだが――

 

ウルベルト「もし、私一人で旅をするならほとんどデミウルゴス*6に一任している話しになるでしょうね」

 

 その場合、部下任せの部分を省略すればビックリするぐらい物語が消化されてしまう。

 ある意味では面白みのないファンタジーだ。

 しかし、(ようや)くにして辿り着いたものの中に勝手に入っていいのか迷う所。

 

たっち「ごめん下さ~い」

ウルベルト「そもそも会話が通じるのか、という問題ですが……。通じるんでしょうね」

ぶくぶく「アー●語や●●ック語だったら嫌だな……。最近のだとリパ●●●語というのがあるようね。個人的にはやっぱりヒュ●●●語の会話文を聞いてみたい」

 

 仮に喋ったとしても誰が理解できるのやら。

 人工言語は本当に本気で理解したい人しか通じないし、広まらない。

 例え漫画化、アニメ化しても一時的なもので終わる。海外作品のように長く愛される作品が生まれにくいのも問題かもしれない。

 

たっち「翻訳に適した魔法というものがありましてね」

ウルベルト「……少なくともたっちさんには扱えないですよね?」

 

 回想シーンしか出番が無かった為か、矢鱈(やたら)饒舌(じょうぜつ)な至高の四一人達。

 しかし、そこにNPC(ノン・プレイヤー・キャラクター)の姿は無い。

 オバロ的にはたっち達は拠点に引きこもり、NPC達が斥候(スカウト)として活躍するのが正しい進み方だ。しかし、これこそが本来の姿であるならばNPC達に口出しする機会は訪れない。(くだん)のデミウルゴスでさえも。

 

 オーバーロード 

 

 たっちの言葉に反応したのか、村の奥に居た青年が――それにしては()()()恰幅がいい――肩をいからせつつ近づいてくる。そこに危機感は無い。

 まるで――敵を発見した様な異様な雰囲気を醸し出しつつ。

 

屈強な青年村人「なんだてめえら。()()襲いに来た手合いか?」

 

 敵意剥き出し。それと村人にしては良い身体つきをしているとたっちは感心した。逆にウルベルトは嫌な予感を覚えている。

 ぶくぶく茶釜は良い男、と小さく呟いていた。

 確かに良い男なのだろう。筋骨隆々の金髪碧眼の異国の男性。歳の頃は二〇代半ば。

 農作業で鍛えたにしては筋肉の発達がおかしいくらい見事なものだ。

 

たっち「ええ、そうなんですよ」

ウルベルト「……すみません。今のは冗談ですよ。たっちさん。救済イベントから襲撃イベントに切り替えてどうするんですか!

たっち「すみません。……戦い甲斐のある筋肉を見てつい……」

 

 それと足元に転がる武装した襲撃者の屍らしき山も――

 どうやら一足先にイベントが一つ()()()()()()()()()済んでしまったらしい。

 ●●●●●と●●には書けなかった本当の高難易度オーバーロード。

 おそらく●●●・●●●すらもギャグ方面でお茶を濁す結果しか書けなかったものである*7

 たっちやウルベルトから見て村人のレベルは六〇以上。どうしてそう言えるのか、レベル五〇台のモンスターを今まさにおばちゃんと思われる村人が素手で殴り殺している現場を見てしまったからだ。

 見間違いでなければやられているモンスターは武装した獣人(ビーストマン)だ。

 鎧は身に着けていなかったので襲撃に相乗りして返り討ちにあった模様。どういう理由かはたっち達には窺い知れないけれど。

 一歩間違えれば自分達もああなると――

 

屈強な青年村人「冒険者か? それにしては奇抜な格好だな、あんたら」

ウルベルト「異形種も居るんですが……」

 

 後方に居る赤い粘体(スライム)が視界に入っていないのか、と。

 真っ当な人間であれば異形種を見ただけで嫌悪する。それはウルベルトの知識のみの情報ではあるけれど、この集落では見慣れたものなのか、と。

 

ぶくぶく「精悍な青年君。我々は怪しくないよ」

 

 頑張って人型に変態しても説得力が皆無である。

 どう見ても異形。それで人の好いモンスターだと言い張るつもりか、と思いつつもウルベルトは青年の反応を窺う。

 多少、眉は寄せたが襲ってくる気配はない。むしろ返り討ちにするからかかってこいと言わんばかりの自信が窺えた。

 

たっち「ふふふ。我々の姿は世を偲ぶ仮の姿っ! 世界に平和をもたらす為ぶっ!

 

 つい、勢い余ってウルベルトはたっちの背中を蹴りつけた。並みの攻撃ではビクともしないと判断し、渾身の力で。

 たっち・みーはメンバーの中でも割合悪乗りするタイプだと今更ながら気づいた。

 もし、ペロロンチーノとヘロヘロでも居れば五人戦隊だとか常軌を逸した言動をするに()()()()()()

 きっと至高戦隊とか頭の悪いなネーミングの集団だ。

 あとナザリックは変形も合体もしない。ちびっ子のみんな、悪いな。こればっかりは諦めてくれ。

 ――たっち・みーに飛び蹴りをかます現場をもしNPCが見ていたら大騒ぎしているところだ。(まさ)しく阿鼻叫喚。耳に心地よい響きだと捨て台詞を吐く黒山羊の悪魔(バフォメット)の姿を幻視すること間違いなしである。

 

ウルベルト「長旅で少々頭がおかしくなっているだけです。我々は旅人です。村々を回っているのですが……、なにやら取り込んでいるご様子……。モンスターの襲撃でもあったのですか?」

 

 地面に顔を(うず)めるたっちを一瞥した青年はウルベルトの声に一瞬驚きつつも現実に意識を戻した。

 確かに奇異な姿をしている連中ではある。だが、そんな存在は村の周りではありふれている。

 

屈強な青年村人「南方というか南東方面からモンスターの進軍があったそうでね。ここ最近はよく襲いに来るんだ」

ウルベルト「……そうですか。もし、よろしければ討伐をご一緒させていただけませんか? 何なら村の仕事も手伝いますよ」

屈強な青年村人「旅人さんに手伝ってもらうようなことは無い……と、言いたいところだが……。いくつか家屋(かおく)がやられてしまった。それらの修復を手伝ってもらえると助かるよ」

 

 青年の言葉に相槌を打つウルベルト。

 まずは第一段階を突破する。しかし、自分の知っている展開と違うので戸惑いもあった。

 南東からモンスターの襲撃。それは全く未知のイベントである。

 

 オーバーロード 

 

 倒れ伏しているたっちを無視して村に案内されるウルベルトとぶくぶく茶釜。

 異様なモンスターにも関わらず通してくれたことを尋ねなければならない気がしたが、それらはすぐに解決する。

 この村には人間以外の種族が居たからだ。

 醜悪な顔だが肉体的に人間より優れた亜人種。それと自分達と同じ異形種達が。

 

屈強な女村人「この村は『キーノ村』さ」

たっち「……なんだ、カルネ村じゃないのか」

ウルベルト「帰ろうとしないでください。村は村です。歴史が変わってたって別にいいでしょう」

たっち「えー。カルネ村じゃないと先の展開が分からないもん。やだー、やだー」

 

 棒読み気味だが気持ち悪い発言に聞こえた為にたっちの後頭部を拳で殴りつけるウルベルト。

 新しい展開に童心に帰っているようだ。道理ではしゃいでいると思ったら、と呆れてしまった。いや、自分も少し童心に帰っている気がするから一概に責められないか、と。

 家屋の修復は手際のよいメンバーを呼び寄せてやらせた。ウルベルト達は戦闘は得意だが手先の細かい仕事は苦手である。これは取得している職業(クラス)に左右されているので仕方がない。

 

 

*1
無表情な上に感情がこもっているのかも分からない。それゆえに台詞一つとってみても非人間的に聞こえてしまう。笑い声と叫び声だけっていうのも困りものだ。

*2
説明口調に限らずキャラクターのセリフは個性を持たせるために同じ言葉を使い回すことが多い。特にラノベ作家連中は率先して使う方ではないかと。コピペの氾濫は文字数稼ぎと変わらない。

*3
幕間でもない限り。

*4
物語としては身も蓋も無い。

*5
こう書くと村人たちが右往左往しているのか、死屍累々とした惨状なのかが分からない。これが『シュレーディンガーの猫』というやつである。

*6
CV 加藤(かとう) 将之(まさゆき)

*7
とはいえ、今作は脚本形式の軽めだ。本命はまたの機会に取っておこう。



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#12 ウンコ

 

 カルネ村は確かにあった。他の村に取り込まれて消滅してしまった後だった。*1

 端的に言えば区画整理によって。

 度重なる襲撃や犯罪者たちの手によって力なき村民は苦渋を舐めさせられていた。しかし、そんなことをいつまでも続けることは出来ないと王国のみならず国民の食糧事情を預かる各国が国際会議を開き、農業の革新に着手することになった。もちろん、林業や漁業も議題に含まれる。

 

貧相な村人「まずは地域に出没するモンスターの掃討から始まり、他の村の協力を取り付けたりと大忙しなんです」

 

 一休みの為に借りた家屋(かおく)にてたっち達は説明のような話しを聞かされた。

 村民全てが筋骨隆々というわけではなく、屈強なのは全体の三分の一程。それでも多いくらいだが――

 

ウルベルト「この地域の事は詳しくは存じませんが……。それは国全体の問題ですか?」

貧相な村人「さあ? 私は国の全てを見てきたわけではないので……」

 

 その答えに安心するウルベルト。

 村人なのに国の全ての事情を知っているかのように話す(やから)に疑問を感じていた。

 これが普通なんだよ、と過去のゲームに出てきた村人たちに言いたいくらいだ。

 現在居る村は『キーノ村』といい、インベリア神国領だと言う。

 

ウルベルト「……インベリア?」

貧相な村人「『トブの大森林』を含む国家の事です。大部分は森の中にありますが……」

たっち「……ますます既視感(デジャビュ)を感じる」

 

 村人の知識はインベリア神国の詳細までは持っていなかった。

 首都は森の中にあり、森以外の国土はそれほど広くない。しかし、村人が生まれる前から国が存在していた事だけは間違いないと言った。

 

 オーバーロード 

 

 併合したカルネ村は名前は消えたものの村人まで消えたわけではない。

 より広大な土地を開墾できるようになり、様々な農作物が作られるようになった。その影響からか、作物を求めて度々モンスターが襲ってくる。

 しかし、今回は謎の武装勢力まで来た。おそらくモンスターの襲撃に乗じて土地を奪う為ではないかと、予想されている。

 それらを返り討ちにする屈強な村人が居るわけだが――

 

貧相な村人「彼らは首都で身体を鍛えてきた若者でね。年寄りたちには大助かりさ」

たっち「それにしては随分と(たくま)しい」

ウルベルト「……我々の出番が無いほどに」

ぶくぶく「……何のためにここまで来たのか」

 

 優しい難易度であればたっち達が強さを見せつける内容になっている所。しかし、高難易度は彼らよりも頼りになる存在によって迅速に解決させられる。もちろん、それに見合った敵も存在する。

 

 人はそれを『お約束』と呼ぶ。

 

 折角なので色々と聞けるだけ尋ねてみた。しかし、ここで必要以上の情報は出せない、という場合は手詰まりになる。

 それはそれで高難易度らしいのだが、自前の捜索だと更なる時間がかかってしまう。

 ご都合主義のファンタジーであればそれもありではあるが――

 

ウルベルト「そういえば、ここに来る途中で見かけましたが……。矢鱈と巨大なモンスターが居ました。あれは……」

貧相な村人「黒山羊のタマちゃんかい? さっき派手な音が聞こえていたから、そうじゃないかと思ってたけど」

たっち「……随分と可愛らしい名称で……」

 

 黒山羊と出たのでかのモンスター(ダーク・ヤング)以外に考えられない。

 村人が把握しているということは前々から存在が認知されていたということ。それにしては随分と落ち着いているものだとウルベルトは呆れるがたっちはあまり興味を示さなかった。

 地味な情報収集は戦闘特化のプレイヤーである彼には少し退屈であった。

 

貧相な村人「王国が誇るアダマンタイト級冒険者『覇王』エンリ様の愛玩動物でね」

ウルベルト「……凄い事になっているようで……」

 

 自分達の記憶にある『エンリ』なる存在は確かに『覇王』も含まれている。しかし、それらが実際に使われるパターンは少ない。

 大抵は勘違いによる成り上がりが精々だ。その中にかのモンスターを使役しているものは数えるほどしか存在しない。いや、ほぼ無いに等しい。見つけたとしてもごく僅かな筈だ。

 多くは謎の吸血姫や女暗殺者の相手だ。

 改めて思うが――台詞中心の会話劇は脚本形式が相応しいと言っても動きや内情が分かりにくい。

 それと個別の演出も気が付けば無くなっている。せいぜい音楽の指定くらいか。

 

 オーバーロード 

 

 村人は説明口調で丁寧にたっち達に色々と教えてくれた。と書けば大抵の事は省略できるので楽である。

 基本は村の成り立ちから。しかし、見ず知らずの者達に語るものか、と思われるが滅多に来ない来客であればあり得る。もし、それを職業としているのであれば定型文(テンプレート)として説明を続ける。

 であれば今の状態はどれに当たるのか。

 

貧相な村人「実は私は亜人なのさ」

ウルベルト「……そのノリに乗らなくても結構ですよ」

貧相な村人「そうかい? 雰囲気的に意外な展開が好ましいかと思って」

 

 そう言いつつも説明の殆どに嘘は無いと改めて明言する貧相な村人。

 貧乏というよりは身体つきが痩せ型なので。かといって家が豪華かというとそうでもない。

 可も無く負荷も無い農家らしい佇まいだ。

 使い古した農機具が散乱し、一部は修復によって輝いていた。

 ぶくぶく茶釜は許可を貰って家の中を探索する。そして早速排泄関係で絶句する。

 近代的な村ではないので虫がたくさん湧いていた。

 それ以前に――*2

 

ぶくぶく「……リアル便所。下水関係も未整備か……」

 

 感心していると身体に小さな虫がピトピトピトとくっついてくる*3。それらを無意識的に吹き飛ばしつつ天井に視点を動かす。

 通常のファンタジーでは絶対に見ない風景がそこにはあった。

 

ぶくぶく「……古き良きファンタジー。しかし、それは……」

 

 かつて自分達も持っていた文化である。

 近代化した世界の住人であるぶくぶく茶釜にとっては逆に憧れを抱く。けれども長居したいかと言われると答えに窮する。

 より一層の不満でも抱けばこの世界の様な暮らしも悪くはないか、と。

 だが、モンスターが居るし、おそらく国による徴税はかなり重い筈だ。だからこそ戦乱が良く起きる。

 それを知っているプレイヤーならば異世界に永住するのは――基本的に世捨て人の境地に至った者くらいだ。

 

ペロロン「姉貴……。そこに居るのは絵面的にも不味いって自覚ある?」

 

 天井の更に上から声がかかった。

 普通の感覚だと何も違和感は無い。けれども今自分は異形種であり、しかも粘体(スライム)だ。良いわけがない。

 その考えは意図的に意識から外していたが改めて言われると恥ずかしさがあった。

 

ぶくぶく「……絵面を気にしていたら何も発見は無い。……で、弟。何か用? お姉ちゃんはウンコの使徒として物思いに耽りたいんだけど」

ペロロン「……ここがアニメや原作じゃなくて良かったね。……あとドラマでもなくて……。ドラマはドラマなんだけど」

 

 家屋の屋根に陣取る鳥人(バードマン)。他のメンバーも続々とキーノ村に訪れていた。

 それぞれ好き勝手に村人と交流を始めていた。

 

 オーバーロード 

 

 襲撃イベントは無かったが返り討ちイベントが発生していた。これにはたっち達も驚きを隠せない。

 数多(あまた)あるオバロ作品の中でも異質ではないか、と思いきや評価の色によって感想は変わってしまう。現時点では深読み系の感想は無いに等しい。

 

るし★ふぁー「にゃーん」

ウルベルト「……天下の往来で自己アピールですか?」

 

 村の中心部と思われる場所で存在をアピールする動像(ゴーレム)創造者(クラフト)

 簡単に言えば地面に寝転がって可愛い動物ですよ、と伝えていた。

 これが可愛い雌猫であれば可愛げがあるが雄である。いい歳したおっさんである。

 汚れが付かない事を利用した行動だが、仲間から見れば気持ち悪いの一言に尽きる。しかし、NPC(ノン・プレイヤー・キャラクター)からすればとんでもない事だ。

 至高の御方が村人風情に腹を見せて媚び(へつら)っているのだから。

 

シャルティアるし★ふぁー様ぁぁ!

るし★ふぁー「ふっ……。扶養家族の為なら俺は自分を犠牲に出来るのさ」

 

 寝転がったまま気障(きざ)ったらしいことをほざく問題児。

 モモンガでなくとも蹴り飛ばしたくなること請け合いである。

 

獣王メコン川「……じゃあ今回は人虎(ワータイガー)ということで」

るし★ふぁー「コロコロ種族が変わると俺達の存在意義が薄れる。……頑張ってデザイン画をプリーズ*4

 

 これをアニメに起こすと複数のモザイクモンスターが居るのだが、なんともシュールな風景である。

 既に姿が確立しているメンバーは違和感が無いのに――

 発注ミスによる作画崩壊といい勝負である。

 

ペロロン「……あーあ、天使召喚の鑑賞会はお預けか……」

るし★ふぁー「最高位天使を召喚するって奴ですね」

ペロロン「……るし★ふぁーさんが例えで言っちゃうとセリフのコピペと大して変わらない……。……まあ、そうなんですけど」

 

 地面に寝転がっていた問題児が起き上がり――今更――辺りを見回す。

 死屍累々とした惨状の片づけに村人は大忙し。それに対しギルドの面々はただ見物するのみ。

 一部は情報収集している。るし★ふぁー達は暇を持て余している。

 武装勢力は既に鎮圧されているので何もすることが無い。

 なんとも頼もしい事で――とすっかりやる気を喪失。

 

 オーバーロード 

 

 たっちは役に立たないと分かったウルベルトが率先して情報集めに奔走し、ぶくぶく茶釜は彼を補佐する形になっていた。

 元々リーダー格だった男がどうしてポンコツとなり果てたのか。それは転移による――以下同文。

 他のメンバーも同様であると考えるのが自然である。――何が*5

 

ウルベルト「まず我々は村人の好意により、近くの空き地で寝泊まりしてもいい事になりました」

ぶくぶく「寝床は自分で作れ。……難易度が高い」

ウルベルト「異形種の中には飲食不要が居るだろうから食事抜きです」

ぶくぶく「よく分かっていらっしゃる。無知を利用した仲良し作戦は難しそうよ」

るし★ふぁー「村長は? 気のよさそうな村長からたくさん情報は貰えないの?」

ウルベルト「農作業に出かけてて不在でした」

ぶくぶく「まさかの不在。大抵は暇を持て余して滞在しているものよ。しかし、現実は違った」

 

 楽しそうにぶくぶく茶釜が合の手を入れる。

 自分達の都合に合わせて登場人物達が揃っているわけではない。それぞれ生活の為に動いているので、それぞれにタイミングというものがある。

 それらを上手く利用することで伏線や辻褄を合わせていく。しかし、今作はそれらを無視する形である。

 元より全てを書ききる気は無い。よってどうなるか、村長カモン。

 

最強の村長「……おわっ、いきなり風景が変わった」

ぶくぶく「……最強」

 

 何もない空間から突如として屈強な村人よりも一回り程筋肉が厚そうな精悍な男性が現れた。

 呼べば出てきます。それがご都合主義である。

 

るし★ふぁー「勝手に転移する装備品を持っている人みたい……*6

ウルベルト「元に戻しておいてください。そういうご都合主義は要りません」

 

 その言葉に反応し、最強の村長は消え去った。

 村には居る事が分かっているので後で会えばいいだけだと判断する。

 

ウルベルト「まず、るし★ふぁーさん。我々の寝床を作ってください」

るし★ふぁー「いやいや。ここはアウラ達にやらせましょう。原作でもそういう役回りだったでしょう? せっかく命令できるんですから」

ブルー・プラネット「仕事が欲しいと訴えてくるNPCを使うのは悪くはありませんが……。ちゃんと出来るんですか?」

 

 今まで命令された単純作業しか出来ない事を知るからこその疑いだ。普通のプレイヤーであれば当然出てくる問題である。

 それに自我が芽生えたかどうか半信半疑なところもある。

 

ぶくぶく「知能は高いから出来るはずよ。でも、そんな命令与えたことないし、そもそも戦闘以外は何が出来るのか……」

ペロロン「……俺達のNPCは……。いや、実際にやらせてみよう。戦闘は俺達が担当。細かい事務作業はNPCって事で」

たっち「命令ばかりする傲慢な上司みたいですね」

ウルベルト「部下を使うのは当たり前の事です。要はどういう命令を与えるか、です」

ブルー・プラネット「木材は三年ほど寝かして乾燥させたものでなければ建材として使えないって分かってるのかな?」

ペロロン「リアル世界の事情をあいつらが理解しているとも思えませんが……。そこは便利な魔法で解決すればいいんじゃない? 案外、リアル世界より色々出来るかもしれませんよ」

ウルベルト「では、魔法はぷにっとさんとタブラさんの意見を聞くとして。武装勢力や情報は引き続き我々が集めます」

ぶくぶく「了解」

たっち「……襲撃イベントが無いとは……。我々はどうしたらいいんだ」

 

 がっかりするたっち。そのイベントから全てが始まるというのに序盤で喪失してしまうとは、と。

 こうなると次は右か左に向かう、という選択をしなければならなくなる。

 所謂――マルチシナリオだ。順番がフラグに影響を及ぼさない限りしばらくは何を選んでも大丈夫だが、歴史が存在する世界ではやり直しは出来ない。

 特定のイベントに関連している場合は当然、後々影響が響くものだ。

 

 オーバーロード 

 

 自分で動けるプレイヤー達はそれぞれ支度を始める。

 情報集めと拠点づくり。暇を持て余す者。雑木林に向かって怪しいモンスターが居ないか調査する者。

 シャルティアは今のところペロロンチーノの背中に乗っている。

 

たっち「……よくよく考えたら我々が襲撃者を迎え撃つには過剰戦力ですよね」

ウルベルト「……そうでしょうね」

 

 襲撃者どころか世界すら滅ぼせるのではないか、と。

 それとナザリック地下大墳墓に今も居るギルド長モモンガの存在を薄っすら忘れかけた。

 キーノ村に来てもうすぐ一時間。プレイヤーとしてのステータスの影響か。経過時間がいやに遅い。

 おそらく、はた目からは相当早口で行動しているように見えている筈だ。

 体感時間の妙というか不思議な現象である。

 

ウルベルト「もうすぐ王国戦士長が来る頃合いでしょうか?」

たっち「役に立たない集団に活躍させるのも酷でしょう」

ウルベルト「……現地の人達は頑張っているのです。我々とは違い……。レベル三〇台の行動などたかが知れる。たっちさんも弱体化してみたらいかがです? そうすれば我々の早口が聞き取れないレベルだと気づくかもしれませんよ」

たっち「レベル三〇なら村人の方が強いですよね。弱体化すると元に戻すのに数日はかかりますから嫌です」

ウルベルト「ここでは何十年もかかりそうですけど」

たっち「……大丈夫。かなり高レベルのクリーチャーが出てくればいいんです」

ウルベルト「その前に駆逐されますよ。それより姿が確立しているメンバーを集めておきましょうか。残りはどうせ役立たずばかりだから」

 

 詳細な情報があればいいのだが、おそらく全てが解禁される機会は無さそうだ。

 知らないモンスターの情報が多く出ているし、既成クリーチャーかどうかの判断も難しくなっている。

 魔法からして名称変更が多い。この状態で進まれると二次創作は益々作りにくくなる。

 既製品のままというのも問題ではあるが実際に同一名称があるから困る。*7

 

ぶくぶく「では、早速行動開始。我々のカルネ村から冒険が始まる」

ペロロン「俺達の使うカルネ村の由来は何なの? それあまり意味ないよ」

ぶくぶく「ノリよノリ。いいじゃん。元カルネ村でもあるわけだし」

 

 併合されただけでカルネ村ではないとは言い切れない。

 名称変更されたとはいえ元の名称で呼んではいけないわけでもない。

 

 オーバーロード 

 

 空き地に怪しい一団が拠点を製作しているころ、この国の全貌を解明したいところだが――

 小さな村が全ての情報を握っているわけもなく。

 まず判明しているのはインベリア神国の領土内である事。

 両隣に聞き覚えのある国がある。

 戦争状態については村人には窺い知れない事だったので不明である。

 武装勢力は盗賊上がり上がりだったり、モンスターが偽装していたり、様々である。目的は金品か食べ物。

 

ウルベルト「……南方には『スレイン法国』」

たっち「『リ・エスティーゼ王国』は崩壊寸前?」

 

 聞きなれた国が亜人達の襲撃に遭い、各地で戦闘が繰り広げられている。北部は最強の(ドラゴン)達が治める国があるせいか、そこまで侵攻されていない。

 力を持つ亜人達との長きに渡る戦争が続いているのだが村としても生活がかかっているので逃げ出す事は出来ない。だから、一部で身体を鍛えて村を守護する若者が各地に派遣されていた。これは帝国も法国もどうようである。

 (むし)ろ人間代表を自負するスレイン法国が率先して増強を(にな)っていた。

 

屈強な青年村人「南方から来た亜人連合の襲撃があってな。海沿いから狙われている」

たっち「そんなに脆弱な国なんですか?」

屈強な青年村人「この村は周りから狙われているせいか、我々の様な屈強な一団が自然と出来上がる。しかし、全てがそういうわけじゃない。海沿いは強い漁師が居たはずだが……。厄介なモンスターにでも襲われたのでは、と予想されている」

 

 ここから海まで数百キロメートル。

 単位は自動翻訳のお陰か、地球――主に日本――の単位として聞こえる。

 現地民の言語は不明。しかし、文字は見られないものだがタブラがあっさりと解読した。

 英語と日本語をベースとした単純なものらしい。

 

タブラ「これなら翻訳の魔法とかアイテムは必要ないですね」

ペロロン「俺達は翻訳してくれないと駄目ですよ。言葉だけじゃあ……」

ぶくぶく「固有名詞は流石に無理っしょ」

ぷにっと萌え「そこまで翻訳はされなくてもいいと思います。日常会話程度で……」

 

 仲間と村人を交えた会談が続く。

 ここまで一時間も経過していない。驚くほど早期に現地に溶け込む一流プレイヤー達。

 そもそも何の違和感も無いのかお前ら、と誰かが突っ込むべき。

 

ブルー・プラネット「移動する時はすべて撤去しますので。しばらく土地をお借りします」

 

 最強の村長にひとまずの許諾を得るモザイクモンスター。

 交渉事は殆ど事務的とはいえ丁寧に(おこな)われる。この風景をNPCが見ると大騒ぎする。人間相手に何度も頭を下げる至高の御方。

 プレイヤー達は社会人として挨拶は大事だと思っているからおかしいとは思っていない。

 

 オーバーロード 

 

 それぞれの活動に一段落がつく頃、キーノ村のすぐそばにまで巨大なモンスターが近寄ってきた。

 作業に集中すると意外と気づかない。それほど移動に際し静かだったと言える。

 

たっち「……あれがペットとは……」

ウルベルト「『覇王』エンリ……。ついに我々が相対する最強の敵……。相手としては相応しい気が……」

 

 謎の冒険者エンリの情報は作業に意識が向いていた為に得ていない。意外と忘れっぽい事にウルベルトは自嘲気味に苦笑する。

 顔の表情はどのメンバーも変化はさせられないが感情まで無くしているわけではなかった。

 表現こそ出来ないが喜怒哀楽は人並み。

 そんな物思いの合間に村人の何人かは巨大モンスターに近寄っていく。

 

屈強な青年村人手合わせよろしくお願いします!

黒い仔山羊(ダーク・ヤング)「メエエェェ」

たっち「……マジか!?」

 

 推定レベル九〇超えのモンスターに村人が挑む。

 一般人であれば軽くぶつかっただけでも命取りだ。本気か、とたっちは驚愕する。

 かのモンスターはどうやら村人達にとって鍛錬相手となっているようだ。

 よく見れば頭上と思われる黒い触手で村人たちを打ち付けていく。しかし、決して致命傷にならない程度に抑えられもの。

 知力が高くなければ出来ない芸当だ。

 

ウルベルト「……最初に飛んできたのは謎のままですが……。あれは何らかの伏線でしょうか?」

たっち「……気にしたら負けって意味かも」

 

 今までの想定を覆す超展開は()()()()()()()()()を持つたっち達にとっても驚きであった。

 しかし、未だに不明なのが難易度だ。

 何処がどう高難易度なのか、実は測りかねていた。

 一般的な高難易度はモンスターのレベル上昇とHP(ヒットポイント)の増加。それとターン制だ。

 この世界の場合であれば挑戦できるプレイヤー数の制限といったところ。

 レイドボスは単独(ソロ)では戦えない。()()チームを組まなければならないルールがある。

 

 

*1
十数年前の●●の大合併のように。

*2
排泄物の権化が自らの意思で穴に吸い込まれに行くような絵面だ。

*3
まるで蠅取り紙のよう。いや、この場合はウンコに(たか)(はえ)

*4
お願いします、so-binさん。

*5
何がとは何だ。ちゃんと説明しろよ。というのが正しい突っ込みである。

*6
実際にそういうゲームがあります。

*7
例えとして『冒涜(ブラスフェミー)』という魔法がある。



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#13 神

 

 キーノ村の歴史。興味が無いので次に、と言い出す仲間を蹴り飛ばし、ウルベルトは村人達から情報を集めていた。

 戦闘に特化したプレイヤーだとしても無暗に突貫はしない。たっちも一見バカっぽい振る舞いが多いが人心掌握に()けている。今は異世界を満喫しているので自由な行動が目立っているだけだ。

 

ペロロン「どうせ『イビルアイ』だろ」

ぶくぶく「……っていう奴がいるから話しが進まないんだ」

るし★ふぁー「……当人が居たら泣いてしまいますよ。話しはちゃんと聞きましょう。おかしなイベントが始まらない為にも」

ブルー・プラネット「異世界なのに自由なお前らはある意味凄いな」

 

 不安を見せる要素がまるで見当たらない。

 水を得た魚のようにはしゃぎまくっている。特にたっちは一番嬉しそうだ。

 しかし、所詮は農村。自分達の国の歴史を詳細に理解している者は殆どいない。より詳しい説明を聞くには大きな都市に行くしかないのだとか。

 キーノ村の他には『ファスリス村』に『アンネ村』がある。

 

ウルベルト「……読者の想像では私は情報収集に向かない筈なんですけどね」

 

 役に立たない聖騎士(パラディン)のせいだ、と言わんばかりだ。全くその通りで誰も異論を挟まない。

 ぷにっと萌えは建設に忙しく、単独(ソロ)の活動が多いあまのまひとつに出張ってもらおうか相談する。

 どのメンバーも人間離れしているが一番の問題はモザイクモンスターが多い事だ。

 名前だけ判明しても活動が思うようにいかない。

 

ぶくぶく「……既存のキャラクターだけではねー」

やまいこ「村に我々が居るだけで酷く場違い感が凄いんだけど」

餡ころ「あっ、私は白面金毛九尾(ナイン・テイルズ)で」

 

 モザイクから妖怪系異形種に変化。それにより様々なステータスが自動的に調整されて――

 新生『餡ころもっちもち』爆誕*1

 

ブルー・プラネット「……いいなあ」

餡ころ「残り発売予定巻数から言って……。全員分は絶望的よ。……これ、どうするつもりなのかしら」

やまいこ「想像で創れってことでしょう」

ぶくぶく「現時点で確定しているのは『暗黒騎士』が居るってことだけ」

 

 彼女達が話している間も村人たちは入れ替わり立ち替わりつつ巨大モンスターの触手攻撃を受けたり、避けたりしていた。

 人間の身体で巨体を支える事は無理である。可能にするには一〇〇人以上は必要だ。それでも軽く力を込めただけで潰れそうだが。

 

 オーバーロード 

 

 カルネ村は数多の創作物における『特異点』のような存在だ。しかし、今作はその村が吸収合併によって消失した。残っているのはかつてあった歴史のみ。

 この場合、多くの二次創作も巻き込まれる形で消えてしまうことを意味する。

 ここにカルネ村は無い、と明記されてしまったから。

 

たっちどうしたらいいんだっ!

ウルベルト「うるさいですよ、たっちさん。無くなったのは名前だけです。行動には何も支障がありません」

たっち「雰囲気は大事ですよ、ウルベルトさん。私は読者の味方です。正義の使者として……」

ウルベルト「……空元気の様なたっちさんが羨ましく思えますよ」

 

 どんな時でも初心を忘れない。そして、期待に応える男である。

 ――対象年齢が低いのが気になるけれど。

 ダークファンタジーは高い年齢層向けだ。決してちびっ子が読むものではない。

 世界的に有名な書籍*2でさえ児童文学である。映像では伝わらないが書籍ではかなり子供向けの文章が踊っている。

 

ウルベルト「襲撃イベントが無くなったせいで天使召喚の鑑賞会はお預けのようですが……。この先、どうします? エ・ランテルに行きますか? 都市名は()()()()のようですけど」

 

 順当に行けばカルネ村の次は街で知名度を上げるイベントだ。しかし、ここにはモモンガが居ない。しかも異形種のまま行動している。

 全員が人間種に擬態するのも手間だし、別に隠すことも無いのでは、と。

 キーノ村が既に他種族を受け入れている。これがどういうことか調べてからでも遅くはない。

 ――というより、この村に居る黒い仔山羊(ダーク・ヤング)の存在感が凄いので異形種である自分達が霞んでしまっていた。

 なにより、このモンスターを使役する『覇王』にも興味がある。

 まだ序盤なのに――

 

たっち「……こんなのどうしたらいいんだー」

ウルベルト「……原作十二巻でモモンガさんも同じことを言ってましたね」

たっち「先例に倣うのは基本ですから。……しかし、予定が狂えば行動も狂う。次にすべきことは先へ進む事」

 

 思い悩まず、あくまでマイペースな聖騎士は演技こそ悪目立ちするが未だに不安を見せてはいない。

 精神的な強化を異形種であるアバターが与えてくれるお陰とはいえ、通常であれば立ち止まっていてもおかしくない。

 特に――原作に無い行動が出来る二次創作は極まれだ。

 

たっち断罪っ!

ウルベルト「……今はノリませんよ」

たっち「うあああ」

 

 思い切り地面に突っ伏す白銀の騎士*3

 おそらくCM(コマーシャル)に入るタイミングを見計らってのキメポーズを取ろうとし、それを察したウルベルトが拒否した形だ。そりゃあ残念がる筈だ。

 童心に帰っているたっちは本当に子供っぽく(うずくま)り、泣き叫ぶ。――本当に泣きはしないが。

 

 オーバーロード 

 

 人間側から見るとたっち達は物凄い速度でやりとりしていて何をしているのか、通常であれば理解できない*4。これは行動ではなく視覚と聴覚から感知するのが難しい、という意味だ。

 屈強な村人であればなんとか聞き取れていると思われるが、それでも怒涛のやり取りには驚いている。そして、これが現地の人間に向けられた途端に相対速度が噛み合うのだから不思議な現象である*5

 

たっち「……村を救うイベントが無いなら強大な敵の方を探すとしましょうか」

 

 と言ってみたものの見えるのは一〇メートルもある黒い巨体のモンスターだけだ。これではないとすれば自分達が倒すべき敵はどんな存在なのか。

 確実なのは村に居る黒い仔山羊(ダーク・ヤング)――黒山羊のタマ――より巨大なモンスターは見当たらない。同じ大きさの個体も同様に。

 

ペロロン「普通に考えて人間でこのモンスターと戦うのは無茶だよね。データがあるから対抗できる、と頭では分かってても」

餡ころ「我々もサラリーマンとして出会っていれば逃げるしかないけどね」

獣王メコン川「……まだこちらに来て数時間……。一日経つ前に終わりそうな雰囲気だ*6

 

 村に到着は出来た。情報も収集中。次は他の街への移動となる。

 無理に恩を着せなくとも行動に支障が出るわけではない。事件にかかわらない選択も世の中にはあっていい。

 率先して関わると後々言い訳が難しくなるのは世の常である。

 

ウルベルト「村はこのまま放っておいても滅びそうにありませんから、次に行きましょう」

ぶくぶく「土地を借りられたとはいえ私達は無一文も同然」

ペロロン「……働くしかないのか」

ぶくぶく「きっと冒険者になっても稼げないわよ。村人達よりも強大なモンスターが蔓延っているならまだしも」

 

 農作業する至高の四一人では絵面的にも貧相である。それはそれで喜ぶメンバーが居るけれど――

 武装を持ち込めているのだから冒険者らしい仕事に就きたいと多くは思った。

 何もせずに『ナザリック地下大墳墓』に引きこもっていても面白くない。異世界なのに探訪しないのも勿体ない。

 新しい世界を冒険する。元の世界に戻る方法を探る。この二つが大きな選択となる。

 

たっち「私は冒険ですね」

ウルベルト「……私もです……が……。複雑な気分ですよ」

ぶくぶく「元のジメジメとしたサイバーパンクに戻って社畜人生を続ける?」

ウルベルト「……それでも我々の住む世界ですからね。捨てるに捨てられない」

餡ころ「他の創作ではできない瞬間移動(ワープ)を確立すればいいじゃない」

 

 その手のアイデアは多く存在していた。しかし、その多くは途中で頓挫している。

 やる気もアイデアもロクに無い創作家達の怠慢で。そのクセ、評価だけは一人前。しかも後半は――*7

 

タブラ「それは既に存在しているけれど評価の色で誰にも気づかれていません。一般読者が知っているのは未完成の方です」

ぶにっと萌え「……しかし、それはあくまで可能性の一つであって本編は()()()()ですからね」

タブラ「転移より『漆黒聖典』が大事ですもんね*8

餡ころ「……ちなみにさ。その方法というか魔法なんだろうけれど、誰か使えるの?」

タブラ「んー。()()居ないですね。情報としては存在しますから無理ではないです」

 

 平然と答える大錬金術師。

 数多存在する魔法は様々な奇跡を成し遂げる。時には極大特殊技術(スキル)に一歩及ばないところもある。

 けれども、あるのだ。条件さえ整えれば不可能な事など何も無いかの如く。

 

タブラ「その魔法で地球に行く場合はアバターの問題を解決しなければなりません。そこを忘れてはいけませんよ」

ウルベルト「そうでしたね。我々の本体は地球にあるんでした」

 

 今の姿のまま帰る話しが多くされているが、根本的にそれは無理である。

 ゲームデータが顕在化している。それは理解している。だが、それをそのまま地球の大地に馴染むのか、と言われればどれだけの人間が首肯するのか。

 バカな奴ならたくさん居る。

 

たっち「ログアウトボタンを使えるようにすればいい」

ウルベルト「……そう。結論は既に出ている。しかしですよ、たっちさん。仮にボタンがあったとしても二度とこの世界には来れません。魔法も当然消えます」

 

 それはそれで別に構わない、と思う者が居てもおかしくない。当然の道筋に帰るだけなのだから。

 しかし、折角未知の世界に来ているのに探訪しないのは勿体ない、という気持ちを持つ者にとっては大問題である。

 何のための転移でダークファンタジーなのか。某粘体(スライム)など時間を超越して地球に帰還し、運命を変えたというのに*9

 

 オーバーロード 

 

 現代社会の(しがらみ)に戻りたいと思うのは家庭や仕事を持つ者くらいだ。

 特にモモンガやウルベルト辺りは戻ってもいいことは無いと知っている。であれば残って冒険していた方がマシである。

 その辺りは仲間と言えど意見が割れる処だし、どちらを選ぼうと無理強いは出来ないし、してはいけない。

 

やまいこ「それぞれ別々の人生を歩んでいるんだし、選択はそれぞれ自由よね」

たっち「……みんなで幸せを勝ち取る方法は無い。私だってそれくらいは分かりますよ」

 

 しかし、冴えない主人公やほっとけないタイプの厄介な主人公は()()()幸せにならないと困りだす。

 そのせいで仲間割れが起き、無駄に長大なファンタジーと化すことも――ありえない話しではない。特に週刊マンガ系は――

 例えばモモンガであれば――仲間と共に幸せになる道を選び、全員分の負担を背負おうとする筈だ。もちろん()()()()に適応されるので、それ以外は眼中に無し。

 たっち・みーの場合は視界に入る者が対象で、それ以外はさすがに適応外。己の力量で出来る範囲は奮闘する程度だ。さすがの聖騎士も出来ないことくらいは弁えている。

 

ウルベルト「帰る方法は別にありますけどね。……で、どうします? まだ冒険を続けますか?」

たっち「当然です」

 

 即答する聖騎士。

 他のメンバーも折角異世界なのだから少しは冒険を楽しみたかった。けれども、やはり元の世界の事が気になるものだ。

 その辺りはウルベルトも強くは言わないのだが――

 

タブラ「どちらにせよ。方向性が決まったのであればまずは強大なモンスター討伐を目標にしましょう。ここで遊んだところで地球に持ち帰れるわけではない。可能性としては(ぜろ)に近いんですが……」

ぷにっと萌え「せめて魔法文化だけでも持ち帰られたら」

タブラ「そんなことしたら文明が崩壊します。絶対に悪用するに決まっている」

 

 世の中には善人しか居ないわけではない。

 性善説は理想ではあるけれど、残念ながら欲の無い人は居ない。特に未来文化を持つ彼らの世界には――

 

ウルベルト「理想論を語ったところで不毛ですよ。……しかし、それもオバロが完結してしまえばすべて水泡に帰します。今だけですよ、賑やかなのは」

タブラ「本家のTRPGが未だに現役であればオバロが無くなろうと問題はありません。あちらこそが作品にとって大事な資料ですから」

 

 原作に出る予定のない情報が多い事も原因だ。

 であればその他に属する部分はいかようにも拡大解釈していい、となる。そして、それは現実に創作物として存在している*10

 

 オーバーロード 

 

 冒険と自分達の身の振り方がある程度固まってきたところで主目的であるモンスター退治へ話題を傾ける。

 既に主要メンバーは揃っている。

 たっちとウルベルトをメインに据えてペロロンチーノ、ぶくぶく茶釜。

 餡ころもっちもち。やまいこ。タブラ・スマラグディナ。ぷにっと萌え。

 獣王メコン川。るし★ふぁー。ブルー・プラネット。

 

ペロロン「……あと、誰が居るの?」

ぶくぶく「建設担当だからプラネットさんは除外よね」

 

 姿が確立している者はだいたい揃っている。後は柔軟に転移でもしてもらうことにする。

 普通のバトル物は揃っているメンバーだけが戦闘できる。追加となると止め処も無くなる。

 一度離脱すると再加入が出来なくなるのは――ゲームの仕様では――ありえるかもしれないが、そういうシステム的な制限が無い場合は無理な突貫をしなくて済む。

 対ギルド戦とは違い、対国戦闘の場合は――そもそも――長期戦は当たり前だし、追加の戦力投入も当たり前。

 レイドボス戦とは違う。

 原作にある『一五〇〇人の襲撃』というのは募集した結果が数に現れているだけだ。

 もし、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()大抵の拠点は落とせる。それをしないのはメリットが無いのとプレイヤーとしての益が無い為――それとシステム的にありえない――であり、決して全プレイヤーが『アインズ・ウール・ゴウン』を邪魔者と見ているわけではない。

 上位ギルドが参加していないのが証拠である。

 それと全てのプレイヤーがレベル一〇〇だと思っている者が居るかもしれないが、そんな記述は何処にも存在しないし、全員がプレイヤーでもない。

 拠点襲撃でも『適正レベル』が設定されており、プレイヤーには補正が強制的にかかる。

 

ウルベルト「村人達に聞いたところ、あのモンスターに似た類似モンスターは知らないそうです」

たっち「……というのはご都合主義だったりしませんか?」

ウルベルト「いえいえ。複数体居る場合も想定した上での質問です」

 

 覇王が使役する仔山羊は一体のみ。

 類似モンスターの存在は確認されていないが――少なくとも噂話でも聞いたことが無いという。

 キーノ村だけで全ての情報が出揃うのは確かにご都合主義だ。そんなことはありえてはいけない。

 ペロロンチーノは背負っていたシャルティアを降ろす。

 NPC(ノン・プレイヤー・キャラクター)代表として残したわけではない。単に連れ回したかっただけだ。

 せっかくなので戦闘参加の意思を訪ねてみる。

 

シャルティア「……至高の御方の足手まといになるのではありんせんか?」

ペロロン「……まあ、邪魔になるよね」

 

 そもそもNPCとの連携は経験が無い。いくら武装を整えているとはいえ拠点防衛のNPCだ。しかも敗北経験がある。

 いくらシャルティアがレベル一〇〇だとしても無敵ではない。攻略方法さえあれば倒せる存在だ。

 彼ら(NPC)は一対一の戦闘はしない。一対多が基本だ。

 まさに多勢に無勢。

 

るし★ふぁー「そいつ標準語で喋れたっけ?」

ペロロン「喋れるんじゃない?」

るし★ふぁー「……柔軟な思考が出来て自発的に喋れる。そんな存在を置いていくのは勿体ないけど……。良い方法が無いのも事実」

ペロロン「ナザリック自体を持ち運びできるわけじゃないから」

 

 通常であれば命令以外の事はしないNPCも今は色々な動きを見せている。るし★ふぁーは自分が創ってきた動像(ゴーレム)達も同じような現象が起きているのでは、と考えた途端に戦慄する。

 急に動いたり喋ったりするのは怖い、と。

 ファンタジーとしては一般常識かもしれないが、ギルドメンバーは少なくとも現実世界の人間だ。ゲームでなければ割り切るのに時間がかかるのは当たり前。

 

ぶくぶく動像(ゴーレム)達は動いてなかったと思うけど?」

るし★ふぁー「いや……。きっと動いたり喋ったりする筈だ。少なくとも命令で動くようにしているから」

餡ころ「そういえば召喚物も自発的に喋るよね。あれって仕様だった?」

やまいこ「そうなると『次元界』が実在することになるよ。それはそれで怖い」

 

 地獄も存在し、悪魔達の世界が実在することになる。当然、天使達も。

 そうなれは神も実存する事が確定してしまう。

 

タブラ「会ってみたいな……。神」

ぷにっと萌え「それでもクリーチャーの一つですよ」

タブラ「そうですね」

ウルベルト「……外野が盛り上がっているようですが、当初の目的を忘れてはいけません。我々には倒すべき敵が居て、この世界を冒険する権利を貰っている」

 

 そうでなければ自分達がこの世界に居る理由が無い。

 権利を失うことは――きっと――終わりを意味する。それが自然の摂理である、と言わんばかりに。

 

 オーバーロード 

 

 至高のメンバー――いつの間にやら定着しているが――が話し合っているところに新たなNPCアウラとマーレが到着する。

 先程葬った大人版の姿ではなく、拠点に残したままの子供の姿だ。

 こちらも自発的に喋るけれど敵対は見せていない。一応、ぶくぶく茶釜が攻撃の意思を確認する。

 

マーレ「ぼ、僕に似た敵ですか!?」

ぶくぶく「声はいつもの奴だわ。オーケーオーケー」

アウラ「ということはあたし達のそっくりな敵がまだ現れる可能性があるんですね」

 

 可能性については色々と議論の余地がありそうだが、しばらくは問題が無さそうな予感はしていた。

 

 自分達が迷う時。それは現れる。

 

 プレイヤーとしての勘のようなもので誰もそれを否定しない。たっちもウルベルトも。

 通常の異世界は徐々に敵が強くなっていくものだが、今回は最初から強い敵が色々と出てきている。

 レベル一〇〇でなければ早々に詰んでいてもおかしくない。だからこそ高い難易度だと言える。

 それと近くには黒い仔山羊(ダーク・ヤング)が見えている。

 

ウルベルト「アウラ達は建設の手伝いをお願いする」

アウラ「了解しました」

 

 元気溌剌(はつらつ)とした返事に黒山羊の悪魔(ウルベルト)も安心する。

 立て続けに想定外の出来事が多かった為に精神的には結構疲労していた。

 

ペロロン「見た目には普段通りの闇妖精(ダークエルフ)

 

 機械的なNPCから生物的なNPC。見た目では違いは分からない。けれども中身はかなり違っている筈だ。

 頭ではそう思っても確かめる方法は自分達には無い。

 攻撃して血が出れば本物か、というと違う気がする。何が、と言われても困るけれど。

 ペロロンチーノは彼らを信用することが出来るのか、という問題について少しだけ考えていた。

 ぶくぶく茶釜は創造者とはいえ全体的なデザインを実際に組んだりしたのは別のメンバーだ。多くのメンバーもデザイン担当に任せている。

 その観点から言えば中身まで用意する事など不可能である。

 

タブラ「通常であれば深く考察せず、ストーリー重視で進むところです。しかし、これは違う」

ぷにっと萌え「これ、じゃなくて全て違いますよ。最初から最後まで『テーマ』に沿って進んでいます。そこに一つたりともストーリー重視*11があったでしょうか」

タブラ「一つか二つくらいはあったんでしょうね」

やまいこ「原作からして独自設定満載で情報の小出しをしている。二次創作では悪手とされる『ぼくのかんがえたせってい』に従って。それとコピーライトが何処にも無い。代わりにゲフンゲフン芸が……」

餡ころ「参考資料の提示は作家連中もちゃんとゃっているから別に隠す必要は無いんだけどね。あと、違法でもない。ラノベは大概、載せていない事が多い。……自信が無いからかしら?」

 

 本筋とは関係のない話しが続くがアウラ達はそれらを聞き流しつつ自分達の仕事に向かった。

 さて、脚本らしく人物名を羅列してきたものの小説というには大雑把すぎる。

 人数が多い分、彼らを事細かに描写しているだけでストーリーを忘れそうなので色々と割愛させてもらっているわけだが――

 BGMくらいは適時適当なものを合わせておこう。それとモンスターの数は多めに。

 戦闘シーンが多ければそれだけ臨場感も増す。

 ただし、強すぎるプレイヤーにとっては雑魚と戦う気持ちしか湧かない。

 

 オーバーロード 

 

 三〇分ほど経過した後、本筋の通りであれば王国からの援軍――または戦士長率いる視察団が訪れる予定だ。そう思っているのはプレイヤー達だけだが――

 しかし、その兆候は一向に見られない。途中で屈強なモンスターに蹴散らされたのか、と仲間達は危惧する。

 ここいらに出没するモンスターは聞いた限りではレベル三〇以上がざらに居る。

 最弱と言われる小鬼(ゴブリン)は絶滅したのか、と。

 

タブラ「……原作通りの強さならまず来られなくて当たり前ですよ」

たっち「軟弱な奴らめ」

ウルベルト「……平坦な喋り方だとたっちさんの言葉でも特に気になりませんね。どうしてでしょうか?」

たっち「感嘆符がついていないからでは? いくら私でも四六時中叫ぶのは疲れますよ」

 

 意気揚々と大声で走り回っていた聖騎士とは思えない発現にウルベルトは頭痛を覚える。

 彼と二人で主役を張る予定のウルベルトとしては大人しい方が静かでいいし、あまり騒動は好まない。

 戦闘は好きだけど。

 

ペロロン「モモンガさん以外が原作知識持ちだとすると……。なんだか可哀相ですよね」

ぶくぶく「何も知らない方が派遣が多くていい事もあるわよ。()()()モモンガさんは大事にしてあげないと。いつも気苦労の多い作品ばかりで大忙しだったでしょうから」

 

 大抵は勘違いもの担当でしたから。

 こちらはそんなことをすればいつでも脱出不能世界に放り込みますけどね。

 

ぶくぶく「……不死者にとって恐ろしい世界よね。未来永劫変化の無い世界に入れられるって」

ペロロン「実は怖い地の文。しかし、この先はどういった展開になるのかな」

 

 彼らは一見するとメタ発言をしているように思われる。しかしながらプレイヤーはだいたいこういう発言が多い。

 異世界に居ても現代社会の事をよく思い出すし、そういう知識を持っている。

 知らないのはNPCや現地の生物くらいだ。

 試しに『●●ホ』を見せて『知ってる』と答える現地の人間が居たら怖い。

 

ペロロン「じゃあ『ポケ●●』を見せたらどうなるかな?」

ぶくぶく「なにそれ怖い」

餡ころ「未来人の我々からすれば古代の秘宝よ」

やまいこ「『バーチャル●●●』がトレンドなのよ」

タブラ「『ゲーム●●●』があまりに高性能だからミサイルに転用されるとか言われていた時代があったらしいですよ」

ぷにっと萌え「『ファ●●●』を改造して敵の通信を傍受する映画があったような」

タブラ「『プレ●●●』を数台連結して人間の精神を全てデータとして保存する映画も」

 

 これが彼らの日常会話である。

 そもそも事前に情報を集めて攻略するのもメタ発言と大して変わらない。初見なのに倒し方を熟知しているのは常識から言えば――本当ならば――おかしい。

 ナザリック地下大墳墓の初見攻略は事前情報が無い状態だったようだが、全てが全て初見ということは無い。

 手探りの初心者は最初だけ。今の彼らに知らない事は未発見の分野のみ。それ以外は既知である。

 

 オーバーロード 

 

 仮の村づくりを仲間達に任せ、たっちとウルベルトは二人だけで雑木林の奥を目指す。

 キーノ村に滞在していても新手の予感が無さそうだと判断した。元より巨大モンスターが場所を占拠している。戦闘には適さない。それにそれに――

 戦士長が来てもどうしようもない。

 

たっち「名称から黒い仔山羊(ダーク・ヤング)の亜種なのは分かりましたが、どんなモンスターなんでしょうね」

ウルベルト「あれより大きいか、小さいか。きっと後者です。大型は結構目立ちますし、空を軽く見てもらっても予兆のようなものは無かったそうですから」

 

 速度の観点からも()()()()そんな化け物は居ない、と予想している。

 しかし、カルネ村は無く知らない名称の村がある。

 この先の冒険は色々と通常とは違うことは理解した。その上で自分達は何をしたらいいのか。

 意味も無く異世界に居ても仕方がない。

 

ウルベルト「実はたっちさんこそが諸悪の根源ではないですか? 転移の関係で()()入れ替わっているとか」

 

 三文小説では良くありふれたネタである。

 最初から主人公が入れ替わっている。そう言っているウルベルト自身にも言えるけれど。

 テンションのおかしい聖騎士が居るのだからあり得ないと断定することは出来ない。

 

たっち「そうかもしれませんし、そうでないともいえます。私はただ多くの観客が望む結果に応えたいだけですよ」

ウルベルト「……そうですね。たっちさんは()()()()ヒーローですものね」

 

 期待されれば応えなければならない。それは確かにヒーローの鉄則である。しかし、それはオバロには合わない芸風だ。

 だが、それもまたプレイヤーの在り方の一つでもある。

 応援の数だけたっち・みーは強くなれるし、何度でも立ち上がる。

 

たっち「……聞こえるか? 泣き叫ぶちびっ子の声が」

ウルベルト「泣き叫んでいるんですか? ……そこは違うような……」

たっち「戦闘前からテンションを上げていくことは意外と大事ですよ。ウルベルトさんはゲン担ぎとかしないタイプですか?」

 

 素の調子で尋ねられたのでウルベルトは驚いた。

 精神の強度は現代世界とは違うとはいえ、なかなか慣れないものである。

 モンスターの死体を見ても平然としていたところは自分でも驚いてはいたが、それでも驚きは一瞬で平定される。

 

ウルベルト「した方がいいですか? クールキャラで厨二キャラの方が合っていると思っていますけど」

たっち「長い人生において、ゲン担ぎはなかなか侮れませんよ。縋るものがあるだけでも……」

ウルベルト「そんなものが無い人はどうするんですかね」

たっち「見つけるしかないですよ。なんでも誰かが用意してくれるとは限りませんから」

ウルベルト「……そうですね。って言うのは私らしくなさそうだ」

たっち「いつものウルベルトさんでいいんですよ。私の意見は真っ向から否定する。それはそれでゲン担ぎになれば私は一向に構いませんとも」

 

 多くの犯罪者と向かい合っている為か、多少のヤンチャでは動じない。

 それを知るウルベルトとてたっちを後ろから葬りたいと本気で思うほどには――憎んでいない。必要とあれば本気で憎む演技も辞さないけれど。

 二人で並ぶ今は共に戦う友だ。強敵と書いて友も読ませるかもしれないけれど。

 いや、敵は敵だ。友にはなりえない。そうウルベルトは思いつつため息をつく。

 

ウルベルト「……今、後ろを振り返ると世界が物凄い速度で組み替わっているとしたら信じますか?」

たっち「ウルベルトさんがはっきりと言えば信じますよ」

 

 前を歩く聖騎士は即答する。

 何の疑いも無い、とは言わないけれど仲間の言葉を信じているからこその返答だと受け取った。

 なんともこそばゆい事にウルベルトは人間の顔であれば頬が赤く染まるところだ。もちろん、羞恥で。

 何色にも染まらない黒い色で良かったと――

 

 

*1
爆発エフェクトはありません。

*2
静山社刊。

*3
低年齢向けにオーバーアクションをしているだけです。彼は子供の味方ですから。

*4
状況などを察するという意味で。

*5
この事はたっち達にも把握できていない。第三者の目で見ようとすると状況が把握できる。

*6
軽めのファンタジーは大体一週間で終わりを迎える。

*7
序盤だけ勢いがあり、後半はタイトル詐欺の状態で原作をなぞる作業に終始する。実際、新刊待ちが多い。

*8
完結まで残り三章なので。

*9
さすがにそこまで酷いご都合主義は勘弁願いたいところだ。

*10
一例として『(c)藤崎』の作品。詳細は省く。

*11
そもそもストーリー重視の作品を書く気などありません。最初の投稿からそう書いていたし、今も注意事項は全て()()()()ハーメルンに載せている。



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#14 饕餮

 

 たっちとウルベルトは二人だけで歩いているわけだが、ゲーム時代ではありふれていた光景も既に終わりを告げたはずである。しかし、それがまた再開するとは当人達も想定外の出来事であった。

 もしもの世界(if)は誰もが思う。

 ならば期待に応えなければならない。

 

たっち「今更ですが……。どんな事が起きても我々は共闘できるという事でよろしいですか?」

ウルベルト「ゲーム的なファンタジー限定ですよ。……()()少なくとも自分の意思は曲げない主義です」

たっち「……最悪、我々の精神体が崩壊するかもしれません」

ウルベルト「……気持ち悪いですよ。それ、恋愛フラグって奴()()()()()()()?」

 

 時代はLGBT*1に寛容な世界である。

 ウルベルトとしてはプレイヤーとしてのたっちで居てほしい。妙な同性愛は却下である。

 そういうものも『勘違い系』に含まれるので表現が難しい。

 

たっち「じゃあ会話を無しにしますか?」

ウルベルト「しばらくは無しでいいと思います」

たっち「………」

ウルベルト「………」

 

 無言のまま雑木林を進んでいくと開け場所に出た。その(かん)、数十分ほど。

 それほど遠くでもない。この辺りは丈の長い樹木が多いけれど森は別方向にある。

 方位で言えば二人は西側に進んでいる。トブの大森林は北側だ。

 平地と雑木林が交互にあり、道路は全て獣道。人の手が入っているのはあちこちに見受けられるが村人や歩行者の姿は見受けられない。

 自分達だけが移動出来て、その間住民たちが居ないのもおかしなものだ。

 

たっち「………」

 

 モンスターに気を付けつつ慎重に進む聖騎士。しかし、迷彩処理を施していないので見ようによっては目立つ。しかも赤い外套(マント)を靡かせている。

 対するウルベルトも黒さで目立ちにくいが肩に着けている大きな薔薇が派手だった。

 

ウルベルト「……居ますね、この先に」

たっち「モンスターは普段、どういう生活をしているのでしょうか?」

 

 通常のモンスターは突然出現する。一定時間毎に。

 倒されると消えて、再ログインすると再生成される。そんな感じである。しかし、異世界の場合はちゃんと生活の跡があり、生態系が確立されている。

 いくら邪魔だと、脅威だと言われていても即座に絶滅できるほど簡単ではない筈だ。特に小型モンスターは繁殖力が強い。

 この場合の世界における処理はどうなっているのか。

 実際に異世界を調査したことが無いので何とも言えないわけだが。

 

 オーバーロード 

 

 分析はタブラ達に任せるとして戦闘民族たるたっち達は敵を見付けたら戦うだけだ。

 問題のモンスターは平原に居座る形で蹲っていた。

 赤黒い縞模様の虎。白い鳥の翼を背中に生やしている大型種。

 いかにも凶暴そうな面構えが一頭。

 

たっち「……ああいう生物がポンと居るものですかね」

ウルベルト「……居るんですからどうしようもありません。……というかアレ。何なんですか? 羽毛ある蛇なら知っているんですが……」

 

 ウルベルトが指摘したのは『ケツァルコアトル』というモンスターだ。

 虎と蛇では見た目がまるで違う。

 方や爬虫類。方や肉食獣だ。

 対象モンスターの大きさは遠目だが推定五メートル以上の巨体。立ち上がっていればもっと大きく見えるかもしれない。

 そして、問題なのは獣は嗅覚に優れている。おそらく今以上に近づくことは危険である。

 強さの程は全く不明。たっち達も初めて出会う――見る――モンスターだった。

 

たっち「……すみません。小鬼(ゴブリン)人食い大鬼(オーガ)で勘弁してくれませんか」

ウルベルト「村人たちはああいう手合いと渡り合えるんですよね? ……確かに難易度が高そう。強くなければ生活するのは難しい、というよりは無理でしょうね」

 

 確実に獣人(ビーストマン)より強そうな気配を感じる。これで実際に戦ってみたら弱かった、ということがありえたら笑う自信がある。

 序盤から黒い仔山羊(ダーク・ヤング)が居る時点で甘くないとは思っていた。

 

たっち「……あ、バレた」

 

 謎の獣がたっち達の方に顔を向けている所だった。

 眠っていたように見えたが物音でも感じ取ったのか、見えない威圧感を放っている。明らかに見つかったとして間違いなさそうだ、と判断した。

 即座に行動しないのは見定めているからか。

 

たっち「さすが獣。既に臨戦態勢は整っていましたか」

ウルベルト「テリトリーが広すぎます。ここは黙って引き返した方が賢明では?」

たっち「そうですね。無謀な突貫はやまいこさんが適任です」

 

 それを当人に伝えたら酷く怒りそうな気がした。しかし、そんな軽口を叩きつつも少しずつ現場から離れていく。

 顔はモンスターに向けたまま、ゆっくりと後退していく。決して相手を刺激しないように。慎重を喫して。

 ここはたっちもウルベルトも心得ているようで、間抜けな行動には出ない。

 だが、当のモンスターにそんな小手先が通じる訳もなく――

 想像を絶する速度によって一気に詰め寄ってきて、たっちを巨大な前足に備わっている凶悪な爪によって――凪ぐように――吹き飛ばす。

 

たっち「……うおっ?」

 

 空間そのものを切り取るような斬撃エフェクトを幻視した。

 振動も移動に際する様々な音が――全く聞こえなかった。

 そのすぐ後から轟音が鳴り響く。正に音を置き去りにする一撃だ。

 

 オーバーロード 

 

 強靭な腕力――脚力とも――による攻撃によって水平方向に飛ばされるたっち。

 正確に描写するならば、上方からの叩きつけの後で地面に打ち付けられ事によりバウンドし、更なる追撃による横凪の一閃を防御した結果である。

 普通の人間が見たらほぼ一撃――一回――の攻撃に見えるほどの速度。しかし、実際には連撃だった。――それをほぼ本能で防御したたっちの技量もまた凄いのだが。

 雑木林の樹木をへし折りつつ、しかし速度が緩まない弾丸。

 白銀の鎧が木っ端微塵にならないのが不思議なくらいだ。

 ウルベルトの目にもモンスターの攻撃はほぼ残像にしか見えなかった。

 

謎の獣「………」

 

 その連撃の後、軽い動作でウルベルトを一瞥するも次の攻撃は(おこな)わなかった。

 今のは単なる挨拶だ、と言わんばかりだ。

 

ウルベルト「……くっ」

 

 モンスターは軽く飛び跳ねるように元の位置に戻り、猫が待機するような姿勢を取る。顔はウルベルトを見据えたまま。そう簡単に獲物から顔を背けるほど傲慢ではない、という意思表示かもしれない。

 歴戦のプレイヤーが戦慄している。それだけ目の前のモンスターは規格外であった。

 敵意を感じない事を確認してから顔を横に向けると甚大な自然災害が視界に入る。

 どうやればそれが出来るのか。

 大地が大きく抉られ、何らかの砲弾が樹木を打ち抜いたような――

 信じられない被害がそこにはあった。

 それにもまして――ウルベルトは確信できるのだが――これだけの災害にもかかわらず、たっち・みーが一撃で死んだ、とは思っていない。

 思っていないが確実に大きなダメージは受けた筈だと。

 

ウルベルト「……腐っても世界最強の男……。腕の一歩も折れていれば常識の範囲ですが……」

 

 案外ピンピンしていそうな雰囲気もある。

 確かに見た目ではモンスターの攻撃は強力だったと言える。だが、それは攻撃を受けた直後のダメージであって二次被害は別問題だ。

 アダマンタイトそのものにダメージを与えても、地面にぶつけたダメージは別であるのと一緒。

 今回の場合はモンスターの攻撃に約一〇のダメージを受けたとする。その後、樹木などにぶつかるが、それらは全くのノーダメージだ。副次効果があっても約五ダメージで終わる。例え三十七本の樹木にそれぞれぶつかっていたとしても。受けるのは精々最初の一本だけだ。

 各プレイヤーが持つステータスの妙――

 ウルベルトは後方に軽く飛び跳ねるように後退しつつたっちに連絡を入れようとする。まだ空を飛んでいるかもしれないが気絶するにはまだ早い。

 三度目の伝言(メッセージ)にて返事が返ってきた。

 さすがの聖騎士も予想外の攻撃には参っていたようで、軽口も控えめに弱気な言葉に聞こえた。

 

ウルベルト「……生きているなら戻りましょう。あれは少人数でどうにかなる気がしません」

 

 その言葉の後で転移を試みるも魔法は発動しなかった。どうやら今いる地域は転移無効に設定されているらしい。それを軽く脳裏に置きつつ駆け足にて移動をする。

 先程のモンスターが攻撃の際に地域一帯に禁止領域を設けたようだ。通話は阻害されていないので移動のみだ。

 それと追ってくる気配はないが一気に詰め寄られるおそれはあったので警戒は怠らない。

 

 オーバーロード 

 

 それから無心で移動しつつキーノ村が見えてくるころ――敵の追跡も確認できず――(ようや)くにして安心が戻ってきた。

 仲間達がズタボロのたっちを回収する。それだけでなんと心強い事か、と。

 最後まで警戒しつつ仲間の下に合流するウルベルト。

 

ウルベルト「たっちさん。無事、なようですね」

たっち「はっはっは……。いやー、参りました。見事な(いち)……連撃でしたねー」

 

 最強の男が仲間を前に空元気だ。それだけでモンスターの脅威が分かろうというもの。

 だが、生きていてくれて良かったと思う。貴重な戦力をいきなり失うのは心許ないので。しかも最大戦力が太刀打ちできないのは痛い。

 

ペロロン「……上からチラっと見ましたが……。俺にも見覚えのないモンスターでした」

ウルベルト「強化種って奴でしょうか? なんの強化(バフ)もかけずに行ったのがそもそも失策ですが……」

タブラ「撤退出来たということは運が良かった。プレイヤーを驚愕せしめるモンスターの登場とは……」

ぷにっと萌え「序盤でたっちさんがズタボロなら王国には更なる強敵が居るのでしょうか? 帝国ともなると我々でもどうにもならないくらい強化されていたり……」

たっち「想像したくないですが……。通常の倍から百倍は想定しないと……。百倍だと何もできませんね」

ペロロン「精々十倍です。そうでなければ……ステータスの異常数値によって世界そのものが破壊されていますよ、とっくの昔に」

 

 もし、それがありえるならば――確かに世界が壊れていなければ辻褄が合わない。つまりそれほど強大な敵は居ないと見るか、世界の大半が破壊されている事に――自分達は――気づいていないかの二つくらいだ。

 事前に上空から世界を一望したペロロンチーノの見立てでは世界は()()無事であった。

 地域限定かもしれないけれど。数百キロメートルの範囲は確かに破壊の後が無い事を確認した。

 

やまいこ「近場にそんなヤバイモンスターが居るなら村人に聞けばいいじゃない」

ウルベルト「……おっしゃる通りです。ですが、仲間内でのすり合わせも大事ですよ」

 

 大体序盤に世界最強の男を吹き飛ばすモンスターが居てたまるか、と。

 しかもまだまだ居そうで怖い。早くお家に帰りたい、と様々な思いが浮かんできた。

 

ブルー・プラネット「モモンガさんへの連絡は済んだ。……何だか上の空だったが……」

タブラ「……よし。辻褄合わせは済んだ。後は自由だ」

ぷにっと萌え「俺達が『アインズ・ウール・ゴウン』だ」

やまいこ「ある意味、間違っていない。……しかし、過剰戦力と思っていたのが随分と昔のように……」

 

 先程まで世界を滅ぼせる筈だったのに急に雑魚モンスターと化してしまった。

 しかし、弱体化したわけではなく、敵が強かっただけだ。俺達の戦いはこれからだ、のように。

 たっちのダメージは既に回復しているが次の行動について慎重にならざるを得ない。

 小さくはないが農村の近くに異常な強さを持つモンスターが生息していたのだから。どう対処すべきか。

 戦うばかりではいけないと判断したタブラが――色白の死体じみた異形の姿のまま――気さくに村人に話しかけ始めた。

 よくよく考えれば化け物然としたタブラを村人はどう思っているのか。

 種族は『脳食い(ブレイン・イーター)』だぞ、と。

 

マーレ「た、たっち・みー様、ご無事ですか?」

たっち「おう、無事だとも。ちびっ子たちよ」

 

 いきなり鼻に指を突っ込むんじゃないかとペロロンチーノは危惧したが敵と味方はちゃんと区別できているようで安心した。

 自分達のNPCに対してそう簡単に酷い真似が出来るものか、と危ぶんだが――

 姉のぶくぶく茶釜も今のところ逃げ出さずに付き合っている。これはもう慣れたと見ていいかもしれない。

 

 オーバーロード 

 

 至高の御方とはやはりNPC達から見たたっち達の事で間違いなく、誰がそう呼ばせたのか――彼らの中に既にあったとしか言いようがない。

 原作知識持ち(メタ)の観点で言えば階層守護者の統括役『アルベド』が最初だったのではないか、と。

 側に居るシャルティアに尋ねてみたところ、そう呼んだ方がしっくりくると言ってきた。

 矛盾のない言動。または違和感の欠如は物事を運ぶ上では必要なことかもしれない。けれども、大きな間違いを見逃す危険性も孕んでいる。

 自分達は何かを忘れている。または見ないようにしている。

 それが何なのか知るのは怖い。異形種の肉体となっているとしてもそう感じる。

 

餡ころ「一匹のモンスターはすぐに倒されても四〇匹がかりなら楽にボコれる」

ぶくぶく「そう思っていたら相手は一〇〇匹も実は居たってことに」

タブラ「確かに一頭だけってことはないでしょう。しかも平原に居る程度の奴です。何らかの生態系があると見て間違いない」

たっち「では、やはり赤っぽい虎は討伐しておきますか? 盾役が居れば何とかなりそうな気がします」

ぷにっと萌え「……それは早計かも。無理な戦闘は避けて目的のモンスター(変異体)(直接)で狙う方がいいと思いますよ。リソース的に」

 

 ワイワイガヤガヤと賑やかな討論が始まった。それらを遠巻きに見つめるNPC達の瞳は実によく輝いていた。

 それと村人から聞けた情報によれば(くだん)のモンスターはよくタマちゃん(黒い仔山羊)と遊んでいるという。

 つまり、とんでもなく強いモンスターである。

 遊び相手を倒すのは可哀相、と餡ころもっちもちの意見を――無理矢理に――採用することになった。

 あれは敵ではない。味方だ、と。

 攻撃ではなく、じゃれた程度。

 それで世界最強の男が吹き飛んだが、当人が気にしなければ問題は無い。

 (まさ)に現実逃避レベルで結論を出す。

 

たっち「……その前に。倒していいモンスターかどうかの情報が欲しいです。ああいうのがまだまだ控えているんでしょう?」

タブラ「……この世界は本当にどうなっているんだか……。私にも予想がつきません」

ぷにっと萌え「その上で村に襲撃をかける獣人(ビーストマン)とか亜人連合とか……。実は相当に厄介な集団なのでは?」

 

 それらを返り討ちにする村人も大概だが。

 もし、モモンガ一人であったならば早期退場は確実。NPCの全滅もありえない事態ではない。――実際には無謀な突貫はしないと予想している。

 暢気に天使を鑑賞している暇はない。

 

タブラ「……ここは『モモンガさん、早く逃げてー』の世界なんでしょう」

ぶくぶく「どこに逃げろっていうの」

やまいこ「……かなり詰んでるわね。我々でも手に負えないレベルなら仕方がないわ」

ペロロン「……たっちさんが四〇人くらい居てもダメ?」

ウルベルト「……回復役は必須。単なる攻撃一辺倒だけでは……」

 

 こんな世界で暮らす村人達の姿を改めて見据えると色々と納得できた。

 ここでは強くならなければ生きていけない。

 確かに彼らの様な存在でなければ厳しい世界だと理解した。

 

 オーバーロード 

 

 進行の辻褄が合った以上、たっち達は今以上に速度を上げる理由が無くなった。装備品とアイテムの確認を中心に拠点づくりを眺める。

 例のモンスターは平原の一部を縄張りにしているが村人を襲うことは滅多にないという。

 食べ物を持って近づけば攻撃されない。それを後で言われてがっかりするウルベルト。ただ、たっちは苦笑していた。

 

屈強な青年村人「あれは昔から居ますからね。子供達を背中に乗せても暴れない大人しいモンスターです」

たっち「いきなり攻撃を受けましたよ」

屈強な青年村人「貴方なら死なないと思ったのでは?」

 

 それにしては派手に飛ばされた。

 HP(ヒットポイント)の三割ほどは持っていかれた感じだ。

 事前に対策を整えていれば耐え切れたかもしれない。けれとも結果論である。

 猛獣系なので今すぐ討伐しなければならない理由は無いので、後々挑戦することにする。

 

ペロロン「……序盤の村でゲームオーバー。……ここは地道に弱いモンスターで経験を積むのが良いようですね」

たっち「居るとは思えませんが……。それにしては尋常ではない強さを持つモンスターでした。ああいうのって公式に居ましたっけ?」

るし★ふぁー「……『饕餮(トウテツ)』なら居ましたよ」

 

 彼が言ったモンスターは猛獣型動像(ゴーレム)のモンスターだ。

 レベルは八〇を越え、ボスクラスと言ってもいい。ただ、たっち相手に苦戦するかと言えば相性次第では手強い程度。

 白い大理石で出来た猫型動像(ゴーレム)。胴体はルーン文字の様な文様で覆われている。

 攻撃は単調な爪による引っ掻きと飛び掛かり。

 最大の特徴は大きな口での飲み込みだ。異次元のような広い胃袋に収められ、飲み込んだ者は窒息させられる。収容人数は少ないが複数人収められる、とか。

 魔法で言うところの『溺死(ドラウンド)』の効果を受ける。――呼吸を必要としない種族にとってはなんでもないことだが。

 脱出方法は内部からの攻撃で穴をあける。身体が硬いので結構時間がかかる。

 

ペロロン「レベルの高さから苦戦しそうだけど、対策さえ整えておけば大抵はなんとかなる」

ぶくぶく「拘束系は地味に(つら)いわよ。特に粘体(スライム)とか、攻撃力が低い種族にとっては……」

 

 更にこのモンスターは破壊されると爆発する。近くに居た場合はダメージを受けるので注意する事。

 るし★ふぁーが自分の知る限りの情報を伝えた。

 たっち達が遭遇したのは生物的だったので(くだん)のモンスターではないけれど、情報共有という観点から誰も話しを止めなかった。

 

たっち「斬撃主体の私は意外と人造物(コンストラクト)が弱点ですからね」

ウルベルト「単純な物理攻撃主体ならやまいこさん辺りが適任でしょう」

やまいこ「……素早い敵はちょっと。いやいや、相手は動像(ゴーレム)じゃないんでしょ?」

たっち「念のためですよ」

 

 それぞれ立ち位置を決め、モンスター対策を話し合う。

 討伐する気満々だが、それは絶対ではない事を忘れてはいけない。

 彼らが会合をしている合間も周りでは杭を打つ音が響き、壁が形成されていく。

 足場を組めと命令するブルー・プラネットと適切な指示を飛ばすアウラとマーレ。

 便利な森祭司(ドルイド)の魔法は封印中だ。それは必要と判断するにはまだ早いと思ったからだ。

 

 オーバーロード 

 

 異形種でも騒ぎにならないキーノ村の住人たちのお陰で作業は滞りなく進んでいる。それとは別に一向に王国からの援軍が来ない。

 来ると思っているのはたっち達だけで村人は援軍――要請をそもそも出していない――については関知していない。

 襲撃者は村人自身が片付けてしまったのだから。

 この上さらに戦士長と某国の特殊部隊の死闘を見せられても――

 

屈強な青年村人「他の村もそうだが……。こういう襲撃は良くある。大抵は野盗崩れの兵士が多い」

ぶくぶく「……それ以前に私の様な粘体(スライム)と話して平気なんですか?」

屈強な青年村人「蛆みたいな異形種とも会った事があるから、大抵は平気だ。襲ってこなければ、という条件が付くけど」

 

 目の前の青年は想像以上に波乱万丈なる人生を歩んでいる事は理解した。

 それはそれで知りたいようで知りたくない事実が含まれていそうだ。

 この青年に限らず、多くの住民は西洋風の顔立ちで金髪碧眼が多い。次は茶髪という具合だ。しかし、黒髪黒目の人間が逆に見当たらない。

 当たり前のようで西洋風なんだな、と感慨深げに思う赤い粘体(スライム)

 人間とモンスターの区分けが出来ないということは敵味方はどう判別しているのか。

 

ぶくぶく「……私らはプレイヤーとモンスターは区別できているのよね」

ペロロン「そりゃあ、専用の見分け方があったから……」

 

 原作もその辺りは詳しく書かれていない筈だ。だが、彼らは区別するすべを身に付けている。

 方法が提示されていないだけで見た目で判断していると後々矛盾が生じてくる。

 なんとなくモンスターだ、ということに説得力があると思うのか。

 ぶくぶく茶釜は自分達のNPCや使役の為に連れてきた自動的に湧き出る(POPする)モンスター達を眺めながら感傷に浸る――

 言葉が通じる通じない。敵対しているか、などで楽に区分けすることは出来ない。

 やろうと思えばすべてを敵として認定でき、戦うことが可能となる。逆にすべてと会話することも――

 この世界はそういうものだと判断したい気持ちがあり、同時に摩訶不思議な仕様に困惑もしている。

 何の情報も無い世界を旅する事は途方もない危険を孕んでいる。ゲームの時のように楽に撤退することは出来ない。

 

ぶくぶく「……思い悩んでも異形種は強固なメンタルによって精神が守られているから平気でいられる。……実際はかなり困惑していないとおかしいところよね」

 

 たっち・みーが異常に明るいのは本当は真逆の感情を抱いているからではないのか、という予感がした。

 普通に考えてもおかしい事は理解している。それで平然とできる『人間』など居るはずがない。

 

 オーバーロード 

 

 ゲームと同じ感覚を持っていると言っても限度がある。

 ここは素直に人間的な感情を持っていた方が実は建設的ではないのか。明らかに不健康だ。

 仲間達もその辺りは実感として持っているのか疑問だが、少なくとも弟であるペロロンチーノには自分の考えを共有させたい。これはただ姉としての素直な気持ちである。

 

ぶくぶく「さあ、選べ弟よ。お前は人間を食らう化け物になるのかを」

ペロロン「飲食不要のアイテムがあるから平気」

 

 あっさりとこの世の摂理を攻略する弟。それに軽く身体を震わせつつも内心では笑えていた。

 便利な道具があるおかげで意外と苦境は攻略できている。それはおそらく事実である、と。

 

ぶくぶく……お、お姉ちゃんはそんなアイテムなんか要らないんだからねっ!

ペロロン「水分くらいは必要だろう。俺も可愛い女の子が居ないと寂しくて死んじゃいそうだ*2

 

 姉を前にして軽口を叩く弟。棒読み気味とはいえ心にも無い事を言うのは不安そうな気配を漂わせる姉が側に居るから、というのは勘繰りすぎか。

 ペロロンチーノ自身も少しずつこの世界に滞在する事のデメリットは感じてきている。

 人間は食べるために生きていると言っても過言ではない。であれば生物である異形種の自分達はどう過ごしていくのか。

 モンスターとて無限に湧き出るわけではあるまい、と。

 

 序盤で挫折を感じる至高の御方。

 

 普通の精神を持っている者ならば元の世界に戻れない事で思い悩むのは仕様と言ってもいいくらいだ。それが起こらないのは強固な精神ゆえの振る舞いである。

 敵が現れれば即座に戦闘系プレイヤーとしての戦意が湧く。昔からそうだったように――

 それから新たな敵や援軍などが無いまま日が暮れていく。

 ――いや、村の側に居るタマちゃんの影かもしれない。

 

 

*1
『性的少数者』より限定的で肯定的な概念。何にしても細かい項目が多過ぎである。

*2
周りは屈強な男連中ばかりだ。姉と仲間は異形種。人間の女性は草臥(くたび)れた村民だけ。



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第失言章 物騒な魔法を放ってみた
#15 天空城


 

 無理な引き延ばしというか辻褄合わせというか。陳腐な手法の連続に満足する読者が居るのであればタグをもう一度確認してほしい。ここは低年齢の来るところではない。

 情報過多こそ本領である。

 たっち達の一時拠点となる施設が完成する頃には夜の(とばり)はとっくに降りていた。なのに視界は真昼の如く輝いている。

 公式はそういう表現だが実際のはモノクロの映像が正しい。

 そんな中で魔法的な灯り。火を起こした自然の光りが加われば色味は蘇る。

 

たっち「激動の一日でした」

ウルベルト「……でしょうね」

 

 簡易的な円卓を囲む至高の御方達。

 地上攻略組は一〇人足らず。残りはナザリック地下大墳墓に引きこもったまま。――彼らは彼らで拠点の点検や自我を持ったNPC(ノン・プレイヤー・キャラクター)達の調査で忙しい。

 今のところ氾濫の予兆は無い。

 普通に考えて即座の反旗は考えにくいものだ。

 

ペロロン「ゲームであれば新規ダンジョンの捜索か敵性体の討伐だけど……」

たっち「現地の調査と観光が基本ではないかと」

ペロロン「……戦闘用に調節された俺達にそれが出来ますか?」

たっち「努力すればできますよ。手から武器が外れないわけではありませんから」

 

 聖騎士の言葉に納得する鳥人(バードマン)

 夜間になると(ペロロンチーノ)の輝くエフェクトは物凄く眩しく映る。

 それとは別に夜間になっても援軍は無し。来ないものとして既に諦めているが、原作のイベント通りにならないと困るのは別の人達(etc)だけだ。

 

 オーバーロード 

 

 睡眠を必要としないメンバーも多く居るので寝床の必要性に疑問を覚える。その辺りは個別に考察してもらうとしてたっち達の冒険の目的を一つでもはっきりさせなければならない。

 無意味にモンスターを倒すだけでは物語の意味が無い。それはそれ専用に作らなければならないからだ。

 

たっち「一通り国を巡りながら南方へ。そして、東方へ」

ウルベルト「南方にあるという浮遊する都市はどうします? 多分、多くの人達が『天空城』と呼んでいるやつですが」

たっち「余裕があれば」

ブルー・プラネット「個人的には砂漠化を止めてみたいな。折角魔法が扱えるから」

タブラ「その為には多くの砂をどうにかしないとね」

ぷにっと萌え「適切な魔法を選んで実験するしかない。物事を安易に進めること程危険なものは無い」

タブラ「……既に充分危険な状況ですけど」

ウルベルト「手っ取り早く超位魔法で地域そのものを変質させるのも手ですよ」

ブルー・プラネット「……手法の一つではありますが……、それは最後の手段として」

 

 たっちとウルベルトが議長となって話し合っているのだが、ここにメインメンバーである『モモンガ』の姿が無い。それに対してNPC達は不安に駆られてソワソワしていた。

 アウラとマーレとシャルティアは勅命があるまで待機する、という感じで控えていたが気になる問題はすぐには払拭できなかった。

 

マーレ「……も、モモンガ様に連絡しないと……」

アウラ「こちらはこちらで重要な問題があるから後でするんじゃないの?」

 

 双子という設定を持つ闇妖精(ダークエルフ)姉弟(きょうだい)は小声で相談し始めた。それを知らない振りで聞いているのは創造者ぶくぶく茶釜だ。

 自発的に行動するようになった彼らの事は少なからず気にしており、敵対こそしないとは思いつつもどんなことを話すのかには興味があった。

 ただの愛玩動物の様なNPCとして作り上げたのだからいくらかの不満があってもおかしくない。大抵はそれらの不満が溜まり、襲い掛かってくるものだ。

 現に敵対した大人のマーレは――おそらく()()()()存在だ。

 

ペロロン「姉貴。アウラ達が気になる?」

ぶくぶく「……気ニナラナイトイッタラ嘘ニナル」

 

 棒読みで返答する粘体(スライム)。物凄く作り物めいた声色に思わず驚く。

 声優の仕事柄、様々な状況に見合った声の出し方が出来る。それは今でも健在のようだ。

 さすがに変声は出来ないようだ。魔法の力を使えば出来るかもしれないけれど。

 

ぶくぶく「アウラというか、NPC全てが、ね」

たっち「無理に会議に参加されなくてもいいんですよ。もう殆ど済んでいますから」

ぶくぶく「何がよ。異世界に今後の方針もクソもないでしょ。当たって砕け散るのみ」

たっち「そうですね」

 

 それはそれで確かに真理だとたっちは思い、苦笑しながら会議をお開きにすることにした。ウルベルト達も異論は出さなかった。

 寝床についてはナザリックに戻るなり、雑魚寝してもらうなりして解散宣言を出す。

 

 オーバーロード 

 

 姉の不安をよそにペロロンチーノはシャルティアに対し、それほど深刻には思っていなかった。

 守りも攻撃も充分に与えている。敵対に関しても遠距離攻撃を得意とする自分ならば対処は難しくないと自信を持って思っていた。それはそれで油断に繋がると言われそうだが、これでも歴戦のプレイヤーだ。

 とんでもない特殊技術(スキル)でも使われない限り、油断はしない。そして、シャルティアの能力は全て想定済みだ。自分が与えたのだから。

 気がかりがあるとすれば造形を発注する時、巨乳にしてやらなかったのが残念でならない。

 

ペロロン「命令すれば拠点から出る事が出来る。当たり前の楊で異常事態だ」

 

 気の抜けた言い方で言ったものの本当は物凄い問題ではないかと頭の中では警鐘が鳴っていた。しかし、それがどう危険かまでは想像できなかった。

 シャルティアが、ではなくて。NPC全てだ。

 自我を得たNPCが独自判断で人間世界に進出する。自分達が与えた能力を持ったまま。

 会議自体は解散宣言が出たが居座るかどうか任意となった。これは睡眠無効の種族が居る為だ。

 ペロロンチーノ達は自分の部屋へと向かう。

 それぞれの部屋というか小屋の様な建物の内装はまだ未整備だが古風な様子には満足していた。

 豪華絢爛である必要は無いけれど、本来の部屋の中とは違う異質な空気感は嫌いではない。ただ、シャルティアは至高の御方が寝泊りするには貧相過ぎると文句を言っていた。

 ただ、プレイヤーが寝るのはゲームの中ではない。本当の寝室だ。そこはこの建物よりは近代的である程度は便利だ。だが、地下大墳墓の部屋より貧相なのは変わらない。

 あそこはあくまで理想の形を体現したものだ。

 

ペロロン「……命令すれば大抵の事が出来る……」

 

 例えばシャルティアを裸にすることも。

 自害についてはアンデッドなのでどうなるか分からないが、簡単には出来ない筈だと予想する。

 後はどんな気がかりがあるのか、思いつかないが今のところは大丈夫だと割合楽天的に考えていた。

 

ペロロン()()()に洗脳されるくらいなら迎撃に出た方がいいか」

 

 いちいち原作をなぞるより迎え撃った方が健康的だ。

 ()()()()()()()()()

 対処方法が無いわけではない。かといって黙って食らわせてから悩むのはバカだ。

 しばらくシャルティアを見つめて唸りながらペロロンチーノは悩んだ。そして、夜明けが訪れる。

 時間感覚は人間時と違うようで物凄い速さで経過したように感じられて驚いた。

 普段は物凄い速度で行動できるのに、と。

 意識の傾け度合いによっては自由に調節できるのかもしれない。

 

 オーバーロード 

 

 悶々としていると姉のぶくぶく茶釜がアウラとマーレを伴って訪れてきた。

 異形種といえどペロロンチーノは眠る事が出来る。うっかり物思いに耽ったせいで姉の姿を見た途端に眠くなってきた。

 もちろん、眠気を吹き飛ばす事は造作もない。

 

ペロロン「どうしたんだい、お姉さま」

ぶくぶく「……なんとなく。……アウラ達を押し付けようかと思って」

 

 子供好きだろ、と小さく言われたことに少しばかりの怒りを覚える。NPCに何が出来るというのか――

 ペロロンチーノとて幼子や女児であれば誰でもいいわけではない。

 主にゲームの中の事だが――姉は弟を何だと思っているのか、と不満を言おうか悩んだ。

 

ぶくぶく「……転移して一日が過ぎた。ということは、だ……。捜索願いとかその他が気になる頃合いなのよ」

ペロロン「……何も起こらないまま数年くらい経過すると思うよ、絶対」

 

 確信をもって絶望的な答えを提示する。

 異世界転移は気軽な帰還を用意しない。何らかのイベントを消化したとしても帰れる保証が無いのが通説だ。

 転生であれば得体の知れない神様の力を使えるけれど、転移は理由が判明しない事には自力での行動しか出来ない。

 

ペロロン「………」

 

 階層守護者が三人も居る。しかも小汚い小屋の様な場所に、と薄っすら思いつつ彼らを眺める。

 正直なところ、自我を得たNPCの扱いはペロロンチーノとて分からない。反乱を除けば彼らはゲームキャラクターだ。

 自分達で設定した以上の働きは想定していない。だから、それ以降の事も想定外だ。

 今更頭を撫でて可愛がるほど珍しい顔をしているようには見えない。そもそも変化していない。

 話題も合わなさそうだ。地下世界の事しか知らない相手だ。世の中の風俗は知識として身に着けているかもしれないが――

 

ペロロン「側に置くのが嫌なら俺がどうしようと文句はない、と見ていいんだな?」

ぶくぶく「……おおう。部屋の中が異臭で満たされるような……」

ペロロン「……だが、よろしく」

 

 そそくさと姉は去った。

 残されたアウラとマーレは困惑気味だったが、だからといってすぐにどうこう(ふしだらな事)するつもりは無い。

 他のメンバーも自分の創造したNPCの扱いに悩んでもいい頃合いだ。そうペロロンチーノは判断することにした。

 

 オーバーロード 

 

 多くのNPCはナザリック地下大墳墓に侵入する敵対プレイヤーの排除が主な仕事だ。

 外でウロウロしているモンスター退治ではない。

 その設定、というか仕様が生きていれば他のプレイヤーに対して敵意を見せる可能性がある。

 今は拠点の外に連れ出しているので防衛目的からは外れている。それでも他人を見たら襲い掛かるのかが心配の種であった。

 それとは別にゲーム内ではNPCと言えどじっくりと触れ合うことが実は難しい。

 感触自体が制限されているので触ったところで肉質的なものは感じない。いや、感じにくい。

 データで出来ているからその辺りは気にしないようにしていた。しかし、今は違う。

 長めの耳に触れれば肉質を感じられるはずだ。よりリアルに。

 姉としてもその辺りを気にして遠慮がちになっていた、と考えればよそよそしい態度も理解できる。

 

ペロロン「……裸の命令を出しそうで怖い」

アウラ「?」

ペロロン「あー。君達は……俺達の事をどう思っているのかな?」

 

 落ち着いた時に聞こうと思っていた質問を投げかける。

 別に臣下の儀を執り(おこな)おうとは思っていない。ごく普通の疑問だ。

 

アウラ「あたし達を創造した至高の御方です」

マーレ「そ、そうです」

シャルティア「はいでありんす」

 

 三人共に瞳を輝かせ、胸に手を当てつつ自信を持って言い放った。

 直接言葉として言われると想像通りとはいえ気恥ずかしい。

 ペロロンチーノの顔は少し赤くなっているに違いない。怒りではなく恥じらいで。

 通常なら表情に出せる感情も今は無味乾燥としている。

 たかが『感情(エモーション)アイコン』が出せない程度で。

 

ペロロン「……その至高の御方が今日の気分でお前達を殺したいと思ったら受け入れるのか?」

アウラえっ!?

マーレ「そ、それは……」

 

 軽い言葉に対し、即座に反応した。

 内容によると思うが、柔軟な対応は本来ならばしないのが正しい。

 メンバーの会話にいちいち反応を返すようでは邪魔以外の何物でもない。

 

アウラ「単なる気分だけで殺されたくはないです」

 

 戸惑いを見せつつもアウラは言った。笑顔ではなく、無表情でもない。

 表現の難しい複雑な心境に見える顔だ。隣に控えているマーレはより一層の悲壮感に包まれていた。

 

ペロロン「俺がぶくぶく茶釜を殺せ、としっかり命令した場合は従うか?」

アウラし、従えませんっ!

マーレい、いくら、ペロロンチーノ様のご、ご命令だとしても

シャルティア「……妾は従うでありんす」

 

 武装を解いているとはいえシャルティアはペロロンチーノ直属のNPCだ。アウラ達とは違い、より命令を強く受ける立場に居る。

 だが、そんな彼女とて本音の部分では従いたくない気持ちがあった。

 

アウラ第一っ!

ペロロン「………」

 

 食って掛かろうとしたアウラの顔面を殴りつける鳥人(バードマン)

 命令に従わないどころか反論を企てようとした。そのせいか、思わず手が出た。

 武器を使わなかったのは運が良かったのかな、と。

 ペロロンチーノがいくらレベル一〇〇のプレイヤーだとしてもアウラ達も同レベル帯のNPCでありクリーチャーだ。

 人間種でありながら恵まれた武装により、思っている程ケガは酷くない。精々鼻血が出る程度だ。

 実際には鼻血すら出るわけが無いのだが――

 

 オーバーロード 

 

 女の子だから殴れない、というわけではない。

 メスのクリーチャーくらいたくさん殺してきている。闇妖精(ダークエルフ)で人間種で可愛い女の子だとしてもクリーチャーだ。

 異形種である今のペロロンチーノの手が止まるわけがない。いや、よそ様のNPCだと分かっている相手の場合は迂闊に殴りかかったりはしない。

 

ペロロン「………」

 

 思わず殴ってしまったが硬い顔だ、という印象を受けた。

 石や壁を殴りつけたような衝撃に似ている。

 高レベルNPCを敵に回した場合、一撃で撃破するのは難しそうだ。

 それから勝手に反論しようとしたので罰として裸になってもらおうか、という考えが脳裏に浮かんだが速やかに去ってもらった。

 

ペロロン「……よし」

 

 異形種だからと一撃で顔面を粉砕するような事態にならなくて良かったと安心する。

 多少の殴打はNPCにも適応されている。これは『同士打ち』の禁止が解除されているからだが――

 通常であればノーダメージ。(むし)ろ感触が無い事もあり得る。特に攻撃の意思を乗せたものは。

 

ペロロン「……命令してみようか。俺の言動が気に食わないなら遠慮くかかってこい」

マーレ「ぺ、ペロロンチーノ様……」

ペロロン「お前達が慕う至高の御方とやらの正体が何なのか分かるかもしれないぞ」

 

 元は命令通りに動く人形。

 それが今は自我を得て自発的に行動する。ある程度の感情も備わっているし、多彩な表情変化も見せる。

 当たり前が当たり前ではなくなった。それだけでペロロンチーノ達の思考は充分に狂う。

 それは感覚的なものだが。

 いつも動くのが当たり前のエスカレータが突然動かなくなっただけで人は平衡感覚を狂わせる。それと似たようなものだ。

 だから、アウラ達と対等に話す事自体が既に異常である。

 言葉を交わす度に違和感が増大する。それはとても気持ち悪い。

 それは心理現象でいう所の――

 

 不気味の谷。

 

 ぶくぶく茶釜がよそよそしく――または不安に思う――する原因だと考えられる。

 そもそもゲームデータで出来ているものが生物だなどと認められるものか。

 ペロロンチーノ自身、アバターはゲームキャラクターだと――頭では――思い込んでいる。リアル(現実)ではない作り物だ。

 その作り物が生物として存在していい筈が無い。そんな考えが拒否感を生んでいる。

 こいつらは何なんだ、と。

 

ペロロン「俺は冴えない主人公ではないし、遠慮もしない。勘違いは……たまにするかもしれないが……。その上でお前達はどう行動する? 従来通り命令を持つ従者で居るつもりか?」

アウラ「………」

 

 少し鼻血が出たアウラは黙ってペロロンチーノを見据える。

 驚きはなく、ただ答えに窮している、そんな感じだった。いっそ怒りでも見せてくれれば楽だったろうに、と。

 戸惑いは対応に苦慮する。彼らの考えを読めるほど器用でもない。

 

シャルティア「我らは被造物にしてNPCでありんす。創造者がそうあれとお望みならば従うのが必定……。しかしながら、お戯れも程ほどに……」

 

 生意気にも異見してきたシャルティアに多少の苛立ちを覚える。これはおそらく異形種としての特性だな、と自分の事を分析する。

 本来の自分はそう簡単に他人に手を出す性格ではない。だが、出たという事はアバターに問題がある。

 ペロロンチーノ自身、アバターも信用していない。他のメンバーもそれぞれ疑問を抱くはずだ。

 異形種である為に平気になっている部分に。

 

 オーバーロード 

 

 シャルティアの言う通り戯れかもしれない。けれども確かめたい気持ちに嘘はない。

 特に裸は――

 煩悩がきちんと機能していれば自分の下半身が激しく反応するものだが、選んだ種族が悪いのか、それとも感じ方の問題か。

 今のところ人間の時以上の性的興奮は起きていない。興味はあるようだから不能になっているわけではないと思いたい。

 

ペロロン「はっはっは~。冗談、冗談。なにマジなってんの~」

 

 棒読み気味に言ってみるもののアウラ達の表情に安堵の色は無い。それがそうであると分かる分、ペロロンチーノは他人に完全に無頓着――あるいは無関心――というわけではないようだ。それはそれで安心できる。

 他人の感情を理解できる異形種という意味で。

 

アウラ「そ、そうですよね~」

 

 鼻血を出しながら苦笑を浮かべるアウラ。

 その顔にもう一発拳をぶつける。

 ゴツっと硬いものに当たる音が拳に伝わる。先ほどより手加減しているが元々の筋力の高さまでは調節できない。

 それにしてもNPCの苦笑が実に腹が立つ。どうしてかそう思えてしまった。

 きっとそれが『不気味の谷現象』なのだと感じた。

 

ペロロン「笑うなとは言わない。けれども……、お前達は俺達の想像以上の動きをしている……。はっきり言えば気持ち悪い。どうしてかそう思えてしまう」

アウラ「………」

 

 鼻血を出しつつも顔はペロロンチーノに釘付け。

 泣き叫ばず。助けを呼ばず。言い訳をしない。

 反論こそ危惧していたが単なる殴りつけでは動じないようだ。それはそれで立派な心掛けだ。

 姉が憎たらしいから仕返しをしているわけではない。姉は姉で尊敬できる人間だ。

 であればこれは何だというのだ、とペロロンチーノ自身戸惑う問題であった。

 

ペロロン「……ほんとに何マジになってんだか……」

 

 インベントリ(異空間の倉庫)から水の入った水筒とタオルを取り出し、それらでアウラの顔を(ぬぐ)う。

 単なる装飾用のアイテムも今は様々な活用が出来る。これは使用方法がゲームよりも多くなったことを意味している。

 通常は――運営方針などにより――制限のかかった事も今はより多くの拡張性が備わり、想定以上の結果を出せる可能意を秘めている。しかし、それらの詳細については頭脳担当に任せる事にする。問題は――

 目の前に控えている三人のNPCと今後どういう付き合い方をすればいいのか考えなくてはならない事だ。

 

 



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