正義の罪科 (アグナ)
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憧憬

「まだだ」の波動が再燃した。
これも全て、VITAのトリニティが悪い(責任転嫁)

僕はね、エタ作者なんだ……。


 ―――その背中を僕は一生忘れないだろう。

 

 一面を染め上がる炎、荒野が如き残骸の景色。

 飛び交うは悲鳴、怒号、嘆き、徹底した負の情念。

 罪人は死後、地獄に落ちるというが、であればこの光景はなんと評せば良いのだろう?

 

 死後に安息を、この世に地獄を。

 

 救いがあるのは一体どちらか、数多いる哲学者に問うてみたい。

 

 子を救おうと足掻いた男が吐き捨てられるように死んだ。

 赤子を抱いた母が諸共消す炭となった。

 まだ幼い兄妹が壁のシミと化した。

 

 地獄―――この光景を評するならば地獄を置いて他に無いだろう。

 あの世の地獄と違いを図るなら誰も彼もが基本的に罪を犯すことなく日常を生きてきた弱者であること。

 

 何処かの大国の代理戦争。

 民族紛争と名を借りたこの地獄の正体は徹底してただ生きていただけの人間を貪る悪魔の住処であった。

 人の命より重い利権と覇権と金をかけて最新鋭の装備で武装した兵士達が民衆諸共焼き尽くす。

 大儀だと立派な出で立ちの兵は言うが。

 大儀? 大儀? 大儀とは一体なんだろうか。

 この光景に、この地獄に、一体どんな大儀がある?

 

 世界は常に消費する。

 九の幸せには一の悲劇を必要とする。だが此処では消費の対価が見合っていない。

 自分達の幸せのために流す血が、誰かを肥え太らせるための血に変わっている。

 自分達で多くに悲劇を踏み越えて勝ち取った平和が、その実誰かに掠め取られている。

 

 自由を手にしたはずなのに、その実、新たな束縛に縛られている。

 

 絶望の果てに希望があるはずなのに絶望が終われば次の絶望が、次の次の次の―――と。

 

 呪われた大地だと平和ボケした歴史家が言う。

 火薬庫のような場所だと、対岸の向こうで学者が言う。

 此処には悲劇が満ちていると、さも理解しているとばかりに記者が言う。

 

 何様のつもりなのだろうか―――この地獄は、他ならぬオマエたちのせいだというのに。

 

 だから、だから―――どうか、頼みます。誰か助けて。

 

 試練といって絶望を呼ぶ神様はもう沢山だ。

 見るが良い、この景色を、何処を向いても何処に言っても悲劇が山のように転がっている。

 英雄様が居るなら今こそ、腕の見せ所だろう。

 万来の喝采を暮れてやる、咽び泣いて跪いてやったって良い。

 

 ほら、今なら皆、諸手を上げて湛えてくれる。

 絶望の後には希望があるのだろう―――――?

 

 だから、だから、だから―――だから!

 

「誰でも良い……誰か助けて、助けてくれよヒーロー……ッ!」

 

 正義の味方がいるのなら、この地獄を終わらせられるなら、

 ―――僕は全てを捧げるから。

 

 

 

 

 

「I am the bone of my sword. 」

 

 ―――体は剣で出来ている

 

 その背中は希望とともに現れた。

 

「I have created over a thousand blades. 」

 

 ―――幾たびの戦場を越えて不敗

 

 世界がどれ程の地獄に満ちていようとも、どれ程の悲劇に満ちていようとも。

 

「Nor known to Life. 」

 

 ―――ただの一度も理解されない

 

 目に見える報酬しか理解できない者達に、気味悪く思われようとも。

 

「Yet, those hands will never hold anything. 」

 

 ―――故に、その生涯に意味はなく

 

 自己の幸せ一切を献上する末路であったとしても。

 

「So as I pray―――UNLIMITED BLADE WORKS. 」

 

 その体は―――きっと剣で出来ていた

 

 その悲劇の名を、僕は英雄(きぼう)と呼びたい。

 

 

 

 神の降臨を思わせる青白い輝きとともにその背中は現れた。

 最新鋭の殺人機械をただの弓一つで殲滅して、

 地獄を呼び込んだ悪魔達を修羅が如く葬って、

 大儀と叫ぶ悪魔の尖兵を、より巨大な大儀で轢殺する。

 

 其は抑止の守護者。

 肥大化する人類の決定的破滅を防ぐため、自らを滅ぼすカウンター。

 

 遍く全て、正義ために最小の犠牲を呼ぶ込むもの。

 最も遠大な大儀を掲げる者達。

 犠牲を以って繁栄を許す、真の意味での審判者。

 

「赤い……弓兵―――」

 

 真の意味での―――正義の味方だった。

 

 

 

 

「居たんだ……」

 

 今にも消えそうな声が僕の口から漏れる。

 無意識の内の呟きは次の瞬間、僕の意思で流れ出る。

 

「居たんだ……居たんだ……!」

 

 この世は地獄に溢れている、この世は悲劇に溢れている。

 神は試練の名の下、救いを成さず、希望は度重なる絶望を前に幻想へと堕ちた。

 

 ゆえに彼こそ、最後の救いの化身である。

 

 絶望的な状況、悲劇に満ちた終幕、怨嗟と嘆きの声。

 それら一切を最小の犠牲を以ってして拭うご都合主義。

 

 有史以来、絶望の数だけ、希望を齎してきた歴史に輝く超新星。

 不可能はないと叫ぶ愚者。

 

 ―――英雄(ヒーロー)

 

「居たんだ、居たんだ、本当に居たんだッ……!」

 

 嘆きを忘れて叫び散らす。

 悲劇の涙が感動に変わる。

 

 例え末世の日であろうとも二度と忘れない原風景。

 その日―――少年は悲劇(うんめい)に出会う。

 代価は、少年の全てを。

 

 嘗て、救済を試みた機械のような人間は言った。

 ―――戦場に夢想を持ち込む、綺羅星のような英雄(そんざい)が、より多くの悲劇を生むと。

 

 嘗て、救済を試みた機械のような英雄は言った。

 ―――こんな男は生まれてくることそのモノが間違いだったのだと。

 

 そして、これから彼は言うだろう。

 ―――この分かりきった末路に、一体どうして絶望するのかと。

 誇らしげに、痛々しく。

 

 歓喜せよ少年。

 

 君の末路は―――英雄だ。



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航路を探す

 そしてオレは目を覚ます。

 腕につけた機械端末がオレの状態を事詳しく解析する。

 

 意識の覚醒を確認。

 

 バイタリティ良好。

 

 マスター候補―――識別番号(ナンバー)13

 イサク・ラフマーン

 

「これ、何時も心臓に悪いな……」

 

 意識の覚醒と同時に自動で起動した腕の端末を擦りながら口に出す。

 テレビとかの故郷でも見かけた家電ならともかく最新鋭の機器に慣れ親しみの無い身としては魔術以上に不気味に映るのだ。

 魔術は魔術師であるからして原理など、何故、このようになるかが理解できる分、まだ良いが、この手の機械は原理からして意味不明だ。

 

「ふうむ、極めた科学を錬金術っていう理由が何となく分かったな」

 

 よ、と安眠を促す機能美に包まれた、温かみからは欠けるベッドを発つ。

 僅かながらに残る睡眠衝動を理性で断ち切り伸びをする。

 

「今日はいよいよファーストオーダーか」

 

 カレンダーを流し見しながら、「いよいよ」かという緊張と「ようやくだ」という感傷に包まれる。

 

 此処は―――人理継続保障機関カルデア。

 幼き見た憧憬を胸に、俺は今、人類最新にして最前線の戦場に居る。

 

 

 

 

「ずッ、ぁ―――ッ!」

 

 赤色の槍が残像を残して首元に迫る。恐ろしい速度である。

 喉笛を穿ち、命を絶つ、必死の槍を済んでんのところでオレはやり過ごした。

 

 目の前には茫洋とした顔色で、しかし身も凍るような隙の無さの槍使い。

 如何にその姿を真似た偽者とは言え、使う技は紛れも無く人類史に名を刻んだ英雄のそれに相応しい―――改めて意識を引き締め両手に構える黒塗りのナイフを握り直す。

 

「いち、に、さんッ!!」

 

 フェイントを交えてステップを踏み、青い槍使いとの間合いを詰める。

 元より距離があっても意味を成す相手ではない。

 加護が故に遠距離攻撃は効き辛く、獣の如き敏捷さは遠近を瞬き一つで塗り替える。

 ならば常に自分の間合いに置くまで。

 どうせ、俊敏さではこっちが劣るのだ。

 

 体も劣り、技も劣る―――ならばせめて不利を削る。

 

 要は気概と気合。どうせ勝てぬからと逃げ腰で如何とする。

 

 倒れるならば前のめりに。

 諦めから起こる奇跡など無いのだから。

 

「ハァ、ハァ、ハ―――ぁ―――……!」

 

 眉間、喉、心臓からなる上段三段突き。

 槍が三つと錯覚するような連続技は最早、視認で回避不可能。

 反射で身体を丸め、二つを回避し、三つ目をナイフで弾く。

 

「う、おおお……!」

 

 三つ目を穿ち、腕が伸びきった僅かな隙を見て突撃。

 左のナイフを投擲し、回避した直後を狙い打つため右のナイフを構える。

 

「―――!」

 

 無言の気合。敵もさることながら巧い。

 オレがそう動くと読んでいたとばかりに、槍で横薙ぎに払う。

 回避ではなく迎撃。

 

 読み間違えたオレは一瞬、踏み込みが遅れる。

 その隙を青い槍兵は逃がさない。

 

「ごふ……!」

 

 強烈な左ストレートが胴体に叩き込まれる。

 下より体で勝る相手。オレを倒すのに一々やりを使う必要は無い。

 人一人、殺すならば刺殺で無くとも殴殺で十二分。

 

 吹き飛ばされるオレを吹き飛ぶ速度より早く青い槍使いが詰める。

 

「―――――……」

 

 「終わりだ」か、「仕舞いだ」か。

 英雄の影を再現した陽炎はそんなことを言ってこの戦いに幕を引く……。

 

神は偉大なり(アッラーフ・アクバル)―――!!」

 

 オレの呪文(ことば)に応じて魔術回路が起動する。

 因果変成―――槍が目測を誤る。

 

「ッ!?」

 

 青い槍使いが困惑する。

 有り得ない偶然に目を見張っている。

 

 しかしこれは偶然ではなく必然。

 より正確にいうならば必然的に起こる偶然(・・・・・・・・・)である。

 

 極めて珍しい虚数という魔術属性、それを生かす数秘紋の魔術。

 この二つからなる、確率の実数化という特異な魔術によるものだ。

 

 動揺を尻目にオレは自らを鼓舞するように獰猛な笑みを浮かべて右手に握るナイフを構えて呪詛を唱える。青い槍使いは動揺を力ずくで抑えて構えるが……。

 

 もう遅い―――。

 

 左手は虚空を掴むように。

 右手は虚空を引くように―――黒塗りのナイフを番える。

 

 さながら弓の構えであり―――これは弓である。運命と言う、必然を乗せた。

 

「―――この手に担うは勝理なり(アル・ファトフ)

 

 青い槍使いが応対する。

 かの身は視認する遠距離攻撃を容易く迎撃する加護がある。

 ゆえに見えている射撃など取るに足らず、弾いて詰めればそれで終わり。

 しかし―――迎撃が間に合わない。

 

 槍使いは何故かそう直感した故に迎撃から回避へと行動を移して……。

 ―――トスッ、と背後を何者かに押される感覚があった。

 

 鍛え上げられ、引き締ったその胸板に異物があった。

 丁度、心臓の辺りに一つの突起物、鏃が突き出ていた。

 

「―――――」

 

 無機質な演算脳に浮かぶ数多の疑問。

 理由不明な致命傷は、消滅するその刹那にも解決されることは無かった。

 

 

………

……………

…………………

 

 

「ふう……」

 

 青い槍兵の影が消えるのを見送りながらイサクはそっと息を吐く。

 彼とは丁度三百回(・・・)めの交戦であったが相変らず恐ろしい。

 

 これで本家本元はもっと強いというのだから底が知れない。

 

「聖杯戦争……英霊同士の戦いか、オレじゃ秒も持たないだろうな」

 

 先ほどの青い槍兵のもっと強いのが七騎。

 己が願いをかけて全力の死闘を演じるのだ。

 

 遥か極東の果てで行なわれていた万能の杯をかけた戦いはそれはもう凄まじいものであっただろうに。

 

「―――それじゃあまるで英霊と戦うこと前提だな。俺たちはマスター、使役し援護することこそが本分だろ」

 

「……あれ? カドック? 珍しいな、こんなところで」

 

 シミュレーターが描き出した仮想戦場が消えれば、無機質な部屋にオレ以外の人影。

 同じカルデア所属、マスター候補のカドック・ゼムルプスがいた。

 

「珍しいな、じゃないだろ。もう既に定刻ギリギリだ。いつまでシミュレーターで訓練しているんだ。今日は所長の、召集したマスター候補たちに関する説明回だろ」

 

「あぁー、そういえばそんな話もあったようななかったような……」

 

「お前は……この間の空間特異点F発見の時は熱心にしてたのに、重要事件だけがカルデアの対処するべきものじゃない。人類史をより広く眺め、より長く存続するべく行動する、それがこの人類史という宇宙を観測する天文台、カルデアのあるべき役目だろ」

 

「おお、まるでキリシュタリアみたいだな、カドック」

 

 カルデアの唱えるその崇高な行動理念を言うカドックに思わず同じく同僚であり、所属するAチームで最も優秀なチームメイトにして統率者、キリシュタリア・ヴォーダイムを口にする。

 すると、何故か褒めたはずなのにカドックは壮絶に嫌そうな顔をする。

 

「ッチ……それは嫌味か?」

 

「いや、褒めたつもりだけど……なんでそんなに不機嫌に?」

 

「……はあ、君はもう少し人の気持ちを察することを覚えた方が良いよ」

 

「うん?」

 

「ッとにかく、早く管制室に行くんだね。君は僕らAチームの中で最も合流が遅かったんだから。君みたいな奴がなんでAチームに配属されたかは知らないけれど、下らないところで足を引っ張るようなマネだけは止めてくれ」

 

「分かってる」

 

 確かに、カドックの言う通りだ。

 オレは一番、遅くに彼らのチームに加わった。

 そういった意味では今のオレは彼らの中で一番遅れている。

 

 事は人類史の存続に関係する大問題である。

 そんな大事を解決するに当たって彼らの足を引っ張る存在になるなど最悪だ。

 あの日見た憧憬を裏切らないためにも追いつく努力をしなくては。

 

 

 

 

 

「―――特務機関カルデアにようこそ」

 

 揃う四十九名の魔術師を眼前に据え、鋭い視線で白髪の、まだ十代半ばだろう少女は威風堂々と歳に見合わぬ立ち振る舞いで言った。

 

「所長のオルガマリー・アニムスフィアです」

 

 現代魔術師の総本山『時計塔』。

 その十二学科が一つ『天体科』を統べる名門アニムスフィアの性。

 名門に生まれた才媛、であれば若くして所長の身分も頷けよう。

 

「あなたたちは各国から選抜・発見された稀有な才能の持ち主達です。才能とは霊子ダイブを可能にする適性の事、魔術回路を持ちマスターとなりうる資格の事。この才能を持つあなたたちは今まで前例の無い、魔術と科学、この二つを融合させた最新の魔術師に生まれ変わるのです」

 

 演説するオルガマリー。

 しかし、それを傍目にイサクが見ていたのは自分以外の魔術師たちの姿だ。

 

(何人かはやれそうなのはいるけど、カドックたちほどじゃないな)

 

 平時、戦場に身を置いていたツケか。

 こうして初めて見る相手がどれほどやれるか見てしまう。

 

(単純な強さだけ測るなら何人かはカドックやオフェリアよりは強いけど……あの二人ほどの怖さが無い。倒すのは面倒だけど殺すのは簡単そうだ)

 

 戦争は精神的強さも案外馬鹿に出来ない。

 火事場の馬鹿力が成すどんでん返しの怖さをオレは良く知っている。

 一時、ともに戦争をかけた医者も言ってたではないか。

 

 極限の中でこそ、人はその真価を発揮するのだと。

 

(そういった意味ではあの二人の方が断然怖い。後は……)

 

 と、演説を聞き流しながら魔術師たちを見渡していると。

 一人……精神的に図太そうなのを発見する。

 

「スゥ……スゥ……」

 

 立ったまま寝ている一人の少女。

 集う魔術師たちでも群を抜いて、隙だらけだ。

 恐らく、否、間違いなく素人。ともすれば魔術師であるかも怪しい。

 

(そういえば適性持ちは一般枠からも集めてたっけ……?)

 

 ということはあそこで眠りこけている少女は一般人。

 素人の魔術師にすら劣る全くの素人と言うことになる。

 

 よって―――。

 

(あの子、怖いな)

 

 全くの一般人。魔術の魔の字も学んでいないような表社会の人間。

 そんな彼女が魔術とか人類史の継続とか、そんな絵空事を聞かされて尚、マイペースで居る。異常事態の中で平静であるという異常。

 仮に戦場に立たされてもいつも通りで居られそうなほどの豪胆さ。

 それはまさに力の強さとはまた別の、精神的な強さになる。

 

「―――ッ、私の目の前で居眠りだなんていい度胸ね!」

 

 どうやらイサクと同じく眠りこける少女を発見しただろう、オルガマリーがまさに怒髪天といった勢いで少女に詰め寄る。

 そのまま、面食らった表情で驚く少女を外にたたき出した。

 

「……ふむ」

 

 魔術回路をこっそり起動。

 そのまま自分を模した使い魔を形成する。

 ドッペルゲンガー。もう一人の自分。

 虚数属性のオレが得意とするこの世に反射するもう一つの鏡面存在。

 

「ちょっと頼む」

 

「ああ、任された」

 

 さりげなく普通の魔術師が目を剥くような所業を簡単にやってのけながら追い出された存在を追って、イサクもその場を後にした。




原作からして意味不な虚数属性。
きのこよ、そろそろ正確な説明をしてくれないだろうか……?

と、原作者様への僅かながらの不満はともかく、虚数属性なオリ主君。
数秘紋とあわせたなんちゃって魔術のオンパレード。

>なんで虚数属性と数秘紋?

A:僕はね、青子さんが好きなんだ。後、虚数ってなんか何でも出来そう感ない?




ところでまほよ二部はいつ?(特大の不満)
三部作って言ってなかったっけ?(半ギレ)


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航路を探る

そこそこ好評だったので特異点Fまで頑張って書きたい。
我輩、エタ作者なのでござる……。

時にFGO今回のイベント。
縛りプレイしているせいか全く進まん。

パルさんとシェヘラザードと今回鯖フレ縛りが辛い。
……もう主力で殴って進めようかな。


 人理継続保障機関フィニス・カルデア。

 

 現所長オルガマリーの父にして前所長マリスビリー・アニムスフィアによって発足したこの機関の目的は端的に言って人類史の保証にある。

 

 果たしてマリスビリーが真にその大儀を遂げることのみを目的として作り上げたのか、はたまた別の目的も付随していたのか。

 その真意はともかくとして、少なくともこのカルデアが人類史の末永き継続を望んで作られた組織であることに間違いはない。

 

 人類史の保障と言う大儀を掲げているだけあってその設備は凄まじく、公にならなかった歴史の真実すら広い観測する『事象記録電脳魔・ラプラス』や地球と言う惑星を一つの生命と定義し、その魂を複写した擬似天体、いうなれば地球のライブラリとして機能し、先の百年を観測可能とする『疑似地球環境モデル・カルデアス』などと。

 

 流石は『時計塔』を束ねるアニムスフィアの力と言うべきか、一族の執念が成せた業というべきか、中にはかのアトラス院の技術提供によって作り上げられた擬似霊子演算機までもがあるのだから、異端性は極まっている。

 

 だからだろうか、今回のファーストオーダーに当たり呼び出されたマスターらの中にも一風変わった人物が居た。

 

 ただマスターとしての才を保有する。その一点で呼び出された魔術師見習い所か、魔術の存在すら知らなかった一般人。昨日まで普通に学生をしていたという魔術観点から見れば超が付くほどの異端者が居た。

 

「いたた……うう、酷い目にあった……」

 

 茶色の瞳に癖のあるオレンジ色のセミショート、傍から見て右側のシュシュが特徴的な十代半ばの少女―――その名を藤丸立香という。祖母がドイツ人という以外、一般人の少女である。

 

「その……なんというか、災難でしたね」

 

 そしてそんな彼女に付きそうカルデア職員の制服を着た紫色の髪に眼鏡が特徴的なやや陰のある少女はマシュ・キリエライト。

 マスター候補であり、Aチームメンバーに属する。

 

「居眠りしてたのは私の落ち度だし追い出されたのもしょうがないとして、あんな放り投げる勢いで追い出したのはどうかと思う……ていうか放り投げられたし」

 

「今回のミッションはそれこそ、カルデアの意義、人類史の継続保証において重要なミッションの一つでしたから。所長もそれだけ気を張っていたんだと思います」

 

「……これからどうしよう」

 

「追い出されてしまいましたからね……。こうなるとファーストミッションへの参加は難しいでしょうから先輩の個室にご案内します」

 

 そういって立香を先導するように歩き出すマシュ。

 カルデア職員として務めているだけあって足運びに迷いはない。

 

「―――でも、なんで素人だ一般人だ言っているのに一般枠なんてあるんだろ?」

 

 道中、ふとオルガマリーが怒りとともに吐き出した罵倒を思い出してポツリとリオが言う。それに対してマシュは丁寧に答えを返す。

 

「それは実験段階の霊子転移(レイシフト)実用に際して多くのマスター候補者が必要だったからですね。マスター候補としての適性……ひいては才能は先ほど所長が述べた通り稀少なものですから魔術師にとって本来重要な家系や血筋を気にしてはいられない状態だったんです。それこそ、魔術を知らない一般人であっても候補者に選定したように」

 

「へぇ……それにしても魔術師か、やっぱりまだピンとこないな」

 

「……先輩は外の世界で普通に生活していらしたんですよね」

 

「あはは、まあね。つい先日まではただの学生。まさか熱心なスカウトに応じたら魔術とか人類史とか、そんな凄い話に関わることになるとは思わなかったけど」

 

 困ったように笑う立香。その顔を何故かマシュは不思議そうに除きこんだ。

 

「どうしたの?」

 

「いえ……外の世界……ここからは青空が見えませんから」

 

「ああ、標高六千メートルだっけ?」

 

 言って、丁度外周に当たる通路に差し掛かった二人。

 見上げるほどの大きな窓から外を眺めればそこは一面白銀の世界、吹雪と曇天のみが全景を成している。

 

「ひゃー、確かに此処からじゃあ青空は見えないな」

 

「はい。……あ、でもドクターが言うには年に数回程度ですが晴れるときがあって、その時はそれこそ澄み切った青空が一望できるとか」

 

「標高高いからね。ここから見る青空なら凄く綺麗だろうなぁ、ちょっと見て見たいかも。マシュはそれ、見たことあるの?」

 

「いえ、私は……」

 

「―――ようやく発見。ってマシュ?」

 

 雑談交じりに二人で歩いていると後ろから声をかけられる。

 二人して振り向けば、そこには一人の青年が居た。男らしく短めに切り揃えられた黒髪と焦げた様な褐色の肌。軍人のような黒で統一された服装とそれ故、目立つ赤いマフラー。

 白衣のカルデア職員服や同じく白を基調としたマスター候補生の服とは異なる個性を前面に出した格好である。

 

「あ、イサクさん。今はまだブリーフィング中では……」

 

「使い魔を置いてきたから問題なし。そういうマシュは……所長のブリーフィングで居眠りかました剛毅なマスター候補のエスコートかな?」

 

「はい、先輩を個室にお送りするところでした」

 

 親しげに話す二人。

 顔見知りなのだろう、と言うことは彼もまた……。

 

「と、そちらに紹介が遅れた。オレはイサク・ラフマーン。見ての通り……とは制服着てない分からないだろうが、そこのマシュと同じマスター候補でAチーム所属だ」

 

「ええっと……私は藤丸立香です。宜しく、ラフマーン……さん?」

 

「畏まらなくて良いよ。歳は二つ、三つ違う程度だろうし。それにどうもここじゃあオレは煙たがれているから話せる相手とは気軽にいきたい」

 

「そういうことなら、じゃあイサクで」

 

「ではオレもマシュと同じように名前で呼ばせてもらおうか……先人としてようこそカルデアに歓迎するよ、立香」

 

 微笑を浮かべ挨拶しながら左手を差し出すイサクに返礼と立香も応える。

 左手を差し出してきた辺り左利きなのだろうかと立香がふと、イサクの左手に目を落すと変わったモノが目に入った。

 杖に絡みつくような蛇の紋様。

 赤い刺青のようなものが左手の甲にある。

 

「―――しかし見るからに一般人だ。君、本当に魔術師じゃないんだな」

 

「え、あ……あはは、そういうのって分かるんですか?」

 

「まあね、こうまで近づいてようやく感じられる魔力もそうだけど、此処の連中はなんというか立ち振る舞いに隙が無いから。その点、君は隙だらけだったし」

 

 肩を竦めて言うイサク。一見、馬鹿にしているように受け取れるが雰囲気や口調からしてただ思ったことを口にしているだけなのだろう。

 友人から誰とでもすぐに仲良くなれることが特技だと評された立香は、何となく勘違いされそうな人だなという感想を覚える。

 

「うん、マシュが君に近づいたのも何となく分かるな。良くも悪くも君は普通の人っぽいからね」

 

「先輩は今まで出会ってきた中でも一番人間らしいです」

 

 納得したように言うイサクと追随するようにコクコクと頷くマシュ。

 そんな彼らの言い分に思わず首を傾げる立香。

 

「……私ってそんなに個性無い?」

 

「ああ、いや。そういう意味じゃなくて。……魔術師なんて変り種に、しかもそれと協同する職員だからね。ここは世間一般的に見て変わっている人ばかりだ。だから君のような普通の人間と言うのが稀少なんだよ。すまない、馬鹿にしているつもりはなかったんだが……オレはどうも口が上手くない」

 

「いえいえ、大丈夫です。馬鹿にしているつもりがないのは分かってましたし」

 

 悪びれるイサクに立香は両手を振って断る。

 それにしてもどうやら誤解されやすいという自覚はあったらしい。

 

「って、あんまり雑談で足を止めさせるわけにもいかないな、オレもファーストミッションは外せないし……オレも送ろう」

 

 いつの間にか立ち話をしていた三人はイサクの言葉にそれぞれ頷いて歩き出す。

 

「それにしてもイサクさん。何故、ブリーフィングを抜け出してまで先輩に?」

 

「少し気になったからかな。此処じゃあんまり見かけない人種だしね」

 

「ここは大半が魔術師、ないしは魔術を知る人々によって占められていますからね」

 

「そういうこと。と、オレが言えた義理じゃないな。オレもその変わり者の仲間であることに違いは無い。……まあ、その変わり者達にも馴染めていないわけだが」

 

「その、イサクさんは客観的に見て余り言葉選びが……」

 

「君にまで言われたか……やっぱりコミュニケーションの下手さが足を引きずっているな。カドックなんかどうもオレを嫌っている節があるし」

 

「ですがキリシュタリアさんやペペさんとは傍から見ても仲がよろしいように見えますよ?」

 

「あの二人はちょっと別枠だろう。ペペは単に誰とでも親しくやってけるからだし、キリシュタリアは……まあ、これは別に良いか―――」

 

「………」

 

 随分と親しげに話すイサクとマシュ。

 立香は思わず無言で興味深げに二人を眺める。

 本人はコミュニケーションがどうこうと言っているが、どうやらマシュとは例外のようだ、というより……。

 

「ん? どうしたんだ立香、って悪い。少し仲間外れだったか」

 

「いや、それは別に……ただ、」

 

「ただ?」

 

「なんか兄妹みたいだなって思って。見た目は欠片も似てないんだけど……雰囲気と言うか、空気と言うか」

 

 立香の言葉にイサクとマシュは不思議気に顔を見合わせる。

 

「や、別に思ったってだけだから。特に何と言うわけじゃなくて……」

 

「ん、別に構わないよ。それにしても下に見たつもりはないんだが、君も中々、鋭い。流石はマスター候補と言うだけはあるのか」

 

「え? 兄妹なんですか?」

 

「まさか、全く似てないだろう? ただマシュとオレとが似た雰囲気だと言うなら、多分その通りだ。より厳密にいうならば似た境遇というべきか」

 

 な、と視線を送るイサクにマシュもまた頷く。

 事情は良く分からないが、ともかく二人は共通の何かを持っているらしい。

 

 

 

 ―――そうして雑談交じりに足を進めていればあっという間に目的地到着する。

 

「はい、此処が君の個室ね。基本的には私室として自由に使用して良いよ」

 

「ありがとうイサク、マシュも、ここまで案内してくれて」

 

「たいした労力じゃ……痛ッ!」

 

 立香に割り当てられた部屋の前でお礼をイサクらに言っていると突然、イサクが悲鳴を洩らす。何事かと見ればイサクの頭の上になにやら白い物体がいた。

 

「フォウ! フォウ! フォウキューフォウ!!」

 

「痛たたッ! おい、ペシペシやるなフォウ! ていうか、前々から思っていたけどお前なんかオレにだけ当たり強くない?」

 

「フォーウフォウ! キュウキャウ!!」

 

 白い物体は見れば丁度掌サイズほどのリスじみた小動物のようだ。フォウと呼ばれたそれはペシペシペシペシと必要以上にイサクの頭を叩く。

 

「フォ、フォウさん、そんなに叩いては……」

 

「だ、大丈夫ですか!?」

 

「ああ、何時ものことだしいい加減馴れた」

 

 オロオロと心配するマシュと不意の出来事に面食らっている立香を傍目にフォウの首根っこ辺りを無造作に掴んで引っぺがすイサク。

 フォウは大変不満のようでじたばたしている。

 

「フォウ、フォーウ!!」

 

「全く。オレが嫌いなのは何となく無かったからそう何度も食って掛かるなよ」

 

「いえ、多分ですけど。フォウさんはイサクさんを嫌っては無いと思いますよ」

 

「フォウ、フォウウウ!」

 

「えっと……」

 

 勝手に知ったるかという三人(?)に対して自体を掴めない立香が視線を彷徨わせているとイサクは片目を瞑り困ったように肩を竦めながら説明する。

 

「こいつはフォウって言ってカルデア内を自由に歩き回っている謎生物だ。この通り何故かオレにだけ当たりが強い」

 

「へ、へえー……よろしくフォウ?」

 

「クー、フォウ」

 

 おっかなびっくりにフォウへ手を差し出しながら言うとフォウは耳をピンと立て返礼のように声を返す。……こちらこそということだろうか?

 

「―――ふむふむ。どうやらフォウさんにライバル認定されたようです」

 

「え゛!? 分かるの!? ていうかライバルって!?」

 

「マシュは一番、フォウと付き合いがあるからな。後、ライバル視は多分、一番の友人を取られるって言う……って痛たたたッ!」

 

「ああ! ダメですよフォウさん!」

 

「キャウ、フォーウ!!」

 

 ペシペシペシペシと抗議するように再びイサクの頭を叩きだすフォウ。

 それを見てマシュが止めに入る。

 

 その内、一通り叩いて気がすんだのかピョンとイサクの頭から飛び降りるとそのままトテトテとカルデア内の廊下を駆け去っていく。

 自由なフォウの振る舞いにイサクは頭を掻きながら一息吐く。

 

「やれやれ……」

 

「大丈夫ですか?」

 

「ああ、言ったようにいい加減馴れた。と、まあ乱入者(フォウ)のせいで話が逸れたけど、改めて此処が君の部屋ね。言ったように自由に使って良いから」

 

「あ、はい」

 

「そういうわけでオレたちはこの辺で。もう少し親交を深めたいところだけど、オレたちはファーストオーダーがあるしな」

 

 居眠り事件のせいで管制室を追い出されてしまった立香だが、部屋への案内のため抜け出してきたマシュと単純な興味から管制室を抜け出してきたイサクはこれから規定通り任務遂行に当たる。

 

「ここまで案内ありがとね二人とも。任務、これから気をつけて」

 

「ああ、落ち着いたらまた話そう」

 

「それでは先輩、また」

 

 片手を挙げて応えるイサクとぺこりと一礼するマシュ。

 立香を送り届けた二人は揃って来た道を戻っていく。

 再びの会うこと約束して―――。




色々、案はあったけどシンプルに公式の藤丸立香ちゃんで名前は落ち着きました。
因みにクォーター設定はオリジナル。
ドイツなのは彼女が武内曰く、「女体化した衛宮士朗」というコンセプト的に。





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航路は定まる

新しい紙幣に渋沢栄一が選ばれたそうですね。
これを期に誰か金銭流通を利用した全く新しい聖杯戦争とか書いてくれないっスかね。例えば、経済学系の英霊召喚してお金の流れで勝敗決める的な。

エルメロイⅡ世の事件簿最新刊で明かされたハートレスの手段と聖杯戦争を悪魔合体させた話……面白そうじゃね?
ほら流通もまた霊脈に通じる巨大な流れだし。


聖杯的な魔力エネルギーは十分だと思うしネ!



 数刻前―――。

 

 四十九部屋の個室。これより始まるファーストオーダーがため、その部屋の主は殆どが出払い、人気は皆無。ただ一つ、灯りの灯った部屋を例外として。

 

「詰まる所、君達マスター候補というのはレイシフト……人間を霊子化させて過去へ送り込み事象に介入する行為、それに対する適性者のことを言って、君も含んだマスター候補者達の目的は今から十二年前の歴史に確認された特異点の破壊というわけさ」

 

 もぐもぐと口を動かしながら端末の映像混じりに説明する男の名はロマニ・アーキマン。カルデアの医療部門で責任者を務める人物にして、数時間前まで不在だった最後の個室に居座っていた不法侵入者だ。

 

「なるほど―――ところでやっぱり、空き部屋でサボるためとはいえ、乙女の部屋に成る予定の場所に不法侵入とか本当にどうかと思うんですよ私は」

 

「うわああ、まだ言うかい!? それに関してはホントにすまない! 配慮が欠けていたと謝ったじゃないか!」

 

 マシュとイサク。優しい同僚と別れた彼女は早速、割り当てられた個室の扉を開けて中に入ると……ゆるふわな雰囲気の不法侵入者と遭遇した。

 

 本来は立香のベッドとなる場所には見知らぬアイドル動画を垂れ流し、饅頭を摘みながらポケーと白衣の男が居座っていたのだ。

 

 当然立香は悲鳴をあげた。何故か男―――ロマニも悲鳴をあげた。

 

 そして何やかんや(痴漢騒ぎ)があった後、ようやく身の潔白(ただサボっていた)を証明したロマニは暇つぶし(サボり続行)を兼ねて、知識に乏しい立香にカルデアと言う機関と今回のミッションに関する説明をしたのであった。

 

「まあ、それはもう良いとして……聞く限りそれって結構危険じゃないですか?」

 

「うん、まあ危険だねえ。何せ、特異点。正しい歴史には存在していなかったはずの地点だ。もしかしたらその時代に存在しない存在や存在してはならないモノがあるかもしれないからね。それも含めて未知数がゆえの特異点だ」

 

「……ですか、マシュとイサク大丈夫かなぁ」

 

 所詮先日まで一般人でしかなかった立香にとってスケールも責任も大きく感じる今回のミッション。その概要を聞いて知り合ったばかりの友人二人を心配する。

 すると、立香の口から出た名前にロマニは驚いたとばかりに声を上げる。

 

「案内されたって言ってたけれど君はマシュとイサク君に案内されたのかい?」

 

「ええ、あれ……言ってませんでした?」

 

「聞いてなかったよ。でもそうか、マシュはともかくイサク君も? 彼の性格を考えて大事なミッションのブリーフィングを放置するなんて有り得ない筈なんだけどなぁ、むむむ……」

 

「イサクって、そんな真面目な人なんですか?」

 

 唸るロマンに立香はふと覚えた疑問を問いかける。

 第一印象からして何処かマイペースな青年が真面目と言うのがどうもイメージとして結びつかなかったのだ。

 

「うーん、真面目かといわれれば結構な頻度で居なくなったり、勝手に行動したりと割かし不真面目なんだけどね……ただ今回のような人類の明日に関わるような事件やその対策何かになると態度が変わるんだよ」

 

 例えば今回のような。人類の存亡に関わるようなカルデアの本分たる役目に徹する時だけ、イサクは普段とは別人染みた態度で事に臨む。

 

「そうなんですか」

 

「うん。カルデアはその使命として人類の未来を保障するというところだけれど、彼ほど忠実にその役目を全うしようとしている人材を僕は他に知らないよ。それこそ、マスター候補の誰よりもね。彼がサボるときは大概、その使命に関係ないときだし、サボった時も大体はシミュレーターを使った模擬戦闘訓練しているしね」

 

「なるほど、なんていうかカルデアの役割にしか興味ないって感じなんですね」

 

「そう、多分だけど。人類の未来を保障するという役目をカルデアが帯びていなければどんなに強引に此処へ連れて来ようとしたところでマスター候補として此処に立っていることはなかったんじゃないか、そう思えてならないよ」

 

 所詮、まだ友好が浅いせいか、やはりロマンの方がイサクに関しては詳しいようだ。それにロマンの評は聞けば聞くほど受けた第一印象からは想像できないものである。

 

「うーん、やっぱりイメージと違うな……」

 

「……あー、ちょっと僕の私見を語りすぎたかな。白状すると、これは僕が受けた印象であって彼に付いてそう詳しく知っているわけじゃないんだよ」

 

 ポリポリと頬を掻いて申し訳そうに言うロマン。

 

「彼の場合は特例中の特例でね。Aチームが招集された後にAチームに後から招集された魔術師だから、同じAチームでもそう詳しく知っている人はいないはずだよ」

 

「え?」

 

 立香は思わず意外だとばかりに声を上げる。

 マシュと親しげに話していたし、幾らか同じメンバーらしい名前も挙がっていたので付き合いがそれなりに長いと思っていたのだが……。

 

「彼は前所長……マリスビリー・アニムスフィアが直々に連れてきた人材らしくてね。ああ、らしいというのは彼の存在がマリスビリーの遺言とともに語られ、彼の死後にカルデアに現れた魔術師だったからだよ、合流したのもつい最近なんだ」

 

 当初は存在しなかったイレギュラー。

 それがイサク・ラフマーンという魔術師だった。

 

「実際、僕らも最初は面食らったよ。あの(・・)イサク・ラフマーンが此処カルデアのマスター候補としてAチームに加わるなんてね」

 

「それはどういう―――」

 

 ロマンの意味深な言葉に立香は不思議そうに問いかける。あの、とは……それほど通りのある人物だというのだろうか、あの優しそうな青年は。

 

 だが―――その疑問は今この場においては氷解することが無かった。

 問うた言葉とともに轟音が、衝撃とともにカルデアを襲った―――――。

 

 

 

 

  ―――世界が燃える夢を見た。

 

 過去現在未来の一切を問わず、終わったはずの歴史、忘れ去られた記録すら炎の渦に飲まれる。三千世界の悉く、一切例外はない。

 

 母恋しい父恋しいという童の悲鳴は届かず、無情な民は逃げ場の無い袋小路で次に来る死を予見して泣き叫ぶ。怒り、嘆き、慟哭、充満する負の感情。

 

 ―――その光景を喝采するように『悪』がいた。

 

 歓喜の声は嬌声の如く、哄笑は黒煙に曇る天上に。これがお前たちの末路だと一方的な好悪で身勝手な善意を振りかざす。

 

 ―――其の名は『憐憫』、人が持つ巨悪の性。

 

 悲劇に満ちた、惨劇に満ちた、世界を憂い。歪な形と弾劾し、一方的な手切れを突きつけた。宣戦布告と同時に全てを終わらせ、勝利宣言とともに新たな歴史が始まる。

 

 ゆえにこそ―――。

 

「まだだ……」

 

 燃える大地に単騎(ひとり)。見惚れるような輝きがある。

 

 犠牲は最小限度でなければならない。

 犠牲は最大効率でなければならない。

 犠牲は最低数値でなけれなならない。

 

 嘗て正義の味方(機械のような人間)は言った。

 十を生かすために百を殺し、千を殺すために百を殺す。

 

 しかし―――その式は間違えている。

 

 人の視点で眺めたが故に不必要な犠牲も勘定されている。真に払うべき犠牲の数を算出するにはより広義的な人類にとってという視点が不可欠だ。

 

 故にこそ―――次なる正義の味方(人間のような機械)は人類にとって害になるものを善悪を超越して殺した。

 

 しかし―――その式は間違えている。

 

 決定的滅びを回避するために殺すというが、そもそも介入せねば滅びるという状況が成立している時点で失敗している。正義の味方とは最も効率よく、最低限の犠牲で、切除するべき数値が最低でなければならない。

 

 故に必要な答えはただ一つ。

 犠牲を払わねばら無いならば、その要因のみを殺せ。

 滅びを回避するためならば、そもそも発生させなければ良い。

 

 そもそも彼らは間違えた。

 誰かの幸せを見るのが自らの幸せ?

 

 笑止―――正義の味方とは滅私奉公。

 即ち、他者救済を以って自らの幸せを願う時点で間違えている。

 

 正義の味方に救いは無い。

 正義の味方に希望は無い。

 正義の味方に幸福は無い。

 

 救いを望むのも、希望を抱くのも、幸福を得るのも、まだ見ぬ誰か。

 ならばこそ、大儀がためにこの世で最も許されざる所業を成す正義の味方に―――それらを抱く権利はなし。

 

 故に、故に、だ。

 

オレが(・・・)変わりに(・・・・)なってやるよ(・・・・・・)

 

 よって彼の名は定まった。

 この世で最も許されざる人類悪。

 (じんるい)を生かすため、(じんるい)を轢殺する超新星。

 

 一人目は間違えた。二人目は手折られた。

 ならばこその三度目の正直。

 

 今度こそ、か弱き民を救うため。

 今度こそ、明日に光を齎すため。

 

 憐憫の獣に共鳴して、地獄に生まれた新たな獣が新生する。

 照らす地平に闇は無く、遍く光があらゆる闇を一掃する。

 人類の多様性(悪性)を許さない絶対不当の輝きは正義であり悪。

 稀代の獣殺しでありながら自身もまた獣。

 

 ―――では英雄譚を語るとしよう。

 

 

………

……………

…………………。

 

 

 ―――何処だ、ここは……。

 

 その地獄を眼先に()の意識は浮上する。過去現在未来を焦がす普遍にして絶望の業火。星の新生を寿ぐ闇の輝き。地獄の住人は凄惨たるその光景を前にしかして動揺することなくただ戸惑う。

 

 ―――愚かな。視点が低い、見込みが甘い、だから詰めを誤る。

 

 轟ッ! と火の勢いが苛烈になる。

 だが、それは世界を燃やす火ではない。

 ただ一人、この世で最も許されざるものをひたすらに炙る赫怒の業火であった。

 

 ―――悪とは巨大であり、強力であり、狡知なるもの。小悪であるから? 未知であるから? 見極める努力を怠った時点で貴様の負けだ。

 

 赫怒の声が咎めるように非難する。

 そうして思い出す。直前の記憶を。

 

 ―――そうか、僕は……。死んだのか? 

 

 ただ一人を弾劾する声に僕は掻き毟りたいほどの後悔を噛み締めながら言葉を吐く。

 

 

 

 特異点F。

 

 カルデアが観測した未知の時代。2015年の未来において、本来存在するべきはずの無い領域は、将来的に人類の未来を枯らす異物と見做された。

 

 人類の文化が近い将来、潰えることを既に観測していたカルデアは、原因不明の滅びの正体をこの特異点Fだと仮定。これを調査、取り除くために四十九人のマスター候補は選ばれ、人類を救うために立ち上がった。

 

 そして、そして―――。

 

 ―――そして、レフ・ライノールの裏切りにあった。

 

 近未来観測レンズ《シバ》を作り、カルデアの活動に貢献した稀代の技師はしかして人類の破滅を望む獣の爪牙であった。

 四十九人のマスター候補は、カルデアの管理者たるオルガマリー・アニムスフィアとともに爆破という呆気ない殺傷手段によって残らず微塵と吹き飛ばされた。

 未来を担うための、希望ごとあっさりと。

 特異点に飛ぶため入ったレイシフト用のコフィンは一瞬で棺桶に早変わりしたのだ。

 

 

 

 ―――貴様は感じていたはずだ。奴の邪悪を、悪の気配を……お前はそれを見逃した。お前はそれを杞憂と受け入れた。その隙こそが連中を付け入れた。

 

 そう、悪とは卑怯であり狡知だ。

 一片の影、一片の隙さえあれば、嬉々としてその間隙を縫ってくる。

 

 ―――ああ、あぁぁあぁ……僕は……僕は……失敗したッ!

 

 僕は後悔に声を荒げる。

 だが、オレ(・・)だからどうした(・・・・・・・)と赫怒に濡れた声を上げる。

 

 ―――いいや、まだだ。奴は生きている。悪は存在している。ならば、まだだ。まだ終わっていない。終わって(・・・・)良いはず(・・・・)無いのだから(・・・・・・)終わらないのだ(・・・・・・・)

 

 レフ・ライノールの目論見に気付かなかった。

 結果として四十九人の救世主は残らず灰になった。

 

 だから? それがどうしたというのだ?

 

 レフ・ライノールは生きている。

 暗闇でほくそ笑みながら、望んだ通り事が運び喜んでいる。

 悪がいる、悪が生きている、悪が笑っている。

 

 ならばこんな所で死んでいる余裕は無い。

 ならばこんな所で死んでいる暇は無い。

 

 ただ一言、言えば良いのだ。そう……。

 

 

 

()()()ッ!! オレは終われない!」

 

 宝具解放(・・・・)―――安息の闇からイサク・ラフマーンは地獄へと帰還した。

 

 




では、英雄譚の幕を上げよう。
サカシマに廻れ、英雄よ。



―――最近、シルヴァリオシリーズの汚染がヤバイ。なんか全部、侵食されている気がする。この間も別サイト用のプロットで戦闘狂の悪役書いてたらいつの間にか本気おじさん的なものになってたし……。憧れた奈須さんの作風イメージは何処へ?
もう原型が『―』の多様(現在はただの癖)しか残ってないし。

テンプレ勇者に本気おじさんぶつけんのは駄目だろ……。


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そして戦場へ

沖田オルタ当たらねえし(三十連爆死)……。

まあ代わりに書文先生が来たから完全に爆死とは言い難いけど。
何故、コラボイベントのキャラは一体も当たらんのだ。
カーマは出たのに……。




……ん? それのせいか?


 瓦礫の海。

 カルデア内に響き渡った警報を聞いた立香とロマニが管制室で見た光景の感想だった。

 最新鋭の技術と魔術で構築されたレイシフト様の空間は、天上は崩落し、床は抉れ被害の物々しさを語っている。また中央管制室……レイシフトをサポートするためにレフ教授含む、サポートメンバーが詰めていた部屋などは辛うじて幾らかの機材は生きているものの、こちらも負けずに被害を受けている。

 

「これは……」

 

「酷い……」

 

 その光景に愕然とする二人。

 特に先日までただの一般人であった立香の方はショックがロマニと比べてショックが大きかったらしく身を固めて呆然としている。

 

「―――アーキマンに立香()か丁度良い」

 

 その声に二人は弾かれたように再起動をする。

 瓦礫の奥から一人の男が……イサク・ラフマーンが傷だらけの少女、マシュ・キリエライトを横抱きにして現れた。

 

「イサク! 無事だったんだね!」

 

「まあな、こちらは何とか。ただマシュの方は血を流しすぎている。この通り、見てくれは応急手当で無傷に見えるだろうが……できれば彼女を医務室に運んでくれないか」

 

「わかった! 私に任せて」

 

 立香は強く頷いて意識の無いマシュをイサクから横抱きに受け継ぐ。

 続いてイサクはロマニの方に目を向ける。

 

「それからアーキマン。発電所施設に行って非常電源を発動させておいてくれ。たまたま近くにいたマシュはこの通り何とか救助したが、他のメンバーは間に合わなかった。辛うじて生きていた管制室の機能で凍結処理を施したからこちらも無事とは言わないが……」

 

「発電所の方も出火……というより管制室の様子を見る限り爆破されたようだからね。分かったそっちは僕が請け負おう君は……」

 

 どうするんだい、と視線で問うたロマニに間髪入れずにイサクが答える。

 

「レイシフトでこのまま特異点Fに飛ぶ」

 

「なっ!」

 

 驚愕を顔に浮かべるロマニ。

 素人である立香はその無茶振りにピンと来ていないのか二人の顔をキョロキョロと行ったり来たりに眺めている。

 

「む、無茶だッ! コフィンも管制室の支援も無しに特異点へのレイシフトなんて! それがどういう事態を招くか分からない君じゃないだろう!」

 

「だが、事態は刻一刻を争う。アレを見ると良い」

 

 そう言って鋭い視線を背後に、部屋の奥に鎮座するカルデアが誇る地球環境モデル『カルデアス』へと送る。

 釣られてロマニと立香は『カルデアス』を見て……愕然とした反応を示す。

 

「カルデアスの灯りが……」

 

「馬鹿な……」

 

 『カルデアス』の光が消える。それが示すところは、つまり……。

 

 ―――観測スタッフに警告

 

 瞬間、無機質な館内放送が無情な現実を語る。

 

 ―――近未来百年までの地球において 人類の痕跡は 発見できません

 

 それは、

 

 ―――人類の生存は 確認 出来ません。

 

 あまりにも明確な、

 

 ―――人類の未来は 保障 出来ません。

 

 滅びの宣告だった。

 

「理解したな? そういうわけだ。無茶無謀は承知、それでも時は一刻を争う。それにアーキマン、お前ならば分かるだろう? 今のオレ(・・)ならばまだ余地がある」

 

「ッ……?」

 

「えっと……」

 

 泰然とするイサクと葛藤するように拳を握りこみ唇を噛み締めるロマン。

 事情の分からぬ立香は完全に蚊帳の外だが、どうにも二人には共通して知る事情があるらしい。

 

「わかった……()に任せよう。但し、彼と一緒に必ず無事に帰ってくること。それが容認できないなら、僕は承認できないよ」

 

「善処しよう。オレからしたらこの程度でくたばる未熟者(・・・)ならばくたばって良いと思うのだが……」

 

「君は……!」

 

「分かっている。今はそちらの事情を優先しよう。そら、時間が無いのはお互い様だぞ」

 

 言うとイサクは皮肉気に笑い、ロマニと立香の横をすり抜け管制室の入り口……厳密にはその扉に手を掛ける。

 

 ―――中央隔壁 封鎖します。

 

 ―――館内洗浄開始まで あと180秒です。

 

 放送するや否や閉まり出そうとする中央管制室の扉だがイサクが手を掛けているため食い止められる。

 分厚い特殊合金で出来ている隔壁のため働く力は相当なはずなのに片手一本、傍から見れば力も対して込められてないだろうにギギッと擦り切れるような金属音が閉鎖がイサクによって喰い止められている事を証明している。

 

「どうする……?」

 

 肩を竦めながらロマニを見るイサク。

 ―――先ほどから感じていたことだが、その雰囲気は立香が知る彼のものと大きく異なっている。

 

「……立香ちゃん、君はマシュを連れて医務室に向ってくれ。僕は発電所の非常電源の切り替えをしてくる」

 

「ドクター!? 良いんですか!?」

 

 ロマニの言葉に傍観者だった立香が声を上げる。

 だがロマニは首を振って苦渋の決断だという風に最終判断を告げる。

 

「この場ではそれが最善だと僕は判断した。イサク君……極力無茶な行動、無謀な賭けはしないでくれ。それから何度も言うけど必ず……」

 

「皆まで言うな。分かっているさ」

 

 ククッと笑うイサク。……態度のせいでイマイチ信用なら無いが、少なくとも進んで約束を破るつもりはないだろう。

 

「というわけだ。マシュは頼んだぞ立香()

 

「……イサク」

 

 心配げな表情を浮かべる立香。

 しかしその表情もすぐに消し、真剣な表情で、

 

「必ず、必ず無事に返ってきて」

 

「善処しよう」

 

「じゃあ駄目」

 

「ふむ……」

 

 おどけた答えをイサクが言えば即座に返ってくる否の声。

 声を荒げたわけでもないのにその真剣な威の籠もった声にイサクは少々驚いたという風に目を見開いた後、

 

「了解した。可能な限りの最善を尽くそう、それで構わないな?」

 

「うん……気をつけて!」

 

 イサクの答えに強く頷いて背を向け走り出す立香。

 思うところは色々あるだろうに振り返ることはしなかった。

 その後をロマニも追うようにいく。

 

 二人を見送ったイサクは扉から手を離す。

 すると、まるで押さえつけられていた鬱憤を晴らすようにガシャン! という音を立てながらあっという間に内と外を遮断する隔壁。

 

「………」

 

 扉が閉まったにも関わらずイサクは一人、閉じた扉を眺めながら、不意にクッと笑い出した。

 

「どこにでも居るものだな強い人間は」

 

 ―――ああ、()も尊敬を覚える。

 

「そうだな、とてもオレたち(・・)には真似できない。良き人、というのはああいう人間のことを言うのだろうよ」

 

 ―――だからこそ、ああいった人間を食い物にする悪を、邪悪を、許してはならない。

 

「然り、では第一の試練を始めよう。とはいえ、このようなものは本来試練とさえ呼べないのだがね。邪悪を排するは正義の味方の大前提。ただの作業だ。この程度でくたばるのなら……そもそもその資格はない」

 

 ―――分かっているさ。

 

「ならば良し。何―――たかが世界を救うだけだ。何の問題もあるまい」

 

 その声を最後にイサクは目を瞑る。

 そして……。

 

「ああ、何の問題も無い」

 

 視線に鋭い意思を乗せながら光無き『カルデアス』を睨み付ける。

 

「こんなところでオレは止まれないんだ」

 

 

 ―――レイシフト 定員に達していません。

―――該当マスターを検索中……。

 

 ―――発見しました。

 ―――適応番号13番 イサク・ラフマーン をマスターとして再設定します。

 

システムボイスが告げる。

 肉体を霊子化して適合者を過去に送り込む……科学と魔術によって誕生した『魔法』へ踏み込む奇跡が実現する。

 

 ―――霊子変換を 開始します。

 ―――アンサモンプログラム スタート

 

 目標、特異点F。

 場所は西暦2004年の日本のとある地方都市。

 本来の歴史には存在しない異物。

 

 ―――全工程 完了(クリア)

 ―――ファーストオーダー 実証を 開始します。

 

 意識が遠くへと飛ぶ。肉体が現実を乖離する。

 人類初の試み、レイシフト。

 人類史を救うための時間旅行が敢行された―――。

 

 

 

 

 ―――気付けば、一面の火の海にイサクはいた。

 

「……つくづく、オレはこの光景に縁があるな」

 

 所詮、地獄の住民と言うべきか。

 降り立ったその場所、特異点Fこと『冬木』の地は炎上都市とでも評すべき様相となっていた。

 

 乱立するビル郡はなるほど、此処が都市部であった名残だ。

 より便利に、より快適にと整備された街は確かに地方都市らしい。

 

 だが……燃えているのだ、悉くが。

 

 消えぬ炎とばかりに煌々と輝く火によってビルは黒ずみ、空には黒煙がギッシリとつまっている。道路にはバスや自動車が無造作に転がり、こちらもまた漏れなく炎上している。

 既に街には人の気配は無く、その光景はさながら死の都(ネクロポリス)とでも言うべきか。最も死の街というには静けさから程遠い雰囲気だが。

 

「さて……」

 

 見渡す限りの炎、炎、炎……。

 特異点消滅の使命を得て訪れたイサクだが、今のところ特異点と化したであろう原因でありそうなものは見つからない。

 この地獄のような光景だけで、この街が尋常ならざる事態であるのは理解できるが、そもそもこの原因が分からない。

 少なくともこの時代の日本では街一つが燃え尽きるような大事件は起こっていないはずだ。

 

「つまり、この事態を引き起こしたモノが、此処が特異点となった原因と言うわけか」

 

 ふむ、と顎に手を当てて思案するイサク。

 このまま足で原因を探し回っても良いが、そう時間があるわけではない。

 既に現実、彼の生きた2015年のカルデアでは人類史の終わりが確約されてしまっている。早急な事態の解決が要求される以上、余り時間的余裕は無いだろう。

 

「まずは霊脈から調べてみるか? これだけの光景だ。何処かの国のミサイルが着弾したとかならともかく、現代兵器の助けも借りずにこの光景を作り出したなら十中八九魔術がらみ。大魔術か、どこぞの聖遺物かは知らないけれど、これだけの影響を出すモノなら霊脈にも影響が出ているはずだし……」

 

 惑星の血液とも評すべき巨大な魔力の流れである『霊脈』……この異常事態を解決するに当たって調べるべきはまずそれだろう。

 解析は門外漢だが、簡単な場の解析と言う基本的な技はイサクにも使える。

 

 

 

 決めたのならば即行動。

 イサクはよしと自らを鼓舞して、霊脈を調べるに丁度よさ気な場所を探すため走り出した。

 ―――そうして走り出してすぐに遭遇する。この地獄の住民に、生存者ならざるものたちに。

 

「?」

 

 ふと、違和を覚えて足を止める。ガシャ、ガシャと規則的な断続する音。

 可笑しな話だ。この街に人の気配はしないと言うのに。

 

「………」

 

 敵か、とイサクは両手に黒塗りのナイフを構え、即座に魔力回路に魔力を注ぎ込む。いつでも戦闘開始可能な臨戦態勢。

 交差点の真ん中、四方に絶やさず気を向けながら油断なく構える。

 

 しかし、そんなイサクの緊張とは裏腹にやがて、規則的な音は気のせいだったかのように消える。

 

 ―――杞憂だったか?

 

 或いは緊張のし過ぎで幻聴をと、思いかけていたその時だった。

 風を切る音……まるで何かが落下してくるようなとそこまで考えた時、イサクは反射的に後方へ避ける様跳び退った。

 

「上……!」

 

 ドン、と直前までイサクが居た場所に何かが降り立つ。

 こと此処にいたって状況を把握するイサク。

 音の主はビルの屋上に。そして音が消えたのは屋上から飛び降りたから。

 

 そしてその正体は―――。

 

「骸骨の……兵?」

 

 それは人型だった。

 但し肉は無い。白骨化したそれは臓器も無く、脳も無く、しかして骨格だけで駆動していた。さらに手に持つ剣、槍、弓。

 その有り様はなるほどイサクの言う通り骸骨の兵とでも言うべき姿形だ。

 

 カカッとイサクの言葉に応答するように声無き声で笑うように答える骸骨。

 瞬間、問答無用とばかりにイサクへと襲い掛かった。

 

「使い魔か、亡霊か……どちらにせよ」

 

 敵だ―――。

 イサクもまた即座に応えた。

 

 数は十一、二。武装は剣、槍、弓。

 動きはそこまで俊敏とはいえないが数の不利がある以上、油断して掛かれば背後を取られ死に兼ねない。

 単純な事実として突かれて斬られて打たれるだけで人は死ぬのだ。

 人殺しをするのに魔術と言った超常も、銃火器といった武装も不要。

 原始的な手法で十分人は殺せる。

 

「フッ―――!」

 

 真っ先に飛び掛ってきた骸骨兵の剣をイサクは両手のナイフで受け止める。

 力はさほど強くない。せいぜいが鍛えた成人男性程度。

 魔力で既に肉体を強化しているイサクの身体能力を上回るほどではない。

 

「邪魔だ……!」

 

 飛びついてきた骸骨兵を蹴り飛ばして退ける。

 肋骨辺りを射抜いたそれは鉄の棒で殴打したように呆気なく白骨を粉砕し、骸骨兵は崩れ落ちていった。

 

 カカカと骨が鳴る音。

 一体が破壊されたことで意思無き骸の兵は怒ったように次々と襲い掛かってくる。剣で切りかかる。槍で突く。弓で穿つ。しかし……。

 

「弱い、遅い、温い……殺意が足りないぞ、骸共……!」

 

 動きは単純、能力は標準。であれば、鉄火事場を渡り歩き、日々のトレーニングを欠かさないイサクを捉えられるはずがなかった。

 俊敏な動きで剣や槍を凌ぎ、抜けた先で時にナイフで切りつけ、時に両手足で殴りつけ蹴り抜き、次々と骸骨の兵を破壊していく。

 さらにやや離れた位置取りをする弓の骸骨兵には……。

 

術式完了(セット)……!」

 

『………!』

 

 パチンと指鳴らし。すると、イサクが合図に反応するように超常が現実を侵食する。

 弓の骸骨兵。その心臓部あたりにポツンと黒い小さな球体が現れる。

 同時に黒い球体はまるでブラックホールのように周囲の空間ごと縮小して、空間ごとまるで切り取られたように消滅した。

 

 残されたのは胴体部をまるまる失った弓の骸骨兵。

 骨格の七割を失った兵は、手足と頭蓋という僅かばかりの骨を地面に落す。

 

 魔術詠唱とは極端に言えばただの自己暗示だ。

 故に単純な魔術、使いなれた合図等があるならばその手順は省かれる。

 

 イサクが持つ虚数と言う極めて稀有な魔術特性を用いただけの小規模な空間消滅現象は他の者にとって真似できない所業であってもイサクにとっては銃を構えて引き金を引く程度の単純な業だ。

 故に……視界に捉え、指を鳴らす。それだけで魔術は発動する。

 

 戦端が開かれ僅か二分。

 それだけで骸骨兵は全滅を記した。

 

「……なんだったんだこいつ等は」

 

 正真正銘、物言わぬ骸と化した骸骨兵の残骸を見下ろして呟く。

 イサクにとっては脅威となりえない敵であったものの、こんなものが街をうろついているだなんていう状況事態が異常事態だ。

 誰かの使い魔というには意思が感じられないし、感覚としては亡霊……意思無き力によって動く単純衝動しか有さないそれに近い。

 

「炎上する街、自立駆動の骸骨兵……そして特異点か。生存者か誰かが居れば手っ取り早く話を聞いて済むんだが……」

 

 とはいえ、この生気に欠ける街の惨状を見る限りそれは無理な相談だろう。やはり当初の行動目的であった霊脈調査を自前で行なう方が速そうだ。

 

オレ(・・)はどう考える?」

 

 ―――前提条件に訂正を求める。生者ではないが、生存者ならば存在する。

 

「何―――?」

 

 問うた声に返ってくる予想外の返答。

 その答えにイサクが面を喰らった表情で問い返そうとした次の瞬間。

 

「キャアアア―――――ッ!?」

 

 炎上都市に響き渡る甲高い女性の悲鳴。

 紛れも無く、声の言うとおり生存者の存在証明。

 そしてそれが悲鳴であるということは……!

 

「ッ……!」

 

 ―――迷う暇など無い。

 一目散にイサクはその場所へと駆け出した。




初手から立香とマシュがカルデア居残りというオリジナル展開。
まあ、オリ主が居る時点で正史もクソも無いからいっか!

問題はオリジナル展開をやると途中で続かなくなる場合があるということか。
主に私のせいで。すまない、エタ作者ですまない……!

冬木はきちんと終わらせると約束するから……!(以降続くとは言わない)



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境界記録帯

ふと本作を書くに当たって、序章をやってみた感想。

「あれ? オルガマリーってFGOのキャラだっけ?」



……完全にその存在を忘れていた件。

違うんだ、エルメロイⅡ世の事件簿方が印象深かったんだ。
別に見せ場がなかったからとか、噛ませ犬的ポジだったからとか、私が愉悦してたからとかそういうのは一切関係ないんだ。信じてくれ。

私の好物は四川風麻婆豆腐だけど何の関係も無いから。




 オルガマリー・アニムスフィア。

 

 現代魔術師を統べる大学府『時計塔』に君臨する十二の貴族が一つ、アニムスフィアに生を受けた若き魔術師である。

 その魔術回路、魔力ともに名門の令嬢に相応しい量と質を備えており、順当に時間を積めば間違いなく一流の魔術師として一角の人物となっていたであろう。

 

 本来、彼女が表に出るべき時はもっと先のはずだった。心身ともに成熟し、アニムスフィアを継ぐに相応しい経験と風格を得て、正式に先代……即ち、父であるマリスビリー・アニムスフィアより当主の座を戴いていたはずだった。

 

 先代マリスビリーが不幸にも道半ばで亡くならなければ―――。

 

 

………

…………

……………。

 

 

 ―――ゆえに不幸にも彼女は心身ともに完成しないまま当主の座に、さらには父が進めていたカルデアという組織運用の責任者にまで召し上げられてしまった。

 

「嫌ぁ! 何なのコイツら! 何で私がこんな目に……!」

 

 炎上する冬木の地に悲鳴が響き渡る。

 必死に逃げるオルガマリーの背後には彼女を追跡するように幾つもの骸骨兵が追随する。

 彼女とて、一角の才を持つ魔術師。冷静であれば彼らの迎撃など容易いはずだが、管制室爆破から気付けば特異点に飛ばされ、炎上する都市で骸骨の兵たちに命を狙われるという度重なる状況の変化と不幸の連続に、本来の冷静さなど激情のうちに燃え尽きた。

 ゆえに此処にいるのは魔術師として未完成な、戦場では余りにも非力な一人の女性に過ぎない。

 

「なんで、なんでこんなことばっかり……助けて、誰か、レフ……助けてよ!」

 

 唯一、自分を側で支え続けてくれた最も信頼する魔術師の名を叫ぶものの、まさかその人物が、他ならないこの事態を招いた人物であるとは夢にも思うまい。

 だからこそ絶対に助けに来ないであろうその人物の名を、希望の無い戦場で必死に叫ぶ。

 しかし、それは愚策だ。

 ここは戦場、自ら叫ぶような真似をすれば必然……。

 

「ぁ……」

 

 前方―――新たな敵が姿を現す。

 追ってくる骸骨兵たちとはやや毛色の違う人型。

 本来、頭蓋に当たる部分にはまるで生物の口のようなモノが付いているのみ。特に犬歯に当たる部分などはナイフが如く鋭く尖っている。

 或いは知識ある魔術師ならば竜牙兵(スパルトイ)と呼ばれるギリシャの魔術師が使役する使い魔だと気づけたかも知れないが……。

 ともあれ、そのような予備知識はこと此処に至っては意味をなさない。

 大事なのは新手が現れたということだ。

 

「いや……いやぁ……!」

 

 さらに不幸が続く。

 冷静さを失って必死に逃げ回る余り彼女は周りの状況と言うものを把握していなかった。

 

 ―――地形的不利。

 彼女が今居る場所は本来、冬木にて新都と呼ばれた開発進む都市群と住宅街犇く深山町を繋ぐ巨大な橋……冬木大橋と呼ばれる場所。

 即ちは前後を包囲された彼女に逃げ場が無いことを意味していた。

 

 前方の竜牙兵を突破せねば深山町方面に逃れることは不可能、かといって後退するには骸骨兵たちを蹴散らさなければいけない。

 逃げるにせよ、突破するにせよ、戦わねばならない。幸い、彼女にはその魔術(しゅだん)もある。しかし、それでも彼女は余りにも致命的に……。

 

「イヤァァァ! 助けて、助けてよ……!」

 

 未熟。

 支えなく、自負無く、未完のまま矢面に立たされた女性が手段があるからと言って戦えるはずなど無く、彼女の命運は此処に尽きる―――。

 

 別に、外因が存在しなければ。

 

雨が如く(アッ)()風が如くに撒き散らす(ザーリヤート)ッ!」

 

 穿つ二閃のナイフ。

 それは骸骨兵と竜牙兵のそれぞれ陣営の下に矢が如く落ちてきた。

 

 さらに奇怪な現象が起こる。

 ナイフは両陣営の頭上空間に突き刺さった次の瞬間、真っ黒な球体状の針の筵と化した。

 まるでハリネズミのように、中空へ刺さったナイフが転じて千の針と成ったのだ。そしてその悉くが中心点より広がり両陣営の兵たちを串刺しにした。

 

「ぁ……この、魔術……」

 

 あまりにも不条理な現象。

 あまりにも奇怪な現象。

 

 しかし幸い、彼女にはその正体とそれを行使する事が可能な人物に心当たりがあった。

 魔術の名は虚数。『無いが在る』とされるただ有するだけで『時計塔』でホルマリン漬けにされかねない『封印指定』級の魔術属性。

 そしてそんなレアな能力を有するものなど世界広しと言えどそうはいない。まして、この状況で虚数魔術を行使できる人間など限られる。

 

「ハッ、ハッ―――フゥ……何とか間に合った!」

 

「イサク……ラフマーン……なんで、貴方が此処に……」

 

「……まあ色々と事情がありまして。とはいえ、兎にも角にも無事なようでよかったですよ、所長」

 

 無残にも串刺しにされた骸骨兵の影から現れた褐色肌に黒髪の魔術師……稀少な虚数属性の魔術を操るオルガマリーの父が直々に呼び寄せたというAチーム最後の合流者。

 

 『外法狩り(スケープゴート)』イサク・ラフマーンが、安堵の微笑とともに現れたのだった―――――。

 

 

 

「―――なんて、格好がつけられればいいんですけど、ねッ!」

 

「え? きゃッ………!!」

 

 だが、助かったことへの安堵や予期せぬ再会に言葉を交わす暇も無く、問答無用とばかりにオルガマリーを横抱きにイサクは魔力で強化した肉体の性能に任せて全力で駆け出した。

 

「ちょ、ちょっと何するのよラフマーンッ!! こんな……降ろしなさい!」

 

「いや、できればこっちも情報交換とかその他諸々落ち着いて話したいこととか幾らでもあるんだけど……格好良く助けに来るつもりがミイラ取りがミイラになったというべきか、ともかく危機は全く脱せてない。ていうか、主にオレのせいで悪化した」

 

「何を言って―――」

 

 困ったという表情で不明瞭な言葉を口ずさむイサクに助かったは良いが、今に至るまでの諸々のストレスで普段以上に短気なオルガマリーは問いたださんと語気を荒げる。

 

 だが、その言葉は最後まで続かない。

 何故ならば……。

 

「チッ、腐っても英霊(・・)。それもライダーのクラスとエンカウントするとは我ながら運が無い……」

 

「―――おや、増えましたね。とはいえ、やるべき事には変わりはありません。単に殺すべき獲物が一匹から二匹になったというだけのこと……鬼ごっこは終わりですか? 若き魔術師?」

 

 イサクを追いかけるようにして現れた新たな人影。

 それはフードを深々と被った長身の女性だ。

 僅かに窺える顔立ちはやや陰気な影を帯びているものの、豊満な肢体と端正な顔立ちはそれこそ、その辺のハリウッド女優に勝らぬとも劣らぬ美形である。

 

 最もその美貌に浸る余裕があるものなど、そうは居まい。

 何せ、妙齢のその美女は、今にも射殺さんとばかりに殺気立ち、両手には鎌のような奇怪な形の武器……ハルペーと呼ばれるものを構えている。

 

 隙の無い立ち振る舞いだ。間違いなく素人ではあるまい、否、そこいらの達人とてこれ程の威を放つことはないだろう。

 まして、肌に伝わってくる緊張は、さながら標準装備のままに戦車と向き合っているかの如き錯覚を得るほど……隔絶した実力差だ。

 

 イサクは知っている。

 オルガマリーもまた嫌がおうにも気付いてしまう。

 

 彼女こそ、人類史に名だたる最高クラスの存在。

 遥か過去に存在しながら人類史に今尚その名を刻む存在。

 魔術世界における最高位の使い魔―――!

 

「さ、サーヴァントですって……!?」

 

 ―――サーヴァント、クラス・騎乗兵(ライダー)

 唇を舌で濡らしながら獲物を前にした蛇のように戦慄するオルガマリーに彼女は笑いかけた。

 

「フッ、そうです。私はサーヴァント。クラスはライダー……さあ、どうしますか? 貴方の抱える女性はまさに諦めたというご様子ですが……?」

 

「なんの、まだまだッ!」

 

 その遭遇に絶望的な声を上げるオルガマリーと反して、イサクはライダーの挑発に獰猛な笑みを返す。

 そして跳ねるような勢いで走り出し、ライダーから逃れんと疾走する。

 

「ふふ、活きの良い獲物ほど仕留め甲斐があるというもの……貴方の勇気に免じて、貴方は、優しく殺してあげます」

 

「悪いが此処でくたばっていられる余裕は―――」

 

 イサクを背後から追跡しだしたライダーの軽口に、イサクは片手でオルガマリーを抱き寄せ、開いた片手に一つの鉄塊―――手榴弾を構えながら……。

 

「―――ない!」

 

 投擲。

 目測過たず、ライダーに目掛けて低い放物線を描いて飛ぶ手榴弾。

 だが、その凶器を目の前にライダーは回避も防御もせずただただ笑みを深めるのみ。

 

「悪あがきですね。そのような攻撃がサーヴァントであるこの私に効かぬと、先ほど貴方は経験したでしょう」

 

 今は魔力を用いて実体化しているものの、サーヴァントは基本、霊体である。

 傷つけるには魔力を用いた攻撃、魔術を用いるか、魔眼や超能力といったその枠に類する異能。もしくは同じ霊体で当たる等、方法は限られる。

 

 物理的な攻撃。近代兵装ではサーヴァントを倒すことは愚か、傷つけることすら不可能。それは接敵から様々な方法でライダーを振り切ろうとしてきたイサクならば分かっているはずだ。

 

 しかし、此処に来て手榴弾。

 通じぬ一手を打つとは最早、万策尽きたということだろう。

 その真実を思い、ライダーは余裕の笑みを浮かべて、

 

「さて、それはどうかな……?」

 

 

 その余裕こそを―――イサクは笑った。

 

 

「なっ―――ガ……!」

 

 光が視界を染め上げる。

 爆発の熱量とともにライダーを直撃する衝撃波。

 ありえないことにその攻撃はライダーに通用していた。

 

 直撃とはいえ、サーヴァント。

 極めて強力な魔力によって構成される肉体はたかだが爆発程度ではさしたるダメージを負わない。

 

 だが、傷付かない肉体に反して致命的だったのは五感だ。

 視覚、聴覚といった感覚器官。

 イサクとオルガマリーを追跡する上で何よりも重要な情報器官の全てが、手榴弾の爆発とともに丸ごと乱される。

 その衝撃は感覚器官をミキサーされるような気持ち悪さの如く。

 

 ―――よってこの僅かな隙にライダーはイサクらを見失う。

 格下の鼠は、この瞬間、猫の視覚に入り込んだのだ。

 微かに機能する感覚器官が遠ざかる彼らの気配と声を拾う。

 

大当たり(ビンゴ)だ! 対霊仕様の霊障爆弾! やっぱり一定数の効果は見込めたかッ!」

 

 慎ましい勝ち鬨を上げながらイサクは全力で離脱する。

 そう、手榴弾と見えたその正体はイサクが魔術によって自作した霊体に対してダメージを与える霊障爆弾と呼ばれるもの。

 雑霊風情ならば一撃で散らすことも出来ただろうが、最高位の使い魔が相手では流石に目立った傷を与えることはできないだろう。

 

 しかし、足止めならば話は別だ。

 霊体を直接害するその攻撃ならば或いは、と見立ては見事に的中。

 

 そして鉄火事場を歩き回ってきた百戦錬磨のイサクがその隙を見逃すはずなど無く、僅かな足止めを以ってしてライダーからあっという間に逃亡する。

 使用するは虚数魔術を用いた空間の湾曲。

 これならば機動力で圧倒的に勝るライダーとて追跡は困難。

 よってイサクらはライダーの知覚範囲外に逃げ果せる。

 

 ただ一人残された、獲物を逃がした蛇は静かに、しかし確かな怒りを言葉に乗せて……。

 

「おのれ……ッ!」

 

 見事、逃げ切った鼠を思い、身を震わせた。

 

 

 

 

「何とか逃げ切ったか……」

 

 深山町……住宅が所狭しと並ぶ閑静な町。

 その中でも特に異質な武家屋敷染みた大きな家に身を潜めながらイサクは追跡者の気配がないことに、安堵とともに胸を撫で下ろした。

 

「とりあえずは安全地帯だ……で、今にも色々言いたげな所長殿。言いたい事があるならば遠慮なくどうぞ」

 

「言いたい事だらけよッ!」

 

 キィンと耳鳴りがするほどのオルガマリーの声にイサクは思わず反射的に耳を塞ぐ。

 

 ―――因みに余談だが、この武家屋敷は魔術師が済んでいたらしく、壊れた結界が残っていた―――ので、それを再利用して結界を再構築したために防音程度はバッチリである。

 

「私の、私のカルデアはどうなったの!? なんで私が特異点に居るのよ! それに何でアンタだけが此処に居るのよ! 他のメンバーは―――」

 

「カルデアは爆破されましたよ。管制室と発電施設、どちらも壊滅的と入って良い被害です。お蔭でオレ以外は全員凍結処理をしなければ命が潰えるほどの重症でした」

 

「なッ―――そん、な……」

 

 イサクの無情な報告にオルガマリーは膝から崩れ落ちるようにして呆然と座り込む。

 そんなオルガマリーに若干の憐れみを覚えながらもイサクは次いで口を開く。

 

「傷心のところに申し訳ないが、事は緊急を要します。現在、壊滅的被害を受けたカルデアでドクター……ロマニが復旧作業を行なっていますが……。言ったようにマスター陣は勿論のこと、カルデア職員の方にも大きな被害が出ていますから」

 

 レイシフトをするに当たって、通常レイシフト先での管制室からのバックアップは必須だ。

 レイシフト先での存在証明は勿論のこと、不測の事態の際には強制的にカルデアからの操作で緊急離脱(ベイルアウト)を行なうし、まして調査地はまだ見ぬ謎の特異点。

 何が起こっても不思議ではない以上、万全を整えるのは当然だ。

 

 しかし、今回はその万全を整えたが故に、不幸にもカルデア職員はマスターたちと同じく中央管制室でマスターたちのバックアップ、ひいてはモニタリングを行なっていた。

 詰まる所、中央管制室を崩壊させるほどの爆発は彼らの命をもまた、奪い去っていた。

 

 ゆえに現在のカルデアは上が全滅したせいで一時的に最高責任者の立場となったロマニが辛うじて復旧に努めて保っている。

 

「そういう事情ですので、所長の生存は正直にありがたい。オレはこのまま特異点Fの修復行動に当たります。ファーストオーダーが実行可能なマスターは実質オレだけですし、何よりもう一つ、カルデアスの灯が消えてしまっているという最悪の事態が発生していますから。多少の無茶をしてでもその原因と考えられるこの特異点での作戦行動は必須です」

 

「カルデアスの灯が……? そんな異変、まさかこの場所が人類史に点在する致命的な滅亡の選択点だとでも?」

 

「そちらに関してはオレの領域外ですよ。寧ろ、貴女に教えてもらいたいほどです……とにかくそういう事情ですので所長にはこの特異点に関して知っていることを―――」

 

 イサクはこと、見識に関しては自らの上を行くであろうオルガマリーに知恵を乞う。

 オルガマリーはカルデア所長と責任者と言うこともあるが、それ以前に星を読み、未来を観測する、世界でも屈指の星読みの名家に生まれた才媛だ。

 

 この状況に対しても適切な読みと知識があるだろうとイサクは考えた。

 だが、その言葉は中途で途切れさせられる。

 何故ならば先ほどのイサクの言葉を思い出したように、オルガマリーがハッとした様子で勢い良くイサクを問い詰めたからだ。 

 

「……ってちょっと! なんでロマニの奴が最高責任者なのよ! レフ……そうよ! レフはどうしたのよ!?」

 

 レフ・ライノール。

 地球環境モデル『カルデアス』と併用して使うために開発された近未来観測レンズ『シバ』……他ならぬその『シバ』を作った技師こそレフ・ライノールという人物であった。

 

 カルデアでも古参の職員が一人で、マリスビリー亡き後、未熟なままにアニムスフィア家の当主、カルデア所長という二枚看板を背負わされたオルガマリーを側で支え続けてきた人物でもある。

 その信頼はオルガマリーの反応の通り。

 カルデアにおいてオルガマリーが最も信頼する人物である、しかし……。

 

「―――所長、落ち着いて聞いて下さい。レフ教授は……」

 

 そう、現場に居合わせ、辛うじて危機を脱したイサクだからこそ、以前から彼にある疑惑を持っていたイサクだからこそ気付いた残酷な真実―――レフ・ライノール、その人物こそがカルデア爆破の主犯であると。

 

 右腕同然に信用していたであろうものの裏切り。

 その真実をイサクはやや躊躇いながらもオルガマリーに伝えようとして……。

 

 ―――ふと、命の危険に気付いた。

 

「―――殺気ッ!?」

 

 身も凍るような鋭い殺気。

 急ごしらえとはいえ、ここには結界を張り巡らせている。

 骸骨兵や竜牙兵では感知できないはずだ。

 つまり……考えられる原因は、

 

「さっきのライダー(やつ)か……!」

 

 サーヴァント。

 人類史に名を刻んだ最高位の使い魔ならば、現代魔術師の簡素な結界など見破れるだろう。

 まして直前まで逃走劇を繰り広げていたのだ。追いつかれても不思議ではない。

 

「ちょ、ちょっとどうしたのよ、いきなり!」

 

「何者かにバレました! 恐らくは先ほどのサーヴァントです。今すぐ此処を……!」

 

 イサクの想定は確かに当たっていた―――サーヴァント。

 歴史に刻まれた英雄、偉人が英霊という形で現実に現れる現象。

 

 イサクとオルガマリーの命を照準するものは確かにそこに名を連ねる者。

 しかし、それは―――ライダーではなかった(・・・・・・・・・・)

 

 

 

 

 

「―――I am(我が) the bone(骨子は) of my sword(捻れ狂う)

 

 

「………………ぇ?」

 

 辺りに響き渡った呪文。

 それを聞いたイサクはあらゆる行動を忘却して硬直する。

 何もかもが致命的だった。

 

 ―――瞬間、武家屋敷は区画ごと吹き飛ばす爆発に飲まれ微塵と化した。




序章もようやく中盤辺り。次回ぐらいに本格的な戦闘かな?

まあ最も、私がエタらなければだけどね!
本気で頑張るしかないなッ!(本気おじさん並感)

次回も頑張って、

???「メタルゥ、ノヴァ!」


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燔祭の子

我が父よ、親愛なる我が父よ。

信仰を神に示すがため、我が身さえも神へと捧げるか。

ならば良かろう、燔祭の時は訪れた。

私は神に備えられたのだ。これを栄光といわずして何と言う。

信仰の絶対を示すがため、喜んでこの身を炎へ投げ打とう。

ゆえに───繁栄は此処に約束された。犠牲を明日へ捧げよう。


超新星(Metalnova)─────捧げられた血肉こそ(ヤーウェ・イルエ)信仰と繁栄の証なり(ホロコースト)



とかいう詠唱で一作品書いてみたい(小並感)。
因みに上記の詠唱は別に宝具でもなんでもない。
なのでお気になさらず、ただの持病ですので。


 ─────第五次聖杯戦争。

 

 極東はとある地方都市。

 今に魔道を伝える三つの家によって行なわれてきた魔術儀式。

 

 それが、聖杯戦争。

 

 勝者にはあらゆる願いを叶える万能の杯を与えるという謳い文句とともに当事者三家は勿論、多くの魔術師を喰らってきた蠱毒の如き戦い。

 

 此度で都合五度。

 その参加者が一人であるキャスターのマスターは、この戦いを生き抜くための武器にして盾、使い魔にして奇跡の具現たるサーヴァントに問いかけた。

 

 ───遠坂のサーヴァント。アレは一体なんだったのだろうか?

 

 その問いは先刻の戦いにおけるものだった。

 

 『遠坂』。

 マキリ、アインツベルンに並ぶ、この聖杯戦争の元凶にして始まりの家。取り分け歴代でも屈指の優秀さを誇る遠坂の一人娘が側に控えていたサーヴァント。

 

 武器は弓である。

 戦い方は極めて弓兵らしい間合いを取った遠距離での狙撃だった。

 だが───問題は、

 

 ───宝具を使い捨てる英雄など、聞いた事がない。

 

 弓兵はまるで消耗品のように本来、サーヴァントの切り札であるはずの宝具を使い捨てていた。

 壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)。内封する神秘を爆破させることで。

 

 恐ろしきはそのスタイルで居て尚、宝具を補填し続けること。まるで複数、否、無限に宝具を所有しているが如きその戦い方は何れの神話にも、伝説にも、人類史にも存在していない。

 

 未来をも見通す慧眼を持つアニムスフィア家だからこそ、断言する。あの英雄は過去にも現在にも不在していると。その確信に、キャスターは呆気なく同意と答えを齎した。

 

 ───アレは未来の英雄。恐らくは抑止力と契約した何者かだろう。

 

 英霊が記される座には過去も現在も、そして未来に誕生する記録すら記述されている。だからこそ、サーヴァントは未来からも呼び出されるのだと、遥かな世界を見通す最高位の魔術師は言った。

 

 その後、聖杯戦争はより苛烈化し、弓兵は道半ばで倒れた。

 他のクラス、セイバーも、ランサーも、ライダーも、アサシンも、バーサーカーも、参加者の悉くを食い破り、遂にキャスターとそのマスターは万能の杯を手にする。

 

 そのマスターこそ───マリスビリー・アニムスフィア。

 

 苛烈な生存競争の記憶は色濃く残り、大願成就を成し、カルデアを設立した今日日忘れることは無い。そしてだからこそ、思いついたのだ。

 

 英霊を生きた人間と融合させる極めて非人道的な魔術師らしい計画。

 本来は英霊に適合するように生まれた赤子を調整、デザイン・ベビーを作り上げ、その赤子を触媒にサーヴァントをデミ・サーヴァントとして現世に繋げ止めるというのが実験本来の趣旨である。

 

 だが、仮に、仮にだ。未来で英雄になる可能性を秘めた今の人間。

 それを見つけ出し、そして仮にその人間の未来の姿(サーヴァント)を引き当てられたならば……。それは本人であるが故に、過去類を見ない適合率となるのではないか。

 

 それは天文学的可能性である。その人物の未来の姿を引き当てることはともかく、未来において英霊となりうる人物を現世で見つけ出すのは極めて至難。

 可能性は分岐する、未来は一つではないのだから。

 

 しかし、彼はアニムスフィア。未来を憂う、星見の魔術師。

 彼は読んだ、星を、未来を、人類史を、可能性を。

 

 ─────故に、彼は今に目を覚ましたのだ。

 

 

 

 

「───………」

 

 残心。区画ごと吹き飛んだ武家屋敷を見送って、静かに弓兵は弓を下ろした。

 矢は狙い道理に直撃した。不意討ち着弾、回避は不可能。

 ましてや敵手が英霊でもない魔術師程度ならば。

 

 己の仕事を成し遂げた弓兵は背を向ける。

 最早、やるべきことは済んだ。

 此処に居残る理由など無い。

 

 だが……。

 

「………」

 

「───流石。勘が良い。少しの汚れも見逃さないその悪辣さ。掃除稼業は馴れたものだな、お互いに」

 

「─────」

 

 応答は弓矢だった。

 既に仕留めたはずの獲物、生命なきこの場に響き渡った声に、弓兵は即座に反応。練達の動作で弓を番え、打った。

 

 赤い軌跡を描いて飛翔する矢。それはさながら猟犬が如く、弓矢にしてはあり得ない軌道で獲物に噛みかかるように声の人物へと向って飛ぶ。

 

 内包する威力、殺傷力はともに魔術師で防げる域を超えている。高位の魔術師ならば或いは二、三防げるだろうが、それまでだ。

 ただ連射するだけでこの弓兵は、勝負を決めることが出来る。

 

 たかだか魔術師では人類史に名を残し、精霊に等しい存在とその身を昇華した英雄には勝てる道理などないのだから。

 

 ならばこそ……着弾半ばで撃墜された矢は一体どういうことなのか。

 

 穿つ七閃。黒いナイフは飛んでくる矢に対して、鏡合わせのような軌道で一撃一撃を撃墜した。その威力。相殺するだけの力は紛れもなく、弓矢と同等レベルの一撃であった証明。つまるところは、敵手もまた。

 

「つまらん来客かと思えば、さて……君も随分と変り種のようだ」

 

「言うほど変わった背景がある訳ではないさ。そら、よくある話だろう。ピンチで覚醒するヒーローの話は」

 

 翻る黒いコート、褐色の肌、そして灰のように真っ白な髪(・・・・・・・・・・)

 ともすれば弓兵と似姿の男は肩を竦めて言う。

 

「しかしつくづく未熟者め。戦場で気を抜くなど言後両断。ましてその背に守るべき誰かを背負っているとあれば尚のこと」

 

 そういう男の両腕にはオルガマリーが抱かれている。

 爆発の衝撃が影響しているのか、その意識は失われているものの、煤けた以外にその身は無傷、何故ならば、抱えた男が即座に安全圏まで離脱したが故に。

 

「本来ならば万死に値するが、アーキマンの言葉もある。それに今のオレ(・・)ではお前の相手は手に余るだろう───正義の味方を殺すには別の正義が必要だ」

 

「ふん、正義の味方だと? この私をどう見たらその感想が口に出るのかね。参考までに聞いておこう」

 

「ああ、失礼。今の君は例外だった。燃え尽きた正義の味方だった何者か」

 

 素っ気無い口調で言う男。

 弓兵はその言葉を聞き、額に皺を寄せる。

 考えるまでも無く不機嫌である。

 

 そんな弓兵の態度を考慮する間もなく、次の瞬間に男は戦いの火蓋を切る一言を口ずさんでいた。

 

「半ばで倒れた正義の味方であった何者か、その無念と苦渋は図り知れまい。故に同情はしない、共感もしない。だが、代わりにその足跡に報いよう。安心してくれ、オレが代わりに(・・・・・・・)なってやるから(・・・・・・・)

 

「ッ! ─────ほざけ……ッ!」

 

 触れてはならない一線に触れた。

 それは弓兵が発露した激情を見れば一目瞭然である。

 故に男───デミ・サーヴァント、アルターエゴは両手に黒塗りのナイフを構える。

 

 両手指に挟み込んだ八本のナイフは獣の爪のように。

 駆け出す足は荒野をかけるハイエナのように。

 

 サーヴァント同士の戦いが幕を明けた。

 

 

 

 ……先方はやはりアーチャーだ。

 

 未だアルターエゴとの間合いは数百メートル。

 精々が数十メートルだろう投擲武具では超えられない距離の壁。

 しかし、弓で矢を撃つアーチャーにとっては絶好の間合いだ。

 

 否、遠距離を支配する弓兵だからこそ距離を詰められる前に倒す必要がある。

 

「狩り立てろ……!」

 

 打ち放たれる五条の光。

 先ほど見た赤い軌道を描いて獲物へ飛ぶ。

 その矢の名を赤原猟犬(フルンディング)。ある英雄が保有した剣の特性を模した矢である。

 音速の六倍に近い速度をたたき出しながらしかも敵手に着弾するまで永続的に追尾する弓矢。言うまでも無く脅威だ。

 

 それこそ、人間ではどうあっても無駄足掻きほどの抵抗も出来ないぐらいに。

 だが、対するは人間にあらず、サーヴァントだった。

 

「食い荒らせ……!」

 

 瞬間、大地に映るアルターエゴの影が脈動する。

 さながら蛇のように蠢いた影はあろうことか三次元に立体化する。

 

 そのまま影は顎門が如く二股に分かれ、飛んでくる魔弾を影の中に取り込んだ。

 魔弾が闇の彼方へと消えていく。

 

「虚数属性かッ……!」

 

 怪現象にアーチャーが毒ずく。

 流石は英雄、百戦錬磨の慧眼はその正体を見破っていた。

 

 残り、二百。

 

「ならば……」

 

 番える。それはさながら杭のように漆黒の矢。

 狙いを定めて、アーチャーは打つ。

 

「対応が早いなッ、流石……!」

 

 アルターエゴは迎撃ではなく回避を選択する。

 矢の正体に何らかの不利を悟ったのだろうか。

 

 だが、矢は一本ではない。

 如何なる手法か、弓を構えるアーチャーの手に次々と全く同質の矢が補填されていく。二本、三本、四本、五本─────まるで補充に限りが無いように。

 

「チィ……!」

 

 回避し続けるアルターエゴであったが、遂に舌打ちとともに迎撃へと躍り出る嵌めになる。アーチャーを眼前に、円を描くように駆けながら射線を切りつつ接近するアルターエゴだったが、それも限界。

 

 敵手もまた卓越した弓の達人だ。

 如何に的が巧みに動き回ろうが、経験とその視野は即座に補足を完了する。

 

「……ッ!」

 

「ハッ!!」

 

 打たれた矢を、手に構えたナイフを投擲して撃ち落す。

 激突……と同時にアルターエゴが回避を選択していた理由が浮かび上がった。

 

 なんと、投擲したナイフに矢が着弾した瞬間、ナイフが空中に縫い(・・・・・)とめられる(・・・・・)

 

「やはり影縫い……その的確な判断と手数の多さに心底、感心と敬意を覚える」

 

 そう、アーチャーが打つ矢の正体。それは影縫い。

 名の通り影を縫い付ける効力を持つ魔弾である。

 

 アルターエゴの主力武器は他ならぬ己の魔術特性虚数。

 それは手に構えるナイフにすら転用されている。

 何せ、このナイフ自体、虚数属性で形作ったものなのだから。

 

 故に真の姿は変幻自在。ナイフと見せかけたこの一撃は敵に接敵すればあらゆる形に姿を変え、その間合いを侵食する。

 

 だからこそ、虚数……言ってしまえば、『世界の影』とでも言うべきものであるが故に形作るこの魔術属性は捉え縫いとめられてしまうのだ。影を縫いとめるという効果を有するアーチャーの矢に。

 

 早い有効打の選択。そもそも対応策を有すること、即座に有効なその手段を選択できるアーチャーの判断力に思わず、と言った風に感嘆の声を洩らす。

 

 しかしアーチャーにだからと言って容赦は無い。

 連射、連射、連射、連射、連射─────次々と打ち放つ。

 

 残る間合いはおよそ百。

 アルターエゴが攻撃補足を可能とするまで僅かだ。

 故に、距離が詰まる必然として、弾着速度は上がる。

 

 連射、連射、連射、連射、連射─────捉えた。

 

「ぐっ……しまった……!」

 

「───終わりだ」

 

 アルターエゴの足が止まる。

 影縫いの一撃は確かにアルターエゴの影を縫いとめてた。

 その必然としてアルターエゴは行動を失う。

 

 絶好の瞬間、アーチャーは戦いを決する言葉を紡ぐ。

 

I am(我が) the bone(骨子は) of my sword(捻れ狂う)───偽・螺旋剣(カラドボルグ)!」

 

 己に対する呪文(宣誓)とともに放たれる矢は先ごろ、武家屋敷を区画ごと吹き飛ばした一撃。空間に歪みさえ発生させうる推定威力Aランク級の大技。

 

 まして矢先に捉えられるアルターエゴは影縫いにより行動を封じられて無防備。回避は不可能、迎撃は不可能、防御は不可能。

 

 よって───詰み。彼に反撃の一手は存在していない。

 

 故に……次の一手が存在せず、この上なく勝負が決してしまった故に。

 

 条件は此処に満たされた。

 

 

「まだだ」

 

 

 諦めの悪いその一言。

 だが、簡素に呟かれたその言葉にアーチャーはぞくり(・・・)と怖気を覚えた。

 ───同時に悪寒は現実に顕れる。

 

「何ッ!?」

 

 バキンッ、という音とともに影縫いの矢が外れる(・・・)

 何もアルターエゴは変わったことをしたわけではない。

 ただ概念現象として縫いとめられている状態から強引に動いて縫いとめていた要因から抜け出しただけ。

 己に返ってくる負荷を度外視して強引に動き、矢を引きちぎった。事実を述べるならばただそれだけである。ただそれだけを、我が身一つでやってのける。

 

 自由を得たアルターエゴはアーチャーの宝具の射程から逃れ出でる。よって、決戦の一撃は何も無い地帯に着弾。決戦となり得ず。

 

「チィ、ならば……!」

 

 言い表せぬ謎の予感を覚えるアーチャー、それを振り払うようにアーチャーは立て続けに影縫いの矢を穿つ。

 

 残り距離は五十。

 この詰まった間合いでは最早、卓越した弓兵の矢を回避することは不可能。

 迎撃する八つのナイフは、手数不足。

 

 我が身に二本、影に三本、被弾を許す。

 掛けられた概念は単純に先ほどの三倍。

 影縫いの概念はより強固にアルターエゴの自由を束縛する。

 

 己が自力では絶対に脱せぬその束縛。

 故に─────

 

 

「まだだ」

 

 

 ───当然の結末として不条理が起こる。

 

 バキンッと音を立てて引きちぎられる束縛。

 こと此処にいたって、確信する。

 理由は不明、原理は不明、されど、影縫いの一撃はもう効かない。

 

 ならば……。

 

「お前の行為は不愉快だ(・・・・)、爆ぜろッ!!」

 

 燃え盛る街を往く赤い猟犬。

 追尾必中の魔弾を七つ。アーチャーは打つ。

 

「……!」

 

 無言の気合で迎撃に躍り出るアルターエゴ。

 完璧に着弾するタイミングに合わせてナイフを振るう。

 

 刹那……矢が爆発する。

 

 これぞ、壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)

 内包する神秘を解き放ち爆破させる宝具を打ち捨てることで可能とする一撃限りの自壊技。

 本来、宝具を一つ、二つしか保有しないサーヴァントにとっては切り札を自ら捨てる行為だが、宝具の補填が効くアーチャーは例外的にこれを技として利用できる。

 

 回避不能の範囲攻撃。

 宝具という神秘の結晶が爆裂はサーヴァントであっても無事ではすまない。

 だからこそ……。

 

 

 

「こちらも捉えたぞ」

 

 宝具は宝具でこそ、破るのみ……。

 

 アルターエゴの体が青白く輝く─────。

 

「ガッ………!!?」

 

 ─────瞬間、勝負は決まっていた。

 

 如何に間合いを詰められようとも弓兵だからといって近接戦闘の心得が無いわけではない。アーチャーは最優クラスのセイバーや敏捷力の高いランサーであろうとも堅実に受けに回れば立ち会えるほどの技量を有している。

 

 だからこそ、解せない。

 

 “見えなかった、だと……!?”

 

 戦慄はまさにそれだ。

 高速? 音速? 神速? 否、否、否である。

 

 まさしく発動した瞬間に終わっているとは最早理外の速度。

 英霊の反応速度を越えて、文字通り勝負を一瞬で決めた。

 それは宝具ほどの神秘ぐらいでしか成す事のできない奇跡のはずだ。

 

 ならばこそ、アルターエゴは何らかの宝具を使用したのだろう。

 では、真名解放は? その特性は? その効果は?

 

 頭を過ぎる疑問符が多すぎる。

 何も分からなかった。何も出来なかった。

 英霊を一方的に封殺した不可視の手段。

 

 不条理に驚愕と困惑をしたままアーチャーは倒れた。

 

 アルターエゴはそれを見送ってポツリと、

 

 

 

「宝具───明日の光を(フィアット・ルスク)。オレの勝ちだ、アーチャー」

 

 静かなる真名解放(ことば)は燃える街に溶けていく。




《ステータスが更新されました》


クラス:アルターエゴ

真名:■■■

性別:男

属性:秩序・善

【ステータス】

筋力D 耐久C 敏捷C(EX)

魔力B 幸運E 宝具EX

【スキル】

逆転劇 A+++

自身の不利が確定した瞬間、その不利を打開する手段を最速で構築する。
A+++ともなれば、因果の呪いすら打開する事が可能。
また、出力時、ステータス値が大幅に変動する。


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