DOCTOR WHO 青い箱の中の少年 (ナマリ)
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第一話 TERROR SCHOOL 〈転校生〉 PART1

ドクターフーに再びハマったために書きました。やっぱり物はハマりながら書かないとね。
興味を持った方はぜひとも原作である海外ドラマ、ドクターフーを見てほしいです。
もちろんゼノブレイド2.5も更新していきますよ…
Wで連載はそうとう大変ですね…



 

普通の毎日、人間であるという証明。人々はせわしく動くこの日常になんの疑問も持っていない。

人類が生まれて数万年。車、携帯電話、ネット、テレビ、パソコン、電気、あらゆる発明の上にあまたの戦乱や災害を乗り越え今日が存在する。しかしこの地球の歴史のすべてが人類の手によって紡がれてきたわけではない。その裏には“ドクター”と呼ばれる男の姿があった。

 

 

そんなこともつゆ知らず、5月20日、一人の少女が目を覚ました。時刻は8時00分。

「華ァッ!」

少女のお母さんが勢いよく布団をひっぺがした。その勢いで少女は床に落ちた。

「あと5分…あと5分だけ…」

「5分?いいけどその代わり先生にこっぴどく叱られても文句言わないでね!」

母は目覚まし時計を彼女の目の前に突き出した。

「8時…!?」

少女は時計を見て一瞬で覚醒した。飛び起きて母に詰め寄った。

「どうしてもっと早く起こしてくれなかったの!?」

「10分間起こそうと努力してようやく起きたの。朝ごはんは?」

「もちろん食べる!」

 

 

三崎(はな)、中学2年生の少女だ。この様子からすると、彼女には遅刻の危機が迫っている。

華と呼ばれた少女は制服に着替え、階段を駆け下りた。

「ねぇ、純一は?」

「もう出かけたわよ」

「んもう!荷物持ってくれるって約束したのに!」

「あんたが起きないからよ」

そう言って母は焼きあがったトーストを華に差し出した。

「悪いけど時間ないから食べながら学校行く!」

華は水を一杯飲みほし、トーストを口にくわえたまま玄関へと走り、靴を履きはじめた。。

「あと10分で学校まで行ける?」母が横で華を見ながら言った。

「走れば間に合う!」華はようやく靴を履き終えた。現在8時10分。

「んじゃ、行ってきまーす!」

扉を開け、風を切る音が聞こえるほどの速度で走り出した。

「事故らないでよー?」

母が走っていく華を見ながら小さな警鐘を鳴らした。しかし、この朝少しだけミスをしてしまったのだ。

華はものすごい勢いで家へと戻ってきた。

「カバン忘れた!」

「焦るからよ」

母が学校指定のカバンを手渡した。すでに今日の教材は全て入っているようだ。

「それじゃ今度こそ行ってきます!」

再び華は風を突っ切り走り出した。現在時刻は8時12分。

 

 

《まずい、このままだと遅刻する…!今日で今月10回目…怒られる!》

頭の中で最悪のパターンを予測しながら、彼女にとっていつもの通学路を駆け抜けていく。しかし通学路の様子はどうやらいつもと違っていた。

「なぁんで工事してんのよ!!」

最短ルートで水道の工事が行われていた。工事は気づいたら始まっているもの。早ければ今日中に終わると案内板に書かれていたが、あと2,3分で終わりそうには見えない。

「こうなったら遠回りかぁ…」

さらにスピードを上げて走っていく。現在8時16分。ついに学校が目の前に見えてきた。このペースなら出欠点検の8時20分には間に合いそうだ。

そう思って油断していた途端、曲がり角で少年とぶつかった。

「キャッ!」

早すぎた分、彼女も少年も1m近く吹き飛んだ。

「んもう…どうして今日はこんなに不運なことが…!」

そう言い終わる前に少年が手を差し出していた。

「怪我はないか?いいか、日本の道は狭い。あんな速度で走ったら車に轢かれるぞ?」

少年はそんなことを言いながら華を立ち上がらせる。

「あ、ありがと…」華は少々照れていた。

「って、ごめん挨拶してる暇はないの!じゃ!」

手を一瞬だけ振って華は少年に別れを告げた。心なしかタイプな顔だったので、学校に着くまでの間ちらちらと脳内に浮かんでいた。

しかし、少年よりもさらに大きな謎が頭の中に駆け回っていた。

少年とぶつかって学校に行くまでの途中、謎の青いボックスが道端に置いてあったからだ。つい先週まではなかったはず…

週末を趣味の時間に費やしていた間に工事が始まっていたし、何かの撮影があるのだろう…と思いながらも青いボックスのことが気になって仕方がなかった。

そんな華を後目に、少年は腕時計を見つめていた。

「なるほど、急いでいたのはホームルームがあるからか…」

「となると、僕も急がないとな。まずは5分前に戻るか…」

少年はつぶやきながら青いボックスに近づき、その扉を開けて中へと入っていった。

 

 

キーンコーンカーンコーン キーンコーンカーンコーン

現在時刻は8時20分。先生がすでにクラスの中に入っていた。それに対して華は現在上履きを履いていた。

「まずい、あの子のせいで遅刻!」

自分のクラスである2年B組に忍び足を使いながら近づく。遠目から見る限り、担任は学級日誌を読み上げていて生徒のことは気づいていない。

「チャンス…!」

音をたてないようにゆっくりと教室の扉を開け中に入り、静かに自分の席に座る。

「あっ、華」

華のクラスメイトが小声でささやいた。

「また遅刻?先生に叱られるよ」

「大丈夫だってアキ、先生は私に気づいてないから…」

「三崎華、今日で今月遅刻10回目だな」

先生がつぶやいた。

「あっちゃー…」

「昼休みに先生のところまで来なさい」

担任が華のほうを向いて言った。

「華、先生の言うことなんて気にしない!」

アキと呼ばれた少女が華を励ます。

「悪いけど、あの先生はこの学校で一番怖いからさ…嫌でも気にするよ」

華は朝からテンションが下がってしまった。

「三崎の遅刻より、今日は重大な発表がある」

先生の一言に教室はどよめいた。

「おっ?ついに結婚か?」「妊娠?」「男だからしねーだろ」「もしかして転校生?」

野次馬のようにそんな声が至る所から聞こえてきた。

「何だろ…?」アキがつぶやいた。華は先生をほうを振り向いた。

「今の中に正解がある」先生の一言に、男子生徒が言った。

「えっ!?妊娠!?」

その一言に教室中が笑いに包まれた。担任の先生もつられて笑っていた。

「もしそうなら少子化社会にとって貢献してるな。でも違う。転校生ってのが正解だ。ほら入ってこい」

担任の先生の合図で、転校生がゆっくりと扉を開けた。

どこかもの悲しげな雰囲気を醸しながらもさらりと流した黒い前髪に制服をきちんと着こなしている。華はその顔にどうやら見覚えがあった。

アキはそのことを華の表情から感じ取った。目が丸くなって口をぽかりと開けている。

「今日から天ノ川中学校の2年B組になることになった、隅田仁です」

少年が黒板に名前を書きながら自分の名前を言った。

「よろしく」

「と、いうわけでみんな拍手!」

先生の合図で一斉にみんなは手を叩いた。アキも手を叩いていたが、華はいまだに口をぽかーんと開けたまま。

「どうしたの華?」

華は拍手の中、突然立ち上がった。

「あんた…さっき道でぶつかった!?」

「君、ここのクラスだったんだ、よろしく」

少年、隅田仁は満面の笑みで華を見つめた。

 

 



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第一話 TERROR SCHOOL 〈転校生〉 PART2

一日目は一気に2本です。


 

「あの…仁って子、知ってるの?」アキが華に聞いた。

「知ってる…っていうか、今日の朝、あいつのせいで遅刻したみたいなものだから…」

「隅田くんのせいで?」

「そう、遅刻しそうだったから走ってたの。いつもの道は工事してたから遠回りしててさ。それで曲がり角のところでぶつかっちゃって…」

「それは…華が悪いんじゃない?」アキが言った。

「それもそう…だね」華がシャーペンでノートにドラえもんの絵を描き続けながらつぶやいた。

「しっかし、転校生ってのは本当に人気者だね」

アキが言うように、転校生、隅田仁の周りには人だかりができていた。人見知りの少ないこのクラスにとって転校生は絶好の暇つぶしだ。男子に女子が彼の周りに。

「なぁなぁ、隅田って前にどこの学校に居たんだ?」

「あー…学校には通ってなかった」

「どうして?中学までは義務教育でしょ?」

「日本ではね。海外に居たんだ」

「えー!ってことは…帰国子女!?すげー!」

この2年B組が今年度始まって3番目にうるさい瞬間だ。1番はクラスのやんちゃ者が先生に殴りかかったときだった。

「ってことは、英語得意?」女子の一人が聞いた。

「もちろん、僕は天才だから」

「じゃ、誰も知らないような英語言ってみてよ!」

「うーん、そうだなぁ…」仁が少し考えてからからこういった。

「アロンジィ!…とか、みんな知らないだろ?“さぁ行こう”って意味だ」

「うおー!すっげー!」

こんなことで騒げるなんて馬鹿みたいだ…と思いながら華は見つめていた。

「間違えた、本当はフランス語だった…でも盛り上がってるみたいだしいいか。」仁は小声でぼやいた。

華は仁を見ながら疑問を抱いた。どうして彼は遅刻したのに怒られなかったんだろう…いや、遅刻したのか?仁のもとに迫る。

「ねぇ!」大声で彼を呼んだ。あまりに大声だったので周りが驚いた。そのあとに「ごめん、声が大きかった」と訂正して再び言葉を連ねた。

「どうして私は遅刻したのにあなたは遅刻してないの?私のが早く…学校に着いたはずなのに!」

「ちょっとした裏技があってね。それを使ったんだ」

華が仁の手をつかんだ。

「裏技?教えて」

「あー…日本人にはできない技だから…ほら、外国流の技で一部の人しか使えない。フーディーニって知ってる?」

「知ってる!脱出王だろ!」男子が叫んだ。

「日本じゃマイナーだけど、知ってる人がいて良かった」仁が彼に笑顔を向けた。

「裏技なんて…ありえない。あの場所じゃ私よりもどうやったって…遅いはず」華は疑いの目をさらに強めた。きっと金やらなんやらで怒られなかったに違いない。

帰国子女は金持ち。そんな偏見が彼女にはあった。

「帰国子女だからって金をたくさん持ってるわけじゃない。日本人は偏見が好きだな」仁は華の心を読んだかのように言った。

「なんで…私の考えてることが?」華が目を丸くして驚いた。

「メンタリズムが得意なんだ。帰国子女だから」仁はそう言って指を鳴らした。周りはどっと笑いに包まれた。

華は呆れたかのようにアキのもとへと戻ってきた。

「アイツ、絶対何か裏があるよ…裏技というより、チートかなんか使ったに違いないよ」

「ゲーマーの華ちゃん特有の例えね。週末はどうせゲームとアニメ鑑賞でしょ?」アキが華に言った。

「だってそれ以外にすることないし…」

「たまにはイマドキの女子っぽいことしてみたら?タピオカジュース飲むとか。そうそう、原宿にまた新しいタピオカの店できたの。週末に行かない?」

アキが華を誘ったが、華は乗り気でないようだ。

「やだ。絶対並ぶでしょ?私並ぶの嫌いなの。」

「なのにディズニー行くのは好きなの?」アキが言った。

「ディズニーは別。それよりもアキバ行かない?ちょうど買いたいゲームが先行で売ってて…」華が誘うが、アキは逆にそれに乗り気ではなかった。

「私はパス。アキバはオタクの街でしょ?」

「家電の街!」華が訂正を入れた。

「その通り。秋葉原は家電の街だ」仁が突然二人の前に現れた。

「「うわっ!?」」華とアキは驚いてすこし後ろに下がった。

「まったく日本人は偏見が好きだな。オタクは悪者じゃない。確かに人間だから色々と問題行動も起こすが…華、家電が好きなのか、良い趣味してるな」

仁が華を指さして言った。

「家電が好きというよりゲームとかが好きで…」華はそこに訂正を入れた。

「ドラえもんも好きか?」仁が華の書いたノートを見つめて言った。

「え?ああもちろん…大好きだけど…」

「僕も好き」仁が笑顔で華に言った。華もそれを見て笑みがこぼれた。

その瞬間に休み時間が終わるチャイムが鳴った。次は2時間目だ。

「おっと、じゃあまた後で」仁は手を振った。華は少しだけ手を振った。

「アイツ、絶対に華に惚れてる」アキが華に手を振る仁を見ていた。

「まさか、そんなわけない」

「そう?華って意外と…美人のほうだよ?オタッキーなせいで残念な美人というか…」

「私はオタクじゃない、良い?」

「オタクはみんなそう言う」

数学担当の先生が入室し、2時間目の授業が始まった。

 

 

2時間目の授業はほとんど仁の独壇場だった。新たな単元の連立方程式をほとんど一瞬で解いてしまった。

「それで、この問題の答えがわかる人?」先生がそう言った途端に仁が手を挙げた。

「答えは3です。でもそれはプリント通りにやったら。板書とプリントで言ってることが違うんですけど…」

仁が指さしたところの式の符号は-だった。しかしプリントでは+。

「あぁすまん。板書のほうが正解だった。もう一度やり直して…」

「じゃあ答えは6です」一瞬で仁が答えた。

「既に計算してた?」

「いや、このぐらいは暗算でできないと」

今日初めて連立方程式を学んだというのにこの適応力…学校には通っていなくても塾などに通っていたのだろうか。

「なぁ、仁って塾とかに通ってたのか?」

「大昔ね。今は通ってない」

2時間目終わりの休み時間も隅田仁のことで話題は持ちきりだった。華とアキは教室の中がそうとううるさかったので、廊下に出て近くの階段に座っていた。

「海外ってさ、連立方程式小学生のときとかに習うのかな?」華がアキに言った。

「そんなわけないでしょ。アイツは頭が良いだけだよ。ほら、A組の田中なんか毎回数学で100点とるぐらい頭良いし、いるよそういうのも」

「だけど…今日習ったのを一瞬でだよ?とても人間業とはぁ…」

「ま、そんな話は置いといてさ。恋バナとかしない?」アキが話を変えようとした。

「悪いけど私好きな人とか居ないから。この学校の男子はどっちかというと…地味だし」

「その気持ち私にもわかる。なんというか普通というか…ならさ、こんなうわさ話知ってる?」

「何?誰か付き合ってんの?」

「違う違う、この学校に居るっていう“頭ババア”ってやつ」

「頭…ババア?」華が首をかしげた。

「その話、僕にも聞かせてくれるか?」仁が二人の間に顔を出した。

「「うわっ!?」」二人はさっきと同じように驚いた。

「さっきから唐突に出てこないでよ…心臓に悪いなぁ」華が小さく怒った。

「ごめん、でもその“頭ババア”ってのが…気になって。どんなのなんだ?」仁はそれにやたらと興味津々なようだ。

「いいけど…」アキはしぶしぶ承諾した。

「その名の通り、頭だけのおばあちゃんのお化けで、夜に学校に現れて「頭はいらねぇがぁ」とか聞いて襲い掛かってくるんだって」

「今どきそんな怪談話…」華は呆れたようだった。

「火のないところに煙は立たない。いつからそんな怪談話が?」仁は詰め寄った。

「今から10年ぐらい前に頭のない死体が学校で見つかって。それから話が大きくなってそんな妖怪が」

「まさか、アキ信じてたり?」華が言った。

「お話としてちょっと面白かったから」

「それでそのなくなった頭は見つかった?」

「いや、結局見つからずじまいで…それからたまーに行方不明事件とかが町で起こるようになって。関係ないところにすら頭ババアが関わってるとか…」

「なるほど、そいつは今もこの町に?」仁が質問した。

「さぁ?あくまでただの怪談話だから。行方不明事件もどっかの犯罪者のせいよ」

「本当に?10年前以前にそんな事件は多かった?」

「そこまでは…知らないわよ」

「なるほど、おもしろい話が聞けて良かった」仁は満足した顔でトイレへと去っていった。

「アイツ、もしやオカルトフリークかなんか?」華が言った。

「帰国子女って変な奴多いのかも。」アキもまたそう言った。

 

 

転校生のやってきた一日が終わった。6時間目のホームルームが終わり、部活に行く者もいれば家へ帰る者も。部活に入っていない華はそのまま家に、テニス部に入っているアキは華に別れの挨拶を告げた。

「じゃ、家でアニメばっかり見ないように」

「悪いけど、昨晩のは神回だったからと5回は見ないと」

そう言って華はアキに手を振って下履きに履き替えた。

「あぁ、遅刻10回記念。宿題増やされちゃったぁ…」

華はぐちぐち言いながら校門へと近づいて行った。今日やってきた転校生の仁は囲まれながら校門の近くにいた。

「アイツ、好き好きオーラでも出してるのかな?」華がつぶやいた。

「なぁ仁、お前の家ってどこにあるんだ?」

「家?どうして家に住むんだ?」仁は相変わらず変な答えを言って周りを笑わせた。華はそんな仁を横目に校門を出た。

「あっ、華!」華の後ろから別の少年が走ってきた。

「あっ光輝」華が少年を呼んだ。

「なぁ、週末って…空いてる?」光輝と呼ばれた少年はなにやら予定に華を誘うらしい。

「ごめん、今日の週末は…別に出かけるところがあって」

「分かった、ロストボックス2の新作買いに行くんだろ?」光輝が言った。

「…分かった?」

「そりゃあお前はゲームオタクだし、だろうと思って。」

「それで何に誘おうとしたの?」華が壁によりかかって言った。

「そのゲームの新作、一緒に買いに行けたらなぁ…って思って」光輝が顔をすこし赤くほてらせて言った。

「なぁんだ、そんなことだったの?じゃあ一緒に行こうよ。一人で行くより楽しいだろうしさ」華が光輝の手をつかんで言った。光輝はさらに顔が赤くなった。

「じゃ、私今日は早く帰って宿題終わらせないといけないから!」そう言って華は走っていった。光輝はどこか嬉しそうな表情をしていた。

 

 



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第一話 TERROR SCHOOL 〈転校生〉 PART3

第3話です。華ちゃんはオタッキーな美人です。直接書いてはいませんが、ポニーテールです。完全に私の趣味です。


 

 

華は家に帰って宿題をするわけがなかった。家に帰れば荷物を置いてさっさと着替えて早速ソファに座ってテレビのリモコンをいじりだした。

「ねぇちゃーん、勉強でわからないところがあるんだけどさー」ノートとえんぴつを持って、華の弟がやってきた。

「純一、悪いけど私忙しいの!あとでね」

「えー、ゲームするのって忙しいの?」

「当たり前でしょ、今週中にクリアしないといけないんだから!」華がゲーム機の電源を点けた。

「いいなー、僕もゲームやりたい」

「あんたはカノジョさんと遊んで来たら?宿題なんてすっぽかしてさ」

「ねえちゃんは宿題いつもすっぽかしてるから怒られてるんでしょ?僕は怒られたくないの!」

「うるさい。後で教えてあげるから待ってて」華はテレビ画面を見ながら言った。

「やれやれ、将来はニートかな…」純一がつぶやいた。

「なんだってぇ?」華には聞こえていた。

「何でもない」純一はそのまま階段を上って去っていった。

華はリモコンを持ち、ゲームを始めた。

 

 

「ああ、新しくしてから操作が難しくなった」丸い模様からオレンジ色の光がほのかに照らされる広い部屋の中の中心で、操作盤をぐりぐりといじりながら少年がぼやいている。

「ほらほら、信号の発信地を突き止めるんだ!」金槌で操作盤を叩く。すると可動式のディスプレイに何かが表示される。

「よし、ようやく出てきた。いい子だ」操作盤を撫でながらその画面を見つめる。

「やっぱりあの学校に何かあるな。お前らが何をしようとするか暴き出してやる」

少年は操作盤のレバーを引いた。すると部屋の中心にある青い円筒が不思議な音をたてて揺れ始めた。

 

 

 

「よぉし、第3章クリア!」華はテレビ画面を見ながら言った。その後、攻略本を読み始めた。

「えぇと、全部で12章だから…あと9章かぁ、長いなぁ」華がソファに横になる。週末まで6日あるとはいえ、今日は宿題もしなければ…

「そろそろやるか。」華は近くに置いてあった学生カバンをあさりだす。すぐに終わらせて今度は4章をクリアしよう。

しかしだんだんと顔は険しくなっていった。先生から渡された追加の宿題が…ない…

「ない、ない!宿題がない!」大声でつい叫んでしまった。階段の上から弟が下りてきた。

「もう7時だよ。学校行けない」純一が言った。

「でもでもでも!宿題やらないままだと明日1時間ぐらい怒られるって!これはシャレにならない!」華はあせって部屋中を駆け回った。

「よし、取ってこよう!」華は決断して、2階へと上がって私服へと着替え始めた。

「その行動力、もっと早く宿題することに回せればなぁ」

華は数秒で着替えて駆け下りてきた。

「いい純一?お母さんが帰ってきても、私は遊びに行ってるって言ってスルーさせてね!」華はそう言うと、急いで玄関から出て行った。

「いってらっしゃーい」純一はぶっきらぼうに言った。

「なんで私忘れるかなぁ…」そんなことをつぶやきながら夜道を駆けていく。

この日この瞬間から、彼女の平凡な人生は180度変わっていく。今までの人生が退屈と思えるほどに。

 

 

華は暗闇を駆けて行った。工事現場を遠回りし学校へ。朝と違う点はあの青いボックスが消えていたことだ。しかしそんなことを気にしている暇はない。

遅くなれば遅くなるほど、宿題を終えられる時間が短くなる。渡された宿題は英語の単語50をを10回書き。速筆の華はそれを終わらせられる時間は最低でも1時間と考えていた。

現在時刻は7時23分。学校に忍び込み、宿題を取ってダッシュで帰れば8時までには帰れる。そうなればいつもの宿題も合わせて9時半には終わらせられ、あとは存分にゲームができる…

しかし学校に行った瞬間、あることを思い出した。先生含め全員が帰宅してしまえば学校は厳重にロックされる。そんな当たり前のことを忘れていた。

「ああ…そういえば」華はがっくりと腰を降ろした。先生が帰っていくのを横目にさっき流していた。しかし希望はある。まだ事務員さんがいる可能性が…

しかしそれでもこんな遅くに入れば怒られるだろう、ゆっくり、ゆっくりと正門の柵を乗り越えていった。侵入成功。もしかしたら犯罪かもしれない…

と不安になっていたが、それよりも叱られるほうが恐ろしい。何しろ担任は学校一恐ろしい先生なのだから。

あとは学校の扉が開くかどうか。校庭のはじっこに沿って歩き、扉の所へ。ロックがかかっているかどうか…

ガチャリとすんなり開いた。よし、ゆっくりと忍び込もう…1階は3年の教室に教員室。教員室は真っ暗だが、事務員室に明かりがついている。

事務員室の前を抜け、階段にかかる。2年の教室は2階だ。そろりそろりと…

「こんなところで何してるんだ?」後ろから男の声が。事務員室から出てきたようだ。

「ああーっ!ごめんなさいごめんなさい!」華は土下座して後ろの男性に謝る。

「今日宿題忘れて…さっき気づいて…だから…ごめんなさい!」これ以上ないほどの緊張。そりゃそうだ、忍び込んだのだから。

「なんで謝ってる?ほら顔上げて」

そういわれ、華が顔を上げる。そこにいたのは事務員ではなく仁だった。

「わざわざ学校に忍び込むなんて悪い子だな」仁がぶっきらぼうに言った。

「な、なんであんたがここに居るのよ!?」華は驚いた。

「え?いや、寝ちゃってたら夜になってて…」

「んなわけないでしょ!嘘みえみえ。帰ってるところ見てたし!」

「なるほど、バレたか。僕も嘘が下手になってきたな」仁が頭を掻きながら言った。

「事務員室で何してたの?」華が聞いた。

「そんなことより宿題とって早く帰ったらどうだ?僕と無駄話してる時間なんてないだろ」

「それもそうか…」華はうなずいた。

「それと、帰ったら僕がここに居たことは誰にも言うなよ?僕も君が来たことは誰にも言わないから」

「分かった。約束ね」華はそう言って階段を上がっていった。仁は小さく手を振った。

その時、嫌な風がどこからか吹いてきた。それを感じ取ったのは仁だけ。

「まずいな、“やつら”が動き出したか…」

 

「よし、扉開いてた」華は自分の教室の扉を開けた。どうして閉まっていなかったのか少し不思議に思っていたが、そんなことは気にしないことに。

真っ先に自分の机に向かった。机の中には彼女の思っていた通り先生から昼休みに渡された宿題が入っていた。

「私は一応、ちゃんと宿題する主義だからさぁー。」空に向かって独り言をつぶやいた。自分のいい点のひとつであるかのように。

「さて、とっとと家に帰るか…」

机から目をそらすと、そこに点滅する“なにか”があった。機械かなにかは知らないが…そんなことを気にしている場合ではない。

華は教室の扉を開けて廊下に。階段を降りようとした途端、何やら違和感を感じた。

「廊下が…長い?」

階段から廊下を見た。長いと思ったが、気のせいだった。いつも通りだ。しかし違和感が消えない。何かがおかしい…

夜はお化けが出る。そんな子供しか信じないようなことにどこか怯えた。お化けなんて存在しない、お化けなんか嘘さ…

お化けがいなくとも夜は気味が悪い。さっさと帰ろう。階段を急いで駆け下りた。何かに追われているわけでもない。しかし違和感が体中に駆け巡る。

気持ちが悪い。廊下を走って下駄箱のところへ。そして扉を開けようとするが…

開かない。なぜか扉があかない。

「あれ?どうして…?」

何度も引いたり押したり、時には横にスライドしてみたり。しかしそれでも一切扉が動く気配がなかった。

まさか、鍵を掛けられた!?

「嘘でしょもう!」

絶望し床にへたり込む。その時、ある人物の顔が思い浮かんだ。

「アイツだ…」

扉をだんだんと叩く。

「ねぇ、いるんでしょ!?こんないたずら、シャレにならないから!」

仁がカギをかけたのだと思い浮かべた。この学校にはおそらく自分と彼しかいない。それに彼は転校生でつかめない人物だ。何をしでかすかわからない…

何度も彼の名前を呼び、扉を叩く。10分ほど繰り返すが、ことは一向に変わらず。

「アイツ…恨むからなぁ」華はそう言って再び床にへたりこんだ。

すると、廊下のほうにほのかな赤い光が見えるのに気付いた。下駄箱の先の廊下からだろうか。

廊下のほうに近づく。その赤い光の正体は何なのだろう。夜にそんなもの、恐ろしいことこの上ないが、この状況。他に誰かいるかもしれない…

幽霊ではない誰かが。そんな希望を胸に。

ついに廊下に出た。下駄箱側から見て右側にその赤い光を放っているものが見えた。影が見えるが、いまいちその正体はつかめない。ただ、長い髪であることはわかる。

「すみません、誰か居るんですか?」光を放つ女性に声をかけた。

すると、小さな返事が返ってきた。

「あ…がぁ…」

「…え?」華は聞き取れなかった。

「あた…ねぇがぁ…」

「あた…?」何やら様子がおかしい。

「頭は…いらねぇがぁ」

その言葉に聞き覚えがあった。今日の昼、アキからその言葉を聞いた。

そしてその女性はゆっくりを振り返る。

髪は白交じりで、歯はぼろぼろ。白目をむいたそのお婆さんとおぼしきものは、首から下がなかった。

「頭…ババア…!?」

「頭はいらねぇがぁ!!」

頭ババアは恐ろしい形相に変わり、華のほうへと向かってきた。

「キャアアアア!!!」

華は恐ろしさのあまり後ろに転がってしまった。すぐに立ち上がり、廊下を駆けて逃げ始めた。

頭ババアはだんだんと華に近づいてくる。どんなに早く走ってもあちらもだんだんと速度を上げる。

その恐ろしさは初めてのものだった。どんな先生から叱られることよりも、その恐怖は何段も上だった。

華は走りながら泣き始めた。頭ババアはその名の通り頭を取って殺すだろう。恐怖の末にそんな死に方をするだなんて…

別の出口へと向かった。そちらなら鍵がかかっていないかもしれない。

後ろを振り向くことはなかった。あの恐ろしい顔は見たくない。

涙が空に浮かぶほどのスピードで走った。そして出口に。開いていてくれ、頼む…

その思いむなしく、扉は開くことがなかった。まるで強く打ち付けられているように。

華の涙はより一層激しくなった。もう終わりだ。殺される…

扉に背中を向け、迫ってくる頭ババアを見る。その顔はだんだんと笑顔に歪んでいった。

「私、まだあのゲームクリアしてないのに…週末一緒に買いに行くのに…!」

恐怖で涙が上書きされていった。ひきつった泣き方はそのままに。

だんだんと近づいていく。だんだんと。楽しみにしていたことはもう来ない。悔いが残ったまま死ぬのはいやだ…

 

すると、突然後ろの扉が開き、腕が握られた。

「逃げるぞ!」

 

 




突然現れた怪談話の頭ババア、いったい何者なのでしょうか。
人間か、幽霊か、妖怪か、それとも…
続きはまた明日です。


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第一話 TERROR SCHOOL 〈転校生〉 PART4

隅田仁、彼はいったい何者なのか…そんな謎が今回明らかになります。


 

 

華はそのまま扉から外に誰かの手を握って出て行った。誰だ…?

その後ろ姿から分かった。隅田仁。彼だった。

渡り廊下を走り去り、別の校舎へ。仁は不思議な音のする光る棒を扉に向けた。すると扉はガチャリと閉まった。

華はまだ涙が乾いていなかった。あまりに一瞬の出来事だった。

扉の外の頭ババアはこちらを向いたまま中に入ってこない。

「これで時間稼ぎぐらいはできるだろう。僕が来なかったら君は死んでた」

そういうと仁は歩き始めた。

「ちょっと…待ってよ!」華は彼を追いかけた。

「どうした?頭だけのお婆ちゃんがそんなに怖かったか?」

「あ、当たり前でしょ…頭だけで!しかも怖い顔!私お化け屋敷嫌いだから…」

「そうか?お化け屋敷なんて作りものだから怖くないと思うけど」

仁は階段を上がっていく。華も一緒に上がっていく。

「ねぇ、あんたドアに鍵かけたでしょ!?おかげで私出られなかったんだからね!」華が仁に詰め寄った。

「あれは僕じゃない」仁は否定した。

「じゃあ誰がやったの?」

「頭ババア、だろうな」

華はいまだに信じられなかった。あんなお化けが存在するとは…

「じゃあ、霊的エネルギーか何かで扉が封印された…ってこと?」華が聞いた。

「いや、学校全体に強力なフォースフィールドが張られた。扉が開かなくなったのはそれによる弊害…みたいなものかな。」

「ふぉーすふぃーるど?」華は突然聞いたその言葉に口をぽかんと開けた。

「このソニック・スクリュードライバーが無いと開かない。効くか効かないか賭けだった。効いてよかった」仁は楽しそうに話をしていた。

「ねじ回し?ソニックって?」

「音が出るって意味だ。機械をいじったり鍵を開けるのに役立つ」

「へぇー…で、フォースフィールドって何?トライフォースとか、スターウォーズのフォースの力的な?」

「似てるけど違う。簡単に言うとバリアみたいなものだ」仁は廊下を早く歩く。華もそれに追いつけと歩く。

「しかもかなり強力なフォースフィールドだ。光すらシャットアウトするぐらいに」

仁はパソコン室の中へと入る。華もその中に。

「外を見てみろ、学校の外は真っ暗だ。まだ夜の7時半なのに」仁がカーテンを開けた。

「ほんとだ…建物がまったく見えない」

「しかもフォースフィールドが円形状になってるせいで学校に電気が回ってない。完全に外界と切り離されてる」

仁がパソコンの電源ボタンを連打する。しかしパソコンはつかない。

「ブレーカーは上がってる?」華が言った。

「もちろん、ほかのパソコンも調べてごらん」

華がほかのパソコンの電源ボタンを押すが、どれも反応はない。先生用のパソコンすらも。教室の電気をつけようとするが、それもつかない。

本当に電気が回っていないんだ。

「この学校、電気代はしっかり払ってるからな」仁が華の言おうとしたことを先に言う。

「そりゃそうだよね……ところで、扉が最初開いてたってことは…事務員さんがまだ居たはずだよね?」華が聞いた。

「事務員さんは既に死んだ。事務員室に入ったときから」

華はそれに口をあけて驚いた。

「ここは危険だ。早く脱出しないと」仁が扉を開ける。

「だけどフォースフィールド…?がかかってるんでしょ、出られない」

「普通の人間はね」

華の仁への疑いはさらに強くなっていく。この少年は何者なんだ…さっきのねじ回しと言い、やたら多い知識…

「ねぇ仁」彼に声をかけた。

「僕は仁じゃない」

「…え?」

華は驚いた。自分の名前を否定するとは。

「隅田仁はここに入り込むための偽名だ。別の偽名もあるんだけど、ここは日本だからね」

「じゃあ、あなたの…名前は?」

 

 

「僕はドクターだ」

 

 

ドクター…いきなり名前でもないそんなことを言われても、わけがわからない。

「ドクター…仁?そんなドラマ昔あったけどさ…」

「ドクター、それが僕の名前だ。それ以上でもそれ以下でもない」

「ドクターなんて、そんな名前あるわけないでしょ?キラキラネームでもそんな名前…」

「華って言われて、フラワーのほうを思い浮かべる。同じようなものだろ?」

彼はそういうと扉の外へ。

「一応そう呼ぶけど、あんたのことだから信じられない…」

ドクターと名乗った少年は扉を出て何かを見つめた。

「何?」華が彼の肩からそれを覗くと、そこには頭ババアが居た。華はキャッと声をあげた。

「やぁ、頭ババア、元気?」彼は怯えずに頭ババアに手を振った。

「何言ってるの!?早く逃げないと!」華は小声でうながした。

「それよりもまずは交渉だ。何が目的なのか」彼は落ち着いた様子だった。

「君は何者で、どこの星から来た?君みたいなエイリアンはまだ見たことがない。頭だけの種族なんて」

「エイリアン?」華が聞いた。

「静かに」

頭ババアはゆっくりと口を開いた。

「我々は着々とこの時を待っていた。10年もの間」

「10年間何をしてたんだ?人を誘拐したりして。実験か?」

「我々には人間の持つ“情報”が必要なのだ。彼らを使い我々は姿を得た」

「“姿を得た”?」

「あとはこの学校の人間すべてを利用し、我々は完全な存在となる」

頭ババアはその老けた口からゆっくりと言葉を発し続けた。

「完全な存在になってどうする?この星を滅ぼすか?」

「滅ぼすのではない、頂く」

ドクターは笑顔で華のほうを向いた。

「これは最悪のパターンだな」

「教えろ頭ババア。お前は“我々”と言った。仲間がいるのか?」

「その通りだ」

頭ババアがそう言うと、頭ババアの後ろから多数の頭ババアが現れた。

「おっと…」ドクターの顔から笑顔が消えた。

「華、また逃げるぞ」

そういうとドクターは華の手を握り、頭ババアとは反対の方向へ逃げる。

しかし、廊下のカーブから何体もの頭ババアが現れた。反対からも頭ババアが。挟み撃ちにされた。

「このままじゃ私たち、頭を取られて死ぬ…!」華は再び目に涙が浮かんだ。

「ああそうだ。2000年以上も生きてきたのに頭を取られて死ぬだなんて!」ドクターはソニックドライバーを頭ババアに向けていた。

「それでなんとかできないの!?」

「奴らが機械でできた頭ロボットならこれで壊せるが…何も反応がない。奴らはロボットじゃないみたいだ」こんな状況でも彼は笑っている。

「なんで笑ってるの?死ぬって時に!?」

「大丈夫さ。いつもこんな状況で運が味方してくれるんだ」

「そんなものに頼っていいの!?」

「ああもちろんだ。僕を信じて」

頭ババアは二人にだんだんと近づく。

「よし、頭ババア達、君たちはちょうどよく僕たちを囲んでくれた。僕は策もなしに囲まれたりしないからね」

頭ババアはうめきながらドクターを見る。

「ここから僕たちがどうやって助かるか。それはあと…」腕に着けていた腕時計を見た。

「1秒で分かる」

そう言うと、不思議なエンジンの音とともに、何かが華とドクターの周りに現れた。消えかけたり現れたりしながらそれは実体化した。

「なにこれ…?」

華は廊下ではなく、不思議な部屋にいた。薄暗く、壁中にはオレンジ色の光る丸い模様が。部屋の中心には青く光る円筒と操作盤。

「既に入り口には鍵をかけてある。核爆発にも耐えられるドアだから奴らは入れないよ」

ドクターは部屋の中心にある機械をなにやらいじっている。華はあまりの驚きに声が出ない。

「まずは学校の外に出よう。話はそれからだ。どこか掴まってて」

ドクターがそう言って機械のレバーを下げると、部屋が大きく揺れた。さっきこの部屋が出現したのと同じ音を発しながら。

華は揺れに耐えきれず倒れてしまった。すぐに近くの手すりに掴まる。

「仁!地震が!揺れてる!」

「心配ない!それに僕はもう仁じゃない」

揺れは数秒で収まり、音も消えた。

「さて、ようやく学校の外に出られたな」

「学校の外…?」

華は掴まりながら、青いドアへと向かうドクターを目で追う。姿勢を安定させ、彼女も外へ。

「ほら、星がしっかり見える」

ドクターのその発言を気にも留めず、華は今出たところを再び見た。

「このボックス…今日登校する時に見た…」

しかしそれよりも驚くことが。ボックスは中に比べて外が小さい。華はボックスの周りをまわりながらボックスをだんだんと叩く。

「どういうこと…?中のが外より広い…!」

「そのセリフが聞きたかった。これはターディス。TARDIS、Time And Relative Dimension In Space。要するに宇宙船かつタイムマシンなんだ。」

「タイムマシン!?」華は今日一番驚いた。

「今日の朝も遅刻しそうだったからこれで5分前に戻った」

「だから遅刻しなかったんだ…ズルい!」

「使えるものは使わないと。転校早々遅刻だなんて」

華はプクーッとほっぺを膨らませた。

「他に何か質問は?」

「どうしてこの…ターディスはそこに来たの?私たちを助けに?」

「既に指定した時間に、指定した座標軸に現れるよう設定しておいたんだ。挟まれること前提で。読み通りだ」

「あなたは…エイリアンがどうたらとか言ってたけど…エイリアンなの?2000歳?」

「その通りだ。僕はエイリアン。見た目は中学生だが2000歳よりちょっと上だ。」

「エイリアン…!?」華は驚いて後ろに転んだ。

「大丈夫だ。とって食ったりなんてしないから」

「それともう一つ、僕から質問がある」

華は驚いた。転校生がまさかエイリアンでしかも2000歳だなんて…しかしそれならあの知識に変人ぶりも納得できる。

「え?いいけど…」

ドクターは一呼吸してから言った。

「僕って日本人顔?」

「は?」変な質問についそんな声が出た。

「前はイギリス系の…女性だったから。客観的に見て日本人に見えるかどうか、そう思って」

「もちろん…日本人に見えるよ?中学生ぐらいで…男。わりといい顔してる」華はちょっと褒め言葉も付け加えた。

「中国人には?」

「見えない」

「韓国人?」

「どっからどう見ても日本人。顔のパーツとか」

「良かった。これで日本に居ても違和感はないな。アジア人って顔が薄くて違いがよく分からない」ドクターは自分の顔を指でさした。

「じゃあ、頭ババアだらけの学校から脱け出したことだし…私帰っても大丈夫かな?」華が宿題を手に不安そうな顔だった。

「悪いけど、君をこのまま帰させるわけにはいかない」

「どうして!?」

「アイツらは君の顔を覚えた。事務員さんが殺されたのは奴らを見たからだ。じきに奴らはフォースフィールドを解除するはずだ。そうすれば君と僕を殺しに来る。もし君が家に帰ったら頭ババアは君の家族を皆殺しにする」

ゾーッと背中が冷えた。

「そ、それでどうすればいいの!?」華は不安そうにドクターを見た。

「僕と一緒に事を解決するまで一緒にいることだ。たぶん死なない」

「たぶんて…」華はいまだ不安そうだ。

「まずはあいつらの根城を探そう。学校はただの拠点の一つだ」

ドクターはポケットから点滅する不思議なものを出した。確か教室で見たものだ。

「それ、教室で見た」

「これはインフォメーション・コネクタだ。各教室に一つずつ置いてあった。昼はステルス化して見えないが夜は見れる」

「何のために頭ババアはこれを?」

「人の頭脳に入り込み情報を引きずり出す。だけどこれは小型。一人から少しずつしか引きずり出せない」

「私の脳にも入ってた?」

「そうだ。でも別に頭がかゆくなったりはしない。」

「なんか気持ち悪い…」

「ターディスはあの学校が強い信号を発しているのを感じ取った。とてもこの時代の人類には発せない信号だ。僕はそれを追ってきた」

「学校に入学して潜入捜査?」

「その通り。昼間にやろうと思ったけど思ったより僕の人気が高くて。人気者は大変なんだ」

華はそれを聞いて少しムカッとした。

「だけどその強い信号はこのインフォメーション・コネクタからじゃなかった。これは中継器でどこかに信号の発信元があるはず」

ドクターはソニックドライバーを出してインフォメーションコネクタに向けた。

「どうやらそれは学校の外にあるみたいだな…」

ドクターがドライバーを向けた先は、華が朝遅刻した原因でもある工事現場だった。

「あそこだ。行くぞ」

ドクターは走って工事現場に向かった。華も合わせて走った。

「この前の金曜までは工事してなかったの」華がドクターに言った。

「日本の工事は気づけばやってるからな。信号が強くなったのは工事が始まってからだ」

ドクターは悪びれる様子もなく工事現場の中へと入っていく。もちろん工事現場の人に捕まってしまった。

「ごめん、子供は入らないでね」

ドクターはポケットから今度は不思議な手帳のようなものを取り出す。

「違法な工事じゃないかどうか調査しに来たんだ。見せてくれないか?」

「中学生が?そんな話…」工事現場の人は信じていないようだった。

「じゃ、これでどうかな?」ドクターはソニックスクリュードライバーを彼に向けた。すると突然作業員の頭から火花を出して倒れた。

「ちょっと!?殺したの!?」

ドクターは他の作業員にもドライバーを向けた。同じように頭から火花を出して倒れた。

「さすがにこれはやりすぎでしょ!?ねぇ!」華はドクターを叩いた。

「ただの人間は火花なんて出さない」ドクターは作業員の頭を引っこ抜いた。肉ではなく、それは機械だった。

「ロボットだよ。頭ババアたちが仕込んでたんだ」ドクターは取った頭を華に渡した。

「うわぁっ!気持ち悪ッ!」すぐにそれを放り投げた。

ドクターは工事していたところの下へと降りた。そしてドライバーを下に向ける。

「この下だ。ここに…ハッチがある」ドクターは土の中からハンドルのようなものを見つけ、それを回して開いた。

「何それ?」

「宇宙船、10年前に墜落した」そのままドクターはその中へと入っていく。華もそれについていく。

はしごから降り、宇宙船の中へ。中は真っ暗だったが、ドクターがドライバーを使って明かりをつけた。

「それってねじ回しじゃないの?」

「機械も操れるって言っただろ?」

中には巨大な機械があった。キーボードが搭載されており、ドクターはそれに向かった。華はもはやこの程度のことにすら驚かなくなっていた。

どうみても普通の光景ではないのに…自分が少し恐ろしくなってきた。

「情報を見せてくれ。頭ババア達は何者だ?」

ドクターはまたドライバーをその機械に向ける。華はそれを少し見た後、機械の隣にあった白い扉を開き、その中に入った。

その中は薄明かりに照らされていて、ベッドのようなものに誰かが横たわっていた。華はちょっとした好奇心からそれに近づいた。まさか行方不明だった人…

すると突然明かりがつき、ベッドの人物もはっきりと分かった。

「キャアアッ!」

その人物は既にミイラ化していた。体は茶色に変色し、白い骨がところどころから見られた。しかも周りには何十人も同じような死体が。

「情報をすべて抜き取られたんだ。細胞一つ一つの遺伝子から水分まで。人間が持つあらゆる情報を」

ドクターが扉の前に立っていた。

「電気点けるなら言ってよ…」華は深いため息をついた。

「奴らの正体が分かった。ちょっとこっちに来てくれ」

ドクターの言うままに華はついていった。場所はさっきの機械。そこにあったディスプレイには赤い光を発する球体が映っていた。

「頭ババアの正体はグレイヴってエイリアンだ。惑星カギラギダから来た」

「頭だけのエイリアンなの?」

「厳密には違う。この赤い光る球がやつらの正体だ。奴らには肉体がない。精神体だ」

「精神体…?」

「奴らの星は既に滅びた。宇宙規模の大きな戦争で。彼らにはかつて肉体はあったが戦争で生き残るために精神体へと姿を変えた。だけど生き残りはわずか数十万だったみたいだ。」

「それでも結構な数…でもどうして頭ババアの姿に?地球をどうやって侵略しようと…」

ドクターは画面から目を離し、華のほうを見つめて歩き出した。

「奴らは生命体の脳内にあるイメージから自らの肉体を作り出す。10年前の頭がない死体の事件。あれはやつらが奪ったんだ。そして脳内の情報を分析した。それから10年にわたり人間を誘拐しながら情報を更新していった。そして数もだんだんと増やしていった」

ドクターは深くためいきをつく。

「あの事件から頭ババアの怪談話が広まった。奴らにとって多くの人間が共通の生物を思い浮かべるのは都合が良い。一人の人間から一人の人間に化けるよりもはるかに楽だからな。あの姿は活動用だ。頭ババアに設定が肉付けされるのと同時に奴らもそれに合わせた形になる。より凶暴になっていく。」

頭ババアは怪談話をもとにグレイヴが化けた存在。お化けではなくて少し安心したが、脅威なのに変わりはないのにがっくしした。

「どうしてグレイヴは…いきなり動き出したの?どうして工事を始めたの?」

「10年間にも及ぶ情報の収集がようやく数日前に終わったんだ。おそらく本格的な侵攻を始めようとしている。宇宙船に残る数多くの仲間を解放してあの学校に集まらせる。」

「どうして学校に?」

「明日の朝には何がある?」ドクターが聞いた。

「朝?全校朝会かな…」

「全校朝会は学校中の生徒が集まる。そこで何百人分もの情報を搾取して完全な存在になり、実体化した奴らは人類に攻撃を始めるだろうな」

「なら、なんとかして止めないと!」

突然の人類滅亡の危機。いまいち実感は湧かなかったが、ここまでで見たありえない体験からそれを信じるほかはなかった。

華がドクターを見つめていると、突然ドクターの顔が青ざめた。

「どうしたの?」

ドクターは深い呼吸を一つ置いてから口を開いた。

「あー…ここは奴らの宇宙船なんだ。つまり住処。そこにいきなり突撃しちゃったな…」

何を言ってるかよく分からなかった。ドクターが華の後ろに指をさしたので、後ろを振り向いた。

白交じりの黒髪に白目。その姿は頭ババアだった。

ドクターは華の前に防ぐように立った。頭ババアは学校で見たよりも数が多かった。

「華、君はいったん外に出てて」

「どうして?一緒に逃げないと!」華はドクターの腕を握る。

「奴らと話してからすぐに向かう。君はターディスに戻ってて」

ドクターは華の背中を押し、はしごから上るようにアイコンタクトをした。華は言われて通りはしごを上り、ターディスへと向かった。

「さて、お前らはグレイヴだな?この10年間ずっと人々の脳内から情報を奪い続けてきた。」

「その通りだ」頭ババアはかすれた声で返事した。

「そして本格的な侵攻を明日から始める。そうだろ?」

「その通りだ」

ドクターは再び小さなため息を吐いた。

「お前らは知ってるんだろう?僕のことを。でなきゃフォースフィールドなんて張らない」

「貴様は危険な存在だ。我々を嗅ぎつけた。だから閉じ込めようとした」

「なるほど、やっぱり思った通りだ。僕の情報を調べろ」

頭ババアの集団が装置を起動し、ドクターに不思議な光を当てる。ドクターは頭ババアを見つめて声をあげた。

「僕はドクターだ。僕の脳内からあらゆる情報を調べるんだ」

ディスプレイにドクターの脳内情報が表示される。鋼鉄の兵士、人々を殺戮していく金色の機械のような生命体。顔を覆う天使像。オレンジ色に光るどろどろとした生命体。

「そいつらはどうなった?誰によって倒された?」

ディスプレイにはあらゆるエイリアンが表示され、それらが倒れていく映像が流れていく。頭ババアはそれをただ眺め続けた。

「惑星ガリフレイ出身のタイムロード。迫りくる嵐。それが僕だ」

ドクターは彼らのもとへ歩み寄り、こう言った。

「早くこの星から出ていけ。出ていけば見逃してやるさ」

ドクターは自信があるという顔をして頭ババアに言い寄った。

「もし断れば?」頭ババアはにやりと笑った。ドクターの顔から余裕がなくなった。

「覚悟するんだな」

ドクターはそう言うとはしごに向かって駆け、宇宙船の外へと出た。

 




隅田仁はドクターのよく使う偽名、ジョン・スミスの日本版です。
ジョン・スミス→すみす・じょん→すみだ・じん→隅田仁 というわけなのです。
大体二文字違うでしょうか。


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第一話 TERROR SCHOOL 〈転校生〉 PART5

第一話の最後です。どうやってグレイヴを倒すのか・・・



 

 

工事現場を抜け、ターディスのほうへと走っていき、青い扉を開く。

「良かった。戻ってきた」華は安堵の表情を浮かべた。

ドクターは真っ先にターディスの中心にある機械をいじりだした。

「奴らを説得しようとしたんだが無理だった。奴らは明日の朝、全校朝会を利用して侵略を開始する」ドクターは早口でまくしたてる。

「それで、どうやってグレイヴを倒すの?」

それを聞いてドクターは頭を抱えて椅子に座った。

「それは…考えてなかった」

ドクターは落ち込んだ様子だった。しかしその瞬間に再び口を開いた。

「奴らは人の情報を奪い取って形を作る。インフォメーションコネクタは頭の中に侵入して情報を読み取る装置…」

「なら奴らに別の情報を加えるべきか?そうだ、奴らをひよこに変えよう!」ドクターは思い切りの笑顔を浮かべた。華もそれを見て笑い出す。

「いや、ダメだ。そうするには時間がかかりすぎる!それに一気に脳内にイメージを送り込んでも…ひよこなんてすぐに消える!」ドクターは再び頭を抱えた。

華もどうするべきか考えた。奴らを消すにはどうすればいいのか、人の脳内のイメージから…ドクターの持っているインフォメーション・コネクタに目をやった。

「…ねぇ、それって改造できる?」

「え?ああもちろんだ。でも改造してもこの大きさだ。脳内に侵入するには時間が…」

「みんなから“頭ババア”の記憶を消すの」華が自信満々に言った。

「消す?」ドクターは聞き返した。

「グレイヴが頭ババアの姿になってるなら、みんなから頭ババアの記憶を消す。そうすればアイツらは姿を失うんじゃ…?」

ドクターはそれを聞いて、口を大きく開けて驚いた。

「そうか…そうすればいいのか…おおっ!閃いたぞ!あいつらを倒す方法!」ドクターは一気に高揚し、ターディスの中を駆け回った。

「華!君は天才だな!僕は思い浮かべていなかった。インフォメーション・コネクタを脳内に侵入し記憶を消すサイクルに書き換えれば…」

ポケットからソニックドライバーを放り投げてキャッチする。そしてインフォメーション・コネクタにそれを向ける。青い光でインフォメーション・コネクタが照らされる。

「別の情報で書き換えるよりも消すほうが簡単なんだ。作るより、壊すほうが簡単なのと同じだ!」

ドクターはあまりの気分の高揚につい華にキスをしてしまった。

「んぉ!?」華は変な声が出てしまった。

「掴まってて、朝の全校朝会に向かう!」ドクターは機械のレバーを下げた。さっきと同じようにエンジンのような音とともにターディスは大きく揺れた。

華は顔が真っ赤になったまま手すりに掴まる。

「な、なんでキスしたの!?」

「え?ああごめん。ファーストキスだった?」

「いや、セカンドキスだったけどさ…キスするならせめて一言言ってよ!」さらに顔を赤くして叫んだ。

「ファーストキスはいつ?」

「え?小学5年のころだけど…言わせないでよ恥ずかしい!」

揺れれば揺れるほどさらに恥ずかしくなってきた。ドクターは機械に掴まりながらドライバーでインフォメーション・コネクタを改造している。

「これで記憶を消すサイクルにした。あとは全校朝会でこれを使うだけ…」

そう言った途端、ターディスの揺れは収まり、音も消えた。

「さぁ華、今は5月21日の朝7時50分だ。登校するぞ」

ドクターはターディスの外へと出た。空を見ると、綺麗な青空だった。世界が滅亡の危機に瀕しているとは思えないほどに。

「本当に朝になってる…さっきまで夜だったのに」華は驚いた。

「今登校すれば間に合う。さっさと行くぞ」ドクターが華の腕をつかむ。

「待って待って!私今私服だから!」

華は来ていたデニムのズボンを引っ張って言った。

「ああそうだった。ターディスの中に女子生徒用の着替えがあるから。急ぐんだ」

「どうして女子用の着替えがあるの?女装趣味でも?」

ドクターはターディスによりかかりながら言った。

「前は女性だった」

 

 

ターディスの奥へと入り、着替えてきた華。もはや広さには驚かなくなっていた。

「少々サイズが小さいな。ピチピチになってるぞ」ドクターが華を見て言った。

「うるさい。早く学校行くよ」華がドクターの腕を掴んで歩き出した。

キーンコーンカーンコーン キーンコーンカーンコーン

既に何人もの生徒が学校に登校している。華たちもそれに合わせて学校に向けて歩いていく。華がドクターの手を握りながら。

「あれ…?華…?」

後ろを歩いていた光輝はその後ろ姿が華だとはっきり分かった。

「あいつ昨日の転校生…?どうして…?」光輝はだんだんスピードを落としながらそれを見つめていた。

校門を抜け扉へ。廊下を通って階段を上り2年B組へ。

「フォースフィールドって解除されたの?」華が教室の扉を開けながら言った。

「ターディスで抜け出した後に解除された。フォースフィールドは僕を閉じ込めるためのものだったからね」

教室は昨日と同じく騒がしく、入ってきたドクターと華はすぐに彼らの騒ぎに巻き込まれた。

「よぉ仁!あれ?どうして華と一緒に?」

すぐに男子生徒がそのことに対してつっこんだ。

「まさかー…あれー?」

女子生徒もそれに便乗し、はやしたてた。

「付き合ってるー!?」

教室は驚きの声に包まれた。アキは遠くの席から華に対して手を振っていた。

「ま、まさかそんなわけないじゃん!」華は顔を真っ赤にして叫んだ。

「でもほら、手繋いでる!」男子が二人の間に指をさした。確かに手をぎゅっと握っている。

華はすぐに離して顔をプクーッと膨らませた。

「確かに手は繋いだしキスもしたけど付き合ってない」ドクターは空気が読めないのかそんなことを言い、さらに周りを騒がせた。

「い、言わないでよそんなこと!!」

「そうなのか?」ドクターは華のほうを向き、自分が変なことを言ったことに気づいていないようだった。

それを後ろで見ていた光輝は驚きのあまり後ろに転がってしまった。

ドクターはそれに気づき、彼に対して手を振ったが、光輝はスネてダッシュで廊下を走り去っていった。

「1日でそんなことするなんてロマンチック~」女子の騒ぎも大きくなっていく。

最初に入った時に比べて2倍、3倍も教室がうるさくなった。華はあまりの恥ずかしさに体温がだんだんと上がっていく。

「みんなそろそろ席に着いたほうがいいぞ。今は7時20分だから」

学校のチャイムが鳴り、クラスメイトは全員席に着いた。ドクターは華とは離れた席。別れ際にドクターはポケットからサングラスを取り出し華に手渡した。

「これを使えば記憶は消えない。全校朝会の時これをかけてて」

「なんか…メンインブラックみたい」華はつぶやいた。

「そんなところだ。僕の分もあるから心配しなくていい」

二人が席に着くと、担任の先生が入ってきた。ドクターもみんなに合わせ、起立、礼をした。

「ねぇねぇ、どうして仁くんと付き合ったの?一日でいきなり付き合うだなんて…」アキは華に小さな声で話しかけた。

「だから付き合ってないってば。登校が一緒だっただけ」

「キスはどうしてしたの?」

「あっちが勝手にテンション上がっちゃってキスされたの。今度セクハラで訴えようかな」華は冗談交じりに笑った。

「やっぱ仁って変な奴だね」アキは同調した。

「今日は全校朝会がある。全員廊下に並んで体育館に行くぞ」

先生がそう言うと、一同は起立して廊下へと並び始めた。その途中のこそこそ話では、仁と華の話題が聞こえてきた。そしてたまにこちらを見てくる。

恥ずかしいったらありゃしない。華は下を向きながら並んだ。途中でドクターのほうを見ると、彼はウインクを返した。

「よし、それじゃ行くぞ」先生の合図で全員は動き始めた。

それをどこからか見つめる生首。頭ババアは窓の外から華とドクターを見ていた。

 

「我々がこの星を頂くのだ、ドクター」

 

 

3年、合わせて9クラスが体育館の中に集まった。先生も含め300人を超える数の人々が集まっている。先生たちは体育館に生徒たちを並ばせた後、体育館のステージ横で校長先生のあいさつの準備を進めていた。その中で先生たちは事務員が消えていることについて話し合っていた。

ステージが整備され、校長先生が壇上に上がる。それと同時に、体育館に何者かが近づいていた。

華は校長先生が上がったのと同時にサングラスをつけた。

「どうしたの華?」アキが聞いた。

「え?いやちょっと校長先生が…まぶしくて」そう言ってやりすごした。

「変なの…あいつといたらあんたまでおかしくなっちゃった?」

校長先生がマイクを2回叩き、話を始めた。

「えーみなさん。今日は何の日か知っているでしょうか?この天ノ川中学校が開校35年目の…」

体育館の扉をゆっくりと何かが開けた。赤くほのかな光を発しながら。

「おい、なんだよあれ…」

扉に一番近かった3年生の男子が声を上げた。

「生首…?」

それは頭ババアだった。白い目を見開き、金切り声を上げた。

 

その一瞬で体育館中はパニックに陥った。頭ババアは入り口の扉だけでなく体育館の窓などからも侵入した。

「キャアアアッ!頭ババア!!華、華早く逃げないと!」アキが華の腕を掴む。華はアキの肩を掴んだ。

「大丈夫。仁がなんとかしてくれるから」

「ど、どういうこと?」

頭ババア達の金切り声はとてもうるさく、窓ガラスを破壊するほどだった。

「なんだ?何が起きてる!?」校長は壇上の上であわてていた。

ドクターは人ごみをかき分け、壇上に駆け上がる。

「ごめんなさい校長先生、マイク貸して貰えますか?」

「なんだ君は?」校長はドクターを見つめた。

「いいから早く。じゃないと全校生徒全員死にますよ?」

先生たちも目の前に現れた怪物に得も言われぬ絶望と恐怖に襲われていた。

半ば強引にドクターは校長からマイクを奪った。

「こちら隅田仁だ!ほらみんなこっち向いて聞いて!頭ババアなんか気にするな!」ドクターは全校生徒に向けて叫んだ。

「ほらほらこっちを向いて。華、ちゃんとサングラスかけたか?」

ドクターが聞くと、華は親指を立ててドクターに向けた。

「よし、僕もかけよう」ドクターはポケットからサングラスをとって目にかけた。

頭ババアたちもドクターのほうを向いていた。

「お前らに最後の忠告をしよう。これなーんだ?」さらにポケットから改造したインフォメーション・コネクタを取り出した。

頭ババア達はギギギギという音を鳴らしながらドクターへと近づいていく。

「僕にやられたくなかったらとっとと体育館から外に出て宇宙船に乗ってどこか遠い星に行け。これは最後だぞ?」

それでも頭ババア達は引き下がらず、ドクターのほうへと近づく。

「僕は忠告した。自業自得だからな」

そう言うとドクターはインフォメーション・コネクタのスイッチを押した。すると真っ白い光が体育館中を包み込んだ。

「何?今何が起きたの?」アキは華のほうを向いた。

「これでアイツらは消えた…」華は安堵した。しかし空中には赤い光を放つ球体が浮かんでいた。

「消えてない…!?」

「今ので僕はみんなの記憶から頭ババアを消した。グレイヴ達はよりどころとなる姿を失った」

赤い光は怒り、ドクターのほうへと接近する。

「さぁみんなあの赤い光を見て、覚えて!」ドクターは叫ぶ。

「2回目だ。これで終わらせる!」

ドクターは再びインフォメーション・コネクタのスイッチを押した。再び白い光が体育館中を包み込んだ。

 

 

 

「ねぇ、ちょっとどこに行くの!」華は体育館から去っていくドクターを追う。

「僕の役目は終わった。グレイヴは一匹残らず消したよ」

「消したって?」華が聞いた。

「まず全校生徒の脳内から頭ババアの情報を消す。奴らは情報をもとに姿を作る。情報が無くなれば頭ババアの姿に化けられなくなる」

「そのあと、生徒たちにグレイヴの真の姿を記憶させた。奴らが生徒の記憶とリンクしてるうちに生徒たちの記憶を消せば…」

「奴らは本来の姿にすら化けられなくなる?」華が答えた。

「その通りだ。奴らは情報から体を精密に作り出す。再現度高くね。奴らは“無”に化けたんだ。精密に」

「でも私たちは頭ババアのことも、グレイヴのことも知ってる。私たちは覚えてる!」華は完全に彼らを消滅したとは思えなかった。

「大丈夫さ。一人二人の記憶だけでは彼らは肉体を作れない。」

ドクターは学校から出てターディスへと向かった。

「ドクター!!」華は走ってドクターを追いかけた。

「すまないけど僕はもうこの学校から去る。今度退学届けを出す」

そう言ってドクターはターディスのドアを開いた。

「じゃなくて、それって過去にも未来にも…行けるんでしょ?宇宙にだって」

「もちろんだ。でも危険すぎる。まだ中学生だし、君を連れていくことは…」

「あんたのせいで宿題ができなかった。このままじゃまた、たんまり宿題が出されちゃう」

華は腕を組んでターディスによりかかった。

「一緒に連れて行ってくれないとあんたのことすっごい恨むからね」

「…」

ドクターはそれを聞いて沈黙した。どうやら考えているようだ。

「…どの時代の、どこに行きたい?」ドクターは笑顔で華に聞いた。

「2112年!」

「どうしてその時代に?」

「えーっと…ドラえもんがさ、本当にその時代に作られてるか知りたくて」

「あー…2112年の地球は君の想像よりも科学が発展してないんだ。だから…」

華は少し落ち込んだ顔を見せた。

「…でも確かドラえもんによく似たロボットが作られたって話はうっすら聞いたことがある!」

ドクターが華を掴んでターディスの中へと入れた。

「確かめに行くか?」

「もちろん!」

華はドクターの手をぎゅっと握りしめた。ドクターは手をつないだままターディスの操作盤へ。

「さぁ一気に100年分飛ぶぞ。一瞬だが揺れは強い。しっかり、手を繋いでて」ドクターは華の手を握る。そして機械を何度もいじった後にレバーを引く。

すると大きな揺れと、いつものあの音が響き渡る。

「ようこそ三崎華、ターディスの時間旅行ツアーだ!」

「あっ、降ろす時はちゃんと私が宿題を終わらせた後ね!」

 

地球外生命体グレイヴを討ち、ドクターと華、ターディスに乗り込んだ二人の新たな冒険が始まった。

ターディスはいつものエンジンの音、そして大きな揺れと共に未来へと向かっていく。

 

 

 

 




第一話終了です。第二話は現在執筆中です。
恐らく次回は週明けに。
つたない作品でしたが、楽しんでいただけたようであればとても嬉しいです。


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第二話 SPACE TRASH 〈宇宙のゴミ〉 PART1

今回から第2章です。舞台は未来の宇宙船。でもあくまで日本が舞台なので…


星々が輝く宇宙の世界。空気の存在しない宇宙空間は、人間にとっては美しくも地獄の世界である。

今から200年後の2219年。地球はまだ存在している。その大地に人、植物、動物、虫が息吹き、魚は水の中を泳ぎ続けている。

どこかで紛争や喧嘩は起きようとも、地球全体はまだ“平和”のラインから逸脱はしていない。

しかし、この200年間で大きく変わったことが一つ。それは宇宙開発が大きく進んだこと。アメリカを始めあらゆる国々が広き宇宙にその探求の目を向けたのだ。

2076年に宇宙エレベーターが完成。その後50年後には富豪は必ず自家用宇宙ジェット機を持つほど宇宙は身近な存在に。

そして一般人が宇宙に行ける日もついにやってきた。2195年、宇宙居住船ヤマタノオロチが完成。年収100万にも満たない家族でも手を出しやすい価格で宇宙物件が売りだされた。

 

 

「そんなのがあるんだ…」

ターディスの中の小さな階段に三崎華は腰をかけている。

「ああ。2112年時点ではまだ宇宙に行くことはかなりの費用がかかって大変だが、100年後はほぼ当たり前の時代だ」

ドクターが操作盤のレバーを引く。するとターディスはいつもの独特なエンジン音を鳴らしながら大きく揺れる。

「今度は宇宙旅行?」

華が手すりにつかまりながら言う。

「その通りだ。ドラえもん工場はどうだった?」

「もう最高だった!まさか本当に作られてるだなんて!漫画より高性能だと思ったし…」

「人類はこれからさらに進化していくんだ。進化の歴史を見るのも時間旅行の楽しみの一つだ!」

ドクターに連れられ2112年の未来を見学した。想像以上に“未来”と言える世界で、現在の建物が残りながらも、見たことがない高層ビルだらけであった。

それを見るのと同時に、これは夢ではないと再びその身にしみるのであった。

ターディスのエンジン音が小さくなっていく。それと同時に揺れもだんだんと収まっていく。

ドクターは操作盤の前からドアの前まで走っていき、その青い扉を開けた。

「ロボット工場の次はここだ。ようこそ三崎華、ここが200年後の宇宙だ」

華が扉の前まで歩いていく。そこから見えるのは青い地球。そして白き星々の数々。

「地球は青かった…」

つい口から漏れ出たその言葉。

「ガガーリンの言った通りだろ?」

そこは汚れていない白い壁に白い床。自分の何倍もある大きな窓のある部屋だった。

「2219年。宇宙居住船ヤマタノオロチ参号だ」ドクターはその船の名前をつぶやく。さっきドクターが話していた宇宙居住船。それに今、2005年の3月15日生まれの14歳の少女が乗っている。

 

 

ドクターは部屋を出る前に服を着替えた。青色のTシャツの上に赤いジャージ。下はデニムのパンツだ。

「変なファッション」

華がつぶやく。

「中学生用となるとこれしかない。今度お店に行って新しいのを買う」

ドクターと華はその部屋にあった唯一の扉を開いた。たくさんの扉が並ぶ部屋…ここは廊下だろうか。ドクターは華の手を握りながら廊下を歩いていく。

「人類が初めて作った宇宙居住船だ。絶対安心の設計で、地球の重力場とは真逆のものを搭載してるから地球に墜落することがないんだ」

「そういえばここは宇宙よね?どうしてぷかぷか浮かばないの?」

「ぷかぷか浮かぶ?」

ドクターは不思議な顔で華をみつめた。

「ほら、宇宙って無重力でしょ?ここが宇宙なら…」

「この船は人工の重力を発生させてる。2070年に完成した技術だ」

ドクターはジャンプしながら言っている。

「その技術の完成が、宇宙エレベーターの完全な完成の手助けをした」

「未来ってすごいんだ…本当にSFの世界みたい」

「まさにSFの世界だ」ドクターは腕を広げて言った。

「そういえば名前がヤマタノオロチってことは…これって日本製?」

「製作と運営は日本だ。でもパーツは全部中国製。」

「中国製?墜落しない?」

その言葉に華は少々不安を覚えた。

「何言ってる?中国もこの200年で技術が進化した、宇宙船事情の70%は担ってる。中国人が聞いたら怒るぞ?」

「それもそうか」

華はすこし安堵した。

ドクターと華は廊下をしばらく歩く。たまに人とすれ違うが、誰もが日本人だ。まぁ日本が運営しているなら日本人が多いのも当たり前か。

ドクターはある扉の前で立ち止まり、その横に合ったパネルのようなものをいじりだす。すると扉が開いた。そこは一面畳で、障子もはられている和室だった。

「ここが僕の部屋だ。」

ドクターが靴を脱ぎ、部屋の中へと入っていく。

「外はあんなに近未来なのに…中は和室だなんて!」

「洋室にもできるよ」

ドクターが照明のスイッチのようなものをいじると、突然ソファやダイニングテーブルが現れた。

「最先端の機能だ。これで家賃は17万。安いだろ?」

「すっごーい!私にもいじらせて!」

華がさきほどのスイッチを連打する。

「言っとくが、和室と洋室だけだから他は出てこない」

ドクターがそう言うと、華はスイッチを押すのをやめた。

「なーんだ。あっ、あれは窓だよね!?」

華はまた別の方向へ走り出した。

「ずいぶんとテンションが高いな…」

ドクターは笑いながら小さな呆れを持った。

「当たり前でしょ!初めての宇宙なんだから!」

華は窓のカーテンを開いて窓を開けようとした。しかし、窓は開かない。

「ターディスと違ってフォースフィールドが張られてないから窓を開けたら空気が飛ぶ。頑丈に作られてるんだ」

ドクターは窓をコンコンと叩く。

「でも…宇宙って綺麗……」

華が窓の外を見る。地球からは見れない、数多くの星々が鮮明に見える。

あの星に生命体はいるだろうか、あの星に水はあるだろうか…一つ一つの星々に思いをはせる。あの星も、この地球を見ているだろうか。

「ほら、あの光る星が見える?」

ドクターが輝く星を指さす。

「あれ、オリオン座?」

華がそれを見て言った。数ある星座のうちの一つだ。

「オリオンのベルトは三つの星で成っている。あの星全部に生命体が住んでいるんだ」

「もしかして、あそこの星の出身なの?」

華が質問をする。彼がどこの星の出身かは知らない。

「いや、僕の故郷はここからじゃ見えないぐらい遠くにある……オリオンのベルトに住むオリオン族の話をしようか?」

「それ聞きたい!」

興味津々なようだ。ドクターはその巧みな話術で話を始める。

 

「……それで奴らに塩をぶっかけてやった。やつらにとって塩はどうやら猛毒みたいですごく苦しんでた」

「ひどいなぁ」

「僕は知らなかった。もちろんそのあと助けてやったさ。殺しは好まない。しかもそのあと奴らは何を思ったか僕を神のように崇めたんだ。ドクター座なんてのが作られたりもしたし…」

「殺しは好まないけど、グレイヴは殺した?」

華が怪訝な顔で聞いた。

「非道な連中は倒さないと。この宇宙には憎悪しか持たない種族だっている。そいつらは自らを至高の存在として他の生物を殺めていくんだ。説得すら聞かない自己中な奴らに慈悲は持たない」

そう語るドクターの顔からどこか悲哀が感じられた。華は彼の手に自らの手を重ねる。

「本当に?あなたはそんな無慈悲には見えない」

「……ああ、そんな奴らを説得したこともあるし、慈悲を持ったことだって。救おうともした。だけどいつも裏切られ…罪のない命が奪われていく」

「それが耐えられない。慈悲は持たないようにしてる。……でもどうして僕はいつも、希望を持ってしまうんだ?結局ただのお人好しか?」

「お人好しかも。でもそれで私は救われた」

華は宇宙を見つめながらつぶやく。

「それでいいんじゃない?完璧じゃなくて。私だって完璧じゃない。いつも遅刻するし宿題だって忘れるし……」

「……そうだな。深く考えるとターディスから降りたくなってくるからやめようか」

ドクターは再び笑みをその顔に戻した。

宇宙を旅しているという、彼にはわからない点が多い。彼が結局何者なのかも、いまだにわからない。しかしさっき見せたその悲哀の表情に、華はどこか信用できるという気持ちを持った。

 

 

「こちらエンジン第7セクターブロック。エンジンの残量が残り30%。補充を頼む」

薄汚れたその部屋には、大きなエンジンとおぼしきものが大きな音を出している。そこでずっと働く人にとってその音は日常茶飯事なので気にしていない。

《こちら地球間船第3港。悪いが燃料船の到着が6時間遅れる》

「何だって?すでに残量が30%なんだ。省エネにしても4時間半で切れる。そうなれば三頭と四頭が停電して無重力になる。責任を負うのはこっちなんだ!」

男は声を荒げて電話の相手につめよる。

《…分かった。だが今こちらから回せるのが星燃料しかない。それで足りるか?》

「しょうがない。それで十分だ。あんまり星燃料は好きじゃないんだけどな…」男は愚痴を吐く。

《では星燃料をそちらに送る。燃料船がつき次第燃料もそちらに送る》

「了解。」男は電話を切った。

「はぁ……ゴミ燃料は燃費が悪くて、好きじゃないんだよなぁ…」

そう言いながら男は、小さな扉の前で待機する。数分後、その扉が開いた。そこには小惑星のかけらのようなものが置いてあった。

「これをあと3つか?ったく、ワンオペは最悪だぜ…」

男はかけらを両腕でひろいあげてエンジンへと向かう。男は気づいていなかった。そのかけらから一匹の、白い小さな“虫”が這いだしたことに。

 

 

 




ドクター・フーのシーズンに一つはある宇宙船回。シーズン2の暖炉の少女回が印象ちょいですね。あの回はシリーズ5のエイミーのとなんだか似た話だと思います。脚本家同じからだからでしょうか。


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第二話 SPACE TRASH 〈宇宙のゴミ〉 PART2

ヴァシュタ・ナラーダって怖いですね。夜寝るとき電気消して寝れなくなってしまう。
いずれこのシリーズでも出そうかな…なんて検討している最中です。


 

「それじゃあ次は市場だ。居住するには何が必要か?それは植物と食物だ」

華の手を握りながら部屋を出ていく。華はわくわくしている。

「どうして植物が必要なの?」

「酸素を作り出すのは植物だ。酸素がなけりゃ人間は死ぬ。巨大な植物園もここには存在するんだ。野菜だって栽培してるし、牛もいる!」

「じゃあステーキとかも売ってる?」

「もちろん。マクドナルドだってあるし、ケンタッキーもある」ドクターはそう言って廊下を進んでいく。そこは天井高く、広い空間にいくつもの屋台が並んでいる。

「これはお小遣いだ」ドクターがポケットから財布を手渡す。

「200年後も日本円なんだ」ドクターから渡された財布の中身をあさりながら言う。

「この時代の日本円は少し違う。10円玉は平等院鳳凰堂から国会議事堂になってる。」

「どうして国会議事堂?」華は少し疑問に感じた。

「2100年に国会は新国会議事堂に移った。それからは10円玉が国会議事堂なんだ」ドクターは巧みに説明をする。

「私だったら東京タワーにするのに」

「東京タワーは2080年に取り壊された」

「本当!?」それを聞いてとても驚く。

「跡地にアニメやゲームのテーマパークが作られた」

「それなら…別にいいや」それを聞いて安心した。

「いいか?東京タワーのフォルムは好きだったから悲しいな」ドクターがつぶやく。

華はドクターから未来の話などを聞いて楽しんでいた。今まで友達と話していた話題とは全く違う、新鮮な感じだった。時折自分でもついていけない話題になることもあるが、

ドクターのその喋り方やジェスチャーはとてもその若い見た目からは考えられない。本当に喋りが上手いねと言ってみると、「2000年も生きてれば嫌でも上手くなる」と言っていた。

二人の歩く市場は多くの人々が商品を吟味していた。華とドクターも200年前からあるものから、この時代に生まれた新たな製品を見たり、いじったりしていた。

「この時代にも花屋はあるんだ」

華が一つの店に目を留める。幣原生花店と書かれているそのお店にはたくさんの綺麗な花が飾られていた。華はそのお店の中へと入っていく。

「花が好きなのか?名前通りなんだな」

「好きなのは悪い?」

「まさか。とても素敵なことだと思うさ」ドクターが一本の花を見つめながら言う。その花は美しい赤色の花びらをつけている。

「私が一番好きな花だ」華もそれを見つめる。

「……ああ、僕も一番好きな花だ」一本それをつまむ。

「私のお父さんがね、お母さんにプロポーズした時にその花をプレゼントしたんだ。今は押し花でしおりになってる」

「バラの花か…」ドクターは哀愁の目つきをしている。

「英語だとローズ。私と好きな花が一緒なんだね」

「昔、ローズって名前の友達が居たんだ」ドクターはその花をずっと見つめている。無意識に、その花に吸い込まれていくように。

「その人は今どこに?」華が聞く。

「会えないほど遠いところに。」

ドクターはバラの花を戻した。

「お買いになられないんですか?」奥から店員が現れた。

「いや、そういうわけじゃ…華、どうする?」

「部屋に飾ろうよ。薔薇の花5本ください」華は財布から500円玉を取り出す。

「どうして5本なんだ?」ドクターが華の持つ花束を見つめて言う。

「知らないの?バラは本数によって花言葉が変わるの。花言葉は「出会えたことの喜び」…なんだって」華が笑顔を向ける。

「似合わずロマンチストなんだな」

「あなたも少しはロマンチストになってみたら?」華は花束を持って店を出る。

 

 

エンジン第7セクターブロックに、一人の男が懐中電灯とタブレットを持ってやってきた。

「燃料は既にすべて送ったはずだ。なのにどうして残量が残り28%なんだ?」

男がタブレットのようなものをいじりながら言う。エンジン室はまったく電気が点いておらず、真っ暗だ。

「ここが真っ暗になるぐらい電気の消費が激しいのか?困ったお客たちだ」

男が歩き続けると、さきほど別の男が小惑星のかけらを持ち出した小さな扉の前に。

「まったく、送った燃料を使ってないじゃねぇか」

小惑星のかけらは何度もその部屋に送られていた。その数は10ほど。そのうち9つは小部屋に置かれたままだった。

「既に30分は経ったぞ?何やってんだここの担当は…」

しばらく男が歩く。すると何かにつまづいてしまった。何につまずいたんだ?と思いそれに電灯を当てた。

「うおおっ!?」

それは白骨化した男の遺体だった。肉はほとんど見当たらない。

「何が起きたんだ…?」懐中電灯で遺体を照らし続ける。すると突然その白い骨が音を立てて崩れ始めた。

それはただの崩れ方ではなかった。“食われ”ている。骨が食われている。遺体の衣服も現在進行形で食われている。

「おいおい、なんだよこれ…?」

それを食っていたのは白い、3センチほどの小さな虫だった。

「なんで虫が…?ここの外は宇宙だぞ…?」男が電灯で今度は天井を照らす。するとそこには何千、何万匹もの虫が居た。しかも船を喰らっている。

「ひぃっ…!?」男が逃げようと右足を動かそうとする。しかし右足には何百匹もの白い虫が這っていた。

「うわぁっ!?離れろ!離れろ!」手で振り落とそうとしても無駄だった。喰らうたびに数が増えていく。一匹が二匹に、三匹が六匹に。

「誰かぁぁ!誰かぁぁ!」男の体は次第に白い虫に覆われた。タブレットと懐中電灯は手から滑り落ち、地面にたたきつけられた。そのタブレットと懐中電灯に白い虫が這い、それをも喰らった。

 

 

ドクターと華は既に部屋に戻っていた。華はさっき買った薔薇の花を飾る場所を探していた。ドクターはというと部屋のベッドで寝転がって変な機械をいじっていた。

「えーと、ここがいいかな?でもやっぱりこっちのほうが…」

部屋を歩き回りながら飾る場所を探す。数分間考えた後、置く場所をついに決めた。

「ここでいいかな」

その場所は窓のそば。宇宙を背景に薔薇の入った花瓶を置く。

「ねぇ、ここにはどのぐらいいるの?」

「君が帰りたいならいつでも。さっきの市場とこの船を見せたかったんだ」ドクターが機械をいじりながら答える。

「もし帰ったら、花の世話は誰が?」この花が枯れてしまわないか心配だった。

「あー、それなら問題はない」いじっていた機械を置いて華のそばまで歩いてきた。

「200年後の薔薇は品種改良が進んでる。1年は水をやらなくても枯れないんだ」

「それじゃあ1年後に水をあげにこないと」華が言った。

「そうだな。次来るときは1年後に調整して来よう」ドクターはベッドに戻り、座りながら再び機械をいじりだす。

華は赤と青に光る、ドクターのいじっている機械を見た。ピコピコと音を鳴らしながら、羽のようなものが回転している。

「それって何の機械?」

「信号を追う機械だ」

「信号?」

「僕が君の学校に来たのは、学校から強い信号が発されてるからだと言ったよな?」

「うん」華はうなずいた。彼が学校に転校してきたのは、グレイヴが宇宙船から発していた謎の信号を追ってきたから。その信号の正体は人の脳内から情報を引き出すものだと分かったはず。

「だけどその信号の裏にまた別の信号があったんだ」

「別の…信号?」

「とても微弱なんだ。でも範囲が広い。グレイヴの発していた信号は確かに強いものだったが宇宙の果てまで届かないものだ」

「だけど裏にあった信号は宇宙の隅々まで届いてる」機械はいまだピコピコとなり続ける。

「時空をも超えて。ここからでも信号が観測できる。その証拠にこいつが反応してる」

「その信号はどこから?」華は前かがみになってドクターの横へ。

「微弱すぎて追跡できない。もっと時間をかけて解析しないと」ドクターが立ち上がる。それと同時に、部屋の電気がすこし消えかけた。

「なんだろう?」華が消えかけた電灯を見て言った。

「さぁ?電気が切れかけるなんてどこにでもある。せっかく宇宙船まで来たんだ。宇宙船らしいところを見に行こう」

「宇宙船らしいところって?」

「エンジンだ」

そう言ってドクターは機械をベッドに置いて部屋の扉を開けた。再び白い廊下を歩いていく。今度は市場とは逆の方向だ。

「宇宙船にエンジンが?」

「この宇宙船は地球と近い。それに数万人は乗ってるから重い。エンジンで発電して明かりをつけるし、地球との間を維持してる。エンジンが動かないと停電して地球に落っこちる。電気が切れかけるなんておかしいな」

「どうして?」

「この時代の船は精密にできてる。このようなトラブルはあり得ないんだ」

「怖い…この船のエンジンは日本製かな?」

「エンジンと言えば日本製だ。安心安全の。トラブルが絶対起きないとは限らないけど」

 

 

二人はそのまま船の奥へ。しかし進む途中で異変が起きた。船の中のライトが点滅を始めたのだ。

「さっきエンジンで発電して明かりを点けるって?」

「絶対トラブルが起きないとは限らない」

そう言って二人は進んでいく。途中で見た人々も点滅する明かりを不審に思った。

「エンジン室で何かが起きたんだろう。間違って燃料を入れるところに人を入れたとか、上手く発電できてないとか」

明かりもだんだん暗くなっていく。

「ねぇ、戻ったら?」

「エンジンの様子が気になる」そう言ってドクターはさらに奥へ。

数十メートル進むと、そこには扉が一つ。そこには「エンジン第7セクターブロック」と。

「この中がエンジンか」ドクターが扉にソニックドライバーを当てる。

「さっき開いた痕跡があるな…」そういうと、突然後ろから少女の声が。

 

「入らないほうがいい」

「入らないほうがいいって?」ドクターがドライバーのスイッチを押すのをやめ、彼女に聞いた。

「さっきこの第三頭の管理者の人が入っていったの。でもそのまま出てこなかった」

「何か調査しに来たんだろう。異変が起きてたから」

「最後に叫び声が聞こえたの。」女性がうつろに話す。

「船の管理者に連絡は?」

「私みたいな一般人は連絡できない」

「どうして?」ドクターが不思議そうに聞く。

「アパートの大家に住民の責任があるみたいに、ここの管理者は責任を持ってないの?」華も不思議そうに聞く。

「昔の話よ」

「大丈夫だ。僕たちが調査しに行く」

「あなたたちは?子供が勝手に入っちゃ…」

「中学生のメカニックだ。狭いところに大人は入れないからね」ドクターは手帳のようなものを見せる。少女は納得したようだ。

「でも気を付けて。何かがいるのかも」

「もちろん。いつも気を付けてる」

ドクターはそのまま奥へと進んでいく。華も一緒に。

「前に工事現場の人に見せてたけど、その紙何?」華がドクターの持つものを奪い取って言った。

「サイキック・ペーパーだ。相手に見せたいものを見せることができる。僕の学生証でもある」

華が見つめていると、だんだん「隅田仁」の学生証に変わっていく。

「本当だ…どういう技術なの?」

「ずいぶんと昔から持ってるから…忘れた」

 

 




次回も明日。男を襲った白い虫の正体とは?


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第二話 SPACE TRASH 〈宇宙のゴミ〉 PART3

シリーズ4のラストまで見ました。「旅の終わり」では感動して涙腺がうるうるきました。興奮するエンディングでしたね。




 

二人がエンジン室の奥に進んでいく。オイルの独特な匂いがあたりから臭う。たくさんの配線とパイプに囲まれていて、奥は闇に包まれて前が見えない。

「ここは完全にライトが消えてる。やはり発電されてないな」

ドクターが懐から懐中電灯を取り出し、暗闇を照らす。静寂の中から恐ろしい光景が目の前に現れた。白骨化した遺体だ。

「死んでる…!?」華が遺体を見るや否や後ずさり。

「骨で生きてるはずがない」ドクターは逆に遺体に近づき、ソニックドライバーで骨を調べる。

「これは…這った跡か?噛んだ跡かも。」ソニックの光を見ながらドクターが答える。彼にはこの骨の情報が見れるのだろうか…

「何が?」華がおそるおそる聞く。

「虫だ。小さな」

華は驚いた。彼女は虫が大の苦手なのだ。

「虫!?そんなのがいるなら戻ろうよ…」

「でも遺体が本当に虫に殺されたのか…」

ドクターが調べる。暗く音のない空間にはソニックの音が。しかしそれだけではない。

華は耳を澄ました。何かが聞こえる。カサカサと、なにかが這う音が。

「大群だ。小さな虫の」

ドクターはゆっくりと天井に明かりを向ける。

闇にうごめくそれの正体。そこには3センチほどの白い小さな虫が群れをなしていた。

「ひぃぃっ…」華はドクターの袖をつかむ。

「よし、決めた…逃げろ」

 

 

ドクターと華が走り出す。それに気づいたかのように虫の大群も天井から落ちてきた。ゴキブリの這う音何百匹分が二人を追いかけていく。

ドクターがドライバーで設置してあったパイプを切断。冷気が噴出したが虫には効かなかったようだ。

二人の足は速く、すぐに扉から外へ出ることができた。ドクターはドライバーで扉にロックをかける。

「はぁ…はぁ…あれって…何?」焦り走った華は息を切らしながら質問をする。

「白い虫だった。人食いだ。宇宙のグンタイアリかも」ドクターがソニックドライバーを鳴らしながら言う。

「中には何が?」

さっきの少女が現れた。

「知らないほうがいい。特に女性は」

「軽くトラウマになるよ、あんなの見たら…」華はぜぇぜぇと息を吐く。

「だけど奴らはこの扉を越えられないさ。この船の管理者に会って、第三頭には虫がいると…」

すると突然大きな音とともに船体が揺れた。

「なんだ!?何が起きてる!?」

ドクターが扉のほうを見ると、小さな穴が開いていた。それがだんだんと開いていく。まるで何かに“食われている”ように。

「まさか…喰ってるのか!?」

ドクターがソニックドライバーを扉に向ける。

「まずい、来るぞ…」

扉の穴が大きくなると、中からさきほどの虫の大群が現れた。

「逃げろ!」

ドクターと華が走り出す。そしてさっきの少女も。ドクターは逃げる途中、扉を叩きながら中にいる人へ「逃げろ」と伝えた。

虫はだんだんと群れをなし、追いかけてくる。数は減るどころか船を喰うたびに増えていく。走り去っていくドクターを最初は不思議そうに見ていた乗客たちだったが、虫の大群を見ればそんなことは気にせず、叫びながら奥へ奥へと逃げていく。

 

 

ヤマタノオロチ参号、コントロールルーム。多くの人がここでモニターを見ながら船の管理をしている。

「江原船長、第三頭のエンジンが完全に停止しています」第三頭のモニター担当の男性が、船長を呼びかける。

「まさか、さきほど燃料を送ったと通達が入ったはずでは?」

「しかし、エンジンが停止しています。いや、待ってください」

「どうした?」

「エンジン第7セクターブロックが…ありません」

「どういうことだ?」船長の男はモニターへと近づく。

「停止だけじゃありません。その部分が落ちてる…?」

 

 

ドクターと華は逃げ続けている。後ろには虫の大群が。

「あの虫は何だ!?人も船も喰らってる!」

後ろを見ると、追う虫だけでなく、船体を喰らっている虫も。

「船体が食われたら空気がなくなっちゃうんじゃ!?」華が心配そうに言う。

「その通りだ!さっきの市場までいかないと!」

ただひたすらに走っていく。頭ババアの次は虫に追われるとは。

「消火栓とかない!?」華がドクターに聞く。

「どうして消火栓が!?」

「時間稼ぎとかで必要でしょ!?」

「冷気はそもそも効かないし、宇宙空間で火事は起きない、燃えるものもない!消火栓は取り付けられてない!」ドクターはそう言ってさらに足を速くしていく。

「でもこのままじゃ追い付かれる!」

二人の後ろを何人もの人々が走っている。そのうち、太っていた男性一人が虫に追いつかれ全身にまとわれた。

「市場まであと100mだ!」

しかしだんだんと後ろに走る人々が喰われていく。100mもしないうちに追い付かれてしまう。しかし華は思いついた。すぐ前を走る男性がライターを持っていた。

「すみません!そのライター貸してもらいます!」華は半ば強引にライターを奪った。

「ドクター!いつものドライバーでこれを爆発させられる!?」

「ああ、簡単だ!」

華が虫たちのほうにライターを投げ、ドクターはライターにドライバーを向ける。するとライターは爆発を起こし、虫たちを後退させた。

「今のうちだ!」

ドクターと華を含む数人が市場への扉をくぐる。ドクターは後ろを見て誰もいないことを確認して扉を閉めた。

「市場の扉は頑丈だ。奴らには入れない…」

すると、突然大きな音と共に船が揺れた。

「今度は何!?」

ドクターが扉に取り付けられた小窓から逃げてきた第三頭を見る。華も一緒にそれを見る。しかしそこには何もなかった。逃げた廊下は存在せず、暗い宇宙が。

「まさか…そんな…」

「何が起きたの…?」

「まさか…第三頭が落ちた」

ドクターと華の部屋も一緒に、そのエリアが落ちてしまった。

「そんな、バラの花が…」華はその事実に悲しんだ。大事にしようとしていた薔薇が落ちてしまった。

「バラの花より大事なものが落ちた」ドクターは華よりも悲しみが深いようだった。

「バラの花より大切な…?」

「ターディスだ」

その事実に絶句した。この時代、この場所まで来た大事なタイムマシンがなくなってしまったのだ。

「無くなったって…ターディスが!?」

「恐らく…だけど一番近くの惑星に不時着するようセットしてある。その機能が壊れていたら宇宙に浮遊したままだけど…」

「どうするの!?このままじゃ帰れない!」

「そんなの僕も分かってる!一番困ってるのは僕だ!」ドクターはそう言って歩き出した。考えを巡らせているようだ。

「あの虫たちは何?」華、ドクターと共に逃げた少女が質問をした。

「そういえば名前聞いてなかった。あなたは?」華が少女に質問を。

「私の名前はエリ。よろしくね」

「僕はドクター、こっちは華だ」ドクターが華の分も自己紹介を。市場は突然第三頭が落ち、何人もが疲弊して帰ってきたことに関して大騒ぎになっていた。

ドクターは歩きながら、飾ってあったツボを手に持った。

「前にも船を食うエイリアンを見た。えーっとなんだっけ…無機物だけを食べる…」

「無機物?人は有機物じゃ?」

華が質問をした。遅刻をいつもしているとはいえ、勉強面では頭が悪いわけではない。

「プティンだ!前に病院船で遭遇したことが。でもあいつらは違うな…えーっと、プティンの…」

ドクターはまだ考えているようだった。

「そうか、バグラか!宇宙の害虫だよ」

さっきの虫の名前だ。ドクターはそれを思い出したようだった。

「バグラは幼体でプティンは成体だ。成体は無機物しか食べないが幼体のバグラは無機物・有機物見境なく喰らって成長する。しかも成体になるまでは単細胞生物なんだ」

「単細胞生物?それにしては大きかった」華がそれを聞いて疑問に。理科で習った単細胞生物はアメーバなど目に見えないほど小さいものだ。

「細胞にも大小はある。しかも幼体は無性生殖をして餌を喰らうたびに増えていく。でもプティンに成長するのはごくわずか。単細胞から多細胞に進化するのは何万分の一だ」

「幼体と成体で名前が違う?」

「カエルとおたまじゃくしみたいなものだ」

「でもさっき第三頭は落ちた。バグラも一緒に落ちたんじゃ?」エリが聞く。

「多くは落ちたかもしれんが…おそらく数百体は既にこちらに来ているかも。繁殖は時間の問題だ」

ドクターは市場の中へと入っていく。華とエリも一緒についていく。

「プティンには弱点がほとんどない。だがそれは成体での話だ。幼体なら弱点が存在するかもしれない…」

市場の騒ぎを聞きつけ、船の管理者の団体が目の前に現れた。

「第三頭が落ちたと聞いた。誰か第三頭からの避難者はいるか?」

「僕たちが避難者だ」ドクターが人の中で右手を挙げた。

「君は?」管理者の代表者と思われる人物が現れた。

「僕はドクター。こっちは華」

「私はこの船の船長の江原だ。君たちは中学生だな?両親は?」

「子供だけで来たんだ。親は…いなくて」ドクターが嘘の説明をする。

「さっきメカニックって?」エリが横から言った。

「あれは嘘だ。第三頭はバグラに喰われて落ちたんだ」江原に説明を行うドクター。それを華は横から見ている。

「バグラ?」江原が聞き返した。

「宇宙の害虫だよ。船の全体図が見たい。コントロールルームに案内してくれないか?」

「君にそんな権限はない」江原はズバッと断った。

「僕は機械いじりが得意でね。メカニックではないが誰よりも役に立つ」ドクターは自分のことを言った。傍からだと傲慢に見えるが、事実だと華は知っている。

「いたずらするつもりか?」

「全体図を見るだけだ。案内してくれ」

江原はしぶしぶドクターを連れていくことに。ドクターに言われ、華はこの市場で待機していることに。

「どうして私はついていっちゃダメなの?」

「何か異変が起きたときに報告してくれ。君のスマホで」

ドクターが華の持っていたスマホに彼の持っていた電話番号を登録する。

「ずいぶん古い携帯だね」華がドクターの携帯を見て言う。

「別にゲームしないしネットも頻繁に見ない。ガラケーで十分」

ドクターはそう言うと、江原のもとへと歩いて行った。

「さて、私は…何してればいいのかな?」華が市場の中心で突っ立っている。

 

 

江原に連れられ、エレベーターに乗り込んだドクター。階を選ぶボタンは4つしかなかった。

「一番下がコントロールルームか。その上にあるのが燃料や人を運ぶ宇宙船の港。そして居住区か」

「今回のトラブルは速やかに解決しなければならない。君の言っていた虫はどこから侵入したんだ?」

「さぁ?エンジンのあった部屋で遺体と虫を発見した。でもあそこにどうやって?」

エレベーターは下へ下へと下がっていく。ドクターは貧乏ゆすりをし始めた。数分経ち、コントロールルームへ。

「ここがコントロールルームだ。そこにヤマタノオロチの全体図が表示されてる」

江原がドクターを画面の前に案内する。そこには宇宙船ヤマタノオロチ参号が表示されている。

「伝説通り八つの頭のように、八つの居住区に分かれてるのか。」

「市場のある広間を中心に八つの居住エリアが。ヤマタノオロチのようになってるんだ」江原が説明をする。

「だけど今は一つ落ちてシチタノオロチだな」ドクターが画面を見ながら言う。

「奴らはどこから入ってきたんだ?最近この船は何かと接触したか?」ドクターが江原に聞く。

「常に接触はしてる。さっき言ってた燃料船や移住船だ。」

「バグラが地球に居たのか?奴らの繁殖力は高い。もしバグラが地球に居たのなら地球では相当なニュースになってたはずだ」

「ならニュースを調べよう」

江原は部下にそういったニュースはないかと調べさせた。地球上のあらゆる場所のニュースを。しかしバグラのような存在が起こした事件はヒットせず。

その中でドクターが一番気になったニュースといえば、現在の地球での最高齢保持者がが163歳になったことだ。

「人間もこの時代に入ると長生きするようになるんだな…」ドクターは小さく感心した。

「だけどバグラと思われる事件は…地球ではないな。となると地球から来たわけじゃないな……」

江原は少年に疑念を持った。こんな少年がなぜこれほどに詳しいのか。

「君は何者だ?中学生にしてはずいぶんとしっかりしてる」

「2683歳だからな。地球のことは誰よりも詳しい」ドクターはそんなこと気にしていないというように答える。

「さっき中学生と?」

「また嘘をついたんだ。そうでもしないとここまで来れない。全く中学生の体は不利だな…」

ドクターはそうつぶやきながらコントロールルームを歩き回る。

「ここまで来るために嘘を?」江原はドクターに対して信用を少し失った。

「そんなことを気にしてる場合じゃない。奴らはどこから入ってきたのか…地球じゃないなら月にでも行ったか?」

「月に行く必要はない」

「なら…船以外に何かと接触は?」ドクターがさらに聞く。だんだんと核心に近づいていくようだ。

「船以外?別のものとは接触など…」江原の口が止まった。何かを思い出したかのようだ。

「いや、燃料が予定通り届かない場合に備えて…小惑星などのかけらを回収したりすることがある。宇宙に散らばるゴミの有効活用だよ」

「おーっ…そうか、それだ!」ドクターは大きく口を開けてから走り出し、エレベーターへと乗り込んだ。

「奴らは宇宙のゴミに付着していたのか?」江原もエレベーターに乗り込む。

ドクターが居住区へのボタンを押し、エレベーターは上昇を始める。

「その通りだ。燃料に使用する小惑星のかけらにバグラが数匹…いや、一匹でも付着していたんだ。それを燃料として回収し……第7セクターブロックへと運んだ。恐らくそこでバグラは目を覚まして活動を開始した…」

「中心部分で繁殖しなくてよかった」江原がつぶやく。

「どこで繁殖したって脅威は同じだ。バグラは既に何千、何万体に増殖した。第三頭は落ちたが既にこちらに来ているはずだ。するともう時間がない。やつらはだんだん増えていく」

エレベーターは轟音を立てながらだんだん上昇していく。

 

 




プティンはシリーズ11、第5話に登場した無機物だけを食べるエイリアン。
見た目がスティッチに出てきそうだって初見で思いました。


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第二話 SPACE TRASH 〈宇宙のゴミ〉 PART4

第2話もそろそろ終盤です。どのようにしてバグラを倒すのでしょうか…
無機物も有機物も見境なく食べるエイリアンは「死者の惑星」でも出てきましたね。大群なのは同じですが、あちらはでかい。


 

 

「ほら、どうぞ」

エリがジュースを華に持ってきた。華はありがとうと言ってそれを受け取って飲む。華は渋い顔をした。

「これって青汁?」

「ミレスター・ジュースよ?鉄分がすごい含まれてるの。味も美味しい」

「未来だと味覚も違うんだ…」華はジュースを口から遠ざけた。

「苦手?」エリが聞く。

「私は好きじゃないみたい。持ってきてくれたのにごめんなさい」

エリはいいのよと答えた。

「誰にだって好き嫌いはある。マクドナルドは私苦手」

華は再びジュースを口につけた。やっぱり渋い味がする。それに奥には血の味のようなものも。

「エリさんはどうしてこの船に?」

華は素朴な疑問をぶつけてみた。せっかく未来で友人ができるチャンスだ。

「両親の遺産なの。私が引き継いだ」

エリの顔はだんだんと暗くなっていく。何かを思い出すたびに。

「両親はこの船の設計者で。昔からこの船にはどんなものがあるだとか聞かされてた。」

「他の人には知らないような?」

「もちろん。カラオケルームがどこかの部屋についてるとか…」

「本当に?行ってみたいなぁ」華は興味津々だった。未来の船の設計者の娘とは。

「でもこの船ができた後に事故で亡くなっちゃって。両親がこの船の一部屋を持ってたから受け継いだってわけ。」

二人はだんだんと打ち解けていった。エリの年齢を聞くと18歳だとか。若いとは思っていたが年齢は近いほうだ。

「あなたは14歳?両親なしにあの男の子と一緒に?」

「そうなの。彼は旅人で、ここに連れてこられた」

「旅…ね。私もしてみたいわ」エリがすくっと立ち上がった。

「それにしても異常があったら電話しろって……今のところなにもないけどなぁ」

華がそう呟いているころ、市場の離れた場所では事件が起きようとしていた。

 

 

「なんだか冷えない?」

「ああ。船内暖房は聞いているはずなのに」

男女のカップルが市場の精肉店の前で話している。どこからか冷えた風が吹いてくるのだ。

その時、何かが上から落っこちてきた。ハトのフンのように、女性の首元に落ちた。

「んっ…?何……?」

女性が首元に触れる。何かがあり、それを手でつかむ。それを目の前に持ってくると…

「キャッ!虫!」

そういった途端、天井からバグラの大群が降り注いできた。女性は叫ぶ間もなく虫の群れに包まれた。

「アキナ!!」男性が叫び女性を引っ張ろうと手を掴むと、その手は一瞬で骨と化した。

すぐに市場の中は狂騒に包まれた。女性を喰らいだんだんと増えていく虫の大群。なすすべなく何人もの人間が喰らわれていく。

「何か騒ぎが…?」エリが華に言う。

「行ってみよう!」華が走り出す。逃げる人々をかきわけると、そこにはさっきも見た白い虫、バグラが。

「バグラ!ドクターに電話しないと!」

携帯の電話帳からドクターに電話をかける。バグラも追ってくるのでそれから逃げながらだ。

「ドクター!市場にバグラが現れた!」

「何だって!?今エレベーターでそっちに向かってる!」

ドクターとの短い電話が終わった。華はさきほどドクターが乗ったエレベーターの近くに走っていく。エリもそれについていく。

「ドクター!ドクター!」エレベーターのドアを叩きながら叫ぶ。その数秒後ドクターと江原がエレベーターの中から現れた。開いてからも気づかず叩くものなので、ドクターを少しだけ叩いてしまっていた。

「痛いな!どこにバグラが!」ドクターが走り出す。しばらく走るとその先には白い虫の大群が。

「天井を食い破ったのか?まずいな…」

「どうしてまずいの?」華が質問をする。

「さっき言っただろ?この船にはフォースフィールドが張られてない。このままだと空気がだんだん抜けていって窒息するぞ!」

ドクターが再び走り出す。向かうのはエレベーターの近くにある大きな操作盤だ。操作盤を開いてソニックドライバーの光を当てる。

「簡易的なものだけど弱いフォースフィールドぐらいなら張れるはずだ!」

「弱いフォースフィールドだとどうなる?」江原が質問する。

「空気の抜ける時間を長くできる。上手くいけば3時間、上手くいかなくても1時間はある!」

ソニックドライバーから出た光が操作盤を動かす。時折火花を散らしながら。最後に大きな火花を散らした後、ドクターは光を当てるのをやめた。

「インストール完了だ!最後に一度当てるだけで…」

何かが展開するような音が聞こえた。ドクターは歯を鳴らした。

「よし!フォースフィールド展開完了だ!でもそれ以上の問題が…」

ドクターがバグラの大群に目を向ける。華はドクターの腕を握ったまま。

「奴らが中心で繁殖したのは致命的だな…このままだと他の居住区まで落ちるかもしれない!」

「どうするのドクター!?」華が聞く。

「奴らの侵入経路は分かったけど弱点までは分からない!奴らを止める方法は…」

「そういえばさっきライターの炎でひるんでた!もしかしたら…」その言葉を聞いてドクターは顔色を変えた。

「火が弱点!奴らの体はタンパク質でできてる!人間と同じだ。だから火には弱い!」

バグラの弱点がわかった。しかしドクターは頭を叩いて再び悩みだす。

「火は確かに弱点だ!でもどうやって火を?それに奴らの数が多すぎる、この場所丸ごと焼き尽くしても殲滅は不可能だな…」

ドクターがエレベーターのほうへと走っていく。

「まずは避難者だ!市場の人間をとりあえずコントロールルームへ!華!」ドクターに頼まれ、華はエレベーターに向かう人々を誘導を行った。

「エリ、あなたも逃げて!」

「私は大丈夫。この船の設計者の娘だもの。この船には乗員の次に詳しい!」

エレベーターの中に人々がパンパンに詰め込まれた。華はこれを見て不安そうな顔をする。

ドクターは迫りくるバグラにツボやら投げれるものは投げまくり、コンロを点火させて投げつけたりしながら時間を稼いでいた。

「ドクター!このエレベーターの収容人数って!?」

「200年後の未来だぞ!?100人乗っても落ちないさ!」ドクターがソニックドライバーでコンロを爆発させた。

「私たちはどうすれば!?」華が聞く。

「質問が多すぎる!少し待ってろ考えるから!」ドクターが自分の頭をたたき出した。彼流の考え方なのだろう。

突然、大きな揺れが再び襲い掛かってきた。壁に寄りかかっていた江原は倒れず。イヤポッドからコントロールルームからの通信が。

《船長!大変です!》

「どうした!?今の揺れは!?」

〈第二頭と第四頭が……落ちました!〉

「なんだと!?」

その通信はドクターにも聞こえていた。

「コントロールルームから残った頭に居る住民に警告できるか?」ドクターが江原に聞く。

「なんと言えば?」

「市場のほうではなくエンジンのほうに寄れと言ってくれ!」

「なぜ市場とは逆のほうへ?」

「数分でも長く生きられるからだ!」

江原はしぶしぶその命令をコントロールルームに下した。

「どちらにせよこのままじゃ全員死ぬ!どうやって生き延びる?ああ、ターディスがあればな…」ドクターがバグラの相手をしながらつぶやく。

「ターディスがあればどうなるの?」華が聞く。

「ターディスのフォースフィールドを拡大させて地球に安全に着陸できる。バグラ問題は後回しになるけど」

しかしターディスは地球へ落ちてしまった。ここではどうすることもできない。

そんな時、華は落ちたヤマタノオロチ船の居住区を小窓から見た。

地球の大気圏へと突入していく。炎をまといながら。炎を…

「ドクター!大気圏だよ、大気圏!」小窓の先を指さしながらドクターを呼ぶ。

「大気圏?」ドクターが最後のコンロを爆発させた後、華のもとへ向かう。

「大気圏突入の時には炎を帯びる。バグラの弱点が炎なら、大気圏に突入させて燃やせばいい!」

「おぉーっ!それは名案だ!だけどその方法には大きな欠陥がある」

「欠陥て?」

「全員死ぬ」ドクターが気分を落として答えた。

「残念だがその案は却下だ」

「いや、全員死ぬことはないわ」

エリが二人のもとへと近づいてきた。

「コントロールルームの横に緊急時の避難スペースがあるの。大気圏に突入しても燃え尽きないぐらい頑丈な壁で守られてる」

「あー……どうして君はそれを?」ドクターはエリに疑問のまなざしを向けた。

「私の両親はこの船の設計者なの。その存在を聞かされてた」

「君はその…なんというんだろうな…」

ドクターは手で丸を描きながら口を開いた。

「ファンタスティックだ!」

ドクターが空になったエレベーターへと駆けていく。

「全員乗れ!」

江原、華、エリも合わせてエレベーターの中へ。バグラの一団は別の頭の入り口へと近づいていき、エレベーターのほうへ向かうものも。

「避難スペースの収容人数は何人だ?」ドクターがソニックドライバーでエレベーターに光を当てながら聞く。

「最大で1万人しか乗れないはず」

「入れなかった人は運を信じるしかないな」

「上に居る人を諦めるの?」華がドクターに小さく怒鳴った。

「仕方ないさ。でも助かる可能性は0じゃない」

エレベーターはだんだん下へと向かっていく。コントロールルームへ。

「なぜエレベーターにその不思議なペンを向ける?」江原がドクターに質問をした。

「材質を調べてる。中国製だが…意外と頑丈だな。大気圏に突入しても燃え尽きないかも」

ドクターがドライバーの光を見ながら答えた。エレベーターと船の材質が同じなら、助かる可能性もある…

「しかし一番心配なのは不時着することだ。避難スペースに入っているとはいえ時速数百・数千キロで地面に激突すれば中に居る人間はミンチになる」

「怖いこと言わないでよ…」華がぼやく。

「真実を言ったまでだ。ハンバーグになるって答えればいいのか?」

「そっちのが怖い。だとすると結局助からないんじゃないの?」

「いや、助かるさ。華、船を操縦するゲームは?」ドクターが華に聞く。なぜそんなことを聞くのだろうと疑問を持つ暇なんてない。

「操縦ならマリオカートしかしたことない」

「十分だ」

 

 




マリオカートと操縦桿は違う…
ドクターにとっては同じようなものなのです。


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第二話 SPACE TRASH 〈宇宙のゴミ〉 PART5

今回で第2話完結です。色々出したいエイリアンも増えてきました。


 

 

エレベーターをドクターは走って降りる。そこには既に何百人が詰まっていた。

「船長!どうなってるんですか!?急にこんな人が…」江原の部下と思われる人物が人ごみの中から出てきた。

「それよりも避難スペースを探すんだ!モニターを貸してもらう!」

ドクターが人ごみの中をかき分けていく。華は多すぎる人に押し流されながらもドクターのもとへ。

「船の全体図にはコントロールルームの横には何も表示されてない。だけどドライバーでデータをあぶりだせば…」

モニターに向けてドクターがソニックドライバーを向ける。画面は異音を立てた。すると全体図のコントロールルームの横の部分に大きな部屋が出現した。

「よし、本当にあったな!」再びドクターがモニターにドライバーを向ける。

部屋が大きく揺れ、部屋の右側の壁が消えて大きな部屋が現れた。

「あれは避難スペースというより…避難シェルターだな。ほら華みんなをあの中に案内して」ドクターが華の背中を押す。

華は部屋に近づき、人々を誘導していく。

「ここに入って!こっちは安全だから!」

動揺しながらもだんだんと大きな部屋の中へと入っていく。エリと江原は最後だった。

「私は船長だ。この船を…」

「僕に任せて大丈夫。あなたも避難して」

江原はそう言われシェルターの中に。エリもその中へと入っていった。

「じゃ、私はどうすればいいの?」華がドクターに聞いた。

「船を操縦してくれ」

ドクターがコントロールルームの巨大なモニターにドライバーを向けると、そこから操縦桿が煙と共に出てきた。

「これで操作するの!?」

「マリオカートは得意なんだろ?大丈夫だ。ハンドルリモコンみたいなものだから」

そう言うとドクターはエレベーターのほうへと向かった。

「船長に操作させればいいんじゃないの!?」

華が操縦桿を握りながら言った。

「今からやるのは少々…アレでね。江原船長が見たら怒るから。」

ドクターがエレベーターにソニックドライバーを向ける。扉全体に撫でまわすようにすると、エレベーターはガチャンと音を出した。

「よし!これで金属の密度を高めた。ここまで来ても簡単には食い破られない!」

「私はどうすればいいの!?」華が叫ぶ。

「大気圏に突入させるんだ。操縦桿を思いっきり押せば船は地球に向かって落ちてく」

「あなたはどうするの?」

「僕は別にやることがある!君は操縦係だ。いいね?」

ドクターがモニターの前に立ち、ドライバーで何かの情報を表示させる。

「もうやっていいの?」

「ああっ、ちょっと待って!」

そういうとドクターはモニター近くにあったマイクに声をかけた。

《こちらコントロールルーム!乗客の皆さん、部屋に入って、静かにして、部屋のどこかに掴まっていてください!ヤマタノオロチ参号は地球に…不時着します!幸運を!》

そう言ってドクターはマイクの電源を切った。

この放送で未だバグラに襲われていない区間はパニックに陥ることに。しかし言われた通り部屋に入り手すりなどに掴まる者も多かった。

「よし華、操縦桿を押せ!」

ドクターに言われ華は操縦桿を前に倒す。

ヤマタノオロチ号は大きく前傾し、地球へと落下を始めた。

バグラは船の中、そして表面から船を喰らい続けている。 

無音の宇宙から地球へ。船はだんだんと炎を轟音と共にまとい始める。

炎は船の外だけでなく、バグラの開けた穴から侵入していた。居住区のほうへと炎が近づいていく。

「防火壁展開!」

ドクターがレバーを引くと、居住区のそれぞれの部屋の扉が鋼鉄にすり替わった。

「炎が近づかないと作動できないシステムなんだ。消火栓なしでもいい理由だ!」

バグラはなすすべもなく、炎に焼き尽くされていく。エレベーターを喰おうと降りていくバグラも炎に巻き込まれ炭と化した。

「ドクター!いつまで押し続けてれば!?」

「僕が合図したら今度は思いっきり引け!」

ドクターは掴まりながらモニターにドライバーを当て続けている。

「どこだどこだどこだ……」

地上では突然上空に炎をまとった物体の登場に戸惑っていた。

「あれはヤマタノオロチ号です!長官、このままでは地上に落下します!」

 

 

 

ヤマタノオロチ号は地表にだんだんと近づき始めていた。しかし華はいまだに操縦桿を押したまま。

「ドクター!熱いしもう地上も近い!墜落しちゃう!」

「待て!見つかりそうなんだ…よぉし!見つけた! ……新新羽田空港か!華!操縦桿を引いて右に曲げろ!」

華は言われた通り力いっぱいに操縦桿を引いた。ヤマタノオロチ参号は少しずつ後傾し、右に曲がっていく。

「でもこのままだと墜落する!」

「大丈夫だ!えーっと、ソニックドライバーの波長を500%にして…」

新新羽田空港では飛行機の出発は止まっていた。数時間前、空から炎をまとい何かが落ちてきていたからだ。

「これは何だ…?」

「電話ボックス…ですかね?」

それは青い箱。側面には扉と「POLICE PUBLIC BOX」と書かれた看板……ターディスだ。

「よぉしターディスとリンクした!フォースフィールド1000%展開!」

ドクターがソニックドライバーを空に向かい向けた瞬間、ターディスが黄色い光を放出し、ターディスの周りに球状の大きなバリアのようなものが展開された。

「何だこれは!?」ターディスを見ていた男が叫んだ。

「おそらく…危険です!逃げましょう!」

二人はそのまま空港内へと車に乗って走り去っていった。

「さぁ華!不時着するぞ!アロンジィ!」ドクターは高揚し叫んだ。

「キャアアアア!」

華の叫びが終わる前に、船は地面に激突。爆発音と共に暗闇へ意識が消えていった。

 

 

 

「華…華!」

華のほっぺたを叩きながら誰かが名前を呼ぶ。その声はだんだんと大きくなっていく。

華はゆっくりと目を開けた。目の前にいたのはドクターだ。

「ようやく目が覚めたな。大丈夫、軽いショックと脳震盪だ」

「船は…?墜落したの…?」華は体をドクターに支えられながら歩き出す。

「揺れはとても大きかったが船体は無事だ。生存者はシェルターに入っていた人に、居住区に居た数千人。計…2万人ぐらいか。居住区の生存者は少なかった」

「何人…死んだの?」

「あの船には10万人乗ってた。残念ながら8万は死んだ」

「そんな…」華は地面を見て気分を落とした。

「でも2万人も生きてた。その中に僕たちが。これはとても幸運なことだ」

「どうやって助かったの?」

「ターディスのフォースフィールドを1000%に展開してこの船全体を包み込んだ。落下の衝撃を80%軽減。ターディスが地球に落ちてなかったら今頃死んでたけどね」

ドクターは笑顔で答えた。

「まったく…本当に怖かったんだから」華がドクターの肩を叩いた。

「運が味方してくれるって言っただろ?」頭ババアに襲われたあの時の言葉を再び発した。

「バグラは全滅だ。地球に持ち込まなくて良かった」

船から出た二人。外は警察やら救急車で大慌ての様子だった。

「…それで虫は全滅。あっ、彼が助けてくれたんだ!」江原が記者の取材を受けていた。船から出てきたドクターを指さす。

「こういう取材は好きじゃない。ターディスに乗ってトンズラしよう」ドクターは華を連れてさっさと歩き去っていく。目的地はターディスだ。

「華!」遠くで取り調べを受けていたエリが走ってきた。

「ありがとう。あなた達のおかげで助かったわ」

「まさか、君がくれた情報のおかげだ。」ドクターがいやいや、という風に手を振った。

「そうだよ。ありがとう」華がエリに握手をした。

「どこに行くの?」エリが二人に聞いた。

「遠い空の彼方。私たち実は…タイムマシンで来たの」

「タイムマシン!?ってことはあなたたち未来から!?」

「いや、僕はエイリアンで華は過去の人間なんだ。未来人か過去人かは…曖昧で」ドクターが答えた。

「そうなんだ…なんだか複雑ね」

「私も。私たちはもう遠くに出かけなきゃいけないの。エリ、元気でね」

「ああ。元気で。」ドクターも一言言った後、ターディスへと乗り込んだ。

「これがタイムマシン?」エリがターディスに指をさした。

「そうなの。見てて!」

華がターディスの中へと入っていく。エリはターディスがどうなるのか、興味津々で見つめていた。

 

……しかし1分経っても何も変わらず。すると中から華とドクターが出てきた。

「ちょっと!?燃料切れってどういうこと!?」

「さっきフォースフィールドを展開したせいで使い切ったんだ。時間は飛べるけど±10分だけ」

「どうしたの?」エリが華に聞いた。

「さっきエネルギーを使ったせいでターディスがエネルギー切れ起こしたんだって。どうするの!?」華がターディスをトントン叩きながら迫る。

「あー…時空の裂け目から燃料が補給できる。ロンドンのカーディフにある」

「ロ、ロンドン!?ここ日本だよ!?」

「だから困ってるんだ。ターディスをそこまで持っていくには金と時間が…」ドクターが悩んでいると、横から男の声がした。

「それを運ぶのか?」

江原だった。後ろには大きな浮かぶトラックが。

「命を救ってくれたんだ。箱ごとトラックで送ろうか?」江原のトラックがピッピッという音と共に扉を開いた。

「おぉ!ありがたい!人助けはするもんだな!」ドクターが江原に抱きついた。

「さぁ!カーディフまでターディスを運ぼう!長旅になるぞ?」

ターディスがトラックに積まれ、華はエリとお別れの儀式を行った。ハグしたのだ。

ドクターと華、そしてターディスを乗せたトラックが出発する。落ちたヤマタノオロチ号を後にして。

「ドクター、燃料補給したらどこに行く?」

「そうだな……次は過去に行くか?」

ドクターは笑顔を華に向けた。華はドクターの腕をがっしりと掴んでいる。

二人を乗せたトラックは、空の彼方へと飛んで行った。

 

 

 




次回の舞台は…過去です。戦の中に飛び込んでいきます。


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第三話 PLANET OF THE OGRES〈鬼の惑星〉PART1

1年ぶりに更新しました
この話だけでも近々完結できるよう頑張ります。


時は戦国。平野に相対する二人の武将が今まさに戦を始めんとしていた。

馬にまたがり、刀を振り、槍を振るい、鉄砲を放つ兵士達に合図を出した。

一気に兵士たちは武将と共に走り出し、敵軍へと迫っていく。

それと同時に、彼らの背後にそびえる大きな山から怪物の唸り声が響きだす。

兵士達と武将に対し、深い心配をしながら待っていた女子供たちは、遠くから響き渡るその唸り声に恐れをなしていた。

「やはり…戦が始まるとき、“彼ら”がやって来るのですか……!」

「“鬼”が、戦の中に再び……!」

兵士たちが敵を見つめ走り出したとき、目の前にさざ波のような不思議な音を発しながら、青い箱が現れた。

 

「さぁ華! 一度ぐらいは江戸時代の暮らしを楽しんでみたいとは思わないか?」

ドクターが操作盤をいじりながら華に言う。

「じゃあ今度は江戸時代?」

「徳川家康が築いた最大の幕府だ! テレビで見るような時代劇の舞台!」

ターディスはいつもの音をふかしながら、中心の円筒が動き出す。しばらく時間が経った後、音と揺れが停止。

江戸時代に着いたのだ。

「わぁ……」華は江戸時代に着いたことに感激した。ドアのもとへと走っていく。

「そうだ、着替えないとさすがに不思議に思われるから…」ドクターがそう注意する前に華は外へ出てしまっていた。

「全く、よくはしゃげるな…」

ドクターがつぶやきながら共に外へ出ていく。

「ねぇドクター?」華が周りを見渡す。

「どうした?」

「ここって本当に江戸時代…だよね?」

辺りは草に囲まれた平野。どっからどう見ても江戸の町ではないことは確かだ。

「恐らく……着地する場所の座標を間違えたんだろう。少し進めば町は……」

そう言い終わる瞬間、一発の弾丸がターディスに打ちこまれた。その音を聞いて華は頭を抱え伏せた。

「これは…銃の弾か。ずいぶん古いタイプだな。江戸には…」

ドクターが撃たれた方向を向くと、そこには赤い旗を掲げた兵士たちが。

「すまない華、場所じゃなくて…時間を間違えたみたいだ」

「じゃあここはどこ!?」華が叫んだ。

「向こう側からも軍が来るな。ここは……戦国時代だ」

すると再び弾丸が撃ち込まれた。ドクターも伏せ、華の腕を掴みターディスの中へと入ろうとする。

しかしターディスには弾丸の雨が降り注ぎ、とても近づけなかった。

「走るぞ!」

二つの軍が迫って来るのとは別の方向へと逃げていく。しかし二人は狙われているのか、弾丸のほかに矢も飛んできた。

「いつものドライバーでなんとかできない!?」

「こっからじゃ無理だ!」

その瞬間、平野に大きな唸り声が響き渡った。それと同時に兵士たちの攻撃も止まる。

「熊か……いやこんな大きな声は出せないな…」二人は草に隠れる。

「あれは何!?」

と言いながら頭を抱える華。

ドクターが草の中から顔を上げると、兵士たちは何かを見つめていた。

「家康様!あれは…?」徳川家康。二つの陣営の片方を担う。馬にまたがる彼に一人の兵士が質問をした。

「あれは……鬼だ……」

 

彼らの目の前には、人の何倍もある巨体、赤い肌に黄色と黒の角の鬼がそびえ立ち、叫んでいた。

 

 

 

「ねぇドクター、いつものソニックドライバーでここ開けられない?」

「無理だ。木には効かないって前に言わなかったか?」

「じゃあそれを木にも効くように改造してよ!」

「面倒なんだ」

「まったく……なんとか抜けられないかな、ぬーん!」

華は木でできた格子から体を抜けさせようと頭を押し込んでいる。

 

鬼が現れたとき、気を取られていたドクターと華は近くまで迫っていた家康軍の兵に頭を殴られて失神していた。

そして目が覚めたとき、どこかの地下牢に閉じ込められていたのだ。

「華の体じゃ通り抜けられない。少しは落ち着いたらどうだ?」

「あんたと違って私は普通の人間なの!むしろなんでこんな状況で落ち着いていられるの?」

「別に今から処刑されるわけじゃないだろう。殺すつもりだったらとっくに殺してるはずだ」

「確かにそうかも……」

「だとしたらどうして僕たちを生かして捕えているか、だ」

ドクターの言う通り、どうして生かしておいたのだろう。突然青い箱から現れた人間など、不気味だと言って殺すのも変な話ではない。それも皆が血気盛んな戦国時代ならなおさらだ。

「そういえば、戦の中で赤い鬼が出てきたな、あれと何か関係があるかも」

「妙に落ち着いてるけど、鬼がいるってどういうこと!?鬼は架空の生き物じゃ……」

「こういう状況に慣れてるだけさ。鬼は確かに君たちにとっては妖怪という迷信のひとつだ。だが長い歴史の中で鬼は実在するのに実はいなかったという風に歴史が曲解されたのかも」

ドクターは落ち着いた口調で言う。華にとっては昔から鬼は存在しないものと思っていたので、どこか不思議な気持ちだ。これまで色々な冒険をしてきたが、鬼が存在しないという根底が覆されるというのは初めてだ。

「でもでも、鬼たちがエイリアンって可能性もあるんじゃない?地球を侵略しに来た!」

「どうだろうな。ここから出て鬼の元にいかないとわからない。僕もエイリアンだと思ってる」

「やっぱり?」

「鬼が実在するなんて不思議じゃないか。僕としても非常に興味がある」

そんな話をしていると、突然牢屋の前に槍を持った兵士が現れた。

「お前たち、家康様がお呼びだ。ついてこい」

兵士は華たちの牢屋の扉を開いた。ようやく出られるのだ。

「ようやく来たか。華、家康は武将でお偉いさんだ。失礼がないように」

「わ、わかってるよそんな事!」

ドクターたちは兵士に連れられ、暗い地下牢から地上へと登っていく。

 

 

「すごい……映画の中でしか見たことなかったけど……」

華たちは屋敷の中の廊下歩かされていた。屋敷の中はとても綺麗で、数人の使用人が床をふいている。綺麗に手入れされた庭も見える。まさに和の世界といった感じだ。

「この時代は争いをしていることを除けば素晴らしい時代だ。日本ながらの建築様式が素晴らしい」

ドクターが褒めながら歩いていく。しばらく歩くと、兵士たちは立ち止まった。障子を開け、華とドクターを連れ込む。そこには少し崩した着物を着た男性が座っていた。ただものではないオーラ。まさかこの人が…

「これはこれは!あなたが徳川家康で?」

「貴様!失礼だぞ」

ドクターが兵士に注意をされた。

「すまない、日本の偉人に会うのは久々で」

「不思議な装いをしている。このあたりの出身ではないな?」

家康が聞いた。

「えっ、あっ、はい!そうです!」

華がしどろもどろに答えた。

「となるとやはりお前たちは……鬼の一族か?」

「えっ?」

「はい!その通りです!僕たちは鬼の一族で」

それを聞いた途端にドクターは素早く返事をした。華は驚いた。

「ちょ、ちょっと何言ってんの!?」

「鬼に近づける口実になるかもしれないからな」

ドクターがボソボソと華にしか聞こえないように話す。

「ならば話は早い。鬼の血を引くお前たちに頼みがある」

家康は立ち上がり、屋敷の外にあるひとつの山に目を向けた。

「あの山に住むという鬼たちを説得しに行ってほしい」

「説得?」

ドクターも山に目を向けた。家康はうつむいて話し出す。

「鬼たちはいつも戦になると山を下りてくる。そして兵士をさらい山へと帰っていくのだ。兵士たちを取り戻そうとしても鬼に百の兵を動員しても返り討ちにあってしまう」

「鬼の一族である僕たちなら鬼と対等に話ができると?」

「その通りだ。鬼の邪魔のせいで徳川軍は他の軍に押されている。このままでは私の首がとられるのも時間の問題なのだ」

「だけど……ドクター?」

歴史上のこと、過去に介入してしまうのはいけないことだと華は感じた。

よく見るアニメやゲームでは過去を変えてしまうせいで未来に影響が起こる。時間旅行においてそのことは一番に留意しなくてはならないと華は思っていた。

「もし無理だと言うのなら、あの青い箱は返さない」

家康の横で座っていた整った身なりの青年が言った。

「僕たちが拒否するって? とんでもない。喜んで僕たちは山の鬼を説得しに行くよ。あなたのような偉大な方の首が飛んでしまう危機というなら、仲間たちを叱りにいかないと」

「えっ!?いいの!?」

華は目を丸くして驚いた。

「素晴らしい返事だ。それでは準備の後に行ってもらいたい。護衛に兵士を十人つけよう」

ドクターと家康は目を見つめあい握手をした。

 



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第三話 PLANET OF THE OGRES〈鬼の惑星〉PART2

鬼って実在したんでしょうか。
鬼といえば鬼滅の刃ですね。でもあっちの鬼は角があるイメージあんまりないですね



 

ドクターと華はこの時代に合うような服に着替え、屋敷の中で山へ行く準備を始めた。

「ねぇドクター、いいのこんなことして?」

「こんなことって?」

「歴史に介入することよ。漫画なんかじゃ過去の出来事には不用意に手を出しちゃいけないって言ってる。実際そうじゃないの?」

「当然だ。歴史はとても脆くて少し手を出したら崩れてしまう」

「じゃあどうして徳川家康の頼みを聞いたの?」

「彼が言ってただろ、『私の首がとられるのも時間の問題』だって。徳川家康はこの後江戸幕府を開く。もし鬼のせいで家康が史実通りに天下をとれなくなったら?」

「たしかに……」

華は納得した。

「歴史に僕たち以外の存在が介入し、歴史が変わりかけるなんてことはザラにある。これは歴史を変えるんじゃなくて、歴史を元通りにすることなんだ」

「じゃあ鬼をこのままにしておくと歴史に影響が起こるかもしれない……ってこと?」

「その通りだ。鬼が何者なのかも突き止めないと。ただの時間旅行よりスリルがあるだろ?」

華は大きなため息をついた。時間旅行は楽しいが、スリルのある冒険はもう疲れてきたのだ。

二人の準備は終わりかけると、部屋に突然兵士が入ってきた。

「あの!お二人が鬼の一族というのは本当でしょうか!?」

「え、あ、ああそうだけど…」

ドクターがそう返事をすると、その兵士はドクターの手を強く握った。

「某は、譲之介と申します!昔から鬼について研究していたんです!」

「へ~、そうなんだ!」

兵士はパッと見、華と同じぐらいの年代に見えた。昔はこれほど若い子でも戦に駆り出されていたのか。

「本当はこんな争いごとは苦手で、兵士になりたくはなかったんです。でも大好きな鬼とこうして面と向かい話ができるだなんて……!」

譲之介はドクターの手を強く握った。痛いぐらいに。

「あ、ああそれは良かったな……」

そこに槍を持った別の兵士が、戸を叩いて言った。

「準備ができたならもう出発するが」

「ああ。僕たちはもう準備できてるよ」

ドクターと華は、みなりを整え、譲之介を含めた兵士達と共に鬼の住む山へ向かうこととなった。

 

 

ドクターと華は街の中を歩く。

兵士たちと共にいるため、商人から物を買うなどといったことはできない。

「こういう時代といったらやっぱり団子とかじゃない?」

「団子より美味しいものはたくさんある。寿司は美味しいぞ。既にこの時代にはある」

「へー、じゃあ終わったら食べに行こうよ!」

「でも正直、21世紀の寿司のほうが僕は好みだな」

話している二人を、後ろからいかつい顔の兵士が押す。

「早く歩け」

「まったく、こっちは鬼の説教しに行ってあげるって言うのに」

「鬼さん!そんな怒らないでください!寿司なら僕があとで買ってきますから!」

譲之介がドクターの背中をさすりながらなだめる。

「なんだ、これぐらいで怒って食ったりするようなほど短気じゃないよ」

そんな話をしているうちに、人の行きかう街はうしろのほうへに去っていた。

そして目の前に見えるのは、鬼の住むという山。

「ここが家康が戦をしていた平原か」

「鬼が現れ、兵士たちを奪い山へと帰っていったのです。私たちだけでなく、敵の軍の兵士たちまで」

「なんで兵士を奪っていくんだ?もし殺すならわざわざ連れ帰ったりしないはずだ」

「ひょっとして実験……に使ってるのかも」

華が言った。

「ああ。エイリアンなら地球人を実験台に使うのはよくあることだ。でもどうして戦の時に?」

「鬼はこの山の奥にある里に住んでいるという噂です。誰も立ち入っていないため、情報は少ないですが」

譲之介が手にした巻物を広げながら言った。

「大丈夫だ。鬼の勘で行けるさ」

ドクターは先陣を切って進みだした。兵士たちもそれに連なって進んでいく。

 

山の中は木が茂っていて、じめじめとした空気が進むにつれ大きくなっていく。

ぬかるんだ土には、鬼のものと思われる大きな足跡が。

「お前たちは鬼の一族と言ったな?」

「え?そうだけど…」

兵士の質問に華が返す。

「鬼にしてはお前たちは人間的だ。なぜだ?」

「僕たちは鬼と人間のハーフなんだ。人間の方の血が濃いから人寄りの姿に」

「へぇ~、人間と鬼って交配できるんですね!」

ドクターの嘘を信じる兵士達。華はそれを見て少し笑った。

「華、鬼たちについてひとつの仮説を思いついたんだ」

「仮説?」

「ああ。僕たちが見たようなあの鬼。おそらくオガスって星の住民さ」

「じゃあやっぱりエイリアンなの?」

「ああ。だけどオガスに住む鬼は見た目こそ恐ろしいが、温厚で優しい。前行ったことがあるんだけどとてもいい場所だった」

「へぇ~」

華とドクターがひそひそと兵士たちに聞かれないように会話をする。それを不審に思った兵士が話しかける。

「なにをひそひそと話をしている?」

「え?鬼のいる場所はどこかなって話してただけだよ」

「どこか分かるんですか?」

譲之介が聞いた。

「ああ。これを使えばね」

ドクターは袖からソニックドライバーを取り出す。

「それは何ですか?」

「鬼の一族に代々伝わる道具だよ」

「それで鬼の居場所わかるの?」

「もし鬼がオガスから来たなら何かしらの機械を持っているはずだ。オガスは文明が発達しているからね」

ドクターはソニックドライバーを天にかかげる。

兵士たちはソニックドライバーを神のように仰いだ。

そして10秒ほどドライバーを鳴らしていると、ドクターは変に思ってドライバーをおろして見つめる。

「おかしいな、機械の反応がどこにもない」

「オガスとは違うんじゃない?」

華がドクターの肩を叩いた。

「確かに似た存在って可能性もあるかもしれないけど……」

ドクターがドライバーを袖にしまい、再び歩き出す。

「機械があるならたとえ壊れていても何かしら反応があるはずなんだ。それがないだなんて」

不思議に思うドクター。やはりオガスの鬼ではないのだろうか。だとしたら鬼はもともと日本に実在していたのだろうか?

山の森も深いところまでやって来た。そこで見つけた不思議なものは、鬼が通った後と思われる木が倒れている場所。岩もそこらに現れ始め、鬼の里も近くなってきたと思えてくる。

華は鬼を見たいという気持ちと、早く終わらせて団子を食べたいという気持ちが半々であった。

そんな油断をしている中。

華は地面に仕掛けられていたぴんと張ったひもにつまづいてしまう。それは罠だった。

地面から大きな網が現れ、体が反応する前にその罠にはまってしまう。

その罠にかかったのはドクターと華、譲之介と兵士の一人だった。

「うわぁ! なんだこれ…っ」

「ドクター! さっきのソニックドライバーで罠があるってわからなかったの!?」

「原始的な罠は分からないんだ! ドライバーで糸を切れるかどうか……」

取り残された兵士たちは網を引き裂こうとするが、兵士の一人があることに気づいた。

「あれを見ろ!……鬼だ!」

罠を確かめに来たのか、赤い体の鬼が目の前に現れた。

「ほら見ろ華。あれが鬼だ」

鬼の体長は3メートルほどはあるだろうか。人で言うところ、日焼けした後の体のように赤い皮膚。黒い髪の毛はぼさぼさで、その間からは黒と黄色の縞模様の角が生えていた。伝説で見るような鬼そのものだった。

兵士たちは槍を手に鬼に立ち向かう。しかし鬼の表皮は硬いのか、まったく槍の攻撃を受け付けない。

鬼は兵士の一人を持ち上げ、投げて木に叩きつける。

怯えた他の兵士は武器を捨て、一目散に逃げだす。叩きつけられた兵士も痛む体を起こして逃げ出していく。

「ちょっと! なんで逃げるのよ……!」

「勝てない相手にわざわざ立ち向かわずに退散するだなんて賢い兵士だ」

ドクターが逃げる兵士を見ながら言う。

「なぁ! あんた達鬼の一族ならここから出してくれと頼んでくれ! 」

一緒に閉じ込められた兵士の一人がドクターに言う。

「あー、そのことなんだけど、僕たち実は鬼の一族じゃないんだ」

「ええっ!? 」

譲之介は口を開けて驚いた。

「鬼の近づくための嘘なんだ。でもこの状況はなんとかして見せる」

ドクターは網の中から兵士たちを追う鬼に話しかける。

「なぁ、ここから出してくれないか! ただ旅の途中で来ていただけなんだ。僕たちは危険じゃないから」

鬼がドクターの方を向き、声を出した。

「人間が山に立ち入ることは許さない」

「お、鬼が人の言葉を分かった!? 」

「ターディスの自動翻訳機能が働いているんだろう。鬼とは会話できなかったのか? 」

ドクターが譲之介に聞いた。

「あ、ああ。まともに話す鬼なんてあんた達ぐらいしかいないと思った。これまでに出てきた鬼は唸り声しかあげなかったから…」

「それで、私たちをどうするつもり?」

「長のもとでお前たちの処分を決める」

鬼はドクターたちの入っている網を片手で持ち上げ、森の奥へと歩き出した。

 




次回は鬼の住む村に行きます。
鬼はどこからやってきたのか・・・?


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第三話 PLANET OF THE OGRES〈鬼の惑星〉PART3

久々の更新です。
DW、ようやくS12が来ましたね
第5話も楽しみです


 

ドクターたちを運ぶ鬼。ドクターは今この状態で鬼に交渉しても意味がないと悟り、何もしゃべらなくなっていた。

いつもは耳がおかしくなるほど喋っていてうるさいドクター。華は珍しいと感じた。

鬼がやってきたのは森の奥にある大きな谷。一本橋がかけられている。

「まさかこの橋を渡るのか? 」

兵士が不安そうに言った。

「何度も通っているということは耐久性には問題ないんだろう」

ドクターがソニックドライバーをいじりながら言った。

鬼は不安定な橋の上を歩き始める。大きな体でこの橋を渡るとなれば落ちそうなものだが、ドクターの言った通り何も問題はなく、鬼は橋を渡り切った。

橋を渡った先にあったのは岩でできた門。鬼が片手でその門を開く。

その先にあったのは、岩や木の大きな家々達。つたが絡まっている様子からはこの村が古いというのが分かる。これが……

「鬼の住む村、か」

家々の中からは小さい鬼、体の青い鬼、様々な鬼が現れ、網に捕まっているドクターたちを不思議そうに見つめていた。

「ゲンゾー、罠にかかったのか」

「ああ。長にこいつらの処分を決めてもらう」

ゲンゾーと呼ばれたドクターたちを捕まえた鬼は、村の奥へと進んでいく。

 

ゲンゾーはやがて村の中にある大きな木製の家の中へと入っていった。

木製といっても町にあるような瓦屋根の家ではなく、木を適当に切り倒して、それを研磨などせずに並べたような煩雑なものだった。

「長、人間たちを連れてきました。どうも鬼の言葉が使えるようで」

ゲンゾーはドクターたちの入った網を開いてドクターたちを長の前に出した。

長は黒い皮膚に白いひげをたくわえ、髪はほとんどない分、大きな角が印象的だ。

「鬼の言葉が使える……?」

長はドクターたちに神妙な顔を向けた。

「鬼の言葉が使えるんじゃなくて、僕たちが同じ言語を使えるように変換されてるんだ。いや、違ったかな?」

「なぜ我々の里へ侵入しようとした?」

長は荘厳な雰囲気を醸し出しながらも、その口ぶりにはどこか優しさも感じられる。華とドクターはそれを確かに感じ取った。

「実はその……キノコを探してて!そうしたらたまたま罠に引っかかってしまって……」

「よせ華。嘘なんて言ったってすぐに見破られるし信用も無くす。ここは正直に言おう」

ドクターは深く深呼吸をしてから口を開いた。

「徳川家康からの命で君たちと話し合いをしに来たんだ。」

「その者の名は聞いたことがある。人里で名を広めている男だな。……それで、話があるというのなら聞いてみよう」

「それで、どうして君たちは人間の戦に介入するんだ?里に隠れて過ごしているなら、出てくる必要な無いように思うけど」

「人間には分からないだろう。我々は住む場所を追われ、このような人も寄り付かない里でしか暮らすことができない。生き残った鬼も今や我らだけ。人間たちの戦がもしこのまま拡大すれば、いずれは我らの里へ戦火が広がる。」

「なるほど、戦が続けば自分たちの住処がまた奪われるから……ということか」

「本当にもうここにいる鬼で全員なの?」

「ああ。我らは長い間人間から隠れ生きていたが、それももう終わってしまう。少しでも長く我ら鬼の一族が存続するため、人間たちの争いを止めなければならない」

「なるほどねぇ。だがわざわざここに居ることもないんじゃないか?それこそ君たちの故郷、オガスにでも帰ればいいじゃないか」

長に他の鬼たちがそれを聞いた途端、「思い出した」かのような反応をすることにドクターは期待していた。しかし鬼たちの反応はとても薄いものだった。

「オガス?それは……一体何だ?」

「何って、君たちの故郷さ!惑星オガス、こんなちっぽけな森、日本とは違って大きな宇宙にある星さ。君たちはそこから来たんじゃないのか?」

「勘違いしているようだがね、君。我々はずっとここで暮らしてきた。証拠だってある」

長は部下の鬼に命令を出し、ある書物をとってこさせた。

「これは?」

「我々の一族に伝わる一つの書物だ。」

ドクターはその本に向けてソニックドライバーをかざす。本の材質や構成を分析しているのだ。

「紙は地球の木からできてる。装丁もかなり古いものだ。つまり……」

「どういうこと?」

「彼らはオガスから来た鬼じゃないってことだ。地球に元から存在していたんだ」

「これで分かっただろう。」

「いやいや!まだ聞いてないことがありますよ!」

譲之介が話題に突然入ってきた。譲之介は懐から一枚の巻物を取り出した。

「これは鬼に連れていかれた者たちの一覧です!彼らはいったいどこへ?まさか……食ったのか!?」

「まさか。彼らは食ってなどいない。それに我ら鬼の一族は菜食主義なのでな」

長の後ろから、鬼に連れられて足に包帯を巻いた兵士が現れた。顔は血色が良く、片手では杖をついている。

「あの方は?」

「戦地から救出してきた人間の兵士だ。」

「なるほど、つまり怪我をした兵士を助けてあげているのね。鬼たちって優しいのね」

「ああ。僕も正直凶暴だと思ってた。だけどこれなら安心かも……」

「それで、この者たちの処分を。いずれにせよ我らの里に侵入しようとしたものです。いくら話し合いが目的とは言え」

ドクターたちの後ろで動きを監視していたゲンゾーが声をあげる。

「ええっ!?処分って……ねぇドクター!」

「下がっていろ。ここは私が……」

ドクター、華、譲之介と共に捕えられた兵士が懐から刀を取り出し、鬼の長へと向けた。

「この者たちの処分は明日に決める」

「長、なぜですか?」

「この者たち……いや、この者は、我らの未来を切り開いてくれる。そんな気がするのだ」

長はドクターにその顔を向けた。

「もちろん。そのために僕たちはここへ来たんだ」

「ところで、お前の名前は?」

「僕はドクター。こっちは華。それでこっちは譲之介。それで……」

「私は銀次だ。」

「そう、銀次だ。」

「人間とまさか話ができるとは私も思ってはいなかった。もっと早く人間と話すことができていれば、鬼はこれほど数も少なくならなかったろうに。」

「だけどようやく機会が訪れたんだ。僕も最善を尽くすよ」

ドクターは長に対し、深く礼をし、長も会釈程度に礼をした。

 

 

「それでドクター、鬼の皆さんのところで一夜は明かすらしいけど……」

「明日になったら家康のところへ戻ろう。そして鬼側の事情を話すんだ。彼らが怪我をした兵士を治療していると分かれば、きっと家康も理解してくれるさ。いくら戦乱の世とはいえ人間の心は鬼になったわけじゃないからね」

ドクターは鬼から貰った葉っぱの布団で、岩の上に寝転がる。

「もし彼らがオガスから来た鬼なら、これほど文明が落ちてるはずがないな。やはり僕の勘違いだったか」

「ねぇドクター、さっき鬼の子供と話したんだ」

「それはすごい。異種族と話すなんて普通の人間じゃないことだよ。」

「鬼の子供たちも不安みたいだった。まだ幼いのに自分たちの状況とかよく分かってるのね」

「それはここまで追い込まれてしまえば、嫌でもわかるものさ。でも君たち人間はいまいち自分たちの置かれている状況がわかってない」

「どうして?現代も、日本も平和でしょ?まぁグレイヴに地球は侵略されかけたけどさ」

「平和なんて一時的なものに過ぎないんだ。災害に戦争。僕は未来の地球をたくさん見てきた。ここだけの話、第三次世界大戦だって起こるんだ」

「それは分かるよ。いつか起きるって私も知ってる。」

「地球は知らない間にいつだって存亡の危機に立たされてる。だから未来を見据えて行動すれば、きっと良い未来が訪れる…そうでいてほしい」

ドクターはゆっくりと大きなため息をつく。手に持ったソニックドライバーを宙に投げながら、言葉を進める。

「だが見据えても、知っていても、なんとかなるものじゃない。歴史は不可抗力なんだ。たとえ鬼たちがここまで少なくなることを見ていたとしても、結果は変わらない」

「本当に?」

「ああ。でもそんな世界が僕は嫌いだ。結果を変えられるものなら僕の故郷の星だって、今頃宇宙に浮かんでた」

「えっ?」

ドクターは葉っぱの布団をかけて華にそっぽを向いた。

「別に滅びたわけじゃない。まぁ、いろいろあって。今じゃ無いようなものさ。」

「そうなんだ……」

「でも一つ、君に知っていてほしいことがあるんだ」

「何?」

「子供たちは未来なんだ。君も、まだ子供だ。大人になってしまえば後戻りはできなくなる。僕みたいに」

「あなたも子供じゃない」

「見た目はね。中身は老人さ。未来は明るいとは言えないが、今の子供たちが未来を見据えれば、少なくともマシな未来にはなるはずさ」

「分かった。記憶しておく」

華はドクターとの会話を終え、ゆっくりと目を閉じる。鬼が傍にいると考えると落ち着かなくてなかなか寝付けないが、すぐ横にはドクターがいる。安心はできる状況だと自分に言い聞かせ、眠りにつく。

しかし眠らないドクター、そこに鬼のゲンゾーが現れた。

「子供は未来か。人間もそんなことを考えるんだな」

「ああ。鬼も人間も、心ある生命は同じようなことを考えるものさ」

「この子たちが心配なんだ。我ら鬼の数は少ない。もし人間にこれ以上住む場所を追われれば、この子たちに未来を見せることができない」

「心配することはないさ。子供たちは強い。いつの時代でも、どこでだって」

「ずいぶんといろんなものを見てきたみたいだな。お前らは人間の中でもなかなか良い存在だ」

「そう言ってくれて嬉しいよ」

ゲンゾーはドクターに別れを告げて消えていく。そしてドクターも眠りへ。

やがて華とドクターが眠り、寝静まった頃、銀次は目をゆっくりと開き、腰を上げて立ち上がった。

 

 

「華!起きろ!」

「んん……おはよう……」

「寝ぼけてる場合じゃないぞ。大変なことになるかも」

ドクターはポケットに手を突っ込みながら何を焦っているのかその場をずっとうろうろしている。

「どうしたの?」

「ソニックドライバーが無くなったんだ!それと」

ドクターは誰も寝ていない空っぽの布団を指さした。

「銀次が居なくなってるんだ。寝ている間に……おそらく僕のドライバーを盗んで」

「盗み出して逃げ出したってこと?」

「ああ。そして大変なことっていうのは、銀次が家康のもとに戻って鬼側に攻撃を仕掛けようとするんじゃないか、ってことだ」

「そんな……」

「しかしどうやって夜の暗闇を抜けたんでしょう?足場も悪い森の中を抜け出すなんて無理な話ですよ」

譲之介が朝とはいえいまだ暗闇が奥に広がる森を目にして言った。

「ソニックの波長を変えれば懐中電灯のような使い方ができるし、森の中の危険なものを分析しながら進むことも可能だ。銀次が使い方を知っていればの話だけど」

「あの者が逃げ出したというのは本当なのか?」

鬼の長がドクターたちの前へと現れた。その顔は昨日と違って優しさは感じられなかった。

「本当に申し訳ない。僕がもっと見ていれば……」

「いや、我らこそ監視の目を怠っていた。もし人間が我々の里に攻め込むのなら、我らも戦うしかない。」

長は部下にある命令を出した。それは里を下りて人間の動向を確認するというもの。しかしあくまで攻めてくるのは推測。

「それで僕たちの処分というのは……」

「それはこの一件が片付いたらだ」

譲之介の質問に長が瞬時に返す。今は何もできないドクターたちは里から帰るための準備をまずは進める。

 

 

銀次はその頃、家康の屋敷へ到着しようとしていた。

「家康様、鬼に連れ去られた者の一人が帰ってまいりました!」

「何だと?」

道中でなったのか、銀次の服は汚れ、体は怪我をしていた。そして手にはドクターのソニックドライバーが。

「家康様。鬼の住む場所を突き止めました。なんとかそこから命からがら脱出しここまで。鬼たちは我らの町を襲うつもりであります。鬼の好きにさせていては、家康様の天下を取るという夢も叶わなくなってしまいます」

「そうか、ご苦労だったな……そうであれば看過することはできない。今こそ鬼退治といこう」

 



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第三話 PLANET OF THE OGRES〈鬼の惑星〉PART4

第3話完結です。
今年には少し進められたらいいなぁ
第4話はなるべく早いうちに……


 

銀次はその頃、家康の屋敷へ到着しようとしていた。

「家康様、鬼に連れ去られた者の一人が帰ってまいりました!」

「何だと?」

道中でなったのか、銀次の服は汚れ、体は怪我をしていた。そして手にはドクターのソニックドライバーが。

「家康様。鬼の住む場所を突き止めました。なんとかそこから命からがら脱出しここまで。鬼たちは我らの町を襲うつもりであります。鬼の好きにさせていては、家康様の天下を取るという夢も叶わなくなってしまいます」

「そうか、ご苦労だったな……そうであれば看過することはできない。今こそ鬼退治といこう」

 

 

「長、報告があります。人里から数多の兵士がこの森へ向かっています」

「やはり来たか……戦える者をかき集め、兵士たちを返り討ちにしよう」

長は部下に命令を下し、いよいよ鬼と家康軍の戦いが始まろうとしていた。

ドクターと華、そして譲之介は家康の元へとまずは戻る準備をしていたが、「危ないのでここにとどまっていてください」と言われ、動き出せずにいた。

「でも鬼と人間が戦ったら、人がたくさん死んじゃう!何とかして止めないとドクター!」

ドクターは座って思考を巡らせているようだが、華は気にも留めない。

「ねぇ、ドクターも何か言ってよ!」

「いや、そうか……そういうことだったのか」

「何か気づいたんですか?」

譲之介の質問に、ドクターは早口で答える。

「どうして未来に鬼が存在しないと思う?それはまさに今日、ここで絶滅してしまうからだ」

譲之介と華はそれを聞いて呆然とした。

「いや、ちょっと待ってよ。家康は言ってたよね?鬼一人に対して兵を百人動員しても勝てないって……」

「あれは僕たちに行かせるための嘘みたいなものだろう。鬼がそれほど強かったら、ここまで数は減ってないはずだ」

鬼は今まさにこの戦で滅び、そして後世には伝説とだけしか伝えられないこととなる。ドクター曰く、そういったことは珍しい事ではないらしい。

「じゃあ、どうするの?」

「歴史がどう転ぶか見守るしかない。決着がついたらターディスを取りに行こう」

華はそれを聞いて肩を落とす。ここには戦に出ない女子供がたくさん居る。もし戦に出た鬼たちが全滅すれば、ここの鬼たちもすべて殺されてしまうだろう。

「まだここには鬼の子供たちが残ってる。この子たちまで……」

「子供……」

ドクターはその言葉を聞いて考えを巡らせる。そして一つの結論にたどり着いた。

「そうか!子供か!」

「鬼の子供たちがどうかしたんですか?」

譲之介は興奮しているドクターに質問をする。

「華、僕が昨日の夜言ったはずだ、子供たちは未来だって!」

「確かにそう言ってたけど……」

「この子たちがまさに文字通り未来なんだ!よし、ターディスに取りに行くぞ!」

ドクターは荷物を持って走りだす。華と譲之介はよく分からないままドクターについていく。

しかしその瞬間、兵士たちの大声が聞こえてきた。

「今の何?」

「勝鬨があげられたんだ。つまりは鬼との戦が始まった合図だ」

「では急がないと!しかしここから家康様の屋敷までは距離がかなりあるのではないですか?」

譲之介が言った。鬼の里まで来るのに1日近く時間がかかった。徒歩で、仮に走って言ったとしてもかなり時間がかかることは確かだ。

「大丈夫。馬を使って行けばいい」

 

 

鬼の里近く、家康の命により里の場所を探しに一人の兵士が馬に乗りながら現れた。

「確かこのあたりだったか……」

彼は槍を背中に、刀を腰に携えている。仮に鬼が襲ってきても返り討ちにできる装備だ。槍は効かずとも、目などを狙えばいい。

「ドクター、馬を奪おうとしてもあんな装備じゃ返り討ちにされるよ?」

「こういうときのためにこれを持ってきてるんだ」

ドクターは荷物の中から小銃を取り出した。見た目からするに未来のものだろうか。

「それでどうするの?」

「こうするんだ」

ドクターは兵士のうなじに向かって引き金を引き、銃口から音を立てて現れたレーザー弾が彼のうなじにヒットした。

兵士は意識を失い、落馬した。

「ドクター!殺したの!?」

「まさか、殺しは嫌いだ。これはただのショックガンだよ。1時間は目覚めないはずだ」

ドクターは華と共に乗馬。馬の扱いには慣れているというドクター。馬もすんなり彼らを受け入れたらしい。

「それで、僕はどうすればいいですか?」

馬には3人も乗れない。ドクターは少し思案してから話した。

「君はここで鬼たちを見守っていてくれ。それとこれがショックガン。もし兵士が来たり兵士が起きたら撃ってくれ。それと、心臓は狙わない様に。そうすると死んでしまうから」

ドクターは譲之介に別れを告げ、馬を走り出させる。森の中は足場も悪く、途中で降り落されそうになるが、この馬は優秀なのか、二人とも森を抜けるまで落馬することはなかった。

そして森を抜け、平原へたどり着く。既にそこでは戦が始まっていた。鬼たちは棍棒を手に家康軍の兵士と戦っている。

槍はあまり効いていないようだが、既に家康軍は対策を撃っていた。火をつけた弓矢で鬼を撃ち抜く。すると鬼の体は燃える。その戦略が効いたのか、戦場には鬼の黒焦げの死体がいくつも残っている。

「ひどい……」

もちろんそこには人の死体も多かった。まさしく死屍累々。しかし進むにはここを通るしかない。ドクターは馬を走らせていく。

鬼と人との争いを横目に、平原を突き進む。ドクターは一言

「争いごとは嫌いだ」

と呟く。時折焦げた草も見えながら、平原を抜けて町中へ。

町人は馬に乗り駆けてゆくドクターと華を奇異の目で見つめていた。途中曲がり切れずに商店に激突してしまうが、なんとか落馬せずに立ちなおし、そのまま町中を突っ切って家康の屋敷へ。

「屋敷に行くなら門を通らないと!」

「真正面から行ったら捕まる。僕たちは兵士たちから鬼の一族だと思われてる。今や家康たちは鬼を滅ぼすことに無我夢中だからな。見つかったら殺される」

「じゃあどうやって行くの?」

「裏口か……もしくは壁を越えるか!」

 

 

ドクターと華を馬を停め、家康の屋敷へ馬にくくりつけられてあった鞍を使い壁を登って侵入した。

多くの兵士は戦に出ているのか、中にはほとんど誰もいない。

「今がチャンスだ。とはいえ誰かがいるかもしれない。怪しまれないよう、忍び足で……」

庭の石を鳴らさないように進み、廊下へと足を進める。

「ターディスってどこにあるの?」

「恐らくこの屋敷のどこかの倉庫に。とにかく屋敷中を見つからない様に回って……」

「おい!そこで何をしている!」

ドクターと華の前に現れたのは銀次だった。二人の兵士を連れて廊下を徘徊していたのだった。

「まずい!華、君は別の方向へ逃げろ!」

「わ、分かった!」

ドクターと華は銀次から逃げるため、二手に分かれることとなった。

「お前たちはあの男を追え!」

銀次は華のほうを追いかけるようだった。刀を鞘から出し、片手に華を追いかける。

しかし少し逃げた先は行き止まり。壁をいくら叩いても忍者屋敷のように隠し扉は出てこない。

「どうしてこんなことをするの!?昨日は守ってくれてると思ったのに!」

「私たちの目的は最初から鬼の居場所を明かすこと。鬼の一族……いや、それに成りすましたお前らを利用してな。あくまで私が生き残って家康様に場所をお伝えするために自衛しようと思ったまでだ。それにこの鬼の道具は素晴らしい。夜道でも安全に町へ戻ることができた」

銀次は懐からソニックスクリュードライバーを取り出し、それを鳴らす。

「やっぱりあなたが盗んでいたのね……!」

「お前たちは一応“鬼の一族”だ。ここで首を撥ねさせてもらおう。女に手を上げるのは趣味ではないが……」

銀次は刀を思いきり振り上げ……

振りかざす前に、不思議なエンジンの音と共に華の周囲にターディスが現れた。

「なっ、青い箱……!?」

銀次は突然目の前に現れた青い箱に呆然としていた。華はターディスに救われ、安堵した。

「もう!どうしていきなり二手に分かれようだなんて言うの!」

「しょうがないだろ、でもその間にターディスを取り戻せた。追手だけど、なんとか撒けた。走るのは得意なんだ。よし、それじゃあ……」

ドクターはターディスの扉を開き、銀次の前に出る。

「その箱を返すとはまだ言っていないぞ」

「僕は宇宙人なんだ。地球のルールに従うと思うか?」

ドクターは懐から銃のようなものを取り出し、銀次の目元で光らせる。すると銀次は気を失って後ろに倒れた。

「麻酔光銃だ。出てくる光を見せると眠らせられる」

「ショックガン使えばよかったのに」

「あれは遠距離用。こっちは近距離用なんだ」

ドクターは倒れた銀次の手からソニックスクリュードライバーを奪い返した。倒れた銀次がしっかり眠っているのを確認し、ターディスの操作盤へと戻る。

「よし。じゃあ華捕まってろ。鬼の里まで行く!」

 

 

青い空に緑の大地。入植者なら誰もが羨むであろうこの土地に独特のエンジン音をふかしながらターディスが着陸する。

「座標はここで合ってるな……」

ドクターはターディスの扉を開き、その広い大地を見つめた。

「ようこそ。ここがおとめ座の惑星、オガスだ」

ターディスの中から、子供の鬼たち、女性の鬼たち、そして譲之介が出てきた。

「すごい……あの青い箱がまさか……中が広いだなんて!」

「驚くのはそれだけか?瞬間移動もできるのに」

ドクターはターディスで鬼の里に向かい、そこで鬼の生き残りを連れ、「もう何にも追いやられることの無い平和な世界」と説明し、やがて鬼が支配することとなるこの星、オガスへと連れてきたのだ。

譲之介はそこにただ置いておくわけにもいかないということで、

鬼たちは目の前に広がる平和な大地に驚きつつも、喜びからか涙を流している者もいた。

「この星はなんの侵略も受けない。一切の戦も起きない」

「ここがその土地……」

「でも……お父さんたちは……」

鬼の子供の一人が悲しい顔で地面を見つめる。ドクターはそんな子の前に立ち、腰を下げて同じ目線にしてから話し始める。

「君たちのお父さんたちは君たちを守るために戦いに行ったんだ。もしもあのまま君たちが残っていたら、君たちもまた殺されてしまう。いいかい、お父さんたちの意志を君たちが継ぐんだ」

鬼の子はうんとうなずく。

「大丈夫なのかな、この世界で」

「この星はやがて発達した機械文明を持つことになる。この子たちの手で未来が切り開かれていくんだ」

「このことが分かったから鬼のみんなをこの星に?」

「ああ。一つの文明の誕生に僕たちが一つ手を貸したんだ。たまにあることさ」

「良かった。ここからドクターの言ってたオガスが生まれるのね」

「歴史的瞬間が見れてうれしいか?さぁ、僕たちの出番はここまでだ。」

ドクターは譲之介と華を連れ、ターディスに戻る。そして船はあのエンジン音をふかしながらこの星を後にした。

 

 

「家康様、鬼の里を探しに行った者から報告です」

「何だ?」

「鬼の里と思われる場所は発見しましたが、鬼は一匹も居なかったと……」

「逃げたか、それともここに倒れている鬼で全てか……」

家康は馬上から戦の痕を見つめる。自らの兵士、鬼の兵士、数えきれないほどの死体がそこに転がっている。

「深追いは無用だ。仮に逃げたのなら我々の手で斃せるほど弱い者だろう。これで鬼との戦は終わりだ」

家康は手に持った刀をゆっくりと鞘に戻す。その時、部下が再び声を出す。

「それと、屋敷で銀次が鬼の一族である二人に襲われて青い箱を奪われたとか……」

「なんだと?」

それと同じ時刻、青い箱、ターディスは家康たちから離れた平原に着陸した。

「ドクター、どうしてここに?」

「最後にひとつだけやらないといけないことがあるからね」

その青い箱の扉を開く。すると目の前には体中傷だらけ、ところどころには火傷の痕が残る。そこには鬼のゲンゾーが居た。

「お前たちは……」

「ひどい傷……手当しないと!」

華はターディスに戻り、どこかにあるはずの救急箱を探しに行こうとする。

「いや、あの状態じゃもう助からない」

「じゃあ何?助からない人を前にして……」

長は体力ももう限界なのか、その場に倒れこんでしまう。

ドクターと華、譲之介はすぐさまゲンゾーの元へと駆け寄り、ドクターは彼を腕に抱える。

「ああ、鬼のみんなを守れなかったことが……ゴホッ、私にとっては心残りなんだ。戦には負けた。人間は我々より力で劣るとはいえ、その数は侮れない……このまま里が見つかり、逃げ場をなくした子供たちが……」

「そんなことはない。彼らは殺されることはないんだ」

「そう。鬼の生き残りのみんなはもっと安全な……国に行ったんだ。」

華は言葉を濁した。別の惑星に行っただなんて信用されないだろう。

「そうか……ありがとう。君たちが送ってくれたのか?」

「その通りだ。だけど僕たちは感謝されに来たんじゃないんだ」

ドクターは深い呼吸の後に言葉を続けた。

「君たちが守った子供たちは、やがてこの広い空をまたぐことになる。そしてまたこの国に現れる。今度は人と交流するためにね。あなたたちが未来を紡いでくれたんだ」

「そうか、嬉しいな……」

「僕たちはお礼を言いに来たんだ。彼らの代わりに。『ありがとう』と」

「いつか見たいな、そんな世界が」

「見れるさ、きっと」

ゲンゾーはゆっくりを目を閉じ、その生涯を終えた。その顔は安らかなようだ。

「……だから戦は嫌いなんだ」

ドクターはそっと呟く。

 

 

「本当にすごい……鬼の一族、じゃあありませんでしたね。華さんにドクターさん」

譲之介はターディスの家の近くまで送られていた。

「もし家康に何してたんだと聞かれたら、鬼から命からがら逃げたと言わないとダメだぞ。鬼に近しいと思われれば打ち首になるかも」

「もちろんですよ!でも今回の体験はすごく貴重だと思うんです。何か別の形で残してみたいな……」

「なら、今の戦乱の世が開けたら何か本を書いてみるといい。きっと大ヒット……の足掛かりにはなるかも」

「いいですねぇそれ!鬼の生態を書いてみるとか?」

「それは君の好きにしていい。じゃあ僕たちはもう行くよ」

「じゃあ元気でね」

華は笑顔の譲之介に手を振って別れを告げる。

ドクターはターディスの操作盤をいじり、発進させ、戦国時代に別れを告げる。

「鬼は日本ではおそらく絶滅。だがその噂は消えたわけじゃない。鬼は伝説となって語り継がれていくんだ」

「譲之介が?」

「ああ。彼もまた歴史を語り継ぐ語り部の一人になるんだ。まぁ創作だってバカにされるかもしれないけどね」

ターディスは時間の渦の中を暴れるように進み続ける。華は惑星オガスのことを思っていた。

鬼の惑星、オガスは時間の渦を流れていくターディスと同じように、時間の流れと共にだんだんと発展していく。

やがてその土地はビルの建つ大都会となり、宇宙へと飛び立っていくのだった。故郷である地球を目指して。

 




次回は舞台を現代に移します。第一話と同じ学校になりますが……


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第四話 HIDDEN SHADOW〈学校に潜む影〉PART1

久々の投稿です。DWのS12も最終話を迎えましたね。賛否両論ありますが個人的にはノンストップで退屈しないシーズンでした。
ちなみにこの回はS12が始まる前にもう書き始めた物なので・・・


鏡の向こう側には何が潜むだろう?

反転した世界か、別の次元か、それとも、何かの生命体か。

古より鏡は異世界への扉と言われてきた。また、無限の世界を形作る合わせ鏡は不吉なものとして伝えられてきた。

鏡はいつの時代も、恐怖の対象として恐れられている。

それは昔だけではなく、現代も。

「蒼汰ー?どこー?」

体操服の少女が、人の少なくなった学校の中で人を探している。

まずは理科室の中へ。あるものといえば薬品にガイコツぐらいで、人の影は見えなかった。

次に入ったのは家庭科室。教室の中では一つのミシンが電源を落とされることがないまま、ずっと空回りしている音が鳴り響く。

不気味に感じた少女は家庭科室を出ていく。

電灯も落ち、窓からの夕陽だけの薄暗い廊下を進んでいく。

その途中で、ふと一つの木製の扉に視線が向いた。数ある教室の中でも、古くからあることが分かる。

その扉は施錠されていなかった。ドアノブに手をかけ、ミシミシと音を立てながら扉を開く。

探している男の子が、その中に居るような気がしたからだ。

中はただの家庭科室の倉庫だ。あまり手入れはされていないらしく、ダンボールやらが雑に置かれている。

その中で光る何かを見つけた。不思議とそれに吸い込まれていくような感じがする。

その正体は姿見の鏡であった。

「綺麗な鏡……美人に写る」

少女はその鏡をたてかけるため、ダンボールらをどかして置くことができるスペースを作った。

鏡をゆっくりとたてかけ、鏡に映る“綺麗な”自分をまじまじと見つめる。

そこで小さな違和感に気づいた。こちらが鏡を見ているはずなのに、まるで鏡がこちらを見ているような……

すると、小さな声が聞こえた。

「君もおいでよ」

すると、鏡の中から手が現れ、少女の腕を強く掴んだ。

 

 

学校のチャイムが鳴り響き、放課後が始まる。ただしすぐに帰れる放課後ではない。

6月に控えた運動会の選手決めのため、今日はクラス一同残ることとなったのだ。

「あーあ、今日は家に帰ってゲームしようと思ったのに」

「華は何の種目に出る?私は障害物競走かな~」

家にとっとと帰りたい華と、選手決めにウキウキしているアキ。

「なぁ、仁は何の種目に出るんだ?」

「そうだなぁ、棒倒しとか……」

「棒倒しなんて、今の時代ないだろ?」

「そうなの?あれ大好きなのに」

隅田仁……ではなくドクターは既にクラスで男子の友達を作っており、よく話している。

 

―――――「すまないけど僕はもうこの学校から去る。今度退学届けを出す」

 

華の頭の中に、彼が前言った言葉がよぎる。

そういえばドクターはなぜまだ退学していないのだろう?

華は気になり、おもむろに席を立ってドクターの元へと行く。

「ねぇ仁、そういえばまだ退学してないよね?」

「なんで仁って呼ぶんだ?」

「えっ?ほら、ドクター……なんて呼んでたらみんなが不思議がるでしょ?」

「確かに。筋が通ってる」

「で、なんでまだ居るの?」

「その話についてはまたホームルームの後。先生が来るぞ」

ドクターがそう言ったすぐにチャイムの音が鳴り響いた。ホームルームの時間だ。

「なぁ仁、華が退学がどうのこうのって……」

「ああ、引っ越しするまでの時間が伸びただけだよ。とうぶんはこの学校に居る」

先生が扉を雑に開けて入ってきた。たくさん荷物を持っていたため、丁寧に開けることができなかったのだ。

「よし、と。じゃあ号令」

先生の合図で、クラスの号令係がホームルーム開始のあいさつを始める。

「タイムロードアカデミー以来かな、こんなあいさつするのって……」

日本の学校での様式美である号令にどこか懐かしさを感じる。2000年近く前のことを。

「着席」

号令係の合図で全員が一斉に座る。

先生はクラスの学級委員会を黒板の前に集まらせる。学級委員の一人である書記係が委員長とこそこそ話をしながら黒板に「運動会 選手決め」と書いていく。

「えー、それでは運動会の選手決めをしたいと思います。今年の学校全体のキャッチコピーは百花繚乱で……」

クラスの委員長が原稿を見てたんたんと読み進める。

華は退屈だったので、ふと校庭の方を見る。華の席は窓際で前から4番目。

今の時間帯は他のクラスも同じようにホームルームをしているため、校庭には誰も居ない。

そのはずだった。校庭で体操服姿の少年がトラックに沿って走っている。他に同じようなことをしている人は見当たらない。少年が一人で走っているのだ。

「それじゃあクラス選抜リレーのメンバーを決めたいと思うのですが……」

「はいはい!じゃあ私推薦したい人がいまーす!」

アキが手を挙げた。

「はい、皆城さん。誰を推薦したいんですか?」

「私は華がやったらいいと思いまーす!」

「えっ!?」

校庭に気を取られていた華は驚いた。

 

 

 

「はぁ~、なんでリレーのアンカーに……」

「いいじゃないか。走るのは得意だろ?バグラに追いかけられたときはかなり早かった」

ホームルームでの選手決めが終わり、ドクターと華は教室横の階段に座り談話していた。

「そういうあんたはどうして短距離走にしたの?」

「一番早く終わるからさ。僕は忙しいんだ。いちいち運動会に出てる暇なんてない。まぁ僕は心臓が二つあるし肺も人間より強い。長距離走向きなのは知ってるけど、ズルだと思って」

ドクターは少しはにかんだ。

「それで退学まだしない理由って?」

「これさ」

ドクターはポケットの中から入っていたとは思えないほど大きな機械を取り出した。それは赤と青に光っている。

「それって信号を追う機械?」

「ああ。例の信号はこの学校の中のどこかから発せられてる。それを解明するまではこの学校からは去らない」

「なるほど。じゃあ私は関係ないから帰るね」

華は手すりに手をかけて立ち上がる。

「え?ターディスでどこか旅に行かないのか?」

「それは運動会が終わってから。それまで練習しないと」

「ターディスはタイムマシンだ。10日旅したって1時間後に戻せる」

「人間には人間の時間ってものがあるの。あんまり行ってると時間感覚おかしくなっちゃう」

「確かにそうだな。じゃあ僕は信号を解析しながら短距離走の練習してるよ」

華はドクターに手を振って別れた。ターディスの中ではやりたいゲームがなかなかできない。通信対戦ゲームなんかはなかなかつながらない。華はそろそろゲーム三昧の生活に一度戻りたかったのだ。

久々にゲームができることにウキウキしながら華は帰りの道につく。

校門から出ようとしたとき、後ろから声をかけられた。

「華!」

「あっ、光輝!」

「なぁ、どうして先週末ロストボックス買いにいかなかったんだ?俺ずっと返事待ってたのにさ」

「あっ、あー!ごめん。その日実はお墓参り行ってて……スマホも親に奪われててさ」

これは真っ赤な嘘だ。ターディスの旅に夢中になって頭から抜けていたなどと言えない。いったところで意味不明な言い訳にしか聞こえないだろう。

「なんだ、そうだったんだ……それでロストボックスは買えたか?」

「いやぁ、それが売り切れててさ……」

華はまたもや嘘をついた。

「じゃ、今度は今週末に買いにいこうよ!今度こそは何も用事ないからさ」

「ごめん、俺は週末に部活の練習試合がやってさ……休めないんだ」

光輝はサッカー部に加入している。他の学校と比べそこまで忙しくないものの、練習試合などはしっかりあるのだ。

「あっ、そっか……ごめんね」

「いいって。もし買ったら面白かったかどうか聞かせてよ。じゃ」

光輝はカバンを背中に持ち、手を振りながら学校へと走って戻っていく。

「……はぁ。なんだかまずいことしちゃったなぁ」

華は落ち込みながら、自宅へと帰っていく。

そのころドクターは、薄暗いターディスの中で操作盤をいじくりまわしていた。

「信号は確かに学校の中からだ。でもどこから出てるんだ?」

操作盤のスイッチを何度も押しながら、ドクターはディスプレイを見つめる。

「駄目だ。信号があまりに弱すぎる……」

ドクターはため息をつきながらディスプレイを手でどけた。

「やっぱりまだ学校で調査するしかないか……」

 




このお話の元ネタは映画「学校の怪談3」とアニメ学校の怪談の第5話です。
第一話も学校の怪談だったじゃないかと言われるとぐぅの音も出ません。


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第四話 HIDDEN SHADOW〈学校に潜む影〉PART2

2年半ぶりくらいの更新ってマジですか、時間経つの早いですね……
更新遅くてごめんなさい。
この話は既に全て書き終わっているのでこれが終わるまでは失踪しないハズ……


 

華は一日経ってもいまだ光輝との約束を破ったことに意気消沈していた。

授業が終わり、みな運動会の練習をしているというのに、自分は体操服に着替えたらすぐに教室に戻り、自分の席に座って校庭を眺めている。

そんな華をみかねてアキがやってきた。

「どうしたの華?みんな校庭で練習してるよ?」

「選抜リレーの練習は4時から。大丈夫、ちゃんと練習には出るよ」

「でも朝からずっと落ち込んでるみたいだし……何かあった?」

アキが華をせなかをさする。

「いや、実は光輝との約束破っちゃってさ。それでちょっと嫌な奴に思われてたら……なぁって思って」

「なーんだ、そんなこと? 約束のひとつやふたつぐらい誰しも破るもんよ。」

「そうかなぁ……」

机にうずくまる華。アキは「まったく……」とこぼしていた。

すると突然扉が開く音が。ドクターだった。

「なぁ華、今暇かな?」

「ほら、彼氏さんも来たことだし元気だしなって!」

アキが華の背中をおもいっきし強く叩いた。

「だから彼氏じゃないって!私はまぁ4時までは暇だけど……」

「なら良かった。少し来てもらいたいところがあるんだ。あっそうそう」

ドクターはアキに指をさした。

「君も暇ならちょっと付き合ってくれないか?」

「えっ? 華にデートのお誘いじゃなかったの?」

「デートは趣味じゃない。行くぞ」

ドクターに連れられ、華とアキは廊下に出た。

ドクター曰く、どうやら信号の原因がある場所にあるという。

「アキ、だったっけ?君はたしか怪談話が好きだとか」

「え? まぁ好きっちゃあ好きだけど」

「じゃあこの家庭科準備室に関する怪談話か何か知らないか?」

ドクターは家庭科準備室を指さした。準備室の扉は木製でところどころが欠けている。

「うーん、そうねぇ……ソータって名前の運動会が近づくと出てくる幽霊の話なら」

「一体どんな話だ?」

「なんでも体が弱くて出たかった運動会に出られないまま病気が悪化して亡くなったの。それからは運動会に出ようとする人を襲う悪霊になったとか……なんでもこの家庭科準備室で行方不明になった子がソータって子に襲われたって噂が」

アキは淡々と怪談話を話し続けた。

「なるほど。それでそのソータはなぜこの家庭科準備室に?」

「そこまでは知らないけどさ」

「なるほど。まぁそれで十分だ」

ドクターは扉をカギをポケットから取り出して鍵穴に差し込み、扉を開いた。扉は古いためかギシギシと音を立てた。

「いつものドライバー使わないの?」

「木には効かないって前言わなかったか?」

ドクターが薄暗い家庭科準備室に入りながら言った。

アキと華も追うように入っていく。

「ねぇ仁くん、私たちをここに呼んでなにがしたいの?」

アキが聞いた。

「一人でこれほどのダンボールの中を探すのは苦労するんだ。人手が欲しくて」

ドクターはポケットからソニックドライバーを取り出し、様々なダンボールに向けて光を放つ。

「すまないがダンボールをどかしてくれないか?二人とも」

「はいはい」

華がぶっきらぼうに返事をし、ダンボールをどかしはじめる。

「ねぇ、仁ってこんな変なヤツなの?」

アキが華にひそひそと聞いた。

「エイリアンなの。だからこんな奇行をするの」

「エイリアン?まっさかー」

アキは華の言ったことを信じていないようだった。華もそのつもりで言った。もちろんいきなり彼がエイリアンだと言ったところで信用しないだろう。現に自分も信用しなかった。

「よし、その鏡だ。こっちによこしてくれ」

ダンボールの中から姿見の鏡が出てきた。縁は金色で、ところどころがはげている。

「信号はどうやらこの鏡の中から出てきてるみたいだ。じゃあ僕はターディスでこの鏡を解析してるから、二人は運動会に練習に行ってるといい。あ、それとこれは手伝ってくれたお駄賃」

ドクターは鏡を片手で持ちながら、ポケットの中から小銭を取り出し、華とアキの掌に載せる。

「じゃあ華、これから短距離走の練習があって僕をみんなは探すだろうけど、先生に呼び出されて反省文書かされてるって言っておいて」

ドクターはそう言うと鏡を持って準備室からそそくさと出て行った。

「ターディスって何?」

アキが華に聞く。

「アイツが持ってる車のこと。よくああいうことするの。気にしなくても平気、害はないから」

華がアキに言った。ふと華は準備室にかけられていた時計を見つめる。

「あっ、もう4時じゃん!練習行かないと!」

華とアキは練習に遅れないよう走って校庭へと向かった。

「華、なんだかさっきに比べて元気になってきたじゃん」

「なんだかバカバカしくなってきて」

校庭ではすでにほかのクラスメイト達が集まっていた。

 

 

ドクターはというと、鏡をようやくターディスまで運び終わったところだった。

「鏡はいつだって別の世界の入り口だ。さて、どうして信号を発しているんだ?」

操作盤から吸盤付きのコードを取り出し、鏡に貼りつける。するとディスプレイに不思議な波線が浮かび上がる。

「……不思議だ。この鏡はあくまで信号を出しているだけだ」

ドクターは鏡をペタペタと触っている。

「何もない。信号を出している以外はただの鏡だ。まるで空っぽのペットボトルと同じだ……」

ドクターが鏡をトントンと叩く。

「これはただの中継器か? だとしたら学校の中に本体が!」

ドクターは鏡をターディスの中に置いたまま、走って出て行った。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

「もうバテたの華? まぁそれもしょうがないか。リレー5連続で練習はきついもんねー。アキラも怪我しちゃったし」

アキは華にスポーツドリンクを手渡しながら言う。

同じリレーの一つ前の相手であるアキラとのバトンパスの練習で、早さのあまり彼を押してしまい、そのために転ばせてしまったのだ。

「ごめんね、アキラって二人三脚の相手だったでしょ? そっちの練習止めててごめん」

「いいんだって、別に骨折れたわけじゃないんだし。ま、とにかく保健室から帰ってくるまで待機かなぁ」

アキも華と同じようにスポドリを飲みながら言う。

「私の足が速すぎるせいかな。もうちょっと遅めに走ったほうがいいのかも」

「それじゃダメだよ、華のウリは足の速さなんだから。だから推薦したんだって」

「でも、そのせいで相手に怪我させるんじゃ」

「うーん、もう少し力みすぎるのを抑えて見たら? 渡す時に」

「抑える、か。えーと…」

アキを相手にバトンパスの練習をしようとした途端、リーダーの笛の音が聞こえてくる。

「おい華、次の練習始めるぞ」

華はリレーのリーダーに名前を呼ばれた。華は足をだるそうに歩ませる。

「力み過ぎないように、だよ」

アキにそう言われながら、リレーの次の練習が始まる。

「アキラが帰ってくるまで、バトンパスの練習。次は華とその前のショウジの番だ。どうしてもそこのバトンタッチでミスが多いらしくてな」

「まぁショウジと私じゃ身長の差もあるし……」

「お前が速すぎるんだって」

ショウジにそう言われ、華は申し訳なさそうに頭をかく。

「じゃあやはり順番を入れ替えてみるべきか……」

リーダーの考えで華はリレーの順番を入れ替えられることになった。

早速リレーの練習が再び始まる。

 

「おい光輝、何ずっとあっち見てんだよ」

「え? ああごめん」

光輝はサッカー部。試合のために練習をしている最中だ。しかしどうも華が気になってしまう。

「そんなふわふわしてんじゃ、試合に勝てないぞ」

「でもただの練習試合だろ?」

光輝は頭をかきながら言う。

「練習試合でも勝てないチームが大会で勝てるかっての。ほら行くぞ」

光輝は仲間に頭をたたかれ、少し反省した。

しかしすぐに練習に参加はできない。叩かれた反動か尿意をもよおしてきた。

「ごめん、ちょっとトイレ行ってくる」

光輝は仲間の肩を叩くと、そそくさと校舎に入っていく。

「ふぅ、運動会の練習とかもどうしよっかな。試合あるし、華には約束すっぽかされるし……」

光輝はトイレの小便器を前に独り言をつぶやいていると、突然後ろの個室から誰かが出てきた。

「今華に約束すっぽかされたって?」

「うおっ!?なんだあんた……ってあんたもしかして最近転校してきた?」

「ああそうだ。隅田仁。ドクターって呼んでくれても構わない。ところで華が約束をすっぽかしたって?」

「なんでドクターって呼ぶんだよ。華となんか関係あるのか?」

「いや、もしかしたら僕のせいかもって思って。華をあっちこっち連れまわしたから」

光輝は驚いた。華からはお墓参りに言っていたと聞いてたのだが……

「いや、でも華は……」

「おそらく君に嘘をついたんだろう。傷つけないために。まぁ宇宙旅行してたなんて言っても君は信じないだろうけどね。ああ。僕は忙しいから後にするよ。それと僕の方からも謝っておく。ごめんね」

そう言うと仁はトイレから出ていった。手も洗わずに。

「宇宙旅行?はぁ、華はあんな頭おかしい奴と付き合ってるのか?なんで……」

光輝は仁と違ってしっかり手を洗ってからトイレを出ていく。そこからは廊下を歩く仁の姿が見えた。

「トイレにもない。となると一体どこに本体が……」

仁、つまりドクターは手に変な機械を持ちながら廊下を歩いていく。光輝は奇行をする彼が気になり、後をつけた。

サッカー部の練習もあるが、数分ぐらい大丈夫だろうと思った。

仁は廊下を進んでいき、つきあたりにある部屋の中に入っていく。今はあまり使われていない物置部屋だ。

光輝も彼の後について物置部屋へと入っていく。光も差し込まないぐらい物であふれているその部屋に鎮座していたのは「POLICE PUBLIC CALL BOX」と書かれた青い電話ボックスだった。

「なんだこれ……こんなのあったのか?ここに……」

その電話ボックスは開いていたようで、扉に手をかける。

するとそこは外見から思えないほど広い空間だった。薄暗く、オレンジ色の丸い模様は光を出している。

「なんだこれ……」

「おい君!」

その中に入っていたのは仁だった。部屋の中心にある円形の操作盤で何やら作業をしながらこちらを見ている。

「なんでいきなり扉を開けたんだ? 人の部屋に入るときはノックをするって学ばなかったか?」

「え? いやまさかこんな広い部屋があるだなんて思わなくて……何これ!?お前何者だよ!?」

「僕か? ただの転校生だよ。僕は忙しいんだ。この青い箱の事は忘れて。君にはやるべきことがあるんじゃないのか?運動会の練習だとか部活とか」

仁は光輝の背中を押して青い箱、ターディスの外へと出す。

「いやでもこれって……先生に怒られるぞ!?」

「こういう部活なんだ。君は君のやるべきことをやれ。それとこのことは誰にも言うなよ、退学にされたら色々なプランが崩れる」

そう言うと仁は箱の扉を閉めた。

「……部活行かないと」

光輝はしぶしぶ物置部屋を出て部活に戻ることにした。

 

 

「も、もう無理!走れない!」

華はぜぇぜぇと息を切らしながら地面に倒れこむ。

「さすがにずっと練習するのも厳しいか。もうこれで今日の練習は終わりだ。各自解散していいぞ」

リレーのリーダーの合図で、一同は解散することとなった。

「ほら華、そろそろ立ち上がって」

アキは華に手を差し伸べる。

「私は大丈夫。アキは先行ってていいよ」

「そう?あんまり転がってると服汚れるからね」

アキは華を後にして校舎へと戻る。

メンバーが全員帰ったのを確認すると、華も立ち上がろうとする。

「私もそろそろ……」

たまには校庭に大の字になってみたいものだった。

「ターディス、かぁ……」

華はドクター、そしてターディスのことを考えていた。

今日が最初の練習とはいえ、正直出来は散々だった。一人は自分のせいで怪我させてしまうし、考え事があるためにまともに手が付かず、行ってしまえば自分のせいで足を引っ張ったようなものだ。

現実とはいうのは思い通りに行かないもの。現代に戻ってきてからというものをそれを痛感していた。ターディスの中でならそんなことを考えることはない。どこかあの生活に戻りたいという気持ちが芽生え始めていた。

「んー…… なんか嫌な気持ち……」

「そんなところで何してるの?」

「うわっ!?」

突然、男の子の顔が覗き込んできた。驚いて起き上がると同時にその子の顔に頭をぶつけてしまう。

「いっつ~……ごめん、大丈夫?」

「僕は大丈夫だよ。それでここで何してたの?」

「え? いや、運動会の練習が終わったからさ、その……ちょっと校庭で大の字になってただけ。つまり休んでたってこと」

華は少し不思議に思った。彼の顔をこの学校で見たことが無いからだ。

「あなたは何してたの?」

「僕も運動会の練習だよ。普段は学校休んでるんだけど、運動会だけは出たくて」

普段休みがちだから顔を見たこと無かったのか、と華は納得した。それなら知らなくてもおかしくはない。

「そうなんだ…… ところで名前は?」

「ソータ。君のことは知ってるよ。三崎華でしょ」

「うん。ソータ…くんか。よろしくね」

華は挨拶代わりに手を出した。彼も同じように手を出して握手をする。彼の手は土で少し汚れていて、そして冷たかった。

「僕はリレーが好きなんだ。だからずっと君たちのリレーを見てた」

「へぇー。でも私たちはあんまりリレー得意じゃないよ。私なんて特にさ……。自分のペースでばかり走っちゃって」

「それなら僕が教えてあげるよ。リレーのことは色々詳しいんだ」

「本当?」

「本当だよ」

 

そう言うと、彼は手に持っていたバトンを渡し、少し遠くの方へ走って行き、50mほどの場所で止まってこちらを向いた。

「それじゃあ、走って僕にバトンを渡してみて!」

華はゆっくりと走り出す姿勢を作り出す。それが終わると、地面を強く蹴って走り出す。足の速さには自信がある。もし本番だとしたら常に全速力で行かなければ。他の組に負けないために。

その速さのままソータの元まで走って行き、近づいて来たら手にしたバトンを渡そうとした。

しかしそれは失敗してしまう。あまりの速さにバトンが上手く渡しきれず、そのままバトンが宙に浮いて落ちてしまった。

「ああごめん! さっきもこれやっちゃったんだよね……」

「今ので分かったよ。君のダメなところ」

「ダメなところ?」

そう言うとソータはバトンを拾って華の回りで歩き始める。

「君は走るのがすごく早い。クラスにとってはとても強い武器になる。けど同時にそれはクラスとしての弱点でもあるんだ」

「クラスとしての、弱点……?」

「ああ。君はその速さを制御しきれていない。あまりにも早すぎてバトンを渡すタイミングが掴めないんだ。君も実際にやっててバトンが渡しづらいって思ったはずだよ」

「うん、そこが一番難しいって思ってた」

「それじゃあ、僕が試しに走りながら渡すからお願い」

ソータはそう言って再び遠くへ走り出す。そして今度は華がバトンを受ける体勢になる。ソータも同じように走り出す姿勢の後にこちら側へと走って来る。彼は華ほどではないがそこそこの速さだ。だが華に近づく時に少しだけスピードを落とす。そのままバトンを渡す手の形にし、確かに華の手にバトンを渡すことに成功した。

「渡す前に少しだけ走るスピードを落とすんだ。それと同時にバトンも既に渡せるように前に突き出す形にするんだ。それでバトンが渡しやすくなる」

「確かに、これでやってみればやりやすいかも……」

「ちょっとだけスピードは落ちるかもしれないけど、君の速さなら大した問題にならないだろ?」

「えへへ、そうかも。教えてくれてありがとう!」

「どういたしまして。君の走り方が良いなって思って」

ソータは少し恥ずかしそうに指で顔を搔きながら言った。

「さっきから時折見てたけど、あんなに足が速い女の子は見たことが無い。少し鍛えれば次の運動会で一番良い成績を残すことができると思ったんだ。でもさっきみたいに完璧には走れてなかったから、どうしても口を出したくなっちゃって。余計なお世話だったかもしれないけど」

「まさか! 余計なお世話なんかじゃないよ。むしろありがたいって感じ。でもいいの? だってソータくんはうちのクラスの子じゃないでしょ?」

「クラスのことなんかより良いリレーが見れる方が大事だよ。それに君の走りっぷりが一番良い」

「あ、ありがと……走りっぷり褒められたのなんて初めて」

「僕はちょっと変人みたいだからさ」

ソータはそう言って華に微笑んでいた。

「あっそうだ! せっかくだしお礼に何かジュース買うよ。さっきお駄賃貰って……」

ちょうどドクターから手伝ったお礼として小銭を貰っていたのだ。こういう時に使わなくてどうする。カバンの中から財布を取り出し、さきほど貰った硬貨を取り出すが……

「……なんて書いてあんだこれ。どう見ても日本のお金じゃないじゃんこれ……。あいつ間違えたな?」

ドクターから貰った小銭は明らかに使えるようなものではない。何やら記号のような文字のようなものが彫られていて、100円と書いてあるように思えるが明らかに違う。もしかして地球以外の小銭だろうか。

「あーごめんね、お金貰ったと思ったらなんか違うやつだったみたいで……あれ?」

顔を上げると、目の前からソータは消えていた。いきなりどこに行ったのだろう。彼の名前を呼んで少し周りを探して見るが見当たらない。さよならも言わずに帰ってしまったのだろうか。

「ま、変人さんらしいし勝手にいなくもなるか……前例あるし、仁っていう」

華はカバンを肩にかけ、着替えるために校舎の中へと入って行く。

 




DWのシーズン13が配信され始めましたが、間の話がまだ無いので見れてないです。とはいえちょっと見ないとダメですね。


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第四話 HIDDEN SHADOW〈学校に潜む影〉PART3

小説書くのって大変かと言われると大変なんですけど、一番大変なのはやる気を出す事ですね
コンスタントに書いてる人ってすごい


 

華はアイツと付き合い始めてから変だ。約束をすっぽかすし、さらにその理由まで嘘をついていたなんて。別に嘘をつくことは珍しいことじゃない。でもついたとしてもそれはどうでもいい嘘か冗談ぐらいだ。それにああいう風に約束を破るならちゃんと正直に話してくれるはずだ。俺は華とは幼馴染だからいつもと違うというのがよく分かる。

しかし一番気になるのは隅田仁という転校生だ。華の彼氏。あんな変人のどこが良いんだか。だがアイツが変人かどうかよりも一番の問題がある。それは……

「どうしたんだ光輝。箸止まってるぞ?」

「えっ?」

兄貴に指摘されてようやく気付いた。そういえば今は夕食の最中だった。箸で掴んでいる餃子は醤油を吸って黒くなってしまっている。

「何か考え事でもしてたのか?」

「いや? 別にそういうわけじゃないんだけど」

「じゃあ餃子が不味かったとかか? うーん、今日はニラをちょっとばかし入れ過ぎたかな」

「そんな、美味しくない訳じゃないよ! ほら、今回も変わらず美味しい! いや~、この味は狙おうと思っては出せないね。料理人になったら?」

「見え透いたようなお世辞は結構。でもまぁ料理人ってのも悪くないかもな。そういう道に進むのも……」

兄貴も俺と同じだ。すぐに自分の世界に入って考え込むところがある。こうなればゆっくりと考え事に集中できる。

一番の問題はあの仁が入っていた青い妙な箱だ。そもそも倉庫にあんな場違いなデカい物があるのもおかしいのに、何よりもその中がとても広かった。まるで宇宙船のリビングのようだった。一瞬夢だとも錯覚したけど、寝た記憶なんて無いし感覚で分かる。あれは間違いなく現実だ。

あんな妙なモノの中で妙なことをしてるようなヤツ、華に何かしたに違いない。明日学校でとっちめてやろう。

「ごちそうさま」

「なんだちゃんと食べれるじゃないか。あんま飯食ってる時に考え事するなよ。飯は飯だからな」

「兄貴が言えたことかよ……」

 

 

「こうか、こうか……」

光輝が家で考え事をしている頃、華は家でバトンの受け渡しの練習をしていた。

「ちょっと純一ー! 悪いけど少し手伝ってくれない?」

「何だよ、手伝うって何?」

「今度の運動会でリレーやることになったの。そのバトンの受け渡しの練習!」

「んなの練習するようなことじゃないだろ」

「こういう小さい事でも練習することが勝利に繋がるの! それに、良い走りっぷりなんて言われたら、さ……」

どこか華は顔を赤くしてバトンを見つめている。

「姉ちゃん、どうした?」

すると突然、インターホンの鳴る音が聞こえた。しかも一回ではなく五回ほどせっかちに鳴らされた。

「何だろ、宅配?」

「何か頼んでたっけ?」

インターホンを鳴らした本人を見るため、部屋を出て玄関へと向かう。しかし既に母が出ようとしていた。

「はいはい、今出ますからー」

母が扉を開けると、そこにはいつものようにソニックドライバーを鳴らしているドクターが居た。

「あら、あなたは……?」

「どうも、華の友人のドク……隅田仁です。華は居ますか?」

「あっ、あんたどうしたの?」

華はすぐ母と代わってドクターの相手をした。

「やぁ。突然で申し訳ないけど今日の夕飯の献立は?」

「今日? 今日はから揚げとコロッケだけど」

「そりゃいいね。突然だけど僕も夕飯にお邪魔していいか?」

「どうして?」

「僕っていつも頭を回転させて色々考えてるだろ? だから人間より早くお腹が空くんだ。だからいつもターディスの中のキッチンで簡単にご飯を作ったりしてるんだけど、最近外食が多かったせいで保存してた食材の賞味期限が切れてるのについさっき気づいたんだ。ほらこれ見て」

そう言うとドクターは懐から何やらカラフルなボトルを取り出して見せてきた。

「何これ?」

「エキゾチックフードって言うんだ。賞味期限は7646年の7月42日なんだけど既に10年も過ぎてる! そのせいで茶色だったのに虹色になってる!」

「7月42日?」

「未来では一か月が増えてるんだよ」

「大体今は2019年だから賞味期限切れて無くない?」

「確かに今は2019年だけどターディスの中は日付の概念が曖昧だし、いつも色んな時代にいるからそんなことは些細な問題だ。ともかくこれを買ってから100年既に経ってるんだ。いつも食材の賞味期限とかを目安に自分の年齢を確認してるんだけど、久々に確認してみたらこうさ。で僕が言いたいのは……」

そう言うとドクターは一呼吸置いてから一言。

「食べ物が無いから一回だけ恵んでくれ」

「わざわざ変な説明せずにそう言えばいいのに」

「感謝するよ。ああそうだ、礼にこのエキゾチックフードあげるよ」

「気持ちは嬉しいけど人間は腐った食べ物は食べれないの」

「食べろなんて言ってないじゃないか。これは腐ると良いニオイがするんだ。それに暗いところで光るようになるから間接照明として使える」

「本当?」

「ああ本当だ」

 

 

ドクターに頼まれ、華は三崎家の食卓に彼を招待することとなってしまった。

ドクターは変人なので食事が出るまでの間、何かしらしでかさないかと不安に思っていたが特段心配になるようなことは何も起こさなかったし、弟とも打ち解けていて思ったより悪くはなかった。父が帰って来た後に少しだけ紹介して早速夕食を食べることになった。

「ところでカスタードは無いかな? 揚げ物にはカスタードがよく合うんだけど」

「ごめんね仁くん、うちにはないの」

「そうなんだ、そりゃ不思議」

「いや、カスタードを常備してる家なんてある?」

「イギリスの家庭にはあったよ、カスタードクリーム」

「ここ日本」

「僕も食べてみたいな、仁ちゃんが言うようなカスタードコロッケ」

純一は何やらおかしな呼び方で彼のことを呼んでいる。

「仁ちゃん?」

「純一に僕のことをドクターと呼ぶように言ったんだけどその呼び方が気に入ってるみたいで。まぁドクターって名前も同じようなもんだし特に気にしないけど」

ドクターはそう言いながらもどこか不満そうだ。そんな様子を見てクスッと笑う。

父はそんな私たちのことを不思議に思う訳ででもなく、いつもと同じように無言で食事を口に運んでいる。そう思っていると

「ところで、隅田くん家は?」

父が珍しく食事の場で口を開いた。驚きだ。ドクターには何か人の心を開かせるものがあるのだろうか、親戚の集まりでもあまり口を開かないのに。

「ああ、父と母が今海外に行ってて。それで普段は一人暮らしなんですけど寂しくて」

「中学生で一人暮らし? 色々危なくないか?」

「去年まで海外に居たんですけどその頃からですから。むしろ日本は治安が良いから一人暮らししてても怖くないですよ」

普段の彼からは想像できないほど丁寧な言葉遣いだ。見た目の年齢が上だろうと基本失礼そうな口を聞くのに。

「俺も中学になったら一人暮らししようかな~」

「仁くんがちょっと特殊なだけよ。純一はダメ」

純一の軽い冗談でも母はたしなめる。純一は何かと危なっかしいから注意するのもおかしくはない。それに自分の息子だしまだ出て行ってはほしくないんだろう。

「それともう一つ……」

父は食べる手を止め、箸を置いて彼に聞く。

「華とはどういう関係なんだ? いきなり相手の家で食事に誘うなんて普通じゃない」

「そうそう! 一体どういう関係なの? 気になるわ~」

「ちょ、ちょっとパパママ……」

まさかの問い詰めに少し焦る。私とドクターは二人が想像しているような親密な間柄ではないが、こう聞かれるとなんだか妙に嫌な気持ちだ。

「ただの友達ですよ。僕って変人だからあんまり一緒に遊ぶ友達居なくて。引っ越してからは彼女ぐらいしか」

「本当か?」

「本当です」

父はドクターから私のほうへ顔を向ける。

「華、本当か?」

「ほ、本当本当!」

それを聞くと、父は顔色を一切変えずに箸を持った。

「なら大丈夫だな」

そう言うと、父はから揚げを口に運んだ。

 

 

「なんかすまないな、せっかくの家族団欒だったのに」

「いいのいいの。別にパパもママも怒ってたりしないし、むしろパパのああいう姿見れてちょっと嬉しかったかも」

ドクターはそれを聞いて胸をなでおろした後、ポケットからあの機械を取り出した。

「実は君に少しだけ報告したいことがあってね。あの場じゃ話せなかったんだけど例の学校から出てるっていう信号と鏡のこと」

「何かあったの?」

「この鏡から信号が出されてたんだけどそれだけだったんだ。きっとどこかからの信号を中継してるだけなんだ。だから本体を学校で今日一日探してたんだけど見つからなくて」

「思ってたんだけど、その信号って何か悪いモノなの? ただの信号なだけなら問題ないんじゃない? それか信号と勘違いしてるとか」

「悪いモノじゃなければいいんだがそもそも鏡から信号が出るなんて当たり前なことじゃない。それに出されている信号はこの時代のこの星のモノじゃない特殊な信号なんだ。良いモノでも悪いモノでも調べてはっきりさせておかないと」

「それもそっか……」

「ところで何か最近身の回りでおかしなことは無かったか? さっき食事の時様子がおかしかった。僕がいるいない関係なさそうな時に」

「おかしな、こと……?」

無い事は無い。突然目の前で現れて目の前で消えたソータという男の子の事。しかし彼の事はドクターの思う“おかしなこと”の範疇には入らないような気がした。それに鏡の信号と関係があることだろうか?

「特に無いよ。しいて言うならあなたがウチでご飯食べたことぐらい」

「そうか。なら他は聞くことは無いな」

そう言うとドクターは機械をポケットに戻して歩き始めた。

「ねぇ、私は何かすることある?」

「今回の件は僕一人でもなんとかできるよ。それより君はすることがあるだろ? 運動会の練習。僕のことは気にしなくて大丈夫だ」

そう言うとドクターは手を振って目の前から立ち去って行った。

運動会の練習……。ソータが教えてくれたようなやり方なら、きっとみんなの足を引っ張ることなく走ることができるかもしれない。

「元の生活で生きていかないと、おかしくなっちゃうよね」

ターディスの事は運動会が終わるまで考えないことにする。今はソータが教えてくれたように練習しよう。

 

 

キンコンカンコンと、最後のホームルームが終わるチャイムが鳴る。運動会が近いため、今日から部活は無しとなる。うちの部活の練習試合は別で週末にあるが。こうなると放課後はどのクラスも運動会の練習ばかりするようになる。しかし俺は違う。今日こそはあの隅田仁という転校生の事を問い詰めるのだ。

ホームルームの直後、俺はすぐにクラスを出て隣のクラスに居るであろう仁を追う。その途中で練習に誘われたが他に用事があると言って断った。クラスのみんなに挨拶をした後、彼は練習にも行かずそのままどこかへと歩いて行った。手に持っている変な棒を光らせながら。

しかしこうして隠れて追っているとまるでストーカーみたいだ。しかし別に相手は華でもなければ女性でもないし、別に誰も気には留めないだろう。男が男を追って何が悪い。

そのまま仁は周りに誰も居ないことを確認しながら、物置部屋の中へと入って行く。もちろん周りには俺がいる。

物置部屋の中にはあの青い箱があった。これが部活に使うためのもの? 一体何の部活なんだ? どちらにせよ既に部活は今の時期は無い。だというのにわざわざ使うなんておかしい。やっぱり何かあるはずだ。

そう考えていると中から足音が聞こえてきた。マズいと思って俺は隠れた。

「やっぱりこの鏡は信号を出しているだけだ。けど何度調べてもただの鏡だ。ソニックでちまちま調べるよりはこの鏡を持って学校中を捜索したほうが良さげかな……」

彼は何やら奇妙な鏡を手に変な棒を光らせている。やっぱりコイツはおかしい。問い詰めるなら今しかない。

「おい仁!」

「うわっびっくりした! 君は昨日の……。なんでこんなところにいるんだ?」

「アンタと話したいことがあって来たんだ」

「どうしてわざわざこんなところまで? 廊下でも良かった」

「その……あまり周りには聞かれたくないことなんだ」

「そう。僕と話したいなんて嬉しい限りだな。けど申し訳ないが僕はちょっと忙しいんだ。部活動でね」

「今は運動会の前で部活はどれも停止してる。運動部も文化部もだ」

「先生から許可をちゃんと取ってる。だから問題ない」

そう言って仁はすり抜けて消えようとするがそんなことはさせない。

「こんな青い箱……というか電話ボックスみたいなヤツを学校に入れる許可? 取れるわけないだろ。それにその変な鏡!」

「随分と勘が良いんだな。でも今この件について言われても正直困るんだ。明日にしてくれないか?」

「いや、そんなことよりもっと大事なことがある」

「大事なことって?」

「華に何をしたんだ?」

俺がそう言った途端、仁は鏡を置いてこちらを見つめた。

「僕が彼女に何かしたって?」

「ああ。華があんたと付き合う前はあんなんじゃなかった。約束なんて破らないし、何かあるならすぐに正直に言ってくれてた。間違いなくアンタのせいだろ!? こんな変な箱に鏡に棒を持って、華に催眠術でもかけたのか?」

「あー、確かに僕は彼女に色々なことをしたというか見せたことは事実だけど……」

「見せた!? 色々なことをしたって……何を!?」

「まぁいろいろ刺激的なことさ。あんなことを体験すればそりゃあ彼女だって色々変わるだろう。まぁ僕に責任があるし一応謝っておくよ」

「刺激的なこと…? あんなこと…!?」

恋をした女性は色々変わるとよく言う。ということは……

「おまっ……許さないぞお前!?」

「だから謝ったじゃないか! そんなに怒らなくても……いや分かったぞ、君は華のことが好きなんだな?」

「な、何言ってんだ! す、好きとかじゃなくて俺の華にあんなことやこんなことしたって言うから……」

俺が華のことを好き!? いや俺はあくまでアイツの幼馴染なだけで別に嫉妬していたりするわけではなく、ただこんな変な奴と付き合ってるというのがどうしても気に入らないだけで別に好きだなんて……

 

そんなことを考えている光輝の後ろで、鏡がそっと揺れた。

それと同時に、突然仁の持つ光る棒が何やら変な音を出し始めた。まるで警告音のような。

「うわっ! 今度はいきなりなんだ!? 何が起こったんだ!?」

そう言いながら仁は光る棒をたたき出す。しかし何も変わらない。

「おいおい本当か!? 急に信号が強くなったぞ!? 何が起きてる!?」

「そんな変なことして話をずらそうとしたって……」

そう言い終わる前に、俺は突然何かに足を掴まれて地面に倒れ込んだ。その際に頭をぶつけてしまい、血が出てしまった。

「何だよ……って!?」

それは鏡の中からだった。そこから伸びる手が俺の足を掴んでいる。そしてそのまま鏡へ引きずり込もうとしている。

「何が起きてる!? これはただの鏡のはず……、いや違う、普段はただの鏡に化けてるんだ! 動き出す時だけ鏡ではなく別世界への入り口になるんだ!」

「訳の分からないこと言ってないで助けてくれよ! うわーっ!」

そのまま俺は下半身が鏡の中に埋まってしまった。このままじゃ全て入ってしまう。

「大丈夫だ、ソニックで鏡を閉じればいい! そうすれば……」

「いいから早く……むごっ!」

引きずり込む力はとても強く、俺は成すすべもなく体のほとんどが鏡の中へと入ってしまう。

「いいやそんなことしてる時間は無いな! 掴まれ!」

そう言って仁は俺の手を掴む。だが彼が引っ張る力よりも、引きずり込まれる力の方が強い。

「マズい、このままじゃ……あっ」

仁はそのまま体勢が崩れてしまい、俺の手を掴みながら一緒に鏡の中へ引きずり込まれてしまった。

 

物置部屋の中に残っているのは、青い箱と金の鏡だけ。

 




DWは久々に見ると面白いですね。S8が結構好きです


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第四話 HIDDEN SHADOW〈学校に潜む影〉PART4

ドクターフーの学校回といえばS2の「同窓会」とS8の「校務員」が印象的ですね。この作品では学校回がなんだか多いような……


 

「いいよいいよー! そのままだよ華ー!」

アキの声援もあり、華は無事次の人へバトンを渡すことに成功する。ソータが教えてくれた通り、練習した通りでやった結果だ。

「すごいよ華! 昨日までのが嘘みたいに上手いよ!」

「ああ、やっぱり華はこういうのが得意なんだな。俺も羨ましいよその足の速さ」

昨日は何かと苦い顔をしていたリレーのリーダーも、顔を緩ませて笑っている。

「えへへ、すごい人に教えてもらったんだ!」

「すごい人? 仁とか?」

「アイツじゃないよ。ソータくんって知ってる?」

「ソータ? 例の家庭科準備室の幽霊?」

「そっちじゃないよ。他のクラスの子」

「ソータなんてうちの学年にいたか?」

「いいや、聞いたことない」

リーダーの子も知らないようだ。

「まさかぁ、アンタですら知らないなんてある?」

リーダーの子は自分からリレーのリーダーを買って出るほど責任感のある人間だ。そんな彼が他のクラスに誰がいるかを把握していないなどあるだろうか?

「俺は聞いたこと無いな。既に転校したんじゃないか?」

「そんなことないよ! だって昨日会ったし……それにリレーのアドバイスだってしてもらったし」

「リレーのこと考えすぎで疲れてるんだよきっと。それか聞き間違いじゃない?」

「ああ。ともかくリレーの練習はこれなら心配いらないな。あとは華以外がちゃんと走れるかどうかだ」

そう言うと、彼は他のリレーのメンバーに目を向けた。

「よし、それじゃあ休憩!他のチームもだ。 十五分後にまた始めるぞ。それまでに帰ってこいよー」

彼がそう言うとメンバーたちは解散し、それぞれ財布を手にコンビニなどへ足を運び始めた。リーダーの彼も他の友人に連れられ共に行った。

「華も行く?」

「私はトイレに行ってくるから。何かジュース買っといて」

「オッケー、じゃねー」

そう言ってアキも彼らに交じってコンビニへと向かった。

トイレに行くというのは嘘である。実はさきほどから誰かの視線を感じていた。もちろんそれが誰の視線かは分かっていた。

 

「さっきから私の走ってる所ジロジロみてた人は誰?」

「バレてたか」

木の陰からソータが頭を掻きながら現れた。やっぱり彼だった。

「ソータくんの方の練習はどうなの?」

「そこそこかな。でも早く終わったから、君の走るところを見てた。ごめんね……ちょっと気持ち悪いでしょ?」

「まさか!全然。むしろあなたのおかげで良い走り方ができたんだし。前よりもさ、心なしか上手く走れてる気がするんだ。バトンの受け渡しに心配がいらなくなったからかな?」

「きっとそうだよ。役に立てて嬉しいな」

「あなたのおかげ。ありがとう」

そう言って彼に微笑みかける。彼も喜んでいるようだったが、どこか瞳の奥に悲しい物を感じる。

「そういえば、みんなあなたのこと知らなかったみたいなの。本当に他のクラスの子なんだよね?」

「そうだよ。前にも言わなかったっけ? 僕は休みがちだからさ。きっともう少し経てば他のみんなも僕のことを気付いてくれるよ」

「だといいね。ソータくんは良い人だし、他のみんなもきっと好きになってくれるよ」

他の子に対してと同じようにソータに話しかける。彼はもちろん笑顔で返してくれるし会話だってしてくれる。他のみんなと同じように。でも悲しそうなところはさっきから変わることが無い。

「こんなこと聞いて良いのかわからないんだけどさ……」

「何?」

「どうして学校を休んでたの?」

それを聞かれた途端、彼は表情までもが悲しいものになった。

 

 

「鏡の中か……ポケット宇宙か? いや違うな。ポケット宇宙ならターディスでも感知できるはずだ。だとしたらあの鏡は場所と場所を繋ぐゲートか……しかしソニックのデータにはそんな大きな移動はしてないと表示されてる。だとすればこの世界は一体……」

「考え事はいいから早くどいてくれよ、俺の上からっ!」

光輝が起き上がるとそのまま仁は倒れた。かれこれ十分ほど彼の上に乗っかって考え事をしていたのだ。

「すまない、君が下にいると思わなくて」

「一緒に引きずり込まれたんだ。一緒に居るのは当たり前だろ」

「確かにな。的を射ている。ところで君はここをどこだと思う?」

「……鏡の中の世界? それと学校だ」

彼らが居る場所は学校そのものだった。人の気配は感じられないものの、周りの建物の構造、どこかのクラスが美術の時間に作った作品、手洗い場など学校だと分かるものがたくさんあった。毎日見ている学校の景色そのものだ。

「その通り。どこからどう見ても学校だな。そして僕たちは鏡の世界に引きずり込まれたんだ」

「言われなくてもわかってる。何がどうなってんだ?」

「まだ理由は分からないが君が足を掴まれて引きずり込まれた。つまり犯人は君に反応したってことだな」

「どうして俺なんだ?」

「理由はまだ分からないって言ったのが聞こえなかったか? 今考えてる途中だ」

そうぶっきらぼうに答えると、仁は光る棒を手に歩き出した。光輝は一人になるわけには行かず、そのまま彼についていき学校の中を調べることにした。

様々なところを見て回った。職員室、理科室、教室……。人が居ないことを除けばただの学校そのものであった。

「奇妙だな。ここは学校そのものだ。おかしいぐらいにおかしいところが無い」

「そりゃそうだ。ここは鏡の中の世界だ。現実が鏡映しになってるだけに決まってるだろ」

「そうさ! そこがおかしいんだ! ここが本当に鏡の中なら“鏡映し”になってないとダメなのさ。だけど学校の構造がまるで現実と同じだ。それにこれを見て」

そう言うと仁は近くの掲示板に貼られていた一枚のプリントを見せてきた。

「生徒会の新しい役員……どういうこと?」

生徒会の役員を紹介するプリントだった。だがそれは鏡映しになどなっておらず、文字も反転していない普通のプリントだった。

「ドラマやアニメで見たことないか? 鏡の中の世界の話。すべてが鏡映しになっている奇妙な世界。だがここにあるものは何一つとして鏡映しにはなっていない、すべてが現実と同じになってるんだ。つまりこの世界は鏡面世界なんかじゃなくて現実の学校をコピーした世界なんだ! だが何のためにコピーした?」

「それが分かったところで脱出できるわけじゃないだろ。ああどうしてこんな目に……」

「僕も全くそう思うよ。どうしてこんなことに……」

「いいやお前のせいだ。あんな変なことをしてるからオバケに連れ去られて俺たちはこんな奇妙な世界に閉じ込められたんだ!」

「僕のせい? もとはと言えば君が僕にちょっかいを出してきたからこうなったんだ。君が邪魔しなければ今頃信号はちゃんと追えていた……」

「信号? そうやってはぐらかして! やっぱり華はお前みたいな奴と一緒にいるべきじゃない。悪影響が……」

こんな状況だが厳しく問い詰める。しかし仁の反応はそれに対する怒りでも罪悪感でもなかった。

「これはスゴいぞ! さっきまで曖昧だった信号の発信源がはっきりと分かる! 鏡から手が伸びた時も信号が強くなった。ということは信号の発信源はこの世界にあるってことか! ああ僕は見落としてたよ! てっきり鏡は信号の中継地点だと勘違いしてたが違ったんだ。鏡の向こう側に本当の信号があって鏡が非アクティブ状態だったから希薄になっていただけなんだ!」

「本当に変人なんだな。さっきから何言ってるんだ?」

「君が来てくれなかったらきっと僕は一生信号を追い続けてただろう。君のおかげで信号の発信源を突き止められそうだ!」

「は?」

突然の賞賛に口を開けて驚くしかなかった。こっちは今お前のことを責めている最中だぞ。

「褒めてるんだから喜べ。信号の発信源さえ突き止めればきっと出口も……」

 

仁が全てを言い終える途中、何か奇妙な風が吹きつけてきた。その風が吹いてきた方向に目を向けてみると、そこには同世代くらいの体操着姿の女の子が立っていた。

「なぁ仁、俺たちの他にもこの世界に来たヤツがいるみたいだぞ」

「……いや彼女は違う。あれは君の足を掴んだ犯人さ」

「何だって?」

「彼女の目的は君だ。だから君を捕まえるために現れた。それと同時にお呼びではない僕を殺しに来たんだろう」

仁が言い終えると、女の子は突然顔を覆いかくした。数秒した後にその手をどけると、そこには口以外全て真っ白の顔があった。

「アレは……」

「お、お化けだ……! 化け物だ……!」

「こういう時の対処法はただ一つ……逃げるぞ!」

仁は光輝の手を掴んで走り始める。少女はその白いのっぺらぼうの面をこちらに向けながら走って来る。

曲がり角にぶつからないようにスピードを抑え、廊下の端にまで逃げていく。

「なんなんだよ! あれなんなんだよ!」

「言っただろ!? 鏡の中に引きずり込んできた犯人さ! おそらくどこかの星から来たエイリアンだ! そしてこの世界を作り出したんだ!」

「エイリアン!? オバケじゃないのか!?」

「幽霊みたいな存在ならよく見てきたがどいつも裏にはエイリアンがいる。きっと今回もな! そこに隠れるぞ!」

『美術室』と書かれた教室を見つけ、仁と光輝はその中へと入る。さっきの少女が入ってこれないように近くに置いてあった箒を戸に立てかけ、開けられないようにした。仁は光る棒を戸に向けていた。

「密度を高めて簡単には開けられないようにした。これでひとまずは大丈夫だ」

「……なんだよこれ」

「いきなりあんな奇妙な存在に襲われたらそういう反応にもなる。当然の反応だよ」

「いやさっきのオバケじゃない。ここ美術室のはずだよな?」

美術室の中にあるものといえば石膏や芸術家の絵といったものだ。だがここにあったものは全て体操着姿の少年少女たちが描かれた絵だった。そしてそのうちの一つは何も書かれてない、白く真っさらなキャンバスだ。

「現実の美術室にも彼らの絵が?」

「いや、モネとかゴッホとかの絵が飾ってあった。こんな絵は無いはずだ」

「ゴッホは良い画家だ。現実に戻ったら久々に鑑賞したいね」

そう言うと仁は先ほどの光る棒を彼らの絵に向けた。さっきからこの光る棒は一体何なのだろうか。

「なぁさっきから仁が持ってるその変な棒なんだ?」

「ソニック・スクリュードライバーだ。何でも調べられるし何でも開けられるし何でも閉められる宇宙一の工具だよ」

「宇宙一ね……まったく」

この隅田仁という男、ただ変なだけじゃない。こんな状況でも冷静に分析している。まるでベテランみたいだ。

「それと、隅田仁ってのは仮の名前だ。僕はこの学校から発せられてる信号を探るためにこの学校に転校してきたからね」

「仮の名前? じゃあ本名は何だよ」

「本名はそう簡単に教えられるものじゃないが近いものを名乗るとすればそうだな……ドクターだ」

「“医者”って名前なのか?」

「まぁね。宇宙の問題を色々治療してるから」

そう言いながら彼はソニックドライバーを絵に向け続けている。

「お前は一体何者なんだよ?」

「宇宙人だよ。ヒューマノイドのね。あの青い箱はタイムマシンで宇宙船」

「宇宙人!? じゃあ華は宇宙人と付き合ってるってことなのか!?」

「言っておくが僕は彼女と付き合ってないぞ。彼女はちょっと旅の相棒(コンパニオン)なだけだ」

「でもあんなことやこんなことしたって……マズい、華がエイリアンの子供を産む!?」

「全くこれだから思春期の地球の男は……。すぐそういう方向に思考が行く! 言っておくが僕は彼女に手なんて出してないぞ」

「じゃあさっき言ってた刺激的なことってのは……」

「昨日言っただろ? 宇宙旅行に連れて行ったことだよ」

「なんだそんなことか……紛らわしい言い方するなよ」

光輝はそっと胸をなでおろした。華と仁にそういう関係が無くて安心した。

「ここの絵は全てデータだ。過去にも鏡の中に引きずり込まれた人間がいる。そんな彼らを絵という形にデータ化して保存しているんだ。前にも人の意識や魂をデータ化してた連中が居たな。しかし何のために?」

ドクター曰くこの絵は全てデータ化された人間らしい。それを表すように、絵の下には彼らのものであろう名前が色々書かれていた。

「内山蒼汰……要敦子……伊藤芽衣。そして何も描かれていないキャンバスの絵の下には……小鳥遊光輝か。そういえば君の名前を聞いてなかったがフルネームは?」

「小鳥遊光輝だけど」

「珍しい名字だな。この白紙のキャンバスはどうやら君の分らしい」

「俺もデータ化されて絵にされるのか!?」

「ああ、捕まったらね」

光輝は背筋がゾクッとした。あの女の子に捕まってしまうとこうなるのか……あの、女の子? そういえばここの絵の一つはさきほどの少女に似ている。

「なぁ仁、さっき俺たちを追いかけてきた子、その絵の子じゃないか?」

「ドクターって呼んでほしいな。確かに言われるとそうだな。となると犯人はこのデータからあの少女を作り出したということか……」

そうつぶやくと、ドクターは絵の前から去り、光輝のもとへと戻って来た。

「けどそれが分かったところでじゃないか? 結局元の世界への戻り方が分からない」

「ああその通りだ。犯人の正体が仮に分かってもここに閉じ込められたまま。そしてたまに新しい人が引きずり込まれて、僕たちがその人と知り合いになるだけだ」

ここから出る方法。鏡から来たのならば……そうか!

「もしここが鏡の世界なら、来た時と同じように鏡の中へ突っ込めば元の世界に戻れるんじゃないか?」

光輝は名案だと思ったが、ドクターの反応は芳しくない。

「ここに来る途中で鏡を見かけたか?」

「そういえば全く見かけなかった」

「本来鏡は目の前にある物を映す。だが道中見かけた鏡は何一つ映すことがなかった。まるで質の悪い鏡みたいにね。だからきっとそれは脱出の方法に使えない」

「じゃあこのまま良い案も思いつかずに八方塞がり?」

「さっき追いかけてきた女の子でもない、人を攫い続けた真犯人が居ることが分かった。信号の発信源まで行ってそいつと会う」

「敵にわざわざ会いに行くのか!?」

「ああ。いつだって交渉は大事だ。攻撃するのは相手と交渉決裂した後だ」

そう言うとドクターは美術室の扉を開け、ソニックドライバーを光らせながら歩き始める。

「信号の発信源は体育館からだ。行くぞ」

 

 




今回からあとがき部分を次回のチラ見せ部分にしようと思います。次回までどんな話になるか期待しておいてください。


「だけど君には及ばないよ、本当。君の走りっぷりは素晴らしい……」


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第四話 HIDDEN SHADOW〈学校に潜む影〉PART5

今回のエピソードはこのPART5で終わりとなります。もちろんこの作品はまだまだ続きます。


 

学校へ行きたくない理由、それを聞いた途端ソータは悲しい表情を浮かべた。

「ご、ごめんね……言いたくないなら言わなくてもいいからさ」

ソータは黙りこくってしまった。傷つけてしまったことを謝っても彼は何も言わない。

「そ、そうだ! 他に良い走り方があったら教えて……」

「体がさ、弱いんだ」

「えっ?」

「運動会、昔から出てみたかったんだ。小学校の頃からいつも運動会の時期になると嫌だったんだ。窓から校庭を見ると、みんな楽しそうに走り回ってる。それにずっと憧れてた。でも体が弱くて一度も出られなかったんだ」

「でも、今練習してるじゃん。走り方だって……」

「ようやく、自分の足で走れるようになったんだ。だからもう僕は休まないことにしたんだ」

「……それは良かった。しっかり運動会で活躍するために色々勉強したんだね」

「だけど君には及ばないよ。本当。君の走りっぷりは素晴らしい……」

ソータは突然こちらを見る目が変わった。まるで狙っているかのような、獣のような目だ。

「ちょ、ちょっとどうしたの? そ、そんなに近づかれると……」

これはまさか……自分にキスをしようとしている? 心の準備がまだ……サードキスはさすがに本当に好きな人と……

 

 

「なぁさっきの女の子、また追いかけてこないかな?」

「ここまで追いかけてきてないってことはもしかすると僕たちを歓迎してるのかも。一体何が目的なんだ?」

光輝とドクターは信号の発信源を追って体育館へ来ていた。体育館も変わらず誰の気配も感じない。オバケの気配も。

「その信号ってのはここから出されてるんだろ? それっぽいのは見当たらないけど……」

「大きさはなんでもいいのさ。犯人の目的と信号に何の関係があるのか……そこからだな」

ドクターは何か気付いたかのように歩き出す。どうやらそれは体育倉庫にあるらしい。持っていたソニックドライバーで倉庫の鍵を開くと、その先にはボールの詰まったかごや跳び箱が並んでいた。ドクターはソニックを光らせながらそれを掻き分け信号の発信源を探す。しかしどれほど探してもまったく見つからない。ドクターはイラついたのか頭を掻きむしっている。

「どういうことだ!? ここから間違いなく信号は出ているはずなのに、どこにもそれを出す機械が見当たらない! 小さい機械すら無い……」

光輝はそんな彼に苦い顔を向けながら壁に目を向ける。するとそこに何か変なものがあることを見つけた。

「なぁドクター、これなんだろう……」

壁には稲妻でも走ったかのようなひびが入っていた。倉庫の壁は木製だ。こんな変なひびが入ることがあるだろうか?

「驚いた……これは時空の裂け目だ」

「裂け目?」

「ああ。何かをきっかけにして空間に裂け目が入り、それが場所と場所を繋ぐんだ」

ドクターがソニックドライバーを裂け目に照らす。その裂け目を見ながらドクターは勝ち誇ったかのように笑っている。

「なるほどなるほど、信号はここから出ているのか。どうりで機械などが見つからない訳だ。だがもう一つの目的、犯人は一体どこに……?」

すると突然、頭の中に謎の声が響いてきた。声からは「ドクター」と呼ぶ声が聞こえる。

「今僕の事呼んだ?」

「いや俺は何も言ってない」

 

「ドクター……そうか、お前はドクターか……」

「どうやら事件の犯人のお出ましみたいだな。姿を見せろ!」

「姿……? 残念だが我々に“姿”は無い」

「なるほど。どうやらグレイヴでは無いらしいな」

ドクターは手を合わせて周りをキョロキョロを見渡す。声の主を探すがそれらしきものはどこにも見当たらない。

「頭の中に直接声が聞こえてくる! 気持ち悪い……」

光輝が頭を押さえながらドクターに訴える。

「テレパシーで直接頭の中に語りかけてるんだ。お前は何者だ? 何が目的だ?」

「懐かしいな……姿は変わったが相変わらず、すぐ質問する面倒な所は変わっていない」

「僕と面識があるのか? なら尚更その正体を……いや分かったぞ」

そう言うとドクターはソニックを懐へしまい、かごの中からバスケットボールを取ってバウンドさせる。

「さっき僕たちに襲い掛かって来たあの女の子、あれはお前が彼女のデータ、すなわち魂を使って操った姿か。お前らは入れ物が無いと無害な単なる知性だもんな。そして人々を攫いその魂を利用し自分たちの肉体を作り出そうと考えている。違うか?」

「その通りだ」

「意識のデータ化はWi-Fiを介して一度やっていたはずだ。ザ・シャードを本拠地にしてな。その前は雪だるまを使ってたな?」

「さすがだドクター、記憶力が良いな」

「そしてその後僕のタイムラインに入り込んで僕を殺そうとした。返り討ちにあって結局お前は消滅したかと思ったが生きてたとはな」

「なぁドクター、犯人は一体何なんだ?」

 

ドクターは大きく息を飲み、光輝にこう告げた。

大知性体(グレート・インテリジェンス)だ」

「ぐれーと……?」

「姿を持たない意識だけの存在だ。だからロボットとか雪とかそういった入れ物を利用して肉体を作る。けどヤツらの本当の目的は人間の体を奪うことだ。だが何故こんな狭いスケールでやってる? お前のことだ、もっと国を乗っ取るとか大きなことをしでかすはずだ。そっちの方が目的だって簡単に達成できる」

「そうしたいが私はここから出ることができないのでな。裂け目を通して私はここへやって来た。だがこの世界から抜け出すことができない」

大知性体(グレート・インテリジェンス)と呼ばれた存在がそう答えると、ドクターは何やら思ったのと違うというような不満な顔を漏らした。

「何だと? じゃあこの裂け目と信号はお前がやったわけじゃないのか?」

「私は裂け目に便乗してこの世界に来たに過ぎない」

「なるほど……この鏡の世界から出られない。だが鏡の世界の扱い方は学んだ。だから鏡に近づいた人間を引きずり込みデータ化し自身の入れ物として使えるようにはなった。だが一向に鏡の世界からは抜け出せずただ近づいた人間を攫うだけか。ずいぶんと落ちたものだな大いなる知性も。僕を直接狙わなかったのは僕が怖いからだろう?」

「傲慢だなドクター。そこまで自分に自信を持っているのか? 私はただ貴様と関わりたくなかっただけだ」

「弱虫はみんなそう言う! だがそれもここまでだ。これ以上人を攫い続けデータの絵になんてさせやしないぞ」

ドクターはソニックを手にどこかに居る大知性体に向ける。しかし大知性体はそれに怯えることなく、むしろ高笑いを始めた。感情を確かに感じられるのに、無機質なほど冷たい笑い声だ。

「何なんだ……何なんだよ!」

光輝は目には見えない恐怖におびえながらドクターの服の袖を掴んでいた。

「何がそんなにおかしい?」

「貴様もこの世界からは出ることができないんだろう? そんなお前に何ができる?」

「脱出の仕方なら今も考えてるさ。きっと思いつく。僕を見くびるなよ」

「だがたとえ出られたとしてお前が見るのは絶望だがな」

「何だと?」

再び奇妙な風が吹いた。その風はバスケットボールの入ったかごを倒し、かごの中からバスケットボールが溢れていく。

「さっきお前は私はここから出られないと言ったな? だがそれももうすぐ終わる。あのソータという少年は随分と私に協力的でな」

「ソータ? どこかで聞いた名前だな」

「そういえばさっきの絵にそんな名前の男の子が居たような」

光輝はそっと呟いた。

「まさか一番最初にお前が攫った男の子か?」

「その通りだ。彼は私とある契約を結んだ。それは“良質な肉体”だ」

「良質な肉体だと?」

「彼は体の弱い子供だ。私と同じように良質な肉体を求めている。そこで私は彼と契約した。君を長くその姿で生き続けられる形にすると。そして良質な肉体が手に入ればその肉体をお前にやると。その代わりお前にはより良質な肉体を私に与え、この世界から出せと。彼にはここと現実の世界、二つの世界を渡る力があるのでな」

「生き続けられる姿とは?」

「“私”と同じにすることだ」

「それってどういう……」

「ソータを大知性体と同じように知性だけの存在にしたんだ。魂を取り出せば造作もない。データ状態になってるようなものさ」

ソータは永遠の形を手に入れ、現実世界で良質な肉体を探し続ける。大知性体は彼を利用しここから抜け出し肉体を手に入れる。いわばWIN-WINの関係だ。

「そしてソータはついに“良質な肉体”を見つけることが出来たのだ。彼が彼女の肉体を奪えば、彼は完全な存在となり私をこの世界から救い出すだろう」

「彼女とは誰だ?」

「三崎華」

それを聞いて光輝とドクターは絶句した。大知性体の狙う肉体とは華なのだ。

「マジ、かよ……肉体を奪われたらどうなる!?」

「華は死ぬ。そんなことはさせない」

「だがお前には何もできないぞドクター。ここから抜け出すことも出来なければ……この先、生き続けることもできない」

再び奇妙な風が二人の傍を吹く。

 

 

「ね、ねぇソータくん……私まだ心の準備が……し、正直に言うとちょっとソータくんのことを意識はしてたけどいきなり……」

「ずっとずっと、昔から追い求めていたんだよ君みたいな人を。足が早くて運動が得意。その肉体こそ、僕がずっと求め続けていた“良質な肉体”だ」

「そ、そのアキたちもすぐに帰ってくるからこんなところで……ってそもそも私まだ許可してないし……」

「いいんだ。そんなこと気にしなくたって。もうすぐ君は“僕のもの”になるんだから」

ソータはその手をゆっくりと華の手の上に載せた。

 

 

「バスケットボールがひとりでに動いてる……!?」

「見ない間に随分と腕を上げたな。まさかバスケットボールに入り込んで操作できるようになるなんて」

地面に転がり落ちたバスケットボールは突然動き出し、それらはまるで生きているかのように動き“人型”へと姿を変えた。バスケットボールが重なるように巨大な人型のバスケ怪人となったのだ。

「貴様はここで死ぬのだドクター!」

大知性体の入り込んだバスケ怪人はそのボールで出来た腕を振りまわす。「伏せろ!」とドクターが光輝と共に伏せたため攻撃は不発になるが、その一撃で大きく壁を破壊するほどの破壊力があった。

「なんでバスケのボールであんなに壊せるんだよ!?」

「どんなものだろうと勢いを付ければ破壊できるほどの力になるさ。もう一回来るぞ!」

次の一撃も再び避けなければ。しかし上手く避けられたのは光輝だけだった。ドクターは今の一撃に深く当たり飛ばされ、そのまま壁に叩きつけられてしまった。

「ドクター!」

「くっ……距離を見誤った……」

「マズい……!」

目の前には倒れたドクター、そして自分を殺そうとするバスケットボールの塊。

「僕のことはいい……! 早く逃げろ……!」

「でも……!」

ドクターか、自分か。ドクターか、自分か……見捨てて逃げることなんてできない。すぐに決めなければ……

「危ない!」

そうドクターが言うのと同時に、バスケットボールの塊は腕を大きく振り上げた。

 

 





「もう僕は運動会に出られない弱い人間じゃなくなる。勝って見返してやるんだ!」

「華の体は絶対に奪わせやせない。たとえ君がどんな存在であってもだ」

「なんてことだ! 運動会と大知性体の現れる日が被ってる!?」

「その、ソータくんのことが好きなの! 好きになったの!」

「ドクターは運動会の日に何かをしでかすつもりだ。きっと恐ろしいことだ」

《次のプログラムは2年クラス対抗選抜リレーです!》

「絶対に見ててね。私が走るところ」

次回
SPORTS DAY〈運動会〉


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第五話 SPORTS DAY 〈運動会〉 PART1

危機一髪のあの状況から果たしてどうなるのか?
HIDDEN SHADOWはSPORTS DAYに繋がる二話完結型のストーリー。
どのような結末を迎えるかお楽しみください。




 

奇妙な鏡の中から伸びた手が、突然俺の足を掴んで鏡の中に引きずり込んだ。

俺を助けようとして隅田仁……彼は“ドクター”と呼んでほしいと言っていたのでドクターと呼ぶが、彼もまた俺と一緒に鏡の中へと入ってしまった。

華の件、そして彼が持つ青い箱について色々問い詰めようと思ったのにこんなことに巻き込まれるなんて……

引きずり込まれた先は鏡の中。しかしそこは鏡の中であるはずなのに、鏡映し、つまり反転したものが何一つなかった。まるで学校のそのままコピーしたかのように。

俺とドクターがこのトラブルの件はどちらのせいか言い争っている最中、奇妙な顔の無い少女が俺たちを追って来た。オバケなんて初めて見た。しかしドクターはそれを「エイリアン」だと言う。追われる中、美術室に入った俺は体操着姿の少年少女たちの描かれた不思議な絵を目にする。ドクター曰く、それらはデータ化されたもので過去に同じようにここに引きずり込まれた者たちらしい。

俺たちはこの事件の真犯人を見つけるため、そしてこの世界から脱出するために体育倉庫に向かった。そこで俺たちが目にしたのは木製の壁に付けられた奇妙なひびと、頭の中に語り掛けてくる声だった。大知性体(グレート・インテリジェンス)。この声が全ての黒幕らしい。

ドクター曰くその声の正体は。学校の都市伝説の一つである、家庭科準備室のソータはソイツと共謀して華の命を狙っているらしい。華を狙うなんて俺が許せない。しかしヤツらにとって俺たちは邪魔者らしい。現に俺は今、バスケットボールの化け物に襲われている。

 

 

「危ない!」

ボールの化け物に襲われ倒れているドクターが俺に叫ぶ。怪物は俺に向かってそのボールの腕を大きく振りかざす。

しかしそれを間一髪で避ける。一応はサッカー部だ。反射神経には優れているつもりだ。だがこのまま逃げ出すわけには行かない。ドクターが倒れている。助けなければ……しかしどうすれば? 仮に逃げて助かったとしてここから脱出する手立てはない。ドクターの方が明らかにこの世界に詳しい。彼無しでは死ぬも同じだ。

「僕のことは気にするな! 今は自分の命を……」

「あんた無しでどうやって逃げ出せばいいんだ!?」

「それは……」

ドクターは言葉を詰まらせる。彼もそれを自覚している。だがすぐにバスケットボールの怪物の攻撃がまたやってくる。これをずっと避け続けることは無理だ。まずはこいつをなんとかしなければ……

ふと地面に転がるバスケットボールに目を向ける。ボール……そうか、ボールにはボールだ!

俺はサッカー部。エースってほどではないがボールの蹴る力には自信がある!

「ドクター、ボールをこっちに!」

「なるほど、頼んだ!」

ドクターは痛む体にムチを打って、自分の近くにあるバスケットボールをこちらに投げた。

「いっけぇー!」

投げられたボールに思いきり俺がキックを入れる。ボールの怪物はその攻撃は予測していないようだった。そのままヤツの胴体にあたる部分にヒットし、成すすべもなくその衝撃でヤツはバラバラになり、地面にはいくつものバスケットボールが散らばった。

「君はすごいな! フットボール部か?」

「いいや、サッカー部!」

「同じようなもんだろ。さっきの攻撃がかなり効いて背中が痛いがなんとか大丈夫そうだ」

「ああ。俺がやってやった! 俺がエイリアンを倒した!?」

「そのキック力羨ましいよ。だけどまだ完全に倒したわけじゃないぞ。大知性体はまた何かを操って……」

そうドクターが言っている途中、倉庫の中に入っていた跳び箱が突然カタカタと音を立て始めた。

「マズい、また来るぞ! 逃げろ!」

そう言うとドクターは立ち上がって体育倉庫から走り出す。俺は動き出した跳び箱を横目に彼についていく。

「なぁこれからどうするんだ!? 脱出の手立ても何も無いだろ!?」

「ああ、信号の発信源は裂け目の中だし、相手との交渉も決裂。考えうる限り最悪の事態だ!」

「最悪の事態か。俺が頑張ってあれを倒したのに!?」

「それとこれとは話が別だ。一応脱出の方法なら一度考えた! ついでにこちら側にも追って来れないようにする!」

「それどうやるんだ!?」

「まずは物置部屋に向かう! 僕の推測が正しければ同じところから出れる!」

俺たちは後ろから追って来る跳び箱に目もくれず、とにかく前へ前へと走って行く。

 

 

「ソ、ソータくん……」

「素晴らしい足だ。それが僕の“物”になれば」

左手を緊張している華の手の上に置き、右手を彼女の横顔に当てる。

「こ、これは覚悟を……」

華は顔を大きく赤らめて目をつぶる。彼女の想いとは異なり、ソータの狙いは彼女の心ではなく体である。

「さぁ、僕の物に……」

「華ー? 華ー、スポドリ買って来たけど」

突然、後ろからアキの声が聞こえてくる。その一瞬で、ソータは彼女に襲い掛かるのをやめた。

「そうか、“まだ”なんだな」

「まだってどういう……」

ソータは彼女の手から自らの手をどかすと、そのまま「また会おうね」と言って校舎の中へと逃げるように走って行った。

「あっ、華どうしたのこんなところで? 手洗い場の後ろで何してたの?」

「え? い、いや何もしてないよ! 手汚れてたから洗ってただけ!」

「……蛇口の無い後ろの所で?」

「乾かしてただけだって! それよりスポドリありがと~、後でお金渡すね!」

「う、うん……なんか様子おかしいけどどうした?」

「だからなんでもないって! 練習行こ練習!」

あんなことがあったばかりで、胸のバクバクが止まらない。気づいたふりはしてないけどきっとアキは既に気付いている。私の顔が赤いことに。

「熱でもある?」

「な、ないない! ほら、私肌弱いからさ、ハハハ……」

「ま、気にしないけど? 見てない間に何してたかは……ご想像しておきます」

「えぇ!?ちょっと!」

練習に向かうアキの背中に、少し強めの平手打ちを入れた。

 

 

「まさかドクター、鏡の中に入って戻るのか!?」

「ああ、君がさっき言った案を採用するよ! アレンジバージョンだけど」

跳び箱に追われながら俺たちはあの鏡のある物置部屋に急いでいた。

「でもさっき無理だって……」

「この世界がヤツらの作り出したものじゃない、既にあったというのを聞いて少し思い出したんだよ。かつてタイムロードの技術で作り出した不思議な鏡のことをね」

「タイムロードの鏡……?」

「タイムロードの技術は時空間を航空する技術、そして外より中が広い技術なんだ。後者の鏡版。有事の際は鏡の中に作った避難スペースに入り込むのさ。ただあまりうまくいかなかったみたいで閉じ込められる事故が多発。それからはタブーとされて封印されてたんだ。でも何かの拍子で盗み出されて、それで今この学校にあるってわけさ」

「さっきから知らない事ばっかりなんだけど」

「後で一つ一つ単語を説明していくから今は気にするな。さぁ入るんだ!」

気付けば物置へとたどり着いていた。跳び箱の怪物はその段を弾き飛ばすようにしてこちらに攻撃してきた。俺たちはなんとか避けて部屋の中に入る。ドクターは入らせないために扉にソニックの光を当てて厳重に扉を閉めた。

「ターディスはここには無いな。だが鏡はあった! これだ!」

そこには俺たちを引きずり込んだ鏡が残っていた。金で縁取られた、何の変哲もない鏡。道中見かけた鏡と異なり、これはしっかりと俺たちの顔を反射して映している。

「これの波長を少し変えれば元の世界に戻れるようになるぞ……」

しかしそう簡単には行かない。扉にガンガンッとおそらくあの跳び箱が攻撃してきている。この部屋の扉は古い。破られるのも時間の問題だ。

「なぁ早くしてくれ!」

「ああ早くやってるよ! よし!行けた!」

ソニックドライバーを止めると、鏡はまるで水面のような姿になり、手を突っ込むとまるで水を触っているようだ。

「さぁ跳び箱に殺される前に飛び込め!」

俺は言われるがまま、そのまま鏡の中に飛び込む。

 

しかしドクターはすぐには飛び込むことなく、扉を開いて跳び箱を中に入れさせ、早口でまくしたてるように話す。

「どうしてお前がここから今まで出られなかったか? それはこの世界の性質にある。ここは現実世界の鏡がある場所、施設を再現して作られている。そして危険から逃れるための避難所だ。生命体が入って来たと感知すればこの世界は外は危険だと判断してここから生命体が外に出れないように封じ込める。たまたま裂け目がここの中に開いてしまったばかりにお前は危険な外に行くことができないまま軟禁状態になっていたわけだ」

「わざわざ丁寧な説明を感謝しようドクター。だが貴様は今そのソニックドライバーでこの世界の性質を少しばかり変えた。もう私もここから出ることができる」

「ああそうかもしれないな。だがこれを作ったタイムロードは賢い。もし外部から操作されたとこの世界が理解すればきっとこれ以上操作されないために数秒後に自主的に避難するだろうね。ターディスみたいに」

大知性体にそう告げてからドクターは鏡の中へと入った。

「待て! ドクター!」

追うように大知性体も揺れる鏡の中へと入っていく。

 

 

「はぁはぁはぁ……ここはどこ?」

「現実の世界さ。正直できるかどうかは賭けだったけど、できてよかった」

二人が居るのは倉庫部屋。さっきまでの世界には無かった青い箱があることから現実だと分かる。

「賭け? じゃあ根拠が薄かったってことか?」

「タイムロードの鏡なら、中にも入ってきた時と同じ鏡が出現する。それを利用すれば外に出られる。この鏡はかなり古い物だから壊れてたけどソニックで直して出れるようにした。もし鏡の世界が避難所ではなく別のポケット宇宙、異空間だとしたら脱出は不可能だったね。そうならあちら側に鏡が存在しないから」

「あの大…知性? みたいなやつもこっちに出られるようになるんじゃないか? もしあんなのが現実に来たら……」

「いいや“まだ”来ないよ。僕があっちの世界で鏡にソニックを当てたから鏡の世界が攻撃されたと勘違いして移動したんだ」

光輝は自分が出てきた鏡のところに目を向けるが、そこには何もなかった。

「それじゃあの怪物と一緒に鏡が消えたってこと? 良かった。これで全て解決か」

敵が鏡と一緒に消えたというのに、ドクターの顔はどこか訝しげだ。

「いやまだ終わってない。鏡はあくまで移動しただけさ」

ドクターはソニックを光らせながら鏡のあった場所を照らしている。

「座標は移動してない。ということは時間移動したな」

「ってことはあれが戻って来るってこと!?」

「その通りだ。いつ戻って来るか調べる前に一つ確認しておきたいことがある」

「それって何だよ」

「まだ鏡の世界に戻っていないであろう存在がいる。ソータさ」

そう言うとドクターは鏡をターディスの中に運び、手に持ったソニックドライバーを手に倉庫部屋の外へと出て行った。

 

 




次回のチラ見せ


「誰を止めるって?」




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第五話 SPORTS DAY 〈運動会〉 PART2

今回の話はちょっと長めです。というかこのエピソードは他より長めになるかもです。


 

ソータは今この学校のどこかにいるらしい。彼は今魂だけの存在となっている。

「でも不思議に思ったんだ。ヤツら同じ存在に、データだけの存在ならソータにも入れ物が必要なんじゃないか?」

「その心配は無いだろう。大知性体との契約にはその肉体も紐づいてる。いわば彼専用の入れ物、永遠に年を取らない体にもしてもらったのさ」

「そんなことが……」

「だがそれを維持するにはある程度のエネルギーと魂が必要なはずだ。だからあの絵だ」

美術室にあった少年少女の絵。あれらはソータを維持するための生贄でもあるのだろうか。

「だから彼は狙い続けた。一つは自らの存続のための犠牲者、もう一つは弱い体から抜け出して理想の体を手に入れるための良質な肉体を」

「それでついに華のことを見つけたってわけか……」

「ヤツは彼女の体を奪って自らの物にするはずだ。早く見つけて止めるぞ!」

ドクターは手にしたソニックを光らせながら進もうとするが、突然少年の声が後ろから聞こえてきた。

 

「誰を止めるって?」

 

ソニックドライバーは後ろの方を反応している。そこには青白い顔をした体操着姿の少年が立っていた。

「反応はどうやら君からのようだな“ソータ”くん?」

「僕の名前を知ってくれてるなんて。最近学校に来たばかりなのに」

ソータは不敵な笑みを浮かべてこちらを見つめている。

「コイツが幽霊のソータ?」

「そうだ。最近学校に登校するようになった? ちゃんと練習してる? 全部嘘さ。彼女が目的だから彼女の前にしか現れない。他の人間はむしろ邪魔だからな」

「僕は彼女にちょっと走り方を教えてあげていただけ。せっかくの才能が埋もれさせるわけにはいかないから」

「彼女は元から足が早い。最近はいろんな場所で走ってるから余計に早くなったかもしれないな。だが皮肉にもその足の速さが君にとっては極上の体、ということか」

「そうだ。だから僕は彼女の体が欲しい。こんな満足に走れない……ニセモノの体は捨ててやるんだ。そしてその足で僕は走る」

「どうして華なんだ? 他にも足の速い奴ならいる! 男にだっているし、俺だって……」

光輝はソータに詰め寄る。しかし彼はやれやれと顔を横に振って答える。

「君たちじゃダメなんだ。僕が求めているのはリレーでかならず優勝できる足だ!」

ソータには並々ならぬ執着を感じる。単なるリレーで勝ちたいというだけじゃない。なぜ彼女に固執するのか?

「彼女は僕の求める良質な肉体に近づきつつある。アドバイスをしたその日からさらに大きく進化した。あとはゴールテープを切る時、彼女の肉体は僕が求める理想そのものになる!」

ドクターは手にしたソニックで自身の頭をポンポンと叩き、思考を巡らせている。

「お前は運動会に出れなかったことに固執する悪霊のような存在になった。運動会に出られる人間は妬ましい。だから自分が最も優れた人間の体で優勝する。そうすることで出られる人間に対する復讐になるわけか」

「ああそうさ。もう僕は運動会に出られない弱い人間じゃなくなる。勝って見返してやるんだ! 僕を役立たずと思っているアイツらに!」

ソータは思わず笑いがこぼれる。もうすぐ長年の雪辱が果たされるのだ。だがドクターはそれに対し冷たく答えた。

「勝ったところでそれは君の勝利じゃない。華の勝利さ」

「君には分からないだろうドクター。走れない者の気持ちが! 運動会の時、自分は何もできずただ見ているだけ! その日は出場している人だけしか主役にはなれない。後ろで見ていたってただのモブなんだよ!僕は……主役になりたい! たった一度だけでも!」

ソータはその不健康そうな青白い顔を鬼のように歪ませ憤った。その迫力に光輝は少し後ずさりした。

「君の気持ちはよく分かるよ。憧れの運動会に出れずにそのまま亡くなった、というか大知性体になった。固執する理由は分かる。けどこんなこと辞めるんだ。彼女の体を奪って、命を奪って運動会に出られればそれいいのか?」

「ああ、それで満足さ……。僕は決して諦めないよ。この体をさらなるレベルへ昇華させるためにはね」

「なら僕からも言っておくことがある。」

そう言うとドクターはソニックドライバーを手にソータへ向ける。

「華の体は絶対に奪わせやせない。たとえ君がどんな存在であってもだ」

「……悪いけど僕には味方がついてるんだ。大知性体という強大な味方がね。彼がいる限り僕は勝てる」

「彼なら今は鏡の中だ。色々あって今ここには居ない。すまないね」

「……」

「君は今すぐに華の肉体を手に入れることはできない。今の君はあの世界との繋がりが断たれてる。そうだな、取り残されたデータだけの存在。いわばただの“幽霊”状態さ」

ドクターはソータにソニックを向けてその体を解析した。ドクターが彼の体を触ろうとするが、彼の体はまるで煙に触ろうとするようにすり抜けてしまった。

「鏡が移動したせいで本体と接続ができてない。だから彼女の体を奪おうとしても無理だ」

「今はね。そうだろドクター?」

「ああ。逆にこちら側から君を消すこともできない。いわば冷戦状態だな」

ドクターは彼の周りを回りながらソニックを光らせ続けている。

「しかし鏡は時間を移動しただけ。必ず大知性体は再び現れる」

「それが僕と君との勝負の時になるってことか。なら受けて立とう。僕たちは華を必ず助ける」

「なぁ今僕たちって言ったか? 俺も入ってる?」

「ああ。君も巻き込まれたんだから当然さ。それに華が危ない」

「言われなくてもわかってるよ。華のためなら俺も戦う」

「君にはなにもできないよドクター。彼女は僕のものだ」

「どうだろうな? 楽しみに待ってろ」

ドクターがそう言うと、ソータはそのまま煙のように消滅してしまった。完全に死んだ……わけではないのだろう。

ドクターはソニックに表示された情報を見るとすぐさまポケットにしまい光輝に話しかける。

「さぁ光輝、もう時間が無いぞ。どうやら鏡がここに戻ってくるのは7日後らしい。その日に大知性体も現れる」

たった今ソータに宣戦布告をした彼は光輝の肩を叩き、あの青い箱の方へと戻っていく。しかし光輝には残り7日という言葉が気になった。その日は確か……

「なぁ待てよドクター、7日後は運動会じゃないか?」

「何だって?」

それを聞いてドクターは大きく慌て、壁に頭を打ちつけた。

「なんてことだ! 運動会と大知性体の現れる日が被ってる!? そんなことがあるのか!?」

「でもアンタすごい技術を持った宇宙人なんだろ? 雨を降らせて延期にさせるとかできないのか?」

「悪いが僕が持ってるターディスに天候操作機能は無い。雲が出てれば刺激して雨や雪を降らせることはできるけど、どうだ運動会当日は今年一番の晴れ模様! 雲一つないからその手は使えない」

「早めることはできないだろうし……、他に手は無いのか?」

「んー、そうだな地震なら起こせるがターディスの調子が悪いから最低震度7からしかできない。都心でそんな大地震を起こしたら華どころか多くの人間が死ぬ。これはダメだな」

「それじゃあ残された手は……」

ドクターは大きく息を吸い込んで光輝に語り掛ける。

「かなり忙しいことになると思うが、運動会当日に大知性体をやっつける。この方法しかない」

「ならやるしかないな。どうやって戦う?」

「幸運なことに7日も猶予がある。その期間にしっかり準備すれば大丈夫さ。ソータは今僕たちに手を出すことはできないしね」

「それで準備ってのは?」

「第一段階、華にソータの危機を知らせる」

 

 

「今日はこれで終わり。それぞれ解散」

時間は既に18時を回っていた。運動会の練習も本日はここまで。華とアキは教室に戻り着替えを取っていた。

「運動会までもう1週間切ったねー。華の方はなかなか調子よさげじゃない?」

「まぁね。良いアドバイス貰ったし。ところで今日はドク……じゃなくて仁見かけないね」

「用事があるから先に帰ったらしいよ。アイツ運動会の練習まだ一回も来てないけど大丈夫かな?」

「大丈夫でしょ。ああ見えて運動とか得意らしいし」

カバンの中からパウダーシートを取り出しながら言った。

「さすが。もうそこまで親密な仲に?」

「そういうのじゃないよ。それにアイツよりももっと、さ……」

華は冷たいはずのパウダーシートを顔にくっつけて顔を赤らめていた。それを見てアキはニヤニヤしている。

「えっ、まさか仁よりもいい奴が?」

「ま、まぁまだそういう関係ではないんだけどさ! まぁその、ちょっと気になるってだけで……」

「ふーん……オタッキーな華ちゃんに言い寄る男って意外と多いんだね」

こんな感情を持つのは久しぶりだ。ソータくんは色白で正直あまりタイプと言えるような相手ではないのだが、彼には何か特別なものを感じる。それにどこか惹かれている。また会いたいなという感情が心に芽生えている。

「意外って何意外って!」

「へへ、私はそういうの無いなぁ。この学校変なやつばっかりだし」

「変な奴多いのは認めるけどね。エイリアンいるし」

「そうそう。エイリアンみたいなヤツね」

「おい華、誰がエイリアンだって? そりゃ事実だけど」

突然教室の扉が勢いよく開かれた。噂をすればというやつか。そこにはドクターと光輝が居た。

「あっ、仁帰ったんじゃなかったの? 光輝もなんで一緒?」

アキは仁から用事があるから帰ると聞いていたはずだった。どうしているのだろうか。忘れ物? そのことよりも気になるのは光輝がいること。この前約束を破ったため直接を顔を合わせるのは少し気まずい。

「光輝とは友達になったんだ。彼が華の件で僕に怒ってたんだけどまぁ仲直りしたからね」

「そのこと言うなよ」

「事実だしもう過去のことだ。それよりも華、今は君と話したい」

「あららナンパですか? 残念だけど華にはもう他に気になる人が……」

「そういうことじゃない。全く思春期の子供はそういう話ばっかりだな」

「それで何の話、ドクター?」

華はパウダーシートを置き、机に手をかけてドクターの方を見る。

「なぁ待て華の気になってる人って?」

アキの言葉の中でふと語られた「他に気になる人」が光輝の心に大きく刺さった。今はそっちの方が気になってしまっている。

「その話は後。華、君はソータって人間を知ってるね?」

その言葉を放つと、華は少し驚いて机にかけた手を離して自分の手を揉み始めた。

「さ、さぁ? 私は別に……」

「彼と会った。君とは何度も会っているはずだ」

「……まぁそうだけど。でも不思議だね、アキも含めてみんなそんな子は居ないって言ってたのにドクターは知ってるの?」

「ドクターだけじゃなくて俺も知ってる」

「みんなが知らないのは彼がこの学年、学校に今在籍してないからだ。君の前にだけ現れてる」

「それってどういう……」

そう聞いた後のドクターの返事は驚くべきものだった

「彼は君の体を狙ってる。君の肉体を奪うつもりだ」

「いきなり何? どういう意味で……」

「端的に言うと彼は凶悪なエイリアンと共謀していて、君のことを殺そうとしてる」

突然の訳の分からない言葉に呆然としていた。いきなり自分がエイリアンに狙われてると言われても……。いや、グレイブにバグラなどと出会った後だ。信じないことはないが“ソータ”がエイリアンだなんて信じられることではなかった。彼はそんな人間ではない。いつも自分に向ける目は間違いなく優しい目だ。

「いきなり変だよドクター。そんなこと言われたって」

「突然のことで申し訳ないけど彼は危険なんだ。関わらない方がいい」

その言葉を聞いて少し不快に思った。確かに彼は不思議なところもあるがそんな危険なようには思えない。なぜか迫っては来たがそのぐらいだ。しかし何故急にドクターがそんなことを言ってくるのだろうか? だが少しだけ思い当たる節はある。

「ねぇドクター、まさかさっきのを見てたんじゃないよね……?」

「さっきのって?」

「さっきのって?」

「さっきのって?」

その言葉にアキと光輝も反応した。

「だからその、私がソータに言い寄られてたところ……」

「どうしてその話が出てくる?」

「ドクターは確かにすごいし、色々なことも教えてくれたのは分かるよ? でもだからってソータくんのことを悪く言う?」

ここ最近、自分はドクターとターディスに乗り旅を続けてきた。そんな自分が別の男に撮られることにどこか焦りを感じているに違いない。

今考えればこの時の考えは少しおかしかった。ソータに対する特別な感情が先行して、どこか自分を見失っていた。

「別に僕は彼に嫉妬しているわけじゃ……」

「最近私が今の世界にエンジョイしてるのが嫌なの? そんなに一緒に冒険に行きたい? それは分かるけど私にも私の時間ってものがあるの! それに他の人のことだって好きになるし……」

「あー、君は勘違いしてる。僕の言ってることは事実だ! なぁ光輝、君からも言ってやれ」

「他に好きな人……? 仁じゃなくて?」

今の華に光輝からの質問は耳に入らなかった。

「私は足速い方だけどリレーは苦手だったの。自分のペースでいつも走ってたから。でもソータくんはそんな私に優しく教えてくれた! そんな彼が悪い人だと思う?」

「それも彼の策略だ。君の体を使う時に不自由が無いように得意分野を伸ばさせてるんだ」

「訳の分からないこと言わないで! 彼は悪い人じゃない!」

「なぁ華、その好きな人って……」

「その、ソータくんのことが好きなの! 好きになったの! こんな私だけどそれぐらいの感情はあるし……、エイリアンとか関係無いから!お願いだから邪魔しないで! 光輝もこの前のことは悪かったと思うけど、変なことドクターと一緒にやらないで!」

華は激昂し、そのままカバンを手に教室から出て行ってしまった。

「あー、ごめんね仁くん、光輝。華、さっきから色々様子がおかしくて不機嫌なだけだから……ちょっと追ってくる!」

そう言うとアキは華を追うようにカバンを持って教室から出て行ってしまった。

「思春期の女子は情緒不安定だな。ソータのことが好き? なるほど、人は恋をするとおかしくなるものとは言うが……これはちょっとばかし予想外だったな」

「ウソだろ、華がアイツのことを好き……?」

まさかの華の恋の話を聞いてしまい、驚きと焦りと落胆の気持ちが胸に襲い掛かって来る。

「多難だな光輝。ともかくこうなったんじゃ彼女を説得するのは難しいな。どちらにせよ彼女に彼は危険だという考えは植えついた。あとはこっち側で解決していくしかない」

「べ、別に俺は華のことが好きでやってるわけじゃ……」

「そうか? 彼女と話している時君の顔が少し赤くなってたし、彼女がソータのことを好きだと言った瞬間の心拍数が跳ねあがった。単に幼馴染なだけって感情じゃ起きないよ。否定したってソニックが証明してる」

ドクターはそう言いながらソニックドライバーを振り回している。

「分かったよ。でも今は俺の想いよりも華がどうなるか、だろ?」

「これ以上彼女にソータの事を言ってても仕方ないな、僕たちが裏で守るしかない」

 

 

「ちょっと華ー! どうしてさっきあんなに怒ったの?」

「アキ……いやちょっとムカついただけで」

「だからってあそこまで怒ることないよ。言ってる意味はよく分からなかったけど仁も光輝も華のことを心配してたんだよ。そのソータって人との関係を」

「分かってるけど……認めたくないの」

「認めるって?」

「彼が……危険な人だってこと。おかしいところは確かにあるんだけど、優しく教えてくれたし、私の事を考えてくれてた」

それに何よりも彼には走ることを褒められた。自分という人間には今まで人から褒められるようなところが無いと思っていた。言ってしまえばオタク気質だし、特段人より得意なところがあるわけでもなければ人間性もすごく高いわけじゃない。現に今ドクターと光輝に怒ってしまったし。

そんな自分が唯一人より優れていると思っているのは走るのが速い所だ。周りからも感心されることはあるが思った通りの反応は貰えたことが無かった。そんな中、自分の走りを見て褒めてくれる人が現れた。ソータだ。しかも彼はただ褒めるだけではなくよりその能力を上げるやり方を教えてくれた。それがたまらなく嬉しかった。気づけばそんな彼のことを意識していた。

「ドクターの言う事はいつも正しい。それは分かってるんだけど……」

「さっきから不思議に思ってたんだけどさ、そのドクターってのは仁のこと?」

「そうだよ。物知りだからそういうあだ名なんじゃない?」

「へー、不思議なあだ名だね。もっとアピールしてもいいのに」

「そういう変なところがあるヤツだからさ。私の事を心配してるのは分かってるんだけど、私とソータとの関係は内緒にしておきたかったから……」

「ま、そういうこともあるよね。でもそれが分かってるなら、ちゃんと謝ったほうが良いよ。あっちは呆然としてたけど別に怒ってたわけじゃないし」

「うん、私も明日謝るよ。ごめんねアキのことなんか巻き込んじゃって」

「いいのいいの。華のこと大事だからさ。それじゃあまた明日ね」

そう言った後、アキと手を振って別れを告げた。今日は色々あって頭の中がこんがらがっているが、今日のところは家に帰ってゆっくり休もう。

既に時間も18時半を過ぎていて暗くなっている。そのまま帰路へと着くが、どこが街灯の様子がおかしい。さっきから点滅を繰り返している。

ここのあたりの街灯は工事でまだ新しいはずなのだが……

すると突然、後ろからあの声が聞こえてきた。

「華、さっきはごめんね」

後ろにはソータが立っていた。いつもと変わらない体操着姿だ。まさかこの姿で帰っているのだろうか?

「ソータ、くん……?」

「さっきはちょっと怖がらせてごめんね。つい君のことを見過ぎてた」

点滅する街灯に照らされながらこちらに向かってくる。

「一つ聞いておきたいんだけどさ……、ソータくんって何者?」

「隣のクラスの生徒だよ。普段は休みがちだけどね。もしかしてこの服がおかしい? さっき制服が汚れちゃったからこれ着て帰ってるだけだよ」

「それは本当?」

さきほどドクターから聞いた話を思い出す。彼はただの生徒じゃない。たとえ好きでもその違和感は拭えない。

「……本当に決まってるじゃないか。まさか仁から何か言われたのかい?」

「ドクターのこと知ってるの?」

そう聞くと、ソータは少し黙った後に指で頭を掻きながら言った。

「ああ。急に僕に喧嘩をふっかけて来たよ。『華にこれ以上近づくんじゃない』って言ってね。光輝? とかいう彼も連れてた」

彼はどこか不機嫌そうにそう語った。ドクターは時折口調が荒々しくなる。だからこそ勘違いされやすい。

「ごめんね。きっと何か勘違いしてあなたの事を敵視してるだけなんだと思う。彼は良い人だから心配しないで」

「良い人? 彼が? それはきっと誤解だよ。彼は次にこう言ってた。『彼女は僕の物なんだ。だからお前は手を出すな』と」

「えっ……」

その言葉を聞いて驚いた。本人の前で言ってないだけでそれは愛の告白なのでは……

「きっと彼は君に惚れたんだろうね。それも無理ないよ。あんな素晴らしい走り方をする女の子、好きになってもおかしくない」

「待って、それってドクターが私の事を好き、だっていうこと……?」

「そうだろうね。けど別にそれだけなら悪い事じゃない。一番問題なのはそう……光輝のことだ」

「光輝? 光輝の何が問題なの?」

ソータは左手で顔を覆い隠し、肩を震わせながら怒りを込めてこう言い放った。

「ドクターは危険だ。彼はあの持っていた不思議な棒で彼のことを洗脳して配下に置いたんだ。君の幼馴染を味方につけようとした」

ドクターが光輝を洗脳? あんなに優しい彼が人の心を操るようなことをするだろうか?

「そんなことしないよ! だって彼は優しいし何よりもそういうことを嫌う人だから……」

「君は知ってるだろ? 彼が人間じゃなくてエイリアンだということ。人間とは違うんだ。だからそういった手を使うことにためらいが無いんだ」

「でたらめなこと言わないでよ! ドクターは確かにエイリアンだし変な奴だけど、決してそんなことする人じゃない! 彼のことを知ってそんなに長い時間は経ってないけど、私には分かる」

「いいや彼は危険さ…… 彼のもう一つの名前を知ってるかい?」

「もう一つの、名前……?」

ソータは大きく息を吸って言葉を続けた。

「迫りくる嵐。いつだって恐怖と破壊が彼には付きまとう。それは紛れもなく彼が引き起こしているからさ。そうやって君の心を操っていたんだよ。君のことが好きになってしまったからね。そうして僕と君との仲を引き裂こうとしてる」

「そんな……、ドクターがそんなことするはずない……」

「僕はもっと君といたい。君の走る姿をもっと見ていたい。だからあんなヤツと関わるのはもうやめるんだ。ただでさえ危険なんだ」

「でも、でも……」

「今すぐじゃなくていい。ゆっくり考えればいいよ。でも一つだけ忠告しておく。彼は運動会の日に何かをしでかすつもりだ。きっと恐ろしいことだ」

「恐ろしい事……」

「僕が必ず君を守るよ」

そう言うと、ソータは華が何か言葉を発する前に目の前から歩いて消え去ってしまった。華はただそれを呆然と見ているしかなかった。

しかし最後に言ってくれた「必ず君を守るよ」という言葉。それが嘘のようには思えなかった。

「ドクターが、悪者……光輝の事を洗脳……」

確かにドクターはエイリアン。それは事実だ。見た目こそ人間のようではあるが、その心まで完全に人間と同じとは限らない。彼は2000年以上も生きていてる。無機質で、それこそ侵略者としての側面を持ち合わせている可能性だってある。彼を信じるためには、まだそれほどの時間を共に過ごしていない。

ソータの言う通り、ドクターが危険な可能性もある。先ほどのように突然誰かを陥れようとする行動を行っていたのも事実だ。だが考えれば考えるほど、ドクターがどんな存在なのか分からなくなってくる。感覚が麻痺しているせいで彼のことを妄信していたのかもしれない。

しかし、それと同じぐらい不思議なこともあった。

「どうしてソータくんは、ドクターのことをあんなに知ってるんだろう……」

 

 




次回のチラ見せ

「2000年も生きてるのにまだ女心が学べない」


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第五話 SPORTS DAY 〈運動会〉 PART3

今回からようやくタイトル通りの「運動会」が始まります。
運動会で一番好きな時間は待つ時間でした。見てるだけですからね。楽でした


 

翌日、雲一つない晴れ渡る青空。しかし華の心はそんな天気と裏腹に曇り続けていた。

ドクターと光輝、二人と会う機会はあったが自然に彼らの事を避けていた。どこか怖くて、どこか信じることが出来なくて。ドクターがソータのことを悪く言ったのと同じように、ソータもドクターに対して良い感情を持たない故にあんなことを言っていたのかもしれないのに、ドクターのことが怖くて近づけない。そしてドクターもまた私と関わろうとしない。授業が全て終わった後も誰とも話すことなく帰って行ってしまった。昨日あんなに怒ったせいで彼もまた私のことが怖いのだろうか。

華が彼らの事を考えている間、そのドクターと光輝は物置部屋の中で対大知性体&ソータとの戦い方を練っていた。

「なぁドクター、例の件はどうするんだ? 華を巻き込まないで解決するって……」

「彼女を巻き込まない、というより巻き込めないな。今日一日僕は彼女にずっと避けられてるよ。2000年も生きてるのにまだ女心が学べない」

「俺も今日避けられてるみたいだった。ドクターはともかく俺は何かしたか? 一緒に居たから?」

「そんなところだろうな。華との関係はともかく、大知性体とソータを倒すためにある作戦を考えたんだ」

「作戦って?」

「まず、大知性体は鏡の世界に現れた裂け目の中から出現した。そしてソータと出会い彼と共謀している。ここまでは知ってるな?」

「何度も聞いたよ。それがどういう倒し方に?」

ドクターは鏡を持って、ソニックを当てながら説明する。

「大知性体に武器は通用しない。だから倒すと言っても命を奪ったりすることはできないんだ。じゃあ逆に考えよう。ヤツらを倒すことはしない。ではどうすると思う?」

ドクターは光輝に問いかける。しかし光輝はまだよく分かっていない。

「つまりどういう意味?」

「答えは単純だ、裂け目を利用するのさ。裂け目の向こう側にヤツらを追い出す。この世界から追放するのさ。鏡を裂け目の中へ投げ捨ててその後完全に裂け目を閉じる。そうすれば大知性体はここから居なくなる。彼のおかげで生きてるソータもよりどころを失って消滅ってわけだ」

ドクターは最後に指を鳴らして自信満々な顔を見せつける。裂け目の向こう側に大知性体を追いやれば解決、という寸法だ。

「それが作戦ってわけだな。でも裂け目は向こう側にあるんじゃないか?」

「その通りさ。裂け目にヤツらを追放しようにも鏡の世界にある。現実と向こう側の行き来ができない今その作戦はまだ実行できない」

「じゃあダメじゃないか」

「行き来ができるようになったら実行すればいいんだ。運動会の日に鏡が物置部屋の中に出現するから、その時にやる。運動会に出場しながら大知性体を裂け目の向こう側に追い出すんだ。随分と忙しい作戦だがこれしかない」

ドクターは鏡をポンポンと叩きながら説明を続ける。

「俺も何か手伝う。今から何かできることは?」

「それは……あと3日待ってくれ。そのために必要なものを今から作る。裂け目を開くための装置をね」

「3日もかかんの? どうしてそんなに」

「信号を送り出しているあの裂け目は非常に強力なんだ。鏡の中の世界から現実にまで届くほどにね。その分裂け目の閉じる力も大きい。かなり大規模な装置を作らないと裂け目を開くことはできない」

「それでその後俺は?」

「作り終わったら君に声かけるから手伝ってくれ。それまでは運動会の練習だ。徹夜して作らないといけないから、もし先生とか誰かに僕のことを聞かれたら3日間体調不良で休んでるって伝えておいて」

そう言うとドクターは青い箱の中へと消えて行ってしまった。

「……クラス違うんだけど。なぁ誰に伝えればいいんだ?」

光輝は彼を追うように青い箱の中に入っていく。

入った途端に思い出した。この箱はただの箱などではない。中にはありえないほどの広い空間と奇妙な機械がたくさんあるのだ。少なくともここが学校の中だとは思えない。

「なぁドクター、聞いておきたいことがあるんだけど……」

「そういえばターディスのことを紹介してなかったな。これはTARDIS。宇宙船でかつタイムマシンだ。これに乗ってここまで来た」

「あ、それもそうなんだけど休みの連絡、そのまんま明日先生にしていいのか?」

ドクターは思っていたことと真逆の回答が来たので唖然としてしまった。

「こんな……こんなすごい物があるんだぞ? 腰を抜かすほど驚くもんだ普通は」

「前にも俺が一回来ただろ? もう驚かないよ、それにこれはそういう類のものだと予想してたから。“ロストボックス”に出てくる宇宙船みたいだ」

「最近の子はマンガやアニメの見過ぎでターディスに驚きもしない! 悲しいことだよ全く。これがどんなにすごい船だかみんな分かってない」

ターディスに特に驚く様子を見せなかった光輝は、一旦ドクターと別れを告げ、そのまま運動会の練習へと向かうことにした。

 

 

アキと華はいつも通り運動会の練習だ。今日は先生も付き添いで来ている。

「やっぱり仁居ないね。華、ちゃんと謝った?」

「そ、そうだね……」

華はその話題になった途端、うつむいて目を合わせなくなった。

「……あの後何かあったの?」

「いや、そういうわけじゃないんだけど……、なんか会うのが怖くて」

「喧嘩した後なんてそんなもんよ」

「どうした三崎? 居ない隅田のこと何か知ってるのか?」

担任の先生が様子のおかしい華を心配したのか現れた。

「あ、別に私は何も知らないです……。たぶんアイツは忙しいから帰っちゃったんですよ」

「そうか? 全く、運動会の練習に一度も出てなくて大丈夫なのか……。クラスの団結が大事だっていうのに」

先生は仁に対する不満をこぼしながら他のチームの練習を見に行った。先生なのだから問い詰めればいいのに。

「ま、居ないものはしょうがないよ。今は忘れて練習に集中しよ!」

アキはこんな自分にも背中を叩いて応援してくれている。とても嬉しい限りだ。

悪いのは自分なのに。ソータとドクター、二人のどちらの言葉を信用するべきかずっと考えているせいでみんなにまた迷惑をかけている。運動会も近く大事な時期だというのに。

本当にドクターは悪人なのだろうか。彼が時折敵に対し向けるその顔からは怒りや憎しみを感じることがある。あれが彼の本性なのだろうか?

人とは違う邪なエイリアンらしさがもしあるとしたら……。運動会のことを無視してすぐ帰ってしまう彼はどこか冷徹に思えた。私が怒ったから見捨てたのだろうか?

そんなことをずっと考えていると、気付けば今日の練習はもう終わりだ。

 

 

それから三日。華はドクターに何かを聞こうとずっと思っていたが彼はずっと学校に姿を現さなかった。先生曰く急用で少しの間学校を休むとのこと。

ドクターがどんな存在かは知っている、だから急用で休むなどは変だ。何か裏があるのだろうか? ソータに言われた「運動会の日に何かをしでかすつもり」という言葉を思い出した。ソータの言う通りなら、運動会の日に何かが起きる。しかし何故運動会の日なのだろう? そんな疑問もドクターにぶつけたかったが、肝心の彼が居ないのでは話にならない。彼がまた現れた時に聞くしかない。

 

「ドクター! もう三日経ったぞ!」

光輝は物置部屋の扉を開き、その先にある青い箱の扉も開け中へと飛び込んだ。

「やぁ光輝。ちょうど今終わったところだ。これ持って」

そう言うとドクターは赤と青に点滅する奇妙な機械を渡してきた。

「これ何だ?」

「グレイヴのインフォメーションコネクタを改造して作った裂け目を開く装置だ。全部で14個あって、これを学校を囲むように設置する」

ソニックドライバーをターディスの中のモニターに当てると、モニターが学校全体のマップを開いた。

「この装置は特殊な電波を出す。装置を指定された場所に配置すると、その電波が繋がって時空に大きな亀裂が生じてそこからエネルギーの奔流が生まれる。それを一気に裂け目に流し込めば裂け目が開かれる」

「何を言ってるかよくわかんないけど、この装置を学校の色んな所に置けばいいってことだな」

「そういうことだ。設置するのは全部君に任せたよ」

「なんで俺だけ?」

「僕は今日まで学校を休んでるってことになってるんだ。なのに学校に現れたら怪しまれるだろ? 無断欠席は良くないからね。ほら行った行った」

なんだか都合よく使われてるような気もするが、華の命を救うためだ。ドクターから14の装置と耳につける無線を貰い学校の中に設置していく。

体育館、東校舎の3階のトイレ、美術室、2-Bの教室、職員室、家庭科準備室……

「なんでこんなにたくさんあるんだ」

一番設置するのが難しかったのは職員室だ。ドクター曰く一番奥のデスクに設置しろと。職員室に滞在していた先生の数が少なくて助かった。

「なぁドクター、なんで14個もあるんだ? 全部繋げると十四角形になるけど」

「十四角形が一番宇宙に干渉できる形だからさ。キャリオナイトも十四角形の劇場を作った」

ドクターの口からまた知らない言葉が出てきたがもう気にはしない。最後に設置するのは家庭科準備室だ。

「家庭科準備室か……ソータが居る場所だとアキから聞いた」

「待てよ、それじゃあソータはこの中にいるんじゃないか? まだ作戦は始める前なのに会っていいのか?」

「大丈夫さ。常にいるとは限らない」

ドクターの言葉を一旦は信じ、装置を置くために家庭科準備室の扉を開けると……

「うわっ!?」

「どうした!?」

開いた途端、光輝は何かを見て驚いたようだ。まさかソータが中に居て光輝は襲われたのか? ドクターは無線で光輝に呼びかける。

「光輝……? どうしたのこんなところで」

「びっくりした……華か」

「なんだ、いちいち驚き方がオーバーだぞ」

中に華が居たことに驚いたようだ。ひとまず襲撃ではなく安心した。無線なので華にはドクターの声が聞こえていないらしい。

「俺は……ただその暇だからちょっとこの部屋に入って見ようかなと思っただけ。あんま入る機会ないだろ?」

「変な理由を作ったな。怪しまれるぞ」

「そう、なんだ」

「華の方こそここで何してたんだ? 運動会に使うようなものは……無いだろ」

「……そうだね」

華の態度はどこかよそよそしかった。この前の件でまだ少し怒っているのだろうか。

一方、華の方は光輝に対して怒りなどは覚えていなかった。彼に向けている感情は不安だった。本当にドクターに操られているのか、自分の知っている光輝ではもう無いんじゃないかというものだった。

「なぁ、この前はなんていうかその……すまなかった。ドクターが変な事言ってたの俺が代わりに謝るよ」

「どうして光輝が謝るの? ……別に怒ってる訳じゃないよ。むしろ光輝の方はドクターに対して何か……嫌だとか思ってない?」

「え? まぁアイツは何ていうかいつも変なこと言ってるし言い方がまわりくどいし面倒な奴だと思うけど別に嫌とは思ってない」

「……そっか」

「ドクターは華のことを心配して言ってたんだ。この前は怒らせちゃったけどあの時言ってたことは事実だ。俺もターディスの中を見た」

「えっ!? 光輝もターディスのこと……知ってるの?」

「ああ。まぁ色々あって……だから俺のことを信用してほしい」

「それなら……」

「彼女に何の用だい?」

華が言葉を続ける前に後ろから人が現れた。青白い顔……ソータだ。

「悪いが光輝くん、もうこれ以上彼女を操ろうとするのはやめてくれないかな?」

「何だとっ!? 操ろうとしてるのはお前だろ!?」

「彼女はとても怯えてる。だから僕に助けを求めに来たんだよ。ここにね」

「ここに……?」

家庭科準備室。都市伝説ではここにソータがいると言われている。華はその都市伝説を思い出してここに来たのだろう。ソータと会うために。

「なぁ華、都市伝説の存在が現実にいるのっておかしいとは思わないか? こいつは人間なんかじゃないんだ!」

華はそれを聞いても驚くことはなかった。むしろどこが助けを求めるような眼差しをソータに向けている。

「その通りさ。僕は人間じゃない、今はただの幽霊さ。彼女にもそう伝えた。さすがにこれ以上は隠し通せないと思ったからね」

「おま……」

光輝とドクターはその言葉に驚いた。既にソータが自分の正体を明かしたということだろうか? しかし華に対する本当の目的は伝えていないはずだ。

「なら尚更聞いて欲しい。お前はソイツに操られてる。お前の体を乗っ取ろうと……」

「ドクターから吹き込まれたか? 僕は彼女の体を奪おうとしてるんじゃない。彼女をドクターから守りに来たのさ」

「何だと……?」

「信じるなよ光輝、そいつの言っていることは全てでまかせだ。一緒に大知性体を見ただろ?」

「ああ、俺はこいつの言う事を信じないよ」

ソータは独り言のようにつぶやく光輝にソータは訝しんだ。

「そこに居るんだろうドクター?」

「えっ、ドクターが!?」

その言葉を聞いた途端、華はおびえたような声をあげた。

「バレたか……」

「君の想いと本当の計画は全て僕が知ってる。お前の思い通りにはさせないぞ、タイムロード」

ソータにそう啖呵を切られ、ドクターも黙っているわけにはいかなかった。ターディス内のモニターにソニックを当て、マイクの音量を最大まで上げる。

「こっちこそお前の思い通りにはさせない。華は僕たちが守る」

「楽しみだな、君の“計画”が……」

「お前の想像以上を約束するよ」

ソータは光輝から目を外し、華の方を見つめた。

「華、疲れてるだろうし君はもう帰った方がいい。毎日放課後に運動会の練習ばかりで大変だろう? 明日までは休んだ方がいい」

「う、うん、そうだね……」

そう言うとソータは光輝の方を睨みながら華を外へと送って行った。

「ま、待てよ華! まだ話が……」

そう言い終わる前に振り替えることなく華は光輝の視界から消えてしまった。

「光輝、時が来れば華は真実を知ることになる。そうなればきっとすべて元通りになる」

「そう信じたいけど、華はアイツにゾッコンみたいだ。見る目も何かも……人間じゃないって知ってるのに」

「僕という前例が居るからね。そのせいで彼を疑わなくなったんだ。逆に今は僕のことを疑っているが」

「それで、最後にこれをここに設置すれば終わり?」

光輝は装置を家庭科準備室の誰にも見られ無さそうな扉の裏に設置した。これで準備はすべて終わりだ。

「それで、この後の作戦は?」

「運動会当日まで待つ」

「あと4日もあるんだぞ? 何もしないのか?」

「前にも言わなかったか? 当日にならなければ何もできない。鏡が戻ってきて、鏡の中の裂け目に干渉できるようになった時がチャンスだ」

「それまでは待機?」

「ああ、運動会で優勝できるように練習しておくことだ」

「それはそうだけど……。本当にあとは運動会当日なんだな?」

「それまで異常が起きないかどうか僕が監視してるよ。だから君はそれまで普通の生活に戻ってていい」

「アンタは練習しなくていいのか?」

「短距離走だぞ? いつも走ってるから練習なんていらない」

ドクターはそう言うと無線を切って光輝との通信を終わらせた。作戦は4日後の運動会当日……練習しなくてはならないが、気が気でない中でやるのはなんだか気持ち悪い。しかしどうしようもないので光輝は練習に行くことにし、家庭科準備室を後にする。

 

誰も居なくなった家庭科準備室。そこに奇妙な風が吹いてきた。

「これがその作戦かドクター……。だがもうすぐ大知性体は復活する。そうなれば僕はようやく……」

ピコピコと光る機械を前にソータは不敵な笑みを浮かべていた。

 

 

「ここに第43回天ノ川中学校運動会を開催することを宣言します!」

学校中に今大会の実行委員長の開催宣言が響き渡る。校庭の中にはひっきりなしに埋まる体操着姿の生徒達。そしてそれを見守る先生方と保護者の数々。

今日の天気は雲一つない今年一番の青天。絶好の運動会日和だ。まさかこんな日にエイリアンが少女の命を狙っているとは誰も思っていないだろう。

「なぁ仁、お前練習ほとんど来てなかったけど大丈夫なのか?」

整列している全校生徒の2年B組の中、ドクターの後ろの少年が彼に語り掛ける。

「この数日間体調を崩してたんだ。だから休んでたりすぐ帰ったりしてた。でも大丈夫。今は絶好調だからね」

「そこ、今は校長先生の話の途中だぞ、私語を慎め」

二人は先生に注意されてしまった。運動会だというのに今日いきなり叱られるとは幸先が悪いと後ろの少年は思ったが、ドクターはこの程度の事は気にしていないようだった。

あれから4日。華はずっとドクターとソータの言葉を考え続けていた。どちらが正しいのか、そして今日ドクターがしようとしていることは何なのか……。それを考えてしまってどうしても運動会という行事に集中できない。

「大丈夫だよ華。いつ通りの調子でやればきっといけるって」

アキは自分がこの複雑な環境に置かれていることになんとなく気付いているのだろうか。詳細はきっと知らないだろうがその思いやりが心を支えてくれる。

「そうだね。みんなのために頑張らないと」

過去一番の晴れ模様。絶好の運動会日和だ。そして体を奪うのにもうってつけの天気だ。

「君を貰うよ、華」

誰も居ない家庭科準備室。揺れるカーテンの間からソータは華のことを見つめていた。

 




次回のチラ見せ

「あーっ! どうして計画通りに上手くいかないんだ!」


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第五話 SPORTS DAY 〈運動会〉 PART4

この話も終盤ですね。まだまだ続きますが。
ドクターフーらしいエピソードを書いてみたいんですが、毎シーズン内容がコロコロ変わるので難しいですね。幅広い。


 

《続いて深呼吸~! 吸って吐いて~1,2,3,4……》

 

運動会といえばラジオ体操だ。怪我をしないように軽い準備体操の後に様々な競技を始めていく。

「残り時間は30分か……」

ドクターは腕時計を見ながら呟いた。本来運動会の最中に腕時計はつけてはいけないのだが、知覚フィルターを施しているため誰からも気づかれることはない。それに有事なのだから仕方がない。

そのままラジオ体操も終了し、それぞれのクラスが整列しながら自分たちの席へと帰っていく。

その途中でドクターのクラスと光輝のクラスはすれ違った。そのタイミングでドクターは光輝に一枚の紙を手渡す。

「『鏡が現れるのは9時30分。その時間までに物置部屋前に来てくれ』か……了解」

光輝はグッドサインを掲げてドクターに合図を出す。それを見てドクターも敬礼のポーズで返事をする。

華はもちろんその様子を見ていた。もしや企んでいることをついに実行に移すのだろうか……

《プログラムナンバー1! 一年生の障害物競走です!》

教職員の様々な準備が終わりついに最初のプログラム。現在の時刻は9時20分ちょうどだった。

「ねぇドクター」

ドクターの後ろの席は華だった。彼女が彼の肩を叩く。

「やぁ華。そういえば最近あまり話してなかったね」

「何を……考えてるの?」

「何をって?」

「ソータから聞いた。運動会の日に何かしようとしてるって」

「その通りさ。僕は何かをするつもりだ」

「お願い。そんなことはやめて」

「君のためなんだ」

「私のためだけなんでしょ? そのために他のみんなを巻き込むつもり?」

ドクターは暗い表情を華に向けた。

「ああ。その通りだ」

華とドクターは互いに見つめ合っている。しかし華が感じているのは愛などではなく恐怖と疑いだった。

「まだリレーの時間じゃないけど君の出番が近い。次は女子生徒の応援ダンスだ。行ってこい」

そう言うとドクターは席を立ちあがりそのまま校舎の中へと立ち去ってしまった。

「一体何を考えてるの……」

「行くよ華。もうすぐ私たちの出番」

怪しいドクターを追おうとするが、アキに呼び止められ一旦は保留にしておく。次のプログラムが終わった後に彼のことを追う。

 

 

物置部屋前。既に光輝が来ていた。

「遅いぞドクター。もうすぐ30分になる」

「席が後ろだったのもあって少しだけ華と話しててね」

「それで? 華に注意できたか?」

「いいや。今の彼女に何か言ってもむしろ逆効果さ。話を早めに切り上げたんだけど少し勘違いさせたかもしれない」

ドクターは鍵を取り出して物置部屋の扉を開ける。ターディスはこの場所に置いておくと大知性体に乗っ取られるかもしれないとのことで学校の裏庭に移動させたらしい。外で「天国と地獄」が流れる中、二人は物置部屋の中へと入るが……

「おかしいぞ。鏡が……どこにも無い」

「まだ来てないだけじゃ?」

「いや時計はコンマ1秒もズレてはいない。もう30分になったはずだ……」

物置部屋の中に出現したはずのタイムロードの鏡がどこにも無い。ドクターはソニックで部屋中を調べている中、外の廊下から何か大きな物音が聞こえた。すぐさま確認のため物置部屋から出て廊下の先を見る。

「なぁ今思いついた悪いニュースがあるんだが聞くか?」

「良いニュースは無しで悪いニュースだけ?」

「そんなところだ。僕の読みが間違えていて、鏡が戻ってくるのが実はもう少し早かったってこと」

二人が音のする方向を見ると、そこには間違いなくあの時自分たちを追って来た跳び箱が立っていた。

「なぁドクター、作戦に変更はある?」

「少しばかりな。ともかく今はあれに殺されないように逃げる!」

外で生徒たちが障害物をかいくぐって進む中、二人は校舎の中で跳び箱に追いまわされている。

「なぁドクター! こんなところ他の人たちに見られたら危ないんじゃないか!?」

「校舎にいるのは用務員ぐらいだし、他の人はみんな外の競技に夢中だ!」

この状況には誰も気づいていない。一人小さな子供が跳び箱が走っている所を見ていたことを除いて。

「ママ、跳び箱が走ってるよ」

「何言ってるの? そんなわけないでしょ、ほらお兄ちゃんの活躍ちゃんと見なさい」

二人は追われながら話を続けている。ドクター曰く既に作戦は始まっているらしい。二人は途中二股に別れた道で立ち止まる。

「僕はこれからターディスに向かって装置を起動する! 裂け目を開くために君は体育倉庫に向かってくれ!」

「どうして体育倉庫に!? 裂け目は鏡の中にあるんだろ!?」

「あの世界は現実とリンクしてる! 裂け目をこっち側でも開くんだ!」

「そうなの!? ところで鏡を裂け目の中に捨てるっていうのに鏡持ってくるのを忘れてないか!?」

「鏡の中からアイツが出てきたから作戦変更なんだ! あとは頼んだよ、君だけが頼りだ!」

そう言うとドクターは光輝の肩を叩いて裏庭の方へと走って行った。光輝は言われた通り体育倉庫の方へ向かっていく。

『天国と地獄』が流れる中、二人はそれぞれ学校の中を駆け回る。ドクターは誰とも遭遇せずに裏庭へと到着した。

「さぁさぁ後は裂け目にあいつを放り投げるだけ……おいおいどうなってるんだ!?」

 

裏庭にあるはずのターディスがそこから消えていた。そこにあった跡はあるものの姿が見えない。

「まさか知らない間に時間移動したか!? いや違うなそんなことが起きた痕跡はない……誰かに移動された!? まさか……」

心当たりならあった。ドクターは用務員室へと駆け込み、中でタバコを吸ってくつろいでいる用務員に話しかける。

「すみません! 裏にあった……大きな青い電話ボックスみたいな箱見ませんでした?」

「あれは君のか? 困るよあんなところにあんな大きいものを置かれちゃ」

「どうやって運んだんだ!?」

ターディスは見た目と同じぐらいの重さだ。人一人で運んだとは考えにくい。まさかこの用務員さんは……

「さっき手の空いてる先生方に手伝ってもらった。勉強に必要のない物を学校に持ってきちゃダメだろう? 運動会が終わったら校長先生にこの事言いつけるからな」

ただ先生に手伝ってもらっただけらしい。ソータや大知性体は特に関係なかった。

「そんなことはどうだっていい! それでどこに移動させたんだ?」

「ここにあるよ」

用務員が奥の扉の鍵を開ける。そこにあったものは間違いなくドクターのターディスだった。

「悪いんですけど緊急事態なのでそれ渡してくれませんか?」

「運動会が終わったらな」

そう言うと用務員は扉の鍵を閉めてしまった。

「運動会が終わってからじゃ遅いんです!」

「あんなものを持ち込むのが悪い。運動会が終わってからだ」

そう言うと扉をピシャッと閉め、ドクターのことを用務員室の外に出した。

「あーっ! どうして計画通りに上手くいかないんだ! こうなったら……」

ドクターは階段を上り2階へと駆けていく。

 

「さぁ来い大地の精霊!」

「大知性体だ!」

光輝は大知性体の操る跳び箱を体育倉庫へと誘導していた。運動会は全て外でやっているので体育館の中はもぬけの殻。ドクターの手によるものなのか鍵は全て開かれていた。そのまま体育倉庫へと入るが……

「裂け目も……何も開いてないぞ!?」

体育倉庫の中はいつもと変わらないまま。裂け目も無ければ何の異常も無い。

「どうやら作戦は失敗のようだな」

大知性体は勝ち誇ったような口調で跳び箱の一部をこちらに飛ばして攻撃してくる。

「話が違うぞドクター! ああまったく!」

何とかそれらの攻撃を避ける。しかしこれではバスケの怪物に襲われた時と何も変わらない。しかし今回とあの時では違うことがある。それは跳び箱の機動性という部分だ。

「しめたっ!」

飛ばす攻撃攻撃をかいくぐり、怪物がこちらを追って後ろを振り向くその隙に体育倉庫の外へと脱出。そのまま扉を閉めて近くにあった箒で出られないように閉める。中からはドンドンと扉を強く叩く音が聞こえてくる。

「あぁマズい。これじゃ作戦失敗だよなぁ……」

 

「えーとアセトン、アエン、シュウ酸……よし出来た! タイムロード特製特別睡眠薬スプレー型!」

理科室の薬品を物色し、ドクターは簡単な睡眠薬を作っていた。わざわざ運動会の日に理科室に入り込む人間など居ないので誰にもバレることなく完成した。

「即席で作ったから多少記憶に障害は残るだろうがたった数日だ。大丈夫だろう!」

完成した睡眠スプレーを手にドクターは1階の用務員室へと向かう。しかし階段を降りた先には見覚えのある顔があった。

「あら仁くん! こんなところでどうしたの?」

「あ、ああどうも華のご家族のみなさん! どうしてこんなところに?」

「純一がトイレに行きたいって言うから、私もついでにと思って」

ただでさえこんな忙しい時に華の母と弟に出くわすとは。今日はかなり運が無い日だ。

「仁ちゃんこんなところで何してるの?」

「僕もトイレさ! 今出てきたところ」

「2階から降りて来たところじゃないの?」

「1階のトイレに人が入ってたから2階のを使ったんだ。ほら君も2階のトイレを使うといい」

ドクターが二人を簡単にあしらい、そのまま別れて先に進もうとするが二人が阻む。世間話をしている時間は無いのに。

「そういえば最近、華と喧嘩したんだって? なんだか心配だわ」

華の母は二人の関係について心配しているようだ。正直今心配されても困るのだが……

「あぁ、それは僕がちょっと無神経なために喧嘩になってしまいまして……」

「お姉ちゃん言ってたよ。アイツは何考えてるか分からないし突然変なこと言うからムカつくって」

「あんまり裏で言ってたことを本人に伝えない方がいいぞ。お兄さんからのアドバイスだ。ほらトイレ行ってらっしゃい」

純一の背中を押して2階へと追いやろうとする。

「そういえば仁くんは何の種目に出るの?」

「僕? 僕は短距離走に一度だけ」

「次の種目は短距離走よ?」

「何だって!?」

時間を見ればもう10時を回っている。既に障害物競走は終わり今は女子生徒たちによるダンスが終わり次の種目、短距離走の準備中だった。

「あー、でも僕は忙しくて短距離走に出られそうにないから……」

「どういうこと? いくら面倒だからってサボっちゃダメよ」

「ま、まぁそうかもしれないけど……」

早く睡眠スプレーで用務員を眠らせてターディスを取り戻して裂け目を開かなければ。大知性体は既にここにいる。ソータはいつでも華を狙える状況になってるかもしれない。

「おい!おいドクター!なぁ大変なんだよ!」

行くか行かないかの問答をしている中を走って来た光輝が突っ切って来た。ずいぶんと焦っているようだ。

「裂け目が開いて……ハァハァ……なかったから倉庫の中に閉じ込めたんだけど……」

「ターディスが用務員に没収されてたんだ。そのせいで裂け目を開けなかった」

「じゃあどうするんだ!?」

「大知性体を倉庫の中に閉じ込めているなら出てくるまでに終わらせるぞ! ほらこれ、睡眠スプレーとターディスの鍵とソニックドライバー! 用務員室に入って用務員を眠らせて、ターディスの中に入れ! そうしたら裂け目を開くためのボタンがあるからそれを押せ! それで全て解決!」

「あ、ああ分かった……ところでボタンってどんなボタン?」

「見れば分かるさ! 僕はこれから短距離走に向かう!」

「はぁ!?」

このまま去ろうとしても華の家族に責められてしまう。ただでさえ華と喧嘩しているというのにこれ以上仲を悪くはしたくない。それに今は光輝がいる。既に彼が短距離走に出場しないことは把握済みだ。今は光輝に頼むしかない。

「大丈夫、一瞬で終わらせるさ!」

ドクターはポケットから鉢巻を取り出し頭に巻き付ける。

「ねぇねぇ、さっき言ってた“閉じ込めた”って何のこと?」

純一が気になってドクターに問う。

「ただのネズミだよ。ダイチセータイって名前のネズミだ。中学校で習う」

 

《それではプログラムナンバー3 全クラス対抗の短距離走です!》

華とアキは先ほどの女子生徒のダンスが終わったので、席に戻っていた。

「あっ、仁ちゃんと出るんだ」

アキは短距離走の準備会場に仁の姿を見た。久々に目にした。

「短距離走には自信があるって言ってたし、これだけは譲れなかったのかな」

華はスタートの位置に居るドクターを見て訝しんでいた。

「えーと、この短距離走が終わった後に1年のリレー、その次が2年のリレーだから……ようやく華の出番だね」

「それならこの競技の後少し席外していい? 1年のリレーで時間あるだろうし、リレーまでには戻ってくるから」

「トイレにでも行くの? それなら短距離走の間でもいいんじゃない?」

「仁に話があるの。短距離走の後ならアイツにも時間あるでしょ?」

そんな二人が会話している最中、ドクターは短距離走の準備をしていた。

「今日の湿度は昨日の雨の影響で55%ってところか? 地面はなんとか渇いてる。追い風はそこまで出てない。となるとこの勝負で勝つのに必要なのは瞬発力か。2000年分衰えてるからあんまり自信はないが……」

 

《それではみなさん位置について……》

 

「地球人には負けない」

 

《スタート!》

 

スターターピストルが鳴るのと同時に、ドクターを含めたコースについていた4人は一気に走り出す。この短距離走に選ばれたメンバーは誰も彼も1番に近い実力の持ち主ばかりだ。

「いけーっ仁!」

「そこそこ! もっと早くー!」

2-Bから応援の言葉が飛び交う中、ドクターは走っている最中でもじっくりと考えを巡らせる。

大知性体が鏡の中から現れたのなら、ソータは既に彼女のことを狙える状況になっているはずだ。しかし席から見える華はいたって問題ないし、ソータの姿も見当たらない。もしかするとヤツは別の事を考えていて……

「あと数メートル!」

「誰が一等にふさわしいか教えてやろう! ジェロニモ!」

ドクターは一気に蹴り上げるスピードを上げ、他の対戦相手を大きく引き離していく。

「すっげぇー! いけー仁!」

「……本当に何考えてるんだろう」

ドクターに怪訝な目を向ける。何かを企んでいるはずなのに短距離走? ますます考えていることがわからない。彼はそのままゴールテープを切って見事一着を取ることに成功した。同じクラスの体育委員が終わった後の彼に話しかける。

「すげーっ! 他のメンバーはどいつもこいつも去年一位のバケモノだったんだぞ!?」

「まぁいつも走ってるからね。効率が良くて速い走り方を宇宙で一番知ってるんだ」

ドクターは息切れすることもなく平然と語る。

「それじゃあ来年は長距離走で」

「いいや、来年も短距離走でお願いするよ。それにもっと最悪のバケモノがここにはいるからね」

そう言うとドクターはすぐさまトラックの外に出て、席には戻らず校舎の方へと向かう。

 

 

「えーっと、用務員さんは眠らせることが出来た……でも鍵が無い! ターディスのある部屋の鍵が開かないっ!」

光輝はターディスを取り戻すためスプレーでまず用務員を眠らせた。そこまでは良かったのだがターディスが置いてあるのはさらに先の部屋。そしてその鍵はどこにも見つからない。

「いやちょっと待て、よく考えろ。ドクターはどうしえ俺にソニックドライバーを渡すんだ? ……そうか、これで!」

使い方なら鏡の世界に引きずり込まれた時に何度も見ている。見よう見まねでソニックの光を当てると扉がガチャリと音を立てて開いた。その先にはいつものあの青い箱だ。今は急を要する。裂け目を開くためのボタンを探さなければ。この中は意外と広くて色々わかりにくい……

『押せ!裂け目が開く!』

そうでもなかった。ターディスの操作盤に簡単に取り付けてある赤い大きなボタンは、むしろこの部屋の中でも目立っている方だろう。事は一刻を争う。すぐさまこのボタンを押す。

その瞬間、ギュオオオという何かをチャージするような音の後にターディスが大きく揺れる。裂け目が開いて成功したということだろうか?

揺れが収まると、ちょうどドクターがその瞬間にターディスへとやってきた。

「なぁドクター、これで成功か?」

一応確認のため彼に聞く。しかしその顔からは成功の二文字が見えない。

「もしかして何か間違ったボタン押しちゃった?」

「いいや合ってる。だけどこの揺れとこの音はおかしい……」

異常に気付いたドクターは操作盤のモニターを見ながらキーボードを操作する。そこに表示されたのは「WARNING」という文字。

「これはとんでもないことになった」

「まさか俺のせい?」

「いや違う。他のことが原因で失敗したのさ。裂け目を開くことを」

 

 




次回のチラ見せ

「たまに……ムカつくけど」


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第五話 SPORTS DAY 〈運動会〉 PART5

今回の次でこのエピソードも終了です。書いてて思ったんですがこの話が一番長いです。


 

《次のプログラムは1年のクラス対抗リレーです!》

 

学校中にその放送が流れる。それに合わせ、1年生の保護者達はカメラやスマートフォンを用意して我が子を撮ろうとする。

しかしそのリレーが始まる前に、突然空の上に雷を伴う黒雲が現れ、校庭は暗く夜のような姿へと変貌してしまった。ドクターと光輝は外に出てこの異常な空を眺める。

「あんな雲が出るはずない。今日の降水確率は0%のはずだろ?」

「失敗したから現れたのさ。おそらく設置した14の装置のうちの一つに異常があったんだ。だから完全に裂け目を開くことはできず……エネルギーの奔流が溢れてる」

黒雲はバリバリと放電しながら広がっていく。学校だけではなく既に町全体を覆い尽くしていた。

「どうすればいいんだよ!?」

「異常を起こしている装置は家庭科準備室にあるやつだ。すぐにそれを見つけてまた置くんだ!」

「分かった。すぐに向かう」

「いや待て。きっとソータの仕業だろう。装置は家庭科準備室から奪われたんだ」

「ならソータを見つけて、装置を奪い返さないと」

「そうだ。彼がどこにいるか……」

「二人とも何してるの?」

聞きなれた声。後ろを振り向くとそこには壁にもたれかかった華が立っていた。

「こんなところで何してる? 次は2年のリレーだ」

「そんなことより話があるの。今日は雨が降らないし、曇りだって予報も出てない。なのにあんな雲が出るなんておかしい。ドクター、あれはあなたがやったの?」

「そうだがあれは予想外だ。僕はただ裂け目を開こうとしただけで……」

ドクターが弁解を始めようとした瞬間、後ろから足音が聞こえてきた。

「あれこそがドクターの作戦なんだ。あれを使って人々を殺すつもりだ。君以外の人間をね。彼にとってそれ以外の人間なんて邪魔だから」

ソータが三人の前に現れ、華へと近づいていった。そしてそのまま彼女の肩に手を回す。大知性体が戻った今、彼には実体がある。

「あれでみんなの事を、殺す……?」

「心配しないで、僕が止めるよ。君のことも傷つけさせやしない」

「眉唾物だな。あの黒い雲は裂け目を開くためのエネルギーが外側に放出されただけにすぎない。この運動会の場に居る全員を殺せるほどのエネルギーはあることに違いはないが」

「勘違いさせるようなこと言うなよ」

「だけど僕はここにいるみんなを殺すためにやったんじゃない。むしろ全員が死ぬのは君のせいだ、ソータ」

ドクターは彼の事を睨みつける。

「どうして僕のせいだと?」

「裂け目を開くための装置をお前は奪った。そのせいであれが現れた」

「そんな嘘で僕と華の仲を引き裂くつもりか?」

「それはお前の事だろ?」

ソータは指で頭を掻いてイライラを募らせる。

今のドクターの顔はソータに対する怒りを感じる。しかしその怒りは自己中心的なものじゃない。確かに何かを想っているが故の怒りだ。

「ドクター……」

華はそんな彼を見て思い出す。宇宙船ヤマタノオロチ号で見せた心のある姿を。

「大知性体はどこにいる?」

ソータはドクターに静かな怒りを持ちながら質問を放つ。

「彼なら体育倉庫に閉じ込めてあるよ。鏡の次は倉庫の中に閉じ込められるなんてね。不憫だが仕方ない」

「だが今の彼ならその程度破壊できるはずだ」

「ああそうさ時間がもう無い。君が奪った機械の装置を返してもらおうか」

ドクターはソータに対し手のひらを差し出す。ソータは少し考えた後に装置を取り出した。やはり彼が持っていた。だが装置をドクターにではなく華に渡した。

「どういうつもりだ?」

「どうしてこれを、私に……?」

意図が掴めない。ソータに対し疑問の目を向ける。

「ドクターに騙されるな華。それは世界を壊せるほどの力を持った機械なんだ。破壊してくれ」

「違う違う! それは裂け目を開くための機械の一部なんだ! それが無いと、このままじゃエネルギーの奔流が溢れて大きな被害が!」

ドクターとソータ。ドクターとソータ。二人の言う事のどちらが正しいのか。ずっと考えてきたのにまだ分からない。ソータのことが好き。でもその感情で決めていいのだろうか……?

「華」

光輝は一言だけその言葉を呟いた。

「私は……私は」

華はゆっくりと装置を手にドクターの近くへと歩いていく。

「ドクターのことを信じるよ」

華は手にした機械をドクターに渡した。

「何を考えてるんだ華、彼の作戦を信じるつもりなのか!?」

「うん。彼はいつだって私の事を裏切ることはなかった。たまに……ムカつくけど」

「華……」

ドクターは自分の方を信じてくれたことに対し、感無量となっているらしい。

「ねぇソータ」

「……何だい」

「今から私の出るリレーがあるの。絶対に見ててね。私が走るところ」

そう言うと華は3人の前から立ち去る。自分が出した答えが正しいのかどうかは分からない。しかし今は目の前の競技に集中しなければ。リレーの会場へと走って行った。

「さぁこれで作戦は元通りだ。あとは裂け目を開くだけ……ほら光輝、これ持って家庭科準備室へ」

「分かった!」

ドクターから渡された機械を手に校舎の中へと入っていく。今この場に居るのはドクターとソータだけだ。

「まだ本当に計画が上手くいくと思っているのか?」

「君の方こそ華の体を奪うチャンスがさっきあったはずだ。でもしなかったということはまだ不完全だったということか」

「……いや、違う」

ソータが見せたその顔は計画が失敗したことへの落胆ではない。どこか悲しい表情だ。

「いいや、その通りだよ。まだ不完全だから彼女に手を出さなかった! だがもう僕は完全な姿になった。すぐに彼女の肉体を奪える」

「……そうか。華は既にリレーに出た。そして僕はこれからターディスに戻って裂け目を開く。体育倉庫に閉じ込められている大知性体は開いた裂け目に吸い込まれ、この世から消える。それで終わりだ。君は華の肉体を手に入れられないまま消滅する」

「その計画には欠陥があるよドクター。君はまだ気づいていないようだが」

「何?」

「既に大知性体は逃げ出している」

 

体育倉庫、既に扉は破られ中はひどく荒らされていた。

「この入れ物は不適合だ」

知性だけの存在が独り言をつぶやきながら、自身の体を形成していく。その姿とは……

 

《次のプログラムは2年クラス対抗選抜リレーです!》

 

黒雲はあくまで空を覆っているだけ。先生方は天気予報が外れるなどよくあることとして気にはしなかった。むしろ雨が降る前に出来る限りプログラムを進めなければならないとして運動会を進めていく。

リレーの準備をしている最中、先生が突然話しかけてきた。

「華、突然なんだが2回走ってもらいたいんだがいいか?」

「いきなりどうしたんですか先生、私は3番目だけじゃ……」

「アンカーだった宮崎がさっき別の種目で怪我してしまって出れなくなったんだ。一人欠けた状態じゃチームでの参加ができない。でも使いまわすのはルール上問題無いらしいんだ。だから頼む」

「それなら大丈夫ですよ。アンカーも務めます!」

突然アンカーという重大な責任を負った華。ソータとドクターの問題を気にしている場合ではない。今はただ走り、クラスに貢献することだけを考えなければ。

「リラックスだよリラックス」

「ありがとうアキ。絶対に一等をとって見せるから!」

 

 

「既に逃げ出した……ってどこに!?」

「間違いなく君を狙うだろうね。ここだよ大知性体」

ドクターの後ろから大きな影が覆いかぶさるように現れる。

「私とお前は平等なはずだ。呼び捨てにするな」

振り返るとその姿に驚いた。これは……

「おーっ……これはまた別の入れ物に変えたのか。随分と大きいな……、まさか大玉とは」

そこに居たのは『大玉転がし』の赤い大玉と化した大知性体だった。これを入れ物にするには色々不便に思えるのだが……

「貴様はまだ殺さない。絶望の瞬間をその目に見してやろう」

「何をするつもりだ?」

「こうするつもりだ」

すると突然大玉は大きな口を開き、唖然としながらもソニックを振り回すドクターを……飲みこんだ。

 




次回のチラ見せ

「僕は……僕はまた……」


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第五話 SPORTS DAY 〈運動会〉 PART6

色々つけ足していたら1万文字超えてました。ビックリ
何はともあれ今回でこの話は終了です。次回はまた新たな舞台です。


 

暗闇の中、どこかはわからない。確か大玉に飲みこまれて……

この場をわずかに照らす小さな小窓から外を見る。脱出はできるほどの大きさではない。

「ここは倉庫か。裏庭にある倉庫だ!」

そこからは遠くに校庭の様子が見える。この倉庫は木々に囲まれ、外の人々は今、この学校の生徒が倉庫に閉じ込められていることに気づかない。聞こえてくる放送から察するに、既にリレーは始まってしまっている。

「まずいまずいまずい! このままじゃ華は……ソータに体を奪われてしまう!」

必死にドライバーを扉に当てるが、開錠する音も聞こえなければ、思いきり開こうと力を込めても一切扉が動く気配が見られない。鍵が締まっているのではなく外側から強く押し付けられているのだ。

「絶望を見せてやると言っただろうドクター?」

外から声が聞こえてきた。あの声は……大知性体だ。

「ここに閉じ込めて華が死ぬ瞬間を見せるつもりか? 随分と悪趣味だな」

「悪いが貴様はそこから出られない。彼女が死ぬまではな」

「いいや死なせはしない!」

「だがもう手遅れだ。ソータは彼女の肉体を奪う。その次はそうだな、あの雲を利用してみようか」

そう言うと大知性体はどこかへと消えて行ってしまう。既に計画は最終段階。あとはソータが華の肉体を奪うだけ。

まずはこの状況をなんとかしなくては。すぐに扉を開くのではなく、別のやり方で打開する。まずは耳につけていた無線に話しかける。

「光輝! 光輝聞こえるか!?」

「ドクター!?」

「良かった! ちゃんと無線はつけてたみたいだな! 実は今倉庫に閉じ込められて動けない状況なんだ!」

「何だって!? 俺の方は今家庭科準備室に装置を戻したところ!」

「よくやった! 今この状況で問題なのはターディスに行くことができなくて裂け目を開くことができないことと、大知性体をそこまで誘導できないことと、ソータが華の命を今奪おうとしてるってことだ!」

「なら計画はどうなるんだ!? 失敗か!?」

「扉は抑えつけられてる! 少し時間はかかるが開けないことはない! 君は華のもとへ迎え! ソータの攻撃を阻止するんだ!」

「分かった!」

そう言うと二人は無線を切った。

大知性体は屋上へと上がっていた。黒雲が覆う空の下、トラックの中バトンを受け取る準備をしている華のことを見つめる。

「さぁソータ。私たちの計画はもう間もなく遂行される」

そう言うと、その大玉の肉体を分解させ、大きく空へと舞い上がらせた。

 

既にリレーは2週目。華は後ろのメンバーからバトンを難なく受け取る。

ソータくんが教えてくれたように、走れるときは全速力で走る。そして相手に渡す時は少しスピードを落とす……

《こちら実況席です! 2年B組の三崎華さん、早い早い! しかしC組に少し追い抜かれてしまいました!》

まだ勝負は終わったわけじゃない。次の走者が近づいてきたことに気づき、教えてくれたやり方で無事バトンを渡すことに成功した。あとはアンカーとして走り抜けるだけ。

「あなたが良い人か悪い人かなんて分からないけど……見ててよね、私の走りっぷり!」

さらに3週目。A組とB組が同じぐらいで戦闘のC組からはかなり離されている状況だ。

「華、2回も走るなんて大丈夫か?」

「たぶん大丈夫よ、ああ見えて華は体力無い事は無いし」

クラスの席でアキは隣の生徒と華のことを心配していた。

ここが終わればすぐにアンカー。華は受け取る場所でスタンバイしている。

「もうすぐだよ華。君は僕のものになるんだ」

ソータはその肉体を透明にさせ気づかれないように、ゆっくり、ゆっくりと華に近づいていく。

「華、パス! あとは頼んだ!」

「任せて!」

後ろのメンバーから受け取り、最後のリレーが始まる。

焦らずながらも慎重に早く。相手との距離は詰められないほどではない。自信のあるこの足でゆっくりとその差を詰めていく。まだゴールテープを切られる距離ではない。

《おっとここでB組の三崎華さんがC組山田さんに追い付いた! 果たしてどちらが勝利のテープを切るのでしょうか!?》

「マズい、マズいぞ華!華ァーッ!」

ゴールテープが切られる瞬間、ソータにとって彼女の肉体がリレーで一位を取ることができる至上のモノとなる瞬間。そこが彼女の命のタイムリミットである。

 

 

華がアンカーとなる少し前、光輝が校舎の中から放送席にやって来ていた。

「今すぐこのリレーを中止させてくれ!」

「はい? いきなり何言ってるんですか」

実況席の女子生徒は、いきなりの言葉に困惑している。

「華が危険なんだ!」

「確かに2回リレーで走るなんて大変ですけど、別にそこまでのことではないと思いますよ……おっとC組山崎さん、どんどん追い上げる!」

彼女は光輝の言うことを信じることなく、引き続き実況に戻る。

「さて! ついにアンカーです! B組は三崎華さん、C組は山田雄二さん、A組は伊藤健一さんです!」

ついに華がアンカーとして走り出してしまう。もう時間はない。

「ああっクソ……ッ!」

光輝は実況席を説得することを諦め、アンカーとして走り出した華の元へと向かう。

 

《ついにゴールが近づきました! さぁどちらが先にテープを切るのか!?》

段々とゴールテープが近づいていく。B組とC組、どちらが一位となるのか? しかしそれよりも重要なことはソータが華の体を奪うということ。

そしてついにその決着が今、つこうとしていた。

《切ったのは……B組! 三崎華さんだぁぁぁーっ!》

冷たいソータの手は、走り終わった華に体へとだんだん近づいていく……

「……華」

ソータは小声で彼女を名を呟く。しかしその声は誰にも聞こえない。学校中に響き渡る歓声。

 

「華ーッ!」

光輝はゴールテープを切り、ゼェゼェと息を切らした彼女の元へ駆け寄り、守るように抱きしめた。

「華、なぁおい華大丈夫か!?」

「ちょ、いきなりどうしたの?」

光輝は周りにソータが居ないか見渡す。特に何も異常は見受けられない。

「だから、ソータに体を奪われていないかってことだよ」

「……何も問題ないよ」

「そうか……そうか良かった……!」

光輝は泣きながら彼女を強く抱きしめた。

「ええーっ、ちょこんなところでいきなりハグしないでよ! う、運動会中だよ!?」

「嬉しくて……! でもちょっと待て、どうして華の肉体が奪われてないんだ?」

リレーが終わった直後の女の子を抱きかかえている男子。周りから好奇の眼差しに晒されていること以上に、華の肉体がソータに奪われていないことに疑問を抱いていた。既にリレーは終わったはず。だというのに何も起きていない。

ただ、空の黒雲が先ほどよりも大きくなっていることだけがこの場の異常であった。

 

 

倉庫の中、華の肉体が奪われてしまっていると思っているドクターは悲嘆に暮れていた。

既にリレーは終了。光輝からの返事は無い。そこから感じ取ったのは“失敗”の二文字だ。

「僕は……僕はまた……」

開かない倉庫の中、ドクターはその場に座り込み頭を抱えた。彼女を守ることができなかった。自分がもっと用心していれば……

そう思っていると突然、倉庫の扉が開かれ強い光が差し込んできた。その先に居たのは青白い顔の少年……

「なぜ君がこんなところに?」

その扉を開いたのは間違いなくソータだった。彼はその目に涙を浮かべながらドクターに目を向ける。

「既にリレーは終わった。だがここに居るということは彼女の体を奪ってないことだ。そうだろ?」

「ああ、僕は彼女の体を奪おうとした! それなのに彼女は僕のことを愛してくれてた。何度もお前が彼女に忠告したからそのことを知ってたはずなのに。そのはずなのに……彼女が選んだのはお前だ。それって一体……どういうことなんだ」

ソータはドクターの肩を掴み、彼に答えを求める。

「ほぉー……そうか……、お前は“奪えなかった”のではなく“奪わなかった”のか。紛れもない、君自身が彼女に対し本物の特別な感情を抱いたからだ」

青白い顔の少年はその目に涙を浮かべながらドクターに手を差し伸べる。

「ずっと、走ることが夢だった。その夢が目前まで来たのに俺は……。彼女がゴールテープを切った瞬間、手が動かなくなったんだ。そして訳がわからなくなってここに来た。その夢を自分で()ったんだ。意味がわからない」

ドクターは彼の涙を拭き取り、ゆっくりと言葉を続ける。

「ソータ、よく聞くんだ。君は彼女に惚れていたのさ。利用するはずの彼女のことを。彼女の肉体を奪おうと思っていたかもしれないが、その感情が君の心に迷いを生んだ」

「俺が彼女に惚れている……?」

「あぁそうさ! だからこそ君は彼女の体を奪わなかった! 彼女に肉体を奪うという一択しかなかった君の中に新たな選択肢が現れたのさ! そして君は選んだんだ。彼女の体を奪わず、彼女を愛することを」

その青白い顔に赤みが取り戻された。ソータは華のことを肉体としてではなく、心で好きになってしまったのだ。

「俺は……彼女に死んでほしくない。それが今の正直な気持ちなんだと思う」

「君が奪わなければ彼女は死ぬことは無い。心配するな」

そう言って彼の肩を叩こうとした瞬間、轟音のような雷鳴が響いた。

「早くターディスに行って裂け目を開かないと! エネルギーの奔流がこの学校どころか町を焼き尽くすぞ!」

「華はどうなる?」

「町ごと吹き飛んだら死ぬよ。もちろんここに居る僕たちもね」

「なら……止める」

「君が招いたことだ。もちろん君にも責任がある。さぁ行くぞ!」

ドクターは倉庫から走り出し、ターディスへと走って急いでいく。

 

雲の様子が変わったことに光輝と華も既に気付いていた。観衆は雨が降ることを予想して傘を用意し始めるが、今から降るものは雨ではなく町を壊す雷だ。

「あれってさっきドクターが言ってたエネルギーの奔流、って奴だよね?」

「様子がおかしい。まさか本当に危ないんじゃ……」

その瞬間、校庭のど真ん中に巨大な雷が落ちた。幸いその場に誰も居なかったことで被害は無かった。

「ドクターは倉庫に閉じ込められてるって言ってた! 早く助けに行かないと……」

光輝が走り出そうとした瞬間、耳の無線に連絡が入る。

「光輝! さっきから呼びかけてたのになんで返事しなかった!?」

「華のことが心配で…… そうだドクター! 華は無事だ! でもソータが見当たらなくて……」

「彼なら今一緒に事態を止めようとしてる! 君も来るんだ! ターディスで待ってる!」

それだけを伝え、ドクターは無線を切る。

「華、俺は今からドクターの元へ向かう。お前は……」

「私も行くよ。リレーの次は出番無いし」

「でも疲れてるんじゃ……」

「言っておくけど、私の方がドクターのこと知ってるんだから!」

そう言うと、華は一気に走り出して光輝のことを置いて行ってしまった。光輝は彼女を追いかけていく。

 

「さてと、ターディスで裂け目を開いて……いや待て、大事なことを忘れてた! 大知性体! ヤツは僕を倉庫に閉じ込めた後に消えた、どこに向かったか知ってるか?」

ターディスの目前でドクターは今回の元凶の事を思い出す。裂け目の中へヤツを追放しなければ。ソータにそのことを聞く。

「俺とヤツはリンクしてるから分かる。えーっと……上にいる」

「上だって? 屋上か?」

「いや、もっと上だ」

「もっと上か……待て、まさかあの雲と同化したのか!?」

ドクターはソニックドライバーを空に向ける。

「どうやらそのようだ。君が華の肉体を奪って計画が遂行された後、あのエネルギーと同化して兵器として利用しようと考えたのか。このままじゃヤツを倒せない!」

「どうして?」

「答えは単純だ、あの雲はエネルギーそのもので、大知性体はそれと一体化してる。そのせいであのエネルギーを裂け目を開くために使えない!」

ドクターは壁を叩く。このままでは作戦が遂行されるどころか、町が吹き飛んでしまう。

「……俺を媒介することは?」

「何だって?」

ソータはゆっくりと言葉を続ける。

「俺は大知性体とリンクしてるんだ。だからヤツをあの雲から引きはがすことができる。そうすればエネルギーを裂け目に使うことができるはずだ」

「君の言う通り、そうすれば裂け目を開くことができる。だけどその作戦を実行したら君は……」

「ああ、大知性体と完全に融合してしまう」

「そうなれば君も一緒に裂け目の向こう側だ。僕は君のことを助けることができる。大知性体無しでも存続できるように」

ドクターは彼を諭そうとするが、ソータは首を横に振る。

「いいんだ。他に作戦も無いだろ?」

「だけど……」

「華には死んでほしくない」

ソータの目は真剣だ。既に自分を犠牲にしたいと思えるほど彼女のことを……

「……分かった。大知性体のことは君に任せる」

「必ず成功させてくれ」

そう言うと、ソータは浮かび上がり天井へと消えていく。大知性体のいる空の上へと向かったのだ。

ドクターはターディスの中からいくつかの機械を取り出す。倉庫で裂け目を開くためのものだ。それを持ってターディスを降りた直後、華と光輝が現れる。

「ドクター! 裂け目は開けるのか!?」

「ああもちろん! どうして華まで来たんだ?」

「あの雲から雷がたくさん落ちてる。相棒の助けが必要でしょ?」

そう言って華は笑顔をドクターに向ける。

「さっきまで僕のことを怪しんでいたくせに。まぁいい! 君はターディスの中に入ってくれ! 本来の作戦とはちょっと違って、あの雲……つまり町を吹き飛ばすほどのエネルギーを裂け目に送らないといけない。結構反動があるから中にあるレバーを引いておいてくれ! 赤いレバーだぞ!」

「了解!」

そう言うと華はターディスの中へと走っていく。

「なぁドクター、ソータと一緒に事態を止めるってさっき言ってたけど……」

光輝は小さな声でドクターに語り掛ける。さっきまで敵だったソータが味方になるなんて信じられない。

「君と同じになったのさ。華のことを本気で好きになったらしい」

「マジかよ」

「だから心配するな、もう敵じゃない」

「敵じゃないならいいんだけどさ……」

「さぁ光輝! 君の仕事はターディスの中で華と一緒に裂け目を開く手伝いだ! 中にもう一つレバーがあるからそれを引いておいてくれ! 僕は裂け目の方へ向かってしっかり開くかどうかと大知性体を誘導する! 成功したら無線で知らせるよ」

そう言ってドクターは走って行こうとするが、光輝が呼び止める。

「ソータは今何をしてる? それだけ聞きたい」

ドクターはゆっくりと振り返る。

「大知性体と直接戦ってくれてる。きっと彼はもう僕たちの前に現れないさ」

「……アレと一緒に消えるってことか?」

「ああ」

「……分かった。華には伝えないでおく」

「そうしてくれ。さぁ! ターディスの中へ!」

ターディスの中へと入っていく光輝を見送り、ドクターは体育倉庫へと向かっていく。

 

 

屋上のさらに上。雷雲の中でソータは大知性体と対峙していた。

「何故貴様がここにいる? あの女はどうした?」

「もう……こんなことやめよう」

ソータは共に計画を進めてきた大知性体を説得しようとするが、彼は激昂し聞く耳を持たない。

「私との契約を忘れたか!? 良質な肉体を与えるチャンスの代わりに、私に肉体を与えると!」

「悪いけどもう僕は良質な体なんていらない! 僕は……華の幸せを望む」

「ふざけるな! 貴様は私の奴隷だ!」

「奴隷? 互いに利用しあってただけだろ!? いわば対等な関係だ、それを君は奴隷だと思ってたのか?」

「私がいるからこそ今のお前がいるのだ。私無ければ存在しない。そんなもの奴隷以外になんと呼ぶ?」

ソータは拳を握り、怒りの表情を雲の中の大知性体に向ける。

「確かに……その通りかもしれない。でも奴隷はいつだって反逆を企ててる」

握られた拳を開き、雲へと向ける。

「貴様に私が倒せるとでも?」

「僕は倒さない。倒すのはドクターさ!」

雷雲と同化した大知性体は、その開かれた手の中に白い光となって集まっていく。形なき知性だけの存在が、ソータの中へと吸い込まれていく。

「何をする! やめろ!」

「俺は大知性体そのものだ。お前を俺の中に!」

大知性体そのものとなったソータだからこそ互いに干渉できるようになっている。それを利用し、大知性体をその中へと一旦は封じ込める。しかしあくまで本体は中にいるエイリアン。すぐに自分を突き破って出てくるだろう。

「急が……ないと」

 

体育倉庫の中。ドクターは装置を置いて準備を進める。

「さぁ装置全てに異常無し! 裂け目を開くための装置……そうだ名前を付けよう。カスケード・クリエイター、オン!」

その言葉と共に、空の上の雷雲は収縮していく。その雷雲だったものは体育倉庫の中へと飛んでいき、裂け目のある場所へとぶつかり、そこに大きな穴が開いた。中からは白い光が溢れ出る。

「さぁ裂け目に追いやる時間だ」

裂け目が開いた。あとは大知性体をこの中へと放り込むだけ。裂け目が開いたことに気づいたのか、ソータがそこに現れる。

「来たか。大知性体は?」

「僕の中にいる…… だけど少しの間だけだ。早く裂け目の中に入らないと!」

ソータは裂け目に向かって歩いていく。しかしその場に倒れ込む。体の中に封じ込めた大知性体が外へ出ようとしているのだ。大知性体の声が彼の体の中から響いてくる。

「なぜ私を裏切った!? 貴様の願いをかなえようとしたんだぞ!?」

「もう俺はそんな願いいらないんだ……っ! 走ることよりも、もっと大事なものを見つけたから……!」

「彼は今じゃ幽霊のような存在だ。だけど人間であることに変わりはない。人間というものは気持ちがすぐ移ろうものなんだ」

大知性体は怒鳴り続けるが、ソータはその体を起こし裂け目へと歩き続ける。

「許さんぞドクター! 次会った時こそ貴様の最期だ!」

「聞き飽きたよそのフレーズ」

裂け目から放たれる強風に煽られ、吹き飛ばされそうになるが、しっかり地面を踏みしめ立つ。

「ソータ! 君は大知性体と融合してる。裂け目の向こうへ行けば君のデータは完全に消える。本当に……それでいいのか?」

ドクターは最後にソータに語り掛けた。大知性体とソータは今や一心同体。大知性体がこの世界から消えれば同じくソータも消滅。それだけは避けられない事実なのだ。

「俺はいいんだ。これまで多くの人を犠牲にした。それに華にだって言い寄って、余計に傷つけてしまった。今考えるととても恥ずかしいよ」

「理解できただけ十分さ」

「ドクター、最後に華に一言だけ伝えてほしいことがある」

もう目の前には裂け目がある。ソータは最後にドクターの方を向く。

「それはなんだ?」

ソータはその頬に涙を流しながら、こう告げた。

 

「愛していると」

 

華は最後まで気づくことはなかった。ソータが本当に自分のことを愛してくれていることに。ただ今はあの雲を消すため、裂け目を開くことだけを考えてレバーを必死に握っている。思っていたよりもレバーが戻ろうとする力は強い。ただでさえリレーの後で体はかなり疲れている。

「このままじゃ……」

「大丈夫だ! 俺がいる!」

レバーを握る手の上に、光輝の左手が重なる。彼の力はとても強く、レバーが戻ることは無い。

「光輝……」

 

ソータは最後の言葉を告げた後、大知性体が抜け出す前に裂け目へと飛び込んだ。ドクターはそれを見守った後、装置のスイッチを押す。

また裂け目から何も訪れないように、誰かが裂け目に落ちないように。エネルギーの電波を逆転させ、裂け目はゆっくりと閉じていった。今この場所はただの体育倉庫だ。開いたものは現実世界の裂け目ではあるが、これを閉じれば鏡の中の裂け目も閉じられる。

体育倉庫の小窓から陽の光が差し込む。黒雲は消え、絶好の運動会日和が戻って来た。

《突然の雷によりプログラムを中断していましたが、単なる通り雲だったようなので再開いたします》

その放送が流れ、外からは再び運動会の喧騒が聞こえてくる。

ドクターは裂け目のあった壁に手を触れる。

「生者を愛した死者、か……」

 

 

 

あの後、ドクターは華と光輝に裂け目はしっかり閉じられ、もう安全だということを伝え運動会に戻していた。

《総合優勝は……3年C組です!》

結果発表をもって全てのプログラムが終了。運動会はついに終わりを告げた。

大知性体とソータの騒ぎは全て全校生徒と教職員と保護者方が知ることなく、ドクターと光輝の手によって終わりを迎えた。

しいて言うなら、用務員が運動会の間、何者かの手によって眠らされていたことが後に発覚し、ちょっとした騒ぎになった程度だ。

「ドクター! ドクター! ……ねぇ仁はどこ?」

結果発表の後、もう日も落ち始め夕暮れが訪れる中、華はドクターのことを探していた。クラスのみんなや他のクラスの人に聞いても彼の行方は知らないらしい。光輝と共に探したがどこにも居ない。

「集合写真これから撮るのに……」

「居ない人の分はしょうがないよ。ほらよくあるアレになるんじゃない?集合写真右上の、顔だけ写ってるやつ!」

「アハハ、きっとそうなるかもね」

「それじゃあ撮りますよー、はいチーズ!」

この学年で撮影した最初のクラス写真。そこに隅田仁(ドクター)の姿は無かった。

 

結局、ソータが自分のリレーを見てくれていたかどうかは定かではない。最後に話した後、彼が目の前に現れることはなかった。本当にドクターの言う通り、彼は悪人だったのだろうか? しかし、最後に自分に見せてくれた顔は悪い顔などではなく、ただ悲しんだ顔。

ただ唯一分かることは二人とも私の事を好きだということ。まさか「私のために争わないで」が間近で起きるとは思いもしなかった。しかしなるべく運動会に干渉せずにしてくれたのはきっと、二人とも私の走るところを邪魔しちゃいけないと思ってくれたのだろう。今日はとりあえず疲れた。早く家に……

 

ブオーンブオーンブオーン……

 

独特なエンジン音……帰路につく中、ターディスが突然目の前に現れた。

「やぁ華! 運動会は楽しかった?」

「ドクター! あれからどこ行ってたの!?」

「タイムロードの鏡を手に入れたからそれをターディスにある部屋の奥の奥の…奥の方にしまってきたんだ。扱い方によっては危険だからね」

「集合写真撮ってたのに!」

「あんまり写真は撮られない主義なんだ。だから逃げた。ところで優勝は3年C組だったみたいだな。うちのクラスは僕といい華といいみんな活躍してたのに4位だ。やっぱり2年が3年に勝つと色々問題があるんだろうな」

ドクターはターディスの扉の前でいつものように早口でまくしたてている。

「あのさドクター……」

「まずは僕から謝るよ。申し訳なかった」

「ドクターはちゃんと私に忠告してくれてた。危険なのはソータのほうだったんだよね? それなのに私すぐ怒っちゃって……」

「僕の言い方も悪かったし色々説明しても余計に混乱させると思って何も言わなかった。こっちだって申し訳ない」

ドクターは頭を下げて謝る。華ももちろん頭を下げる。

「ううん。あの時ね、ソータとドクター、どっちの言う事を信じるか……ずっと迷ってたの。どっちも互いの事を悪者だって言うから」

「争いなんてそういうものだ。互いを悪だと決めつけてる。それで僕を選んだ決め手は?」

「あなたはたとえ好きな人のためでも、罪の無い人を犠牲にするような人じゃない。前にヤマタノオロチ号で話した時を覚えてる?」

「ああ。僕のこと無慈悲には見えないと言った」

「そう。あの時のあなたの目。それと人は……たとえ宇宙人だって完璧じゃない。それでもあなたは良い人であろうとしてた。それを思い出しただけだよ」

「善人であろうとすることは大事なんだな」

「そんなところ。ところで、光輝ってターディスの事とか……知ったんだよね? 事実私と一緒にターディスに入ったし」

そういえばドクターとターディスの秘密を光輝も知ってしまったのだった。良いのだろうか。

「ああ。君のもとへ来る前に彼に一度会って来た。宇宙のこととか色々興味はあるけど、大変だし、サッカー部が忙しいからパスしとく、だとさ」

「光輝も一緒に来ればいいのに。みんなで旅すればもっと楽しい」

「そりゃあもちろん。だけど無理には乗せない。さて、華来てくれ!」

そう言うと、ドクターはターディスの中へと入っていく。華もそれを追うようにターディスの中へ入っていく。

「よし……さて! 学校に潜む問題を解決して、運動会も無事終わったことだし、またターディスでどこかに出かけないか? 今度はそうだな、邪馬台国に行ってみよう! 場所は不明とされているが実は現代でいう所の九州の福岡県にあるんだ。卑弥呼と会ってシャーマンの力を学んでみないか?」

ドクターは操作盤をいじりながら時代を設定する。

「お誘いはありがたいけど今度にする。今日は運動会終わった後で疲れちゃってるし……」

華は苦い顔でクラスの鉢巻を見せる。

「あー、確かにそうだな。それじゃあまた今度にしよう。明日は?」

「明日? 明日は既に先約が入ってるの。運動会の振り替え休日利用して、光輝とついにロストボックス買いに行くの」

一緒に裂け目を開いた後、華は光輝と話してその約束を取り付けていた。華自身、約束を破ってしまったことが気がかりだったのもあり、自分からそれを誘ってみたのだ。

「おお! それはいいじゃないか。ロストボックスか。どんなゲーム?」

「ドクターはあんまりゲームやらないでしょ。とにかく! 旅をするのはもう少し待っててね」

「僕だってゲームぐらいするよ。まぁいいさ、僕は長命だから待つことには慣れてる」

「そんなに時間かからないよ。それじゃ、またね。ドクターもゆっくり休むこと」

「タイムロードは疲れにくいから心配するな。それじゃあ楽しんでおいで」

そして華はターディスから出て、ゆっくりとその扉を閉めた。

 

「さて、と……」

ターディスの操作盤をいじりながら、ドクターはあることを調べる。

「裂け目、信号……大知性体の物じゃないなら、一体誰が……」

学校の中から発されていた信号。それは鏡の世界に開かれた裂け目の向こう側から発されていたものだった。しかし大知性体を倒すために裂け目は閉じてしまった。これ以上信号の事を追うことはできない。

しかし、その信号の新たな情報は裂け目を閉じる前に手に入れることが出来た。あるリズムを信号として発していたのだ。それがどんな意図を持って送っているのかはまだ分からないが、ドクターにとってそのリズムは聞き覚えのあるものだった。

 

ダダダダン。ダダダダン。ダダダダン。ダダダダン。

 

4つのリズム。かつて幼い頃時空の穴を見たときに聞いた音。故郷で聞いたあの音。

「ドラムの音、か……」

 

 




「さぁ弥生時代だ! 日本という国の初期も初期! まだ石器を使ってはいるが様々な技術や文化も現れた! 歴史を学ぶ上でとても重要な時代だ!」

「卑弥呼に会えるの?」

「せっかく卑弥呼のいる時代に来たんだ。会えるなら会いたいだろ?」

「あの大きな穴を見ました? 卑弥呼様曰くあの穴の中には神様が住んでいるの」

「穴の神は今怒っています。早くその子をこの穴の中へ……」

「ねぇドクター、卑弥呼になんとか言って止めようよ。あんな小さな子供を生贄にするなんて間違ってる!」

「生贄はこの世界の文化なんだ。干渉しちゃいけない」

「これは……深いな。とても深い。ソニックドライバーが“底”が無いって示してる」

「俺はスサノオ。こう見えて英雄なんて呼ばれてる」

「彼女は卑弥呼様の命で生贄に選ばれました」

「ドクター! 私はここ! 助けて!」

「君たちが信じている物は偉大な神なんかじゃない!」

次回

FEAR OF HOLES 〈卑弥呼とスサノオ〉


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第六話 FEAR OF HOLES〈卑弥呼とスサノオ〉 PART1

今回は新エピで歴史回です。
歴史……というには邪馬台国の情報は少ないですが。


 

およそ1800年前の弥生時代、猿が火や道具を使うことに目覚めてから150万年。後に日本と呼ばれる大地に彼らがやってきて新たな文明を築き始めた時代。

小さな村の、木と土で作られた家の中で、子を持つ女と豪華な身なりの男が言い争っていた。

「どうして、どうして私の娘なんですか!? まだ七にもなっていないのに……」

「それが卑弥呼様の(めい)だからだ。彼女が次の生贄。そうおっしゃっていた」

「卑弥呼様に一体何の権利が……!」

原始的な建物の中で言い争う二人をどうやらこの口論の中心であるらしい小さな女の子が眺めている。

「卑弥呼様を否定するつもりか? 彼女はこの戦乱の世を収め、邪馬台国を作られたお方。もし命が聞けぬと言うのならお前の一族はこれから先、永遠に呪われ続けることになるぞ」

男がそう言うと、女性は大きく泣き崩れその場から動かなくなった。たとえ娘のためであっても一族に呪いが降りかかるのならばもう成すすべはない。少女はこの状況を理解していないらしい。

「さぁ来るんだ。神の穴へ」

 

家の中から連れ出され、少女はいくつかの果物と装飾品で飾られた箱へと入る。やがて数人の男がそれを持ち上げ運び始める。そして綺麗に着飾った女性たちと兵士たちの十人程度で、村の外へと向かっていく。

長い長い道を進む。森を超え谷を越え、やがて動物すら見当たらない平原へとたどり着いた。

そこにあるものの前で男たちは少女の入った箱を置き、箱から少女を連れていく。

「どこに行くの?」

「神の穴だ。卑弥呼様にもお会いできるだろう」

「卑弥呼様に!? すごい!」

無垢な少女は卑弥呼と呼ばれる偉大なお方に近づけることに喜びを感じていた。

この邪馬台国を統べる日本で最も古い偉人、卑弥呼。この時代では国をまとめた女王として君臨している。そして彼女には特別な力が備わっているとされ人々は恐れながらも敬っていた。

そして男たちと少女は埴輪や花などで綺麗に飾られた不思議な大穴の前へとたどり着く。穴の前には木製の建物があり、その中に誰かが居るようだ。

「すごく大きい穴……」

「これが神の穴だ。卑弥呼様はこの穴を通じて鬼道の力を手にしておられる。この底には神が住み、そして死者の魂もまたこの穴の中に眠っている」

深く、底の見えないほどの大穴。少女はこの穴に底知れぬ恐怖を感じていた。

「ヤダ、これ怖い!」

「恐れる必要はない。今から君は神の元へと行くのだから」

そう男が言うと、着飾っていた女性たちは大穴の周りにゆっくりと座り込み、何やらお経のようなものを唱え始める。

儀式が始まり、建物の中から女性の声が聞こえてきた。

「聞こえました。神の求める少女、それは間違いなくその子です」

「やはりそうでしたか! ではこの子を……」

「ええ。穴の神は今怒っています。早くその子をこの穴の中へ……」

建物の女性の命令をだれ一人疑うことなく、男たちは怯える少女を抱える。

「何するの!? やめて! お願い!」

「より我らの国が強くなるためなのだ。許せ」

少女の思いはむなしく、多くの人に見守られる中、少女はその大穴の中へと落ちていった。

 

建物の中の女性は笑うでもなく悲しむでもなく、ただ冷徹に言葉を続ける。

「これで神は怒りを収めるでしょう。再び怒る前に新たな生贄を探しましょう」

「……しかし卑弥呼様。既に生贄にできるような女は数少ない。このままでは……」

「大地の怒りを買い、我々は滅びてしまうでしょう。そしてまた戦乱の世に戻ってしまう」

卑弥呼。建物の中に籠っている彼女が外に居る者達へ命令を下す。

「……見つけました。新たな生贄を。三日後にこの穴の中へ。そうすればこの邪馬台国はより繁栄するはずです……」

誰も見られない部屋の中、卑弥呼は胡椒瓶のような奇妙な土偶を手に、この国の行く末を憂いながら彼女は祈る。

「そうなのでしょう? 神よ……」

どこまであるかわからないほど深く暗い穴。叫ぶ少女の声はもう聞こえなくなった。

 

 

 

「さぁ弥生時代だ! 日本という国の初期も初期! まだ石器を使ってはいるが様々な技術や文化も現れた! 歴史を学ぶ上でとても重要な時代だ!」

ドクターがいつものように操作盤をいじくりまわしている。キーボードをいじったり変なでっぱりを押しこんだりハンマーで殴ったり……見る限り適当にやっているように思えるが、これでちゃんと動くのだから不思議だ。

「でもテストに出るかな弥生時代。中一のころにやったから今学びに行くとしても遅い気がするんだけど」

今学校で習っている授業はもっと先の時代。弥生時代や卑弥呼は恐らく次のテストでは出ないだろう。

「学んでおくのは大事だぞ? しかも時代の現場に直接行けるんだ、他の子にはできない芸当だろ? 高校受験するつもりならしっかりここで学んでおくべきだ」

「まぁね。高校はちゃんと行かなきゃって思うし」

「それなら僕のターディスが大活躍だな。さぁドクターとの歴史勉強の旅だ!」

「そういう感じで行くとなんか授業みたいで萎えるんだけど……」

「歴史を学ぶには本物の方が良い。さぁ行くぞ!」

ドクターがレバーを下ろすとターディスがブォンブォンといつものエンジン音と共に揺れる。ターディスが時間と場所を移動中ということだ。

やがて揺れは収まり、ターディスは無事に着地したようだ。ドクターが操作盤を少しだけ触った後、子供のように走って外へと出ていく。

「ねぇドクター、また戦国時代に行った時みたいに戦場のど真ん中ってことはないよね?」

「それはないよ。ここは森の中だからね」

 

外には木々の群れ。道という道はなく、ただその隙間を進むしかない……ただの森だ。

「もうちょっとわかりやすいところには着陸すればいいのに?」

「あえてここを選んだんだ。ターディスはどの時代にも馴染むけど、この時代はまだ技術も進んでないから簡単にはスルーしてくれない。隠しておかないとね」

そう言いながらドクターは森を掻き分け先に進んでいく。華もそれに次いで進んでいく。

「ここ本当に弥生時代? 今とあんまり変わらない気がするんだけど」

「森の中だからさ。森とは自然。人の手が入っていなければ、森はすべてこんな姿になる。ほら見えて来たぞ」

森という迷路を抜け平原が見えてきた。そのまま歩き続けてついに森を脱出。歴史探訪の旅のはずなのに最初はずっと木ばかりでテンションが下がっていたが、ようやく弥生時代らしい建物が見えた。

「あれがこの時代の村だ。現代はコンクリートで作られた建物が基本だけど、この時代は竪穴の建物が多くて……」

「へーあれが……わっ!」

遠くに見える村を目指して歩き始めた瞬間、華は巨大な穴に落ちそうになってしまう。

「華ッ!」

ドクターがすぐさま彼女の手を握る。なんとか落ちることはなかった。

「大丈夫か? 足元には気を付けるんだ」

「な、なんでこんなところに大きな穴が……」

それは罠に使うための穴にしてはあまりに大きく、広かった。そして底が見えないぐらい暗い。

「何かの祭事に使うために掘った穴なのかも」

「そういう文化が弥生時代にあるの?」

「どうだろうな。穴なんて世界中のあちこちにある」

ドクターは気にせず、ここから見える建物を指さす。

「さぁ、気を取り直して村に向かうぞ。ちゃんと弥生人と思われるように振舞おう」

「服装からしてそれは難しいんじゃない?」

二人はどこからどう見ても現代の服装だった。ターディスからそのまま降りて来たので着替えることを忘れていた。

()からから来たといえばいいさ。そっちじゃこういうファッションが流行ってるって言えばいい」

「魏って何だっけ、聞いたことあるけど」

「今でいう所の中国にある国の一つさ。卑弥呼、つまり邪馬台国はそこと交流を持って彼女はこの国の王の資格を得た」

「へー、それじゃあ邪馬台国より偉いってこと?」

「まぁそんな所だ」

二人は村へと近づいていく。この村にはいくつかの家と、一つの大きな宮殿と思われる建物が見られる。

村の入り口である門に近づくと、矛を持った守衛が近づいてきた。

「どこの村の者だ? その装い、初めて見るが」

「あぁ、僕たちは魏から来たんだ。ここに卑弥呼様がいると聞いて」

ドクターはサイキックペーパーを守衛の男に見せる。この時代にこういった身分を証明するものは無いんじゃないかと華は思ったが、どうやら効果はあったらしい。

「卑弥呼に会えるの?」

「せっかく卑弥呼のいる時代に来たんだ。会えるなら会いたいだろ?」

「これはこれは、魏からの遣いの者でしたか。此度はどのような要件で?」

「彼女の持つ力、鬼道と言ったかな? 皇帝からの命でそれを利用したい案件があって」

「分かりました。しかし卑弥呼様は人とお会いにはなれませんので宮殿の者を介して交渉する形になるかと」

「それで十分さ」

守衛が門を叩くと、奥に居る者がロープを引っ張って門を開く。二人はそのまま村の中へと入っていく。

村の中には外から見たようにいくつかの建物、そして畑があちらこちらに見られた。

「なんだ、結局卑弥呼には会えないんじゃん」

「まだ可能性はある。彼女はずっと宮殿の奥で鬼道に従事してて忙しい。だから他者、自身の弟を介してでしか人と交流しないとされてる。実際、魏には使者を送っただけで彼女自身は動いていない」

「鬼道って何?」

「霊能力のことだよ。精霊とか幽霊とか、神様と交信できる力」

「そんなもの実在するの?」

「気づいてないだけで人間にはみんな備わってる力さ。発現できるのは限られた人間だけ。君の時代と比べて昔はもっと居た。だが機械が生まれてからみんな使えなくなった。夢が無くなったからね」

「悲しい話。でも卑弥呼は本当に使えたの?」

「そこまでは知らないな。けど彼女の使っていたと言われる力はとても強力だ。昔の人間でもそこまでは発現できない。もしかしたら民衆を惑わすための嘘かもしれないし、その正体がエイリアンだから使えるのかも」

「まさか日本の偉人の正体がエイリアンってこと?」

「偉人には結構エイリアンがいるよ。例えば伊藤博文は地球人じゃない。実際に会って知った」

「本当!?」

二人はそんな会話を続けながら、この村で一番大きな建物、宮殿へと向かっていく。

 

「姉上、神の機嫌はどうでしょうか?」

「心配ありません。あの子のことをとても気に入ってくれたみたいです」

「それは良かった……」

宮殿の最奥、硬く大きな赤い扉の先の部屋。一つ高く作られた台座の上のすだれの向こう側に卑弥呼が座り、何か儀式のようなものをしながら弟と会話している。

「しかし神はまた怒ります。例の生贄はもう見つかりましたか?」

「はい。既にいつでも捧げる準備はできております」

「それは結構。私はここで神との対話を続けています」

そう言うと、卑弥呼は黙り、儀式を続ける。

「……しかし良いのでしょうか。私がこのまま“彼”の代わりとしているのは」

卑弥呼の弟が彼女に対し語り掛ける。卑弥呼はゆっくりと言葉を返す。

「これは彼にはとても荷が重い事です。ただでさえ彼は妻と子を亡くした身。これ以上私に従事していては身が持たないでしょう」

「しかし私は本当のあなたの弟ではありません! それが今後どのように影響してくるか……」

「私は、あなたを選んだのですよ? ですから心配はいりません。それに国の者は誰一人としてこの事に気づいていません」

「しかし……!」

「あなたしか居ないのです。他に誰がやると言うのですか?」

「それは……」

卑弥呼の弟、いやそれに今はなっている男は何も言い返せなくなってしまった。そしてそのまま赤い扉を開いて部屋の外へ出ていく。

「ごめんなさいスサノオ。私はあなたの家族を守れなかった……」

 

 




次回のチラ見せ

「この力は特別なもの。私はこれを国を支配するため、そして人々を救うために使っています」


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第六話 FEAR OF HOLES〈卑弥呼とスサノオ〉 PART2

邪馬台国って色々謎が多いですね。卑弥呼も実際に居たとかいないとか色々な説がありますが、この作品では一応「実在」するという前提で話を進めています。


 

「なんだか原始時代って感じがする。家の屋根とか土でできてるし」

「もっと昔に比べれば進んだほうさ。今は穴じゃなくて自分たちで住居を作ってるし、それに作物も育ててる」

二人は道中、建物や畑を眺めながら談笑している。弥生時代はいわゆる時代劇の時よりも古いが、あちこちに日本らしさが見られる。

「やっぱり教科書で見るより直接来た方が楽しいね。どうしてみんな歴史の勉強するのにその時代に行かないんだろ?」

「ターディスを持ってるのは僕らだけだからな。全くみんな不幸だよ」

「えへへ、そうだね……ってきゃっ!」

そのまま弥生時代の村を進む二人だったが、突然現れた体の大きい男にどつかれ、華が倒れてしまう。男はふらふらとした足つきでこちらを見てくる。

「おいおいお嬢ちゃん、ちゃんと目の前見ろよ」

男はその手に“八塩折之酒(やしおりのさけ)”と書かれた酒瓶らしきものを持っている。酔っ払いだろうか。ドクターは華に手を伸ばして起き上がらせる。

「君に言われたくないな。大丈夫か華?」

「ええ大丈夫。もう全く気を付けてよ……」

「ったくどいつもこいつも神様だのなんだの……、んなもん本当に居たら今頃俺は幸せだったっての! クソ野郎……」

男はそのままふらついた足つきで二人の元を去って行った。華は彼の事を少し睨んでいる。

「こんな昔にも酔っぱらいは居るもんなんだな。気を付けろよ華」

「なんなの……」

酔っぱらいの事は忘れて先に進もうとする二人。しかし今度は近くの家から泣く声が聞こえてきた。先ほどの酔っぱらいと何か関係があるのだろうか?

その家に目を向けると、そこから小さな女の子が走って来た。女の子は目の前を見ていなかったようでドクターにぶつかって倒れてしまう。

「大丈夫かい?」

「私は大丈夫だよ。ママが泣いてて嫌になっちゃったの」

「どうしてママが泣いてるんだ?」

「私が“生贄”に選ばれたからなんだって。穴の神様の」

二人はそのことを聞いて驚いた。あの穴は何かの祭事に使う物かと思っていたが……

「穴の神様、さっきの大穴のことか」

華が落ちかけた穴。あれがまさか生贄のための穴だったとは。

「生贄なんて……しかもこんな小さい子を」

「ああごめんなさい! その子が迷惑を……」

今度は家の中から目を腫らした女性が現れた。彼女は女の子を抱え上げそのまま家の中へと去って行こうとする。

「別に迷惑じゃない。生贄っていうのは?」

ドクターが去ろうとした女性を呼び止める。その子を抱きかかえながらこちらの方を向いた。

「あなたたちは……どうやら邪馬台国の人ではないらしいわね」

「ええ。魏? から来たの」

「あの大きな穴を見ました? 卑弥呼様曰くあの穴の中には神様が住んでいるの。神様はとても怖ろしい存在で、定期的に生贄を穴の中へ捧げなければこの国が滅びると言われていて」

「なるほど。その子が生贄に選ばれた理由は?」

「卑弥呼様は神様と話せる唯一の人。彼女が選んだんです」

「そんな、ひどい……。まだこんな小さな子供なのに」

「それがこの国の掟です。たとえ誰であっても生贄に選ばれたら捧げなければ……」

そう言うと女性は家の中へと去って行った。この時代は古い。まだ“生贄”などという非科学的なものが信じられていることに華は怒りを覚えていた。

「ねぇドクター、卑弥呼になんとか言って止めようよ。あんな小さな子供を生贄にするなんて間違ってる!」

「僕もそう思う。だけど生贄はこの世界の文化なんだ。干渉しちゃいけない」

まさかの返答に華は口を開いて驚く。ドクターがそんな非情な判断をするとは。

「そんな! いつだって止めてきたじゃない! こんな理不尽なことやめさせて……」

「あくまでそれはエイリアンとかその時代のモノじゃない存在が裏に居る時だけだ。基本的にその時代、その場所のことには干渉しない。こんな時代だ、生贄なんて珍しいことじゃないし、部外者である僕らがどうこうする問題じゃない」

「でも……!」

ドクターは苦い顔をするが、何かを思い出したかのように手を叩いた。

「いや、ひょっとすると何か裏にあるかも。卑弥呼の事だ」

「やっぱり? 卑弥呼がエイリアンだっていう可能性があるって事だよね!」

「それもそうだが彼女の霊能力だ。この時代には“アニミズム”がある。何にでも神が宿るという考えのことさ。そしてその力で人々に神の言葉を伝える。さっきの女性が言っていたことが正しければ彼女には本当にその力があるのかも。調べてみないと」

小さな女の子が生贄にされる。きっとそれには何かの存在があるに違いない。卑弥呼と会うために二人は再び宮殿へと足を運ぶ。

 

 

「中は広いな! ターディスほどじゃないが」

「さっきまでの家と比べて宮殿は随分と豪華ね……すごい」

「宮殿だからな。この時代の建物の中でも力を入れてる」

二人は宮殿の中へと入っていた。豪華で太い柱と高い天井、そして木製の壁は赤く塗られていて、兵士たちがそこらに点在している。

「ここは卑弥呼様の儀式を行う宮殿。勝手に入ってきては……」

荘厳な宮殿の中を見ている二人の前に兵士達とは異なる装いの男が現れた。

「僕たちは魏から来たんだ。卑弥呼様に少し用があってね」

ドクターは男にサイキックペーパーを見せる。男は顔色を変えて頭を下げて謝る。

「これは申し訳ございません! まさか魏からの使いの者とは……しかし私が会った魏の使者の方よりその……顔が随分違うようで?」

二人の顔は言ってしまえば“日本人顔”。魏は中国にある国。日本と中国ではかなり顔の作りが異なっている。そこに彼は疑問を抱いたようだ。

「人の顔なんて十人十色だろう? 別にそこまで気にすることじゃない。彼女と少しばかり交渉したい事があるんだ」

「構いませんが、たとえ魏からの使者であろうと彼女とは直接会うことはできません。私を介して貰わねば」

「それは理解してるよ。そうか、君が卑弥呼の弟かい?」

「ええそうです。玉藻(たまも)と申します」

「良い名前だ。僕はドクター、そしてこっちは華だ」

二人の前に現れたのは卑弥呼の弟。彼を介さなければ卑弥呼とは交流できない。

「それで詳しい要件を聞かせていただいてもよろしいですか?」

ドクターは少し考えてから話す。

「魏の皇帝は彼女の鬼道にかなり興味を持っていてね。何でも人心を掌握できる力、神と話すことができる力だとか。それを学ぶためにちょっと見せてもらいたい」

「直接お見せすることはできません。しかしどのような事をするか……それについては簡単には教えることはできると思います」

「それで構わないよ」

「それでは卑弥呼様に聞いて来ます。少々お待ちを」

玉藻は二人に会釈をした後、奥の部屋へと消えていく。

「わざわざここまで来たのに卑弥呼に会えないなんて。でもこんな豪華な宮殿に入れてちょっと嬉しい」

「しかし気になるな。彼女の持つ力って言うのが」

 

 

玉藻は再び赤い扉を開き卑弥呼の前へとやって来た。

「姉上、魏からの使者とされる者達が……」

「言わずとも分かっています。彼らがこの宮殿にまでやって来たことは」

「さすが姉上。それで彼らは皇帝の使いらしく、姉上の鬼道を学びたいとか……」

「……なるほど。それでは彼らをこの部屋に通しなさい」

「えっ、この部屋に!?」

玉藻は驚いた。彼女は自分以外の人とは会うことは無かったはず……

「彼らはただの魏からの使いではありません。私が直接話します」

「わ、分かりました。彼らをこの部屋に通します。しかし念のため兵を連れますが」

「構いません」

玉藻は部屋を出て兵士を呼び、ドクターたちの前へ現れた。華は突然現れた兵士に身構えるが、ドクターが制止する。

「卑弥呼様からの許可は出ました。兵たちと共にあちらの部屋へ。どうやら卑弥呼様はあなたたちと直接話したいそうで……」

「これはすごいぞ華。もしかしたら卑弥呼に直接会えるかも」

二人は玉藻と兵士達と共に大きな赤い扉の先へと案内された。

 

部屋の中は他の宮殿の部屋と比べて特に豪華で、壁は一面赤く、天井は金で装飾されている。目の前の台座にはすだれがかかっており、その向こう側には人の影が見える。そこからはただならぬ雰囲気を感じる。

「卑弥呼様、魏からの使者をお連れしました」

「遠い地からわざわざこの邪馬台国の宮殿へようこそ。私は卑弥呼。魏から親魏倭王の名を貰い受けた者です」

「丁寧にどうも。僕はドクター、そしてこっちは華。奇妙な名前と服装だと思うかもしれないが最近の魏ではこういう名前が流行りでね」

「あなた方は魏から来た者と伝えられました。私の鬼道を学びたいだとか」

「その通り。でも僕たちは学ぶというよりあなたのその力の方に興味があってね」

すだれの向こう側の卑弥呼は大きく息を吸ってから言葉を続ける。

「この力は……そう簡単に教えられるようなものではありません。私のみが使える力なのです」

「どうしてあなただけが?」

「その理由は私自身も知りません。しかしこの力は特別なもの。私はこれを国を纏め、人々を救うために使っています」

「それは素晴らしいことだ。具体的にどんなことができるんだ? 鬼道というものはまだ噂程度しか知らなくて」

「神の言葉を聞くことができます。私は神から言葉を与えられ、その言葉をもってこの国を導いてきました」

「神の言葉か……」

「私の頭の中に入ってくるのです。どのように国を導くべきか、どのようなことが今必要なのか……」

「テレパシーだな。その神とはどんな存在なんだ?」

「遥かな昔からこの国を見守って来た存在です」

「なるほど……頭の中に直接か。ちょっとあなたの頭を調べさせてもらっても?」

ドクターはソニックドライバーを取り出し、すだれの向こう側に行こうとするが兵士に止められてしまう。

「いくら魏からの使いであろうと卑弥呼様に触れることは許していない」

「光を少し当てるだけさ。それだけ」

兵士たちの間をかいくぐり卑弥呼の元へ向かおうとするが、卑弥呼は「申し訳ありません」と言って立ち上がり、こちらへ頭を下げて話し始める。

「わざわざ遠いところからすみませんがドクター、私はとても忙しくこれ以上あなたの相手はできません。この力もあなた方へ学ばせることはできないのです」

その言葉を聞き、ドクターは少し考えを巡らせてからソニックドライバーをポケットにしまう。

「そうか……まぁあなたはとても忙しい。それも仕方ないな」

「しかしここまで来てくださったおもてなしはさせていただきます。どうでしょう、この村の作物で作った料理を提供させます」

「気持ちはありがたいが断らせていただくよ。僕たちもちょっとした用事を思い出したから、すぐに出ていくよ」

「えぇー、せっかく美味しい料理を出してくれるっていうのに」

弥生時代の料理はどんなものかと少し期待していた華にとってそれはがっかりする発言だった。こんな豪華な宮殿ならきっとおいしいに決まっている。

「現代の料理で肥えてる君の舌にはきっと合わないよ。それじゃあ僕たちはお暇させていただく。わざわざ時間を作ってくれて感謝するよ」

「こちらこそドクター。魏へ戻ったら皇帝へ今後もよろしく伝えておいてください」

「もちろんさ」

兵士に囲まれながら玉藻に案内され、二人は宮殿の外へと出ていく。最後にドクターは後ろを振り向き、すだれの向こう側で卑弥呼が何をしているか見ようとしたが、特段奇妙なことは見られなかった。

 

 

「しかし本当に卑弥呼って使えるのかな、霊能力」

「ソニックで分析はできなかったが、彼女の口調から嘘だとは思えなかったね」

結局宮殿でこれといった収穫はなかった。二人は近くの小川の近くに座って卑弥呼の謎について話している。

「じゃあ本当に卑弥呼は神様と会話できるの?」

「会話、というより神様の方から一方的に言葉が与えられるらしい。それを利用して彼女は国を治めてきた」

「けどその結果小さな子供が犠牲になるなんて、なんだか納得できない。そのことも詰めればよかったかな」

「神から生贄にしろと言われてるんだ。彼女にどうこうできる問題じゃなさそうだ。けど納得できないのは僕もそう思う。尊い命だ」

いくら時代とはいえ生贄として小さな子供を使うなんて認めることはできない。そんなことを考えながら華は小石を川に投げる。その時にふと川の向こう側を眺めると、そこには先ほど自分にぶつかってきた酔っぱらいの男が座っていた。

「あっ! さっきの酔っぱらい!」

「おう、なんだ俺にぶつかってきたお嬢ちゃんじゃねぇか」

「ぶつかってきたのはあなたの方でしょ!?」

「この際どうだっていいさ。兵士から聞いたぜ、アンタたち魏から来た遣いなんだってな」

男は酒を煽りながら川を渡ってこちら側へと向かってくる。華は怖がってドクターの後ろへと隠れる。

「ああそうさ。卑弥呼に会って、少しだけ話して終わった」

「アイツは昔から気難しいんだ、許してやってくれ」

「卑弥呼とは……知り合いなんですか?」

華はドクターに隠れながら聞く。

「ああ、俺の姉貴だからな」

その言葉にドクターはとても驚いた。卑弥呼の弟とはさっき会ったはずだ。

「君が? 玉藻という男が弟だと聞いてたんだけど」

「アイツは姉貴の弟なんかじゃねぇ。俺の代わりさ。役立たずの俺と違ってアイツの方が優秀だけどな」

卑弥呼の弟と語る男は愛も変わらず酒を煽っている。こんなに飲んで大丈夫なのだろうか。

「ドクター、こんな酔っぱらいの言う事信じるの?」

「信じるも信じないもお前らの勝手さ。けど俺の身の上話聞いちまったんなら一つ頼まれてはくれねぇか?」

そう言うと酒瓶を地面にドンと置き、あぐらをかいてこちらをまっすぐな目で見つめる。

「この邪馬台国は何かおかしい。俺と一緒にこの国を変えてくれ」

そこからは今の今まで酒を煽りまくっていた酔っぱらいではなく、しっかりとこの国を心配している男の姿があった。顔こそは赤いが、ふざけているようには全く見えない。

「この国はおかしい?」

「ああそうだ。生贄なんて間違ってる。しかも女か女のガキばかりだ。いつもいつも穴の中へ身を投げるアイツらがかわいそうで仕方ねぇ」

「なんだ、意外と優しいんだね」

華は酔っぱらいの男に感心した。

「俺は酒が好きなだけで悪者じゃねぇさ。ところであんたら名前は?」

「僕はドクター。でこっちは華」

「俺は須佐之男(スサノオ)。こう見えて英雄なんて呼ばれてる」

「スサノオ? もしかしてあの……スサノオノミコト?」

その言葉に華は驚いた。スサノオといえば日本神話に出てくる英雄であり神様の名前だ。

「なんだ、魏でも俺の評判が響いてんだな。そうさ、俺はヤマタノオロチを退治した英雄さ。この酒を飲まして勝った」

スサノオは酒瓶を回して“八塩折之酒”の文字を見せる。

「まさか神話の英雄に会えるとは! これはすごいことだぞ華。あの卑弥呼の弟がスサノオだ」

「でも、スサノオって神話の存在じゃないの? 実在するなんてありえない?」

「本当のことが後世では架空の存在と伝えられることはよくある。戦国時代で会った鬼だってそうだろ?」

「そういえば確かに」

華は納得した。そういえば鬼も架空の存在だと思っていたが実在し、日本に住んでいたことをドクターとの旅で知っていた。

「それで、この国がおかしいとどうして思った?」

「姉貴はあんな人間じゃなかった。俺みてぇなバカにもとても優しかった。だが神様の言葉が聞こえるようになってから生贄なんて言うようになっちまった。結果としてこの国は今平和だが、犠牲による平和なんて納得はいってねぇ」

「一体いつから神の言葉が聞こえるようになったんだ?」

「姉貴が……十になるかならないかの時期さ。穴を見つけたころだ」

「穴?」

「見なかったか? 生贄を捧げるでっけぇ穴さ」

「やっぱりあの穴には何か秘密が隠されてるんだな。調査する」

ドクター達はここに来る途中で見つけたあの大穴の元へと向かうことにした。

 

 




次回のチラ見せ

「生贄を求めている神の正体がこれを見て分かったよ」


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第六話 FEAR OF HOLES〈卑弥呼とスサノオ〉 PART3

スサノオノミコト、ヤマタノオロチを退治したと言っていましたが、まさかそんなものがいるとは思えませんね。


 

ドクター達が去った後の宮殿は喧騒に包まれていた。それは卑弥呼があることを告げたからだった。

「どういうことだ? 突然生贄を変えるだなんて」

「分からないが、神からそう告げられたらしい。しかもいきなりその生贄が必要になるだなんて」

兵士たちが愚痴をこぼしながら作業を続ける。

「そこ、口を動かす暇があるなら手を動かせ!」

玉藻に怒鳴られ、兵士たちは黙りながら作業を行うこととなった。

「しかし、姉上も突然だ。まさか急に来るなんて……」

玉藻は赤い扉を開け卑弥呼の前へと現れる。

「姉上、既に兵士たちは準備が完了しました。いつでも出発できます」

「よろしいでしょう。突然のことですみませんね」

「仕方ありません。神の言葉はいつだって突然ですから。しかし彼らが魏から来た遣いではないというのは本当でしょうか?」

「神からの言葉に間違いはありません。彼らは時の箱に乗りこの国に現れたのです。そして今、神の穴のことを知ろうとしている」

「時の箱……とは?」

「それは知りません。しかし神はその時の箱に乗り現れた彼女を求めています。あのドクターと共に居た……華という女を」

 

 

「これは……深いな。とても深い。ソニックドライバーが“底”が無いって示してる」

「落っこちないでねドクター!」

大穴の所にやってきたドクターはソニックドライバーを穴に向け、その中を調べている。穴の周辺を回りながら調べているので、華は落ちないかどうか不安で仕方がない。

「底が無いってどういうことだ? どんな穴にも底はあるはずだろ?」

「そう。あるのが当たり前なのさ。でもこの穴にはそれが無い。まさかブラジルまで届いてるなんてことはないよな?」

「ぶらじる?」

「邪馬台国の裏側にある場所さ。この時代にはまだ無いけどね」

「じゃあこの穴は地球の裏側に繋がってるってことなの?」

「どうだろうな。最低でも10km以上はある。こんなことはあり得ない」

ドクターは再びソニックを穴に向ける。今度は懐から発煙筒を取り出した。

「それどこから出したの?」

「ポケットの中だよ。ターディスと同じで中が広いからなんでも入ってる」

「まるで四次元ポケットね」

「ああ、僕が元ネタなんだ」

ドクターは発煙筒に火をつけて穴の中へ放り込む。煙と共に光る発煙筒は、底に当たる音を響かせることなく暗闇の中へと消えていった。

「ここから考えられる可能性は二つ。これが地球の反対側まで繋がっていること、もしくは……別の場所に繋がっているか」

穴は変わらず静寂の暗闇を見せ続けている。

「別の場所って?」

「あくまでただの推測に過ぎない。10km以上と言ったがその先に何があるかは分からない。しかし卑弥呼の力とどんな関係が……」

ドクターは顎をさすりながら思考を巡らせている。華は落ちないように穴の中を眺める。

「中に実際に飛び込んでみる? そうしたら何か分かるかも」

「どこかに繋がっていたとしてもこの高さから落ちたら死ぬ。けど中に入って確かめるのは良い案だな」

「えっ、本当に飛び込むつもり?」

「まさか。ロープを取ってくる」

そう言うとドクターはターディスの元へと走って戻っていく。

「魏ってのは随分と進んでるんだな。あの火みたいに光る細い石器に火を出す棒」

「いつかこの国にもそれが来るかもね。今度持ってくる?」

華はスサノオにちょっとした冗談を言ってみた。そんなことをすれば歴史が変わりかねないのでしないが。

 

ドクターがロープを手に戻って来た。穴の中へ入って調査するのはもちろんドクターだ。彼は腰にロープをしっかりと巻き付け、反対側を近くの木に縛り付ける。

「僕が引き上げろって言ったら引き上げてくれ。言うまではロープを持って僕が落ちないように調整してくれ」

「本当に大丈夫?」

「このロープは頑丈だからちぎれない。切られでもしない限り平気さ」

そう言うとドクターは怖がることなく穴の中へと入っていく。しっかり落ちないように手でロープを支える。

「なぁ悪いが小便してもいいか? ずっと酒飲んでたせいで……」

「いいけど穴の中じゃなくて外の草むらでしてくれ。神が怒るかもしれないから」

「ああ。すぐ戻るよ」

スサノオは股間を手で押さえて草むらの方へと消えていく。酒をあんなに飲むから……と華は思った。

「ドクター、何か分かった?」

「いいやまだだ。このあたりはただの岩だ。もっと深くまで降りてみないと……」

「いいけど早くしてね。ずっとロープ持ってると手が痛くなるから……」

綱引きの時のロープよりはマシだがずっと持っていると手が擦り切れて痛くなる。握力もそこまで自信はないので早く終わってほしい。

そんなことを考えている華の後ろ、草むらの中で音を殺して何かが忍び寄る。

一人ではなく、何人もいる。華はロープに気を取られていてまだ気づいていない。

草むらからその顔を出す。鎧と槍を手にした……宮殿の兵士だ。

「あー、まったくスサノオも早く帰ってきて手伝ってくんないかな」

彼女に気付かれないようにゆっくりと近づいていく。そして一瞬。四人がかりで華の体を抑えた。

「ちょっ、何!?」

体を抑えられたため、ロープを離してしまう。

「ド、ドク……」

穴の中の彼へ助けを求めようとするが、口を布のようなもので覆われてしまい、声を出せなくなってしまった。

離されたロープが勢いよく伸び、ドクターは突然のことに咄嗟に対処し、壁に手をかけて落ちないようにする。彼女の声は一瞬聞こえた。

「華? 華、どうした?」

ドクターが異変を感じ取る。すぐにロープを手繰り寄せて上に戻ろうとするが、それに気づいた兵士が持っていた小剣でロープを切断した。

「うわっ、なんだ!?」

ドクターの体を支えていたロープは二つに別れ、そして重力に伴って落ちていくロープに巻き込まれてしまう。そのまま穴の中へと……落ちていく。

「やめっ……! ド、ドクタ……ドクター!!」

声を上げてドクターを呼ぶが、彼は上がってこない。兵士たちに腕と足を縛られ、そのまま連れ去られていってしまう。

「どうした、何があった!?」

小便から帰って来たスサノオが見たのは、切れたロープと兵士たちの装備品である小剣ただそれだけ。既に兵士たちは華を攫って行ってしまった。

「まさか卑弥呼のヤツ……クソッ!」

思い当たる節は彼女しかない。スサノオは遠くに見える兵士たちを追いかける。

 

 

「なんとか……ここまで……っ!」

穴の中へ落ちたはずのドクターはなんとか地上へ這いあがることが出来た。切れたロープが岩場のところで絡まり、なんとかあるかないか分からない“底”まで落ちることはなかった。そのまま壁を掴んで這い上がって来たのだ。今ここに残っているのは切断されたロープだけだった。

「何が起きたんだ……、まさか穴を調べようとしたから口封じに? だとすると華は宮殿に連れ去られたか!」

ドクターは宮殿へと急ぐ。もしかすると華が処刑されるかもしれない、すぐに止めなければ。

「華! 華ァーッ!」

 

 

華は既に宮殿へと連れ去れていた。そして今、さっきも訪れた卑弥呼の部屋まで連れてこられている。

「卑弥呼様、神の言葉通り彼女を連れてきました」

「ちょっと何するの! 離してってば!」

「卑弥呼様の御前であるぞ、口を慎め!」

「誘拐した人が言う言葉!? いいから離して!」

「手荒な真似を謝罪します。しかしあなた方も私たちに嘘をついたでしょう? 魏からの遣いと」

既に卑弥呼はその件について知っているようだ。一体どこでバレたのだろう。やはり服装とかだろうか……

「嘘をついたことは、謝ります。でもそれは卑弥呼様の力を調べるためで」

「私の力を調べてどうするのですか?」

「生贄なんて馬鹿げた事をやめさせる! あんなことと国が良くなることに何の関係があるの!?」

「部外者が! 卑弥呼様を侮辱するな! お前に生贄の重要さの何が分かる!?」

「生贄なんてまやかし! きっと穴の底に何かが居て、それが……」

「もう黙りなさい、未来の少女よ」

その言葉で、華は黙った。

「えっ、どうしてそのことを……」

単なる霊能力者なんかではない。華は身震いがした。

「神からの言葉です。あなた方は時を翔ける青い箱に乗り、この時代へと訪れた未来の旅人だと」

「未来の者!?」

その言葉に兵士たちも動揺しているようだ。

「卑弥呼の力は本物ね。そんなことも分かるだなんて。でもどうして私を攫ったりしたの? 殺すため?」

「当たらずとも遠からず……神は私にこう言葉を与えました。『未来の少女を生贄に』と」

「私が生贄に!?」

「既に準備は済ましてあります。向かいましょう」

そう言うと兵士たちは華に勾玉で作られたネックレスを首からかけさせ、豪華な箱へと押し込んだ。

「今すぐここから出して! 出してよ!」

中から箱を叩くがびくともしない。思っていたよりも頑丈なようだ。

「それでは卑弥呼様も共に」

「ええ。行きましょう」

玉藻が用意したさらに豪華な箱に誰も見られないよう卑弥呼が入る。

 

 

「おい!とっとと開けやがれ! 何考えてんだお前らァ!」

スサノオが宮殿の扉を思いきり蹴る。しかし扉はびくともしない。門番が彼を取り押さえる。

「待て待てやめろ! 彼は僕の友人だ!」

ドクターもスサノオに追い付いた。サイキックペーパーを門番たちに見せる。

「魏からの遣いの者ですか……随分と荒い友人ですね、しかもスサノオと友人とは」

「おードクター! お前生きてたか!」

「なんとかね。僕の友達がこの中にも居るはずだ。今すぐ扉を開けてくれ!」

ドクターは怒りながら門番を威圧する。しかし門番のペースは変わらない。

「申し訳ありませんがそれはできません。今は生贄の準備中、村人はおろか魏の者も立ち入ることを禁じています」

「頭が硬いな! こっちは魏の遣いだぞ? その気になれば皇帝に言ってお前たちを……」

「あなたが魏の遣いではないことは既に確認済みです」

「何だって?」

「神の言葉です。卑弥呼様がそうおっしゃっていられました」

ドクターは驚いた。卑弥呼の力はまやかしなどではない本当の力。魏から来てないということを彼女は能力で知ったのだろう。

「なっ、お前魏からの遣いじゃなかったのかよ!?」

「色々調査するために必要だったんだ。だから身分を偽ったんだけど……」

「彼女は卑弥呼様の命で生贄に選ばれました。残念ですが、神の言葉とあらば仕方ありません」

「華を生贄に!? 一体どういうことなんだ!?」

まさか華が生贄に選ばれたとは。そもそも自分たちは部外者のはず。いくらなんでも突然すぎる。

「理由など分かりません。私たちは神の言葉を信じてそれを行うだけです」

「彼女を生贄になんてさせやしない! いいからとっとと扉を開けるんだ! さもないと……」

「中へ入りたいというのなら案内はできますよ。牢屋ですけどね」

彼がそう言うと、奥から矛を持った兵士たちが現れ、二人は数十人の兵士に囲まれてしまう。

「これはおとなしく捕まったほうが身のためだぞドクター」

「ああ。牢屋に入ってからが本番か」

ドクターとスサノオは手を上げて降参の意思を示した。

 

二人は宮殿の地下にある木製の牢屋へと別々に閉じ込められてしまった。最近できたばかりなのに汚いということはなく、思っていたより快適な場所だった。物凄く狭いことを除けば。

スサノオは牢屋を破壊しようと殴るがそんなことでは破壊できない。ドクターもソニックドライバーをここに入れられる際に没収されてしまったので使えない。

「まったく、このままじゃ、あのお嬢ちゃんが殺されちまうぞ?」

「ただの処刑じゃない。生贄に華が選ばれたんだ」

「あの子が生贄に選ばれるなんておかしな話だ。生贄に選ばれるのは女か子供。けどそれは邪馬台国の者限定だ。外から来た女を生贄にしたことなんてない」

「華は特別なんだ。僕と一緒にターディスに乗って来た未来の人間。恐らく穴の中の神はそれを知った。だから彼女を狙ってる」

「つまり、あの子は特別だから神が求めてるってことか?」

「彼女はいつだって特別さ。しかしなぜ彼女を選んだんだ? 未来の存在なら僕でもいいはずだ。あの大穴の目的は何だ?」

「ひとまずここから抜け出すことが一番大事だろう? 何か策はあるか?」

「ソニックドライバーも奪われたし……あったとして木には効かないから意味は無いな。となると鍵を開ける以外に脱出法は無い。地面を掘るのも案だが時間がかかる」

ドクターは牢屋の周りを見渡す。鍵らしきもの、鍵らしきもの……もしくは鍵が入っているであろうもの……

「それだ! スサノオ取ってくれ!」

「取るって、これをか?」

それはスサノオの牢屋に転がっていた土偶だ。土偶にしては随分と不思議な形をしているが。

「ああそうだ! 壊してくれ! たぶんその中に入ってる」

「壊す!? いくら俺でも神の怒りは買いたくない!」

「なら僕に渡してくれ!」

スサノオはその土偶をドクターに渡す。土偶がなぜこんなところに……

「それは卑弥呼に言葉を与えている神の姿を模ったものさ。災害を除け、農作物の豊饒を願うために村の家には必ず一つはある。牢屋にいくつもあるのは常に神に見られてると思わせるため、らしい。みんな神の事を崇めてるし、その恐怖も知ってる。脱出しようなんて考えないのさ。今は緊急事態だから俺は逃げたいが」

「だからこそこれの中に鍵を……」

ドクターはその土偶の形を見て驚いた。胡椒瓶をひっくり返し、一つの飛び出た目に、すっぽんの腕と銃口。丸いパーツの連なる下半身。土偶というものは人間の姿を模っているものだが、これは明らかに人間をモチーフにした土偶ではない。

「なぜこれを作った?」

「卑弥呼からの命だよ。神への信仰心を高めるためだ。卑弥呼の頭の中に語り掛けてくる神の姿を作れと言われて、職人たちが作ったもの」

「なるほど、生贄を求めている神の正体がこれを見て分かったよ。君たちが信じている物は偉大な神なんかじゃない!」

「じゃあこれは何なんだ?」

ドクターは肩を震わせ、その顔に怒りを込めながら言い放った。

 

「ダーレク!」

 

 




ついに登場します。ドクターフーにおける代表的なエイリアン、ダーレクです。
一体今回のダーレクは何が目的なのか……

次回のチラ見せ

「お前たちは生贄と言って僕の大事な友達を殺した!」


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第六話 FEAR OF HOLES〈卑弥呼とスサノオ〉 PART4

ついにダーレクが登場します。なるべく原作寄りの口調だとは思うんですが……どうでしょう


 

ダーレク。それはドクターにとってこの世で最も恐ろしい怪物の一つ。ドクターは土偶を見て平気そうにしているが、内心ひどく怯えていた。スサノオは恐怖に震える彼の瞳を見てそれを確信した。

「ダーレク? それは一体何なんだ?」

「もし本当ならこれは想像以上の事態だ! ほら鍵! ちゃんとあったな!」

ダーレクの姿をした土偶を破壊し、そこから鍵を取り出しドクターは戸を開いた。そしてスサノオも助けるためもう一つの土偶を割って鍵を取り出す。

「案外すぐに出られたな」

「まさか神様を破壊しようなんてヤツが居るとは思わなかったんだろうな」

「それでどうする?」

「今すぐあの大穴へ! 華を助けに行く!」

 

 

暗闇を放つ大穴。卑弥呼の一団は既にそこへ辿り着いていた。

「ここから出してよ! ねぇ! ……ってうわ!」

彼らに想いが通じたのか、華は箱の中から玉藻と兵士に引きずり出された。帰れるかと一瞬期待したが目の前には例の大穴。悪い予感しかしない。

「君は神に選ばれた」

「そりゃあ素晴らしいことね。死ぬってことを除けば」

既に大穴の周りには何人かの装飾をした女性が座り込んで準備をしている。その近くには木製の建物。中に居るのは卑弥呼だろうか。

「これから私はどうなるの?」

「神と共に生きる。この穴の中で永遠に神と過ごす」

「この中で? 悪いけど私にとっての神様じゃないから嬉しくもなんともないんだけど。大体私無宗教だし」

「口を慎め未来の女! 貴様は我々ですら得られないような幸せを手に入れられるのだぞ!?」

玉藻が華に大声で怒鳴る。彼らにとって神と会えるというのは幸福以外の何物でもないらしい。華はそんな認識に身震いした。

「そんなの私は求めてない!」

「だが神は求めている」

穴の周りに燭台のようなものが取り付けられ、そこに火がつけられていく。既に時間は日が落ち始め暗くなり始めたころ。燭台の明かりがなければ暗闇と穴の違いも分からなくなるのだろう。

穴の周りに座る女たちは何やらお経のようなものを唱え始める。そして華は兵士たちに連れられ穴の近くへと連れていかれる。

「ドクターはどこ!? たとえ卑弥呼でもこんなこときっと許さないよ!」

しかし兵士たちも女性たちも卑弥呼もそれには何の反応も示さない。彼らは今、生贄の儀式を遂行することだけを考えている。

「誰か助けて! ドクター! ドクター!」

必死に彼の名前を呼ぶ。いつも危ない時は彼が助けてくれた。遠い星から人類のためにやってきた彼が。しかし今は彼の姿は一切見えない。まさかこのまま……

「ドクター! ドクター!」

次第に穴に近づいていく。このままでは落とされてしまう。誰か……

「華ーッ!」

遠くから聞き覚えのある声が響く。ドクターだ。

「ドクター! 私はここ! 助けて!」

「今行く! こんな儀式はすぐに中断するんだ!」

深くなる闇の中、ドクターは華を救うため必死に走る。兵士たちに遮られるのを避け、彼女の手を掴まんと急ぐ。

「ドク……」

遅かった。兵士たちによって穴に突き落とされ、華は言葉も発することなく大穴の暗闇へと沈んでいく。

「華ァーーーッ!!」

ドクターが穴へ辿り着き、そこに向かって手を伸ばす。

しかし遅かった。彼女の手はもう掴むどころか、そこには何もない、底無き闇が広がっていた。

怒りと共に地面を強く殴りつけ、建物の中に居る卑弥呼の元へと走っていく。

「おい、貴様卑弥呼様に何をするつもりだ!?」

「いい加減その顔を見せたらどうだ? ずっと裏に隠れながら人を操るなんて卑怯だ!」

建物の中へと入り、すだれを除け卑弥呼の姿を見ようとする。卑弥呼は見られることを拒み手で顔を覆い隠すがドクターには通用しない。無理矢理その手を掴んで離し、顔を覗くが……

「驚いた……てっきりタコの顔をしているかと思ったが普通の……人間だ」

そこにエイリアンの姿があると思っていたが違った。間違いなく卑弥呼の顔は人間そのもの。噂通り、美しい姿だ。

そんな彼女の顔にどこか見惚れてしまっている隙に、入って来た兵士によってすぐに外に出されてしまう。そのまま体を押さえつけられ、地面に頭を押し付けられる。

「卑弥呼様への無礼、ただで済むとは思うな!」

兵士が矛をドクターに突きつけるが、彼は臆さない。押さえる兵士を力でねじ伏せ、その矛を奪って今度はその兵士に突きつける。

「お前たちは生贄と言って僕の大事な友達を殺した! お前たちは愚かだ。まさかダーレクに操られているだなんて考えもせずこんなことを続けている!」

ドクターはポケットから取り出したソニックを建物の中の卑弥呼の頭に向ける。そこから得た情報は一つ。

「やっぱりだ。頭の中にテレパシーで言葉が送られてる!」

「先ほどから何を訳の分からないことを。ダーレクなんて私は知りません」

卑弥呼は一切ペースを崩さずドクターに語り掛ける。

「知らなくて当然さ。それをずっと隠してお前たちを操っていたんだからな。アニミズムのこの時代を利用して神を名乗った」

ドクターはソニックを手にそのテレパシーの発信源を探る。卑弥呼の頭の中に言葉を送り続けていたもの。それがあるのはそう……華が落ちた大穴だ。そこを示している。

「そうか、ここから奴らは命令を出していたのか……そして何かの計画のために生贄として定期的に人を求め続けた」

「これ以上勝手なことをするなドクター! 今すぐここで殺しても良いのだぞ!」

玉藻がそう言うと、兵士たちが一斉に武器をドクターに向ける。ドクターは穴に背を向け、兵士たちに話す。

「あぁそうだな。儀式の邪魔をしようとした部外者を殺そうとするのは当然かも。だけどわざわざ君たちが殺してくれなくて大丈夫」

「どういう意味だ?」

「僕もこの穴の中に飛び込むからさ」

そう言うとドクターは躊躇することなく暗い穴の中へと飛び込んだ。それを見て兵士たちは唖然とした。

「いけません! 神の求めていない人間が穴へ入るなど!」

卑弥呼が既に止めても遅かった。穴の中を覗いてももうそこにドクターの姿は無い。

呆気にとられる兵士達の前に、今度は別の誰かが走ってやって来た。

 

 

「おいドクター! あんまり早く走らないでくれ、酒のせいで息がすぐ切れて……」

「スサノオ!?」

そこに現れたのはスサノオだった。

「おい、ドクターはどこに居るんだ? それにあの子は……」

「二人ともこの穴へと落ちていきました。お久しぶりですね、スサノオ」

「姉貴……」

卑弥呼はもう姿を隠すことはなく、建物から出てスサノオの前へと現れる。兵士たちは初めて生で見る卑弥呼の姿に呆然としていた。

「卑弥呼様……、実に美しい」

卑弥呼の姿はとても美しかった。それを見た彼らはうっとりと見惚れている。

「待て、姉とはどういうことだ?」

兵士の一人はスサノオの言葉を聞いた。彼女の弟は玉藻のはずだが……

「どういうことですか卑弥呼様!」

兵士は美しい卑弥呼に向かって叫ぶ。彼女は手でそれを制止させる。

「彼は苦しい経験をした身。そんな彼が私の補佐をすることは難しいことです」

「けっ、それに奴は呑んだくれだしな。役に立たないってことだろう」

兵士はそれを聞いてスサノオに対し軽蔑の目を向ける。玉藻はこの事実が兵士に明かされてしまったことに少し頭を抱えていた。しかしスサノオは気にすることなく、そのまま卑弥呼と話を続ける。

「あの子が生贄として穴に落ちたのは分かる。だが何故ドクターまで?」

「彼自身が飛び込んだのです。しかしこれは恐ろしい事です。神は彼までは求めていませんから」

「あえて飛び込んだってわけか。一体何を考えてるんだ?」

「彼と関わった。何か知っているのでしょう、スサノオ」

「俺か? 深くは知らんがただドクターと一緒にこの儀式を止めに来ただけだ。遅かったみたいだけどな」

「何も知らないのならもう帰ってください。全て終わったことです。兵士たちもあなたをもう狙いません」

「そりゃできない話だ。なぁ姉貴、もうこんなこと終わらせないか? これ以上生贄を捧げたって、国の女が減っていくだけだし、人が悲しむだけだ」

卑弥呼は手を合わせてゆっくりと大きなため息をつく。彼は何も分かっていない。

「ええその通りです。次第にこの国から女性が減っていく。しかしそれと引き換えにこの国が守られるのです」

「人の犠牲で成り立つ国なんて俺は認めねぇ!」

「もちろんあなたは……認めないでしょうね。妻と子は事実犠牲になったのですから」

「それは……」

スサノオは何かを思い出して気分を落とし、地面を見つめる。

「ヤマタノオロチ退治の時、私はあなたの妻と子を守れませんでした。力不足故です。しかしそれは他ならぬオロチを止め国を守ることに……従事していたため。結果として多くの人の命は守られました」

「今更昔の話をしてどうする? 姉貴だって俺と同じでその時のことをずっと悔やんでるんだろ?」

卑弥呼はうつむいた。しかし、儀式をやめるということはできない。他ならぬ彼の家族を犠牲にしてまでも守ったこの国を、危険に晒すわけにはいかない。

「ええ悔やんでいます。だからこそ私はより人々のために……」

「俺の心は理解できても俺の気持ちは分からないみたいだな」

「ええ、そのようです……」

卑弥呼はスサノオから目を逸らし、ゆっくりと先ほどの建物へと戻っていく。

「最後に言っておきたいことがある」

卑弥呼は振り向くことなく、スサノオの言葉を聞く。

「俺たちが神だと信じている存在は神なんかじゃない。あれはただの化け物、らしい」

「貴様、神に向かってなんてことを!」

兵士が矛をスサノオに向ける。しかし彼はそのまま言葉を続ける。

「ドクターはそれを知ってる。アイツならこの国を、この間違った風習を変えられる! 俺はそう信じてる! もう犠牲なんて無くていいんだ!」

「あなたが信じたところで何も変わりませんよ。彼はは既に落ちたのですから」

「ヤツが何の考えも無しに落ちるわけがねぇ! ……そうか、そういうことなら俺も!」

スサノオは兵士たちを掻き分け、穴へと向かっていく。

「何をしている! 止まれ!」

「ドクターを迎えに行く! 俺は止まんねぇぞ!」

そう叫びながらスサノオもまた穴の中へと身を投げる。

 

 

 

兵士たちの手によって、自分は穴に落とされ死んだ。

最後の記憶はそれだ。よりによって弥生時代で死んでしまうなんて。

しかし……、天国というのはこれほど機械的なのだろうか?

「死んでない、ってことだよね」

目覚めた華は辺りを見渡す。そこにあるのは明らかに弥生時代のものではない壁。ターディスのようにところどころ丸い模様が見られる。

「ここは一体……」

床は冷たく冷えきっている。薄暗いこの場所の中、突然何かが喋るように光る。

「女、そこから動くな」

突然キンキンとした奇妙な声が聞こえてきた。それと同時に、金色の胡椒瓶をひっくり返したようなロボットが目の前に現れ、この暗い場所が強く照らされる。

「ロボット…!?」

「ロボットではない。我々はダーレク! 貴様は我々の捕虜だ」

ダーレクと名乗った存在がそう言うと、後ろから同じような機械が何体も現れた。

「ダーレク? それ何?」

「下等な人間は理解しなくていい。貴様はターディスに乗ってこの時代へ来た。その肉体にはヴォルテックスエネルギーが付着している」

「ヴォルテックス? それ何?」

「下等な人間は理解しなくていい!」

そう言うとダーレクは華の方へいっそう近づいてくる。あまりに近いので華は後ろに少しのけぞった。

「だから私を……生贄に選んだの?」

「その通りだ」

「こんなことしてドクターが許すと思ってるの!?」

「ドクター、だと?」

その言葉を聞いた途端、ダーレク達は華から離れた。まるでその言葉を発することを恐れているかのように。

「やはりお前はドクターの仲間か?」

「ま、まぁそんなところだけど……」

「ドクターは我々の敵! お前を人質としておびき出し、ヤツを抹殺する!」

「調査班、すぐにあの村の周辺を調べろ!」

華の目の前のダーレクが他のダーレクに命令すると、すぐにその結果が送られてきた。

「村の周辺にターディスを発見した! やはりドクターはここに来ている!」

「ターディスにメッセージを送信せよ! ドクターをおびき出せ! そして抹殺せよ!」

抹殺せよ! 抹殺せよ! ダーレクと名乗る金色の怪物は、まるで機械のようにその言葉を繰り返す。しかしそんな中に突然金属を叩くような音が聞こえた。その音の先に居たのは紛れもない彼だ。

「やぁ、僕のこと呼んだ?」

「ドクター!」

壁の向こう側からドクターが顔を出した。それを見て華は安堵した。

「ドクターを発見した! 抹殺せよ! 抹殺せよ!」

「いやぁ残念ながらそれは無理だな。ついさっき君たちの武器をロックした」

ダーレクはその腕に装備した銃口をドクターに向けるが、そこからは何も発射されない。

「何の策も無しに僕が君たちの元へ乗り込むと? 既に操作室に行った後さ」

「ドクター! 私穴に落ちて死んだかと……」

「無事で良かったよ華。あの穴はこのダーレクの船に繋がってたんだ。宇宙に存在するダーレクの船にね」

「こいつらは一体何なの? ダーレクって」

「宇宙で一番凶悪なエイリアンさ。ロボットのような見た目だが中身はタコみたいな宇宙人。自分達以外の種族を根絶やしにしようとしてるんだ。しかしまだ気になることがある。それは生贄を“何に使った”かだ」

ドクターはダーレクを睨みつける。ダーレクは口でこそ強がっているが、間違いなくドクターを恐れている。

「しかもただの生贄じゃない。女性ばかりをお前たちは求めていた。その理由は何だ? 兵士として改造するなら男を狙った方がいいはずだ」

「どんな生物も女から産まれてくる。我々はそれを利用した」

キンキン声がそう告げると、突然目の前の大きな壁が開いた。その向こう側にはカプセルに入れられ、生気を失った目をした、腹を膨らませた女性たちが居た。

「人間とダーレクのハイブリッド……まさかそんなことができるなんて」

「ねぇドクター、アレってもしかして……」

「どの女性も妊娠してる。植え付けられてるんだ、ダーレクの子供を……。なんて惨たらしい」

「悪趣味すぎるよこんなの……」

「スカロ団の技術を応用した。既に数十万のダーレクが女たちの中に植え付けられている! 彼女たちは我々を生み出す母体だ!」

「ドクター、あの人たちを助けることは?」

「もう手遅れさ。彼女たちは死んでる」

確かにあの女性たちにはもはや生きてるという雰囲気は感じられなかった。今の彼女たちは単なる母体だけ、肉体だけを利用されている。

「私もああなってたってこと?」

「君からヴォルテックスエネルギーを奪い取った後はそうするつもりだったんだろう」

「最悪……あなたが来て助かった。ところでヴォルテックスエネルギーって?」

それを聞くとドクターは懐から3Dメガネを取り出して華にかけさせる。それを通してドクターを見てみると、彼の周りに金色の粒子らしきものが付着しているのが分かる。

「見えるだろ? 時空を旅すると体に付着する粒子さ。それがダーレク達にとってはエネルギーになる」

「それはとても貴重な物質だ。我々はそのエネルギーで宇宙の彼方ののダーレク艦隊を呼び寄せる!」

「呼び寄せる? お前らはあくまで少人数の作戦部隊か。だが何故エネルギーが必要なんだ? ここまで来た時にエネルギー切れを起こしたとでも?」

「我々は信号を発する裂け目を見つけ、その先の世界を支配せよという指令を受けた部隊だ」

「信号を発する裂け目……だと?」

まさかそれは現代で鏡の中に開いた、大知性体を呼び寄せたあの裂け目と同一のものなのだろうか?

「それはどんな信号だ?」

「我々を呼ぶ信号だ。それを辿ってこの星へ、この時代へやって来たがすぐに裂け目は閉じられた。帰るためにはヴォルテックスエネルギーが必要になる」

「だからお前らはここに現れた、というわけか……」

「この時代はまだ発展途上だ。簡単に支配できる」

「人類の歴史の中でも初期も初期だからな。お前たちは卑弥呼を操って自分たちの事を神だと崇めさせ、利用し女性を集めていた。そうだな?」

「その通りだ。これで我々は無限に軍隊を作ることができる! この国を支配し、我々のプラントとする!」

「お前たちは何年も前から邪馬台国……、いや何百年も昔から日本を支配してたのか。卑弥呼はあくまで今の時代の代表か」

ダーレクは何百年も前……、つまり縄文時代かそれより以前から日本を支配していたのだ。そして自らを神として崇めるように作り上げ、人々を支配。そしてそのままこの日本を完全に支配し自分たちの隷属にさせようと企んでいたのだ。

「貴様には何もできないぞドクター。武器システムのロックは現在解除中だ。終わり次第全ダーレク部隊で貴様を抹殺する!」

「それはかなりマズい状況だな」

「どうするのドクター? 何か考えがあるんでしょ?」

「思っていたより武器のロック解除が早いな……、ちょっと考えが足りてなかった」

「まさか……策無し!?」

「そうなるけど、ダーレクが裏に居ることと計画の内容は知ることができた。あとは止めるだけだ。そのために……逃げるぞ!」

「武器のロックを解除! 抹殺せよ! 抹殺せよ!」

走り出した二人に向かい、ダーレク達は銃口を向けビームを発射する。

 

 

「いってぇ、ここはどこなんだ……」

ドクターを追って穴に落ちたスサノオは奇妙な場所で目を覚ました。明かりの小さな照明の微かに照らすこの部屋は、どこもかしこも綺麗に整えられた石でできたような壁だ。

「少なくともうちの国にこんなのは無かった。まさか“えいりあん”とやらの住処なのか? ここが……」

スサノオがおぼつかない足で先に進もうとすると何かにつまづいて転んでしまった。その際に何かカチッという音が聞こえたのが分かる。目の前を見ると、そこには何やら絵のようなものが現れた。

「今度はなんなんだよ……おい、これって……」

目の前に表示された絵、そこに映っていたものは彼にとって見覚えのある“怪物”だった。

 




次回のチラ見せ

「我々の事を知った邪馬台国の人間は全員抹殺せよ!」


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第六話 FEAR OF HOLES〈卑弥呼とスサノオ〉 PART5

気付いたら今回で30話です。前まで中断してたところが15話までだったのでもうそのぐらいまで来ましたね。完結まで駆け抜けていきます


 

「華! 先に行くんだ!」

「先に行くったってドクターはどうするの!?」

「こんな時のためにこれを用意してある! ほら、手投げ弾!」

ダーレクから逃げるドクターと華。ドクターは途中で立ち止まり、懐から小さな爆弾のようなものを取り出してダーレクに向かって投げつける。

それはダーレクの目の前で炸裂し、アイカメラを破壊した。

「視界を破壊された! 至急予備のパーツを用意する!」

二人を追っていた一体はカメラを破壊され後退していく。

「武器は持ってないんじゃなかった?」

「ダーレクとは遭遇する機会が多くてね、さすがに学習したよ。最低でもあの程度の武器は持ってないとダメだって」

今が逃げるチャンスだ。二人はそのまま通路の先に向かって走っていく。

「ヤツらはあくまで100体程度の少人数部隊。裂け目が閉じるっていう予想外の事態で船もこれ一隻しかない」

「じゃあなんとかなるってこと?」

「いいや、ダーレクはそこまで甘くない。100体でも十分この時代の人類を一掃できる程度の力はある」

「じゃあ人類滅亡の危機ってことじゃん!」

「その通りだ。だけど今回は僕がいる! ターディスに戻ってこの船を別の場所にテレポートさせるとか……」

二人が急ぎながら走る中、曲がり角で何かと衝突してしまう。まさかダーレク……

ではなく、そこに居たのはスサノオだった。

「二人とも! 無事だったかこりゃあ良かった!」

「何で君がこんなところにいるんだ?」

「アンタが穴の中に落ちたっていうから追いかけたのさ。その後に気を失って、目が覚めたらここだ」

「ここはダーレク船の中だ。穴の中に自分から飛び込むなんて随分と勇気があるんだな」

「あんたが言えたことか? ところで見てほしいものがあるんだよ! きっと驚くはずだ! 俺も驚いた」

「見てほしいものって?」

「“ヤマタノオロチ”さ」

スサノオはそう言うと、ドクターの手を引っ張って連れていく。華は後ろからダーレクが来ないかどうかを警戒しながら二人を追う。

辿り着いた場所は何らかの装置がたくさんある、もう一つのコントロールルームと思われる場所だった。

「あの穴はダーレク船の中へランダムで転送するようになってたのか。だから君はここで目覚めた」

「説明はいい。とにかくこれを見てくれ!」

スサノオが指をさしたのは大きな画面だった。そこに映っていたのは白い体に八つの頭を持つ怪物の姿だった。

「これってまさか……ヤマタノオロチ?」

「ああ、俺が退治したヤツさ。ここで目にしたから驚いたよ、まさかオロチはバケモノの操る怪物だったのか!?」

「そういえば最初にそんなこと言ってたな。君がヤマタノオロチを退治したって。てっきり言葉のあやかと」

「事実に決まってるだろ? 八塩折之酒を飲まして退治したんだ」

ドクターはコンピューターを操作して情報を表示させる。このオロチの正体は一体何なのか。

「殲滅型戦略兵器“エイトヘッド”。怪物ではなく兵器だよ。だけどダーレクが作ったものじゃない」

ドクターは操作盤にソニックドライバーを向け、更なる情報を引き出そうとする。

「せんめつが……何だって?」

スサノオが聞き返す。随分と長い名前なので一度じゃ聞き取ることが出来なかった。ドクターは「正式名称はそこまで重要じゃない」としてもう一度言ってくれることはなかったが。

「なるほど、ダーレクが拾ったのか。それをこの船に乗せていたが自然に再起動して船から脱出、そして君たちの元へ現れて襲った」

「まさかヤマタノオロチの正体がロボットだっただなんてね。ヤマタノオロチ号作った人が聞いたら驚くだろうなぁ」

「ロボットだか、きかいだかなんだか知らないが、こいつは俺が退治したんだ。すごいだろ?」

「自慢のためだけにここに呼んだのか?」

「え? いや、別にそういうわけじゃなくて……」

ヤマタノオロチの正体が兵器。しかもかなりの破壊力を持っている兵器だ。これがもし使えるなら……、ドクターはこれを見てある作戦を思いついた。

「スサノオ、ヤマタノオロチは今どこにいる? まさかバラバラにはしてないよな?」

「酒を飲ませて何回か矛を刺した後、動きが止まったから卑弥呼の命で洞窟の中に閉じ込めたんだよ。天岩戸っていう……」

「つまりまだオロチは居るって訳だ! どうだ華、ダーレクを倒す良い案が思いついた!」

「まさかオロチを使ってダーレクを倒すってこと?」

「その通りさ! こいつには強力な兵器が搭載されてる。エネルギーを一点に集中させてダーレク船に発射する。そうすればダーレクもろとも船は木っ端微塵。すべて解決って寸法だ! スサノオ、そこまで案内してくれないか?」

「あぁもちろんだ。けどそれより先に村まで戻らないと」

今はダーレクの船の中。邪馬台国ではない。

「そうだったな。ちょうどここに転送(トランスマット)装置がある。華、スサノオ、そこに立ってくれ」

言われるがままに丸い台座の上に立つ。上にはビームを発射するような機構が設置してある。

「ねぇ、これって安全?」

「一度原子に分解してから再構成する。別に死ぬわけじゃないよ」

「分解!?」

それって一度死ぬようなものなんじゃ……と不安に思ったが、ドクターも何度か経験しているらしい。ドクターも台座の上にやってくる。

「ちょっと吐気を伴うかもしれないが我慢してくれ」

そう言うとドクターは機械に向かってソニックを向ける。すると上からビームが発射され、三人は原子へと分解される。

 

 

「緊急事態! ドクターを逃がした!」

「人間たちに我々のことを明かされれば計画は全て水の泡だ!」

数分後、ダーレク達はコントロールルームにたどり着いていた。そこにはトランスマットの操作履歴が残っていた。

「他の場所でも計画は続行できる! 我々の事を知った邪馬台国の人間は全員抹殺せよ!」

ダーレク達もさきほどのドクター達と同じくトランスマットを起動した。

 

 

卑弥呼達は穴に落ちていったスサノオ達に呆然としていた。しかし儀式はもう終わったのであとは神の怒りを買わぬようただ祈るだけ。

そうすると、突然まばゆい光と共に誰かが現れた。それはドクター達三人だった。

「スサノオ……、なぜここに!?」

「バカな、その少女は生贄として穴の中に落ちたはずだ!」

今度は落ちたはずの人間が突然目の前に現れて驚く卑弥呼達。次から次へとおかしなことばかりだ。

「落ちたけど戻って来たのさ。面白いマジックだろ?」

「やはりこのドクターという者達は我らの国を脅かす怪物に違いない! 未来から我々を陥れようとしにきたのだ!」

玉藻がそう言うと、兵士たちがドクターに刃を向ける。

「僕たちの事を危険視するのは勝手だけど今はここに危機が迫ってる。君たちが神と崇めている存在が君たちの事を殺しに来る」

「そうだとすればそれはお前が神の怒りを買ったからだ、ドクター!」

「まぁ間違いではないけど、どちらにせよ国が滅ぶ危機だ。そうだろ卑弥呼? 神から何か言葉が来ているはずだ」

「ええ、来ています……」

卑弥呼は意識を集中させ、神の言葉を聞き取る。そこからは激しい憎悪と殺意を感じた。

「抹殺せよ、抹殺せよ……。神がそう言っています」

「卑弥呼、君が兵士たちに命令するんだ。この周辺の村全てに対しなるべく遠くへ逃げろと。でなければヤツらがやってきて君たちは全員抹殺される」

「しかし我々は神を怒らせたのです。これは天罰です」

「目を覚ましてくれ姉貴! ずっと分かってたはずだ。頭の中に響く声が邪悪な存在だってことを! ただあんたは恐れていたから従っていただけ、そうだろ!?」

「……私はこの国を守らねばなりません」

「今はドクターがいる。もうそんな重荷を背負う必要はない!」

スサノオが必死に卑弥呼に対し問いかける。こんなことを信じず、家族の事を信じていたあの頃の姉。それにスサノオは戻ってほしかった。

「しかし私は守らねばならないのです! もうあなたの家族を助けられなかったようにはしたくない! 人々の幸せのために……」

「……すまねぇな。俺の事考えてくれてんのに」

その事実がスサノオは嬉しかった。犠牲にしたのは自分自身。だけどそれが姉の使命感を煽っていたのだ。もしこれが自分の責任だというのなら、自分が変えなければ。

「けど結果として生贄が何人も死んでる。何も変わっちゃいない! この国は守られてなんかいないんだよ!」

「国を守るための……尊い犠牲です。そのために多くの人々が救われるのなら……」

その瞬間、まばゆい光がここにいる者達の目をつんざいた。その光の先に浮かんでいたのは、一体のダーレク。

「あれは……まさか神!? ついに我々の目の前に降臨なさった……」

一人の兵士が(ダーレク)の元へと近づいていく。

「やめろ近づくな! そいつは神なんかじゃない!」

「おお、神よ……」

忠告するドクターの声は聞こえないのか、兵士は矛を捨て、膝を立てて神の前にひざまずく。しかし……

 

「抹殺せよ!」

銃口から放たれたビームが彼の体を貫き、叫び声を上げながら兵士の男はゆっくりと後ろに倒れ、死んだ。

その瞬間、その場に居た人々はパニックへと陥る。神に恐れおののき逃げる者、これは運命としてただその場にひれ伏す者。

「死にたくなければみんな逃げろ! 神はダーレクだ! このままだと全員殺される!」

ドクターが大声で人々に告げる。中には事の重大さを理解する者も居た。

「卑弥呼、今からでも遅くない! すぐに命令するんだ!」

「しかし! ずっとこの国を導いてきた神を裏切るなど……」

「あれは君たちを導いてきたんじゃない! 操って来たんだ! 自分たちのためだけに利用していただけさ!」

卑弥呼は分かっていた。ずっと前から。ただそれに襲われることをずっと恐れていた。平伏し生贄を捧げ続けていればこの国は安泰だと思っていた。だがそれももう終わり。長年の努力が水の泡となったこの瞬間を認めることはできなかった。

「この時代だ、穴の神を信仰するのはおかしいことじゃない。だけど……」

「しかし私は……」

卑弥呼は、スサノオに目を向ける。

「頼む、姉貴……」

彼のその一言が、彼女の心を氷解させた。

「……分かりました」

卑弥呼は手を伸ばし、混乱する兵士たちの注目を集める。

「……皆の者! 逃げるのです! たとえ相手が神でも今はこの国を脅かす存在! この国にとって最も大事なのは存続すること、生きることです!」

ダーレクの攻撃が飛び交う中、卑弥呼の言葉が響き渡る。

「姉貴……」

「さぁ逃げなさい!」

人々はその言葉に安堵し、一目散に逃げていく。

「これが本当に正しい判断かどうかは私にもわかりません。しかし、今は生きなければならない。そう思います」

「それで十分さ。君も逃げるんだ。君はまだ死んじゃいけない」

ドクターのその言葉を聞き、卑弥呼もダーレクの元から逃げていく。

「卑弥呼様! 私もお供いたします!」

そんな卑弥呼を玉藻も追いかけていく。しかしドクターの前で立ち止まり、一言だけ告げた。

「ドクター、私はまだあなたを許したわけじゃない」

「いつも僕は許されないことをしてる。慣れっこさ」

玉藻と卑弥呼は人々と共に遠くへと逃げていく。ドクター達は心配するが、今は先に進まなければ。

「スサノオ! オロチの元へ案内してくれ!」

「ああ! 天岩戸はあの山のふもとにある!」

スサノオが指をさしたのはここからそう遠くはない山。

「思ってたより近いな。ダーレクの攻撃が心配だが向かうぞ!」

「ドクター、もちろん走るよね?」

華はドクターに一言聞く。

「ああもちろんだ。遅れるなよ!」

 

 

既にダーレク達は何体もやって来ていた。

既に人々はダーレクの脅威を知っている。口封じのためその人々を次々と抹殺していく。

国中に飛び交う、この時代には似つかわしくないビームが人々の体を貫いていく。

「これは……まさに阿鼻叫喚。我らの国ももう終わりなのか」

「いいえ、終わることはありません。我々にはドクターが居ます」

宮殿まで逃げて来た卑弥呼と玉藻。何人もの兵士たちがその宮殿の門を守っている。

「しかしこの災厄をもたらしたのもドクターです」

「確かにそうとも言えるでしょう。しかしこれは決別の時なのです。神との」

玉藻は苦い顔を卑弥呼に向ける。

「私はずっとあなた様のために仕えてきました。民に私はあなたの弟と嘘をつきながら……それでもあなたと、この国のために」

「これが終わればあなたのその役目も終わります。ずっと辛かったでしょう。嘘ということは……」

玉藻は背中に携えた弓を手にする。

「いいえ、まだ終わるわけにはいきません! 私の役目はたとえどんなことがあってもあなたをお守りするということ!」

その瞬間、宮殿の扉が破られた音が響き渡る。ダーレクが現れたのだ。

「何を考えているのです!」

「たとえ神の言葉が無くとも、あなたがこの国をまとめたのは事実! 私は神のためではない、あなただからこそ仕えた! 最後のその時まで私は仕えます!」

玉藻は弓と矢を手に、侵入したダーレクへと向かっていく。その顔に涙と怒りを浮かばせながら。

 

ダーレクからの攻撃をかいくぐり、ドクター達は山のふもとへとたどり着いていた。

「時間が無い。早くやらないとダーレク達がこの国の人々を全滅させる」

「そうなるとどうなるの?」

「邪馬台国の人が全滅するなんて歴史には無い。歴史が変われば現代にも影響が出る。君が生まれなくなる可能性だって」

ドクターは不安な目で華の方を見つめる。

「それは……かなりヤバい事態ね」

「この穴だ。ここにオロチを閉じ込めた!」

スサノオは洞窟の入り口を塞ぐ大岩をどけようとする。華とドクターの二人も加わり、三人がかりで岩をどかした。

「ここは昔卑弥呼がよく遊びに来てた洞窟なんだ。そこそこ広いからオロチが眠っている間にここまで移動させた」

「天岩戸は天照(アマテラス)が引きこもった洞窟だって、昔なんかのゲームで知ったよ」

「卑弥呼は天照だという説もある。どうやらその説は正しかったみたいだな」

ドクターは懐中電灯を取り出し、暗い洞窟の中を照らす。そこには大きな白い怪物……すなわちヤマタノオロチがそこには居た。しかし襲ってくるような気配はない。完全に停止している。

「これがヤマタノオロチ……、いやエイトヘッドか。思っていたより随分と大きい」

それはドクターと華の10倍はあると思われるほどの巨体。兵器というのにも納得だ。

ドクターはオロチの傍に近寄り、ソニックを当てて再起動を試みる。

「ドクター、それっていきなり起動して大丈夫なの? 危険じゃない?」

「危険だが僕が操作する。ソニックをリモコン代わりにして……、おい待て、嘘だろここまで来たのに!」

ドクターは突然顔色を変えてこちらを見つめた。

「どうしたんだ?」

「エネルギー切れを起こしてる。電池切れと言った方が分かりやすいかな? 起動するためのエネルギーが足りないから動かない。このままじゃダーレクを倒すことはできない!」

ドクターはオロチの上に座り込み、頭を抱える。

「エネルギー切れ……それじゃあ何かエネルギーを与えれば?」

「無理だ。太陽光発電には対応してない。宇宙の技術だからもっと別のエネルギーが……」

宇宙の技術、宇宙のエネルギー……それを聞いて華はあることを思い出した。さきほどドクターから貰ったあの眼鏡をドクターにかける。

「いきなり何だ」

「それで見えない? 使えそうな“エネルギー”」

それを通して華を見ると、そこには金色の粒子が浮かんでいる。そうそれは……

「そうか、ヴォルテックスエネルギーか! 僕たちの体にはそれが付着してる! ダーレクが使えるならコイツにだって……」

ドクターはソニックを自分と華の体に当ててドライバーにヴォルテックスエネルギーを吸収させ、オロチの体に向けて放つ。

するとオロチの赤い瞳が光りだし、機械がこすれる音と共にオロチがその体を起き上がらせる。

「すげぇ、ヤマタノオロチが生き返りやがった……!」

「心配するな。僕が操作してるから誰も襲わない」

ドクターはオロチの上にまたがり、ポンポンとその巨体を叩く。

「これで邪馬台国は救われるのか?」

「ああ! 後は僕に任せてくれ」

ドクターと共にヤマタノオロチは洞窟の外へと出ていく。目指すは神の穴。そしてダーレクの殲滅だ。

 




次回のチラ見せ

「心配するな。俺は英雄だからな」


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第六話 FEAR OF HOLES〈卑弥呼とスサノオ〉 PART6

ドクターonヤマタノオロチVSダーレク。どちらが勝つのか!?
今回でこのエピソードも終わりです。次はちょっとだけ過去です


 

「抹殺せよ! 抹殺せよ!」

ダーレク達は逃げ惑う人々に向かい、殺人光線を放ち続けていた。

「ドクターは発見次第優先的に抹殺せよ!」

兵士たちはダーレクに向かい矢を放ち、矛で殴りつける。しかしダーレクのその鋼鉄の体はびくともしない。

「悪神め!」

兵士の一体がダーレクの目に向かい矢を放った。するとそのカメラアイは破壊され、ダーレクは動かなくなった。

「視覚を破壊された! 予備パーツを準備する!」

カメラを破壊されたダーレクは穴の中へと帰っていく。

「どうだ! これで……」

しかし兵士の健闘は虚しく、他のダーレクが放った光線に貫かれてしまう。

「ドクターを発見せよ! ドクターを発見せよ!」

ダーレク達は人々を殺害しながらドクターのことを探していた。自分たちの仇敵であるドクター、きっと今度も何か自分たちを倒すための策を練っているに違いない……

そしてその予想は当たった。遠くの平原から白い怪物にまたがり、ドクターが現れた。

「ドクターを発見した! ドクターは我々の元から逃げ出したエイトヘッドに乗っている!」

「やぁダーレク! こいつは宇宙でもなかなか上質な兵器だ。兵器って好きな言葉じゃないんだけど……時には利用しないと」

「抹殺せよ! 抹殺せよ!」

三体のダーレクがオロチの元へと向かい、殺人ビームをオロチの上にまたがるドクターに向かい放つ。しかし、攻撃はすべてオロチの周りに発生しているフォースフィールドに防がれ一切効かない。

「防御システムもしっかり生きてるな。次は攻撃システムだ」

ドクターがオロチの上に備え付けられた操作パネルを操作し、そこのキーを押す。するとオロチが口から赤いビームを放ち、目の前に迫る三体のダーレクを粉々に粉砕する。

「よし! やった! けど想像以上にエネルギーの消費が激しいな」

遠くにいるダーレク達も共有カメラでその様子を見ていた。ドクターがエイトヘッドを使い我々を攻撃している。

「全ダーレクに命令する! すぐに穴から船に帰還せよ! エイトヘッドとドクター抹殺のため船で地球への直接砲撃を準備する!」

 

その命令を受け、地上で人々を殺戮していたダーレク達はすぐに帰還に向かい始めた。兵士たちは勝利したと思い歓喜の声を上げる。

遠くから見ていたスサノオも勝利したと思っている。

「見てみろ! ダーレク達が帰っていく! オロチに恐れをなして逃げたんだなぁ!」

「たぶん違うと思う。きっと……何か考えがあって逃げてるはず」

華は去っていくダーレクを見て訝しんだ。ドクターが心配だ。ここで待っていろと言われたが彼の元へと向かわなければ。

 

 

「ダーレクがすぐに尻尾を巻いて逃げるはずがない」

ドクターもこの異常に気付いていた。ダーレク達には何か策があるはずだ。

全てのダーレク達が穴の中へと戻って行った。宇宙に浮かぶ船の中、ダーレク達は船の中心部に備え付けられた巨大な機械の

前に集まっていた。

「エネルギー圧縮装置、作動!」

ダーレク達はその腕に付けられたスッポンのような部分を機械にセットする。機械はエネルギーを充填し始め、船全体が赤く光りだす。

それは地上からも見えるほど強い光だった。

「これはかなりマズい状況だな……」

ドクターは空を見上げ、赤い光に警戒する。

「ドクター! ドクター!」

華が走ってやってきた。あの空の光は間違いなくただの異常気象などではない。

「華、あの光を何だと思う?」

「ダーレクが地球を焼くビームを撃とうとしてる途中?」

「正解だ。地球全体は焼けないがこの周辺を火の海にできるほどの威力があるはず」

「どうする? 作戦は続行?」

「ああ。だけど想定より厄介な事態だ。今のこのオロチのエネルギーだとあの船を破壊することができない」

ドクターと華のボルテックスエネルギーのみではオロチを短時間活動させることしかできない。あの船を破壊するほどの攻撃をするためにはエネルギーが無い。

「一体どうやってエネルギーを調達する? あの様子だとあと数分で放たれるはずだ。太陽の光は無理だし、もうボルテックスエネルギーを持っている人間は居ないし……」

「アイツらのエネルギーを逆に奪っちゃうってのは? あの攻撃を逆に受け止めてカウンター!」

「良い作戦だ! だけどどこに直接放たれるか、それが分からない! それさえ分かれば……いや思いついた!」

ドクターはオロチから降りる。ダーレク船から放たれる攻撃を受け止めるためにはあるものが必要だ。それはダーレクと密接に触れ合った人物……

「卑弥呼だよ! 彼女の力を利用するのさ! 彼女は何年もずっとダーレクと頭の中で交信し続けてた!」

「彼女が必要? それならすぐに呼ばないと!」

「ああ。だけどオロチのフォーメーションをまずは変えないといけない。それをしてからだから彼女を探す時間が……」

「それなら俺が呼んで来る」

二人の元へスサノオが走ってやってくる。彼が卑弥呼を呼んできてくれるらしい。

「お前らは卑弥呼がどこにいるかあてを知らないだろ? 俺に任せてくれ」

「君はさっきからずっと走ってばかりだな」

「心配するな。俺は英雄だからな」

スサノオが卑弥呼の元へと走っていく。もう時間は無い。

「今ここで僕たちが全員死んで日本の歴史が大きく変わるか、それとも守られるか……」

 

「準備完了! 高エネルギー破壊装置用意!」

ダーレク達は船の中で既に破壊兵器の準備を完了させていた。放たれるまで残り数秒。

地上ではギリギリ卑弥呼の到着が間に合ったところだった。

「ようやく来てくれたか! さぁ卑弥呼、君がこの国の未来を真に守る時だ」

「それで私は一体どうすれば?」

「神と交信するんだ。頭の中で考えるのさ、砲撃を自分に向けろと」

ドクターは卑弥呼の顔の両横に手を置いて共に交信を始める。

「強く願うんだ。神よ、我の声を聞きたまえと」

「神よ、我の声を聞きたまえ……」

卑弥呼は頭を働かせ、思考を集中させる。いつもやっているのと同じように、神の言葉を聞くように、思いをそこに集める。

「大丈夫かな……」

既に空の光は先ほどより強まっている。

「なぁ、これかなりヤバいんじゃないか!?」

スサノオがドクターに声をかける。ドクターは卑弥呼から手を離し、オロチの上へと乗る。

「後は彼女が砲撃をここに向けさせれば成功だ! さぁ来いダーレク!」

卑弥呼は目をつぶる。頭の中に映像を思い浮かべる。巨大な銃口を、今いるこの場に、自分自身へと集中させる。

「来るぞ!」

ドクターがそう言った瞬間、空の光は一瞬の眩い光と共に巨大な光線となり、地上へと降って来た。

スサノオは華を抱きかかえ、共に地面へ体を伏せる。しかし攻撃は当たっていない。

放たれた光線をオロチが吸収していた。地上への被害は全くない!

「ハッハー! 成功だ!」

オロチはエネルギーの奔流を体から時折流出させながら、八つある頭を一つにまとめ、大砲のような形にさせる。

宇宙のダーレク船は地上への攻撃が不発に終わったことに混乱していた。

「地上への被害が見られない! 説明せよ! 説明せよ!」

「今の攻撃を何かが受け止めた! ドクターの仕業だ!」

「地上より強力なエネルギー反応を感知した! 攻撃に備えよ! 攻撃に備えよ!」

オロチの大砲に集められたエネルギーは青い光を放ちながら充填されていく。

「さぁこれを味わってみろダーレク」

ドクターがソニックを当てると、オロチの大砲から空を切り裂くような強力なエネルギービームが発射された。

周辺に居た華とスサノオと卑弥呼はそのエネルギーの余波で吹き飛ばされそうになってしまう。

放たれたビームは雲を割き、まっすぐダーレクの船へと向かっていく。

「警告! 警告! 攻撃を来る! 避難せよ! 避難せよ! 避難……」

ダーレクたちは地上からの攻撃を避ける術もなく、そのまま船と共に塵となり吹き飛んだ。何しろ自分たちが最初は放ったエネルギーだ。自分たちが喰らえばひとたまりもない。

今、地球上空には何の宇宙船も残されてはいない。

 

 

「これが穴の正体か。たった3mしかないなんて」

あれから12時間後。ドクターは自分も落ちたあの大穴の前へと訪れていた。

「嘘だろ、前に来た時は底が無いって……」

「ワームホールを開けてダーレク船と繋がっていたからね。見た目はとても深い穴に見えてたのさ。その影響でソニックも穴には底無いと勘違いしてた」

ドクターは穴の中へと入り、そこで何度もジャンプをする。

「本当はこの高さだったんだ。華と僕と君が、落ちても死なないわけだ」

「アイツらは本当に消えたのか?」

「ああもちろん。スカロにいる本隊とも通信が取れないまま木っ端微塵さ。もし呼ばれていたら正直……僕でも打つ手がなかったけどね」

「だけど……、その、船には乗ってたんだろ? いままで生贄になった女たちが」

あの船にはダーレクを妊娠した女性たちが数えきれないほどに居たとドクターから聞いた。彼女たちも一緒に消えてしまったということなのだろう。

「彼女たちは生贄として連れてこられた時点で死んでたし、それにダーレクを宿してた。手遅れだった。いくら僕でも死者を生き返らせることはできない」

「どうすればいい? 彼女たちを……放ってはおけない」

「墓を作ってあげればいい。死者に対する尊敬の意を込めるんだ。それと彼女たちの無念もね」

「墓? 初めて聞いた」

墓という明確な文化はまだこの時代にはない。あくまで死人は穴の中へ埋めるだけ。

「この時代にはまだ無かったんだな。古墳時代にようやく古墳を作り始めるのか。けどその前に漠然とした概念を植え付けないとな。死んだ人を棺とか土に埋めて、お祈りするんだよ。生きててくれてありがとうと、生まれてきてくれてありがとうという想いを乗せてね」

「それは素敵だな。死ぬのも怖くなくなる」

「ああ。人類が考えた素晴らしい死者の弔い方だ。今回は何十人もダーレクに殺された。彼らのための墓を一緒に作ろう。ちょうどここに穴もあるし」

 

 

夢を見た。ドクターが私を連れてどんな場所にだって連れて行ってくれる夢。彼は私の手をとって宇宙のどんな場所でも、どんな時代にだって連れて言ってくれた。けど不可解なことがあった。それは誰も私の事を知らないということ。ドクターだけ、彼だけが私の事を知っている。寂しくて、死にそうな私にただ一人手を差し伸べてくれる。そして彼は私の耳元でこう言った……

「華、ずいぶんと長く寝てたな」

枕元にはソニックドライバーを投げているドクターが座っていた。

「昨日は色々やったし、疲れちゃって」

「ああ、宮殿に行って穴に行って、でまた宮殿に行って穴に入って、ダーレクの船から出て、天岩戸まで行ってそれで……」

「いちいち細かく説明しなくて大丈夫。とにかく色々やったから疲れてるの」

「あぁ、ゆっくり休んでおくといい」

「ドクターは? 寝ないの?」

「タイムロードには睡眠が必要無くてね。時と場合によって寝るけど今は寝る気分じゃない。この国のための最後の仕事をしてるからな」

華は体を起き上がらせ、自身を介抱してくれていたスサノオの家から出ていく。そこで見たのはたくさんの墓だった。

「死は始まりに過ぎない。あくまで一つの考え方だけどね。しっかり犠牲になった人々に墓を建ててあげてるのさ」

「歴史を変えてたりしない?」

「この程度じゃ変わらないさ。古墳時代には古墳という権力者のための墓が作られた。けどそれは今ここで墓を作り始めたことに起因する。ここでは、戦いの中で散って行った人たちと哀れダーレクに利用された悲しき女性たちの墓を作ってる」

「これが墓文化を作り上げていくんだね……」

華は感心した。小さなことだが、歴史の始まりを見た気分だ。

「玉藻、あなたは勇敢な私のもう一人の弟でした」

玉藻の亡骸を手に、卑弥呼は彼の遺体を穴の中へ置く。

「姉さん」

スサノオも共に彼の遺体を持つ。ゆっくりと玉藻の遺体は穴の中へ安置された。

人々の遺体は砂や土をかけられ埋められた。その上には誰のものか分かるように木で墓標が作られた。

「ねぇドクター、あの穴はどうなるの?」

「どうもならないよ。今はもう神も住んでないし、すごく浅い穴だ。みんなが埋めるか、権力者の墓になるかどちらか……彼らに委ねる」

 

ドクターと華は弥生時代に背を向け、ターディスへと向かっていく。

「なぁドクター! もう行っちまうのか?」

スサノオと卑弥呼が走って二人の元へと駆けつけてきた。

「これはこれは卑弥呼様にスサノオ。実に素晴らしい。まさか君たち二人が姉弟だったとは! 天照大神(あまてらすおおみかみ)は卑弥呼だったんだな」

「あまてらす?」

「神話に出てくる神様だよ。そう、神になるんだ君たちは!」

ドクターは大きく腕を広げ二人に語り掛ける。

「須佐之男命、天照大神。ただのシャーマンとただのロボット退治した君たちが神話として語り継がれるんだ! 実に素晴らしいことだと思わないか?」

「確かに、色んなゲームとかアニメの元ネタで使われてるし、偉大だね」

「俺たちが神話に……?」

「まぁダーレクとか僕たちのことは神話の中には入らないだろうけど、君たちは間違いなく素晴らしい存在として後世に語り継がれていくのさ! 僕たちはあの箱の中から応援してるよ」

「ドクター、私たちはあなたに話があるのです」

やけにテンションの高いドクターをたしなめ、卑弥呼が話を始める。

「此度の騒ぎ、止めて下さりありがとうございました」

卑弥呼は深々とお礼をする。

「いやいや、君たちの風習に勝手に割って入った僕も悪い。まぁおかげでダーレクを発見できたから良かったけど」

「私はもう神の言葉が聞こえなくなってしまいました。もうこの国で女王として君臨する意義はありません」

そう言うと、卑弥呼は頭に付けていた装飾を下ろし、その綺麗な髪を下ろした。

「ダーレク、つまり神が消えてしまい民衆は混乱しています。新たな神が必要なのです」

「まさかそれを僕、もしくは華にやれと?」

「ええ。それが嵐を呼び込んだ責任というものです」

「姉さんは人のため、国のために尽くしてきた。けど今の姉さんじゃあ前みたいに統治できない。ドクター、お前の存在が必要だ」

「邪馬台国の王か! それはなかなかいい地位だと思うけど遠慮するよ」

「どうしてです?」

「いいか、民衆は神を敬っていたわけじゃない。あくまで神は向こう側の存在。民衆が真に敬っていたのは卑弥呼、君自身のことさ」

「しかし神を失った今……」

「いいのさ力が無くても! 君が人々をまとめた時、そこに神の意志はあったか?」

「いえ……」

「良い国を作りたいと思ったのは誰だ?」

「私です……」

「ダーレクはそこに漬け込んだ。ヤツらに与えられたのは自分達の思い通りに動かせるためのメッセージだけさ。そしてそれが無くなっただけ」

「……!」

「そうさ! 君は神の言葉なんて関係なくこの国を導いてきたのさ! まぁ実際ダーレクが居なくなったせいで、ある程度の争乱とか平和は維持されなくなったかもしれないけど、その程度の障害、君たちならもう乗り越えられるだろ?」

「ああ! 俺たちがこの邪馬台国をもっと強くしていく!」

「もう、何の犠牲もなく幸せになれる世界に!」

 

卑弥呼とスサノオはやがてこの邪馬台国をさらに大きくし、日本各地で名前を変えながら生き続ける。そして彼らは歴史になり、そして神話へと姿を変えていくのだ。

 

 

「ところでドクター、ヤマタノオロチって機械だったんだよね? しかも凶暴な兵器! いくらスサノオでもあんなのに勝てるかどうかは怪しいと思うんだけど」

「実際に戦いに使われた八塩折之酒はアルコール度数がすごく高かった。機械はアルコールには弱い。あれほどの兵器でもね。だからそのせいで故障して動きが鈍って……倒せたんだろうな」

「じゃあ今度から機械のエイリアンが現れたら酒用意しておかないとね」

「僕は一応2500歳だから飲めるけど、君はまだダメだからな? お酒は20歳から」

「分かってるよ。そんなことしない」

ドクターと華はターディスの中で談話し続けている。

「ねぇドクター、次はどこに行く?」

「そうだなぁ、未来の遊園地……おっとこれは期限切れだ。2567年の4月30日まで。となると……タダで入れる未来の科学博物館に行かないか? 体が金属の恐竜の化石が展示されてて、色んな種類のタイムマシンもある!」

期限切れを示すかのようにドクターの持つチケットは赤く点滅している。それを投げ捨て、別の時代を入力する。

「面白いけどもっと別のを見てみたい」

「そうか? まぁターディスでの旅はぶらり途中下車の旅だ。面白そうなところを見つけたらそこに降りる」

適当に1万年先まで入力し、レバーを引く。……しかしそれを引く前にあることが頭によぎる。

ダーレク達が弥生時代に現れた理由、それは突如開かれた裂け目が原因だった。

信号を出す裂け目……

「大知性体もダーレクも、裂け目から現れた。そしてその先では信号が発されている」

ダダダダン、ダダダダン、ダダダダン、ダダダダン……

タイムロードのドラムの音、時空を覗くと聞こえるようになる音。

それが宇宙の様々な場所に裂け目を開いて、響かせているのだとしたら……

「どうしたの?」

何やら考え込んでいる彼に話しかける。

「ああなんでもないよ……。まだ僕の仕事は終わってはいない、ってことか」

ドクターがターディスのレバーを引くと、青い箱がいつもの音を鳴らしながら弥生時代から去っていく。

卑弥呼とスサノオはその音に向かい、小さな会釈をした。

 

 




《……臨時放送をお送りいたします》

「雨の日の深夜0時、テレビに『明日の犠牲者』の名前が載るんだ。それに名前が映った人間は……死ぬ」

「この県全体では200人以上がこの1か月、心臓発作で亡くなっています。まさか殺人事件だと?」

「だが俺にはそれが違うと思えてならないんだ。この事件、きっと何か裏がある」

「三日張り込んでようやくそれっぽい情報が入手できたね」

「ああ。ターディスが自分からこの時代に止まったんだ。何かあるに違いない」

「これが例の番組?」

「これじゃ僕は再生できずに……完全に死ぬ!」

《明日の犠牲者は以上です おやすみなさい》

次回

BROADCASTING ACCIDENT〈明日の犠牲者〉


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第七話 BROADCASTING ACCIDENT〈明日の犠牲者〉PART1

今回のエピソードはある都市伝説が元ネタです。ネットで有名なやつですね


 

雨の日の深夜0時。

何も映らないはずのテレビに、“何か”が映る。

 

少年はつい夜中に起きてしまった。たまにある、目が覚めて寝られなくなる日だ。

そんな時はまず冷蔵庫に向かい、お茶を取る。少年は知らないが、お茶にはカフェインが含まれている。カフェインは眠気覚ましによく使われる成分。少年は知らず知らずのうちに眠らないための成分を取ってしまっているのだ。

お茶を飲みほした後は布団へ戻る。明日は7時に起きないといけない。

……だけど眠れない。ついつい布団に入り続けるのが嫌になって起き上がる。眠れないし暇だ。何をしよう?

ゲームはダメだって言われてるし……そうだ、テレビを見よう。

父と母を起こさないように、テレビの音量をできる限り下げた状態で見る。夜中起きたときにやるこれがとてもたまらない。

今日はそこそこ強い雨だ。屋根に水が打ちつけられる音がよく聞こえる。

少年はリモコンを使い、テレビの電源を入れる。

プチッという音と共にテレビが映る。今やっているのはバラエティ番組だ。画面の右上にはアナログという文字が映る。

芸人や司会者の子気味良いトークに、まだ小学生の自分でも笑ってしまう。

そんなのを見ていたらもう深夜0時だ。放送は終了し、画面が砂嵐を映す。

「これで終わりかぁー……寝ないと」

不気味だが、どこか心地よい砂嵐の画面。それを後ろに少年は画面の前を後にする。

《……臨時放送をお送りいたします》

突然、終わったはずのテレビ画面から声が聞こえてきた。それに目を向けると、そこにはゴミ処理場が映し出されていた。

一体何の番組なんだろう、新聞の番組欄に乗ってたかな? つい興味を持ってその番組を見続ける。

《……田原将さん 伊藤楓さん 山本三九郎さん 鏡健太さん……》

無機質で感情のこもっていないナレーションが、画面に映し出される人の名前を読み上げていく。

何のスタッフロールなんだろう? 何か映画でもやるのかな? そう思って画面を見続ける。

《……木津礼二さん 後藤久美子さん 不破燈さん 井上俊三さん……》

井上、俊三……? その名前にはどこか聞いた覚えがあった。思い出した、おじいちゃんの名前だ。

番組は変わらず人の名前を表示し続け、無機質なナレーションが流れていくだけ。

「なんだよこれ」

テレビを消そうと電源ボタンに指をかける。すると、これまでとは違う真っ白い画面が映し出され、この言葉が画面に現れた。

 

《明日の犠牲者は以上です おやすみなさい》

 

 

【挿絵表示】

 

 

町から少し離れた小さな森の中。少年少女が奇妙な物体の前で話している。

「今日こそ、あの青い箱の正体を突き止めるぞ!」

「でもいいのかなぁ、あれ『POLICE』って書いてあるし、警察のなんじゃない?」

「日本の警察があんなの持ってるのを見たことあるか? 見たことないだろ? これこそ俺たち少年探偵団が突き止めるべき事件なんじゃないか!?」

少年はあまり乗り気ではない少女に向けて声を張り上げる。あまり大声を出してしまうと誰かに気づかれてしまうと思い、シーと言ってゆっくり座り込む。

「きっとあの中で犯罪が行われているに違いない! すぐに飛び込んで調査しよう!」

「全く、蓮はいつも無鉄砲だよね。探偵なんだから地道に調査しないと」

「探偵だからこそ現場に急行するのさ! おい頼からも何か言ってやれよ!」

「警察……、警察なら、きっとあの番組の事を調べてくれるよ」

気弱な少年は彼にそう返事をした。

「あの番組はもう終わったことだろ? 今はあの青い箱の方が重要なんだ! みんなで一斉に飛び込むぞ! いち、に、さん……」

 

「こんなところで何してるんだ?」

「わあああーっ!」

少年たちは突然後ろから話しかけられた声に驚き、前に倒れてしまった。

「ひ、ひぃ! ごめんなさい! 僕たちただあの青い箱のことを知りたくて……『POLICE』って書いてある青い箱」

「あれのことか。あれは僕のだよ」

そう言うと話しかけてきた男はそのまま青い箱の中へと入って行ってしまう。

「えーっ! 今の人が持ち主!?」

「こりゃすげぇ! もっと調査しよ……」

強気の少年が青い箱の前へと行くと、その中からさっきの男が現れる。

「君たちは何なんだ? そんなにこれがおかしく見えるか? まぁ今の日本には時代錯誤な見た目かもしれないけど」

「僕たちは少年探偵団です! この町のありとあらゆる謎を解き明かし、町の平和のために日夜戦っているんです!」

「へぇ、そりゃすごいな。小学生か?」

「小学3年生です!」

少年は指を3にして彼に見せつける。

「まだまだ幼いな。探偵ごっこをして恥ずかしくない最後の年代だ」

「は、恥ずかしい!? 俺たちは誇りを持ってこの探偵ごっこ……じゃなくて探偵団をやってるんだ!」

ついそんなことを言われて少年は強気でまくしたてる。男も少しそれを理解したようだ。

「別にバカにしてるわけじゃない。実に立派だと思うよ」

「それで、あなたは一体誰なんですか? この町の人じゃないですよね。それにこの箱も」

少女が箱と男に対し指をさす。

「僕はドクター。でこれはターディス。『POLICE』って書いてあるだろ? 警察の備品だよ」

「警察? 警察にしては随分小さいというか……幼く見える」

確かにこの男は大人という感じはしない。自分達よりすこし年上ぐらいだ。

「ああそうだった。今の僕は中学2年生なんだ。警察は警察だよ? こども店長ならぬこども警察ってやつ」

「ドクター、何してるのー?」

青い箱の奥から今度は女性の声が聞こえてきた。彼女も彼と同じぐらいの年代に見える。

「ああ、少年探偵団がターディスの謎に迫ってたところだよ。君たち、悪いけど僕たちは今忙しいんだ。この町で何かが起きてるみたいだから、頑張って調査してる」

「この町で何かが……?」

それを聞き、少年たちと共に居る気弱な少年が呟く。

「……君、何か知ってるね?」

ドクターと名乗った少年は彼の元に近づいていく。

「ほんの些細なことでも良い。君たちの周りで何かおかしなこととか起きてないか? 僕はそれを解決するために来たんだ」

気弱な少年はか細い声でドクターに語り掛ける。

「おじいちゃんが、死んじゃったんだ……。あの番組に映った翌日に」

ふと夜中に起きて見た番組。そこに祖父の名前が載っていて、その翌日に突然心臓発作で亡くなった。

「その番組についてもっと詳しく教えてほしい」

「なぁドクターさん、その番組はただの都市伝説だよ。っていうか、そいつが寝ぼけてただけだきっと」

「友達なんだろ? 信じてやれよ。僕は初対面だが彼の言っていることを信じてる」

ドクターはじっと彼の眼を見つめる。

「雨の日の深夜0時、テレビに『明日の犠牲者』の名前が載るんだ。それに名前が映った人間は……死ぬ」

 

 

「三日張り込んでようやくそれっぽい情報が入手できたね」

華はジュースを飲みながらドクターに話しかける。

「ああ。ターディスが自分からこの時代に止まったんだ。何かあるに違いない。けどほとんど手がかりは無し。ようやく今日探偵団から情報を仕入れられたな」

「2009年なんてすごい昔でもないし、来てもあんまり興奮しないな」

「大震災が起こる前の日本だぞ? 今とは色々な常識が違う。貴重な時代だ」

ターディスが突然止まったのは2009年の千葉県。何やら異常を感じ取って止まったようだが、来てから三日の間これといった情報は得られなかった。

ドクターは何枚もの新聞を操作盤の上に落とす。

「この数週間、原因不明の心臓発作で亡くなっている人間がこの県で続出してる。犠牲者は200人」

「それが私たちがここに来て得られた最初の情報だよね」

「ああ。でもこれだけだった。心臓の病で亡くなることなんて珍しいことじゃない。あくまで色んなニュースの中から気になるのを選んだだけだ。他には新型インフルエンザの流行、こども店長! 少なくともエイリアン絡みっぽいのは無かったな」

「けどそのニュースが実はエイリアンの仕業かもしれない、ってことだよね?」

「ああ。この県で続出する謎の死者。あの子が言ってた深夜のテレビ番組が怪しいね」

ドクターはターディスから資料を手に走って出ていく。外に居るのは先ほどの少年探偵団だ。

「その番組を見たんだろ? えー、君の名前は……なんだっけ」

「まだ聞いてないでしょ」

華が少年の顔を見つめ続けるドクターに言った。

(らい)です。井上頼」

気弱な少年がそう言った後に他の二人も名乗る。

「俺は三木翔」

「私は池田栄美」

「なるほど。ライアンにミッキーにエイミーか、良い名前だ」

彼らの名前に昔の友人の名前を思い出し、少し笑顔をこぼす。

「それより大事なことがあるでしょ? 番組のこと」

「ああそうだった。その番組は雨の日の深夜0時に流れると言ってた。君はその番組を本当に見た、そうだろ?」

「うん。夜中に目が覚めて、テレビを見てたらそれが映った。雨の日だった」

「それっていつごろ?」

「1週間ぐらい前」

「おじいちゃんが死んだのはその翌日。死因は突然の心臓発作だね。その時以降にその番組は見てない?」

「それから雨降って無いから」

この1週間、雨が降ることはあれど深夜0時のタイミングで降ることはなかった。見る条件はかなりシビアらしい。

「本当にドクターさんはその番組があると思ってるの?」

翔はドクターに問いかける。

「ああもちろんだ。名前が映ったら死ぬテレビ番組なんて奇妙だよ」

「デスノートならぬデステレビね」

華がドクターにちょっとした冗談を言う。

「心臓が止まって死ぬところなんてそっくり。テレビの死神の仕業かも。次に深夜に雨が降る日はいつだ?」

ドクターは指を舐め、それを立てて風を感じ取る。

「……何やってんの?」

「今日の天気を調べてる。おっとこれはビンゴだ。今日の深夜0時に雨が降るぞ。デステレビが見れる」

「今ので分かったの? 今日の天気が?」

「コツさえ掴めば誰でもできるよ。今度教えようか?」

「いいや、変人だと思われるからやめとく」

深夜0時の雨の日。それは2週間ぶりの今日に訪れる。

 

 

警察署の霊安室。一人の警部が遺体を前に手を合わせていた。

「これで何人目だ?」

「この町では15人目。1週間ほど前のものですが、一応捜査のためにとこの方のものは残しております」

検視官の男が警部に語る。警部はその遺体を見て不思議に思っていた。

「心臓発作で亡くなることはそう珍しいことじゃない。だが同じ日にこの町で15人なんて奇妙だ」

「この県全体では200人以上がこの1か月、心臓発作で亡くなっています。まさか殺人事件だと?」

「そう睨んでいるが、外傷は一切見られない。何かトラブルがあるわけでも、共通点があるわけでもない。だから行き詰ってる」

椅子の上に座り、その顔を覆い隠して悩む。

「奥さんの件、残念です。しかし私は殺人事件ではなく、何らかのウイルスなどが原因だと思っていて……」

警部の男も同じだった。妻が突然の心臓発作により亡くなった。行き場のないやるせなさを、この事件にぶつけている。

「ウイルス……その線も考えられる。だが俺にはそれは違うと思えてならないんだ。この事件、きっと何か裏がある」

 

 




次回のチラ見せ

「“アナログ”だって。懐かしい」


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第七話 BROADCASTING ACCIDENT〈明日の犠牲者〉PART2

今回のエピソードはネット上で有名な都市伝説「NNN臨時放送」がモチーフです。というかほぼそれです。
果たしてその番組の裏には何が居るのか……


 

ドクターと華は死のテレビを見るため、頼の家へと上がりこんでいた。ターディスの中に備え付けられているモニターは色んな電波や信号を受信しているので、しっかりそれを見られるとは限らないから、らしい。

翔と栄美の二人も気になってついてきていた。

「やっぱり美味しいね。人の家で飲むオレンジジュースは」

今の時間は21時。こんな時間に上がり込むことに華は少々気が引けたが、ドクターは構わず入って行ったのだ。

「ごめんなさいねこんなものしかなくて。頼ったら急にこんな時間に友達を連れてくるものだから。まさか中学生のお友達までいるなんて」

「違うよママ。この人たちはこども警察だよ!」

「そう。またそういう遊びしてるのね」

頼の母はお盆を手にそのままキッチンへと戻っていく。

「お父さんとか他の兄弟は居ないのか?」

ドクターがストローを咥えながら頼に問いかける。

「お父さんはずっと前に離婚しちゃったんだ。兄弟も居ない。僕とママの二人暮らしなんだ」

「色々複雑な事情があるのね」

華は頼に心配そうな目を向ける。

「でも寂しくはないよ。いつも翔と栄美と一緒に遊んでるから」

「おうよ! 俺たち少年探偵団にはこいつの頭脳が必要だからな!」

「なるほど。翔が切り込み隊長で頼が参謀、栄美が紅一点ってわけか」

「私は情報収集係よ」

栄美がオレンジジュースを飲みながら反論する。

「ダメだよドクター。ちゃんと女の子も役に立ってるんだから」

「別に否定してるわけじゃないさ。僕だって女の子だった時期がある。気持ちはよく分かるよ」

ドクターは既にオレンジジュースを飲み干し、ズズズズと空吸いの音を鳴らしている。

「ところでこども警察さん、何か捜査しに来たの?」

頼の母が新しいオレンジジュースを手にやって来た。息子の友達とのちょっとした交流だ。

「次の日に死ぬ人の名前が映るテレビ番組を調査しに来たんだ」

「テレビ番組……」

それを聞いて彼女は少し動きが止まった。

「まさか、頼はおじいちゃんが死んでからそんなことを言ってるけど、ただの子供の冗談よ」

ジュースを置くと、そのまま立ち去ろうとする。

「この家に最初入った時大人の男性用の靴が置いてあった。頼の祖父、つまり君の父はこの家に住んでた。そしてあなたが冷たくなった彼を発見した」

ドクターがその言葉で彼女のことを引き止める。それを聞いて、彼女はゆっくりとその時のことを話し始める。

「朝起きて……いつものように父を起こしにいったの。でも反応が無くて……寝ているかと思ったら、冷たく、なってて……」

彼女は目に涙を浮かべながらその場に座るように倒れ込んだ。

「どうして頼の言う事を信じない? 彼の名前は番組に載ってた。だから死んだんだ」

「信じられるはずがないでしょ? 子供の言う事よ……父の死とは何の関係も無いわ」

「いいやそれが関係あるのさ。あなたは子供の言うことを心のどこかでは信じていた。父の死の真相がきっとそこにはあるとどこかで思ってる」

「父は……どうして死んだの? いままで心臓の病気なんて起こしたことないし、人間ドックだって全部健康だった。だけど急に…」…」

「不思議だと思わないか?」

ドクターは彼女の肩を手を乗せ、ゆっくりと語り掛ける。

「僕が必ず真相を突き止めて見せる」

深夜0時まで、あと三時間。

 

 

「雨、ちゃんと降ってるよ」

華がカーテンをよけて窓から外を見る。今日の天気は雨。しかもかなりのザァザァ降りだ。

「深夜0時まであと五分。なんだか緊張してきたな」

「もし流れなかったら、やっぱり僕の夢ってことになる。そうなったらごめんなさい」

頼は申し訳なさそうにドクターに向かい頭を下げる。

「きっと流れるさ。君のおじいちゃんを殺した犯人を突き止めよう」

「俺、なんだか眠くなってきたよ……」

翔がおおきなあくびをしながら地面に倒れ込む。0時なら普通小学生は寝ている時間帯だ。

「私は大丈夫。いつもゲームしながらこの時間まで起きてるから」

「不健康だな。しっかり日付変わる前に寝ないとダメだぞ? 肌にも悪い」

ドクターが華をたしなめる。華は少し不機嫌そうな顔でテレビのリモコンを手にし、テレビをつける。

まだテレビは例の番組を映さない。今はニュース番組を流している。

「“アナログ”だって。懐かしい」

テレビの右上に表示されているその文字はアナログ放送を示すもの。2019年現在、テレビ放送は地上デジタル放送に移り変わり、アナログ放送は見れなくなってしまっている。

「さぁ運命の時間だ。流れるか、流れないか……」

 

深夜0時。流れていたニュース番組は終了し、画面が砂嵐に切り替わる。

華はそれを見て少し恐怖を感じた。砂嵐なんてもう十年近くも見ていない。

皆がテレビの砂嵐に注目する中、突然部屋の照明が揺れるように消えた。

「停電?」

しかしテレビは変わらず砂嵐を映している。

栄美が部屋の電気をつけるスイッチの元へ行った途端、突然テレビの画面が切り替わった。

そこに映し出されたのはゴミ処理場と思われる場所の静止画だった。

「これだよ! 僕が見た番組!」

頼は大声でテレビに指を向ける。

「本当に来たな。華、メモの準備は?」

「バッチリ!」

ドクターに親指を立てて向ける。既に放送内容を調べる準備は済んでいる。

「それじゃあ次は録画だ」

テレビに取り付けられたビデオデッキとDVDプレイヤーを起動させ、テレビ画面の録画を始める。

「どうして二つ使って録画すんの?」

翔は疑問をドクターにぶつける。確かに録画するだけならどちらか片方で良いはずだ。

「もしこれが地球の、今の人類が流しているものだとしたらテープとDVD両方に変わらず録画される。だけどそうじゃなかった場合、テープには録画されず……DVDにだけ録画されるはずだ。録画される情報が変わるからね」

ゴミ処理場を映した番組は次の段階へと移る。

《臨時放送をお送りいたします》

抑揚のない無機質なナレーションの声と共に放送が始まる。

そして画面の下から次々と人の名前が流れてくる。どれも日本人の名前だ。

《斉藤始さん 松岡恵三さん 高田潤さん 三橋悠さん……》

ナレーションは流れてくる名前をひたすら読み上げている。そこに感情らしきものは感じられない。

「華、ちゃんとメモしてるか?」

「もちろん。思ったよりペースが早くて字が汚いかもしれないけど」

華は急いで番組に映し出されている名前を書いていく。

「なんか怖いよ、これ一体何なの?」

栄美はこの番組に恐怖を感じていた。ホラー映画以外でこんなものは見たことが無い。テレビでこのような無機質な、奇妙なものが流れるなんて。

「ひたすら人の名前を表示して朗読してる。一体この人達の共通点は何だ?」

画面に表示される名前に特別法則のようなものは感じられない。推測できることといえば、これらの人物は皆千葉県に住んでいるであろうということだ。

《佐藤彰さん 筒井敦子さん 津久井廉太郎さん 羽鳥蓮さん……》

そこに表示されたある“名前”に、翔は見覚えがあった。しかしはっきりしないのでその場では特に何も言わなかった。

やがてそれが五分程度続いた後に、小さなノイズ音が流れ、最後にこの一言で番組は締められた。

 

《明日の犠牲者は以上です おやすみなさい》

 

プツッと番組は切れ、砂嵐に切り替わった。部屋の明かりも元に戻っていた。

「これだけ? 今の番組は本当にこれだけ?」

ドクターはデッキから録画したビデオとDVDを取り出す。

「ちゃんと全部メモできたよドクター。でも録画してあるし必要無いんじゃない? これ」

「もし何かのミスで録画できてなかったらそれが唯一の手掛かりになる。アナログな手段も必要だ」

ドクターはソニックドライバーをビデオテープとDVD、そしてテレビに向ける。

「今の番組、ちゃんとみんな見たよな? 誰か画面に何も映って無かったって人はいないか?」

ドクターは探偵団に聞く。全員首を横に振って答える。どうやらちゃんと番組を見れたらしい。

「なら奇妙だな。今のは何一つ録画されてない」

ドクターがテープを引きずり出し、それを光に当てて透かして見る。

「録画ミスったんじゃねぇの?」

「いいやちゃんと録画できてるよ。ただし番組ではなく砂嵐をね。DVDも同じだ。録画はちゃんと機能していたはずなのにこれらには何の映像も残されてない。つまりあの番組は存在せず、ずっと砂嵐が流れていた」

ドクターのその言葉に一同は疑問を抱く。ちゃんとみんなであの番組を見たはずだ。

「何言ってんだよ。ちゃんと俺たちは見ただろ? 頼の夢なんかじゃなかった」

「ああその通りさ。僕たちはちゃんとあの番組を見た。けどその証拠は華が残したメモ以外に何も残っていない。テレビを今ソニックで調べたけどそこには何の履歴も残っていなかった。どうしてだと思う?」

ドクターは翔に問いかける。何故なんの情報も残っていないのか? 考えてみるが、小学3年生の頭では何も導き出せない。

「そんなの分かんねぇよ」

「番組は通り過ぎていったのさ。ここにあの画面だけを残して僕たちに見せて、そしてどこかへと消えていった」

ドクターはソニックドライバーを天にかかげ、消えた番組の後を辿ろうとする。

「速いな。すごく速い。光よりも素早くここから過ぎ去っていった。録画できないワケだ」

ドクターは華からメモを取り上げて先ほど番組に映った名前を見ていく。

「いきなり取らないでよ。ちゃんと文字ミスってないか確認してるのに」

「もし僕たちの推測が正しいなら、あそこに映った名前の人物は全員心臓発作で死ぬはずだ。既に時刻は翌日になってる」

時計は0時10分を指している。『明日の犠牲者』……その明日が今日だとしたら、既に“何か”が殺戮を始めているはず。

「それじゃあ、もう誰かが死に始めているってこと?」

翔が不安そうな声をドクターに向ける。

「恐らくね。そんなに声を震わせてどうした?」

「さっき番組に知ってる名前があったんだ。羽鳥蓮……幼い頃から僕をかわいがってくれてた隣の兄ちゃんの名前なんだ。今はマンションに引っ越したけど」

「早速例の犠牲者候補発見だ! まだ死んでないかもしれない、すぐに彼の元に行って助けるぞ! 敵の正体も分かるかもしれない!」

ドクターはメモを華に返して頼の家から走って出ていく。もし本当だとしたら彼の身が危ない。

「翔、その人の家分かるか?」

「先月ママと遊びに行ったからわかるよ。確か5丁目のマンション!」

ドクターは翔と共にその場へと駆けつける。ドクターはいつもすぐに動き出すし走り出すので全く困る。華はメモをポケットにしまい、栄美と頼の二人を連れてドクターを追いかける。

 

 

少し古ぼけたマンション。エントランスのセキュリティにソニックドライバーを当てて解除させる。

「部屋は何号室?」

「六階の612号室」

「みんなすぐに乗るんだ。エレベーターで直行する」

華たちも含めて五人が乗り込んだ後、ドクターはエレベーターのボタンにソニックを当ててそこの階まで向かう。

「普通にボタン押せば?」

「途中で誰かが外からボタンを押したら止まっちゃうだろ? それらを無視して六階まで行けるようにした。緊急事態だからな」

6階まで上がるまで、少しだけ静寂の時間が訪れる。

「だけど最近ソニックドライバーに頼り過ぎってところはあるな。いざ無くした時が怖い」

「それって警察の道具なの?」

「ああ。最近の警察官はみんな持ってるよ。警察官になってみたくなった?」

「いや、俺は銃の方が使いたい」

「最近の子供は物騒だな」

チンという音と共にエレベーターは六階へと到達する。ドクターたちはすぐに出て612号室へ向かう。

まずはインターホンを鳴らし、中にいるかどうかを確認する。

「こんにちは、警察です。羽鳥蓮さん居ますか?」

警察だと名乗って見るが返事は無い。今度はドアをノックしてみるもののやはり何もない。

「羽鳥蓮って今は何歳?」

「最近大学生になったんだ。今は18のはず」

「大学生ならまだ起きてる時間帯だ。大学生は夜型だから」

「外に出かけてるって可能性は?」

「中に入れば分かる」

ドクターはドアの鍵に向かってソニックの光を当てて開錠し、中へと入りこむ。

羽鳥蓮の部屋は暗く電気が点いていない。既に寝たか、外出しているかだ。

華は部屋の入口にあった点灯スイッチを押すが、なぜか部屋の電気が点くことはない。

「外はちゃんと電気が点いてるのに」

「この部屋だけ点かないということは……」

何か居る可能性を考え、ドクターは懐中電灯で照らしながらソニックドライバーを光らせ、部屋の奥へと進んでいく。

ザザ……ザザザザ……

ノイズの走るような音が奥の方から聞こえてくる。リビングらしき部屋へとたどり着くと、そこのテレビは砂嵐を映していた。

そしてその目の前には……

「蓮さん!」

羽鳥蓮、彼がテレビの前で倒れていた。翔は彼の元へと駆け寄り、必死に呼びかける。

「蓮さん! 蓮さん!」

ドクターはゆっくりと倒れる彼の首に触れ、その脈を確かめる。

「……遅かった。もう死んでる」

「そんな……」

「し、死んでる……? 本当にその人、死んでるの……?」

栄美が怯えた声を出しながらその場に座り込む。

「ああ死んでる。脈が無いし、心臓だって止まってる。あの放送からまだ30分も経過してない。まだ完全に冷たくはなってないが……」

「ひ、ひぃ……あ、あの番組の噂は……本当なんだ……っ!」

栄美はまさかの死人によほど恐怖を感じたのか、そのままそこに気絶するように倒れ込んでしまう。

「栄美!? 栄美大丈夫か!?」

「死人を見た恐怖で気絶しただけだよ」

「さすがに小学3年生が見たら、こうなるよね……」

華は気絶した栄美を抱きかかえる。頼はそんな彼女の元へと寄って心配そうに見守っている。

「犯人は一体どこに消えた? 彼が何か手がかりを持っているかも」

ドクターはソニックドライバーを亡くなった蓮の体に当て、その体に何かの痕跡が残されていないかを調べる。

「雷……まるで雷に打たれて……」

ドクターがドライバーに映し出された情報を眺めながら何かを呟く。彼の死因は心臓発作だが、その原因となったのは……

「警察だ!」

突然、部屋の中に何人もの警察官が入って来る。ドクターはソニックをポケットにしまい、翔たちを立ち上がらせる。

「君たちか? 隣の部屋が深夜に騒がしいと通報があったのだが」

「さすがに五人でいきなりこの場に来たのはマズかったかもな」

ドクターが華に向かってはにかむ。

「これってドクターさんが呼んだ応援?」

ドクター達の事を警察だと思い込んでいる翔はこの状況に疑問を抱いた。警察というなら彼らはドクターの仲間のはずだ。だがやってきた警察はこちらのことを危険視しているように見える。

「僕は呼んでない。この地域の警察さ。僕たちは別のところから来たからね」

警察は彼らの方を向きながら周りの状況を観察している。すぐに後ろに倒れている人の存在に気付いた。

「おい、後ろに倒れているのは誰だ?」

「君が確認したら?」

ドクターがそう言うと、リーダーと思われる警察官が蓮のもとへと近づき、脈を確認している。

「……死んでる。君たちがやったのか!?」

警察官は銃を取り出しドクター達に向ける。翔と頼はさすがにこれに驚いたのか、すぐに手を上げる。

「僕たちはやってない。ただ彼に連絡しても返事が無かったからここに来たんだ。そうしたら、彼が死んでた」

ドクターと華も手を挙げて警察のほうを向く。敵意が無いことを証明するためだ。

「ひとまず、署に同行してもらおうか」

「もちろん。僕は遺体の第一発見者だからね。だけどこの小学生の三人は帰らせてあげてくれ。もうすぐ深夜一時だ」

ドクターと華は警察に手錠をかけられ、そのまま警察署へと連れてかれていく。翔と栄美と頼の三人は深夜ということもあり、一旦は家に帰され、次の日に事情聴取をされることとなった。

パトカーに乗せられ、夜の闇の中を突き進んでいく。

「僕は殺してない。なんで手錠をかけるんだ?」

「まだそうと決まったわけじゃない。君たちが危険だという可能性もある」

「確かに。否定はできないな」

「ちょっとドクター、あんま適当なこと言わないで」

「つい頭に浮かんだ言葉を言っちゃうんだ。もちろん華は危険じゃない。危険だとしたらそれは僕だ」

 

 




次回のチラ見せ

「僕はただの名探偵じゃないぞ、宇宙一の名探偵だ」


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第七話 BROADCASTING ACCIDENT〈明日の犠牲者〉PART3

このころはよくテレビを見てまし た。ネットが盛り上がってからはあんまり見てませんね


 

取り調べ室が使えるのは午前五時から。それまでドクターと華は手錠を縛られたまま警察署のオフィスの前で一人の警部に聴取されていた。

「君たちは見る限り中学生だ。一体どこの学校だ?」

「えーと、天ノ川中学校です」

華がつい正直に答えてしまい、警部は目の前の書類にそのことを書く。

「ひょっとして忘れているかもしれないけど、今は2009年。君はまだ中学に在籍してないどころか幼稚園生のはずだ」

「あっ、そういえば……」

「何だって?」

「こっちの話だ。天ノ川中学校ってのは嘘で、僕たちは中学に通ってない」

「嘘だと? 偽証罪になるぞ」

警部はすごんだ顔でこちらを見ている。

「彼女には妄言癖があるんだ。だから聴取するなら僕だけにしといた方が良い」

「ちょっと勝手なこと言わないでよ」

「こういう状況には慣れてないだろ? 僕が色々話した方がいい」

「確かにそうだけど…… ドクターは何度もこういう経験があるの?」

「ああ、事情聴取するのも、されるのもプロと言って過言じゃない」

「君たちは今事情聴取をされている身だ。質問に答える以外の私語は慎め」

警部の男はペンで机にトントンと叩きながらこちらを睨む。

「分かったよ。次の質問どうぞ」

「まったく……。その年齢で中学校に通っていないなんておかしい話だ。義務教育というものがある。それは知ってるね?」

「ああ。いろいろあって義務教育を僕たちは今放棄していてね。けどそれを詰めるより大事な話があるんじゃないか?」

「それもそうだな。まず君たちはどうしてあの場に居た?」

男は強いまなざしでこちらを見つめる。

「何度か言ったはずだ。彼とは知り合いで連絡が無かったから彼の家に行った。そうしたら死んでた」

「その目は嘘をついている目だ。俺はこの道30年のベテランだ。通用すると思ってるのか? 本当のことを話せ」

その言葉が放たれ、場は少しの間沈黙に包まれる。ドクターは言葉を考え、ゆっくりと口を開く。

「分かったよ。なら本当のことを話す」

ドクターは前のめりになり、警部へと顔を近づける。

「あなたも知っているはずだが、今千葉県では200人以上が謎の心臓発作で亡くなってる。心臓病のあるなしに関わらず、年齢も関係無く死んでる」

「まさかお前たちはその犯人か? あの家にあった遺体は死後30分も経っていなかった。やはり……お前が殺したのか?」

「違うそうじゃない。僕たちは彼を助けるために行ったんだ。だけど手遅れ、彼は既に死んでた」

「何故彼が心臓発作で死ぬと分かった? そこがおかしい」

心臓発作で亡くなることを見越して助けに行くなど確かに不思議だ。やはり目の前のこの少年が……、いや彼が嘘をついているようには思えない。

「番組さ。雨の日の深夜0時にテレビに映る奇妙な番組。そこに名前が載った人間が心臓発作で全員翌日に死んでる」

「……番組だと? バカバカしい。テレビに名前が載った人間が死ぬだと?」

警部はそれに信用ならなかった。そんな荒唐無稽な話はあるはずがない。子供の間で流行っている都市伝説に違いない。

「なら、僕が嘘や冗談をついているように見えるか? 本当にその番組に名前が載って、彼が死んだんだ。僕の目を見ろ」

その言葉を受け、警部は彼の瞳を見つめる。泳いでいるようにも、感情が無いようにも思えない。その瞳の先にあるのは、自分と同じ真実を追求したいという思いだ。

「……まさか、本当なのか?」

「ああその通りさ町田警部。さすが長年の刑事の観察眼だ」

「お前は一体何者なんだ?」

「……ちょっとした少年探偵さ」

ドクターは警部の目をじっくりと見つめている。華は見つめ合う二人がまるで……カップルのように見えたので咳払いをしてその場をリセットさせた。

「それで警部さん、私たちの言ってることが理解できた? ともかく、私たちは殺してないの」

「そうそう、彼女にさっき妄言癖があると言ったがあれは嘘だ。彼女は助手のワトソンくんだ」

「私がワトソン? じゃああなたは?」

「シャーロックホームズに決まってるだろ。久々に彼と会ってみたいね」

「少年探偵ならどっちかというとコナンだと思うけど」

「どっちでもいいさ。さぁ町田警部、僕たちの手錠を外してこの事件についてあなたたちが知っていることを話してくれ」

「なぜ俺の名前を知ってる? 警察手帳を見せてないはずだ」

「襟の内側に刺繡があるのを見た。奥さんの手縫い?」

「その通りだ。探偵ってのはどうやら本当らしいな。その観察眼、只者じゃない」

「褒めてくれてどうも」

「だが俺の妻はもう亡くなった。2週間前に突然心臓発作で亡くなったんだ……まさか、妻も?」

「例の事件が起き始めたのは一か月前。2週間前ならちょうど時期に当てはまるね」

「畜生、やはりこの事件には裏があるってわけか」

「ああ、必ず犯人を突き止めよう。そういえば僕のソニックドライバーも返してくれないか?」

 

 

ドクター達は手錠を外され、少し広いホワイトボードのある部屋へと案内された。警察が捜査などを行う時によく使われる部屋だ。

「ドラマなんかでよく見る部屋、本当にあるんだ」

「ターディスよりは狭いな。あるのもホワイトボードとたくさんのテーブルとイスだけ」

町田警部はいくつかの書類を持って部屋へと現れる。これまでに心臓発作で亡くなった者たちの情報だ。

「他の警察署から貰った、この一か月に心臓発作で亡くなった人たちの情報が載った書類だ。俺自身、裏があると思って色々調べたが死因以外に共通点らしいものは何も見当たらない」

「十分だ、ありがとう。そこそこ地位が高いらしいな」

「この道30年だぞ? 色々な事件を解決してきた」

「さすがだ」

ドクターは様々な書類に目を通していく。亡くなった時間帯はどれも雨の日の翌日であるという以外に共通点は見られない。死亡推定時刻が午前0時半のものもあれば、午後3時半のものもある。

「まさかここまでバラけてるなんて。華も一応見てくれ」

「事件の捜査なんてしたことないよ?」

「名探偵コナンを見たことは?」

「そりゃあるけど何回も」

「真似すればいい」

ドクターはいくつかの書類を華に渡す。真似とはいえどうすればいいのか……とりあえずドクターと同じように1枚ずつ見ていく。

「人の死体をこんなに見るとなんかこう……不思議な気持ちになる」

「惨い死に方じゃないだけまだマシだ」

何枚も何枚も、何百枚もあるそれらの書類を見て何かを探し出せないかと見ていくが、何も分からない。

「クソッ、かなり難しいな。分かることといえば心臓発作、死んだのは雨の日の翌日ってことだけ……犯人は一体どうやって殺してる? そしてこの人たちが選ばれた理由はなんだ?」

何度見てもそこにある手掛かりが分からない。町田警部はため息をつきながらテーブルに手をかけてよりかかる。

「名探偵でも難しいか。なんたってこの道30年の俺ですら分からなかったんだ。おかげで今の時点だと単なる偶然ってだけだ。他のヤツらも皆そういう結論を出してる」

「僕はただの名探偵じゃないぞ、宇宙一の名探偵だ。何か見落としてる、何か何か……」

そこでドクターはあることを思い出す。あの家で亡くなっていた羽鳥蓮の遺体にあったもの……

「そうだ! 雷だ!」

「雷? まさか、この一か月雨は降ることは何度もあったが、雷が起きたことは一度もない」

「いいや違うよ、小さな雷さ。僕が彼の遺体を調べた時、彼の体に小さな跡があったんだ」

「跡って?」

「雷に打たれた跡さ。電紋とも言う。雷に打たれた人間は体に空を走る稲妻のような跡が残るんだ。彼の体にそれがあった」

「ああ知ってる。前例は少ないが何度かそういう遺体を文書で見たよ。だがこれまでに確認された遺体にそんなものは無かった」

「気づかないはずさ。彼の体にあった電紋はとても小さかった。とても小さくほんの数ミリだけ。ソニックドライバーのおかげで気づいたが普通の医師や捜査官は単なる小さな傷跡とスルーするはずだ。けどそれが他の遺体にもあるか分からない」

「心臓発作で亡くなった人間の遺体ならこの署の霊安室に一人ある。既に一週間経ったものだが」

「十分さ。この跡はそう簡単に消えない。案内してくれ」

ドクターは書類を机の上に置いて町田警部と共に部屋の中から出ていく。

「ちょっと待って、私も一緒に行く!」

「すぐ戻ってくるからここに居てくれ。まだ僕が見てない情報がどこかにあるかもしれないし」

そう言ってドクターは部屋から出て行ってしまった。見てない情報と言っても既に二人で何度も同じ書類を見たはずだ。華は書類を手にしてもう一度見渡す。

「亡くなった場所もバラバラだしどうすれば……ん? 亡くなった……場所?」

 

 

警察署の中にある霊安室、検視官の男は突然現れた中学生に驚いていた。

「町田警部、子供をここに入れるなんて……」

「コイツはただの子供じゃない。名探偵なんだとさ」

「は? 名探偵?」

「心臓発作で亡くなった人たちを調べに来たんだ。ここにある遺体を見せてほしい」

検視官の男はしぶしぶ安置してある遺体を出す。ドクターは軽くお辞儀をしてから、その遺体にソニックドライバーを当てる。

「やっぱりあった。電紋の跡だ」

遺体の右胸と左胸の裏側にそれはあった。言った通りとても小さく肉眼ではただの小さな傷跡にしか見えない。

「まさか……これは気づきませんでした」

「次からはこういう跡も見逃さないように。これで分かったな、犯人は小さな雷で殺した。これは単なる心臓発作なんかじゃない、殺人だ」

 

 

ドクターと町田警部は華のいる部屋へと戻る。そこで行われていたあることに対しドクターと町田は驚いていた。

「華、これは一体何だ?」

ホワイトボードには千葉県が描かれ、そこにいくつかの点を書いていて、何枚もの書類が磁石でとめられている。

「亡くなった人達の死んだ場所を調べてたの。よく刑事ドラマかなんかでやるでしょ? 思いつかなかった?」

「意外と君は賢いな。見くびってたよ」

「バカにしてる?」

「まさか。それでここから何か分かったか?」

「ここ、ここでだけ誰も死んでないの」

華がマジックペンで大きく二重丸を描く。それは何かを中心にした周辺に死人が出ていて、そしてそこから二重丸を描いたスペースの外側でも死人が出ていることを示していた。

「ここまでは分かったんだけどそこから先がよく分からなくて……」

「ファンタスティック! この二重丸のスペースは雷が木に落ちた時の安全なスペースに似てる。木に落雷するとその真下周辺は感電する危険があるが、そこから先は安全なんだ。そしてその外側はまた危険だ」

ドクターは二重丸をマジックペンで埋めて分かりやすく説明をした。

「すごい子だな。俺ですら気付かなかった。君も探偵の素質があるよ」

「えへへ、まぁこんなの私ぐらいじゃないと分からないかもね」

華は照れながら二人に自慢げに言った。

「となるとこの中心に事件の原因があるってわけか。町田警部、ここに何があるか心当たりは?」

「そこには……電波塔がある。千葉県ほとんどに電波を流せるぐらい大きいものが」

「そうか、電波塔か! 番組というものは放送電波で流される。だから電波塔を介して千葉県にあの番組が流れてるんだ」

「いや、待てよその電波塔は……」

何かを思い出したかのように町田警部はホワイトボードの前へ歩き出す。

「確か一か月ほど前、ここに雷が落ちたんだよ。雲一つない晴れの日に落ちたものだからみんな宇宙人からの攻撃だと騒いでた。まぁすぐによくある異常気象だと騒ぎは収まったけどな。電波塔にも異常は無かったし……」

「宇宙からの攻撃……当たらずとも遠からず。晴れの日の雷なんておかしい。イオンの異常放電なんかではなく宇宙から落ちたのさ、“雷”が」

町田警部はそれを聞いてハテナマークを頭に浮かばせる。

「宇宙からの雷だと? まさかそんな話……」

「これは地球の技術による大量殺人なんかじゃない。宇宙からもたらされた何かによるものさ」

「やっぱり、エイリアンの仕業ってことね」

「君もだんだん慣れてきたみたいだな」

ドクターはマジックペンを手に華をツンツンして少しいじった。

「そりゃあグレイヴとかダーレクを見たらね」

「随分と捜査は前進したがまだ分からないことも多い、これをどう解決するつもりなんだ名探偵?」

「まだ犯人の詳細が分からないし、あの番組には謎が多い。なぜ人の名前が映し出され、“番組”という体裁を取っているのか、何故深夜0時の雨の日なのか……」

「まだまだこの書類を見て捜査するの? 悪いけど私はもうこれ以上思いつかない」

「直接あの番組と対峙しよう。今日の深夜の天気は?」

「今は雨が多い時期だ。今日も降るって予報を見た」

「なら今日またあの番組を見るぞ。犯人の後を追う」

 

 

午後23時30分。警察署の取調室にあるテレビの前にドクター達は集まっていた。頼達、少年探偵団も共に来ていた。

「こんな深夜に子供を呼ぶなんて」

「事情聴取のついでさ。それに彼らだって当事者だ」

この事件に子供を巻き込むことに町田はあまりいい顔をしていない。

「気になるんだ。どうして蓮さんが死ぬことになったのかって」

「私も……怖かったけど、探偵なんだから調べないとって」

翔と栄美はドクターを見つめる。

今夜も雨。あの番組が映る条件は満たしている。

「またあの番組が映る? 今回は危険じゃないよね?」

頼は心配そうな目つきでドクターと警部のことを見ている。

「危険だが、見るだけじゃ問題は無い。名前が載ってたら別だけど」

「心配しないで。何か起きたら俺が守るさ。そのための警察なんだからな

町田警部は不安がる頼の背中をさすり安心させようとする。

「けど死体を見た。みんな怖くないの?」

「怖いよ。けどそれ以上に腹が立つんだ。おじいちゃんを殺した犯人のこと」

「随分と肝っ玉が据わってるんだね……」

そう言って真剣な顔を浮かべる頼に、華は安心した。

ドクターはまだニュース番組を映しているテレビを睨みつけている。ソニックで軽くテレビを調べるが、まだ何も起きていない。

「ところでこの町にマグパイ電機はある?」

「何だ? そんな電器屋は無いが」

「分かった。それじゃあテレビに住んでる女は関係なさそうだな」

ドクターはかつて自分が対峙したテレビの怪物を思い出しながらテレビを眺めている。

やがて時間は経ち23時55分。もうまもなく映る時間だ。

「華、今回もちゃんとメモの準備はしてる?」

「もちろんですよ名探偵さん。助手が有能で良かったね」

「ああ。記入漏れが無いように頼むよ、有能な助手」

24時……テレビは砂嵐へと切り替わり、放送が終了したことを知らせている。そしてそれは同時にあの番組が始めることを知らせる合図だ。

一同が固唾を吞む中、画面はあの“ゴミ処理場”を映し出す。

《臨時放送をお送りいたします》

「これが例の番組か」

「ああ。みんなちゃんと見えてるな?」

皆静かに「うん」と返事をする。ドクターはそれを聞いてゆっくりと相槌を打ち、ソニックをテレビに向けて放つ。

《三田恵一さん 高橋玲さん 久保正真さん 武田純一さん……》

「ちゃんと反応があるぞ。今このテレビの中にいる。華! しっかりメモしてくれ」

あの時と同じく、無機質なナレーションが流れていく名前を読み上げていく。

「これが、明日死ぬ人達の名前か……」

町田は奇妙な番組にどこか胸の奥がざわつく。今まで見たことが無いほどに心の無い番組だ。

「かなり強力な電波だ。このテレビの中と外を行ったり来たりしてる。ソニックでも追いきれないぐらいの速さで……」

「ドクター、これなんだろう……」

華がドクターのことを呼ぶ。流れてくる名前の中に何やら奇妙なものがある。文字なのか、それとも何かの記号なのか……

「何かの暗号?」

それを見た瞬間、ドクターは顔色を変えた。

「……嘘だろ、まさか」

その奇妙な文字を見て怯えるような声を上げた。

《菊池倫さん、&%#(%!……さん》

無機質なナレーションは、噛むことなくバグったようなその名前を読み上げる。

「まさか放送がバグったとか?」

「いや、そんなんじゃない! こんなことあり得るっていうのか……?」

「今のは一体何なの?」

ドクターは息を飲み、震えながら言葉を紡ぐ。

 

「僕の……名前さ」

「ドクターの、名前? ドクターって本名じゃないの!?」

ドクターの口から語られたまさかの事実。最初こそあまり信じてはいなかったが、あれから何か月も彼と過ごしてきた中で気づけば『ドクター』が彼の本名だと思っていた。

「僕は本名を捨ててドクターという名前で生きていくことを、選んだんだ。どうして選んだかは覚えてないけど、それからドクターと名乗ってる」

「じゃあ今のがドクターの本名……ってこと? 変な文字だったけど」

「ガリフレイの文字さ。ターディスに僕の名前を通訳しないようにさせてる。だから今の番組はガリフレイの文字で僕の本名を出した……」

「だけど待って。今の番組にドクターの名前が出たってことは……」

ドクターは肩で息をしながらテレビから逃げるように壁にもたれかかる。彼は今恐怖している。ダーレクを前にしてもここまで怯えることはなかった。

「僕の名前を解き明かすなんて……! これは僕の想像以上だ……! ダーレクですら僕の名前を知ることは簡単じゃないのに!」

「おいドクター、これはマズいんじゃないか!? お前の名前が出たんだ! お前が死ぬってことだろ!?」

テレビを見ていたこの場のみんながそれに驚いた。今、この場に『明日の犠牲者』が居るのだ。

「ああそうだ。僕が殺されるターゲットになった! だけどもっとマズいのは……」

 

《明日の犠牲者は以上です おやすみなさい》

 

「今このテレビにヤツがいるってことだ!」

 




次回のチラ見せ

溢れる涙が動かなくなった彼の頬を濡らす。


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第七話 BROADCASTING ACCIDENT〈明日の犠牲者〉PART4

そういえば再び投稿を初めてから一か月が経過しました。早いものですね
この一か月で10万文字以上は書いた気がします。気が狂うかと


 

テレビが砂嵐へと変化した途端、テレビは赤い電気のようなものを纏わせた。これが先ほどの“番組”なのだろうか? ともかく、誰から見てもこれが危険なことは分かる。

「ドクター……ドクター今すぐ逃げて!」

「ヤツは光よりも素早い! そう簡単に逃げることは……」

「いいから早く!」

華がそう発破をかけると、ドクターは扉を開け部屋から急いで出ていく。

テレビに纏わりついた電気が“怪物”のような姿へと変貌し叫ぶと同時に雷のようにテレビから放たれた。

「ドクター!!」

そして放たれた光は廊下を走って逃げるドクターを追いかけるように部屋から出て行った。華は部屋から出てドクターの方を見る。

「逃げて! 早く……」

華がそう言い終わる前に、赤い電気はドクターの体に直撃し、彼の体を貫いた。口から黒い煙のようなものを上げながら、その場に倒れ込む。

「嘘……嘘ドクター! ドクター! 死なないで!」

華は倒れる彼の元へと駆け寄った。まさか、ドクターが死ぬはずはない。いままでどんな恐ろしい存在を前にしてもケロッとした顔で危機を乗り越えてきた。そんな彼が死ぬはずはない。

「ドクター! ドクター!」

必死に彼を揺らし、頬を何度も叩く。しかし一切の反応が無い。嫌だ、そんなことが……華は涙を浮かべながら彼を何度も揺らす。

「ドクター……!」

溢れる涙が動かなくなった彼の頬を濡らす。彼の瞳がもう開くことは……

「うおおぁーっ!」

「嫌ああああーっ!?」

突然叫びながら起き上がったドクターに華は驚いて後ろに倒れ込む。良かった、なんとか生きていた。

「生きてたなら死んだふりなんてしないでよ! こっちは本当に死んだかと…… いや待って、なんで生きてるの!?」

「普通の人間なら死んでただろうな。でも僕には心臓が二つある! だから一応生きてはいるけど……」

「心臓が二つ!?」

「前に言わなかったっけ!? タイムロードは心臓が二つあって……ぬああーっ!」

しかしドクターの様子がおかしい。胸を抑えながら壁にもたれかかる。

「どうしたの!? 大丈夫!?」

「アイツが僕の心臓を一つ止めたんだ! 今は大丈夫だけどタイムロードは心臓が一つで動けるようできてない! だからもうすぐ死ぬ!」

「ええっ!? 結局死ぬの!?」

悶え苦しむドクターに華は慌てる。生きてたと思ったら死ぬだなんて……

「ああ! ヤツは今僕の体の中に居て暴れまわってる! けど大丈夫だ! たとえ死んでも再生できる! タイムロードには再生エネルギーというものがあって、体が死ぬとそのエネルギーで治療するんだ! 見た目が変わるからもう中学生じゃなくなるかもしれないけど背に腹は代えられない!」

「待って待ってどういうこと!?」

「いやちょっと待てよ……ぐああっ!? 何故だ!? 再生できない!? まだ再生エネルギーは使い果たしてないはずなのに!?うおあっ!」

ドクターはその場に倒れこみ胸を抑えて苦しみ続ける。

「その再生ってのもダメなの!?」

「ヤツが僕の体の中で暴れてるせいだ! マズい! これじゃ僕は再生できずに……完全に死ぬ!」

さっきの電気の怪物がドクターの体の中で暴れている。そしてそのせいで彼の体は“再生”とやらができないらしい。とにかくこのままではドクターが死んでしまう。

「どうすればいいの!? まさかこのまま死ぬの!? 嫌だよ! 私まだ別れ言ってないし……」

「まだ僕が死ぬと結論づけるな! 今から6分後に完全に僕が死ぬ確率は90%! だけど助かる方法を今考えてる! えーとえーと……があぁっ! とにかく他のみんなを呼んできてくれ!」

「わ、わかった! 町田さん! みんな! ドクターが!」

それを聞いてすぐにみんなが華たちの元へとやって来る。事は一刻を争う。

「どうした!? ドクターは生きてたのか!?」

「生きてたんだけど死にそうらしいの!?」

「なんだと!?」

「僕が完全に死ぬまであと5分! ここにAEDはある!?」

ドクターは苦しみながら町田に聞く。

「あ、ああもちろんだ。ここに置いてある!」

「今からそれを持ってきてくれ! あと必要なものはコンセント! 電気を通せるケーブル! あとメロンソーダにアンパン! それと華が持ってるスマートフォン!」

「何でメロンソーダとアンパンが必要なの!?」

「僕の好物だからさ! ぐああーっ! それと含まれてる成分が必要!」

「わ、分かった! 探偵団のみんなははメロンソーダとアンパン買ってきて! 私はえーと……充電器のケーブル! ちょうど持ってた! これをどうすれば!?」

「あとは僕がやる! 急いでくれ!」

ドクターに言われたものをみんなでかき集め持ってくる。残された時間はあと5分。町田警部は急いで警察署の一階に備え付けてあるAEDを持ってきた。頼たちはゆっくり会計をする店員を急がせ、すぐにアンパンとメロンソーダを購入した。

ドクターは苦しみながらコンセントに充電ケーブルを刺し、円を描くように地面に置いた。そしてその中心に華のスマートフォンを配置する。

「買って来たよ!」

レジ袋を引き裂き、ドクターはアンパンとメロンソーダを思いきり口の中に流し込んでそれを食べる。苦しみながら食べているためか一部口からあふれ出ている。

「死の間際に食べるアンパンとメロンソーダは格別だ!」

「軽口言ってる場合!?」

「AEDを用意したぞ!」

ドクターは口にアンパンとメロンソーダを含みながら、自分の服を脱いで胸に電極パッドを貼り付ける。

《心電図を調べています。患者に触れないでください。心電図を解析中です……心音が異常です》

「僕はタイムロードだからな! みんな離れろ! 出力を上げる!」

ドクターはそう言うとAEDに向かってソニックドライバーを当てると、AEDは火花を上げた。

「ねぇ本当に大丈夫なの!?」

「出力を10倍に上げたんだ! 死ぬほど痛いがやらないと死ぬ!」

ドクターはAEDのボタンに手をかける。

「そうだ言い忘れてた! 華!」

「何!?」

「君のスマホが壊れると思うから先に謝っておく」

「ええっ!?」

全員が自分の傍から離れたことを確認し、ドクターがAEDが発動させる。ドクターは叫びながら大きく震え、ケーブルで作った円の中に電気の塊のようなものを吐き出し、勢いで後ろへと吹き飛んでしまう。

AEDは今の衝撃でショートし、黒く焼け焦げてしまった。皆、吹き飛び気絶したドクターの顔を覗こうとする。

「ドクター……? ドク……」

 

ドクターは大きく声を上げて華に向かって倒れた。華はゆっくりと彼のことを抱きかかえる。

「どうだ……? 僕の心臓、ちゃんと2つ動いてるか?」

華は彼の胸に手を当てる。

「……うん。ちゃんと動いてる」

「それは良かった……今の電気ショック、二度と味わいたくないね。アンパンに含まれるアンとパンの成分とメロンソーダの炭酸と保存料がシナプスと電気信号を乱しやすくなるからそこにAEDの電気ショックを与えて……」

「本当に……本当に良かった!」

華はつい安心のあまり涙を流して彼の事を強く抱きしめてしまう。ドクターは痛い痛いと言いながら引き離そうとする。

「だって私……本当に、本当に死ぬかと思ってぇ……」

「君をこの時代に置いて死ぬわけないだろ?」

「う、うん……」

華はなおも涙をこらえきれずに顔をぐしゃぐしゃにして彼の事を抱きしめる。

「でもちょっと待って……? 私のスマホ……」

「未来の新型を今度買ってあげるから許して?」

それを思い出し、華は涙溢れる顔でドクターの肩を強く叩いた。

「ドクター、本当に無事なのか?」

町田警部が彼に聞く。

「心臓はちゃんと動いてるしヤツは僕の体から綺麗さっぱり消えたよ。ただの人間だったらアレに襲われた段階で死んでたけどね」

ドクターは町田に向かって笑顔を見せる。

「それでヤツはどこに消えたんだ? 死んだのか?」

「いいやまだ消えてない。そこにいるよ」

そう言うとドクターはケーブルの円に向かって指をさす。そこには何も見えない。

「何も見えないけど……」

「ちょっと待ってくれ。町田警部、ラジオを持ってきてくれ」

そう言われ、町田警部は隣の部屋に置いてあった少し古い型のラジオを持ってきてドクターに手渡す。

「えーと、周波数を合わせて……」

ラジオをいじり、ドクターはそこから取った周波数のデータを円の中心にある華のスマホに向けて放つ。すると、その円の中にテレビに纏わりついていた、あの赤く光る怪物が現れた。電気の線が繋がったような姿だ。

「これがあの番組で、人々を殺した犯人さ。僕の体に入り込んで殺そうとした」

「おじいちゃんを殺した犯人……」

「嘘だろ、なんなんだこれは!?」

頼たちはその怪物を見て目を丸くして驚いた。

「これって何なの? 電気型エイリアン?」

「いや、生物じゃない。これは電波さ。テレビ番組を映す電波」

「電波……?」

怪物はまるで吠えるようにこちらを襲おうとするが、怪物を囲んでいるケーブルがバリアのようなものを出していてこちら側には手を出せないようだ。

「おっと、随分と狂暴だな」

「電波って……こんな目に見えるものなのか? 俺は最近のテレビ事情にはあんまり詳しくないが、最近のテレビ電波ってこんな感じなのか?」

町田は華たちに聞くが、皆首を横に振って答える。

「宇宙のテレビ番組の電波だろうね。星々の間で番組に遅延が発生しないよう、かなり高度な通信規格を使ってる。地球の規格で言うと10Gぐらい。何かをきっかけにして地球の千葉県に飛来したんだ」

「じゃあこれは“宇宙のテレビ番組”そのものってことなの?」

「ああそうさ。だけどこいつに悪意は無いし、意思だってない。命令されたことをただこの星で実行に移していただけ」

「番組に名前が映った人間の元へ行って、殺すって番組……?」

そんな悪趣味な番組が宇宙にあるのだろうか? 華たちは少し怪しんだ。

「悪趣味な番組は宇宙にたくさんある。クイズ番組で一番間違えた人を殺したりする番組とかね。でもこんな番組は初めて見る。少しばかり調査する必要がありそうだ」

ドクターはソニックドライバーにその“電波”の情報を移し、更なる情報を調べるためターディスへと戻るため歩いていく。

「おいドクターどこに向かうんだ? こいつをここに置いたままなのか? ここは警察署だぞ?」

「大丈夫だ。そいつは番組に名前が載った人間しか狙わない。それに今バリアを張ってるからそこから出てこれないよ。見張っていてくれ」

そう言うとドクターは走って去っていく。華もその後を追っていく。

「見張っていろって……コイツを?」

町田警部たちは、その電気の怪物に目を向ける。

 

 

「やっぱりターディスの中って安心するね。安全な場所だし」

「ターディスは必ずしも安全なわけじゃない。だがあの電波は入ってこれないはずだ」

ドクターはソニックに記憶させた電波のデータをターディスのコンソールへと移す。宇宙のあらゆることを検索できるターディスでその出所を探る。

「よーし見つけた。あれはドゥークって星系からやってきた電波だ」

画面にはその星系と思われる銀河の集合体が表示されている。

「それってどんな星系?」

「テレビ好きの星系だ。あそこのテレビ番組は面白いよ? 宇宙カラスがやってる料理番組がお気に入り」

ドクターは操作盤のキーボードをいじる。

「そしてその星系のマルバって星からあの電波は送り出されたらしい。テレビ番組の名前は……『ビックリ! 星間ビリビリアワー』?」

「何そのふざけた番組?」

「なるほど、ドッキリ番組か…… 星系全体の住民のデータベースを拾ってそこからランダムで映し出された人物の元へ“電波”が行って電気ショックを与えるってドッキリ番組か。僕たちが見たあの番組とよく似てる内容だ」

「電気ショックって……まさかドッキリ番組で人を殺すの!?」

人を殺すだなんてドッキリでも何でもない。宇宙ではよくあることなのだろうか?

「いいや殺さない。地球でもよくあるだろ? ビリビリペンみたいなドッキリ。その程度の電気ショックらしい。いままでの死傷者は0人だ」

「でも何人も地球で死んでる」

「もし電波が何かをきっかけに変質してしまったとしたら? そう、例えばこれ」

ドクターはモニターに映像を移す。そこには太陽がフレアを出す様子が映し出されている。

「太陽フレア?」

「その通り! これは星から星へ渡る電波だ。だけどその電波が他の星へ向かっている途中に太陽フレアを浴びた。そのせいで本来の目的が書き換えられたんだ。名前が載った人物に電気ショックを与えるということから、名前が載った人物を電気で殺すっていうね」

人を殺す番組の正体は変質したドッキリ番組なんてにわかには信じがたい話だが、ドクターが言うのだから間違いは無いのだろう。

「しかし僕の名前まで知るとはね。あれは電波塔を介して千葉県全体の様々な機械にアクセスして住民の情報を盗み取ったんだ。だから人の名前を知って、テレビに映すことができた」

「ドクターは千葉県の人間じゃないはずだけど」

「ターディスを経由したのさ。ターディスなら僕の本名を知ってるからね。まさか僕が狙われるとは想像してなかったよ」

「どうして地球にこの電波が?」

「太陽フレアを浴びたときの衝撃で本来のルートを外れ……地球へ到達した。電波を失った番組はそれから放送してないらしい。言ってしまえばこれは宇宙規模の放送事故だな」

「人を殺す放送事故だなんて……」

「そしてそれが千葉の電波塔に直撃。そこからあの番組を放映し始めたんだ」

「雨の日の深夜0時に放送する理由は?」

「この番組が現地時間だと深夜0時から放送されてたからさ、そして雨の日にだけ映ったのは電波が通りやすいから。イオンとか空中の電子が雨の日の湿気が高い日は通りやすい。だから電波があの番組を深夜0時の雨の日に映してた。それまでは電波塔でずっと待機」

「それでどうするの? 電波なんて倒し方が分からない」

「僕を誰だと思ってる? 心配するな。あの電波はあそこに捕らえたままだし、あとはターディスにアンテナをつけて、そこに誘導して殺人電波を封じ込める。そうすれば……」

すると突然、警報音のようなものと同時にターディスのモニターに何かが映し出される。それは日本全体だ。

「おい待て……嘘だろそんなことが」

「この音は何!? 一体何が?」

「電波が……増殖してる」

モニターに映し出された日本の地図上に、Wi-Fiのような電波のマークが次々と映し出される。

「まさか、アレが増えてるってこと!?」

「僕がさっきやった電気ショックのせいでさらに性質が変化したってことはないよな? いいやその読みは当たりだ! あれは電波だ! 形はない! だからいくらでも増えることができる!」

「増えたらどうなるの!?」

ドクターは頭を抱えて華の方を見つめる。

「さっきの電気ショックのせいでヤツが増殖するようになった。しかも日本中に電波を飛ばし始めてる!」

「あの番組が日本中で放送されるってこと!?」

「ああ、千葉県だけじゃなくて日本全体だ! これは……マズいぞ!」

ドクターがキーボードを叩きながら事の詳細を調べる。まさかの変質は予想だにしていなかった。

「警察署に捕らえた電波は!?」

ドクターはターディスから降りてさきほどの電波を封じ込めた場所へと向かう。

 




次回のチラ見せ


「ディレクター! どうやら他のテレビ局でも……同じような映像が流れているようです」


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第七話 BROADCASTING ACCIDENT〈明日の犠牲者〉PART5

アナログ放送って懐かしいですね。画面の右上にアナログって書いてあるのが好きです
地デジはデジタルって表示されないので物足りないです


 

「おい、アイツはどこに消えたんだ!?」

突然目の前から封じられたはずの電気の怪物が消滅した。見張っていろと言われていたのに逃がすとは…… 町田警部は頭を抱えた。そんな彼の前にドクターが走って現れた。

「ドクター! 悪い、逃がしたみたいだ」

「いいや逃げたんじゃない。電波をあちこちに放って自分は消えたのさ」

「電波を……あちこちに放った!?」

「今日本中のあらゆる電波塔や放送局を飛び回ってるはずだ。NHK、日本テレビ、フジテレビ……」

「まさか、あの番組が日本中で流れるってこと!?」

栄美が不安そうな目でドクターに迫る。

「ああその通りだ。しかもさらに厄介なのはあの電波が変質したってことだ。わざわざ人の情報をあちこちのデータベースから引きずり出さなくてもよくなった。増殖してどんなテレビにでも入れるようになったからね」

「つまり、どうなる?」

「電波の入ったテレビの前に居る人間を殺すようになった」

まさかの事実に一同は戦慄する。テレビに映った名前の人物を殺すのではなく、テレビを見た人間を殺すようになったとは。先ほどまでとは危険度が段違いだ。

「どうするんだ!? 日本中にあれが散らばるだなんて!」

「僕もこうなるとは予想してなかった! さぁどうするどうする!? 早くしないとテレビの前の良い子のみんなが全員死ぬぞ!?」

ドクターは頭を叩きながら考えを巡らせる。こんな状況をどう打開する? さきほど自分が死にかけたときはすぐに対処法が浮かんだが、日本全土に殺人電波が回ることになるとは。どうするどうする……

「なんとかして、その電波を止められないかな? 電波には電波、みたいな……」

頼の一言を聞いて、ドクターは驚くような顔をする。

「さすが参謀だ! よし、電波には電波で対抗する!」

ドクターはその場で走り回る。それを聞いて何かいい策を思いついたようだ。

「電波には電波……?」

「思いついたはいいが人手が足りない! かなりの緊急事態だから急がないと! 僕と華だけでやるにはあまりにも時間が……」

頭を抱えるドクターに対し、翔は自分の事を指さす。

「俺たちは?」

「そうか、少年探偵団! 君たちが居た! しかも警察だっているし」

 

 

日本各地のテレビ局は突然乱入してきた謎の電波に混乱していた。突然強い信号で、かつどんな手を使っても元の番組に戻せない。

「おいおいおいおい! 一体何がどうなってる!?」

「分かりません! 急に電波が上書きしてきて……」

「こんな電波ジャック見たことないぞ!? 大体何なんだこの番組は!?」

日本テレビの放送室。突然現れた奇妙なゴミ処理場の映像に頭を抱えていた。

「一体誰がこんないたずらを……」

「ディレクター! どうやら他のテレビ局でも……同じような映像が流れているようです」

「何? うちだけじゃないのか!?」

日本各地のテレビを見ていた家庭も突然目の前に現れた謎の映像に驚いていた。チャンネルを変えても変えても同じ映像が映る。

「どうしたんだろう、テレビ壊れたのかな……」

「買い替え時ね」

 

 

千葉県の警察署のターディスの前、雨が一段と強く降る中、ドクターはある任務を与えようとしていた。

「さて少年探偵団の諸君と町田警部。それと華。今から作戦を伝える」

「どんな作戦?」

「君たちに全公共放送のテレビ局にこのアンテナをつけてほしい」

「アンテナ……?」

突然黒いアンテナを手渡される。家の屋上についているようなアンテナだが、形は少し丸っこい。

「事は一刻を争う。既に日本全国に公共放送を通じてあの番組が流れてる。しかも今度はテレビの前の人間を殺す仕様だ」

ドクターはアンテナをいじりながら解説を続ける。

「それを防ぐために、それ以上の電波を放つ。ターディスからこのアンテナに向けて妨害電波を放てるようにしてある。君たちがすることは各テレビ局にこれをつけること」

「けどどうやって?」

栄美が質問をする。確かにこのアンテナをテレビ局につけろと言われても、そこまで行く手段や、どこにつけるかが分からない。

「簡単なテレポートを使う。つい最近70世紀の闇市場で売ってたのをターディスに取り付けたんだ。実はペテンにかけられて、数百キロしか移動できない短距離用を買わせられたんだ。使い道無いと思ってたけど、つけて正解」

ターディスをポンポンと優しく叩きながら自慢げな顔を見せる。

「さっきから思ってたんだが本当にお前は探偵なのか?」

町田警部がドクターに怪しい目を向ける。

「ああもちろん。宇宙一の探偵さ。とにかく、テレビ局前に着いたらなるべく高いところへこのアンテナを立ててくれ」

ドクターがみんなにそれだけを伝え、ターディスの中へと入ろうとする。

「まだ……僕怖いんだ。おじいちゃんを殺した犯人は嫌いだ。でも、本当にできるかどうかって考えると……」

頼はこの状況に怯えていた。ただでさえさきほどドクターが苦しみ死にかけたところを見たのだ。ただ死体を見るよりもよっぽど恐ろしい。

華はゆっくりと彼の前に近寄って行って、その手を掴んでゆっくりと諭す。

「私も……怖いんだ」

「お姉ちゃんも怖いの?」

「……うん。でもみんなのために戦わないとって思ってる。とても怖いかもしれないけど、今は頼くんたちにしかできないの」

「僕たちだけが……」

「そうだよ。大丈夫! ドクターはさっき死にかけたけど、ああやって今は元気でしょ? アイツはいつもああやってみんなのために戦ってくれるし、みんなの傍に寄り添ってくれる。だから心配しなくていいよ」

頼は彼女の言葉に安堵する。確かに、彼はさっき死にかけたがそれを乗り越えたのだ。恐怖を乗り越えた。

「それに……今は私だっているし」

華は笑顔を彼に向ける。

「お姉ちゃん……」

「ドクター、これをテレビ局の高いところにつける。それでいいんだな?」

「ああ。あとは僕がやる」

「ターディスで全部できるの?」

華がドクターに聞く。妨害電波を放つと言ってもターディスから全てのテレビ局へ、全国に向けて放つことはできるのだろうか。

「まさか。日本最大の電波塔を使うよ」

「日本最大の電波塔? スカイツリー?」

華は日本で一番高い建物であり、日本最大の電波塔の名前を出す。しかし探偵団のみんなはそれを聞いてもパッとしていない。

「今の時代は東京タワーだよ。それを使う」

「あっ、そっか……」

華は少し顔を赤らめる。そんな彼女を見て、頼も顔をなぜか赤らめさせている。

「俺たちは町の平和を守る少年探偵団だ! だけど今は日本の危機を救う! お姉ちゃんとドクターと刑事さんは臨時隊員ね!」

翔が発破をかけるために自分たちの事を名乗る。日本の危機を救うために立ち上がるのだ。

「探偵団って……ごっこ遊びか」

町田警部はそんな彼を見て微笑む。

「日本を救うごっこ遊びなんて最高じゃない?」

華が頼の手を握りながら町田の方を見る。

「ああ。その通りだな」

「よし! 転送準備完了だ! それじゃあみんな到着したらちょっと吐気を催すかもしれないが我慢してくれ。それでは……幸運を祈る」

ドクターがターディスのボタンを押すと、全員がターディスから放たれた光に当たり、各テレビ局前へと転送されていく。

 

 

「ここって……あの玉、フジテレビね?」

華はフジテレビへと送られていた。フジテレビのシンボルとも言える「はちたま」を前に少し興奮する。

「2009年と言えば『イケメンパラダイス』が……いや、あれってもう少し前だっけ? ってそんなことどうでもいいから早くアンテナをつけないと!」

華はドクターから託された使命を思い出し、フジテレビの建物に向かい走っていく。

「だけどどうやって高い所まで上がればいいんだっけ?」

高い所にアンテナをつけるといっても、そこまで上がる手段を教えられていなかった。少なくとも外階段のようなものは無いし……

ふと手に違和感を感じて見てみると、そこには『サイキックペーパー』が握られていた。

「ああ、なるほどね」

華は入口の守衛にそれを見せて中へと入る。ついでに「中で働いている父にお弁当を届けに来た」という理由で。

 

 

「私は千葉県警の町田重蔵だ。捜査のために中に入れさせてもらいたい」

「なぜ千葉の警察の方がこんなところに? ここ東京ですよ?」

町田警部は赤坂のTBS前へと送られていた。警察手帳を入口の者に見せるが、さすがに千葉の警察が東京に単独で来るのはおかしいと思われ足止めを喰らっていた

「中で重大な事件が発生していると通報を受けた」

「だからなんで千葉の警察が…… 大体なんですかそのアンテナ」

「いいから入れさせろ。公務執行妨害で逮捕されたいのか?」

「はいはい……」

TBSの者は脅されてしまい、仕方なく中へと入れた。

 

 

「お姉ちゃんがあそこまで言ってくれたんだ。僕も頑張らないと!」

頼は既にNHKの中へと入りこんでいた。偶然にも転送先は建物の中だったらしい。

「そこの君、何をしているんだ?」

中を巡回していた警備員に見つかり、声をかけられてしまう。

「あ、あーっと……お父さんの弁当を届けに来てて……」

「ちゃんと表から入って来たか?」

「え? いや、それは……」

まずい。そう思って頼は弁解するまでもなくその場から立ち去ろうとしてしまう。

「ちょっと待て君! 待ちなさい!」

 

 

「華と町田警部はともかく、小学三年生には荷が重すぎたかな……けど警察の人間を頼ろうにも、殺人電波が日本を襲うなんて言ったって信じてくれないか」

「おいそこ、勝手にエレベーターに乗るな!」

東京タワーの1階。展望台へと昇るためのエレベーターの中。ドクターは妨害電波を放ち、殺人電波を日本各地から集めるための機械を手に乗ろうとするが、係員に見つかってしまう。展望台に上るためにはチケットが必要らしい。

「チケットの料金なんてたかだか数百円だろ? ケチケチしないでくれ」

「おい待て……」

ドクターは係員がこのの中に入って止める前にソニックをエレベーターの操作盤に当てて扉を強制的に閉める。

目指すは東京タワーの頂上。この機械を取りつけなければ。

 

 

 

「これでいいのかな? たぶんいいよな」

翔は既にテレビ朝日の屋上にアンテナを取り付けていた。ちょうど中に自分の知り合いがいたので彼に協力してもらったのだ。

「本当に……蓮が死んだのか?」

「そうだよ。その犯人を捕まえるためにこのアンテナを取り付けてるんだ」

「マジかよ……。でもなんでこんな雨の中アンテナを」

「細かいことは気にしないでよ兄ちゃん。俺がいままで嘘をついたこととかある?」

「そりゃもうしょっちゅう。でも驚いたよ、まさかお前がここまで一人で来るなんて。けど警備員にバレたらこれヤバいんだけど……」

「もし見つかっても兄ちゃんの責任ね」

「おい」

実の兄にそんなことを語りながら、翔は遠くの空を見る。

「頼むよドクターさん……」

 

 

「電波ジャックでこんな不気味な番組が流れるなんて……」

暗い部屋の中、テレビを眺める一人の男性がパソコンをいじりながら掲示板を見ている。

「他にも同じ人居ますか……っと。おっと来た来た」

《30分ぐらいずっとチャンネル変えても同じ画面なんだけど》

《なんか電波のエラーかなんかなんじゃね?》

《日本中のテレビで同じことが起きてるらしいよ》

自分で建ち上げた掲示板のスレッドに次々と書き込みが増えていくのを見て、男は少し面白がっていた。

まさかこのテレビ番組が今から自分を殺そうとしているなんて考えもせずに。

パソコンからふとテレビを見つめ返すと、テレビの画面にはなぜか自分の名前が表示されており、奇妙なナレーションが聞こえてきた。

《鈴木明さん…… 明日の犠牲者は以上です おやすみなさい》

そのナレーションがかかった瞬間、テレビが突然赤い電気をバチバチと放ちながら砂嵐を表示させる。

「な、なんかマズいぜこれ……」

 




次回のチラ見せ

《やぁ! テレビにかじりついているテレビっ子の諸君!》


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第七話 BROADCASTING ACCIDENT〈明日の犠牲者〉PART6

電波ジャック、放送事故といえばドクターフーの旧シリーズでのマックスヘッドルーム事件がそこそこ有名でしょうか。今回のエピソードはこれで終わりですが、その事件もちょっとだけ今回のエピソードのオマージュ……してると思います。たぶん


 

 

日本各地のテレビが赤い電気を放ち始めていた。各テレビ局も突然放送室のテレビが奇妙な放電を始め、ただ事ではないと感じ始める。日本テレビの放送室もそうだった。

「おいおい何だよこれ……ただの電波ジャックじゃねぇぞ!?」

「今電波の発信源を辿っています! フジテレビ……いや、TBS……色んなところから発されています!」

「ありえねぇだろ!? 電波がそんなテレビ局を経由するか!?」

ディレクターの男が放送室で怒鳴っている。部下の女性にこの情報の出所を探らせているようだ。

「待ってください。これ、なんでしょう……?」

テレビには、その場に居る者達の名前がなぜか映し出されている。あまりにも奇妙だ。恐ろしい。ディレクターの男は腰を抜かしてその場に座り込んでしまう。

「前田庄司……俺の名前だ……なんで、なんでテレビにこんなのが映ってんだよ!?」

その瞬間、突然放送室の扉が開いた。そこから小さな女の子がアンテナを持っている。

「あのー……屋上まではどうやって行けばいいんでしょうか?」

その女の子は栄美だった。怯えるディレクターは震えながら突然現れた女の子に指をさして屋上への道を教えた。

「え、東の階段を上がれば……」

「ありがとうございます」

それを聞いて栄美は扉を閉めて階段の方へと向かう。

「……あのガキ、まさか幽霊じゃねぇよな?」

 

 

「マズい、既に全国に放たれた電波が動き始めてる。殺戮を始めるまであと3分ってところか……」

ドクターは雨と風が強まる中、東京タワーの外階段を登り、できる限りの高さへと向かう。

「思ったより時間がない! 早くしないと……」

雨と風に吹かれながらドクターは上へ上へと急いでいく。早くしなければ日本中のテレビの前の人間が電波に殺される。

「下は見るなよ。ここは既に300mだ」

こんな天気の中、電波塔の上に登るだなんて。ただでさえ今日は一回死にかけたというのに、今下には死が広がっている。

「よぉし、ここならちょうどいい。日本中の電波を集められる」

ドクターは電力板のようなものを見つけ、そこに機械を繋げる。あとは……

「みんながちゃんと設置してくれているかどうか。あと2分」

 

 

頼は警備員に追いかけられながらもひたすら屋上を目指していた。既に警備員は仲間を呼んで彼の事を追いかけている。

「もっと応援をよこしてくれ。小学生の……不審者が建物の中にいる!」

もし捕まってしまえばアンテナを設置できない。そうなれば日本は一巻の終わりだ。だけどもう体が動かない。階段を既に10階以上も駆け上がっている。

「もうダメ……走れない……」

いくらなんでも、屋上までノンストップで駆け上がるなんて無理だ。心臓がバクバクとしている音が体中に響き渡る。

「だけど……」

屋上まではあと少し。だけどもう体が無理だ。もうこれ以上は……そう思った時、ある言葉が頭に浮かぶ。

《……うん。でもみんなのために戦わないとって思ってる。とても怖いかもしれないけど、今は頼くんたちにしかできないの》

《それに……今は私だっているし》

彼女の言葉と顔が頭に浮かぶ。そうだ。自分はやらなければ。

「僕がやらなきゃ……お姉ちゃんのために、みんなのために!」

自分の体にムチを打って、ひたすら階段を駆け上がっていく。下から警備員たちの声が聞こえてくる。

「待て! 待つんだ!」

「嫌だ! 待たない!」

屋上の扉が目の前に現れた。その扉を開いて……

 

 

日本中のあらゆるテレビがあの番組を流している。人々はテレビに映る“自分の名前”に恐怖を抱き、テレビの前から去る者も多かった。中にはこれは一体何のドッキリなんだと思って集中して見続ける者も。

「危ないよ! 早く逃げよう!」

「何言ってるんだ? これはただのテレビだぞ?」

赤い電気を放つテレビに一切臆していない。そんな彼のことは諦め、その男の彼女は家の外へと避難する。

「すげぇ、今どきのテレビはこんなことできるのか……」

その番組は名前を映した人間を狙い続ける。たとえどこまで逃げたとしても、それから逃れることはできない。

 

日本テレビの放送室、怯えるディレクターの男は次第に強まっていくテレビの赤い電気の前に何もできず、ただそのテレビを見続けることしかできなかった。

「何だよ……何なんだよ…」

《あ、アアア、明日の……明日の犠牲者は……以上です おや……オヤスミナサイ》

テレビの無機質なナレーションがそう告げた途端、放送室中のテレビに走る赤い電気が一つにまとまり怪物のような姿となった。それは叫ぶように男を襲い……

 

《やぁ! テレビにかじりついているテレビっ子の諸君! 僕はドクターだ!》

突然赤い電気の怪物はテレビに吸い込まれるように消え、その画面には中学生らしき男が映っていた。

「ド、ドクター……?」

《今、日本中のテレビが恐ろしい番組を流してただろう? けどもう大丈夫! 僕が日本中のあらゆる放送電波をジャックしたから》

 

華はフジテレビの放送室に走り、しっかりと作戦が成功したかを確認しに来る。放送室の人間は誰もが奇妙な電波ジャックに怯えているが、華は違う。テレビに映るドクターを見て微笑んでいた。

「ドクター……!」

《今テレビにまとわりついた赤い電気は宇宙から来た恐ろしい殺人電波だ! 僕が妨害電波を出さなきゃ今頃みんな殺されてたよ! さぁ日本中のみんな、ドクターに感謝するんだ!》

 

日本のどこか、誰も知らない地下深く。その組織はテレビ画面を凝視していた。

「長官、この男“ドクター”と名乗っています」

「まさか、この男がドクターであるはずがない。彼は……英国人の男性の見た目をしていたはずだ」

「恐らく“再生”して日本人の見た目になったのかと」

「まさか、そんなことが……」

日本のどこかにある諜報・軍事機関にして、対エイリアンの特別組織……

「UNIT」の日本支部は、突然テレビに映り「ドクター」と名乗った男のことを見続けていた。

 

日本中のテレビを見ていた人々は、突然現れた謎の男“ドクター”に混乱していた。無理もない。テレビが突然奇妙な光を出した後に突然こんな明るい男性……というより子供が現れるなんて。

《これでもう誰も死なない! あの電波は各テレビ局に設置されたアンテナを通じて東京タワーへと送られ、そして東京タワーの真下にあるターディスに全て送り込まれる! どうだい華、僕の作戦は素晴らしいだろ? 日本中に拡散された電波をテレビ局を通じて全て東京タワーに送る! 良かったよ、まだスカイツリーになってなくて。古いアナログ電波! それがこの作戦の鍵だったってわけさ! 地デジだったらもうちょっと複雑な機械を作らないといけなくてそうなってたら間に合わなかった。アナログ放送万歳!》

「……ちょっとドクター、私の名前を全国放送で流さないでよ」

聞こえないと思うが、華はテレビ画面に向かってドクターに文句を言う。

《悪いな華、これはさっき録画した映像だから何か反応しても答えられない》

「録画のくせに反応してるじゃん」

《そうだっけ? まぁ細かいことは気にするな。この作戦を遂行できたのはそう! 少年探偵団の協力あってこそさ! ありがとうライアン! ありがとうエイミー! ありがとうミッキー!! それと千葉県警の町田警部! そして三崎華!! あ、そうそう、最後にこの映像の最後に記憶を消す光を日本中に流すから君たちは見たことを全て忘れる。だから心配するな! これで僕が電波ジャックしたことは何の罪にも問われないね》

テレビの中のドクターははにかみながら画面のこちら側を見つめる。

「ちょっと待って、ウソ? 記憶消すの!?」

「心配するな華、これつけて」

気付けば隣にはびしょ濡れのドクターが立っていた。彼はポケットからサングラスを出して華に手渡す。

「これって……」

「前にグレイヴを消した時につけてたサングラスさ。ほら、もうすぐ光るよ」

ドクターも同じサングラスを取り出してかける。

《さぁみんな準備はいいか? いち、に、さん……》

その瞬間、眩い光が日本中を包んだ。

 

 

 

「見てみろよ華、日本中に拡散された10Gの殺人電波が全てこのUSBに詰まってる。解放されたらたぶんすぐ僕のことを殺しに来るから、宇宙の果てに捨てないと。光の速度で追いかけてきても100億光年かかるぐらい遠くにね」

ターディスの中、ドクターはUSBを投げて華に手渡す。謎の番組の事件を解決し、ドクターの顔は晴れやかだ。

「ちょっと、アンタが死にかけたモノをこっちに投げないでよ」

華はドクターに投げ返す。一瞬受け取るのに失敗して落としそうになるが、なんとかキャッチできる。

「おいおい、これはすごく危険なんだぞ? 壊れたらどうする」

「先に投げたのはそっちでしょ。大体そんなに脆いの? そのUSB」

「まさか。5000世紀で作られた1000万エクサバイトの超大容量USBだぞ? そう簡単には壊れないさ」

そう言うとドクターはUSBをポケットの中にしまう。

「そういえば、町田警部は? あれから会ってない」

事件が解決した後、ドクターは探偵団のみんなをターディスで集め千葉へと戻って行った。そこに町田警部の姿は無かった。

「まさか、間に合わなくて死んだとか……」

「何言ってる? 彼はちゃんと生きてるよ。ターディスの中を見たら怖がって『電車で帰る』って言ったんだ」

「なんだ。けど町田さんもこれで気分が晴れたかな。奥さんが事件に巻き込まれたわけだし……」

彼は言っていた。自分の妻も2週間前に心臓発作で亡くなったと。そしてこの事件の捜査を始めたわけだ。

「きっとそうさ。今度顔を出しに行ってみようか?」

「うん。ターディスがあればいつでも行けるもんね」

「さて、『恐怖! 殺人番組』の謎も解決したことだし、次はどこへ行く?」

ドクターは操作盤をいじりながら時代と場所を設定し始める。次の行き先はどこか、華の口から語られるのを待っていた。

「卑弥呼とスサノオに会って、ドクターの死にかける場面も見たし、そろそろ私は元の生活に一旦戻ろうかな」

「また元の生活か。分かったよ2019年に設定した」

ドクターはモニターの画面を見せる。2019年の7月20日。運動会からもう1か月以上後だ。

「夏休みだってしっかり楽しみたいし。そうだ、クラスのみんなを乗せて宇宙のプールにでも行こうよ! きっと楽しい」

「それは無理だ。ターディスに誰でも乗せるわけじゃない。クラスメイト全員だと? 30人もターディスに載せたら、コイツがヘソを曲げて宇宙のプールどころか宇宙の終わりに行きかねない」

ドクターは操作盤を撫でると、ターディスが鳴き声のような電子音を上げる。

「ターディスってそういえば生き物なんだっけ? それなら仕方ないか」

「理解があって助かるよ」

この時代とおさらばし、次の目的地は現代。ドクターが時間を飛ぶためのレバーに手をかけた瞬間、ターディスにドンドンとノックがされた。

「あっ、そういえばあの子たちとのお別れがまだだった」

「そういえば約束してたな」

ドクターはレバーから離れ、扉の方へと向かっていく。

「ドクターさん! ドクターさん!」

「そう何度も言わなくてもわかってるよ。やぁライアンにエイミーにミッキー」

「その名前で呼ぶのやめて」

栄美がドクターの腹を軽く殴る。

「さすがは少年探偵団だ。都市伝説の謎を無事解決できたな」

「まさか。解決したのはドクターだろ?」

「頼がこのことを言ってくれなきゃ、僕は今頃ずっとこの時代で謎を調べてたよ」

「ああ。頼のおかげだな。こいつめ!」

翔は頼の頭をグリグリと押さえつけてじゃれあう。

「ちょっとやめてよ」

「でもドクターさんは警察じゃなくて探偵だった。なんでPOLICEって書いてある箱に乗ってるの?」

確かにその通りだ。もう彼らは小学三年生。簡単な英語なら理解できる。

「ターディスにはカメレオン回路っていうものがついててね。その場所、その時代に合わせた姿に変わる機能があったんだ。でも1950年代のイギリスに止まって、この姿になった後に壊れた。それからはこの見た目が気に入ってるからずっとこのまま。別に警察は関係無い。でもクールだろ?」

ドクターが自慢げにターディスをポンポンと叩く。

「そう? せっかくの宇宙船ならもっとギンギラギンにかっこよくすればいいのに。ミレニアムファルコンみたいな感じで」

「宇宙船らしいのは好みじゃない」

「ちょっと待ってドクター、私そのこと初めて聞いた」

「ずっと言おうと思ってたけど言うタイミングが無くて」

頼は大きく深呼吸をし、二人に話しかける。

「それで、もういなくなっちゃうの? ドクターと……お姉ちゃんは」

「ごめんね。私たち急がしいし、この時代の人間じゃないからもう行かないといけないの」

「そんな……」

頼は落ち込むように下を向いた。

「なぁなぁ! 俺たち、もっとそのターディスに乗りたい! どこの時代にもどんな場所にだって行けるんだろ!?」

翔は目を輝かせてドクターに訴えるが、ドクターは首を横に振る。

「君たちはまだ小学生だ。小学生に宇宙の旅は危険すぎる。もう少し大きくなってからだな」

「それじゃあ! 僕たちがまた大きくなったら会いに来てくれる?」

頼は大きな声で二人に訴えた。

「ああもちろん。また会おう少年探偵団」

そう言うと、ドクターはターディスの中へと消えていってしまった。華はまだターディスの玄関に残っている。

「ねぇ頼、あの事言わなくていいの?」

栄美は頼に肘でつっかかる。

「あの、お姉ちゃん、あのね……」

頼はどこか顔を火照らせながら華のほうをじっと見つめる。

「どうしたの?」

「……やっぱりなんでもない! 次会ったら、言うよ」

「何だよ頼! 意気地なしだなぁ」

翔は頼の頭を思いきり叩く。

「まさか、頼くんは意気地なしなんかじゃないよ。だって頑張って悪い電波を倒すために頑張ったしね」

華は笑顔を少年たちに向ける。みんなもそれを見て笑顔を浮かべる。

「そうだ! 最後にとっておきのマジック見せてあげる! ターディスのこと、じっと見てて!」

そう言うと華もターディスの中へと消えていく。少年探偵団の3人は言われた通り、じっとターディスを見つめている。すると……

「すげぇ! 消えた!」

ターディスはいつも通りあの音をふかせながら3人の前から消えていった。

「宇宙ってすごい!」

栄美はそれを見て口を覆いながら驚いていた。

「あっ、上見て!」

頼が指をさした先では、ターディスが空に浮かび遠くに見える月に向かい飛んで行っていた。

 

 

「ドクター」

「何だ?」

「やっぱり、あなたって優しい」

「今更気付いたのか? 宇宙一の名探偵で、宇宙一天才で、宇宙一優しい。それが僕さ」

ターディスは夜空の星の中、エンジンの轟音と共にどこかへと旅立っていった。

 





「江ノ島ーー!!!」

「意外。こういうのってアンタは好まないと思ってた」

「運動会とか色々やって思ったんだ。たまには青春を楽しんでみるのも悪くはないってね。せっかくの江ノ島だぞ? 存分に楽しもう」

「水というのは非常に敏感だ。人が感知できない揺れも確かに映す」

「地震!?」

「みんなこの情報に疑問を抱いてない。ここだけが局所的に揺れるなんて変だ」

「生物反応、7……」

「それって……人間だけ?」

「おいおい、なんなんだあのデケェミミズ!」

「しかもかなり飢えてる」

「ドクター! 逃げよう!」

「この島には何か秘密があるはずだ」

次回

THE MONSTERS IN ENOSHIMA〈江ノ島の怪物〉


次回の投稿は少し遅れるかもです。長くて1週間ぐらい


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第八話 THE MONSTERS IN ENOSHIMA〈江ノ島の怪物〉PART1

今回は現代。前回も半分現代みたいなものでしたが……
全編江ノ島でのエピソードとなってます。実際取材に行きましたが活かせてるかどうかは……わかりません


 

「江ノ島ーー!!!」

8月。夏の太陽に照らされる中、中学生の一団は江ノ島駅に到着した。

今日の気温は37度。夕方ごろ少し曇るがそれ以外は文句なしのカンカン晴れ。

「湘南の海! 暖かい風……ていうか熱い風! そして旅行者で賑わう町! まさに夏休みって感じじゃない?」

「うわー、暑すぎ……」

明るいアキとは対照的に、華は既にこの夏の暑さで既にやられていた。

「大丈夫か華? 具合悪いのか?」

「これがあるから心配ナシ!」

心配する光輝をよそに、華ははカバンの中から冷えピタを取り出して額につける。

「華って本当に暑さに弱いよね。去年なんか開始1時間でノックダウン!」

アキとは違うもう一人の少女が華の背中を叩く。

「だってあの日は気温41度だよ? 暑過ぎにもほどってもんがあるでしょ」

華は駅で配られていた『Welcome! Enoshima!』のうちわを使って体をあおぐ。

「さてと、ちゃんと全員いるね? 私、光輝、華、美智、卓也。それで結局仁って来るの?」

最近転校してきた隅田仁。一応彼ともそこそこ仲良くなったので、アキは彼の事も呼んでいたのだった。

「あいつ来ないんじゃね? なんていうかミステリアスな雰囲気あるしさ。こういう夏のレジャーとかあんまり好きじゃなさそう」

首から銀のネックレスを吊り下げた少しチャラチャラした男。彼の名は卓也。一応華のクラスメイトで、そこそこ仲良くしている。

「その通り。アイツはきっと来ないよ。さ、江ノ島を楽しもう」

そう言うと華は仁をことを気にせずに歩き始める。

「もー、華って仁にちょっと冷たいよね。やっぱりアレ? 『好きな相手ほどいじめたくなる』タイプなの?」

美智のちょっとしたいじりに、華は頬を膨らませて不機嫌な顔を見せる。

「まさか! あんな奴好きなわけないでしょ? 私がタイプなのはもっとこう、陰があって、色白で、なんでも教えてくれるような……」

「残念だったな光輝、あのどれにもお前は当てはまってない。お前はサッカー部で色黒で成績は良くない」

「うっせぇ。大体なんでお前もそのこと知ってんの?」

光輝は卓也が自分が華に特別な感情を向けていることをどうやら知っているようだ。あまり口に出して言ってほしくはない。恥ずかしい。

「お前の華を見る目を見れば分かるよ」

「さすが。プレイボーイは違うな」

「俺、こう見えて一途なタイプなんだよ。心配すんな、俺は華のことタイプじゃねぇよ」

卓也はそう言うと光輝の背中を叩いて歩いていく華たちを追いかけていく。

「おい! 俺を置いて行くなよ!」

夏休みという遊びまくるこの期間。彼らはこの夏をいつも以上に良くしようとはりきっていた。向こう側から押し寄せる人の波をかいくくりながら、江ノ島本島を目指す。

「意外と遠いんだねー、江ノ島って。時間あるかな……」

アキは腕時計を確認する。今は午前10時20分。まだまだ今日が始まったばかりだ。

「そんな心配する時間じゃないでしょ。私アレ食べたいんだよね、しらすバーガー!」

「いいねいいね! 私他に食べたいスイーツとかもあって……」

二人が談笑している中、突然向こう側から誰かの声が聞こえてきた。人ごみの中でもわかる。明らかに「華」と呼んでいる。

「……華ー……華ー……」

「ねぇ、島の方に光輝と卓也が先に行ったってことはないよね? 明らかに華のこと呼んでるけど」

アキが遠くで華の名を呼ぶ誰かを見つめる。それはだんだんと近づいてくる。そう、それは……

「マジ? ドクター本当に来たの?」

遠くから華のことを呼んでいたのは隅田仁……またの名を“ドクター”だ。

「やぁ! 今日は随分と暑いな。ポンペイ火山の中より暑いよ。さすが日本だな」

ドクターはタオルを手に体から噴き出す汗を拭いている。

「まさか仁が先についてるだなんて! 意外ね~、仁がこういうの先に着くなんて。私たちが来たのに気づいたの?」

「ああ。匂いで分かるよ」

「……匂い?」

それの言葉に首をかしげるアキ。何か変な匂いがしていないか自分の体をかぎ始める。

「……まったく。まさか“アレ”で来たの?」

華にはなんとなく彼の行動が読めていた。さしずめターディスで江ノ島本島に直接行ってからここまで来たのだろう。

「ああもちろん。電車とかバスに揺られるのは好きじゃないんだ。自分の船があるんだからそれで来るさ」

「えっ、仁って自分の船持ってるの!?」

後ろで話を聞いていた美智が二人をかき分けて現れる。

「あー、でもたぶん君が想像してるような“船”じゃないよ」

「さすが仁。帰国子女は金持ちなのね」

「そんなところだ」

仁は美智に向かってはにかむ。

「だけど意外。こういうのってアンタは好まないと思ってた」

「せっかくの中学生活だぞ? 運動会とか色々やって思ったんだ。たまには青春を楽しんでみるのも悪くはないってね」

「いつもターディスの中で変な信号追ったり、エイリアンの痕跡を辿ったり忙しいんじゃないの? ……まさか、ここにエイリアンでもいるの?」

「まさか! 僕にだってそんなこと関係無い、心休まる休暇はあるさ。せっかくの江ノ島だぞ? 存分に楽しもう」

そう言うと、ドクターは中学生の一団を置いて先へ先へと進んでいく。

「ちょっと、先に行かないでよドクター!」

江ノ島……日本有数の観光地。日本人はもちろん、外国人観光客だって訪れる、夏は特に賑わう場所だ。

だが誰も……ドクターすら知らなかった。この島の下であるものが“蠢いている”ことに。

 

 

 

「おいしー! しらすバーガー!」

まず華たちは身近な店に入って最初のイベントを楽しんでいた。江ノ島名物のしらすが入ったハンバーガーだ。もちろん全員買って食べている。

「意外と合うね、ハンバーガーとしらす!」

「このハンバーガーのパティが意外とクオリティ高いね~」

「うん、意外と並ばずに買えたし!」

美智はアキと華と談笑しながら席に座り食べている。男連中は席が無いため立って食べている。その間に会話は特に無く、黙々と食事している。光輝は食べながらドクターのことを見ていた。

「……なぁドク、じゃなくて仁。どうして来たんだ?」

「メンバーに僕の名前もあったはずだ。隅田仁って」

「けど来るかどうかは曖昧だっただろ?」

「僕は当日にならないと行きたいかどうかわからないんだ。気分屋でね」

そう言いながらしらすバーガーにかじりつく。

「なぁ、二人なんかあったのか? 喧嘩でも?」

卓也がこの間を見て二人に聞いてみる。

「まさか。喧嘩なんてしてないよ。僕は華とちょっとだけ喧嘩してたけどね。僕は光輝と友達だからね」

「ま、一緒に大知性体を倒したしな」

「ダイチセータイ?」

卓也がそれを聞き返す。そうか、あくまでこれは二人だけの秘密だった。

「ネズミだよ。マイナーな害獣だけど学校で見つけたから二人で退治したんだ。それから僕と光輝は仲良し」

「けど俺はまだ認めてないからな、華をあちこち連れて行ってること」

「君が良ければ一緒に来ればいいのに」

「いや、俺はあんまりそういうの気が……乗らないからさ」

光輝は一緒に頼んだコーラを飲みながら少しうつむく。

「……なんだよ二人とも湿っぽい空気出しちゃって。せっかくのイベントだぞ? 楽しもうぜ! なぁ仁?」

卓也はなれなれしくドクターの肩に手をまわした。

「君は随分と明るいんだな。学校ではヤンキーみたいなのに」

「よく言われる。けど俺ってこう接してみると意外と優しいだろ?」

「そ、そうだな……」

ドクターは卓也のノリノリなテンションにどことなくついていけず、同じように頼んだコーラを飲み干す。まさか自分がペースを乱されるとは。

「よし! じゃあ次は江島神社! 縁結びで有名なんだよね~」

この一団のリーダーであるアキがしらすバーガーを食べる会を終わらせ、次のイベントへと向かわせる。

 

 

建物を出て目の前に広がる参道を進むと、そこには赤い鳥居が目立つ大きな建物。その先の階段を登った先にあるのが江島神社。

「疲れた! 階段多いし、エスカー使えば良かったんじゃね?」

「金がかかるし、それに階段は良い運動になる」

仁の手を掴み、卓也は最後の階段を上がりきる。

「えーと、どれが縁結びのやつなんだっけ……あ、あれだ」

アキが指を指した先にある小さな社が縁結びで有名な八坂神社。

華たちはとりあえずここでお参りをすることにした。

「見て見てドクター」

華はドクターを看板の前へと案内する。

建速須佐之男命(たけはやすさのおのみこと)…… なるほど、ここのご祭神はスサノオか。神になるなんて呑んだくれも偉くなったな」

「あの人のおかげでしょ? ダーレク倒したのって。一応知り合いだし、私に良い人紹介してくれないかな~」

そう言いながら、華は五円玉を投げ入れ、社に向かって手を合わせる。

アキと光輝たちはその近くにあるたくさんの絵馬が飾られている樹の前に来ていた。アキ曰くこれが「むすびの樹」で、これが縁結びの祈願をするところらしい。

「お前は書く必要あるの? しなくてもモテるだろ」

絵馬に願い事を書いている卓也に向かって光輝が言う。

「一人でも多くの女性にモテたいからな。今の時代はハングリー精神が大事。ところでお前は何て書いたんだ?」

卓也が光輝の絵馬を見ようと顔を覗かせる。

「ちょ、見るなって!」

「ま、言わずとも何を書こうとしてるかは分かるけどな……」

「べ、別に…… 良い人が見つかりますようにって書いただけ」

「嘘つけよ、くさかんむりが見えてるぞ」

「んなっ!?」

光輝は見られないように後ろに絵馬を隠す。しかしそれは後ろから現れた華に見られてしまう。

「あっ、それって絵馬? 私も書こうかな」

「うおぉっ!? 急に出てくるなよびっくりしたぁ!」

「普通に話しかけただけじゃん。光輝は何て書いたの?」

「え? いや、それは……」

「華、コイツ絵馬にさ……」

卓也が光輝が何を書こうとしたか言おうとするが、焦った光輝に口を抑えられてしまう。

「どうしたの。まぁ別にいいけど。私も書こうかな、良い人見つかりますようにって」

「そ、そうか……いいんじゃないか?」

光輝は少し口調を震わせながらそれに同意する。美智は仁の姿が見当たらないことを気になっていた。華曰く、どうやら縁結びにはあまり興味がないらしく、近くの池を眺めているらしい。それを発見した美智が気になって話しかける。

「じーんくん。アンタは書かないの? せっかくの縁結びやればいいのに?」

「僕はいいよ。既にいるから」

「えっいるの!? どんな人どんな人? まさか華? それとも他の女子?」

美智はついついそれを聞いてしまう。恋バナは女子の特権だ。

「いいやその誰でもないさ。妻が居たんだ。昔の話だし、もう二度と会えないけど」

そう言うと、美智は変だと思って聞き返す。

「え、妻?」

「あー……言葉のあやだよ。気にするな」

そう言いながら彼は何もない池を眺め続ける。趣は確かにあるが、それほどまじまじと見るものではない。

「そんなにこの池面白い? 魚もいないのに」

「なぁ美智。この池を見て何か感じないか?」

突然仁がそう聞くと、美智は首を傾げる。

「別に何も感じないけど……まぁ、水は綺麗だなって思う」

「君は今この池に魚は居ないといった。ならどうして水が揺れてる?」

美智は目を凝らして池を見る。確かに小刻みに揺れている。魚がいるわけでもなければ、水がどこからか流れているわけでもない。

「今日この池は節水のために水を流していない。貯めてるだけ。全くの無風の中、この池の近くにいるのは僕たちだけだし、人が歩く振動で揺れてるわけじゃない。だというのになぜ池が揺れてると思う?」

「さぁ? そんな小さなこと気にしてないでさ、仁もみんなのところ行って……」

美智が彼の手を取って歩かせようとするが、指を立てて解説するようにこちらに見せる。

「水というのは非常に敏感だ。人が感知できない揺れも確かに映す。だが僕たちはまだ揺れを感じていない。そうこれは……初期微動だ」

仁がそう言った瞬間、突然下から突き上げるような“揺れ”がこの場を襲った。感じたことがないぐらいの激しい揺れで、水は荒く波を立て、木々が木の葉を散らす。

「地震!?」

「ああそうだ! 直下型! しかもかなり大きい!」

ドクターと美智は池から離れ、揺れる木を掴んで体勢を整える。ドクターは華たちを誘導し、何も倒れてこない安全な場所へと避難させる。

「ドクター! これ地震!?」

「ああ、震度7までは行かないがかなり大きい! 震度6だな!」

ドクターが地面に触れてその揺れを観測する。

「なぁ仁、ここなら安全か!?」

八坂神社から少し離れた本殿前へと移動していた。他の観光客たちも突然の地震に混乱しながらも、すぐにこの場所へと避難している。

「この周りには何もない。だからたぶん安全なはずだが……」

揺れはまだ収まらない。それどころか、さらに大きな突き上げるような振動がさらに襲って来た。

「ドクター、あれ……!」

華が指をさした先には、今の衝撃で根本から抜けたと思われる木が浮かんでいた。そしてまもなくそれはこちらに落ちてこようとしている。

「おいおい嘘だろ! 避けろ!」

飛んでくる木を全員で避ける。しかし華だけは足が地面のくぼみに引っ掛かり遅れてしまい、そこから逃れられなかった。

「華!」

光輝が彼女に覆いかぶさる。木を相手に守れるとは思えないがとっさの行動だ。

そのまま木は二人に……ではなく、地面に激突した。そしてそのまま揺れも収まる。

「……大丈夫だったってことか?」

光輝が地面に落ちた木に目を向ける。

「ご祭神のスサノオ……助けてくれたのかな」

近くにはどこからか飛んできたと思われる「建速須佐之男命」の絵馬が落ちていた。

「二人とも大丈夫か? 木が飛んでくるほどの地震だなんて」

周りを見渡すと、いくつかの木が倒れていたが、社などは壊れていない。

「さすが日本だ。地震大国なのもあってしっかり耐震してたらしい」

ドクターは立ち上がり、地面に座り込んだせいでついた土を払う。

アキは華たちが無事だったことに安堵し、周りがどうなっているか見渡した、すると近くにお爺さんが倒れていた。

「大丈夫ですか?」

倒れているおじいさんに向かって話しかける。揺れのせいで立てなかっただけらしく、無事らしい。

「ああありがとう……だがこれは……」

おじいさんは地面に目を向けて頭を抱える。

「島を……島を守らねば……」

アキに礼をした後、彼はそのままどこかへと歩き去っていく。

「緊急地震速報が鳴らなかった。あんな大きい地震だったのに」

卓也がスマートフォンを開き、簡単に今回の地震のことを調べる。美智も同じようにスマホを開く。

「情報を知ることは大事だな」

ドクターは近くの木の下を調べる。この木がさきほど落ちてきた木のように地面から抜けていないかを確認し、安全とみてその木によりかかる。

「変だな、地震情報が無い」

卓也がスマホに映し出された情報を見て言った。こういう場合はどこかしらの機関が「○○の地域では震度6でした」などといった情報を発信するはずだ。

「でもSNSだと地震が起きたって色んな人が言ってる」

美智も同じようにスマホを見て言った。

「たまにあるだろ? 地震が起きたはずなのに、どのニュースも報道しない。地震計が必ずしも正確に捉えるとも限らないさ。けどあれほどの大きさだ。もう少ししたらきっとニュースが出るさ」

「けど今のはすごい大きかったよ。もしかしたら巨大地震の前震とかかも……」

華はドクターに不安な予測を告げるが、彼は耳の穴をほじっている。あまり事を深刻に捉えていないらしい。

「今のは揺れのタイプから察するに東日本大震災の余震だ。本震のエネルギーで出せなかったものを少しばかり放出しただけ。だからこれ以上大きな地震はもう来ないよ。心配しなくていい。それにほら」

先ほどまで混乱していた観光客たちは、地震が収まり、スマホでニュースを確認するとまるで地震が無かったかのような雰囲気で、さっきまでと同じように観光を始めた。ただ倒れた木を避けるだけ。

「日本人は随分地震に慣れてる。それに、この年にこのあたりで大地震は来ないからもう大丈夫さ。さぁ江ノ島観光に戻ろう」

ドクターはそう言って歩き出す。

「まったく、能天気ね」

「ターディスで色んな時代を見てきた。この程度どうってことない。すぐにまたいつものようになるだけ」

アキたちも彼についていく。彼の言う通り、気分を変えて再び江ノ島を楽しむことにする。

 

 

「なぁ今の揺れすごかったな? 大丈夫か?」

江ノ島の裏にある小さな飲食店の中、店主の男は妻に話しかける。

「ええ、すごく大きかった……店の中のものは?」

「なんとか対策してたおかげで大丈夫だよ。また同じような揺れが来ないといいけど」

男は厨房の食器棚などを開いて中を確認している。客たちのいる飲食スペースも問題はないらしい。何も落ちていないし、卓上調味料以外何も倒れていない。

「けど、次が来たらかなり厄介だな……」

「そういえば、買い出しに行ったあの子が心配だわ。外の木が倒れていたりしたら……」

妻は心配げな目つきで店主を見つめる。ついさきほど、息子に近くの店にいくつか買い出しを頼んでいたのだった。

「俺が探してくるよ。今の地震のせいで客はすぐに来ないだろうし」

男はエプロンの上に上着を着て、外への扉を開ける。

「いってらっしゃい。私は机の上をかたしてくるわ」

妻がそう告げると、男は「いってくる」と一言残して厨房から出ていく。

「まったく、地震って怖いわね……」

そう言いながら彼女が客席のテーブルを濡らしたタオルで拭いていると、突然外から叫ぶ声が聞こえてきた。男の声……

「あなた? あなたどうしたの?」

妻は客席の清掃をやめ、叫ぶ声のした方へと向かう。

「まさか木でも倒れてきたんじゃ……」

厨房にある外への扉を開く。しかしそこには誰も居ない。あるのはただの裏口だけ。

しかし気になってそこから先へ進む。もし木にでも潰されていたら大変だ。

すると、突然近くの茂みが動くような音が聞こえた。

「あなた……」

その音の方へ眼を向ける。しかしそこに居たのは夫ではなかった。

「……っ!?」

そこに居たのは、人間の何倍もあるミミズのような、芋虫のような……太くて長い“虫”だった。

「キャアアアーッ!!!」

見たことも無い巨大な虫に、大声を上げてその場から逃げようと走ろうとするが、その虫は大きな口を開き、彼女に喰らいついた。

 




次回のチラ見せ

「お前が連れて来たんだろう!?」


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第八話 THE MONSTERS IN ENOSHIMA〈江ノ島の怪物〉PART2

江ノ島で海鮮丼食べたんですけど美味しかったです。どの店も海鮮丼やってて面白かったです


 

一同は江ノ島のてっぺんに来ていた。そこにある太陽の光が眩しいテラスで、水平線の彼方を眺めている。

「綺麗な景色だねー、恋人と来たいかも~」

アキはそう言いながら、フェンスの上で顎を手に乗せている。

「ほら、俺とかいいんじゃない?」

「卓也はもういるでしょ。そういうんじゃなくて、もっとステキな彼氏でさ……」

自分を指さす卓也を軽くあしらう。彼もそうあしらわれるのを知っていたのか、トホホとつぶやく。

綺麗な景色に目を奪われる一同の中、ドクターだけは下を向いてうつむいている。

「さっきの地震、気になるの?」

「ああ、ちょっとスマホ貸してくれないか?」

そう言われ、華は簡単にロックを解除してからスマホを彼に貸す。

「まったく、前にスマホ壊したとき、LINEとかでみんなまた登録するの大変だったんだからね」

そうぼやく彼女に軽くすまないと呟き、彼はあるものを表示させる。

「津波警報もなければ地震警報もない。けどこのあたりの地震情報はちゃんと更新されてるな。江ノ島は震度5強」

「震度6じゃなかったね」

「けど一番気になるのはこの周辺の震度さ。江ノ島本島を除いて震度1」

「局所的ってこと?」

そこに映し出されている地震情報には、江ノ島では震度5強、しかしその周辺は震度1と書かれている。この地震による津波の心配もないという。

「みんなこの情報に疑問を抱いてない。ここだけが局所的に揺れるなんて変だ」

ドクターは水平線とは逆の人々の群れを眺める。誰もさきほどの地震に怯えている様子はない。

「よくあること、だからじゃない? ドクターは宇宙人だからあんま知らないかもだけど、日本ってこういう地震も多いの」

「確かにそういうケースは多い。けど江ノ島だけなんて……」

「疑いすぎ。せっかくの休みなんだし、肩の力抜いたら? ターディスだって何の異常も発見してないんでしょ?」

「ああ、ターディスはここで何の異常も感知してない」

そう言ってソニックドライバーを取り出す。もしターディスが何かを感じ取れば、すぐさまこのドライバーに通知が来るようになっているらしい。

「色々心配してくれるのはありがたいけど、たまにはそういうこと忘れようよ。ドクターだって疲れるでしょ?」

せっかくの休みで小旅行。彼女の言う通り、考え過ぎなのかもしれない。

「確かにその通りかもな。癖ですぐに考えすぎる」

そう言ってソニックドライバーをポケットにしまう。ドクターは何かを思いついたかのようにみんなにある提案をする。

「そうそう、江ノ島の名物といえば色々ある。たとえばタコせんべいとかだ。せっかくだし僕が奢るよ。どう?」

「えっ、仁が奢ってくれるの!?」

「たったの千円程度だけどね」

「悪いよ、奢ってくれるなんて」

美智は申し訳なさを感じて断ろうとするが、仁は首を横に振る。

「僕は帰国子女だぞ? 金ならある」

「確かに。それじゃたまには甘えちゃおっかな」

それに納得し、みなタコせんべいのお店へと足を運ぶ。

「そういえば、ドクターって金どうしてるんだ?」

気になって光輝が話しかける。彼はポケットからソニックドライバーを取り出して見せる。

「これさえあればATMからいくらでも引き出せるからね」

「それって犯罪じゃ……」

「ターディスで逃げればいい」

宇宙人の倫理観はやはり少し違うのだろうか。そんなことを考えながら彼の後ろをついていく。

 

 

「大丈夫か? やっぱり痛かったのか?」

江ノ島の裏にある古ぼけた小屋の中、老人が地面を触りながら“何か”に語り掛ける。

「すまない、私が気付いてやれなかった。でも大丈夫だ。みんなそんなに気にしてない」

小屋の中の地面の一部は、そのまま地面が露出している。そこをさすりながら、男は独り言をつぶやいている。

「けどお前の言う通りなら、今この島全体が危機に晒されている。そうなんだろう? ……やはりそうか。私がついていながらこんな事態になるなんて……なぁ、“アイツら”に弱点は無いのか?」

地面に対してそれを聞くが、どうやらその答えは彼にとって不満だったらしい。

「お前が連れて来たんだろう!? だというのに知らないのか…… ああすまない、少し気が動転して怒ってしまった。大丈夫だ、私がみんなのことを守る!」

老人は壁に立てかけてあった散弾型の猟銃を手に、小屋の外へと出ていく。

 

 

「タコせんべい食べたし、次はどこに行く?」

「シーキャンドルなんてどうだ? 江ノ島で一番の名所だ」

華の質問に、ドクターがたい焼きのカスタードに何故かフィッシュフライを漬けながら答える。

「あそこ500円もするし、どうせ行くなら夜の方が良くない? ちょっとしたイルミネーションもあるみたいだし」

美智の提案に皆賛成する。どうやら昼には行きたくないらしい。

「ところで仁、なんでそんな食い方してんの?」

「カスタードフィッシュだ。せっかく夏限定のメニューでたい焼きとフィッシュフライがあるなら、やらない手は無い」

「美味しいのそれ?」

華がタピオカミルクティーを飲みながら質問する。

「僕の大好物だ。カスタードの甘さとフライのわずかな塩味が素晴らしい」

そう言いながら、ドクターはたい焼きのカスタードを全てフィッシュフライに使ってしまった。もうたい焼きの餡は無い。

「やっぱ変」

「僕にとってはむしろカエルの卵を美味しそうに飲んでる君の方が変だ」

「人の食べ物のことそう言わないで。確かにカエルの卵っぽいけど」

「まぁカエルの卵も悪くない。地域によってはイクラの代わりに食べるところも」

「地域ってどこの?」

「ゴーガ銀河」

「はいはい」

ドクターとの問答を簡単にあしらいながら、華はタピオカを全て飲み干す。ふと周りと見渡すと、ある人物がいないことに気づいた。

「そういえばアキは?」

「トイレだって、近くのが埋まってたから遠く行くかもって」

「ふーん……」

氷だけになったミルクティーを飲みながら、ズズズズと空になった音を立たせる。ドクターはたい焼きの外側を食べ尽くし、美智と卓也と話している。そんな隙を見て光輝は華に話しかける。

「な、なぁ華……」

「どうしたの?」

「あのシーキャンドルさ、夜のイルミネーションが綺麗らしいんだ。だから後で行ったら二人でちょっと……見よう」

「なんで二人? みんなで見るでしょ?」

いきなり二人でイルミネーションを見るなんておかしい話だ。光輝自身もそう思うし、そのツッコミは正しい。しかし咄嗟にそれの返しを思いつく。

「ほ、ほら! 今ロストボックスとちょっとしたコラボしてるらしいんだ。他のみんなはやってないだろ? あんまり知らないのに突き合わせるのも悪いし……」

「え、マジで!? やってるの!? それなら全然見る!」

思い通り華がそれに食いついた。実際コラボがやっているというのは嘘なのでバレた時が怖いが、その言い訳は夜までに考えておこう。

それに夜に二人きり、せっかくのムードのある場面だし、内心華に想いを伝えようと少し考えていた。卓也にもうこれ以上バカにされるわけにもいかないし……。一応、華とは幼い頃からの友人だし、きっと……

 

 

「まったく、トイレ遠いっての……」

華たちのいる場所から少し遠い場所。古い町でようやく見つけたトイレから出たアキは手を拭きながら外に出た。

「でもまぁ、日曜だしトイレ混んでてもおかしくないか。次はもっと早めにいっとこ」

そんな独り言をつぶやきながら、来た道を戻っていく。

「……本当に日曜、だよね?」

少し歩いて、この周辺の異変に気付く。自分で今言った通り、休日なのだから人で溢れているはず。だというのに周りには一切人の姿が見当たらない。遠くの方に喧騒が聞こえるものの、この辺りから人の声は聞こえない。

「何なんだろう……」

はっきりと覚えている。トイレに入る前まではこの辺りには人がもっと居たはずだ。イベントか何かで人だかりが他の所に行ったのだろうか? にしては、店の中までも人が一切居ない。

「どうなってんの……」

ふと近くの店の中を覗いてみる。すると、まるで何かが“荒らした”かのように、机や椅子などが散らばっており、店の中の食器なども床に散乱していた。

「まさか強盗……?」

彼女の予想は外れていた。今まさに彼女の後ろ、店を荒らした犯人がいるからだ。

背後からの気配を感じ、ゆっくりと振り返る。そこに居たのは……大きな口を開いた怪物の姿だった。

「危ない!」

その大きな口が彼女に食らいつこうとしたその瞬間、どこからか銃声が響き、目の前の怪物を撃ち抜いた。

 

 

「アキ遅いね……もうすぐ30分になるよ」

華はスマホの時間を見ながら、アキがトイレから帰ってこないことに少し疑い始めていた。

「よほど溜まってたのかもな。それかすごいトイレが混んでるか。ほら、女性用トイレってやたら時間かかるだろ?」

「しょうがないよ、男と違って簡単じゃないし。にしてもさすがに遅いと思うけどな」

卓也の言葉を簡単にあしらいながらも、華はさすがの遅さにどこか心配を感じていた。

「江ノ島は意外と広い。もしかしたら道に迷ったのかも。探しに行こうか」

そう言ってドクターは席から立ちあがり、華のスマホをまた借りる。

「アキの居場所が分かるアプリ、入れてるか?」

「んなの入れてないよ、ストーカーじゃあるまいし」

「なら彼女のスマホのバージョンは?」

「確か……iPhoneXかな。最近買ったって言ってた」

「古くないなら簡単にGPSで追跡できる。彼女を探そう」

ソニックドライバーを当てて簡単にスマホで彼女の居場所が分かるようになったらしい。今いる場所の反対側を示している。

「ただ探すためだけなのにここまでする?」

「居場所が分かったほうが探しやすいだろ。行くぞ」

ドクターはスマホに映し出された場所を目指して歩きはじめる。

 

 

アキのいる場所は少し奥まった場所らしい。GPSを頼りに近づいていく。

奥というのもあるのか、人の数もだんだんと減って行っている。

「おかしいな、この近くに道は無い」

江ノ島の小さな町のあたりまでたどり着いた時、ドクターは異変に気付いた。既に道は行き止まりでこの先にはないのに、GPSが彼女はこの先だと示している。

「GPSって多少ズレるから」

「まさか、僕がソニックで一切のズレが起きないようにしたのに。まさか彼女は道じゃないところに入って行ったのか? それで迷う?」

スマホの画面を睨みつけながら、ソニックを当てて本当にズレていないかを確かめる。

「アキが間違えて獣道入ったんじゃねぇの?」

「これほどの人通りで間違えてそんなところに入るかよ……ん? 人通り?」

ふと五人は今来た道を見返す。人は誰もここを通っていない。

「まさか、こんな島で誰も居ないぐらいの僻地に来ちまったのか?」

「いいやそんなことはない。この先には岩屋がある。名物観光スポットだし、日曜だし、人がこんないないことなんて無いと思うけど」

そう言ってドクターはソニックドライバーを誰も居ない道に向ける。

「半径300m以内、生物反応、21……ここからは見当たらないだけじゃないか?」

「生物反応って、人間だけに絞ってるの?」

「いや、身長一メートル以上で絞った。子供は入ってないかもしれないけど……もう一度スキャン」

ソニックドライバーを調整し、再び道に向ける。

「生物反応、7……」

「それって……人間だけ?」

「ああそのはずだ。まさか熊の群れが15体も……いるわけじゃないよな?」

ドクターはソニックドライバーをあちらこちらに向ける。今この場に一メートル以上の人外が14体も……?

まったく、アキはどこに消えたのやら……と呆れながら美智は近くの壁にもたれかかり、スマホを覗く。

その壁の後ろ、何かが彼女の後ろへと這い寄る。音も立てずにゆっくりと。そしてそれは大きな口を開いて……

「美智危ない!」

壁の後ろに、細長い巨大な“何か”が現れたのを見て、咄嗟に華が美智を庇う。なんとか避けることができたが、その怪物はまだこちらを狙っている。

「華! 美智! 大丈夫か!?」

二人の元へ駆け寄る卓也と光輝。ドクターは突然現れた怪物の前に立ち、ソニックを向ける。

「これは……虫だな、かなり大きい虫だ。どうしてこんなところに?」

彼を前に、巨大な虫は口を大きく開ける。

「しかもかなり飢えてる」

「ドクター! 逃げよう!」

巨大な虫に見惚れるドクターは、立ち上がった華に手を掴まれ、そのままみんなと共に怪物から逃げる。

「おいおい、なんなんだあのデケェミミズ!」

「ミミズっていうより芋虫じゃなかった!? 茶色い芋虫!」

「別にどっちでもいい! それより逃げないと食われるだろ!」

階段を走ってあの虫から遠ざかろうとする。しかし虫はその細長い体を活かして階段も難なく上がっていく。

「建物だ! なんでもいいから建物に逃げ込め!」

ドクターは階段を上がった先にある建物へと入り、卓也と美智もそれに続いて入る。

しかし華は階段を上がる途中で足をくじき、最後の段に足をかける前に倒れてしまう。それをチャンスと見て虫は大きな口を開く。

「華! 捕まれ!」

光輝が差し伸べた手を取り、足を喰われる寸前のところでなんとか最後上がりきることが出来た。虫はそのまま岩を喰らってしまうが、吐き出すことは無く二人を追いかける。二人はそのままドクターの入って行った建物へと入っていく。二人が入ったのを確認すると、ソニックを扉に向けて光らせる。

「引き戸じゃすぐに破られる! なんでもいいからバリケードを!」

その言葉を聞き、みな近くに会った椅子や机などを運び扉の前に置く。開かぬようにしっかりと隙間も埋める。

扉にドンッ、ドンッとさっきの虫が叩く音が聞こえる。しかし数回聞こえた後、それは聞こえなくなった。入れないことを察したのか、去って行ったらしい。

「これでひとまずは……大丈夫か」

部屋の中にあるソファに座り、ドクターは大きくため息をつく。

「なぁドクター、あれは何なんだ? 少なくとも図鑑やテレビであんなデカい虫見たことない」

「となると、宇宙から来た虫だろうな」

ドクターはソニックを光らせながら、先ほどの虫を解析した情報を調べている。

「宇宙からって……じゃあ何? あれは地球を侵略しにきたエイリアンってこと?」

美智が彼に質問する。ドクターは席を立ちあがり、部屋の中を調べながらそれに答える。

「いいや、あれに侵略しようと考えるほどの知能は無い。単なる虫だからね」

ドクターは地面に落ちていた割れた瓶を手にした。

「なるほど、この周辺に人がいない理由が分かったぞ」

「まさか、さっきの虫に……全部喰われたとか?」

「その通り。ここは食堂、さっきあの虫がこの中に入って荒らして、全員食べ尽くした」

壁や床など、既にいろんな場所にモノが散乱していた。それだけでなく、ヌルヌルとした粘液のようなものも見られた。

「まさか、この中にいるなんて言わないよな?」

「いいや、ここには居ないさ。一階建てで、既にこの中心からこの階の全てが見渡せる。見当たらないなら居ない」

壁にべったりとついた粘液を指で取って舐める。

「何やってんだお前……」

「成分を分析してる。これは動きを潤滑にするための粘液だな。けどかなり古い」

苦いらしく、顔を歪ませながらその粘液の正体を探っている。

華は近くの椅子に座り、さきほどひねった足を抑えている。

「華、まさか捻挫したのか?」

「うん……、階段で。さっきはありがとう」

心配する光輝に華は感謝する。もし彼が気付いてくれなければそのまま食べられていたかもしれない。

「何かテープとか持ってくるよ。どこの家にも一つぐらいは救急キットがあるだろ」

そう言って光輝は家の中を探索しようとするが、ドクターに止められてしまう。

「あまりがさごそ探るのは危険だ。それにあまり離れないように」

「でも華が怪我してるだろ」

「僕が持ってるから心配いらないよ、ほらどうぞ」

そう言うとポケットからテープや氷などを取り出して光輝に手渡す。

「なんでこんなのポケットに入ってるんだよ」

「怪我した時用に」

それを持って華の方へ戻り、彼女の足を冷やしてテーピングをする。

「ごめん、ありがとう」

「いいんだって。でもこんな状況じゃキャンドルタワーは行けそうにないな……」

光輝は聞こえないほどの大きさで呟いた。

「何か言った?」

「いや、なんでもないよ……」

外には謎の巨大な虫。そしてそれの侵入を防ぐためのバリケード。今は完全にこの建物の中に閉じ込められている。

 




次回のチラ見せ

「そうだ、あの虫について思うこと、気付いた事、なんでもいいから言ってくれ、情報を!」


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第八話 THE MONSTERS IN ENOSHIMA〈江ノ島の怪物〉PART3

なんだか逃げてばっかりなエピソードになるかもですが、DWって基本逃げて反撃ですからね。ある意味間違ってないかもです


 

椅子に座りながら、バリケードの向こうの怪物を眺める華。こんなところに宇宙の虫がいるのはおかしいはずだ。さきほどドクターと話した中で、何も異常は無いと聞いていた。

「ねぇドクター、さっきターディスは異変とか何も感じてないって言ってたけど、どうして宇宙の虫がいるの?」

「もし宇宙船が来ていて、それがあの虫を放ったなら反応するはずだ。となると、あの虫はターディスが来る前から既にいたのかも」

顎をさすりながら、悩ましい顔と共に答える。

「あんなのが前から居たならニュースになるだろ? 江ノ島にだって来れない」

「だから不思議だと思ってる。あの虫は何者で、どこから来たのか……そうだ」

ドクターは机に両手をかけ、ここにいる全員の顔を見る。

「ヤツらはどこかで見たことがある。けどはっきりは思い出せない。そうなれば特徴から推察するしかない。あの虫について思ったこと、気付いた事、なんでもいいから言ってくれ、情報を!」

机に両手をかけながら、この場にいる全員にそれを伝える。華たちは必死にあの虫のことを思い出す。

「えーと……細長くて、デカいミミズみたいだった」

華が一言。

「けど口があった」

光輝も一言。

「ミミズっていうより芋虫じゃない?」

美智が言葉を足す。

「もし芋虫なら、あれが羽化したらでっかい蝶になんの?」

卓也が最後にそう言った。

「芋虫っぽくもあるが、あれは芋虫じゃないだろう。宇宙に存在するどんな幼虫でも足の部分はある。けどあれに足らしきものはなかった。となると、ミミズに近いな」

「そういえば、なんかネバネバしてるような見た目だった。現にここにある……粘液みたいの、あのデカい虫のでしょ?」

華が壁から垂れている奇妙な粘液に怯えながら言った。

「粘液を出せる。自己防衛のためだ。前進だ」

「そうだ、なんか臭かった。なんて言うんだろう、生臭いような……、肉の匂いみたいな……」

美智が思い出しながら言った。感じた異臭はアレによるものだろう。

「一つ前進だ。他には?」

「もしあれがたくさん人を喰ってたならもっと太っててもいいんじゃないか? このあたりの人間とかを喰ってたんだろ?」

この辺りにたくさん人が居たのなら、その分太っていてもおかしくない。さきほどの食いつくしたという言葉に光輝は少し疑問に抱いていた。

「消化が早い。前進だ」

「そう、ネバネバした体で、階段を上がってた! それに……私を食べようとしたときに間違って地面の岩を食べてたけど、特別苦しんだりとかはしてなかった」

「防衛だけじゃなく、どんな場所でもすぐに移動できるように粘液を出してるんだ。岩を食べたってことはかなりの雑食だな。ずいぶん前進した」

そう言うとドクターは机を離れ、窓の方へと近づいていく。

「細長いミミズのような見た目で、臭くて消化の速い悪食の虫……いや、あれはただの虫じゃないな、そうか!テラワームだ!」

その名をドクターは思い出し、思いきり手を叩いた。

「それ何?」

「宇宙の寄生虫だよ。宇宙レベルのサナダムシってところだ。宿主の肉体を食い荒らす。肉だけじゃなくて骨とかもね」

「寄生虫? あんなデカい寄生虫がいてたまるかよ。大体何に寄生すんだ?」

「巨大な生き物に寄生するに決まってるだろ。ともかく特定できたならなんとかなる」

そう言ってドクターは近くの物品を漁る。

「ねぇ、そういえばアキ大丈夫かな……ここまで来たの、アキを探すためだし」

「そういえばそうだよ! アキもあの虫に襲われてるんじゃないの!?」

ドクターはそれを聞いてこちらを向く。

「既に喰われた後かも」

「ちょっと! 変な事言わないでよ」

ドクターは首を横に振り、さきほど華から借りたスマホを見せる。

「ただの冗談さ、これを見て」

GPSで映し出されているアキは、止まることなく移動し続けている。

「ヤツらは消化が早い。スマホだってすぐに消化する。けどGPSはまだスマホが残ってると示してる。つまり彼女はまだ無事さ。それを祈らなくちゃ」

「……そうだよね。アキのことも探さないと」

「けどこっからどうやって出るんだ? 外に出たらまたあれに襲われる」

卓也がバリケードを指さす。確かに今はここに閉じ込められたまま、アキのことを探しには行けない。

しかしドクターは顔をしかめながらスマホをずっと眺めている。

「おい、仁聞いてるのか?」

卓也が彼の肩を叩くと、言われたことにようやく気付いたらしい。

「あ、ああ。簡単には出れないな。テラワームは基本一匹だけじゃなくて何十匹もいる。最悪の場合、数百匹」

「そんなにいるの!?」

「少なくともここの人々を短時間で全員喰らうのは一匹じゃ無理だからな」

「じゃあどうやってここから出るんだよ」

卓也が呆れてイスに座り込む。

「少なくとも僕たちはアキの心配はしなくてもよさそうだ。これを見て」

ドクターがスマホのGPSを見せる。アキの反応は仲見世通りなどのある島の入り口付近へ向かっている。

「あとは僕たちが彼女を追いかけるだけ。そのためにはまず……」

ドクターが抜け出す方法を語ろうとした瞬間、さきほど襲ってきたようなあの突き上げるような地震が再び起きた。

椅子に座っていた卓也と華はその衝撃で倒れてしまう。荒らされていたこの部屋はさらに荒れ、食器棚などから食器などが散乱する。

「何だよ! どうしてこんなタイミングでまた地震が起きるんだよ!」

「バリケードに近づいて固めろ! この勢いで入って来るかもしれない!」

そう言うとドクターはバリケードに向かっていき、扉に向かって押し付ける。全員ドクターと同じようにバリケードを固める。

揺れる中、建物が崩れないか少し心配するが崩れることは無く、揺れは収まる。

「日にこんな大きい地震が二回も。まったくどうなってるの……」

華はその場に座り込み、バリケードによりかかる。

「やっぱりこの地震はおかしい。今のはかなり大きかった。この短時間であれほどの大きさが二回なんて自然現象ではありえない」

ドクターは華のスマホをいじり、地震情報を調べる。

「今回の地震、江ノ島は震度6、そしてそれ以外は震度1」

「あの大きさでここだけ震度6? そんなのありえないだろ、まさか江ノ島でだけこんな地震が起きてるって?」

卓也のその言葉に、ドクターはゆっくりとうなずく。

「たとえ直下型の局地的な地震だったとしても、もっと周りに震度がばらけるはずだ。近くの町なんかで震度5、震度4でもないとおかしい」

「でも、地震ってプレートのズレで起きるんでしょ? それならもっと範囲が大きくていいはず……」

「答えは単純だ。地震はこの島でしか起きてない。島だけが揺れるなんてあり得ない。テラワームと何か関係が……」

その瞬間、今度はバリケードを強い衝撃が襲った。外から破ろうと攻撃してきている。

「まずい、テラワームが入ってこようとしてる!」

再びバリケードを固めるが、美智が反対側の窓の外を指さす。

「ね、ねぇあれ見て……」

そこには五体のテラワームが窓を割ろうと、思いきりその体を打ちつけている。窓ガラスに亀裂が入り、それがだんだんと大きくなっていく。

「ねぇ、これって囲まれてるってこと!?」

華が怯えた声で叫んだ。

「そんなところだ! こうなったら逃げる他ない!」

そう言ってドクターは先ほど漁っていた物品から棒のようなものを取り出す。

「アレに弱点とかあるのか?」

光輝がバリケードを背に聞く。

「ポピレンっていう成分が弱点だけど、この星に該当するものは……思い当たらない」

「じゃあどうやって逃げるんだよ!?」

「心配するな、どんな動物も虫も、火からは遠ざかろうとする」

ドクターは部屋の中から集めた燃えそうなものに粘液をつけ、それにソニックドライバーで火を点けた。

「たいまつ?」

「即席のね。君たちも作るんだ。ここから抜け出して、島の入り口まで逃げる!」

 

 

「君は先へ! 止まらず行きなさい!」

「でも……」

「人の多い場所までもうすぐだ! 行きなさい!」

突然、謎の怪物に襲われたアキは猟銃を持つ老人に助けられ、彼と共に島の裏を逃げていた。

後ろからは、あの怪物がその細長い体で、木を避けながら追ってきている。

「バケモノめ!」

猟銃に弾を装填し、引き金を引き、散弾を放つ。肉片が飛び散り、怪物が動かなくなる。

しかし、怪物は完全に死んだわけではないらしい。肉片に触れると、まるで生きているかのように体へと戻っていく。再生しているのだ。

「クソッ、弾がもう無い……」

「おじいさん! 早く!」

アキは彼の手を掴み、そのまま怪物から逃げていく。なんとかヤツらを撒き、生い茂る木々の間を抜けると、そこには喧騒の広がる大きな通り、仲見世通りがあった。人々は怪物の存在に気づいていない。

「君はこのまま友達と合流しなさい! 私は警察へ……」

「そんな銃持ってたら警察に逮捕されるんじゃ?」

「許可なら取ってあるから心配いらない! さぁ行きなさい!」

老人に背中を押され、アキは頭を下げて軽く礼を言ってから人ごみの中へと入っていく。

「華、美智……」

アキはスマートフォンを開いて華に電話を入れる。思っていたより早く出たようだ。

「華! ね、ねぇ今どこ?」

《アキ! 無事だったんだ! えーっと、よく分からないけど神社のあたり……ってうわぁっ!》

電話越しから何が崩れるような音が聞こえてきた。

「華!? 大丈夫!?」

《近くの灯篭が倒れただけ! 大丈夫! 足をくじいたから光輝に支えてもらってるんだけど……アキは今仲見世通り?》

「う、うん、そうだけど……そういえば華! 今、島に変なデカいミミズみたいのが居て、それに襲われて……」

《ちょうど私たちもそれに襲われてるとこ! あぁ! ちょっと待って!》

今度は忙しく走るような声と、仁と思われる声が叫んでいるのが聞こえてきた。

「アレに襲われてる!?」

《もうすぐ着くから! アキは逃げる準備してて!》

「う、うん……」

しかし電話を切った直後、すぐ後ろから華たちが階段を降りて現れた。

「アキ!」

「華!」

華は自分を支えていた光輝から離れ、二人は互いが無事だったことに安堵して抱き合った。

「あのね華、電話でも言ったけど変なミミズに襲われて……しかも何匹もいて……」

「アキ、てっきりアレに食べられたかと……」

「それで追われてたって言ってたけど大丈夫なの?」

「えーと……ねぇドクター、今は私たち、大丈夫?」

「そうだな、コレでなんとか避けながら進めたがヤツらはだんだん増えていってるらしい。ここにたどり着くのも時間の問題だ」

たいまつを手に、一同にそのことを告げる。

「なんでたいまつ持ってるの?」

「ただの虫よけだよ」

そう言うとドクターはたいまつをアキに手渡す。

「ヤツらの体に付着してる粘液は可燃性だ。だからたいまつの素材にちょうどいい」

「なんで火が苦手なのに可燃性なの?」

「だから火が苦手なのさ。だがヤツらは体がスポンジ状になってるから燃えても中まで火を通さない。から火だけじゃ倒せない。とはいえ熱いのは事実だから苦手なんだ」

「変なの……でもおかげで助かった」

「まずは観光客を全員避難させないと。そのためにまずは……」

「おいおい、今度は昼間っからたいまつを持った学生の集団かよ」

人ごみの向こう側から、近くの交番に努めていると思われる警官が、銃を持った老人を連れて現れた。

「だからわしの話は本当なんだ! 真面目に聞いてくれ!」

老人の言葉をよそに、警官がドクター達の元へと近づいてくる。

「あっ、さっきのお爺さん……」

アキはすぐ彼を見て気付いた。自分の命を助けてくれた彼が、警官に必死に訴えている。

「ちょっと君たち、それが移ったら火事になるだろ?」

「ちょうどよかった! 警官のあなたに頼みたいことがある」

「それより先に……」

「いいか、これは人の命がかかった重大なことだ。今この島には数十匹の人喰い虫がいる。すぐに警報を出して全員避難させてほしい」

「人喰い虫? まったく、この爺さんと同じような事言ってる。たったの数十匹だろ? そんなものスプレーでもかけて退治すればいいじゃないか」

警官はため息をついて、やれやれといった顔でこちらを見つめている。

「虫は虫でも、あなたが思っている以上のサイズだ」

「子供や老人の遊びに付き合っている暇はないんだ。それに警報でも出してみろ? 俺の立場が危うい」

警官は耳をほじりながら話を聞いている。

「その子の言う通りなんだ! 巨大な虫が……」

「はいはい、害虫駆除でも呼びますから」

警官は話をまともに聞かずに無線で巡回に行っているもう一人へと連絡を取る。

「あなたもあの虫を?」

ドクターは老人に話しかけた。

「ああ。君たちも襲われたんだろう? アイツらはこれで撃っても全く効かなかった。あれは恐ろしい怪物なんだ!」

老人は手に持っている猟銃を見せてきた。

「寄生虫は再生能力が高い。銃は気休めさ」

「ずいぶんと詳しいようだが、まさかあれを見たことが?」

「直接見たのは初めてだ。図鑑とか映像でしか見たことない。なんたってあの寄生虫はずいぶんと古いから」

「見たって……アレが載っている図鑑があるのか?」

「ああ、宇宙のね。ところであなたの名前は?」

「わしは日下部清(くさかべきよし)。昔からこの江ノ島に住んでる」

「僕はドクター。こっちのみんなの名前は今は省略しとくよ」

そう言って華たちの方を向いてウィンクをする。老人はその名前を聞いて驚くような目を向けた。

「ドクター……? ドクター、何だ?」

「ただのドクターだ。よく聞かれるよ」

「ただのドクター……! そうか、お前さんが……!」

彼はドクターを舐め回すように眺め、その顔を見て険しい顔を浮かべる。

「アンタがそうなら、見てほしいものが……」

「なんで僕の事を知ってる?」

ドクターは清の涙を浮かべそうな顔を見つめる。

「まったく、アイツどこで油売ってんだ? ちゃんと無線には出ろっての……」

警官は無線の先から応答が無いことに腹を立てながら、ドクターからたいまつを奪い取り、近くの池に突っ込んでそれを消した。

「いきなり何するんだ!?」

「さっき言っただろ? 火が燃え移ったら危ないと……」

そう言いながら火を消した池に目を向けると、なんとそこにあった水は全て消え去っていた。

「なんだこれ……」

池の中には大きな穴が開いていた。この中に水が吸い込まれたのだろうか。ふとその穴を覗こうとすると……

「ダメだ、危ない!」

ドクターが止めたのもむなしく、その穴から現れたテラワームに食らいつかれ、そのまま警官は叫び声を上げることも無く穴の中へと消えて行ってしまった。

その様子を見ていた一部の観光客は、悲鳴を上げながらそこから離れていった。

「もう来たってことか……!」

周りを見渡すと、既に建物の上や木々の間に何体ものテラワームが来ていた。手当たり次第に近くの客たちを次々と喰らっていく。突然現れた奇妙な怪物に襲われ、この仲見世通りはたったの10秒で阿鼻叫喚の渦となってしまった。

 

「みんな! 橋から島の外へ逃げろ!」

ドクターは人々の悲鳴の中、島の外へ逃げることを叫ぶ。

現れたテラワームのうちの二匹が、ゆらりゆらりと華たちの元へと近づいてくる。

「ね、ねぇ仁、私たちも逃げないといけないんじゃない?」

美智がたいまつを振り回しながらテラワームを牽制している。

「人が多くてあの橋からは直接逃げられない。島の裏へ逃げよう!」

そう言うとドクターは華からたいまつを受け取る。

「島の裏って……そこからどうやって島の外まで出るんだよ!?」

「僕の船があるんだ。それに乗ればいい!」

ドクターは華たちと清を連れ、通りの反対側、鳥居の方へと走っていく。

「はぁ、はぁ……すまない、わしはもうすぐ80になるもので……」

老人である清は上へと続く階段を登りながら息を切らしている。

「わしのことはいい! 早く先へ」

「おじいさんのこと見捨てられるわけないでしょ!」

アキは彼の肩に手を回し、そのまま階段を共に登る。しかしテラワームはしつこく追ってくる。

「どうしてこの爺さんも一緒に連れていくんだ!?」

「彼は僕の事をなぜか知ってる。そして誰よりも先にこの島の異常に気付いてた!」

ドクターは走りながら卓也にそう話す。

「この島には何か秘密がある。それを彼は知っているはずだ」

既に島は中腹。しかし階段を上って逃げているため体が疲れて仕方ない。

「もうダメ……、これ以上は上れない……!」

華は息を切らしながらその場に座り込む。テラワームはまだ遠くの方に一匹見えている。

「この際だ。エスカーを使って上まで行こう」

そう言うとドクターは近くの建物へと入っていく。有料のエスカレーター。江ノ島名物の一つだ。

「けど俺たちチケットも何も持ってない」

華をさすりながら光輝が言う。

「非常事態だぞ? 老人だっているし勝手に使っても文句言われないよ」

そう言いながら操作盤にソニックの光を当てると、エスカレーターがかなりのスピードで動き出す。

「これ早くない?」

「遅いと追い付かれるだろ、みんな乗れ!」

ドクターの合図で全員スピードの早いエスカレーターに乗り込む。だが既にテラワームは真下に来ている。

「ドクター! もうすぐそこまで来てる!」

テラワームもエスカレーターに乗り込み、その体を上下させながら追って来る。

老人は猟銃に弾を込めてテラワームを撃つ。なんとか後退はさせられたが、すぐに再生するため殺しには至っていない。

「みんな上に上り着いたらすぐにしゃがめ!」

ドクターがそう叫び、皆上についた瞬間にしゃがむ。ソニックドライバーをエスカレーター横の操作盤に向けると、降りたエスカレーターは先ほどの比にならないほどのスピードに上がった。

上がって来ていたテラワームはこのスピードに耐え切れず、そのままの勢いで飛んで壁に激突し動かなくなった。

「あそこまでスピード上げられるのかよ……」

「人間じゃミンチになるぐらいのスピードだ。一番上まで来れた、早く行くぞ!」

そのまま建物から出て外へと行く。横にはキャンドルタワーが見えるが、何体ものテラワームが既にこの場に来ていた。あちらこちらからこちらを食べようと様子をうかがっている。怪物を目にした人々は逃げようとあちらこちらへ散らばっていく。

「この数、こんなところにまで……!」

テラワームは段々と増えていっているようだ。奥から次へとやってくる。

「今はとにかく……逃げるぞ!」

 




次回のチラ見せ

「今日が人生最後の日かも」


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第八話 THE MONSTERS IN ENOSHIMA〈江ノ島の怪物〉PART4

気付けばもう八話、再開してから4話目ですね。
一応八話から全体としては後半戦って感じになります。


 

「ターディスは近い、こっちだ!」

ドクターが合図をして走り出し、華たちはそれについていく。何体ものテラワームが後ろから迫って来る。エレベーターのテラワームも回復し、こちらへと向かってくる。しかし後ろからだけでなく、横からも一体来ていた。そしてそれが美智の方へ向かっていく。

「キャアッ!」

「美智!」

横から襲って来たテラワームに突撃され、美智は吹き飛ばされ道から外れてしまう。

なんとか頭は打たなかったので気を失わずに済んだが、倒れている間にテラワームはだんだんと近づいてくる。

「嫌……!」

「建物の中へ入れ!」

ドクターの助言を聞き、美智は近くの建物へと入っていく。その建物はさきほどタコせんべいやタピオカミルクティーを買った場所だ。

扉は開いており、そのまま中へ入り鍵を閉める。しかしテラワームの力は強く、扉はすぐにも破られてしまいそうだった。

「美智は大丈夫だ! このまま先へ……」

「ちょっと! 美智を放っておくの!?」

「ヤツらは何匹もいる! こうしてる間に囲まれたら手遅れだ! 船まで行けなくなる!」

アキが美智を見捨てようとしたドクターの手を掴む。確かにこのまま美智を待っている場合ではない。確かにその通りなのだが……。しかしそんな問答をしていても既に遅かった。10匹ほどのテラワームが建物沿いのドクター達を囲んだ。

「そんな……」

「屋根に登れ!」

建物の横に立ててあるはしごを立て、今度は屋根の上に上っていく。清を一番先に登らせ、ドクターは一番最後に登りきる。寸前のところでテラワームに喰われそうになるが無事に登りきれた。

「この建物、高くないしすぐに登ってこられるよ!?」

「けど下にいたままじゃ喰われるのがオチだ」

「上に来たって喰われるのがオチだろ!?」

光輝がたいまつを振り回しながらテラワームを近づかせないようにするが、一匹のテラワームがたいまつに食らいつき、そのまま折ってしまった。

「マジかよ……」

「どうするのドクター!? 何か考えがあるんでしょ!?」

「今日が人生最後の日かも」

ソニックドライバーを必死にテラワームに当ててみるが、これはあくまで機械いじりや鍵を開けるための道具。テラワームの情報しか入ってこない。

「そんなこと言わないでよ!」

「僕にだってできることとできないことが……」

一匹のテラワームが今度は屋根に食らいついた。もう上に上がってくるまで時間の問題だ。

清は猟銃でテラワームを何匹も撃っていくが、すぐに再生してこちらへと戻って来る。時間稼ぎになるほどテラワームの数は少なくはない。

「そんな、もう弾切れか……」

ポケットなどに手を突っ込んで弾が入っていないか探すが、どこにも無かった。諦めた清は銃だったものを手に、思いきりテラワームを殴る。

 

建物の中に入っていた美智は、成すすべもなく天井から聞こえてくる華たちの声に耳を澄ませるしかなかった。

「何か……何か武器になりそうなもの……」

コンロ、ジュースのディスペンサー、あとは食材……部屋の中を探すが、それしか見当たらない。包丁が無いかも探したが、この店ではどうやら使う必要が無いらしい。なぜならタコせんべいもタピオカも、たい焼きも包丁を使う必要は無いからだ。やるせなさに壁を殴っていると、ついに扉が破られてしまった。

「ひぃ……っ! 来ないで……来ないで……っ!」

近くにあった箒を手に振り回すが、テラワームは意にも介さない。美智に近づき、その大きな口を開いていく。

「嫌ァーッ!」

振り回す箒が、ある袋に刺さった。その袋の中からは粉が吹き出し、あたり一面が粉煙に包まれる。

「うぅ……」

箒を捨て、地面に座り込み頭を抱える。喰われる前のせめてもの抵抗。しかしそれも意味がないのだろうな。諦めと恐怖で何も考えられなくなり、頬には涙が流れる……

 

……そのまま数秒が経過するが、何も起きない。テラワームの腹の中ではないはずだ。電灯の明かりが目に入る。

「え……」

目の前でその怪物は苦しむようにのたうち回っていた。そしてそのまま体が溶けるように小さくなっていき、ついに動かなくなった。

「死んだ……ってこと?」

箒を拾い、それでつっつく。反応は何もない。死体となれ果てていた。

煙のように粉が広がった部屋の中で、美智は不思議に思った。弱点も何も無いはず。こちらから攻撃したはずがないのに死ぬとはどういうことなのだろうか? 部屋の中を見渡すが、何もわからない。

「何で死んだの……?」

ふと箒の先を見てみると、そこに白い粉がついていた。さっき何かの袋に刺さった跡だ。

「これってまさか」

この部屋に充満しているこの“粉”。それを見てあることに気づいたのだ。

 

既に屋根の上には二匹のテラワームが上がって来ていた。卓也は残った一本のたいまつで必死に応戦するが、これに害が無いと気づいたのかそれに食らいついて折ってしまう。

「最後の一本が……!」

「もう火は怖くないってことか? まったく虫の癖に賢いな」

賢いとはいえ単純な知能。ドクターの煽りに乗ることも無ければ退くこともない。

「そんなこと言ってる場合!?」

華がドクターの背中を叩く。

「一つだけ案がある」

「それ何?」

「僕が囮になる。その隙に君たちはターディスへ。場所は岩屋近くの海岸だ」

「囮って……死ぬつもり!?」

華は怒鳴った。

「じゃなきゃこの状況を打開できない。誰も残らずに死ぬぞ」

「だけどアンタが囮になる必要は……」

「君たちはまだ若い。僕は長く生きてる。もう十分さ」

そう言うと、ドクターはソニックドライバーを華に手渡す。

「そんなことダメだって!」

「ターディスは生きてる。簡単に君たちをこの島の外まで逃がしてくれる。だから……」

「やめてよ! 今は夏休みなんだよ? 死ぬだなんて言わないで!」

華は思いきり彼の背中を叩く。痛みでついごほっという声が出る。

「死ぬとも限らない。僕はその可能性に賭けるよ」

華以外、誰も進む彼を止めようとはしない。清はまだ大事なことを伝えてないと言おうとするが、既にテラワームの集団はドクターに近づいている。

「行くんだ早く! 行け!」

囲まれ、もう助かる術はない。長い人生ももう終わりだ。いい人生だったと胸を張って言えるだろうか? しかしそんなことを考え終わる隙に

……粉がテラワームを襲った。

「何だ!?」

粉が降りかけられたテラワームはまるで塩をかけられたカタツムリのように悶え苦しみ、そのままその場に倒れて動かなくなった。ドクターを囲むテラワームは一匹残らず死亡した。

「まさか……これって」

「仁くんは生きてるってこと」

目の前には袋を持った美智が居た。粉が体中にかかって真っ白になっている。

「どうやったんだ!?」

「私にも分からない。ただこの粉をかけると、コイツらが死ぬってことが分かっただけ。なんで死ぬのかは私も知らない」

まさかの展開に、華たちは呆然としていた。しかしドクターが無事だったことに気づくと、華は彼の近くに向かって頬に思いきりビンタをした。

「痛いな!」

「もう死ぬなんて言わないで! ただでさえ前死にかけたくせに」

「いつも死にかけてる、いつも通りさ」

殴られた頬をさすりながら答える。その様子を見て光輝は華に頬を殴られる様子を少しだけ想像した。

「それで、この粉は何だ?」

ドクターは美智から袋を奪い、そこに書かれている文字を見る。

「タピオカ澱粉……そうか、タピオカか!」

ドクターは袋を手に華たちの方を向く。

「なんでタピオカが弱点なの?」

「さっき言っただろ? ヤツらの弱点はポピレンって物質だ」

「タピオカ粉が、そのポピレン?」

卓也は折れたたいまつを手に質問する。

「タピオカ、というより厳密には“でんぷん”さ。でんぷんは星によっては強烈なアレルギー反応を示すほどの物質なんだ。地球じゃ別に問題ないけど」

そう言って粉を手に付けて一口舐める。さすがに粉だけは美味しくないのか苦々しい顔を浮かべる。

「そうか、ポピレン=でんぷんか……完全に忘れてたよ。僕も長く生きすぎてボケてきたかも」

そんなことを言っている間に、遠くから何匹かのテラワームが迫って来る。

「弱点は今この手にある。つまりこっちのが優勢ってわけだ!」

そう言って屋根から降りていく。華たちも屋根から降り、迫るテラワームを前に袋に手を突っ込んで粉を手にする。

「ヤツらが近づいたら振りかけろ」

「了解!」

テラワームの数は6匹。こちらが武器を持っていることなどつゆ知らずに迫って来る。

「1,2,3……今だ!」

全員、目の前にテラワームに向かって思いきり投げた。ふりかけられた粉に叫びながら、だんだんとしぼんで死んでいく。

「やった! ざまぁみろ虫野郎!」

卓也はさらに粉をテラワームに振りかけながら啖呵を切る。

「これで全滅?」

美智はドクターに聞く。

「島は広い。まだ何匹も残ってるはずだ。けどこの周辺にはもう居ないだろうな」

そう言いながら、今度は建物に取り付けらた配電盤を取り外し、そこに向かってソニックの光を当てる。

「これで正確なレーダーが出せる。華のスマホに接続して……よしできた! 即席のテラワーム発見装置だ。半径10kmまで探知できる」

スマホにはまだ数体のテラワームが島にいることが表示されている。

「これを避けながら進めばいい。行くぞ」

そう言ってそそくさと歩き出そうとするが、清がそれを呼び止める。

「それがあるなら、まだ船には行かなくていいんじゃないか?」

「まだ行かなくていいって?」

「アンタには話したいことが山ほどある。わしの小屋まで来てくれ」

 

 

清に連れられ、ドクター達は道を外れた森の中へと入っていた。

「この奥にあなたの小屋が?」

「ああ。わしはこう見えても江ノ島で結構な地位でね。昔の話だが……その縁でわしだけの小屋を建てたんだ。何十年も前に」

スマホを見ながらテラワームを探知する。この近くには居ないようだ。

「ねぇドクター、この穴変じゃない?」

小屋へと向かう途中、いくつもの穴のある奇妙な場所に出た。どの穴も直径1mほどだ。

「推測だが、テラワームはここから出てきたのかも」

穴を避けて森の中を歩いていく。そして古ぼけた小屋が目の前に現れる。

「ここだ。ここがわしの小屋だ」

そう言って老人は小屋の鍵を開き、中へと入っていく。それに続いてドクター達も入っていく。

小屋は見た目通り中も古く、あちらこちらに妙な書類が落ちている。

「契約書……この島のか?」

「ああ。わしは一時期、この島を所有してたんだ。今は奪われてしまったが」

そう言いながら、老人は銃をたてかけイスに座り込む。

「どうしてここに小屋を? 人間社会から離れたかったとか?」

「いいや、ここが一番“話しやすい”からさ」

「……何が話しやすいんだ?」

「島とさ」

そう言うと、地面に敷かれていたカーペットを外す。そこには床ではなく、むき出しになった地面があった。老人はその地面に手を当てる。

「すまないね、わしにはお前を守れないみたいだ。だけどようやくドクターが来てくれた」

老人は地面に向かって紹介するようにドクターを見せた。

「地面と……話してんの? この爺さんボケてるんじゃない?」

卓也が奇妙な光景に少し馬鹿にするが、他の皆は真面目にその様子を見ている。

「島と話してる、ってことか。島の声が聞こえるのはあなただけ?」

「どうやらそうみたいでな。わしとこいつが出会ったのはもう70年ほど前だが、その間わし以外にこいつと話せた人間はおらんよ」

「僕なら聞こえるかも」

ドクターは老人の近くへと歩みより、同じように地面に手を触れる。すると、声が頭の中へと聞こえて来た。

「……どうも。僕がドクターだ。君が求めていたドクターに違いないよ」

「えっ、地面と話せるの!? 本当に!?」

卓也と美智、アキは目を丸くして驚いている。

「私たちには聞こえない。ってことは……テレパシーか何かってこと?」

華の答えに、ドクターはうなずいた。

「鋭いな。この島はテレパシーで会話できる。」

地面をゆっくりと撫でながら、ドクターは笑顔を浮かべる。

「そうか……こんな珍しい生き物と会えるとは思ってなかった」

「生き物って……君にはこいつの正体も分かるのか?」

清に聞かれ、ドクターは真剣なまなざしで彼の目を見つめる。

「オオタイリクガメ。個体にもよるが島ほどの大きさで、宇宙を彷徨ってる。島の無い星に降り立って島になるんだ。そうして何十万年も生きる」

「亀って……まさか、江ノ島そのものが巨大な亀ってこと?」

「ああ。ずっとここに居たんだ。いわゆる甲羅の部分が陸に近い成分だから、簡単には正体が生き物だとバレない」

そう言いながら、ドクターは地面をさすり続ける。

「江ノ島にはある伝説がある。地震の後に一晩で島が現れたという話だ。それは彼が目覚めたからってことか」

「そういえば、今日二回起きた妙な地震。あれって……この島だけが、この島が生き物だから揺れたってこと?」

光輝がドクターと清に質問する。

「けどただ痒かったから動いた、とかじゃない。あの揺れ方は明らかに“痛みに苦しむ”揺れ方だ」

「その通り。こいつはずっと苦しんでるんだ」

清が真剣な面持ちで語る。

「テラワームは寄生虫。彼に寄生してたんだ。何十匹もね。だが氷河期の地球に降り立ち、中のテラワームと共にそのまま島は冬眠した。だけど最近の地球温暖化でテラワームは活動を開始した。そして彼の体を食い荒らし、そしてついに食い破り……体の外へと出た。そして僕たちを襲ってる」

「本当に、デカいのに寄生する寄生虫なんだな」

卓也が呟いた。

「言った通りだろ? でもまさか島がまるごと生き物だなんて予想してなかった。ところでどうして僕の名前を知ってるんだ?」

ドクターは地面……いや、オオタイリクガメの背中をさすりながら質問する。

「……箱が……何だって? もう一度言って……」

テレパシーでもはっきりとその答えは聞こえなかった。聞き返そうとするが、その瞬間再び島が大きく揺れた。

「また地震だ!」

近くの壁に掴まり、倒れないように体を支える。

「なるほど、地震だよ! テラワームとこの地震はリンクしてる!」

「それってどういうこと!?」

「中で暴れてるテラワームが体から出ようとするんだ! その瞬間は激しい痛みが伴う! だからこんな大きな地震になるんだ!」

揺れはすぐに収まる。しかし頭の中に叫び声が絶えず聞こえる。

「激しく苦しんでる! 想像を絶する痛みだ! よく耐えられるな!?」

ドクターは彼の背中をさすりながらなだめる。

「けどもう限界だ! もうこいつは耐えられない!」

清がそう叫ぶ。揺れは収まったがこの亀はまだ苦しんでいるらしい。

「よく耐えたよ! けど今ので全てのテラワームが外に出た! その数……55匹!?」

スマホを覗くと、そこには大量の反応があった。島中のあちらこちらに出現している。

「55!? あれがまだそんなにいるの!?」

「100匹超えなかっただけまだマシさ」

「頼むドクター、こいつを助けてくれ! わしにとってこいつは……唯一の友人なんだ!」

「唯一の友人?」

「わしは他の子に比べて運動も、勉強も苦手だった。だから友達ができなくて……。よく島に遊びに来ていたんだ。そんなわしにこいつは話しかけてくれた。そして友達になってくれたんだ! そんなこいつを見捨てるなんてできない!」

「大丈夫! 僕が必ず助けるさ! それにまだ聞いてない話もあるしね」

頭の中に響く“江ノ島”の声。それはまだうめき声を上げ続けている。

「痛みを抑える鎮痛剤が必要だ。島サイズの生き物にもしっかりと効くヤツ!」

「そんなのどこにあるの?」

美智が聞く。

「ターディスにあるさ。行くぞ!」

 




次回のチラ見せ

「江ノ島から逃げ出すための橋が……崩落してる」


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第八話 THE MONSTERS IN ENOSHIMA〈江ノ島の怪物〉PART5

ドクター・フーというよりパニックものなエピソードですね、書いてて途中から思いました


 

小屋から少し歩いた場所。海岸と名所『江ノ島岩屋』の近くに、場違いな青い箱が立っていた。

「なぁ、あれ何だ?」

卓也が指をさす。

「あれが僕の船さ。特別に中を見せてあげるよ」

「船? どう見てもただの電話ボックスでしょ?」

「“ただの”? 中を見ればそうも言えなくなるよ」

そう話しながら青い箱の前へと向かっていく。懐から鍵を取り出し、青い電話ボックスの鍵穴に挿入して回す。

「よし開いた! さて鎮痛剤はどこに置いてあるかな……」

「ちょ……何だよこれ……」

小さな箱からは想像できないぐらい広い空間がその中には広がっていた。真ん中には妙な機械……というかそれ以外の場所にもあちこちに奇妙な機械があり、ピコピコと音を立てて光っている。

「なんで中のが広いの!? どうなってるの!? まさかワープしたとか!?」

「華、光輝、僕の代わりに説明しておいてくれ」

そう言って奥の扉を開いてその中へと彼は消えていった。

「はいはい。えーっと、アキに美智に卓也。それと清さん。ようこそターディスへ」

「ターディス……なんだか未来みたいな名前だ」

「そりゃあこれは未来から来たタイムマシンだから。ついでに宇宙船。外に比べて中が広いの」

「ああ。色んな事が出来るんだ。時空の裂け目を開いたり閉めたり、ワープしたり……だよな?」

光輝は華に質問する。華自身もまだ完全にはよく分かっていないのだが。

「なんで華と光輝は知ってるの?」

「え? まぁ色々あって……ね?」

「そう、色々あって……な?」

二人は顔を見合わせている。

「それで、これって一体……何万円で買えるの?」

「え?」

美智からの質問に二人は唖然とした。

「だって仁って帰国子女で金持ちなんでしょ? 一体何万円でこんなスゴいのを買ったのかなって思って」

「それは聞いたことないけど……」

「きっと一兆円ぐらいするぜ、これ……」

卓也は真ん中の操作盤に触れながら呟く。

「一兆円? そんな低価格で買えるほどターディスは安物じゃない」

ドクターが少し大きい救急箱を持って現れた。

「それの中に鎮痛剤が入ってるの?」

「ああ。巨大な生き物専用の鎮痛剤だ。その分強力って事だから人間に刺したら死ぬ。間違えても使わないように」

「注意しとく。ドクターこそ間違えないでおいて」

「僕の方がプロだぞ?」

そう言いながら救急箱から人差し指ほどの太い針のついた注射を取り出す。

「これを一番体の中心に近い場所に刺せば……」

注射針の先から薬剤が出るかどうかを確認していると、突然ターディスの中に警報が鳴り響く。

「ってなんだ!? どうした!?」

片手に注射を持ちながら、もう片方の手でモニターをスライドさせた。そこに映し出されている警報の情報を見ると、彼の顔は青ざめた。

「何が起きたの?」

「江ノ島から逃げ出すための橋が……崩落してる」

「崩落!?」

「さっきの地震の影響さ。まだ何人も島に残ってる。このままじゃ逃げられないし救助も来れない」

そこには江ノ島の入り口が映し出されていた。巨大な橋は崩れ、何人も橋の前で立ち往生している。

「テラワームは55体。今この島に居る人間は1500人。あの町の様子を見れば分かると思うが、このままだと数時間で全滅する!」

ドクターがモニターを見ながら手元のキーボードをひたすらタイプし続けている。

「しかも島は地震の度に段々沈んでいってる。しかも現在進行形で沈み始めてる!」

「何だと!?」

それを聞いて清は顔色を変えた。

「彼がもう痛みに耐えきれないってことさ。数時間どころか一時間で海の底に沈むな」

「一時間で!?」

「観光名所が一時間で消えたら大パニックになるよ!?」

アキが叫ぶ。

「んなこと知ってる。だから早く鎮痛剤を打たないと!」

「でもテラワームはどうするの!?」

「ああそうだった! どちらにせよテラワームは警察の手に負えない! 僕の手でなんとかするつもりだったしこうなったら……同時にやる!」

そう言うと、ドクターは操作盤の下からこれまた細長い機械を取り出した。

「薬剤を発射する装置だ。これにタピオカ粉を詰め込んで発射すればテラワームは全滅だ。昔これを使ってソンターランを倒したことが……」

「いいから! それで同時に対処ってどうするの!?」

「二つの班に別れる! テラワームを倒すチームと島に鎮痛剤を打ちに行くチームだ」

「分かった! それでドクターはどっちのチームに?」

「鎮痛剤チームに入る!」

救急箱を抱えながら忙しそうにターディス内を歩き回りながら答える。

「じゃあ私はテラワームを倒すチームで! これを外で発射すればいいんでしょ?」

「いいや、そんな単純じゃない。これは本来薬剤やガスを発射するためのものなんだ。粉を発射するのは想定されてない」

「ならどうすれば?」

「範囲が狭い。どこでもいいからテラワームを一か所に集めるんだ。そこで発射すれば周りのテラワームは全滅するはず!」

そう言いながら装置に向かってソニックを当てて最終調整を行う。それが終わり華に装置を手渡す。

「分かった! あとは任せて!」

そう言って華は装置を持ち上げようとするが、さすがに重いのか持ち上げきれない。

「俺も華と一緒に行く。この装置も重そうだし、テラワームが相手なんだろ? 心配だ」

光輝が装置を支えるように持ち上げる。

「なら俺もそっちに行く。光輝と華だけじゃ不安だし」

「子供たちだけで行くつもりか? わしも行く」

卓也と清はテラワームを退治するチームへと参加することとなった。鎮痛剤を打つのはドクターと美智とアキだ。

「無事に終わったらここにまた集合だ」

「ドクターも、死なないでね」

「ああ、君たちの方が危険だと思うが……君たちしかいない」

ターディスの外へと出て、ドクターは華の肩を叩いてアキと美智を連れ華たちから離れていく。

 

 

「それで、コイツをどこに設置する? どうやってテラワームを呼び寄せる?」

光輝と卓也が二人係で装置を運びながら華に聞いている。

「場所は一番上のあそこ、キャンドルタワーに集めよう」

華が指をさした先にあるのは、江ノ島の頂上に位置するこの島のシンボル、キャンドルタワーだ。

「あそこが一番高いし、集めるにしても高いところまで登れば安全じゃない?」

「言えてる」

「それで集める方法は……アイツらの好物ってなんだろ?」

そういえばドクターから重要なことを聞き忘れていた。テラワームをおびきよせるためのエサが無い。

「俺たちに決まってるだろ。アイツ、はなっから俺たちをエサにしておびきよせるつもりだったのかよ」

卓也が不貞腐れながら仁のことを思い浮かべる。

「俺と卓也でテラワームをおびき寄せる。その隙に華と清さんはタワーで準備しといて」

光輝はそう言って先へと歩いていく。

「おい待てよ、なんで俺たちなんだ?」

「女の子とお爺さんに怪物をおびき寄せろって言うつもりか?」

「……確かにそうだな。俺たちしかいないってことかよ」

「自分から志願しただろ?」

「そうだけど、もっと安全な方法があるかと」

「かっこつけようとこっち選んじゃって」

「お前も同じだろ? 華にいいところ見せたいからって」

「ああそうさ。だからお前もいいところ見せるために頑張れよ」

二人は装置を運びながらそんな問答を繰り返す。華と清もそれについていく。まず目指すはキャンドルタワーだ。

 

 

「さて、これを持って出たはいいけどどこに打とうか?」

ドクターは海岸沿いを歩き回りながら救急箱を開けたり閉めたりしている。出発したはいいものの、この島の中心がどこかが分からない。

「何も分からずに出発したってこと?」

「歩きながら考えるつもりだった。だけどこの島の中心に近い場所がどうしても思い浮かばない!」

「あるでしょ、すぐ後ろに」

美智に言われ、後ろを振り向く。そこには『江ノ島岩屋 この先→』の看板が。

「洞窟か! それなら内部に入れる!」

美智の肩を叩き、岩屋へと向かって彼は走り出した。

「本当に生き物の体の中なの? ただの洞窟にしか思えない」

貰った懐中電灯を手に、アキは洞窟を照らす。どうみても周りにあるのは岩だ。

「このあたりはまだ甲羅さ。もっと奥に行けば肉があるはず」

そう言いながらだんだんと洞窟の先へと進んでいく。

「この洞窟はただの洞窟じゃない。テラワームはここから体の中に入って行ったのさ」

「それで洞窟ができたと?」

「そうさ。冬眠中に波で削られ、広くはなってるけど」

よく見ればこの洞窟は単に掘られただけの穴には見えない。それこそ虫が食い荒らしたようにも見える。

数分歩き、狭いエリアも超えると立ち入り禁止の看板と、さらに先の道があるのを発見した。

「このあたりでいいんじゃない? 立ち入り禁止って事は危ないってことだろうし」

「この辺りはただの岩だ。もっと奥に行かないと」

そう言って柵を乗り越えてさらに先に進んでいく。美智とアキは心配しながらも彼についていき、先に進んでいく。

しかし奥にあったのは大きな池のある広い空間だけ。その先には何の道も無かった。

「ここで行き止まり? 肉があるって言ってたけど」

美智がドクターに聞く。彼はこの池とその周りを見渡している。

「まさか。テラワームは体の奥の方まで入っていったはずだ。ここで終わりのはずが……」

その瞬間、再び大きな揺れが再び襲った。突き上げるような衝撃と、さきほど以上に大きな横揺れ。洞窟の天井からは砂や岩が転がって来る。

「仁! 洞窟が崩落する!」

「あぁまずい! いままでのより大きいぞ!」

さらにひどくなっていく揺れに、洞窟の三人は飲みこまれて行ってしまう。

 

 

光輝と卓也はさきほどと同じように近くにあったものでたいまつを作り、それを持ってタワーの外へと出て行った。あとは華がしっかりやってくれることを祈っておびきよせるだけだ。

「なるべく一番上……ここでいいかな」

テラワームに襲われたのか逃げ出したのか、この建物からは既に誰も居なくなっていた。本来はチケットが無ければここには来れないのだが緊急事態だ。それに受付に誰も居ないので問題ない。しかしエレベーターは機能していなかったため、階段で最上階まで上がり、そこから頂上へと出て装置を設置した。

「えーと、ご丁寧にマニュアルまでついてある。薬剤をこのシリンダーに入れて……」

華は持ってきたタピオカ粉をシリンダーの中へ入れる。

「こんな状況で質問するのもなんだが、君は彼についてどのぐらい知っているんだい?」

装置を支えるため、ロープで近くの柱に固定している清が華に質問する。

「ドクターについてってこと?」

「ああその通りさ。わしは昔からこの島に聞かされてきたんだ。ドクターについてね」

「どうしてこの亀はドクターのことを知ってるの?」

「……さぁ。わしは深くは知らんよ。ただ彼に、伝えなければならないことがあると、そう言ってた」

清はロープをきつく締め、装置を完全に固定させる。

「ありがとう。清さんがいなかったら、私たちこの島の事を知れなかった」

「一番初めに知ったのが君たちで良かったよ。悪い人じゃない」

「ええ。私たちもそうだし、ドクターもそう。悪い人じゃない」

華は微笑みながらシリンダーを装置に装填させる。

「ドクターはね、時折何考えてるか分からないんだ。急に怒ったり、急に笑ったり。でもいつだって人の事を考えてくれてる。だから私は信用してる。亀さんもきっと、どこかでドクターと会って、優しさに触れたんじゃないかな。だからまた話したかったとか」

「……そうか。不思議な子なんだな」

装置のスイッチに押し、いつでも粉が放てるよう準備を完了させる。

その瞬間、またあの揺れが襲って来た。激しい横揺れも伴っている。

「また地震!?」

「大丈夫だ! 装置はしっかり固定してあるから外れることは……」

装置に異常は無い。だが視界に異常を感じている。遠くに見える水平線がだんだんと斜めに曲がってきている。

「これはまさか……」

「このタワーが折れてきてるってこと!?」

激しい地震に、タワーの基礎部分が耐え切れずに倒れ始めてきたのだ。しかしある程度耐震がしっかりしているのか、完全に倒れ切ることはない。しかしこの揺れが続けば……

 




次回のチラ見せ

「……箱だ。箱が失われた」


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第八話 THE MONSTERS IN ENOSHIMA〈江ノ島の怪物〉PART6

今回でこのエピソードは終了です。また江ノ島行きたくなってきました



 

「まただ! あの化け物が襲ってくるぞ!」

江ノ島の入り口、仲見世通りには多く人がごった返していた。橋は崩れ、向こう側に行く手段はない。船も既に使い切られてしまっている。崩れた橋の向こう側では、警察の車両や消防車両が見られるが、あまりに遠すぎて直接の救助は難しい。それにあちらは今島が巨大な虫に襲われていることなど知る由もない。

「こちら藤沢署。交番の中川はいるか?」

向こう側で待機している警官が、江ノ島に駐在している警官に無線で呼びかける。

「おい中川、向こうはどんな状況だ?」

しかし、無線の応答は一切ない。

「まったく……」

この通りはお土産屋や飲食店が立ち並ぶところ。何人かの勇敢な者が雑貨などを武器として扱い、テラワームと戦っていたが、もはや体力の限界。次から次へと人が食われ犠牲になっていく。さらにテラワームの数は増えていく一方だ。

この状況、もはや泳いで逃げる他無い。

「泳いであっちに渡るんだ! 早く! 飛び込めぇー!」

一人の男の提案に乗り、崩れた橋の端に居た男性が海へと飛び込んでいく。それに連なり、何人もが海の中へと入っていく。

「いいぞ! これで出られ……」

しかし、突然何かに足を掴まれ……というより食いつかれ、海の底へと沈んで行ってしまう。

少しよどんだ水の中には、自分たちを襲っているあの虫が泳いでいるのが見える。

「海もダメだ! 上がれ! 上がれーっ!」

飛び込んだ者たちは戻ろうとするが、その間に何人も海の中へと引きずり込まれて行ってしまう。

「もうダメだ。逃げられない!」

海の中、そして島の奥からだんだんと怪物が迫りくる。このままでは、残る人間も全滅だ。

人々は怪物からできる限り離れ、大切な人を抱きしめながらむせび泣く。

しかしその泣き声をかき消すような大声が聞こえてきた。

「おいミミズども! こっちだ!」

大きな赤い鳥居の下に、一人の少年が立ちたいまつを振りかざしている。小さな石を拾い、それをテラワームに向かって投げている。それで虫たちは鳥居の下の少年に注目を集める。

「俺がエサだ! 俺を喰いに来い! それにほら! こんないいものだって……」

手に持っていた袋の中から、大量の魚やしらすを掴み、地面へと放り投げる。テラワームもそれを見てまるで釣られるように喰らっていく。

「ヘンゼルとグレーテル作戦、ってとこかな」

「おい光輝! こっちにもまだいるぞ!」

今度は別の場所から少年の大声が聞こえてくる。

「人間なんかよりずっと美味しいぞー! それに何匹も仲間が殺されて悔しいだろ!?」

テラワームはその大きな口を開いて、少年へと襲い掛かろうとする。

「よし、なんとかおびき寄せられる……こっち来い!」

逃げ遅れた人々を狙わず、テラワームは挑発する少年に狙いを定めて追っていく。

しかしそれと同時に再び大きな地震が襲って来た。体勢が崩れそうになるが、なんとか立て直し不安定な足場の中走っていく。

 

 

「このままじゃ……崩れる!」

キャンドルタワーの屋上、なんとか柵のおかげで落ちずに済んでいるが、これが倒れれば少なくとも命の保証は無いだろう。

「だが装置はしっかり上を向いてる! あとはテラワームが近づけば……来たぞ!」

清は落ちそうになりながら下を眺める。光輝と卓也が何十体ものテラワームを引き連れてやってきた。

「光輝! これで全部か!?」

「人が多い所にたくさんいるはずだ、だとすればこれだけでほとんど集めたはず! そっちは!?」

「島中駆けまわって、何回か喰われそうになったけど全部集めたはずだ!」

卓也と光輝はたいまつをテラワームに向かって投げ、タワーの中へと入る。入ってこられないように鍵を閉めておく。

「ここ、なんか斜めってないか?」

「地震で折れてんのかも……華! 大丈夫か!?」

光輝は少し斜めになっている階段に時折つまずきながらも上を目指していく。卓也もそれを追って上へと向かう。

しかし、上りながらもだんだんと倒れているのが分かる。

「光輝! 卓也! 全部集めた!?」

「ああ! 50体以上はいるはず!」

光輝は屋上へとたどり着き、華のもとへと駆け寄る。その途中で転びそうになるがなんとか耐えた。

「早くしないとヤツらが来るぞ!」

清は下を眺めると、テラワームは既に扉を破壊して何匹か登り始めてきている。

「このボタンを押せば……!」

華は発射するための赤いボタンを押そうとするが、思っていた以上にタワーの角度が激しく、なかなか手が届かない。

「掴まれ!」

光輝が華の体を持ち上げる。ようやくボタンに手が届く。

「行けーっ!」

ボタンを押した途端、装置は上方向にシリンダーを打ち上げた。それは空中で爆散し、大量のタピオカ粉がばら撒かれた。

それはこの周辺、100mほどを覆い尽くすのには十分だった。タワーへ入ろうとした何十匹ものテラワームは、粉を浴びるやいなや、苦しみながらだんだんとしぼむように死んでいく。

下を眺めると、そこにはもう生きたテラワームは見当たらなかった。

「よし! やった……はぁ、やったぞ! 俺たちやった!」

卓也が跳ねながら喜ぶ中、タワーの中で難を逃れていた一匹のテラワームが彼に向かって大きな口を開ける。

「危ない!」

それに真っ先に気づき、光輝は近くにあったほぼ空っぽのタピオカ粉の袋を投げつけた。口は閉じられ、さきほどと同じように苦しみながらしぼんでいった。

「ここに来て死ぬかと思った……」

「俺に感謝してくれよ、マジでな」

そう言いながら腰を抜かした卓也に手を差し伸べる。

テラワームは全て撃退した……しかし、まだ揺れが完全には収まっていない。

「ドクターたちがまだなのかも!」

「ともかくここは危険だ、降りよう!」

既にタワーは崩壊寸前。斜めになっていて降りにくい階段を下り、タワーの外へと出ていく。

 

 

鎮痛剤班は、洞窟の崩落に巻き込まれ身動きが取れなくなっていた。それどころか、池の中から出ることができない。

「この池深いよ……! このままじゃ溺れる!」

美智は必死に足をバタバタさせながら浮かぼうとしている。

「必ず奥があるはずだ! 早くそこに行かないと……」

「奥ったってもう崩落のせいで奥には進めない! どちらにせよ……」

「いや待て、この池は何かがおかしいぞ」

そう言うと、仁は水を一口含んで飲みこむ。

「最悪な味だ! 普通池の水ってのは透明で、透き通ってて美味しいはずなんだけど」

「それが何なの!?」

「これは体液だ! 血じゃないけど傷ついたところから染みて、池になったんだ!」

「体液!? 今私たち体液で溺れそうになってるの!?」

アキが壁に手をかけて嫌そうな目つきでこの池から離れようとする。

「ということは僕たちが目指す奥というのは……この池の底だ!」

そう言うと、鎮痛剤を手に思いきり息を吸って池の中へと潜っていく。

体液ということもあり、この池は黄色く濁っている。そのせいで水中での視界はほぼゼロだ。底にたどり着いたら、今度は直接手で触ってどこからが肉かを確かめる。

触れ続けていると、ぶよぶよとした箇所を発見した。岩の中にこんな場所は無い。ここが目当ての場所だ。

「少し……チクッとするぞ」

そう言うと、鎮痛剤を込めた注射針を思いきりそこに向かって刺す。そして思いきりそれを押し込む。

完全に打ち終わったのを確認すると、仁が池の底から出てきた。

「ぷはぁっ! 仕事終わり! ここから出るぞ!」

美智とアキの手を掴み、崩落の中、入ってきた場所を目指して走っていく。後ろをふと振り向くと、既に崩れた岩が池を埋めていた。

必死に走り、ついに岩屋から脱出。夏とはいえ、体が濡れていて少し寒い。

グオオオオーッ……獣が吠えるような声がどこからともなく聞こえてきた。それと同時に、あの大きな地震はついに収まった。

「さて、あとは華たちがしっかり解決できたかどうか……」

ターディスへと向かうと、既にそこには華たちが待っていた。

「良かった、みんな無事か! テラワームは?」

「全滅したよ。なんとかね」

華は笑顔を彼に見せる。

「鎮痛剤もしっかり打った。おかげで痛みは引いたよ。だからもう地震は起きない。だけど……」

含みのある言葉の後に、ドクターは一言告げた。

「もう彼に残された時間は少ない」

 

 

ターディスのある場所から少し離れた島の海岸。波は引いており、岩肌が見える。

「ここでならしっかり話せる」

すると、水の底から巨大な頭が浮き上がってきた。それには巨大な眼がある。

「オオタイリクガメ、江ノ島の頭さ」

その目はとても老いており、今にも閉じてしまいそうだ。

「ああ、ようやくこの目でお前の姿を見ることが出来たよ……」

清は感慨深げにその頭へと近寄り、ゆっくりと撫でる。

「そうかそうか、お前もわしの姿を見るのは初めてか」

亀と清は直接の邂逅に感情のこもった顔を見せている。

「なぁ、これからもわしらは一緒に……」

「いや、悪いがそれはもうできないかも」

ドクターは二人の元へと歩み寄る。

「君はもう分かっているだろ? 自分はもうすぐ死ぬってことを」

その言葉を聞き、うなずくようにまばたきをした。

「死ぬ……? こいつが死ぬってどうして?」

「もう助からないほど体の中が食い荒らされてたんだ。テラワームが地表に出た時点で、彼の体はほぼ限界だった」

「そんな……助けてくれると言ったじゃないか!?」

「すまない。僕も気づいたのが遅かったよ」

そう言うと、ドクターはゆっくりと彼の頭を撫でる。

「けど、痛みの中で死ぬことはない。鎮痛剤のおかげで、安らかに眠ることはできる」

ありがとう。そう亀は言っているように見えた。

「そんな……! わしには、わしにはお前しかいないんだ! この人生、ずっとお前しか友達は……!」

亀は大きくまばたきをした。清に何かを伝えるかのように。

「わしには……もう遅い。友達なんてもう……」

「僕がいるさ」

ドクターは彼の肩を叩いた。

「僕は幅広い世代の友達さ。あなたはもちろん、この亀に華たちだって」

そう言ってドクターは華たちの方を向く。

「ねぇドクター、私たちも……島の声を聞きたい」

「プライバシーの問題かも。おっと、許可が出た」

何か伝えられたのか、ドクターはソニックを島の頭に向かって放つ。すると、華たちの頭の中に声が聞こえてきた。

「ありがとう。あの虫たちを退治してくれて……。そしてすまない、私のせいで君たちを危険な目に遭わせてしまった」

「これが、島の声……」

「すげぇ、聞こえるっていうか、頭の中に直接!」

卓也はそれを感じて少し興奮気味の様子だった。

「いいや、むしろ僕たちが居て良かった」

「……そうか。ありがとうドクター」

「礼には及ばない」

「そして、君に一つだけ伝えなければならないことがある。この星に君がいると聞いて来たのだが、早すぎたためにずっと待っていた」

「すぐに来れなかった僕が悪いさ。それで伝えたいことって?」

「……箱だ。箱が失われた」

そう言うと、亀は申し訳なさそうな瞳でドクターを見つめる。

「箱が失われた……って?」

「とても危険な箱だ。この宇宙全体の危機だ」

「宇宙の危機?」

「もし見つけたら、君にその箱を破壊してほしい」

「一体どんな箱なんだ?」

「君の人生に連なる箱だ。私は、君と宇宙のために警告をしに来た」

「警告のためにわざわざ……」

「これで私の役目は、終わった」

そう言うと、亀はその大きな瞳を閉じようとする。

「……伝えてくれてありがとう。注意しておくよ」

清は、ゆっくりとその瞳の上を撫でる。

「わしの、唯一の友達でいてくれてありがとう」

「ずっと一人だった私の声を聞いてくれたのは清だ。こちらこそ……ありがとう」

そう言うと、その瞳はついに閉じられてしまった。

 

 

あれから数十分。ドクターは華たちをターディスに乗せ、江ノ島の外へと避難していた。

島に取り残された人たちは警察の手で何とか救助され、事情聴取などを受けている。島への通路は断たれており、崩れた橋の前にはいくつもの警察車両が立ち入り禁止の表示を出している。

「あーあ、せっかくの小旅行、なんかめちゃくちゃなことになっちゃったなぁ……」

アキは残念そうな目で江ノ島を眺めている。

「俺、もっと食いたいものあったのに」

卓也も同じ目で島を眺めている。

「ところでドクター、亀は死んじゃったっていうけど、大丈夫なの?」

「島はあれ以上沈まないから問題ない。これからはただの観光地として人々を乗せていくさ。眼下の獣に感謝だな」

海岸で厳重に調べられている江ノ島を前に、彼以外の全員がため息をついている。

「ロストボックスのコラボ……」

華は光輝から聞いていたコラボイベントが楽しめなかったことにもため息をついていた。対する光輝は、華と行けなかったことに対しため息をついている。

「……陰気臭いなまったく。そういえば時計を見てみろ、今は何時だ?」

ドクターの言葉に、それぞれ腕時計やスマホを見て時間を確認する。

「えー、午後3時20分」

「そう! まだ午後3時20分だ。むしろ遊ぶとしたらこれからが本番だろ?」

そう言うとドクターは全員の肩を叩く。

「けど江ノ島には入れないよ? 警察だっているし」

「江ノ島本島以外にも色々観光名所はこの辺りにある。水族館だってそうだし、鎌倉だって近い。そうだ、大仏でも見に行こう!」

その言葉に、華たちは笑顔を取り戻した。

「そうだね。せっかくの夏休みだもん、しっかり楽しまないと!」

「ああ、さっきまでのデカい虫に襲われた話は忘れよう」

卓也はそう言って歩きはじめる。

「そういえば思ったんだけど、なんで“ドクター”なの?」

美智はドクターの前に立ち止まり、先ほどからずっと気になっていた疑問をぶつける。

「えー、あだ名みたいなものだよ。僕ってほら、博識だろ?」

「なるほど。じゃあ私も今度から“ドクター”って呼ぶね。帰国子女の金持ち、ドクター」

そう言って美智は卓也の後を追っていく。

「鎌倉か……そこなら華とも悪くないかも」

光輝はそんなことを呟きながら歩いていく。

「そんじゃ行こうか、華」

「うん、アキもまたはぐれないようにね?」

華とアキは二人並んで歩きはじめる。目指すは鎌倉。そのためにまずは電車に乗って……

去って行こうとする彼らを見て、注目を集めるためにドクターは咳払いをした。

「あー、ひょっとしてこれの存在忘れてない? これがあればすぐ鎌倉まで連れていけるのに」

そう言いながらターディスをトントンと叩いている。

「いいの?」

「鎌倉まではこれで普通に連れていくよ。ただし帰りはちゃんと電車で帰れよ」

「そういうことすぐに言えよ」

「君たちがそそくさと歩いていくからだ。ほら入って入って」

皆そのことを聞いてターディスの中へと入っていく。ワープ装置としての一面もあるのだから、使わない手はない。

華たちが中で出発を待つ中、ドクターはターディスへと入る前に江ノ島を眺める。

「“箱が失われた”? どうしてそれを伝えるためだけに……。大体、箱って一体……」

「ドクター! あんたしか操縦出来ないんだからはーやーくー!」

「はいはい。今行くよ」

ターディスの扉を閉め、青い箱は独特のエンジン音を吹かせながら、鎌倉へと旅立っていった。

 




「まさかそこから電話がかかってくるなんて……」

「昔別れた女性からとか?」

「そっちの方がよっぽどマシさ。これはシャドー議会からだ」

《我々の管轄する刑務所のストームケージ……そこに手に負えない状況があるのです》

「宇宙最大の刑務所だ。どうやらそこに行くらしい!」

「三か月前、我々は惑星クロムで未知の生命体を発見しました。人間によく似ていますが目は四つで耳は二つ、口が二つ」

「あらゆるデータが0を示してる。マイナスですらない。これはまるで……」

「この刑務所では次世代型、最先端のハイ・デッドロックシールを使ってるんです」

「でも今の状況って……」

「スリジーン、ステンザ、ヴァシュタナラーダ、モルフォース、シコラックス、ソンターラン、サイレンス、スコヴォックス・ブリッツァー、ザイゴン……」

「宇宙最悪の囚人や怪物が解き放たれてる!」

次回

STORM CAGE〈宇宙の刑務所〉


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第九話 STORM CAGE〈宇宙の刑務所〉 PART1

今回から宇宙が舞台になります。
現代とか地球が体感多かったのでなんか久々な感じですね
けどまさかの刑務所です


 

「えーっと、この漢字はもう覚えたから……」

「テスト勉強なんて偉いな、君にしては珍しい」

ターディスの操作室。備え付けられた机と椅子を前にいくつかテキストを用意して華は次のテストに向けた勉強をしていた。

「この前のテスト、赤点が三つもあったからさすがに勉強しないとって思って。ターディスの中なら時間を気にせずに勉強できるでしょ?」

「ターディスの有効活用だな。なんなら僕が分からない所教えるよ。前回のテスト、僕が学年一位だったし」

そう言ってドクターは彼女の横に座る。彼は世界で一番賢い人間だ。2000年も生きていたらさすがに頭も良くなるとは思うが。

「太宰治の『走れメロス』か……彼に直接会ってこれを書くのを見たよ。僕がちょっと展開に口を出して……」

「太宰治に会った自慢はいいから、テストで出るところ教えて」

ドクターは少し不満げな顔を見せ、ペンを握ってテキストを指す。

「彼は面白い人間なのに。そうだな、よくテストで出るのは……」

その瞬間、突然どこからか電話のベルが鳴った。スマホの着信音ではく、古い着信音だ。

「おっと、電話が来たみたいだ」

「ターディスの中に電話あるの?」

「当たり前だろ、外観見て気付かなかったか? これは電話ボックスだ」

そう言うと、ドクターは操作盤に取り付けられた受話器を取ろうとするが、何故か戸惑って取ろうとはしない。その連絡先を見たからだ。

「まさかそこから電話がかかってくるなんて……」

「何? まさか、昔別れた女性からとか?」

「そっちの方がよっぽどマシさ。これはシャドー議会からだ」

「シャドー……議会?」

「宇宙の警察みたいなものさ、シャドー宣言に則り色々な星を守ってる。場合によっては破壊したりもするけど」

そう言って鳴り響くベルを後目に華に笑顔を見せる。

「警察って……まさか何か法律でも犯した?」

「僕は色々宇宙の法を破ってるよ。死刑とか無期懲役にしてもおかしくないが彼らは僕を逮捕しない。なんでだと思う? 僕は宇宙にとって必要だからね」

「なら早く電話に出たら?」

「あそこのおばさん、気が強くて苦手なんだよな……」

ドクターはそう愚痴を吐きながら、ゆっくりと受話器を取る。

「もしもし、こちらドクター。良かったな、僕がまだ電話番号を変えてなくて」

《声が前とは違う。また再生したのね》

電話の先からは少し老けた女性の声が聞こえた。言葉は丁寧だが、さっきドクターが言ったように気の強さが電話越しでも分かる。

「ああもちろん。今度は子供の姿になったんだ。でも大丈夫、それ以外は前と変わらない。心臓だって二つあるし、おしゃべりなところはむしろ前よりパワーアップしたかもだけど」

そんな彼の軽口を無視し、電話の先の女性は要件を伝える。

《実はあなたに一つ頼みたいことがあります。そのためにシャドー議会まで直接来てください》

「議会に直接? 随分と急だな。まさか宇宙の危機? またダーレクがいくつかの星を盗んだとか?」

《いいえ、今回はダーレクとは無関係です。ただ、我々にとって手に負えない状況なのは確か》

「なるほど、ちょっと待ってて」

そう言うとドクターは電話を保留にし、腕を組んでその受話器を睨みつける。

「シャドー議会が僕の助けを? どうしようかな、んーとんーと……」

華の方を一瞥し、彼女の様子を見ると再び受話器を取って保留を終わらせ、返事をした。

「……分かった。すぐに向かうよ。じゃなきゃ僕を逮捕しにジュドゥーンでも差し向けるだろうし、ノーとは言えないな。それで、何が手に負えないんだ?」

《我々の管轄する刑務所のストームケージ……そこに手に負えない状況があるのです。細かい話は議会で。待っています》

そう言うと、シャドー議会の代表者の声は途切れた。

「悪いが華、テスト勉強を教えるのは刑務所に行った後になるかも」

ドクターは手に持っていたペンをポケットにしまい、ターディスのスイッチをいくつも押し始める。

「えっ、刑務所!?」

「その前にまずはシャドー議会だ。ここからは距離が離れてるな……かなり揺れるからしっかり掴まってろ!」

そう言うとドクターはターディスのレバーを引く。そしてターディスは宇宙の辺境にある場所へと向かっていく。

宇宙を取り締まる法の中心……シャドー議会へ。

 

 

宇宙に浮かぶ三つの小惑星。それらは橋で繋がれ、一つの宇宙基地のようになっている。

これこそがシャドー議会であり、本部。

「ターディスを確認。攻撃はせず、そのまま入れてください」

女性の言葉を受け、指令室を操作している者たちは議会のバリアを一時解除する。

 

議会の中の広間。そこにはいくつかのコンピューターが置かれていて、それらは青い光と共に画面を映し出している。

そんな広間の中に強い風が吹く。それを確認した二足歩行、黒いアーマーを着たサイのエイリアンは、それが着陸するであろう場所の前に立つ。

「まずはジュドゥーンとの合言葉だ。最近喋って無いから覚えてるか不安だ」

そこに着陸した青い電話ボックスの中から中学生の男子が呟きながら出てくる。

それを見てサイのエイリアンは銃を構え、吠えるように特有の言語を話す。それを聞いて箱の中の少年も似たような言葉で返答する。それを見てサイは銃を下ろす。

「ドクター、今の何?」

「ジュドゥーンの言葉。いざという時敵に作戦などが聞かれないように特有の言語を使ってるんだ。ターディスでも翻訳できない、だから直接その言葉で喋った」

「ジュドゥーンって……あのサイ?」

箱の中から出てきた少女は無礼にもそのサイに指を指す。それを見てサイはどこか顔をしかめる。

「サイの見た目をした警察官だ。警察だけど狂暴な一面もあるからあまりそう、失礼なことはするな」

そう言って少年は少女の手を下ろす。

「あなたがドクター? 確かに子供の姿になってるようね」

青い箱が着陸したことを知り、目の前の階段の上からアルビノの真っ白な女性が現れた。

「やぁ久しぶり! 前に会った時、君と喧嘩したと思うけど」

「ええ、あなたがシャドー議定書に違反して勝手に出て行ったから」

「ここに滞在し続けるのが好きじゃなくてね。だから帰った。僕のことを嫌ってると思ったのに呼び出すなんて」

「個人的な感情を告げると、あなたの事は好きじゃない。けどそれ以上にあなたの知識が重要なの」

そう言いながら女性は階段から降りて来る。

「アンタってよく人を怒らせるよね」

華はそう言いながら階段から降りて来る彼女を見つめている。

「直そうと思ってるけどなかなか直せなくて」

「それで、隣の女は?」

降りて来た女性は華の方を向く。

「三崎華。地球の女の子だよ。大丈夫、危害は無い。たまに怒るけどね」

「余計な事言わないで」

「ターディスの中でテスト勉強を教えている途中に電話をかけてくるもんだからそのまま連れて来たんだ」

「まぁいいでしょう。けど一番重要なのはアナタ」

そう言って彼女はジュドゥーンを連れてコンピューターのある場所へと向かう。ドクターもそれを見て彼女についていく。

「ストームケージにある手に負えない状況って?」

「三か月前、我々は惑星クロムで未知の生命体を発見しました。人間によく似ていますが目は四つで耳は二つ、口が二つ」

「心臓の数は調べた? もし二つだったらタイムロードだ。再生の際にそんな姿になったのかも」

「いいえ、それが心臓は“無い”」

「ならデラックかも。シャドー議会の手の外にあるブラムって星の野生動物だよ。肺をよく好んで食べる」

「それかと思って調べましたが、その生物特有のマークが見つかりませんでした。デラックはすべて腰のあたりに赤いマークがあるはず」

「ああそうさ。それが無いなら別の種族だな。言葉だけじゃわからないし、姿を見せてくれ。写真でもいいよ」

「それが一番の問題は写真やカメラに映らないことなのです」

そう言うと、彼女がコンピューターに手を触れる。すると目の前の画面がどこかの部屋を映した。そこには金属製のイスが一つあるだけ。

「体から光を屈折する信号とかを放ってる可能性は?」

「いいえ、光などには何の異常も。だからこそ手に負えないのです。我々の技術と知識ではこの生物を特定できない」

「特定できなければ危険かどうかも判断できない。だからストームケージに?」

「ええ。一番奥の収容施設に」

今度は画面に何かの惑星が映る。一見木星や土星のような姿をしている。

「これがストームケージ? 刑務所っていうか星ね」

「星全体が刑務所なのさ。だから宇宙最大の刑務所。けどリヴァーやクラスコがいた時とは姿が変わったな、移転したのか?」

「ええそうです。色々ありましてね。今は私たちが管理し警護しています」

「なるほど。それでその生物に何か拷問とかはしてないか? そんなことをもししてたら、怒るかも」

「していません。というよりできません。色々検査はしたのですが、全てすり抜けるのです。だから食事もしない。カメラにも映らなければあらゆるX線にも反応しない。そこに存在しているのに、まるで“いない”よう」

「なのにどうして収容できた?」

「唯一、銀だけは触れられる」

画面に映し出されているイス。あれは銀で出来ているのだろうか。

「銀以外は全て通用しない……か。そうなると僕ですら聞いたことも見たこともない生物らしい」

「あなたですら知らない?」

「ああ、2000年以上生きているが、まだ宇宙の全てを知っているわけじゃなくてね。でも興味は湧いた。その生物がどんな存在か、突き止められなくはないかも」

「では、直接あなたをストームケージのその生物の場所へ」

「そう来ると思った。ちゃんとそこまでの船は用意してある?」

「ええ、心外ですが一番セキュリティの高い船で」

 

 

宇宙最大の刑務所、そこへ行くための一隻の宇宙船がシャドー議会の外に用意されていた。サイの警察官たちがそれを守りながらドクター達の到着を待っているようだ。

「船の構成物質はリアチウム。宇宙で四番目に硬い金属で出来てる。さすがのセキュリティだな、ダーレクでも破壊できなさそう」

ドクターはソニックを当てながら船に頬を当てて何やら微笑んでいる。

「何してんの?」

「船が本当に安全かどうか確かめてる。僕と君が乗るし、常に嵐の吹いてる星に着陸するんだ。並大抵の宇宙船じゃ木っ端微塵にされる」

「宇宙警察が持つ船なんだから、安全に決まってるでしょ」

そう言いながら、華はジュドゥーンに案内され船の中へと入っていく。

「確かに」

ドクターも船に入ろうとするが、あることが気になってあの女性に話しかける。

「そういえば君は? 行かないのか?」

「私はここに常駐していなければ。案内はストームケージの署長がしてくれます」

「監獄署長か。会えるのが楽しみだね。きっとコワモテで怖い」

ドクターは軽口を叩きながら、船へと乗り込んだ。

 

 

「ウォシュレットが20種類ぐらいあったんだけど」

「ちゃんと『ビデ』にしたか? あれ以外だと尻が貫通するぐらいの勢いの水流が来る」

「私はいつもそれ派だから。え、じゃあそれ以外だと死んでたってこと!?」

「そうなった時のための医療キットがちゃんとこの船には搭載されてるから、別の選んでも心配はいらない」

刑務所へと向かう船の中は快適だった。風呂は無いが、トイレは四つも用意されていて、混雑することがない。さらに船のあちこちに取り付けられた窓からは外の宇宙が見える。

「ここからストームケージまでどれぐらいかかるの?」

「10万光年離れているが1時間もかからないさ、ワープ技術が確立されてるからね」

ドクターは船の席に座りながら、傍に用意されていたジュースを飲む。しかし不味かったのがすぐに噴き出す。

「ミレスタージュースだ! 僕は苦手」

「私も苦手」

華は窓から宇宙の様子を見ている。ターディスも宇宙船ではあるが、直接宇宙を眺める機会は少ない。

「すべてが夜空って感じ、でもこれから向かうのは刑務所。なんか趣無いな、もっと楽しい所に行きたい」

「刑務所の問題を解決して、テストが終わったら楽しい所に連れていくよ」

ドクターも華の隣に寄り添い、宇宙を眺めている。そんな二人をサイの警察官たちは監視している。彼らだけではなく、何人か人間の警備も居た。

「人の警備もいる」

「全部が全部ジュドゥーン任せじゃほころびが出るからな」

それを聞いていた一体のジュドゥーンが不満げな顔をドクターに見せる。

「彼らは元は宇宙の殺し屋。だからすぐ怒る」

聞かれないよう小さな声で華にそれを伝える。ジュドゥーンは彼から目を逸らし別の所へ向かう。

「殺し屋って……」

「シャドー議会のジュドゥーンはまだマシな方さ。心配いらない」

船は宇宙を駆ける。いくつもの恒星をすり抜け、ストームケージへと向かっていく。数十分経つと、ジュドゥーンがドクター達に話しかけてきた。

「もうまもなくストームケージへ到着する」

「早いな、まだ37分なのに」

「刑務所は嵐の中だ。突入するのに時間がかかる」

「なるほど」

ドクターと華はそれを聞いて再び窓を眺める。そこにあったのは先ほどシャドー議会で見たあの惑星だ。

「あれがストームケージ。宇宙最大の刑務所だ」

「でも刑務所って危なくないの? 凶悪な犯罪者がいっぱいいるんでしょ?」

華は少し不安だった。ドクターがいるとはいえ、犯罪者たちの巣窟ともいえる刑務所に向かうとは。

「心配する必要はないさ、宇宙最大の刑務所は伊達じゃない。ジュドゥーンが全ての檻の前で監視してるし、仮に脱走者がいても星からは抜け出せない。なんたって外は宇宙最強レベルの嵐が常に吹いてるからね。もしそれを抜けたとしても宇宙空間で監視してるアトラクシが見逃さない」

ドクターが星の周りに浮かんでいる、水晶のような体を持った巨大な目玉を指さす。あれがアトラクシ、ストームケージの最後のセキュリティだ。

「でっかい目玉」

「アレに見つめられるのはトラウマものだよ」

「総員シートにつけ、これからストームケージの港を目指す。揺れに備えよ」

サイの警察官に言われ、ドクターと華は外の様子を見ることをやめ、席についてシートベルトをつける。かなり揺れるので安全ベルトは必要だ。

 




ジュドゥーン、アトラクシ、様々なエイリアンが今回のエピソードで登場する予定です。一本ぐらいはゴリゴリにこういうエピソードもいいかなと。

次回のチラ見せ

「あのパッサミーアのファミリーを潰したドクターか?」


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第九話 STORM CAGE〈宇宙の刑務所〉 PART2

今回はとあるエイリアンが登場します。見た目は一番好きです。


 

荒れ狂う嵐の中を突破し、やや古ぼけたようなコンクリートの建物が見える。そこには大きな文字で「STORM CAGE」と書かれている。入口の中へ入り、嵐が入ってこないように頑丈に扉が閉められると、ようやく船から降りることができる。

「酔い止め飲んでて良かっただろ?」

「本当、最高に効いた! じゃなきゃ絶対吐いてた」

「さっき食べた日本一のパンケーキを戻すところだったな」

そんな軽い冗談を話しながら、二人は船から降りる。目の前には太り気味の警官のような見た目の女性が立っていた。

「ストームケージへようこそドクター、そしてその連れの女性。私は署長のメディです」

どうやら彼女がここの署長らしい。ドクター達を案内するためにやってきたのだ。彼女はドクターに向かって握手のための手を差し出す。

「刑務所の署長って言うもんだからもっと強面かと思ってたよ。改めて、僕はドクター、でこっちは華」

そう言いながらドクターも手を差し出し二人は握手する。それが終わると、今度は華に手を差し出す。

「どうも。なんだか優しそうな人ね」

「よく言われるわ。前の署長は男性だったんだけどパワハラ野郎で。だから私が選ばれたのかしら」

「男っていつも不安定だから」

「僕を見て言うな。僕は男の中でもレベルの高い方だぞ?」

そう言いながらドクターは腰のズボンを上げる。少し気にはしたみたいだ。

「それで、例の怪物の所へ僕たちを案内するんじゃなかったのか?」

「もちろん。私自身何度も見ましたが、あれは非常に奇妙で、不気味です」

「なるほどね、尚更興味が湧いてきた」

 

二人はメディと看守達に守られる中、刑務所の中を歩いていく。無機質な壁は、ここを通る風を冷たい風へと変えていく。そんな風を浴びて少し寒い。

「上着を」

「あっ、ありがとうございます」

華は隣で共に歩いていた看守の男から上着を借りる。これでなんとか寒さはしのげそうだ。

「思い出したよ、前のストームケージは研究所になったんだった」

「ここはストームケージ3。最初のはセキュリティ上の問題から廃棄されて研究所に。囚人たちの権利を取ってここに移設しました。もちろん嵐の吹く惑星にね」

「セキュリティをよく破って侵入して申し訳ない。廃棄されたのは僕のせいだろうな」

二人はそのまま先へと進んでいく。途中、いくつかの空っぽの牢屋と、エイリアンらしき生き物が閉じ込められてる牢屋を見かける。牢屋は単なる鉄格子ではなく、透明なバリアで出られないようになっているらしい。

「ここにはどんな囚人がいるの?」

奇妙なエイリアンを何度も見て、華は興味からそれをドクターに聞く。

「様々さ。宇宙のありとあらゆる場所、あらゆる時代の犯罪者を収容してる。星をいくつも滅ぼした凶悪犯から、ただの連続万引き犯まで様々だよ。確か四つの棟に分かれてるんだっけ?」

「ええ、東と西と、南と北。そして中心には巨大な管制塔。今私たちが居る場所は東棟です。例の怪物は南棟の地下に収容されています」

ドクターからの質問にメディが答える。この刑務所は四つの棟に別れており、それぞれに様々なタイプの犯罪者が収容されているという。

「この東棟にはステンザの犯罪者が居ます。前まではサイバーマンが居ましたが」

「ステンザには会いたくないな。ハンターで、獲物の歯を顔にたくさんくっつけてるんだ」

「うわ、キモそう」

「頭ババアのがよっぽどマシ。けどどうしてサイバーマンまでいたんだ? 裁判で裁けるような存在じゃないだろ」

「一部のエイリアンや敵性の存在なども、実験や研究のために収容しています。処分する方が簡単ですが、あえて残しておいて更なる弱点などを研究するためです」

「理にかなってるな。特にセキュリティの高いここに収容しておけば安全か」

「ねぇねぇドクター、サイバーマンって? 電子世界のスーパーヒーロー的なやつ?」

華は“サイバーマン”という言葉を聞いて少し胸を躍らせた。ネット世界やコンピューターの世界で悪者と戦うヒーローだと思っているらしい。

「なんでスーパーヒーローなんだ?」

「だって、なんとかマンって、大体ヒーローでしょ? アンパンマンとかスパイダーマンとか」

「サイバーマンは脳みそと心臓以外を機械化したサイボーグだよ。感情を不要と判断してて、人を襲う危険な存在だ」

「なんだ、悪者なんだ……」

この刑務所の話を聞きながら、さらに先へと進んでいく。

少し歩き続けていると、今度は巨大な扉に遭遇する。そこには「SOUTH」の文字が。ここが南棟の入り口だ。

メディが虹彩認証のセキュリティを突破すると、大きな扉は見た目らしく大きな音を立てて開く。

「ここからが南棟です。スリジーンなんかもここにいますよ」

「ヤツらの前の牢屋、通る?」

「エレベーター室の前にありますから、きっと通りますよ」

「なら軽い挨拶でもしておくか」

「さっきから知らないエイリアンの名前ばっかり。宇宙は広いんだね」

華は少し遠い目をして刑務所の天井を眺める。

「もちろん。君が見たのはまだ一部に過ぎないよ」

「せっかくの刑務所だし、エイリアンをたくさん知れるチャンスね。それでスリジーンって?」

「ラキシコリコファラパトリアスっていう星出身の、宇宙のマフィアだよ。宇宙じゃ結構大きい犯罪者集団さ。相手の皮を被って化けて潜入する。見た目はとにかく最悪なバケモノ」

「なるほどね。なんでそんなマフィアと知り合いなの? まさかドクターって宇宙の裏社会の人間なの?」

「当たらずとも遠からずだな。端的に説明すると、ヤツらの家族を僕が前に皆殺しにした」

「それで挨拶だなんて、性格悪い」

「スリジーンの方がよっぽど性格が悪いから大丈夫。相手はただの犯罪者さ」

そう言いながら、怪物へ向かう一団は南棟へと入る。

 

 

「その時は近いらしいねぇ、オーグ?」

南棟にある牢獄の一つ、大きな緑の頭に、赤ん坊のような無垢な黒い瞳を輝かせる怪物……スリジーンは、特に厳重な牢獄に、四体共に閉じ込められていた。

「ここに来て六年。オーグの言う通りならその時はもうまもなく訪れる」

「ああ、もうすぐ来る」

オーグと呼ばれたそのうちの一人は、使い古されたベッドに座り地面を眺めている。

「やぁやぁスリジーン諸君。こんな牢獄で何してるんだい?」

牢獄の中でただ計画を立てていただけの彼らに、突然少年の声が響き渡る。

「何だい? 随分と馴れ馴れしい看守じゃないか」

少年の周りには看守が何人も一緒についている。ゲストか何かだろうか。

「うわ、デカい目……」

少年と共に居た女の子が、スリジーンの姿を見て少し引いている。

「お前の目が小さいだけさ。ようやく夕食を持ってきてくれたのかい? あのヘドロみたいにマズい飯を」

大きな爪をカチカチと立てながらこちらに近づいて来ようとする。しかし見えないバリアの檻に弾かれてしまう。

「まさか。通ったから挨拶しに来ただけだよ。僕はドクター」

「ドクター、だと……?」

その言葉を聞いて、中に居るスリジーンたちは目の色を変えて彼の方を見つめる。その瞳には恨み、怒り、憎しみなど様々なものがこもっている。

「あのパッサミーアのファミリーを潰したドクターか?」

「その通り。家族ってのはどうやら本当らしいね、全員顔がアイツらと同じ」

「貴様のせいで、我々もついに捕まった! 常に影で物事を進める我らディラッカ・シータ派は、スリジーン一家を影でサポートしてきた! だというのに……」

「今は牢屋の中か。まぁ行動派のパッサミーア一族が全滅とくれば、警察も君たちの拿捕に随分と尽力したんだろうね」

ドクターは笑いながらこちらに手が出せないスリジーンに煽り散らかす。

「いくら牢獄の中とはいえ、あまり刺激的なことを言うのはどうかと」

それを見ていたメディが窘めようとするが、ドクターの口は止まらない。

「貴様のせいで我らスリジーン一家は長年のビジネスが全て水の泡になった。我らディラッカはスリジーン一家最後の生き残りだ」

「ラキシコリコファラパトリアス星人が全滅したわけじゃないだろ? むしろ悪いマフィアは滅びて当然さ」

そう笑うドクターを見て、華は少し引いた目を向ける。

「アンタって本当に人脈が広いんだね」

「ああ。今度スリジーンを倒した方法でも話してあげるよ」

「貴様…!」

「そう怒るなルード。ただの挑発だ。こちらも何もできないが、ドクターも何もできない」

奥に座っていた一人のスリジーンが、バリアに寄りかかりながらドクターを見つめる。

「君がここのボスか?」

「いや、僕はむしろ下だ。オーグ・ビア・フォッチ・ディラッカ・シータ・スリジーン。覚えてくれ」

「ああ。その額の傷もよく覚えておくよ」

オーグと名乗ったスリジーンの額には、切り傷のようなものが刻まれている。

「僕たちの見分けがつくのか。さすがドクター、ファンタスティックだ」

オーグは他のスリジーンと少し違うようで、ドクターに対して憎しみをぶつけてはいない。対等に会話している。

「僕とアーグは双子でね。よく間違えられるんだ」

オーグは奥の一体のスリジーンに指をさした。彼女と彼は双子らしい。

「私からしたら四つ子に見えるけど」

スリジーンと呼ばれている彼らは皆同じような見た目に見える。双子でも違いは分からない。

「彼らから見たら地球人もみんな同じに見えるよ」

「そういうもん?」

「そういうもんだ。ところで君からは他のスリジーンと違う何かを感じる。少なくともただのクサい化け物じゃないな」

「クサい化け物? 小さくて骨の脆い悪臭を放つ貴様に言われたくない」

オーグの隣のスリジーンが怒りの形相を向ける。

「彼女はルード。僕の姉だ。そしてもう一人の彼がバンゴ」

オーグは二人のスリジーンに指をさしながら紹介していく。

「なんでわざわざ紹介する?」

「さっき君は自分からドクターと名乗っただろう? ならこっちも名乗るのが礼儀だ」

「オーグ、ドクターと親密になるつもりか? ヤツは非情だ。殺されるのがオチだぞ」

バンゴと呼ばれた彼がオーグに近づいて頭を軽く叩いた。

「そうかもな。けど覚えておいて損は無いはずだ、ドクター」

オーグはその瞳をドクターに集中させている。心の奥を読んでほしいかのように

チーンという音がなった。スリジーンの牢獄の前にあるエレベーターが到着した音だ。

「久々に懐かしい顔に会えて良かったよ。もうすぐ死刑だろう? 人生に別れを告げて罪を償え」

そう言ってドクターは華を連れて牢獄に背を向け、エレベーターへ歩き出す。

「走れドクター」

「何?」

オーグは最後にそう一言だけ残し、最初と同じようにベッドの上に座り込んだ。

ドクターは不思議に思ったが、もうエレベーターの扉は閉じられてしまった。

「それで……オーグの言う通り、もうまもなくこの刑務所は本当に“破られる”のか?」

「きっとそうよ。オーグは昔から未来が見えるの。双子の妹として誇らしいわ」

アーグは恍惚とした瞳でオーグのことを眺める。当のオーグは、それに喜びも悲しみも何も見せず、ただ床を眺め続けている。

 

 

南棟地下の特別収容室。椅子に座る“謎の怪物”に、一人の研究員が近づいていく。

「そういえばこれはまだやってなかったな。音楽を聞かせてみよう」

手のひらサイズの音楽プレーヤーを起動させる。流れる曲は「上を向いて歩こう」だ。

「どうだ? 何か感じたりしないか?」

「……」

怪物は、ただうつむいたままだ。研究員はその肩を叩こうとするが、やはりすり抜けてしまう。

「感動は? してるか? してない?」

怪物は何の反応も示さない。

「まったく。坂本九は良い歌手なのに。事故で亡くならなければもっと名曲を生み出してた」

怪物は変わらず無言だ。

「……これでもダメか。1020回目の実験失敗」

そう言うと、研究員は扉を開く操作パネルに手を乗せて指紋を検出させ、その部屋から出ていく。

「リスト博士、もうまもなくドクターが到着いたします」

「宇宙一の専門家だって? けど、収穫なんて得られるかねぇ……」

収容室のモニター室。エレベーターのチーンという音と共に、中からメディら看守と少年少女が出てきた。

「それで、誰がドクター?」

「僕がドクターだ」

少年が手を上げる。

「嘘つけ。ドクターは大人のはずだ」

「ここの主任なのに、タイムロードの再生技術には詳しくないみたいだな。大人から子供みたいな見た目になるのもありうるんだよ」

そう言うと、ドクターはモニターの前へと移動し、それを眺める。

「例の生物はここに閉じ込めてあるんだろ?」

モニターが映している部屋には、先ほど議会で見たのと同じようにイスが一つだけ置いてあるだけだ。

「ああ。けど話で聞いている通り、カメラに映らないんだ。どんな細工をしてもね」

「なるほど。なら直接見てみるよ」

そう言うと、ドクターは主任の男とメディを連れて収容室の中へと入ろうとする。

「私も行く!」

「君はダメ。相手はなんだか分からないんだ、もし何かあったら殺されるかも」

「いつもの事でしょ?」

「けど今回はちょっと特別なんだ。そうだ、テキストは持ってきてるか?」

「まぁ、一応ね」

華はカバンの中から国語や数学の教科書を取り出す。

「なら待ってる間に勉強してろ。空いた時間を有効活用するんだ」

そう言うと、メディたちと共にドクターは収容室の中に入って行ってしまう。

「宇宙の刑務所にまで来てするのが勉強? ねぇどう思う?」

華はサイの警察官にこのことを尋ねるが、彼は不機嫌そうな顔で遠くを見つめているだけだ。

「警察って気難しいね」

 

 

収容室の中、そこにあったのは銀のイスだけではなかった。確かにそこに“誰か”が座っている。

「どうやら本当みたいだね」

「捕まえてから一度も敵対行動を示したことはありませんが、注意してください」

メディは生物に近づこうとするドクターにそれだけを注意する。

「自己紹介しよう。僕はドクター。見た目は幼いが2500歳だ。君の名前は? できれば種族も教えてほしい」

しかし、椅子に座った生物は何も語ろうとはしない。

「聞こえてるか? ちゃんと見えてる?」

生物の持つ二つの耳に近づいて喋り、四つの目の前で指を鳴らすが相変わらず反応は無い。

「死んではいないよな」

少なくとも、それは呼吸をしているようだ。胸のあたりが上下しているのが分かる。

「少なくとも肺のような器官は持ってるし、酸素を取り込んでる。けどこれだけじゃ絞れないな」

ドクターは頭を抱えながらそれを見つめ続ける。

「たとえ宇宙一の専門家でも、これにはお手上げになるはずだ。私は生まれてからずっとこの宇宙のあらゆる生物を調べてきたが、そんな私でも分からなかったんだ」

主任とされる男がドクターに対し嫌味のような口を聞く。

「君は何歳?」

「今年で56だが」

「言わなかった? 僕は2500だ。黙ってろ」

冷たくあしらうと、ドクターは再び彼に目を向ける。

「手は……聞いた通りすり抜ける。だが銀は触れられる」

彼の体に素手で触れた後、というよりすり抜けた後、今度はソニックドライバーの端の部分でつんつんと叩く。

「当たったぞ。君の体に触れられた。ドライバーを銀で作っておいてよかった」

ドクターは少しばかり笑顔を浮かべる。

「触れられる。けどいくら触れても反応は無いみたいだな」

「当たり前だ。私たちは銀を使って色々な方法でそいつに触れたが、何の反応も示さなかった」

「となると……余計に謎が深まった。署長、ソニックドライバーを彼に当てる許可を」

そう言ってドクターはソニックのボタンに指をかける。

「許可します」

「どうも。痛くないから心配しないで。君の体を調べるだけだ」

ソニックの先から青い光を放ち、生物の体を一通り調べる。頭の先からつま先まで。

「なるほど……そういうことか」

「何か分かったんですか?」

メディは嬉々として彼に質問する。

「“分からない”ことが分かった」

「え?」

「不思議だよ。ソニックは一切のデータを取り込んでない。まるで何もない、真空の場所に当ててるのと同じ。結果は“無”だ。たとえ空気にソニックを当てたとしても酸素とか窒素とか、そういった情報すら出るはずなのに」

「つまり、彼の体は全て真空状態と?」

「そんなところだ。あらゆるデータが0を示してる。マイナスですらない。これはまるで……ヴォイドシップみたいだ」

「聞いたことあるぞ。虚空を旅する船だ。限りなく無に近づけて、無の世界を無事に旅するための船だな?」

「君は物知りだな。けど彼は生物だ。ヴォイドシップに限りなく近いが船じゃない。だとすると……」

ドクターは生物に顔を近づける。

「君は虚空(ヴォイド)から来たのか?」

 




次回のチラ見せ

「緊急事態かもしれないのに、コーヒーなんて飲んでる場合か?」


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第九話 STORM CAGE〈宇宙の刑務所〉 PART3

ドクター・フーってわりと刑務所出てくる気がしますが、舞台になるのはあんまり無いですね
まだ日本上陸してない13代目のエピソードではあるらしいです


 

華はエレベーターを上がり、刑務所内に備えられていた食堂へと来ていた。サイの警察官に監視されながら勉強している。

「こんな状況でどう学べっていうの?」

こんなに見られていては、どうも気が散って仕方がない。そんな彼女を見かねたのか、一人の男が彼女の隣に座った。

「君、見る限り中学生ですよね?」

「あなたは……さっき上着貸してくれた人?」

寒かった時に上着を貸してくれた看守だった。深々と下げた帽子を上げて顔を見せる。

「ジェーンです。ジェーン・スミス」

「三崎華です。さっきはどうもありがとう」

「お客様を迎えるなんて久しぶりだし、特に重要な人物と聞きました。いつも以上のおもてなしをしなければと思って」

「まぁ刑務所だしね……」

「そう。迎えるのと言えば凶悪犯ばかり。久々に良い人間が来てくれて助かりました。いつも受刑者を迎える度に胸騒ぎがする」

「脱獄するかもしれないから、とか?」

それを聞いてジェーンはフッと笑った。

「まさか! ここで脱獄なんて万が一でもありませんよ。看守はもちろん、この刑務所全てのセキュリティにはハイ・デッドロックシールがかけてありますから。ハッキングしたって脱獄なんて無理」

「ハイ・デッドロックシール?」

「デッドロックシールはソニックドライバーなどといった装置でも開けられないための厳重なセキュリティシステムのことです。けど最近それすら破る技術が出てきてしまいましてね。この刑務所では次世代型、最先端のハイ・デッドロックシールを使ってるんです。逆に脱獄させるやり方が分からないくらいに」

「なら安心ね。脱獄囚に襲われる心配もなく勉強できる。世界一安全な勉強部屋ね」

そう言いながら華は目の前のテキストに目を向ける。

「僕は小学校以来学校に行ってない。だから中学生なんて羨ましい」

ジェーンは少し悲しい目でテキストを眺める。

「中学までは義務教育でしょ? どうして行ってないの?」

「あなたの時代とは違うんですよ。僕の時代ではむしろ小学校にすら行かなくていい」

「逆に羨ましい」

「学びは大切ですよ。僕は小学校を卒業した後にすぐシャドー議会管轄の警官隊に入隊しました。そこでの経験が買われて、今はここに」

「刑務所なんてむしろ勉強が必要じゃない?」

「そうですか? 頭のいい人、メディさんなんかは大学まで行ってますが、ここの人は大体が小学校に行ったか、行ってないかが多いです。仕事内容は客人を警護することと、囚人に食事を与えるのと、立つことしかありませんから」

そう言ってジェーンは華に笑いかける。

「なら私はもしかしたらここのお偉いさんになれるかも。今こうして勉強してるし」

「推薦しますよ」

「まさか、刑務所で働くのは勘弁」

そう言いながら、華はテキストの次の問題へと進める。

「ここに居たか。勉強の様子はどうだ?」

仕事が終わったのか、食堂にドクターが現れた。それを見てジェーンは華の横から離れる。

「分かんない所だらけ。走れメロスもまだ全部覚えきれてないし。そっちはどうだったの?」

「何もわからないことが分かったよ」

「なるほど。そりゃ良い収穫ね」

ドクターは頭をかきながら華の横に座る。

「けど推測は一つだけ立てられた。あれは虚空(ヴォイド)から来たのかもしれないってこと」

虚空(ヴォイド)?」

「次元と次元のはざまにある無の空間だよ。地獄とも言う。そこには空気はおろか、一切の物質が無い」

「そんな世界から来たなんてありえない」

「僕もそう思う。だけど宇宙には僕でも知らない奇妙なことがまだ山のようにある。ヴォイド空間に生物がいる可能性も完全にはゼロじゃない」

看守が持ってきたコーヒーを手にドクターはそう語った。

「それでどうするの? やっつける?」

「まさか。彼に敵意はないし、僕にできることもここまでだ。やることが終わったから帰るよ」

「えっ、解決しないの?」

華はその言葉に唖然とした。いつものドクターなら笑顔を浮かべて事を解決しようとするのに。

「僕にとってあれ以上の収穫は見込めない。前進はできたがそれ以上が分からない。それに悪い事もしてないのに倒す必要はない。そうだろ?」

「ええ、むしろドクターのおかげで一つ前に進めました。十分な収穫です」

横のメディは満足そうな目を向ける。

「でもつまんないなー、せっかく宇宙最大の刑務所に来たのに、やったことがスリジーンに会って、テストの勉強だけなんて」

「刑務所よりテスト勉強が大事だ。ターディスに戻ろう。次の船はいつ来る?」

「15分後には来ます」

「じゃ、それまでここで休憩だな。トイレ行ってもいいぞ。もちろんここでも“ビデ”使えよ」

「今は別にそんな気分じゃないからいい」

そう言って、華は頬を膨らませてシャーペンを手にテキストに挑む。それをドクターはコーヒーを飲みながら眺めていた。

 

 

「ヴォイドから来た存在か……それが何なんだ?」

モニター室。主任は頭を抱えていた。

「ドクターめ、変に問題を進めるだけ進めてとっとと帰るだと? こっちは余計に頭が混乱してるっていうのに!」

怒りが収まらない主任は、操作パネルを思いきり叩く。

「血圧が30上昇ですよ主任。怒りは抑えて」

「ああ分かったよ。薬を飲む」

手元の水が注がれたコップを持ち、血圧を抑える錠剤を水で流して飲む。それでもまだ怒りは収まりきらない。

「何がドクターだ。私の方がもっと進められる! 1021回目の実験を始める!」

そう言うと、主任は白衣を着て収容室の中に入っていく。

「今回は……そうだな、これを試してみよう」

怪物の前で、彼は一本のナイフを取り出した。

「銀で出来てる。これで刺せば、さすがに反応もするだろう? 今までは倫理的な問題で禁止されてきたが、科学というものは禁忌に手を出してこそだからな」

そう言うと、怪物の腹に向かって思いきり突き刺す。

「どうだ! 反応しろ!」

しかし、怪物は痛がる素振りを見せない。

「反応しろと言ってるだろ!」

それを抜いて、今度は横の腹に刺す。しかし相変わらず反応は無い。

「クソ……ん?」

今刺したところから、何やら液体が漏れている。

「血だ、血が出た! けど透明だ」

まるで水のように透明な血。無に近い存在なら、体液も無に近い色をしているということだろうか。

「解析してみよう! これで何か分かるかもしれない!」

持ってきた試験管に、血と思われる液体を入れて栓をする。

「これでさらに前進できる……!」

ナイフを抜き、タオルで拭きとった後、そのまま収容室から出て行こうとする。

「……ドク、ター」

声が聞こえた。後ろを振り返ると、怪物が四つの目でこちらを見つめている。

「しかも、喋った……私に反応した!」

「ドクター……ドクターだ……」

「何だ? ドクターの方がいいってのか? あんなちんちくりん、ただのイカれたガキだよ」

「ドクターに……“アレ”を奪われてはならない……」

そう呟きながら、怪物は立ち上がる。傷口をよく見ると、既に完全に治癒されている。

「おい、今度は立ったぞ! いいぞいいぞ! さらに前進したぁーっ!」

「私のものだ……“箱”は私のものだ!」

突然そう叫びながら、主任のに近づき、彼の首を強く締め上げる。

「すごいぞ……! 銀に触れていないのに実体化……している……!」

それが彼の最後の言葉だった。怪物の力はすさまじく、彼が実験の前進に恍惚している間に、その首を折ったのだ。

「ドクターは……逃がさない! 決して! ウオオオオオオアアアアアアアーッ!!!!」

怪物は突然その口を大きく上げて叫んだ。その声は遠くまで響いた。地下の底から、地上の食堂にまで聞こえるほどに。

 

「今の音何?」

「誰かがタンスに指をぶつけて痛がってるのかも」

ドクターがコーヒーを飲みながらそんな冗談をかます。しかし完全にふざけているわけではなく、コーヒーを置いて地面に耳をくっつけて音を聞いている。

「叫び声だ。今のは叫び声」

「誰の叫び声です?」

「さぁ? さっきの主任が僕に手柄取られて怒ってるのかも」

メディは無線を手に主任に連絡をしようと繋げる。

「収容室のガード主任。何かありました? 主任。主任?」

しかし、無線からの反応は無い。

「僕に貸してくれ、モニター室に繋げる」

ドクターはメディから無線機を奪い取り、その先を主任にではなくモニター室に居る他の研究員に繋げる。

「僕はドクター。下の階で何かあったか?」

《動きだし……ました……! あの生物が……!》

「何だって!?」

無線の先からは、人々の叫び声と、あたりが破壊されるような音が聞こえる。

《逃げようにもエレベーターが動きません……! このままでは……!》

「まさか、エレベーターが故障して動かないなんてことはあり得ない! セキュリティどころかあらゆる施設の点検だってしっかりしてます! 壊されることもありえない」

メディは憔悴した様子だ。

「今から僕がエレベーターに行く! 修理するからそこで待ってろ!」

《ダメです……! 私以外全員殺され……いやあああーっ!》

その言葉を最後に、無線は切れた。

「モニター室、応答しろ! モニター室!」

ドクターは無線の先に必死に呼びかけるが、もはや何の反応も無い。

「まさか、あの生物が動き出して全員殺したってこと……!?」

メディは頭を抱えた。世界最高のセキュリティの刑務所でこんなことが起きるとは。

「けど問題は無いはずだ。あそこから上階まで階段は取り付けてないから、地下からここまで上がるためにはエレベーターを使うしかない。そのエレベーターが故障してるならアイツはここまで上がってこられない。収容室とモニター室に閉じ込めてる状態だ」

「なら心配は無い?」

華はテキストを閉じてドクターに聞く。

「そのはずだ。そうだろメディ?」

「え、ええ。ここまで上がってこれる手段は無いはずです」

しかしその予想とは裏腹に、あの怪物にはとある作戦があった。

人の死体が転がるモニター室。さきほどまでここは少し和気あいあいとした雰囲気があったのだが、今や見る影もない。いくつかの機械も破壊されている。

「セキュリティ、全解除……!」

巨大なモニターを前に、怪物は手を広げた。

「ウオオオオオアアアアアアアーッッッ!!!」

 

 

「また聞こえた! しかもさっきより大きいよ!?」

食堂が揺れるほどの大きな声。それが地下から聞こえてくる。

「なぜ叫んでる? 結局閉じ込められたことに気づいて絶望したか? いや、そんなはずはないな」

ドクターは歩きながら今の声のことを考えている。

「地下までは10kmもある! そこまで声が届くなんて!」

「よほどデカい声なんだろうな。間近で聞きたくないね」

ドクターは飲みかけのコーヒーに手を付ける。

「緊急事態かもしれないのに、コーヒーなんて飲んでる場合か?」

彼に居ても経っても居られず、ジェーンが彼の事を叱りつける。

「コーヒーを飲みながら考えてるのさ。彼が叫んでいる理由をね。そう、さっきも叫んでた。そしてその後にモニター室の人間が皆殺しにされた」

「じゃああれは人を殺す合図ってこと?」

「もしくは、叫ぶことで何かをしているのかも……」

すると突然、食堂の中に取り付けてあるサイレンが藤色の光を放つと同時に警報が鳴り始めた。

「これって何?」

「警報だ」

「なんで紫なの?」

華は奇妙な色の警報が気になった。普通は赤色のサイレンのはず。

「ここは地球じゃない。紫は宇宙標準で“危険”を表す。しかしこれはかなりの緊急事態だ!」

「ドクター、こっちに!」

メディはジェーンを含めた看守を連れて食堂の隣の部屋へ移動する。

そこにはいくつものモニターがあり、南棟全体の数千の牢獄を表示している。

「緊急ケースシグマ、これはストームケージ最大の緊急事態です!」

「何が起きてる?」

「南棟全体の牢獄が……すべて開かれています!」

モニターには大きく「南棟 フォースフィールド牢開放」の文字が映し出されている。映像には何千という囚人たちが檻から出ていく様子が映し出されていた。

「ねぇドクター、ここの刑務所は宇宙で一番安全だって言ったよね……?」

「ああ、言ったな……」

「でも今の状況って……」

「間違いない、宇宙最悪の囚人や怪物が解き放たれてる!」

 

 

スリジーンの牢屋。そこも他と同じく解放されていた。

「オーグの言った通り、本当に牢屋が解放されるなんて!」

ルードは背中を伸ばして自由を謳歌していた。

「止まれ! 止まらなければ撃つぞ!」

目の前に居た人間の看守が彼女に向かって銃を突き付けている。

「止まれ? 私たちに命令するつもり?」

「いくらお前らでも撃たれれば死ぬんだろ!?」

「ええその通り。引き金を引けたらの話だけど」

「何だ……って」

上を向くと、そこには既に二体のスリジーンが彼に今まさに襲い掛かろうとしていた。

「バンゴ、アーグ、やって」

ルードがそう命令すると、二人は看守の上に覆いかぶさり、彼の体を思いきり引き裂いた。

「狩りは素晴らしい。七年ぶりだ」

「まだまだ獲物はここにたくさんいる。それにドクターって最高の獲物もいるんだ。逃がしちゃおけないね」

そう言うとルードは大きく息を吸い込んで三人に命令する。

「では作戦を始めるとしよう。私とバンゴでドクターを狙う。そしてアーグとオーグは船を奪ってこい」

「了解、ルード」

「ドクターの首を持って会いに行くよ」

そう言うとバンゴとルードはどこかへと歩いて行った。

「何ボサッとしてんだオーグ、とっとと行くよ」

そう言ってアーグは別の方向、東棟に向かって走っていく。

「ああ、今行く」

 




次回のチラ見せ

「人を喰う影だ! しかも凶暴だ」


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第九話 STORM CAGE〈宇宙の刑務所〉 PART4

ちなみにこのエピソードは運動会編と同じく前後編回のちょっとした中編になってます。今回のエピソードは比較的短いですが


 

「あり得ない! この刑務所のセキュリティは万全のはず! だというのにこれほどの脱獄なんて……」

食堂横の監視室、メディがこの状況に驚き憔悴している。

「セキュリティが奪われた可能性は?」

まずはドクターが彼女を落ち着かせるためにこの状況を整理させる。

「そんな履歴は一切残ってません。ただ残ってるのは“開錠させる”ということだけ」

メディは操作パネルをせわしなく動かし、この事態を調査している。

「だとすれば、何か外側から巨大な力で開いたかどうかだ。たとえばソニックみたいに」

「まさか、ここにソニックは通用しないはず」

華はそれをドクターに伝えた。

「なんで君が知ってるんだ?」

「ジェーンに教えてもらった」

「ハイ・デッドロックシールです。ソニックはもちろん、宇宙のどんな力を使っても破ることができないセキュリティです。システムへの侵入もできないし、ましてや鍵を開くなんて絶対に無理なんです!」

「ハイ・デッドロックシールか。デッドロックの上位互換なんて考えたものだな。でも今実際に破られてる」

ジェーンを後目にドクターは画面を眺める。

「一体どうして……」

「恐らくだけど、犯人はあの謎の生物だ。それ以外には考えられない」

ドクターは腕を組みながら画面を収容室の画面を眺める。

「どうやって? アレはあそこから動いていません」

モニターにはあの怪物が映っている。さきほどの場から動いていない。

「なら誰がやった? スリジーンか? ステンザか? 牢屋の中で地面でも掘ってセキュリティを突破したと? まさか。それにこれを見ろ」

ドクターはみなの視線を収容室の映像に移動させる。

「ヤツは画面に映らないはずだった。けど今こうして、映ってる」

「本当だ……」

あの生物はどんな記録媒体にも写せなかったはずだ。そのはずなのに、今しっかりと映っている。もちろん目は四つ、耳が二つに口が二つだ。

「ヤツが実体化し覚醒したんだ。そして何らかの手段でこの南棟のセキュリティを全て破った」

「まさか。あそこはただの収容室とそのモニターしかない。管制塔でもないのに南棟のセキュリティに入れるはずがありません」

「声だよ。ヤツは叫んで、そして声でセキュリティを破った」

「そんなことできるはずが……」

「それが完全に正しいかは分からない。けどこの脱獄とヤツの覚醒に関係があるに違いない。僕はそう思うね」

ドクターは部屋の中を歩き回りながら、あらゆるモニターに目を通す。

「名前をつけよう。ヤツは叫ぶ者(シャウター)だ」

「今、名前は重要ですか??」

「ヤツとか生物とか怪物とか、曖昧な呼び方じゃ困るだろ? それにたぶん新種だ。だから今名付けた。シャウターだ」

そう言うとドクターはソニックドライバーを放り投げてキャッチする。

「それでどうする? 凶悪な囚人が脱獄したんじゃ逃げるのも難しいんじゃない?」

「ああ。ここに来るのも時間の問題かもな」

華の質問にドクターは椅子に足をかけて答える。

「この南棟に収容してるエイリアンや囚人の数は?」

「牢屋の数は1万。そのうち9000に収容しています」

「9000の凶悪なエイリアンの中を突っ切ってまずは逃げる。それしかない」

ドクターは立ち上がって扉へと向かう。

「突っ切る!? 自殺行為だ」

「武器はしっかりあるだろ? 僕についてくれば問題ない」

そう言うと、ドクターは扉の近くの機械にソニックをくっつける。

「南棟のエリアデータを全て入れた。囚人にはIDが付いてる。これで囚人を索敵して、かいくぐりながら逃げられる」

ドクターはそのまま扉から出て行ってしまった。

「まったく、結局トラブルになんのね……」

華はあきれ顔でドクターについていく。部屋の中に居たメディと看守たちも彼についていく。

「南棟とはいえかなり広い。人口密度はそこまで高くないはずだ。それに収容されてる中で一番危険なのはスリジーンぐらいだし」

ドクターは歩きながら進んでいく。こっちは危険そうだと言いながら右に曲がる。

「銃が通用するエイリアンはどれぐらいいる?」

「9000のうち8000は普通の銃弾が通用するはずです」

「9分の1の確率を引かないように逃げよう」

ドクターはそそくさと歩きながら先へ進んでいく。まだエイリアンには遭遇していない。

「痛ッ」

歩いている途中、一人の看守の男が耳のうしろに奇妙な痛みを感じた。軽い痛みではなく、噛みつかれるような痛みだ。

「署長、ちょっと待ってください」

看守の男が立ち止まりメディを呼ぶ。

「今は急いでいます、何かありました?」

「いや、その、体中が急に痛くて……」

「大丈夫?」

華が痛がる彼に近寄ろうとした瞬間、何の音も立てずに、一瞬で彼は白骨となった。

「危ない華! 離れろ!」

ドクターに言われ、華はその骸骨から離れる。

「何!? 今の何なの!?」

「黒い、影だ……」

男の死体の周りには、なぜか影ができていた。まるでそこだけ暗闇に覆われているかのように。

「ヴァシュタ・ナラーダだ。ここにいる!」

彼を喰らった“影”。ヴァシュタ・ナラーダと呼ばれるそれは黒い影を広げ、まだ生きている彼らに迫ろうとしていた。

「それ何!?」

「人を喰う影だ! しかも凶暴だ」

「南棟に収容していたんです! 図書館で見つけた個体を何匹か持ち帰って……」

「正気か!? あの図書館のコイツらを!?」

「捕らえて探れば弱点が発見できるかもしれないと!」

「マズいぞ華、9分の1を当てたみたいだ! しかもコイツらにIDは無い、だから索敵できなかった!」

影はだんだんと近づく。一人の看守の男はパニックになり、影に向かって銃を乱射するが、自身の影をそれと交差させてしまったためなのか、影に“感染”し、さきほどの犠牲者と同じようにただの骸骨へと変貌してしまった。

「逃げろ!」

ドクター達は逃げ出した囚人の一つ、ヴァシュタ・ナラーダに追われることとなってしまった。影はだんだんとスピードを増し、こちらへと迫って来る。しかし目の前にはT字路も迫って来る。

「こっちだ!」

ドクターとメディは左側の道へ行こうとする。しかし華とジェーンは間違えて左側の道へと向かってしまう。

「そっちじゃない! こっちへ……」

しかし、そんな彼らの間にヴァシュタ・ナラーダが挟んだ。この影を踏めば命はない。今の状態では、互いに反対側に行けない。

「ドクター! どうすれば……」

「君はそっち側へ逃げろ! 後でまた合流する!」

影がだんだんと近づいてくる。ただの影のように見えるが、何かが蠢いているのははっきりと分かる。

「僕を信用しろ! 必ず君の元へ行く!」

「……絶対だからね!」

この状況では合流できない。ジェーンと華はドクターたちと反対の方向へ逃げていく。

「さぁ来い“空中のピラニア”、あっちより僕たちの方が美味しいぞ!」

そう言ってドクターは影を引き寄せて走る。

 

 

収容室のモニター室。ドクターによって叫ぶ者(シャウター)と名付けられた怪物は、何かとテレパシーで通信していた。

「来い。来るんだ。私のところまで」

その瞬間、エレベーターは音を立てて動き出した。それがモニター室の前で止まり、その戸が開く。

そこに居たのは、一体のジュドゥーンだった。

「私を連れていけ」

シャウターは、サイと共に上階へと上がっていく。

 

 

「はぁ、はぁ、ここまで来れば、大丈夫でしょ……」

もう後ろに影は見えない。華とジェーンはなんとかヴァシュタ・ナラーダから逃げきることができたが、まだ安全なわけではない。今ここの棟の囚人が全て脱獄しているのだから。

「東棟だ、東棟に行きましょう!」

ジェーンはそう叫んだ。確かにここから東棟は近い。だが……

「でもドクターと合流しないと!」

「けどここに居ても危険なまま。幸い東棟はまだセキュリティが破られてない。そこまで逃げ込めば安全だ」

「でも……」

「ドクターは逆方向に行った。きっと西棟だ。互いに安全なところへ逃げれば必ず合流できる」

ジェーンは彼女を説得し、東棟へと向かおうとする。しかし、今度は後ろに別の気配を感じる。

「別の囚人に見つかった……?」

しかし、後ろに居たのは囚人ではなく、ここの看守も務めているジュドゥーンだ。

「なんだ、びっくりさせないでよ」

しかし、どうも様子がおかしい。こちらに向かって銃を向けている。

そして謎の言葉……ジュドゥーン語を話した後、こちらに向かってそれを放った。

「何するの!?」

しかし、ジュドゥーンの言葉は聞き取れない。

「逃げる者、殺す……そう言ってます」

「聞き取れるの?」

「ええ、この刑務所で働くならジュドゥーンの言葉は理解しておかないと」

そんなことを言っている間も、ジュドゥーンからの攻撃は止まない。

「早く東棟へ!」

今度はここのサイに襲われるとは。しかし東棟の出口はすぐ。ジェーンはその扉を越えた後、東棟の管理者に向かって無線を繋げた。

「東棟と南棟の間の隔壁をロックしろ! すぐに!」

その命令の後に、すぐに扉が閉まり、隔壁もロックされる。閉じられる最後までジュドゥーンはこちら側を撃っていたが、あちら側に閉じ込めた。

「はぁ、なんとかなった」

「なんでアイツが襲い掛かって来たの!? もしかしてジュドゥーンの囚人もいるの?」

「まさか! あんなことあり得ない。ジュドゥーンは色々面倒なヤツに違いないけど、敵じゃないはずだ」

「……私たちが囚人と勘違いされたとか?」

「それもあり得ない。だって僕はちゃんと看守の姿をしてるし、君の情報だってこの刑務所全てで共有されてる。狙うはずがない」

突然の奇行を見せたジュドゥーンに、二人は困惑しながらも先へ進んでいく。

 

「メディ早く! 今扉を閉めるぞ!」

ドクターとメディは西棟に向かっていた。ヴァシュタ・ナラーダの集団はまだ彼らを追い回している。

「さすがにここの隔壁までは越えられないはずだ!」

ドクターはソニックを操作盤に当てるが、扉は閉まらない。

「なんで効かないんだ!?」

「ハイ・デッドロックシールよ」

「そういえばそうだった。無線で閉じろと命令してくれ!」

「こちら署長、西棟と南棟の隔壁を閉めて!」

影がこちらへ到達するギリギリのところでなんとか扉は閉まった。なんとか撒いたようだ。

「脱獄に巻き込まれるなんて。とんだ災難だ」

「すぐに管制塔から全棟へ緊急避難指示を出しましょう」

「避難だけか? 南棟だけとはいえ凶悪な犯罪者が9000も脱獄した。これは最悪の危機だろ?」

「今必要なのはこれ以上被害を拡大させないこと。それに南棟には船がありません。それにこの星の特性上、南棟からの脱出は不可能です」

「ならどうするんだ? 南棟を焼き尽くす?」

「それも視野に」

「良い案だ。ともかく管制塔へ向かおう」

 

「あ、ああ……!」

南棟、一人の囚人はサイの警察官に囲まれながら、シャウターの声を“聞いている”。

「私と共に来い。私と共に箱を奪うのだ」

「箱……? 箱って何だよ……! ようやくここから脱け出せるってのに!」

「お前は今から私の奴隷だ。奴隷、奴隷、奴隷……」

「あ、あああああ……!」

頭の中に彼の声が入って来る。やがてその声は脳の全てを支配し、彼の体を奪った。

「もっとだ。ここだけでは足りない。もっとだ、もっと……」

 

 

管制塔。ドクターとメディはなんとかここまで来ていた。

「どうもドクター、私はクナンです。状況は既に把握しています。南棟の全ての牢屋が解放されたと」

管制塔のリーダーとおぼしき男がメディに話しかける。

「その通り。今は緊急事態です。すぐに南棟爆破の準備を」

「構わないよ。華なら既に東棟にいる」

ドクターはソニックに映し出された情報を見ている。そこには華が東棟まで移動したことを示している。

「いいのですか? あの生物といい、南棟を全て焼き払ってしまって」

「どちらにせよあそこにいるのは死刑囚のみ、死ぬ日が変わるだけです」

「分かりました……」

クナンは、何やら厳重そうなボタンを前に深呼吸をする。

「エネルギーの充填まで1分かかります。それまでに……」

突然、藤色のサイレンと共に警報が管制塔の中に鳴り響いた。

「なんだ、何がどうなってる!?」

リーダーの男は部下たちに状況を確認させる。

「緊急事態です! 封鎖したはずの西棟と東棟の隔壁が開いています!」

「何故だ!? ここからでしか操作できないはずだ!」

部下たちは必死に操作パネルをせわしなく操作する。しかし一切動かない。

「ダメです、なぜか全て動きません! というより、勝手に動いています!」

「まさか」

ドクターは嫌な予感がした。もしあの怪物が……

「南棟のモニター、収容室に切り替えろ!」

ドクターの命令を受け、画面に収容室の様子が映される。そこにシャウターの姿がいなかった。

「次は南棟の映像を出してくれ!」

次に映し出された場所。そこには廊下を歩くシャウターの姿が映っていた。だがそこは地下ではなく地上の牢屋前だ。

「しまった、閉じ込めてると勘違いしていた……修理してエレベーターで上がったんだ!」

「あり得ない、エレベーターを修理するには認証機能が必要だ。ここの看守などしかできないはず」

「もしシャウターの能力がセキュリティに入り込むこと以外にもあったとしたら?」

ドクターはメディの方を向く。

「人を、操る能力……?」

「それで看守を操ってエレベーターを直して移動したんだ。例えばジュドゥーンとかね」

画面に映ったシャウターはだんだんと先に進んでいく。

「何か予備電源とかサブコンピューターは無いのか? メインが奪われていてもそちらを使えばこちら側から封鎖できるかもしれない!」

「無理です、うちにそれはありません!」

「何故!?」

「宇宙最高のセキュリティ、のはずでしたから……」

クナンとメディは下をうつむいた。

「打つ手なし、か……」

ドクターは椅子に座り込んだ。その瞬間、再びあの警報が鳴る。

「署長、ドクター、大変です!」

「今度は何だ!?」

「東棟と西棟の全ての牢屋が……解放されました」

 

 

東棟、華とジェーンは東棟警備室へと駆けこんでいた。

「南棟は既に陥落だ。全ての囚人が逃げ出してる」

「それは大変な事態だ。すぐに対処せねば」

警備室の太った男性が、壁にかけてある銃を手にする。

「大丈夫、私たちは戦いのプロよ」

もう一人、小太りの女性も同じように銃を手にする。

「大丈夫、なんですか?」

「ええ。まずはあなたたちを船まで送り届けるわ。私たちが安全にね」

華に向かって女性は微笑んだ。

「東棟の人たちはベテランで戦闘経験が豊富だ。だから心配はいらない」

ジェーンが華の肩を叩いて安心させる。

「良かった。お願いします! それとドクターも……」

「ドクター?」

女性はその言葉を聞いてどこか顔をしかめた。

「彼は今どこにいるの?」

「影の怪物に襲われて、それで別々の方向に逃げたんです。東棟にいると思いますけど……」

「東棟、ね。分かったわ。あなたたちを無事に送り届けたら、ドクターのところにも行って連れて来るわ」

「それは頼もしいね」

華は女性に向かって笑顔を浮かべた。

「さぁ行きましょう」

しかしまたあの警報が鳴り響く。

「この警報は何だ!?」

男が嫌そうな目でサイレンを見つめる。

「これは……マズいかもしれない!」

ジェーンはすぐそばのモニターの映像を眺める。

「今度は東棟の牢屋が全て解放されてる!」

「何ですって!?」

女性はそれに驚いた。男性も、華も驚く。

「しかも隔壁まで元通りだ。さらに囚人が解放される!」

画面の向こう側では何百もの囚人が脱獄し始めていた。もはやここも安全ではない。

「心配するな、私たちがしっかり届けよう」

男は胸を叩いて鼓舞する。しかしその衝撃なのかオナラが出てしまった。

「おっとすまない、さっき芋を食べていたせいで……」

「私もよくある。早く行こう!」

華は東棟随一の看守と共に東棟の船着き場を目指す。

 




次回のチラ見せ

「やぁ久しぶり! 僕がドクターだ」


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第九話 STORM CAGE〈宇宙の刑務所〉 PART5

今回でこのエピソードは終了。次回から後編に入ります


 

シャウターは既に西棟へとたどり着いていた。彼のその叫び声を聞いた囚人やエイリアンたちは、まるで彼に魅入られたかのように彼の仲間へとなっていく。

「ドクターだ。ドクターを始末しなければ」

そう呟きながら、だんだんと先へ進んでいく。

 

「シャウターの目的は何だ? 混乱に陥れるためか?」

ドクターは管制塔の中、ひたすら思考を巡らせ続けていた。

「いや違う。だとすると何だ? 僕に……接触したから覚醒した? でもそうだとして……」

モニターにはシャウターの様子が映っている。だんだんと仲間を増やしながら西棟を歩いている。

「ヤツはただ歩きながら仲間を集めているわけじゃない。何か目的があるはずだ」

「それこそ、脱獄とか?」

メディが言った。

「ただの脱獄をここまでスケール大きくやるか?」

「混乱に乗じて脱獄するのかもしれない」

クナンが言った。

「にしては、仲間を増やし過ぎだ。目立ってる。……待て、彼はどこに向かってる?」

ドクターはシャウターの動きに注目した。彼がどこを目指しているのか。それに疑問を抱いた。

「脱出、ではないのか?」

「いいや脱出するなら東棟を目指すはずだ。けどヤツらは西棟を今歩いてる。遠回りだ」

脱出用の船があるのは東棟。西棟には何もない。

「ここは宇宙一の刑務所。だが裏を返せば様々な犯罪者や怪物が集まっている場所と言える。もしヤツの目的が、最悪の犯罪者を解き放つことだったら?」

「最悪の犯罪者……?」

「何でもいい、ここに収監されている危険なエイリアンや怪物を教えてくれ!」

それを聞いてメディたちは考えを巡らせる。ここに収容されている怪物……

「スリジーン、ステンザ、ヴァシュタナラーダ、モルフォース、シコラックス、ソンターラン、サイレンス、スコヴォックス・ブリッツァー、ザイゴン……」

様々な名前が上がる。その中にはドクターが知っているものも。

「スコヴォックス・ブリッツァー? なんでここにいるんだ」

「宇宙で彷徨ってた個体を見つけまして」

「わざわざ拾う奴があるか? ……まぁいい、少なくとも今の中にとんでもない怪物はいないな。少なくとも単体や数体で凶悪なことができるほど危険じゃない」

ドクターは椅子にもたれかかる。推測は当たっていなかったようだ。

「しかし、ある“怪物”が……一体だけいます」

メディは口をもう一度開いた。しかしそれを言った途端に彼女は後悔した。

「それは何だ?」

「しかし、最重要機密事項です。一部の方しか知りません。とても危険ですので」

「今はそれ以上に危険な状態だ。 一体何がいるって言うんだ?」

メディはゆっくりと息を吸ってから答えた。

「管制塔の地下深く、最も厳重なセキュリティの中にそれが居ます」

「だから何がいるんだ」

「……ダーレクです」

それを聞き、ドクターは目を丸くして驚いた。

「ダーレクが? それって……完全体のダーレク?」

「ええ、死にかけでもない、完全なダーレクです」

「どうやって捕まえた?」

「とある戦争で一体だけ捕縛しました。それを管制塔地下の最も高いセキュリティで保護しています」

ドクターは思い悩むように、手で顔を覆い隠した。

「もしダーレクが奴の手に渡れば最悪の事態だ。宇宙最悪の怪物、それを武器にするつもりだ!」

「だがダーレクは自分以外の種族を全て殺そうとする。シャウターであっても例外ではないのでは?」

リーダーの男は思った。むしろ反撃されて殺される可能性がある。

「シャウターは存在が不確定だ。ダーレクの攻撃が通用するかは分からない。もし奴の狙いがダーレクだとしたら、すぐに止めないと!」

ドクターは管制塔を出て北棟へと出ていく。メディもそれを追いかけていく。

「あらゆるセキュリティはシャウターの前では無力だ」

「しかしダーレクのためのセキュリティは別軸です。ですからまだ破られていないはず」

「遠くならともかく、近づけば破られるかもしれない。相手はハイ・デッドロックシールを破るような奴だ」

「それで、どうするのです? 何の策も無しに出てきたわけではないでしょう?」

「ああもちろん。メディ、署長ならここのあらゆるシステムを理解しているはずだ」

「ええもちろん」

「北棟が落ちたらもっと最悪な事態になる。そこでだ、この刑務所の全システムをシャットダウンにしてほしい」

「何ですって?」

「こんな大きな刑務所とはいえ、全体の電源を落とせる機能はあるはずだ。全システムをシャットダウンしてほしい」

その言葉にメディは口を大きく開けて驚いた。

「そんなことできない! そんなことしたら、北棟の牢屋も全て解放されてしまう! 隔壁だって……」

「そのリスクはある。だがやらなきゃこれ以上自体が悪化する。それにシャットダウンすればシャウターの動きを止められるかも」

「動きを止められる……?」

「これは推測だけど、シャウターの能力はあらゆるシステムに入り込むことができる能力だ。だがそれは起動中のシステムに限る」

ドクターは近くのモニターでストームケージ全体の地図を表示させる。

「管制塔も含めて全てのシステムが今オンになってる。つまりヤツにとっては自由に動かせる遊び道具ってわけだ。でも全てオフにすれば……」

ドクターは画面に刑務所内全てのシステムをシャットダウンさせた状態の図を表示させた。

「遊び道具はすべてなくなる。そうなるとシャウターは何もできない。ダーレクの檻が別システムなら、シャットダウンで逃げ出す危険性は無いはずだ」

「けど人を操る能力がある。それに北棟以外の囚人は全て脱獄しています」

「そこがネックだな。システムとは関係無い部分だ。けどシャウターは間違いなく全てシャットダウンすれば混乱するはずだ。その一瞬で洗脳が解けるはず。その隙に、こちら側がヤツを捕まえる。銀で出来たロープはある?」

「ええ、管制塔にあります」

「なら僕がそれを取って来る。しかし脱獄した囚人はどうすれば……」

「囚人たちにつけているID、あれは各牢屋とリンクしています。なんとかシャウターを無効化できれば、署長権限でそれを起動して、囚人たちを牢屋に引き戻すことができるのですが」

「良い案だ! まずはシャウターの無効化からだな、システムは管制塔?」

「ダーレクの檻の近くにあります」

「ならシステムのシャットダウンは君に頼んだ!」

そう言うと、ドクターは管制塔の中へと戻っていく。

「全く、人遣いの荒い人ね」

メディはそう呟き、彼の言った通りシステムシャットダウンのため地下を目指して歩いていく。

 

 

「まったく、オーグの奴は一体どこに消えたの?」

北棟、オーグの双子の妹であるアーグ・ビア・フォッチ・ディラッカ・シータ・スリジーンは突然消えた兄を探し続けていた。

「まったく……まぁいいわ。一人でも狩りはできるもの」

手の爪を尖らせ、狩りの準備をする。

「あそこに……“ちょうどいい”のがいるし」

 

 

東棟、華とジェーンは二人の看守と共に逃げていた。

「二人は先へ! 行け!」

男性の看守に言われ、二人は先へ進んでいく。

「ここよ! ここを左に曲がれば船着き場に着く! 既に船は来てるわ!」

看守の女性に案内され、そのまま言われた通りの場所に進もうとする。

「ちょっと待って、船着き場はこっちじゃなかったような気が……」

ジェーンは少し疑問を抱いた。左ではなく、右だったような……

「いいえ、左よ」

女性は真顔でこちらを見つめる。

「早く、行って」

「は、はい……」

凄まれ、華とジェーンはそのまま左の道を向かう。

「いい獲物がいるな」

銃を撃ちながら華とジェーンを逃す二人の前に、奇妙な男が現れる。

「何者だ?」

銃を向けると、その男は微笑みながら近づいてくる。

「私はステンザの戦士、ディア・グル。肩慣らしに狩りをしにきた」

青い肌に、白い歯をいくつもつけている奇妙な見た目のその男は拾って来たのか、銃を手に二人に向かっていく。

「ステンザか。そういえば東棟に居たと聞いた」

「さぁ、どちらが先に殺されたい?」

ディア・グルは二人を交互に指をさしている。

「ふん、グルグルだかなんだか知らないがくだらん名前だ。我々の“名前”の方が優れている」

「ディア・グルだ。獲物の名前になど興味は無い。人間ということだけ知れればいい」

ディア・グルは二人に襲い掛かるが、軽々しく攻撃を避けられてしまう。

「悪いが“狩り”は我々のものだ。貴様に獲物は渡さない。特にドクターはな」

そう言うと、男は銃を捨てた。そして自らの額に手を載せる。

「それに“人間”ではない」

「何だと?」

ディア・グルがそう聞くと、男は答えずにゆっくりとその頭に取り付けられたファスナーを外し、その隙間から青い光が放たれ、辺り一面はそれに包まれる。

「我々は……」

 

 

管制塔、ドクターは銀で出来たロープをようやく見つけた。

「よし! これであとは刑務所全体がシャットダウンされれば……」

「ドクター! ドクター来てください!」

ドクターの前に青ざめた顔のクナンが現れた。

「今度はどうした!?」

「北棟が……破られました!」

ドクターはそれを聞いてモニターへと急ぐ。確かに既に北棟の全ての檻が破られている。

「なんてことだ……急がないと」

ドクターはそのまま作戦へと戻ろうとする。しかし、男はそれを止めようとする。

「いいえ……全ての棟が陥落しました。もう我々には手が残されていません」

「何を言ってる!? この作戦が成功すれば囚人たちを牢屋に戻せる! 既に死んだ人は戻せないが、これ以上の被害の拡大は防げる」

「いいえ、もう手遅れよドクター」

ドクターの後ろにはメディが立っていた。

「メディ! ここで何してるんだ? 早くシステムのシャットダウンを……」

「ストームケージの緊急ケースオメガ、全棟の囚人が全て脱獄、もしくはその危険がある場合、ここを放棄する」

クナンは淡々とそれを告げた。

「そんなこと知るか! じゃあこのまま逃げるつもりか!?」

「ええ、その通りよ」

メディは先ほどと打って変わって冷たく彼に伝える。

「どうしたんだメディ」

「北棟からたくさんの囚人が出るのを見た。もう何もできない」

「諦めるなよ! まだ可能性は残されてる! それは少ないかもしれないけど、やる価値は……」

「これは決まりです。ここを放棄して今管制塔にいる我々は逃げます」

リーダーの男とメディは引き下がる様子が無かった。ドクターは腹に上がって来る怒りを抑えながら、ゆっくりと言葉を続ける。

「……分かった。逃げるのは構わない。けど華も一緒に逃げる」

ドクターは真剣な眼差しでリーダーの男を見つめる。

「このケースでは、管制塔以外の者は全て見捨てるという決まりになっています。彼女は今、ここには居ない」

「……何だと?」

「全て決まりなのよドクター」

ドクターはそれを聞いて何かを諦めたようだった。そう、逃げることをだ。

「だったら僕は残る! 華の元へ行く! そしてこの脱獄を解決して……」

「ダメよ」

そう言うと、メディは懐から注射器を取り出し、ドクターの首に刺した。そして中の薬剤を注入する。

「あっ……! 何、する、んだ……ッ」

「タイムロードにも効く麻酔よ。あなたは重要。だからここに残すわけにはいかない」

ドクターはそのまま気を失ってしまい、その場に倒れ込んでしまう。

「管制塔には緊急用の船がある。ドクターを連れて全員それに乗れ!」

クナンが命令すると、管制塔に居た全ての人は脱出の順位を始めた。

「署長、もちろんあなたも」

「ええ、もちろん私も……」

ブッ。その音がわずかな静寂の中に響いた。

「署長、こんな状況でオナラなんて」

「生理現象よ、仕方ないでしょ?」

気を失ったドクターを連れ、管制塔にある船の中に全員が乗り込む。

「まさかこんな事態になるとはな」

「仕方ないわ。完璧な刑務所なんて存在しないということね」

ドクターを連れたストームケージから逃れる船は、今出発してしまった。

 

 

「ねぇ、ここどう見ても船着き場じゃないよね……っていうか、船も何もない、ただのガラクタ置き場」

華とジェーンはさきほどの女性の言うままに先に進んだが、そこには何も無かった。あるのは古ぼけた宇宙のがらくただけだ。

「まさかこれで船を作れって、そういうわけじゃないよね?」

「やっぱり船は右の道だったんだ。きっと勘違いですよ」

ジェーンは華を連れて道を戻ろうとするが、そこに看守の女性が現れる。

「あらごめんなさい、どうやら道を間違えてしまってたみたいだわ」

「心配ありませんよ。戻ればすぐに済む話です」

ジェーンはそのまま彼女の横を通ろうとするが、彼女は何故か通そうとしない。

「どういうつもりですか?」

「どういうつもりって……あなたたちをここに閉じ込めるために決まってるじゃない」

女性はさきほどとは違い、不敵な笑みを浮かべる。

「どういう、こと? 私たちを罠に嵌めたってこと?」

華は彼女に聞く。

「察しがいい女の子ね。そう、罠にかけたのよ」

「一体……何のために?」

それを聞かれ、女性は大きな声で笑いだす。

「ドクターよ、ドクター! あの憎いドクターへの復讐よ! さぞ悔しく、怒るでしょうね、大切なあなたの“首”が目の前に現れたら!」

「私の、首……?」

「ええそう! あなたの首をもぎ取ってドクターにプレゼントするの。それが私たち“家族”のできる最大の復讐!」

「家族……?」

突然わけのわからない言葉に華は戸惑っている。

「そういえば不思議に思ったんだ。なんで東棟にあなたたち“だけ”しか居なかったのか」

「他のガリガリな連中はバラバラにしたのよ。それで箱とか棚に詰め込んだの。あなたたちは気づかなかったようね」

女性は笑いながら残酷なその行為を語っている。華はひどく怯えている。

「どういう、こと……? どうしてそんなことするの!? あなたたち看守なんでしょ!?」

「看守? ええそうね、そんなところ……けど仮の姿よ……ってアラ」

ブブブッ、女性は突然オナラをした。

「あらごめんなさい! 圧縮装置が古くて、即席で皮を作ったものだからあまり質が良くないの……」

「おい、まだ殺してなかったのか?」

今度は奥からあの看守の男が現れる。

「恐怖に怯えた匂いで殺すのが一番好きなの。アンタも分かるでしょ?」

「なんだそんなことか。けどもう十分だ。とっとと殺そう」

そう言うと、二人は額に手を伸ばして髪をかき上げた。そこにあるのはファスナーだった。それに手をかけ、ゆっくりと額を開いていく。そこからは青い光が放たれる。

「人間じゃない…… こいつら、何なの……!?」

「ウソだろ、まさか……」

ファスナーを開き切り、そこからこの刑務所で見たあの“怪物”が現れた。

「嘘でしょ……」

大きな緑の頭に、赤ん坊のような無垢な黒い瞳を輝かせる怪物……

「我々はスリジーン」

来ていた皮を脱ぎ捨て、そこから巨大な緑色の体を露わにした。そして巨大な爪を向け、二人に迫る。

「来るな……来るな……っ!」

ジェーンは手元にあったガラクタを投げるが、少し痛そうにするだけでほとんど効いていない。

「あらあら、恐怖におびえた子は意味の無いことをするのね」

「ドクター……! 助けて! ドクター!」

華は必死にドクターの名前を呼び続ける。

「ドクターは来ないさ。彼なら東棟だろ? たとえ聞こえていたとしてここまで来るのに数十分はかかる」

爪をカチカチと立てながら、二人の顔に手を近づける。

「頭は残しておくとして、どうやって殺す? 簡単に腹を一突きするか……」

「いいや、一気に頭を吹き飛ばそう。そっちの方が派手だ」

ルードとバンゴはそんな相談をしながら、爪で華の顔に触れる。

「助けて……ドクター……!」

「ドクター、ドクター! アイツだって殺すさ。お前を守れなかった怒りと憎しみと悔しさの中で死んでいく! ああ、素晴らしい! 素晴らしい!」

そしてルードとバンゴは大きく手を振りかざす。

「じゃあね、お嬢ちゃん」

 

華の頭が吹き飛ばされそうになる瞬間、二人のスリジーンは後ろから奇妙な液体をかけられた。

「一体何だこれは……なっ、お前なぜここに!?」

振り向いた先に居たのは彼の仲間、オーグだった。その手にはキッチンから取ってきたと思われる鍋を持っていた。

「何をしている。アーグと共に船を盗むんじゃなかったのか!?」

バンゴはオーグに激しく問い詰める。しかし彼は一切顔色を変えない。

「ところで今かけた液体、なんだと思う?」

オーグは二人に聞く。

「まさか、この匂いは……」

あたりに漂う酸っぱいニオイ。それが二人のスリジーンの体を覆い尽くしていた。

「酢だよ。ピクルスとかね。食堂まで行って取って来たんだ。これがスリジーンの弱点。体がカルシウムで出来てて、人体の皮を被るための圧縮のせいでさらに弱まってる。酢をかけられるとスリジーンは……」

「あっ」

その一言を残して、ルードとバーゴは爆散し、体の破片を辺り一面に飛び散らせた、死んだ。

「こうなる」

オーグは家族が飛び散ったというのに、意にも介していないようだ。

「な、なんだよ……なんで仲間を殺すんだよ!?」

ジェーンは今度は家族を殺したオーグに向かってガラクタを投げようとするが、華が制止させる。

「味方、なんでしょ? あなた……」

「味方!? どっからどう見ても仲間を殺したイカれ野郎……」

すると、オーグは突然憑き物が落ちたかのように腕を伸ばした。

「あーっ! ようやくだ、ようやく終わった! 全く六年間も……スリジーンの中だなんて!」

そう言うと、オーグは額の傷に手を伸ばした。それはさきほど見た額のファスナーと同じものだった。それが開かれると、青い光があたり一面を覆い尽くす。ジェーンと華は呆然としてその様子を見ていた。

スリジーンの“皮”を脱ぎ、そこから出てきたのは……

「僕はもう二度と! スリジーンの中になんて入らないからな! 臭いし、キモいし、2000年以上生きてきて、人生で一番最悪な六年間だった!」

「あんた、なんで……」

スリジーンの中から出てきた男。恐ろしいほど髭が生えているがその顔に見覚えはある。そう……

「やぁ久しぶり! 僕がドクターだ」

 




「あそこには僕の大事な友達がいるんだ。見殺しになんてできない!」

「アトラクシによって刑務所ごと星を焼き尽くします」

「となると、猶予はあと30分だな」

「どうしてそんなに髭が生えてるの? さっきまで生えてなかったし、どうしてここが焼かれるとかそういうことを知ってるの?」

「話すと長くなる」

「囚人の船が議会に来ました! 既に何人もこちらに向かっています!」

「私はそれを手に入れる。そして宇宙を支配する」

「六年間、僕はただボーッと考えていたわけじゃない。あらゆる可能性、あらゆる策を考えてた」

「抹殺せよ」

「破壊せよ」

「刑務所のセキュリティに侵入できるお前の力、その正体は……」

次回
GREAT JAILBREAK〈大脱獄〉


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第十話 GREAT JAILBREAK〈大脱獄〉 PART1

少し期間が空いてしまいましたが、ついに第10話まで到達しました。といってもあと少しではあるんですが
今回から刑務所編の後編です


 

「やぁ久しぶり! 僕がドクターだ」

突如爆散したスリジーン。その背後に居た彼らの仲間は、突然額のファスナーを開いた。

青い光と共にそこから現れたのは、なぜかやたら長い髭を蓄えた、見慣れた顔だった。

「ドクター……だよね?」

「ああもちろん。まさか髭のせいで分かんなかった? 事が終わったら剃るよ」

髭の中に笑顔を浮かべ、華とジェーンに向ける。

「なんでそんな髭が生えてるの?」

「ずっと剃ってなかったから。それ以外に理由あるか?」

そう言うと、ドクターは近くのガラクタから使えそうな服を探す。なんとか自分のサイズに合う物を見つけたようだ。

「スリジーンの肉を浴びたんだし、君たちも着替えたら? まぁ僕はスリジーンの中にいたんだけど」

そう言いながら彼は突然服を脱ぎ始める。

「ちょ、ちょちょちょちょっと待って! 今ここで脱がないでよ!?」

「見たくなければ後ろ向け」

そう言われ、華は後ろを向き、ジェーンに話しかける。

「私たちも着替えろって……この辺りに女性用の更衣室ある?」

「いいえありません。僕たちは基本着替えませんから」

いいぞ、とドクターの合図を聞き、二人は振り返る。そこにはボロボロの服を着たドクターがいた。髭も相まって浮浪者のようになっている。

「この服、臭いけどスリジーンの中よりマシだな」

服を嗅ぎながらドクターは華たちの方へ近づいていく。

「君が無事で良かった。ずっと心配してた」

華の横顔をそっと彼は撫でる。まるで久々に会ったかのようだ。

「最後まであなたの名前を呼んでた。けど結局来ないかと」

「最後に約束しただろ? 必ず君の元へ行くって」

そう言うと、華とドクターの二人は強く抱きしめ合った。

「ところで、なんでスリジーンの中に入ってたんだ?」

咳払いをし、そんな二人に割って入るようにジェーンが質問する。

「話すと長くなる。そんなことより今は何時?」

ドクターが華に質問する。華はスマホを開いて時間を確認するが……

「ここ宇宙だよ。私の携帯じゃ時間調べられない」

「ならそこの君だ。えーっと名前はなんだっけ……」

「ジェーンです」

「そうだった。久々すぎて忘れてたよ。それ今は何時?」

「ストームケージの時間では午後4時15分です」

「となると、猶予はあと30分だな」

ドクターは急ぎ足でガラクタ部屋の中から出ていく。

「猶予があと30分って何のこと?」

「このストームケージが星ごと焼き尽くされるまでのタイムリミットだ。宇宙空間でここを監視してるアトラクシが今エネルギーを充填してる。それを放つまであと30分だ」

「ここが焼き尽くされる!? 私たちがまだいるのに!?」

「宇宙最悪の囚人が何万人も脱獄してるんだ。宇宙最大の危機、それに比べれば僕たちの命なんてゴミみたいなものさ」

「なんでドクターがそのことを知ってる?」

「だから、話すと長くなるって言っただろ? それより大事なのはこの事態を30分以内に止めることだ。囚人の脱獄を食い止め、シャウターを捕まえる。星を焼き尽くすのは囚人を外に出さないためだ。けどその囚人が全て元に戻ったらわざわざここを焼き尽くす必要はなくなるし、僕たちも一緒に殺されないってわけさ」

ドクターはそう語りながら先へ先へと進んでいく。

「船で先に脱出すれば?」

「まだ看守たちが残ってる。見殺しにはできないし、もう脱出手段は残されてない」

船着き場へとたどり着いたドクター達。既にそこに船の姿は無かった。

「既に囚人に全て奪われたんだ。逃げ出せない以上やるしかない。ソニックドライバーも無い状態でね」

「えっ、ソニックドライバー無くしたの!?」

それを聞いて華は驚いた。

「無くしたというか、取られたというか……どちらにせよここのセキュリティのほとんどにソニックは効かない。全部この手で解決する」

ドクターは刑務所の中へと戻っていく。

「それで、まずどうするの?」

「敵と戦うために何が必要だと思う? そう、武器だ」

「武器は好きじゃないんじゃなかった?」

「武器は武器でも傷つけるための武器じゃない。作戦のために必要なものさ。それが武器庫にある」

そう言って彼は早に歩いていく。それを華は追いかけていく。

「久々だな、こうやって一緒に歩くなんて」

ドクターは華に笑いかける。

「笑ってる場合?」

「じゃないな。囚人もしくはアトラクシに殺されるのが先か、もしくは成功か。その二択だ」

 

 

助けなければ。すぐに刑務所に戻って華を助けなければ。夢の中で彼女が自分の名前を呼び助けを求めている。すぐに向かわなければ……

「華!」

「ようやく目覚めたようね」

シャドー議会。メディらに連れられ、ドクターが目を覚ましたところは既にそこであった。目の前には白い肌に赤い目の女性が立っていた。

「なぜ僕を連れてきた! 僕は刑務所に残ると言ったはずだ」

目の前に彼女にドクターは凄むが、それにひるむことなくゆっくりと話を続ける。

「あなたはこの宇宙で最も重要な人物の一人。そんなあなたをあの危険な場所に置いておくわけにはいかない」

「あそこには僕の大事な友達がいるんだ。見殺しになんてできない! すぐにストームケージに向けて船を出してくれ!」

ドクターは彼女に懇願するが、ゆっくりを首を横に振られて断られる。

「いいえ、危険すぎる。ただでさえ残ったのはあなたを含めた十数人だけ。これ以上の犠牲は出したくありません」

「その犠牲に華も含まれてる! 確かにあそこは危険だ、だけど僕ならなんとかできる! 解決できるんだ!」

「無理なこと言わないで。ストームケージは星全体に作られた刑務所。それにあなたの好きなソニックドライバーはどの機械にも通用しない。あなたが行ったところで何も変わらない」

「可能性はゼロじゃない。僕を連れていけ」

二人は互いににらみ合うが、それを見ていた二体のジュドゥーンがドクターを取り押さえる。

「残念だけどあなたの願いは聞き入れられない。それに連れていくとして共に向かう看守たちが犬死するだけですから」

女性は冷徹な顔をドクターに向ける。

「離せ!」

ジュドゥーンはそれを聞いても彼を離そうとはしない。いくらタイムロードとはいえ、タフなわけではない。すぐ彼らの力に丸め込まれてしまった。

「……分かった。分かったよ。諦めるよ」

ドクターがそう呟くと、ジュドゥーンの取り押さえる力が弱まった。その隙に振りほどいて走り出す。

「どこに行くのですドクター!」

「君たちが連れて行かないなら僕一人で行く! ターディスであの星に着陸するのは簡単じゃないが、それしかない!」

議会に置いてきたターディス。そこに向かってドクターは走っていく。

「あった!」

青い箱。ドクターの相棒は最初に来たところと変わらずそこに鎮座していた。

「さぁ待っててくれ今すぐ……がぁっ!」

ターディスに触れようとした瞬間、突然電流が走った。それどころか、ターディスに触れられない。バリアのようなものが張ってある。

「フォースフィールド……僕のターディスに何をした!?」

「それはこの宇宙で最も危険な宇宙船。もし脱獄囚の手に渡れば全ての時間と全ての宇宙が危機に晒されます」

「でもこれが無ければ刑務所の中には……」

「それで直接刑務所の中に乗り込むだなんてそれこそ危険すぎる。ターディスは我々シャドー議会の管轄に置きます」

女性がそう言うと、ターディスの周りに白いリングが浮かび上がり、それに運ばれるかのようにどこかへと転送されてしまう。

「そんな……」

「この事件の終息後、三年経った後にあなたに返却いたします」

「三年だと!?」

「たとえ刑務所を焼き尽くしたとしても、星から脱出した囚人がどこかにいる可能性はあります。それらすべてを根絶やしにし、安全が確認されるまで」

「焼き尽くす!?」

女性はやれやれという顔でドクターの方を見つめて話を続ける。

「既にストームケージは放棄状態。これ以上の被害を宇宙に拡大させないため、アトラクシによって刑務所ごと星を焼き尽くします」

「囚人ごと焼き払うってわけか。まだ華や看守たちも残っているのに」

「宇宙のためです。仕方ありません」

「なら僕がここで暴れても仕方ない。ってわけだな!」

ドクターは懐からソニックドライバーを取り出し、天井にある機械に向ける。

「僕を今すぐ刑務所へ連れていけ。でなければこの議会のバリアを全て解除させる。溢れんばかりの囚人がここになだれ込んで来るぞ」

「我々への脅迫、ですか?」

「ああもちろん。僕にとってはこんなところより華の方が大事だ。ここにはデッドロックシールが使われてない。ソニックの効果はあるはずだ」

ドクターはドライバーを振り回しながら目の前の女性と、ジュドゥーンたちへ威嚇する。

「ところで、それがソニックドライバーだと?」

「何だと? どこからどう見てもソニック……」

ドクターが振りかざしていたもの、それはただのシャーペンだった。一応身に着けていたのだ。

「無い、ソニックドライバーが無い!」

ドクターは服の中を探し回る。ポケットの中にも、襟にも無い。もちろん体に刺さっているわけでもない。

「ソニックドライバーは既にあなたが眠っている間に回収しました。今のあなたにはターディスもソニックドライバーも無い。ただのタイムロードです」

ドクターは深いため息をついた。

「ただの頭が良いだけの、エイリアンなわけか」

「その通り。我々の決定に従ってもらいます、ドクター」

女性がそう言うと、二体のジュドゥーンが再びドクターを取り押さえ、どこかへ連行していく。

 

 

「まさか、刑務所のセキュリティが全て破られるなんてな……」

シャドー議会にある休憩室の中で、クナンはミレスター・ジュースを手にメディと語っていた。

「ハイ・デッドロックシールを破るほどの力とは。これはもし次に刑務所を作るならハイ・ハイ・デッドロックシールの開発をしなければな」

彼はゆっくりとそれを飲んで苦い顔をする。

「あんな状況から逃げ出したんだ。少しは苦労のおかげで美味しいと思ったが変わらずひどい味だ」

メディに笑いかける。

「ええそうね。私もそれは苦手」

メディはポケットからコインを出し、白く丸っこい姿の自動販売機で飲み物を買う。普通のコーヒーだ。

「しかし、こんな状況になってしまったのでは我々の立場は危うい。どころかクビで済めばいいが。君なんてあそこの署長だしな」

「まったくその通り。せっかく署長になれたのにあんな事件に出くわすだなんて」

「その点、前の署長の時は問題が無かった。君が悪いってわけじゃないがね」

「ええ、前の署長の方が良かったかも。代わってもらいたいぐらい」

メディはコーヒーに口をつけて熱そうにする。

「前の署長のが良かった?」

「ええ、私なんかよりずっと良かったわ」

彼女に似合わない悲観的な発言。彼女は前の署長を嫌っていたはずだ。

「運営の点では……ね。看守やスタッフに対するパワハラはひどかった。特に私は急にリーダーを任せられたし、できなければ6時間も叱られてたよ。12時間連続で叱られた君よりはマシかもしれないがね。副署長時代はひどかったんだろう?」

男はメディに聞くが、彼女はぼやっとしてあまり話を聞いていないようだ。

「そうだったかしら? あまり覚えてないわね。酷すぎて」

そう言った途端、彼女は突然大きなオナラをした。男は嫌そうな顔で鼻をつまむ。

「ひどい臭いだ。何を食べたんだ?」

「刑務所のヘドロみたいにマズい飯よ。もう少し良いのを出してくれればいいのに」

腹のあたりを抑えながら、彼女はコーヒーを飲み干した。

「ところで……」

メディはゆっくりと彼の前に立ち、顔を近づけた。

「ここに何か囚人から奪ったものとか、そういうのがある場所知らない?」

「何だって?」

突然のおかしな質問に男は少し笑って答えた。

「ここは議会だぞ? 犯罪者から押収したものなんてほとんど無い。一応ゴミ捨て場はあるがね。まぁ私も久々に来るからあまり覚えてないが。そんなとこに行ってどうする?」

「ストームケージが焼かれるまであと30分。それまで暇潰ししようと思って」

「……まぁ私も暇だ。付き合おう」

彼と共に、メディはゴミ捨て場へと向かう。

 

 

「なぁ、すまないがトイレに行かせてくれないか?」

ジュドゥーンによって監視されている部屋。ドクターは白い部屋の中で椅子に座ってジュドゥーンを見つめ続けている。

「移動は禁止だ」

「僕を三年間もここに閉じ込める間、一度もトイレに行かせないつもりか? 君たちは行っていいのに?」

「規則だ」

ジュドゥーンはそう冷たく言い放つと、不機嫌そうな目つきでドクターを見る。

「別に僕はトイレに行くって言って逃げたりしないよ。漏れそうなんだ、なんならトイレまで付き合ってくれても良いから」

ドクターはサイの警官に懇願する。さすがにサイも承諾し、ドクターと共に近くのトイレへと向かう。

「宇宙トイレ。素晴らしいね」

ドクターはそのまま“男子トイレ”の中へと入っていく。しかしジュドゥーンはトイレの前で立ったままでついてこない。

「どうしてトイレに入ってこないんだ? ……まさか君、メス?」

「そうだ」

「なるほど。すぐに出てくるから待ってて」

見た目でオスだかメスだか分からないジュドゥーン。そんな彼女がトイレの中にまでついてこなかったのは好都合だった。

「さて、アナログな手段だがここから抜け出すか」

ドクターはトイレのゴミ箱をあさり、そこから金属片を見つけ出す。トイレの便器についているボタンを取り外し、鏡についていたガムを取り外してそれらをくっつける。

「ちゃんと清掃入ってるのか? ここ」

そんなことを呟きながら、今作った道具で天井にあるダクトのネジを外す。気づかれないように音を立てずに取り外した。

「ごめんなジュドゥーン、君は少し謹慎処分になるかも」

トイレの前で監視している彼女に申し訳なさを感じながら、ドクターはダクトの中を通っていく。

ある程度進むと、考えていた目的地へと到着した。そこは少しばかり汚い場所だ。

「ゴミ捨て場。宇宙のあらゆるものがここに捨てられてるはずだ。いくつか使えるのがあるかも」

ダクトから降り、ゴミ捨て場へと着地。古今東西、宇宙の様々な場所から集められたゴミがここにある。それらを壊さないようにゆっくりと避けながら、その中から刑務所の中へ入り込めそうなものを探そうとする。

「ソニックブラスター! 壊れてる。スリジーンの圧縮装置。何に使えと? 後は何か無いか……おーっと良い物発見!」

捨てられていたものの中に、革製の腕輪のようなものを見つける。そこには操作パネルが取り付けられている。

「タイム・エージェントのボルテックス操作器だ。これで時間移動ができる。けど待てよ、これでどうやって刑務所へ入り込む? 座標が移動できるわけじゃあるまいし、過去に行って僕に忠告する? いやいや、歴史は変えちゃいけない。これもダメか」

せっかくのボルテックス操作器を投げ捨て、再びゴミを漁り続ける。今度は何やらサーフボードのようなものを見つけた。

「これもいいぞ、エクストラポレーターだ。これなら刑務所までまっすぐ吹っ飛べる! けど壊れてる。ソニックで直せば……」

ポケットの中に手を突っ込んでソニックドライバーを探そうとするが……

「そうだ、没収されてるから直せない。まったく……」

ゴミ捨て場の中に倒れ込み、少し汚い天井を眺める。

「あと20分。それでストームケージは吹っ飛ぶ。華も……

ドクターは少しだけ諦めかけていた。いつも自分の使っている道具が一つも使えない。打つ手が思いつかない。なんとか刑務所に入り込むことさえできれば……。

「まだだ、もっといいのがあるかもしれない! 例えばターディスの部品とか……」

残り時間が尽きるまで諦めない。手が汚れようとゴミ箱の中を漁り続ける。

 




次回のチラ見せ

「嘘だろメディ、僕は君の事気に入ってたのに」


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第十話 GREAT JAILBREAK〈大脱獄〉 PART2

DWがディズニープラスに今年中に来るらしいですが、日本も含まれるでしょうか……
そこが気になりますね


ストームケージの中、囚人たちから隠れながら華達はへ武器庫へと向かっていた。

「僕たちが今いる場所は東棟。けど武器庫は北棟だ」

「北棟はこの場所からそれほど遠くありません。しかし武器庫で何を?」

「あそこには色々な備品が置いてあるし、色々探せる。それに囚人を近寄らせないための特殊な装置もある。それを利用する」

「なら武器庫は安全ってことね」

「いいや危険だ。今や刑務所全体のセキュリティが解除されてる。きっと囚人も武器を手に入れるために乗り込んでいるはずだ」

「じゃあ……武器を持った危険な囚人だらけのところに突っ込むってこと!?」

「ああその通りだ。大丈夫だ、僕たちも囚人のフリをすればいい」

ドクターは笑顔でそう答えた。

「武器庫の後は管制塔に向かう。あそこはストームケージの中で一番高いところにあるから作戦にうってつけだ」

「なら、管制塔まで良ければ今度こそ安全?」

「いや、一番の問題はその管制塔にダーレクが収容されているということと、そこにシャウターが向かってるってことだ」

「えっ、ここにダーレクがいるの!?」

それを聞いて華は目を丸くして驚いた。

「言ってなかったっけ? この刑務所は研究のために様々なエイリアンを収容してる。ダーレクもその中の一つ」

「もしダーレクが管制塔に居るなら危険です。既に全ての棟の囚人が脱獄してますし、ダーレクも例外ではないかと……」

「君は下っ端だから知らないだろうが、署長たちはダーレクの事をしっかり理解してる。最も危険な存在は他と異なるセキュリティシステムでしっかりと閉じ込めてある。だからまだダーレクは逃げ出してしてないよ」

「じゃあ、ダーレクはいるけど安全ってこと?」

「いいや、いくら別システムとはいえシャウターがそこまでたどり着けば簡単にロックが破られる。そうなれば一巻の終わりだ。ヤツはダーレクを従えてここから逃げ出す」

ドクター達は武器庫と管制塔のある北棟にたどり着いた。まだ囚人たちには見つかっていない。

「あなたの言う事が本当なら、ここはアトラクシに焼き尽くされるはず。そうなればダーレクであっても、シャウターであっても助からないはずです。僕たちもですけど」

ジェーンは肩を落として床に視線を落とした。

「ああもちろん。そのためのアトラクシだからね。でも逃げ出そうとする囚人の軍団は賢い事を考えた」

突き当りで青い顔色の囚人と遭遇した。すぐに隠れたため、気付かれることはなかった。その囚人は一人で北棟を目指している。

「彼もそうだが、ここの囚人すべてにはIDチップが埋められてる。シャウターとダーレクを除くほとんどすべての囚人にね」

「それがどうやってシャウターたちが逃げることと繋がるの?」

「IDチップには誘導装置が付いてる。仮に脱獄しようとしても見つかって牢の中に引き戻される。今は全てのシステムが乗っ取られてるからそうはならないけど」

「誘導装置……つまり、その装置から発される信号を逆転させる、ってことですか?」

「なかなか鋭いじゃないかジェーン。IDチップはヤツらの弱点であると同時に利用できるのさ。信号を逆転させればこの刑務所から別のところに行くことになる。それで脱獄成功さ」

「別のところって……どこ?」

「シャドー議会だ」

道の途中、何人もの囚人が同じ場所へと向かっていっている。既にこの辺りの警備は手薄で、もはや囚人以外に誰も見当たらない。

「様々な囚人をシャウターは操ってる。他でもない自分を守るための防御手段、そして攻撃手段としてね」

北棟の武器庫。囚人たちがそこに入っていくのを過ごしてから、先へ進んでいく。

「シャドー議会はジュドゥーンの本拠地。そこへ飛び込むとなるとタダでは済みませんもんね」

ジェーンは隠れながらドクターに質問する。

「その通り。それにシャドー議会にある、あるものを狙ってるのさ」

「あるものって?」

「僕たちが来た船、ターディスさ」

華はなるほど、という顔をした。しかし何故シャウターはターディスが議会にあると知っているのだろう。

「ヤツは僕の事を知ってる。そして僕がここに来ることも……知ってたのさ」

「会った時に聞いたの?」

「いや、あくまで僕の推測だけどね。僕がここに来てからヤツは覚醒した。少なくとも僕は原因の一つさ」

目の前に「ARMOURY(武器庫)」の文字が書かれた看板が現れた。さきほどから囚人たちはここを目指して歩いていたらしい。

「やっぱり、どの囚人もまずは武器庫を狙う。ついてきて正解だ」

そう言うと、ドクターは武器庫の中へと入ろうとする。しかし華は心配なのか一度彼を引き止める。

「本当に大丈夫? こんなに囚人がたくさんいるところに入るなんて」

「さっき言っただろ? 囚人のフリをすればいい。わざわざ囚人同士で喧嘩する必要は無いからな。ジェーン、装備を脱いでおいてくれ、看守と気づかれたらマズい」

「分かりました。一応いくつか武器を取ってきてもいいですか?」

「武器の心得あるのか? ここはセキュリティの優れた刑務所だった、撃つ機会なんてほとんど無かっただろう」

「とはいえ多少はありますよ。心配しないでください」

その言葉を信じ、ドクター達は囚人たちの詰まっている武器庫へと入っていく。

 

 

シャドー議会のゴミ捨て場。こちらのドクターは一通りゴミを漁っていたが、目当てのものは一切見当たらなかった。

「ダメだ、ここでずっと探していても時間を食うだけ!」

あまりに必要なものが見つからず、思わずこの場で大の字になる。服はゴミを漁っていたために汚れている。

「誰か来る」

地面につけた頭がわずかな振動を感じ取る。ゴミ捨て場の外から歩いてくる振動だ。ドクターは壁に隠れて様子を伺う。

そこへとやって来たのはクナンとメディであった。

「話で聞いただけだが、ここには不法に持ち込んだものも色々捨てられているらしい。けどめぼしいものなんて無いぞ」

それを聞いて、メディはゴミ捨て場を見回す。

「色々あるじゃない、ほら、これなんてエクストラポレーター。壊れてるけど直せば使えそう」

「それで高飛びでもするつもりか? ハハッ、少なくとも署長の地位からは降ろされるだろうが……」

「けど私が一番欲しい物は一つ。ターディスよ」

「ターディスだって?」

それを聞いて隠れていたドクターはメディとリーダーの前に現れる。

「あら、ドクターどうしてこんなところに?」

「トイレに行こうとして、迷ったんだよ。そこに君たちが来たものだから」

「トイレはこことは反対方向だぞ」

「方向音痴なんだ。いつもターディスにばかり頼ってるせいで」

そうはにかんで二人を見つめる。

「そう。服が汚れているのが随分気になるけどね。ところであなたのターディスはどこにあるの?」

「なんでターディスを探してるんだ?」

「暇つぶしよ。宇宙最高の技術がどんなものか知りたくて」

突然彼女がターディスを欲するとは妙だ。彼女に疑いの目を向ける。

「悪いがそれなら議会に没収されたよ。あと三年は使えない」

「あら、シャドー議会ってひどいのね」

「君はその議会の部下だろう? どこにターディスがあるか目星がついているはずだ。だというのになぜこんなところへターディスを探しに来た?」

「それは……」

メディが口をどもらせる。突然彼女がターディスに興味を持つなんて何かがおかしい。それを聞き出そうとするが……

「ドクター! ここにいたか」

後ろから現れたジュドゥーンが彼の腕を縛り上げる。

「なかなか出てこない、トイレの中を見ればどこにも居なかった。こんなところで何をしていた?」

「たぶん君の察する通りだよ。悪かった、頼むから死刑はやめてくれよ?」

「あら、目的はどうやら同じだったようねドクター」

メディは彼に憎らしい笑顔を見せる。それを見て確信した。彼女はさきほどまでのメディとは違う。

「こっちに来い! 貴様は3年間禁錮刑だ」

しかし、メディがターディスを狙う理由を伝える間もなく、ドクターはサイの警官に連れていかれてしまった。

「ドクターもトラブルメーカーだな。それで、結局ゴミ捨て場には何も無しだろう?」

リーダーの男はメディに話しかける。しかしメディは落胆していないようだった。

「そうね、ターディスは無かったし……でもこれがあった」

そう言うと、メディはゴミの中からあるものを取り出した。手のひらサイズの銀色に輝く棒のようなものだ。

「それ何だ?」

「クォンタム・ロッカーよ。これを使えば人の動きを止めることができる」

「それが何の役に立つ?」

「外で徘徊してるジュドゥーンに使うのよ。壊れてるけど簡単に直せるわ。そうね、私の持ってる“圧縮装置”の部品を使えばいいかも」

「圧縮……装置?」

リーダーの男はメディに聞いた。メディはただ不敵な笑みをこちらに向けている。

「そのためにはそうね……これを脱がないと」

そしてメディは額に手を当て、そこにどこからともなくファスナーが現れる。

「お、おい、嘘だろ……?」

リーダーの男は驚愕した。ファスナーを開いた場所から青い光が漏れ出る。

「誰か! 誰か助けてくれ!」

ゴミ捨て場の外に出ようとするが、メディは脱いだ“皮”から巨大で鋭い手を出し、彼を掴んだ。

「あ……が……っ!」

「ごめんなさいね、彼女はもう居ないの」

最後に見た景色。それはメディの体から飛び出すように現れた緑色の怪物であった。

 

 

「まったく、あなたは本当に勝手な人ね」

監視部屋で、ドクターは手錠をかけられて座らされていた。白い女性が彼の事を監視に来ている。

「ところで、トイレ行きたい時はどうすればいい?」

「今行ってきたんでしょ? 当分は必要ない」

そう言って女性は冷たい目を彼に向ける。

「何か算段でも立ててたの? ここから抜け出す方法」

「まぁそんなところさ。でもめぼしい物は無かった。ターディスの便利さについて考えさせられたよ」

そんな言葉を彼女に向け、少しだけ苦い顔を向ける。

「刑務所が焼かれるまであと何分だ?」

「あと15分よ」

「時間はもう無いな……」

ストームケージ上空。アトラクシの巨大な眼球は赤く変色している。エネルギーの充填が50%を超えてきたところだ。

「ええ、申し訳ないけどこれが議会の決定です」

「議会というより君の決定だろう?」

「私がここのトップですから」

「だから独断で決められると? 議会だというのに裁判とか、議論をせずに決めると」

「それがシャドー議会。嫌なら嫌とおっしゃればいい」

「君と違って僕にそんな権限は無い。あと14分」

ドクターは壁にかけられている時計を眺める。宇宙標準の時間を表す時計は丸いアナログな時計ではなく、四角い独特の表示がされている時計だ。

「仮にあなたが今からストームケージに行くとして、ただの犬死になるわ。もう変えられない」

「ああ、だからこうして頭を抱えているんだ。仮にターディスを取り戻した後に過去に行ってストームケージに行けたとしても、爆破されたことを知ってしまえばタイムラインが固定される。変えられない」

ドクターはうつむいて悩んでいる。

「けど、必ず方法はあるはずだ」

「そんなもの無いわ」

ビーッビーッ、二人の会話を突然警報音が遮る。

「何が起きた?」

「確認してきなさい」

彼女に命令され、部屋のジュドゥーンが一体外に出て行って様子を確認しに行く。

「シャドー議会で警報? まさか囚人でも入り込んだんじゃないだろうな」

「それは不可能。議会全体に張られたバリアはそう簡単に侵入できない。入れるのは許可を得た船だけ」

「最後の出入港記録は?」

「あなたも来た船よ。それ以降は一切入れてない」

「けど僕たちはあの脱獄のあった刑務所から来たんだ。もしその中に紛れていたら……」

「ちゃんと指紋や虹彩認証機能をつけているわ。擬態などしていたところでバレる」

「ああそうだろうな。だとしてもこの警報は何だ?」

「ただの……技術ミスよ」

「ここはストームケージに劣らず設備の点検などはしっかりされているはずだ。技術ミスなんておかしいと思わないのか?」

「一度も綻びが出ないなどということはありません」

「このタイミングでか?」

その瞬間、外から突然爆発音が聞こえた。かなり大きい。

「技術ミスで爆発することがあるとは思えないな」

「まさか……」

「大変です! 囚人が紛れ込んでいたようで……」

部屋の中へメディが現れる。随分と焦っているようだ。

「何ですって、一体どこから?」

「さっきの船に紛れ込んでた、そうだろ?」

「ええ恐らく……しかも相手の姿が見えなくて。ジュドゥーンの警官も目の前で何人か殺されて」

顔を抑え、ショックから彼女は泣きだしそうになっている。女性はなだめながら彼女から話を聞こうとする。

「それで、侵入した囚人は? 今ここに向かってきているの?」

「反対方向へ逃げています。制御室へ」

「なんてこと……、まさかバリアを解除するつもり?」

女性の顔は白いながらも青ざめた。

「けどその逆にはストームケージを含めた全体の制御室があるはずだ! そいつがバリアを解除する前に議会全体をロックすれば問題は無い!」

ドクターは椅子から立ち上がり、二人にそう言った。

「そのためにも僕の力が必要だ、そうだろ?」

ドクターは手錠を女性とメディに見せる。

「仕方ないですね。しかし途中で逃げたらいくらあなたであろうと極刑は免れません」

女性は鋭い目つきでドクターを見つめる。

「さぁ、それはどうかな」

ドクターも同じく鋭い目つきで見つめる。

「……彼女と一緒に制御室へ行ってください」

女性はカギを取り出し、それで手錠を外した。

「分かった。メディ、ここの地理は分かる?」

「ええ、そこそこ」

「分かった。それじゃあ君はまた後でだ。彼と一緒に安全な場所に避難しておけ」

そう言うとドクターはメディと共に部屋から出て行った。女性は部屋で共にドクターを監視していたジュドゥーンを連れ、別のところへ逃げていく。

 

 

「制御室の詳細な場所が分からない。教えてくれ」

議会の廊下の途中、ドクターはメディに尋ねた。

「確か……こっちよ」

メディが指さした先。それを信じてドクターは進む。

既に議会の中は混乱していた。何人かのスタッフが、ジュドゥーンに守られながら避難しようとしている。

「一体何人が乗り込んだのか。幸い僕たちは遭遇せずに制御室に来れた」

メディが行った場所へ来た。硬い鋼鉄で作られた扉を開ける。

「さてと、僕のターディスは……ダメだ、セキュリティでロックされてるから取り返せない」

制御室の中、ドクターはコンピューターを調べてターディスの居場所をまずは探る。

「それより、バリアを何とかする方が先では?」

「そうだな。さて、議会全体をロックするには……」

コンピューターをいじりながら、バリアの強化方法を探る。しかし、何かがおかしい。

「待て、これは……」

「どうかしたの?」

「議会をロックするどころか……既にバリアが破られてる!?」

モニターには「FORCE FIELD FUNCTION STOPPED(フォースフィールド機能停止)」と赤く書かれている。

「マズいぞマズい! このままじゃ議会に囚人がなだれ込んで来る!」

ドクターは必死にコンピューターをいじくり回す。そんな彼をあざ笑うかのように、メディがプッとオナラをする。

「ふざけてるのか? 僕は今ここを守るために……」

いや待て、ドクターはそのオナラ、そしてその臭いを感じて気付いた。

「今のはただのオナラじゃない。カルシウムの腐敗臭だ」

それに気づき、ドクターはコンピューターから離れ、メディから遠ざかる。

「嘘だろメディ、僕は君の事気に入ってたのに」

「それは前の彼女、でしょう?」

「侵入した囚人の正体、それがお前か」

「ご明察」

「バリアは既に破った後で僕たちのところへ来た。理由は……僕を始末するためか」

「ええ、それにこの制御室には色々なものがある。そう、例えば議会全体の機能を停止させる、とかね」

メディは近くにあった手形の操作パネルに手を載せた。その瞬間、全体が停電する。

「一番の問題はターディスが手に入れられないことね。けどターディスは頑丈でしょう? ここを全て爆破すればさすがにターディスのロックも解除されるわ」

「ここに居る人達が何人も死ぬ」

「構わないわ。だって私は……犯罪者ですもの」

そう言うと、メディは額に手を伸ばした。そしてそこのファスナーを開き、中から緑色の皮膚を露出させる。

「アーグ・ビア・フォッチ・ディラッカ・シータ・スリジーン……か」

「ええその通り。あなたはここで死ぬのよ」

メディの皮膚を完全に脱ぎ捨て、彼女はその巨大な爪をドクターに向ける。

「議会全体とこの制御室のコンピューターは別システムになってる。だからまだ電気が通ってる」

「それがどうしたの?」

彼女がそう聞いた途端、ドクターは突然彼女の腕を掴んだ。

「電気を直接流せる」

彼女の腕を機械に突っ込ませた。壊れた回路からは電気が流れ、彼女の体を痺れさせる。

怯んでいるその隙に、すぐさま制御室の外へと出ていく。

「侵入した囚人を見つけた! こっちだ!」

ドクターが大声で叫ぶと、近くのジュドゥーンが集まり制御室を包囲した。

「協力感謝する」

「君たちから褒められるなんて嬉しいね」

ドクターとジュドゥーンが言葉を交わしていると、制御室からスリジーンが現れた。

「君はもう包囲されてる。これ以上悪さはできない」

ジュドゥーンの持つ銃の照準が、全て彼女に向けられている。しかし彼女は手を上げて降参するどころか笑っている。

「これはこれは……どうやら私の負けみたいね」

「その通りだ。降参しろ」

ドクターがそう言うが、彼女は余裕そうな態度を改めない。

「彼らが私の事をしっかり撃てれば、の話だけどね」

そう言うと、彼女はその爪を突き立て、ドクターに襲い掛かる。なぜかその様子を見てジュドゥーンが彼女に攻撃しない。

「どうしていきなり動かなくなった!?」

「これよ。クォンタムロッカー。これでジュドゥーンの動きを封じたの。種族ごとにしか使えないからあなたを止められなくて残念だわ」

爪を立て、思いきりこちらに振り下げてくる。なんとか躱す。

クォンタムロッカーが使われたのならここのジュドゥーンは全て使い物にならない。だとすれば、彼女も危ない。

「既に何人もの囚人が逃げてる。そしてここには色んな技術が眠ってる、最高の場所ね」

「ああその通りだ。全く最悪だ」

ドクターはそう言って奥へと逃げていく。それを見てスリジーンが追いかけていく。

 




次回のチラ見せ

「ドクター、我らソンターランの敵!」


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第十話 GREAT JAILBREAK〈大脱獄〉 PART3

気付いたら前回から十日以上も経っていましたね。遅れてすみません。
そういえば50話を突破していました。100話も意外といけるのかな・・・


 

「私はソンターラン帝国、第五十四艦隊のストライク! 我らをここに封じ込めた憎きシャドー議会に我々は宣戦を布告する! 決してソンターランは彼らには屈しない!」

武器庫の中で、ジャガイモのような頭をしたエイリアンが武器を取り、互いを鼓舞しあっている。

「ソンターハ! ソンターハ! ソンターハ!」

そんなジャガイモ頭たちはこれからの戦いに興奮しているのか、かけ声のようなものを上げている。

「あいつらは何なの?」

銃や剣、バズーカなどの陰に隠れながら、華たちは彼らを眺めている。

「ソンターラン。戦争好きのエイリアンでね。戦争で負けたヤツらがここに捕まってたんだ」

「本当、エイリアンの動物園って感じ」

3人はソンターランに気づかれないよう先へと進む。

「あと20分。いよいよ時間が無くなってきました」

ジェーンが不安そうな声を上げる。

「しかもこんな囚人たちの中を進むだなんて……」

武器庫の中には、ソンターランだけでなく様々な囚人たちが集まってきていた。ここで武器を調達し脱出するのが目的だ。だが彼らはここが20分後に火の海になることをまだ知らない。

「囚人同士で喧嘩はするだろうけどこちらから手を出さなければ平気さ。僕たちを囚人の一人だとみんな思ってる」

囚人たちは、ドクター達の事を気にもせず通り過ぎていく。

「作戦に必要なモノ、それはシャウターを止めるためのものだ。それが武器庫にあるはずなんだけど……」

すれ違う囚人たちと目を合わせないように進んでいく。ここには危険なエイリアンばかりなのだ。

「あった、拡散型音響兵器だ」

ドクターが遠くに置いてあるそれを指さす。それは赤く光っている。

「音響兵器?」

「音で破壊する兵器さ。あれが必要なんだ、取ってこないと」

華を置いて、ドクターがお目当てのものへと一直線に進んでいってしまう。ジェーンはなんとか追い付いている。

「ちょっと待ってよドク……」

華が彼を追おうとした瞬間、目の前にいた背の高いエイリアンにぶつかってしまう。グレイ型エイリアンの見た目で、囚人服を着ている。

「あ、あの……ごめんなさい」

そのエイリアンは口のようなものを開いてこちら側の顔を覗いてくる……

「ひぃ……! ド、ドクター! ドクター!」

「何だ、どうした?」

彼に目を向けた途端。目の前からそれが消えていた。

「ガンでも飛ばされたか?」

「え? 別になんでもないよ」

今何かに襲われかけていたのに、華は一切気にしていないようだ。まるで今あったことが無かったかのように。

「何もないなら心配ないな。お目当てのものは手に入った。ほら、これ」

赤く光る、丸い卵のような機械だ。

「音で破壊するって、刑務所をぶっ壊すとか?」

「そんな野蛮な使い方はしないよ。シャウターへの対抗策さ。少し改造すれば……」

「ドクター……!」

突然、エコーのかかったような声が辺り一面に響き渡る。

「この声は……前に聞いたことあるな」

「ドクターだ、ここにドクターがいるぞ」

武器庫の中の机の上に、それは立っていた。背が高く、頭の大きいグレイ型のエイリアン……

「そう、そうだよドクター! 今私にアイツに襲われそうになって……」

「サイレンスだ。目を離すとそいつの記憶を失う」

サイレンス、と呼ばれたエイリアンはまるで演説をするかのように叫ぶ。

「我らの敵が、ここにいるぞ!」

サイレンスがその巨大な指をドクターに向ける。その瞬間、武器庫は一瞬の静寂の後、囚人たちの持つ武器がドクターを狙った。

「なるほど、ここには僕の知り合いがたくさんいるわけだから……看守の服着てなくてもバレる可能性があったな」

狙われた恐怖からか、華とジェーンはドクターの腕を掴む。

「ドクター、我らソンターランの敵! 何度貴様に我らの邪魔をされたか……!」

ジャガイモ頭のエイリアン、グレイのような背の高いエイリアン、骸骨のような鎧を被った兵士、顔中に獲物の歯を付けている怪物、ゾンビのような見た目をした修道士……とにかく、誰も彼もドクターに対し憎しみの眼で見つめている。

「や、やぁみんな久しぶり! って言っても直接じゃなくて伝説とか童話で僕の話を聞いたのもいると思うけど……そう、僕がドクターだ」

それを聞いてドクターに銃を向けているエイリアンは一斉に怒りの声を上げる。

「貴様を殺せば私は宇宙の英雄となれる!」

ソンターランの一体が銃を掲げた。

「ちょっと何言ってるの!? こんな状況じゃどう考えても殺されるでしょ!?」

華が自分を誇示するドクターに抗議するが、彼は余裕そうな表情だ。

「心配するな、ヤツらはあらゆる方向から僕を狙ってる。つまり……」

「ドクターを殺せ!」

ジャガイモ頭が銃を放つ。

「伏せろ!」

その合図で華たちは一斉に伏せて攻撃を避けた。避けられた弾丸は反対側に居た修道士に当たる。それに反撃するかのように、彼らもまた攻撃をする。

「貴様らは我らソンターラン帝国に宣戦布告をした! 殲滅する!」

その瞬間、ドクターを狙っていたはずの囚人たちは互いに殺し合う戦争を始めた。弾丸や閃光が武器庫の中を覆い尽くす。

「これも作戦のうち!?」

「まさか、イレギュラーだよ! けど良かった、互いに潰し合いを始めたおかげで僕の話は終わった!」

「二人とも大丈夫ですか!?」

囚人たちの間からジェーンが銃を持って現れる。

「僕たちはなんとか平気。すぐに出るぞ!」

武器庫の中で始まった戦争の中をかいくぐり、なんとか武器庫の外へと逃げ出すことが出来た。

「ジェーン、ロックを!」

「ああ、今やってる!」

武器庫のロックは手形でできる。ジェーンは操作パネルに手を載せて武器庫のドアをロックする。

「これでヤツらは出れない。中で戦争もおっぱじめたし、それに夢中で出れないことにも気づかないだろう」

「けどシャウターがここに来たら開くかもしれません」

「その場合は……全滅してることを祈ろう」

なんとか武器庫から目当てのものを手に入れて一同は安堵する。

「これを管制塔のメインコンピューターに取り付けて、発信される信号でこの刑務所全体を覆い尽くす。そうすれば万事解決ってわけだ」

赤く光る機械を華に見せる。

「そんな簡単に上手くいきますか?」

「ずっとイメージトレーニングしてたからきっと平気さ。それとこれも。この機械持ってるせいで手がいっぱいだから、君が持っていてくれ」

そう言うと、ドクターは黒い長靴のようなものを華に手渡した。

「これ何?」

「詳しい話は後。時間が惜しい」

武器庫を離れ、一同は管制塔へと向かう。残り時間は15分だ。

 

 

シャドー議会。突然ジュドゥーンの動きが止まったことに彼女は驚いていた。

「どうしたのです、早く歩きなさい」

動かないジュドゥーンを強く叩くが、怒りもしなければ何の反応も無い。

「一体何が……」

「おーい! マズいことになったー!」

突然後ろから叫ぶ声が聞こえてきた。ドクターだ。

「ドクター、なぜここに?」

「話はまた後で、既に囚人がここに入り込んできてたんだ! メディの皮を使ってね」

「一体どういう……」

今度は奥から緑色の怪物が叫びながらこちらに向かってきている。スリジーンだ。

「なぜこんなところにスリジーンが!?」

「今言わなかったか? とにかく逃げるぞ!」

「でも彼が!」

彼女は動かないジュドゥーンに指さす。まるで凍ったように動かない。

「ヤツの仕業でジュドゥーンは全て使い物にならない! 他に警備はいないか?」

「こんな事態は想定していません! 指令室の警備以外は全てジュドゥーンで……」

「なら指令室に向かおう! それにここのバリアは既に解除されてる!」

「何ですって!?」

「いいから逃げるぞ!」

彼女の手を引き、ドクターはこの先にある指令室へと向かう。

「かわいいかわいいドクター、私の手で引き裂いてあげる!」

爪をカチカチと鳴らしながら、こちらへと向かってくる。スリジーンの体は大きい。二人よりも歩幅は広く、着々と二人と距離を詰めている。その巨大な手も含めればすぐに狙えそうだ。

指令室では、突然バリアが解除されたことに大きく混乱していた。

「一体何が!?」

「バリアが解除、ストームケージから来たいくつもの船がこちらに向かっています! 止められません!」

「ジュドゥーンの警備は!?」

「突然、全員が停止しました! 一体何がどうなって……」

オペレーターの女性の一人が、こちらに向かう二つのシグナルを見つける。

「何者かがこの指令室に向かっています、アーキテクトと……ドクターです」

「ならすぐに開けるんだ!」

指令室のリーダーはオペレーターに命令をする。しかし彼女はその後ろを追う人影に注意した。

「しかし、何かが二人を追っているようです! 少なくとも議会の人間ではないのは確か」

《いいから開けなさい!》

指令室に女性の声が響き渡る。それを聞いてすぐさま扉を開く。

そしてその隙からドクターと女性が入って来る。

「この扉は頑丈?」

「ええ、スリジーンには破られない程度に」

「それは良かった」

そのことを聞いてドクターはソニックの光を扉に当て、扉は強く閉まる。なんとかスリジーンから逃げきることができた。

「ここが指令室か! なかなかいい場所だ。いい機械も揃えてるし」

「ドクター、一体何が起きたのです? アーキテクト、無事ですか?」

「ええ、なんとか」

「アーキテクト? アンタの名前?」

ドクターは彼女にそう質問する。

「ええ、私の名前よ。知らなかった?」

「初めて知った。いつもアンタとかアナタとか君とでしか呼んだことがなかったから」

「あなたも同じでしょう?」

「確かにそうだ。それより議会周辺の様子はどうなってる?」

ドクターは指令室の前方へと歩いていく。大きなモニターからはストームケージ、そして議会周辺が映像で映し出されている。

「ストームケージの焼却処分まであと10分か」

「それ以上の問題が今はあるでしょう? 囚人がここになだれ込んで来る」

「それも大問題だな。ただでさえ華を助けに行かないといけないのに……」

「今は囚人たちをなんとかしなければ。ここの技術が彼らに奪われれば宇宙全体の危機となります」

「とっくのとうに宇宙の危機さ。ここに向かってる船は何隻?」

「およそ100隻」

「一隻につき100人以上は乗ってるな。監視役のアトラクシは何やってる? ああいうのが逃げ出すのを取り締まるのが仕事じゃないのか?」

「エネルギーの充填中でしたから、それにまさかここのバリアが破られるとは想定してませんでしたし」

「それは僕も想定してなかった。解決手段は?」

「バリアさえ張れれば侵入は止められます。しかしこの指令室ではできません、制御室でないと」

「制御室のコンピューターは破壊された。直すのに最低でも10分はかかる。時間が無い。そうだ、ストームケージに行くのはどうだ?」

「またそれですか……」

「華を助けるのももちろんだが、管制塔に行けば囚人に取り付けられているIDを作動させて全員を牢屋の中に引き戻すことができる。シャウターはIDが無いから例外だけど、それ以外は解決できるはずだ」

「それで、ターディスを返せと言うんですね?」

「もちろん。じゃなきゃここも陥落、宇宙に甚大な被害が起きる」

「しかしターディスがもし囚人に奪われたら? 宇宙どころか時空にも被害が出る。そんなことは許可できません」

「どちらにせよ陥落したらターディスも奪われるだろ?」

「もしここの維持が不可能になった場合はターディスもろともここを廃棄、爆破します。そのための機能もここには一応ありますので」

「なるほど……、さっきから爆破したり焼却することばかりだな! どちらにせよストームケージに向かえなきゃ話にならない! ターディスがダメならそこまでの船を用意してくれ!」

ドクターがそう言った瞬間、爆発音が遠くから響き、指令室も大きく揺れた。

「囚人の船が議会に来ました! 既に何人もこちらに向かっています!」

「この状況じゃ、船を取りに行くことはできませんね……」

「ならどうする? ここを爆破するか?」

「……ええ、最悪の手段ですが」

「けどそんなこと君は望んでいないはずだ。そうだろ?」

「……」

「ならやることはただ一つ。入って来た囚人をなんとかして刑務所に追い返す。そしてストームケージから華を助け出す!」

「あくまで理想論。どうやってするのです?」

「それを考えている最中だ。えーとえーと……」

「囚人が指令室に近づいています! なんとか侵入は止められますが、時間の問題かと」

「よし! ゴミ捨て場だ、あそこにエクストラポレーターがあった、あれを使えばストームケージに突っ込んでいける! 修理が必要だ、ソニックドライバーくらいなら返してもいいだろ?」

「ええ、そうですが……今は別の所に置いてしまっていて、持っていません」

「何だって!? ああまったく……、じゃあ何か代わりになりそうなもの、持ってない? 誰でもいいからくれ!」

それを聞き、オペレーターの一人が壁に取り付けてあったものを外し、ドクターに手渡す。

「レーザードライバーです。ソニックほど万能ではありませんが……」

「いいね、レーザーが出るスクリュードライバーか。いい思い出はあんまり無いけど……ありがとう」

レーザードライバーを受け取り、ドクターは指令室の扉へと向かっていく。

「あとは全部僕に任せて君たちは指令室に居てくれ。本当に最悪の状況になったら、自爆してよし。分かった?」

「あなたに任せるのは心外ですが、本当に上手くいくのですか?」

「さぁ、それは神のみぞ知るね。じゃあ生きてたらまた会おう」

そう言うと、ドクターは外へと走っていき、指令室の扉は固く閉ざされる。

 




次回のチラ見せ

「まさか……こんな外に出て、あれを起動するってわけ!?」


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第十話 GREAT JAILBREAK〈大脱獄〉 PART4

更新ペースが下がって来てますが、失踪してるわけではないのでご安心を……


 

残り14分。ドクターと華とジェーンは管制塔にたどり着いていた。

「これがメインコンピューター。これに取り付ければ……よし、完成!」

赤く光る機械を操作盤に取り付けると、光る機械が何やら奇妙なフィールドを発生させた。

「これで解決?」

「いいやまだだ。これが刑務所全体を覆い尽くすまであと10分ある。その後に発動しないと意味がないね」

「あと10分!? でもあと15分ぐらいでここが焼かれちゃうんじゃ……」

「4分もあれば十分さ。あとはシャウターがダーレクを解放しないように見張りながら、囚人たちを牢屋の中に引き戻す! それで10分経ったらこれを発動だ」

ドクターが取り付けた機械をポンポンと叩きながら髭の中に自慢げな顔を見せる。

「囚人たちを引き戻すって、どうやるの?」

「管制塔はストームケージの中心にある。だからあらゆるシステムがここにあるんだ。けど囚人を引き戻すシステムは厳重だし、何よりも囚人にその存在がバレちゃいけないわけだ。となると管制塔のどこにあると思う?」

「すっごい地下?」

「逆だ。外にある」

そう言うと、ドクターはモニターで外の様子を見せる。吹き荒れる嵐の中に、一つの電波塔のようなものが立っている。そしてその横には操作盤のようなものが。

「まさか……こんな外に出て、あれを起動するってわけ!?」

「囚人たちも危険な外にそんなシステムがあるなんて思わないだろう? 作った人はずいぶんと賢いよ。心配するな、僕が行くから」

そう言うと、モニターを閉じて再びキーボードをいじり始める。

「そういえば、一つだけ聞きたいことがさっきからあるんだけど」

そう言うと、華はドクターに顔を近づけた。

「どうしてそんなに髭が生えてるの? さっきまで生えてなかったし、どうしてここが焼かれるとかそういうことを知ってるの? それに6年間って一体……」

今目の前にいるドクターはスリジーンの中から現れた存在だ。確かに彼はドクターだとは分かる。けどなぜ彼の様子が先ほどと違うのか。それがどうしても気になって仕方なかった。

「話すと長くなる」

「それはもういい。10分あるでしょ? 一体何があったの? 教えて……」

そんな中、管制塔の下から、誰かが上がって来る音が聞こえてくる。

「ジェーンにダーレクの監視を頼んだんだ。たぶんまだシャウターはここに来てないと思うけど」

向かってくる足音はかなり急いでいるように聞こえる。その予想は正解。目の前に現れたジェーンは息を切らしている。

「み、見て来たんだ、けどダーレクがいなくて……」

「何、ダーレクがいない!?」

ドクターはすぐさま管制塔に取り付けられているモニターでダーレクが収容されている部屋を見る。そこにダーレクの姿は既に無かった。

「嘘だろ、予想以上にヤツの動きが早いな……」

「どうするの!? ダーレクが外に出たって……」

「シャウターの手中に入ったなら最悪だ、けど僕は賢い」

そう言うとドクターは突然走り出し、部屋の中から出て行った。

「ちょっと、どこに行くの!?」

「六年間、僕はただボーッと考えていたわけじゃない。あらゆる可能性、あらゆる策を考えてた。ダーレクが逃げ出す可能性もしっかり視野に入れてた。まぁ最悪の状態だからなるべく来てほしくなかったけど」

彼はそのまま管制塔の下へと向かっていく。

「それでどうするの? ここにはヤマタノオロチも何も……」

管制塔の一番下、つまり入口へ辿り着いた瞬間、突然走っていたドクターが目の前で立ち止まり、華は彼にぶつかってしまう。

「ようシャウター、って僕が名付けたんだった」

そこに居たのは四つの目と二つの耳、二つの口を持つ怪物シャウターであった。囚人たちにジュドゥーンなどを侍らせながらドクターの前に立っている。

「君の本名はまだ聞いてないな。喋れるようになったなら教えてくれ、名前は?」

「ドクター、お前がドクターか」

「だから名前を教えてくれよ。言う気が無いならそれでいい。けど僕に確認する必要はないだろ? 前に会ったはずだ。いや、君からしたらついさっきか。ハロー」

ドクターは彼に臆することなく手を振る。ジェーンと華は目の前に凶悪な囚人が現れたの事をただドクター越しに見ているしかなかった。

「お前がここに来た目的はダーレク。そうだろ? 仲間を集めて脱獄とは随分考えたものだな」

「ダーレクは私にとって最高の戦力。これさえあれば敵は居ない。貴様に“箱”を奪われることもない」

「箱、だと?」

シャウターは四つの目を睨ませながら、ドクターを見つめる。

「箱とは一体何だ? 箱……」

箱。その単語を聞いてあることを思い出した。江ノ島、オオタイリクガメから聞いたあの事。

『……箱だ、箱が失われた』

『とても危険な箱だ。この宇宙全体の危機だ』

「箱とは、失われた箱のことか?」

ドクターがシャウターにそのことを聞く。

「それは戦争の中失われた。史上最大の兵器。宇宙を支配することも、破壊することもできる」

「話を聞く限り随分と危険な箱だな。パンドラの箱ってところか」

「私はそれを手に入れる。そして宇宙を支配する」

シャウターは腕を広げ、広がる宇宙を自らのものにせんという野望を語った。

「なるほど、それじゃあ二つ目の質問だ。なぜ僕のことを知ってる?」

「私は裂け目の向こう側の箱を目指してやってきた。そこへ至る途中、お前の名前が頭に響いたのだ」

「裂け目が、僕の名前を?」

二つの口をニヤリとさせながら、変わらずドクターを見つめ続ける。

「そしてお前が最大の脅威だということも知った。お前がここに訪れたのなら、それは私が動く合図。ドクター、貴様を殺す」

「そうかそうか、正体の分からない奇妙な存在に殺されそうになるだなんて、僕は本当に運が悪いな」

ドクターはそんな風におどけながら、後ろにいる華へ小声で合図を出す。

「さっき僕が渡したあの靴を履け」

「どうして?」

「マグナクランプシューズだ。どんな状況でも足をくっつけさえすれば吹き飛ばされることも動くことも無い」

「えーっと、それってどういうこと?」

「君に一番大事な仕事を任せる。外に出て管制塔の一番上の塔に行け。そして囚人たちを引き戻してくれ」

「えっ、私が?」

「僕が注意を引いてる間にやってほしいんだ。それにコイツらが目の前に現れたなら、囮は僕が一番ふさわしい」

「分かったけど……」

「ジェーン、外への扉へ案内してやってくれ。それと、地下に何でもいいから敵を誘導してくれ」

「わ、分かりました……」

そう言うと、ドクターは突然手を大きく上げる。

「何の話をしていた?」

シャウターが訝し気にドクターに聞く。

「僕がすることといえば決まってるだろ? お前を倒し、そしてこの大脱獄を止める作戦を二人に伝えてたんだ」

「自らそんなことを言うのか? お前は見た目ほど賢くはないようだな」

「まさか、僕はすごく賢いよ。こうやって時間稼ぎをしてるんだ」

そう言うと、ドクターは近くにかけてあった時計を眺める。

「装置の起動まであと7分。3分も時間を稼げたね。それと、今僕の後ろには華とジェーンがいる。そして二人の後ろにあるのは、管制塔だ。行け」

そう言うと、ドクターの後ろから華とジェーンが走り出して行った。二人はそのまま管制塔の上層へと戻っていく。ドクターは二人が無事行ったのを見届けると、操作盤をいじって扉を閉めた。シャウターたちが管制塔へと行けないようにするためだ。

「何をするつもりだ、ドクター」

「今言わなかったか? お前を倒す作戦だ」

「扉を閉めて彼らを守ったつもりか? 私にはこれがいる」

シャウターがそう言うと、彼の後ろから見慣れた金属の怪物が現れた。青く光る一つの目。ダーレクだ。

「ダーレクまで操れるだなんて。お前はずいぶんと不思議な能力を持ってる」

「すべては箱を手に入れるためだ。ダーレク、殺せ」

「……抹殺せよ」

ダーレクはいつものように高らかにではなく、静かにその言葉を発した。

「待て待て! そう急ぐな! シャウター、ダーレクは確かにとても強力な存在だ、だけどそんなヤツにも弱点がある、なんだと思う?」

「彼らには弱点など存在しない。この宇宙で最大の武器だ。私とてそれぐらいは知っている」

「なら教えてやろう、ダーレクの弱点、それは僕だ」

「どういう意味だ?」

「つまりヤツの天敵ってわけ。そんな天敵と対峙させるなんて、失敗だね」

そう言うとドクターが突然その場でジャンプした。

その瞬間、突然彼の下の地面が消え、そのままドクターは地面の中へ落ちていった。

「なんだこれは……!?」

シャウターは突然ドクターが消えた深い穴を眺めていた。

「まさか、緊急避難用の通路か……、だが逃がさない、行け」

それを聞き、ダーレクは静かに穴の中へと消えていく。

「私はこの手で彼らを殺すとしよう」

目の前の管制塔への扉を開くため、シャウターは再び吠え出す。

 

 

管制塔の中、ジェーンは華を外に出すため、操作パネルを操作している。

「本当にこの靴大丈夫なのかな……」

「マグナクランプシューズ、聞いたことはありますけど実際どうかは……」

「じゃあ試しに……」

黒いその靴を履いて、試しに壁に足をかけてみる。そうすると、なんとそのまま壁に足がくっついて、そのまま歩くことができる。

「すごい! まるで反重力ブーツって感じ」

「反重力ではなく、触れたところの質量を0にしているんです。だから重力や風を無視できるんです」

「んー、よくわかんないけど、これがあればどんな強風の場所でも吹っ飛ばされないってことだよね?」

「そんなところです」

ジェーンが扉を開くためのコードを入力している最中、部屋の中に警報音が響き渡る。

「このままじゃ扉が破られる! 少ししか時間が稼げない」

「なら早く行かないと、外への扉開けて」

コードの入力が終了し、屋外へと続く道が開かれる。そこからは恐ろしいほどの強風が入り込んで来る。ジェーンは吹き飛ばされないよう、壁でそれを遮りながら操作盤を操作する。

「本当にここの外行くって事……!?」

ゆっくりと外へと出ていく。既にこの時点でも下が見えないほど高い。しかし目指すべき場所はもっと高い。

「大丈夫ですか?」

「だ、大丈夫なはず。私別に高所恐怖症とかじゃないし……。でもこれはさすがに高すぎるかも……」

あまりの高さに、少し後ずさりしてしまう。しかしこのままできなければ自分は死んでしまう。だからやるしかない。大丈夫だ、こんな苦難なんていつも乗り越えてきた。この程度、どうってことない。

「きっとドクターもいつもそう思ってるんだろうな」

いつも最大のピンチを前にして、ドクターは時に笑いながら、物事を解決していく。きっと今回も同じように乗り越えられると思っているからこそ、余裕があるからこそ成功にたどり着くのだろう。

「なら、今回だって行ける!」

華はその言葉と共に吹き荒れる嵐の中へと飛び込んだ。そして建物に取り付けられているハシゴに手をかけ、登り始める。

「もう侵入を止められない……! 僕が囮になります! 華さんは気にせず上へ!」

「分かった! 任せておいて!」

最後にジェーンとその言葉を交わし、華は上へ上へと登って行く。

管制塔前、シャウターはその叫び声で扉のロックをついに解除した。

「行け」

シャウターが命令すると、一体のロボットが管制塔の中へと入っていく。それに続いてシャウターが先に進んでいく。

「エレベーター、エレベーター……これだ」

管制塔に取り付けてある小型のエレベーター。一人用ではあるが、これは無事に使えるようだ。早く移動しなければヤツらがここに来てしまう。

「追い詰めたぞ。あの女はどこへ行った?」

しかし、既にシャウターたちは来ていた。一番前に居るのは三本足の奇妙なロボット。そのロボットの顔は機械というより、怪物らしい見た目だ。

「さぁ、僕はよく知りません。僕を殺すつもりですか?」

「どちらにせよ死ぬだろう? それが少しばかり早いかどうかの違いだ」

そう言うと、シャウターは目の前のロボットに命令する。

「そいつを殺せ」

「対象ロックオン、解決策、破壊」

ロボットはそう言うと、銃口を彼に向ける。

「殺せるなら殺してみなよ」

ジェーンがエレベーターのボタンを押し、扉が閉まる。しかしロボットの銃は威力が高いのか、その扉を貫通する。当たらないよう体勢を低くする。

「ついてこい!」

ジェーンがそう啖呵を切り、エレベーターのロックを解除させる。するとエレベーターはそのまま重力に釣られ下へと落ちていく。

「さっきから誰も彼も逃げてばかり。私と戦おうとしない」

シャウターは不満げにロボットに命令すると、そのロボットはエレベーターの扉をこじ開け、そこから落ちてジェーンを追いかけていく。

「だがもう全て終わりだ。全てが私の手の中にある。彼らは逃げられない」

《逃げられない? いいや、逃げる必要ないだけさ》

突然、管制塔の中にドクターの声が響き渡る。

「ドクター!?」

《無線で管制塔に放送してる。管制塔の地下からね》

「私と話している間に、貴様を殺そうとダーレクが来るぞ」

ダーレクはさきほどドクターを追っていった。こんなことをしていても途中でダーレクに邪魔されるはずだ。

《ああ知ってるよ。今逃げながら話してるところ……うわっ!》

ダーレクに襲われたのか、ドクターが叫び声を上げる。しかし間一髪、死んではいないらしい。

「何のつもりだドクター、私と最後に話したいのか?」

《そんなところだ。お前は自分が優れていて、計画が全て上手くいっていると勘違いしてる》

「何だと?」

《お前は最大にして最悪のミスを何回も犯してる。例えばそう、今地下にダーレクを送り込んだこととかね》

シャウターは耳を澄まし、無線の先の音を確かめる。

 

「ドクター! これでいいんですか!?」

「ああ大丈夫! 完璧だ!」

地下でドクターとジェーンは合流していた。ドクターはダーレクに追われながら、そしてジェーンはロボットに追われながら。

「例の敵、引き付けてきた?」

「ええもちろん! ほら!」

ジェーンが後ろを指さす。そこには三本足を持った、腕が銃となっている奇妙なロボットがこちらに向かっている。

「いいね、スコヴォックス・ブリッツァーだ。やはりシャウターの手の内に落ちてたか。まぁそこそこいい兵器だし、見逃すはずがない」

「アレでどうするんですか!?」

ジェーンはさきほどドクターに言われた通り、スコヴォックスブリッツァーをおびき寄せたがドクターのここからの作戦を何も聞いていない。

「スコヴォックスブリッツァーは戦争のために作られた破壊兵器だ。僕の後ろから追いかけて来るアイツとよく似てる」

ジェーンはドクターの後ろを見る。ダーレクがこちらへ向かってきている。

「どういう作戦なんですか!? このままじゃ挟み撃ちですよ!?」

「僕が何の策も無しに、挟み撃ちにされると思うか? ほら、武器庫でのこと思い出して」

ドクターはジェーンと背中合わせにダーレクの方を向く。反対側からはスコヴォックスブリッツァーが迫る。

《どちらも私にとって最高の兵器だ。ソニックドライバーも持たない貴様には何もできまい》

無線の向こう側でシャウターがほくそ笑んでいる。この状況は勝ったも同然だ。

「確かに、ソニックドライバーを持ってないからダーレクもスコヴォックスも止められない。けど止める必要なんてないんだ。それに言っただろ? お前は最大にして最悪のミスを犯したと」

《ダーレクにお前を追わせたことがミス? それのどこがミスなのだ?》

「お前は何回もミスを犯したと言っただろ? もう一つのミスは反対側にスコヴォックスを向かわせたことだ」

二つの殺人兵器が、二人に照準を向ける。

「抹殺せよ」

「破壊せよ」

二つの銃口から撃たれた弾が、挟まれた二人に近づいていく。

「伏せろ!」

ドクターはジェーンにかぶさり、二人は弾を避けるために体を伏せる。

放たれた弾は追尾性ではない。そのまま二人が避けた弾は反対側の相手に衝突し……大きな音と炎、そして断末魔を上げながら、二体の兵器はそのまま破壊された。

「はぁ、はぁ……、まさか、相打ちさせるつもりで?」

「ああもちろん。上手くいくかは……半分半分だったけど」

《どういうことだ、私のダーレクが!?》

無線の向こう側でシャウターは焦っていた。声からしてそれが分かる。

「言っただろ? お前はようやく手に入れた最大の武器を二つ使い、そして破壊させたんだ」

《バカな……》

「あ、そうそう。お前が犯したミスはまだある。それは僕に6年間考える期間を与えてしまったことだ」

《6年間、だと?》

「ああ。僕はこの6年間ずっとこの大脱獄をどう解決するか考え続けてきた。それだけではなく、お前の正体、そしてその力がどのようなものかもずっと考えてきた」

《6年間……一体どういうことだ? お前はさっき私の収容施設へ来たドクターではないのか!?》

「それは昔の僕。そして今お前と喋っているのは今の僕だ。あれから6年経った」

「ちょっと待ってください、それってどういうことです?」

そのことを聞かれ、ドクターはつい笑みをこぼす。

「本当、最悪な手段だったけどね。でもシャドー議会に連れていかれて成す術も無かった僕の前に、最高のチャンスが巡って来た。他でもない、君のおかげでね。シャウター」

シャウターは無線越しでもドクターが今笑っていることが分かる。

《私がお前に何をしたんだ!? 教えろ!》

「僕に6年間という猶予を与えた最大のミス、それはここの囚人を全て脱獄させたことだ。しかもその中にスリジーンが紛れ込んでた。そして今そのスリジーンはシャドー議会を襲撃している。僕がいる、シャドー議会にね」

 




次回のチラ見せ

「まさか僕に、メロスになれと言うのか!?」


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第十話 GREAT JAILBREAK〈大脱獄〉 PART5

今回のエピソードも終盤戦。果たして刑務所の中に現れたドクターの正体とは?


 

スリジーン、そして囚人たちが乗りこんできたシャドー議会の中、ドクターはゴミ捨て場を目指して進み続けていた。

既に議会の中は大荒れ。あちらこちらが破壊されており、指令室が最後の砦と言える。

「ゴミ捨て場まではもうすぐ。あとは囚人に出会わなければ……」

目の前には誰も居ない。走ればすぐにゴミ捨て場へと着くことができる。あとは勢いをつけて……

しかし、足を動かす前に何か不穏な気配を感じ取った。冷たい空気が上の方から流れてくる。気配は間違いなく上にいる。

「こんなところで何してるんだい? ドクター」

巨大な爪が顔のすぐ横にある。スリジーンが天井にぶら下がり頭上にいる。

「お前らを何とかするために動いてる最中だ」

「そう。なら死ね」

スリジーンの巨大な爪が顔を引き裂こうとするその前に走り出す。ゴミ捨て場は近い。

「逃げるなドクター!」

「黙って殺されろとでも言うのか? 嫌だね」

そう言ってドクターはゴミ捨て場の中へ駆け込んだ。彼女が入ってこれないように到達する前に扉を閉める。しかしソニックドライバーが無いため、厳重なロックはかけることができない。

「持ってあと3分か」

ドクターはゴミ捨て場の中からお目当てのエクストラポレーターを探す。しかし、既に他の人がここを荒らしたらしく、簡単には見つからない。

「おいおい、どこに行ったんだ? 時間はもう無いっていうのに」

レーザードライバーを手に、ひたすらゴミ捨て場を漁り続ける。スリジーンの圧縮装置、ボルテックス操作器、そういったものはすぐに見つかるが肝心のものは見つからない。

ガン、ガンと扉が強く叩かれる音が響き渡る。スリジーンの巨大な爪が扉を破いた。

「よし! ようやく見つけたぞ! さて、レーザードライバーで本当に修理できるか……」

スリジーンが迫る中、ついにエクストラポレーターを発見する。壊れている個所は見るだけで分かるので、レーザードライバーを当ててそこを修理していく。しかし思っていたより損傷は激しく、修理にかなり手間取ってしまう。

「待て待て、パーツが足りない! けどこれで代用できる」

ドクターはさきほど投げ捨てたスリジーンの圧縮装置を引っ張り出してくる。

「これに同じパーツが使われてるはず。これを外せば……」

圧縮装置に手をかけ、中を開こうとする。しかし突然後ろから大きな音が聞こえ、振り向く。

既にスリジーンが扉を破壊し、ゴミ捨て場の中に侵入していた。

「おいおい、いくらなんでも扉が脆すぎじゃないか!?」

「ゴミ捨て場の扉をわざわざ強靭に作るとでも?」

「確かにそれは言えてるな……」

目の前で大きな爪を立てながら、その黒い大きな瞳でこちらを見つめてくる。

「こんなゴミ捨て場、どうせ壊れた物しかないでしょう?」

「ここは宝庫だぞ? ただのゴミ捨て場じゃない」

「確かにそうね。クォンタムロッカーだって捨ててあったし」

スリジーンは変わらずこちらを見つめる。緊張はまだこの場に続いている。ドクターは彼女に気づかれないよう、手を後ろにして圧縮装置のパーツを外そうとする。

「けど一番の宝はやっぱりターディスよね?」

「そうかもな。けど知ってるだろ? ここにターディスは無い」

なんとか話を伸ばして時間を稼ぐ。

「ええもちろん。けどターディスには鍵がある。それを持っているのは誰だと思う?」

彼女はゆっくりと口角を上げていく。

「まさか、僕が狙いか?」

「その通りよ、ドクター」

その言葉を発した瞬間、彼女は飛び上がり、ドクターに被さろうとする。

すぐに避けようとしたが、圧縮装置のパーツを取るのに気が取られていて反応が遅れてしまう。そのままドクターの上にかぶさり、その大きな爪が彼の首元に冷たく触れる。

「ターディスの鍵を渡しなさい、そうすれば命ぐらいは助けてあげるわ」

「ベタな注文だな……っ! 悪いが渡したところでここが爆破すれば僕も死ぬだろ?」

「そうかもしれないわね。でもあなたのこと。どうせ脱出できるはずよ」

「囚人たちがなだれ込んできたこの議会でか?」

既に何人もの囚人がここに乗り込んできている。外からは走るような音が響き渡って来る。

「無事に脱出できるとは思えない」

「でも、これがあるでしょ?」

そう言うと、彼女は片方の手でエクストラポレーターを指さす。

「これがあれば逃げられるはず、でしょう? ターディスの鍵を渡しなさい」

「いや、渡せない……っ! ターディスは危険だ、素人が扱えば場合によっては宇宙を壊す可能性がある!」

「宇宙を壊す? 素晴らしいわね、壊した宇宙を支配して金儲けできる」

スリジーンは一向に引き下がる気は無い。もちろんドクターも引き下がる気は無い。

「さぁ、渡すか渡さないか、選びなさい」

その爪を首元にめり込むほど立てる。ドクターはかすれた声でゆっくりと答えた。

「渡さ……ない……」

「あら残念ね」

そう言うと、彼女は爪を思いきりエクストラポレーターに突き刺した。そこからは火花が飛び散る。

「何するんだ!?」

「渡さないなら必要ないでしょう?」

スリジーンはそう嗤うと、ドクターを切り裂かんとその爪を立てる。

「君は気づいてないかもしれないが、僕はこれを持ってる!」

ドクターはそう叫ぶと、手にしていたレーザードライバーを思いきりスリジーンに向け、レーザーを放った。

「があああーっ!?」

レーザーはスリジーンの額を切り裂くように放たれた。その光線は脳にまで届いたのか、スリジーンはその場に倒れ込み、動かなくなった。

「マズい、出力を上げ過ぎた。エネルギー切れだ」

レーザードライバーのボタンをカチカチと押すが、反応はない。

「けど、危険なスリジーンはなんとかできた。いや、まだ囚人たちがいるな。早くしないとここに来るかも」

ドクターはエクストラポレーターを拾い上げ、その破損の具合を調べる。

「そんな、完全にコアが破壊されてる! パーツを付けても動かない!」

中心部に備え付けられた装置の核となる部分が潰れており、完全に使えなくなってしまっている。レーザードライバーも電池切れ、頼みの綱は完全に無くなってしまった。

「クソ……クソッ! これじゃ何もできない! ここまで来たのに!」

ドクターはイラついた思いを近くのゴミを蹴ることで発散させようとするが、その思いはなくならない。その場に座り込んで頭を抱える。

「このゴミ捨て場にあるのはただのゴミと、圧縮装置とボルテックス操作器……これをどう使えっていうんだ!?」

ドクターはその場で怒鳴る。誰に対してでもない。自分自身に対してだ。

ゴミ捨て場にはもはや何も残されていない。使えない道具とスリジーンの死体だけだ。

「まただ、僕はまた、救えずに……」

ドクターはやるせなさを感じ、その場にへたれこむ。ふと、動かなくなったスリジーンに目を向ける。

「お前のせいだぞ!? お前のせいで……」

倒れたスリジーンの顔を覗き込む。それを見て違和感を覚えた。

「知ってる、この顔……知ってる。デジャブなんかじゃない」

ドクターはそのスリジーンの顔に見て何かを思い出す。必死に頭を叩いて、記憶を引き出す。

『ああ、その額の傷もよく覚えておくよ』

自分の言ったあの言葉。刑務所で自分に語り掛けてきたあのスリジーン……

「額の傷、オーグと同じだ」

ドクターはその傷を見て驚いた。レーザーで傷つけられた彼女の額の傷は、間違いなくあのスリジーン、オーグの傷を同じだった。

「けどこいつはオーグじゃない、仲間のアーグのはずだ」

ドクターはこの奇妙な状況に頭を抱える。一体何がどうなっているんだ?」

「それにこの傷は僕が付けたものだ。同じなんて……」

考えを巡らせる中、もう一つの言葉が思い出される。

『走れドクター』

目の前には死んだスリジーン、スリジーンの圧縮装置とボルテックス操作器……

「おいおい、嘘だろ!?」

ドクターはそれらを見てあることが思い浮かんだ。とても突飛でありえない考えだ。こんなことは……

「走れメロス。親友を助けるためにたとえどんなに体が傷ついたとしても走った男の話だ……」

オーグとメロス。そして自分自身。

「まさか僕に、メロスになれと言うのか!?」

 

 

《どういう意味だ、ドクター!》

「まったく、噛み砕いて説明してやったのに分からないのか? 僕はアーグの死体の中に入り込んだ。圧縮装置を利用してね。そしてボルテックス操作器で6年前、スリジーン一家が逮捕される時代へと向かった。目論見は成功! 逮捕されて死刑を宣告され、僕はスリジーンの姿のまま……そう、オーグ・ビア・フォッチ・ディラッカ・シータ・スリジーンになりきって、このストームケージへ入り込んだってわけさ!」

「まさか、6年間スリジーンとしてこの刑務所で過ごしていたってことですか!?」

話を聞いていたジェーンはそれを聞いて目を丸くして驚いた。このドクターはあれから6年経ったドクターなのだ。

「ああそうさ。本当、最悪だったよ。スリジーンの中だなんてね。ダーレクの中のが100倍マシだよ」

《あり得ない、そこまでして何故ここに来た!?》

「宇宙を救うためさ! 最悪の囚人たちを刑務所に引き戻し、ターディスも議会も奪われないために! そしてもう一つ理由がある」

《それは何だ!?》

「華を救うためさ」

ドクターはゆっくりと言葉を続ける。

「いままで僕は力が至らず、何人も仲間を死なせてきた。そしてその度に一人になっていった。だけど僕はもう一人になんてなりたくない! たとえ6年間スリジーンの中に居たとしても、必ず彼女を救う! それだけの価値があるんだ!」

ドクターは髭の中からそれを叫んだ。シャウターは思わずその勢いに後退する。

「僕の事を深く知らないらしいな。なら教えてあげよう、僕はドクター! 人を救う! それが僕だ」

《なんという執念だ……だが、お前には何も変えられんぞドクター》

「何十億年も壁を殴ってた時に比べれば、たったの6年なんて大したことはない。それにだシャウター、さっき僕が言ったことを忘れてないか?」

《6年間考え続けてきたことか?》

「ああそうだ。お前のその声とその力。実に興味深かったよ。オーグの姿で色んな本を読み漁ったがまるで前例が無い。本当にあらゆる媒体にお前の情報が無かった! だとすれば、あとは推察するしかない、お前の正体を」

《それを暴いたところで何ができる?》

「お前の力を無効化できる。刑務所のセキュリティに侵入できるお前の力、その正体はすなわち、音波(ソニック)だ」

その言葉を聞き、シャウターはフッと嗤う。

《確かにその通りだ。だがそれが分かったからなんだと言うのだ?》

「だがソニックだとしておかしい点がある。それが何故ハイ・デッドロックシールを破れたか、だ。ただのソニックではもちろん破ることができない。そのためのデッドロックだからな。だがお前はそこに侵入することができた! いやぁ実に興味深いね」

「なぜソニックを無効化できるはずなのに、ヤツの叫び声で破れたんですか?」

ジェーンは渋るドクターに疑問をぶつける。

「僕はお前の正体をヴォイドから来た存在だと推測していた。だがそれは間違いだ。お前に関するあらゆる数値はゼロだったが、それは僕の調査不足だ。ただのゼロじゃない、すべて打ち消していたからこそのゼロだった。ジェーン、どういう意味か分かるか?」

「いや、まったく……」

「ヤツの能力は“マイナス”さ。あらゆる数値を下げることができる。だからゼロにしていた。そして同時にヤツの放つソニックもマイナスの波長だった。この世界は全てプラスを前提に作られている。マイナスの音波だなんてありえないと思われているからね。だから対策もできなかった」

ドクターは得意げにマイクに語り掛ける。その向こう側では、シャウターが苦い顔を浮かべていた。

「すなわち! お前の正体はこの世界と一切反対の世界、マイナス宇宙から訪れた存在だ! すべてがマイナスだから、画面には映らないし、マイナスの波長でデッドロックシールも破ることができる! なんて面白い存在だ! 本当、実に面白いよ」

笑うドクターに、シャウターは震えながら答える。

《だがそのマイナスの波長を消すことはできない。お前らはプラス宇宙の存在、我々には干渉できない!》

「そこで、一つ気になったことがあった。お前が何故銀だけは触れることができるのか……簡単な化学だ、銀にはマイナスの原子が含まれている。それが全てマイナスのお前に触れるとどうなる? ここからは簡単な数学の問題だ」

《何が言いたい?》

「マイナスとマイナスを掛けるとそう! プラスになる! だから銀と触れるとお前はプラスになる、だから触れられるってわけだ。実にファンタスティックだね」

ドクターはジェーンに笑いかけるが、彼はいまいちよく分かっていないようだ。

「その性質を利用すれば、お前の声も無効化できる! どうだ、僕が6年間考えそして編み出した作戦!」

《何をするつもりだ》

「今僕がしてたのは単なる時間稼ぎに過ぎない。お前を倒すための攻撃はもうまもなく行われる」

その瞬間、管制塔に取り付けられていた機械が、赤い光が突然眩く放ち、それが球状のフィールドとなり、だんだんと巨大化していく。

「マイナスにはマイナス! 今刑務所中にマイナスの音波を放った! つまり? お前の声と掛け合わさってプラスになった!」

《何だと!?》

シャウターはその言葉に動揺していた。叫ぶが、なぜかその声はどこにも響かない。それと同時に、彼の命令に従っていた囚人たちが突然頭を抱えてうつむく。

「どうした、私に従え!」

シャウターはそう叫ぶが、その声はもはや誰の頭も支配できなかった。彼らは自らを操ったシャウターに対し怒りの目を向けていた。

「なぜ、俺がお前の言いなりにならなきゃならない?」

彼に従っていた囚人たちはシャウターに襲い掛かり、彼らの手がシャウターに触れ、壁に投げ飛ばされる。

「驚いてるだろう? マイナスの波長を重ねがけしてプラスにしたおかげで、お前のなんでもすり抜ける体質はもはやなくなったってわけだ!」

《やめるんだドクター! 今すぐやめるんだ!》

「いいや断る。こんなことをしたお前の命令を聞くと思ったか? さて、次は第二段階だ。ジェーン、華はしっかり管制塔の上まで行ったよな?」

「え、ええそのはずです」

華は囚人たちを牢屋に引き戻すため、管制塔の外から上へと向かっているのだ。

「作戦に問題はないみたいだな。お前の声はこの刑務所全体を乗っ取っていた。だが今は何も乗っ取ることができない。だから囚人を引き戻すのを阻止することもできないってわけだ」

 

 




次回のチラ見せ

「今の私はプラスの存在だ、貴様を殺すことはできる!」


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第十話 GREAT JAILBREAK〈大脱獄〉 PART6

今回で刑務所編のエピソードは終了。
本家のRTD時代を意識してシリーズ全体の前半部分と後半部分に二話完結型のエピソードを入れてみたのですがどうでしょうか。
次回は久々の1話完結型エピソードの予定です。


 

吹き荒れる嵐の中、管制塔の電波塔。華は塔にしがみつきながら、そこまで登っていた。

「これかな……」

そこに取り付けられていた操作盤。この刑務所全体を制御するための重要なシステムだ。

「ところで、どれを押せば……」

そこにあった操作盤にはいくつものボタンがあった。赤いボタンに青いボタン、文字が書いてあるボタン。どれが囚人を戻すためのボタンなのだろうか……

「リターン……戻すって意味のはず、これのはずだよね……っ!」

RETURN(戻す)と書かれたボタンを見つけた。考えている時間はない。すぐにそれを押す。

その瞬間、刑務所全体に警報が再び響き渡る。

「まさか、間違ったボタンでも押しちゃった!?」

《緊急、緊急、ID所有の囚人を牢の中に戻します、職員の方々は引き戻しに警戒してください》

「いや、これは成功ってこと、だよね……」

今の機械的なアナウンスを聞く限り、ドクターから言われたことは出来たはずだ。

「こんなところもう居られない! 早く戻らないと……」

マグナクランプシューズのおかげで吹き飛ばされることはないが、もし履いていなかったらどうなっているのだろう。これほどの嵐の中、建物に体が叩きつけられ……想像したくもない。早く屋内に戻らなければ。

 

 

「これは何だ?」

囚人たちに付けられていたID、それは体にタトゥーのように入っていた識別ナンバー。それが赤く光り出す。

「まさか……」

囚人たちの光るIDを見るシャウター。やがて警報は落ち着くように消えていく。

「さぁ囚人共、自分の檻に帰れ」

ドクターがそう言った瞬間、刑務所中の牢が全て解放された。引き戻される囚人たちを迎え入れる準備がされたのだ。

何かに掴まれたかのように囚人たちは浮かび上がり、強力な磁石に引き付けられるように自らの檻へと戻されていく。

武器庫で未だに戦いを続けていた囚人たちも、突然自分たちのナンバーが光り出したことのパニックから、休戦状態となった。

「何だ!? 何がどうなっている!?」

一人のソンターランが、もう一人のソンターランの光るナンバーに触れる。

「ストライク隊長、おそらくこれは爆発する予兆かと」

「爆発だと!? まさかこれが……」

しかしその読みは外れた。武器庫の者達も他の囚人と同じように浮かび上がり、そのまま外へと引っ張られるように飛んでいく。

次々と囚人たちは自分たちの閉じ込められていた檻の中へと引きずり込まれ、その中に閉じ込められていく。

「ダメだ! 行くんじゃない! お前たちは私の奴隷、私と共に箱を探すのだ!」

システムを奪い取ろうと、シャウターは叫び出す。しかし、この刑務所のセキュリティを支配することはできない。声は完全にもう一つのマイナスの音波のおかげで打ち消されてしまっている。

「もうこれ以上は無駄だ、諦めろ」

エレベーターに乗り、ドクターとジェーンがシャウターのいる管制塔の上層部へと戻って来た。

「あれを手に入れなければならない、そのためにわざわざこんな世界にまで来たのだ!」

「マイナス宇宙にまで広がる裂け目とはね。確かに表の世界と裏の世界に干渉できる箱なんて、興味深くて手に入れたいって気持ちは分かる。わざわざここまで来てご苦労だったが、支配しようって言うんならそうはさせない」

シャウターに近づき得意げな顔を見せるドクター。そんな彼にシャウターは思わず彼の首を掴む。

「そうか、お前の存在を……そうさせてしまった……!」

「今の私はプラスの存在……だろう? 貴様を殺すことはできる!」

シャウターはその手に力を込め、思いきりドクターの首を絞める。

「さっきまでの不完全体と違う……っ! 最初に暴れ出した時、お前はこの世界に適応し始めていた、でもエネルギー不足で適応しきれなくなっていたと高をくくった……っ! 今のお前は……」

「お前たちに完全に干渉できる、ということだ。お前の作戦は仇となったな」

ドクターはその手を離さんと強く抵抗するが、その力はとても強い。

ジェーンはそれを見て助けに入ろうとするが、シャウターに蹴飛ばされてしまう。

「お前だけでも殺す……! 終わりだ!」

しかしシャウターがそう呟いた瞬間、後ろの扉が開き、そこから強い風が吹きつけてきた。

「何だ!?」

その扉の向こう側には華がいた。マグナクランプシューズの力で吹き飛ばされてはいない。

「ドクター!? 大丈夫!?」

「華……っ! 扉を開け続けろ!」

ドクターはその強い風に飛ばされないよう、シャウターの手ではなく後ろの操作盤のレバーを掴んだ。ジェーンも近くのものに掴まり、飛ばされないように強く握りしめる。

しかしシャウターは何も掴む者がなかった。両手でドクターの首を絞めていただけに、その強風に一番影響を受けていた。

「悪いが、お前は落ちろ!」

シャウターの絞める力がだんだんと弱まっていく。そのまま彼はドクターの首から手を離し、そして……

「ああああああーっ!」

彼は叫びながら、外の風に掴まれるようにして、外へと投げされて行ってしまう。

「華! すぐに扉を閉めろ!」

ドクターがそう叫ぶと、華は近くにあったボタンを押し、扉を無事に閉める。この部屋に入り込んだ強風は消えた。

「いいタイミングだった。扉を開けてくれて助かったよ」

「いや、たまたま開けたらあんな状況だっただけで」

「本当に? 狙ってやったのかと」

「外からじゃ見えないって。全部解決できた?」

華はドクターにそのことを聞く。ついさきほどまで外に居たので成功したかどうかはまだ知らない。

「シャウターの声を無効化したおかげで、引き戻す機能はしっかり作動した。もう刑務所内は安全だ」

「本当に!? 良かった……」

華は安堵し、ゆっくりとドクターにハグをする。

「ああ。だけど囚人を引き戻しただけ。まだアトラクシはこの星を焼き尽くそうとしてる。残り時間はあと3分ってところだな」

「じゃあまだ安全じゃないじゃん!?」

「議会になだれこんだ囚人たちも含め、全員檻の中へ戻って行った。この状況を“彼女”は見てるはずさ。ちょうど今指令室に居るはずだからね。そうだ、シャウターの声が無効化されたなら議会と直接通信できるかも」

そう言うと、ドクターは操作盤へと近づいていく。通信対象を議会の指令室に繋げる。

「おっと、しっかり映ったな。やぁ! 久しぶり、僕の活躍ぶりちゃんと見てくれたか?」

少しノイズの入ったような形ではあるが、あちら側の音声がしっかりと聞こえてきた。

《ええ、まさか本当にやるとは思っていなかった》

「議会から囚人たちも帰って行っただろ? 事態はこれで解決! さぁアトラクシに命令するんだ、もうここを焼き払う必要は無いと」

《ええ分かっています。しかしどうしてそんなに髭が生えているんですか?》

「話すと長い。それと、ここに向けて船をよこしてくれ。そっちに帰る」

 

 

シャドー議会、指令室でストームケージの様子を見ていたアーキテクトと議会の者たちはアトラクシに命令を下し、ストームケージの焼却処分をやめさせた。アトラクシたちはその結果に不服そうではあったが、一応は宇宙最大の刑務所。危機が去ったのなら捨てる必要はないと説得しなんとか焼却作戦は中止となった。

議会が要請した医療チームや救助チームの手によって、刑務所内に残っていた看守や職員たちのケアが始められた。ドクターと華はジェーンに別れを告げ、さきほどの要望通りにそのまま船で議会に帰って来る。

「懐かしいね。ずっと刑務所の中に居たから」

「ホント。たった数時間だったのに何日も居たみたい」

「まぁ、僕は実際に何日どころか何年も居たんだけど」

「何年も? 一体どういうこと?」

「ああ、そういえば君は管制塔の上に居たから聞いてなかったんだな」

「もう、いい加減に教えてよ!」

「後で話すよ。ほら、もうすぐ着く」

ドクターと華を載せた船はシャドー議会へとたどり着いた。ジュドゥーンらに案内され、議会の会議室へと連れられていく。

そこへ向かう途中、議会の姿が様変わりしているのに気が付いた。囚人がここにまでなだれこんだと聞いていたが、まさかこれほど荒れているとは。壁が破壊され、備品なども壊され、あたり一面には何なのか分からない液体や盗み出したと思われる食べ物が散乱している。もし元の檻に戻すことが出来なければ、これ以上に悲惨になっていたのだろう。

「宇宙で最悪の囚人たちが逃げ出したんだ、もしあのままストームケージを焼き払うだけだったら、被害はもっと酷かったはずだ」

華とドクターはそれらから目を逸らしながら、白いあの女性、アーキテクトのもとへ辿り着く。

「感謝するわドクター、あなたのおかげで刑務所の騒動も終わった」

「今更どの面を下げてそんなことを? 頑なに僕を刑務所へは向かわせなかったくせに」

ドクターは少しばかり不満げな顔を彼女に向けている。

「事情というものは時によって変わるものよ。何はともあれ、これですべて終わった」

「ああ終わったさ、だけど何人も犠牲になったし、囚人たちもたくさん死んだ。シャウターもそうだけど、メディだってそうだ」

ドクターはうつむきながらこの事件で亡くなってしまった人々のことを思い出す。

「彼女たちのことは残念です、新しい署長が必要ね。しかし刑務所の重役はほとんど……亡くなってしまいました」

「なら私、ジェーンのこと推薦しようかな。きっと彼ならいい署長になってくれるはず」

「しかし彼は教養が足りません」

「確かにそうね、ならあなたが教えてあげたら?」

「人柄も署長になるには大切な要素だ。さて、僕のソニックドライバーとターディス、返してもらおうか? 刑務所が元通りになった今、奪う必要も無いだろ?」

「ええ、そうね」

そう言うと、彼女はドクターのソニックドライバーを取り出し、彼に手渡した。変わらず銀に輝いている。

「どうも。ところで僕の罪は全部帳消し?」

「全部ではありません。しかし今回は見逃してあげましょう」

「そりゃありがたいね。サイに追われる前に帰るとするよ」

彼女の裏には、ターディスが置いてあった。侵入されないためのフォースフィールドは解除されている。

 

 

「何年ぶりだろう! なんだか実家に帰って来たみたいだ! 実際実家だけど。どうだ、寂しかったか? そこまででもないって? 全くお前は……」

ドクターはターディスの中に入るなり、操作盤をいじり倒している。その度に変な音があちこちからする。ドクター曰く、ターディスの鳴き声のようなものらしい。

「それで教えてよ。そんなに髭が生えてる理由」

「髭がこんなに生えてる理由か? そりゃあ剃ってなかったからに決まってるだろ。誰だって剃らなきゃこうなるさ」

「ちゃんと学校に行くまでに剃ってね。そんな長いと校則違反になるよ」

「ちゃんと剃るさ。ターディスの洗面台なんて使うの久々だ。場所がトイレと真反対にあるのが困るんだよな」

ドクターは操作盤をいじりながら、しっかりと使えるかどうかを確かめる。ちゃんと洗面台は残っているようだ。

「6年って言ってた。6年間ってどういうこと?」

華はターディスのモニターを除け、ドクターにそのことを聞く。

「スリジーンの中から出てきただろ? 僕はあの中に6年間居たんだ。議会に連れ戻された後、君を助けるためにスリジーンの皮を被って6年前に行き、スリジーンのフリして刑務所に収監された。その間はずっとシャウターやストームケージの構造について考え続けてた。しっかりとヤツらを止められるようにね」

「私の……ため?」

「ああそうさ。僕があんな危険な場所に連れて行ったんだ、助ける義務がある」

彼は変わらずターディスのあちこちに触れながら、話を続ける。

「それは……ありがとう。でも6年間なんて長いよ、そこまでして助けるなんて……」

「確かに6年間スリジーンの中は最悪だった! けど手段がそれしか無かった。唯一の懸念点は化けた元のオーグが存命かどうかだったけど、ちょうど6年前に行ったタイミングで彼は死んでた。で、僕は彼のフリができた。時間というものは流動的だ、必ず決まった結論へ辿り着くようになってる。不思議だな」

「でも6年分老けてるってことじゃないの? もしかしたら髭の中はもう大人?」

「まさか、タイムロードは老けるスピードが遅いし、僕は見た目が子供なだけさ。心配ない。髭を剃れば前の僕と変わりないよ」

そう言って、彼は目的地を設定する。

「……私ね、思ったんだ。もし死んだらどうしようって。しかも知らない場所で。もう二度と、誰かに会えなくなるなんて嫌だなって」

「そんなことにはさせない。僕を誰だと思ってる?」

「ドクター、でしょ? でもあなたでも人を助けられないときはあるんじゃないの?」

「たくさんあるさ。だけどこの手が届く限り、僕は助け続ける。だから僕はドクターという名前を選んだんだ」

ターディスのレバーを下げ、議会から去っていく。

 

 

頭の中、思考を巡るのは、自分がドクターという名前を選んだこと。そしてその名は気付けば自分の想像以上に大きくなっていたこと。

あのシャウターですら自分の名を知っていた。マイナス宇宙に存在する彼すらも。

なぜ自分はこの名を選んだのか、その記憶は長く生きる中でだんだんと曖昧になっていく。しかしそれでもその名を背負って人を、大切な存在を守り続けなければならない。

「裂け目、失われた箱。そして僕の名前。一体何なんだ……」

時の渦の中、ドクターを運んだ青い“箱”は現代の日本へ向けて飛んでいく。

 

 




『予告状 10月10日 深夜0時 宝石「ブルーティアーズ」を頂きに参ります 怪盗ドクターより』

「怪盗“ドクター”だと? バカバカしい」

「怪盗を逮捕したっていうなら人違いだ。僕は怪盗なんかじゃない」

「しらばっくれても無駄だ。まさか世間を騒がせる怪盗がこんな子供とはな」

「確かに僕はドクターだけど、怪盗のドクターじゃない!」

「怪盗ドクターの手で既にその五つの宝石のうちの二つが盗まれた。大英博物館のレッドハート、ルーヴル美術館のグリーンガイア。そして今回の三件目がこの国立科学博物館のブルーティアーズ」

「今は23時50分、深夜0時まであと10分」

「もうすぐ時間だ」

「これは明らかに僕に対する挑戦状だ。宇宙の怪盗が相手なら、宇宙一の名探偵が相手をしてやる!」

次回
THE PHANTOM THIEF'S NAME IS DOCTOR〈怪盗ドクターからの挑戦状〉


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第十一話 THE PHANTOM THIEF'S NAME IS DOCTOR〈怪盗ドクターからの挑戦状〉PART1

今回から新エピソード。全体の物語もここから終わりに片足を突っ込み始めます。


現代。東京都、上野。

国立科学博物館の地球館、地下10階。一般に公開されていないこの地下では、ある宝石が厳重に守られていた。

強化ガラスで密閉されたその青い宝石を、何十人もの警官隊が取り囲んでいる。他ならない、今日この場にそれを盗もうとする輩が現れるからだ。

 

『予告状 10月10日 深夜0時 宝石「ブルーティアーズ」を頂きに参ります 怪盗ドクターより』

 

「怪盗“ドクター”だと? バカバカしい」

一人の警部が、その『予告状』を見た後に胸ポケットへしまった。

「しかしゴンさん。怪盗ドクターは本物です」

彼の隣の刑事が彼に話しかける。

「んなこと知ってるよ。今回ので三件目だ」

警部の男は守られているガラスの向こうの宝石を眺める。

「もし今回ので捕まえられなければ、日本の警察の信用はガタ落ちですね」

「心配するな。今回は今まで以上の警備をしてある。まずここは地下30mで、警護している警官隊はこの階だけで100人もいる。あとは地上の階まで同じように続いている」

科学博物館に展示されている恐竜の化石の下までも、警官たちがせわしなく歩き回って警戒している。

「さらに、外にはパトカーが50台。このためにわざわざ上野周辺の全ての店を閉めて外出禁止令まで出してる。仮にここまでたどり着いて宝石を盗んだところで、無事に逃げることはできないさ」

そう言うと、警部は葉巻を咥える。

「申し訳ないんですけど、ここ禁煙です」

「どうして?」

「火災報知器が作動してしまいますから」

まったく……とため息をついて警部の男は葉巻をポケットに戻す。

「約束の時刻まであと30分か」

10月9日。時計は23時30分を指している。怪盗ドクターが現れるまでまもなくだ。

「いいか、ヤツはこれまでいくつものセキュリティを潜り抜けてきた。最初は大英博物館、その次にルーヴル美術館。どんな侵入者であろうと必ず捕まえる! お国の数々がそのセキュリティをドクターによって破られてきた。だが今回はそうは行かない。無事にヤツを捕まえて化けの皮を剥いでやるんだ。決して油断するなよ。既にヤツはここに……潜り込んでいるかもしれない」

警官隊はそれを聞いて互いをチラチラを見合う。もしかすると隣に例の怪盗が変装して潜り込んでいるかもしれない。

「たとえそうだったとしても、ここからは決して逃げられないがな。さぁみんな、世界に日本の警察の底力を見せつける時だ」

警部の男は手のひらをパンパンと叩き、警官隊に合図する。

「さて、俺は……と。小腹が空いてきたな。この辺りに自販機あるか?」

部下の刑事にそれを聞く。

「ありませんよ。ここは地下10階の倉庫ですよ?」

「何だよ。タバコも飲み物もダメか?」

「今の演説は何なのやら。ルールはしっかり守ってくださいよ」

部下の刑事に背中を叩かれて窘められる。へへへと笑って、ポケットから小銭を取り出して彼に渡す。

「エレベーターは二人以上同伴なら使えるだろ? 上まで行ってコーヒー買ってきてくれ」

「あと30分ですよ?」

「俺がちゃんと宝石は見守っておく。5分もあれば帰ってこれるだろ?」

彼の肩を叩き、警部は彼をパシリに使う。ため息をこぼしながら、刑事の男は警官を二人連れてエレベーターへ乗り込もうとする。

「ボスのコーヒー、だからな?」

刑事の男にそれだけを伝え、青い宝石へと視線を映す。

「まったく、毎度毎度どんな手口で……」

その瞬間、どこからともなく風が吹いてきた。最初は単なる隙間風かと思ったが、よくよく考えてみるとおかしい。ここは地下10階。エアコンこそはついているものの、これはまるでビル風かと思うかのように強い。

さらに風と同時に、奇妙な音が聞こえてきた。ブォンブォンとまるで車のエンジンをかける時のような音だ。

風、そしてその音と共に、今度は奇妙な青い箱が目の前に現れた。警官隊は警戒し、それに銃を向ける。

「なんだこりゃあ……!?」

警部の男は突然現れた奇妙な箱に呆然としていた。刑事の男もこの状況を察したのか、エレベーターに乗る前に戻って来る。

「電話ボックス、でしょうか」

刑事の男がそう呟くと、突然箱の扉が開き、その中から人が現れた。

 

 

「さて、上野の国立科学博物館だ。しかも地下10階! 常設展では出せないような、変わった展示品が見れる。真っ黒な絵画とかね」

ドクターはそう言いながらターディスのレバーを引く。いつもの音を立てながら、部屋は大きく揺れる。

「よし、到着した! ところで、どこでここの事を知ったんだ? 一般には公開されてないはずだ」

「都市伝説よ。気になったの」

華はそう言って上着を着てターディスから降りようとする。

「待て待て、僕が先だ。一応ちゃんと倉庫の中に降りたはずだけど、間違いが無いか確認しないとね。また戦場のど真ん中だったら危険だし」

華の前に立ちふさがり、ゆっくりとターディスの扉を開けて外へ出ていく。

「ほら、ちゃんと倉庫……にしては人が多い」

目の前にいるのは何十人もの警官隊。その中心にはブラウンのローブを着た警察らしき男が立っている。さらに彼らはこちらに銃を向けている。

「また場所間違えたんじゃないの?」

「そうかも……」

二人は警官に狙われながらも、抵抗の意思はないことを示すために手を上げる。

「お前、一体どうやってここに来た!?」

警部の男はドクターに向かって叫ぶ。

「えーっとまぁ、その……簡単なトリックだよ」

「それって余計な一言なんじゃない? ターディスが現れたところを見られた」

華のエルボーがドクターの横腹を軽く殴る。

「確かにトリックと言うには手が込み過ぎてるな。しかもこんだけ人がいる中で」

「お前は何者だ、名を名乗れ」

警部の男は凄んだ顔で二人を見つめる。

「僕はドクター、でこっちは三崎華。よろしく」

ドクターはフフッと笑いかけて場を和ませようとするが、警官たちはその名前を聞いてむしろざわついた。

「ドクター、だと?」

「ああ。ドクター、ただのドクターさ。銃下ろしてくれない?」

 

 

倉庫近くの事務所、ドクターは手錠をかけられ、そこのイスに座らされ、警部の男に睨まれている。

「教えてくれ、なんで僕が逮捕されるんだ? しかもこんな手錠までかけて。建造物侵入罪?」

ジャラジャラと手錠を見せつける。警部の男は揺るぎなくドクターを睨み続ける。

「窃盗罪に決まってるだろ。まさか世間を騒がせる怪盗がこんな子供とはな。あれは一体どんなトリックを使ったんだ」

「怪盗を逮捕したっていうなら人違いだ。僕は怪盗なんかじゃない」

ドクターは困り顔で警部の男に訴えるが、彼は全く見向きもしない。

「しらばっくれても無駄だ。もろもろの手続きが終わればお前はすぐ署に連行される。今まで盗んだ宝石も全部出してもらうからな」

「だから違うんだって、宝石って何のことだ?」

「イギリスの大英博物館、フランスのルーヴル美術館に展示されていた宝石のことだ。今回は盗まれる前に逮捕できて良かったよ。全く」

そう言って彼はどこからか葉巻を取り出し、火を点ける。

「ふーっ……、まるで漫画の怪盗みたいに、予告状を出して毎度毎度奇抜な犯行で盗むお前の手口には、世界中の警察が手を焼いてきた。だが今回の俺たちの張り方は見事だった。飛んで火にいる夏の虫とはお前のことだな」

「なんでこんな事に……華はどうしたんだ?」

そういえばここに連れていかれる前、華は別の場所へ連行されていった。そこからの消息はまだ知らない。

「お前の協力者か、あいつも逮捕だよ。未成年だしメディアに名前と顔は載らないだろうが」

そう言いながら、彼は灰皿に押し付けて葉巻の火を消す。

「また逮捕される目に遭ったか、華も散々だな……、何度も言っておくけど、僕たちは無実だ。ほら、この目見て」

警部の男にドクターは自分の瞳を見せる。ベテランの警部なら嘘をついているかついていないか見分けることができるはずだ。

「くだらん」

彼はそう言ってドクターの瞳を一瞥すると、再び葉巻に火を点ける。

「君はどうやら腕のいい警察じゃないみたいだな」

「なんだと? お前を捕まえたこの俺が腕の悪い警察だと!?」

「そうやってすぐ怒る。自分から腕の悪さを露見させてるね」

「この野郎、逮捕されたからって煽ってきやがって……!」

警部の男は葉巻を消し、ドクターの胸倉をつかもうとする。

「ちょっとゴンさん、怒ったところで思うツボですって」

彼の部下らしき刑事が、なんとか彼を制止させる。

「大体、怪盗の犯行現場に僕たちが来ただけで逮捕なんておかしい話だし、僕たちが犯人だという証拠も無い。逮捕なんて不当じゃないか?」

「証拠ならハッキリしてる。お前の発言だよ、怪盗“ドクター”」

「怪盗……ドクター?」

「ああ、お前の名前だ。これを見てみろ」

そう言うと、警部の男は怪盗から送られてきた予告状をドクターに見せる。

金色のレースのような模様が特徴的な一枚の厚紙に、犯行予告の文章と末尾に「怪盗ドクター」という名前と、ターディスと思われる青い電話ボックスのようなマークがそこに書かれていた。

「何のマークかと思ったが、まさかあの電話ボックスとはな。しかも堂々と出てきて自ら“ドクター”と名乗るとは。まさかこれも作戦のうちじゃないだろうな?」

ドクターはその予告状を見て目を疑った。こんなものを書いた覚えも出した覚えもない。

「こんなの……知らないぞ!? 怪盗稼業なんて一切したことない! 泥棒の知り合いはいるけど、携わったことはない」

それを見て必死に弁解するが、警察の彼らは一切聞き入れようとはしない。

「わけのわからないことを言うな。あの青い箱にドクターという名前、お前がクロだというのに変わりはない」

「確かに僕はドクターだけど、怪盗のドクターじゃない! 勘違いだ、というか間違いなくその怪盗は僕の事を知ってる! そのマーク、明らかにターディスだ。僕はたぶん……そいつに嵌められた」

「嵌められただと?」

「ああ、きっと僕を逮捕させて、その隙に盗むつもりなんだろう。推測だけど」

「そんなこと言って、俺たちを騙そうってのか? そうはいかねぇ、ただでさえ相手は世界中でお尋ね者の怪盗ドクターだ。どんな手口で盗むかわからない以上、お前の言う事は全部ハッタリだ」

「怪盗と疑われるなんて随分面倒だな。しかし相手はターディスに僕のことを知ってる……、そうなるとただの地球人の怪盗じゃないな。一体何者なんだ」

ドクターは彼らをよそに必死に考えを続ける。自分を知っている謎の怪盗ドクター。少なくともただの地球人ではないはずだ。

「その怪盗が盗もうとしている宝石って、一体何の宝石?」

「お前が一番よく知ってるだろ?」

「だから僕はその怪盗じゃないから詳しくは知らないんだ。どちらにせよ今は手錠もかけられて何もできない、教えてくれ」

「はぁーっ、仕方ねぇな」

警部の男は再び葉巻に火を点けながら口を開く。

「今から半年ほど前、世界中のあちこちに隕石が落ちたんだ。そこから発見された五つの宝石。そのうちの一つが、宇宙からやってきたこの世で最も綺麗とされるダイヤモンド“ブルーティアーズ”だ」

「宇宙から来た宝石か」

「怪盗ドクターの手で既にその五つの宝石のうちの二つが盗まれた。大英博物館のレッドハート、ルーヴル美術館のグリーンガイア。そして今回の三件目がこの国立科学博物館のブルーティアーズ。なんとか予告状が届いた三日前からここまで警備を固めたおかげで逮捕できたがな。俺の功績だ」

「だから僕は怪盗じゃないと……、しかしその宝石には興味がある。あることを条件に見せてくれないか?」

「見せろだと? そんなことできるはずがないだろう」

「まずは条件を聞いてくれ。その条件というのは例の怪盗ドクターを、僕が捕まえるという条件だ」

「怪盗ドクターを捕まえる?」

その言葉に警部の男は呆気にとられた。その怪盗ドクターというのはお前のことじゃないのか?

「ああ。僕の無実の証明にもなるし、真犯人も捕まえられる。例の時間まであと何分?」

「今は23時50分、深夜0時まであと10分だ」

「その怪盗が、まさか30分前に来ると思うか? どう考えてもこれはカモフラージュ。怪盗ドクターは時間きっかりに盗みに来るはずだ」

「確かに、怪盗ドクターはこれまで時間きっかりに現れ、盗んでいます。30分前に現れるのはおかしいです」

刑事の部下がふと呟いた。

「僕の無実の証拠を補強してくれてありがとう。そう考えると怪盗ドクターは0時きっかりに現れる、つまりそれより前に来た僕は怪盗ドクターじゃない、ただの同名の別人だ」

「だとしてもブルーティアーズをお前に見せるのは……」

「もしこれで本物の怪盗ドクターが現れて盗まれたら全部君の責任になるはずだ。そんなのは嫌だろう? いや、腕の悪い警察だし、どっちにしろ盗まれるのがオチか」

「何だと!? 誰が腕の悪い警察だ!」

その言葉に彼は憤慨した。ドクターの思うツボだ。

「だと言うなら僕にその宝石を見せるんだ。ついでに華も解放してくれ」

「いいだろう、どちらにせよその手錠の鍵は俺が持ってる、どうせ盗めやしない。好きなだけ見て、本物の怪盗ドクターとやらを捕まえて見るといい」

「ゴンさん、煽られるのに弱いんですから……」

部下の男にそう不満を言われながらも、ゴンはドクターを連れて例の宝石、ブルーティアーズへと連れていく。

 

 

「本当によろしいのですか?」

「怪盗ドクターを、怪盗ドクターが捕まえるらしい。どんなもんか見ようじゃないか」

銃を持った警官に一人にそう言われながらも、警部の男はドクターを連れてブルーティアーズの元へと訪れた。

「ドクター!」

「良かった、華、無事だったか」

なんとか再会できた二人はすぐに抱きしめ合おうとしたが、どちらも手錠をかけていたため上手くできず、結局諦めた。

「一体どういうことなの? いきなり逮捕されるなんて」

「これほど厳重な警備の前で突然現れたんだ。警戒されてもおかしくないが、逮捕されたのは僕が怪盗だと疑われたせいだ」

「怪盗? ドクターが? まさか盗みに来たの?」

「んなわけないだろ。第一ここに来たいと言ったのは君だ。これは完璧な冤罪だよ」

「それで、どうやって解放されたの?」

「その例の怪盗を僕が捕まえてみせるという条件付きでね。手錠の状態で捕まえられるかは怪しいけど」

そう言ってドクターは両手にがっちりとつけられた手錠を華に見せつける。

「それは手伝えなさそう。私もこれだし」

華も返すように自身の手錠を見せつける。

「おい、怪盗野郎。とっとと本物の怪盗ドクターを捕まえてみろ」

警部の男に手錠を掴まれながら言い寄られる。

「すぐ捕まえてみせるさ。まずはあのダイヤモンドが何なのか調べてみる」

腕の後ろで警部に腕を掴まれながら、例のダイヤモンド、ブルーティアーズの前へと歩いていく。

それは厳重な強化ガラスで閉じ込めてあり、銃弾でも破れることがないほど強靭だと分かる。青い半透明のそのダイヤは、今まで見てきた中でも抜群に美しいものだった。素晴らしい加工だ。

「これはずいぶんと良いダイヤだ。怪盗が盗もうとするのも納得だな。100億円の価値がありそう」

そんな感想を述べながら、ドクターはポケットからソニックドライバーを取り出し、そのダイヤモンドに光を当てる。

「おい! お前今何をした!」

しかし、警部から見てそれは盗もうとする合図のように思えた。すぐに彼の腕を締め上げる。

「いててっ、離してくれよ! ちょっとだけこのダイヤを調べただけだ!」

「嘘つけ、やっぱり盗むつもりなんだろう!?」

「違う違う! なぁ、このダイヤを見て疑問に思ったことはないか!?」

「疑問? んなもん特にないね。悪いが俺はあんまりこういうのは趣味じゃないんだ」

「よくそれで警官隊のリーダーが務められるな……」

ドクターは盗もうとする意志が無いことを示すため、ソニックドライバーを彼に手渡す。

「まず疑問の一つ。これはどうして既に“加工”されてる?」

「加工?」

「もしこれが隕石に付着していたなら、形はもっと歪なはずだ。だがこれは既に加工された状態。つまり誰かの所有物だったということだ」

「んなもん、落ちてきた後に誰かが加工したんだろ」

「隕石は貴重だ。わざわざ加工するなんてオリジナリティが損なわれることはしないはずだ。五つのクリスタルもおそらく加工済みで落ちてきたはず」

「じゃあ、このダイヤは誰かが落としたってこと?」

聞いていた華がドクターに聞く。もちろん彼女も警官に動けないよう腕を掴まれている。

「かもな。それと怪盗の関連性は不明だけどね。それとこのダイヤの原産地も今分かった」

「原産地? そんなものまで分かるのか?」

「相手がどこから来たか分かる手掛かりになると思ってね。それの光を当てるだけでね」

「これで?」

警部の男はソニックドライバーをまじまじと見る。

「このダイヤは惑星ミッドナイトで採れるダイヤだ。地表がすべてダイヤで出来てる星。とても綺麗な星だけど、その性質のせいで太陽光に汚染されてるんだ。だからこのダイヤは放射線を出してる。微量だから人体に影響はないけど」

「それが分かったところで、怪盗を捕まえるのに役立つか?」

「大いに役立つ。その性質が必要だから怪盗ドクターは盗もうとしてるのかも。さぁあと3分で怪盗ドクターはここに現れるはずだ。もし現れたら僕がとっちめる。覚悟しとけよ」

ドクターはそう自信を抱いて天井や地面、あちこちを見渡す。どこから怪盗ドクターが現れるのか……

「ねぇ警官さん、私もあのダイヤモンド見てみたい」

「何だって?」

自身を掴んでいる警官に華が小さな声で話しかける。

「いいでしょ? 見るだけだし」

「しかし、あなたたちは一応容疑者です」

「はぁーっ……、私ただの中学生だよ? 盗もうとして盗めるわけないじゃん」

「別に……見るだけなら構いませんが。私も同行しますよ」

「ありがとう」

中学生という立場を利用し、警官をねじ伏せた。一応女性に変わりはない。綺麗なダイヤモンドを見てみたいのだ。

「綺麗……」

「なんだ、こういうのが好きなんて意外だな」

ダイヤモンドに見惚れる華に、ドクターがそんな軽口を叩く。

「別にいいでしょ。私だって将来ダイヤモンドの一つや二つは欲しいもの。本物がどんなもんか知りたくて」

ダイヤモンドに、いまだかつてないほどの羨望の眼差しを彼女は向けている。

「まさかこのダイヤ、催眠作用でもあるのか?」

ドクターが華に話しかけるが、彼女はずっとそれを眺めている。

青く光る、この世で最も美しいダイヤモンド……

「しかし、怪盗ドクターか……、僕の名を騙るなんてね。怪人二十面相かな? それともルパン? 君はどう思う?」

ドクターがふと華にそんな質問を投げつける。

「そうだね、私はルパンだと思うな。ルパン三世かも」

「ルパン三世?」

その言葉を聞き、ドクターは訝しげな顔をする。

「なんで“ルパン”なんだ?」

「え? だって、怪盗といえば一番有名でしょ?」

「確かに知名度は抜群だ。けど僕の記憶違いじゃなければ、華が好きで特に推してる怪盗は“キッド”だ。コナンに出てくるヤツ」

「別に、どっちも好きなだけだよ」

「いいや、君はこだわりが強い方だ」

ドクターは彼女をまじまじと見つめる。

「なぁ、彼女いつから腕時計を?」

華の左手首についている腕時計。ドクターは彼女がそれを付けているのを初めて見た。

「さ、さぁ……先ほどからつけていたと思いますけど」

華を連れてきた警官の一人が震えながらそう答えた。

「腕時計を付けてたら、怪しいから手錠をかける前に外すはずだろ? だとすると……、彼女の手錠、ちゃんとかけてあるか?」

その瞬間、華にかけられていた手錠がゆっくりと外される。

「おい、24時だ。怪盗ドクターは来ないようだぞ」

警部の男がドクターに苛立ちながら突っかかる。

「いや、たった今“来た”」

華は突然振り向き、その腕時計に手を掛ける。

「みんな離れろ!」

その瞬間、腕時計から大量の煙が放たれ、辺り一面は溢れんばかりのそれに包まれ真っ白になる。

突然の出来事に、警官たちは慌てながらその場から去ろうとする。

「ゴホッゴホッ……あれ、なんだ……これ……」

しかし、その拡散力はとても高かった。逃げる隙も無く、その煙を吸った者達が、苦しむ様子もなく、その場にゆっくりと倒れ込んでいく。

やがてその煙はブルーティアーズのある部屋全てを飲みこみ、そこに居た人々を次々と倒れさせていった。ただ一人、そのダイヤを眺める少女を除いて。

 




次回のチラ見せ

「我々は盗み方にちょっとしたエンターテインメントを加えているだけだ」


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第十一話 THE PHANTOM THIEF'S NAME IS DOCTOR〈怪盗ドクターからの挑戦状〉PART2

少し忙しくて更新が空いてしまいました。
今後は週に1度程度の更新になるかもです


 

「本当に美しい! ついにこれが私の手に入るのね……」

華はそのダイヤを防ぐ強化ガラスを、どこからともなく取り出した小型のハンマーで破壊し、その中のブルーティアーズを掴んだ。

「本当に綺麗……、これさえあればようやく……」

光を取り込み、反射するそのダイヤを見てうっとりする彼女の横、突然誰かが彼女の腕を掴む。

「ただの人間ならこれで眠ってただろうな……! だけど僕は人間じゃない、この程度の麻酔は効かないよ」

煙が晴れると、そこにはドクターが立っていた。

「あら、それも考慮するべきだったわね。でももうこれは……私のものよ」

そう言って彼女は立った今手に入れたそのダイヤを見せびらかす。

「まさか怪盗ドクターの正体が女性とは。けど華じゃないな。彼女に成りすましてる!」

「ええその通り。けどどこで気づいたの?」

「君が突然ダイヤの前に来たから怪しんだのさ。だから華本人かどうか確認してみたんだ。華に成りすますには、彼女を知らなすぎる」

ドクターはその手に力を込め、ゆっくりと彼女の腕を引き寄せようとする。

「もっと早くに気づくべきだった……! こんな場所に来ようなんて、今考えればおかしい話だ!」

「ありがとうドクター、ターディスのおかげですんなりここに侵入できた」

「彼女はどこだ? どこにいる!?」

「さぁ。あなたが自分で探してみたら?」

「いいや教えるんだ! 彼女はどこにいる!? 教えないとこの腕を折るぞ!」

ドクターは怒りの形相を浮かべながら、その腕を反対方向に曲げようとする。

「随分と危なっかしいのね。けど残念、目的は果たしたし……さようなら」

そう言って掴まれた腕を外し、ドクターを柔道の背負い投げのように飛ばし、煙玉をその場に投げつける。

その煙が晴れた向こう側、そこには黒いコートに身を包んだ赤い仮面の女性が立っていた。

「さよなら、また会いましょうね」

ブルーティアーズをコートの中にしまい、フックショットを取り出し天井の通気口の中に向かってそれを放った。

「待て! 逃がすか!」

ドクターはソニックドライバーを彼女に向ける。すぐに見失ってしまったが、少しは情報を得ることが出来た。

「すぐ消えたわけじゃない……まだこの博物館の中に居るはずだ!」

彼女の持っていたフックショットの機械のデータを解析し、その場所を追跡できる。

「ほら、みんな起きてくれほら!」

煙を吸い、眠ってしまった警部たちを起こそうとするが、随分深く眠っているようで起きる気配はない。

「ああもう全く! 僕一人で上まで行くよ!」

彼らを踏まないように走って行き、上階へのエレベーターへと走っていく。

 

 

地球館の地下2階、古代生物の化石が展示されているこのフロアにも多くの警備が張り巡らされていた。

現時点で何の異常も無いため、このフロアを警備している警官たちはあくびをかいていた。しかしその中に突然異常が割って入る。近くのエレベーターから突然少年が現れたのだ。

「ちょっと君、ここで何してるんだ? 今は閉館中だぞ」

「公安の少年部だ。怪盗ドクターが現れた」

エレベーターの中から現れた少年、つまりドクターはサイキックペーパーをその警官に見せる。

「公安の少年部? 聞いたことない」

「ほんの数日前に設立されたからね。すぐに浸透するよ」

とはいえ彼の提示した手帳にはそう書かれている。嘘ではないと信じ、警官はそれを信じた。

「それで、怪盗ドクターが現れたって、それでどうしたんだ?」

「ブルーティアーズを盗まれて逃げられた。けどまだこの中に居る。捕まえないと」

「分かりました、すぐに全員に伝えます」

「ああそうだ、何か持ってないか? 僕が持ってるものと言えばこの……光るねじ回しぐらいで」

ソニックドライバーを光らせながら見せつける。

「ならこれ、拳銃でも持っててください。足止めぐらいはできる」

「銃なんてダメだ! 物騒だから持たない主義なんだ」

「こんな状況でそんなわがままを……」

「じゃあ代わりに麻酔弾とか無い? それなら使う」

「はいはい……まったくこれだからガキは」

「ガキがなんだって?」

つい失言をしたと口を閉じ、黙って麻酔弾を少年に渡す。

「どうも。過度な暴言は上に通告するからな。こう見えても中学生で公安、エリートだからな」

そう言ってドクターは彼にそう告げ、別れて麻酔弾を込めた拳銃を手に進んでいく。

「怪盗ドクターが現在地球館の中に居るとのこと、警備の警官は全員警戒せよ」

警官の男が無線で各警備にそれを伝える。すぐに厳戒態勢となり、博物館の警護は全員怪盗ドクターを見つけるために動き出した。

「どこだ、一体どこにいる……」

ソニックドライバーの音で位置を確認し、拳銃を手に周りを見渡す。

解析によれば、怪盗ドクターはこの地下2階にいるはず。通気口はこの階で一旦シャットアウトされているため、地上に上がるためにはそこから出なければならないはず。

そう考えていると、何かが視界の端をかすめる。

「そこか!?」

麻酔弾を放つが、外してしまう。弾は近くにあった化石……の隣の壁に直撃した。

「もし当たってたら多額の賠償金だったな、慎重に行かないと」

今の影が進んだ方向へと向かう。その先は階段だった。

「上がって行ってる」

ドクターもそれを追跡していく。このまま屋上か外へ行かれれば逃げられてしまうかもしれない。

しかし2階の階段のところには二人の警官が立っていた。

「今誰か通らなかったか?」

「いいえ誰も」

彼らがここで監視していたなら、簡単には抜けられないはず。ということは一つ下の階だろうか。

「ありがとう、引き続き階段で監視していてくれ!」

そう言ってドクターは下の階へと降りようとする。

「今のガキ、なんだったんだ? 銃持ってたけど」

「さぁ……。俺は次、上の階見てくるよ」

そう言って一人の警官が上へと向かおうとするが、その話を聞いていたドクターが戻って来る。

「君、もしかして下から来た?」

「なんでそんなこと聞くんだ」

上がろうとしていた警官の一人が足を止める。

「ここの警備にわざわざ二人もいらないはずだ。しかも同じ階に。厳戒態勢という知らせが来たなら尚更、別れて確認するものだ。まさか談笑してたわけじゃないよな」

「勘がいいのね、ドクター」

一人の警官は突然、女性の声へと変わった。そしてその瞬間、姿がさきほどの怪盗ドクターへと変わった。

「姿を自在に変えられる……まさに怪盗らしいな、けどただのマジックじゃあない」

「嘘だろ、今確かに警官の姿で……」

突然姿が変わった彼女に対し、警官の男は目を丸くして驚いた。

「逃がすか!」

ドクターが麻酔弾を放つが、あっさりと避けられてしまう。

「じゃあねドクター」

怪盗はそのまま階段を軽やかに駆け上がっていく。

「君も来い、このまま屋上へ行くつもりだ!」

ドクターにそう言われ、唖然としていた彼はそのまま階段を上っていくドクターに着いていく。

 

深夜0時は既に建物の明かりがほとんど消え、近くの公園のライトもすべて消えている。見えるのはパトカーなどの明かりだけ。屋上からはそれがはっきりわかる。

階段を上がる途中、ドクターの通達により怪盗ドクターが屋上を目指していることは既に全員に知られていた。パトカーなどは博物館の周りを囲み、何百人もの警官が銃を構えている。少なくともここから降りて逃げるのは難しそうだ。

「ここは屋上、もう逃げられないぞ」

何人もの警官隊を連れ、ドクターが屋上へとやって来る。怪盗ドクターがコートを肌寒い10月の風になびかせながら、そこに立っていた。

「あらら、ここまで来られたら私も終わりね」

「華はどこに居るか教えるんだ」

ドクターは拳銃を手に彼女に向ける。

「それともう一つ聞きたいこともある。なぜ“ドクター”と名乗ってる?」

「そんなことより、ブルーティアーズのことはどうでもいいの?」

その手に掴んだダイヤを煌めかせながら見せつける。

「どうでもよくはない。それを何に利用するかによるけど」

「怪盗が盗む理由はただ一つ。お金のためよ」

「なるほど、ならどうでもいいな」

そう言ってドクターは銃を彼女に突きつける。

「僕の質問に答えるんだ! 何故ドクターと名乗る、華の居場所は?」

「すぐに気づけなかったあなたの失態よ、人に頼らずちゃんと自分で探しなさい」

「話を逸らすんじゃない!」

「でも事実」

「……それは」

その言葉を聞いて思った。彼女が華に成り代わっていたのに気づけなかった。守らなければならないのに、守ることができなかった。

「一体いつからだ?」

「彼女がターディスに向かう前よ」

「テスト期間が終わって、僕はすぐにターディスへの旅に誘った。そして準備した後に彼女はターディスへと来た。その直前ってわけか?」

「そんなところね。ここに来る前にあなたに見せてもらったダイラスの銀河、とても素敵だったわ」

「そりゃどうも。感謝してるならすぐに投降しろ」

ドクターは変わらず銃を彼女に向ける。

「野蛮ね、銃で殺そうとするなんて」

「麻酔弾だ、僕は殺しが嫌いでね」

「へぇ。噂通りドクターは人殺しの武器を使わないのね」

「やっぱり僕の事を知ってる、どこで知った?」

「みんな知ってるわ。あなたは英雄だから」

「英雄? 一体何の? すまない、心当たりがありすぎてね」

「タイムウォーを終わらせた英雄、でしょ?」

「どうして……そのことを知ってる? それを知ってるのは限られた人だけのはずだ!」

タイムウォー、自身と関連のあるその戦争を終わらせたのは確かに自分。だが誰にも見られずそれを終わらせたはず。そのことを知っているのは自分自身と、かつての自分の仲間だけだ。

「仮にも英雄の名前を使って泥棒行為とは許せないな、しかも僕の名前だ」

「ただの泥棒なんて居ないわ。生きるために盗むのよ」

怪盗ドクターは腕時計をいじりながら、屋上の端へと向かう。

「何をするつもりだ?」

「こんなに囲まれてるんですもの、飛び降りるしかないわ」

そう言って彼女はだんだんと端に近づいていく。

「早まる……わけじゃないな、カイトでも出して空に飛んでいくつもりか?」

「そんなことしてもすぐ捕まるわ、ほら」

彼女が指をさした先、そこには警察のヘリコプター。彼らも怪盗ドクターを捕まえるため、空にまでも網を出している。

「だから、飛び降りることにしたの。下にも警察は居るけどね」

「だが何の策も無しに諦めて飛び降りるわけじゃない、そうだろ? だってタイムウォーまで知っている人間だ、しかも姿を自在に変えられる。君はエイリアンだ」

「ええその通りよ。じゃ、また会いましょうドクター」

そう言って彼女は腕時計のボタンを押し、そして屋上から飛び降りた。

「待つんだ! 待て!」

ドクターが彼女を追いかける。そのまま端から身を乗り出して下を見るが、そこに彼女の潰れた死体は無かった。つまり、落ちる前に消えたということだ。下で見ていた警官たちも目の前で消えたことに驚いている様子だった。彼女が消えたその場所をにソニックドライバーを向ける。

「テレポートしたのか……! けど一体どこに!?」

ドライバーを光らせながらそこに光を当て続ける。

「クソッ、随分と複雑なテレポート方法だ、どこに行ったかまるで分からない……」

ドクターの後ろで見ていた警官たちも、身を乗り出した下を眺める。

「まさか、今確かに飛び降りたはず」

「彼女は宇宙の技術を使ってる。テレポートなんて朝飯前だろうな」

ソニックドライバーをしまい、夜空に光る月を眺める。

「一体華は、どこに居るんだ……」

 

 

 

どこか分からない建物の中、体が妙に冷える。夢でも見ているのだろうか?

視界がぼやけていて、目の前がどうなっているか分からない。

「ん……」

しかし、夢の中にしては妙に感触がリアルだ。尻に何かが当たっている。椅子の上に座っているのだろうか? そして腕は縄で縛られているみたいだ。それが分かった瞬間、目の前がはっきりとしてくる。

「……!? ここ、どこ……!?」

目の前には何やら分からない、緑に光るコンピューターらしきものがいくつも置いてある。

「目が覚めたか。ということはアイツはバレてしまったみたいだな」

「誰!?」

暗闇の中から男の声がする。やがて光に照らされその男の顔が見えた。

「三崎華、手荒な真似をして申し訳ない」

その男は緑色の顔をしていた。そして額に三つ目の瞳があり、それは自分ではなくあちらこちらをせわしなく見ていた。

「しかし我らのためだ、少しばかり君の姿を借りさせてもらっていた」

「姿を、借りる……?」

「ああ、ブルーティアーズを盗み出すためにね。彼女のことだ、成功するとは思うが」

そう言って男は彼女の周りを歩いている。

「ここは一体どこなの!? 一体何が……あっ」

眠い頭は覚醒し、ここに来るまでの事を思い出した。

「ドクターに誘われて、ターディスのある学校の裏校庭に向かったの。けど扉に手を掛ける直前、誰かに話しかけられて、肩を触られて……、目が覚めて、ここにいた」

「まさかドクターの仲間を利用できるとは思って居なかった。しかし警察に二度目の犯行がバレた以上、新たなやり方が必要だったのでね」

「私を攫って、一体何が目的なの!?」

その言葉を聞き、緑の男は息を吸い込んでゆっくり答えた。

「私は怪盗ドクターのパトロンを務めているロベルク。彼らの盗みを支援するのが私の仕事。君はドクターの知人だ、だから利用した。君が二人居てはドクターに勘づかれるし、本体はここに幽閉したわけだ」

「盗みの支援って……泥棒!?」

「まぁ端的に言うとそうなるな。ただし我々は怪盗だ。そこを間違えられては困る」

「怪盗って、良い人なものでしょ? 怪盗キッドとかルパンとか。誘拐するなんて……」

「フィクションの怪盗と同じにされては困るな。我々は盗み方にちょっとしたエンターテインメントを加えているだけだ」

ロベルクと名乗った男は、指を擦りながら彼女の前に立って喋り続けている。

「残る宝石はあと二つ。それさえ手に入れば、君の事は解放する」

「宝石を盗むって、一体どうして……」

「悪いがこれ以上の質問には答えられない。大丈夫さ、すぐに済む」

そう言うと、ロベルクは闇の中へと消えていってしまった。

「ちょっと……ちょっと待ってよ! 怪盗って何なの!? ここはどこなの!? ドクター! 助けてー!」

 

 

「ほら、起きろ!」

ドクターが眠っている警部の男の頬を強く叩く。すると彼は驚くように飛び上がった。

「何だ!? 現れたのか、怪盗ドクターが!」

「ああ。現れて逃げられた」

「何だと!? 待て、俺が追う!」

「もう遅い。既にあれから1時間経ってる」

「1時間……一体何があったんだ?」

「ヤツは腕時計の中に麻酔の煙を仕込んでいたんだ。それを放って、ブルーティアーズの警備を君含めて、全員眠らせた」

「腕時計に麻酔……そんなことがあり得るのか?」

「どう考えてもこの星の技術じゃない。相手は宇宙の怪盗ってわけだ」

ドクターは立ち上がり、ブルーティアーズのあったところを見つめる。

「お前、怪盗ドクターを捕まえると約束したよな? なのに逃がしたのか?」

「眠っていたアンタには言われたくないね。大丈夫だ、この僕が必ず捕まえる」

「でも逃げられたんだろう? ならもう追えない、終わりだ」

そう呟くと、警部の男は落ち込むように顔を伏せた。

「いいやまだ終わりじゃない。宝石は全部で五つ、そして現時点で盗まれた宝石は三つ。つまりあと二回、ヤツは現れるはずだ。そこを狙う」

「しかし相手は俺たち警察がこれほど手を尽くしても捕まえられなかった相手だ。そう簡単に捕まえられない」

「確かに、地球の警察では限界だろうな。だけど今回は僕がいる」

そう言うと、ドクターはブルーティアーズのあったところに手をかける。

「ヤツはドクターという名前を使い怪盗稼業をしている。しかも僕の友人を攫って利用した! これは明らかに僕に対する挑戦状だ。宇宙の怪盗が相手なら、宇宙一の名探偵が相手をしてやる! 僕はドクター、怪盗ドクターを捕まえて見せる!」

 




次回のチラ見せ

「それが彼の終わらせた戦争、そして私の種族が滅びた戦争」


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第十一話 THE PHANTOM THIEF'S NAME IS DOCTOR〈怪盗ドクターからの挑戦状〉PART3

久々の投稿になってしまいましたが、元気です。ゲームやってるせいで更新が遅れています。ゼルダのせいです。許せない……
ところでシリーズ2のDVDを買いました。関さんの吹き替え付きです。とても良いです。


 

「なるほど、それで宇宙一の名探偵とやら、策は何かあるのか?」

「ああもちろん。残る二つの宝石がある場所は?」

「アメリカの自然史博物館にイエローラフ、もう一つは日本のお台場、科学未来館にサイレンスバイオレットがある」

「日本に二つか……、予告状はまだ届いてないか?」

「そんな短いスパンで来るものじゃない。それぞれ1週間ずつ間が空いてた」

「つまり、次の犯行は7日後が濃厚か。だが予告状が届くまで待ってる時間が無駄だ」

そう言うと、ドクターはターディスの中へと入っていく。

「おい、どこに行くんだ?」

「予告状を取って来る。次どこが狙われるか、あらかじめ知っておいた方がいいだろ?」

「確かにその通りだが、どうやって取って来るつもりだ?」

「教えてあげよう、これはタイムマシンだ」

そう言うと、ドクターは青い箱と共に、妙な音をふかしながら消えていった。

「現れるだけじゃなく、消えることもできんのか……タイムマシンだと?」

警部が驚きながらそれを目撃したのもつかの間、今度は後ろから風が吹いて来たかと思いきや再び青い箱が現れた。

「取って来たよ。これが次回の予告状だ」

手に一枚の手紙らしきものを持ちながら目の前で消えた少年が再び現れ、警部は口を開けて驚く。

「いいからこれ、中見てごらん」

彼に渡され、手紙を開いて中身を読む。そこにはこう綴られていた。

「10月13日 深夜0時、宝石『サイレンスバイオレット』を頂きに参ります。怪盗ドクターより」

「次の狙いはサイレンスバイオレット、つまり科学未来館だね」

「13……13日だと!?」

「試しに一週間先に行ってみたんだけど何もなくて。で、試しに12時間後に行って見たらそこでこれを見つけた。思ったより次の犯行が早いな」

「タイムマシンってのは随分と便利なんだな……、しかしあと二日じゃないか、今から包囲網を張れるかどうか」

次に怪盗ドクターが現れるのは三日後。というより、既に時刻が0時を過ぎているので今は11日、あと二日。そこから準備をするとなると時間的にとても厳しい。

「相手はテレポートが使える。包囲網を張ったところで今回みたいに逃げられるのがオチだろう。そういえば前回と前々回はどんな手法で盗み出したんだ?」

「俺は直接見ていないが、最初の大英博物館では警備の一人に成りすましていた。その次、ルーヴル美術館では厳重な警備の中、天井から現れた。皆天井も警戒していたはずと言っていた」

「ヤツは他人の姿に変わることができる、さながらルパンだな。今回の事件は当然として、二件目の事件でも誰かに成り代わっていたんだろう。つまり次も同じような手口で来るはずだ」

「なら次は警備に携わる者達をしっかりスキャンしなければ」

「ただの怪盗ならそれでも十分だろう。だがもし相手が……僕の想像している相手ならそれをしても不可能だ」

そう言うと、ドクターは階段へと歩いていく。

「どんな相手だと?」

「それを今から確認する!」

ドクターが向かったのは2階。怪盗ドクターを止められなかったため、警備していた警官たちは誰も彼も頭を抱えて今後のことを考えていた。そんな彼らの中に割って入るように、ドクターが彼らの顔を次々と覗き込む。

「一体何なんですか?」

「さっき怪盗ドクターが化けていた警官。彼を探してて」

「えっ、リュウジのことですか?」

そう言って、さきほどドクターが階段で遭遇したあの警官が現れる。

「リュウジ?」

「山本隆二、一応同期です。怪盗ドクターが成りすましていたと聞いた時は驚きましたが、そういえばそれから見てなくて。一緒に今回の警護に関して互いに愚痴をこぼしてたんですけど」

「彼はこの建物のどこかに居るはずだ。怪盗ドクターが現れる前、どこで最後に見た?」

「トイレに行くと……」

その言葉を聞き、ドクターはすぐさま彼を連れて最寄りのトイレへと駆け込む。

こんな状況の中、一つだけ個室トイレが閉まっていた。ということは……、ソニックドライバーを鍵に当てて開く。

「やっぱり、さっきの彼だ」

「リュウジ!」

トイレでうなだれるように気を失っている山本隆二がそこに座り込んでいた。同僚の彼の手引きでなんとか目を覚ます。

「成りすました人物になっている間、コピー元の人物は気を失う……、ヤツの正体はスティールフォルムで確定だな」

博物館2階の広場を借り、ドクターは今回の事件の警護を担当していた幹部たちを集め、会議を開いていた。ホワイトボードを用意し、そこに様々な情報を書き込んでいく。

「で、そのスティールフォルムって?」

「触れた相手の姿になることができるエイリアンさ。見た目も寿命も人間と同じだけどね。大昔に戦争で絶滅したかと思っていたけど、今回の手口からスティールフォルムなのは間違いない。姿を自在に変える怪盗とはヤツにとって天職だな」

「つまり怪盗ドクターの正体がエイリアンだと言うのか? バカバカしい」

「証言だってたくさんある。もし信じられないなら後でターディスを見せてあげるよ、この世には人知を超えたものが存在するって証明になるし」

「待て、そもそもアンタは一体何者なんだ?」

一人の強面の刑事がドクターにペンで指をさす。

「僕? 宇宙一の名探偵で公安少年部のドクターだ、政府から特命を受けてる。ドクターってのは名前。コードネームみたいなものと思ってもらって構わない。言っておくけど怪盗ドクターとは無関係だからな、同名の別人」

それを強調しながら、サイキックペーパーで疑う彼らにそれを見せる。

「公安の少年部?」

「最近出来たんだよ。何度説明すればいいんだ? それより、次に狙われる場所が分かったんだし対策を練らないと。次に怪盗ドクターが現れるのはお台場の科学未来館。そして予告されている犯行時刻は変わらず深夜0時だ」

ドクターがホワイトボードに次々とその情報を書き加えていく。

「やり方が違うだけで、過去三件とも犯行手口は酷似している。それは警護されている宝石の周りに居る誰かに成りすましているということだ」

「先ほど聞いたが、どうしてスキャンしてもダメなんだ?」

「スティールフォルムはとても精密に姿を真似ることができる。手相も指紋も虹彩も、声も遺伝子情報も何もかもだ。機械で本人かそうじゃないかを判断するのは難しい」

「なら正体を現すまで分からないじゃないか」

「ああ……まったくその通りだ。判別する手段がつかない」

ドクターはそう呟いてテーブルに座り、髪の毛をいじる。

「怪盗ドクターを判別するために合言葉でも考えてみるか?」

「合言葉じゃセキュリティが完全じゃない。他の誰かに教えてもらえば終わりだ」

一人の刑事のアイデアをすぐさまドクターは否定し、頭を叩いて思考を巡らせる。

「スティールフォルム……。人の姿を盗み、コピーする。そしてコピー元は眠る……、もし、そのコピー元をあらかじめ特定できれば……」

その瞬間、何かを思いついたのか、マジックペンを取り出した。

「そうだ、この作戦で行こう!」

そう言うと、ドクターはホワイトボードに作戦の概要を書き始める。

 

 

暗闇の中、華は逃げられないかずっと試していた。

「すっごいキツく縛ってあるなぁこれ……」

手を動かして縛っている縄を外そうとするが、なかなかほどけない。

「もう、今しかないってのに」

ロベルクという男はここ数分姿を現していない。暗闇も目が慣れてきて段々と見えるようになってきた。そこから分かるのは、今自分が居る部屋には誰も居ないということ。足音も何も聞こえないので今が逃げるチャンス。だというのになかなかほどけない。

「何か無いかな、刃物とかソニックドライバーとか……、ソニックドライバーがいいな」

足は縛られていない。なんとか足元に何かないかと手繰り寄せようとする。すると、何か細長いものにぶつかった。

「よし、あった!」

両足で掴み、なんとか膝元まで持ってこれるようにそれを上に飛ばす。しかし顔に思いきり当たってしまった。

「イッタ!」

なんとか膝の上まで持ってくることが出来た。それはソニックドライバーではなく、ただのマイナスドライバーだった。

「まぁ……この際これでもいっか」

それを口で掴み、椅子ごと後ろに下がって壁に背もたれをくっつける。そのまま咥えたドライバーを後方の壁に投げつけ、なんとか手でキャッチする。それを使い、なんとか縄を切ることが出来た。

「まずは脱出……」

椅子から離れ、そのまま目の前にあった扉から部屋の外へと出ていく。

廊下らしき場所もさきほどの部屋と同じくとても暗い様相だった。しかし壁に流れるような緑のラインが引かれていて、それがわずかに光っている。その明かりを頼りに先へ進んでいくと、先ほどの男の声が聞こえてきた。気づかれないように息を殺してそれを聞く。

「ちゃんと今回も盗めたみたいだな。あの子が目覚めたのを見て失敗したかとヒヤヒヤした」

「今まで失敗したことなんてなかったでしょう。しかしこの宝石、とても綺麗」

男の他に、もう一人女性の声が聞こえてくる。彼女が例の怪盗だろうか?

「悪いがこれはビジネスに使うんだ。何、今度観賞用のダイヤを盗めばいい。その時の様子もエンタメになる」

「けどロベルクさん、次の作戦をじっくり考えて実行しないと。何しろ今回の作戦はドクターを利用した作戦ですし、警戒されるかも」

「それは理解している。ドクターは用意周到な男だ。だからこそこちらも裏をかくことにする」

「裏をかくとは?」

「その作戦はまた後で“彼”を介して話すとしよう。それと、彼から既に次の予告状を渡された」

男は懐から一枚の紙を取り出して彼女に見せた。

「どれどれ次の……って、二日後!?」

「既にジュドゥーンは捜査範囲をここ地球のある天の川銀河にまで狭めたらしい。ここまで来ると時間の問題だ、エンタメも変わらず重視するが、今回の件はとっとと終わらせる」

「もうそんなところにまで……、分かりました。次も必ず成功させます、ロベルクさん」

そう言うと、女性は予告状をコートの中にしまった。

「ところで、捕まえた彼女に会っても?」

「ああ、構わんよ」

「マジ……?」

どうやらその女性は自分に会いに来るらしい。道は一つしかない、もし逃げるのがバレたら殺されるかもしれない……、とにかく、逃げるのは後回しにしてさきほどの部屋に戻り、イスに座って逃げられないフリをする。ベタだが、口笛を吹いて何もなかったかのような雰囲気を出す。

「あら、意外とくつろいでるみたいね」

部屋に入るなり、女性は馴れ馴れしく話しかけてきた。

「どうせならもっと良いイスが良かった。ソファとか」

「ごめんなさいね、予算が無くて」

そう言いながら、彼女は華に近づいてくる。

「三崎華、あなたのことはよく調べたわ。天の川中学校の2年生。ドクターと一緒に旅をしてるようね」

「どうしてそのことを知ってるの?」

「次の作戦にはどうしてもドクターが必要だったの。ついでにドクターに濡れ衣も着せられるし。そのためにドクターに関連付いた人を狙ったってこと」

「私を利用したって、一体何に?」

「これよ」

そう言うと、彼女はゆっくり華の頬に手を伸ばす。それが華に触れると、みるみるうちに彼女の姿が変わった。それは紛れもなく自分の姿だ。

「どういうこと!? 一体、ど……ういう……」

その姿を見た途端、耐えられないほどの眠気が襲って来た。しかし彼女の姿が元に戻った途端、眠気が無かったかのように消え去った。

「これが私の能力。触れた人の姿になれるの。その代わりに元ネタは眠っちゃうけどね」

彼女は笑いながら華を見つめる。

「さっきあの男が言ってた、私の姿を借りるって……こういうことだったのね。それで怪盗だなんて」

「地球でも同じでしょ? 怪盗はいくつもの顔を持つって。私だけの力なの」

その力を自信満々に語る彼女だったが、次第にその表情が暗くなっていった。

「まぁ、今は私だけ、なんだけどね」

「どういう意味?」

「昔はもっと居たのよ。私と同じ力を持つ種族が。けど戦争で滅びて……、今は私だけ」

彼女の顔は、その凄惨な過去を思い出しているのか次第に声色が低くなっていく。

「……けど今となっては悪くないわ、たくさん居たら、怪盗としての価値が下がっちゃうもんね」

作り笑いなのか、どこかひきつったような笑顔で無理矢理明るさを取り戻したようで、華にその顔を向ける。

「どうして私にそんな話するの? 怪盗の被害者なんかに」

「あなたはドクターのことをよく知ってる。私はあなたのことをよく調べたけど、足りなかったせいでドクターにバレた。調査不足ね。だから次の作戦のためにも知りたいの。ドクターのことを」

「ドクターのこと……?」

「大丈夫よ、教えてくれないからって殺したりしないわ。けど教えてくれなかったら日本じゃなくてアマゾンで解放させちゃうから」

そう冷たく言い放つのとは裏腹に、彼女はニヤニヤとこちらを見つめる。それを見て華もぎこちなかく笑い返す。

「私が知ってるドクターの事は少ない。惑星ガリフレイのタイムロード、ターディスを持ってる。賢いせいで宇宙のあちこちでお尋ね者ってことぐらい」

「なら私と同じね。私もドクターのことは深く詳しくない。悪いけど怪盗さんの助けになるようなことは言えないかも」

「あっ、そうそう。それと私が知ってるドクターのことはもう一つあるの。もしかして私の方が彼について詳しい?」

「それって何?」

「彼は戦争を終わらせた救世主ということ。私もある意味、彼に助けられたようなもの。それからずっと彼のファンなの」

「戦争……? ドクターが戦争を終わらせたって、どういう戦争?」

「宇宙最大の戦争よ。あらゆる時間、あらゆる場所が危機に晒された。……“タイム・ウォー”、それが彼の終わらせた戦争、そして私の種族が滅びた戦争」

 




次回のチラ見せ

「あなたって思ったより賢くないのね」


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第十一話 THE PHANTOM THIEF'S NAME IS DOCTOR〈怪盗ドクターからの挑戦状〉PART4

最近忙しくて全然更新できてません、なかなか時間が取られますね……



 

10月13日の23時。科学未来館にできる限りの警官隊を集め、ドクター達は怪盗ドクターの登場を待ち続けていた。

警官たちが目を凝らして監視する中、ドクターはターディスの中で怪盗ドクターが使ったテレポートを解析し続けていた。

「あと1時間なんだ、早く結果を出してくれ」

操作盤を叩きながら、ターディスに結果を出せと急かし続ける。ターディスは妙な音を出してそれに返事する。

「テレポートの残留要素……、これを使えばテレポートの信号逆転も可能。そうすれば使えなくさせられる。ということなんだ、早く結果出してくれ。テレポート先はどこだ?」

ターディスを使い、上野でテレポートした怪盗ドクターの足跡を辿る。結果をせかしていると、ピロピロという音と共に、ターディスがついにその結果をはじき出した。モニターにそれが表示される。

「よくやった! なるほど、テレポート先は……上野上空? そしてそこから東京上空へ移動した軌跡がある。宇宙船に帰ったってわけか。しかし移動中の船へのテレポート、リアルタイムでするには一人じゃ無理なはずだ。となると……、怪盗ドクターは一人じゃない、協力者がいるはずだ」

その結果を考察し、ドクターはターディスから出て警部たちの元へと向かう。

「例の作戦はどうだ? 成功しそうか?」

「ああ問題はない。解析した結果、怪盗ドクターは単独犯じゃないことが分かった。きっと協力者がいるはずだ。そしてその協力者は怪盗ドクターと共に現れるはずだ」

「共に現れる? 前に出てきた時は一人だけだったはずだ」

「協力者は一緒に行動してたわけじゃない。例えるなら、逃走用の車の中に待機してる」

「つまりその車も見つけないといけないわけか?」

「そんなところだ。けど大丈夫、ターディスがあればすぐに分かる。それじゃ僕はもう少しだけ調べ物。じゃあみんな、怪盗ドクターを必ず捕まえよう」

その言葉に、警官隊はゆっくりと頷く。

ドクターはすぐに再びターディスの中に入り、操作盤をいじくり回す。

「時間軸を半年前にセット。宇宙船の痕跡を……」

モニターには地球を含めた太陽系の情報が表示された。今から半年前の宇宙の状況を表しているのだ。

その中に現れたのは、何やら厳かな雰囲気を持った、いかつい船だった。

「これは……」

ドクターがその船に焦点を当ててズームしていく。

「そうか、この船に宝石が」

 

 

「もうすぐ時間だ、怪盗ドクター」

「ええ、もう準備は万端です。この作戦ならドクターの裏をかける」

同じ頃、ロベルク、そして怪盗ドクターという女性は次の作戦のためお台場へと向かっていた。

「それじゃあね、華ちゃん。色々話せて楽しかった」

「私、あなたのために話したわけじゃないから。過去に何かあったからって、人を傷つけるようなやり方は……」

この2日間、怪盗ドクターは華にかなり興味を持ったらしく、犯行時刻までの間は退屈しのぎのためか、彼女にずっと話しかけていた。そのためか、華は脱出するような時間がなかった。しかし脱出しようとしてもここは宇宙船、出たところできっと空の上。その事実に気づいた後はおとなしく彼女の話を聞き続けていた。

「これしかないの。そうでしょ、ロベルクさん」

「ああ、君たちが動物を使ってドキュメンタリー番組を作るようなものさ、全ては娯楽のため、そしてその金で生きるためだ」

「分かってるけど……」

怪盗ドクターから彼女の身の上話を聞かされていた華は、その言葉に返す言葉が無かった。

『タイムウォー、私の種族が滅びた戦争』

「タイムウォーって一体何? ドクターからそんな話、まだ聞いたことないし……」

「それじゃあ華ちゃん、待たね」

聞こえない声量で呟く彼女を横目に、椅子に座った華にそう一言告げ、彼女はテレポーターのボタンを押した。光に包まれ彼女は消える。“仕事先”へと向かったのだ。

「さて、それじゃあ次に向かうところは……」

ロベルクは彼女がテレポートしたのを確認すると、華の元から消え、船の操縦室へと向かった。

「準備は出来てるかベルス?」

ロベルクは、そこに座っていた一人の男に話しかけた。

「いつでもオッケーです」

ベルスと呼ばれた男は船のエンジンを始動させた。ジェットは勢いよくふかされているが、全くの静音だ。しかし見た目通りの勢いで、船は高速で空を移動する。

「向かうはアメリカだ」

 

 

23時50分。怪盗ドクターが現れる時間まで残り10分となった。

「本当にこの作戦、成功するか?」

警部の男に聞かれ、ドクターは自信満々に答える。

「心配ないさ。サイレンスバイオレットを盗めたとしても、ここには厳重な封鎖機能がある。盗もうとした瞬間に施設全体を封鎖すれば、逃げられないよ」

「だがヤツはテレポートできるはずだ」

「ターディスで信号を逆転させればいい。テレポート先をここにする。そうすれば永遠に出られない。テレポート装置を外して逮捕ってわけだ」

「なるほど、それは悪くない作戦だな」

警部の男は、葉巻を取り出して火を点け、厳重に保護されているサイレンスバイオレットを眺める。

「しかしあの宝石、一体何なんだ? どうして宇宙から宝石が?」

「怪盗が狙うくらいなんだ、きっと宇宙でも特に重要なものなんだろう。加工済みなのを見ると、途中で輸送船が襲撃されたとか? けど、それを調べるのは怪盗ドクターを捕まえてからだ」

1秒1秒と時間が経つにつれ、場の緊張がだんだんと高まっていく。警官たちも、もうすぐ訪れる怪盗ドクターを探さんとあちらこちらを見渡している。

「ゴホッゴホッ……失礼」

警部の男が、葉巻を手に持ちながらせき込む。

「得意じゃないなら辞めればいいのに」

「最近禁煙しようとしててな。肺が弱くなったんだ」

「なら早く辞めた方がいい」

「けど、辞められないのがスモーカーの定めさ」

そう言いながら、彼は葉巻を口にし吸い続ける。

「あと5分か」

ドクターは腕時計を眺めながら、怪盗ドクターがどのような手口で現れるかを推察し続ける。

「ところでドクター、ちょっと一緒に来てくれないか?」

警部の男に言われ、ドクターは怪訝な目を向ける。

「どうして?」

「話しておきたいことがあるんだ。怪盗ドクターは人の姿をコピーできるんだろ? ならここに既に紛れ込んでてもおかしくない。聞かれたらマズいことなんだ」

「そうか……」

それを聞き、ドクターは何故かソニックを光らせ、その先端を眺めてすぐにしまった。

「分かった。けど時間が無い、なるべく簡潔に頼むよ」

「もちろんだ」

警部の男に連れられ、ドクターは宝石の警護されている部屋の外へと向かった。そのまま、彼についていく形で男子トイレの中へと入っていく。

「ここなら、監視カメラも何もないよな」

「ああ。あったらプライバシーの侵害だ」

「なら、怪盗ドクターにバレずに話せる」

警部はゆったりと壁にもたれかかり、ドクターに目を向ける。

「時間はもう少ない。大事なことがあるならなるべく簡潔に頼むよ」

「心配するな、すぐに終わる」

そう言うと、警部の男はゆっくりとドクターの耳元に口を近づける。そしてその口を開く前に、誰が居ないか振り返り、最終確認を行う。

すーっと一呼吸おいてから、ささやくように口を開く。

「あなたって思ったより賢くないのね」

「何?」

その言葉を聞き、ドクターが気付くのに時間はかからなかった。しかし警部の男、いや彼女が動く方がそれよりも早かった。

彼のつけていた腕時計から、人一人を簡単に包めるようなネットが放たれる。ドクターは避ける間もなく、それに包まれ、身動きがとれなくなってしまった。

「ホント、タバコって嫌い」

「あれは葉巻だ、地球の文化の事を知らなさすぎるな!」

「気づかなかったの? 重要人物に私が成りすましている可能性」

「ああ…! 考えていたはずだが実際にこう来るとは予想してなかった!」

ドクターはネットから抜け出そうともがく。しかしそれから脱け出すことはできない。ならばとソニックドライバーを取り出すが、それで切ることもできない。

「ちゃんとソニック対策してあるに決まっているでしょう」

警部の姿から、あの時逃げた怪盗ドクターの姿へと変わり、脱け出そうとあがくドクターをあざ笑う。

「サイレンスバイオレットは貰っていくわ」

彼女はそうあざ笑いながら、男子トイレの通気口へと入り込んでいく。前とは異なり、堂々と正面から盗むのではなく、裏から盗むのだろう。

怪盗ドクターが宝石を盗むまで、あと3分。

 

時刻まであと2分だというのに、警部とドクターはどこかに行ったっきり帰ってこない。警備たちはそれに不安を抱いていた。しかし、この中に怪盗ドクターが紛れ込んでいるかもしれない。もしかしたら何か秘密の作戦会議でもしているのかもしれない……、そう思って、警備達は変わることなく、怪盗ドクターを待ち構えている。

しかし、その状況は一瞬で変わった。無線から警部の声が聞こえてきたのだ。

〈怪盗ドクターを発見した! 3階だ! 屋上に向かっている! 応援を頼む!〉

焦るような声だが、間違いなく警部の声だ。それを聞いた警備たちは今の応援通りに3階へと向かっていく。しかし、怪盗ドクターの罠の可能性もある。それを感じた警備の数人はサイレンスバイオレットから離れることなく、その場に留まり、目を光らせる。

怪盗ドクターの罠……、それは彼らの予想通りだった。

「まったく、素直にみんなが動いてくれるわけじゃないのね」

警部の男の姿に化けていた怪盗ドクター。彼の声で無線に呼びかけていたのだ。

天井に張り付き、サイレンスバイオレットを囲む警備たちを眺めている。

「警備の手は薄い。今がチャンスね」

怪盗ドクターは腕時計に手をかける。そしてそのボタンを押し……

「なァッ!?」

警備の男の首に命中した。そのまま男は倒れる。それを見ていた他の警備達は倒れた彼に走り寄る。

「それじゃ、いただきます」

首についている針は麻酔針。それに気づいた警備たちは天井に銃を向ける。しかし、どこにも怪盗ドクターの姿は見当たらない。

「一体どこに……、なぁ、見つけたか?」

もう一人の警備に声をかける。しかし、返答が無い。まさかと後ろを見てみると、さらにもう一人。今話しかけたもう一人が倒れていた。

「ごめんなさいね」

その声がしたほうに振り向くと、そこには仮面を被った女性が立っていた。腕時計に手を掛け、こちらに向けている。

「クソッ!」

銃を放とうとするが、相手の方が一歩早かった。引き金を引くことなく、針を受けて倒れてしまう。

「今回も楽勝ね。ドクターさえいなけれ、ば……」

彼女はガラスで保護されているサイレンスバイオレットを眺める。光を受けて紫を放つ綺麗な宝石。ガラスを割り、それをゆっくりと手にしようとする……

しかし、その手に触れることはなかった。その瞬間に宝石は煙のように消えてしまったのだ。

「どういうこと!?」

サイレンスバイオレットのあった場所のすぐ下には、カメラのレンズのようなものがあった。

「まさか……」

「今だ、捕まえろ」

後ろから響いた声、それはドクターの声であった。まさか、あれを数分で簡単にほどくなんてあり得ない。

ドクターの声と共に、3階へ向かっていた警備達が銃を持ってこちらに向かってくる。反応する間も無く、すぐに囲まれてしまった。

「飛んで火に入る夏の虫、ってところだ。思った通りに動いてくれたな、怪盗ドクター」

ドクターは警備たちの間からそう語りながら現れた。

「一体どういうこと? あなたもどうして?」

「簡単な話さ、君の特性を利用したに過ぎない」

「私の特性?」

「人の姿を盗むスティールフォルムは対象となる相手の姿になっている間、対象となった相手は眠ってしまう。相手の脳の活動をスリープさせるからだ」

「それが何?」

「怪盗ドクターの手法として、必ず誰かに化けてから宝石を盗むというものがある。そして今回も同じような手口を使うと予想したわけだ。そしてその化ける相手はこの事件における中心人物の可能性が高い。だがそこで僕に化けて無力化させようにも、僕は注意深い。そこで2番目に重要な人物である警部を狙うと予想した。そこで、これを取り付けておいた」

ドクターは上腕に取り付けていたバンドを見せつける。

「これで眠っているかどうかを判断できる。これを中心人物何人かに取り付けた。普通の警備に化けることはないと考えていたが、その通りで助かったよ」

「それで、誰が怪盗ドクターか既に知ってた……っていう事?」

「その通り。あと数分の時点で話しておきたいことがある、と言われた時点で怪しいと思って、ちょっと確認してからその通りについていったんだ。後ろに何人か警備にもついてきてもらってた」

「それに助けられてすぐに脱出できた……ってこと?」

「そうすれば君は油断するだろ? さらに警備も手薄になれば必ずそのチャンスを狙いに来ると推測したわけだ。もちろん、盗まれないためにサイレンスバイオレットはホログラムとして表示させたけどね」

「そこまで手を回してるだなんて。さすがドクターね。サイレンスバイオレットはどこ?」

怪盗ドクターは顔色を変え、ドクターを睨みつけながら質問した。

「灯台下暗し。僕が持ってる」

そう言うと、ドクターはポケットから紫色の宝石、サイレンスバイオレットを取り出した。

「素直に出してくれちゃって……」

それを待ち望んでいたかのように、怪盗ドクターは俊敏にドクターの手からその宝石を奪い、天井に向かった。

「私を捕まえたと思って油断していたんでしょうドクター? 爪が甘すぎるわね」

「それ、本物だと思うか?」

「ブラフをかけても無駄よ、サイレンスバイオレットの本物なら何度も見てきた。触って分かるわ、これは本物」

「ああ、その通りだ」

怪盗ドクターは微笑みながら、腕時計に手をかける。

「それじゃ、また会えるか分からないけど、さようなら」

そう言って、勝ち誇った顔で腕時計のテレポートボタンを押す……

しかし、押しても何の反応も無い。

「どういうこと!? どうしてテレポートできないの!?」

「最初の話を忘れたのか?『ターディスで信号を逆転』させたんだ。まさかまだしてないと思ったのか?」

「嘘……」

その言葉を発した瞬間、ドクターの合図を受け、警備の一人は彼女に向けて網を発射した。

 

 

そのまま怪盗ドクターは連行され、警察署の取調室へと送られた。椅子に腕を縛り付けられた状態で監視されている。仮面は取られ、道具である腕時計も取り外されている。今の彼女はただのスティールフォルムだ。

「しかし驚いた。怪盗ドクター、もっと年のいった女だと思っていたが……、まだ子供だ」

マジックミラーの向こう側で、警部の男は彼女の顔を見て驚いていた。想像以上に彼女は幼い。

「スティールフォルムは人間によく似た種族だ。見た目だけでなく、寿命も人間とほぼ同じ……。見たところ、中学生から高校生ぐらいの年代だな」

ドクターは彼女の姿を見てそれを推察する。

「俺にだってそのぐらいは分かる。前から気になってたが、そこまでエイリアンにやたら詳しいなんて。まさかUNITにも所属してるのか?」

「昔ね」

「どうして今は公安に?」

「それよりも、まずは彼女と話してみたい。年齢も近い、きっと心を開いてくれるさ」

警部に軽く返事した後、その旨を伝えた。それもその通りと警部の男は了承し、取り調べにはドクターが携わることとなった。

冷たいその扉を開いた向こう側、彼女はそれよりも冷たい目でこちらを睨んでいる。

「僕はドクター。君もドクターだろう?」

「今更、そんなこと確認して何のつもり?」

「まずは簡単な世間話さ。怪盗稼業とは、宇宙も不況なんだな」

「時間と宇宙を旅するあなたにはわからないでしょう? この宇宙の苦しさ」

「ああ、あまりにもいろんな世界を見過ぎたせいで、この時代の宇宙がどれぐらい苦しいか分からないよ。でもこれだけは分かる。どの時代のどの場所も、必ず誰かが苦しんでる」

ドクターは真剣な眼差しで彼女を見つめる。彼女の冷たい目、仮面越しでは分からなかったが、それは何か苦しいことを経験した眼だ。それが2000年以上生きているドクターにははっきりと分かる。

「一つだけ聞きたいことがある。君が利用した少女、華は無事か?」

「もちろんよ。殺しは嫌いだもの……少なくとも、人を死なせたこともない」

「それなら良かったよ。ゆっくりと彼女を探せる。それでどこに居るんだ?」

「宇宙船よ。私たちが使ってる船」

「それはどこにある?」

「自分で探したら? ターディスがあるんでしょ?」

そう言って、彼女は冷たい目のまま口角を少しだけ上げて嗤った。

「全く……」

「それで、ここは捕まえた人に色々質問をする場所でしょ? 他にも何か質問したら?」

「それならいい質問がある。君は今『私たち』と言った。君だけの単独犯じゃないのは考えればすぐに分かるが、その言葉で確信した。他に仲間がいるだろ?」

「ええもちろん」

「君を助けには来ないのか?」

「きっと来るはずよ。だから私は待ってる」

「にしては、随分と遅いな。もうすぐ犯行時刻から1時間だ。よほどオンボロの船でもない限り、すぐにここまで来られるはずだが?」

「それには何か……事情があるのよ」

そう言って、彼女はドクターから視線を離し、うつむくように下を見つめる。

「……次の質問だ、どうして僕の事を知ってる? なぜ僕がタイムウォーを終わらせたことを知ってる?」

「知ってちゃ悪いの?」

「一番の疑問だ。あの戦争は僕一人で終わらせたんだ。知ってる人はごくわずか。なぜスティールフォルムの君がそれを? まさか見てたのか?」

タイムウォー。それは宇宙最大の戦争にして、ドクターにとって大きな分岐点でもある。

自らの故郷を滅ぼすのと引き換えに宇宙を救うか、救わないか……その大きな決断を迫られた戦争だ。結局のところ、故郷も宇宙も救うことはできたが、そのことを知るのは自分自身ただ一人のはずだ。

「直接見てはない。だけど私も、あの戦争に居た」

彼女の瞳は、次第に悲しい雰囲気を帯びていきはじめた。

宇宙最大の戦争。そこに彼女が居たという。

「まさか……君はタイムウォーの生き残りか? あの戦争でスティールフォルムは滅びたと聞いた。怪盗ドクターの正体が君だと思った時、別の所に生き残りが居たのだと思ったけど……」

「私以外にもう生き残りなんて居ないわ。あの戦争に私たちの星も巻き込まれた。街中の人たちが火に焼かれて苦しんでた。お父さんもお母さんも、私たちを助けるために死んだけど、そこから先、生き残れる保証なんてなかった」

「なのにどうして生きてる? 星ごと焼けたはずだ。脱出した船も無かった」

「その通り。船では脱出してない。私は裂け目から逃げたの」

「裂け目、だと?」

「ええ、時空の裂け目。どうして開いていたのか分からないけど、目の前にそれが開いていたの。そこから逃げた」

宇宙に時折開かれる時空の裂け目。タイムウォーは時間と宇宙を賭けた宇宙で最も巨大な戦争。時空の裂け目の一つや二つは開くだろう。きっと彼女はそれにたまたま遭遇して……

そうドクターが考察しようとした瞬間、彼女の一言がその考察を斬るように終わらせた。

「裂け目の中で、あなたのことを知ったの」

裂け目の中で、僕のことを知った?

「裂け目を通るときに、情報が頭の中に入って来たの。ドクターという男。そしてあなたがタイムウォーを終わらせた。そして宇宙を終わらせることができる……箱。その情報がね」

「“箱”だと?」

箱。そしてドクターの名前を与える裂け目……。それはストームケージで遭遇したシャウターの体験と瓜二つであった。

「どうしたの? 何か嫌なことでも?」

彼女から見て彼の表情は驚くものだった。それを告げた瞬間、彼の顔が青くなったのだ。

「どうして、君がその裂け目に出会ったんだ? 箱とは一体何なんだ? どうして僕の名前を裂け目は教えるんだ!?」

ドクターの突然の変わりように、彼女は少し恐怖を感じながら、ドクターを見つめる。

「私はあなたがタイムウォーを終わらせたことを知った。助かって、怪盗としての仕事であなたの名前を使った。ただそれだけよ」

「そうか、そうだよな。そう、か……」

ドクターは落ち着きを取り戻し、椅子に座り込み、困ったように顔を手で覆った。

「どうして裂け目はそこに開いたんだ? どうして君のもとに?」

「そんなこと知らないわよ……」

怪盗ドクターへの取り調べは、気付けばドクター側が憔悴するような事態になっていた。それを見かねた警部は、これ以上の収穫は無いと判断してドクターをそこから連れて行った。

「一体どうしたんだ、何があった?」

「いや、何でも……ないよ」

シャウターが体験したものと同じ、ドクターと箱を教える裂け目……

「そうだ、ただの偶然だ。宇宙は広い、偶然同じような裂け目が開くことだってあるさ」

そう言葉にして自分に言い聞かせる。

「それよりも今は目の前のことだ。華を探さないと」

「お前の仲間だっていう少女か?」

「ああ。大事な仲間さ。彼女は怪盗ドクターの宇宙船にいる。けど問題はその宇宙船がターディスでは探知できない……ってところだが、名案が思い付いた」

すると、ドクターは置いてあった怪盗ドクターの腕時計に手を伸ばす。

「これは宇宙船への短距離テレポートの機能も入ってる。これを使えば宇宙船の位置も特定できるし、直接乗り込めるかも。怪盗ドクター、君の言った通り自分で探すとするよ。この署に簡単なレーダーは?」

「あるが、使用するには上からの許可が必要だ」

「僕は公安だぞ? 権限は僕の方が大きい」

そう言うと、ドクターは警察署の指令モニターのある部屋へと向かって行った。

 

 




次回のチラ見せ
「宝石の姿をしているが、これらは紛れもない兵器だ」


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第十一話 THE PHANTOM THIEF'S NAME IS DOCTOR〈怪盗ドクターからの挑戦状〉PART5

これまた久々の投稿になりました。月に一度の更新にはならないよう、なるべく今月中にこのエピソードも終わらせたい所です。
出来る限り、次のエピソードにも入っていきたいところですね。
今年の初めから投稿し始めたのに、もう夏だなんて……


 

「なかなかいい技術だ。これなら探知できる」

ドクターは怪盗の腕時計を手に、モニターの前へと移動している。ゴンは部屋に居た同僚や部下たちに申し訳ないと頭を下げている。

ドクターはソニックドライバーの光を腕時計に照射しながら、モニターのキーボードをいじっている。

「これで……よし、宇宙船の位置が割り出せた!」

モニターに地球全体の巨大な見取り図が表示された。そこにピコピコと光る小さな点が怪盗ドクターの宇宙船。しかし、不思議なことにその点は日本ではなく、別の場所にあった。

「あれは……アメリカか?」

「どうしてアメリカに宇宙船が? 彼女を助けるんじゃ……いや待て」

ドクターはモニターの見取り図をズームさせる。その点の場所をさらに絞るためだ。

「最後の宝石、イエローラフはアメリカの自然史博物館、だったよな?」

「ああそうだ……おい、これってまさか」

「ヤツらの宇宙船は今ニューヨークにある! 狙いはイエローラフだ!」

それに気づいた瞬間、ドクターは怪盗ドクター、彼女のもとへと急ぐ。

取調室のドアを強く開け放ち、ドクターは彼女に詰め寄る。

「君は生き残りは自分一人だと言った。だがそれは嘘だな? この状況で君無しで盗むに行くなんて考えられない。もう一人スティールフォルムの仲間がいるはずだ」

「上手く騙されてくれて良かったわ、ありがとうドクター」

彼女は先ほどまでの冷たい表情が嘘かと思えるほど、憎い笑顔をその顔に浮かべた。

「どういうことだ? まさか怪盗ドクターは……」

「ああ、一人じゃなくて二人だ。助けに来るなんてのも嘘だろう? これは最後の作戦だった、同時に二つの宝石を盗み出すという作戦! まさか同時に来るなんて予想はできない!」

「その通りよ。だから同時に狙った。きっともう盗んでいるでしょうね、だからあとはもうあなたの持つサイレンスバイオレットだけ」

「何故そこまで事を急ぐ必要が?」

「あなたが知る必要は無いわ」

「さしずめ、ジュドゥーンに居場所でも割れたってところか?」

ドクターのその言葉は図星だったようで、彼女は顔をしかめる。

「とっとと仕事を終わらせてそそくさと帰るつもりなんだろ?」

「そんなところ」

彼女はフフッとあざ笑う。

「そんなことはさせないぞ、華を誘拐した上に宝石を盗んだ。あの宝石は君たちのじゃないはずだ!」

ドクターが彼女に言い寄る途中、突然空から轟音が響いた。警察署の人々は爆発かと身構えるが、ドクターだけは窓から身を乗り出して空を見た。

「今の音は何だ!?」

「ワープドライブによる……ソニックブームってところだ!」

「ソニックブーム!?」

「怪盗ドクターの船が戻って来たってことだ!」

ドクターは窓から外を覗く。ゴンも同じようにして空を見ると、そこには黒く円錐のような形をした巨大なUFO、怪盗ドクターの宇宙船が浮かんでいた。

「イエローラフを盗んで戻って来たんだ、サイレンスバイオレットを奪うために!」

「あんなの、一体どうするんだ!? 戦車か何か持ってきて撃ち落とすか!?」

「見た目は……なかなか古いが、地球の兵器で撃ち落とせるほど脆くはないだろう」

ドクターは浮かぶUFOを観察しながらそう語る。

「それに華だって中に居るはずだ、手荒な真似はできない」

「その通り。だから私と宝石だけ取って帰るわ。もちろん地球に攻撃なんてしない」

怪盗ドクター、彼女はそう話しながらドクターの後ろに立っていた。

「またいつの間に手錠を!?」

「手癖が悪くて」

再び、外から轟音が響き渡る。船のエンジン音か、それとも何かの合図だろうか。

「君は宝石を盗むことを『金のため』と言った。どうしてその五つの宝石なんだ? 宇宙には溢れんばかりの宝石がある、ブルーティアーズやサイレンスバイオレットはそこまで貴重なものとは思えない。それに一体誰が最初にこの宝石を持ってた? なぜこの宝石がターゲットなんだ?」

「知らないわよ、貴重なモノなのよ。それに宝石は綺麗だからこそ価値がある」

そう語り、彼女は大きく腕を広げて空を仰ぐ。

「もう終わったよ。早く私を連れて行って」

「待て待て、それだけじゃない、これらにはある共通点が……」

ドクターがそう言おうとした瞬間、彼は突然青い光に包まれた。

その言葉が続くことなく、まるで煙のように消えてしまった。ゴンはそれを見て目を丸くして驚いた。

「おいドクター!? どこに消えたんだ!?」

「どうして私じゃなくて彼を……?」

怪盗ドクターは、ポケットをまさぐり、あることを考える。

「まさか……」

 

 

「うおっ!?」

暗闇の中にドクターは放り出された。その時に一瞬壁に触れた際、冷たさを感じた。ここは恐らくあの宇宙船の中だろう。

「今のはテレポートか……、だけどどうして僕なんだ?」

暗闇に目を慣らし、先に進もうと思った瞬間、突然まばゆい光に照らされた。

「手荒なテレポートで申し訳ない。まさか彼女ではなく君をテレポートしてしまうとは」

光の先から、額に三つ目の瞳のついた、緑色の肌の男が現れた。

「君は誰だ? もう一人の怪盗ドクターか?」

ドクターは手で光を隠しながら、彼に質問した。

「いや、私は怪盗ドクターのパトロンを務めているロベルクだ。もう一人の怪盗ドクターは彼だ」

ロベルク、そう名乗った彼が隣に立った一人の少年を紹介した。人間のような見た目ではあるが、彼もまたスティールフォルムのはずだ。

「なぜわざわざ二人で活動させない?」

「俺よりもアイツの方が行動派だからな。俺は非常時にしか出ない。妹は無事か?」

彼は心配そうな目をしながらも、ドクターを敵対視しながら聞いた。

「危害は何も加えてない。スティールフォルムの兄弟とはね、間違えて僕をテレポートしたのか?」

「いや、厳密にはサイレンスバイオレットを所持している者をテレポートさせた。彼女が成功させていると思ったが、まさか失敗していたとは。ここに来たということは、君が持っているんだろう?」

ロベルクは三つ目の瞳でこちらを見つめながら、手を差し伸べるように出している。

「渡せと言うのか?」

「もちろん。彼女を解放してほしければね」

そう言うと、スポットライトに当たるように、暗闇の中から華が現れた。

「ドクター!」

「華! 無事だったか!」

「無事だけど二日ぐらい椅子の上に座りっぱなしだったから、もうヘトヘト……」

「拷問を受けていたわけじゃなさそうだな、良かった」

ドクターは華の様子を見て安堵するが、一番問題なのは交換条件だと言う事だ。

「彼女を解放したければ、サイレンスバイオレットを渡してくれ。約束は破らない」

「華をそのまま攫ったのは人質にもできるからか。用意周到だな」

「お前が持っているのは分かっている」

「ああその通りだ。ほら、これがサイレンスバイオレットだ」

そう言うと、ドクターはポケットから紫色の宝石を取り出す。この場の光を集めて眩く光っており、華はそれを見て一瞬目がしぼむ。

「華の方が大事だからな。これを君に渡すことに決めたよ」

「良い判断だ。早くこっちに」

「しかし、その前に一つ聞いておきたいことがある」

そう言うと、ドクターはサイレンスバイオレットを後ろに隠すようにして彼に迫る。

「これまでに盗まれた五つの宝石について少し調べてみたんだ。ターディスで半年ほど前に地球に落ちた五つの宝石がどこから来たのか調べてみたが、太陽系近くを周回する船が撃墜された際、地球に落ちたと分かった」

「それがどうした?」

ロベルクは神妙な面持ちで彼を見る。

「その船は厳重に守られた、いわば宝石を守るための護送船だった。不思議だろう? いくら価値があるとはいえ、宇宙のあちこちにある宝石をわざわざ厳重に守るだなんておかしい話だ。しかも大量の宝石じゃない、たった五つだけの宝石のためだけに!」

「何が言いたい?」

もう一人の怪盗ドクターも彼を見つめている。

「地球に落ちた五つの宝石はただの宝石なんかじゃない、強大なエネルギー源だ。ブルーティアーズは惑星ミッドナイトの放射線をたっぷり溜め込んでる。そしてサイレンスバイオレットはその内に時間を歪ませるほどのヴォルテックスエネルギーを持ってる。宝石の姿をしているが、これらは紛れもない兵器だ」

そう言うと、ドクターは笑いながらサイレンスバイオレットをひらひらと躍らせるように見せつける。

「お前たちは護送船を襲撃し、これらを奪おうとした。しかし失敗し、地球に落ちてしまった。それらを拾い集めに行ったが、まさか地球人がそれらを貴重なものとして保護し始めたのは予想外。そこで半年ほどの準備をかけて奪い始めたってわけだ」

「もしそれが本当だとしてどうするつもりだ? 渡さず、彼女を取り戻さないのか?」

「まさか。渡すよ」

そう言うと、ドクターはロベルクにサイレンスバイオレットを投げ渡した。

「それじゃ、彼女を返してもらおうか」

「ああ、もちろん」

ロベルクが指を鳴らすと、椅子に縛られていた華の縄がほどかれた。そのまま華は立ち上がってドクターの元へ駆け寄った。

「ドクター!」

「華!」

二人は再会を祝すように、強く抱き合った。

「ちょ、痛いって」

「正直、最初は君が死んだかと」

「いつものことでしょ。ほら、私は無事! でもあれ以上座ってたらエコノミークラス症候群になってたかも」

ロベルクは手に入れたサイレンスバイオレットを眺めながら、恍惚とした表情を浮かべた。

「ロベルクさん、これでようやく仕事も終わり、ですね」

少年の怪盗ドクターは、彼を見つめながらそう呟いた。

「でもいいの? さっきの見る限り、怪盗ドクターが盗んでた宝石って危ないものなんでしょ?」

「もちろんだ」

「ならどうして渡したの?」

「君を解放するためだ。まず第一のプランはそれだ。第二のプランは……」

ドクターが目を向けたのは、ロベルクではなく少年の怪盗ドクターだった。

「ロベルクさん、早く彼らを返してファイラをここに戻しましょう。もう全部終わったんですから」

「ああそうだな。彼らを早く……返すとしよう」

しかし、変わらずロベルクは宝石を眺めるだけだ。

「君は五つの宝石に護送船のことを知ってたか?」

ドクターは少年に声をかける。

「知るわけないだろ、全部ロベルクさんの案だ」

「なるほど、君たちは彼の都合のいい道具って訳か」

「道具だと!?」

少年はその言葉に激昂し、ドクターに迫るが、ロベルクはそれを腕で制止した。

「三つ目に緑の肌。お前はベティーラ星のモルフォースだろう」

ドクターはそう呟くと、ロベルクは突然冷徹な目をドクターに向けた。

「それ何?」

「宇宙のヤクザってところさ。1000年生きる種族で、宇宙のあちこちに縄張りを広げてる。目的のためなら手段を選ばない冷徹な連中だ」

「だからどうしたと言うんだ?」

「お前の姿を見た瞬間に気づいたよ。少なくとも宝石は、ただ金のためだけじゃないってことを」

ロベルクの顔はだんだんと暗い顔へと変わっていく。暗くて分かりにくいこの空間でもそれがよく分かる。

「依頼人がこれを欲しがっていてね。時間はかかったが、ようやく手に入れた」

「子供の影に隠れて泥棒家業とは。一体誰がそれを欲しがってる? 報酬は?」

「ある富豪だよ。星をいくつも買ってる。報酬はこの仕事から解放され、穏やかに過ごすことだ」

「星をいくつも買うほどの富豪、ただの趣味のために五つの宝石を欲しがってるわけじゃない……そうか!」

ドクターは頭を叩いてロベルクの方に迫る。

「言った通り、五つの宝石は兵器だ、五つ集まることで強力な武器になる! 依頼人は星をいくつも買ってそれらを利用するつもりだ、放射線、ヴォルテックスエネルギーの詰まった宝石……、それらを使えば宇宙のほとんどを破壊できるほどのエネルギーにできる! つまりお前の依頼人の企みは……宇宙の支配ってところだ。もし宝石を保護するためなら、わざわざ裏社会の人間に頼んだりしないはずだ!」

ドクターの言葉を聞き、ロベルクは手を叩いて賞賛する。

「その通り。俺はその支配からは逃れ、死ぬまで平穏な生活を手に入れられる。600年もこの仕事を続けて、さすがに疲れてきたんだよ」

「平穏な暮らしのために、わざわざ子供を使うだなんて趣味の悪いヤツだ。しかも絶滅寸前の種族を」

「ロベルクさんを悪く言うんじゃない!」

その言葉に怒ったのは、ロベルクではなく、もう一人の怪盗ドクターである少年であった。

「故郷を失って、盗むことしかできない俺たちに道を示してくれたのはロベルクさんなんだ! ヤクザとかなんでも、恩人なんだよ!」

その言葉に、ドクターはつい言葉を失ってしまう。

「さすがだベルス。お前はいい子に育ったな」

「子供に泥棒させるのが良い子だと?」

「泥棒は元からだ、彼らの技術を見込んで拾った」

「利用するためだろう? スティールフォルムなんて都合がいい存在だ、お前のビジネスなら尚更だ」

「そういえばドクター、怪盗ドクターはエンタメとかなんとかって……」

「そうだ、宇宙の悪趣味な連中に向けた興行。それが怪盗ドクターの正体だ」

「興行?」

「よく悪趣味な富豪が貧民の命がけのゲームを楽しんだりするだろう? それみたいなものだ。怪盗としていろんな場所から華麗に盗む、そういうエンターテインメントだ。それを宇宙で放映してる。前に噂で聞いたことはあったが、裏がこうだとは」

「それの何が悪い?」

「実際に盗むんだ、犯罪だから悪いに決まってるだろ!? しかも子供を利用して!」

「俺たちは別に利用されているなんて……」

「君はまだ子供だから分かってないだけだ、星を失った孤児の能力を利用して犯罪ビジネス、いくら恩人であったとしても君たちのためにはならない」

その言葉にベルスは何も言えなくなってしまう。

「だ、だけど……、俺たちは……」

「本当にいい子だベルス。こんなに上手く育ってくれて本当に助かる。だが……」

ロベルクは彼の事を見ながら、ゆっくりと壁に取り付けられた装置に手を掛ける。

「まさか……やめろ!」

「仕事は終わりだ」

それに気づいたドクターが制止しようとするが、間に合わず装置のレバーを下ろされてしまう。

その瞬間、青い光が辺りを包み込んだ。

 

警察署の中では、空に浮かんだ宇宙船を厳重に警戒していた。

突然消えたドクター、そして残された怪盗ドクター。彼女は取調室に閉じ込められていた。

「全く、アイツはどこに消えたんだ……」

「……ロベルクさん、ベルス……」

そう呟く彼女の前に、突然眩く青い光が現れた。

そこから現れたのはドクターと華、そしてもう一人の怪盗ドクターだった。ドクターは現れた場所が悪かったのか、ゴンにぶつかって現れ、彼はその衝撃で机に頭を打って気絶してしまった。

「ああっ! マズい戻された!」

戻って来て早々、ドクターは机を殴っていら立ちをぶつけた。

「どういうこと!?」

「宝石が全て手に入ったから用済みになったのさ。だから彼も含めてここに追い出された」

ドクターは共に現れた怪盗ドクターに目を向けた。

「そんな、ただのミスだ! ロベルクさんが俺たちを捨てるわけがない!」

「ベルス、どうしてここに?」

怪盗ドクターは、ベルスと呼ばれたもう一人の怪盗ドクターの元へ駆け寄る。

「分からない、ロベルクさんがこいつらを帰すのに失敗して俺まで。大丈夫だ、きっと戻れる!」

彼は妹である彼女の肩を持って勇気づけようとする。

「残念だがそれはない。君たちは彼に捨てられたんだ」

「そんないい加減なことを!」

「いい加減じゃない! もし戻すならとっくに気付いて戻してる、そこの彼女も含めて!」

ドクターは置いてけぼりにされていた、女性の怪盗ドクターの方を見つめた。

「10年だ、俺たちはロベルクさんに拾われて10年も一緒だったんだ! そう簡単に捨てるはずない、俺たちはロベルクさんにとって必要なんだ!」

「モルフォースは1000年生きる、10年なんて彼らにとってはたった数か月だ」

「たった、数か月……?」

ベルスはその言葉に黙りこくってしまった。口を開けない彼の代わりに、もう一人の怪盗ドクターが静かに口を開く。

「私、船に戻されなかった時に気づいたの。ロベルクさんは、私じゃなくて宝石の方が大切だった。だから宝石を持っている人間をテレポートさせたんだって」

「そんなこと言うなよファイラ、ただその時の優先順位が……」

「拠り所が無いから、きっと利用したんだよ、その人」

華はその場に口を出した。

「悪い人にとって、弱い子供って利用しやすいんだと思う。あなたから身の上話聞いて思ったんだ。宇宙最大の戦争の被害者なら、きっと利用しやすいと思ったはず」

「ああ、だから悪い事でも何でも使える。時間をかけて世話すれば親のように思う。そこを利用したんだ」

「そんな……」

ベルスは地面に野垂れ込んだ。

「だが君たちはまだ子供だ、未来がある。だからそんな呪縛からは逃れられる。悪党なんかに利用されちゃいけない!」

その言葉に、二人は落ち込みながらもうなずいた。

「ところで、二人は“怪盗ドクター”っていうのが本名なわけじゃないでしょ? ドクターが三人なんて面倒で呼ぶの大変だし、名前教えてよ」

華は二人を励ますようにそれを聞いた。

「俺は……ベルス」

「私はファイラ」

「よろしくね、ベルスにファイラ。それでドクター、第二のプランって何?」

「第二のプラン?」

「うん、最初に言ってたでしょ、宝石を渡して私を解放するのが第一のプラン。その次は?」

ドクターは目をぱちぱちとさせながら、ベルスの方を見つめる。

「あー、それは……、君に反旗を翻して、宝石を取り戻させようって作戦だったんだけど、まさかあんな早く帰されるとは思ってなかったから……」

「えぇ!?」

「いや大丈夫だ、まだ終わったわけじゃない! ヤツは逃げたが、宇宙船の情報は取得できてる。ターディスを使えば追える!」

そう言うと、ドクターは部屋から出て行こうとする。

「君たちはどうする? ここで逮捕されてるか?」

ベルスとファイラは、拳を強く握りしめ、意志を強く持ちながら言い放った。

「もし俺たちの事を利用していたなら、ロベルクさん自身の口からそれを聞きたい」

「うん、私も。自分の目で見ないと」

「よし、それじゃあついてこい!」

4人はそのまま警察署に置いてあるターディスの元へと向かって行った。

「いたたた……、今のは何だよ」

ドクターのせいで気絶していたゴンが目を覚ました。辺りを見渡すと、怪盗ドクターがそこから消えていた。

「くそっ、逃げられた! おい、ついてこい!」

彼は外に居た他の警官を連れて怪盗ドクターを追うため、取調室から走って行った。

 




次回のチラ見せ

「僕はドクター。唯一無二のドクターだ」


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第十一話 THE PHANTOM THIEF'S NAME IS DOCTOR〈怪盗ドクターからの挑戦状〉PART6

これで今回のエピソードは終わりとなります。次回からはついに最終章!



 

「足早に逃げられる可能性もある、すぐに追う!」

ドクターたち4人は、警察署の外に安置しておいたターディスの中へと駆け込んでいく。

「すごい、こんな小さいのに広い……」

ファイラはターディスの中を見て、感嘆の声をあげたが、ベルスの方はそれを気にしている余裕は無かった。

「待てー! ドクター!」

ターディスの外から聞こえてきた声に、ドクターは扉から外を覗く。

「やはりお前もグルだったか、怪盗ドクターを返せ!」

「申し訳ないが警部、真犯人を捕まえるために同行してもらってるんだ。それまで待ってて?」

そう言うと、ドクターは扉を強く閉めて鍵もかけた。

「おい待て! 逃げるなーっ!」

ゴンはターディスに飛び移ろうとしたが、煙のように消えてしまい、そのまますり抜けてしまった。

 

 

「素晴らしいよロベルク。どこも視聴率がうなぎ上りだ」

「それはそれは。引退試合ですし、今まで以上に力を入れたおかげですよ。本物のドクターを使うのはやはり良いアイデアだった」

「ああ。良いオチを期待しているよ」

「それはもちろん」

宇宙船の中、ロベルクは操縦室で宇宙の果ての雇い主と連絡を取っていた。

「次こそ、宝石を落とさずに持ってきてくれよ」

「もちろん。ですが最後に一つだけテストをしたい。これが本当に本物かどうか」

ロベルクはサイレンスバイオレットを、ライトに透かしながら見つめる。

彼は自動操縦に切り替え、操縦席から立ち上がった。

「エネルギー残量は、100%。となると、再充填まで一週間ほどか」

紫に光るその宝石を見つめながら、黒い廊下を歩く。5メートルほど歩いた後、壁に取り付けられたギラギラとした銀色の機械のところで立ち止まり、それに手を伸ばす。

その機械の蓋が開かれると、そこには様々な色の宝石……、怪盗ドクターが盗んだものがそこに取り付けられていた。

ロベルクは、そこにサイレンスバイオレットを一つ取り付ける。その瞬間、機械は轟音と共に、宝石からエネルギーを引き出し始める。ロベルクはそれを見て口角を上げた。

「ロベルクさん」

轟音の中、誰かの声が確かに聞こえてきた。声がこちらに歩き、光に照らされると、それがベルスであると分かった。

「なぜここに?」

「どうして俺まで、あそこで捨てたのか知りたくて」

ロベルクは大きく息を吸って答えた。

「捨てたわけじゃない。もうこれ以上、お前たちを怪盗として扱うことに嫌気がさしたんだ。お前たちをこれ以上悪党として使うわけにはいかないとな」

「本当、ですか?」

「もちろんだ。10年間お前たちを育ててきた。だがもう私に頼って生きる必要は無い」

そう言うと、ロベルクは優しい顔で、腕を広げた。

「この星、地球は美しい星だ。黒くて汚い宇宙とは隔絶されている。ようやく見つけたこの星はお前たちにとって理想の世界だ」

「それは、そうかもしれないですけど……」

ベルスはその言葉に動揺していた。ロベルクからの甘い言葉。予想していた答えとは違ったのだ。

「だから、私の事は忘れて幸せに生きろ」

ロベルクはそう語り、ベルスの手を強く握る。

「それもまた嘘だ」

影の奥から、ドクターがファイラと華を連れて現れた。

「地球で幸せに生きろだと? 違うな、ただ地球に置き捨てるだけだ。用済みになったからな」

「部外者が勝手に妄想を語るんじゃない。私が彼らに向けている愛情は本物だ」

「だからといって何も言わずに地球に置いていくか? 金も文化も何も教えずにただ捨てるだけなんて! そんなのは愛じゃない、ただの厄介払いだ。それに一番の嘘はこれだ」

ドクターはソニックドライバーで、さきほどロベルクが操作していた銀色の機械の音量を上げる。

『エネルギー噴射まであと10分』

聞こえてきた機械音声。それを聞いて、ロベルクは不機嫌な顔を見せる。

「ただエンジンを作動準備しているだけだ」

「わざわざエンジンの作動に宝石を使うか?」

ドクターは機械の中を覗き、そこに置かれている五つの宝石に指をさす。

「この星に訪れた際にエンジンが故障したんだ。だから代用している」

「あの五つの宝石は大きなエネルギーを秘めてる。それをエンジンの代用にでも使ったらどうなると思う? エネルギーの噴射の余波で、地球は半分吹き飛ぶ! 地球もろとも彼らを消して、証拠隠滅でもするつもりか?」

「ひどい……」

華がそう呟くと、ロベルクは顔をしかめて頭を抱える。

「まったく、君たちの妄想もいい加減にしてほしいところだ。なぜ私のことを信じない? ただの子供の妄想に付き合っている暇は無い」

「言っておくが僕はただの子供なんかじゃない、ドクターだ。本物のな」

ドクターはロベルクに迫る。

「ドクター、そうか、ハッハハ、すっかり忘れていたよ。お前が“ドクター”だってことを!」

ロベルクはそう叫ぶと、ベルスを捕まえ、その頭に銃を突きつける。

「とっととこの船から降りろ! これは俺の船だ、お前らに乗る資格はない! でないとコイツの頭を吹き飛ばすぞ!」

「ロベルクさん!?」

「お前の言う通りさ、いい加減隠してたって何も変わらない。本当、お前たちはいい道具だったよ。だがもう用済みだ」

ロベルクは三つ目の瞳で睨みつけながら、ドクター達にも銃を向ける。

「とうとう本性を出したか」

「この仕事が終われば、余生は穏やかに過ごせる! 趣味の悪い連中の興行のために、子供をわざわざ育てる必要もなくなる!」

彼の顔からは穏やかな表情が無くなり、まさしく宇宙のヤクザらしい、凶悪な顔へと変貌していた。

「だからといって地球を吹き飛ばす必要は無い!」

「証拠隠滅だよ、ついでに厄介な連中も消せる。ジュドゥーンもまさか吹き飛んだ星から俺が逃げたと思わない」

そう語ると、ロベルクはドクターの足元に向かって弾を撃つ。

「ターディスがあるんだろ? それでとっとと逃げればいい。ここから消えろ!」

自分の知っているロベルクではないことを知り、ベルスはその目に涙を浮かべている。

「俺、拾って育ててくれたロベルクさんのことが好きだったんだ、だから俺、役に立ちたくてこの仕事をしてきたのに」

「そのために育ててきたんだ。まさか、俺にとって唯一の子供だと思ってたのか?」

ロベルクはにやけた顔でベルスの方を見る。

「これが最初じゃないな」

「ああ、何度もやってきたさ。怪盗稼業じゃないが、子供が主役だとみんな面白がって見るのさ。大人の汚いところよりも無垢な部分が貴重だからな」

「彼らはもう中学生ぐらいの年齢だ。もう無垢な子供じゃなくなる。だから捨てるのか」

「ああ。だが今回が最後だ。見逃してくれたっていいだろ?」

その言葉に、完全に彼への信頼を失ったベルスは、その怒りを表すようにロベルクの腕を強く握る。

「痛っ! 何するんだ!?」

「あんたのことは信じないってことだよ!」

そう言うと、ベルスの体がだんだんと緑色に変化していく。

「まさか、嘘、だろ……」

ロベルクは体から力が抜けていくように、地面に倒れ込んでいく。

ベルスの見た目は、完全にロベルクそのもになっていた。

「俺はスティールフォルムだ。自分から触れるなんて」

「作戦はなんとか成功、だな」

ドクターはベルスのもとへ駆けより、彼の肩を叩く。

『エネルギー噴射まであと7分』

しかし、装置は完全に停止したわけではない。ドクターは銀色の機械に向かっていく。

「ドクター、なんとかできそう?」

「ダメだ、既にエネルギーの10%が使われてる。もし宝石を取り外しても日本が吹き飛ぶぐらいの被害が出る!」

「10%でそんなに!?」

「宝石は全ての力を使えば宇宙を破壊できるほどの力がある、これだけで星にダメージを与えるのは容易い」

ソニックを照らし、なんとか無効化できないかするが、効果は無い。

「デッドロックシールがかけられてる! ああクソッ!」

機械はさらに轟音を上げていく。このままでは、エンジンの噴射によって地球が甚大なダメージを負ってしまう。

「エンジンの見たことも無い部分が使われてる。これじゃ解除できない」

ベルスとファイラも、機械を操作するが、ロベルクの隠していたこの機械には手も足も出ない。

「元のエンジンに繋げられれば、操作して宇宙でエネルギーを放出させられるんだけど……」

ファイラが、運転席の方を眺めながら操作する。

「元のエンジンとは遮断されてる。エネルギーが船内で逆流してるし、放出以外に方法が無い!」

ドクターが装置をいじりながら、頭を掻く。ここからではエネルギーを操作しようがない。

「そういえばさ、この宝石のエネルギーって何に使われるんだっけ?」

華がドクターの肩を叩いて質問する。

「船のエンジンに代用されてるが、立派な兵器だ。いわば宇宙クラスの核兵器ってところで……」

「そうじゃなくて、宝石一つ一つにどんな効果があるの?」

「例えばサイレンスバイオレットなら時空を歪ませられる。どの宝石も、時間や空間を物理的に破壊するための道具だ」

「それなら……」

華がサイレンスバイオレット以外の宝石を取り外し、装置を起動させる。

「何するんだ!? エネルギーが暴発するぞ!?」

「時空ごと暴発させたら?」

華がドクターに笑いかける。

「なるほど、そういうことか!」

 

 

『エネルギー噴射まであと1分』

「クソッ、あのガキども……」

あちらこちらが光る船内で、ロベルクはようやく目を覚ました。

「どこだ! どこにいる!」

転がっていた銃を手に、あちらこちらに銃を向ける。ドクター達はどこに行ったのか。少しの間探すが、どこにも居ない。

「どうせエンジンは停止できない、諦めて帰ったか」

ロベルクは銃を下げ、宝石の取り付けてある機械のもとへと向かう。

「50%分もエネルギーが使われているとは。地球ごと吹き飛ばせるだろうな」

機械に取り付けてあるエネルギー指標を眺めながら、ロベルクはほくそ笑む。このまま宇宙へ逃げ出せばいい。

小さく笑いながら、そこにある宝石を撫でようとするが、なぜか宝石に触れることなく、すり抜けてそのまま基盤に触れてしまう。

「何だ!?」

機械に取り付けられていたのは、宝石ではなく、ホログラムの投影機であった。ボタンを押すと、宝石のホログラムは消える。

「バカな、あいつら取り外して行ったのか!? だがエンジンは既に50%。今更どうしようも……」

しかし、一つだけホログラムではなかったものがあった。一番左に取り付けられている紫色の宝石、時空を歪める力を持つサイレンスバイオレットだ。

「まさか……!」

『エネルギー噴射まであと10秒』

「クソッ!」

ロベルクはサイレンスバイオレットを取り外す。

「残り9秒」

「8」

「このままじゃ……!」

ロベルクは操縦室へと急ぐ。

「7」

「6」

「5」

「4」

操縦席に座り、エネルギーを遮断するためのボタンを押す。

「3」

「2」

「1」

「間に合わな…」

「0」

その瞬間、船は紫色の雲のようなものに包まれ、嵐のような轟音と共に、光りながら消えていった。

 

 

 

「ロベルクの船はどこに消えたの?」

「時空の渦に飲みこまれた。行き場所は分からないが、少なくとも、現代の地球じゃないはずだ」

船からは遠く離れた公園。そこにドクター達は避難していた。ここからでも、船を消したあの紫の雲は濃く見えた。

「サイレンスバイオレットのエネルギーだけを使わせて船を渦に飲みこませるなんて、随分と酷いことを考える」

「ドクターが言ってたことを思い出しただけ。地球が半分吹き飛ぶよりはいいでしょ? 殺したわけじゃないし」

華はドクターの肩にもたれながら言った。

「ごめんね、恩人なのにあんなことになって」

華はベルス達の方を見ながら申し訳なさそうに言った。

「でもこうしないと俺たちは死んでた。むしろありがとう」

ベルスは、二人に頭を下げた。

「うん、むしろ巻き込んでごめんなさい」

ファイラも同じように頭を下げた。

「いいのいいの。私そんな過去のことは気にしないタイプだから。だけどこれからどうするの?」

「利用されてたとはいえ、犯罪者に変わりはない。まずは罪を償うところからだ」

ドクターはベルスとファイラに厳しい目を向ける。

「ちょっと! いくらなんでもそれは厳しくない?」

華がそれに反論しようとするが、ドクターは華の肩を掴んで言った。

「何の罪もない君を攫って利用したんだ。それに世界中を騒がせた。罪を償ってしかるべきだ」

「それはそうだけど……」

「いいんです、勝手にドクターって名前も使ったし。怒られても仕方ない」

ファイラは下をうつむきながら、悲しそうな目をしている。

「ああ。そうだ、自首しに行く前にこれだけは渡しておくよ」

そう言うと、ドクターは二人に船から奪った四つの宝石を投げ渡した。

「僕が持ってたってしょうがない。光り物は趣味じゃないから」

「でも……」

ベルスが返そうとするが、ドクターは受け取ろうとはしない。

「地球じゃ珍しい宝石だ。そこそこの価値があるから売ればいい金になる。地球で暮らすには不自由じゃない程度にはな。それと推奨するわけじゃないが、君たちは自分の種族の能力を活かさないのか?」

ドクターは頭を掻きながら二人にそう告げる。

「……ありがとう、ドクター」

「逃げるなら早くしろ、これで僕が警察を呼ぶ前に」

ドクターがターディスに取り付けられた電話に手を掛けながら言った。ファイラが最後に感謝を告げ、二人は宝石を手にどこかへと走り去っていった。

「正直じゃないね。素直に送り出せば良かったのに」

「相手はただのコソ泥だからな」

そう言うと、ドクターはターディスの中に入ろうとする。しかし、その瞬間大きな声が聞こえてきた。

「おいドクター! おーい!」

現れたのはゴンだった。部下を引き連れて現れた。

「怪盗ドクターはどこに行った!?」

「さぁ? 日本にはいると思うよ」

「お前、言ってたよな? 必ず怪盗ドクターを捕まえてみせると。それが解放する条件だ! この変な青い箱で早く連れてこい!」

「確かにそう言ってたな。じゃあ、捕まりに行くよ。ちょうど、こんなところにポリスボックスがあるわけだし」

そう言うと、ドクターはターディスの扉を開く。

「何だと? まさかお前が……」

「ああ、まさか僕がそうじゃないって信じてたのか? 残念、僕はドクター。唯一無二のドクターだ。ドクターと名乗るのは僕しかいない」

そう言うと、ドクターは華と共にターディスの中に入り、中から鍵を閉めた。

「おい待て! 逃がすかーっ! 出てこい怪盗ドクター!!」

ゴンはターディスを叩き、部下たちに開かせようとするが、びくともしない。

「いいの? あんな風にからかって」

「怪盗ドクターか。悪くない名前だ。僕が貰っておくことにしたよ」

「まさか、何も盗んでないくせに」

「いいや盗んだよ。これをね」

ドクターは操作盤をさすりながら、華にそう語る。

「えっ、ターディスって盗品なの!?」

「数千年前のことだ。もう時効だよ」

そう言って、ドクターはレバーを引く。ターディスはいつものエンジン音を立てながら、その場から逃げ去っていく。

「怪盗ドクターめ! 必ず捕まえるからなぁーっ!」

ゴンはドクターが消えた空に向かい、大きくそう叫んだ。

 

 

「私疲れちゃった。ベッドってどこにあるっけ?」

「突き当りを3回右に曲がればあるよ。」

ドクターはモニターを眺めながら、華に簡単に教えた。

「ありがと」

華がその場から消え、操作室にはドクターとターディスだけが残されている。

「裂け目、信号、僕の名前……」

シャウターが体験したものと、同じことを経験した怪盗ドクター。なぜ彼らの前に現れたのか? ドクターはレバーを引き、タイムウォーに巻き込まれた、スティールフォルムの星へと向かった。

 

全てが滅びた星、かつてスティールフォルムの栄えていたその星に、ターディスは大きな音を立てながら着陸した。ドクターは信号を探る機械を手に、そこに降り立った。

信号がわずかに残る、裂け目があった場所。そこを目指して歩き出す。もはや何もないこの星に唯一残った未知なるそれを探して。

数分歩くと、機械が大きく反応を示す。ドクターはそこにソニックドライバーを照らした。

「そうか、ここにあったのか」

目には見えないが、確かにここに裂け目が開いていた痕跡がある。ソニックがそう解析したのだ。

「音も拾えた」

ドクターはソニックドライバーを耳に当て、ゆっくりとボタンを押す。そこからは、裂け目から拾った音を聞こえた。

微かな声、誰のものか分からない声。それが聞こえてくる。それを聞き、ドクターはハッとした。

 

「ドクター、来い、ドクター」

 




「とても微弱なんだ。でも範囲が広い。グレイヴの発していた信号は確かに強いものだったが宇宙の果てまで届かないものだ」

「だけど裏にあった信号は宇宙の隅々まで届いてる」

「我々は信号を発する裂け目を見つけ、その先の世界を支配せよという指令を受けた部隊だ」

「……箱だ。箱が失われた」

「それは戦争の中失われた。史上最大の兵器。宇宙を支配することも、破壊することもできる」

「私は裂け目の向こう側の箱を目指してやってきた」

「裂け目の中で、あなたのことを知ったの」

「箱とは一体何なんだ? どうして僕の名前を裂け目は教えるんだ!?」


「僕が教えてあげよう。信号を放つ、その箱の正体を」

次回
LOST BOX〈ロストボックス〉


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第十二話 LOST BOX〈ロストボックス〉PART1

本家で言うところの「バッドウルフ」「嵐の到来」「パンドリカが開く」「ネザースフィア」にあたるエピソードです。
最終章の前編。いよいよ色んな謎が明らかにされます。されないところもあるかも……


 

古い木製の壁に寄りかかりながら、一人の医者は頭を抱えている。

「また例の奇病か。これで一体何人目なのだ?」

「これで10人目です、先生」

「そんなことは分かってる」

ナースの女性にそう告げられるも、彼の悩みはまだ尽きない。

この村の医者はただ一人だけ。厳密にはもう一人居たのだが、例の奇病にかかってしまったために亡くなってしまった。

今この村では、発症すると必ず死んでしまうという恐ろしい奇病が流行っていた。発症した者の年齢や性別に共通点は無く、かつ何を原因として発症してしまっているかというところが全く分からなかったのだ。

解剖してみても、唾液や血液を採取してみても、ウイルスや細菌は一切見られなかった。

発症した者は一切の免疫力が下がっていき、次第に衰弱していく。そしてそのまま死に至るのだ。

村の人々は今日亡くなった一人の患者を、村の中に作られた墓の中へ入れる。

それを見て悲しみのあまり泣きだす者、自分もこうなってしまうのではないかと恐れる者、無常さを感じてただ手を合わせる者。

この奇病の犠牲者に、村の人々は無力であった。

「あっ、お母さん、花が生えてきたよ」

「ええ、そうね……」

遺体を埋めたところから、すぐに花が生えてくる。バラの花に、ポピーにガーベラ。どれも美しい花ばかりだ。

「とっちゃダメ?」

「ダメよ、こんなもの……」

どれも綺麗な花なのに、どうしてとっちゃダメなのだろう? 花畑にあるような花と何も変わらないのに。

少女はそう疑問に思いながらも、母の言うとおりにすることにした。

「それではみなさん、神のところへお祈りへ行きましょう」

葬式も終わり、村の人々は長の言うとおりに“神”の元へと行くこととなった。

村唯一の医者でも分からない奇病。治療法も原因も一切分からない中、もはや頼りとなるのは神だけであった。

「綺麗な桜だね」

少女が指をさした先には、華やかに咲き誇った桜の木があった。

「本当に綺麗ね。あれが、神様よ」

母は桜の木に指をさす。これこそがこの村にとっての神であり、彼らの信仰対象なのだ。

「我々がこの星に亡命した頃、この桜の木は一晩で現れました。我らを見守るために現れたのです」

長が少女に近づき、この桜の木のことを語る。

「一晩で木が生えるなどということはありません。我々ですら大木となるのに数百年はかかります。しかしこれは一晩でこれとなりました。まさしく奇跡」

長の言葉を、人々はうんうんと頷きながら聞き続ける。

「この村を襲う奇病。これを打開するにはもはや奇跡に頼るほかありません。この奇跡の桜、我々にとっての神に祈りましょう」

その言葉と共に、桜の木に向かい手を合わせる。

この村が奇病から救われますように。願うことは皆ただ一つ。それだけを考える。

しかし、その静寂の中、少女がコホッと小さな咳をした。

「どうしたの?」

「う、ううん、別に……ゴホッ、ゴホッゴホッ」

最初は小さな咳だったが、突然それは大きな咳に変わっていった。それと同時に、少女の顔もだんだんと赤くなっていく。

「まさか……!」

「すぐに医者に診せなさい!」

長に言われ、母は少女を抱きかかえ、すぐさま医者の元へと連れていく。

行くまでの間、だんだんと少女の様子は悪くなっていく。咳は激しくなり、顔の色も赤というより、白くなり始める。

駆け込むようにして診療所に入り、医者のもとへ少女を連れていく。医者である彼も事態を察し、すぐに診察を始める。

「免疫力が下がっています。まさしく例の奇病です」

「そんな……!」

その言葉に、母は膝をつくようにして倒れこむ。

「この子は……、この子は死んでしまうんですか!? まだこんなに幼いのに!」

「しかし、そうは言われても……」

「何か、何か治療法はないんですか!? どんなに辛い治療でも、生きれる可能性があるなら構いません!」

「それがあるなら今頃誰も死んでいません。何も分からない、だからこの病気はここまで命を奪っているんですよ!」

彼女にだって分かっている。この病気がどうしようもないということを。彼女はただ娘のことを心配しながら泣くしかなかった。

医者に言われ、とにかく延命するためには家で安静にしていることと言われ、家のベッドに寝かせた。

「お母さん、体が……熱いよ」

「ごめんね、きっと治るから、頑張ってね」

免疫力が下がっているために、無理に冷やすことは逆効果だと言われたため、このままにしておくしかない。

娘の額をゆっくりと撫でていると、扉の開く音が響いた。

「本当か? 例の奇病にかかったって」

父が帰って来たのだ。椅子に座り、妻と面と向かう。

「本当、なのよ。他の人たちと同じように、咳が出て熱も出て、体が痛くなっていってるの。このままじゃ、同じように死んじゃう……」

心配のあまり、彼女はついに泣き出してしまう。夫に背中をさすられながら嗚咽している。

「きっと治る。そう信じないと治るものも治らないよ」

「そう、だけど……、でもどうやったら治るの? それが分からない、だからみんな死んでいるのに……」

「治療法、か……」

夫は窓からふと空を見上げた。自分たちと同じように、この空を見上げている者たちのことをふと思い出した。

「この村は小さい。きっと外ならこの病気のことが分かるかもしれない」

「それって……人間に頼るっていうこと?」

彼女の言葉に、夫はゆっくりと頷く。

「そんなのダメよ! きっと大問題になる、病気どころか、私たちが捕まるかもしれない! もし病気が治っても、幸せに生きていける場所が無くなる!」

「でもこのままじゃ何の希望も無い! 人間たちの間でなら治療法が確立しているかもしれない! そもそも、治療器具も何もかも少ないんだ、そんなところで病気が分かるわけない!」

「知ってるわよ、でも人間に頼るだなんて……」

遠い星から離れ、落ち着いたこの星へやってきた。人間たちに見つからないように必死に隠れながら生きてきた。だがそれももう限界なのかもしれない。

「そうね、あなたの……言うとおりね。何よりも生きることを考えないと」

「ああ。他のみんなにもそう言おう。人間だって全員が悪いわけじゃない、きっと俺たちに寄り添ってくれる人たちが居るはずさ」

その言葉に、妻は安堵し夫の胸に顔をうずめる。

「明日みんなに相談しよう」

「ええ。あっ、そのためにも神様にお祈りしなくちゃ」

人間たちのところで治療法が見つかりますように、そして娘の奇病が治りますように……。それを祈るために桜の木の元へ行くことにした。

娘も安静にしなければならないのだが、家から桜のところまではそう遠くはない。それに娘自身が祈らなければ、きっと意味は無い。そう思って娘も連れていくことにした。

星の輝く夜道。桜の木は星の光を反射して神秘的に光っていた。

「綺麗、だね」

娘は苦しいながらも声を引きずり出すようにして一言呟いた。

「お祈りしましょう。神様、病気を治してくださいって」

「うん」

お母さんの言った通りに、「神様、病気を治してください」と頭の中で何度も繰り返しながら、回復を祈る。

「さぁ、あんまり長居すると体に悪いから帰りましょう」

父と母に両手を繋がれ、帰り道へと着く。

「ね、ねぇ、お母さん……」

「何?」

「おかあ、さん……」

娘の様子がおかしい。先ほどよりも具合が悪そうだ。やはり無理に来させたのが悪かったのだろうか。そんなことを考えながら娘をそっと抱きかかえる。

「大丈夫、お父さんが抱えていくから」

「う、うん……」

父の背中に乗る。父の背中は好きだ。暖かくて広いから。だからいつも眠ってしまう。

「ミア、大丈夫だからね」

夫の背中で眠る娘の背中をゆっくりとさする。

やがて家族は家の前へと着いた。

「ほら、ミア起きて。家に着いたよ」

父が背中から娘を下ろそうとするが、起きる気配が無い。

「どうしたの? ほら、起きて……」

父の背中からはがすように下ろした瞬間、彼らにとって恐ろしいものがそこにはあった。

「嘘でしょ……!?」

「おい、しっかりしろ!ミア!ミア!」

娘はぐったりとしており、何の反応も無い。いや、それどころではない。

「嫌、ミアーっ!」

娘の顔からは、とても綺麗なバラの花が咲いていたのだ。

 

 

 

「ハッピーバースデートゥーユー、ハッピーバースデー、トゥーユー、ハッピバースデーディアお父さーん、ハッピーバースデートゥーユー!」

誕生日の歌の後に、父の吹く息が暗闇を照らすろうそくの火を消した。

「お父さん、40歳の誕生日おめでとう~!」

華はどこからともなくクラッカーを取り出してそれを鳴らした。弟の純一も同じようにそれを鳴らした。

「俺、今日で40歳だっけ?」

「40歳! 全く、忘れないでよ」

妻の一言に、父は照れながらろうそくを一本一本ケーキから外していく。

「しかし、父さんも誕生日の日に大きい仕事は決まるなんてね」

「ああ、これまで以上に家族の事を支えていくよ」

父はそう胸を張りながら、ろうそくを全てケーキから取り外し終えた。

「確か開発チームのリーダーだっけ? すごいよね~、ねぇパパ、もし出来たらでいいんだけど、次の新作、発売前に遊べないかな……?」

華は甘い顔で父にそれを頼もうとするが、手を前に出されてキッパリと断られてしまう。

「ダメだ。リークさせたら俺のクビが危うい」

「ケチ~、じゃあこのプレゼントあげないからね!」

華は手に持ったプレゼントを背中に隠そうとする。

「いや、それは困るな……」

父が華の手からプレゼントを貰う、というより奪おうとしているのか。そんなことをしている中、突然誕生日パーティの中にピンポーンと家のベルが鳴る。

「私が見てくる。まだプレゼント開けちゃダメだからね」

華はそう言ってプレゼントの箱を椅子に置いて玄関へと走っていく。

扉を開くと、そこには見慣れた顔が。

「やっぱり、この時間に来るやつなんてアンタだけだと思った」

玄関の前に居たのは、やたら得意げな顔をした少年、ドクターだ。

「やぁ華。今日の夕飯の献立は?」

「豚の角煮。いつも誰かの誕生日の日には角煮なんだ。まさか食べに来たの?」

「いや、ちょっと聞いてみただけ。用事は他にある」

そう言うと、彼はポケットから到底その中に入っていたとは思えないほどの大きな機械を取り出した。

「それ、例の信号を追う機械?」

「ああそうだ。実はその信号をついにキャッチすることができてね。例の裂け目から出てるっていう信号さ。怪盗ドクターの事件のおかげで、より絞り込むことができたんだ」

グレイヴが学校を襲ってから、ドクターはしばしば謎の信号のことを追っていたのだ。どうやら裂け目から出ているという話だったが、ついにそれが見つかったらしい。

「まさかそれを一緒に探しに行こうって?」

「それもあるが、実はその信号はあるものを経由しているらしくてね。中継地点ってやつかな」

「それって何?」

「ターディスで調べたところ、どうやら華の家にあるらしいんだ。だからお邪魔するよ。あっ、夕飯ならさっき食べたから要らない」

そう言うと、ドクターは靴を脱いでずかずかと華の家の中へと入っていく。

「あっ、ちょっとまだ入って良いって言ってないんだけど!」

そんな彼女の制止も聞かず、ドクターはずけずけと奥へと向かっていく。

「あっ、仁くん! どうしたの、まさか今日も夕飯を食べに?」

「いや、この家に用事があって」

「家に用事? まさか前に来た時の忘れ物?」

「まぁ、そんなところです」

母の問答に適当に返事し、ドクターはソニックドライバーと信号の機械を光らせながらキッチンや寝室を次々と探し回る。

「仁ちゃん、俺の部屋はダメだからね」

純一が自分の部屋まで探られないために、部屋の前に立って門番を務める。

「君の部屋に用事は無いよ。どうやら華の部屋か」

そう言って今度は華の部屋へとずけずけ入っていく。それを見て父は、どこか不思議そうな目で見つめている。

「ちょっとドクター! 女子の部屋に勝手に上がりこまないでよ! 第一、うちの家に中継地点なんて無いから!」

「そうは思っても、知らない間にエイリアンが入り込んでて置いてったかもしれないぞ?」

「その可能性はあるかもしれないけど、せめてもうちょいデリカシーを気にしながら……ってああそこはダメ!」

華が急いでドクターの開こうとしたタンスを閉める。

「なんでダメなんだ?」

「そこ下着入ってるから! これはもう明らかなセクハラだから!」

「君の下着なんて興味ない。興味あるのは信号の中継地点だ」

「き、興味ない!? それはそれで失礼なんですけど!」

華はプンスカと怒りながらドクターの頭を叩く。次にドクターが開いたのは押し入れだ。

「その中、別に面白いもの入ってないよ? 読まなくなった図鑑、とか辞書とか、あと古いゲーム機とか」

「古いゲーム機?」

「うん、プレステ1とか64とか」

「たった20年前だ、そんな古くない」

「2000年も生きてるエイリアンにとったら古くはないかもね」

すると、ドクターは奥から古ぼけた辞書を取り出してきた。

「広辞苑、1996年か」

「お母さんのお下がりだよ」

「どうやら、この中に例の中継地点が……」

ソニックドライバーを光らせながら、辞書のページを次々とめくっていく。そこの200ページ目に、一本の押し花から作られたしおりが挟んであった。

「どうやら、これが例の信号の中継地点らしい」

「そのしおりって、もしかして……」

ドクターの手からそのしおりを奪い取り、華がじっくりと眺める。

「前に話したよね、お父さんがお母さんにプロポーズするときに渡したバラの花。それがしおりになってるって」

「そういえばそんな話してたな」

「それがこれなんだ。最近見ないなと思ったけど、辞書に挟んだままだったんだ」

ドクターはふとそれが使われていた200ページ目を見る。そこには「祈り」という言葉があった。

「でも、どうしてこれが中継地点なの?」

「さぁ。とにかく例の信号はこれを中継してどこかからか発信されてる。これを使えばようやく本体に出会えるってわけさ」

「この花が? 不思議なもんだね」

「じゃ、とにかくこのしおりは貰っていくよ」

「ちゃんと返してくれるならね。でしょ?」

華はしおりをドクターから遠ざける。

「ちゃんと返すよ。何か返さなかったことあったか?」

「それは特に無いけど。でも心配だし、私もついていくから」

「こんな時間に?」

今は夜の9時。子供が出かける時間帯ではない。

「一応うちの家族にとって大事なものなんだから。監視する人がいないと」

「僕は構わないけど、ちゃんと親に言い訳考えておけよ」

「そりゃもちろん」

そう言って、二人は部屋から出て玄関へと向かっていく。

「ちょっと華、どこに行くの?」

やはりというか当たり前だが、母から呼び止められる。

「ちょっとだけ夜風に当たって来る。仁が夜暇だって言うからさ、少し付き合うだけ」

「プレゼントはどうするの?」

「私が帰ってくるまでは開けないでおいて!」

そう言って、華はドクターと共に玄関の扉から外へと出ていく。

「変なことすんなよー」

「しないっての!」

純一の冗談につっこみながら、いつもと同じように、これまでと変わりない日常のように、外へと出かけていく―――

 

 



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第十二話 LOST BOX〈ロストボックス〉PART2

シリーズのクライマックスにはそれまでの出来事や展開が大きく関わって来るもの。
今回はそんな感じです


 

ドクターがターディスのレバーを引くと、いつもと同じように激しいエンジン音と共にどこかへとワープしていく。

「しかし来て良かったのか? プレゼントってことは誰かの誕生日だったんだろう?」

ドクターが持ち手を掴みながら華に話しかける。

「うん、パパの誕生日」

「尚更、お父さんが悲しむぞ」

「大丈夫! これタイムマシンでしょ? 10分後ぐらいに戻れば問題ないって。それで、信号の発信源ってどこにあるの?」

すっかり華もターディスに詳しくなった。ドクターはフフッと笑って華にモニターを見せる。

「新宿だ。けどそっから先の細かい位置の特定はできなかった。だから降りて探す」

「新宿か……」

数秒経つと、ターディスの揺れがようやく収まる。どうやら新宿に着陸したらしい。

「歌舞伎町の方面じゃないといいけど」

そう呟きながら、押し花のしおりを持ち、ターディスの扉を開いて外へと出ていく。彼についていくように華も外へ。

「新宿なんて初めて来た」

新宿駅前。夜の9時だというのに、町の人々は忙しない喧騒の中を歩いていく。どのビルもライトを照らしていて、昼間よりも眩しいぐらいだ。

「意外だな、来たことなかったのか?」

「私は地元で色々事足りるから。それに遊園地とかも無いし。どっちかというと大人の遊び場って感じでしょ?」

「確かにその通りだ。中学生が遊びに来るような場所じゃない」

華はふと気になってターディスのほうを見る。新宿駅前の小さな建物のくぼみに、ぴったりとターディスが着陸している。

「あんな堂々と人前に出てきたのに、誰にも気づかれてない」

「みんな気にしてないだけさ。青いボックスを気にしているほど暇じゃないのさ」

そう言ってドクターはソニックドライバーを光らせながら、人の流れとは逆方向に進んでいく。

ドクターはそんなことを言っていたが、彼を追いかける途中何人かはスマホでターディスの写真を撮っていた気がする。

「ドクターは新宿初めて?」

「いや、前に何度か来たことがある。エイリアンの基地が新宿にあってね。その時以来かな」

「こんなところにまでエイリアンが来るんだ……」

「地球全体をダーレクに襲われた時は新宿どころか日本全土にエイリアンだ。よくあることさ」

そう呟きながら、ドクターは繁華街から少し離れたところへと向かっていく。

その途中、華はドクターの持つしおりの花に目を向けていた。それを見てあることを思い出す。

「そういえばそのバラの花、実はパパが公園でとったものなんだって」

「公園?」

「うん、お母さんへのプレゼントを考えてたら、とても綺麗なバラの花が咲いてたからそれを摘んだんだって。勝手に摘んだなんてダメでしょ、ってその後ママに怒られたらしいけどね」

「公園の花は公共のものだ、勝手に摘んだらそりゃあダメだな。酔っぱらってたんだろう」

今度は古ぼけた建物同士の間の路地へと入っていく。

「つまり、ドクターが今目指してる場所は違うんじゃないかなって思ったの。こんな路地に公園があるわけないでしょ、しかもこんな大都会で」

もし父が摘んだバラの花が、何かしらの信号の中継地点であるのなら、その発信している本体は公園にあるはず……。そう思って路地に入るドクターを止めようとするが、ドクターは一切止まる気配がない。

「あくまで中継地点だって言ったろ。その公園に本体があるかどうかわからない。もしかしたら地下にエイリアンの基地があるかもしれないからな。この先がその入口かも」

ドクターの進んでいく暗い路地には、グラフィティがあちこちに見られた。警察も巡回で来るような場所ではないのだろう。こういった場所には危険な輩が居そうで不安だ。そんな気持ちをなんとかドクターに気づかれるように示して見るが、ドクターは気にせず進んでいく。

「もう、だからこんなところが怖いんだってば!」

そう言ってドクターを追おうとした時、ふと横に白で描かれたグラフィティが目に入った。

LOST BOX(ロストボックス)……、ゲーム好きな人も来るんだ」

こんなところには似つかわしくないゲームのタイトル名。それが路地の中に一つ大きな文字で描かれていた。

しかしこんなものに気を取られていてはドクターを見失ってしまう。追いかけようと向きを変えるが、ドクターは進むことなくそこに立ち止まっていた。

「どうしたの?」

「行き止まりだ、ここで終わり」

ドクターの前にはパイプや当分の間使われていなかったであろう、古ぼけたゴミ箱が黒い壁の前にあった。

「やっぱり。きっと道を間違えたんだよ。行き先は公園だって」

彼の裾を引っ張って戻ろうとするが、ドクターは壁を見つめながら動こうとしない。

「いや、この先だと示してるんだ」

「じゃあ、この建物の中?」

「いや、違うな」

そう言うと、ドクターはゴミ箱を持ち上げてどかし、壁の前に立った。

「これは人を騙すための壁さ。ここはもう行き止まりだと思わせて引き返させるための」

ドクターはソニックドライバーを壁に向けて光を放つ。すると壁はオーロラのように揺れたかと思うと、突然目の前から消え去った。

「知覚フィルターだ」

そう言うと、ドクターは壁のあった場所へと進んでいく。この道の先は真っ暗で何も見えない。

「ちょっと待ってよ!」

こんな暗闇の中で見失ったら困る。華はドクターの服の裾を掴みながら先へ進んでいく。

1分ほど暗闇の中を歩いていると、目の前に白い光が見えてきた。この先が出口だと言うので、そこへと進んでいく。

やがてその光は大きくなっていき、ようやく暗闇から解放される。

 

そこは新宿には到底あるとは思えない、とても大きな緑の平原と、巨大な花畑が広がっていた。空の星は都会の明るさに潰されることなく輝いている。

「綺麗……。でもどういうこと? どうして新宿にこんな場所が?」

「あの壁の先にあったのはワープトンネルみたいなものだろう、別の場所と場所を繋ぐね。ここは新宿じゃない別の場所だ。けどトンネルの構造からして、地球上には間違いない」

そう言うと、ドクターは平原の地面にジャンプして飛び乗る。

「なら最初からここに来ればよかったのに」

「この辺りは一面が知覚フィルターに覆われてる。ターディスじゃたどり着けないよ。千里の道も一歩から。自分の足で来ないとな」

今度はソニックドライバーを地面に向けている。

「土、雑草。普通の地面だ」

ドクターは土と雑草を口に入れてそれを確認する。華はやめなよと肩を叩いた。

「もしかして、お父さんはここに迷い込んだのかな。ここのことを公園って勘違いして」

「やっぱり酔っぱらってたんだろう。じゃなきゃこんな広い場所を都会にある公園とは勘違いしない」

平原は地平線が見えるほど広かった。本当に地球の上なのか疑問に思うほど、とても綺麗だった。

そんな平原にある花畑の近くに、何やら建物らしいものが見える。

「ねぇドクター、例の信号ってあっちからじゃない?」

「村、みたいだな。知覚フィルターが使えるんだ、相手は地球人じゃないはず。細心の注意を払って忍び込んでみるか」

二人は遠くに見える村に向かった。そこにはエイリアンでも何でも、誰かがいると思ったが、何の声も音も聞こえてこない。門番や警備の者なども見当たらない。

「こんな夜だし、みんなもう寝たのかな」

「さぁ。夜に寝る種族なんて地球人ぐらいなもんだけど」

音を立てないように、ゆっくりと村の中へと忍び込む。どれも木製だが、家の形がどれも不思議だった。どれも丸いのに、とても綺麗な木製だ。そして何より不思議だったのは……

「どうして村中に花が生えてるんだろう」

壁、地面、いたるところに花畑と同じような花が咲き誇っていた。

「バラの花もある……、やっぱりお父さんはここで花を摘んだんだ」

「良かったな、公園じゃなければ勝手に花を摘んでも問題はない」

そう言いながら、ドクターはソニックドライバーをぐるっとあたりに向ける。

「どうやらこの村には誰も住んでないみたいだ、植物を覗いて生命反応はゼロ」

「じゃあ、既に誰かがここを捨てたってこと?」

「どうやらそのようだ。だとしても不思議だ、もしここを離れるなら、新宿に繋ぐワープホールは遮断させてもおかしくないのに」

その疑問に答える者は誰も居ない。ここは無人の村だ。しかしそれにしては静かすぎるとドクターは疑問に思った。

鳥なり、何かしらの動物が住んでいたとしてもおかしくないのだが……

「どうしてこの村から人が居なくなったんだ? 一体誰が信号を……おっと」

ドクターは目の前に藤色の十字架らしきマークのある建物へと入っていく。

「そこ何?」

「病院、もしくは診療所だ。何かあるかも」

華は入って行く彼を一瞥し、反対側の建物を見る。

その空いているドアからは、花がまるでツタのように外へと伸びていた。病院に入っていくドクターよりもそれが気になった華は、その花を辿るようにして中に入っていく。

一方、病院の中に入って行ったドクターは、診察室らしき場所に一枚の手帳が落ちているのを発見した。

それに書かれた、まるでミミズが走ったような文字は、ターディスの自動翻訳機能で日本語へと変わっていく。

 

『3月10日、つまり昨日のことだが、奇妙な病気を発見した。患者は具合が悪く、咳が止まらないとして訪れたのだが、いくら診察してもウイルスなどが見つからない。いうなれば、原因が一切不明なのだ。疲れなどがあるかどうかも聞いてみたが、特に体を壊すようなことはしていないのだと言う。一旦家で安静にしているようにと命じ、その日は帰らせた。

そして今日、突然村が騒ぎ出した。なんと昨日訪れた患者が今日突然眠るように亡くなったのだという。私はもっとしっかりと診断するべきだったと後悔したが、エル、つまり私の同僚のドクターは君のせいではないと言ってくれた。しかし原因が気になるので、彼は亡くなった患者の事をより調べるのだという。』

 

『3月15日、突然エルが亡くなった。おとといから具合が悪かったようだが、本人は免疫力が下がっただけだ、すぐに治ると言っていた。それが結果としてこうだ。まさか、この前亡くなったあの患者から病気を移されたのだろうか? 調べてみると言っていたのだ、もしかすると私たちですら知らない、この星のウイルスなのかもしれない。』

 

『3月21日、あれから何度か調べてみるが、やはりウイルスや細菌の気配はない。少なくとも感染するような病気ではないらしい。となると、なぜあの二人が同じような症状で死んだのだろう? ただの偶然か、はたまた何かの仕業か……。』

 

『3月22日、亡くなった二人と同じ症例の患者が今日は三人も訪れた。彼らに協力を仰ぎ、最初に亡くなった患者とどんな関係性か、体に悪いような何かをしたかを聞いてみたが、どうやら最初の患者とも関係は無く、そもそもその三人の間は赤の他人であった。よりこの病気のことが分からなくなった。』

 

『3月25日、訪れた三人も同じように眠るように亡くなった。やはりウイルスや細菌は見つからず。ただ共通点としては免疫力が皆下がり、衰弱の末に亡くなったのだ。一体何故こんなことに? ともかく既に死者は5人。これは間違いなく今までない奇病だ。早く解決しなければ、この村が危うい。神頼みなど好きではないが、私は村の先にある、桜のご神木に手を向けた。もし神が本当に居るのなら、私たちに力を貸してほしい、苦しむ人々のために。』

 

 

華は建物の中に入り、辺りを見渡している。

どうやら人の家のようだ。どれも木製でできている。まるで大昔のようだ。ひょっとすると、ここは過去の世界なのだろうか? しかし、それにしては見たことのない建築様式だな、と思いながら観察する。

ペンや手帳、椅子など、どれも見たことのないデザインだ。やはりエイリアンの村なのかもしれない。

そしてどれもが綺麗な花に囲まれている。しかし、古い建物でツタなどが絡むことはあっても、ここまで花が咲くことはあるのだろうか? そう思っていると、ふと溢れんばかりの花に囲まれている何かを発見した。

「何だろう……」

ゆっくりとその花をかきわける。するとそこには……

 

 

『4月23日、ミアちゃんが亡くなってから、前以上に奇病の報告されるペースが上がってきている。長はついに折れ、ようやく人間たちにこの病気のことを聞きにいくことを決定した。これでこの村を襲う奇病は治るのだろうか。そしてついに今日、私は患者たちと同じく奇病になってしまった。私は長く生きた、きっと助からない。だが必ず彼らが人間の世界で治療法を見つけてくれるはずだ。それを祈ろう。我々ウディークをどうか、どうか救ってほしい。せめてこの命が終えてしまう前に、そう神に祈るとしよう……』

 

「ウディーク、ここはウディークの村か。だから……」

手帳を閉じ、机に置こうとした瞬間、外から華の叫び声が響いた。

「華!?」

ドクターはすぐさま診療所から出て、華のもとへと向かう。

花を辿り入って行った建物の中で、華は壁によりかかるように驚いていた。

「どうした、一体何を見たんだ!?」

「ひ、人の死体……!」

ドクターは華の見つめる花の塊に手を伸ばした。花の群れをかきわけると、そこには茶色い人の顔があった。

「様子がおかしいけど、人の死体だよね!?」

「人によく似てるが……、体は木製だ」

「木製? じゃあ、ただの木の人形ってこと?」

「いや、植物型のエイリアン、ウディークさ。体が木で出来てる。死体に間違いはないけどね」

そう言って、ドクターは花を元に戻す。

「でもどうして花に囲まれて死んでるの? ……まさか、この花が危険なエイリアンなんじゃ!?」

怯える華だったが、ドクターは反してあまり危険視していないようだ。

「人間も含めて、動物は死ぬとウジが湧くだろ?」

「うん」

「ウディークの場合はそれが花なんだ。死ぬと体から生えてくる」

「じゃあ、この村のあちこちに花が咲いてるのって」

「全員死んでるってことさ。花畑はきっと墓だ」

花こそ、ウディークにとっては死の象徴。つまりこの村は今、死体の山に囲まれているということだ。

「そんな……」

「しかし、村を覆うほどの花だ、この村に住んでたウディークは全滅したんだろう」

「全滅って一体何に? エイリアンの攻撃?」

「いや、奇病だとさ」

ドクターは持ってきた古ぼけた手帳を華に見せる。

「この村に住んでた医者の日記だ。奇病は最終的にここの住人全てを殺した」

華は手帳を一枚一枚めくりながら、その内容を読み進めていく。

「ねぇ、ここに居て大丈夫なの? もしその奇病が私たちにも感染したりするなら」

「平気だ。それが起きたのは20年以上前、宿主は全滅、僕たちは感染しないよ」

「それならいいんだけど」

「だが一番はその奇病がどこから来たか、だ。一番怪しいのはアレだ」

そう言うと、ドクターは建物から出て、道の先にある、大きなものを指さした。

「木?」

村の先にあったのは、そこには花も葉もついていない、枯れてしまっている大きな木であった。辺りには古ぼけた、何かしらの儀式をしていたかのような装飾がされており、木はその中心に鎮座していた。

「あの木はこの村で神格化されていたんだ。枯れてはいるが、全盛期にはきっと大きな花でも咲かせていたんだろう」

「なら、ただのご神木じゃない」

「それは違う。例の信号はあの木から出ているんだ」

ドクターの持つソニックが、木に向けた時に大きな音を出す。あれに明らかに反応しているのだ。

「例の奇病の事が何か分かるかも。調べに行こう」

そう言うと、村の先にあるご神木に向かってドクターは足早に歩き出した。華は受け取った手帳をドクターに返そうとしたが、タイミングが合わなかったため、そのまま手に持って彼についていく。

「どんな場所にも、神を信じる文化は存在する。弥生時代もそうだし、宇宙にもね」

ドクターは木の元に到着するや否や、木の周りを回ってソニックで調べ始める。

「けど、場合によっては神だってことを利用したりもするよね。この木もそうなんじゃない?」

かつて、弥生時代の人々を騙したダーレクのことを思い出しながら、華がそれを伝える。

「……おかしいな、この木から何も反応が無い」

ドクターはソニックを見つめながら、怪訝な顔をしている。

「信号は出てるんでしょ? 中に機械が入ってたとか、そういうのは?」

「信号は出てるが、中から機械の反応は一切無い。だけどこの木は不思議なんだ、死んでる、というか……信号以外の一切を発していない」

「どういうこと?」

「植物と会話したことあるか?」

「無いけど」

「幼い頃にあっただろう、タンポポと喋ったりとかさ。想像力が豊かだと、植物と話せるんだ。植物型のエイリアンでなくてもね。植物は生き物だからな」

「そうなんだ。私は話したことないけど。ドクターは話せるの?」

「ああ。植物との会話は簡単だよ。100年練習すれば人間でも話せる。だからこそ不思議なんだ、この木にいくら話しかけても反応が無い」

ドクターは木に顔をくっつけて舐めたり、喋りかけている。傍らから見ればただの異常者だが、ドクターは指を立てるだけで天気が分かるほど、こういったことは得意なのだ。華はそんなことに疑問を抱かないまま、ドクターのことを見つめている。

「死んでるんじゃないの?」

「植物はなかなか死なない。見た目は枯れてても、季節が変われば花や葉っぱがつく。だけどこれは違う。まだ生きてるはずなんだ。この表面の光沢、大きさ、味どれにしても、まだ立派に生きてる木のはずなんだ。なのに……何の反応も無い」

ドクターは再び木を舐めるが、相変わらず不思議そうな顔をして木を見つめるばかり。

「それだけじゃない、奇病の原因となったウイルスなどの痕跡も無い」

「ならウイルスとかのせいじゃないんじゃ?」

「人々に次々と感染(うつ)って行ったんだ。そういったものではないと説明がつかない。この木は奇病と関係ないのか?」

ご神木は何も答えず、ただそこに無言で佇むのみ。

「この木はただの木じゃない。一体何なんだ……」

枯れているご神木。まだ生きているはずなのに、何の反応も無い。この木の事がドクターには一切分からない。

「きっとまだ見落としていることがあるはずだ。そうだ、まだ村の方に情報があるかも……」

そう言うと、ドクターはご神木に背を向けて村の方へ歩いていく。

「どう見ても、ただの木だけど……」

華はそのご神木に近づく。近くで見ると、思っていたより大きかったので驚いた。木の幹は、それこそ何千年も生きているからかとても太く、2メートル以上はありそうだ。

木の周りを周るように歩き、そのざらざらとした表面を撫でる。その途中、大きく出っ張った部分が手に当たる。

「何だろ、これ」

木の背後に、何やら奇妙な丸い突起が出ていた。それはまるで扉のドアノブのような形をしていた。

これはまさか扉だろうか? そう思った華はその突起に手を伸ばす。

 

『一週間前、平和に過ごす私たちの村で、突然大きな衝撃が村中を駆け巡った。すぐさま祖父である長と共にその衝撃のあったもとへ向かう。そこは我々が祭事に使う祭壇であった。なんとその祭壇を壊し、地面にめり込むように大木が現れていた。いつの間にこんなものが生えていたのだろうか? いや、落ちてきたのか? 大事な祭壇を破壊したその大木を切ろうとした瞬間、突如、枝から花が生えてきた。なんとそれは桜の花であった。桜の木は私たちの住んでいた星では、神そのものであるとされていた。あまりにも綺麗なので、その木を切り倒すという計画はすぐに立ち消えた。長はこの出来事を神の御業と判断し、この桜の木は我々を救いに来た、神からの手向けであるということになった』

 

「あの木は突然現れた……、妙だな、最初からあったんじゃなかったのか」

長のものと思われる建物に入っていたドクターは、そこで新たに発見した日記を読み始めていた。そのページを読み終わると、次の頁をめくる。

 

『あれから、神とされた桜の木に祈るという文化が根付き始めた。あれに祈ることで、神の加護や幸せを願うのだ。私も同じようにあの木に向かって祈る。行き場を無くし、辺境の星に住み始めた私たちを見守るために現れたに違いない。最近、体調の優れない私は、前のように元気になれるようにと祈りを込めて手を合わせる。』

 

「桜の木はウディークにとって神の象徴、だとしても突然現れるなんて都合が良すぎる。……ん?」

ドクターは今のページをもう一度読み返す。ある言葉が気になったのだ。

 

『最近、体調の優れない私は……』

 

「まさか、あの木が現れてから体調が? やはりあの木に奇病の原因があるんだ。でもウイルスの反応はどこにも……」

そういえば、医者の手帳に書いてあった。ウイルスなどの反応は患者からは検出されなかった。だとすると、一体奇病の正体とは……

そのことを考えようとした瞬間、突如として地面が大きく揺れた。その衝撃で、手帳をつい落としてしまう。

「何だ!?」

それと同時に、何かがひび割れるような音が空から響き渡る。

すぐに建物の外へ出て空を見上げる。夜空に光る星々を切るように、大きな裂け目が空に開かれている。

「これはまさか……華!」

ドクターはすぐさま華のいる桜の木の元へと走って向かう。

 

華は突然の揺れに驚き、その場に座り込んだ。木の突起に触れた途端、それが起きたのだ。

「華!」

異常を察知したドクターが彼女の元へと駆け寄る。

「ドクター! 今の揺れは何!?」

「分からない、だけどこれは危険だ!」

「危険って?」

「空に時空の裂け目が開いてる!」

華が見上げた空には、紙が破かれたような裂け目がいくつも開いていた。

「時空の裂け目!? どうしてそんなものが!?」

「僕だって分からない! 急に開いたんだ!」

ドクターは華の手を掴んで走り出す。

「どこに行くの!?」

「ここから逃げる! 裂け目の向こうから何が現れるか分からない、危険だ!」

二人は村を出て、ここに来た入口へと向かう。その途中で花畑を踏みつけてしまったが、今は緊急事態だ。

「無い! 出口が無い!」

二人が進んだ先にあるはずの、新宿へと繋がる出口が消えていた。まるでそこに何も無かったかのように。あるのはただの暗い平原のみだった。

「どうして無くなったの!?」

「僕も知らない! きっと誰かが閉じたんだ!」

「じゃあ村にまだ生き残りが?」

「……その可能性はアリだ。村へ戻るぞ!」

逃げるためここまで戻って来たが、再び村に戻ることに。裂け目はこの間にもだんだんと大きくなっていく。

再び無人の村へと駆け込んだ二人は、この村で新宿への道を閉じた犯人を捜すこととなった。ドクターはソニックドライバーを光らせて調べる。

「ダメだ、やっぱり生体反応はどこにも無い!」

「じゃあ一体誰が!?」

裂け目が開く影響で、揺れる地面の中、ドクターは村の先にある枯れたご神木に目を向ける。

「華、あの木に何かしたか?」

「何かって……、変なドアノブみたいなのがあったから、それに触ったんだけど」

「ドアノブ? まさかそれに触れたせいでこれが……」

ドクターの脳裏にはあることが思い浮かんだ。出口への扉を閉めたのは、まさかあの桜の木ではないだろうか。そう思ったドクターはすぐさまあの木の元へと向かっていく。

華は彼を追いかける途中、目の前に開いた裂け目の中へと目を向けた。

そこからは、見たことのある金色の怪物が今まさに出てこようとしていた。

 

「……抹殺せよ」

その言葉を聞いた途端、華はドクターの肩を叩く。

「ド、ドクター! ねぇあれ、ダーレク!」

「今はダーレクの話をしてる場合じゃない!」

「ダーレクの話なんじゃなくて、ダーレクがいるんだって!」

「何!?」

ドクターは華の指さした先を見つめる。確かにそこには、胡椒瓶の見た目をした凶悪な怪物、ダーレクが何体も浮かんでいた。

「まさか、どうしてここに!?」

遠くに浮かぶダーレクは、ドクター達を見つけ、言葉を放つ。

「裂け目の向こうに生命体を発見! 抹殺せよ! 抹殺せよ!」

ダーレクたちは、その腕に取り付けられた銃から、ドクターたちをめがけて光線を放つ。

「悪いがお前たちに構っている暇はないんだ!」

二人は光線を避けながら、桜の木へと到達する。裏に隠れてやり過ごしながら、例のドアノブを探す。

「これか?」

木の裏で見つけたそれは、木製ではあるが確かにドアノブのような姿をしていた。

「どうして木にドアノブがついてるの?」

「木の中へ入るための入り口……なんだろう。とにかく中に入るために……」

ドクターがドアノブを回そうとするが、既にダーレクに追い付かれてしまっていた。

「抹殺せよ!」

ダーレクの光線が、二人めがけて飛んでくる。それに反応し、二人はすぐさま避けようとするが、その光線は二人の元へ届く前に何かに当たったかのように消えた。

「今のは……、フォースフィールド?」

ドクターは光線の消えたところへ近づいた。

「ちょっとドクター!」

「大丈夫だ」

「抹殺せよ!」

再びダーレクが光線を放つが、やはりドクターに届く前にそれは消えてしまう。

「……どうしてフォースフィールドがこんなところに張られてるんだ?」

その疑問を抱いた瞬間、空の裂け目がより大きくなっていく。

「警告! 別の裂け目から更なる生命体反応を探知!」

一体のダーレクが、リーダーらしきダーレクにそれを報告する。それを聞いていたドクターと華は、空の裂け目を見上げる。そこから現れたものに、ドクターと華は大きく驚いた。見たことのあるものだったのだ。

 

白髪交じりの、白目を剥いたお婆さんらしき怪物である、頭ババア。そして色白に体操服姿の少年、ソータがそこから現れたのだ。

「どうしてグレイヴにソータが?」

「えっ、ソータくん!?」

二人はまさかの人物に、驚きを隠せないようであった。色白の少年は、二人を見るなり嫌そうな顔を見せる。

「まさか、ここでドクターと再び会うとはな。実に心外だ」

「ソータの姿はしているが違う。大知性体か」

その声はソータのものではなく、野太い男のもの。ソータの見た目をした大知性体だったのだ。

「ようやく見つけたぞドクター。貴様への復讐をどれほど待ち望んだことか」

か細い声でそう語るのは頭ババア。その正体は情報から姿を手に入れるエイリアン、グレイヴだ。

「どうしてこんなところにグレイヴに大知性体が居るの!? それにダーレクまで!」

華は怯えながらドクターにそのことを聞く。

「あの裂け目……そうか、あれが例の裂け目なんだ。大知性体は裂け目の向こう側に追放した。その先がここだったってわけか。ダーレクも例の裂け目を通って弥生時代に現れたんだ」

「その通り。我々は信号を追ってこの裂け目へと飛び込んだのだ。先遣隊の報告は無かったが」

ダーレクのその言葉に、ドクターはほくそ笑んで言葉を帰す。

「その先遣隊なら弥生時代で僕が倒した。悪いね、そのせいで報告が無くて」

「ドクターは我々の敵だ! 抹殺せよ! 抹殺せよ!」

その発言に怒ったダーレクはドクターめがけて光線を放つが、やはりそれは途中で消える。

「ドクター、この状況マズいんじゃない? バケモノがこんなに居る」

「心配いらない、僕たちはフォースフィールドの中だ。攻撃はできないさ」

頭ババア達は歯をカチカチと鳴らしながら、ドクターの方を向いている。

「大知性体とダーレクは分かるけどさ、どうしてグレイヴも?」

「ヤツらは地球に墜落したんじゃなくて、大知性体と同じ裂け目から学校、そして町に現れたのさ。同じ学校があんな短いスパンでエイリアンに狙われるなんておかしい話だと思った」

「でも消えたんじゃなかった? グレイヴって」

「生き残りが居たんだろう。だがこれほどの少数じゃ侵略も攻撃もできないな」

この場に居る頭ババアはわずが10体ほど。本来の数に比べれば、大きく減っている。

「我々は裂け目を通って地球へ落ちた。そして再び裂け目を見つけ、ついにここへやって来た。すべてを滅ぼす“箱”を手に入れるために」

「お前らも箱が狙いか。それほどの少数じゃ兵器にでも頼らないといけないんだろうな」

煽るようなドクターの言葉に、頭ババアはより強く歯を鳴らす。

「箱……江ノ島の亀も言ってた、あれって一体何なの?」

その言葉を聞いて華はあることを思い出した。江ノ島で出会ったオオタイリクガメ。彼が最後に言ったあの言葉。

『箱だ。箱が失われた』

ドクターはゆっくりと息をのんで答える。

「ずっと考え続けてた。危険な箱とは一体何なのか。オオタイリクガメだけじゃない、ストームケージのシャウターも狙ってたし、怪盗ドクター達だってそのことを知ってた」

「箱は兵器だ! 我々が手に入れる!」

ダーレクがそのキンキン声で威圧する。

「今の我々には、その箱が必要だ」

頭ババアがしゃがれた細い声で訴える。

「その箱を使って貴様に復讐する」

少年の姿に擬態した大知性体がそう脅す。

「果たして、その箱とは一体何なのか、お前たちは分かって言っているのか?」

ドクターは彼らにそう放つ。彼らは誰一人として箱の正体を知らないらしい。もちろん華もだ。

「僕が教えてあげよう。“信号を放つ裂け目”“ドクターという名前を教える”“宇宙を破滅させることのできる”“僕の人生に連なるもの”。それが箱の正体だ」

「それは一体何?」

「華、君も知っているはずさ。僕の人生に連なる、青い箱さ」

「それって、まさか……」

華は、あるものを思い出し、絶句した。

「今ここに来てようやく分かったよ。どうして僕の名前を裂け目を通じて教えたのか? 他ならぬ、この僕を求めていたからさ。裂け目を通じて信号を放ち、その信号を見つけた者をおびき寄せる。“宇宙を破滅させることができる”という鳴り物入りでね。時間も空間も超えてそんなことをできるのはただ一つ」

「回りくどい、早く教えろ」

大知性体が苛立つように言った。

「簡単な話さ。今ここにフォースフィールドが張られているのが答えさ」

ドクターは枯れた桜の木に向かい、その言葉を言い放つ。

「この桜の木の正体、それが例の“箱”」

 

 

「ターディスだ」

 



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第十二話 LOST BOX〈ロストボックス〉PART3

気付いたら2か月以上経ってた 面目ない
時間の流れが加速している……
気付いたらクリスマスに……


 

「ターディス……? この桜の木が?」

怪しく佇むその巨木を見て、華は首をかしげた。ターディスはドクターの持っているような、青い電話ボックスであるはずだ。

疑問に思った華を見て、ドクターは説明を始める。

「ターディスには本来、どんな時代のどんな場所にも馴染むように擬態できるカメレオン回路というものが搭載されてるんだ。僕のターディスはその機能が壊れてるが、これは壊れてない。だからこの花の綺麗な平原に似合うように、桜の木に擬態している」

ダーレクらは、ドクターのその言葉を聞いてこの桜の木、ターディスに迫ろうとする。

「ターディスならば、我々がこれを貰う! これさえあれば、全ての時間と宇宙を支配できる!」

「確かにターディスはそれを可能にするほど強力なものだ。宇宙を破滅させることだって不可能じゃない。だがこれはもうほとんどエネルギーが枯渇してる。仮に奪ったとしても、移動できるのは星一つ分に前後一週間程度だ」

ドクターはダーレクを睨みつけながらそう語る。しかし、それを言いながらドクターの頭にはある疑問が浮かんでいた。

ターディスならば、裂け目を開いて信号を放つことは確かに可能。だが、なぜ救難信号ではなく、わざわざそこまで回りくどい方法でおびき寄せるのだろうか? それに、なぜわずかなエネルギーをそれに使うのだろう?

「操縦士でも呼ぶためか? いや、ターディスならば自力に飛行できるはずだ」

「ドクター、それでどうするの? ここなら安全って言ったって、ここから逃げられない」

華は怯えながらドクターにそれを伝えるが、ドクターはそれに耳を貸さず、考えを続ける。

「裂け目はただ無作為に開かれていたわけじゃない。グレイヴ、大知性体、ダーレク。ここには居ないがシャウターにスティールフォルムにだって。なぜ彼らなんだ?」

「ドクター!」

「今大事なことを考えてるから待っててくれ! 強い者が必要だったのか? もしそうなら……」

「ドクター……」

「だから待ってくれと」

「じゃなくて、これ!」

華は桜の木に指をさす。さきほどまでただそこに立っていただけの桜の木が、小刻みに揺れながら、地面を振動させているのがわかる。

「まさか、動き出したのか!?」

桜の木は、その枝を震わせる。やがて振動の音は、いつも聞いているあのターディスの音へと変わっていく。

「何が起きて……」

華が言葉を続けようとした瞬間、突然体中に不快な感覚が押し寄せる。

「ゴホッ、ゴホッゴホッ! 何、これ……」

 

華の体に、突然異常が起こり始めた。一切風邪などひいていないのに、咳が急に止まらなくなったのだ。それどころか、突然意識を失うように倒れた。

「華! どうしたんだ!?」

それと同時に、木の周りに居たダーレク、グレイヴ、大知性体らの様子もおかしい。

「警告! エネルギーレベルが急低下!」

「何だ、急に、体が……」

「まるで命が吸われているようだ! ダメだ、姿を維持できない!」

グレイヴは、頭ババアの姿から発光体へと突然退化した。

「なぜみんな苦しんでる!? これは一体……うっ!」

突然、胸の痛みが襲い掛かって来た。ドクターは華を抱えながら、うつむくように倒れる。痛みは段々と増していき、全身の免疫細胞が働くのも分かる。

苦しみながら見上げると、次第に枯れたはずの木から、花が咲き始めてきた。

その花は、ピンク色の桜の花。まるでここにある命を吸い取っているかのようにそれが綺麗に咲き誇る。

「このままじゃ……マズい!」

生命の危機を察知したドクターは、ターディスの扉に手をかけ、その中に華と共に飛び込む。すると、突然襲い掛かって来た苦しみが一気に治まった。

「華! しっかりしろ!」

揺さぶると、華がゆっくりと目を覚ます。

「ド、クタ……今のは……?」

「ターディスが宇宙のあちこちから呼んでいた理由がこれさ」

ドクターは、フォースフィールドのせいで中に入って来れないダーレク達に指をさして見せる。

「緊急時間移動不能! エネルギーが急激に吸われている!」

「やめろっ……! やめろ!」

「このままでは肉体も崩壊する!」

桜の木の周りはまさに阿鼻叫喚。突然襲い掛かる文字通りの「命を奪われる」ということに、言葉にならないほどの苦しみを感じている。

「エネルギーは確かに枯渇してた。だからこそエネルギーを求めたんだ。来た者の生命エネルギーを使ってね」

「じゃあもしかして、この村で流行ってたっていう奇病は……」

「ターディスがじわじわと命を吸い取っていたってことさ。ウイルス性のものでもなんでもない。これがターディスだと気づかなければ、どんな医者だって解明できないわけさ」

エイリアンの命を栄養に、桜の花は美しい花を咲かせていく。

「ターディスの外部からエネルギーを吸うようになってる。だが気付かれれば内部でも安全じゃなくなる!」

それに気づいたドクターは、すぐさま操作盤へと走っていく。

「ならどうするの?」

「なんとかしてこのターディスを止めるんだ。そうすれば……」

ドクターは複雑そうな手順で一つ一つのレバーを操作していく。

「おい待て、なぜこんなにも操作盤が簡素なんだ?」

ドクターは操作しながら疑問を感じた。自分のターディスと、操作盤の構造が明らかに異なるのだ。

「どのターディスも基本は同じはずなのに。一体どうして……いやまさか」

ドクターの脳裏に、ある恐ろしいことが思い浮かんだ。それを察した瞬間、ドクターはポッケの中に入れていた、自分のターディスのカギを手に取る。

「華、今すぐこのターディスから脱出するぞ」

「何かしないといけないんじゃ?」

「これはただのターディスじゃない! タイムウォーの中で作られた、戦争のためのターディスだ! 下手にいじれば攻撃と思われて武器が作動する!」

しかし、ドクターの予想以上にこのターディスは賢かった。それに気づいた瞬間、壁のあちこちから銃のようなものが出てこちらに照準を合わせてくる。

「僕の手を握って。外に出たらすぐに僕のターディスに乗り込め!」

「乗り込めったって持ってきてないんじゃないの!?」

「今呼び出した! 行くぞ!」

銃撃が開始される直前にすぐさま走り出し、この桜の木の中から出ていく。目の前には見慣れた青いポリスボックスが立っていた。銃撃の弾幕を避けながら、なんとかその中へ入ることができた。

二人は安堵してグーを合わせる。

「はぁ、カギに呼び出し機能つけておいて正解」

「ほんと、ターディスのプロフェッショナルがいて助かった」

「見直しただろ? 様子を見てくる」

ドクターはすぐに扉を開いて外の様子を眺める。

既に力尽きたダーレクが倒れていた。グレイヴと大知性体の姿が見当たらないが、元より不確定な存在であったため、完全に消えてしまったのだろう。

目の前に立っている桜の木。またの名を戦争用ターディスは、まるで春一番、満開の桜を咲かせていた。

「既に十分なエネルギーは得たはずだ。けど一体何を……」

再び桜の木は大きく揺れる。咲かせた花を少しずつ散らしながら、その大地を離れて浮かび始め、回転を始める。

そしてターディスのエンジン音と共に、目の前に時間の渦(タイムヴォルテックス)を作り出す。そこから吹きつく風に、少しだけ髪がなびく。

ターディスはいつものように回りながら、その時間の渦(タイムヴォルテックス)の中へと消えていった。

「なぜ時間移動を……まさか!」

ドクターはすぐさまモニターに飛んでいき、近くの時間の渦(タイムヴォルテックス)の状況を確認する。

「もうどこかに行ったなら大丈夫なんじゃない?」

「相手は意思を持ったタイムマシンだ。しかも戦争のことしか考えてない!」

「戦争のことしか考えてないって、まさか戦争でもしに行くつもりなの? あのターディス」

「そりゃあもちろん。タイムウォーは宇宙で最も大きな戦争。ターディスを作った僕の種族、タイムロードは戦いに勝つために手段を選ばなくなっていった。その中で生まれたのがあの戦争用のターディスだ」

ドクターは操作盤に腰掛け、身振り手振りで華に説明を始める。

「あのターディスが成長の中で覚えさせられたのは、ただ戦いの事だけ。よくあるだろ? 戦地で生まれた子供は小さいうちから敵を殺すために銃を学ぶ。あのターディスも同じさ。敵を殺すこと、戦争に勝つことしか考えてない。だが既にタイムウォーは終結した。倒す相手がいない」

「なら問題ないんじゃないの? 敵がいないんじゃ戦争する意味はないでしょ」

「あれはそれほど利口じゃない。たとえそうでも戦争することをやめられないんだ。あらゆる時代を、あらゆる星を巡り敵を探す。そして単騎でも戦いを始める。それがもし過去だったら? 歴史が変わりかねない。あれはそれほど凶暴な性質を持ったターディスなんだ。だからこそ止めないと。それに僕があのターディスへの道を開いて、覚醒させてしまった。責任を取らないと」

ドクターはそう言うと、ターディスのレバーを引き下ろす。

「ドクターは悪くない。私が、ドアノブみたいなものに手をかけたりしたから……」

「君を連れてきたのは僕の責任だ。そうだったとしても僕のせいに変わりはないよ」

「だとしても、そこまで負う必要はないでしょ? さっきから、何か潰されそうになってるみたい」

「……かもしれないな。だからこそ、早く解決しないと」

ドクターはモニターを眺めながら、行き先を設定している。

「でもどこに消えたか分かるの?」

「あのターディスは若い。時空移動も数えるほどしかない。だから行き先は最近使われた経路を辿っていくしかない」

「最近使われた経路?」

「僕たちが行った場所に時代。そこをヤツは逆行してる。それを追う!」

 

 

 

「南棟に侵入者アリ。第七、第八警備部隊に出動を要請する」

ストームケージ、管制塔のモニターに白い船が映りこむ。

この南棟には強力な妨害電波が出されており、テレポートは不可能である。そのはずなのに、突然船が現れたのだ。

指令を受け、第七と第八部隊が南棟に現れた白い船のもとへ急行する。不法侵入には厳戒態勢で臨む。

「なぜここに船が……?」

ストームケージの署長、ジェーンが部隊の元へと急行。白い船に向かって銃口を向ける部隊の後ろから、その船を睨みつける。

「ここに囚人や物資の運搬情報は来ているか?」

「いいえ、何も来ていません」

耳につけたマイクから、管制塔からの情報を聞き出す。

「すぐにその船から降りろ、でなければ発砲する!」

隊長が船に向かって呼びかけるが、何も反応は無い。

「すぐに降りて投降しろ! でなければ……」

出現以来、沈黙していた船が突然ヘッドライトを眩く光らせた。

それと同時に、船を睨みつけていた隊員が次々と苦しみ始める。

「なんだこの光は…!?」

「息が苦しい…!」

その光はだんだんと強まっていく。それに合わせ、隊員が倒れていき、それに合わせて船のライトは明るくなっていく。

ジェーンが腰につけた拳銃を船に向けた途端、あの音が響き渡る。

「いたぞ、ここだ!」

あのエンジン音と共に現れた青い箱からは、見知った顔が出てきた。それを見た瞬間、白い船は逃げるように消えていく。

意識を取り戻した隊員たちは、それを見て唖然としていた。

「おい、すぐ逃げられたぞ!」

「せっかく追い付いたのに!」

「全くだ、逆行してると言っても違う時代に行ってる。追跡するのに時間が……おーっと、ここは宇宙最高のセキュリティ施設だったな」

ドクターがこちらに気づくと、うすら笑いを浮かべながら近づいてくる。

「やぁジェーン久しぶり。そのバッジを見るからに署長になったらしいな」

ジェーンの胸につけられているバッジをトントンと叩く。

「ドクター、どうしてここに?」

「さっきの白い船を追ってたんだ。あれはターディス。危険だから捕まえないといけないんだが逃げられた」

「さっきあれが光った時に苦しくなったんです。あれは?」

「説明したいが時間がない。ここにあるものを貸してくれないか?」

そう言うとドクターは足早にそこから去っていく。

「欲しい物って、勝手に持ち出すのは……」

そう言って、ドクターは彼らの制止も気にかけず、すぐ後ろにあった武器庫へと入って行った。

「手に入ったぞ、マグナクランプシューズだ」

ドクターは武器庫から手に入ったそれを華に見せびらかす。

「これを使って壁に登るのね」

「違う、これの成分が必要なんだ」

そう言うと、ドクターはターディスの操作盤にそれを無理やり取り付ける。

「簡単な波動調査装置だ。これでタイムボルテックスの中の次元波動を辿れる。ターディスでターディスを追うのなんて初めてだから、成功するか分からないけど」

そう言うと、ドクターはレバーを下げる。いつもとは異なるエンジンの音が響き渡り、辺りが青色で照らされる。

「それじゃあありがとうジェーン! また会おう!」

マイクにそう話すと、外に居るジェーンは手を振ってそこから立ち去るターディスを見送った。

 

 

「よし見つけた!今度こそ逃がさないぞ!」

ようやく見つけた戦争用ターディスは、ドクター達のターディスを見るなり轟音を立ててその場から離れていく。そのまま時空の渦の中に入り込むが、その波動を追って追跡する。

渦から抜けると、そこは潮の匂いが漂う大きな島があった。

ドクターはターディスの壁に取り付けてあった巨大モニターを起動させ、そこから外の様子を観察しながらレバーを上げ下げしている。

「こんなデカいモニターあったなら始めから出してよ」

「エネルギーの消費が激しいんだ。しっかりヤツを見つけておけよ」

そう言われ、華は目を凝らして画面を眺める。

「ねぇ、ここって空の上だけど、江ノ島じゃない?」

見覚えのある形。ところどころがまだ崩れて修復中のそれは、生きた島、江ノ島だった。

「あのターディスは僕たちの使った経路を辿ってるって言っただろ? ヤツは江ノ島に来たんだ」

「じゃあここのどこかに……ねぇあれ!」

華が指をさしたところには、島内に在中しているパトカー。

「まだ修復中って言っても、いるなら島の外のはずだけど」

「ならそいつがターディスだ!」

ドクターは操作盤に取り付けられたハンドルを思いきり回し、方向を転換させる。

外から見て、ドクターのターディスは回転しながらそのパトカーに激突する。その考えは当たりで、パトカーは元のターディスの姿……円形上の銀色の機械に姿を変えた。

「まずはあのターディスに乗りこんで機能を停止させよう、その後にオールシャットダウンさせて……」

準備のためあちらこちらから物品を取り出してくるドクターだったが、敵のターディスは待たない。再び浮かびながら時空移動を始めた。

「おいおい、すぐに行くんじゃない!」

「私が準備しとくから、ドクターは操縦!」

「何をすればいいか分かってるか?」

「もちろん! これとこれ、くっ付けとけばいいんでしょ」

華は手に持った赤と青のケーブルを無理やりにつなぐ。

「まぁ……それでも間違いじゃない。行くぞ、しっかり捕まってろ!」

再び逃げたターディスを追うため、エンジンをさきほど以上にふかす。

 

2009年の千葉県。そこの上空を二つのターディスが走っている。

「今度はどこ!?」

「2009年の千葉県だ! 殺人電波騒ぎの!」

ドクターはレバーを上へ下へと操作しながら、敵のターディスに追い付こうとする。ワイヤーで位置を固定させたまま、ドクターはターディスの扉を開け、そこから身を乗り出す。なんとかあちらの扉を開いて飛び乗ることができれば……

しかし敵のターディスはまた姿を変えた。目の前で小さな電波塔のような姿に変わったのだ。

「ねぇ待ってよ、この日の天気予報雨だって!」

「そうか、雨は好きだ!」

「そういう意味じゃなくて、雷!」

その瞬間、雷が敵のターディスに落ちた。無論、それに掴まろうとしていたドクターも例外ではない。

「ちょ、ドクター!」

すぐに華が彼の体を引っ張る。

間一髪、こちら側に倒れたことで雷に当たることは無かった。

「本当、何よりも自分の体大切にしてよ!」

「また雷に直撃するところだった」

「次直撃なんてしたら助からないでしょ……」

「さぁ、今は体を大切にしてるどころじゃない、宇宙の危機だ!」

そう言うと、ドクターは再び消えたターディスを追うためにレバーを再び下げる。

「既に多くの時代や場所に行ってる、放っておけば時空が破壊される!」

「私たちがあちこち行ったせいかな……」

「こんなこと予想して旅なんてしないさ、人生は常に行き当たりばったりだからな」

そう言うと、ドクターは汗を垂らしながらも、不安そうな華に笑顔を見せる。

「まったく、それじゃあ今回もいつも通り、ってことね!」

「そんなところだ」

「でもこのままじゃ追い付けないままだよ、 ずっとギリギリ!」

華はドクターが乗り込むための準備のため、あちかちのコードを繋げているが、それで距離が縮まるわけではない。

「どこかに定住させられればいいが……おおっと」

思いついたドクターは、ターディスの下に備え付けてある物置からキラキラと輝くものを取り出した。

「鏡?」

「タイムロードの鏡だ。この中にヤツを放り込む! その後乗り込む!」

「でもどうやってあれを鏡の中に?」

「ヤツが僕たちの経路を逆に辿ってるなら、その先で待ち伏せしておく」

そう言うと、ドクターはターディスの行き先を切り替えた。

 

 

ドクターの時空移動の痕跡を辿りながら、時間移動を続けるターディス。

様々な時代を巡り、あちらこちらへと少なからず影響を与え続ける。

弥生時代、復興していく邪馬台国の上空を、岩の姿へと変わったターディスが駆け抜ける。

「なぁ姉さん、まさかあれってエイリアンか?」

「どうでしょう、何の影響も無ければいいのですが…」

スサノオと卑弥呼が空に浮かぶ岩を心配する中、見慣れたあの青い箱が現れる。

「あれはドクターか!? おーい! ドクター!」

スサノオは現れたドクターのターディスに大きく手を振るが、ドクターは反応することも無く、岩と共に消えてしまった。

「何だよ、せっかく戻って来たなら飯ぐらい食っていけばいいのに」

「彼は忙しいのでしょう。何しろ、時の旅人なのですから」

そう言って、卑弥呼は空を見上げることをやめる。

しかしドクター達は気づかなかったわけではない。

「ねえ、せっかく手振ってくれてたのに…」

「挨拶してる暇は無いんだ、さぁもうすぐ追い越す!」

時間の渦(タイムヴォルテックス)の中、ついにドクターのターディスがもう一つのターディスを追い越す。

「ヤツが最終的に向かう場所は2019年だ。そこへ向かう!」

 

 

あちらこちらの学校で、桜が咲く季節。2019年の春。

「ここで待ち伏せ?」

「僕がこの周辺で最初に来た場所だからな。ヤツはそこに必ず現れるはずだ」

ドクターは準備のため、タイムロードの鏡を取り出した。場所は天ノ川中学校近くの公園。

そこにターディスから持ってきた誘導装置で円を描き、それらを鏡と接続させる。

「いいか華、もしヤツがここに現れたら、すぐにこのボタンを押すんだ」

ドクターは操作盤にある赤いボタンに目を向けさせた。

「分かった。一瞬押すだけで大丈夫?」

「ああ、一瞬でオーケー!」

ドクターは装置の前に立ち、ターディスが現れるのを待つ。

 

ゴォンゴォンと、あの音が聞こえてくる。

それと同時に、吸い込まれるようなのか、追い出されるかのような風が吹いてくる。

ドクター達の追っていた戦争用のターディスは、まさにドクターが設置した誘導装置の中に入るように現れた。

「今だ、ボタンを!」

その言葉と同時に、華は赤いボタンを押し込む。

その時、タイムロードの鏡は大きな光を放った。それは捕えるための網のようで、ターディスを捕らえた。

そのまま光は収縮すると共に、ターディスもそれにつられて小型化し、鏡の光が消える頃には既になくなっていた。

「今ので倒したってこと?」

華がターディスから降りながら呟く。

「いや、あくまで鏡の中に閉じ込めただけだ。危険性がなくなったわけじゃない」

そう言うと、ドクターは鏡の前に立つ。

「恐らく、あのターディスは状況を理解するために休眠状態になっているはずだ。その隙に、内部に入って工作を仕掛ける」

「工作ってどんな?」

「ターディスの活動源はボルテックスエネルギーだ。いわば燃料、もしくは心。それを奪う。そのためにこれを」

ドクターは、自身のターディスに深くつながっている巨大なケーブルを華に手渡した。

「これで僕のターディスとあの戦争用のターディスを繋げる。そしてエネルギーを全てこちらに移す。そうすればただの箱になるさ」

「大丈夫? 一人で乗り込むの?」

「あの中はターディスの中なんだ、僕たちが知っているターディスじゃない、いわば敵の軍艦に乗り込むようなものさ。危険すぎる、君を連れてはいけない」

「でも私だって」

「君には君の仕事がちゃんとある。僕の命綱だ」

そう言うと、ドクターは華に腰に括り付けたロープを見せる。

「これがターディスの操作盤と繋がってる。しっかりケーブルが外れないか、僕があちら側に取り残されないように、しっかり見守っててくれ」

「……分かった。いい? 絶対に無事に帰ってくること。元の時代に帰れなかったら困るんだから」

「ここは元の時代だろ?」

「同じ年だけど、まだあなたと会う前でしょ? 数か月の差はデカいんだから」

「言われなくても、僕はいつだって帰って来るさ。君も、気をつけて」

ドクターと華は、互いに微笑みながら、目の前で別れを告げる。鏡の前に立ったドクターは、そこに足を突っ込む。

「さぁ行くぞ……アロンジィ!」

そう言って、彼の体は見る見る間に鏡の中へと吸い込まれていった。

華はしっかり彼が中でも生きているか確認するため、時折ロープを揺らして見ることにした。

揺らすと、同じようにあちらから揺らし返される。

「良かった」

「危険なのはこれからだ、今から乗り込む」

鏡の中の世界。そこはもはやどこもコピーした空間ではなくなっており、曖昧な暗闇が広がっているのみ。そこにドクターと、電話ボックスへと姿を変えたターディスが立っている。

「壁と屋根がしっかりついてる電話ボックスか。僕のと違うのは、昭和レトロだってところぐらいか」

赤い屋根に、少し大きな窓が付いた、丹頂形電話ボックス。その姿に変わっているターディスの取っ手を掴み、その中へと入っていく。

 




次回のチラ見せ
「どうして……ウディークがここに?」


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第十二話 LOST BOX〈ロストボックス〉PART4

10/31でドクターフーのS8以降がHuluで配信終了するようです。そのままディズニープラスで配信してくれたらいいんですけど……


 

停止しているターディスは、とても冷たい雰囲気を感じられる。備わっている武器システムも、今は全て降ろされている。

しかし、これはあくまで一時的なもの。いつ再起動するか分からない。

「猶予はあと1時間か? いや、最悪5分だな。早く済ませないと」

向かうべき場所はエンジン室。そこに全てのヴォルテックスエネルギーが詰まっている。そこまでこのケーブルを運ばなければ。

操作室を出て、見つけた二股の通路は左側へ向かう。

しかしこの道順で合っているのだろうか。ドクターはターディスの扱いにおいてはプロだが、いつものターディスとは異なる。そもそも、自分で持っているターディスも気まぐれで部屋を入れ替えたりするため、どこに何の部屋があるかが分からない。あてずっぽうで行くしかない。

しばらく進む中、突然遠くから泣き声のようなものが聞こえてきた。

「おかしいな、コイツはまだ起動してないのに」

ターディスが幻聴か何かを聞かせているのだろうと思ったが、周りは全て停止しているはず。それができるはずはない。

気になって、通路の先の泣き声のもとへと向かう。

向かった先に居たのは、顔を濡らして泣いている少女だった。

「君はまさか」

その顔はただの人間のものでは無かった。茶色い肌に木目がついている。

ドクターは優しく彼女に話しかける。

「お兄ちゃん、誰……?」

「僕はドクター。君は?」

「ミア」

「どうしてこんなところにいる?」

ミアは泣きながらもドクターの言葉に答える。

「あのね、お母さんとお父さんとはぐれちゃったの。家に帰る途中で」

ドクターは彼女が本物かどうか確かめるため、その手を握る。そこからはしっかりとした温かみを感じた。

「どうしてこんな場所に紛れ込んだんだ? いや、ターディスの中なら時間も狂う。村が滅びるまでの間に迷い込んだって所か…?」

「お兄ちゃん、ここから出してくれる?」

「用事が終わったらすぐに出してあげるよ。ただ……いや、やめとこう」

きっと君のお父さんとお母さんは死んでいる。村も無くなっていると告げる気にはならなかった。言ったところで理解はしないだろうが、余計に事態がこじれかねない。

「とにかく、ここは危険だ。一緒に行こう」

そう言って、ドクターは彼女の手を握る。ミアは安心したのか、その顔から涙が消えていく。

「エンジン室に向かいたいんだが、ここで迷う中でそういうの見つけてないか?」

「よくわかんないけど、機械みたいのがいっぱいある部屋があったよ」

「恐らくそこがエンジン室だ。案内してくれるかい?」

「うん」

 

 

しばらく進んだ先、ミアに案内されるまま、多数の機械が唸りを上げている部屋へとたどり着いた。

「これは……僕でも見たことのないシステムだ。戦争用のターディスがここまで複雑な機構をしてるとは」

ドクターはあちこちの配線やパイプに触れながら、どこにエンジンがあるかを探す。

「ほとんどのシステムがここに繋がってる。きっとどこかにヴォルテックスエネルギーを保存している場所が…」

停止しているとはいえ、それでもある程度は動いている。あちらこちらからは蒸気が発されていて、歩く度にそれが噴き出す。ミアはドクターの腕を掴みながら一緒に進んでいる。

しばらく進むと、先に黄色く光る機械を見つけた。そこからエネルギーが煙のように溢れ出している。

「あそこか」

ドクターは足早にそこへと向かう。備え付けの接続部分に手にしたケーブルを繋げる。

「これで大丈夫なはずだ。あとはターディスに戻って…」

「お兄さん」

振り向いた瞬間、ミアの腕を掴む力が強くなった。そしてエンジンに向かって指をさしている。

「何だ?」

指をさした先、接続したはずのケーブルがなぜかそこで切断されている。さらに、腰につけてあったロープも切断されている。

「何!? 一体どうして…」

近づこうとした瞬間、突然天井から物音が響く。まるで何かが這っているような音。

見上げると、天井には人型の“何か”が何十体と蠢いていた。そのうちの何体かがこちらを向いている。

「ターディスが目覚めたってことか……!」

ドクターはミアの腕を強く掴む。

「逃げるぞ!」

それを聞いた瞬間、天井を這っていた何かが落ちるように降りてきた。こちらを見るなり追いかけて来る。

「あれって一体何!?」

「ターディスが目覚めたんだ! 防衛機構がデータベースから何かのモデルを引き出して使ってる!」

来た道をまっすぐ戻ろうとするが、無いはずの道が次々と目の前に立ちふさがる。

周りのライトも次第に明るくなっていく。ターディスが既にこちらを捕捉しているのだろうか。

行けども行けども、迷路のようになってしまっており出口が見つからない。その上、後ろからはターディスの生み出した怪物が追いかけてきている。

「ひとまずはここに隠れてやり過ごす!」

ドクターは迷路の中にあった扉を開き、その中にミアと共に隠れた。怪物は気づかず、そのまま通り過ぎて行った。

「ふぅ……、ひとまず華に連絡しないと」

ドクターは携帯を取り出して華に電話をする。

「それって誰?」

「僕の仲間だ。ここの外に居る。ロープも切れたし、心配してるはずだ」

「そう、外のターディスに……」

ミアはドクターに聞こえないような小さな声でそう呟いた。

「よし、華か? 今どうなってる?」

《どうなってるも何も、ロープが切れてるんだけど!》

「こっちのターディスが目覚めた。作戦を切り替える! そのために帰りたいんだが、こっちのターディスにアクセスして…」

《アクセスってどうやって……ちょっと、こいつら何!?》

電話の先で、華の声色が明らかに変わった。何かの歩く音も聞こえてくる。

「華? どうした!?」

《急にターディスの中に、木みたいな人たちが来て……》

「木みたいな? それって一体」

《ちょっとこっち来ないで……きゃあっ!》

ブチッという音と共に電話が途切れた。

「華!? 返事しろ! おい!」

「ねぇお兄さん」

少女の掴む力が、先ほどとは比べ物にならないほど強くなる。

「ここで何をしようとしてたの?」

少女の木製の顔は、恐ろしい形相へと変わっていた。もう片方の手で、ドクターの首を強く締め上げる。

「くっ……少女の姿になって尾行してたか……!」

「質問してるのはこっち」

「あの村はウディークの村…彼らの命を吸って生きてたんだ、ウディークの情報、見た目を使って追いかけてきてたってわけか…!」

「それで、俺を破壊するつもりだったのか?」

少女の声色は突然黒い男の声へと変わる。

「そんなところだ……お前は危険だからな……!」

「ならばここで死ね。戦争は続けなければならない」

「なるほどな……! ところでどうして僕がここの部屋を選んだか分かるか…?」

「何?」

「後ろを見てみろ」

その時、後ろから巨大な歯車が現れた! それは前進しながらこちらに向かってくる。

ターディスのアバターは、それに弾かれ、壁へと激突する。

「少女がここにいるだなんて怪しかったからね、念のためここに逃げ込んだ」

「貴様…ッ」

「自分の中身も把握してないようじゃターディス失格だ。それじゃあな」

そう言って扉を閉め、ドクターは走って行った。

「全防衛システム起動…! あいつを殺せ!」

 

操作室からターディスの外へ行こうとするドクターであったが、行く道はどこもかしこも同じ所ばかり。

しかし立ち止まってはいられない。いくら自在に中身を変えることができるターディスとはいえ、どこかに抜け穴はあるはずだ。

そう信じて進み続ける。自分はそれでいいが、華はどうだろうか。

再び携帯を取り出して華に電話をかける。

《はいもしもし! こっち今すごい取り込み中なの!》

「無事なら良かった! 今そっちはどうなってる?」

《木のエイリアンみたいのがぞろぞろターディスの中に入って来てるの! なんとか奥の部屋に逃げ込めたからいいんだけど……》

「ターディスは別のターディスが生み出したアバターを簡単には排除できない、同じ存在だからな。だけどリジェクト機構をオンにすれば全員外に弾ける!」

《つまりそれをすればこっちは安全?》

「そんなところだ、外部からの進入を不可能にできる!」

《とにかく、それをするにはどこに行けばいい?》

「操作室だ」

《その操作室に変なのがいっぱいいるんだけど!》

「相手はアバターといえど木だ! 炎で対抗できる」

《炎って……》

「テラワームと一緒さ、どんな生き物も火は苦手だ」

そう言って、ドクターは電話を切る。あちらが安全ならば、こちらのことを考えなければ。

 

 

「火ったって、そんなどこにでもあるもんじゃないでしょ……」

肝心のアドバイスも、追われる中でなんとか逃げ込んできた寝室では意味が無い。

「なんかライターとか無いのかな? いやぁ、あったら寝室が火事になるか。でもターディスのことだし、火事になるぐらいじゃ問題ないのかな…」

あちこちのタンスや引き出しを見てみるが、ライターらしきものはない。あるものといえば、妙な書き込みのされてる手帳であったり、壊れたソニックドライバーに、使ってるのか分からない孫の手や腐ってボロボロになっている皮財布。さらには女性もののパンツまで。

「明らかに大人用のだよね、これ……」

それはすぐに元の場所に戻し、急いでライターなどが無いか探す。そうしている間に、足音が聞こえてきた。ドアノブをいじる音も同時に響く。

「やばっ!」

すぐさまベッドの下に隠れる。なんとか入って来た敵にはバレていない。しかし、部屋をくまなく探している様子だ。

「どうしよう」

ベッドの下を見まわしていると、ドクターの所有物にしては物珍しい綺麗なカバンがあった。横には「リヴァー」と書かれている。

「誰のだろ……」

他が探せない以上、これに縋るしかない。その中を必死にまさぐる。

しかし出てくるのは口紅に手鏡といった、女性の化粧品の類のものばかり。どうやらこのリヴァーという人物は喫煙者ではないらしい。

「まったくどうして…」

口紅を雑にカバンに戻そうとした瞬間、なんと口紅の部分が外れた。まさかと思って口紅についていたボタンを押すと、外れたところから火が噴き出た。

「ややこしい仕組み」

ともかくこれで火は調達できた。ここにある燃えるものといえば布団。

その一部を引きちぎり、置いてあった孫の手の先端に結び、火をつける。

まだこちらに気づいていない敵に、こっそりとそれで火をつける。

熱い炎が一瞬で全身に回る。その勢いについ仰け反る。しかし相手はそれに対して苦悶の声を上げることはなく、まるでホログラムが消えるように炎と共に消滅した。

「やった!」

華はにやりと微笑み、火を点けた孫の手を持って寝室から出る。

廊下には何体ものウディークのアバター達があちこちに立っていた。しかし華を見るなり、その腕を成長する樹のようにこちらに伸ばしてくる。

しかし、華は今その手に彼らに対する特攻を持っている。怯みはしない。

「どけどけどけーっ!」

燃える孫の手を振り回し、襲い掛かるアバターたちをいなしていく。もはや敵ではない。

彼らを退けた先にあるのは操作室。ここにも何体かいたが、全て排除することができた。

あとはドクターに言われた通りの事をするだけ。なんとかターディスに鍵をかけることができたが、いつ破られるとも分からない。

「えーとえーと……リジェクト機構ってどれ?」

あちこちのボタンを触れてみるが、照明が急に消えたり、どこからか変な音がしたりとなかなか見つからない。

「もーっ! せめてどのボタンか教えてよ!」

ここには居ないドクターにそんな文句をぶつけるが、それはただターディスの中をこだまする。悩み続けていると、操作盤にあるボタンの一つが、華に訴えかけるように赤く光る。

「そうか、ターディスって生きてるんだっけ。どうもありがと!」

華はターディスの言う通り、赤いボタンを押す。

その瞬間、ターディスは青い光を放った。それと同時に、こちら側に入ろうとしていたアバターが大きく弾き飛ばされていく。

「やった!」

 

肝心のドクターは、今戦争用ターディスの操作盤にたどり着いたところだった。

「見立て通り、逆に案内してくれると思った」

しかし、そこにたどり着いた瞬間に数多の武器がドクターを狙っていた。

「いいところまでたどり着かせてから始末する。いいやり返し方だ」

ドクターの前に、さきほどの少女―――つまりこのターディスのアバターが現れる。

「時間軸にアクセスした。お前がタイムウォーを終わらせたというドクターか」

「そのことを知ってるなら分かってるはずだ。お前が作られた時代のタイムウォーは既に終わった。戦争なんてする意味はない」

「それは無理なお願いだ。俺は戦争のために生まれた。そのためなら時間でも空間でも破壊して敵を作る」

「そんなことに何の意味がある? 無駄に命を減らすだけ、お前自身の存在も消えかねない」

少女はその言葉にフフッと笑って答えた。

「戦争の中で死ねるのなら本望だ。第二次タイムウォーでも何でも、私は起こしてやる」

「“勝つ”ためでなく“戦う”ためか……。まったく、タイムロードは随分を恐ろしいものを作り出してくれた」

「話は終わりだ。狙え」

その言葉と共に、いくつもの武器がドクターに照準を向ける。

「言っておくが僕は武器を持たない主義なんだ。その点お前より高尚だ」

「マウントでも取って威圧するつもりか? 武器も無しに戦争を終わらせられるわけじゃない」

そう呟くと、一発の銃弾がドクターの横を掠める。

「いやいや、武器なんかよりもっと強いものを持ってると言いたいのさ、そう、これをね」

そう言うとドクターはソニックドライバーを懐から取り出して見せつける。

「ただのソニック兵器に何ができる?」

「これは僕のターディスで作ったソニックの中でも特に高性能なドライバーだ。特にターディスには強い」

するとドクターはそれを操作盤に向けて光を放った。その瞬間、全ての武器は少女に照準を向けた。

「お前を殺せはしないが、一時無力化はできる」

少女は体を動かそうとするが、ソニックの影響か動かすことができない。

「こんなことをしても何も変わらないぞ…っ」

「変わるチャンスを与えたのは僕だ。変わらないつもりなら覚悟しろ」

そう言うと、ドクターは武器を発動させ、放たれた銃弾のいくつもが少女の体を撃ち抜き続ける。

その隙にドクターは扉からこのターディスの外へと出ていく。それと同時に、携帯から華に電話をかける。

「華! 聞こえるか? 扉を開けてくれ!」

ドクターはドクターのターディスの扉を叩きながら電話を続ける。

後ろからは、戦争用ターディスの呼び出したいくつものウディークのアバターが迫ってきている。

「さすがに外からあのターディスは操作できないんだ、なぁ早く!」

その瞬間、ターディスの扉が開いてドクターはその中に引っ張られるように入った。

「まったく、どうして急にプランを変えるの」

華は不機嫌そうな顔でドクターを見つめる。

「実は中でヤツの罠にハマっちゃってね。この作戦は中止だ」

「それじゃあどうするの、このままじゃまた逃げられるよ?」

それに対してドクターは彼女の肩を叩いて返事する。

「さっきの作戦はもう使えない。となるとこの空間ごとアイツを破壊するしかない」

そう言うとドクターは操作盤の方へ向かい、そのモニターに向こう側のターディスを映し出す。

「残された作戦は向こう側のヴォルテックスエネルギーを爆発させることだ。そうすればヤツはエネルギーを失ってこの空間ごと次元からはじき出される」

「でもそうしたらまた逃がすだけじゃないの?」

この作戦では、あのターディスを別の所へ送り込むようなものだ。

「ヴォルテックスエネルギーはターディスの燃料であり魂だ。それを完全に失えば前のように生き物からエネルギーを奪うなんて芸当はできない。よほどターディスに詳しい連中にでも遭遇しなければ無害さ」

そう言って、ドクターはソニックドライバーにエネルギーを暴走させるためのプログラムをインストールさせる。

「これを直接、あっちの操作盤にインストールさせれば暴走する。ただあっちの防御が不安だ」

ドクターはそう呟いて椅子にもたれ込む。

「まさか相手を煽ったりしたの?」

「そんなところだ。そのせいで余計に強化されてるかもしれない」

「……また一人で行くつもり?」

「君を危険な目には遭わせられない」

そう言って、ドクターはソニックドライバーを手に立ち上がる。

「一人でも平気さ、これをあっちの操作盤まで持っていけばいいだけ、入口からは遠くない」

「そういうことを言いたいんじゃないの」

そう言うと、華はドクターに迫る。

「どうして私を旅に誘い続けてくれるの?」

「どうしたんだ急に」

「いいから質問に答えて」

華の目はいつにも無く真剣だ。

「一人じゃ、寂しいから?」

「それだけじゃないでしょ」

華は静かにドクターの胸に手を当てる。

「一人じゃ怖いから、でしょ? 私が居てくれた方がいいから、そうなんじゃないの?」

そう言うとドクターの腕からソニックドライバーを取り上げる。

「私だって色んな修羅場とか乗り越えてきたんだから。一人で何でもしようとしないで。私がいるんだから、一緒に戦おうよ」

華はドクターにソニックドライバーを向ける。

「―――ああ、その通りだな。僕は天才だが、一人じゃできないこともある」

「二人なら、きっと行けるよ。ね?」

ドクターは彼女の手からソニックを取る。

「けど危険だ」

「承知の上。作戦はあるんでしょ?」

「ああ、もちろん!」

そう自信ありげに答え、ターディスの扉にゆっくりと手を伸ばす。

 

 




次回のチラ見せ

「いいんだ、もう僕の事は忘れてくれ」


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第十二話 LOST BOX〈ロストボックス〉PART5

今回でロストボックスは終了。
果たして戦争用ターディスを撃破することはできるのか!?


 

 秋晴れ。

 空にはポツポツと雲が漂っているが、それらは太陽の光を遮らない。

 2学期の終わり、終業式が近づく季節にしては、明るいほどの明るさだ。

 

「光輝ー! おはよー!」

「あ、ああ。おはよう……」

 まるで太陽の如く、今日は特に明るいアキが、彼の背中を強く叩く。

「どうしたの? 朝から元気無いね」

 対照的に、光輝の方は全く暗い顔だ。

「元気無いっていうか、なんというか不思議で」

「不思議? 不思議なことって言えば、仁が最近不登校ってことぐらいかな」

「それはもちろんそうなんだけどさ……、最近おかしいんだよ」

「おかしいって?」

「何もかもだ」

 光輝の顔は、ただ暗い表情をしているわけではない。今日は誰誰と会えないだとか、授業が憂鬱だとか、そんな悩みを持っているが故の暗さではない。そんなことより上の、不自然さへの嫌悪感。それを感じた。

「どうして誰も気づかないんだ? あれから2週間も経ってるのに! 俺以外全く気にしない!」

「今日こそ、今日こそ俺は!」

 光輝はそう叫んだ後に校舎の中へと入っていく。

「あっちょっと光輝! 何するっていうの!?」

 下駄箱で内履きに履き替え、校舎の中を駆け回る。

「なんでどこにもいないんだ! 一体全体どうなってる!?」

 隣のクラスも、そのまた隣のクラスにも、彼女の名前が記された机も椅子も無い。

 職員室の扉を開け、彼女の担任のデスクの中を荒らすように探し回る。

「ちょっと小鳥遊くん! 急に先生のところにきて何を…」

「無いんです!無いんですよ先生!アイツが居たって事が!」

 光輝はクラス表を見せつける。

 そこに書かれていたのは、皆城アキ、隅田仁など……

「これがどうしたの? 何の変哲もない名簿表でしょ?」

「よく見てください!アキの前にもう一人いるはずなんです!“三崎華”が!」

 確かに書かれている名簿表には、三崎華の名前は無かった。まるで最初から無かったかのように。

「小鳥遊くん、そんな子はうちのクラスに居ないわ、転校したわけでもない。最初から居ないわ」

 光輝には、その言葉が信じられなかった。みんなグルで嘘をついているに違いない。話を聞く度に視界がぐわんぐわんと歪むような感覚に陥る。めまいというのだろうか。信じられないことを目にするとこうなのだろうか?

「なぁ、なぁアキ! お前なら分かるだろ!? 一緒に江ノ島でテラワームに襲われてさ、その時華も一緒に!」

「光輝疲れてるんじゃない? 今日はもう家帰って休んだら?」

「なぁ、覚えてるだろ? アイツと一番の友達だったじゃないか!」

「知らない人とどう一番の友達になるのよ。確かにテラワームに襲われたのは、本当だけど」

「華が居なかったら終わってた! 最後テラワームを全滅させられなかった! そうだろ?」

「さっきから、その華って子、誰?」

 うっ、と胸に冷たいものが込みあがる感じがした。確かにあのアキなのに、華の事を知らない。それも全くだ。

 テラワームの事は覚えている。あれほどの衝撃的な事件を忘れるわけがない。

「あの変な虫はドクターと、私たちが頑張って倒したはずでしょ? 何かおかしい?」

「そこがおかしいわけじゃないんだ、しっかり倒した。華が連れてきた、ドクターが……そうか、ドクター!」

 彼の存在を思い出し、光輝はアキに詰め寄る。

「ドクターのことは!? ドクターのことなら覚えてるだろ!?」

「も、もちろん……でも、仁くん最近学校に来ないし、私には他は何も……」

 光輝は彼女の肩から手を離した。まだみんなドクターのことは覚えている。なのに、どうして華のことだけ誰もかれもが忘れている?

 家にだって行った、知ってる華の家族だった。だが、そこに華の姿だけが無かった。

 想い出のアルバムにも、スマホに残った彼女の写真も、全てが消えている。

 手がかりはただ一つ。

「ドクターだ、ドクター……どこだドクタァーッ!!」

 叫ぶ彼の前に、クラスの担任が塞がる。

「落ち着いて小鳥遊くん! 隅田くんもあれから2週間来てないんだよ!」

「一緒に消えたならアイツの名前だって消えるはず! なのに消えてない!アイツが何かやったんだ華に!」

「もし仁くんを探すとして、当てはあるの?」

「そんなもの、無いけど……とにかく探すしかないだろ!」

 そう言って、光輝は再び校舎を駆け回る。

「朝のホームルームもうすぐ始まるっていうのに」

 ドクターと華の間に何かあったなら、すぐにここを出て行ってもいいのに、何故在籍してる?

 なら、この学校のどこかに……

 

あった!

 

 裏校庭の端っこに、ひっそりとあの青い箱が立っている。一切の音も立てず、そこに鎮座しているように。

 なぜ2週間も誰も気づかなかったのだろうか。確かに先生も生徒もこの裏校庭を使うことはあまり無いものの、見回りか何かで分かるはずだ。

「不思議だと思ってるね、どうしてこれが気付かれないのか」

 その箱の扉が開き、中から彼が現れた。

「ターディスは確かに珍しいし、時代錯誤、というか国錯誤な見た目だ。だが人間はそんなものを見ても気にはしない。ただの置物だろうと、そう思うだけだ」

「ドクター…!」

 しかしドクターが見せてくるのは、悲しそうな目だけ。

「2週間も何してた!」

「やることが、無くなっちゃってさ。今の僕は物凄い喪失感に悩まされてるんだ。そんな状況で学校なんて行ったって何も面白くないから」

「喪失感……?」

 2週間も逃げていたはずのドクターが、ここまで物悲しい姿になっているとは。

 髪もぼさぼさ、服からは異臭がする。

「あれから、あちこちの時代に行って気分転換を図ろうとしたんだけど、無理だった。メデューサの滝を見ても、ミッドナイトの美しい星空も、ただ綺麗なだけ」

 彼からいつも滲み出ている、明るい元気さは完全に鳴りを潜めている。

「だから僕は引退しようと思うんだ。君は覚えてないかもしれないが、彼女を助けられなかったんだ。そんな僕にドクターなんて、崇高な名前を名乗る資格はない……!」

 そう言って、ターディスを強く叩く。その痛みを感じられるほど、彼に余裕はないようだ。

 ターディスもまた、彼の怒りをただ受け流しているだけのようだ。怒る素振りは見せない。

「一体何があったんだよ、ドクターと華に」

「僕があんな判断しなければ。そうすれば彼女はまだここに居たのに」

 その場に座り込み、俯くようにして小さく泣いている。

「教えてほしいんだ、どうして華はどこにもいない?」

「少し前のことだ、戦争用のターディスが現れ、そして―――」

 

 

 ターディスから出たドクターと華は、敵船、戦争用ターディスに今乗り込もうとしていた。

「それで、今回の作戦って?」

「単純だ、操作室にこのソニックドライバーを挿すだけ! だがその前にアバターたちが邪魔をしてくるはずだ、君は僕を護衛してくれ!」

「了解!」

 華はさきほどから使っている燃やした孫の手を持ち、敵船の扉を開く。

「さぁ! どっからでもかかって……えぇ」

 驚くほど何も待ち受けていなかった。アバターも武器も何も作動していない。

「まさか諦めたとか? だったら早くやっちゃおうよ!」

 楽観的な華とは逆に、ドクターはこの様子に冷や汗をかいている。

「これはどう見ても罠だろう。こちらから攻撃してくるのを分かってるはずだ」

「今はいないだけかも、早く! 今のうちに!」

「とりあえず、そうだな……」

 目の前にある操作盤に、ドクターはソニックドライバーを挿す。

「これであとはインストールが完了するまで待つだけ……」

 だが、罠という見立ては当たっていた。

 地面が操作盤と共に二つに割れ、反対側で警戒していた華と分断されてしまった。

「ドクター! これ、どうなってるの!?」

「ターディスは自在に中身を操作できるんだ! 心配するな、すぐそっちに行く!」

 ドクターはソニックドライバーを抜き、あちら側の方の床へソニックを向ける。

「中ならこれで操作できるはずだ……ッ!」

 分断された足場は一つに戻り、なんとか二人は合流できた。

「大丈夫か!?」

「ええ、なんとか」

「武器システムならソニックで無効化できるが、アバターまでは消せない」

 安心したのもつかの間、次々と操作室へウディークの姿をしたアバター達が迫って来る。

「ヤツらの相手は君に任せた、僕はこっちを!」

 そう言うとドクターは操作盤に再びソニックを挿し、インストールを再開する。

「分かった、にしても数が多い!」

 華は必死に燃えている孫の手を彼らに向けて振り回す。当たれば消えるが、それに怯えて逃げるということはない。

 所詮彼らは単なるアバター。個々に意思があるのではない。その大本は今乗り込んでいるこのターディスなのだ。

 数も減ることはなく、無表情でこちらに迫って来る。その勢いはだんだんと増していく。

「ドクター! このままじゃ耐えられなくなる!」

「もう少し待ってくれ、あと少しなんだ!」

 モニターに映し出された進行状況は、現在78%となっている。

「お前は破滅しかもたらさない」

「私を破壊して何になる?」

 アバター達は、一体ずつドクターにそう語り続ける。

「宇宙を、人々を守るためだ」

「守る? この宇宙で最も命を奪っている存在がよくそんなことを言える。タイムウォーも、ダーレクとタイムロードを滅ぼしたのはお前だというのに」

「僕はタイムロードを殺してない。逃がしただけだ」

「結果的に殺したようなものだ。それだけじゃない、お前は地球にいくつもの厄災を持ち込んだ」

 アバター達は口を開く度に増えていき、ついには華を殴り飛ばした。

「お前さえいなければ、俺はこうして目覚めることも無かった。お前さえいなければこの星は狙われることも無かった。お前はその尊大さ故に多くの命を危険に晒したのだ」

「お前が僕をここに呼んだんだろう!? 感謝はされど責められる理由は無い!」

「だからこそ俺はお前に感謝している」

 アバターの一体が、華の首に手を伸ばす。

「この手で俺は、宇宙一の戦争を起こすことができる!」

「華!」

 華の首を掴んだアバターに、ドクターは体当たりをかます。その手から離れた華は勢いで操作盤に頭をぶつける。

「華、華しっかりしろ!」

「お前には止められない。俺はタイムロードの技術の粋を集めたこの世で最も偉大なターディスだ」

「認めよう、僕は尊大だ。だがそれ以上にお前は尊大で愚かだ。お前を直接滅ぼすのは僕だが、その原因はお前自身だ」

 ターディス全体に大きな警報音が響き渡る。モニターには、進行状況100%と映されている。

「だが、俺はお前以上に賢い」

「果たしてその通りかな? この警報音はなんだ? おーっと、このターディスが爆破されるから逃げろって合図だ」

 そう言って、ドクターは華を抱えて歩き出す。

「お前も早く逃げたほうがいい。おっと、お前は爆発するこれ自身だったな。逃げられようがない」

「果たして、そうかな?」

 ターディスのアバターは、余裕そうな表情を崩さない。

「最期まで偉そうだったことは記憶しておいてやろう」

 にらみ合う二人を前に、抱えられた華は意識を取り戻し、ドクターの胸を小さく叩く。

「大丈夫、私歩けるから」

「もうすぐここは終わる、一緒に逃げるぞ」

 ドクターは華を立たし、その手を握って走り出す。

「すべてはお前のせいだドクター。私を求めて多くの者が破滅したのも、お前自身の大切な人が死ぬのも」

 そう遺し、アバターは二人の前から消え去った。

「ねぇ、あれってどういう意味?」

「ただの捨てセリフさ、気にしなくていい。さぁ行くぞ!」

 二人はその言葉と共に走り出す。

 ターディス中から鳴り響く警報音。しかし二人は気にしない。いつものように敵を倒し、そして逃げる。

 ヴォルテックスエネルギーが暴走している影響か、あちらこちらから煙が噴き出し燃え盛っている。二人はそれらをかわし、前へと進み続ける。

「もうすぐ出口だ!」

 手を繋ぐ二人はそのままここから抜け出し、いつものターディスへと帰る。

 はずだった。

「ドクター!」

 ドクターが出口の扉から出た瞬間―――華の手が彼の手から離れた。

 華の足を何者かが掴んでいる。

 それは間違いなくターディスのアバター。それもあの少女の姿をしている。

 気付くなり、すぐにドクターは引きずり込まれそうになった彼女の手を握り、必死にこちらへ引っ張ろうとする。だが相手側の力は想像以上に強い。

 早くしなければ、あちらのターディスが爆破してしまう。

「痛い……っ! 痛いよ……」

 両方から強く引っ張られる華は、苦悶の表情を浮かべる。

 アバターはそれを見て微かに笑っている。

「我慢するんだ! 今すぐこっちへ!!」

 ドクターは負けじと必死に華を引っ張るが、力は拮抗している。こんなところで見捨てるわけにはいかない。華もそれを分かっている。痛さをこらえて必死にドクターの手を自分から握る。

「うああああーっ!」

 叫びながら、必死に力を込める。

 

 しかし、それは突然に終わった。

 ターディスがドクターのことを引っ張り、中へと引きずり込んだのだ。そのために、ドクターの手から華は消える。

「何をするんだ!? 僕を守るつもりか!?」

 中心にあるターディスの円柱に向かい、ドクターは怒鳴るように叫ぶ。

「すぐにあのターディスに乗りこむんだ! だから……」

 しかし、ターディスはドクターの言うことを聞かない。

 円柱の中から、あのターディスのエンジンの音が聞こえる。

「ダメだ! 華を見捨てて逃げるわけにはいかない! 彼女が死ぬなら僕も死ぬ! やめろ!」

 だがターディスはそこから立ち去るのをやめようとはしない。ドクターは必死に操作盤を操作し抵抗するが、 ターディス自身の意志を曲げることができない。

「なら僕だけでも行く!」

 ドクターは扉を開き、そこから戦争用ターディスに乗り込もうとするが、既に遠ざかっている。

「華ーーーっ!」

 遠くに見える古い電話ボックスの姿をしたターディスは、眩い光を放ちながら、ターディスのフォースフィールドを超えてドクターを操作盤まで吹き飛ばすほどの爆風、そしてタイムロードの鏡という空間と共に消え去った。

 青い箱は、その場からゆっくりと消え去っていく。

 

 

 

 その話を聞いた光輝は、口を開いて唖然としていた。

「彼女はターディスの爆破に巻き込まれた。ターディスの持つヴォルテックスエネルギーは時間や空間すら消し去るほどに強力なものだ。その炸裂と共に、華は存在ごとこの世界から消えたんだ」

「どういう……どういう事なんだよ! 華が死んだって! お前がついていながらどうして……!」

 光輝は彼の胸倉をつかんで大声で怒鳴る。その声に、校舎の生徒たち、先生たちは驚いていた。

「ターディスが僕を守ろうとしたんだ! 敵のターディスは爆破間近、華はもう助からない、それに気づいて僕だけでも助けようとしたんだ」

「そんな言い訳で俺が納得すると思ってんのかよ!」

「思ってないさ! 僕は彼女が死ぬんだったら一緒に死ぬつもりだった! だけどターディスはそれを認めてくれなかった。抗議だってしたさ! でも……それしかできなかったんだ」

 光輝は落ち着きを取り戻し、その場にへたれこむ。

「華を助ける方法は……無いのか?」

「―――あるならやってるさ」

「ソータとか、テラワームを倒した時みたいにさ! ありえない方法で助ける理由があるんだろ!? 思いついてくれよ!」

「だからそれが無いんだ! いつだって常に救えるわけじゃない! ソータの時だってテラワームだって、全員救えたわけじゃない!」

「じゃあ……一体お前はその後何してたんだよ、学校にも行かないで」

 ドクターは、涙目でその場に座り込む。

「何をすればいいか、分からなかったんだ」

 ゆっくりながらも、ドクターは話を続ける。

「華を失った。ならばもう僕はわざわざここに残る理由はない。だからといって、彼女がいたここから離れようとも思えなかった。そうしてる間に2週間も時間が経ってた」

「どうしてすぐに話してくれなかったんだよ」

「こんなことを話してどうなる? 君たちはもう誰も華のことなんて覚えてない。言ったってわからない顔をするだけで終わりさ。もう覚えてるのは僕だけ」

「……」

 ドクターは、光輝に手を載せながら立ち上がり、ターディスの扉に手をかける。

「いいんだ、もう僕の事は忘れてくれ。決心がついたよ。ここから消える。旅だってもうしない。アイツの言った通りだ、僕は破滅しかもたらさない」

「おい、まだ話が……」

「覚えていないだけ君たちはラッキーだ。辛いことも覚えていない」

 そう最後に残して、ターディスの中へと彼は消えていく―――

「待て、なんで君は華のことを覚えてる?」

 ドクターはターディスから顔を出し、光輝の体中を舐め回すように見つめる。

「だから、そのことが不思議でドクターのことを探してたんだよ。誰も華を覚えてない理由は、今の説明で分かったけど」

「そうだ、華はヴォルテックスエネルギーの暴走で存在ごと消えたんだ。だというのに何故君は覚えてる? 君だって例外じゃないはずだ」

 ソニックドライバーを取り出し、光輝の体中を調べる。

「ついているのは微量のヴォイド粒子とヴォルテックスエネルギーだけ……これだけじゃあ彼女の事を忘れない理由にはならないはずだ。となると……」

「一体何なんだよ? 俺の何が特別で」

「そうか! そうだ! 君は華の事が好きなんだ!」

 突然の言葉に、光輝はドクターの口を押えて周りに誰もいないかを確認する。

「ま、待てよ! いきなり大声で言うなよ! みんなに聞かれたらどうすんだよ!!」

「誰も華の事は覚えてないからノーダメージだろ。それよりも大事なことがある! 君は華のことが好きなんだ、 それは何よりも想いが強いということだ、他の人たち以上に!」

「そのことが、俺が華のことを覚えてる理由になるのか?」

「なるさ、愛は何よりも強い力だ! この宇宙でたくさん見てきた、どんなものよりも愛が強いってことを!」

 ドクターは先ほどまでとは人が変わったかのようにはしゃぎまわっている。

「愛って、そんな非科学的なものをお前が信じてるだなんて」

「いいや、れっきとした理由があるさ。人間は心というか精神の奥の奥の深いところで繋がってる。宇宙じゃ常識さ」

「ともかく、俺が華を覚えてるだけでどうしてそんな喜んでるんだよ、華はもう帰ってこないっていうのに」

 はしゃぐドクターとは対照的に、光輝はいまだに落ち込んでいる。

「覚えてるってことは彼女はまだ完全にこの宇宙から消えてないってことさ! 彼女を救えるってことだ!」

「救えるって……華を!?」

「ファンタスティック! 彼女を救う鍵は君だ、さぁ、華を取り戻しに行くぞ!」

 そう言ってドクターは半ば強引に光輝の手を掴み、そのままターディスへと乗り込んだのだった。

 




「僕はいままで、みなさんと一緒にいられて幸せでした」

「時にはぶつかったり、時には協力したり。ありふれた日常でありながらも、尊く大切な時を過ごすことができました」

「転校生である僕のことを受け入れてくれて、そして何よりも愛してくれたことを心から感謝しています」

「僕はこれから遠い所へ行ってしまいますが、寂しくなった時はみなさんの事を思い出そうと思います。一緒に運動会で頑張ったことを、一緒に小旅行で出かけたことを」

「決してみなさんと一緒にいた時間を忘れはしません」

「みなさん、さようなら。そしてありがとうございました」


次回 最終話

CLOSING CEREMONY〈終業式〉


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第十三話 CLOSING CEREMONY〈終業式〉PART1

思ったより卒論書くのが大変でかなり遅れてしまい申し訳ありません…
これから最終話スタートです


ドクターに引きずり込まれ、光輝はターディスへと乗り込んだ。

「華はターディスの爆破、すなわちヴォルテックスに飲みこまれた。そのために彼女は宇宙の歴史から消滅した」

ドクターはいつものようにあちこちの操作盤をいじりながら、それを語り続ける。

「つまり彼女は死んだんだ。そもそも爆発に巻き込まれて無事なはずがない。だが最後の希望がまだ残ってる。それが君だ」

そう光輝に指を差す。光輝も自分に向けて指を差すが、納得いかない顔をしている。

「本来であればその爆破に立ち会った人間以外は全員忘れるはずなんだ。そもそも彼女が居た証拠すら無くなるからな。それでも君は彼女の存在を覚えている! それは他でもない愛の力だ、強い想いが彼女と惹かれ合ってるんだ!」

「わかった、わかってるからそれ以上言わないでくれ、なんか恥ずかしいから」

ドクターの口づたいで華への想いがこれほど伝えられるのは、恥ずかしい事この上ない。

「もし彼女が本当に消えていたら君ですら覚えてはいられない。覚えていられるのは彼女がまだ生きていて、君に強い想いがあるからだ。そのつながりを辿って華を助けに行く! じゃあ早速ここに手を突っ込んでくれ」

そう言って操作盤から出てきたのは何やらヌメヌメした妙なもの。

「えっ、手を突っ込むってここに!?」

「そうだ、早くやれ。事態は刻一刻を争う」

ドクターの言う通り、とりあえずその物体の中に手を突っ込む。まるで内臓に直接触れているみたいだ。

「これはターディスのテレパシー回路。君の想いを読み取って、華の居る場所までのルートを探してくれる」

「なんで機械なのにこんな……生々しい部分があんの!?」

「ターディスは生き物なんだ。そこが特に生き物らしい場所。人間でいうところの側頭葉に直接触れてるみたいなもんだ」

「うげーっ!」

そんなことを聞いてしまえば、さらに気持ち悪くて仕方がない。だが華を探すためならば仕方がない。そう覚悟を決めて触れ続ける。

「いいぞいいぞ! ターディスが華のいる座標を割り当てた!」

ドクターが跳んで喜ぶ。そのまま備え付けのモニターでその場所を確認する。

「それで、華がいるのってどこ? アメリカ? 南極?」

しかしそれを見た瞬間にドクターの顔は青くなった。

「いや、そんな安全な場所じゃない。ここは……宇宙で最も危険な場所だ」

「宇宙で最も危険な場所?」

そう問い返すと、ドクターは少し震えた声で答えた。

「ダーレクの本拠地、惑星スカロだ」

「ダー、レク?」

光輝にとってその名前は聞き覚えが無かった。それにドクターは気づき、ダーレクの説明を始める。

「ダーレクは宇宙で最も凶悪な存在だ。自分達以外の存在は死ぬべきだと考えてる。現にいくつもの星を滅ぼした」

「ええっ!? そんな危険な場所になんで華がいるんだよ!?」

「僕にだってわからない! 君のテレパシーが、ターディスがそこに華がいると言っているんだ。向かうしかない」

そう言って、ドクターはレバーに手をかける。

「とても危険な場所だ。命の保証はできない。無理にとは言わない。僕一人でも華を探す」

ドクターは、何よりも危険な場所へ光輝を連れていくことにためらいを感じていた。光輝はエイリアンとの経験があるとはいえ、ダーレクとはまだない。死の危険だってこれまでより高い。

「いや、俺は行くよ。この手で華を取り戻したい」

しかし、光輝の意志は強かった。強い眼差しでドクターを見つめる。

「何があっても責任は取れない。いいな?」

「覚悟の上だ。華は俺が取り戻す。まだ話してないことだっていっぱいあるんだ」

「なら掴まってろ」

光輝はこれからターディスが動くことを警戒して、手すりにがっしりと掴まる。

「行くぞ、ダーレクの本拠地へ!」

操作盤が囲んでいる円柱、ターディスの要とも言えるそこが上下に動き、船全体が大きく揺れる。

ブォンブォンという独特なエンジンの音と共に、ターディスは宇宙を駆け、時間を駆け、華のいるスカロへと向かっていく。

 

 

青い箱が、冷たい基地の床に、風を吹かせながら現れた。

その箱の中から、ドクターが現れる。ソニックドライバーであたりを調べる。何もないことを確認し、ゆっくりとターディスから降りる。

「ここがそのスカロ? 街のど真ん中?」

「スカロにもう街は無い。あるのはダーレクの基地だけ。ここはダーレク基地の中心部だ」

「基地の中心!? 一番危険だろそんなの!?」

「心配するな、ここの基地はあくまで作戦の進行やダーレクの製造を中心としてる。それに侵入者の警報も、入口ぐらいにしかないだろう。ほら、僕たちはいきなりど真ん中から来たからさ、侵入とは思われない」

そう言って、ドクターはソニックを光らせながら前へ前へと進んでいく。

「そんなこと言っても、ダーレクはいるかもしれないんだろ? 遭遇したら終わりじゃんか」

「遭遇したら逃げればいいさ。今はとにかく、華を探そう」

「でもどうして華がここに」

「怯えて逃げてるかも。早くしよう」

ドクターのソニックは、周辺にダーレクがいないかを索敵している。おかげで未だ遭遇していない。

ダーレクたちを避けながら、先へと進んでいく。

「けどどこに華が居るって分かるんだ? この基地、見た感じすごく広いし」

ここまでいくつもの道を通って来た。左に曲がったり、右に曲がったり、誰も居ない操作室のようなところなど。ダーレクがいるのかどうかすら怪しいほどに。

「待て」

ドクターが光輝を制止させる。壁に隠れて、向こうを見ると、そこには2体のダーレクが会話していた。

「あれがダーレク?」

「そうだ。さすがにバレたら殺される」

「じゃあ早く逃げよう」

「いや、何か情報を持ってるかも。聞き耳を立てよう」

光輝は言われるがまま、ダーレク達の会話を聞こうとする。

 

「最高司令はいつ作戦を開始するのだ?」

「エネルギーが足りない。その上“あの女”が侵入している」

 

「作戦だと?」

「あの女って、もしかして華じゃないか?」

「かもな。いるのは確定らしい、まずは華を追おう!」

ダーレクの言っていた作戦も気になるが、一番の目的は華。

二人は今のダーレク達とは別の方向へ進んでいく。

 

 

 

「こちらメイ、無事ダーレクの基地に侵入できた」

〈よくやった。例の“箱”があるところまでは、そのまま直進すればいい〉

「直進って随分とリスクあるじゃない」

〈あくまでその場所は、ってことだ。行き方は任せる。すまないな、マップが送信できなくて〉

「いいのよ。まさか基地で通信が遮断するようになってたなんてみんな気付かなかったんだし。それにここまで来たのに今更戻れない」

〈……ありがとな。必ず生きて帰ってこいよ〉

「そっちも、バックアップしてる最中にバレて殺されないようにね」

通信機にそんな軽口を叩き、金髪の少女は通信を切った。

「生体反応は……っと」

その少女は、懐から手のひらサイズのデバイスを取り出し、そこの画面に映った情報を眺める。

「やっぱり、直進する途中でダーレクに当たるわね。なら迂回して……ん?」

その画面に映る茶色い丸。それがダーレクの反応。しかし映っていたのはそれだけでなく、白丸と青丸も表示されていた。

「これって……人間? もう一人は、まさか……」

 

 

「よしっと」

ソニックドライバーを扉に当てて開くドクター。光輝は彼の後ろに隠れながら進む。

「なぁ、このまましらみ潰しで探しつづけるつもりか? なにか華の居場所がわかる道具とか無いの?」

「あったらとっくに使ってるよ。無いからこうやって進んでる」

「大丈夫かよ……」

再び突き当りに扉。ドクターが耳を当てて、向こう側にダーレクがいないか確認する。

「いないらしいな、よし」

再び、ソニックの光を当てて開く。しかし、扉の先に居たのは……

「あっ」

「侵入者を発見! 抹殺せよ!」

ダーレクのビームに、素早く反応したドクターは光輝の頭を掴んで伏せさせる。

だが、ダーレクはすぐさま二発目を伏せた二人に向ける。

「マジかっ!」

ドクターは光輝を跳ね飛ばし、光輝はすぐ隣の廊下に倒れ込んだ。

「光輝! そのまま逃げるんだ!」

「逃げるったってどこに!?」

「とにかく開いてる扉を探して……」

ドクターが言い終わる前に、光輝の前で扉が閉まる。二人は完全に分断されてしまった。

さらに最悪なのは、今のダーレクが光輝の方に居る状態で扉が閉まったことだ。

すぐさまソニックを扉に向けるが、反応は起こらない。

「警戒状態か! デッドロックをかけられた!」

 

 

二人が発見された瞬間に、基地内に警報が鳴り響いた。それは金髪の少女にとって、まさかの事態だった。

「ウソ!? まさかバレたの!?」

少女はすぐさま伏せて壁に隠れる。目の前にダーレクが数体通りすがる。

「人間二体の侵入を確認! 発見次第抹殺せよ!」

「人間、二体……やっぱり他にも人が」

 

 

「とにもかくにも、この状況をなんとかするしかない! スカロのダーレク基地には前一度来たことがあるから……」

ダーレクと分断されたためか、今のところドクターは追われていない。

前に来たという記憶を頼りに、基地の先へと進んでいく。

「基地全体を見渡せる指令室があるはずだ、なんとか逃げのびていてくれ、光輝」

途中、何度かダーレクに遭遇しかけるが、なんとか隠れ続けながら目的地へとたどり着いた。

「ここか」

扉に近づいた瞬間、まるで招くように扉が開いた。中でダーレクが待ち構えているわけではなかったようだ。ドクターはすぐさま操作盤に走っていく。

「さて、基地内の生体反応は……っと。よし、なんとか光輝は生きてるみたいだな」

モニターに映し出された人間の反応。しかしそれは一つだけでは無かった。

「もう一つ……もしかして、華か?」

ドクターはコンピュータの中から、華にまつわる情報が無いか探し続ける。

しかし、そこから得られる情報は何一つなかった。ただ一つの言葉を除いては。

「……ロストボックス計画?」

映し出されたその文言。どこかで聞き覚えのある言葉だった。

「……とにかく、光輝がいる場所は分かった。すぐに向かわ……」

そうして振り向いた瞬間、見覚えのある“何か”がドクターの視界の端を掠める。

それを見た途端にドクターは「はっ?」と声を上げてしまった。

操作盤の下からいくつも伸びているケーブル。その一つ一つが、その“何か”の中へ向かっている。

「まさか、あり得ない……どうしてここに?」

四角い長方形の物体。赤い屋根に少し大きな窓がついた、丹頂形電話ボックス。

開いた扉の向こう側には広い空間。

「どうして……なぜここにあのターディスが!?」

 

 




次回のチラ見せ
「お前ら、ここで女の子を殺さなかったか?」」


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