Sword art Online ~Doctor game~ (アルクトス)
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新たなるGame

 皆さん、お久しぶりです。
 受験が終わりました、アルクトスです。

 ホントはビルド×くめゆの方を進めたかったのですが、原作を後輩に貸し出していてまともに執筆できる状況ではないので……
 今日から、新連載で仮面ライダーエグゼイドとソードアート・オンラインのクロスオーバーをやっていきたいと思います。

 ――え、前に似たような作品を見たことがある?
 
 それはたぶん気のせいなので、気にせずお読みください(棒)

 ご存知の方がいましたら、突っ込まないでいてくれると幸いです。


「ハァ……ハァ……ハァ……」

 

 宝生永夢は急いていた。

 今日は2022年10月30日、そして明日は待望のVRMMORPGである『ソードアート・オンライン』の発売日。

 それだけならば、永夢が急ぐ理由はないが、今回は違った。 

 今の時代、ゲームは予約さえしてしまえば発売日に買えないということはまずない。

 しかし『ソードアート・オンライン』は異なった。ゲームの初回生産スロットが一万。そのうちの千本はβテスターと呼ばれるゲームのβ版のテストプレイヤー達に優先購入権がある。そして残った九千本を、全国各地の取扱店で分けるのだ。

 後は、取扱店ごとに販売形式が決められるが、大体が物理抽選。並ばなければ買えない。

 つまり、そう言うことだ。

 半年前に発売日を知った永夢はスケジュールを調整。前日である今日は残業無しの四時で早上がり。発売日は無論で、サービス開始の6日から三日間は有給を行使して無理矢理休みを取った。

 ――既に、永夢には買えないという頭はない。

 

「……っへへ」

 

 三十近いとは思えないほどに無邪気な笑みを浮かべながら、永夢は駅までを駆ける。

 東京では秋葉原・新宿・池袋と販売される店舗が多いが、その分人も多い。倍率でいったら地方よりもはるかに高い。急ぎ秋葉原の店舗に向かうために、山手線の列車に飛び込むと――

 

『急病人発生の為、電車は次の駅で一時停車いたします』

 

 ままあることである。約束事や急ぎの用事がある時に限って、電車が人身事故等で停車する。

 無論、そんなことは永夢の想定済みのことだ。迂回路を幾重にも用意し、それを行使しても待機列が始まる六時には余裕で秋葉原につく計算だ。

 だが、今回は状況が良くなかった。急病人、永夢はすぐに応急手当をと向かおうとして思いとどまる。

 

(今、そっちに向かったらゲームは買えなくなる……)

 

 が、腐っても医者である。見捨てるという選択肢はなく、苦肉の策として永夢は自身の内へ語り掛けた。

 

「……パラド」

 

 …………

 

「あれ?」

 

 反応はない。

 

「あっ」

 

 そしてすぐに思い至る。本日パラドは休暇で、ゲームの特訓をすると言っていたことを。

 恐らく今も、ゲームのコントローラーを手に鉄拳シリーズの最新作をプレイしていることだろう。

 

「……背に腹は代えられないかな」

 

 ため息一つ吐いて、永夢は内心で夢のVRMMOにさよならを告げると急病人の看護へと向かった。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 ――檀正宗の起こしたパンデミックから、早五年。

 

 

 世界は平穏無事にとはならなかったが、それでも人々はいつもの日常を安穏と過ごしていた。

 そんな中、ある一つのニュースにより世界に激震が走った。

 史上初の家庭用VRマシン『ナーヴギア』の登場だ。アーガスの天才ゲームクリエイターにして量子物理学者である《茅場晶彦》が開発したこのナーヴギアは、家庭用にも拘らず今までゲームセンターに置かれるような大規模マシンでしか成し得なかった五感全てを仮想世界に『フルダイブ』をさせる可能とする革命的マシンだ。

 更に革命を起こしたのはなにもゲーム業界に限ったことではない。フルダイブ――五感の全てを制御できるということは、それは医療にフィードバックすることが可能ということだ。

 そんな医療業界にも革命をもたらしたナーヴギアであったが、革命的すぎてどのソフト会社もそのスペックを十全に発揮することは出来ずに、発売されたゲームはアバターを自由にカスタマイズできるものや、良くて仮想空間内で犬猫をもふれる〇ンテンドックス紛いが精々だった。

 そんな中で、またも世界に激震をもたらしたのは茅場晶彦だった。

 彼が開発したゲーム――『ソードアート・オンライン』、通称SAOは完全なる仮想世界を構築するナーヴギアの性能を活かした世界初のVRMMORPG。自らの体を動かし戦うというナーヴギアのシステムを最大限体感させるべく魔法の要素を完全に排して、技となるのは純粋なる剣技となるソードスキルのみ。また鍛冶や裁縫、釣りや料理、音楽など戦闘用以外のスキルも多数用意されており、その自由度はゲーム内で生活することができるほどだ。

 その人気ぶりはたるやβ版のテストプレイヤー枠の千人は一瞬で埋まり、一か月のテストプレイで彼らから得られた感想はどれもSAOを『神ゲー』と称賛するものばかり。正式版の一万本は瞬く間に売り切れ、その購入者たちは11月6日のサービス開始を今か今かと心待ちにしている。

 

 

 

 

 

 

 涙を呑んだ10月最後の日が過ぎ去って早一週間。

 本来有休をとって休みであるはずの永夢は、何故かCRの医局にいた。

 

「はぁ……」

 

 そして幾度目か、もう数えるのが億劫なほどのため息をまた一つ吐いた。

 

「エム~……そんなに落ち込まない! エムはとってもいいことしたんだから!」

 

 そんな彼を慰めるのは、ピンクの髪に蛍光色の服を纏う少女――ポッピーピポパポだ。

 

「後悔はしてないんだよ。人として、医者として急病人って聞いたら見過ごせないし……」

 

 言葉の通り、永夢の内心に後悔の文字はない。後悔の文字はないのだが……無念に思う気持ちは、ことさらに強い。

 

「そうだよ! だから、エムはどんって胸を張ればいいの」

 

 一週間、こうしてポッピーは慰め続けたのだが、夢の大作を逃した永夢の無念の気持ちは相当に強い。

 夢の大作ということで日々のニュースにも毎日取り上げられており、否が応でもSAOの話題が耳に届かない日がないというのが、それに拍車をかけている。

 

「でも、夢のフルダイブ……ソードアート・オンライン、やってみたかったなぁ……」

 

「うぅ……」

 

 そしてこの一週間。終ぞ、ポッピーは永夢を慰め切ることができなかった。

 

「……放っておけ、ポッピーピポパポ。この一週間、同じ問答の繰り返しだ」

 

 そんな二人の様子にため息交じりに苦言を呈すのは、フォークとナイフでケーキを食す永夢の先輩医師である――鏡飛彩だ。

 

「だってしょうがないじゃないですか……夢のフルダイブですよ」

 

「くだらん。興味がないな」

 

 永夢の慟哭を無碍に切り捨てる飛彩。

 正直、一週間も同じ内容を聞かされ続けてうんざりなのである。

 

「……大先生の言うことも間違ってないな。買えなかったもんを今更どうこう言っても手に入るもんでもないしな」

 

 そんな飛彩に同意するのは、アロハシャツ姿で砂糖山盛りのコーヒーを飲む――九条貴利矢。

 彼もこの一週間。会うたびに同じ内容を延々と聞かされ続け、正直うざがっていた。

 

「それは、そうですけど……」

 

「じゃ、この話はおしまーい! あい皆仕事に戻った~」

 

 尚も縋ろうとする永夢の話を貴利矢は強引に遮ると、飛彩たちを促して、さっさと仕事に戻るべく立ち上がった。

 

「では、俺はカンファレンスに行ってくる」

 

「わたしも、この後日向審議官のとこにいかなきゃ!」

 

「自分は紗衣子先生のとこに顔出してくるわ」

 

 どうやら、三人はこの後は外出の予定らしい。

 一人となっては愚痴る相手もいなくなる。永夢はまたも盛大なため息を吐くと、ぼそりと呟く。

 

「……僕も、CRで書類片付けてます」

 

「永夢、今日はお休みなんだからちゃんと休まなきゃダメだよ!」

 

 子供を叱りつけるように、オーバーな怒りの表情を見せるポッピー。

 無論永夢を心配しての怒りだが、今の彼にそれがまともに届く筈もなく、変わらず落ちた表情のまま。

 

「仕事でもしてないと余計なこと考えそうで……」

 

 手慰みが欲しい永夢。だがゲームだとどうしてもSAOを思い起こしてしまう。

 結果、選ばれたのは頭を空にできる単純作業な書類の処理。

 

「嫌なワーカーホリックだな……」

 

「うちの病院はホワイトで押してるんだがな」

 

「……これ、ちゃんと申請したら有給戻ってくんのかねぇ」

 

 やり取りを見ながらの二人の雑談は、すぐに閉まったエレベーターの扉に阻まれ永夢に届くことはなかった。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 あれから数時間。何も考えずに目の前の書類と格闘し、もうすぐ終わりが見えてきた……というところで、身体に凝り固まっていることに気がついた僕は、うんと伸びをして気まぐれに備え付けのテレビをつける。

 

『先日発売された、ナーヴギアの最新ゲーム《ソードアート・オンライン》は凄まじい人気ですね』

 

 またか――ため息交じりにテレビの電源を落とそうとしたが、やはり気になるものは気になるので、そのまま流すことにする。

 

『世界初のVRMMORPGですからね、世界からの注目も厚いですよ~。開発者の茅場晶彦氏が表に中々出てこないこともあって、ゲームの詳細などは詳しく語られることが少ないですから、それもこの人気に拍車をかけているんでしょう』

 

 ――今頃、SAO買うことの出来た人々は夢のVRMMORPGを心行くまで楽しんでいるのだろうな。

 そんなことに思いを馳せていると、画面の中が途端に慌ただしくなる。

 

「ん……?」

 

 速報かな――でも、その割には画面の中の慌ただしさは尋常ではない。

 

『速報です! ……たった今、ソードアート・オンラインの開発者である茅場晶彦氏からこのような声明が各テレビ局に送付されました』

 

 咄嗟の早口で、速報を読み上げるアナウンサー。

 映像が切り替わり、中世を思わせる広大な石畳が広がる広場が映る。

 そこに、簡素な革鎧を纏い剣や槍を携えた、約一万程の人たちが集まっていた。

 

「これは……ゲームの中?」

 

 一瞬、現実世界に見まがうほどにキレイな映像に心が躍るけど、あまりに異様な光景にすぐに思考は現実に戻る。

 突如と空に真紅の【Warning】の文字が無数に浮かび、空一面を覆い尽くすと……それはどろりと血液のように垂れて、やがて巨大な人型となる。

 そして、現れた真紅のローブの人型は、ゆらりと広い手袋に覆われた両手を広げると、低く落ち着いた、よく通る声音で語り始める。

 

『プレイヤーの諸君、私の世界へようこそ』

 

 画面の中の人たちが、言葉の意味を掴めずに呆然となる

 そして僕も、画面の中の人たちと同じように、ただ呆然と画面を眺めることしかできない。

 

『私の名は茅場晶彦。今やこの世界をコントロールできる唯一の人間だ』

 

 ――茅場、晶彦……。

 ソードアート・オンラインとナーヴギアを開発した、正にその人だ。

 メディアにはほとんど出ていなくて、雑誌とかでインタビューを受けることもほとんどない。そんな人が、一体何を言おうとしているんだろう。

 そんな僕の思いに応えるように、画面の中のフードの人型――茅場の声は続く。

 

『プレイヤー諸君は、既にメインメニューからログアウトボタンが消失していることに気付いていると思う。しかしそれはゲームの不具合ではない。これは《ソードアート・オンライン》本来の仕様である』

 

「仕様、って……ログアウトができない?!」

 

 言葉の意味を呑み込み、理解するのには時間がかかった。

 その間にも、茅場のアナウンスは広場の人たちへと無慈悲に告げる。

 

『諸君は今後、この城の頂を極めるするまで、このゲームから自発的にログアウトすることはできない』

 

「――え?」 

 

 そして理解したところで、僕はテレビの前で呆然と立ち上がることしかできなかった。

 

『……また、外部の人間の手による、ナーヴギアの停止あるいは解除も有り得ない。もしそれが試みられた場合、ナーヴギアの信号素子が発する高出力マイクロウェーブが、諸君らの脳を破壊する』

 

 マイクロウェーブ。それを照射するというのは、人間の脳を電子レンジでチンするということだ。

 脳細胞が瞬く間に熱せられ、その熱で脳の機能は停止して……死亡する。

 

『より具体的には、十分間の電源の遮断、二時間のネットワーク回線の切断、ナーヴギア本体のロック解除または分解、破壊の試み――以上のいずれかの条件によって、脳破壊シークエンスが実行される。ちなみに現時点で、プレイヤーの家族友人等が警告を無視してナーヴギアを強制解除を試みた例が少なからずあり、その結果――』

 

 この状況は……まるで五年前の《仮面ライダークロニクル》みたいだ。

 ――嫌な汗が止まらなかった。

 

『残念ながら、既に百四名のプレイヤーが、アインクラッド及び現実世界からも永久退場している』

 

「もう、それだけの犠牲者が……」

 

 あまりの数に、僕は呆然とまた座り込む。

 ――でも、これがテレビを通して流れたならば二次災害で命を落とす人は減るだろう。

 そう頭の中を切り替えることで、どうにか冷静さを保った。

 

『諸君らが、現実世界における自身の肉体を心配する必要はない。現在、この場の状況はあらゆるテレビ、ラジオ、ネットメディアにおいて配信されている。今後、諸君らの現実の身体は、ナーヴギアを装着したまま二時間の回線切断猶予時間のうちに病院その他の施設へと搬送され、厳重な介護体制に元に置かれるはずだ。諸君らには、安心してゲーム攻略に励んでほしい』

 

「……無茶苦茶だ」

 

 今から約一万の、それも特殊な状況下の彼らを保護するとなると、できなくはない。

 でも……それを維持して、彼らの命を守っていかなければならないとなると話は別になる。それこそ国での規模で彼らの保護していかなければいけないわけだ。

 更に、畳みかけるように茅場の無慈悲な宣告は続く。

 

『しかし、これだけは充分に留意してもらいたい、諸君にとって、《ソードアート・オンライン》は既にただのゲームではない。もう一つの現実というべき存在だ。……今後、このゲームに置いてあらゆる蘇生手段は機能しない。ヒットポイントがゼロになった瞬間、諸君らのアバターは永久に消滅し、同時に――諸君らの脳は、ナーヴギアによって破壊される』

 

 少し前に、茅場は雑誌のインタビューでSAOについてこう言っていた『これは、ゲームであっても遊びではない』と。

 遊びではないゲーム。ゲーム内での死が現実での死と同義となる――でも、そんなものはゲームじゃない。

 

『諸君らがこのゲームから解放される条件はただ一つ。先に述べた通り、アインクラッド第百層に辿り着き、そこに待つ最終ボスを倒してゲームをクリアすることだ。その瞬間、生き残ったプレイヤー全員が安全にログアウトされることを保証しよう』

 

 クリア、第百層――無茶だ、βテストでの二か月の間でも階層攻略は六層に止まったと、どこかで聞いた。

 そのままの攻略速度なら、単純計算でも百層攻略までに三年がかかる計算だ。でも、デスゲームになった今のSAOでは攻略の速度は圧倒的に落ちてしまうだろう。四年、五年――ひょっとしたらもっと長くなってしまうか漏れない。そして、そんな長い間意識を仮想の世界に置いた彼らの現実の肉体は衰弱は激しくなり、ゲーム内での死を待たなくても、そのまま死を迎えてしまう。

 全国各地に散らばるプレイヤーたちの命の保護をどうしたらいいのか――僕は必死に考えを巡らせる。

 

「……どう頑張っても、三年が限度だ。それ以上は命が持たないし、社会復帰の談になっても……」

 

 そもそもの問題、被害者を病院に移すだけでも色々と問題がある。各病院への被害者の振り分け、彼らをケアする人員も確保しなきゃいけない。

 ――考えるだけで、たくさんの懸念事項が浮かんでくる。

 と、画面の中の茅場が阿鼻叫喚の様相を見せる広場へ向けて、三度と傲慢不遜に語りはじめる。

 

『諸君らは今、なぜ、と思っているだろう。なぜ――SAO及びナーヴギア開発者の茅場晶彦はこんなことをしたのか? これは大規模なテロなのか? あるいは身代金目的の誘拐時間なのか? と』

 

 そんなものはこっちから聞き質したいくらいだ――そんな思いを呑み込みながら、僕は茅場の次の言葉を待つ。

 

『私の目的は、そのどちらでもない。それどころか、今の私は、すでに一切の目的も、理由も持たない。なぜなら……この状況こそが、私にとっての最終的な目的だからだ。この世界を創り出し、観賞するためにのみ私はナーヴギアを、SAOを造った。そして今、全ては達成せしめられた』

 

 ――冗談ではない……っ! 

 それなら、ただのゲーム運営でも良かったはずだ。何故、茅場はこんなことをするんだ。

 

『……以上で《ソードアート・オンライン》正式サービスのチュートリアルを終了する。プレイヤー諸君の――健闘を祈る』

 

 そんな僕の叫びに応えることなく、茅場のフードのアバターは空に広がる無数のシステムメッセージと共に夕焼けの空に同化するように消えていった。

 同時に、映像もそこで途切れ、困惑しきりといった様子のアナウンサーの姿が映った。

 

『こ、これは……一体どうしたことでしょうか? 茅場晶彦氏は……一体何を?』

 

 そんなアナウンサーの声を余所に、僕は即座にCR備え付けの内線に飛びついた。

 この件に関しての対策を、恩師であり衛生省の衛生大臣官房審議官である日向恭太郎先生に相談するためだ。

 何回かのコールの後、先生は声に焦燥を滲ませ、電話に出た。

 

『私だ。……永夢、放送は見たか?』

 

「はい、見ました」

 

『既に承知の上だと思うが、由々しき事態だ』

 

「はい」

 

 日本初……いや、世界初とも言えるVRテロ事件。

 由々しき事態、そんな物ではすまされない。先生の反応を見るに、政府は対応を即座なものとしたいんだろう。

 

『政府は既に、《SAO事件対策チーム》を発足させ、解決に向けて動き出している。ついては、永夢にもそのチームに参加してもらいたい』

 

「僕が、ですか……?」

 

 仮にも政府直属の機関に所属しているとはいえ、僕はただの医者だ。

 それを政府規模の大事件の対応人員に回すということは、事態は相当切迫しているのか――不安に駆られて、僕は思わず眉を顰める。

 

『被害者の保護を国が請け負う関係上、衛生省から人員を割くことになっていたんだが、ゲームに詳しく現役の医者である永夢が参加してくれれば心強い』

 

 ――そういうことなら。

 

「……わかりました、参加させてもらいます」

 

 少しでも、僕にできることをしたい。

 好感触の僕に、電話越しの先生は喜色の声色を見せる。

 

『ありがとう。早速だが、二時間後……七時より、衛生省にて第一回の対策会議が開かれる。まずはそこに参加してほしい』

 

「はい」

 

 そこで通話は切られ、僕は思わず大きく息を吐く。

 ――大変な事態となった。

 これでVRに対しての世間の意見は最悪のものとなるだろう。もしかしたら、ゲーム業界すらも揺らぎかねない。

 茅場晶彦は、一体なにを思って、この事件を起こしたのだろうか。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆◆

 

 

 

 

 

「――以上が、事件の被害者達の受け入れに関しての草案です。何か意見等ある方はいらっしゃいますか?」

 

 始まった会議。まず話し合われたのが、被害者の受け入れについて。

 これに関しては下手に会議で話を進めてしまうと色々と面倒なことになりそうだったので、会議が始まるまでの間に、病院長である飛彩さんのお父さんと草案を固めてきた。

 それを叩き台にすることで、滞りなく被害者の人たちの各病院への割り振りが決められた。

 

「では、続いて事件の首謀者である《茅場晶彦》についてを」

 

 議事進行を務める恭太郎先生が、次を促す。

 

「それに関しては、僕が」

 

 立ち上がったのは、総務所の役人だという菊岡という男。

 ただ、報告の内容が芳しくないのだろうか、その表情は苦いものだ。

 

「……既に警察が自宅に乗り込みましたが、家はもぬけの殻で茅場の姿はありませんでした」

 

「潜伏先等の心当たりは?」

 

「そちらも、アーガスの他の社員や彼の大学時代の同輩達に事情聴取を行っていますが、目立った情報は……」

 

 流石に大規模VRテロを引き起こすような人間が、そう手安く情報を掴ませてはくれないようだ。

 

「――そうか」

 

 落胆と同時に納得の感情の籠った声で先生が頷いた。

 その重々しい空気に誰もが息を呑む中、改めて先生が次を促す。

 

「では続いて、事件そのものの対処についてだが……」

 

「「「…………」」」

 

 が、誰も意見の為に手を上げようとしない。

 当たり前だ。国家規模のテロ事件でさえ前代未聞だというのに、それがVRの――仮想の世界で行われたとなれば。

 

「やはり難しいか……」

 

 苦悶の表情を見せる先生に、先ほどの菊岡が同じくと苦い顔で頷く。

 

「はい。実際にナーヴギアを取ろうとしたことにより、死亡した被害者が百名を超えています。この事実を鑑みるに、茅場の発言はすべて真実でしょう」

 

「うむ……」

 

 一応、僕の中で一つの案が浮かんではいる。

 それはあまりにリスクの高いもので、それでいて確実性は全くない――手段としては尤も愚かなものだ。

 

「サーバーそのものを閉じるという案もありましたが、その場合は一万人の被害者全員が脳を焼かれてしまうというのが、アーガスの見解です」

 

 ――それでもできることがあるなら、人々を救うために僕ができることがあるなら。

 

「我々は、ただ見ていることしかできない……か」

 

 覚悟を決め、僕は大きく息を吸うと、嘆く先生に対して腹案を投げかける。

 

「……一つだけ、ゲームクリアを早めることができるかもしれない方法があります」

 

「それは本当か! 永夢!?」

 

 どよめく会議場。そして予想通りの反応をする先生。

 

「はい」

 

 歓喜の様子を見せる先生に、僕の命を救ってくれた先生に、文字通り命懸けの策の提案は渋られる。

 

「ただ、確証が全くとも取れない方法です。正直、賭けに近い……」

 

「だが、1%でも可能性があるなら私はその賭けに乗ろう。その方法を教えてくれ」

 

 駆けられる期待が重い。それを、僕はこれからある意味で裏切ろうというのだから本当にどうしようもないと思う。

 もう一度大きく息を吸う。吐いて、肺から空気を全て追い出して、また吸う。

 そうして、本当に言い出す覚悟を決めると、僕は先生へと対して話し始める。

 

「……僕が、ソードアート・オンラインにログインするんです」

 

 これが僕に取れる唯一の策だ。あまりにムチャで、保障なんてどこにもない。

 下手をしなくても、僕という犠牲者を増やしてしまうかもしれない……本当に無謀な策だ。

 

「「「ッ!?」」」

 

 衝撃が走る。

 ――当然だ、自らデスゲームに飛び込もうなどという愚か者に驚かないわけがない。

 

「永夢、それは……」

 

 咎めるような、悲しむような先生の声。

 ――それでも、僕は揺らぐわけにはいかない。

 

「天才ゲーマーMである僕なら、少なくても攻略に貢献は出来ると思います」

 

 そう、僕は天才ゲーマー。そして仮面ライダーでもある。

 身体を動かし、戦うという行為においては一日の長があるわけだ。

 

「……死ぬ可能性も、あるんだぞ?」

 

「それだけなら、今までとも変わりません。戦う場所が現実からVRの世界に変わるだけです」 

 

 そう、変わらないのだ。

 仮面ライダーとして現実で戦っても、HPが尽きればゲームオーバーとなり死が待っている。

 それだけならば、今までと変わらない――変わらないのだ。 

 

「しかし……」

 

「何もできず、手を拱くなんて……僕には、できません」

 

 こうしている間にも、囚われた人達は恐怖に喘いでいる――その命を散らそうとしている。

 

「…………」

 

「恭太郎先生、行かせてください」

 

 ふと、誰かの言葉が頭を過った――『この手で掴める命があるなら、俺は迷わず掴む!』と。

 僕もその言葉に倣い、せめて手の届く範囲だけの人たちの命を守りたい。

 そんな思いが届いたのだろうか。やがてゆっくりと、先生は目を伏せ頷いた。

 

「……必ず、帰って来い」

 

「っ! ……ありがとうございます」

 

 この先、手を伸ばしても届かない命があるだろう。

 それでも手を伸ばし続けよう。一人でも多くの人たちを生還させるために。

 

 

 

 

 ◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 時間は少し経って、ここはCRの病室。

 SAOにダイブすることを決めた僕は、早速その準備に取り掛かっていた。

 とは言えど、僕にできることはそう多くなく、準備の多くは幻夢コーポレーションの社長の作さんたちが手を回してくれている。

 そして、その準備も全てが終わって、後は僕がゲームにログインするだけとなった。

 

「エム……ホントに行くの?」

 

 ポッピーが、不安げな様子で僕を見上げてくる。

 その潤んだ瞳に、なんと言えばいいのか。僕は笑んで、ポッピーの瞳から零れそうな涙を拭う。

 カッコつけにしか見えないけど、実際僕はポッピーの前では少しはカッコつけていたい。これが男心って奴なのか、まぁ……そんな感じだ。

 

「……うん。見てるだけっていうのは、僕にはできないから」

 

 どうにか言葉を探ってみるけど、ポッピーを安心させるようなものは出てこない。

 

「そっか……」

 

 そんな僕の口下手なせいで、またも潤むポッピーの瞳。

 声も震えて――僕はポッピーの声は好きだけど、涙声はそんなに好きじゃない。

 ポッピーには笑っていて欲しいし、声も歌声みたいな元気な声のほうがいいに決まってる。

 だから、どうにかポッピーを安心させるために、もう一度頭をフル回転で言葉を探ってみる。

 

「……僕は、ちゃんと帰ってくるよ。ゲームをクリアしてね」

 

「天才ゲーマー、だもんね……約束だよ!」

 

 必死に絞り出した僕の言葉に、ようやくポッピーも微笑んでくれた。

 ――やっぱり、ポッピーは笑顔が一番だ。改めて、そう思った。

 

「……そうだ、エム!」

 

「うわっ?!」

 

 ずいずいっと、あと少しでおでこがぶつかるんじゃないかという距離まで乗り出してきたポッピー。

 流石に後退りすると、今度は眼前に小指以外を畳んだ握りこぶしを掲げてきた。

 

「ど、どうしたの? ポッピー……?」

 

「指切り、しよ!」

 

 ……ああ、約束だから指切りを。

 そういえば、誰かと指切りをするなんて――子どもの頃からしたことが無かったな。

 

「指切り……」

 

「うん!」

 

 飛び切りの笑顔をみせるポッピーに、僕はおずおずと小指を差し出す。

 すると、すぐにその指は搦め取られ、ポッピーの歌声に合わせて上下に揺られる。

 

「指切りげんまん♪ 嘘ついたら針千本飲ーます♪ 指切った♪」

 

 よくよく聞くと、拳万に針千本とはかなり恐ろしい気がしないでもないけど……まあ、本当に実行されるわけじゃないし、大丈夫だよね?

 小さい頃は無邪気にやっていたことも、大人になると結構残酷なことであると気付かされてしまい、サブイボ立てる僕に、ポッピーはやはり無邪気に告げてくる。

 

「これで、私との約束破ったら針千本だよ!」

 

 どうやら、免除は拳万の方だけらしい。これは簡単に死ねなくなったなあ……。

 苦笑しながら、僕はポッピーにうんと頷く。

 

「……まってるからね」

 

 そう、最後に小さく付け加えたポッピーの表情ははにかんだような笑顔だった。

 ――でも、その眼と声はやっぱりちょっと震えてて、これからデスゲームに赴く僕に、余計な気遣いをさせたくないというポッピーの気丈な思いが、覗いて見えた。

 ……僕はポッピーの声が好きだ。豊かな感情を際立てるそんなポッピーの顔も好きだ。

 でも、僕がポッピーの一番の魅力は、その優しさにあると思う。誰かの痛みをまるで自分のことのように受け止めて、その痛みを癒してくれる……そんなポッピーの天性の善性が、僕は好きだ。

 ――それは、恋愛的な意味じゃなくて、もっと単純な思い――人として、あるいは医者として、その崇高な精神性が、僕は好きなんだ。

 

「大丈夫、僕の居場所はここだから。……だから、ちゃんと、ポッピーのところに帰るから」

 

 ただの研修医でしかなかった僕が、ポッピーの招きで迎え入れられた、僕の唯一の帰れる場所。

 ――皆がいて、僕を迎えてくれる……そんな場所。

 僕はここへ帰る。皆を助けて、ゲームをクリアして。

 

「――先生」

 

 そうして決意を新たにしたその時、声がかかった。

 声の方を向けば、そこには前の事件で知り合ったゲームクリエイターである南雲影成さんの姿があった。

  

「準備……終わったんですか、南雲さん」

 

 南雲さんには、僕がフルダイブするための環境の準備を手伝ってもらっている。

 具体的には、ライダーシステムをSAOに適応させたり、その他にもSAOにログインした各プレイヤーの追跡ログを精査するシステムなんかもアーガスと共同で組んでいるらしい。

 

「ああ、滞りなくな」

 

「ありがとうございます」

 

 ――これで、今度こそ本当に僕がSAOにダイブするだけになった。

 

「いや……こういうことでしか、まどかを助けてもらった事への借りを返せないからな。協力は惜しまないさ」

 

「南雲さん……」

 

 まどか、というのは南雲さんの娘さんの星……今は南雲まどかちゃんだ。

 小児脳腫瘍に悩まされていたけど、飛彩さんの神がかり的な手術の腕により、今は健康体そのものだという。

 

「幻夢VRからフルダイブできるように調整した。後は……どうにか、幻夢の社長と協力して上手くやるさ」

 

「よろしくお願いします」

 

 礼を言うと、南雲さんから幻夢VRが手渡され、本当にダイブする瞬間が迫る。

 ベットに腰かけ、幻夢VRを被り、横になって。

 一度深呼吸をする。大きく息を吸って、吐いて――すると、僕の手が柔らかな感触に包まれた。

 

「……エム」

 

 不安げに揺れる声が聞こえた。

 柔らかな感触はポッピーのものなのだろう。ギュッと握り返すと、僕は平静に、いつもの調子で声を掛ける。

 

「じゃあ、行ってきます」

 

「うん、行ってらっしゃい」

 

 見送りの声にこくりと頷く。

 そして音声認証の為に、僕は言った。

 

「リンク・スタート!」

 

 

 

 

 




 はいどうも、アルクトスです(ここ思いっきりpixivと同じにしてた……)
 年度が替わるまでに、新元号が発表されるまでに……とかやってたら新元号発表と同じタイミングになりました。


 とまあ、そんな訳で本編の後語りみたいなものでもしましょう。
 大まかな内容はリメイク内容と全く変わっていませんが、所々と設定を小説準拠にしたり、現在死亡なうの黎斗に代わって南雲さんを登場させたり、と細部の変更をしました。
 これにより、当面の間は黎斗のいない物語となるわけですが……まあ、あの人ジオウにでたり、SHFになったり、カードになったりともう方々に出まくってるので、この作品くらいでは影も形もなくしてやりましょう(笑)。

 さて、本編のあれこれについてはこれでいいとして、後は何でしょう……言いたいことは山程って奴ですが、あんまり書き過ぎても興覚めなので、予告の際にちょこっとだけ言っていた『永夢のキャラ』についての話でも。

 誰が言ったか『ガシャットエムギツネ』、『空洞虚無』とかの散々なあだ名付けられてる永夢ですが、まあ実際小説版読めばわかるように、中々に過酷かつ空虚な人生を送ってきた彼ですが、その反動か彼の本質は中々に黒いキャラです。

 意外に……でもないな、冷血で、自分本位で、報連相は全くしないわ、本編だとドラゴナイトハンター回で描かれたような狂信的なまでの医療への信望というのでしょうか? そんなのもあったり。

 と、まあ……ノベルXの発売で掴める永夢のキャラというのはこんなものでしょう。
その辺、ちょいちょいと摘まんで地の文に乗せてみたのですが、わかっていただけたら幸いです。



 では、この辺で後書きも終わりとしましょう。
 次回はいつかな? 四月中に上げたいものです。


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Kleinとの出会い

はいどうも、アルクトスです。



けもフレ2見て呪詛落ちしてたらこんなに時間がかかってしまいました。
正直、あれ見て三日は謎の気持ち悪さが収まらずに友達に大丈夫かって心配されたので、そんな彼にもけもフレを見せました。

――今、彼は当時の僕と同じ状況です。

そんな傷ついた心を癒そうと、アマプラに入っていなかったので見れなかったケムリクサを全話見ました。
正直、最高過ぎて心が震えました。
あらゆる描写が、物語を書く都合上どこかは生まれるであろうご都合とか不自然な描写すらも全てを伏線に収めてのけました。

僕はなんだかんだで重度のアニヲタなので、名作、凡作、駄作と称されるような数多くの作品を見てきました。SAOもその一つです。
SAOはマザロザをアニメで、原作で見た時には命の尊さと感動で打ち震えたものです。アリシのユージオ周りの話も、読んでいて涙を隠せませんでした。
その他にも、僕が人生をかけて推すと決めた作品は三つほどありますが、そのうちの一つが『ノーゲーム・ノーライフ』です。
ノゲゼロ(原作六巻)を読み、映画で見た時などもう感動で前が見えなくなりました。映画なんか、数えで十回は行きました。
次の作品が『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。』です。
この作品はなんと言うか、文章で心惹かれた作品です。秀逸な文章から繰り出される巧みな描写のオンパレードに、僕は読むたびに謎の感動で鳥肌が立ちます。
最後の作品は、結城友奈は勇者であるから始まる『勇者であるシリーズ』です。
一期当時こそ「なんだ最後はご都合か」と、無論あのタカヒロがそれだけで終わらせるわけがないと考察は幾度としましたが、僕の中では普通の名作扱いでした。その評価が二期の『勇者の章』で一気に吹き飛びました。今の評価は文句なしの神作です。

そんな僕が人生を賭ける作品の中に、ケムリクサも加わりました。
あの緻密な演出と、巧みなストーリーは、当時すさんでいた僕の心を物語という凶器でぶっ飛ばしてくれました。
心象というブーストがかかっていたから、そう評価してしまうのではないかと、時を二週間ほど置いて再試聴しましたが逆に伏線に次ぐ伏線を発見し、心躍る始末です。



と、ここまで長々と自分語りをして何が言いたいかというと……


――アニメ見てて全然執筆してませんでしたすみません!!!!!(全力土下座姿勢)


 

 

 

「リンクスタート!」

 

 その言葉と共に、徐々に視覚、嗅覚、聴覚、味覚、そして触覚などの体感覚がキャンセルされ――僕の周りにいる人たちの息を呑む音が、病院特有の消毒液のような臭いが、握られた手の感触が消え、僕の意識は仮想の世界に送り込まれる。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 数々のチェック項目をクリアして、ゲームがロードされると、僕はようやく『ソードアート・オンライン』の世界にログインした。

 閉じていた瞳を透かして、夕焼けの光が目に届き、石畳の特有の煤けた臭いが鼻腔を刺激する。そして、周囲の環境音に交じって遠くから恐怖の叫び声が聞こえてくる。

 目を開けると、そこはTVの画面で見た光景が広がっていて――

 

「ここが……はじまりの街」

 

 僕は周囲を見渡してみた。

 中世ヨーロッパ都市を思わせる街並みに、奥に聳える黒々とした巨大な宮殿。

 ここがデスゲームでさえなければ、目を奪われていたかもしれないほどに、美麗な光景。

 ――でも、今はそれが恐怖を煽る気味の悪い光景としかならない。

 

「……行かなきゃ」

 

 僕は行動を開始した。

 遠くに聞こえる阿鼻叫喚の声を追って、街並みを奥へ奥へと進んでいく。

 恐怖の声は、近付けば近付くほどに鮮明になる。

 ――囚われた恐怖、死への恐怖。

 狂乱と絶望が辺りを支配していた。たどり着いた街の外周部には、百を優に超すだろうという人々がいた。

 

「……酷い」

 

 地獄のような光景だった。

 浮遊城である『アインクラッド』の外、広大な雲海が広がる外が見られる街の外周部は、自殺の名所と化してしまっていた。

 生きることを諦めてしまった人たちが、いとも容易くその命を散らしていく……それはまるで――いつかの僕を見ているようで。

 僕は走った。そして今にも飛び降りようとする人を背中から抱え込んだ。

 

「やめてください! こんな風に簡単に命を諦めるなんて……っ!」

 

「……うるさい! いいんだよ、俺なんかが死んだところで悲しむ奴なんかいない……」

 

 僕は暴れるその人を抑え込もうとする。けど、その人は暴れて、僕ともみくちゃになって――その間にも多くの人が、外周を超えて飛び降りていく。

 

「――っ!?」

 

 その動揺が命取りだった。

 僕は突き飛ばされて、その間にその人は街の外周である石柵を乗り越えると、躊躇いなくその身を投げた。

 

「ああっ……!」

 

 止められなかった……っ!

 石柵から身を乗り出して、下を覗くけど――もう、その人の姿はどこにもなかった。

 

「くそっ!!」

 

 ――悔やむけど、それで失われた命が戻るわけじゃない。

 理性で振り切って、僕はその他にも飛び降りようとする人たちの前に立つ。

 

「皆さん、止めてください! ここで死んだって……!!」

 

 必死に叫ぶ。でも、僕の声は届かなくて……次々と飛び降りていく。

 止めようとするけど、やっぱり振り払われて、揉みくちゃにされて、それでも止めたくて、必死に縋るけど……その内に、周りの人たちが僕に敵意の目を向けてくるようになった。

 そして、彼らはゆらりと僕を取り囲むと、手を伸ばして僕までも引き摺り落とそうとその数で押し倒す。

 

「っ……!!」

 

 危うく落とされそうになる、その時だった――

 

「――逃げるぞ、コッチこい」

 

 声と共に、僕は腕を引かれて、揉みくちゃにされたその場から引っ張り出される。

 それをしたのは、赤髪のバンダナを巻いた男だった。

 

「あのっ、ちょっと」

 

 腕を引かれながら、僕はその男に声を掛けた。

 

「――なんだ?」

 

「あの人たちを止めないと! あんな風に簡単に命を投げ捨てるなんてダメですよ!!」

 

 命を諦める――そんな選択だけは絶対に止めなくてはいけない。

 かつて同じ選択をしてしまった者として、そして命を救われたものとして、止めなければならない。でも――

 

「……アイツらに何言ったって、聞きゃしねぇよ」

 

 そう、僕の言葉は彼らに届いていなかった。

 ――目を背けていた事実を言及されて、僕は腕を引かれることから抵抗するのをやめた。

 それを見た男も、僕の腕を引くことを辞め、どかりと背中をいつの間にかたどり着いていた路地裏の壁に預ける。

 

「オレたちもバカなことは辞めさせたかったがよぉ……みんな飛び下りちまう」

 

「そんな……」

 

「でも、諦めちまう気持ちも解らないでもない。おめぇさんも聞いたろ? 茅場のヤローのあのフザけた宣言」

 

 確かに聞いていた。その時はまだ僕の意識は現実にあり、ゲームの中がここまでの惨状とは思いもよらなかったけど。

 

「……ええ」

 

「あんなの聞いちまったら、そりゃ心折れちまうってもんだ」

 

 事実上の死亡宣告。

 実際のところ、クリアの可能性は相当に低い。でも、それでも――

 

「……それでも、簡単に命を投げ捨ててしまう行為を……僕は見逃せない」

 

「でもよぉ。向こうは百人で、コッチは今アッチコッチ回ってるオレの仲間を入れても八人だぜ? 全員が全員を止められるわけじゃねぇんだ」

 

「それでも……っ!!」

 

 少しずつだけど、遠くから聞こえてくる狂乱の声が小さくなってきている。

 それは、あそこにいた人達がやはり躊躇いなくその身を投げていっていることを意味していてる。

 

「だけどなぁ、もうとんでもない数のヤツらが飛び降りちまった……」

 

 そうなのだろう――実際、僕がゲームにログインしたのはあの茅場晶彦の宣言から二時間が経過した時だ。

 僕がログインした段階であの惨状なら、既に多くの人が自ら命を絶っていたはずだ。

 

「こればっかりはもうどうしようもねぇ。だったらオレたちにできる方法で、できるだけ多く助けるしかねぇだろ」

 

「僕たちに、できる方法……?」

 

 呆然と問う僕に、男はフッと人の好い笑みを見せると、その手を僕に差し出してきた。

 

「ラスボスをぶっ飛ばすんだ。そうすりゃ、皆帰れる」

 

 ――そう、その通りだ。

 失われてしまった命に報いるためには、これから失われるかもしれない命を少しでも減らすためには――僕は頷いて、男の手を取る。

 

「そう、ですね……」

 

 ――戦うしかない。戦って、階層を登り、ゲームをクリアするしか他に方法はない。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 問答から少し。悲しみの声も、絶望する声も、もう聞こえてこない。

 ――皆、飛び下りてしまったのだろうか?

 そんなことを考えていると、隣の男が唐突に聞いてきた。

 

「そういや、おめぇさん名前は?」

 

「あ、エムです……E、m、uで、エム」

 

「スペルまでは聞いてねぇんだけどな……。てか、エムって――アンタ『天才ゲーマーM』か!?」

 

 ――天才ゲーマーM。

 今でこそ、ゲーム大会等への出場なんかをしなくなった僕だけど、高校生までは盛んに多種多様なジャンルのゲームの大会に出ていた。その中で、好成績を取り続ける僕の名前をもじってつけられた通り名が、その『天才ゲーマーM』。

 最近では滅多に人に呼ばれることは無くなっていた、僕のある意味でのもう一つの名前。

 

「え、ええ……」

 

 その名前を呼ばれたことにちょっと驚いて、曖昧に答えると、男はぐいぐいと身を乗り出してくる。

 

「このゲームにログインしてたんだなぁ……あ、もしかしてβテスターだったりするのか?」

 

《βテスター》。

 約二か月の間このゲームのβ版を先行プレイしていた千人、文字通りのβテスター達がこれに当てはまる。

 彼らにはSAOの優先購入権が与えられ、そのほぼ全員が恐らくとゲームを購入し、ログインしている。僕がSAOにログインする以前に調べたところで、このゲームの同時接続数は9500を超えていたので、それは確実にだろう。

 願うなら、彼らと接触して情報を入手したいところではあるけど、デスゲーム開幕の波で情報は何よりも得難い武器になった。βテスター達は先を行くか、身を隠すかをしているだろうし、接触の機会は薄そうだ。

 と、そんな訳で僕はβテスターではないけど、VR空間での戦闘なら何回かあるから、そこに関しては一日の長というやつだ。

 

「いえ……ログインしたのは、今日が初めてで」

 

 とはいっても、それをおいそれと口外するわけにはいかない。

 ネットゲームの闇は深い。妬み嫉みは無論として、今のSAOの状況ではいつどこで敵が発生してもおかしくはない。だから、時が来るまでは僕の状況について話すわけにはいかない。

 

「あー、じゃあオレたちと同じってわけか」

 

「……ええ、そうなんです」

 

 その罪悪感にふと反応が遅れる。

 目の前の男は、それに何を感じ取ったのだろうか。少し考える素振をして、やがて納得すると、人情味のある笑みを見せる。

 

「ならよぉ、よかったらオレらと一緒に来ねぇか?」

 

「――え?」

 

 突然の誘いに、僕は驚きを隠せなかった。

 

「いやな。俺らネトゲは色々とやってたんだが、VRってなるとコレ(SAO)が初体験でな。一応、オレのフレのキリトってのがβテスターで、そいつに色々教えてもらったんだが……やっぱまだ不安でよぉ」

 

 僕は悩む。確かに今のSAOを攻略する中で、パーティーかもしくはギルドに所属することは自分の生存率を上げる上でも大事なことだと思う。

 それでも僕の立場を考えるならソロでいた方が安全だし、そもそもとして何かあった場合は彼らに迷惑をかけることになってしまう。僕の都合で誰かに迷惑をかけるなんてことは、絶対に避けたい。

 ――それを伝えようと顔を上げる。でも、彼はまた人の好い笑みを浮かべて、その眼にはこの絶望的な状況でも衰えない熱意を宿していた。

 

「できれば、俺らも攻略には参加してぇし、エムが加わってくれりゃあ百人力だ!」

 

 この人は好い人だ。自分を顧みずに人を助けたいと思える人だ。いずれ攻略の最前線に立てるような人だ。

 ――僕には、彼らを生き残らせ、攻略の前線で戦えるようにできるだけの腕前があると思う。

 

「…………」

 

 ここで僕が迷惑を理由に離れてしまったら、彼らは死んでしまうかもしれない。

 

「ダメか?」

 

 聞かれて、僕はさらに悩む。

 ――ここまで関わった。言葉を貰い、奮い立たせてもらった。

 そんな彼をここで見捨てるという選択は、僕にはできなかった。

 

「……僕なんかで良かったら。よろしくお願いします」

 

 覚悟を決め、そう頭を下げると、目の前の彼は少し申し訳なさ気に眉を下げる。

 

「いやあ、ヨロシクされんのはコッチだと思うぜ? オレ以外は、まずソードスキルの出し方から特訓よぉ」

 

「アハハ……まあ、僕もそこからなんですけど」

 

 実際、まだフィールドに出ていないので、この世界での戦闘すら未経験だ。 

 

「お、なら俺がレクチャーするぜ? ……の前に、まずは武器屋に寄るか」

 

「そうですね。えっと、あの……」

 

 と、名前を呼ぼうとして、ふと困る。

 僕は名前を名乗ったが、彼には名乗られた覚えがなかったのだ。

 それを察したのか、彼は右手を振ってウインドウを開くと、それを操作し、僕にフレンド申請のウインドウが送られる。

 

「オレはクラインだ、よろしくな」

 

「よろしくお願いします、クラインさん」

 

 こうして、僕とクラインさんは第一層攻略に向けて、動き出した。




――いえ、ただ言い訳をさせてください。

どれもこれも、のけものエネミーズ2がいけないんです。あんな金をかけたゴミ以下の人類が作り出した中で最も俗悪な怨嗟の塊を創り出した無能な細〇と〇村とムク〇と岩〇と〇藤がいけない! 
だってあんな史上最悪のクソアニメをみたら体調崩すし、文章書く気なんて起きませんて……


はい。言い訳はこの辺にして次の話書きます()


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黒き剣とのencounter

──さて、何年ぶりでしょうか?

そもそも投稿すること自体が3年ぶりだし、この作品に至っては……考えたくないものです。
なんでこんなに空いたのかと言えば──まぁ、正直言うとサボってたんですが()、、、
まぁ、一応言い訳するなら進学して就職してという社会生活を送る人間としての生活に追われておりました。うへへ……ろうどうたのしぃ(ガンギマリ)


 

 

 

 

 

「──ハッ!」

 

 目にも止まらぬ一閃。鋭い一撃は《リトルネペント》の蔓を打ち払い、それが致命の一撃となって《リトルネペント》はポリゴンの破片となって爆散する。

 

「……これで15体目だけど、まだポップしないな」

 

 ぼやくように呟くと、周囲にモンスターがいないことを確認して、剣を鞘に収める。

 

「情報屋さんから受けとったクエスト、ポップする確率が超低確率とはいえそろそろ出てくれても良いような……」

 

 そう、僕は現在パーティーを組むことになったクラインさん達と別れ、とあるクエストを攻略していた。

そのクエストと言うのは簡単に言えば片手剣の武器報酬イベントで、得られる武器は《アニールブレード》という片手直剣。性能は良く、強化が成功すれば3層の迷宮区までなら通用するというのだから是非ともゲットしておきたいものだ。

 しかし、クエストのクリア条件である《リトルネペントの胚珠》という素材がなかなかの曲者で、第1層の森林地帯に出現する《リトルネペント》というモンスターの内、1%程で現れるという花付きの個体からしか入手できないのだ。さらに同じ確率で実付きの個体が出現し、誤って攻撃してしまうと実が破裂し、周囲のモンスターを呼び寄せてしまう。「ベータテストでは、何人も引っかかってそりゃ面白い光景だったナ」と情報屋は笑っていたが、デスゲームとなった現在のSAOでは笑い話では済まない。

 

「こんなことならクラインさん達にも協力してもらえば良かったかな?」

 

 たかだか15体を討伐した程度で1%という確率の壁を乗り越えられると思わないが、ソロで攻略するには苦難なクエストだ。

 万が一もあり、未だSAOというゲームに──こと生身での戦闘に──慣れていないクラインさん達を置いてきたが効率を考えてしまうと、ついそんなことを考えてしまう。

 しかし、SAOがサービスを開始して早3週間。慣れない生身での戦闘に、身体の動きで起動するソードスキルなど、元々ネトゲプレイヤーだったとはいえ素晴らしい適応具合を見せている彼らだ。「この程度楽勝よォ!」と、クラインさんなら言ったかもしれない。

 とはいえ、単独行動を望んだのも僕だし、彼らにレベル上げも兼ねたアイテム調達用の資金集めを願ったのも僕だ。悲観していても始まらず、改めて花付きの個体を捜索し始めると──

 

「──ト!!」

 

「──スナ!!」

 

 少女の、片方はややハスキーな、もう片方は半ば金切り声に近いような叫びが僅かに耳に届いた。直後、崩落音と共にハスキーな声音は遠くなっていく。

 咄嗟に声の方へ駆け出すと、風乗って甘い匂いが香ってくる。それと同時に匂いの方へ《リトルネペント》の大群が押し寄せているのが確認できた。

 

「まさか、実付きを!?」

 

 思わず叫ぶ間にも、少女の裂帛の叫びとともに爆散するポリゴンの欠片が空を舞う。

 どうやら、少女は必死の抵抗を見せているようだが、時折叫びに呻きが混じっており、そう長くは持ちそうにない。

 

「やあああああ!!」

 

 抜刀し、そのままの勢いで目の前の《リトルネペント》へ斬りかかる。不意の一撃でネペントは爆散し、続くもう一体も同じく爆散させる。しかし、そこで周囲のネペントのターゲットが僕へと向いた。今の僕のレベルでは、注視された状態でネペントを通常攻撃1発で撃破はできない。加えて、硬直時間もあり迂闊にソードスキルも使用できない。《ソニックリープ》などの突進技で少女の元に急ぎたいが、ネペントの数は多く阻まれるだろう。故にとにかく通常攻撃で周囲のネペントを刻み、より多くのネペントのターゲットを受け持つ他に方法はない。

 

 

 

 

 ──そうしてかれこれ10分程戦い続けた。

 

「ハァ……ハァ……」

 

 ざっと見て30体にターゲットをさせ、隙を見て反転。少女から相当数のネペントを引き離すことに成功し、ようやくとネペントを殲滅できた。しかし──

 

『ゴアアアアアアア!!!』

 

 戻ってきた先で見たのは、少女が別のモンスター《ジャイアント・アンスロソー》に覆いかぶさられている姿だ。

 どうやら周辺のネペントが集結するのに釣られ、かの大型のゴリラのような姿のモンスターはここまでやってきてしまったらしい。

だが、事前の戦闘と今回の無茶が祟り、《はじまりの街》からの愛刀は既に手元にない。

 

「危ない!!」

 

 走り出すが、既にモンスターの牙は少女の首を喰いちぎらんと迫っている上に、無手の状態の僕に攻撃手段はない。

 ──助けられないっ!?

 その時だ。無力感に落ちる僕の背を追い越すようにして現れた鮮緑の閃光が《ジャイアント・アンスロソー》の首筋を斬り裂いた。

 

『ッギャオオオオオオオ!!』

 

 それが致命の一撃(クリティカルヒット)となったのだろう。《ジャイアント・アンスロソー》は咆哮するが、徐々にその勢いを落としていき、ついには倒れた。

 爆散するポリゴンの欠片の中、そこに佇むのは──まだ幼い少年だった。

 幼さが残る優しげな顔つきの中に僅かに影のある表情を見せる彼は少女の、そして僕の姿を認めるとやや逡巡するような様子を見せつつ口を開いた。

 

「……大丈夫か?」

 

 見た目に違わない変声期特有の低い音が掠れたような声だった。

 

「ええ、ありがとうございます」

 

 僕が礼を伝えると少年はこくりと頷き、少女へ視線を移した。

 しかし、彼女は茫然自失としており、返事は得られない。

 少年は困ったように「あ……ぅーん」と唸ると、UIを操作して恐らく手持ちの殆どであろう回復ポーションと周辺のマップデータをトレード画面に提示した。

 

「……これだけあれば足りるか?」

 

 しかし、未だ茫然とする少女からの反応はなく、彼は半ば無理やりに実体化させたマップデータと共にポーションのデータを押し付けると、足早に立ち去った。

 

「あ、待って!」

 

 相当敏捷性を上げているのか、足早に歩を進める彼に小走りで追いつくと、申し訳なさそうに振り向いた。

 

「……ごめん。アンタのこと、忘れてた」

 

 どうやら少女への対応で精一杯だったようで、僕のことは失念していたらしい。

 

「えっと……剣を持ってないみたいだけど、予備は持ってるか?」

 

 申し訳なさげにする中で僕が無手なことに気づいたのだろう。彼が怪訝な表情を浮かべる。

 

「何とかあの子を助けようとネペントを倒してたら、耐久値が限界で……予備も新調しようとしてたから持ってなくて」

 

 答えると「ああ……とんでもない数ポップするからな……」と、表情が同情的なものに変わる。

 

「えっと、細剣か片手直剣使いなら余分なドロップ分をとりあえず渡せるけど……」

 

 言いつつアイテムストレージを漁り出した彼を、僕は制した。

 

「それはありがたいんだけど──まずはありがとう」

 

 改めて礼を伝えると、彼はきょとんとした様子で僕を見る。

 

「僕だけじゃあの子を助けられなかった。だから、ありがとう」

 

 続けての言葉でようやく言葉の意味が伝わったようで、彼は申し訳なさそうななんとも複雑な表情で言葉を濁す。

 

「いや……俺はあのモンスターが今の俺のレベル的に効率がいいから狩ってただけで……助けたのは偶然だよ。アンタとあの子が生きようと、助けようと抗ってて、そこに通りすがっただけの俺に感謝なんてしなくていい」

 

 どうやら彼は礼を言われることに後ろめたい思いがあるらしい。それが何によるものなのかは戦いぶりや立ち振る舞いから何となく察せられるが、あえてそれは言わない。

 ──ただ、おかげで彼という人物を知ることができた。

 

「──それでも、ありがとう」

 

 突き放すような言動がありつつ、少女とのやり取りからは気遣いを感じるどこか不器用な少年。

 そんな彼はついに照れくさくなったのか、頭を掻き毟るとヤケになったように声を張る。

 

「わかった! 感謝は受け取るよ……なんかモヤモヤするけど」

 

 そんな姿が可笑しくてつい笑みを浮かべると、彼の目付きが若干鋭くなる。慌てて笑みを引っ込めると、彼はため息ひとつこぼしてトレード画面を操作する。

 

「とりあえず俺のお古を渡すよ。耐久値はちょっと心許ないけど、ホルンカまでは持つと思う」

 

 言って、トレード画面を僕に提示する。譲渡の欄には《はじまりの街》で購入できる片手直剣の初期武装と僅かながらの回復ポーション。

 回復ポーションについては断ろうと、UIを操作しようとしてふと彼の名前が目に止まる。

 

「……kirito──君は、キリトくん?」

 

「ああ、それが?」

 

 唐突に名前を呼ばれ、彼──キリトくんは怪訝そうな様子だが、僕は彼の名前に覚えがあった。ゲームのサービス開始当日、クラインさんがぽつりと漏らした名前は……

 

「クラインさんは……分かるかな?」

 

 クラインさんの名前をあげると、キリトくんは目に見えて驚いた表情で僕の方を掴みかかる。

 

「……クライン……生きてるのか!?」

 

とそこで冷静になったのだろう。「悪い」と言って肩から手を離し、僕に話の続きを促す。

 

「うん。今は僕と他の仲間たちとパーティを組んでる」

 

 その一言でほっと息を吐いたキリトくんは、心底安心したように言葉を漏らす。

 

「……そうか。合流できたんだな……」

 

 あの日、二人の間に何があったかを僕は知らない。クラインさんも話さないし、僕も特に聞くことは無かった。しかし、キリトくんはずっと気がかりだったのだろう。クラインさんの無事を聞き、先程までの陰のある面持ちから年相応の少年らしい面持ちへと変わっている。

 

「心配してたよ、君のことを」

 

 時折クラインさんには珍しく物憂げに迷宮区の方を見ることがあった。あれはキリトくんを心配してのものだったのだろう。

 

「あいつ……余計なことを」

 

 苦笑するキリトくんに僕はある提案をする。

 

「もし良ければ、この後合流するから一緒に行くかい?」

 

 しかし、キリトくんは即座に首を横に振る。

 

「いや、アン……エムが一緒なら、目指してるんだろ?」

 

 僕と同じくトレード画面から名前を知ったのだろう。困惑する僕に「エムの動きは到底初心者とは思えないからな」と一言添えて、キリトくんはとある情報を開示した。

 

「トッププレイヤーたちは近いうちに《トールバーナ》で攻略会議をやろうって考えてる。クラインにはそこで会おうって宜しく言っといてくれ」

 

 再会するのは、いまこの時ではないとそういうことなのだろう。クラインさんもあんな性格だし、別れる際になにかやり取りがあったのかもしれない。

 

「わかった。伝えておくよ」

 

 快く頷くと、キリトくんは足取りも軽く歩き去る。

 

「じゃあ、俺は迷宮区に行くよ」

 




復帰ということで軽めに、プログレッシブの映画と絡めつつキリトとの遭遇イベントを前倒しにしました。

ミト……扱いどうしよう()




──さて、ここから先は私信なのですが、まぁ3年も失踪してりゃ話題はそこそこある訳ですよ。この3年間の特撮の話題だとか、某魔女の話とか。色々語ってると本文超えそうなので小出しにしますけど……

直近の話題としては……そうですね。AC6の話をしましょう。
つい先日、私も買ったんですが──最初のヘリを倒すのに30回リトライしました!!!
……アクションゲーム苦手マンにAC、並びにフロムからの洗礼は辛かった(遠い目)。
え、バルテウス? ッスーーー15回死にました  少ないですなHAHAHA


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絶望のstart

え、また失踪すると思った?
残念しませ〜ん(以後も頑張ります)


……はい、ということで多少真面目に話しましょうか。
リメイクにあたって、ライダーシステム周りをどこぞの神も居ないことですしナーフしました。
──思えば、SAO世界で普通に仮面ライダーに変身できちゃうのって強すぎるよなって思いもあるわけで、ある程度弱体化させました。詳しくは本編をお読みください。



 ──ソードアート・オンライン。

 家庭用初のフルダイブ型VRマシンである《ナーヴギア》開発者である茅場昌彦が開発した史上初のVRMMORPG。フルダイブにより今までに経験のない仮想体験が生みだされるという謳い文句に、人々は魅了され、多くの人々がそのゲームに手を伸ばした。

 その正体が、茅場晶彦の作り出した『真の異世界』であることを知らずに──

 

 

 

 

 

 ──ソードアート・オンラインのサービス開始から、一か月。

 恐ろしいことに、この一ヶ月で二千人もの人たちが命を落としていた。

 

 

 

 

 

 茅場晶彦の宣言以降、最悪のデスゲームと化した『ソードアート・オンライン』から人々を解放しようと、外部の研究機関も頑張ってはいるのだろうが……未だに問題解決には至っていないところを見ると、やはりゲームクリア以外での方法でのログアウトはやはり不可能なんだと思う。

 だけど、ゲームクリアを達成するというのが本当に厳しい。《攻略組》と呼ばれるようになった前線プレイヤーたちが必死になって、次に進むためのダンジョン──《迷宮区》──に潜っているが、一か月が経過した今でもその最奥であるボス部屋にすらたどり着けていない。

 理由としては、デスゲームとなった現在のSAOでは普段以上に自身の安全に気を配るようになったことが大きい。βテスト時代では、それこそ死に戻りと言われる程の無茶な攻略の甲斐あって、約二か月のβテストの期間で八層攻略というハイペースでの攻略が成立していたらしいのだが、今のSAOでそう無茶な攻略ができるはずもなく、攻略が難航しているのが現状だ。

 加えて、正式版となったことでゲーム自体の難易度が上がっているらしいというのが、専らの噂だ。βテスターによって作成・配布されたガイドブックの内容よりも、迷宮区内部に出現するモンスターのレベルが上がっているように感じる。

 

 

 

 このままだと、じり貧になりかねない。

 そう感じた前線プレイヤーたちは危機感を募らせた。

 

 ──自分たちが全滅してしまえばゲーム攻略は夢のものとなる、と。

 

 そんな状況を打破するために、とある誰かの一声で、今日この日《第一層フロアボス攻略会議》が招集された。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 ──デスゲーム開幕の惨劇から一か月。

 僕はクラインさんの誘いで彼とその友人達で構成されるパーティーに所属することになった。

 うまく馴染めるのかという不安もあったけど、ありがたいことに全員がクラインさんのように気のいい人たちばかりで、それは全くの杞憂に終わった。今では共に戦う戦友としていい関係性を築けている。

 そんな僕たちは現在、今日夕方に行われる攻略会議に参加する為の箔をつけるため、全員がレベル10を超えるまでと第一層の迷宮区に潜っていた。

 

 

「グルルルルァ!!」

 

 

 亜人型モンスターである《ルインコボルト・トルーパー》が手にした手斧を、僕を叩き殺さんと振るってくる。

 それを、単発斜め斬りスキルである《スラント》で弾く。そして技後硬直が来る前に飛び退いて、間髪入れずの背後で槍を構えるジャンウーさんに指示を飛ばす。

 

 

「ジャンウーさん、スイッチ!」

 

 

「おう!」

 

 

 飛び入ったジャンウーさんが怯んだトルーパーに対して、槍のソードスキルである単発一閃突きの《ソニック・チャージ》を放つ。

 急所である喉元を貫かれたトルーパーは、HPを全損させポリゴンの欠片となって砕け散る。

 戦闘が終わると、視界にリザルト画面が表示され、同時に辺りにレベルアップを祝うファンファーレが響き渡った。

 

 

「おっしゃ! これで俺もレベル10だぜ!」

 

 

 どうやらレベルが上がったのは先ほど《LA》――ラストアタックを決めたジャンウーさんのようだ。

 現在のSAOでのレベル的安全マージンは階層の数字に10を上乗せしたものになる。これが最低限満たされていないと、ボスと戦うことがとても厳しいものになってしまう。

 攻略会議直前となってしまったが、今のレベルアップでパーティーメンバー全員がそれを満たせてたことで、僕は内心ホッと息を吐く。

 それはパーティーリーダーであるクラインさんも同じなようで、ちょっと大げさに息を吐いている。

 

 

「……これで、一応メンバー全員がレベル10を超えましたね」

 

 

「ああ、一応これでマージンはクリアだな」

 

 

「ですね」

 

 

 と、そんなところで時間を確認すると午後三時。

 攻略会議が行われるのが迷宮区に最も近い町である《トールバーナー》とは言え、そろそろ移動し始めなければ間に合わないだろう。

 

 

「そろそろいい時間ですし、町に戻りましょう。攻略会議には遅れられないので」

 

 

「だな。よぉし、オメーら帰るぞ!」

 

 

「「「「「おーう」」」」」

 

 

 

 

 

 ◆◆◆◆

 

 

 

 

 

「おぉ~、結構いるもんだな」

 

 そう、クラインさんが声を漏らす。

 釣られて辺りをざっと見渡すと、ざっと四十人強だろうかの人たちがトールバーナの町の噴水広場に集まっていた。

 よく、集まってくれた方だと思う――正直を言うと、もっと少ない人数になると思っていた。一ヵ月と攻略が長引いたせいで、前線でも攻略を諦めようという空気が濃くなってきていたことを考えると、レイドを組む最大人数である四十八人に近しい人数が集まってくれただけでも行幸だ。 

 死んでしまう可能性がある、そんな中で勇気を振り絞ってくれた人たちがいる。それはとっても素晴らしいことだと思う。だから――

 

 

「……絶対に死なせない」

 

 

 ――僕が守る。

 それが仮面ライダーとして、このゲームにログインした僕の使命だから。

 心新たに、そう決意する。

 と、感慨深げに辺りを見回していたクラインさんが、唐突に広場の片隅のベンチの方に視線を向けた。

 そこには、黒髪の片手剣使いの少年が腰かけていた。

 先日、リトルペネントの一件で僕ととある少女の窮地を救った《キリト》だ。

 キリトくんを見つけたのは僕だけではないようだ。隣に立つクラインさんも彼の姿を目にして、どう話しかけようかと迷っているようだ。

 ──《はじまりの日》に何があったかは聞いている。結果的に彼がクラインさんを見捨てる形になってしまったこと、それを彼が悔やんでいるだろうということも、先日の様子を見れば察せられる。

 

「普通に声を掛けてあげればいいと思いますよ?」

 

 そう言ってやると、クラインさんは内心を見抜かれたことに口を尖らせるつつも、決心をつけたようにガリガリと頭を掻きながら、彼の座るベンチの方に向けて歩き出す。

 

 

「……元気そうで、何よりだぜ」

 

 

 第一声は、そんな無難な挨拶だった。

 キリト君は、その声でクラインさんの存在に気が付いたようで、何とも申し訳なさげな表情を見せた。

 

 

「クライン……」

 

 

「あん時のことは気にすんな。オリャあ死んでねえし、仲間も全員生き延びた」

 

 

「そうか……」

 

 

 クラインさんの言葉もあり、僅かに安堵の表情を見せるキリト君。

 

 

「ま、オレだけじゃ無理だったろうよ。お前ェが最初に色々教えてくれたのと、エムのおかげだ」

 

 

「エム?」

 

 

「オレの新しい仲間さ、紹介するぜ」

 

 

 手招かれ、少し離れた位置にいた僕は二人の元まで向かう。

 

 

「あの時以来だね、キリトくん」

 

 

 軽い挨拶とともに手を差し出すと、キリト君もその手を取って挨拶をしてくれた。

 

 

「……あれから、《アニールブレード》は手に入れたのか?」

 

 

 着恥ずかしさからか、多少皮肉交じりにそう問うてくるキリト君。少し肩を揺らすようにして背中に吊り下げた《アニールブレード》の柄を見せてやると、「……そうか」と眉尻を下げた。

 そうしてクラインさんとキリト君のわだかまりのようなものも少し解れたところで、僕たちは会議が始まるまでと攻略について意見を交わしはじめた。

 思った以上に熱が入ってしまって、会議が始まるころにはソードスキルのモーション制御なんていうディープな話題に足を突っ込んでしまっていた。

 周囲も似たようなもので、前線プレイヤーらしく攻略情報について盛んに意見が交わされていた。

 騒然とする場を諫めるように、パン、パンと手を叩く音とともによく通る声が広場に流れた。

 

 

「はーい! それじゃ、五分遅れたけどそろそろ始めさせてもらいます!」

 

 

 声の主は、青髪に長身の全身金属防具の片手剣使いだった。

 彼は広場中央の噴水の縁にひらりと飛び乗ると、会議の場全体に対してもう少し近づくように笑顔を見せる。

 

 

「今日は、オレの呼びかけに応じてくれてありがとう! 知ってる人もいると思うけど、改めて自己紹介しとくな! オレは《ディアベル》、職業は気持ち的にナイトやってます!」

 

 

 すると、広場がどっと沸き、笑い声に包まれた。

 SAOには職業設定自体は存在しない。例外として、生産系スキルをメインにしている人物に限り《鍛冶屋》や《料理人》等、職業名で呼ばれることもある。けど、《騎士》や《勇者》などの戦闘職等で呼ばれたりすることは基本ない。

 それでも、冗談として彼が《ナイト》を名乗った理由は、その装備が他のゲームで言うところのナイト系装備だからだろう。

 と、相応に場が盛り上がったところで、ディアベルが手を挙げ、盛り上がる場を鎮めた。

 

 

「……今日、オレたちのパーティーが、あの塔の最上階でボスの部屋を発見した」

 

 

 どよどよ、とプレイヤーたちがざわめく。

 それもそのはずだ。第一層は二十階建てで、その攻略状況もようやく最上階までの階段が発見されたといったところのはずだからだ。

 

 

「オレたちは、ボスを倒し、第二層に到達して、このデスゲームもいつかクリアできるんだってことを、はじまりの街で待ってるみんなに伝えなくちゃならない。それが、今この場所にいる俺たちの義務なんだ! そうだろ、みんな!」

 

 

 彼の熱弁と呼びかけに、場は拍手や口笛も混じえた喝采となる。

 

 

「ちょお待ってんか、ナイトはん」

 

 

 そんな声がしたのは、その時だった。

 歓声がぴたりと止み、飛び出してきたのは、小柄ながら結構がっしりした体系の男だった。

 

 

「わいはキバオウってもんや」

 

 

 まず目についたのはその頭だ。茶色の髪をデフォルメされたドリアンのように尖らせている。

 そんなトゲトゲ頭の彼は広場にいるプレイヤーを一瞥すると、こう続けた。

 

 

「ボスと戦う前に、言わせてもらいたいことがある……こん中に、今まで死んでいった二千人にワビぃ入れなあかんやつらがおるはずや」

 

 

「キバオウさん、君の言う奴らとはつまり……元βテスターの人たちのこと、かな?」

 

 

 腕組みしたディアベルさんが、今までで最も厳しい表情を浮かべて確認した。

 

 

「決まってるやろ」

 

 

 キバオウさんは、そんなディアベルさんを一瞥すると続けた。

 

 

「β上がりどもは、こんクソゲームが始まったその日にビギナーを見捨てて消えよった。奴らはウマい狩場やボロいクエスト独り占めして、ジブンらだけぽんぽん強うなって、その後もずーっと知らんぷりや……こん中にもおるはずやで、β上がりの奴らが。そいつらに土下座さして、貯め込んだ金やアイテムを吐き出してもらわな、パーティーメンバーとして命は預けれんし預かれん!」

 

 

 ――勝手な言い分だはと思う。

 それでも、彼の言葉は確かに僕の心に深く突き刺さる。

 僕は──仮面ライダーだ。つい先日の事だが、アイテムストレージに《ゲーマドライバー》と《マイティアクションX》が実装された。これで名実ともにこの世界でも《仮面ライダー》に変身することができるようになった。

 だけど、そのことを僕は攻略組の誰にも、ましてやパーティーメンバーであるクラインさんたちにも伝えていない。

 なぜか、と言われれば答えるのは難しい。

 ──皆を助ける、と誓いながらも力及ばないことが怖いのかもしれない。

 ──仮面ライダーとしての力を嫉まれ、排斥されるかもしれないと恐れているのかもしれない。

 ──今壇上に立つ彼らのように、皆を導き、希望の担い手となる自信が無いのかもしれない。

 少なくとも言えるのは、僕は今壇上に上がるキバオウさんが断罪しようとするβテスターたちとは比べるまでもないほど、罪深い存在であるということだ。

 確かに、βテスターたちは多くの情報を持っているかもしれない。でも、それだけの差だ。

 寧ろ、先々についての情報を握っているが故に「自分たちがゲームをクリアしなければ」と焦り、前線で果てた人の方が多いと聞く。

 それに、キバオウさんが言うような「βテスターからの情報の発信が無かった」という話は──

 

 

「発言、いいか」

 

 

 渋めのバリトンボイスが、夕暮れの広場に響き渡った。声の方向を見てみると、広場の左側の方から立ち上がるシルエットがあった。

 ──外国人が帰化でもしたのだろうか? 

 大柄の体系に肌はチョコレート色でスキンヘッド、身長も190はありそうだ。

 彼は広場の中央にまで躍り出ると、会議の場にいる全員に向かって軽く頭を下げると、改めてキバオウさんの方へ向き直った。

 

 

「オレの名前はエギルだ。キバオウさん、あんたの言いたいことはつまり、元βテスターが面倒を見なかったからビギナーが大勢死んだ。その責任を取って謝罪・賠償しろ、ということだな?」

 

 

 威圧的な風貌のエギルさんに気圧されて、半歩ほど下がりかけるもすぐに持ち直したキバオウさんは、エギルさんを睨みつけ、叫んだ。

 

 

「そ……そうや!」

 

 

 そんなキバオウさんの叫びにも、エギルさんは臆することもなく、腰に付けたポーチからある本を取り出す。

 

 

「このガイドブック、あんただって貰っただろう。道具屋で無料配布してるからな」

 

 

 取り出された本は、現在の前線プレイヤーの攻略を支える必須級の指南書のようなものだ。

 βテスト時点での各種マップやモンスターの行動、有力なクエストの攻略情報、果ては街の美味しい料理屋の情報と、とても無料配布されているクオリティのものではない。

 制作しているのは、早くも《鼠のアルゴ》という二つ名を頂戴している情報屋の少女だ。

 たった一か月の間にβテスターでもないプレイヤーがそこまでの情報を入手することなど不可能だ。

 つまり、ガイドブックを製作し、プレイヤーに無料配布を行っているのは──

 

 

「────貰たで。それが何や!」

 

 

「配布していたのは、元βテスターだ」

 

 

 その事実に、広場は再度揺れる。

 ぽつぽつと「マジかよ」という反応も聞こえてくることから、大分キバオウさんの空気に飲まれてしまっていたようだが。

 エギルさんはそんな反応を見ると、広場にいる皆の方はと振り返り、よく通るバリトンボイスを響かせた。

 

 

「いいか、情報は誰にでも手に入れられたんだ。なのに、たくさんののプレイヤーが死んだ。その失敗を踏まえて、俺たちはどうボスに挑むべきなのか、それがこの場で論議されると、オレは思っていたんだけどな」

 

 

 エギルさんの真っ当な意見に、キバオウさんも噛みつく隙を見つけられなかったのか、憎々しげにエギルさんを睨みつけた後は広場の前列に腰かけた。エギルさんもまた、これ以上言うことはないのか、元いた位置まで下がった。

 緊迫した場の空気がいくらか落ち着き、僕は思わず安堵の息を吐いた。

 それは会議を招集したディアベルさんも同じだったようで、広場を見回すと、少し浮ついた空気を引き締めるように先程より少し低い声で全体へ問いかける。

 

 

「──再開していいかな?」

 

 

 問いかけには誰からも応答はなかったが、場の沈黙を了承と見て、ディアベルさんは空気を入れ替えるように手を何度か叩いてから、広場に向けて告げる。

 

 

「──それじゃ、早速だけど、これから攻略会議を始めたいと思う。まずは、六人のパーティーを組んでくれ!」

 

 

「な、なに? 六人だと!」

 

 

 クラインさんが場に合わない素っ頓狂な声を上げる。

 理由は、現在クラインさんがリーダーで編成されているこのパーティーの人数が七人であること。これでは一人余ってしまう。

 

 

 

「じゃあ、僕が抜けて、キリト君と組みましょうか?」

 

 

 ここで下手に人数を分けて他のプレイヤーを組み込めば、連携に不和が生じかねない。

 攻略のスタートが遅れ、トッププレイヤーからはレベル的に一歩引く立場であるクラインさんたちは、慣れたメンバーで連携し、不足を補う方が戦力としてより強くなれる。

 ならば新参者である僕が別れ、一から新たにパーティーを組み、連携訓練をした方がいい。

 そこまでを考慮に入れた僕からの提案に、クラインさんも先ほどからキョロキョロと辺りを気にしていたキリト君も好感触だった。

 

 

「おう、わりぃなエム」

 

 

「じゃあ、パーティー申請送ったから受けてくれ」

 

 

 ということで、早速キリト君からパーティーを組む旨のウインドウが出てきたので迷わずOKを押す。

 

 

「よし、OK! でも、ニ人だとまだ少ないからせめてもう一人くらい見つけないと……」

 

 

「でも……もう他の人は……」

 

 

 周りを見てみても、既に大体の人がパーティーを組み終わっているようだ。

 元々僕たちのようにパーティー単位が、ある程度纏まった人数で攻略を進めていたらしい。

 余りの人数などもなく、綺麗に七つのパーティーが構成されている。

 そこでふと、端の方に一人でいるケープを被った細剣使いのプレイヤーが目に入ったので、声を掛けに行く。

 

 

「ねえ、僕たちとパーティー組まない?」

 

 

 細剣使いのプレイヤーは伏し目がちに、こちらに目を向け答える。

 

 

「あなたたちと?」

 

 

 ぼそぼそとしたものだったけど、その声音は女性――それも年若い女の子のものだった。

 驚いた。線が細いなとは思ってたけど、女の子だったとは。そんな驚きを余所に意外にもキリト君が続ける。

 

 

「レイドは八パーティまでだから、そうしないと入れなくなる」

 

 

 どうやらキリト君は少女とは面識があったらしい。

 あれやこれやと説得のための言葉を並べ、最終的にあまり乗り気では無かったものの細剣使いの女の子も一応納得したようで、ふんと鼻を鳴らす。

 

 

「そっちから申請するなら受けてあげないことはないでもないわ」

 

 

 ――気の強い女の子だな……。

 声に出さず、そんなことを思う。どうやらキリト君も同じことを思ったのか、若干苦笑気味に頷く。

 ウィンドウを操作し、パーティー申請を送ると、彼女も素っ気無いながらもそれに応じ、視界左側に三つ目のHPゲージが追加された。

 追加されたHPゲージを横目でちらっと見る。『Asuna』、それが細剣使いの女の子の名前だった。

 

 

 

 

 

 それから、レイドリーダーのディアベルの元、でき上がったパーティの役割分担をした。

 ボス攻撃専門の攻撃部隊が三つ、ボスのタゲを交互に行う壁部隊がニつ、取り巻きの排除やボスの攻撃を阻害する支援部隊がニつ。というシンプルながらバランスのいいレイド構成になった。

 ちなみに、三人パーティーである僕たちはというと――

 

 

「君たちは、取り巻きのコボルトの潰し残しが出ないように、支援部隊のサポートをお願いしていいかな?」

 

 

 と、サポートのサポートだ。直接ボス戦に関与することはなさそうだったが、三人パーティーなので仕方あるまい。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 翌日、とうとうボス攻略の日がやってきた。

 

 

 

 第一層迷宮区の最上階の一番奥。そこには、ボス部屋へと通じる巨大な二枚扉があった。 

 ボス部屋への突入を前に、と指揮を執るディアベルが改めて各パーティーに準備をする時間を設けた。

 そこで、キリト君が作戦の再確認をしてきた。

 

 

「確認しておくぞ。今日の戦闘で俺たちが相手にするのは、『ルインコボルト・センチネル』っていうボスの取り巻きだ」

 

 

「わかってる」

 

 

 アスナさんが短くそう答え、僕も同じように短く答える。

 

 

「俺かエムが奴らの長柄斧をソードスキルで跳ね上げさせるから、すかさずスイッチで飛び込んでくれ」

 

 

 こくり、と僕とアスナさんが頷くと、キリト君も満足げに笑みを浮かべ、頷く。

 

 

 

 ──そうして各パーティーの準備が終わる頃合いを見計らって、ディアベルさんが皆を集める。

 全員が整列し、これから始まるボス戦への緊張を高めた様子を見せるとディアベルはレイドメンバー全員を一瞥する。

 やがて満足したように頷くと、ディアベルさんは腰元の剣を抜き放ち、それを地面に突き立てた。

 

 

「皆、聞いてくれ!」

 

 

 そう叫ぶディアベルさんの表情は硬い。皆もそれを感じ取り、次なる言葉を逃さないよう押し黙る。

 

 

「ここで俺たちが負ければ、百層攻略は夢のまた夢になる。そうなれば、全てが終わりだ」

 

 

 ──そうだ。これから始まるのは、単なるボス攻略戦などではない。

 これから長きにわたるであろうソードアート・オンラインをクリアするための第一歩を踏み出す『その瞬間』なのだ。

 負けることは許されない。ここで敗北すれば、一か月を耐えてきたプレイヤーたちの心が持たない。

 

 

「だから、これから言うことはたった一つだ! 勝とうぜ!!」

 

 

 ディアベルの叫びに、四十二人のレイドメンバーたちはそれぞれの武器を振るい上げることで答える。

 満足げに笑んだディアベルは青いロングヘアーを翻すと、左手を大扉の中央に当てて──

 

 

「────行くぞ!」

 

 

 短く一言だけ叫び、ボス部屋へと通じる大扉を思い切り押し開けた。

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 暗闇に沈むボス部屋の奥で、何かが動いた。それと同時、ぼっ、ぼっ、と音を立てて松明が次々と燃え上がっていく。

 松明がついていくにつれて、明るくなっていく室内。その最深部には巨大な玉座が設けられ、そこに坐するのは、第一層のボス『イルファング・ザ・コボルトロード』だ。

 

 ディアベルが、剣を高く掲げ、さっと前に振り下ろした。

 それを合図に、総勢45名の攻略部隊も、掛け声とともに一気になだれ込む。────攻略開始だ。

 

 

 

 

 

 第一層のボス戦は、これまでにかかった時間を考えると、驚くべき程順調に進んでいた。

 ディアベルさん率いるC隊が1本目のHPゲージを、クラインさん率いるD隊が2本目を削り、今はF隊とG隊がメインになって三本目を半減させたところだ。ここまで、壁役のA隊やB隊のメンバーの何人かがHPゲージを黄色(半分以下)へ変じさせた程度で、(二割以下)の危険域になったものは1人もいない。また、取り巻きに関しても、E隊とおまけの3人で問題なく処理はできている。

 ことに目覚ましかったのは、キリト君とアスナさんだ。キリト君の動きを見るのは初めてではないが、改めてどちらも動きにはすさまじいものがあった。キリト君は、身体の運び方然り、剣の振り方、ソードスキルの一挙一動に至るまでの動きの無駄が少なく、余力を残すことで戦況をよく見て、取り巻きのコボルトをボスの援護へ向かわせないよう上手く立ち回らせている。アスナさんはまだゲームに慣れていないのか、動きに多少のぎこちなさが見られるが、剣の速さ、鋭さ、正確さは僕やキリト君を凌駕している。おかげで僕の仕事は、取り巻きのHPが削り切れなかった際に一撃を加えることくらいだ。

 そんなことを思っていると、前線の方で、「おおっしゃ!」というような歓声がしたので、そちらに目を向ける。ちょうど前線では、ボスのHPが遂に最後の1本に突入したのだ。

 

 

「よし、C隊はボスを取り囲め! ターゲットは俺が取る!」

 

 

 そう指示を飛ばし、3本目を削り切ったF・G隊が下がると、代わりに全回復を終えたディアベル率いるC隊がボスに向かって突撃していく。

 その様子に僕は戦闘中にも関わらず、違和感を覚えた。

 

 

(FとG隊のHPはほぼ満タン、そのまま同時に殴りきった方がボスの討伐は早まるのに……なんで、ディアベルさんは単独での突撃を──?)

 

 

 しかし、そんな思考もボスの次なる行動の前にかき消される。

 

 

「グルゥオオオオオオオオ――――!!」

 

 

 ボスが、ひときわ猛々しい雄たけびを放ったのだ。同時、ボスの周囲から取り巻きの3体が飛び出してくる。

 それを抑えるべく、僕たちは取り巻きの1体に向かって突撃する。

 

 

「ハァァア!」

 

 

 僕が取り巻きのソードスキルに片手剣ソードスキルの1つ、単発斜め斬り『スラント』を合わせ、ソードスキル同士がぶつかったときの反発で取り巻きの剣を弾くと、叫ぶ。

 

 

「スイッチ!」

 

 

 それに答えたのは、アスナさんだった。恐るべきスピードで接近すると、取り巻きの弱点である喉元に、細剣ソードスキルの単発「リニア―」を放つ。それを喰らった取り巻きは1撃でHPを全損し、消滅する。

 

 

「グッジョブ!」

 

 

 そう声をかけると、「そっちも」と返された。

 もう一匹もと思い、見回すと既に残りの2体もキバオウさん率いるE隊の人たちが抑えている。仕方ないので、前線に目を向けると……

 

 

「だ……だめだ、下がれ!! 全力で後ろに飛べ―――――ッ!!」

 

 

 キリト君の絶叫が聞こえてきた。見ると、HPバーが最後の1本となったことで持ち替えられたコボルト王の武器が、攻略本の情報では曲刀だったのに対し、今持っているのは野太刀と呼ばれるカタナ系統の武器になっていたのだ。

 

 

(……情報と違う!)

 

 

 コボルト王の巨体が宙を舞う。空中で体を捻り、武器に力を溜める。落下と同時、蓄積されたパワーを一気に解き放つ。

 直撃を受けたのは、一番近くにいたディアベルさん率いるC隊だった。6人全員のHPが一気に半分以下まで低下する。

 

 

「嘘、一撃で!」

 

 

 アスナさんのそんな声が聞こえてきた。しかし、驚くべきはそれだけではない。床に倒れ伏した6人の身体には微弱ながらもライトエフェクトがかかっている。

 

 

(あれは、麻痺!)

 

 

 最悪だ。数ある状態異常の中でも麻痺と盲目は最も警戒するべきものだ。10秒ほどだが完全に行動が制限される上、回復手段も上級階層で売られている解毒結晶のみだ。

 

 

「A隊、B隊、すぐにバックアップに入れ!」

 

 

 キリト君の咄嗟の命令に動けるものはいなかった。

 ──当然だ。事前の作戦会議ではこの展開は想定されていない上に、命令をしたのも、ディアベルさんでは無くキリト君だ。咄嗟に動き出せる訳もなく、逆に全員の動きを縛ってしまう。そのうち、コボルト王のソードスキル発動後の硬直は終わる。

 

 

「硬直が……」

 

 

 そこでようやく、エギルさんやクラインさん含む数名が援護に向けて動き出す。だが、もう遅い。

 

 

「グルオッ!!」

 

 

 コボルト王が吠え、振り上げた野太刀がライトエフェクトに包まれる。その標的となったのは、コボルト王の正面にいたディアベルさんだ。

 目にもとまらぬ上下からの2撃。そこから一瞬の溜めの後の強烈な突き。

 ディアベルさんの身体は宙を舞い、後方の僕たちの方にまで飛んでくる。すぐに駆け寄りHPゲージを確認するが、既にレッドゾーンにまで突入し、今でも急速に減っている。

 

 

「………!!」

 

 

 キリト君ほ声にならない叫びとともに、ディアベルさんの元へ駆け寄る。すぐに回復ポーションを飲ませようとするが、ディアベルさんは弱々しくもそれを制する。

 ──彼には分かっているのだ。自分のHPゲージがゼロになると。

 

 

「……頼む。ボスを、ボスを倒してくれ……皆のた」

 

 

 最期の言葉を言い終えることなく、ディアベルさんの身体はガラス片のように砕け散る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 レイドリーダーである、ディアベルさんの死。その衝撃は計り知れなかった。

 うわああああああ、という叫び声──あるいは悲鳴がボス部屋を満たしたのだ。レイドメンバー全員が自分の武器を握りしめ、目を見開き、動けずにいる。

 

 

「危ないッ!」

 

 

 その隙を狙って、取り巻きの一体が動けずにいる1人を狙う。

 咄嗟にソードスキルを起動して斧を弾き、技後硬直に陥る前に剣を盾にするように構える。追撃はすぐにやってきて、背後にいるプレイヤーごと僕は弾き飛ばされる。

 

 

「ぐっ!?」

 

 

 幸い、HPの減少は3割程度で済んだ。しかし、これだけの衝撃を受けたにも関わらず、背後のプレイヤーは未だ茫然自失としたまま動き出す様子は無い。

 それは周囲も同様で、それだけディアベルさんが優れたリーダーでもあった証左だ。

 

 

「だけど、このままだと……!!」

 

 

 ──前線は崩壊し、攻略組は総崩れだ。

 そうなってしまっては全てが終わる。ゲームクリアは現実から遠のき、残る8,000人の人々の命が失われる。それだけは──

 

 

「……絶対に駄目だっ」

 

 

 最早、僕に──俺に迷いはなかった。急ぎアイテムストレージを開き、ゲーマドライバーとガシャットを手元に出現させる。ゲーマドライバーを腰に巻くと、ガシャットのスイッチを押した。

 

 

『マイティアクションX』

 

 

 音声とともに周囲へゲームエリアが展開され、チョコのようなブロックが辺りに生成される。それが取り巻きの攻撃を防ぎ、逆に吹き飛ばす。

 

 

「変身!」

 

 

 掛け声とともにガシャットをベルトの挿入口にセットする。

 

 

『ガシャット』

 

 

 俺の周囲にセレクトパネルが現れる。クルクルと周囲を漂うパネルの中からエグゼイドの画面を右手で選択する。

 

 

『Let's game! メッチャゲーム! ムッチャゲーム! ワッチャネーム⁉︎』

 

 

 エフェクトに包まれながら、俺の体は変化していく。

 

 

『I'm a 仮面ライダー!』

 

 

 音声が終わると同時、俺の身体はまるでマスコットキャラクターのような体型の《仮面ライダーエグゼイド レベル1》へと変身を遂げる。

 

 

「な……エム?」

 

 

 キリトの驚くような声が聞こえてくる。チラリと周りの様子を見てみると、他のプレイヤーたちもこちらをじっと見つめている。

 

 

「キリト、ボスを頼むぞ!」

 

 

 頷き、駆け出したキリトとそれに続くアスナを見送って、俺は右手を伸ばす。すると、『ガシャコンブレイカー』という音声とともに、ハンマー型の武器が手元に現れる。

 

 

「ノーコンティニューでクリアしてやるぜ!」

 

 

 決め台詞とともに、俺は先ほど吹き飛んだ取り巻き1体に目掛けてジャンプし、目の前のチョコブロックを破壊する。すると、中から目的のエナジーアイテムが出てきたので、ガラにもなく仮面の下で、にやりと微笑む。

 

 

『マッスル化』

 

 

 ゲットしたアイテムの効果で、俺の身体は赤い光に包まれる。

 

 

「オリャア!」

 

 

 落下速度とエナジーアイテムの効果により、俺が取り巻きに放った一撃は想像以上の力を発揮し、奴のHPを弱点に当てたわけでもないのに一撃で吹き飛ばす。

 

 

「……す、すげえ……」

 

 

 先ほど攻撃されそうになっていた奴が驚愕の声を上げる。周りの連中も突然の出来事に、俺の方にばかり目を取られている。キリトやアスナがボスを抑えているというのに、だ。

 俺は怒り交じりにそんな奴らに激を飛ばす。

 

 

「あいつらがボスを倒すために必死に戦ってるんだ。お前らも取り巻きを押さえろ!」

 

 

 俺の言葉に、ようやく動きだす連中達。だが、ボスが武器を持ち替えてからは時間ごとに取り巻きが湧いてきている。早急に決めなければまずい。

 

 

「しまっ……!!」

 

 

 俺も取り巻きを抑えるのに参戦しよう。そう思った時だった──キリトがコボルト王のソードスキルで吹き飛ばされ、HPを大きく減らす。

 

「マズ……ッ!」

 

 

 追撃が来れば、その一撃を軽装であるキリトは耐えられない。

 俺は急いで、ガシャコンブレイカーのAボタンを押し、ボスの方まで飛び込んでいく。

 

 

『ジャッキーン!』

 

 

 飛び込む最中、俺は吹き飛ばされたキリトを庇おうと前に飛び出ようとするアスナを何とか抑え、コボルト王のソードスキルを真正面から受ける。

 

 

「ぐ……ッ!!」

 

 

 かなりの衝撃が、変身しているにもかかわらず伝わってくる。今はなんとか、エナジーアイテムのおかげで持ちこたえているが、効果が切れればすぐに押し切られてしまう。しかも、ソードスキルに通常攻撃で割り込んだのが良くなかった。徐々にライダーゲージが削られていっている。

 

 

「ぬ……おおおッ!」

 

 

 太い雄たけびとともに、コボルト王の剣がパリィされる。慌てて横を見ると、B隊リーダーエギルだった。

 

 

「アンタらの回復が終わるまで、俺たちが支える!」

 

 

「………悪い、頼む」

 

 

 短く答えると、エギルは前線へと上がる。そこへアスナと鎌を携えたプレイヤーが合わせるようにボスへの攻撃を開始した。

 ──これで前線の崩壊は何とか避けられるか。

 一息つけた俺は、キリトの方へ振り返る。変身した俺の姿に少し唖然としながらも、回復ポーションを咥えつつ、彼は僅かに目を伏せる。

 

 

「……すまん」

 

 

「気にすんな、それよりこれから先の指示を頼む。俺は刀系のソードスキルについてはよく知らないんだ」

 

 

 薄々感ずいてはいたが、たった今で確信した。

 現在の階層では未確認のはずの刀系ソードスキルの始動モーションを知っているキリトは間違いなくβテスターだ。そして、恐らくディアベルも──

 あの不自然にも思えた単独での突撃は、ボス戦における《ラストアタック》ボーナスの取得のためだったのだろう。恐らく何某かの強力な装備か何かが手に入るのだ。その為に単独での突撃を狙い、変更されたボスの攻撃に対応しきれなかった。狙いは恐らく、部隊の指導者である自分の立場をより磐石にするため。βテスターであることを隠しつつ、ゲーム攻略のために必要なのは強力な指導者だと考えた。最期の言葉も、キリトが同じβテスターであることを見抜いてのものだったのだろう。

 

 

「わかってる」

 

 

 今度は力強く頷いたキリトを伴って、前線へと駆け抜ける。

 その最中、キリトが指示を飛ばす。壁役のA、B隊を前に配置し、ボスを抑えつつ、取り巻きのコボルトをアスナたちやいつの間に加わったのかクラインらも混じりつつ蹴散らしている。

 

 

「下がれぇぇぇぇぇぇ!!」

 

 

 キリトが声を張り上げる。コボルト王が先ほどC隊を半壊させたあのソードスキルを発動させようとしているのだ。HPゲージを見てみると、もうA、B隊のHPゲージがイエローに突入しようとしているところだった。

 

 

「……クッソ!」

 

 

『ガッシューン』

 

 

 急いで、ガシャットをベルトから抜いて、ガシャコンブレイカーに装填する。

 

 

『ガシャット! キメワザ!』

 

 

 音声とともに、刀身にエネルギーが充填される。それが臨界に達したとき、俺はガシャコンブレイカーのトリガーを引いた。

 

 

『MIGTHY! CRITICAL FINISH!』

 

 

 必殺技を発動すると、ガシャコンブレイカーを頭上に持っていき、構える。そのままジャンプすると、連続で回転し、コボルト王に向かって突撃する。

 

 

「届……けェ――――ッ!」

 

 

 その思いが届いたのか、俺の必殺技はソードスキル発動直前のコボルト王の左腰を捉える。

 ざしゅうっ! という斬撃音とともに、コボルト王の巨体は空中で揺らぎ、床にたたきつけられた。

 

 

「ぐるうっ!」

 

 

 しかし、攻撃は浅くしか入っておらず、すぐさまコボルト王は体勢を建て直し、技後の硬直により動けない俺に一撃を加えんと野太刀を振り上げる。

 

 

「せやぁぁぁぁぁ!!」

 

 

 そこに裂帛の叫びとともにアスナがトップスピードの《リニアー》を合わせ、コボルト王の野太刀を弾く。

 

 

「まだだ!」

 

 

 キリトが声を上げる。弾き上げたと思ったコボルト王の野太刀だったが、細剣の一撃では軽すぎたのだ。上段に構え直した野太刀がアスナに振るわれる。

 だが、キリトの警告が功を奏し、コボルト王の攻撃は間一髪アスナが身に纏うローブに掠めるのみで済んだ。砕け散るローブのポリゴン片を纏うように、一部を編まれた茶髪が広がる。

 

 

「「っ、君は!?」」

 

 

 ──あの時の、と言いかけて、押し黙ることになる。

 アスナが細剣を掲げ、凛とした声音と表情でレイド全体に対して指示を飛ばしたのだ。

 

 

「皆聞いて! ボスを囲まなければ、範囲攻撃は来ない!」

 

 

 全体を統括する指揮者としてはあまりに拙い、曖昧な指示だったが、よく通る鈴のような声に皆の意識は引き込まれ、ボスを抑えるべく取り囲もうとしていたA・B隊の面々はつんのめるように足を止めた。

 

 

「ひとまず全員後退、回復した人から復帰して!」

 

 

 アスナの指示を聞いて、レイドメンバーは最低限の前線メンバーを残し、一度体制を立て直すべく回復しはじめる。

 薄くなった最前線。動けるのはキリトとアスナ、そして俺──

 

 

「私たちで倒しましょう!」

 

 

「「ああ!」」

 

 

 それが合図だった。キリトとアスナの二人は迷わずボスへ突貫し、まるでつい先日パーティーを組み始めたとは到底思えないような連携をもって、ボスへのアタックを開始した。俺はというと──

 

 

「──今しかない!」

 

 

 SAOに実装されたライダーシステム。基本システムは現実世界と大きく変わることなく、爆発的なステータス付与とエナジーアイテムによるバフ効果も得られるなど、その利点は大きい。

 しかし、元々ゲームシステムに存在し得なかったデータをSAOへ実装した弊害として、いくつかのデメリットが起こるようになった。

 まず一つが、SAOのシステムとの不和だ。変身すると、システムによるアシストが受けられなくなる。ソードスキルやアイテムが使えない他、細かいもので言うと《決闘》における半減決着モード等の制限すらも、変身中には受けられなくなる。変身、そのものについてはステータス付与という形でシステムに沿う形にできた為に何とか実装まで漕ぎ着けたらしいが、細かいことについてはVR世界のこちらでは分かっていない。

 二つ目が、変身時間の制限だ。こちらはSAOのシステム全般を預かる《カーディナル》との弊害で起きているようで、元々存在し得ないシステムであるが故に使用をすると《カーディナル》が排除のために動いてしまうらしい。低レベルでデータ量が少なければ、あちら側も徹底排除とはならないようで、現在はレベル1で5分、レベル2で3分とある程度の時間使えるが、マキシマムやムテキともなると1秒が限界時間との事だ。もう少し使えるよう調整する、との事だが近い話では無いようだ。

 三つ目は、1日に変身出来る回数が限られること。二つ目と同じ理由で、カーディナルに存在を検知させないため、今のところは最低20時間を置かなければ再変身ができない。こちらもゆくゆくは……と言ってくれてはいるが、なかなか難しいようだ。

 

 ──そんなわけで、既にレベル1へと変身して2分弱。今からレベル2に大変身したとて、戦えるのは同じく2分弱。この限られた秒数で勝負を決めるしかない!

 

 

『大変身!』

 

 

 掛け声とともにゲーマドライバーのレバーを展開させる。

 エフェクトが俺を包み込み、少しうるさいとも思える音声とともに俺の身体はマスコット体型のレベル1から通常の頭身のレベル2へとレベルアップを遂げる。

 

 

『マイティジャンプ! マイティキック! マイティマイティアクションX!!』

 

 

 レベルアップを終えると、俺はすぐにガシャコンブレイカーを構え、増強されたステータスを存分に用いた加速力を持って、未だ打ち合いを続けるキリトとアスナ、そしてコボルト王の懐まで飛び込んだ。

 

 

「おらっ!」

 

 

 右脇を狙った一閃は直前に攻撃を悟ったコボルト王が回避行動を取った為に浅く表面を切り裂くだけに終わったが、大きな隙を作ることに成功した。

 それを見逃すはずは、キリトとアスナにはもちろんなく、容赦のない剣戟がコボルト王を襲う。二人の連携の締めに放たれたアスナの《リニアー》がコボルト王のHPを残り半分近くまで削る。

 

 

「畳み掛けるぞ!」

 

 

 攻防の中で、キリトとアスナのHPは3割ほど削られたが、この勢いを減退させる訳にはいかない。一歩間違えれば死が近づく、極限の攻防をいよいよ制そうというのだ、止まることはできない。

 キリトはそう叫び、迎え撃とうとソードスキルを構えるコボルト王に対して、《バーチカル》を構える。一瞬早く、コボルト王のソードスキルが起動されたが、ここまでの攻防で極限まで冴えたキリトはコンマも遅れることなく、迎撃の《バーチカル》を合わせる──が、

 

 

「ぐあっ!?」

 

 

 斬られたのはキリトだった。コボルト王の放ったソードスキルは、後に聞いた話では《幻月》という同じ始動モーションから繰り出される上下ランダムの剣戟なのだが、それを見誤ったのだ。

 

 

「キリト!」

 

 

 吹き飛ばされたキリトのHPは大きく減って、赤く染まる。

 咄嗟に援護を期待して後方へ視線を投げるが、ポーションによる回復は遅く、とてもでは無いが取り巻きのコボルトを抑えるのに精一杯という様子だ。

 

 

「くそっ!」

 

 

 ダメージに呻く今のキリトではコボルト王の放つソードスキルの始動モーションを見極め、指示をするという役割を満足にはこなせない。

 ──無理やりにでも耐えなければならない。

 そう覚悟を決めた瞬間だった。俺のすぐ傍を走り抜ける紫紺のライトエフェクトが見えた。

 

 

「はああああ!!」

 

 

 大鎌の低軌道横薙ぎのソードスキル、《フェラー》だ。ハスキーな声音に乗せられたその一撃は、アスナに振りかぶられたコボルト王のライトエフェクトと見事に相殺してみせた。

 

 

「ミト!」

 

 

 アスナは今の一撃の正体へ《ミト》と呼びかける。思えば彼女はこれまでも体勢が崩れた際もアスナと共に場を支えてくれていたプレイヤーの一人だ。

 ──あの迷うことの無い一撃……彼女も、

 そんな思考をしている間にもコボルト王はミトと呼ばれる少女を襲うが、彼女は多少の手傷を負いながらもコボルト王の攻撃を撃ち落としていき、連撃の締めとして放たれたソードスキルを大鎌の基本技である《モーアー》で弾いた。

 

 

「「「っ──!!」」」

 

 

 彼女が作った最後のチャンスだ。絶対に逃すわけにはいかない。

 俺とアスナ、そしてダメージの回復にも構わずキリトが即座に飛び込んだ。

 

「アスナ、エム! 最後の攻撃、一緒に頼む!」

 

 

「「了解!」」

 

 

 まず飛び出したのはアスナだ。踏み込みと同時にモーションを起動させ、最速で《リニアー》を放つ。その一撃はコボルト王の左脇腹を貫き、苦悶に満ちたような唸り声を上げさせる。

 コボルト王も反撃の下段からの《幻月》が放つが、今度は見誤ることなく、キリトが《バーチカル》で相殺。

 弾かれた野太刀をコボルト王はその筋力でもってキリトへ向けて無理矢理に振るうが、それを俺が弾き飛ばす。

 剣戟を相殺した反動で俺とキリトは一度後退させられるが、そこにミトが割り込んだ。技後硬直で動けないアスナを狙うコボルト王の足を《フェラー》で絡め取り、その身を空中に投げ出させた。

 さしものボスといえど、空中に身を投げ出されば、直後の一瞬は何も出来ない。技後硬直を終えたアスナはすかさず《リニアー》を空中に浮くコボルト王へ放つ。

 

 

「ぐえあっ!」

 

 

 アスナの渾身の一撃は姿勢を崩させ、コボルト王はついに完全な無防備状態へと化す。

 

 

「「スイッチ!」」

 

 

 技後硬直により動けないミトとアスナは、後方で技の準備をしていた俺とキリトへ向けて声を合わせる。

 

 

「さあ、フィニッシュは必殺技で決まりだ!」

 

 

 決め台詞とともに、俺はキメワザスロットホルダーにガシャットを装填し、スイッチを押す。

 

 

『ガシャット! キメワザ!』

 

 

 足先に力が集中するのを確認し、俺はもう一度スイッチを押す。

 

 

『MIGTHY! CRITICAL STRIKE!』

 

 

 音声とともに、俺は空中に向けて踊り出す。

 キックの構えを取り、超強化された跳躍力を持って 一瞬のうちにコボルト王の間近まで迫る。

 

 

「ハァァァァ!」

 

 

 俺の必殺キックがコボルト王の顔面を捉え、残る体力は数ドットだ。

 

 

「行っ……けえッ!!」

 

 

 なりふり構わず一撃を放った反動で空中で体勢を崩しながら、キリトに向けて合図を飛ばす。声が帰ってくることはなかったが──代わりとしてキリトは凶暴な笑みを湛えると、ソードスキルの始動モーションと自身の動きを完璧にシンクロさせることによる爆発的な加速力をもって一気に飛び上がる。

 いつか見た鮮緑の閃光が輝き、神速の一撃がコボルトの肩口へ到達する。

 

 

「お……おおおおおおッ!」

 

 

 

 全身全霊の叫びとともに、キリトが剣を左肩口から腹までを一気に斬り裂く。片手剣上段突進技《ソニックリープ》だ。

 

 ──これを受けたコボルト王のHPゲージが0になり、直後その身体を半透明に輝かせたかと思うと無数のひびが入り、盛大に四散した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ボスが四散して間もなく、後方で抑えられていたコボルトの群れも同じく四散したようだった。

 俺はそれを確認すると、レバーを操作し、ガシャットをベルトから取り出す。

 

 

『ガッチョーン ガッシューン』

 

 

 そうして、変身を解除した俺──僕は、未だ剣を切り上げたのまま動けないでいるキリト君の手を下ろさせると、ゆっくり声をかけた。

 

 

「……お疲れ様。キリト君」

 

 

 僕の声にようやく張り詰めた緊張を解いたのか、キリト君はふっと脱力してしまう。そんなキリト君に肩を貸してやると、ボソッと「ありがとう」と声をかけられた。

 すると、視界に新たなメッセージが流れた。獲得経験値に、獲得コル。それが終わると、今度はレベルアップを祝う音声が聞こえてきた。確認すると、確かにレベルが1上がり12になっていた。

 同じものを見たであろう他のメンバーたちも、ようやく顔に表情を浮かべる。一瞬の溜めの後、わっ! と歓声がはじける。

 そんな嵐の中のような喧騒の中、ゆっくりと近づく大きな人影があった。先ほども援護してくれたエギルさんだ。

 

 

「……見事な剣技だった。Congratulation、この勝利はあんたのもんだ」

 

 

 それが今肩を貸しているキリトへの称賛と見ると、僕は未だボーっとしているキリト君に対し声をかける。すると、ようやくそれに気がついたキリトが「いや……」とだけ呟いた。

 

 

「謙遜すんなよ、キリト。おめぇがいなけりゃ、オレたち全員お陀仏だったんだからなぁ」

 

 

 さしものキリト君も、二人に称賛を受けては──と、その時だった。

 

 

「────なんでや!」

 

 

 声をあげたのは、キバオウさんだった。

 

 

「────なんで、ディアベルはんを見殺しにしたんや!」

 

 

 彼は顔をクシャクシャに歪め、そう叫んだ。

 ただ、僕には彼の言っていることがわからず、もう一度繰り返し呟いた。

 

 

「見殺し……?」

 

 

「そうやろが! ジブンはボスが使う技知っとったやないか! 最初からあの情報を伝えとったら、ディアベルはんは死なずに済んだんや!」

 

 

 そんな血反吐を吐くような叫びに、残りのレイドメンバーたちもざわめく。「そういえばそうだよな……」「なんで……? 攻略本にも載ってなかったのに……」という声が広がっていく。

 

 

「それにアンタも! そんなけったいな装備があるなら、何で最初から使わなかったんや!」

 

 

 僕を責め立てるキバオウさんの声が決定打となったのか、キバオウさんの指揮するE隊のメンバーの一人が僕たちを指差し、叫ぶ。

 

 

「きっと、あいつらβテスターだ! だからボスの攻撃パターンとか、旨いクエとか、全部知ってるんだ! 知ってて隠してるんだ!」

 

 

 それを聞いたディアベルが率いていたC隊の1人のシミター使いが、何かを叫ぼうとした。

 それを遮ったのは、クラインのパーティーにいた曲刀使いだ。彼は粗暴なクラインさんのパーティーメンバーにしては比較的利己的で、よく僕とも話していた人だ。

 

 

「でも、昨日配布された攻略本に、ボスの攻撃パターンはβ時代の情報だ、って書いてあったろ? 彼らが元テスターだったら、知識もあの攻略本と同じなんじゃないのか?」

 

 

「そ、それは……」

 

 

 その冷静な指摘に、押し黙るシミター使い。すると、代わりにさっきのE隊メンバーが憎悪に溢れる一言を口にした。

 

 

「あの攻略本が、ウソだったんだ! アルゴって情報屋がウソを売りつけたんだ! あいつだって元βテスターなんだから、タタで本当のことを教えるわけなんてなかったんだ」

 

 

 ────まずい。今の言葉はまずい。

 何とか、僕が政府側の人間であることを明かして場を収めようにも、これじゃあ、追及を逃れられるのは僕だけで、キリト君や他のテスターたちへも敵意が向いてしまう。

 悩む僕の背で、ずっと我慢をしていたエギルさん、クラインさん、アスナさんの3人だったけど、ついに我慢の限界だったのか、同時に口を開いた。

 

 

「おい、お前……」「いい加減にしろよ、おめぇら……」「あなたね……」

 

 

 しかし、そんな3人を制止する影があった。それは……キリト君だった。

 キリト君は、僕から離れると、一歩前に出て、こう言った。

 

 

「元βテスター、だって? ……俺を、あんな素人連中と一緒にしないでもらいたいな」

 

「な……なんだと……?」

 

 

 無感情な声にふてぶてしい態度と、今までのキリト君からは考えられないものだった。

 誰もがその変化に戸惑い、困惑した。

 その中でも、僕含めた数名はキリト君の意図に気付いた様子で、痛ましげな視線を彼に向けている。キリト君もそれに気づいたのか、チラリとこちらを見ると、正面にいる彼らに見えないように微笑んだ。

 

 

「SAOのβテストに当選した1,000人のうちのほとんどは、レベリングのやり方も知らない初心者だった。今のあんたらのほうがマシさ」

 

 

 キリト君の思惑は、恐らくこうだろう──

 自身が彼らの敵になることで、βテスターたちが排除されるという最悪の事態を防ぐつもりなのだ。

 

 

「──でも、俺はあんな奴らとは違う」

 

 

 冷徹な微笑を浮かべ、彼はその先を口にする。

 

 

「俺はβテスト中に、他の誰も到達できなかった層まで登った。ボスのカタナスキルを知ってたのは、ずっと上の層でカタナを使うMobと散々戦ったからだ。他にもいろいろ知ってるぜ、アルゴなんか問題にならないくらいにな」

 

 

 嘘だ。もちろんカタナスキルを使う敵と戦ったことは本当だろうが、このゲームで誰かに知られることなく1人で上の層に行くことは不可能だ。層がクリアされた時点で、その層の中央の街に置かれている転移門が起動される。

 

「な、なんや、それ……」

 

 

 遂にキバオウさんが、掠れ声で言った。

 

 

「そんなの……βテスターどころやない……もうチートや、チーターや!」

 

 

 周囲から、そうだ、チーターだ、βのチーターだ、という声がいくつも上がる。やがてそれらは混ざり合い、《ビーター》という奇妙な単語に変わる。

 

 

「……《ビーター》、いい呼び方だなそれ」

 

 

 キリト君はにやりと笑うと、やれビーターだのなんだのと言う奴らを見回すと、はっきりした声で告げた。

 

 

「そうだ、俺は《ビーター》だ。これからは、元テスター如きと一緒にしないでくれ」

 

 

 そういうと、キリト君はウインドウを操作し、何かを装備した。コボルト王のLAボーナスだろうか? 真っ黒のコートを翻すと、背後にある次の層への扉に向かって歩き出す。

 

 

 ──僕はそんなキリト君の背中を追い、何とか扉手前で呼び止める。

 

 

「……キリト君」

 

 

「……エム」

 

 

 その声は憔悴しきっていて、かなりのストレスを彼1人に押し付けてしまっていたことを示していた。

 

 

「良かったのかい? あんなことして……」

 

 

「あれしか道はなかったからな、仕方ないよ」

 

 

「そっか……」

 

 

 そして、キリト君はウインドウを操作する。少しして、パーティーを解散した旨の通知が表示された。

 

 

「……じゃあ、な」

 

 

 そして、再度彼は扉に向かって歩みを再開する。

 

 

「キリト君!」

 

 

 もう一度呼びかけると、今度は振り返ることなく、顔をこちらに向けるだけだった。

 

 

「僕は向こうの世界で医者だったんだ。だから、何かあったら連絡して欲しい……」

 

 

 そう言うと、僕はウインドウを操作し、キリト君は向けて一つ申請を飛ばした。

 ──きっとこれから先、僕は彼と共には歩めない。

 僕は覚悟を決めた。《仮面ライダー》として、攻略の先頭に立ち、皆を率いていく立場を負わなければならないだろう。《ビーター》として、攻略組の中に沸き起こった悪意を一身に受けるキリト君とは歩幅を同じくすることは叶わない。

 これから先、彼は人々の悪意に苦しめられてしまう。だというのに、僕からは何もしてあげることができない。

 思い悩む僕の隣に、アスナさんが追いついてきた。

 

 

「大丈夫、彼のことは任せて」

 

 

 気負う様子もなく、そのままアスナさんはキリト君を追って次層の階段を駆けていった。

 

 

 

 

 

 ──しばらくした頃だった。キリト君が僕のフレンド申請を受けてくれたのは。

 

 

 






昔のほぼ修正版とはいえ、劇場アニメとかに合わせて追記してたらいつの間にか二万文字を超えてしまった……

結局悩んでたミトですけど、出しました。
思えば彼女はアスナ視点だと相応に目立つキャラですけど、方や他の人間だとそこまで明確な描写がいらないから「出せるな……?」と思って、何とかしました。
ただ、以後の出番については……あまり明確に保証はできそうにないので名言はしないでおきます()


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剣士のetude



どうやらプログレッシブのサブタイは音楽用語から来ているらしいです。
私は全くそういったことに詳しくないので、色々調べた結果今回の表題であるetude──エチュードというのは、楽器の練習曲のことを指すようです。

今回はボスに至るまでの準備編なので、ちょうどいいなと思い採用と相成りました。




 

 

 

 

 

 ──SAOのサービス開始から二ヶ月弱が過ぎた。

 停滞していた階層攻略は、第一層突破までを考えるとかなりの速度で進行していって、つい先日第四層を突破することができた。

 第一層の攻略時にボスにはβテスト時代から行動パターンや所持する武器等の変更があると周知されていったことで、攻略速度が落ちてしまうのではないかという心配もあったけど、攻略組に存在する、ドラゴンナイツ・ブリゲード──通称DKBとアインクラッド解放隊──通称ALSという二大ギルドが戦果を競うようにして攻略を進めた結果、第一層攻略までを思えば順調とも思える速度での攻略が実現している。

 僕自身の現状としては、第一層以降はクラインさんらのパーティーを離れ、一応ソロという形で攻略に参加している。

 というのも第一層以来僕が《仮面ライダー》であると周知された結果、DKBとALSそれぞれからギルド加入の打診を受け続けている。現在の攻略はこの二つのギルドが競い合うことで成立しているわけで、そこで片方にーー自分でいうのも気恥ずかしいけど《天才ゲーマーM》であり《仮面ライダー》でもある僕が参加してしまうと、戦力バランスが一気に崩れてしまう。

 片方のギルドが台頭すると、起こりうるのは泥沼の争いだ。ただでさえ、DKBとALSの仲は良いものではない。直接的な妨害こそないけど、小競り合いなんかは目にする限りでもしょっちゅうある。そんな中でーーというのは考えなくてもわかるというものだ。

 そんなわけで、現在の僕はソロだ。といっても攻略においては気の知れたクラインさんらや他では第一層では壁役であるB隊を率いていたエギルさんのパーティーと一緒に行動することも多いため、ほぼ名ばかりではあるけど。

 それでも、例えばパーティー単位でのクエスト中であったりなんかで、各々の都合がつかずに一人になってしまうということは往々にしてある。そんな時、僕は大抵ある人の元を訪れている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「第五層のボスなんですけど、一体どんな行動パターンなんですか?」

 

 

「──そうね、確かゴーレム系のモンスターで弱点は額の宝石、ゴーレム系らしく攻撃は手足のみの単調なものだったけど、盾役でも受けきれない威力で防御力も高い……だったかしら?」

 

 

 僕の問いに答えるのは薄紫の髪を丁寧に結い上げ、ポニーテールに纏めた少女──《ミト》だ。

 元βテスターで、アスナさんとリアルで友人であったらしいけど、第一層攻略以前に交流を絶ってしまうような何かがあったらしい。一応二人にわだかまりは残ってはいないらしいけど、ミトさんにはアスナさんに対して思うところがあるようで今は最前線を辞して、防具屋を開くために素材集めをしているんだそうだ。

 そんな彼女がなぜ、僕に攻略情報の指南をしてくれるのかというと──

 

 

「ところで、最前線の素材を融通してくれるのはありがたいんだけど、貴方はいつまでこうやって私のところに押しかけてくるわけ?」

 

 

 ──というわけだ。彼女は元βテスターで、当時は攻略深度No.2であったらしいその知識を伝授してもらうために、第一層ボス攻略の直後に声をかけたのが始まりだ。

 今の僕は《仮面ライダー》として、一応攻略の主力となっている。ボス攻略では二大ギルドの不破を避けるために、攻略の指揮を執ることもあったりして、そのためにボスに対して事前にどれだけの知識を得られるかが攻略の鍵になって来ている。

 一応情報屋の少女やキリト君らともフレンドメッセージや、タイミングを合わせて口頭で情報を擦り合わせたりすることもあるけど、情報屋の方は忙しい身ゆえにそう高頻度で連絡を取り合えるわけではない。キリト君の方も僕からは接触しづらい事情もあって、メッセージでのやり取りは多くしているけど、直接会って話し合うのに勝るほどではなくて、βテスト時代の情報を求めた僕はこうしてミトさんとの接触を図ったわけだ。

 もちろん、そういった意図を抜きにして、僕はミトさんと友人として接しているつもりだ。彼女もそれはわかっているようで、咎めるような口調に反して、細められた深紅の瞳は少しだけ柔らかな表情を孕んでいる。

 

 

「SAOの攻略について、今背負っている僕の立場を抜きに気軽に話せるのがミトさんしかいなくて」

 

 

 肩を竦めつつそう返すと、睨むように細められていた深紅の瞳が緩み、同情的な視線を投げられる。

 

 

「仮面ライダー……だっけ? 確かに私が子どもの頃にそんな名前をニュースで聞いた気がするけど、貴方がその?」

 

 

 バグスターを巡る事件が起きたのが2016年と早6年が経って、ついこの間のことと思っていた黎斗さんの脱走から始まった一連の事件ですらもう2年前になる。

 高く見積もっても高校生であろうミトさんにとっては小学生の頃の話だ。当事者でもない人間なら、記憶から抜けかけても当然の時間経過だ。

 ──あの傍迷惑としか感じていなかった高笑いも2年も聞かなければ少しの懐かしさを覚えてしまう。

 一つ運命が違えば、気の合うゲーム仲間だったかもしれないあの人のことを思いつつ、僕はミトさんから発せられた問いに答える。

 

 

「ええ。SAOにログインしたのも、外部からだけじゃなく、内側から囚われた人々を救う方法を探るため、というのが大きいですね」

 

 

「なるほど、だからあのヘンテコな装備をしていたわけね」

 

 

 脳内の誰かが「ヘンテコだとっ!?」と騒ぎ立てる様子が思い浮かんだけど、「あはは……」という苦笑とともに流して、改めて本題に入る。

 

 

「それだけ攻撃力が高いとなると、下手に盾役を立てるとPOTローテが間に合わなくなる……そうなると、受けるよりも回避に専念した方がいい。プレイヤースキルが高い選抜メンバーで攻略した方が結果的には犠牲が出る確率は減りそうですね」

 

 

「──でも、それは厳しいんじゃない?」

 

 

 第四層までの攻略で各パーティーに所属するプレイヤーの実力というのはある程度把握している。

 今回の攻略で欲しい人材は壁役とAGI数値の高い場を縦横無尽に駆け回れる軽量級のアタッカーだ。ただ現在のSAOにおいて、このビルドを採用しているプレイヤーはまず間違いなくプレイヤースキルの高い人になる。理由は単純で、HPが全損すれば即死亡のSAOにおいてかの『当たらなければどうということはない』を実践できる人間はそう多くないからだ。思い当たる人材として──キリト君にアスナさん、他にも何人かの顔が浮かぶけど、真っ先に当てはまるのはあの二人だ。

 だけど、選抜メンバー制を執るに当たってはこの二人を選抜するのは難しい。ボス戦で得られるアイテムや経験値を自分のギルドメンバーではない、しかも《ビーター》に占有されるなんてことは──

 

 

「……DKBもALSも選抜メンバーによる討伐を許すことはないと思います。となると、壁役を一パーティーに集中させた方がHPを管理しやすいかもしれないですね」

 

 

「その方がいいわね。タンク部隊の負担は大きくなることと攻略に時間がかかることが不安ではあるけれど──」

 

 

 その後も第五層ボス攻略について意見を交わしたけど、出た結論が変わることはなく、しばらく雑談もしたところで視界の端でメッセージアイコンが表示された。ちょうど話の切れ目だったこともあり、ミトさんに断ってメッセージウインドウを表示させると送り主の欄には《Kirito》と表示されていた。内容は──

 

 

『エム、悪い。どうしても頼りたい事情ができた。詳しいことを説明したいから、今すぐマナナレナの村まで来てくれ』

 

 

 簡潔ながら相当の焦りが伺える様子に首を傾げつつ、『了解』と一言打って送り返すと、即座に『頼む』という返事があった。

 ──頼りたい事情、というのが何かわからない。でも、文面からも察せられる焦りようからしてただならない事態のようだ。

 それとなく事情を伝えるとミトさんはヒラヒラと手を振って、「次に貴方が来る時には試作品の一つでもできてると思うから、買っていってね」と快く送り出してくれた。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆◆

 

 

 

 

 

「──なるほど、そんなことが……」

 

 

 幸い、ミトさんと会っていたのが第五層主街区である《カルルイン》だったため、地下遺跡からの通路を通って30分程で呼び出しを受けた《マナナレナの村》まで辿り着くことが出来た。

 キリト君に指定された隠れ家的喫茶店に辿り着くと、早速と呼び出した事情とやらを聞かされる。

 

 

 

 ──曰く、第五層ボスの討伐報酬で得られる装備《ギルドフラッグ》を先んじて手に入れようとするALSが、明日の大晦日なら年明けにかけて行われるはずのカウントダウン・パーティーをすっぽかして、ギルド単独でのボス攻略を行う計画があるということを掴んだらしい。

 この《ギルドフラッグ》というのが、この低階層で得られる装備としては破格のもので、この武器を装備したプレイヤーがフラッグを地面に突き立てている間は半径15〜20m以内のギルドメンバー全員に対して、全ステータスに対する補正と阻害状態への耐性上昇補正の両方を与えるというのだ。

 それをALSが独占するとなれば、今まで保たれてきた二大ギルド同士の均衡は簡単に崩れてしまう。今までは互いに対立しながらでもボス攻略については一定の協力体制を敷くことで《攻略組》は成立していた。でも、その状況が崩れるとなると、これからの階層攻略に多かれ少なかれ様々な問題が生じることだろう。

 ──まさか、とも思ったけど既に裏取りはできていて、ALSに所属の《リーテンさん》、更にギルドリーダーである《キバオウさん》からも証言は得られているらしい。

 ただ、常頃からDKBのリーダーである《リーテンさん》とは犬猿の仲であるキバオウさんも、ギルド同士による戦争状態は避けたいようだ。そもそも、今回の一件はフラッグの情報を入手した一部メンバーによる提言により起こったこと、らしい。

 そもそも、キバオウさんには対立を煽るような意図はなくて、今回の作戦にも内心では反対らしい。ただ、ギルドリーダーとして一部メンバーから発せられた提言でも無視するわけにもいかずに、流れ流れる内にギルド内で作戦が承認されてしまったという。

 キリト君曰く、表面上は強い姿勢を見せていたが、去り際に一言「作戦開始は明日の18時丁度である」とわざとらしく呟いた、とのこと。

 

 

「──つまり、移動を考慮しても、明日の20時までには攻略を終えていないといけない」

 

 

「ああ。しかもALSやDKBの連中に察知されないよう、少人数で攻略しなくちゃならない」

 

 

 現在時刻が17時、道中や偵察の時間も考慮に入れると──明日の15時前後までには迷宮区前に到着しておきたい。

 そうなるとボス攻略への準備に当てられる時間は一日もない。すぐに動き出したいところではあるけど、肝心の攻略メンバーが揃っていない。

 

 

「今、攻略メンバーに名前が上がっているのが、俺とアスナ、そしてアルゴ。エムは──一緒に来てくれるか?」

 

 

 迷うようにキリト君の視線が揺れる。だけど、ここまでの事情を聞き、僕に断る理由は無い。即座に「もちろん」と返せば、安心するようにキリト君の口角が上がる。

 

 

「他に参加してくれそうなのは……クラインさんたちのギルド《風林火山》とエギルさんのパーティーだね」

 

 

「ああ。エギルの方には、俺から連絡を入れるから、クラインの方へのメッセージは頼む」

 

 

 気のいい男メンツである彼らに連絡を入れると、すぐに返事があり「すぐに向かう」と、どちらからも二つ返事で了承を得られた。簡単に事情を伝えたとはいえ、少人数での攻略という危険を顧みずに駆けつけてくれることには感謝しかない。

 他にも情報の裏付けをしてくれたリーテンさんともう一人、彼女と一緒にカウントダウン・パーティーの準備を企画していた《シヴァタ》というプレイヤーも、今回の攻略に参加してくれるようだ。

 更に、アスナさんには一人当てのある人物が居ると言うが、もしかして──それはさておき、これで人数的には三パーティー程が揃ったことになる。少ない、とは言わないが、この人数での攻略というのは……正直なところ不安が残る。それでも、泣き言を言ってはいられない。この人数での攻略を成し遂げなければならないんだ──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──わ、わりぃ、オレたちも全員参加してやりたいんだが、多分全員は無理だ」

 

 

 到着したクラインさんたちへ事情を説明し終えると、申し訳なさそうに手を合わせながら、まさに平身低頭といった様子のクラインさん。

 理由を聞くと、どうやらパーティーと聞いてテンションの上がったギルドメンバー一同で、カウントダウン・パーティーを準備段階から手伝っていたらしい。そんな中、一気に全員が居なくなってしまえば、今回の件がDKBに露呈しかねないというのだ。

 その通りではあるし、たった一人でも今回の攻略に参加してくれるだけで大助かりではあるのだけれど──

 

 

「「「「「「クラインェ……」」」」」」

 

 

 クラインさんらしいといえばらしい、締まらない展開に思わず皆が一様に天を仰ぐ。僕らとしてはクラインさんのギルドの戦力をかなり当てにしていたからこそ、勝手なことは分かっているけど落胆してしまうのも事実だ。その事を分かっているが故に、クラインさんも居心地悪そうに指をつつき合わせている。

 

 

「……とりあえず、クラインたちは何人攻略に動けるんだ?」

 

 

 呆れつつも冷静に問うキリト君。クラインさんは「うーん」としばらく悩むが、心底心苦しそうに「……二人だな、俺とトーラスが行く」と指を二つ立てた。

 トーラスさんというのは、ギルド《風林火山》において盾役を務めるメイス使いだ。メンバー候補の中に純粋な盾役が少ないことを考慮して選出してくれたようだ。

 ──ともかく、これでメンバーはほぼ確定した。

 

 

 

 1、エム、レベル18、片手直剣、軽金属防具、仮面ライダー。

 2、キリト、レベル18、片手直剣、革防具。

 3、アスナ、レベル17、細剣、軽金属防具。

 4、クライン、レベル16、曲刀、革防具。

 5、エギル、レベル16、両手斧、軽金属防具。

 6、シヴァタ、レベル15、片手直剣、重金属防具、盾あり。

 7、トーラス(風林火山)、レベル15、片手鎚、重金属防具、盾あり。

 8、ウルフギャング(エギル組)、レベル15、両手剣、革防具。

 9、ローバッカ(エギル組)、レベル15、両手斧、軽金属防具。

 10、ナイジャン(エギル組)、レベル14、両手鎚、重金属防具。

 11、リーテン、レベル13、ロングメイス、重金属防具、盾あり。

 12、アルゴ、レベル不明、クロー、革防具。

 

 

 

 13、??、レベル??、??、??。

 

 

 ──以上だ。

 この後、アスナさんが声を掛けに行くつもりであるという13人目の『彼女』については、恐らくだけど参戦してくれる見込みは高い……とは思っている。今までに何度も会ってきたけど、その中で二人の間に何があったという話は聞けていない。状況から推察できない訳でもないけど、それを他人がおいそれと突っ込むのは野暮というものだ。でも、それでも彼女は友だちを見捨てられるような人ではない。思えば、僕にSAOについて指南してくれていたのは、アスナさんを想ってのことだったのかもしれないーーだから、きっと来てくれるはずだ。

 

 

「それじゃあ、また後で合流しましょう」

 

 

 そう言い残して、彼女の元へ走り去っていくアスナさん。

 直前まではこの突発的な状況への緊張に強張っていた表情も、彼女に会うとなってからはほんの少し嬉しそうな色を帯びている。

 ──あれなら、きっと大丈夫だね。

 アスナさんはこれから友だちに会いに行く。そこには一切の憂いも不安もなくて、あるのはただ、友だちと会うことへの高揚感だけなのだろう。

 きっと、彼女が心に抱える不安もアスナさんが解消してくれるはずだ──それに、

 

 

「──様子が心配なら、こっそり付いていっちゃえば?」

 

 

 走り去っていくアスナさんの背を、不安げに見つめていたキリト君へ声をかけてやると、誤魔化すように露骨に口を回し始めた。

 

 

「あ、いや……心配とか、そういうのじゃなくてさ。パーティーメンバーとして、仲間の状態が気がかりというか──ほら、明日の攻略に響くといけないだろ?」

 

 

 早口で中々要領を得ないが、要はアスナさんが心配──ということなんだろう。

 そのことをわざわざ言及するほど野暮でもないので、軽く流しつつキリト君の背を押してやることにする。

 

 

「そうだね。なら、準備とかはある程度こっちで済ませておくよ。ちょうど情報屋さんからもメッセージが来てる。彼女と一緒に、ある程度ボス攻略への目星をつけておくよ」

 

 

 キリト君に呼ばれた段階で合流できないかとメッセージを送っていた情報屋さんから「わかった」と返事があった。彼女も攻略に参加してくれるとのことだし、ボスクエストの収集状況も聞いておきたいところだ。キリト君は日中に会っているようだし、わざわざ二人で彼女と会う必要もないだろう。

 ボス戦の準備の方も、クラインさんやエギルさんたちがいれば人手も回るということもあって、「行ってらっしゃい」とキリト君を送り出してやれば、「あ、ああ……」と微妙な反応ながら、アスナさんを追い始めたようだ。

 頼りない足取りの背を見送ったところで、改めて攻略に参加してくれるクラインさんやエギルさんたちの方へ振り返ると、何やら生温い視線を去っていくキリト君へと向けていた。「青春だねぇ……」「クッソォ……キリの字のヤツ、俺様を差し置いてよォ」と、一人だけ妬みの感情が見える気がするけど、まあ気のせいだよね。

 

 

「それじゃあ、手持ちのコルを分配するので、コルには糸目を付けず、消耗品のアイテムは現状でできる最高の準備を整えてください」

 

 

 トレードウインドウを出し、エギルさんやクラインさん達へ充分以上の金額を送信する。

 常頃から金欠気味らしいクラインさんが渡した金額に驚きつつも、すぐに頷いてエギルさんらとともに店を飛び出していった。

 一人残された僕はというと、先ほどメッセージをくれた情報屋さんへ店の場所を記した地図を返事代わりに送った。即座に「すぐに向かう」と返信があって、言葉の通りに3分もしないうちに情報屋──《鼠のアルゴ》は店へとやってきた。

 

 

「おい──っす」

 

 

 やや疲れた様子で、名前の通り三本髭を蓄えた情報屋さんは僕の反対側の席へ腰を下ろす。その際に、NPCマスターへスイーツを注文するのも忘れない。

 はふーっと長く息を吐いて、相当に疲れた様子のアルゴさんだったけど、店に僕以外の人影がないことに気づくと、はてと首を傾げた。

 

 

「キー坊は一緒じゃないのカ?」

 

 

「事情があって、離れてます。詳しいことは僕からも話せるので、お互いに情報共有をしましょう」

 

 

 事情がある、といえば深く詮索する人ではない。

 とりあえず納得したようで、すぐに運ばれてきたコーヒーを啜りながら、アルゴさんは早速問うてきた。

 

 

「キー坊からメッセージで大まかには聞かされたんだガ、結局ALSが抜け駆けをする理由ってのはなんなんダ?」

 

 

 そこからは先ほどキリト君から聞かされたことの繰り返しだ。第五層ボス攻略で手に入れられる装備である《ギルドフラッグ》の詳細について知ったアルゴさんは「なん……ダト……?」と一時茫然としていたけど、すぐに立ち直ると「……確かに、これはゲキヤバだナ」と今回の騒動の原因については理解をしてくれた。

 

 

「ここまでヤバいもんだとは思わなかったナ。そりゃあ、フロントランナーじゃないオレっちもボス攻略に呼ばれるわけダ」

 

 

「アルゴさんも合わせて、最低限2パーティー分の人数が揃いました。ドロップする装備の件も含めて、区切りである五層ボスは相応の難易度になっているはず……それでも、キリト君からはボスが変わらずゴーレム型なら何とかはなると聞いてます」

 

 

 他にもミトさんから聞き取れる限りでも、五層ボスはベータにおいては超攻撃力も相まって、50人以上が蹴散らされたらしいけど、最終的には少人数でのアタックで攻略を成し遂げたという。

 デスゲームと化したこのSAOでは死者を出せない、という点で更に難易度が跳ね上がってはいるけど、討伐できないことということはないはずだ。

 

 

「オレっちもボスクエをある程度こなして情報を集めてたガ、ボス自体はゴーレムから変更は無いみたいダ。……ただ、今までもβテストから何らかの変更は入ってたからナ」

 

 

「用心するに越したことはないですね。一度、情報を全て整理しましょう」

 

 

 こうして、五層ボスについて知りうる限りの情報を共有し、明日の討伐に向けてパーティー編成等を話し合うことになった。

 

 

「……改めて見ると、今回のメンバーはアタッカーが多すぎないカ?」

 

 

「僕とキリト君、アスナさん、クラインさんにエギルさんのパーティーが全員で合計が8人ですからね。タンクがシヴァタさんとリーテンさん、トーラスさんの3人で、サポーターは……」

 

 

「オイラだナ」

 

 

 ──正直に言って、今回のパーティーはバランスが悪い。

 DPSが高すぎる割にタンクの数が少なく、下手をしなくてもタンクへタゲを集中させ続けることが難しい状態だ。

 

 

「──そうなると、パーティー編成はこうした方がいいですね」

 

 

 メモパッドを可視化させ、考えていた編成をアルゴさんへ共有する。

 ──A隊がエギル、ローバッカ、ナイジャン、シヴァタ、リーテン、トーラス。

 ──B隊が僕、キリト、アスナ、クライン、ウルフギャング、アルゴ。

 

 

「なるほどナ。割り切ってタンクを一つのパーティーに集めたわけカ」

 

 

「はい。タンク部隊の負担は大きくなりますけど、1パーティーに集中させた方がHPやタゲの管理がしやすいと思うんです」

 

 

 それに加えて、A隊は一撃の火力に長けたエギルさんのパーティーを中心としている。

 元々のパーティーでの連携の練度も高く、長年のネットゲーマーであるエギルさんは視野も広い。うまくタンク3人を運用しながら、その一撃の火力でうまくタゲ取りをしてくれるはずだ。

 B隊は僕含め機動力のあるプレイヤーで固めた。最悪タゲが向いても、少しの間なら回避で持ち堪えられる面々だ。

 

 

「いいんじゃないカ? 急造で、少人数の攻略だからナ、パーティー毎の役割はわかりやすい方がイイ」

 

 

 パーティー編成についてアルゴさんからの賛同も得られたところで、ボス戦についての二人での話し合いも終わりが見えた。

 アルゴさんはこれから、更に精査できる情報がないか検証に出るようだ。僕も僕で、強化を渋っていた愛刀を馴染みの鍛冶屋さんへ預けようと思う。

 来たる明日──誰も死なせず、攻略集団の崩壊を防ぐために、できることは全てやっておきたい。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 急造のフロアボス攻略部隊は、マナナレナの村から少し離れた迷宮区前の高台に集まっていた。

 12名、アスナさんが勧誘に向かっていた彼女の姿はない。断られたか、もしくは──でも、アスナさんにはそれを悲しむ様子はない。少なくとも思いの丈を話すことはできたみたいだ。

 まずメンバーはクラインさんやエギルさん、それにアルゴさんが買い集めてくれたアイテム類を分配した後、全員の余らせている装備を能力が向上する余地のあるところへ貸し出すといった前準備を整えると、時刻はちょうど午後3時になった。

 ALSがDKBの目を欺き、フロアボス攻略へ出発するまで残り3時間。人数差もあり、迷宮区前の迷路の突破をこちらは壁をよじ登って突破することになっているので、アドバンテージは5時間程になるだろうか。余裕があるというほどでもないけど、焦るほど時間がないわけでもない。

 そこで一応、最終確認として全員で情報の共有を行なった。

 パーティー編成の意図、β時代の五層ボスの行動パターンについてなどを全員で徹底的に詰め直す。その話し合いの中でふとシヴァタさんが口を開いた。

 

 

「そういえば、キリトはどうして危険を冒してまで、二大ギルドの崩壊を防ごうとしてくれるんだ? エムさんは、国から派遣されたっていう立場を考えたら作戦に参加してくれる理由も理屈もわかるんだ。でも、ギルドに所属していないソロのキリトの立場からしたら、ギルド間の争いを止めるためにこうやって今回の作戦を主導してくれる理由もないはずだろ?」

 

 

 シヴァタさんの疑問は、確かにその場にいる全員が気になる内容のものだった。

 答えにくい質問だったのだろう。キリト君の視線は辺りを彷徨っているけど、この場の全員がその答えに期待して、彼に目を向けているから、どこに目を向けても誰かしらと視線が合ってしまう。しばらくして観念したように一つ咳払いをして、キリト君は口を開いた。

 

 

「理由は……たぶん、ここに集まってくれたみんなと同じだよ。最前線で戦い続けているALSとDKBは、攻略集団の両輪だ。ちゃんと車軸で繋がってないと集団は前に進まないし、どっちかが欠けたら、その場から動けなくなる。それを防ぐためには、ALSより先にボスを倒してしまうしかない……そう思ったから、みんなに協力を要請したんだ」

 

 

 言葉に迷いながらも話されたキリト君の真意に、場の全員は納得をしたようだ。シヴァタさんも満足したように頷いている。

 ──だけど、僕にはキリト君の言葉に何か裏があるように感じた。

 もちろん、今言っていたことは本心だと思う。でも、彼の言葉の裏に何かを危惧するような色が見える。

 この感覚が気のせいであればいいけど、本心を話したことで少し気恥ずかしそうにしているキリト君の表情もどこか憂い気な様子だ。

 ──彼から話してくれることを待つか、もしくは今回のボス攻略が終わった後に改めて話を聞くことにしよう。

 そう心に決めた頃、がしゃっと音を立てて右手を持ち上げ、リーテンさんがフルフェイス越しの硬質な声でキリト君へ質問を飛ばした。

 

 

「あの、キリトさん。前から聞いてみたいと思っていたんですが……そんなに攻略集団のことを考えてくれているのに、どうしてギルドに入らないんですか? キリトさんほどの実力があれば、どっちのギルドでもすぐにパーティーリーダーくらいにはなれると思うんですが……」

 

 

 それはとても純粋な気持ちから投げられた問いなんだろう。後に聞いた話では、リーテンさんがALSに加入したのはつい最近のことらしくて、第一層ボス攻略での一件も全く知らなかったという。だから、キリト君が一部から《ビーター》と呼ばれて蔑まれていることも、彼女は知らなかった。

 一同の中にざわ……という実に緊張感のある空気が流れる。どうしたものかと、クラインさんやエギルさんと視線を交わすが、二人ともこの場を収める一言は浮かばないようで首を僅かに横に振るのみだ。

 ──長い長い数秒の後、キリト君は素知らぬように言葉を放つ。

 

 

「それはだな、リンドとキバオウが、俺とアスナが別々じゃないとギルドに入れないとか言ってるからだ」

 

 

 ……………………また、長いようで一瞬の間の後、場の空気が再びざわめき立つ。

 キリト君は「何かまずいことを言ったかな?」という様子だが、今の発言ではどう考えてもキリト君がアスナさんと別れたくないからギルドに所属しないのだと言い張っているようなものだ。現にそんな風に受け取ったリーテンさんは「さすがです……感動しました!」と叫び、シヴァタさんもヒューと口笛を吹いている。アスナさんはというとキリト君にそういった意図がないと分かりつつも誤解を招くような発言に対して、顔を真っ赤にして「い、いきなり何を言い出すのよ!」と喚き立てている。

 キリト君の人となりをよく知る、クラインさんはイッヒッヒッ、エギルさんもはっはっはっ、アルゴさんはニャッハッハッと大声で笑い、僕はというとあははは……と苦笑してやることしかできなかった。

 当のキリト君はというと、リーテンさんやシヴァタさんの様子から誤解を招いたと気付いたようで、訂正しようと言葉を探っている様子だけど、もうそんな空気ではない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──ようやく落ち着いたところで、一際大きく咳払いをしたキリト君がフロアボス攻略部隊の一同を見回しつつ、力強く宣言する。

 

 

「たった2パーティーでのボス戦だけど、賞賛は充分にあるし、一人の犠牲者も出すつもりも無い。──シヴァタとリーテンが企画してくれたカウントダウン・パーティーを成功させるためにも、そして2023年を希望のある年にするためにも、みんな、力を合わせよう!」

 

 

 キリト君の宣言に応えるようにして、クラインさんが「うおっしゃあ! やったろうぜ、キリト!!」と拳を突き上げながら叫び、それに全員の「おう!!」という唱和が重なる。

 ──2022年12月31日、午後3時30分。

 フロアボス攻略部隊は、SAOの今後を左右する戦いに身を投じる。

 

 

 

 

 

 






何とか土曜日に出そうと思っていたんですが、完全に書き下ろした上にプリコネのクラバトが重なって全く書く暇がありませんでした。
幸い金曜日が休みだったので三連休を活かして、無理やり書き進めて何とか日曜には間に合いました。

さて、私信としては、そうですね。
先日の金曜ロードショーで公開された《葬送のフリーレン》について少し話したいです。
久しぶりのマッドハウスの超本気×原作は超人気というところで期待していたのですが、面白かったですね〜
原作を読んだことがなかったので、あれこれ言える立場ではないのですが、すごく丁寧に描かれていて、心惹かれました。
ヒンメル……好きですねぇ。あれですよね? 彼が各地に銅像を残してるのって、フリーレンが自身の死後も寂しくならないようにと置いたものなんですよね?
OPの勇者のMVでも投げキッスを食らってぶっ倒れていた辺り、彼の想いは察せられますが……フリーレンはどうなんでしょう?
再会して、二人の想いが通じあう日が楽しみですね!





──馴染みの鍛冶屋、一体何ベットさんなんだ……?


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Fighting spiritを燃やして!

……お久しぶりです。
いやあの、違うんです! 仕事が忙しかったんです……いやほんとに。
決して、ラスコレなんて一ミリも触れてないですし、ギーツのファイナルステージの最終日の三公演に全通したりしてません!!



……まじですんませんした。




 

 

 

「ハアッ!!」

 

 

 中型ゴーレム──大体5メートルほどの大きさだ──の4連パンチを、四連撃技の《バーチカル・スクエア》で叩き落としていく。

 ゴーレムの一撃一撃は重たいが、攻撃モーションが始動しだした加速も威力も乗らないちょっとの隙にソードスキルを合わせていけば、片手剣の威力でも問題なく相殺できる。

 これが階層ボスとの戦いでも通じるのかはわからないが、今はそれがわかっただけよしとしたいところだ。

 

 

「スイッチ!」

 

 

 ソードスキルの技後硬直に陥る前にゴーレムを蹴り飛ばして、その反動で後ろへ下がる。

 俺の掛け声に合わせて飛び出してきたのはクラインとエギルだ。それぞれ曲刀三連薙ぎ払い《トレブル・サイズ》と両手斧単発上段振り下ろし《グランド・ディストラクト》を始動させ、システム・アシストが二人をさらに加速させる。

 クラインの薙ぎ払い攻撃が足を捉え、防御姿勢をとっていたゴーレムを怯ませる。がら空きとなった額にエギルの斧から放たれる一撃が直撃し、残り二割のHPバーを吹き飛ばす。バラバラと崩れ、岩の塊に戻ったところで、青いポリゴン片になって爆散する。

 

 

「ふぅ……」

 

 

 一息ついたところで、パーティーリーダーであるキリト君から半ば呆れるような様子で声を掛けられる。

 

 

「ゴーレムの攻撃をソードスキルだけで往なすなんて、無茶するなぁ……」

 

 

「できそうって思って、やってみたら結構集中力がいるけどなんとかね。キリト君でもできるんじゃないかな?」

 

 

「できるだろうけど、エムみたいにノーダメってわけにはいかないだろうぜ。きっと削りダメだけで二割はHPを持ってかれるよ」

 

 

 ──確かに、とも思う。コンマ1秒ほどの隙にソードスキルのモーションを制御しながらも限界まで加速させなくちゃ、今の攻防はできない。

 僕も結構気合を入れないと、同じことができるかと言われれば怪しい気もする。

 でも、できないと言っているキリト君だけど、彼の実力を考えるとそのうち銃弾くらいなら簡単に斬っていそうな気もする。SAOに銃弾なんてものがあるかはわからないけど。

 と、そんな会話をしているうちに戦闘後の処理が終わったようで、エギルさんが僕たちに向けて「行くぞー」と声を掛けてくれた。「はーい」と答えれば、攻略部隊は再び最奥を目指して移動を再開する。

 ここまでの道中では、今回の急造チーム間での連携を主に戦闘をこなしてきたけど、大体のメンバーが今までの攻略に関わってきていたこともあって、それぞれ動きについてはある程度把握していたからか、思っていたよりもうまく連携できているように思う。

 あまり馴染みのないシヴァタさんやリーテンさんに関しても、きっちり壁役をこなしてくれているし、エギルさんもそんな二人をパーティーに馴染ませるために、手隙な時には積極的に二人へどうやって連携していくかを話し合っている。

 アルゴさんについても、元βテスター兼SAO攻略を支える情報屋として、思っていた以上に戦闘慣れしていて、要所要所で的確にモンスターに対してデバフ効果のあるスキルを使って援護してくれている。

 唯一気になるのは、アタッカー主体のB隊の火力が思った以上に高くなりすぎてしまって、さっき僕がゴーレムの攻撃を強引にパリィしていたように、モンスターのヘイトを溜めすぎてしまうということが起きてしまっている。ボス戦だと、もう少しB隊の攻撃を意識的に抑えていくしかない。

 キリト君と二人で部隊の最後尾でそんな話をしながら、しばらく進んだ頃だった。

 

 

「通路の雰囲気が変わってきた。ボスが近いみたい」

 

 

 アスナさんの言葉で周囲を見回すと、確かにダンジョンの雰囲気が変わってきている。

 ダンジョンを支える巨大な柱にゴーレムを模した彫刻が刻まれ、壁には謎の古代文字が彫り込まれている。こうした装飾が増えるのはボス部屋が間近である証拠だ。

 ウインドウを開いて時刻を見ると、午後6時過ぎ。ちょうどALSが出立した頃合いだ。

 

 

「おい、あれを見てくれ!」

 

 

 先を行くA隊から、慌てたような声が上がる。

 急いで10mほどを駆け抜けると、そこに見えたのはボス部屋へと繋がる大扉ではなかった。

 

 

「階段……?」

 

 

 通路いっぱいに広がる大階段を前にして、隣にいるキリト君からも呆然としたような声が上がる。

 ──ということは、ベータの時はこんな構造ではなかったということになる。

 大階段の先へ目を凝らしてみても、天井まで繋がる先は長い円柱構造のようで先までを見通すことはできない。

 情報のないままのボス攻略は危険だ。最悪、後の火力を落とすことになってでも《仮面ライダー》に変身して強行偵察をするしかない……と考えていると、いつの間にか前へ進み出ていたアルゴさんが、手にしたカンテラを掲げながら言った。

 

 

「ま、覗いてみるしかないダロ」

 

 

 と、アルゴさんがまるで散歩にでも行くように大階段へ向かおうとする。

 慌てて追いかけると、足音を聞いたアルゴさんは振り返り、呆れたように()()()を見る。

 

 

「ここは任せてくれヨ。もしかしたら、段がせり上がって入り口を塞いじまうかもしれナイ。そうなっても、オレっちなら閉じる前に逃げられル」

 

 

 確かに、と隣にいるキリト君とも目を合わせる。

 壁一面に刻まれている古代文字は、どうやら段の側面一つ一つにも刻まれている。いかにもなギミックが仕込まれていそうだ。

 

 

「なら僕たちも一緒に行きます」

 

 

「エ〜〜?」

 

 

「アルゴほどじゃないけど、俺たちだってスピード型なんだ。逃げようと思えば、なんとかなる」

 

 

「ちぇ、しょーがないナ……」

 

 

 気乗りはしない様子だけど、アルゴさんは僕たちが同行することに納得したようだ。

 エギルさんたちに何かあればすぐに退くようにだけ伝えて、階段に足を掛ける。すると、不安げな様子のアスナさんが歩み出てきた。

 

 

「気をつけてね」

 

 

「ああ、すぐ戻る」

 

 

 静かに、それでも力強く答えるキリト君に同意するように僕も頷き返すと、一段また一段とゆっくりと進み始める。

 歩みを進めるごとに、通路の奥から濃密な気配が押し寄せてくる。それ以外は何も変わらないはずなのに、僕たちの体感する温度は下がっているーー間違いなく、ボスがいる。

 そこから三段、四段と進んでいき、五段目で、足元の素材感が変わった。踏みしめるたびに、確かな存在感を示していた岩の凹凸から、固く滑らかで、ブーツの底に打たれた鋲を跳ね返すほどの硬度の金属へと。

 階段を上り切ると、ぶぅん、という奇妙な起動音とともに、足元から青白いの光の線が伸びて、周囲一帯を駆け巡り、空間全体を照らす。

 

 

「これは……」

 

 

 ──広い。

 円形の空間は、直径が50m、高さも30mはあるだろう。迷宮区の最上層、丸ごとひとつがボス部屋となっているようだ。

 しかし、そうなるとこの部屋の構造には問題が一つある。

 

 

「六層に上る階段が、ない……?」

 

 

 キリト君の呟きに、アルゴさんはカンテラをストレージにしまうと同時に装備したナックルの仕込み刃を展開させながら、油断なく周囲に視線を走らせている。

 

 

「ボスが沸く気配もないヨ……」

 

 

 今までなら、ボス部屋に入ると同時に部屋全体に明かりが灯って、すぐにフロアボスも湧いてきた。

 でも、今回は違う。もうすでに僕たちはボス部屋へと侵入を果たしている。それなのに、どこにもポリゴンブロックが生成される気配すらない。

 ただ一つ、部屋の中心で床面を照らす青白いラインが一点に集って、同心円のサークルを描いているポイントがあった。

 

 

「オイラが行ってくル。二人は階段の前で待ってロ」

 

 

 そう言い残して、アルゴさんは慎重な足取りで進んでいく。

 何かあるのは確実だ。それはアルゴさんも承知の上だろう。信じて見守るしかない。

 ゆっくりと歩みを進め、直前で一呼吸入れてから、サークルの中へ足を踏み入れた。

 一秒……二秒……三秒……

 直後、床のラインが強く発光し、振動が起こる。咄嗟に飛び退こうとするアルゴさんだったけど、致命的失敗(ファンブル)が起きた。

 ──振動に足を取られ、転倒してしまったのだ。

 

 

「アルゴ────ッ!!」

 

 

 キリト君の絶叫と同時に二人で、一気に駆け出す。しかし、強化されたステータスでも25mほどを一瞬というわけにはいかない。

 転倒したアルゴさんを取り囲むように床面から五本の柱が伸び上がる。

 長い柱が三本、少し短い柱が一本、さらに短く太い柱が一本。あの配置は、ただの柱ではない。あれは──ゴーレムの手だ。

 そう認識した直後、アルゴさん付近の底面が高々と伸び上がり、一本の巨大な腕となって現出する。

 空中で、五本の指が、硬く硬く握り締められる。

 拳の隙間から、漏れ聞こえる破砕音と共に、青いポリゴンの破片がキラキラと飛び散る。

 すぐに視界左上に並ぶHPバーを確認する、一番下のアルゴさんを示すバーは一割ほど削れ、今もジリジリと減りつつあるけど、消えたわけではない。今のエフェクトは装備のいずれかが砕かれたものだ。

 

 

「せ……やっ!!」

 

 

 ──まだ間に合う。

 僕は背中から愛刀であるグリーニッシュ・ソードを抜刀するモーションと上段突進技である《ソニックリープ》の始動モーションを合わせ、抜刀と同時に一気に空中へと飛び上がる。キリト君も同時に下段突進技である《レイジスパイク》を始動させ、二人で上下に挟み込むようにして、床から聳え立つ漆黒の腕を斬り裂く。

 黒水晶を思わせる体表に赤いダメージラインが刻まれると、上空から轟くようなゴーレムの咆哮が浴びせられる。リアクションと同時、漆黒の腕が床に引っ込つつ硬く握り締められた拳を開いた。

 アルゴはすぐに掌から飛び出すと、僕たちのすぐそばへと着地した。

 

 

「いやー、びっくりしたナ〜」

 

 

「それはこっちのセリフですよ」

 

 

 仮にも危機の直後とは思えぬほど呑気な声につい突っ込みを入れてしまう。隣ではキリト君が安堵の息を吐いているが、油断でき──

 

 

「──下だ!!」

 

 

 下を見ると、光の回路図を思わせる同心円が僕たちの足許に集まっていた。反射で鋭く叫ぶ声を聞いた二人がさっと飛び退く。

 僕も咄嗟に後ろへ下がると、直後には先ほどの黒腕が床面からそそり立ち、空中で力強く拳を握った。

 どうやら床に走る光のラインを踏むと、黒腕が現れ、プレイヤーを掴みにくるらしい。パターンは分かった。後はラインをわざと踏んで腕が現出したところに合わせて攻撃を……と思ったところで、ふと気づく。先ほども今も、指の配置から見て、現れたのは右腕だ。つまり──

 

 

「下、下!!」

 

 

 アルゴさんが喚き立てると同時、キリト君の足許に同心円が形成される。

 

 

「おわっ……!」

 

 

 咄嗟にバク宙で回避するキリト君。しかし、僅かに足先を掠めたようで、体勢を崩しつつもなんとか着地する。

 

 

「なんだよ、2本もあるのか!?」

 

 

「腕が2本あるのは普通だと思うゾ」

 

 

 文句を言うかのように叫ぶキリト君へ、至って冷静にアルゴさんが突っ込みを入れる。

 しかし、厄介すぎる。ラインを踏まずに移動というのも、神経を使うし、攻撃を誘発しなければ、こちらが攻撃をすることもできない。

 たった三人ばかりじゃ、二本の腕による攻撃を避けるだけで手一杯になってしまう。一度退くしか……いや、腕があるということは──

 

 

「まさかっ!?」

 

 

 そこで思考を切り上げ、天井へと視線を向ける。

 ほぼ同時に同じ結論に至ったのであろうキリト君も同じく視線を上に向ける。そして──

 

 

「────回避!!」

 

 

 視線の先では先ほどまでの床面と同じように、回路図を思わせる同心円が形成されている。すぐさまそばにいたアルゴさんの腕を掴んで引っ張る。

 すぐに天井の同心円からは、巨大な足が轟然と降り注いできた。サイズにして2mはある漆黒の足が、したたかに床面を踏みつける。ショックウェーブが発生し、円形に広がる。思わぬ攻撃を避けることはできなかったが、なんとか転倒状態になることだけは回避し、次に備える。

 

 

「おいおい、腕が2本あるってことは、足も……」

 

 

「来るぞ!」

 

 

 天井を見ると、既に二つ目の同心円が出現し、あの巨大な足が降り注ごうとしていた。

 超威力のストンプが床を波打たせる。今度はタイミングもわかっているので、三人で息を合わせて、なんとかジャンプでショックウェーブをやり過ごす。

 しかし、そんな行動をしていたために壁際まで追い込まれてしまい、階段までは20mほど離れてしまった。今のところは、そびえ立つ四本の手足は静止しているので、3人の全速力なら逃げられないことはないと思うけど、いかんせん20mという距離を遠く感じてしまう。

 さて、どう動き出したものかと頭を回転させていると、キリト君が僅かに身を動かす。足許にはわずか数cmの位置に青白い光のラインがあって、僕はキリトの動きを止めるべく、語気を強めて叫んだ。

 

 

「キリト君、動かないで!」

 

 

 反射的にキリト君の動きが止まったので、そのまま聞くように言い含めてから、新たに指示を飛ばす。

 

 

「足は動かさないで、そのまま下を見てみて」

 

 

 言われるまま、キリト君は最小限の動きで下を見る。そこでようやく、自分の足がもう僅かのところで床面に走るラインを踏まずにいることに気づいたようだ。

 

 

「……このラインを踏むとあのターゲットサークルが出て、そこをデカ手とデカ足が攻撃してくる?」

 

 

「だと思うよ」

 

 

「……ってことは、このラインを踏まずに移動できれば、攻撃されずに階段まで戻れる?」

 

 

「だと思うヨ」

 

 

 キリト君もアルゴさんも、僕と同じ推論で帰結したようだ。とはいえ、口にするほど簡単ではないし、ラインの方はプレイヤーが動くのに合わせてランダムに動くようで、一切ラインを踏まずに行動するというのは相当に難易度が高い。

 頭を悩ませているうちに、振動とともに高らかに連なっていた手足が床と天井へと引っ込んでいく。 

 とりあえず、慎重に進んでいくしかない。

 そのことを二人に伝えようとして、僕は目を見開くことになる。

 

 

「──おいっ、大丈夫か!?」

 

 

 階段からハフナーを先頭にした十人が勢いよく駆け込んできた。

 思えば偵察に出てから、なんだかんだと十分弱が経っている。帰還が遅いことを怪しんだ彼らが、様子を見に来てくれたのだろうけど……状況が最悪だ。二十の足が次々とラインを踏んでいき、床と天井には四つのターゲットサークルが現れてしまう。

 

 

「なんだ、まだボスは出てないのか──」

 

 

 拍子抜けするようなの、ある意味間抜けにも思えるシヴァタさんの声を、キリト君の絶叫が掻き消す。

 

 

「回避! 回避──っ!!」

 

 

 レイドメンバーの反応は早かった。回避の声が届いて、コンマ三秒程で大きく飛び退いた。しかし、並んで侵入してきた十人がバラバラに飛び退いてしまったために、シヴァタさんとローバッカさんが接触し、体勢を崩し転倒する。

 しかも、二人が転倒した場所が悪かった。ゴゴゴゴン! と轟音が響き渡り、床から突き出してきた左手が二人を掴み、空中へと連れ去った。

 残る手足については、他のレイドメンバーは何とか回避してくれたが、無茶な回避と足が着地した際のショックウェーブが合わさって、殆どのメンバーが即座に動ける状態では無い。動けるのは──

 

 

「アスナ! 腕に、パラレル!!」

 

 

 キリト君の指示から、コンマの遅れもなくアスナさんが動き出す。既に抜刀していたレイピアを構えると、深い踏み込みからソードスキル《パラレル・スティング》を放った。

 眩い閃光と共に放たれた神速の二連撃は、巨腕に少なくないダメージを与える。天井から咆哮が轟くと同時に拳が開かれ、シヴァタとローバッカが解放される。相当の高さから落下する二人を、リーテンとハフナーがかろうじて受け止める。

 何とか危機は脱したけど、状況は悪いままだ。既に空振りした手足は引っ込み、新たにラインを踏んでしまったメンバーの元にターゲットサークルが現れている。

 

 

「回避しながら聞いてくれ! 今の腕と足が、このフロアのボスみたいだ!」

 

 

 襲いかかる手足を避けつつ、レイドメンバーはキリト君のボス解説に耳を傾けている。

 

 

「床のラインを踏むと、床と天井からターゲットサークルが出て、床からは腕が生えて掴み攻撃、天井からは踏み付け攻撃が来る! 腕に掴まれると、HPと防具の耐久値に同時にダメージを受ける。けど、片手武器の二連撃クラスのソードスキルで、掴まれたやつを解放できる!」

 

 

 キリト君の解説を聞いて、クラインさんなどは足許を凝視する。すると、後ほんの数mmのところにラインがあって「うおッ!?」と少し間抜けな声を上げている。

 

 

「えーと……」

 

 

 さらに追加する情報はないかと、コツコツと眉間を叩くキリトくん。

 しばらく時間を要する中で、先に僕の方が補足する情報を思いついたので、声を上げる。

 

 

「足の攻撃は、二層ボスみたいに踏み付けと同時に衝撃波が広がります!それを足を取られると転倒状態になる可能性があるから注意、以上!」

 

 

 先程までの攻防で得られた情報はこれが全てだろうと、解説を打ち切る。

 しばらく各々が先程の情報を反芻していたけど、そんなゆとりある時間は許さない、とボスが判断したのか──天井の中央部分のラインが複雑に絡み合うようにして収束していった。

 手を出すことも出来ず、全員が固唾を飲んで見守っていると、ゴゴゴゴゴという重低音とともに、天井が複雑な形を形成しはじめた。

 

 

「あれは……」

 

 

 無骨ながらも際立ったエッジが青く照らされ、突き出した額と落ちくぼんだ眼窩、四角い鼻に横一直線の口がその姿を現す。

 やがて《顔》全体が形成されると、額の中央にら複雑怪奇な紋章が浮き出し、眼窩にはぽっと青白い光輪が灯され──

 そうして現れた三メートルはあろうという巨大な顔の上部には六段のHPバーが表示される。一本目が僅かに削れているのは、先程までに腕に当ててきたソードスキルのダメージ分だろう。

 最後に、第五層フロアボスの固有名が、HPバーのさらに上に刻まれる。

【Fuscus the Vacant Colossus】……フスカス・ザ・ヴェイカントコロッサス。フスカスは固有名詞、ヴェイカントが虚空、コロッサスは巨像で……日本語にするならば【虚空の巨像フスカス】といったところか。

 

 

「ベータと、名前もぜんぜん違う……」

 

 

 呆然とするようにキリト君が呟く。

 ということは事前に彼から聞かされていたβ時代の攻略法は全く当てにならない。ここまでのボス戦ではβから出現するボス自体に大きく変わりはなかった。攻撃パターンやフィールド、追加ボスなど、さまざま手を加えられてこそいたが、ボス自体がまるきり違うということは今回が初めてだ。

 ──茅場は、ここにきて仕掛けてきた。

 この世界を生み出した稀代の天才、茅場晶彦は今のこの状況を見てなにを思うだろうか。

 どこかでほくそ笑んでいるのだろうか。

 あるいは、僕たちがいかなる手腕にて攻略するのかを楽しんでいるのか。

 ……そのどちらにせよ、あまりいい気分はしない。

 

 

「……やってやろうじゃねぇか」

 

 

 ふつふつと、俺の中で闘志が湧いてくる。

 この状況を生み出した茅場への怒り。そして根底にあるゲーマーとして未知へと挑む高揚感とが合わさって、頭の中がスっと冷える。

 

 

「ノーコンテニューでクリアしてやるぜ!」

 

 

 ──さぁ、ボス攻略の開始だ!!

 

 

 






……ギーツのキャスト陣、全員歌上手くない?
生で聴いててビビりましたよ。アイドルな道長とか、刀剣男士なメガネは分かるんですが、他の子も普通に上手い……

いやぁ……景和がIZANAGIのバラードを歌い出した時は驚きましたね。しかもその後めちゃくちゃ踊るし()

そんで、やっぱりめちゃくちゃ天然な関くんに笑いましたね。
逐一杢代くんにツッコまれてて凄かった。あの方は今後とも愛されていきますね。でも、キメる時はめちゃくちゃカッコよくキメてくれるので良かった……


──限界オタクすぎてキモイのでこの辺にしますね。
次回はなるべく早く書きます。……1週間はキツイかなぁ()


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