けものフレンズR ~ゴマクソといっしょ~ (みことのり)
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1話 その1 ごますりくそばーど

話の大筋が完成したので、良さを残しつつ、大まかに修正いたしました。
けもフレ一期の一話って最後に出来たとか出来ないとか言われてるらしいので、この話も最後まで手直ししていくことになりそうです。

あーるちほー みことのりおにいさん(?)


 まばらな木立が並ぶ草原に差し掛かると、さわやかな風が二人を迎えた。立地的にはさばんなちほーに近いはずなのだが、うだるような暑さは感じない。鉱山の気候帯に属する場所なのだろう。

 

「風が涼しいですね!」

「そうだね! これならドンドン進めそうかも!」

 

爽やかな向かい風は、ともえの気持ちを後押しする追い風となって彼女達の歩みを早める。しかもこの程度の風なら、ジャパリ自転車ならばへっちゃらだ。

探検隊を彷彿とさせる、ステレオタイプなサファリジャケット姿で自転車をせっせと漕いでいるのはともえと呼ばれる少女だ。透き通るエメラルド色の髪を右へ左へと揺らしている。

そして、彼女を慕って自転車に同乗する、白いけもの耳を生やした少女の名はイエイヌだ。

 

「イエイヌちゃん、博士ってどんなフレンズなの?」

「うーんと、それがあまり思い出せなくて」

「そっかー。じゃあ会うの楽しみだね!」

「そうですね~!!」

 

博士、というフレンズのことはダブルスフィアから教えてもらったものだ。ダブルスフィアは二人のフレンズのコンビ名で、彼女達は眠りから目覚めたともえへ懇意にしてくれた。

ともえ、そしてイエイヌもまた、覚醒後に自身に関する記憶の一切が抜け落ちていた。ただ、イエイヌに関しては、以前からともえを慕っていた記憶がうっすらと残されているようだ。彼女がともえの閉ざした記憶の箱を開けるキーとなり得るかは分からなかったが、似た境遇の二人はすぐに打ち解けることが出来たのだった。

彼女達、フレンズが暮らすこの土地、つまりジャパリパークでは自身が“何の動物からフレンズになったか”が非常に重要な情報なのだ。二人はその根源を知るための旅路を踏みしめている。

 

「なんだぁ、ありゃ?」

 

一方、木陰で他のフレンズ達と談笑していたロードランナー達の目が遠巻きに捉えたのは、奇妙な二人組のフレンズだった。

 その奇妙なフレンズ達は細長い奇妙なものに乗っている。一人は椅子のようなものに腰掛けているが、もう一人は前にあるかごの中にすっぽりと収まって妙に楽し気にしているのがその奇妙さをより際立たせている。

 

 やがてその二人組は接近したことで彼女らの奇異な目に気付いたのか、動揺しつつも自転車から降りた。

 

「こんにちは! これ、そんなにヘンかな……?」

「いえ、そこではなく前かごの方なのです」

「あ、こっち?」

 

 博士に指摘されると、イエイヌは前かごに尻から収まって体育座りのような姿勢をとったまま彼女の方に顔だけ向けた。

 

「二人乗りは友情の証と聞きましたので……!」

「同乗者は後ろの荷台に乗るものなのです……」

 

 呆れる助手を尻目に、イエイヌは嬉々として目を輝かせている。ともえは困ったように微笑みかけてから、一同に向かって紹介を済ませた。

 その場に居合わせたのは4人のフレンズ達だ。博士と助手とそれぞれ呼ばれている、小柄な鳥のフレンズの二人組、アフリカオオコノハズクとワシミミズク。けもの耳にある黒い毛が特徴的なネコ科のフレンズ、カラカル。文字の書かれた水色のティーシャツを着た鳥のフレンズ、ロードランナー。

それぞれが個性的な彼女達は、彼女達を圧倒する奇妙な姿で登場したともえ達を快く迎え入れた。なお、カラカルはしばらくロードランナーの陰に隠れていたが、言動までは奇妙でないと察してからは気さくに話しかけてきてくれる。

 

 紹介の最中、ともえが気になったのはアフリカオオコノハズクの呼び名と、さらにはその彼女に抱く虚実との印象の差だった。暖色の体色をしていて落ち着いた物腰に見える方が助手で、羽毛が白くて明るい声色の彼女が博士である。ともえは紹介を受けるまで、それぞれ実際と逆の立場だと思っていたのだ。

それらへの興味は、相手を知る第一歩・動物図鑑を開くことすら忘れるほど強かったが、イエイヌの光速の好奇心の前ではその質問が湧き立つまでが明らかに出遅れていた。

 

「博士って……」

「みなさんは何を話してたんですか!?」

「こいつが私に変な名前を付けようとしてるんだよ!」

「あぁ……そうではなく、本題は……」

「変じゃなくて! これはあだ名っていう愛のあるいじり? らしいんだから!」

 

イエイヌの疑問にロードランナーが威勢よく答え始めると、博士が何か発したのをものともせずに、カラカルが呼応して言い返し始めた。博士と助手はやれやれと首を横に振っている。

 

「あだ名……、いじり? なんですかそれは!」

 

 一方のイエイヌは、知らない言葉が飛び出す会話に興味津々な様子だ。ともえは幾つか博士に訪ねたいことがあったのだが、この雰囲気で言い出しても話が混線する結果しか見えない。それに実際のところ、彼女らが何を話していたのか、興味を引いてやまない自分がいることにも気付いていた。

 

「そのいじりってなんなんだよ? わかるんだったら説明してみろ~」

「えーと……。あれよあれ! ともえなら何か分かるんじゃない?」

「ええ……私!? ううんと…、冗談の言い合い? みたいなものかな……」

「ですって!」

「ふざけたこと言い合うのはいつものことじゃねぇか!」

「うるさいわね! 先生はひょーげんぎほーがなんちゃらって言ってたし! きっと、こーしょーな遊びなのよ!」

「よくわかんねーけど、先生も褒めてる遊びならしょうがねぇ……」

「よく分かりませんけど、なんだか面白そうですね! 助手さんもあだ名、付けてもらったんですか?」

「ええ、しっかり巻き込まれましたよ。エリート博識グルメドリです」

「ちがうぞっ! 高飛車カレードリ!」

「ちなみに博士は、考える足(猛禽)なのです」

「そっちは高飛車カレードリ(大辛)ってつけたあげたでしょ!」

「ブボブボじゃなかったか?」

「それはやめるのです!」

「あはは……」

 

 ともえには正直なところ、そのあだ名たちに込められたセンスこそわからなかったが、その後フレンズ達は、同じ名前に付け足しただけなのにセンスを感じないのです、だとか敢えて同じなのがいいじゃないだとか、プロングホーン様にもかっこいいの付けろだとか、そもそも括弧がつくと格好がつかないだとか、そのギャグはさすがにないだとか、口々に意見を発しており、彼女はその賑やかな空気感を楽しんだ。

 

「カラカルさん! 私たちにもつけて欲しいです~!」

 

 その賑やかな雰囲気に充てられたイエイヌがあだ名を懇願した。カラカルはその物欲しげな顔を一瞥して首を横に振った。

 

「だめよ。これはお互いのこともっと知り合ってからやらないといけないんだから」

「そうなのですかぁ……」

「うーんとね……でも、このあと私はカフェに行くの。だからついて来なさい。そこでゆっくり考えてあげるわ」

「ほんとですか! うれしいです~!」

「良かったねイエイヌちゃん!素敵なあだ名をつけてもらえるといいね。それにカフェがあるなんて素敵!」

「でしょ? あと関係ないみたいな感じを出してるけど……ともえ、アンタにもつけるからね?」

「お手柔らかにね……」

「おい待て! 私にもかっこいいのつけろよ~!」

 

 声をあげたのはロードランナーだった。彼女はカラカルに難癖をつけつつも、命名を心待ちにしていたらしい。

 

「そうだったわね……さっき思いついたのはなんだったかしら。鳥だからバードで……。そうそう! ゴマすり! アンタっていっつもプロングホーンを褒めちぎってるじゃない? こういうのをゴマすりっていうんだって。だからゴマすりバード! ってのを考えたんだけどイマイチぱっとしないのよねぇ……」

「なんだそりゃ! 全然かっこよくねぇじゃねぇか!」

「……確かにアクセントが足りないのです。もうひと押しスパイスが欲しいのです。」

「意外としっかり考えていたのですね、博士。」

「……」

「うーん。あとは……、いつもプロングホーンと一緒にいるのしか思い浮かばないのよね。舎弟っていってくっついて回ってるけど……こういうのなんていうのかしら」

「金魚のフン……?」

 

 ともえの口を突いて出た言葉を聞いた一同の胸のつかえが下りた。特にカラカルは、それよ! とともえを指して感心した表情を浮かべた。

 これを契機にフレンズ達の頭脳が冴え渡ったのか、命名議論はさらに加速することになる。

 

「フン……つまりは、クソですね」

「おぉ……、スパイスの利いた言葉なのです!」

「えええええぇ!?」

 

ともえは根拠こそわからなかったがなんとなく察してしまった。恐らくその言葉はスパイスどころではない劇薬であることを。ともえは命名された当の本人に目を向けたが、彼女が気に病んだのとは裏腹に、そこまで気に留めていない様子だ。

 

「素晴らしいのです。これほどにない言葉のスパイスなのです」

「それね! ゴマすりクソバード! すごくしっくり来るわ! つける前からみんなにそうやって呼ばれてたんじゃないかってくらい!」

「しっくり来ないぞ! ゴマすりってダサくないか?」

「えっそこっ?」

「違うのか?」

「うーん……、あたしはクソをなんとかしたほうがいいと思うんだけど……」

「ん? そっちなのか? 私はゴマすりってのがなぁ……。すりって、うーん……」

 

 ともえにはフレンズ達の感性がイマイチ分からない。なぜすりの方なのか。確かにすりってなんなのか。彼女自身、すりの方がおかしいんじゃないのかとさえ思い始めていた頃、隣でずっと考え込んでいたイエイヌの顔が晴れた。

 

「それじゃあゴマさんですね!」

 

 イエイヌの鶴の一声でこの議論に終止符が打たれたようだ。一同は口々に賛同の言葉を述べているし、ともえが思うにこの言葉にはクソもすりもなく、なにより可愛らしい響きで好感触だった。しかし、ただ一人、未だに不服そうだったのは命名された当人であった。

 

「えぇ……、じゃあ逆にゴマすりバード取っちゃうのはどうだ?」

 

「クソだけ残すのはやめよう!」

 

     *

 

「……いいあだ名がつけられましたね」

 

ちょいちょい、と助手が博士を手招きする。

 

「まだ大事なことを聞いていないのです」

「……忘れてはいないのですよ?」

「……」

 

博士達のその会話を聞いたともえも、本来の目的を思い出した。彼女は、はやる気持ちを抑えて、まずは博士達の話に耳を傾ける。

 

「我々はラッキービーストを連れたフレンズがいる聞いて情報を集めているのです」

「それと、ヒトを探しているフレンズについてもです」

「ラッキービーストを連れたフレンズは帽子……、蛇のフードのように被り物をしているらしいです」

「ヒトを探しているフレンズは、手に特徴があって、厚い毛皮と、黒い石の輪をしているらしいのですが……。心当たりないですか」

 

その問いかけにはまずイエイヌが率先して反応を示した。ヒトを探していたフレンズにはともえにも覚えがある。

 

「ヒトを? それって私のことでしょうか。ともえさんを探してましたから」

「ともえはヒトなのですか……どおりで」

 

 助手はジャパリ自転車と、それからともえが肩から下げているかばんに目をやった。

 

「しかし、イエイヌの特徴は話と違うではないですか。それに待つのです。ともえは、本当にヒトのなのですか?」

「ともえさんはヒトですよ? 私のご主人!」

「うぅんとね、待って待って……イエイヌちゃんはそう言うけど、ホントのところは分からないの。それで、ダブルスフィアの二人に図書館の博士に聞けばわかるって教えてもらって」

「じゃあ、丁度いいじゃない!」

「やっぱり二人は図書館のフレンズさんなの?」

「そうよ。こう見えて“しまのおさ”なのよ。なんでも知ってるし、意外と頼りになるんだから」

 

 カラカルがそう紹介すると、博士と助手の顔は満悦した表情に変わった。

博士の愛称からともえが睨んだ通り、彼女達はダブルスフィアから提示された人物で間違いなさそうだ。

 

「じゃあ、どうなのかな? あたしはヒトっていう動物じゃないのかな?」

「どうなの? 私も気になる」

「鳥のフレンズじゃなさそうなのはわかるぜ」

「私もヘビの子じゃないのは分かるわね」

「……それくらいは我々にもわかるのです。賢いので」

「……ともえ、これまでにラッキービーストには出会いませんでしたか?」

「小脇に抱えられるくらいのもふもふした……フレンズ――しかしヒト型ではないので動物、と一旦しておきましょう」

「……それって、何度か見かけたよね、イエイヌちゃん?」

「それってたぶんボスのことですよね! 会いましたよ!」

「そうです。……会った後、どうしたのですか?」

「どうもしませんよ? でも前はもっと見てくれた気がしますぅ」

「会話はしなかったのですか?」

「……うん。忙しかったのかな? 話しかけても素通りって感じだったよ?」

「……そうですか。博士……、これは……」

「ええ。これは図書館で詳しく調べないとわからないかもしれません」

「そうなの? 博士でも分からないことってあるのね……」

「ええ。本当にヒトならばラッキービーストが同行しないのは変かもしれないですし、ヒトでなくても我々に見向きもしないのは聞いたことがないのです」

「サーバルもそんなこと言ってた気がするわね」

「確かに、話したら見てはくれるはずだぜ?」

「しかしヒトの特徴については、概ね合てはまる気がしますね」

 

 一同が考えあぐねていると、再び博士が質問を投げかける。

 

「イエイヌはともえに出会う前はどうしていたのですか?」

「うーんと、ずっとおうちで眠っていたような気がしますぅ」

「イエイヌちゃん、私とおんなじで、前のことよく思い出せないんだって」

「そうですか……。もしや、おうちというのはパークセントラルの近くにある、動物の顔を模ったような家のことではありませんか?」

「おうちはそんな感じですね!」

「セントラルってダブルスフィアも言ってたような。とにかく、高い建物が見えるとこの近くだったよ」

「やはり……、ぼうれいですか」

「ですね。だとすればイエイヌは我々の言うヒト探しのフレンズではないかもしれません」

「……? もうよくわからなくなってきたぞ」

「わたしも」

 

ロードランナーとカラカルの言葉に、ともえとイエイヌも同意した。

 

「とにかく一度、図書館で調べてみないことにはわかりません。」

「二人ならちょうど運んで飛べることでしょう」

「そんなことできるの!? ……あっ。でもカフェの約束……」

「あー……別にいいのよ? 私、たまにいるからそのうちまた会えるんじゃないかしら」

 

 そのとき博士は自身の浅慮を恥じていた。だからこそ今度は一瞬のうちに考えを巡らせる。助手もその思いをしかと察した。

 

「そうでしたね……。カフェは鉱山の上の方にある建物です。騒がしい時もありますが、紅茶がおいしいのですよ」

「本当は夜が静かでお勧めなのですが、昼でも紅茶のおいしさは確保されているのです」

 

 博士達の提案にイエイヌは目を輝かせている。ロードランナーとカラカルも彼女の嬉々とした表情を楽しそうに見つめている。

 

「紅茶……! 気になりますね!」

「なんなら私がひとっとびして届けてやろうか?」

「冷めるしちょうどいいかもね。」

「それは冷め過ぎなのではないのですか」

「猫舌だからね」

「なるほど……」

 

 フレンズ達の談話は止まらない。しかしこの間、ともえが一連の会話に加わらなかった。決別には時間のかかるものである。恐らく、この旅に近道はないのだろう。ともえは、どこか物寂し気なパークセントラルの家を思い出し、帰るべき場所が骸のようであってはならないと改めて胸に刻んだ。

 

「あたし達、自分で行けるから!」

 

 彼女の突然の決心にイエイヌは驚きつつも、快く受け入れた。そもそも、端から彼女と共に遂げるつもりでいたのだから。

 

「そうですよ!」

 

 ともえが微笑みを浮かべている。イエイヌの意思を確認すると、彼女は新たな提案をする。

 

「それに、途中でそのフレンズについて聞いて回れば力になれるかもだし」

「それは助かるのですよ」

「良かった~。図書館に着いたときはよろしくね。」

「任せて欲しいのです」

「イエイヌと一緒にゆっくり来るといいのです」

「図書館までがんばりましょうね!」

 

 そう言うと、イエイヌはともえに飛びついた。ともえは優しげな表情で彼女の頭をなでると、そう近くはない図書館への旅も乗り越えられるような気がしてきた。

 博士達はともえのその安寧と強勇に満ちた表情に口元を緩めたのを悟られないように背を向けた。

 

「それでは、我々は聞き込みを続けますね」

 

彼女達は頭に生えた可愛らしい翼を優雅に羽ばたかせて重力を戒めると、ふわりと宙に浮いた。

 

「ああ、そうでした。最近、このあたりに機嫌の悪いフレンズが出るようなので気を付けるのですよ」

「当然、セルリアンにもですよ」

「うん! ありがとう! またねー」

 

 ともえ達が別れの言葉を受け取った二人はそよ風だけを残して颯爽と空を切り、終いには向こうの森の木々に紛れて姿が見えなくなった。

 

「博士達の話はよくわからなかったな」

「全然ね」

「あたしも混乱してるよ~。でも博士に会えて良かったね、イエイヌちゃん」

「そうですね! あー、でもぉ、あれは博士さんだけど、博士じゃありませんよ?」

「……どういうこと?」

 

一同の頭上に疑問符が浮かぶ。ともえの記憶では、博士を訪ねよとの旨のダブルスフィアの言葉にはイエイヌも賛同したはずだった。あのときの彼女は確かに博士を知った上での言動をしていた。

 

「博士はいっぱいいるものなんです。あの博士さんは博士ではないですから」

「博士っていっぱいいたのか! となるとヒグマは大変だな……」

「知らなかったわ……。でも、聞いたことあるのは図書館の博士だけよね?」

「私もコノハ博士しか知らねえな……」

「そうなんですか?それなら、博士はどこにいるんでしょうか」

「……」

 

ともえはさらに混乱した。同時に、いつか取り戻せるはずの記憶への道が遠のいてしまった、えも言われぬ喪失感があった。数少ない記憶への手がかりは、博士と、イエイヌが教えてくれたともえという名、そして目覚めた時に所持していたスケッチブックに動物図鑑だけだ。

 

……動物図鑑?

 

ともえはふと焦燥に駆られた。

 

「……あっ、図鑑引くの忘れちゃった」

 

彼女は急いで動物図鑑を取り出す。それに、博士達の羽に触れたかったという欲求と後悔も湧いてきてしまった。

彼女がアフリカオオコノハズクのページを探して夢中になっている間、ロードランナーはその本に目を奪われていた。初めのうちは驚愕のあまり体を震わせて言葉を失っていたが、やがて心境が叫びとなって出たときには、自身の震えは止まらなかったが、ともえの手を止めることに至った。

 

「……! おい! てめぇ……それ……。動物図鑑じゃねーかぁぁぁあああ!!!」

 

     *

 

けもの解説!

 

解説「サーバルはですね、基本的にはアフリカのサバンナと言われる地域に過ごしていまして。若干ゃ草が生えているとこ……」

ガイド「博士、それ違うんじゃない?」

博士「おや? こっちかな」

解説「顔がデカくて、首が太くて、足が短くて、ちょっと、ずんぐりむっくりな感じする、頑丈な体をしているのがジャガーです……」

ガイド「女の子やぞ。って博士、また勝手に組み込んでー! ……ていうかそれも違うよ!」

博士「じゃあ手元にはロードランナーの解説がないね……。アーカイブ起こしてくれるかな? やっぱりウィキは便利だなあ」

???「博士さぁ、ウィキペディアにアーカイブ使うのやめてよね? これ人類の遺産になるんだから。……てかもう撮ってるね、これ。これも遺産だからね? グダグダしないで?」

 

???「えぇっと、とおさかおねえさんです! グレーターロードランナーはいい感じにモフれそうなサイズ感の鳥で、走る方が得意な不思議な子なの。オオミチバシリって分かりやすい名前も持ってるね。砂漠でタフに生きてて、仲間とのコンビネーションでガラガラヘビも倒せちゃう。勇敢さが称えられて昔話で活躍していたり、アニメの人気者だったりもするよ!みんなもロードランナーに会ったら競争してみよう! ……それと、手元にある資料に書いてあるのがこれしかなくて、情報が間違ってたらごめんね」

 

博士「いやぁ、いい解説するね。遠坂くん。」

???「いいから録画停止を押してくれますか……?」



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1話 その2 どうぶつきょうそうだ……!

「動物図鑑じゃねーかぁぁぁあああ!!!」

 

ロードランナーの声が青空にこだまする。

ともえ、カラカルは困惑しつつも彼女に反応を返すが、イエイヌはきょとんとしてただ口を開けている。

 

「えっ、そうだけど」

「これってなんかまたややこしいやつ?」

「これ! プロングホーン様がずっと探してたやつなんだよぉ!」

「うそっ! 最速以外にも欲しいものあったの!?」

「最速の次に欲しいもの! それが動物図鑑だ! なあ! 見せてくれよ!!」」

「あっ……はい」

 

 咄嗟の出来事にたじろいだともえは流されるままに彼女に図鑑を手渡していた。彼女は物珍しそうに図鑑をくるくると回しながらさまざまな角度で見つめている。

ともえにとってこの図鑑は記憶を呼び覚ます数少ない手がかりになるかもしれない。一方で彼女はこの図鑑を追い求めていたのだという。ともえはその二つの事実に板挟みにされていた。イエイヌは彼女を心配そうに見つめている。

それを見かねたカラカルが口を開いた。ロードランナーも夢中で眺めていた手を止める。

 

「ねぇ、ちょっと! ともえが困ってるじゃないの」

「おぉ、悪ぃ悪ぃ……、でもこれプロングホーン様にも見せてあげないと……」

「もう……一緒に見せに行けばいいだけじゃない。どーせアンタらならカフェ、後で来るでしょ? 私だったらちょっとくらい待ってあげるから、だからみんな連れてきなさいよ」

「うん……そうだな! 待ってろ!」

「はいはい。……ともえ、カフェの前に、その動物図鑑……、プロングホーンってのに会って欲しいの。アイツもカフェ好きだからさ。たぶん……来るから、ともえも後で絶対来てよね? アンタらにあだ名つけるの楽しみにしてるから。」

「カラカルちゃん……。うん、わかった。必ず行くね! ありがとう」

 

 カラカルは小さく手を振ってともえを見送る。一方、ロードランナーはジャパリ自転車を指し示す。

 

「さっき乗ってた変なやつ使えよ。この私がプロングホーン様のとこまで案内してやるぜ!」

「ありがとう。……それと、ごめんね、ゴマちゃん。なんであたしがコレを持ってたかわからないけど、大切なものを盗っちゃったみたいで」

「いいんだ、ともえ。私こそごめんな、夢中になっちゃって。それに、プロングホーン様を悪く思わないでくれよ? これは見せてあげたい私のわがままだから」

「うぅん。いいの、ゴマちゃん。それに私もね、ゴマちゃんの尊敬する人に会ってみたいなって思うの」

「私もです~! あとあだ名と、紅茶も気になりますぅ!」

「あだ名が特に気になるわよね!」

「いや、あだ名は……」

「気になりなさいよ!」

 

 ともえは表面上こそ茶化して振舞っていたが、実を言うと彼女らの思いやりに当てられていた。それを悟られないようにしつつも、ここまでの経緯に至るまでを円滑に進めてくれたカラカルに改めて感謝と、一旦の別れを告げる。そして彼女は心機一転、といった風に表情を引き締めて自転車に跨った。

 

「……で、なんでこのロードランナー様がここなんだよ」

 

目の前では青色の背中が視界を覆う。なぜその状況に至った経緯がわからなかったが、いつの間にかロードランナーが前かごへ収まっていた。

 

「先程、どーじょーしゃは後ろに乗ると聞きましたので……!」

「いや私もどーじょーしゃだろ」

「よぅし! 出発しよう!」

 

 ともえは決心が揺るがぬように思い切りペダルを踏みしめる。

 

「このままなのかよ!!!」

 

その後、結局、ロードランナーが上空からプロングホーンのもとまで先導してくれることになった。

 

「私はこちらの方が落ち着きます~」

 

 空席になった前かごには入れ替わるようにイエイヌが収まっていた。

 

     *

 

 道案内をするロードランナーは動物図鑑への果てしない夢を追って大空を駆け巡っていた。実際のところ、動物の時は都市化によって次第に阻まれるようになったらしいが。

 

「気持ちよさそうだね!」

「あぁ! とってもな!」

「私にもゴマちゃんみたいな羽が生えてたらな~!」

「そしたら一緒に飛んでけたのにな!」

「私はここが一番落ち着きます~」

 

 こんな他愛のない会話がともえの足の疲労を忘れさせてくれていた。ロードランナーは第一印象から違わず、快活で閑談好きだった。他のフレンズと比べて口さがなさがあるものの、案外と機微に聡い部分がそこをカバーしている。

 

「お前らさ、仲よさそうだけど……もしかしてそいつ、おまえの舎弟か? 見かけによらずなかなかやるじゃねぇか」

「舎弟……ってなんですか?」

「憧れの人と仲良くすること……かな? でもイエイヌちゃんは舎弟じゃなくてお友達、だよ。ねー?」

「憧れのヒトと仲良く……。そうです! 舎弟です! とっても仲良しなんですよ!」

「えぇー……」

 

 ともえがその食い違いを面はゆく感じていると、いつの間にか二人は舎弟談議に花を咲かせていた。

 

「やっぱりか!お前、案外わかってるな!」

「ロードランナーさんは誰の舎弟なんですか?」

「私はプロングホーン様の舎弟なんだぜ」

「おぉ~! やっぱり! どんなフレンズさんなんですか?」

「プロングホーン様はなぁ……もう一言じゃ言い表せないくらい速いんだ!」

「それはつまり、一言で言い表せてますね!!!」

 

 意気投合する二人にともえが困惑したのも束の間、三人は目的地に辿り着いたようだ。ロードランナーが遠景に座す大樹を指している。

 

「ここだぜ!」

 

 案内の果てに辿り着いた場所は、まず一本の大樹が目に入った。それから、多少蛇行しながらも円周を描いている道が整備されているのが大樹の奥に臨める。それは、言うなれば巨大な運動場のトラックであった。

また、大樹が作り出す柔らかな木陰に、簡易な出来ながら木の温かみを感じる円卓と椅子が置かれている。

それから、ともえは円卓の上に羽ペンと紙が置かれているのと、そして椅子に腰掛けて物書きをしている人物を発見した。

 

「あら、おかえりなさい。そっちは……お客さん? いらっしゃい」

「こんにちは。……こ、この方がプロングホーン様?」

 

 ともえはその人物からいかにもな気品と、何となく気の強そうな印象を感じ取って畏まった。しかし、ロードランナーは否定する。

 

「いや、コイツはチーター! プロングホーン様はもっとクールでかっこよくて、聡明なお方なんだぜえ!」

「いつもはそうじゃないけどね……。えっと、お客さん達もおかけになって? せっかく用意したのに私しか座らないの」

「あ、ありがとうございます。えっと、プロングホーン様っていうのは……?」

 

 ともえは椅子へと向かう間に考えた。十分に聡明そうなチーターがプロングホーンでないなら彼女は一体どんな人物なのだろう。

 

「ここだぞ!」

 

ロードランナーの声がして、大樹を見上げると、その立派な枝の上に彼女ともう一人、頭に角を生やしたジャージ姿のフレンズが座っていた。

 

「やあ、よく来たな。キミが動物図鑑を持っているんだって?」

 

彼女はそう告げて枝から颯爽と飛び降りると、ともえのもとへ駆け寄る。ともえはてっきり動物図鑑を見に来たと思っていたのだが、彼女は本ではなくともえをまじまじと見つめた。

 ともえが困惑していると、チーターも席を立って彼女へ視線を送っている。

 

「あなた……、これをどこで?」

「えぇっと、それが、覚えていなくて」

「ロードランナーは知っているか?」

「えっ、さっき仲良くなったばっかりで……」

「そうか……」

 

二人の奇妙な問答にともえが戸惑っていると、未だ大樹の枝に佇んでいたロードランナーが声をかける。

 

「プロングホーン様! 間違いなさそうですか!?」

「ああ、どうやら間違いなさそうだ!」

「やった! 良かったですねプロングホーン様!!」

「ああ、そうなんだが……」

 

 歓喜に包まれるロードランナーをなだめつつ、プロングホーンとチーターは互いに顔を見合わせた。チーターがともえに向かって質問を投げかける。

 

「でも待って。これは今、あなたが使っているのよね?」

「そうなんですけど……でも……」

 

ともえが申し訳なさそうにして次に話す言葉を考えあぐねていると、ロードランナーがこれまでの経緯の説明役を買って出た。普段からおしゃべりな彼女の話は、口調はともかく理路整然している。

彼女は、二人が記憶喪失であること、博士を探していること、それからカフェへ誘われていること、動物図鑑は断絶された記憶を結ぶ数少ない手掛かりであることを伝える。

事の次第を聞いてしばらく考え込んでいた二人は、柔らかな表情を浮かべてともえの許へ歩み寄る。その際に二人は物思いに耽って言葉を交わしていた。

 

「やっぱり……運命と巡り合う日、なのかしら」

「ああ。ついに来たのだな。……これは彼女に渡そう」

 

 そして、プロングホーンは動物図鑑をそっと差し出して言葉を告げる。

 

「ただし! 私とレースして勝つことができたらな!」

 

――えええええええええええ!?

 

     *

 

 ともえとイエイヌは予想だにしなかったプロングホーンの提案に呆気にとられていた。チーターは彼女の発言に肩をすくめると、やっぱりか、と呟いて呆れている。

 

「……あのね、付き合ってあげて。こうなったらもう聞かないし」

「私は見ていた。ともえがヘンテコなのに乗っているところを!」 

 

 ヘンテコ呼ばわりされた可哀想なジャパリ自転車はプロングホーンに指差されている。それを見るチーターは呆れつつも、合点がいったらしく、納得した表情をしている。

 

「アンタこれとレースしたかっただけね……」

「そうと決まれば早速行くぞ!」

「えっ!? 決まったの!?」

 

 ともえはプロングホーンに腕を引かれていく。彼女に続くようにしてフレンズ達は周回トラックへと向かった。

 

「腕がなるぜー!」

「楽しそうですね!!!」

 

 フレンズ達、ひいてはイエイヌさえも予想に反して乗り気だった。たくましく暮らすにはこのくらいの適応力が必要なのだろうかと、ともえは思った。

いざトラックに集まった一同は、プロングホーンからリレー形式の対戦を提案された。さらにはすでに彼女は走者の順番も決めており、一周目にともえVSロードランナー、二週目にイエイヌVSロードランナー、三週目にともえVSプロングホーン、四週目にチーターVSプロングホーンの順に走ることが、彼女の熱の入った弁にそのまま押し切られて、同意に至った。

 なぜチーターがともえ達のチームに入れられ、さらにはアンカーなのかともえは知る由もなかったが、チーターもそれは知るところではなく、その答えは腕を組んで満足そうに天を仰いでいるプロングホーンだけが知っていた。

 

「さあ、全力の勝負を楽しもうではないか!」

 

     *

 

 レースが始まったのか、終わったのか。ともえはその記憶を手繰り寄せる。確か、今は走り終えた直後で、清々しい疲れがひどく押し寄せているのだ。証拠に息せく自分の音が聞こえる。酸欠のせいなのか、頭の巡りが冴えずにほとんどのことが抜け落ちていた。

周囲の会話は、各々を互いに褒め称えている。

ともえは出来得る限り、レース中の出来事を思い出してみる。

 

「もたもたしてるとおいてくぜぇ?」

 

 青くて速いそのフレンズは余裕の表情を体と共に浮かべ、自分より3秒先を行く。フレンズ達の身体能力はずば抜けて高いことは承知だった。それでも、彼女の速度ならば自分でも追いつけないことはないと、ともえは思い至った。

 たとえこの勝負に負けようとも、図鑑は恐らく譲ってくれるのだろうと確信があったが、それでもなおこの余興に付き合うことはやぶさかでなかった。彼女達とこの時間と空間を共有する、それ自体に意味があると彼女は思っていた。だからこそ本気でペダルを踏んだ。

 

「なかなかやるじゃねぇか!」

 

 ともえの奮闘を称えて彼女はぐんぐんと速度を上げる。ともえも負けじと漕ぎ続け、彼女とほぼ横並びで競り合い、さらには車輪一つ分のわずかなリードを残して健闘する。

 

「おおっ! マジに速え! 私も本気でいくしかねえか」

 

 ともえは体へすさまじい疲労がたまっているのを感じたが、根を上げたのではないのを分かっていた。彼女の様子を見るに、現在の飛行はほとんど全力に近い。自分が全力で走っているからこそ分かる。例えここから本気を出して飛ぼうとも、僅差ながら勝つビジョンはすでに出来上がっていた。

 

「あたし負けないよ! ゴマちゃん!!」

「おう! 私もだ! ともえ!!」

 

 あと数秒で雌雄が決する。その確信を胸に二人の勝負は佳境を迎えた。ともえのペダルを踏む足にもさらに力が入る。

 そして対するロードランナーは、飛ぶのをやめた。

 

「!?」

 

ともえは声にならない驚きを発し、それからその驚愕と同じような感嘆符が浮かんでいる。もし描くなら集中線も添えておこう。

 ロードランナーは大地をその足で蹴って進む。プロングホーンが檄を飛ばす声が聞こえる。

 

「あいつは、走った方が速い!!」

 

――えええええええええええ!?

 

 それからのことはあまり記憶がなかったが、かなりぶっちぎられた覚えだけは鮮明に残っている。プロングホーンとは恐らく勝負をしていない。その前に倒れるように座り込んだからだった。それでも、アンカー対決が接戦であったことを覚えている。白熱した二人の熱気と、応援する声が心地よかったのがしかと残っている。

そうして回想する内に漸くと息が整うと、満を持してプロングホーンがともえを称える。

 

「いやぁ、実にいい勝負だった! ではこれはともえに託そう! さあカフェに出発だ! ともえも早くヘンテコに乗れ!」

 

 彼女は満面の笑みで称賛を伝えた後は、実に淡々としてともえに動物図鑑を渡し、地面に伏すようにへばっているチーターをすかさずお姫様抱っこした。あまりの展開の速さに戸惑うともえも、彼女の勢いに押されてジャパリ自転車へ跨った。すかさずイエイヌも前かごに搭乗している。

 

     *

 

「ちょっと待って~。速いよ~」

「イエイヌに抱えてもらえ~!」

「それはちょっと無理だって~!!」

 

ともえはせかせかとペダルを漕いでいたが、プロングホーンの走りは伊達ではない。彼女は疲れを考慮して手を抜いているのに加え、チーターを抱えているのにも関わらず全く追いつけない。彼女もうすうす気づいていたが、前かごに同乗させると、かなり視界が悪くなる上にハンドル操作が極端に難しくなる。さらに未舗装の広野を進むのはただでさえ骨の折れることだった。

 

「それなら私がこう、グイグイとしましょうか?」

「あぁ! それ! 犬ぞり!」

「おぉー、犬ぞり! なんですかそれは!」

「えっとイエイヌちゃんが引っ張ってくれることだよ!」

 

 トートロジーの問答の後にともえは足を止めると、なんとも都合よくショルダーバッグの中に入っていたロープをイエイヌの両肩から脇腹に渡って掛け、胸の辺りでクロスさせた。彼女がお願いね、と一言かけるとイエイヌは勢いよく走り出し、プロングホーンと並走した。チーターも目を見張っている。

 

「おおお! 速いなイエイヌ! ともえ! いい勝負になりそうだ!」

「もう勝負はいいでしょうが!」

「イエイヌちゃん! めっちゃ速いよ! すごいすごい!」

「がんばっちゃいますよ!!!」

 

ただ、自然の道はでこぼこしていてオフロード対応のジャパリ自転車も勘弁してほしそうに異音をあげて飛び跳ねる。それに合わせてともえも唸る。

 

「わわわ!」

「忘れ物か?」

「じゃなくて! バランスが!」

 

 ロードランナーの冗談にかまけていると、スピードに乗った自転車が左右に揺れて幾度も転びそうになる。かと思えば唐突に、離陸したかのように安定した。

 ともえには自分の背中に翼が生えているように見えた。いや、そうではなくて天使が支えてくれていたのかもしれない。

 

「ってゴマちゃん!」

「へへんっ、いいだろ? 飛んでるみたいか、ともえ?」

「すごいよ! 一緒に飛べたね、ゴマちゃん!!」

「おう!」

 

 彼女のもとに舞い降りた者の正体はロードランナーであった。ともえが授かった翼は、プロングホーンと共に風を切る。

 

「おおお! なんだかしっくりくるな!」

「プロングホーン様! 私もガッシリきてます!!」

「アンタらは……」

 

 プロングホーンとロードランナーを突き動かすものが何であるかともえにはイマイチ分からなかった。呆れるチーターは何を思っていたのだろうか。

ここで敢えて言うなら、合体はわんぱく少年少女の夢であるということだけだ。

 

「……ところでゴマちゃんはお姫様抱っこされなくていいの?」

「んん? 何言ってんだよ。舎弟ってのは憧れの人を支えるモンなんだぜ? 私がプロングホーン様に支えられてたらざまぁねーだろ?」

「あぁそういう…」

「勉強になりますぅ!」

 

 イエイヌはやはり自分の舎弟になってしまうのだろうかとの懸念がよぎるともえは、続いてチーターに話を振る。

 

「チーターちゃんはそれされるの好きなの?」

「わっ! わたしは別に好きで担がれてるわけじゃなくて! 走った後は疲れて動けないだけだから!」

 

 明らかに動揺する彼女はともえが初対面で感じた明晰さをまるで失っていた。見え見えの強がりには一同がにやにやとしていた。

 そうしてしばらくの間、くだらない会話で大いに盛り上がっていた一同は、山の稜線の先が露わになるころには不意の緊張感に包まれることになる。

 

「セルリアンだ! 戻るには遅い! 静かに、目線を通さず、背の高い茂みを探せ!」

 

 先程までの能天気なプロングホーンとは思えぬ、的確で端的な指示が一同の置かれた状況をまじまじと伝え、さらに緊張感を駆り立てる。

 セルリアンと呼ばれたゲルともガラス細工とも見て取れる質感の、球体を基調とした体躯の物体は、全面中央に付いた一つ目がどこを見ているのか分からない不気味さを放っている。それは、身に迫るおぞましい恐怖ではなく、ただそこに置かれているだけのような、自然な不自然さが放つ恐怖だった。

そして、誰も口にしなかったが、明らかなオーバーサイズだった。ともえはパークセントラルに見た巨大な建物を思い起こす。

 

「ほぁ! プロングホーン様!」

「わかってる! 振り切るしかない!」

 

 その会話の意図が分からなかったともえはセルリアンの様子を窺った。それはこちらを目視して恐らくこちらに接近している。

 その確認も終えないうちに、またもプロングホーンが口を開く。今度は腕の中のチーターに呼びかけているようだ。

 

「いけそうか!?」

「正直まだ。たぶん入って一、二撃。でも、やるしかなくなったらやるわ」

 

 ともえにはその緊迫感に現実味は無かった。セルリアンは巨大ながらもかなり遠方で、彼女達なら余裕で逃げ切れる確信があったからだ。

 だがその自信は、目を離した数十秒の隙に聞こえてきたけたたましい風切り音に打ち消されることになる。

 

「あまりに速い! 出るしかない!」

「お前はともえを連れてそこの茂みに飛び込め!」

「はいッ!」

 

 あまりに遠景で、動いていないように思えただけだった。セルリアンは確実に迫っていたのだ。ともえがそれに気付いた時には茂みの中に倒れ込んでいた。茫然自失の中で分かったのはプロングホーンもまた、チーターと同じようにセルリアンに立ち向かっていったことだけだった。

 

 独り飛び出したチーターは、セルリアンの正面に飛び込んでいく。これ以上にない急接近。だが、セルリアンはそれ以降、彼女の姿を視界の端にすら捉えることはなかった。

 チーターは速さだけが取り柄の動物ではない。セルリアンに動きを悟らせず、脇から回り込んで後方に着けるなどということはお手の物だった。

 

「コイツ! 石がない!」

 

 チーターは取り乱していた。通常、セルリアンには活動の中核を成す心臓部、コアの部分が存在する。しかし、このセルリアンはその巨躯ゆえにコア、つまり弱点となる石が内部にうずもれていたのだ。そして、彼女は酸欠に陥ってもいた。視界の端が黒く滲み、極端に狭い。その状況下で放たれた二撃は、巨躯を削り取って大きくビスマス結晶を散乱させたが、石にはかすりもしなかった。

 そしてそれ以降、ビスマス結晶が散ることはなかった。茂みに身を潜めたプロングホーンからでは大きすぎる体躯の陰にいるチーターの身を案じることしかできない。

 結晶の飛散が終わった。チーターの攻撃が止んだのだ。それを確認すると、2度ほど躊躇をするも、ついにプロングホーンも飛び出していった。チーターは二度と戻らないと、最悪のケースを考えねばならなかった。彼女は去り際、もう一つの最愛にことづてを残した。

 

「お前はともえを守れ! 勝負は終わりだ! 私を……追うな」

 

 プロングホーンは一心不乱に走った。彼女が進んだ先で見たのは辛うじて攻撃を回避するチーターだった。それも束の間、その体躯は彼女をまさに飲み込まんとしている。

 プロングホーンは一心に、角の槍を突き立てる。

しかし、その大質量には拮抗しえなかった。

 二人が飲み込まれる姿は皮肉にも、誰にも見られることはなかった。そのひっそりとした最期とは対照的な、大地を割らんとするような大音量をともえは記憶している。

 割れたのだった。その直後に目を覆いたくなるようなまばゆい光が放たれる。

ようやく目が順応し、最初に姿が見えたのは哀しい後ろ姿だった。彼女の手枷が何よりも黒く見えたのは、その異質なオーラゆえだろうか。

 トラだと、ともえはすぐさま理解できた。彼女の足元にはチーターとプロングホーンが横たわっているのが確認できる。二人とも外傷はない。

 ともえはすぐにでも彼女達のもとに駆け寄って抱きしめたかった。だが、非現実的な現実と理解の乖離に体がついていかない。

 ともえを一目見た彼女は、駆け寄って来た。鎖を揺らし、黒いオーラが迫って来ていた。ともえには未だ現実を動かす思考は定まっていなかった。

 

「ともえ!」

 

咄嗟に飛び出したロードランナーとイエイヌが、ともえと少女の間に割り込んだ。弾き出されたともえには意外にも受け身をとる猶予があって大事には至らなかったが、それ以上に真に迫った状況が目前にあった。いつの間にかイエイヌは彼女の右斜め前方へ転がっており、前方にはロードランナーの背中が間近にある。

やっとともえは理解した。彼女らの恩人が先程までセルリアンに向けていた敵意が、今はともえに向けられていることを。

辛うじて膠着状態にあった彼女らの力の差は明らかだった。ロードランナーは少女の放つの手首を掴んで攻撃を何とか往なしていたが、それでも必ず来る二撃目は受けきれないと、そう確信した。

 

「てめぇ……誰だ、なん……で」

 

うめき声だけが、その問いへの返答だった。その様子は怒り猛っているのかさえわからなかった。ロードランナーは恐怖に辛うじて抗うことしかできない。アムールトラから一切の感情が読み取れない、その姿は野獣と形容せざるを得なかった。

ともえは恐怖に楔を打たれて身動きが取れない。ただ眼前で尽きようとする彼女の名を叫ぶ声だけがこだまする。

イエイヌは倒れ込んだまま動かない。ともえが祈るように目配せをしても指の一つ、まぶたの一つも動かなかった。

 

そして、鮮烈な一撃がロードランナーを捉えた、少なくともともえにはそのように思えた。しかし、彼女は地に伏してなどいなかった。

 

「君は、ビースト……? いや……私も、か。……待て、君はガイアドーター……なのか?」

 

ともえにはその瞬間の出来事が全く理解できなかった。それがロードランナーの声で、彼女は攻撃をすんでのところで受け止めていたことに気付くのはずっと後のことだった。

彼女の言葉に戦いたアムールトラは、その一瞬の隙を突かれてなされるがまま、額にそっと手をかざされ、ゆっくりと地の底へと意識を落とされていった。

アムールトラを横たわらせた彼女は、セルリアンに襲われた二人と、イエイヌの安否を確認すると、ふと、ともえの方へ振り向いた。ともえにはその優し気な表情が強く強く印象に残っている。

 

「そうか……。キミが……。ありがとう。私を、頼むよ。」

 

彼女はその言葉をともえに託すと、立ち消えてしまいそうにふらついてそっと崩れ落ちた。

 

「ロード……ランナー……なんで」

 

遠方ではもう一つの哀しきけものが呟いた。

 

     *

 

ぺぱぷよこく~

 

コウテイ「ぺぱぷよこくがパワーアップして帰って来たぞ!」

イワビー「やったー! どうすごくなったんだ?」

ジェーン「“えいぞう”がなくなったり“しーぶい”がつかなくなったりしたみたいです!」

プリンセス「それってだめだめになってない?」

フルル「予習もしなくなってるもんねー」

 

プリンセス「お便りコーナー! よこくがパワーアップしたからお便りをいただいているわ! お便りをくれたのは、いでひろしくん!」

 

『一話のクセにたまげたなぁ……。てかエグない? もっとほのぼのして、どうぞ。』

 

フルル「ほんとだよねー」

(ぱ ぱ ぴぷ ぺ ぺ ぽぱっぽー ぱ ぱ ぺぱぷ♪)

「次回! じゃんぐるちほー!」




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