デュエル・マスターズ Mythology (モノクロらいおん)
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序章 神話となる物語
1-1「神話の予兆」


 本作は、作者の別作品『デュエル・マスターズ Another Mythology』及び『デュエ魔法少女マジカル☆ベル』と世界観を共有した作品となっております。というか、その二作品は、この作品の派生作品です。本作が最初にあって、そこから後の二作品が生まれたのです。
 というわけで、そんな神話をモチーフとした『メソロギィシリーズ』と称した作品群の原初の作品をリメイクして書き直します。基本的には昔に投稿していたものと同じ展開ですが、描写やカードプールはだいぶ変わると思います。
 また本作でもオリジナルカードを使用します、というかオリカが話の核なので、ご注意ください。今回は出てないけど。


 ――我らはあまりにも大きすぎた。命は巡る。大いなる存在は力を絞り尽くし、その流転を塞ぐ堰となりかねん。故にこそ我々は、その理を繋ぐべく、この世界の輪廻から外れねばならぬ。それが摂理よ。

 

 

 

 

 

 

 ――お別れは嫌だ。離れ離れになんてなりたくない。私たちが生きたこの星から去りたくない。でも、みんなが生きる世界を残すためには、こうするしかないんだよね。それで救われるのなら、ちょっとだけお別れも我慢するよ。

 

 

 

 

 

 

 ――後のことは、すべてあいつらに任せるしかない。そうせざるを得なかった自分の不甲斐なさに腹が立つ。だが、あいつらなら大丈夫だと信じてる。希望を持って、輝かしい未来に進めるとな。

 

 

 

 

 

 

 ――思い残すことはねぇ。ずっと戦って来た戦場から去るのは名残惜しいが、新たな戦場が待ってると考えればいい……あいつらと、もう一度だけ、剣を交わしてみたくもあったがな。

 

 

 

 

 

 

 ――星のための己はなく、この星は己のための道具に過ぎん。故にこの結末、俺は残念でならない。愚民のために、我が身を捧げねばならんとはな。本当に、愚かしい。

 

 

 

 

 

 

 ――私たちの存在そのものが間違っていた。そんな理不尽には怒りしか湧かないけれど、あの戦争でやりすぎてしまったことは認めましょう。故に罪を認め、その罰を背負いましょう。それが私たちの責任。私たちができる、唯一の贖罪なのだから。

 

 

 

 

 

 

 ――太平のためには致し方なし。我らは調和を維持する義の責を負う者。世界の機構に縋るべきに非ず。我らが退去することで救われる星があるのなら、それが最善の道だというのなら、その義を通すまで。

 

 

 

 

 

 

 ――もったいない。本当にもったいない。ここからこの世界の秘密がさらに浮き彫りになりそうだという時に追い出されるとは。ま、こんな面白い星が失われる方がもったいないし、外から観察できる可能性ができたと考えようか。

 

 

 

 

 

 

 ――その選択が最良であり、最善であり、それしか道がないというのなら、この身を喜んで捧げましょう。自我など不要。この星を守護し、存続させることができれば、それでいいのです。

 

 

 

 

 

 

 ――私たちの帰るべき場所が失われる。愛を分かち合った同胞たちと離別する。なんと悲しいことです。しかし、それでこの星すべての命が救われるのなら、そうしなければ救われないのなら、致し方ないのでしょうね。

 

 

 

 

 

 

 ――新たな命が、新たな生誕が、待っているのでしょう。

 

 

 

 

 

 

 ――新たな世界を、新たな支配を、望むのだろう。

 

 

 

 

 

 

 その時。

 混沌から生まれた秩序、調和せし神話たちは――

 

 

 

 

 

 

 ――世界から追放された――

 

 

 

◆ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ ◇

 

 

 

 狭く薄暗い路地裏に、ひっそりと佇むようにして建てられているのは、店――カードショップだ。

 そんな劣悪な立地のせいで日差しさえも遠く、どこか陰気さを感じさせる店内には、三人の人影。

 そのうちの二人は、互いに向かい合っていた。

 

「3マナで《コッコ・ルピア》を召喚! ……ターンエンドだ」

 

 一人は少年だった。

 まるで形容できないほどに、印象に残る説明など不可能とでも言わんばかりに特徴のない容姿。強いて言うのなら、やや女顔に見える、という程度のものしかない。

 空城夕陽(そらしろゆうひ)――それが、少年の名前だった。

 

「あたしのターン! 2マナで《桜風妖精ステップル》召喚! マナを増やして《雪精 ジャーベル》も召喚! 《ベル・ザ・エレメンタル》を手札に!」

 

 そして、そんな没個性な少年と向かい合うのは、夕陽とは対局の――即ち、個性に溢れた容貌の少女だった。

 小学生くらいだろうか。幼い顔立ちに、小柄な背丈。全体的に華奢だが、彼女の幼さや小ささに反して、非常に肉感的であった。二つに結んだ明るい髪も目を引く。

 彼女の名前は、春永(はるなが)このみといった。

 二人は、カードを手にして、大きな台の上でなにかを競っている。

 ――デュエル・マスターズ。

 四十枚のカードを用いてデッキを組み、クリーチャーと呼ばれる使い魔や呪文を駆使してプレイヤーを守る五枚のシールドをすべて打ち砕き、とどめを刺した者が勝利する、世界的にも有名なTCG(トレーディングカードゲーム)

 夕陽とこのみ、二人が興じているのは、正しくそれである。

 

「《ステップル》で攻撃! 二枚目をブレイク!」

「残り三枚……間に合うか? 僕のターン、《コッコ》でコストを2軽減、《ボルシャック・NEX》召喚!」

 

 小型のクリーチャーを並べて攻めたてるこのみに対して、夕陽は出遅れ気味なものの、大型クリーチャーへと繋げる構えを見せる。

 

「《NEX》の能力で、《ルピア》をリクルートする! 出すのは……《ボルシャック・ルピア》! 能力で《キング・ボルシャック》をサーチする!」

「お、ゆーくんの切り札きた!」

「打点は届かないけどな。G・ゼロ! 《超竜キング・ボルシャック》! 《NEX》の上に重ねて進化だ!」

 

 流れるような想定された動き(デザイナーズコンボ)で、切り札へと繋げる夕陽。

 夕陽は少し考えてから、《キング・ボルシャック》を横に倒す。

 

「《キング・ボルシャック》で《ステップル》を攻撃!」

「やられちゃった……」

「《ステップル》が破壊されたから、マナを一枚墓地に置けよ」

「はーい……マナ破壊、やだなぁ」

「だったら殴るなよ」

「攻撃しなきゃ勝てないもん。あたしのターン!」

 

 このみにターンが返ってくる。

 夕陽のシールドは残り三枚。見た目では、クリーチャーが二体しかいないこのみが、このターンに夕陽にとどめを刺すことはできないように見える。

 ただし夕陽は知っている。今のこのみの手札に、なにがあるのかを。

 

「マナチャージして、1マナで《冒険妖精ポレゴン》召喚! そして4マナで、《ポレゴン》を進化!」

 

 このみは召喚したばかりのクリーチャーの上に、さらに一枚、カードを重ねる。

 

 

 

「――《ベル・ザ・エレメンタル》!」

 

 

 

 小さな雪の妖精は、華やかな花の妖精へと変貌する。

 《ベル・ザ・エレメンタル》はWブレイカー。そして、進化クリーチャーは召喚酔いしない。

 つまり、王手だ。

 

「《ベル・ザ・エレメンタル》で攻撃! Wブレイクだよ!」

「っ、なにもない……!」

「《ステップル》でシールドブレイク!」

 

 これで夕陽のシールドはゼロ。

 このままでは、残った《ジャーベル》にとどめを刺されるだけだが、

 

「よし、S・トリガー発動! 《爆殺!! 覇亞怒楽苦》」

「うぇっ!?」

 

 最後のシールドから捲られたのは、S・トリガー。

 あらゆる意味で、デュエマを最も盛り上げる要素。ある時は忌み嫌われ、ある時は尊び喜ばれる、天運の贈り物。

 シールドから手札に加えられたそれを宣言し、夕陽はノーコストでトリガーを発動させる。

 

「コスト8以下になるよう相手クリーチャーを破壊する。《ジャーベル》と《エレメンタル》を破壊! さらにシールドがゼロだから、スーパー・S・トリガーのボーナスも発動! 山札を五枚見て、その中から《ボルシャック・ドラゴン》をバトルゾーンに!」

「うわぁ、やばいよー……ターンエンド」

「僕のターン。ここまで来たらもう、殴るっきゃないな。《NEX》を召喚、《ボルシャック・ルピア》をリクルートして、《キング・ボルシャック》をサーチ、G・ゼロで《NEX》を《キング・ボルシャック》に進化だ!」

 

 前のターンと同じ流れで、二体目の《キング・ボルシャック》が登場。

 シールド五枚の相手に対して過剰打点(オーバーキル)ではあるが、S・トリガーを引かれる可能性を考えると、このくらいでちょうどいい。

 

「とりあえず、クリーチャーは処理しておくか。《ボルシャック・ルピア》で《ステップル》を攻撃。マナを一枚、墓地に置け」

「うぅ、ゆーくん、少しは手加減してくれても……」

「まったく手加減するつもりのなかった奴が、どの口で言うんだよ。《キング・ボルシャック》でTブレイク」

「S・トリガー! ……うー、ないよ」

「《ボルシャック・ドラゴン》でWブレイクだ!」

 

 三枚、二枚と一気にシールドを粉砕する夕陽。

 このみのシールドも、これでゼロ。そして夕陽にはまだ、攻撃できるクリーチャーが二体。

 《ナチュラル・トラップ》のようなトリガー一枚では問題ない。夕陽はそうタカを括っていた――が、

 

「あ、S・トリガー!」

「来たか。まあ、単体除去一枚なら問題はな……」

「《アポカリプス・デイ》!」

「はぁ!?」

 

 素っ頓狂な声を上げる夕陽。

 いやさ、夕陽でなくとも、そのカードには驚きを禁じ得ないだろう。

 《アポカリプス・デイ》、バトルゾーンのクリーチャーをすべて破壊するという、豪快なリセット呪文だ。

 ただし条件として、バトルゾーンのクリーチャーの数が六体以上でなければ発動しないのだが、

 

「ひーふーみー……よし、六体いるから全部破壊!」

 

 夕陽の場には、《キング・ボルシャック》と《ボルシャック・ルピア》が二体ずつに、《コッコ・ルピア》《ボルシャック・ドラゴン》が一体ずつ、その数合計六。

 ちょうど、黙示録が発動する数だ。

 クリーチャーが全滅し、夕陽はこれ以上の行動ができない。

 

「あたしのターン! 《ステップル》を召喚して、《ベル・ザ・エレメンタル》でダイレクトアタック!」

「……あり得ねぇトリガーに負けた……」

 

 夕陽には、その最後の一撃を防ぐ手立てはなく。

 釈然としないまま、このみに敗北した。

 

「やったー! あたしの勝ちぃ!」

「いやいやいや! おかしいだろ! なんで《アポカリ》が入ってるんだよ! せめて《ホーリー》にしとけよ!」

「? だって(しお)ちゃんが「これからのデュエマは、このカードが強いかもしれませんね」って言ってたから」

「ウィニー環境になりそうだから刺さるデッキが増えるという意味で強いと言っただけであって、どんなデッキに入れても強いという意味ではないです」

「あ、汐ちゃん」

 

 と、そこで。

 二人の対戦を、少し離れた場所で見ていた、汐ちゃんと呼ばれた少女――三人目が、ぬぅっと現れる。

 このみほどではないが、小柄で童顔な少女だった。そして彼女も、このみとは正反対と言える姿をしていた。

 全体的に痩せており、儚げで、どことなく不健康そうにさえ見える。どこか青みがかっている暗く黒い髪は、サイドでぴょこんと結われていた。

 そしてなにより、表情がない。ポーカーフェイスというより、機械のように無表情だった。

 少女――御舟汐(みふねしお)は、淡々とした、熱のない声で続ける。

 

「そもそも、自分のデッキへの被害は考えなかったのですか」

「まったく?」

「相も変わらずの馬鹿野郎め……」

 

 呆れて息を吐く夕陽。

 このみの頭が弱いのは今に始まったことでもないが。

 

「とはいえ、結果はこのみ先輩の勝ちですね。では、たった二人の『御舟屋』BOX争奪戦の勝者は、このみ先輩ということで」

「わーい、やったね! ありがと汐ちゃん!」

 

 汐は拡張パックの詰め込まれた箱を一つ、このみに手渡す。

 今までの対戦は、このカードショップ『御舟屋』の大会。優勝賞品として拡張パック1ボックスが贈呈される、いわゆるBOX争奪戦だった。

 もっとも、立地の悪すぎるこの店の客入りは非常に少なく、気まぐれに開催されるこの大会の参加者を数えるのに、両手を使ったことは一度もないが。

 そして汐は――名前からも分かる通り――この『御舟屋』の店員だった。正確には、彼女の兄が店長で、まだ中学生である汐は、純粋に手伝いとして店員をやっているだけなのだが。

 

「しっかし、参加者たった二人で1ボックスも景品にしてもいいのか?」

「どうせ古いパックの在庫処分みたいなものですしね、構わないですよ。それに先輩方、このお店の数少ない利用者ですし」

 

 淡々と、しかし自嘲的に言う汐。

 そこに、にこやかな顔をしたこのみがやって来た。

 

「ゆーくーん! 汐ちゃん! はいこれ!」

「賞品のパック、ですか」

「みんなで分けよう!」

「……こいつとデュエマやっても、勝った気も負けた気もしないな」

「悪いこと、ではないでしょう。これも日常です」

「日常な。少し退屈な気もするけど……まあ、悪くはない、か」

 

 特に意味もなく、小さな空間で、時間を貪る。

 ささやかな楽しさと喜びに従事し、なんの変哲もない流れに身を任せる。

 それは刺激的ではないが、それなりに、心地の良い時間であった。

 英雄譚になどなろうはずもない、当人たちだけが満足できる、平凡な物語。

 しかし彼らはまだ知らなかった。

 そんな平々凡々で面白味のない物語が、いつしか変じることを。

 

 

 

 ――混沌なる秩序から生まれた、調和せし神話へと――

 

 

 

◆ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ ◇

 

 

 

「はっ、はっ、はっ――!」

 

 荒い息遣いが聞こえる。

 その影はひたすらに疾駆する。なにかから逃れるかのように。

 そしてその手には、一枚のカード。熱く燃え滾り、光り輝く、大空の炎球の如き一枚。

 それを大事そうに、あるいは疎ましそうに、その手に握られている。

 

 ――大事なものに違いはない。けれど、危険なものというのも間違いない。

 

 手放したいのに持っていたい。そんな矛盾が思考を蝕む。

 疲労、痛苦、不安。あらゆる負荷が襲い掛かる。もはや、心身共にボロボロだった。

 これ以上は、戦えない。

 これ以上は、戦いたくない。

 なにもかも、すべての重荷を投げ出したい。

 

「…………」

 

 大事な、一枚だった。

 その出会いは劇的で、運命的で、平凡な物語を激変させた。

 しかしその先は苛烈だった。熾烈で、凄烈だった。

 悍ましく、恐ろしい。惨たらしく、痛ましい。

 その世界は、正しく神話の再現。只人が足を踏み入れていい領域ではない。

 それを、嫌というほど感じていた。

 英雄譚に憧れた子供が、真に英雄と同じ道を進んでも、それは自殺願望と相違ない。

 つまるところ、限界だ。

 肉体もそうだが、なにより精神が保たない。

 敗残兵と罵られようと、敗走兵と蔑まれようと、構わない。

 

「……ごめんね」

 

 彼女は、その力を、太陽を――神話を。

 

 

 

 

 

 

 ――放棄した。




 以上、一話です。
 今回、特にデッキや対戦として面白いものを提供しようというつもりはまったくなくて、こいつらの日常風景を描写する程度です。プロローグみたいなものですね。
 次回からはちゃんと物語として動かします、たぶん。
 そういうわけなので、感想や誤字脱字等ありましたら遠慮なくどうぞ。


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2-1「戦場の太陽 Ⅰ」

 昔の自分の作品を見るのって辛いね。なんていうか、物書きとしても、DMPとしても、本当に未熟者だった時の作品だから、技術も理論もメチャクチャで、マジで色々見てて恥ずかしかった。
 それを今の出力で書き直したわけですが……うん、まあそれなりに自信作。
 例によって本作はオリカ中心です。特に今回はオリカが軸なので、ご注意を。リメイク前を知ってる人もね。
※話を一部ぶった切って分割しました。


「――見失っただと?」

『そういう見方もできるね。少なくとも、彼女は所有権を放棄したみたいだ』

「臆病風に吹かれたか。厄介な奴だと思ったが、兵士としての素質はないらしい」

『厳しいねぇ、相変わらず。僕の追跡からここまで逃れただけでも、結構凄いと思うんだけど?』

「お前は甘すぎる。どうせ、また適当にやっていたんだろう」

『心外だねぇ。僕だってやることはきっちりやってるのに』

「なら、さっさと次の標的を教えろ」

『そんな急かさないでよ。っていうか、次のターゲットを見つけた前提?』

「お前は軟弱で屑みたいな男だが、情報屋としては有能だ。そして、無駄にプライドが高い。そんなお前が、ようやく見つけた標的が“目的”を手放していただなんて状況になっている。さて、お前はそんな自分を許せるか?」

『それは僕を買い被りすぎだよ。僕はそんな感情論や使命感で自分を責めたりしない。そうなった原因を探って、次の一手をすぐに考えるさ』

「そうだろうな。故にその一手は、既に考えているのだろう?」

『勿論。ちょっと精度には欠けるけど、まあ、たぶんこれで当たりだね。後で詳細を送っておくよ』

「あぁ、頼む……それと、一応、警告しておく」

『え? なにをだい?』

「獲物を横取りするようなことをすれば、焼くぞ」

『……おぉ、怖い怖い。“軍神”様は恐ろしいね」

「本当に恐怖を感じるのならば、それは大事にしておけ。恐怖を見失った兵隊は早死にするぞ」

『肝に銘じておこうか。でもまあ、いいよ。今回はあなたに譲りますとも。最初からそのつもりだったしね。そもそも、僕はあんまり“神話”には興味がないんだ』

「ふん、どうだかな……お前の真意は、いまいち読めん」

『えぇー? 僕なんて単純明快な動機で動いてるだけなんだけどなぁ。わからないかなぁ?』

「わからん。お前は、少し不気味だ。リスクを承知しなければ組めん」

『リスクだなんて、僕とあなたの仲じゃないですか。裏切りくらい容認して仲良くしようよ』

「元よりそのつもりだ。お前も、精々背後くらいには注意を払っておけ」

『背中なんて気にしても意味ないと思うけどなぁ。あなたなら狙撃してきそうだし』

「お前ならスナイプポイントに爆弾くらい仕掛けるだろう」

『なんて物騒な。そういうのはもっと強い敵に使うものでしょ。今回は、そうでもなさそうだけど』

「そうなのか」

『そうだよ。今回も、相手は子供みたいだし、楽勝じゃない?』

「その子供相手に追跡さえも手こずっていたのは、どこの誰だ?」

『それもそうか。それなら、油断せずに頑張ってくださいな』

「無論だ。言われるまでもない。すべてを焼き払い、完膚なきまでに蹂躙するとも」

 

 

 

「軍神――《焦土神話》の力でな」

 

 

 

◆ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ ◇

 

 

 

 学校帰りに『御船屋』に寄り、このみや汐とデュエマで遊ぶ。

 空城夕陽の日常は、高校に進学しても、変わることはなかった。

 東の地平線から昇った太陽が、西の水平線に沈むように、不変なものだ。

 ――だと、思っていた。

 それは、唐突な暗雲であり、突然の猛雨。

 空に翳りができるように、物語は与り知らないところで急変する。

 

「……ん? なんだ、これ?」

 

 いつもの日常をこなして、日が傾いてきたところで、夕陽は帰路につく。

 そして今まさに我が家へと到達するというところで、地面に無造作に投げ捨てられた“それ”を発見した。

 最初は、ただのゴミだと思った。次に、それがなにかの紙――カード状のものだと察した。

 そして最後には、それは自分の見知ったものであることを知覚した。

 

「これって……デュエマのカードか?」

 

 蒼い宇宙(ソラ)に渦巻く黄炎と、中央に座す龍のシンボル。

 それは、夕陽のよく知るデュエル・マスターズのカードに他ならない。

 だが、

 

「でもこんなカード……見たことないな」

 

 流石にすべてのカードを把握しているとは言い難いが、それでもこのカードは、なにか異常であった。

 見たこともない枠。まるで意味のわからないテキスト。神秘的に煌めくホイル。そして、魅入られてしまいそうになるほどの神々しさを感じるイラスト。

 奇妙で摩訶不思議だ。こんなカードがあれば、どこかしらで話題になっていそうなものだが、そのような話はとんと聞いたことがない。

 

「なにかの雑誌の懸賞? いや、それが地面に落ちてるはずないか。わからん……明日、御船にでも聞いてみるか」

 

 ひょっとしたら、自分が情報を取りこぼしているだけかもしれないと思い、この手の事情に詳しそうな後輩に聞くことにした。

 それ以上の思考を放棄して、そのカードをズボンのポケットに入れて、玄関の扉を開く。

 

「ただいま」

「あ、お兄ちゃんおかえりー」

「お前か……もう帰ってたんだな」

「今日はねー」

 

 家に入ると、いつもは部活で帰りが遅い妹が出迎えた。

 

「なぁ、ちょっといいか?」

「なに?」

「お前さぁ、なにか懸賞とかに応募した?」

「けんしょー?」

「ハガキのやつだよ。あるいは、ネットでカード買ったとか。なんか、見たことない変なカード見つけたんだけど」

「見たことない変なカード? わ、私は知らないよ?」

「……あっそ。ならいい」

 

 若干、挙動が不審だったような気もするが、夕陽はさして気にしなかった。

 ――あいつが変なのは今に始まったことじゃないしな。

 妙にこのみと波長が合ってしまうせいで、彼女の悪影響を受けてしまった妹を憂いながら、靴を脱いで家に上がり、階段を上って自室へ。

 このカードがどんなカードか、インターネットでも調べてみるが、さっぱり情報が出てこない。

 

「検索してもカードの情報がない? 古いカード……とか、そういうことじゃないよな。どういうことだ……?」

 

 公式の検索サイトを利用しても発見できないとなれば、考えられる理由は二つ。

 一つは、公式のミスで、そのカードの情報だけ表示を忘れているか。

 もう一つは、そもそもこのカードが“存在しない”か。

 普通の検索エンジンで調べてもなにも情報が出てこないとなると、公式のミスという線は薄い。

 となるとこのカードは、なにか特別なものなのだろう。

 特別というより、特異、と言うべきかもしれないが。

 

「どこかの熱心なファンが作ったオリカの可能性もあるな。だとしても、まったく情報がないのも変だけど」

 

 よく触ってみれば、カード質感も普通のカードと少し違うような気さえする。ほんのり、暖かいような。

 

「……デッキでも組むか」

 

 なにか、もやもやする。

 奇妙なものに触れてしまった。

 それが意味することとは。

 その影響が広がる先は。

 考えてわかるものではない。

 それは空想であり想像。架空の物語。

 そして、それが現実に侵蝕しようなどと思えるほど、夕陽はメルヘンチックな人間ではなかった。

 

 

 

◆ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ ◇

 

 

 

「あと一枚……どうするかなぁ」

 

 気晴らしにとデッキを組んでいた夕陽は、三十九枚までカードを選び、残り一枚をどうするか、というところで手が止まっていた。

 

「赤緑だとサーチやドロソなしになりがちだから、安定性を求めようとすると四積みばっかになるんだよな。でもそのせいで、殿堂カード一枚入れただけで形が汚くなる……これだから《ボルバルザーク・エクス》は……」

 

 四枚十種。非常に大雑把だが、並べてみると綺麗な形になる構築だ。

 それが必ずしも良いとは言えないが、使うカードの種類が少ない以上、どんな対戦においても、それなりに安定して同じカードが使える、つまり同じ戦術が決めやすい。

 動きやすく、動かしやすい、という利点ではあるが……デッキに一枚しか投入できない殿堂カードの存在で、その型が崩れてしまう。ならばその上でどうするか、悩みどころだった。

 もっとも、この“悩み”こそが、デッキ構築における楽しさでもあるのだが。

 

このみ(あいつ)はそういうところを分かってないからな……まあ、あいつのことなんてどうでもいいけど」

 

 残り一枚をどうしようかと、夕陽が楽しみながら苦悩していると、唐突に部屋の扉が勢いよく開け放たれた。

 

「おにーちゃーん!」

「うわっ! なんだお前、いきなり入ってくるな!」

「なんで? 見られたらまずいものでもあるの?」

「いや……そういうわけじゃないが。驚くだろうが」

「そ、ごめんごめん。そんなことよりさー、ちょっとおつかい頼まれてくんない?」

「おつかい?」

「明日の朝ご飯がないの」

「それは大変だな。米もないのか?」

「お米も今日の夕ご飯の分しかないよ。だからどっかで、適当にパン買ってきて」

「なんでそうなるまで放っておいたんだ……」

「だってー、私も部活で忙しかったしぃー」

 

 唇を尖らせる妹。非常に腹立たしい態度だったが、いちいち突っかかるのも面倒だったので流す。

 

「はぁ……そうかよ。まあ、わかったよ」

「ついでに牛乳とワサビも買ってきて」

「牛乳はともかく、なぜワサビなんだ」

「お刺身を買ってきたから。今日は赤身が安かったんだよね」

「いつものあれか……身が固いんだよな、あれ」

「文句あるなら食べなくていいよ」

「……まあいい。とりあえず行ってくる」

「よろしくー」

 

 と、妹はパタパタと階下へと降りていった。

 正直、おつかいなどというものは面倒くさかったが、家事のほとんどを妹に一任している以上、兄としてはこの程度のことはするべきだろうと、微かな責任感はあった。

 財布だけ持って、上着を羽織って家を出る。

 

「あ………しまった。デッキ持ったまま出てしまった……」

 

 玄関を潜ったところで、三十九枚しかない、デッキにはあと一歩足りない紙束を持ってきてしまった気づくが、わざわざ家に戻るのも面倒だ。カードをデッキケースにも入れていないままにしておくのは憚られたが、コンビニに行く程度ならいいだろうと、家に戻る億劫さが勝った。

 デッキに満たない紙束ポケットの中に収め、歩き出す。スーパーが近いか、コンビニが近いかを考え、値段も距離も僅差でスーパーの方が良いと結論を出し、夕陽はスーパーへの道程を行く。




 一話を3000~4000字くらいに分割して投稿するっていうと、以前活動していた小説カキコというサイトを思い出しますね。この作品も、元々はそこで投稿していたものなのですが。


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2-2「戦場の太陽 Ⅱ」

 分割投稿その2。話数表記が結構面倒くさいというか、どうするのが見やすいのか考えちゃいますね。今のところ「第2話-パート2」みたいなのを簡略して「2-2」とかにしてやっていますけど、どうするのが見やすいのでしょうね。なにか要望とか意見とかあったらどうぞ。
 ……これどっちかっていうと後書きで言うべきことだな……


 空城夕陽という少年を一言で言い表すなら、“凡人”だった。

 もう一言付け足すのであれば、“中途半端な凡人”だ。

 理屈で動いては感情に振り回され。

 平等さを訴えては利益を求め。

 利他の精神から自利の意思に成り代わる。

 決して善人とは言えないが、悪人になれるわけでもない。

 善行を為しても、悪行を見逃してしまう。善意に絆され、悪意に流される。

 確固たる意志も、貫きたい信念もない、怠惰な思想。

 ほとんど家にいない両親に代わって家事を請け負った妹に対して、その役割を代わろうと申し出ることはないが、兄としてその負い目を感じてしまう。そう思う程度には、責任感はあるが、しかし行動には結びつくないほどには怠慢であった。

 なにもかもが、中途半端だった。善にも悪にも振り切れない自分が、嫌になる。

 けれどなにより、そんな自分を受け入れてしまっている自分こそが、最も駄目なのだろうと、頭のどこかで理解していた。

 それは、沈みかけた太陽のよう。

 日の出づる暁にならず、天照らす中天でもない。

 夜という闇に染まらずとも、輝きを失いつつある、夕刻の陽。

 それが、空城夕陽という人間だった。

 

「……まあ、別にいいけどな」

 

 一人になると、不意に考えてしまう、自己嫌悪と自己弁護に塗れた、不快な思索の渦。

 結論は変わらない。なにも変わらないし、変えたくないし、変えたいと思わない。

 だから自分は駄目なのだ、と思っても、夕陽の意志は薄弱に不変である。

 変わることは、怖くて、億劫だ。だから、今のままでいい。

 それで良いのか? 駄目だろう? と疑問を呈しても、なにも変わらない。

 少なくとも、自分一人で抱えている限りは、そうなのだろう。

 もっとも、こんな汚濁のような灰色の心中を誰かに吐露することなど、あり得ないが。

 唯一の後輩である汐にも、幼い頃から一緒にいたこのみにも、ましてや生まれてから共に生活している妹にも。

 自分の最大の“弱さ”を、知られようとは思わない。

 いつものように、結論の変わらない自問自答を繰り返しつつ、おつかいの品を買って帰路につく夕陽。

 その道中、不意に何者かの気配を感じた。

 無意味ながらも思索に耽っていた夕陽は、その気配に気付くのに数瞬、遅れた。

 目は開いている。が、覚醒するように視覚への意識が向く。そこではじめて、その存在を認識した。

 街灯も少ない夜道。暗い路地。正面に、誰かがいる。

 なぜか立ち塞がるようにして仁王立ちする、何者か。

 

「――対抗部隊の歩兵を発見」

 

 低く、重苦しい。しかし、女の声だ。

 機械的で事務的で、冷徹で冷血な言葉だが、それと裏腹に、凄まじいまでの熱量を持った炎のような声。

 街灯の光は弱く、微かにしかその存在を視認できないが、かなり大柄な女だ。夕陽も決して背が高いわけではないが、低いわけでもない。そんな夕陽と同じか、それ以上は背がありそうだ。

 彼女はどうやら、こちらを見据えているようだった。暗闇の中から、痛いほどの視線が突き刺さる。

 

「作戦行動開始。対象の“神話”を回収する」

「なに……? なんだって?」

 

 女は誰に言うでもなく、自分に言い聞かせるように、小さく呟いた。

 夕陽は、明らかにこちらを見ているが、対話ができるのか怪しそうな女に、困惑していた。

 16年の人生の間、面倒くさい女に引きずり回されたことはあっても、不良に絡まれたことは一度だってない。この状況でどうすればいいのか、さっぱりわからなかった。

 そうこうしながらたじろいでいると、女は続けた。

 

「一応、忠告しておこう。無用な血を流したくないのであれば、直ちに降伏しろ」

「は? 血? 降伏……?」

 

 なにを言ってるんだこいつは、と夕陽の困惑は強まるばかりだった。

 不良ではなく、頭の痛い人間と出会ったしまったのではないかと、別の恐怖がこみ上げてくる。

 女はこちらの反応に、少し眉根を寄せた後、手を片耳に当てた。

 

「おい、どういうことだ」

 

 そして、夕陽ではない誰かに、苛立った声をぶつける。ここにいない誰かと、通話でもしているかのようだ。

 そのままいくつかの言葉を交わして、女は顔を上げた。

 

「ちっ……偶発的なコンタクトだったということか。かえって面倒くさいな。これなら、前任を捕縛して尋問にかけた方がマシだったか」

「なぁ、あんた……なにを言ってるんだ?」

 

 苛立ちながら、女は視線を再び夕陽に向ける。

 

「お前は運がいい。最初に目を付けたのがあたしたちで」

「はぁ……?」

「あたしは戦争屋ではあっても殺し屋じゃない。故に兵士ですらないただの一般人にいきなり発砲はしない。戦場は無秩序で混沌だが、戦争には規律ある秩序だったものだ」

 

 なにを言っているのかまるでわからなかった。

 温厚でも友好的でもない。なにか物騒な言葉を並べているようにも感じる。

 まるで突きつけられた銃を下ろされたような感覚だ。凶器を向けられてこそないが、まだそこにあるような、不快と恐怖。

 じわりじわりと、その感覚が夕陽に染み渡っていく。

 

「あたしたちは“ゲーム”をしている」

「げ、ゲーム……?」

「あぁ。十二の“神話”を求め、奪い合う、凄惨な戦争だ」

 

 神話を求め奪い合う?

 なんのことか、さっぱりだった。

 しかし、先ほどから何度か口にしている“神話”という単語。

 それはまさか――

 

「話は終わりだ。お前の有する神話を頂こう」

「な、なにを言って……」

「ここまで情報を与えて、察することさえできないのは、愚鈍というものだ。お前は、今この瞬間、戦場の最中にいることを自覚しろ」

「っ……!」

 

 殺気、というのだろうか。

 痛いほどの圧が向けられている。目には見えないが、気配のようなものが、肌を突き刺している感覚に襲われる。

 状況も、話の内容も、この女も、なにもかもが意味不明だが。

 今のこの場が危険だということだけは、直感できた。

 夕陽は踵を返して、女に背を向けて一目散に駆け出した。

 

「逃がさん!」

 

 が、その行く手は阻まれる。

 

 

 

 ――燃え立つ炎によって。 

 

 

 

「あつっ! な……なんだ!? この、火……!? 火事か!?」

 

 思わず足を止めてしまう。その時、思わずおつかいで頼まれた荷物を、投げ落としてしまう。

 ビニール袋に包まれた品々は、めらめらと炎の中で焼かれ、瞬く間に燃え尽きる。リットルで買った牛乳もあったが、液体だろうが関係なく、その炎はすべてを、完膚なきまでに、灰も残さず焼き尽くしたのだった。

 

「……!」

 

 絶句するしかなかった。

 ほんの数秒もしないうちに、すべてを燃やし尽くす火力。

 それが、一瞬のうちに現れ、しかもいまだ燃え続けている。

 この路地に、それほど燃えるものがあるとは思えない。火種も、燃え続けるための薪もない。

 なのにこの炎は、凄まじい火力で燃えている。燃え続け、炎の壁となって夕陽の退路を断っている。

 あまりにも不自然で、超常的で、あり得ない現象だ。

 

「ぱ、パイロキネシス、ってやつか……?」

「どう解釈しようが構わん。が、たった今、“軍神”によってこの場は戦場と認定された。軍神の立つ戦場において、敵前逃亡は許されない。逃げれば殺す。戦わなければ死ぬ。ただそれだけだ」

 

 カツ、カツと女はこちらに歩み寄ってくる。声と違わない、厳めしく鋭い眼光が、射殺さんばかりにこちらを見据えている。

 そしていつの間にか、女の手元には、一枚のカードがあった。

 さらにもう片方の手には、箱。いや、あれは――

 

(――デッキケース……?)

 

 この剣呑な状況では、あまりにも場違いな遊び道具だ。

 だが、しかし。

 “神話”と呼ばれるものが、関わっているのならば、やはり――

 

「……クソッ!」

 

 デッキを持ってきてしまったのは、不幸だった。

 いや、幸運だったのかもしれない。デッキがなければ、彼女の殺意はそのまま夕陽自身へとダイレクトにぶつけられたかもしれないのだから。

 だがこのデッキは未完成。あと一枚。あと一枚だけ、足りない。このままでは、デッキ未満の、ただの紙束。

 たった一枚あればいい。その一枚を、夕陽が既に手にしている。

 

(あのわけのわからないカード……やっぱり、あれが……)

 

 悩んでいる間にも、背後から炎が迫ってくる。

 ――逃げれば殺す。戦わなければ死ぬ。それだけだ。

 女の言葉がよぎる。それが嘘や妄言ではないことくらい、わかっていた。事実、逃げようとしたら、あの炎が退路を塞いだ。こうして身を竦ませて立ち止まっている間に、炎はこちらに迫ってきている。

 戦う、しかないのだろう。

 そのためにすべきことは、ただの紙の束を完成させなくてはならない。

 たまたまポケットに入れっぱなしにしていた、あの一枚によって。

 

「やるしか……ない、のか……!」

 

 選択肢などなかった。あるのは、混沌の中に活路を見出すか、ただ死ぬかの二択。中途半端で平凡な思想だからこそ、死など最初から弾かれた可能性だ。

 だからこそ、怠惰な夕陽は迷わなかったし、迷えなかった。なにも考えず、無我夢中で、自分の意志を持つことなく、その道へと進んだ。

 ポケットから三十九枚の紙の束と、一枚のカードを引きずり出す。

 そしてそれらを、一つに――四十枚の、デッキへと変える――

 

 

 

 ――その瞬間、夕陽の物語(デッキ)に、神話の1頁が付け加えられた――




 前書きでも言ったけれど、タイトルの話数表記とか諸々、なにかご要望とか在れば遠慮なくどうぞ。


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2-3「戦場の太陽 Ⅲ」

 対戦パートです。対戦パートって、盛り上がるタイミングがわかりやすいけど、文字数を見て適切なタイミングで区切る、っていうのはなかなか難しいですね。


 そこは、奇妙な空間だった。

 目の前には、五枚の半透明な盾。

 手元には、五枚の知識という選択肢。

 真横には、三十枚のいまだ眠る叡智の資産。

 カードが宙に浮くとか、明らかに身を守るものが硬質化しているとか、あり得ない現象が起こっているが、これは間違いない。

 ――デュエマだ。

 

「ドロー……マナチャージして、ターンエンド……」

 

 夕陽の先攻2ターン目。

 不必要なカードを、足下に落とす。するとそれは赤い輝きを放つ泡沫を生み出す。

 これがきっと“マナ”なのだろう。残念ながら、今あるマナの数では、なにもできないが。

 そのままターンを終え、相手のターン。

 

「あたしのターン……2マナをタップ」

 

 女もふたつのマナを生み出す。その色は、夕陽と同じ赤。そしてもうひとつは、青。

 赤と青の輝ける泡沫ををふたつ生み出し、それらは重なり合い、ひとつの生命を形作る。

 

「《熱湯グレンニャー》を召喚」

 

 泡沫が混じり合い、弾けた。

 すると次の瞬間、そこにひとつの命が形を成した。

 

「っ! クリーチャーが……!?」

 

 それは、赤く燃える炎に、青く流れる水の体毛を有する獣。

 およそ地球上の生命体ではない、怪物(クリーチャー)だ。

 

「立体映像……とかじゃ、ないのか……?」

「どう思い、どう考えるかはお前の自由だ。ターンエンド」

「……3マナで《コッコ・ルピア》を召喚!」

 

 みっつの赤い泡沫が重なり合う。泡沫が弾けると、そこには一羽の小鳥が羽ばたいていた。

 小鳥の囀り、羽ばたきの音、舞い散る火の粉――どれも妙なリアリティを感じる。

 これが現実であると思いたくなかったが、しかし認めざるを得ないだろう。

 カードの中だけの架空の存在であるはずのクリーチャーは、少なくともこの場では、実体を持つものとして存在している。

 

(ってことは、こいつの攻撃を受けたら……)

 

 想像もしたくなかった。

 たった五枚の盾。その五枚が、いつも以上に、薄く、少なく感じる。

 

「2マナ、《エナジー・チュリス》を召喚。ターンエンド」

「…………」

 

 まだ困惑しているが、少しだけ落ち着いてきた。

 お陰で、今のこの場を“デュエマ”として見ることができる。

 

(ビートジョッキー……青赤ってことは覇道? いや、それにしては妙だ)

 

 《グレンニャー》も《エナジー・チュリス》も、一般的な覇道デッキで採用されるようなカードではない。

 特に《エナジー・チュリス》のセイバーは、破壊されることに意味がある《クラッシュ“覇道”》と相性が悪い(アンチシナジー)。なぜ、そのようなカードがあるのか。

 覇道デッキでないとして、ならばあのデッキはなんなのか。ビートジョッキー軸であることは間違いなさそうだが、わからない。

 その不透明さは、不気味だった。

 

「僕のターン! 《コッコ・ルピア》の能力で、ドラゴンの召喚コストを2軽減し、4マナで《ボルシャック・NEX》を召喚!」

 

 不気味ではある。が、夕陽は夕陽で、自分の動きを押しつけることしかできない。

 とにかく相手より先に大型を投げつけて、一気に勝負を決める。一刻も早く、この奇妙奇天烈な場所から逃げ出したい。

 

「《NEX》の能力で、山札から《ルピア》と名の付くクリーチャーをリクルート! 《ルピア・ラピア》を呼んで、ターンエンド!」

「あたしのターン。4マナで《ドンドン吸い込むナウ》!」

 

 焦燥が募る夕陽に対して、女は淡々と、しかし鋭い刃物のようにカードを捲る。

 

「山札から五枚捲り、《“必駆”蛮触礼亞》を手札に加える。火のカードを手札に加えたので、《コッコ・ルピア》をバウンス! ターンエンドだ」

「僕のターン……《コッコ・ルピア》を出し直して、ターンエンド……」

 

 早くフィニッシャーを呼びたいが、そのテンポを削がれてしまう。そしてまた、焦りを煽られる。

 しかも相手が手札に加えたのは《“必駆”蛮触礼亞》。大型のビートジョッキーを踏み倒すための呪文だ。

 結局、相手は覇道デッキなのか。それともブランドか、あるいは別のフィニッシャーを使うのか。それはわからなかったが、ここでの夕陽のロスは大きかった。

 次のターン。この女は確実に――殺しに来る。

 

「あたしのターン。手札を一枚破棄し、B・A・D・S(バッド アクション ダイナマイト スペル)発動! 《“必駆”蛮触礼亞(ビッグバンフレア)》!」

「来た……!」

 

 手札を削って高速で詠唱し、たった一瞬のうちに切り札を爆発させて使い切る、刹那の暴力。

 《クラッシュ“覇道”》か《“轟轟轟”ブランド》か、それとも《バウンサー》か。

 どんな切り札が出るのかと、夕陽は身構えていたが、

 

「支払うマナを2マナ軽減し、手札から《“末法”チュリス》をバトルゾーンへ。呪文の効果で《コッコ・ルピア》とバトル!」

「《末法》……」

「さらに《“末法”チュリス》の能力で、山札から三枚を捲り、その中のビートジョッキーをバトルゾーンへ出す」

 

 ――連鎖してビートジョッキーを並べるようなカード……いや、本命の代わり、繋ぎとしてあるのか。

 相手の手札に切り札はいない。だから、山札から探しに行った、ということだろうか。

 こちらも《コッコ・ルピア》と《ルピア・ラピア》もいる。そうすればどんなドラゴンでも呼び出せるし、片方だけでも生き残れば、今のマナと手札なら十分強いクリーチャーは呼べる。

 実は相手も苦しいのかもしれない、と夕陽には楽観的な思考が浮かびつつあった。

 

「二体目の《“末法”チュリス》だ。再び能力発動、三枚捲り、《エナジー・チュリス》をバトルゾーンへ」

 

 しかしその楽観も束の間。

 

「……奴が来た」

 

 ピリピリと。

 ビリビリと。

 ジリジリと。

 焦げるような、焦がすような、痛いほどに熱い“圧”が、夕陽の肌に焼き付ける。

 

「戦争は、文明の破壊であり、同時に文明の発露だ。多様性ではなく、純然たる文明の“強さ”を競い合う儀式だ」

 

 そのあまりの圧に、ささやかな歓喜など一瞬で吹き飛ぶ。

 込み上がるのは恐怖。予想できない現象が起こるということだけが、予想できた。

 女は冷徹で、冷血な、けれども燃えたぎる炎のような眼で、夕陽を射殺さんとばかりに睨み付ける。

 

「我が力で蹂躙してやる。お前の立つ大地すべてを、不毛なる焦土に変えてやる」

 

 宣戦布告のように、宣言する。

 その時だ。

 

神話降臨(メソロギィ・シフト)――神話が現世に降る時だ。捧げた供物に導かれよ、我が焦土の神話」

 

 女のクリーチャー三体が、赤い輝きに包まれる。

 それは戦火の如き炎に変わると、三体のクリーチャーを飲み込む。

 

「《“末法”チュリス》二体と《グレンニャー》の三体を重ねる」

「クリーチャーを三体重ねる……進化か……!?」

「進化? いいや、違うな」

 

 女の足下から、ひとつの赤い泡沫が浮かび上がる。

 その泡沫もまた、燃え上がり、炎と化す。篝火の如き、神聖で、猛々しい炎に。

 

「進化とは、生命の順応と生存による強さの進歩だ。だがこれは、遙かなる強さの――神話の再現だ」

 

 これは進化に非ず。

 これは進化ならざる神話の再現。

 故に、これは――

 

 

 

「――神話化(メソロギィ・ボルテックス)

 

 

 

 三体の供物(クリーチャー)と、ひとつの巨大な(マナ)が、混ざり合う。

 炎の中で、その魂は受肉する。

 これなるは、戦乱と蹂躙の火を灯した神話なり。

 

「我が“神話”は、戦火の軍神――神々よ、調和せよ!」

 

 その一言で、終わった。

 炎は晴れる。焼け落ちるように、姿を隠す鎧を剥ぎ取る。

 供物をすべて飲み込み、必要な力を蓄え、それはこの世界に繋ぎ止められた。

 それをなんと呼べばいいのか。神、あるいは――

 

 

 

「軍神の剣を以て、戦場を蹂躙せよ――《焦土神話 フォートレシーズ・マルス》!」

 

 

 

 ――“神話”だ。




 見た目は青赤覇道、しかしその中身はオリカ軸の特殊デッキ。まあ、普通に覇道をサブフィニッシャーみたいに突っ込んで、覇道デッキとして動けそうではありますけども。


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2-4「戦場の太陽 Ⅳ」

 今更過ぎるけど、本作品はオリカ中心に話が回るし、デッキ構築や対戦パートもそれを真ん中に置いた上で進めるから、リアリティあるデュエマを望む人の期待には応えられないかもです。


焦土神話 フォートレシーズ・マルス 火文明 (12)

神話クリーチャー:メソロギィ/ヒューマノイド/ビートジョッキー 16000

■神話化―自分のヒューマノイドまたはビートジョッキーを含む火のクリーチャー1体以上の上に置く。

■神話降臨[火]

■神々供犠[火]

■神々調和[火]

CD6:このクリーチャーが攻撃する時、相手のパワー4000以下のクリーチャーをすべて破壊する。

CD9:このクリーチャーが攻撃する時、相手のマナゾーンからカードを3枚選び、持ち主の墓地に置く。

CD12:このクリーチャーが攻撃する時、このクリーチャーの下にあるカードをすべて山札に戻してシャッフルしてもよい。こうして戻したカードが3枚以上なら、このターン自分のクリーチャーがブレイクする相手のシールドは、手札に加える代わりに持ち主の墓地に置く。

■T・ブレイカー

 

 

 

 

 

 灼熱の鎧に、爆炎の兜。

 腰には大剣を、背には大槍を。

 そして、そのほかの全身のあらゆる箇所と、その周囲に浮遊する、無数の重火器。

 軍神。成程、その武具に兵器の数々は、戦をするに相応しい装備だ。軍神と呼ぶことは間違いないのかもしれない。

 けれど、これはそんな見てくれの問題ではない。

 その男の“存在”そのものが、あまりにも圧倒的すぎた。

 神という言葉ですら足りない。それは、一柱の神の生涯すべてが詰まった、あらゆる武勇の具現そのもの。

 

 即ち――“神話”。

 

 夕陽は、その凄まじいまでの存在感に、言葉を失っていた。

 そしてその間にも、女は軍神と共に、武器を構える。

 敵対者を――夕陽を殺すための、武器を。

 

「あたしの手札が一枚、よってマスターG・G・G(ゴゴゴ ガンガン ギャラクシー)発動! 《“轟轟轟”ブランド》を召喚!」

「っ……!」

「一枚ドローし、これを捨てることで《ボルシャック・NEX》を破壊!」

 

 盤面も崩れつつある。

 1ターンでクリーチャーが二体も処理された。相手には特大の切り札(フィニッシャー)

 トリガーに賭けて逆転を狙う。夕陽には、それしかなかった。

 

「S・トリガーがあれば、反撃できるとでも思っているのか?」

「!」

 

 女は、見透かしたように鋭い言葉を夕陽に突き刺す。

 もはや発言の一つ一つ、一挙手一投足すべてが、殺意に溢れていた。

 

「お前の惰弱な希望など、《焦土神話》の前では塵芥と同じ。雑兵以下の死体となり果てるがいい」

 

 それが合図だった。

 軍神が――動き出す。

 

「《マルス》で攻撃! その時、神々調和(コンセンテス・ディ)、発動!」

 

 その時、軍神――《焦土神話》は、剣を振り抜いた。

 炎が巻き上がり、戦場を薙ぎ払う。

 

「CD4、相手のパワー4000以下のクリーチャーをすべて破壊する!」

 

 剣の一振りは、めらめらと大地が炎上し、燃え広がる。

 戦場に弱者は必要ない。軍神は、戦場に弱者が立つことをなによりも嫌う。

 故に、戦場の掟に従い、軍神は弱き者を容赦なく焼き殺す。

 

「っ……だが、《ルピア・ラピア》は破壊される代わりにマナに送られる! そして、マナからドラゴンを回収――」

「させるものか。CD9、相手のマナゾーンのカードを三枚、墓地へ叩き落とす!」

「なっ、マナもか!?」

 

 剣を収めると、次は背中の大槍をふたつ、掴み取った。

 それを投げ放つと、大槍は夕陽目掛けて飛来する。

 

「っ……!?」

 

 果たして大槍は、夕陽には当たらなかった。

 しかし、夕陽の足下――マナゾーンに突き刺さり、その場を燃やす。

 火を放ち、焼き焦がし、刺して、砕いて、蹂躙する。

 

「最後だ、CD12! 《マルス》の下のカードをすべて墓地に送る!」

 

 ――すべての砲門が開いた。

 砲弾が放たれる。銃弾が放たれる。爆弾が放たれる。

 光線が放たれる。電撃が放たれる。火炎が放たれる。

 白煙も黒煙も笑い合って共に噴き上がり、蒸気が狂乱の叫びを上げて歓喜し、熱は自惚れに溺れて戦場を縦横無尽に駆け回る。

 至る所から戦火が上がる。破壊と破壊と破壊。殺戮に殺戮を重ねた殺戮。蹂躙の先に至る蹂躙。

 すべてが収まった時、この戦場は確実に焦土と化す。

 そうだと断言できる。それほどに、苛烈で凄烈な砲撃と爆撃だった。

 

「このターン、あたしのクリーチャーがブレイクするシールドはすべて焼却される――さぁ、この戦場と共に燃え尽き、焦土と化すがいい!」

 

 いつの間にか、《焦土神話》は、戦車に騎乗していた。

 四頭の神馬に引かれ、目にも止まらぬ速度で、絶え間ない己の砲弾の雨の中、戦火を潜り、戦場を駆け抜ける。

 そして、二本の槍と、一振りの剣で、夕陽のシールドを――焼き切った。

 

「っ、あ、ぐ……あぁ……っ!」

 

 破壊的な熱風が襲いかかる。盾はもはや、盾としての機能を果たしていない。

 あまりの熱に喉が焼けて、まともに声すら出せず、嗚咽のような醜い声が漏れるだけ。

 シールドは溶けてしまい、余波の炎があたりに散る。

 勿論、それだけでは終わらない。

 ここは戦場。兵隊は、軍神だけではないのだ。

 

「《“轟轟轟”ブランド》でWブレイク! 《マルス》の能力で、そのシールドも焼却する!」

 

 兵士は隊列を為して強襲する。

 さらに二枚、盾が打ち砕かれ、燃え上がった。

 燃え尽きる盾。S・トリガーなど使えるはずもない。

 身を守る五枚の盾も、逆転の芽を残す罠も、すべて灰のように燃え果ててしまった。

 

「とどめだ――《エナジー・チュリス》!」

 

 終わりは呆気なく、つまらない。

 足軽の槍の一突きで、雑兵の剣の一振りで、人は容易く絶命する。

 たかが小鼠と言えども、規律ありきこの戦争においては、その歯を突き立てられるだけで死に至るだろう。

 小さな疵は即死。その一撃は、心臓をナイフで抉られたに等しい。

 如何に矮小な兵であろうと、殺すのは簡単だ。ただ、食い破ればいい。攻撃を、当てればいい。

 それだけで死ぬのだ。

 

「……っ、ま、だ、だ……!」

 

 そう――攻撃が、当たれば、の話だ。

 

 

 

「革命0トリガー! 《ボルシャック・ドギラゴン》!」

 

 

 

 夕陽は手札から一枚、カードを投げ放つ。

 マナを吸うことなく、炎をまき散らしながら、その一枚は宙を舞う。

 

「山札の一番上を捲って、《ボルシャック・NEX》をバトルゾーンへ!」

 

 天を翔ける焔に続き、新たな命の火が灯る。

 火の鳥を呼び集める装甲纏いし龍――その龍は、進化する。

 同じ原初の名を冠する、革命の龍へと。

 

「《NEX》を《ボルシャック・ドギラゴン》に進化! そして、能力発動!」

 

 《NEX》があらゆる世界線を飛び超え、進化した革命龍、《ボルシャック・ドギラゴン》。

 革命の《ボルシャック》は拳を握り締めると、その鉄拳を地を這う小鼠へと叩き付けた。

 

「《エナジー・チュリス》とバトル! 破壊だ!」

「ちっ……取り零したか」

「さらに《NEX》の能力で《コッコ・ルピア》をバトルゾーンへ!」

 

 ――生き残った。

 激しく、荒ぶる爆撃の中、夕陽は生き残ったのだ。

 あまりの灼熱に、眼も、喉も、全身が干からび、焼け付くようだが、それでもまだ自分は立っている。

 

「エンド時、《マルス》は破壊される……が、《エナジー・チュリス》のセイバーで、代わりにこいつを破壊する」

 

 ――だが、ただそれだけだ。

 生きている、だけだ。

 

「僕の、ターン……」

 

 《焦土神話》は、命を狩り残した。

 敵将を仕留め損なった。

 だが、それがなんだというのだろう。

 これは奴らにとっては戦争。この場は戦場。

 一度では殺せぬのなら、二度目で殺せばいい。

 反乱、逆襲、返報。そういうことも、あるだろう。

 しかし、それでも、だからなんだと、と奴らは一蹴する。

 反撃が怖いというのなら、反撃できないほどに蹂躙すればいいだけ。

 そして事実、夕陽は――蹂躙された。

 

(マナが、三枚……)

 

 手が震える。少ない手札を取りこぼしそうになる。

 《焦土神話》は、あらゆるリソースを焼き払った。

 クリーチャーが全滅するだけなら、まだよかった。

 だが奴は、クリーチャーを呼ぶためのマナを、焼き落とした。

 さらに盾を、反撃のための手札さえも、焼き払った。

 手札は少なく、マナも不十分。このターンにチャージしたところで、4マナにしかならない。

 たった4マナで、勝てるのか。

 あの、軍神に――

 

「…………」

 

 今の手札に逆転の手はない。幸いにもバトルゾーンにクリーチャーは残ったが、これでもワンチャンスに届くかどうか。

 守りには入れない。かといって、攻めに転じるにも厳しい。

 《焦土神話》――これこそが、かの神話がそう呼ばれる所以。

 かの神話が駆け抜けた戦場は、一切合切が蹂躙され、鏖殺される。草木の一本さえも残さず燃え果てる。

 戦場のすべてを“焦土”へと変貌させるからこそ、奴は《焦土神話》なのだ。

 

「兵站も、補給線も絶った。もはやお前に生路はなく、降伏も死だ。最後まで足掻いて――死ね」

 

 慈悲も、温情も、あるわけがない。

 ここは戦場。冷徹と非情の空間。

 前に進めなくなったのならば、待つのは死だ。

 

(なんで……なんだって、こんなことに……!)

 

 行き場のない、怒りのようなものが込み上げる。

 しかしそれもすぐに虚しくなる。

 なにも、どうすることもできない。

 太陽はただ沈み行くのみ。夕刻の陽は潰え、夜の闇が帳を降ろす――

 

「ドロー……」

 

 ――はずだった。

 

「! このカードは……!」

 

 太陽は、まだ沈んでいなかった。

 夕焼けの陽であろうと、中天と宵闇の狭間にあろうと、中途半端な輝きであろうと。

 それが太陽であることに変わりはない。

 それは、最後の一瞬まで、輝き続ける。

 

(このカードがあれば……でも、マナが足りない……いや)

 

 いつの間にかあった、あの一枚。

 どう使うのかも、どのような力があるのかも、わからない。

 しかし、このカードがあの軍神と類するものであるならば、あの女の言葉が手掛かりになるはずだ。

 

(神話……そういえば、あいつも……)

 

 

 

 ――神話降臨。神話が現世に降る時だ。捧げた供物に導かれよ、我が焦土の神話。

 

 

 

「神話……降臨……」

 

 捧げた供物に導かれる。

 供物。神に供える、生贄。

 その導きによって、神話は降臨する。

 夕陽は、それをジッと見据える。

 縋るように、願うように。

 太陽を信仰する、民草のように。

 

「お前は……僕を、助けてくれるのか……?」

 

 答えはない。

 けれど、少しだけ、指先が暖かい。

 そんな気がした。

 

「……情けない話でごめん。けど頼む。僕を――助けてくれ」

 

 ――赤い泡沫が、ふたつ。

 それと共に、赤い輝きが放たれる。革命なりし龍と、小さな火の鳥を巻き込んで、嵐の如く焔が渦巻く。

 膨張する炎。竜巻の如き嵐風。そして、焼けるほどに輝かしい陽光。

 それは神聖で、誰もが願う奇跡の煌めきだ。

 

「進化……いや」

 

 これは進化に非ず。

 これは進化ならざる神話の再現。

 故に、これは――

 

「――神話化!」

 

 供物(クリーチャー)と、巨大な(マナ)が、混ざり合う。

 炎の中で、その魂は受肉する。

 これなるは、大空と陽光の火を灯した神話なり。

 

 

 

 かの神話は、奇跡の太陽神。

 神々よ、調和せよ――

 

 

 

「――《太陽神話 サンライズ・アポロン》!」




 元々のメソロギィを知っている人からすれば、マルスの種族が変わっててビックリするでしょうね。元はヒューマノイドにボルケーノ・ドラゴンだったけど、こいつにドラゴン要素なんて微塵もないし、軍神で戦車に乗るならジョッキーだろ、みたいなノリでジョッキーになりました。アーマード・ドラゴンならまだよかったんだけどね。というかボルケーノ・ドラゴンはむしろ、アポロンっぽいよな……
 ちなみにこれを最初に投稿した時点では《轟轟轟》は殿堂入りしていなかったので当然のように現れていますが、殿堂入りした今から見ると、めちゃくちゃ上ブレムーブですねこれ。


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2-5「戦場の太陽 Ⅴ」

 五話です。正確には、第二話のパート5です。
 この話、分割前はたった18000字しかなかったのですが、分割するだけで五話になるっていうのはなかなかおっかないですね。こんな短い話なら、一話に纏めた方が後から読み返す時にも楽なんじゃねーかという気もするのですがどうでしょう? そもそも読み返す想定をする方が変かな。


太陽神話 サンライズ・アポロン 火文明 (12)

神話クリーチャー:メソロギィ/ファイアー・バード/アーマード・ドラゴン 15000

■神話化―自分のファイアー・バードまたはアーマード・ドラゴンを含む火のクリーチャー1体以上の上に置く。

■神話降臨[火]

■神々供犠[火]

■神々調和[火]

CD6:自分のファイアー・バード、ドラゴンはすべて「スピードアタッカー」「パワーアタッカー+5000」を得て、アンタップされているクリーチャーを攻撃できる。

CD9:このクリーチャーが攻撃する時、またはバトルに勝った時、自分の山札の上から5枚を見る。その中からファイアー・バードまたはドラゴンを1体を選び、バトルゾーンに出してもよい。残りを山札に加えてシャッフルする。

CD12:このクリーチャーが攻撃する時、このクリーチャーの下にあるカードをすべて山札に戻してシャッフルしてもよい。こうして戻したカードが3枚以上なら、このクリーチャーはこの攻撃の終わりにアンタップし、次の自分のターンの初めまで、パワー+15000され、「ワールド・ブレイカー」を得て、相手がこのクリーチャーを選ぶ時、または相手のカードの効果でバトルゾーンを離れた時、相手は自身のマナゾーンにあるカードをすべて持ち主の墓地に置く。

■T・ブレイカー

 

 

 

 

 

 その炎は、ただ激しいだけではない。ただ荒ぶるだけではない。ただの、破壊のためだけの火ではない。

 燃え上がる両翼で天を翔け、燃え立つその身で輝きを放つ。

 すべてを照らす光、等しく命の火を灯す焔。

 それは、あらゆる信仰の頂点にして、奇跡の具現。遙か遠くに存在する、万人の願望そのものたる神話。

 

 即ち――《太陽神話》 

 

 すべての命を導く輝きそのものが、現世へと顕現した。

 

「《太陽神話》……!? 引いていたのか……!」

 

 女は、明らかに動揺を見せていた。

 戦況を覆しかねない“神話”の顕現に。

 そしてなにより、その威光に。

 彼女は、屈しかけていた。

 

「行け――《アポロン》!」

 

 夕陽にはなにもわからない。

 この神話という存在がなんなのか。クリーチャーなのか、そうでないのか。

 どうして召喚できたのかも。どのような能力を持ち、それをどのように使えば、勝利をもぎ取れるのかも。

 なにもかもがわからなかったが、しかし。

 ただ一言、告げるだけで良かった。

 それだけで、太陽は天地すべての命あるものを、その陽光が届く場所にある万物を、導いてくれる。

 《太陽神話》は、燃え盛る両翼を羽ばたかせ、戦場を、大空を翔ける。

 それは正しく光の速度。一瞬の焔が陽炎となっては消え、大風を巻き起こす。

 そして《太陽神話》は供物を、己が魂をも燃やし、我が身を一つの太陽として、敵陣の要塞を――貫いた。

 

「っ、ぐ、うぅぅ……っ!」

 

 女を守る盾は、一瞬ですべてが蒸発した――が、そこまで。

 この時点ではまだ、女は生きている。身を守るものこそ失ったが、まだ死んではいない。

 と、思った矢先。

 

「! 増援か……!」

 

 かの神話が座する天空こそが、《太陽神話》の領域。そしてその領域を舞うものは皆、《太陽神話》に寄り添い天翔けるもの。

 即ち《太陽神話》の臣下なり。

 臣下の龍と鳥は、女へと一直線に下降する。

 

「舐めるな……! S・トリガー! 《ドンドン吸い込むナウ》! 《ゼンメツー・スクラッパー》!」

 

 龍も鳥も、最後の砦に秘された罠に絡め取られ、墜落する。

 ――まさか神話同士がぶつかり合うとはな。滅多にない体験だが、いい経験だ。

 女は冷や汗を拭いながらも、笑みを浮かべていた。

 《太陽神話》の威光。圧倒的な輝きと、統率力。瞬間的な破壊力、速度。それはあらゆる信仰の頂点に立つ、奇跡の具現と言うに相応しい力であった。

 無論、その力のすべてを目にしたわけではないが、しかし状況次第では、完膚なきまでに叩き伏せられていたであろう。神話の格としては、《焦土神話》よりも上かもしれないと、女は考えた。

 だがこの場は、戦場なのだ。

 なれば、戦場に生きる軍神こそが、より強大な力を得るのは必然だ。戦場において、軍神――《焦土神話》に勝る神話など、存在しない。

 存在しない――はずだ。

 はずだった。

 なの、だが。

 

「もう一度だ――《アポロン》!」

「なに……っ!?」

 

 再び、《太陽神話》は、空を翔ける。

 太陽はいまだ沈まず。

 たとえ沈めど、再び上る。

 暁があれば、夕陽がある。

 しかし夕刻を過ぎたあとに、朝日が昇る。

 戦場であろうと関係ない。そこに信じる者が、陽光を願う者がいる限り。

 太陽はいつだって、昇り続ける。

 

「とどめだ――!」

 

 《太陽神話》は、燃え滾る拳を構えて、女へと突貫する。

 灼熱の鉄拳。あらゆる命を一瞬で消し炭に、打ち砕く、太陽の一撃。

 勝敗は決した。太陽は苛烈な輝きで以て、無情な炎を振り下ろす。

 

 

 

 太陽の神話は、焦土に立つ軍神を――飲み込んだ。

 

 

 

◆ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ ◇

 

 

 

「…………」

 

 呆然と、立っていた。

 夕陽――そして、女も。

 

「どういう、ことだ……?」

 

 《太陽神話》の拳は、確実に打ち砕いた――《焦土神話》を。

 女へと向けられた鉄拳は、間に割って入った《焦土神話》が受け止め、そこで軍神は消えた。

 

「あいつが……庇った、のか……?」

 

 少なくとも夕陽には、そう見えた。

 その時だ。

 

「っ? うわっ」

 

 一枚のカードが、手元へとやって来る。

 《焦土神話 フォートレシーズ・マルス》。

 そのカードには、そのような名が記されていた。

 

「これって、お前の……ど、どういうことだ?」

「……勝者が戦利品を手に入れるのは、当然の権利だ。そしてこの“ゲーム”では、神話を奪い合う結果こそが、義務となる」

「戦利品……?」

 

 つまりこのカードは、《焦土神話》は、夕陽が勝ち取った、ということだろうか。

 まだ頭が追いつかず、ぼぅっとする夕陽をよそに、女は踵を返した。

 

「な……お、おい!」

「あたしはもう、惨めな敗残兵だ……生き残ってしまったがな」

 

 女は重苦しい声で言った。

 そこにはもう、敵意も、殺意も、冷徹で燃えるような意志もない。

 しかし、死んだ声ではなかった。

 

「生きてれば、次もあるだろう……お前もな」

「え?」

「“ゲーム”に関わったんだ。お前も、無関係とは言えまい」

「それって、どういう……!」

 

 もっと詳しく問い詰めたかったが、気付けば女は闇夜へと消えていた。

 夕陽の手は、虚空を掴む。そこにはなにもない。

 けれどもう片方の手には、戦利品。そして――

 

「――《太陽神話》、か」

 

 悪い冗談だ。悪夢だ。そう思いたかったが、このリアリティ、現実感。とても今の自分の環境を、夢だと断じることはできなかった。

 と、その時、携帯が鳴る。

 今までの非現実的で非日常なそれから逃れたかったので、縋るように通話ボタンを押した。相手は、妹だった。

 

『おにーちゃーん! いつになったら帰ってくるのさー! ご飯が冷めるでしょーが!』

「……あぁ、悪い」

『しっかりしてよね。ところで、ちゃんと買えた? 牛乳とワサビ』

「買えた……けど、なくなった」

『なくなった!?』

「その、なんだ……暴走トラックに潰された」

『はぁ!? トラックに潰されたってなに!? お兄ちゃんはだいじょーぶなの?』

「悪い。僕も混乱してるんだ。切るぞ」

『え? あ、ちょっと――』

 

 ――うん。やっぱり現実だな。

 認めたくはないが、どうもそうらしい。

 もはや、理屈とか感情だとか、平等だとか利益だとか、善だとか悪だとか、そんな中途半端さは意味を成さない。

 なにもわからない。わけのわからない状況だが、これがなにか恐ろしく、そして人智を超えたような凄まじい出来事だということだけは、理解できた。

 

「さて……どうしたもんか」

 

 気持ち的には、相当に切羽詰まっている。けれども夕陽は煮え切らない。中途半端で決めきれない。

 それでもいつかは決断しなければならないだろう。なにかはわからないが、そんな予感があった。

 ともかく帰るか、と夕陽は頭の中の思索を振り払い、重い身体を引きずる。

 ――明日の朝食はない。きっと、太陽を拝むだけだ。

 そんな憂鬱な想像をしながら、夕陽は太陽の沈んだ空の下で、家路につくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この日、空城夕陽の平凡で中途半端な“物語”は、“神話”へと変わり行く――




 今回で序章の第二話は終了。ま、第二話と言っても、プロローグというか、導入みたいなものなのですが。
 ひとまずちょっとした区切り。序章はもう少し続きます。ま、世界観の解説のようなものです。神話だって、最初に天地開闢の様子を描き、世界観を描写します。
 では、誤字脱字、感想、その他なにかありましたら、遠慮なくどうぞ。


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3-1「萌芽の選定 Ⅰ」

 久々のメソロギィ更新。特に理由は無く、なんとなーく書いてたらまあまあ書けたから投稿しただけ。そんなもんです。


 そこは酷く奇妙な王宮のようだった。荘厳でありながらも荒廃しているような雰囲気があり、人の気配が希薄。本来なら多くの人間が存在しているだろうと思わせるのに、人の営みという感覚がすべて剥奪されたかのようである。

 死者の館。人ならざるものの城塞。人類から切り離された、あるいは、人類を切り離した、神の支配する神聖なる帝国。神話に語られるべき神域。そう思わせるような場所だった。

 その最奥の玉座のようになっている広間で、一人の男と、酷く幼い少女に対し、女が頭を垂れるようにして膝をついている。

 

「――報告します。スクルド、ロタ、グズルの三名が、旧《焦土神話》所有者の拠点であった要塞を発見、捜索を開始しました。エイル、フルンド、ゲイルドリヴルの三名は、旧《賢愚神話》所有者が埋葬されたと思われる墓地を発見、真偽を確認しつつ捜索のための準備を開始。シグルーン、スヴァーファ、シグルトリーヴァの特殊編隊は、旧《海洋神話》所有者の支配海域に侵入、こちらも捜索準備中です」

 

 女はつとめて冷静に、機械的に、淡々と告げる。

 死者のように、生者であることを放棄したように、己の役割に殉じるように、言葉を紡いでいた。

 

「おぅ、報告ご苦労。よくやった」

「よくやったー」

 

 二人は恭しい女とは対照的に、不気味なほど陽気だった。

 それでも女は、態度を崩さず続けた。

 

「もったいないお言葉です。それから……《萌芽神話》についてですが、こちらはフリスト、ミストの二名が“現”所有者の足取りを掴みました」

「《萌芽神話》か……《萌芽神話》かぁ」

「いかがなさいますか?」

「《生誕神話》との相性は良さそうだが、まだ必要じゃねぇよな。今のうちに押さえておくか? いや、周りに騒がれても鬱陶しいしな……とはいえ、握っておく価値はある、か」

「それではミスト、フリストに通達しておきます」

「そうしてくれ」

「たったふたりでだいじょうぶー?」

 

 少女の言葉に、女はほんの少し、瞳を揺らした。

 

「戦力に関して懸念がありましたら、私が出向くことも考慮致しますが……」

「いや、お前は残ってろ。『ワルキューレ』の人数に不安があるのは確かだが、人員を割くほどのことでもないだろ。それより今は墓荒らしを優先しろ」

「承りました。それについても、他の『ワルキューレ』に通達しておきます」

「頼むぜ……さて。じゃあ、俺は“館”にでも行くとするか」

「……また、勇士とご歓談を?」

「歓談でも尋問でもなんでもいいがな」

 

 男は立ち上がる。少女は彼の背中に、おぶられるようにぴったりとくっついていた。

 

「俺の勘だが、近いうちに大戦が起きる。それまでに戦力を蓄えて、連中をもてな(支配)しておかねーとな」

「勇士の歓待ならば、本来は我々の役割ですが……」

「血の気の多い連中に首輪を付けてやったら、後のことは任せるさ。精々、いい思いをさせてやれ。勿論、連中を迎えるための、勇士の魂――“遺品”の回収も忘れるな」

「御意に――師団長」

 

 

 

◆ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ ◇

 

 

 

 目深にフードを被った人影は、人気のない物陰で倒れる少女を見下ろしている。

 少女は憔悴しきっており、目は虚ろ、全身が傷つき、汚れ、満身創痍。まさしく、死の淵にある。

 フードの人物は救いの手を差し向けない。少女が死の世界に誘われるのを、ただ見送っている。

 

「《萌芽神話》の、保有者、発見。生存、確認。補足、死亡、まで、数刻。猶予、なし。実質、死亡、断定」

 

 機械的で事務的な言葉を発しながら、少女の身体を、持ち物を、装飾を検分する。鞄を漁り、服を捲り、小さな手で不躾に彼女の身をまさぐる。

 

「……《萌芽神話》、発見、できず」

 

 淡々と、けれどもほんの僅かに落胆を滲ませた声。

 フードの人物はその場で立ち尽くし、ぼそりと呟いた。

 

「推測……ひとつ、道中、落とした。ふたつ、何者かが、持ち去った。みっつ、風、等の、現象により、飛ばされた」

 

 呟きながら、自身の予想する可能性を指折り数える。

 そして、フードの中に向けて、声を発した。

 

「連絡……こちら、フリスト」

『こちらミスト。応答しました』

 

 フードの中で囁くような機械的な声が小さく響く。

 

「《萌芽神話》の、保有者、発見……けれど、神話カード、発見、ならず……ミスト、逃走ルート、追跡、申請」

『了解しました。フリストは別ルートの走査をお願いします』

「了解……通信、切断」

『あぁ、その前に』

「……?」

『師団長からの指令です。遺品の回収を忘れずに』

「……了解」

 

 そこで、ぷつり、とフードの中の声がしなくなる。

 そして、事切れる寸前の少女へと近寄った。

 

「追加任務……彼女も、勇士、候補、たり得る……ヴァルハラに、足を、踏み、入れる、権利、ある……導き、を……」

 

 彼女の身なりを再び検分する。そして、最も印象的に目についた、髪を巻き付けているコテを、やや強引に引き抜いた。

 

「この先、死の館……あなたが、勇士と、選定、されれば……また、いずれ……」

 

 抜き取ったコテを、纏ったローブの中に仕舞い込み、今度こそ踵を返して立ち去る。

 もう振り返りはしない。見ずともわかることだ。

 少女は光る泡沫の如く、その肉体、存在までもが、消え去った。遺品ひとつも残すことなく。

 ――フードの使者が、掠め取ったものを除いて。



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3-2「萌芽の選定 Ⅱ」

 実はリメイクするにあたって、身体的なパーソナルデータが大きく変更もとい上昇したのが春永このみというキャラクターなのですが、作品の品性を損なわないために、そのへんを描写する機会はあんまりなさそうっていう。


 それなりに人通りのある、住宅街と繁華街の狭間。今は定休日の札が出ている喫茶店。

 閉ざされた、けれども和やかさを失わない店内で、二人の女性が、カウンターを隔てて向かい合っていた。

 片や、女性と呼ぶにはあまりにも幼い少女。小学生くらいに見えるほどに背が低く、童顔で、手足も細いが、それでいて凄まじくふくよかさを主張している体型。そのアンバランスとも言えそうだが、彼女の可憐な容姿は奇跡的なバランスでそのスタイルを完成させていた。

 もう一人は、少女とよく似た面持ちの女性。目鼻の筋がスッと通った、整った顔立ち。少女のようなアンバランスさは微塵もなく、背丈も手足もすらりと長い、完璧なスタイル、佇まいの美女だ。

 春永このみと、その姉の、春永木葉。

 そしてこの喫茶店――『Pople』は、彼女たちの店だった。

 このみはカウンターに着き、不満そうに口を尖らせている。

 

「でさー。なんかさー、ゆーくんが変なんだよー。最近ぜんぜんかまってくれないんだよー」

「このみが構いすぎな気もするのだけれどね。かなり治ったとはいえ、夕陽君の女の子への認知が歪んじゃったの、あなたのせいなのよ? 少しは自分を省みなさい」

「えー? あたしが悪いの? あたしなにかしたっけなー?」

「あなたみたいな子が、思春期真っ盛りの男の子に、自覚なくベタベタしてるとね。男の子は困っちゃうのよ。ただでさえあなたは、スタイル抜群で超絶可愛い、私の自慢の妹なのだから」

「えへへー、ありがとー、おねーちゃん! あたしも、美人でスタイルいいおねーちゃんのことは自慢だし大好きだよ!」

「うん。その通りなんだけどそうじゃないわ」

 

 木葉はカップを拭きながら、口を酸っぱくしてこのみに言う。

 

「ずっと言ってることだけど、あなたはもうちょっと、夕陽君は男の子で、あなたは女の子っていう自覚を持って欲しいわね。あと自分の身体についても」

「むー、わっかんないよー。あたしとゆーくんは親友! それだけは譲れないよ!」

「それはいいんだけど、それと同時に、男女の意識が少なくとも夕陽君にあるわけで……っていうところを、あなたはなかなか理解してくれないのよねぇ」

 

 嘆息する木葉。

 中学生の時点であらゆる成長が止まっている、というのが春永このみという少女だ。

 元々、朗らかだが頭が弱く、人懐っこいが内面が幼かったのだが、中学三年間を以てしても、身体も精神も成長が停止してしまった。

 ……身体の方は、あらゆる意味で極端に早熟ではあったが、精神面が未熟なのは、姉として心配なところである。

 精神というよりは、教養や常識のなさかもしれないが。

 特に貞操観念の薄さと、それによる無遠慮さは、しっかりと矯正したいところだが、いまいちこのみには伝わってくれない。

 根本的に、感覚的な部分で、なにかが噛み合っていないのだ。

 

「澪君が私に酷いことばっかり言ってたのは、こういうことだったのね。自分が見る側になるとよくわかるわ」

「レイにーさんがどうかした?」

「なんでもないわ、こっちの話」

「?」

「まあ、夕陽君があなたを無碍にするのは今に始まったことでもないわよね。そうおかしなことでもないし、平常運転とも言えそうだけれども」

「でもでも、汐ちゃんだって「最近の先輩、なにか隠しているみたいで様子がおかしいですね。このみ先輩はなにか知らないですか」って聞いてきたよ?」

「汐ちゃんも? じゃあ、本当になにかあるのかしら? 隠れてアルバイトとか?」

「えー。よそで働くなら、うちで働けばいいのにねー」

「そうねぇ。夕陽君ならいくらでも枠を空けておくのに。もったいない」

「ねー」

 

 と妙なところで意気投合する春永姉妹。

 木葉が次のカップに手を伸ばしたところで、このみの方を向く。

 

「そんなことより、今日もお店に行くんじゃないの?」

「あっ、そうだった。汐ちゃんのお店に行かなきゃ。今日は汐ちゃんがデッキ作ってくれるんだー」

「あなた、デッキ組むの本当に下手だものね……昔の私より酷いわよ」

「むぅ、あたしは可愛いカードも、カッコいいカードも使いたいのっ」

「それ自体はいいのだけれどね。まあ、いってらっしゃい。遅くなる前に帰るのよ」

「はーい。行ってきます、おねーちゃん!」

 

 忘れて、気付かされて、思い出して、すぐさま跳ねるように椅子から飛び降りる。

 このみは軽快に弾む足取りで、店の扉を開け放った。

 その時だ。

 

「わっぷ!」

 

 一陣の風が吹き、このみの顔に、なにかが張り付いた。

 このみは慌ててそれを引っぺがす。

 

「な、なに? これ……カード?」

 

 それは一枚のカードだった。

 風で飛ばされてしまった誰かの落とし物だろうかと、キョロキョロとあたりを見回すが、誰もいない。

 誰かが捨てていったのだろうかと改めてカードに視線を落とす。

 

「このカード、なんだろう? はじめて見た。汐ちゃんなら、なにか知ってるかなぁ?」

 

 まったく知らない、見覚えのない不思議なカードに首を傾げるこのみ。

 彼女が顔を上げた瞬間。

 それが、視界に現れる。

 

 

 

「勧告」

 

 

 

 そして、淡々とした、機械染みた小さく震える声が、耳に届く。

 いつの間にかこのみの正面に立っていたのは、フードを目深に被った、小柄な人影だった。

 

「え……? だ、誰? ちっちゃい、子供……?」

 

 このみも人のことは言えないが、しかし彼女以上に、その人影は小柄な矮躯だった。

 それは、フードの隙間から、ぼそぼそと、しかし確かな指向性を持って、囁く。

 

「及び、要求、する。神話カード、《萌芽神話》、引き渡し……それは、余人の、手に、余る」

「なに? なんて? ほーが、しんわ……? ほーがって、なに?」

「再度、要求。それを、こちらに」

 

 ズイッと、右手を差し出す。

 なんとなく、カードを渡せ、と言っている雰囲気だけは伝わってきた。

 よくわからないが、きっと落とし物を返して欲しいだけなのだろう。

 そう納得して、このみは手にしたカードを差し出す。

 

「これがキミのものなら、返すよ――」

 

 

 

 ――イヤ。やめて――

 

 

 

「!」

 

 

 

 このみの脳裏に、なにかが響く。

 ほんの一瞬、微かな刹那の時。

 なにかが、訴えかけている。

 

 

 

 ――そっちは、イヤ――

 

 

 

 幻聴……気のせい?

 いや、違う。

 これは確かに、誰かの心からの叫びだ。

 では、誰の?

 目の前の子供。違う。

 自分? そんなわけがない。

 なら、この声は――

 

「……キミ?」

 

 手元のカードに呼びかける。

 返事はない。当然だ、これはただのカードなのだから。

 しかし、なぜだろうか。

 “彼女”が、頷いたような気がする。

 このみは、差し出した手を引っ込める。

 

「……再三、要求。」

「ダメだよ」

 

 引っ込めた手をそのままに。

 このみは、要求される手を、拒む。

 

「この子……嫌がってる」

 

 カードが叫んでいるだなんて、とんだ空想の夢物語。

 誰かに言おうものなら鼻で笑われるような幻想の妄言だが。

 春永このみは、それを信じる。

 自分の内に訴えかけているこの慟哭を無視することなんてできない。

 たとえそれが空想でも、幻想でも。

 この心に届いたものを、なかったことにはしたくなかった。

 

「…………」

 

 だから、このみはカードを渡さない。

 それにより、一瞬、相手は硬直した。

 

「……理解、不能……カード、対話……不可能……前例、検索。検索結果、該当なし。神話の力、ならば、あるいは……推測、不確定。検証、余地、あり……しかし」

 

 次の瞬間、ぶつぶつと、フードの中から声がする。

 誰に言うでもなく、自分自身に確認するように。

 

「現行、考証、時間、不足。判断、要求拒否、認識……想定任務時間、超過……迅速な、対処、必要……」

 

 機械的な声で言って、フードの奥から、感情のない瞳が覗く。

 声からしてそうだったが、陰りある双眸は、少女だった。色白で、痩せこけ、生気も覇気も感じない。

 声だけではない。その出で立ち、空気感、それらすべてが、なにかのシステムに則った機械のようだ。

 

「敵性反応、確認。対象、少女。齢十前後。体躯照合、誤差85%、照合せず。暫定、前述記録、保持。思考レベル、推定、(ツヴァイ)から(ドライ)。最終結論。強制徴収、強行」

 

 少女は面を上げる。

 すると袖口から、一枚のカードを取り出した。

 刹那。

 

 

 

「疑似神話カード、使用権限、ランクD、解放――偽装神話空間(イミテーション・アテナ)法規構築(ルーリング)

 

 

 

 彼女たちを渦巻く世界が“神話”に覆われた――

 

 

 

◆ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ ◇

 

 

 

 わけがわからない。

 一言で言えば、そういうことなのだろう。

 カードが喋った、などという空想もそうだが、今この場にある現実もまた、不可解に過ぎる。

 手元に5枚のカード、正面にも同じく盾のように並んでおり、まるでデュエマの対戦風景。

 いや、まるで、ではない。

 その先には、先ほどのフードの少女もおり、これは完全に、今から対戦するということがわかる。

 わかって、しまった。

 春永このみ。

 彼女の頭は、理解などという言葉こそを理解できるものではないが。

 そうだと感じたものがあるのならば、それが真実となる。

 つまりどういうことか。

 確かにこの状況は、わけのわからない、意味不明な状況だが。

 少しでも自分の領分と重なるのであれば。

 それは彼女にとって、親しみを持つものに他ならない。

 

「……なんか、よくわかんないけど――」

 

 不可解さも、不気味さも、使命感も責任感も、幻想も空想もすべてを吹き飛ばして。

 

 

 

「――おもしろそうっ!」

 

 

 

 彼女は、花のように笑う。




 適当に書いてると、凄い話が急転直下だなと我ながら読み返してて思う。


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3-3「萌芽の選定 Ⅲ」

 今回も5000文字程度しかないです。対戦パートと言えども、盤面挿入がなければやはりこんなもん……まあそうでなくても、話の展開が早いのですが。
 本作はリメイク前の話の流れを大体そのまま流用してるのですが、やはり昔は凄い単刀直入というか、話が早い。早すぎる。なんでこんなにハイスピードで本題に持って行けるんだというか、途中の過程を流石にすっ飛ばしすぎじゃないかと不安になります。


 それは、摩訶不思議な世界での、摩訶不思議な戦いだった。

 呪文を唱えれば、その現象は実像を結ぶ。

 クリーチャーを呼べば、肉体を持つ命として召喚される。

 夢にまで見た本物のクリーチャーと共に戦う対戦。

 かつてないほど、このみは高揚していた。この臨場感溢れる、夢想が現実となった世界に。

 けれど、理解はしていなかった。

 この世界に渦巻くものが、真なる命であることを。

 

 

 

「神、左腕、招来――《妖精左神パールジャム》」

 

 

 

 少女は、分たれた1枚のカードを翳す。

 天から暖かな光が差し込み、それは舞い降りた。

 (かんなぎ)の如き出で立ちに、浮遊する剣のような(しゃく)

 一見するとそれは、神を招来するための巫女に見えるかもしれない。

 しかしそれは、紛れもなく新生なる神。

 不完全な姿なれども、神は確かにここに在る。民に恩恵をもたらし、畏敬を求め、顕現する。

 

「《パールジャム》、登場時、マナ、追加。ターン、終了」

「おぉー! なんかすっごいきれいなの出てきた!」

 

 しかしこのみは神の威容に平伏などしないし、畏怖も崇拝もしない。

 ただただ、子供のように見上げ、目を輝かせるだけ。

 そしてその輝きを以て、発奮する。

 

「よーし、あたしもやるぞー! 5マナで《ミステリー・キューブ》!」

 

 無邪気な笑顔で、このみは恐怖の核弾頭を、ドッジボールでもするかのように放り投げる。

 しかしそれは当たれば即死のドッジボールであり、神をも恐れぬ暴挙。どころか、神をも爆殺しかねない、不可思議の箱形爆弾。

 そんな恐るべき最終兵器で手にした彼女は、とても楽しそうだった。

 

「これ、すっごいドキドキするよね! なにが来るかわからなくて、ワクワクする!」

 

 なにが捲れるかわからない。なにが来るかがわからない。

 その未来への不確定性。混沌に満ちた瞬間が、なによりも楽しい。

 その楽しさは、相手からすれば一瞬で恐怖と憤怒に変換され得るものだが、このみはそんなことなど意にも介さず――否、理解せず、ただ歓楽に従い、山札を捲る。

 その先にある、楽しい結末を願って。

 しかし。

 

「あれ? はずれちゃった」

 

 捲られたのは、《フェアリー・ライフ》。

 クリーチャーですらない。完全なハズレだ。

 

「敵戦力、分析。デッキタイプ・キューブ。記録データ、照合。ノイズ率、28%。定型との、差異、あり」

 

 そしてフードの少女は、このみのような歓楽も、《ミステリー・キューブ》と相対する恐怖もない。淡々と、事務的で機械的に、生者ならざる死者のように、彼女を分析している。

 ――このみのデッキは、いわゆるキューブ。《ミステリー・キューブ》による、超大型フィニッシャーの早期踏み倒しを目的とするデッキ……なのだが。

 このみ自身、そのデッキコンセプト、デッキの強さ、その指向性、セオリーを理解していないことは明白だった。ただ自分の好みに従って乱雑にカードを入れているせいで、デッキの完成度は著しく低い。それどころか、ジャンクデッキ一歩手前とさえ言える。

 先ほどの《フェアリー・ライフ》のような不純物も多く、キューブの強みをほとんど殺してしまっていた。

 

「ターン、開始。神の、左腕、招来――《戦攻右神マッシヴ・アタック》、召喚。《パールジャム》と、G・リンク」

 

 そして、この1ターンのロスは、決して小さくない。

 少女は続けて、右腕の神を呼ぶ。

 鳴動し、大地を喰らうようにして現れた海神。

 それは妖精神の手を取り、繋がり、結びつく。

 即ち、神はする

 

「《マッシヴ・アタック》の、能力、解決。登場時、リンク時、ドロー。《パールジャム》の、能力、解決。マナ加速」

 

 清らかな水を湛える海、大いなる自然の大地。

 それらは豊潤な命を育むための糧を生み出す。

 少女の手札が、マナが、増えていく。

 

「《霞み妖精ジャスミン》、召喚。破壊、マナ加速。ターン、終了」

「あたしのターンだよ! 4マナで《未来妖精ミクル》を召喚!」

「……データ、補正。キューブ、可能性、下降。ノイズ、過多。デッキタイプ、分類、不能」

 

 このみのデッキに、あまりに不純物が多すぎるため、少女の認識では、それはキューブデッキと認識できなくなった。

 よくわからないデッキに《ミステリー・キューブ》が入っている。それが彼女の現時点での認識。

 それはそれで、正しい結論なのかもしれない。

 

「えーっと、マナにレインボーは……あれ? 文明の違うツインパクトって、レインボーになるんだっけ? まあいいや! とりあえずマナを増やすよ!」

 

 もはや自分の使うカードのルールすら危うい。

 これが普段の対戦ならば、相手が指摘していただろうが、ことこの場においては、不正はあり得ない。

 正しく、本来あるべき規律に従って、マナ武装が発動する。

 

「あ、2枚マナに行った。やったね! じゃあ、これで4マナ残ったから、《フェアリー・シャワー》! 山札を見てー……うーん、こっちかな? こっちはいらないや」

「デッキタイプ、再分析。ビッグマナ、または、それに準ずる、デッキと、仮定」

 

 少女の認識が更新されていく。

 それはもう、キューブという先鋭化された指向を持つデッキなどではなく、漠然としたマナを大量に溜めるデッキ、ビッグマナだろうと、彼女は判断する。

 その情報に意味があるかどうかはさておき、彼女はそう分析した。

 

 ――弱すぎる。

 

 彼女の意志ではなく、集積された情報から導き出された回答。

 最低限のルールと、多少のセオリーを理解している程度で止まっているだけの熟練度。個々のカードのルールは覚束(おぼつか)ず、デッキの質も悪い。

 神話を手にして戦乙女に刃向かうだけの胆力があるのだから、もしかしたら彼女も勇士たり得る資質があるのではないかと、副次的使命も考慮していたが、その可能性は切り捨てる。

 『ワルキューレ』は朽ちた勇士を歓待する死神。

 その在り方は、戦死者を導くだけに非ず。

 ただただ、力を以て敵対する者を殺す。

 歓待も歓迎もせず、(ヴァルハラ)に迎え入れることもなく、死者の国へと導き、突き堕とす。

 認識固定。機能更新。最終結論決定。

 ノイズは排除。当初の目的を完遂する。

 

 

 

「召喚――《イズモ》」

 

 

 

 神の子が、降り立った。

 新生の神にして、真性の神。

 彼は諸手を広げ、左腕と右腕、両方に他の神を手繰り寄せる

 

「G・リンク。《パールジャム》、《マッシヴ・アタック》、能力、発動。マナ加速、及び、ドロー」

 

 真なる神と繋がった新なる神は、各々の権能を解き放つ。

 《パールジャム》は大地の恵みを、《マッシヴ・アタック》は大海の潤いをもたらす。

 マナが増え、手札が増え。

 神の信仰は、拡大する。

 

「6マナ、《マッシヴ・アタック》、召喚。中央G・リンク、発動。《パールジャム》、《マッシヴ・アタック》、《イズモ》、リンク解除。再構成」

「ん? え、なになに? どうなってるの?」

 

 神の腕が切り替わる。その挙動に、このみは目を回していた。

 中央G・リンクを持つ《イズモ》がいる限り、ゴッド・ノヴァが出るたびに神のリンクは切り替わる。

 《イズモ》は新たに出て来た《マッシヴ・アタック》を取り込み、リンクを解除された《パールジャム》と《マッシヴ・アタック》が再び繋がる。

 

「能力、再使用。《マッシヴ・アタック》の、能力。合計、三枚、ドロー。《パールジャム》の、能力。マナ加速」

 

 幾度と解除とリンクを繰り返し、リソースを広げていくフードの少女。

 神の恩寵は、潤沢な資源という形で信者に行き渡る。その信仰と名声はどこまでも轟き、民を震わせる。

 しかし信仰とは、信ずるからこそ生まれるもの。信じる以前の理解――あるいは、直感、そして受容がなければ、それを受け入れることはおろか、気付くことさえない。

 

「よーし、あたしのターンだよ! 5マナで《ミラクル・ブレイン》! あたしのマナに全部の文明が……ないや。闇だけないから、文明の数は四つ? 四枚ドローするよ! そのまま5マナで《ミステリー・キューブ》!」

 

 そして、仮にこのみに神を信ずる精神性があったとしても。

 神そのものを知覚できていなければ、当然、信心もない。

 このみは神も畏れず、ただ自分の思うままにカードを操る。

 神なんて信じていない。神頼みなんてしない。信じたから良い結果が出る、だなんて。そうではないだろう。

 出たとこ勝負だ。ここで出た結果を楽しむ。

 無論、外れれば落胆するだろう。

 けれど、

 

 

 

「――やったね! 《勝利宣言(ビクトリー・ラッシュ) 鬼丸「(ヘッド)」》!」

 

 

 

 それが“アタリ”ならば、それは何物にも勝る喜びだ。

 

「! 脅威、確認」

 

 フードの少女は身構える。

 《鬼丸「覇」》。不確定要素の強いカードだが、運が悪ければ延々と追加ターンを取られて負けかねない、不測の脅威を持つクリーチャー。

 巨竜に騎乗した戦士が、相棒と共に咆える。

 

「《鬼丸「覇」》で攻撃! ガチンコ・ジャッジ!」

 

 互いの山札が捲られる。

 このみはコスト8の《悠久を統べる者 フォーエバー・プリンセス》。

 対する少女は、コスト6《霊騎右神ニルヴァーナ》だ。

 

「あたしの勝ち! それじゃあ、シールドをTブレイク!」

「防御、不可……S・トリガー、なし……」

「《ミクル》でも攻撃だよ! シールドブレイク!」

 

 追加ターンを得て調子に乗ったこのみは、そのまま攻撃を続ける。

 それが妙手か悪手かを考える間もなく。

 ただ勢いのまま、進む。

 そして

 

「S・トリガー、発動」

 

 罠に、かかった。

 

「《地獄極楽トラップ黙示録》。《鬼丸「覇」》を、マナゾーン、へ」

 

 結果的には、それは悪手だった。

 《鬼丸「覇」》が消え、追加ターン連打という脅威が取り除かれてしまう。

 

「うぇ、やられちゃった……でもへーきだよ! 《鬼丸「覇」》の能力で、もう一度あたしのターン!」

 

 エクストラターンという、デュエル・マスターズにおける最大レベルのアドバンテージを得たというのに。

 この流れは、そのアドバンテージを削ぎ落としていく。

 

「《龍仙ロマネスク》を召喚! なんかマナいっぱい増やして、《ミステリー・キューブ》! 山札をめくるね! 《イチゴッチ・タンク》をバトルゾーンに! ついでに《ジャスミン》も召喚!」

 

 もう一押し。もう一押しで、勝ちきれる。

 その気概のままに、このみは前に進み続ける、が。

 

「《ミクル》で攻撃! 最後のシールドをブレイク!」

「ニンジャ・ストライク、《光牙忍ハヤブサマル》、召喚。《イズモ》、指定。ブロッカー化、ブロック」

「うっ、やられちゃった……ターンエンドだよ」

 

 押し切れない。

 届かない。

 神の御許に、人間が手を伸ばす領域は存在しない。

 神は信託を告げる。

 神の声を聞き届ける、巫女へと報ずる。

 

「私は、『ワルキューレ』……識別名称、[轟かす者(フリスト)]」

 

 巫女は神託を受ける。

 神から授かった指令に殉ずる。

 そこに彼女の意志はない。

 ただ戦死者を導く戦乙女として、戦場に舞い降りる死神として、神の遣いとして。

 天命を執行するまで。

 少女のマナから、溢れるほどの力の奔流が迸る。

 神の恩寵によって肥大化したマナが、解き放たれる。

 

 

 

「詠唱――《ゴッド・サーガ》」

 

 

 

 神話(サーガ)

 それは神と人との決別、神による人の支配、神と神の戦争。

 あらゆる神を綴る物語が、ここに再現される。

 

「マナ、から、呼び出す。《龍機左神オアシス》《霊騎右神ニルヴァーナ》」

 

 大地が鳴動し、奥底から二柱の神が顕現する。

 そして、神たちは、繋がっていく。

 切り離された穴を埋めるように、新たな神を手繰り寄せる。

 

「リンク解除、及び、G・リンク」

 

 《イズモ》は両腕に、《オアシス》と《ニルヴァーナ》を接続。

 そして二体の《マッシヴ・アタック》と、《パールジャム》はリンク解除。それぞれ単独のクリーチャーとして、場に残る。

 

「《ニルヴァーナ》の、能力、発動。登場時、リンク時、相手クリーチャー、タップ。《イチゴッチ・タンク》《ジャスミン》。《オアシス》の、能力、発動。登場時、強制バトル。《ロマネスク》と、バトル」

「やば、ブロッカーが……!」

 

 《ロマネスク》が切り裂かれ、龍の左腕を飲み込まれる。

 このみを守るクリーチャーはいなくなった。

 残っているのは、5枚のシールド。

 

 

 

「龍の、左腕。霊の、右腕。完全体、三神、《イズモ》。攻撃――Tブレイク」

 

 

 

 《イズモ》が、龍の力を宿した左腕を、神霊の力を秘めた右腕を、振るう。

 神の(かいな)が人を蹂躙する。神の力で、人を裂く。

 神の力は、少女の肌を焼く。皮膚を裂き、肉を抉る。

 人の身で神に逆らうことなど愚かであると。

 人は神に圧されるものなのだと。

 神の理が、世界を支配する。

 

「っ、つぅ、なんでデュエマなのにこんな痛いの……って、と、トリガーは? ない!?」

「《パールジャム》、Wブレイク」

 

 追撃は無情。

 びゅんっ、と笏の刃が、残りのシールドを切り裂く。

 これでこのみのシールドはゼロ。そして《マッシヴ・アタック》が控えている。

 ここで止めなければ、後はない。

 

「っ……S・トリガー! 《ミステリー・キューブ》!」

 

 希望か絶望か。

 災禍を運ぶ匣が、転がり落ちる。

 

「山札をめくるよ!」

 

 この場は神によって支配されている、神話の世界。

 数多の神が集う聖域にて、人が生き延びる道は、恭順以外にあるのか。

 このみは、神秘の込められた箱に、手を伸ばす。

 

「あれ? このカード……」

 

 ……仮に、この神話の如き神が集う地で、このみに反逆の手があるのだとすれば。

 より強く、大きな神話で、この世界を塗り替える他ない。

 一輪の花を、彼女は手折る。

 匣の中に秘された命の芽吹きが、鼓動する。

 《ジャスミン》と《イチゴッチ・タンク》を取り込んで、それは進化――否。

 

 ――神話化。

 

 供物(クリーチャー)を捧げ、豊潤な自然(マナ)が混ざり合う。

 花弁の内で、その魂は受肉する。

 これなるは、 百花に命と心を咲く神話なり。

 

 

 

 かの神話は、繚乱の萌芽神。

 神々よ、調和せよ――

 

 

 

 ――《萌芽神話 フォレスト・プロセルピナ》




 最初期よりは随分とマシになったこのみのデッキ。ハズレの多いノイジーキューブ……彼女の性格を考えると、単純にインパクトある強いカードとか、イラストがカッコイイとか可愛いとかでカードを選びそうだったので、自然とデッキがそっちに寄りました。まあ、何度見ても酷いデッキだなぁ、という感想しか浮かばないですが。
 でも、わざとジャンクなデッキを組むって、逆に難しい気がします。


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3-4「萌芽の選定 Ⅳ」

 プロローグっぽい序盤導入、このみ編は今回で終了です。凄い短くなってしまった……


萌芽神話 フォレスト・プロセルピナ 自然文明 (12)

神話クリーチャー:メソロギィ/スノーフェアリー/アース・ドラゴン 12000

■神話化―自分のスノーフェアリーまたはアース・ドラゴンを含む自然のクリーチャー1体以上の上に置く。

■神話降臨[自然]

■神々供犠[自然]

■神々調和[自然]

CD6―このクリーチャーがバトルゾーンに出た時、自分の墓地にあるカードを好きな枚数マナゾーンに置く。

CD9―このクリーチャーがバトルゾーンに出た時、または攻撃する時、バトルゾーンのクリーチャーを1体、持ち主のマナゾーンに置いてもよい。そうした場合、自分のマナゾーンから、そのクリーチャー以下のコストの自然のクリーチャーを1体バトルゾーンに出してもよい。

CD12―自分のターンのはじめに、このクリーチャーの下にあるカードをすべて山札に戻してシャッフルしてもよい。こうして戻したカードが3枚以上なら、自分のマナゾーンにあるクリーチャーを好きな数選び、バトルゾーンに出す。その後、相手のマナゾーンにあるクリーチャーを好きな数選び、バトルゾーンに出す。

■T・ブレイカー

 

 

 

 百花繚乱の花々が乱れ咲き、数多の花瓣が舞い散る。

 蕾が花開き、可憐なる妖精の神が目覚める。その半身に、恐るべき古龍を従えて。

 命の発芽、心の芽生え。

 それは、あらゆる信仰の起源にして、純心の形。あらゆる民が宿す意志、生の実り、万人が秘める想いの神話。

 

 即ち――《萌芽神話》

 

 すべての心と通わせる穢れ無き花が、現世への顕現した。

 

「…………」

 

 呆然と、かの神話を見上げるこのみ。

 その目は、キラキラと輝いていた。

 

「かわいい……それに、ドラゴン、カッコイイ……すごい、きれい……!」

 

 妖精のような矮躯に、小さな翅。そして、その半身であるかのように蜷局を巻き従する、古木の龍。

 彼女を中心として、花々が咲き誇る。

 ここは神が支配する地である。しかし、それを超える神話が、ここに現れた。

 即ちそれは、支配領域の上書きである。

 神の地は、今、春の萌芽を告げる花園へと塗り替えられた。

 妖精は、満開の花々を一輪、手折る。

 それを、このみの手にスッと添えた。

 

「わっ、ありがとう」

 

 なんの花なのかは、わからなかった。桜色の、可憐な花。仄かな甘い香りが鼻孔を突き抜けていく。

 彼女は嬉しそうに微笑むと、古龍を従え、戦場――否、彼女の花園へと、戻っていく。

 

「神話カード……回収、最優先……終焉、迅速、に……《マッシヴ・アタック》」

 

 大地を喰らう海神が、大口を開ける。

 その巨躯が、このみを飲み込まんとする、が。

 

「……っ」

 

 その口は開かれない。

 伸びた植物が、絡まり、集い、力ずくで抑え込む。

 新生なる神は、ピキ、ピキとひび割れていき、そして。

 ――崩壊した。

 

「ぁ……」

 

 古き神話の神秘に、耐えられなかった。

 神として、否、神話としての歴史が違う。その大きさも、強さも。

 これほど可憐で、華奢で、小さな妖精と言えども、秘められた力は新生の神を遥かに上回る。

 これが、その証左だ。

 妖精は再びこのみの下へと飛んでくる。

 

「え? な、なに? クリーチャー、出していいの? なんでもいい? なんでもはダメ? マナに送ったのと同じくらい……?」

「……理解、不能。神話カードと、会話……? 状況、不明。論理、不明……不可解、未処理情報、過多……」

 

 言葉を交わしている、のだろうか。いや、妖精の声は、聞こえるようで、聞こえない。言葉などわからない。

 傍から見ても、それは異常な光景にしか見えない。人と、人ならざるものが、意思疎通しようなどと。

 ただ、伝わってくる。なにが言いたいのか。なにを伝えたいのか。

 彼女の気持ちが、心が、このみの中に入ってくる。

 

「えーっと、なら、これかな! 《無双竜鬼ミツルギブースト》! マナに送って、もう1体の《マッシヴ・アタック》を破壊!」

 

 妖精の贈り物。それが、新たな命を育む。

 マナゾーンに咲き乱れる萌芽の花々から、絶えず命の奔流が溢れ出る。

 自由自在に、我先にと、クリーチャーが小さな植物の芽吹きのように、顔を出す。

 世界が《萌芽神話》の花園に塗り替えられたことで、新生なる神の権威は失墜した。

 もはや、妖精の“お気に入り”である少女に、害為すことは叶わない。

 

「よーし、あたしのターン! ……え? なに? あたしのマナがどうかした……あっ!」

 

 勝手気ままに飛び回る妖精。彼女はこのみの足下の花を一輪摘み取る。

 すると、古龍がそれを飲み込んだ。

 

「ちょっと! あたしのマナのカード勝手に食べちゃダメ! ……もしかして、お腹すいてた? それならしかたないね!」

 

 マナゾーンのカードが1枚消えている。これは妖精の悪戯か。

 否、ただの悪戯ではない。

 子供と言えども、此なるは神話の具現。さすれば奉納されるべき供物がある。

 これはその義務。そして、

 

「元気になった? うん、それじゃあ――」

 

 力を解放するための、糧だ。 

 

「――めいっぱい、やろっか!」

 

 刹那。

 

 

 

 このみのマナゾーンのクリーチャーが、すべてバトルゾーンへと現れた。

 

 

 

「っ!? じ、状況、不明……処理、追い、つかな……」

「いっくよー! 《リュウセイ・カイザー》の能力で全部スピードアタッカーだ!」

 

 百花繚乱。正しく、一瞬のうちに咲き乱れたクリーチャーたちの勇姿は、咲き誇る花々のようであった。

 妖精も、龍も、獣も獣人も虫も植物。

 すべてが一堂に会し、雪崩れ込む。

 種族の垣根を越え、ひとつの輪となり、和を成す。

 

「――《プロセルピナ》!」

 

 このみの呼びかけに、彼女は頷く。

 言葉を交わさずとも、通い合う心はある。

 彼女たちには、それだけで十分だった。

 このみは、言葉がなくとも理解し合えるものを知っている。意識の中にない、本能としての純心を知っている。

 故に《萌芽神話》は選んだ。

 春の訪れを委ねるべきは誰かと。

 その結果、支配を目論む者は剪定され。

 無垢で、純心で、穢れを知らない少女が、選定された。

 これはそんな、幼い少女の我儘。

 ただ、それだけの話。

 

 

 

「ダイレクトアタック――!」

 

 

 

◆ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ ◇

 

 

 

 世界は現世へと戻っていく。

 気付けばそこには、花畑はなく、クリーチャーも、神も、妖精もいない。

 

「あの子、行っちゃった……なんだったんだろ、今の」

 

 ただあるのは、手元のカード1枚。

 《萌芽神話 フォレスト・プロセルピナ》。

 冷静になって思う。あの時の声は、本当に彼女のものだったのだろうか。

 問い返しても、答えは返ってこない。

 

「んー……」

 

 やはり夢のようなものなのか。気のせいか。思い込みか。幻想か。

 一瞬、逡巡するが。

 

「ま、いっか。なんかよくわかんないけど、楽しかったし」

 

 事実など、どうでもよかった。

 思い込みでアあれ、幻想であれ、夢幻であれ。

 彼女の声を聞き、その声を聞き届け、こうして自分と彼女はここにある。

 そこに確かな楽しさがあった。

 それだけで、いいのだ。

 その楽しさがあれば、それで。

 次にすることも、自ずとわかる。

 このみは走る。いつもの、行きつけの店へと。

 友の場所へと。

 

 

 

「よーし! このこと、ゆーくんにも教えてあげよう――!」




 切札を出すタイミングで切ったせいで、文字数が3000文字に届かない……ここまで短いと、逆に不安になりますね。普段はもうひとつ桁が多いので、落ち着かない。
 そんな与太話はさておき、プロローグを兼ねた各キャラ導入、二回目は春永このみでした。能天気で頭の悪いバカキャラくらいに思ってくれればいいです。マジカル☆ベルでいう、ユーちゃんの知能指数がさらに下がったようななにかだと思ってくださればわかりやすいかと。
 次回は各キャラ導入の最後、三人目の御舟汐にスポットを当てていくつもりです。その前にやりたいこともなくはないのですが……まあ、細かいところは未定です。


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4-1「賢愚の接触 Ⅰ」

 久々更新。ちょっと今月中に考えている話があって、その作品の前段階としてこっちを更新しておきたかった。マジカルベルは十王編のカード見つつ更新します。


「――で、すごすご逃げ帰って来たんだ?」

「黙れ。焼くぞ」

「怖いなぁ。でも、そのための神話も、もうあなたの手にはないじゃないか」

「物理的に焼く」

「……怖いなぁ」

 

 彼は、女の言葉を透かすように、軽薄な笑みを浮かべる。

 彼女からの報告は、《太陽神話》への敗北と、《焦土神話》の喪失。

 それ自体は、彼にとってはどうでもよかった。相手が無知で愚かな少年であろうと、切った張ったの勝負の世界、絶対(100%)の勝利など確率論的にあり得ない。

 それに、別段女の持つ神話の力は、彼にとっては大きな意味を成さない。確かにそれは興味と関心の対象だが、だからといって彼は個々のカードに大きく固執はしない。

 少なくとも、今は。

 そして現時点というタイミングにおいては、それらに執着するよりも、優先することがある。

 

「じゃ、僕もちょっと出かけようかな」

「お前が動くのか? 珍しいこともあるものだな」

「まあ、ね。色んな縁が繋がってしまったのさ」

「縁……? お前らしくもない物言いだ」

「僕もそう思うよ。だけどまあ、種は蒔いておくべきだと思うんだ。そこには燦々と照りつける太陽があり、萌芽の恵みがある。であれば、育みを促す智と水が必要でしょうに」

「お前はなにを言ってるんだ?」

「あなたには関係の無いことだよ。ただ本当に、縁がある、というだけなのさ」

 

 軽薄な笑みは、不気味に翳る。

 女はそれを不審そうに見遣るが、彼を引き留めない。

 

「……まあ、お前のことだ。黒い腹積もりがあるのだろう」

「ははは! 酷い物言いだ。信用されてないねぇ、僕。いや、これはある意味、信頼なのかな?」

「不愉快だから黙れ」

「はい」

 

 などと口では言うものの、彼は怪しい笑みを絶やさない。

 そんな彼に女は苛立ち、蹴り出す。

 

「痛いなぁ……ま、あなたの言う通り僕にも考えがあってね。決して根拠のないオカルティズムや義理人情なんかではないとは約束しましょう。ただ縁があったから気付いた、気付いたから思考が及んだ。これは、ただそれだけのことなのです」

「お前がそうやって念押しすると、逆に怪しいんだが」

「そうは言いますがね。そもそも、僕らの狙いって全然関係ないんです。だから手を取り合えるし、貸し借りは作るけど干渉はしないって取り決めでしょう?」

「……ちっ。そうだったな」

「わかってくれてなにより。それでは僕も出立しようか」

 

 彼は言葉を尽しながらも多くを語らず、真理を綴りながらも真実を示さない。

 賢者の叡智を持ちながら、内なるものをすべて秘した愚者として、自分という駒を進める。

 賢も愚も、飲み込んで――




 ……969文字? 少な! 1000も行かないじゃん! と思ったら、1000文字届かないと更新できないので無理やり書き足しました。
 それでもこんなに少ない文字数は初めてですが、区切りの問題でこうするしかない。


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4-2「賢愚の接触 Ⅱ」

 なんだかんだで汐は凄いお気に入りキャラでしたね、このシリーズ書き始めた時から。色々あってなんやかんやあって、あれこれあって好きでしたけど
 今はそのお気に入りの座は小鈴かチョウ姉さんに奪われてる感あります。


 繁華街の外れ。路地裏の陰の奥にひっそりと佇む、小さく寂れたカードショップ、その名も『御船屋』。

 隠れ家のようである、と言えば多少は聞こえが良くなるが、周知されることが繁栄と生存に直結する販売店において、認知されづらいというのは致命的な欠点である。

 つまるところ、『御船屋』は繁盛していない。いつ潰れてもおかしくない、むしろなぜ経営しているのか不思議なくらい、客足が遙か遠いカードショップだ。

 そんな店のカウンターで、小柄な少女がちょこんと座っていた。

 身体の小ささよりも更に細く薄く、華奢な矮躯。

 見るからに幼い風貌だが、その双眸は冷え切ったように無表情。子供らしさの欠片もなく、感情の一切合切を凍らせてしまったかのようで、まるで氷のようだった。

 ――御船(みふね)(シオ)。この『御船屋』の店員、と言うと語弊がある。

 中学生の彼女が労役に務めるというのは、現代日本の法規が許さない。しかし彼女は紛れもなく現時点におけるこの店を預かっている者である。

 要するに、彼女は店主の妹だから店番を任せられているというだけであるのだが。

 肝心の店主はと言うと、生活費を稼ぐために余所で働いている。生活のために店を空けて労働するというのは本末転倒という気しかしないが、そもそもこの店に客など来ないため、なにも問題ないのである。

 汐は鉄の表情でくすりともせず、カウンターの前で、誰もいない店の中で、くるくると椅子と共に回っている。

 そう。今日は、誰もいない。

 いつもならいるはずの、先輩たちすら、来ていない。

 客がいないのはいつものことだ。しかし、ここを溜まり場とするあの二人も来ないというのは、汐の疑念を膨らませるに十分な理由だった。

 つまるところ、汐は不機嫌だった。

 常連の二人がいないこと。そして、

 

「……あの二人、絶対に、なにか隠している、ですよね」

 

 誰もいない、誰も聞いていない店内で、ぽつりと呟く。

 空城夕陽と、春永このみ。相応に敬意を払う先輩二人。その二人が、自分に対して、なにかしらの隠し事をしている。

 勿論、二人が直接的にそのようなことを言及したわけではない。

 しかし、二人の態度、行動には不自然な点が多い。

 ここ最近、毎日のように通っていたこの店に、まったく足を運ばない。それが日常の一部だというのに、そこに足を踏み入れない。夕陽もこのみも、その“いつもと同じ日常”を尊ぶ人間であることは、汐も知っている。

 なんの理由もなく、そのいつもと同じ日々を歪めるような二人ではない。とすれば、相応の理由があるはず。

 試験期間……ではない。夕陽ならそれで足を遠ざけるかもしれないが、このみがそんなものに縛られて遊びを放棄するわけがない。夕陽にふん縛られてもこの店にやって来るはず。そもそも、そんなまっとうな理由なら、連絡のひとつやふたつはしてるはずだ。

 ならばきっと、二人がここに来ない理由は、まっとうな理由ではない。

 自分には言えないこと。自分を遠ざけようとしていること。

 そう結論づけるしかない。

 

「少々、不愉快ですね」

 

 顔色一つ変えず、汐は虚空に向けて毒を吐くように愚痴る。

 まるで除け者にされたようだ。いや、まるで、ではない。

 実際、除け者なのだ。二人揃って不通ということは、そういうことだ。

 夕陽とこのみは古くからの付き合い、幼馴染みだ。小学校から高校まで、ずっと一緒の仲。

 その二人が結託したとなれば、汐が付け入る隙は大きくない。

 とはいえ、だ。

 

「……らしくない、ですね」

 

 そのような行いは、あの二人らしくない。特に、このみがそういったことをするようには思えない。

 となるとこれは、夕陽の入れ知恵か。

 口の軽いこのみを黙らせて、なにかを画策……いや、隠蔽している。

 なにを隠しているのか、までは検討がつかない。なんでもオープンにひけらかすこのみと違い、彼は多くを語らず、口を閉ざして秘める人間だ。隠し事とは言わないまでも、自分に言っていないことも少なくはないだろう。

 しかし唐突に店に足を運ばなくなるほどのこととは、なんだろうか。あまりにも急にぱったり来なくなったということは、事態は急激に変化したのだろうが、それほど性急に変化する物事とは……?

 

「……これ以上は、考えてもただの妄想ですね」

 

 汐は思考を打ち切り、方向を切り替える。

 

「それよりも、私がどうするのかを考えるべきです。ただジッと待っているわけにもいかないですし、兄さんあたりを使って探りを入れるとするですか。確か兄さんは、このみ先輩のお姉さんと旧知だったはずですし――」

 

 店に誰もいないことをいいことに、ぶつぶつと呟きながら今後の方針を組み立てていく汐。

 しかしそれは、ギイィ、という軋んだ扉が開く音で掻き消された。

 珍しいことに客が来たようだ。ひょっとすると彼らなのではないか、と一瞬だけ期待する汐だったが。

 

「いらっしゃいませ……です」

 

 淡々としているが、しかし後の声は気持ちしぼんでいた。

 入店してきたのは、夕陽でもこのみでもなかった。

 若い男だ。高校生……ではないだろう。恐らく大学生くらいの、若干あどけなさが残った軽薄な笑みを浮かべた青年だった。

 

「いやぁ、変わってないなぁ、ここ。柄にもなく、ほんのちょっとだけ感傷的になっちゃうな」

「…………」

「あ、可愛らしい店員さん。店主の人はいないのかい?」

「店長は今、席を外しているです」

 

 なんですこいつ。

 汐の第一印象はその一言だった。

 視線は店を見ているが、微塵も陳列されているカードを見ていない。

 朗らかに言葉を並べている癖に、言葉にひとつも感情がこもっていない。

 これは、知っている。敵意も害意も感じさせない面の下に、利己的な本心を隠す詐欺師の貌だ。

 汐の兄と、同じ貌だ。

 

「そっかぁ。ま、別に会いたいわけでもなかったし、そこはいいや。本来の目的は妹さんだしね。ねぇ、御舟汐さん」

「……なぜ、私の名前をしっているのですか」

「知りたいかい?」

「見ず知らずの人に名前を知られているのは、それなりの怖いですね。どこから漏れたのか気になるのは当然です」

「ははは、ごもっとも。でも情報なんてのは、誰かが知っている限り、どこからでも漏れるものだよ」

「…………」

 

 汐の疑心が膨らんでいく。

 閑古鳥が鳴いているこの店に客というのも珍しいが、それ以上に、おかしな客だ。客と言うことすら躊躇うほどに。

 いや、これはもう、ただの客ではないだろう。明らかに、本来想定される客とは、違う意図がある。

 ただの客とは違う、別の理由があって、彼はここにいる。

 

「あなたは、誰、ですか」

「僕? 僕の名前は青崎記っていうんだ。聞いたことない?」

「……知らないですね。苗字はともかく、そんな奇妙な名前の人は聞いたことがないです」

「まーた言われちゃったよ。確かに僕の名前は変わってると思うけど、やっぱり君も同じような感想を抱くんだねぇ」

「……?」

 

 妙な会話の噛み合わなさを感じる。いや、噛み合わないというより、情報の齟齬があるような、あえて通じない出来事を喋られているような、自分が知らない出来事を前提に話を進められているような、そんな感覚だ。

 砂を噛まされるような不快感が、じりじりと詰め寄ってくる。

 

「ま、そんなことは今はどうだっていい。大事なのは、僕は君が知りたいことを知っている、ということさ」

「私の知りたいこと……」

 

 それは紛れもなく、さっきまでの独白。二人の先輩のこと、だが。

 それを、こんなどこの誰とも知らない男が知っているだなんて、信じられようか。

 

「知ってるよ。空城夕陽君のことも、春永このみさんのことも。彼らの身になにが起こり、なにを手にして、どうしているのか。この場所から遠ざかった理由もそこから推測できるよ」

「っ」

 

 流石の汐も、ほんの僅かに平静が揺らいだ。

 まさか、本当に知っているというのだろうか。

 彼らの名前も知っている。彼らの動向も知っている。

 それは紛れもなく、彼らの情報を掴んでいるという確固たる証拠だ。

 欺瞞やハッタリでは、ない。

 

「……私になにをしろと言うのですか」

「おっと、理解が及ぶと話が早いね。そういうところもそっくりだ」

「さっきから意味深なことばかり言っているようですが、結局、あなたはなんなのですか。なにが目的ですか」

「まあまあ僕の目的なんてさておき」

 

 さておくな。

 とは口に出さず、汐は青崎の次の言葉を待つ。

 焦れったく、もどかしく、青崎は玉石混淆の、無意味の中に意義ある言の葉を紡いでいく。

 

「空城君も春永さんも、ちょっとした事件に巻き込まれてしまってね。まあ、事故みたいなものだけど、紛れもなく彼らはそれに関わってしまった。これはどうしようもない事実であり、その事実から逃れることはできない」

「事件……?」

「まあ、事件というか出来事というか。誤解を与えないような言葉を選ぶのは難しいね。どこぞの小説家さんが羨ましいことで」

「素直に言う気はないのですか」

「いいや? ただ君もどうせ、あの人と同じだろうからね。いくら僕が事実を説いても疑念を払拭しきれないだろう?」

 

 ――あの人?

 誰のことだろうか。

 

「君らのような他人を信用しない現実主義者っていうのは、面倒くさいように見えて、逆に扱いやすくてね。だって、どんな荒唐無稽で破天荒な神話的事象だって、それが現実としてそこにあれば、認めざるを得ないのだから」

 

 青崎はポケットの中に手を突っ込む。

 そして、そこから当然のように出されたのは、デッキケースだった。

 

「こういうの、スマートじゃないから好きではないんだけどね。だけど君に対してはこの上なくわかりやすいだろう?」

「っ!」

 

 その瞬間、汐は怖気を感じた。

 脳が揺らされるような感覚。染みついた恐怖が浮上するように、知られざる脅威を認知するように、凍り付いた空気が本能的な憂虞を目覚めさせる。

 

「賢も愚も同じこと。だが、君が賢者と成り得るか、愚者に堕ちるかは、君次第さ」

 

 異常さは、伝わってきた。

 そしてそれ以上に、驚くほど冷静な自分がいた。

 いや、困惑はしている。どういうことなのか、頭は理解できていない。

 なのに、身体は知っている。このような状況、どう対応すればいいのか。本能レベルで、理解している。

 汐は意のままに、中空に浮かぶカードを手に取った。

 

「そう、それでいい。そこにあるそれが、事実そのものだ。あとは神話の脅威を乗り越えられるかどうかだが、まあそこはなんとかしてくれたまえ。僕程度の小物に屈服されるようでは、生き残れないだろうからね」

 

 青崎もまた、カードを手繰り寄せる。

 その裏に計り知れないほどの偉容なる影を見つめながら、汐は戦いの場に身を投げる。

 どこか淡い、懐かしさを覚えながら。




 色々意味深な台詞が多々ありますが、今はあまり気にしなくてもいいです。そういう作品です。


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4-3「賢愚の接触 Ⅲ」

 対戦パート。久々に書きましたけど、盤面挿入がないと文字数的には短いですが、状況把握がちょっと面倒になりますね。あれはマジカルベルだけで試験的導入した描写ですが、ターンごとの盤面状況があるのとないの、どっちがいいんでしょうね。ない方が勢いづけて読みやすそうではありますけど。


 汐と青崎の対戦。それは、異様な光景であった。

 宙に浮くカードたち。シールドは強固な壁として屹立し、手札は己の思考、知識と同期するように自在に操れる。

 カードから現出する効果演出さえ、現実に侵蝕している。

 あまりにも奇異で異常ではあるが、なぜか汐はそれに抵抗感がない。

 その感覚を不思議に思いつつも、混乱しないのならば、それでいい。

 理性的であれば、ミスもしない。いつものように戦える。

 とはいえ、冷静だからと言って優位に立って対戦を進められるわけではない。

 《ジェニコの知らない世界》《ブレイン・タッチ》と、汐は青崎のハンデスによって出鼻を挫かれ、序盤の動きに失敗していた。

 マナゾーンに見える黒と緑のカード。しかし、マナはいまだ4。マナ加速が上手く行かない。

 

「僕のターン、《パクリオ》を召喚だ。さ、手札を見せてくれ」

 

 青崎の執拗なハンデスは続く。しかも、ピーピングハンデス。

 汐の手札が、汐の意志に逆らい彼女の手元から離れ、背を向ける。

 青崎は公開された手札を見て、軽薄な笑みを浮かべた。

 

「おっと、面倒なのがあるね。《社の死神 再誕の祈》をシールドに埋めるとしよう」

 

 4マナ圏から次ターン一気に7マナ圏まで加速する《再誕の祈》が、盾に埋没する。

 汐のデッキにおいて重要な加速を成すカードを潰されてしまうが、しかし汐はピクリともしない。一切表情を変えないまま、次の一手を打つ。

 

「私のターンです。5マナで《月の死神ベル・ヘル・デ・スカル》を召喚ですよ。墓地の《ダーク・ライフ》を回収、ターンエンドです」

「それじゃあ僕は、3マナで《クラゲン》を召喚。山札から進化クリーチャーをトップに固定だ」

 

 青崎の山札から1枚のカードが摘出される。

 それは一瞬だけ汐の方を向き、嘲笑うように翻って、山札の一番上へと座した。

 

(? 今のカードは……?)

 

 一瞬だけ見えたカードが奇妙に映る。妖しげな感覚、不気味に見える挙動。そしてそれ以前に、まったく見覚えのないデザイン。

 刹那のことだけに確信は持てないが、それは汐の知らないカードであるように思えた。

 

「……青黒ハンデスのようですが、なにか、妙ですね」

 

 それは先ほどのカードが、だけではない。

 青崎のデッキそのものも、妙なのだ。

 ここまでのハンデスカードはともかく、《クラゲン》がハンデス系のコントロールデッキに入るだろうか。

 この唐突にはじまった謎の対戦空間といい、なにもかもがわからないことだらけでおかしい。あらゆる不可解と未知に溢れている。

 未知なものへの対処法。それは、じっくりと観察して考察するか、

 

「私のターン……いいですね。2マナで《ダーク・ライフ》。さらに3マナで《再誕の社》。墓地のカードを二枚、マナに戻すです。ターンエンド」

 

 未知なものは未知のまま、持ち得る最大の力を以て、速攻でカタをつける。

 汐はここに来て、一気に加速する。切り札まで繋ぐ土壌は、ほとんど整いつつある。

 しかし、

 

「エンジンかかって来たかな? でも、もう手遅れだよ」

 

 いくら汐が加速しようとも、青崎は既に下準備を終えている。

 あとは、先んじて仕込んだそれを、ただ引くだけ。

 

「《パクリオ》と《クラゲン》のコスト合計は7、よってこれらを神話の贄に。神話降臨(メソロギィ・シフト)[水]によって、7マナ分を摘出。残りの5マナは、僕が捻出しよう」

 

 空間が揺らぐ。世界が揺らめく。

 水のように揺れて、歪んで、弾けて、時空は生贄の命を結晶と共に包み込む。

 

「無限の叡智を渇望する、愚かな賢者。彼の賢しき愚行には、誰も抗えない」

 

 飲み込まれた命は吸収され、化学反応を起こしたように混沌にかき混ぜられ、異物の絶叫を轟かせる。

 生贄の魂に、水のマナを注ぎ込み、それは変じていく。

 水晶のフラスコの中、不完全なものを完全とするべく、新たな、正しい姿を形成する。

 これは進化に非ず。

 これは進化ならざる神話の再現。

 故に、これは、

 

神話化(メソロギィ・ボルテックス)――神々よ、調和せよ」

 

 供物(クリーチャー)と、巨大な(マナ)が、混ざり合う。

 水晶の中で、その魂は受肉する。

 これなるは、愚かしくも賢者の叡智を潤す神話なり。

 

 

 

「さぁ、彼女に神話の叡智を授けようじゃないか――《賢愚神話 ライブラリズ・ヘルメス》!」




 地味にヘルメスの名前がちょっと変わっている。


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4-4「賢愚の接触 Ⅳ」

 対戦パートその2。ヘルメス君の理不尽爆発。


賢愚神話 ライブラリズ・ヘルメス 水文明 (12)

神話クリーチャー:メソロギィ/サイバーロード/リキッド・ピープル 12000

■神話化―自分のサイバーロードまたはリキッド・ピープルを含む水のクリーチャー1体以上の上に置く。

■神話降臨[水]

■神々供犠[水]

■神々調和[水]

CD6:このクリーチャーがバトルゾーンに出た時、自分の山札を見る。その中からカードを3枚まで選び、自分の手札に加える。その後、山札をシャッフルする。

CD9:相手がカードを使う時、そのカードとマナコストが同じカードを自分の手札から捨ててもよい。そうした場合、そのカードの効果を無効にし、持ち主の山札の一番下に置く。

CD12:自分のターンの終わりに、このクリーチャーの下にあるカードをすべて山札に戻してシャッフルしてもよい。こうして戻したカードが3枚以上なら、このターンの後にもう1度自分のターンを行う。この追加ターンの間、相手のクリーチャーの能力すべて無視する。

■Tブレイカー

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは、妖しげな笑みを浮かべた青年のようだった。

 冷気を纏い、水流を巻き、氷雪を飾り、飛沫を羽織る。

 右手には蛇のように渦巻く水の杖、左手には鎌のように湾曲した氷の剣。

 彼はつばの広い帽子を押し上げ、翼の靴を弾ませながら地に降り立つ。

 

「これは……」

 

 まったく未知の存在。こんなクリーチャー、こんなカード、こんなものは――“知らない”。

 あり得ない。存在しないはずのカードが、目の前に、確かにいる。

 となればそれは、あり得ること。

 不可解で不条理だが、その現実は、確固たる事実は、ここにある。

 

「さぁ、まずは神々調和(コンセンテス・ディ)6を発動だ。《ヘルメス》の登場時、僕の山札から好きなカードを3枚手札に加える」

 

 《ヘルメス》の杖から光が迸る。すると青崎の山札が広がり、彼を取り囲んだ。

 青崎はその中から、3枚を手に取る。

 問答無用で3枚も好きなカードをサーチ。とんでもない補給力。3枚という数の多さもそうだが、なによりも質が多くのドローソース、サーチカードと比べて段違いだ。

 カードタイプの指定もなく、相手に情報を与えることもなく、好きに3枚。その性能もまた異様であり、未知である。

 

「ターンエンド。さぁ、君のターンだ」

 

 青崎は動かない。青年神と共に、不敵で不快な笑みを浮かべるばかり。

 あまりにも不気味だ。なにをしてくるかもわからない。

 ひとまず放置していては危険だ。早急に処理しなくてはならない。

 汐はカードを引き、念のためにとキープしていた除去札を切る。

 

「これはこれでリスクがあるのですが、盤面に放置するより遥かにマシです。6マナで呪文、《デーモン・ハンド》ですよ。そのクリーチャーを破壊です」

「させないさ。神話というものは、そんなにヤワじゃないんだよ」

 

 悪魔の魔手が《ヘルメス》を握る。そのまま豪腕が握り潰してしまう、が。

 

神々供犠(ネクタル・アムプロシア)[水]、発動。《ヘルメス》が死ぬ代わりに、供物とした生贄を捧げる。《クラゲン》をスケープゴートにし、《ヘルメス》は生き残る」

 

 時空が揺らぐ。電影が走ったと思えば、そこにはもう、《ヘルメス》はいなかった。

 《デーモン・ハンド》が握り潰したのは、《ヘルメス》の進化元として取り込まれたはずの《クラゲン》。それが神話の幻影として、成り代わり、破壊される。

 《ヘルメス》はそれを嘲弄するように微笑むばかりで、傷一つ負わない。

 

「除去耐性、ですか……ターンエンドです」

 

 しかしメテオバーンのように進化元を消費する除去耐性なら、まだ芽は残っている。

 除去を連打していけば、いずれあのクリーチャーも倒れる。手札は少ないが、除去なら汐の十八番だ。切り札まで繋ぐことができれば、処理できるはず。

 と、思ったが。

 

「僕のターン。さて、神話を存続させるには、相応の贄が必要でね。神々供犠[水]のデメリットとして、僕は毎ターン、彼に手札かマナから、供物を捧げなければならないのさ。ここは《第六戦街 ラヴ・ガトラー》を与えよう」

 

 青崎は手札を1枚放る。それは、《ヘルメス》の中へと取り込まれ、吸収されていった。

 リソースを消費するとはいえ、これでまた、《ヘルメス》の耐性が増えてしまった。デメリットと言うが、手札補充が得意な水文明なら、そこまでの痛手でもないだろう。青崎は直前のターンで、3枚も手札を補充しているのだから、なおさらだ。

 

「6マナで《龍覇 M・A・S》を召喚。《ベル・ヘル・デ・スカル》を手札に戻し、《龍波動空母 エビデゴラス》をバトルゾーンへ。ターンエンドだ」

 

 巨大な空母が、遥か頭上に浮上する。

 《エビデゴラス》まで立ってしまった。これで青崎は毎ターン2枚のドローが確定。もはや《ヘルメス》へと捧げる供物に困ることはないだろう。

 こうなってしまえば、除去を連打して《ヘルメス》を処理するというのも難しい。毎ターン進化元を補充されるのでは、こちらが除去を撃つ速度より、耐性を増やす速度の方が早い。

 それならば、もう《ヘルメス》は無視して、こちらの勝ち筋を押し付けるしかない。汐は一瞬でその判断を下し、舵を切り替える。

 

「私のターンです。マナチャージ。そして5マナで、《凶鬼09号 ギャリベータ》を、墓地から召喚――」

 

 

 

ピキッ

 

 

 

 悪寒が走る。怖気が這う。狂気が纏わり付いてくる。

 カードを持つ手は重く、指先が冷たい。視線を落とすと、目を剥きそうになる。

 指が――“凍っている”。

 細く白い指が薄氷に覆われ、その先のカードまでも、凍り付いていた。

 ――そんな虚な現実を、幻視していた。

 

「……今のは……」

 

 次の瞬間には、汐は我に返る。

 指は凍っていない。冷たい感触も現実ではない。カードも、カードのまま。

 だが、召喚しようとした《ギャリベータ》は、召喚されない。それこそ、凍り付いたように、動かない。

 

「神々調和――発動」

 

 青崎の言葉で、《ギャリベータ》は山札の底へと沈んでいく。

 

「無限の叡智を持って、愚かな賢者は、賢しき愚行を為す。賢愚の神智の前では、あらゆる策略は凍結する。だってそれは、“知っている”から」

 

 軽薄で、飄々としていて、そして、冷たい声だった。

 嘲るほどに無情で、蔑むほどに無慈悲で、軽んじるほどに容赦がない。

 神話とは如何なるものか。その事実が、ここにある。

 紛れもない現実という波濤として、汐はそれを直視する。

 

「《賢愚神話》の力は、相手の行動に対する凍結能力。相手の力と同位の力による中和と相殺、即ち君が使用したカードと同コストのカードを消費することで、そのカードの使用及び発動を無効化する」

「っ、打ち消し……!」

 

 デュエル・マスターズでは非常に珍しい打ち消し能力。それも、呪文だけではなくクリーチャーの登場――言い回しからして、恐らくあらゆるカードタイプに干渉可能だろう――にまで効果が及ぶ打ち消しというのは、聞いたことがない。

 

「僕は手札から《傀儡将ボルギーズ》を捨てるよ。《ボルギーズ》のコストは5、同じコスト5の《ギャリベータ》の使用を無効、山札の下に送還する」

「……あなたの手札がある限り、私はカードが使えない、と」

 

 最初に手にした三枚のカード。恐らくあれは、すべてコストがバラバラで、汐の使用カードを狙い撃ちするための布石。

 ツインパクトならばコストが二つ参照できる。大量の手札と、あらゆるコストを参照するツインパクト。これらが揃うことで、汐のほぼすべてのカードは使用できないだろう。

 唯一の救いは手札を消費することだが、手札が尽きるまで乱射するにしても、今の汐は手札がない。そして青崎は《エビデゴラス》で常に手札を供給し続ける。汐にできることなどなにもないし、なにもさせてはくれないだろう。

 

「聡明な君ならわかるだろう? この盤面、この現実が、すべてを示しているのさ。僕には、《ヘルメス》によって与えられた知識で、君の動きを制縛する。足りない知識は《エビデゴラス》が供給してくれる。知識の多寡は戦略の強さ。そして僕に神話の叡智がある限り、君の戦略の悉くを潰してみせよう」

「…………」

 

 癪な話だが、確かに青崎の言いたいことは分かる。現状が絶望的なことも理解できる。

 供給され続ける手札。打ち消されるカード。こちらは手も足も出ず、相手は宣言通り、こちらの行動の一切合切を縛り付け、打ち潰してくるのだろう。

 カードが使えないのでは勝てるはずもない。40枚のカードすべてを紙屑にされて、どうして神話に敵おうか。

 理不尽だ、不条理だ。こんなものは自分の知っているデュエマではない。意味不明で理解不能な未知のカードを引っ張り出されて、どう対応しろと言うのか。初見殺しの地雷にもほどがある。

 そう、嘆きたくもなる。

 なる……が。

 

「僕のターンだ。《ヘルメス》に《エメラル》を捧げ、《エビデゴラス》で追加ドロー。3マナで《ブレイン・タッチ》、君の手札を捨てさせるよ。さらに《水晶の記録 ゼノシャーク》を召喚。そして、攻撃しよう。《ヘルメス》で攻撃! シールドをTブレイクだ!」

 

 《ヘルメス》は水流るる剣を振るう。鎌のように湾曲した刃は、飛沫を散らしながら汐のシールドを3枚、一挙に薙ぎ払った。

 

「……S・トリガー、《邪狩!不死樹MAX》――」

「それは読めているよ。《ヘルメス》、出番だ!」

 

 汐がカードを手繰り、掲げるも、《ヘルメス》はその神智で魔力の奔流を凍らせる。

 マナが通らぬ呪文に効力はない。それはただの紙屑と成り果て、山札の底へと沈んでいく。

 

「《時を御するブレイン》を捨て、その呪文を失効させる! 《M・A・S》でさらにシールドブレイクだ!」

「……これもS・トリガーです。マナ武装5、《惨事の悪魔龍 ザンジデス》を召喚です。相手クリーチャーすべてのパワーをマイナス2000ですよ」

「コスト7? それは……ないね」

「それなら《M・A・S》と《ゼノシャーク》を破壊です」

 

 運が良かったと言うべきか。《時を御するブレイン》――上面がコスト7の《タマテガメ》を消費させたお陰か、あるいはわざと見逃したのかはわからないが、この《ザンジデス》は通った。

 《ヘルメス》自体はどうにもならないが、ひとまず脇のウィニーは一掃する。

 

「やられてしまったか。でもまあ、問題ないさ。《ヘルメス》がいれば、君はなにもできないのだから」

 

 己が神話に絶対の自信を託す青崎。それもそのはず、これほどの支配力を持ったクリーチャーが立っていれば、汐は手も足も出せない。

 それに、それだけではない。

 《ヘルメス》の周囲に霧が立つ。ぼんやりと青年神の姿が揺らめく。

 空間が捻れている。時間が狂っている。

 時空が、凍っていく。

 

 

 

「ターン終了時、《ヘルメス》の神々調和[水]、12を発動! このクリーチャーの下のカードをすべて山札に戻し、僕は追加のターンを得る!」

 

 

 

 賢しき愚者(トリックスター)は、時間にさえも干渉する。

 時間を、空間を、凍らせる。

 汐に渡るはずのターンは水と共に流されてしまう。

 後に残ったのは、凍てつく賢にして愚の世界。

 ただ一人、愚かなる賢者だけが、そこに立っている。

 

「そしてこの追加ターンの間、君のクリーチャーの能力はすべて無効となる」

「っ」

 

 世界が凍り付く。賢者が為す愚行が多う、冷たい世界となる。

 幸いにも《ザンジデス》は、登場した瞬間に能力はすべて解決している。だからその追加効果には意味はない、が。

 

「ターン開始だ。手札から《エイエイオー》を《ヘルメス》に捧げる! これで神々調和9が発動。《エビデゴラス》で追加ドローし、6マナで呪文、《訪れる魔の時刻》! 僕の墓地から好きな数のクリーチャーを回収する!」

 

 《ヘルメス》に新たな供物が捧げられる。

 そして、墓地に眠る贄たちが、一挙に彼の手元へと集まってくる。

 身代わりとして捨てた命、叡智の糧として消えた魂。それらが、すべて、還ってくる。

 

「これだけの手札があれば、本当になにもできないだろうね。なにが来ようと、僕の手札(知識)と、《ヘルメス》の力で、すべて凍結してしまえる。さぁ《ヘルメス》、残りのシールドをブレイクだ!」

 

 首を刎ねるように、《ヘルメス》は汐の最後の盾を引き裂く。これで、汐のシールドはゼロ。トリガーはない。

 青崎の手には、大量のカード。そして、その無限の知識を力に変える《ヘルメス》。

 ここまで追い詰められた汐では、その叡智に飲み込まれることは目に見えている。

 汐は飛沫と薄氷が混じったシールドの破片を浴びながら、汐は無感動な瞳で青崎を、《ヘルメス》を、見据える。

 神話の叡智に苛まれながらも、気丈に立つ。

 そして、ぽつり。

 

「……とりあえず、わかったことがあるですよ」

 

 軽く頭を揺すり、髪についた水滴と氷片を振り落としながら。

 冷ややかな視線と、冷徹な言葉を、彼らに送る。

 

 

 

「あなた、デュエマ下手くそですね」

 

 

 

 痛烈に、忌憚なく、遠慮も容赦もなく。

 辛辣に毒を吐く。

 これほど追い込まれているというのに、なんとも傲岸である。神話を前にしているというのに、不遜なことこの上ない。

 しかし彼女は神も神話も知らぬ存ぜぬ。信仰心はなく、祈りもしない。

 自分に益のない神なぞにくれてやる信心は持ち合わせていないのだ。

 そして本来の目的からずれてしまったが。

 分析が、できた。

 

「そのクリーチャーについては概ね理解したですよ。手札を整え、こちらのカードを読み切り、それに合わせたカードをぶつけ、こちらの動きを完全に封じるというコンセプト、ですか」

 

 意味不明なオリカですね、と苦言のように汐は淡々と呈する。

 《ヘルメス》の恐ろしさは十分すぎるほど理解できた。

 あらゆる行動を封じ込める、圧倒的な拘束力(パーミッション)。それに尽きる。

 

「しかし、ならばこそ、殴るタイミングはもっと慎重になるべきです。打点を整え、手札を整え、完封できるタイミングで仕掛けるべきなのです。ハンデスコンとはそういうものです。それさえも扱えず、オリカのパワーで押し切ろうとするとは、笑止千万ですね」

「……ははっ。痛いとこを突くなぁ。確かに、実戦はあんまり得意じゃないけどさ」

 

 痛いところを突かれた、と言うように笑う青崎。だがその笑みには余裕が残っている。

 分析された。理解された。未知を既知にされた。しかしその先にあるのは絶望だ。

 たとえ理解できようと、現実は無情。理解した先にあるのは、乗り越えられない、打倒不可という不条理。

 だからこそ、青崎は笑みを崩さない。

 

「理解したところで、《ヘルメス》は突破できないさ。すべて氷漬けにしてあげるよ」

「いいえ、攻略法は見つけたですよ」

「え」

 

 ぽかん、と青崎は口を開けて不気味な笑みを絶やす。

 汐は今まで溜め込んできた鬱屈を吐き出すように、言った。

 

「いい加減、好き勝手いいように抑え込まされるのも、苛々してきたところですしね。多少は博打が絡むですが――」

 

 

 

 ――反撃開始です。

 

 

 

 その言葉を皮切りに、彼女の背に、黒い影が差し込んだ。




 ヘルメス君の能力はデュエプレばりの大幅ナーフ。問答無用のノーコスト初回打ち消しという理不尽はなくなりましたが、今度はコストさえあれば無限打ち消しなので、こっちの方がヤバいかもしれません。でも、手札をすべて対抗呪文に変換できるっていうのは、とても青っぽくて個人的にはお気に入りです。水文明の本来の戦い方って、こんな感じな気がします。まあ水というか青ですが。


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4-5「賢愚の接触 Ⅴ」

 プロローグ汐編、最終話。汐vs青崎の対戦も決着です。


「反撃、と来たか。君にできるかな? 三重の智慧持つ偉大なる賢愚(ヘルメス)の神智を前に、この理不尽極まりない神話を相手にして、ただの人間が抗えるとでも?」

「勿論です。どれだけ力が強大でも、それを扱う“人”の方が弱いですので」

 

 今まで散々、弄ぶような嘲笑を浮かべていた青崎に意趣返しするように、汐は棘のある言葉で彼を煽り立てる。

 

「欠陥構築、ガバいプレイング。頭の中身がまるでこのみ先輩です。そんなぬるい手筋で吠えないでください」

 

 みっともないですよ、と汐は冷たく突き放す。

 《ヘルメス》の纏う氷雪よりも冷淡に、凍えつく脅威よりも冷徹に。

 かの神話の、その担い手の、愚かしき側面を暴き出していく。

 

「手札のカードをすべて打ち消しに変換するシステムクリーチャー、しかも除去耐性持ちでフィニッシャーになれる性能さえ持っているというのは、やれ恐ろしいことです。ハンデスでこちらの行動を削ぎ落とし、限られた手から捻出した一手も無力化されてしまう。とても理に適った戦術だと思うですよ。コンセプトは悪くないです」

 

 実際、汐はそのハンデスで出鼻を挫かれ、まんまと《ヘルメス》の降臨を許してしまった。《ヘルメス》を処理しようにも、限られた手札ではどうしようもなく、苦難し追い込まれたのもまた事実。

 

「青黒ハンデスにしては奇妙なカードが入っているのも、コスト帯を分散させるためなのでしょう。妙なカードはツインパクトが多いようですし、1枚のカードでコストが2つあることを利用し、打ち消しの弾を確保するアイデアも合理的です」

「なにかな? 君は僕を褒めてくれるbotにでもなるのかい? 僕、年下はあまり趣味じゃないんだけどな」

「気持ちの悪い人ですね。そんなわけないじゃないですか」

 

 事実は事実として認める。しかしその上で、そうして組み上がったものの穴も、事実としてある。

 それは、認めさせねばならない。

 

「そのデッキは様々なコストのカードを組み込むためにツインパクトを使用しいて、それ故に本来のハンデスコンとしては歪に仕上がっているようですね。とはいえ本来のデッキの形を歪めすぎると齟齬が生まれるはずです。コストを散らすにせよ、ある程度の汎用性は求められるでしょう。多様なコストのカードを入れたいがために、デッキ基板に合わない無理なカードを入れるのは本末転倒ですから」

 

 《ヘルメス》などという異物極まりない存在が鎮座していようと、デッキの基盤は青黒ハンデス。

 その原質を、どこまで歪められるか。本来の性能、役割を損なわず、あるいは損ねてでも《ヘルメス》を崇拝するためにそちらに寄せるか。

 期せずして、青崎は己の構築力を、あるいは神話への信心を、問われていた。

 

「さてここで、私は考えたのです。そのデッキは“どのコストまで対応できるのか”を」

「…………」

「デッキとして成立させるための合理性。その合理性を捨てられるだけの余裕がどれだけあるか。私の想定以上に、あなたが現実を甘く見て余裕を持っていれば、私の負けです」

 

 しかし現実を現実として重く見ているほど、理性的であれば理性的であるほど、余裕も甘えもなくなる。

 なんたる皮肉だろう。合理的に詰めれば詰めるほど、この一点における配色が濃厚となるというのは。

 叡智を賛美する賢者が理知によって組み上げた策略が、その智慧のせいで、愚か者だと一蹴される。

 無限の叡智を有する《賢愚神話》だからこそ、その可能性も、否定できない。

 

「私のターン。ハンドキープを優先して《ザンジデス》を残した愚行の結果、ここで答え合わせですよ」

 

 汐は静かにマナを置く。そして溜まりに溜まったマナをすべて、倒した。

 

「10マナをタップ。《ザンジデス》を進化」

 

 黒い影が差し込む。

 神も神話も信じない無信仰の汐ではあるが、もし彼女に信仰心と言えるようななにかが存在するのであれば、彼女が信じるものが“それ”である。

 邪教も異教も慣れている。邪神も魔神もこの手にある。

 それはこのカードたちに触れてから、ずっと彼女の傍で付き添ってきたものだから。

 

 

 

「君臨です、悪魔様――《悪魔神ドルバロム》」

 

 

 

 黒い影はすべてを飲み込む。空を闇で覆い、地を黒く染め上げる。

 暗夜に包まれた世界で生きる権利があるのは、魔王に服従する漆黒の意志を持つ者のみ。

 それ以外の異端者はすべて、死。あらゆる土地も資源も剥奪され、圧倒的な殺戮が為される。

 

「打ち消せるものなら打ち消してみてください。そのデッキに、10マナのカードが入っているなら、の話ですが」

「…………」

 

 どれだけ合理的なデッキ構築をできるか。青黒ハンデスを基盤とした青崎のデッキは、無茶をしない構築をするのであれば、コスト10のカードなどまともに使えず、まず入らない。

 彼が愚かにも無謀なコストのカードを入れているのであれば、ここで《ドルバロム》の降臨は許されないだろう。

 しかし彼が理性的な賢者であるのだとすれば、そんな無謀は起こさない。つまり、

 

「……打ち消せない」

「でしょうね。では、死んでください」

 

 青崎のデッキには、コスト10などという巨大な存在を退けるだけの力はなかった。

 闇が世界を包み込み、すべてを蹂躙し、破壊する。

 闇以外のクリーチャー、そしてマナ。ありとあらゆる一切合切が消えていく。

 《ヘルメス》は捧げられた供物が身代わりとなり、神体は残る、が。

 

「無駄な攻撃を隙を晒したたが運の尽きです。自分のプレミを呪ってください。《ドルバロム》で《ヘルメス》を攻撃です」

「力技はちょっと、対応できないかな……」

 

 一度の破壊は免れても、二度目はない。

 供物をすべて吐き出した《ヘルメス》は、《ドルバロム》の無慈悲な一撃で葬り去られる。

 この戦場にはルールがある。神話といえど、その枠内で争う以上は、ルールには逆らえない。

 たとえルールの内側で最大限の如何様(イカサマ)を働こうと、絶対的規律の前には屈服せざるを得ない。

 

「僕のターン、だけど……あぁ、マナが根こそぎだ。なにもできないな」

「では私は10マナで《大地と悪魔の神域》を発動。《ドルバロム》をマナへ、そしてマナゾーンから《邪霊神官バーロウ》と《悪魔神バロム・クエイク》をバトルゾーンへ。《バーロウ》の能力で墓地の《悪魔神バロム・ロッソ》を重ねて進化、《バロム・クエイク》はマナゾーンの《ザンジデス》を進化元に進化です」

「……容赦ないね、君」

「容赦するとでも思ったのですか」

「いやまったく。君たちはそういう人だよね」

 

 知ってたよ、とほとんど諦めたように笑い飛ばす青崎。

 《ドルバロム》で盤面とマナを根絶やしに。《バロム・ロッソ》で手札を根こそぎに。《バロム・クエイク》で踏み倒しも封じられる始末。

 汐の手足を縛り付けていた青崎だが、立場が完全に逆転した。

 今の青崎は、汐に縛られるどころか、手足も臓腑も削ぎ落とされている。

 なにもできないし、リソースがないので立て直すこともできない。

 

「さて、本当になにもできない。マナがない、手札もない、踏み倒しで抜け道を作ることもできない。僕はどうしたらいい?」

「死ねばいいと思うのです」

「辛辣だぁ」

 

 ここから先は無情な時間だった。

 リソースが枯れた青崎に対し、汐は嬲るように、追い打ちをかけてさらに刈り取っていく。

 《ドケイダイモス》で手札を。《ハンゾウ》でクリーチャーを。《ドルバロム》でまたマナを。

 一度ならず二度三度、蹂躙する。

 勝負を焦ったりはしない。けれどもゆっくりのんびり生かすつもりもない。

 最速かつ最適に。

 確実に、死滅する。

 

「8マナをタップ。《ハンゾウ》を進化」

 

 《ドルバロム》《バロム・ロッソ》《バロム・クエイク》と続き、現れる原初の悪魔神。

 それは――

 

 

 

「降臨です、悪魔様――《悪魔神バロム》」

 

 

 

 絶望の魔神が、現世に座する。

 そして、それを皮切りに、悪魔神たちの侵攻が始まる。

 

「まずはこちらから、《バロム・クエイク》でTブレイクです」

「う……S・トリガー《サイバー・ダイスベガス》だ!」

「《ドケイダイモス》で攻撃です、Wブレイク」

「Dスイッチ! 《ガロウズ・ホール》で《ドケイダイモス》を手札に戻して、超次元ゾーンから……」

「なにを出そうと、《バロム・クエイク》で吹き飛ばされるですけどね。《バロムロッソ》で残りのシールドをブレイクです」

「う、S・トリガー、《ゴースト・パイレーツ》……《ドルバロム》のパワーをマイナス8000、そしてバウンスするけど……」

「凌ぎ切るには足りなかったようですね。では、とどめです」

 

 無情に、無慈悲に、容赦なく。

 少女の一言で、魔神の鉄槌が下される。

 

 

 

「《悪魔神バロム》で、ダイレクトアタック――」

 

 

 

◆ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ ◇

 

 

 

「――これは」

 

 汐の手元に、誘われるようにして落ちてきたのは、《賢愚神話》のカード。

 その様子を見て青崎は、やれやれと肩を竦める。

 

「負けてしまったか。流石に敵わないね。《賢愚神話》も取られちゃったし……まあいいか」

 

 負けても、カードを失っても、青崎はあまり気にしていない様子だった。

 それでもいいと、むしろそのつもりだったと言わんばかりだ。

 そんなあっけらかんとした青崎に、汐は不可解な視線を向ける。

 

「……結局、あなたはなんなのですか」

「なんなのって、なにさ?」

「あなたのしたいことがさっぱりわからないのです」

「それはね、今のが君の知りたいことさ。見ただろう? 大いなる神話の偉容を。君の大切な先輩方も、その神話的事象に直面している。関わってしまったのさ、この“ゲーム”に」

「今のようなことに、先輩達も……」

「そ。まあ僕なんて下の下のぺーぺーだけど、十二の神話を求める連中は多いし、強いよ」

「私たちはこの馬鹿げた出来事に触れてしまったせいで、狙われる、ということですか」

「そういうこと。あ、君を引きずり込んだのは僕だけど、君の先輩らを巻き込んだのは僕じゃないから、そこは誤解なきよう」

 

 夕陽を襲った女と手を組んでいることは、ここでは言わない青崎だった。話がややこしくなるだけだ。

 

「僕はただ、仲間はずれな君を同じ場所に一纏めにしてあげようと思っただけさ。縁もあるしね」

「縁……わけがわからないですね。わからがわからないと言えば、あなたの目的もさっぱりです」

「それはさっき言っただろう? 君も一緒に巻き込んであげようと……」

「そうではないです。それは私へちょっかいかけにきた理由であり、もう一歩先はまだ言っていないですよね」

「…………」

「あなたは、あなた自身はなにがしたくて、なにを為そうとするために、なにが目的で、こんなことをしているのですか」

 

 こうして汐に接触した理由。

 青崎記という男の行動原理、理念。それ自体が不明瞭だ。

 青崎はそれを聞くと、愉快そうに微笑んだ。

 

「あぁ、それは簡単なことさ。僕の行動原理なんて、とても単純なんだ。僕が求めるのは、ただひとつ」

 

 青崎は人差し指を一本立てる。

 そして、卑しく、子供っぽい、無邪気で狂気的な笑みを浮かべた。

 

 

 

「“知りたい”」

 

 

 

 簡潔で、短いフレーズ。

 たったそれだけの言葉に、彼の狂気のすべてが詰め込まれていた。

 

「僕はね、すべてを知りたいんだ。世界の真理を、この馬鹿げた“ゲーム”の真実を、神話の生み出す森羅万象、そのすべてを!」

 

 どこか熱狂的に弁舌する青崎。その威迫に、汐は少し引いていた。

 なにか、大変な地雷を踏んでしまったのかもしれないと。

 

「君たちが神話の“ゲーム”に参加して、引っかき回してくれれば、新しい未知を知ることができるかもしれない。この“ゲーム”の真意に辿り着くことができるかもしれない。狂った神話の事象を解明できるかもしれない。そのためなら、僕は手を尽そう。智慧も絞ろう。無関係な人だって巻き込むし、縁も義理も引きずり込もう」

「……気持ち悪い人です」

「なんとでも言うがいいさ、これが僕だ。そして、君たちは僕の知識欲を満たすための餌さ」

「餌、とは。不愉快極まりないですね」

「だけど抗えないだろう? 君の大事な先輩達はどうしたって神話の蟻地獄に嵌まっている。そして君も、僕を倒してしまったばっかりに、《賢愚神話》を手にしてしまった。ここまで踏み込んでしまったら、もう抜け出せないよ。どうしたって君たちは、十二の神話を巡るこの“ゲーム”に、そしてその神話に、向き合わなくちゃいけないのさ」

「……そうですね。癪なことですが」

 

 確かに、無視することはできない。夕陽にこのみ、自分の先輩達が関わっているというのなら、なおさら。

 彼らがひた隠しにしている理由は、これのようだ。確かにこんなふざけた出来事、このみの頭でもなければ口外にはできない。

 そしてこれだけ危険なことであるのなら、やはり、放置もできない。この男のいいように動かされるというのは非常に腹立たしいが、その“ゲーム”とやらを知って行かなくてはならないのだろう。

 

「さて、僕の今回の目的は果たせた。あぁ、その《賢愚神話》だけどね。魔除けの鈴じゃないけど、お守り代わりに持っておくといいよ。持ってると危険ではあるけど、役に立つ。君たちはこれから、もっともっと、神話的事象に直面し、“ゲーム”の渦中に引きずり込まれるだろうからね」

「……御免被りたいところですね」

「しかし現実はそうはいかないのさ。まあそれがあれば、多少のことならどうにかなる。きっと君を守ってくれるよ。たぶんね」

「胡散臭いですね。これも、あなたも」

「ははは、よく言われる。昔からね」

 

 軽快に、そして軽薄に笑いながら、青崎は踵を返す。

 

「それじゃあね、御舟さん。君らの道行きを祈っておこう。精々、僕の知りたい真実に辿り着くために藻掻いてくれたまえ」

「お断りです。私は、私の意志で事を為すだけです」

「あぁ、うん。それでいいよ。君は……君らは、その方が、きっといい」

 

 流し目でどこか遠くを見つめ、青崎はそのまま店の扉へと手を掛け、店を出ようとする。

 それと同時に、店内に入ってくる男がいた。

 それは汐の兄――御舟澪だった。

 青崎は彼を見るや否や、汐に見せたのとはまた違う、どこか柔らかで胡乱げな微笑みを浮かべる。

 

「どうも、こんにちは」

「……あぁ」

 

 ただそれだけの言葉を交わし、青崎は澪の横をするりと抜け、退店していった。

 店には汐と澪の兄妹が残される。

 

「お帰りなさいです、兄さん」

「おう」

「変なお客さんが来ていたですよ。変態なお客さんです」

「あぁ、確かにあれは変な客だ。変態で生意気で胡散臭い客だな」

 

 特に感慨もなさそうな澪。とはいえ、いつもポーカーフェイスで表情を読ませてはくれないのだが。

 

「店番ありがとな。後は俺がやる。部屋に戻っていいぞ」

「……はいです」

 

 汐は兄に店を任せ、部屋へと戻っていく。

 ――大変なことになってしまった。

 神話だとか、それを巡る“ゲーム”だとか、そんなものに巻き込まれるだなんて、なんとも不条理だ。

 夕陽やこのみの身も心配である。今後の道行き、未知なる未来への不安。

 これからどうするべきかも考えなくてはならないが、しかしとりあえず、最初に自分がするべきはひとつ。

 

 

 

「先輩達に、問いたださなくては、ですね」

 

 

 

 後輩を退けものにして隠し事をしていた先輩達を、こってり絞らなくては。




 コスト対応型打ち消しにした弊害として、あまりにもデカすぎるコストのカードには対応できないという欠点が生まれたヘルメス君。ギュウジン丸とかガリュミーズとか名前が長い奴とかは、ほぼ対応不能。強いと言っても完全無欠ではないのです。
 そして今回が書き終わったことで、ちょっと考えている新作にようやく移れます。シリーズになるかは未定。ほとんど単発気分で書くつもりです。
 またメソロギィ本編も、登場人物3人のプロローグが終わったので、次回から本格的に話を進めていこうと思います。


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