デジタルワールドの美味しい物語。 (へりこにあん)
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天使のスープの物語。

「落石から守ってくれてありがとう!」

 

見上げながらそう無邪気に言うキュピモンを見て違うと感じた。

 

俺は感謝されるようなデジモンじゃないし感謝なんてして欲しくない。確かに落石を蹴り砕いて助けたがそれは目の前で死なれると飯がまずくなるというだけの理由であって困ってるデジモンを見過ごせなかったとかそういうものではない。

 

俺はこの世界を呪うことを宿命づけられた存在である魔王に進化してしまった。究極体だから目の前にいる幼年期のキュピモンと違ってもう変わることはできない。

 

「・・・助けたのは気まぐれだ。一分経ったら今度は殺したくなるかもしれない、気が変わる前にとっととどこかに行け。」

 

キュピモンに背を向けて止めたバイクの近くにあった岩に座り昼食の準備に取り掛かる。

 

準備と言ってもパンと干し肉を取り出すだけだ。

 

しかし今日は少し違う。

 

この前ガソリンの補給で立ち寄った街でリアルワールドではなんにでもたっぷりつかうのだというオリーブオイルなるものを買った。

 

どうつかうかよくわからないのでとりあえずパンにかけてみた。たっぷりと言っていたのでヒタヒタするぐらいにかけた。

 

俺は暴食の魔王と言われているが食べられればなんでもいい訳ではない。

 

贅沢ではあるがぱさぱさした携帯食は不愉快になるだけだし干し肉もそのままじゃ食べれたもんじゃない。

 

いや、まだ干し肉はいい。野菜と一緒に煮込めば即席でしっかりとした味の付いたスープができる。

 

「・・・ほんとはそんなことしないでしょ?」

 

わざわざ俺の前に回り込んできたキュピモンがじっとこちらの目を見て聞いてくる。

 

「する。超する。もう視界に入っただけで撃つ。視界に入って無くても物音したら即ベレンヘーナ乱射。物音しなくても探し出して原型無くなるまで撃つ。」

 

俺はめんどくさいので顔をそむけて今日の昼食に齧り付きながら適当に答えた。

 

「そう、なの・・・?、えぐっ・・・」

 

・・・まずい、これは非常にまずい。キュピモンが隣で泣いてたら食欲半減というのもあるが単純にこれはまずい。

 

オリーブオイルがこんなものだとは思わなかった。それなりに値段が張ったのでリアルワールド式よりはかけていない筈だがまずい。

 

「・・・これくれてやるから泣くな。」

 

キュピモンの手にオリーブオイルのかかった何かと食べかけの干し肉を渡す。

 

「えぐっ・・・いいの?・・・ひぐっ。」

 

「泣かれると飯がまずくなる。」

 

キュピモンにあげるならば勿体なくは無い。堂々と新しいパンと新しい干し肉を取りだし今度は少量のオリーブオイルを干し肉にかける。

 

「うん。ありがとう・・・」

 

今度はうまい。値段を考えるといい買い物ではないなと思ったがたまの贅沢だ。いいだろう。

 

「おいしー!」

口の周りを油だらけにしながらキュピモンが歓声を上げた。

 

元がかなり固いパンだったからかなとも思ったが幼年期は大概なんでも美味いと言うものだということを思い出した。

 

しかしパンと干し肉を食べるとなかなか喉が渇く。確か近くに小川が流れていた筈だ。適当にろ過して煮沸して飲もう。

 

そう考えて立ち上がると隣でキュピモンが立ち上がった。

 

キュピモンがどこか遊びに行くのならこのままここに座って見えなくなるところまで行ったら立ち去って別のところで昼食にしよう。

 

そう考えて座るとキュピモンも座った。

 

「・・・」

 

「・・・」

 

立ち上がる、キュピモンも同じように立ち上がる。

 

「・・・」

 

「・・・」

 

座る、キュピモンも同じように座る。

 

立つ、キュピモンも立つ。

 

座る、キュピモンも座る。

 

立つ、立つ。座る、座る。立つ、立つ。座る、座る。立つ、立つ。座る、座る。立つ、立つ――

 

「・・・真似するな。」

 

いらだちを覚えながらキュピモンを三つの目で思いっきり睨みつける。

 

「何やってるのー?」

 

キュピモンは完全体でも震えあがるだろうに一切動じていない様子でこちらを無邪気に見つめていた。

 

しかたない。あまり気は進まないがキュピモンを家まで送っていった方がどうやら賢明な判断らしい。大体の幼年期デジモンは何かしら集団で成長期、成熟期になるまで面倒を見てもらえる。落石地帯にいた時点で迷子だろうことは明々白々だった。

 

「お前、家はどこだ?」

 

「もうないよー。」

 

キュピモンがフランスパンと悪戦苦闘しながら答える。オイルが染み込んでていも幼年期には固すぎたか。

 

「そうか・・・ん?」

 

おかしくないか?ないじゃなくてもうないって言わなかったか?

 

「なんで無くなったんだ?」

 

決して心配しているわけではない。飯までくれてやった以上安全なところまで見届けないとスッキリしないだけだ。

 

「なんかねー、あかいあくまさんがね、エンジェウーモンとかピッドモンとかみーんないしにかえてこわしちゃったのー。」

 

赤色の、デジモンを石に変える悪魔。一人心当たりがあった。

 

「・・・お前の家まで案内してくれるか?」

 

未だバケットと格闘中のキュピモンに聞くと口のまわりをオイルでベトベトにしながら頷いた。

 

「後、あれだ。お前が今まで家で食べた物の中で一番うまかったのなんだ?」

 

この質問に深い意図は無い。単純に助けた後でたかろうと思ったからである。

 

「ぼくはねー、エンジェウーモンのつくってくれるスープがすきなのー。」

 

スープ。どんなスープか知らないが今日は朝もサンドイッチだけだったことを考えるとどんなスープでもないよりはいいという気になってくる。

 

 

 

 

 

派手にやったな。

 

小さな村で起きてしまったその惨状を見て最初に思ったのは呆れだった。

 

俺はこの村のデジモンじゃないから悲しまないし怒らない。

 

下半身の砕けたエンジェウーモンの石像も、頭の砕けたピッドモンの石像も、生きたまま十字架に磔にされている幼年期、成長期のデジモン達も魔王たる俺にとっては趣味悪いな。手間もかかるだろうになんでわざわざこんなことを?ぐらいのものでしかない。

 

「おや?ベルゼブモン様じゃないですか?こんな辺境の地にどうしたんです?」

 

エンジェウーモンの石像に座りながら磔を眺めていた赤色の悪魔が俺に話しかけてきた。

 

「フェレスモン、お前がこれをやったんだな?」

 

肩に乗せたキュピモンを下ろしながら聞く。

 

「そうです。なかなかいいとは思いませんか?砕け散る天使と天使の守ったものを蹂躙する悪魔・・・私を含めて一つの芸術に昇華されるのです。」

 

なるほど、やはり悪趣味だということぐらいしかわからん。だが、とりあえず愉悦のためだと見て間違いないらしい。

 

「で、ベルゼブモン様は何故こんなところに?」

 

フェレスモンはキュピモンには気づかずに俺に問いかける。

 

「こいつから旨いスープを作るエンジェウーモンがいると聞いて来た。」

 

俺が指差すとフェレスモンは初めてキュピモンに気づいたらしい。

 

「それは申し訳ありません。エンジェウーモンはもうこのように・・・」

 

「フェレスモン。問題だ、俺、魔王ベルゼブモンは一体何を司る魔王だ?」

 

フェレスモンはそこで初めて自分が取り返しのつかないことをしたのだと気づいたようだ。

 

「ぼ、暴食・・・」

 

「正解。」

 

怯えた声で答えたフェレスモンにベレンヘーナの銃口を向ける。

 

「第二問、天使型のデジモンと仲良くツーリングする程楽しみにしていたスープが食べられないと知った時、その原因のデジモンを暴食の魔王はどうする?」

 

フェレスモンはひぃっと短い悲鳴を上げ、エンジェウーモンの石像から転げ落ちた。

 

「そ、それは・・・」

 

「それは?」

 

俺が一歩近づくとフェレスモンが一歩後ずさる。

 

「それはどうするんだ?」

 

「こ、殺すのではないかと・・・」

 

フェレスモンは怯えた演技をしながらもいつでも飛んで逃げられるように羽を使えるだけのスペースを確保している。

 

小賢しいという言葉はきっとこいつのためにあるのだろう。

 

銃口を突きつけたからといって撃つとは言っていない。上から爪で切り裂けばそれで終いだ。

 

「そこまでわかってるなら・・・」

 

――ダンッ

 

大きく一歩踏み出し威嚇で一度銃を撃った。今の反応を見たところ俺の敵にはなれないレベルだ。単純に弾丸一発で決まるかもしれない。

 

「次は外してやらないってk」

 

「だめー!」

 

俺は背中に柔らかいものがぶつかってきた理由がわからなかった。

 

お前の世界を壊したのはこいつだろ?恨んで憎んで呪って殺意を抱いて当たり前じゃないのか?

 

「いたいのはだめー!」

 

俺がキュピモンをつまみ上げると半分泣きかけながら喚き出された。

 

「・・・あいつのせいで俺はスープが食べられない。お前はエンジェウーモンやピッドモンにもう二度と会えない。」

 

魔王になって何十世紀か、俺は何度となく別れを経験した。魔王だというのに別れは一々辛くて悲しくて切なくていつからか定住するのをやめて一人で旅をするようになった。

 

「あんなやついない方がいいだろ?」

 

子供は単純だ。こういう風に言えば少し葛藤しながらも頷く。

 

「ううん。」

 

予想に反しキュピモンは首を横に振った。

 

「いたいのはベルゼブモンだからだめなの。」

 

やはり訳がわからない。銃の反動は確かにあるがたかが知れている。

 

「こころがね、ぎゅうっていたくなるからだめ。」

 

どうやら心を痛めてしまうからということらしい。

 

「俺は魔王だ。魔王は殺しぐらいで心を痛めたりはしない。魔王は殺す存在だ。」

 

幼年期に理屈が通るか怪しいが言わないよりか少しはましだ。

 

「・・・なんでまおうだといたくないの?」

 

なんで?魔王だぞ?当たり前だろ?悪魔の王だぞ?俺は部下はいないけどフェレスモンみたいなのを統率するんだぞ?当たり前だろ?

 

でもだったら何故悪魔だと痛くないのかという話になる。そしてその答えを明確に提示することは俺にはできそうになかった。

 

「わかった、痛いのは駄目なんだな?」

 

キュピモンが頷く。視界の端でフェレスモンが安堵の息を漏らす。逃げられないと悟ってしまったからの反応であることは言うまでもない。

 

「でも罰はあるべきだと思わないか?エンジェウーモンも悪いことしたら怒ったりしただろう?」

 

またキュピモンが頷く。

 

「じゃあ決まりだ。フェレスモンは見逃さないがこいつは見逃してやる。」

 

勝手に安心していたフェレスモンの頭を鷲掴みにして薄っぺらい笑いを作る。こういう時は薄っぺらい方が怖い。

 

「あ、あぁぁあぁぁぁ・・・」

 

殺したデジモンをロードする時のようにしてフェレスモンから体を構成しているデータの中でも根源的なほぼ全デジモンに共通する力のデータを奪い取る。奪い取られたフェレスモンは強制退化、ブギーモンとなってしまった自分を嘆いてかピクリとも動かない。

 

しかしこの力をこのまま自分のものにしても面白くない。俺は力なら有り余っているわけだし、フェレスモンの力が加わったところで全体から1%伸びるのかも怪しい。

 

「行け。もう二度と俺の前に姿を現さないようにな?」

 

俺が頭から手をどけて優しく語りかけてやるとブギーモンは今度こそ本当に怯えた様子で慌てて飛び去って行った。

 

ふと気づくとフェレスモンじゃなくなったからかピッドモンとエンジェウーモンが石像ではなくなり生身に、磔にされていたデジモン達も黒い十字架がデータの塵と化したために地面に落ちている。景観としては助ける前の方が良かったのかもしれない。

 

ピッドモンは頭が無く、絶命しているためかすぐにデータの塵に還ったがエンジェウーモンは流石に完全体なだけのことはあり、どう手を尽くしても死ぬことは間違いないがまだ喋ったりするだけの余力があった。

 

「・・・まさか、魔王に助けられるとは、思っていませんでした。」

 

エンジェウーモンは何とか仰向けになりこちらに顔を向けてそう切り出した。

 

「俺は助けていない。お前はもう死ぬ、助けることもできない。それに俺はスープが飲みたかっただけだ。」

 

「ふふふ・・・はぁっ、私のことじゃっ、ありません、ピッドモンはもちろん、あの磔にされていた子達もっ・・・データを消耗しすぎてますから助かりませんしね。」

 

普段騒がしいだろう幼年期も成長期ももう喋る気力も無いらしい。

 

「・・・くっ、は、そこにいるキュピモンのことです。」

 

キュピモンはいつの間にか俺の肩にぶら下がるようにしがみつきエンジェウーモンを見つめていた。

 

「助けたつもりはない。たまには他人と飯を食べるのもいいかなと思っただけだ。」

 

そしてその結果変なことに巻き込まれた。

 

「嘘ですね・・・私にはわかります。あなたは優しい人です。」

 

魔王の俺に優しいという表現を使うやつは非常に珍しい、いなかったわけではないが片手で数えられるぐらいしかいなかった。

 

「俺が優しい?」

 

「はい、くうっ・・・スープは、はっ、後は味を調えるだけの状態で家の中にありますっ・・・お礼に、差し上げっます・・・」

 

エンジェウーモンの体にノイズが走り出す。死の予兆だ。

 

それを見てちょうど面白いことを思いだしたのでベヒーモスに積んであったオリーブオイルを取り出す。

 

「キュピモン、手を出せ。」

 

キュピモンが出してきた手にオリーブオイルをかける。

 

「エンジェウーモンに塗ってやれ。」

 

食に関係なかったのでうろ覚えなのだが、オリーブオイルはある宗教では神聖な油とされているらしい。葬式なる死んだ人間を葬る式典で塗ったりもすると聞いた。

 

キュピモンは無言でエンジェウーモンにオリーブオイルを塗った。幼年期なりに感じることがあるのだろう。

 

「あり、がとう・・・キュピモン。ベルゼブモン、こっ、この子をよろしくお願いします・・・」

 

エンジェウーモンは逝った。これだけの量喋らなければ磔にされていたデジモン達よりも生きていられたかもしれないのにとも思ったのだが天使は大体そうやって無駄に頑張って死ぬ。

 

とりあえずフェレスモンの力をどうしたらいいかだけはわかった。キュピモンをよろしくとは言われたが一から十まで面倒を見る気は無いしそんな義理は無い。

 

成熟期まで進化させてしまえば一人立ちできる。完全体が一世代退化する分の力を与えるのだからおそらく成熟期まで進化する。

 

エンジェウーモンが消えていった空間を見つめるキュピモンの頭に手を置き力をインストールする。

 

予想通りキュピモンは姿を変え出し身長も高くなり赤い布を頭に巻いた金色の四枚の翼を持つ女性型の天使に姿を変えた。

 

俺は同じ種類のデジモンと何度も戦ったことがあるのでその名前を知っていた。

 

「ダルクモン。」

 

呟くとダルクモンはなに?と外見に対して幼さを感じさせる首の傾げ方をした。

 

世代が上がるとデジモンとしてのスペックが上がるから頭自体はよくなるが精神的に向上する訳ではない、精神的に向上するには時間が必要になる。すっかり忘れていた。

 

結局何の解決にもなっていない。ダルクモンの頭もそうだし磔にされていたやつらは今まさに生死の境をさ迷っている。

 

・・・俺もダルクモンも傷を癒す力はない。

 

・・・考えてもしょうがない、とりあえずはスープだ。

 

一番大きな教会のような建物の鍵は壊されていたが中は綺麗だった。

 

多分エンジェウーモンはここに避難させてフェレスモンと戦っていたのだろう。ダルクモンはその後幼年期、成長期を探すフェレスモンから隠れきって逃げたのかもしれない。

 

少し空気を吸い込むと普通のスープの匂いがした。特別美味いということは無さそうだがまぁいい。

 

匂いを辿りスープの入った大鍋を見つけた。暴食の魔王とは言えこれではとても食べきれない、ダルクモンに手伝わせても無理だ。

 

仕方ないので磔にされていたやつらにも協力してもらうことにした。

 

幸い大量の食器もすぐに見つかったので磔にされていたやつらの方に大鍋と食器を持っていく。

 

なんとか動けるやつには自分で飲ませ、動けないやつは口に流し込んだ。

 

最初の一口で何体かは気が抜けて安らかな表情で逝き、他のやつらも順次データの塵になって消えていった。

 

大鍋にはそれでも大量のスープが残っていたので俺とダルクモンが飲む分だけ残してエンジェウーモンとピッドモンがいたところにかけたた。

 

少しだけ引っ掛かっていたデータの塵が洗い流された。

 

「ベルゼブモン・・・」

 

残ったスープの内自分の分を飲んでいたらダルクモンがだらだら涙を流しながらこっちに話しかけてきた。

 

「エンジェウーモンのスープしょっぱいね。」

 

しょっぱいわけがない。エンジェウーモンがどれだけ濃い味か好きだったとしても野菜だけを煮込んだスープに塩気はない。これから足される筈だったのだろうが面倒だったので何もしなかった。

 

「そうだな、しょっぱいな。」

 

でも泣くダルクモンを見ていたら何故かしょっぱく感じてきた。

 

嫌なしょっぱさだったのでなにかしようと思ったが生憎手元にあるのは手持ちの固いパン、干し肉、塩や香辛料、教会内部からいただいた柔らかいパンと水、葡萄酒、そしてオリーブオイルだけだった。

 

仕方なく俺は泣きじゃくるダルクモンを見ながら美味しいとは言えないスープを飲み干した。

 

その後、その小さな村には誰も住んでいない。しかしそこに誰かがいた証として小さな教会に大きめの石に荒々しく言葉が刻まれた碑が一つポツンと置いてある。

 

 



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パーフェクトなラーメンの物語。

たまには他人と食べる飯も悪くない、そんな理由で拾ったはずだった。すぐ近くの町にでも引き渡せば面倒見てくれるだろう、そんな軽い気持ちでいた。

 

「ベルゼブモン、おなかすいたー。」

 

確かに嫌なしょっぱさを味わったりもしたがそれでもリアルワールド式の味付けのサンドイッチをうまそうに隣で食べられて自分の持ってる普通のサンドイッチまで普段よりうまそうに見えるという効果を上げ一応成功はしたと思った。しかし流石にこうべたべたと懐かれるとうっとおしい。

 

そう思ってつい昨日寄った街を後にする時に誰かダルクモンを引き取ってくれる奴がいないか探してみたが誰も引き取ってはくれなかった。よく考えれば当たり前だ、暴食の魔王が連れている天使だなんて怪しすぎるしそれに世話が必要な成熟期というのも訳が分からないだろう。

 

一体どうしたらこいつは俺のところからいなくなってくれるのだろうか。

 

「ベルゼブモーン?」

 

ダルクモンは俺の尻尾をこねくり回して引っ張って反応を求めてくる。尻尾は結構繊細で痛覚とかも少なくないんだがこいつは何度言っても尻尾を弄る。

 

「尻尾を弄るのやめろ。バイクの操作ができなくなっても知らないぞ。」

 

俺の愛車ベヒーモスは並のデジモンには乗りこなすことなど不可能で弱い乗り手ならその意識を取り込んでしまう化け物、俺と同じように孤独なところが気に入って乗っているが未だに時々俺をも振り落とそうとして来る。そんな時には尻尾でバランスを微調整する必要があったりするのにダルクモンが弄ってるとそれができない。

 

「でもそしたらぼく普通に落ちちゃうもん。背中に抱き着いちゃダメだっていうしー。」

 

こいつは頭の中が成長期程度で止まっているらしい。しりから生えているから尻尾なんだ、背中にべったり引っ付かれていたら結局まともに尻尾を使えない。それに奥の手が使えなくなってしまう。

 

「当たり前だ。」

 

「ところでベルゼブモン、おなかすいたー。」

 

また戻った。こんなのを何体も何体も世話していたと思うとあのエンジェウーモンはなかなか尊敬に値する奴なのかもしれない。

 

「・・・そろそろ町だから少し待て。」

 

町に行ったらとりあえず飯屋に入ろう。ダルクモンを拾う前の前の町で手に入れたグリーンマカライトの鉱石の残りを金に換えれば飯代とダルクモンの当分の生活資金ぐらいはまかなえるだろう。

 

「むー・・・」

 

ダルクモンが尻尾の先をぐりぐりし出すが無視する。本音を言うと少し痛いのだが魔王が天使に遊ばれているだけで十分おかしいのにこれ以上不名誉な姿は見せられない。

 

何かが変わったな。町を一見して前に来た時と何かが違うことに気が付いた。

 

数年前よりも町にも人にも活気がある様だ。静かで少し寒い風が吹く中で綺麗な夜空を見ながら食べる細い麺の入ったスープがうまかった記憶があるのだが街灯が立ち並び建物も高くなった。空も狭くなったし風もうまく通るか怪しい。

 

まぁこの程度は旅しているとよくあること、気にかけることすら馬鹿らしい。

 

「ベルゼブモン、どこでご飯にするのー?」

 

俺が引くベヒーモスの上に座ってダルクモンは無邪気に尋ねてくる。前の町の時に注意したのになんでこいつは聞いてくれないのだろう。そんなに難しいことを言っただろうか?面倒事にならないようにベルゼブモンと呼ぶなとだけのことなのに。

 

「・・・あぁ頭痛くなってくる。」

 

「ベルゼブモン頭痛いのー?」

 

こっちの気持ちも知らないで仮面の上から俺の頭を心配そうに撫でてくる。とっとと誰か引き取ってくれればいいのに。

 

換金した金は思ったよりも高値だったものの物価がそれ以上に上がってしまっている。とりあえず間違いなさそうな定食屋に入ってみる。

 

魔王ということがダルクモンのせいでばれてしまっているからか妙に接客がいい。ただビビられながら食べるのはあまり趣味じゃない。

 

「ベルゼブモン。何食べてもいいの?」

 

「あぁ。」

 

面倒だから放っておいてメニューにさっと目を走らせる。値段はこの町にしては安い方だ、十分手持ちでまかなえる。

 

俺は生地で肉を包んだものが入っているスープを頼む。スイギョウザと言うらしい。ダルクモンもいろいろ迷った挙句俺と同じのを頼んだ。一緒に何かしたいという意識が強いのは天使デジモンの特徴だ。そうしておせっかいをして無駄に頑張って死ぬ。

 

すぐに運ばれてきたのだがすこし残念だった。すぐに提供できるのを目指したためなのかよくわからないがこの生地で肉を包んだものをスープに入れたまま煮込んだらしく生地の弾力が失われてしまっていて中身の餡が美味いのに食感が悲しい。それでもまずくはないのだが美味しいかどうかと言えば美味しくないということになる。

 

目の前のダルクモンは素直ゆえにこういう時にめんどくさい。

 

「ベルゼブモン。べちゃべちゃだけどあんは美味しいね。オリーブオイルかけたら美味しいかも。」

 

こうやって言いにくいことまでバッチリ言ってしまう、一緒にいるのが魔王じゃなかったら店の外に放り出されても仕方ないような面倒な素直さだ。

 

「・・・そうだな。スープもうまいけど確かに生地は残念だ。オリーブオイルはやめておけ。」

 

どうせ魔王だとばれてしまっているわけだしもうどう転んでもいいだろう。

 

だがこれでも暴食の名を持っているので全部完食しダルクモンにも完食させてすぐに店を後にした。

 

「これからどこ行くのー?」

 

相変わらずベヒーモスの上に座るだけで歩こうとしないダルクモンがついにベヒーモスの上からベヒーモスを押す俺に器用にもたれかかってきた。絶対その体勢の方が辛いだろうにそんなにくっついていたいのか

 

「俺の昔のなじみだ。だいたいこの町の近くにいる。」

 

ダルクモンをどうやったら引き取ってもらえるか、考えてみれば簡単なことだ。

 

引き渡してくるのが魔王じゃなくて聖騎士だったとしたらどうだろう?怪しい奴から可哀想な子になり保護欲をかきたてられるようになるだろう。それも世界最高のセキュリティ期間ロイヤルナイツの一員で災厄を体の中に封印し続ける紅蓮の騎士が預かって欲しいと頼んだら快く受け入れてくれる筈だ。

 

「なじみってー?」

 

とうとうベヒーモスから降りて背中に抱き着くような形になったダルクモンが耳元で聞いてくる。まだベヒーモスに乗っててくれた方が楽だった。魔王である俺にとって大した重量ではないがそれでも筋肉は凝ったり張ったりして疲れる。

 

「知り合いってことだ。乗るならベヒーモスに乗れ、乗らないなら歩け。」

 

「やだ。ベルゼブモンあったかくて落ち着くもん。」

 

あったかい。暴食の魔王、この世界を呪うことを宿命づけられた俺に対してあったかいという言葉は絶対に違う。それが体温のことを表していたとしても冷酷で残虐であるはずの俺には似合わない言葉だ。

 

しかしダルクモンを力づくで引っぺがしてもすぐにまた引っ付いてくるだろう、俺に諦めさせる方法は無いので俺が折れることにする。

 

そんなこんなで町を少し離れて小さな教会へ向かう。小さい教会ではあるがそれに似合わない巨大なエネルギーが俺に向けて重圧を放ってきている。俺はそれに今日は喧嘩をしに来たわけじゃないことを伝えるためにちょっと苦しいが体が反射的に放出しているエネルギーを抑える。

 

「っ・・・!?」

 

ダルクモンが一瞬苦しそうにしたのですぐに元に戻したがこちらの意図に気づいたらしく溢れだしていた敵意が引き教会の扉が静かに開いた。

 

「どうしたベルゼブモン、喧嘩以外の目的で来るなんて珍s・・・」

 

教会の中から出てきた紅蓮の騎士、デュークモンは本来俺の天敵、邪悪の頂点の俺と神聖の頂点のデュークモンは真逆の存在だがこいつは昔からのなじみのせいか何故か俺に馴れ馴れしい。

 

「・・・そうか、今日は喧嘩では無くて戦争だったか。ならば今日の俺・・・いや、我はロイヤルナイツとして責務を果たし魔王ベルゼブモンの首を討ち取ろう。」

 

デュークモンは威厳を保つためキャラを作っている奴なのは知っていたが俺の前では昔通りのフレンドリーなバカだった筈だ。ロイヤルナイツとしてのキャラで殺気を放ってきたことなんて数えるほどしかない。

 

「どうしてそうなった。今日は喧嘩も戦争もする気なんてねぇよ。」

 

「ならばその背中に抱き着いているダルクモンはなんだ。モテない我に対する皮肉だろう!スレイプモンといいお前といい・・・リア充なんて、リア充なんて・・・ファイナルエリシオン!!」

 

半ば呆れている俺にデュークモンは構えた聖盾イージスの中央から純白の光を放った。その威力のすさまじさはおそらく誰よりもこいつと戦ってきた俺が一番わかっている。正面から受けると俺でも腕の一本消し飛ぶのは覚悟しなければいけない。

 

「獸王拳ッ!!」

 

ベヒーモスから右手を離し纏った獅子の形をしたエネルギーを撃ち出す。俺の種族が本来持っている技でもないし咄嗟のことなので相殺なんてことはできない。少しでも着弾までに隙を作るためにやった。

 

その時間を使ってベヒーモスは自力で逃げ出し俺はダルクモンを背中から前に抱えると奥の手を使った。背中からぐちゅりと生える一対の黒い翼。それを使って宙に逃げる。

 

「ベ、ベルゼブモン?」

 

お姫様抱っことか言うのをすることになってしまったが何とか避けることに成功した。俺だけならあそこから受け止めることも不可能じゃなかったがダルクモンが余波でダメージを喰らう可能性があった。

 

「・・・デュークモン。本当にどういうつもりだ?」

 

流石に急に殺しに来られたら怒りもする。決してダルクモンを巻き込みそうだったから怒ったわけではない。

 

「だって・・・俺もう数百年生きてんのに一度も彼女なんてできたことないしバレンタインにチョコももらえないし・・・」

 

うなだれて槍を地面に突き刺すデュークモン。どうやらこいつには俺とダルクモンは付き合っているように見えるらしい。そういえばこいつは頭の中は幼年期でも見た目は成熟期、知らなければそう見えても仕方ないか。

 

「こいつは事情があって預かってるだけだ。ちょっと前までは幼年期だったし俺の好みじゃない。」

 

そもそもデジモンに性別は無い。人間達から持ち込まれた恋愛という概念は知識として知っているものの俺はしたことはない。だからそもそも自分の好みもわからない、一人の方がよっぽど楽だし。

 

「幼年期から自分好みに育て上げている途中だと・・・?」

 

「違う。」

 

昔から思い込みの激しい性格なのは知っていた。俺のことを優しいと表現する数少ない奴の一人なぐらいだからこいつは相当変だ。

 

「とにかく幼な妻か・・・くそ、羨ましい。」

 

「俺はこいつのことを何とも思ってない。もちろん好きでもない、養うのにも金が要るし俺が魔王だということを街中で平気でばらす面倒な奴だ。」

 

そうかとデュークモンが納得しかけた時にダルクモンが余計なことをし出した。

 

「ベルゼブモン、ぼくのこと嫌いなの?僕はベルゼブモンのこと好きだよ?」

 

そう言って俺の首に抱きついて頬ずりをしてきてしまった。

 

「よろしい、ならば戦争だ・・・」

 

デュークモンの槍の先が青白い光を纏いだす。デュークモンの持つもう一つの技、ロイヤルセイバーの前兆だ。

 

「落ち着け、ガキが保護者を好くことぐらい変なことじゃないだろ。」

 

「幼な妻でピュアでぼくっ娘それだけの逸材を一体どうやって・・・ッ」

 

俺にはよくわからない言葉で褒められているダルクモンは頬ずりを続けている。流石に長時間はうざったらしいので地上に下ろしてもう一度飛びあがる。

 

「知り合いがこいつのいた村を滅ぼしてスープを飲めなくなった。それでそいつをぶっ倒したらこいつのことをエンジェウーモンに任され、面倒だったから知り合いの力をこいつに注いで進化させた。」

 

「・・・OK、流石に冷静になった。すでに公認ということは俺は結婚式の仲人でもやればいいのか?」

 

「違う。」

 

「ベルゼブモン、ぼくお嫁さんやってみたい!」

 

デュークモンの盛大な勘違いにダルクモンが乗ってしまって飛びあがって俺の首にまたぶら下がる。

 

「ピュアな上に可愛すぎるだろ。もう精神だけでロリと言えるレベルだぞこれ。ロリコンめ、さすがにファンに愛想尽かされることになるぞ。」

 

また憎々しげな様子なデュークモンがまたよくわからない言葉で俺のことを罵倒してくる。

 

「俺にファンなんていないだろ。」

 

そう言ったのは面倒だったからだったがどうやら失言だということがデュークモンの表情から容易に分かった。

 

「お前のその悪ぶってていながらところどころで見せてくる優しさにファンになるデジモンがどれだけいると思ってるんだ。俺のファンはだいたい戦闘馬鹿かいきすぎたイグドラシル崇拝者しかいないんだぞ?その点お前は・・・お前は・・・女性型デジモンにもいっぱいファンがいて中には俺のところにお前宛のラヴレターを渡してくれと頼みに来るものまで・・・まぁだいたいこっそりファイナルエリシオンで処分しているが・・・」

 

一応愛情は尊ばれる感情だった筈だ。それを踏みにじる奴が聖騎士な世界はろくな世界じゃない。寄ってこの世界はろくな世界じゃない。

 

「それに最近はスレイプモンの奴までもが彼女作りやがって・・・俺達ロイヤルナイツの鉄の盟約を奴だけは破るまいと思っていたのにまさか四大竜が一体ホーリードラモンとこっそりと密会を続けて盟約を破ることになるとは思っていなかった・・・」

 

思いっきり拳を握り熱弁するデュークモンを俺は冷めた目で見つめダルクモンは不思議そうに見る。教育上のことを考えると見せないようにした方がいいのだろうか?

 

「魔王の俺が心配するのも変ですがロイヤルナイツって大丈夫なのか?」

 

こいつらは一体どんな盟約を結んでいるのか。

 

「お前が気にするな・・・で、式はどこで上げるつもりなんだ?」

 

「お前はいい加減それから離れろ。」

 

それから小一時間ほどかけてデュークモンに事情を全部説明し終るとデュークモンは承諾してくれた。

 

「約束だからな!俺に彼女ができるまでお前も彼女作んないって!!それがダルクモン引き受ける条件だからな!!」

 

「わかったわかった。」

 

元々恋愛に興味なんてない。色々面倒なだけだ。

 

「できればかわいい子の紹介もしてくれると・・・」

 

「ダルクモン口説けば・・・いや、やっぱりそれは駄目だな。」

 

デュークモンは悪いやつじゃない、お人好しで俺のことを優しいと表現する馬鹿野郎だ。だがダルクモンを任せられない、魔王の俺がエンジェウーモンに罪悪感を抱くはめになる。

 

「・・・そういえばダルクモンと会う二つ前に行った街で騎士の募集をしているというバステモンがいたな。」

 

バステモンは獣人型だが美形には違いない。きっとこの変態なら食いつくだろう。

 

「それならエグザモンが行って撃沈した。大きすぎて駄目なんだとさ、力がありすぎるのも問題だな、それに俺ケモミミ属性はないんだ。」

 

エグザモンは島かと見紛うほどの巨体を持ち、ロイヤルナイツでも別格のサイズ。俺がバステモンの立場なら連れ歩きたくはない。力量の差が大きいとかではないと思う。

 

「オリンポスのディアナモンがこの前・・・」

 

「あの人は先週アポロモンと付き合いだしたよ!告白の言葉は俺が君を照らすから君も光ってくれだってさ!!」

 

「ガキがいいんだったらオリンポスの・・・」

 

「ミネルヴァモンは最近アルフォースブイドラモンといい感じだよ!!頭の中ガキだからか話が合うんだってよ!!」

 

・・・駄目だ、どうしようもない。

 

「・・・」

 

デュークモンがダルクモンをじっと見つめる。俺にとって最悪の方向に話を進める気らしい。

 

「・・・ダルクモン、さん?」

 

「なーに?」

 

「よかったら俺と一緒に・・・」

 

「何かやるならぼくはベルゼブモンと一緒がいい!」

 

まぁこうなるとは思っていた。ガキは保護者になつき、甘えて反抗期を経て独り立ちする。ここにいたのが誰でも同じようにダルクモンはしただろう。

 

「・・・おい、睨むなよ。リリスモンのばあ・・・姐さん紹介してやるから。」

 

「いや、リリスモンのばあ・・・姐さんはコロコロ男殺すじゃないか。俺まだ死にたくないんだけど。」

 

「大丈夫だ。ばあ・・・姐さんは癇癪持ちなだけで本気で殺そうとしてないからただの完全体究極体ならいざ知らず、ロイヤルナイツのお前なら耐えきれる。」

 

「あのばあ・・・姐さんの腐蝕はイージスでも耐えられるか怪しいんだけど。結婚がリアル人生の墓場っぽいんですけど。」

 

こうなると俺に紹介できる女性格のデジモンはいない。自慢ではないが知られはするものの俺が知るデジモンは少ない、知り合いはより少ない。

 

「・・・ならもう無理だ。」

 

「じゃあこの話は無かったことにしてくれ。ダルクモンはお前が一生世話してろ!そうすれば子持ちになったお前は人気大暴落だしな。バーカバーカ!」

 

デュークモンは俺にべたべたくっつくダルクモンを羨ましそうに見ながら涙を流して笑い出した。俺自体は恋愛に興味はないが恋愛ができなくなるのがそんなに面白いのだろうかこの聖騎士は。

 

「ねぇねぇベルゼブモン。なんか町の方が騒がしいよ?」

 

ダルクモンが俺の翼の付け根を触る手を止めて話しかけてきた。確かにさっきまでとなんだか違う雰囲気があるし俺やデュークモンの物とは比べるべくもないが殺気が放たれているのも感じる。

 

「少し出て来ねばならないようだ。」

 

立ち上がり槍を構えたデュークモンの表情はさっきまでとはまるで違う。ロイヤルナイツとして聖騎士として魔王の宿敵として相応しい凛々しく神々しいものだった。

 

ダルクモンですら少し緊張したような表情になる。俺はそんな必要は無いとダルクモンの頭を軽く撫でて翼を収めて立ち上がった。

 

「俺も行く。この前来た時に美味い店を見つけてたのを思い出した。確かお前が紹介してくれた店だっただろ、ついでに案内しろ。」

 

素直じゃないなと呟いたデュークモンの頭を軽く小突いてベヒーモスに跨った。すると当たり前のようにダルクモンが後ろに乗った。

 

どうせ聞かないだろうと思ったので一緒に連れて行くことにした。デュークモンにはもしかしたら何か危険があるのかもしれないが俺達はただ美味い店を紹介してもらうだけ、できればその店でダルクモンの世話もしてくれると嬉しいがとりあえずダルクモンを連れてく不都合はない。

 

町のデジモンを引かない程度の速度でベヒーモスを走らせる。デュークモンは翼も無いのに何故か飛べるので気にすることはない、多分マントに何かあるのだろう。一度マントを爪で裂いたら飛べなくなったことがある。あの時の喧嘩は俺の勝ちだった。

 

 

 

 

 

愚かな奴だな。状況を一目で把握して俺はそう思った。

 

「それ以上近づくんじゃねぇ!!こいつを殺すぞ!!」

 

確かサゴモンとかいう種族のデジモン、幼年期のピチモンとかいうデジモンの首根っこを掴んで周りに怒鳴り散らしている。完全体だった筈だから軽く力を入れられれば簡単にピチモンは殺されてしまう。

 

そんなことは俺には関係ない。ただ店を紹介してもらうためにここにいる。強盗を止める為じゃない。

 

「我が名はデュークモン!サゴモン!ピチモンを解放し武器を捨て投降しろ!!」

 

デュークモンが野次馬連中を押しのけて一歩前に出る。いかにもロイヤルナイツな風格でさっきまでのデュークモンとは一切重ならない。

 

「うるせぇっ!俺はシャウジンモンだ!!とっとと下がりやがれ!!いくらロイヤルナイツでもこれだけ距離離れてたら俺が殺す方が早いぞ!!」

 

「ぐぅっ・・・」

 

だがロイヤルナイツだからこそデュークモンは手を出せない、ピチモンの命を優先しなければいけない立場にある。だから組織には属したくない、この意見を表に出しづらくなる。

 

さて、最終的にはデュークモンが勝つのはわかっている。ピチモンを殺さない限りデュークモンは手を出さないが気づかれないように追いかけ続け、殺したらすぐに行動に出るに決まっている。

 

とりあえず待っててやるか。そう思っているとダルクモンが俺の袖を小さくつかんで引っ張ってきた。

 

こんな状況でも甘えるのかと思って振り向くとそこには顔を真っ青にしたダルクモンがいた。

 

「ベルゼブモン、ダメ。死んじゃう、逃げよう?」

 

俺が黙って首を振るとダルクモンは俺の何倍も激しく首を横に振った。

 

「ベルゼブモン。エンジェウーモンの時と同じだもん、プニモンが捕まってエンジェウーモンもピッドモンも攻撃できなくて・・・」

 

そういえば人格は育っていなくても知能自体は上がっている。あの時はよくわかっていなかったことも今はわかっているのだろう。それで、今の状況があの時に似ていると、だから逃げようと言っているわけだ。

 

全くもって俺にはどうでもいい。俺はダルクモンの手を引っぺがして頭を軽く小突いてベヒーモスから降りた。

 

「おい。迷惑だ、そういうことは余所でやれ。」

 

人ごみを掻き分け、デュークモンを後ろに追いやって俺は先頭に立つ。

 

「てめぇなんなんだ!!」

 

「暴食の魔王、ベルゼブモン。」

 

シャウジンモンに俺は丁寧に答えてやる。俺の顔は他の魔王に比べると好き勝手やっているから知名度に大きな地域差がある。それでもかなりの知名度を誇るしここはデュークモンと意味も無く喧嘩することもあって名前を言われれば気づかれる程には知られている筈なのだがシャウジンモンは軽く笑い飛ばした。

 

「お前がベルゼブモンなわけねぇだろ!デュークモンと犬猿の中で周囲に近づくデジモンは全部喰らい尽くすって聞いたぜ!?」

 

「仲は悪くない。デュークモンが彼女募集中なのを知ってるぐらいには仲がいい。」

 

俺が適当に返すと野次馬のデジモン達から逃げ出すデジモン達が現れた。半信半疑な奴や怖いもの見たさ、後デュークモンの衝撃情報を確かめたいやつらは残ったが半分近くは逃げ出した。

 

「ベルゼブモンの名前出せば諦めるとでも思ったのかよ!!馬鹿が!!本物だってならデュークモンの顔面殴ってみろよぉ!!」

 

ちらりと後ろを見るとダルクモンは口をパクパクさせながら震えていた。心配なわけじゃないがあのダルクモンと一緒に食う飯が美味いわけがないしデュークモンがいないと美味い店がどこにあるのかわからない。

 

――バンッ

 

俺の撃った銃弾がシャウジンモンの頬を掠めて壁に突き刺さる。思ったよりも小物だ、反応すらできていない。デュークモンが槍で突きに行ったとしても多分反応できないだろう。

 

「お前、勘違いしてないか?」

 

「て、てめぇ!!次やったらコイツ殺すぞ!!銃下ろしやがれ!!!」

 

シャウジンモンが何とも形容しがたい微妙な武器を振り回しながらピチモンを掲げた。ピチモンが小さくか細い声で助けてと言って涙を流しているのが確認できた。デュークモンが場合によってはお前を攻撃するぞと目で語ってきたが無視した。

 

「俺は迷惑だと言っただけでそいつを助けたいとは言ってない。俺の連れが怯えてまともに飯を食べられない、騒がしいとこでの飯はあまり好きじゃない。だから静かにしろ。」

 

シャウジンモンはダルクモンみたいに口をパクパクさせて何もできなくて固まっていた。相変わらずデュークモンはこっちにプレッシャーをかけていたがやっぱり無視した。

 

「お前がそいつを殺すより前にお前を殺すのは簡単だ、デュークモンも仕方なかったと言うだろ。俺は静かになり怯える必要のない町で連れと美味い飯を食べられる。これは最後のチャンスだ。三秒以内に投降しろ。」

 

結果としては三秒もいらなかった。シャウジンモンはすぐさま武器を捨てて平伏して震えだした。野次馬共がいろいろ騒ぎ立てたが俺は静かにしろと言ったと言うと静かになった。

 

「おいダルクモン。もう大丈夫だ、怯えるな。」

 

ポンポンとダルクモンの頭を叩いてやるとブワッと泣いて抱きつきだした。俺は抱きつかれたままベヒーモスに跨り、デュークモンに合図した。

 

「少し待っていろ。我はこのシャウジンモンが逃げられないようクロンデジゾイト製の手錠と足枷をはめてくる。三分で戻る。」

 

デュークモンはシャウジンモンを抱えてふわりと飛びあがってこっちを軽く見下ろしながらそう言った。

 

「二分だ。お前の仕事を簡単にしてやったんだからもう少し頑張れ。」

 

ダルクモンはずっとぐすぐす言っている。鼻水とかついたかもしれないがまぁいい、飯さえうまく食えればいい。デュークモンが飛び去るとおもむろに距離が取られるようになった。俺は魔王だから避けられて当たり前、むしろそうやって避けて欲しいぐらいだ。

 

そうしているとふと気づいた。どうしていいのかわからないようで呆然としたピチモンに誰も寄って行かない、それどころかほとんど見もしない。デジモンは生殖行為を行わないから誰の子供でもない、エンジェウーモンみたいな物好きがまとめて町単位村単位で育てることが多い。一匹だけで周りに物好きっぽいのもいないということは風にでも流されてきてしまった迷子だろう。

 

俺はダルクモンの頭をもう一回ぽんと叩いてピチモンの方に歩いていった。

 

「おい、偶然とはいえ助けてやったんだ。もう少し嬉しそうにしろ。」

 

「ご、ごめんなさい・・・」

 

ピチモンは俺に怯えていて視線がきょろきょろと動く。まぁ俺は魔王だからこんなもんだ。

 

「嬉しそうじゃないお前の顔が飯食ってる時にチラついたら飯がまずくなる。来い。」

 

ピチモンの顔が驚きの表情に染まって言われるがままに俺の肩に乗ってくる。

 

そこにちょうどデュークモンがやってきて俺が店の特徴を言うとあの店なら場所を変えたんだと言ってそこそこの高さの建物の最上階に連れて行かれた。ベヒーモスはデュークモンに持たせて上がってみると昔見たままの屋台の店が屋上にあった。空が綺麗に見える場所で少し風が心地よく、下の騒がしさも届いてはこない。

 

「前来た筈だが覚えてるか?」

 

デジタマモンに呼びかけるとデジタマモンはこくりと頷いてご注文は?と聞いてきた。

 

「ちなみに俺のお勧めは醤油ラーメンだ。」

 

そう言ったデュークモンが醤油一つと言うとデジタマモンはへいと言ってラーメンとかいう細めんの入ったスープを作り出した。

 

「前に俺が食べたのがどれかわかればそれを頼む。」

 

俺は前に喰った時の記憶よりも美味いとは限らないとも思ったがなんとなくだけれど今喰った方が上手いに違いないという変な確信があった。

 

「塩ですね。」

 

「あれは美味かった。ダルクモンとピチモンにも同じのを頼む。」

 

「美食の魔王様にそう言われると光栄です。」

 

「俺は暴食の魔王だ。」

 

コイツもシャウジンモンみたいなやつなのだろうか。来たことを覚えているのに種族が覚えられていないというのはあまり気分のいいものではない。

 

「すみません、我々食品業界での通り名なんです。ベルゼブモン様が美味いと言った店は潰れることはないと言われているのです。」

 

デュークモンが少し気まずそうだったが気にしない。完全に立ち直り楽しみにしているダルクモンと控えめに嬉しそうなピチモンはきっと美味そうに食べる、うまそうに食っている奴がいると自分の分までより美味そうに見えてくるから不思議だ。

 

「まずデュークモン様、そしてベルゼブモン様です。」

 

ラーメンが二つ目の前に出される。記憶と寸分違わない美味そうな出来だ。

 

「その塩はピチモンに先にやってくれ。」

 

「へい。」

 

「次はダルクモン、俺の分は最後でいい。」

 

ピチモンが遠慮がちにちらちら見てきた。ついでにデュークモンも。

 

「それは俺が美味く食べるためにお前に喰わせてる。俺のために喰え。」

 

デュークモンは無視した。仮にも世界最高のセキュリティー機関ロイヤルナイツの一員、世話してやる理由は無い。

 

「う、うん。」

 

最初はちびちびとだったが美味しかったみたいでピチモンは次第にがっつきだしていた。そのうちダルクモンがピチモンがあまりに美味しそうに食べるからデジタマモンがラーメンを作る様子をちらちらと見るようになって来た。

 

そのすぐ後デジタマモンが俺とダルクモンにもラーメンを出した。ピチモンが美味そうに食べていたからか最初に出されたのを見た時よりもより美味しそうに見えた。

 

あっさりしたスープと喉に吸い込まれていく細麺。頬を撫でるひんやり冷たい風と綺麗な星空のおかげもあってか疲れが癒され、自然に溶け込んでいくような気さえする。

 

「ベルゼブモン、美味しいね!」

 

そんな空気はダルクモンにあっけなく崩された。でもこいつが隣で笑ってるのも悪くない。

 

「そうだな。また喰いに来たいもんだ。」

 

「また来てください。」

 

「こっちも美味いぞ、ちょっとスープ飲み比べてみろよ。」

 

デュークモンがダルクモンにれんげという奇妙なスプーンにしょうゆベースのスープを入れて差し出した。

 

「おい、ダルクモンを餌付けるな。」

 

「お前が言うか美食の魔王様が。」

 

「ベルゼブモン、ケンカはダメだってぼくでも知ってるよ。」

 

「う、うん。」

 

「あっしとしても仲良く美味しく食べていただきたいです。」

 

これだけ大人数でもやっぱり美味いものは美味い。余計に美味い。



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魔女のスープの物語。

迷いの森。デジタルワールドに数ある森の一つで、ありとあらゆるものが迷い込んでくる。迷った者達の終着点とも言われていてその内部には多種多様な外来デジモン達のみからなる奇妙なコミニュティが作られているとも・・・

 

私はそんな森の中央、静かな泉のほとりに一つの小屋を建てて暮らしている。いわゆるこの森の主とかさらには何故か処刑人とまで言われる立場だがあんまりそういう器でも柄でもないと私は思っているので言われる度に否定しているんだけど一向に収まらない。

 

「ねークロスモーン、ご飯まだー?」

 

下半身が煙になっている獣のデジモンが私の金属で覆われた体をコンコンと叩きながら聞く。

 

「後三十分ぐらいかな、バクモン。」

 

私はミドリデジタケの石突を爪で切り落としながらお釜の方の火加減を気にする。ここの近くではみんなパンを食べるが私は大陸出身じゃなくて遠い島の出身でその時からパンよりも米を食べている。といっても森の中で米は手に入らない、なじみの商人が月に一度大量のお米を格安でくれる。この前聞いたらロイヤルナイツのデュナスモン様がこの森を優遇しているらしい、彼は唯一この森の出身で私とも面識がある。もう手の届かない人になっちゃったけど私のことを友人扱いしてくれる。

 

「じゃあ、今日の夜ご飯はなーにー?」

 

バクモンが私の金属製の翼によじ登りながら手元を覗きこんでくる。まぁ流石にこれくらいで体勢を崩したりしないけど体勢を崩すデジモンは崩すのでやめてほしい。

 

「よじ登るのをやめたら教えてあげるよ。もうやっちゃだめだからね?」

 

「はーい!で、なーにー?」

 

私の翼から飛び降りてバクモンは私を見上げる。もう少し強く言わないとまたやるかもしれないけど怒るのは得意じゃない、楽しくないから。

 

「ミドリデジタケの肉炒めとデジタケの炊き込みご飯。」

 

この森の泉で取れる魚も選択肢にはあるのだけれど毎朝ご飯と焼き魚なので昼と夜は焼き魚にならないようにしている。ただお米以外はこの森の中で取った物だけでやりくりするようにしているので自然とデジタケやミドリデジタケ、オレンジバナナ、あとニッコリンゴにデジジャコ、デジナマズ、デジコイぐらいを使うことになる。

 

調味料もあまり潤沢じゃないのが少し辛いところだ、故郷にはあった味噌か醤油が欲しい、塩か醤油かだけでも味や香りは変わって来るのに。というわけで一年と少し前になじみの商人から聞いた魚醤とかいう調味料を作ろうとしてできた時のことを考えて一か月ごとに一つずつ容器を増やしているのだけど・・・せっかくだし今日つかってみようか。

 

「わーい!僕炊き込みご飯大好きー!」

 

調味料もケチったデジタケのだし任せの薄味炊き込みご飯だけどバクモンはとても喜んではしゃぎまわっている。少しやっぱり使おうか・・・と思ったところで大事なことを思いだした。濾す作業をやってない、固形物を取り除いた液体が魚醤、まだ濾してないから使えなかった。

 

「とりあえず他の子達も呼んできて、さっきも言ったけど後三十分ぐらいだから。」

 

「はーい!」

 

バクモンがふわふわと浮きながら小屋から出て行く。他の子達と言うのはここに迷い込んできたデジモン達だ。少し前に何人か独り立ちしていったので今いるのはバクモンを入れても五人なのだけれど一時期は二十人超えてたこともある。

 

デジタケを爪で裂きながらちょっと色々と昔のことを思いだす。自然と頬が緩むような感じになるのは何故だろう。

 

「・・・気持ち悪いですよ、一人で笑うの。やめた方がいいです。あと女々しいです、料理してる姿がしっくりきすぎてます。」

 

「うーん、でもやっぱりいい思い出はニヤニヤしちゃうんだよ。ウィッチモン。」

 

箒に乗った赤い装束の魔女、ウィッチモンは私に向けて箒を突きつける。彼女は七年前に独り立ちしていったデジモンでもともとウィッチモンの状態で迷い込んできたのだけれど彼女はバクモンみたいな進化前の小さい時に風に運ばれて迷い込んだデジモンじゃない、異世界から迷い込んだデジモンだ。

 

この森は異世界ともつながりやすい。異世界から迷い込んでくるデジモン達にこの世界で暮らすか元の世界に戻るかを選択してもらう。ウィッチモンはこの世界で、特にこの森で暮らすことを選択した変わり者だ。だいたいは元の世界に帰ることを望むというのに、というかウィッチモン以外ここに来たデジモン達は皆帰って行ったというのに。

 

「だからってニヤニヤは気持ち悪いです。あと女々しいです。」

 

ウィッチモンは宙に浮いた状態から私を見下ろして辛辣なことをウィッチモンは無表情で言う。私は無表情に見えてしまう種族だけどウィッチモンはわざと無表情を作ってる。

 

「まぁそれで私が悪く思われてもどうでもいいし女々しくても気にしないよ。ところでウィッチモンはよく私の表情わかるね、よく無表情で怒ってる見たいって言われるのに。」

 

本当に不思議なのだ。バクモンもわからないし私自身泉に映して見ても違いが判らないというのになんでわかるのだろうか。

 

「・・・ここにいた時、散々クロスモンの顔、見てたからですよ・・・でも、深い意味は無いですからね。勘違いとかはしないで下さい。本当に違いますから。絶対そういうのじゃないですから。」

 

何故か少し必死なウィッチモンだが深い意味ってどういうことなんだろうか、勘違いとかもよくわからないしそういうのってどういうのだろう。

 

「ウィッチモンは家事全般手伝ってくれてたもんね、確かに私の顔を見る機会は多かったようなきがする。」

 

私がそう言うとウィッチモンはその金属の外殻にはやっぱり感覚通ってないんですね。とか言って魔術で浮かせていた大なべを私の頭の上に落した。

 

それを私は普通に片手でキャッチしたのだけれどそれも気に入らなかったみたいでウィッチモンは無表情のままだった。

 

「ところで今日は一緒に食べてくんだよね?」

 

ウィッチモンは鍋を持ってくるときはだいたいその中身はスープだ。私があまりスープを作らないので時々みんなの分も持ってきてくれる。

 

「クロスモンがスープを作らなくてかわいそうだから持ってきただけです。」

 

私がスープを作らないのは鍋を倒して火傷する子が時々出るからなのだけどそこは置いておく。

 

「まぁまぁたまには一緒に食べようよ。ウィッチモンがいた方がみんなも私も嬉しいし。」

 

そう言うとウィッチモンは少しだけ考えるような感じで私の顔色を窺った。多分笑顔だと思うのだけど変な顔してたらどうしよう。

 

「・・・なら仕方ないですね。たまには一緒に食べてあげます。それとお釜、火から離して蒸らさなくていいんですか?焦げは美味しいですけど焦げすぎはまずいですよ?」

 

そういえばと急いでお釜をかまどから外す。これで後に十分ぐらい蒸らせば炊き上がり。このタイミングに合わせて炒め物を作って、そのまま土鍋をはめていた場所にウィッチモンから貰った大なべを置く。やっぱり若干冷めてしまっているから温め直さないといけない。

 

「本当にありがとうね、ウィッチモン。やっぱり魔法って便利なんだね。」

 

「まぁ私は特に水と風の魔法に精通してますから。でも誰でも覚えようと思えば覚えることはできます、こっちの世界のデジモンでも少しだったらできますし・・・教えませんけど。」

 

ウィッチモン達にとってこっちの世界では主に高等プログラム言語と呼ばれる魔法はウィッチェルニーと言われる異世界から来たデジモン達にとっては生きるための術だ。私達が奪っていいものじゃない。

 

「教えてくれなくてもウィッチモンが時々来てくれればいいよ。ところで炒める時手伝ってくれる?僕の腕は二本しかないから一度に全部炒められなくて・・・」

 

はいはい、本当にクロスモンは仕方ないですね。ずっと来てあげますよと言ったウィッチモンは何故かヘビーイチゴみたいに真っ赤になってその状態のまま風の魔法で私が炒める分まで一気に炒めだした。

 

「わーすげぇ!フライパンが浮いてるぜー!!」

 

どうやらバクモンがみんな連れて来たらしくてバクモンと一緒に薄い紫色の獣型のデジモンと緑色の皮膚の人型のデジモン、青いカブトムシのようなデジモン、そして歓声を上げたのが背中に何本も刃が付いた黄色いデジモンだ。

 

「ウィッチモンさん・・・こ、こんばんは。」

 

「久しぶりですね、ガジモン。クロスモンを落とし穴に嵌める作戦は成功しましたか?」

 

おずおずと話し掛ける紫色のデジモンにウィッチモンは視線を合わせて問いかける。ちなみにフライパンはふったままである、魔法って本当に便利。

 

「ううん・・・あ、あれからね、一週間で二百七十三回掘ったけど全部はまんなかった・・・ギザモンが全部はまったけど。」

 

「俺以外誰も引っかかってないのかー?」

 

さっき歓声を上げたデジモンがガジモンに聞く。ギザモンは今週毎日泥だらけになって泉に私の手で放り込まれた。終いには放り込まれるのが楽しくなって自分からハマりに行って放り投げろーと言っていたのを覚えている。

 

「・・・となると次の作戦です。何が何でもクロスモンを泥だらけにしましょう。」

 

「う、うん・・・」

 

ウィッチモンに頭をぽんぽんとされてガジモンはこくこくと頷く。内容がもう少しいいことだったら私も普通に喜べるのに。

 

「なぁなぁクロスモーン。今日も泥だらけだぞー!!」

 

「はいはい、わかったわかった。そーれっ!」

 

ギザモンの背中の刃を持って上段に上げ、窓から外の泉に向かって放り投げる。おーと言う歓声を残してギザモンは泉の中に落ちる。自分で飛びこんでくれないかなーと思うけど成長期のギザモンだと窓から泉までは飛びこめない。

 

「・・・クロスモン。これって私のせいですか?」

 

「・・・間接的には、そうかもしれないけど。まぁもともとギザモンは水中と陸上を行き来するデジモンだから気にすることはないよ。」

 

つい私はバクモン達にそうするようにウィッチモンの頭をぽんぽんと撫でてしまった。これは間違いなく怒られる。

 

「あ、ごめん。」

 

「・・・何を謝ってるんですか?子ども扱いはいただけませんけどフォローいれてくれたのはむしろ・・・あれです。」

 

少し顔をそむけて何かをごにょごにょとウィッチモンが言ったのだがやっぱり悪いことをしたという気持ちは収まらない。

 

「いや、どろどろのギザモンを触った後の手だったから・・・」

 

勿論私の手にも泥が付いていたわけで、ウィッチモンの帽子にも泥が私の手の形にべっとりと付いてしまっている。

 

「・・・こんなものすぐ落ちます。気にしません。」

 

ウィッチモンが指を鳴らすと帽子は指先から溢れ出た水で洗われて風がその水を吹き飛ばして元通りどころか元よりもきれいになった。

 

「次はクロスモンの番です。手を出してください。」

 

「いや、私は泉で洗ってくるからいいよ。」

 

「ダメです。泉の水には水生生物の糞とかも混じっています。ギザモンはいいですけどクロスモンはダメです。」

 

私はそれはギザモンが少し可哀想だよと言いながら手を強引に掴まれて洗われた。なんでか少しウィッチモンが嬉しそうだったけど少しだけでも成功したからだろうか。

 

「じゃあ次は他のみんなも洗ってあげてよ?」

 

「・・・仕方ないですね。シャーマモンからこっちに来てください。」

 

呼ばれて緑色の皮膚の人型のデジモンがウィッチモンの前に出る。ウィッチモン、よかったじゃん成功してと言ってにやりと笑ったシャーマモンはウィッチモンに全身もみくちゃに洗われて目を回した。多分手だけでも泥だらけにできたことを喜んでいたのだろうけど、照れなくてもいいだろうに。

 

「・・・ウィッチモン、照れなくてもいいのにね。コカブテリモン。」

 

私は何か手伝うことある?と聞いてきた青いカブトムシのデジモンに皿に盛ったご飯を渡しながらそう言ってみた。

 

「クロスモンのにーちゃんついに気づいたの?」

 

コカブテリモンはものすごく驚いたようでご飯を落としかけながら私の顔を心配そうに伺う。私はそんなにおかしな発言をしたのだろうか?

 

「でも私を泥だらけにして洗うのってそんなに楽しいのかな?・・・で、気づくって何に?」

 

「にーちゃんはもう少し乙女g・・・もがもが。」

 

「早く運びましょう、コカブテリモン。それと喋りながら運ぶと唾が入りかねません、やめるべきです。」

 

大きな手でコカブテリモンの頭部ごと口を覆ったウィッチモンはそのままコカブテリモンごと小屋の外のテーブルの方へと運んでいった。

 

「・・・?」

 

ウィッチモンはよくわからない行動をとる。やはりデジタルワールドに来て数年経つとはいえまだこっちの文化になじみ切っていないのかもしれない。それとも逆に私がこの森に籠ってるせいだろうか。

 

そういえばと思い出す。何時から私はこうなったのかと。過去の私はもっといろいろ弾けたクロスの名に相応しいデジモンだった。迷いの森はこの世界の玄関、異世界からのデジモンや物が月一ぐらいで迷い込んでくる。今と同じように私はこの森にはいたわけだけどその役目は保護と自立の支援、機関の手続きじゃなくて・・・

 

――プルルルルルルルルル・・・

 

小屋の中に設置された黒電話がなる。商人が来るのはもう少し後だしこの森のどこかに迷い込んだものがあったのだろうか?それともまたウィッチモンのスカウトか。

 

高等プログラム言語のある程度なら学べば使えるその素晴らしさが云々とか言ってウィッチモンを誘うデジモンはそれなりに多い。どこから情報が漏れたのかと言えばデュナスモンがチラッと話してしまったらしい。どうやら私のことをふ抜けたとか牙の抜かれただとか表現されて如何にすごいか、どんなデジモン達に慕われているかと言う話をして、その中で振れてしまったのが広まったと。

 

私のせいでもあるわけだからデュナスモンと二人で謝ったのだがそしたらじゃあお詫びということでこの森に住んでていいですよね?また守ってもらいますからとだけ言って許してくれた。

 

どうやらウィッチモンはここに永住するつもりなのでこういう話はそもそも聞かない方がいいような・・・でも仕事かもしれない。

 

ということでたっぷりと迷った後で出た。

 

「はい、もしもし。」

 

『遅いぞクロスモン。』

 

「あー、クラヴィくん?どうしたの?仕事?」

 

電話の相手はクラヴィくんことクラヴィスエンジェモン。六枚の羽を持つ金色の鍵を持った天使型のデジモンで異世界へと通じるゲート、ゼニスゲートを管理してる。デジタルワールド内でもだいたいの場所にゲートと言う空間の穴を開けて瞬間じゃない瞬間移動をすることができるデジモン。私が保護したデジモン達や物を元の世界に送る時にいつもお世話になっている。

 

『それどころじゃないんだ。近くの村で孤児院経営してるエンジェモンから連絡があって迷いの森にブレイクドラモンが向かってるらしい。このままだと森が無茶苦茶になるかもしれない、俺もゲートの使用申請が通ったらすぐ駆けつけるからそれまでにスクラップにしなくてもいいから機能停止に追い込んでくれ。』

 

「わかった。ちょうどごはん時だったんだけど・・・終わらせたらクラヴィくんも食べていく?」

 

『いただく。ウィッチモンのスープがあったら尚良し。』

 

「タイミングよくいるよ。」

 

『おしっ!じゃあ早く終わらせないとな!』

 

――ブツッ

 

クラヴィくんが回線を切ったのを確認して僕はウィッチモンの方に向き直る。

 

「ウィッチモン。ちょっとお仕事入っちゃったから先食べてて、五分で戻ってくるから。」

 

「・・・まぁいいです。五分と言いつつ三十分ぐらいかかるんでしょうけどそれまで何とかやっておきます。」

 

ウィッチモンは世話を押し付けられて不機嫌そうだったがそれでも引き受けてくれた。

 

「行って来ます。」

 

ひらっと手を振る。

 

「精々頑張って行ってらっしゃい。先に全部食べておきます。」

 

ほんの少しだけ笑ったウィッチモンに見送られて私は生体金属クロンデジゾイトで覆われた翼を羽ばたかせて一気に上空に上がった。バクモン達からも行ってらっしゃいという声がかかったのを聞いてさらに高く、森全体が見渡せるほどの高度にまで上がる。するとそれは簡単に見つかった。森の淵の方、迷彩柄に深緑色と目立たない配色なのにあまりにも大きくて意味を成してなかった。

 

幸先いいかもしれないと思いつつ僕は急降下しながらまっすぐブレイクドラモンに向かって行った。

 

ブレイクドラモンの姿はとても生物とは言い難く、パッと見で目以外に生身の残るところが見当たらない。

 

――グォォオォオォォォオォォォォォオオォオオォオオォォオオオオォォォオオ

 

口の中も生身だったみたいだけどそれよりもどうやらこの咆哮が僕を見つけたからのものであることが大切だ。まっすぐ向かってるのだから見つからないわけがないのだけれど意思がなさそうな割には早く見つかった。センサーも内蔵されているのかもしれない。

 

久しぶりの戦闘だ。あまり楽しい行為じゃないから乗り気じゃないけど仕方がない。

 

正面からツッコめば自然その攻撃は迎撃に向かう。ブレイクドラモンの腕に当たるだろうアームが私に向かって真っすぐ伸ばされる。

 

それを受け止めて体全体で押し込む。頭部の操縦席らしい部分をどうにかすれば何とかなりそうな気がするから無駄なことはしない。私にはあまり際立った攻撃は無いから単純に頑張る。

 

力ではどうやら加速していた分私に分があるようだけどやっぱりそう簡単には決めさせてくれなくて尾の先に付いたドリルで横から私を攻撃してきた。せっかくなので力を抜いてアームを引いてドリルが当たるようにするとガリガリと言う音と共に簡単にアームの先がバラバラになる。

 

アームを失ってこっち側に攻撃しにくくなったからかもう一本の尾のドリルに背中の三本のドリルもにゅうっと触手の様に伸びて私を襲う。これはプログラミングされている動きなのかドリル同士がぶつかること無く私を追い詰めていく。これは少しまずいかもしれない、当たり所が悪かったら死ぬかもしれない。五分で戻れるか怪しくなってきた。

 

「ふっ。」

 

覚悟を決めて空中で加速して一気に頭部を狙う。喰らっても頭さえ潰せれば森は守れる。ブレイクドラモンが死んで光の粒子にならなくても機能停止させればクラヴィくんが回収してくれる。

 

迫りくるドリル。一瞬バラバラに砕けたブレイクドラモンのアームが脳裏をよぎるが怖さを吹っ切るために逆に加速する。一本、二本、三本、四本、あと一本避ければ届くというところで避けきれない位置にドリルがやってきた。

 

「ていっ。」

 

クロンデジゾイトで覆われた腕はドリルが当たっても砕けなかった。反対の腕でドリルを下から弾いて上げ進路を確保する。やっぱり壊れないだろうなとは思ってたけども実際試すとなると少し怖いものがあった、昔みたいにはいかない。

 

ブレイクドラモンの頭の上に着地してみると何かレバーのようなものが生えていたがどれをどう動かせばいいのかわからない。停止スイッチぐらいあってくれればよかったのに全く見当たらない。

 

頭の上でのんびり考えていると後ろからドリルの回転する音が聞こえてきた。まさかこの状況で私を攻撃するつもりか?

 

私が急いで飛びあがるとそのほんの数秒後にはブレイクドラモンの頭に五本のドリルが刺さって頭を前衛的なオブジェへと変化させる。

 

「うわ・・・」

 

そう声が出た後にはブレイクドラモンは事切れて死んだ証の光の粒子になって天へと昇って行った。

 

「・・・お前、早すぎだろ。せっかく許可取ったのに遊びに来ただけじゃん俺。」

 

上を見上げるとクラヴィくんがあきれた様子で私のことを見下ろしていた。

 

「じゃあその分ゆっくり食事しようよ。今ならまだ冷めて無い筈だよ。」

 

「お前処刑人が復活したと思えばそんなに食事好きなのか?それともウィッチモンが好きなのか?」

 

私と同じ高さにまで下がって来ながらクラヴィくんがやっぱり呆れたような調子で言う。

 

「もう私は処刑人じゃないって言ってるのに・・・で、なんでウィッチモン?」

 

今もそう言う風に呼ばれてるけれどそう呼ばれてたのは十年も前のことだ。

 

「・・・いや、いいや。早く行こうぜ。」

 

クラヴィくんが虚空に鍵を差し込んでゲートを繋げる。私達はそれを通って私の小屋の上空へと出ると花にデジタケと魚介だしのいい香りが鼻をくすぐった。匂いだけで美味しいということがわかる。

 

ただ、それ以上に少し嫌な気配があるのを感じた。

 

「おやおや、処刑人様のお出ましですか・・・」

 

ウィッチモンと色合いが少し似た悪魔が私の姿を確認して昔のあだ名を言った。

 

そしてその腕の中にはウィッチモンがいて黒い石像になったバクモンが転がっていて他の五人は黒い石像の近くで怯えていた。

 

「・・・クラヴィくん、お願いしていいよね。」

 

「りょーかーい・・・」

 

クラヴィくんが少し離れたところの地面に着地して空に向かって鍵を突きだして捻る。空にゲートが開き同時にバクモン達の下にもゲートが開いてクラヴィくんのところに全員集まる。

 

「ゼニスゲートの鍵までいるとはとても敵いそうにはありませんね・・・まったく世の中思うようにはいかないものです。この前は暴食の魔王様に強制退化させられ、今度は虎の子のブレイクドラモンまで出したというのに計画はぐだぐだ、正直辛いです。」

 

フェレスモンは芝居がかった口調でそう言った。

 

「とりあえずウィッチモンを置いていってよ、私は怒るのはあまり得意じゃないんだ。今なら見逃すから。」

 

私は今どんな表情をしているだろう。ウィッチモンはフェレスモンにも怯えているけどそれ以上に私に怯えているように見える、きっとそれはそれは恐ろしい顔をしているに違いない。十年前まで表に出る程に抱いていた黒い気持ちがまたどくどくと溢れ出ている。十年前よりも強く思っているといっても過言じゃない。

 

「・・・そうはいかないのですよ。蠅の魔王に仕返しする気でいましてね、高等プログラム言語はそのために必要なんです。高等プログラム言語さえ教えてくれればすぐに返しますよ、美しい石像にして。」

 

ウィッチモンの顔がより一層の恐怖に歪む。最初に会った時と同じ表情だ。

 

あの時、ウィッチモンが来た時にこの世界に来たのはウィッチモンだけじゃなかった。なんとも形容しがたい化け物も一緒に現れた。それまで生まれた島を滅ぼした異世界のデジモンを憎んで異世界から来るデジモン達を無差別に排除する仕事をしていた私の視界の中でウィッチモンは島にいた無力なデジモン達と重なった。

 

もうすでに大分弱った化け物だったけれど元はロイヤルナイツクラスだったんじゃないかと思う程の強さでウィッチモンを庇いながら戦った結果私は死にかけた。ウィッチモンが拙い治療を施してくれなかったら死んでいた。そして処刑人だった私は死んだ。

 

異世界からのデジモンと言うだけで嫌悪感を抱く理由にはならないと知って、それまでただ殺すだけだったデジモン達を保護した。デュナスモンに連絡を取ってクラヴィくんを紹介してもらって送り返した。適当に追い出していた普通に迷ったデジモン達に居場所を作った。

 

次第に故郷にいた時のように表情にはでなくてもとりあえず笑えるようになった。

 

「それで許すとでも思う?本当に私を怒らせないでよ・・・」

 

生体金属クロンデジゾイト、生体とあるだけありそれは生きた金属、宿主と同調しその堅さを増したりもする。よって宿主の状態と言うのは大きく影響する。

 

――ギギギ・・・

 

翼を広げると金属の羽の一枚一枚が丸みを無くしより鋭利に凶器となり得る形へと変わっていく。それはつまり私がフェレスモンを殺したいという気持ちを多分に持っているということになる。

 

「いいんですか?あなたが大切にしているウィッチモンの命は私の手の中にあるのですよ?この美しい肌、傷つけたくはありません。」

 

フェレスモンが左手の爪でウィッチモンの頬をつーっと撫でる。

 

そういえばいくら格上とはいえウィッチモンは簡単に捕まるだろうか?そうか、バクモンを石像にして人質にしたのか、壊されたくなければとかそういうことを言って。

 

「・・・怒るのは得意じゃないって言ってるのに、手加減できなくなるんだよ・・・」

 

ウィッチモンが小さく口をパクパクと動かす。助けてなのか制止の言葉なのかはわからない、ただその瞳から一筋涙が流れたのが目に入って、私の中で何かがちぎれた。

 

「お前がウィッチモンを殺したら私はお前を殺す。十字の名にふさわしく磔刑のように両手両足の動きを封じて散々に苦しめ散々に辱めて殺す。羽と四肢を捥いであえて最低限の止血だけして次第に失血死していく様を嘲笑いながら殺す。」

 

そこからはもう何を言ったかも覚えていない。クラヴィくんが話し始めてすぐにバクモン達をどこかに追いやって自分自身もいなくなったことだけは辛うじてわかった。

 

怯えの色が見えたフェレスモンの腕の中でウィッチモンがぼろぼろと涙を流しているのを見て私は我に返り今にも飛び立たんとしていた。まだ怒りは収まらないし殺したい気持ちはとめどなく湧いてくるものの視界はクリアになった。

 

「・・・消えろ。今すぐ消えろ!!」

 

私が叫ぶとフェレスモンはこれが最後のチャンスなのだと悟ってウィッチモンを投げ捨てるようにして離れてから逃げた。ウィッチモンを投げ捨てたという事実にまた何かがおかしくなる。

 

「ミスティック・・・」

 

口の中に白い光線が集まる。あらゆるものを灰塵に化す攻撃の乏しいクロスモンの唯一攻撃に特化した必殺の一撃、それを私はフェレスモンに放とうとして、ウィッチモンが止めてと言ったような気がしてその方向を変えた。

 

「・・・ブレイク!!」

 

それはフェレスモンの右の羽を灰にするだけに留まってそれで終わった。フェレスモンは墜落したけれど死にはしないだろう。

 

私はスーッと胸の内に黒いものが戻っていくのを感じてほっと溜息をついた。とりあえずは大丈夫だ。一度こっち側に戻ってきてしまえばもう一度来ても最初からすぐに追い出せる。

 

「・・・大丈夫?ウィッチモン。」

 

立ち上がって服に付いた土埃を風の魔法で落とすウィッチモンに近寄りながらそう声をかけるとウィッチモンはかなり不機嫌な無表情だった。

 

「私は大丈夫です。特に害も与えられてませんし誘われ方は無粋でしたがデートのお誘いみたいなものです。」

 

ウィッチモンはそう言ったけれどもやっぱりかなり不機嫌そうで世代を超えて少し萎縮してしまう程の迫力があった。

 

「強いて怖いものがあったとすればクロスモンです。クロスモンはいつもみたいに女々しいぐらいでちょうどいいんです、最初会った時みたいにただの獣みたいなクロスモンは嫌いです。今の女々しいクロスモンの方が・・・その、あれです。どっちかと言えばですけど・・・好きです。」

 

何故か途中から語気が弱くなって顔も赤くなって箒を持ってもじもじとした感じでウィッチモンは言った。やっぱり普段言わないようなことを言おうとすると照れるんだろうか。

 

「そうだね、私も今の私の方が好きだよ。ありがとう。」

 

やっぱりその外殻は神経通ってないんですね。と言ってウィッチモンは盛大にため息を吐いた。確かにクロンデジゾイトと直接つながっているわけではにけど生体金属のクロンデジゾイトは私に感覚をちゃんと伝えてくれる。そういうことを説明するとウィッチモンはクロンデジゾイトじゃなくてクロスモン自身に通ってないんですねと言って箒で私を小突いた。痛くは無いけどこそばゆい。

 

「ところでバクモン・・・大丈夫でしょうか。」

 

私を小突きつつ顔を曇らせながらウィッチモンが言う。黒い石像にされたバクモンはクラヴィくんが連れて行ったままだ。

 

「大丈夫、クラヴィくん達天使型のコミニュティ-になら回復方法もあるはずだよ、連絡待ちだね。」

 

「・・・」

 

ただやっぱりウィッチモンの表情は晴れない。本当は少し怖かったのかもしれない。怯えていなくなってくれたkらいいけど先にウィッチモンを石にして運ぶとかされていたら間に合わなかったかもしれないしその後のことは想像したくもないだろう。私だって想像したくない。

 

「・・・ウィッチモン、またここに住む気、ない?」

 

とりあえず話題を変えようと思って一番最初に出てきたのはそんな言葉だった。でも考えてみれば悪くないかもしれない。

 

「え?なんですか・・・急に。女々しい方がまだましとは言いましたけど、自立もできないのはどうかと思いますよ?」

 

「いや、そうじゃなくてさ。ウィッチモンに傍にいて欲しいなって思って・・・」

 

そう言うとウィッチモンの無表情が崩れて顔は今までにないぐらいに真っ赤に、視線がきょろきょろと動いて嬉しそうな驚いたような感じでそわそわしだした。

 

「・・・その、それはあの、あれですか?その、えっと・・・あの・・・」

 

箒を風の魔法でぶんぶん振りながらもじもじするウィッチモンはなんだか普段のウィッチモンとは思えなかった。

 

「またこういうことがあった時に傍にいれないのは嫌だから。今日も同じ家にはいたわけだけど、別々に暮らすよりは守りやすいかなって・・・」

 

「・・・ですよね。クロスモンは目もありませんし神経通って無いんですね?そもそもデジコアちゃんと稼働してるんですか?思考プログラムのところに欠陥でもあるんじゃ・・・」

 

それと今日気づいたことがある。私の中でウィッチモンが捕まっているのを見た時、私は故郷を潰された時よりも怒りが溢れていた。まだ殺された訳でもなかったのに自制すらできないほどに。つまりこれが示すのは・・・

 

「後、もしかしたら私はウィッチモンのことが好きなんじゃないかなって思って。」

 

それだけウィッチモンのことが大切だってことで。相手を殺すのも厭わないぐらいまでになってるならそれはもう友情とかじゃないんじゃないかなと思って。そしたら恋愛感情かもしれないという結論になった。

 

「・・・」

 

ウィッチモンは何を言おうとしてたのかわからないけど口をパクパクさせて箒をグルングルン回転させて顔を再度真っ赤に染め上げてた。

 

「えっと、ウィッチモンは私なんか嫌いだろうから、デュナスモンとかクラヴィくんの方にいてもらう方向でもいいんだけど・・・」

 

慌てて言うとウィッチモンは我に返ったように箒の動きを止めて帽子を目深に被って顔を隠した。

 

「・・・やっぱりクロスモンは神経通ってないみたいです。というか気が付いて提案したわけじゃないんですね?私は、ずっとその、アピールしてたじゃないですか。その、えっと、好きだって・・・」

 

「その、それはオッケーって、こと?」

 

「それ以外にあるわけないじゃないですか・・・遅いです、遅すぎます。クロスモンはもう少し私のこと見てくれるべきです、もっと見てください。私ばっかり見てると少し寂しかったりもするんです・・・」

 

「う、うん。」

 

帽子で顔を隠したまま私に飛びついてきたウィッチモンはなんだかとても可愛くて、私は抱きしめるべきかどうか迷って抱きしめようと手を伸ばした。

 

「おーい!!バクモンが治ったぞー!!」

 

その時に後ろからクラヴィくんの声がしてウィッチモンは私を突き飛ばすようにして距離を取って、私も驚いた上に押されたせいで転んで地面に仰向けになった。

 

「クラヴィスエンジェモンのにーちゃん、人の恋路を邪魔する奴にはスレイプモンがビフロストって諺があるんだぞ。」

 

見上げるような形になった私に覆いかぶさるようなクラヴィくんの足元にいたコカブテリモンが脛に肘を入れた。

 

「知らん。俺スレイプモンと知り合いだし、あの人博愛主義者だし!」

 

「クラヴィー、最低だねー。」

 

バクモンはクラヴィくんの頭によじ登ってガンガン殴りつけてる。コカブテリモンと違って遠慮が無い、全力だ。私がなまじ堅いから力加減が分からなくなってる。でもクラヴィくんはそこまで堅くない、ブレイクドラモンよりも柔らかい。

 

「痛っ痛っ・・・黙れガキ共。俺はデューク先輩みたいに親友が結婚秒読みみたいなことをぐちるためにわざわ三大天使様経由で俺を呼び出すような感じにはなりたくないんだよ!」

 

「大人気ねぇ通り越して情けねぇ。ギザモン、乗れ。」

 

「おーっ!」

 

シャーマモンが棍棒でクラヴィくんの足を払って、そこにダメ押しとばかりにギザモンがぶつかる。

 

「お、おぉっ!?」

 

そして後ろによろけたクラヴィくんが視界から一気に消える。何事かと思って立ち上がって見てみると爪をちょっと土で汚したガジモンといつの間にか深く深く、クラヴィくんがすっぽりハマるぐらいに掘られた穴と腰で折れてザリガニみたいな形になったクラヴぃくん。と、おまけにギザモン。

 

「えと・・・その、や、やっぱりよくないと思うんです。」

 

もじもじと言うガジモン。一週間で二百七十三回落とし穴掘っただけのことはある。ギザモンも結局はまってるけど。

 

「くっ・・・羨ましいんだよコノヤロー!幸せおすそ分けしろー!!」

 

クラヴィくんが何とか出ようともがく。しかしゼニスゲートが関係してない時のクラヴィくんはかなり非力だ、具体的に言うと私の三分の一ぐらい。ブレイクドラモンにあっさり押し切られるぐらいだ。

 

「・・・ならおすそ分けしてあげましょう。」

 

いつの間にか復活したウィッチモンが私を押しのけて箒の柄を落とし穴の方へと向けた。

 

「アクエリープレッシャー!」

 

全力で放たれた水の魔法がクラヴィくんの仮面を正確に狙って注がれる。全身クロンデジゾイトで覆われた私でもちょっと恐ろしい光景である。仮面は歪んでいるし溺れそうだしでとても可哀想だ。ギザモンは喜んでるけれど。

 

「今幸せですか?そうですか幸せですか!じゃあもっとどうぞ!遠慮はしなくていいですよ、いくらでも出せますから!!」

 

「ウィッチモン、落ち着いて!」

 

流石にクラヴィくんが可哀想だったのでウィッチモンを羽交い絞めにして引き離す。最初は邪魔しないでくださいと言っていたウィッチモンだったけど次第にもじもじしだして大人しくなった。

 

「クロスモンだいたーん。」

 

「後ろから抱き着くなんて普通できないよなー。にーちゃんすげー。」

 

「あ、ごめん・・・」

 

バクモン達にからかわれて慌ててウィッチモンを下ろすとウィッチモンは上機嫌で早く食事にしましょうと私の手を取り、五人を風の魔法で持ち上げてテーブルにつかせた。やっぱり魔法って便利だ。

 

「さてと、少し冷めちゃったかもしれないけど・・・」

 

もうすでに六人分並んでたご飯やスープを見ながら自分の分もよそう。クラヴィくんの分は用意しようか迷ったけど食器だけ出しておくことにした。

 

「私が温めます。火の魔法は苦手ですけど・・・」

 

ウィッチモンが集中した様子で箒を振るうとご飯やスープから湯気が立って美味しそうな匂いが強くなる。

 

「じゃあ、食べようか。」

 

「あ、あの・・・ウィッチモンさん、クロスモンの隣、座らなくていいの?」

 

ガジモンが席を立ってウィッチモンの服の裾を引っ張る。ウィッチモンがその手を洗ってやりながら私の方を見たので私は少し恥ずかしいなと思いながら頷く。

 

ウィッチモンは私の隣に座ってガジモンはウィッチモンの席だった席に座る。ガジモンもみんな嬉しそうにニコニコ笑っていた。

 

「じゃあ、今度こそ・・・」

 

「「「「「「「いただきます。」」」」」」」

 

七人で言って一斉にご飯やスープや炒め物に手を付ける。何から食べるかは少し性格が垣間見えて楽しい。

 

「あ、そういえば今度ウィッチモンに手伝って欲しいことがあるんだけど来てくれる?」

 

「何言ってるんですかクロスモン。今日から私ここに住むんですから来るも何もないじゃないですか、やっぱりデジコアが働いてないんじゃないですか?で、何をするんですか?」

 

私は魚醤とについて簡単に説明し、濾す必要があるということを説明した。ウィッチモンなら魔法で簡単に濾せるんじゃないかと思ったのだ。

 

「それだったら濾すまでも無いです。液体だけ部分だけ操って取り出せば大丈夫・・・今日の炊き込みご飯、しっかり味してますね。」

 

ウィッチモンが炊き込みご飯を食べて少し微笑む。

 

「ミドリデジタケの内何個かは先に出汁取って、勿体ないから炒め物に・・・このたまごスープもやさしい味だね。ほっとする。」

 

私とウィッチモンは顔を見合わせて少し笑う。それを見てコカブテリモンとシャーマモンがニヤニヤ笑ってガジモンとバクモンが嬉しそうにしてギザモンはそもそもこっちを見ずに炒め物に夢中だった。

 

「ちくしょうこの馬鹿夫婦め!」

 

なんとか這い上がってきたクラヴィくんが律儀に体を泉で洗ってから空いている席にどかっと座って自分の分の炊き込みご飯と炒め物、スープを取って食べ始めた。

 

「・・・そこそこ美味いのが余計に腹立つ。」

 

「そこそこと言うなら食べなくても大丈夫です。ギザモンにでも上げてください。」

 

「まぁまぁ、みんなで食べた方が美味しいから。」

 

「くそっ・・・嫌なやつだったらよかったのに・・・」

 

クラヴィくんも入れて八人で囲む食卓はいつもよりも騒がしく、いつもよりも楽しく、いつもよりも幸せだった。



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暗黒騎士の夕食の物語。

なんだかマンネリになってきたな、そう思う俺の視線の先には俺の家がある。

 

ところどころにゴミが落ちてる荒野の中心部、円形にゴミが落ちていないエリアにある俺の家はもはや城と言った方がいいかもしれない規模だがあくまで俺にとってはただの家だ。ヒマだから拾ったゴミを使ってごく潰しの相棒と面白おかしくやってみたらなんだか一つのアートみたいな感じになってしまっただけだ。ちまたでは化け物が住んでいるとか言われているが俺みたいな操り人形ぐらいしか住んでないのに何を言ってるんだかわからない。

 

「帰ったぞごく潰し!」

 

俺が呼ぶとてっぺん近くの赤い縁取りの丸窓から紫銀の暗黒騎士が転がり落ちるように降りてきた、というか転がり落ちた。せめて悲鳴の一つでも上げればいいのに必死に声を出さないように押さえている感じが何とも痛々しくて残念に思える。あれでロイヤルナイツの一体の名前が種族名に入っているんだから世の中は不思議だ。

 

「お、おかえり・・・ピノッキモン」

 

「わざわざ出迎えにくんなって言ってんだろが、まったくどんくせぇ」

 

どんくさいくせに俺が投げつけたビニール袋は簡単にキャッチする。俺もそうだがこの馬鹿野郎もやっぱり腐っても究極体ということなんだろう、俺は持ってくるだけで重労働だったのに軽々と持ち上げて立ち上がるし、まぁいくら力があっても相棒は基本的にただのごく潰しなんだけど気に入らない。

 

七色に塗った歪んだ鉄骨の階段を上がって中身をくりぬいてすかすかにした元々は重厚な木の扉を開けて中に入る。我が家ながら何とも混沌とした内装だ、俺が適当に組み合わせたり貼り付けたり打ち込んだりしたからって言うのもあるが相棒の色彩感覚がお伽噺みたいな鮮やかな色だらけなせいがほとんどだ。

 

「でも・・・私、本当何の役にも立たないし・・・せめて、何かやれたらなぁって・・・」

 

でかい騎士がうじうじしているところを見せてどうしたいのか。というかしゃがんでいても俺よりもでかいのが本当ムカついてくる。

 

「何かしたいってんならとりあえず縮め、だから家がこんなでかくなんだよ」

 

「ご、ごめんなさい・・・」

 

骨組みを作ったのは八割方俺だから八つ当たりなわけだけど反論しようとしないこいつも悪い。もう少し自己主張しても俺はいいと思う。それだけの力がある、だがこいつは自信も勇気も怒りも持たないかのような聖人君子ぶりだ。カオスデュークモンといえばその名前だけで畏敬の念を抱かせるほどの種族だ、だけどこいつは図体の小さな俺よりもよっぽど小心者で他人と関わりたがらない。

 

「あーもう、そうすぐへこむな。ほら、ペンキ買ってきたんだから塗ってないところ塗るぞ」

 

このゴミ以外何もない荒野は逆に言えばゴミだけはある。でもペンキとか色を塗れるような都合がいいものはほとんどないしあっても腐ってたり乾いてたり使えないから別に用意するしかない、あくまで日用品とかを買いに行くついでだけど。こいつはこれぐらいしかやることが無いんだからペンキ分ぐらいは余分に稼いでやって買ってきてやるぐらいはしてやらんことも無い。

 

「わぁ、いっぱいある・・・これだけ買ったら高かったよね」

 

鎧で覆われているのにぱあっと顔が明るくなって高かったよねで一気に逆に傾いた。

 

「申し訳なさそうな顔すんな、素直に喜んどきゃいいんだよ、まったく」

 

買った日用品の三倍ぐらいしか金はかけてない、ちょっとクズ鉄組み合わせて作った人形売ってくれば百体ぐらいですぐに稼げる。精々半月もあれば十分、暇を持て余してる俺にとっちゃなんの苦でもない。

 

「で、でも・・・ピノッキモン時々寝ないでずっと人形作ってるし、無理してくれたのかと思ったら・・・」

 

「全然無理なんかしてねぇよ、まったく俺が好きで作ってる人形なんだから楽しいに決まってるだろうが」

 

俺の身体は基本的に木で作られているわけだし時々油を注してるから徹夜ぐらいじゃそこまで疲れない。まぁちょっとは疲れるがせいぜいフルマラソンを完走するぐらいの疲労度だからさして支障はない、本当心配されることなんて無い。

 

「好きなら、その、何で売るの?」

 

「・・・そりゃあれだよ、作るまでが楽しいんだ。まったく・・・芸術はグランデスビッグバンって言葉もあるだろ、発想が出て作るまでがグランデスビッグバンなんだよ」

 

正直くず鉄を集めて接着したりするときに少しミスったりするとイライラするけど?全然何作ればいいのかわからなくて頭抱えて悩んだりとかするけど?そんなことは些細なことだ、コキュートスブレスぐらいしかストレスを感じることはない。

 

「だいたいこういう時に言う言葉はちげぇだろ、まったく」

 

別にお礼の言葉が聞きたいわけじゃない、喜んでもらえればいいというかなんというかそもそも俺はあくまで買い出しのオマケで買ってきたわけだし気まぐれというか金が余ったから買って来てやっただけというか、お礼を言われればそりゃ嬉しいかもしれないけど聞きたいというわけじゃない。

 

「ピノッキモン。あ、りがとう・・・」

 

相棒は少し照れたような感じで言う。やっぱりカオスデュークモンらしくない感じだ、まぁ嫌いな訳ではないがそういう感じのは幼年期とかがするやつだろ普通。

 

「・・・どういたしまして、まったくでかい奴がそういう感じで言うと気持ち悪くて仕方がねぇな」

 

とっとと塗り始めろよと言って背中を押してやるとまた嬉しそうな感じではけを取りに小走りで行った。俺の全力疾走と並ぶぐらい早いけどあいつにとっては小走りだ、マントで飛んだりもするし本当無駄にハイスペックでムカついてくる。俺じゃなくてあいつが買い出しすればずっと早く終わるだろうに他と関わりたくないって言うんだから仕方がないけど。

 

「じゃあ俺、人形作ってるからな!」

 

そう叫んで置いて自分の部屋に入る。他の部屋は極彩色だが俺の部屋は静かな灰色だ、さすがに寝る場所は落ち着きが欲しいということで白色に塗ったのだが鉄粉やら楠美やらで気が付いたら全体がグレーになってた。まぁこっちのほうが落ち着くからいいのだが微妙な金属光沢があるせいでどことなく相棒の鎧っぽい感じがある。夜になると空の青暗さが映ってよりそれらしく見える。まぁ今は昼だからそうでもないが。

 

さて、どんな人形を作ろうか。今日買い出しに行ったついでに人形を売ったらサンゾモンとかいうデジモンが子供向けのを五十体程大量に発注してくれた。学校を経営しているとかで安く玩具を提供して欲しかったんだそうで値段がもう少し高くてもこの頑丈さなら十分に安いとか言っていた。

 

とりあえず幼年期向けとして考えて、やっぱりロイヤルナイツとか七大魔王とかの奴とかそういうのがいいだろう、学校なわけだし創作よりも多分勉強になってくれる。

 

姿形がわかる有名なデジモンてきとうに模倣して作っていこう。材料はいくらでもあるし、道具だって今日買い足した。足りないのは具体的なイメージぐらいだ、ものすごい致命的だけど。そもそもロイヤルナイツとか七大魔王とかオリンポス十二神族とか四大竜とか四聖獣とか身近にいるようなデジモンじゃないんだから資料でもないと作れない。

 

まとまった金はまぁあるし売れそうなゴミだってあるから売って金でも作ればプロマイドぐらいは手に入るだろうけどそれはつまり今日はもう何もできないということだ。

 

適当に何か作るかとも思ったが全部元がゴミだから二つ同じものを作るのは難しい。ほとんど不可能だとすら言っていいかもしれない、初めて発注された仕事なわけだし妥協しないで頑張って定期的に納品できるようにしておきたい、そうできなくても不足が出たらピノッキモンにとなれば他にも買い手がいっぱいつくようになるだろう。多分。

 

仕方ないから色塗ってる様子でも眺めて一日過ごしてよう、飽きたら一眠りして起きたら寝てる間ににあいつが作ってくれた飯食って油さしたり汚れ拭き取ったりして、明日に備えて相棒の色になった部屋でゆっくりご寝よう。

 

で、ふと思い出す。そういえば相棒はカオスデュークモンだ、その姿はロイヤルナイツの一体であるデュークモンと色味が違うだけな筈だ。じゃあ相棒をモチーフに作れば注文に相応しいそれができる。

 

そういえばなんで俺は今まであいつのことを作ろうと思わなかったんだろうか、街で見かけたデジモン達は許可を得ることも無く手当たり次第に作って来たのになんでか作ってない。

 

扉へ向かっていた足をUターンして作業台の前に座る。あいつの姿は毎日毎日飽きるほど見てる、実際に飽きたことは何故か無い訳だが、とにかく瞼の裏にすぐ浮かぶほどだから特に資料なんかいらない。

 

ナットとか螺子とか鉄板とかすでに丸く加工されていたり薄く加工されていたりそういう金属系のやつでそれぞれのパーツのパーツを作って、木を削った部品とかでそれをつなぎ合わせる。螺子は使うけど接着剤とかは使わない、すぐ外れるし金属も付けられるようないい接着剤はけっこう値段が張るから元が取れない。

 

部品が見づらいなと思ったら日が落ちかけていた。デュークモンはそれなりのでき、後はデュークモンのトレードマークの真紅のマントを付ければだいたい完成、色は付いて無いけど今までも付けてないしまぁいいだろう。

 

「ピ、ピノッキモン?その、ご飯できたよ?」

 

ちょうどいいタイミングで相棒が呼ぶ声が聞こえる。こいつの飯を作るタイミングは何故か俺の腹が減るタイミングにぴったり合う、時々夜食も作られてたりするしこいつには俺の未来が見えているのかと思うぐらいだ。少し気持ち悪いがまぁ長いこと一緒にいるしそんなもんなんだろう。

 

「おー、ちょうどひと段落ついたし行くわ」

 

どれだけ疲れても変わらず軽い体を持ち上げ食卓まで行こうと歩いていって部屋の扉に手をかけて、ふと机の上の二体の人形も持っていくことにした。金属とか木のごみは俺のところに置いておくが布とかはあいつのところに置いてあるからそれっぽいのを探してもらう必要がある。

 

「きょ、今日は食用サボテンステーキと、に、肉の脂身の辺りを、こうね?カッリカリに焼いて・・・あとデジタケも一緒にしたスパゲッティ」

 

自信作だと嬉しそうに笑っている。匂いだけで美味しいんだろうなということがわかってくるぐらいで俺はすぐに食卓に乗ってサボテンを切って口にいれた。少し粘りがあるサボテンの味自体は薄いがかけてあるソースがサボテンの微かな甘みを殺さないように旨みを追加してくれる。

 

「いつもながらお前は飯作るのだけはうまいな」

 

新しく塗られた箇所も極彩色で訳が分からない、とりあえず明るい色ならいいだろうと縫ってるんじゃないかと思うぐらいだ。

 

「そ、れは、ピノッキモンにお世話に、なってるから・・・なにかできたら、いいなって・・・」

 

スパゲッティ―を行儀悪くすする。カリカリのベーコンの食感がアクセントになって食が進みそうな感じがある。

 

実は俺には美味いというのがわからない、元はわかっていたのだがどこかのタイミングで味覚とそこを繋げる回路が壊れたらしく旨みだって感じるのに美味いというのだけわからない。今ではだいたい味覚の構成でどんなものが美味いのかはわかるがそれでも本当にわかっているというわけではないと思う。

 

でも不思議とこいつの作る飯は美味い、なんでかはわからないが味覚と関係なく美味いとデジコアが認識してる。

 

「じゃあこれに使うから赤と紫の布があったら持ってこい、こっちの方は色塗りもやってくれ」

 

「えと、これって・・・私?」

 

二体のデュークモンの人形、一方は俺史上最高のできでもう一つはそれなりのでき。

 

「あぁ、こっちだけな。もう一つは発注された人形だから赤色の布でデュークモンにする・・・ニヤニヤ笑うな気持ち悪い」

 

「うん、でも・・・ピノッキモンが私を作ってくれるなんて初めてだから、嬉しくて、その、ありがとう」

 

わざわざ言わなくていいんだよ馬鹿、そう咄嗟に口に出してしまったがなんとなくこっちも嬉しい気分になってきた。今日の飯は一段と美味いかもしれない。

 



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酒神のジュースの物語

帳簿に書かれた数字の羅列は減少の一途を辿り、このままだと後半年もすれば赤字収支になってしまうだろうことは想像に難くない。理想だけで学校が経営できないという現実を思い知らされた。

 

シャカモンが死の間際に書いたという経典の束、それを三体の弟子たちと共に追い求め、その教えを学び、純真な子供達から伝えることでより広く教えが伝わっていくのではないかと設立したこの学校だが運営費用が足りない。援助されている資金は少なくはない、特にオリンポス十二神族からのそれは多い、ウェヌスモンが学校の方針に賛同してくれ他の神族にも口利きしてくれたとかでケレスモンとバッカスモンからの寄付金が特に多い。だがそれでも足りないほどに規模が大きくなってしまっているのだ、もちろん規模が大きくなるのはそれだけ教えが行きわたっているということだからいいのだけれど資金不足で誰にも教えられなくなったら意味が無い。

 

寮も運営していかなければいけないし幼年期成長期の子達に食べ物のことで我慢させるわけにはいかない、経費を削減できるところが無い。おもちゃの類を丈夫なものに変えて少しでも消費を減らそうとしたり、成熟期の子達にアルバイトを紹介してその際に仲介料をもらったり成長期の子達で作ったクッキーを販売したり食堂を一般にも開放したり少しでもお金を手に入れられるようにしてはいるのだがそれも足りない。

 

今日の午後には編入させたい幼年期の子がいると話し合いをすることになった。なんでも七大魔王が関わっているそうでその個体自体に問題はないけれど現保護者が説明しておきたいのだという。だったら自分でどうにかしてくれと思うのだが、その保護者はロイヤルナイツに雇われたと言っているとか、次々と衝撃情報がコンビネーションのように叩き込まれてくる。

 

で、午前は遠足の付き添いだ。幼年期の子達のペースだと半日で一往復だが完全体の私ならもっと短い時間で行き来できる。それこそ二、三時間とかで往復できる。だなら十一時ぐらい、幼年期の子達昼食を食べだすぐらいに遠足を抜け出して命に感謝しつつ走りながら食事を取り、学校に戻って息を整え、来客を待つ。

 

「初めまして、ピチモンの現保護者に雇われているマーメイモンです」

 

来たのは何かを悟ったような目をした人魚と、その隣にちょこんと座った水色のどことなく水玉を思い浮かばせる幼年期。どちらも水棲系だろうが普通に生活できているらしい。

 

「私、この学校の校長をしています、サンゾモンです。先に聞いた職員の話だとなんでも七大魔王が関係しているとか」

 

「そうですね、このピチモンはベルゼブモンが命を救いデュークモンに預けた個体です」

 

胃がギリギリと痛い、こんなに痛いのはゴクウモンをお供に加えた時、コークスクリューブローを腹に叩き込まれた上で如意棒で肋を砕かれ、命からがら禁錮時を嵌めた時以来だ。少しバイオレンスな空気を思い出してくる。特に意味もなく禁錮時締めてやろうか。

 

「何故、デュークモンの庇護を離れ我が校に?」

 

「庇護なんてありませんでしたから。雇った私に任せきりなのはまだいいとして、養育費はまともに出さない、私の給料は低い、なのに明らかに関係ない仕事までさせられる。ベルゼブモン宛のラブレターの焼却は普通の仕事内容に含まれないでしょう?」

 

少なくとも普通のベビーシッターなら、と続けるマーメイモンの顔はまるで能面のように平坦で感情が見えず、ベルゼブモンと言った時にかすかに笑ったぐらいしか変化は無かった。

 

そしてこの分だとデュークモンからの資金援助は望めない。教育に理解がない相手からお金は引き出せないだろう。ほんの少しだけ期待していた分もあったというのに残念だ、ベルゼブモンは魔王の援助ということで敬遠されかねないし、そもそも放浪しているデジモンだからそう援助してくれないかもしれない。

 

「しかし一番の理由は設備の良さです。水棲デジモン専用の寮がある、しかもそこから海と河に水路が繋がっている、他にもこの子がどんなデジモンに進化しても対応できるぐらいに設備が充実しているところはありません」

 

どんなデジモンでも教えが学べるようにと建てた自慢の施設だが、維持費がとんでもなくかかる経営を圧迫している要因の一つでもある。だからなんとかデュークモンの名でお金を貰いたい、ロイヤルナイツの中で広めていただければかなりの額が期待できる。特にスレイプモンやクレニアムモンのような賢く堅実であると言われるデジモン達からいただければその輪がさらに広がって行くこともあり得る。

 

「そう言っていただけるとは光栄です」

 

「ただ、だいぶ赤字続きのようですね、最初に連絡を取った方から聞きました。」

 

またさらりとそんなことを言ってくる、このまま断られたらお金を引き出せない、この話は無かったことにされては困る。だが、ならどうしたらいいのかというのもわからない。

 

「その時担当したのは誰でしたでしょうか?」

 

「名前は伺えませんでしたが少女のような高い声でした。テンションも子供のようで事務仕事したことないだろと思ったのを覚えています」

 

チョ・ハッカイモンだ、間違いない。色気よりも教えよりも何よりも食い気、ゴクウモンやサゴモンみたいに一時間弱授業をやり通すこともできない、常に学食で給食を作り、つまみ食いしている。電話がなったから反射的にとったのだろうが何も経営状況を漏らすことはないはずだ。

 

「で、ですね。私をここで雇って欲しいんです。経理として」

 

「はい?」

 

「デュークモンから養育費と未払の給料ぶんどって来たものの、失職したんです」

 

だからなぜうちで雇われようということになるのかがよくわからない。赤字になるとわかっているところになぜ行くのか、というよりも、ピチモンの入学のために来たんじゃないのかという感じがある。

 

「ピチモンは強い子です、ロイヤルナイツと七大魔王に関わったから、周りに何かあるかもしれないというだけです。私がここの経営を立て直す代わりに入学を認めて下さい」

 

「入学に関しては問題ないのですが……これ以上誰かを雇うには……」

 

お金が無い、絶望的にお金が無い。本当に経営を立て直せるのかということもあるし、難しい部分があると思う。

 

「給料は経営を立て直すまでいりません。デュークモンのところで数年遊んで暮らせるぐらいに稼ぎましたから」

 

ならなぜ仕事をするのかということになるのだが、仕事してないと死んでしまう類なのだろうか。しかし、断る理由は無い。

 

「なら、お願いしてもよろしいですか?」

 

この言葉から半年も要らなかった。マーメイモンの手腕は本物だったし、デュークモンのところでの仕事で得た有力者達とのパイプがこんなに太く広いとは思わなかった。

 

翌月には迷いの森に住むクロスモンというデジモンと、デュナスモンから多額の寄付金を引き出し、幾つかの組織への就職斡旋を請け負うことで収支を増やし、ちゃんと卒業していく生徒が劇的に増えた。居心地が良すぎたために卒業しない生徒があまりに多かったことも経営を圧迫していたらしい。

 

さらに翌月、スレイプモン、クレニアムモンからの資金援助を受けるようになり、食堂に別に職員を募集することでつまみ食いを防ぐ。また、成熟期へのアルバイトの斡旋を学校と併設する別の組織としてちゃんと体系化し一般のデジモンも使用できるようにしてその収支をこちらに回す仕組みを作った。その月は赤字になったが翌月には回復した。

 

私の仕事も減った。経営は任せきりでいいから、存分に教育に専念することができる、教えを広めることだけに心を傾けられる、さらには周りとの繋がりが増えたおかげか成熟期以上のデジモン達との関わりが増えて教えを広められる範囲も増えた。

 

「本当にありがとうございます、あなたがいてくれなければこうはならなかったでしょう」

 

今日は職場体験に行った成長期達のところをマーメイモンと共に回っていた。今はバッカスモンとケレスモンの工場からの帰り、マーメイモンの手にはバッカスモンからのお土産のジュースと酒が一瓶ずつある。

 

「では、そろそろお給料をいただいてもいいですか?」

 

そう言うマーメイモンは経理以外でも普通に教員として働いてもいる。給料を出さない理由なんて何も無い、三弟子の給料合わせた額を出してもお釣りが溢れるぐらいの働きをしてもらった。

 

「もちろん、今後ともよろしくお願いしたいですし、出せる限り出したいぐらいです」

 

ではとりあえず今月分、このお酒をいただきますとマーメイモンが言う。そんなものでいいんですかと言えば後で返せと言われても返しませんと返され、ならどうぞと言うとマーメイモンは顔をほろりと緩める。

 

「実はバッカスモンの酒でこれだけ熟成されたものはほとんどバッカスモン自身が飲んでしまい現存せず、下手すれば家を建てられるお値段になります」

 

だから返せと言われても返さないと言ったでしょう?とマーメイモンが言う。

 

「私はお酒は飲みませんし、私財もほとんど持ちません、強いて言うならばこの学校でしょう」

 

それに、家を建てられるような額でもマーメイモンが来てから寄付してくれた中では一番少額のクロスモンからの毎月の寄付金の三分の一にも及ばない、あまり有名でないのに彼が寄付すると決めた途端デュナスモンから寄付の申し出が来たり、何者なのだろう。

 

「私も実はあまりお酒得意じゃないんです」

 

そういえば、サゴモンが飲みに誘っていた時にマーメイモンはいつも断っていた。サゴモンはかなりザルなので一緒に飲むのはどれだけ誘ってもいつもチョ・ハッカイモンとゴクウモンだけなのだが。

 

「ならなぜ?」

 

「ベルゼブモンへ贈ろうかと思いまして、薄い桃色の果実酒を黒づくめの魔王が飲む、絵になると思いませんか?」

 

またマーメイモンが少し微笑む、その場を想像するだけでいいかのようだ。

 

「マーメイモンはベルゼブモンと知り合いなのですね、やはりピチモンの関係で?」

 

「いえ、デュークモンに子育ての相談をしに来ていまして、私がその場で相談に乗ったんです」

 

その時の話をするマーメイモンはいつもより饒舌で、顔は緩んだまま、すでにお酒が入っているかと思うような感じ、熱に浮かされたようでもあり、私は経験が無いが、恋をするとこうなるのかもしれないという感じ。

 

「マーメイモンは、ベルゼブモンに恋しているかのようですね」

 

「そうですね、ベルゼブモンの財力には愛さざるを得ませんでした……」

 

何かおかしいと思いつつ、そうですか、ある種運命なのかもしれませんねと返す。マーメイモンは本当に運命ならばどれほどいいことかという感じにため息をつく。

 

愛か、ふと考える。シャカモンの教えを書いた経典にこんな一節があった。

 

愛より憂いが生じ、愛より恐れが生ず。愛を離れたる人に憂いなし、なんぞ恐れあらんや。

 

シャカモンの時代の愛とは執着心だった、異性への執着、物への執着、それらがあるから恐れを覚え、憂いを感じる。シャカモンの教えの一つの最終形は命からも執着を無くすこと、故にマーメイモンのそれは諌めるべきとも取れる。だが、今の愛とはまた違う、諌めずともいいのかもしれない。そこに相手を思いやる心があるのならば。

 

「応援しますよ、その愛」

 

そう言うとマーメイモンは驚いたような顔をする。

 

「てっきり諌められるものと思ってました」

 

経典に則ってとマーメイモンは続ける、わかっていて言ったのか言った後で思い出したのか、どちらにしても知っていたことは意外だった。

 

「経典は幸福になるための物です、この時代においての愛は執着と変わりつつありますからこれでいいのですよ」

 

「なんだか余裕が出て来たようですね、サンゾモン校長」

 

マーメイモンがそう言って顔を少し引き締める、だけどほんのり口角はあがったままだ。少しからかわれているような気がしてくる。

 

「最初に会った時とは違います」

 

お金への執着が消え去りましたか?と言われて気づく。私はいつしかこの学校と教えに執着していたのだ、故に恐れて憂いていた、学校のために金に執着し、そしてそれを恐れて憂いて、まったく教える資格など無かった。

 

「これもあなたのおかげですよ」

 

お金への執着が盛大に見えるマーメイモンのおかげで私は執着から離れられたということになる、なんだか皮肉のようで面白い。この事実にも前なら一喜一憂していたかもしれないが、今は本当に心に余裕がある。

 

「さて、サンゾモン校長。実は一つ大切な事案が残っています」

 

大切な事案、挨拶回りは後は翌日で今日回る分はバッカスモンとケレスモンのところでおしまいのはずだが何があっただろうと思う。

 

「このジュース、みんなで分けるには少なく、サンゾモン校長一人で飲むには多いんです。二人で飲むにも少し多いぐらいですが二人ぐらいがいいでしょうね」

 

「……経営復興のお祝いといきましょうか、晩酌には付き合えませんがジュースなら付き合えますからね」

 

マーメイモンはお付き合いいたしましょうと言ってまた小さく微笑む。

 

学校に帰るともう夕食時、私は肉を食べないし、それでも大丈夫なメニューは学食にもある。

 

豆腐を使って作ったハンバーグに、超電磁レモンの酸味を生かした大根おろしのソースがかかっている、スープの出汁はデジタケと昆布で動物由来の物は無い。

 

「精進定食を一つお願いします」

 

「はいはーい、お肉が無いのに何が美味しいかわからないけど承ったよー……って、お師匠様か、美味しいよね、精進定食」

 

ピンクの豚の着ぐるみの中ほどと顔だけ切り取ったみたいな感じの中にスクール水着を着た幼い顔の女性型デジモン、座天使オファニモンに天界から追放されたいわゆる堕天使、チョ・ハッカイモン。もう慣れたので驚きはしないがこの姿を決めたのはオファニモンだという、センスを疑わざるを得ない。

 

「チョ・ハッカイモン、私が言いたいことわかりますよね?」

 

「……はーい」

 

「後で校長室に来てくださいね、一人で」

 

何度説法をしても絶対にどこかしら抜ける、あの慈悲深いことで有名なオファニモンが匙を投げることになった理由はわからないができない子ほど可愛いで解決できない時がある。私も一度だけ怒りそうになってしまったことがあった。

 

「私はデジウナギ重を」

 

「えー、肉でしょ肉。脂にとにとの角煮にネギタップリかけた角煮丼と、オプションの温泉卵のセットが今日の私の一押しだよー?」

 

喉元過ぎれば熱さを忘れるにもほどがあるスピード、チョ・ハッカイモンはいつも悪い意味で疾走感に溢れている。

 

「それもいいんですけど、太るので」

 

「胸がか」

 

マーメイモンの言葉にチョ・ハッカイモンの目がカッと見開かれる。一瞬前の笑顔は完全に影を潜め、空腹時のような怒りをあらわにしている。何故か肉以外をマーメイモンが頼むと毎度こうなる、理由はわからない。師匠として弟子の悩みは理解して解決へと導かなくてはいけないのに、歯がゆい。

 

「お腹も」

 

「胸もか」

 

「まるで寸胴のように痩せているチョ・ハッカイモンが羨ましい」

 

「嫌味だな、嫌味なんだな」

 

「落ち着きなさいチョ・ハッカイモン」

 

「たゆんとした脂身の塊をお持ちのお師匠様に目玉焼き程度の私の何がわかるんだー!」

 

チョ・ハッカイモンはそんなことを食堂中に聞こえるように叫んで厨房に引っ込んでいった。いつものことながら何故かその後は食堂にいるデジモン達の視線が私の胸に集中する

 

「あの子にも困ったものですね……」

 

「はい、煽ると素直に乗って来るのでとても楽しいです」

 

何か会話が噛み合っていないような気がするがマーメイモンは楽しそうだ、無表情だけど。声のトーンがほんの少し高くなっている。

 

「そういじめてやらんでくれ、俺のところにその分の負担が来るんだからよ」

 

首をごりごりと鳴らしながらゴクウモンがやって来てマーメイモンの頭を軽くはたく。チョ・ハッカイモンのストレス発散は食べるか誰かを殴るか、とてもよろしく無いことなのだが毎度毎度それの相手をするのはゴクウモンだ。一番強いというのもあるし、かなり仲がいい。二人とも良く食べる同士だからかもしれない。

 

「おーい、ハッカイさんよー!今日のオススメ頼むわー!!脂ぎっとぎとの角煮、美味くつくってくれよー!!」

 

にとにとだっ!とよくわからないところに怒りつつ上機嫌そうなチョ・ハッカイモンの声がしてゴクウモンはふぅっとため息をつく。

 

チョ・ハッカイモンは色々な面で認めて欲しいだけだったりするようだ、私は立場上認められないことが多いがゴクウモンにはそのしがらみがない、脂ねちゃねちゃの角煮を食べることもできる。

 

「チョ・ハッカイモンの勧めて来るのは脂ギッシュなものばかりですから毎日食べてたら太りますよ?」

 

「でもハッカイさんのオススメ、今まで一度も外れたこと無いんだよ、マジでさ」

 

それに俺は基本動きっぱなしだからなとゴクウモンは言う。野生化で生きて行くことを決める生徒は少なくはなくて、そういう生徒は皆ゴクウモンの授業を受ける。実戦の実践教育に野生化を諦めるものも少数いたりする、それぐらい激しい授業をしているのだ。

 

私としてはあまりお勧めしていないが生きることからも離れようと思う生徒は基本いない、生きて行く上では最低限の強さというものは必要になってくる。

 

「サゴモンはどうしました?」

 

サゴモンも授業が終わってそろそろ夕食を取っているはずだ。

 

「あいつは先に風呂に行くって言ってました」

 

そのゴクウモンの言葉を聞いてマーメイモンが微妙な沈黙を作り、そして意を決した様に口を開く。

 

「……実は女性格のデジモン達からのぞ……」

 

「あー!風呂ってさっぱりしますよねー!!」

 

マーメイモンの言葉を遮る様にサゴモンが現れてマーメイモンの口を塞ぐ。マーメイモンが何か言おうとしていた様だがサゴモンが耳元で何か言うと黙った。

 

「というわけでハッカイ!なんかさっぱりした魚介系頼むわ!」

 

「……サゴモン、お風呂に入った後だというのに妙に汗をかいているのですね?」

 

「早く飯食いたくて走って来ましたからね。先に飯にすればよかったかもしれません」

 

まぁそういうこともあるかと納得する。疲れていると思考力は鈍るものだ。

 

「ところで、チョ・ハッカイモンも一緒に食べませんか?たまには正職員五人で夕食というのもいいでしょう」

 

マーメイモンが言う、なんとなくマーメイモンの性格から考えると意外だがしかし、ベビーシッターをしていたりマーメイモンもそっちが本質と言えば本質なのかもしれない。やはり少しおかしく感じるが。

 

「……笑わないで下さい、ただ好きな相手の真似をしているだけです」

 

そう言いながら出されたうな重を取って近くのテーブルに腰掛け、私も精進定食を持って向かいに座る。

 

「へー、そんな相手がいんのか、けっこう堅物だと思ってたんだけどなぁ」

 

今度はゴクウモンが言われた通り脂身だらけの角煮丼と温泉卵の小鉢を持ってくる。

 

「私だってそういうことぐらいはあります。まぁゴクウモンじゃないのでご安心下さい」

 

あー残念だなーとゴクウモンが心にも思っていなさそうに笑う。

 

「じゃあまさか俺……」

 

「すみません、それはなんのジョークですか?とりあえず全員分のお茶取って来て下さいエロガッパ」

 

エロガッパじゃねーしと叫びながら従順に素早くサゴモンはお茶汲みに行く。何か弱みでも掴んでいるのだろうかとも思ったが仮にも私の弟子であるのだから大した弱みでは無いだろう。

 

「ふっふっふ、でー、マーメイモンはその相手とはどこまで行ったの?付き合ってるの?きっかけは胸?その胸を存分に使ったのかーッ!?」

 

途中自分で胸という単語を出してから暴れそうなチョ・ハッカイモンが器用にゴクウモンの倍ぐらい盛られた角煮丼を持ってくる。温泉卵も小鉢じゃなくてお茶碗に三個入れてある。

 

「とりあえず食べましょう。今日は貰い物のジュースもありますし」

 

そう言ってマーメイモンはジュースの瓶を取り出す。一人で飲むには多い、子供達に上げるには少ない、二人で飲むには少し多い。五人で飲むならちょうどいい。

 

マーメイモンがサゴモンにコップを取りに行かせ、そこにジュースをついで行く。

 

「サンゾモン校長、音頭を取って下さい」

 

マーメイモンが言うと三人の目も私を向く。説法は慣れているが音頭を取るのはあまり慣れていない、でもここではきっちりしなくてもいいのだろう。心に余裕を持って始めて教えも意味を成すものだ。

 

「では……この学校もお陰様で経営を立て直し、卒業生達も各地で元気にやっているという報告が多数寄せられ、私達もこれからますます励んで行かなくてはいけないわけです。そのためにも心に余裕を持ちましょう、乾杯」

 

乾杯。四人の声がしてグラスがぶつかり合ってチンッと音を立てる。一口で飲み干すものもいれば乾杯したのに口をまだつけないものもいる。

 

そんな四人を見ながら私はゆっくり口を付けジュースを口に流す。

 

濃厚な甘酸っぱさと香りが口の中に花開く様に広がり、飲み込むと爽やかな香りと後味を残して消えていく、至極さっぱりとしたジュース。ただ果実を絞っただけの汁とは信じ難いぐらいに美味しい。

 

ふと顔をジュースから皆に向けるとそれぞれ好き勝手に騒いだり一心不乱に食べていたり、とても余韻に浸れそうには無い。でもこれでいい、私は今この空気に浸れているのだ。



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汚物達とのバーベキューの物語。

 

何ともでかい壁だ、真っ白なよくわからんが綺麗な石でできた壁。中は真ん中が高くなっている地形みたいで、二重三重になっている城壁がよく見える。真ん中には礼拝堂みたいな建物がある。確かここは天使達の集まる国だったか、俺たちのいる場所とは真逆の場所だ。

 

ただまぁ、こういう囲ってる国ほど俺達の目当てのゴミ捨て場は外にあって色々やりやすい。この中を綺麗に保つためにゴミは全部外に集めているんだろう。かなりの広さがある。二度場所を変えてるが端が見えない。要らないものはゴミとしてる可能性もある、気に入らない。

 

「おいレアモン、ここで止まれ!」

 

俺の下でどろどろの腐ったヘドロみたいな体を引きずる失敗サイボーグは俺の呼びかけにも答えず止まらない。むしろ速度を上げてるぐらいでその背中に組んだ荷台がみしみしと音を立ててる。

 

「この、止まれっつってんだろうが!」

 

一発小突いてやるとレアモンは一瞬ふらっとした後でレアモンと似たヘドロの山に突っ込んで止まった。全く以って反応の鈍い奴だ、脳味噌まで腐りかけてたのは伊達じゃない、途中の町でなけなしの金で脳味噌だけでもちゃんとサイボーグ化してもらってよかった。サイボーグ化とか一部機械化するのは不具合が起きると本当に辛い。飛べなくなったり撃てなくなったりで済めばいいが体に変な指令が出て痙攣したりする。

 

「アニキ、やっぱりこいつこのままだと楽園に行く前に脳味噌おっ死んじまうんじゃねぇかなぁ、残ってる部分サイボーグにしたけど腐った部分が戻ったわけじゃないし」

 

黄色いう〇こみたいな野郎がそんなことを言う。それを聞いて緑色のナメクジを趣味悪くしたような化け物とその色違いの黄色いのもそうだそうだと言ってくる。

 

「うっせぇぞスカモン!ヌメモン!ゲレモン!その金をどう工面するってんだこのゴミ共!」

 

俺が一発ずつ小突いてやるとやっと馬鹿どもは黙った。レアモンの再手術だって一体どれだけの金がかかったっていうのか、俺がゴミ捨て場から金目の物見つけて売って、一体いくつの町や小国を練り歩いたことか。まぁ足になったのは俺じゃなくてレアモンなんだけども。

 

「アニキだってゴミじゃねーか!ゴミ箱入ってさ!」

 

「うっせぇ油虫!そのテカテカの羽にう〇こ塗り付けんぞ!」

 

ゴキモンって名前の黒光りするやつにそう言ってやるとへいへいへいと頷いてその場のゴミを漁り始める。

 

「ここらへんは新しいゴミみてぇだからな、もしかしたら食い物も混じってあるかもしんねぇ!よく見て探せ!」

 

おーと馬鹿どもが威勢よく返事をする。まぁこいつらも実際わかってんだ。金がねぇと旅はきつい。俺達みたいな弱っちいデジモンは狩りして食って行こうとしてもそうそう狩れねぇ。基本的に町に入るのすら嫌われちまう。

 

ゴミ箱一つにう〇こ一つ緑と黄色のナメクジが一匹ずつに油虫が一匹、そして死にぞこないのヘドロのサイボーグが一つ。みんなまとめて汚物だなんだと言われるデジモンだ、嫌われるし疎まれるしどんだけ清潔にしてようがそれは変わらない。ここに至っては街の中に入ることすら拒否された、汚物に尊厳はねぇと言わんばかりだ。

 

「アニキ、良いもん見っけた!金属だ!」

 

小一時間経つとスカモンが何かを見つけて俺のところに持ってきた。どうやら食器の類らしいそれを適当にボロ布で拭いてみる。機械のメンテナンスなんかもできなきゃいけなかったから金属系や機械系にはそこそこ強い。貴金属に強くなったのは汚物になってからだけど。

 

「黒ずんじゃいるがこいつぁ銀だな、悪くねぇ。よくやったじゃねぇか」

 

鍋を取り出してレアモンからそこそこ距離を取る。あいつはガスが常に出てるから引火すると死んじまう可能性もある。少し離れた場所で容器に入った廃油に火をつけてその上で水を沸かす、鍋の中の水も前のところで買った水だ。綺麗な水は汲めればいいけどそうそう手に入らない、結果的に買うことになる。

 

沸いた湯の中に粉を入れて食器を放り込む。これで銀が元通りになる、不思議だが粉自体は割とありふれたものだ。食用にすらなっている。

 

「アニキ、こっちにも金属のやつ見っけた!」

 

さらに一時間ぐらい経つとヌメモンやゲレモンも銀らしきものを見つけてきた。資産家が一斉に処分したのかもしれないし、こういう類のごみが集められるゴミ捨て場だったのかもしれない。

 

「お前らもいいペースじゃねぇか。しかし……もっと再利用とかすればいいのによ、もったいねぇ。食物ならともかく銀製品なんて安くもねぇだろうに」

 

俺達は旅しながらいろんなと場所のゴミ捨て場やら裏町やら、場合によっちゃ街の外で野宿やらさせてもらってたがこれだけゴミの中から金になるものが見つかるのも珍しい。

 

そんな風に思ってると使えそうな少し曲がった鉄の棒を見つけた。先端には曲がった標識がついていて、それも塗装された鉄の板らしい。レアモンの背中の荷台の補強に使えるかもしれない。

 

その鉄の棒があった下から車輪が覗いているのが見えた、確かゴムをつけて使うタイヤとかいうタイプのやつ。パッと周りを見る限りゴムらしいものはないがまぁ使えるだろう。

 

「おいゴキモン!こっち来い!作業が楽になるぞ!」

 

レアモンの荷台に車輪をつけて背中に乗せずに後ろにつければ大分負担も減る筈だ。幸い材料はゴロゴロ転がってやがる。

 

「ゴキモン!ゴキモン!おいゲレモン呼んでこ……いねぇのか、じゃあ……」

 

周りを見ると誰もいやしない。全くあいつらはどこに行ったんだか、まぁ熱心に探しに行ったんだろうが、迷子になりそうな勢いで離れていかれちゃ困る。

 

「レアモン、ここで待ってろよ。な?」

 

レアモンが小さく顔を動かすと、機械が擦れ合う音がかなり大きくする。首のパーツが錆びてきてやがる、後で油を注してやんなきゃいけないだろう。

 

全くしょうがない奴らだと探しに行くと、集まって騒いでいるバカ共を簡単に見つけることができた。

 

「おい!サボって何やってやがる!」

 

俺の声を聞いても何か囲んでたものを見ては俺の方を見て、囲んでたものを見ては俺の方を見てとかなり困惑しているようだ。何か珍しいものでも見つけたのか、

 

それとも大きすぎて運ぶ手段でもなかったか?

 

囲んでたものを見ると俺はつい真顔になった。

 

「こいつ、死にかけてねぇか?」

 

黒い影みたいなデジモン。目玉が幾つも付いてなかったら生き物っぽい影かシミかにしか見えねぇようなデジモン。明らかにその目玉に力はなく、ほとんど閉じかけているのを無理やり開けているように見える。

 

「そうなんだよアニキ!」

 

「助けてぇんだよアニキ!」

 

「どうすりゃいいんだよアニキ!」

 

「触れねぇんだよアニキ!」

 

「お前ら落ち着け!そして黙れ!」

 

騒ぐバカ共を黙らせてまずは本当に触れないか確かめる。触ろうとしても確かにその下のゴミしか触れない、本当に影そのものみたいだ。

 

「ゴキモン!レアモンと荷物全部持って来い!」

 

こいつが影でも何かの上に乗りさえすればそれごと移動はできるかもしれない、触ろうとしても触れないやつだ、揺れてもそんなにダメージにはなるまい。

 

「おい、聞こえてるか。聞こえてたら瞬きでもなんでもいい、返事しろ」

 

俺が呼びかけると目玉が一つ瞬きする。それを見ておぉとどよめくゴミ共を睨みつけてもう一回そいつに視線を向ける。

 

「今助けるからな、俺達にできることはあるか?あるなら瞬き一つ、ないなら二つしてくれ」

 

瞬きは一つ。とりあえずできることはあるらしい。

 

「怪我したって感じじゃねぇな、弱ってるって感じか?」

 

瞬き一つ。

 

「普通にものを食ったり飲んだりはできるか?」

 

瞬き二つ、やっぱり実体のないタイプらしい。実体のないのに、できることがあるってことは……

 

「お前は寄生するタイプのやつで、俺達の誰かに寄生して栄養を分けてもらえれば助かるかもしれない。そういうことか?」

 

瞬き一つ。

 

「よし、俺に寄生しろ。触ってればできるか?」

 

瞬き一つ。俺はすぐに影の上に手を置く。すると俺の影の中に溶け込むようにしてその姿が消えた。と同時に急激に力が抜けていく。

 

このバカ共にやらせなくて本当に良かった。ゴミでも俺は一応完全体、こいつらとの体力の差は比べるべくもない。

 

「あ、り、が、と、う」

 

俺の口が勝手に動いてそんな言葉を作る。

 

「礼なんかしなくていいぜ!アニキは助ける代わりにいっぱい働かせてくるからな!」

 

「本当に人使い荒いもんなアニキ」

 

「俺もよぉく怒られるもんな。手がないんだから引きずらずに運ぶなんて無理だっての」

 

「一回廃材で貝殻作って俺の背中にくっ付けてなんで進化しねぇってキレたこともあったぞ」

 

「それ言うなら俺もだ、食い方が汚ぇって怒られる」

 

「スカモンの食い方は本当に汚ぇから仕方ねぇよ、食ってる分よりこぼしてる方が多いだろ」

 

バカ共が好き勝手言い始めるが力が抜けすぎてまともに怒鳴ってやることもできない。後で殴ってやろうかと思ってるとゴキモンがレアモンを連れて走って来た。こっちだこっちと手を振るバカ共に突っ込んで跳ね飛ばしてその動きを止める。ざまぁみろ。

 

「アニキ!連れて来たぜ!」

 

「おぅ、よくやった。とりあえず食物よこせ、こいつに吸い取られて死ぬほど腹減った」

 

「何言ってんだアニキ、そいつに喰わせなきゃ意味ねぇじゃねぇか?頭の中までゴミになったのか?」

 

「察せ油虫!こいつは俺に寄生したんだ、俺の食った分から栄養取るようになってんだよ」

 

ゴキモンは今ひとつよくわかってなさそうな顔してなけなしの食料を荷台から降ろした。

 

バカ野郎めと悪態を吐いて食おうとしたらスカモンに顔面殴られた。

 

「なんでアニキが食うんだよ!」

 

「お前は俺にこいつが寄生した一部始終見てただろうがバカう○こ!」

 

おい、今の流れならわからないふりしてアニキに一撃喰らわせられるぞとか話し出したヌメモンとゲレモンを睨みつけて、今度こそと乾燥させた小麦の塊を口に含み、唾液でふやかしながら食う。正直まずい。粥にすれば良かったが鍋も使ってるし仕方ない。

 

「丁度いいしお前らも飯にすんぞ、ほれ、デジタケぐらいなら生えてんだろ、探して来い」

 

やっぱり人使い荒いだなんだと文句を言いながらバカ共が散っていく。自分もと動き出すレアモンを引きずって止めて鍋の中身を空ける。洗って使いたいとこだが水を買うのも金がかかるから布でふき取るぐらいにしておく。まだ何もしないよりはマシだ。

 

俺の影が形を変えて目の前にさっきの姿を作る、どうやら俺の影と同化したらしい、心なしか丸くなったのは栄養とりすぎて太りでもしたのかもしれない。

 

「なんだ?手伝いたいって感じか?」

 

瞬き一つ、手伝いたいみたいだ。

 

「でもお前実体ないのに何もできることねぇだろ、それにさっきまで死にかけてたんだ、元気になってからでいいんだそういうのは……そういや帰るとこはあんのか?」

 

帰るとこがあるのならその方がいい、世の中には好んで寄生デジモンを受け入れて痩せようとかする金持ちもいるらしいから、そういうこともあるだろう。

 

瞬き二つ、ないらしい。まぁ寄生デジモンもやっぱり嫌われやすいデジモンだ。

 

「おぅ、悪いこと聞いた……なんかお前、薄くなってないか?」

 

丸く、色も薄くなってきているように見える。俺が寄生対象として良くなかったのかもしれないのかと思って慌ててそう聞いてみるがそうじゃないらしい。

 

となると、後は死にかけたときによく起こることと言ったらあれだ、退化と進化。

 

「退化すんのか?」

 

瞬き二つ。

 

「進化すんのか?」

 

瞬き一つ。

 

そして白くなった影が実体を持って立ち上がり、卵に似た形を組んで行ったかと思うと俺の影の中から抜けて白い卵になり、その卵がびしびしとひび割れて翼みたいな耳みたいなのが二つ出て、卵の中からピンクと白のヌイグルミみたいなのが出てきた。

 

「お前わりと可愛い感じになるのな、びっくりしたぞ」

 

そう声をかけるとぱたぱたと耳か翼かわからんものを動かして俺に向けて飛んで張り付いた。俺はゴミだから手になんかつくぞと耳みたいなのを引っ張って剥がす。思ったよりべたつきが付いてない、肌がツルスベっとしているからか。

 

「結局言葉は話せねぇのか?」

 

俺が聞くと首を縦に振った後、でも物は持てると言うように足元のゴミを一つ持ち上げた。じゃあデジタケでも取ってきてもらうかと思っていると、その持ち上げた紙クズからキラリと光るものが落ちてきたのを見つけた。

 

なんだと思って摘み上げるとどうやらそれは金のリングに宝石もはめ込まれたもので、かなりの大金になるのは間違いないものだった。

 

見つけたこいつは、お手柄だやったーとでも言うようにピョンピョン跳ね回っていたが、流石にこれは綺麗すぎるし、歪んでもなく傷ついてもない、年期は入っているがむしろ大事にされていたように見える。それが何かの紙の中に混ざっちまって一緒に捨てちまったんだろう。

 

「こいつぁ、多分間違えて捨てちまったやつだろうな。明日にでも街に持ってくことにするぞ。イニシャルまで彫られてんだ、なくしたやつは困ってんだろ。よく見つけたな」

 

そいつはこくこく頷いて、俺の手から受け取ると他のやつとは別の場所に置いた。誰かが大事にしていたものだと言ったからか、一度置いた場所のごみを退けて、木の板みたいなのを持って来て、ハンカチみたいな布を敷いてそこの上に改めて置いた。

 

それから大体一週間、ルミナモンというらしいそいつはすっかり俺の近くが定位置になりつつある。頭のわっかは発光させることができるみたいで集合するときに非常に都合がいいし、スカモン達より手先も器用だったから、仕分けだったり分解だったりを手伝ってもらった。

 

「そろそろここともお別れだ。積むもん積んだな?」

 

おぉと返事が返ってくる。大分長居しちまったが売れそうなものもたくさん集めたし、荷台も新調、次の街にサイボーグ系の技術があればレアモンももう少しマシにしてやれる。

 

「なぁ、ルミナモン、お前はこのまま俺達に付いてきていいのか?どこ行っても俺達は嫌われるぞ?」

 

一週間の内に何度か聞いたがやっぱりルミナモンは首を振る。これだけまだ使えそうなものがゴミとして出るぐらい物が溢れている国ならルミナモンは豊かな生活が送れるといくら言っても話を聞かない。

 

「……ついて来たくなったらいつでも言えよ?よし、バカ共!出発だ!」

 

俺が声をかけるとおぉとバカ共から返事がくる。じゃあ行くかと荷車の上だったり、レアモンの背中の上だったりに登る。俺もよじ登るとルミナモンも一緒に登り、俺の頭の上に乗る。

 

「降りろ」

 

頭の上を手で払うとルミナモンはふわっと浮かび上がって少し頭の上に着地しようとするかの様に旋回した後、何かを見つけたらしく後ろを指差しながら俺の頭を叩き始めた。

 

なんだなんだとレアモンを止めて振り返ると国の方から茶色っぽい鎧のデジモンがこちらに向けて手を振っていた。

 

「おーい、君達。少しだけいいかな?」

 

獣っぽい形の鎧だが、背中には翼が生えていて天使の様にも見える。国の中のデジモンか、ゴミを持ってたらまずかったのだろうか。

 

「私はドゥフトモン。君達にお礼を言いに来たんだ」

 

何かしたかと考えると指輪のことぐらいしか思い当たらない。それよりもなんか聞いた名前な気がする。まぁ、種族の名前だ、他にいてもおかしくはないのかもしれないが。

 

「君達のおかげで私の友人は救われたんだ。盗まれ、犯人は捕まったものの返ってこず、もう二度と手元には戻ってこないだろうと思っていたところに君達が指輪を届けてくれた。彼女はとても嬉しそうだったよ」

 

俺の手を握って振り回すドゥフトモンに俺は戸惑う。天使じゃなくても聖騎士となそんな感じのデジモンだろうに汚物デジモンの俺の手を躊躇なく握ってきている。こんなの初めてだ。そういう感じの種族に触るのは久しぶりだ。

 

「本当にありがとう、君みたいな素晴らしいデジモンに会える機会はそうない。嬉しく思うよ」

 

あまりにべた褒めされるから軽く後ずさりすると、ずずいと後ずさりしたよりも距離を詰めてくる。

 

「いや、見つけたのは俺じゃなくてこいつだから、こいつに言ってくれ」

 

俺がルミナモンを指差すと、ルミナモンは身振り手振りで倒れてみたり、起き上がったり、なんだりした後に俺を指差す。

 

「君に恩返ししたくて頑張ったし、持って行く様に決めたのは君だって言ってるね。そう照れなくていいんだよ」

 

いやいや待てと言おうとするとスカモンが出てきて喚き出す。

 

「そうだそうだ!俺達のアニキはすげぇんだからな!俺達みーんな行くとこないのをアニキが拾ってくれてなぁ!」

 

「おい!」

 

「そうそう、レアモンだって暴走したくないのにしてたのをアニキが止めてなぁ!」

 

「あれは俺の方に突っ込んできたからだって何度も……」

 

「俺もゴキモンに進化した途端に追い出されて盗みなんかもやったがアニキが全部代わりに代金払ってくれて一緒に謝って殴られてくれたんだぜ?」

 

「それもお前をこき使う為の先行投資ってやつで……」

 

「それで金なくなって、貯めたと思ったらレアモンがやばいってことでレアモンの為に使うのに一切迷いもしねぇんだ!」

 

「足がなくなったら困るんだって……」

 

そして最後にレアモンがブオォと一声鳴く。

 

「お前に至っちゃ何言ってるかもわかんねぇぞポンコツがぁっ!」

 

スカモン、ヌメモン、ゴキモン、ゲレモンと叫んだ順に一発ずつ殴り、ルミナモンにもデコピンして、レアモンには体の上で一回ジャンプしてやる。

 

そしてドゥフトモンに向き直るとドゥフトモンはフフフと口元に手を当てて笑っていた。

 

「やっぱり君はいい男だよ。一応入国審査官からは二体と聞いていてね、こんなものを用意したんだ。残念ながら出来合い品で君達のサイズに合わせることはできていないが、チェーンも用意したから首にかけてくれるといいと思う」

 

無理矢理手に押し付けられるもののありがたいが要らないと俺が言うと、ルミナモンの首に俺に渡したのと同じ銀色のリングのついたチェーンをかけて、長さを調節したと思ったら余ったところの鎖を二本の指でいとも容易く引き千切る。裁縫糸を切るみたいな感じでルミナモンやスカモン達は気づいてもない。ただありがとうありがとうと口々にお礼を言うだけだ。

 

手の中のチェーンを見るがこれは銀か、切れなくはない、切れなくはないがルミナモンに一切衝撃を伝えずにできるかと言われたらできるわけがない。俺は汚物デジモンだが完全体の中で特別非力ってほど非力じゃない、究極体か、にしてもかなりこいつは強い。

 

「いいね。淑女らしさが一段と上がったよ、君達もそう思うだろ?」

 

ルミナモンにやんややんやとバカ共が騒ぎ立て、レアモンは自分にも見せろと鳴いて抗議する。全く、こいつの正体もわからないのに呑気なもんだ。明らかに尋常のデジモンじゃない。

 

聖騎士か大天使かで、強い、そんなの三大天使かロイヤルナイツか……そう考えてロイヤルナイツの一体にドゥフトモンがいたのを思い出す。こいつ、ロイヤルナイツじゃねぇか。

 

そして改めてリングを見るとこっちは銀じゃない、プラチナだ。あのリングについてた宝石は希少なグリーンマラカイトではあるが小粒もいいところ、プラチナのリングの方が値段は上だ。こんなの二つあればそこそこの財産になるし、なんなら、レアモンの体を全身きっちりサイボーグにすることだってできる。

 

「さすがにお礼にしても高すぎるだろ。百bit拾ってもらって一万bit渡すような事をするのは意味がわからない」

 

ドゥフトモンをバカ共とルミナモンから引き離してそう聞くと、確かにそうだと頷いた。

 

「でもね、あの指輪は彼女や私にとっては物としての価値以上に思い出の品としての価値が高いんだ。幾ら長く生きることができても三百年も前のことはきっかけがないとなかなか思い出せなくてね、あの指輪はそのきっかけになるものなんだよ。金ではもう手に入らないものだ」

 

ロイヤルナイツの立場からしたらこんな金ははした金って事でもあるんだろう。そしてきっとその彼女とか呼ばれるデジモンに取っても金は惜しむものじゃないらしい。

 

「それともう一つ職業上の理由でそれは持っていてくれた方が有難い。それがあれば私は大まかな位置が知れる」

 

「天下のロイヤルナイツがちびっこをストーキングかよ」

 

「ルミナモンは特殊なデジモンだからね。触られただけで幸運が舞い込むデジモン。例えば穴だらけのテロ計画や異世界へのゲートを開くとか、そういった危険で半ば博打の様なものをルミナモンは博打ではないものとする事ができる。ね、危険だろう?」

 

少し振り返るとルミナモンがくるっと回ったりしながら指輪を見せびらかし、バカ共がやんややんやと喝采している。とてもそんな能力を持っている様には思えない。

 

「それに君もだよ。ガーべモン、君の心がルミナモンを産み出した、ルミナモンを生産できるデジモンと考えられたら君も狙われる可能性はゼロじゃない」

 

「……いつから見てたんだよ。それに、俺達はルミナモンに進化したすぐ後に指輪を拾ってんだ。見てたなら何故来なかった?さっきのは作り話か?」

 

「彼女に呼び出されて向かったら偶然君達がシェィドモンを助けようとしているのを見かけてね。シェィドモン自体非常に危険なデジモンだ、本人に罪はないが……宿主の精神の悪いところを反映してしまう性質の所為で悪の権化の様になっていく。殺そうかどうか判断を迷っていたらルミナモンに進化したものだから驚いたよ。危険ではあるがマーキングに使えそうな物も持ってなかったし、その気になれば君達の足取りを辿ることも容易いからと一旦保留して私は私情を優先させた。正直君達を観察しながらも頭の中は指輪のことで一杯だったんだよ」

 

そんな都合のいい事があるのか。流石におかしいだろという目を向けるとドゥフトモンはだから危険なんだよと言う。

 

「ここで、こうしてお礼を受け取る幸運に恵まれたのは遡れば私が指輪のことで頭がいっぱいになって判断を躊躇していたりしたからだ。しかしその時ルミナモンはシェィドモンだった、ルミナモンのもたらす幸運は時を超えて、因果をねじ曲げるのかもしれない。もちろん、その分誰かが不幸になるという意味じゃない、例えば元々は一ヶ月前に解決するはずだった指輪の紛失が、全て一ヶ月後にずらされて君達に幸運をもたらしたのかもしれないという事だ。強いて不幸になったデジモンを挙げるとすればそれはロイヤルナイツに尋問される事になったコソ泥ぐらいだ」

 

そうなると確かにルミナモンの能力はすごい力を持っている事になる。本来はロイヤルナイツに摘発されるはずだったのを捻じ曲げるとかもあり得るのだろうし、触った相手の幸運の為にさっきドゥフトモンが言ったようなスケールの大きすぎる事が成功してしまうかもしれない。

 

「……ルミナモンをロイヤルナイツで保護するってのはできないのか?」

 

「できるよ。私でもいいけど……クレニアムモンがいいかな、守りに長けているし、居所も安定している。ただ、君達みんながそれを望むならね?ここに私が来た、強引にでも保護しようとする様なロイヤルナイツだっているだろうに私が来た。ルミナモンが触れた君の所に。それは意味があるんじゃないかと思うんだよ、そう思わないかい?」

 

ドゥフトモンが俺の頭の上に視線を向ける、つられて俺も上を見上げるとルミナモンが顔面に着地し、後ろからスカモンが、左右からヌメモンとゲレモンがぶつかってくる。

 

「アニキはわかってねーよ。保護されても幸せかもしれねぇけどアニキといた方が幸せなんだよルミナモンも、俺達もさぁ、アニキのそういうとこ俺どうかと思うんだ」

 

ゴキモンがそんな事を言いながら隙間からビスビス殴ってくる。

 

「どうやら決まったみたいだね。ところで君達は肉と魚だったらどっちが好きかな?」

 

俺が馬鹿共を蹴散らしている様子を眺めながらそんなことを言う。それに馬鹿共が一斉に肉と答えるとドゥフトモンはよろしいと答え、ちょっぴり胸を張った。

 

「ロイヤルナイツが一体ドゥフトモンから君達へ、個人的な感謝と友好のあかしにバーベキューを準備させてもらいたい。出発は一日送らせてもらうことになるけど、どうかな?」

 

俺が断ろうとする前に口をルミナモンが塞ぎ、馬鹿共が一斉に喜びの雄叫びを上げる。ここまで喜ばれたらもう俺だって流石に止めてやるわけにはいかない。

 

あれよあれよという間に準備が始まり、転がっている看板とかの中からでかいのを探して表面を削ったり掃除したりして鉄板を用意し、石を拾って窯を組み立てたり。ドゥフトモンの指示の元で汚物デジモンが生き生きと動き回るのは不思議な気持ち悪さすらある。こいつらこんなにできるやつらだったか?そして俺も手伝おうとするとドゥフトモンに止められ、馬鹿共に止められ、ルミナモンに止められ、レアモンが叫び声をあげだす。

 

夜になる頃にはすっかり準備も整い、ドゥフトモンが大量の食糧を持ってくる。余ったら持っていくといいと言いながらロイヤルナイツであるドゥフトモン自らが火を起こし、肉を焼き野菜を焼き、果てはパエリアを作り出す。

 

陶器の皿に肉だ野菜だと彩りよく盛って一体ずつに差し出すその姿に威厳は一切ない。生まれたばかりの頃とか汚物になる前に向けられて以来の気安い優しさ。

 

「……ありがとよ」

 

俺がドゥフトモンにそう言うとルミナモンが俺の口元に肉を無理やり突きつけて食わせようとして来る。仕方ないからその肉を食ってルミナモンにもありがとうと言えば急に上機嫌になる。感謝されたかったらしい。

 

そんな感じで少し経ち、それなりの量を詰め込んだところでドゥフトモンの手から箸だトングだといったものを奪う。

 

「お前食ってないだろ。ここからは食う側に回れよ」

 

「……ありがとう。でもパエリアだけは私が見よう、焦げ付かせてしまうと台無しになるからね」

 

馬鹿共は美味い美味いと言いながら食い、ありがとうありがとうと盛ってやるたびに言う。それをドゥフトモンはじーっと見ている、なかなか気持ち悪いしさっさと食えよと思う。

 

「肉が冷めちまうぞ」

 

そう言いながら新しい肉を追加してやる。古いのから食って全部ちょっと冷めた感じで食うのは少しだけ残念だ。

 

「気遣いありがとう、ただ、嬉しいし楽しくてね。つい眺めてしまった」

 

何が嬉しいのかわからないと俺といつの間にかに俺の頭の上にいたルミナモンが首を傾げるとドゥフトモンは楽しそうに話し出した。

 

「立場上憎まれ口を叩かれることも多くてね。なんでもっと早く来なかったとか、被害をもっと減らせなかったのかとか、完璧にやっても当然だと言われることも多い。それを不満に思うわけじゃないが、君達は小さなことでもすぐ喜んで、ありがとうと言ってくれる。それがとても嬉しいんだ」

 

天下のロイヤルナイツが当たり前に感謝されるだけで喜ぶとか一体どんな状況にいればそうなるんだか。

 

「いつもありがとうな」

 

俺が言うとドゥフトモンが一瞬キョトンとなり、その後で無理してそんなこと言わなくていいよと笑い出す。

 

「おい馬鹿共!もう一回ドゥフトモンに感謝しとけよ!」

 

「パエリアできたのかいアニキ!」

 

「マジで!パエリア楽しみ!」

 

「パーエリア!パーエリア!」

 

パエリアコールをしだす馬鹿共に煩いぞ黙れと一喝する。

 

「ロイヤルナイツってのは国とか関係なく首突っ込んでくれやがる!そのおかげで旅してるデジモン相手だからとアコギ過ぎるやり口でやってる奴らも野盗みたいな奴らも色々と牽制されてんだ!」

 

アニキ、よくわかんねーという声が全員から帰ってくる。

 

「つまりだ、ドゥフトモン達のおかげで俺達はまともに旅する事が出来てるってことだ馬鹿共!感謝しやがれ!」

 

ありがとうありがとうと馬鹿共が繰り返し、ドゥフトモンコールを始める。それをぽかーんと見ていたドゥフトモンは俺と目が合うと少し恥ずかしそうに頬を掻いた。

 

「なんか催促したみたいになったね」

 

「いいだろ、催促したって。あいつらが言われたから感謝してるのは確かだけどよ、嘘言ってるわけでもねぇんだ。気分悪いか?」

 

俺が言うとルミナモンもドゥフトモンの前でぶんぶんと腕を振ったりしながら何やらドゥフトモンに伝え出す。大方お陰で俺達に会えたとか、そんなとこだろう。

 

「いや、最高だね。これがルミナモンの力かと少し戦慄してるよ。君達に会ったのが私だったのは意味があった。私がルミナモンに触れたから、この素敵な出会いをくれたんだろう」

 

ドゥフトモンがおもむろに立ち上がり、パエリアの鍋に手をかける。

 

「さぁ、できたよ!お待ちかねのパエリアだ!」

 

ドゥフトモンコールが一気にパエリアコールに変わる。その様に俺とドゥフトモンは苦笑しながらパエリアを皿に盛っていく。すでにできているものだからドゥフトモンも俺も含めて全員で談笑しながらパエリアを食う。

 

ただ楽しく、ただ美味く。俺達の囲むバーベキューにあるのはそれだけだった。



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