朝も昼も夜もどんな時間であろうとも、ずーっと続けていられることがある。それはなんとも幸福な事であろうか。しかし現実はそんな趣味や特技などを見つけられているのも極僅かしか居ない。ましてや現実を既に見てしまった者の心境からすれば、今の社会で今を生き続けていくことが重要であると思い込み、諦めや悲観ばかりしかしていないように思える。
ただそんな世の中でも、自分の特技や趣味をその才能によって世界に認めさせるほどの腕前を持つ者も少なからず居る。手製のトライアングルが世界の演奏者に認められたり、幼いながらもアクション映画で主役になったりと、憧れへの渇望や単にやってみようと思ったことが世界へと羽ばたいていく者が存在している。
そんな世界が認める逸材の中の1人は、今ルーヴル美術館にて殆どの時間入り浸っていた。じーっとただ1つの絵画を見つめ、想起し、空に創作を描く。傍からすれば何をしているのやらサッパリだが、その周囲の人間はその絵を見ている彼の前方を誰一人として通ろうとしない。見ているのは絵というより、その彼の方を見ているからだ。静かに。
彼の座る横長の椅子にはスケッチブックと絵筆、鉛筆にパン。絵の具等々と正しく絵描きであると認識するのに充分な材料が揃っていた。
ふと彼は何を思ったのか。靴を脱いでその椅子の上で正座すると、鉛筆を持ちスケッチブックに顔を近付けて何か描き始めた。それと同時に人々はその絵の前を通り過ぎ去っていく。物珍しげに日本人観光客が彼を見るが、やはりというか彼の考えていることに理解が持てないようだ。
「────────」
無言、何もない。ただひたすらに描き続けていく。それが彼にとっては唯一自分で居られて、何も考えず夢中になれるのだから。そんな彼に近付く影が1つ、といっても何も危害を加えようという訳ではなく、単に昼御飯の時間だから迎えに来ただけのことである。
「フーくん」
そう呼ばれると彼、『
「昼御飯食べよっか。」
「ん……。」
淡白なやり取りであるが、何処か心が通じあっている様子が見受けられる。そうして彼女と波山楓花はルーヴル美術館を後にした。途中1ヶ所だけ世界の有名な絵画が1つも無い場所があるのだが、驚くことなかれ。彼個人の絵画ブースである。
──
───
────
─────
私、鷹月静寐は波山楓花の幼馴染だ。元々家も近い上に時折彼のアトリエに遊びに行って、いつも完成した絵を1番に見せてくれた。それは彼が世界の有名画家として名を馳せても尚、それだけは続けてくれた。
彼は高機能自閉症、アスペルガー症候群であると診断されている。そのせいか普通の人とは少しだけズレていたり、普通の人とは比べ物にならないぐらい天才なのだ。小学三年生の時に描いた作品が世界に知られるようになり、正しく絵描きの中では有名人になっている。
前に写真を送ってくれた際は、ローマ法王とツーショット写真を撮っていて一瞬唖然とした。テレビにも引っ張りだこな上にこんな女尊男卑となった時代でさえも彼のことは世界そのものが認めていて、そして彼を世界が保護している。正しく手の届かない人になっていた。
けれど楓花は私を片時も忘れていない。寧ろ有名になるにつれて、私が一緒に行動する機会が増えていったのだ。彼の安心できる人、自惚れかもしれないけれど私がついて行って落ち着かせていた。パニックにならずに済むのなら、それで良い。
彼の理解者である両親は、小学四年生の頃に交通事故でなくなっていた。だからこうして一緒に過ごす時間が増えている事実がある。初めはイギリスで小さな個展を開き、それからというものの海外へと行くことが当たり前になっていた。その分語学の勉強もしなきゃいけなかったから、そこは苦労した。
延々と描き続けて、自分の思うがままに生きている彼はずっと絵と向き合っている。スランプに陥った時だってあった、中学1年生の頃だ。それでも本調子になったのは、スランプから僅か1ヶ月後。その時の彼は何よりも絵に夢中になっていたのをよく覚えている。
自宅はフランスの一等地、景観のいい場所に私の家族と一緒に住んで暮らしている。もう引っ越して1年になるけれど、フランス語はまだ慣れないのがネックだ。
「フーくん、今日何にしよっか?」
「…… Fete fete」
「そこ好きだね、じゃあ行こっか。」
「ん……。」
まぁ、彼のルーティーンを崩すと癇癪を起こすので食事は好きにさせているのだけれど。金銭感覚云々言ったけど、私もとことん彼に甘いなと実感させられる。嫌ではない、こうして彼を支えられているのは少し誇らしいから。
Fete feteに着いたら、普段のように専属ウェイターが出迎えてくれる。天才故の感覚、というより自閉の彼は対応してくれる人が同じでないと困惑するのだ。
言い忘れていたが、このレストランは今ランチメニューの内容で提供されているが彼だけ夜用のメニューの提供であったりする。それを本当に美味しそうに食べていくのを見ると、こっちまで嬉しくなる。
スケッチブックと鉛筆はエコバッグの中にしまい、料理を頬張っていく中、何やら店内が騒がしい。何だろうかと思っていたが、その前に楓花が心配であった。というのも、彼は学校でもピアノやリコーダーの音などに対しかなり聴覚が敏感であるため騒がしい場所はすぐに走って逃げていくほど。
ただ私はこの騒ぎを何故か不可思議に思えた。普段は人々が沸き立つニュースが放送されようともここは静寂な雰囲気に包まれていたのだから、これだけ騒がれる何かがとても気になった。
そしてそれが、初の男性IS操縦者が現れた報道を知ったのはお父さんからの電話からであった。
─────
────
───
──
それから波山楓花は朝からご機嫌斜めであった。それもその筈、世界初の男性IS操縦者が現れたことにより全世界で新たな操縦者を発見しようとする試みが行われているのだ。それは男として産まれた波山も同じ……だが、彼が最も嫌うのは自分の絵描きを邪魔されることだ。絵を描いていたら突然政府関係者がやって来て検査を受けてくれないかと交渉してきたのだ。
当然絵描きは中断、むすっとリスみたく頬を膨らませて“不機嫌です”と態度に現れている。話を聞こうともしないので完全にお手上げ状態であったが、鷹月静寐の父『鷹月
そこでIS適正Aを叩き出したため、さらに絵描きの時間は中断されてしまい、さらに不機嫌になっていく。ついでに言えば、ISに興味無い上に“何それ美味しいの?”な彼にとってこれ以上苛立たせることはあるのだろうか。いやない。
そして政府の保護観察中にも感情のままに絵を描いていき、完成した絵がまたも美術界を騒がせたのは単なる余談である。
時は流れ、彼は鷹月静寐と共にプライベートジェットでIS学園に来た。本来はモノレールが唯一の交通手段だが、騒がしいのが苦手な彼は日本へ行くことを嫌がっていた。なので態々プライベートジェットで直接来たのである。
そしてジェット内でも、外に出ても終始ムスッとした表情を崩さない波山は鷹月のフォロー(飴玉プレゼント)により表情を綻ばせていた。
IS学園の滑走路を後にし出迎えたのは待機していた専属SP、その女性に案内され体育館へと向かう。
「…………ふぁ」
「眠い?」
「ぅん……」
時差ボケで眠くなっているようだ。今更かと思うが、機内で絵描きに集中しすぎて寝ることを忘れていたようだ。
そんな彼と鷹月静寐、そしてSPは集団から離れた場所で開会式に参加していたのだとか。
──
───
────
─────
終始ご機嫌斜めな様子、かと思いきや飴玉を頬張って嬉しそうに微笑む。あの方は喜怒哀楽が豊富ですぐに変わりやすい、それは分かっていた。何よりも騒々しさを嫌い、静寂に生きて大きな地位を築いたフウカ・ナミヤマ。世界を渡り、オーストラリア、ロシア、フランス、オランダ、イタリア、ベルギー、日本、アメリカ、そして我が国イギリスで個展を開き名を馳せるあの方。
その絵からは何度も見続けられる中毒性のようなものが伝わってくる。見るだけ、ただそれだけなのに心を鷲掴みされた上に妙な安心感や好奇心……言葉にしても足りないぐらいにあまりにも美しく、あまりにも恐ろしい。ふと思い出すと、あの絵を買いたいと思ってしまう。
まるで……麻薬。絵画というあの方特有の作られる麻薬だ。故に個展を開いたと報道が出たのなら、迷わずチケットを買い我先にと絵を見ようとする者達が後を絶たない。無論、私とてその一人。
世界の名だたる富豪達がこぞって彼の絵を集めようとする。あの絵が何故そのような気持ちを引き立たせてくれるのか、分からない。恐らく、誰であろうと分からない。それが当たり前だと思い理解しようともしない。
そんな絵を描く方は、大勢の女性に珍しげな視線……いえ、それは最初の方でした。彼の場合は──
「さ、サインください!お願いします!」
「お願いします簡単な絵で良いのでこの色紙に描いてくれませんか!?」
「なぜあのような絵を描くことが出来るんですか!? お願いします何でもしますから!」
「あぅぅぅ……」
「すみませんが先輩方、順番に落ち着いて並んでくれませんか?」
彼の名を知る方々がこぞってサインや絵を欲しがっている。その人数は後を絶たない。1番前に座って項垂れた様子のイチカ・オリムラは、その集団を見て訳が分からない様子だ。……恐らく。
それはそうとして──────
「どーぞ…………」
「ありがとうございますッ!」
「家宝にしますッ!」
「是非美術部への入部をッ!」
「まだ早いですって。」
──後で描いてもらいましょう。正直に言えば私もあの絵は欲しくてたまりません。
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天才 2
ちなみに作者は軽度の高機能自閉症です。何となく生き辛さを感じたことは中学まで続いてたり。今は好きなことを見つたり人生観の見直しでボケっと生きてます。
好きなことは好きで、とことん突き詰めていくのが私達であって、それ以外は興味を持たないのが私達です(暴論)
この作品の彼もそんな感じです。
教室の扉がガラガラと音を立てて開かれる。それを機に波山に集まっていた生徒達が蜘蛛の子を散らすようにして自分の教室へとダッシュで帰って行く光景を見て、緑髪の山田真耶は苦笑を浮かべた。そして先程の女子の中心に居た波山を見ると、先程の対応とは裏腹に空を見つめてボケーッとしている。座席に体育座りをして両脚を両腕で抑えて、口も半開きでそのまま。涎が垂れていくことも気にせずに、白い天井を何が面白いのか常人では知り得ないほど見続けている。
有名画家のフウカ・ナミヤマがこのIS学園に来ると決まった事実は、恐らく教師陣は悩みの種を学園に入学させてしまったことと思うだろう。厳しいことを言うが、
しかしここでへこたれる山田真耶ではない。彼女も1教師の端くれ、ならばここで鬼が出ようと蛇が出ようともこれを乗り越えてこそ教師の本分であるのではないのか。そうポジティブシンキングをするのも束の間──
「お、織斑くーん? 聞こえてますか?」
「……は、はいっ。」
「ご、ごめんね。“あ”から始まるから“お”の織斑君の順番だからね。」
さっそくこんな調子である。客観的に言えば健常者である織斑一夏を相手に戸惑いを見せている。教師の腕は大学で鍛え上げたのだろうか。その点が少々気になってしまう。
──
───
────
─────
ど……どうすれば良いんですか、これ。そう思ったのは織斑君の自己紹介に介入した織斑先生が、織斑君の頭を出席簿で叩いた時でした。ずっと上を見つめていた波山君が急に体をビクッと震わせて両耳を両手で塞いだところを見て、正直彼が咄嗟の行動をしたことに驚きました。
でも本当に驚いたのは次でした。織斑先生の自己紹介が終わり女子生徒たちが歓喜の声を叫んだ途端────
「ああ"あ"あ"あ"あ"あ"!」
叫び声を挙げたんです。周囲の声が止まってただ波山君の声だけがずっと響き続ける教室。予想できなかった自体で咄嗟の対応が出来ずに呆然としていると、1人の女子生徒が彼に近付いて目線を合わせて彼の両手に自分の両手を重ねると、徐々に声が小さくなっていき彼女の方を見たんです。
「フーくん、保健室行く?」
「──ぅん」
そのまま織斑先生と私に会釈すると、彼の席の下にあるバッグを持って彼を連れて教室から出て行きました。はぁ……と織斑先生から出てきたため息が私を含めた全員の視線を集めると、彼のことについて話し始めました。
「先に説明しておくべきだったな。諸君、波山楓花はアスペルガー症候群と高機能自閉症を
それは……仕方ないこと、の一言では済まされないのかもしれない。けれど私達にとってアスペルガーや自閉症の子の対応はそもそも想定していなかったことだ。言い訳をしてしまえば、彼のような人に対する配慮の仕方を教育実習で体験していなかった。そもそも彼のようなケースが稀であるのだ。
しかしそんな彼は世界に名を連ねる天才画家。プロフィールデータには数々の美術館の展示や様々な国で個展を開いている実績がある。一概に単なる障がい者と位置付けるのは難しい。芸術家としてみれば、騒音や不快なことはセンスを鈍らせる“要らないもの”としての扱いなんだろうと誰しも考える。
───ただ、実績があったとしても、彼は今ここの一生徒として暮らすのだ。天才画家と呼ばれて注目されていようとも、そもそも彼は人だ。少ない繋がりよりも、もっと色々な関係を持ってほしいと思う。友達や仲間という、狭い世界では作れないものを作って欲しいと願うのはダメでしょうか。
─────
────
───
──
彼は頑固なところがある。いや、我儘を貫き通しているというのが正しいだろう。その我儘を貫き通すことによって、彼は独自の世界を創り続けた。拘りをもっとも大切とし、誰よりも何よりも全てにこだわり続けた。
暫くして落ち着いた彼は、そのまま保健室で絵を描き始めた。感性の赴くまま、自分の世界を純粋に信じ続けながら。青い絵の具は嘗てフェルメールが使用した宝石、ラピスラズリを態々限界まで購入し全てを絵の具にしている拘りっぷり。
そのラピスラズリの色が本当に気に入ったのだろう。彼は他の宝石にも手を付け始めた。手始めにターコイズ、ヘマタイト、エメラルド、パイライトなど……数え切れないほどの宝石を絵の具にして絵画に昇華させたのだ。
赤と青は混ぜない。アメジストを絵の具にしたものを使う。混ぜれば、その宝石の持つ色の特性が消える。本来の美しさが消えてしまうと彼は断言する。そんな高級の度を超えた絵の具を存分に絵に描く。しかしここで1つ問題がある。絵を描くということはその部屋に絵の具が飛び散ることだってある。つまりは汚れるのだ。
ここがアトリエならまだしも、他の生徒も使用する場所なのでこのようなことは普通なら御法度だ。しかし───
「───────」
「───────」
息が、できない。喋ることはおろか身動きひとつさえとれない真剣さが辺りを包んでいる。その気迫さは注意しようとした保健医でさえも黙るほどだ。描いていく彼の姿からただならぬ思いが体に染み込み奥へ奥へと入っていく。自分の体重が増えて足で体を支えることがままならなかったから、ゆっくりと椅子に座ったのだ。
宝石の絵の具がベッドのシーツにシミを作る。紅、黄、碧、蒼、紫、緑、茶…………その色彩の1部がキャンパスとなり模様を描いていた。床は1ヶ所だけが元々その色ではなかったのかと思われるほど塗り潰されていた。
そうして描いていくこと──実に1時間、その画家にとって僅かな時間で彼は絵を完成させた。
「────んっ。」
「──ッはぁっ、はぁ……はぁ…………はぁ」
満足気な様子になりつつ、彼はその完成した絵をクレバスを入れていた緩衝材入りの桐箱に入れて箱を閉じた。この桐箱は絵を保存して運びたいがために、態々職人に頼んで一年かけて作らせたものである。依頼を受けた専属の職人は彼も気に入っており、描いた絵を1枚譲渡しているほどだ。
「ん……しょ…………」
その桐箱を大事そうに抱えて保健室を出ていく彼。保健医は先程ので疲れてどうにも動けそうにない様子だ。追いかける気力すら全く感じられなかった。ふと保健医が彼の座っていたベッドのシーツを見ると、何故か一瞬心を奪われそうになったのは余談である。
そんな彼はゆっくりとした足取りで何処に向かっているのだろう。その答えは彼のルーティーンから察すれば一目瞭然、ずっと傍に居てくれる人に1番最初に絵を見せるために元の場所へと戻るのだ。
にこにこ微笑みながら、想起するのは大切な人の笑顔。それだけは彼のもっとも大切にしているものの1つだ。絵と同じぐらいとても大切なのだ。
ふと、自分が居たクラスから言い合いの声が聴こえてきた。何で怒っているのか、気にはなったがすぐに興味が失せた。呑気にクラスで何が起こっているのか知らず、彼は扉の前に来ると絵を置いて扉を開けた。
──
───
────
─────
始まりは本当に些細なこと。そう、私が言ったクラス代表を決める件についての話題が出た時だった。そのさい女子生徒たちは一夏を推薦しており、それに困惑している一夏がクラス代表になりたくないと言った時であった。バンッ、と机を叩く音が聴こえその弟の方向へ視線を向けるとオルコットが立ち上がっていた。
「……いい加減にしてくださいまし、ここはお遊び半分で決めるものではありませんわ!」
そう言い放つと続けざまに──
「男性操縦者が物珍しいから彼を選んだのでしょうが、そもそも彼は素人同然ですのよ!? 彼を代表としたいのならば、周囲が認めるほどの実力をつけてから選ぶのが普通ではありませんの!?それと貴方、織斑一夏!」
「え……?」
「そんなみっともない返事をするんじゃありませんわ! 嫌なら嫌で自分を貫いてみせなさい! 優柔不断で無学過ぎて呆れ返ってしまいますわ!」
「そ、そこまで言うことは無いだろ!」
「いいえありますわ! 嫌なら嫌で現実的な意見を述べて逃げれば良い! 無理なら無理と言えば、それで済む話ですのよ!? あの方のように我を貫き通せば良かったにも関わらず!」
「あの方って誰だよ!?」
「フウカ・ナミヤマ氏のことですわ!」
──嫌なら嫌で、貫き通せば良い。
──無理なら無理と、そう言えばいい。
思えば私は、一夏にそう言っただろうか。いや、全くない。記憶を探しても、何処にもない。
織斑計画の一端として産まれた“成功例”の私は、そう言える余裕が無かった。そう厳しく、一夏の逃げ道を作れる言葉を言えた試しがない。辛いことを吐き出すはけ口を作ることを考えていなかった。
……ああしていれば良かった、こうしていれば良かった。そんなタラレバを、今更ながら考えさせられた。波山楓花は確かに我が強い。それは1つのポテンシャルで個性、ある意味天才として必要なものだ。束も同じように我が強くて、あまり人の話を聞こうとはしなかった。そして束と波山を比べてみれば、共通点が多いなという感想が浮かんだ。
「何でそこでアイツの名前が出てくるんだよ!?」
「あの方はとても我が強く、自分の決めたことをひたすらに進んでいける方ですの! 絵を描く、ただその行動を10年以上も! 絵描きを邪魔するのなら誰であろうと怒る、そんな我の強さがあるのです! 貴方もあの方のように意志を貫いて言えば良いのです!」
「俺はアイツじゃねぇ! 大体さっき叫んで挨拶を邪魔したのは誰だよ!?」
「2人とも、そこまでだ。」
これ以上は無用な騒ぎを起こすだけだ。平行線、意見が何処で交わるのかすら分からない状況をこれ以上放置しておくのは不味い。
「話を戻すが……織斑、やるのか?」
「ッ──あぁ、やってやる! ここで逃げたら男じゃねぇ!」
“逃げる”
その行為や言葉は一夏にとって、最も嫌うことだ。昔から、そのようにして生きてきた。…………もう、私の言葉は今言っても届かないな。頭を冷やしてもらうぞ、一夏。
「成程な──オルコット、お前はどうだ?」
「自薦しますわ! 」
「そうか、ならば……」
ならば、実力で決めろ。そう言おうとした途端、扉が開いた。見ればそこに立っていたのは波山であった。
「波山、戻ったのか?」
「…………」
返事はない。私を見てムスッと不機嫌な様子をするが、すぐに表情が変わった。視線の先に居るのは……鷹月静寐。そして見つけると大きな箱を持ってきていた。
「……あれ、フーくん出来たの?」
「うん! 新しいの!」
新作の絵を見せに来たようだ……ん、新作?
何書きたいのかちょっと混乱して分からなくなってきた(オメメグルグル)
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天才 3
読みやすい読みやすい言ってくれてる読者さんの声はありがたいんですが、以前の作品が何かもうあれすぎただけであって(失礼)
正直、自閉症とかアスペルガーとかADHDとかの主人公ものって少ないのが現状ですからね。珍しいタイプと言われるのは予想してはいました。
話変わりますが(急)
よくテレビで私と同じような人が活躍している姿を映すじゃないですか。実際は親がその理解を示してくれているから天才ぶりを発揮するのであって、理解のない人に関わったら才能なんて地に埋まってしまいますからね。
……何が言いたいのかというと、今回はそんな感じの話です。
初めて生で
……この人生でそのような言葉は1度も聞いたことがない。いいや、そもそも興味自体もなく、知ろうともしなかった。ひたすらに剣を振り続けて、結果対戦相手から罵詈雑言を浴びせられた私には。病の知識は風邪だけしか分からない私には。その症状とやらは単に現実逃避したいだけの“逃げる”ための言い訳に過ぎないと、そんな風に思っていた。
1度教室を抜け出したそいつは、あろうことか絵を持ってきて戻ってきた。あの千冬さんに対して露骨に嫌そうな表情を向けた後に、態々新作の絵を持ってきたその度胸。その時の我の強さ……成程、先程のオルコットとやらが言ってた通りだ。完全に
本当ならば私はここでそいつに言わなければならないのだろう。“勝手に出て行って勝手に戻ってくるなんて何様だ”と。普通なら言わなければならないのだろう。けれど、そいつだけは──
「えっとね、さっきね、終わったばっかりだからね。あとねー……明日にならないとね、見れないの。」
「ってフーくん、これまた立てて運んだでしょ。絵はちゃんと横向きにして運ばなきゃダメでしょ。」
「むー……だって……」
「だってじゃないの。ちゃんと他の人に頼まなきゃ。」
「怖いんだもん……。」
「ローマ法王と一緒に写真撮ったのに?」
「あの人、安心するから好きなの。何か、ここの人は、怖い。」
ここの人は怖い。つまりはこの学園に居る生徒や教職員含めた全員が怖いのだろうか。はたまた教職員だけ、もしくは私達だけが怖いのか。それは兎も角として、そいつは言い
──あんなように自分は本音をハッキリ言ったことはあったか?思い出してみるが全くない。いつもいつも隠してばかりで、そのせいで失敗していた。隠すことが私の“逃げ道”になっていることに気付いたのは、あの“怖い”という発言のすぐ後だった。
今なら分かる。コイツは強いんだ。弱々しい第一印象があるが、その芯は真っ直ぐ立っている。誰に対してであろうともハッキリと自分の意見を言えるその強さ、私には無かった強さに──焦がれている。求めている。そんな思いだけが私の中を巡っていた。
……そういえば、一夏はアイツのことを良くないような雰囲気で言っていたな。今だからこそだが、そればかりは褒められたものでは無い。しかし一夏も何か考えていることがあって、そのように言ったと思いたい。授業が終わり次第、そのことについて聞いてみよう。
──
───
────
─────
授業が終わると、途端に1組のクラスに人が押し寄せる。目当ては勿論織斑一夏と波山楓花の2名。しかしその扱い方に色々と差が生じているのは明白である。織斑一夏の方は見世物のパンダが如く、遠くでガラス越しに観察されているような感じだ。対して波山楓花の場合はというと、新作の絵を見せてほしいだの、サインを書いて欲しいだの、タトゥーみたく腕に絵を描いて欲しいだのと欲が見え見えである。
そんな波山楓花の元に、1人の生徒が来た。先程織斑一夏と口論に発展しかけていた、あのセシリア・オルコットであった。
「失礼します、フウカ・ナミヤマ氏。」
「んぇ?」
そう言いながら真横に首を傾けそうなぐらい、首を傾げる彼。オルコットの方は貴族、こうしてあの天才画家と同じクラスとなるだけでも一生の儲けものではあるのだが、個人的に交流を持っておけばイギリスの関係性がさらに深まると考えていた。
「チョコ」
「……はい?」
「チョコ」
「えーっと…………?」
「……フーくん、失礼なこと考えてる?」
「ん?」
どうやら彼は彼女自身というよりも、彼女のそのロール髪がコロネに見えたようだ。チョココロネが好きなのだろうか、オルコットの巻き髪にチョコを入れたらチョココロネだと単純にそう思っただけであろう。そもそも彼にとって失礼かそうで無いかというのは本当に眼中にすらないのだろう。
そんなことは悟れないのも仕方ない。チョコと言われたオルコットは彼の考えは知り得ない。
「えーっと、チョコが欲しいのですか?」
「ううん、要らない。」
「あら?」
「それ。」
おや、彼がオルコットの巻き髪を指さしているではないか。
「これ、ですの?」
「チョコ入れたらチョココロネー。」
「──あぁ、成程。」
オルコットはそれ以上ツッコむことを止めた。
─────
────
───
──
「一夏、ちょっといいか。」
「んぉ、箒。どうしたんだよ、目を向けてもそっぽ向くし。」
「それは……いや、それよりもだ。」
久々にこうやって箒と話をするなぁ。もう結構な年数経って、箒は本当に綺麗になったな。
「聞きたいことがあってな……まぁ、ここではなんだ。屋上にでも行って話さないか。」
「え?……おう、別に良いけど。」
そう言って箒と一緒に屋上へと向かう。その屋上へと着くが、あまり人がいる様子はなさそうだ。しかしここで大勢で弁当を食べてピクニック気分を味わうのも良さそうだしな。俺と箒は柵にもたれかかっていたら
「なぁ、一夏。」
「何だよ?」
「オルコットとの言い合いの際、なぜ波山楓花を引き合いに出した?」
「何でって…………というか、さっきオルコットだって引き合いに出してたじゃないか。」
「……言い方が悪かったな。なぜ波山楓花に対してあのようなことを言った? 先程千冬さんが言っていた筈だが。」
「いや、だってさ───本当はアイツにそんな病気は無いんじゃないかって。」
「それは何故?」
「だって聞いたこともないじゃないか。」
そう言ったあとの箒は何でかため息が出て視線を下げていた。
「聞いたことないから、その病気は本当は存在しないと決めているのか?」
「箒も聞いたことないだろ。」
「──一度だけ、波山楓花を密着した番組を見たことがある。私はな。」
「知ってたのかよ。」
「その番組で知ったというべきだな。その時、私も一夏と同じような反応をした。本当にあるのかと…………でも違っていた。」
「箒?」
「一夏。最初生でアイツを見た時、私は違和感を覚えた。ニュースで報道されるアイツとの違いがそうさせていた。……こういうのもあれだが、アイツは強い。そう思った。」
「いやどこが?」
「それは──」
その時授業を開始するチャイムが鳴り始めた。
「──その話はまた後だ一夏!」
「っておい! 箒待てって!」
アイツが強い。 何で箒はアイツのことを強いと言った。分からない、強いのは千冬姉とかだろ。何であんなワガママな奴が強いって思うんだ?そんな疑問を孕んだまま急いで教室に帰ったら、千冬姉に拳骨を貰った。……本当に痛い。
──
───
────
─────
「いよぃしょっと」
「よしょっと……ありがとー」
「どういたしまして。でも今度運ぶ時は、ちゃんと他の人にも手伝ってもらうこと。良い?」
決められた寮の部屋、鷹月静寐と同じ部屋で就寝する部屋に絵を運んだ。波山は幼馴染に言われてとしょんぼりとする。正直なところ、彼は人とのコミュニケーションを取るのが苦手だ。コミュニケーションの取り方がそもそも理解できない上に絵との接し方しか知らない彼の場合、学生生活では致命的である。
彼自身が閉鎖的な上に、画家としての関わりしか持とうとしないので彼が困ってなければそれでも良いのだろうが。生憎、それを良しとしない者は必ず1人ぐらい居たりする。SPの方は既に別の人物に護衛を任せているので帰っている。
コンコンとドアをノックする音が部屋内に響くと、鷹月が“はーい”と返事をして誰なのかを確認するために扉を開けた。すると身の丈にあっていない制服を着た人物、同じクラスメイトの『布仏本音』が来ていた。
「やっほー。」
「本音さん、何か用事?」
「言っても良っか。ナーミんの護衛をすることになったの〜。」
「あぁ……放課後SPの人が言ってた後任の人って、本音さんだったんだ。」
「といっても、緊急時に動くぐらいだね〜。何か起きたらかんちゃんとナーミん、シズシズを守るだけだし。他にも護衛居るからね〜、私の出番無いかも〜。」
「それでも挨拶に来てくれてありがとう。フーくん、ちょっと来て。」
呼ばれたので来てみれば、彼からすれば人形みたいな小ささの人が居るという認識が生まれた。そして彼はこうも思った、“このお人形さんみたいな人を抱きしめたら安心するかも”と。そして本音の背筋に何やら変なものが通って行った。
「フーくん、本音さんはね…………あれ、フーくん?」
呼びかけに答えない。代わりにその場でしゃがむと───
「むぎゅう」
「!?」
「フーくん!?」
本音をめいっぱい抱きしめたではないか。本音はその中から出ようにも目の前にいるのは重要人物、下手に傷付けては護衛の意味もなく本末転倒である。しかし今この状態は本音にとって地味に呼吸が出来ない事態にある。
当の抱きしめている本人はというと、本音から漂ってくる幼馴染とはまた違う不思議な香りを楽しみつつ抱き心地が良いので笑顔になっていた。総合的に見ていると──おのれ波山楓花、羨ましいぞ。
「フーくん、本音さん苦しそうだから離してあげて。」
「やー」
「やー、じゃないの。ほら、バタバタしてるからね。あ、それか少しだけ力抜くのは?」
「やー!」
「もう、やーじゃないの。」
「ムグムグムグぐぐ……」
本音はこの時悟った。“この人何をしでかすのか本当に理解できない”と。
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理解
正直ここまで行くとは思ってませんでした。確認してみれば想定外のことッ! 度肝を抜かれました。ハイ。
感想で貴重なご意見を頂きました。ありがとうございます。
サブタイ変えます。だからと言って(考えてる)展開を変更するつもりも更々ありませんがね。
人は何かへの理解がとても大事になってくる。その理解は全てに通じ、やがて自分への理解という1つの結果へと通じる。とても大切なことだ。私達が忘れてはいけないことだ。だが、その理解に対する現代人の反応は如何なるものだろうか。理解している者は居るのだろうが、それこそが大切なものであると気付いている者はどれぐらい存在するのだろうか。
世間的に言われる“理解のない人”とはどのようなものだろう。自分勝手な意見を振りまく者か、或いは自分の意見を強制的に他人に認めさせる者か。──いいや、それは違う。少なくとも前述した2つは、その個人にとって“そのようなものだ”と理解している。
本当に理解のない人というのは、あらゆる物事に対して興味が湧くことの無い人間をそう言う。興味が無い、ということはそれらに対する概要や詳細を知らない。知る必要も無いと勝手に決めていることを指すのだろう。しかし真に理解のない人、というのは先ずお目にかからない。 我々は本当に理解のない人を見たことがないのだ。
もしも本当に“理解のない人”が現れたというならば、是非ともこの目で見てみたいと感じる。あらゆる物事に対する興味のない人間なんて、この世に存在する筈はない。人間は必ず興味あることの1つや2つ存在するのだから。
例えばだが、政治に興味なくとも新作ゲームの情報やワイドショーの何気ないニュース等に興味が惹かれることがあるだろう。その時点で人間はそのことに対して“興味”を持ち1つの“理解”を示している。何も興味が湧かないというのは有り得ないことを、何気ない日常が示しているのだ。
そのような事実はある。が、俗に理解のない人と呼ばれる者達はどのようなものだ。自分の考えを決め付け、他人の意見を聞かない者達だ。しかしそれでは──彼、波山楓花はどうなる。理解のない人か? 否、彼は絵に理解がある故に真に理解のない人とは言えない。
そのことに気付く者は、一体どれほどいるのだろうか。
──
───
────
─────
その翌日のことであった。彼は1人だけで応接室のような場所で柔らかな椅子に座ってキョロキョロと辺りを見渡していた。綺麗な内装が目を移らせ自身の視界に創作を描く。今では無くなったが、彼はたまにキャンバスが無くなると壁にまで絵を描くことがあった。その絵を消そうものなら嫌だと騒いで家族を困らせたこともあったが、今では甲斐あって自分の視界に絵を描くことで壁描きから離れてくれた。
想起してから5分も経たない時間のあと、誰かの咳払いが聞こえるとそちらの方へと視線を向ける。彼の目の前には齢70ぐらいの見た目の男が対面して座っているのが分かる。ここに鷹月が居なくても良いのかと思われるが、どうやら特に問題は起きなさそうだ。
「態々ありがとう、授業中にも関わらず。」
この時間帯は今、普通では授業に入っている。授業1つでも遅れが出れば後後に影響が出ることもあるため、本当ならば放課後や昼休みの時間に話をすれば良いのだが──
「勉強、疲れるからヤ。教科書の絵も苦手だし……それでいっつもイライラするからヤ。」
「成程、絵か。」
絵は彼を構成するにあたって、専ら必要不可欠なものだ。一見乱雑に見えていても、彼から見えるのは1つの調和された完成品である。要は教科書の絵や図形がとても気に入らないのだ。普通に見えるものが、彼にとっては“何でこうなのだろうか”と不安や苛立ちの種になったりする。だからこそ別に参加しなくても良いと思っているのだ。
「そういえばだけど、実は私も君の絵のファンでね。1枚、年甲斐もなく心惹かれて買ったのさ。」
「……タイトルは何のやつなの?」
「【心 36】をね。」
「……一昨年描いたやつだ。えっと、ありがとう……ございます。」
「好きになったからね。……っと、無駄話よりも用件を伝えようか。」
そう言って彼の前に幾つか写真を見せる。写真といってもパワードスーツ、ISだ。しかしその写真には1つの違和感が漂っている。首を傾げてその写真を見れば、彼なら理解が早かった。
「これ、絵?」
「というのは?」
「……感情が無い。絵から伝わるものがない。…………これ、
「……ふふ、そこに気付くか。」
その男性は微笑みながら、しかし瞳の奥にはその透視紛いのような観察眼に眼福していた。
「その通り、この写真にあるISは全て
「ん」
その男性は微笑みながら、しかし瞳の奥にはその透視紛いのような観察眼に眼福していた。
つまるところ、彼のために造られるオリジナルの完成予想図だ。しかし写真の全てが違う形として描かれている。このことから専用機開発に名乗りを上げている国が、それぞれ他国への牽制も兼ねて専用機の完成予想図を見せたのだろう。
が、しかし悲しいかな。そもそも彼は絵に心血を注ぐ猛者であって、絵以外は殆ど興味無い。風景画や時たま人間、大部分は自身の頭の中に浮かんだ景色を描いているが、正直なところ彼は一般の男子が気に入りそうなものはまるで眼中に無い。故に彼は────
「そして単刀直入に聞こう。この中で欲しいのはあるかい?」
「興味ないから要らない。」
これである。ここに織斑千冬が居たとすれば、間違いなく彼女は篠ノ之束を思い出すだろう。そして、“やはりか”と内心思うその男性は懐から1枚の写真を取り出し彼に見せた。
「……要らないよ?」
「それは聞いたよ。けれど、要らないのなら最後に一つだけ紹介させてくれないか?」
「いや……だから…………要らないって」
「絵を描けることが出来る。」
彼の興味関心が、一気に傾いた。
「逆に言えば、この機体は
「……どうやって絵を描くの?」
「難しい説明になってしまうが……大きな絵筆から、数にして約5京のナノマシンが色合いを変えながら放出されて立体的に絵が描けるんだよ。」
「……3Dみたいな?」
「そうだとも。」
「絵は消えない?」
「それは難しいかな。5京ものナノマシンを補充するにしても莫大な予算がかかるからね。」
「────それは、やだ。」
「その代わりといってはなんだけど、その絵のデータを保存してホログラムに映せば何時でもその絵が見られるよ。」
「……?」
「またその絵が見られるのさ。やり方は担当技術者に聞いてくれれば分かるよ。」
「…………ほんとなの?」
「本当さ。」
「────話してから、決めていい?」
「構わないよ。」
「ん。じゃ、バイバイ。」
「気を付けて。」
入る時よりもウキウキとした気分で、それでいて誰がどう見ても“あぁ、嬉しいことがあったんだろうな”と思わせられる程の笑顔でその部屋を出ていった。一段落して彼と話していた男性『轡木 十蔵』は一息つく。
正直な話、轡木は彼がISに乗らないと答えるのは予想の範囲であった。というよりも彼が見せたこの学園に来るまでの表情から察するに、全くと言って興味がない反応なのは誰しも察することは難しくなかった。絵のみに生きてきて、急に
ならばと、全世界はISの前提を変えて彼に専用機を渡すことを決めた。それこそが絵を描くためだけのIS、ロシア、イギリス、イタリアの3ヶ国共同制作のISであった。ここまでするのにメリットはあるのかと問われれば、確信を持ってあると言える。
そもそも、世界初の男性操縦者である織斑一夏は日本の倉持技工が開発を担当しデータの管理を行う。1部のデータは提供されるものの、男性でも乗れることの出来る要因が分からない以上そのようなデータを見せられても何の得にもなりはしない。ならば彼に頼るしかない。そこで、彼専用ISの制作だ。
彼も男性、そして織斑千冬や篠ノ之束の親類縁者でもなんでもない彼だからこそ、秘めた可能性を見せてくれるのではという期待が持てた。そのためならば相手を怒らせずに穏便に済ませる手段で、危険を冒さず成果を手に入れる方が早い。
─────
────
───
──
「専用機?」
「うん。貰えるって。」
「────ん〜」
私は悩んでいた。授業が終わった途端に帰ってきたフーくんから、専用機のことについて相談されたからだ。
専用機、というのはIS操縦者にとっては誰しも憧れるものだ。この世界には今467個のISコアがあるけれど、逆に言えばそれほどしかない貴重なもの。そんな貴重なコアを使って、彼のために専用機が作られる……そしてその専用機も絵を描くことのみに特化、謂わば彼だけの真の専用機だ。
けれど、正直なところ彼にISの世界に踏み込ませるのに些か抵抗があった。彼の言ってたことは近日中に知らされるだろうけど、
彼は今もこうして嬉しそうなのは変わらないけど、せめて彼の安心が確実に保証されるのなら承諾できる。彼の話に出てきた、“おじいちゃん”という人に直接会いに行かなければ。
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理解 2
寝てる間にお気に入り登録者400人突破とか……ネタなしで圧倒的感謝ッ!しか言えないじゃないですか(歓喜)
ただまぁ、原作主人公の扱いが悪くなるような言動に意見する声もあったので救済……というより彼の理解を深めていけるようにしていきます。
そしてまさかの主人公の天災発言……いや確かに天災ですね。何で万人に受け入れられてるほどの絵を描けるんだよ(ツッコミ)。
キリが良いので、ちょっと短めです。
専用機──それはIS乗りならば誰しもが憧れるもの。血のにじむ努力と悲鳴を上げる体に鞭打つ無謀を数え切れぬほど行い、漸く手に入れられる自分だけの力。それは私とて、何者とて同じ。実績が認められて初めて他者からその力を扱うに値する人物だと選ばれるのだから。
しかし、織斑一夏。彼はその努力をせずに専用機を手に入れた。そのことに対しては何てことはなかった、金や権力に物を言わせる輩を幾度となく私だって見てきました。今更彼に専用機が譲渡される件については何も言いませんでした。貴重な男性操縦者に対して、データ取得をする機体が提供されるのは予想していましたから。
けれど、フウカ・ナミヤマ氏に関しては予想外にも程があった。彼のために態々我が国イギリスを含めた3ヶ国による共同制作のISが、彼のために技術力を結集させるのだから。まずこのISの共同制作が有り得ない。
他国との技術競争、それらが一時的に消されてただ1人のために作られていく。これ以上名誉なことは先ず無いのは確かです。そのISのことを知ったのは、放課後。そして彼の乗るISが戦闘用ではなく芸術制作用として開発されることも。
一波乱、巻き起こりそうな予感がしますわ……。幾ら女尊男卑の中受け入れられた彼とはいえども、この件で女性権利団体が何か動きを見せてくる可能性とて考えられる。彼女らの毒牙に彼が被害を被ってしまうのだけは何としてでも避けなければならない。世界の宝ともいえる彼は、イギリスの威信に掛けて私が守らねば。
と、そう思い立ったが吉日というように彼と鷹月静寐さんの部屋に向かったのですが…………なぜ水色髪の2年生がこの部屋で土下座をしておられるのかは理解できませんでした。そして鷹月さんの腕の中で泣いておられる彼の姿と微妙な表情の織斑一夏も居ました……何かやらかしましたわね。
──
───
────
─────
波山楓花の護衛、それがロシア国家から言い渡された任務であった。彼のことはよく知っている……世間一般的に言えばだけど。流石にいつも隣に居る彼女ぐらいに知ってることはない。知ってたらストーカー扱いされて彼への印象も悪くなるからやらないわよ。
護衛の任に着くことを彼女さんと彼に伝えて部屋へと一緒に向かった。かなり気難しい性格とは聞いていた。障がい者というハンデがありながらも世界に認められ生きる人なのは勿論のこと知っている。なので前提として彼が不愉快になることだけは避けていくつもりだったのだが…………最大のヘマをやらかしてしまった。
部屋に入った途端、彼の使う絵の具の1つ、黄色の絵の具を踏んづけてしまって殆どの量を減らしてしまったのだ。床の一部が鮮やかな黄色が広がり、つい“あっ”と声を出してしまった。その私の声に気付いた彼が振り向いた途端、ぶわっと一気に泣き始めてしまった。
その泣き声を聞いてか素早く織斑一夏君が駆け付けると、あら不思議。鷹月さんにあやされている波山楓花を泣き顔にさせた私という構図が完成しちゃった……楽観できるわけないでしょこんなの!誠心誠意の土下座ぐらいしか思いつかないわよ!ついでにいえばイギリスの子まで来る始末だし……。
「あの、更識先輩。頭上げてください。絵の具の件も、フーくんが自己管理できてなかったせいですし。」
「あ……うん、ありがとう。」
「それにパイライトぐらいまた買えば良い話ですから。」
いや宝石! というかその絵の具自体の価値も知ってるから尚更土下座しなきゃならないのに、何でこの子はこうもあっさり言えるのよ!
「パイ……ライト?」
「宝石の1種ですわ。」
「げっ、きみは……」
「そんなに邪険にしないでくださいまし。ナミヤマ氏に此度の件でご挨拶に伺っただけですわ。……で、これは一体どういう状況でして?」
「黄色の絵の具が殆ど消えちゃってね。それで」
「……泣いていると、成程。しかし失礼ながら、またパイライトは買うことが出来ますが。」
「その絵の具、態々フーくんと一緒に原産地まで行って購入したヤツでね。フーくんが気に入ったものばかりで作られてるから思い入れがあるんだよ。」
絵のためにそこまでする時点で既におかしい。というか彼【現代のフェルメール】とか【現代のゴッホ】とかって普通に呼ばれてたりするから、彼にとっておかしい事では無いのかもしれないけど!
「ヒグッ……エグッ…………」
「フーくん、今回のことはフーくんがちゃんと元の場所に戻してなかったから起きたことだよ。こんな思いしたくなかったら、これからはキチンと片付けるんだよ。」
「……ぅん」
「よしよし。ほら、鼻かんで。」
やっぱり手馴れてるわねぇ、10年以上も一緒だと慣れもあるのね。いやそればかりはどうしようも無いのだけれど、正直見ていると簪ちゃんのことを思い出しちゃうのよねぇ……ずっと簪ちゃんと話してないし、私もこんな風になれたらなぁ。
「慣れてるんだな。」
「まぁずっと一緒ならね。それに誇らしいしものもあってね、そうじゃなきゃ態々日本国籍からフランス国籍に変えたりしないし、バイリンガルになろうともしないよ。」
「……凄いな、それって。」
「その分、勉強が必要だったけどね。……そうそう、確か織斑君勉強は進んでるのかな?」
「うっ……ま、まぁなんとか。」
「分からないところはあるんじゃないの?」
「ギクッ」
「ハハハハ! まぁそんなことだろうと思ったよ、良ければ勉強見てあげようか?」
「マジでか!?」
「一応入学時の筆記試験じゃ五位だったし、その教材のことならある程度は教えられるよ。今日の……そうね、8時から10時まではどう?」
「ぜ、是非とも!」
「まぁ、見てられなかったしね。」
「ナミヤマ氏」
「……んぅ。」
「此度の専用機の件に関して、友好の証をと。」
「………………ん、と。」
「?」
「んと……セシ、リアさん?」
「はい。」
「コロネって言って、ごめんなさい。」
「! い、いえいえ気にしてませんわ! ですから頭をお上げになってくださいまし!」
……と、取り敢えず用事を終わらせて私を含めた3人は部屋から出て行く。初っ端っから何でこんな失敗を……虚ちゃんにまた正座とお説教されちゃう〜。
─────
────
───
──
「ん? 一夏、こんな時間に出かけるのか?」
「あぁ。鷹月さんいるだろ、その子に勉強を教えて貰える約束したからさ。」
「なにっ!?」
「うぉおぅ、ビックリしたぁ。」
「い、一夏……貴様……!」
「ん?」
「────いや、うむ。私も行って構わないか?」
「箒もか?良いとは思うけど。」
「なら少し待ってくれ。」
篠ノ之箒はすぐに身だしなみを整え、そして織斑一夏と自室を出て行った。普段の彼女ならばここで何かしら暴挙、または言いがかりを付けそうではあったが、なぜだかそれらを抑えた。
彼女が気になっている、波山楓花を改めて確かめようとしているからだ。下手に騒いではその機会すら失われる恐れもある。ならば穏便に、それでいて賢く済ませるのが良い。そう考えながら廊下を歩いていると、ふと一夏から話しかけた。
「なぁ箒」
「何だ?」
「今日鷹月さんと……波山の部屋に行ったんだけどさ。」
「ほぉ?」
「波山って……何か束さんに似てるなって。」
「あぁ……」
「でも束さんとはちょっと違うというか。」
篠ノ之束と波山楓花の共通点。世界的に見れば、その影響力が先ず当てはまる。ISも、彼の絵も世界が知っている。だが、この2人や織斑千冬からしてみれば、彼と彼女が似た者同士にも関わらず色々と違う点が挙げられる。
「束さんはこう、何を考えてるのか分からない時があるんだよな。言動も……あぁ何て言えば良いんだ?」
「……私が言うのもあれだが、少し人を見下すような態度を取ったりもするな。」
「けど波山は、オルコットさんに謝ってた。」
「謝ってた?」
「オルコットさんに対して何を言ったのかは分からないけど、自分の責任もあるって自覚は波山にあった。」
呆れるようなため息だけが吐き出され、一夏は額を押さえる。
「あの時、波山を引き合いに出した自分を恨んでる。」
「……聞かせてくれるか?」
「……アイツのことを最初は、人や周りの事を考えない奴と思ってた。でも、波山は誰かに対して謝ったり、他人の意見を聞いてその通りにしていた。ワガママな奴じゃなくて、ちゃんと人を理解することをしていた奴だった。」
「──それでいて、自分の思いは崩していなかった。」
「あぁ……そうだな。単にめちゃくちゃ素直なだけだったんだ。
「……そうだな。確かにアイツは、そんな奴なのかもしれん。」
「……仲良く、なれるかな?アイツと」
「なれるさ、必ず。」
「──ありがとう、箒」
「礼には及ばん。」
そうして2人の部屋に着き、ドアをノックして待つ。少しするとゆっくりと扉が開けられて鷹月静寐が待っていたが、自分の口元に人差し指を当てて部屋の中を指さし、2人はその部屋の膨らんだベッドを見た。
波山楓花がぐっすりと眠っていた。アイマスクを着けて背を丸めている胎児のポーズをとって寝息を立てながら、それを見た2人は納得して静かにその部屋で織斑一夏は勉強を、篠ノ之箒は彼の安心しきった顔と勉強風景を交互に見ていた。
追記
執筆中に500人突破してて森生えました。
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理解 3
すやすやと眠っている彼を気遣いつつ静かに織斑一夏は勉強を鷹月静寐に見てもらっている。着いてきた篠ノ之箒はその彼の寝姿と織斑一夏の後ろ姿をそれぞれ交互に見ている。彼の寝姿は正しく子どものようで、見ていて穏やかになれるものがあった。
時折彼が身動ぎすることはあれども、寝苦しくて起きることはなかった。ふいに箒が彼の頭を撫でるのだが、夢でも見ているのか微笑むだけで起きる様子は全くなかった。その微笑みが箒にも現れていたところを静寐は見ていた。
「ちょっと休憩入れようか、お茶でも用意するよ。」
「いや、そこまでやらなくても良いよ。」
「まぁまぁ、お客様はごゆっくりしてなさいって。」
台所に立つ彼女は手馴れた様子でカップとソーサラーを3人分用意し、ミルクティーを入れていく。全員分入れ終えるとトレーに乗せてテーブルの上に置くとそれぞれの席の前に置く。
「日本茶じゃないのはゴメンね。フーくんがミルクティー好きなんだ。」
「へぇ……」
「……牛乳が濃いな。」
「本場イギリスだとそのぐらいの牛乳が使われるのが普通でね、フーくんがそれじゃないと不機嫌になるんだ。」
1口飲んだ箒の感想にそう答えた静寐。同じくゆっくりとカップを手に取り1口だけ飲んでソーサラーに置くと、穏やかな笑みを浮かべて口を開く。
「可愛いでしょ、フーくんの寝顔。」
「幼く見えるな。」
「可愛い……のかは分からないけど、確かに幼く見える。」
「ちなみにあの状態だと何されても起きないんだよね。地震がきた時も寝てたし。」
自閉症スペクトラムやアスペルガーに見られるのだが、五感が人よりも鋭敏に感知するため無意識的に気を張り続けている状態にも似ている。だからこそなのだろうか、寝る時だけは五感と体を休めるために機能が殆ど遮断される。
とはいえ筋肉の痙攣や寝苦しさによって極稀に起きることはあるが、普段はこのように爆睡し続けている。ついでに彼の寝姿は子どもというよりも、まるで胎児のように背を丸めて眠っている。これは人間が産まれる以前に、母体の中で背を丸めてい続けたため。大きな安心を得るために彼はこのようにして眠る傾向があった。
それらのことを2人に説明すると、何となく理解したような返事が返ってくる。
「胎児か……成程、言われてみればそうだな。」
「幼い以前に赤ん坊だったのか……」
「これ見てると疲れが消えるからねぇ、それに好き放題できるからいじりたくなるんだよ。」
”うりうり”と言いつつ彼のエクボの辺りをムニムニと人差し指でつつき、遊ぶ鷹月。ふと、一夏が尋ねる。
「なぁ鷹月さん。」
「ん、なに?」
「鷹月さんって、波山のこと好きなのか?」
急な質問に対して箒がむせた。変なところにミルクティーが入ったせいで咳き込みながら、一夏を見る。
「一夏……お前…………!」
「好きだよ。」
「んなっ!?」
「じゃなきゃ、ここまで着いていかないよ。フーくんの方はどうかは知らないけど、私は一緒に隣に立つよ。嫌だ嫌だって言っても、私が居なきゃ健康管理すら出来やしないんだから。」
「そ、そうなのか……」
ここまで好意を包み隠さず言ったためか、質問した一夏本人と聞いていた箒の顔が熱くなってくる。ここは大抵の場合、“そんなんじゃないから!”というフレーズが出てきそうなものだが、案外鷹月の方も彼に影響されているのかもしれない。
「聞くけどさ織斑君。」
「な、何だ?」
「好きな人居るの?」
箒が息を呑む。あのドスレートな発言により1つ変な緊張感が箒を襲ったが、結果は虚しく。
「いや、居ないけど。」
これである。内心箒は項垂れた。
「じゃあ告白されたことはある? 正直絶対女子から手紙渡されたり、付き合って下さいなんて言われたんじゃない?」
「手紙……は、靴箱の中に入ってたのはあった。買い物に付き合ってくれとは言われたけど告白は無かったな。」
「────あぁ、そういう。」
「ん?」
呆れた様子でティーカップを取ってミルクティーを飲む。ティーカップの半分ほど飲んだあと、椅子に背を預けてため息を一つ。
「難攻不落とかじゃなくて、攻略不可能なのか。大変だね篠ノ之さん。」
「ふぇッ!? わ、私はその……ちがっ……」
「いや、箒とはそんな関係じゃないぞ。」
こりゃダメだ。と思い、鷹月は頭を抑えて首を横に振り、箒は一夏へと睨みを効かせる。しかし悲しいかな、彼はどうにもこうにも気付きはしない。
「……勉強、再開しよっか。」
「お、分かった。」
──
───
────
─────
夢を見ていた。その夢は彼にとっては心地良かった。目を開いてみれば、そこは美しい青の世界。ただ青いだけではなく、中には鮮やかな赤や黄色、緑、白等々……正しく幻想的な世界だ。同時に、母親に包み込まれているような安心感さえあった。
彼はその中で背伸びをすると、足をパタパタと動かす。耳から聴こえてくるのは水の流れる音。そして彼に追従するようにして魚達やほ乳類、爬虫類が泳いでいる。
この世界では、彼はまるで人魚のように泳いでいた。とても綺麗な世界だが、同時にとても不思議な世界だ。底に行けば行くほど、別世界に来たかのように生き物達が変わっていく。冷たくもなく、押しつぶされるような感覚もない。
そしてそこで、また新たな生命が誕生した。その瞬間を彼は目撃していて、そして新たにインスピレーションを働かせる。ふと、その産まれたばかりの魚が彼に近付くと、優しく手を広げてにこやかに微笑んだ。
「大丈夫だよ────怖くないから、安心して」
まるで母のように優しく、自分の子どもを抱き抱えるようにして自分の胸へと誘い込むと、体を縮めて背中を丸めて胎児のポーズを取った。すると、その中からとても優しい光が発せられ──────
「……ぅうん」
ここで目が覚めた。そして何も考えず寝巻きのままベッドの下に置いていた白いキャンパスと絵の具を手に取り──ここで首を傾げた。“あれ、黄色が無い?”と思い漸く意識がハッキリとしてくる。そして黄色の絵の具は殆どカーペットの染みとなって消え去り、残量が危ういことを思い出す。
そして途端に膨れっ面になると、今度は鉛筆と画用紙を取り出し描き始めた。何も水彩画やら油絵やらだけが彼の専売特許ではない、絵を描けるのなら鉛筆だろうが木の棒だろうが傘だろうがお構い無し。ナスカの地上絵さながらの出来で彼オリジナルの地上絵が完成される。
そうして描き始めて早1時間、素早く忘れないように描き終えると満足気な表情でその画用紙を持って部屋内をウロウロしたり自分のベットで飛び跳ねたりした。嬉しさが感情表現の仕方から現れでている。
「……んぅ、フーくん? 早いね……ふぁ」
「おはよー。絵、描けたよー。」
「はぁぅ…… 良かったね。でも今6時だから、はしゃいじゃ駄目だよ。」
「?」
「他の人が起きちゃうからね。……何時に起きたの?」
「んとね……5時。」
「ホント早いよねフーくん」
眠たげな瞼のまま鷹月は洗面所まで向かい、先に顔を洗って出ると彼に顔を洗うように誘導させる。ふと彼の書いた絵を見ると、まるで海の中から新しい命が誕生することを彷彿とさせるような絵であった。深海、とても暗い海から眩い光によってそれだけが光り輝いているように見える。
このような絵、実は鷹月は何度も目にしてきた。そして決まって彼に“何故このような絵を描いたのか”と聞かれれば、“夢で見た”と答える。正直夢のことをここまで鮮明に覚えている方もおかしい上に、
人は自分の失敗を覚える。不意に思い出されて、気分が沈むことなんてザラだ。つまるところ、恐れるものに対する記憶は鮮明に脳裏に焼き付くのが普通であり、夢での恐れるものも大抵覚えているのだ。だが彼の場合は恐怖のものではなく、とても穏やかな夢。起きた途端に気分がスッキリする夢を、よく覚えているのだ。
彼が洗顔から戻ると、制服に着替えるように促す。面倒くさそうにしてその場で脱ぎ始めるが、鷹月は別に何とも思っていなさそうだ。いや、実際何度もこういうところはあるので言わなくても良いやと思っているだけだが。そうして準備を終えると、2人は学園の食堂にまで向かったという。
─────
────
───
──
ロシアのとある施設に、多くの人間が集いたった1つのISを製作している。約5京以上ものナノマシンを操るため、ISそのものの演算処理能力を高める必要性があった。そのため、そのISには理論上での可能性にかけたデュアルコアを採用。そして非武装とし描くための大きな絵筆を装備、フランスの汎用機ラファール・リヴァイブをベースとし、スラスターや装甲の数を減らした。
もっとも創意工夫を凝らしたのは大きな絵筆の方であった。格納領域に使用者の意思を感知して変色させるナノマシンを5京以上、それらを操る機能が最大級の精度のものを使用している。世界へ影響を与える彼に対する、最大限の媚びと同時にお礼でもあった。
ただそのISにも不思議なことが起きていた。完成された状態になった途端、そのISが急に自身の体を丸めて空中に浮かんだのだ。まるで胎児のように浮かんでいるその機体は、もしかすれば彼に影響された……という想像が技術者や研究者の間で1つの考えが一致された。
波山楓花の与える力は、ISにも影響を与えた。それが定かなのかは、正しく神のみぞ知るというものだろう。
もしくは、彼自身が神ではないのかと変な予想を立てた人間も居たりしたが。
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価値観
伸びなくなったなぁと一時期思ってたら、また増えてる。……好きですねぇ皆さん。
ならば私もそれに応えましょう!またサブタイトル変わりますので、お楽しみに。
人の見方は千差満別であり、そもそもそうでなければならない。それ程までに認識の違いというのは重宝されるべきものであって、抑圧されるべきではない。しかしながら他者の見方が自身にとって不必要と考えるものは少なくないだろう。故に人は拒否をするのだ、人の持つ特有の価値観を無意識に否定して自身の在り方をそのままにさせる。
だがその価値観は他人が決めるべきことではない。ましてや他者の言葉で邪魔されるべきものですらない。そんな思い、そんな苦しみ、そんな喜びを感じるのは、他でもない自分自身である。それと同時に、価値観の違いによる対立も起こることを知っておかなければならない。その分、その対立は自身にとって大きな成果を得ることもまた事実だが。
……彼の持つ価値観とは、どのようなものだろうか。今でこそ“描きたいから描く”ということを貫き通す彼だからこそ、その考えに至るまで、どのような過程が生まれていったのだろうか。もっとも、彼は信頼に値する人物の言葉しか聞かないのだが。要するにここで彼の機嫌を損ねては、この先何が起こるか分かったものでは無い。
──
───
────
─────
ある日の昼休み、セシリア・オルコットは1人階段を上り続けていた。その手にサンドイッチを数個ほど持っているのだが、表情はどことなく呆れや諦めがあった。何故そうなったのか……問題はあの代表決めの時のセシリアの発言にあった。
あの発言により彼女には1つ、アウェー感を感じていた。周りから多少なりと聞こえるセシリアへの侮蔑の意を持つ発言の数々、他学年や他クラスならばまだ分かる。だがその声が1組から聞こえているのならば、これ以上の疎外感は他に無いだろう。こんな声は幼い頃によく聞いていた、それでも前に進むしか無かったセシリアは彼女なりの思いと力を使った。
そうだとしても、どうにもならないことはある。他者からの蔑みは無視してきたが、今回は貴族の社交界にあらず学園生活の中。不快ならば、その不快の原因である自分が離れれば毎日聞いているあの声が聞こえずに済む。だからこそ彼女は1人になれる場所、屋上まで歩いていた。
そうして屋上の扉を開けると、視線の先に先客が居た。もう1人の男性操縦者の波山楓花であった。そんな彼はじっと真っ直ぐを見つめていた。地べたに座り柵越しに何を見ているのだろうか、セシリアは気になったので彼の元へと歩み寄る。
「────ん、あっ。」
セシリアの足音に気付いたのか、すぐに後ろに振り返る波山。彼に会釈をしたあと、また歩んで彼の元へと辿り着く。
「ナミヤマ氏、こちらで何をされているのですか?」
「……んとね、海見てたの。」
「海?」
「うん。」
彼はまた視界を海の方へと移す。その瞳から穏やかで、まるで子どもを見守る母親のような優しげな目をしていた。それと同時に、同じく見守っている父親のような優しげな目をもしていた。
彼女にとってその目は、その瞳は眩しくて……辛いものであった。彼女の両親は既にこの世にいない、2人とも列車事故によって亡くなっていた。その現実を突き付けられるセシリアは、まだ幼かった。故に彼が海を見つめるその視線が、深く心に抉りこんだ。
「──なぜ、海を見ているのですか?」
この気持ちを、この黒い中身を悟られたくないがために、彼女は咄嗟に思いついたことを訊ねた。
「────海が、好きなんだ。」
優しく優しく、赤ん坊に聴かせる子守唄のような声色が彼の口から出た。
「海はね、優しいんだ。あの中で、色んな
あぁ、駄目だ。これでは私が墓穴を掘っただけではないか、とそのように感じ取っていたセシリア。彼女の心がまた黒く塗りつぶされていく。徐々に増えていくそれは、過去の両親の在り方を思い出されていく。
「──お母さんが好きなんだ、僕に優しかったから。
──お父さんも好きなんだ、大好きなことを手伝ってくれたし、優しかったから。
──だから海が好きなんだ。僕達全員のお母さんなんだもん。」
綺麗な見方だ。とても純粋極まりなく、その眩しさは時に嫌というほど黒を消していく。黒が消されていく白というのは、時に1つの狂気を帯びることもある。しかし彼の中にそんな
「……お母さんも、お父さんも、居ないから。お母さんに……なって、くれる……から……。」
彼の声に詰まりが出ると、セシリアは我に返った。彼もまた、彼女と同じように両親が居ない。彼の両親は交通事故に遭って亡くなっている。10歳という、まだ生きるために頼らざるを得ない歳である。境遇自体はセシリアと何ら変わらないが、彼は所謂臆病者であった。
しかし自分にも出来ることはあった。自分にしか出来ないことを彼もセシリアもやった。家柄を守るために、自分が自分としてあるために、2人は心血を注いだ。
違うことがあるとすれば、彼は家族を思い出して泣く。セシリアは弱さを見せないために泣かなくなった。頼れる存在の有無はどちらにもあったが、前に進み続けるのか、過去を思い返すのか。それだけしか違わずとも、人に与える影響は計り知れない。
セシリアは彼の隣に座り、彼の頬に伝わる涙を指で拭いとった。伝わる人肌の温かみが彼をセシリアへと向けさせた。
「あり……がとう…………。」
同じ痛みを分かち合えるのならば、彼の前で弱さを隠すのは止めよう。セシリア自身が味わった苦しみと、彼の味わった苦しみが緩和されるのなら……弱くなってもいいのかもしれない。
「──私も、両親が居ません。列車事故に巻き込まれて。」
「えっ……そうなの?」
「えぇ。それからは、とても大変でした。」
海を見た。彼の見ている海が、何となくセシリアにも分かった気がしていた。
「周りはお金が目的で、家を狙ってきました。両親が残した家を必死に守ってきた……全ては、今は亡き2人の為に。」
「────じゃあ、僕と違うね。」
「違う、とは?」
「他の人は……僕を欲しがってた。絵が売れるから、お金になるから……人の目が怖かった。」
両親の親族が彼を狙ったのは、彼個人の価値そのものであった。彼が描く絵は世界に影響を与えるため、正しく彼は金の成る木に見えたことだろう。それまで彼に対して冷たくしていたも親族でさえも、彼を好意的に捉えていた親族でさえも、こぞって彼に対して色眼鏡を付けた。
とても小学四年生が見ていい光景ではない。多くの人が自分を狙って異様なまでの執着を見せるその姿も見ていいわけが無い。だからこそ彼は1番信頼出来る所に身を置いた。金や彼の価値を無視して1人の人間として見ることのできる人達の元へ。
それを思い出して、また涙が零れる。セシリアはその涙をまた拭いとる。彼は芸術家という立場に居る故に、その天性の才能を我がものにしようとする者がいる。セシリアは家柄の良さが災いし、その価値を狙おうとする者がいた。
同じ苦しみがあったからこそ、共感できる。立場が違っていても分かり合えるものがある。セシリアは彼を抱きしめて目を閉じる。
「……なに?」
「──私も、怖かった。人の目が、とても恐ろしく思えたのは、あれからでした。」
「……そう、なんだ。」
「……思い出したら、怖くなってきましたわ。」
抱きしめる力を少しだけ強める。2人が感じ取っている暖かさが、悲しみや弱さとともに伝わってくる。
「私も、少し……落ち着いてもよろしいでしょうか?」
「……いいよ。」
「ありがとうございます。」
昼休み、この2人はそのような時を過ごしていた。
─────
────
───
──
────昼休みにまさかナミヤマ氏と出会い、そして……そして…………
「ッ〜〜〜〜!」
わ、私はあの時何をしていたのですかぁああああ!小っ恥ずかしい台詞を吐いてナミヤマ氏にあのような……あのように抱きしめてっ、てててててててて!
「あの、セシリアさん? だ、大丈夫?」
「! 大丈夫ですわ! ご心配なさらず!」
「あ、うん……。」
というか何なんですのあの破壊力は!? ただ表情を綻ばせただけで可愛い人がこの世に居たのがビックリしましたわよ!
お父様とはまた違った男性として、世界で活躍する方なのは昔から聞いていましたが……あんな表情を鷹月さんは毎日見ているというのですか!? 羨まゲフンゲフン体が持ちませんわそんなの!
芯を貫き、絵で認められ、尚且つ可愛い…………────
「ミアアアアア!」
「うぇい!? いやホントに大丈夫なの!?」
「だ、大丈夫ですわ! 何も問題はないです!」
「いやそんな叫び声聞いた時点で心配はするでしょ普通。」
ウグッ……た、確かにそうでしたわ。ここで私が変に慌ててはイギリスの威厳にもオルコット家の威厳にも関わります!ここは誰が来ても平常心で居られるようにしないと──
「Excuse me. May I talk to Ms.Olcott?」
ふあっ!? な、なぜ彼がこちらに!?
「あれ、誰だろ? 」
しまった如月さんが! このままでは彼と鉢合わせてしまう! いや会いたくないわけではありませんが、今この醜態を見られてしまうのは問題以外の何物でもありません!
「はいはーい。あ、波山さん!?何か用!?」
「えっと……セシリアさんいる?」
「あ、うん! ちょっと待ってて下さい!」
如月さぁん!あー待って下さい今この姿を見られるのは不味いにも程が!
「ほらセシリアさん、ご指名だよ。」
ぐっ……ここで出ていかなければ、このセシリア・オルコットのプライドが赦さないと叫んでいますわ!ならば、覚悟を決めてここから1歩踏み出さなければ!
「あ、居た。」
「ピイッ!?」
何で部屋に入ってきたのですか!?普通ここは私がナミヤマ氏の元まで行かなければならないのに!
「あえ!?ま、待っててくれれば良かったのに。」
「えっとね、渡したいものがあるだけ。あと、お礼も。」
そう言ってナミヤマ氏は持ってきていたロール状に纏めた画用紙を私に差し出しました。
「あの……これは……?」
「今日、ありがとう。そのお礼に、書いたばかりの絵を、プレゼント。」
ニヘラと表情を崩した笑顔は、男性なのに可愛さが含まれていることを思わせるほど。そのあとはナミヤマ氏が手を振りながら部屋を出ていきました。……絵を見てみれば、まるで生命の神秘が凝縮されたような1枚の鉛筆画でした。
このような絵までプレゼントされた……これは、代表決定戦は負けていられませんわ!
「セシリアさん、今日のことってなに?」
──一つ、面倒事が増えたようですけども。
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