仮面ライダーレンゲル☘️マギカ (シュープリン)
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プロローグ
第???話 永遠の物語


皆さんこんにちは。シュープリンです。今作が初投稿作品になります。


週一連載を予定しています。


クロスオーバーと言っても、これは元々「ライダーを知らない人に仮面ライダーとは何ぞや」というのを紹介するために書いたものなので、「ライダーは知らないけどまどマギは知ってる」という人でも楽しめると思います。もちろん、両方知ってる人も楽しめると思います。


これは本編の間に"あったかもしれない物語"というのを意識して書きました。ジオウのファイズ、フォーゼ編終了時からずっと構想を練り上げていた自信作です。


投稿のタイミングなどのお知らせはtwitterで行う予定なので、面白そうだと思ったらぜひフォローをお願いします。
@syusiiauau


 とある星。地球からずっと遠くにあり、まだ誰にも発見されてない星。そこは、自然に恵まれた静かな星。空気は澄んでいて、水は底がはっきり見える程に透き通り、植物はそんな空気と水、そして光を受けて伸び伸びと育つ。動物たちはその植物を食べ、時には川の水を飲む。ふと川の中を見てみれば魚が流れに沿って優雅に泳ぎ、木の上を見てみれば鳥の巣があり、鳥がひな鳥に食べ物を与えている。

 

 

 そんな穏やかな丘の川岸に、銀色の装飾の飾った鎧に金色の髪を持つ男が一人立っていた。そこに、一人の女性が近づく。彼女もまた、金色の髪を持っているが、彼とは違い、白いローブを着ていた。

 

 

 彼女に気付いた彼は、後ろを振り向き、「おうっ」っと小さく挨拶をした。そしてまた川の向こう岸を見つめ続けた。彼女には、彼が何を考えているのかが分かっていた。だから彼女はそっと彼の隣に立ち、同じように川の向こう岸を見つめながら静かに話した。

 

 

 「あの日のことを、思い出していたの?」

 

 

 「あぁ」

 

 

 彼は小さくうなずき、そして続ける。

 

 

 「不思議なもんだよな。あれだけの事があったのに、今や覚えているのは俺たちと、“彼女”だけなんてさ」

 

 

 「そうね。だけど、いいえ、だからこそ、私は決して忘れない。世界のために、そして二つの宇宙のために戦った、彼らのことを」

 

 

草原に小さな風が吹いた。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 ここは、先ほどの星とは違う場所のとある宇宙。いや、位相と言った方がいいかもしれない。なぜなら、発見されてるされてない以前に、誰にも認知されない場所なのだから。

 

 

そこで“彼女”が、羽ペンを持ち、白紙の本を広げていた(羽ペン・本と言っても、“彼女”が思念で生み出した概念のようなものだ)。“彼女”は小さく深呼吸をし、そして書き始めた。

 

 

 私は子供の頃、眠る前にママが読んでくれる絵本が大好きだった。悪さを働く悪い人を主人公が知恵と勇気を持って倒して、永遠に幸せに暮らす。そんなハッピーエンドな物語が大好きで、現実もこんな風に単純なのだと思っていた。だけど、現実はそこまで単純ではない。むしろ、皆が幸せになるような終わりの方が少ない。私に起こったこともそうだし、私がこれを書くきっかけになったあの出来事だってそうだ。

 

 

 本を書くのは初めてだったし、国語の成績も普通の私だから、うまく書けるかは自信がない。だけど、残しておきたい。例え今書いている本が幻のようなもので、誰にも読めないとしても、私自身が永遠にあの出来事を忘れないために。

 

 

 これは、普段交わることなどあり得ない二つの宇宙が交わったことで起きた奇跡の物語。

 

 

 楽しい普通の生活を夢見て戦った、家族のような絆で結ばれた人たちの物語。

 



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第0話 CONNECT

皆は、パラレルワールドという単語を聞いたことがあると思う。それは一言でいえば並行世界、つまり「選択によってあり得たもう一つの世界」の事だ。

 

 

そのパラレルワールドには、二つの法則が存在する。

 

 

一つ目は、ある世界にいる動植物は全て、そのパラレルワールドに存在するという法則だ。

 

 

例えば、ある世界にAという人物がいるなら、パラレルワールドにもAと全く同じ遺伝子配列を持った、つまり、理論上で言えば全く同じAという人物が存在しているということだ。ただし、その人物の職業、立場などはパラレルワールドごとに異なる。先ほどのAを例に挙げるなら、この世界ではAは学校の先生をだが、他の世界では警察官といったことがありうるのだ。

 

 

二つ目は、一つの世界で物理法則が書き換わった場合、他のパラレルワールドにも何かしらの影響が及ぶという法則だ。例えば、ある世界で重力加速度が9.8[m/s^2]だったのが、急に4.5[m/s^2]になった時、他のパラレルワールドでも重力加速度が変わるということだ。

 

 

ではそのようなパラレルワールドがいくつも乱雑に置いてあるのかと問われればそれは違う。

 

 

パラレルワールドはそれぞれグループごとにくくられて存在する。グループというのは、先に書いたルールのことで、存在している生き物が同じ、物理法則が同じ物という意味だ。そのくくりの事を「位相」という。そして、いくつも存在している位相の事を、「パラレルフェイス」と呼ぶ。和名で言えば「並行位相」これは、パラレルワールドよりもさらに大きな分岐、生き物の存在そのものを揺るがす分岐によって誕生する。

 

 

例えば、本来進化するはずだった生き物が進化を前に絶滅した、AとBが結婚してCが生まれるはずなのにDと結婚してEが生まれたなど、生死ではなく生死以前の段階の可能性によって多くの位相が生まれる。よって、物理法則なども他の位相とは異なるのだ。

 

 

ここまで長々と説明したが、これらは分かり易く言えば毛糸である。始まりの毛糸は同じ。しかし、その毛糸でマフラーを編むのか手袋を編むのかで編み方は違ってくるし、最後に出来上がるモノの形も使い方も全然違う。これがパラレルフェイスである。

 

 

毛糸には色があるように、使う毛糸によっては赤い手袋ができたり黄色い手袋ができたりする。しかし、大元の形や使い方は変わらない。これがパラレルワールドである。

 

 

手袋とマフラーの毛糸が絡むことがないように、パラレルフェイス同士が絡むことはない。

 

 

しかし、これは一般的な話である。世の中に絶対ないと言い切れるものは無い。

 

 

例えば、先ほど例にあげた手袋とマフラー。普通はこれらの毛糸が絡み合うことはないがもし二つに綻びがあったとしたら?多少は絡むかもしれない。今回話す出来事も、始まりはそんな小さな綻びだった。

 

 

しかし、さらにそれを悪化させる出来事が起きた。まるで、小さな綻びによって生まれた手袋とマフラーの絡みに気付かないまま、乱暴に引き出しにしまったかのような。つまり、さらに二つの位相を複雑に絡ませる出来事が起きた。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

消えちゃうよ?

 

嫌だ

 

20回目のお誕生日が来たら消えちゃうよ?

嫌だ

消えちゃうよ?

 

消えちゃうよ?

 

消えちゃうよ?

消えちゃうよ?

 

 

嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ

 

 

その時、

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

「君のその思いは、魂を差し出すのに値するかい?」

 

そう言いながら、一匹の生き物が近づいてきた。

その生き物は猫でも犬不思議な姿だった。

その生き物は真っ白な毛で覆われ、長い耳が垂れ下がっており、どういう原理なのか明らかに大きなイヤリングが浮いていた。

 

そして言った。

 

 

「僕の名前はキュウべえ!」

「確かに君はこのままでは20歳になった時に消えてしまう。だけど、僕と契約すれば、君をその運命から解放して上げられるよ?だから、僕と契約して、魔法少女になってよ!」

「さぁ、どうする?」

 

そんなの決まっていた。

 

「私は、まだ死にたくない!」

 

「契約は成立だ」

 

そう言って、キュウべえは、彼女の胸からあるものを取り出した。

「おめでとう。今日から君は、魔法少女だ!」

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

時間が止まった。

 

 

そして一人の少年が現れた。

 

 

その少年は青を基調とした服を着ていて、髪は普通の少年に比べて少し長く、髪にはどこかの民族を思わせるような髪止めをしてあった。

 

 

そして言った。

 

 

「僕はタイムジャッカーのウール!」

 

 

「確かに君は、20歳の誕生日を迎えた途端に消えてしまう。だけど、僕と契約を交わせば、その運命から解放されるよ」

 

 

「さぁ、どうする?」

 

 

そんなの決まっていた。

 

 

「私は、まだ死にたくない!」

 

 

「契約は成立だ」

 

 

すると少年は彼女の胸にストップウォッチのようなものを入れた。

 

 

「おめでとう。今日から君は、仮面ライダーファムだ!」




これにてプロローグは終了です。

次回からは第一章、睦月編をどうぞお楽しみください。


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第一章 睦月編
第1話 夢を見ていた、ような・・・・・


ここからいよいよ本編スタートです!

主人公も登場しますよ。


気が付くとそこは、どこかの公園のようだった。どこにあるのかは分からない。だけど俺は、この場所を知っていた。以前にも来たことがあった。

 

 

目の前に広がる道の真ん中に、一人の男が立っていた。その男は、見た目20代後半から30くらいのおじさんで、頭に青いバンダナを巻いていた。俺は、この男のことを知っていた。少し前、俺を暗闇から救ってくれた、感謝してしきれない大恩人だ。あの時も俺はこの公園で出会ったんだ。

 

 

 「やぁ、久しぶりだね。睦月君」

 

そう俺に呼びかけ、優しく微笑む。

 

 

 まだ分かれて数年なのに、もう何十年も会ってなかったかのような懐かしさを感じる。

 

 

 しかし、その懐かしさは彼が深刻そうな表情に変えた時に一気に消えた。

 

 

 「君に、話があって来た。君に頼みたいことがあるんだ。使命を終えたのだから、今さら君の前に現れるのも気が引けたが、これは、君にしか頼めないことだ」

 

そして彼は続ける。

 

 

 「こうして話していられる時間も長くないから、単刀直入に言う。今この世界で、いや、他の全ての世界に危機が訪れている」

 

 

―危機?まさか、また、アンデッドが現れたのか?―

 

 

 「アンデッドではない。もっとたちの悪い存在だ。アンデッドを遥かに凌ぐ力を操る、災厄と呼ぶにふさわしい存在。そして、それを退け、全ての世界を救えるのは睦月君、君しかいない」

 

 

―アンデッドよりも強いのに、俺が?無理だ。だって俺は、ライダーの中では一番弱かったし、あの時だって、結局剣崎さんが全て何とかしてくれて、俺は何もできなかった。それだけ強大なら、橘さんの方が・・・―

 

 

 「いや、君にしかできない。心の闇を知ってる君が必要なんだ」

 

 

―心の闇・・・?それが、どう関係してー

 

 

 「君こそが、絶望に囚われている子達を解放することができる唯一の存在なんだ」

 

 

―・・・・・―

 

 

正直戸惑いの方が強かった。アンデッドが相手でも遅れをとっていた俺が、今度は一番前に立って戦うなんて。だけど、この人は、俺を信じて頼んだ。そして俺は、この人には大きな恩があった。だったら、やらなくちゃいけない。第一、世界の危機なんだ。無理だからと決めつけて逃げたらライダーじゃない。この世界を救うためにひたすら走った剣崎さんに顔向けできない。だから、俺は頷いた。そして、そんな俺の表情を見た彼もまた、満足そうにうなずいた。

 

 

 「君なら、そう答えると信じていた。苦しくつらい戦いになるだろうが、自分の力を信じなさい。全てを一人で抱え込まず、抱えきれなくなったらそれを人に分ける勇気を持ちなさい。幸運をいのる!」

 

 

 そして、三葉睦月は目を覚ました。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 彼の名前は三葉睦月(みつば むつき)。大学で社会学を専攻している2年生、つまり19歳だ。将来は、ニュースキャスター、もっと大雑把に言えば、情報を発信できる立場になりたいと考え、日々勉強している。

 

 

その一貫として、彼は写真サークルに入っていた。活動内容はシンプルで、みんなをあっと言わせる写真を撮って、それを皆に発表するというもの。睦月はサークル活動で撮った写真を発表に出すと同時に適当な雑誌に投稿もしていた。理由は単純。スクープ写真を撮ってそれを提供すれば名前が売れて、就活で少しは有利になると思ったからだ。写真サークルに入ったのは、人の写真を見て構図などを勉強して、自分のものにするため。

 

 

それ以外のことについては全く興味が無かったので、時々サークルで行われる飲み会などには一切参加したことがなかった。別に普段孤立しているとか、そういうことではない。最低限の付き合いはするし、睦月本人も別に暗い性格でもない。むしろ行動的で明るい性格だ。だけど、遊びには参加しない。魅力を感じないからだ。別に馬鹿にしているわけではない。写真の技術については皆素晴らしく、勉強になる部分が多いのだが、人として心が躍る人はいなかった。同じ組織に所属する人ではあるけれど、仲間でも友達でもないという感じ。なぜそう思うのかは自分でもよく分からないけれど。

 

 

 この日もスケジュールとしては特に変わったことは無かった。朝7時に起きて大学へ行き、講義を受けた後サークルに顔を出し写真を撮る。そして夜はスーパーでバイト。そして家路に急ぐ。

 

 

平凡な一日。だけど、頭の中はそうでは無かった。なぜかあの日の朝見た夢の内容が気になった。バイト終わりの帰り道なんかは特にそうだ。睦月はその夢に現れた男を知らないし、会ったこともない。もちろん公園のことも知らない。だけど、全て知っているような気がする。そんな矛盾の感情、デジャヴに戸惑いを覚えていた。

 

 

 そして、さらに奇妙なことが朝起きてすぐに起こった。起きてふとベッドの横を見ると、机の上に見慣れないバックルが3とカードが置いてあったのだ。一つは全体を銀でコーティングされていて、バックルの中央部は赤く、その真ん中に金のスペードが印字されていた。もう一つは基本の構造はスペードのバックルと同じだが、中央部は緑、そしてダイヤのマークが金で印字されていた。そしてひと際目立っていたのが金色のベルトだ。構造もスペードやダイヤと異なっており、中央部にマークの印字はなく、紫でコーティングされているだけだった。そして、何か横開きの門のような形をしていた。カードは、トランプのようだったが、古代文明の壁画に描かれたもののような神秘さを宿った絵柄が描かれてあった。一つ妙だと思ったのがハートの2だけが無かったことだ。辺りを少し探してみたが、どうしても見つからなかった。

 

 

 見覚えのないモノが置いてあったのだ。気味が悪いと思った。しかし、どうしても捨てる気にはなれず、金色のバックルとトランプを常に持ち歩くようになった。持ち歩けば、何か分かるかもしれないと思ったから。だけど、あれから一週間、特に分かったことは無い。やはりこれは、ただのオモチャなのだろうか。

 

 

自分が覚えてないだけで知らない内に買ったのだろうかと思いながら帰っていた時、何かを感じた。突然、周りの空気が重くなったのだ。そして次の瞬間、自分は全く見覚えのない場所にいることに気付いた。

 

「ここは・・・」

 

 

 そこはまるで、おとぎ話にでてくるようなお菓子の世界だった。周りはチョコレートの壁に覆われていて、所々にクリームがたっぷりのカップケーキが置かれていて、ぺろぺろキャンディの風船が浮いていた。睦月は自分がどうなっているのか分からなかった。自分は確かにいつもと同じ道を通って帰ろうとしていた。しかし、今は周りにそんな平凡な道はなく、明らかにおかしな空間に自分はいる。夢でも見ているのか?

 

 

 目の前に、てすりが付いた通路があった。睦月は進んだ。気が付くと、何かの建物に入っていた。天井にはクッキーの箱がぶら下がっている。何かが動いている気配があるが、見渡しても何もない。それが逆に怖かった。一つの部屋を見つけた。入ってみると、そこにはスポンジケーキで作られた椅子、そして、カーテンで区切られてベッドが規則正しく並べられていた。それぞれに番号が振られている。まるで病院だと睦月は思った。

 

 

 部屋を出て、さらに奥に進む。しばらく進むと、また開けた場所に着いた。奥には同じような建物の入り口がある。まるで渡り廊下だ。周囲にはお菓子の他に、カプセル薬が浮いていた。いや、静かに下に降りていき、突如光の玉に変わった。それ以外は特にない。お菓子だらけの世界に薬があったので、異質だと思ってつい見てしまっただけだ。さらに先へ進む。そして一番奥まで行った。そこは、「手術中」と書かれており、手術室のようだった。恐る恐るドアを開けると、そこは今まで通った道以上にお菓子であふれかえっているホールのような部屋だった。天井はマシュマロのように真っ白で、所々にジェリービーンズが埋め込まれており、床はタルトでできていた。そこにはピックに刺さり、その上にはドーナツやチョコレートが置いてあった。

 

 

 「ここは・・・ホール?」

 

 

睦月が部屋に目を奪われていた時、「何か」が睦月に向かって飛んできた。睦月は反射的にそれをよけた。それは、生き物だった。しかし、動物園にいるような動物ではない。体は黒く赤い水玉が装飾された球体でできていて、そこから細い足が3本伸びている。そして、顔には目や鼻のようなモノはなく、ただぐるぐる模様が描かれてるだけ。そこから長い耳が延びていて、看護師の帽子のようなものをかぶっている。異質な姿だった。

 

 

そしてそれは一体だけでは無かった。睦月は気付いた。自分はいつの間にか囲まれていたのだ。この異形な生き物に。

 

 

 次の瞬間、その生き物が一斉に睦月に向かって飛んできた!

 出口は、無い。

 

 

続く




ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

誤字脱字、その他質問等あれば遠慮なくお書きください。

次回も多分来週のこの辺りに投稿すると思うのでよろしくお願いします。


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第2話 使い方はご存知のはず

本日はガッツリ戦闘します。


祝え!初変身の瞬間を!


 右、左、右、右、下…、次々と飛んでくる丸い生き物をとにかく避ける。飛んでくる方向が分かるとかそんな超人みたいなことは無い。全て反射的に避ける。つまり勘だ。火事場の馬鹿力のようなもので、当たったら死ぬという思いから全身の感覚が研ぎ澄まされているだけのこと。

 

 

 ドームから出ようとしたが、入口のドアはどこにも見当たらなかった。ドームを3周してようやく分かった。これはネズミ捕り。人間というおおきなネズミを捕らえるための罠だ。見慣れない空間に延びる一本道、その先にある明らかに異質なドア。そこに広がるは無限のお菓子。そうして獲物を引き寄せればこっちのものと息の根を止めようと住人が迫る。

 

 

 この状況を打破するには、この妙な生き物を倒すしかない。だけど、どうやって?武器は無いし、仮にあったとしても今は逃げるのが精一杯だ。

 

 

 そんなことを考えている時、睦月はクリームの段差につまずいて転んだ。反動で、ポケットに入れていたバックルとカードを入れたケースが転がる。

 

 

 それを見た時、ふいにあの時見た夢の内容を思い出した。

 

 

 「今、この世界で、いや、他の全ての世界に危機が訪れている」

 

 

 「それを救うことができるのは睦月君、君だけだ」

 

 

 まさか、世界の危機というのはこの化け物のことなのか?そして、それと戦えるのが俺だけだと?でも、どうやって?このベルトを使うにしても、使い方はー

 

 

 ………いや、俺は、使い方を知っている。

 

 

 今までは思いつかなかったのに、今はこのバックルの使い方がどんどん頭の中に入ってきている。

 

 

 そう思ったとき、睦月はカードとバックルを持って起き上がった。

 

 

 今なお迫ってくる丸い生き物を避けながら、バックルの厚さ方向の中央部、そこを横にスライドさせる。そこにカードと同じ大きさのくぼみがある。そこに蜘蛛の絵が描かれたクラブのAを入れてスライドさせ、それを腰の辺りに持っていく。するとバックルから紫色のカードが飛び出し、それがベルトのように睦月の腰に巻きついていく。

 

 

 前から丸い生き物が迫っていた。しかし、今度は睦月は避けようとはしなかった。バックルの中央部に手を添え、そして叫んだ。

 

 

 「変身!!」

 

 

『♧Open Up』

 

 

 目の前に蜘蛛の絵が描かれた紫色のカーテンのようなものが飛び出した。目の前に迫ってきていた生き物はその衝撃で吹っ飛ぶ。睦月はそのカーテンをくぐりぬけた。睦月は全く違う姿になった。

 

 

 緑色のスーツに金色のアーマー、胸にクローバーのマークが彫られている。頭部には紫を基調とした複眼。そこから金色のラインがいくつも伸びていて、まるで蜘蛛のような形をしていた。

 

 

 仮面ライダーレンゲルの誕生である。

 

 

 レンゲルは側から頭部がクラブの形をしている杖型の武器-レンゲルラウザーーを取り出した。

 

 

 右、左、右、右、下…次々と飛んでくる丸い生き物をレンゲルラウザーで薙ぎ払う。

 

 

 今度は勘ではない。飛んでくる方向が目で追える。変身してから、身体能力が一気に向上したのだ。故に、改めてドームの中の様子を観察する余裕ができた。そして、あることに気が付いた。

 

 

 この丸い生き物は無作為に配置されてるように見えて、実はドームの中央部、正確にはそこに刺さっているピックの上に置かれた、頭に頭巾をかぶったくたびれた人形のようなものを守るようにして配置されていた。

 

 

 あれが本体だと確信した睦月は、一気に中央部へ駆ける。途中で迫ってくる生き物を次々と薙ぎ払い、ピックの上部目指してジャンプ。そして目の前にある人形めがけて渾身の力をこめてレンゲルラウザーを突き出した。勝ったと思った。

 

 

 すると、今までぴくりとも動かなかった人形の顔が大きく動いた。口を大きく開け、中から別の生き物が飛び出してきた。それは黒を基調とした長い胴体を持ち、そこに赤い水玉模様。顔は白く、鼻は長い。目元には黄色い隈取のようなものがあり、赤と青の羽を付け、終始笑みを浮かべたまるでピエロのようないでたちだった。

 

 

 お菓子の魔女 シャルロッテ

 

 

 それが大きく口を開け、睦月の後ろから迫って来た。

 

 

 空中で動きが制限されていた睦月はレンゲルラウザーを大きく横に振り、牙をはじく。なんとかその衝撃で再びタルトの床に着くことに成功した。しかし、蛇のような生き物は尚も迫ってくる。

 

 

 何とかレンゲルラウザーで反撃しようとしたが、相手は大きく、今まで戦っていた生き物と比べて力が圧倒的に強かったので、決定打を浴びせることはできない。目前に迫る『蛇』の軌道を変えることがやっとだ。

 

 

 いくら身体能力が上がったと言っても限界はある。このままではいずれこちらの体力が尽きる。

 

 

 どうすると考えあぐね、ふと右を見ると、カードホルダー(先ほどまでしまっていたケースとはデザインが違う)が付いているのが見えた。

 

 

 そして、手に持っているレンゲルラウザーにはカードをスキャンするためのくぼみが付いている。睦月は、これらの意味することも既に知っていた。

 

 

 そして何の迷いもなく、ホルダーから一枚カードを取り出して、レンゲルラウザーにスキャンした。

 

 

『♧2 STAB』

 

 

 そして、目の前にやってくる『蛇』にラウザーを突き付けた。今度は効果があった。大きくてタフにも関わらず、大きく体をのけ反らせる。間髪入れず、今度は胴体にラウザーを思い切りたたきつけた。衝撃で蛇の体はドームの壁に叩きつけられる。クラブの2には、レンゲルラウザーの威力を増大させる力があるのだ。

 

 

 そして睦月はとどめにラウザーを胴体に突き付けた。そして『蛇』はやられた、わけではなく、『蛇』の口からまた新たな『蛇』が現れた。まるで脱皮だ。『蛇』は上から睦月目がけて口を大きく開けて突進してきた。睦月はそれをジャンプしてかわす。

 

 

 「しつこい。だったら」

 

 

 と睦月は再度ホルダーに手を伸ばし、2枚のカードを取り出した。

 

 

『♧6 BLIZZARD』 『♧3 SCREW』

『ブリザードゲイル』

 

 

 そして、手から吹雪のように強い冷気を出し、再び突進してきた『蛇』を凍らせる。

 

 

 「これでとどめだ」

 

 

『♧4 RUSH』

 

 

 そして睦月は高くジャンプし、レンゲルラウザーを大きく振り、凍った『蛇』の胴体に思い切り叩きつけた。柔軟性の無くなった『蛇』は粉々に砕け、遂に元に戻らなかった。

 

 

 ドームはなくなり、空間は跡形もなく消え、睦月は元の帰り道に立っていた。

 

 

 睦月はバックルを閉じ、変身を解いた。そして腰から崩れ落ちた。ドッと疲れが押し寄せたのだ。

 

 

 「何だったんだよ、今のは」

 

 

 さっきまで自分の身に起きていたことが全く信じられなかった。いつも通りの帰り道にも関わらず気が付くと見知らぬ空間にいて、そこに棲む生き物に襲われた。バックルをどう使うのか今まで全く分からなかったのに、それが頭の中に入ってきて、手に入れた強大な力を自在に扱う。そんな漫画のようなことがなぜ自分にできたのか、見当もつかなかった。

 

 

 これが夢で言っていた世界を救う力なのか?無理だ。さっきだって怖かった。死んでてもおかしくなかった。あんな思いを何度もするなんて耐えられない。

 

 

 しばらくそこでじっとしてから、睦月は大きく息を吐き、とりあえず帰ろうと立ち上がった。そして足元に、見慣れないモノが落ちているのに気が付いた。

 

 

 全体的に黒く、ピンポン玉くらいの大きさで異様な模様が彫られてあり、そこの中心部にピックのようなものが貫いてあり、明らかに異質だった。あの『蛇』に関係のあるモノだというのは直観で分かった。

 

 

 戦うにしても戦わないにしても、あの妙な生き物について何も知らないのは嫌だと思い、何かの手掛かりになると信じてそれをポケットにしまい、その場を後にした。

 

 

続く




今回も最後まで読んでいただきありがとうございました。


質問・感想等お気軽に書いてください。


質問は答えられる範囲でできるだけお答えしようと思っています。


次回もお楽しみに!


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第3話 睦月のアンデッドパニック

 妙な空間に迷い込み、妙な『蛇』と戦ってから3日。ようやく、何の予定の無い日が来た。本当は、すぐにやりたかったのだが、『蛇』との戦いで疲れ果て一日中眠っていたり、(その日は講義が入っていたが、初めて自主休校した)バイトが入っていたりと時間が取れなかったのだ。

 

 

 睦月は今、自分が住んでいるアパートのすぐ近くにある廃工場の奥にいる。あることをするためだ。

 

 

「変身」

 

『♧ Open UP』

 

 

 睦月はレンゲルに変身した。今からやること、それは、カードの確認だ。『蛇』との戦いのときは、相手の攻撃に対して最適なカードを自然に選ぶことができたが、その後、改めて全てのカードを見たのだが、どのカードにどんな効果があるのかがさっぱりだった。ではなぜ、あの時は最適なカードを選ぶことができたのかという疑問が浮かぶが、ひとまずそれは後回しだ。今必要なのは、あの化け物に対抗するための準備だ。

 

 

 正直、戦いたくない。あんな化け物と何度も命がけで戦ったら、自分の神経がもたない。でも、あの日見た夢に出た男は、世界を救えるのは自分だけだと言った。あれが予言なのか何なのかは分からないが、あれはもうただの夢じゃないことは確かだった。ならば必ず、この力が必要になるときが来る。睦月はそう確信していた。

それに、近所にあれだけの力の持った化け物が潜んでいると分かったのだ。自分の身を守るためにも、自分が今持っている力をしっかりと確認する必要がある。『蛇』から出てきたあの謎の『モノ』も気になるが、こっちの方が優先だ。

 

 

まず、♧A。これは変身の時に必要になるカードだ。杖にスキャンして使うのではなく、バックルに入れることでその効果が発せられる。カードに『CHANGE』と書かれていることからも変身に使うための物だと分かる。これは、クローバーに限らず、他のスートについても同様だろう。また、クローバーのライダー、レンゲルについては武器に杖型のこん棒を持つ。普通に杖を振り回して攻撃するでも良いが、先の戦いのように、そこにカードをスキャンして戦う方が効果がありそうだ。カードは、一枚でも十分強力だが、複数枚を同時にスキャンすることで、より効果的な力を発揮させることができることも既に分かっている。

 

 

だからこそ、他のカード、2~Kの効果を実際にスキャンして確認する必要がある。まずは、先の戦いで使ったクローバーだ。

 

 

『♧2 STAB』: 杖の威力を上げる(試しに振り回したら、うっかり倉庫にあった棚を壊した)

『♧3 SCREW』: 杖の先端に高速で回転する風が付加された。相手の攻撃を弾いたりと何かと応用できそうだ。

『♧4 RUSH』: ♧2同様、杖の威力を高めるが、こちらは主に突きの威力を高めるのに長けていて、その攻撃力で言えば♧2より上だと分かった。(工場の床に大きなへこみができた)

『♧5 BITE』: スキャンと同時に、脚に力が込められていくのを感じた。キック力を増強させるカードだろう。

『♧6 BLIZZARD』: 杖から強力な冷気が出て、辺り一面を凍らせた。『蛇』との戦いのときも、このカードが逆転のきっかけになったので、これからも使う機会は多くなるだろう。

『♧7 GEL』: 体が液状になり、床の中やちょっとした隙間などに入り込むこともできた。もしも逃げる必要があった時、これは非常に役に立つだろう。しかし、このカードで液状になれる時間は5分。使いどころに注意しなければいけないと思った。

『♧8 POISON』: 杖から異様な色の毒液が出た。鉄板すら溶かすことのできる強酸性だ。強力だが、自分に当たってもひとたまりもないだろう。

『♧9 SMOG』: 杖から煙幕が放出された。逃げる時はもちろん、奇襲をしかける時にも、このカードは役に立つだろう。

 

 

「次はこれか」

 

 

と、睦月は♧10のカード、REMOTEを取り出した。REMOTEは「遠隔」という意味だが、どういう効果があるのだろうか。睦月は、今までと同様にカードをスキャンした。

 

 

『♧10 REMOTE』

 

 

すると、カードが光り、絵の中央部から一筋の光が伸びた。その光が♧7のカードに届いた瞬間、なんと、カードの中から怪物が現れた。

そして睦月を攻撃せんと飛びかかった!

 

 

続く




 今回も最後まで読んでいただきありがとうございます。第三話はちょっと短いですよね。というわけで今週は2話連続です。

 次の第4話も合わせて読んでください。


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第4話 定めの鎖を解き放て

 「うわっと!」

 

 

 いきなり飛びかかって来た怪人を睦月はギリギリ躱した。しかし、その衝撃でカードを積んでいた机が崩れ、辺りにカードが散らばった。怪人は尚も睦月に襲い掛かってくる。

 

 

 「何なんだよ、一体」

 

 

 

 その怪人は、まるでクラゲのような容貌をしていた。全身は薄紫と黒で覆われ、右手の指は異様に長く、左腕からは触手が伸びていた。頭は透明な膜ですっぽり覆い、口元は黒いマスクで隠しており、鋭い目がこちらを睨んでいた。

 

 

 

 そして再び飛びかかって来た。睦月は杖―レンゲルラウザー―を使ってそれを受け止め、ラウザーを胴体に叩きつけた。怯み後ずさった所でさらにもう一発加える。続けて二発、三発、四発。しかし、決定打にはならない。やはり、何かカードをスキャンしなければダメだ。

 

 

 

 そう考えていた時、敵が動いた。一発でも多くラウザーをぶつけて倒そうとしたのだが、突如体が軟体化したのだ。そのまま床に吸い込まれ、水たまりのようになってから怪人は素早く後ろに回り込み、顔を殴りつけた。尚も攻撃素養としたが、睦月はラウザーのリーチを利用し、適当に振り回して威嚇して距離を取ることができた。

 

 

 やはり何かカードをスキャンしなければダメだ。しかし今日持ってきたカードはクローバーだけ。しかも2~10はスキャンした後近くのテーブルの上に置いたので今はそれらが床に散乱していて回収する時間もない。今あるのは、まだスキャンしていないカード、クローバーのJ、Q、Kだけだ。

 

 

 「まだ試してないけど、一か八かだ」

 

 

睦月はホルダーからJのカードを取り出した。

 

『♧J FUSION』

 

 

 

 いつもなら、スキャンした瞬間に何か変化が訪れていた。しかし、何も起こらない。体にも特に変わった様子はない。

 

 

 「えっ?」

 

 

『♧J FUSION』

『♧J FUSION』

『♧J FUSION』

 

 

 何度スラッシュしても同じだ。

 

 

 「何で何も起こらないんだよ」

 

 

 その時、怪人の左腕の触手が睦月の右手に巻き付いた。

 

 

 「しまった!」

 

 

 スキャンするのに夢中になってて、敵からの注意を反らしたことを見逃すわけが無かった。しかし幸運にも、これが好転の兆しになった。

 

 

 怪人はそのまま左腕を大きく振り、倉庫の壁に睦月を思い切りぶつけた。反動で倒れたが、その場所は、カードを置いていたテーブルのすぐ近くだったのだ。敵が一瞬の隙を見逃さなかったのと同様に睦月もこのチャンスを棒に振る訳もなく、自然に体は一枚のカードを手に取っていた。

 

 

『♧4 RUSH』

 

 

 睦月はラウザーを一直線に接近してくる怪人に真一文字に殴りつけた。その一撃は先ほどまで何発も当ててたそれとは威力が違う。その衝撃で怪人は大きく吹っ飛び倒れる。

 

 

 「とどめだ」

 

 

 睦月はさらに手近にあった2枚のカード拾い、

 

 

『♧5 BITE』『♧6 BRIZZARD』

『ブリザードクラッシュ』

 

 

 「はっ!」

 

 

 その声と共に大きくジャンプし、怪人に両足を向ける。そこから冷気が勢いよく噴射し、敵を急速に凍らせる。それを睦月は挟み蹴りにし打ち砕いた。

 

 

 怪人は大きく叫び声を上げながら吹っ飛び、爆発した。怪人は尚も肉体を保ち、生きているようだったが辛うじてだ。腰につけてたバックルが開いた。そこに♧7と刻印されてあった。ふと横を見るとそこには怪人が飛び出したあのカードがあった。しかしそこには先ほどまであった絵が描かれていなく、今は少し鎖が描かれてる以外は空っぽだった。文字も数字も書かれてない。

 

 

 睦月はそれを動けなくなった怪人のもとに持っていき、そっと相手のバックルにカードをかざした。するとその怪人はカードに吸い込まれていき絵が先ほどまで描かれてたものに戻った。文字も、『♧7 GEL』と印字されていた。

 

 

「・・・・」

 

 

 工場内に長い沈黙。睦月は一旦バックルを閉じて変身を解除した。

 

 

「さっき俺は、何でこの2枚をスキャンした」」

 

 

 2枚合わせれば強力な効果を得られることは知っている。しかし、現段階では1枚1枚の効果が分かっただけで、どのカードとどのカードを合わせればいいのかは『蛇』との戦いで使用したブリザードゲイル以外は分からないはずだ。しかし、睦月は何の迷いもなくあの2枚をスキャンした。

 

 

 まただ。また、初めてなのに既に使い方を知っている感覚―デジャヴ―を味わった。俺とこのバックル、一体どんな関係があるんだ?

 

 

 また、それ以外にもさっきの一件で様々なことが分かった。まず、J、Q、K。これらは他のカードと同様の使い方ではその効果を発揮することができないということ。まだJしかスキャンできてないが、他2枚も同様だろう。というのも、これら3枚はAのCHANGEと同様、スートに関係なく印字されている言葉が同じだからだ。JはFUSION、QはABSORB、KはEVOLUTIONと印字されている。それぞれ「融合」、「吸収」、「進化」という意味を持つこれらのカードはではどのようにして使うのだろうか。

 

 

 しかし、それは後回しだ。今は―と、睦月は1枚のカードを取り出す。それは♧の10、REMOTEのカードだ。REMOTE、それは、カードの中に入っていた怪人を解放させる効果を持っていた。睦月は、その「解放」という言葉に引っかかりを感じた。床に散らばったカードを全て回収し、

 

 

「変身」

 

 

『♧ OPEN UP』

 

と、再度変身する。そして傍らから「あるモノ」を取り出した。それは、『蛇』との戦いで手に入れた球にピックが貫いているように見える黒い物体だった。

 

 

 

 ―「君が、絶望に囚われてる子達を解放してあげることができる唯一の存在なんだ」-

 

 

 夢に出て来た男は、そのように言っていた。解放。つまり、REMOTEのカードを使えということなのではないだろうか。印字されてる言葉は「遠隔」なのだから、考えすぎの可能性もある。何も起こらないかもしれないし、最悪またあの『蛇』がまた出てくるかもしれない。しかし、このままずっと考えても、この物質が何かは分からない。ならばこちらからできる限りの刺激を与えなければならない。幸運にも、何か化け物が出たとしても、廃工場周辺には誰もいないのだから、問題ないだろう。

 

 

 睦月は恐る恐る♧10のカードを入れた。

 

 

『♧10 REMOTE』

 

 

 カードから一筋の光が伸びて、黒い物質に届いた。すると、それは白く光り、一気に広がった。睦月はあまりのまぶしさにとっさに腕を覆う。

 

 

 そして、その光から何かが出て来た。それは―

 

 

 「えぇ!?」

 

 

 睦月は思わず声を上げる。余りにも予想外だったからだ。

 

 

 出てきたのは、『蛇』でも無ければ、他の化け物でもない。

 

 

 銀色の長い髪を持ち、それを小さくツインテールでまとめた、見た目小学生くらいの少女だった。

 

 

続く




 今話も最後まで読んでいただきありがとうございます。


 前にも話しましたが、これはライダーに興味が無い友達にライダーとはどういうものかを伝えるためにその友達が好きなまどマギを交えて小説にしようと思ったのがこの物語のきっかけです。


 故に、初期の頃は結構文字数に偏りがありますし、変な所で切れてる部分もあります。


 合わせてもいいんですけどそれはめんどい(笑)ので、友達に見せたのをそのまま垂れ流しているのが現状です。

 
 今回2話連続で流したのもこういう事情からです。


 身内の時は別々に出したけど、さすがに今回こういう形を取っちゃ読みごたえが無さすぎるかなと。


 ご意見、ご感想、質問、遠慮なくお願いします。


 次回で第一章最終回!こうご期待ください。


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第5話 波打ち際の鏡

[お詫びと訂正]
 第4話にて、ラウズカードのカテゴリーJ~Kの効果が違うと指摘がありました。4話ではラウザーにそれをスラッシュしただけでは何も起こらないと書きましたが、実際にはAPの回復の効果があったんですね。この場を借りてお詫びします。

 このミスについては、今後の展開に特に重要になるわけではないので第4話を変更する予定はありません。この物語はテレビ本編を意識して書いたと言いましたが、J~Kのラウザーへの直接スラッシュの効果については例外で「効果なし」ということにしといてください(笑)

 今後、このようなことがないように努めますが、またこのようなミスを見つけた時は遠慮なく感想欄に書き込んでください。


 では、第一章最終話をご覧ください


 ♧10のカードREMOTE、それはカードに閉じ込められていた怪物を解放させる力を持っていた。故に『蛇』の落としたモノにそれを使った場合、何も起こらないか『蛇』の復活のどちらかだと思っていた。しかし出てきたのは、

 

 

「女・・・の子?」

 

 

銀色の長い髪を持った見た目小学生くらいの少女だった。

 

 

「おっとととと」

 

 

睦月は慌てて目の前に現れた少女を受け止めた。少女は小さく寝息を立てていた。眠っているようだ。

 

 

「何で・・?」

 

 

『蛇』の落とした謎の物体から、REMOTEの力によって少女が出て来た。この少女は一体何者なのか?あり得る可能性は2つ。一つ目は、彼女はあの『蛇』に捕まった被害者の可能性だ。あの空間は睦月もいつの間にか迷い込んでいた。他の人物だって、そうやって迷い込んだ可能性が高い。そして、捕らえた人間は食糧にするために食糧庫に入れられる。つまりあのモノは食糧庫であり檻なのではないかという予想だ。

 

 

そして、二つ目は―

 

 

「ん・・・」

 

 

と少女は小さく声を上げ、瞼を重たそうに持ち上げた。

 

 

「んん・・なぎさは…」

 

 

睦月は、彼女に目線を合わせて言った。

 

 

「目が覚めたかい?良かった。眠っているだけかなとは思ったけど、ちゃんと目が覚めるか心配だったからさ。なぎさちゃんって言うのかい?俺は―」

 

 

とそこまで言った時、なぎさは大きく目を見開き、無理矢理睦月の腕から離れた。

 

 

「金色の・・・仮面・・・」

 

 

「え?あっ・・・」

 

 

そうだ。REMOTEのカードを使うために変身をしたままだった。女の子が現れるなんて予想外だったからすっかり忘れていた。しかし、このうっかりが致命的だった。なぎさは自身の頭を抱えながら、

 

 

「なぎさは・・あの人を知ってるのです・・。何で・・?なぎさはこの人と会ってお話を・・違う・・この人と戦って・・・いや、食べようとして・・あれ?何で?なんでなぎさはこんなことを・・・動物と契約して・・・お母さん・・魔法少女・・・そして、そして、魔女に・・・なぎさが化け物に、なぎさは・・・化けモノぅぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!」

 

 

なぎさはそこまで言うと工場中に響く声で叫んだ。いや、これはもう発狂だ。睦月は動くことができなかった。彼女が何者なのか。それは彼女の言葉と反応で想像に難くなかった。最悪だ。一番考えたくなかった。彼女、なぎさの正体である可能性の2つ目。それは、彼女こそが『蛇』であり、あのモノは『蛇』を封じこめてたモノ、つまり卵のようなものではないかという予想だった。

 

 

まずい。とにかくこれはまずい。睦月は急いで変身を解いて彼女のもとに駆け寄った。

 

 

「なぎさちゃん、落ち着いて!大丈夫。大丈夫だから!」

 

 

と睦月はなぎさに手を伸ばした。しかし、彼女はその手をはたき、拒絶した。

 

 

「嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

 

なぎさはそのまま睦月に背を向けて全速力で駆けだした。睦月は動かなかった。いや、動けなかった。

 

 

普通の人間が怪物になる。ヒーローものの漫画ではたまに見る光景だ。だけどその時怪物になった人間はたいてい自身が怪物だったころの記憶は無いものだ。悪者に体を乗っ取られていたとか洗脳されていたとか、そういう展開がお約束のようにある。

 

 

だけど今回は違う。原理は分からないけれど、なぎさちゃんは誰かにそうされられたとかではなくただ怪物になってしまった少女だった。しかも、その時の記憶も残っていた。そんな少女に出会って間もない人がどんな言葉を掛けたらいいというんだ。

 

 

だけど―

 

 

と睦月は考えた。

 

 

彼女が何者なのか。自身を怪物だと言った彼女にどんな言葉を掛けるのが正解なのか。それはまだ分からない。だけど、自身の罪を一生背負って絶望して泣き続ける少女を前に何もしない、見て見ぬふりをするなんて、できない。できるわけがない。

 

 

睦月はその思いを胸に彼女を探しに飛び出した。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 なぎさは走った。別にどこへ行くわけもなくひたすらに。自分が怪物―魔女―になり、人を傷つけてたことに耐えきれなかった。

 

 

 気が付くとなぎさは、高架線の下にあるトンネルの中にいた。上から電車の音がたまに聞こえる以外、特に人も車も無かった。

 

 

 「なぎさは、何なのですか」

 

 

 なぎさは、あることがきっかけでキュウべえと契約をして魔法少女になった。そして、人々に悪いことをしているという魔女を倒していた。だけど、自分も魔女だった。魔法少女になった時点で自分はそれと同類だったのだ。

 

 

 別になぎさは人々を救いたくて魔法少女になったわけではなかった。なぎさは自分のために、自由への一歩を踏み出す魔法少女になったのだ。だけど、なったからには人の役に立つことがしたかった。魔女を一匹でも多く減らすことが自分にできることだと思っていた。だから、魔法少女の最後が魔女だという事実は耐えられなかった。だって、それだと魔女を倒すために世界に魔女を増やしたことになるんだから。

 

ーーーーーーーーーあれ?

 

"ある事"って…何だっけ?

 

何で魔法少女になって…それで…

 

思い出せない…完全に空っぽだ。

 

なら、

 

 

 今の自分は誰なんだ。

 

 

 そんなことを考えていた時だった。

キーン…キーン…キーン…キーン…

 

 

 突然なぎさの耳に、そんな音が聞こえてきた。なぎさはハッとして辺りを見渡した。しかし、誰の姿も見えない。音はいまだに聞こえている。ここにいたらまずい。そう考えてなぎさはトンネルを出たそのとき、

 

 

 「キィアアアアアアッ!」

 

 

 という鳴き声と共に、トンネルの近くにあったカーブミラーから赤いイモリのような生き物が飛び出してきた。

 

 

 「なぎさちゃん!」

 

 

と、その時、間一髪の所で睦月がその生き物に蹴りを入れた。思いがけない攻撃にその生き物は体勢を崩す。

 

 

 「あっ、あなたは・・」

 

 

 「大丈夫? なぎさちゃん、怪我は?」

 

 

 「なぎさは・・」

 

 

睦月はホッと胸をなでおろした。

 

 

 「良かった。間一髪だったね」

 

 

 なぎさはそんな睦月の反応にただ困惑していた。だって、自分はこの人を殺そうとしていたのに。何で心配ができるのか。なぎさが、色々と言いたそうにしていたのは睦月にも分かっていたが、

 

 

 「話は後だ。まずは、あいつをなんとかしないとな」

 

 

と、睦月は先ほどの赤い生き物に目を向ける。二本足で立ち体は赤いが、顔つきや体はイモリそのものだった。そして背中には大きな手裏剣を背負っている。

ミラーモンスター、ゲルニュート。

 

 

 「なぎさちゃん。君とは色々話したいと思っている。だから、もうどこかへ行っちゃダメだぞ」

 

 

 そういって睦月はクローバーのAを入れた金のバックルを腰にあてた。紫のカードがベルトのように睦月の腰に巻かれていく。

 

 

 「変身!」

 

 

『♧Open Up』

 

 

そして睦月は金のライダー、仮面ライダーレンゲルに変身した。

 

 

ラウザーを持ち、相手に打撃を与えようとする。しかし、ゲルニュートは持っていた手裏剣でそれを受け止め、そのまま手裏剣の斬撃を与えた。衝撃で睦月は後ろへ退く。するとゲルニュートは手裏剣を投げてきた。

 

 

「くっ!」

 

 

なんとかラウザーで受けたが、その攻撃力の高さに表情が歪む。

 

「あの武器はやっかいだな。だったら―」

 

 

と、手裏剣が手元に還ってくるわずかな時間を利用し、睦月はホルダーからカードを一枚取り出した。

 

 

『♧3 SCREW』

 

 

そして、手元のラウザーに高速で回転する風が付加された。それを気に留めてなかったゲルニュートは還って来た手裏剣を勢いをそのままにもう一度投げた。

 

 

「もうそれは通じない」

 

 

と、今度は高速の風で手裏剣を別の方向へ弾いた。そして2枚のカードを取り出し、

 

 

『♧5 BITE』『♧6 BLIZZARD』

『ブリザードクラッシュ』

 

睦月は飛び上がり、両脚から冷気を噴射。そしてそのままゲルニュートへ蹴りを―

 

 

「はぁぁぁぁ!」

 

 

―入れた。そしてゲルニュートは大きく吹き飛び、爆発四散した。

 

 

睦月はバックルを閉じて変身を解除し、なぎさのもとへ駆け寄った。なぎさは逃げようとせず、ただ地面を見つめていた。

 

 

「なぎさちゃん―」

 

 

「どうして?」

 

 

なぎさは地面を見つめたまま言った。

 

 

「どうしてなぎさを助けたのですか!?なぎさは魔女なのですよ?なぎさは人をいっぱい殺したし、あなただって殺そうとしたのですよ?怖い化け物なのですよ?」

 

 

なぎさは一筋の涙を流し、それが地面に落ちる。

 

 

睦月は静かに言った。

 

 

「今のなぎさちゃんは人間、ただの女の子だと思っているからだよ」

 

 

「えっ?」

 

 

ここでなぎさは涙で濡れた顔を上げた。初めて睦月の顔を正面から見た。

 

 

「確かに俺はその魔女っていうのと戦ったし、何度も殺されかけた。だけど俺は、君がその怪物と一緒だとはどうしても思えなかった。過去の君がどうだったかなんていうのには関係ない。誰がどう思おうと、今の君はなぎさっていうかわいい名前の付いた女の子だよ。そもそも、本当の化け物だったら自分が怪物だってことにいちいち悲しくならないよ」

 

 

「まだ初対面の男が何言ってるんだって思うかもしれないけど、何度も言うぞ。君は人間だ。だから守った。それだけだよ」

 

 

 そこまで言うと、なぎさは大粒の涙を流し、睦月に抱きついた。

 

 

「うわぁぁぁぁぁん!!!!」

 

 

そしてなぎさは大きな声で泣いた。ただひたすらに、自分の中の負の感情を流そうと泣き続けた。

 

 

しばらく時間がたった後、二人は家路についた。本当ならば、なぎさは警察へ届けなければいけないのは百も承知だったが、自分の家のアパートに住まわせようと思った。なぎさの心の支えになりたいと強く思ったからだ。また、今回の一件で睦月はもう一つ、心に決めたことがあった。

 

 

あの怪物―なぎさちゃんは魔女と呼んでいたが―は、人間が意図せずなってしまった生き物だった。きっとまだこの世界にいるはずなのだ、なぎさちゃんの他にも。心の奥で涙を流しながら、それでも人間を襲い続けている魔女が。正直、夢で言っていた世界を救うというということはまだ分からない。だけど、苦しんでいる魔女がいて、そこから解放させる力を持っているなら、これからも使う。一人でも多く、魔女になってしまった人たちを一人でも多く救い出す。

 

 

家路に着く道のりで、彼はそう心に決めた。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 先ほどまで、睦月が戦っていた場所、高架線の真下を線路の上から腰かけて見ている少年がいた。タイムジャッカーのウールだ。睦月はとっくに帰ってしまったが、ウールはそこを動けなかった。先ほど見た光景にただ困惑していた。

 

 

 「どういうことだよ?なんであのライダーが・・・」

 

 

 あれは仮面ライダーレンゲル。オーマジオウの石像にあった仮面ライダーブレイドに連なるライダーで、カテゴリーAのアンデッドの力で変身するライダーだ。株式会社のBOARDが対アンデッド用に開発したシステムだ。

 

 

 しかし、この世界にはアンデッドはいないし、もちろんBOARDもない。つまり、レンゲルは存在しないはずなのだ。

 

 

 「彼が言っていた魔女と呼ばれる生き物、契約を交わしてすぐに行方が分からなくなった彼女、これらが全てあの時空の歪みと密接に関係してそうだね」

 

 

 そう言って、ウールはようやく立ち上がった。

 

 

 「これは本格的な調査が必要かな」

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 ピッ、ピッ、ピッ、ピッ、ピッ、

 

 

 某所にあるマンションの一室。そこで深夜にも関わらず電気も点けずにデジカメの写真をずっと眺めてる男がいた。暗いことなど気にならないほど興奮していた。

 

 

 金色のライダーに変身した男が手裏剣を背負った赤い生き物と戦っている写真。そのライダーのベルトは、今まで自分が見てきたそれと明らかに異なるモノだった。つまりあれが、神崎士郎の言っていた“侵入者”であることは明白だった。

 

 

 「見~つけた」

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 チョコレート、クッキー、シュークリーム、ビスケット、タルト、プリン、マカロン、アイスクリーム

 

 

 ここにもそこにもあそこにも、お菓子がいっぱいお菓子がいっぱい。でもあれだけが見つからない。大好物なのに見つからない。どこどこどこどこ私のチーズ。

 

 

 探して見つけたのはチーズじゃなくて、世にも珍し動くお菓子。

 

 

 チーズでは無いけれど、おいしいのかな?いただきます。

 

 

 バリバリボキボキバリバリボキボキ

 

 

 あぁ、なんだ。

 

 

 チーズよりもおいしいじゃないか

 

 

 「!?」

 

 

 そこで、少女は飛び起きた。起きるにはまだ早すぎる深夜だ。顔は真っ青で、体は震えていた。少女はそれを、自身の腕で抱きしめて震えを止めようとする。

 

 

 「大丈夫ですよね。睦月だって言っていたのですから。なぎさは人間。魔女じゃないのです。大丈夫、大丈夫」

 

 

 少女は自分に言い聞かせるようにその言葉を繰り返し、再び眠りについた。

 

 

第一章 睦月編 完

 




第5話も読んでいただきありがとうございます。

 第一章は普通の大学生だった睦月が戦う理由を見つけるまでの物語でした。

 しかし、何かに気付いたウール、撮られてたレンゲル、闇が残るなぎさと問題は山積み。これらに対し睦月はどう行動するのか。今後の展開をお楽しみください。

 さて、次の章では、今龍騎の世界がどうなっているのか、また、何故魔女が迷い込んだのか。これらの謎に踏み込みながら、魔女やモンスターと戦う物語となっております。

 ついに、ゥ我が救世主もこの物語に登場する第二章 魔女編。こうご期待ください。


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第二章 魔女編
EP06 鏡の中の異変 2002


平成最終日&令和初日記念ということで今日と明日に最新話を投稿します。


いよいよ第二章 魔女編スタートです!


記念すべき第一話は、遂にゥ我が救世主登場!


祝え!


~これは、睦月が初めてレンゲルに変身するよりも前の物語~

 

 

「こちらゲイツ。アナザーファイズは倒した。ツクヨミ、そっちはどうだ?・・・・・・・そうか。アナザーフォーゼは倒せたか。ならこれから2018年に帰る。じゃあな」

 

 

 そういうとゲイツはファイズフォンⅩを切った。そしてタイムマジーンに乗ると、

 

 

 「時空転位システム起動」

 

 

 そう言って、行き先を2018年にセットした。

 

 

 彼の名前は明光院(みょうこういん)ゲイツ。2068年から時空を行き来できる機能を持つタイムマジーンに乗ってツクヨミと共に2018年に来た未来人だ。

 

 

 彼の住む2068年は最悪の世界だ。オーマジオウと呼ばれるライダーがすべてのライダーを滅ぼし、自身が魔王として君臨している世界。その世界での人口は今の人口の半分しかいない。そんな絶望の中でも人類はあきらめなかった。人類は反乱軍を結成し、なんとかオーマジオウを倒そうと奮戦した。ゲイツは、その反乱軍の一員だった。

 

 

 しかし、オーマジオウの圧倒的な強さを前に次々と仲間が倒れていった。そこでゲイツは、ツクヨミ―先ほどの電話の相手―と共にジオウが魔王になる日であるオーマの日よりも前の過去へ戻り、後にオーマジオウになる男、常盤ソウゴを倒すことを決意した。しかし、2018年のソウゴからはオーマジオウの気配が無かったので、すぐに倒すのはやめて、しばらく共に行動することで彼の行動を見張っていたのだが、そんな彼は今とある事情で2003年に来ていて、これから2018年に戻るところだった。

 

 

時間軸を移動している最中、突然その異変が起きた。

 

 

 突然、大きな衝撃が来てタイムマジーンが揺れた。

 

 

 「なっ、何だ!?」

 

 

 ゲイツはすぐに外の様子を見た。そして、目の前の光景に言葉を失った。

 

 

 時空のトンネルにテレビの砂嵐のようなノイズが走っており、大きく乱れていたのだ。そして、その影響はタイムマジーンにも現れた。先ほどの大きな衝撃が連続的に来るようになり、ついに制御を失ったのだ。まるで、台風に飛び込んだ船のように。

 

 

 「ツクヨミ、聞こえるか!?緊急事態だ!」

 

 

 ゲイツはどうにかしてツクヨミと連絡を取ろうとした。しかし、

 

 

 「ゲ・・・・・・どうし・・・・応・・・・」

 

 

 ノイズが混じっていてよく聞こえない。連絡を取ることはできなかった。そして、これまでで一番大きな衝撃が来た。

 

 

タイムマジーンはそれによって完全に制御を失い、そのまま時間の流れに飲み込まれていった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 ゲイツは目を覚ました。タイムマジーンは止まっていた。どうやらどこかの時間に流れ着いたらしい。

 

 

 ゲイツはすぐに、タイムマジーンのコンピューターを確認した。メインコンピューターはどこも壊れていない。まだ飛ぶには問題ない状態だった。だから―

 

 

 「時空転移システム起動」

 

 

 彼は再度行き先を2018年にセットして時空のトンネルに乗ろうとした。しかし―

 

 

 ガタッ!

 

 

 「なっ!?」

 

 

 今まで起こったことのないことが起きた。

 

 

 「なぜ、トンネルに入れない!?」

 

 

 いつもなら自然に入れるはずの時空のトンネルに入ることができなくなっていた。まるで、壁を張られたかのように。こんなことは初めてだった。

 

 

 「ツクヨミ、応答しろ。ツクヨミ」

 

 

 ゲイツは何とか通信を取ろうとしたが、繋がらなかった。ファイズフォンXでも同様だ。

 

 

 「時間が、完全に隔絶されてやがる」

 

 

 これらのことが意味することはそれしかなかった。ソウゴ達がいる2018年と今ゲイツがいる世界が何故か繋がっていないのだ。なぜかゲイツは、ツクヨミやソウゴがいる2018年の時間軸から完全に外れてしまったようだった。

 

 

 「だが、それでも時空のトンネルへは入れるはずだ。ジオウのいる世界とは異なるとしても、別の2018年へ行くことはできるはず。それすらかなわないとなると、これはただごとじゃないな」

 

 

 ゲイツはそう呟き、自分が今いる時間を確認することにした。

 

 

 「2002年・・・」

 

 

 これだけの現象が起きている以上、原因はこの2002年にあると思い、ゲイツはタイムマジーンを降りた。そこは広い空き地だった。どこへ行こうか考えていた時、一人の男が近づいてきた。黒いコートを着た、長身の男だった。

 

 

 「ようやく見つけたぞ。“侵入者”」

 

 

 「侵入者だと?お前は誰だ?」

 

 

 「お前には恨みは無いが、こっちにも事情があるんだ。倒させてもらう」

 

 

 そう言うと、長身の男はコウモリの絵が入ったカードデッキを目の前にかざした。何も無かった場所からベルトが現る。

 

 

 「変身!」

 

 

 そして彼はデッキをベルトにセットした。彼の体に鎧が纏われた。黒いマントを持ち、前身は銀色の鎧で覆わていた。その姿は西洋の騎士のようだった。仮面ライダーナイトである。

 

 

 彼は腰から細剣-ナイトバイザー―を取り出し言った。

 

 

 「神崎優衣をどこへやった?」

 

 

 「神崎優衣だと?何の話だ?」

 

 

 「とぼけるな。後ろの妙な機械、あれはお前が“侵入者”だという何よりの証拠」

 

 

 「侵入者だと?どういう意味だ?」

 

 

 「そこまでしらばっくれると言うなら、力ずくで聞き出すまで!」

 

 

 そして蓮は飛び出した。それをゲイツはかわし、手元からベルトを取り出し腰に巻いた。

 

 

『時空ドライバー』

 

 

 「話の聞かない奴だ」

 

 

 さらにゲイツは、仮面の絵が描かれたストップウォッチのような道具を取り出し、上部のスイッチを押した。

 

 

『ゲイツ』

 

 

 そしてそれを先ほど巻いたベルトの右にセットし、ベルトを傾けた。そしてそれを両手に持ち、

 

 

 「変身!」

 

 

 ベルトを一回転させた。

 

 

『ライダータイム 仮面ライダーゲイツ!』

 

 

 そんな音声と共に彼の体は赤と黒を基調としたスーツに包まれた。そして顔には「らいだー」と書かれた文字が。仮面ライダーゲイツである。

 

 

 そしてゲイツはナイトが振り下ろしたナイトバイザーを腕で防いだ。

 

 

 「本性を表したな。これでもまだ自分が“侵入者”じゃないと言えるか!?」

 

 

 「何の話だ?」

 

 

 「とぼけるな」

 

 

 と、ナイトは一度離れ体勢を立て直した。

 

 

 「そのベルト。それは明らかに俺たちとは違う。お前が別の世界から来た何よりの証拠だ」

 

 

 「おい待て、確かに俺はこの時間の人間じゃないが、その侵入者というものじゃない。神崎優衣というのも知らない」

 

 

 「どうだかな」

 

 

 そう言うとナイトはベルトからカードを一枚取り出した。そしてナイトバイザーの柄の部分を開き、そこにカードを入れた。

 

 

『SWORD BENT』

 

 

 するとナイトの上空から太刀が降りて来た。

 

 

 「話の聞かない奴だ。ならこっちも容赦しないぞ」

 

 

『時間ザックス! OH! NO!』

 

 

 ゲイツも斧を取り出す。

 

 

 「はぁぁぁぁぁ!」

 

 

 「うぉぉぉぉぉ!」

 

 

 二人がより激しくぶつかるその瞬間。

 

 

 「おいちょっと待て!蓮!」

 

 

 という声と共に一人のライダーが間に入って来た。二人は急ブレーキで足を止める。

 

 

 「おい城戸、邪魔をするな!」

 

 

 「相手はライダー。人間だぞ。話も聞かずに戦う馬鹿があるか!」

 

 

 そして彼はゲイツの方を向き、

 

 

 「あんたも、もう止めろ。色々と聞きたいことがある」

 

 

 そう言った。

 

 

 そのライダーは、赤を基調としたスーツを鎧で覆った格好をしていて、頭には鉄の甲冑。その頭頂部にはドラゴンの頭をような絵が印字されていた。

 

 

 そしてこのライダーをゲイツは知っていた。2068年にあるオーマジオウの石像。そこにあった他のライダー達の石像、その中の一つだった仮面ライダー龍騎だ。

 

 

 そして龍騎とナイトの二人は変身を解いた。それに倣い、ゲイツも変身を解く。

 

 

 「どうやら少しは話の聞く奴が現れたようだな。俺は明光院ゲイツ。お前たちは?」

 

 

 「俺は城戸真司(きどしんじ)。OREジャーナルって所で記者をやってる。で、こっちは秋山蓮(あきやまれん)だ」

 

 

 そして真司は真剣な表情になり言った。

 

 

 「お前には色々と聞きたいことがある。話してくれるよな?」

 

 

 「知ってることなら。こっちもお前たちに聞きたいことがあるからな」

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 喫茶店「花鶏(あとり)」そこは、真司と蓮の下宿先であり、神崎優衣の祖母が経営してる店だ。

 

 

 適当な椅子に腰を下ろし、ゲイツはまず自分のことを説明した。本当はこっちから質問したい気分なのだが、蓮がまだ疑いの目で見ていることがどうにも気になったからだ。全てを語り終えた後、真司は口を開いた。

 

 

 「つまり、お前は今から66年後の未来から来て、そのオーマジオウとかいうのを止めに来たということか?」

 

 

 「まぁ掻い摘んでいえばそういうことだ。そのジオウの所に戻る途中に何故か2002年に飛ばされ、帰れなくなったということだ」

 

 

 色々思うことはあるだろうが、とりあえず真司は納得したようだ。蓮はまだ完全には信用してるわけでは無さそうだが。

 

 

 「じゃあ、今度はこっちが聞く番だ。侵入者とはどういうことだ?この世界で今何が起きてる?」

 

 

 実をいうと、ゲイツは侵入者が誰かについては見当が付いていた。だが、それを確信するために、まずは真司たちが持っている情報を聞こうと判断した。

 

 

 蓮は、懐から先ほど使っていたカードデッキを取り出した。

 

 

 「俺たちは皆、神崎士郎という男からこのデッキを貰いライダーになった。ミラーワールドと呼ばれる鏡の中にある空間で他のライダーと戦い、最後の一人になることを目的としてな」

 

 

 ライダー同士で戦うというのは気になったが、話の腰を折りたくないのでゲイツは黙った。

 

 

 蓮は続ける。

 

 

 「3日前のことだ。俺は仮面ライダーシザースという、俺と同様に神崎士郎に選ばれたライダーと戦っていたのだが、その途中で神崎士郎が急に現れたんだ。そして俺たちライダーにこう言った」

 

 

 『ライダーバトルは中止だ。お前たちにやってもらいたいことがある。今ミラーワールドがとても不安定な状態に陥っている。このままでは、お前たちは最後の一人になっても願いを叶えることができない。それを阻止したいなら、この原因を作った“侵入者”、そしてモンスターとは違う「10の怪物」を倒せ』

 

 

 「“10の怪物”?」

 

 

 ゲイツは眉をひそめた。蓮は先ほどのカードデッキを取り出して言った。

 

 

 「俺たちが神崎士郎から貰うデッキは「ブランク」と呼ばれていて変身してもあまり強くはない。だから、適当にミラーワールドに住むモンスターと契約を交わすことで力を得ている。「10の怪物」とは、それらモンスターとは異なる異質の存在のことだ」

 

 

 「とにかく強いんだよ。攻撃の規模がモンスターとは全然違くてよ!」

 

 

 と、真司は続ける。

 

 

 「俺たちは一度会ったのだが、それはミラーワールドとはまた異なる独自の空間を持っていて、無数の手下を率いていた。そして怪物はとても異様な姿をしていた。翼人間と言うか、羽で女性のような形に作られたような存在で、風を操る能力を持っていた。恐らく、他にも特異な能力を持っているのだと思う」

 

 

 ここで蓮は言葉を切り、ポケットからあるものを取り出した。

 

 

 「そしてこれが、その怪物を倒したときに出てきたものだ」

 

 

 強いと言っておきながら倒したのかとゲイツは内心で感心しながらそれを受け取った。しかし、これはゲイツも見たことが無いモノだった。

 

 

 「これは?」

 

 

 「俺たちにも分からない。俺たちは勝手にあの怪物を倒した証のような物だと思っているが、何か意味のあるものだろう」

 

 

 蓮はここでコーヒーに少し口をつけ、さらに続けた。

 

 

 「本来ならこのデッキは、鏡―自分の姿が写るモノなら何でも―に写すことで変身ができるのだが、今はデッキをかざし、変身したいと望むだけで変身ができる。また、ミラーワールドの世界へ一度入れば、出口は入って来た姿見しかないはずなのだが、それも無くなり、変身させしていれば全ての姿見から出入りが可能になった。これらはあの侵入者が現れた影響であり、神崎士郎が言っていたミラーワールドの乱れなのだと思う」

 

 

 「なるほどな。それで、お前が言っていた神崎優衣とかいう人は何者だ。さっきの話とどう関係している」

 

 

 この質問には真司が答えた。

 

 

 「優衣ちゃんは、神崎士郎の妹で、俺たちは彼を探すために優衣ちゃんと一緒にいたんだ。でも、行方不明なんだ」

 

 

 「行方不明?」

 

 

 「神崎士郎が俺たちにライダーバトルの中止を呼びかけた前日から、優衣ちゃんは買い物から帰ってきてないんだ」

 

 

 「タイミング的にも、優衣の失踪には侵入者が大きく関わっていると思っている」

 

 

 と、蓮は続ける。

 

 

 ゲイツはここで、“侵入者”について思ったことを口に出した。

 

 

 「その“侵入者”については心当たりがある」

 

 

 「マジか!それは・・・?」

 

 

 「ミラーワールドで異変が起き、俺は時空の乱れに巻き込まれてここにたどり着いた。これらの異変が関係しているとすると、“侵入者”の正体は一つ、タイムジャッカーだ」

 

 

 タイムジャッカー。それは、オーマジオウの誕生を阻止しようとしてるもう一つの勢力の事だ。しかし、彼らの目的は平和などではなく、オーマジオウに代わる別の王を用意して、それを操り世の中を支配することであるので、ゲイツ達とも敵対していた。タイムジャッカーは、適当な人間に近づき、契約を迫る。そして、契約が完了した時、その人物をアナザーライダーと呼ばれるライダーの力を持った怪物に姿を変える。ゲイツが最初2003年にいたのも、そのアナザーライダーを倒すためだった。

 

 

 「なるほど。確かにそれだけの力があれば、ミラーワールドに何かしらの細工ができるのも不思議じゃない。神崎優衣がアナザーライダーとやらになったのだとしたら、帰ってこないのも説明がつくしな」

 

 

 「おいちょっと待て。優衣ちゃんが怪物になったって言いたいのかよ」

 

 

 「まだそうと決まったわけでは無いが可能性は十分にあるということだ」

 

 

 「だが、仮にアナザーライダーが関わってるとしたら、気を付けた方がいい。今まで何度かアナザーライダーと戦ってきたが、ここまでの時空の乱れを起こした者はいなかった。それに“10の怪物”というのもまだよく分からないしな」

 

 

 とゲイツは二人に忠告したが、蓮は、

 

 

 「強いかどうかは興味は無い。相手が何者だろうと倒す。それだけだ」

 

 

 と一蹴した。それに―、と蓮は続ける。

 

 

 「俺はまだこいつを完全に信用しているわけではない」

 

 

 「おい蓮、そんな言い方・・・」

 

 

 と、真司が何か言おうとするが、

 

 

 「タイムジャッカーの存在は理解できたが、こいつが別の世界から来たという事実は変わらない。嘘をついている可能性もあるしな。だからしばらくお前を監視させてもらう。少しでもお前が怪しいと感じたら倒してやる。覚悟しておけ」

 

 

 「・・・・・・・」

 

 

 ゲイツはその言葉に軽いデジャヴを感じた。今の言葉は、自分がソウゴに向けて言った言葉とほとんど同じだったからだ。いつも見張ってる側の人間だったのにここでは見張られる立場にあるのは、何とも皮肉な話である。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 しかし、あれから一週間、特に何も起こらなかった。神崎優衣を探しに3人でミラーワールドの中を探したり(変身すればゲイツも入ることができた。これもミラーワールドが乱れてる影響なのだろう)したが、“侵入者”にも“10の怪物”にも出会うことは無く、時々現れる野生のモンスターと少し戦う程度で終わった。しかし、ミラーワールドから出た直後に真司に掛かって来た一本の電話で事態は急変した。

 

 

 「もしもし?編集長?どうしたんですか?」

 

 

 「おい真司。さっき送ったメールを見て見ろ」

 

 

 「メール・・ですか?」

 

 

 「おう。読者から匿名で送られてきたんだけどよ。凄いぞこれは。合成なんかじゃねぇ。正真正銘の本物だ」

 

 

 そう言うと電話を切った。真司は編集長に言われた通りメールに添付された写真を見ると、

 

 

 「―!!」

 

 

 真司は驚きで目を見開いた。

 

 

 「おい城戸、どうした?」

 

 

 「蓮、ゲイツ。これを見て見ろ」

 

 

 真司の下に届いた写真。それは野生のモンスター、ゲルニュートと金の仮面ライダーが戦っている写真だった。

 

 

続く




ゲイツサイドから始まった第二章。


ミラーワールドで起こっている異変、迷い込んだゲイツ、アナザーライダー、魔女・・・


これらが交わることで何が起こるのか。ぜひお楽しみください。


では、魔女との戦いを描いた第二章 魔女編、いよいよスタートです!

明日も更新するのでお楽しみください。


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第7話 カデャーナイルンゲン登場

第二章 睦月パートスタートです。


ライダーとして、遂に本格的に動き出します。


 三葉睦月は、「クインテット」という名前のアパートに一人で住んでいた。部屋が5つ用意あることから名付けられたのだ。大学まではバスで30分、そこから電車に乗り換え30分と交通の便がいいとは言えない。それでも、大学内にある寮よりは家賃が安かった為、貧乏な大学生にはそこそこ人気のあるアパートだった。しかし一年前、巨大企業の高見沢グループが大学と提携を結んだことで、大学内に安い寮が建てられた。当然、クインテットに住んでいた人たちはそちらに行ってしまいた。しかし睦月は、このクインテットの土地を持っているのが自分の親であることと、大学内に住んだら誰かが泊まりに来たりすることは明らかだと思ったので、離れなかったのだ(アパートの大家さんには凄く感謝された)

 

 

 今、クインテットには睦月の他にもう一人住んでいる。百江なぎさだ。本当なら彼女は警察に預け、ちゃんとした施設に行かせた方がいいのだが、彼女と出会った経緯は誰に言っても信じてくれる訳ないだろうし、何よりなぎさ自身が睦月と一緒にいることを望んだので、アパートに住まわせているのだ。幸い、睦月にもそこそこの蓄えがあったので、女の子を一人預けることくらい何の問題も無かった。

 

 

 そして今日から、三葉睦月と百江なぎさの共同生活が始まるのだが―

 

 

 「なんだこりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!」

 

 

 二人の共同生活は睦月の大声で始まった。

 

 

 「どっどうしたのですか?睦月?」

 

 

 トーストをかじっていたなぎさは驚いて聞き返した。睦月は驚きのあまり開いた口が塞がらなかった。

 

 

 「何で・・・OREジャーナルに俺の記事が・・・」

 

 

 睦月は写真の参考になればとOREジャーナルというネット情報配信を定期購読していて、それを朝食を食べながら読むことを日課にしていた。そんなOREジャーナルの記事に、レンゲルのことが載っていたのだ。

 

 

 「『謎の怪物と戦う黄金の鎧をまとった戦士現る』これ昨日の睦月ですよね?ニュースになるなんて凄いのです!」

 

 

 横から覗き込んだなぎさは嬉しそうに言った。しかし、そんななぎさとは違い、睦月は素直に喜べなかった。

 

 

 「そんなこと言ってる場合じゃ無いよ、なぎさちゃん。まさか昨日の戦いが見られていたとは・・・」

 

 

 「何か問題があるのですか?睦月は悪いことをしているわけじゃないのですから別に大丈夫だと思うのですが・・」

 

 

 「まぁ、個人的に俺が人にちやほやされるのが苦手だっていうのもあるんだけど・・・何というか、あんまりライダーの存在っていうのは世間に広めない方がいいと思うんだよね」

 

 

 睦月は苦笑しながら答える。

 

 

 「それはどうしてなのです?もしかしたら仲間が増えるかもしれないのに」

 

 

  なぎさは首をひねった。

 

 

 「まぁ、この記事を見て俺と一緒に戦ってくれる仲間が増えることは嬉しいよ。人数が増えればできることが多くなるのは分かってる」

 

 

だけど―、と睦月は一旦切った。そして少し間をおいて続けた。

 

 

 「俺も上手くは言えないんだけどさ、仲間って言ってもただ増えるだけだとダメなんだよ。何というか、「敵を倒す」ことを目的にした奴が来たら、それは何か違うような気がするんだよね」

 

 

 なぎさはきょとんとしたような表情を浮かべた。何を言っているのか、よく分かっていない様子だった。

 

 

 そんななぎさの頭を睦月は優しくなでながら言った。

 

 

 「まぁ、なぎさちゃんにはちょっと分かりずらかったかな」

 

 

 なぎさとそんな話してるうちに気持ちの整理が付いた。撮られたことは失敗だが、だからと言ってあの時はなぎさを助けるために行ったことで後悔はしていない。だから、今のところ二人に害は来ていない。それだけでも良しとしようと思えて来た。そして睦月は残ったコーヒーを一気に飲み干すと、

 

 

 「さて、そろそろ大学に行く時間だ。なぎさちゃんも、早くご飯食べちゃいなよ」

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 身支度を手短に済ませ、出かける時間になった。なぎさは玄関まで睦月を送りに行った。それを見て、睦月はまた心配になった。

 

 

 「なぎさちゃん、今朝も聞いたけど、本当に俺が学校に行って大丈夫か?無理だったら、今日は休んで一緒にいてもいいんだよ?」

 

 

 「なぎさは大丈夫なのです。なぎさの為にズル休みをするのはいけないことなのです」

 

 

 「―――」

 

 

 本音を言えば、今日は一日なぎさのそばに居たかったし、元々そのつもりだった。だけど、近所の小学生が学校へ登校している様子を見て、なぎさは睦月はどこにも行かないのかと聞いてきたのだ。そこで睦月はつい、いつもなら大学に行っていると言ってしまったのだ。それに対してなぎさは大きく反応し、行かなきゃダメ、ズル休みはいけないことと言ってきたのだ。そして睦月はなぎさに負け、急遽行くことになった。なぎさはどうやら真面目な気質があるらしい。

 

 

 「なぎさちゃん、俺は携帯を持ってるから、何かあったらすぐに電話を掛けるんだよ。いつでもいいから。後、お昼はあり合わせしかないけど作って冷蔵庫に入れたから。それから―」

 

 

 「何回も聞いたのです。なぎさは大丈夫だから、早く行くのです」

 

 

 自分は大丈夫。それに確信が持てないから今日休もうとしたのに・・・。睦月は一つため息をつくと、

 

 

 「分かったよ。何回も聞いて悪かったな。夜はなるべく早く帰るから」

 

 

 と、ドアに手を掛けた。

 

 

 「それじゃ、行ってきます」

 

 

 「行ってらっしゃいなのです」

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 そして、睦月は今大学で講義を受けている。もちろん、集中できるわけが無かった。何せ昨日の今日だ。なぎさを一人にすることはやっぱり心配だった。少しでも気が紛れればと、睦月はなぎさの言動などから今までの状況を整理することにした。あの後なぎさは睦月に、自分が知っていることを色々と教えてくれた。

 

 

 まず、数日前に自分が会った『蛇』のことだ。あれはなぎさは「魔女」と呼んでいた。そして、彼女曰く、それは「魔法少女」と呼ばれるものになってしまったが為に変化してしまったものであるらしい。その魔法少女は、「キュウベエ」―なぎさは動物と呼んでいたが―と「契約」を交わすことでなれるらしく、キュウベエに自分の願い事を言えばそれを叶える代わりに魔法少女にするということらしい。

 

 

 魔法少女、魔女。アニメや漫画の世界ならまだしも、現実世界にそれらの存在がいることには驚いたが、自分が変身しているレンゲルも似たようなものだと気付いたので、睦月はひとまず納得した。

 

 

 話していく内に、睦月はなぎさの記憶が曖昧であることに気付いた。もっと言えば彼女が、魔法少女になる以前の記憶がごっそり抜け落ちていたのだ。

 

 

 初めてなぎさと出会った時、彼女がうわごとのように「お母さん」と言っていたことを思い出した。あの言葉から、家族に関わる事なのだと思うのだが、それについては知らない風だった。嘘をついているようでも、隠し事をしているようにも見えないので、モンスターの出現などでパニックになって、部分的に記憶を失ったと結論付けた。

 

 

 睦月はキュウベエという存在に憤りを覚えていた。それと彼女がどういう契約を交わしたのかは知らないが、こんな小さな少女に戦う運命を与えて、さらにいずれ怪物になる存在に変えることはどう考えても間違ってる。

 

 

 なぎさの他にも、キュウベエと契約し、魔女になった少女はたくさんいるだろう。それから解放する力を、自分が今持っているのなら―

 

 

 ここまで考えた時、講義終了のチャイムが鳴った。今は16:10分、ようやく今日の講義は終わりだ。早く帰ろう。なぎさちゃんの為にも今日はおいしいモノを作ろうと急いで帰り支度をしていた時だった。

 

 

 「おい、睦月」

 

 

 一人の男が声をかけて来た。彼は、如何にも高そうな服を身に付け、顔もそれに合わせてクールに整えられてまるでホステスを思わせるような風貌だった。彼の名前は剣持 晴人(けんもち はると)。同じ写真サークルに所属している人物である。その風貌から、睦月を含め、彼を知らない人はいなかった。

 

 

 「見たかよ。今日のOREジャーナル」

 

 

 今日のOREジャーナル。それはもちろん、レンゲルの記事のことを指しているのは明白だった。

 

 

 「凄えよな!? まさかあんな奴がこの近くにいたなんてよぉ」

 

 

 痛い所をついてくる。やはり、あの記事が与えた影響は相当の物だった。何か喋ればボロが出るかもしれない。こういう時は黙ってるに限る。それでもなお、晴人は続ける。

 

 

 「それでよ、同じ写真サークルとして、今色々な奴にこの写真についての意見を聞いているんだけどよ。どうだ?このまま朝までこいつについて語り合わないか?」

 

 

 ハァ!!?

 

 

 冗談じゃなかった。レンゲルについてこれ以上誰かに話せるものか。何より、早くなぎさの下に帰りたかった。だから、それを限界までオブラートに包んで、

 

 

 「いや、ごめん。これからバイトだからさ。また今度な」

 

 

 と言って、そそくさと退散した。しばらくサークルは出入り禁止だなと思った。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 17時を少しすぎに睦月は帰った。

 

 

 「ただいま」

 

 

 「お帰りなのです」

 

 

 帰ってくるなりなぎさは睦月に飛びついた。

 

 

 「大丈夫だった?」

 

 

 「なぎさはもう子供じゃないから全然平気なのです」

 

 

 と、まだ子供な人が言いそうなセリフを聞いて、睦月はひとまず安心した。

 

 

 「それじゃ、買い物行こうか」

 

 

 「はいなのです」

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 そして二人で睦月が普段バイトをしている近所のスーパーへ、今晩の夕食の材料を買いに行った。

 

 

 「今日は何にするのです?」

 

 

 「うーん、そうだなぁ。今日はなぎさちゃんと暮らす一日目だからな。ハンバーグでも作ろうかと思うんだけど、それでいいかな?」

 

 

 「賛成なのです」

 

 

 そして睦月は、ひき肉、卵、玉ねぎと次々と材料をかごに入れていった。そしてどうせならと、最後に睦月は乳製品のコーナーへ行った。

 

 

 「何を買うのですか?」

 

 

「うん?普段こういうの作らないからさ。どうせ作るなら、ちょっと豪華にしようと思うんだよね。チーズハンバーグとか」

 

 

 「嫌です」

 

 

 なぎさははっきりとそう言った。

 

 

 「えっ?」

 

 

 「チーズは・・・嫌です」

 

 

 睦月は驚いた。しかしそれは、チーズが苦手なことにではない。食べ物の好き嫌いは当然あるだろうから、チーズが嫌いでも珍しいことではないからだ。問題は、なぎさの反応だった。今まで明るかった声は急に暗くなり、彼女の手は睦月のズボンのすそをギュッと掴んでいた。そして、その手は震えていた。

 

 

 「おや?睦月君?」

 

 

 その時、誰かから声が掛けられた。このスーパーで働くパートさんだ。

 

 

 「あっ、どうもお疲れ様です」

 

 

 「こんな時間に買い物なんて珍しいね。今日は何かあるの?」

 

 

 と、ここで、パートさんはなぎさに気付いた。

 

 

 「おや?この子は誰だい?」

 

 

 「あぁ、えっと、この子は遠い親戚の子です。訳あって、しばらく預かることになりまして」

 

 

 そう、睦月はとっさに嘘をついた。パートさんも、それで納得したようだった。

 

 

 「なるほどね。それで今晩は手の込んだ夕食を作るのね。育ち盛りの子にお惣菜だけじゃ可哀想だものね」

 

 

 そして目線はなぎさの方に向き、

 

 

 「君、名前は?」

 

 

 「百江なぎさなのです」

 

 

 「なぎさちゃんね。しばらくの間、よろしくね」

 

 

 「はいなのです」

 

 

 不意のパートさんの登場で、先ほどなぎさが感じていた妙な感情は薄れたみたいだった。それに睦月はホッとした。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 ハンバーグを作るのなんて本当に久しぶり―少なくとも一人暮らしをするようになってからは作ったことない―だったから、できるかどうか不安だった。しかし、何とかうまく焼けて、二人で楽しくお喋りしながらワイワイ食べた。

 

 

 思えば、こうして自分の家で誰かと一緒にご飯を食べるのは初めてだった。普段は人と関わるのが苦手ということもあり少し他人とは距離を置いているのだが、こういうのも温かくて悪くないと心から思った。

 

 

 「なぎさちゃん」

 

 

 そして食事が終わった後、睦月は真剣な顔でなぎさに話しかけた。本当は彼女に魔女の話を持ち込みたくは無いが、今後の為にもしっかりと話しておかなければならなかった。

 

 

 「俺は、レンゲルの力でこれからもなぎさちゃんの様に姿が変わってしまった人を助けようと考えている」

 

 

 なぎさはこの言葉に小さく反応した。

 

 

 「今日なぎさちゃんを見て改めて決心したよ。なぎさちゃんは悪い子じゃない。あの時は悪いことしかできなくなった魔法に掛けられてるだけなんだってことを。俺は、その魔法から人を解き放つ力があるなら使いたいと思っている。なぎさちゃんには辛い思い出を思い出させることになるかもしれないけど、いいかな?」

 

 

 「――――」

 

 

 なぎさはしばらく何も言わなかった。ただ沈黙が流れる。しばらく経った後、なぎさは口を開いた。

 

 

 「睦月は、こういうのほっとけない人なのですよね。なぎさの時も必死で助けてくれたから、なぎさは分かるのです。睦月なら、そう言うと思ったのです。なぎさがそうだったんだから、他の魔女も多分元に戻せるのですし」

 

 

 さらになぎさは続ける。

 

 

 「なぎさは、動物と契約を交わして魔法少女になったのです。その時のお願いは覚えていないけれど、魔法少女になるときに作られるソウルジェムが黒くなったとき、なぎさは・・なぎさは・・」

 

 

 ここまで言うと、なぎさはまた目に涙をためた。睦月は彼女を抱きしめて、何とかその恐怖心を取り除こうとする。

 

 

 「大丈夫。大丈夫だよ」

 

 

 「ありがとうなのです。なぎさは大丈夫なのです。だから睦月、他の魔女も助けてあげようです」

 

 

 睦月は、その彼女の表情を見て頷いた。

 

 

 もしもこの時、スーパーで彼女が見せたあの表情について聞くことができていたのなら、あのような結末にならなかったのだろうか。しかし、あの時の睦月はこれ以上彼女について土足で踏み込むのについ抵抗してしまった。彼女の「今」の笑顔が見たいがために、平行線を選んでしまった。

 

 

続く




令和が始まると同時に主人公が戦う決意をする話を書けたのは本当にタイミングが良かった。


次回はいつも通り、日曜に投稿するのでよろしくお願いします。


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第8話 ザザドビゲサダセスギョグジョ登場

遂に本格的に始まる魔女討伐。


第8話をご覧ください。


 「じゃあ、行ってくるね」

 

 

 「行ってらっしゃいなのです」

 

 

 なぎさに魔女になった人を救うことを宣言してから一週間が経った。あれから何度か魔女を探しに外出したりしたが出会うことは無かった。

 

 

 しかし、何も変わっていない訳では無かった。まずこの一週間で、今持ってるカードの効果を全て調べ、クラブについては必殺のコンボも全て把握した。他のスートにも必殺コンボがあるとは思うが、全て持ってると戦うときにカードがかさばって取り出すのが大変だと思ったのでそのままにしてある。今のところ、クラブだけでも特に不便は無いのでそのスートのカードだけを普段持ち歩き、他は家に置いていた。

 

 

 また、睦月は大学、なぎさは留守番という生活もすっかり慣れて、なぎさを日中一人でいさせることの心配も薄れた。最近ではなぎさは家の掃除や洗濯をやってくれているのでとても助かっている。睦月もまた、なぎさのためにと自炊することが多くなった。二人で夕食を食べることが睦月となぎさにとっての一番の楽しみになったのだった。

 

 

 もちろん、学校から帰ってから買い物、料理としなければいけないので、写真サークルは休むようになった。しかし、これはむしろ都合が良かった。今や晴人だけでなくサークル全体にOREジャーナルの記事が渡っているため、ボロを出さないためにもしばらくはサークルの人とは話さない方がいいだろうと考えたからだ。

 

 

 講義終了のチャイムが鳴った。後はもう帰るだけだ。睦月は急いで帰り支度をしていた。

 

 

 「(今日は何にしようかな。昨日は肉だったから今日は魚かな)」

 

 

 家路に着くまでの帰り道。そこで夕飯の献立を考えながら帰ることが日課になった。

 

 

 それにしても―と、睦月は考える。

 

 

 「(元々俺は人付き合いっていうのは必要最低限のこと―事務的な連絡とか―しかやってなくて、サークルでの飲み会とかもほとんど参加したことなかったのに、何でなぎさちゃんとの夕食が楽しみになったんだろう)」

 

 

 睦月は一人軽く微笑む。

 

 

 「(久しぶりだな。こういう感情。いつ以来だろう)」

 

 

 ここまで考えた時、ふと、あの時の記憶が甦って来た。

 

 

 『笑わせるんじゃねぇよ。俺は、お前を友達だなんて思ったことは一度も無いんだよ。それが分かったらさっさとどっか行け』

 

 

 ここで睦月はハッと我に返った。

 

 

 「(ダメだな。嫌なことを思い出した)」

 

 

 睦月は静かに自嘲し、家へ帰ろうとした時だった。大学の裏門へ続く道。そこにたくさんの人がゆっくりと歩いていくのが見えた。

 

 

 目をうつろにし、ただまっすぐ同じ方向に向かう姿はどう見ても正常では無かった。

 

 

 「何だよ、これ。一体どうなって・・」

 

 

 辺りを見渡すと、同じ学部の顔なじみがいることに気付いた。

 

 

 「おい、これは一体何だ? 皆どこに向かってるんだ!?」

 

 

 「おぉ、三葉か。今から俺たちはとても素晴らしい場所に行くんだ。天国よりも素晴らしい場所へ。そこで俺たちは大いなる力と一つになれるんだ。そうだ、お前も来いよ」

 

 

 そう言い、彼は薄ら笑いを浮かべながら側を通り過ぎた。その時、睦月は彼の首元に不思議な模様のタトゥーが彫られていることに気が付いた。見ると、他の人物にもそれが付いていた。

 

 

 「(これで人を操っているのか、だとすると)」

 

 

 睦月は人々が向かう方向へ走り出した。そして、大学の裏門を通って少し行った場所にある小さな食堂にたどり着いた。そこは一昔前に閉店した店だった。そこに大勢の人が集まっており、皆ただぼうっと食堂の壁や天井を眺めていた。

 

 

 やがて、一番前にいた男が一歩前に出て皆の元に振り替えると言った。

 

 「皆、今日は集まってくれてありがとう。これより儀式を行う。皆の中には命を捨てることに対してまだ迷いがあるモノもいるだろう。しかし、恐れることは無いのです。人の本質は体ではない。心なのです。魂なのです。今よりその魂は、新たなるものへと進化を遂げるのです」

 

 

 うぉぉぉぉぉぉと、大きな歓声が上がった。死ぬことについて恐怖を感じている人は皆無だった。

 

 

 「では準備を始めよう!」

 

 

 そう言うと男は側に会ったバケツを取り出し、中に入っていた液体を頭から思い切り被った。店内に甘い匂いが充満する。砂糖水だった。それに倣うように他の人も体に様々な物をかけ始めた。

 

 

 彼同様に砂糖水の者もいれば、全身に小麦粉をまぶしている者、ケチャップやマヨネーズをかけている者など様々だった。自身の肉体を味付けしているのだ。

 

 

 その時、空気が変わった。店内にいたはずなのに壁や天井が無くなり、大きな広場に変わっていった。睦月はこの変化に見覚えがあった。予想が確信に変わった。

 

 

 「魔女の・・・結界」

 

 

 目の前に大きな『黒猫』のようなモノが現れた。しかし、普通の黒猫の様に黒の体毛に覆われ、頭に耳が付いているだけでなく、顔がピカソの様に二つの表情を一つの顔に表していて、片方が笑みを、片方は涙を流して泣いている表情をしていた。そしてその『黒猫』には、尻尾の代わりに花―黄色の水仙―が生えていた。

 

黒猫の魔女、キャバイブ

 

 

 黒猫の魔女は長い牙で洗脳された人を噛み砕こうと口を大きく開いた。

 

 

 「まずい!」

 

 

 睦月は間一髪でその人たちを牙からかわさせた。

 

 

 「新しい魔女、俺が助けてやる」

 

 

 睦月はベルトを取り出し腰に巻いた。

 

 

 「変身!」

 

 

『♧Open Up』

 

 

 魔女は、前足を大きく振りかぶって睦月を引掻こうとした。睦月は何とかレンゲルラウザーで受け止め、攻撃の軌道を変えた。魔女はその後も何度も前足を繰り出してきた。睦月はそれを時に躱し、時に受け止めた。戦うよりも前に、魔女を一般人から離すことが先決だった。

 

 

 しかし、自身の狩場を守りたい本能からなのか、あまり大きく動いてくれなかった。そして、しびれを切らした黒猫の魔女が最悪の手を取った。尻尾のように生えていた水仙から花粉を噴射したのだ。そしてその花粉がいくつかの塊になった。

 

 

 「マジかよ」

 

 

 その塊は動く花の怪物に形成されていった。なぎさの言っていた、「使い魔」の誕生である。鞭を思わせる両腕のつるを威嚇なのかブンブン振り回している。それらが一斉に襲い掛かって来た。

 

 

 鞭による軌道の見えづらい攻撃。これを全て躱すのは不可能だった。容赦なく降り注ぐ鞭による攻撃を受けて、睦月は後退を余儀なくされる。一本の鞭がレンゲルラウザーに巻き付いた。そのままグルんと一本背負いの要領で振り、睦月を大きく投げ飛ばした。

 

 

「・・・・・・!!」

 

 

 思い切り地面に叩き付けられ、一瞬呼吸ができなくなる。そして黒猫の魔女は操られている人たちの元に近き、一人の男をつかんだ。使い魔は睦月の前に立ちふさがる。さながら守衛といったところだ。

 

 

 「このままじゃマズい」

 

 

 睦月は急いで1枚のカードを取り出した。

 

 

『♧7 GEL』

 

 

 睦月の体は液体化した。

 

 

 「はぁ!」

 

 

 そして地面に飛び込むと、体は水たまりの様に変形し、地面をスイスイ泳いでいき、使い魔の防衛を突破した。

 

 

 ♧7のGEL。これは体を一時的に液状化させ、あらゆる攻撃を無効化、また、どんな隙間にも入り込むことができる能力である。自身の意思で元に戻ることが可能だが、3分経過すると自動で元に戻り、また全身を通常ならあり得ない状態に変えるので体に負担が大きく、それをスキャンすると最低でも24時間は液状化できなく、さらに液状化中はこちらから攻撃ができなくなる―他のカードをスキャンすることもできない―と製薬は多い。だが、今回のような布陣の場合は効果てきめんだった。あっという間に魔女の下に行くと、そのまま大きくジャンプし、

 

 

『♧6 BLIZZARD』

 

 

 レンゲルラウザーを大きく口を開けた魔女に向け、冷気を噴射した。

 

 

 口内の温度が急激に下がったことに魔女は驚き、持っていた男性を放した。さらに身もだえし、今までほぼ同じ場所に留まっていた魔女が大きく後退した。これでようやく一般人との間に十分な距離ができた。

 

 

 「新しい必殺技を試してやる」

 

 

 と、睦月は3枚のカードを取り出した。

 

 

『♧4 RUSH』『♧6 BLIZZARD』『♧8 POISON』

『ブリザードゲノム』

 

 

 レンゲルラウザーに冷気が纏った。睦月はジャンプし、空中でそれを大きく振りかぶり魔女の額に突き出した。

 

 

 突いた先が凍り付き、さらに猛毒を流し込んだ。冷気をまとったラウザーでの外的な攻撃と毒による内側からの攻撃によって魔女は背面から倒れ、その体は地面に吸い込まれた。

 

 

 使い魔は消え、同時に結界も消えた。

 

 

 「ふぅ」

 

 

 睦月は一息つくと変身を解いた。そして側に落ちていたグリーフシードを拾った。ふと横を見ると、洗脳された人たちは皆気を失って倒れていた。皆息があり、命に別状はなさそうだ。

 

 

 睦月は念のため、救急車を呼んでその場を去った。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 睦月が立ち去って間もなくして救急車がやって来た。集団が倒れていたというのもあり、警察もやってきて捜査が行われた。

 

 

 捜査に来ていた刑事の一人、須藤雅史が被害者のリストを見ながらつぶやいた。

 

 

 「被害者のほとんどはこの大学に通う学生ですか・・」

 

 

 「はい、しかし、被害者の中にはこの近所に住んでいる人もいたようで、ここの学生を狙った犯行では無いかと」

 

 

 と、側にいた刑事が答える。

 

 

 「それにしても妙ですね。集団で倒れていたっていうのだけでも十分驚きですが、それに加えて全員砂糖水やらケチャップやらソースやらをかけられてました。なぜ、そんなことになったんだ?」

 

 

 「目が覚めた被害者に話を聞いてみたのですが、なぜ調味料を体に被ったのか、そもそもなぜ自分が大学にいたのか全く覚えてないと」

 

 

 「ふむ、通報者もいなかったという話ですし、何とも奇妙な事件ですねぇ」

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 「ただいま」

 

 

 「お帰りなさいなのです。睦月、今日は遅かっt・・・」

 

 

 なぎさは睦月が持っていたグリーフシードに目を奪われた。

 

 

 「睦月、それって・・・」

 

 

 「大学の近くに魔女が出たんだ。で、何とか倒して手に入れた」

 

 

 「それで今日は遅く・・。じゃあ、」

 

 

 「あぁ、ここに囚われた、魔女になってしまった魔法少女を救おうと思う」

 

 

 そして睦月となぎさは寝室へ移動した。解放した魔法少女を布団で受け止めるためだ。

 

 

 「なぎさちゃんは離れてて」

 

 

 その言葉に従いなぎさは一歩後ろへ下がる。それを見届けると、

 

 

 「変身」

 

 

『♧Open Up』

 

 

 そしてグリーフシードと♧10のカードを取り出した。

 

 

 闘いのときと同じくらい緊張していた。またなぎさの時のように自身の罪に絶望してしまうのではと思ったからだ。

 

 

 だけど―、と、睦月はなぎさから魔法少女の話を思い出した。

 

 

 魔法少女は皆、希望を願って変身し、多くの人を絶望や呪いから守ったという。その信念は、仮面ライダーと全く変わらない。そんな少女たちが、自身の意思とは関係なく化け物になり今度は呪いを振りまく存在になるなんてかわいそうではないか。

 

 

 そう思い、睦月はまた一度決意する。もし魔女の記憶を覚えている状態で解放してしまったなら、全力で救おうと。なぎさに差しだした手をまた出そうと、そう決意した。そして、―

 

 

『♧10 REMOTE』

 

 

 カードから出る光の筋をグリーフシードに当てた。なぎさの時と同様にグリーフシードが明るく光る。

 

 そして、その光の中から少女が現れた。その少女は狙い通り、布団の上に静かに着地する。

 

 彼女は見た目小学校高学年から中学1~2年くらいの少女だった。手足は細く、小柄な少女だ。黄緑色の長い髪を持ち、サイドの髪は一本の三つ編みで束ねてあった。

 

 

 睦月は今度は忘れないように変身解除した。目が覚めた途端に思い出すということだけは避けたかったからだ。

 

 

 程なくして、少女は目を覚ました。

 

 

 「気が付いたか」

 

 

 その声に一瞬ビクッと肩が反応し、睦月の方を見た。

 

 

 「ここは・・・?」

 

 

 「俺の部屋だよ。近くで倒れてたからここまで運んだんだ。君、名前は?」

 

 

 彼女はゆっくりと起き上がり、言った。

 

 

 「愛矢・・・徳山 愛矢(とくやま あや)」

 

 

続く




<解説と補足①>
 今回、GELのカードが初めて登場しましたが、皆さん、「あれ?」っと思ったことでしょう。「GELにこんな制限あったかと」

 
 そうです。本来はありません。この制限は私で作りました。体を液状化させるっていうチート能力が何の制限も無しで使えたら「もう全部これでよくない?」って感じになるのでそれを避けるためです。


 他にも、TIMEとかそういうチートだろと思われる能力にはある程度の制限を付けるつもりでいるのでよろしくお願いします。


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第9話 あの日の味を目指して

お料理小説のような第九話、スタートです。

料理全然得意じゃ無いんでそれ用のサイト色々見たり知り合いに聞いたりしてこの話を作るのにはまぁまぁ苦労しました(笑)


 「はい、どうぞ」

 

 

 睦月はなぎさと愛矢の前にオムライスの乗った皿を出した。

 

 

 「記憶が無くて不安なのは分かるけど、だからこそ栄養を付けて思い出さないと。遠慮しないでたくさん食べな」

 

 

 「ありがとう・・・。いただきます」

 

 

 そう言って愛矢は食べ始めた。

 

 

 「いただきますなのです」

 

 

 なぎさもそれに続いて食べ始める。

 

 

 思い出さないと・・・。望んでいないことを口にしたことに睦月は罪悪感を覚えた。真実を伝えるべきか、隠すのが正解なのか、伝えるとしたらどのタイミングがいいのか。昨晩からずっと考えていたのだが、答えは出なかった。

 

 

~一日前~

 「愛矢・・・。徳山愛矢・・。」

 

 睦月は大学に現れた魔女と戦い、グリーフシードを手に入れた。そして♧10 REMOTEの力で元の少女に戻した。彼女は自分のことを徳山愛矢だと名乗ったが―、

 

 

 「私・・・ええっと・・・・・・」

 

 

 「混乱しているのかな?じゃあ俺の質問に答えてくれないかな?」

 

 

 睦月は助け舟を出した。愛矢は小さく頷く。

 

 

 「まずは学校。どこの学校に通っていたか言える?」

 

 

 「学校・・・あれ? どこだっけ? 思い出せない・・・・」

 

 

 「いや、いいんだ。無理しなくて。それじゃあ、」

 

 

 と、睦月はその後もいくつか質問したのだが明確な返答はかえってこなかった。彼女は自分の名前以外の全ての記憶を無くしているようだった。当然、自身が魔法少女だったことも、その末に魔女になったことも。

 

 

 「ごめんなさい。折角助けてもらったのに、私、何も・・」

 

 

 「謝ることじゃないよ。記憶が無くなったのにはきっと、何か理由があるんだよ」

 

 

 そう言うと、睦月はある提案をした。

 

 

 「どうだろう? 何か思い出すまでここに住んでみないか? 君が倒れてた場所からも近いし何か思い出すかもしれない。部屋なら余ってるから気にしないでいいから」

 

 

 愛矢はそれに同意した。

 

 

 睦月はその後なぎさだけを呼び出して言った。

 

 

 「内緒に・・・ですか?」

 

 「うん。彼女についてはなぎさちゃんとは違う。自分の名前以外家族も友達も覚えていない状態だ。そんな時に自分が魔女だったなんて知らされたら混乱すると思うんだ。だから、しばらく彼女に魔法少女については言わないでくれるかな?」

 

 

 なぎさはしばらく返事はしなかった。

 

 

 「なぎさちゃん?」

 

 

 「愛矢に・・嘘をつくということですよね? 何か思い出すかもしれない手掛かりを知ってるのにそれを隠すのは良いことなのですか?」

 

 

 「それは・・・」

 

 

 なぎさは幼いながら、いや、幼いからだろうか、たまに鋭いことを言う。もしかしたらその言葉に今の自分と重ねているのかもしれない。

 

 

 なぎさの記憶も、完全では無い。彼女は、自分が魔法少女になり、その末に魔女になったことは覚えているが、彼女の家族や友達の事、また魔法少女になった理由など所々が抜け落ちていたのだ。だから、記憶のない恐ろしさを誰よりも理解しているのかもしれない。そして―、

 

 

 「でも、睦月の言うことも少しは分かるのです。・・・なぎさも、魔女だったことを思い出したときは怖かったですから」

 

 

 魔女になった時の記憶を持つ怖さも。

 

 

 なぎさはそう言うと小刻みに震えた。それを右腕で抑えようとする。同じ魔法少女だった彼女にそれを言うのは酷だったかもしれない。そう思い始めた時、

 

 

 

「分かったのです。しばらく、愛矢には魔法少女のことは言わないのです」

 

 

なぎさは何とか同意した。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 そして次の日の朝、睦月となぎさと愛矢の3人で朝食を食べている。その間も睦月は、彼女に真実を伝えるべきか、そのことをずっと考えていた。

 

 

 記憶を無くすというのは怖いに決まっている。辛い記憶だけでなく、幸せな記憶も失ってしまったのだから。だけど、その辛い記憶というのが問題だ。自分が怪物だったという真実を本当に彼女は欲しているのだろうか。なぎさから魔女についての話を聞いた今となってはそれは正しいことだと胸を張って言える自信が無い。

 

 

 初めてなぎさと出会った時の事を思い出す。彼女は自分が怪物だったことを知り、心に深い傷を負った。彼女にもその傷を負わせるのが果たして彼女のためになるだろうか。

 

 

 そんなことを考えながらオムライスを黙々と食べていた時だ。

 

 

 同様に何口か食べていた愛矢の手がふと止まった。そして目を大きく見開いていた。

 

 

 「どうしたのですか?」

 

 

 それに気づいたなぎさが声をかける。

 

 

 「違う」

 

 

 愛矢はそうつぶやいた。

 

 

 「えっ? もしかして、美味しくなかった?」

 

 

 「あっ、いや、美味しい。美味しいです。だけど、これじゃない」

 

 

 「これじゃない?」

 

 

 「私はこれとは違う味のオムライスを食べてたのよ」

 

 

 「食べてた? もしかして愛矢、記憶が―」

 

 

 「睦月さん、お願いがあるの。私にオムライスを作らせて」

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 今日は土曜日で大学は休みなので3人は昼頃に近所のスーパーへ出かけた。

 

 愛矢は必要な食材をどんどんかごに入れていった。卵、玉ねぎ、ウインナー、生クリーム

 

 

「何で生クリームなのですか?」

 

 

 なぎさが尋ねた。

 

 

「生クリームを入れた方が後で卵がふわってなるのよ」

 

 

 「へ~」

 

 

 他にも彼女はコンソメキューブや赤ワイン、マッシュルームなどもかごに入れた。

 

 

 「これは?」

 

 

 「デミグラスソースの材料よ」

 

 

 「デミグラス? ケチャップでも良いと思うんだけど…」

 

 

 「ケチャップも十分美味しいけど、何でかしらね。デミグラスのオムライスを作りたいのよ」

 

 

 その言葉に彼女の凄いこだわりを感じた。彼女がここまで言うのだから、そのオムライスは何かの思い出だったに違いなかった。それを記憶ではなく体で、そして感覚で作ろうとしている。

 

 

 正直睦月は彼女がオムライスを作ることが、魔女の記憶につながるような気がしていたので、気は乗らなかった。

 

 

 だけど、愛矢のそんな姿を見て、少しだけ賛成して良かったと思った。記憶を取り戻すことが絶望だけでなく希望も与えてくれると、彼女が楽しく買い物をする姿を見てそう感じることができたから。

 

 

 「あら、三葉さん?」

 

 

 「あっ森さん。お疲れ様です」

 

 

 そんなことを考えていた時、ふと声を掛けられた。それは、初めてなぎさと買い物に行った時に声を掛けて来たあのパートのおばさんだった。

 

 

 「なぎさちゃんと一緒に買い物かい?ん?そちらは・・・」

 

 

 「えっと、彼女は徳山愛矢と言って、えっと、その、なぎさの友達です」

 

 

 「あぁ、お友達。愛矢ちゃんはここに来たの初めてよね?少なくとも私は会ってないから。だってこんなかわいい子が来たら忘れるわけないもの。これからもよろしくね」

 

 

 「はぁ、よろしくお願いします」

 

 

 愛矢はすっかり森さんの勢いに面食らってしまったようだった。

 

 

 と、そこに

 

 

 「森さん、レジお願い」

 

 

 「あっ、はーい」

 

 

 他の従業員が声を掛けて来て、森さんがそれに応じる。

 

 

 「忙しそうですね」

 

 

 「そうなのよ。今月急に3人も辞めちゃったからこっちは人手不足で、って、あなたを責めてるわけじゃないのよ。なぎさちゃんを一人にさせるわけにはいかないしね」

 

 

 申し訳なさそうな表情を浮かべた睦月を見て森さんは睦月を庇うように言った。

 

 

 睦月は少し前までここのスーパーで生活費の足しにしようとアルバイトをしていた。しかし、一日中なぎさを一人にしておくのは心もとないので、辞めたのだった。仕方ないとはいえ、森さんたち従業員には申し訳ないと思っていた。

 

 

 「人手がない分は私たちの知恵と力で乗り切ってるんだから。それじゃね」

 

 

 森さんはそう言って去っていった。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 その後、他のモノも手早く買い、3人は帰郷に着いた。

 

 

 「あの、今さら何だけど今晩の夕食はオムライスで良かったの? 今朝食べたばっかなのに…」

 

 

 「なぎさはオムライスは大好きなので全然問題ないのです」

 

 

 「今回はデミグラスでもっと美味しいモノを作ってくれるんだろ? だったら大丈夫だよ。その代わり、期待してるからな」

 

 

 「うん。ありがとう。頑張るよ」

 

 

 それにー、と睦月は心の中で考える。今朝の愛矢は記憶が無いことへの不安やクインテットに泊まる事への遠慮から元気が無かった。

 

 

 記憶への手掛かりになるかもしれないのはもちろんだが、なぎさや睦月に馴染む為にもオムライス作りは丁度良いと思っていた。

 

 

 そんな事を考えていたとき、ふと、なぎさと愛矢の足が止まった。

 

 

 「どうした?買い忘れか?」

 

 

 そう訊ねた時、二人は突然耳を押さえ始めた。

 

 

 「どうした!?二人とも」

 

 

 「睦月は聞こえないのですか?この音!」

 

 

 「何なの?これ…。頭に響いて来るような」

 

 

 二人の尋常ではない様子に睦月は辺りを見渡した。しかし、二人が感じている音に睦月は感じることが出来なかった。

 

 

 「ダメ…、どんどん大きくなってる…」

 

 

 「これは、あの時の音と、同じなのです」

 

 

 あの時という言葉に睦月が反応した時だった。

 

 

 キーン、キーン、キーン、キーン…

 

 

 睦月にもようやくその音が聞こえた。

 

 

 「この音、まさか…」

 

 

 その時、近くの車の窓から"あるモノ"が飛び出してきた。

 

 

 「危ない!」

 

 

 睦月は反射的に二人を抱えて屈ませた。それは、両腕に剣を付けたシマウマのような怪物だった。

 

 

 ミラーモンスター、ゼブラスカル ブロンズ。

 

 

 「キャァァァァァ!」

 

 咄嗟の事に愛矢は叫んだ。

 

 

 「大丈夫。大丈夫だから」

 

 

 睦月はそれを宥めながら、真っ直ぐにゼブラスカルを見つめた。

 

 

 「なぎさちゃん、愛矢を頼んだよ」

 

 

 「了解なのです」

 

 

 睦月はレンゲルバックルを取り出し、

 

 

 「変身!」

 

 

 『♧Open Up』

 

 

 仮面ライダーレンゲルに変身した。

 

 

 「うぉぉぉぉ!」

 

 

 睦月はラウザーを叩きつけた。それをゼブラスカルは剣で受け止める。そして今度はゼブラスカルが剣で斬りかかって来た。睦月はラウザーで何とか押さえる。受けては攻撃、防御しては反撃とそんな一進一退の攻防が続く。二人の武器の腕はほぼ互角だった。

 

 

 「くっ、強い。このままだとスタミナ負けだ」

 

 

 と、睦月は一旦距離を取り、カードを一枚取り出した。

 

 

 『♧4 STAB』

 

 

 そしてラウザーを思い切り突いたーのだが、

 

 

 「なっ…」

 

 

 ゼブラスカルはそれを思わぬ形でかわした。体をバネのように伸ばし、ラウザーが体に当たらないようにしたのである。

 

 

 睦月は突然の事に驚いた。そしてその隙をゼブラスカルは見逃さなかった。そのまま腕を振り上げ。睦月の背中を斬り付けた。

 

 

 「グハッ!」

 

 

 その攻撃で睦月は地面に倒れ、その顔をゼブラスカルは蹴る。

 

 

 何とか立ち上がったが、ダメージで怯んでしまい、そこをゼブラスカルの斬撃が襲った。何発も何発も。そして止めに剣を突き、睦月を大きく吹き飛ばした。

 

 

  

 「グオォ…」

 

 

 「睦月!」

 

 

 なぎさが思わず叫んだ。愛矢もまた、突然の事に言葉もなく固まってしまっている。

 

 

 ゼブラスカルはジリジリと接近していた。

 

 

 「大丈夫だよ。こんな攻撃位で俺はやられない」

 

 

 「家に帰ったら愛矢が美味しいオムライスを作ってくれるんだろ? それを食べれると思うと、力が出てくるんだよ」

 

 

 睦月は安心するように言った。その言葉に愛矢も睦月を見つめる。そしてー、

 

 

 「作る。作るから、頑張って。睦月さん」

 

 

 「おう!任せとけ!」

 

 

 そう言うと睦月は臨戦態勢を整えた。それを見たゼブラスカルは走って接近していった。

 

 

 睦月はカードを一枚取り出し、

 

 

『♧6 BLIZZARD』

 

 

 ラウザーを突きだした。ゼブラスカルはまた体をバネ状にしてかわす。しかし、今回はそううまくはいかなかった。突きだしたラウザーから冷気を噴出させ、モンスターの下半身を凍らせたのだ。これでゼブラスカルは体をバネにしたまま元に戻れなくなった。

 

 

 「止めだ!」

 

 

『♧5 BITE』

 

 

 睦月は大きくジャンプし、両足を挟み込むようにモンスターを蹴った。

 

 

 ゼブラスカルの体は大きく吹っ飛び、そのまま爆発四散した。

 

 

 「ふぅ」

 

 

 睦月はホッと一息つき、変身を解除した。

 

 

 「睦月!」

 

 

 と、なぎさが駆け寄り抱きついてきた。睦月は彼女の頭を撫でた。

 

 

 「だから言っただろ? 安心しろって」

 

 

 そして愛矢の方を見て、

 

 

 「愛矢も、大丈夫だったか?」

 

 

 「あっ、はい。どこにも怪我は無いですし、あの、睦月さん、今のは…」

 

 

 「あぁ、詳しい話は後でするけど見たまんまさ。俺は悪と戦うヒーローって事さ」

 

 

 「は、はぁ…」

 

 

 愛矢は何とか飲み込もうとする。まぁ、家に帰ったらレンゲルについて話しておこう。

 

 

 「さて、帰ろうか」

 

 

 そう二人に呼び掛けた時だった。

 

 

 「あの、睦月さん…」

 

 

 「ん?」

 

 

 「それが、さっき睦月さんが飛びかかって来たときに…卵が…」

 

 

 「あっ」

 

 

 卵が全てきれいに割れていた。

 

 

 「ご、ごめんなさい。私、睦月さんよりも早く気付いていたのに」

 

 

 「いやいや、何で謝るのさ。卵位、新しく買い直せば良いだけでしょ。それに、二人に怪我は無かった。それだけで充分なんだからさ」

 

 

 「さて、卵を買いに戻るか」

 

 

 「うん!」

 

 

 愛矢は笑顔で応えた。

 

 

 卵を買い直した3人はアパートに戻り、愛矢は調理を始めた。彼女の調理は手慣れていた。頭ではなく体で、自信に備わった感覚で調理をしている感じだった。

 

 

 そう言えば、彼女が出てきた魔女に洗脳された人々は自身に味付けをし、魔女に食べてもらうことに喜びを感じているようだった。なぎさにも詳しく聞いてないのではっきりとしたことは言えないが、もし魔女の形や行動が魔法少女だったころの記憶と関係しているのなら、彼女は料理が趣味の女の子だったのかもしれない。睦月はそう思った。

 

 

 「さぁ、出来たわ」

 

 

 愛矢はそう言って、3つのオムライスと付け合わせのサラダを食卓に並べた。

 

 

 「「うわぁぁ」」

 

 

 二人は感嘆の声を上げた。

 

 

 チキンライスが綺麗なドーム状になっており、その上に半熟にとろけた熱々の卵がチキンライスが見えないほど覆い被さっていて、デミグラスソースにはマッシュルームがたっぷり入っていて、それが湯気と共に食欲をそそる香りを放っていた。

 

 

 付け合わせのサラダも、ただ野菜を入れただけでなく、レタスとスプラウト、ミニトマトは見栄えの良いようにきちんとトッピングされていた。まるで洋食のレストランだ。

 

 

 「凄い凄い、凄いのです!」

 

 

 「冷めない内に早く食べましょう」

 

 

 「「「いただきま~す!!!」」」

 

 

 3人はスプーンでオムライスを掬い、一口食べた。

 

 

 「!」 「!」 「!」

 

 

 「美味しいのです~!」

 

 

 最初に声を発したのはなぎさだった。

 

 

 「凄く、美味しい。自分が今まで作ってたモノがバカみたいだな、これは」

 

 

 続いて睦月が自身の料理を卑下しながらそう言った。

 

 

 「それは言い過ぎよ」

 

 

 愛矢は謙遜してそう言った。だけど、その表情はとても嬉しそうだった。

 

 

 サラダとオムライスをぺろりと平らげ、夕食は終わった。結局愛矢は、レンゲルの姿を見ても―彼女には食後、この町には怪物が住んでいて、自分はそれを倒すように警察に密かに依頼された特殊部隊の一員なのだと告げた―オムライスを作っても彼女の記憶が戻ることは無かった。だけど、この日一日を通して、愛矢は睦月やなぎさにすっかり馴染み、満面の笑顔を見ることができた。それだけでも今回の出来事に意味を持たせるのには十分だった。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 その日の深夜、なぎさと愛矢は睦月の部屋の隣に布団を敷いて横になっていた。既になぎさは眠っていて、静かに寝息を立てている。しかし、愛矢は嬉しくて眠れなかった。

 

 自分が作ったモノを食べて、笑顔で美味しいと言ってくれた。オムライスを作らせてと睦月に頼んで正解だった。やっぱり料理は楽しい。本当に楽しい。料理を作れば、皆の笑顔が見られるから。あの子の言っていたことがようやく分かったような気が―

 

 

 あれ―? あの子って、誰だっけ?

 

 

 そこまで考えた時だった。

 

 

 「痛ッ!」

 

 

 突然頭に妙な激痛が走った。そして、頭の中に見たことがない情景が流れてくる。

 

 

 『ねぇ、愛矢。私と一緒に何か作ってみない?』

 

 

 『大丈夫よ。あなたならできるわ。私を信じて』

 

 

 あれ―? 今何かとても大事な事を思い出したような―。あの子は、誰だっけ?

 

 

 愛矢の意識はそこで途切れた。

 

 

続く

 




<キャラクタープロフィール①>
徳山 愛矢(とくやま あや)

年齢:16歳
身長:152.1cm
体重:42.6kg
血液型:AB型
性格:純粋
将来の夢:カフェを経営すること
好きな食べ物:オムライス
趣味:料理
好きな場所:レストラン
好きなモノ:フライパン


※魔女になる以前のプロフィールで、第九話現在では名前以外の全てを忘れているのが現状です。


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第10話 侵入!鏡の世界!

ある意味第二章のターニングポイントです


 「お先に失礼します。お疲れさまでした」

 

 

 「「「「「「「「お疲れさまで~す」」」」」」」」

 

 

 そんな従業員の声に見送られて、睦月は控え室を出た。

 

 

 あれからまた一週間が経った。その間に変わった事は、睦月のアルバイトが再開したことだ。

 

 

 別に生活費に困ったからではない。お金なら、頼めば親が出してくれるんだからー睦月の父親は、高見沢グループほどでは無いがそこそこ有名な企業の社長だー。ただ、スーパーが本当に人手不足らしく、買い物をする度に忙しく動いているのが目に入ったからだ。

 

 

 その事を二人に話したら、家の事は自分たちに任せてと愛矢となぎさは同意してくれた。

 

 

 また、だからと言って魔女にされた人達を放っておくのも違うと思うので、平日の何日かは朝だけ、土曜日は9:00~17:00とシフトを調整した。向こう側もなぎさと一緒に暮らしているのは知っているので、睦月の我が儘もあっさり通った。本当、良い所に雇われたものだ。

 

 

 そんなことを考えながら帰り道を歩いている時だった。

 

 

 キーン、キーン、キーン、キーン…

 

 

 「! この音は!?」

 

 

 そう睦月が反応した時だった。近くのゴミ捨て場に捨ててあった置き鏡から怪物が飛び出してきた。睦月はとっさに躱し、怪物と距離を取った。

 

 

 それは銀色のイカを逆さまにしたような姿で、そこから手足が伸びていた。そして手には吸盤がいくつもついた鎧のようなものを装着していた。

ミラーモンスター、バクラーケン。

 

 

 「鏡の怪物」

 

 

 睦月はバックルを腰に巻いた。

 

 

 「変身!」

 

 『♧ Open Up』

 

 

 睦月はレンゲルに変身すると、ラウザーを大きく振り回した。初めの打撃がバクラーケンにうまく決まり、モンスターは少し怯んだ。睦月はそれを見逃さず、さらに二発三発と打撃を加えていき、とどめにバクラーケンに突きの攻撃を与えた。

 

 その一撃にバクラーケンは大きく吹っ飛ぶ。

 

 

 「とどめだ」

 

 

 睦月がカードを取り出そうとした時だった。バクラーケンは、自身の側に家屋の窓があることに気付き、その中に入っていった。

 

 

 「なっ!?」

 

 

 モンスターの予想外の退場に睦月は驚き、その窓の側に駆け寄った。

 

 

 「逃げた・・・?この中に・・」

 

 

 と言いながら窓に触れた時だった。

 

 

 突如、自身の体が窓に吸い込まれ、そのまま窓の中に入ってしまった。

 

 

 「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!」

 

 

鏡、鏡、鏡・・・。上を見ても下を見ても右を見ても左を見ても自身を写す姿見だけ。そんな姿見だらけの道に睦月はただ流されていく。そして―

 

 

 「グハッ!」

 

 

 体制を整える間もなく睦月は窓から投げ出された。

 

 

 睦月は立ち上がり、辺りを見渡した。

 

 

 「ここは―、」

 

 

 始め睦月は元の場所に戻っただけだと思った。しかし実際は違った。窓に貼られていた住民募集のポスターの文字が反転していた。

 

 

 今睦月がいるのは、鏡の中の世界だった。

 

 

 魔女が住む結界や姿見から怪物が出てくる事から鏡の向こうには別世界があると無意識に考えていたが、実際に目の当たりにすると衝撃的だった。

 

 

 小さな物音が聞こえて、ふと音の方向を見ると、先ほどのモンスター、バクラーケンがその場を離れようとしていた。

 

 

 「あっ、待て!」

 

 

 睦月は慌てて追いかけた。ラウザーを振り回して何とか当てようとするが、全て空振りに終わった。

 

 

 「おい待て!逃げんな!」

 

 

 そう叫んだ時だった。

 

 

 「はい、邪魔」

 

 

 バクラーケンがT路路に差し掛かった時、左から蹴りが見えた。思わぬ攻撃にバクラーケンは大きく吹っ飛ぶ。

 

 

 「ほら、今はお前の相手をしてる場合じゃ無いから早くどっか行けよ」

 

 

 そう言いながら左から"何か"が出てきた。いや、"誰か"だ。

 

 

 それは、全身を灰色の鎧で纏い、動物のサイを思わせる見た目をしたライダー、仮面ライダーガイだった。睦月はふと足を止めた。

 

 

 睦月がその姿に気を取られてる隙に、バクラーケンは逃げて、見えなくなった。しかし、今はそれを気にかけてる場合では無かった。

 

 

 「誰だ?お前は…」

 

 

 「俺たちとは違うタイプのベルト…。じゃあ"侵入者"って事で間違いないよね」

 

 

 そう言いながらガイはバックルからカードを一枚取り出した。それは、睦月が持ってるカードとは少し違う作りになっていた。

 

 

 「あの人からは"侵入者"と出くわしたらどうすればいいかは聞いてないから、倒させて貰うよ。討伐クエスト開始」

 

 

『STRIKE VENT』

 

 

 ガイの右腕に先端に角のようなモノを付けた装甲―メタルホーン―が現れた。まるでサイの頭を思わせるような。

 

 

 「行くよ」

 

 

 そう言うとガイは睦月に向かって走り、そのままメタルホーンを突き刺した。

 

 

 「うぁ!」

 

 

 睦月は咄嗟にラウザーで防いだ。

 

 

 「いきなり何するんだ?」

 

 

 「いや悪いね。あんたに恨みはないけどあんたを倒さなきゃライダーバトルが再開しないからさ!」

 

 

 そのままガイは睦月を蹴った。反動で睦月は少し怯む。その隙にガイは再びメタルホーンを突き上げた。今度は受け身を取れず、体が大きく吹っ飛ぶ。

 

 

 「まぁそんな事をしなくても良いってあの人には言われてるんだけどさぁ、俺もあの人の事を完全に信用してる訳じゃ無いから、保険を掛けときたいんだよねぇ」

 

 

 さっきからガイの言ってる事が半分も分からなかった。しかし、このままでは殺されるのは明白だった。

 

 

 「うぉぉぉぉ!」

 

 

 睦月は負けじとラウザーで反撃に出た。しかし、ガイはメタルホーンを巧みに扱い、攻撃を防御したり受け流したりした。

 

 

 「ダメダメ。そんな攻撃じゃ当たらないよ」

 

 

 睦月は今まで、魔女やミラーモンスター達と戦ってきたが、それらは野生動物のように本能のままに攻撃をする相手であった。故に、睦月の攻撃も比較的簡単に当てられたのだが、今回の相手はライダー。睦月と同じ人間だ。戦いに対して知性があるため、睦月の大きな攻撃は簡単に見切られてしまう。

 

 

 まだレンゲルとして戦い始めたばかりの睦月と数えきれないほどモンスターと戦ってきたガイとでは圧倒的に経験値が違う為、睦月の方が圧倒的に不利だった。

 

 

『♧2 STAB』

 

 

 睦月がカードをスキャンしたのを見て、ガイもまたカードを引き、肩に付いた挿入口に投げ入れた。

 

 

『CONFINE VENT』

 

 

 「うぉぉぉぉ!」

 

 

 睦月の渾身の突きがガイの胸部に決まるはずだった。しかし、その攻撃は彼の腕一本で止められてしまった。♧2で強化されてるはずなのに何故かその効果が消えていたのだ。

 

 

 「くっ・・・」

 

 

 「そのまま、そのままだよ」」

 

 

 『ADVENT』

 

 

 すると、家の塀を突き破り、サイのモンスター―メタルゲラス―が横から突っ込んで来た。

 

 

 突然の事で受け身を取れなかった睦月はメタルゲラスの突進を一身に浴び、倒れた。

 

 

 「これでわかったでしょ?お前じゃ俺は勝てない。経験が違う」

 

 

 そしてメタルホーンを構え、ゆっくりと睦月の元に近付いていった。

 

 

 「とどめだ」

 

 

 バサッ

 

 

「羽」の音が聞こえた。

 

 

 バサッ

 

 

 その音はどんどん大きくなっていった。

 

 

 バサッ

 

 

 睦月とガイはその音のする方向を見ると、

 

 

 「なっ!」

 

 

 「あれは…」

 

 

 天使、いや、悪魔、いや、その両方を併せ持ったような、神話に現れそうな存在が目の前にいた。

 

 

 それは真っ白で脚まで届くほど長髪で、前髪は黒く輝く宝石が付いたピンで留めていた。ボロボロの銀色の鎧、(しかもそれが付けられているのは体の左半分だけ)そして腰にはくすんだ灰色のベルト―バックルに異様な模様が彫られていた―を身に付けていたが、割れた鎧から見えるローブは汚れ一つ無く純白で、背中からは右は白、左は黒色の翼が生えていた。顔の右半分には割れた仮面を付けていた。顔が見える左半分を 見ると女性のようだった。鎧の胸の部分に鏡文字で「FAM」と印字されていて、腰より少し上の部分にはこれもまた鏡文字で「2002」と彫られていた。

 

 

 「おいおい、マジかよ。まさかあれがあの人の言っていた力…本当にあったのか…」

 

 

 それを見たガイは、さっきまでの余裕のある表情とはうって代わり、非常に興奮していた。

 

 

 「今日は本当にラッキーだ。パトロールがてら普段来ない所まで来て正解だったぜ!」

 

 

 そう言うとガイは狙いを彼女に変えて、メタルホーンを構えたまま突進していった。

 

 

 「その力、俺によこしやがれぇぇ!」

 

 

 それに対し彼女は、2枚の翼を大きく広げ、それらを一振り。

 

 

 「なっ!? ぐわぁぁぁぁぁ!!」

 

 

 「くっ! ぐあぁぁぁぁ!」

 

 

 黒と白の風がガイを襲い、その風圧に睦月も巻き込まれた。二人は向かいの家の塀を突き破り、睦月は庭に、ガイはその家の居間の床に倒れた。

 

 

 彼女は先ほどまで二人が立っていた道に降り立ち、ただ黙って二人を見つめたまま、ゆっくりと歩いた。

 

 

 その姿に睦月は、今まで感じた事のない恐怖を味わった。

 

 

 「はぁ…やっぱ俺だけじゃ荷が重かったか。まぁ今はあんたが本当に存在したと分かっただけでよしとしよう。じゃあな」

 

 

 ガイは立ち上がると、近くにあった置き鏡からいそいそと退散した。

 

 

 そして睦月と彼女だけが残された。彼女と二人きり。それだけで睦月は吐き気を催すほどの恐怖があった。

 

 

 自分も早く鏡から出たい。だけど、ガイが使った鏡からは出たく無かった。

 

 

 尚も近付いてくる彼女に対する恐怖を捩じ伏せ、睦月は震える手で2枚のカードを取り出した。

 

 

『9 SMOG』

 

 

 ラウザーを彼女に向けて、紫色の煙を噴出させた。そしてさらに、

 

 

『7 GEL』

 

 

 睦月は自身の体を液状化させ、猛スピードでその場を去った。

 

 

 隙間を縫いって右へ左へ。そして睦月が最初に入った窓を見つけると、そのまま飛び乗った。

 

 

 ふと横を見ると、窓に不動産のポスターが貼られていた。もちろん文字は普通だ。

 

 睦月は変身を解除すると、そのまま崩れ落ちた。

 

 

 ドッと疲れが出た。心臓はバクバクうるさい。あのとき現れた彼女に対する恐怖がまだ消えない。

 

 

 魔女や鏡の怪物、そして今日戦ったガイ。それらとは違う、異様な恐ろしさだった。今回逃げ切れた事も奇跡としか言いようがない。

 

 

 このまましばらくじっとしていたいが、彼女が怪物と同じように鏡から現れるかもしれない。そう考え、立ち上がろうとしたその時だった。

 

 

 パシャッというシャッター音が聞こえた。

 

 

 「えっ?」

 

 

 「おいおい、マジかよ。これは一大スクープだぜ。怪物と戦う黄金のヒーロー、それが俺の知り合いだったなんてよ」

 

 

 そこにはカメラを持った剣持晴人の姿があった。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

都内にある某アパート

 

 

 その一室に仮面ライダーガイの変身者、芝浦淳(しばうら じゅん)が戻った。

 

 

 「どこへ行っていた?」

 

 

 「あ? 散歩だよ。ちょっとした散歩」

 

 

 「そんな暇があるのか?お前があれを完成させない限り計画が次に進まないんだ。ふん、まぁ大方、俺たちを信用できず”侵入者”を探しに行ったといった所だろ」

 

 

 「散歩だって言ってんだろ。それも、有意義な・・・・お前らが求めてるモノに会った」

 

 

 「何!?」

 

 

 「あんたらの言ったとおりだったよ。あれは桁外れだ。確かに、あれだけの力があれば願いを一つだけなんてちんけなモノ以上のことが実現できるだろう。これなら神崎士郎も出し抜ける。俄然、やる気が湧いたよ」

 

 

「ならば早くあのシステムを完成させろ。それが俺たち、『パラディ』の要になるんだからな」

 

 

続く

 

 




<キャラクタープロフィール②>
三葉 睦月(みつば むつき)

年齢:19歳
身長:176.5cm
体重:58.5kg
血液型:A型
将来の夢:記者
好きな食べ物:甘味系
好きな場所:自宅
性格:責任感が強い
好きなモノ:トランプ


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第11話 俺、参上!

遅くなって申し訳ございません(^ U ^)


 見られた。バレた。最悪だ。レンゲルの事は何よりも秘密にしておきたかったのに。

 

 

 「遠出はしてみるもんだぜ。まさか、こんなスクープを見つけられたんだからな」

 

 

 鏡の世界、意味の分からない言葉を発したガイ、そしてあの女性。これらのことで頭がいっぱいだと言うのにここにきて正体がばれるなんて。

 

 

 そんなことを考え、頭が真っ白になっていたのだが、

 

 

 「そんじゃまぁ早速、OREジャーナルさんに連絡しましょうかねぇ」

 

 

 「な!おいバカ!やめろ!」

 

 

 晴人のその一言でハッと目が覚めた。そして、そうなるであろうことも晴人にはお見通しだったようだった。

 

 

 「おっと、ようやく反応してくれたな。ったく、あまりにもリアクション薄いからどうしたもんかと思ったぜ」

 

 

 「・・・・・」

 

 

 「そう睨むなよ。取引しようぜ」

 

 

 「取引?」

 

 

 「何、別に無理難題を頼もうってんじゃない。話は簡単だ。このことについて黙ってほしければ、あの時の頼みを今聞いてくれというだけさ」

 

 

 「あの時の・・・頼み・・・?」

 

 

 そう言って晴人は携帯に入っていたOREジャーナルの記事―最初にレンゲルを撮られたあの記事だ―を見せて言った。

 

 

「この金のライダーについて、朝まで語り合ってくれ」

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 「ただいま」

 

 

 「睦月! お帰りなさ…」

 

 

 睦月を出迎えたなぎさと彼女に続いて出迎えに来た愛矢は隣にいる晴人を見て怪訝な表情を浮かべた。

 

 

 「睦月、誰なのですか?」

 

 

 「よっ。俺は剱持晴人。ちょっと睦月君に用があって来たんだ。邪魔するぜ~」

 

 

 「あっ、馬鹿オイ!勝手に上がるな!お前はこっちの部屋に入ってろ!」

 

 

 睦月は自分の部屋を指さして言った。

 

 

 「お茶でも入れるから大人しくしてろ」

 

 

 そして晴人を自室に入れ、なぎさと愛矢を連れて睦月は居間へ向かった。

 

 

 「睦月さん、今の人って…」

 

 

 居間に入って早々愛矢は言った。

 

 

 「俺の正体がバレた」

 

 

 「「えっ!?」」

 

 

 二人は大きく目を見開いた。

 

 

 「バイトの帰りにあの鏡にいる怪物に会っちまってな、それと戦って、変身解除した瞬間を見られちまったんだ」

 

 

 愛矢には自分のことを怪物を密かに退治するために結成された警察の特殊部隊の一人だと説明しているので、慎重に言葉を選んで言った。

 

 

 「あいつの写真をばら蒔かれたら、怪物の事までバレて町中がパニックになる。だから、俺が何とか言って口止めをしておくから、お前達はしばらく俺の部屋には近付かないでくれ」

 

 

 「は、はい」

 

 

 「分かったのです」

 

 

 二人は同意した。

 

 睦月は手早く紅茶を入れ―二人に先ほどの事を話す為に咄嗟に言ってしまった事なので仕方なく―自室に持っていったのだが、

 

 

 「なっ…」

 

 

 晴人はクローゼットを開け、ごそごそ家探しを行っていた。

 

 

 「おいお前!何やってんだよ!?」

 

 

 「いや~、ライダーの家にしては普通過ぎるなと思って何か秘密基地に行けるようなスイッチでもあるんじゃないかなってよ」

 

 

 「そんなのあるわけないだろ!いいからやめろ!」

 

 

 「分かった分かった。じゃあ後はここだけ調べさせてくれ」

 

 

 と言い、晴人は机の引き出しに手を掛けた。

 

 

 「あっ!そこは・・・!」

 

 

 「ん?」

 

 

 晴人は引き出しの中身を見て不思議そうな表情を浮かべた。そこにはレンゲルバックルとは別の二つのバックルと、スペード、ダイヤ、ハートのスートのカードがしまわれていた。

 

 

 「何だ?これ?」

 

 

 バックルを宙にかざす晴人を見て、睦月は大きなため息をついた。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 「それじゃあ話をまとめると、お前は世界を侵略しようとしている怪物と戦うように政府に命令された戦士で、極秘裏にそれを退治しているということか?」

 

 「そういうことだ」

 

 

 ライダーの存在がばれてしまった以上ライダーの存在意義について説明しなければいけない。しかし、だからと言って魔女やなぎさ達の事を明かすのだけは避けたかったので、晴人には愛矢に話したのと同じ内容を説明した。

 

 

 「なるほど、だからOREジャーナルへの投稿はやめろということだな?」

 

 

 「そうだ。秘密がばれると皆パニックになる。だから、今日見たことは無かったことにしてほしい」

 

 

 「そうかそうか。よく分かったよ。それじゃあ―」

 

 

 晴人はそこで一度言葉を切り、こう告げた。

 

 

 「こいつは投稿するで決まりだな」

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――は?

 

 余りにも予想外な答えに睦月は、晴人が何を言っているのか理解するまで数秒かかった。

 

 

 「はぁ!?お前何を言って―」

 

 

 「俺は言ったよな?ライダーについて朝まで語ろうって。でも、お前が今語った内容にどれだけ本当のことがあった?」

 

 

 「嘘だって言うのか!?確かに嘘みたいな話だったけど全部本当の事で―」

 

 

 「矛盾点1、本当に政府から特命で怪物を倒すように命令されているなら、OREジャーナルが簡単に記事にできるわけがない。圧力とか掛かるのが普通なのに今のところそれがない」

 

 

 「あっ・・・・」

 

 

 「矛盾点2、いや、これは疑問と言うべきなのか? お前と一緒に住んでいる彼女たちは何者だ?」

 

 

 睦月はその言葉に大きく反応した。一番触れてほしくなかった部分だったからだ。

 

 

 「政府から特命を受けているのなら一般の女の子を二人も巻き込ませるわけないよな?あの子たちがこのバックルを使って戦う戦士ならさっきの場所にいなかったのも不自然だから戦士でもない。なら、彼女たちは一体何者なんだ?勘だが、本当はそれが俺に写真を投稿してほしくない一番の理由なんじゃ無いのか?」

 

 

 二人の間に沈黙が広がった。しかし、本当は睦月も分かっていた。晴人がなぎさ達に興味を持ってしまった以上、本当のことを話すしかないと。

 

 

 「外に行こう」

 

 しばらくして、睦月はそう言った。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 「魔女・・・?魔法少女の末路?そこから解放されたのがあの子達ってことか?」

 

 

 「あぁ、そうだ。信じられないかもしれないけど、これが本当の真実で、俺が戦う理由でもあるんだ。この世界にいる魔女を倒して、そこから人を救い出すこと。それが俺の目的だ」

 

 

 「なるほどね。しかしピンと来ねぇな。それとライダーの公開を止めさせるのとどういう関係がある?むしろ味方が増えた方がその魔女とやらを捜すのも倒すのもより効率的にできそうだが」

 

 

 「それは、あの子達、なぎさちゃんと愛矢のためだ」

 

 

 「ん?どういうことだ?」

 

 

 「あの子達は、記憶が一部抜け落ちているんだ。なぎさちゃんは魔法少女になるより前の、愛矢については自分が魔法少女で魔女になってしまったことそのものを忘れている。そして俺は、その真実は知らなくてもいいと思っている。お前は見てないから分からないかもしれないけど、自分が魔女だったことを思い出した時のなぎさちゃんの顔・・・あの顔だけはもう二度と見たくないんだよ。俺がレンゲルの公開を止めろと言ったのは、ライダーについて不必要な刺激を彼女たちに与えてほしくないからなんだ」

 

 

 「・・・・・・・・・・・」

 

 

 「それともう一つある。これは今日起きた出来事なんだが―」

 

 

 「もう一つ?」

 

 

 「今日俺は、他のライダーに会った。そいつは俺の事を“侵入者”と言って攻撃してきたんだ」

 

 

 「“侵入者”?」

 

 

 「その意味は分からない。だけど、そのライダーの使ってたバックルやカードの作りが俺のと根本的に異なってたからそれに関係あると思うんだ。とにかく、お前にレンゲルについてこれ以上情報流されると、他のライダーが何をしてくるのか分からない。あの子達にもきっと危害が及ぶ。だから頼む!俺がライダーだってことは黙ってください!」

 

 

 睦月はそう言って頭を下げた。

 

 

 「なるほど。お前の事情は分かった。要するに、ハーレム作りたいから邪魔すんなってことだな?」

 

 

 「はっ、はぁ!!?馬鹿っお前!そんな邪な理由で死線をくぐってたまるか!ハーレム作りたいが為に戦うヒーローなんて聞いたことねぇぞ!」

 

 

 「でも最終的にはそうなるんだろ?最後は誰に的絞るんだ?愛矢か?なぎさか?それともまだ見ぬ少女か?」

 

 

 「ギャルゲーじゃねぇぇぇ!」

 

 

 そう叫んだ時だった。

 

 

「睦月!」 「睦月さん!」

 

 

 愛矢となぎさが睦月の元に駆け寄ってきた。

 

 

 「お前ら、どうした?」

 

 

 「大変なのです!また、あの音が聞こえてきたのです!」

 

 

 「えっ!?場所は!?」

 

 

 「まだ遠いけどあの方向から!」

 

 

 愛矢が指差した方向に睦月は耳をすませた。

 

 

 キーン キーン キーン キーン

 

 

 確かにわずかだが音が聞こえた。

 

 

 「本当だ。すぐ行く!」

 

 

 「オイ待てよ。音って何の事だ?なにも聞こえねぇぞ?」

 

 

 「今は説明してる暇はない!お前と、なぎさちゃんと愛矢は家に入ってろ!」

 

 

 そう言い残すと、睦月は音のする方向へ駆け出した。

 

 

 キーン キーン キーン キーン

 

 

 その音はどんどん大きくなり、ある場所で足を止めた。それは、クインテットから程近い所にある公園だった。幸いにも、時刻は夕方ということもあり公園には誰もいなかった。

 

 

 「ここだ。一体どこから…」

 

 

 「やっぱ聞こえねぇなぁ。俺、聴力には自信あるんだけどなぁ」

 

 

 その声に驚いて後ろを振り向くと、

 

 

 「馬鹿!お前、何で付いてきたんだよ!?」

 

 

 「いや、お前らが言ってる音っていうのがどうにも気になったからな」

 

 

 「だからそれを今から説明…危ない!」

 

 

 睦月はとっさに晴人を突き飛ばした。

 

 

 「痛ッ!おい!いきなり何するん…!」

 

 

 晴人が驚いて見た先、そこにイカ型の怪物、バクラーケンが立っていた。睦月と晴人がいた横にあった滑り台。夕日の加減でそれが姿見のようになっていたのだった。

 

 

 「あれは・・・?」

 

 

 「あの時取り逃がしたヤツか。今度こそ倒す!」

 

 

 睦月は懐からバックルを取り出し、いつものように腰に巻こうとしたのだが、

 

 

 「ギエェェェェ!」

 

 バクラーケンは掌から触手を出し、睦月のバックルを弾いた。

 

 

 「なっ!」

 

 

 落としたバックルを睦月が慌てて拾おうとしたが、バクラーケンは触手でさらにバックルを公園の奥へ弾き出した。

 

 

 そして、それをつい目で追ってしまい、バクラーケンから目を離したことを見逃さなかった。

 

 

 触手を睦月の首もとに巻き付かせたのだ。

 

 

 「しまっ! あぁ…ぐ…」

 

 

 睦月は何とか取りほどこうとしたが、レンゲルになってない状態でそれを行うのは不可能だった。

 

 

 徐々に締め付けられ、息ができなくなる。

 

 

 そして意識が遠くなった時だった。

 

 

 首にあった触手が少しだけ緩んだ。睦月が横目でバクラーケンを見ると、それは晴人に目を向けていた。どうやら晴人は、その辺にあった小石か何かを投げたようだった。

 

 

 「おいそこのイカ野郎。変身してない一般人を殺して楽しいかよ。てめぇら怪物っていうのは案外チープだったんだな。見た目が気持ち悪いだけの木偶の坊かよ」

 

 

 そう言いながら、晴人は"あるもの"を取り出した。それは、睦月の部屋の引き出しにしまっておいた二つのバックルの内の一つだった。

 

 

 睦月は目を見開いた。何であいつがあれを持っているんだ!? そう言えば晴人と外に出たとき、カメラを忘れたと言って一人部屋に戻っていた。あの時に持ち出していたのか。

 

 

 「まさかこんなすぐに使うとは思わなかったよ」

 

 

 バックルにスペードのAを入れ、それを腰に触れた。

 

 

 「知ってるか?俺の祖先はそこそこ名のある武士だったんだぜ?」

 

 

 赤いカードが次々に出て来て腰に巻かれていく。

 

 

 「だから俺は剣の象徴、スペードを選んだ。いや違う。スペードが俺を選んだんだ」

 

 

 晴人は構えを取り、短く言った。

 

 

 「変身!」

 

 

 そしてバックルの横にあるレバーを短く引き、Aの入ったホルダーを裏返した。赤を基調としていて、中央に金色のスペードが彫られていた。

 

 

『♤ Turn Up』

 

 

 レンゲルの時と同様に目の前にカーテンのようなものが現れた。しかし、レンゲルの時と違い色は水色で、中央に蜘蛛ではなくカブトムシの姿があった。

 

 

 晴人はそこを走ってくぐり抜けた。

 

 

 「あっ…」

 

 

 カブトムシを思わせる鉄仮面を付けた全身銀色の鎧を付けた戦士、仮面ライダーブレイドがここに生まれた。

 

 

 「これがライダーってやつか。中々良い着心地じゃねぇか」

 

 

 晴人は腰から剣、ブレイドラウザーを取り出した。

 

 

 「それじゃあ行くぜ!」

 

 

 晴人はまず、睦月の首を絞めていた触手をラウザーで叩き斬った。

 

 

 一気に酸素が来て、睦月はその場でかがみむせる。

 

 

 「てめぇはここでじっとしてろ。あいつは俺が片付けてやる!」

 

 

 そういうと、晴人はバクラーケン目掛けて飛び出した。

 

 

 「うぉぉぉぉぉ!」

 

 

 晴人はラウザーで何度もバクラーケンを斬りかかった。

 

 

 突然の猛攻に成すすべなくただ受けるだけのバクラーケン。しかし、晴人の最後の一撃は、後ろに飛び去ることで何とか回避した。

 

 

 「ほぅ…」

 

 

 晴人はラウザーの柄を開いた。ブレイドでは、カードはそこに保管してあるようだった。晴人はそこからカードを一枚取り出した。

 

 

 バクラーケンは掌から触手を噴射した。

 

 

 『♤7 METAL』

 

 

 すると晴人、もといブレイドの体は硬化し、触手を弾いた。

 

 

 「次はこれだ」

 

 

『♤4 TACKLE』

 

 

 晴人はラウザーを突きの構えをし、そのまま突進した。ラウザーの先端がきれいに当たり、バクラーケンは大きく吹っ飛ぶ。

 

 

 「・・・・・」

 

 

 バクラーケンは、先ほどの勢いとは裏腹に、明らかな恐れが見えた。晴人に背を向け、姿見を探しに飛び出した。

 

 

 「あっ?何だ何だ?逃げるのか?逃げられると思ってるのか?」

 

 

『♤6 THUNDER』

 

 

 ラウザーから電気が放出し、それがロープのように怪物にまとわりついていった。

 

 

 「そんじゃ、とどめといこうか」

 

『♤5 KICK』

 

 

 晴人の右足から熱気のようなものが溢れた。それは、ブレイドの風貌を歪ませる程の温度だった。

 

 

 「はぁ!」

 

 

 晴人は大きくジャンプし、そのまま右足を構え、思い切りバクラーケンを蹴った。

 

 

 怪物は悲鳴をあげながら吹っ飛び、そのまま爆発四散した。

 

 

 「ま、こんなもんだな」

 

 

 晴人はバックルを元に戻し変身解除した。

 

 

 睦月はそれを一部始終見ていた。そして、今日初めて会った時から無意識に感じていた考えが形作られてくように感じた。

 

 

 睦月はゆっくり晴人に近づき言った。

 

 

 「凄かったな。さっきの戦い」

 

 

 「どうよ? 俺の戦い?」

 

 

 「あぁ、凄かったよ。初めてにしては戦いの動きに無駄が無かったし、カードのスキャンもスムーズにやってたしな」

 

 

 「あ? どうしたんだ? 急に」

 

 

 睦月は一度深呼吸した。そして、言った。

 

 

 「なぁ晴人、お前は最初から知ってたんじゃないのか?俺がレンゲルだってこともあの怪物の事も」

 

 

 「・・・・・・・・・」

 

 「これは勘なんだけどな、OREジャーナルにレンゲルの写真を投稿したのもお前じゃないのか?」

 

 

続く

 




<キャラクタープロフィール③>
剣持 晴人(けんもち はると)

年齢:20歳
身長:177cm
体重:58kg
血液型:A型
将来の夢:研究員
好きな食べ物:ドーナツ
好きな場所:研究室
性格:パリピ
好きなモノ:シンプルな機械


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第12話 それはとっても楽しいなって

 長い沈黙が流れた。いや、本当は一瞬だったかもしれない。しかし睦月にはその沈黙は何時間も続いていると思うほどに長く感じた。

 

 

 やがて、晴人は口を開いた。

 

 

 「・・・なるほど。つまりお前は、俺が全部知ってた上でお前に近付いたと考えた訳だ。俺がライダーに変身するために仕組んだ事だと」

 

 

 「そこまでは言ってねぇよ。ただ俺h…」

 

 

 「正解!」

 

 

―――――――――――――――――――――――――――何?

 

 

 「おいおいおいおいお~い、俺が隠してた事をこうも簡単に言い当てるとは恐れ入ったぜ。すげぇなお前。探偵かよ?」

 

 

 「いや、え?あえ?」

 

 

 「ん?どうした?そんな顔して?お前が言った事だろ?」

 

 

 「いや、そうなんだけど…」

 

 

 正直予想外だった。しらばっくれるかと思っていたのにまさかそんな明るい口調でそれを認めたから。

 

 

 「いや~すげぇな!どこで分かったんだよ?やっぱ戦闘シーンか?さすがに無理があったかな~」

 

 

 「嫌、それだけじゃねぇよ」

 

 

 何とか状況を頭に入れ、晴人のペースに流されないように話した。

 

 

 「あのOREジャーナルの写真、あれから何となくおかしいと思ったんだ。戦闘はかなり詳細に写されていたのに、あの時俺は戦闘が終わってからすぐ変身解除をしたにも関わらず、それ以降の写真は一枚も無かったから」

 

 

 「・・・・・・・・・」

 

 

 「それに、そもそも今日お前がこの辺りにいたって時点で怪しいんだよ。俺は2年近くここに住んでるが、その間、お前がこの辺りまで来た事は一度もないしな」

 

 

 「おいおいおいおい何から何までだな。ご名答。正解も正解。満点だよ」

 

 

 「じゃあやっぱお前は全部知ってたんだな!?俺の事も、ライダーの事も、なぎさちゃん達の事も!」

 

 

 「おい待て、勘違いするな。魔女については本当に知らなかった。お前を初めて見かけた時、そのなぎさって娘に怪物じゃない的な事を話してたから普通の女の子じゃないって事は薄々感じていたがな」

 

 

 あの話も聞かれてたのか…。

 

 

 「何が目的だ?俺の正体を知ってて隠してたんだから、何か狙いがあったんだろう?」

 

 

 「狙い?それならとっくに叶ってるぜ」

 

 

 晴人はそう言うと目の前にブレイドバックルをかざして続けた。

 

 

 「俺の目的は、ライダーに変身して怪物と戦う事さ」

 

 

 「・・・・・は?」

 

 

 「俺はよ、ずっとこういう戦いがしたかったんだよ!やっぱ武士の血がそうさせるのかねぇ?とにかく、命懸けの戦いっていうのがしたかったのさ。ちなみに、俺がカメラをやり始めたのも、戦場カメラマンなら命懸けな事が出来ると思ったからさ。そんな時、偶然駅の近くの高架線を通り掛かったら、お前が怪物と戦ってるのと出くわしてさ、これだと思ったね。少しでも気を緩めれば命を落とす。しかし、それを切り抜ければ現実では得られない満足感を感じられる世界。そんな世界に足を踏み入れたいと思ったんだ。だから俺は敢えて最初にOREジャーナルに写真を送り、それをきっかけにお前に接触しようと思ったんだ。同じサークルだったのは本当にラッキーだと思ったぜ!」

 

 

 ・・・・・・・・・・

 

 

 「つまりお前は、戦いたいが為にライダーになったということか?」

 

 

 「まぁ、噛み砕いて言うとそういうことになるかな?だから、一緒に戦おうぜ?協力プレイと行こうじゃねぇか」

 

 

 晴人の望み、それは大方理解した。しかし、だからこそ―、

 

 

 「嫌、ダメだ。ベルトを返せ」

 

 

 「ハッはぁ!?何でだよ?俺の戦い見ただろ?強かっただろ!?お前だって、俺がいなかったら今頃死んでたんだぜ!?」

 

 

 「今日の事についてはお礼を言う。本当にありがとう。だけど、これからも変身してほしいっていうなら話は別だ。動機が気に入らねぇ。そんな気持ちでライダーになんてなってもらいたく無いんだよ。ほら、ベルトを返せ」

 

 

 「なんだよ。お前だって変身して間もないっていうのにもう先輩風かよ?だったら俺の写真ばらまくぜ?」

 

 

 「なっ…」

 

 

 「だってそうだろ?俺が黙っているのは変身して戦う為だ。それを奪うってんなら黙ってる理由が無くなるんだからなぁ?」

 

 

 「グッ…」

 

 

 脅しだ。完全に。

 

 

 「まぁ仲良くやろうや。見ての通り、俺はかなり強いんだからな!」

 

 

 「・・・・・・・・・」

 

 

 何も言えないでいると、

 

 

 「睦月~!」

 

 

 なぎさと愛矢が駆け寄ってきた。それを見た晴人は、

 

 

 「そんじゃ、今日はお暇しますわ。じゃあまたな。明日作戦会議しよう。多分、俺の考えてることは、お前の目的にきっと役に立つからな」

 

 

 そう言って晴人は公園を後にした。

 

 

 「? 睦月?どうしたのですか?」

 

 

 「ん・・まぁちょっとな。外ではちょっと・・・家で話すよ。じゃあ、帰ろうか」

 

 

 睦月もまた、二人を引き連れて公園を後にした。

 

 

 睦月の背中を見ながら、愛矢は別の事を考えていた。

 

 

 「(さっき晴人さんが話してた目的って何?怪人を倒すこと?でもそれって極秘事項なんじゃ・・・何でそれを晴人さんが知ってたの?もしかして、睦月さんの言ってる事って・・・)」

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 家に帰り睦月は、事のあらましを説明した。

 

 

 「「ライダーだってバレてた!?」」

 

 

 「あぁ、それを知ってた上であいつは近づいたんだ。そして、スペードのライダーになりやがった」

 

 

 「まさか自分も戦うために睦月に近づいたなんて驚きなのです」

 

 

 「でも、ある意味良かったんじゃない?二人になれば、その分楽に戦えるし」

 

 

 「まぁ・・・そうなんだけど・・・」

 

 

 睦月は言葉を濁した。

 

 

 「?どうしたのですか?」

 

 

 「いや、何となくな。あいつの、戦いたいからライダーになるっていうのは何か違うんじゃないかなって思ってな。だからつい反対しちゃったし」

 

 

 「睦月さんは、戦いたくてライダーになったんじゃないの?」

 

 

 「何言ってんだよ。そんなわけないでしょ。本当だったら戦いたくないよ。俺はただ、人が怪物に殺されるのを防ぐために、人を守るためにライダーになったんだよ」

 

 

 そして、君たちみたいに魔女にされた人たちを救うために、と心の中で呟いた。

 

 

 「だからまぁ、反対しちゃったんだよ。意地というか、価値観の違いだな」

 

 

 「ふーん・・」

 

 

 なぎさも愛矢も完全には納得していないような様子だった。無理もないだろう。睦月自身も、なぜ反対したのか、よく分からないのだから。自分は人を、特に魔法少女を守るために戦うことを決意した。戦いたいという動機でも、魔法少女を救う過程が魔女と戦うことである以上、結果的に魔法少女を救うことに繋がるではないか。そう考えてる自分がいるからだ。いつか、この疑問に対する答えが見つかる日が来るのだろうか。

 

 

 それはともかく、これからは晴人との付き合い方を考えないといけないなと思った。晴人が写真を握ってる以上ベルトを手放せることはできない。しかしだからといって、彼は自分とは考え方が違うだけで別に悪い人には見えない。助けてくれたのも強いのも事実なんだから。とりあえず行動を共にし、様子を見ることが賢明だろうと思った。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 次の日、睦月は晴人に呼び出されて、大学の空教室にいた。

 

 

 「じゃあ、これからの作戦会議を始めようか」

 

 

 「作戦?何の?」

 

 

 「決まってんだろ?魔女を探す為の会議だよ」

 

 

 「! そんなことが出来るのか!?」

 

 

 驚く睦月に対して晴人は得意そうに話を進めた。

 

 

 「お前が今まで会った2体の魔女を見れば大体の傾向が分かるからな」

 

 「傾向…?」

 

 

 「お前が始めて会った魔女、あれの住む空間は、一本道からのばかでかいホールってので間違いないな?」

 

 

 「あぁ」

 

 

 「そして大学に現れた魔女は集団を洗脳させていた」

 

 

 「そうだけど…それがどうしたんだ?」

 

 

 晴人が何を確認しているのかが今一ピンと来ない。

 

 

 「分かんねぇか?つまり、魔女の目的は出来るだけ多くの人間を補食することだ。それも洗脳まがいな事してな。だったら話は簡単だ。最近起こった洗脳のような出来事、そしてその背後に存在する不審死、それらを追えば魔女にたどり着く可能性が高い」

 

 

 「ちょっちょっと待てよ。それはいくらなんでも飛躍し過ぎじゃないか?洗脳みたいな事をした魔女は大学の奴だけで、初めて会った奴はそんなことは無かった。第一最近って具体的にはいつ頃の話だよ?」

 

 

 「お前が始めて魔女に会ったのはいつだ?」

 

 

 「えっと…あの日はバイトだったから…5月22日だと思うけど…」

 

 

 「じゃあ5月22日以降だ。それで調べるぞ」

 

 

 「いやいやいや、ちょっと待てよ!」

 

 

 いい加減頭が痛くなってきた。何で俺が始めて魔女に会った日が基準になる?何でこうサクサクと話が進む?こいつは一体何を考えている?

 

 

 「何だ何だ?もう混乱してきたか?ヒントだったら今までたくさんあっただろうが。魔女とは別にいる鏡の中の怪物、それを従えるライダー、そのライダーが言った"侵入者"という言葉、そしてお前が始めて会った魔女がしなかった集団洗脳」

 

 

 何故今まで話に挙がらなかった鏡の怪物が出てくるのか。睦月はさらに分からなくなった。

 

 

 「あ~あ~あ~あ~ダメだな~ったく。だからお前のgpaは低いんだよ」

 

 

 gpaは関係ないだろ。というかそもそも俺のgpaなんて知らないだろと心中で突っ込みを入れる。

 

 

 「分かったよ。じゃあお前にも分かるように簡単に言ってやる。いいか?魔女は恐らくこの世界の生き物じゃねぇ。5月22日かそれより少し前にやって来た別の世界の生き物だ」

 

 

続く




お仲間も一人増え、遂に魔女の根幹の謎に迫っていきます。


ここから、少しずつ「魔法少女」と「仮面ライダー」との繋がりが深くなっていきます。


お楽しみに!


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第13話 イボリャグロンビリェフデェガウデェンガ登場

 昨日今日と驚くことばかりが起こる。

 

 鏡の中の世界に行ったかと思えばそこにいたライダーに"侵入者"と言われ攻撃をされ、さらにそこにとてつもない力を秘めた女性が乱入。何とか逃げたその直後に晴人が接触。彼がスペードのライダー、ブレイドに変身し、実は彼はライダーの事を既に知っていた事が判明。

 

 これだけで十分腹一杯なのに、魔女が自分の住んでいる世界ではなく別世界の存在だという。ということはつまり、なぎさや愛矢が異世界の人間であることも同時に意味していることになる。

 

 恐らく、この二日間を越える驚きはこれから先無いだろう。

 

 「よくSFとかでパラレルワールドっていう言葉を聞くだろ?恐らく魔女はそれから来たんだろう」

 

 パラレルワールド…並行世界…確かに一度は聞く言葉だが、それは創作の中での話だ。2002年現在、それがあると科学的に証明されたわけじゃないし、そんなものは…

 

 「あり得ない。本当にそう言い切れるか?」

 

 睦月の考えを察知した晴人が言う。

 

 「じゃあお前が変身してるライダーはどうなんだよ?鏡の世界は?魔女は?こんなにオカルト染みたモノが溢れてるってのにどうしてパラレルワールドだけは無いと言い切れる?」

 

 そう言われるとぐうの音も出ないが。

 

 「じゃあ質問だ。魔女が別の世界からやって来たと思う根拠は?」

 

 睦月は訊ねた。

 

 「まずはお前に攻撃してきたというあのライダーだ。あのライダーは鏡の世界にいる怪物を操っていて、お前の事を"侵入者"と呼んでいた。間違いないな?」

 

 「あぁ。俺はこの目であのライダーがサイの化け物を操っているのを見た。だけど完全じゃない。同じころイカの化け物―お前が倒した奴の事だが―もいたんだが、そいつはあのライダーでも操れないようだった」

 

 睦月は答える。それを受けて晴人は続けた。

 

 「まず必要なのはそいつが言ってた"侵入"、それがどういう意味なのかを考えることだ。だってそうだろう?ライダーなんて千差万別だ。どうやってお前個人を"侵入者"特定することが出来たのか」

 

 確かにそうだ。

 

 「俺はこう考えた。"侵入者"かどうかの基準。それは鏡の世界にいる怪物を操る能力の有無なんじゃないかってな。俺たちのライダーには、知っての通り怪物を操る力は無いし、もちろん下僕にすることも出来ない。出来るなら、戦ってる間に何かしらの兆候が見えた筈だからな。そして、そのライダーが怪物を操る能力の無いライダーに変身するお前を"侵入者"と言った事を考えると、怪物を操る能力を持っている事がこの世界のライダーの常識だと取れる」

 

 晴人はさらに続ける。

 

 「つまりまとめると、この世界には元々怪物とライダーは存在した。しかし、怪物というのは鏡の中に生息してる奴らの事でライダーとはその怪物をある程度操れる存在であると言うことだ。逆に言うとその力を持っていない奴は全て異世界からの"侵入者"。具体的に言うと俺とお前。そして容姿が怪物と似ても似つかない以上魔女もまた別の世界の住人だと言えるって訳だ」

 

 なるほど。それなら筋が通る。しかし―、

 

 「仮にそうだとして、何でそれが現れたのが5月22日周辺だと特定できる?」

 

 「捕食の違いだよ」

 

 「捕食?」

 

 睦月は首をひねった。

 

 「魔女の目的が捕食のように、鏡の化け物の目的も捕食だ。だが、魔女は怪物と違い人を自分の空間に閉じ込める。あの空間を捕食場だと仮定するとお前の話を基にするとそれはかなりの大規模なもの、つまり、一度に大量の人間を食うために作られたものだと推測できる。だが、5月22日にお前の前に現れた魔女はなぜかお前だけを誘い込んだ」

 

 そうだ。だから睦月は先ほど否定したのだ。集団洗脳の事件を追えば魔女に会えるということに。

 

 「俺は、こう読んだ。お前のいた場所のすぐ近くにスーパーがあったよな?お前がバイトしてる。あの魔女は元々そこを狙ってたんじゃないかってな。しかし、たまたまお前が近くにいたもんだから撃退された。そう考えると、魔女が大量の捕食を目的にしてるっていう予想は逸脱しないだろ?だから、魔女が異世界から現れた日はお前が初めて敵対した5月22日じゃないかって思ったんだよ。それを裏付けるように5月22日以降に洗脳関係のニュースがまだ小さいが記事に載るようになったしな」

 

 あっと睦月は声を上げた。なるほど。確かにこの考えなら魔女が別の世界からやって来たことも、より効率的に探すなら5月22日以降に起こった洗脳関係の事件を調べることがベターだということにも納得だ。昨日の話からそこまで推測できる晴人に睦月は感心した。見た目頭悪そうだがかなり賢い。

 

 しかしそうなると、一つの疑問が解決されるがまた新たな疑問が生まれる。睦月はそれを口にした。

 

 「お前が言いたいことは分かった。だが、そうなると疑問が一つ」

 

 「?」

 

 「俺が持っているベルトだよ。俺の前にベルトが現れたのは、5月15日、魔女が現れるちょうど一週間前だ。とすると、魔女が現れたのは偶然ではなく前から予期されていたことだと分かる。このベルトと魔女、この二つにどういう関係があるんだ?見た目的にはむしろこの世界に元からいたライダーの方に近いっていうのに」

 

 「俺もそれは思ったが今の段階では何とも言えないなぁ。数あるパラレルワールドの中でもこの世界を選んだからにはそれなりの理由があるのだろうが、それを推理するには情報が少なすぎる」

 

 睦月は晴人の話を聞きながら、ベルトが目の前に現れた日に見た夢を思い出していた。

 

 『君こそが絶望に囚われている子達を解放することができる唯一の存在なんだ』

 

 夢で男はこう言った。あの男は魔女が現れる一週間前からその存在を、正体を、この世界に現れることを知っていた。一体何者なのだろうか・・・?

 

 「まぁそれは置いといてだ」

 

 晴人が考えを遮るように言った。

 

 「洗脳事件の裏に魔女ありって事が分かってくれたなら早速行動開始だ」

 

 「当てでもあるのか?」

 

 「当たり前だろ。そんなのとっくに調べてあるに決まってるじゃねぇか」

 

 そう言うと晴人は懐から手帳を取り出した。

 

 「色々とそれっぽいのがあったぜ。飲むだけで幸福になれる水を扱った新興宗教、一度入ると何かを燃やさずにはいられなくなる炎のビル、自殺支援サイトKill」

 

 どれも物騒だ。

 

 「まぁしかし、この3つはここから少し遠い所にあるから無理だ。だから今日は一番近いここに行こうと思う。呪われた体育館だ」

 

 「呪われた体育館?」

 

 「オカルトサイトに最近投稿されたモノだ。大学から一キロ程離れた場所にある廃校になった中学校があるんだが、5月24日から、立ち入り禁止になっているにも関わらずそこに侵入する人が急増したらしい。しかも皆―正確には4人が―飛び降り自殺で亡くなっている。皆、自殺をするほど追い詰められてはいなかったという話だ。時期を考えても、魔女が現れた時期と一致する。今日はそこを調べに行こうぜ!」

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 そして睦月と晴人の二人は問題の中学校へやって来た。廃校になったとはいえ、そうなったのは一年ほど前らしく、校門の一部のペンキが剥がれ落ちていることを除けばあまり廃れている風では無かった。

 

 「で?体育館はどこにあるんだ?」

 

 「この学校の裏門のすぐそばだ。そこの鍵は壊れていてな、裏門からなら自由に出入りできるんだ。自殺した4人も、そこから侵入したらしい」

 

 そんな会話をしながら、二人は裏門をくぐり、体育館の前に来た。本校舎と同様にまだそこまで廃れた感じはなく、まだまだ現役で使えそうだった。

 

 「本当にここに魔女がいるのか?」

 

 「さぁな。ここはあくまで居そうな場所ってだけだからな。本当に偶然の事故ってだけの可能性もあるから何とも言えん」

 

 晴人は体育館の入り口ドアに手を掛け、横にスライドさせてドアを開けた。西日が体育館内を照らし、中が茜色に染まる。

 

 「ん~、特に変わった感じは・・・!?」

 

 睦月が辺りを見渡すと、ちょうどステージの反対に位置する体育館の二階、そこから一人の少女が身を乗り出していた。

 

「やめろ!変身!」

 

『♧Open Up』

 

 急いでレンゲルに変身した睦月は少女が床に激突する寸前で何とかその身をキャッチした。

 

 「おい、大丈夫か!?」

 

 返事はないが死んではいない。どうやら気を失っているようだった。そして彼女の首もとを見ると―、

 

 晴人が睦月の元に駆け寄った。

 

 「おいおい、すげぇタイミングだな。ちょうど自殺する瞬間とは」

 

 「いや、これは自殺じゃない」

 

 睦月は静かに言った。

 

 「あぁ?」

 

 「彼女の首もとを見ろ。妙なタトゥーがあるだろ?思い出したんだ。大学に現れた魔女、あれに洗脳された人たちも同じようにタトゥーが彫られてあった」

 

 「じゃあ…」

 

 「あぁ、どうやらお前の予想は当たっていたらしい」

 

 そんな話をしている間に体育館がどんどん歪な空間になっていくのが分かった。

 

 「魔女の登場だ」

 

 その魔女はとても歪な風貌をしていた。曲がりくねった螺旋階段の上にそれに釣り合わない大きさで何もかかれていない球体。左右には腕ではなく、スニーカーを履いた脚が伸びていた。

 

 階段の魔女 Stant(ステアント)

 

 「何だぁ?この幼稚園児が作ったようなのっぺらぼうは?」

 

 「魔女は皆こんな風だよ。とにかくやるぞ!」

 

 「ヘッ!了解」

 

 晴人もまた、ベルトを巻いた。

 

 「変身!」

 

 『♤Turn Up』

 

 左右に仮面ライダーレンゲル、そしてブレイドが並ぶ。

 

 「それじゃ、今日は共闘で行くぜ!」

 

 そして二人は飛び出して行った。

 

 魔女は脚を大きく広げ、何もなかった場所から4つの歯車を出した。

 

 「ん?何だあれは?」

 

 いや、それは正確には歯車では無かった。魔女の頭部に付いている球体。そこから無数の脚が伸びていて、歯車に見えただけだった。それを魔女は一気に発射した。

 

 二人は反射的にそれをかわしたが、歯車はあちこちに反射し、再び二人を襲った。

 

 睦月はそれも何とかかわしたが、尚も歯車は襲いかかってきた。

 

 「チッ、めんどくせぇな」

 

 対して晴人は悪態をつきながらカードを取り出した。

 

 『♤2 SLASH』

 

 晴人はラウザーの攻撃力を上げ、歯車を叩き斬ろうとした。しかし―、

 

 「なっ!?こいつは…グハッ!」

 

 物凄い速さで回転している脚の遠心力によって斬ることは叶わず、逆に押し負けてしまった。

 

 「ならこれだ」

 

 『♤7 METAL』

 

 晴人は体を硬化させた。しかし、それでも歯車を防ぐことはできず、降っとんでしまった。

 

 「がぁぁ!」

 

 睦月はかわしながら呼び掛けた。

 

 「晴人!」

 

 「大丈夫だよ。だが気を付けろ!見ての通り、こいつの気味悪い歯車は受け止めたらダメだ!かわし続けるしかねぇ!」

 

 「だったら―、」

 

 睦月は♧の7のカードを取り出した。黒猫の魔女の時の様に体を液状化させて一気に近づこうとしたのだ。しかし、カードをスキャンしようと少し目を放した所を階段の魔女は見逃さなかった。死角から睦月の所へ歯車が飛んできて、それがまさにスキャンしようとしていた右腕に当たった。

 

 「あがっ! しまった!」

 

 さらに最悪なことに、その歯車が床に反射し、そのまま睦月の懐に突っ込んできた。歯車の軌道に逆らうことはできず、睦月はそのまま体育館の壁に激突した。

 

 「ガハッ!」

 

 「まずいな、これは・・・」

 

 睦月は思わず呟いた。二人もいて、未だに魔女に一太刀も浴びせていない。無限にバウンドする歯車に翻弄されて、完全に防戦一方だ。おまけに先ほどの攻撃でGELのカードも落としてしまった。これでは突破も難しい。

 

 「手詰まり・・か・・・?」

 

 「いや、まだそうとは言い切れねぇぜ?」

 

 「えっ・・?」

 

 睦月はふと晴人を見た。晴人はこの状況を非常に楽しんでいるようだった。ブレイドに変身しているため表情は見えないが、笑みを浮かべていることが容易に想像できるほどに。

 

 「今の攻撃でハッキリした。この歯車は武器じゃねぇ。使い魔だ」

 

 「えっ・・・?何でそれが分かる!?」

 

 「お前の手首に当たったあの歯車。そのまま床をバウンドしてお前自身を攻撃しただろ?それはおかしいんだ。あの角度で床に当たれば、本来ならお前のいる場所とは逆方向に飛んでいくはずなんだ。それにそもそも永遠に速度を保ったままバウンドするなんてあり得ねぇんだよ。摩擦とかで普通は減速する。俺らがこうして立てるんだから、摩擦は普通に働いているはずなのによぉ」

 

 「いやでもそれは、ここは魔女の空間だから独自の物理法則が働いているだけだとも・・」

 

 「馬鹿野郎!独自の物理法則を持ってるならここは最早完全に別世界だ。そんなものを作れるほどのエネルギーを持ってるなら、そもそも魔女なんてもんは一体も倒せねぇんだよ。お前が2体も倒した以上、魔女の空間っていうのは俺らの世界をベースに作られてるっていうのを考えるのが自然だ。つまり、物理法則もそのまま魔女の世界にも当てはめられる」

 

 「・・・・・・・・」

 

 「相手が無機物ではなく意思のある生物なら話は別だ。いくらでも仕掛けられる!」

 

 睦月はただ感心していた。今まで魔女は地球に風が吹くのと同じようにただいるからいる、空間は魔女が作ったモノとしか考えてなく、それ以上を考えようともしなかった。しかし晴人はこの状況でも“何でここにいるのか”“この空間にはどういうルールがあるのか”、そういったことを冷静に分析し、反撃に繋がる糸口を必死に模索していたのだ。ただ闇雲に戦っていた睦月とは違って。

 

 「お前・・・一体何者だ?」

 

 「ん? あぁ、言い忘れたが、俺、今の大学に来る前に別の大学にいたんだよ。中退って奴だ。だけど、前の大学では物理を専攻していて、空間についての研究していた。だから、こういう未知の場所っていうのは、テンションが上がるんだよねぇ!」

 

 ヒュッと晴人は口笛を吹いた。それを見て睦月の口から自然と笑みがこぼれた。

 

 「おい晴人、教えろ。この状況はどうやったら打破できる?」

 

 「ヘッ!やっとやる気を出したか。なら、作戦を伝える!戦闘中だからな、手短に行くぞ!」

 

 「それじゃ、協力プレイ、リベンジマッチと行こうぜ!」

 

 「おう!」

 

 そして再び、二人は突進していった。

 

 歯車、いや、使い魔は先ほどと同様にバウンドを繰り返してそれぞれの目の前に現れた。

 

 (「あいつは死角からの不意打ちが好きだ。だから初手はあえて躱しやすい正面から狙ってくる」)

 

 睦月は特攻前に事前に手に持っていたカードを一枚スラッシュした。

 

『♧6 BLIZZARD』

 

 (「だから、それは躱さず、お前の技で一体凍らせろ!」)

 

 続けて晴人がこれもまた事前に手に持っていたカードをスラッシュさせた。

 

『♤5 KICK』

 

 (「お前はそのまま、俺は♤5の力でジャンプ力を上昇させ、そこを一気に突破する!」)

 

 晴人は睦月が凍らされた使い魔に近づき、そのまま回し蹴りを与え、砕いた。

(「そうすると、初めに俺に近づいてきた使い魔が俺たち二人を狙って追いかけてくるだろう。そいつに―、」)

 

『♧8 POISON』

 

 (「お前の毒を浴びせろ!」)

 

 毒は効果があったようだった。脚に掛かった毒によって使い魔が苦しみ、回転速度が遅くなっているのが分かった。

 

 (「あいつらはあらゆる物理攻撃を弾く。なら当たるだけで効果の出るやつが一番効果的だ」)

 

 残り二体の使い魔が二人の左右上から同時に襲い掛かって来た。

 

 (「そうなるとあいつらもなりふりかまっていられねぇ。別々に動いていた奴らが俺たちの下に集まってくるはずだ。そうなったら―、」)

 

『♧9 SMOG』

 

 (「まずは目くらまし!」)

 

『♤9 MACH』

 

 晴人はカードをスラッシュしたのち、睦月のレンゲルラウザーをつかんだ。

 

 (「スピードで一気に突破する!」)

 

 そして二人は張ったばかりの煙幕を抜けた。

 

 (「煙幕目くらまししたから、まさか煙幕から抜けるために煙幕を張ったとは思わない。だから煙幕にそのまま入っていって、お互いに衝突するって寸法だ!」)

 

 二人はそのまま魔女の下にまっすぐ走っていった。

 

 (「魔女だけになってしまえばこっちのものだ!魔女が何をしようが関係ねぇ!敵が一体って状況になれば、俺の切り札が使える!」)

 

 魔女は再び両脚を広げた。

 

 「無駄だぜ!」

 

 晴人はラウザーを開き、カードを一枚取り出した。

 

 『♤10 TIME』

 

 (「物理法則が俺らと同じってことは時間の流れも同じってことだ。つまり、このカードも使える!」)

 

 そしてラウザーを魔女に向けた。すると魔女は両脚を広げたまま動かなくなった。『♤10 TIME』、これはラウザーを向けた相手の時間を一分だけ止められる効果を持っていた。しかし、時間を止めている間、ブレイドはずっとラウザーを対象に向けなければならないので本人の動きがかなり制限されるという、『♧7 GEL』と同様にかなり癖のあるカードだった。それを晴人は最高のコンディションを整えて使った。

 

 「今だ!一発かませ!」

 

 「了解!」

 

 『♧4 RUSH』 『♧6 BLIZZARD』 『♧8 POISON』

 『ブリザードゲノム』

 

 睦月は大きくジャンプし、ラウザーを構えて魔女の体の中央部に突き刺した。魔女はどこから出したのか分からない奇声を発し、そのまま床に崩れ落ちた。

 

 魔女の空間は消え去り、元の体育館に戻った。睦月は先ほど落とした♧7のカード、そしてグリーフシードを拾い、変身解除した。晴人も同様に変身解除した。

 

 「やったな」

 

 晴人はそう言って、手を差し出した。

 

 「おう!」

 

 そして睦月と晴人はハイタッチした。

 

 “戦いたい”、ただそれだけの理由で変身した晴人には不快感を持ったし、それは今も残っている。だけど、彼の戦闘での頭の回転の早さ、そしてカードの効果を最大限に発揮させる応用力にはただただ感心するばかりだった。彼と一緒に戦えばもっと強くなる、睦月はそう感じた。

 

 「さてと、魔女を倒したはいいが、彼女はどうしようか?」

 

 晴人は自殺未遂をし、気を失っている彼女を見て尋ねた。

 

 「俺たちが他のライダーから目を付けられてる以上、目立つ行動は避けたいけど、このままにはしておけないだろう。救急車だけ呼んで帰ろう。彼女をグリーフシードから解放するのはその後だ」

 

 「だな」

 

 晴人は近くの公衆電話で救急車を呼び、その場を去った。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 二人はそのままアパート近くの茂みに来た。

 

 「誰もいないな?」

 

 「あぁ、さっさと解放してやろうぜ」

 

 睦月はグリーフシードからREMOTEの力でその中で眠っている少女を解放しようとしていた。三度目とはいえ、慣れない。緊張する。

 

 「おい、早くしろよ」

 

 「分かってる。せかすなよ。じゃあ、行くよ」

 

 晴人は頷いた。

 

 睦月は大きく深呼吸して、カードをスラッシュした。

 

『♧10 REMOTE』

 

 カードから一筋の光が伸びて、それがグリーフシードに当たり、輝きだした。そしてそれが一人の少女を形作った。睦月は彼女を優しく受け止めた。

 

 彼女は水色の長い髪にオレンジと水色のパーカーを着た、高校生くらいの少女だった。彼女もまた、なぎさや愛矢と同様に眠っているようだった。

 

 「さてと、それじゃあ部屋に運ぼうか。なぎさちゃんはともかく、愛矢にはどう説明しようか・・」

 

 ガサッ

 

 「!!?」

 

 そう考えていた時だった。二人のいる茂みの後方から大きな物音が聞こえた。振り返ると、

 

 「あ・・・!」

 

 そこにはなぎさと、買い物袋を持ったままただ茫然と立ち尽くす愛矢の姿があった。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 魔女が現れた学校に警察の出入りが慌ただしくあった。晴人は救急車だけに通報したが、最近頻発してこの学校で自殺事件が起こっていたため、警察が念のため捜査に当たったのである。

 

 「覚えてない?」

 

 救急車の中、そこに自殺未遂を犯した少女、そして二人の警察の姿があった。検査の結果特に異状は無く、彼女は救急車が到着するより前には既に目を覚ましていたため、軽い事情聴取を受けさせられていた。

 

 「はい、私が何であの場所に行ったのか全く記憶が無いんです。私はただ、この前を歩いていただけで、本当なんです!何で、あんなことをしたのか・・・」

 

 彼女はそのまま涙を流し、体を小刻みに震わせた。

 

 「すいません、これ以上聞くのは・・」

 

 車内にいた医者がそう声かけた。

 

 「そうだな。ありがとうございました」

 

 警察を二人残し、救急車は病院へ向かった。検査では異常は無かったが、一応一日入院させるらしい。

 

 「塚田さん、似ていると思わないか?」

 

 警察の一人、須藤雅史が相方の刑事に問いかけた。

 

 「何がですか?」

 

 「この近くの大学で起きた生徒昏倒事件にですよ。規模は違いますが、どちらも原因不明で倒れていて、もちろんその後の検査でも異常は見られない。そしてどちらも通報者が不明」

 

 「あっ・・・確かにそうですね」

 

 そして口には出さないが須藤にはもう一つ気にかかることがあった。これらの事件は5月22日、つまり、神崎士郎が侵入者を捜せと言ってきた後から起こった。起こったと言ってもまだ二度目だからただの偶然という可能性もあるが、この原因が世間では行方不明事件と扱われている事件と同じだったら?つまり、これらの事件が“侵入者”、そして“10の怪物”の仕業だとしたら?

 

 須藤はどうしてもその可能性を拭いきれなかった。

 

続く




<補足説明>
 蟹刑事・・・じゃなくて須藤雅史は、一刻も早くライダーバトルを再開させようと、“侵入者”と“10の怪物”について警察の力で調べようとしています。
 そのため、コネなどを利用して警視庁の捜査一課に転属しました。


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第14話 "revolution"

 愛矢が初めて睦月達にオムライスを作ってから、料理は彼女の担当になった。焼き魚、麻婆豆腐、カレーなど彼女が作る料理はどれも美味しく、彼女の作る料理が毎日の楽しみだった。特に美味しいのが洋食で、それは和食や中華とは一線を置く美味しさだった。目玉焼きは絶妙な黄身加減だし―一度食べてから朝は目玉焼きが日課になった―、スパゲッティはソースをトマトから作るこだわり仕様で程よい酸味がいいアクセントになっている。

 

 今日は睦月の給料日なので、ハンバーグにしようとなぎさと一緒にスーパーに出掛けていた。

 

 その帰りだった。家の前にある茂み。そこが突然光だした。

 

 「何?あれ?」

 

 それを見てなぎさは慌てていたようだった。

 

 「何でもないと思うのです。さ、早く家に帰るのです」

 

 何でもないのに光る訳がない。愛矢は好奇心に駆られ、光の方向に向かって走り出した。

 

 「愛矢!」

 

 なぎさは慌てて追いかけてきた。

 

 軽い興味だった。光の原因をチラとでも見たら帰ろうと思っていた。しかし、愛矢が目にしたのは、予想だにしない光景だった。

 

 光が徐々に収束していき、一人の少女を形作って行った。そしてそれを晴人、そしてレンゲルに変身していた睦月がただ黙って眺めていたのだった。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 「睦月・・・さん・・・」

 

 しばらく茫然と見つめた後、彼女は静かに口を開いた。

 

 「愛矢、ええと、これは・・・」

 

 あまりにも突然な事、それも一番見られてほしくないモノを見られて、睦月はしどろもどろになった。しかし、その反応こそが、愛矢の求めた答えだった。

 

 愛矢は買い物袋もその場に落とし、そのまま駆けだした。

 

 「愛矢!」

 

 なぎさは急いで追いかけた。睦月はサッと晴人を見ると、

 

 「彼女を頼む。俺の家に運んでおいてくれ」

 

 そう言って、鍵と先ほどグリーフシードから出て来た少女を晴人に預け、睦月も二人の後を追った。

 

 そしてたどり着いたのは公園―晴人が初めてブレイドに変身した場所―だった。愛矢はベンチに崩れるように腰を下ろした。

 

 「愛矢・・・」

 

 「来ないで!」

 

 近づこうとする睦月に向かって愛矢は声を張り上げた。

 

 「ねぇ、何なの?さっきのは・・あの光は何?私は家の前で倒れてたんじゃなかったの?私も、そうやって生まれたの?ねぇ、答えてよ。知ってるんでしょ?私って、何者なの?あなたは一体、何をしているの?」

 

 ここに来るまでに、どう言うべきか悩んだ。彼女は怪物に閉じ込められてた人で、愛矢も同じなんだとかそういうことを話そうとも思ったが、彼女の状態を見て、何が正解なのか分からなくなった。

 

 やがて、なぎさが一歩前に出て言った。

 

 「愛矢、あなたは、魔法少女だったのです」

 

 「なぎさちゃん!それは・・・」

 

 「睦月、もう愛矢には本当のことを話さないといけないと思うのです。そうしないと、きっと、分かってくれないのです」

 

 「魔法・・・少女・・・?」

 

 愛矢が静かに聞いた。

 

 そしてなぎさは、全てを話した。キュウベエという名前の生き物と契約を交わして魔法少女になったこと、魔女の事、そして、レンゲルの事、知っていることの全てを。

 

 「魔法少女・・・魔女・・・?何それ?じゃあ、睦月さんが政府の命令で鏡の中にいる怪物と倒してるって話は・・・」

 

 「ごめん。嘘だったんだ。鏡の中に、確かに怪物は存在するが、それを秘密に退治しろなんて命令は受けてないし、そのつもりもない。俺の目的は、魔女になった人たちを救う事なんだ」

 

 愛矢は、天を仰いで、乾いた笑い声を上げた。

 

 「そう、そうだったのね。おかしいと思ってたのよ。秘密で退治しろと言ってる割には一般人だった晴人さんを簡単に仲間に入れちゃったし、今思えば、彼に事情を話すのも、わざわざ私たちのいない所で話す所も不自然だったしね。そっか・・・私は魔女・・鏡の怪物と変わらない怪物・・・人間じゃ・・・無かったんだ・・」

 

 「愛矢、それは・・・」

 

 「だってそうでしょ!!!!??あなたたちの話の通りなら、私は魔女として、怪物として!何の罪もない人たちを殺してたってことでしょ!!?あなたのことだって殺そうとしたってことじゃない!!!なのに何で・・何で私を助けたのよぉ・・・」

 

 愛矢は歯を食いしばり、静かに涙を流した。

 

 それを見て睦月は、何て声を掛けたらいいのかまた分からなくなった。

 

 太陽が徐々に西に沈んでいき、夜のとばりが降りようとしている。しかし、誰も動こうとしなかった。

 

 なぎさは小さく震えていた。彼女は震えを抑えようと、右腕を左手で強く握った。

 

 ―ダメ・・この考えはダメ・・・もし、それを吐き出しちゃったらもう・・・―

 

 なぎさは何度か小さく深呼吸し、それを抑え込むと、愛矢に向かって言った。

 

 「愛矢。なぎさも、同じなのです」

 

 「えっ・・・?」

 

 「なぎさも愛矢と同じで、魔法少女だったのです。―そして、愛矢と同じで魔女になったのです」

 

 「―――――!」

 

 「そして、愛矢と同じで睦月に助けてもらったのです。なぎさは、睦月に助けてもらって感謝しているのです。助けてもらったことに対して、何の文句もありません」

 

 「―何で・・そう言えるの?」

 

 「睦月は、なぎさを独りにしなかったから」

 

 「独り・・・?」

 

 「実はなぎさには、魔法少女になる前の記憶が無いのです。どんな家に住んでいたのか、お父さんやお母さんはどんな人だったのか、そういうのが全部抜け落ちているのです。覚えていることは、独りぼっちだったこと」

 

 「――――――――」

 

 「誰にも会わないで、誰とも喋らないで、たった独りでずっと魔女と戦っていたのです。暗くて、怖くて、それでも頑張って。だけど、無理で。そして気が付いたら魔力切れか何かで魔女になっていたのです」

 

 「―――――そんな・・・」

 

 「でも、睦月に助けられてからは違うのです。睦月は、なぎさの側にずっといてくれました。それはとても暖かくて、明るかったのです。それに、睦月に初めて会った時、睦月はなぎさのことを人間だって言ってくれました。その言葉だけで、なぎさは満足なのです」

 

 そしてなぎさは愛矢の下に近づいた。

 

 「なぎさは、愛矢のことを悪い魔女だなんてこれっぽっちも思っていないのです。愛矢は、とても優しくて、頑張り屋で、いつもなぎさや睦月のためにおいしいごはんを作ってくれる愛矢なのです。それとも愛矢には、なぎさが悪い魔女に見えるのですか?」

 

 愛矢は、涙を流したままそっと顔を上げた。そこには、優しく微笑んだなぎさの笑顔があった。愛矢の、一番好きな顔だった。

 

 愛矢の中で、何かが少しずつ溶けていくのを感じた。それを感じながら、愛矢はゆっくりと首を振った。それを見て、なぎさは満足そうにうなずき、

 

 「じゃあ問題ないのです!愛矢、一緒に帰るのです!」

 

 「・・・・・・うん」

 

 愛矢は頷いた。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 愛矢は、家路に歩きながらそっと言った。

 

 「睦月さん、さっきは、ひどいこと言ってごめんなさい」

 

 「いや、謝るのは俺の方だ。俺が何も考えていないのが問題だった」

 

 そして睦月は、家に着く前に話さなければいけないことを、しかし、とても言いづらいことをおずおずと切り出した。

 

 「あのさ、愛矢、なぎさちゃん・・・」

 

 「大丈夫よ。今日助けたあの子には、魔女の事はしばらく黙っておくわ」

 

 察したように愛矢は言った。

 

 「えっ・・・?」

 

 「自分が誰なのかっていうのは知りたいかもしれないけど、目が覚めたばかりで混乱している時にそれを話すのはさすがに酷よね。私も、今日は辛かったし。だから、しばらくは黙ってるわ。だけど―、」

 

 「あぁ、分かってる」

 

 睦月は頷いた。今まで睦月は、魔法少女や魔女に関する記憶が無いのなら、それにこしたことはないと思っていた。永遠に、秘密にできればいいと。

 

 だけど、それは不可能だ。秘密はいずればれる。だから、どこかで明かさなければならない。

 

 それは彼女たちにとってとても苦しい事になるだろうけど、それはきっと、なぎさや愛矢、睦月とクインテットの皆と一緒なら乗り越えられる。

 

 手を繋ぎながら歩くなぎさと愛矢の姿を見て、睦月は強くそう思った。

 

 

続く

 




最近、投稿する時間が遅くなってるな・・・。

毎週連載の約束が守れるように精進するのでこれからも応援よろしくお願いします。


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第15話 青春スイッチ・オン!

グランドジオウの待機音がめちゃくちゃ素晴らしい件


 それから数時間後に、彼女は目を覚ました。彼女は、角無 舞花(かどなし まいか)と名乗ったが、愛矢と同様に、それ以外の事は全く覚えていなかった。

 

 記憶が無いまま目覚めて早々、自分が魔女だったと明かすのは酷なので、今は黙っている。だけど、いつかしっかりと明かすつもりだ。

 

 彼女には愛矢と同様に自分は政府から特命を受けた戦士で、鏡の中にいる怪物と戦っていて、その時保護したと伝えた。

 

 そして彼女は現在―、

 

 「おかわり!」

 

 「えっ?またぁ!?」

 

 こんな風にご飯を何杯も食べているこれで4杯目だ。

 

 「愛矢ちゃんのハンバーグ、凄く美味しいわよ!一口だけでご飯何口もいけるわ!」

 

 初めは記憶が無いことがショックで脱け殻のような状態になっていたのだが、ハンバーグを一口食べてから豹変し、クレシェンドのごとくどんどん元気になっていった。

 

 今は元気がトップギアだ。これだけ見ると、記憶喪失だと言うことも忘れてしまうほどに。

 

 「何かもう、すっごい元気だね」

 

 ぶしつけだと思いながら睦月はふと口にした。

 

 「だって本当に美味しいんだもん!こんなに美味しいモノなら嫌~な顔して食べるのは食材にも愛矢ちゃんにも失礼じゃない!」

 

 そしてハンバーグを一口頬張り言った。

 

 「それにしても、愛矢ちゃんも確か記憶喪失なのよね?なのにこんな美味しい料理作れるってどうやって学んだの?本?」

 

 舞花には、愛矢となぎさが記憶喪失だということは伝えてある。隠しても一緒に暮らしていけばいずれバレると思ったからだ。

 

 と言っても、彼女には二人は舞花と同じように鏡の中の怪物から救出した人達と言っているので騙してはいるのだが。

 

 「いや、本というよりは…う~ん、感覚でかな?体が覚えてるというか」

 

 「感覚!?凄っ!じゃあやっぱり記憶失くす前はコックだったとかかな?将来はレストラン開いてたり!」

 

 「いや、そこまでは…私より上手い人だってきっといるだろうし」

 

 「そんな事無いわよ!絶っっっっっ対繁盛すると思うわ」

 

 「それはなぎさも思うのです」

 

 横からなぎさが口を出した。

 

 「そうよね!あなた見る目あるわ!あなたならきっとグルメ評論家になれるわ!」

 

 そんなやり取りを見て、

 

 「まったく、賑やかだなぁ?こんな食卓はいつ以来だ?」

 

 と晴人は呟いた。

 

 「と言うかお前、今さらだけど何で俺んちで飯食ってんだよ?」

 

 「あ?んな事言っていいのか?眠ってる千翼をここまで運んでやったのは俺だぞ?飯位サービスしてくれたっていいだろ?女の子とはいえ結構重かったんだからな」

 

 「そうそう。晴人さんは私の恩人の一人なんだからご飯位誘わないと!」

 

 それを作ってるのが愛矢で、お金は睦月から出てる訳だが…

 

 「て、重いって何よ重いって!」

 

 そして突っ込みが遅い。

 

 「いいのよ。記憶を取り戻すのに栄養をたっぷり使うんだから」

 

 そんな感じで、その日の食卓はいつも以上に賑やかだった。舞花も、初めは記憶が無い事に戸惑ってたようだったが、何とか受け入れてるようだった。

 

 もちろん、完全に不安が取れた訳では無いだろうけど、元気になったのはよかった。

 

 「おかわり!」

 

 だけどもうちょっと食欲を抑えて欲しい。今月の食費が…。

 

 「睦月、俺もおかわり頼むぜ」

 

 お前はもう少し遠慮しろ。

 

 『デカい!広い!豪快!きらびやかなボディに熱い熱狂!新型テーマパーク・レント!好評営業中!』

 

 ふとテレビを見ると、明るいbgmと共にそんなcmが流れていた。屋内でもあらゆるスポーツが出来、老若男女問わず人気のある施設だった。

 

 そのcmを見たとき、舞花の目が一層キラキラした。

 

 「ねぇ、今の!行きたい!凄く行きたい!」

 

 「えっ あっ、でも確かこの近くにも支店が出来たって言ってたっけなぁ?」

 

 「じゃあ決定!行きましょうね!」

 

 「いや、おい!」

 

 しかしその時はなぎさと愛矢も多少興味を持ったようだったので、まぁいいかと思った。

 

 舞花がここに馴染むのにも―もう必要ないとも思うが―ぴったりの場所だし、何か思い出すかもしれないからだ。

 

 それにしても―と、睦月は思った。

 

 彼女の魔女が出たのは廃校になった体育館だった。そして、性格を見る限り明らかにアクティブ系の女子だ。もしかしたら彼女は何かのスポーツ選手だったのではないだろうか。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 日曜日。舞花のリクエストで、睦月となぎさ、愛矢、舞花、そして晴人はレントへ出掛けた。

 

 「あの、何で晴人も一緒にいるの?」

 

 「俺も興味あったからな。いい機会だと思ったからだ。安心しろよ。自分の分の代金はちゃんと払うからよ」

 

 それしなかったらそもそも連れてきて無いわ!と、睦月は思った。

 

 そんな事を話している間に目的の施設へとたどり着いた。

 

 「さぁ、おもいっきり遊ぶわよ!」

 

 舞花の宣言と共に5人は中に入った。そして、睦月の考えが正しかった事が明らかになった。

 

~ボウリング~

 spair!

 「ヨシッ!」

 

 strike!

 「ウッキャァァァ~!」

 

 「おいおい、マジか」

 

 「今の所全部スペアかストライクなのです」

 

 「あの子ってもしかしてボウリングの選手だった…とか?」

 

~バッティングセンター~

 「最初に言っておく。私はホームランを打つ!」

 

 カキーン!

 

 「ウッキャァァァ~!」

 

 「本当に…打っちゃった…」

 

~テニス~

 パコーン!パコーン!パコーン!

 

 「(いいラリーだ。これなら…)」

 

 「愛矢、待たせたわね。行くわよ!私の必殺技!スペシャルショット!」

 

 ダーン!

 

 睦月は風を感じた。

 

 「イヤッタァァァァァァ!愛矢、ハイタッチ!」

 

 パァン!

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 「さて、次はどこ行く?」

 

 5人は今、施設内にあったレストランでお昼休憩を取っていた。

 

 「凄いな、まだ遊び足りないのか」

 

 晴人は感心したように言った。

 

 「舞花は本当に凄いのです!ボウリングも野球もテニスも、全部大活躍だったじゃないですか!?」

 

 「うーん、何かね~、愛矢と同じで、体が覚えていたぽいのよねぇ。私ってもしかして、オリンピックの選手とかだったりして!」

 

 舞花はいたずらぽく笑った。

 

 「さて次は~、これね!」

 

 こうして次に来たのはバレーボールコートだった。

 

 舞花と晴人チーム、睦月となぎさ、愛矢のチームに分かれた。

 

 「先行は俺だ!」

 

 睦月はそう言ってボールを高く上げて、サーブをした。

 

 「よっと!おぉ!?」

 

 晴人はレシーブしたが、うっかりコートの後ろの方へボールを流してしまった。

 

 「任せて!」

 

 舞花は素早く動いて、そのままレシーブし、相手のコートにボールを送る。

 

 「えぇ!?」

 

 まさか返されるとは思わなかった睦月はギリギリの所でレシーブ。それは再び千翼のコートに返された。

 

 そして舞花はジャンプして、

 

 「これで、終わりよ!」

 

 舞花はそのままアタックした。そのスピードに対応できず、ボールは睦月のチームのコートに落ちた。

 

 「やったぁぁぁぁ!1ポイント!」

 

 「マジかよ…」

 

 そこからはあっという間だった。レシーブは正確な位置に全て持っていったし、ブロックは鉄壁、そしてアタックは適格だし何よりそれを受けたボールは比べ物にならないくらい速くなる。

 

 今までの事から、バレーボールも舞花は凄いプレイをすると思っていたが、それを遥かに上回る振る舞いを見せた。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 「ふぅ~、いい汗かいた~!」

 

 時刻は20時を少し回った所。5人は帰りの電車の中にいた。

 

 「まさか午後からずっとバレーをやらされる事になるとは思わなかったぜ」

 

 「えへへ、ごめんね、晴人。何か楽しくってさぁ、止められなかったのよねぇ」

 

 初戦は晴人と舞花チームの圧勝。それからチームを変えたりして何度もやったが、舞花のチームが全戦全勝という結果に終わった。

 

 「なぎさは、楽しかったから全然良かったのです」

 

 「そうね。私も。それにしても舞花さんのバレーの腕は相当ね。他のも凄かったけど、これはそれ以上だったわ」

 

 「フフっ、ま、私に掛かればこんなもんよ!きっと、記憶失くす前はバレーの選手だったのかもねぇ!サイン貰うなら今のうちよ!」

 

 舞花が鼻高々に言った時だった。

 

 「ん?」

 

 舞花が耳に手を当てて首を傾げた。

 

 「どした?」

 

 睦月がそれとなく聞いた。

 

 「睦月は感じない?この音。電車?さっきまで聞こえてたかしら?何か頭に直接響いてくるような」

 

 睦月はハッとして辺りを見渡した。なぎさと愛矢も同じく聞こえているようだった。

 

 「睦月さん、これって・・・」

 

 それと同時に電車が駅に着いた。

 

 キーン、キーン、キーン、キーン…

 

 睦月、そして晴人にもようやく聞こえた。

 

 「ごめん、皆先に帰ってて!」

 

 睦月は急いでそういうと晴人と共にその駅に降りた。

 

 「この音、恐らくこの駅の近く・・こっちだ!睦月!」

 

 駅から少し離れた所にある暗い路地、見るとそこにスーツを着たサラリーマンが一人歩いていた。

 

 キーン、キーン、キーン、キーン…

 

 その音と共に、路地にあったカーブミラーから一匹のモンスターが飛び出してきた。

 

 「危ない!」

 

 睦月はとっさにその男性を突き飛ばした。危機一髪、モンスターから一撃を食らわれることは無かった。

 

 「うわ、うわぁぁぁぁ!!」

 

 「早く逃げろ!」

 

 その男性は泡を食ったように逃げ出した。

 

 そのモンスターは頭に黒いトサカを生やしたシマウマのような風貌のモンスターだった。しかし、睦月が以前あったモノとは違い、全体はくすんだブロンズ色で、手首には剣ではなく、盾のようなものが付いていた。

 

 ミラーモンスター、ゼブラスカルブロンズ

 

 「行くぞ晴人!」

 

 「了解」

 

 「「変身!!」」

 

 『♧Open Up』 『♤Turn Up』

 

 それぞれレンゲル、ブレイドに変身し、ラウザーを構えて特攻した。

 

 睦月はレンゲルラウザーをぶつけた。それはゼブラスカルの盾で防がれる。しかし、今回は二対一だ。すかさず晴人が盾の隙間から蹴りを入れ、モンスターは後ずさった。

 

 すかさず睦月はレンゲルラウザーで突いた。さらに二発、三発と連続で攻撃を入れていく。

 

 「よし、このままとどm」

 

 そう言った時、新たなモンスターが二体鏡から飛び出してきた。

 

 「なっ!」

 

 突然の不意打ちに二人は打撃を食らってしまう。

 

 両者共にガゼルのような風貌をしているが一方は紫と黒を基調とした色合いで、頭にはドリル状の角、手には二股に分かれたドリルの槍を持っていた。

 

 ミラーモンスター、ギガゼール

 

 もう一方は、金色を基調とした色合いで頭には刀刃状の角、手には二股に分かれたモリのような武器を持っていた。

 

 ミラーモンスター、メガゼール

 

 二匹はそれぞれ睦月と晴人に襲い掛かって来た。ドリルとモリ、二人はラウザーで何とか受けた。

 

 「何だ!こいつらは!」

 

 「まさか追加のが出てくるとはな、だけど!」

 

 晴人は一瞬の隙をついてメガゼールを蹴り上げた。

 

 睦月もまた、レンゲルラウザーのリーチを利用し大きく上へ受け流すと、無防備になった懐へラウザーを打ち付けた。

 

 「所詮不意打ちしかできねぇような奴は俺らの敵じゃねぇよ」

 

 『♤5 KICK』 『♤6 THUNDER』

 『ライトニングブラスト』

 

 『♧5 BITE』 『♧6 BLIZZARD』

『ブリザードクラッシュ』

 

 二人はカードをスラッシュし、それぞれ構えて大きくジャンプし、晴人はメガゼール、睦月はギガゼールを蹴った。

 

 二体は大きく吹っ飛び爆発四散した。

 

 「さて、後はシマウマ・・っていない!?」

 

 「チッ!逃げたか・・」

 

 そう言って、晴人は変身解除しようとした時、

 

 「ん?」

 

 「これは・・?」

 

 二人は奇妙な違和感を感じた。別に耳鳴りがあるわけでも、視覚に変化があったわけでもない。何か異様な、言葉では言い表せない違和感だ。まるで―、

 

 「この感じ・・・」

 

 「あぁ、魔女の結界に入った時に似てるな」

 

 「近くにいるのか?」

 

 睦月がそう言った直後だった。

 

 「!?消えた?」

 

 「こっちも感じなくなった。何だったんだ?今のは・・」

 

 「近くに魔女がいるのかもしれない。探してみよう!」

 

 しかし、魔女が見つかることは無かった。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 「はぁ、やっぱりモンスターだけじゃダメか」

 

 先ほどまで睦月と晴人がモンスターと戦っていた場所の近く、その鏡の世界に茶色の筋肉を思わせる装甲、そしてうずまきに似た模様の顔と、そこから生えるドリル状の角が特徴の仮面ライダーインペラ―はいた。

 

 「まさか怪物を追ってた時に例の“侵入者”が現れたのは想定外だった。急だったとは言え、モンスターだけってのは少し舐めてたかな。ま、次遭った時に戦えばいいか」

 

 それにしても―、とインペラーは思った。

 

 「さっきまであった妙な感覚。あれが神崎士郎の言っていた“化け物”だとすると、急に消えたってのは、もしかして、戦ったやつがいるのか?」

 

 そう思った時、先ほど逃げたゼブラスカルが襲い掛かって来た。

 

 「うわっと!」

 

 インペラーはとっさに避けた。

 

 「もう、危ないなぁ」

 

 彼は毒づきながらバックルからカードを一枚取り出して、右足に付いていたガゼルバイザーに入れた。

 

『SPIN VENT』

 

 右腕にガゼルスタッブが付けられた。彼はそれをモンスターに思い切り突き飛ばした。

 

 「さっさと終わらせるよ」

 

『FINAL VENT』

 

 すると、どこから現れたのかギガゼールとメガゼールを含む大量のレイヨウ型モンスターが撥ねながら接近してきた。その先にモンスターがいてもお構いなしにその行進は止めることはなく、ギガゼールなどのゼール軍団の脚が、腕が、角が次々にゼブラスカルに当たっていく。その攻撃にゼブラスカルは完全に身動きが取れなくなった。

 

 最後はインペラーが同様に撥ねながら飛んできて、両腕で肩を抑えるとゼブラスカルの顎に思い切り膝蹴りを食らわせ、空中で爆発四散した。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 インペラーがいる位置から少し離れた場所へ、3人のライダーが鏡から飛び込んできた。

 

 一人は銀に青いラインが所々に入った装甲をしているライダー、タイガ。そしてあとの二人は、全身黒ずくめで覆われたライダー、オルタナティブとオルタナティブ・ゼロだ。

 

 「くそ、まさかあれがあそこまで強いとは!」

 

 「あれが“10の怪物”ってことで間違いなさそうですね、先生」

 

 「あぁ、だが、あそこまで強いとは思っていなかった。あれは明らかにモンスターよりも強い」

 

 「ミラーワールドに逃げられたのは本当に奇跡ですよ」

 

 「君が鏡を見つけてくれたおかげだ。感謝するぞ。仲村君」

 

 「しかし、これではあまりにも骨折り損でしたね」

 

 「いや、そうでもないぞ、東條君。お陰で私の中に色々な疑問が生まれたよ。戦わなければ生まれなかった疑問がな」

 

 「疑問・・・とは?」

 

 東條と呼ばれた男は首をひねった。

 

 「例えば、私たちが避難したこのミラーワールド、そこに何故あの化け物は追ってこないのか、とかだ」

 

 

続く




<キャラクタープロフィール④>
角無 舞花(かどなし まいか)

年齢:17歳
血液型:O型
身長:159.1cm
体重:53.1kg
好きな食べ物:ハンバーグ
将来の夢:バレーボール選手
趣味:体を動かすこと
好きな場所:ショッピングモール
好きなモノ:ボール


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第16話 エインマドチェンアルスディアマントアウスゲワフルト登場

 7月―。太陽はギラギラと暑く照らし、蝉の鳴き声はうるさく、近所からは風鈴の音が聞こえる夏の季節。

 

 睦月にとってそれの意味することは一つだった。期末試験である。

 

 普段なら―少なくとも1年の時はー普段から講義の復習をやっていたし、期末レポートについてもコツコツと進めてきたから直前になって慌てるということも無かった。

 

 しかし今年は違う。5月22日以降、それまでやってたバイトにプラスして、魔女やモンスターとの戦い、なぎさと愛矢、千翼との生活と、あらゆる出来事があったせいで、睦月は全く期末の準備が出来ていなかった。

 

 「え~!睦月~、海行こうよ海~、夏だよ?日曜日だよ?いい天気だし、海行きたい~!」

 

 「睦月さん、私も、前に水着買ったから行きたい…かな」

 

 「なぎさも行きたいのです!皆と一緒だったら絶対楽しいのです!海に行くのです!」

 

 3人からはそうせがまれたが、

 

 「今日は勘弁してくれ~!今日こそレポートやんなきゃ、勉強しなきゃ単位がヤバいんだよ~!」

 

 「え~!睦月さぁ、単位と海どっちが大事なの!?」

 

 「単位!行ってきます!」

 

 睦月は鋼の意志を持ってそれをはね除け、学校の図書館へ向かった。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 「おう!睦月!」

 

 駅へと向かう道中、晴人に出会った。

 

 「これからお前に会うつもりだったんだが、どこか行くのか?」

 

 「大学の図書館。期末近いから、勉強だよ」

 

 「お前って、図書館とかで勉強するキャラだったのか?」

 

 「いや、そうではないんだけど・・・もう家はそういう環境とはほど遠くなったというか・・・」

 

 「あぁ~」

 

 晴人は同意した。それもそのはず、この半月―特に舞花が来てから―というもの、クインテットは賑やか過ぎる場所になった。バイトの無い平日は舞花のお喋りや遊びに付き合い、休日は必ずと言っていいほど外出を迫られ半ば強制的にショッピングやらカラオケやら以前行ったスポーツ施設、レントに行かせられるのだ。(以前、お金だけ渡して遊びに行かせた事があるのだが、それを全額使われたので財布のひも係として以降付いていかざるを得なくなった)

 

 ただ、そのお陰で愛矢となぎさはさらに明るく積極的になったので、感謝はしているのだが。

 

 「まぁそれとこれとは別だ。進級を犠牲にしてというのはいただけないからな。今日は真面目にやるぞ。だからお前も、今日は帰ってくれ」

 

 と言って、その場を通り過ぎようとしたのだが、

 

 「はぁ、つれないね~。そんなお前に朗報。今日は図書館やってないぜ?」

 

 その言葉に睦月は立ち止まった。晴人はさらに続ける。

 

 「忘れたのか?今週末は館内の調整とかで休館だって掲示板が出てたじゃねぇか」

 

 「マジで・・・?」

 

 そう言えばそんなことが書かれてあったような気がするが・・・。

 

 「何でこの大事な時期にやるんだ事務さんよ~」

 

 睦月は天に向かって吠えた。

 

 じゃあ何ですか?俺に単位は諦めろとそう言いたいのですか?家に帰ったら絶対また海行こうと迫られるのは目に見えてるし、もうプピぺポパニックじゃないか!

 

 そんなことを考えていた時、晴人は言った。

 

 「そこで提案なんだけどよ、ここから二駅先にも図書館があるだろ?そこに行かないか?偶然にも、今日お前を呼んだのはそこに用があったからなんだ」

 

 「ん?」

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 「行方不明事件?」

 

 電車の中で、晴人がそんな話をした。

 

 「お前もOREジャーナルを取ってるなら知ってるだろ?人が突然姿を消すっていうあれだ」

 

 「でもそれは、5月22日よりも前から起きていたから関係ないって・・・」

 

 睦月はそう反論した。確かに、その行方不明事件の事は知ってるし、魔女に関係あるのではと思ったことはある。しかし、それが頻発して起こったのは魔女が現れたと思われる5月22日よりも何か月も前から起こっていたので、無関係だと考えていたし、それを晴人に持ち込んだ時もそんな話をしていた。

 

 「それなのに今度は関係あるって、一体どういうことだ?」

 

 「お前がこれから向かう場所、その近くで半月前にモンスターと戦ったよな?その時、魔女のような気配を感じたことをもう忘れたのか?」

 

 忘れるわけは無い。しかし、その反応はすぐに消えたし、移動したのだと睦月は考えていた。

 

 「あれから俺は、そのことがどうも気になってあの辺り周辺を調べてたんだ。そしたら驚いたことに、この近辺でも行方不明事件はあったのだが、俺たちが鏡の怪物と戦った日を境にそれが一切無くなったんだ。ところが、一週間前からまた同じ頻度で行方不明が多発するようになったんだ」

 

 「! おい、ちょっと待て!」

 

 それが意味することは―、

 

 「俺も迂闊だったぜ。行方不明事件がずっと前から起こっていたとはいえ、それら全てが関係ないとは限らない。魔女が原因で起こっていた事件だってあったかもしれないのに可能性を捨ててたんだからな」

 

 「俺はてっきり、そこに現れた魔女はどこかに逃げたんだと思ってたんだが」

 

 「あぁ、俺もそう思ってた。だけど違ったんだ。本当はどこかに隠れていただけだった。ここからは俺の想像だが、あの日は―俺たちの前に3体現れたように―鏡の怪物が多くいた。とすると、その魔女はそれらとドンパチやりあって、それで負傷した体を隠れて回復してたんじゃないのかなぁ」

 

 「なるほど」

 

 確かに筋の通る説明だ。しかし、

 

 「ま、話はそんなところだ。今回の魔女探しは俺に任せろ。お前は予定通り勉強してればいいからよ。見つけたら呼んでやるから」

 

 そうなのだ。魔女の事も気がかりだが、今はなしたのは晴人の推測でしかない。その推測に頼って魔女を街中廻って探すより今は単位を優先したいというのが本音だ。

 

 「というかお前はいいのか?試験1週間切ったぞ?」

 

 「あ?そんなのやらなくても余裕だろ」

 

 

 マジデスカ

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 図書館での勉強はとても集中でき、レポートは終わらせる事が出来た。後は筆記試験の為の勉強をやればひとまず完了といった所なのだが、その時、晴人から着信が入っていることに気付いた。

 

 「魔女がいそうな場所が分かったぜ」

 

 「本当か!?」

 

 図書館のフリースペースに移動した睦月が晴人に掛け直すと、彼は開口早々言った。

 

 「お前と別れてから、行方不明事件の被害者がその日にどういう行動をしたのかを軽く調べてたんだが、皆、共通の場所の周辺へ行っていた事に気付いたんだ」

 

 「共通の場所?」

 

 被害者の足取りとかただの一般人がどうやって調べたんだとツッコミたいが、この際どうでもいい。彼の事だからまた妙な事をしたんだろうと勝手に納得し、(というより彼のやることに一々驚かなくなった)話を進めた。

 

 「正確に言えばルートだな。被害者が最後に目撃された場所を地図に当てはめてみたんだが、すると、この街一帯で一定の法則で行方不明になっているって事が分かったんだ。他の地域は調べてないからハッキリしたことは言えないんだが、こんなことが起こっているのはこの森永市だけだぜ」

 

 「どういう事だ?」

 

 「つまり、この街での行方不明事件はざっと見ると街全体で無作為に起こっているように見えるが実際はここで起こったら次はあそこっていうように一定のルートに従って起こってたってことだ。この事件は魔女が起こしてたと仮定すると、その魔女は老人の散歩みたいにずっとこの街をウロウロして人を拐ってたってことだ」

 

 「だとすると、今いそうな場所も分かるのか!?」

 

 「だからこうして掛けたんだろ?場所は半月前、俺たちと鏡の怪物が戦った場所だ。そこに俺たちが居れば、ヤツは必ず結界を出して現れる。そこがチャンスだ」

 

 「了解」

 

 睦月はそう言って電話を切った。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 数分後、睦月は晴人と合流した。晴人は既にそこで待っていた。

 

 「どうだ?」

 

 「まだ何も現れてない。お前も来た事だし、変身しといた方がいいだろう。周りに人はいないようだし」

 

 「だな」

 

 二人はそれぞれバックルを取り出し、腰に巻いた。

 

 「「変身!」」

 

『♤Turn Up』 『♧Open Up』

 

 二人はレンゲルとブレイドに変身した。すると、すぐにあの日に感じた魔女の気配を感じた。

 

 「晴人」

 

 「俺も感じた。行くぞ!」

 

 二人は駆け出した。

 

 「あの魔女は半月前もこうして徘徊してたんだろう。そのまま行けば、次の被害者はあの時鏡の怪物に狙われたあのおっさんだったはずだ」

 

 走りながら晴人は言った。

 

 「だが、その道中で何かと交戦。それでダメージを負った魔女は気配を消して、どこかで休んでたといった所だろう」

 

 「なるほど」

 

 「この角だ」

 

 晴人が路地を指差した時だった。

 

 路地の向かいにあるカーブミラー。そこからガゼルのようなモンスター、メガゼールとギガゼールが飛び出してきた。

 

 「なっ!」

 

 彼らの角や脚が二人に当たり、バランスを崩して倒れてしまう。

 

 「いや~凄いな。香川さんは」

 

 狭い路地から一人の男が近付いてきた。

 

 「"10の怪物"は必ずまた戻ってくるはずだから街を見張れって言われたときは驚いたけど、まさか"侵入者"が現れるんなんて。海老で鯛を釣るをはこのことか。犯人は現場に戻ってくるって言うのは本当だったんだなぁ」

 

 「誰だ?お前は」

 

 立ち上がりながら睦月は聞いた。

 

 「俺は、佐野満(さの みつる)。君たちには恨みはないけど、僕にも生活があるからさ、倒されてくれない?」

 

 そう言いながら佐野はポケットからバックルを取り出した。それは全体の色は茶色く、中央にある紋様は異なっていたが、形状は仮面ライダーガイが付けていたカードデッキそのものだった。

 

 それを目の前にかざすと、どこからともなくベルトが現れ、彼の腰に巻かれる。

 

「変身」

  

 彼はそう言って、ベルトにデッキをセットした。すると彼の体は瞬く間に屈強な肉体を思わせる見た目のライダー、仮面ライダーインペラーに変身した。

 

 「行け」

 

 彼がそう命じると、先ほどのメガゼールとギガゼールは一斉に襲いかかってきた。

 

 二人は咄嗟にラウザーでガードしたが、その横から佐野の蹴りが二人に与えられた。

 

 怯んだ隙に佐野とメガゼールはさらに睦月に追い討ちを仕掛けた。

 

 一方の晴人も、隙を付いて武器を持ったギガゼールの攻撃に対して防ぐのが精一杯。銛のリーチを利用され、モンスターの突きが思い切り決まった。

 

 「晴人!」

 

 「余所見してる暇は無いんじゃないかな」

 

 『SPIN VENT』

 

 佐野の右腕にドリル状のさすまた―ガゼルスタッブ―が装着された。それを振り回し、ラウザーを弾いた。無防備になった懐に蹴りを食らわせる。さらにそこにメガゼールからの銛の一撃、そこに佐野のスピンの突きが決まり、睦月の体は吹っ飛ばされた。

 

 「“侵入者”が二人いるとは思わなかったけど、大したことないなぁ」

 

 佐野と二体のモンスターはそれぞれの武器を構えた。

 

 「これでとどめだ」

 

 その時、一段と空気が重くなった。そして気が付くと、3人と2体は路地ではない全く別の場所にいた。佐野は驚いて辺りを見渡す。

 

 「これは・・・!今まで感じてた気配が近くなった。お前ら!何をした!?」

 

 二人に向き直って言った。

 

 「知らねぇよ。俺たちは何もしてない」

 

 立ち上がりながら睦月は答えた。

 

 「だが、気を付けな。もう俺たちを排除とかそんな悠長なことを言ってる場合じゃないぜ」

 

 晴人は顎でしゃくって佐野に後ろを振り向かせるよう促した。

 

 「魔女のお出ましだ」

 

 そこには、大きな真珠貝があった。貝殻から、その巨大な体に似つかわしくないほど小さく細い脚が生えていて、バランスが取りづらいのか、その体を前後に揺らしていた。

 

 貝殻の魔女 シェルフォール

 

 「今回は頭でっかちな貝やろうか。全く、魔女ってのはどうしてこう気味悪い見た目してんのかねぇ?」

 

 そう言って晴人はブレイドラウザーを構えた。

 

 「それじゃ行くぜ!」

 

 そのまま晴人は突進して行った。

 

 「邪魔!」

 

 ついでに目の前にいたギガゼールを斬り倒して。

 

 「さっきの仕返しだ」

 

 それで佐野は我に返った。

 

 「あぁ!お前、行かせるか!」

 

 「それはこっちの台詞!」

 

 睦月はラウザーを振り上げた。佐野はそれをガゼルスタッブで受け止める。メガゼールとギガゼールは晴人の元に向かって行ったがそれはいい。今は佐野に邪魔されないようにするのが先決だ。

 

 「あれが“10の怪物”って奴か!?神崎士郎や香川さんが言っていた、ミラーワールドを乱してる原因の一つ、魔女って言ったか。お前ら、あいつらとどういう関係があるんだ?」

 

 「何の話だ?“10の怪物”?神崎士郎?」

 

 ガゼルスタッブの攻撃をレンゲルラウザーで防ぎながら言った。

 

 「とぼけるってのか?“10の怪物”とお前ら“侵入者”が、今のこの事態を起こしてるんだろ?どういう関係なんだ?」

 

 「お前がさっきから何言ってるか分からないが、俺らと魔女には何の関係もねぇよ!」

 

 晴人が魔女は異世界から来たと言ったこと、仮面ライダーガイが“侵入者”を殺そうとしていたことから何となく感じていたことだが、ライダー達は魔女も狙っていた。ならば、魔女から解放されたなぎさ達の事も狙ってると考えた方が良い。それだけは何としても隠さなければいけない。

 

 貝殻の魔女が辺り一面に液体を振り撒いた。それが斧を持った人型に変形していき、晴人達に向かっていった。

 

 「使い魔か」

 

 『♤2 SLASH』

 

 目の前にいた使い魔を斬り先に進む。

 

 「おい睦月!そっちに使い魔が行ったぞ!気を付けろ!」

 

 そう言った矢先、ガゼルスタッブとレンゲルラウザーとで攻防を続けていた二人の間に使い魔が割り込んできた。それによって二人は別々に分かれる。さらにそこに多くの使い魔が入り込み、二人に攻撃を仕掛けた。

 

 「兵士みたいなのもいるのかよ。こりゃ厄介だな」

 

 佐野がそうつぶやいた。

 

 「使い魔も出てきたことだし、一気に決める」

 

『♤4 TACKLE』

 

 ラウザーの切っ先を魔女に向け、そのまま突っ込んだ。しかし、その突進は魔女の殻によって防がれた。

 

 「何?止められた!?」

 

 ならばとラウザーで斬りつけようとしたが、

 

 「たー硬ってー」

 

 その斬撃すらも弾かれてしまう。そこに頭を振り上げた魔女の頭突きが襲った。

 

 倒れた所に、メガゼールとギガゼールの武器が頭に向かって振り下ろされた。

 

 「あぶなっ!」

 

 晴人は咄嗟に転がってそれを避ける。二体のモンスターはさらに追撃し、晴人はラウザーで二体の攻撃を何とか防御する。

 

 「うぜぇなこいつら」

 

 魔女は、貝殻から無数の泡を繰り出した。それに気づいた時には泡が晴人と二体のモンスターに近づき、側で弾けた。それには、散弾を思わせるエネルギーが込められていた。

 晴人はその攻撃に膝をつき、二体のモンスターは泡の攻撃に耐えられずに爆発四散した。

 

 その攻撃は佐野と睦月にも届いた。泡の攻撃が全身を打ち付け、そこに使い魔の斧の攻撃が加わる。それは佐野も同じだった。

 

 「クソ!やっぱあれがいる時に“侵入者”を襲うのは無理か。先にあいつを倒す!」

 

 佐野はジャンプして使い魔を飛び越え、上からガゼルスタッブを魔女に叩きこんだ。しかし、その攻撃も防がれ、空中で身動きが取れない所に魔女の頭突きが決まり、佐野の体は大きく吹っ飛んだ。そのまま壁に激突し、彼は倒れた。

 

 その一瞬を側に居た晴人は見逃さなかった。佐野がガゼルスタッブを打ち込んだ場所。そこにひびが入っていたのだ。

 

 晴人は一度後退して、睦月の下に行った。

 

 「おい睦月、生きてるか?」

 

 睦月は立ち上がりながら言った。

 

 「まぁね。あのライダーは?」

 

 「あいつなら結界の端で伸びてるよ。ウザいやつだったが、あいつのおかげで突破口が開いた」

 

 「何?」

 

 「あの魔女、さっきの攻撃で頭頂部の殻にひびが入ったんだよ。そこを狙えば恐らく破れる」

 

 「だけど、あそこにどうやって攻撃を届かせるんだよ?」

 

 「だからお前の所に来たんだ」

 

 「?」

 

 「おい本当にいいのか?」

 

 「構わねぇからやれ!」

 

 「知らねぇぞ!?」

 

 晴人は今、床に置いたレンゲルラウザーの上に立っていた。その状態のまま睦月はカードをスキャンした。

 

『♧2 STAB』

 

 こうして強化されたラウザーを睦月は思い切り振り上げ、晴人を高く打ち上げた。

 

 「そして次は」

 

 睦月はすぐに事前に晴人から貰っていたカードをスラッシュした。

 

 『♤9 MACH』

 

 そのまま近くに来た使い魔を薙ぎ払いながら魔女の下に全速力で駆け寄り、

 

 『♧6 BLIZZARD』

 

 魔女の足元を冷気で凍らせた。

 

 「上出来だ」

 

 空中にいた晴人はそういうと、

 

『♤2 SLASH』 『♤6 THUNDER』

 『ライトニングスラッシュ』

 

 二枚のカードをスキャンし、ラウザーを構え、ひびに向かって振り下ろした。殻は割れ、そのまま中にいた口だけがついた異様な真珠を斬りつけた。

 

 そして中身は爆発四散し、魔女も使い魔も結界も消えた。後にはグリーフシードだけが残された。

 

 「今回は中々手強かったな」

 

 晴人がそう呟いた。

 

 「あのライダーが邪魔してたってのもあったが、魔女自体も攻撃も防御も完璧に近かったからな」

 

 「そう言えば、あのライダーは・・・」

 

 晴人が先ほどまで佐野が伸びてた所に目を向けたが、そこには誰もいなかった。どうやら逃げたようだ。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 二人は家の近くにある廃工場にいた。

 

 「準備はいいか?」

 

 「あぁ、今回は、千翼達は来ないだろう。いいぜ」

 

 睦月はうなずき、カードをスキャンした。

 

 『♧10 REMOTE』

 

 グリーフシードに光がともり、それが一人の少女を形作った。それは黒い長髪に眼鏡をかけ、見た目中学生くらいの少女だった。

 

 程なくして、彼女は目を覚ました。そして彼女は辺りを見渡し、ふと言った。

 

 「私は・・・誰?」

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 ハァ ハァ ハァ・・・

 

 佐野は、壁を伝いながら引きずるように歩いていた。初めて“10の怪物”を目撃した。その強さは、自身の想像を遥かに超えていた。無限に生み出せる兵士、モンスターを超える攻撃と防御。あんなのが10もいると考えると、それだけで身がすくんだ。

 

 「佐野満さんですね?」

 

 満身創痍の佐野の前に一人の男が現れた。

 

 「あんたは?」

 

 「私は高見沢逸郎(たかみざわ いつろう)。あなたも名前くらいは聞いたことはあるでしょう?高見沢グループ、その総帥ですが、それと同時にライダーでもあります」

 

 そう言って、高見沢はカードデッキを掲げて見せた。そこには黄緑色を基調とし、中央にはカメレオンのマークが彫られていた。

 

 「あなたのことは知っていますよ。佐野満さん。あなたは、ライダーの力を報酬次第で人に貸す傭兵のようなことをやっているのだと。そして今は香川英行(かがわ ひでゆき)や東條悟(とうじょう さとる)らに雇われていることを」

 

 「それがどうした?」

 

 「提案があります。それらとの縁を切ってください。そうすればあなたを、私が作った組織、パラディで雇いましょう」

 

 「パラディ?」

 

 佐野は聞き返した。そんな組織など、聞いたことが無い。

 

 「本当の理想郷を叶えるための組織。今のままでは叶わない願いが無限に叶う世界を目指す組織。そこに入ると言うのなら、詳しく話してあげますよ?この組織の目的も、神崎士郎がそもそもやっていたライダーバトルの真実も」

 

 

続く




水着回はありません


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第17話 "colorful"

 「つまりまとめると、だ」

 

 仮面ライダーインペラーとの戦いから3日経ったその日、晴人と睦月は空の教室で、の戦闘で得た情報の確認をしていた。

 

 「俺たちとは違うライダー達は神崎士郎って奴に命令させて俺たちと魔女を消そうとしている。そしてその魔女はこの世界に10体存在していると、そういうわけだな?」

 

 「あの佐野が言ってたことを信じるとだけどな。あいつは魔女の事を“10の怪物”と呼んでいた。とすると―、」

 

 「この世界紛れ込んだ魔女は後6体、もしくはそれ以下ってことになるな」

 

 晴人が引き継いで言った。別の世界から来た魔女。その魔女はこの世界にやって来た時は10体存在していた。睦月と晴人が今まで4体倒したから残りは6体。しかし、他のライダーが既に倒しているかもしれないのでその数はもっと少なくなる可能性がある。

 

 「あいつらが倒したってなるとグリーフシードが心配だ。無くしたり、壊されたりしないかってのもそうだけど、“侵入者”と呼ばれて指名手配されてる俺たちに対して素直に渡すかっていうのも疑問だ」

 

 「なぁ、それについてなんだけどよぉ、そもそも“侵入者”ってのは何なんだ?」

 

 「えっ?そりゃ、俺たちの事なんじゃないのか?元々この世界にいたライダーは鏡の怪物をある程度付き従えることができる奴で、それ以外は別の世界から来たってお前が言ったんだぞ?」

 

 「いや、ふと今回の戦いでふと思ってな。いや、正確に言えば何度も漠然と考えていたことと言った方がいいかな?」

 

 「どういうことだ?」

 

 「昨日のライダーが言った事を考えると、あいつらはこの世界に紛れ込んだ“侵入者”と“10の怪物”と呼ばれる魔女を倒せと言われている」

 

 睦月は黙ってうなずいた。

 

 「その言い方からすると、“侵入者”っていうのは、魔女をこの世界に連れ込んだヤツっていう見方ができないか?」

 

 「連れ込んだヤツ?」

 

 「そ、そしてそれが俺が漠然と考えてたことの一つだ」

 

 晴人はそう言って人差し指を一本立てた。

 

 「いいか、俺たちは簡単に魔女は異世界から来たと言っているが、本来パラレルワールドを移動するっていうのはそう簡単じゃない。莫大なエネルギーが必要なはず。だが、今まで戦ってきた魔女にはそこまでのエネルギーを秘めているようには感じなかった。とすると、魔女をここに連れてくるように手引きした奴がいるっていうことじゃないのか?」

 

 「ちょっと待て。だとすると、この事態を起こした黒幕がまだいるってことなのか!?」

 

 「今の考えだとそういうことになるな。今にして思えば、このベルトがこの世界に来たのもそれに反応したからなのかもしれないなぁ」

 

 「どういう意味だ?」

 

 「魔女が現れたとされるのは5月22日。だが、お前の所にベルトが現れたのは5月15日。そして15日の晩にお前の夢に魔女の存在をほのめかす言葉を残した奴が現れた。とすると、5月15日から22日の間、この間に魔女が現れる出来事が起きて、このベルトはそれに反応して現れたんじゃないかってな」

 

「いや、それだとおかしくならないか?」

 

 睦月はふと思ったことを指摘した。今にして思えば魔女が異世界からやって来たと聞いた時点で気付くべきだったのだが。

 

 「俺たちのベルトは、あのライダー達とは作りが違う以上、別の世界から来たってことになる。だけど、それはなぎさちゃんの反応を見るに魔女の世界じゃない。魔女とこの世界、二つの世界の異変に全然関係ないもう一つの世界が関与するっておかしくないか?」

 

 「そう、それが俺の考えてたことの二つ目だ。お前も気づいたか」

 

 そう言って晴人は指を二本立てた。

 

 「普通なら、二つの世界で何らかの異常が起きているときに別の第三者の世界が干渉してくることはない。だけど、関係があったとしたらどうだ?」

 

 「関係がある?」

 

 いつの間にか先生と生徒の授業みたいになってるなと思いつつ睦月は訊ねた。

 

 「くしくも俺たちは、ライダーの力と魔女の力に繋がりがあるという根拠は何度も目にしている」

 

 「えっ?何が?」

 

 変身して何度も戦ったが、そんな繋がりを感じたことは無かった。

 

 「リモートだよ」

 

 晴人がそう言った。

 

 「リモート?」

 

 「いいか、カードっていうのはラウザーにスラッシュするだけで特定の効果を得る事ができる。サンダーをスラッシュすれば雷の効果が得られるようにな。同様に、リモートにもそういう効果がある。お前が試した事を見ると、それはカードの中にいた怪物を解き放つ事であり、本来はそれ以外の効果を持つ筈が無いんだ」

 

 「あっ!」

 

 ここまで言われて、睦月も気付いた。

 

 「そう。しかし、実際にはそれでグリーフシードから人を解放させることが出来た。これはつまり、リモート自体がグリーフシードの事を他のカードと錯覚しているとも言えるんだよ」

 

 「そうか、二つは全く別のものだと思ってたけど繋がりがある。だとすると―」

 

 「必然的に魔女とあの鏡の世界についても繋がりがあるって事になるわけだ。その根拠はまだないが」

 

 「いや、ある」

 

 睦月には思い当たる節があった。見た目が似ているとかそういう曖昧なものじゃない。もっと確実な、レンゲルやブレイドとこの世界に元々いたライダーに繋がりがある根拠が。

 

 「前に、サイのようなライダーと戦った事を話しただろ?あの時にあったことだ」

 

 睦月は仮面ライダーガイと戦った時の事を詳細に語った。特に重要なのは、STABのカードをスラッシュした時にガイの行った行動だった。彼はあの時『CONFINE VENT』というカードを使う事でこちらのカードの力を無効化した。もし、あのカードの効果が本来はガイの使ってるのと同じカードの無効化なのだとすると晴人の言い方だとそれは睦月のカードをそれだと勘違いしたことになる。

 

 「なるほどな。これははっきりした証拠だな。やはり、この3つの世界には繋がりがあったわけだ」

 

 魔女、鏡、そしてレンゲル。一見すると関係ないと思われる3つの世界。しかし、実際はそうでは無かった。これら3つに、どのような繋がりがあるのだろうか。

 

 「それがわかりゃ、原因何てすぐに分かるんだろうけどよ、そこまではまだ分からんな。さて、そろそろ帰るか」

 

 腕時計を見た晴人はそう言った。時計は17:30を差していた。

 

 「そう言えば、あの子はうまくやってるのか?天野小夜(あまの さや)って言ったっけか」

 

 帰り支度中、ふと思い出したように晴人は聞いた。

 

 「いや、まだ馴染むのに時間が掛かるかな。何せ、彼女の場合は少し事情が違う」

 

 「ま、そうだな」

 

 晴人は納得したようだった。

 

 あの日、グリーフシードから解放した少女は、自分の名前も覚えていなかったが、彼女が持っていた生徒手帳から名前が天野小夜だということが分かった。しかし、それからというもの彼女の反応は曖昧。話し掛けてもまともな返事は返ってこなく、硬い殻の中に閉じこもっているような感じだった。愛矢や千翼の時みたく、料理やスポーツをやれば気が紛れるかと思ったが、彼女は思ったより不器用で野菜は満足に切れない、卵を割ろうものなら殻までたくさん入ってしまい、火を使えば焦げると言ったようにどれも失敗。スポーツも、お世辞にも上手いとは言えなかった。

 

 元々の性格もあるかもしれないが、それ以上に自分の名前すら覚えていないと言う事実に不安があるのだろうと思う。呼ばれれば振り返る。名前とは言わば、自分という存在を表現する原典のようなものだ。それを忘れるということは、自分を表す言葉が無いということ。自分が呼ばれていると分かっていても、名前に自覚がない以上チグハグ感が出る。そんな状態で元気になれというのが無理な話なのかもしれない。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 「ごちそうさま」

 

 「あれ~?小夜、もう食べないの?昨日もあんまり食べて無かったじゃん」

 

 「小夜ちゃん、私の料理・・合わなかった?」

 

 愛矢が不安そうに聞いた。

 

 「いえ、そんな。美味しかったです。ただあんまり、食欲無くて」

 

 「何よ、もったいない。愛矢、おかわり!」

 

 「もう終わりよ」

 

 「え~!まだ二杯しか食べてないのに~!!??」

 

 「舞花がバグバグ食べるからすぐ無くなるのです」

 

 なぎさがぽつりと言った。

 

 「それに、一人増えたんだから、これからの費用の事も考えないといけないしな。とりあえずは親からの仕送りを何とか言って増やしてもらうつもりだけど・・・それができるまではこれからはおかわり禁止だ」

 

 「え~!!?ぶ~~~」

 

 舞花は口を尖らせた。

 

 「あの、前々から気になってたんだけど、睦月さんのご両親っていうのは・・・」

 

 「あぁ、不動産のグループ会社の経営をしてるんだよ。高見沢グループ程じゃないけど、中の上位の中小企業だよ」

 

 「えっ?お坊ちゃまだったのですか!?」

 

 「いや違うって」

 

 なぎさの反応に対して睦月は即座に否定する。

 

 「不動産って言っても、扱ってるのはこのクインテットみたいに古くなった物件ばっか。最近改築系の会社を吸収してようやく軌道に乗ったくらいで・・・」

 

 そこまで話した時、ふと睦月の声が小さくなった。

 

 「睦月?どうしたのですか?」

 

 心配になったなぎさが尋ねた。

 

 「いや、何でもない」

 

 睦月はそう言って否定した。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 深夜。皆が寝静まる中、睦月はノートを広げて勉強をしていた。来週から始まる期末試験のためだ。昼間は大学やバイトがあるし、家に帰ればなぎさや愛矢達がいるから、この時間帯しか集中できる時間が無いのだ。

 

 ふと、後ろから物音がしたので振り返ると、そこには小夜がいた。

 

 「おう、小夜。トイレか?」

 

 「睦月さん、こんな時間でも勉強をしているのですか?」

 

 「ハハハッ、いつもやってるわけじゃないよ。もうすぐテストだからな。それだけさ。昼間は千翼やなぎさちゃんが元気だからな~。今じゃないと集中はできないんだよ」

 

 「そう・・・」

 

 小夜はそれだけ言うと部屋を出た。やはり、まだ遠慮があるようだ。ゆっくりと、接していかなきゃなと思った。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 気が付くと睦月は机に伏せって眠っていた。時計を見ると、もう午前3時だ。もう寝ようかと思い、水を飲みに台所に行った時だった。

 

 テーブルの上に見知らぬ紙があることに気付いた。

 

 「これって・・・」

 

 『短い間でしたけど、ありがとうございました 小夜』

 

 「! あの馬鹿!」

 

 睦月は急いで飛び出した。

 

 右へ左へ。とにかくあてもなく探した。何で勝手に出ていくんだよ! お世話になりましたって言ったって、まだ三日じゃないか!何でそんなにすぐに決めつけて―

 

 その時―、

 

 「嫌ぁぁぁぁぁ!来ないで!」

 

 小夜の声だった。急いでその場所に向かうとそこは狭い路地。そこで小夜がモンスターにちょうど詰め寄られている所だった。

 

 バクラーケンとよく似た見た目をしているが、今度は全身が青みがかっていて、手には槍のような武器を持っていた。

 

 ミラーモンスター、ウィスクラーケン

 

 「変身!」

 

 『♧Open Up』

 

 睦月はレンゲルに変身すると、小夜に向けられていた槍をラウザーで受け止めた。

 

 「大丈夫か・・・?小夜ぁ・・・」

 

 力で槍を抑えながら睦月は訊いた。

 

 「睦月・・・さん・・・?」

 

 「うぉおりゃあ!」

 

 睦月は一瞬の隙をついてウィスクラーケンを蹴った。さらにラウザーを何度も打ち付けて追撃をする。最後はラウザーを横に打ち付け、モンスターの体を反対の壁にぶつける。

 

『♧6 BLIZZARD』 『♧3 SCREW』

『ブリザードゲイル』

 

 睦月は右手から吹雪を出し、尚も向かってくるウィスクラーケンの体を凍らせた。

 

 「止めだ」

 

『♧6 BITE』

 

 睦月は両足に力を込め、その場でジャンプし、ウィスクラーケンに向かって両足を挟み込むように蹴り上げた。

 

 ウィスクラーケンは衝撃で吹っ飛び、その体は鏡をすり抜け、ミラーワールド内で爆発四散した。

 

 「危なかった…」

 

 変身解除し、睦月はホッと一息ついた。小夜は腰が抜けたのか、その場でへたっと座り込む。

 

 睦月は小夜を睨んで詰めよって言った。

 

 「どうして黙って出ていったんだよ!!?お前は記憶喪失なんだろ!?行く宛も無い癖に勝手にどっか行くなんて無謀にも程があるだろ!!」

 

 「ご…ごめん…なさい」

 

 小夜は掠れた声でそう言った。

 

 「何で?何で勝手に出ていったんだよ!!?」

 

 「…迷惑かなって思ったから…」

 

 「迷惑?」

 

 「私、愛矢さんみたいに料理できないし、千翼さんみたいに皆とおしゃべりできないしなぎささんみたいに皆を和ませられないし…。私、何も出来ないのに睦月さんの所にいるなんて…それだと迷惑じゃないですか?自分の時間を犠牲にしてまで私の事を…」

 

 「迷惑だなんて思ってないよ!」

 

 そこまで言われて睦月は気付いた。小夜はきっと、さっき睦月が言った、「今となっては勉強は深夜しかできない」という言葉を気にして家を出ていってしまったのだ。だから、そんなこと全然気にしてないと言葉で伝えた。

 

 「俺は、ただ居場所を与えたい想いでお前家に連れてきたんだ。俺がただそうしたいからやっただけなんだ。だから、お前がその辺を気にする事なんて無い」

 

 「だけど、私、他のみんなと違って全然何も覚えてないし、何も取りえないし、睦月さんみたいに戦えないし・・私、睦月さんたちにできることが何も・・」

 

 「そんなことないって!」

 

 「えっ・・・?」

 

 「何も取りえない?何も覚えてない?だから何だってんだ。上等じゃねぇか。これはつまり、小夜はこれから何でもできる可能性が無限大にあるってことだろ!?だから、自分にしか出来ないことがきっと見つかるって!だから、それを一緒に探そう!さ、立てる?」

 

 そう言って睦月は手を差し出した。

 

 小夜の心の中にあるキャンパスはまだ真っ白だ。名前も、得意なことも、苦手なことも、親しくしてた人とか家族がどうだったかとかそういうのも全く覚えていない赤ちゃんと同じでゼロからのスタートだ。だけど、だからこそ何色でどんな絵を描いても許される。ならば、自分の好きなように描けばいい。いざとなったら頼れる人に描くのを任せばいい。一人の少女の未来は無限大なのだ。

 

 そんな想いを感じ取ったのか、小夜は目一杯に涙を貯めたまま睦月の手を取った。

 

 帰り道、小夜の事を横目で見ながらずっと思っていたことを言った。

 

 「小夜はさ、さっき自分には何も取柄は無いって言ってたけど、俺はそうは思わない」

 

 「・・・?」

 

 小夜は眼鏡を通して睦月の顔を見た。

 

 「小夜は、他の誰よりも優しくて一生懸命なのがいい所なんだよ。料理やスポーツだって、できないからって投げ出したりふざけたりしないで最後まで一生懸命頑張ってた。それに今回だって、俺の事を思って家を出ようとしたんだろ?その行動には感心しないけど、お前の俺たちに対する優しさ、それはしっかり伝わってるよ」

 

 小夜は眼鏡一杯に目を見開いた。そして、睦月から目をそらすと小さな声で、だけどはっきりと言った。

 

 「ありがとう」

 

 根拠は無いけど、今回の出来事でようやく小夜の想いがはっきりと睦月の心の中で形作られたように感じた。

 

 小夜の目からは一筋に光るものが静かに流れた。

 

 小夜は今、クインテットの仲間としての一歩を踏み出したのだった。

 

 

続く




遂にメインヒロイン全員登場!

次回から睦月は夏休みです


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第18話 変・身・希・望

 大学前期の期末試験は手応えは悪くなかった。思い過ごしだったら恥ずかしいから言わないが、単位は何とか取れたと思う。

 

 そして迎えた夏休み。記念すべき最初の日は、舞花達がずっと行きたいと言っていた海へ行った。泳いだりビーチバレーをしたりと(舞花のチームの圧勝だった)非常に充実した1日だった。

 

 その帰り道の事だった。駅に向かう道中にある店の窓から夏だからなのか、蝉の姿をしたモンスターが現れた。

ミラーモンスター、ソノラブーマ。

 

 睦月と晴人はレンゲルとブレイドに変身して、戦っていた。2vs.1の数の利で初めこそ有利に戦っていたのだが、

 

 「ぐうううううう」

 

 「クソッ!これはキツいな…」

 

 二人は今、ソノラブーマの発する超音波に苦しめられていた。

 

 そして動きを封じた所でソノラブーマは飛び立ち、その爪で二人を引掻いた。

 

 「ギャア!」

 

 「クッ!」

 

 二人に爪での斬撃を与え、さらに睦月に向かって爪の追撃が来た

 

 「やろ!」

 

 睦月はそれをラウザーで防いだが、その直後に再び超音波を出した。

 

 「がぁぁぁぁ!!」

 

 先ほどの超音波のダメージが残っている時にさらに近距離での超音波。その攻撃に睦月は悲鳴を上げた。そこに爪での攻撃を二発三発と与え、睦月はその場で崩れ落ちた。晴人は何とかラウザーでの斬撃を与えようとしたが、超音波で麻痺した状態での攻撃は軽々とかわされ、代わりに肘での打撃が当たりその場に倒れた。

 

 そして、ソノラブーマは少し離れた所にいたなぎさと愛矢と舞花と小夜の4人に目を向けた。二人と同様に超音波で苦しんでいた4人は一拍遅くモンスターに気付いた。

 

 「ひっ!」

 

 「来ないで、来ないでなのです!」

 

 「――――!」

 

 3人がモンスターの接近に身がすくむ中

 

 「何?こんなか弱い女の子があなたは好みなの?」

 

 舞花は麻痺してる体にも関わらず歯を食いしばって立ち上がり、モンスターを睨みつけた。

 

 「えい!」

 

 舞花は、手に持っていた小石を投げつけた。しかし、それが効く訳が無く、長い爪が舞花に降り注がれた。

 

 「―――――!!」

 

 舞花はギュッと目をつぶった。

 

 「ダメ!」

 

 その攻撃はかすめ、地面に突き刺さった。

 

 舞花が目を開けるとそこには、

 

 「小夜―」

 

 見ると舞花は地面に倒れていて、小夜が彼女の脚をつかんでいた。

 

 小夜は、しびれる体を何とか持ち上げて、彼女の脚に飛び乗ったことでバランスを崩し、結果爪が当たらずに済んだのである。

 

 次は攻撃を当てようと再び爪を持ち上げた時だった。

 

 モンスターの背中に衝撃が加わり、前のめりに倒れた。睦月が、レンゲルラウザーを投げつけたのだった。

 

 「晴人!」

 

 「分かってるよ」

 

 睦月の掛け声を合図に晴人は一枚のカードをスラッシュした。

 

『♤6 THUNDER』

 

 「次に痺れるのは貴様だ」

 

 ラウザーの切っ先から電撃が発射し、モンスターの体を包んだ。

 

 モンスターが動けなくなった隙に睦月はラウザーを広い、思い切り打撃を加えて小夜達から引き剥がした。

 

 「よくも彼女たちに怖い想いをさせたな」

 

 『♧5 STAB』 『♧6 BLIZZARD』

 『ブリザードクラッシュ』

 

 「これはそのお礼だ」

 

 そして足から冷気を出しながらモンスターを挟み蹴り、ソノラブーマは爆発四散した。

 

 それを見届けた後、二人は変身解除した。

 

 「凄い・・・」

 

 舞花がそう呟いたと思えば

 

 「かっこいい!凄い!」

 

 「えっ、えぇ!」

 

 満面の笑みを浮かべてそう言ってきた。

 

 「いや~睦月が戦うのって初めて見たけど、こんな感じなんだ~。如何なるピンチでも困ってる人がいたら立ち上がる!まさに正義のヒーローって感じよね!!」

 

 「は、はぁ・・」

 

 いきなりのテンションに睦月は面食らった。

 

 「ねぇお願い!私もそれにならせて!戦わせて!」

 

 「えぇ!!」

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 「ダメだ。絶対にダメだ!」

 

 「え~?何でよ~?変身できない訳じゃないでしょ?クローバーとスペードがあるんだから、ダイヤとハートだってあるわよね?その一つをちょうだい!お願い!」

 

 帰ってからずっと舞花はそんなお願いをしていた。

 

 「そんなに意地悪しなくても良いんじゃないの?」

 

 そこで晴人は口を挟んだ。手にはダイヤとハートのカード、さらに変身用のバックルも持っていた。

 

 「お前、それ…」

 

 「やっぱりあるじゃない!使わないなんてもったいない。その内の一つを私に~」

 

 「ダメだ。お前も余計な物持ってくんな」

 

 バックルを手に取ろうとする舞花を抑えながら睦月は言った。

 

 「あんだよ。本人がやる気になってんだから良いだろ?人数が増えるに越した事はないし。それにこいつの言うとおり、今はこの2つのデッキは置物同然になってる。だったら一つ位」

 

 「ダメだ」

 

 睦月はハッキリそう言った。

 

 「何で?」

 

 「危険だからだ。ライダーは遊びじゃない。本気の殺しあいだ。それに巻き込みたくないし、第一今までだって俺たち二人で何とかなってただろう?」

 

 「いや、そうか?今日の戦いだって、割と危なかったぜ?なぎさ達のボディーガードってな感じで変身させても良いと思うんだけどなぁ。その点舞花は最適だ。あの蝉の攻撃を受けても立ち上がれるレベルで動けたんだからな」

 

 「そうそう!そうでしょう?」

 

 「とにかく、ダメと言ったらダメ」

 

 そう言って睦月は2つのデッキとバックルを手に持った。

 

 「これは置物で結構。俺が預かっておく」

 

 睦月はいそいそとそれらを置きに部屋に戻った。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 翌日、、舞花達4人と晴人を連れて睦月はレントへ向かった。舞花を変身させないという意見は間違ってると思わないけど、ソノラブーマを倒せたのは彼女のお陰でもあったし、ダメダメと強く言い過ぎたかなというのもあったので、お礼とお詫び代わりだ。

 

 レントに来て機嫌を直したのか、彼女は思い切り遊んでいて、自分が変身したいと言うことは無かった。

 

 その帰り道の事だった。

 

 最寄り駅まで歩いていた時、突然女性陣4人が立ち止まって、

 

 「睦月、これ…」

 

 キーン キーン キーン キーン

 

 4人よりワンテンポ遅れて睦月と晴人にも聞こえてきた。

 

 「これは…」

 

 「来たな」

 

 辺りを見渡すと、近くに店の窓が見えた。

 

 「そこだ!」

 

 「キャッ!」

 

 睦月と晴人がそれぞれ二人を抱えて横にとんだ直後、その場所にモンスターが飛んで来た。

 

 「!」

 

 「こいつは」

 

 その正体は以前にも戦った事のあるモンスター、メガゼールとギガゼールだった。

 

 「こいつがいるってことは…」

 

 「ご名答」

 

 モンスターがいるのとは反対の路地から一人の男が近付いてきた。仮面ライダーインペラーに変身する佐野満だった。前方にはモンスター、後方にはインペラー。そして左右は家屋と竹林に囲まれていて、完全に挟まれてしまった。

 

 「今日こそは君たちを倒させて貰うよ」

 

 そう言って佐野はカードデッキを掲げた。どこからともなくベルトが現れ彼に巻かれていく。

 

 「睦月さん、あれって…ベルト?何か違うような」

 

 他のライダーを目にするのが初めてだった愛矢達は戸惑いを見せた。

 

 「お前らはあの竹の方に行ってろ。行くぞ、晴人」

 

 「おう」

 

 二人もそれぞれのバックルを腰に当て、ベルトを巻いた。そして三人は同時に叫んだ。

 

 「「「変身!!!」」」

 

 『♧Open Up』 『♤Turn Up』

 

 二人はレンゲルとブレイドに変身し、それぞれがメガゼールとギガゼール、そしてインペラーに相対した。

 

 「お前は怪物を倒せ。俺はあの男を倒す」

 

 「倒すって、相手はライダーだぞ?魔女や怪物とは勝手が違う。一回戦ったことがある俺がやった方が・・」

 

 「だからだよ。お前、ライダー―というより人間―との相手は苦手だろ?俺ならその辺りにまだ耐性があるからよ」

 

 それもそれでどうかと思うけど・・

 

 「さっきから何をごちゃごちゃ言ってんだ?」

 

 『SPIN VENT』

 

 

 「そっちから来ないなら俺らから行くぜ!」

 

 そう言ってガゼルスタッブを装着した佐野と二体のモンスターはそれぞれ飛び出した。

 

 「話し合ってる場合じゃねぇな。それで行くぞ」

 

 「しょうがない」

 

 ブレイドラウザーを構えた晴人は佐野に、レンゲルラウザーを構えた睦月はメガゼールとギガゼールを相手にした。

 

 二体のモンスターを一度に相手にするのも大変だが、それ以上に大変なのはなぎさ達だ。佐野に待ち伏せられたのは周囲に竹林がある以外は特に抜け道が無い場所だ。そのせいで彼女たちは竹林の方へ移動してもらうのが精一杯。彼女たちに敵が近づかないようにして戦わなければ。

 

 「いや~驚いたよ。お前ら二人だけかと思ってたのに女の子4人が同伴とは。うらやましいな~。お前、一体何考えてんだよ?」

 

 「別に?デートとかそんな深い意味はねぇが?」

 

 「そうかよ!」

 

 そういうと佐野はガゼルスタッブを横に動かし、ブレイドラウザーを流した。

 

 「なら、確かめてみようか!?」

 

 『ADVENT』

 

 先ほどメガゼールたちが出てきた窓からモンスターが一体飛び出してきた。それは、茶色と緑の体色に羊のような角を持ち、メガゼールと同様に二又の槍をもっていた。

ミラーモンスター、マガゼール。

 

 それが真っ先に竹林に隠れていたなぎさ達に狙いを定めた。

 

 「キャァァァ!!」

 

 彼女たちの叫び声で睦月も気が付いた。

 

 「まずい!今すぐにぐわぁ!」

 

 マガゼールを相手にしようと後ろを振り向いた瞬間に背中を槍で切り裂かれた。

 

 「ぐぐぐぐ・・・」

 

 その場で崩れたことで襲い掛かるさらなる槍の追撃はラウザーで何とか抑えたが、それによって横になりながらの防御。睦月は完全に身動きが取れなくなった。

 

 「おいお前!無抵抗な女の子相手にするんじゃねぇよ!こっち来い!」

 

 何とかマガゼールの気を引こうとそう叫んだが、そんな挑発に乗ることなくじりじりとなぎさ達の元に近づいていった。なぎさ達は、完全に恐怖で固まってしまっていた。

 

 その時―

 

 「私に任せて!」

 

 舞花は立ち上がり、マガゼールと相対した。

 

 「まさか、こんなに早くチャンスが巡ってくるなんてね」

 

 そう言って、舞花が取り出したのは、睦月が持っていたもう一つのバックルだった。

 

 「お前、何でそれを!?」

 

 変身したいと彼女は言ったが、睦月はそれを拒否した。しかし、それでもどうしても諦めきれなかった舞花は睦月の隙をついてバックルとデッキを一つ持ち出していたのだった。一度変身して、活躍すれば、睦月も認めてくれると信じて。

 

 「―――――――――」

 

 舞花はバックルにダイヤのAを差し込んだ。彼女が選んだのはダイヤのようだった。そしてそれを腰に当てようとした時だった。

 

 「!千翼、危ない!」

 

 「えっ? キャ!」

 

 睦月が今まで相手にしていた内の一体、メガゼールが睦月を飛び越え、舞花に向かって体当たりをしたのだ。それによって舞花は横に飛ばされ、バックルを手から離してしまった。

 

 メガゼールとマガゼール。二体のモンスターの対象は舞花になった。

 

 「あ・・あぁ・・あ・・・」

 

 これは舞花も予期していなかった事で、立ち上がりもせず目を見開いたまま後ずさるだけだった。

 

 「舞花に近づくな!」

 

 愛矢が竹林から飛び出し、メガゼールの脚に飛びついた。しかし、それもモンスターの足を止めることに繋がることは無く、軽く払い、舞花の元に飛ばしてしまった。

 

 「二人に手は出すなです!」

 

 愛矢が蹴られたことがきっかけでなぎさもまた竹林を飛び出した。そして二人に前に立ち、両腕を広げ、二人に近づけまいとする。その小さな腕は震え、目には涙を貯めながら。

 

 「こりゃまずい!」

 

 「何言ってんだよ!」

 

 晴人は3人の元に行こうとしたが、それも佐野によって阻まれてしまった。

 

 「お前は俺との相手で一杯一杯でしょうが」

 

 嘘だろ?このままだと3人が死ぬ。せっかく魔女という呪縛から救い出してこれからって時に。

 

 「なぎさ!愛矢!舞花!逃げろぉ!」

 

 どこにも逃げ場はない。そんなことは分かってる。だけど、こう叫ぶくらいしか、今の睦月にはできなかった。

 

 その時だった。

 

 「やめてください!!!」

 

 そう叫び、3人になお近づこうとするモンスターに石をぶつけた少女がいた。

 

 小夜だった。

 

 手にはダイヤのAが入ったままのバックルがあった。

 

 「小夜、それ・・・」

 

 「これ以上、友達に手を出さないでください!」

 

 彼女はそう言って、腰にベルトを巻いた。

 

 「変身!」

 

 そして震える手でバックルのレバーを引いた。

 

                  『♢Turn Up』

 

 目の前に青い光のゲート―オリハルコンエレメント―が現れ、それが小夜に吸い込まれていった。

 

 銀と赤の鎧に全身を包まれ、クワガタのように二本の角が生えたような仮面。小夜は仮面ライダーギャレンに変身したのだった。

 

 ギャレンに変身したことでメガゼールとマガゼールは彼女に狙いを定めた。

 

小夜は少し後ずさったが、腰に銃―ギャレンラウザー―があるのに気付き、取り出した。

 

 「フン!」

 

 そして彼女は発砲した。二体のモンスターに当たり、少し怯んだ。

 

 しかし、決定打にはならなかった。モンスターは少しずつだが彼女に近付いて行った。

 

 「クッ!」

 

 小夜は後ずさりながらも変わらず発砲を続けた。しかし、一体に集中して当てればもう一体は無防備になる。飛び道具はあるが、彼女は少しずつ追い詰められていた。

 

 仕舞には、メガゼールとマガゼールは槍を構え、小夜の弾丸を弾くようになった。

 

 「あ、あぁ・・あああ・・・」

 

 そして一気に距離を詰めると槍を小夜に突き出した。

 

 「キャッ!!!」

 

 そして彼女の体は思い切り竹に当たり、その衝撃で強制変身解除した。

 

 「痛い・・・!」

 

 ふと前を見ると、目の前には槍を持った二体のモンスターが尚も小夜にじりじりと近づいていた。

 

 「キャァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!!!!!!!!」

 

 小夜の悲鳴が辺りにこだました。

 

 

続く




<キャラクタープロフィール⑤>
天野小夜(あまの さや)

年齢:15歳
身長:157.3cm
体重:45.1kg
血液型:O型
性格:優しい
将来の夢:医者
趣味:なし
好きな場所:登下校道
好きなモノ:動物


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第19話 もう何もかも怖い

仮面ライダーエターナルがジオウに出演と聞いて驚いてます。

本当ジオウってサプライズ上手いわ。

劇場版ライダーが全員出演する感じなのかな?


このまま語っていたいけど前書きが長くなると本末転倒なのでここまでにしておきます。

レンゲル19話、どうぞご覧ください


 「キャァァァァァァァァ!!!!!」

 

 小夜の悲鳴が辺りに響いた。普通の女の子がいきなり二体のモンスターを相手にするのは無理があったのだ。

 

 しかし、彼女が悲鳴を上げた事によって一瞬だけギガゼールの気が小夜に逸れた。それによってラウザーを抑えてた槍が緩み、その隙に睦月は蹴り上げて自由になった。

 

 「小夜!」

 

 睦月は急いで起き上がって2枚のカードをスラッシュした。

 

『♧6 BLIZZARD』 『♧3 SCREW』

『ブリザードゲイル』

 

 睦月は右手から冷気を出し、メガゼールとマガゼールを凍らせた。

 

 「睦月さん!後ろ!」

 

 愛矢の声に睦月は背後で槍を振り下ろそうとしてたギガゼールに気付き、ラウザーで防いだ。

 

 「もうお前に付き合ってる暇は無いんだよ」

 

 ラウザーで槍を払い、一度蹴り上げて後退させた。

 

 『♧4 RUSH』

 

 そして渾身の力を込めたラウザーで何度もギガゼールの体を叩き、最後は思い切り突いてギガゼールの体は爆発四散した。

 

 「晴人!」

 

 「了解」

 

 ギガゼールの爆発に気を取られた隙に剣での一撃を加えた。そして、なぎさ、愛矢、千翼の三人がいる所に一気に移動した。

 

 「お前ら、俺に捕まれ!」

 

 「は、はい!」

 

 睦月もまた小夜の所に駆け寄り、

 

 「小夜!」

 

 小夜は差し伸べられた睦月の手をつかんだ。

 

 「行かせるかよ!」

 

 佐野はガゼルスタッブを構え、睦月らの元へ突進していった。

 

『♧9 SMOG』

 

 睦月はラウザーから煙幕を噴出させた。

 

 「何!?グッ!」

 

 佐野はその煙に包まれた。そこから抜け出た時には睦月たちの姿は無かった。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 「ごめんなさい!」

 

 家に戻ると小夜は頭を下げた。

 

 「勝手に変身して、しかも、全然睦月さんみたいに戦えなくて・・・」

 

 「いや、お前は悪くない。あの状況では仕方なかった。それどころかお前が変身してなかったらなぎさ達はただじゃすまなかった」

 

 「そうよ。むしろ変身出来なかった私に問題があったわけだし」

 

 舞花が口をはさんだ。顔は笑顔だったが、どこか無理をしているような、如何にも作り笑いだというような表情をしていた。

 

 「戦いについてだったら大丈夫!次からは私が変身すれば問題ない!」

 

 睦月は晴人と顔を見合わせた。

 

 「舞花、言いにくいんだがそれは無理だ。事態はお前が思ってる以上に複雑でな」

 

 「どういうこと?」

 

 ここで晴人が口を開いた。

 

 「実はな、以前俺と睦月でベルトを交換して変身しようとしたことがあったんだが、できなかったんだ」

 

 「えっ・・・」

 

 「このバックルは、一度誰かによって巻かれると、それ以外の人間では変身できないようになってるらしいんだ」

 

 「・・・」

 

 「もうこのバックルは小夜しか変身できない。まだハートのデッキは残っているがバックルが無い以上意味は無い。ま、これからは俺と睦月と小夜で戦うしかないってことだ」

 

 「おい晴人、勝手に決めんなよ!彼女たちは戦いには巻き込みたくない。その思いは今も変わってないんだからよ」

 

 「つっても、人手が足りないのは事実だろ?さっきの戦闘でもそうだったし。まぁ俺たちと比べたら微力だが、魔女やライダー相手にはライダーしか効果無いんだからいないよりはましだろ」

 

 「晴人!そういう言い方」

 

 「そうよ。無理よ」

 

 異様に冷たい声が聞こえて来た。舞花だった。

 

 「無理に決まってるわよ。普段からうじうじしてるような人が戦うだなんて無理に決まってるわよ。さっきだって、ただ銃をバンバン撃ってただけで全然攻撃出来て無かったし。あ~あ、やっぱり、私が変身するべきだったのよ。あの時変身出来なかったのは、最大の失敗だったわ」

 

 「ちょっと舞花!そんな言い方」

 

 「いいの」

 

 舞花に反論しようとした愛矢を小夜が止めた。

 

 「舞花さんの言う通りよ。私、皆よりも運動神経悪いし、要領も悪いし頭も良く無いし。あの時変身したのは間違いだったのよ」

 

 「それは違うのです!小夜がいなかったら、皆あの化け物に襲われていたのです!大変なことになっていたのです!」

 

 「それはそれよ。でも、変身しなきゃ絶対にダメだった訳じゃないでしょ?それこそ、石とか投げて気を引くとかするだけでも良かったんだから」

 

 そして小夜は言った。

 

 「本当に、ごめんなさい」

 

 部屋に何とも言えない沈黙が走った。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 晴人は早々に帰った。その後、寝るまでの間特に会話もすることなく淡々と時間が過ぎた。昼間の楽しかった時間が嘘のようだった。

 

 「小夜、ちょっといいか?」

 

 なぎさや愛矢が寝静まった頃、睦月は小夜を呼びに部屋へ行った―小夜が住むようになってから、5人でアパートの一室で眠るのはさすがに狭いという話になり舞花と小夜は隣の部屋に移った―。彼女と出会ってからまだ半月弱だが、このような状況になると夜眠れないでいることを睦月は知っていた。

 

 小夜を部屋に入れ、ココアを出した。

 

 「眠れてないんじゃないかと思ってな」

 

 「ありがとうございます」

 

 そして小夜の隣に腰かけると睦月は言った。

 

 「夕方に舞花が言ってたことはあまり気にするなよ。あいつは、自分が変身出来なかった事にショックを受けて嫉妬しただけなんだから」

 

 「だけど―」

 

 そこで小夜は言葉を詰まらせ、ただテーブルの一点を見つめながら言った。

 

 「舞花さんの言ってることは正しいです。私、舞花さんみたいに運動ができるわけじゃないし、頭も悪いし、何の取柄もないのに変身しちゃって・・・。それで結局怖くて動けなくなって、迷惑かけて、ダメダメですよね。これなら舞花さんが戦った方がよっぽどいいって思います」

 

 「それでも、変身したのはお前だし、皆を守ったのはお前だ」

 

 「でも結局あの後迷惑掛けちゃって、最低です、私」

 

 「迷惑かけた、か。お前っていつも自分の事そう思っているよな。本当にそうか?」

 

 「えっ?」

 

 「俺はそうは思わない。あの時、お前は勇気を振り絞って怪物の前に立って変身した。そのお陰で、なぎさちゃん達は怪我一つしないで済んだ」

 

 「だけど―」

 

 「セミの怪物との戦いだってそうだ。あの鳴き声で体が思うように動かないって時でも、舞花を助けようと動いたじゃないか。あの時のお前は、誰よりもヒーローで、仮面ライダーだった」

 

 小夜は目を見開いた。

 

 「お前は何も取柄は無いって言ってたけど、小夜には誰にも負けない取柄はあるんだよ。小夜は、誰よりも優しいんだ。誰かが傷つきそうになったら、どんなことをしてでも助けようとする。優しくて、ここぞという時に勇気が出る。それがお前のいい所なんだよ」

 

 「だけど、優しいだけじゃ戦えない」

 

 「誰が戦えなんて言ったんだよ?戦いたくなければ別に戦わなくてもいいんだぜ?言っただろ?最後のバックルは置物でいいって」

 

 「でも、それじゃあ―」

 

 「それならそれで俺たちがもっと強くなればいいだけだ。もうあんなミスはしないように。もっと腕を磨いて、全員を助けられるように」

 

 小夜はここで初めて顔を上げた。

 

 「睦月さんは、怖くないんですか?」

 

 「何言ってんだよ。怖いに決まってるだろ?精進証明の殺し合いだ。少しでも気を抜けば死ぬ。そんなモノは俺だって嫌だよ」

 

 「・・・・・・・・・・・・・」

 

 「だからこそ、そんな思いを皆にはしてほしく無いと思ってる。俺が舞花が戦おうとしてるのを反対したのもそれが理由だ。戦いは遊びじゃない。もしも、戦いに負けて、死ぬようなことがあればと考えると、それは俺が死ぬこと以上に怖いんだよ。だから、俺は戦うし、同時に小夜達には戦ってほしくないって思うんだ。だから、なぎさちゃんや舞花は元気のままでいてくれればいいし、愛矢は好きなことをしてくれればいい。そして小夜はその優しいさで皆を包みこんでくれれば俺は満足なんだよ」

 

 そして睦月は微笑んで続けた。

 

 「小夜は優しいから、ライダーになれる素質はある。だけどだからと言って、俺からは無理に戦えとは言わない。これは自分の意志で決めてほしい。それでもしも戦うことを選んだら、俺がしっかりサポートするから」

 

 「はい、ありがとうございます」

 

 ここでようやく小夜に少し笑顔が戻った。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 午前三時。皆が寝ているだろう時間を見計らい、舞花は睦月の部屋にこっそり入った。そして机の引き出しから早々にハートのデッキを見つけると、他のあらゆる場所を隈なく探した。

 

 「(睦月は、バックルは3つしか無いって言ったけど、カードデッキが4つある以上、絶対にもう一つあるはずなんだ。それを見つければ―)」

 

 あまり大きな音を立てると、睦月が起きてしまう。舞花は静かに、だけど正確に部屋のあちこちを探した。

 

 そして、引き出しという引き出しを全て開け、箱や入れ物の中身を全て探し、どこにもないと感じ始めた時だった。

 

 自棄になってハートのデッキが仕舞われていた机の下を見てみると、机と窓のわずかな隙間。そこに何かが引っかかっているのが見えた。腕を伸ばして何とかそれを取り出した。それは、黒と金を基調としたスタイリッシュな作りでバックルと同様にカードが差し込めるようになっていた。見た目からして、バックルと同じ系統の物であることは明確だった。

 

 「あった・・・!」

 

 舞花はそれとハートのカードデッキを持って、そっと外に出た。

 

 舞花が持っていたそれは、バックルとは違い、左腕に付けるようだったが、変身できればそれで良いと特に気にしないで左腕に付けた。そして、睦月たちと同様にハートのAをセットすると左腕を構えて言った。

 

 「変身!」

 

 しかし、何も起こらなかった。変身するときに見える光のゲート(オリハルコンエレメント)も出ない。

 

 「ま、まぁいいわ。今回はベルトじゃないからね。きっと他のカードを差すのよ。えーっと次は…」

 

 その時、舞花はハートの2のカードが見当たらない事に気付いた。まさか、落とした?けど、せっかく変身アイテムのようなものとカードを手に入れたので、カード一枚を探す為だけに睦月が眠っている場所へ戻りたくなかった。仕方なくハートの2は諦め、ハートの3を差した。

 

 「変身!」

 

 それでも何も起こらない。

 

 4、5、6、7、8、9、10…

 

 どれを差しても同じだった。

 

 「はぁ…これ、変身アイテムじゃ無いのかしら?」

 

 残ったのはJ、Q、Kだけ。

 

 Jを差した。何も起こらない。

 

 「も~う!次!」

 

 舞花はやけくそ気味にQのカードを差した。

 

 『♡ABSORB QUEEN』

 

 「!やった!反応があっt…!!!!」

 

 舞花が喜んだその瞬間。全身の細胞が硬直するのを感じた。まるで高電圧の雷を浴びたような感覚。痛みは無いが、何も感じない。風が肌に触れる感覚も、虫の鳴き声も。

 

 そして、舞花の意識は途絶えた。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 「調査?」

 

 「あぁ、あのライダーの始末よりも、それと一緒にいた少女4人について調べることを優先しろとの事だ」

 

 「あ~もう何なんだよあいつは!俺の時はほっとけって言ってた癖に今度は倒せ、って言って、次はその仲間かよ」

 

 そばで聞いていた芝が呆れるように言った。

 

 「お前の時はあいつらの事を嘗めきっていたからと言っただろ。まさかあいつが魔女を倒せるほどの実力者だとは思わなかった。だから後々の事を考えて対処することにしただけだ。しかし、あいつらが何者なのかも分からないまま倒すよりもあのライダーのルーツを探れば、今後の動きの参考になるかもしれない。その取っ掛かりとして彼女らに目を付けた。それだけだ」

 

 「それで?調査って具体的にどうすんだよ?」

 

 芝と高見沢との言い争いは見たくないので、佐野が本題に戻させた。

 

 「聞くところによると、あの少女の内の一人は仮面ライダーに変身したそうじゃないか。そいつの戦いの様子を記録して欲しい。後で芝に解析して貰う」

 

 「おいこら!勝手に決めんな!そもそも、俺はあんたらが頼んだ"あれ"の開発で忙しいんだよ」

 

 「いいからやれ。できないのか?」

 

 高見沢は四の五の言わせない口調だった。

 

 「特別報酬は付けろよ」

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 「ここは…?」

 

 目が覚めると、そこには見慣れない景色があった。時空を越えてやって来たから見慣れないものが多いとかではない。自分の最後の記憶と一致しないのだ。

 

 「(確か私はカリスに封印されたはず)」

 

 そしてそれ以上に違和感があるのが自分の体だ。思うように動かせない。だけど心地いい。そんな矛盾の感覚。

 

 まるで体が入れ替わってしまったような…。

 

 側にあるアパートの窓が姿見になっている。それで自分の姿を確認すると唖然とした。私は、私の姿をしていなかった。入れ替わっているという考えはある意味で当たっていたのだ。

 

 だとするとこの感覚の正体は…。

 

 ふと左腕を見ると、見慣れない腕輪が巻かれていた。そして、中には何も描かれていないラウズカード。

 

 「フフフフ…」

 

 ふと笑いが込み上げた。

 

 「フフフフフフ…」

 

 笑いは止まらなかった。そうか、そういうことか。まさかこんなことがあろうとは。自分の今の体の状況、腕輪と空のラウズカード。全てではないけどある程度の状況を把握した彼女はただただ面白くて笑った。

 

 これは奇跡に近かった。彼女の体でなければ起こらなかった芸当。反則。今だけは運命に感謝しかない。もしこれが一万年前のバトルファイトだったら統制者はどう判断するだろう?

 

 闇夜の中、彼女はしばらく笑い続けた。

 

 今ここに、ハートのカテゴリーQ、オーキッドアンデッドが復活した。

 

 

続く




気が付くと通算UAが3000を突破したことに驚感無量です。

本当にありがとうございます。

一人でも読者がいる限り私は書き続けますので、これからも応援のほどをよろしくお願いい致します。


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二十之巻 小さき夜

皆様、先週は無断で休載してしまい本当に申し訳ありませんでした。

現在、リアルで実習やらレポートやらその他諸々で忙しく、中々投稿する時間が取れませんでした。

もしかしたら来週も投稿できないかもしれませんが、その時はご了承ください。

では、第二十話をご覧ください。


 「睦月さん、起きてください」

 

 次の日、早々に小夜に起こされて睦月は目を覚ました。

 

 「ん…どうした?小夜?」

 

 「舞花さんがどこにもいないんです」

 

 「えっ?」

 

 睦月は体を起こし、部屋を出た。

 

 「舞花?」

 

 初めに舞花と小夜の部屋を見たが、確かに居なかった。続いて他の空部屋も見たがもぬけの殻だった。

 

 「散歩にでも行ったのか?」

 

 らしくは無いと思ったがそうとしか考えられなく、アパートを出たとき、地面にカードが散らばっていることに気付いた。

 

 「!」

 

 睦月はそれを見て唖然とした。それは自分の部屋に置いてあった筈のハートのカードデッキだったからだ。

 

 「(嫌な予感がする)」

 

 その予感はカードを調べたときさらに強まるのだった。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 睦月はすぐに晴人に電話を掛けた。しかし―、

 

 「ダメだ。出ない」

 

 こういう時に限って連絡が取れないとは不運にも程がある。

 

 「睦月?」

 

 ただ事でないことを感じたのか、なぎさと愛矢も駆けつけた。

 

 「何かあったの?」

 

 「舞花がいなくなったんだ」

 

 「迷子なのですか?」

 

 「迷子ならまだ良いんだけど…」

 

 「えっ?それってどういう…」

 

 「とにかく、二人も来てくれて良かった。二人も舞花を捜すのを手伝って欲しい」

 

 「もちろんなのです!」

 

 「何だかよく分からないけど、もちろん!」

 

 愛矢も力強く頷いた。

 

 「それじゃあ二手に別れて―」

 

 ここまで言った時、睦月は戸惑った。

 

 落ちていたハートのカードデッキには、Qのカードが失くなっていた。カードに封印されている怪物のことは詳しくは分からないが、一度リモートで解放したことがあるのでその恐ろしさは知っていた。舞花は、何らかの原因でQに封印されている化け物と何かあったのではと直感していた。

 

 故に、戦いになると予感していた。睦月は良い。だけど小夜は?戦うべきか迷っている彼女に戦いを強いるのか?

 

 そんな心情を察してか小夜は言った。

 

 「睦月さん、私は大丈夫です。舞花さんがどこに行ったか分からない以上、手分けして探した方が良いに決まってます」

 

 「いや、でも…」

 

 「これから戦うか戦わないか。私にはまだ答えは出せません。だけど、戦う力があるのに、舞花さんを助けないでやめるのは嫌なんです。だから私を信じてください」

 

 「小夜…」

 

 本当に優しい娘だなと思った。戦いに対する恐怖心もまだあるだろうに人の為に頑張れる。その想いはライダーそのものだ。だから言った。

 

 「絶対無茶するなよ」

 

 「はい」

 

 「愛矢、小夜に付いていってくれ」

 

 「うん」

 

 「なぎさちゃんは俺と一緒だ」

 

 「了解なのです」

 

 そして手分けして舞花を探した。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 「舞花さ~ん!」「舞花さ~ん!」

 

 愛矢と小夜は呼び掛けながら辺りを探した。どこに行ったのか全く見当が付かない以上、手当たり次第だった。

 

 2つ隣の駅まで探した時には、既に日が暮れていた。

 

 そこにある繁華街を探していた時だった。

 

 「ギャァァァァァ!」

 

 メイン通りの外れから男性の悲鳴が聞こえた。二人は顔を見合わせて、もしやと思い頷き、その場に駆け寄ってみると、腰が抜けたようにへたりこんでいる男がいた。そして、彼の見つめる先には―、

 

 「一体…一体何だってんだよ!」

 

 「今日は本当にお世話になったわ。だけどもう飽きちゃった。たまにはおしゃれでもして楽しもうとも思ったけど、やっぱり私は戦う方が性に合うみたい」

 

 「舞花さん!」

 

 黒いドレスワンピースを着飾った舞花の姿があった。愛矢の呼び声に反応し、顔を彼女らに向ける。

 

 微かにランの香りがした。

 

 舞花からは何かを感じた。何か異様な気配の様なものを、舞花の姿をしているが、舞花では無いような。

 

 「あなた…一体?」

 

 「あなたたち、私の知り合いなの?フフフフ…面白そうね」

 

 そして舞花の体は怪物に変貌していった。

 

 長い爪と硬い銀の装甲を持った左腕、紫の触手のようなツタを持つ右腕、それ以外の胴体や脚は血のようなどす黒い赤い体で覆われ、頭部には紫の花弁、中央からは顔がついた中頭が伸びていた。

 

 ランの香りが先ほどよりも強くなった。

 

 ハートのカテゴリーQ、オーキッドアンデッド

 

 「うわぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

 傍にいた男は驚いて逃げ出した。それをオーキッドアンデッドはツタで捕まえ、首をそれで締め上げる。

 

 「グググ…」

 

 「逃げるなんてつれないわね。先に誘って来たのはそっちでしょ?本当に今日は楽しかったわよ?最後まで楽しみましょ?ショウさん♡」

 

 小夜は急いでバックルを腰に巻き付けた。

 

 それを見て、愛矢は驚いた。

 

 「ちょっと待って!戦うつもり!?無茶よ!」

 

 「だけど、あの人も舞花さんも放って置けないわよ!変身!」

 

『♢Turn Up』

 

 小夜はギャレンに変身し、ラウザーを引き抜きツタにめがけて発砲した。銃弾を受け、男性を離し、自由になった男は転がるように逃げ出した。

 

 「愛矢さんは早く睦月さんに知らせてください!それまで何とか止めてみます!」

 

 「そんな―」

 

 愛矢は何とか止めようとしたが、小夜の姿を見て止まった。仮面に隠されていて表情は見えないが、彼女の想いがひしひしと伝わってきた。

 

 そうか、今の彼女は、変身してるときの睦月さんと同じなんだ。

 

 そう思った愛矢は、

 

 「分かった。すぐに呼んでくるから、無理はしないで!」

 

 そう言い残し、公衆電話を探しにこの場を去った。

 

 「行かせない!」

 

 オーキッドアンデッドはツタを伸ばして愛矢を捕らえようとしたが、それを小夜はラウザーの射撃で弾いた。

 

 「あなたの相手は、私です!」

 

 「ふ~ん、こんな小娘がね~」

 

 小夜は黙ってラウザーの銃口をアンデッドに向けた。

 

 「良いの?私はあなたたちの友達じゃないけど、この体は間違いなく友達のもの。私へのダメージはそのまま友達の体へ蓄積されるわよ」

 

 「えっ…」

 

 小夜の引き金に掛かった指の力が緩んだ。

 

 「フフフフ…誰が変身しても変わらないのね。優しいと迷う。そして一気に弱くなる」

 

 オーキッドアンデッドの鞭の攻撃が小夜に襲いかかった。小夜はビルの壁にぶつかってずるずると崩れ落ちた。

 

 「まぁ、あなたの場合は元から弱いんだけど」

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 愛矢からの電話を受け、睦月となぎさは駆けつけた。そこには、ギャレンに変身し怪物に掴みかかって戦っている小夜の姿があった。

 

 「舞花さんを…返してください!」

 

 「お断り!」

 

 それをオーキッドアンデッドは腕を払って引き剥がす。

 

 「あなたもしつこいわねぇ。その勇気だけは誉めてあげる。でももう終わりよ!」

 

 オーキッドアンデッドはツタによる鞭の攻撃を繰り出した。

 

 「変身!」

 

 『♧Open Up』

 

 レンゲルに変身した睦月はそれをラウザーで弾いた。

 

 「大丈夫か、小夜!?」

 

 「睦月…さん…」

 

 「話は愛矢から聞いた。あれが」

 

 「はい、舞花さんです」

 

 「へぇ、あなたもいたの。久しぶり。いえ、初めましてになるのかしら?」

 

 「訳わかんねぇ事言ってんじゃねぇぞ!お前を倒して舞花を返して貰う!」

 

 「ダメです!ダメ!」

 

 ラウザーを構えた睦月を小夜は慌てて止めた。

 

 「どうした。小夜?」

 

 「あの人は今、舞花さんの体を使っています。攻撃をすれば、舞花さんの体が傷付くと言ってました」

 

 「なっ…」

 

 「あらあら、早々にばらしちゃってつまらない。何も知らないあなたが戦って、最後に傷ついたこの娘の体を見て発狂する姿を見るのも一興だったのに」

 

 「・・・・・・」

 

 「その娘の言うとおりよ。私を倒せば、この体は元に戻る、けど、それまでこの娘の命がもつかしらね」

 

 「グッ…」

 

 睦月は飛び出すこともできず、ただ唇を噛むだけだった。

 

 「何もしないの?だったらこっちから行くわよ!」

 

 オーキッドアンデッドは大きく振りかぶってツタの鞭を繰り出した。睦月はとっさにラウザーでそれを弾いたが、弾いたツタがラウザーに巻き付いてしまった。

 

 「守るだけじゃ私は倒せないわよ」

 

 そのままツタを横に引っ張り、睦月は壁に思い切りぶつかってしまった。

 

 「睦月さん!」

 

 「人の事気にしてる場合?」

 

 ラウザーに巻き付いてたツタをほどき、今度はそれを小夜にぶつけた。

 

 「小夜!」

 

 さらにそのツタを首に巻き付け小夜を吊し上げた。

 

 「守ってばっかの戦いも飽きたから、もう終わりにしましょう。まずあなたから殺してあげる」

 

 「クソッ!待ってろ、今助けに…」

 

 キーン、キーン、キーン、キーン…

 

 ―まさか

 

 ビルにある小さな窓からモンスターが飛び出した。

 

 それはサルのような見た目で、顔と額合わせて3つの赤い目を持ち、右手には銃を持っていた。

 

 ミラーモンスター、デッドリマー

 

 ドヒュンッ ドヒュンッ

 

 デッドリマーは早速右手に持ってた銃で睦月に向かって発砲してきた。

 

 「こんな時に…」

 

 睦月はそれをラウザーで防ぎ、隙を見て突き出した。だが、それはジャンプしてかわされ後ろを取られ、背中を撃たれてしまった。

 

 「ガハッグッ、ゴア」

 

 睦月はその場で膝をついた。

 

 「痛…こんなやつ相手にしてる場合じゃないのに」

 

 ふと横を見ると、なぎさと愛矢が何とか小夜の首からツタを外そうとツタを引っ張っていた。

 

 「小夜を…離して~!」 「離すのです~!」

 

 「なぎ…ささん…愛矢…さ…ん、逃…げて」

 

 「フフフフフ…アッハハハハハハハ」

 

 なぎさと愛矢が必死になってツタを外そうとしてる光景が滑稽だからかオーキッドアンデッドはただ笑うだけで何もしなかった。

 

 それを長く見ていたいからかわざわざ小夜が窒息しないギリギリの強さで締め付けている。

 

 チャンスは今しかない。あいつが本当に絞め殺してしまうよりも先にサルを倒して、小夜を助ける。

 

 「おりゃぁ!」

 

 睦月はラウザーを横に凪ぎ払った。しかしデッドリマーはジャンプしてかわし、器用に尻尾をビルに伸びるパイプに巻き付け壁に張り付いた。

 

 睦月はそんなモンスターに向かって思い切りラウザーを突いたがそれは壁をジャンプしてかわされた。だがそれで良かった。

 

 空中なら身動きは取れない。

 

 突いてリーチが長くなったラウザーをデッドリマーの軌道を追うように振り、ラウザーによる打撃を与えた。

 

 衝撃で思い切りコンクリート床にぶつかる。

 

 「よし!」

 

 睦月はすぐに小夜達の元へ向かおうとしたが、

 

 「キエェェェェェェェェェ!!!!」

 

 先ほどの攻撃で逆上したデッドリマーが銃を辺り構わず乱射してきた。

 

 狙いは定めてなく、ただ辺り構わず乱射していた。

 

 「!」

 

 「ウワッ!」 「キャッ!」

 

 次の瞬間、小夜の拘束が解かれた。小夜はその場で膝をつきむせる。

 

 睦月はふとオーキッドアンデッドの方を見ると、ツタは右腕を庇うようにして添えられており、そこから小さな煙が出ていた。

 

 ―もしかしたら―、

 

 「小夜!左腕だ。左腕の腕輪を狙え!」

 

 「えっ?えっ?」

 

 「それを外せば恐らく舞花は解放される!」

 

 出会った時から気になってはいた。あの見た目からはおよそ似合わない金の腕輪。そこに入っていた空のカード。今にして思えば、あの怪物は右腕のツタによる攻撃しかしておらず、左腕は全く動いていない。さっきのデッドリマーの銃撃だって、わざわざ右腕のツタで防がなくても左腕で十分対処できた筈だ。それをしなかったということは、左腕にもしものことがあれば困る事情があるから。ならば狙うの左腕の中でもは空のカードが入っているあの腕輪だ。

 

 もっと早く気付くべきだった。ならばと睦月はオーキッドアンデッドの方へ向かおうとするが、

 

 「キエェェェェェェェェェ!」

 

 デッドリマーが後ろから飛びかかってきた。睦月はそれをラウザーで防ぎ、そのままモンスターと距離を取った。

 

 「(やっぱり、こいつを倒さないと先に進まない)」

 

 オーキッドアンデッドまでの道は近くて遠かった。

 

 「(小夜の所に行かないように上手く、そして早く倒さないと)」

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 「キャッ!」

 

 睦月に言われてから、小夜は左腕を狙ってラウザーを撃っていたのだが、外れるかツタで弾かれるかで全く当たらず、逆に返り討ちにあってしまった。

 

 「そう簡単に撃たせると思った?弱点が分かったからと言ってもあなただけじゃ何もできない」

 

 「うぅ…」

 

 小夜はうめきながらも何とか立ち上がった。

 

 「小夜、カードよ!」

 

 「えっ?」

 

 横から愛矢が叫んだ。

 

 「睦月さんは、いつもカードを使いながら戦ってたでしょう?あなたも同じならそれが出来るはずよ!」

 

 「そうか!」

 

 「させると思う?」

 

 オーキッドアンデッドはすかさずツタの鞭を小夜に放った。

 

 「キャァ!」

 

 愛矢はキッとアンデッドを睨むとそのまま突進していった。

 

 「何を!?」

 

 「あんた、いい加減にしなさいよ!」

 

 何とか両腕をアンデッドの左腕に伸ばし、そこについてるラウズアブゾーバーを取ろうとした。

 

 「これさえ取れば、解決でしょ!?」

 

 「その通りなのです!」

 

 さらにそこになぎさも加わる。

 

 「フフ…勇気だけは見込んだモノだけど!」

 

 「キャッ!」 「うわぁ!」

 

 「圧倒的力不足」

 

 そしてオーキッドアンデッドはツタを伸ばしながらジリジリと近付いた。

 

 「あなたたちなんて恐れるに足らないけど、虫けらみたいにブンブンしてるのもウザいわね。ターゲット変更。あなたたちから先に殺してあげる」

 

 そして、右腕を挙げツタの鞭を構えた。

 

 「なぎさちゃん!」

 

 愛矢がとっさになぎさに覆いかぶさるようにして庇った。

 

 「ダメですそれは。愛矢!」

 

 「死ね!!」

 

 『♢2 BULLET』

 

 ツタの鞭は横から飛んできた弾丸によって大きく逸れた。アンデッドが銃の飛んできた方向を見ると、そこにはラウザーを構えてた小夜の姿があった。

 

 「二人は絶対に殺させません!ハァ!」

 

 さらに小夜はラウザーの銃を連射した。先ほどとは明らかに銃弾の威力が上がっていた。これによってアンデッドは少し後退した。

 

 「良いわよ小夜!そのままあの腕輪を撃って!」

 

 「クっ!そうさせないわよ!」

 

 アンデッドは銃弾の攻撃に耐えながらツタをなぎさ達のいる方へ伸ばした。

 

 「うわぁぁぁぁ!」

 

 「なぎさちゃん!」

 

 「撃たないで!」

 

 オーキッドアンデッドはなぎさを人質にして攻撃を止めさせた。

 

 「汚いわよあなた!なぎさちゃんを返しなさい!」

 

 「殺し合いにルールも何もないでしょ!?勝てばいいのよ!」

 

 「キャぁ!」

 

 鞭の攻撃がまた小夜にさく裂した。

 

 「何か、カード・・」

 

 小夜はこの状況を打破できるカードを探すためにラウザーを開いた。しかし―、

 

 「(GEMINI? THIEF?どれを使えば?)」

 

 さっきは適当に選んで当たったから良かったが、まだカードを全然把握できていない小夜に必要なカードを選ぶなんて言うのは無理な話だった。

 

 「はい、隙だらけ」

 

 「キャ!」

 

 鞭の衝撃によって小夜は倒れた。辺りにカードが散らばる。

 

 「小夜!(これ以上はもう無理だ!)」

 

 デッドリマーと戦っていた睦月は、取りあえず凍らせようとBLIZZARDのカードに手を掛けた。しかし、一瞬目をオーキッドアンデッドに向けた瞬間をデッドリマーは見逃さなかった。

 

 ズキュン!!

 

 「アガッ!」

 

 銃弾をカードを持っていた右手に受けてしまい、睦月はカードを落としてしまった。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 小夜が倒れたすぐ側にSCOPEのカードがあった。

 

 「これで終わりよ」

 

 自分は英語が苦手だからそれの正確な意味は分からない。だけど、鞭も迫ってる、なぎさちゃんも人質に取られてる今、もう迷ってる暇は無い。

 

 小夜はカードを手に取って、アンデッドの鞭の攻撃を反射的に転がるようにして避けた。

 

『♢8 SCOPE』

 

 すると、不思議な感覚を味わった。アンデッドが左腕に付けているラウズアブゾーバー、その狙いが先ほどとは違いより精度高く狙いが定まり、なぎさがいるのも関係ない。彼女に当たらないようにして撃つ軌道が手に取るように分かったのだ。まるでレーザーポインターの付いた銃のシューティングゲームをプレイしているかのような。

 

 その感覚を信じて、小夜は一発発砲した。

 

 その銃弾は吸い込まれるようにしてラウズアブゾーバーに近づいていき、見事的中。遂にオーキッドアンデッドの左腕から離れ、宙を舞った。

 

 「あァァァァァァァァァァァァァァァ!!!」

 

 オーキッドアンデッドの体が緑色に光り、全身が細く歪んだ。そして舞花の体からオーキッドアンデッドの体が引き剥がされた。

 

 「アグッ!」

 

 舞花はその場で倒れ、アンデッドは反対方向に投げ出された。

 

 「やった…」

 

 「舞花の体を取り戻せたのです」

 

 「凄いぞ!皆!」

 

 デッドリマーを抑えながら睦月は言った。

 

 「皆、舞花を連れて早く離れろ!後は全部俺が…」

 

 「貴様ァァァァァァァァ!!!」

 

 立ち上がったオーキッドアンデッドは今まで発した事の無かった声色で小夜に迫った。

 

 「よくも!よくも!よくも私の体を~!!」

 

 何度もツタの鞭を打ち付け、最後はそれを小夜の首に絞めた。

 

 「もう遊びは終わりよ。あなたを粉々にしてやるわ」

 

 「小夜!」

 

 睦月は迫ってきたデッドリマーをラウザーで弾くと、そのままラウザーをアンデッドに向かって投げた。

 

 「キャッ!」

 

 それは見事ツタに当たった。小夜はその場で激しく咳き込む。

 

 「邪魔すんじゃないわよ!」

 

 辺り構わずツタを繰り出した。

 

 「うわぁ!」

 

 「あなたはそこの猿と遊んでなさい。それとも、あなたも私に殺されたい?」

 

 そして今度は睦月の首を絞め始めた。

 

 「だったらお望み通りにしてあげる」

 

『♢4RAPID』

 

 そんなアンデッドの背後に向かってマシンガンのような攻撃をした。

 

 小夜だった。

 

 適当にスラッシュしたカード。それはラウザーの弾丸の充填速度を上げる効果を持っていた。故に今のラウザーはマシンガンのような攻撃が可能だった。

 

 「睦月さんを離してください!」

 

 「バカな娘。さっさと逃げれば良いものを」

 

 アンデッドはツタを離し、再び狙いを小夜に定めた。

 

 「待て!相手は俺d…」

 

 「ウッキャァァァァァァ!」

 

 デッドリマーが飛び出してきた。

 

 「うわぁ!」

 

 そののし掛かりを受け、睦月とデッドリマーは地面に倒れ、二人でもみくちゃになった。

 

 「(クソッ!こんなのを相手にしてる場合じゃないのに!)」

 

 ふと地面を見ると、オーキッドアンデッドから外されたラウズアブゾーバーが見えた。

 

 その時、睦月の頭の中に何かが流れた。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 『剣崎…俺のキングフォームを見ろ』

 

 俺の左腕にはあの金の腕輪が付いていた。自分には覚えの無い記憶だ。だけど、懐かしい遠い記憶。

 

 『睦月…強くなったな』

 

 俺の目の前に仮面ライダーギャレンがいる。だけど、小夜の時とは少し違う。全身が金色で覆われているし、背中には翼の様なものが付いている。そして左腕にはー、

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 「小夜!左腕にその腕輪を付けろ!」

 

 「えっ?」

 

 睦月には全く覚えが無かった。だけど、あの情景は何故か信じられた。だから言った。

 

 「そこにクイーンのカードを入れてジャックをスラッシュするんだ!」

 

 「えっ?は…はい!」

 

 「まる聞こえ」

 

 オーキッドアンデッドが小夜に向かってきた。

 

 「んん…」

 

 小夜はすぐにまだRAPIDの効果があるラウザーの銃弾を放った。

 

 しかし、そのダメージに怯む様子はなく、ツタで銃弾もろとも弾かれてしまった。

 

 「キャッ!」

 

 「小夜さん!」

 

 愛矢はラウズアブゾーバーの落ちてる方へ向けて走り出した。

 

 「これを小夜さんに届ければ…」

 

 「だ~か~ら~」

 

 アンデッドはツタで愛矢ごとラウズアブゾーバーを弾き飛ばした。

 

 「あぁ…」

 

 「愛矢!」

 

 「何かこちらが不利になるかもしれないっていうアイテムを誰が使わせるっていうの?」

 

 「(難しいか…)」

 

 アンデッドとの戦いを見て、睦月は顔を歪めた。とは言えこちらも、咄嗟にラウザーを投げてしまったので今は慣れない素手での戦い。立体的に動いているモンスターとは相性が悪かった。

 

 そんな中、睦月達もアンデッドも誰も気が付いていない事態が起きた。舞花が目を覚ましたのである。

 

 「(あれ…?私…)」

 

 しかし、体はまだ思うように動かなかった。目の先には、ギャレンを圧倒するオーキッドアンデッドがいた。

 

 「(あの怪物…確か、私の頭の中に浮かんだ…そしてそれが私の中に入ってきて…)」

 

 舞花はゆっくりと、自分に何が起きたのか思い出していった。

 

 「(そうだ。私はあの時変身しようとして…だけど…失敗して…あいつが…じゃあまさか…)」

 

 今度は視線をアンデッドではなくギャレンに向けた。

 

 「(あの娘が…助けてくれた?)」

 

 「キャァァ!」

 

 アンデッドの攻撃を受け、再び小夜は倒れた。それでもまた立ち上がろうとする。

 

 「まだやる気なの?もうあなたの体はボロボロの筈よ」

 

 「それでも、皆を守れるなら私は闘う!」

 

 その言葉に舞花は目を見開いた。

 

 「(どうしてそんな言葉が言えるの?昨日、あんなに酷い事を言ったのに。あなたの事、嫌いだったのに)」

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 私は出会った時からあの娘の事が好きでは無かった。話し掛けても無関心でいつもオドオドしていて何がしたいのかが分からない。私は、そんな会話ができない子が苦手で嫌いだった。だからあの時、小夜と同じ部屋になった時は本当に嫌だった。

 

~一週間前~

 「部屋を分ける?」

 

 「そ、理由は単純。5人は狭い!」

 

 「あ~、それは私も感じてた」

 

 「でも、勝手に他の部屋なんか使って怒られないですか?」

 

 なぎさはそう尋ねた。

 

 「それなら大丈夫。ここのアパートの大家さんと俺は昔からの顔馴染みでな。他の住民が出払って、俺だけが残るって決めた時その人から他の部屋も好きに使っていいって鍵をくれたんだよ」

 

 「大家さんなんていたの?」

 

 すかさず私は突っ込んだ。

 

 「そりゃいるよ。ここアパートだよ?」

 

 「でも、そう言えば私も会ったことない…」

 

 愛矢もまた、まだ見ぬアパートの大家に興味を示した。

 

 「あ~、それはな、あの人元々フットワークの軽い人でしょっちゅうどこかに出掛けてたんだよ。で、ここのアパートが俺だけになるって決めた時に、後は任せたとか言って海外旅行。それで今はチベットにいるんだよ」

 

 「自由な人なのです」

 

 「というか、一介の大家がそれでいいの?」

 

 私となぎさは呆れたように言った。

 

 「まぁそういう訳だから、部屋は使ってOK。5人だから3:2で別れて二部屋使うでいいでしょ」

 

 「で、どうやって別れるのです?」

 

 「くじ引き…とかですか?」

 

 ここでようやく小夜の口が開いた。

 

 「いや、それでも良いんだけどまず愛矢!」

 

 「えっ?私?」

 

 名指しされると思わなかったのか少し動揺した。

 

 「お前は変わらず俺の部屋だ」

 

 「えっ?それは構わないけど、何で?」

 

 「愛矢はいつも料理作ってくれてるからなぁ。出来ればそのままでいて欲しいんだ。他の部屋でも料理はできるけど、いくら自由に使っていいって言っても料理までそこでするのはさすがにどうかなと」

 

 「なるほど。うん。分かった」

 

 「で、他の皆は…くじ引k…」

 

 「愛矢がそうならなぎさも同じ部屋が良いです!」

 

 なぎさが愛矢に抱きつきながら言ってきた。

 

 「いや、なぎさちゃん、そんな勝手は」

 

 「いや、私はそれでも構わないよ。愛矢となぎさって仲いいからね」

 

 嘘だ。

 

 「私も、別にそれでも」

 

 「そう?悪いね。じゃあ千翼と小夜は隣の部屋ってことで」

 

 「うん!了解」

 

 嘘だ。本当は了解なんてしたくなかった。小夜と一緒になれば話しかけても無反応。そんな不毛な時間が流れることは目に見えている。そんな風になるのは嫌だった。だけど、私は睦月を除けば恐らく一番年上だ。そんな理由でわがままを言って皆を困らせるのはもっと嫌だったから私は渋々了承した。

 

 私は、小夜と二人きり、無言の時間を過ごすのが嫌だったし、そのことを小夜に知られるのも嫌だったので、寝る時を除いてできる限り睦月たちと一緒にいるようにしていた。私は、小夜の事を全く知ろうとしなかった。彼女の事を、心のどこかでは完全に拒絶していた。

 

 だから、彼女が私が変身するはずだったライダーに変身した時は、驚きよりも怒りの感情の方が大きかった。どうしてこんなおどおどした弱い子が変身したんだ。こんな子よりも私の方が絶対に相応しいのにと。

 

 その感情が抑えきれなくて、遂にあの時、あんなことを言ってしまった。

 

 『無理に決まってるわよ。普段からうじうじしてるような人が戦うだなんて無理に決まってるわよ。さっきだって、ただ銃をバンバン撃ってただけで全然攻撃出来て無かったし。あ~あ、やっぱり、私が変身するべきだったのよ。あの時変身出来なかったのは、最大の失敗だったわ』

 

 そして私はこの子よりも私の方がライダーには相応しいと証明するためだけにハートのカードと腕輪を盗んだ。そして結果はどうだ?失敗して、怪物が甦って、最悪な状況を作ってしまった。

 

 そんな私を、小夜、あなたはどうして助けてくれたの?

 

 「馬鹿だな、私」

 

 理由なんて、本当は分かってる。彼女の事を少し見下してもいたからその一面にしっかりと目を向けなかっただけで。

 

 彼女は、私やなぎさや愛矢、それにもしかしたら睦月よりも、優しくて自分でも気づいていないほどの勇気を持っている人だからだ。

 

 だから、私がセミの怪物に襲われそうになった時も、皆が動けない中彼女は勇気を持って助けてくれた。

 

 変身したのだってそう。私たちを守るために怖いのを我慢してあんなに強い怪物に立ち向かっていったじゃない。私なんか、変身すればテレビでよく見る世界を守るスーパーヒーローになれると、そんな安直な理由で変身しようとしていたのに。

 

 本当にライダーに相応しいのは私じゃない。小夜、あなたよ。

 

 なら、私がするべきことは一つしかないわよね。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 「ハァ…ハァ…」

 

 小夜は遂にべったりと地面に体を付けてしまっていた。

 

 「フフフフ…ようやく限界が来たって感じかしらね」

 

 そしてオーキッドアンデッドは右腕を大きく振り上げた。

 

 「これで、終わりよ!」

 

 「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 「なっ!?」

 

 舞花がオーキッドアンデッドに飛び乗り、その首を両腕で羽交い絞めにした。

 

 「なっ、何を!?」

 

 「小夜!今のうちに早くあの腕輪を付けて!」

 

 「舞花…さん…」

 

 「そんな所で寝てちゃダメよ!私たちが眠る場所は、いつも一緒でしょ!?」

 

 「くそっ!離せ!」

 

 「離すかぁァァ!!」

 

 オーキッドアンデッドも舞花自身も知らなかった事だが、アンデッドと彼女との融合を無理矢理引き剥がしたために、彼女の中にはまだ少しだけオーキッドアンデッドの力が残っていた。

 

 「小夜!早く!」

 

 「はっはい!」

 

 小夜は立ち上がってラウズアブゾーバーを掴んだ。

 

 「えっと、クイーン…クイーン…あった!」

 

 『♢ ABSORB QUEEN』

 

 「次はジャック!」

 

 『♢ FUSION JUCK』

 

 すると金のクジャクのようなオーラが出てきて、それが小夜の体を包んだ。そしてギャレンの姿が変わっていった。

 

 前身は赤と金で覆われ、背中には翼が生え、ラウザーの銃にも金の短剣が付いた。

 

 「(あの姿は…)」

 

 その姿は睦月が見た姿と全く同じだった。

 

 「おのれぇぇ!」

 

 「キャッ!」

 

 一瞬力が緩んだすきにアンデッドは舞花の拘束を振りほどいた。

 

 「新しい力を手に入れたようね。だけど、それがひ弱なあなたじゃ宝の持ち腐れよ!」

 

 アンデッドは小夜に向かって突進していった。小夜は冷静にラウザーを向け、発砲した。

 

 「なっ!?あっ!あぁ!!」

 

 小夜の頭は冷や水でも浴びせられたかのようにすっきりと澄んでいた。何をするのが最適解か。自然と頭に入ってくる。

 

 今、彼女と仮面ライダーギャレンは、完全に一つになった。

 

 「(小夜…)」

 

 その美しい姿に睦月も安心した。

 

 「ウキャァァァァァァ」

 

 「おっと!」

 

 向かってきたデッドリマーをギリギリのところで躱す。

 

 「あんたも何見惚れてるのよ!?ほら、さっさと倒しちゃいなさい」

 

 舞花がラウザーを投げてよこした。

 

 「ありがとう。舞花!」

 

 そして受け取ったばかりのラウザーでそのまま再び向かって気たデッドリマーを斬りかかった。

 

 「睦月!これも!」

 

 舞花が先ほど落としたカードも投げた。いつの間にか拾ってくれていたのだ。

 

 「何から何までありがとう。舞花!」

 

 『♧6 BLIZZARD』 『♧3 SCREW』

『ブリザードゲイル』

 

 そして右腕を向け、あちこちを飛び回ってるデッドリマーに吹雪をぶつけた。見る見るうちにモンスターの体は凍り付く。

 

 「これで終わりだ」

 

『♧2 STAB』

 

 そしてラウザーの先端に力を籠め、凍った状態で向かってくるデッドリマーに向かって思い切りラウザーを突き出した。そしてモンスターの体は粉々に砕かれた。

 

 小夜はまだ全てのカードの効果を把握していないし、英語も苦手だから推測もできない。だけど、今回の戦いで適当にスラッシュしたカードからどれをスラッシュすればいいのかが分かった。

 

『♢2 BULLET』 『♢6 FIRE』 『♢4 RAPID』

『バーニングショット』

 

 小夜の背中の翼が開いた。

 

 「おのれ!」

 

 そしてアンデッドの放ったツタを飛んでかわした。

 

 「なっ!?」

 

 そして銃口を構えて、炎弾を何発も連射した。

 

 「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!」

 

 炎が何度も爆発し、遂に爆発四散した。

 

 「あっあぁ…」

 

 アンデッドは小さく痙攣し、腰についていたバックルが開いた。小夜はその近くに降りた。

 

 睦月は小夜に近づき、空のカードを渡した。

 

 「小夜、お前が封印しろ」

 

 「はい」

 

 小夜はオーキッドアンデッドのバックルにカードを落とした。緑の光に包まれ、その体はカードに吸い込まれていき封印された。

 

 小夜はバックルを閉じて変身を解除すると、そのままグラット倒れこんだ。

 

 「小夜!?」

 

 慌てて舞花が支える。

 

 「さすがにダメージが大きかったんだな。すぐに家に帰ろう」

 

 小夜の体を睦月が担いで家へ向かった。その間、舞花は今まで見たことのない複雑な表情を浮かべていたが睦月は気にしなかった。

 

 あまり、悪い感情を思ってるようには見えなかったから。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 夢を見ていた。ここは知らない場所?いや違う。ここは私が住んでいた家だ。

 

 階段を急いで駆け上がり、自分の部屋に入ると、そこの一番大きな窓のふちに“それ”はいた。

 

 「キュウベエ、お願いがあるの!」

 

 私の中にあった小さな闇。どこへ行っても辺りを見渡しても何もない。その闇に潰されないように私は睦月さんに会った短い間過ごしていた。

 

 その闇が晴れていく。そして私の中で一つの答えが生まれる。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 小夜のダメージは♡9のRECOVERで回復させた。小夜は安心したのかそのまま眠った。

 

 時刻は深夜。なぎさも愛矢もとっくに眠ったが、睦月は眠れなかった。

 

 「(あの時見た光景は何だったのだろうか)」

 

 小夜にあの腕輪の使い方を教えた時に見た情景。とても幻とは思えなかった。睦月は初めて変身した時の事を思い出した。あの時の自分は、あれでの戦い方を体で理解していた。やはり自分は前にも一度変身している?だけど、あのベルトが現れた時期と魔女が別世界から現れた時期がほぼ一緒ならそれはあり得ないし、第一そんな記憶はない。では、あの時見た情景は何だったのだろうか。

 

 「(だけど、それよりもまずは小夜のことか)」

 

 これからも、小夜を戦わせるかどうか。だけど、それはもう睦月の中では考えはまとまってた。やはり、戦わせるのは止めた方がよさそうだ。今日の戦い、あれは小夜のおかげで何とか乗り切ったがこれからもそうだとは限らない。あれは死んでいてもおかしくなかった。そもそもようやく魔女という運命から解放させたのにまた苦しい目に遭わせるのはやはり自分の本望ではない。もしも、まだ小夜がまだ迷っているようなら、ちゃんとやめるように伝えよう。

 

 そんなことを考えていた時だった。

 

 「睦月さん、ちょっといいですか?」

 

 驚いて振り向くと、そこには小夜が立っていた。

 

 「小夜!まだ寝てなきゃダメだろ!傷は治したけど、疲れはまだあるんだからさ!」

 

 「はい、だけど、聞いてほしいことがあって。外、いいですか?」

 

 睦月は小夜の表情を見てただならないものを感じ取り、一緒に外に出た。

 

 「それで、話って?」

 

 「あの、知らなかったらごめんなさい。だけど、正直に答えてください」

 

 小夜は大きく息を吸うと言った。

 

 「私は、魔女…だったんですよね?」

 

 最初、小夜が何を言っているのか分からなかった。あまりにも唐突だったので、睦月の思考は一瞬止まった。

 

 「ま…魔女?」

 

 「睦月さんは、私は怪物に囚われてる所を救出したって言ってましたけど、あれは嘘だったんですよね。本当は私自身が魔女で、睦月さんがそこから救出してくれた。そうですよね」

 

 「待て、お前、まさか…」

 

 「はい、全部思い出しました。自分が魔法少女だったことも、何でそれになったのかも、魔女になってしまったことも全て」

 

 冷たい夜風が二人に流れた。その心地よさを感じる暇はもちろんなく、睦月は小夜の事をただただ見つめていた。

 

 「そうか。全部思い出して。ごめん。嘘ついて」

 

 「いえ、それは良いんです。全部私のためについた嘘なんだって分かってますから。だけど、その上で決めたことがあるんです」

 

 「決めたこと?」

 

 「私、ライダーを続けます」

 

 睦月は大きく目を見開いた。それに構わず小夜は続ける。

 

 「私、魔法少女になりましたが、その後、自分が本当になってよかったのか、ずっと悩んでいたんです。そして、その答えが出せないまま魔女になった。だから、睦月さんから与えてもらった命で、その答えを見つけたい。そのために私、ライダーになって戦いを続けたいんです」

 

 「待て待て待て、お前、自分が何を言っているのか分かっているのか!?今日の戦いを見ただろ!?危険だぞ。本当の殺し合いなんだぞ!俺は、皆が魔女で苦しい想いをしたって知ってるから、もうそういう世界には巻き込ませたくなかったのに」

 

 「はい、それはごめんなさい。だけど、私が決めたことですから」

 

 「でも、もしも何かあったら…」

 

 「そんなこと、私がさせないわよ」

 

 物陰から別の声が聞こえて、睦月は驚いた。そこには舞花が立っていた。

 

 「私が、全力でサポートするわ」

 

 舞花がいたことは小夜も知らなかったみたいで、彼女も慌てていた。

 

 「千翼さん、あなた、いつから!?」

 

 「悪いけど、全部聞かせてもらったわ。あなたが魔女だったことも全部ね。ということは睦月、私も魔女だった。そういうことなのかしら?」

 

 「あっ…」

 

 小夜は魔女だった。とするなら、彼女と同様に怪物に囚われてる所を助けたと言っていた舞花も本当はそうだったという結論になるのは当然の事だった。

 

 睦月は声も出なかった。その無言が肯定を意味していることは言うまでもない。

 

 「やっぱりね。だけど、私にはまだピンと来ないわ。何で魔法少女になったのかも、魔法少女になってどうしたのかも全く思い出せないのよね」

 

 「舞花…俺…」

 

 「良いのよ。何も言わなくて。何であなたが嘘を言ったのかも分かってるから。それよりも、ありがとう。助けてくれて」

 

 「いや…そんな」

 

 「とにかく!」

 

 舞花は小夜の肩をガッツリ掴んだ。

 

 「この子のサポートは私に任せて!絶対に死なせたりしないから!」

 

 まさかこんなことになるとは思わなかった。小夜は争いは好まないタイプだったのに戦うと言い出すし、舞花は自分がライダーになることはきっぱり諦めた様子で、それどころか小夜を見る目が明らかに変わっていた。

 

 「本当に良いんだね?」

 

 だけど、そういう性格だと知ってるからこそ小夜の決意は相当なモノだと分かっていた。だったら、それを尊重させるべきかもしれない。

 

 だって小夜は、自分が魔法少女だったときの過去と向き合おうとしてるんだから。

 

 「はい」

 

 迷うことなく小夜は頷いた。

 

 「だけど約束してよ。絶対に死んだりしないって」

 

 「はい」

 

 「というか、私が死なせないわよ!ギャレンは私と小夜でなるんだから!」

 

 舞花がそう高々と宣言した。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 そこで話は終わり、3人は自分の部屋へ戻って行った。

 

 「小夜、これからもよろしくね!」

 

 「…無理しなくていいのよ」

 

 「えっ…?」

 

 「魔女だったこと。例え覚えていなくても、それを知って平気な訳無いじゃない。私だって、怖かったんだから」

 

 小夜の目には涙をが貯まっていた。ずっと、我慢していたんだ。

 

 「私、ちゃんと見てたんだから、魔女の事話してたとき、声が少し震えていたの。今は誰もいないんだから、一緒に泣こ?」

 

 小夜はそう言って手を伸ばした。その手はとても歪んで見えた。

 

 私の強がりな嘘なんて、小夜の優しさの前ではお見通しだったんだ。

 

 気がつくと、二人で抱き合いながら一晩中泣いていた。

 

 少しでも辛い事実が洗い流せるように。これから、クインテットの皆と本当の笑顔で過ごせるように。

 

 

続く




<レンゲル裏話>
第16話のサブタイトルを解説します。

あれは、ジオウのエグゼイド編のオマージュで、ドイツ語で書かれた文章をローマ字読みしたモノでした。

書き直すと、
ein Madchen als Diamant ausgewahlt

となり、「ダイヤに選ばれる少女」という意味になります。

ドイツ語は大学でも履修していなく、ネットの翻訳サイトを適当に写しただけなので、文法等の間違いについては目を瞑ってください(懇願)



それはともかく、レンゲルでのダイヤのカテゴリー8は非常に面白いのでお楽しみに!

次回は久しぶりのゲイツサイドです。


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第21話 問題、今回の話でゲイツは仮面ライダーシザースと出会うが彼らは協力する。 ○か×か

ウォズ「この本によれば、普通の高校生常磐ソウゴ、彼には魔王にして時の王者、オーマジオウとなる未来が待っていた。彼を倒す為に未来からやってきた妙光院ゲイツは、アナザーファイズを倒した帰りに時空の乱れに巻き込まれ、2002年に辿り着いてしまう。そこで仮面ライダー龍騎こと城戸真司、仮面ライダーナイトこと秋山蓮と出会うのだった。
全く、この私が我が魔王のこと以外の内容を紹介することになろうとは思わなかったよ。しかし、この物語は私にとっても未知の出来事だ。非常に興味深い」



 金色のライダーとモンスターが戦ってる写真がOREジャーナルに届けられてからというもの、真司は仕事の合間を縫ってはそのライダーについて調べていたのだが、大した成果は挙げられなかった。

 

 写真は匿名で送り付けられていたのでその人への取材は不可能。写真が撮られた場所を突き止め、実際に現場に行ってみたりもしたが、特にこれといった手掛かりは無かった。

 

 神崎優衣の失踪と関係がある可能性が極めて高い以上、何とか接触を試みたいが完全に手詰まりだ。

 

 どうしたものかと考えあぐねていた時、OREジャーナルの扉が開いた。

 

 先輩の桃井令子(ももい れいこ)さんでも帰ってきたのかと思い見てみると、そこにいたのはそれよりもずっと老けたマダムだった。

 

 「すいません。娘を泉教から連れ戻してください!」

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 「君真理 文恵(きみまり ふみえ)?と言うことはあんた…」

 

 「はい、先日水の宗教の事をこちらに投稿した者です」

 

 娘を助けて欲しい。そう頼んで来た女性。警察か探偵に言えと言いたい所だが、このような事は滅多にないので話だけでもと編集長の大久保 大介(おおくぼ だいすけ)が通した。

 

 「水の宗教って確か、飲むだけで幸福になるっていう水を扱ってる新興宗教ですよね?」

 

 側で聞いていたシステム担当の島田 奈々子(しまだ ななこ)が口を挟んだ。

 

 「新興宗教なんかじゃありません!あの宗教の性で、娘は変わってしまったのです」

 

 「娘が?どういう事ですか?」

 

 文恵にお茶を出した真司が尋ねる。文恵は順番に語り出した。

 

 「元々娘の志保(しほ)は、姉の杏奈(あんな)と一緒に暮らしていたんです。とても仲の良い仕舞でした。だけどある日、その杏奈は亡くなり、そのショックで娘は完全に傷心してしまいました。杏奈が生きている時は、地元に残った私と度々連絡を取っていたんですが、それも無くなりました。しばらく、一人で考えさせるのも良いと思ったんです」

 

 何とも可哀想な人だ。真司は志保に起きた悲劇に深く同情した。

 

 「それからしばらく経った時でした。志保が突然、元気な様子で実家に帰って来たんです」

 

 「ん?なら、良かったんじゃありませんか?」

 

 大久保大介は言った。

 

 「いいえ」

 

 文恵は首を横に振った。

 

 「志保は、完全に変わってしまいました。確かに見た目は元気でしたがその表情は虚ろで光が無かった。まるで、杏奈の死など無かったかのように、というよりその事実に無理矢理蓋をして、完全に拒絶しているような感じでした。また、志保は私の出す料理に対して当り散らすようになりました。野菜は何で洗ったか。ご飯を水道水で炊くなんて侮辱にも程があるなどと言ってご飯をひっくり返すようになりました。今までは、優しくて穏やかな娘だったのに。かと思えばフラッと外へ出て、家に帰って来た時は高級そうな宝石をいくつも身に付けていたということもありました。どこで手に入れたのか、お金はどうしたのかは全く言おうとしませんでした。そしてその次の日、娘は姿を消しました。その時娘の部屋で見つけたのがこれです」

 

 文恵が差し出したのは、水の宗教“泉”の勧誘チラシと何かの名簿だった。

 

 「これが例の宗教のポスターですか…」

 

 「娘はこの泉教の性で変わったに違いありません!お願いです!ここの事を調べてください!」

 

 「しかしですね、奥さん。こういうことなら我々より警察か弁護士の所に行った方が良いと思うんですが…」

 

 「それはもちろんやりました。元々私はその宗教の被害者弁護の会で活動をしていたんです。だけど、その会の人のほとんどが泉教に入ってしまったんです」

 

 「えっ?」

 

 真司が驚きで声をあげた。

 

 「弁護の会の代表者が教祖に直談判に行くということがあったんです。そのメンバーが全員、泉教に入信していたんです。お陰で被害者の会は空中分解していて、今では全く活動が無いのが現状です。他の弁護士を頼ろうにも、私個人だけで雇う余裕はありませんし。だから、場違いも承知で来たんです。前に泉教について投稿したのもそういう経緯があったからです」

 

 「なるほどな~。ミイラ取りがミイラになるような場所って事か。元々マイナスのイメージが付いてる人たちを1日で入信させるなんて相当だぞ。これは興味深い」

 

 そして大介は真司に泉教のポスターを渡して言った。

 

 「真司、お前この住所の所に取り敢えず行ってこい」

 

 「えっ!?俺がですか?」

 

 まだ見習い記者の真司に真っ先に呼び出しが掛かるのは初めてなので真司は驚いた。

 

 「お前は祭りの取材行ったらいつの間にか神輿を担いでいるタイプだろ?こういう取材にピッタリじゃないか。それに、お前はバカだからこういうのには逆に引っ掛からないだろ」

 

 「はい…ってオイ!」

 

 「どっちにしても今令子さんは行方不明事件の取材で手一杯ですからね。真司君しかいないと思います」

 

 話を聞いていた島田奈々子が言った。

 

 「というわけだ。真司、行ってこい」

 

 「はい、分かりました」

 

 バカだの言われたことは不本意だが、自分一人で取材ができる事を嬉しく思い真司は了承した。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 「どうも、お待たせしました。私は泉教の教祖、水面と申します。本日は取材とかで」

 

 「はい、OREジャーナルの城戸真司と申します。本日はよろしくお願いします」

 

 編集長からの助言で、まずは取材という形で近付こうという事になった。

 

 「まずは、え~っと…ここの宗教についての大まかな概要を教えて下さい」

 

 インターネットで事前に調べようとしたのだが、この宗教団体は公式サイトを作っていないらしく、掲示板などの不確かな情報しか拾えなかった。

 

 「まず私達の事を宗教などという下品な言葉で表現するのは止めてください。私達はそのような安直な団体とは違うのですから」

 

 「は…はぁ…」

 

 「でもそうですね。あの広告紙だけでは全ては伝わりませんからね」

 

 そう言って水面は懐から一冊の本を取り出した。

 

 「これが内で使用している聖書でございます」

 

 聖書なんて読んでも分からないだろと思いながらそれを見たとき唖然とした。それは、

 

 「あなたも、子供の時読んだことがあるのではありませんか?」

 

 イソップ童話の『金の斧・銀の斧』だった。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 むかしむかしの おはなしです。あるところに しょうじきものの きこりが いました。

 

 あるひ しょうじきものの きこりは いずみの そばで てつのおのをつかって きをきっていましたが うっかりてがすべり おのをいずみに おとしてしまいました。

 

 きこりが こまりはてていると いずみに ひかりが あふれ そこから とてもうつくしいめがみさまが あらわれました。

 

 かのじょは いいました。

 

 「あなたがおとしたのは きんのおのですか? それとも ぎんのおのですか?」

 

 しょうじきものの きこりは いいました。

 

 「いいえ おとしたのは てつのおのです」

 

 すると めがみさまは ほほえみ

 

 「あなたは とてもしょうじきなひとです ごほうびにこの きんのおのとぎんのおのも さしあげましょう」

 

 といい てつのおのと いっしょに きんのおのとぎんのおのを もらいました。

 

 そのようすを かげからみていた うそつきのきこりは べつのひ てつのおのを わざと そのいずみに おとしました。

 

 めがみさまが あらわれて いいました

 

 「あなたが おとしたのは きんのおのですか? それとも ぎんのおのですか?」

 

 「りょうほうおとしました」

 

 するとめがみさまのかおは いかりであふれました。

 

 「あなたは とてもうそつきな ひとです。うそつきには どのおのも さしあげません」

 

 そういうと めがみさまは てつのおのもかえすことなく いずみへ かえっていきました。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 誰でも知ってる昔話だ。別にこれといった違いもない。

 

 「これがどうしたっていうんです?」

 

 「分かりませんか?この童話で言いたい事は何ですか?正直者は幸せになれるという話ですよね?ズルをすれば人は不幸になる。正直に生きれば救われる。そういう教訓です」

 

 「しかし!」

 

 ここで水面が語気を強くして言った。

 

 「今はどうですか!?度重なる汚職、必要とあらば事実をねじ曲げて報道するマスコミ、生徒のいじめを見て見ぬふりする教師!このようなウソつきが現代社会を支配し、人が歪み出してる!」

 

 さっきまでの大らかさが嘘のように激しく語りだした。

 

 「その影響は遂に世界にまで溢れだした。我々が正しいと不都合な部分は隠して大々的に言うトップの性で起こる国同士の戦争、それによって引き起こされる環境汚染!今地球は悲鳴を上げているのです!ではその根本的な原因は何か?それは、正直な人が馬鹿を見ると皆知ってしまっているからだ。日ごろから嘘をついていると隠し事がうまくなる。しまいには隠してはいけないことまで隠そうとし、その隠匿が世界を歪ませている!それを正すために、我々は水の神、ゼイビー様が作る聖なる水を配布しているのです!」

 

 「それがその・・・幸せを呼ぶ水というやつですか?」

 

 水面の気迫に気後れしながらも真司は言った。

 

 「はい、そもそも正直者のきこりはなぜ正直者になりえたと思いますか?」

 

 質問の意味が分からなかった。お話だからではダメなのか?

 

 「私はね、彼は幸福であったからだと思うんですよ」

 

 「幸福?」

 

 「常に幸福を感じれる人間ならば気持ちに余裕が生まれる故に、ちょっとやそっとの事では嘘をつくなどという罪悪感がある行為はしなくなるものなんですよ。私たちはそれに目を付けたわけです。皆が幸せになれば、自ずと世界からうそつきはいなくなるであろうと。つまり我々は、正直者の数を増やそうとしているのですよ」

 

 ここで水面は立ち上がり、頭を下げていった。

 

 「あなたたちが我々の水を宣伝してくれたお陰で水の売れ行きも順調です。あるがとうございました」

 

 「あ、いえ、そんな・・・」

 

 真司は照れるように言った。

 

 「しかし―、」

 

 水面の目がギラリと光った。

 

 「取材する気も無いのに取材に来たと嘘をおっしゃるのは頂けませんねぇ」

 

 「え―」

 

 「正直者を増やす活動を一番積極的に行っていますからね。私は女神、ゼイビーさまより『金の斧』の称号が与えられているのです。その加護があれば、嘘なんてすぐわかりますよ」

 

 そして、何か思い出したかのように手を叩くとさらに続けた。

 

 「そうだ。本日、この教会でゼイビー様に祈りをささげる儀式を行うのですが、ぜひ出席してください・・ね?」

 

 「は、はい・・・」

 

 有無を言わさず、拒否権の無さを示す目をしていた。それに押され、真司は了承した。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 妙光陰ゲイツは、あてもなく辺りを散策していた。OREジャーナルの元に“侵入者”の可能性が高いライダーの写真が届けられてから二か月経つが、大した成果は挙げられてない。それらについて全く情報が与えられていないというのもあるが、一番は、

 

 「紅茶一つ」

 

 「はいはい、蓮ちゃ~ん、紅茶お願いね~」

 

 今ゲイツが寝床にしている喫茶店、「花鶏」のオーナーであり神崎優衣の叔母、神崎沙奈子(かんざき さなこ)が海外旅行から帰って来たのだ。そのため、長期休業中だった花鶏はオープンすることになり、蓮、ゲイツ、そして真司までもその店を手伝わされる羽目になった。お陰で神崎優衣の行方やその他もろもろの調査する時間がほとんど取られているのが現状だ。ゲイツは、店が落ち着いてきたのでそっちを蓮と沙奈子に任せ、調査に出たというわけだ。

 

 せめて、“10の怪物”の一匹でも倒すことができれば上々なのだが、

 

 「きゃぁ~~~~~~~!!!!!!」

 

 悲鳴が聞こえ、ゲイツは駆けだした。

 

 見るとそこでは、ピンクの硬い体を持ったモンスターが女性をミラーワールドへ引きずり込もうとしている所だった。

 

 ミラーモンスター、テラバイター

 

 ゲイツはそのモンスターに対して飛び蹴りし、無理矢理引き剥がした。

 

 「逃げろ!」

 

 女性は急いでガラスから離れた。テラバイターはミラーワールドへ入ってしまった。

 

 「逃がすか!」

 

 ゲイツは手元から時空ドライバーを取り出し腰に巻いた。そしてゲイツライドウォッチを取り出し、起動させた。

 

『ゲイツ!』

 

 それを時空ドライバーにセットし、腕を大きく回してドライバーを掴んだ。

 

 「変身!」

 

 そしてそのまま時空ドライバーを360度回転させた。

 

『RIDER TIME 仮面ライダーゲイツ!』

 

 顔に「らいだー」と書かれた仮面ライダーゲイツに変身すると、ゲイツはミラーワールドへ入っていった(変身すれば、誰でもミラーワールドへ入る事ができた)

 

 その様子を付近を巡回していた警察官、須藤雅史(すどう まさし)が見ているとも知らずに。

 

 「悲鳴が聞こえて来てみれば、とんでもないモノに出会えたな」

 

 そして彼は懐からカニのマークが彫られているカードデッキを取り出した。

 

 「"侵入者"発見」

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 ゲイツはミラーワールドへ入った。だが、辺りを見渡しても先ほどのモンスターの姿は無かった。

 

 「クソッ!逃げられたか」

 

 諦めて戻ろうとしたとき、

 

 「ハァ!」

 

 横からハサミを構えたライダーが飛び出してきた。

 

 ゲイツは間一髪の所でそれをかわした。

 

 そこには、オレンジ色の硬い鎧に覆われた、見た目がカニのようなライダー、仮面ライダーシザースの姿があった。

 

 「お前、何者だ?」

 

 「ようやく見つけましたよ、"侵入者"。あなたを倒してライダーバトルを再開させます」

 

 そして再度ハサミ―シザースバイザー―を構えて向かってきた。

 

 正解は、×だ。

 

 ゲイツはそれを両手で流したが、間髪入れずまた突進してきた。ゲイツはハサミを受け止めながら言った。

 

 「待て!俺は"侵入者"じゃない!それは恐らくタイムジャッカーの仕業だ!」

 

 「タイムジャッカー?そんなものは知りませんね。嘘をついて誤魔化せると思ったら大間違いですよ」

 

 シザースはゲイツを蹴りあげて振りほどくと、デッキからカードを一枚取り出してシザースバイザーにセットした。

 

 『STRIKE VENT』

 

 シザースの右手にカニのハサミのような装甲―シザースピンチ―が取り付けられた。

 

 「お前がその気なら、こっちも本気で行くぞ!」

 

 『ジカンザックス OH!NO!』

 

 ゲイツも自身の武器を取り出した。

 

 「フ!」

 

 「ハァ!」

 

 ゲイツとシザースは自身の武器をぶつけ始めた。ゲイツは何とか斧の斬撃を与えようとするのだが、その攻撃は全てシザースピンチによって防がれてしまい、逆にその耐久と重さから受け流される事が多かった。

 

 無防備になった胴体へシザースは下から上へとシザースピンチによる打撃を与え、そのまま大きくそれを突いた。

 

 「ぐわぁ!」

 

 シザースピンチの重い攻撃をもろに受けたゲイツは吹っ飛ばされてしまった。

 

 「接近戦じゃ部が悪いか」

 

 『YOU!ME!』

 

 ゲイツはジカンザックスを斧モードから弓モードに変え遠距離戦に切り替えた。

 

 「はぁ!」

 

 「無駄ですよ」

 

 『GUARD VENT』

 

 シザースはシェルディフェンスを召還し、ゲイツの攻撃を防いだ。

 

 「こういうことも出来るとは驚きですが、私には及びませんね」

 

 「そうだな。戦闘法を変えよう」

 

 そしてゲイツは右腕から別のライドウォッチを取り出した。

 

 「それは…?」

 

 「お前が防御で行くなら、こっちはスピードで勝負だ」

 

 『ドライブ』

 

 ゲイツはウォッチ作動させると、時空ドライバーのゲイツライドウォッチがセットされてる方とは反対側にウォッチをセットした。そして、変身したのと同様に時空ドライバーを回転させた。

 

『ARMER TIME DRIVE!ドラ~イブ!』

 

 ゲイツの背後にアーマーが出て来たと思えば、それが次々とゲイツの体にはめられていった。

 

 ゲイツの両肩に車のタイヤが嵌められ、姿形も赤に白いラインのスタイリッシュなデザインに変わっていった。そして顔の「らいだー」の文字も「どらいぶ」と変わった。

 

 「姿が変わった!?」

 

 その変形にシザースは驚いた。

 

 「勝負はここからだ。ハァ!」

 

 「なっ!?グワァ!」

 

 気がつくと、シザースは吹っ飛ばされていた。ゲイツは格段に上がったスピードでシザースに突進していたのだった。

 

 ゲイツは方向転換するとさらに追い討ちで一発、二発と食らわせた。

 

 直線的だが先ほどとは比べ物にならないスピードにシザースは追い付く事が出来ず、ただただ攻撃を受け続けた。

 

 時空ドライバーの真骨頂、それは、他のライダーのライドウォッチをセットすることでそのライダーの力を使えるという事だ。

 

 今ゲイツがセットしたのは、仮面ライダードライブのライドウォッチ。つまり、今のゲイツは仮面ライダードライブの力を使って戦っていた。

 

 現在、ゲイツはドライブの他にも3つのライドウォッチを持っている。

 

 2068年にいた時、オーマジオウから時空ドライバーとドライブライドウォッチと共に盗んだゴーストライドウォッチ、2018年に起きたアナザービルドにまつわる事件で手に入れたクローズライドウォッチ、そしてアナザーフォーゼとアナザーファイズにまつわる事件で手に入れたファイズライドウォッチだ。

 

 「くっ、うぅ…」

 

 あまりの猛攻にシザースは為すすべが無かった。

 

 「これで終わりだ」

 

 ゲイツは最後の突進を仕掛けた。しかし―、

 

 「ぐわぁ!」

 

 それは突如飛んできたブーメランによって失敗に終わった。

 

 見るとそこには先ほど逃げたと思われていたテラバイターが立っていた。逃げたのではなく、ずっと隠れて機会を伺っていたのだった。

 

 「さっきのモンスターか。はぁ!」

 

 ゲイツはテラバイターに狙いを変えた。

 

 テラバイターは再度ブーメランを投げた。ゲイツはそれをスライディングで躱し、モンスターの懐に入るとパンチを一発食らわせた。戻ってくるブーメランはジャンプで躱し、手元に戻るブーメランを受け取った隙にさらにもう一発食らわせた。

 

 ゲイツはまた一度距離を置くと、そのまま直線的により加速をつけて突進していった。

 

 テラバイターは何とかブーメランでガードしたが、完全には衝撃を抑えることができず後ろに後ずさった。

 

 「止めだ」

 

 『FINISH TIME! ドライブ!』

 

 ゲイツはゲイツとドライブのライドウォッチを押すと、時空ドライバーを回転させた。

 

『ヒッサツ! ターイムバースト!』

 

 さっきまでとは比べものにならないスピード、加速でアクセル全開。スポーツカーのエンジン音をかき鳴らしながら何度も何度も全方向へモンスターに打撃攻撃を与えていった。

 

 あまりの猛攻に耐えきれず、テラバイターは爆発四散した。

 

 「ん?あのライダーは…?」

 

 気が付くと、シザースの姿は無くなっていた。

 

 「あいつは…逃げたのか」

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 とある弁護士事務所。そこに君真理とは別の、元泉教の被害者弁護の会のメンバーが訪れていた。

 

 「なるほど、泉教ですか」

 

 「はい、私は、息子をそこから連れ戻そうとずっと被害者弁護の会に所属していたのですが、そこの主要メンバーが全員泉教に入信してしまったんです。だから助けてください。私一人の力じゃ、到底泉教には敵いません!」

 

 「分かりました。全てこの、スーパー弁護士、北岡秀一(きたおか しゅういち)にお任せください」

 

 

続く




皆さん、お久しぶりです。三週間ぶりくらいでしょうか?

毎週日曜に更新すると言っておいて長い間無断休載してしまい、申し訳ありません。

ここ最近、リアルが忙しく、もしかしたらここから先も毎週更新ができないかもしれません。

誠に勝手ですが、ご容赦ください…。

次回はゲイツサイド後編です。令和ライダー、ゼロワンが始まりましたが、こちらではまだまだ平成ライダーが大活躍。お楽しみに。


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EP22 龍騎と龍我 2002

キュウべえ「暁美ほむらによると、普通の中学生だった鹿目まどか、彼女は魔女が生まれる前に消し去る、円環の理の概念になった。ぼくは魔女について調査中に、世界の綻びを見つけ、この世界にやって来た。そこで行った実験の結果、様々な偶然が重なりこの世界の時空は歪んでしまった。ぼくはそれの詳細な情報を調べるために、隠れてライダー達の事を観察していたんだ。今回、龍騎とナイト、ゲイツの3人を観察して、ぼくは初めて魔女と呼ばれるものの存在を確認するんだけど、それは君たちにはまだ未来の出来事だったね」


 ―暇だ。

 

 「祈りましょう。ゼイビーに。そして考えるのです。我らの使命を」

 

 かれこれ二時間、ずっとあんな調子だ。神父服を着た水面が偉業な形の像と向き合ったまま、ひたすら祈りを捧げている。見ると、暇そうにしているのは真司だけではなかった。

 

 他にも初体験の人はちらほらいるようで、皆あくびしたり居眠りしたりでとても暇そうだった。

 

 文恵から志保の写真を貰っていたので、この祈りの時間に来ているかと思ったが、どうやら来ていないようだった。

 

 やがて、像から目線を離して真司達に向けると言った。

 

 「皆様、長らくお付き合いいただきありがとうございました」

 

 ガチャっと水面の側にある両扉が開き、水の入ったプラスチックのコップを載せたお盆を持った女性が二人入ってきた。

 

 「ゼイビー様から皆様へのプレゼントです」

 

 そして、一人一人に水を配り始めた。真司の元にもそれは与えられた。

 

 水面もコップを持つと言った。

 

 「さぁ、ゼイビー様への感謝を持ちながら、いただきましょう」

 

 水面はグイッとコップを傾けて飲み始めた。他の人もそれに続く。

 

 真司もそれに習い水を飲もうとコップを傾けた時だった。

 

 「!?」

 

 何かを感じた。モンスターが出てくる時とは異なる違和感。真司はその違和感に覚えがあった。

 

 そう、少し前に相対した羽の怪物と対面した時の感覚。"10の怪物"の一体を目の前にした時と全く同じ感覚だった。

 

 真司はガバッと立ち上がった。はずみでコップを落とし、水が真司の靴を濡らした。

 

 それはお構い無しに、辺りを見渡す。

 

 この場所、まさか―、

 

 「どうかされましたか?」

 

 水面が真司の元に近付いてきた。

 

 「おいあんた、今すぐここから逃げろ!これは罠だ!」

 

 「罠?何を言うんですか?全く、ゼイビー様のご厚意をこんな風にして。さ、代わりの一杯をどうぞ。ゼイビー様は慈悲深い。あなたの事も許してくれることでしょう」

 

 「違う!そのゼイビーっていうのが仕組んでるんだ!それは神じゃない!"10の怪物"の一体なんだ!」

 

 その言葉を聞いたとき、水面の顔が大きく歪んだ。

 

 「ゼイビー様を…我らの神を怪物と愚弄するのですか…許さない。許される事ではない」

 

 そして今まで見たことのない形相で真司を睨んだ。

 

 「泉教の信徒達よ!」

 

 その声と共に真司の周囲にいた人達が一斉に立ち上がった。全員、水を飲んだ人達だ。皆、抑揚のない虚ろな目で、何の表情もなく真司を睨んでいた。

 

 真司はこの光景にも見覚えがあった。羽の怪物と相対した時、その怪物に囚われた人は皆、自殺衝動に駆られ、それを止めようとする真司に襲いかかってきたのだ。

 

 この光景と全く同じだ。ここにいる全員、その時の目をしている。これは洗脳なんてものじゃない。怪物に操られている。

 

 真司は本能的に逃げ出した。

 

 洗脳された人達は一斉にその後を追う。

 

 ただの一般人に力を使う訳にも行かず、真司は右へ左へ逃げた。

 

 そして何とか協会の外まで出られた。

 

 誰も追ってこない事を確認すると、真司はすぐに蓮とゲイツに連絡を取った。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 「"10の怪物"を見つけたというのは本当か?」

 

 真司からの連絡を受けて、ゲイツが合流すると、そこには既に蓮も来ていた。

 

 「あぁ、どうやらあの宗教がそれに関わっているらしい」

 

 蓮が顎でしゃくりながら言った。

 

 「だが、簡単ではない。どうやらその怪物は巧妙に隠れているようだ。こいつが水に近付くまで気付かなかったと言うのがその証拠だ。その水をどこから汲んでいるのかを突き止める。それが鍵だ」

 

 そして真司、蓮、ゲイツの3人は物陰から泉教の教会を監視し始めた。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 「私、弁護士の北岡 秀一(きたおか しゅういち)と申します」

 

 そう言って、北岡は名刺を水面に差し出した。ここは、真司が初めに水面と話した部屋。そこに、弁護士の北岡と、その秘書兼ボディーガードである由良 吾郎(ゆら ごろう)が来ていた。

 

 「弁護士の方が、何のご用でしょうか?」

 

 「こちらの宗教に入信している方の親から、子供を取り戻して欲しいと依頼がありまして。聞けば、少し前までは被害者弁護の会というのもあり、その団体からそちらに息子や娘を返してほしいという訴えが数多く寄せられていたとか。単刀直入にお伺いしますが、この件についてあなたはどのようなお考えなのでしょうか?」

 

 「どのような考えがあるのか、とはおかしな質問ですね。あなたが先ほどおっしゃったことから容易に推察できると思うのですが。確かに少し前まではそのような団体はありました。しかし、あくまでそれは『少し前』のお話です。ここは傍から見れば新興宗教ですからね。あらゆる偏見があり、そのような団体が生まれただけの事です。今では、相互の誤解も解け、訴えも自らの意思でほとんど取り下げられていますよ」

 

 「誤解を解く・・というと、ここで話題の、幸せを呼ぶ水の事ですか?」

 

 「さすが察しが良い。その通りです。ここにはあなたのように被害者弁護の会の方々も訪れましたが、その水の効果を試してもらった所、たちまち自身に非があったことを認めたのですよ。ここは本物であったとね」

 

 「その水、私にも飲ませてもらいますか?」

 

 面白いと言わんばかりに北岡はニヤリと笑った。

 

 「先生!それは・・・」

 

 「大丈夫だよ、ゴロちゃん。もし何かあっても、ゴロちゃんが何かしてくれるでしょ?で、どうなんですか?」

 

 吾郎の静止を振り切り、さらに身を乗り出して言った。

 

 「本来でしたら祈りの儀式を行った後に配るのが常なのですが、良いでしょう。この『金の斧』である私が特別に許可します。少々お待ち下さい」

 

そう言って水面は席を離れた。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 「あっ!出てきた!」

 

 「あれが水面とかいう教祖か」

 

 「よし、行くぞ」

 

 外で見張っていた3人は、出てきた水面をこっそり尾行した。

 

 水面は一度教会を出ると、ぐるりと周り奥にある「立ち入り禁止」と書かれたフェンスのドアの鍵を開け、その中にある小屋に入っていった。

 

 水面が小屋に入ったのを確認すると、3人も中に入り、小屋に付いている窓から中を伺った。中には小さなシンクが付いているだけで、他には何も無かった。

 

 そして、水面がそのシンクに付いていた蛇口を捻った時だった。

 

 「!」「!」「!」

 

 途端に異変を感じた。それは、真司が水を飲もうとした時に感じたそれと全く同じだった。

 

 「城戸!ゲイツ!」

 

 「あぁ!」

 

 「この感じか。行くぞ!」

 

 蓮の掛け声に二人は頷くと、小屋の中に飛び出した。

 

 「あ!あなた方は…」

 

 「おい!今すぐ逃げろ!これは罠だ!」

 

 「罠って、あなたまだそんなことを!」

 

 「! これは…」

 

 突然の変化にゲイツは言葉を失った。

 

 小屋の中が、異様な空間へと変わっていっていた。蓮と真司のカードデッキ、ゲイツの時空ドライバーに反応し、小屋の中の空間が変化していっているのだ。

 

 その変化は蛇口の中から起こった。中から出てきた透明な水が、虹色になり、それが蒸発したかのように小屋の辺りを包んでいく。小屋という壁に囲まれた事で決して変わる事の無かった面積が変わり、徐々に広くなっていった。

 

 そして蛇口から出ている水は気化することがなくなり、擦ると出てくるランプの魔人のように形になっていった。水の虹色はそのままに、それは段々と人間の上半身になっていき、手にはこれまた虹色の水差し。腹は平たく突き出ていて、水盆の役割をしているのか、そこに水差しから出る透明な水をただ注いでいた。不思議なことに(ここまでで十分不思議だが)水差しの水は一向に減らず、またその水盆の水も溢れることなく、常に刷りきり一杯の水位を保っていた。下半身は蛇口から出てる水の道のまま変化せずに、代わりに蛇口をシンクごと変形させ、人魚のような魚の尾びれに変化した(蛇口の水は止まっていない)

 

 水の魔女 アクリシャス

 

 そしてその気配に、真司と蓮とゲイツ以外にも二人、感じ取った。

 

 「これが"10の怪物"というヤツか。なるほど、確かに"怪物"としか言い表せない程の異形な形をしている」

 

 「怪物!?あなたまで、ゼイビー様を侮辱するのですか!?」

 

 「あんた、何言ってんだよ?あれが見えないのか!?」

 

 「見えないとは何を…」

 

 水面は突然倒れた。

 

 「おいお前!どうした!?」

 

 「いや、大丈夫だ。気を失ってるだけだ」

 

 魔女の体から垂れた水滴が、魚の形になっていった。しかし、ヒレから翼が生えて宙に浮いていたり、四本の足が生えて四つん這いになっていたりと現実ではありえない姿をしていた。

 

 「こいつらは・・?」

 

 「羽の怪物の時と同じなら、こいつらはあの水差しの化け物を守る番人って奴だ。さぁ、行くぞ!」

 

 「お前に言われるまでもない」

 

 蓮と真司は懐にあったカードデッキをかざした。目の前にバックルが現れ、それが彼らの腰に巻かれていく。

 

 ゲイツも時空ドライバーを巻いてそれに続いた。

 

 『ゲイツ』

 

 「「「変身!!!」」」

 

 『RIDER TIME 仮面ライダーゲイツ!』

 

 三人は龍騎、ナイト、ゲイツに変身した。

 

 「はぁ!」

 

 三人は魚の怪物に向かっていった。四方八方からハエの様に纏わりついてくる使い魔を次々と蹴散らしていった。

 

 「こいつら、対して強くないが」

 

 「あぁ、数が多すぎる!」

 

 一匹一匹はパンチ一発で倒れる程のもろさだったが、厄介なのは数とその生成速度だった。魔女の体内を循環している水、その道から外れたものが全て、魚の形をした使い魔に変わっていき、三人に襲い掛かってくるのだ。

 

 その様子はまるでスズメ蜂。要である女王蜂兼ハチの巣はただ働き蜂、もとい使い魔を生み出すだけで何もせず。使い魔はまるで巣を刺激されて怒っているように、巣を守るように魔女には近づかせまいと三人を噛んだり体当たりをしたりしている。

 

 「厄介だな」

 

『時間ザックス! OH NO!』

 

『SWORD VENT』

 

『SWORD VENT』

 

 龍騎はドラグセイバー、ナイトはウイングランサー、ゲイツは斧モードの時間ザックスを持ち斬りつけた。体のもろさが幸いし、一度薙ぎ払うだけで何匹も倒すことができた。

 

 「よし、一気に決めるぞ!」

 

 「おう!」

 

 そう言って龍騎がデッキからカードを一枚取り出そうとした時だった。

 

 「何よ・・これ・・・」

 

 後ろから女性の声が聞こえた。

 

 「――――」

 

 後ろを振り返ると、そこには真司が泉教に来ることになった要因である君真理 文恵の娘、君真理 志保(きみまり しほ)の姿があった。

 

 彼女の姿に気づいた魔女は、使い魔を出して彼女も襲おうとした。

 

 「危ない!」

 

 しかし彼女は少しも慌てず、ポケットからSEALと書かれたカードを取り出し使い魔に向けた。その姿に、真司達は驚かされた。

 

 「あれは、封印のカード!なぜ奴が持ってる!?」

 

 そして、更に驚くような事態が起きた。彼女に向かって進撃していた使い魔の動きが止まったのだ。それどころか、あのカードに恐れおののいているようにも感じた。

 

 「やっぱり、あなたたちにも見えるのね。あれが」

 

 そして彼女の視線は腰のバックルに向いた。

 

 「そのデッキ、なるほど、それであなたたちは。だったら、生かしておくわけにはいかないわね!」

 

 そして彼女はライダー達を指さすと「行け」と言った。

 

 すると、使い魔達が一斉に龍騎たちに襲い掛かって来た。

 

 「なっ?どういうことだ!?」

 

 「あいつらを操っただと!?」

 

 「いや、それよりもまず―」

 

 真司は使い魔と戦いながら志保に向かって言った。

 

 「あんた、全部知ってたのか!?ここにこの怪物がいたことも、皆こいつに操られていたことも!」

 

 「知ってるも何も、そこにいる水面を焚き付けて、泉教を作るように言ったのはこの私よ」

 

 「え―」

 

 「私は泉教を陰から支えてたいわば『銀の斧』。この泉教の本当の支配者よ」

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 君真理志保は、姉の美保(みほ)と仲良く暮らしていた。しかし、その幸せはある日突然奪われた。浅倉威(あさくら たけし)、彼が美保を殺したから。程なくして彼は逮捕されたが、だからと言って姉が戻ってくるわけじゃない。悲しみに暮れた志保は、その寂しさを紛らわすためによりスリリングな事、結婚詐欺を始めた。警察に捕まるかもしれない、報復を受けるかもしれない。そんな恐怖心があれば、姉の死の事なんか考える暇も無くなる。そう思ったからだ。だけど、そんなことで幸せになれるわけが無い。どれだけの男をだまして、金を盗っても、後には虚しさが残る。そしてそういう日はただ当てもなく歩く。

 

 そして、ある奇跡と遭遇した。

 

 とある路地を歩いていた時の事だ。

 

 子供の泣き声が聞こえた。見ると、転んで怪我をしたようで、膝から血が出ていた。

 

 「大丈夫?」

 

 その子供の姉だろうか?別の子が近付いてきた。私も昔はあんな感じだった。

 

 「待ってて!魔法の水を持ってくるから!」

 

 魔法の水?

 

 彼女は立ち入り禁止のフェンスを乗り越えて、そこにあった水たまりの水を救った。そして溢れないように急いで妹の所に持っていくと、それを膝にかけた。

 

 「チチンプイプイ怪我よ~治れ~!」

 

 子供の遊びかと思った。しかし違った。その傷はみるみる内に塞がっていき、最後は血がこびりついてるだけで傷は完全に消えていた。

 

 「行こ?」

 

 「うん!」

 

 そして二人は去っていった。自分が見ていた光景が信じられなかった。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 「それから、あの子が使ってた水を色々と調べたの。一見するとただの水だけど、それに触れることで、人体にホルモンが異常に分泌されることが分かったの。飲むことで、それは顕著に表れる。幸福になるっていうのはね、生きるのに必要なホルモンが大量に流れることによる副産物なのよ。ま、それと引き換えに―私はそうはならなかったんだけど―精神が完全にこれに支配されるようだけど」

 

 「お前!そのことを知ってて、どうしてこんなことを!?」

 

 「決まってるでしょ?姉を生き返らせるためよ」

 

 その言葉に、全員が耳を疑った。死者蘇生。神への冒涜とも呼ぶべきその行為ができる可能性をこれが秘めている?

 

 「あなたたちも知ってるでしょ?ここに乗り込んできた被害者弁護の会も泉教に入ったって。元々、この怪物の水にそこまでの強い効果は無かった。だけど、人に飲ませる程に、信徒を増やすほどにその効果は強くなっていったの。元々軽傷を治すほどの力だったのなら、それが強くなれば必ず、最後は死者を生き返らせる事だって可能になる。そう思って私はこの怪物を利用することを考えたのよ」

 

 まず、詐欺師だった水面という男に目を付け、言葉巧みに仲間に引き込み、神父になってもらうことにした。宗教にしたのは、人を集めやすいの他に、お金を大量に集められるという理由もあった。姉を生き返らせるためには、その肉体は必要不可欠だ。それを保存するために、莫大な費用が掛かるからだ。

 

 「そしてようやくここまで来た。私は、私の目的の邪魔をするっていうならどんなことでもやる!」

 

 「ふざけるな!そんなことを理由に他の人を巻き込んだってのかよ!?」

 

 ゲイツは吠えた。

 

 「そんなことって何!?何も知らない癖に!」

 

 今まで動かなかった魔女がここで動いた。体から強力な水圧を込めた水の刀がゲイツに向かって放出される。

 

 「私は、姉を生き返らせるためなら何だってする!」

 

 ゲイツはそれを間一髪で横に逃れてかわす。

 

 「お前の姉だってそんなことは望んじゃいないはずだ!他の人を何人も巻き込んで、命の危機にさらし、心まで完全に支配するなんて」

 

 ゲイツの脳裏に浮かぶのは自身がいた時代の2068年。そこは、オーマジオウが自身の力を思うがままに振るい、2018年の人口の半分を減らした世界。残された人間も、オーマジオウへの恐怖に怯え、ただただ自分や自分の愛する者が殺されない事を祈る世界。彼女がやっていることはそれとほとんど大差ない。目的がどうとかは関係ない。今、君真理志保がやっていることは―、

 

 「お前は、最低最悪の魔王そのものだ!」

 

 『FINISH TIME!』

 

 ゲイツは時空ドライバーを一回転させると、その場でジャンプして右足を魔女に向けた。そして魔女に向かって一直線に「きっく」という単語で作られた道が出来上がった。

 

『TIME BURST!』

 

 そのキックが魔女に届こうとしていた時だった。

 

『SHOOT VENT』

 

 横から砲弾が飛んできた。

 

 「ぐわぁ!」

 

 その攻撃に阻まれて、ゲイツのキックは不発に終わった。

 

 見ると、そこには、緑のスーツに銀の装甲をした、ロボット兵のような出で立ちのライダーがバズーカ―ギガランチャー―を構えていた。

 

 仮面ライダーゾルダである。

 

 「悪いんだけど、そいつ倒すのちょっと待ってくれるかな?そいつの出す水ってのにちょっと興味があるからさ」

 

 仮面ライダーゾルダ。弁護士の北岡秀一が変身するライダーである。彼は、不治の病を患っていた。それを治す為に、永遠の命を願ってライダーバトルに参加した。しかし、現在はライダーバトルは半凍結状態。ただでさえ時間が無いのにその知らせは北岡秀一を焦らせた。

 

 そんなとき、この騒ぎに巻き込まれた。あれが、神崎史郎が言っていた"10の怪物"である事は火を見るより明らか。本当ならすぐにでも退治して、ライダーバトル再開に一歩近づかせるべきなのだが、君真理志保の言葉から思いがけない可能性を得た。彼女の言った事が本当ならば、永遠の命が無くても水があれば病気を克服できるかもしれない。そんな希望が芽生えたのだ。

 

 「と言っても、今この状況じゃ何も調べそうにない。だから、まずはお前らを大人しくさせるよ」

 

 そう言うと今度は、ギガランチャーをナイトと龍騎に向けて発射した。

 

 「ぐわぁ!」

 

 龍騎はその爆発を受けたが、ナイトはジャンプしてそれを躱すとウイングランサーをゾルダに振り下ろした。ゾルダは横にそれて躱し、再び突き出されたウイングランサーを今度はマグナバイザーの側面で受け止めた。

 

 「悪いが、こっちは早くライダーバトルを再開して欲しいんでね。大人しくするつもりはない」

 

 秋山蓮には愛していた人がいた。しかし今はとある理由で昏睡状態に陥っている。連は、彼女を再び目覚めさせるためにライダーになった。もしも、あの怪物の水に彼女を目覚めさせる効果があるのなら、彼はゾルダについただろう。しかし、それは恐らく不可能だと蓮は判断していた。

 

 君真理志保は、怪物の水とずっと接していたにも関わらずそれの洗脳下には無かった。しかし、水面を含む他の全員は、水を飲んだことで洗脳されていた。そして、―これは水面しか確認できていないが―、彼には怪物の姿が見えていなかった。これらを合わせると、あの怪物は、カードデッキを持ってる人にしか認知されないし、それが無ければ怪物の支配されるのではと推測される。

 

 故に、ライダーではない蓮の彼女、恵理を助け出すことは不可能なのだ。彼女を救うためには、やはり従来通りライダーバトルを再開させるしかない。

 

               『NASTY VENT』

 

 ナイトは自身の契約モンスター、ダークウイングを呼び出して、超音波を発生させた。

 

 「グッ!あぁ!」

 

 その超音波によってゾルダは麻痺し、志保も耐えきれなくなってデッキを落とした。その瞬間―、

 

 「#":…/"'@.,#+$¥」

 

 魔女の動きが活発化し、それから放出した水滴が無数の矢となって襲いかかってきた。

 

 「危ない!」

 

 真司は咄嗟に志保を連れて屈んだ。

 

 幸いにも矢は全て当たらずに済んだが、今度は先ほど見せた水圧の刀が一直線に真司に襲いかかってきた。

 

 「真司!」

 

 ゲイツはジカンザックスで受け止めて軌道を逸らす。

 

 「こいつ、明らかにこの女を狙ってるな。それも、暴走気味だ」

 

 水圧の刀と水滴の矢。この2つの攻撃に巻き込まれ、自身の使い魔は全滅していた。

 

 そして次に、魔女は水滴を一つにまとめ、大きくしていた。水で作られた大砲だ。

 

 「あいつ、ここら一帯を全部吹き飛ばす気か!?」

 

 「あれを出されたらただじゃ済まない!一気に倒すぞ!」

 

 「あぁ!」

 

 真司は立ち上がり、ゲイツの横に立った。

 

『時間ザックス You Me!』

 

 ゲイツは自身の武器を弓モードに切り替えた。

 

『STRIKE VENT』

 

 龍騎は自身の契約モンスター、ドラグレッターの頭部を模した武器、ドラグクローを召還し、右手にはめた。

 

『FINISH TIME!』

 

 ゲイツはクローズライドウォッチをジカンザックスに装填した。

 

 ゲイツは弓を構え、龍騎も右手を引き、ドラグクローに炎を溜めた。

 

『ギワギワシュート!』

 

 そしてゲイツは弓を放ち、龍騎は側に来たドラグレッターと同時に火炎弾を放った。

 

 ゲイツの攻撃は青い龍になり、それが赤い火炎と混ざり合って美しい色合いを出した。

 

 それは魔女が放った巨大な水滴をも押し返し、魔女の体に当たり大きく爆発したのだった。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 泉教の教祖逮捕。この記事が新聞一面を飾った。魔女が討伐されたことで、人々の洗脳が解け、その内の何人かが警察に連絡したのだ。家宅捜索の結果、莫大な金額を騙し取っていたことが分かり、水面と志保は逮捕された。

 

 その記事を、コーヒー片手に北岡秀一が読んでいた。

 

 「先生、そろそろ」

 

 程なくして、吾郎が呼びに来た。

 

 「ん、了解。ゴロちゃん」

 

 北岡はコーヒーを飲み干すと立ち上がった。

 

 「先生…その…」

 

 泉教逮捕の記事が目に入り、吾郎は神妙な顔付きになった。それを見た北岡は微笑んで、

 

 「大丈夫だよ、ゴロちゃん。諦めた訳じゃないから。あれは、俺も失敗だった。あの化け物は、とてもペットにしていいものじゃなかった。我ながら、ちょっと焦りすぎていたかもね。ま、これからは神崎史郎が言っていた奴らを見つけ出して、ライダーバトルを再開させることに力を尽くすさ。さ、行こうか」

 

 北岡は吾郎の横を通り抜け、車がある方へ向かった。

 

 そんな北岡の背中を見て、吾郎はポケットからあるものを取り出した。

 

 カードデッキだ。

 

 あの日、警察の取り調べは面倒だと早々に車に戻った時、吾郎は偶然見つけたものだ。それは、志保がナイトのNASTY VENTを食らった時に落としたモノだった。

 

 「ゴロちゃん?どうした?」

 

 「いえ、何でもありません。失礼します」

 

 吾郎はデッキをそっとポケットに仕舞いながらそう言った。 

 

 

続く




キュウべえ「こうして、また一体の魔女が倒された。それにしてもあの魔女、完全ではないけれど君真理志保の制御下に置かれていたようだったね。本来なら魔法少女とその素質がある少女にしか見えない魔女が彼女とライダーと呼ばれるものには見えていた事、そして僕がこの世界に来れた経緯を考えると、魔法少女と仮面ライダー、両者にはやっぱり強いの繋がりがあるみたいだ。だとすると、この状況を作り出した原因は―」


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3×2^3 -1 = 23話 夜は焼肉っしょ!

<仮面ライダーレンゲル(睦月サイド) 前回の3つの出来事>
1つ 角無千翼の体がオーキッドアンデッドに乗っ取られた!

2つ 天野小夜がラウズアブゾーバーを使って仮面ライダーギャレン・ジャックフォームに変身した!

そして3つ 天野小夜、角無千翼が自身が魔女であったことを知った!



 今睦月は、一つの運命の境目を迎えていた。8月3日。今日がこの日だ。鬼が出るか、蛇が出るか。睦月は震える指で、封筒の封を切った。そして、中にある書類を一つ一つ確認していきー、

 

 「単位、落としてなかった~」

 

 無事、留年という運命から回避した。

 

 ちょうどその時、睦月の部屋のドアが開いた。

 

 「よ、睦月、久しぶりだな。単位は大丈夫だったか~?」

 

 晴人だった。

 

 「晴人!お前、今までどこ行ってたんだよ?」

 

 「ん?あぁ、実家帰ってた」

 

 「え!?あの空気で!!?よく実家帰ろう思ったな!」

 

 「しょうがねぇだろ?元々予定してたんだから。ほうほう、なんだ、単位ちゃんと取れてんじゃん。良かったな」

 

 「ナチュラルに人の成績見るな!」

 

 バッと手を出して成績表を奪い返す。

 

 「でも、GPAなら俺の方が上だな」

 

 「うっせ!」

 

 「でもま、しょうがねぇか。今やお前は、元魔女被害者の会の方で忙しいからな」

 

 「変な名前付けんなよ…」

 

 「で?あれからどうだったんだ?小夜は結局どうしたんだ?やっぱライダーは辞めてダイヤはおじゃんか?というか、その元魔女の子達はどこ行ったんだ?」

 

 「その呼び方止めろ。ハァ…お前が居ない間、色々大変だったんだぞ」

 オーキッドアンデッドの一件からちょうど一週間が経とうとしていた。その間に、クインテットでは新しい習慣が生まれていた。

 

 「頑張れ~!小夜ちゃん!もう少し!」

 

 「ファイトなのです~!」

 

 「後1メートル…よしゴール!凄いよ小夜!また新記録!」

 

 小夜は疲れて木陰に座りながら軽く微笑んだ。

 

 「小夜、お疲れ様」

 

 「ん、ありがとうなぎさちゃん」

 

 小夜はなぎさからタオルを受け取って汗を拭く。それはひんやりとしていてとても気持ち良かった。

 

 新しい習慣、それは、小夜のトレーニングだ。彼女がギャレンとしてこれからも戦うと決心したその次の日から申し出た。「足手まといになりたくないから」そう言って。

 

 そして、そのトレーニングは舞花が主体で行うようになった。運動神経がずば抜けて良かったからというのもあるが、それ以上に彼女自身が強く希望したからだ。彼女は小夜の体力に合ったメニューを作るなど、名コーチ振りを発揮し、彼女を影から支えようと頑張ってる。

 

 小夜もそんな舞花の期待に応えようとトレーニングを一生懸命頑張っていた。あれから二人は格段に仲良くなった。そんな気がしていた。

 

 「お、いたいた」

 

 「あ、睦月!単位は大丈夫だったのですか?」

 

 「あぁ、平気だったよ」

 

 「俺よりも悪かったけどな」

 

 「言うな」

 

 そして晴人は小夜に近付いた。

 

 「は~、まさかこのままライダー続ける事に決めたとは思わなかったな~。千翼とかなら分かるが」

 

 「あんまり小夜を見くびらない方がいいわよ。この子は私を助けてくれたんだから。私なんかよりも、この子の方がずっと強いんだから!」

 

 「あぁ、話ならさっき睦月から聞いた。俺も、お前の事はちょっと見くびってたみたいだな。凄いじゃないか」

 

 「いえ、そんな…」

 

 小夜は照れくさそうに笑った。

 

 「そんなお前にご褒美だ」

 

 晴人はニヤっと笑って言った。

 

 「今夜はバーベキューと行こうじゃないか」

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 「焼肉、焼肉~♪」

 

 外でのバーベキューと聞いて買い物の道中、舞花はずっとスキップを弾んでいた。最年少のなぎさですらやってないというのに、これではどちらが子供なのか。

 

 「にしても、本当に良かったのか?お前入れて6人分全員の代金を持つなんて」

 

 「実家にいた時、ちょっと割のいいバイトをしてな。金にかなりの余裕があるから大丈夫だ。俺はお前と違って後で請求するようなことはしないさ」

 

 一言余計だ。

 

 「言ったわね~、だったら、私、ガンガン食べちゃうわよ~」

 

 「おう、ガンガン食え。面白い」

 

 「やた!皆、聞いたわね!?今日はお腹が切れるまで食べつくすわよ!」

 

 そう舞花が宣言した時だった。ふと小夜は足を止めた。

 

 「ん?どした?」

 

 「睦月さん…この気配…」

 

 「えっ?」

 

 キーン キーン キーン キーン

 

 スキップをしていた舞花も足を止める。

 

 そして曲がり角にあるカーブミラー、そこからモンスターが現れた。それも続けざまに3体。

 

 ギガゼールが2体と、メガゼールが1体だ。

 

 「こいつらは…」

 

 「あのライダーが使ってたヤツだな」

 

 この3体は無作為に襲おうとしてる感じではなく、3人のライダーに狙いを定めていた。明らかに仮面ライダーインペラーの刺客だった。

 

 「あのライダーも近くにいるはずだ。警戒しながら行くぞ!」

 

 「おう!」

 

 「私も!」

 

 「お?お前も参戦か」

 

 「て、お前はまだ…」

 

 トレーニングしてるとは言ってもまだ1週間だ。まだ戦わせる訳には…そう思っていたが、

 

 「小夜!特訓の成果、見せちゃって!」

 

 「はい!」

 

 小夜も、そのマネージャーもやる気満々だ。舞花もそうだが、彼女も一度こうと決めたら最後まで突っ走る一面がある事を知った。だから、無理に止めないで代わりにこう言った。

 

 「小夜、無茶するなよ」

 

 「はい!」

 

 「「「変身!!!」」」

 

『Turn Up』 『Open Up』 『Turn Up』

 

 3人はブレイド、レンゲル、ギャレンに変身し、それぞれのラウザーを構えた。

 

 「行くぞ!」

 

 そしてブレイドはギガゼールの1体に、レンゲルはメガゼールに向かって突っ込んで行った。

 

 ギャレンは動かずに、ギガゼールの1体に狙いを定めた。

 

 ギガゼールが二又の槍を構えて突っ込んで行った。その瞬間を狙い、ギャレンは発砲。唐突な攻撃に多少は怯んだようだったが、すぐに槍で銃弾を弾き、彼女の攻撃に対応した。

 

 「小夜!カード!」

 

 「はい!」

 

 ギャレンは発砲したままラウザーを開き、カードを1枚取り出した。

 

『♢9 GEMINI』

 

 するとギャレンは二人に増えた。向ける銃弾の数は一気に2倍になり、ギガゼールは途端に対応出来なくなった。

 

 「よし!手応えあり!」

 

 ギガゼールがダメージを受けている様子を見て千翼は小さくガッツポーズした。

 

 これが、舞花と小夜で考えた戦法である。睦月や晴人と同じ接近戦では、女の子で実戦経験の無い小夜は勝ち目は無いし、それを極めようとすると時間が掛かる。ならば、ラウザーである銃を最大限に使った戦法にすればいい。遠距離にだけ戦法を絞るのだ。

 

 そう決めてから、二人はずっと基礎トレーニングと並行してその戦法を極めていた。射撃の訓練はもちろん(近所の廃工場を勝手に利用した)、カードの効果を暗記、銃撃しながら正確なカードをスラッシュする練習などだ。

 

 多くの銃弾を受けたギガゼールはとうとう膝を付いた。

 

 「小夜、今!」

 

 「はい!」

 

 『♢ ABSORB QUEEN』 『♢ FUSION JACK』

 

 小夜はギャレン・ジャックフォームに強化した。

 

 「あれがジャックフォームってヤツか。羽も生えて割とカッコいいじゃん」

 

 晴人はギャレンの姿を見て感心したように言った。

 

 それに見とれてる隙にメガゼールの槍がブレイドをー、

 

 「ほい、残念」

 

 襲う事は無かった。ラウザーで切り裂き、ギガゼールを後ろに仰け反らせた。

 

 「凄い…小夜、ちゃんと戦えてる」

 

 疑ってた訳ではないが、実際に目の当たりにすると衝撃的だった。少し前はモンスターに対して恐怖心を抱えていたのに、今でも恐怖はあるだろうに。しっかりと地に足を付けて勇敢に戦う姿は戦士そのものだ。

 

 「俺も負けてられないな、よっと!」

 

 レンゲルはラウザーとギガゼールのクワガタのハサミのような剣とでつばぜり合いをしていたのだが、それを蹴りで一蹴した。空いた懐にすかさずラウザーの突きを何発も食らわせ、最後の一撃でモンスターの体は後ろに吹っ飛んだ。

 

 「「「次で決めるぞ!」るぞ!」ます!」

 

『♧5 BITE』 『♧6 BLIZZARD』

『ブリザードクラッシュ』

 

『♤5 KICK』 『♤6 THUNDER』

『ライトニングブラスト』

 

『♢2 BULLET』 『♢4 RAPPID』 『♢6 FIRE』

『バーニングショット』

 

 3人が各々の必殺技を出し、それをまともに受けたモンスターは3体共爆発四散した。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 「さて、いい感じで焼けたぜ」

 

 「「「「「いただきま~す!!!!!」」」」」

 

 その夜、バーベキューパーティが開かれた。どうせなら屋外でやろうという話になり、バーベキュー用のグリルを引っ張り出して(部屋の鍵と同様にアパートの物置の鍵も預かっており、その中から引っ張り出した)キャンプ気分で肉を焼き、食べて、ジュースやお酒を飲んで、ん?お酒?

 

 「おい晴人!お前未成年じゃ・・・」

 

 「あ?何言ってんだ?俺もう23歳だぞ?」

 

 「え!!?お前、俺とそんなに年違うのか!?大学辞めたとは聞いてたけどそこまで・・・てことはお前大学3年で辞めたのか!何で!?」

 

 「いいだろ?そんなのは、色々あんだよ。ん・・プハ~やっぱいいねぇ!ビール最高!お前もどうだ?」

 

 「俺は19だぞ。犯罪は止めろ」

 

 「ちぇ~かわいくね~な~。ふぅ、にしても小夜、お前凄いな。怪物相手に叫んでた頃とはえらい違いだ!」

 

 「いえいえそんな、私なんか・・・」

 

 「当然でしょ!?私と小夜で考えた戦法なんだから!あんたも、もっと誇らしくしなさいよ!最高だったわよ!今回の戦い」

 

 「あ・・ありがとうございます」

 

 「ほら、どんどん食べて!これからトレーニングはもっと厳しくなるんだから!体力付けないと!」

 

 そう言って、小夜の紙皿には牛、豚、焼き鳥、シーフードなどなどが山盛りに乗せられる。うん、体力はいいが、これは食い過ぎだ。

 

 「ほら!焼きそば、できたわよ!」

 

 タイミングがいいのか悪いのか、愛矢がプレート一杯に焼きそばを作って持ってきた。

 

 「ん~♪やっぱ愛矢の料理は最高なのです」

 

 「フフッありがとう。それにしても立派なプレートね。これ使って他のも作りたくなってきちゃった」

 

 「これは、大家さんの物なんだよ。世界を旅するならこういう道具も必要だろうと当時の最高級品を買ったんだと。聞いた話だと、これ使って炭火のホットケーキとか、そういう物も作ってたらしい。香ばしくなって旨くなるとか」

 

 「そう言えば、愛矢ってスイーツは作らないですよね?」

 

 「ん~そう言えばそうね。今までは体の思うままに作ってた感じだったから、多分記憶失くす前の私はスイーツを作ってなかったのね」

 

 「せっかくだし、近いうちに作ってみたらどうだ?」

 

 「え?」

 

 「ちょうどいい機会じゃないか。お前が作るスイーツなんだ。絶対プロ級の出来に仕上がるって!」

 

 「なぎさもお手伝いするのです!」

 

 「えっ、え~」

 

 「何何?何の話?」

 

 舞花が横からひょっこり顔を出した。

 

 「愛矢がスイーツを作るって話だよ」

 

 「えっ!?お菓子!!?作れるの!!??」

 

 舞花のセンサーが反応し、誰よりも目をキラキラさせて詰め寄った。その圧力にちょっと困った表情を見せる愛矢、予想通りの反応に笑う睦月となぎさ。健気にも小夜が乗せた肉山盛りの皿(+焼きそば って舞花!それも乗せたのか!)を頑張って完食しようとする小夜とそれを応援してる晴人ってそれは止めろ!!!

 

 皆笑顔でワイワイ騒いで、今日この日は、とても充実した時間だった。

 

 一番楽しかった思い出は何と聞かれたら、皆恐らくこの日のバーベキューと答えるだろう。だってこの時はまだ、後にあんなことが起こるなんて、誰も予想していなかったんだから。

 

 それを回避するチャンスは何度もあったはずなのに、睦月はその機会に気付くどころか疑問にも思わずに今日まで過ごしてしまっていた。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 「どうだ?データは取れたか?」

 

 「あぁ、佐野が撮影したこのビデオでばっちり分析出来たよ。驚いたよ。リーダーは本当に勘が鋭い。まさかこんな面白いデータが取れるなんて」

 

 そう言って芝浦淳(しばうら じゅん(仮面ライダーガイ))は二枚の紙を高見沢逸郎(たかみざわ いつろう)に渡した。

 

 「一枚目は、少し前に俺が戦った、あの金色のライダーのデータ。その次が剣を持ったライダーのデータ。そして三枚目が、銃を持ったライダーのデータだ」

 

 そのデータを見た時、高見沢は目を見開いた。

 

 「これは、こんなことが・・・」

 

 「俺もまさかと思って、他の女の子たちも調べてみた。映像にはほとんど映っていなくて正確とは言えないんだが、これだ」

 

 そう言って芝浦は印刷したばかりの用紙を高見沢に見せた。

 

 「あのライダーに比べたら弱いが、同じような結果が出た。これは映像の粗さを差し引いてもあり得ない結果だ」

 

 「じゃあ、彼女たちは・・・」

 

 「あぁ、彼女たちがどういう存在かは分からなくなったが、一つ結論が出た」

 

 そして一口コーヒーを啜ると言った。

 

 「彼女たちは、人間じゃない」

 

 

 

第二章 魔女編 完

 




 遂に第二章完結です。

 ここまでで起承転結で言うところの「起」にあたる部分なので、ようやく物語の基盤が整ったという感じです。

 それはつまり、ここからが本番だという事。ここからが本当の『仮面ライダーレンゲル♧マギカ』です。

 週一連載が難しくなり更新ペースは遅くなりますが、これからも書き続けるので応援のほどをよろしくお願い致します。


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短編 ショット・バケーション~あの子が今日の主役~
天野小夜編


次回から3章です!と言いましたが、ちょっとお休みして、短編を3部投稿したいと思います。

ストーリーとしては考えていたけど、全体の都合上カットしたお話をお送りします。

尚、これは悪魔で短編という扱いなので、読まなくてもストーリー上は問題ありません。

お時間が空いた時にどうぞ。




短編については通常よりもストーリーは短いので週一連載を頑張ります…。


 キャン!キャン!

 

 出会いは突然だった。私はいつものように家の近所を走って基礎体力を付けるランニングトレーニングをしていたのだが、その道中、この子犬と出会った。

 

 犬種はチワワで、全身を真茶色の毛で覆われていた。大きさから言ってまだ子犬のようだった。その子犬のうるんだ瞳が真っすぐ私の方を見ていた。

 

 かわいい。私はその視線に釘付けになった。

 

 私は昔から動物が好きだった。犬でも猫でも鳥でもなんでも。理由は単純。かわいいし、人懐っこいから。

 

 どんなに臆病でも、乱暴さんでも、心を開いてくれればすぐに友達になれる。そんな素直な所にも私は惹かれたのかもしれない。

 

 「おいで」

 

 私はしゃがんで、この子犬に手を差し出した。子犬はすぐに近寄ってくれた。近寄って私の掌を舐める。ちょっとくすぐったい。

 

 「君、何でここにいるの?飼い主は?」

 

 私は辺りを見渡したが、飼い主らしき人影は見当たらなかった。ふと、首のあたりの毛をかき分けるとそこに首輪があることに気付いた。よく見ると、文字が彫ってあった。

 

「ベック…?」

 

 キャン!

 

 大きな返事。それがこの犬の名前で間違いなかった。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 そのままにしておくのがどうしても出来なかった私は家までベックを連れてきた。

 

 「キャー!凄いかわいい!」

 

 「ベック、こんにちは。初めまして。愛矢です」

 

 「睦月、飼おう!飼おう!飼うのです!」

 

 なぎさちゃん、愛矢さん、舞花さんはすぐに気に入り、順々に抱っこをしていた。睦月さんはどうも複雑な表情をしていてなぎさちゃんの飼おうという言葉にもすぐには頷かなかった。

 

 「睦月さん?」

 

 「いや、まぁ言いたいことは分かるが、内、一応ペット禁止ってルールあるから…」

 

 「だから何よ!こんなかわいい迷子を見捨てるっていうの!?それでもライダーな訳?」

 

 聞き捨てならないと舞花さんが割り込んできた。

 

 「いや、そこまで言っては…」

 

 「じゃあ大丈夫よね?」

 

 「いや、えっと…」

 

 私を含め、全員の眼差しが睦月さんの目を見ていた。その圧力に参ったのか、

 

 「はぁ、飼い主が見つかるまでだぞ」

 

 最終的にはOKしてくれた。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 「ペロ吉、散歩行くよ!」

 

 この日から、ベックとの生活が始まった。トレーニングは一時中断して、その時間が全てベックと遊ぶ時間に変わった。散歩のとき、誰がリードを持つのかはじゃんけんで決めた。今日は愛矢さん、明日がなぎさちゃん、明後日が舞花さんでその次が私、最後が睦月さんだ。

 

 

 その道中に、睦月さんがポスターを次々と貼っていく。ベックの写真を中央に大きく載せ、側に『迷い犬を保護しています』という言葉とクインテットの電話番号が書かれている。

 

 「気持ちは分かるけど、俺たちのペットじゃないんだから。ベックのお世話と同じく、飼い主探しも真剣にやらないとな」

 

 睦月さんは犬はあまり好きじゃないのかなと思っていたら…

 

 「よっしゃぁ!取ってこ~い!」

 

 全然そんな事は無かった。あれだけペロ吉を預かる事には低姿勢だったにも関わらず、公園まで来てみれば誰よりも楽しく遊んでいた。

 

 「ちょっと睦月、いい加減に私に変わってよ」

 

 しびれを切らして舞花さんが飛び出してきた。

 

 「まだまだだって。行くぞ!ほら!」

 

 睦月さんは再びボールを投げた。ベックはそれを空中でキャッチした。

 

 「よし!じゃあ戻ってこ~い?」

 

 だけど、ボールを咥えて向かった場所は睦月さんではなく…え?私?

 

 「ベックも、睦月よりも小夜と遊びたいってさ」

 

 「うっ…う~」

 

 睦月さんが寂しそうな声を余所に、ベックは尻尾を振りながら私をじっと見ていた。

 

 それを見たら、私も嬉しくなった。

 

 「じゃあ、行こうか」

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 それから4日経った頃だった。

 

 「いよいよ今日ね」

 

 「うん!」

 

 今日は私がリードを持って散歩をする番だった。そこにー、

 

 「ベック!」

 

 「えっ?」

 

 一人の女性が現れた。彼女の名前は永山 若葉(ながやま わかば)。隣町でアクセサリーショップを経営してる人で、ベックの本来の飼い主だった。

 

 「ずっと心配してたんです。保護して頂いて本当にありがとうございました」

 

 彼女が言うには、私がベックと初めて出会ったあの日、病院で予防接種を受ける日だった。だけど、怖くなって逃げ出してしまったということだった。

 

 そんな事を睦月さんと話していたが、正直私にはどうでも良かった。いつか、こういう日が来る事は分かっていたけど、それがこんな前触れも無くやってくるなんて。

 

 「とにかく、見つかって良かった」

 

 最後に睦月さんがそう言って締めくくった。そして、それに続く言葉に私は衝撃を受けた。

 

 「だけど、返すのはもう少しだけ待ってくれませんか?」

 

 「えっ?」

 

 「今日は、小夜―そこでベックを抱いている女の子ですが―が初めて散歩をする予定だったんです。彼女は誰よりもかわいがっていて、それで、せめて散歩だけはちゃんとさせてあげたいと思うんですよ。いけませんか?」

 

 すると、若葉さんは微笑んで、

 

 「いえ、そういうことでしたらもう少しだけ、そちらに預けようと思います。小夜さん、思い切りベックと遊んでやってください」

 

 私は、心から二人に感謝した。

 

 最後の一日、と言っても特別な事はない。四日間そうしていたように近所の公園へ行き、ボールやフリスビー(睦月さんが買ってきた)で遊ばせる。そんな何気ない日常だったからかな。これから、それが出来なくなると思うと、自然と涙が溢れてきた。

 

 「ちょっと小夜、何泣いてるのよ!」

 

 私が泣いてるのに気付いた舞花さんが私を小突いて来た。だけど、そんな舞花さんも目に涙が。

 

 「ほら、しっかりしなよ!永遠の別れじゃ無いんだから!」

 

 クゥーン…

 

 ベックが私の涙を舐めた。それはくすぐったくて、とても温かかった。

 

 まるで、泣かないでって言ってるかのようだった。そんな様子を見て、私はギュッとベックを抱き締めて言った。

 

 「大丈夫だよ。ありがとうね。またきっと会う。約束する。だから、あなたも私と約束して」

 

 そして、泣き笑いのまま私は続けた。

 

 「注射から、逃げちゃダメだよ」

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 「今まで、本当にありがとうございました」

 

 ベックは若葉さんに返した。そして若葉さんはベックを抱いたまま私の所に近付いてきた。

 

 「あなたが、ベックを見つけてくれたんですよね。本当にありがとうございます。これはほんのお礼です」

 

 そうして渡してきたのはペロ吉に良く似たキーホルダーだった。

 

 「私、ここから少し離れた町で小物屋をやってるんです。これは、私が作った世界で一つのベックキーホルダーです」

 

 「そんな、こんな大切な物」

 

 「いいんです。私にとって、ベックは宝のようなものなんです。それを助けてくれたんだから、私もそれに相応しいお礼がしたかった。それだけですから」

 

 そうして私に微笑むと、睦月さん達に目を向けて言った。

 

 「今まで、ベックを大切にして頂いて、本当にありがとうございました」

 

 そしてペロ吉は本当の飼い主、若葉さんの元へ帰って行った。

 

 

 




 「別れは寂しいけど、あなたと過ごした四日間、私は絶対に忘れません」


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徳山愛矢編

注意:今回のお話では皆もよく知る人物が出てきますが、オリジナルとは別個体です。


 スイーツ。それは、老若男女皆が大好きな食べ物の分野の1つ。パンケーキ、マカロン、アイスクリーム、オペラ、桜餅、シュークリーム、ガレット、ブリュレ、シュバキア、ドーナツ、パフェ…

 

 それは数えきれない程存在し、海外にも独自の素材を使ったその土地ならではのスイーツがあるほど皆から愛されている。恐らく、生まれてから一口も食べずに今を生きている人はいないだろう。

 

 「そう言えば、愛矢ってスイーツは作らないですよね」

 

 そんな広範な分野にも関わらず、私は一度も作った事が無いことにあの時初めて気付いた。

 

 中華も和食もイタリアも洋食も、主食となるメイン料理は全て作った事があるのにそれだけは。

 

 それは何故か。少し考えて、すぐに答えが出た。

 

 私は今まで、自分が思い描くイメージに従ってずっと料理を作ってきた。「体が覚えていた」という事だ。

 

 だけど、スイーツからはそのインスピレーションが働いていなかった。だから作らなかったし、作ろうともしなかった。

 

 だけど、なぎさちゃんからそう言われた時から作りたい気持ちが芽生えて来た。私には、どれだけ美味しいスイーツができる実力があるのかという探求心と、睦月さんや皆がそばに居てくれる事の感謝を伝えたくて。

 

 そんなことを考えていた時、私は偶然一つの張り紙を見つけた。

 

 『お菓子作り教室!誕生日・受験合格・クリスマス・卒業…全ての始まり、全ての終わりをスイーツで祝いませんか?~今ならケーキ制作無料体験が可能!』

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 「ケーキ教室?」

 

 「うん。ちょっとそういうの作りたくなっちゃって。ダメ…ですか?」

 

 「ダメなんて事は全然無いって!大歓迎だよ!」

 

 「愛矢、ケーキ作るんですか?楽しみなのです!」

 

 「あんたが作るなら絶対美味しいんだから!自信持って行っちゃいなよ!味は私が保証する!」

 

 「あの、舞花さん、まだ食べてませんが…」

 

 無料とはいえ一日中家を空けるから大丈夫かと思ったけど皆大賛成だった(というかもう行く前提で話してるような…)

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 というわけで、私はスイーツ教室に体験入学した。その場所は、大きなお屋敷だった。先生はこの家の主で、フランスの有名店でパティシエをしていたほどの腕の持ち主だという話だった。

 

 「ハッピーバースデイ!体験入学者の諸君!今日という日の出会いに感謝を!私はこの教室の先生を務めていますパティシエ、鴻上と申します。皆さん、そんなに硬くならなくても大丈夫!クリームの様に甘く滑らかに行きましょう!私の言うとおりにしてくれれば、誰でも美味しいケーキができますからね」

 

 何とも濃いキャラだった。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 「素晴らしい!」

 

 私が作ったケーキを見た瞬間、先生はそう叫んだ。

 

 「このクリームの上品な甘さ、スポンジ生地のふんわり具合、どれを取ってもパーフェクト!素晴らしい!」

 

 「いえ、そんな、先生が言ったことを真似しただけですよ」

 

 「だとしてもだよ徳山君、初めてでここまで忠実に私の特性ケーキを再現できた者は他にはいないんだよ。君にはスイーツ作りの才能がある。君の才能の発現にハッピーバースデイ!」

 

 先生のその声をきっかけに教室に拍手が鳴り響いた。何だか少し照れくさくなった。

 

 「そこで提案なのだがね、徳山君。君、内の教室の特別VIPなコース、バースデイに入学する気はないかい?」

 

 バースデイ、その言葉を聞いたとき、周りがどよめいた。しかし、私にはピンと来なかった。そんなコースは、チラシにも書かれてなかったからだ。

 

 「バースデイ、それは本当のスイーツ作りの才能を持った者だけが入ることを許されるスーパーコース!メンバーもまだ里中君と後藤君の二人だけという少数精鋭!朝から晩まで、スイーツ作りをとことん突き詰めていくコースだ!いずれ、バースデイに選ばれた者でスイーツの一等地、フランスにビッグな店を持つことを目標に活動をしているんだ!君はその一員に素晴らしい!君にとっても、いい経験になるはずだが、どうかね?」

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 教室が終わり、私は帰路に着いた。その手には、今日私が作ったケーキを入れた箱を持っている。早く、これを皆に食べさせたい。そう思うと、足取りがいつもよりも軽くなった。

 

 

 

 えっ?

 

 目の前にあった捨てられてた置き鏡から、赤い怪物が出て来た。身長は私よりも大きく、背中に大きな手裏剣を張り付けたその怪物は、ジリジリと私に近づいてきた。

 

 睦月さんもいなければ、晴人さんも小夜もいない。私一人ではどうにもならない。

 

 怪物から漏れる威嚇に私は怖くなり、逃げた。しかし、そのために怪物に背を向けたことは失敗だった。

 

 「キィァアアアアアアアアアア!!!」

 

 急に大きく動いたからか怪物は大きな声で叫び出し、私はそれに驚いて足がもつれて転んでしまった。

 

 「あっ!」

 

 そしてケーキの箱が私の手から離れ、無残にも地面に落ちてしまった。

 

 グチャっという音と共に。

 

 ペタペタと足音が聞こえ、振り返ると、怪物が私目がけて飛び込んできた。

 

 「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」

 

 「変身!」

 

 『♧Open Up』

 

 しかし、怪物の突撃は横から飛んできた蹴りによって阻まれた。

 

 「大丈夫か?愛矢!」

 

 私の前に立つその姿、そして声。私は心の底から安堵した。

 

 「愛矢!」

 

 「愛矢さん!」

 

 「愛矢!」

 

 遅れてなぎさちゃん、舞花さん、小夜さんが駆けつける。

 

 「愛矢!大丈夫ですか?」

 

 「うん、平気」

 

 「良かった~」

 

 なぎさちゃんはそう言ってギュッと抱き付いてきた。

 

 「舞花さん、二人をお願いします」

 

 「任せて!」

 

 「変身!」

 

 『♢Turn Up』

 

 小夜さんもまた変身すると、スッと銃を構えた。

 

 「睦月さん!」

 

 既に背中の手裏剣を持った怪物と長いこん棒を持って打ち合いをしていた睦月さんに小夜さんは呼び掛けた。

 

 それに反応した睦月さんは後ろにバク宙をして後退。射程範囲に怪物だけしか居なくなってから小夜さんは撃った。

 

 弾丸は全て怪物に命中し怯んだ。

 

 「ナイスだ!小夜!」

 

 着地した睦月さんは再度突撃。こん棒を今度は確実に怪物の体にぶつけていった。そして最後の突きで怪物の体は大きく吹っ飛んだ。

 

 「俺の家族を傷付けたこと、高く付くぜ」

 

 「絶対に許しません」

 

 そして二人はカードを取り出して…えっ?家族?

 

 『♧5 BITE』 『♧6 BLIZZARD』

 『ブリザードクラッシュ』

 

 『♢2 BULLET』

 

 睦月さんはその場でジャンプし、小夜さんは怪物の懐にさらに威力が高まった銃弾をぶつけた。

 

 怪物はそのダメージに声を漏らし、そこに睦月さんの氷の脚が迫った。挟み込むように蹴りあげ、怪物は爆発四散した。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 「ごめんなさい!」

 

 私達は今、家にいる。一応ケーキは持ち帰ったが、最悪だった。地面に落としたのが致命的で、ホールケーキはひしゃげ、綺麗に絞ったクリームも、箱の中でぐちゃぐちゃになっていた。何であの時落としちゃったのか。私は死ぬほど後悔した。

 

 「こんなケーキ、食べたく無いですよね。責任を持って…」

 

 「あむ!」

 

 睦月さんはおもむろに指にクリームを付けて舐めた。

 

 「えっ?」

 

 「あっ!睦月さん、行儀悪いですよ」

 

 「いや~ごめんごめん。上手そうな匂いがしたからつい」

 

 えっ?

 

 「お皿とフォーク持ってきたのです!」

 

 えっ?

 

 「あっ、じゃあ私、紅茶入れますね」

 

 えっ?

 

 私が呆気に取られてる間にケーキが均等に切り分けられた。

 

 「「「「いただきま~す!!!!」」」」

 

 そしてフォークで一口大にすると、それを一斉に食べた。

 

 「美味しいのです!」

 

 「生クリームの甘さが絶妙!」

 

 「スポンジもふわふわですよ」

 

 つぶれたケーキを前に皆が本当に嬉しそうな笑顔を浮かべていた。

 

 「ん?愛矢、食べないのか?自分で作ったのに」

 

 「味見し過ぎて飽きちゃった?なら私が…」

 

 「止めなさい」

 

 「皆、どうして…だってこれ…」

 

 「見た目が悪いからって何だよ。味は美味しいし、何よりも俺たちの為に作ったんだろう?食べさせないでどうするんだよ」

 

 「言ったでしょ?愛矢が作ったものなら絶対美味しいって。食べさせないなんてずるいわよ!」

 

 なぎさちゃんも小夜さんもその通りだと頷いていた。

 

 私は嬉しくなって目頭が熱くなった。本当に本当に嬉しかった。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 「断る?この私の誘いを!?」

 

 私は、自分をバースデイコースに招待するという鴻上先生の誘いを断っていた。

 

 「何故だね徳山君。君なら必ずや才能が開花するというのに!ひょっとしてお金の心配かね?なら大丈夫だ。50、いや、60%、場合によってはそれ以上まけてもかまわない!それだけ君は逸材なんだ」

 

 「いえ、お金の事ではありません」

 

 お金の事だったら、もしも自分が行きたいと言えば多少無理をしてでも出してくれるだろうと思っていた。睦月さんは優しいから。だから、睦月さんにこれ以上の負担は掛けたくない。もちろんそれもあった。だけど、それ以上に―

 

 「確かに、世界中皆に私の作ったモノを食べてもらえると言うのは非常に魅力があると思います。だけど、私は、自分が大切に思える人に、これからもたくさんの料理を作ってあげたいんです。一日中スイーツの修行なんてしてたらそれはできなくなっちゃうし、皆と過ごす時間も減る。それが嫌だから、私には受けられません」

 

 頭に浮かぶのは、睦月さん、小夜さん、千翼さん、そしてなぎさちゃんの顔。4人が私の料理を食べて美味しいと言ってくれる。それが嬉しくて、私はそれを捨ててまで自分の才能を開かせようとは思わなかった。

 

 「ひょっとして、このケーキもその人たちに?」

 

 「ハイ」

 

 鴻上先生は顔一面に満面の笑みを浮かべた。

 

 「素晴らしい!私の誘いを断ってまで食べさせたい人がいるとは!そこまでの愛が、君の中に存在するとは!」

 

 そして、懐からスプーンを取り出してボウルにこびりついたクリームを掬って一舐めすると続けた。

 

 「これからも、君の家族を大切にするんだよ!」

 

 「えっ?家族…ですか?」

 

 「おや、違ったかね?君の作ったクリームからは、家族への想いが感じられたが?」

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 『俺の家族を傷つけたこと、高くつくぜ』

 

 さっきの睦月さんの言葉を思い出して、私はつい表情が緩んだ。

 

 フォークにケーキを一口さしてそのままパクッ

 

 『全ての始まり、全ての終わりをスイーツで祝いませんか?』あのスイーツ教室のチラシに書かれていたことだ。ならこのケーキは、私が初めてケーキを作ったこと、それを美味しいと言ってくれたこと、そして、私が心から皆を家族だと思えたお祝いだ。

 

 一口食べたケーキからは、味見の時には気付かなかった優しい味がした。

 




「今日のケーキは潰れちゃったけど、次は本当に完璧なケーキを皆に食べさせたいな」


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角無舞花編

 私は、小夜に二度助けられた。一度目は、皆で海に行った帰り道。セミの化け物に襲われそうだった私を間一髪で避けることができた。二度目は、私がハートのカードの中に入っていた怪物に乗っ取られた時。あの子は、私のために体を張ってそこから助けてくれた。なのに私は今日まで、ちゃんとしたお礼が言えないでいる。私は、それがずっと気になっていた。

 

 お菓子、違う。文房具、違う。本…はこういう時はふさわしくないよね。

 

 「どれもピンと来ないわね」

 

 私はつい、そう声に漏らした。

 

 私は今、隣町にあるショッピングモールに一人で来ている。いつもなら誰かとショッピングをするのだが今日は違う。小夜に改めて、ありがとうとお礼をするためのプレゼントを選びに来たのだ。小夜にはトレーニング用の本を買ってくると言い残し、自主トレをするように言っておいた(その間のマネージャーはなぎさと愛矢)

 

 しかし、来てはみたものの、どの店を見ても小夜のイメージとベストマッチするようなプレゼントは中々見つからなかった。

 

 小夜は優しいから、何をあげても喜びそうな感じはするが、それに甘えるつもりはない。自分の感謝の気持ちを伝えるんだから、彼女の為に考え抜いてこれだと思うモノでなければ意味は無い。

 

 「とは言っても、やっぱり難しいわね」

 

 取り敢えず今は小休憩。一旦ショッピングモールに出た私は近くのキッチンカーで飲み物を買い(睦月からいくらかお小遣いを貰うようになった)、当てもなくブラブラと歩いていた。

 

 「ウワ~!これかわいい!マジヤバくね?」

 

 「うん!ヤバいヤバい!これ買お!お揃いで!」

 

 ふと近くにあった小物屋さんからそんな声が聞こえてきた。背中にテニスラケットバッグを背負っている所を見ると、部活帰りだろうか。

 

 羨ましい。私は二人を見てそう思った。

 

 私には、睦月と会うより前の記憶が無い。だから、私がこれまでどんな生活をしてきたのかが分からない。部活は入っていたのか。友達はいたのか。ああいう風に、一緒にお揃いの物を買ったりしていたのだろうか。私の人生は楽しかったのか。

 

 いや、最後のは答えは出ているか。私は苦笑した。

 

 小夜が思い出した事をきっかけに、私は、元々は魔女だった事を知った。魔女の事は小夜から聞かされた。魔女とは、キュウべえと契約を交わして魔法少女になった者の成れの果てで、心に穢れが溜まった時になるのだという。つまり睦月と会う前の私は、魔女になった段階でバッドエンドに終わった訳だ。ならあんな風に、友達と寄り道しながら帰ったり、夜にやるドラマを見て感動したり深夜まで友達と長電話したり、そんな当たり前の日常をずっと楽しんでいたのだろうと考えるのは希望的推測も良い所だ。

 

 「なんて、何考えてるのよ、私!」

 

 ダメダメ。そんなこと考えちゃ。今は、小夜のプレゼント選びでしょうが!両手をパシッと顔に当て、気合い充電完了!取りあえず、あの子達がかわいいと連呼しているあの店に入ってみよう。

 

 ワンワン!

 

 店に近づいた時に聞こえて来た犬の鳴き声。ふと見ると、店の側に犬小屋があり、その中に真茶色で子犬のチワワが私に向かって吠えていた。ん?この犬どこかで…。

 

 「こらベック!あんまり吠えるとお客さんびっくりするで…あ!」

 

 「あ!あなたは!若葉さん!」

 

 私に吠えて来た犬、なんとそれは少し前にクインテットで保護してたベックで、今目の前にいるのはその飼い主の永山若葉(ながやま わかば)さんだった。そう言えば彼女はアクセサリーショップを経営してると言っていた。ここにお店があったのか。

 

 「久しぶり、でもないか!こんなに早く会えるとは思わなかったよ!ベック!」

 

 「本当に驚きましたよ。本日はお一人で?」

 

 脚に飛び乗ってきたベックの相手をしている私に向かって尋ねて来た。

 

 「はい、そうなんです。実はー」

 

 私は事のあらましを説明した(もちろん、ライダーについては隠してだ)。

 

 「それで、何かお礼のプレゼントをあげたいな何て思ったんですけど、中々良いのが見つからなくて…って、どうしたんですか?」

 

 見ると、若葉さんは、今まで見たことが無いほど優しい顔で微笑んでいた。

 

 「いえ、それだけ誰かを慕っているなんて、小夜さんは本当に良い友達を持ってるんだなと思いまして」

 

 「いえ、そんな…」

 

 良い友達、その言葉を聞いて私は少しこそばゆかった。

 

 「よろしければ、ご自分で手作りしてみたらいかがでしょうか?」

 

 「手作り…ですか?」

 

 「はい。私のお店では、手作りの小物を作るコーナーも設けているのですが、そちらで作ってみるのはどうでしょう?もちろん、私も全力でサポートします」

 

 手作り…確かにそれなら自分の満足できるものがきっと出来るし、月並みだけど、たくさんの気持ちも込められる。だって、小夜の事を誰よりも知ってるのは私なんだから。

 

 「よろしくお願いします!」

 

 私に迷いは無かった。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 色々と迷ったが、私はキーホルダーを作る事にした。これからの応援を含めて、ジャックフォームの象徴である羽を広げた美しい孔雀を付けたキーホルダーだ。

 

 「うーん、孔雀は難しいわよ?私もあまり作ったこと無いですし…」

 

 「いえ、これがあの子にピッタリの組み合わせなので」

 

 私はそう断言した。

 

 「そうですね。なら、頑張りましょう!」

 

 若葉さんも最後には賛成してくれた。

 

 とは言ったものの―、

 

 「あ~!もうまた失敗!」

 

 私は、事あるごとに理由を付けて脚しげく通っていたのだがどうにも出来ない。孔雀の羽を魅せる時の美しさがどうにも出せない。これでもう6回目だ。

 

 「でも初めと比べたら随分良くなりましたよ。私は、これでもいいかなと思いますけど」

 

 「いや、全然ダメ!もっと見た目良くしないと!」

 

 手抜きも妥協もしたくない。作るからには、完璧な物を仕上げたかった。

 

 その後も、何度も何度も挑戦した。

 

 羽の曲がり具合は…ここは直線に少し丸みを帯びるように…

 

 そして―

 

 「出来た~!」

 

 17回目にしてようやく満足のいく物が出来た。色使いにまで拘り、美しく魅せるがその中でもキーホルダーマスコットならではのかわいさも忘れない。そんなキーホルダーが。

 

 「良かった。おめでとうございます!では早速お包みしますね」

 

 「はい!若葉さん、本当にありがとうございました!」

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 その日の夜、私は凄く緊張していた。別に彼氏にあげるとか、そういうものではないのに。人にプレゼントあげるなんて、初めてだからかな。

 

 そして―、

 

 「「あ…あの」さ…」

 

 私と小夜、同時に声が出た(えっ?)。だけど、ひどく緊張していた私は、それに気付く余裕が無かった。それは、小夜も同じだったようで。

 

 「「これ!」」

 

 二人同時に、お互いに小さな紙袋でラッピングされた物を差し出した。

 

 「「えっ?」」

 

 私達は不思議に思いながらお互いの紙袋を受け取った。って、この包みは…

 

 私は急いで開けるとそこには、犬の耳が付いたバレーボールのキーホルダーが入っていた。

 

 「舞花さん、これ…」

 

 小夜も気付いたらしく、私が作ったキーホルダーを持ちながら言った。

 

 「えっ?でも、何で?小夜、私に、どうして…?」

 

 「私は、その、お礼です。いつも、トレーニングメニュー作ってくれたり戦いのサポートをしてくれたりしてくれているのでそのお礼」

 

 「それを言うなら私だって、前に2回も助けてくれたからそのお礼にって。嘘~!」

 

 「「私達、お礼のプレゼントを同じ所で作ってたって事!?」」

 

 また、私と小夜の声が重なった。そして、少し間が空くと、お互いに笑い始めた。

 

 「ハハハ…何よそれ、何か笑っちゃう」

 

 「フフ…ええ、本当にね」

 

 そっか、若葉さんと初めて再開した時の微笑み、時々時間を指定して来たのはそういうことだったのか。若葉さんも、全く粋な事をしてくれる。

 

 「これ、孔雀ですか?凄くかわいいですね!もしかして、ジャックフォームの?」

 

 「そう。これからも頑張ってっていう意味も込めてね。こっちも良いわよね。バレーボールに犬耳付けて、センスあるしかわいいわよ」

 

 「ありがとうございます」

 

 そう言って早速小夜はトートバッグにキーホルダーを付け始めた。

 

 「形は違うけど、お互いの為に作ったプレゼントで、同じ店で手作りしてたなんて、これでもう、お揃いですね!」

 

 「!」

 

 『これ、お揃いで買お!』

 

 私が密かに憧れてた日常の一部。だけど、そんな日常の夢は唐突に叶った。

 

 私は再びバレーボールのキーホルダーを見ると、サッと顔を挙げて、小夜の顔を正面から見つけた。

 

 「ええ、そうね!」

 

 私は満面の笑みでそう答えた。

 

 私には、睦月と出会う前の記憶が無い。その為か、記憶を失う前、もっと言うと魔法少女になるより前にあったであろう当たり前の日常にずっと憧れてた。

 

 だけど、それはこれからでも作る事が出来る。だって私には、睦月やなぎさ、愛矢がいて、一番の親友の小夜がいるんだから!

 




 「小夜、これからもよろしくね!」


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第三章 記憶編
EPISODE24 模造品の時空間


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失われた時間
 ある時、ある場所に、一人の“魔法少女”と一人の“少女”がいた。彼女たちはお互いを慕っていて一番の親友だった。魔女と戦う時も一緒だった。少女はまだ契約していないので戦えないが、それでも“魔法少女”は構わなかった。大切な人が側に居るだけで、何倍も力が出せたから。
 
 ところがある日、彼女たちはとても強い魔女と相対してしまった。“魔法少女”は“少女”を守るため、自身の命を犠牲にして、その魔女を倒した。

 嘆き悲しんだ“少女”は、キュウべえにお願いをした。彼女を生き返らせて欲しいと。願いを聞き届けたキュウべえは、“少女”を“魔法少女”にすることと引き換えに彼女を生き返らせた。

 彼女は、魔法少女の力を失っていた。“魔法少女”から“少女”に変わっていた。

 “魔法少女”は、彼女がそうしてきたように、魔女退治を積極的に行った。今度は自分が人を、そして“少女”を守るんだと張り切っていた。

 しかし、死の記憶に“少女”は苦しみ、それが限界まで来たある日、ひっそりと自身で命を絶った。

 その時、“少女”を中心に、結界が形成されていった。彼女の胸からは、得体のしれないモノが溢れた。

 この時、“魔法少女”は初めて知った。自分の願ったモノの愚かさを、その罪を。

失われた時間


2002年

 

 ガン!ガン!ガン!

 

 関東拘置所、その牢屋の一室から何かが激しくぶつかる音が響き渡る。浅草威(あさくら たけし)、彼が窓の鉄格子に頭をぶつけている音だ。既に額には血が滲んでいるが、そんな事を気にする事なく彼は頭をぶつけていた。イライラしてる。ただそれだけで。

 

 浅草威(あさくら たけし)。13歳の時に自宅に火をつけ両親を殺害したことをきっかけに数多の暴行、傷害、殺人事件を起こした男。動機は全てイライラしたからなどの単純なモノ。自分なりの正義があるとか、悲しい過去があるとかそういうのは一切無い。ただ、浅草威という人間がそういうものだと言うだけの話。獣のように、本能のままに動くような男なのだ。

 

 そんな彼が今、イライラしている理由。それは自分の弁護を担当してくれた人、北岡秀一(きたおか しゅういち)に対してだ。黒を白に変えるスーパー弁護士と聞いて頼んだのに、無罪にはしてくれず懲役10年。ふざけるな。話が違う。無罪にしてくれると聞いたから頼んだのに、この結果はどういうことだ。ふざけるな。ふざけるな。ふざけるな。ふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるな

 

 ガン!ガン!ガン!

 

 牢屋には何も無い。故にイライラをぶつける矛先が無い。ここを出たら、復讐する。その憤怒を糧に、浅草は今日も鉄格子に頭をぶつける。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 「ぐわぁ!」

 

 熱風を受け、須藤雅司―仮面ライダーシザース―は倒れてしまった。彼は今、一体の魔女と相対していた。着物を着た枯れた木のような魔女と。偶然出くわした訳では無い。推理に基づいての事だ。

 

 泉教の事件で逮捕された水面。彼は、自分が今まで何をやっていたのか、ハッキリと記憶していなかった。同じだった。大学での集団昏倒事件、廃校になった体育館で発見された女子生徒。いずれも、神崎士郎がライダーバトルの中止を呼び掛けた後に起こった事件。そして、泉教で見かけた仮面ライダー龍騎、ナイト、そして"侵入者"と思われるライダー。

 

 モンスターによる補食事件は、世間では謎の行方不明として扱われている。ならば、それと同様に、神崎士郎がライダーバトルの中止を呼び掛けた後に起こった怪事件こそが、"10の怪物"に繋がる手掛かりになるのではないかと思った。元々、警察の力を使って"侵入者"を暴こうと思っていた須藤は、捜査一課に転属していたこともあり、調べる事は容易だった。

 

 ピタリと止んだ事件もあったが、それらまだ継続中の事件もある。彼はその中でも一番可能性の高いモノに焦点を当てた。それが、ここ最近頻繁して起こる放火事件の犯人が口を揃えて訪れたと言っていた、通称炎のビルである。

 

 案の定だった。このビルに入った途端、モンスターとも違う異様な気配を感じた。そして、遂に“10の怪物”の一体と出くわしたのだ。しかし―

 

 「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ…」

 

 あの強さは想定外だった。あの巨体、それから発せられる炎の矢。何もかもが野生のモンスターやライダーと戦う時とは違う。その猛攻に押され、須藤はやむを得ず撤退した。しかし、ここで諦めるつもりはない。ライダーバトルを再開させるために、そして、再開された後、そのバトルを有利に進められるように。

 

 「神崎士郎!」

 

 須藤は叫んだ。

 

 「お前が言っていた“10の怪物”、その全ての居所と思われる場所が判明した!ここに、その資料がある!」

 

 須藤は目の前に、その資料を掲げた。神崎士郎と交渉するために、魔女の起こした事件である可能性の高いモノをプロファイル化したモノだ。

 

 「こいつが欲しければ、俺に契約のカードをもう一枚よこせ!そいつと交換だ!」

 

 通常のライダーバトルが行われていたのなら、こんな契約は却下だろう。しかし、この事態なら乗ってくれると確信があった。

 

 『いいだろう』

 

 近くの鏡に神崎士郎が映り、目の前にカードデッキが投げられた。須藤はそれを受け取ると、約束通り資料を鏡の中に入れた。

 

 思った通りだ。神崎士郎は言わば、ライダーバトルの主催者だ。その彼が一方的に中止を呼びかけた。それはすなわち、ライダーバトルにあってはならないバグが発生したのだと考えられる。そのバグ処理にライダーを手伝わせようとしている所を見ると、

 

 「あいつ、かなり焦ってるな」

 

 須藤はそう呟いた。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 今日の須藤の予定はいつもと違う。警視庁ではなく、拘置所勤務だ。拘置所で働いてる人達が何人も休みを取り、人数が足りないということで急遽ヘルプに入ったのだ。今彼は、拘置所に収容されている人物の一人、浅草威を弁護士の北岡の所に行かせる事を任され、一人拘置所内を歩いていた。

 

 キーン キーン キーン キーン

 

 モンスターが現れた事を知らせる耳鳴りを聞いた。かと思えば、

 

 「うお!」

 

 突如壁から紫の大蛇モンスターが顔を出した。須藤は間一髪でそれをかわすと、そのモンスターは再び顔を引っ込めた。光の角度から、壁が姿見のようになっていたのだ。

 

 ミラーモンスター、ベノスネーカー

 

 「待ってましたよ、早速、契約と行きますか」

 

 須藤はカードデッキを壁にかざした。

 

 「変身!」

 

 そして須藤は仮面ライダーシザースに変身すると、壁の中に入っていった。

 

 その動きを、浅草威がこっそり覗いていた事に気付かず。

 

 「ん?どこ行った?」

 

 ミラーワールドに入ったはいいが、先ほどのモンスターはどこにも居なかった。

 

 「どこかに隠れている…のか?」

 

 だとしたらおあいにくさま。草の根を分けてでも探しだす程彼も暇じゃない。拘置所の仕事をすっぽかして来たので、短時間で契約をするつもりだったのだ。大分無理して警視庁にやって来た以上、こんなことでマイナスになって、また動きづらい交番勤務に戻るのはごめんだ。

 

 そう思い、シザースは早々に引き払った。モンスターはあれだけじゃないんだ。また別のを契約すればいい。

 

 「浅草威!弁護士と接見だ!」

 

 須藤はそう呼び掛け、牢屋の扉を開けた。すると、おもむろに須藤に向かって突進してきた。

 

 「なっ!?ぐあぁ!」

 

 咄嗟の事で受け身を取れなかった須藤は浅草のタックルをもろに受けてしまった。そのはずみで、神崎士郎から貰ったブランクデッキが落ちた。

 

 浅草はすぐにそれを手錠で縛られた手で持つと、そのまま鉄格子の付いた扉の中に入っていった。

 

 「嘘だろオイ!」

 

 須藤はすぐに警報ベルを鳴らし、再度シザースに変身すると、ミラーワールドに入った。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 ジリリリリリリリ

 

 拘置所内に警報ベルが鳴り響く。

 

 「浅倉が逃げたぞ!」

 

 警察官がそう言いながら慌ただしく右往左往していた。

 

 「浅倉が…逃げた!?」

 

 その声に弁護士の北岡秀一は驚いた。さらに聞いた話によると、浅倉は付き添いの警官と一緒に消えたという話だった。しかもそこに―

 

 キーン キーン キーン キーン

 

 耳鳴りが聞こえた。消えた浅倉、耳鳴り、まさか―、

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 デッキを持ったままミラーワールドに入ったのなら、ライダーに変身してるはずだが、幸いなことにあれは契約前のデッキ、つまりブランク体だ。力はそこまで無いから容易に奪い返せる。―いた。

 

 浅草は拘置所から離れた方向へ駆け出していた。

 

 「逃がすかよ!」

 

 シザースは浅草を追って駆け出した。そもそも身体能力が違う。簡単に距離が縮まった。

 

 「俺のデッキ、返して貰おう…」

 

 曲がり角に差し掛かったその瞬間、右方向に巨大な大蛇の影が見えた。

 

 「…か?」

 

 ベノスネーカーは、大きな口を開けると、二人に向かって突っ込んできた。

 

 「まずい!」

 

 「あぁ?」

 

 二人は反射的にそれをかわしたが、その際にベノスネーカーを境界に、二人は離れてしまった。

 

 「これがこの世界に住んでる生き物か。面白い」

 

 そう言うと浅草はCONTRACTのカード、即ち契約のカードをかざした。すると、ベノスネーカーはそのカードに徐々に吸い込まれていき、同時に浅草の体も変わっていった。ブランク体という焦げ茶色だった体がベノスネーカーと同様の紫色に。デッキには、蛇の紋様が刻まれた。彼は、仮面ライダー王蛇になった。

 

 「俺の…デッキが…」

 

 それをシザースはただ呆然と見ているしかなかった。

 

 「おのれぇぇぇ!」

 

 その呆然が怒りに変わった。

 

 「貴様を殺して、デッキを手に入れる!」

 

 『STRIKE VENT』

 

 シザースは右手にシザースピンチをはめ、それを振り下ろした。王蛇はそれを軽々とかわし、逆に無防備になった背中を蹴られた。

 

 「貴様ぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 体制を整えたシザースは何度もシザースピンチを振り下ろしたが、それを全てかわした。そして一瞬の隙を突き、シザースの胴体に一発蹴りを入れた。

 

 「くっ…」

 

 少し距離が空いた隙に、王蛇はデッキからカードを取り出し、ベノバイザーと呼ばれる杖の上部を開き、その中にカードを入れた。

 

 『SWORD VENT』

 

 蛇の尻尾を模した剣、ベノサーベルが召還され、彼はそれを右手に持った。

 

 「はぁ!」

 

 王蛇はベノサーベルを振り回した。一発目の攻撃はシザースピンチで防御したが、すかさず胴体に蹴りを。怯んだ所にさらにベノサーベルを二発三発と当てていった。シザースは守る事が、いや、守る事もままならずにただ攻撃を受けていった。

 

 初めてライダーに変身したとは思えない適応力、そしてライダー自身のスペック、そしてそれを引き出す個人の身体能力。これら全てがシザースとは桁違いの違いがあった。

 

 最後にはベノサーベルの突きを防御する暇もなく受けてしまい、彼の体は大きく吹っ飛んだ。

 

 王蛇は、デッキからカードを取り出すと、先ほどと同様にベノバイザーに入れた。

 

 『FINAL VENT』

 

 どこからともなくベノスネーカーが現れ、王蛇はそれと同じ方向に走り出した。そして、そのままバック宙し、蛇が引っ込めた胴体に足を付けると、バネのようにベノスネーカーは思い切りそれを突きだした。その力のまま王蛇は器用に脚をシザースに向けると、勢いに乗った蹴りを二発三発と連続で喰らわせて行った。

 

 「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」

 

 シザースの体は建物の壁に激突し、全身から火花が散った。その衝撃で体が小さく跳ね上がったと思えば、そのまま爆発四散した。

 

 「ハハハハハハハハハハ!」

 

 その様を見て、浅草威はただ笑っていた。人一人殺したことで狂ったとか、そういうことではない。面白かったから。そんな子供のような理由で彼はただ笑っていた。

 

 「これがライダーってヤツか。イライラがすっかり消えた」

 

 そこに、一台のライドシューターが飛び込んできた。

 

 「全く、見てられないね。その様子だと、誰か倒したみたいだね」

 

 中から、一人のライダーが現れた。

 

 「お前、ひょっとして浅草か?」

 

 「その声…北岡?…」

 

 現れたのは北岡秀一、仮面ライダーゾルダだった。

 

 被告人と弁護人。本来なら味方同士であるはずの関係の二人が相対した。

 

 「嫌な予感がして来てみたら、最悪な事が的中したね。どうやって手に入れたのかは知らないけど、お前は倒した方が良いかもね」

 

 「北岡ぁ…お前もライダーだったとは嬉しいぜ、潰しがいがあるからな!」

 

 ゾルダはマグナバイザーを発砲。王蛇はそれをベノサーベルで弾きながら近付いてきた。最初の人振り、これはかわし、続く蹴りも、ゾルダは見事に防御した。ゾルダは再度発砲。それを王蛇は後方に回転しながらのジャンプでかわす。

 

 「面白いぜ、北岡ぁぁぁぁぁ!!」

 

 王蛇は再度、突撃しようとするがそこへ―、

 

 「あ?」

 

 横からオレンジ色のカニ型のモンスターが襲い掛かってきた。仮面ライダーシザースの契約モンスターであり、彼が倒れた事で野生モンスターへ戻ったボルキャンサーである。

 

 それの鋏による攻撃を王蛇は楽々にかわした。

 

 「何だ?敵討ちか?面白い」

 

 そして、デッキからCONTRACTのカードを取り出した。

 

 「お前、契約のカードをもう一枚持っていたのか!?」

 

 これにはゾルダも驚いた。複数のモンスターと契約するなんて、聞いたことがない。

 

 そのカードを見て、ボルキャンサーの動きが止まり、次の瞬間、ただ真っ白だった契約のカードにボルキャンサーの絵が現れた。彼は、ベノスネーカーだけでなく、ボルキャンサーとも契約を交わしたのだ。

 

 「まさか…」

 

 「フン」

 

 王蛇は先ほど増えたカードの一枚をベノバイザーにセットした。

 

 『STRIKE VENT』

 

 王蛇の右手にシザースの武器だったモノ、シザースピンチが装着された。

 

 「北岡ァァァァァァ!!!」

 

 王蛇はシザースピンチを構えたまま突っ込んで行った。ゾルダもギガバイザーを発砲しながら突っ込んで行った。そこへ―

 

 二人の間に一人のライダーが現れた。そのライダーは両手で軽く払い、二人を薙ぎ払った。

 

 「なっ!?」

 

 「ぐあ!」

 

 「ライダーバトルは中止だと言ったはずだ」

 

 それは、金と茶色を基調としたライダーで、上半身はまるで不死鳥を体に纏ったように肩には翼、胸には嘴、肩にはカギ爪状の装甲を纏っていた。

 

 仮面ライダーオーディン。彼は言わばライダーバトルを管理してる最強のライダーである。そのライダーには神崎士郎の意思が入っており、本来ならばオーディンを除く他12人のライダー同士の戦いで生き残った一人と戦うために用意された存在だった。

 

 「知らねぇよ。そんなこと。潰されてぇなら、てめぇから潰してやる!」

 

 その事を知らない―知っていたとしても同じ行動をするだろうが―浅倉は、シザースピンチを構えて今度はオーディンに突っ込んで行った。

 

 「このライダーバトルは無効だ」

 

 オーディンはカードを一枚取り出すとゴルドバイザーにセットした。

 

 『ADVENT』

 

 オーディンは自身の契約モンスター、ゴルドフェニックスを召還し、ゾルダと王蛇、それぞれに突風を繰り出した。

 

 「ぐわぁぁぁぁ!」

 

 「うぉぉぉぉぉぉ!」

 

 二人はその風に吹き飛ばされ、それぞれ別の鏡から強制退場させられた。

 

 「ライダーバトルを再開して欲しければ、“侵入者”と“10の怪物”を倒すのだ」

 

 それだけ告げるとオーディンはスッと消えた。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 「先生!」

 

 程なくして、吾郎が北岡の元にやって来た。北岡の表情を見て、吾郎もただならぬ状況を察した。

 

 「先生、何があったんですか!?」

 

 「浅倉がライダーになった」

 

 「なっ!!??」

 

 「ゴロちゃん、これから、ミラーワールドが少し荒れるかもね」

 

 北岡はそれきり何も言わなかった。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 「・・・・・・・・・・・」

 

 一連の様子を(もちろんミラーワールド内での様子は見れなかったが)すべて見ていた者がいた。キュウべえだ。

 

 「探したよ。“侵入者”さん」

 

 そこに、一人の少年が近づいてきた。タイムジャッカーのウールだ。

 

 「ようやく見つけたよ。君が、時空を歪ませた原因だね」

 

 「それは少し違うんじゃないかな?確かに僕はこの事態を生み出した事に関わってるけど全てではない。君だって、その要因の一つじゃないか。それに、そのお陰で僕は一つの実験を行うことができた。それは君も同じなんじゃないのかい?」

 

 「ふーん、どうやら色々と調べたようだね」

 

 「僕だって、これは初めての事態なんだ。色々と調査して当然じゃないか。君の正体も、タイムジャッカーってことでいいのかな?“侵入者”がそうなんじゃないかって推測してた人がいたからね」

 

 「あぁ、妙光院ゲイツか。彼もたまたま巻き込まれたようだね」

 

 「まぁその話はいい、僕はずっと、君に会いたかったんだ。僕も色々と調査してたけど、ちゃんとこの世界に在籍している人の言葉を聞きたかったからね。この事態になった原因の推測はもう立ってるんだけど、それを確固たるものにするためにも、君の言葉が必要だった」

 

 その言葉を聞いて、ウールは少し顔をしかめた。自分も、時間の乱れについて調査をし、それに関連しそうなモノはいくつも見つけた。しかし、それらを繋げるような推測はまだできていなかった。にも関わらずこの生き物は―。やはり、警戒は緩むべきではない。

 

 ウールは再び余裕そうな笑みを浮かべると言った。

 

 「奇遇だね。僕も君に話が会って来たんだ。理由は同じ。異世界から来たという君の話が聞きたかったんだ。率直に聞くよ。あの怪物は何なんだ?あいつらが“10の怪物”と呼んでいる奴らだ」

 

 「なら教えてくれるかい?この世界にいる仮面ライダーについて。そうしたら僕も教えてあげるよ。魔法少女や魔女の事、そして、魔女を消し去りたいという一人の少女の願いから生まれたという、円環の理について」

 

 「最も、僕も人から聞いた話だけどね」

 

 キュウべえは最後にそう付け加えた。

 

 

 

脱落者 1名

新規参入ライダー 1名

戦闘可能総数 16名

 




これで一人減りましたね。


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第25話 Round Zero

睦月「俺の住んでる街の周辺で、魔女と呼ばれる怪物が現れた。仮面ライダーレンゲルの三葉睦月は、魔女と戦い、その正体が魔法少女である事を知る。レンゲルの力で魔法少女に戻せる事が分かった俺は、その力で4人の魔法少女を解放する事に成功し、ハーレムライフウハウハの共同生活を…って誰だよ!この台本書いたの!?」

晴人「その中の一人、徳山愛矢に恋をしてしまった仮面ライダーブレイドの剣持晴人は、睦月とは親友同士。一人の少女を取り合う三角関係に発展していき…」

睦月「お前かぁぁ!勝手に話作るな!」

舞花「何よこれ!?私の名前が全く書かれてないじゃない!」

小夜「私の名前も無いです…仮面ライダーギャレンの天野小夜はってやりたかったのに…」

睦月「いや、前の台本にはちゃんとそういうセリフあったんだけど、どこ行っちゃったかな?」

愛矢「睦月さん!もう時間!」

睦月「えぇ!ヤバいヤバいヤバいどこだぁぁぁぁ!!!」

なぎさ「取りあえず、どうなる第3章!」

睦月「あぁもう、めちゃくちゃだよ~!!!!!」



 「新しい魔女の居場所を見つけた」

 

 お盆休みを明けた8月23日、家に入ってきて早々に晴人は言った。

 

 「本当か!?」

 

 「おう、見つけた魔女は…覚えてるかなぁ?前に話した自殺支援サイト、Killに関するヤツだ」

 

 「Kill?」

 

 「あぁ、俺はこのサイトを暇な時にずっと調べてたんだが、このサイトに登録してるヤツが皆、同じ場所で自殺を図ってた。そして、このサイトにチャット欄があるんだが、そこに潜り込んであることが分かったんだ」

 

 「あること?」

 

 「管理人が人間じゃない」

 

 「えっ?」

 

 晴人は、睦月のパソコンを起動し、その問題のサイトにアクセスした。

 

 「このサイトに、自殺したいからいい場所教えろって書き込んだんだ。そしたら、管理人から返信が来た。それがこれだ」

 

 晴人が指差した書き込みを睦月は読んだ。自殺をするのに最適な場所、時間が行き方や目印も含めて事細かに長々と書かれていた。ん?行き方?

 

 「その顔、気付いたって顔だな。そう、この書き込みには、俺の家のドアを開けてからの道順が書かれているんだ。これはフリーなチャット。住所なんか教えてないのにだぜ?そして極め付きはこの返信時間。俺が書き込んでからわずか30秒で返信が届いてる。俺の住所を調べ、行き方を考えた上でこれだけの文章量を書き込む。30秒で出来る芸当じゃない」

 

 晴人はそう言いながら、今度は地図のサイトに移動した。

 

 「そして、俺を含めてこのチャットに書き込みをした人間にこいつが薦めてきた場所がここだ」

 

 「ほぉ~この場所が…って遠っ!」

 

 場所は、山奥。しかしこの場所はここからだと片道12時間。とても日帰りで帰れる距離ではない。

 

 「大丈夫だって。ホレ!この場所から30分位歩いた先にキャンプ場があるだろ?ここで一泊すれば良いんだよ」

 

 「嫌、簡単に言うけど…」

 

 「えっ?キャンプ!?なぎさ達も行くのです!」

 

 「はっ?」

 

 後ろから声が聞こえて見ると、いつから居たのかトレーニングから戻ってきた愛矢となぎさが後ろから覗き込んでいた。

 

 「なぎさちゃん、いつから…」

 

 「さっきなのです。ただいまって言ったのに返事が無いから来てみれば、旅行の計画なのですか?」

 

 「いや、そういう訳じゃ…」

 

 「何々?旅行?行くの!?私たちも?」

 

 さらにそこにトレーニング後のシャワーから帰って来た舞花と小夜が割り込んできた。

 

 「いや、皆は留守ばn…」

 

 「私たちも行きたい。連れてって~!」

 

 「ただの旅行じゃないからダメ!危険だし。ちゃんとお土産買って来るからそれで勘弁してくれよ」

 

 「だって~!睦月が夏休み入ってからどっっっっこも連れてってくれないんだも~ん!」

 

 どこも連れてってない?海とか市民プールとかショッピングモールとか結構色々な場所に行ってるような気がするが…

 

 「日帰りじゃなくて旅行がしたいの!遠くへ行って、一泊して、色々な所で遊んで~、そういうことがしたいの!」

 

 思考を読まれた。

 

 「別に良いんじゃねぇの?戦う時だけ一緒に居なきゃ、そんなに危険じゃねぇしよ」

 

 「睦月さん、戦いなら、微力ですが私も役に立てます」

 

 「それどころか、マネージャーの私が付けば、あなたたちの千倍は強いわよ!」

 

 舞花が小夜の肩に手を当てながら言った。

 

 「さぁ、そうと決まれば準備準備!愛矢、美味しいモノをよろしくね!」

 

 「えっ?まだ睦月さんOK出してないけど…」

 

 「いーのいーの!こうやって準備してれば連れてってくれるんだから!なぎさちゃんも行きたいよね?」

 

 「もちろんなのです!」

 

 なぎさも大きく頷く。もう完全に行く空気になってしまった。

 

 もうこうなっては仕方ない。今さら行かないと言っても、舞花辺りが尾行でもなんでもして付いて来そうだし、っと、睦月は皆で行くことを承諾した。

 

 それに、睦月も少しだけ楽しみにしていた。皆で旅行に行くなんて、二人で行くよりもずっと楽しいと思うから。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 「睦月、もう一度確認するよ?私たちって元々はどうする予定だったんだっけ?」

 

 「え~っ、危険だから連れていかない予定でした」

 

 「ふ~ん、寝る場所も確保できないような人がよく言えたわねぇ」

 

 戦力外通告。今、睦月と晴人はその通告を受けて地面の上で正座をしていた。キャンプ当日、睦月ら6人は、予定通りキャンプ場に着き、テント(クインテットの物置に置いてあった)を立てるスペースも確保できた。ここまでは良かったのだが…睦月も晴人もテント一つ満足に立てる事が出来なかった。現在テントは舞花と小夜の二人で組み立て、なぎさと愛矢は食事の下ごしらえをしている。

 

 「まさか、お前が不器用だとは思わなかったぜ」

 

 ふと、晴人がそんな事を呟いた。まぁ確かに、今までそういう素振りを見せてなかったから当然の反応だが。

 

 そう、実は睦月は超が付くほどの不器用だ。折り紙ではツルですら満足に折れないし、裁縫をすれば糸は曲がって縫われてしまう始末。料理は、大家さんとのマンツマンによる特訓でようやく様になってるが(そこまで行くのに手がどれだけダメージを受けたかは言うまでもない)、その特訓で作った料理しか出来ず、他はからっきしだった。テント設営は晴人にお願いすれば何とかなるだろうと思っていたのだが…。

 

 「まさかお前も不器用だとは思わなかったよ。研究室ではずっと実験してたって聞いてたから、そういう人は器用なのかと思ってたが」

 

 「おいおい、それは偏見だぜ?実験っつっても一定の作業をずっと繰り返すだけだし、組み立てが必要なヤツは人に任せてたから器用不器用関係なしにちゃんとやってたの!」

 

 「だったら何で前の学校辞めたんだよ…」

 

 「おっ、完成したみたいだぞ」

 

 「マジかよ…」

 

 そんなやり取りをしてる間に舞花はテントの設営を完了していた。

 

 「これ位ちょろいちょろい。どっかの大口君とは訳が違うのよ」

 

 グサッ

 

 「ちょっと舞花さん、もっとオブラートに包まないとダメです」

 

 グサグサッ

 

 「ちょっと二人とも~終わったんなら、こっちの仕込み手伝ってくれない?」

 

 「はいは~い」

 

 「今行きます」

 

 「じゃあ俺たちも」

 

 スッと、舞花は睦月を手で制した。そして、意地の悪い笑みを浮かべたかと思えば、キリッとした表情に変わり、

 

 「ただの料理じゃ無いからダメ!危険だし。ちゃんと私たち4人で準備するからそれで勘弁してくれよ」

 

 グサグサグサグサグサ

 

 めちゃくちゃ低い声色で言われた。

 

 キャンプとか、そういう普段とは違う体験をすることで普通なら見られない一面を見られるというが、この時見られたのは女性陣のたくましさと、男性陣の不甲斐なさだった。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 「それじゃあ!クインテットの初旅行を祝って!」

 

 「「「「「「カンパ~~イ!!!!!!」」」」」」

 

 パチパチという炎が燃える音、ジューという肉が焼ける音に包まれながら、夜が始まった。全ての準備が終わった頃には既に夕方になっていたため、魔女探しは明日にして、今日はこのまま夜を楽しもうということになった。

 

 結局、ほとんど全てを彼女達4人だけで終わらせてしまった。もしも予定通り2人だけで来ていたら…最悪な夜を過ごしていた事だろう。

 

 「さ、お肉焼けたよ」

 

 「おっ!いただきまーす!ん~!お肉ジューシー!やっぱバーベキューっていったらこれよね~」

 

 「野菜も美味しいですよ」

 

 「なんかいつものお肉よりも美味しく感じるのです」

 

 「山の空気と炭火焼のお陰だろう!この二つに触れてできたバーベキュー串!そこにビール!ベストマッチ!!」

 

 「そんなにお酒って美味しいのですか?」

 

 「おっ?試してみるか?」

 

 「やめなさい!」

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 ヒュルルルル~パーン!

 

 「おぉ!」

 

 「た~まや~!」

 

 「それ、何なのですか?」

 

 「花火の掛け声みたいなモノよ」

 

 午後10時、良い感じにバーベキューは終わり、6人は花火をしていた。道中で、色々な種類の花火を買ってきたのだ。打ち上げ花火から始まり(なぎさ達は喜んでたが晴人曰く「思ったよりしょぼい」だった)、定番の手持ち花火、吹き出し花火、ねずみ花火と続いた。そして最後のしめは線香花火。一輪の花の様に小さくパチパチと火花を上げる姿を、小夜はただうっとりと眺めていた。

 

 「きれいですね。本当に。睦月さん、私たち、無理矢理付いてきたようになっちゃいましたけど、今日は楽しかったです。ありがとうございます」

 

 「何言ってんだよ。ありがとうは俺の方だって。予定通り晴人と二人で来てたらこんな風に花火を楽しむ余裕なんて無かったんだし。皆が器用で助かった」

 

 口では言わなかったが、小夜も器用に物事をこなしていたのには正直驚いた。彼女は自分に自信が持てないタイプだったので(この性格もギャレンとして戦うようになってから幾らか少なくなったが)、そういう子は不器用だろうと凄い偏見だが漠然と考えていたから。

 

 「私の場合はたまたまですよ」

 

 その睦月の偏見を見抜かれたのか、小夜は言った。

 

 「私、前は医者を目指してたんです」

 

 「医者?」

 

 「はい。私の両親が医者だったので。それで、医者になるには細かい作業もできるようにならないとダメだって言って、小さい時はずっと折り紙とかお裁縫とか、そういうので特訓していたんです。私、元々はすっごく不器用だったので、それはもう熱心にやっていました」

 

 「じゃあもう、それ以降は大活躍だったんだな。キャンプとかではそれこそ大活躍だっただろ?」

 

 睦月は昼の様子を思い出しながら言った。

 

 「いえ、私、それ以外の時間はずっと親に言われて勉強をしていたので、キャンプとか旅行とかは一度も行ったことが無いんです」

 

 「―――――」

 

 睦月は、今まで小夜に戻った記憶の事を聞くのを避けてきた。話したくなったら話してくれれば良い。そう考えていたから。だけど、この時はキャンプの空気のせいか、小夜の考えてる事がどうしても気になってしまった。

 

 「小夜、お前の…」

 

 「睦月、危ない!」

 

 「えっ?うぁぁぉ!」

 

 足元からネズミ花火の大群が接近してきて、二人は思わず飛び上がった。

 

 「へっへ~、ドッキリ成功!」

 

 「なっ…おい晴人!」

 

 花火大会は、睦月の驚きで幕を閉じた。二人の線香花火は驚きの衝撃で種を落としていた。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 「それじゃ、魔女を探しに行ってくる」

 

 「行ってらっしゃいなのです」

 

 次の日、目的の魔女探しが始まった。魔女の捜索は睦月と晴人の二人で行い、他の皆は留守番兼後片付けを頼んだ。

 

 「あの、睦月さん、本当に私は行かなくて良いんですか?」

 

 不安そうに小夜は言う。

 

 「なぎさちゃん達だけを残していくのも、鏡の怪物が心配だからな。お前はその辺の護衛を頼む。それに、片付けには人手があった方が良いだろ?」

 

 「そうですけど…」

 

 「じゃあ頼んだぞ。すぐ戻るから」

 

 「あっ、はい…行ってらっしゃい」

 

 小夜は心配そうにしながら、手を振って見送った。

 

 「上手く言ったな。ああでも言わなきゃ、付いてくるだろうからな。もしかして、不器用なのも演技かだったのか?」

 

 皆が見えなくなってから、晴人が言った。

 

 「そんな訳ないだろ。あれはマジだ。昨日は本当、皆に助けられたよ」

 

 「そこまで気にすること、無かったんじゃないか?言ってみりゃ魔女なんて、魔法少女のゾンビみたいなモノだろ?それに、ずっとそれと戦って来たんだから別に良いじゃねぇか」

 

 「確かにそうかもしれないけど、何となくそうさせたく無いんだよ。あの子達に魔女は、出来るだけ会わせたくない」

 

 片付けには人手が必要だし、鏡の怪物の危険もある。その言葉に嘘は無いが、一番の理由は、魔女と小夜を戦わせたく無かったからだ。魔女は元は魔法少女だった。つまり、小夜にとっては仲間のようなものだ。その仲間同士で戦わせる事は、どうしても了承できなかった。

 

 「着いたぜ」

 

 小夜達と別れてから30分。二人はKillから指定された場所へ来た。

 

 「時間は11時ちょっと前。自殺した人達は大体11時から17時に集中してるから、その間に何かしらのアクションがあるだろ」

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

14:00

 

 「ふぅ、あらかた終わったわね」

 

 睦月達と別れて約3時間。鉄板を洗ったりテントを片付けたりで忙しく過ごしていたが、それもようやく一段落付いた。

 

 「皆さん、お疲れ様です」

 

 そう言って小夜は皆に缶ジュースを手渡した。

 

 「ありがとう小夜」

 

 「ジュースなのです!」

 

 皆プルタブを引くと一気にジュースを流し込み、渇いた喉を潤した。

 

 「ふ~、ありがとう小夜。喉カラカラだったから生き返った。気が利くね~」

 

 「そうね。もう舞花マネージャーも形無しかもね」

 

 「私の存在意義~!」

 

 愛矢の冗談に皆が笑った。そんな時、小夜はあることに目を奪われた。

 

 「ん?どしたの?」

 

 小夜の視線に気付き舞花もそちらに目を向ける。

 

 「あの人、何か様子が…」

 

 見ると、スーツを着た一人のOLがフラフラと歩いていた。いつ倒れてもおかしくないような状況だった。

 

 「あの、大丈夫ですか?」

 

 心配になった小夜がそう声を掛けた。

 

 「大丈夫よぉぉ、もう少しで着くからぁぁぁぁ」

 

 喋り方も妙だった。魂が抜けているような、そんな話し方。

 

 「着くって一体どこに…!!」

 

 小夜は女性の首筋を見て驚愕した。

 

 「小夜?ん?この刺青がどうかしたの?」

 

 「これ…魔女の口付けです…」

 

 その言葉に他の皆も驚いた。

 

 「魔女って、睦月さんと晴人さんが今向かってる場所に居るんじゃ…」

 

 「これが魔女の印なのですか?じゃあ魔女が近くにいるのですか?」

 

 「分からない。でも何で…今回は場所も分かってたはずじゃ…舞花さん、すぐに睦月さんを呼んできてください。私は…!!!」

 

 そこまで言った時、小夜は先ほどよりもさらに驚きの表情を上げた。

 

 「小夜?今度はどうしたの!?」

 

 「魔女が…魔女が来ます。皆急いで逃げて!」

 

 しかし、そう言った時には既に遅かった。ただのキャンプ地のある森だった場所が徐々に異形な空間にへと変わっていった。

 

 地面から芽が出たと思えば、それが一気に成長していき、オモチャの兵隊を思わせる見た目の花が咲き誇った。そして、それらが円形に行進し、5人を囲っていった。

 

 それ以外の兵隊は左右に並び、これまた異様な色のラッパを取り出すと、それを吹いた。

 

 ラッパの音楽に合わせ、地面から一本の茎がにょきにょきと兵隊の3倍の大きさはありそうな高さまで伸びていき、次の瞬間その茎から細い糸が何本も延びていって、それが形あるものに形成されていった。太い腕ができ手ができ顔ができ(顔には何も書かれてなかった)、人間の上半身のようなものを作っていった。 そして、糸で作られてた為にしなっていた腕や胴体が、今度は岩の様に黒く、硬く変化していった。

 

 岩石の魔女、ゴールダン

 

 「何…あれ…?」

 

 「あれが…魔女です」

 

 瘴気に耐えられなかったのか、OLが倒れた。

 

 「舞花さん、愛矢さん、この方をお願いします。なぎささんも、二人を手伝ってあげてください」

 

 小夜はバックルを取り出して、中に◇Aを入れた。

 

 「皆の事は、私が守ります。変身!」

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 「おい晴人、本当にここで合ってるのか?」

 

 しびれを切らした睦月が尋ねた。

 

 「合ってるはず何だが…」

 

 Killから指定された場所に来てから3時間。魔女が現れないどころか気配さえない。初めの頃はいつ魔女が現れるかという緊張感をずっと保ってきたが、それにも限界がある。魔女が現れなければただ山々が見渡せるだけのただの崖だ。ここで3時間もじっとするのは暇で疲れる。

 

 「ん~、場所はここなんだが…もしかしたら、今日はここじゃ無かったかも」

 

 「今日は?どういうことだ?」

 

 「場所は合ってるんだがよ、指定された日時が違うんだよ。準備とかで思ったより手間取ったからなぁ。日時に特に規則性は無かったから大丈夫だろうと踏んでたんだが…!」

 

 「!!」

 

 突然、魔女の気配を感じた。

 

 「おい、睦月!」

 

 「俺も感じた!でも、ここからじゃなくて…」

 

 気配の方向、その直線上には…

 

 「小夜達が危ない!」

 

 「行くぞ!」

 

 二人は急いでキャンプ場へ戻った。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 「くっ!はぁ!」

 

 ギャレンラウザーを発砲し、使い魔を何体か倒した。

 

 「こっちです!」

 

 空いた道にすかさずなぎさ達を誘導する(OLは愛矢と舞花で担いでいる)

 

 結界には出口は無い。出るためには魔女を倒すか逃げるほどのダメージを与えないといけない。それは分かってるが、使い魔が次々と襲ってくる状況で、舞花達の側を離れる事はできなかった。

 

 横の茂みから使い魔が飛び出してきた。

 

 「きゃぁぁぁ!」

 

 ギャレンがすかさずラウザーで撃って対処する。

 

 「小夜、このままだと確実にスタミナ負けになる。ジャックフォームになって!短時間で決めるのよ!」

 

 「はい!」

 

 ギャレンはすかさずクイーンとジャックのカードを取り出したが、その隙にゴールダンが磁力で砂を持ち上げ、それを刃にして一気に放った。

 

 「危ない!」

 

 「キャッ!」

 

 それに気づいたギャレンが4人を抱えて横に飛び乗ったが、そのはずみで2枚のカードを落としてしまった。

 

 全刃が躱されたのを見ると、今度は大量の岩を持ち上げ、それを全弾放った。

 

 さらに、岩とは別の方向からは無数の使い魔が。

 

 「皆、この場でじっとしててください」

 

 『♢9 GEMINI』 『♢2 BULLET』

 

 ギャレンは二人に分身し、岩と使い魔、それぞれの方向に立った。そして、BULLETの効果で威力が上がったラウザーの力で岩を砕き、使い魔を倒していった。しかし、所詮は1対多数だ。全てを防ぐのには限界があった。

 

 中々獲物に辿りつけない苛立ちからか、使い魔の何体かが他の使い魔を飛び越え、上から襲い掛かった。予測できなかった攻撃に、使い魔を担当していたギャレンの反応が一瞬遅れた。

 

 「皆伏せて!」

 

 咄嗟に岩を担当していたギャレンがそれらを撃退したが、それはつまり、岩の攻撃から完全に目を放す結果になり―

 

 「小夜!後ろ!」

 

 ギャレン自身に迫っていた岩の砲弾に気付かなかった。

 




 キャンプ場、とある場所

 「魔女が現れたか。予定の場所からはまぁまぁずれていたが、問題ない」

 パラディの一人、高見沢逸郎はゴールダンの現れた方向を見つめ、ほくそ笑んだ。

 「それじゃあ、こっちも準備を始めようか」

 高見沢は、自身のカードデッキを掲げた。どこからともなくバックルが現れ、彼の腰に巻かれていく。

 「変身」

 高見沢がデッキをセットすると、その体はカメレオンを思わせる風貌の黄緑色のライダー、仮面ライダーベルデに変化した。

 「ふん!」

 そして一人、山小屋の窓ガラスの中に入っていった。


続く


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第26話 「だれ」がパラディを設立したか

 「小夜、後ろ!」

 

 使い魔の撃退に集中し、彼女に岩が迫っている事に気付かなかった。

 

 『♧2 STAB』

 

 その岩は、目の前で砕かれた。

 

 「危なかった…」

 

 レンゲルラウザーの手によって。

 

 「睦月!」

 

 「睦月さん!」

 

 「おいおい、俺もいるっつーの!」

 

 使い魔を何体か撃退しながらブレイドも遅れて登場した。

 

 「さっきの岩の攻撃、恐らくあの中に入っている鉱物を磁力で操ってるんだろうな。なるほど、その電磁気の力でKillなんてサイトも操っていたのか。ったく、魔女のくせに科学にも詳しいとかめんどくせぇ」

 

 『♤6 THUNDER』

 

 ブレイドはラウザーから電撃を出したが、その軌道は途中で曲げられ、側にある岩へ当たった。

 

 「やっぱダメか。あの中の鉱物が避雷針の役割をしてやがって俺の電撃は当たらねぇ」

 

 魔女は、また砂を持ち上げて、それを細長く固まらせた。

 

 「来るぞ!」

 

 それを鞭のようにしならせ、6人に向かって振り下ろされた。

 

 「うわぁ!」

 

 「キャッ!」

 

 直撃は免れたが、衝撃で体が浮き上がった。そこに、先ほどの攻撃でバラバラになった鞭が今度は弾丸のようになり追撃。

 

 「おらよ!」

 

 それを、ブレイドの電撃で勢いを相殺させる。

 

 「避雷針ってのも考えもんだな。狙い定めなくても勝手に当たってくれる」

 

 「と言っても、このままじゃヤバイぞ」

 

 レンゲルは使い魔を薙ぎ払った。

 

 「愛矢、この人お願い!」

 

 「えっ?」

 

 その隙に舞花は飛び出し、視線の先に一瞬入ったモノを拾い上げる。

 

 「小夜!空から援護!」

 

 舞花はジャックとクイーンのカードを投げてよこした。

 

 「はい!」

 

 『♢ABSORB QUEEN』 『♢FUSION JUCK』

 

 ギャレンはジャックフォームに変化し、3枚のカードをスラッシュした。

 

 『2 BULLET』 『6 FIRE』

 『バレットファイア』

 

 そして空高く飛び上がると、最大限のエネルギーを込めた炎弾を放った。

 

 「"+:=#%&/¥$」

 

 それをゴールダンは持ち上げてた岩を盾にして防いだが、それにより魔女の持つ岩はゼロになった。

 

 「おいおい、マジかよ」

 

 「これなら!」

 

 レンゲルは使い魔の撃退をブレイドに任せて一気に魔女のもとへ向かった。

 

 『♧5 BITE』 『♧6 BLIZZARD』

 『ブリザードクラッシュ』

 

 「でりゃ!」

 

 冷気が吹き出た蹴りを与え、魔女の体は凍っていく。

 

 「小夜!」

 

 「はい!」

 

 『♢2 BULLET』 『♢4 RAPID』 『♢6 FIRE』

 『バーニングショット』

 

 ギャレンは火炎の弾丸を連続で放ち、全てを魔女に命中させた。これには耐えきれず、ゴールダンの体は消滅し、結界は消えた。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 「ん…」

 

 それからしばらく経った頃、OLの女性は目を覚ました。

 

 「私…一体、えっ!?私、何でこんな、何で!」

 

 ガシッ!

 

 「大丈夫。大丈夫ですよ。もう、あなたは大丈夫です」

 

 自分が行おうとしていたこと、それを思い出し、壊れそうになった心を小夜は支えた。ただ、優しく抱きしめて心の拠り所になるように。

 

 大人の女性が女子中学生に寄り添ったのが恥ずかしかったのか、送っていくという睦月の提案を断って、彼女は帰っていった。最後に、皆に見せた顔。その顔を見て、助けられたことを実感し、睦月は一層嬉しく思った。

 

 「さて、グリーフシードも手に入れたことだし、俺たちも帰ろうか。この子も、早く助けてあげないとな」

 

 「そうね」

 

 「片付けは終わったのか?」

 

 「バッチリなのです!」

 

 「バッチリか…凄いな。俺たちがいなくても全部できたのか?」

 

 「ちょっとそれどこ目線よ~?テントも組み立てられなかった人が言うセリフ~?そんなのも満足にできない人にうろちょろされるより、全然集中できたけど?」

 

 「グッ!それを言われるとぐうの音も出ない!」

 

 「それに、魔女退治だって結局ほとんど小夜の手柄だったじゃない。もうこれからは、私と小夜だけで良いんじゃないの?」

 

 「ちょっと舞花さん、それは言い過…ぎ…」

 

 この時、睦月たちはちょうど一つのログハウスの前を通っていた。小夜だけが、違和感に気付いていた。皆が楽しく話している中、自分だけはまるで時が止まったかのような感覚を味わい、ある一点に釘付けになった。ログハウスにある一つの窓。それが水のような波紋を微かに広げた。

 

 「皆急いで離れて!」

 

 「えっ?どうしたの?小…」

 

 その窓から一本のロープ、否、舌が凄い速さで伸び、それでがなぎさ、愛矢、千翼の3人を縛り上げた。

 

 「えっ!?何これ!?」

 

 「睦月!助け・・」

 

 そのまま窓の中に連れ去った。

 

 「舞花さん!」

 

 「愛矢!」

 

 「なぎさちゃん!」

 

 何で三人を攫ったか。そんなことを考えるより前に体が動いていた。

 

 「「「変身!!!」」」

 

 『♤Turn Up』 『♧Open Up』 『♢Turn Up』

 

 三人は急いでブレイド、レンゲル、ギャレンに変身するとミラーワールドへ飛び込んだ。

 

 

 「これはこれは早い登場で」

 

 ミラーワールドに入ると、そこにはカメレオンの様な見た目のライダー、仮面ライダーベルデとその契約モンスター、バイオグリーザが自身の舌で3人を縛った状態で立っていた。

 

 「あなたは…」

 

 「睦月…」

 

 なぎさは恐怖で涙を浮かべていた。

 

 「また新しいライダーか。皆を離せ!」

 

 「奇襲をかけてまで攫った人に対して言うセリフか?俺がハイ返しますって言うわけないだろ?」

 

 「クソッ!」

 

 「おっと、いいのか?俺が命令すれば、この中の何人かは殺す事ができるんだぞ。宙に放り投げて、舌でプスッと刺すとかな」

 

 「グッ…!」

 

 ラウザーを構えたレンゲルをベルデはそう言って抑えた。

 

 「さぁ、そうさせたく無かったら、さっき倒した魔女が持ってたグリーフシードと、そこにいる女を渡せ」

 

 「ふざけんな!」

 

 

 あれ?

 

 「そんな事できるわけ…」

 

 今このライダー、何て言った?

 

 グリーフシード?魔女?

 

 何でこいつは

 

 

 

 

 その名前を知ッテルンダ?

 

 

 

 

 

 

その時―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

背中から痛みが走った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 気が付くと、レンゲルは地面に倒れていた。

 

 落としたグリーフシードが転がる。

 

 何が起きたのか、自分でも分からなかった。

 

 背中から攻撃を受けた。それは即ち、後ろに敵がいたということ。

 

 さっきまで、睦月と小夜が横並びになって立っていた。

 

 後ろにあったのは、ミラーワールドに入るために使用したログハウスの窓。そして―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「温い。温いよ高見沢さん」

 

 そう言いながら、一人のライダーがレンゲルの前に歩いてきた。

 

 「そんな卑劣な手を使わなくても、こんな風に力ずくで奪う方がずっと簡単だろ。もうそういう手段を使う時間は終わったんだよ」

 

 そのライダーは落ちていたグリーフシードをゆっくり拾った。

 

 睦月と小夜はその様子をただ眺めていた。なぎさ、愛矢、千翼の三人も、自身が捕らわれてる事も忘れ、それを眺めていた。

 

 自分の目が、信じられなかった。

 

 ベルデは鼻で笑った。

 

 「力ずくって、無防備な背中を攻撃することが、お前の言う力ずくな手段かよ。剣持さん」

 

 倒れてる睦月の前には、仮面ライダーブレイド、剣持晴人が立っていた。

 

 

 

 

 「晴人…お前…何で…?」

 

 「あ?まだ分からないのか?ったく、だからお前のgpaは低いって言ってんだよ」

 

 晴人は睦月と小夜の元に振り返ると言った。

 

 「態度でも分からないなら言ってやる。お前ら、過去に何度かライダーやその契約モンスターから襲われていたよな?あれは全部、パラディっていう組織のライダーだったんだが、俺と、そこにいる高見沢さんはその創設者なんだよ」

 

 「――――えっ?」

 

 「大体、おかしいと思わなかったのか?初めのサイのライダー―まぁあれはあいつが勝手に動いた事だったんだが―の時はともかく、佐野ってヤツについては明らかにお前らの居場所が分かった上で襲撃してただろ?正直俺はそこでバレると思ったぜ。だけど、お前らときたら…」

 

 晴人はそこまで言うと思い出したかのようにクックと笑った。睦月は動けなかった。何がどうなってるのか、さっぱり分からなかった。

 

 そうして、未だ倒れてる睦月の前でしゃがみ、

 

 「おーい、どうした?取り返さないでいいのか?この中の子も救うんじゃ無かったんですか~?なぎさちゃん達も助けるんじゃ無かったんですか~?」

 

 目の前でグリーフシードをブンブン振り回し始めた。

 

 「お前!」

 

 その態度に睦月は覚醒し、ラウザーを握りしめて突きを与えたが

 

 「弱い。弱いな~。まーだ動揺してるって感じだな」

 

 それは片手で楽々と防いでしまった。そのままレンゲルラウザーを上へ振り、衝撃で浮き上がった体の中心に強い蹴りを加えた。

 

 「ガァ!」

 

 ログハウスにぶつかり、はずみで窓ガラスが割れた。

 

 「睦月さん! そんな…本当に…本当に裏切ったんですか!?」

 

 「裏切るって、それは違うぞ。今まではただ都合が良かったから一緒にいただけだ。元々、芝の野郎―サイのライダーの事だが―がお前らを倒しに行きやがったからそれを止めるために行ったら、たまたまお前らに出会い、俺が欲しかった情報を持ってたから行動を共にしていた。それだけさ。お陰で想像以上の収穫だったよ。”10の怪物”が魔法が存在する世界からやってきた奴で、それは元人間で、お前にはそうさせる力があって、本当、非常に充実した調査だったよ」

 

 「晴人…さん…」

 

 「分かったか?俺にとってお前らはただの観察対象でしかなかった。初めから仲間だなんてこれっぽっちも思って無かったんだよ」

 

 その言葉に睦月は目を見開いた。

 

 『笑わせるんじゃねぇよ。俺は、お前を友達だなんて思ったことは一度も無いんだよ』

 

 「あ…ああ…ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」

 

 聞きたくなかった。二度と聞きたくなかった。二度と思い出したくなかった。それなのに、それなのにそれなのにそれなのにそれなのに、また俺はこれを…

 

 「何だぁ?ショックでおかしくなっちまったか?」

 

 『♤2 SLASH』 『♤6 THUNDER』

 『ライトニングスラッシュ』

 

 ブレイドラウザーに電撃が込められた。

 

 「安心しなよ。すぐにこの苦しみから解放してやるから」

 

 晴人はブレイドラウザーを突きの姿勢で構えた。

 

 「じゃあな」

 

 「睦月さん!」

 

 ラウザーの切先を睦月に向けながら、晴人は睦月に向かって突進してきた。そして、ラウザーを睦月の胸に―

 

 赤

 

 赤赤

 

 赤赤赤赤

 

 赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤

 

 「えっ?」

 

 なぎさも、愛矢も、舞花も、自身が縛られてる事も、晴人が敵だったショックも何もかも忘れ、頭が真っ白になった。

 

 睦月のレンゲルの仮面が赤く染まった。

 

 晴人は、睦月の心臓に向かってラウザーを刺そうとしていた。ならば、返り血が、睦月の顔に付くわけが無かった。それがあり得るとするなら、彼の前に人が立った時だけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 赤く染まった睦月の前、そこには、自身の腹部にラウザーが刺さった天野小夜の姿があった。

 

 「小・・・・・・・・・・夜・・・・・?」

 

 睦月の口から、ようやく漏れたのはその二文字だった。

 

 「クっ、うぅ…ぐぅ…」

 

 小夜は今ギャレンに変身している。そのため、彼女の表情は分からないが、それでも想像を絶する痛みがあることは誰の目でも明らかだ。

 

 「小夜。小夜、小夜、小夜、小夜ァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!」

 

 続いて、舞花が声を張り上げた。モンスターに縛られてるのも、これから研究に使われるかもしれないのもどうでも良い。何とか親友の側に行こうと叫び、暴れ出した。

 

 愛矢となぎさも、舞花の声をきっかけに叫び暴れた。その顔を、涙で濡らしながら。

 

 小夜は、力を振り絞って睦月に目を向けると、かすれた声で言った。

 

 「睦月…さん…早く、皆を…」

 

 その声は、右から左へと流された。睦月だけは、舞花が、愛矢が、なぎさが叫んでも、動くことができず、ブレイドラウザーの切先をボウっと見つめていた。

 

 小夜の背中から突き抜けたラウザーからは血が滴り落ちていた。

 

 「睦月!!!!!!!!!!」

 

 その時、小夜が叫んだ。

 

 「!」

 

 いきなり呼ばれた声に、睦月はようやく反応した。小夜は今まで誰かの事を呼び捨てにしたことは無かった。睦月はラウザーから目を放し、小夜の顔を見つめた。

 

 「今です!早く!」

 

 睦月は、完全に目を覚ました。小夜の言わんとしてることが分かった。

 

 最低だ―。

 

 「クッソォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 睦月はラウザーをバイオグリーザの顔面に向かって投げつけた。こん棒の先がバイオグリーザにぶつかり、舌の拘束が緩んだ。

 

 その隙を付いて三人はモンスターの縛りから抜け出し、一目散に小夜のもとへ駆けだした。

 

 「しまった!クソ!」

 

 『HOLD VENT』

 

 ベルデはヨーヨー状の武器、バイドワインダーを召還し、それを三人に投げつけた。睦月はヨーヨーを手で弾き返し、そのままベルデを殴った。

 

 小夜が作ったチャンス、無駄にはさせない。

 

 「お前!一体何やってんだよ!この野郎!」

 

 晴人は急いでラウザーを小夜から引き抜こうとしたが、それを小夜自身が抑えた。

 

 「てめぇ!何を!」

 

 小夜は、ギャレンラウザーの銃口を晴人に向けた。

 

 「この距離なら、ただじゃすまないわよね…」

 

 「なっ!」

 

 そしてゼロ距離で何発も銃弾を撃ちつけた。

 

 「あっガハッ!グワァ!」

 

 晴人は明らかに苦しみだした。さっきまでの余裕が嘘のようだった

 

 「小夜…」

 

 舞花、なぎさ、愛矢の三人は立止まり、その様子をただ見ていた。

 

 「小夜、もういい、もういいよ。止めて…」

 

 舞花は涙ながらに訴えたが、それは銃声と弾丸の破裂音によって彼女の耳に届くことは無かった。

 

 そして、とうとう晴人はラウザーから手を放し、体は後退を始めた。何発かの銃弾がベルトに当たり、ブレイドのベルトが割れ、強制変身解除された。

 

 それと同時にブレイドラウザーも消滅し、はずみで小夜も倒れた。その体は既にギャレンでは無くなっていた。

 

 「小夜!」

 

 舞花は急いで小夜の体を支えた。

 

 「小夜、小夜、小夜!!!」

 

 「小夜ちゃん!」

 

 「小夜!」

 

 既に彼女達の目には、友達しか、親友にしか目がいっていなかった。

 

 「剣持さん!」

 

 「クソッ!あの野郎、俺のベルトを壊しやがった!」

 

 晴人の体からチリのようなものが出始めた。

 

 「まずい、時間切れだ!一回引くぞ!」

 

 「はい!」

 

 ベルデは晴人の体を持つと、森の向こうへ消えていった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 「小夜…小夜!」

 

 小夜は口から夥しい量の血を出していた。顔は青白く、息も絶え絶えで涙を流していた。

 

 刺された傷口からは尚も血が溢れていた。

 

 「待ってろ、すぐに治すから!」

 

 睦月は震える手でもしもの時の為に持ち歩いていたカードをスラッシュした。

 

 『♡9 RECOVER』

 

 ラウザーから優しい光が流れ、小夜の体を包んだ。

 

 しかし―、

 

 「! 何で…」

 

 『♡9 RECOVER』

 

 おかしい。

 

 『♡9 RECOVER』

 

 何度やっても

 

 『♡9 RECOVER』

 

 血が止まらない…。

 

 「睦月!」

 

 「分かってる!分かってるよ!」

 

 睦月は小夜の体を持ち上げた。

 

 「ここじゃダメだ。病院…病院だ!」

 

 しかし、ミラーワールドの出口は無い。入ってきた窓は、晴人との戦いの時に割れてしまっていた。

 

 睦月は宛もなく走った。鏡、窓、何でもいい。ここから出て、病院を探して、治してもらって…

 

 「助ける!絶対に助けるから!お前は、絶対に死なせない!」

 

 小夜の体から、塵のようなものが出始めていた。

 

 

 

 

 




シェルフォード
 貝殻の魔女
 その性質は秘匿

  自身を硬い殻で覆った魔女。
  外からこじ開けることはできないが、自分自身も硬い殻で覆われてるため外の様子を見ることができない。
  故に、自分が何をしたいのか、何をするべきなのかが分からずに歩き回り、触れるものをその殻で破壊しながら前に進む。


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第27話 夢と後悔と答え

 お腹が痛い。燃えるように熱い。だけど、それもまるで遠くの出来事のように離れていく。

 私を呼ぶ声が聞こえる。

 スッと薄目を開けると、愛矢さん、なぎささん、舞花さんの顔があった。

 どうしてそんなに泣いてるの?

 私の事を、こんなに近くから呼んでるはずなのに、遠くから聞こえるように感じるのはなぜ?



……………………………………………………………………………そうだ。

 あの時、私は…



 『私、魔法少女になりましたが、その後、自分が本当になってよかったのか、ずっと悩んでいたんです。そして、その答えが出せないまま魔女になった。だから、睦月さんから与えてもらった命で、その答えを見つけたい。そのために私、ライダーになって戦いを続けたいんです』

 私が全てを思い出した夜に、睦月さんに言った事。結局、私は―


 

 私の両親は、お医者さんだった。お父さんは天才外科医、お母さんは、有名な看護大学を首席で卒業した優秀な看護士。

 

 私は、そんな両親の一人娘だった。

 

 だから私は、生まれた時からずっと将来を期待されていた。両親はもちろん、親戚も皆。特にお父さんは熱心だった。

 

 両親が優秀だからと言っても、必ずしもその子どもが優秀になるわけではない。小さい頃から私は、歩くのも話すのも人よりも遅かった。皆が歩き始めたころ、私はまだハイハイしていたし、ひらがなだって、50音全て覚えるのは幼稚園のクラスではビリだった。

 

 だからお父さんは、私に対していつも焦りを感じていた。今からこんなんで、将来は大丈夫か。私の娘なのに、ここまで出来が悪いのは何故なんだ。いつもそんなことを口走っていた。

 

 「大丈夫よ。この子は私に似て大器晩成型なのよ。夢さえ見つかれば、きっと伸びるわ」

 

 お母さんは楽観的だった。

 

 と言うのも、お母さんは中学生まではほとんど勉強をしないで、成績も後ろから数えた方が早い程の落ちこぼれだったらしい。だけど、中学2年生のある日、とある病気で入院した時にお世話になった看護士さんに憧れてからは猛勉強をし、見事夢を叶える事ができたという。

 

 「才能なんか無くても、努力すれば人は何にでもなれるのよ」

 

 それがお母さんの口癖だった。

 

 

 

 小学校に上がっても、私の成績は相変わらずだった。漢字は覚えられないし、計算も遅い。にも関わらずうっかりミスも多い。テストが返ってくるたびにお父さんに怒られた。だけどそのたびに、

 

 「大丈夫よ。ほら、ここなんて計算ミスしただけじゃない。運河悪かっただけ。これくらいのうっかり、私だってやるわよ。ほら、この前も―」

 

 お母さんはそう言ってなだめてくれた。

 

 転機が来たのは小学2年生の時だった。よくは覚えてないけど秋頃だったかもしれない。

 

 深夜、私の家に電話が掛かってきた。病院からだった。緊急で手術してほしい患者がいるという。それ自体は特に珍しい事では無かったが、あの日は看護士も不足してるということで、お母さんも駆り出される事になった。

 

 深夜に子どもを一人にすることは心配だったので、私も病院に行くことになった。

 

 いつもだったら眠ってる時間だったので、私は待合室でうとうとしていた。その前をドタドタと足音を立てて何人もの人が通りすぎた。急患の家族のようだった。

 

 すっかり目が覚めた私は、その家族の向かった先に興味を沸いた。向こうには手術室。お父さんとお母さんがいる部屋がある。お父さんとお母さんはどんな風に働いてるんだろう。そう思った私は、こっそりと覗きに行った。

 

 手術室に続く最後の曲がり角に来たちょうどその時、お父さんが中から出てきた。

 

 「先生、夫は、うちの夫は…」

 

 「もう大丈夫です。手術は成功ですよ」

 

 その言葉を聞いた途端、その家族は喜び、泣き、ひたすらに良かった、良かったと呟いた。そして最後に、お父さんにこう言った。

 

 「先生、ありがとうございました」

 

 その時の顔が、私の目に深く焼き付いた。

 

 「お母さん、私、お医者さんになる!」

 

 そう言ったのは、帰りの車の中だった。

 

 

 

 「何なの!?この成績は!」

 

 お母さんは私の定期テストの成績表を一瞥すると叩きつけた。

 

 「全科目80点以下ってどういうこと!?数学なんて平均点も取れてないじゃない!あんた、医者になりたいんでしょ?全科目最低でも80点以上ないとなれないわよ!あんた、本当にちゃんとやったの!?」

 

 「………………………………」

 

 「来週から塾の時間を増やします」

 

 医者になりたい。そのためにはたくさん勉強をしないといけない。だから私は今まで以上に勉強をした。だけど、一向に成績は上がらなかった。いくら問題集で勉強しても、勉強時間を増やしても、少しでも問われ方が変わると途端に分からなくなる。

 

 基礎が分かってないからだと言われるが、頭では内容を理解してるつもりなので他に何をすればいいのかが分からない。問題として目の前にあると途端に分からなくなる。勉強法を変えた事もあったが、結果は同じだった。

 

 「夢さえ持てば、努力をすれば夢は叶う」そう信じてるお母さんにとってそれは受け入れられない現実。ずっと優しかったお母さんも、いつの頃からか厳しく叱るようになった。

 

 私の成績の事でお父さんとは毎日喧嘩。そんなの、私は見たくなかった。

 

 もっと努力しないと。もっと頑張らないと。お母さんとお父さんが満足出来るような成績を取らなきゃ。

 

 ………………………………あれ?

 

 良い成績を取る事は、私が医者になるための通過点であり、手段だった筈なのに。いつの間にか、親に怒られないように、お母さんとお父さんが喧嘩しないように、そんな事を考えながら勉強してる。

 

 私の頭の中から、あの日の患者さんの家族の笑顔がまるで靄に掛かったかのようにぼんやりとしている。

 

 あの人たち、あの時どんな顔をしていたっけ?

 

 私って何で勉強してたんだっけ?

 

 『もう全部お仕舞いにしちゃった方が良いんじゃない?』

 

 私って本当にお医者さんになりたかったのかな?

 

 『何もかも分からなくなったんなら、リセットしてみようよ!』

 

 ……………………………………………………それも、良いかもね。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 そして顔を上げると、そこには見慣れない景色が広がっていた。

 

 辺り一面に見たことの無い木々が生えていて、それは森のようだった。

 

 私は何がなんだか分からなくなった。確かに、今日期末テストの結果個表が返ってきて、その結果を親に見せたくなかったからいつもよりうんと遠回りして帰っていた。だけど、この場所にこんな変な森なんて絶対無かった。

 

 私の後ろで何かが動いた。サッと振り向いても何もいない。

 

 帰らなくちゃ。

 

 私は来た道を一目散に走った。

 

 走っても走っても森を抜けられなかった。それどころか、どんどんと森が深くなってるような気がする。もうここは、私が知ってる道じゃない。

 

 そして、私が必死に無視してきた気配。それが遂に私の前に現れた。

 

 ボタンの目、フェルトでできた嘴、縫い目の粗さが目立つ羽。そんな恐ろしい姿をした鳥が、私の周りでくるくる踊り始めた。あるものは羽ばたき、あるものは鳥同士で鉤爪を鳴らし、あるものは嘴で唄い…

 

 私自身に危害は無かったが、完全に囲まれてしまった。

 

 『リセット』『リセット』『リセット』『リセット』

 

 ここに迷い込む直前に聞こえていた声がどんどん大きくなっていく。

 

 「止めてェェェェェェェェェェェェェェ!!!!」

 

 その時―、

 

 無数の光の玉が降り注ぎ、全ての鳥の胴体を撃ち抜いた。

 

 一体、何が…

 

 「危なかったわね」

 

 光が来た方向、その先に一人の女の子の姿があった。私よりも年上のお姉さんに見える。彼女は胸元に水色の宝石が入ったクリーム色のワンピースに見るからに軽そうな薄いレースを上から羽織りスラッとした腕を強調させていた。脚の膝上まで隠れる程のハイソックスに白いヒールは彼女の長い脚を魅せるのに十分過ぎる役割を放っていた。

 

 その彼女がゆっくり降りてくる姿に私は見とれてしまった。

 

 「あなたは…一体…」

 

 「私は笹原 光(ささはら ひかり)高校1年生よ」

 

 「そして、魔女と戦う魔法少女さ!」

 

 「キャッ!」

 

 笹原さんからひょっこり出てきた白い生き物に驚いた。

 

 「やっぱり、あなたにも見えるのね」

 

 「見えるってどういう…」

 

 「説明は後。まずは…!」

 

 後ろからソッと近付いてきた鳥を一瞬で撃ち抜いて言った。

 

 「この魔女を退治しないとね!」

 

 鳥に一度も触れられる事なく撃破しながら彼女は森の中を進んで行った。そして、一つの扉の前までやってきた。民家のように見えるが、外装は完全に草に覆われていて、まるで廃墟のようだった。

 

 「ここが結界の最深部ね。危ないから、あなたは下がってて」

 

 そう告げると彼女は扉をガチャっと開けた。

 

 そこには、外から見た民家よりもずっと広い空間が広がっていた。私達が立ってる場所から一直線に黒いカーペットの道が伸びていて、それを中心に両側には長椅子が縦に横に地平線の彼方まで等間隔に並べられていてそれは教会のような有り様だった。そして、そのカーペットの先には、先ほどの鳥よりももっと歪な化け物があった。

 

 ボタンの目にフェルトの嘴は変わらないが、それは桁違いに大きく、その胴体は完全に鳥籠におおわれていた。その鳥籠の隙間から二枚の翼が大きくはみ出ていて、その羽毛がうねうねとウジ虫のような気持ち悪い動きをしていた。

 

 鳥籠の魔女、フェザランド。

 

 それを見て私は恐怖で動けなくなったが、笹原さんは全く臆していなかった。

 

 「現れたわね。それじゃ、さっさと終わらせるわよ!」

 

 そう言うと彼女は羽織っていたレースをバサッと一振り。すると、どこからともなく、鏡のように磨かれた綺麗な盾が二枚出てきた。

 

 笹原さんは大きくジャンプした。その動きに反応し、魔女は上にいる彼女に狙いを定めると翼から羽をマシンガンのように何発も放った。

 

 笹原さんは鏡の盾を目の前に構えた。すると、その盾から魔女と同じ羽の矢が放たれ、攻撃が相殺されていった。そのまま魔女に接近し、ある程度距離がつまると一枚の盾を後方に投げ、そこから鏡のように透き通った剣を取り出し、フェザランドを一閃した。

 

 「・"',.#@_-…:"・~',k」

 

 魔女が苦悶の叫びを上げると笹原さんはすかさず距離を取り、フェザランドが出す羽の攻撃を盾で防いだ。

 

 「凄い…」

 

 全く無駄の無い動きに私はふと呟いた。フリルのついたかわいいワンピース、はためくレース。それらが彼女の動きとマッチして、フィギュアスケートのような綺麗な動きをしていた。

 

 「彼女は特別に戦闘の才能があるからね。驚くのも無理はないさ。他の魔法少女でも、ここまで戦闘が上手い人はそうはいない」

 

 いつの間にか、ネコとも犬ともつかない白い生き物が私の横に来ていた。

 

 「さっき、あの子は魔法少女…って?」

 

 「そう。魔女と戦う宿命を背負った存在の事さ。そして、君にもその才能がある」

 

 「えっ?」

 

 「そろそろフィニッシュと行きましょうか!」

 

 その会話は笹原さんの一言で打ち切られた。

 

 レースを大きく振り、何枚もの鏡の盾を出した。それは宙に浮いたまま魔女を囲むようにして止まった。

 

 「ショ~ターイム!」

 

 すると、全ての鏡の前に笹原さんの立体分身が現れた。

 

 魔女は迷う事なく嘴を最初に笹原さんがいた場所に向けた(鳥籠は魔女の攻撃に合わせて変形した)。

 

 「危ない!」

 

 私が声が届くよりも前に嘴が鏡の盾を貫いた。しかしー

 

 「はい、ざんね~ん」

 

 「!?」

 

 本物の笹原さんは魔女の背後にいた。無防備になった首に鏡の剣を斬りつける。

 

 「あんな分かりやすい所に居るわけないでしょ!」

 

 そして、盾として使ってた鏡よりもずっと大きい鏡を取り出した。魔女を囲んだ鏡と大きな鏡で光が反射し合い、光の道を作った。その光が魔女をスポットライトのように照らす。

 

 「さぁて、これで終わりよ!」

 

 全ての鏡の盾から大きな鏡に向かって光の光線が飛び出した。その道中の魔女という障害物に阻まれることなく、魔女の体を貫いて大きな鏡に収束していった。

 

 身体中が穴だらけになった魔女は苦しみの声を上げて消滅。辺りを包んでいた不思議な空間も無くなり、よく見る普通の道になった。

 

 「ふぅ、まぁまぁだったわね」

 

 そう言って彼女は変身を解いた。変身を解いた笹原さんは制服を着ていて、どこにでもいる普通の女の子という印象だった。

 

 「どうだった?私の戦い」

 

 少し得意気に聞いてきた。

 

 「それはもちろん、凄かった…です」

 

 今になって先ほどまでの光景が信じられなくなり、私は言葉を詰まらせながら言った。

 

 「彼女までとは行かないかもしれないけど、君にも魔女と戦う力を与える事が出来るんだよ」

 

 改めて笹原さんの肩に乗ったキュウべえが言った。

 

 「小夜、僕と契約して、魔法少女になってよ!」

 

 「魔法…少女?」

 

 急にそんな事言われても分からない。

 

 「こーら。説明も無しにそんな事言ったって頷く訳がないでしょ?」

 

 キュウべえを笹原さんは軽くたしなめた。そして、ふと腕時計に目を落とすと、

 

 「少し、時間ある?」

 

 近くにあった小さなカフェ。そこで私は色々な事を聞いた。

 

 魔法少女とは、この世に絶望を撒き散らす存在、魔女と戦う宿命を背負った存在の事。それは、キュウべえとの契約によって生まれるソウルジェムによって変身することで力を得られる事。そして、肝心の契約内容はー

 

 「願い…」

 

 「そう!君が僕と契約するなら、僕は君の願いを何でも一つ叶えてあげられるよ!」

 

 「………」

 

 願い。それなら一つしかない。私をお医者さんにしてほしい。それしかない。そうすれば、お父さんもお母さんも優しくなるし、喧嘩もしなくなる。何より、私が小さい頃からの夢が叶う。

 

 だけど―、

 

 本当にそれで良いのだろうか。その代わり、私は一生魔女と戦い続けなければならない。運動神経がない私が、いくら力を得たといってもすぐに負けてしまうだろう。そうなれば本末転倒だ。

 

 そんな事を考えてしまい、私はどうしても願いを口に出せなかった。

 

 「私の願い、聞きたい?」

 

 「えっ?」

 

 それを察してか、深く考え込んでしまった私を笹原さんは呼び戻した。

 

 「聞いてよ。スッゴいバカバカしい事だから」

 

 そしてイタズラっぽく笑うと言った。

 

 「遅刻したくない」

 

 「……………えっ?」

 

 「私って早起きが苦手でさ。いっつも学校に遅刻してたのよ。私の親はレストランをやってて、その仕込みで忙しいから朝は居ないし。それでね、ある日先生に言われたの。このままだと出席が足りなくて留年だって。それで急いで契約したのよ。遅刻しないようにしてほしいって。バカでしょ?あんなの決まり文句みたいな脅しなのに真に受けて、命懸けの戦いに飛び込むなんて」

 

 「いえ、そんな事は…」

 

 「いいのよ、本当の事を言って。私、時々スッゴく後悔してるんだから。バカバカしい物に使っちゃったって、しかもその性で命がけの戦いをしなきゃいけないなんて最悪だって」

 

 「………………………」

 

 「だから、ちゃんと考えなってこと。私みたいにポンポン決めちゃったら絶対後悔するわよって、もうこんな時間!」

 

 ふと喫茶店の時計を見た笹原さんは急いで椅子から立った。

 

 「キュウべえは置いておくから、ゆっくり考えなさい。あっ、後これ!」

 

 笹原さんはカフェに置いてあったアンケート用紙の裏にサラサラと何かを書いて渡した。そこには住所と、「喫茶セレーネ」の文字が書かれていた。

 

 「これ、私の家でやってる喫茶店の名前。良かったら遊びに来てね」

 

 そう言って笹原さんはウインクをした。

 

 「はい、あの…」

 

 「それじゃあ」

 

 「あっ、あの!」

 

 さっきより大きな声で呼び止めた。まだ、一番大事なことを言ってないのに気付いたから。

 

 「助けてくれて、ありがとうございました」

 

 笹原さんは少し驚いた顔をした。

 

 「うん、本当、無事で良かったわ。どういたしまして」

 

 そして少し照れ臭そうにしながらも優しく微笑んだ。その笑顔は、さっきまでのお話で見せていた顔とは違って見えた。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 笹原さんと別れて数日が経った。私は、未だに一歩踏み出せないでいた。叶えたい願いはある。だけど、契約してしまったら、あんな怖い化け物と戦わなければならない。それが枷になり、どうしても契約まではできなかった。

 

 「魔女と戦う宿命といっても、生身でやれと言ってるわけじゃない。それに対抗するために君の身体能力は上がるし、ある程度の怪我を負っても命に関わらない体になる。そこまで心配することは無いと思うけど」

 

 前にキュウべえからそんなことを言われた。だけど、キュウべえは勘違いしている。もちろん、体はどうかとかも気にしているけど、一番は、怖いのだ。どうしても頭の中に、あの魔女と使い魔の姿がちらつく。あんな敵と一生独りで戦わないといけない。誰にも相談できない。そんな状況を想像するだけで身がすくむ。体は強化できても、心は変身者に委ねられる。今のままではきっと、変身してすぐに死んでしまうだろう。そう思うから契約できないのだ。

 

 私は、本当にお医者さんになりたかったのだろうか。

 

 そんなことを思ってる内に家の前に着いた。今日はお父さんもお母さんも深夜まで病院だと聞いている。私は鍵で家のドアを開けた。

 

 プルルルルルルルルル…

 

 電話だ。お父さんの仕事関係かもしれない。

 

 私はガチャッと電話を取った。

 

 「はい、天野ですが」

 

 「小夜!」

 

 お父さんからだった。とても慌てているのが電話越しから伝わった。忘れ物かな?そう思っていた私の耳に、予想外の言葉が入って来た。

 

 「大変だ!お母さんが、お母さんが!」

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 血圧は―、呼吸は―、バイタルはどうだ―。ピッピッと鳴る規則正しい電子音が鳴り響く部屋で、お医者さんたちがそんな話をしながらバタバタと動いていた。もちろん、お父さんもそこにいる。邪魔になるからと私は部屋の外でその様子を黙ってみていた。

 

 お母さんの事はチラッと見えた。いや、一目見ただけで、目を反らした。とても見ていられなかったからだ。顔は青白く、何本ものチューブが刺さってるお母さんの姿がとても痛々しい。あんなお母さん、見たくない。

 

 お母さんは、患者さんの一人の持ってる病気が感染ってしまったと言っていた。ナントカという病気を持った患者さんの触ったモノに、うっかり素手で触ってしまったとかナントカ。分からない。ほとんど聞いていなかった。

 

 しばらく経って、私はお父さんに連れられて小さな部屋に入った。

 

 「小夜、落ち着いて聞いてほしい」

 

 最初にそう念を押された。

 

 「今は、お母さんの容態は安定しているが、とても危険な状態だ。いつ、様態が急変してもおかしくない。もちろん、俺たちは全力で治療するがもしかしたら…」

 

 そこから先は、お父さんは何も言わなかった。代わりに、目から涙があふれ、そのまま私を抱きしめた。

 

 「ごめん、本当にごめんな。俺がもっとしっかりしていれば、俺にもっと腕があればお母さんをこんな危ない目に遭わせないで済んだんだ。すまない。すまない…!」

 

 お父さんは噛みしめるような声で言った。

 

 こんなお父さん、今まで見たことなかった。私もお父さんを抱きしめて、静かに泣いた。

 

 

 

 もう遅いからゆっくり休めとお父さんが病院まで送ってくれた。もちろん、ゆっくり休めるわけが無い。

 

 私は階段を急いで駆け上がり、自分の部屋に入ると、そこの一番大きな窓のふちに“それ”はいた。

 

 「キュウベエ、お願いがあるの!」

 

 キュウべえは何も言わないで、ただ黙って私を見つめて次の言葉を待っていた。

 

 「お母さんを、助けて!」

 

 

 

 次の日、お医者さんたちは一斉に首をひねった。あれほど容態が悪かったお母さんが突然健康そのものになったのだ。無理もない。もちろん、私が願ったおかげだということは話せない。だけど、それで良かった。お父さんは大泣きでお母さんと私を抱きしめ、それに負けじとお母さんと私も二人を抱きしめた。そして少し泣き笑い。その顔が見れただけで、私は満足だったし、契約して良かったと思った。

 

 だけど―、

 

 「何なの!?この成績は!前の試験よりも凄く落ちてるじゃない!」

 

 喉元過ぎれば熱さを忘れる。切り替えが早いと言えばそれまでだけど、お母さんの病気が治ってしばらく経つと、同じ毎日の繰り返しだった。いや、さらに悪くなったのかもしれない。魔法少女と勉強。両者の両立は想像以上に大変で、宿題すら満足にできなくなっていた。魔法少女の方も、芳しくなかった。最初はまだ我慢できたが、段々と恐怖心にさいなまれ続け、遂に使い魔一匹も倒すことができなくなった。

 魔法少女になる前まで好きだった遠回りしての下校。それも無くなった。もしも魔女に出会ってしまったら、戦わなければいけないから。魔力を感じなければ戦わずに済む。そんなずるい考えをいつの間にか持ってしまっていた。外では魔女に出会わないかでビクビクし、家では成績を上げなければというプレッシャー、家庭での私も、魔法少女としての私も上手くできてない私には本当にどこにも居場所が無かった。

 

 本来考えていたのと違う願いで魔法少女になった私。本当に契約して良かったのか、私は分からなくなった。

 

 できるだけ魔女と戦わないように過ごしてきたから魔力の減りは少なかったが、塵も積もれば山だ。ただ生活しているだけでも、ソウルジェムの魔力は消費されていく。それを浄化させるためにはグリーフシードしかない。だけど、魔女を倒さなければ、グリーフシードは手に入らない。

 

 キュウべえと契約してから9ヶ月後、私のソウルジェムは静かに限界まで濁りきり、魔女になった。

 

 自分は魔法少女になって良かったのか、本当の願いは何だったのか。その答えは結局見つけられなかった。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

『私、魔法少女になりましたが、その後、自分が本当になってよかったのか、ずっと悩んでいたんです。そして、その答えが出せないまま魔女になった。だから、睦月さんから与えてもらった命で、その答えを見つけたい。そのために私、ライダーになって戦いを続けたいんです』

 

 だから私は、もう一度その答えを見つけようと思った。睦月さんから貰ったチャンスを、それに使おうと思ってライダーになった。だけど、結局、その答えを見つけることは出来なかった。

 

 

 「頑張れ~!小夜ちゃん!もう少し!」

 

 「ファイトなのです~!」

 

 「後1メートル…よしゴール!凄いよ小夜!また新記録!」

 

「ほら、どんどん食べて!これからトレーニングはもっと厳しくなるんだから!体力付けないと!」

 

 

 「あの時、お前は勇気を振り絞って怪物の前に立って変身した。そのお陰で、なぎさちゃん達は怪我一つしないで済んだ」

 

 「セミの怪物との戦いだってそうだ。あの鳴き声で体が思うように動かないって時でも、舞花を助けようと動いたじゃないか。あの時のお前は、誰よりもヒーローで、仮面ライダーだった」

 

 違う。私はとっくに、答えが出ていたんだ。

 

 やっと分かった。私が何でお医者さんになろうと思ったのか。

 

 日常を、その人の居場所を守りたかったからだ。

 

 あの日、私がお医者さんを目指そうと思ったあの日。あの患者さんの家族は、その人の無事を聞いて心底ホッとしたような笑顔を浮かべていた。その人にも、家族と団らんしたり、ご飯を食べたりテレビを見たり、そんなありきたりな日常があって、それを凄く愛していて、それがずっと続くと思っていた。だけど、その日常生活の中にいた登場人物が一生離れて逝ってしまう危機に直面して、皆怯えていた。

 

 その恐怖を、お父さんとお母さんと、他の多くのお医者さんが取り払った。その患者さんの、その家族の日常を守ったのだ。

 

 私は、そんな両親の姿を見て心の底からカッコいいと思った。普段は厳しくて怖い印象だったお父さんも、優しくてちょっぴりドジで楽しいお母さんも、この時はヒーローに見えた。だから私も、皆の日常を守れる人になりたいとお医者さんを目指すようになったのだ。

 

 キュウべえと契約したのだってそうだ。お母さんの命が危ないという時、お父さんは今まで見たことが無いほど弱気な表情を浮かべていた。お父さんにとって、自分の日常生活という物語には、お母さんが必要不可欠だった。私は、お父さんの日常を守りたい。そう思ったから魔法少女になったんだ。

 

 そして今も、クインテットという日常の物語の登場人物、睦月さん、なぎささん、愛矢さん、舞花さん、この四人を守って、日常生活を普通の日々を守るためにライダーになった。自分が魔法少女になって良かったのか。その答えを探すため以外にも理由はあったんだって今なら分かる。だから、さっきも私は―

 

 何だ。だったら私、とっくに答えが出ていたんだ。私の頭が悪くて容量が悪いから、それに思い至るのが遅かっただけだったんだ。

 

 

 

 ……………………………。

 

 だけど、私は一つだけ気付けなかった。

 

 舞花さんや皆に、あんな顔をさせてしまった。そしてようやく気付いた。

 

 皆と一緒にご飯を食べて、トレーニングをして、たまにショッピングしたり色々な所に遊びに行ったり。

 

 皆の日常の中には、私も入っていたんだ。

 

 それなのに私は―。

 

 

 

 ごめん。ごめんね。日常を守るために戦ったのに、結局、私自身で、その日常を壊しちゃった。皆にそんな顔、させたくなかったのに。

 

 ……………………………………………………

 

 もう、お腹の痛みも感じない。体も、どんどんふわふわしていってる。もう、私は…

 

 ……………………………………………………

 

 だけど、最後に、一つだけ。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 小夜の体から出てくる塵がどんどん多くなっているのが分かった。それと反比例して、小夜の体がどんどん軽くなっていくのも。

 

 「小夜、ダメ、ダメよ!絶対に諦めないで!」

 

 とにかく、どこかに一枚でも鏡があれば。

 

 「小夜、頑張るのです!」

 

 キャンプ場の鏡はどこも全て割られている。

 

 「お願い、もう少しだから!」

 

 晴人らが、全て割り回ったのだ。

 

 どんどん塵が増えていく。彼女自身ももうほとんど反応しなくなっていた。

 

 本当なのか。これが現実なのか。まだ出会ってから二ヶ月も経ってないじゃないか。まだ皆と遊びたいだろ?秋も、冬も、春も、まだ一度も一緒に過ごしてないじゃないか。これじゃ余りにも…余りにも…小夜がかわいそうじゃないか。

 

 保ってくれ。頑張ってくれ。一分でも、一秒でも。ミラーワールドから出られればきっと、絶対うまくいくから!

 

 

 思い込みだと言うことは心のどこかでは分かっていた。だけど、そう信じていないと動けなかった。

 

 ………………………………。

 

 小夜の手が、少しだけ動いた。

 

 ………………………………。

 

 その手が睦月の服を僅かな力で掴む。

 

 睦月は顔を小夜の方へ向けた。

 

 小夜は口だけ動かして言った。

 

 

 ありがとう

 

 

 「小夜…?」

 

 小夜の体は塵で包まれ、消えた。

 

 重くもない。軽くもない。睦月の腕から、小夜を抱えているという感覚そのものが無くなった。

 

 

 「小夜ぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!」

 

 

 

続く




脱落者 1名
新規参入ライダー 0名
戦闘可能ライダー数 15名


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第28話 カガワ☆レポート

読者の皆様、お久しぶりです。

2020年初更新です。

これからも不定期更新になるかもですが、決して途中で更新を止める事はしないので、気長に待っていただけたら幸いです。

質問・感想等にもできるだけ応えていきたいと考えています。

2020年もよろしくお願いします。


 「はぁぁ!」

 

 仮面ライダータイガー東條悟(とうじょう さとる)は、デストバイザーで頭にシルクハットを被ったコウモリの形をしている紙状の使い魔を切り裂いた。

 

 「東條君、仲村君、あそこに通路が!」

 

 オルタナティブ・ゼロ―香川英行(かがわ ひでゆき)―がタイガと自分にそっくりの疑似ライダー、オルタナティブ―仲村創(なかむら はじめ)―にそう呼び掛け、三人でアーチをくぐった。

 

 「なっ…」

 

 その先には、今まで三人が戦ってきた紙状の使い魔、そしてその中央には目を閉じて静かに涙を流している絵が描かれた大きな立方体があった。目はサイコロのように1~6個と面によって数がバラバラだった。

 

 「あの貝殻のヤツの事を考えると、恐らくあの箱が"10の怪物"だ。行くぞ、東條君、仲村君」

 

 「「はい!」」

 

 タイガは早速カードを一枚デストバイザーの中に入れた。

 

 『STRIKE VENT』

 

 タイガは両腕に巨大な鉤爪―デストクロー―を取り付けた。

 

 『SWORD VENT』 『SWORD VENT』

 

 オルタナティブとオルタナティブ・ゼロもスラッシュダガーを召還した。

 

 「行くぞ!」

 

 オルタナティブ・ゼロの掛け声と共に三人は魔女へ向かっていった。

 

 途中使い魔が立ちふさがったが、それを全て一撃で薙ぎ払った。

 

 「この怪物は大して強くない。このまま一気に行くぜ!」

 

 「待て!仲村君!」

 

 オルタナティブは使い魔を飛び越えるとスラッシュダガーを縦に構えて切り裂こうとした。

 

 「"',.#/:")・~b-」

 

 すると、今まで閉じていた目が開き、そこから黒い煙が吹き出した。

 

 「仲村君!」

 

 その煙がオルタナティブを包んでいき、真っ暗な場所に目玉だけが浮かんでいるという不思議な空間が出来上がった。その空間によって、オルタナティブの意識は少しずつ吸い込まれ、吸い込まれ―

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 気が付くと仲村は、神崎士郎の研究室にいた。今日は、詳しくは聞かされていないが何かの実験をするということで部屋に沢山の鏡が持ち込まれていた。

 

 鏡から突然、コウモリのモンスター、ダークウイングが現れた。神崎士郎を除く研究員は皆慌てて逃げ惑った。

 

 「あああああああああああああ!!!!!」

 

 そのモンスターに研究室仲間の一人だった小川恵里(おがわ えり)が襲われた。彼女は、今まで聞いたことがない程の悲痛な叫びを上げて、そのまま意識を失った。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 『FREEZE VENT』

 

 タイガはデストバイザーに一枚のカードをセットした。すると、魔女の箱形の体の動きが徐々に鈍くなり、そのまま氷っていく。オルタナティブを包んでいた黒い煙も薄くなり、彼はその場に倒れ込んだ。

 

 「東條君、仲村君を頼む!」

 

 『FINAL VENT』

 

 完全に動きが止まったのを見計らってオルタナティブ・ゼロはカードをセットした。

 

 どこからともなくコオロギ型のミラーモンスター、サイコローグが現れ、それが1台のバイクへと変形した。オルタナティブはそれに乗り、高速でスピンしながら魔女へ突っ込んで行った。

 

 バイクによって生み出された風は竜巻になり、その風とバイクの勢いによって魔女の体に風穴が開けられた。

 

 魔女は爆発し、そのまま消滅。結界も消えた。後にはグリーフシードだけが残された。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 「大丈夫ですか?仲村君?」

 

 「はい、ご迷惑おかけしてすいません」

 

 フラフラしてる仲村を担いで、三人は清明院大学の香川研究室に戻った。

 

 「あの"怪物"に襲われた時―」

 

 椅子に座って落ち着いた時、仲村はポツリと言った。

 

 「俺の中で、あの記憶が甦って来たんです。神崎士郎が、コウモリの怪物を呼び出した日の記憶が」

 

 「と言うことは、あの"怪物"にはトラウマとなった記憶を呼び覚ます能力があったのかもな」

 

 パソコンに今日の戦闘の様子を記録していた香川は顔を上げて言った。その側には、先ほどの魔女のグリーフシードが置かれている。

 

 「神崎士郎からライダーバトルの中止の呼び掛けがあって以来、私たちは"怪物"を積極的に探し、これまでに三体の"怪物"を確認した。一体目は、貝殻のような見た目をしたもの、二体目は本体までは行かなかったが、手下がカンガルーのような見た目をしたもの、そして三体目が先ほどのヤツで、初めて倒す事が出来た」

 

 そう言って東條と仲村にグリーフシードを見せた。

 

 「これはその時、ヤツが落としていったモノだ。これが何なのかは分からんが、恐らく、他の"怪物"もこれと似たようなモノを持っていると思われる」

 

 二人は頷いた。

 

 「それはともかく、東條君。君はこれまで戦った"怪物"に共通点があったことに気付いたかね?」

 

 「共通点…ですか?」

 

 東條は考えを巡らせた。強いて言えば、モンスター以上に異様な見た目をしていること位だが、そんな感覚的な共通点ではないだろう。しかし、能力も強さもバラバラ。他にこれといったものは無いように思えるがー、

 

 「手下が大勢いる…とかですか?」

 

 「確かにそれもある。それも私が言いたい事の一つだが、一番言いたいことは違う」

 

 「では一体何が…」

 

 仲村も食い込んできた。

 

 「あの"怪物"が皆、独自の空間を持っているという点だ。そしてその空間は、我々ライダーにしか見えない」

 

 東條と仲村は、カンガルーの"怪物"と退治した時、そこに囚われてた人は全く"怪物"が見えてなかった事を思い出した。

 

 「そして、その空間は、"怪物"と一心同体であり、それを守る様に手下がいた」

 

 香川はそこで一呼吸置いた。ここからが伝えたい事だ。

 

 「この構造、私たちは既に何度も目にしている構造なのだが、どこのことか分かるかね?」

 

 そこまで言われて、二人は香川の言おうとしていることに気付いた。二人の顔を見て、香川も満足そうに頷いた。

 

 「どうやら、気がついたようだね。そう、ミラーワールドだ」

 

 神崎士郎は、元々清明院大学の出身で、香川のいる研究室の近くでミラーワールドの研究をしていた。ある日香川は、たまたまミラーワールドについて書かれた論文を目にし、ミラーワールドの存在を知った。以来、研究員の東條悟、そして神崎士郎と同じ研究室にいた仲村創と共にミラーワールドを閉じる方法を模索していた。

 

 その結果、ミラーワールドと神崎士郎の妹、神崎優衣が連動していることを突き止め、彼女の命を奪えばミラーワールドも無くなると知った。そう、これが、"怪物"の作る空間と酷似しているのだ。

 

 「おまけに、ミラーワールドにいるモンスターも、"怪物"の兵士の役割と似ている」

 

 香川はさらに付け加えた。つまり、"怪物"と"侵入者"が現れた事とミラーワールドは無関係では無い。

 

 「私たちはずっと、ミラーワールドを閉じる方法を探していて、ミラーワールドとはそもそも何なのか。この疑問については深く考えなかった。しかし、もしかしたら今回の異変で、この謎にも迫れるかもしれない。私はそう考えている」

 

 「待ってください、先生」

 

 ここで東條は香川の考えていることが完全に理解できた。ミラーワールドと同様に現実とは隔絶された空間を持つモノが10も現れた。ミラーワールドの様なモノが突発的にいくつも現れるとは考えにくい。

 

 「もしかして、この異変って…」

 

 

 ガシャーン!

 

 東條が何か言いかけた時、ドアを蹴破る音が。入口を見てみるとそこにはー

 

 「お久しぶりで~す、香川先・生」

 

 「君は…剣持君!?」

 

 それと同時に鏡から無数のギガゼールとマガゼールが現れた。

 

 「「ギャァァァァァァァァァァァァァァ!!!」」

 

 「東條君!仲村君!」

 

 ゴチャグチャベチャグチャ

 

 聞きたくない程の不快な音と共に、二人の体はモンスターの体の前で消えた。

 

 「ぐっ!」

 

 香川も、モンスターに続いてやってきたベルデによって体を取り抑えられる。

 

 「何を…剣持君…」

 

 「突然の訪問、大変失礼しました。先生。本当はもっと後の訪問になるつもりだったんですが、予定が変わりまして。私は残念ですよ。あなたならミラーワールドについてもっと調べてくれると思ってましたし、東條君も、もっと面白い動きをしてくれると期待してましたから」

 

 そう言うと、晴人は仮面ライダータイガのデッキを砕いた。

 

 「君の…目的は何だ?」

 

 「これですよ」

 

 そう言って、香川の目の前に先ほどまで自身が変身していたオルタナティブ・ゼロのデッキを掲げた。

 

 「作ってくれたことには感謝してますが、これは元々私が考案したアイデアです。だから返して欲しくて参上した次第で」

 

 「何故、今さらそれを…! 君は…まさか、本当にあれを…」

 

 「さぁ、どうでしょう?」

 

 ベルデは合図すると、今まで透明になって潜んでいたバイオグリーザが舌を香川に伸ばした。そしてあっという間に絡みつかせるとそのままモンスターの口の中に運ばれた。突然の事で、香川はほとんど悲鳴を上げなかった。

 

 「これで良かったのか?」

 

 「あぁ、ブレイドに変身できなくなった以上、こいつをすぐに手に入れるしか無かった。先生にはミラーワールドと魔女の関係についてもっと調べていてほしかったが、ま、魔女を一体倒していたようだし、これで良しとするよ…お?」

 

 香川のパソコンを弄っていた晴人は、あるページで目が止まった。

 

 「これは…」

 

 論文を一瞥すると、晴人はニヤリと笑った。

 

 「これは凄い。期待以上だ。やっぱ天才だよ。先生は。まさか魔女とミラーワールドについてここまで調べていたなんて!」

 

 晴人はすぐに論文をコピー、ついでに印刷もした。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 「よう、佐野君、無事終わったかい?」

 

 「鏡の中から侵入して取って来るだけだぞ?こんなの失敗するわけないだろ!」

 

 そう言ってかざして見せたのはハートのデッキだった。睦月が持っていたハートの9と元々無かったハートの2を除く全11枚が入っている。

 

 「待たなくて良かったのか?あいつらを待ち伏せて襲撃するって聞いてたが」

 

 「そのつもりだったが予定が変わった」

 

 晴人は自分の机を指差した。

 

 「ブレイドのベルトがやられて再起不能、そしてギャレンも死んだ。これらのカードをスラッシュできるヤツが睦月だけになっちまった。不本意だが、あいつには念のためまだ生きててもらわなきゃ困る」

 

 そして晴人は皆に見せるように香川研究室からの戦利品を見せた。

 

 「だけど、それ以外は順調、いや、それ以上だ」

 

 それは、オルタナティブ・ゼロのデッキ、グリーフシード、そしてレポートだった。

 

 「芝、あれのテストはどうだった?」

 

 「バッチリだよ。問題ない」

 

 「ならすぐ行こう。作戦を次に進める。いよいよ本格的に始まるぞ、願いを無数に叶える事ができる、俺たちの楽園作りが」




脱落者 3名
新規参入ライダー 0名
戦闘可能総数 12名


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EPISODE29 融合

仮面ライダーレンゲル(睦月サイド)
<前回の3つの出来事>

1つ キャンプ場に魔女が出現
2つ 本性を表した剣持晴人
そして、3つ―



 どうやって帰って来たのか、全く覚えてない。

 

 クインテットに帰ってから、24時間が経った。

 

 クインテット。それは五重奏の意味。一階に二部屋、二階に三部屋あることからその名は付けられた。高見沢グループが大学の近くに学生向けの安い寮を建てて以来、ずっと睦月一人で住んできたが、5月から思わぬ形で人が増えていき、最後には5人が住むという、クインテットの名に相応しい形になった。

 

 睦月と、なぎさと、愛矢と、舞花と、そして、そして…

 

 一昨日までは、確かにそこにもう一人いた。自分に自信が無いようだったけど、誰よりも優しく、誰よりも芯の強い女の子が。だけど、今は―

 

 「何で、こんな…」

 

 帰り道、一言も口にしなかった睦月がようやく漏らした声がそれだった。

 

 普通に、魔女になった子を救うだけだったのに。皆で夏の旅行に行くだけだったはずなのに。皆が笑顔で、楽しかったって言いながら思出話に花を咲かせるはずだったのに。

 

 「俺の、せいだ」

 

 皆でキャンプへ行く事をもっと強く止めていれば、あの時、もっと早く調子を取り戻していたら、もっと早く晴人が敵だと気付いていれば、そして、もっと自分が…強ければ。

 

 「ごめん…小夜…」

 

 全部自分が悪い。睦月はそう考えていた。気が付く点はいくつもあった。何故、仮面ライダーインベラーは、自分の行く先行く先で出くわしていたのか、何故あのバーベキューの日に現れたゼール軍団の中に、インベラーはいなかったのか。少し考えれば分かる事じゃないか。そんなの、誰かが指示していたからに決まってる。自分では無いし、別の世界から来た彼女達でも無いなら、一人しかいないじゃないか。今にして思えば、初めに晴人がOREジャーナルにレンゲルの写真を投稿していた時から全ては始まってたんだ。あれは、自分たちに近づくための口実に過ぎなかったんだ。今まで話したことも無い人がいきなり側に行くのは難しいから。

 

 そんなに前から、晴人の計画の上で転がされていた。そう考えると悔しくて悔しくて悔しくて、ただただ情けなかった。だから―

 

 「このまま、終わらせない」

 

 睦月は涙を拭うとすっと立ち上がった。そして、玄関の扉を開けると

 

 「!」

 

 「睦月…」

 

 目の前に、目を真っ赤に腫らした舞花の姿があった。

 

 「あなた、どこに行くつもり?」

 

 多少面食らったようだが、全てを察した上でそう聞いてきた。

 

 「晴人を探す。このままじゃ終われない。あいつをこのままにはさせておけない」

 

 「だったら、私も連れてって」

 

 舞花は睦月の目を真っすぐ見て言った。

 

 「舞花…」

 

 「あの子の仇を取るの!あいつをぶん殴ってやらないと気が済まない」

 

 「それはダメだ。絶対にダメだ!」

 

 そう来ると思っていた。当然だ。小夜が居なくなって、一番辛く悲しい想いをしているのは舞花だから。親友がやられて、黙っていられるほど舞花は弱くない。だけど、だからこそ彼女を連れていくわけにはいかなかった。危険すぎる。敵はパラディ。晴人のブレイドの力は小夜によって無力化できたが、それでもまだベルデとインベラーがいるし、モンスターも入れたらその数は計り知れない。そんな危険な所へ連れて行って、もしものことがあれば小夜に顔向けできない。

 

 「睦月の言いたいことは分かるわ。だけど、それはもう覚悟してる!あいつに一泡吹かせられるなら、死んだって構わない!」

 

 「!!!!」

 

 その言葉に睦月は激昂した。そして千翼の胸倉を掴むと、そのままドアに体を押し付けた。

 

 ドンという大きな音がして、それに気づいたなぎさと愛矢が部屋から出てくる。

 

 「死んだっていいとか、勝手に言ってんじゃねぇよ!あいつは、小夜はお前を死なせるために助けたんじゃないんだよ!あの子は、俺や、なぎさや愛矢や、舞花に、もっと生きて欲しいと願って死んだんだ!その命を軽々しく捨てるっていうのは、小夜への冒涜だ!お前それで、小夜に顔向けできるのかよ!」

 

 その言葉に千翼はハッとした。そして、長いような短いような沈黙が流れたのち、千翼は俯いたまま小さくごめんと言った。

 

 「だけど、それでも、一緒に行きたい。だって、あの子は命がけで私たちを助けてくれた!命を繋げてくれたのよ!なら、この命は小夜が出来なかった事の為に使いたい。晴人の計画を阻止するの!あいつが何かやろうとしてることくらい、バカな私でも分かるわ。あいつを見つけて、ぶん殴って、計画を邪魔してやるのよ!だって私は、あの子のバディだから」

 

 「――――」

 

 一緒だと思った。舞花も、小夜の死が悲しいはずなのに、それでも前へ進もうとしてる。その想いは、睦月のそれと一緒だ。このまま舞花を置いていったって尾行してでも付いて来るだろう。今の彼女は小夜と同じ、ライダーとして自分のするべきことを必死で考えて答えを出したんだから。後ろを振り向くと、なぎさと愛矢も、涙の跡が残った目で、真剣な表情で睦月を見ていた。

 

 睦月の考えは決まった。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 早速4人は行動を始めた。まずは晴人の人物を探る為に大学へ行き、写真サークルの人から話を聞いた。そして、彼が理工学部を専攻していることを知った。すぐに、同じ学部の人に話を聞いたが、

 

 「知らない?」

 

 「あぁ、あいつがどこかの大学を辞めて来た事は知ってるが、それくらいだ。あいつ、6月頃からさっぱり来なくなっちゃったからな。何考えてんだか」

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 「ハズレ…ね」

 

 「あぁ、あいつ、魔女が現れてから、いや、俺の写真を撮ってからずっと裏で動いていたってことだ」

 

 つまり、やはり、晴人の言葉の通り、自分達の事は一度も仲間と思っていなかったという言葉の裏付けになってしまい、睦月はさらに、情けない気持ちになった。

 

 「何か…無いのか?あいつの手掛かりになりそうな事…」

 

 あいつが始めから仕組むつもりで近付いていたとしたら、自分達が今まで気付かなかっただけで絶対何かを残してる筈なんだ。ずっと、ボロを出さずにいることなんてあり得ないから。

 

 『俺、昔は物理で空間について研究してたんだよ』

 

 階段の魔女の時、晴人が言った事だ。彼は、一度編入して睦月と同じ大学に来た。バーベキューの時、晴人は自分は21だと言った。と言うことは最短で大学3年初めの時に編入したと言える。約2年在外していた大学に行けば何か分かるかもしれないが、それについては誰も知らなかった。言ってなかったのなら、その場所に何かあるような気がしてならないがー、

 

 「せめて、あいつの家が分かれば…」

 

 「晴人が言ってた寮は、デタラメでしたからね…」

 

 ふと、舞花となぎさがそんな事を呟いた。それの何かが睦月の琴線に引っ掛かった。最初は何かと思ったがすぐに分かった。

 

 電撃を受けたように立ち上がると、睦月はすぐに部屋からパソコンを持ってきて起動させた。

 

 「睦月?」

 

 「ナイスだ、二人とも。あったよ。あいつに繋がる手掛かりが」

 

 そう言って睦月が出したのは、岩の魔女が自身の結界内に人を誘い込むのに使っていた自殺支援サイト、Killだった。

 

 「あいつはここに書き込みしたら、結界までの正確な道順を書かれたモノが返信されたと言っていた」

 

 睦月はすぐに上へスクロールして、問題の書き込みを表示させた。

 

 「だけど、この道順を逆に辿っても、ここには辿り着かないんだよ。つまりー」

 

 「そうか!あれは晴人が書き込んだから、スタート地点も晴人がいた場所、つまり住所になってるってことね!」

 

 「そういうことだ、愛矢。ここに行けば、何か分かるかも」

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 睦月たちはすぐに準備を始めた。

 

 「…無い」

 

 そんな中、睦月はハートのデッキが無くなっていることに気付いた。タイミング的に、パラディの誰かが盗んだ可能性が高い。この時、睦月の中に一つの考えが浮かんだ。もしかしたら―、

 

 「睦月、どこ行ってたのですか!?」

 

 「ちょっとね、ごめん。行こう」

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 「こっちだ」

 

 4人は一歩ずつ進んでいった。もうすぐ、もうすぐ着く。と、そこへー

 

 「睦月さん、左!」

 

 愛矢の声と同時に、左の家の窓からモンスターが現れた。

 

 赤い体に胸の辺りから突起のような角が生えたモンスターがいきなり突進してきたのだ。

 

 ミラーモンスター、ワイルドボーダー。

 

 いきなりの突進。耳鳴りを聞く事は無かったが、愛矢の咄嗟の叫びで、何とか直撃は免れた。

 

 ……………ふと、睦月は思った。

 

 「(今、明らかに耳鳴りを聞く事無くモンスターが現れた。だけど愛矢は、ここからモンスターが現れるのを察する事が出来た。思えば、今までだって、モンスターが出る事を察知出来たのは、彼女達の方が先じゃ無かったか…?)」

 

 奇襲に失敗したが、モンスターは帰ることなく再び突進してきた。

 

 「考えてる暇も無いのかよ。変身!」

 

 『♧Open Up』

 

 モンスターをオリハルコンエレメントで吹き飛ばした睦月は仮面ライダーレンゲルに変身した。

 

 尚も突進してくるワイルドボーダー。レンゲルはそれをラウザーで応戦したが、硬い体に攻撃が上手く決まらず、逆に突進に競り負けてしまった。

 

 「うおっ!」

 

 すぐにUターンして再び突っ込んできたが、ラウザーではそれを受けきる事が出来ず、ただ流すのが精一杯だった。

 

 「くっ…」

 

 流した瞬間、巨体の遠心力で足がもつれてバランスが崩れる。そこに、再びUターンしたワイルドボーダーが突っ込んできた。

 

 「がぁ!!」

 

 「睦月さん!」

 

 「くそっ!だったら!」

 

 『♧5 BITE』 『♧6 BLIZZARD』

 『ブリザードクラッシュ』

 

 「このまま力で押しきる!」

 

 レンゲルはワイルドボーダーの胸に狙いを定めて、冷気を纏った蹴りを繰り出した。だがー、

 

 「ゴゥヘェ」

 

 「ぐわっ!」

 

 それも、両者の相討ちで終わった。

 

 「そんな…これで互角!?」

 

 さらに、モンスターの方が立て直しが早かった。硬い体のお陰でダメージが軽減されていたのだ。

 

 突進してくるモンスターを何とかジャンプでかわし、背中に張り付いたがすぐに振り落とされる。そしてすぐに突進してきたが、かわす為の距離がほとんど無かった為、ラウザーで防御するしか無かった。

 

 「がぁ!!」

 

 もちろん、それで勢いを殺せる訳がなく、レンゲルの体は大きく吹っ飛んだ。

 

 「睦月!」

 

 「睦月さん!」

 

 そこで、三人が声を上げてしまった。それに反応したワイルドボーダーが、狙いを変えてしまった。

 

 そして、三人に向かって角を構えて一直線に向かって来た。

 

 「キャァァァァァ!」

 

 「させるかよぉぉ!!」

 

 そこに、レンゲルが飛び乗り、渾身の力を込めて、方向を変えた。それに逆上したワイルドボーダーがレンゲルを振り落とし、再び突っ込んでくる。

 

 『♧2 STAB』

 

 それをラウザーの突きで応戦。相討ちに終わったが、勢いを殺す事が出来た。

 

 「………こいつらだけは…なぎさは、愛矢は、舞花は、絶対にやらせない!」

 

 小夜が、文字通り命懸けで救った命だ。それだけは絶対に傷付けさせない。一緒に晴人を追うと決めた時、そう誓っていた。

 

 レンゲルはあるものを取り出した。

 

 「睦月!それって…」

 

 「借りるよ。小夜」

 

 それは、小夜が付けていたラウズアブゾーバーだった。

 

 『♧ABSORB QUEEN』 『♧FUSION JUCK』

 

 目の前にゾウの幻が見えたと思えば、それがレンゲルの体に吸収されていった。それと同時に、レンゲルの体はより大きくなっていった。胸にはゾウの紋様が刻まれ、両腕はよりがっしりと太くなり、肩にはクローバーの紋様が入ったゾウのキバのような装甲が付けられた。ラウザーもより太く、大きく変形し、左手にはモーニングスターも付けられていた。

 

 仮面ライダーレンゲル ジャックフォーム

 

 「ぐっ!何だこれは…」

 

 途端に体が重く感じた。その重さに少しよろける。

 

 ワイルドボーダーがその隙にすかさず突進してきた。かわす事は不可能と判断したレンゲルはやむ無く片腕で防御。当然吹っ飛ばされると思ったがー

 

 「ぐっ!」

 

 数十センチ程後退するだけで事なきを得た。痛みも全然無い。それどころか、突進してきたモンスターの方が逆にダメージを負ってるようだった。

 

 「(そうか。これがレンゲルのジャックフォームか!)」

 

 レンゲルはデッキから二枚のカードを取り出した。

 

 『♧6 BLIZZARD』 『♧3 SCREW』

 『ブリザードゲイル』

 

 レンゲルはラウザーを再び突進してくるワイルドボーダーに向け、冷気を発した。それは、いつものブリザードゲイルよりも遥かに強力で、モンスターだけでなくラウザーを向けた直線上を一気に凍らせた。

 

 突進の勢いをそのままに、凍ったモンスターは氷の道を滑りながら一直線にレンゲルへ向かっていった。

 

 レンゲルはモーニングスターを構えて、大きく横に振った。ワイルドボーダーに直撃し、その体は跡形もなく砕け散った。

 

 睦月は変身を解除すると、再び変化する体重に睦月はしりもちをついた。

 

 「睦月!」

 

 すかさず、なぎさ達が駆け寄った。

 

 「睦月さん、あなた、大丈夫なの?」

 

 「今のって…」

 

 「大丈夫。大丈夫。いきなりの変身だったから、体が慣れてないだけだ」

 

 睦月は笑って言った。

 

 ジャックフォーム。レンゲルのそれは、スピードは下がるものの、他は大幅に強くなっていた。これがあれば、きっと、三人を守れる。

 

 「(見ててくれよ、小夜)」

 

 そっとラウズアブゾーバーに手を添えながら睦月はそう思った。

 

 

続く




久しぶりに一週間以内に投稿できました!

ご意見、ご感想等あればよろしくお願いします。


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第30話 希望も勝利も無いんだよ

 「ここだ」

 

 四人はようやく目的の場所へ着いた。

 

 そこには広い庭が広がっていて、奥には豪邸があり、見るからにお金持ちが住むようなお屋敷というような感じだった。

 

 そして、その豪邸の玄関の扉がまるで四人が来るのを待っていたかのように開いた。

 

 「――!」

 

 晴人がそこにいた。

 

 「晴人…」

 

 「ようこそ。私の別荘へ。思ってたよりも遅かったじゃねぇか」

 

 睦月達が来ている事に全く驚いて無いようだった。

 

 「やっぱり…そういうことか」

 

 「その様子だと、気付いたようだな」

 

 考えてない訳では無かった。相手は、今まで通っていた大学にもほとんど手掛かりを残さなかった人間だ。そんな人が自分のアジトの住所を敵のパソコンに残すというヘマを犯すのかと。最悪の可能性だが、それが当たってしまった。

 

 「さて、あの時出来なかった事をやらせてもらうよ。そこにいる三人を貰う」

 

 そう言って晴人はなぎさ達を指差した。

 

 「どうして彼女達を狙う!?」

 

 「これからの計画を敵に話すバカがどこにいんだ?」

 

 晴人は懐からオルタナティブ・ゼロのデッキをかざした。

 

 「それは…?」

 

 「この前俺のベルトが壊れちまったからな。スペードに代わる俺の新しい力さ」

 

 どこからともなくベルトが現れて彼の腰に装着された。

 

 「変身」

 

 そしてデッキをセットした。彼は黒と金のライダー、オルタナティブ・ゼロに変身した。

 

 「皆は下がってて」

 

 なぎさ、愛矢、舞花の三人を後ろに追いやると、睦月もベルトを巻いた。

 

 「変身!」

 

 『♧Open Up』

 

 睦月はレンゲルに変身した。

 

 『SWORD VENT』

 

 オルタナティブは早速カードを入れた。他のライダーとは違い、女性の声がし、オルタナティブはスラッシュダガーを召還した。

 

 レンゲルもレンゲルラウザーを構えた。

 

 「行くぜ」

 

 先に動いたのはオルタナティブだった。剣を構えて大きく横に振る。レンゲルはそれをラウザーで防ぎ、胴体に蹴りを入れると続けてラウザーで突いた。

 

 が、それはスラッシュダガーを盾に防がれ、空いた方の手でラウザーを掴むとそのままグイッと引き寄せ、剣の下から上への攻撃を食らった。

 

 「ガハッ!」

 

 さらに続けざまに下から斜めに振った一撃を与えられた。

 

 「ガアァァァ!!」

 

 レンゲルはそのまま地面に転がって倒れた。

 

 「俺に勝てると、本気で思っていたのか?魔女との戦いを通じて学ばなかったかね~?俺の方が戦闘技術は上だって」

 

 「それはどうかな!?」

 

 『♧ABSORB QUEEN』 『♧FUSION JUCK』

 

 レンゲルの体格が一回り大きくなり、ジャックフォームに変化した。

 

 「それは…小夜が使ってた」

 

 「あの子の名前を、気安く言うんじゃねぇよ!」

 

 そして両手の握りこぶしを合わせると、そのまま駆け出し、モーニングスターの一撃をオルタナティブに与えた。

 

 「グオッ!」

 

 スラッシュダガーで防いだが、それでも勢いを殺しきれず、彼の体は大きく後退した。

 

 「お前の企みを全部終わらせて、小夜の前で土下座でもさせてやる!!!」

 

 「面白ぇ」

 

 オルタナティブも負けじとスラッシュダガーを振り下ろした。―が、それを片手で軽々と受け止めると、大きな拳のパンチを彼の胴体に与えた。

 

 「グホォ!」

 

 「今のは俺からの分だ。そしてこれからの一撃は、大切なものを失った、彼女達全員の分だと思え!!」

 

 「お~お~、そいつは痛そうだ。だったら…」

 

 『ADVENT』

 

 「さっさと用を済ませるとするか!」

 

 いくつも穴が開いた顔面からいくつもチューブが体に伸びたロボットを思わせる出で立ちのミラーモンスター、サイコローグが現れ、それが真っ先になぎさ達のいる方向へ向かい出した。

 

 「さぁ行け!」

 

 バサササササ!!!

 

 サイコローグが一目散に接近してきたその時、彼女たちの頭上を何かが飛び去り、それがサイコローグと激突した。

 

 「何!!?」

 

 それは、怪人の風貌をしていたが、モンスターとは雰囲気が異なっていた。

 

 「まさか…」

 

 それはミラーモンスターではなくアンデッド。コウモリのような姿をしたダイヤのカテゴリー8に封印されていたバットアンデッドだった。

 

 「お前、まさかあれを既に使ってたのか!」

 

 「ここ自体が罠って可能性もあったし、そうじゃなくても連れていくと決めた以上全力で守るって決めたからな。万が一の用意をしておいて正解だった」

 

 アンデッド。それは睦月たちの味方になってくれるようなものでは無い。しかし、REMOTEの力で解放されたモノであるなら、目的意識を持って解放したモノについては操れる事を、晴人との実験で分かっていた。バットアンデッドには、なぎさ達を守ってほしいという目的意識を念じながら解放した。つまり、今のアンデッドはボディーガードのようなものだ。

 

 そして、その事を指摘したのは他でもない晴人なのである。カードの効果を改めて確認しようと提案した時、睦月にぽつりと言ったのだ。

 

 『REMOTEか…なぁ、ちょっと思ったんだが、このカードに書かれてるのって「遠隔」だろ?前にお前、これを使ったら怪物が飛び出して襲ってきたって言ったけど、本当は自在に操れるんじゃないのか?』

 

 「その事を俺に言ったのは失敗だったな」

 

 「凄い。まさか怪物が私たちを守ってくれたなんて…」

 

 「びっくりなのです」

 

 「あんたが出かける直前にやってたのってこれだったのね」

 

 なぎさ達には、怪物が守ってると知れば気味悪がるかもと思い黙っていたので驚きの表情を浮かべていた。

 

 「ちっ!面倒なことをやってくれたな。オイ!」

 

 『SPIN VENT』

 

 「睦月さん、後ろ!」

 

 「ハァ!」

 

 「がぁぁ!」

 

 「くっ!」

 

 ガゼルスタッブを付けたインペラーとバイドワインダーを持ったベルデが背後から現れたが睦月はそれをモーニングスターで弾き返した。

 

 「やっぱりいたか」

 

 「ちっ!」

 

 「お前ら!睦月は良い!なぎさ達を狙え!」

 

 「ハイハイ、分かってますよ!」

 

 『ADVENT』

 

 インペラーのゼール軍団が一斉になぎさ達の方向へ向かった。しかし、その行く手をさらに別のアンデッドが遮る。クラブのカテゴリー7のジェリーフィッシュアンデッド、ダイヤのカテゴリー9のゼブラアンデッドだ。

 

 「なっ…!」

 

 「敵が複数だって予想するなら、それなりの対策はするさ」

 

 「くっ!この野郎!」

 

 『♧2 STAB』

 

 ガゼルスタッブを構えて突進してきたインペラーの攻撃を屈んで躱し、彼の懐にレンゲルラウザーを叩きこんだ。

 

 「グワァぁ!」

 

 「もう終わりだ。ここで決着をつける!」

 

 その時、オルタナティブが近づいてきて言った。

 

 「まさか、ジャックフォームに変身していたとは驚いた」

 

 しかし、言葉とは裏腹に別段驚いていないようだった。

 

 「これは完全にこちらの想定外だ」

 

 それどころか、楽しんでいるようにも感じられた。

 

 「だけど、それ以外は上出来だ」

 

 ―――――何?

 

 「芝浦!」

 

 「芝浦!出番だ!」

 

 『STRIKE VENT』

 

 晴人の叫びを合図に、メタルホーンを付けた仮面ライダーガイが飛び出してきた。

 

 そして、バットアンデッドに一撃を入れる。

 

 「さて、お仕事開始と行こうk―」

 

 しかしそこに、別のアンデッドが飛び込んできた。ダイヤのカテゴリーQ、サーペントアンデッド。

 

 突然の奇襲に、ガイはメタルホーンを振り回して牽制し、結果なぎさ達の元から離れた。

 

 「フン!まだ居たのか」

 

 「敵のアジトに乗り込むんだ。これでも足りない位だぜ」

 

 オルタナティブとインペラーはレンゲルに、メガゼールたちはジェリーフィッシュアンデッドとゼブラアンデッドに、サイコローグはバットアンデッドに、ガイはサーペントアンデッドに阻まれて、完全に動きを足止めされていた。

 

 これならいけると睦月は思った。オルタナティブはこのまま畳み掛ければ倒せるし、インペラーとモンスターはアンデッドの相手で精一杯。ガイについては若干押されている。仮にベルデが現れてもサーペントアンデッドで対処できるし、いざとなればまだ潜ませてるクラブのカテゴリー3、モールアンデッドを行かせれば良い。このまま一気に押しきる。

 

 「ぬうおぉぉ!」

 

 スラッシュダガーを弾き、そのままオルタナティブにモーニングスターをぶつけた。

 

 スラッシュダガーを落とし、オルタナティブ自身も若干よろける。

 

 「まさかここまで…」

 

 「何だ。ここまで追い込まれてるのがそんなに意外か?嘗めるなよ、俺たちを。いつまでもお前の計画通りに行かせるか」

 

 「クックック…」

 

 その言葉に晴人は低く笑った。滑稽だと言わんばかりに。

 

 「何がおかしい!?」

 

 「いやいや、ごめんごめん。そうか、俺たちの掌の上に居るのがそんなに嫌だったか。だけどごめんね~。この状況、ほぼ全て計画通りなんだわ」

 

 ―――――――――は?

 

 ちょうどその頃、芝浦は懐から"あるもの"を取り出して右手首に付けた。

 

 「上出来だ。初陣には丁度良い」

 

 そして後ろに空いている穴に、グリーフシードをセットした。そして前方の突起部をサーペントアンデッドに向けると、

 

 「ホラよ!」

 

 黒い霧をアンデッドに向かって噴射した

 

 「ガァ!あっぐぐゥォXG」

 

 サーペントアンデッドは突然頭を抱えて苦しみだした。そして、ガイを睨むと飛び掛かった。

 

 「うお!」

 

 ガイは咄嗟に下に避ける。失敗したかと一瞬思ったが―、

 

 「いや、成功だ」

 

 サーペントアンデッドはガイに攻撃を仕掛けるのではなく、その後ろで戦っていたゼール軍団とジェリーフィッシュアンデッドとゼブラアンデッドの戦いに飛び込んだ。援護に行った訳では無いのは明白だった。何故ならそのアンデッドはモンスターだけでなくジェリーフィッシュアンデッドにも攻撃をしてきたから。まるで、獣のように、目に見えるモノ全てを敵として見ているようだった。

 

 「ヘッ!」

 

 自由になったガイは、今度はサイコローグと戦っていたバットアンデッドに先ほどのモノを向けると、再び黒い霧を噴射した。サーペントアンデッドと同様に頭を抱えて苦しんだと思えば、モンスターと、別のアンデッドも見境無しに攻撃し始めた。続けてジェリーフィッシュアンデッドとゼブラアンデッドにも同じ事を。

 

 攻撃対象には当然レンゲルも入っていて、バットアンデッドはレンゲルに飛び込んだ。

 

 「ぐわぁ!!何でこいついきなり…!」

 

 突然の事にレンゲルは対応する間もなくバットアンデッドともみくちゃになり倒れた。すぐにラウザーで引き剥がした。

 

 「いきなり何だ!?」

 

 「クックック…やったぞ!成功だ!これなら行ける!おっと!」

 

 高笑いをする晴人に反応し、ゼブラアンデッドが飛び出してきた。

 

 「うまくいったはいいが、これは面倒だな」

 

 「お前、何をした!?」

 

 「やったのは正確には芝浦だが…まぁ良い。説明したいのは山々だが、こいつらが暴れまわってる中でするのは面倒なんで、そいつはまた今度だ」

 

 サイコローグがレンゲルを攻撃対象にして向かってきた。

 

 「お前はそいつらの相手してろ」

 

 「なっ!クソ!」

 

 「さて、俺はこのまま…ん?」

 

 そこに、モールアンデッドが割り込んできた。

 

 「ったく、まだいたのか。芝浦!」

 

 「ハイハイ。ったく、人使い荒いぜ」

 

 もはやそんな障害など、何とも感じていないようだった。当然だ。襲い掛かってくるアンデッドはモンスターの側にでもどかせば、それの矛先はモンスターに変わるのだ。近くの敵にしか反応しなくなった敵など、いくらでも対処できる。ガイはゆっくりと発射口をアンデッドに向けた。

 

 「うりゃぁぁぁぁ!!!」

 

 と、そこに、舞花が飛び込んできた。

 

 「なっ!」

 

 「これ以上、あんたらの思い通りにはさせない!」

 

 そう言うと、ガイが右手首に付けていたモノを外そうと手を伸ばした。

 

 「こんの鬱陶しい!」

 

 「キャッ!」

 

 すぐにガイに振りほどかれて、千翼は地面に落とされた。しかし、その間にモールアンデッドはオルタナティブと黒い霧が届かない場所まで移動しながら戦闘を行っていた。

 

 「馬鹿な女だ俺たちの狙いはお前らだぜ?あんな怪物守っててめぇが出てきたら本末転倒じゃねぇか。さっさと逃げればいいものを」

 

 「舞花!早く逃げろ!」

 

 ガイの目の前に立ちふさがった舞花を目にし、睦月は叫んだ。そんな睦月の叫びを舞花は無視して言った。

 

 「逃げる?それはできないわね。私はね、決めたのよ。あの子が守ったモノを、これからは私が全力で守るんだって」

 

 この時、舞花の脳裏には小夜の姿が浮かんでいた。皆が絶望している中、一人飛び込み、満身創痍になりながらも必死に食らいついた彼女の姿が。

 

 彼女が守ったモノ。それは舞花、なぎさ、愛矢だけでなく睦月も入っている。仮に逃げ出しても睦月一人では暴走したアンデッドとライダーとモンスターの相手は分が悪い。無理だ。

 

 「守る…ねぇ。だったら、今回はあんたに決定だ。高見沢!後は頼むぜ!」

 

 そう言ってガイは丸い鏡を投げた。その鏡の中からベルデのバイドワインダーが舞花に向かって伸びていき―

 

 気が付くと、舞花の体は後ろへ後ずさっていた。怖くなったからとかではない。誰かが肩を掴んで後ろへ押したのだ。その人物は、舞花を守るように、否、守るために前に立ち塞がった。

 

 ごめんね。小夜が守ったモノをこれからは私が全力で守る。それは私も同じだから。

 

 「愛矢!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 なぎさがそう叫んだ時には、愛矢の体はバイドワインダーに巻き付かれ、鏡の中に吸い込まれていっていた。

 

 「おいおい、見せてくれるねぇ。最後まで。だけどまぁ、任務完了だ!!!!!!行くぞ!」

 

 「待って!!」

 

 なぎさと舞花が急いで飛び出していったが、ガイは高くジャンプしてそれを振り切る。

 

 「じゃあな」

 

 そう言うと立てかけてあった鏡に入っていき、追いかけてこれないようにすぐにその鏡を割った。

 

 「愛矢!!?クソッ!!!!!!!!!!!!」

 

 レンゲルはモーニングスターでサイコローグを牽制すると早く辿りつけるようにとジャックフォームを解いてすぐに屋敷の鏡の元に向かって走った。

 

『ACCEL VENT』

 

 しかしそれも高速化したオルタナティブに斬られて叶わなかった。

 

 「ダメダメ。関係者以外は立ち入り禁止だよ」

 

 その間にもインペラーとそのモンスターもどんどん鏡の中に入っていき、次々と窓が割れていく。

 

 「うぉぉぉぉぉ!!!!」

 

 レンゲルはラウザーでオルタナティブに斬りかかったが、

 

 「ジャックフォームになっていなければ、お前なんて赤子の手をひねるようなモノなんだよ」

 

 「ぐわぁ!」

 

 スラッシュダガーによってラウザーごと押し切られ胴体をばっさりと斬られた。上へ弾け飛び、そのまま地面に倒れこむ。

 

 そんなレンゲルの横をオルタナティブはただ通り過ぎた。

 

 「愛矢を…返せ…」

 

 痛みをこらえて立とうとしながら睦月は言った。

 

 「安心しろよ。殺すつもりはないから。ただ実験のために必要なだけだ。―最も、結果次第では死よりもむごい結末になるかもしれないが―」

 

 「おい!それってどういう―」

 

 オルタナティブは最後の窓ガラスの中に入り、それはすぐに割られた。

 

 気が付くと、モンスターの姿は一匹も無く、睦月が解放したアンデッドもモールアンデッド以外は全て本能のまま散らばってしまい、先程までの戦闘が嘘のように静まり返っていた。

 

 「くそぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!!」

 

 睦月は拳を地面に押し付けてただ怒り叫んだ。なぎさと舞花はまた守れなかった事を悔やみ涙を流していた。

 

 クインテットは、二度目の敗北を迎えた。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 「私を、どうする気?」

 

 高見沢グループが所有する施設の一つ。その中の一室で愛矢はロープで完全に縛られた状態でいた。

 

 「ちょっとした実験だよ、愛矢、これは何か分かるかい?」

 

 そう言って晴人は愛矢の前にあるモノを見せた。

 

 「グリーフシード…」

 

 「その通り。これはお前らから奪ったのとはまた違うところからいただいたモノなんだが、この魔女には自身の嫌な記憶を引きずり出す能力があるらしいんだわ」

 

 次に晴人は先程までガイが取り付けていた装置を見せた。

 

 「こいつは、ウィッチバイザーと言って、俺と、ここにいる芝浦の二人で共同開発した装置だ。こいつは、グリーフシードをセットすることで、その魔女が使ってた魔法を自在に使うことができる。さっき、睦月が出したアンデッドが急に暴走し出したのもこれのお陰さ。大方、自分が封印された頃の記憶でも戻ったんだろうよ」

 

 そして晴人はグリーフシードをウィッチバイザーにセットした。

 

 「さて、じゃあこのてめぇの黒歴史を呼び覚ます魔法を、記憶喪失のお前に使ったら、果たしてどういう成果が得られるかねぇ?絶望して廃人になるか、それとも―」

 

 「待って!嫌!嫌!!!」

 

 「じゃ、いってらっしゃ~い」

 

 「待って!止めて!嫌!!!!!!!!!」

 

 愛矢の叫びもむなしく、彼女の体は黒い霧に包まれていった。

 

 たちまち、針で刺されたかのような鋭い痛みが頭の中で広がっていった。何かが、彼女の中に入っていく。

 

 止めて…来ないで…私の中に入ってこないで…

 

 沈む。沈む。沈む。沈む。沈む。沈む。沈む。沈む。

 




9月1日

 ほとんどの小中高等学校で二学期が始まる日。そして同時に、転校生がやって来るのが比較的多い日でもある。

 私も、例外では無かった。と言っても、親の転勤が理由では無い。家庭の事情というのが…半分の理由だ。

 憂鬱だ。もう何度目だろうか。数えるのも面倒くさい。もう期待を持つことにも疲れた。どうせここも同じだ。

 「今日は皆に、転校生を紹介します。徳山さん、入ってきて!」

 先生に呼ばれて、私は教室の中に入った。たちまち起こるざわめき、囁き声。

 ねぇ、あの子って…、マジで!?、何で内の学校なんかに…

 先生が慌てて皆が静かになるように呼びかける。

 そんなことしなくても大丈夫ですよ、先生。もう慣れっこですから。やっぱりここも同じだった。

 そう思った私は、ホワイトボードに自分の名前を書くとただ機械的に、淡々と

 「徳山愛矢です。よろしくお願いします」

 そう、自己紹介をした。


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第31話 心離つ愛

 キーン キーン キーン

 仮面ライダータイガの契約モンスターだったデストワイルダーは、自身の飢えを満たすために一人の男に狙いを定めた。

 坊主頭で強面の男性だった。

 狙いの鏡に近づいてくる。

 もう少し もう少し もう少し

 そして――、

 坊主頭の男性、戸塚の名前が謎の行方不明事件の被害者リストに追加されたのだった。



 「うぉおりゃ!」

 

 睦月はレンゲルラウザーを振り下ろした。頭に直撃し、ゼブラアンデッドはよろける。

 

 睦月は無言で二枚のカードを取り出した。

 

 『5 BITE』 『6 BLIZZARD』

 『ブリザードクラッシュ』

 

 「はぁぁ!」

 

 氷の脚に挟み込まれるように蹴られ、アンデッドは爆発し、腰のバックルが開かれた。

 

 レンゲルはカードを投げ込み、アンデッドを封印した。

 

 「よし、行こう」

 

 傍らで見ていたなぎさと舞花にそう呼び掛けた。愛矢が連れ去られてから既に二日が経過していた。晴人がいた屋敷には手掛かりになるようなものは無かった。あの屋敷も、睦月達を誘き寄せるために用意したモノだったのだ。しかし、後に調べたところ、あの屋敷は高見沢グループが所有していたことが分かり、仮面ライダーベルデ=高見沢逸郎の力が大きく関わっている事は明らかだった。そこで睦月達は、高見沢グループが所有している物件を手当たり次第に探すローラー作戦に打って出た。先ほどまで戦っていたゼブラアンデッドとはその道中偶然出くわしたモノだった。もちろん散らばったアンデッドの事も気がかりだが、それ以上に心配だったのは愛矢の無事だ。しかしここ二日、特にこれと言ったモノは見つかっていなく、次第に焦りが浮かんでいた。

 

 「!」

 

 その時、何かの気配を感じた。それは魔女の気配に似ているが、それとは幾分か弱い気配だった。

 

 「睦月!それは使い魔の気配よ!気を付けて!」

 

 すると、周囲の空間が変化していった。複数の段差が入り乱れてる空間で、そこを小学生くらいの大きさで見た目カンガルーの子供の姿をし、右目が極端に大きいのが特徴の歪なぬいぐるみのようなモノがちょろちょろと走り回っていた。

 

 「あれが使い魔か」

 

 『♧Open Up』

 

 「さっさと片付けるぞ」

 

 レンゲルに変身した睦月はラウザーを持つと使い魔に向かって一目散に駆けだした。

 

 「――――なんだ!?」

 

 しかし、目の前に突然岩の壁が現れ、睦月の行く手を阻んだ。

 

 「使い魔は殺すんじゃねぇよ。せっかくの魔女への手掛かりが無くなるだろ?」

 

 「!」

 

 声のする方向へ振り返ると、そこにはオルタナティブ・ゼロ、ガイ、インペラーに変身した晴人、芝浦、佐野の姿があった。ガイがウィッチバイザーに岩の魔女のグリーフシードをセットし、岩の壁を作り出したのだった。

 

 「晴人…やっと見つけた!」

 

 睦月は前置きなくラウザーを振り下ろした。

 

 『SWORD VENT』

 

 晴人はそれをスラッシュダガーで軽々と受け止めながら、

 

 「佐野、お前はあの使い魔を追え。俺たちはこいつらの相手をする」

 

 「了解」

 

 と、的確な指示を出した。 

 

 既に結界は消えていたが、佐野は気配を頼りに後を追った。

 

 「さて…」

 

 ここで晴人は睦月に向かい合った。

 

 「いきなり攻撃なんて酷いじゃねぇか。一緒に戦った仲だろ?」

 

 「黙れ!愛矢はどうした?無事なんだろうな!?返せ!」

 

 「そう殺気立つなよ。別に殺しちゃいねぇよ!」

 

 「よ」の合図で晴人はスラッシュダガーで競り押した。

 

 「やっぱ力じゃ向こうが上か」

 

 『ABSORB QUEEN』『FUSION JUCK』

 

 「うおおおおおお!」

 

 「ガァ!」

 

 レンゲルの大きな拳をオルタナティブは咄嗟にスラッシュダガーでガードしようとしたが、完全には抑えられず後ろに後退した。

 

 「分かった。分かったよ!お前らにとっておきの情報をくれてやる」

 

 レンゲルの力に圧倒されたから話すというような雰囲気の話し方では無かった。楽しそうな、これから面白い事が始まるよと前置きするような話し方だった。

 

 「さぁ、ちょっと来い。挨拶しろ」

 

 晴人の声に促されて物陰から"誰か"が出てきた。

 

 「なっ…!」

 

 その姿に睦月は度肝を抜いた。

 

 「えっ…?」

 

 「どういう…事?」

 

 晴人はニヤっと笑うと言った。

 

 「紹介しよう。パラディの新しいメンバーであり俺の秘書を勤める事になった新星、徳山愛矢だ」

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 佐野は、使い魔の発する魔力反応を頼りに順調に追跡していた。適当に動いている雰囲気ではない。本体である魔女の元に帰っている可能性が高かった。

 

 「はぁぁ!」

 

 「! ぐわぁ!!」

 

 いきなり、後ろから何者かに斬られ、インペラーは地面に前のめりになって倒れた。

 

 「ハハハハハ…見つけたぜ、ライダーをよ!」

 

 そこには、全身紫の蛇のような姿が特徴の仮面ライダー王蛇の姿があった。手にはベノサーベルを握っている。

 

 「別のライダーだと…?」

 

 「ほら、早く俺と遊ぼうぜ!!」

 

 「くっ…!」

 

 『SPIN VENT』

 

 振り下ろされたベノサーベルをインペラーはガゼルスタッブで受け止める。

 

 「ったく、どういうつもりだ!?ライダーバトルは中止のはずだろ!!?」

 

 「知らねぇなぁ。そんなの。早く俺を楽しませろぉぉ!!」

 

 「があ!!」

 

 腰を思い切り蹴られ、地面に転がる。

 

 「おっらぁぁ!」

 

 ベノサーベルを横に転がって躱し、急いでカードをセットした。

 

 『ADBENT』

 

 メガゼールを召還し、王蛇の猛攻をモンスターの体当たりで防いだ。

 

 「何なんだよ、一体!?」

 

 キーン キーン キーン

 

 「マジかよ…」

 

 さらに近くにあった鏡からデストワイルダーが飛び出してきた。

 

 「グゥ!!」

 

 デストワイルダーの爪による重い攻撃でインペラーの体は横に弾き飛ばされた。

 

 「この野郎!」

 

 逆上したインペラーはガゼルスタッブを突き出した。それを右手の爪で防ぐと、左手の爪で切り裂いた。

 

 「がぁぁ!」

 

 「グォォォ…」

 

 止めを刺そうとしたとき、デストワイルダーにメガゼールの体がぶつかった。王蛇の攻撃に吹っ飛ばされたのだ。

 

 それによってデストワイルダーは狙いを変え、王蛇に爪を立てた。

 

 王蛇はそれを軽々と躱すと、

 

 「ふん、面白い。決めたぜ、お前も来い!」

 

 そう言って、契約のカードを掲げた。

 

 「あれは…契約のカード…!」

 

 インペラーが驚いてる間に契約のカードにデストワイルダーの絵が描かれた。

 

 ベノスネーカー、ボルキャンサー、デストワイルダー。こうして彼は三体のモンスターと契約した。

 

 「フン!」

 

 王蛇はデッキからカードを一枚取り出して、ベノバイザーにセットした。

 

 『UNITE VENT』

 

 ベノスネーカーがデストワイルダーに重なるようにして融合していった。さらにその二体のモンスターをボルキャンサーが覆いかぶさるようにして一体化した。

 

 デストワイルダーの爪とベノスネーカーの毒、ボルキャンサーの硬い鎧を持った一体のモンスターが生まれた。キメラモンスター・ジェノサイダー。

 

 ジェノサイダーは毒の塊を吐き出した。

 

 「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 それが大爆発を起こし、メガゼールは爆発四散した。

 

 「フン!」

 

 誰もいなくなったのを見て、王蛇はその場を離れた。

 

 

 

 

 




 「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ…」

 インペラーはギリギリ、鏡の中へ入ることでジェノサイダーの攻撃の直撃を避けた。

 「オイオイ、こりゃあヤベェヤツが来たな」

 使い魔の魔力は、完全に消え去っていた。


続く


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第32話 The past should have given us despair

~二日前~

 「あ~あ~、ひでぇ顔してやがる」

 ウィッチバイザーから発してた黒い霧が消え、愛矢の姿を見た晴人はそう言った。

 「予定とは少し違うがこれはこれで上々。一体何を見たのやら」

 晴人がセットしたグリーフシードは、香川らが倒した魔女のモノだ。彼らは出会った魔女の能力をレポートにまとめており、研究所襲撃の際に晴人はそれを手に入れていたためその能力を知っていた。

 愛矢は、拘束されていることなど気にも留めてない様子で、ただ目を見開き、自分が今見た光景にただただ驚いているようだった。

 そんな愛矢に、晴人は近づくと言った。

 「その様子だと、お前はとんでもないモノを背負い込んじまったみてぇだな。全く、可哀想に。だけど、俺たちなら、その苦しみから解放してやれる」

 特に反応した様子は無かったが晴人は続けた。

 「お前らが度々巻き込まれたミラーワールド。あそこでは、生き残った一人に何でも願いを一つ叶えるといううたい文句でライダー同士の戦いを誘っている。この世界に元々いたライダーは皆その願いのために戦っていた。だが、それはこのバトルを仕掛けた神崎士郎ってヤツの嘘だった。本当は、ライダー同士で戦わせて強い命を手に入れ、それを妹に渡すことを目的に作られた舞台だったんだ。まぁ、蠱毒ってヤツだな。つまり、あいつははなから願いを叶えるつもりなんて無かったって訳だ」

 そんな言葉にも愛矢は上の空。どうでもいい。だから何だと言うんだ。

 「だが、見方を変えればミラーワールドにはそんな、常識じゃ不可能なことを可能にするだけの力があると言える。そして、俺の予想では、それは世界の一つや二つ、自由に書き換えられる程の膨大なエネルギーだ。それこそ、お前の過去を全て、無かったことにすることもたやすくできる程にな」

 その言葉に、愛矢の表情が微かに変わったのを晴人は見逃さなかった。

 「お前らは知らないだろうが、今、そのミラーワールドはかなり不安定な状態にある。つまり、その力を横取りする最高のチャンスな訳だ。だから俺はこの組織を作った。既に計画も出来上がってる。どうだ?お前もその計画に加わらないか?もし、お前が俺たちに協力するというのなら、お前の過去全てを消し去り、新しく生まれ変わらせる事を約束しよう」



 目の前にいる愛矢は、別人のように暗い表情をしていた。全身をぴったりとフィットさせる戦闘服で身を包み、口をへの字に曲げ、暗い瞳で、軽蔑するかのようにこちらを見下ろしていた。

 

 「愛矢、お前…」

 

 そんな愛矢に睦月は掛ける言葉を失っていた。

 

 「さぁ、愛矢、お前の初陣だ。存分に戦え」

 

 「……………」

 

 愛矢は無言で一歩前に出ると、腰につけているバックルを開いた。そして、後ろからバッタ状に加工されたものを取り出した。

 

 「変身」

 

 『HENSHIN』

 

 「なっ…」

 

 愛矢がそれをセットすると、ベルトを中心に、体が変化していった。それはまるで、緑色の、バッタのような出で立ちだった。

 

 『CHANGE KICK HOPPER』

 

 「ラ…ライダー…?」

 

 「面喰らってる場合じゃねぇぞ」

 

 「がぁ!」

 

 気がつくと、レンゲルの顔面に蹴りを加えられた。

 

 「ぐぅ…愛矢…何で…?」

 

 倒れるレンゲルを踏みつけようとしたのを何とかラウザーで防いだ。だが、キックホッパーはベルトのホッパーゼクターのバッタを右にスライドさせた。

 

 『RIDER JUMP』

 

 「グッ!!」

 

 すると、踏みつけの力が一段と強くなり、コンクリートにひびが入った。そしてキックホッパーはゼクターを再度左にスライドさせた。

 

 『RIDER KICK』

 

 ラウザーを巻き込みながら、サッカーのように大きく蹴り上げた。

 

 「ぐあぁぁ!!」

 

 レンゲルはコンクリートを削りながら地面を転がっていった。ラウザーで防いでいたが、彼女の脚から発せられる衝撃だけでもかなりの威力があった。

 

 「仮面ライダーキックホッパー。お初にお眼にかかるだろう?お前が変身に使っているカード。A以外にも変身ができるカードがあるのではという考えから生まれた新しいライダーシステムさ。このライダーの中にはスペードのカテゴリー6のエネルギーが入っている。レンゲルやブレイドのように他のカードをスラッシュできる武器は無いが、カテゴリー6の力は常時100%引き出すことが出来る。単純な戦闘力で言えば、レンゲルよりも上さ」

 

 晴人は長々と自身の開発したシステムについて説明していたが、睦月は半分も聞いていなかった。そんなことはどうでも良かった。それよりも、愛矢が自分に攻撃を仕掛けた、その事実が信じられなくてただただ戸惑っていた。

 

 「愛矢、お前、本当にどうしちまったんだよ!!?晴人に何かやられたのか?何か脅されているのか?言ってくれ!俺が何とかするから!」

 

 「何とか…ねぇ」

 

 ようやく睦月に対して口を聞いたが、それは今までの愛矢とは比べものにならない程冷めきった声だった。

 

 「最初に言っておくけど、私は別に晴人に洗脳されたとか、そんなのは一切無いから。私は、自分の意思でここに入ったの。まぁ強いて言えば、本当の事を思い出させられたっていうのが晴人にやられたことね」

 

 「本当の…事…?」

 

 「私ね、思い出したのよ。魔法少女になる前の事、なってからの事、そして何故魔女になったのかも全て」

 

 「えっ…」

 

 「そして、私に新しい目的ができた。それを叶えるためには晴人の力が必要だった。それだけのことよ」

 

 意味が分からなかった。愛矢は元々穏やかで自分よりも人の幸せを大切にする優しい女の子だった。それなのに、今目の前にいる彼女はほんの少し前まで一緒にいた相手に刃を振るい、自分の目的のために全てを擲つ女の子に、全く真逆の存在へと変わっていた。

 

 「愛矢!お前、自分が何を言っているのか分かっているのか!!!?そいつらは、俺たちを騙して、小夜を…殺した張本人なんだぞ!!?仇を取るために、一緒にこいつらを追ってたんじゃ無かったのかよ!?」

 

 「あぁ、そんなことも言ってたわね。だけどさ、こうは考えられない?私たちは元々魔女で、一度は死んだ人間だった。小夜は自分があるべき場所へ還っただけだから殺人ではない。むしろ死ぬ前にこの世で楽しめたんだから、万々歳なんじゃないかってね」

 

 「やめろ」

 

 愛矢のその言葉に睦月の怒りが頂点に達した。

 

 「あれで万々歳だと?ふざけるな!小夜の死を、愚弄すんじゃねぇぇ!!!!」

 

 「どっちが愚弄してるんだか」

 

 『RIDER JUMP』

 

 キックホッパーは高く飛び上がり、睦月のラウザーを躱した。

 

 『RIDER KICK』

 

 そしてキックホッパーは両足をレンゲルに向け、彼の胴体に思い切り蹴りを加えた。

 

 「があああああああ!!!」

 

 レンゲルの体は大きく吹っ飛び、ジャックフォームが解け、通常フォームに戻ってしまった。

 

 「ほう、変身解除まで持ってけるかと思ったが、さすがジャックフォームと言ったところか。さて…」

 

 「「睦月!!」」

 

 なぎさと舞花は急いで睦月の側へ行こうとしたが、

 

 「さっさと俺は、こっちの仕事を済ませますか」

 

 目の前に晴人が立ちふさがった。

 

 「あなた、愛矢に一体何をしたのですか!?」

 

 「あ?話聞いて無かったのか?あいつは、自分からこっちに付いてきた。俺はあいつを洗脳したりなんかしていない。真実を見せてやっただけさ」

 

 「真実?」

 

 「お前らが失くした記憶の事さ。そいつを見せたら、あっという間にあの様子さ。何を見たのかは知らないが、本来の徳山愛矢っていうのは、あんな感じだったって事だろ」

 

 「嘘なのです!!愛矢は、そんなことする子じゃないのです!」

 

 「そんな子じゃないって、どうしてそんなことが言える?お前らが知ってるのは、記憶を失くしてからの愛矢だろ?記憶を失くす前も料理好きで穏やかな人だったってどうして言える?記憶喪失の優しい青年が実は最悪の殺人鬼で、記憶を取り戻した瞬間にその本能も目覚めたなんてのはお決まりのパターンだろ?あれと同じことだよ」

 

 「違う!!!!!」

 

 「強情だな。じゃあ、お前らも体験してみろよ」

 

 そう言うと晴人は、ウィッチバイザーから岩石の魔女のグリーフシードを外し、箱の魔女のグリーフシードに入れ替えた。

 

 「何をするつもりだお前ぇぇぇぇ!」

 

 「させない」

 

 晴人の元に駆け寄ろうとする睦月をキックホッパーの蹴りで抑え込む。

 

 「安心しなさい。彼女達は殺されない。ただ、あなたに出会う前の自分を見せるだけ」

 

 「さぁ、お前らはどう育つかな?」

 

 そう言うと晴人はウィッチバイザーから黒い霧を出した。

 

 「あぁぁ…」

 

 「くああぁぁぁぁ…」

 

 「なぎさ!!舞花ぁぁぁ!!!」

 

 

 二人の体はたちまち黒い霧に包まれていき、見えなくなった。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 黒、黒、黒…一面に黒い空間が広がり、ついには隣にいたお互いの存在も見えなく程闇は深くなった。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 舞花は見た。

 

 順調だった自分が突如どん底に突き落とされた光景を、そこに現れた白い生き物の存在を。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 なぎさは見た。

 

 近くのスーパーでチーズを選び、それから病院へ向かった自分を。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 舞花は見た。

 

 願いによって取り戻した楽しい日々を、見て見ぬふりをしていた自分を。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 なぎさは見た。

 

 自身に見せたお母さんの表情を、願いを決めた自分を。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 そして、そして、そして…

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 舞花は見た。

 

 体育館前の階段、そこでの会話と、自分についた嘘と、その結果起こった―――――

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 そして、そして、そして…

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 なぎさは見た。

 

 

 

 チョコレート、クッキー、シュークリーム、ビスケット、タルト、プリン、マカロン、アイスクリーム

 

 

 ここにもそこにもあそこにも、お菓子がいっぱいお菓子がいっぱい。でもあれだけが見つからない。大好物なのに見つからない。どこどこどこどこ私のチーズ。

 

 

 探して見つけたのはチーズじゃなくて、世にも珍し動くお菓子。

 

 

 チーズでは無いけれど、おいしいのかな?いただきます。

 

 

 バリバリボキボキバリバリボキボキ

 

 

 あぁ、なんだ。

 

 

 チーズよりもおいしいじゃないか

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 「止めてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!!!!」

 

 少女の声が辺り一面に響いたその時だった。

 

 「!」

 

 「!」

 

 「これは…!」

 

 今、この場にいた一同が同じ気配を感じた。重い空気に強い瘴気。全細胞が本能的に危険だと判断する程の異様な気配。

 

 魔女はいないし、もちろん結界が現れた訳ではない。先ほど取り逃がした使い魔が戻ってきたわけでもない。しかし、魔女の結界の中に居るような、そんな錯覚を味わった。

 

 その時だった。

 

 ヒュンッ!

 

 「ぐわぁ!」

 

 「なっ、何だこれは!?」

 

 突然自身にぶつかってきた"モノ"によって、晴人はウィッチバイザーから発する黒い霧を止めた。

 

 「これって…使い魔!?」

 

 突如、辺り一面に魔女の使い魔が現れ、敵味方関係なく暴れだした。その使い魔に睦月は唖然とした。ぐるぐるのうずまき顔に小さく細い手足がついた姿。それは、睦月が初めて戦った魔女、シャルロッテの使い魔そのものだった。

 

 使い魔は、無作為に攻撃をしているように見えたが、その実、なぎさがいた場所を中心に、彼女を守るようにして生まれ、広がっていっていた。それは、シャルロッテの結界の奥で見た光景を彷彿とさせた。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 チョコレート、クッキー、シュークリーム、ビスケット、タルト、プリン、マカロン、アイスクリーム

 

 

 ここにもそこにもあそこにも、お菓子がいっぱいお菓子がいっぱい。でもあれだけが見つからない。大好物なのに見つからない。どこどこどこどこ私のチーズ。

 

 

 探して見つけたのはチーズじゃなくて、世にも珍し動くお菓子。

 

 

 チーズでは無いけれど、おいしいのかな?いただきます。

 

 

 バリバリボキボキバリバリボキボキ

 

 

 あぁ、なんだ。

 

 

 チーズよりもおいしいじゃないか

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 「イヤァァァァァァァァァァ!!!!!!!!!!!」

 

 そして、再度上げる彼女の叫びと共に使い魔が一斉に襲いかかってきた。

 

 「なぎさちゃん!!」

 

 「おいおい、すげぇな、おい!この使い魔が、なぎさの叫びと同調している!やっぱりだ。俺の予想は間違ってなかった!お前らは、人間じゃ無かったんだ!」

 

 「黙れ!」

 

 興奮した晴人に怒りの声をぶつけながら、睦月は降りかかる使い魔を次々と倒していた。

 

 「なぎさちゃん!どうしたんだ!?俺の声が聞こえるか!聞こえるなら返事をしてくれ!」

 

 しかし、睦月の声が届いた様子は無かった。なぎさは両手で頭を抱えながら蹲り、カタカタと震えていた。周りで何が起こっているのかにも気づいてない様子だった。

 

 ふと、なぎさの側でうずくまっていた舞花がよろよろと立ち上がった。

 

 「嘘よ…そんな…私…」

 

 舞花もまた、周囲で何が起こっているのかが見えていない様子だった。目を見開き、今まで見たことが無い表情を浮かべ、息を荒くし、小さくそう呟きながら、右手で頭を抑えてフラフラと歩きだした。

 

 「舞花!?お前、どうしたんだ?どこへ行くんだ?おい!」

 

 そんな睦月の声はなぎさ同様届く事は無かった。そこに、シャルロッテの使い魔の何匹か舞花に狙いを定めた。

 

 「舞花!!」

 

 『♧10 REMOTE』

 

 レンゲルは咄嗟にゼブラアンデッドを解放し、舞花に降りかかる使い魔を退治した。

 

 しかし、舞花はアンデッドと使い魔との戦いを背に、どんどん睦月やなぎさから離れて行った。そして、細い路地に入ると、壁を這ってつかまり立ちしながら、その奥に入っていき、遂に見えなくなった。

 

 「舞花! グッ!」

 

 睦月は追おうとしたが、行く手を使い魔に阻まれた。気が付くと周囲には使い魔が溢れかえっていた。倒しても倒しても減らない。使い魔の生産スピードが、討伐数の何倍も上回っていた。

 

 『RIDER KICK』

 

 キックホッパーが回し蹴りで周囲の使い魔を一掃した。しかし、すぐに別の使い魔がやって来て、愛矢を襲った。

 

 「そうか、これが…」

 

 「あっ…あぁ…あ…」

 

 なぎさは変わらずブルブル震えて縮こまっていた。恐怖、驚愕、その他色々な感情が入り混じり、彼女の頭はパンク状態になっていた。

 

 「――――――なぎさちゃん、ごめん!!」

 

 睦月は、なぎさの近くにいたゼブラアンデッドに自身の意思を伝え、なぎさの首の真後ろを叩かせた。強力な刺激を受けて、なぎさの意識は吸い込まれ、その小さな体は地面に倒れた。

 

 意識を失わせ無理矢理自身の感情と断絶させたことで、使い魔が存在した空間、そして使い魔自身の存在も揺らいだ。

 

 睦月はその隙になぎさの元まで大きくジャンプした。そして、なぎさを抱えると、

 

 『♧9 SMOG』

 

 ラウザーから黒い煙を噴出させて、その場を離れた。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 「逃げたか」

 

 使い魔が全て消滅した時には、睦月達の姿は完全に無くなっていた。

 

 「どうする?追う?」

 

 「いや、その必要は無い。既にやりたいことも知りたい事も済ませたからな。後は、あいつらがどう動くかだ」

 

 「ふーん」

 

 「それよりも魔女だ。佐野は魔女本体の所に着いただろうか。すぐに合流する」

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 「・・・・・・・・」

 

 今回起こった一連の出来事、実は彼らの他にもこっそり見ていた者がいた。タイムジャッカ―のウールだ。

 

 晴人らが立ち去ったのを見て、ウールもその場を離れた。REMOTEで解放された人たちがただの人間では無かったのも驚きだったが、それ以上に驚きだったものがある。

 

 「(仮面ライダーキックホッパー…)」

 

 晴人は、そのライダーはアンデッドの力を基に作ったと言っていたが、実際はそのライダーは対ワーム(ネイティブ)用に作られたマスクドライダーシステムの中の一つであり、アンデッドの力云々は全く関係ないはずだ。だが彼は、アンデッドの力で創ったと言っていた。過程は異なれど、同じ姿のライダーが存在している。

 

 『なるほど。ライダーの事については分かった。そして、一つの仮説が生まれたよ。もしかすると、仮面ライダーは―』

 

 ウールは、以前キュウべえが話していた内容を思い出していた。彼の話、自分が2002年で行った事、その直後から2002年からどの時間へも行けなくなった異常、そして出自の異なるキックホッパー。これらを組み合わせると―

 

 「新しい歴史の創造、いや、編集か…」

 

 そうウールは呟いた。

 




 晴人達の元を離れた睦月は、クインテットに戻った。また襲撃される可能性があるが、他になぎさを安心して眠らせる場所が思いつかなかった。先ほど出したモールアンデッドとゼブラアンデッドを見張りに立たせ、(ウィッチバイザーでまた制御不能になるかもしれないが、そうなれば騒ぎ声で異常が分かる)なぎさをベッドに寝かした。

 「なぎさちゃん…」

 なぎさは酷くうなされていた。睦月は彼女の両手を握った。

 「えっ…?」

 ふとなぎさの顔を見ると、その顔が少しだけ変形して元に戻った。ちらりと見えたその顔は白い顔に黄色い丸目、赤と青のペイントを頬にしたピエロの化粧を思わせる顔だった。お菓子の魔女、シャルロッテを彷彿とさせる顔だった。



脱落者 0名
新規参入ライダー 1名
戦闘可能総数 16名


続く


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第33話 百江なぎさは願いを悩んだ

 お菓子の魔女、シャルロッテ。その性質は執着。欲しいモノは全部。絶対に諦めない。お菓子を無限に生み出せるが、大好物のチーズだけは自分で作ることができない。


 わがままなお姫様は、そのまま塔の上から落っこちてしんでしまいました。 おしまい

 

 女の子は泡になって溶けてしまいました。地面にはちいさな染みだけが残りました

おしまい

 

 王様は灰になって、王国は砂に埋もれました。 おしまい

 

 さようなら さようなら もう二度と、会うこともありませんでした。 おしまい

 

 

 なぎさは昔から不幸なお話をよむのが好きでした。お話を読むだけで、心が軽くなったような気がするから。農民も、お金持ちも、嘘つきも、誰もろくな目に遭わず、それでも最後に”おしまい”が付けば終わり。それだけでなぎさは、自分が救われた気になっていました。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 もういつだったか分からない、失われた時間。見滝原市のある所に百江なぎさという少女がいました。

 

 百江なぎさは学校が終わり家に帰っていると、目の前が不思議な空間で覆われ、大きな怪物が現れました。そこに一人の魔法少女と不思議な不思議な白い生き物が現れて、あっという間に怪物を倒してしまいました。

 

 白い生き物は言いました。

 

 「百江なぎさ、僕と契約して、魔法少女になってよ!」

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 ある日の放課後、なぎさは先生に呼び出された。

 

 「本当なの?なぎさちゃん?お母さんが…なぎさちゃんに…?でもそれって、なぎさちゃんが何か悪いことをしたからとかじゃないの?ほら、よく思い出して」

 

 なぎさは少し考えて言った。

 

 「そうだったのです。なぎさがお皿を割ったからお母さんに怒られたのです」

 

 それを聞くと先生は安心したように笑って、

 

 「そう、じゃあ先生からもなぎさちゃんは反省していたって伝えておくね?」

 

 と言った。だけどなぎさは首を横に振って、それは良いと言うと教室を離れた。先生は、酷く心配しているようだったが、なぎさにはそれが少し、めんどくさく感じていた。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 「やぁ、なぎさ。学校の帰りかい?」

 

 なぎさは深くため息をついた。同じ時間、同じ場所で同じ言葉を掛けられるので、いい加減うんざりしていた。

 

 「動物、またお前なのですか?」

 

 「僕はキュゥべえだよ」

 

 このキュゥべえは初めてなぎさが魔法少女を見たときに彼女が連れていたモノだ。元々はその魔法少女をサポートしていたのだが、もう大丈夫だと言い、以来なぎさを契約させるためにしつこく付いてきていた。

 

 「魔法少女になる話、考えてくれたかな?」

 

 「なぎさには信じられないのです。自分が魔法少女になれるなんていうことが」

 

 しかし、なぎさは中々首を縦には振らなかった。どうしても信じられなかったから。自分が魔法少女になれるということも、それ以上に魔法少女が存在するということも。

 

 なぎさにとって魔法少女とはアニメの中のお話だった。魔法少女をいつまでも信じているほど、なぎさは子供ではない。だから、いきなりそれは違うと言われ、自分もその世界に行けると言われ、なぎさは少し混乱していた。

 

 「にわかには信じがたいことであることは認めるよ。だけど君だって見ただろ?実際に戦っている彼女の姿を。僕は嘘なんてついていない。魔法少女は現実に存在していて、君もそれになれる素質があるんだよ」

 

 キュゥべえが話しているのを聞きながら、なぎさは家に向かって歩きだした。キュゥべえも後から付いてくる。これもいつも通りだ。初めは付いてこないでと意思表示していたのだが、構わず付いてくるのでいつの頃からか諦めていた。

 

 「だったら、もう一度その魔法少女に会ってみたいのです」

 

 「そうしたいのは山々なんだけど、その魔法少女は見滝原の子じゃないからね。呼び寄せるのは難しいし、何より別の縄張りの子が見滝原をうろうろしてたら不要な争いを生みかねない。グリーフシードの事は話しただろ?」

 

 なぎさはこくんと頷いた。魔女の卵の事だ。

 

 「魔法少女にとってグリーフシードはとても大切なモノなんだ。だからそれを巡って魔法少女同士の争いが起こるのはしょっちゅうなんだ。通常は町区分で縄張りを決めているから大丈夫なんだけど、もしも別の縄張りの子が戦おうモノなら戦争行為とみなされていさかいが起こる。僕も、魔法少女が減る事は本望じゃない。君を助けた時、あの子の周りに誰もいなかったのはラッキーだったんだよ」

 

 「…………………」

 

 「だから今は本来のここの縄張りの子にコンタクトを取っているんだけど、彼女は少しやる気に欠けていてね、中々僕の話を取り合ってくれないんだよ」

 

 そんな事を話している間になぎさは自分のアパートに着いた。

 

 錆び付いた階段を一段ずつ上がり、いつものように鍵を開ける。既に日は落ち、家の中は暗くなっていた。なぎさは電気も点けずに玄関に上がり、パンパンになったゴミ袋の横をすり抜け、適当な場所にランドセルをおろしてソファに座った。

 

 キュゥべえもピョコンとテーブルの上に乗った。

 

 「それに、魔法少女になれば何でも一つだけ願いを叶えてあげられるんだよ?」

 

 いつもキュウべえは最後にこの話を持ち掛ける。だけどなぎさは、そもそもそれが分からなかった。

 

 「願い…なぎさにはお願いなんて無いのです」

 

 「おかしいな。大抵の子はその話を聞いたら二つ返事で契約してくれるんだけど。願いを叶えてくれるっていうのは、殆どの子に取っては喉から手が出る程欲しいモノなんだよ」

 

 「そもそも、"願い"とは何なのですか?」

 

 なぎさは尋ねた。

 

 「"願い"とは何か…か」

 

 キュゥべえが珍しく答えに迷った。キュゥべえには感情が存在しないから、その概念が無かったからだ。

 

 「それは僕たちより、君たち人間の方が詳しいと思うけど、そうだね…」

 

 だからキュゥべえは、今まで契約を交わした子を機械的に分析して答えを出した。

 

 「君たちの言葉で言うところの"欲望"というヤツさ」

 

 「"欲望"…」

 

 「何かを欲するということだよ。別に物じゃなくても良い。何だって構わない。現在降りかかってる不幸を帳消しにして欲しいと望んだ子もいるし、知力や財力の向上を願った子もいたし、過去の罪の精算を望んだ子もいた。なぎさにもあるだろう?そんな"何かを欲しい、満たされたい"と思う物が」

 

 「別に、なぎさには無いのです」

 

 なぎさは淡々と言った。

 

 

 なぎさは、"何かが欲しい"と思う事は悪い事だと考えていました。なぜなら、絵本に書いてある悪役のほとんどが、"何かを欲しい"と思った為に大変な事になったからです。

 

 「木こりの泉」では、意地悪なおじいさんが金の斧と銀の斧を欲しいと思った為に、自分が持ってた鉄の斧を最後には失いました。

 

 「サルかに合戦」では、柿の木を欲しいと思ったサルが悪さを働き、最後にはカニと栗とハチとうすによって痛い思いをさせられました。

 

 「舌切り雀」では、欲張りなおばあさんがお金が欲しいが為にスズメから大きいつづらを強引に受け取り、中に入っていた怪物に食い殺されました。

 

 だから、いつも絵本を読んで過ごしていたなぎさにとって”欲望”とは、幸せのモノではなく、不幸になるモノだと考えていました。なぎさは不幸になりたくありません。

 

 

 「説明されてもピンと来ないのです」

 

 だからなぎさは乗る気になれなかった。

 

 「それに、何かを願うということは、まるで今に不満があるみたいなのです」

 

 「例えば君の栄養状態は芳しくない」

 

 そしてキュゥべえは辺りを見渡して続けた。

 

 「電灯も劣化しているし部屋はゴミだらけ。裕福とは言えない所得。さらに君の対人、集団内での状況。地域の平均を下回っているこれらの状況を"不満"という言葉で言い表すなら、願うべき事柄はたくさんあると思うんだけど」

 

 「随分な言われようなのです」

 

 だがなぎさは否定しなかった。

 

 なぎさには休日に一緒に遊ぶような友達はいないから他の家庭がどんなモノなのかは知らない。だけど、他の家が自分の家と同様にゴミ袋があちこちに散乱していたり、ご飯がコンビニ弁当やチーズで済ましている訳は無い事は分かっていた。

 

 「キュゥべえから見て、なぎさに一番必要な願いは何なのですか?」

 

 「それは難しい質問だ。僕と君たち人間とでは価値の基準が異なるからね」

 

 「別にキュゥべえの意見じゃなくてもいいのです。今までたくさんの人と契約してきたなら、なぎさと似たような子もいたと思うのです」

 

 「僕が伝えた所で君は納得しないと思うよ?」

 

 「いいから言ってみて欲しいのです」

 

 キュゥべえは自身のネットワークを使って今まで契約してきた人間の分析を始めた。

 

 なぎさと似たような境遇・性格・社会的背景を考えると、それは虐待やいじめなど、社会の理不尽さを身を持って経験した人に当たる。なぎさの場合はそれにプラスして、非常に冷めた性格をしているので、それを踏まえた上で導き出される結論は―、

 

 「“特定の人物からの関心・好意を得たい”。あえて君たち風に言うのなら、“愛が欲しい”といったところかな」

 

 「………なぎさはもう十分愛されているのです」

 

 「だろうね」

 

 確かに納得いかなかった。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 見滝原市、某所

 

 「やっと見つけたよ。君は最近、僕の事を避けているようだったからね」

 

 「キュゥべえ…」

 

 「前にも話したけど、この町に魔法少女の素質のある少女がいる。彼女の為にも、ぜひ一度会ってほしいんだけど…」

 

 「またその話…だから言ってるでしょ!?私は教育係をする気は無い。迷ってるなら契約なんてさせなきゃいいのよ!魔法少女なんて増えたらグリーフシードが集めにくくなるじゃない!魔法少女は私だけで十分なのよ!」

 

 最近はキュゥべえと顔を合わせればその話ばかりでいい加減うんざりしていた。

 

 「そう考えるならもっとその魔法少女の本分に力を注いで欲しいものだよ。君が最後に魔女を狩ってから既に10日と13時間だ。他の地域の魔法少女と比べても君のそのペースは彼女たちの平均を遥かに下回っている。君がショウという男に好意があるのは分かるけど、その熱意を少しでも魔法少女のために使わないかい?」

 

 「あなた、なぜそれを…」

 

 キュゥべえの口から予想外の単語が出たので彼女は目を見開いた。

 

 「そりゃ僕だって、君のプライベートにまで首を突っ込みたくないけど、君が魔法少女の仕事をおろそかにしているならその原因を調べるのは当然じゃないか。さっき君はグリーフシードを理由に候補の子と会わないと言ったけど、本音はそれじゃないだろ?教育ともなれば、そのショウという男にあげるお金を手に入れる時間が減ってしまうからね。しかし分からないよ。何故君はそのショウという男に好意を抱くのだい?僕が調べた限りだと、あの男は相当―」

 

 「あの人の事を悪く言わないで!!!!!!!!!!」

 

 彼女は声を荒げてキュウべえの言葉を遮った。全てを見透かしたような言動。彼女はキュゥべえの全てにイライラしていた。だから会いたく無かったんだ。そして、サッとキュゥべえに背を向けると急ぎ足で歩き出した。

 

 「魔女は今日倒すから!バイト終わったら必ず!だから会わない!私は、今忙しいの!!」

 

 「…………」

 

 キュゥべえは彼女の背中を見るだけで、後を追おうとはしなかった。

 

 チラリと見えたグリーフシードが、どんよりと濁っていた。

 

続く




今回も最後まで読んでいただきありがとうございました。

さて、マギレコユーザーの方ならご存知かもしれませんが、今回のお話はマギレコのイベント「百江なぎさは願いを叶えた」をレンゲル風にアレンジした内容になっています。

良い機会ですので補足しますが、この仮面ライダーレンゲルはマギレコには一切繋がりはありません。

悪魔で、アニメのまどか☆マギカとのクロスオーバーです。

よろしくお願い致します。


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第34話 お母さんとチーズケーキと善き終わり

 「「「「先生さようなら!」」」」

 

 「はい、さようなら。気をつけて帰ってね」

 

 いつものように帰り支度をしていると、二人の女の子が話し掛けてきた。学級委員とその友達だ。

 

 「ねぇ、なぎさちゃん。近くに新しいお菓子屋さんができたんだけど、今から行ってみない?」

 

 なぎさはチラッと横を見ると答えた。

 

 「…………今日は用事があるから行けないのです」

 

 「用事って何?」

 

 「お母さんのお見舞いなのです」

 

 「えっ?お母さんって病気なの?何で入院してるの?」

 

 驚いた彼女たちはそう質問したが、

 

 「…………………知らないのです」

 

 それとは裏腹になぎさは冷静に答えた。そもそも、あまり興味が無かった。

 

 「自分のお母さんの事なのに知らないんだ」

 

 そんななぎさの様子に面食らい、彼女達はキョトンとした表情を浮かべた。

 

 「じゃ、さよならなのです」

 

 なぎさはランドセルを背負うといそいそと出ていった。

 

 

 

 「………………何?あの態度」

 

 「なぎさちゃんって暗いよね~」

 

 「暗いとかそれ以前の問題でしょ!?親が入院してるっていうのに他人事みたいに言って。気持ち悪いったらありゃしない!」

 

 「うん。それは私もそう思ったわよ」

 

 「だから嫌だったのよ。あの子に話し掛けてあげてなんて先生から言われた時は」

 

 今は11月に入ったばかり。クラス替え直後に掲げた学級目標、『皆仲良くしよう』の紙は日にさらされて酷く色褪せていた。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 「やぁ、なぎさ。今日はお母さんのお見舞いに行くのかい?」

 

 「聞いていたのですか?別に、面倒だからそう言っただけなのです。病院は遠いから、お見舞いには明日行くのです」

 

 今日は6時間目まであったから帰りが遅い。明日は5時間しか授業が無いから、日が沈むより前にお見舞いして帰ってくる事ができる。

 

 「なら丁度良い。ちょっと来てくれるかい?」

 

 そう言うとキュゥべえは家とは全く違う方向に歩きだした。

 

 そんな一人と一匹の横を様々な人が通り過ぎていった。

 

 自転車に乗って元気よく遊びに行く男の子たち、三組の誰が好きとか、そんな話で盛り上がっている女の子たち。コンビニでは高校生位の人がカップラーメンを食べて駐車場の前をたむろっていた。そこから少し先にあるスーパー、入口には『ポイント10倍デー』と書かれた旗が堂々と掲げられていて、それ故か多くの人がその中に入っていった。一人で来てるおばさん、赤ちゃんを連れた若いお母さん、お使いに来たのか一人緊張した顔で入っていく男の子、幼稚園位の女の子と手を繋ぎながら入っていく親子。その親子から、今日のご飯は何がいいか尋ねられた子供が元気よく「餃子!」と答えているのがなぎさの耳にも聞こえた。

 

 「ねぇ、キュゥべえ」

 

 「ん?」

 

 「魔法少女が戦う魔女っていうのは、普通の人を食べてしまう存在なのですよね?」

 

 「食べてしまうというのとは少し違う気がするけど、概ねその通りさ。魔女は人間を襲い、その分呪いを振り撒く。だからできるだけ多く魔女を狩らないと、犠牲になる人は増える一方なんだ」

 

 「じゃあ何でなぎさは他の人まで助けなきゃいけないのですか?誰もなぎさのことを助けないのに、なぎさは誰かを助けなきゃなのですか?」

 

 幼いながらにもなぎさは、心の内を読むことが少しできていた。目線や話し方、しぐさなどから、何故その人がそうするのかが、何となく分かるのだ。別に好きでそうなったわけでは無い。お母さんの機嫌の良し悪しを図っている間に自然にそうなったのだ。

 

 さっき教室で話し掛けて来た女の子だってそうだ。普段なぎさに対して全く興味を示していないのに話しかけて来た。最近先生が帰りになぎさに何かと言ってきていたから大方先生から言われたのだろう。

 

 「確かになぎさの言うことは最もだね。でも、別に人助けを無理強いするつもりは無いし、実際に自分の為だけに戦っている魔法少女もたくさんいる。これから会う子もそういったスタンスだしね」

 

 そして、ある場所の曲がり角の前で止まった。

 

 幾分も待たない内に、その場所に多くの女子高生が通りかかるようになった。その中の一人の少女がなぎさとキュウべえを見て止まった。

 

 「やぁ、どうやら間に合ったようだね」

 

 「あなた…何で!?」

 

 その少女は驚愕した顔で言った。

 

 「君はいつもこの時間になると決まってこの道を通るだろ?だからこうして…」

 

 「そんなの聞いてない!何で来たのかって聞いてるの!」

 

 「そりゃ、君が中々僕の話を了承しないからさ。だから、実際にその子を連れてきた方が効率的だと思ってね。ここに連れてきた訳さ。紹介するよ。この子は百江なぎさ。この前話した新しい魔法少女候補さ。なぎさ、こっちは…」

 

 「勝手に話を進めないで!!!」

 

 彼女はそう叫んで話を遮った。その声に通り掛かった人はチラチラこちらに視線を向ける。当然だ。皆にはキュゥべえが見えないから、端から見ればなぎさに対して怒鳴っているように見えるだろう。

 

 そんな事もお構い無しに彼女は話を進めた。

 

 「あなたの言うとおり、昨日ちゃんと魔女は狩ったわよ!?ほら、グリーフシード!」

 

 彼女はキュゥべえにグリーフシードを見せつけながら言った。

 

 「別に、君が魔女を倒したらなぎさを魔法少女にしないなんて言ってないよ。それに、魔女を一体倒したからってこの町に漂っている呪いが多いという事実は変わらない。だから、なぎさにはできるだけ早く契約して欲しいんだけど…」

 

 「何よ、その言い方…」

 

 彼女は遂に言葉を詰まらせた。

 

 「なぎさの契約を急いでいるのは呪いが多い事が原因だ。そしてそれは、魔女が他より多いことに起因していて、つまりそれは魔女の討伐数が少ない事が原因だかr…」

 

 「何よそれ!?全部私の性だっていうの!!?」

 

 「なぎさの契約を急いでいるのは明確に君が原因だ」

 

キュゥべえははっきりとそう告げた。

 

 「勝手なこと言わないでよ!!」

 

 聞きたくないと言うように彼女は一段と大きな声で叫んだ。

 

 「私にだって色々あるの!学校もあるしこの前バイトだって増やしたし、そんなに色々と押し付けないでよ!」

 

 「アルバイトを増やしたって、別に君は明日のご飯にも困るほどの経済力じゃないだろ?ショウという男の為じゃないか。大体僕にはあの男のどこが良いのかさっぱり分からないよ」

 

 「あの人の事を悪く言わないでって言ってるでしょ!?」

 

 そして彼女はキュゥべえに背を向けた。

 

 「とにかく、魔女の数は何とかして減らすから。この子の契約は絶対反対。例え契約しても、私は面倒見ないからね」

 

 そう言うと彼女は急いで走り出して見えなくなった。

 

 「……………今の人が魔法少女なのですか?」

 

 自分を助けてくれた魔法少女とはあまりにも違う性格をしていたのでなぎさは少し驚いていた。

 

 「そうだよ。だけどみての通り、彼女はめったに魔女を倒さないから困っているんだ。彼女はちょっと極端だけど、彼女の様に自分の為だけに戦うというスタンスでやってる魔法少女もたくさんいるし、僕もちゃんと魔女を狩ってくれるならとやかく言うつもりもないよ」

 

 「魔女がいて、たくさんの人が困っているのに、どうして戦わないのですか?」

 

 「あの子は別に人を助けたくて魔法少女になった訳では無いからね。彼女は自分の願いを叶えてもらう為だけに契約したから魔女との戦いについては全く興味が無いのさ」

 

 「それでキュゥべえがうるさく言うなら、さっさとなぎさを契約させるように言えばいいのです」

 

 「そうなると、グリーフシードの取り分がどうしても減ってしまうからね。もし魔女と出くわしてしまって、魔力が無かったら非常に危険だから彼女はそれを恐れているのさ」

 

 「…………随分とわがままなのです」

 

 まるで駄々をこねる子供だと、なぎさは子供ながらに思った。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 マスカルポーネ、ゴルゴンゾーラ、モッツァレラ、カマンベール。次の日、なぎさはチーズを一杯に詰めた袋を片手に。お母さんへのお見舞いに向かっていた。今日はなぜかキュゥべえの姿が無かった。だけどちょうどよかった。またしつこく契約契約言われるのは本当に面倒だからだ。

 

 家を出て真っすぐ。県道を渡ってすぐのスーパーを横目に通り過ぎ近くの公園を左折。家から歩いて20分。学校とはちょうど反対の所に病院はあった。なぎさの母親はここで入院している。原因はよく分からない。元気だったと思えばある日突然倒れ、あれよあれよという間に気が付いたら入院していたと、その程度の事しか記憶していない。

 

 なぎさは緊張した面持ちで病院のドアを開けた。

 

 「おっ、お見舞いに来たのです!」

 

 「…………」

 

 その日は調子が良かったのか母親は調子が良いのかベッドから起き上がっていて、そのまま顔だけをこちらに向けた。なぎさには何の言葉も掛けなかった。

 

 「お土産のチーズなのです」

 

 なぎさはそんな母親の反応を無視して袋に一杯に詰めたチーズを出した。

 

 「…………いらない。どうせ食べられないし」

 

 ようやく口を開いたと思えばそんな返事だった。

 

 「ご、ごめんなさいなのです…これは、なぎさが食べるから良いのです」

 

 「あの人は?」

 

 あの人とは、なぎさの父親の事だ。彼が近くにいない時、母親はそう呼んでいた。

 

 「お、お父さんは、お仕事が忙しいから帰ってこられなくて…でも凄く心配していたのです」

 

 母親が入院してすぐに、なぎさの父親は家を出たきり帰ってこなかった。本当はどうなのかはなぎさは分からなかったが、取りあえずそう答えた。

 

 「あの人は、もう来たくなくなったんでしょ?」

 

 なぎさの反応を察してか、母親は冷たい声で言った。

 

 「あなただって、本当は来たくないんでしょ?」

 

 その冷たい声でさらにそう続けた。

 

 「来なくていい。私の事なんか見捨てて、放っておいて。あの人と、どこでも好きな所に行けばいい」

 

 「そんな事無いのです。なぎさは…」

 

 「皆言ってるもの。あの人は嫌なヤツだったから、今まで散々酷いことをしてきたから罰が当たったんだって。バカだったから今ひどい目にあってるって。ざまぁみろって。あんただって、本当はそう思ってるんでしょ?」

 

 「なぎさは…」

 

 この時なぎさは自分がまだ保育園に預けられてた時の事を思い出していた。なぎさは、同じ保育園児の中では一番母親からの迎えが遅い子供だった。だから、他の子が帰ってから、一人で遊ぶことが酷く心細かった。だけど、お母さんが迎えに来てくれた時の笑顔。あの顔を見るだけで、なぎさの寂しさは吹き飛んだ。それに、たまにお母さんの仕事が休みの時は一緒に広い公園に遊びに行ったりもした。その時はお父さんも一緒だった。ローラースケートで遊んだり、レジャーシートを敷いてお母さんの作ったサンドイッチを皆で食べたりした。あの時の味は今でも忘れられない。

 

 そんな思い出がよぎったから、なぎさは―

 

 「なぎさはお母さんの子供で本当に良かったのです」

 

 そう心から答えた。

 

 「止めてよ!そんな事言わないでよ!」

 

 なぎさの言葉を聞いた途端、お母さんは大きな声で怒鳴った。

 

 「私、あなたを産んで良かったって言わなきゃいけないの!?良かったフリをしなくちゃいけないの!?あんたが産まれてから碌なことが無かったのに、それでもそう言わなきゃいけないの!!!??」

 

 「なぎさは、なぎさはただ…」

 

 昔みたいなお母さんになって欲しい。そう言おうと口を開きかけたがすぐに閉じた。それを言ってしまうと、今のお母さんが嫌いだとそう宣言してしまうような気がして、なぎさはそれが嫌だった。今も昔も、お母さんはお母さんだ。全てを愛さなければいけない。それが義務なのだとなぎさは考えていた。

 

 「あなた、何でもできるの?」

 

 いきなりお母さんがそんな事を聞いてきた。

 

 

 『魔法少女になれば、何でも一つだけ願いを叶えてあげられるよ』

 

 

 「私のために、何だってしてくれるの?私の子供で良かったって思うなら、何でもしてくれるわよねぇ?」

 

 そう聞いた後、お母さんはせせら笑いを浮かべながら言った。

 

 「それなら、私の代わりに皆殺して。私を良く思わない奴、ざまあみろって思ったヤツも、この病院の奴らも、みんなみんな殺してよ!!!!!」

 

 後半から、鬼のような形相になって言った

 

 「病気だってもうどうでも良い。治ったって、どうせ何も変わらないんだから。あんたが産まれてから、私の人生は全部台無しになったの。だから、だから…」

 

 母親はしばらく「だから」と言い続け、思いを溜め続けて―

 

 「もうこれ以上、私を責めないでよ!!!!!!!!」

 

 そう全てを吐き出した。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 なぎさの母親は超が付くほどの有名な女優だった。

 

 彼女が主演を務めればそのドラマは大ヒットし、舞台をやれば満員御礼。海外でもハリウッドで活躍する程の実力と美貌の持ち主で、「国を代表する女優」という名声も手に入れ、まさに順風満帆な人生を送っていた。

 

 彼女がとあるドラマのスポンサー企業に勤める社員の一人の男性と知り合い、そのまま結婚。姓が「百江」に変わってからもその人気は変わらなかった。むしろ、「結婚」という新たな話題ができたことでその人気は更に膨れ上がっていった。雑誌やテレビの取材が殺到。メディアがこぞって彼女の結婚の話題を取り上げた。

 

 そんな彼女に転機が訪れた。なぎさの妊娠だ。それをきっかけに、彼女は芸能活動を一時的に休止した。彼女の住む近所にある保育園は、2歳からしか受け付けていなかったので、彼女は約3年間、メディアの前に現れなかった。

 

 そして3年後、彼女が再びテレビの前に現れた時は皆が喜んだ。既に話題の芸能人が何人か出ていたが、それでも超有名女優という肩書はそう簡単には消えない。彼女はまた多くのドラマに出演するようになった。しかし、海外からのオファーは一つも来なくなった。3年もブランクがあったからというのもあったが、なぎさの妊娠期間中に体形が少し変わってしまった事が主な要因だった。だけど、彼女はそこまで気にしていなかった。なぎさが小さい内は、家を何か月も空けなくてはならない海外での活動などできるわけが無いからだ。海外活動は、なぎさが大きくなってからでいいと考えていた。彼女は、観客の前に出れば歓声を浴びる、そんな空気にただただ喜びを感じていた。

 

 しかし、なぎさが近所の公立小学校に上がってから、その人気に陰りができ始めた。保育園時代は、先生に頼めば深夜まで、場合によっては24時間なぎさを預けていられるので、スケジュールが多忙な時でも何とか廻せていた。しかし、小学校になると、そうはいかなかった。一応共働きである家のために学童保育というものがあったが、そこは遅くても18時までしか預けられなかった。

 

 彼女の夫も忙しい。とてもではないが毎日18時より前に退社することなど不可能だった。なので、なぎさの迎えはスケジュール調整がしやすい母親の役目になった。スケジュール調整と言ってもそれはつまり夕方から夜にある仕事を全て無くすというモノだから、当然仕事は激減していった。

 

 両親とは、なぎさの育児についての喧嘩をしてしまったので頼れなかった。なぎさを一日近く(場合によってはそれ以上)保育園に預けていると言ったら両親は驚き、小さい内はできるだけ長く母親の側にいるべきだと言った。しかし、観客が自分をチヤホヤしてくれる空気に酔っていた彼女は、それに強く反発。お金を払っているから良い。それでは女優の仕事ができない。これを聞いた両親は大激怒し、女優を辞めるまで親子の縁を切ると言い残し立ち去って行った。

 

 しかし、収入がいきなり激減していっても母親の生活は変わらなかった。今まで、自身の美容のためにエステ、洋服、化粧などに大量のお金を使っていたが、それを止めることは無かった。それどころか、「自分がまたあの頃の美貌を手に入れればまた仕事が入ってくる」そんな根拠のない妄想に縋り、今まで以上に費やし始めた。その実、自分が女優を引退しなければならないという現実逃避だったのだが。

 

 無論、そんな生活が長く続く訳が無かった。高級エステ、洋服、化粧などの美容代は彼女が大量の借金をしてまで続けていた事なので、その額は大幅に膨らんでいった。父親にも内緒にしていたので、彼が知ったのは大量の請求書が届いた後だった。

 

 やむを得ず彼は、ずっと3人で住んでいた家を、彼女が女優の仕事で手に入れた土地を全て売って返した。このことを週刊誌が目を付け、「あの超有名女優が何故!?降りかかった借金地獄」というタイトルで大々的に報じられた。このことで彼女のイメージが「なんでも完璧にこなせる女性」から「金に汚い女」に変わり、彼女の注目を集めてた羨望の眼差しは軽蔑に変わった。

 

 そのことで立ち直れない程のショックを受けた彼女は大量の買い物をすることは無くなったが、仕事もせず、家事もほとんど何もやらなくなった。外出もほとんどしなくなってしまった。外に出ると皆から蔑みの視線を受けるので怖いのだという。ずっと芸能舞台で仕事していて、事務所の人たちに好かれようと他人の視線を敏感に気にしていた癖がマイナスに働いていた。

 

 なぎさの教育によくないということで両親は毎日喧嘩。さらに追い打ちをかけるように、母親に重い病気が見つかった。

 

 そこからはあっという間だった。母親の入院前から、段々と帰りが遅くなっていったなぎさの父は、とうとう家に帰ってこなくなった。母親も、たまになぎさがお見舞いに行っても無反応。口に出す言葉と言っても「帰って」と、そればかり。百江家にあった温かさは完全に失われていた。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 タンタンタン…

 

 既に暗くなった病院の廊下に階段を上る音が響く。なぎさはただ一人、屋上に続く階段を上っていた。エレベーターもあったが、使わなかった。何となく、使う気が起きなかったのだ。

 

 『魔法少女になれば、何でも一つだけ願いを叶えてあげられるよ』

 

 このことをキュゥべえから聞いた時から、なぎさの心の中ではもし契約するのなら、「お母さんの病気を治してください」にするだろうと考えていた。病気さえ治れば、また元の生活ができる。お父さんも帰ってくるし、ピクニックだってできる。それに、もし病気を治したのがなぎさだと気付いてくれたら、彼女は目一杯感謝し、今まで以上に愛情を注いでくれる。そんな野心的な事を考えてもいた。だけど、彼女自身は全く望んでいなかった。

 

 今日の事で、なぎさの願い事が少しずつ形になっていった。

 

 屋上のドアを開けると、そのちょうど中央にキュゥべえがちょこんと座って待っていた。

 

 まるで、これからなぎさがする事が分かっていたかのように。

 

 「キュゥべえ、なぎさは、契約するのです」

 

 「そうか。ようやく決心してくれたようだね。それで、君は一体何を願う。その契約と引き換えに君が望む事はなんだい?」

 

 「なぎさは、チーズケーキをお願いするのです」

 

 「チーズケーキ?」

 

 その解答が意外で、キュゥべえは思わず聞き返した。

 

 「なぎさは、世界で一番美味しいチーズケーキをお願いするのです」

 

 「世界で一番美味しいか…その定義だと曖昧で困るな。美味しいと言っても色々あるからね。もう少し具体的に教えてくれるかい?」

 

 「だったら…お母さんが思う一番美味しいチーズケーキをお願いするのです」

 

 「なるほど。だけど、本当にそんな事でいいのかい?」

 

 なぎさはコクンと頷いた。

 

 チーズケーキは、お母さんの大好物だった。まだ今の家に住む前は、よくなぎさと一緒に「ここのチーズケーキが美味しい」と言ってよく買っていたし、たまの休みの日には家でお母さんと一緒に手作りをしていたりもした。

 

 今では見る影もない、昔の出来事。

 

 「分かった。契約は成立だ」

 

 そう言うとキュゥべえは自身の耳をなぎさの胸の中に入れた。すると、その場所から目映い程の白い光が溢れだした。痛くは無かった。怖くも無かった。

 

 長くも短くも感じない時間が流れると、キュゥべえは耳を離した。その耳の間には、白く光るソウルジェムが浮かんでいた。

 

なぎさは、それを小さな両手でゆっくりと掴んだ。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 「うおおおおおおぉぉぉぉぉぁぁぁぁ!!!!」

 

 なぎさがいる病院から程近い場所。そこにある魔女の結界の中で一人の魔法少女が戦っていた。

 

 その少女は、魔法で作った長刀を大きく縦に振り、巨大な斬擊を繰り出した。切っ先にいた使い魔は跡形もなく砕け散った。

 

 本来ならば、魔女本体に与えるべき必殺技であり、無限に増殖する使い魔に与えるべき攻撃ではない。これでは彼女のスタミナも魔力も保たない。別に今対峙している魔女が飛び抜けて強い訳でも、彼女が魔女退治初心者だからでも無い。寧ろ、いつもの彼女であれば、余裕で倒せるだろう。

 

 冷静な判断力があれば。

 

 これは自棄だった。自分にとって、知りたく無かった現実を突き付けられた時に魔女が現れたモノだから、どうにもならない感情をぶつけている。ただそれだけ。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 彼女は、好きな男の子と両想いになれますようにと願って魔法少女になった。しかし、魔法少女である事を隠しながらの恋愛であったため上手く行かず、早々に別れ話を持ち掛けられた。

 

 キュゥべえにその話をしたら、「君の因果レベルではそれが限界だった」と言われた。

 

 それ以来、元々嫌だった魔女退治に益々やる気を失くし、代わりに、その彼を失って空いた穴を埋める為に男遊びをするようになった。

 

 そんな時、ショウという男性に出会った。ショウは私の事を正面から見て、私の話を熱心に聞いてくれるので一緒にいるだけで私の心は満たされた。だけど、彼には多額の借金があった。友達に騙されて、連帯保証人にされてしまったという話だ。私は、彼に喜んで貰う為にアルバイトをし、そのほとんどを彼に渡していた。彼に、笑顔になって欲しくて。ずっと、繋がっていたくて。

 

 だけど今日。私とショウが出会って丁度一年。サプライズでプレゼントを渡そうと、コツコツお金を貯めて買った腕時計を片手に彼がいつもいる店の前まで来た時だった。

 

 「ショウさん、あれからあの女とはどうなんですか?」

 

 「どうって、いつも通りだよ。スポンサーとして絶賛活動中で~す」

 

 「えっ?まだ信じてんすか?あの嘘。ちょっと考えれば分かる事なのに、ギャハハハハ!とんでもない女ですね!」

 

 「あの手の女は扱いやすくて助かるよ。ちょ~っと話を聞いてやればイチコロ。彼氏にフラれたって?知らねぇよ。そんなの。何なら、今度教えてやるよ。女を落とすテクニック」

 

 「御指南、よろしくお願いします!」

 

 一緒にいた男はわざとらしく頭を下げた。そこへ―、

 

 「何何~?何の話?」

 

 店の中から一人の女性が出てきた。それは、自分なんかより数倍濃い化粧をし、身に付けている物も服も超有名ブランドばかり。立つステージが違うのが一目で分かる女性だった。そんな彼女が、彼の腕に抱きついた。

 

 「ん~?何でもないよ。あっそうだ。これ。プレゼント」

 

 それは、彼女が少し前にあげた誕生日プレゼントのテディベアだった。プレゼントすれば、その人達は結ばれるというおまじないがあったので買ったのだった。

 

 「え~?何これ~?だっさ~い!もしかして、あの子からのプレゼントじゃないでしょうね?止めてよ。あんな子が買ったものを私に渡すのは!もしかして、あなた、私よりその子の方が好きなんじゃないの?」

 

 「まさか。あの子はスポンサーであってそれ以上は無いよ。俺の本命はリョウちゃんだけだから」

 

 「んもう!ショウちゃんったら~!」

 

 「じゃ、そろそろ行こうか」

 

 「うん!」

 

 そう言うと彼はテディベアを開いていたゴミ袋に適当にいれると、彼女の肩を抱いて歩き始めた。一緒にいた男も、仕事があるのかそそくさと店内へ入っていった。

 

 周りに誰もいなくなった。時が止まったかのように静まり返った。

 

 彼女のいた場所には、腕時計が箱から出た状態で転がっていた。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 「やぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 遂に本体の魔女まで辿り着いた少女はそのまままっすぐ特攻した。当然、魔女にとっては格好の的だ。

 

 魔女は魔法でいくつもの黒い刃を生成し、一気に発射した。腕に、脚に、体のあちこちを斬られ、何本かは体に深く刺さった。痛くない筈は無い。しかし、怯む事なく何事も無いようにまっすぐ進み、横真一文字に長刀で斬り裂いた。

 

 「だぁぁぁぁぁ!だ!あ!あ!あ!あ!」

 

 さらに、それで終わりでは無く、次は縦に、斜めに魔女の体がバラバラになるまで斬り裂き、最後は刀を叩きつけるように何度も振り下ろした。

 

 決着は、最初の一撃で着いていた。事実、最初の一撃を浴びせてから、彼女に刺さっていた刃が、その形を維持できなくなり歪み、結界も崩壊を始めていた。

 

 しかし、そんな事にも気付く事なく、彼女は何度も刀を振り下ろした。何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も。

 

 その体が、粉々に砕け散るまで。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 魔法少女に変身すると、身体能力が格段に上がるので、大抵の怪我はすぐに完治できる。しかし、そんな体でも物体である以上限界がある。彼女もまた、その限界に到達してしまっていた。ただでさえ深い傷だったのに、その体で無理に体を動かしてしまったのだ。傷も大きく開いてしまっていた。変身を解除しても、刃が刺さった事でできた傷は完全に癒えることは無かった。

 

 戦っている間はアドレナリンが大量に湧き出していたので何も感じなかったが、魔女が消え、自身の感情をぶつけられる相手がいなくなり、残ったのは全身にできた傷と痛みだけだった。

 

 死にたくない。

 

 そんな生存本能から、彼女は傷を抑えながら、ただ真っすぐに病院を目指した。彼女の通った道には、点々と血が付いた。

 

 病院に行けばきっと助かる。その思いが彼女の全身を支配していた。その思いだけが、彼女の足を動かしていた。故に彼女は、先ほど倒した魔女が持っていたグリーフシードをそのまま置いてきてしまった。

 

 

 痛い

   結局、自分の人生は何だったんだろう?

苦しい  死にたくない

            好きだった人も、人生も全て失って

         生きたい

               疲れた          眠い でも痛い

  誰か助けて

      私には何もない

       痛い 死にたくない

               病院が遠く感じる

誰でも良い      救急車

     初めから何もなかった

 生きたい 死にたくない

           寒い

           だるい               このまま目を閉じてしまいたい

       だからあの人にも振られたんだ

 痛い              まだ着かないの。

    息が苦しい        鉄の味がする   マズい

                    全部自業自得

   何で誰も通りすがらない? 歩けない

                   でも歩かなきゃ         歩け  け

キュウべえは嘘をつかないって分かってた

      体が変な感じ   苦しい     止まるな    動いて

この場所は…もうすぐ

               ただ自分と向き合うのが怖かっただけ

 痛い     動いて                     もうすぐ、もうすぐだから

  自分には何もないって気が付きたくなかっただけ

          痛い   体中が痛い            早く病院へ お医者さんに見せなきゃ

       魔女退治                 全然やらなくてごめんなさい

    痛い     病院が見えて来た           寒い

  口が鉄でめちゃくちゃ

         からだもめちゃくちゃ

  今度はちゃんと魔女退治するから

     痛い 痛い

    嘘じゃない   ちゃんと真面目にやるから

 病院まで後百メートル      痛い

   だから助けて キュウべえでも誰でもいいから助けて

痛い 痛い 痛い 痛い 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い

 

死にたくない

 

 少女は、やっとの思いで病院に着いた。

 

 その瞬間、安心したからかエントランスの床に倒れた。

 

 側にグリーフシードが転がった。

 

 それは、真っ黒に染まっていた。

 

 「どうやら君はここまでみたいだね」

 

 奥から四足歩行の生き物が近づいてきた。

 

 「君のやる気のなさにはほとほと困っていたのだけれど、最後は僕らの役に立ってくれそうだ」

 

 少女はキュゥべえの話を半分も聞いていなかった。

 

 「・・・・・・・・・・・・・ケて」

 

 少女は必死に、もう血で一杯になった口を開けてキュウべえに助けを求めた。

 

 痛みと恐怖で顔は血と涙でぐしゃぐしゃだった。

 

 「宇宙の維持のために、是非とも、最高の魔女になってね」

 

 

 

 

 「!」

 

 その病院の屋上、魔法少女になったばかりのなぎさは大きな魔力を感じた。

 

 同時に、病院全体がまるで抽象画のように歪み、結界が形成されていった。

 

 「この気配、魔女だ。生まれたばかりのようだね。このままだと、どんどん大きく成長するだろう。このままだと、病院の人達が危ない!」

 

 キュゥべえがそう言うよりも早く、なぎさは動き始めた。階段を一気に飛び降り5階へ。あちこちから使い魔が生まれていた。

 

 なぎさはそれらをシャボン玉が出るラッパ(吹くとシャボン玉が放出し、当たると砲弾並の威力で爆発する)で次々と倒していった。

 

 なぎさはただひたすらに母親の病室を目指していた。

 

 「お母さんは殺させない」

 

 なぎさはそう呟いた。

 

 「お母さんは、なぎさを無視するから!お母さんがなぎさを嫌うから!なぎさは恩を着せるためなら、後悔させられるならなんだってやるのです!魔女なんかで、お母さんの命は終わりにはさせないのです!!」

 

 これはなぎさの復讐だった。なぎさは母親の事を愛していたから病気を治して感謝され、それがきっかけで昔のような日々に戻る事を期待していた。しかし、当の母親はそれを望んでいなかった。彼女にとって一番重要だったのは、ステージの中心に立ち皆からちやほやされる事であり、娘との時間など、それが前提だったから楽しめた、言わば副産物のようなものだった。お母さんにとって、実の娘とはおまけのようなものだったのだ。

 

 そのおまけが母親を守るのは母親が死ぬのは病気が原因にしたいからだ。自分の事を無視したから病気が治らず死んだ、ちゃんと愛しておけば良かったと、母親にそう思わせるために。

 

 目当ての病室まで後一歩という所で魔女本体が現れた。犬のような四足歩行をしているが、顔には何もなくのっぺらぼう。首輪にはモヤのようなモノが掛かっていてそこから何本もの鎖が伸びていて、その先には大きな鉄球が風船のように浮かんでいた。

 

 魔女はどこから声を出したのか大きく吠えるとその鉄球を振り下ろした。なぎさはそれをジャンプでかわすと、ラッパからシャボン玉を吹き出した。

 

 全弾命中し、魔女が少し怯んだ。

 

 「そこをどくのです!!」

 

 魔女は首輪から鎖を吹き出した。それで空中にいるなぎさをはたき落とす。

 

 「キャぁ!!」

 

 さらにそこに魔女が前足を振り下ろしてきた。なぎさは咄嗟に転がって逃れる。前足が床をガリガリ言わせながらなぎさを追いかける。

 

 「くぅ!」

 

 なぎさは全力でラッパを勢いよく吹き出し、前足を弾いた。その衝撃で魔女のバランスが崩れる。なぎさはその隙に胴体にシャボン玉を一気にぶつけた。

 

 「“#%67(%&*;@‘!」

 

 魔女が再びどこから出しているのか分からない声を上げながら倒れた。

 

 「これでとどめなのです!魔法のシャボン!!!」

 

 なぎさは今までよりも遥かに多くのシャボン玉を出した。それが脚に、胴体に、全身に当たり、大爆発を引き起こした。そして、魔女の体は消滅した。

 

 結界も形を保てなくなり消滅。魔女が削った床もきれいに元通りになり、いつもの病院の廊下に戻った。

 

 「お母さん!」

 

 初めて魔女を倒した達成感を感じることなく、なぎさは病室を目指してひた走った。それをキュゥべえは追いかけることなく黙って見つめていた。

 

 「さようなら。百江なぎさ、恐らく君は遠くない未来に魔女になるだろう。その時の相転移エネルギーを見滝原担当のキュゥべえに譲渡すれば、僕の役目も終わりかな。そうと決まれば僕も元の担当場所へ戻ろう」

 

 そしてキュゥべえは身を翻して暗闇の中に姿を消した。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 なぎさはガラッと病室のドアを開けた。

 

 ヒュー ヒュー ヒュー…

 

 そこには、胸の辺りから真っ赤な血を流してる母親の姿があった。その血は、ダランと下がった腕を伝ってベッドの下の床へポタポタと落ちていて、真っ赤な水たまりになっていた。

 

 魔女は、呪いの多い場所へ集まる。あの時に母親が感じた怒りが、使い魔を呼び寄せてしまったのだ。

 

 「な…ぎ…さ…?」

 

 ドアの音に反応し、母親はゆっくりと顔を入口に向けた。

 

 「たすけ…て…」

 

 母親は口から血を流しながらそう言った。

 

 「何も…見…えない…の…。痛い…の…」

 

 なぎさは黙ってその様子を見つめていた。

 

 「そこに…いる…しょ?た……てぇ…」

 

 ヒューヒューと呼吸をするのも苦しそうにしながら、母親は懸命に助けを求めていた。しかし、なぎさは何もしない。

 

 「たす…け…」

 

 何もしない。

 

 「こわい…の…」

 

 何もしない。

 

 「た…け…」

 

 何もしない。

 

 「なぎさ…いる…しょ…?た……け…」

 

 誰もいない。

 

 

 

 屋上。なぎさがキュウべえと契約を交わした病院の屋上。そこに、レア・チーズケーキが置いてあった。それは、ホイップクリームも無ければイチゴなどのフルーツも無い、底にある薄いスポンジケーキの上にクリームチーズと生クリームを混ぜて固めたモノが置かれている普通のチーズケーキだった。それが、一口も口を付けてない状態でポツンと置いてあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こうして、魔法少女になった百江なぎさは、魔女退治を必死に頑張りました。そしてある日、路地の片隅でひっそりと魔女になりました。

 

 さようなら さようなら もう二度と会うことはありませんでした。

 

おしまい

 



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第35話 シグナル

今回は、これから投稿する話を入れても一二を争うほどの重要話。

さぁ、講義のお時間をどうぞお過ごしください。


 チョコレート、クッキー、シュークリーム、ビスケット、タルト、プリン、マカロン、アイスクリーム

 

 

 「なぎさちゃん…なぎさちゃん…しっかりして…」

 

 

 ここにもそこにもあそこにも、お菓子がいっぱいお菓子がいっぱい。

 

 

 「大丈夫、大丈夫だから…」

 

 

 でもあれだけが見つからない。大好物なのに見つからない。どこどこどこどこ私のチーズ。

 

 

 「お願いだから…目を開けてよぉ……」

 

 

 探して見つけたのはチーズじゃなくて、世にも珍し動くお菓子。

 

 

 

 「大丈夫。俺がついてるから」

 

 

 チーズでは無いけれど、おいしいのかな?いただきます。

 

 

 「大丈夫。もう大丈夫だから…」

 

 

 バリバリボキボキバリバリボキボキ

 

 

 「! なぎさちゃん!」

 

 

 あぁ、なんだ。

 

 チーズよりもおいしいじゃないか。

 

 

 「ギャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!」

 

 「なぎさちゃん!」

 

 ずっとうなされていたなぎさが一際大きい叫び声を上げると同時に目を覚ました。なぎさは、ベッドの上に寝かせられていた。

 

 息を荒くしながら、なぎさは目玉だけを動かして辺りを見渡した。初めは天井を、次に睦月を。

 

 「なぎさちゃん…良かった…良かったぁぁぁ…」

 

 睦月はそう言って崩れ落ちた。あの戦いから既に2日が経過していた。

 

 なぎさが目を覚ましたのを見て睦月は安堵の表情を浮かべた。そんな睦月を余所に、なぎさはゆっくりとベッドから起き上がった。

 

 「なぎさちゃん、大丈夫なのか?そんなすぐに動いちゃ」

 

 パンッ!

 

 ……………………………………………………えっ?

 

 起き上がろうとしたなぎさを睦月はすぐに支えようと手を伸ばした。その手をなぎさは勢いよく弾いた。完全に拒絶するように。

 

 「なぎさちゃん…?」

 

 ここでようやく、睦月はなぎさの異変に気付いた。いや、気付いていたけど見て見ぬふりをしようとしただけなのかもしれない。このまま一昨日の出来事は水に流れればいい。そんなずるい思いから。だけど、現実は待ってくれない。睦月は、なぎさの様子にそんな間抜けな言葉しかしか口にできなかった。

 

 「睦月、なぎさは、全部思い出したのです。魔法少女になる前のなぎさの事を」

 

 なぎさは睦月と目を会わせる事なく、ただ布団の一点を見つめながら言った。

 

 「なぎさは、誰にも必要とされていなかったし、愛されてもいなかった。願いを叶えて貰っても、全部失敗だったのです」

 

 布団をギュッと握りしめながら彼女は続けた。

 

 「それでほとんど魔女を倒す事なくただ魔女になって人を食べていた。なぎさは、そんなダメな人なんだって分かったのです」

 

 「なぎさちゃん、それは…」

 

 「うるさい!!!!」

 

 なぎさの声に睦月は怯んだ。今まで、ここまで悲痛な叫びを聞いたことが無かった。

 

 「睦月、言ってたですよね?なぎさは人間だって、普通の女の子なんだって。だから大丈夫だって」

 

 「それは…」

 

 その通り、とは言えなかった。だって、2日前に見たあれは…

 

 「嘘つき…」

 

 ボソッと、なぎさはそう呟いた。

 

 「なぎさは、人間じゃ無かったじゃないですか」

 

 普通の人間なら、分かる訳がない。何かが自分の中から飛び出してくる感覚なんて。

 

 そして、

 

 人間の味なんて。

 

 記憶を取り戻した事をきっかけに、なぎさの中でそれらは鮮明な記憶になっていた。

 

 心臓には少し甘味があって美味しいとか、目玉はヨーグルトのようなスッキリした味わいがあったとか。

 

 そっと唇に触れた瞬間、それらが一気に流れ込み、なぎさは異様な吐き気に襲われた。

 

 「なぎさちゃん!」

 

 異変に気付き、すぐに支えようとするが…

 

 「触らないで!!」

 

 なぎさにそれを断固として拒否された。また手を弾き返されてしまった。

 

 なぎさは吐き気をなんとかこらえながら言った。

 

 「もう、うんざりなのです」

 

 初めてあの夢を見た時からずっと思っていた事だった。だけどその度に睦月の言葉を思いだし、何とか平静を保っていられた。

 

 だけど、愛矢が自分が魔女だった事を知り心が折れそうになっていた時、少し羨ましいと思った。自分もああいう風に吐き出したいと思った。だけどそれをすると睦月が悲しむから。だから、何とかその欲望を抑え込んだ。

 

 だけど、もう限界だった。

 

 今まで耐えられたのも、どこか夢心地であった事も大きかった。物語で言えば、起承転結の「起」を失ったのと同じだ。

 

 夢だってそうじゃないか。眠っている間、唐突にその世界に放り込まれ、疑似的な感覚を体験するが、目覚めればそれは全て終わり。眠っている間に見た世界とは完全に断絶されている世界に帰り、そこで確かな感覚を積み重ねる。

 

 そう。例え自身が魔法少女から魔女になった記憶を持っていたとしても、なぎさにとってのそれは悪夢の延長だとまだ割り切る事が出来たのだ。

 

 もちろんそれは事実であり、確かな過去であった事は分かっている。だが、始まりの記憶を持っていない以上、その逃げ道に行く事も本当に僅かだが可能にしていた。

 

 だが今はどうだ?百江なぎさは、かつて自身が体験した物語の「起」を獲得してしまった。それは、他の「承転結」と繋がり、一本の線となり、それは悪夢から完全な現実にへと昇華した。

 

 それは今もなお頭の中でワンワンと鳴り響く。眠っても起きてもそれから抜け出すことは出来ない。

 

 「こんな想いをする位なら…」

 

 自分の過去、自分の過ち、魔女の感覚。それらを鮮明に思い出す位なら…

 

 ここで初めてなぎさはベッドから顔を上げ、睦月に潤んだ瞳を見て言った。

 

 「なぎさは、助からなければよかった!!!」

 

 「―――――!」

 

 それをきっかけになぎさの感情が爆発した。目覚まし時計、キーホルダー、とにかく手近にあるものを全部睦月に投げつけた。

 

 「出てって!出てって!もう放っておいて!!!」

 

 それに追い出される形で睦月は部屋を出た。

 

 一言も言葉を掛ける事ができなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クインテットの中に重い空気が流れた。小夜と千翼の関係が悪くなった時よりも遥かに重い空気が。

 

 せめて何か口に入れて欲しいと睦月はお粥を部屋に持っていったが、ベッドに潜り、ただひたすらすすり泣いていたなぎさに掛ける言葉が見つからず、そっとお盆を置いて部屋から出た。

 

 

 

 

 なぎさは時間などとうに忘れて、ただただ泣いた。何が悲しいのか、それすらももう分からない程、頭の中はもうぐちゃぐちゃだった。

 

 『いつまで泣いてるつもり?』

 

 ふと、頭の中で声が聞こえた。誰の声か、一瞬分からなかった。幻聴かとも思い、再びベッドにうつ伏せになろうとしたが、

 

 『窓の外、見て』

 

 再び声が。

 

 なぎさは言われるがまま、カーテンを開けて覗きこんだ。既に時刻は深夜2時を廻っていて、部屋は真っ暗だった。

 

 クインテットの入口にある柵、その近くに仮面ライダーキックホッパーの姿があった。愛矢だった。

 

 『ちょっといい?話がある』

 

 いきなりの事で、なぎさは何も答えられなかった。

 

 『大丈夫。今は何もしないから―というか、何かするつもりなら話しかけたりしないわよ』

 

 『どうせ怪物に見張りでもさせてるんだろうって晴人が言ってたから。だから、ちょっと出てきて。睦月には内緒で』

 

 なぎさは少し考えたが言われるがまま、あちこちに散乱した物や既に冷めきったお粥のお盆の横を通り抜け部屋を出た。何か期待していたのだろうか。

 

 そっとダイニングを覗くと睦月がうつ伏せになって眠っていた。その横を静かに通りすぎ、玄関の扉を開けて外に出た。

 

 「来たわね。久しぶり…でもないか」

 

 なぎさが自身の目の前にやってきたタイミングで愛矢は変身を解除した。

 

 「それにしても驚いたわ。私は変身しないとこの力は使えないのに、あなたはそんな事をしなくても使えるのね。やっぱり、一昨日のあれが原因なのかしら」

 

 「…………………」

 

 なぎさは何も答えなかった。

 

 「…って、その話は後でいいか」

 

 自身がテレパシーを使えた事になぎさは驚いていない様子だった。泣き腫らした目を見て、それすら気を張れない程追い詰められている事は容易に想像がついた。

 

 「今日まで私はずっと待ってたのよ。あなたが目を覚ますのを。そして目を覚ましたからね。案の定、全部思い出した感じね。私もそうだったから。今日はね、提案を持ってきたのよ」

 

 「…………………」

 

 特に反応が無かったが、愛矢は構わず続けた。

 

 「あなたが今感じてるそれ、もう一回全部忘れられるとしたらどう?」

 

 「…………………」

 

 「自分が魔女だった事も、その前の自分も全部忘れてまた1からやり直すの。私は、それがやりたくて、晴人と手を結んだ。あなたも―」

 

 「そんなのどうでもいいのです」

 

 なぎさは話を遮って言った。

 

 「そんな事、全部どうでもいいのです。そんな話をする位なら、なぎさを殺して欲しいのです」

 

 「…………………」

 

 長い沈黙が流れた。

 

 そんな沈黙の後に愛矢は大きくため息をつき、そっと柵にもたれ掛かった。

 

 「言ったでしょ?今日は何もしないって。死にたいなら、私に頼らず勝手にしなさいって感じ。今日はただ話をしに来た。それだけよ。それにしても殺す…か。私たちにはそういう概念が無いこと、あなたはまだ知らないのね」

 

 「…えっ?」

 

 なぎさは初めて愛矢の話に興味を示したようだった。そのこと愛矢は気付き、話を進めた。

 

 「全部、私の話と晴人の調査から導き出した推測だけどね。私たちはね、―薄々気付いてただろうけど―普通の体じゃないの。簡単に言えば、歩くグリーフシードなのよ」

 

 「グリーフ…シード…?」

 

 「その話をするには、ソウルジェムの事から説明しなくちゃね。なぎさは、ソウルジェムって何だと思う?」

 

 「魔女にしちゃうモノ…」

 

 「そうね。ただの変身アイテムじゃないことはもう良いわよね。じゃあ、そもそもソウルジェムって何でできてると思う?何でそれが濁ったら魔女になるの?」

 

 「…………………」

 

何も答えられなかった。そう言えば考えた事も無かった。魔女になるという事実が大きすぎて、そもそもの原因を考えようとは思わなかったのだ。

 

 「キュウべえってさ、嫌なヤツよね。嘘はつかないし、隠すつもりは無い。だけどこっちから聞くまで話さない。だからソウルジェムなんて名前にした」

 

 「何を…言って…」

 

 「ソウル(soul)は魂、ジェム(gem)は宝石。直訳すると魂の宝石。つまり、ソウルジェムって言うのは私達の魂そのものなのよ」

 

 「…………………えっ?」

 

 「キュウべえはさ、契約を交わすとここに耳を突っ込んでソウルジェムを作るでしょ?」

 

 "ここ"と言って愛矢は自身の胸の辺りを指差した。

 

 「その時に魂を入れて、それを入れ物の中に入れて作るのよ。晴人が言うには、魔女と常に万全の状態で戦えるようにするための一番効率的なやり方として、空っぽにしたんだろうって言ってた。体から完全に出しちゃえば、どれだけ体が傷ついても死ぬことが無いからね」

 「空っぽ?だったらあの時の体って…」

 

 「ただの脱け殻。私達はソウルジェムっていうコントローラーで体を操作していたラジコンのような存在だったのよ。魂が無いから体は死んでいる。だからどれだけ血を流しても、内臓がぐちゃぐちゃにされようと死なない。限度はあるけど、大抵は魂の中にある魔力で再生できる」

 

 「…そんな…」

 

 「魔女は呪いを振り撒く存在だってキュウべえは言っていた。逆に魔法少女は希望を振り撒く存在だって。そもそも、呪いとか希望とかって目に見えない物でしょ?それを感じられるのは私たちの感情。それが凝縮されているのが魂。ソウルジェムが濁る。つまり、本体に呪いが溜まると呪いを振り撒く魔女と同じ存在になる。だからグリーフシードに変わり、魂は魔女に具現化するの。普通だったら目に見えなくて拡散しちゃうから、それを保たせる生存本能の為に結界を作ってね」

 

 「…………………」

 

 「でもね、そうなると2つ矛盾があるのよ」

 

 そう言って愛矢は指を2本立てた。

 

 「1つ目。私たちは、睦月の力でこの姿でいられる訳だけど、それが何故魔女の体ではなくこの体なのか」

 

 REMOTEとは本来、封印されてるアンデッドを解放させる力だ。事実、カードにそれを使えば当然その中にいる怪物が解き放たれる。だが、グリーフシードに使うと、魔女が出てくるのではなく、魔女になる以前の体が現れた。グリーフシードの中には魔女の力があるにも関わらず。

 

 「そして2つ目。私達の体の事」

 

 「体……?」

 

 「さっきも言ったけど、ソウルジェムっていうのは体から引き剥がされた本体。そして、それがグリーフシードに変わるということは、それも私達の魂が元になっている。それなのに今の私達の体がその引き剥がされた体なのは変でしょ?それだと、体が2つあることになる。この世界と、私達がいた魔法少女の世界にね」

 

 「…………………」

 

 「でもね、この2つの矛盾が、私達の正体に直接繋がるのよ。答えを簡単に言うと、私達はイレギュラー、つまり、想定外で生まれた存在なのよ」

 

 「…?どういう事ですか?」

 

 「睦月がREMOTEを使った時、グリーフシードは最初は魔女の形で解放されようとするの。だけど、元々魔女というのはある程度の魔力を持っていなければ、結界が無ければその維持さえ出来ない不安定な存在なの。だからREMOTEされた時、魔女の体を形成すると同時に結界も作る必要がある。だけど、倒された直後は自身の体を作りながら結界を作れるほどの魔力なんて全く残って無い訳。だから、別の形で個体を保とうとするの」

 

 「別の形?」

 

 「魔女を形成するためにグリーフシードから魔力が放出される。だけど、一定量まで出たら残りの魔力は急遽体を作る為じゃなくて維持のために、つまり、結界を作る為に使われるの。グリーフシードをコアにして、それを取り囲むようにこの環境に対応できるものを作っていく。その時に作られる形っていうのが、その魔女にとって一番慣れ親しんだモノにした方がエネルギー効率が良い。それが、私達の体よ」

 

 「じゃあ、なぎさの中には、グリーフシード、が?」

 

 「そういうことになるわね。晴人が言うには、私達の感覚自体には特に違和感が無かったから、それは別の形になって取り込んでるって事だったけど、コアになってるのは丁度ここ、胸の真ん中辺りね」

 

 そう言って愛矢はその部分を指差した。

 

 そもそも、晴人がその事に気付いたのは、小夜が変身していたギャレンについて調査したからだった。ギャレンを大抵の実験では、睦月が変身するレンゲルや晴人が変身していたブレイドと特に変わった様子は無かったが、一つだけ、全く異なる結果が出たものがあった。熱検査だ。

 

 ライダーらの熱の様子を調べてみたところ、ほとんどのライダーは全身にほぼ等しく変身前より高温になっていたが、ギャレンだけはその昇温過程が明らかに異なっていた。ギャレンの胸にある菱形、その頂点の温度がレンゲルと比べて遥かに高かったのだ。逆にそこから離れるごとに温度が低くなっていくという結果が出た。

 

 ギャレンだけは、変身の仕方が若干異なっていた。

 

 ギャレン、レンゲル、ブレイドはAと融合することで変身する。それはつまり、変身者の魂と完全に融合するということだ。魂というのは頭の頂点から産毛の先まで等しい濃度で全身に纏っているというのが普通だ。そうしなければ脳からの命令で指を動かしたり歩くといった行為が出来ないからだ。その均等に纏われた魂と完全に融合するのだからAとも等しく融合されなければならないので、全身の体温も等しく上昇するはずだ。

 

 しかし、ギャレンだけは異なっていた。これが意味する事は、魂の濃度に元から差があった事を意味し、胸の部分が極端に高かったと言うことはその部分に魂が集まっている事を表していた。

 

 また、他の人物でも同様の検査をしてみた結果、なぎさ、千翼、愛矢にもギャレン程では無いが同様の結果が得られた事から、晴人はそう推測したのだ。

 

 魔女から戻された体はある部分をコアにして形成されたものなのでは無いか、と。

 

 「そしてそれが正しい事を証明するきっかけになったのがあなたと小夜よ」

 

 小夜は偶発的に胸の辺りをスラッシュダガーで刺された。その後、彼女の体は消滅。初めは晴人もそれはミラーワールドに長時間いたためとも思ったが、そう考えると愛矢やなぎさにも何らかの消滅の兆しが出ていないとおかしいと思いすぐに否定した。

 

 あれは、スラッシュダガーによってコアが破壊されたため、その体の維持ができなくなった為に起こした現象だったのだ。と、愛矢は説明した。

 

 「そして極め付きがあなた。使い魔を出して、魔女の気配と同等のモノを出した。本来魔法少女にしか使えないはずのテレパシーも使えた。それこそがあなたの体が魔女に近くて、歩くグリーフシードと表現されてもおかしくない確かな証明なのよ」

 

 「じゃあ、やっぱり…」

 

 なぎさはガックリと膝をついた。なぎさは、自分が使い魔を出した事をうっすらとだが覚えていた。だけど、あの時意識が朦朧としていたから、夢だと思っていた。いや、夢だと信じたかった。

 

 だけど、それは事実だとハッキリ告げられた。魔女になり、人を、魔法少女を食らった感触があり、それと同等のモノを出せる力がまだあるなんて、これじゃまるで…

 

 「本当に、化け物じゃないですか…」

 

 何で睦月は…

 

 「何で睦月は私達をこんな風にした。そう思ったわね?」

 

 「!」

 

 「そう思うのが自然よ。私だってそう思ったんだから。あいつは多分その事を知らなかったんでしょうけど、それにしたって嫌になるし、ムカつきもした。私達をさっさと倒して、グリーフシードなんか粉々に砕いちゃえば良かったのにってね」

 

 だけど―、と、愛矢は言葉を続けた。

 

 「私はね、―まぁこれは晴人から言われた事でもあるんだけど―これはチャンスだと思ったのよ」

 

 「チャンス?」

 

 「そ、私達は何故かこの世界に魔女として呼ばれて、今はこうして喋る事もできる。それって、ちょっとかっこよく言えば選ばれた人でしょ?だったら、取り戻す事もできるんじゃないかって。キュウべえと契約してからずっと失くしてた、普通の人間の体をね」

 

 「えっ?」

 

 「ここからが本題よ」

 

 ようやくなぎさが興味を示してくれたようで、愛矢は少し上機嫌になりながら言った。

 

 「私達、何かとミラーワールド―鏡の向こうの世界の事だけど―に行ってたけど、あそこはね、本来は何人ものライダーが戦う場所だったのよ」

 

 「戦う…?」

 

 「睦月達とは違うライダー、中央に動物のようなマークがあるデッキで戦う、この世界に本来いたライダーが戦う場所。そこでね、最後の一人になった人には何でも願いを叶えられる権利が与えられるの。私達パラディはね、その願いを叶える力だけを奪って広げる、つまり、無限に願いが叶えられるように活動してるの」

 

 「パラディ…?」

 

 「『楽園』って意味よ。あなた達は気付いてないでしょうけど、そのミラーワールドは今、私達が来たと同時に何故か乱れている。つまり、ミラーワールドを構成していたシステムが脆くなっているから、それを実行できる最大のチャンスってわけ」

 

 さらに愛矢は続けた。

 

 「私は、それに協力して、その力で普通の体、普通の命を手に入れて、過去の記憶も全部無くして完全にリセットするの。それが私の新しい夢。

それを邪魔するなら、誰だろうと許さない。たとえ、睦月でも…」

 

 最後を特に語感を強めて言った。そして、サッとなぎさを正面から見つめると、

 

 「あなたも、こっちに来ない?」

 

 「えっ?」

 

 「私達の計画が成功すれば、何でも願いが叶う。だから、あなたにもその権利を与えられる。キュウべえと契約してからおかしくなった体も、取り戻す事ができる。どう?睦月とは完全に別れて、私と一緒に来ない?」

 

 そう言ってスッと手を伸ばした。

 

 「あっ…なぎさは…」

 

 しかしなぎさは、それを見つめるだけで受けとる事はできなかった。睦月の事が憎いのなら、すぐに手を取る事ができたはずなのに何故か。

 

 一体何に引っかかっているのか、なぎさ自身にも分からなかった。

 

 しばらくそのまま沈黙が続くと、もうダメだと小さくため息をつき、手を引っ込めた。

 

 「ま、先を急ぎすぎたわね」

 

 そして手元のメモ(今まではそれに3分クッキング等で紹介されていた料理のレシピをメモしていた)サラサラと何かを書くと、ビリッと破いてなぎさに手渡した。

 

 「一昨日戦った場所、その住所と簡単な行き方を書いておいたわ」

 

 なぎさは黙ってそれを受け取った。

 

 「2日だけ時間をあげる。明後日、その場所で待ってるから、もしも来る気になったらそこに来て」

 

 そう言うと、もう話は終わりだとなぎさにクルッと背を向けた。

 

 「ずっと、待ってるから」

 

 最後にそう言い残すと愛矢は静かに立ち去った。愛矢の姿は、暗闇に完全に溶け込み、見えなくなった。

 

 なぎさは、愛矢のメモを見つめるだけで、しばらくそこを動かなかった。

 

 

続く



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第36話 かかわり

 三葉睦月は、とある不動産会社の社長とその秘書との間で生を受けた。とある会社と書いたが、それは誰もが知ってる大企業で、あの高見沢グループに次ぐ大きな会社だった。いわば、お坊ちゃんというヤツだ。

 睦月は両親をとても尊敬していた。何万人という社員に愛されながら、彼らを守る為に日々働いている姿がとてもカッコいいと感じた。だから、大きくなったら父親の会社を継ごうと思うまで、そう時間は掛からなかった。

 その為に睦月は勉強を頑張った。小学校時代から勉強を頑張り、成績は常にトップを維持していた。そして、父親と同じ大学・学部に合格することが出来た。

 せっかく大学に入ったのだから、勉強だけでなく大学生ぽい事をやりたい。そう思った睦月は入学してすぐに写真サークルへ入った。写真を撮ることは昔から好きだった。小さな頃はよく、物件や土地の宣伝用の写真撮影に同行していたからだ。

 初めは誰かと一緒に知らない場所へ出掛ける事自体が好きだった。しかしある日、「一枚撮ってみないか?」と言われた。辺りを見渡すと、青紫の紫陽花が咲いていた。雨上がりだった事もあり、葉や花びらに雨粒がついていて、それが太陽の光に反射し、キラキラ輝いていた。睦月はとてもキレイに思い、一枚写真に収めた。

 カメラを渡した人もとても驚いていて、「これは凄い」とか、「将来はカメラマンに向いている」とか言っていたのだが、睦月はほとんど聞いていなかった。自分が先ほど撮った写真、それをただ眺めていた。

 この写真は、昨日では撮れなかった。明日でも絶対に撮れなかった。今日ここにいて、カメラを手渡されて、その時間、その瞬間にその場所でカメラを向けていなければ撮れなかった光景だった。

 一秒ずつ変化していく景色。その瞬間を写すカメラ。その一瞬を記録し、永遠に人の目に触れる事ができる。写真というのは、いくつもの奇跡が積み重なって生まれるモノ。

 睦月はそんな写真の魅力に一気に虜になった。

 それからも睦月は行く場所行く場所でいくつもの一瞬をカメラに収めていった。そんな睦月だったから、大学では何の迷いも無く写真サークルに入ることを選択した。

 そんな睦月に、一つの転機が訪れる。



 「あなた、三葉睦月、よね?」

 

 ある日、とある写真コンクールの作品を見に行った時にふと声を掛けられた。

 

 「そうだけど、君は?」

 

 「あれ?分からない?私よ私!大沢南(おおさわ みなみ)!同じ写真サークルの、1年先輩の!」

 

 「はっ、はぁ…」

 

 名前を言われてようやく分かった。他の先輩から聞いた事がある。写真サークルの中に、一人天才的に上手い撮影をする人がいると。

 

 「おいおい、そんなに後輩を困らすなよ。お前ほとんどサークル行ってないって言ってたじゃねぇか」

 

 そう言って一人の男も近付いてきた。

 

 「だって~」

 

 「え~っと…」

 

 「あぁ、悪い悪い。俺は多摩堀之(たま ほりの)。こいつの写真仲間だ」

 

 睦月の反応を察して堀之は言った。

 

 「だってしょうがないじゃない!あのサークルの人って皆遊ぶだけで全っっ然カメラ上手くなろうとしないんだもん!」

 

 そんな自己紹介もそこそこに彼女は不満を言う。

 

 「あの、では何で俺の事は知ってたんですか?」

 

 「そりゃぁ、あなたは別だもの。前に作品展で出してたでしょ?それを見て分かったの。あぁ、この人はカメラを愛してるんだなって」

 

 作品展というのはサークル内で月に一回行われる発表会の事だ。自分がその月に撮った中で一番良かったモノを出品し、最も良かったモノを決める。

 

 と言っても、やはり学生間で行われる催しだから公平ではない。どうしても仲が良いからとかいつもお世話になってるからとか、そういう私情的な理由で投票する人がほとんどなので、どうしても先輩が選ばれてしまう。

 

 しかし睦月は、それを一つの節目とだけ見ているので別にどうこう言うつもりは無かった。一つのノルマ、目標、モチベーションの維持、それに発表会は相応しいと思っていたからだ。

 

 「あなたとは一度ゆっくり話したいと思ってたのよ!どう?今からいい?」

 

 「えっ、いや…」

 

 「はい、決定決定!さ、行くわよ!」

 

 「ちょっちょっと!」

 

 腕を捕まれ、そのまま引きづられるように連れていかれた。堀之は苦笑いして、小さくごめんなと言った。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 「どう?どう?」

 

 近くのカフェに入ってすぐに南は写真を得意気に見せてきた。

 

 「凄い…」

 

 睦月はそれを見て感嘆の声をあげた。それは流石サークルの人が絶賛するだけあって、どれもかなり良く撮れていた。

 

 風に揺れる木々、朝露できらめく花、朝日に反射して水晶のように輝く氷柱。

 

 写真を見るだけでそれらがどう躍動していたのかが手に取るように分かる。

 

 「俺のも見るか?」

 

 続けて堀之が写真を何枚か出して見せた。

 

 彼の写真は自然ではなく動物の写真だった。雲一つ無い青空に向かって飛ぶ鳥、花畑で羽ばたく揚羽蝶、大胆かつ繊細な動きを見せる様がしっかりと写されていた。

 

 「凄いですね!」

 

 「まぁね」

 

 堀之も少し得意気だ。

 

 「俺は元々キャンプが趣味でな、それで暇潰しに色々パシャパシャ撮ってる内に何かハマっちゃったんだよね」

 

 「それである時私と出会ってね、それで意気投合しちゃったんだよね~」

 

 南が続けて言った。

 

 「それで二人は今は付き合ってるって事ですか?」

 

 ふと、睦月が尋ねた。てっきり「そうそう」という解答が返ってくるかと思いきや―

 

 「「は?」」

 

 二人同時に謎の疑問符を返された。そして、二人で顔を見合わせると大声で笑った。

 

 何か変な事言ったか?

 

 睦月の顔に気付いて堀之が笑いながら言った。

 

 「いや、ごめんごめん。違う違う。こいつとはそういう関係じゃ無いって。ただの写真仲間」

 

 「そうそう。っていうか、多摩君は彼女いるし!」

 

 「はっ、はぁ…」

 

 それなのに別の女子と会って大丈夫なのか?

 

 「大丈夫よ。公認だから」

 

 心が読まれた。

 

 「桜―俺の彼女の名前だけど―は虫とかダメだから同行はNG。だから基本一人で行ってるって訳」

 

 「なるほど」

 

 「ね、それよりもさ、今度私達、またどこかでキャンプしようと思ってるんだけど、一緒に来ない?」

 

 「えっ、良いんですか?」

 

 「良いも何も、大歓迎よ!写真を愛してるならなおさら!」

 

 良い腕だと評判の南とその仲間の堀之。その二人の技術には凄く興味があった。

 

 だから睦月は迷わず頷いた。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 そこからは楽しい日々が続いた。空いた日には決まって大学や自然公園へ撮影しに行ったし、彼女らの構図の取り方を勉強したりした。

 

 3人の休日が重なった時は遠出をしたりもした。

 

 彼女らは睦月にカメラの事を丁寧に教えてくれて、睦月の腕もかなり上がった。

 

 今まで、一人趣味に没頭していた睦月にとって、それは新しい喜びであり、とても楽しかった。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 そんなある日だった。

 

 「湖?」

 

 「そ!私達も初めて行くんだけど、この山の開けた場所に凄く綺麗な湖があるんだって!今度の休みにここ行ってみない?」

 

 「面白そうですね。もちろんです!」

 

 「じゃ、早速準備しましょうか。と言っても持ってく物はいつもと同じで…あっ、あなた、バイクの免許持ってたっけ?」

 

 「えっ…持ってないですけど…」

 

 「あ~やっぱりか、いや、いつもだったら日帰りだったから交通の便の良い場所に行ってたんだけど今回はそれが難しいんだよなぁ…」

 

 「ねぇ、三葉君ってお金持ってるわよね?」

 

 「ん…まぁ~幾らかは…」

 

 お金なら余程の事が無い限りは両親が幾らか補償してくれるし、そもそも睦月自身がそんなに散財するタイプじゃないから貯金が幾らかあった。

 

 と言うか、何で知ってるんだ?

 

 「だったら取って!夏休みまでに!すぐ!」

 

 「えっ…いや、俺が不器用なの知ってますよね?そんなにポンポン行かないと思いますが…」

 

 「大丈夫よ!あんた、言われた事だけは出来るんだから!人間はやろうと思えば1ヶ月で免許取れるから、さぁ、go!!」

 

 「はっ、はい~」

 

 南に言われるがままに免許センターに行った。そして、本当に1ヶ月弱で取れてしまった。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 そして夏休みが後半に差し掛かったある日、ついに湖に行く日が来た。

 

 しかし、キャンプ当日は生憎の雨だった。しかも予報では、夜になるほど益々強くなるという話だ。

 

 「本当に延期にしなくて良かったんですか?」

 

 「ん~、今回泊まるキャンプ場、キャンセル料取られる場所だから、何か勿体なくてね~」

 

 「それでも目当ての湖に行けなかったら本末転倒じゃないですか」

 

 「あ~それなら大丈夫だ。明日にはカラッと晴れるって話だし、今日はテントじゃなくてログハウスを取ってるから安全面でもクリア」

 

 「あれ?テントじゃないんですか?」

 

 キャンプと言うからテントをイメージしていたので睦月は少し驚いた。

 

 すると堀之は真顔でこちらに顔を向けると言った。

 

 「お前、テント組み立てられるの?」

 

 「ん~、多分出来るかと…」

 

 「キャンプの経験は?」

 

 「無いです…」

 

 それを聞くと堀之は黙って睦月の肩に手を乗せると呆れ気味に言った。

 

 「言われた事しか器用にできないヤツには絶対無理だ」

 

 「その根拠の無い自信、ある意味尊敬するわ…」

 

……………

 

 そんなやり取りの後、三人はバイクで目的地へ。バイクを走らせ三時間、何のトラブルも無く山へ着いた。

 

 近くにハイキングコースがあるという事で幅広い層から人気のキャンプ場だった。尤も、今は大雨で人もほとんど居なかったが。

 

 三人が泊まったのはテントを建てられる場所やログハウス郡から少し離れた高い場所にある、崖の側のログハウスだった。近くには火を起こせる場所もある。と言っても、今は雨だから使うことは無いが。

 

 「いや~、もう濡れた濡れた!」

 

 入るとすぐに睦月はレインコートを脱いでハンガーにそれを掛けた。そして窓を見ながら言った。

 

 「これ、本当に明日止むんですか?仮に止んでもこれだけ酷いなら明日湖は―」

 

 ブオン!

 

 その時、首に鋭い痛みが入ったと思ったら、突然目の前が真っ暗になった。

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 目が覚めた。起き上がろうとすると、首に鋭い痛みが走った。

 

 それを堪えて何とか起き上がり、立ち上がろうとしたが出来なかった。ログハウスにある柱に、ロープで完全に固定されていた。

 

 「目が覚めた?」

 

 声を聞いて顔を上げた。するとそこには大沢南と多摩堀之が並んで立っていた。二人は見たことの無いような表情をしていた。

 

 「大沢さん…?多摩…さん?一体これは…?」

 

 「は~、ここまでされてるのに本当鈍いのね。あんたはこれから殺されるのよ。私達によって!」

 

 「はっ…?」

 

 「おっと、助けを呼んでも無駄だぜ。ここは他のキャンプ地とは離れた場所にあるし、例え大声を出したとしても、この雨じゃ届かねぇよ」

 

 雨はいつの間にかかなり激しくなっており、時折雷が鳴るのが聞こえた。

 

 「そんな事言ってるんじゃない!どういう事だ!?何で俺を?何かの冗談だよなぁ?おい!」

 

 「これを冗談だと思えるならお笑い草だな。あんたの父親が、俺たちに何をしたか知ってるか?」

 

 「一体、何の話を…?」

 

 「私達はあんたの父親に家族を殺されたのよ!」

 

 「………え?」

 

 「私と堀之のパパはどっちもあんたの父親の会社に吸収された会社に入ってたのよ。だけど吸収なんて上部だけ。本当はパパの会社にあった情報が欲しかっただけ!吸収されるや否やすぐに人材を切り捨てた。私達のパパもそうだったのよ。クビにさせられた。そのまま自殺よ。あんた達の性でね!」

 

 「――――!」

 

 「だからあんたがあのサークルに入った時は驚いたわよ。こんな偶然があったんだって。そして同時にチャンスだと思った。あんたのパパに復讐するチャンスがね!」

 

 「復讐…?」

 

 「大事な人を突然失う事がどれだけ辛いか分からせるの。あんたを殺してね!」

 

 そして南は傍にあったナイフを、堀之はスタンガンの目盛りを最大にして手に持った。

 

 「じゃあ…嘘だったのかよ…?今までの事も全部…」

 

 「友達だった事を言ってるのか?バカか。俺たちはお前を友達だと思った事なんて一度もねぇよ!」

 

 外から閃光が走った。白く輝き、二人の表情が見えなかった。

 

 「さ、無駄話はここまで。さっさと始めm」

 

 その時だった。ログハウスから爆発とも思わせるような大きな衝撃が響いた。黒い影が睦月の前に見えてそして――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「!!!」

 

 睦月はガバッと顔を上げた。

 

 そこはログハウスでは無かった。アパートクインテットの中だ。

 

 「夢………」

 

 いつの間にか睦月はテーブルに突っ伏して眠っていたようだった。

 

 そう言えば、なぎさちゃんが倒れてから録に眠って無かったっけ…。

 

 時計を見ると午前4時。もう深夜というより明け方だ。空は黒というより藍色になっていて、星もまばらだった。

 

 睦月はそっと、なぎさの部屋を覗いた。

 

 「なぎさちゃん…?」

 

 なぎさは顔を窓に向けて、一定周期で呼吸をしていた。疲れて眠っているようだった。回り込んで寝顔を見ることはできなかった。

 

 目覚まし時計、キーホルダー、鉛筆、ペン…。辺りはなぎさが投げつけたモノでごちゃごちゃになっていた。

 

 入り口に置かれたお粥は置いたままの状態だった。完全に冷めきっていた。

 

 睦月は黙ってお盆を下げた。三角コーナーにお粥を捨てると、できるだけ音を立てないようにしながら洗った。

 

 

 あの後…

 

 南と堀之が武器を構えた後…。睦月は意識を失った。次に気が付いた時、そこは病院のベッドだった。

 

 両親から、その後の事を聞かされた。

 

 あの後、あのログハウスは土砂が転がり込んで、大破したという。落雷の衝撃で、ログハウスの真上で土砂崩れが起こったのだとか。それに巻き込まれて二人は崖に転落。睦月は縛り付けられてたロープのお陰で柱にぶら下がるような形になったので転落せずに済んだ。

 

 衝撃音を聞いた近くの人が通報して、睦月は助け出された。

 

 後日、崖下から二人の遺体を発見。堀之が持ってた手帳に犯行計画が書かれていたらしく、それで事件だと発覚した。

 

 どこからか嗅ぎ付けたマスコミがそれを大きく報道。動機も大々的に報じられ、父の会社も大きなバッシングを受けた。信頼はがた落ち。そのまま倒産との噂も立っていたが、それは何とか避ける事に成功したらしい。―どうでもいい事だが。

 

 睦月も一時注目の的になった。特に写真サークルでは、南さんを知らない人はいなかったので、尚更だ。

 

 父親の事、二人の事、その他もろもろ聞かれたが、睦月は全て無視。適当にあしらった。

 

 全てどうでもよかった。

 

 毎月開かれる写真展。その為に撮っていた写真も、父親の会社を継ぐという夢も全て。

 

 これまで撮った写真は全て捨てた。カメラも、これまで使っていたモノは捨て、代わりに小さなデジタルカメラを使うようになった。写真を撮る頻度は毎日だったのが三日に一度になり、一カ月に数枚になり、とうとう発表会に出展することもまばらになった。他人とも、完全に避けるとはしなかったが、必要最低限の関わりしか持たなくなった。クインテットで住むようになったのもこの時だ。大学は、実家からでも十分に通える距離だったが、睦月が一番親しくしていた人が大家をやっているアパートに、人が入らなくなって困っていると言っていたのを思い出して入った。しかし、それは両親に理由を聞かれた時に話した建前。本当の理由は単純。一人になりたかった。しばらくと言わず、ずっと。

 

 このまま、適当な企業に就職し、誰とも関わる事無く、影薄くサラッと一生を終える。それでもいいやと思ったときもあった。

 

 それなのに、それなのに、それなのに…

 

 そんな時だ。不思議な夢を見て、なぎさ達に出会った。

 

 海では童心に還ったようにはしゃぎ回った。レントでのバレーボール対決は本当に燃えた。ショッピングモールでの買い物などいつ以来だろう?ご飯があれだけ美味しいと感じたのは初めてだ。デジタルカメラのシャッターにも、自然に指が掛かるようになった。

 

 5人との生活は本当に楽しかった。あの事件以来初めて、そう心から思えた。このままずっと、そんな生活が続けばいい、続いてほしいとそう思っていた。

 

 睦月は洗い物を終えると、ダイニングテーブルに再び座った。

 

 『なぎさは、助からなければ良かった!』

 

 『私…魔女、だったんですよね?』

 

 『私ね、思い出したのよ。魔法少女になる前の事、なってからの事、そして何故魔女になったのかも全て』

 

 『嘘よ…そんな…私…』

 

 救えたつもりでいた。魔女と戦って、グリーフシードを手に入れて、REMOTEで元の姿に戻せば救えるとずっと思っていた。救えた気になっていた。

 

 だけど、それは間違いだった。救えた気になっていただけで、全く救えていなかった。

 

 考えてみれば当然の話だ。睦月はずっと、彼女達に魔女だった頃の話をするのを極力避けていた。魔女だった頃の自分と向き合わせたく無かった。臭いものに蓋をするように、魔女であったという最悪な記憶は忘れてしまえばいい。いつか、それは遠い記憶になって、気が付いたら消えるだろうと、そんな甘い考えがどこかにあった。

 

 最悪な記憶程、鮮明に覚えている。自分が一番それを分かっていた筈なのに。晴人達が行動を起こさなくても、遅かれ早かれそうなっていただろう。全部自業自得だ。小夜を死なせた事も、舞花が行方をくらましたのも、愛矢が過去の記憶に耐えられなくなった事も、なぎさが今まさに自分の過去に押し潰されそうになっていることも。

 

 それに対して何て声を掛けたらいいのかが分からない自分がもどかしかった。

 

 救世主気取りだった自分がとにかく惨めだった。

 

 なぎさが投げたモノが腕に当たった時のジンジンする感触が未だ消えない。どんな怪物の、魔女の攻撃よりも痛い。

 

 

 急に明るくなって来たのを感じて睦月は時計を見た。もう午前7時だ。いつの間にか太陽は、山よりも高く昇っていた。

 

 ふと、デジタルカメラが目に入った。

 

 いつの間にか、出掛ける時の必需品になった小さいデジカメだ。

 

 そう言えば昔は、何か悩みがあった時は過去に撮った写真を眺めていたっけ。

 

 友達と喧嘩した時とか、学校で嫌な事があった時とか、大学受験で成績が上がらなかった時とか。何かあれば写真を見て、気持ちをリフレッシュさせていた。

 

 だから今回も―

 

 

 

 ピッピッピッ…

 

 小さな電子音だけが部屋に響く。

 

 いつもなら、悩みも晴れてスッキリする。しかし、今回はそうは行かなかった。

 

 むしろ逆だ。

 

 晴人が写っている写真を見るたびに怒りが芽生えたのも確かだが、それ以上に感じるのは自分への怒り、後悔、罪悪感。なぎさ、愛矢、舞花、小夜。彼女達の顔を見るたびに罪悪感が胸に溜まる。あの時こうすれば良かったと、そんな意味の無いたらればを考えてしまう。

 

 自分は一体、何がしたかったのだろうか?

 

 『なぎさは、助からなければ良かった!!』

 

!!!!!!!!!!!!!

 

 ドン!という音を立ててデジカメが床に転がる。睦月が咄嗟に投げたのだ。弾みでボタンが押されたのか、写真がパッと切り替わった。睦月はそれをまじまじと見つめた。

 

 それは、クインテットの前で撮った、睦月、なぎさ、愛矢、舞花、小夜の5人で写ったたった一枚の写真だった。

 

 

続く



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三十七之巻 波寄る場所

私、百江なぎさは、見滝原に住む魔法少女…だった。魔女になった所を助けてくれた睦月と一緒いる内に何かが変わっていくと思っていたのに、毎晩見る夢でモヤモヤが貯まっていったのです。それがある日爆発して、睦月に強く当たってしまったのです。そんな時、愛矢からなぎさ達の体の真実を告げられて、一緒に来てと誘われたのですが―。


~集~ 

 

 それは、小夜がギャレンとして戦う決意をしてから数日後の事だった。

 

 「写真?」

 

 何の脈絡もなくいきなり舞花が提案してきた。

 

 「そ!私達が住んでる場所ってクインテットでしょ?せっかくこうして5人揃ったんだから、そのお祝いにってね!」

 

 アパートクインテットは、一階に三部屋、二階に二部屋の合計五部屋あることから付けられた安直な名前だ。

 

 「昨日テレビでクインテットは五重奏って意味だって知ったから撮りたいんですよね」

 

 「ちょっと小夜!それは言わない約束でしょ!?」

 

 やっぱりなと思った。舞花は、ベタだが楽しい事が好きだけどそれ以外はさっぱりというタイプだ。当然勉強も。

 

 「ちなみに舞花はクインテットってどういう意味だと思ってたの?」

 

 横で聞いていた愛矢が口を挟んだ。

 

 「えっ…別に…ってかそんなの考えた事も無かったし」

 

 ですよね。

 

 「とにかく!写真撮ろ?ね?良いでしょ?」

 

 そう言えば全員で揃った写真はあまり撮った事無かったなと思った。

 

 「それは構わないけど」

 

 「やた!じゃあ皆、すぐに準備してクインテット前に集合!」

 

 そう言うと舞花はすぐに自分の部屋に戻って行った。小夜も後から続く。

 

 相変わらず元気だな。

 

 さてと、と、睦月は引き出しからデジカメを取り出した。

 

 「あれ?」

 

 「どうしたの?」

 

 「いや、電池がさ」

 

 「あぁ~、無くなってるね」

 

 カメラの画面には電池切れを知らせる表示が一定周期で点滅していた。しかも、傍にしまっている単3電池の買い置きも丁度切らしていた。

 

 「ちょっと買ってくるから、先に準備しといて」

 

 「ん。分かった」

 

 睦月はすぐに近くのコンビニまで出掛けた。

 

 コンビニまでは徒歩で10分の距離だ。30分弱経過して、睦月は戻った。

 

 遅いだの、待ちくたびれたなど舞花からブーブー文句を言われるかなと考えていたが、

 

 「あ、睦月やっと帰ってきた!ねぇ、ちょっと手伝ってぇ!」

 

 「ん?どうした?」

 

 なぎさ達が近くの茂みで何かをごそごそと探していた。

 

 「四つ葉のクローバー。小夜がさっきね、折角撮るならライダーぽさも出したいなって言ったから、それなら睦月の象徴のクローバーも写そうってなって、それなら一番レアな四つ葉のクローバーにしようって話になったんだけど」

 

 「そっか、小夜が…」

 

 「よっしゃ!じゃあ、俺も探すか!」

 

 睦月も意気揚々と草むらに入った。

 

 四つ葉のクローバーもそうだが、小夜がそれを提案したというのが嬉しかった。

 

 初めて会った時は、かなり遠慮があったから。随分と馴染めるようになったと実感できて。

 

 

 

 「ダメ~!全っっっっっっ然見つからない~!」

 

 数時間が経過した。炎天下での四つ葉探索はさすがに骨が折れた。既にクインテット内での探索は諦め、場所を変えてみたが結果は同じだった。

 

 「何か…すいません。私の性でこんな大事になってしまって…」

 

 「いやいや、小夜は悪くないでしょ。むしろ悪いのは私達の運の悪さ…」

 

 舞花は一面の茂みを一瞥して、

 

 「あ~!三つ葉だったら一杯あるの…に……」

 

 「?どうかしたの?」

 

 「それよ!!」

 

 

 

 「これは面白いのです!クインテットぽいのです!」

 

 「もっと早く思い付いてればここまで苦労しなくて良かったのにね」

 

 「分かってないわね~。あれだけ苦労したからこれを思い付いたのよ。さっすが私!」

 

 「ごめんごめん。遅くなった。さ、始めるよ」

 

 そう言って睦月は三つ葉のクローバーとトランプのクラブの5のカードを取り出した。

 

 小夜と舞花は立ち上がり、その少し前になぎさが、その更に前に愛矢が並び、それぞれ三つ葉のクローバーを掲げた。

 

 睦月は更にもう片方の手でトランプも掲げた。

 

 舞花が考えたアイデア。それは、謂わば人間トランプ。5人がそれぞれ三つ葉のクローバーを持った状態で並び、トランプの5を再現するというモノだった。

 

 「それじゃあ、撮るよ~!」

 

 睦月はデジカメをタイマーにすると、すぐに走って行き、愛矢の隣に立て膝をして三つ葉のクローバーと、もう片方の手にトランプを掲げた。

 

 「3、2、1!」

 

 この時、初めてクインテットの皆が一つに、家族になれたように感じた。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 「なぎさちゃん、入るよ」

 

 睦月はスッと扉を開けた。

 

 「あ!」

 

 しかし、そこにはなぎさが居なかった。ベッドももぬけの殻だ。見ると、側の窓が開いていた。近くには雨樋。

 

 すぐに分かった。睦月にも経験があった。

 

 多少危ないが、なぎさの部屋からは雨樋を伝って滑り棒の要領で下に下りる事ができるのだ。小さい頃は面白半分でそれをやり、後で大家さんにこっぺり絞られた事がある。

 

 あぁ!そんな事は今どうでも良い!

 

 「何で!どうして!どこに!」

 

 どうしても伝えたい事があったのに!俺がもっと早く来ていれば変わっていたのか。また、居なくなるのか? 自分のタイミングの悪さを呪う。

 

 ふと、紙のこすれる音が聞こえた。

 

 

~観~

 パラディ 旧アジト 屋根の上

 

 その一角を陣取って、下を見下ろしている一匹の姿があった。願いと引き換えに普通の少女を魔法少女にし、それの希望が絶望に相転移する時に発生するエネルギーを回収し、宇宙の寿命を伸ばすことが目的の、地球外生命体。インキュベーター、通称キュウべえ。

 

 「………………」

 

 「君の方から僕を呼ぶなんて珍しいね。何の用?」

 

 「まだ何かが起こるって確証は無いんだけど、もうすぐ、僕の想像を越える出来事が起こるかもしれないからね。情報は共有するように決めただろ?ウール」

 

 「へぇ~、何でも分かってる風な君でも予想し得ない事が起こるんだ」

 

 タイムジャッカーのウールが皮肉を隠さずに言った。

 

 「勘違いしないで欲しいんだけど、前に君に話したのは起こった事象から考察した推測だ。ここで起こる出来事自体は、僕でも把握しきれないんだよ」

 

 「ふーん…」

 

 「前々から思っていたんだが、何で君はそう僕に敵意を向けるんだい?君の話を聞く限りだと、この現象は僕にとっても君にとっても良いはずだよ?僕はあの世界よりも遥かに効率よくエネルギーを回収できる、君はスウォルツという人物から永遠に離れられてしかも自分だけの世界も作れる。その立役者は僕達だ。だから、より良好な関係を築ける筈だけど?」

 

 その態度だ!と、ウールは思った。

 

 何でも分かってる風な口調、いつも自分が優位に立ってると思わせるような仕草、その他もろもろ全てがジオウの隣にいたウォズを彷彿とさせる。

 

 キュウべえから目をそらすようにウールは眼前を見渡した。そこには、一人の少女が立っていた。見たところ、誰かを待っているようだった。

 

 「あれは、確かキックホッパーの…」

 

 「そう、かつて魔女と呼ばれる存在になり、三葉睦月によって姿を戻された徳山愛矢だ」

 

 『姿を戻された』。彼女らの体が普通と異なると判明してからは、キュウべえはそういう言い回しをするようになった。

 

 あくまで事実だけを、機械的に、事務的に伝えるといったような感じだ。

 

 「もうすぐここに、百江なぎさが来る可能性がある」

 

 「百江…あの時妙な力を出したヤツか」

 

 『あの時』、とは、愛矢がパラディに入り初陣をした時だ。あの時はウールも驚いた。人の姿をしながら劣化とはいえ結界と使い魔を出したのだから。

 

 その後、愛矢はなぎさに体の事を伝えた。

 

 それをキュウべえが陰から見ていたので、二人(正確には一人と一匹)は把握していた。

 

 「あの時の彼女は、確かに絶望の底にいた。もしも魔法少女だったら、ソウルジェムは完全に濁り、円環の理に導かれるだろう位にね。そんな彼女がこれからどんな選択をし、それによって何が起こるのか。いずれにしても、この世界にまた何かが起こる可能性が高いと考えているよ」

 

 『可能性が高い』と話しておきながら、半ば確信している様子だった。

 

 とは言え、彼女らの動向には確かに興味があった。ウールは黙って屋根の上に腰を下ろした。

 

 「ウール、分かってると思うけど…」

 

 「あぁ、僕の力は使わないよ。過度な干渉はしない。それが情報の共有の条件だからね」

 

 

~待~

 

 パラディ 旧アジト

 

 とてもアジトとは思えない大きく荘厳な屋敷の前で徳山愛矢は待っていた。

 

 『ずっと、待ってるから』

 

 一昨日は、なぎさにそう言い残して去った。しかし、その時点で既になぎさはこちらに来ると確信があった。

 

 なぎさの目、顔。それが、自分の表情と同じだったから。

 

 全てを思いだし、絶望し、自分の願いに、欲望に、運命によって呪われる。そして、魔女だった時に殺された方がましだったと結論付ける。だけど、感情を手に入れた今、安易に自殺を選ぶこともできない。生きたいと思う心が、それを邪魔する。なぎさが自分に殺してほしいと頼んだことが何よりの証拠だ。

 

 生と死の板挟み。完全な生き地獄。

 

 全て、全て自分と同じだった。

 

 それから救われる為には、たとえ友達の仇だったとしてもこちらに来るしかない。無限に願いを叶えられる力。その力で体も記憶も全てリセットして、新しい世界で生きるしか。

 

 「ん?」

 

 そんな事を考えている間に、屋敷の門を通って真っ直ぐこちらに向かってくる小さな影が見えた。

 

 思った通りだ。

 

 なぎさは、愛矢の前で立ち止まった。

 

 「本当に良いんだね?」

 

 答えの分かっている決まり文句をなぎさに問い、なぎさはこくんと頷く。

 

 愛矢はニコっと微笑んだ。

 

 「じゃあ、改めて歓迎するわ。ようこそ、パラディへ!」

 

 愛矢はなぎさに手を差しのべた。

 

 なぎさはその手を取ろうと手を伸ばして―、

 

 「なぎさちゃん!」

 

 聞き覚えのある声になぎさはハッと目を見開いた。振り返ると、息を切らしてやって来ただろう睦月の姿があった。

 

 「睦月…」

 

 「あなた、何で!?」

 

 「だから言ったんだ、あの時連れてきゃ良かったってなぁ!!」

 

 その声と共に、近くにあった溜池から仮面ライダーガイが飛び出してきた。

 

 『STRIKE VENT』

 

 ガイは右腕にメタルホーンを付けると、それを勢いよく振り下ろした。

 

 「うわっ!」

 

 睦月は反射的にそれをかわし、レンゲルベルトを付けた。

 

 「変身!」

 

 『♧Open Up』

 

 睦月はレンゲルに変身した。

 

 「ほら愛矢、こいつは俺に任せてさっさと連れてけ」

 

 レンゲルを牽制しながらガイは言った。

 

 「了解。ほら、なぎさ、早く行くわよ!」

 

 愛矢はなぎさの腕を掴むと側にある鏡に向かって駆けだした。

 

 「待て!行くな!」

 

 「行かせねぇよ!」

 

 「グワ!」

 

 背中が思い切り斬り裂かれた。見るとガゼルスタッブを構えた仮面ライダーインベラーの姿が。

 

 インベラーとガイ、二人のライダーの妨害でなぎさの元へ行けなかった。既に愛矢はベルトを巻き、ホッパーゼクターを持ち変身しようとしている。適当な姿見に飛び込み、ミラーワールドルートでアジトに戻るためだ。

 

 「―――――!」

 

 「なぎさちゃん!ごめん!!!!!!!!」

 

 本当はクインテットで、落ち着いて言いたかった言葉。それを全て、今、なぎさに伝えた。

 

 睦月はラウザーでガゼルスタッブとメタルホーン、二つを牽制しながら続けた。

 

 「今まで苦しい思いをさせて、それを気付けなくて、本当にごめん!!!!!」

 

 分かったつもりでいた。だけど、なぎさの心は何も分かっていなかった。ライダーになって魔女から助けた事に浮かれて、魔女になった事が、魔法少女だった事がどれだけ心にしこりを残していたのかを、まるで分かっていなかった。当然だ。そんなの、当事者にしか分からない。何を思い絶望し、その結果自分が今まで何をやったのか。そんな現実をいきなり叩きつけられた人の気持ちなんて、「分かってる」なんてとてもじゃないが言えない。

 

 許してくれとも言えない。

 

 なぎさが、愛矢が何を期待して晴人の元へ行ったのかも分からないし、それを否定する事も、自分にはできないのかもしれない。だって、そこまで追い詰めてしまったのは自分の失敗だから。

 

 それでも、言わずにはいられなかった。

 

 「お前は、本当にそれでいいのか!!!?」

 

 「――――」

 

 「このまま、全部壊して終わりにして、本当に良いのか!?」

 

 やっと分かったのだ。誰かと一緒にいる事に意味を見出すことが出来なくなった自分が、それでも何故彼女達の為に命がけで戦う事にためらいが無かったのか。

 

 「今さらなに言ってんだ!?あいつがここに来た時点で、答えは決まってるもんだろ?」

 

 「そうそう、意志は大切にしないと、な!」

 

 ガゼルスタッブで胸を突かれ、睦月の体は吹っ飛ぶ。

 

 それは違う。

 

 睦月は確信していた。確かにあの時、なぎさが黙って出ていった時は手遅れかと思った。感情の無い魔女から感情の持った人間に戻され、それを行った睦月への恨みが全てを覆ってしまったのだと。だけどー、

 

 何故睦月が今ここにいる?何故なぎさと愛矢の合流場所が分かった?

 

 それは、窓の側に住所が、愛矢との合流場所を記したメモが置いてあったからだ。

 

 なぎさは子供ながら賢い。もしも本当に睦月に邪魔されたくないのなら、メモは置いて行かない。

 

 その時思った。まだ間に合うと、なぎさの心は完全に絶望に染まっていないのだと。

 

 もしも、このままなぎさまで行ってしまったら、本当に後戻りできなくなる。

 

 だったら、そこから呼び寄せる。なぎさ自身だって、本当はそれを望んでいない筈だから。

 

 「なぎさ!」

 

 だって―

 

 「今まで俺たちと過ごした時間も全部苦しかったのか!?」

 

 なぎさはここに来てから一度も

 

 「楽しくなかったのか!!?」

 

 笑顔を見せていない。

 

 

~考~

 何を今さらと思っていた。

 

 なぎさの事、何も分かってない癖に。魔女になって、人を殺して、その時の感覚が昨日の事のように思い出す苦しさなんて、睦月には一つも分からないでしょ?

 

 そう、思っていた。

 

 「待て!行くな!」

 

 だから、そう言われた時も、なぎさは立ち止まるつもりなんてさらさら無かった。

 

 全てを無かった事にするしか、この苦しみを終わらせる方法は無いと思っていたから。

 

 それなのにー、

 

 「お前は、本当にこれでいいのか!?」

 

 それでも良いと、そう思っていたからここに来た筈だった。

 

 なのに何故?

 

 何故か睦月がここに来てから、声を聞いてから、足が思うように動かない。

 

 「このまま、全部壊して終わりにして、本当に良いのか!?」

 

…………………、

 

 「今まで俺たちと過ごした時間も全部苦しかったのか!?」

 

…………………

 

 「楽しくなかったのか!!?」

 

………………………………………………………

 

 

~無~

 その時、なぎさの体が、魂が今いる場所から抜けて、遠く離れた、周りが壁に囲まれた殻の中にいる錯覚を覚えた。

 

 そこでは、大きな屋敷の景色も、睦月の声も、武器がぶつかる音も、愛矢が手首を掴む感触も無い。

 

 あるのは、フワフワとその場を漂っているスクリーンだけ。

 

 

~問~

 どうしてなぎさは、昨日パラディに来ないか誘われた時、すぐに返事が出来なかったのか。どうして足が動かないのか、どうして睦月の言葉を無視できないのか。

 

 その答えは―、

 

 

~思~

 始めは、眠りから覚めるような感覚だった。朝、学校がある日と同じように目が覚めて、凝った体に少し不快感を覚えるような、そんないつもの朝。

 

 でもそれはすぐに終わった。上書きするように次々に思い出した。魔法少女になってからの一人ぼっちの日々、ソウルジェムが黒く濁りきった時の想像を絶する苦しさ、人を殺した時に感じた肉の感触。

 

 目の前にいる黄金の仮面を被った男を殺そうと襲い掛かった事…。

 

 そんな罪悪感に耐えきれなくなって、逃げ出したけど…、

 

 『誰がどう思おうと、今の君はなぎさっていうかわいい名前の付いた女の子だよ』

 

 そう言われた時、少し心が軽くなったように感じた。許してくれたように感じたから。

 

でも―、

 

 

 

チョコレート、クッキー、シュークリーム、ビスケット、タルト、プリン、マカロン、アイスクリーム

 

 

 ここにもそこにもあそこにも、お菓子がいっぱいお菓子がいっぱい。でもあれだけが見つからない。大好物なのに見つからない。どこどこどこどこ私のチーズ。

 

 

 探して見つけたのはチーズじゃなくて、世にも珍し動くお菓子。

 

 

 チーズでは無いけれど、おいしいのかな?いただきます。

 

 

 バリバリボキボキバリバリボキボキ

 

 

 あぁ、なんだ。

 

 

 チーズよりもおいしいじゃないか

 

 

 

 あの夢が、なぎさをしつこく付きまとった。

 

 『なぎさちゃん、今朝も聞いたけど、本当に俺が学校に行って大丈夫か?無理だったら、今日は休んで一緒にいてもいいんだよ?』

 

 『なぎさは大丈夫なのです。なぎさの為にズル休みをするのはいけないことなのです』

 

 これ以上、自分の為に睦月に迷惑は掛けられないと思い、大丈夫だと嘘をついた。

 

 本当は凄く苦しかった。一人になった途端、毎晩見る悪夢が、たくさんの人を殺したという罪悪感がなぎさの全てを覆い尽くしてしまう。

 

 睦月は、お昼を作ってくれていた。でも、一口食べると人の腕、脚、唇、脳…、それらを食べた時の事を思い出す。それでも、食べないと睦月が心配するから、無理矢理喉に流し込んだ。

 

 その性で戻してしまった事も何度かあったが…。

 

 『だってそうでしょ!!!!??あなたたちの話の通りなら、私は魔女として、怪物として!何の罪もない人たちを殺してたってことでしょ!!?あなたのことだって殺そうとしたってことじゃない!!!なのに何で・・何で私を助けたのよぉ・・・」

 

 愛矢が、自分が魔女だったと知った時、彼女はそう言った。本音を言えば、ちょっとだけ羨ましかった。愛矢が言った事は全部、あの夢を見た後いつも考えた事だし、そうやって、泣いて当たり散らしたいと思った事も一度や二度じゃ無かった。

 

 でも、もし愛矢と同じように自分も言ってしまったら、睦月が傷付くかもしれない。そんな顔、見たくなかったからそれも全部我慢して、愛矢に近付いた。

 

 そうやってずっと過ごしてきたのに…、

 

 愛矢に付いていけば、この苦しみから解放されるのに…。

 

 

~問~

 どうしてなぎさは、昨日パラディに来ないか誘われた時、すぐに返事が出来なかったのか。

 

 

~問~

 どうして足が動かないのか。

 

 

~問~

 どうして睦月の言葉を無視できないのか。

 

 

 

その答えはただ一つ。

 

 

 

~答~

 なぎさは、目から一粒の涙を流していた。そして、掠れるような声でポツリと言った。

 

 「楽しかった…」

 

 単純だ。楽しかったから。それ以外にない。

 

 愛矢に誘われた時もずっと睦月や皆との日々がちらついていた。全てを思い出した後もずっとだ。むしろ、魔法少女になる前の記憶に比べて、今までの日々は楽しい思い出ばかりでそれだけが強調されていて―。

 

~思~

 『ただいま』

 

 『睦月!お帰りなさ~い!!』

 

 どれだけ辛くても、苦しくても、睦月の「ただいま」の声を聞くだけで安心した。

 

 お昼ご飯と違って、睦月と食べた晩御飯の時は、あの感覚はほとんど思い出さなかった。それ以上に、睦月とのお話が楽しかった。凄く、おいしかった。

 

 愛矢や舞花、小夜と出会ってからはその悪夢を見ることはほとんど無くなった。そんな事を考える暇も無いほど楽しい日々だった。

 

 愛矢のご飯は凄くおいしかった。舞花からはいつも元気を貰っていた。小夜の笑顔を見てると、こっちまで嬉しくなった。

 

 皆で行ったショッピングモール、一杯かわいい物やお揃いを買った。レントでやったバレーボール対決、バッティングセンター、ボウリング、どれも凄く熱くなった。海、なぎさにとっては、魔法少女になる前も含めて初めて行った場所だった。海の水は冷たくて、しょっぱくて、キラキラしていて、どれもこれも凄く新鮮だった。皆でワイワイ騒いだ焼き肉パーティーではいつもとは違う美味しさがあった。キャンプでは、睦月が意外に不器用だって分かって、ちょっと面白かったっけ…。

 

 他にも、部屋変えだったり四つ葉のクローバーを探したり、写真を撮ったり、皆で一緒に食べて、お喋りをして、笑って、眠って…………………。

 

 全部、全部、全部、本当に楽しかった。

 

 それもこれも全部、睦月が助けてくれたことが始まりだった。

 

 睦月と出会ってから3ヶ月とちょっとしか経っていないのに、楽しい思い出が数え切れないほどできた。確かに辛かった記憶もあるし、悪夢だって見たけど、それでも楽しかった思い出の方が多かった。心を満たしてくれた。

 

 もしかして、なぎさが本当に願っていた事は―。

 

 

~響~

 気が付くとなぎさは両目から大粒の涙を流していた。その涙が頬を伝い、地面に黒い染みを作っていった。

 

 唐突ななぎさの変化に、愛矢も面食らっていた。

 

 「楽しかった…楽しかった!!」

 

 なぎさは、涙を流しながらそう叫んだ。なぎさの声が辺り一面に響き渡った。

 

 睦月はつい表情が緩んだ。

 

 良かった―。

 

 睦月には、魔法少女になる前の、なってからの、魔女になった後の苦しみがどれほどかは分からない。今まで(大学に入るまでの18年間)、平凡で何不自由なく生活をしていたのだから当然だ。

 

 だけど、なぎさと、皆と出会ってからの日々は知っている。

 

 どんな時に笑うか、どんな時に不機嫌になるか、全部分かってる。

 

 なぎさが楽しかったように、睦月だって楽しかったんだから。

 

 あの時、南と堀之に裏切られてからずっと、一人でいいやって思ってたのに、その心を皆が解かしてくれた。

 

 そして、その楽しい日々をもっと過ごしたい、まだ見ぬ魔法少女達にもこんな思いをさせたい。

 

 その思いから、レンゲルは戦うんだ。

 

 「だったら、もう一回、それを作ろうぜ!」

 

 「でも!」

 

 なぎさはここで初めて、振り返ってレンゲルを見た。

 

 「なぎさは…いっぱい人を殺したし、いっぱい傷付けたし、もう体も普通じゃない。もう、遅いのです…」

 

 「遅くない!」

 

 「―――!」

 

 「それなら、いっぱい謝ればいい!傷つけたなら、仲直りすればいい!俺も一緒に謝る!なぎさが皆から許しを貰うまで、俺も一緒に戦う!!俺も、お前の後悔も罪も全部背負ってやる!」

 

 それでなぎさが笑顔になるなら。

 

 「だから、自分が今一番何がやりたいのか、もう一度考えてくれ!!罪とか過去とかじゃなくて、自分がこれから何をしたいのか、本当の願いを教えてくれ!!」

 

 「お前が、自分は幸せになっちゃいけないっていうなら、俺が何度でも違うって言ってやる!だから、もう一度楽しい時間を作ろう!だから―、」

 

 そして睦月は、心の底から想いを叫んだ。

 

 「だから頼む!戻ってきてくれ!!!!!」

 

 睦月にとっても、なぎさが、皆がいない生活なんて考えられないから。

 

 「フン!ばっかみたい!いつまで夢を見てるんだか…。もう遅いのよ。さ、なぎさ、あいつが足止めされてる内にさっさと行くわよ」

 

 愛矢はなぎさの腕を掴んだまま、再び鏡に向かって歩き出す。

 

 パンッ!!

 

 その手をなぎさは思い切り振りほどいた。

 

 愛矢は、驚いた表情でなぎさを見た。

 

 「なぎさは…、また、皆と一緒に遊びたい。キャンプの時までの、皆がいて、凄くキラキラした時間をもう一度過ごしたい」

 

 だから―と、凛とした目で愛矢を見つめて続けた。

 

 「なぎさは行かない!!愛矢も、なぎさと一緒に帰るのです!!!」

 

 「はっ、はぁ?今さら何を言ってるの!?私たちは普通じゃないの!新しい命を、体を、魂を手に入れなくちゃ幸せは来ないのよ!!」

 

 「それでも!なぎさは、今が良い!クインテットの皆と一緒に、いっぱい思い出を作る方が、なぎさにとっての幸せなのです!!」

 

 「なっ…」

 

 「なぎさちゃん…」

 

 「チッ!やっぱさっさと連れてきゃ良かったんだよ!」

 

 『ADVENT』

 

 突如マガゼールが池から飛び出し、睦月は撥ね飛ばされてしまった。その隙にインベラーはジャンプしてなぎさの元に駆け寄り、ガゼルスタッブを構えた。

 

 「なら今は、ただバカデカい力を持った危険因子って事だよなぁ!!」

 

 「しまった!なぎさちゃん!」

 

 「!!佐野さん、待って!」

 

 ガゼルスタッブが、なぎさの体に届くまで、残り4メートル… 3… 2… 1…。

 

 

~未~

 気が付くと、なぎさは白い空間の中にいた。そこには屋敷も、愛矢も、睦月も、もちろん他のライダーやモンスターもいない。なぎさだけがいる世界だった。だけど、先ほどとは違い、今度のは幻覚であると同時に物質であるとも感じられた。夢と現実の境界のような…。

 

 ふと、下を見ると、小さな二葉が生えているのが見つかった。

 

 それが本葉になり、子葉が枯れ、どんどん成長していった。そして、なぎさの背丈位まで伸びると、その先端に見たこともない木の実がなった。

 

 それは、鬼灯のような見た目をしているが、その皮は赤紫色で見るからに分厚く、下からは藍色の何かがはみ出している。見た目は異様なのに、凄く美味しそうに感じた。

 

 コツッ、コツッ、コツッ…

 

 何も無い筈の場所から突然、足音が聞こえてきた。

 

 顔を上げると、どこから来たのか、一人の男が立っていた。

 

 睦月と同じ位の年に見える。髪は目映く輝く金色で、銀色の甲冑で身を包み、染み一つない真っ白なマントを羽織っていた。

 

 「繋がった」

 

 男は言った。

 

 「まだか細い程に小さな糸だが、ようやく君の今いる世界と、俺たちの世界、そして、"彼女"の世界を結ぶ事ができた」

 

 男は、なぎさと目を合わせると、優しく微笑んだ。

 

 「君の希望が、俺たちを繋いでくれたんだ、ありがとう」

 

 「…………………」

 

 なぎさはただただ彼を見つめていた。どうしてだろう?初めて会ったはずなのに、今自分がどこにいて、そこに立っている人が誰なのか、全く分からないのに、凄く安心する。

 

 「君の前にある果実は、俺と"彼女"の力を合わせた結晶。これを手にすれば君は、戦う力を手にする事ができる」

 

 "彼"は神妙な面持ちになって続けた。

 

 「だが、それを受けとるかどうかは自由だ。それを手にすれば、君は一生、戦い続ける事になるし、一生の苦しみを背負う事になる」

 

 「一生…戦う…?」

 

 「そうだ。君は今、運命を選ぼうとしている。君はこれから何をしたい?何が欲しい?」

 

 なぎさは、ゆっくりと目を瞑った。一生戦い続ける運命を背負わされる力、まるで魔法少女だとなぎさは思った。また、あの時みたいに苦しくて痛い思いをするのか?ようやく戦う運命から解放されたのに、またそこに足を踏み入れるのか?

 

 「なぎさは…」

 

 しばらく沈黙した後、なぎさは口を開いた。

 

 

~欲~

 「なぎさはまた、戻りたい。睦月と、愛矢と、舞花と、皆で楽しく過ごした時に戻りたい。魔女になって、後悔している人に皆に、幸せになって良いんだって言ってあげたい。本当の事を言うと、痛いのも苦しいのも、もう嫌だけど、戦いたくないけれど…」

 

 なぎさは自分の胸をギュッと掴んだ。

 

 『なぎさちゃん!』

 

 皆の為に、一人、傷つくことも厭わずに大きな力に立ち向かった、兄のような存在の男はいつもそう呼んで、なぎさを守るように前に立ち塞がった。

 

 『皆の事は、私が守ります!』

 

 誰よりも臆病だったけどだれよりも優しく、そんな小さな勇気でいつも自分を守ってくれた少女がいた。

 

 

 「それでも、睦月や小夜や皆が、苦しむ顔を見るのはもっと嫌だから!」

 

 なぎさはカッと目を見開き、目の前の男の顔を見つめながら最後に言った。

 

「だから欲しい!力が!なぎさの大切な人を守れる力が!睦月のお手伝いができる力が!楽しかった生活に戻れる力が欲しい!!!!」

 

 

~願~

 それを聞くと"彼"は、満足そうに頷くと、果実を取るように促した。

 

 なぎさは黙って一歩前に進むと、その果実を手に取った。何故か、美味しそうと思う感情は沸かなくなっていた。

 

 それは、なぎさが初めて心の底から思った欲望、否、願いだった。

 

 

 なぎさは今まで、"何かが欲しい"と思う事は悪い事だと考えていた。なぜなら、絵本に書いてある悪役のほとんどが、"何かを欲しい"と思った為に大変な事になったから。

 

 だけど、"何かが欲しい"。この気持ち自体は悪いモノでは無かったのかもしれない。

 

 「木こりの泉」では、正直者のおじいさんが、"自分が使っていた斧を返して欲しい"という欲望から、自分の斧と金の斧、銀の斧を手に入れた。

 

 「サルかに合戦」では、"皆で仲良く柿を食べたい"という欲望から木に柿をいっぱい実らせた。

 

 

 果実をもぎ取ったその瞬間、その果実は目映く光輝くと、さっきまで何も無かった白い空間が、鮮やかな世界へと変貌した。

 

 地面は青々とした原っぱが広がり、花々が一面に咲き誇っていた。なぎさの足下を二匹のウサギが通りすぎた。友達だろうか。とても仲良さそうに追いかけっこをしていた。側を流れる川は底が見えるほど透き通っていて、時折魚が跳ねていた。空は青く輝き、雲が優雅に流れている。そこを鷹が自由に羽ばたいていた。

 

 その奥には、"彼"と同じように白いローブを纏った金色の髪の女性が微笑みながらこちらを見つめていた。

 

 そうか、これが、"彼"の世界なんだ。

 

 「ならば受け取ると良い!今この瞬間を以て、この力は正真正銘君の物になった!!」

 

 "彼"がそう宣言した瞬間、なぎさの体はフワッと浮き上がった。元の世界に帰るのだと、なぎさは思った。

 

 「ちょっと待ってください!あなたは、あなたは誰なのですか!?」

 

 なぎさは急いで、一番気になっていた事を尋ねた。

 

 「俺は『始まりの男』!また会うその日まで、幸運を祈る!」

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 インベラーは、今さっき起こった現象が信じられなかった。確かに、俺は今ガゼルスタッブを構えて彼女を貫こうとした。だけどそれは、見えない壁に阻まれたように彼女の体の直前で止まり、その衝撃がそのまま跳ね返された。

 

 「なぎさ……ちゃん…?」

 

 「何だ?あれは…?」

 

 

 『核になってるのは大体ここ。胸の真ん中辺りね』

 

 

 愛矢がそうして指差した場所、彼女のそこが白く光溢れていた。その光は留まる事を知らず、時間が経つごとにどんどん深く、眩しくなっていった。

 

 「何だよ…あれは…?」

 

 その現象に、屋根の上にいたウールとキュウべえが気にならない訳がなく。

 

 「彼女の魔力が、あの時よりも更に強く出現している。これは、魔法少女にも匹敵する力だ!」

 

 「!」

 

 次の瞬間、彼女の胸にあった光が最高出力で一気に拡散された。あまりの眩しさに全員が目をつぶる。

 

 そして、今まで無作為に放出されていた光が今度は少しずつ収束していった。

 

 「あれは…何かを作っている……?」

 

 薄目を開けたウールがそう呟いた。

 

 「あれは、ソウルジェムでもグリーフシードでも無い。あの形状は…僕の見た限りだと、『錠前』に近いかもしれないね」

 

 「『錠前』?まさか!!」

 

 キュウべえの言うとおり、収束した光は徐々にその形になるように集まって行った。そして、徐々に光は晴れ、形が明らかになった。

 

 それは、銀色の南京錠で、鍵の表面にはメロンが描かれていた。

 

 いきなり現れたそれにウールは大いに驚いた。

 

 「あれは…ロックシード!?」

 

 なぎさはそれを手に取ると、インベラーに振り返り、それを構えた。

 

 「変身!」

 

 なぎさはロックシードを解除した。

 

 『メロン』

 

 すると、上空がファスナーのように開き、そこから大きなメロンが現れた。

 

 そして、なぎさはロックシードをいつの間に付けていたのか、小さな刀が付いたベルトにセットした。

 

 「戦極ドライバー…何故!?」

 

 『LOCK ON!』

 

 辺り一面に角笛が鳴り響いた。

 

 それを合図になぎさはベルトに付いていた刀を上に引き、ロックシードのメロンをバサッと切った。するとそれは、紋所のようにパカッと開き、その断面が現れる。

 

 『セイヤ! メロンアームズ!!天下御免!』

 

 その音声と共に上空のメロンを頭から被り、そのまま皮が剥かれその姿が露になった。

 

 頭は、頭上に三日月型の飾りが付いていて戦国武将の兜を想起させ、胴体は全て白いスーツで覆われ、上半身に先程剥けたメロンの皮が今度は鎧のようにセットされた。その衝撃でメロンの果汁が飛び散った。

 

 それは、戦国時代にいたとしても違和感が無い姿だった。

 

 仮面ライダー斬月。

 

 いきなりの変身に全員が呆気に取られていた。

 

 「なぎさちゃん…」

 

 「何だ?あのライダーは…」

 

 「チッ!! 次から次へと予想外の事を起こしやがって!!」

 

 初めに動いたのは、先程飛ばされたインベラーだった。

 

 「やっぱ今、殺すしかないよな!!!」

 

 インベラーはガゼルスタッブを構え再び突進していった。それが今度こそなぎさの体を貫…

 

 「何!!?」

 

 く事は無かった。どこから現れたのか、メロンの皮を模した盾で彼の攻撃を防いでいた。

 

 さらになぎさは右手にラッパのようなモノを持つと、インベラーの胴体に向けてそれを発射した。

 

 「ウワッツッ!グオッ!!」

 

 銃弾のような物を一気に浴び、彼の体は後退し、あまりの威力に膝を付いた。

 

 

 「あの武器は…」

 

 その攻撃にキュウべえは反応した。

 

 

 「こいつ…小娘のクセに…」

 

 「小娘でも、今まで魔法少女として命懸けで戦ってきたのです。だから、あなたには負けないのです!」

 

 「生意気な!」

 

 『ADVENT』

 

 インベラーはメガゼールを2体召還し、斬月を襲うように指示を出した。その進行は、モンスターの足下に銃弾を放った事で止められた。

 

 「何だ?外したのか?って、ん!!?」

 

 銃弾が当たった箇所、そこから小さな芽が出て、それから急速に丸い生き物が生成された。顔に渦巻き模様がある、シャルロッテの結界にいた使い魔だった。

 

 「何だこれは!?うわぁぁ!」

 

 その使い魔が飛び掛かって攻撃してきたので、インベラーもメガゼール2体もその対処に追われた。使い魔の頭突きによって、その距離は徐々に離されて行った。

 

 「おい!何やってんだよお前は。待ってろ!今助けに…!」

 

 「行かせると思うか?」

 

 ガイのメタルホーンをレンゲルラウザーでふさいだ。

 

 「チッ! 退けよ!」

 

 「退かないよ!」

 

 『♧3 SCREW』

 

 ラウザーの周りに高速で回転する風を付与したことで、メタルホーンは弾き飛ばされた。

 

 間髪入れずにレンゲルはすぐに別のカードをスラッシュした。

 

 『♧5 BITE』

 

 レンゲルはジャンプし、両脚をガイに向けた。ガイは反射的に傍にいたマガゼールを掴み盾にした。

 

 そのお陰で直撃は免れたが、衝撃は防ぎきれずガイの体は吹っ飛び、マガゼールは爆発四散した。

 

 斬月は再びベルトの刀を上に引いた。

 

 『セイヤ!』

 

 すると、彼女のラッパの弾がシャボン玉のように大きく膨らみ、それは緑色の使い魔のような形に変貌した。

 

 「あれは、まずい!」

 

 インベラーは何かを察し、すぐに横に飛び去った。それと同時に斬月はそれを放った。

 

 『メロン スカッシュ!!』

 

 その銃弾は2体のメガゼールに当たり爆発四散、横に飛び退いたインベラーには当たらなかったが、爆発の煽りを受けて転がり倒れた。

 

 「クッ!!いてぇ!」

 

 なぎさは、インベラーを警戒しながら、再び愛矢と向かい合った。

 

 そんな様子を見て、愛矢は言った。

 

 「……何で…何であんたはそうなのよ!!何また希望掴もうとしてるの!?何で睦月と居ようとするのよ!あんた、こっちに来るんじゃなかったの!?」

 

 愛矢は見たことも無い形相で睨んでいた。でもその顔が、なぎさには怒りよりも悔しさに見えて―。

 

 「愛矢、ごめんなさい。やっぱりなぎさは、そっちには行けないのです。だってなぎさは、睦月と一緒に居たいって思ったから」

 

 「ふざけんじゃ無いわよ!」

 

 「愛矢、あなたもですよ。なぎさは、あなたとも一緒に居たい。だから一緒に…」

 

 「ふざけんな!!私はもう決めたの!こっちの道を行くって!普通の命と、普通の生活を手に入れる為に!その為なら何だってするって誓った!!」

 

 愛矢は、ホッパーゼクターを構えた。

 

 「そんな事を言うのならもう良い。あなたを倒して、目を覚まさせてあげる!」

 

 「おいおいもう止めろ。潮時だ」

 

 「えっ?」

 

 その時、愛矢の後ろの鏡から、一人の男が出てきた。オルタナティブ・ゼロ、晴人だった。

 

 「晴人…」

 

 「帰りが遅いから来てみれば、まさかこんな事になってるとは…俺たちとも睦月とも違うライダー。全く、お前ら元魔女は本当、退屈させないなぁ」

 

 「晴人!私は…」

 

 「もう良い。今日は、元魔女の新しい可能性が見れただけで良しとしよう。お前らも、さっさと帰るぞ!」

 

 ガイとインベラーは、まだ不満があるようだが、小さく舌打ちするとそのまま水溜まりの中へ入っていった。

 

 愛矢も晴人に従い、渋々と鏡に向かっていった。入る直前、愛矢はもう一度なぎさを睨んだ。

 

 「分かった、ならもう容赦はしない。絶対にあなたを倒すから」

 

 「助けるですよ。なぎさが、必ず」

 

 ケッと愛矢は吐き捨てるとキックホッパーに変身し、鏡の中に入って行った。それと同時に鏡が割られた。

 

 

~謀~

 東京都内 某所

 

 車のヘッドライトや街灯、ビルの明かりがきらびやかに光る中寂しく佇む廃ビル、その屋上にウールはいた。

 

 夜とは言えまだ7月。生暖かい夜風に当たりながら、ウールは今日起こった出来事を反芻した。

 

 百江なぎさ、魔女から人の姿に戻された彼女は、突如現れた戦極ドライバーとロックシードの力で仮面ライダー斬月にへと変身した。

 

 戦極ドライバー、ロックシード…どちらも、ユグドラシルコーポレーションという会社で作られたモノであり、斬月もまた、そのテクノロジーによって作られた、仮面ライダー鎧武に連なるライダーの筈だ。

 

 しかし、2002年現在、それを生み出すテクノロジーはまだ無いし、もちろん突然降って来るような代物でもない。ならばあれはどこから来た?

 

 さらに不可解だったのは彼女の、ラッパ状の銃だ。斬月は、盾のメロンディフェンダーと無双セイバーという武器で戦うライダーの筈だ。しかし後者の武器は一切登場しなかった。

 

 

 「魔法少女の力?」

 

 武器について、キュウべえが言った言葉だ。

 

 「あれは、百江なぎさが契約を交わした時に生成された武器と形状が同じだ。ライダーの為なのかに銃として改良されてたり、銃弾が使い魔だったりしてたけどね」

 

 「どういうことだよ?仮面ライダーなのに魔法少女の力を使ったってこと?」

 

 「今回の現象で推測するならそうだね。それに、あり得ない話ではない。僕が君に話した推測とも辻褄が合うじゃないか」

 

 

 2002年、そこは元々仮面ライダー龍騎達がミラーワールドでライダーバトルが繰り広げられていた。そこにレンゲル、ブレイド、ギャレンが現れ、全く別の世界にいた魔女と呼ばれる存在が紛れ込んだ。さらにそこに仮面ライダーキックホッパー、斬月が正史とは違う形で登場した。

 

――――――

 

 

 『なるほど。君の話でようやくきちんとした推測が立てられた。ウール。単刀直入に言おう!恐らくこの現象は…』

 

 

 「歴史の再編…再構築…」

 

 そう、ウールは呟き、手元にあるアナザーライドウォッチの一つを見つめた。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 家に戻ったなぎさは、事の表しを説明した。ベルトとロックシードを手に入れた時に見た世界の事、その世界にいた『始まりの男』と名乗る男と女性の事を。

 

 「『始まりの男』…その人はそう呼んだんだね?」

 

 なぎさはこくんと頷いた。睦月はメロンのロックシードを注意深く観察しながら言った。

 

 「『始まりの男』…か…。俺にもさっぱりだけど、悪いやつでは無いかもしれないな。何せ、なぎさちゃんを助けてくれたんだから」

 

 なぎさはもう一度大きく頷いた。

 

 ロックシードを見ても、やはりオモチャの錠前にしか見えない。正直何も分からないが、今は彼を信じようと思った。

 

 あの時は本当に危なかった。その『始まりの男』の介入が無ければまた失う所だった。守ると言っておいてこれなんだ。本当、情けない。彼の正体は気になるけど―

 

 「『また会うその日まで』って言ったんだ。その時にまた聞けば良い。それでなぎさちゃん、これからだけど…」

 

 「もちろん、睦月と一緒に戦うのです!睦月のお手伝いもしたいし、愛矢も連れ戻さなくちゃいけないし、千翼も助けないといけない。もう守られるだけじゃ嫌なのです。一緒に、あの日々を取り戻したい!」

 

 即答だった。もうなぎさには迷いは無かった。だったら、それを止める事はない。第一、悔しいけど自分だけじゃもう力不足だ。

 

 だから、睦月も肯定した。

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 それから、しばらくの沈黙が続いた。なぎさは口を開きかけてはグッと閉じる。そんな事を繰り返していた。コチコチと、時計の音だけが鳴り響いた。

 

 「じゃあ、なぎさはそろそろ…」

 

 しばらく経ってから、なぎさは言った。

 

 「うん、お休み」

 

 なぎさはスッと立ち上がり自分の部屋に戻った。

 

 それを見届けると、睦月も自分の部屋へ行った。ところが、幾分もしない内に、睦月の部屋が開かれた。

 

 「睦月…お話が…あるのです…」

 

 「………………………」

 

 「なぎさの…昔の事…」

 

 来るだろうと思っていた。帰る時も、ご飯を食べていた時も、今さっき話していた時もずっと、なぎさはソワソワしていたから。だけど、なぎさにも自分のペースや気持ちをまとめる時間が必要だろうと敢えてこちらから振るような事はしなかった。

 

 睦月は静かに頷くと、こちらに来るように促した。睦月は机の側の椅子に座っていたので、なぎさは近くのベッドに腰を下ろした。

 

 なぎさは、唇にグッと少し力を入れると、

 

 「あのね、なぎさは…」

 

 と、ポツポツと自分の事を話し始めた。魔法少女になるまでの自分の事、家族の事、キュウべえとどう出会い、自分が何を考え、何を願い魔法少女になったのかも。

 

 止めるような事はしなかった。

 

 これは、彼女なりの償いだ。全てを話し、自分の罪を数える事で前へ進む為に。

 

 話していく内になぎさは涙を流し、それはどんどん激しくなっていった。

 

 魔法少女になってからの事を話した時にはもうそれは止まらなくなっていた。

 

 「それで、あの時の魔女は…………どうしても……倒せなくて…それでも…あ…頑張って………でも……逃げられて………ふ…それで……ソウルジェムが…凄く寒くて…痛くて苦しくて………うっ…ウワァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアァアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」

 

 なぎさはそこまで話すと睦月を抱き締めて大声で泣いた。それは、今までのすすり泣きとは違う、我慢の無い本物の涙だった。

 

 「ごめんなさい…ごめんなさい…ごめんなざい…」

 

 後悔、悲嘆、寂しさ、苦しさ…そんな感情がごちゃ混ぜになって、「我慢」という決してほどけない糸で丸め込まれてぐちゃぐちゃになったモノこそが、今まで溜め込んでいたモノの正体だった。

 

 睦月も静かに抱き締め返した。今まで気付かなかった事への謝罪、少しでも彼女の感情が多く流れる事を祈って。

 

 「ごめんなざい…ごめんなさい…ごめんなさい…」

 

 睦月は、止めるような事はしなかった。ただ静かに、なぎさのしたいことをずっと見守った。

 

 「ごめんなさい…ごめんなざい…ごめんなざい…うっウワァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアァアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

 

 なぎさは、一晩中泣き続けた。ダムのように溜め込んでいたモノを全て洗い流すように、生まれてからずっと我慢していた事を全て吐き出すように。

 

 それを睦月は見守るように、優しく抱き締めながらなぎさの泣き声をずっと聞いていた。

 

 いつまでもいつまでも、二人は涙を流し続けた。

 

 

 

 

それは波打ち際を意味する言葉。ずっと漂っていた波が打ち寄る場所。どこを見渡しても水平線で一人ぼっちだった波がようやく見つける、安心できる波の終着点。

 




 今話は、他の話と比べて長いにも関わらず、最後まで読んでいただきありがとうございます。

 また、前回の話から1ヶ月以上も更新を止めてしまい、申し訳ありません。

 これからもスローペースではありますが、最後まで更新は止めないことは約束します。

 三章もいよいよ終幕。皆さま、これからもよろしくお願い致します。


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第38話 交わしたpromise

 その日はなぎさは泣き疲れたのかそのまま眠ってしまった。睦月は自身の涙を拭うとなぎさをゆっくり持ち上げて、自分のベッドに寝かし付けた。

 

 なぎさの顔は涙の跡で真っ赤だったが、その表情は穏やかに見えて、静かに寝息を立てていた。

 

 時刻は午前3時。

 

 睦月はベッドの側で横になるとそのまま眠った。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

午前9時。睦月が起きて、朝ごはんの準備。

 

午前10時。なぎさが起きて、二人で少し遅い朝食。

 

午後12時。軽く昼食。

 

午後1時。二人で散歩。特に宛はない。

 

午後3時。スーパーで買い物。

 

午後5時。クインテットに帰宅。

 

午後6時。夕食の準備。

 

午後7時。二人で夕食。

 

午後8時30分。なぎさがお風呂。

 

午後9時。睦月がお風呂。

 

午後10時30分。就寝。

 

 

 普通だった。小夜がいなくなる前まで過ごしていた何もない日々。だけど、そんな時間を噛み締めるように二人は穏やかに過ごした。魔女やライダーの話はお互いに振らなかった。

 

 時間が必要だったからだ。

 

 落ち着いて、気持ちを整理する時間が。

 

 幸運にも、モンスターや魔女と出会う事も無かった。

 

 とりとめの無い話をして、風を感じて、セミの鳴き声に耳を傾けて、優雅に流れる雲のように時間の流れに身を任せる。

 

 そんな中でも、いくつか変化があった。買い物の時、なぎさがチーズを持ってきたのだ。チーズが彼女にとってどういう存在だったのか。それが分かっていた睦月は黙ってそれを籠に入れた。

 

 なぎさも、起きたばかりの時は昨夜の事を引きずって元気が無かったが、ゆったりとした時間を過ごしていく内に少しずつ回復していった。

 

 本当に久しぶりに感じた時間だった。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 しかし、いつまでもそうしてはいられない。

 

 そんな日々を二日過ごして三日目。そろそろ大丈夫だろうと思った睦月はなぎさに、これからの事を話し始めた。と言っても…、

 

 「魔女を探す?」

 

 「うん。やることは変わらず、俺たちはそれで行こうと思う」

 

 「それはやっぱり、魔女にされた人を助ける為にですか?」

 

 「もちろんそれもあるけど、魔女を探せば、またどっかで愛矢に会えるって思ったから」

 

 「愛矢に?」

 

 睦月は頷くと、自分の考えを詳しくなぎさに明かした。

 

 「晴人は俺たちといる時はずっと魔女の動向を気にしていた。何故だ?それは、あいつの言う目的に、魔女の力が必要不可欠だからだと思うんだ」

 

 目的についてはなぎさから聞いた。愛矢が、なぎさをパラディに正体するために訪れた事も。

 

 彼の目的、それは、平たく言えば、「一つだけ願いが叶うなら何願う?」という質問に対して「それを無限に叶えられるようにしてほしい」と答えるようなモノだ。

 

 それを手に入れる事が出来れば、世界なんて幾らでも自分の都合の良いようにできる。世界征服なんていうのも夢じゃない。なるほど、確かに『楽園(パラディ)』と言うことだ。

 

 晴人達にとっては。

 

 パラディとはつまり、世界征服を企む恐ろしい組織なのである。

 

 愛矢や他のライダー達もその恩恵の欲しさに集まっている。ライダー達は分からないが、愛矢は、自身のリセットを望んでいるのだと言う。

 

 なぎさから、自身の体の事を聞かされた時は本当に驚いた。もちろん、なぎさが使い魔を暴発させた時、彼女の体に何かあると思っていたが、まさか彼女自身の体がグリーフシードを中心にして魔力によって再現された結界だったとは思ってもみなかった。

 

 それについて申し訳ない気持ちになっていると、なぎさが言ってくれた。

 

 「睦月は悪くないのです。それに、例え普通の体じゃなくても、それがあったから睦月とも出会えたし、なぎさの本当の気持ちも分かったし、その力で睦月を守れた。だから、もう気にしてないのです!」

 

 いつの間にか、なぎさは強くなっていた。

 

 「でも、今って魔女はどれくらいいるのですか?」

 

 そう。問題はそこだ。

 

 「ライダー達は魔女の事を"10の怪物"と呼んでいた。つまり、最初魔女は10体居たと思う」

 

 だけど、これまでの間に睦月はなぎさ、愛矢、千翼、小夜の魔女、そしてキャンプ場にいた魔女の合計5体を倒した。

 

 晴人らはキャンプ場の魔女とは別に、他のグリーフシードを持っていた。記憶を呼び戻したのはそのグリーフシードの力だ。つまり、睦月が倒したのと他に既に倒された魔女が1体。

 

 「そしてこれだ」

 

 睦月はなぎさにOREジャーナルのホームページに掲載されていた記事を見せた。それは、幸福の水を扱った宗教、泉教の教祖が逮捕されたという記事だった。

 

 「これは、晴人が裏に魔女が絡んでいると睨んでいたヤツだ。現に、教祖の『金の斧』とかいうヤツは、何をやっていたのか全く覚えてないらしい」

 

 「それって、魔女の口付け!?」

 

 「多分。そして、それが壊滅したと言うことは、裏にいた魔女も恐らく倒されたんだと思う。つまり、残りの魔女は」

 

 「10ー7で3体…」

 

 「か、それ以下だな」

 

 シャルロッテのように、何か事件が起こるより前に倒された可能性も考慮して睦月は付け加えた。

 

 「でも、少なくともまだ全てが倒された訳じゃない」

 

 と、今度はとある新聞記事を見せた。

 

 「火事…ですか?」

 

 「この地域で頻繁に起こるようになった火災事件だ。この記事によると、警察は犯人と思われる人物をつきとめているが、全員が行方不明で逮捕ができない、しかも犯人達は犯行前に全員とある廃ビルに出入りしてるのが分かったから、そこには近付くなって事が書かれてる。晴人の話じゃ、「炎のビル」って呼ばれてるらしい」

 

 「じゃあ、ビルに入った人に口付けして、火事の家の人と犯人を魔女が餌にしているとしたら…!」

 

 「うん。この場所に魔女がいる可能性が極めて高い。だから俺たちも、ここを調べてみようと思う」

 

 だけど、と、睦月は声を落として続けた。ここからが大切な事だ。

 

 「恐らくそれは晴人達も考えてる。始めに怪しいって言ってきたのはあいつだったからな。正体を明かして、なぎさちゃんも仲間にできないって分かったから、もう容赦はしないだろうと思う。遠慮なく攻撃される。殺すつもりで」

 

 「うん」

 

 なぎさは重い表情で頷いた。

 

 「それに、相手はパラディだけじゃない。あのライダー達は俺たちみたいにバックルにデッキが無いライダーを"侵入者"と呼んでいた。多分、それを理由に他のライダーも襲ってくるし、野生のモンスターだっている。さらにこれだ」

 

 睦月は3枚のラウズカードをなぎさに見せた。どれも文字も絵も無い空のカードだ。

 

 「あの時、晴人のアジトに初めて行った時にREMOTEで解き放ったヤツだ。その後、あいつの武器―ウィッチバイザーって言ったか?―によって上書きされて、野生に還っちまった。これもどうにかしないといけない」

 

 今現在、野生に還ったアンデッドは3体。クラブのカテゴリー7、ダイヤのカテゴリー8とカテゴリーQ。

 

 「それに対して俺たちは二人だけ。多分、かなり厳しい戦いになると思う」

 

 「それも、覚悟の上です」

 

 違う。別に、覚悟の有無を確認したくてそんな話をしているんじゃない。

 

 「だから、一つだけ約束してくれないか?絶対に無茶はしないって、何があっても、絶対に生きて帰るって」

 

 睦月が一番伝えたかった事はそれだった。もう、誰も傍に居ないなんて嫌だったから。なぎさが、あの日々が楽しかったと言うように睦月もあれは欠けがえのない日々だったから。

 

 もう、小夜のような思いはしたくない。

 

 「それは…もちろんなのです。約束はするけど…」

 

 なぎさは睦月の目を見て続けた。

 

 「それは、睦月もだからね」

 

 そう言ってなぎさは右手の小指を出した。

 

 「睦月が辛い思いをするのを、なぎさは見たくないから…なぎさも約束は守るから…だから睦月も、無理はしないって……」

 

 「………………………」

 

 なぎさの言葉に睦月は嬉しくなってつい口元が緩んだ。

 

 そして睦月もまた、右手の小指を出した。

 

 「うん。分かった。約束」

 

 それはお互いにとって初めてで、大切な指切りだった。

 

 嘘吐いたら針千本飲ます。それ位重要な事だった。

 

 これからは針千本飲ませない為にお互いにお互いを守るのだ。

 

 結んだ小指の温かさになぎさはスッと微笑みを見せた。それは、久しく見せていなかったとても穏やかで、優しい笑顔だった。

 

 そんな表情を見せてくれた事に睦月が嬉しくて、

 

 コツン…コツン…

 

 窓を叩く音が2度聞こえた。二人はすぐに真剣な表情になった。顔を見合わせて頷くと、二人はすぐにバックルを手元に持ってきた。

 

 窓を二度叩く音、それは、ダイヤのカテゴリー10、カメレオンアンデッドが出した音で、誰かがこちらに来る合図だった。

 

 晴人に家を知られてる以上、今度は攻撃しに訪れるかもしれない。そう思い、見張り用にアンデッドを何体か解き放っていたのだ。

 

 始めは家を警備しろと命令していたのだが、宅配便の人にもアンデッドは警戒し、間違えて襲い掛かった事があったので、以来誰かがこちらに来る時は知らせるようにとだけ伝えてあった。

 

 コンコンコンコンと、金属の階段を一段一段踏みしめる音が聞こえる。足音が真っ直ぐこちらに向かっていた。ただの配達の人か、それともー、

 

 ガチャっとドアノブが半回転した。室内に更なる緊張感が広がった。しかしー、

 

 「あー、やっぱ掛けてるわよね。もう!手が塞がってるのに~!ちょっと~睦月~!いるんでしょ!?開けて~!」

 

 ドアの向こうから何とも気の抜けた声が聞こえてきた。

 

 というかこの声って…。

 

 「あれ~?まだ寝てるのかな?ったく~!えーっと、鍵…鍵…っと、あった!」

 

 クインテットに来た人、その正体に睦月の顔はみるみる青くなった。

 

 「睦月?どうしたのですか?」

 

 「なぎさちゃん、すぐにバックルを隠して。早く」

 

 「えっ?は…はいなのです」

 

 なぎさは近くにあった引き出しの中に戦極ドライバーをしまった。睦月のバックルもその中に。

 

 その直後、ガチャっと一際大きな音が聞こえ、誰かが部屋に入ってくる音が聞こえた。

 

 「は~、ただいま~!いや~!本っっっっ当疲れた!睦月~!夏休みだからっていつまでも寝てるんじゃないの。早く起きて…って、何よ、起きてるじゃない!何でさっき返事…を…」

 

 ダイニングに来たその女性は、睦月を見て、その後に傍にいる少女を見て固まった。

 

 頭の中に無数のクエスチョンマークがあることは容易に想像できた。

 

 「誰?この子…」

 

 「あっ…えっと…」

 

 咄嗟に何も言葉が出てこなくて、しどろもどろになってしまった。そんな睦月の横をなぎさは通り過ぎ、一歩前に出ると、ペコリとお辞儀をし、もしも誰かに自分の事を聞かれた時はこう答えるようにと事前に仕込んでいたセリフをなぎさは言った。

 

 「初めまして。睦月の遠い親戚の、百江なぎさなのです!」

 部屋一面にさらに冷たい空気が漂った。

 

 ごめん、なぎさちゃん。この人にだけはその嘘は通じない…。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 大成 野原(おおなり のはら)。クインテットの大家で、睦月の父親の妹の娘。つまり、睦月の叔母にあたる。

 

 睦月とは10歳差があり、子供の時からずっと姉のように慕っていた。睦月が家を出てからクインテットに住むようになったのは、彼女の誘いがあったからだ。

 

 「ねぇ、しばらく家に住まない?」

 

 黒髪ポニーテールに眼鏡が特徴で、非常に外向的。故に学生時代は彼女のファンクラブがあったレベルでモテていたんだとか。

 

 卒業後はクインテットの大家を勤めながら、海外のボランティア活動に参加し、世界中を飛び回っている。

 

 大学近くに新しいマンションができ、アパートクインテットに睦月以外の人がいなくなってからは、社員と違って人一倍喜んでいた少し不思議な女性だった。

 

 「だってこれで、今まで以上に世界中を旅できるでしょ?」

 

 今はチベットにいて、そこのボランティアが充実してると聞いていたからしばらく帰ってこないと思っていたが…迂闊だった。だからといって、ずっとチベットにいるわけが無いじゃないか。

 

 という訳で、親戚に百江なぎさなんて言う女の子が居ないことはもちろん知ってる。嘘は無意味だ。

 

 「ヴッ…えっとこれは……」

 

 「冗談は良いから。で?この子は誰?あんたとどういう関係なの?」

 

 「うぁあっとぉ…えーっと、そう!親戚!家族ごっこ!」

 

 「家族ごっこ?」

 

 「そう!本当は、大学の友達の妹で、訳あってこっちでしばらく預かってるんだよ!そうだよね!ね!?」

 

 「う…うん、そうなのです!さっきはごめんなさいなのです!」

 

 何かを察したのか、なぎさもすぐに口裏を合わせた。

 

 「ふーん、訳あって…ねぇ。その訳って?」

 

 やっぱそうくるよね…。

 

 野原さんは昔から妙な所で感が鋭い。

 

 「えっと…この子の!両親が入院しちゃって、暫く兄の友達の家に居たんだけど、え~、その友達も大学の都合で暫く家を空けなくちゃいけなくなっちゃって、それで!家に来たって訳で…」

 

 「ふ~ん、なるほどねぇ…」

 

 と、野原はなぎさの顔をグッと覗きこんだ。

 

 「じゃあなぎさちゃんは、もう暫くここにいるのかなぁ?」

 

 「えっと…はい!なのです!その…お兄ちゃんが!迎えに来るまで!」

 

 「そう…」

 

 野原はそう言うと、横目でテーブルとキッチンをチラッと見ると、ようやく笑顔になって言った。

 

 「分かったわ。私はここの大家の大成 野原よ。全く、睦月もそういうことなら連絡すればいいのに!」

 

 「あ~、ごめん!まさかこんなに早く帰って来るとは思わなくて」

 

 「ちょっとここに用事があったからね。それに合わせて帰ってきたのよ、ハイ!お土産のクッキー」

 

 「あっ、ありがとう…」

 

 「めんどくさいから、今日は荷物ここに置かせて?じゃあ私、ちょっと出掛けるから」

 

 「えっ?もう?」

 

 「言ったでしょ?用事があるって。なぎさちゃんが居るなら尚更急がないと!じゃね!」

 

 それだけ言うと、バタっと出ていった。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 「つーかーれーたー」

 

 野原が出てってまもなく、ラウズカードなどを全て片付けた睦月はテーブルにグデーっと伸びた。

 

 「今のが大家さんなのですか?」

 

 「そ、いつもは一度海外に行くと半年は帰ってこないから完全に油断してたよ。あ~もう、何で今に限って…」

 

 「何か、なぎさが居るから急がなきゃって言ってたのです」

 

 「うーん…野原さんは昔からサプライズが好きだったからな~、なぎさちゃんの歓迎会でもやるのかも」

 

 「それはとっても楽しそうなの…! 睦月!モンスター!」

 

 「えっ!?」

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 店で前から頼んでいたモノと、新たに頼んだモノを入れた紙袋を持ち、野原は家路を急いでいた。

 

 「(急な注文で大丈夫かと思ったけど、何とかなって良かった)」

 

 紙袋をチラッと見てから、野原は急ぎ足で戻った。そこでー、

 

 キーン キーン キーン キーン…

 

 「? 何?この音…」

 

 聞き慣れない音が鼓膜に、脳に響き、不快感で野原は立ち止まった。

 

 不安、恐怖、それらを増長させるような、そんな音だった。どこから聞こえてきたのかと辺りを見渡したその時、

 

 「危ない!!」

 

「えっ!?」

 

 野原が後ろを振り返ったのと、金色の男が棍棒で"何か"を吹き飛ばしたのが同時だった。

 

 吹き飛ばされたそれは人間ではなく、青くてカミキリムシのような姿をし、手にはブーメランを持っていた。

 

 ミラーモンスター ゼノバイター。

 

 吹き飛ばした金色の男も、見たことが無いほど長く、重そうな武器を片手に持ち、見る限り対怪物といった出で立ちだった。

 

 「がぁぁぁぁ!!」

 

 モンスターは吠えると、ブーメランを彼に振り下ろした。

 

 「ふっ!!」

 

 それを、長い棒で受け止める。カチャカチャと小刻みに揺れていたが、一瞬の隙を突いて彼が一蹴りし、モンスターはよろめく。

 

 そこをすかさず男が棍棒を何度もぶつけ、確実にダメージを与える。

 

 しかし、相手も負けて無かった。棍棒の一振りをブーメランで防ぐと、すかさず後ろにジャンプして距離を取り、それを投げる。

 

 ガン!

 

 大きく鈍い音がした。男がブーメランを棍棒で防いだのだ。

 

 しかし、完全には威力が殺せなかったようで、「グッ」っと小さく呻いた。

 

 手応えありと思ったのか、返ってきたブーメランをキャッチしたモンスターはその勢いのまま再び発射。

 

 「グワア!」

 

 また棍棒に当たったが、体勢を保つことが出来ず後ろに転がった。

 

 「ギヒ…」

 

 短く笑ったモンスターは、今度はそれを野原に向かって投げた。まだ標的を諦めた訳では無かったのだ。

 

 「あっ……」

 

 「!! 野原さん、危ない!グワァァ!!」

 

ブーメランは野原に直撃することは無かった。咄嗟に金色の男が庇ったからだ。だがしかし、ダメージが大きく男はその場で崩れた。

 

 「くそぉ…いてぇ…」

 

「その声…あんた、もしかして…」

 

 畳み掛けるように再びブーメランを放った。あわや男に当たろうとしたその時ー、

 

 「ふん!」

 

 それは緑の盾を持った、もう一人のライダーによって防がれた。

 

 「大丈夫ですか?」

 

 「あぁ…ごめんな。約束したばっかだってのに…」

 

 「全く、やれやれなのです。やっぱりなg…じゃなくて、私がいないとダメダメなのです」

 

 「そうだな…ところで、あっちの方は?」

 

 「バッチリ倒したのです!」

 「よし!じゃあこっちも」

 

 『ABSORB QUEEN』 『FUSION JUCK』

 

 男がカードを腕に付けたモノに入れた瞬間、がたいが大きく、姿が変わっていった。

 

 「一気に終わらせるぞ!」

 

 「了解なのです!」

 

 最初に動いたのは緑のライダーだった。ラッパのような武器を生成し、発射。それをモンスターはジャンプしてかわす。

 

 だが、二人の狙いはこれだった。

 

 金色のライダーは、両腕に付いているモーニングスターを空中のモンスターに向けて投げたのだ。

 

 モンスターは咄嗟にブーメランで防御しようとしたが、巨大なハンマーを防げる訳もなく。

 

 「ギャァァァ!!」

 

 モーニングスターの威力に背中から倒れた。

 

 「今だ!」

 

 「はいなのです!」

 

 金色の男の合図に、緑はベルトに付いた刀を二回プッシュ。

 

 『セイヤ!』

 

 ラッパから、渦巻き顔の球が現れ、それがどんどん大きくなっていった。

 

 『メロンスカッシュ!』

 

 「!!!」

 

 負けると思ったのか、それが発射される直前にモンスターは側の鏡に入った。巨大な球体は鏡の側で爆発し、鏡は破損。モンスターには当たらなかった。

 

 「逃げたか……」

 

 そう言うと、金色のライダーは野原に振り返り、

 

 「大丈夫ですか?」

 

 と問いた。

 

 「はい」と答えながら立ち上がるのを見て、金色の男は満足して頷いた。

 

 「大丈夫そうだね。じゃあこれで…」

 

 と、緑のライダーと一緒にどこかへ行ってしまいそうだったから…

 

 「ちょっと待って!!」

 

 野原はその腕を掴んで止めた。どうしても聞きたい事が山ほどあったからだ。

 

 「これ、どういう事なの?あんた、何やってんの!?睦月……」

 

 こうして金色と緑のライダーの、睦月となぎさの秘密はあっさりとバレたのだった。

 

 

 

 

See you Next game

 




約2カ月ぶりの投稿。

皆さま、お待たせしてしまい大変申し訳ありませんでした。

論文の執筆や溜めてた娯楽作品の消化に時間を使っていましたので…。

これからはあまり間を空けないように、精進していきますので何卒、よろしくお願い致します。


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第39話 一人でできるなんてあるわけない

 始めに、なぎさが感じた気配はゲルニュートの群れだった。しかし、戦っていく内になぎさは他のモンスターの気配を察知。

 

 「ここはなぎさに任せて、睦月はそっちをお願いするのです!」

 

 そう言われ、睦月はもう一方のモンスターの対処にあたった。襲われそうになっていたのはまさかの野原だった。よりラウザーに力が掛かり、多少苦戦しながらも何とか追い払う事に成功したが…

 

 「これ、どういう事なの?あんた、何やってんの!?睦月……」

 

 あっという間にバレてしまった。

 

 こうなってはもう誤魔化せない。睦月は黙って変身解除。なぎさもそれに従う。

 

 「あんた達、一体……」

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 クインテット 睦月の部屋

 

 そこで二人はこれまでの事を全て説明した。睦月が見た夢の事、ベルトの事、カードの事、モンスターの事、魔女の事、カードの力で魔女を人間に戻した事、魔法少女の事。他にもライダー、パラディ、そしてなぎさ以外にも少し前まで住んでいた少女達の事も包み隠さず話した。

 

 全てを語り終えると、野原は黙って席を立ち、窓の外を眺めた。フーっとため息を吐くとそっと言った。

 

 「なぎさちゃん、ちょっと外出てくれる?」

 

 「えっ?」

 

 「! あ、いや、出てけとか、そう言うんじゃないから安心して?」

 

 言い方が悪かったと野原はすぐに否定した。

 

 「ただ、ちょっと睦月と二人で話したいから」

 

 「はっはい…なのです…」

 

 なぎさはいそいそと部屋から出ていった。

 

 ダイニングには睦月と野原の二人だけが残った。

 

 室内には重い沈黙が走った。

 

 彼女は静かに口を開いた。

 

 「何か隠してるとは、思ってたのよね…」

 

 「……………」

 

 「あの後ね、実は他の部屋も覗いて見たのよ。そうしたら、あんたの隣の部屋、明らかに誰かが使ってた跡があった。さっき言ってた、愛矢ちゃんと千翼ちゃんと、小夜ちゃんかしら?」

 

 「うん…千翼と小夜の…」

 

 「そう…」

 

 「そっか…、まさか、私がいない間にこんな大変な事になってたなんてね」

 

 「あぁ…黙っててごめん…騙すつもりは…いや、結果は同じか。ごめん」

 

 「何を謝ってるのよ!」

 

 野原は睦月に振り返って続けた。

 

 「あんた、よくやったじゃない!!一人で!」

 

 「えっ……?」

 

 「あなたは悪くない。むしろ立派よ!命がけの戦いの中、逃げないで、あの子を助けようとした。それは、ほとんどの人には出来ない事なんだから!あなたはそれをやった。素晴らしい事よ!」

 

 「素晴らしい事…か…」

 

 睦月は深くため息をついた。

 

 「俺は、そんなに凄くないよ。さっき話したでしょ?本当は、なぎさちゃんの他にも三人いたんだ。だけど、小夜は死なせちゃったし、舞花は行方不明、愛矢も…ここを離れた。俺がもっと強かったら、皆を守れたかもしれないのに、結局はこのざm-―――――!!」

 

 睦月の言葉はそこで途切れた。野原が急に、睦月に抱きついてきたから。

 

 「……………」

 

 「あなたは強いわよ。最後に私と会った時よりもずっと…」

 

 「えっ?」

 

 「だって、あなた、それでも逃げなかったじゃない!辛くて、悲しくて…それでもあなたは、今あるモノを守ろうと必死だった。違う?」

 

 「ずっと居なかったのに、何でそんな事…」

 

 「分かるわよ。あの子を、なぎさちゃんを見てれば。あの子の目は、とても親愛してるような目だった。心から信頼している目だった。ちょっとしか見てないけど、あの子、睦月といる時凄く楽しそうな顔してたわよ?それが、あなたが積み上げて来た結果でしょう?」

 

 「・・・・・・・・・・・・」

 

 「小夜ちゃんや舞花ちゃん、愛矢ちゃんとは何があったのかは私は知らない。それでもきっと、あの子達との日常は楽しかったんだと思う」

 

 『思う』と言っておきながら、野原はほぼそれを確信していた。なぜなら、彼女は見てしまったから。小夜と舞花の部屋にあった物を。

 

 「それが急に無くなって、辛かったでしょ?寂しかったでしょう?」

 

 野原は尚一層睦月を強く抱きしめた。

 

 「あの子の為に、よく、頑張ったわね」

 

 「・・・・・・・・ゥ」

 

 睦月は静かに、大粒の涙を流した。

 

 それは、今までずっと吐き出せなかった感情だった。小夜を、舞花を、愛矢を失った事への、五人での日常が一生戻って来ない事への寂しさ。

 

 あの日々は、睦月にとっても意味のあるモノだった。彼自身も救われていたのだ。友達に裏切られ、一度はふさぎ込んだ彼の心を溶かしてくれたのは、紛れもなくあの四人の少女なのだから。

 

 本当は、小夜が死んだ時はもっと泣きたかった。舞花がいなくなり、愛矢が離れてしまった時は寂しいって言いたかった。

 

 だけど、皆の、なぎさの前では、頼りのある姿を見せたかった。日常を取り戻す為に安心を与えたかった。

 

 だから、なぎさの前では弱音は吐かないと。彼女が過去を話してくれた時に決めた。

 

 今、なぎさは外にいる。

 

 ―――――やっぱり、野原さんには敵わない。

 

 

 「落ち着いた?」

 

 「うん」

 

 しばらく経った後、睦月はそっと野原から離れた。

 

 「さてと!」と、野原は元気よく立ち上がって言った。

 

 「あなたは本当によくやったわ!だけど、もうここから先は、一人で抱え込もうとしないで!」

 

 「?」

 

 「私はここの大家よ!これからは、私も手伝う!女の子をここに住まわせるのよ?いつまでも、あんたのバイトだけじゃやってけないでしょ?それに、あの子を学校にも通わせてあげなくちゃね!!あなたたちみたいに戦えないけど、私にもできる事をさせて」

 

 野原は優しく微笑んだ。それを見て睦月はまた目頭が熱くなった。

 

 「―――――ありがとう」

 

 「いいって事よ!」

 

 野原は満面の笑みでサムズアップ。睦月はクスっと笑った。

 

 

 その時。

 

 「睦月!モンスター!」

 

 部屋のドアが勢いよく開き、なぎさが飛び出してきた。睦月は急いで涙を拭いた

 

 「さっきのヤツか?」

 

 「はい!多分」

 

 「よし!それじゃあ」

 

 「待って!」

 

 なぎさと共に行こうとする睦月を野原が止めた。彼女は急いで目元を擦った。

 

 「二人共、少しだけ、付いてきて」

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 そうして連れて行かれたのは裏の倉庫、よりも更に遠くにある一際大きい倉庫だった。睦月も、そこにあるのは知っていたが、実際に来たのは初めてだった。

 

 野原が、ここの鍵を開けてシャッターを開いた。

 

 「これって…!」

 

 中にあった物に睦月は驚いた。

 

 「これから、必要になるでしょ?使いなさい」

 

 それは、かつて南と堀之に言われて買ったバイクだった。多少埃を被っているが、まだまだ使える様子だった。

 

 「捨てといてって頼んだのに…どうして…?」

 

 「何か捨てられなくてね。これ買った時のあんた、凄くキラキラしてたから。いつかまた乗りたいって思うかもと思って、ずっとここにしまっていたのよ」

 

 「野原さん…」

 

 睦月は、感謝の気持ちで一杯になった。そして、自分がどれだけ想われていたのかを身を持って知った。

 

 「さ、早く!敵が逃げちゃうわよ!」

 

 「うん!なぎさちゃん!」

 

 「はい!」

 

 睦月となぎさはバイクの前に並んで立つと、それぞれのベルトを付けた。

 

 「睦月!」

 

 野原が呼び止めて言った。

 

 「今のあんた、スッゴくいい顔してる!」

 

 睦月は嬉しくなった。

 

 『メロン』

 

 「「変身!!」」

 

 『♧Open Up』

 

 『メロンアームズ! 天下御免!』

 

 そしてレンゲルはバイクに、斬月はその後ろに乗り、野原に向き合った。

 

 「それじゃあ、行ってきます!」

 

 「行ってらっしゃい!」

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 睦月はバイクを発車させた。

 

 颯爽と風を切る感覚。久しく忘れていた感情。初めて乗った訳では無いのに何もかもが新鮮だった。

 

 その想いが伝ったのか、すぐに異変が起こった。

 

 全身真っ黒だったバイクの色が徐々に金色に変わり、正面には大きな紫のクローバーが浮き出たのだ。それは、レンゲルの姿に酷似していた。

 

 「姿が変わった!」

 

 そうか、レンゲルにはそんな力もあるのか。

 

 「キャアアアアアア!!!」

 

 女性の叫び声が聞こえ、睦月はすぐにその方向へ走った。見ると、女性が先ほどのモンスター、ゼノバイターによって鏡の中に引きずりこまれそうになっていた。

 

 「なぎさちゃん!」

 

 「分かってるのです!」

 

 斬月はすぐにラッパ状の銃を噴射。銃弾が見事にモンスターにヒットし、思わず女性から手を離す。

 

 二人はバイクを降りると、すぐに女性の元に駆け寄った。

 

 「もう大丈夫ですよ。すぐに逃げて!」

 

 「は……はい!」

 

 女性は二人に背を向けて路地の向こうへ駆けた。

 

 モンスターはすぐに体勢を直したが、先ほど負けたからか、鏡の中に飛び込んだ。

 

 「今度は逃がさねぇよ!」

 

 睦月となぎさは再びバイクに乗り、そのまま飛び込んだ。

 

 現実世界とミラーワールドとの間にはある程度距離がある。故に今までは、敵が待ち伏せか余程足が遅い時しか捕捉できず、逃亡目的の敵相手だと見失う事がほとんどだった。

 

 だが今は違う。バイクという足を得た事により、今までとは段違いのスピードでミラーワールドへ入る事が出来た。

 

 辺りを見渡すと、屋根の上、そこから跳んで逃げようとするモンスターがいた。

 

 「なぎさちゃん!」

 

 「了解なのです!」

 

 斬月はそれに向けて発泡。見事撃ち抜かれ、ゼノバイターはアスファルトにべちゃっと倒れた。

 

 「新しい力を試してやる」

 

 バイクが変形した時、ハンドルの中央部の真下にラウザーと同じ、カードをスラッシュできる物が付いていた。

 

 果たして、バイクにそれを使うとどうなるか。

 

 『♧6 BLIZZARD』

 

 すると、バイク全体が冷気で包まれた。

 

 「これは、行ける!」

 

 睦月はバイクでゼノバイターに向かって突進。前方から冷気が勢いよく噴射され、モンスターの体はみるみる内に凍っていき、バイクによる打撃で粉々に砕け散った。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 「ただいま」

 

 「お帰り、お疲れ様」

 

 帰って来た睦月は目の前にあるものに驚きを隠せなかった。

 

 「えっ?これって…」

 

 「なぎさちゃんの歓迎会、やらなきゃと思ってね!さぁ、睦月は出たでた!」

 

 数十分後―。

 

 ガチャっとドアの音と共になぎさは出てきた。

 

 「なぎさちゃん…」

 

 その姿に睦月は度肝を抜いた。なぎさは、照れくさそうに笑いながら、睦月に言った。

 

 「どう…ですか?変じゃない?」

 

 「変じゃない、変じゃない!凄くかわいいよ!」

 

 「女の子なんだから、これ位おめかししないとね。本当、余ってて良かったわ、浴衣」

 

 なぎさは、水色で金魚のプリントがされたかわいらしい浴衣を着ていた。普段は長い髪を下ろしていたが、今は左右にまとめてお団子状にしている。夏祭りスタイルといった感じだった。

 

 「さ、行きましょうか!夏祭り!」

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 野原の帰国が早かった理由。それは、夏祭りの実行委員の手伝いを頼まれていたからだった。当日は人手が足りなくなるだろうから、ピンチヒッターをお願いと、チベットに飛び立つ前に言われたのだという。

 

 会場に着くと、野原はすぐに屋台のヘルプの為に別れた。

 

 「うわ~、凄い着信履歴。会合すっぽかしちゃったからかな~」

 

 スイマセン。

 

 こうして、睦月となぎさの二人きりになった。ドンドンと響く和太鼓。地元の音頭に合わせて踊る子供や女性。良い匂いを漂わせ、声高々に宣伝している屋台の数々。久しぶりのお祭りに睦月も少し興奮していた。

 

 それは、なぎさも同じのようで―、

 

 「睦月!あれ!」

 

 なぎさは早速一つの屋台を指差した。

 

 最初に買ったベビーカステラをつまみながら、焼きそば、フランクフルト、たこ焼き、キュウリの浅漬け。一体そんな小さな体のどこに入ってくんだと思う程バクバク食べていく。

 

 その後は射的、水ヨーヨー釣り、輪投げ、金魚すくいと遊びパートへ。どれもこれも失敗続きだったが、その度に、

 

 「あ~あ~全く!かわいいからほら、サービス!」

 

 と、キャラメル、水ヨーヨー1個、熊のぬいぐるみとアヒル状のラッパ(吹くとガアガアとアヒルの鳴き声のような音がする)、金魚一匹をお情けで貰った。

 

 その後は第二ラウンドと言わんばかりにイカ焼き、冷やしパイン、わたあめを食した。

 

 ええい!彼女の胃袋はブラックホールか。

 

 何か、最近、なぎさの食欲がかなり増えたような気がする。彼女も、前に進もうとしているのだろうか。

 

 休憩も兼ねて、二人はベンチに座ってかき氷を食べた。その時、睦月はそれとなく尋ねた。

 

 「どう?楽しい!」

 

 「うん!とーーーーっても、楽しいのです!お祭りなんて、なぎさは初めて来たからってうおぉぉぉ!キーンなのです~!」

 

 喜怒哀楽。そんな色々な表情に、睦月は凄く嬉しくなった。

 

 さっきのわたあめの屋台でも…

 

 『妹さんかい?かわいいねぇ。ハイ!ちょっと大きくしといたから!』

 

 その時に彼女が見せた笑顔、あんな顔、初めて見た。

 

 「あっ…」

 

 「ん?」

 

 パーッン!

 

 空を見上げると、打ち上げ花火が上がっていた。

 

 まだ遊び足りないのに、いつの間にかそんな時間になってしまっていた。

 

 それは、お祭りの終幕の合図だった。

 

 そして、夏も。

 

 一発の大きな花火を合図に、次々に赤、オレンジ、緑と打ち上がった。ススキを思わせる尾の長い花火、ハート型の花火と形の違う花火もまた、次々と上がっていく。

 

 そんな夏の花畑を二人は黙って見つめていた。

 

 そんな中、睦月の脳裏にあったのは…、

 

 

 『睦月、危ない!』

 

 『えっ?うぁぁぉ!』

 

 足元からネズミ花火の大群が接近してきて、二人は思わず飛び上がった。

 

 『へっへ~、ドッキリ成功!』

 

 

 最初の夏。睦月達は花火をやった。5人が過ごした、本当に楽しかった最後の時間。あれからまだ一ヶ月も経っていないと言うのが信じられなかった。あれから、本当に色々な事があった。

 

 色々と、変わってしまった。

 

 「た~まや」

 

 ポツリと、小さな声でなぎさは言った。

 

 「なぎさちゃん…?」

 

 「愛矢が言ってたのです。花火が上がったら、こういう掛け声をするんだって」

 

 なぎさはそう言って弱々しく笑った。

 

 「――――――」

 

 なぎさも同じだった。

 

 「睦月」

 

 再び花火に目を向けながら、なぎさは言った。

 

 「来年も花火、見たいのです」

 

 「うん。そうだね」

 

 今度は皆で。

 

 この一ヶ月で、睦月の周りは色々と変わってしまった。永遠に失ったモノもある。だけど、まだ取り戻せるモノがある。

 

 一度壊れてしまった睦月となぎさの糸が、こうしてまた繋がって、また花火を見れるようになったんだから。

 

 これからは、魔女になった人を助けるだけじゃない。新しい日常を手に入れる為に戦うんだ。

 

 いつの間にか花火が何十発も連続で上がるようになった。

 

 赤、オレンジ、黄色、緑…。大きな丸、小さな丸、すすきのような花火、ハート型の花火。

 

 今までバラバラだった花火が重なり、夜空は虹色に輝いていた。

 

 花火ももうすぐ終わる。

 

 二人は黙って、そんな七色に輝く夜空を最後まで見つめていた。

 

 

 

 

 

 

第三章 記憶編 完

 




 皆様へ、最後まで読んでいただき誠にありがとうございました(って、何か終わりみたいですね…)。

 これにて、前半部分は終了です。約1年掛かってしまいました。更新が不定期で本当にすいません。

 1~3章でようやく世界が温まりました。いよいよ、睦月達の戦いは新たなステージにへと進みます。

 魔法少女の世界との融合、それによってどのような事が起こるのか、また、そもそも何故龍騎の世界に魔女が現れたのか、この物語の根幹になる謎にもいよいよ踏み込んでいきますので、是非、楽しんでご覧ください!!


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第3.5章 喪失編
スピンオフ1話 普通と綱渡りと七つの大罪


鳥籠の魔女、フェザランド。その性質は『制約』。この魔女は、広い世界を見て回る事を望んでいる。しかし、どれだけ高く広く飛んでも、魔女が見るのは結界内だけ。それも、鉄格子が邪魔していてハッキリとは見えない。それでも魔女は、それを世界全てだと思い込み、今日も結界を飛び回る。


 私が覚えている中で一番古い記憶は、小学校に上がるちょっと前だった。

 白、白、白…。染み一つ無い真っ白な白装束の人が正座をしていて、目の前にある茶色い銅像に向かって深々とお辞儀をする。その中には私のお母さんもいた。私は、よく分からないままお母さんの真似をして、深々と頭を下げた。

 

 私の名前は大森 天望(おおもり あみ)。「皆から望まれて生まれた子だよ」という『想い』と、「天」という漢字を使わなければならないという『ルール』から付けられた名前だ。

 

 住宅街から外れた所にある石のビルとその周り。それが私の世界だった。

 

 家族はお母さんと、『聖人様』、『天使様』、他にも一杯いる。だけど、お父さんは居なかった。「この道へ進むのを諦めたおろかもの」だったから出ていったと聞いている。私は、その人の子供だから、精一杯修行をしなければいけないと、小さい頃から言われていた。

 

 「天(あま)掛ける使化千(しかち)の会」。それが、私達がいる場所の名前だった。使化千と言うのは、空からやってきた天使の名前で、死んだ後に天国に行けるようにする役目を持っているらしい。それが言うには、今の人は大罪を背負い過ぎているから、それを限界まで薄くしないと天国に行けないのだと。

 

 大罪と言うのは、「強欲」「憤怒」「色欲」「傲慢」「暴食」「怠惰」「嫉妬」の7つ。

 

 例えばコンビニ。あれは、人間が「強欲」にも夜でもご飯が食べたいという「暴食」な、いつでも買い物できるから買い忘れがあっても問題無くなるという「怠惰」な願いから24時間営業になった。しかしそれによって店員が夜に働かなくてはいけなくなった。昼に動き、夜は休むというサイクルを破ったということでそれを利用する事そのものが罪なのだという。

 

 このように、ある人の欲望によって誰か別の人にしわ寄せが来ているモノ全てが罪。その基礎となっている欲望が先に挙げた七つの大罪。これが使化千の会の教えだ。

 

 それを薄くするために、ここで生活をしている。

 

 朝は日の出の時間に合わせて起きて、お天道様に向かって手を合わせ、その後周りをしっかりと掃除して、使化千様の聖地を清めて、朝ごはんの後の9時からはお仕事。2つのパーツを組み合わせる作業をずっとする。私も、「カチッ」って音が楽しくて時々手伝ったりしていた。「時々」と言ったのは、その間、ほとんど私は『修行の間』でひらがな・カタカナの勉強をしていたからだ。私は幼稚園に通っていなかった。だから代わりに、ここで大人の人と一緒に勉強をしていたのだ。日が沈む頃にお仕事は終わり、またお天道様に向かって「今日も見守ってくれてありがとう」と手を合わせる。夕ごはんの後にお風呂に入って、寝る前に真っ白な装束に着替えて使化千様の形をした銅像の前で祈り、10時頃に眠る。

 

 そんな生活をずっと続けていた。

 

 子どもは私だけだった。だけど、だからこそ、皆優しくて、私はこの場所が大好きだった。

 

 私は6才になった。幼稚園には通っていなかったけど、その先となるとそうは行かない。私は近所の小学校に通う事になった。通うと言っても、普通の人みたいに歩いたりバスに乗ったりして通わない。カーテンの付いた、特別な車に乗って私は通っていた。帰りももちろんお迎えがあった。

 

 「学校は勉強をする場所」そう教わっていたので、私は勉強を頑張った。授業では積極的に手を挙げたし、宿題は毎日しっかりやった。そのお陰でテストは100点をたくさん取るようになり、クラスでも1、2を争う程の学力を持つようになり、私自身も誇らしかった。

 

 だから、

 

 

 「ねぇ、昨日のドラマ見た?」

 

 「見た見た~!××君がカッコよかったよね~!」

 

 「ねぇこれかわいくな~い?」

 

 「この後ケードロやらない?」

 

 「いいね~!じゃあ隣のあいつも誘おうぜ!」

 

 

 そんな話ばかりしているクラスメイトを内心見下していた。「勉強をする場所だ」と言う使化千様の言葉を無視している。

 

 この場所に居ると、私にも大罪が貯まって行くような感じがして嫌だった。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 そんな生活がずっと続いたある日の事だった。学校が終わり、いつもの場所に行ったのにそこには迎えの車が無かった。と言っても、たまにそういう事があったから、私は黙って迎えが来るのを待った。

 

 そこへ―、

 

 「近道を見つけたって本当?」

 

 「本当、本当!この道をちょっと行った先に細い道があるんだけどね、そこを通るとチカちゃんの家に早く着くんだよ!」

 

 二人の女の子が通り過ぎて行った。いつもだったら気にも止めない会話だったが、私は彼女が持っている物に釘付けになった。茶色くコーティングされた卵状の物で、それをヒョイヒョイ口の中に放り投げていた。

 

 あんな食べ物、見たことが無い。

 

 私の視線に気付き、二人の女の子の内の一人が近付いて、

 

 「食べる?」

 

 と、茶色い卵状の物を一つ渡された。

 

 「………………」

 

 私は少し迷った。「人から渡された物は基本食べるな」とずっと教えられていたからだ。

 

 だけど、彼女からは悪い気は全然しない。そして何より、食べてみたかった。

 

 カリッ

 

 「美味しい…」

 

 それは少しほろ苦く、だけど、とても甘かった。果物とはまた違う、別の甘さが口一杯に広がった。

 

 その中にはカリカリと歯ごたえが良く、香ばしい物が入っていて、それと甘さが合わさって一つのハーモニーを奏でていた。

 

 「ただのアーモンドチョコだけど…もしかして、今まで食べた事無かったの?」

 

 私の反応が少しオーバーだったらしく、彼女が尋ねてきた。

 

 「チョ……コ?」

 

 聞いた事が無かった。

 

 「えっ!?そこから!?あんた、お菓子とか食べないの?」

 

 お菓子。その単語は知ってるが、「暴食」を背負ってしまうので食べるなと言われていた。

 

 「ねぇ、あなた今暇でしょ?よかったら一緒にチカちゃんの家に来ない?もっとお菓子とか食べよう?」

 

 「えっ…?」

 

 「ちょっとミラ!いきなりそんな事言われても困るでしょ!ごめんなさいね、いきなり」

 

 もう一人の女の子がそう言って微笑んだ。

 

 「でも!この子チョコも知らない位お菓子食べてないんだよ?可哀想じゃん!」

 

 「だからって…」

 

 「あっ、あの!」

 

 衝動的に私は口を挟んだ。

 

 分かっていた。誘ってくれた子は、優しさというより、チョコレートも知らない私に対する興味の方が大きいのも。だけど、それ以上に私は、チョコでもお菓子でも、今まで自分が触れていなかった物に凄く興味を持ったのだ。

 

 「少し…だけなら…」

 

 そう、私は言った。言ってしまった。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 その日の夜。私が居たのはいつもの部屋………では無く、鉄格子の付いた小さな小窓が一つ付いただけの殺風景な場所だった。

 

 『罰の間』と呼ばれる場所で、何か使化千の意志に反する事を行った者に、許しを乞う為に作られた部屋だった。私が入る事になるなんて、夢にも思っていなかった。

 

 『少しだけ』と言ったが、それで済む訳は無かった。

 

 クッキー、ビスケット、お煎餅…。そこでは、私が「暴食」だと言われていたので禁じられていたので、今まで食べたことの無かった物がどんどん出てきた。それだけじゃない。コンピューターゲーム、化粧品、テレビ。しきたりで封じられていたそれらがこんなにも面白いとは思わなかった。時間はあっという間に過ぎていき、2時間も居てしまった。当然、使化千の会が総出で捜す事になり、私が楽しんでいる間にそこではちょっとした騒ぎになっていたのだった。

 

 私が今までたまたま知り合った子と一緒に居たと言ったら、今までずっと穏やかな表情を見せていた大人達が凄い形相で睨み付けられた。

 

 「愚かな」「お前は汚れた」「悪魔と交わった」「極刑だ」

 

 そんな罵声をずっと浴びせられ、お母さんからは平手打ちを貰った。とても痛かった。

 

 私は静かに涙を流した。

 

 しきたりを破った事に対する後悔からでは無い。確かに、この場所のルールを破った事はいけない事だと分かっている。

 

 だけど、お菓子もテレビもゲームも、人を汚す物には思えなかった。

 

 それらが汚れてる物なら、あの子達は?あの子達の楽しそうな笑顔。あれにも汚れが貯まっているというのか?悪い気は全然しなかった。また会いたいと思った。

 

 ここの人達は好きだ。私に優しい笑顔を見せてくれるから。だから、その人達が信じているモノを私も信じる事が出来た。

 

 だけど―。

 

 本当にそれが良いことなのか。いや、何が良いことなのか、私は分からなくなっていた。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 「ねぇ聞いた?あの人の新曲!」

 

 「聞いた聞いた!凄くいい曲だったよね!」

 

 「朝練タリ~」

 

 「あの先輩厳しすぎ!」

 

 「今度のLiveいつ行く?」

 

 「帰りゲーセン行かない?」

 

 

 私は中学生になっていた。

 

 『あの日』より前の私だったら、気にも止めなかった会話。単語単語を組み合わせて作られたただの文章。記号。

 

 そんな記号だったモノが今の私には意味のあるモノに聞こえてくる。「傲慢」にも、私が今まで見下していたモノに、今は「嫉妬」していた。

 

 どれも私には関係の無いモノだけど、興味を隠せずにはいられない。

 

 と言っても、それを試す術は無い。

 

 『あの日』以来、私の周りは変わった。私に対する優しさは変わってないけど、それ以外が。私を一人にする事は無くなり、一緒に作業することが増えた。送り迎えの時に、カーテンを少しでも開ける事は禁止させられ、迎えは学校が終わる30分前から待機するようになった。もちろん、部活は入ってない。卒業後は高校に行かず、お母さんがずっとやっていた作業を本格的にすると決められている。

 

………………………………………………………………………………………………………。

 

 本当にそれで良いの?

 

 確かに今の私は、それ以外の道を知らない。今はどんな芸能人がいるのかとか、流行りの服も食べ物も何も知らない。

 

 だけど、いや、だからこそもっと知りたい。

 

 またお菓子を食べたい。テレビを見たい。ゲームもしたい。部活をしたい。

 

 普通の女の子のような生活がしたい。

 

 

 

 「大森天望、君の願いを何でも一つ叶えてあげられるよ」

 

 そんな私の元に、白いぬいぐるみのような生き物がやってきた。

 

 初めは信じられなかった。この世界を脅かす魔女、それと戦う魔法少女。キュゥべえの姿が私以外には見えないし、声も聞こえないと言うのだから尚更だ。私が夢ばかり見てるから、遂に幻覚まで見え始めたのだと思った。

 

 でも、幻覚だったら、何を言ってもいいよね。

 

 私は期待半分で言った。

 

 「私をここ、使化千の会から解放させて」

 

 それは、好きな時に好きな事をしたいという思いから出た言葉だった。

 

 「強欲」だと、そう言われるかもしれないけれど、私はそれをどうしてもしてみたかった。

 

 「契約は成立だ」

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 幻覚では無かった。私は、ソウルジェムを手にして、ようやく実感が沸いた。

 

 願いは意外半分、果然半分の形で叶えられた。

 

 使化千の会の教祖と、聖人と呼ばれていた幹部が全員逮捕されたのだ。

 

 話によると、会のメンバーの仕事で得た利益を反社会的組織に流していたらしい。

 

 使化千という神様も居なかった。全部、教祖と幹部数名が利益を得るためにしくんだ嘘だったのだ。

 

 大罪を薄めるとか言っておいて、自分たちが罪を頭からずっと被っていたとはなんと皮肉な、と、私は鼻で笑った。

 

 他のメンバーは、何度か心理カウンセリングを受けろと言われただけで特に罪に問われる事は無かった。その中にはお母さんも含まれていた。

 

 全部私の理想通りに事が運んだ。

 

 

 

 そう、思っていた。あの時は。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 私達はマンションで住む事になった。

 

 私の生活は180度変わった。

 

 先ず、私は部活に入った。陸上部だ。4月ではない、半端な時期での入部だったので浮くかもと心配していたが、すぐに結果を出して輪の中に馴染んだ。これは、基礎的な体作りを徹底されていた使化千の会の生活が幸いした。

 

 友達もできた。陸上部内でも、クラスの中でも。

 

 授業を受けて、部活をして、放課後友達と買い食いをする。ずっと望んでいた普通の女の子の生活が出来て私は嬉しかった。

 

 だから魔女と戦うことも苦じゃ無かった。命懸けの戦いだと言うこともしっかり理解して契約したので、それもすんなり受け入れられた。

 

 魔法少女にでもならなきゃ絶対に手に入らなかった幸せなんだから、真面目にやるのは当然だ。

 

 やがて私は一人の男の子に恋をした。男子陸上部のエースだ。そして、私たちが両思いだと知るまでそう時間は掛からなかった。

 

 「俺と、付き合ってください!!」

 

 彼からそう告白されたからだ。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 彼と付き合うようになって一ヶ月経ったある日。

 

 その日私は、部活で帰りが遅かった。体は疲れていたが、心はウキウキだった。明日は彼とデートだからだ。

 

 「(明日が本当楽しみ♪あの頃の私に、今の私は恋をしてデートするんだよって言っても信じないだろうなぁ。「色欲」がどうとか言って)」

 

 フフッと笑いながら、私は家のドアを開けた。

 

 「ただいま!」

 

 しかし中は、電気も点いておらず真っ暗だった。

 

 「お母さん?いないの?」

 

 手探りで電気のスイッチを探して点けると、ダイニングテーブルの前の椅子に腰掛けているお母さんの姿があった。何をしている訳でもなく、ただ膝に手を乗せて座っていた。

 

 「お帰りなさい」

 

 その声色はいつもより1オクターブ低かった。

 

 「お母さん?」

 

 「天望、あんた、今まで何してたの?」

 

 「えっと…部活で…」

 

 「部活!?」

 

 その単語にお母さんは大きく反応した。

 

 「何を驚いてるの?今までだってこんな事あったじゃない。お母さん、ちょっと変…」

 

 「あなたなんでそんなものに入ってるのぉぉ!!」

 

 そう言うといきなり私の肩を掴みかかった。凄まじい力だった。

 

 「不浄な者が集まる場所に入るなんてぇぇぇ!不浄だ!不浄だ!あぁぁぁぁ使化千様ぁぁぁ!お許しくださいいいいいいいいぃぃぃ!!!」

 

 「ちょっと痛い!お母さん一体どうし…!」

 

 その時、髪に隠れていた首もとがチラッと見えた。

 

 「魔女の口付け!」

 

 そうと分かると私は渾身の力を込めてお母さんを突き飛ばして家の外に出た。

 

 「なっ!」

 

 外にいた人達は皆、既に虚ろな表情を浮かべていた。私の立てた音に反応したその人達はゾンビのように腕を伸ばし、私に掴みかかろうとした。一人や二人ではなく、私の居るフロアにいた全員が。

 

 「ちょっと皆、止めて…クッゥ……」

 

 私は急いで魔法少女に変身すると、その力で高くジャンプしてその場を逃れた。

 

 「結界は…あそこね!」

 

 マンションの屋上。そこに結界はあった。

 

 「まったく、魔法少女が住んでる家を襲うなんて、本当に命知らずなんだから!」

 

 私は魔法で生成したロッドを使って使い魔を次々に倒した。

 

 そして目当ての魔女へ…

 

 「明日もあるし、さっさと済ませるわよ!!」

 

 私は大きく跳躍し、魔女の頭に狙いを定めた。

 

 「うおおおおおおりゃああああああああああ!!!」

 

 渾身の突きを受け、魔女は一撃で倒された。結界も消えた。

 

 「まったく、弱いならここに来るなってのよ」

 

 魔女の口付けを受けた人は次々と目を覚ました。

 

 ソファーで寝かし付けていたお母さんも、魔女を倒して二時間後に目を覚ました。

 

 「うっ…」

 

 「お母さん…大丈夫?」

 

 「あれ?私…何で…」

 

 「帰ってきたら倒れてたのよ。本当大丈夫?」

 

 私はそう誤魔化した。

 

 「えぇ。ごめんなさいね。心配掛けちゃって」

 

 「良いわよ。それより、晩御飯にしましょ?今日は私が作ったの」

 

 時間も遅かったし、魔女の口付けを受けたばかりの人に家事をさせるのは酷だと思い作っておいたのだった。

 

 ご飯と味噌汁、お付けもの、豚肉を入れた野菜炒めだ。

 

 「そう。悪いわね。ありが…!」

 

 テーブルを見たお母さんは目を見開き固まった。

 

 「……?お母さん?」

 

 ガラガラガッシャーン!!!

 

 次の瞬間。お母さんはテーブルの上に並べられていた料理を全て落とした。これには私も唖然とした。

 

 「ちょっと、何してるの!!!」

 

 まさか魔女が!?でも、確かに倒したはずで。

 

 「暴食…」

 

 「えっ?」

 

 「暴食よ!暴食暴食暴食暴食暴食~!!!使化千様がこれを見たらなんとおっしゃられるか!ぼ・う・しょ・く~!!!」

 

 "それ"は、叫び、当たり散らした。"それ"は、私の知っているお母さんでは無かった。お母さんの声と姿をした偽物だと私は思った。

 

 「お母さん、どうしちゃったの!?お母さん!」

 

 心配よりも私は、この状況の恐怖からそう呼び掛けた。するとお母さんは「ハッ」と小さく声を上げると呆然となった。

 

 そして私を見て、それから散乱したテーブルを見ると我に帰り、

 

 「ごっごめんなさい!あぁぁ、私、なんて事を!ごめんなさい、ごめんなさい。すぐに片付けるからあなたは休んでて、ね?」

 

 そう言って屈み込み、手が汚れるのもお構い無しに散乱したご飯やおかずを集め初めた。

 

 「お母さん…?」

 

 私は動けなかった。

 

 それが、始まりだった。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 「二重…人格?」

 

 次の日、デートをキャンセルしてお母さんを連れて病院に行った私は、お医者さんからそう告げられた。

 

 「お母さんといくつか問診しましたが、幾つか曖昧な点も多い事からそう判断しました。今、あなたのお母さんの中には、今まであなたと過ごしていた人格の他に、使化千の会を信じている人格が生まれてしまっているという事です」

 

 「あの、それって、治るんですよね…?」

 

 そう聞くと、お医者さんは神妙な顔になって静かに言った。

 

 「残念ながら、二重人格についてはまだ画一化された治療法はありません。薬による治療になると思いますが、それも治療という段階には何とも……」

 

 

 結局、お母さんは入院して、精神系に作用する薬を投与して取り敢えず様子を見ると言うことになった。

 

 私はキュゥべえを病院の屋上に呼び出し、お母さんに起きた事をありのまま話した。

 

 「これも、魔女の仕業なの?」

 

 「直接的な原因では無いけれど、昨日現れた魔女が発端になったのは間違いないだろうね。魔女について僕が言ったこと、覚えているかい?」

 

 「えっと、確か、呪いを振り撒く存在だって」

 

 「そう。そして、その魔女が現れる場所は、負のエネルギーが溜まっている所に多いんだ。恐らく昨日の魔女は、君の母親の中にある「使化千の会を信じる感情」に牽かれて現れたんだろう。そして、そこで呪いを振り撒いた事によって今まで理性で抑えていたその感情が爆発し、一つの個としての成長を遂げたんだろうね」

 

 「今までも、そういう事はあったの?魔女の力で人格が変わって、倒してからもそれが続いたって」

 

 「僕の知る限り無いね。そもそも、魔女の口付けによる一時的な人格変換は、その人個人が無意識に感じ、無意識に発散させているモノを無理矢理成長させた事で起こる結果だ。でも君の母親の場合は勝手が違う。魔女はあくまで起爆スイッチ。爆弾自体はとっくに存在していたんだよ。そして、その原因の一端は君にもある」

 

 「えっ…?」

 

 キュゥべえの最後の一言。それの意味が分からず思わず聞き返した。

 

 「そもそも君の母親が「使化千の会を信じる感情」を溜め込んだのは、君の願いによってその会を無理矢理壊滅させたからだ。今までの心の拠り所を失くせばどうなるか、それは極端に言えば、親を失った乳幼児と同じさ。悪かどうかは関係ない。精神の平衡を乱され不安定になる。けどそれを「人の親」という状況で表に出す事も許されない。故に抑える。無理に抑えていた物が何かの弾みで大きく跳ね上がるのは、バネの弾性と同じ、当然の事だよね」

 

 「ちょっと待ってよ。じゃああなたは、私の性でこうなったって言うの?私が居るからお母さんは今まで本当の自分を出すことが出来なかったし、私の願いがお母さんを歪めたって…」

 

 「願いの善悪についてはとやかく言うつもりはないよ。魔女さえきちんと倒してくれればそれで良いからね。あくまで僕は、君の母親がああなった原因を答えただけさ。それに、母親がそうなったとしても、君が手に入れた物は変わらない。あの宗教から君は間違いなく解放されたんだ。良かったじゃないか」

 

 「―――――」

 

 私は、何も言い返せなかった。

 

 話は終わりだと、キュゥべえは姿を消した。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 私は、普通の女の子として暮らしたかった。だから、その邪魔になるものを消した。そして、平穏な生活を手に入れた。はずだった。

 

 でも、それに綻びが現れた。その綻びはどんどん大きくなっていく。

 

 次の週の始め、月曜日。私はガラリと扉を開けると、途端にシンとなった。

 

 「おはよう」

 

 私は気付かないふりをして、いつも通りの挨拶をした。

 

 クラスメイトの何人かが「おはよう」と返してきた。ぎこちない笑顔を浮かべて。

 

 それだけでは無かった。体育のペア分けの時も何故か私だけが余った。お昼も、いつも一緒に食べていた友達の所に行ったら、

 

 「ごめん!ええっと、今日は用事があるから!」

 

 と、席を立ち、部活の時も、皆どこかよそよそしかった。折角付き合うようになった彼とも、会うことは無かった。

 

 私、何かした?

 

 完全下校時刻になった。私はため息をつきながら帰り支度をしていると、

 

 「ねぇ、大森さん…」

 

 いつも部活で仲良くしている子の一人から声を掛けられた。と言っても、いつもとは明らかに様子が違う。どこかためらいのある感じだった。

 

 「何?」

 

 私は彼女に感じた違和感を無視して、いつも通りにと気を付けながら尋ねた。

 

 「えっと…あのね、変な事聞くけど、あなたって、あの…宗教、入ってたの?使化千の会っていう…ちょっと前にニュースになってた…」

 

 私は思わず目を見開いた。

 

 「私のクラスメイトがさ、あなたと同じマンションで暮らしてて、それでこの前、聞いたって言うのよね。使化千がどうのってさ、それってあれよね…逮捕されあっ!」

 

 気が付くと私は彼女の横をすり抜けて一目散に駆け出していた。

 

 バレた、バレた、バレた、バレた、バレた!!

 

 別に隠していたつもりは無かった。これは私にとって消したい過去であり、消えた過去だと思っていたから。

 

 わざわざ自分の黒歴史を話す人はいない。それと同じだ。

 

 「それと同じ」。つまり、隠していたつもりは無いけど………

 

 バレたくは無い過去だった。

 

 

 

 朝、私が教室に入ると、明らかに空気が変わる。

 

 私が近付くと、空気が重くなる。

 

 気のせいだ、気のせいだと考えていた重りが、日に日にズシリと来るようになる。

 

 あれから、部活には行ってない。

 

 「あっ、天望、話が…」

 

 それでも、学校が同じだから彼とは何度か廊下で出くわした。

 

 その度に私は回れ右をして急いで階段を下りる。

 

 怖かった。

 

 別れを告げられるかもしれないと思うと、どうしても勇気が出なかった。

 

 

 

 

 「ヴァアアアアアアアアアアアアア!!!」

 

 お母さんは、大きな精神病院に入院している。

 

 毎日一度か二度、こういう発作が起きる。

 

 私がお見舞いに行った時も、その発作が起きてる最中だった。

 

 看護師さんがあせあせと動いている。「先生呼んできて」と声を掛けたりして。だから、私が来た事にも気付いていない様子だった。

 

 「天望!!」

 

 母親だけは別だった。

 

 入口にいた私を見つめて、目をこれでもかと見開いたまま言った。

 

 「あなだ、こんな所で何してるの!!今は協会にいる時間でじょ!!これでは使化千様がお怒りに!!使化千様ぁぁ使化千様ぁぁ、使化t」

 

 パーッン!!!

 

 私は、お母さんに無言で近付き、平手打ちをしていた。

 

 看護師さんも、呆気に取られて私を見ていた。

 

 もう限界だった。

 

 魔女と命懸けで戦う事を承諾してようやく手に入れた生活。一度は手に入った生活。

 

 だけど、今はただ、拒絶されてる空気に耐え、拒絶されるかもしれない恐怖に耐える毎日。

 

 夢見た普通の生活は潰え、残ったのは命懸けで戦う日々だけ。それなのにこの女はー!

 

 この時、私は今までで一番の「憤怒」の表情を浮かべていたと思う。

 

 私は言った。

 

 「いい加減にして!!!あんたの性で…あんたの性で…!!」

 

 使化千使化千使化千…うるさい黙れ

 

 「穢れてるのはあなたじゃない!!!」

 

 それだけ言うと私は病室を飛び出した。

 

 病院を振り返る事は無かった。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 その日の夜、私はマンションのベランダに立っていた。

 

 時刻は午前3時。コンビニなどを除き、普通の家のほとんどの明かりは消えていて、星が少し多く見えた。

 

 お母さんは亡くなった。

 

 一時間位前に、病院から来た電話の言葉だ。

 

 鎮静剤を入れて眠らせたとの事だったが、それが切れるや否やナースコールのコードで首を吊ったとの事だった。

 

…………………………

 

 私は何がしたかったのだろう?

 

 お母さんに死んで欲しかった?違う。

 

 普通の学校生活をするために綱渡りのような毎日を過ごしたかった?違う。

 

 魔女と戦って人を守りたかった?違う。

 

 じゃあ今の私は何?

 

………………………………………………………。

 

 ふと、ポケットに入れていたソウルジェムを取り出した。

 

 もう大分濁っている。

 

 魔女退治なんてする気が起きなくてパトロールをサボっていたのもあるけど、それにしても濁るペースが早いような…。

 

 でも次の瞬間、まあいいやと思った。

 

 濁りの早さはどうでもいい。大事なのは、この状態では魔女は愚か、使い魔も倒せないだろうという事実だ。

 

 学校も家も完全に破綻。魔女とも戦えない。

 

 私の人生は、完全に止まってしまった。

 

 私はフェンスを乗り越え、フェンスからはみ出した僅かな隙間に立った。

 

 進んだ先は行き止まり。戻ろうにも壁が出来ている。四方を壁に囲まれた。

 

 昔、何かのゲームにそんなバグがあった。その時、どうしたか?

 

 電源を切って、リセットした。

 

 最後に私はもう一度夜空を見上げた。

 

 流れ星は無かったけど、お願いをした。

 

 次の人生では、普通の女の子になっていますように。

 

 私はフェンスから、僅かな隙間から体を離した。

 

 ポケットから離れたソウルジェム。それは、さっき見た時よりも濁った気がする。

 

 凄いスピードで灰色の地面が近付く。

 

 人生はメチャクチャに壊れ、人を死なせ、最後は逃げのリセット。

 

 私って、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「怠惰」だな。

 




明けましておめでとうございます(遅い)

今年もレンゲルをよろしくお願いします。

去年は就活だったり論文だったりで忙しくて更新ペースが非常に遅かったですが、今年はなるべく早く更新できるように頑張ります。

これからもどうぞよろしくお願い致します。


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スピンオフ2話 水と泥棒と守りたいもの

 水の魔女 アクリシャス。その性質は「渇き」

 この魔女は、常に自分を潤わせる事に力を注いでいる。しかし、自身が潤う為には自身が満たせる容積以上の水が必要なので、今日も魔女は水を浴び続けている。満たされる事は無い事を知りながら。



 時は、西暦以前の時代、紀元前にまで遡る。

 

 古代都市、エジプト。王妃ネフェルティティと、その夫であり、有名なツタンカーメン王の父であるアクエンアテンが砂漠の中に築いた都市、アマルナ。

 

 そこから少し離れた場所に、今や歴史書のどこにも記述が無い、小さな小さな村があった。

 

 「それじゃあ行ってくる」

 

 「あんた…」

 

 お父さんは笑顔を浮かべていたけど、私たちはどうしても笑顔で送り出す事が出来なかった。

 

 「どうしても行かなくちゃダメなの?仕事なら、ここにだって…」

 

 「アクエンアテン様の命令だ。少しでも男手が必要との事だ。それに、ここでの仕事だけなら、どうやっても俺たち全員が生活することはできないだろう?仕方ないさ」

 

 古代エジプトは多神教だった。その名の通り複数の神が崇拝されており、同じ宗教でも振興形態が異なっていた。それを当時のアマルナの王、アクエンアテンは、太陽神アテンのみを崇拝した都市を築こうと考えた。それがアマルナである。彼は今、壮麗な石の神殿を建設を民に命じていた。

 

 水を汲み、ナイル川から来る船から荷を下ろす。

 

 その作業には、人手がいくらあっても足りない。そこで、近くの村にも声が掛けられたのだ。

 

 村から男手を向かわせ働かせる、また、村で作った作物の何割かを国に献上する。代わりに、村で何か緊急事態(盗賊や他の国からの襲撃)の時は兵士を派遣し村を守るという契約だ。

 

 しかし、契約というのは上部だけ、半ば強制的に契約させられたという事を私は知っていた。

 

 アマルナが私達の村にやってくるまで、村の男の人達は農作業を行う班と村の警備を行う班、双方をローテーションで行い、村の繁栄を保っていた。

 

 屈強な人が多く、盗賊がたまにやってきても、すぐに倒す事ができていた。

 

 村とは言っても、国にも負けずとも劣らない程の形態を既に持っていた。

 

 アマルナは、そんな村だったから、目をつけた。

 

 あの日の事は、幼いながらよく覚えている。突然、武器を持った兵士がやってきた。その時、お父さんの班は警備の係だったから、すぐに追い出そうとした。だが、所詮は村だ。多勢に無勢。武器を持った大勢の兵士を相手にすることは出来なかった。

 

 その日の夜には、村の警備班全員が、アマルナで仕事をする事が決まった。警備の班が由緒ある国の兵士に敵意を向けたかららしい。

 

 さらに、作物も何割か献上しなければならないと聞いた時、母は初めて激昂した。

 

 このままではあの子達を満足に育てる事もできないじゃないと、怖い顔で言っていた事を覚えている。

 

 少し大きくなってから、私は気付いた。私達の村は脅されてたのだと。

 

 アマルナでの労働環境はとてもでは無いが良いとは言えなかった。当然だ。王がいる都市でさえ、本当に裕福な暮らしをしているのはほんの一握り。ほとんどの民は労働と貧困に耐える毎日だ。

 

 それがよその村ともなればなおさらだ。

 

 「お父さん……」

 

 心配だった私は思わず声を掛けた。

 

 「メイ」

 

 お父さんは屈んで私と同じ目線になると優しく撫でてくれた。

 

 「心配するな、お父さんは力持ちなんだから!」

 

 「でも!一昨年シュトのお父さんも死んじゃったし、トリツだって!」

 

 「大丈夫。お前の顔を思い出すだけで、父さん元気になるんだから!」

 

 お父さんは奥で眠る妹、ケイをチラッと見た。

 

 私には、二つ下の妹がいた。名前はケイ。生まれつき、体が弱く、すぐに倒れてしまう。妹の為にも、少しでも体に良い物を食べさせたい、そんな想いから、働きに出ている事を私は知っていた。例え、過酷な場所だとしても。

 

 「お前は、ケイを守ってやってくれ。約束できるか?」

 

 だから私は、

 

 「うん、約束する!」

 

 と、大きく首を縦に振った。お父さんは満足そうに頷くと、

 

 「じゃあ、行ってきます」

 

 「行ってらっしゃい!!」

 

 私とお母さんは、お父さんが見えなくなるまで手を振り続けた。

 

 それが、私達が見た最後の姿だった。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 お父さんは死んだ。石の神殿を作るために高い所に登って、そのまま転落したとの事だった。

 

 その日の夜に、遺体が届けられた。母と私と妹は夜通し泣いた。

 

 次の日、父は埋葬された。棺や副葬品の類いは無い。それは王族・貴族の上級国民だけの特権だ。

 

 私達平民の埋葬は、体にむしろを巻いて埋めるだけの質素なモノ。

 

 どれだけ働いても、状況は一向に良くならない。子どもは病気で苦しみ、大人はそれに加えて過酷な労働によって命を蝕まれる。

 

 王は、太陽神を信じればいつか平和に暮らせる日は来ると言うが、その「いつか」はいつだ?明日?明後日?1年後?10年後?その時には私達は生きているの?

 

 神殿造りは進むが、私達は一向に良くならない。王族や貴族はお腹いっぱい食べているのにも関わらず、私達の毎日は日によって悪くなる一方だ。

 

 毎日、担架で誰かが運ばれてきて、毎晩、誰かが泣き叫ぶ声が聞こえる。

 

 これが神の施しだと言うのなら、

 

 「くそ食らえよ」

 

 悲しみが怒りに変わり、私は誰に言うでもなく呟いた。

 

 「神はいないよ」

 

 突然後ろから聞いたことの無い声が聞こえて、私は驚いて振り返った。

 

 そこには、今まで見たことの無い白くて小さな動物がいた。

 

 もしかして、あれが喋った?

 

 「だけど、君たちが言うところの悪魔と呼ばれる存在はいる。君の周りで病気や事故が多発しているのは、環境だけでなく、その悪魔が原因であることが多いんだ」

 

 「ちょっちょっと待って!あなたは一体何者なの?いきなり何を…」

 

 「お姉ちゃん?」

 

 急に大きな声を出した為か、眠っていたケイが起きてしまった。

 

 「誰とお喋りしてるの?」

 

 「あっ、ケイ。ごめんね、起こしちゃった?それが凄いのよ、ほら見て!見たこと無い喋る動物!」

 

 と、それがいる方向を指差したが、

 

 「お姉ちゃん?どこを指差してるの?」

 

 「えっ?どこって、ほら、白い動物、見えるでしょ?」

 

 「何も…見えないよ?」

 

 『彼女には見ることができないよ』

 

 「!」

 

 突然の事に私は飛び上がった。今のは、声が聞こえたというよりむしろ、頭の中から声がしたから。

 

 色々な事が重なり、ショックで遂におかしくなったのか?

 

 『そんな事はない。君は到って成長だよ』

 

 「!」

 

 また飛び上がった。心を読まれた…。

 

 「お姉ちゃん?」

 

 ケイが訝しげにこっちを見ていた。当然だ。この白い動物が見えなければ、ただその場で意味もなく驚いているようにしか見えないのだから。

 

 「やれやれ、ここじゃあ説明しづらいね。外に行こうか、付いてきてくれるかい?」

 

 「………………………」

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 キュゥべえと名乗る"彼"(私は男の子だと考えてる)はビックリする事を色々教えてくれた。この世界には、「悪魔」と呼ばれる存在が裏で悪事を働いてること、人の悪意の上昇、それによって生まれる暴力、自殺、いじめ。そして蔓延する病。これらのほとんどに魔女が関与していて、私の住む国もその一つなのだと。そして、それと人知れず戦う「戦士」と呼ばれる少女がいて、私にもその素質がある事を。

 

 「つまり、あなたと契約すれば、国を悪いようにしてるヤツとも戦えるって事よね?」

 

 「そうさ!それに、戦士としての契約を交わすなら、君の願いを一つ叶えてあげられるよ?」

 

 私は興奮していた。この感覚は久しぶりだった。今までの私は、この国の理不尽を嘆くだけのただの平民だった。でも今は違う。この国を不幸にしている元凶を知り、お父さんの仇を知り、それと戦う力が目の前にあるんだ。

 

 願ってもない話だ。これを断る人がどこにいる?

 

 「分かったわ。契約する!」

 

 「なら君は、その対価に何を願う?」

 

 願い。それはもう決まっている。この村の人が一番欲している物、未来永劫必要な物。

 

 「この村の人が皆、十分に生きていけるだけの水と食べ物を頂戴。未来永劫、皆がそれに困らない程の!」

 

 「分かった。契約は成立だ!」

 

 キュゥべえは自身の耳を私の胸に突っ込んだ。そして、どうやって作ったのか、花の蕾のような小さな、だけどとても綺麗な宝石を取り出した。

 

 私はそれを受け取った。すると、その宝石は目映く青く光だし、私の姿を変えていった。

 

 つぎはぎだらけだった服は青空色のロングスカート、腰に大きな水瓶を付け、上半身はゆったりふわふわとした軽くて綺麗なドレスに変わり、肩には背中を覆い尽くす程の染み一つない白くて大きな羽衣を纏っていた。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 「やぁぁぁ!!」

 

 私は変身した時に持っていた青く柄の長い斧を手に次々と使い魔を倒していた。

 

 「メイ、戦闘経験が0に等しい君が早速"悪魔"に挑むなんて無謀だ。まずは使い魔の結界を探すことにしないと…」

 

 「何言ってんのよ!こいつの性で皆悲しい目に逢ってんのよ!?もうそんなのはたくさん!ようやく見つけたんだから、今日で悪事を終わらせる!」

 

 そう。私は契約するや否やすぐに街へ出掛けた。魔女を捜す為に。そして、幸か不幸か、幾分も経たない内に結界を見つけ飛び込んだのだった。

 

 「メイ、気を付けて!そろそろ結界の最深部だ」

 

 「了解」

 

 そう言い終わらない内に今までとは比べ物にならない程荘厳な門が見えた。

 

 中を潜ると、円形のホールになっていて、その中央に大きな球体が浮かんでいた。

 

 かと思えば、私の侵入に反応したのか、球体が変形。四方八方から触手のようなモノが飛び出してきた。

 

 そして、その内の一本を発射した。

 

 「はぁ!」

 

 私は斧を横に振った。

 

 触手を切り裂くつもりだった。しかし、

 

 「なっ…!」

 

 衝撃で横に逸れただけで、全く斬れていなかった。

 

 「硬い!」

 

 それを合図に魔女は次々に触手を発射した。

 

 私はそれを次々にかわす。少し前まで私がいた位置に次々に大きな穴が空いていく。

 

 少しでも間違えれば串刺しに…。

 

 そう考え、注意が触手から逸れてしまったのが間違いだった。

 

 触手が束になり、大きな弾丸のようになりながら私に迫って来ていたのだ。

 

 「くっ…!」

 

 私は反射的にジャンプでかわした。

 

 しかし、空中にいる私を狙って更にもう一本の触手が…

 

 「えいや!」

 

 それは斧を振って弾いたが…

 

 「なっ!」

 

 私はその陰に隠れていたもう一本の触手に気付かなかった。

 

 「きゃああ!!」

 

 私はその触手に当たり壁に激突。そのままずるずると床に滑り落ちた。

 

 咄嗟に腕で防御したが、それでも痛かった。

 

 「メイ!もう無理だ!君では勝てない。一度退いて、体制を立て直すんだ!」

 

 「馬鹿言わないで!」

 

 私は斧を杖のように立ててよろよろと立ち上がる。

 

 「折角見つけたんだから…こいつは、私にしか倒せないんでしょう?」

 

 正直、逃げたい気持ちもあった。一発喰らっただけでこの痛み。それを後何発も喰らわなければならないかもと思うと身がすくむ。

 

 私が、自分のためだけに戦っていたのなら、きっと逃げていたと思う。

 

 でも、

 

 私の脳裏によぎるのは友達の、そして妹の顔。

 

 お腹が空いたと泣く子供の声、蔓延する病。

 

 それら全てが、もう、終わる。

 

 負をばらまいてたこいつを倒せば終えられる。

 

 私は願いで皆が生きられるきっかけを作った。だったらこいつを倒して、新しい旗をあげたい!

 

 「私は、絶対にあいつを倒す!」

 

 再び触手の追撃が始まった。

 

 私はそれを次々にかわしていく。必ず倒すと息巻いても状況は変わらない。

 

 触手への攻撃は無意味だ。ならば触手が出ている球体を狙うしかない。だけどしなる触手をかわすのが精一杯のこの状況では近付く事もままならない。

 

 斧ではダメだ。何か飛び道具があれば…。

 

 「メイ!水瓶を!」

 

 ふと、キュウべえの声が聞こえた。

 

 「これって…!」

 

 言われるまま水瓶を見てみるとそこには矢が5本入っていた。

 

 更に、背中に来た謎の感触。

 

 手に取って見ると、それは弓だった。国の衛兵が使っている弓と全く同じ構造をしていた。

 

 何でこれが…って、今は考えてる場合じゃない!

 

 私は触手をかわしながら、弓に矢をセットし、弦を引いた。

 

 「メイ!"悪魔"相手に普通の武器は効かない!それに魔力を込めて!」

 

 魔力を込める…具体的にどうすればと思ったけどすぐ分かった。変身をした時と同じ感覚だと私自身が教えてくれた。

 

 呼吸、消化、睡眠…。生きるために最低限必要な、誰に教わるでもなく自然に覚えた動作。それと同じように、魔力を操る事も今の私には容易い事になっていた。

 

「やぁぁ!!」

 

 矢を球体の中心に目掛けて発射。しかしそれは触手の一本によって弾かれた。

 

 だったら!

 

 今度は触手に目掛けて発射。次は弾かれる事なく触手に上手く刺さり、その勢いのまま壁に張りつけられた。

 

 更に一本、一本と放ち続け、触手は次々に壁に張りつけられた。だが、初めに放った一本の魔力が尽きかけ、今にも離れそうだった。

 

 とてもではないが、全ての触手を張りつけにするのは不可能だ。

 

 「メイ!」

 

 キュウべえはその事を指摘しようとしたが、そんな事は私も知っていた。

 

 目的は触手を封じる事じゃない。触手の数を減らす事だから。

 

 明らかに攻撃の幕が弱くなった。これなら、より大きな物を生み出せる!

 

 ガラガラガラガラドッシャーン!!

 

 "悪魔"の真上。そこから大量の大岩、砂が降り注いだ。

 

 いくら浮遊しているとは言え、攻撃が通じないとは言え、物質としての重さは感じる。

 

 そう、全てはこれを出すための時間稼ぎだ。

 

 岩や砂の重さに耐えかねて、今まで安定していた"悪魔"の球体が揺らいだ。

 

 その隙に私は一気に懐へ。

 

 私は自身の魔力を斧にこめた。

 

 「やぁぁぁぁぁ!!!」

 

 そして大ジャンプすると縦に大きく振り下ろした。

 

 「/:"',.~f/1g'r2:'f23'.d2」

 

 "悪魔"から断末魔とも思えるような叫び声が聞こえ、そのまま消滅。結界も消えた。

 

 私の初陣は勝利で終わった。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 次の日、村人がビックリする事件が立て続けに起きた。

 

 一つめは、村にある食糧庫に新鮮な野菜・果物が大量に置いてあった事だ。日照りによる水不足から、不作が連日続いていて、満足に備蓄も出来ない中、誰が置いたのかと疑問に思ったが、すぐにそれはどうでもいいと言うことになり、それは村人全員に均等に分けられた。

 

 均等に分けても十分過ぎる食糧がそこにはあった。

 

 二つ目は、雨だ。先にも言ったが、この村では連日日照りが続いていて、溜池の水も完全に干上がってしまっていた。

 

 そんな中、ここまで降ったのはいつ以来だと思うほどの大雨が降り、溜池を再び水で一杯にする事ができた。

 

 村人全員の喉が潤い、皆にも十分な栄養を与える事ができた。

 

 妹も、久しぶりに満足そうに眠っている。こんな表情は久しぶりだった。

 

 空は大雨で暗いが、気分は晴れ晴れ。遂に願いが叶ったのだ。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 少し経た後、国からある御触れが来た。

 

 現在国では、深刻な食糧不足、さらに干ばつが続いているので、国に収める水や育てた作物の割合を増やして欲しいとの事だった。

 

 私たちの村にだけ、雨が多く降る事から来た命令だった。

 

 村はすぐにそれを受諾した。作物を全て与えたとしても、痛くも痒くも無かっただろう。

 

 どれだけ食べ物が減っても、次の朝にはまた村人全員に行き渡る分の食糧が備蓄されるんだから。

 

 お腹が空いたと泣く声は、いつの間にか聞こえなくなった。

 

 「でも本当、誰なんだろうね~?」

 

 ある日、私の友達の一人(マエ)がそんな事を口にした。

 

 「こんな小さな村に毎晩毎晩食べ物を運んでくれるなんてさ、物好きな貴族もいたものね」

 

 彼女は、食べ物を密かに運んでいるのは貴族の誰かだと考えていた。当然か。この国で、余る程の食べ物がある人なんて、貴族か王族しか居ないんだから。

 

 「貴族じゃないわよ」

 

 別の友達(シルク)がそう口を開いた。

 

 どういう事?と尋ねると、

 

 「私のお父さん、ちょっと前に、誰が食べ物を運んでるんだろうって、それを確かめる為にずっと食糧庫の前に居たんだって。だけど、誰も前を通らなくて、気が付いたら食べ物が溜め込んであったって」

 

 「えっ!?それって本当!?」

 

 「そうみたいよ。だから、最近よく降る雨もそうだけど、これは、神様が与えてくれた慈悲だって噂」

 

 「まぁ、確かにそうかもしれないわね…」

 

 マエはそう言うと、自分の脚を見つめた。

 

 マエは、病気だった。栄養不足から来る壊血症で、命を落としかけた。だけど、私の願いで新鮮な野菜・果物を一杯食べることができ、一命をとりとめた。

 

 死の淵をさまよっていた友達を救う事ができて、私は契約して良かったと改めて思った。

 

 「でもさ、もしそうなら、その神様の慈悲があるっていうあの食糧庫、あれごと国の人が持ってっちゃうなんて事は無いかな?」

 

 「あっ、それお父さんも言ってた。それに、もしも食べ物がいつの間にか溜め込まれるこの現象を国の人が知ったら、それこそ食べ物ぜーんぶ持ってっちゃうんじゃ無いかって」

 

 村に食べ物がいつの間にか運び込まれる事を、村の人は知らなかった。もしも知ってしまえば食べ物を全て没収されるし、最悪、兵士が村を襲撃し、完全な支配下に置いてしまう可能性もある。

 

 元々、アマルナに対して良い印象を持っていなかったのもあり、この事は黙っていようと村で決めていた。

 

 村長が、『育てた』作物の何割かを国に納めるという契約なので、嘘はついてないと言って、皆を笑わせてたっけ。

 

 「え~!そしたらまた食糧不足に~?」

 

 「大丈夫だよ」

 

 すぐに私は否定した。

 

 「きっとそうなっても、また新しい所に食べ物が溜め込まれるわよ」

 

 私がいる限り、この村に食べ物が無くなる事は絶対に無い。

 

 「何でそんなに自信たっぷりに言えるのよ?」

 

 「えっ?」

 

 しまった…ちょっと話し過ぎたか。

 

 「ええと、ただの勘よ!あの食糧庫って元々はただの食糧庫だったんだから、それが無くなったらまた別の所が特別な倉庫になるって考えた方が自然でしょ?」

 

 「ま、それもそうね」

 

 私の話に、特に疑問は持たなかったらしく、私は少しホッとした。

 

 そして―

 

 

 

 "その日"は、何の前触れもなくやって来た。

 

 夜中、外の騒がしい声に、私は目が覚めた。

 

 横を見ると、妹はすやすや眠っていたので、私はそっと傍を離れた。

 

 お母さんは既に起きていて外を伺っていた。

 

 私も覗いて見ると、松明を持った男の人が何人もとある家の前に立っていた。あれは、友達のシルクの家だ。

 

 次の瞬間―、

 

 「えっ…?」

 

 松明を持っていた男は、突然それをシルクの家に投げつけた。家はあっという間に燃え広がり、火柱が上がっていた。

 

 一軒だけじゃない。それを合図に何軒も何軒も家の中に松明を放り投げていた。

 

 お母さんも隣で目を見開きながら固まってしまっていた。

 

 「シルク!」

 

 私は急いで家を飛び出し、シルクの家へ向かった。

 

 道中で、家を飛び出した他の人が松明の男に詰め寄った場面に出くわした。

 

 「あんたら、よく見たら国の兵士じゃないか!どうしてそんな事をぐわぁぁぁ!!」

 

 男は村人が全てを言う前に腕に火を押し付けた。

 

 「何でだと?とぼけるのも大概にしろ。貴様らにはある罪が掛けられている。貴族の家から水や食べ物を持ち出した罪がな」

 

 「なっ…!」

 

 「知らないとは言わせないぞ。その貧民とは思えん程しっかりした体がその証拠!それに、お前と同じ村人から食べ物がひとりでに出てくる食糧庫の話も聞いた!」

 

 兵士は村人の胸ぐらを掴み詰め寄った。

 

 「だがこれはただの窃盗じゃない。今でも信じられんが私は見たのだ。ある貴族様の警備をしていた時、食べ物が突然消えるのをな!これは悪魔に魂を売った魔術の類い、言え!これをやったのは誰だ!?」

 

 「し、、知らない!本当だ!」

 

 「そうか、では死ね」

 

 「ぎゃぁぁぁぁぁ!!!」

 

 村人は火を服に当てられ、あっという間に火だるまになった。そして、持っていた松明を家に投げつけた。

 

 私は動けなかった。

 

 ひとりでに現れる食べ物、魔女への初陣の時に突然現れた兵士が使うものにそっくりな弓。

 

 まさか、、、、、まさか!!!

 

 ずっと私は、自分の魔法は物を生み出す魔法だと思っていた。必要な時に、必要な物を必要な分量だけ、それを必要としている場所へ生み出す魔法なのだと。

 

 でも、実際は―。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 「当然の話さ」

 

 村が、人が燃やされる様子を、キュゥべぇは王宮の上から見ていた。

 

 魔法少女、または魔法少女候補生とキュゥべぇはテレパシーで会話できる。故に、メイの思考もある程度読み取れた。

 

 キュゥべぇは、メイとコミュニケーションを取る事なく、ただ思った事を淡々と呟いた。

 

 「そもそも、人は何故、ご飯を食べるのか。もっと言うと、人は何故、栄養を摂取しなければいけないのか。それは、生きるために必要なエネルギーを摂取するために他ならない。高度な思考能力を持つ人間でも、無からエネルギーを作る事はできなかった。当然だよね。もしもそれが可能なら、僕たち、インキュベーターが、希望から絶望への相転移で生まれるエネルギーの回収なんていう遠回りなエネルギーの確保なんて方法を取らないんだから。エネルギーは普通、等価交換でしか生み出されない。無から生み出せるのはもう、法則を変えるような神の領域だ」

 

 メイ。彼女の願いによって生まれた魔法は無から有を生み出す魔法ではない。必要な物を、それがある場所から必要な場所へ移す、いわば泥棒の魔法だった。

 

 と言っても、彼女の魔法は普通の盗む魔法とは少し異なっている。

 

 彼女は、魔法少女になる前、国の現状を憂いていた。貴族や王族直属の兵士だけが不自由無い生活をし、自身を含めた平民は、満足な暮らしもできない現状に。

 

 その「憂い」は、いつの間にか「恨み」へと変わっていった。それが、魔法の方向性を少し歪めたのだ。

 

 王族貴族、その直属の兵士。「裕福な暮らしをしている人から物を盗む」。これが、彼女の身につけた魔法だった。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、、

 

 私は走っていた。友達の下へという明確な目的地を持って外へ出たはずなのだが、今は違う。

 

 どこへ向かっているのかは、私にも分からない。

 

 火のはぜる音、燃える臭い、辺り一面から聞こえる悲鳴。

 

 違う違う違う違う。

 

 私は、そんなつもりで願ったんじゃ……。

 

 「キャァァァァ!!」

 

 聞き覚えのある声が聞こえて、私は思わずそこに足を進めた。

 

 友達のマエだった。

 

 国の兵士に詰め寄られていた。

 

 「マエ!!」

 

 私は思わず声をあげた。

 

 それが間違いだった。

 

 兵士に追い詰められていたマエは、私を指差し、

 

 「兵士さん!あの子よあの子!メイよ!全部メイの性なの!あの子、前にこの事について話した時言ってたの!これは永遠に続くって、確信するように!!!」

 

 マエも、確信があって言った訳ではない。行きたい。そんな生存本能から言った言葉だと思う。

 

 それでも、殺戮によって麻痺した兵士の注意を惹き付けるには、十分な言葉だった。

 

 「魔術師を見つけたぞ!!!あいつを捕らえろ!」

 

 私は恐ろしくなってただただ逃げた。

 

 "悪魔"。それは私が戦ってる敵の名前。だけど、この状況を引き起こしたのは間違いなく私だ。これを悪魔の所業と呼ばずに何と呼ぶ。

 

 「ああ!!」

 

 兵士が射った矢の一本が私の脚に当たり、そのまま倒れた。

 

 あっという間に兵士に追い付かれ、髪を引っ張られ、喉に槍を向けられた。

 

 「お前が魔術師だな!?」

 

 言葉が出なかった。確かに私だ。だけど、私が頷けば、この殺戮は止まるのか?

 

 兵士だって、確信があって私を捕まえた訳じゃない。他の兵士が、同じようなことをやっているのが目に入った。

 

 疑わしい村人の一人。それでしかない。

 

 変身する気もとっくに失せていた。

 

 「兵長、こいつの血縁者はどうします?」

 

 「あぁ?聞くまでも無いだろう?疑わしきは罰せよ!家族だろうがなんだろうが、ここにいる村人は全員処分だ!」

 

 その言葉に、私の"何か"が覚醒した。

 

 抜けていた力が、一気に溢れだす。

 

 「あ?」

 

 突然力を入れてきた私に、兵長と呼ばれた男が訝しげな表情を浮かべた。

 

 「………せない」

 

 「あ?」

 

 「私の家族は、絶対に殺させない!!!!」

 

 その瞬間、私は戦士に変身し、その衝撃で兵士を吹き飛ばした。

 

 「何だあれは……!」

 

 「はぁ!!」

 

 「えっ?ぐわぁぁぁ!!!」

 

 兵士の近くの砂を他の兵士の頭上に飛ばした。砂が無くなった事で蟻地獄のようになったり、頭上からの砂の重みで動けなくなったりと数人の兵士は完全に封じた。

 

 しかし、砂が突然空に浮かぶなんてすれば、当然誰が見ても不審に思い、

 

 「いたぞ!あいつだ!あいつが魔術師だ!!」

 

 私の今の格好も含め、兵士達はそう判断した。

 

 それでも構わなかった。間違っていないのだから。

 

 私は恐らく死ぬ。体が異様にダルく、寒気もする。だけどその前に、私の大切な人だけでも安全な所に。

 

 私は家へ走った。道中で見かけた、背中に剣を刺したまま倒れてる女性の横を通りすぎて。

 

 家に戻ると、既に火がつけられてあった。

 

 それでも私は一縷の望みをかけて飛び込んだ。

 

 火のはぜる音、熱で食器が割れる音が響く中、僅かに、咳き込む声が聞こえた。

 

 「ケイ!!!」

 

 妹は、顔中を煤だらけにし、酷く衰弱していたが生きていた。いつも通り、ベッドに横たわっていた。

 

 「お姉……………ちゃん」

 

 掠れた声だったがハッキリと聞こえた。私は泣くほど嬉しかった。

 

 本当に強い子だ。

 

 「いたぞ!あそこだ!」

 

 私はケイを抱き抱えるとすぐに家を出て、ナイル川へと向かった。

 

 そして、港に繋がれていた1隻の船に目をつけた。

 

 私は魔法で食べ物が一杯詰まった袋を二つ取り出し、船に乗せた。

 

 「ケイ、あなたを愛してる。あなたは強い子よ。だから絶対に生きてね」

 

 それだけ言うと、私は抱き締め、額に小さくキスをした。

 

 ケイは何が何だか分かっていないようだった。だけど、説明をしている余裕は無い。

 

 こんな考えしか思い付かなかった。

 

 バカなお姉ちゃんでごめんね。

 

 私は、川の上流に水を一気に移動させた。

 

 その衝撃で、さっきまで穏やかだった川が嘘のように激しく流れ、船はその流れに乗って進んで行った。

 

 私は、船が見えなくなるまでその場に立った。

 

 「元気でね」

 

 そうポツリと言うと、ゆっくりと振り返った。

 

 何人もの兵士が私を取り囲み、槍を向けている。

 

 私は高らかに宣言した。

 

 「全て私がやったわ。私が、街から物を盗んだ魔術師です!!」

 

 

 

 そこから先は、覚えていない。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 アマルナ、王宮内

 

 「全滅……だと……?」

 

 「はい、伝令が途絶えた為確認に向かった所、ナイル川の港付近に、何十人もの兵士と、肝心の彼女の遺体が発見されました…」

 

 「ならばやはり彼女は…」

 

 「はい。これは魔術師などの類ではありません。彼女が最後にやった所業。これは、神の類に近いかと」

 

 ウームと、王は首を傾げた。

 

 「今回の事に関わった兵士は?」

 

 「全員、まだアマルナ内に待機させています。彼女がいた村の生き残りを拘束する作業もありますので」

 

 「殺せ」

 

 「はっ?」

 

 「昨日の事に関わった奴らは全員殺せ。村人も兵士も皆だ。早く!」

 

 「な…何故ですか?彼らは……」

 

 「急げ!反逆者だとか適当な理由をつけて捕らえるのだ!」

 

 アマルナは、太陽神アテンのみを崇拝するように作られた都市だ。

 

 王は恐れていた。彼女の事が知られたら、彼女を崇める人が現れるのでは無いかと。もしそうなってしまえば、王の威厳も失うのではないかと。

 

 「それから、昨日の出来事を一切、口外することを禁ずる!」

 

 

 

 

 

 古代都市、エジプト。王妃ネフェルティティと、その夫であり、有名なツタンカーメン王の父であるアクエンアテンが砂漠の中に築いた都市、アマルナ。

 

 その都市は、僅か15年で滅んでしまった。

 

 その理由には諸説あり、研究員の間でも意見が分かれている。

 

 そのアマルナから少し離れた場所には、小さな小さな村があった。

 

 歴史書のどこにも書かれていないし、痕跡も残されていない。

 

 故に、誰も知らない、小さな小さな村がそこにはあった。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 ある時、ある国のある村に、お爺さんとお婆さんが住んでいました。

 

 ある日、お婆さんは川へ洗濯に、お爺さんは日課であった漁をしに海へ出掛けると、どんぶらこ どんぶらこと、1隻の船が流れてきました。

 

 驚いたお爺さんが中を覗きこむと、そこにはあちこちからカビの生えたチーズやパン、空っぽになったビンが転がっていました。

 

 しかし、何よりもお爺さんが驚いたのは―――、

 

 



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スピンオフ3話 村と依存と約束

岩石の魔女 ゴールダン。その性質は執着。

 その魔女は一度定住するとその場を動かない性質がある。故に自身から発する電波や使い魔を使って獲物を届けさせる非常に怠け者な魔女なのだが、誰かが自身の領域を侵そうとするのを見ると烈火のごとく怒り自ら制裁を加える。



 ヒック、、ヒックヒク、、ヒック、、

 

 私は泣いていた。理由は簡単。仲が良かった友達が、遠くへ引っ越してしまうからだ。

 

 しかし、その友達、ひーちゃんは笑顔を浮かべていた。今にして思えば、私をこれ以上悲しませない為に気を使ったのかもしれない。

 

 「泣かないで!絶対に、いつか戻って来るから!ほら、私達、約束したでしょ?」

 

 「約束……」

 

 「うん!私、遠くへ行っても絶っっっっ対に忘れないから!はい!」

 

 そう言ってひーちゃんは小指をさしだした。

 

 「その約束を絶対に忘れないようにする約束を今しよう!」

 

 「……」

 

 私はつい吹き出してしまった。

 

 「約束の約束って変なの」

 

 「変でもいいの!ほら!」

 

 私は嬉しかった。私はひーちゃんの小指と自分の小指を絡めて、泣き笑いしながら言った。

 

 「ゆーびきーりげんまんうそついたらはりせんぼんのーます ゆびきった!」

 

 「た!」の時、ひーちゃんはもう片方の手を開いて私に見せた。

 

 そこには、ブレスレットが二つ入っていた。

 

 「これは…?」

 

 「友達の証!いつかカフェを開いた時、これ付けて一緒にやろ!」

 

 私は涙が止まらなかった。本当、ひーちゃんは私の予想をヒョイと越えてビックリを見せてくれる。

 

 私は、単純な言葉で今の想いを伝えた。

 

 「ありがとう!」

 

 これは、小学1年生の時に交わした約束。でもその約束が、今の私を動かしていた。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 私は沼南 葉月(しょうなん はづき)。この宮原村に住むたった一人の中学生。

 

 この村には、私と両親以外にはお年寄りが何人かいるだけ。まぁよくある過疎化した村だった。

 

 だけど、私が生まれるより前まではそこそこ栄えていたらしかった。ここ、宮原村は元々林業がとても盛んな村だった。まだ電気もガスも無く、ご飯を炊くときもお風呂を沸かすときも薪を使ってた時代の話だ。あの時はどのお家でも薪を倉庫一杯に溜める事が常識だったから、村の人たちは大忙しだったけど、それだけに人もたくさん来て大賑わいだったとおじいちゃんから聞いた。

 

 だけど、世の中が便利になって、薪なんか無くてもご飯が炊けるしお風呂も沸かせるようになってからは変わった。林業の需要は一気に減って、宮原村は急激に廃れていった。

 

 元々の交通の便の悪さ(一時間に一本のバス)というのもあって、私が生まれた時には既に多くの人が村を出ていったのだった。

 

 そして現在、状況は良くなるどころかどんどん悪くなっていった。一時間に一本だったバスは二時間に一本に変わり、唯一あった学校も廃校になった。

 

 私は今は町の学校に通っている。

 

 片道二時間は掛かるから朝は早いし、バスの終電も早いから部活にも入れない。授業を受けて帰るだけの毎日だ。

 

 それでも私はこの村を出ていくつもりはさらさら無かった。おじいちゃんが宮原村の村長だからとかでは無い。

 

 理由は三つ。

 

 一つ目は、ここの村人が好きだからだ。学校へ行くために家を出ると、既に起きてお掃除をしているおばあちゃんやお散歩をしているおじいちゃんから、満面の笑みで「おはよう」と言ってくれる。私たちの事を気に掛けて、おいしいお菓子やお野菜を一杯くれるし、勉強だって教えてくれる。とても温かくて、家族のような人たちが私は好きだった。

 

 二つ目は、自然がとてもきれいだから。木々は太陽に当たってキラキラ輝いて、水は透き通るようにきれいで、魚も気持ちよさそうに泳いでいる。春には花が咲き、夏はセミの、秋はコオロギの鳴き声を聞き、冬は雪で遊ぶ。季節と一緒に私も歩いているような感じがして好きだった。

 

 そして三つ目は、

 

 「そんな!」

 

 ママの悲痛な声に、私はハッと我に還った。

 

 「それって、もうどうにかならないの?」

 

 お爺ちゃんは重々しく頷いた。

 

 「まだ正式には決まっていないが、時間の問題だ。時期にこの村は終いになる」

 

 村の超高齢化、廃れていく産業、その他諸々を講義した結果、廃村が決定した。私達の村にダムを建てる計画があるらしく、私達は私が今通っている学校がある町に移るという事だった。

 

 「これについては、村人の何人かは同意している。年で足腰も悪くなったから便利な町に住みたい、その為の支援もしてくれるなら万々歳だとな。だからー」

 

 「嫌だ…」

 

 私はたまらず言葉を漏らした。

 

 「葉月…。気持ちは分かるけど、仕方ないのよ。ここの人達だって離れたくないっていう気持ちは同じなはず。だけど、もうこの村を維持できる余裕も無いのよ。ほら、あなただって学校が近くなるのよ?部活とか入れるし」

 

 「そんなのどうでもいい!!」

 

 「葉月…」

 

 「不便なのは、ここに人がいないからでしょ!?何で誰もそれを何とかしようとしないの?若い人が来れば、お仕事も畑もたくさん出来て、また賑やかになるかもしれないじゃない!」

 

 「そうは言っても葉月、具体的に何をするんだ?もう私らにはそんな体力は無いんだよ」

 

 「だったら私がやる!ここでひーちゃんとカフェをやっていっっっっぱいお客さんを入れるから!」

 

 ハァっと、ママは大きなため息をついた。またそれかという感情があるのは分かっていた。

 

 「葉月、何度も言うようだけど、あれは小学1年生の時の話でしょ?あの子もきっと忘れちゃってるわよ。そんな前の事持ち出して、お爺ちゃんを困らせないで」

 

 「忘れてないよ!絶対にひーちゃんは戻ってくる!それまでは私、絶対にこの村を離れないから!」

 

 「いい加減にしなさい!!!」

 

 ママが怖い声で怒鳴ったので、私は怯んだ。

 

 「口を開けばひーちゃんひーちゃんって、そんな子の為に私達を困らせないでよ!あんたが我が儘言ったって何も変わらないの!分かったら、部屋の整理でもしてなさい」

 

 そう言うとママは席を立ち、夕御飯の準備を始めた。

 

 「葉月…」

 

 お爺ちゃんは何か言いたそうだったが、話す気を無くした私は自分の部屋へ入った。

 

 そして、ゴロリと畳の上にうつ伏せになった。

 

 夕焼けが部屋を真っ赤に照らしていた。外から時折ひぐらしの鳴き声が聞こえるだけで、部屋はシンと静まり返っていた。

 

 私がこの村が好きな理由の3つ目であり、離れたくない理由。それは、友達のひーちゃんだ。

 

 ひーちゃんは、昔この村にいた女の子で、私の友達だった。

 

 今は私のお爺ちゃんが村長をやっているけれど、少し前まではひーちゃんのお爺ちゃんが村長をやっていた。

 

 それに加えてひーちゃんのご両親はここで小さな、だけど大人気の洋風レストランをやってたけど、ひーちゃんは自慢とかしないから詳しく知らないけど、あの子のお家は昔からこの村に住んで、人々を守ってきた名家らしく、彼女の家族が引っ越すまではずっと、あの子の家の人が村長をやっていた。

 

 お爺ちゃんは元は村の役員の一人で、村長とも付き合いが多かった為、私達が仲良くなるのにそんなに時間は掛からなかった。

 

 私は臆病な性格だった。

 

 顔に水が掛かるのは嫌だったし、森は怖くて入りたく無かったし、他の村人と挨拶をするのも恥ずかしくてできなかった。それ以前に、いつもすぐ転んで痛い思いをするので外へ出るのも億劫だった。

 

 外で動く事が多い村なので、そんな私の性格に家族の皆は酷くため息をついたという。

 

 そんな私を少し変えてくれたのがひーちゃんだった。彼女はいつも私を引っ張って、私が食わず嫌いしていた未知の世界を見せてくれた。

 

 何より私が好きだったのは、決して強制しなかった事だった。

 

 今まで私が出会った村人や両親は、村で育った環境によってどちらかというと押し付けるタイプだったから、その分嫌になる気持ちも大きかった。押し付ける程、反対に動く力が強くなるバネのような感じだ。気持ちと体がアンバランスだったんだと思う。

 

 だけどひーちゃんは違った。何でも遅かった私をずっと待ってくれて、何をするにも私の自由意思に任せてくれた。

 

 村の自然を素晴らしいと思うようになったのも全部ひーちゃんのお陰だ。

 

 ひーちゃんの活発さとそんな優しさに牽かれて、私は変わることが出来たんだ。

 

 彼女とカフェを開く、その話が出たのはお引っ越しする本当に少し前だった。きっかけは、彼女が私にホットケーキをご馳走してくれた事だった。

 

 「凄い美味しい…本当にこれ、ひーちゃんが作ったの?」

 

 「そうよ、先生が最後に教えてくれたんだ~」

 

 先生とは、彼女の家に来ていたお手伝いさんの事だ。彼女の家族は村長のお爺さんと、隣の町でレストランを開いている両親の5人家族。だから、昼間はお手伝いさんが来て、ひーちゃんの面倒を見ていた。彼女が物心付く前から来ていて、親のように慕っていた。

 

 先生が別の町に行った時、大声で泣いていたのを、今でも覚えている。

 

 と、話が逸れちゃったわね。それでその時、私が言った言葉がきっかけだった。

 

 「これ、お店に出したら絶対に売れると思う!」

 

 その言葉に彼女は目を輝かせた。

 

 「それよ!」

 

 「えっ?」

 

 「私ね、いつか自分で、お母さんとお父さんがやってるようなレストランをやりたいなって思ってるの!」

 

 「レストラン?」

 

 「そ!村どころか、この国中に有名になるような超有名レストラン!それでお客さんをいーーーーーーーーーーっぱい入れるの!」

 

 その為に今から練習するんだと、彼女は付け加えた。凄くいい夢だと思った。

 

 「それで、あなたが良かったらなんだけど、チーちゃんも一緒にやらない?」

 

 「えっ?」

 

 「二人でここでお店を開くの!そして、お客さんを入れて、この村をまた賑やかにするの!ね、やろう!一緒に!」

 

 この時の私は5才になったばかり。だけど、現在までを考えても、この時以上に興奮したことは無かった。

 

 私は初めて夢を持った。

 

 この後すぐにひーちゃんは、両親のレストランの移転を理由に引っ越しちゃったけど、彼女は約束してくれた。必ずまた戻ると、その時お店を開こうと。

 

 9年経っても、それは昨日の事のように覚えてる。

 

 今でも約束を信じてる。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 皆が寝静まった夜、私はこっそり外に出た。

 

 昼間は蒸し暑いけど、夜は太陽が出ていない分とても涼しかった。

 

 空を見上げると、満点の星空がそこにはあった。

 

 私は星に詳しくないから、どことどこを結べば何座になるとか、そういう事は分からない。

 

 だけど昔、まだこの村にひーちゃんがいたころは、彼女以外にも子供はいたから、こういう天気のいい日は星空の観測会を村ぐるみで行っていた。

 

 星についての小難しいお話は覚えていないけれど、大好きな友達と門限をとっくに過ぎているのに合法的に会っておしゃべりして、綺麗な空を見上げるという「特別」がたくさん揃った時間が、私は好きだった。

 

 だけど、それはもうすぐ終わる。

 

 都会は夜でも明るい。天の川は見られるかな、ここが無くなるって聞いたら、ひーちゃん、どんな顔をするだろう。

 

 そんな事を考えると、私は涙がポロッとこぼれた。

 

 その時、ガサッと茂みから何か音が聞こえた。初めは動物か何かかと思ったが、土を同じ周期で踏む音が続いて聞こえて来たので、それは誰かが歩いている靴音だと分かった。

 

 こんな深夜に出歩くなんて珍しい。一体誰が…。

 

 私はすぐに靴音のする所へ行ってみると、

 

 「おばさん?」

 

 そこには、私の家の隣に住んでいるおばさんがいた。だけど様子が違った。目がうつろで、足も自分の意思で動いているというよりは、マリオネットのように誰かに歩かされているような感じだった。

 

 「おばさん、おばさん!!!」

 

 話し掛けても、全く反応が無い。いつもだったら私に笑顔を向けてくれるのに。

 

 「ちょっとおばさん、どうしちゃったの!?しっかり…!!!」

 

 気が付くとそこは、私がいた林とは全く違っていた。

 

 一応木のようなモノは見受けられるものの、それはピンクに、赤に、青に、ネオンサインの様にチカチカと点滅を繰り返し、ただ雑草が生えていただけの地面も歪な模様が入ったただの道になり、時折、顔が靄で隠れたとても細い四肢をした生き物が側を通り過ぎるのが見えた。

 

 明らかに普通じゃない。早く出口を見つけなきゃ!

 

 「おばさん!急いで逃げよ!!ほら!!」

 

 しかし、おばさんはてこでも動かず、ただ足を前に進めていた。私が渾身の力を込めているのに、全く止まる様子が無い。

 

 「彼女に何を話し掛けても無駄さ」

 

 見ると、禍々しく点滅している木の一本、その枝の上に白い犬のような猫のような生き物が座っていた。

 

 「僕の名前はキュゥべえ!ここは魔女の結界。その人はもう、魔女の口づけを受けてしまっている」

 

 「魔女ってどういう事?というかあなた、何で喋れるの!?」

 

 「僕たちはそういう生き物だからさ」

 

 「そういうってキャァ!?」

 

 突然の謎の生き物の登場に驚いていると、地面が大きく揺れ、ベルトコンベアの様に移動し始めた。

 

 「って、何よこれ!?」

 

 前方に壁と扉が見えた。それがひとりでに開いていくと、そこには円形の舞台と、そこから何本もの通路が伸びている空間があった。私とおばさんは、その通路の一本にいた。

 

 周囲には、先ほどの靄で隠れた人型生命体が多数いて、それぞれが歓声をあげていた。

 

 「これはまずいことになった」

 

 混乱している私の側にキュゥべえがやって来た。

 

 「まずいって…」

 

 「ここは、結界の最深部だ!」

 

 その時、円形の舞台の円周上に煙が一斉に噴射された。それを合図に、大きな物体が姿を現した。

 

 「何よ…あれ…」

 

 恐怖と威圧感に私の声は震えた。

 

 それは、村の神社にあった阿修羅像のように、一つの下半身から、四つの上半身が四方に伸びていた。しかし、顔はあの人型生命同様に靄で隠れていて、それが不気味さの演出に一役買っていた。

 

 「まずい、とうとう魔女が現れた。葉月!今すぐ僕と契約を!!」

 

 「えっ?契約?それって…というか、何であなた、私の名前…」

 

 「それは後で詳しく説明する!願い事を決めるんだ、早く!!!!」

 

 「えっ?ね…願い事???」

 

 その時、魔女の顔に掛かってた靄が大きくなり、それが生き物のように私に迫って来た。

 

 「願い…願い…」

 

 その靄は、あっという間に私とおばさんのいる所に到達して包み込んだ。

 

 

 しかし、

 

 

 

 その靄は、あっという間に拡散された。拡散された所からは、木の枝が伸びていた。その根元は茶色い球形で、靄が晴れると、それはゆっくりと開いた。

 

 「凄い…魔法みたい」

 

 「魔法“みたい”じゃない。本物の魔法なんだ。そして君は、それを操る魔法少女なんだ!」

 

 今まで、Tシャツに短パンと、動きやすさだけを追求し、誰かに見られる事を意識していなかった格好だった私の姿が、花を存分に付けた薄ピンクのワンピースドレスの姿に変わっていた。

 

 「これが…私?」

 

 「そうさ。これで君はあれと戦える力が手に入った。さぁ千景、あの魔女を倒そう!」

 

 「えぇ…」

 

 魔法少女がどうとか分からないし、私の願いが本当に叶っているのかも分からない。だけど、簡単に逃げ切れる状況じゃないことは分かった。

 

 歓声を上げていた人型生命体は静まり返り、全員が私を見つめていた。顔が靄で見えないが、雰囲気で友好的で無いことは分かった。

 

 そう言うと私は先っぽが尖った短い杖を取り出した。

 

 「ねぇ、これってどうやって使うの?」

 

 「君が願いを叶えた事によって、魔法少女の姿になった君は呼吸や食べ物の消化の様に、誰に教えられる事無く元から使える技術の一つに組み込まれる。君が意識するだけで魔法が使えるはずだよ?」

 

 「分かったわ」

 

 私は目を閉じて、杖の先端に意識を集中させた。すると、何かのアニメで言うところの魔力と呼ばれるものだろうか。体の中から炎のような水のような、柔らかい粘度のような物が湧いてくるように感じた。それが私の腕を伝って杖へと流れていき、私はカッと目を見開いた。

 

 「はぁぁぁ!!!!」

 

 短かった杖の先端が太く長く伸びて観客席を貫いた。

 

 その衝撃を合図に沈黙を保っていた使い魔が一斉に動き出した。

 

 四方八方から私に向かって突っ込んでくる。

 

 私は前方に転がって躱した。

 

 私は元の形に戻った杖を使い魔に向けた。すると今度は、地面から太いツルが伸び、それが鞭のようにして使い魔の大軍を薙ぎ払った。

 

 キュゥべえの言ったとおりだった。私は、戦い方を知っていた。

 

 「(これが私の魔法…)」

 

 私の願い。それは、「私の村が潰れないようにして」だった。だから私は、「村にある植物を自在に操る」魔法を手に入れていたのだった。

 

 「葉月、後ろ!!」

 

 使い魔が薙ぎ払われたのを見て、本体の魔女が動いた。

 

 8本ある腕の一つが私に向かって振り下ろされた。

 

 私はジャンプしてかわすと、杖を再び巨大化させ、観客席に固定させた。

 

 私は杖をもう一本生成すると、魔女の足元に意識を集中させた。

 

 そして、木をあっという間に成長させ、魔女を幹にねじ込ませ、圧殺させた。

 

 こうして、私の魔法少女としての初陣は幕を閉じた。

 

 しかし、事態はまだ終わりでは無かった。

 

 

 結界は消滅し、見覚えのある森の姿へと戻っていった。

 

 私はおばさんの元へ駆け寄った。よかった。気を失っているだけだ。

 

 急いで運ばなきゃと考えていた時、

 

 ガサガサ…

 

 後ろでまた、誰かが草を踏む音が聞こえた。驚いて振り返ると、

 

 「お前、何やってんだ?葉月…」

 

 村長のおじいちゃんと数人の村人たちだった。

 

 私は、変身を解いていなかった。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 おばさんは、家に運び寝かせておいた。

 

 その場にいた村人と私のパパとママはすぐに村の集会場に集まった。

 

 キュゥべえの姿は魔法少女か、魔法少女の素質がある人にしか見えない。だから、キュゥべえの言葉を一言一句私が伝えるしかなかった。

 

 初めての世界に私も驚きながらも全てを伝え、最後に私の魔法を披露した。最後まで話すと、ママが口を開いた。

 

 「それであなたは契約を…」

 

 「うん、そう。村が無くならないようにして欲しいってお願いしたの」

 

 「そんな、危険よ!これからもずっとその魔女とか言う怪物と戦うなんて…村なんかの為に」

 

 「「なんか」じゃない。私はこの村が大好きだから。ひーちゃんとの思い出が詰まった大切な場所。だから、後悔なんかしてないよ?」

 

 「でも、本当に村が無くならないなんて保証は無いでしょう?一体どうやって無くならせないって言うの?」

 

 「―――――」

 

 痛い所を突かれたと思った。確かにそうだ。魔法という圧倒的な力で関係者を追い払うとか、そんな事で凍結されるほど、この世界は良くできていない。具体的にどういった方法で願いが叶えられるのか…。

 

 そう不安がってた私に、キュゥべえは言った。

 

 「大丈夫。君の願いはすぐに叶えられるよ」

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 本当にすぐだった。その次の日(ママたちに魔法少女について話した時には0時を回っていたので正確にはその日の朝)、村の開発計画は無期限に凍結すると言うお知らせが村長の元に届いた。

 

 何でも、開発の責任者がお金を横領したとか何とか…。それに、開発に当たって良くない所にまでお金が回っていたとかで、とにかく色々と不正が明るみに出た事がその理由だった。

 

 「これがあなたの願いによる力…」

 

 「葉月ちゃん、ありがとう」

 

 小さな村だから、私が魔法少女になった事、そして村の開発を中止するようにお願いしたことはすぐに伝わった。村の人からは次々にお礼を言われた。

 

 しかし、全員では無い。開発に当たって村人に配られる予定だったお金でもっと便利な場所に住もうと考えていた人もいたからだ。

 

 だけど、それについては問題無かった。私にはある考えがあった。

 

 私の魔法は、村にある植物を自在に操る事ができる。私はその魔法をフル活用して、村人にとってさらに住みやすい村になるようにした。

 

 新しい道を作ったり、乗り物を作って魔法少女によって増幅された力でそれを引いて近くの町まで送ったり、菜園の野菜の成長を促進させたり…、とにかく、毎日村の為に忙しく動き回った。

 

 そうしている内に、村からは不満の声が聞こえなくなり、代わりに笑顔が増えて私は嬉しかった。

 

 そんなある日、キュゥべえが久しぶり(初めて会った日以来姿を見せていなかった)に私の元を訪れた。

 

 「魔女を倒さなくて、大丈夫かい?」

 

 簡単に言えば、魔女を倒せと言う催促の要件だった。

 

 私は、あの日以来、一度も魔女を倒していなかった。戦ったのは、時々村に現れた使い魔位だ。

 

 「倒そうとは思ってるんだけどね、この村には中々出なくて…」

 

 「ここ1カ月で人の出入りが増えたと言ってもまだ全体の市町村で見れば少ないからね。仕方ないさ」

 

 「そうよね…」

 

 私はポケットからソウルジェムを取り出した。村の為に頻繁に魔法を使っていたが、私の魔法は植物自身が持っているエネルギーも利用している為、私自身が消費する魔力が少なかった。だからそこまでグリーフシードを早く集めなきゃという焦燥感はあまり無かった。

 

 とは言え、契約時は綺麗だったソウルジェムが黒ずんでいるのは気分的に嫌だった。だから、それを元に戻そうと、一度町まで下りたことはあるのだが、「ここは私のテリトリー」だからと早々に追い出された。誰かと揉めるのは嫌だったので、それ以来町へは行っていない。

 

 ソウルジェムを観察していると、それは魔法少女にならなくても、一定時間が経過すると少し黒くなっている事に気付いていた。

 

 だから、特に深い意味もなく、ただふと疑問に浮かんだが故に出た言葉を口に出した。

 

 「そう言えば、ずっと気になってたんだけど、このソウルジェムって黒くなったらどうなるの?」

 

 「グリーフシードに変わって魔女になるよ」

 

―――――――――――――――――――――――――――――。―――――――――――――――――――――――――――。―――――――――――――――――――――――――。

 

 そよ風が吹くように、川に水が流れるように、何の前触れもなく言ったキュゥべえの言葉に、私の脳がそれの意味を判断するまで時間が掛かった。

 

 「はっ…?」

 

 「聞こえなかったかい?ソウルジェムは限界まで濁りきるとそれの姿をグリーフシードにへと変えるんだ。そして、そのまま魂は魔女にへと―」

 

 「ちょっちょっと待ってよ!!」

 

 どういう事か、私は全く分からなかった。

 

 「魔女って、どういう事?一体あなた、何を言ってるの!?」

 

 「うーん、これはあまり他の子には話さない事なんだけど、君には特別に教えてあげよう」

 

 キュゥべえは私に包み隠さず説明した。ソウルジェムとは私たち魔法少女の魂そのものである事、そのソウルジェムが濁り切った時魔女に変わり、キュゥべえとはその時に発するエネルギーを回収するために動いている事、そして、私が契約を交わした時に出くわした魔女も、隣の町にいた魔法少女の一人が魔女に変わった姿である事を。

 

 「何よ…それ…」

 

 全てを聞いた時、私は腰が抜けてしまった。全てが信じられなかった。

 

 私がもう人間じゃない事も、私が相手にしなければならない相手が元は魔法少女だった事も、私がいずれそうなることも。

 

 「何で…何で隠してたの!?」

 

 「聞かれなかったからさ」

 

 私の声に何の謝罪の気持ちも無いようで、キュゥベエは坦々とそう答えた。

 

 「聞かれなかったからって…そんなの、私達を騙してる事とおんなじじゃない!ふざけないで!」

 

 「…君たち人間はいつもそうだね。真実を話すと決まってそういう反応をする。これでもかなり譲歩しているというのに、訳が分からないよ」

 

 「譲歩?どこが!?」

 

 「僕たちが魔法少女の契約を進めているのは、この宇宙の寿命を延ばす為なんだ。そのためのエネルギーとして君たちの感情を回収するのが、僕たち、インキュベーターの役割なんだ。その為の魔法少女への契約だって、君たちの同意の下行っている。ちゃんと願いだって叶っただろう?良かったじゃないか。魔女になるのが嫌なら、ソウルジェムに気を付ければいい。幸いにも、君の魔法でのソウルジェムの濁りは遅い。時間だってたくさんあるんだから」

 

 そう言うと、キュゥべえはその場を去っていった。

 

 …………………………。

 

 ――そうだ。

 

 どちらにしても、グリーフシードは手に入れないといけない。魔法少女の真実を知ろうが知らまいが、やることは変わらない。時間だってあるんだ。一体でも狩れば問題ない。

 

 1体でも…

 

 ―村をあちこと探した―

 

 1体でも…

 

 ―探して三日、ソウルジェムには何の反応も示さない―

 

 1体でも…

 

 ―それでも昼間は、村人の為に魔法を使わなければならない―

 

 1体でも…

 

 ―仕方ないと町まで下りた。こっそり倒せば大丈夫。

 

 反応があった。

 

 これで助かるかと思ったが…

 

 「あら、いつかのあなたじゃない。何?また来たの?ここは私たちのテリトリーだって何度言えば分かるのよ?」

 

 「そんな事言ってる場合じゃないの!!早くしないと私は…」

 

 そこで私はハッとした。もしもここで真実を話せば、ここの魔法少女たちはどうなる?もしも魔女を巡って争いが起これば、それこそよそ者の私は…。

 

 気が付くと、私は他の魔法少女に囲まれてしまった。

 

 「出ていきなさい。痛めつけられなく無かったらね」

 

 見るからに武闘派のような魔法少女だ。私は、渋々引き下がった―

 

 1体でも、1体でも、1体でも…

 

 ソウルジェムの黒ずみはさらに酷くなっていき、無視をする事もできなくなっていた。

 

 一刻も早く魔女を見つけないといけないのに、

 

 「葉月、ちょっと良い?買い物をしたいんだけどバスが無くて、悪いんだけどまたお願いできる?帰りは5時くらいになるから…」

 

 何も知らない村人たちは、今日も私に何かをさせようとする。

 

 確かに私は魔法を使って、この村のあらゆる所を変えた。だけど、私は神様仏様じゃない。彼らの考えを全て実現できるわけない。少しは自分で―。

 

 その時、私は気付いた。私が村の為に魔法を使うようになってから、いや、魔法少女になってから一度も、村人たちが何かをしたことが一つも無い事に。

 

 彼らはただ要望を出すだけ。それが実行可能かどうかは考えない。魔法だからできるだろうと、万能の物だと勘違いしてただただ縋る。

 

 そう、彼らはいつの間にか、私の魔法に依存するようになっていたのだ。

 

 私は、活気ある村が好きだった。最初はその性で私にも色々と強制してきた事があったけど、ひーちゃんと一緒にできる事が増えてからはあまり気にならなくなった。気にならなくなってからは、活気があるが故の良い部分もたくさん見る事ができるようになっていた。

 

 川に掛かっていた橋が壊れれば、当たり前のように次の日から修理が始まる、畑がイノシシに荒らされれば、皆で協力してイノシシ退治に勤しむ。村おこしだって、開発が決まるまでは、反対派の何人かが協力して、苦手だったパソコンを一から学習してホームページを作ったりしていた。

 

 今はどうなの?木を切るのも、動物を追い払うのも、全部私だけ。彼らはあれをやれこれをやれと指示するだけじゃないか。何も知らないで。

 

 「…ざけるな」

 

 「えっ?」

 

 そんな事を考えてしまったから、私は溢れる感情を抑えられなかった。

 

 「ふざけるな!!私はあんたらの道具じゃない!!!!」

 

 そう言うと、私は集会場を飛び出し、二度と振り返らなかった。

 

 

 どこまで走っただろうか。私は立ち止まって周りを見た。

 

 村人を乗せるために作ったそり状の乗り物、私が土を動かして作った畑。

 

 全部私が作った物だ。

 

 私は村が大好きだった。人は優しく、自然は綺麗。だけど、今の村を見ても、果たして同じことが言えるのだろうか。

 

 今の村ってとても、醜くないか?

 

 目の前の力に気を取られ、いつの間にか、本当に好きだった所をすべて失くしていた。残ったのは、上っ面な活気だけ。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 「キャァ!!!」

 

 森のさらに奥、皮肉なことにそこでようやく私は魔女に出会った。

 

 しかし、

 

 「はぁ!」

 

 私はツルを一本魔女にぶつけた。しかし、それだけで魔女を牽制することが出来ず、逆に返り討ちにあう。

 

 体が重い。かなりソウルジェムの魔力を消化したせいで、もうまともな魔法は使えなかった。

 

 勝てる見込みが無いなら、逃げるしかない。だけど、そうすればグリーフシードは手に入らず、魔女になってしまうし、もうあの村には戻りたくなかった。

 

 「はぁ、はぁ…」

 

 活気はなく、私に依存するようになっただけの村。考えてみれば当然の話じゃないか。廃村に反対していたのは私を含めて一部だけ。他の皆は、村に対して何の未練も無かった。それを私の魔法で無理矢理繋げただけなんだから。皆は、自身をより支援していく方に動くんだから、私を頼るのも当然だ。

 

 いつかママが言っていた。

 

 「本当にこれで良いのか?」と。あの時は命がけの戦いをする私を心配していただけだと思っていたけど、ママはこうなる事が分かっていたのかもしれない。

 

 そう言えば、ママが私に何かお願いしてきたことは一度も無かったな…。

 

 「ははは…」

 

 私は力なく笑った。

 

 やっぱりこの村は、廃村するべきだったんだ。それならまだ、私の村に対する幻想を残したまま終わらせることが出来た。こんな醜い姿を見る事は無かった。

 

 もう疲れた。私が撒いた種だ。

 

 だったら、

 

 ソウルジェムで最後まで保っていた緑の光が黒くなる。

 

 魔女になって、全部を壊すのも一興か…。

 

 私は黙って目を閉じて、ソウルジェムの陰りに身を任せようとした。

 

 その時―、

 

 

 

 「ゆーびきーりげんまん、うそついたらはりせんぼんのーます、ゆーびきった!!!」

 

 

 

 声が聞こえた。

 

 これは、私とひーちゃんの最後の記憶だ。何でそれを今思い出す。

 

 薄目を開けて、右手を見ると、そこには片時も外すことが無かったブレスレットがあった。

 

 「!」

 

 それを見た時、私の何かが覚醒した。そして、魔女の攻撃を間一髪でかわした。

 

 ダメ…

 

 私の中で何かが叫んでいた。そんな終わり方は絶対にダメだと。

 

 そう思った時、ソウルジェムが濁るスピードが遅くなり、ろうそくの灯程度の光が残った。

 

 この魔女だけは、絶対に倒さないといけない。

 

 だけど、どうやって?

 

 そんなのはもう、一つしかない。

 

 私は細いツルを二本出した。それを岩や地面に思い切りぶつけ、ピシピシと大きな音を出した。

 

 「こっちへ来なさい!さぁ!!!」

 

 私は音を出しながら、結界のある方向だけを走り出した。

 

 音につられて魔女が、結界を伴ったまま移動する。

 

 結界で周囲の空間が変わっても、村周辺の森は私の庭みたいなモノだ。今どこにいるのかが感覚で分かる。

 

 お願い、保って、私の体!!

 

 私は、ツルが消えないようにしながら、渾身の力を込めて足を前に進めた。

 

 魔女の攻撃で転びそうになっても、私は何とか踏みとどまった。

 

 そして…、

 

 「何よこれ?」

 

 「分からない。魔力が近づいてきてると思ったけど、急に結界が…」

 

 「どこかに留まるモノじゃ無かったの!?」

 

 そんな声が聞こえて来た。

 

 良かった、町に入ったんだ。ここの魔法少女は武闘派が多い。きっと、どうにかしてくれる。

 

 緊張が解け、今まで無理矢理抑えていた濁りの早さが、少しずつ戻っていく。

 

 だけど、私の心はいつにもまして晴れ晴れしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ひーちゃん、私、村を守れたよ。だけど、約束は守れそうにないや。

 

 ごめんね。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 「何…だよこれ…」

 

 結界の最深部まで来た魔法少女たちは、今までにない光景に唖然とした。

 

 「共食いしてる…」

 

 「って、何やってんのよあなたたち!!チャンスじゃない!敵は私たちに気付いてないし、グリーフシードだって二つも手に入る!さっさとやるわよ!!」

 

 リーダーらしき少女の掛け声に続いて、魔法少女たちは魔女同士が争っている場所に飛び込んでいった。

 



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幕間
その1 「なぜ」俺の占いは外れるようになったのか


 キーン キーン キーン キーン…

 

 耳鳴りが聞こえる。モンスターが現れた合図だ。

 

 丁度いいと思った。

 

 モンスターと契約を交わした仮面ライダーは、野生のモンスターとも戦わなければならない。

 

 一般人が被害にあってしまうからというのもあるけど、それ以上に、そうしないと契約モンスターに自分が食べられてしまうからだ。

 

 モンスターだって生き物だ。食べ物が無ければ生きていけない。契約を交わしたモンスターは、人間を襲うことは止めるが、代わりにライダーが倒したモンスターの命を補食する。

 

 戦うのを止めれば、モンスターは何も食べられない。なら責任取って契約者がエサになれということだ。

 

 だから、耳鳴りが鳴ったらモンスターに食事を与えるチャンスなのだ。

 

 だが、彼が丁度いいと思ったのはそういう意味ではない。確かめたい事があったからだ。

 

 彼の名前は手塚 海之(てづか みゆき)。エイ型のモンスター、エビルダイバーと契約して、仮面ライダーライアに変身する男だ。

 

 しかし、元々彼は仮面ライダーになる予定は無かった。彼が今使っているデッキだって、元々は彼の友人に送られた物だった。彼はピアノが得意だったが、浅倉威によってその夢は断たれた。そこに神崎士郎が漬け込み、デッキを手渡したのだ。しかし、ライダー同士の戦いを拒んだ彼は一向にライダーにならず、しびれを切らした神崎士郎がモンスターを派遣し彼を殺害。友人の意志を継ぎ、ライダーバトルを終わらせる為にモンスターと契約を交わした。

 

 手塚海之の職業は天才占い師。「俺の占いは当たる」が口癖で、文字通り100%当たる占いとして評判だった。しかし―、

 

 ピン!

 

 手塚は、ポケットからコインを取り出すと、親指で弾いて真上へ投げた。

 

 クルクルと宙を舞ったコインは、そのまま落下していき、手塚はそれを手の甲ともう片方の掌で挟み込むようにしてキャッチした。

 

 占いの定番、コイントス。それは、コインの表と裏だけで判別するのではない。それ以外にも、コインの落下箇所、落ちた時のコインの角度、その時の空気の動きなど、様々な要素を考慮した上で判断する。

 

 手塚は、いつもの要領で考え、結論付けた。

 

 「2体」

 

 そう言うと手塚は、窓にデッキをかざした。バックルが現れて、巻かれる。

 

 「変身!」

 

 彼はバックルにデッキをセットした。全身が、ピンクを基調とした、エイのような姿のライダーにへと変わった。

 

 ミラーワールドに入ると、そこにはゲルニュートが2体現れていた。

 

 『SWING VENT』

 

 ライアは鞭、エビルウィップを召還し、立ち向かった。

 

 電流を帯びたしなる鞭を自在に振り回し、モンスターに攻撃のペースを作らせない。

 

 鞭の予測しづらい軌道に翻弄され、連携が売りの筈のモンスターが本来の力を出せてなさそうだった。

 

 このまま終わらせる。

 

 そう思ったライアはデッキからファイナルベントのカードを取り出したその時だった。

 

 「ぐわぁ!」

 

 背中から、鋭い痛みが走った。

 

 2体のモンスターは目の前にいる。何故…。

 

 振り向くと、大きな手裏剣を持ったゲルニュートが1体、姿を見せていた。

 

 「くっ…」

 

 そこで怯んだのが良くなかった。

 

 これが好機と、続けざまにモンスターが殴る蹴る斬ると、手塚の体を痛め付けていく。

 

 「くそっこのままじゃ…」

 

 『ADVENT』

 

 痛みを堪えながらライアはエビルダイバーを召還し、それの体当たりで3体の内の2体の体を宙に浮かした。

 

 『FINAL VENT』

 

 その隙にライアはさらにカードをセット。

 

 エビルダイバーが彼の元に戻り、ライアはその上に乗った。

 

 そして、更に加速をかけ、落下していく2体のモンスターへ突進。ゲルニュートは爆発四散した。

 

 しかし、手裏剣を投げたゲルニュートの姿は見当たらなかった。仲間がやられたと見て、逃げたのだった。

 

 「・・・・・・・」

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 現実世界に戻ったライアは変身を解き、大きくため息をついた。

 

 また占いが外れた。これで何度目だろうか。

 

 ある時から、正確には神崎士郎がライダーバトルの中止を呼び掛けてから、手塚の占いは全く当たらなくなっていた。

 

 それに気付いたのは、一人の女性が手塚にクレームを言ってきたのがきっかけだった。

 

 その女性には、「近い内に出会いがあり、その男と結婚する」と伝えた。

 

 だが、その女性が出会ったのは結婚詐欺師でお金を騙し盗られたとの事だった。

 

 そんな筈は無いのに…。それ以来、事あるごとに自身に占いを行うようになった。次に自分の前を横切るのは男か女かとか、駐車場に来て、今から10分間に何台の車が駐車するのかとか、本当に色々と。

 

 しかし、全て外れた。

 

 手塚は、自分の占いに絶対の自信を持っている。だから、外れる事はあり得ない。それには、外的要因が絡んでいるに違いないと思った。

 

 思い浮かぶのは、やはり神崎士郎がライダーバトルを中止した事だ。

 

 さらにもう一つ手掛かりがある。

 

 ミラーワールドに入った時、何か糸のような、オーラと呼ぶべきモノだろうか?それが何かに向かって伸びているのを感じた。それは、占いをするときにいつも感じているモノと酷似していた。

 

 だけど、感じたと言っても虫のようなか細いモノだ。辿るにしても、どこへ繋がっているのかが分からない。

 

 「ふぅぅぅ…」

 

 これはもうダメだと思った。見ると、傍に「花鶏」という喫茶店が。

 

 ちょっと一息入れよう、そう思い、ドアを開けた。

 

 「いらっしゃ~い」

 

 チリンチリンという音と共に元気な声が聞こえて来た。小さいながも多くのお客さんがいてそこそこ混んでいた。店員は先ほど声を掛けてくれた50~60代位の女性しか見当たらない。一人で切り盛りしているのかと思ったが、ゲイツ君や蓮ちゃんは居候の癖にどこをほっつき歩いてるんだと小言を言っていたので、そんな事も無いようだった。

 

 手塚はカウンターの向かって左端の椅子に腰かけた。

 

 「コーヒー」

 

 そう注文すると、女性はカウンターに乗り出して、

 

 「家はね、紅茶専門」

 

 と鋭い目つきで言われた。

 

 これは失礼と詫び、改めて紅茶を注文すると、早速ブレンドし始めた。

 

 「………」

 

 普通なら、何てことない会話だ。たまたま見つけた店が、こだわりの強い店だったというだけ。初めて入るのだから、専門店だと知らなくても無理はない。

 

 しかし、手塚は違う。この店が何を提供するのか、いつもの彼なら事前に見る事ができたはずだった。そんな小さな事も見えなくなっている自分に落胆した。

 

 一体、何が起こっているというんだ。

 

 と、何気なくカウンターに目をやった時―

 

 「!!!!」

 

 手塚は弾かれたように立ち上がった。ガタっという大きな音を立てたので、周りのお客さんも驚いて彼を見つめる。

 

 「どうしたんだい?一体…」

 

 紅茶を作っていた女性も声をそう掛けたが、今の手塚には、それよりも重要なことがあった。

 

 「すいません、この写真は何ですか!?」

 

 そう言って手塚は一枚の写真を剥ぎ取って女性に見せた。それは、一組の男女が肩を寄せ合いながら笑顔を浮かべている写真だった。

 

 「何って、優衣ちゃんと士郎の写真だろう?それがどうかしたのかい?」

 

 「士郎!?」

 

 その名前に反応し、すぐに写真を見つめる。すると、男の姿に驚愕した。その男は、ミラーワールドに時々姿を現していた神崎士郎だったのだ。

 

 普通なら、写真の人物に真っ先に目が行く。知り合いであるなら、なおさらだ。にも拘らず、手塚が見落としてしまったのは―、

 

 「あの、この家は何ですか!?」

 

 二人が立っている背景、レンガ造りの大きな家に注目していたからである。

 

 「あ~これは優衣ちゃんと士郎が子供の時住んでいた家だよ。と言っても、二人にとっては良い思い出は無かっただろうけどね」

 

 「良い思い出が無い?」

 

 「優衣ちゃん達のご両親は既に亡くなっているんだけどね、生前は酷く二人を縛っていたらしいのよ。ほとんど家の外にも出させないで閉じ込めてね。それに併せて火事騒ぎもあったし」

 

 「火事?」

 

 「優衣ちゃんが8才位だったかな?家が燃えているのを通行人が通報して消防署が来たことがあったのよ。でも、それは嘘だったらしいけど」

 

 「嘘…とは?」

 

 「消防車が現場に行ったけど、全く燃えて無かったのよ。通報者は確かに轟音と窓ガラスが割れる音を聞いたって言ってたらしいけど、実際には何も起こっていないのだから当然聞く耳持たず、悪戯だろうって処理されたわ。だけど、そのお陰で二人の折檻にも気付けたから特別にその人にはお咎めは無かったらしいわ」

 

 「二人のご両親は?」

 

 「それがあの騒ぎ以来行方不明なのよ。警察は虐待の容疑ですぐに捜査を始めたけど、今日まで影も形も無し。全く、どこへ行ったのやら…」

 

 手塚は改めて写真を見つめた。壁掛けにあるのは、優衣と士郎、二人で写っている写真ばかりだ。本当に仲が良かったのだろう。

 

 「二人は…優衣と士郎はどこに?」

 

 「しばらくは家で預かってたんだけど、優衣が8才の時に離れ離れになったわ。士郎がアメリカへ、優衣ちゃんは私と一緒に残る形でね」

 

 「その、優衣という人物に会えませんか?」

 

 「あんた凄い食いつくね~、ま、悪い子には見えないし会わせてもいいけど、お生憎様、今はいないのよ」

 

 「いない?」

 

 「しんちゃん―ここに住んでる居候の事だけど―の話だと、長期の旅行に行ったんだって。アメリカにいる士郎の所にでも会いに行ったのかね?」

 

 それはどうだろうと手塚は思った。士郎は今、どこにでもいてどこにもいない。ライダーのデッキを作り、ミラーワールドで戦わせるように仕掛けている。優衣はどこまで知っていたのだろうか?

 

 「この家の住所、お教えいただけませんか?」

 

 最後に手塚は、写真の住所を訪ねて花鶏を去った。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 「(そう言えば、優衣と別れる前に、士郎は妙な事を言ってたのよね)」

 

 手塚が帰った後、写真を見つめながら、神崎優衣と士郎の祖母、神崎沙奈子はある事を思い出していた。

 

 

 『離せ!俺は優衣の傍にいないといけないんだ!俺がいないと優衣は20歳の誕生日に死んじゃうんだ!』

 

 

 「(なんか真に迫る感じだったのよね…)」

 

 そして、虚空を見つめながら思った。

 

 「(優衣、早く帰ってきなさいよ)」

 

 その20歳の誕生日は2003年の1月19日。もうすぐなのだから。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 手塚が写真を見て飛び上がった理由は、写真に写っている家を見た時ミラーワールドにあった“霞がかった糸”をこれまでにもなくはっきりと感じたからだった。

 

 感じた処ではない。感じたモノは言わば塊。糸がこんがらがって、球になった繭。

 

 単純に考えれば、ミラーワールドで感じていた糸全てがあの家に集まっているという事だろう。

 

 四方八方、あらゆる方向から家に向かって集まっていたから、一方向にある糸が弱く、霞の様にしか感じなかったのだろう。

 

 そして、手塚はようやく、ミラーワールドに蔓延していた糸の正体が分かった。

 

 少し考えれば分かる事だったのだが、あれだけはっきりと見るまで分からなかったなんて、占い師失格だなと手塚は苦笑した。

 

 あれは、人間の“運命”を構築しているエネルギーそのものだ。

 

 人間一人一人には皆、一本のレールに乗っている。それが“運命”と呼ばれるモノだ。

 

 占い師とは、その人の未来を教える職業だ。多くは金儲け目的の偽占い師だが、手塚も含め、一部の人間には、本当に未来を見る事ができる占い師もいる。

 

 これは、生まれ持った体質に関係している。修行とか努力とか、そのようなもので身に付けられる能力ではない。生まれた時の魂の形が未来を見るのに適していたと言うことが正しい。

 

 その体質の人が、ある一定の行動をする事で、未来を見ることが出来る。やり方は見る人によって十人十色。コイントスで見える人もいれば、タロットカードで見える人もいるし、対象に触れるだけでその人の未来が見える場合もある。

 

 さて、ではその“未来を見る”という行為は、厳密にいえば何を見ていることになるのだろうか。先ほども言ったが、人間は誰でも、“運命”と呼ばれるレールに乗っている。つまり、人間の未来は生まれた時点で全てが決まっているのだ。

 

 身長が何センチ伸びるのかとか、誰と出会い誰と友人になるのかまで全て。それは、例え事前に分かっていたとしても、いずれそうなってしまう。修正力と呼ばれるものだ。つまり、占い師とは、その人が乗っているレールを、即ち“運命”を見る職業なのだ。

 

 ならば、占いが外れるようになった理由はたった一つ。そのレールが壊れ、変わりつつあるからだ。全て決まっていた出来事が、揺らいでいる。はっきりとしていた道が舗装されて、新しい道が構築されつつあるのだ。

 

 普通ならこんな事は起こらない。それが起こっているという事は、もはや神の所業だ。

 

 だとすると、なるほど。神崎士郎がライダーバトルを中止した理由も今なら分かる。

 

 デッキを渡した時の神崎士郎の言葉はこうだ。「ライダーバトルで最後に勝ち残った勝者には、何でも一つ願いを叶える」と。「願いを叶える」という事は、“運命”に変換すれば、本来あるはずだった運命を歪めてその人の望む未来にへと方向を変える行為だ。ミラーワールドとは、そんな神の力がある場所だとも言える。

 

 もうすっかり慣れてしまったから忘れてしまっていたが、そもそも異形の怪人と戦えるだけの身体能力だって、元を正せばミラーワールドから与えられた力だ。それだけ多くのエネルギーが眠っている場所なら、運命を変えられるだけの力があったとしても不思議ではない。

 

 神崎士郎がどのようにしてその神とも近しい力に近づいたのか、それとライダーバトルにどのような関係があるのかは分からないが、もしも、その「運命を変える程のエネルギー」に何らかの干渉があったのだとしたら、中止にしてでも対処しようとしているのにも納得がいく。

 

 「!!!!ウグッ!」

 

 目的の家まで近づいた時、手塚は思わず膝をついた。空気が重い。エネルギーが体に纏わりついているのが分かる。明らかにここは異質だ。

 

 キーン キーン キーン キーン…

 

 モンスターの気配を感じ、ヨロヨロと立ち上がり問題の屋敷へ行くと、それはモンスターでは無く、ライダーが映っていた。それも今まで見たことが無い、しかし、他のライダーやモンスターとは異なる雰囲気を持ったライダー。

 

 「変身!」

 

 手塚はライアに変身し、すぐにミラーワールドに入った。

 

 「何だ…これは」

 

 入ってすぐに異質だと分かった。

 

 ミラーワールド上空に、白と黒で半分に分かれた殻状の大きな球体が浮かんでいた。

 

 目視できる程の濃い運命エネルギーがあの球体に流れ込んでいるのが分かる。あれが元凶である事は間違いないだろう。

 

 圧倒的な存在感。ただそこにあるのを見るだけで体が動かなくなるような、圧倒的な力を感じた。

 

 少し離れた所に、先ほど見えた金のライダーの姿があった。

 

 あの球体で忘れそうになるが、あのライダーも異質だと直感で分かっていた。

 

 そこにあるようで無い、全く生気が感じられないのだ。にも関わらず、あのライダーからは、自身とは比べ物にならない程の力を感じていた。まるで、戦う為だけに存在している人造人間かのような。

 

 オーディンは鳳凰召錫 ゴルドバイザーにデッキのカードを一枚セットした。

 

 『SWORD VENT』

 

 オーディンは2本の刀、ゴルドセイバーを召還した。

 

 『ADVENT』

 

 さらに、契約モンスターであるゴルドフェニックスを召還し、自身の肩にしがみつかせた。

 

 『優衣』

 

 声が聞こえ、ライアは急いで辺りを見渡した。そこには―、

 

 「神崎士郎…」

 

 神崎士郎が窓にいた。いや、正確には窓に「映って」いた。それも一枚にでは無い。屋敷にある窓全てに神崎士郎の姿が写っていた。というか―、

 

 「(あいつ今、優衣って…)」

 

 『優衣、今度こそ、お前を救い出す』

 

 その声を合図にオーディンはパッと消え、殻の真上にゴルドセイバーを突き刺した。しかし、びくともしない。すると、その殻がバッと開いた。その勢いは、瞬間移動によってかわされた。

 

 殻だと思われていたモノは白と黒の羽だった。向かって右半身は黒い羽根で、全身が鎧のようなような物で覆われ胸には『FAM』という文字が彫られ、顔もオペラ座の怪人のような嘴のある仮面を付けていた。腰には、ライダーについているようなバックルとデッキがその鎧に半分だけ埋め込まれていた。逆に向かって左半身は仮面も鎧も付けておらず、すらっとした白いドレスを身にまとい、前髪の髪留めにある白い宝石がキラキラと輝いていた。

 

 「あれが、神崎優衣…?」

 

 確かに面影はある。しかし、写真に写っていたようないたようなあどけなさは欠片もない。肌は白く、目の光は失われ、口は緩く、真一文字のまま動かない。感情の全てを失ったかのような顔だった。

 

 オーディンは再度彼女の傍に瞬間移動し、斬りつける、が、どこから出したのか、グレーの薙刀で受け止める。それを大きく振り、返り討ちにしようとするが、それを瞬間移動で躱し、後ろに回り込むと再度斬りつけようとしたが、それも後ろに回した薙刀によって防がれる。

 

 すると、腰にあったデッキが黒く光り、一枚のカードが宙に浮いた。その一端が薙刀に触れると、そのカードが黒い炎で燃え上がり、

 

 『GUARD VENT』

 

 いつもカードをセットした時に流れる音声よりもさらに低い声だった。

 

 すると、両方の羽が一気に噴出し、オーディンを吹き飛ばした。ライダーの体が勢いよく屋敷の壁にぶつかる。

 

 『!優衣!目を覚ましてくれ!!』

 

 いつもの神崎士郎とは思えないほどの取り乱し方だった。しかし、その声が届いた様子はなく、優衣はさらにカードを一枚セットする。

 

 『STRIKE VENT』

 

 優衣は薙刀を上に向けると、無作為に噴出された羽が全てオーディンとライアに向いた。

 

 オーディンは先ほどのダメージなど無かったかのように立ち上がり、淡々とそれに対処しようとする。

 

 『GUARD VENT』

 

 それを見て、ライアも慌ててカードをセットした。

 

 『COPY VENT』

 

 オーディンはゴルドシールドを召還し、ライアもそれをコピーし自身にも装備した。

 

 その瞬間、優衣の周りにあった羽が一斉に発射された。

 

 「グゥッ!!!」

 

 このゴルドシールドは、とてつもない硬度を持っていることはすぐに分かった。その盾で防いでいるにも関わらず、衝撃はとてつもない物だった。棒立ちだったオーディンさえ、衝撃を抑えきれずに膝をつく。

 

 『SWORD VENT』

 

 加えて優衣は新たなカードをセットした。薙刀の表面に紫の結晶がコーティングされる。そうして形成された薙刀をオーディンに向け、結晶部分を発射した。

 

 ガシャン!!

 

 結晶はゴルドシールドと相殺し砕かれる。

 

 間髪入れず、彼女はオーディンに接近し、結晶付きの薙刀を振り下ろした。オーディンは二本のゴルドセイバーで挟み込むようにして防いだが、今まで傷一つ無かった剣にヒビが入り、根元から折れ、ライダーの胴体に一閃入れられてしまう。よろりとオーディンの体はよろめいた。

 

 『FINAL VENT』

 

 その隙に優衣は最後のカードをセット。すると、彼女の頭上に黒い球が現れた。それが、徐々に広がっていき、羽が、頭が、尾が現れていく。

 

 「あぁ…」

 

 手塚はその姿に酷く驚いた。そして分かった。あれは、開けてはならなかったパンドラの箱なのだと。次元が違う。

 

 それは、カラスを思わせるような黒い胴体、黒い羽根を持っているが、頭はダチョウのような細い首が伸びた先に付いていて、その首には目がびっしりと付いていた。そして、その首が三本並んでいた。

 

 さらに、そのモンスターが現出するや否や、周囲の空間が歪なモノにへと変わっていった。普通の青空だった空が絵具をぶちまけたかのように黒や緑が混ざったような不思議な色に変わり、地面は反対に赤やオレンジが混ざった明るい色になり、そこから大きく不思議な形の彫刻が生え、頭部と思われる個所から出血しているかのように赤い絵の具が流れていた。さらに、地面からは、胴体は無く細い脚の上に嘴の付いた頭が付いた、まるで子供が描いた鳥が出て来て、それがオーディンを囲って脚を曲げたり伸ばしたりとピョコピョコダンスを踊っていた。

 

 それを見届けると、優衣は薙刀を地面に向け、勢いよく突き刺した。すると、オーディンの足元から結晶が噴出し彼の体は宙に浮き、それを結晶で固定する。その宙に浮いた体を待ち構えていたモンスターが捕らえると、三つの嘴を向けて突進、その体を貫き体は爆発四散した。

 

 踊っていたモンスターは奇声を発した。ライダーが倒された事を称えているようだった。

 

 「……………………………………」

 

 あっという間だった。仮面ライダーオーディンは、明らかにライアとは一線を画していた。しかし、そんなライダーの力をもってしても、手も足も出なかった。そして、仮面ライダーライアは何も出来なかった。

 

 気が付くと、窓に映っていた神崎士郎の姿は消えていた。

 

 オーディンの爆発を見届けると、優衣はここで初めてライアに目を向けた。その瞬間、ライアの体がこわばった。手塚は、ライダーバトルには消極的だったが、今まで一般人からモンスターの脅威を守るために戦ってきた。決して、臆病というわけでは無い。そんな手塚が、戦いにおいて初めて恐怖を感じていた。これはもう、一個人がどうこうできるレベルを遥かに超えている。勝てる確率はゼロ。確実に殺されると。

 

 しかし、優衣は一瞥しただけですぐに目を反らした。脅威にすら感じていないという事だ。

 

 つまり、今なら簡単に逃げられる。普通ならホッと感じても良いはずだった。だが、手塚は恐怖を感じると同時にこうも感じていた。これは、長年占い師をしていたから分かる勘だ。

 

 “今倒さなければ、確実に世界が終わる”と。

 

 一目見た時から分かっていた。今の彼女はまだ子供のような存在で成長過程の段階だ。

 

 運命エネルギーを取り込んで、自身の力を蓄えている状態。だからさっきも、羽で自身の体を包んで眠っていたのだ。

 

 なら、十分にエネルギーを吸収したらどうなるのか。それこそ、本当に取り返しがつかなくなる。運命を自在に操る、正真正銘の神の誕生だ。

 

 ここで止めなくては…。

 

 手塚は、デッキから一枚のカードを取り出し、震える手を抑えながらそれをセットした。

 

 『FINAL VENT』

 

 ライアは、自身を無理矢理奮い立たせ、エビルダイバーの背に乗った。

 

 「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 手塚海之こと仮面ライダーライアは、最大の力を込めて、優衣の背に向けて突進していった。

 

 優衣はゆっくりと振り向いた。そして―、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 全てが真っ黒になった。




脱落者 2名
新規参入者 0名
戦闘可能総数 11名


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その2 青春と嘘と友情

 ハァ、ハァ、ハァ…

 息をきらしながら一人の少女、角無舞花は町を歩く。壁に手をつき、もう片方の手で頭を抑えながら、よろよろと歩を進める。

 傍から見れば、何かの病気に苦しんでいると思うだろう。事実、ここに来るまでの間に何人もの人に声を掛けられた。

 しかしその度に大丈夫だ、家はすぐそこだからと適当なことを言い、無理矢理拒否してきた。もちろん、私が歩いている所の近くに家なんて無いし、そもそもここがどこかも分からない。ここは人通りが少なくて良かった。余計な事に思考を割かないで済む。もしもこの歩みを止めたら、これ以上私を刺激する何かがあったら―。

 あの時、晴人の出した黒い霧が私の体を包んだ時からずっと、彼女は逃げるように歩いていた。もはやどこを曲がってどこを渡ってどこを真っすぐ歩いたのかも分からない。それでも良かった。ただ足を前に進んでいる事にだけ神経を使っていれば、余計な事を考えずに済む。

 考えるな、歩け、考えるな、歩けと呪いの様に思いながら歩いていた。

 その思い自体が、考えたくない事をずっと考えている事に彼女は気付かない。

 そう、彼女の脳裏にあるのはあの日の事。

 夕方、部活帰りに体育館を出てすぐにある階段で起きた事。あの時、私はあの子を―――――――――――。

 ダメ!!!!!!!!!!!!!!!!!

 思い出を言葉で塗りつぶそうとする。だがその言葉の上にまたあの思い出が上塗りされる。それをずっと繰り返してる。

 もうどれ位時間だ経っただろう?私は、いつまでそれを繰り返すのだろう?

 耐えられない。我慢できない。苦しい。限界。



 キーン キーン キーン キーン…

 遠くから耳鳴りが聞こえる。
















階段の魔女 ステアント。その性質は螺旋。

その魔女は、階段を上っている人を狙い、結界に引きずり込む。引きずり込まれた人間は、魔女の体にある突起を階段だと思い、その上にある目的地を目指して登り続ける。しかし、その魔女の体は丸いから、いつまで経っても上に上れないし、そもそもここは魔女の結界なのだから目的地まで辿りつけるわけが無い。終いには、早く階段を上り終えたいという気持ちが勝り、何故自分がここにいるのか、何がしたいのかも忘れる。


 角無舞花は根っからのスポーツ少女だった。生後8ヶ月でつかまり立ちを、さらにその2ヶ月後の生後10ヶ月には歩けるようになった。その時は、歩けるようになったことを母親に見せびらかすようにしていたらしい。

 

 2歳の頃には、スキップやギャロップといったような器用な足さばきを必要とする動きができるようになり、その動きは、親以外の、第三者から見ても素晴らしいと判断され、4才児専用の運動レッスンの会場でお手本になってくれと頼まれたほどだった。

 

 そういう子だったから、外へ遊ぶ事がとにかく大好きだった。

 

 サッカー、縄跳び、鬼ごっこなど、何でもやっていたし、成長し、幼稚園やテレビと、自身の耳に情報が入る機会が多くなってくると、些細な事がきっかけで色々な競技に挑戦した。

 

 小学校に入学した時も、好きな科目はもちろん体育だった。そこで彼女の運動神経の良さが、データとして現れ始めた。

 

 それはもちろん、新体力テストの事だ。短距離走、長距離走、立ち幅跳び、反復横飛び、ボール投げ、長座体前屈、握力、状態起こしで、筋力・持久力・柔軟性・俊敏性・飛ぶ・投げるの基礎身体能力を測るテストだ。

 

 そこで彼女は驚異的な結果を出し、学年で一番になった。クラスメイトは全員羨望の眼差しを向け、チームで競い合う種目の時は、「彼女を取れば勝てる」というジンクスから取り合いになった事が何度もあった。

 

 中学校に上がると、舞花はバレーボール部に入った。小学校の頃、彼女の母親はPTAに入っていて、他校のPTAとの交流のためにバレーボールをした事があり、その時に惹かれたのだ。

 

 持ち前の運動神経の良さから、1年でレギュラー入りし、目まぐるしい活躍を見せた。そのため、高校はスポーツ推薦で、運動部が盛んな葵重(あおいがさね)高校に入学した。

 

 「はぁぁ!!!」

 

 「うわぁ!!」

 

 ピピーッ!とホイッスルが鳴り響いた。今日は、部員を2チームで分かれて試合をする日だった。

 

 「は~負けた負けた。やっぱ舞花ちゃんは凄いね」

 

 そう話し掛けてきたのは、同じくバレーボール部で、先ほどの試合では舞花の相手チームの一員だった彼女の友達、久米 幸子(くめ さちこ)だった。彼女も舞花同様にスポーツ推薦で入学し、共にスポーツが大好きな事で仲良くなった。

 

 「いやいや、そんな事無いって!たまたまよたまたま!ラッキーな事も色々あったしね!」

 

 舞花はそう謙遜して答えた。

 

 「あ~あ、これじゃあ次の大会のレギュラーも千翼ちゃんか~」

 

 1ヶ月後に、大きな大会が控えているのだが1年のレギュラー枠は1人だけだった。

 

 「そんなのまだ分かんないわよ。その為にも、毎日頑張んないといけないしね」

 

 これは謙遜ではなく、本音から出た言葉だった。彼女は、“努力は必ず報われる”を本気で信じている人物だった。舞花だって最初から小奇麗にこなしていた訳では無い。自転車とか、縄跳びのハヤブサとか、朝から晩まで毎日ずっと練習してようやく出来るようになった事がたくさんある。だから、努力次第では、例え運動神経が悪かったとしても、私を超える可能性は十分ある。だから舞花自身も決して油断せずに練習に努めているのだ。

 

 「そうね」

 

 と、その時―。

 

 キャーー!!と黄色い声援が外から聞こえてきた。気になって見てみると、すぐに納得した。我が校のエースでありアイドル的存在の男子バレーボール部が遠征から帰って来たのだ。

 

 男子バレーボール部は、数ある運動部の中でも最高レベルの部活動だった。ほぼ全ての大会は必ずと言っていいほど決勝に進出し優勝・準優勝が当たり前。地元の新聞でも何度も取り上げられた。卒業後も現役のバレーボール選手として活躍している人が何人もいて、舞花が通っている高校、葵学園と言えばバレーボールというイメージが付くほど有名だった。

 

 その為、そこに所属している人は皆、女子の人気者。まるでアイドルでも見るように彼らを称えているのだった。

 

 「先輩、お疲れさまです!」

 

 幸子はそう言ってそんなバレーボール部の中でも一番のエース、胡桃たかしにドリンクを手渡した。

 

 「おぉ、サンキュ、部活は変わりなかったか?」

 

 「はい、問題ありません!それより、遠征はどうでしたか?」

 

 「あぁ、今回はな―」

 

 男子バレーボール部の部員は、体育館に入って来るや否や、女子バレーボール部の部員が近づき、今回の遠征の出来事などを聞こうとする。

 

 ほとんどの女子にとっては男子バレーボール部はアイドル的な存在だ。アイドル、つまり、カッコいいと思うが、手に届かないと諦めているという事だ。山の麓から、頂上にいる人たちを見ているような目で彼らを見ている。

 

 だが、女子バレーボール部は違う。同じバレーボールを行う者として、彼女らよりは対等な関係で接する事ができる。それが目的でバレーボール部に入部した人もいる位だ。

 

 舞花もまた、幸子に続いて胡桃たかしにタオルを渡し、遠征の話を聞いていた。

 

 「それで、予選はどうでしたか?」

 

 幸子は尋ねた。今回の遠征は、予選大会の為の物だった。たかしは高校3年生。この大会を機に引退する事になっていた。

 

 「どうって、大丈夫じゃなきゃこんなに大手を振って帰る訳ないだろ?もちろん決勝進出したよ」

 

 たかしは当然と言った態度で答えた。

 

 「それよりもお前らだよ。大丈夫か?大会は来週だろ?」

 

 「それは心配いりません!私がしっかりとリードしますから!」

 

 「お!頼もしい!ま、内には中学エースの舞花もいるからな。腕、落ちてないだろうな~?」

 

 たかしは舞花に顔を向けて尋ねた。

 

 「バッチリですよ!任せてください!」

 

 たかしと舞花は同じ中学出身だった。だから、引退するまでの半年間、二人は同じ場所でバレーボールをやっていた。だから、彼女の実力についても知っていたし、高く評価していた。

 

 舞花も、彼のバレーボールに対する気持ちには凄いと圧倒していた。フォームは綺麗だし、自身の技能向上のための努力は決して惜しまず、バレーボールに関する本は読んでいないモノは無いのではと思うくらい何冊も、油染みが付くまで読み、その中に書かれてた技術は夜遅くになるまでただひたすらに練習していた。何故ここまでするのかを一度聞いたことがある。その時彼はこう答えた。

 

 「オリンピックまではまだまだ遠いからね」

 

 そう。彼の行動すべては、バレーボール選手としてオリンピックに出るという夢に繋がっている。ただひたすら、夢を追っている彼の姿勢に、舞花は人一倍尊敬していた。

 

 だからこそ、中学時代、たかしの最後の大会であり舞花の最初の大会でもある県大会に出た時は、尊敬していた彼とようやく同じ土俵に立ったような感じがして舞花は嬉しく感じていた。

 

 そして現在。舞花とたかしは2学年差だから、また、たかし最後の大会であり千翼の高校時代最初の大会が近づきつつある。これを逃せば、もう同じ大会に出る事はない。

 

 だから舞花は、また同じ土俵に立ちたいと強く願っていた。その為にも、たった一枠しかないレギュラーを獲得しようと思っていた。

 

 そして、その思いは叶えられた。

 

 予選を勝ち進み、舞花の高校は見事全国大会への出場権を獲得。そのメンバーの一年生枠を、角無舞花が見事勝ち取った。

 

 入学してからずっと求めていた証だ。舞花は飛び上がるほど喜んだ。

 

 全てが順調だった。角無舞花に、「人生で一番嬉しかった事は何?」と質問したら、「大会のレギュラーに選ばれた瞬間」と答えた事だろう。

 

 

 

 

 

―――――――――。

 

 何故、「大会」では無く、「大会の選手に選ばれた時」なのか?別にそれは試合に負けたからとかではない。

 

 それは―

 

 ドタッドタドタドタドタドタドタドタドタ

 

 その日、夕闇の体育館前で鈍い音が鳴り響いた。

 

 その音が、彼女の出場権を奪うBGMだった。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 突然だった。

 

 レギュラーが決まり、部活の練習が激しくなった。その日も、例外なく練習が激しく、終わった時はフラフラだった。

 

 帰り支度をし、石段を下りながら友達とお喋りをしていた時だった。

 

 うっかり足を滑らせて階段から転げ落ちたのだ。

 

 幸い、頭はとっさに庇う事ができたので、命には別状は無かった。が、足を骨折、全治3ヶ月と言われた。

 

 どれだけ順風満帆でも、嵐が吹けばそんな過程すら吹き飛ばし最悪な状況へ変える。

 

 自分ではどうしようもない災害。

 

 大会までは、残り2週間。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 先にも書いたが、舞花の高校の有名どころの一つはバレーボールだ。故に、そのバレーボールの結果一つで、来年度の新入生の志望者数が変わると言っても過言ではない。

 

 そういう面でも、バレーボールの大会では何かしらの結果を残さなければならないのだ。

 

 その為にはもちろん、最高のコンディションを備えたメンバーで出場しなければならないのは言うまでもない。

 

 ならば、選手の一人が怪我をして、そのコンディションが整えられなかった場合はどうなるか?もちろんそれは、その選手が出たいと強い願い、練習したからこそ勝ち取った物だ。それは周りの人も分かっている。

 

 ならば、多少コンディションが落ちていたとしても、選手に無理をさせてでも、その選手が出ると首を縦に振るなら出場を許すのだろうか?

 

 これがもしも一昔前のスポーツ漫画なら、そんな展開もあり得たかもしれない。

 

 角無舞花は漫画も好きだった。アクション・恋愛・ミステリー・ホラーなど、分野に限らず。部活終わりや、眠るまでのわずかな時間、そこでキャラクターが織り成すドラマをページをめくりながら追うのが彼女の楽しみの一つだった。

 

 もちろん、学園モノやスポーツものを読んでいた彼女は、少しだけ、そんなスポーツ漫画的な展開を期待していた。

 

 そうでもしていないと、気持ちが抑えられなかったからだ。

 

 だが、現実は違う。これはスポーツ漫画でも無ければ、角無舞花はその主人公でもない。絶対に結果を出さなければいけないなら、それに対して最も最善だと思える手段を取る。

 

 そもそも、大会の選手枠は角無舞花だけが欲していた訳じゃない。他の部員だって、同じだけ欲していた。言うなれば、部員全員が、スポーツ漫画の主人公になれる位の器量がある。

 

 ならば、他の人にも、俗にいう「主人公補正」とも呼ばれるような、神から与えられたとしか思えないラッキーが降り注いでも不思議じゃないだろう。

 

 角無舞花は怪我をした。その怪我は、大会までには治らない。そこで、大会の選手1年生枠は、彼女の代わりに2番目に上手い選手を選出する。

 

 角無舞花の代わりに、彼女の友達、久米幸子が選ばれた。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 「僕と契約して、魔法少女になってよ!」

 

 キュゥべえが舞花の前に現れたのはそんな時だった。

 

 角無千翼は心の底から驚いた。魔法少女などのヒーローが、悪に立ち向かうアクション系は、漫画でも何でも大好きだったが、それが現実にあるなんて思いもしなかったから。

 

 だが同時に、彼女が望んでいた事であるのも事実だった。

 

 部活に顔を出しても、何もせずにただ部員が汗を流すのを黙って見つめる日々、そんな中近づいて来る大会までの日数。角無舞花は憤りを感じていた。

 

 そのステージに立つのは私のはずだったのだ。なのに何故、その権利を急に奪われてしまったのか。こんな理不尽、到底許される訳が無い、と。これを覆せるのは、キュゥべえが持ち込んだ、奇跡と魔法の力しかない。

 

 だから、彼女は即答だった。

 

 「なる。もちろんなるわ。だからキュゥべえ、私の足を治して」

 

 「分かった。契約は成立だ」

 

 

 

 

 こうして角無舞花は魔法少女になった。彼女は、奇跡と魔法の力で理不尽を克服した。

 

 もう分かっていると思うが、これはもちろん、「理不尽を克服しました。めでたしめでたし」と、漫画的なハッピーエンドでは終わらない。

 

 彼女は魔女となり、睦月の前に現れたのだから、彼女を魔女とたらしめる程に絶望させるほどの出来事が確かにあった。

 

 そして、実は舞花はその兆候には既に気付いていた。気付いていながら、無視、否、蓋をしてしまったのだ。

 

 これは、そんな彼女の選択が生んでしまった一つの悲劇の物語だ。

 

 

続く

 



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その3 皆、疲れているのか

 これは、角無舞花自身も気付いていない事なのだが、彼女がそうなってしまったきっかけは幼少期にある。

 

 先にも話したが、角無舞花は昔から飛びぬけて運動ができる子供だった。だから、例え自分より年齢が上の子供の前で、体操教室のお手本をやらされた事も何度もあった。彼女自身も、人前でやる事に全く恥ずかしさは無く、むしろ自分はできるんだという事を周囲に自慢できて誇らしい気持ちになっていた。

 

 そんなある日の事だった。

 

 いつものように子供たちの前で手本を見せて、母親の所に戻ろうとしたとき、ヒソヒソと話している声が聞こえた。

 

 その話し元は、その教室に通っている子供の母親だった。舞花は、何度も人前でお手本を披露していく内に、何人かの子供や大人の顔は頭に入っていたからすぐに分かった。

 

 「またあの子。一体何のつもりかしらね」

 

 「いやみよいやみ。自分の子供はあなた達の子供よりも優秀ですよって見せつけているのよ」

 

 「いや~ね~。意地汚い。そんな見栄の為に子供を利用して、しかも見世物にするなんて、子供がかわいそう」

 

 舞花はまだ幼かったから、二人が何を話していたのかは理解できなかった。だけど、二人が舞花の母親に向けていた視線。あの時の目が凄く怖くて、そんな目が自分の母親に向けられているという事実に、とても悲しくなった。

 

 一度気付いてしまうと、無視しようとしてもどうしても目に入って来てしまうのが常である。舞花はその後も、他のお母さんたちもチラチラと自分の母親にあの視線を送っていた事に気付いた。しかもそれは、舞花がみんなの前でお手本を披露した後に多いという事も。

 

 それで何かが大きく変わったという訳はない。視線を向けてくる一人一人に「止めて!」と怒るとか、そういう事はしなかったし、もちろん母親も何か行動を起こすという事はしなかった(そもそも母親は、舞花の活発な性格にいつも手を焼いていたので気付いていなかった)。

 

 だけどその後、彼女の中で僅かな変化は起こっていた。それは無意識でやっていた事だから舞花は気付かず、本当に小さな変化だったから両親も見逃していた事。

 

 自転車の補助輪が外れた、一輪車に乗れた、二重跳びができるようになった。成長するにつれて出来る事はどんどん増えていったが、それを自分から見せるようなことはしなかった。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 「痛ったぁぁ!!!」

 

 魔女の結界、最深部。そこで角無舞花は一体の魔女と対峙していた。

 

 いや、対峙しているとは言えないかもしれない。

 

 それは傍から見れば一方的に痛めつけられてるようにしか見えないのだから。彼女の攻撃はとても単調だ。一直線に特攻し、相手の懐に入って行動する。

 

 ナイフを前にして怯んでしまう一般人相手なら、その戦法でも十分に戦えるのだが、相手はそんな恐怖心とは無縁の魔女だ。

 

 一直線に突っ込んで行けば、必ずその隙を狙われるし、長くなればなるほど相手の癖なんかも学ぶことが出来るから、場合によっては相手が構えるより前に罠を張るなどして攻撃を加える事も可能だ。

 

 そうなればもう泥沼。相手の攻撃をただ受けるだけの一方的な攻撃。魔法少女とは言え限界はあるし、それがもしもソウルジェムに届きさえすれば一発で死ぬ。殺られるのは時間の問題だ。と、ここに観客がいれば誰もが判断するだろう。

 

 だから初めにこう言ったのだ。傍から見れば、一方的に痛めつけられているだけの様に見えると。

 

 そう。傍から見れば魔法少女の方が不利な状況にあると見えるだろう。

 

 「さて」

 

 舞花はゆっくりと立ち上がった。魔女の攻撃によって受けた傷がたちまちに癒えていく。

 

 故に気付かない。一方的に攻撃を受け続ける事こそが彼女の作戦であるという事に。

 

 「それじゃあ、始めましょうか!」

 

 舞花は勢いよく飛び出した。しかし、今度は一直線に突進では無い。ウサギの様に、空間を立体的に飛び回りながら近付き、魔女に短い双剣で切り裂いた。

 

 すぐに魔女は反撃を繰り出そうとするが、その時には舞花は床を蹴り上げて空中へ、更に天井から魔女の元へ超スピードで落下し、その勢いでまた斬りつける。

 

 今度は魔女が翻弄されていた。攻撃をしようと構えた時にはもう対象は別の場所にいる。そして気が付けば自身が斬られている。その繰り返しだった。

 

 それはもちろん、彼女が速くて攻撃が当てられないという事もあるが、それ以上に大きいのは、攻撃の予測が一気に出来なくなったことだ。

 

 戦闘が長期化してくると、相手の攻撃パターンや癖なんかが何となく分かるモノだ。しかし、彼女の場合はそのセオリーが通じない。先ほどとは全く違う動きで立体的に動いて攻撃を仕掛けているのだから当然だ。とは言え、先ほどとは別の形で攻めてくる人相手に瞬時にそれに対応するというのは、二重の意味で無理な話だった。

 

 舞花は双剣に魔力をこめた。

 

 「これで…終わり!!!!」

 

 舞花は腕を大きく振り、魔女をバツ印に切り裂いた。そして魔女は倒れ、結界は消滅した。

 

 

 角無舞花が契約によって手に入れた魔法は二つあった。一つは『治癒力の増加』。人よりも早い回復能力を有しているので、ある程度の怪我であれば数秒で治す事ができる。

 

 もう一つは『思い込みの付与』。「相手がこう来るなら、こういう時はきっとこう来るだろう」、「相手がこう動いたなら次はこう来るはず」。誰もが感じた事がある行動の予測。それを人為的に、色濃く相手に与える事ができる魔法だ。

 

 彼女の戦法は、この二つをフル活用したモノだった。

 

 それを説明するうえで、二つ目の魔法、『思い込みの付与』についてもう少し詳しく説明しておこう。まず、覚えておきたいのはこの魔法は幻覚とは違うという事だ。幻覚とは、対象の脳に自身がイメージしたモノを無理矢理書き込み、その思考を支配する事だ。だから、相手の脳が、幻覚を埋め込まれる直前に何を考えていたのかはあまり関係がない。考えていたモノを全てグシャグシャに塗りつぶしたうえで新しく書き直すのだから。必要なのは、幻覚を使う者のスキルだけだ。

 

 だが、「思い込み」は違う。思い込みをする為には、そう結論付けるための知識や経験が必要だ。例えば、ある学校の給食の主食が、ご飯→パン・麺→ご飯→パン・麺→ご飯と一週間続いているとしよう。入学したばかりの頃は、今日の給食は何かと献立を見る時、主食がどのような部類であるかも注視するが、ある程度の時間が経過すると、曜日によってどのような系統の物が出るのかを想像できるようになる。そうなると、その学校の生徒達は、いついかなる時でも火曜日と木曜日はパンか麺が、月水金はご飯が主食に来ると考える。別にその周期がずっと続いたからといって未来永劫そうであるとは限らないのに、だ。このように、思い込みというのは、過去の経験の積み重ねによって成り立ち、それはその経験をさせられた日数が多くなるほどその思考が強く頭に残る。

 

 角無舞花の『思い込みの付与』というのは、その、相手が抱える思い込みが脳に強く浸透するまでの時間をある程度スキップさせる事を厳密にいえば指すのである。

 

 だからこそ、先の戦闘では舞花は最初あのような行動をしたのだ。幻覚とは異なるのだから、まず初めに相手に、思い込みをさせる上で必要な知識を埋め込まなければならない。それが単調な攻撃だ。単調な攻撃を繰り返す事によって「相手は猪突猛進型だから、相手が立っている場所の延長線上に攻撃を仕掛ければよい」という思考を浮かばせ、それを彼女の魔法で通常よりも強く頭に染み込ませる。

 

 その間に受けた攻撃は、一つ目の魔法、治癒力の増加で癒す。そうなれば後は彼女の独壇場だ。彼女が得意としているジャンプ力を利用した立体的な動きによる攻撃法に切り替えれば、相手は混乱する。攻撃しようにも頭に強く過去のデータがインプットしてしまっているのですぐに順応する事ができない。その隙に、短時間で相手を攻めて倒す。これが彼女の考えた戦法だった。

 

 そしてそれはちゃんと結果として出ている。持ち前のチャレンジ精神や運動神経もプラスして、舞花の戦歴は全戦圧勝。魔女もこれで6体目だ。

 

 「ふぅ~倒した倒した♪」

 

 戦利品であるグリーフシードを指で弄びながら舞花は満足そうに言った。

 

 「僅か5日でここまで…君は中々の才能を秘めているよ」

 

 「ふふっありがと」

 

 舞花は素直に褒め言葉を受け取った。全てが絶好調だった。

 

 キュゥべえと契約を交わしたその次の日、舞花は誰よりも早く登校し、バレーボールの練習を始めた。

 

 彼女は驚いた。もう痛みも違和感もない。舞花の足は、階段から転げ落ちる前と何も変わらない。健康な足そのものだった。

 

 朝練で体育館に入って来た部員たちの表情は、今でも脳裏に焼き付いて離れない。最初は何やってるの!?と、心配する声を多数掛けられたが、大丈夫だと一蹴。その後、確実に復帰できるように病院で検査を受けた。舞花の驚異の回復力に誰もが驚いたが、異常が無いという事実は変わらず、幾つかの検査の後、もう自由に動いて大丈夫だと、医者からのGOサインも貰った。

 

 レギュラー編成も全て元に戻り、また舞花はたかしと同じ土俵に立つ権利を獲得する事が出来た。

 

 大会までは後4日。絶対に優勝してみせると舞花は決意を新たに前に進む。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 ところで、舞花の通っている高校、葵重高校には、生徒に大人気なモノがもう一つある。それは、新聞部が毎月出している広報誌『葵新聞』だ。

 

 葵新聞とは、学校で起きた些細な出来事から、イマドキの高校生に人気なスポットまで、葵重高校の生徒が今一番求めている情報をピックアップし、その情報を隅から隅まで掲載したモノだ。

 

 もちろん、葵重高校は運動が盛んなので、何か大会が開かれると、その大会に出場する部や選手にスポットを置いた記事を展開する。

 

 とは言え、これらは全て部が出来た時から行われたモノなのだが、実は今日のような人気を獲得するようになったのはつい最近の事だ。と言うのも、女子バレーボール部に期待の新星、角無舞花が入部したように、その一年前、新聞部にも期待の新星が入部してきたからだ。

 

 名前は星野保(ほしの たもつ)。保は、新聞記者の父がきっかけで、自身も情報を発信するような立場に付きたいと考え入部。

 

 そんな彼が今、今月号をどうするべきかで酷く考えあぐねていた。

 

 バレーボールの大会があるのだからそれを取材すれば良いと思うだろうが、生憎、バレーボール部についてならこの1年間でほとんど取材し尽くしてしまったし、特に男子バレーボール部員の情報何かは、自分が取材するよりもずっと、ファンの女の子達の方が詳しいだろうと考えていた。

 

 既に他の生徒が知っている情報には興味が無い。それでは新鮮味が無い。そこで、女子バレーボール部にいるという期待の新星、角無舞花を取材しようと思いつき、すぐに取材を申し込んだ。最初は良い返事を貰えなかったが、「是非舞花の記事を見てみたい」という部員の後押しもあって、最後は了承してくれた。

 

 個人を取材する場合、より多くの情報が欲しいため、先月号が発表されたその次の週から密着取材が始まる。

 

 そんな中、予選大会3日前の事だ。彼女にインタビューする機会に出会えた。

 

 保は、部員全員が帰ったのを見計らって、自身の鞄からレコーダーを取り出し、スイッチを入れた。

 

 

 『えっ?何?録音するの?』

 

 『事実と食い違った内容は入れられませんから念のため』

 

 『何か恥ずかしいわね』

 

 『皆そう言うんですけど、時期に慣れますよ。さ、時間も惜しいですし、始めましょうか』

 

 『うん、よろしく』

 

 『早速ですけど、舞花さんは昔から運動が得意だったというのは本当ですか?』

 

 『まぁね。小学校の時なんか、私をチームに入れた方が勝つと言われてた程だったわ』

 

 『そんな舞花さんが、運動部でバレーボールを選んだきっかけは何だったんですか?』

 

 『きっかけは些細なモノよ。私のママがPTAでバレーをやってて、それで興味が湧いたってだけ』

 

 『・・・・・・・それだけ…ですか?』

 

 『それだけ?』

 

 『いやね、多分舞花さんが色々な運動が得意になったのって、それらをちょっとしたきっかけで始めたモノが多いんじゃないかと思いまして』

 

 『そりゃぁ、まぁ。サッカーとかは近所の子がやってたのを見て興味が湧いたとか、そういうのがあるけど、それが?』

 

 『いやね、そうやってちょっとしたきっかけで色々始めて、そのほとんどで凄い成績を残してるんでしょうから、その競技を全て愛していたと思うんですよ。だからこそ、一つに絞るのは凄く迷ったんだと思うんですが、それにしてはあっさり決めたなぁと思いまして』

 

 『あっさりって、さっきから何言ってんのよ?』

 

 『あっ、すいません。いやね、バレーを始めたきっかけは確かにPTAかもしれませんが、バレーボールに絞ったきっかけは別にあるのではと思いまして』

 

 『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・別に、特にないわよ』

 

 『あぁ~そうですか、すいません、ちょっと意地悪しました』

 

 『意地悪っていうか、あんた妙な所に引っかかるn』

 

 

 星野保はここでレコーダーを切った。自分で言った通りだ。あの時は、ようやく千翼のインタビューにこぎ着けた事に舞い上がって、少し意地悪な質問をしてしまった。

 

 だけど、あの時、あの質問をした時の彼女の目がどうしても気になった。

 

 嘘をついているようには見えなかったが、何というか、『そうなんだ』と自分に言い聞かせていたような…そんな考えが頭をよぎった。

 

 ただの勘だ。何の根拠もない。だけど、一時気になったら確かめずにはいられない主義だった保は、もう一度話を聞こうとしたのだが―――――。

 

 保は、デジタルカメラのデータを見ると、ふぅっとため息をつき、記事作りに取り掛かった。今月の特集は、『葵学生の夢見るカフェ』。来月特集しようと思っていた記事だった。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 全国大会前日。その日は、朝早くからバスで会場へ行かなければならないので、コンディションを整えるためにも、早めに部活を切り上げて、帰宅するようにという命令が来ていた。

 

 千翼的にはもう少し練習していきたかったが、部長命令なら仕方ないと渋々帰り支度をしていた。

 

 更衣室を出た時、横目に友達の久米幸子が帰っていくのが見えた。

 

 そう言えば、最近は遅くまで練習練習で、一緒に帰ってなかったなと思い、急いで追いかけた。

 

 「さ~ちこ!」

 

 ポンと肩を叩くと、幸子はビクっと体を震わせた。

 

 「久しぶりね。こうやって一緒に帰るの。んもう!こういう時位声掛けたっていいのに~」

 

 「……………」

 

 「あっそうそう。幸子が貸してくれた漫画、返すね?遅くなってごめんね。あれから色々あったから返しそこねちゃって」

 

 と、漫画本を差し出すが、幸子は受け取らない。

 

 「…幸子?」

 

 さっきから一言も話さない幸子に舞花は訝しげな表情を浮かべた。

 

 「どしたの?体調悪い?それとも、何か気に障るような事言った?だったら謝r」

 

 「ふざけないで!!!」

 

 ここで初めて幸子は舞花に顔を向けた。その表情は怒りに満ちていた。

 

 「さっきからあなた何なの!?何で私にそんな風に話し掛けられるのよ!!?何で何も言わないのよ!!??気持ち悪いのよ!!!!!」

 

 「…………えっ?何を言って…」

 

 「今回だけじゃないわよ!その何も知りませんよ~っていう鈍感な振りした態度!!見てて気分が悪いのよ!!!!気付いてないとでも思ったの!?そんな下手くそな隠し事されてると余計に嫌になるのよ!最近のあんた本当分からない!何!?あなたは私にどうして欲しいのよ!!!!」

 

 「………さっきから言ってる意味が分からないわよ。一体あなた、何に怒って…」

 

 

 嘘だ。

 

 角無舞花は分かってる。ただ、それを話題にすると、後戻りできなくなるような。今まで積み重ねていたモノ全てが粉々に砕け散るような気がして、怖くて、認めたくないだけだ。事実、久米幸子が怒りをぶつけてから、舞花ソウルジェムは急激に濁っていった。

 

 「あんた、本当に何なの!?分かってる癖に、私が―」

 

 

 

 ダメーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!

 

 ライダーの世界に召還され、辺りを彷徨っている方の舞花の意識がギリギリで覚醒した。

 

 ハァ…ハァ…ハァ…ハァ…

 

 心臓が、先ほどよりも遥かに激しくバクバク鳴っている。暑い訳じゃないのに、汗もダラダラ流れる。

 

 ダメよ。ダメダメ…。それ以上は…それ以上知ったら私…。

 

 

 『分かってる癖に』

 

 頭の中から誰かの声が聞こえる。

 

 『嘘、嘘、これも嘘。あんたの言葉はぜ~んぶ嘘に溢れてるって』

 

 「違う!!!!」

 

 舞花は目に見えない誰かに向かって声を荒らげた。

 

 『そう?これまでのも全部そうだったじゃない。例えば、小夜が死んだあのキャンプ場。あれだって、心の中では自分だけはあのカメレオンの化け物から逃げたいって思ってたんでしょ』

 

 「違う。そんな事思って無い!!」

 

 その声は、よく聞いた事ある人の声によく似ていた。

 

 『じゃあその次の日、小夜の仇討ちに行くって言った時は?死んでも構わないとか言ってたけど、本当はそんな事一ミリも思って無かったんでしょ?ただあの時、私だけが助かりたいって考えてしまった事を認めるのが嫌で、そういうポーズを取ったんでしょ?』

 

 「違う…私は…」

 

 生まれてからずっと自身の耳で聞いている声。

 

 『何が違うのよ?本当にそう思ってるんなら、黙って出ていくもんでしょ?睦月なんかにいちいち宣言しに行かないでしょ?あんたは分かってたのよ。そう言えば睦月も動いてくれるって。可哀想な私を命がけで守ってくれるガーディアンがいれば安心だって』

 

 「違う。睦月をそんな風になんて…」

 

 すなわちそれは―。

 

 『声が小さくなってるけど?あっ、でもあの時は別ね?小夜が初めて変身した夜、小夜に対して無理だって言った時の事。あれはスッキリしたな~。あの時私が思ってた事を純度100%で吐き出してくれたんだから』

 

 「違う…違う…違う…」

 

 『嘘、嘘、嘘。生まれ変わっても嘘ば~っかり。そりゃそうか!!オリジナルだってそうだったんだから』

 

 つまりそれは、角無舞花。

 

 

 

 

 角無舞花は根っからのスポーツ少女だった。生後8ヶ月でつかまり立ちを、さらにその2ヶ月後の生後10ヶ月には歩けるようになった。その時は、歩けるようになったことを母親に見せびらかすようにしていたと、小学生の頃彼女の母からよく聞かされた。

 

 2歳の頃には、スキップやギャロップといったような器用な足さばきを必要とする動きができるようになり、その動きは、親以外の、第三者から見ても素晴らしいと判断され、4才児専用の運動レッスンの会場でお手本になってくれと頼まれたほどだった。

 

 そういう子だったから、外へ遊ぶ事がとにかく大好きだった。

 

 サッカー、縄跳び、鬼ごっこなど、何でもやっていたし、成長し、幼稚園やテレビと、自身の耳に情報が入る機会が多くなってくると、些細な事がきっかけで色々な競技に挑戦し、極めるようになった。 その度に誰かが自身に嫌な目を向けてくるので、その度に競技を変えた。次こそは、次こそはと思いながら…。

 

 

 中学校に上がると、舞花はバレーボール部に入った。小学校の頃、彼女の母親はPTAに入っていて、他校のPTAとの交流のためにバレーボールをした事があり、その時に惹かれたのだ。 次はこれを始めてみようと思った。この時点では、サッカー、野球などのスポーツと位階は同じだった。

 

 本格的に始めようと思ったのは、小学6年生の時。中学校見学で部活を見る機会があって、その時に千翼は、胡桃たかしに出会った。圧倒的なフォームの良さ、得点が入った時に見せる笑顔。気が付くと舞花は、彼ばかり目で追いかけていた。

 

 

 持ち前の運動神経の良さから、 彼の隣に立ちたくて、彼と一緒の時間を過ごしたくて、舞花は絶対に葵重(あおいがさね)高校に入学しようと決めた。その為に必死に努力して、1年でレギュラー入りし、目まぐるしい活躍を見せた。そのため、高校はスポーツ推薦で、運動部が盛んな葵重高校に入学した。すぐにたかしの元に行き、この思いを伝えようと思った。だけど、それよりも前に、

 

 「たかし先輩ってカッコいいわよね…」

 

 と、部活に入ってすぐに知り合った友達、久米幸子が舞花に向かって言った。その時の彼女の目が、胡桃たかしの事を考えている自分とそっくりで、止めた。

 

 それらを全て、『舞花』の声をした誰かが舞花に見せつけた。

 

 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

 『分かった?あなたは元気いっぱい、夢いっぱいな少女じゃないの。本当のあなたは、誰かに嫌われることを極端に恐れて、いつも周りの目を気にして、好かれるためならどんな気持でも全部蓋をして、考えもしていないことをベラベラと話す。あなたの優しさも言葉も、そんな自己防衛から来ている。そんな意地汚い子なのよ、あなたは』

 

 「違う」

 

 『嘘つき。あなたが漫画を好きになったのもその表れじゃない。あれは、登場人物の気持ちが、ちゃんと書かれていて分かり易かったからでしょ?今あの子は何考えてるんだろうっていちいち考えないで済むから、人の顔色をず~~~っと伺う毎日に嫌気がさして、逃げたかったんでしょ?』

 

 「違う」

 

 『そんな風に嘘ついてもム・ダ。ぜ~んぶ分かっちゃってんだから。別に良いじゃない。悪い事じゃないんだから。あっ!あなたがそんなだから、あの子もずっと傷ついてたのよね。ならごめんごめん、前言撤回~。ほ~ら見て御覧なさい。あなたが起こしたことの全てを』

 

 「ダメ…」

 

 

 突然だった。

 

 レギュラーが決まり、部活の練習が激しくなった。その日も、例外なく練習が激しく、終わった時はフラフラだった。

 

 帰り支度をし、石段を下りながら友達 久米幸子とお喋りをしていた時だった。

 

 その時、うっかり足を滑らせて階段から転げ落ちたのだ。

 

 

 

 そのステージに立つのは私のはずだったのだ。なのに何故、その権利を急に奪われてしまったのか。こんな理不尽、到底許される訳が無い、だけど、ただ攻めるだけではダメ。悪目立ちすれば、たかし君にダメな私を見せてしまう、と。これを覆せるのは、キュゥべえが持ち込んだ、奇跡と魔法の力しかない。

 

 だから、彼女は即答だった。

 

 「なる。もちろんなるわ。だからキュゥべえ、私の足を治して(あの日の事は、事故だったって事にして)」

 

 

 角無舞花が契約で身に付けた魔法は二つあった。一つは『治癒力の増加』。もう一つは『思い込みの付与』。

 

 

 「止めてって言ってるの!!!!!!!」

 

 クスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクス…

 

 「出鱈目ばっか言って!出てけ!私の前から出てけぇぇぇぇ!!!!!!」

 

 その声を合図に、『舞花』の声によく似た誰かの声は段々と聞こえなくなった。

 

 だけど、『彼女』の笑い声は今も頭から離れない。

 

 ハァ、ハァ、ハァ、ハァ…

 

 キーン キーン キーン キーン…

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 ミラーモンスター、ゲルニュートは餌を求めていた。

 

 ゲルニュートはミラーモンスターの中では弱く、しかし、一番個体数が多い。故に、狩りも効率化を図る為に二匹~三匹のチームで行うのが基本だ。

 

 そのゲルニュートも例外ではなく、スリーマンセルで行動し、次の食料は、ミラーモンスターの中ではご馳走に値する、ライダーとその契約モンスターのセットを狙っていた。しかしそれは失敗。仮面ライダーライアによって仲間の二体を倒されてしまった。

 

 もうお腹が空いて死にそうだった。

 

 そんな時だった。ゲルニュートは、ある人物を見つけた。

 

 その人物は13~14歳位で、窓ガラスに手をつき、立っているのもやっとという状態だった。仮面ライダーでは無いが、引き締まった体をしていた。袖から覗く腕は、とても華奢で、程よくモチモチしてそうで美味しそうだ。

 

 そう考え、ゲルニュートは、獲物が逃げないように、ゆっくりと標的に近づいた。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、ハァ…

 

 「何をやってるのかしら…私」

 

 舞花はポツリと呟いた。

 

 「全く、こんな所見られたら、誰かに笑われるじゃない」

 

 まるで、さっきまで起こっていた事を、思い出していた事を全て無かった事にしようとしているように。

 

 「きっと、疲れているのね」

 

 そう言うと、フゥと息を吐き、

 

 「そうだ、帰らなきゃ」

 

 と言った。

 

 だけど、無かったことにしようと考える事程、それは頭に残るモノである。

 

 「ここは、どこかしら?」

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 舞花は思い出す。

 

 大会の前日、角無千翼と久米幸子が話していた会話を。

 

 「さっきからあなた何なの!?何で私にそんな風に話し掛けられるのよ!!?何で何も言わないのよ!!??気持ち悪いのよ!!!!!」

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 舞花は呟く。

 

 「睦月達、きっと心配しているわよね…」

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 舞花は思い出す。

 

 あの日の、久米幸子の怒号を。

 

 「今回だけじゃないわよ!その何も知りませんよ~っていう鈍感な振りした態度!!見てて気分が悪いのよ!!!!気付いてないとでも思ったの!?そんな下手くそな隠し事されてると余計に嫌になるのよ!最近のあんた本当分からない!何!?あなたは私にどうして欲しいのよ!!!!」

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 舞花は呟く。

 

 「そうだ、お詫びに何か買っていこう」

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 舞花は思い出す。

 

 「あんた、本当に何なの!?分かってる癖に、私が、たかし君の事を好きだったって事も、だから私も、あなたと同じ気持ちでどうしてもレギュラーになりたかった事も!!!」

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 舞花は呟く。

 

 「なぎさが好きなの、何だったかしら?クッキー?チョコレート?」

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 舞花は思い出す。

 

 あの世界で、自分が魔法少女であった時に最後に聞いた言葉を。

 

 あの時、久米幸子が、自身の目を涙で濡らしながらも、憎しみを持つ目で舞花を睨んだ事を。

 

 「だからあなたがずっとずっとずっとずっと邪魔で、その為にあなたを―」

 

 その直後、私の中から何かが飛び出し、友達の、久米幸子の体を、内臓を、全て食し、流れ出る血液も余すことなく飲み、骨髄も吸い出した事を。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 舞花は呟く。

 

 「あの子、マシュマロも好きだったかしら?アイスクリームも捨てがたいわね、って、溶けちゃうわね。フフッ」

 

 

 キーン キーン キーン キーン…

 

 

 だから舞花は気付かなかった。

 

 先ほどからずっと、耳鳴りが鳴り響いている事に、そして、彼女のちょうど真横、舞花が手をついている窓ガラスから、赤を基調とした、イモリのモンスターが角無舞花に迫ってきていた事に。

 





 葵重高校、新聞部、部室

 この日も、星野保は最後まで残った。

 次に出す新聞が間に合わないからじゃない。写真が見たかったからだ。誰もいない時に、学校で。

 先週、葵重高校の生徒の一人が遺体で見つかった。名前は角無舞花。女子バレーボール部の部員だった。同日、彼女の友達である久米幸子が行方不明になっている事が分かった。

 星野保は、ずっと角無舞花を取材していたが、彼女の事はまるで分からなかった。何を話しても、適当にはぐらかされてるような…更に言えば、何か、ベールのようなモノで、完全に本当の彼女が隠れてしまっているような、そんな感覚だった。

 と言っても、そう認識するようになったのは、彼女が足を骨折した後だったが。

 彼女は、骨折するまでの重傷を負ったにも関わらず、何もしなかった。

 かと思えば、足は完治。

 それでも、他の人なら当然するであろう行動をしなかったのが、不思議でならなかった。

 保は、自身の机からデジタルカメラを取り出した。


 あの日、もう少し話を聞こうと思い、体育館前でずっと隠れて待っていた。

 程なくして、舞花が出て来た。すぐに話し掛けようとしたが、一緒にいる久米幸子がキョロキョロと辺りを伺っていたのが分かり、慌てて隠れた。

 でも、何でそんなに周りを気にして?

 気になった保は何が起きてもすぐに反応できるようにカメラを構えた。

 そして、次の瞬間―――――。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 保はデジタルカメラの中に保存されていた一枚の写真を表示した。

 そこには、久米幸子が、友達の角無舞花を突き落とす所がハッキリと写っていた。



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第4章 集結編
第四十話 THE FIRST


~この本には載っていないが、未来から来た妙光陰ゲイツ、彼は現在2002年に閉じ込められ、仮面ライダー龍騎こと城戸真司と、仮面ライダーナイトこと秋山蓮と行動を共にしていた。ひょんな事から彼らは、ゼイビー教と呼ばれる水を用いた宗教団体と接触し、そこに巣食っていた魔女を撃破した。これにより、彼らはグリーフシード2つをこの手に持つことになった。そして今宵、彼らは新たな魔女と接触し、この世界で起きている異常をその目に焼き付けるのだが…おっと。流石に読みすぎました~


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とある時間

 

 ある時、ある場所に、一人の“魔法少女”と一人の“少女”がいた。彼女たちはお互いを慕っていて一番の親友だった。魔獣と戦う時も一緒だった。少女はまだ契約していないので戦えないが、それでも“魔法少女”は構わなかった。大切な人が側に居るだけで、何倍も力が出せたから。

 

 ところがある日、彼女たちはとても強い魔獣と相対してしまった。“魔法少女”は“少女”を守るため、自身の命を犠牲にして、その魔女を倒した。

 

 嘆き悲しんだ“少女”は、キュゥべえにお願いをした。彼女を生き返らせて欲しいと。願いを聞き届けたキュゥべえは、“少女”を“魔法少女”にすることと引き換えに彼女を生き返らせた。

 

 彼女は、魔法少女の力を失っていた。“魔法少女”から“少女”に変わっていた。

 

 “魔法少女”は、彼女がそうしてきたように、魔獣退治を積極的に行った。今度は自分が人を、そして“少女”を守るんだと張り切っていた。

 

 しかし、死の記憶に“少女”は苦しみ、それが限界まで来たある日、自身で命を絶った。

 

 この時、“魔法少女”は初めて知った。自分の願った事の愚かさを、その罪を。

 

とある時間

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2068年

 

 クウガ、アギト、龍騎、555、剣、響鬼、カブト、電王、キバ、ディケイド、W、OOO、

フォーゼ、ウィザード、鎧武、ドライブ、ゴースト、エグゼイド、ビルド。

 

 時代を駆け抜けた平成仮面ライダー達。その巨大な石像に囲まれて置かれている『常磐ソウゴ初変身の像』。

 

 その前に、“ヤツ”はいた。黒と金を基調とし、長いフィルムのようなモノを肩から上半身に掛けて下げ、そこには黒い懐中時計程度の大きさの物が取り付けられており、背中に大きな長針と単身を下げ、顔には赤字で大きく『ライダー』と彫られた仮面を付けた男、オーマジオウが。

 

 「突撃~~~~~~~~!!!!!!」

 

 一人の兵士がそう叫んだ。それを合図に他の人々も己を鼓舞するように叫び、武器を持つ手に力を入れながら、オーマジオウへ向かって行く。

 

 バババババ… ドンドン!!数多くの銃声を響かせながら、オーマジオウに向かって行くが、それらは全てオーマジオウの体に当たる前に破裂。無意味と化す。

 

 オーマジオウは黙って右手を挙げた。すると、兵士のいた地面がたちまち大爆発し、多くの兵士は為すすべなく倒れていく。

 

 続けてレジスタンスが持つ巨大兵器、タイムマジーンがオーマジオウを踏みつぶさんと進撃したが、その足が彼に届く前に止められ、次々に薙ぎ払われた。

 

 無駄だと見るや、そのタイムマジーンを援護するべく待機していた部隊がミサイルを発射した。その時、オーマジオウがミサイルに向けて右手をかざした。すると、全てのミサイルが、足を上げていたタイムマジーンが、その場で動きを止め、戦場とは思えない程静かになった。まるで時が止まったかのように…、いや、本当に時間が止まっていた。

 

 「いやっ!」

 

 オーマジオウが右手を握ると、ミサイルはその場で爆発。それに巻き込まれ、多くのタイムマジーンがその場で倒れた。

 

 「無意味」

 

 自身に向かってくる兵器が無くなったのを見て、オーマジオウは生き残った兵士に向かってそう呟いた。

 

 「何度やっても同じだ。お前たちは私には勝てない」

 

 「それはどうかな!?」

 

 オーマジオウの背後、そこから『らいだー』と書かれた赤と黒を基調としたライダー、仮面ライダーゲイツが時間ザックスを斧モードにし、振り下ろした。

 

 が、それは左足を軸にクルっと回転した事で空振りに終わった。だが、それは想定していた事だ。負けじと二斬三斬と斧を振る。

 

 「ただの兵器じゃ無理なら、お前と同じライダーの力で、お前を倒すのみ!!!」

 

 「面白い」

 

 そう言うとオーマジオウは、ゲイツの斧を受け止めた。

 

 「何!?」

 

 握る力が強く、時間ザックスが引き抜けない。その間にオーマジオウは片手にライドウォッチを持ち、静かに起動させた。

 

 『ブレイド』

 

 すると、アンデッドが描かれたカードがその場に出て来て、それがオーマジオウの腕に吸い込まれていった。

 

 『♤2 BEAT』

 

 パンチ力を増強させたオーマジオウの拳が、ゲイツに降り注いだ。

 

 「ぐわぁぁ!!!」

 

 ゲイツは防ぐ間もなく、そのまま吹き飛ばされた。

 

 「兵士やタイムマジーンを囮にし、貴様が不意を突くのが狙いだったようだが、全てが無意味。これで分かっただろう?お前たちに私を倒すことは不可能だと」

 

 「……それは、どうかな?」

 

 痛みを堪え、何とか立ち上がったゲイツは、更にライドウォッチを起動させた。

 

 『ゴースト』

 

 それを時空ドライバーにセットし、一回転。

 

 『アーマーターイム!開眼!ゴースト!』

 

 ゲイツの顔の文字は『ごーすと』と変わり、仮面ライダーゲイツ ゴーストアーマーにへとその姿を変えた。

 

 「私から奪った力で挑むか。これもまた一興」

 

 『時間ザックス YOU ME!』

 

 ゲイツは弓モードに切り替えると、エネルギー弾を発射。しかしそれは片手で軽くあしらわれてしまう。

 

 「ならば…フンッ!!」

 

 ゲイツは、ゴーストアーマーの力で、オレ、ムサシ、エジソン、ニュートンの四体のパーカーゴーストを出し、再び斧モードに切り替えた時間ザックスを持って彼らと共に向かって行った。

 

 しかし、オーマジオウには少しも慌てた様子はなく、

 

 『キバ』

 

 静かにキバウォッチを起動させると、伝説のバイオリン、ブラッディローズが現れ、それを奏でた事で無数のコウモリが現出した。オーマジオウの合図でそれは放たれ、ゲイツとパーカーゴーストを蹂躙する。

 

 「クッ!」

 

 全身の痛みに耐えかね、ゲイツはその場で膝をつく。四体のパーカーゴーストも消えてしまっていた。

 

 「どうした?もう終わりか?」

 

 「まだだ…まだ終わりじゃない」

 

 『ドライブ』

 

 ゲイツは別のライドウォッチを起動させた。

 

 『アーマーターイム! DRIVE!ドラ~イブ!!』

 

 ゲイツはドライブアーマーにへとフォームチェンジした。

 

 「次はスピードで、はぁ!!!」

 

 ゲイツはアクセル全開、トップギアでオーマジオウへ向かって行った。が、ゲイツの攻撃は全く当たらず躱されるばかり。恐ろしいのは、対峙した時からずっと、彼は一歩も動いていない事だった。片足を軸にして少ない挙動で躱すか軽くあしらうか、そんな事しかしていない。バスケットボールならば文句なしの動きだっただろう。

 

 『OOO』

 

 それでも諦めず、ゲイツは突進していったが、その攻撃は突如目の前に出現した、仮面ライダーオーズ、サゴーゾコンボによって止められた。さらにゴリラの腕で上半身を殴られ、ゲイツの体は大きく上空へ飛ばされる。

 

 「スピード勝負は終わりか?ならばこちらも行くぞ」

 

 『555』

 

更にオーマジオウは仮面ライダーファイズも召還した。だが、それだけでは無かった。左右の手に持っているオーズライドウォッチとファイズライドウォッチ。それらを二人のライダーの前に翳すと、ライドウォッチは光輝き、その光が二人のライダーにへと吸い込まれていった。

 

 仮面ライダーオーズは、ベルトにセットされていた三枚の銀のメダルが黄色とオレンジのメダルに変わった。

 

 仮面ライダーファイズは、胸部の鎧が開き、複雑な機械を露わにし、CDのような仮面は黄色から赤にへと変わっていった。

 

 『ライオン!トラ!チーター! ララララ~ラトラ~タ!』

 

 『complete』

 

 アクセルフォームになったファイズは、手首に付けているファイズアクセルのスイッチを押した。

 

 『START UP』

 

 そして、オーズラトラータコンボになった仮面ライダーオーズとファイズはそれぞれ構えの姿勢を取ると、同時に駆け抜けた。

 

 倒れていたゲイツに、それを防ぐ術はなく、タカの爪が、ファイズの拳が雨の様に降り注いだ。何十、何百もの攻撃が1秒間に次々と襲い掛かり、もはやそれは、戦闘ではなく、悪夢だった

 

 『three two one…Time out』

 

 その時刻は、ファイズアクセルが刻む時間、10秒間続いた。猛攻に耐えられなかったゲイツはその場で膝をつき強制的に変身が解除された。

 

 「だから言っただろう。お前たちに私を倒すことなど不可能だと。何故か分かるか?私は生まれながらの王である!!」

 

 そう言うと、オーマジオウの周りに緑と紫の風が巻き起こり、それが彼の体を包むとその姿は見えなくなった。

 

 今回の戦いも(もはや戦いと呼べるのかも怪しいが)そうして、一方的に幕を下ろされた。

 

 

 そして―、

 

 ここから先はある意味、オーマジオウと戦うよりも辛い時間だった。

 

 今回の戦いは、ゲイツを主軸とした作戦で動いていた。オーマジオウの言った通りだ。彼には普通の武器は効かない。だから、その武器は主に目くらましに用いて、隙を見て同じライダーの力で倒す、そういう手筈だった。だが、作戦は失敗。ただ、いつも通りレジスタンスの命を失っただけだった。

 

 彼らの家族が、友人が、恋人が、愛する者の喪失を嘆き悲しんでいた。

 

その中でも、一際大きな声で泣いている少女がいた。少女の事を、ゲイツはよく知っていた。彼女の父親はレジスタンスの部隊長であり、彼の友人だったからだ。

 

「嘘つき…」

 

側にゲイツがいるのが分かり、少女はそう呟いた。

 

「お父さんを、守るって言ったじゃない!!!!」

 

その言葉は、オーマジオウのどんな攻撃よりも痛かった。

 

2068年

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

2002年

 

 「(夢…)」

 

 妙光陰ゲイツが水の魔女、アクリシャスと対峙してから2週間が経過した日の朝、ゲイツは久しぶりに夢を見た。

 

 友が死んだ日の事を。2018年へ行ってまだ日が浅かった頃(正確に言えばアナザーエグゼイドが現れた頃)まで、毎日のように見ていた夢だった。

 

 あまりにも多くの事が起こり、気が参っていたのかもなと、ゲイツは一人苦笑した。

 

 

 昨日―。

 

 水の魔女、アクリシャスと対面して以降、ゲイツ、真司、蓮はそれぞれ新たな“10の怪物”を探すために動いていた。

 

 しかし、特にこれといった手掛かりは掴めなかった。当然と言えば当然の話だ。先の宗教についても、それより前の、真司と蓮が出会ったと言う“怪物”についても、たまたま近くに現れただけで、こちらから意図的に探し当てた訳では無いのだから。あの“怪物”がどこから来たのかも、何が目的なのかも分からない。分かっているのは、ミラーワールドと関係があるかもしれないと言う事だけだ。

 

 それに加えて、城戸真司は、上司の令子が急な出張へ行き、彼女の仕事がそのまま真司に回って来たとかで忙しくしていたので、中々本格的な調査に乗り出せないでいた。

 

 そんな時だった。転機は突然訪れた。

 

 ゲイツ、蓮、真司の三人が今住んでいる喫茶店、花鶏の店主であり神崎優衣と神崎士郎の叔母、神崎佐奈子が買い出しに出かけていた時だった。

 

 キーン キーン キーン キーン…

 

 モンスターやライダーが近くにいる時に聞く耳鳴り。それと共に現れた。

 

 「神崎…士郎…」

 

 彼の登場に秋山蓮は大いに驚いた。妙光陰ゲイツは、彼に会うのは初めてだったが、その異様さはすぐに分かった。彼は、喫茶店の入口から入って来たのではなく、その窓ガラスに映りこむようにして現れたのだから。彼は黄土色のジャケットでほぼ全身を包んでいて、その表情は、とても重く、暗くそれでいて無表情だった。

 

 それは、何度も死線を潜り抜けた兵士の目を見ているようで、ゲイツは落ち着かなかった。

 

 「“10の怪物”の討伐状況はどうなっている?」

 

 神崎士郎は、現れるなりすぐにそう尋ねた。

 

 「二体倒した。これはその戦利品だ」

 

 そう言うと蓮は、怪物を倒した際に落とした物―グリーフシード―を彼に見せた。

 

 「それで良い。やはりお前らが一番可能性が高いようだな。今日はお前らに、これを渡しに来た」

 

 神崎士郎は窓ガラスから実体のある手を出し、それが持っている資料を渡した。

 

 「ある男がまとめた“10の怪物”の分布予想図だ。これを使い、一刻も早く怪物を倒せ」

 

 “ある男”とは、仮面ライダーシザースであった須藤雅史が作成し、別のカードデッキと引き換えに渡した物だ。神崎士郎は、その資料をそのまま手渡したのだった。

 

 「おい待て」

 

 それを手に入れラッキーと思い終わらせるほど、ゲイツも連も甘くない。

 

 「こいつは確かに貰っておく。だが質問させてもらう。何故俺らにこれを渡す?こいつを使って、お前が怪物を倒しても良いんじゃないか?あんなカードデッキをばらまく位だ。それこそ、モンスターを操ってな」

 

 そう蓮は尋ねる。が、更にこう続けた。

 

 「まぁ、大方の予想はつくがな。お前、焦っているんじゃ無いのか?」

 

 神崎士郎は表情を変えない。だが、何も言わないので、事実だと判断しさらに続ける。

 

 「一刻も早く怪物を倒してほしい。そう思い、情報を共有しようと思った。なら、あれがそもそも何なのかも分かっているんだろう?そろそろ話して貰おうか?あれは一体何なんだ?お前が一刻も早く倒させようと思っているのは何故なんだ?」

 

 そして―、と蓮はゲイツを横目に見ながら、

 

 「俺の隣にいるのは、未来から来たのだと言っている。それも今回の事件とどう関係している?お前の知っている事を全て話せ」

 

 そう言うと、蓮は懐から自身のカードデッキを取り出し、

 

 「何も答えないなら、俺は俺の目的のためにライダーバトルを続けるだけだ」

 

 そう締めくくった。

 

 しかし―。

 

 「今お前が戦っても、願いを叶える事は出来ない」

 

 それが目的なら優位はこちらにあるという意味を込めて、神崎士郎はそう断言した。

 

 「何?」

 

 「お前たちが願いを叶える為にエネルギーがその“怪物”達に奪われているからだ。それらは怪物同士が結びつき、独自のネットワークを作った。そのネットワークを断たない限り、エネルギーが戻ることは無い」

 

 「俺がこの時間に閉じ込められたのもその影響か?」

 

 「恐らくな」

 

 神崎はゲイツの方を向きながらそう言った。ゲイツとは初対面のはずなのに、既に素性も全て分かっている様子だった。大方、鏡から情報を入手したのだろう。

 

 「じゃあその怪物は、そんなエネルギーを手に入れて、一体何がしたいんだ?」

 

 ゲイツはまだ1体しかその怪物を見ていないが、それが知性のある生き物のようには見えなかった。にも関わらず、他の怪物と連携してエネルギーを奪っているというの表現を神崎士郎が使った事に引っ掛かった。見た目だけで考えればまだ、エネルギーを摂取していると言われた方がまだ想像つく。

 

 「あいつらには、親玉のような存在がいて、それにエネルギーを供給しているんだ。“怪物”をこの世界に現れたのもその親玉が原因だ。そいつは、人間を核にしているから自身ではエネルギーに干渉できない。だから、それが可能な存在が必要だったのだ」

 

 「核になった人間だと?」

 

 「その人間が…」

 

 ここで初めて神崎士郎は言葉を詰まらせた。しかし数秒後、意を決したように言った。

 

 「神崎優衣」

 

 その言葉に蓮は目を見開き、そして神崎士郎に詰め寄った。

 

 「どういう事だ?何故優衣が出てくる?何故巻き込まれたんだ!!??」

 

 「それを知ってどうする?その事実を知ってなお、お前は見て見ぬふりが出来るのか?加えて、願いのエネルギーが不安定なのを良いことにそれを横取りしようと画策する奴らも現れている。お前たちに迷っている時間は無い。それを阻止したければ、一刻も早く“怪物”を倒し、ミラーワールドを元に戻せ」

 

 そう言うと神崎士郎は、懐からカードを二枚取り出し、秋山連に投げてよこした。それは二枚とも、『SURVIVE』と書かれており、それぞれ、青と赤のオーラを纏った一枚の大きな翼が描かれていた。

 

 「これはその為の力だ。受け取れ。――――――頼む。優衣を助けてくれ」

 

 そして神崎士郎は窓ガラスから姿を消した。

 

 最後の言葉、この時、神崎士郎は初めて戦士のような冷たい表情から、愛おしい物を見るような目に変わったことをゲイツと蓮は見逃さなかった。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 そして現在、ゲイツと蓮と真司はレポートに記された場所の一つに向かっていた。

 

 昨日の神崎士郎の言葉は、城戸真司も大いに驚かせる内容だった。

 

 神崎優衣が“怪物”に捕まっている。優衣ちゃんを絶対に助けるんだと意気込んでいた。

 

 「着いたぞ」

 

 三人は目的地の前でバイクを止めた。

 

 「ここが…炎のビル」

 

 神崎士郎の持っていたレポートには、“怪物”が起こした可能性のある事件がいくつもピックアップされていた。その中には、三人が遭遇したゼイビー教についても書かれていた。

 

 見た所、それは“怪物”が現れた時期を推測し、その後に発生した不可思議な事件に目を付けていた事が分かった。

 

 ゼイビー教にいた“怪物”は真司たちが撃破。自殺支援サイト『KILL』は、ある時を境にばったりと更新が途絶えている、と言ったように確実に遭遇できるであろう事件に絞り込んだ結果、炎のビルに行こうという話になった。

 

 炎のビル。それは、5月下旬から多発している放火事件にまつわる都市伝説だった。その放火事件は、同一人物によるモノでは無く、複数の人物が犯行を犯していた。妙な事に、放火方法については公表していないにも関わらず、何人もの人が同じ方法で放火を起こしている事にあった。さらに奇妙なのは、その犯人が何の前触れも失踪してしまう事にあった。

 

 そんな背景から付いた噂話だった。捜査状況を一部を新聞で取り上げたことにより広まった。

 

 放火事件。その犯人たちは、互いに互いの顔も知らない赤の他人。しかし、そんな犯人たちに共通する事項があった。それは、とあるビルに出入りしていたという事だった。それは、今や誰も使っていない廃ビル。にも関わらず、そこに入っていくのを見たと証言した人を見つけた事で判明したと書かれてあった。

 

 誰も立ち入らないようにと注意喚起を呼びかける記事だったのだが、廃ビルの存在がオカルトマニアの心の琴線に触れ、彼らのでっち上げの適当話も加わり、世間に浸透された。

 

 “ここに入れば何かを燃やしたい衝動に駆られる”

 

 “ここに入れば自分が火達磨になる”

 

 そんな噂が飛び交っていた。

 

 「城戸、妙光陰、気付いているか?」

 

 「あぁ。あの気配がプンプンするな」

 

 鳥籠を纏った者、水差しのような者と出会った時の事を思い出しながら城戸真司は答えた。

 

 「いきなり当たりか」

 

 ライドウォッチにバイクを収めながらゲイツも言った。

 

 そして三人は、『関係者以外立ち入り禁止』の張り紙を無視して三人はビルへと入っていった。

 

 するとたちまち、ただ狭い階段が続くだけの場所が開けた通路へ、そこから木が次々に生え、森のような空間になった。天井は、まだ昼間だというのに夜空にへと変わり、そこに椿の花びらが漂っていた。地面から、細いツルの体・四肢を持ち、顔には椿に蕾を付けた生き物が次々に生えていった。

 

 ゲイツはライドウォッチを、蓮と真司はカードデッキをかざした。

 

 「「「変身!!!」」」

 

 三人は仮面ライダーゲイツ、ナイト、龍騎にへと変身した。

 

 「行くぞ」

 

 「あぁ」

 

 「しゃぁ!」

 

 三人は蕾の生き物を蹴散らしながら奥へ進んで行った。数は多いが、一体一体の強さは野生モンスターよりも下だったので、あまり苦労せずに進むことが出来た。

 

 “怪物”の気配を強く感じるようになり、それが住まう最深部が近づいている事を実感した。

 

 そして―。

 

 「遂に来たな」

 

 最深部は、曲がった木や大きな草花に囲まれて、大きなドームような様相になっていた。そこには、使い魔とは比べものにならない程大きい椿の木が生えていて、蕾ではなく椿の花が満開に咲きほこっていた。風は吹いていなかったが、花びらが千切れ続け、舞い上がっていた。妙な事に、それは華道をたしなむ人がよく着ていそうな女性ものの着物を着ていた。

 

 魔女は、三人が入って来るや否や、周辺に火の玉をいくつか出して発射した。

 

 三人はそれを躱す。そしてそれは、燃えた椿の花であったと気付いた。

 

 『時間ザックス YOU ME!』

 

 ゲイツは時間ザックスを弓モードに切り替えエネルギー弾を放った。

 

 『STRIKE VENT』

 

 龍騎はドラグクローを召還し、火炎を放った。

 

 二つの方向からの同時攻撃に“怪物”の動きが一瞬怯む。が、すぐに新たな火の玉を、今度は広範囲に出した。

 

 『NASTY VENT』

 

 だがそれは、ナイトの契約モンスター、ナイトウィングの超音波によってかき消される。攻撃の隙を与えず、一気に終わらせるつもりだった。

 

 『FINISH TIME!』

 

 ゲイツはファイズライドウォッチを時間ザックスに装填した。

 

 『ファイズ!ギワギワシュート!』

 

 時間ザックスから放たれたエネルギーは円錐状の赤い光になり、それが“怪物”の体を捕らえた。“怪物”はまるで金縛りにでもあったかのように行動できなくなった。

 

 「今だ、一気に決めろ」

 

 ナイトは、ファイナルベントのカードをナイトバイザーにセットしようとした。

 

 その時だった。

 

 「何だ何だ。やけに使い魔の数が少ないと思ったが、先客がいたのか」

 

 「!?」

 

 予期せぬ訪問者に、ナイトの手が止まった。それは、サイ、ガゼル、カメレオンのような姿をしたライダーだった。バックルが龍騎やナイトと同様の形をしていたので、神崎士郎によってデッキを手渡された者である事がすぐ分かった。

 

 「お前らも、神崎士郎に言われてきたのか?」

 

 基本、誰にでもフレンドリーな龍騎がそう声を掛ける。

 

 だが、その回答は冷ややかだった。

 

 「へぇ、まだ神崎士郎の言う事を律儀に聞いている奴らがいたのか」

 

 「あいにくですけど、俺たちはちょっと違うんすよね!」

 

 「よろしければ、その魔女の討伐はこちらに任せてもらえるとありがたいのですが?」

 

 「魔女だと?」

 

 その単語に、仮面ライダーナイトは反応した。その単語で“怪物”を呼称した者を初めてみたからだ。

 

 「あいつらは魔女と言うのか?お前ら、何故そう呼んでいる?」

 

 「何故って、あぁそうか。知らないんですか!はっはっは~!お~しえない!」

 

 ガゼル似のライダーが意気揚々と答える。

 

 「おい!何なのか教えろ!」

 

 それに龍騎が憤慨。と、そこへ―。

 

 「何騒いでんだ?おい」

 

 と、また別の二人が三人の後ろから歩み寄って来た。

 

 それは、先の三人とは違い、見たことのないベルトをしていた。一人はカードデッキではなくメダルのような物が装填されていて、全身黒を基調とし、金色のラインが装甲のあちこちに入っていた。もう一人は、緑色のバッタのような見た目をしていて、ベルトにも、バッタ型の模型のようなものが装着されてあった。

 

 「お!新しい仮面ライダーか!ど~も!よろしく!」

 

 黒いライダーも、ガゼルライダーに負けず劣らずの明るい調子で話した。

 

 「おっ、お前ら一体…」

 

 そんな様子だったので、龍騎は一人混乱していたが、

 

 「神崎士郎が言っていた。“怪物”とは別に、願いのエネルギーを手に入れようとしている動きがあると。恐らくあいつらだろう」

 

 「あいつらを“魔女”と呼称していた事からも間違いない」

 

 ゲイツとナイトは冷静に分析し、さらにナイトはナイトバイザーの先端を五人に向け、

 

 「丁度いい。あの怪物について色々知ってそうだし、全部話させて貰おう」

 

 「お~おっかないね~。見た所、戦い慣れしてそうだし、」

 

 それに、と、ゲイツに目を向けながら、

 

 「見たことないベルトのライダーもいるし、こっちはこっちで興味深い。よし!相手してやろう!愛矢は予定通り魔女を倒せ。佐野は愛矢のバックアップ。残りはあいつらの相手だ」

 

 「「了解」」

 

 「っていうか、何で本名言っちゃうんですか!?」

 

 「あぁ、何も問題無いだろう」

 

 「何をごちゃごちゃ言ってる」

 

 『FINAL VENT』

 

 「えっ!?いきなりファイナルベント!」

 

 驚く龍騎を無視し、ナイトは手に持っていたカードをセットした。そして、契約モンスターであるダークウイングが背中に付いたのを確認すると、その翼に自身を包ませて、ドリルのように回転しながら五人の中央に突っ込んで行った。

 

 だがそれは、五人がそれぞれの方向にジャンプして躱される。

 

 「おい蓮!」

 

 「よ!ちょっとゲームしようぜ!」

 

 と、龍騎の前にサイ似のライダー、仮面ライダーガイが。

 

 「新しいライダーの力、見せてもらうよ」

 

 と、ゲイツの前にはカメレオン似のライダー、仮面ライダーベルデが着地した。

 

 そして―。

 

 「冷静でありながらも攻撃は中々派手で良いねぇ」

 

 黒いライダー、オルタナティブ・ゼロは、仮面ライダーナイトと対峙した。

 

 

 「行くぜ」

 

 『STRIKE VENT』

 

 ガイはサイの頭を模したグローブ、メタルホーンを装着すると、龍騎に向かってそれを突き出した。

 

 「おい待てよ!」

 

 『SWORD VENT』

 

 龍騎はギリギリでそれを躱すと急いでドラグセイバーを召還し、尚も向かってくるそれを今度は受け止める。

 

 「何で今戦わなきゃいけないんだ!?ライダー同士の戦いは無しのはずだろう!?そもそも、今はあの怪物を力を合わせて倒す方が先じゃないか!」

 

 「悪いね。確かにそうなんだけど、あれは俺たちで倒さなきゃダメなんだよ」

 

 ガイはドラグセイバーごと、それを力ずくで押し返す。

 

 「なっ、何で!」

 

 「大事な目的の為に。はぁ!」

 

 ガイはさらに連続でメタルホーンを突き出した。だが、元々ライダーバトルに反対していた龍騎は、受け身。最後はガイの力に押され、胴体にメタルホーンの打撃を食らってしまった。

 

 「邪魔しないで貰おうか?」

 

 

 『HOLD VENT』

 

 ベルデは、ヨーヨー状の武器、バイドワインダーを召還し、それを投げつけて攻撃した。

 

 ゲイツは時間ザックスを斧モードに切り替え、それを弾きながら言う。

 

 「お前らは、何を企んでる?」

 

 「知りたいなら、俺らと来るか?戦力はいくらあっても良いから、大歓迎だぞ?」

 

 「お断りだ」

 

 勘だが、何か良からぬことを考えている気がしたので、ゲイツは即答する。

 

 「なら消えてもらおう」

 

 『CLEAR VENT』

 

 「消えた…?ぐわぁ!」

 

 消えたと思ったら、背後から鈍い痛みが。続けて、右、正面、左。

 

 「こっちのライダーも大したこと無いね」

 

 「(“こっちのライダー”?)」

 

 「このまま終わらせてもらうよ」

 

 「それはどうかな?」

 

 ゲイツは痛みにこらえながら、別のライドウォッチを取り出した。

 

 『ゴースト』

 

 ゲイツは一度、オーマジオウの持つステルス兵器を相手に戦った事がある。その時に分かった能力を使うのだ。

 

 『アーマータイム! 開眼!ゴーストー!』

 

 「そこか!」

 

 ゴーストアーマーに変化したゲイツは、弓モードに切り替え、エネルギー弾を発射した。

 

 「何!?がぁ!」

 

 攻撃が来ると思って無かったベルデは、防御できずに倒れた。

 

 「俺が見えるだと?」

 

 「透明化は俺には効かない」

 

 

 「しかし凄いな。あんなデカい魔女が完全に止まってやがる」

 

 ガゼル似のライダー、仮面ライダーインベラーは感嘆の声を上げた。魔女は未だに、ゲイツが出した円錐状のエネルギーによって完全に動きが止められていた。

 

 「何でも良い。倒すのが楽ならそれにこした事は無い」

 

 「相変わらずドライっすね~。かわいい顔が台無しだよ?」

 

 「うるさい」

 

 『RIDER JUMP』

 

 キックホッパーはホッパーゼクターを横にスライドさせて、その場から高く跳び上がった。

 

 残り少ない使い魔達は主を守るためにそれを自身の鞭で抑えようとするがもう遅い。ガゼルスタッブを召還したインベラーによって全て弾かれてしまう。

 

 「良いよ~!愛矢ちゃん!さっさとやっちゃって~!!」

 

 『RIDER KICK』

 

 キックホッパーはバッタをもう一度横にスライド。両足を魔女に向けて、膨大なエネルギーを込めた攻撃が身動きの取れない魔女へと届こうとした、

 

 その時だった。

 

 キックホッパーの真横。そこから、そこから火の玉が飛んできて、キックホッパーの体を直撃。彼女はバランスを崩し、そのまま地面へ落とされてしまった。

 

 「なっ!?一体…誰が!?」

 

 驚いたインベラーが使い魔を倒しながら火の玉が飛んできた方向に目を向けると、

 

 結界の最深部を囲んでいる異様な形の木、その一本の枝の上に使い魔とは別の形をしたモノがそこにいた。新たなライダーでないことはすぐに分かった。

 

 それは、一見するとヤジロベエのような姿だった。小さな円錐の上に腹にあたる部分に大きな胴体を乗せそれを、絶妙に撓らせた二本の腕と、テニスボール程度の大きさの丸い手を使って器用にバランスを取っていた。

 

 ヤジロベエは、右の丸い手を発火させた。それを、まるでバッティングセンターのボールを発射させる機械のように、腕を一回転させ、手が上に来たときにそれを投げた。

 

 火の玉はものすごいスピードで地面に接近し、その衝撃でインベラーとキックホッパーのいる場所周辺を爆発させた。

 

 爆炎に煽られ、二人はその場に転がる。

 

 その隙にヤジロベエは、新たに発火させた左手を今度は魔女に向けて投げた。いや、正確には、魔女の動きを封じている赤い円錐状のエネルギーに向けてだ。

 

 赤いエネルギーは火の玉によって弾かれ霧散、再び魔女は自由を取り戻した。

 

 自分をここまで追い詰めた怒りからか、魔女は言葉にならない叫びをあげた。そして次に火の玉、ではなく、炎で出来た刃を生成。

 

 もはや狙いなどあったものでは無かった。ストレス発散でサンドバッグに恨み言を言いながら拳をぶつけるように、お酒を飲んで憂さ晴らしするように、その刃をあらゆる方向に放った。

 

 しかし、刃は地面に刺さると同時に破裂。狙いを定めなくても、圧倒的な物量と一本一本の威力の高さから、三組の戦闘を巻き込むには十分だった。

 

 さらにヤジロベエの怪物も動いた。枝から体を離し、宙に浮いた状態でライダー達に接近。魔女の刃と共に、自身も火の玉を投げ付き始めた。

 

 「あん?何だあいつは!!」

 

 「使い魔?いや、だが使い魔は別にいたはず…」

 

 ここで初めて、他のパラディのライダー達も結界に起こっていた小さな異変に気付いた。

 

 「あんの野郎…俺たちの邪魔をしやがって!」

 

 激昂したインベラーは立ち上がると大きくジャンプし、ガゼルスタッブを思い切り叩きつけた。後頭部と、完全な死角から狙われ、思わぬダメージに脳震盪を起こしたように頭をグラグラさせ、そのまま地面にへと近づく。

 

 『FINAL VENT』

 

 インベラーは大量のゼール軍団を召還させ、ヤジロベエの怪物にそれらの角、足、腕を当て蹂躙させた。それで動きが完全に止めた隙に、共にジャンプしながら近付いたインベラーがヤジロベエの頭部に飛び膝蹴りをし、その怪物は耐えきれず爆発した。

 

 だが、魔女の暴走は収まる気配が無い。なおも火の玉や刃を放出し、結界を火の海にへと変えていく。

 

 

 「やべぇぞおい!もう倒す所じゃねぇ!」

 

 炎を避けながら龍騎は叫んだ。

 

 「同感だ。今日は早く引き上げ…!城戸!あれを見ろ!」

 

 爆発によって木が倒された事で現れた空間をゲイツは指さす。そこには―。

 

 「人!?」

 

 十人弱の人が、木の傍で倒れていたのだ。

 

 「くっ!!」

 

 人を助ける事がライダーの使命だと考えている真司。未来で一人でも多くの人を救おうと奮闘したゲイツ。そんな二人が見捨てるなどという選択肢を取るはずがなく、炎をかいくぐりながら真っすぐに倒れている人達の下へ向かった。

 

 「おい!大丈夫か!?しっかりしろ!」

 

 全員息はある。だが、目覚める気配は無い。

 

 急いで抱えようとするが、その時、火炎玉や刃がこちらを目指して飛んできているのが見えた。人へ目を向けていたので、二人とも完全に反応が遅れていた。カードを装填する事も、ライドウォッチを起動させる時間も無い。

 

 ここまでか―。

 

 真司はせめてと何人かの人に覆いかぶさり守ろうとした。

 

 その時だった。

 

 もの凄く強い風が目の前で流れ、炎の攻撃を一つ残らず消し去った。

 

 一瞬、仮面ライダーナイトかと思ったが、見た目が少し変わっていた。銀と藍色を基調としていた姿が、青と金を基調としたものになっていて、胸部には、まるでコウモリが翼を広げたような、絵本に出てくる騎士が付けていそうな鎧を纏い、甲冑のような部分も縁が金色に塗られ、更に神々しさが増した姿になっていた。

 

 仮面ライダーナイトサバイブである。

 

 炎が龍騎とゲイツに届く直前、ナイトはダークバイザーに、神崎士郎から受け取っていた『SURVIVE 疾風』のカードをセットし、その姿になったのだった。

 

 「早くそいつらを連れて逃げろ」

 

 ナイトは二人を一瞥してそう言うと、サバイブになった事で右腕に付けられたダークバイザーツバイにセットした。

 

 『SHOOT VENT』

 

 すると、ダークバイザーツバイがクロスボウを思わせるような形、ダークアローに姿を変え、矢の先端部から弓矢状の細いエネルギーを発射した。

 

 それは全弾魔女の巨体に命中し、魔女は苦悶の叫びをあげる。技のレパートリーが増えただけでなく、威力も格段に上がっていた。

 

 ここまま押し切ろうと考えたが、

 

 「ぐわぁ!」

 

 それは、突如横から飛んできた火の玉によって阻まれた。それは、赤いヤジロベエのような怪物が出した物だった。

 

 まだ生きていたのかと思ったが、よく見たら、先ほどより一回り大きい。別個体だった。

 

 そのヤジロベエは、その場で胴体を回転させ、あちこちに炎をまき散らした。それは、今捕まった人たちを逃がそうとする龍騎とゲイツの逃げ道も塞いだ。

 

 ナイトは、軽く舌打ちし、新たなカードをセットした。

 

 『BLAST VENT』

 

 ナイトは、ダークウイングの進化形、ダークレイダーを召還し、その翼に付いている二つのホイールを回転。突風でヤジロベエの体を吹き飛ばした。

 

 『FINAL VENT』

 

 さらにナイトは、ダークレイダーの背中に乗った。それを合図にダークレイダーは徐々に地面に向かって滑空していき、翼を畳み、ホイールをむき出しにしたバイクへと、その姿を変えていった。

 

 バイクの先端部からエネルギーを出し、ヤジロベエの動きを完全に止める。そこに、ナイトサバイブのマントで包んだバイクが、ミサイルの様にしてその懐へ超スピードで突っ込み、その体を爆発させた。

 

 その瞬間に結界は消滅。魔女はもちろん、ついでにパラディと名乗っていたライダーも全員いなくなっていた。

 

 「逃げたか」

 

 周囲に反応が無いことを確認するとナイトは変身解除。龍騎とゲイツもそれに続いた。

 

 「おい蓮、何だ今のは?」

 

 「神崎士郎がレポートと一緒に俺に渡したものだ。まさかこれだけの力が出るとはな…。二枚ある。お前にもやる」

 

 と、『SURVIVR 烈火』のカードを真司に渡す。

 

 「おぉ!ありがとう…っておい!貰ってたなら教えろ!っていうか渡せ!」

 

 そんな真司の突っ込みを華麗に躱し、

 

 「そんな事より、何だったんだ?あいつらは」

 

 「あの“怪物”を“魔女”と呼んでいたし、見たことも無いベルトを使ってたのを見ても、只者じゃ無かったな」

 

 「あぁ。あいつらが、神崎士郎の言っていた“願いを叶える力を横取りしようとしている”連中で間違いないだろう」

 

 そして、その横取りの為には、あの魔女と呼ばれていた怪物を倒す必要がある、と、蓮は考えていた。それは、魔女を倒すのは自分たちだと息巻いていた部分からも、ほぼ間違いないだろう。

 

 となると欲しいのは魔女を倒した時に出る、あのオブジェのような物か?

 

 正直蓮は、自分たちは他のライダーよりも一歩リードしていると考えていた。いち早く“怪物”と出くわしたし、未来から来たという別のライダーに会い、彼の話から、今起きている現象は時間の乱れにも影響していて、それにタイムジャッカーなる集団が関わっているかもしれないという情報を掴み、既に、通常のモンスターよりも強い“怪物”を2体も討伐していたから。

 

 だが、それは杞憂だった。

 

 今日出会ったライダー達は、既にその“怪物”の正体を知っていそうだったし、神崎士郎とは違うライダーを連れていた。何より、彼らは今回の騒動を利用して、神崎士郎を出し抜こうと考えていた。

 

 蓮は静かに目を閉じ、心の中で反芻した。

 

 何故俺はライダーになったか?何のために命がけで戦っているのか?

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・。

 

 もしかしたら、俺は―。

 

 「うぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

 蓮の思考は、真司の叫びによって途切れた。

 

 「どうした?」

 

 「おっおい!あれ!」

 

 真司が指さす方向。そこには、たき火の様にパチパチと燃える炎があった。結界の攻撃が激しすぎて漏れてしまったモノだろう。とは言え、周囲は石とコンクリートだ。周りにはほとんど何もないし、放っておいてもその内消える。

 

 そんな事を考えていたのだが―。

 

 「そうじゃなくて!あれ、炎じゃない!」

 

 その瞬間。ガラガラガラと音を立てながら、炎が変形。横に燃えていた炎が、ガスバーナーのように縦に燃える。否、あれは炎じゃない。

 

 「まさか…」

 

 それは、蓮が先ほど倒した、ヤジロベエの怪物だった。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 魔女の結界があった場所、通称『炎のビル』から少し離れた場所のミラーワールド内。

 

 仮面ライダーガイ、インベラー、キックホッパー、オルタナティブ・ゼロ。結界を抜け出した五人は、仮面ライダーベルデの提案で、近くにあった窓ガラスからミラーワールドにへと集まっていた。

 

 しかし、そもそも結界から逃げると言う選択に、仮面ライダーキックホッパーの徳山愛矢は納得していなかった。

 

 「どうして!?どうして逃げたの!?確かに邪魔はいたし、魔女だって暴れてたけどそれでももう少し粘れば…!」

 

 「あんだけ大暴れしちゃったら、効く攻撃も効かねぇよ。あんだけ結界がカオス状態になりゃ、もう望み薄だ。落ち込まないで、また探せばいいさ」

 

 オルタナティブ・ゼロの剣持晴人がそれを軽く慰める。

 

 「そんな事してる間に、もしも他のライダーが倒しちゃったらどうするの?あなたの計画がダメになっちゃうんじゃないの?」

 

 「あの魔女は、この世界に現れてからそこそこ時間が経っちまってるってのもあってまぁまぁ強い。そう簡単に倒される事は無いだろう。それに、仮に倒されても俺たちと睦月以外の誰かがグリーフシードに何かをするとは考えにくい。頃合いを見計らって、奪っちまえば済む話さ。それよりも、今は別の事が先決だ。お前だって気付いてんだろ?今回の魔女の結界は普通じゃ無かった」

 

 その言葉に、愛矢は黙って頷いた。晴人が言っているのは、もちろん、最深部で突然現れたヤジロベエの怪物の事だ。あれは、使い魔では無かった。使い魔は、最深部へ着く前にそれを阻むようにして現れた蕾の怪物の一種類だけだ。全ての魔女を見たわけでは無いから100%そうだとは言い切れないが、自身の記憶では、使い魔の姿は一つの魔女に一つの個体。それが大量にいると言うのが普通だったはずだ。

 

 だが、今回は違う。あれは、蕾の使い魔とは似ても似つかない。それでも、魔女を守るようにして動いていたのだから、ミラーモンスターでも無い。

 

 ならば何なのか?それを調べるために、ベルデは皆をミラーワールドに集めたのだ。その事に、晴人も気付いているようで、

 

 「高見沢さん。早くあれを」

 

 「了解」

 

 『ADVENT』

 

 ベルデがカードをセットすると、その付近から透明化していた彼の契約モンスター、バイオグリーザが姿を現した。そして、モンスターが口を開き、そこから長い舌を出すと―。

 

 「これって!」

 

 「おいおい…」

 

 「逃げたのもそういう事か…」

 

 そこから、モンスターの舌で縛られたヤジロベエの怪人が出てきた。インベラーがファイナルベントで蹴り飛ばした後、秘密裏に回収していたのだった。

 

 結界が無いにも関わらず、その姿を肉眼で確認できる所からも、これの異常性は垣間見えていた。

 

 その時―。

 

 ピキッと頭に小さな亀裂が走った。それを中心に全方向へ亀裂は広がっていき、遂にその鎧は崩れ落ちた。

 

 「おいおい、こいつはぁ…」

 

 その鎧から出て来た姿に、晴人は面白いとばかりに口笛を吹いた。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 

 同じころ。通称炎のビルと呼ばれている廃ビル内。

 

 背の高いヤジロベエの怪人は、ヨロヨロと立ち上がっていた。そして、一歩二歩と真司達に向かって歩いていたが、とうとう力尽きてバッタリ倒れた。

 

 その拍子に怪人の鎧が砕け、その中にあったものが露わになった。

 

 それは、男性の後頭部だった。それは、スーツを着ていた。慌てて真司は彼を起こすと、その姿に驚いた。

 

 一連の連続放火事件。その容疑者として指名手配され、警察が行方を追っている、背中の大きな刺青とスキンヘッドが特徴の男、大岩武(おおいわ たけし)。彼が燃やしたとされるアパートの住人で、現在行方不明になっているひょろりと背の高いサラリーマン男性、牧田隆正(まきた たかまさ)。彼ら二人が晴人と真司、それぞれの近くにいたヤジロベエ怪人の中に入っていた。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 ミラーモンスター、ガルドサンダー。

 

 他の野生モンスターと違い、神崎士郎に直に仕えていて、彼の命令を忠実に実行している鳳凰型のモンスターである。命令と言っても、その内容はモンスターらしくほとんどが殺しで、神崎士郎が不都合だと思った人間の捕食が主になる。ちなみに、仮面ライダーライアの手塚海之。その兄を殺害したのもこのモンスターである。

 

 そのモンスターは現在、ある命令を実行しようとしていた。“侵入者”の始末である。

 

 標的は前方。気付いている気配は無し。そう判断したガルドサンダーは相手を捕食せんと飛び掛かったが、

 

 時が止まった。

 

 比喩などではなく、本当に。ミラーワールドから現実世界へ飛び込んだ瞬間、モンスターの体が空中で静止したのだ。

 

 標的だった少年は小さくため息をつくと、パチッと指を鳴らす。すると、モンスター上方からイグアナ型の機械が飛び出し、その口でモンスターを逆に捕食した。

 

 その少年が出したのは、仮面ライダーゴーストが所持していたイグアナゴーストストライカーを模して作ったタイムマジーン。少年とは、タイムジャッカー、ウールの事である。

 

 「危機一髪って所だったね」

 

 一部始終を見ていたキュゥべえがひょいと傍まで飛んできた。

 

 「これでもう五回目だ。勘弁してほしいよ」

 

 「君の存在は、もう神崎士郎には筒抜けみたいだね。だけどおかしいじゃないか。君の話通りなら、例え君を殺した所であれはどうする事もできない。それは彼も分かっているはずなのに、何故こうも君を殺そうとするんだい?」

 

 「何かせずにはいられないんだろう。例え不可能だと分かっていても、そこに望みをかけてしまう。元凶を倒せば何もかも元に戻るなんて言うのは、物語の定番だからね。感情の持たない君には、分からないだろうけど」

 

 「ふーん。やっぱ人間って言うのは、非効率的な生き物なんだね」

 

 「それよりも、今回は何しに来たの?」

 

 「君にも伝えておこうと思ってね」

 

 「何を?」

 

 「始まったよ」

 

 その言葉にウールは眉を顰める。

 

 「場所は?どういう形で現れた?」

 

 「場所は魔女の結界。魔女が自身の魔法で攫った人を改造して、新しい怪人を作り出したよ」

 

 「なるほど。概ね、君の言った通りになった訳だ。それも“彼女”の指示かい?」

 

 「あるライダーがずっと“彼女”に攻撃を仕掛けていてね。その間にどんな人物でも身体能力を上げる術を覚えて、魔女に発信したんだと思うよ」

 

 「なるほど。魔女同士のネットワークを上手く活用している訳だ」

 

 魔女のネットワーク。それは、大元である“少女”。もとい、神崎優衣を中心に、魔女同士を繋げたネットワークである。神崎優衣が身に付けた能力によって生まれたモノで、これによって魔女をある程度コントロールでき且つ、魔女の周辺で起こった事の共有も可能という代物だ。

 

 故に、この世界にいる魔女は全て神崎優衣の支配下にあった。そうして魔女と自分を繋げ、魔女が得た情報を全て収集する事が目的だった。

 

 水の魔女、アクリシャスや岩の魔女、ゴールダンが良い例だ。二体の魔女はそれぞれ、人間を見つけてすぐに殺すのではなく、宗教やインターネットの内部に潜り込み、口付けをした人間を長く生かしていた。それも全て、その人間を通じて自分が今いる世界について知る為だった。神崎優衣が力を得た事により引き寄せられた10体の魔女。初めにお菓子の魔女、シャルロッテと、鳥籠の魔女、フェザランドが倒されたことをきっかけに、魔法少女以外にも、魔女に対抗できる力の存在を知った神崎優衣は、それを詳しく調べるために、魔女を通じて情報を集めていたのだった。

 

 「それにしても、ただの力の塊になり果てた彼女に、器用に新しいモノを作り出す能力があったのが驚きだよ」

 

 「力の塊とは言っても、元は思考のある人間だ。彼女が生きている限り、脳は生きているんだから、何かを創造する事も容易いよ。君にとってはその方が良いはずだろう?」

 

 「まぁね。ただの力の塊じゃあ破壊を繰り返すだけだ。彼女にはこれからも色々学んでもらわないと困るからね」

 

 全てはスウォルツの支配からの脱却の為に。オーマジオウが支配する未来を変えるために。彼女は、その可能性を秘めた最たる候補者なのだから。

 

 「破壊と創造。神崎優衣は、王をも超える神にへと昇華させるんだ」

 

 ウールは興奮の炎を目に宿しながら言った。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 北岡秀一法律事務所。仮面ライダーゾルダでスーパー弁護士を自称する男にも、蓮に渡したのと同じレポートを神崎士郎から手渡されていた。

 

 「なるほどね。これは便利だ」

 

 一通りペラペラ捲った後、北岡はそう感想を漏らした。

 

 「"怪物"に関連のありそうな事件がかなり詳しくまとめられている。作ったのは刑事か?いずれにしても、これに書かれているのが本当なら、生き残った"怪物"って言うのも少ないのかもしれない」

 

 そこには、廃校にある体育館での学生の自殺、自殺を支援するサイトについても書かれていた。北岡はその二つをよく知っていた。どちらも、それに関係のある依頼を受けた事があったからだ。

 

 廃校の方では、自殺未遂したという少女の親から。原因が部活内でのいじめにあるという事で、その人たちを訴えられないかという内容。自殺支援サイトでは、自殺を支援したサイトの管理人を訴えられないかという相談を、自殺未遂した女性の親から受けていた。

 

 まぁ、廃校の方では、依頼者の希望通りになったが、サイトの方では管理人を突き止める事が出来ず、北岡秀一らしくなく、やむなく依頼を取り下げた。

 

 それ以来、ある程度気に掛けるようにしていたのだが、ある日を境に自殺が、サイト上の書き込みがぴったり止んだ。

 

 妙だとは思ったが、なるほど。どちらも"怪物"が引き起こしていて、それを誰かが倒したとすれば納得がいく。

 

 このように、レポートに載っていて且つ近頃事件が起こっていない(or解決したと報道のあった)モノを除外すると、残るのは2つしか無い。

 

 連続放火事件と子供の行方不明事件だ。

 

 「先生、でしたら―、」

 

 「あぁ。こいつを使ってさっさと仕事を終わらせよう」

 

 北岡秀一はニヤリと笑いながら言った。

 

 北岡秀一がライダーになった理由は永遠の命、不治の病の完治だ。その病気はいつ悪化するか分からない。だから、ライダーバトルが中止されてる今、その原因を作っているどこにいるかも分からない"侵入者"と"10の怪物"というのを疎ましく思っていた。

 

 だが、それももうすぐ終わる。このレポートに書かれた場所に行けば高確率で出くわせるし、出会ったら後は倒せば良いのだから。ようやくその兆しが見えて、北岡秀一の気持ちは晴れやかだった。

 

 北岡にとって、"10の怪物"についてまとめられたレポートは、難解なゲームの攻略本のような存在だった。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 しかし、皆が皆、そういう反応をするわけでは無い。攻略本も、そのゲームをプレイする気が無ければただの紙の束だ。

 

 その程度の価値にしか思っていない男がいた。

 

 浅倉威。

 

 彼は脱獄犯で指名手配中だから、住める家は無い。人気のない川原で火をおこし、近くで捕まえたイモリを串で刺して焼いている所に神崎士郎は接触した。

 

 神崎士郎から、同様のレポートが渡されたが、浅倉はそれを一瞥もせずに炎の中に放り込んでしまった。

 

 「興味は無い」

 

 「そいつらを倒さなければ、お前は願いを叶える事が出来ない」

 

 「それがどうした?俺は戦えればそれで良い。何なら、今からやるか?北岡と戦りあってた時の借りもまだだったしなぁ」

 

 浅倉はデッキを見せて戦闘意欲を示す。が、

 

 「ならばなおさらだ。あの“怪物”どもを倒さなければ、ライダーの資格も、ミラーワールドも失い、お前は戦う事ができなくなる」

 

 神崎士郎は浅倉の挑発を無視し話を進める。

 

 「・・・・・・・・・」

 

 その態度が気に食わなかったのか、浅倉は手近にあった木の棒を取り、叫び声を上げながら神崎士郎に思い切り振り下ろした。

 

 しかしその瞬間、神崎士郎の姿は消え、棒は川原の石に当たった。

 

 「戦いたければ、“怪物”を倒せ。そうすればライダーバトルを再開させよう」

 

 姿は見えないのに、声だけが浅倉の耳に届いていた。

 

 その摩訶不思議さに、浅倉は夜の川原で一人、クックと笑った。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 2002年.ここは元々、仮面ライダーがミラーワールド内でモンスターや他のライダーと戦いを繰り広げる世界だった。

 

 ライダーになった者たちは、それぞれの思いと願いの下でモンスターと契約し、戦いの世界へ身を投じていた。

 

 しかし、「魔女」と言う訪問者によって、今、その世界が大きく歪んでいた。

 

 しかし、例え世界が歪んでいたとしても、ライダーになった者全ての思いや願いは変わらない。

 

 「魔女」と言う異端を抱えながら、それぞれの思惑を複雑に絡み合わせ、運命の歯車を大きく狂わせていた。

 

 これまでの戦いはほんの序の口。極端な言い方をすれば、これまでの戦いは、これから起こる世界の歪み、それに対抗できるかどうかを試す予選のような物だった。

 

 何かが始まろうとしていた。

 

 人を助けようとする者、自分の為に戦う者、人を守ろうとする者、世界の歪みを直そうとする者、逆に歪みを利用しようとする者、それらを静観する者。

 

 それぞれが絡み合った螺旋の先にあるモノは、まだ誰にも分からない。

 

 

続く

 



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第41話 襲撃!私の恨み!

 俺は三葉睦月。ある日魔女に襲われ、その正体が魔法少女だと知ってからは、助けるため、仮面ライダーレンゲルになって戦っている。全てを思い出したなぎさちゃんはこれまでの過去を全て後悔し、罪悪感に苛まれていた。だけど俺は、それも含めて全てを受け入れる決意をし、二人で頑張る事に決めたんだ!

残された魔女は…後2体。



 大成野原は情に熱い人物である。感動系のドラマや漫画、小説の登場人物にすぐに感情移入してしまうし、ドキュメンタリーを見ようモノなら涙ダラダラで泣く。

 

 そんな人物だったから、困っている人を放っておくなんて事は出来ず、あちこちに出掛けてはその人の為になる事をこれでもかとやる。

 

 大人になってからはそれは海をも越え、発展途上国に井戸を掘ったりしているのだから彼女の人助け精神は凄まじい。

 

 そんな彼女の側に、小さい頃からずっといたから、睦月も魔女にされた娘達を放っておく事が出来なかったのではとも思うが、それは別の話だ。

 

 とにかく、そんな人助け精神に溢れる彼女だったからこそ、百江なぎさの境遇を聞いて何もしないなど出来るはずもなく、、、

 

 9月16日火曜日。敬老の日が明けて、睦月の長い長い夏休みは終わり。今日から大学で後期授業が始まる日。百江なぎさにも、新しい日々が始まった。

 

 「じゃ~~~~ん!!」

 

 そんな掛け声と共に、朝ごはんを食べていた睦月の前に現れたのは脚が生えた赤いランドセル、、、ではなく、赤いランドセルを背負った百江なぎさの姿だった。

 

 そう。百江なぎさが学校に行くことが決定したのだ。

 

 転校という形で学校へ行くらしい。

 

 小学校に行くためには、住民票とか在学証明書とか、そういう細々とした書類が必要だから、別の世界から来たなぎさにはそれは不可能だと思っていたのだが…。一体どうやったのか、実行者の大成野原に聞いても、

 

 「色々頑張ったのよ」

 

 と、教えるのが面倒なのか、言えないような事をしたのか、そう言ってはぐらかされた。

 

 でもそれでも構わないと睦月は思っていた。どんな手を使ったにせよ、それでなぎさは学校に行けるようになったんだ。あんな得意気そうな笑顔も、見ることは出来なかっただろう。

 

 「助ける」というのは、命を救う事だけではない。その後も、普通の生活を何不自由なく過ごせるようにしてやっと、助けるという事になる。

 

 普通の生活とは、その年の人が当たり前のようにやっている事を当たり前のように出来るようにさせること。

 

 なぎさの年で言えばそれは、学校に行ける事だ。

 

 それを可能にするなら、必要悪っていうのがあっても良いんじゃ無いかなと思った。そう考えると、その当たり前をようやく与える事が出来る現状に、睦月は無意識に微笑みを浮かべた。

 

 「睦月、どうしたのですか?」

 

 「いや、かわいいなと思って」

 

 睦月の称賛になぎさはまた笑みを浮かべる。

 

 「ほら、早く行かないと遅刻するよ?」

 

 「あっ、いけない!行ってきま~す!!」

 

 「「行ってらっしゃい」」

 

 靴を履いて、ドアに手を掛けようとした時、サッと振り返る。そこには、クインテットがまだ名前負けしていなく、ちゃんと5人揃っていた時の写真が立て掛けられていた。

 

 「(小夜、行ってきます)」

 

 なぎさは心の中でそう言うと、再びドアに手を掛けた。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 大学が始まったと言っても、なぎさと違って睦月の日常はそう変わらない。

 

 講義を受けて、日によっては課題になっていたレポートを提出するだけ。なぎさと出会う前と出会った後、そして今とで何かが大きく変わる訳では無い。

 

 だから、睦月はなぎさ以上には新鮮味を感じる事は無かった。

 

 だから、授業を話半分に聞きながら、睦月は別の事を考え、それをメモの様に文字で整理するという作業を行っていた。

 

 もちろんそれは魔女の事、晴人や愛矢がいるパラディ、そして、今後の自分たちの動きについてだ。

 

 あの夏祭りの日から数日後、睦月はなぎさと“炎のビル”と噂されている場所を訪れた。しかし、中はもぬけの殻。魔女の気配も感じられなかった。

 

 ニュースでも、放火事件が取り沙汰される事が無くなり、代わりに指名手配されていた男と被害者男性の一人が見つかったとニュースで言っていたので、既に誰かが倒したのではないかと思ったが、なぎさは、

 

 「それなら、行方不明になった人たちは全員帰って来てるはずなのです」

 

 と否定。確かに、見つかったのはその二人だけで、他にも放火事件で行方不明になった人たちはまだ見つかっていないとニュースで続けられていた。だから、誰か他のライダーが魔女に攻撃を仕掛けたが、途中で逃げたのだろうと結論付けた。

 

 それは、晴人達なのだろうか、それとも…。

 

 「(思えば、俺はこの世界に元からいたライダーについて、ほとんど知らないんだな)」

 

 忘れそうになるが、睦月は普通の大学生である。不思議な夢を見た日に突然手元にベルトが現れた人を普通と定義するにはいささか抵抗はあるし、疑問の余地もあるが、少なくとも三葉睦月は普通の男子大学生として日々を過ごしてきたつもりだった。魔女や、この世界に元からいた怪物、ミラーモンスターとの出会いは本当に偶然であり、数ヶ月前までは存在すら知らなかった世界だった。

 

 故に、知識に偏りがあるのは当然の事であり、そもそもこの世界にライダーが何人いるのかも知らなかった。

 

 「(今分かっているのは、カメレオンみたいなのとサイみたいなのとガゼルっぽいヤツか…)」

 

 共通のバックルとベルトを使っていたのはその三人。元からいたライダーは彼らが使っているベルトのヤツだろうと睦月は推理した。

 

 そして、そんな事を考えている内に講義の終了を告げるチャイムが大学に鳴り響いた。時刻は午後4時。今日の講義はこれで全てだ。睦月は早々に帰り支度をして、教室を後にした。

 

 

 

 だから、睦月は気付かなかった。その少しあとに、睦月を訪ねに講義室へやってきた一人の女性の存在を。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 大学からアパートまでは片道一時間。帰宅は17時過ぎ。なぎさも帰っている頃だ。初めての学校はどうだったかな。そんな会話を楽しみにしていた時だった。

 

 水の流れる音。その音に睦月は歩みを止めた。

 

 近くに川は流れていない。近頃は雨も降っていないから水たまりでも無い。だとするとその音の正体は―。

 

 睦月は咄嗟に自分が立っていた場所から離れた。その数コンマ後に、そこから伸びる触手。そして、体が浮かび上がった。

 

 それは、紫と黄色の体色をしているクラブのカテゴリー7、ゼリーフィッシュアンデッド。少し前に睦月がREMOTEで解放し、晴人が開発した魔女の力を扱えるウィッチバイザーという武器によって本能が解放されてしまったアンデッドだった。

 

 「まさかこっちから来てくれるとは。探す手間が省けた」

 

 睦月はバックルにAをセットし腰に巻いた。

 

 「変身!」

 

 『Open Up』

 

 睦月はレンゲルに変身し、ラウザーを構えて特攻した。このアンデッドとは一度戦ってるし、自分も魔女との戦闘でこのアンデッドの力を何度か使ったから、能力は分かる。

 

 「(こいつの厄介な所は地面でもどこでも自由に泳げる所だ)」

 

 だからこそ泳ぐ隙を与えない。ラウザーを一発でも多く叩き込んで弱らせる。睦月はラウザーを自在に振り回し、全身にこん棒による打撃を打ち込んだ。それは的中。アンデッドは反撃する間も無くただただ打ち込まれるだけだった。

 

 そして、最後の一突き。それが胸部に当たり、その体はもろに吹き飛んだ。

 

 「とどめ」

 

 睦月はカードを取り出した。その時だった。

 

 レンゲルのちょうど右方向。そこから、大量のコウモリが飛んできて、睦月の体を包み込んだ。爪で引き裂かれ、睦月はそれから逃れようともがく。

 

 さらにそこから、一回り大きな爪がレンゲルの体を切り裂いた。肘から広がる大きな翼、大きな耳。明らかにコウモリを思わせる出で立ちの怪人だったし、睦月も見たことがある姿だった。それは、睦月がREMOTEで放出した怪人の一人。ダイヤのカテゴリー8のバットアンデッドだった。

 

 「見つけたぞ。ライダー」

 

 更に、妖艶な声が聞こえた。それは、ジェリーフィッシュアンデッドでもバットアンデッドから発せられた声では無い。バットアンデッドの後方にいる、黒髪の長髪に黒いドレスを纏った女性からだった。

 

 「カリスでは無いけど、まぁいいか」

 

 そう言うと、女性の姿が怪人にへと変わっていった。髪は蛇に変わり、それが自身の腕や肩に巻き付き、顔も真っ白になり頬こけ、口からは長い牙を出して蛇のような姿になった。

 

 その姿も、睦月はよく知っていた。それは、ダイヤのカテゴリーQのサーペントアンデッドだった。

 

 「行くわよ」

 

 アンデッドは、右腕から鈍器を出すと、レンゲルへ向かって行った。それを振り回し、レンゲルを左肩から斜めに切り裂いた。それに加えてバットアンデッドの爪が。バットアンデッドは、完全にサーペントアンデッドに協力しているようだった。

 

 『この世界』の三葉睦月は知らない事だが…。サーペントアンデッドがしようとしている事は復讐だった。自分を封印した事への。本命はそれをやった張本人、ハート型の面をつけ、仮面ライダーでありながら自分と同じ種族で、ハートのカテゴリーAの姿をしている者。ジョーカーこと仮面ライダーカリス。しかし、彼女が考えている復讐はそれだけでは無い。自分と同じアンデッドをことごとく封印し、バトルファイトを乱した者全員が対象だった。

 

 当然、クラブのライダーである仮面ライダーレンゲルも例外では無い。

 

 二体のアンデッドに便乗するように、ジェリーフィッシュアンデッドも攻撃に参加してきた。自身の触手でレンゲルにダメージを与えていく。

 

 「(これは…ちょっとヤバいかも…)」

 

 睦月は何度目か、また危機感を感じていた。

 

 3 vs. 1。こちらから攻める隙が無い。このままでは変身が解除されるのも時間の問題だ。

 

 「グッ…!」

 

 睦月はとうとう力尽き、ガクッと膝をついた。

 

 「こんなモノだったのか。つまらん。ジョーカーの方がまだ強かったぞ。こんなのがジョーカーと同じ力を持っていて、私の復讐対象の一人だったとは…」

 

 サーペントアンデッドは呆れるようにため息をつき、

 

 「まぁいいか」

 

 と、すぐに開き直り、鈍器の付いた腕を持ち上げた。

 

 その時だった。

 

 「それ」は何の前触れもなく突然やって来た。

 

 「それ」は、バットアンデッドを静かに侵食していく。

 

 あまりの苦しさにうめき声を漏らし、足も多少おぼつかせたが、2体のアンデッドは気付かない。

 

 一体は復讐対象を注視し、もう一体にはそもそも知性が無かったからだ。

 

 それが裏目に出た。

 

 サーペントアンデッドの横から長い爪が飛んできた。

 

 突然の事だったから、サーペントアンデッドは受身を取る間もなく地面に転がる。

 

 もちろん、レンゲルが攻撃したのではない。それは、バットアンデッドの攻撃だった。

 

 「なっ!?お前、何故…?」

 

 驚くサーペントアンデッドをよそにバットアンデッドは彼女の蛇髪を持ち上げるとさらに拳による打撃を加える。さらに、後方から近づいたジェリーフィッシュアンデッドも蹴りで引き離した。

 

 「離せ、この野郎!!!」

 

 激昂したサーペントアンデッドは右腕の鈍器を大きく横に薙ぎ払い、バットアンデッドを一蹴した。ジェリーフィッシュアンデッドも巻き込んで。

 

 それが間違いだった。

 

 アンデッドとは、生物の祖先で、互いに別のアンデッドと戦い自身の種族の繁栄を第一に考えている怪人だ。最後の一人になるまで戦う事を宿命づけられている。故に、本来であれば他のアンデッドは敵同士。仲間など生まれる訳が無い。だから、一度の攻撃で、全てが崩れてしまう。共通の敵と戦うという薄い同盟関係が。

 

 ジェリーフィッシュアンデッドも反撃とばかりにサーペントアンデッドとバットアンデッドを攻撃し始めた。ライダーと言う共通の敵を倒すために生まれた連携は完全に途切れていた。

 

 こんな好機を睦月もただ黙って見ている訳もなく。

 

 『ABSORB QUEEN』 『FUSION JACK』

 

 体勢を立て直したレンゲルはジャックフォームにへとその姿を変えた。

 

 3体のアンデッドはその光に反応したがもう遅い。レンゲルはさらに二枚のカードをスラッシュさせた。

 

 『♧6 BLIZZARD』 『♧3 SCREW』

 『ブリザードゲイル』

 

 三体のアンデッドに向かって強力な冷気を吹きかけ、足元を、さらに彼らが立っているアスファルト道路を凍らせる。

 

 レンゲルはそこをスケートのようにして滑り、彼らの前に大きな拳を突き出した。

 

 「(まずい!)」

 

 サーペントアンデッドは咄嗟に他二体のアンデッドを自身の前に引き寄せた。

 

 「おりゃぁぁ!!」

 

 「ああああぁぁぁぁ!!!」

 

 二つの拳は二体のアンデッドに完全にヒット。サーペントアンデッドは直撃は免れたものの、完全に勢いを殺すことはできず大きく吹っ飛んだ。

 

 バットアンデッドとジェリーフィッシュアンデッドの腰に付いてるバックルが割れたのを確認すると、レンゲルは二枚のカードを投げ、その体を封印した。

 

 残りは1体と顔を上げたが、既にサーペントアンデッドの姿は無かった。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 今回は本当に危なかった。

 

 変身を解き、家路に着く中、睦月は先の戦いをそう評した。

 

 たまたま相手の連携がくずれたから良かったものの、もしもあのまま押し切られていたら完全にこちらが負けていただろう。

 

 もっと強くならなくちゃ…。

 

 自分が死にたくないのはもちろんだが、それだけでは無い。

 

 あの子と一緒に戦うと決めた以上、あの子を守れるような、安心して背中を預けて貰えるような、そんな存在にならなくちゃいけないのだ。

 

 その為にも、もっと強く…。

 

 燃えるような夕日の中、睦月はそう強く誓った。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 それにしても―。と、睦月は先ほど封印した二枚のカードを眺めながら思った。

 

 「(何であの時、あの怪人はあいつを攻撃したんだ…?)」

 

 元々敵対していたのを彼女が恐怖でねじ伏せていて、それが爆発した?いや、それなら自分を倒してからでも遅くは無いはずだ。あの場で攻撃が決まれば、一瞬で決着がついたんだから。そう、睦月はあの時のタイミングも気になっていた。自分に止めを刺そうと思った時に突然の謀反。いや、あれは本当に謀反だったのか?睦月を倒そうとしてた時にその相手を攻撃した。

 

 「(それだと、俺を守ってくれたみたいじゃないか…)」

 

 睦月は一瞬そう思案したが、それは無いかと思った。睦月は今回の戦いの前にも何度か、カードに封印されていた怪人と戦った事がある。全員戦意まる出しだった。

 

 その戦意が、あの時たまたま他の怪人に向いただけなのだろう。肩がちょっとぶつかっただけで喧嘩を吹っかけてくるヤンキーと同じような…。あのコウモリ怪人はそんな面白い程にベタな喧嘩野郎だったのだろう。

 

 睦月はそう結論付けた。

 

 

続く



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第42話 百江なぎさの初めての学校

 9月16日。睦月が通う大学が後期課程に突入。講義を終え、その帰りにアンデッドに襲われた日と同じ時に起こった出来事。


 意気揚々とランドセルを背負って外に出たものの、その歩みは学校に近付くごとに遅くなっていった。

 

 今までずっと心の内にしまい、見えないようにしていたのにそれが溢れるような。

 

 学校に行っている他の子供達が気になってはいたし、もちろん、こうして学校に通えるようにしてくれた大成野原には感謝している。きっと、相当無理をしてくれたのだろう。

 

 だけど―、

 

 

 『………………何?あの態度』

 

 『なぎさちゃんって暗いよね~』

 

 

 自分が当事者になると、嫌でも思い出してしまう。学校には、良い思い出なんて一つも無かった。友達と遊んだ事も無かったし、そもそも友達と呼べるような存在もいなかった。

 

 あの時は、お母さんの事があったから感じずに済んでいたけれど、今ははっきりと感じてしまう。

 

 自分はずっとひとりぼっちだったんだという事を。

 

 

 『だったら行かなきゃいいのに』

 

 あの声が聞こえてきた。

 

 『学校へ行きたくない~って全力で拒否れば、睦月も野原もみ~んな、きっと許してくれるよ?今までだってずっと、そうやって逃げて来たんだから』

 

 ―・・・・・・・―

 

 『だってそうでしょ?もっと自分を愛してほしいって、自分の口で伝えれば良かったのに、よく分からない物を安易に頼って、その性で何が起きたか。もしかして忘れたの?』

 

 ―忘れる訳、無いのです―

 

 『だったら自分は幸せになっちゃダメなんだって分かると思うけどな~。事実だけで見れば、あんたは何の罪もない人を大量に殺した殺人鬼なんだよ?犯罪者は自由に外歩けないでしょ?あんたもそうなるべきだと思うけどな~』

 

 ―・・・・・・―

 

 やや間があって、なぎさは答えた。

 

 ―確かに、『あなた』の言う通りかもしれないのです。なぎさにはもう、幸せになる権利とか、他の人と同じことをする権利とか、そういうのはもう無いのかもしれないのです―

 

 『ほら、あなただってちゃ~んと分かってるじゃない?』

 

 ―でも、だからこそもう逃げたくないってそう思ったのです―

 

 睦月はまた、幸せな日々を取り戻す為に戦うと言っていた。じぶんの抱えてる罪も全部一緒に背負うと言ってくれた。

 

 自分はもっとわがままになっても良いんじゃないかと思った。例えそんな権利が無くても、それがか細い糸のような道だったとしても、逃げて後悔するよりも、とことんチャレンジした方がその先にきっと何かあると信じたいから。

 

 『ふーん、少しは言うようになったじゃない』

 

 『彼女』は感心するように言った。

 

 『良いわ。足掻いて足掻いて、それであなたがどこで壊れるか。それを見るのも楽しいかもね』

 

 そう言い残すと『彼女』はどこかに消えた。

 

 いや、なぎさの中に引っ込んだと言うべきだろうか。

 

 『彼女』が現れるようになったのは8月30日の夏祭りから何日か経った後の事だった。初めは声だけだった。なぎさの思いを嘲笑うような、バカらしいと一蹴するような、そんな言葉を彼女に投げかけていた。

 

 その後、声はどんどん大きくなっていき、遂には百江なぎさの中で、形となって姿を現すにまで成長した。

 

 黒い靄で完全に隠れてしまっているが、それは―。

 

 

 キーンコーンカーンコーン…

 

 チャイム音でなぎさはハッと我に返った。気が付くとなぎさは、教室のドアの前に立っていた。3年2組。そこが新しいなぎさの「転校先」だ。

 

 先生に呼ばれて、なぎさは中に入っていく。

 

 当然ながら、クラスメイト全員の視線が彼女に注がれる。また、これもまた当然の事なのだが、その視線を送っている人は全員なぎさと同い年だった。しかし、なぎさはある種の新鮮さを感じていた。

 

 三葉睦月、徳山愛矢、角無舞花、天野小夜、大成野原。ここに来てから、年上にだけ囲まれ、年上とだけ接していたから。

 

 「も…も…もも…もももももえなぎさなのです。よ…よろしくお願いしますなのです!!!」

 

 耳まで真っ赤にしながらも、やっとの思いでそれだけ言った。転校生の最初の関門、「自己紹介」。それを乗り切る(?)為に、睦月と一緒に好きな食べ物だったり誕生日だったり得意な事だったりを考えていたのだが、それらは全て徒労に終わった。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 転校生第二の関門、「休み時間」

 

 なぎさの通う小学校は、授業と授業の間に10分の休み時間が、2時間目と3時間目の間には20分の行間休みがある。1時間目と2時間目の休み時間は移動教室だったので切り抜けられたが、行間休みとなるとそうはいかない。

 

 「なぎさちゃん、前の学校はどんな感じだったの?」

 

 「なぎさちゃんってどこに住んでるの?」

 

 「なぎさちゃんの髪ってサラサラだよね~、普段どんなお手入れしてるの?」

 

 こんな風に、複数の女子に質問攻めにされた。転校生だからあるよと睦月から事前に言われていたのに、その心構えもしっかりしたつもりだったのに、再びそれはあっさりと砕け散った。『前』の学校では、こんな風に何人もの人から好意な目で見られるなんて事は無かったから、完全に上がってしまい、再び耳まで真っ赤になってしまった。

 

 なぎさはチラリと時計を見た。まだ3分しか経っていない。

 

 2時間目終了後、教室に戻って一息ついてから始まった質問攻め。教室に戻って道具を片付け終わってから起こった出来事。時間で言えば、行間休み終了15分前。テレビアニメで言えば前半部分が終わってCMが入るまでの時間だ。普段アニメを見ている時はあっという間に時間が過ぎているのに、今日に限って時間の進みが凄く遅い気がする。まるで、誰か(こんな悪質な事をするのは魔女しかありえない(魔力なんて感じないけど))が魔法をかけて時間の進みを極端に遅くしているような。一分が60秒の所を3周の180秒で一分になるように改造されてるんじゃないのと思わず疑ってしまう。

 

 何か一つで良い。この行間休みで何か行動を起こさなければならない。そうなぎさは考えていた。

 

 徒競走と同じ。スタートダッシュが上手くいかないとその先はずっと上手くいかない。この休み時間でずっとなぎさが俯いたままだと、ここにいる皆はなぎさに興味を失い、次の日からは誰も来なくなる。

 

 そうなったら、それはもう『前』の学校と同じだ。変わりたい、前に進みたい。そんな思いで学校に行ったのに…。

 

 だけど、それでも、なぎさは考えてしまう。そのスタートダッシュで派手に転んでしまう可能性を。何かを話して、それが彼女たちの逆鱗に触れて、その結果誰も来なくなったらどうしようと、そんな事も考えてしまう。

 

 何かを話さなきゃという思いと、余計な事を言ってしまったらどうしようという思い。その二つの思いに挟まれて、なぎさは全く動けない状態にいる。

 

 スタート地点にいるのに、スタートダッシュの姿勢すら取れていない状態だった。

 

 思えば、この教室の子達は愛矢や小夜や舞花とは違う。「魔法少女」という共通の話題も、「魔法少女から魔女になった」という共通の境遇も無い。そんな子達とどう接すればよいのかが分からない。

 

 『ほ~らね、だから言ったじゃない』

 

 なぎさの中の『彼女』がそう嘲笑う。その時だった。

 

 「なぎさちゃ~ん!」

 

 「?」

 

 教室のドアから一人の女の子が入って来た。まだ同じクラスにいる子の顔と名前は全く覚えていないが、恐らくクラスメイトだろう。

 

 「先生が呼んでたよ」

 

 「えっ?」

 

 「皆ごめんね~。なぎさちゃん、今から職員室に行かなきゃなんだ。お話はまた後でね」

 

 「そっか~それは残念」

 

 「なぎさちゃん後でね!」

 

 「髪の事、後で教えてね」

 

 そう言って、なぎさの周りを囲んでいた女子たちは皆解散した。

 

 「なぎさちゃん、職員室の場所分かる?」

 

 さっきの女の子がなぎさに近づいてきてそう言った。

 

 「えっと…」

 

 「まだ分からないよね!案内してあげる!」

 

 そう言うと女の子はなぎさの先頭に立って歩き始めた。

 

 先頭を歩く女の子、それを少し離れた場所からついていくなぎさ。何も話さないまましばらく歩くと、彼女は口を開いた。

 

 「さっきはごめんね。いきなりあんな風に囲まれちゃったらビックリしちゃうよね?」

 

 「えっ?」

 

 「そんなに緊張しなくて大丈夫だよ。内のクラスは皆、優しくて仲が良いクラスだから!」

 

 女の子はサッと振り返るとニコッと笑った。結んだ髪のポニーテールがゆらゆら揺れる。

 

 「私は戸羽 希来里(とわ きらり)。よろしくね!ももももえなぎさちゃん!」

 

 「えっ、えっ、えっ!!!!?」

 

 「だって~自己紹介の時にあなたそう言ったじゃない!ももももえなぎさだって。何か、『すもももももももものうち』みたいでかわいい名前だな~って思ったんだよね!あれ?もももももえなぎさ…だったっけ?ごめん、なぎさちゃん、最初の「も」って何個?」

 

 「なっ、なぎさは…」

 

 なぎさはクッと歯を食いしばり、顔を真っ赤にして言った。

 

 「百江なぎさ!『も』は二個でももえなぎさなのです!!!」

 

 「・・・・・・・・・」

 

 希来里は、驚いたような顔を浮かべていたが、

 

 「プッ、アハハハハハハハ!!」

 

 次の瞬間、吹き出していた。

 

 「えっ?何が?」

 

 「アハハ、ごめんごめん!ほんの冗談のつもりだったのに、なぎさちゃんったら、本気の顔をするものだから」

 

 「えっ?えっ?」

 

 「だって黒板に先生が書いてくれてたし、口で言ってたりしてたでしょ?そんな改まって言わなくても『も』は二個だってちゃんと分かってるわよ!」

 

 「なっ、なぁ」

 

 なぎさはまた違う意味で、全身が真っ赤になった。その時、絶妙なタイミングでチャイムが鳴った。

 

 「あっ、授業が始まっちゃう。戻らなきゃ!」

 

 「えっ?でも、職員室は?」

 

 「あぁ、あれ嘘!呼ばれてないから大丈夫だよ!」

 

 「えっ、えぇ!!?」

 

 「あっ、そうそう」

 

 教室に戻りかけた足を再び止めて、希来里は再び振り返る。

 

 「俯いてるよりも、さっきみたいな顔の方が、私はよっぽど好きよ」

 

 「えっ?」

 

 「何か、すごーく生き生きしてた!」

 

 「あっ…」

 

 この時初めて、なぎさは、自分に気を使ってくれていた事を知った。

 

 希来里はスッとなぎさに向けて手を差し出してきた。

 

 「これからもよろしくね、なぎさちゃん!」

 

 希来里は、先ほどよりも輝く、満面の笑みを浮かべていた。その表情が、なぎさの中の何かをこみ上げさせる。

 

 でも、ここでそれを出すのは希来里に対して申し訳なく感じて―、

 

 「はい、よろしく…なのです。希来里ちゃん」

 

 なぎさは、自分の中の最高の笑顔を浮かべながら、その手を受け取った。

 

 この時、なぎさの目にうっすらと涙が溜まっていたのだが、希来里はそれを遂に指摘しなかった。

 



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第43話 歌を守る事は出来る

 正直な話、睦月はなぎさをあまり学校へは行かせたくなかった。

 

 過去の事を聞いた。なぎさは前の学校では友達を作ることができず、誰かと遊んだ事も無かったという。

 

 それはもちろん、家庭の事も関わっていたのだろう。なぎさはハッキリとは言わなかったが、あれは完全に虐待だ。そんな経験があるなら、なるほど。学校でも、孤立してしまうのは分かる。

 

 人生は全て繋がっている。1分1秒に至るまで、当事者は自分なのだから当然だ。家庭、学校、勉強、遊び。それらは「心」を基板とし、全て歯車のように噛み合っている。では、その基板が崩れてしまったら?ガラガラと、それに立てていた柱は崩れ、歯車は崩れ、連鎖的に他の歯車にも影響を及ぼす。

 

 夏休み最後の日、宿題をやっていない為にそれが引っ掛かってイマイチ楽しい気持ちになれないのと同じだ。

 

 睦月だって、あの事件をきっかけに人と関わるのは止めようと考えたのだから。

 

 過去も現在も未来も、全て繋がっている。

 

 自身が魔女であった事も、その過去も全て事実であり覆る事は無い。むしろ、ハッキリと思い出してしまった今、その傷はさらに深くなったのではとも思っている。

 

 学校に行くという行為で、嫌でも前の学校の事を思い出してしまうだろう。それによって傷を抉る結果にならないか。睦月はそれが心配だった。

 

 しかし、それは全て杞憂だった。

 

 「ただいま~!!」

 

 なぎさが学校に行くようになって一週間が過ぎた。なぎさは、小さな机(なぎさが宿題をする用に野原が物置から出した)の側にランドセルを置くとすぐに、

 

 「行ってきま~すなのです!!!」

 

 と、すぐに外へ出る事が習慣になっていた。

 

 明らかに、なぎさは今までとは比べものにならない程明るくなったし、笑顔も増えた。最近は、希来里という女の子と一緒に遊んだ事を楽しそうに話してくれる。

 

 学校に行かせてよかったと今は考えるようになった。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 学校ってこんなに楽しかったっけ?

 

 校舎、教室、机、椅子、先生、生徒。学校を形作っている最低要素。百江なぎさが過去に通っていた時は、2年ちょっとの間通っていた時はそれら全てがただの記号でしかなかった。それが今では全てが色づいて見える。

 

 永久希来里と友達になった事をきっかけに、希来里はなぎさに他のクラスメイトの事も紹介してくれた。初めはぎこちなかったなぎさだが、徐々に心を開いていき、他の子とお喋りをする楽しさに気付くまでそう時間は掛からなかった。

 

 そんななぎさが今一番大事に思っている事、それは、校内で開かれる合唱コンクールだ。クラスそれぞれで歌う曲を決めて、クラス同士で競う行事。かなり大規模なモノで、本番は近くの公民館のステージで行われ、一般の人にも公開される。

 

 前の学校でも似たようなモノはあった。あの時は特に興味が無かったので特に思い入れがなくただの通過点として通り過ぎていった。しかし今は、クラスメイトと一緒に何かを成し遂げる、この瞬間が嬉しくて、一生懸命練習していた。

 

 そんな様子に神様がご褒美をくれたのか、モンスターはずっと姿を見せず、魔女の情報も音沙汰無かったので、ライダーとして戦う事も無かった。ただ、穏やかに日常が流れていった。

 

 不安はある。やらなきゃいけない事もある。だけど、今だけは、せめて、合唱コンクールが終わるまでは…。

 

 

 

 ―そこまでサービスしてくれる程、神様は甘くなかった。

 

 「――――!!」

 

 合唱コンクール当日。ステージ裏。緊張しているなぎさは、久しぶりに気配を感じた。魔力では無い。不快な耳鳴り。ミラーモンスターだ。

 

 「(何で…何でこんな時に来るのですか…)」

 

 なぎさはクラスメイトを見渡した。皆緊張しながらも、楽しみに自分たちの出番を待っている。会場には既に多くの人が集まっている。その中にはきっと、この子達の親も来ている・皆一生懸命練習したんだ。もしもここで誰か食べられたら…。

 

 「――――――――」

 

 覚悟は決まった。なぎさはすぐに鏡の元へ走ろうとしたが―、

 

 「なぎさちゃん、どこ行くの?次は私たちのクラスだよ?」

 

 「えっ?あっ」

 

 希来里に腕を掴まれたなぎさはハッと前を見ると、確かに今まさになぎさ達の前のクラスが歌っている真っ最中だった。なぎさのクラスの人たちも自身の場所に移動していく。

 

 「もしかして緊張しちゃった?大丈夫よ!あんなに練習したんだから!」

 

 「うっ、うん…」

 

 なぎさは曖昧に頷くしかなかった。そうこうしている間にも耳鳴りはどんどん近づいて行っている。このままじゃ、皆が―。

 

 『大丈夫だよ、なぎさちゃん』

 

 突然、声が聞こえた。クラスメイトが発した声では無い。頭の中に直接届く、優しい声。

 

 『モンスターは俺が何とかするから、なぎさちゃんはステージを楽しんで、大丈夫。邪魔になるようにはさせないから!』

 

 睦月だった。紛れもなく睦月の声だった。なぎさは、自分の心にあった不安がスーッと消えていくのを感じた。そして、新たな決意で、自分の場所へと歩いて行った。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 ミラーモンスター、ブロバジェル。

 

 大きな球状の頭が特徴のクラゲ型モンスター。自身に纏う電撃を相手に与えて、感電死させてから対象を補食するという性質を持つ。

 

 そのブロバジェルは、自身の空腹を満たすため、より多くの人間を補食しようと向かっていたのだがー、

 

 「・・・・」

 

 その前を黄金の仮面を纏った男が立ち塞がっていた。

 

 「ここから先へは行かせないぞ」

 

 今日はなぎさの一斉一代のステージ。その為に一生懸命練習していたのを睦月は知っている。それを、壊させやしない。

 

 と、睦月は決意を籠めて、レンゲルラウザーを強く構える。

 

 先に動いたのはブロバジェルだった。ご馳走にありつけると思った直後に邪魔が入ったからだ。食べ物の恨みは恐ろしいと聞くが、それはモンスターも同じらしい。

 

 自身の電流を纏った爪を大きく振り下ろした。レンゲルはそれをラウザーで受け止める。

 

 その時だった。

 

 ―例えば君が傷ついて 挫けそうになった時は―

 

 「…!」

 

 睦月の頭の中から、突然歌が聴こえてきた。

 

 それは、睦月もまた小学生の時に歌っていた曲。それを歌っている百江なぎさの声が聞こえたのだ。

 

 テレパシーだった。変身している状態でしか使えないが、一定の距離内にいるとき、睦月はなぎさと心の中でも会話出来るようになっていた。なぎさが一度力を暴走させた後に出来た変化だ。初めは上手くコントロール出来なかったが、何度か練習していく内に二人は自在にそれを操れるようになった。

 

 ―この地球は 回ってる―

 

 つまりこれは、なぎさが意図的に行っている事。なぎさが作った歌の発表会だ。

 

 「・・・・」

 

 睦月はつい口元が緩んだ。仮面で隠れているのでブロバジェルには分からなかったと(最も隠れてなくても分からないと)思うが。

 

 ―今 未来の 扉を 開ける時―

 

 睦月はラウザーを持ち上げ爪を振りほどき、胴ががら空きになった。

 

 ―悲しみや 苦しみが―

 

 レンゲルはすかさずそこにラウザーを打ち込む。

 

 ―いつの日か 喜びに 変わるだろう―

 

 『♧5 BITE』『♧6 BLIZZARD』

 『ブリザードクラッシュ』

 

 ―I'm believe in future―

 

 レンゲルの蹴りを正面から食らったブロバジェルは、そのまま爆発四散した。

 

 ―信じてる―

 

 顔は見えずとも、睦月にはなぎさが楽しい気持ちになっているのが分かった。

 

 もう不安は無い。学校に行かせて良かったと心底思った。

 

続く



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第44話 こいつは絶対おかしいよ

 白、白、白…。天井も床も壁も雪のように白い。清潔感を出すために、大半の病院はそうなっているが、彼にはそれが死後の世界の様に思えてどうも好きになれなかった。階段を上って奥の病室。そこに彼女は眠っている。長い間。ずっと。

 今でも、彼が見た彼女の最後の光景が目に焼き付いて離れない。


鏡から出て来た大きな黒い翼を持つ怪物。そいつによって彼女は大きな悲鳴を上げて倒れた。彼女の悲鳴も、今でも耳に強く残っている。

 崩れ去った研究室の中で一人立っていた男は、静かに彼の目を見つめると、

 「俺を殺すか、それとも戦い続けるか、好きな方を選べ」

 そう言って、カードデッキを差し出した。


 あの日以来、彼女はこうして眠り続けている。彼は、首から提げていたチェーン、そこに通していた三つのリングを握りしめた。

 「恵理、俺が必ず、お前を救ってみせる」




 仮面ライダーベルデ。その変身者である高見沢グループの総帥、高見沢逸郎。彼が密かに所有している別荘内の一つ。その地下室。

 

 いくつもの機械が並び、床はコードとそれを固定するテープが散らばり、ほとんど足の踏み場が無い。

 

 その中には、グリーフシードをセットする棚のような装置もあった。そこにセットされているグリーフシードは2つ。岩の魔女と、香川研究室にあった箱の魔女のグリーフシードだ。さらにその前には1台のベッドが置かれていて、そこに一人の少女が横になっていた。徳山愛矢。かつて希望を守る魔法少女であったが、絶望を運ぶ魔女になり、三葉睦月によって当時の体を手に入れたが、今は新たな自分になるために剣持晴人率いるパラディに与している。

 

 彼女の体には今、全身のあちこちにパッチの付いたコードが繋がれている。

 

 グリーフシードが設置された棚も含め、それらは部屋中に置かれた機械を経由し、魔女の力を自在に使えるアイテム、ウィッチバイザーが置かれた台まで届いていた。

 

 「それじゃ、行くぜ」

 

 晴人はその側に置かれたノートパソコンの前でそう言った。

 

 愛矢はこくんと頷く。その面持ちは、緊張しているようだった。

 

 それを見た晴人はEnterキーを押した。

 

 その途端、グリーフシードは白い輝きを発した。棚にセットされていたメーターの針は全て振り切っている。グリーフシードから魔力が抽出され、それがコードを通じてウィッチバイザーにへと吸収されていく。

 

 「・・・・!」

 

 それは愛矢も同じだった。痛くは無い。しかし、体が内側から火照り、良い感じはしない。熱が出たときの感覚に似ている。何度やっても慣れる事は無いだろうと思う。

 

 「よし、終わりだ」

 

 20分程経った時、晴人がそう言ってスクリーンに映ってる停止ボタンをクリックした。

 

 「――――――」

 

 魔力の抽出を止めると、体の火照りがスーッと引いていった。

 

 「具合はどうだ?」

 

 「ダルい…」

 

 晴人の問いかけに愛矢は全身の力を抜いたまま答えた。熱は引いたが、代わりに現れたのは、その火照りによってずっと隠れていたもの。全身が重い感覚。起き上がる事すら出来ない。口を開くのでさえ辛い。熱は消えても、風邪の様な感覚は続いていた。

 

 「そこそこの魔力を吸い上げちまったからな。無理ないか。ちょっと寝てろ」

 

 「ん…」

 

 愛矢は短く返事をするとすぐに眠った。そんな彼女を置いて、晴人は地下室を後にする。

 

 「終わったのか?」

 

 リビングに入ると開口一番に高見沢からそう聞かれた。

 

 「取り敢えずはな」

 

 晴人はウィッチバイザーを見せながら答えた。

 

 「愛矢は?」

 

 「下で寝てる」

 

 「っていうか、あなたは何をやってたんですか?」

 

 横から佐野が口を挟んだ。

 

 「戦う準備。戦力増強だよ」

 

 そう言って晴人は再度ウィッチバイザーを掲げる。

 

 「こいつは魔女の攻撃を出せるだけじゃない。力を混ぜ合わせる事だって出来るんだ」

 

 「力って、魔女の魔力ですか?」

 

 「あぁ、何せ俺らは世界を根本から変えようとしてるんだ。最終目標を倒すのにも、膨大な力と要るだろう?」

 

 「それで今まで魔女の捜索をほとんどやらなかったんですね」

 

 「そう言うことだ」

 

 しかしそっちは、単純に魔女を完全に見失ったからってのもあるがなと、晴人は付け加える。

 

 「だがまぁ逆に良かった。お前も見ただろう?使い魔が人間に取り憑いて新たな怪物を生み出したんだ。魔女の方も何かが変わろうとしている。ならばこそだ、こっちも変わらなきゃいけない」

 

 ちなみに、魔女探しは主に芝浦淳が行っていた。今もパソコンで情報を収集中だ。

 

 「その一環が魔力を混ぜる事か。だったら何で天野小夜を殺した?」

 

 高見沢が訝し気に尋ねた。

 

 「高見沢さん、それは言わないでくださいよ。だから言ったでしょ?あれは事故だったって。まさかあそこで飛び込んで来るとは思ってなかったんだよ。あれは俺も計算外だった。ま、その埋め合わせは考えとくよ」

 

 今は全然思い付いてないけどな、と、晴人は付け加える。

 

 「小夜といえば、」

 

 佐野が思い出したかのように口を開いた。

 

 「徳山愛矢。あの子よく俺たちの所にいますよね。しかも協力的だ。魔力を吸い上げるなんて、あいつにしちゃ一大事じゃないんですか?仮にも友達を殺したってのに。もう怒ってないんですかね?」

 

 「そりゃ怒ってるだろ」

 

 晴人はあっさりとそう答えた。

 

 「これは洗脳じゃねぇんだ。俺たちといるからって、俺たちへの怒りが消える事は一生ねぇよ」

 

 睦月の手によって魔女から人間に戻された娘達は人の姿をしているが人ではない。血液も、内臓も、細胞も、全てグリーフシードに蓄積されてた魔力から生まれたモノだ。魔力を吸い上げるという行為は、命を吸い上げるのと等しい。体への負担も大きい筈だ。

 

 「それだけあいつが渇望してるって事だ。あらゆる感情を無視してでも、新しい世界ってヤツをよ」

 

 その時、芝浦淳がガチャっと部屋に入ってきた。

 

 「剣持さん、ようやく見つけたよ。逃げた魔女の手掛かり!」

 

 そう言うと、芝浦は晴人達に自身のノートパソコンを見せた。インターネットの記事で、火災について載っていた。火災状況もかなり似ている。

 

 晴人はニヤっと笑った。

 

 「ナイスタイミングだ。よし、行くぞ!」

 

 晴人らはデッキを持って部屋から出ようとした時―

 

 「待て」

 

 と、高見沢が晴人を呼び止めた。

 

 「晴人、前々から疑問だったんだが、魔力を集めるとか混ぜ合わせるとか…それはどこで学んだんだ?」

 

 「………」

 

 何も答えない。晴人はただただ不敵に笑うだけだった。

 

 「まぁ、色々予習してたからな」

 

 少しの沈黙の後、晴人はそう言った。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 芝浦淳は、インターネットの記事から魔女がいるかもしれないポイントを見付けた。

 

 インターネットは、特定の個人に限らず、ユーザー全てに同様の情報を与える。

 

 睦月となぎさも芝浦と同じ記事に目をつけ、その場所の周辺に立っていた。

 

 「なぎさちゃん」

 

 「分かってるのです」

 

 なぎさは目を閉じて意識を集中させる。そして―

 

 「見付けた。こっちなのです!」

 

 なぎさが駆け出し睦月もその後を追う。そして、辺りの景色が歪なモノにへと変わっていく。

 

 睦月となぎさはすぐにライダーに変身した。

 

 「入ったな」

 

 「だけど、この魔力の感じ、恐らく使い魔なのです」

 

 「つまり、追い掛ければ魔女に会える」

 

 「そうなのです」

 

 「よっしゃ、だったら―」

 

 「待って!睦月!」

 

 目の前にいる植物の芽のような使い魔を追い掛けようとした時、それをなぎさが止めた。

 

 「どうした?」

 

 「あれ!」

 

 なぎさが指差す方向。そこに、一人の男性の姿があった。男性は地面を見つめながら、ゾンビのようにふらつく足取りで使い魔の後を付いてきている。使い魔に囚われている事は明確だった。

 

 「作戦変更だ。あいつを倒してあの人を助けるぞ」

 

 「了解なのです!」

 

 睦月はラウザーを構えると使い魔に向かって跳躍。そのまま使い魔を打ち付けようとした、その時だった。

 

 『HOLD VENT』

 

 横からの攻撃によってそれは阻まれ、睦月の体が地面に落ちる。

 

 「睦月!」

 

 「危っね~な~おい。せっかく魔女に会える手掛かりを見付けたってのにさ」

 

 そこにいたのは、オルタナティブ・ゼロ、ガイ、インベラー、そしてバイドワインダーを持ったベルデの四人だった。

 

 「お前ら…」

 

 睦月は立ち上がりながら言った。

 

 「佐野は予定通り使い魔を追え。高見沢さんと芝浦は睦月を、俺はあの子の魔力を吸収する」

 

 「了解」

 

 佐野、もとい仮面ライダーインベラーは使い魔の方へと駆け出した。

 

 『STRIKE VENT』

 

 バイドワインダーとメタルホーンを持ったベルデとガイは睦月へ向かっていく。

 

 突きだしたメタルホーンをレンゲルが受け止めながら言った。

 

 「こんな事してる場合じゃないだろ!一般人が巻き込まれてるんだぞ!」

 

 「知らねぇ。願いが無限に叶う力が手に入った後であの人生き返らせりゃいいでしょ?」

 

 「そういう問題じゃねぇだろ!」

 

 睦月は改めて知った。パラディは自分の目的の為なら手段を選らばない事を。願いが無限に叶うを免罪符にあらゆる犠牲を許容している事を。

 

 「喋ってる余裕は無いぞ」

 

 「!」

 

 死角からバイドワインダーが飛んできた。衝撃でバランスを崩した所にインベラーがガゼルスタッブを打ち込んで来る。

 

 その攻撃に睦月は地面に倒れる。

 

 「カッコいい事言ってる所悪いが、ライダーなんてそんなもんだよ」

 

 バイドワインダーを振り回しながらベルデは言った。

 

 「例え超人的な力を手に入れたとしても、人間の本質は変わらない。自分かわいさで、あらゆる犠牲を許容する。他人を蹴落としてでも、自分の都合を優先する。俺たちが特別だとでも思ったか?ライダーだろうと所詮は人間だし、人間は皆ライダーなんだよ」

 

 そして、バイドワインダーを構えると最後に言った。

 

 「お前も、いずれ分かるさ」

 

 

 「さて、手っ取り早く行くぞ」

 

 「・・・・!」

 

 オルタナティブ・ゼロと対峙する斬月。なぎさは急いで銃口を晴人へ向けた。

 

 「やる気満々だね~」

 

 「・・愛矢は、愛矢はどこですか?」

 

 「あいつは今日は来ねぇよ。ちょっとおねんね中だ」

 

 「何を…何かしたんですか!?」

 

 「別に無理矢理何かやるとかはしてねぇよ。ただちょっと魔力をな、拝借しただけさ」

 

 「・・・えっ?」

 

 なぎさは、銃を持つ手が少しだけ緩んだ。仮面で隠れていたが、なぎさは確かに顔を青ざめていた。

 

 「魔力って…晴人、何をやったか分かってるのですか!!?」

 

 「あぁ?何かって…」

 

 ここで晴人は、なぎさの反応が変わっていた事に気付いた。そして、今の彼女の姿を見てからベルトに目を向ける。

 

 「お前、まさか…」

 

 「・・・!」

 

 晴人が一歩近づいたのを見て、なぎさは再び銃を強く構える。その銃口から、銃弾も、使い魔も飛び出す事は無い。なぎさは引き金を引いてはいなかった。なぎさは一歩後ろへ後退する。

 

 「お前さ、さっきから何で撃たねぇんだよ?」

 

 そんななぎさの行動に晴人は眉をひそめる。

 

 「・・・」

 

 銃を持つなぎさの手は小刻みに震えていた。

 

 「フッ」

 

 晴人は鼻で笑うとゆっくりカードをスラッシュさせる。

 

 『ACCEL VENT』

 

 オルタナティブ・ゼロは高速で動き、斬月の懐に拳をぶつけた。速さの乗った打撃になぎさの体は吹き飛ぶ。

 

 「佐野の時はまぁまぁ戦ってたのに、俺には撃てない。ハハッ!ま~だ仲間意識持ってた事に驚きだよ。俺はお前らの友達を殺したってのにさ。言っておくが、俺はそんなの無いから容赦しないぜ。例え相手が女の子でもな。と言っても魔力の塊だからな、それも違うか」

 

 晴人はウィッチバイザーに付いているボタンを押しながら近付いて行った。

 

 「んじゃ、ちょーーっと痛いけど我慢な。魔力いただきま~す」

 

 晴人が、倒れてるなぎさにウィッチバイザーを触れさせようとした―――。

 

 その時だった。

 

 ズンッ。

 

 結界全体が小さく揺れた。オルタナティブ・ゼロもベルデもインベラーも思わずその手を止める。

 

 ズンッ。

 

 先ほどよりも大きく揺れた。睦月も思わず辺りを見渡す。使い魔を追い掛けていたインベラーも足を止めた。

 

 ズンッ

 

 また、さらに大きく揺れた。

 

 「何だ?地震?」

 

 「ここは結界の中だぞ?地震なんてあるのか?」

 

 ズンッ

 

 仮面に隠れて表情が見えない。それが災いした。最初の揺れからずっと、百江なぎさはこれまで感じた事が無いほどの強い恐怖を感じていた。

 

 ズンッ

 

 今この場にいる人達は辺りを見回すだけで誰もその事に気付かない。

 

 ズンッ

 

 魔女やモンスターとは比べ物にならない程の強い魔力だった。魔法少女だった頃を入れても、こんなの感じた事が無い。

 

 ズンッ

 

 「皆逃げて!!!!!」

 

 なぎさが恐怖を押し殺し叫んだ。

 

 その瞬間―――、

 

 バリィィイイィイイイィィィ!!!!

 

 鼓膜が破れるかもと思うほどの大きな音が結界に響き渡った。と同時に、結界の一部が歪み、そこから長く赤い脚が伸びた。

 

 さらに、結界を巻き込みながら顔、胴体。全身が結界へ。

 

 「QR*W!!!!」

 

 『それ』が大きく吠えた。

 

 『それ』は、長い四本の脚で動く四足獣だった。全身真っ赤で、魔女に匹敵するレベルで大きい。しかし、胴体に見合わず、顔は人間の顔程度の大きさしかなく、その不格好さが還って不気味さを引き立たせていた。

 

 常に口は口裂け女の様に大きく横に開いていて、唾液がボタボタと垂れている。

 

 明らかに魔女やモンスターとは異質の存在だった。

 

 「QR*W!」

 

 『それ』は片脚を挙げると、足首に当たる部分が四方向に裂けた。それが、歯車の様に回転するとそのまま睦月達のいる方向へ投げつけた。

 

 「おいおいおいおい!!!」

 

 ベルデとガイはギリギリでかわす。睦月もその場を転がってしのいだ。

 

 三人がいた場所には一直線の切れ込みが入っていた。

 

 「トカゲかなんかかおい?」

 

 飛ばした足はズリュっとたちまち再生した。

 

 「H。DEH。DE!!!!」

 

 怪物はつんざく程の奇声を発すると、背中がグニグニと煮えきるマグマの様に蠢くと、背中から六本もの腕を生やした。

 

 「姿が変わった…?」

 

 晴人が驚いていると、今度はその六本の腕を回転刃にして無作為に投げ出した。

 

 その内の一枚がなぎさと晴人のいる方向へ―

 

 「なぎさちゃん!!!」

 

 ガイとベルデの元から離れた睦月は間一髪、なぎさの手を取って引き戻した。

 

 晴人は別方向へ跳んでかわした。

 

 「ただ暴走してるだけか?ったく、面白い!」

 

 晴人は怪物に向かって跳躍しそのままカードをスラッシュさせた。

 

 『Accel VENT』

 

 オルタナティブ・ゼロの落下速度を速め、スラッシュダガーを怪物へ叩き付けようとした。しかしー、

 

 「グッ!?」

 

 怪物の足に新たに生えた回転刃によって簡単に防がれた。火花が辺り一面に飛び散る。

 

 「ぬぅおおおおおおお!!!!」

 

 それでも無理矢理突破しようと刃を進めるが、

 

 「剣持さん、後ろ!!」

 

 「チッ!」

 

 佐野の声で、後ろから別の脚に付いた回転刃が迫ってるのに気付き、逆に力を緩め回転刃の勢いに巻き込まれる形でそれをかわした。

 

 「っつああああ背中痛ぇ~」

 

 晴人は背中をさすった。

 

 畳み掛けようとさらに"怪物"がオルタナティブ・ゼロに迫る。

 

 「クソッ!やってくれたな!」

 

 晴人はウィッチバイザーに付いていた赤いスイッチを押した。

 

 『Release』

 

 すると、取り付けていた腕を伝い、エネルギーがスラッシュダガーへ流れ込んだ。スラッシュダガーを核にし、エネルギーが徐々に形成されていく。それは、大きな鉤爪だった。

 

 「ほぅ。これが愛矢の力か!」

 

 晴人は大きく真一文字に切り裂いた。

 

 "怪物"は無様に悲鳴を上げ、その場に倒れ込む。

 

 「(いくらめちゃくちゃ強くても、これは有効って事か)」

 

 

 また、この急襲には結界の主である使い魔にも変化を与えた。

 

 ただ逃げるだけだった芽のような使い魔。それが急に回れ右をし、追い掛けていたインベラーを飛び越え捕らえていた男性の体に自身の根を纏わせた。

 

 「こいつは…」

 

 そして、ヤジロベエの様な姿に変えると、両腕を振り回し、火炎弾を倒れている"怪物"ぶつけた。結界をこれ以上壊されない様にと逃亡ではなく応戦にスタイルを変えたようだった。

 

 火炎による爆発に反応し、立ち上がった"怪物"の視線がヤジロベエに向けられた。

 

 「おいおいおいおい勘弁してくれよ!!」

 

 ヤジロベエは火炎弾をぶつけ続けた。しかし、体が頑丈なのか、相手は怯む様子が無く、体の表面が少し黒ずんでるだけだった。

 

 "怪物"は片足を上げて踏みつけにした。ヤジロベエは自身の体を回転させる事で威力を殺したが、完全に防ぐ事はできず弾き飛ばされた。

 

 そして、すぐ横にいたインベラーに視線を向けると、同じように踏みつけにしようとした。

 

 「おいおいおいおい!!」

 

 インベラーはジャンプでそれをかわした。

 

 「ナイスだ!佐野!俺もそっち行くぜ!」

 

 その隙に態勢を整えた晴人が"怪物"を追ってその場を離れた。

 

 睦月となぎさだけが残された。今やパラディの興味は完全に"怪物"に向いているように見えた。

 

 「なぎさちゃん、今のうちだ。俺たちはさっき見つけた人を助けて逃げるぞ!」

 

 「あれは良いのですか?」

 

 なぎさは"怪物"に目を向けながら言う。

 

 「相手はパラディ四人だ!そいつらが相手してくれてるし、何よりもあいつがやられたら標的はまた俺たちだぞ!!」

 

 睦月も"怪物"を見ながら続けた。

 

 「あれが何なのかは分からないけど、あいつが来たのは好機だ!一度結界を出て態勢を…」

 

 「そうは行かないよ」

 

 『ADVENT』

 

 「!なぎさちゃん!!」

 

 睦月はとっさになぎさを押し倒した。しかし自身は回避が間に合わず、メタルゲラスの突進を正面から受けてしまった。

 

 「睦月!!」

 

 「相手は四人?違う違う。二人だ」

 

 「くっ…!」

 

 仮面ライダーベルデとガイだった。睦月は立ち上がりながら二人を睨み付ける。

 

 「俺たちは変わらず、百江なぎさの捕獲と三葉睦月の討伐だ!」

 

 ガイはそう言うと睦月にメタルホーンを突き出した。レンゲルは何とかラウザーで受け止める。

 

 「今はこんな事してる場合じゃ…」

 

 「クエストでも、突然の乱入はよくある事さ。だけど、本来の任務は変わらない!」

 

 「い!」でそのまま突き出され、レンゲルは後ろに後退する。

 

 「そうかよ!だったら…」

 

 『ABSORB QUEEN』

 

 睦月はクイーンのカードをアブゾーバーにセット。アブゾーバーの横の部分が開き、二枚のカードが顔を出した。

 

 『CONFINE VENT』

 

 睦月はジャックのカードを取り出しスラッシュ。しかし、何も起こらない。

 

 「えっ?」

 

 「パワーアップなんかさせるか」

 

 勝負では一瞬の隙が勝敗を分ける。ジャックフォームになれないことに同様し、メタルホーンの攻撃を防げなかった。

 

 「ぐわぁ!!」

 

 その衝撃で手に持っていたカードとアブゾーバーに入れていたカードが宙を舞い、ガイがそれをキャッチした。

 

 「これでお前は強化できない」

 

 ガイがジャックとキングのカードを見せびらかしながら言った。

 

 「睦月!」

 

 「お前はこっち」

 

 睦月に注意を向けた瞬間、なぎさの体はベルデのバイドワインダーによって巻き付かれた。

 

 「捕獲完了」

 

 「お前ぇぇぇ!!!」

 

 睦月は急いでベルデの元に行こうとしたが、その行く手をガイが遮った。

 

 「ジャックが無いお前は敵じゃあ無い!」

 

 レンゲルが振り回すラウザーをガイはメタルホーンで全て受けきる。

 

 「高見沢さん、今の内になぎさを」

 

 「待て!!」

 

 「うおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」

 

 その時、睦月のすぐ真後ろに、オルタナティブ・ゼロが飛んできた。

 

 「あんの野郎、なんつー体してやがんだ…」

 

 晴人は後頭部をさすりながら起き上がる。その晴人目がけて、“怪物”は足に付いた回転刃を三本投げつけた。

 

 「ヤバ!!!!」

 

 それはもちろん、直線上にいたレンゲルやガイにも届く訳で。

 

 「チッ!!」

 

 ガイは急いでその場を離れ、レンゲルの行く手を遮るものが無くなった。

 

 『♧3 SCREW』

 

 睦月はこれはチャンスだと、回転刃を躱すと、すぐにベルデに風の回転が掛かったラウザーを打ち付けた。その衝撃でベルデの体は離れ、斬月の拘束も解けた。

 

 「なぎさちゃん、大丈夫か!?」

 

 なぎさは小さく頷く。

 

 「良かった。とにかく、急いでここを」

 

 「睦月!!!!」

 

 なぎさが悲鳴に近い声を発した。遅れて睦月は自分のいる場所が影になっている事に気付いた。上を見上げると、いつの間にか来ていた“怪物”が回転刃の付いた足を振り下ろそうとしている所だった。“怪物”にもちろん躊躇は無い。もう逃げる事はできなかった。

 

 「なぎさちゃん!!」

 

 無駄だと分かっても睦月はなぎさに覆いかぶさる。その刃が二人に届かんとした。

 

 その時だった。

 

 『BLAST VENT』

 

 突然の突風にあおられ、“怪物”がバランスを崩し倒れた。お陰で刃の軌道も逸れ、二人に当たる事は無かった。

 

 見ると、大きなホイールの付いたコウモリのようなモンスターが空を飛んでいた。そして、そのさらに向こうから、三人のライダーの姿があった。

 

 一人は赤を基調としたスーツに鉄仮面。一人は青を基調とし、西洋の騎士を彷彿とさせる姿、一人は赤と黒を基調とした鎧に顔に書かれた「らいだー」という文字が特徴のライダー。

 

 見たことも無いライダー。敵か味方かも分からないが、睦月は三人に心から感謝した。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 芝浦淳は、インターネットの記事から魔女がいるかもしれないポイントを見付けた。

 

 インターネットは、特定の個人に限らず、ユーザー全てに同様の情報を与える。

 

 その情報はもちろん、同じく魔女に出くわしていた龍騎、ナイト、ゲイツにも届いていた。

 

 しかし、予想外の光景に三人は呆気にとられていた。

 

 「あれが魔女か?前に見たのとは違うようだが」

 

 龍騎が“怪物”を指さし言った。

 

 「いや、どうにも雰囲気が違う。どうなってるんだ?」

 

 「それに、他にもライダーがいるぞ!」

 

 彼が見る限り、今いるライダーは龍騎、ナイト、ゲイツ以外に六人。内四人は以前に結界内で出くわした者達だった。残りの二人は何と龍騎らとは別のベルトを使っていて、彼を驚かせた。

 

 「(また、別の世界のライダーか…?)」

 

 訝し気にしていると、倒れた怪物が再び起き上がった。

 

 「QR*W!!!!!!!!」

 

 怒りによる奇声を発しているのはすぐに分かった。標的は完全に龍騎ら三人に向いていた。

 

 「こっちに来るぞ」

 

 ナイトサバイブがダークブレードを構えた。

 

 「分かってる!!」

 

 龍騎はデッキから一枚のカードを取り出した。その瞬間、辺り一面の空気が変わったのにゲイツは気付いた。彼が取り出したのは、神崎士郎から受け取った翼の描かれたカード。炎が、陽炎が揺れている。

 

 彼のドラグバイザーが炎に包まれると、龍の頭を模した、銃のような物に変形した。開いた口に、龍騎はカードをセットした。

 

 『SURVIVE』

 

 すると、今度は彼の体全体が炎に包まれた。鉄仮面に金色のラインが増え、全身の鎧も赤くなり、ゲイツにはそれがサバイブを出した時に感じた炎が内に秘めているように思えた。

 

 「QR*W!!!!!!!!」

 

 “怪物”は回転刃の付いた足を振り下ろした。

 

 『ADVENT』

 

 龍騎はドラグランザーに、ナイトはダークレイダーに乗って躱した。ゲイツはドライブアーマーに変形し、その機動力で回避した。

 

 「!あれは…」

 

 ゲイツは、先ほど“怪物”に飛ばされたヤジロベエの怪物を見つけた。

 

 ゲイツはすぐにヤジロベエの元に向かった。

 

 『NASTY VENT』

 

 ダークレイダーが超音波を発した。その音に“怪物”は悶え苦しむ。

 

 『SHOOT VENT』

 

 ドラグランザーは“怪物”の正面に立つと、その小さな顔にドラグランザーとドラグバイザーツバイ、二つから発した火炎球をぶつけた。

 

 「EQE!!QR*W」ZG!!!!!!!」

 

 “怪物”が今までにない悲鳴を上げた。そのまま“怪物”は二人に背を向けると、ジャンプし、結界の壁に突撃して無理矢理そこを抜けた。

 

 『FINISH TIME!DRIVE!』

 

 『ヒッサツ!タイム・バースト!!!!』

 

 ゲイツはドライブアーマーの肩に付いていたタイヤを発射。火車、スパイク、手裏剣状のタイヤを次々にぶつけ、ヤジロベエの怪物は爆発。使い魔が人から離れ、そのまま消滅した。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 「(凄い…)」

 

 睦月となぎさはただただ見入っていた。あっという間だった。超音波を発したと思ったら、その隙に赤いライダーが火炎球を発射。それは、ヤジロベエの怪物が出していたモノを明らかに超えていた。

 

 さらに、そのヤジロベエの怪物の正体にも二人は驚いた。それは、睦月達が探していた一般人だったから。使い魔が憑りついていたのだ。

 

 「なぎさは、使い魔があんな事するなんて知らないのです…」

 

 なぎさは静かにそう呟いた。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 使い魔が消滅した事で結界も無くなり、景色は薄暗い路地に戻った。しかし、皆変身は解かない。全員が全員他のライダーを警戒していた。

 

 「さっきのあれは、魔女だったのか?」

 

 沈黙を破ったのは龍騎だった。

 

 「いや、あれは突然現れたヤツだ。魔女では無い。まぁ、全く関係ないとは言えんだろ」

 

 晴人は大きなため息をついた。

 

 「止めだ止めだ!帰るぞ」

 

 晴人は全員に背を向けた。

 

 「おい!魔女は探さなくて良いのか?なぎさも!」

 

 ガイが驚いて訊いた。睦月は急いでなぎさの前に立つ。

 

 「状況が見えてねぇのか?こんな状況でどう探せと?それに、あの“怪物”の事もある」

 

 晴人は、睦月となぎさ、ゲイツを順に見た。

 

 「どうやら、この世界は俺が思ってる以上におかしくなってそうだからな」

 

 晴人はそう続けた。

 

 睦月はただ晴人を睨みつけるだけだった。ジャックとキングのカードは取り戻せていない。しかし、帰ってくれるならそれでも良いと思っていた。命には代えられない。

 

 「あっ、そうそう―――」

 

 数歩歩くと、オルタナティブ・ゼロは急に立ち止まった。

 

 「戦力は必要だ。お土産は貰って行くからな」

 

 「えっ?」

 

 「やっぱりなぎさを!!!」

 

 睦月は急いでラウザーを構えた。

 

 「あ~違う違う。お前じゃなくて、もう良いぞ。こっちに来い」

 

 「はっ?」

 

 睦月には訳が分からなかった。その時、

 

 『NASTY VENT』

 

 「!!!!!!!」

 

 突然、鼓膜が破れるような音を聞いた。レンゲルは、斬月は、龍騎は、ゲイツは、その音に耐えきれずその場に崩れた。その隙にナイトは、ダークソードを龍騎に斬りつけた。

 

 「ぐわぁぁぁ!!!」

 

 龍騎は悲鳴を上げ、傍からグリーフシードが二つ飛び出した。それをナイトがキャッチする。

 

 「蓮…お前…」

 

 真司は驚き、耳を抑えながら蓮を見つめた。ナイトはうずくまる四人の側を通り、オルタナティブ・ゼロの元へ。そして、二つのグリーフシードを晴人に手渡した。

 

 「・・・・・・・・・」

 

 その表情は、鉄仮面に隠れて見えなかった。

 

 「今日の所はこれで勘弁してやる。なぎさ、お前はまた別の機会だ!あんま変身すんなよ!」

 

 晴人は側にあった鏡へ入っていった。残りの四人もそれに続き、後には蹲った敗北者四人が残った。

 

 

続く



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第45話 ラッキー・クローバー

 喫茶店花鶏。三葉睦月と百江なぎさは城戸真司、明光院ゲイツに連れられてここに来ていた。

 

 「お前らの知っている事を全て話せ」

 

 そうゲイツに言われたからだ。

 

 ライダーは誰一人信用しないと決めていたが、彼らもまた、パラディと敵対していた事や仲間の一人が裏切り、グリーフシードを奪っていった事から、ある程度は話しても良いんじゃないかと判断した。

 

 また、情報が欲しいのは睦月も同じだった。魔法少女や魔女に関する情報はそれなりに知っているつもりだが、それ以外の、特にライダーに関する情報は、晴人から与えられた物か、彼から教えてもらった愛矢から与えられたモノしか無い。何とか、彼らから離れた所で情報が欲しかった。

 

 二人で晴人達を相手にするのは限界があるとも感じていた。今までの邂逅で、きちんと勝利できた事は一度もない。運が良かったから生き残れたようなモノだ。五対二(先ほどは四人だったが)での戦いは、危険が大きすぎる。それに加えてジャックフォームも没収され、謎の怪物まで現れた。

 

 こちらも、一歩を踏み出さなければ生き残れない。

 

 睦月は自分の知っている事を全て話した。ある日突然ベルトが現れた事、それを使って今まで自分が何をしてきたか、パラディの事。そして、これらを話す以上、魔女についての話も避けては通れない。これは出来る限り隠しておきたかったが、仕方ない。

 

 「"10の怪物"の本当の名前が魔女でその正体が人間…?それも、魔法少女だって…?」

 

 「って言うか、魔法少女ってアニメの世界の話じゃなかったのか?」

 

 魔法少女と魔女についての話はやはり二人にとっては衝撃的な話だった。初めてなぎさに会った時の自分を見ているようだった。

 

 「こことは違う世界ではって話だ。この世界では間違いなくただのお伽噺だよ」

 

 それを言うなら仮面ライダーも十分お伽噺だけどなと睦月は心の中で思った。

 

 「それじゃあつまり、その子は…」

 

 真司は息を飲みながらなぎさを見つめる。

 

 「元は魔女だったって訳か」

 

 そんな彼の言葉をゲイツが引き継ぎ彼女を睨み付けた。

 

 「元が魔女だから何だ?俺たちを倒すか?別に、信用できないってんなら話は終わりだ」

 

 睦月はゲイツの目が気に入らなくてそう言った。同じくゲイツを睨み付ける。話すんじゃなかったと少し後悔した。すぐに出ようと立ちかけると、

 

 「待て待て待て待て!止めろ!俺たちは別に戦いに来たんじゃない!」

 

 それを見た真司が慌てて止める。

 

 「って言うかそもそも…」

 

 真司がなぎさの方をチラリと見た。睦月もそれに従って横を見ると、

 

 「スゥーーー…スゥーーー…」

 

 「(寝てる…)」

 

 なぎさが小さな寝息を立てていた。色々な事があって疲れているのは分かるが、敵か味方かも分からない相手を前にして寝るとは…。

 

 「(まぁ、子供らしくていいか)」

 

 そんななぎさの様子が微笑ましくて、睦月はクスリと笑った。お陰で苛立ちも少し収まった。一歩を踏み出さなきゃと決めたばかりではないか。

 

 彼らは他のライダーと違い、問答無用で襲い掛かって来るような事はしなかった。少なくとも彼らは今まで出会ったライダーと比べたら遥かに増に見える。

 

 睦月は改めて腰を落とした。

 

 「悪い。言い過ぎた。ダメだな俺は」

 

 不安になる。こんな調子でなぎさを守れるのかと。

 

 「とにかく、こっちの知ってる事は全部話した。今度はお前達が話して欲しい。知っている事を」

 

 真司は話した。ミラーワールドと呼ばれる世界があり、そこに住んでいるモンスターと呼ばれる怪物が人間を餌にしている事、ライダーは神崎士郎から受け取ったデッキとモンスターと契約する事で力を奮う事ができ、そんなライダーが元々13人いたこと、そして彼らは、自身の願いの為に他のライダーと戦っていた事。この辺りは睦月も知っている事だった。しかし、その先の話は睦月も知らない事だった。

 

 「神崎優衣?」

 

 「神崎士郎の妹だよ」

 

 真司はカウンターにある写真を指差して言った。

 

 「"10の怪物"―あぁ、魔女って言うんだっけ?―そいつらの親玉になっているらしいんだ。そして、魔女は彼女にエネルギーをあげてる」

 

 「何でそうなったのかは、まるで分からんがな」

 

 ゲイツが横から口を挟んだ。

 

 「それで、真司さんたちは何体かの魔女を倒したのか」

 

 「俺たちが倒したのは二体だ。まぁ、その証は全部蓮に盗られたけど」

 

 「グリーフシードな。盗られたと言うなら、俺たちも同じだ」

 

 睦月がそっと修正する。そして続けた。

 

 「俺たちが今まで倒した魔女は5体。それとは別にパラディは俺たちが知らないグリーフシードを持っていた。そして、真司さん達が倒した魔女が2体…。つまり残りの魔女は2体かさっき出た使い魔の主の1体って事か…」

 

 「いや、2体だ」

 

 ゲイツが再び口を挟むと、ホチキス止めされた資料を睦月に手渡した。

 

 「これは…?」

 

 「神崎士郎が俺たちに渡した資料だ。その魔女とか言うヤツが関わってそうな事件が全てまとまっている」

 

 パラパラと資料を捲り、睦月は驚いた。廃校での自殺、自殺支援サイト、火事…確かに、魔女が関わっていた事件がファイリングされている。

 

 「そして、お前らの話も併せて考えるとまだ解決出来ていない事件は2つ。火事と誘拐だ」

 

 それは、3ページと19ページに書かれた事件だった。

 

 火事とは、「炎のビル」と呼ばれる場所に入った人が皆放火魔になるということで晴人が話した内容と大差無かった。

 

 もう一つの誘拐、これは初めて見た。小学生が次々に行方不明になる事件だった。そしてそれが始まったのが五月下旬。なるほど、確かにこれも魔女が関わっている可能性が高い。

 

 その後、話はゲイツの事になった。時空の乱れにより未来から2002年にやって来た事、神崎士郎が"侵入者"と呼んでいる存在がタイムジャッカーの可能性がある事など、驚きの連続だった。

 

 最後にゲイツは思い出したかのようにこう言った。

 

 「その子が使っていた変身ベルト。あれは、オーマジオウの所の石像にあったのと同じだった。あれは、仮面ライダー鎧武の物だった」

 

 また新たなライダーの名前が出て、睦月は頭が痛くなった。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 「ん…」

 

 一定周期の振動を感じ、百江なぎさは目を開けた。

 

 「あれ?なぎさは…」

 

 「お?やっと起きたか」

 

 なぎさは睦月に背負わされていた。辺り一面がオレンジ色に染まっていた。

 

 「ここは…?」

 

 「家に帰る所だよ。少し前に喫茶店を出たんだ」

 

 それを聞くとなぎさはハッとなった。

 

 「睦月!ごめんなさい!敵かもしれないのになぎさ寝ちゃって!」

 

 「良いよ。気にすんな。大変な事は起こらなかった。あいつら―真司とゲイツって言うんだけど―は安全だったから」

 

 「・・・それは、良かったのです」

 

 そう言うとなぎさは再び睦月の背中に頭を乗せた。

 

 まだ眠いのかなと思ったその時だった。

 

 ガズン!!

 

 「うお!!」

 

 突然横から何かが飛んできた。睦月は反射でかわす。

 

 「な…な…な…何なのですか!!?」

 

 なぎさも慌てて飛び起きた。目の前には美しい女性の姿があった。

 

 「ようやく見つけたわよ。仮面ライダー。今度こそ、あなたを潰す」

 

 その姿が徐々に怪人に変貌していく。

 

 蛇髪の怪人。ダイヤのカテゴリーQ、サーペントアンデッドだった。

 

 「お前か…なぎさちゃん、下ろすよ?」

 

 「なぎさも戦うのです!」

 

 なぎさを下ろすと二人は等間隔に並んだ。

 

 「「変身!!」」

 

 二人はライダーに変身した。

 

 斬月は早速バブルバスター―シャボン玉を噴出する銃なのでそう呼ぼうと二人で決めた―を発射。サーペントアンデッドは斧でそれを防ぎながら接近し、レンゲルとぶつかる。アンデッドの斧をラウザーで応戦。

 

 その隙に斬月は二人の頭上を飛び、アンデッドの背後に回り込むと再びバブルバスターを発射。

 

 「あっ!」

 

 背後からのダメージで怯んだ所にレンゲルはラウザーを叩き込んだ。

 

 「あぁ!!」

 

 「これで終わりだ!」

 

 『♧5 BITE』『♧6 BLIZZARD』

 『ブリザードクラッシュ』

 

 そして、冷気を纏った挟み蹴りを食らわせようとする。

 

 「まだよ!」

 

 「!?」

 

 その時、サーペントアンデッドの前に三体のモンスターが現れた。三体共蜂の様な姿をしていて、それぞれ赤・青・黄色と異なる色をしていた。

 

 その三体のモンスターがその場で回転。レンゲルのブリザードクラッシュを弾き飛ばした。

 

 「睦月!」

 

 斬月が驚いて駆け寄る。

 

 「アッハハハ!…これで四対二。不利なのはどっちかしらねェ?」

 

 サーペントアンデッドは体勢を立て直していた。赤の蜂型モンスター、バズスティンガー・ホーネット、青の蜂型モンスター、バズスティンガー・ワスプ、黄色の蜂型モンスター、バズスティンガー・ビーを引き連れていた。

 

 自身が連れていた下級アンデッドはレンゲルに封印された。ならば、他の怪人を下僕にすればいい。それがサーペントアンデッドの考えだった。上級アンデッドはその強さや能力で他のアンデッドを支配する事が出来る。その要領で容易にモンスターを操る事が出来た。

 

 一気に戦況は不利に。バズスティンガー・ビーが弓矢を放った。その弓矢はー、

 

 『ジカンザックス! YOU! ME』

 

 背後から来た弓矢によって弾き返された。

 

 二人は驚いて振り向くと、

 

 「だったら、こっちも二人加勢させてもらう」

 

 「睦月!なぎさちゃん!大丈夫か!?」

 

 そこに仮面ライダーゲイツと仮面ライダー龍騎の姿があった。

 

 「真司さん!?どうして…」

 

 「これ」

 

 龍騎が手を広げると、そこに睦月達の部屋の鍵があった。なぎさを背負う時にうっかり落としたのだった。

 

 「追い掛けて正解だったな」

 

 「しゃぁ!俺も戦うぞ!」

 

 心強い掛け声。睦月となぎさは新たな援軍に心が震えた。

 

 「皆、ありがとう」

 

 仮面ライダー龍騎、仮面ライダーレンゲル、仮面ライダー斬月、仮面ライダーゲイツ。

 

 異なる世界にいた四人のライダーが目的を同じくして今並んだ。

 

 『ジカンザックス! OH! NO!』

 

 『SWORD VENT』

 

 「人数が増えた所で同じ事よ!」

 

 サーペントアンデッド、バズスティンガー・ホーネット、バズスティンガー・ワスプが飛び出した。

 

 バズスティンガー・ホーネットの剣が龍騎のドラグセイバーとぶつかった。つばぜり合いの中、龍騎が蹴りを入れ、怯んだ隙に斬り裂く。

 

 バズスティンガー・ワスプは自慢の毒針をゲイツに突き刺そうとするが、ギリギリの所で屈んでかわし、懐に斧を当てるとそのままズバッと斬り裂いた。

 

 サーペントアンデッドは自身の髪を鎌状に変えレンゲルに迫った。レンゲルは鎌をかわしたりラウザーで受け止めるなどしながら一端距離を取ると、ラウザー柄を長く持ちそのリーチでアンデッドの脇腹を打つと、間髪入れずに次に胴体を打ち付け、アンデッドの体を吹っ飛ばした。

 

 バズスティンガー・ビーが後方から弓矢を射って援護しようとするが、それを同じく後方にいた斬月が撃ち落とし、そのままバズスティンガー・ビーの体に弾丸をぶつけた。

 

 「一気に決めるぞ」

 

 「しゃぁ!」

 

 「今度こそ決めてやる」

 

 「なぎさも!」

 

 『FINISH TIME!』

 

 『FINAL VENT』

 

 『5 BITE』『6 BLIZZARD』

 『ブリザード・クラッシュ』

 

 『メロン・スカッシュ!』

 

 ゲイツ、龍騎、レンゲルの三人が跳び上がった。

 

 その後方から斬月が使い魔を模した大きなエネルギー弾を発射。三人のライダーのキックと重なった。

 

 『TIME BURST!!』

 

 バズスティンガー・ビー、ワスプ、ホーネットの三体はサーペントアンデッドを守るように回転バリアを展開したが、四人のライダーの必殺技を防げるわけは無く、そのまま爆発四散した。

 

 サーペントアンデッドの姿は無かった。どうやら逃げた様だ。

 

 「あいつは逃げたか…」

 

 「でもやったな!俺たちの勝ちだ!」

 

 龍騎が強く肩を叩きながら行った。

 

 「あぁ、皆、ありがとう」

 

 龍騎とゲイツ、二人が来てくれたお陰でまた助かった。彼らは、信用しても良いかもしれない。睦月は心からそう思った。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 時は少し遡る。

 

 花鶏を出る時の事だ。なぎさを背負った睦月はある事を尋ねた。

 

 「そう言えば、真司さんは何でライダーになったんですか?やっぱり戦ってでも叶えたい願いが?」

 

 それはある意味、睦月が一番聞きたかった質問だった。

 

 彼らの物腰が柔らかかったが、彼もまた、神崎士郎という男の作ったデッキを使うライダーだ。ならば、願いがあってもおかしくない。今協力的なのも、神崎士郎から休戦を持ち掛けられただけだと考える方が自然なのだから。

 

 個人に踏み込んだ質問をした。それによって隠されていた感情があらわになる可 能性がある。最悪、それで睦月達が危険に曝される事も。だから今だった。なぎさを背負い、いつでも逃げられる今、それを尋ねた。

 

 しかし、睦月の警戒とは裏腹に真司は言った。

 

 「違う。俺は、皆を守る為にライダーになったんだ」

 

 「・・・・」

 

 「モンスターが人間を餌にしてるんだぞ。それが分かってて、モンスターをどうにかできる力があるのに、人の為に使わないなんておかしいじゃないか。俺は、モンスターと戦う時にしか変身はしない。このライダーバトルも止めたいと思っている」

 

 真司の目に曇りは無かった。今まで睦月が見たライダーは自身の欲望の為に残酷になった人ばかりだった。しかし真司は違う。心底人の為になりたいと思っている。

 

 信じても良いのかもしれないと思った。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 ようやく信じられる仲間を得られた事に睦月は嬉しかった。

 

 「さて、なぎさちゃん、帰ろうか?」

 

 しかし、なぎさは答えない。斬月の姿のまま、左の方向をずっと見ている。

 

 「なぎさちゃん?」

 

 「…来る」

 

 「えっ?」

 

 「みんな!」

 

 その時、地面が爆ぜた。炎柱が上がる。さらに続けて次々と爆発が起こった。今度は見えた。青い火の玉が次々に飛んできて爆発を起こしていたのだ。その爆風に四人が煽られて倒れた。

 

 「何だ?一体!!」

 

 

 

 

続く



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第46話 「誰」が睦月を恨んでいるのか

 のっぺりとした白い皮膚にスプーンですくった様な窪みのある目があるだけなので、顔だけでは判断できないが、スラッと伸びた長い手足に膨らんだ胸。スタイルで女性の怪人だと分かる。白を基調とした体に水色のラインが入っていて、所々に血痕の様な水玉が散りばめられていて、水色の羽衣を纏っていた。

 

 「見つけた…」

 

 彼女は静かに呟くとスッと右手をかざした。そして、青色の火の玉を生成。

 

 「これはマズい!!」

 

 『STRIKE VENT』

 

 真っ先に動いたのは龍騎だった。ドラグクローを召還し、三人の前に出る。

 

 赤と青、双方の火の玉はほぼ同時に発射された。

 

 二人の攻撃は互角…否。彼女の攻撃の方が少し上回っていた。青い火の玉の熱風で龍騎は体勢を崩す。

 

 しかし、龍騎が作った僅か数秒は無駄では無かった。龍騎を除く三人のライダーは熱風をかわすと攻撃に出る。

 

 『時間ザックス!YOU ME!』

 

 ゲイツは自身の武器を弓に変えるとエネルギー弾を発射。その反対から、斬月はバブルバスターを発射した。彼女はかわそうともしなかった。

 

 彼女の体に全て命中。しかし、

 

 「効いてない!?」

 

 彼女の体には傷一つ付いていなかった。

 

 「ぬうおりゃぁぁぁ!!」

 

 レンゲルが正面からラウザーを振り下ろした。しかし相手はそれを片手でキャッチすると、もう片方の手を青い炎で纏い、拳をぶつけた。

 

 「がぁぁ!!」

 

 「許さない…あなただけは…」

 

 「…?」

 

 怪人は倒れてるレンゲルに向け―。

 

 「睦月!!」

 

 『時間ザックス!OH!NO!』

 

 『SWORD VENT』

 

 睦月に注目している隙にゲイツと龍騎が左右から挟み込む様に攻撃。二人を意識していなかった彼女は反応が一瞬遅れた。

 

 「んん!!!!」

 

 体勢を立て直した睦月はカードを三枚スラッシュ。

 

 『♧4 RUSH』『♧6 BLIZZARD』『♧8 POISON』

 『ブリザードベノム』

 

 レンゲルは斬月を飛び越えると、ラウザーの矛先を彼女の懐に向けた。

 

 「!!」

 

 彼女の生存本能から来るモノなのか、彼女は両腕を爆発させて左右のライダーを一掃。その後、レンゲルの渾身の突きをその場で回避。

 

 「はぁ!!」

 

 突きが無理ならとラウザーのリーチで横になぎ払い、彼女に毒と冷気がこもった攻撃をぶつけた。

 

 「・・・・」

 

 今の攻撃はさすがに効いたようだった。毒が彼女の体を侵食していくのが分かる。爆発させた腕も無事では無さそうだった。火傷でボロボロだ。

 

 彼女は羽衣を振り回した。彼女の周りに熱風を生み出すとそのまま姿を消した。

 

 「逃げたか」

 

 「睦月、今のは…」

 

 「あぁ、分かってる」

 

 火の玉を自在に操る怪物、彼女が現れてから感じた気配、そして人の言語を話していた。間違いなく、使い魔が人間に憑依して出来た姿だった。しかも、ヤジロベエよりも強かった事を龍騎とゲイツは感じていた。

 

 魔女が強く、変わりつつある。四人はひしひしとそれを感じていた。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 「・・・・・・・・」

 

 一連の戦いを物陰から見ていた者がいた。ダイヤのカテゴリーQ、サーペントアンデッドのあずみだ。

 

 「今のは…」

 

 突如現れた火の玉を操る怪人。何よりあずみが驚いたのは彼女が発していた気配だった。

 

 「(あれは…統制者と同じだった)」

 

 あずみを含む全てのアンデッドの生みの親であり、バトルファイトを管理している存在。そんな統制者と何故同じ気配を発している者がいるのか?

 

 「・・・・」

 

 思えば、自分が目覚めた世界はおかしな世界だった。自分が従えている怪物はアンデッドでは無いし、そのアンデッド自体、バッドアンデッドとジェリーフィッシュアンデッド以外一体も見掛けていない。

 

 「・・・・」

 

 あずみは熟考する。これまでは、自分を封印したジョーカーの捜索と自分を傷付けた仮面ライダーレンゲルへの復讐を第一に考えてきて、数々の異変は無視してきた。それは、安心していた事もあったから。目覚めた時から漂ってる気配が、バトルファイトが行われていた場所と同じだったから。しかし、それを発していた存在が全くの別物だったとしたら?

 

 アンデッドの存在意義は、自分以外の全てのアンデッドを倒し、バトルファイトの勝利者になること。そして、自身の種族(あずみの場合は蛇)を繁栄させること。

 

 「(少し調べてみるか…)」

 

 あずみは、気配が強くなるポイントを探して歩きだした。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 「ほい!完了っと!」

 

 晴人は意気揚々とエンターキーを押し、ウィッチバイザーを手に取った。

 

 「これで集まった魔女は5体!遂に折り返し地点だ!蓮、お前にゃ本当に助かったぜ!」

 

 「別に。お前の為に倒した訳じゃない。たまたま出くわしたから倒しただけだ」

 

 神崎士郎からも言われてたしな、と蓮は付け加える。

 

 「でも、これからどうする訳?」

 

 その場にいた愛矢が口を開いた。

 

 「使い魔が人に憑りついて怪物になるなんて聞いた事も無いし、突然結界にやって来た魔女に近い怪物何て言うのもなおさら。明らかに異常事態じゃない」

 

 「別に、どうもしねぇよ」

 

 晴人はウィッチバイザーを上にかざしながら続けた。

 

 「どれだけ想定外の事態が起きようが、やることは変わらねぇ。俺たちの当面の目標は残りのグリーフシードの回収だ。それさえできれば、後はどうにかなる」

 

 「それが難しくなってるから言ってるんだけど?」

 

 「そうイライラすんなって。だからその為に蓮を連れてきたんだろ?人数が多けりゃ何とかなる!」

 

 「…なら、良いけど」

 

 「そう素直なとこ、嫌いじゃないぜ?」

 

 「寄るな、気色悪い」

 

 愛矢は急ぎ足で部屋から出ていった。

 

 「随分と嫌われているようだな」

 

 「そりゃあな。曲がりなりにも俺はあいつの友達を殺しちまったからな。嫌われて当然さ。だが、俺に付いている。そうせざるを得ない」

 

 「・・・・」

 

 同じだと蓮は思った。蓮も剣持晴人を信用している訳じゃない。ただ彼の掲げる最終目標。それに蓮自身の目的が合致したから手を組んだだけの事。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 蓮がパラディに入るきっかけになったのは、初めて龍騎達と邂逅した時だった。

 

 オルタナティブ・ゼロに変身した晴人はナイトに変身した蓮を相手にしていた。魔女の討伐よりも蓮の相手をする方が優先だと判断したのだ。

 

 スラッシュダガーとウイングランサーを激突させながら晴人は言った。

 

 「ようやく見つけた。ずっと捜してたんだ、秋山蓮!」

 

 「なっ!?お前、何故俺の名を知ってる!?」

 

 「そりゃあ知ってるぜ?何せお前は、あの神崎士郎の研究室にいた小川恵里の彼氏なんだからな」

 

 「!?」

 

 「ライダーになったのも、彼女を助けるためだろう?」

 

 「!!?」

 

 見ず知らずの男から出ると思っていなかった言葉に蓮は大いに驚いた。つばぜり合いが緩んだ隙にオルタナティブ・ゼロはスラッシュダガーを斬り裂く。

 

 「素敵じゃねぇか。愛する者を助けるために命張るなんて。中々できる事じゃねぇ。間違いなくヒーローだ。俺は、そんなお前を助けたいと思ってる」

 

 「何?」

 

 「お前は、神崎士郎の言うとおりにすれば恋人が助かるって本当に思ってるのか?バトルファイトさえ再開すれば願いが叶うって」

 

 「どういう事だ?」

 

 「そんな事じゃ願いは叶わないって言ってんだよ。理想の未来は一生来ない。必ず破滅する。そして、その破滅から救われるチャンスは今しか無い」

 

 「・・・・・・・・」

 

 「少しでも興味を持ったならまた、この場所で待ってるぜ」

 

 そしてそこから先は、言わずもがなだろう。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 「お前が持ってきてくれた魔女地図は本当に助かったぜ!」

 

 晴人は地図を広げながら話した。

 

 「神崎士郎の野郎、俺たちには寄越さなかったんだぜ?明らかに選んでやがる…」

 

 「あいつにはお見通しって事だろう」

 

 「そういう事だな」

 

 実は一度、神崎士郎直属のモンスターであるガルドサンダーとガルドストームが襲撃していた。早々にけちらしていたので、晴人らは気にも止めていないのだが。

 

 「さて、これで大体の場所は分かった」

 

 晴人はホワイトボードに地図を張り付けながら言った。

 

 「こいつもやっぱり法則性がある。今はビルを離れちまったが、前はこのビルに近付けば近づくほど火事やらぼや騒ぎが増えていた」

 

 こいつを元にすると、と晴人は使い魔を見掛けた場所の近くに新しく印を付けていった。

 

 「これがここ最近の火に関係のある騒動だ。恐らくだが、この方向のどこかに結界がある」

 

 晴人は斜め上に線を引きながら言った。

 

 「ここを愛矢と一緒に歩けば、必ず魔女本体がいる結界に辿りつける。明日にでも行くぞ」

 

 「その間に城戸達が倒しちゃう可能性は?」

 

 城戸はともかく、ゲイツなら気付きそうだと思いながら言った。

 

 「あぁ、それなら問題ない。お前がこっちに来た以上、もう一人も戦力は落とせないからなぁ」

 

 晴人はニヤっと笑った。連はそれを訝し気に見ていた。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 「・・・・・・・・」

 

 睦月はそっと背負っていたなぎさをベッドに移して布団を掛けた。

 

 あの後、緊張が途切れたのかまた眠そうにしていたので睦月がおぶって帰って来たのだ。

 

 「・・・・・・・・・」

 

 なぎさの寝顔を見ながら、睦月は一つの事を考えていた。あの羽衣の怪人の事だ。

 

 『見つけた…』

 

 彼女は確かにそう言った。そして、睦月に対して優先的に攻撃をしている様に見えた。これまで会った魔女やモンスターと違う。睦月に対して明確な殺意を持っていた。彼女は一体何者なのだろうか。

 

 彼女の顔が、睦月の頭に張りついて離れなかった。

 

 

続く



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第47話 喜・怒・哀・楽

 あずみは走る。結界の中をひたすら走る。

 

 結界自体はすぐに見つかった。アンデッドと同じで、気配を辿ればすぐに見つけられる。統制者と気配が似ている存在。あずみはすぐに中に入った。中には、全く別の世界が広がっていた。コンクリートを踏みしめていたにも関わらず、あずみは木の幹の上に立っていた。地面が何重にも複雑に絡み合った幹に覆われていて、時刻は昼間だったはずなのに、空は星一つない暗い闇が広がっていた。

 

 ビキビキと幹がひび割れ、中から蔓が出てきた。蔓が上に伸びて胴体に、左右に伸びて腕に、上に伸びていた蔓はある程度伸びきると上部でぐるぐるに球状に丸まり、人形にへと形成していく。

 

 「(やはりアンデッドではない…)」

 

 あずみはただただ気持ち悪く感じていた。アンデッドではないにも関わらずアンデッドと同じ気配を発している生き物に、あずみが今立っている場所が、バトルファイトの空間を彷彿とさせる事に。

 

 「はぁぁ!!」

 

 怒りのままにサーペントアンデッドに変身したあずみは自身の爪で使い魔を切り裂いた。さらにもう一匹、一匹、一匹…。

 

 「お前らは、一体何者なんだ!?」

 

 しかし、それに答える使い魔はいない。ただ無数にその数を増やしていくだけ。

 

 さらに、

 

 より強い気配を感じ、あずみは反射的にジャンプして上の木の幹へ上った。

 

 あずみが先ほどまで立っていた場所に火柱が上がる。

 

 見ると、ヤジロベエの様な怪物が両手に火の玉を持って構えていた。

 

 侵入者を撃滅せんと結界の主は次々に兵士を生成していく。まるで、アンデッドを生み出す統制者の様に。

 

 数が増えたからと言って逃げ出す程、カテゴリーQは落ちぶれていない。

 

 「はぁ!!」

 

 あずみはヤジロベエの怪物に向けて飛び上がり、右腕に巻き付けていた鎌状の鈍器を相手にぶつけた。頭部に当たり怯んだ隙にさらに爪を、鈍器を相手にぶつけていく。

 

 「貴様らの様な偽物が、アンデッドを語るな!」

 

 あずみの後ろから使い魔が飛び掛かろうとする。

 

 「来い!」

 

 あずみの声に応じ一本の弓矢が使い魔を切り裂いた。あずみが手駒に加えた金色のクマバチモンスター、バズスティンガー・ブルームと銀色のツチバチ型モンスター、バズスティンガー・フロストだ。

 

 二匹のモンスターは弓矢を分断させた刀で、毒針でその他の使い魔を次々と倒していく。

 

 「ハァ!!」

 

 サーペントアンデッドは口から衝撃波を出し、ヤジロベエを倒した。ヤジロベエの体から使い魔が離れ、中から人間が現れる。

 

 「(人間…)」

 

 あずみは舌打ちをした。

 

 「おっ、何だ先客か?」

 

 声のする方向へ振り返ると、そこには黒いライダー、さらに後ろにはサイ、コウモリ、バッタ、ガゼル、カメレオン型のライダーの姿があった。

 

 「仮面ライダーか…」

 

 「って、よく見たらお前あの時のアンデッドじゃねぇか。魔女の結界なんかで何やってんだ?」

 

 「魔女の結界?」

 

 その言葉にあずみは眉を潜ませた。そして、鈍器をライダーに向ける。

 

 「魔女の結界とは何だ?ここは一体何なんだ?今すぐ、知っている事を話せ」

 

 「はぁ?何でお前なんかに」

 

 「いや待て」

 

 突っかかろうとするインベラーをオルタナティブ・ゼロが止めた。

 

 「高見沢さんは魔女を倒しに行け。俺はちょっとこいつと話す」

 

 「?構わないが、何でこいつなんかの相手を。状況分かってんのか?」

 

 「分かってるよ。だがまぁ、俺が抜けても五人だろ?そうそう他に取られるなんて事はねーよ」

 

 だといいが、とベルデは言い残し、五人は奥へ進んだ。あずみは黙ってそれを見送った。

 

 「あんたが教えてくれるの?」

 

 「おぉ、だがその前にこっちも質問するぜ?お前は、何で魔女の結界何かに興味があるんだ?」

 

 「質問をしてるのは、こっちよ!」

 

 『SWORD VENT』

 

 サーペントアンデッドが振り下ろした鈍器をオルタナティブ・ゼロはスラッシュダガーで受け止めた。がら空きの胴体にオルタナティブ・ゼロはすかさず蹴りを入れる。

 

 サーペントアンデッドは衝撃波を発射。それもスラッシュダガーで防ぎ威力を半減させた。

 

 衝撃波がダメならとサーペントアンデッドは再び鈍器を振り回すが、オルタナティブ・ゼロはそれを軽々と受け流す。そして、攻撃を躱しながら晴人は言った。

 

 「何故お前が魔女の結界に興味を持っているか。答えはこうだろう?」

 

 何を言っているのかあずみは分からなかった。見ず知らずのライダーが何故自分が今考えている事を当てる事ができる?何を疑問に思い、どうやって結界に辿りついたのか、それすらも分からないだろう相手が。

 

 そんな思考は、オルタナティブ・ゼロの次の一言で全てが吹き飛んだ。

 

 「アンデッドと同じ気配がしたから…だろ?」

 

 その瞬間、あずみの攻撃の手が止まった。それを見逃さず、晴人はアンデッドを切り裂いた。

 

 「図星か」

 

 倒れているアンデッドを見下ろしながら晴人は言った。

 

 「やっぱりな。思った通りだ。これでようやく分かったよ。魔女が何故この世界に来たのか。そして、両者にはどういう繋がりがあるかもな」

 

 「あんた…何を…?」

 

 何故彼の口からアンデッドという言葉が出てくる?そもそも、アンデッドと魔女と呼ばれる存在に似た雰囲気を感じる事が出来るのはアンデッドだけのはず。それなのに、人間のライダーがそれを言い当てた?いや、推測した?

 

 「無駄だよ」

 

 その思考すらも、オルタナティブ・ゼロの一言で全てが止まった。

 

 「お前が何をしようが何も変わらない。バトルファイトは永遠に再開しないんだから」

 

 「―――――!」

 

 不死の生命体にこんな表現を使うのはおかしいが、あずみは確かに、自分の心臓が止まる感覚を味わった。

 

 アンデッドの存在意義であるバトルファイトの事を知っていたのもそうだし、そもそもバトルファイトは始まらないとハッキリ断定したから。

 

 一体この黒いライダーは何者なのか?

 

 いや、そんな事よりも、もしも本当にバトルファイトが無いのなら、何故自分はここにいる?

 

 『ACCEL VENT』

 

 気が付くと、あずみの目の前にスラッシュダガーの切先が見えた。防御する間もなくあずみは斬り裂かれその場で転がる。

 

 「俺の考察を確かなモノにしてくれた礼だ。殺さないでおいてやる」

 

 と言ってもお前は死なないか、とオルタナティブ・ゼロは薄く笑った。そして、その視線を最後にオルタナティブ・ゼロも結界の奥へと消えた。

 

 あずみはノロノロと立ち上がると、バズスティンガー・ブルームとバズスティンガー・フロストに指示を出して結界を後にした。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 それから数十分後、仮面ライダーレンゲル、斬月、龍騎、ゲイツの四人が結界に入った。

 

 魔女本体がいる結界だというのに使い魔の数が少ないし、所々に幹のひび割れや抉られた様な跡がある。

 

 「誰かが入って戦闘したって感じだな」

 

 ゲイツが呟いた。

 

 「晴人達だろうな」

 

 「と言う事は愛矢も…」

 

 「蓮もいるかもしれない」

 

 四人は急いで結界の奥へと進んだ。

 

 結界内へはすんなりと進む事が出来た。使い魔がほとんどいない。体力を温存できて良しと見るか、結界の最深部へ着く頃には晴人達が魔女を倒してしまう可能性を考えて悪しと見るかが悩ましい所だが。

 

 右斜め上から火の玉が飛んできた。

 

 咄嗟に腕で庇いながらその方向を見る。

 

 「現れたか、ヤジロベエ」

 

 「だが待て、様子が変だぞ」

 

 倒そうとラウザーを構えるレンゲルをゲイツが止める。このヤジロベエは、これまで会ってきたモノとは少し違っていた。

 

 太陽のようにオレンジに光っていて、体のあちこちがひび割れ、その隙間から煙がもうもうと出ていた。

 

 「許さない…絶対に許さない…」

 

 そのヤジロベエが口を聞いた事に四人は驚いた。ヤジロベエの怪物は、使い魔が人間を完全に乗っとるので知性は持っていない。故に口を聞く事は無かった。しかし、四人は既に目撃している。使い魔に体を取り憑かれながらも知性を持った怪物がいるということを。

 

 四人は改めて武器を構えたその時、ヤジロベエがけたたましい悲鳴を上げてその姿を変化させた。

 

 ひび割れが全身に及び、ヤジロベエだとその姿を他人に認知させていた装甲が崩れ、中から日本の手足が伸びた人形の怪物が現れた。

 

 「やっぱり進化したか」

 

 「だけどあれは、」

 

 「あぁ、あの時見たヤツとはまた少し違うな」

 

 その怪人は、昨日四人が見た怪人と同じ顔で、羽衣を纏っていた。しかし全身は青ではなく煌々と燃える炎を思わせるオレンジ色をしていて、羽衣は薄紅色、スタイルも青い怪人よりも多少がたいが良く、男性である事が分かった。

 

 ヤジロベエの進化体。長く取り憑いた事で、その人間の知性・感情を吸収して生まれた姿。人型怪人、ヒート。

 

 「許さない、許さない許さない…全員燃え果てろおおおおおぉぉォォォ!!!」

 

 ヒートは大きく腕を横に振ると熱風が吹き出し、辺り一面が無作為に爆発した。

 

 大きく咆哮したヒートは突進。炎を纏った拳を龍騎にぶつけた。

 

 『GUARD VENT』

 

 龍騎はそれをドラグシールドで防ぐ。が、完全には防ぐ事が出来ず体勢が崩れた。

 

 さらにもう一つの拳を龍騎にぶつけようとする。

 

 『時間ザックス・OH NO!』

 

 横からゲイツが斧を振り下ろした。ヒートは攻撃を止めジャンプして躱す。

 

 空中にいるヒートに向かって斬月はラッパガンを放った。エネルギー弾によってヒートは着地に失敗し倒れる。

 

 そこに畳みかけようとレンゲルはラウザーを打ち付けた。みぞおちにラウザーをぶつけると胸部に向かってラウザーを突こうとしたが、それをヒートは抑えつけた。そして、ヒートの拳をアッパーでレンゲルにぶつけた。

 

 さらに打撃を与えようとするヒートをゲイツが止めた。ファイズフォンXを持ったゲイツが後方からエネルギー弾を放ったのだ。

 

 『FAIZ』

 『ARMOR TIME COMPLETEφ 555』

 

 「腹立たしい…何故こう俺の邪魔ばかりすんだ…ぬおおおおおおおお!」

 

 レンゲルからヒートへ再び方向転換したヒートはゲイツにパンチを放つ。

 

 『READY SHOT ON』

 

 そのパンチをゲイツはギリギリの所で屈んで躱すと、ファイズショットを取り付けた拳を上に向けて放ち、ヒートの体は上方へ吹っ飛ぶ。

 

 『READY POINTER ON』

 

 ゲイツはすぐにファイズフォンXを操作し、ファイズポインターを足に取り付けた。

 

 『FINISH TIME 555』

 『EXCEED TIME BURST』

 

 ポインターから赤い円錐状のエネルギーが放たれ、ヒートの胴体を捕らえた。そこにゲイツは右足をぶつけた。円錐状のエネルギーがドリルの様に回転しヒートの中に入った。

 

 エネルギーが体を貫くとφマークがヒートの体に描かれると赤い炎を放ってそのまま爆発した。

 

 ヒートの体から蔓の使い魔が出ると消滅。ヒートの体は元の人間の姿に戻りそのまま倒れた。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 「殺してやるぅぅぅぅぅ!!!!!俺を認めない奴は全員殺す!!!!!!!!」

 

 レンゲル達が戦っていたのとは別のヒートと晴人達は戦っていた。熱された棒振り回ながら一団に突っ込んで行く。

 

 「蓮」

 

 『NASTY VENT』

 

 ダークウイングから発せられた超音波で怯みヒートは足を止める。

 

 「佐野」

 

 『FINAL VENT』

 

 インベラーは大量のゼール軍団を召還し、モンスターの角や脚をぶつけた。そして最後にインベラー自身が飛び膝蹴りを食らわせ、ヒートの体は爆発。使い魔がヒートの体から出ると消滅した。

 

 「ったく、バカデカい力を持ってもこの始末。知性があるってのに全く使いこなせてない」

 

 こいつらの人間性が伺えるなと晴人は呆れる。そして倒れている元ヒートの人間を見るとさらに続けて言った。

 

 「許せない許せないと言ってたが、誰もこいつの許しなんか求めてないだろ、きっと。こいつが馬鹿だから失敗して自滅しただけだろうなぁ」

 

 「?お前、こいつのこと知ってるのか?」

 

 「知りませんよ?高見沢さん。でも分かんだよ。現状に満足してないにも関わらず腐ってたヤツだってな」

 

 そうでもなきゃ魔女になんか捕まらないだろと晴人は付け足す。

 

 「失敗しても負けても、絶望せずに前に進み続けた奴だけが勝つ。希望を追うのを止めて過去に囚われた時点で負けだ」

 

 「随分な言い様だな。そういうお前はどうなんだよ?何度失敗しても前に進み続ける事ができるのか?」

 

 芝浦が茶化すように言った。

 

 「できるぜ?ってか今がそれだ。失敗したからこそ、このチャンスに全てを賭けてんだ」

 

 「…?」

 

 「さぁ着いたぜ、第二ラウンドと行こうか!」

 

 パラディの目の前には木の幹に覆われたドームが建っていた。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 仮面ライダー斬月こと百江なぎさは一人来た道を引き返していた。ヒートになった人間を結界の外に出すためだ。

 

 仮面ライダーになった事で増加した腕力で男性の肩をかつぐ。

 

 『何であんた、自分から戻るって言いだしたの?』

 

 “声”が聞こえた。学校に行くようになってすぐに聞こえて来た“声”。

 

 「この人の事、放っておけないから…」

 

 『それだけならあんたが行かなくてもいいじゃない。あんたの他に三人もライダーがいたんだからさ。愛矢に会えないかもしれないわよ?それでも良いの?』

 

 「・・・・・」

 

 『他にも理由があったんじゃないの?』

 

 「・・・・・・」

 

 『答えないなら私が教えてあげる。共感したからでしょう?』

 

 「・・・・・えっ?」

 

 なぎさの足が止まった。

 

 『許せない許せないって当り散らしてたそいつが、羨ましいって思ったからでしょう?』

 

 「そんな…。あんな、睦月達を殺そうとした人が羨ましいなんて…」

 

 『別に嫌がる事は無いじゃない。あなたも少し前までは魔女として恨みを当り散らしてたんだから』

 

 「!!それは…!」

 

 『関係ないって言うの?本当に?今のあんたもそうでしょ?ムカつく奴らに復讐したいってそう思っているのよ』

 

 「何でそう言い切れるのですか!?」

 

 『分かるでしょ?だって私は―』

 

 その時、低い獣の様な唸り声と共にキンという斬撃の音が聞こえてなぎさは我に返った。

 

 誰かが来る。

 

 なぎさは咄嗟に幹の陰に身を隠した。

 

 静かな靴音と共に音の主が姿を現した。

 

 紫に蛇の鱗のような六角形の模様が付いた鎧を纏ったライダー。初めて見るライダーだが、なぎさはそのライダーに不穏な空気を感じていた。

 

 「祭りの場所はここかぁ…」

 

 紫のライダーが誰に言うでもなくそう呟いた。

 

 仮面で見えなかったが、なぎさには彼が不敵な笑みを浮かべている事が分かった。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 睦月達は知らない事だが、人間に憑依した使い魔が進化する条件は憑依した時間の長さだけではない。それ以外にも、ある特定の感情を限界以上に引き出した時、進化が起こる。その感情を糸にし、人間と使い魔の結びつきをより顕著なモノにするのだ。魔女は、呪いを振り撒く存在。故に、その「特定の感情」も、マイナスな感情。今回の場合は「怒り」。あいつはムカつく、嫌い、目の前から消えて欲しい、それら全てにある根本の感情である「怒り」が、進化の為のトリガーになる。

 

 喜怒哀楽と言う言葉があるように、怒りの感情は生きていれば誰しも持つ感情である。しかし、例え怒りを持ったとしても、大抵の人間は自身にある倫理観や道徳心によってそれを抑えつけるので凶行に走る事は少ない。

 

 しかし、その怒りの感情が限界以上まで引き出されるとどうなるか。怒りに身を任せ、敵味方関係なくただ目の前の物を破壊しつくす。まるで獣の様に。進化し、言葉を話し、知性を持ったように見えてもやる行動は獣と変わらない。一見相反している様に見える二つの特性が両立できる可能性を秘めているのが「怒り」と言う感情なのだ。

 

 しかし、それはあくまでも一般的な話。学校が憎い、教師がウザい、社会が憎い、家族がムカつく。では具体的にどんな所にイラついているのかと問えば、「なんとなく」とあやふやな答えが返って来るような漠然とした怒りに限りそれは成立する。

 

 概念ではなく具体的な人・モノに恐ろしい程の怒りを抱えていた時、獣を思わせるような破壊の力は精錬され、武器へと昇華する。普段は鞘にしまい、必要な時にだけそれを振るう刀の様に。

 

 

 レンゲル、龍騎、ゲイツの三人の前に、昨日出くわした青色の羽衣を纏った女性怪人が現れた。

 

 彼女は先ほど戦ったヒートとは違って目が合った者全てを破壊しようとする事無く、ただ一点を、レンゲルに変身している三葉睦月を見つめていた。

 

 「真司さん、ゲイツさん、悪いけど先に行ってくれますか?」

 

 レンゲルは改めてラウザーを強く握りしめながら続けて言った。

 

 「誰だかは分からないけど、こいつの狙いは間違いなく俺です。魔女や晴人達との戦いで邪魔しない為にも、こいつは俺が引き受けます」

 

 

 

続く



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Ep48 止まった時間 2002

 龍騎とゲイツの二人は結界の奥へと進んで行った。青い羽衣を纏った怪人、ブルーヒートはそれを黙って見送る。彼らには攻撃しない。元々二人には興味が無かったのだ。否、仮面ライダーレンゲルこと三葉睦月以外は全く眼中に無いと言っていい。

 

 これは、使い魔にはあるまじき事だ。使い魔の使命は女王蟻を守る働き蜂のごとく、魔女の為に尽くす事。ある時は人を攫い、またある時は魔女を倒しに来た魔法少女を相手に護衛の役割をする。使い魔にあるのは魔女への絶対的な忠誠心のみ。そこに使い魔の意思は存在しない。だから、使い魔は全員全く同じ姿をしている。人間の様に外見に個性を持たせる事に意味を見いだせないからだ。だから、使い魔に憑りつかれた人間も、人間と言う新たな媒体を手に入れたので多少姿は変わるが、それでも基本は同じ。「人間に憑依していない使い魔」と、「人間に憑依した使い魔」に分類されるだけ。

 

 では、レンゲルの目の前にいる怪人、ブルーヒートはどうだろうか?分類的には「人間に憑依した使い魔」に区分される。姿は人間に憑依した使い魔の進化体、ヒートと同じだが、色は違う。これはつまり、「人間に憑依はしているが、それでも止められなかった思考が残っている」事を意味している。人間に憑依した使い魔がその繋がりをより顕著にするために利用した感情、恨み。その恨みが強大過ぎた故に生まれた、魔女に絶対の忠誠を誓う使い魔のイレギュラー。そのイレギュラーは結界の防衛よりも睦月の殺害を優先する。

 

 「見つけた…今度こそ…お前を殺す…」

 

 使い魔ですら抑えられなかった恨み。その恨みが今レンゲルに襲い掛かる。

 

 青い炎を纏った拳を思い切り突き出した。レンゲルはそれを後退して躱した。

 

 『♧7 GEL』

 

 自身の体を液状化させ接近。接近してくる対象を撃破しようと手のひらから青い火の玉を連射するが、それを液状化した体で受け流し、正面からラウザーを…と見せかけて後ろに回り込み腰にラウザーを打ち付けた。間髪入れずに一発二発と打ち込んでいく。ブルーヒートは何とか受け止めようとするが液状化した相手を上手く掴む事が出来ない。今の仮面ライダーレンゲルは言わば水だ。水を掴むなどいくら怪物といえども土台無理な事。ブルーヒートの体を上手くすり抜け死角からラウザーを打ち込む。正面から拳が飛んできた。レンゲルはそれを躱さずに受ける。いくら強い攻撃でも当たらなければ意味は無い。胴体を貫かれたが液体化しているレンゲルにはダメージは無い。そのままラウザーで頭部を突く。

 

 このまま畳みかけて短期決戦を…と思ったが、相手も馬鹿では無かった。打撃が無理ならと大きく広げた掌から爆炎を吹き出し、液状化した体そのものを吹き飛ばした。

 

 ダメージは無い(もしも液状化していなければ良くて重傷、最悪死亡だっただろう)、しかし、連続攻撃が止まってしまった。

 

 『♧2 STAB』

 

 ならばと威力を上げたラウザーをぶつけようとしたが、

 

 「なっ!?」

 

 いくら威力を上げても、当たらなければ意味がない。体に当たるより前にラウザーを掴んで防いだ。

 

 「(時間切れ…)」

 

 掴んだ掌から炎をだし爆発。その爆発で体制を崩した隙に青い炎を纏った脚による蹴りをレンゲルに食らわせた。

 

 「ガハッ!クッ…!」

 

 あまりの威力に睦月は思わず咳き込む。この数分間、♧7にどれだけ助けられていたか、身をもって理解した。

 

 無双タイムは終了。ここからは力とテクニックのぶつかり合いだ。

 

 ブルーヒートはレンゲルに接近し拳を振り上げた。レンゲルは咄嗟にそれを躱す。

 

 『♧9 SMOG』

 

 レンゲルはラウザーから紫色の煙幕を噴射。ヒートの基本は体術による接近戦だ。視界を奪い、距離を取ればチャンスは来る、そう思った。しかし、

 

 その煙幕から飛び出してきたのは青い火の玉。それがレンゲルに当たり彼の体は大きく転がった。忘れていた。ブルーヒートは先ほどまで戦っていたのとは違う。拳をただ振り回すだけのヤツとは違う。臨機応変に能力を使いこなす。煙幕ならば確かに、接近戦よりも遠距離が有効だ。煙から少し離れ、より濃い方向を見つければ後はそこに火の玉を撃ちだせばいいんだから。

 

 戦闘の為に生まれ、圧倒的な力を持つ使い魔と、感情と知性を併せ持つ人間。これら二つが上手く組み合わさっている。

 

 これでは最早、怪人と言うよりライダーだ。モンスターと言う圧倒的な力を、知恵でより効率的に使いこなすライダー。

 

 「お前は、何者なんだよ…」

 

 立ち上がりながらレンゲルは問う。

 

 「・・・・・・・」

 

 しかし、ブルーヒートは答えない。答えられないのか、それとも答えたく無いのか。

 

 しかし、これでは―、

 

 「言ってくれなきゃ分かんねぇだろ…」

 

 納得がいかない。何故なら、本当に身に覚えが無いから。誰かを殺したとか、裏切ったとか、そんな事は一切ない。どこにでもいる普通の大学生だ。そんな人間に対して、知らず知らずのうちに使い魔と言う強大な力を以てしても完全に支配できない程の恨みを持っている人間がいると誰が想像できるのだろうか。

 

 「何であろうと、こっちも殺られる訳にはいかないんだよ」

 

 納得がいかないので謝罪はしない。だから、ヤジロベエやヒートとやる事は変わらない。ブルーヒートを倒し、使い魔を引き剥がす。ただそれだけだ。

 

 レンゲルは一枚のカードをスラッシュさせた。

 

 『♢9 GEMINI』

 

 すると仮面ライダーレンゲルが二人になった。

 

 「・・・・・!?」

 

 「行くぜ」

 

 二人のレンゲルがブルーヒートへ接近した。一人のレンゲルがラウザーを突き出した。それは彼女の腕で押さえられ、懐には届かない。しかしその隙にもう一人のレンゲルがブルーヒートの後ろに回り込み、背中にラウザーを突き出した。

 

 ラウザーを背中に押し付けたまま上へ向け、そのまま投げ飛ばす。

 

 『♢4 RAPID』

 

 一人になったレンゲルはさらに新たなカードをスラッシュ。

 

 ズババババと超高速でラウザーを突き出せるようになり、何発、何十発と威力が低いながらも確実に攻撃を食らわせる。

 

 液状化能力が切れていて、強化フォームもない。ならば手数を増やせばいい。昨日は四人で挑んでようやく追い出せた程度だった。たった一つの策だけで挑むほど睦月は愚かでは無い。

 

 力で敵わないなら、さらに手数を増やしてカバーする。

 

 威力の低い連続攻撃に慣れたのか、怯みは無くなり、ラウザーを掴んで攻撃を止めた。もう片方の手に力を溜め、炎を噴出しようとする。

 

 『♧3 SCREW』

 

 それよりも前に新たなカードをスラッシュ。ラウザーに高速の回転風が加わり、掴んでいたブルーヒートは回転に巻き込まれ吹き飛ばされた。

 

 『♢5 DROP』 『♢6 FIRE』

 「バーニングスマッシュ」

 

 レンゲルはジャンプすると、赤い炎を纏った足でドロップキック。

 

 これで終わらせるつもりだった。しかし、ブルーヒートがそれを左手で止めた。それは先ほど攻撃をしようと炎を溜めていた方の手だった。途中まで溜めていた青い炎を吹き出すことで威力を半減。さらに腕を爆発させる事で、攻撃から逃れた。

 

 青い爆風に吹き飛ばされレンゲルは地面に転がった。

 

 しかし、ブルーヒートもただでは済まなかった。昨日、龍騎とゲイツを振り払うために使用した緊急回避技だ。バーニングショットのダメージも相まって、ブルーヒートは反動で地面に倒れる。

 

 「(やっぱり…強い…)」

 

 仮面ライダーレンゲルは多彩なカードを利用したトリッキーな攻撃が強みだ。それを拡大させる為にダイヤのデッキも利用したが、それでももう一押し足りない。

 

奇襲だったとはいえ、やはり4対1で戦えていた実力は伊達じゃないと思った。

 

 「やっぱり…」

 

 「(そう上手く行かないか)」「そう上手く行かないわね」

 

 「!?」

 

 一瞬、心の声が漏れたのかと思った。あまりの強さについ口に出してしまったのだと。

 

 しかしそれは違った。

 

 耳に入った声の主は、レンゲルの真正面で、今体を起こそうとしているブルー・ヒートから出された声だった。

 

 ブルー・ヒートはさらに続ける。

 

 「あなた一人位、あっという間に殺せると思ってたのに、これは想像以上だったわ」

 

 「お前…やっぱり…」

 

 話せたのか。レンゲルは立ち上がりながら言った。

 

 ブルー・ヒートは腰に手を当ててハァーと大きなため息をついた。

 

 「何かもう白けちゃった」

 

 「?」

 

 「本当はあんたが何も知らない内に終わらせたかったんだけど、簡単には行かないって分かったから、ちょっと趣向を変えてみるわ」

 

 そう言うとブルー・ヒートの頭部が異変が起きた。怪人顔の皮膚が崩れ、徐々に人の顔が現れていく。

 

 睦月が一番感じていた疑問、ブルー・ヒートの正体が遂に明かされる。

 

 顔さえ分かれば動機も分かる。そう思っていた。

 

 使い魔ですら扱いきれない程の憎しみを抱えた人物だ。ここに来て「お前は…誰だっけ?」の様な一昔前のギャグ漫画的展開にはならないだろうと。

 

 ブルー・ヒートの顔面の皮膚が剥がれた。黒髪のショートボブ、使い魔が憑依している影響なのか、両目から涙の様な青いラインが三本ずつ伸びている。そんな彼女の顔は―、

 

 「……はっ?」

 

 まさかのギャグ漫画的展開だった。見たことも無い女性だった。一瞬、目の前にある顔も怪人が作ったモノなのではないかと思った。もしくは彼女がとんでもない人違いをしているのでは無いかと。

 

 「三葉睦月、あなたを殺す。私から大切な人を奪ったあなたを…」

 

 人違いの可能性は消えた。

 

 「お前、マジで誰なんだよ?」

 

 彼女は、冷たい視線を睦月に向けながら、真顔で淡々と名乗った。

 

 

 睦月は誰かを殺したとか、裏切ったとか、そんな事は一切ない。どこにでもいる普通の大学生だ。そんな人間に対して、知らず知らずのうちに使い魔と言う強大な力を以てしても完全に支配できない程の恨みを持っている人間がいると誰が想像できるのだろうか。

 

 しかし、睦月はほんの1年前に体験しているではないか。例え自覚が無かったとしても、とてつもなく深い憎しみをぶつけられた事が。

 

 無菌室にでもいない限り、人は他人から知らず知らずのうちに様々な感情を向けられる。「一緒にいて楽しい」とか、「こいつと話すと疲れる」とか。そしてそれは、お互いに名前すら知らない間柄ですら成立する。お互いの肩がぶつかれば不快感を持つだろうし、席を譲られれば嬉しい気持ちを相手に持つ。

 

 憎しみ・殺意だってそうだ。憎い人の親族と言うだけで殺意が沸くと言うのはざらだ。三葉睦月だって、自分の家族をめちゃくちゃにした人の息子と言う事でターゲットにされたのだから。

 

 家族、友達。人は生きている限り、誰かと繋がっている。

 

 

 「橋場 望(はしば のぞみ)。あなたが殺した、多摩 堀之(たま ほりの)の婚約者よ。人殺し」

 

 人が繋がっている限り、憎しみもまた繋がる。

 



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