現代入り椛 (喜求)
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0話:任務の受領

現代入り前のお話、短いです。


 

 

 妖怪の山と呼ばれる地域のとある小屋、主に白狼天狗に上司である烏天狗が指示を出す際に使われる部屋に二人の人影があった。

 

「犬走椛、貴方には外の世界に行ってもらいます」

 

「はい」

 

 指示を出すのは射命丸文、烏天狗であり、幻想郷と呼ばれるこの地における最高峰の強者だ。

 

 その指示に即答したのは犬走椛。白狼天狗であり、部隊長を任される程の実力と千里先を見通す能力を備えていることから特殊な任務をよく出されていた。

 

「目的は視察。我々天狗は今まで外とのパイプを持っていませんでしたが、上が河童に命じて外に行くためのワープホールなるものを作らせました。貴方にはその装置のテストと、外の住民とのコネの構築をしてもらいます」

 

 

「御命令とあれば」

 

 文は内心舌打ちした。

 

 いくら上司の命令だからといって、誰が考えても無理難題なこの任務を他ならぬ自分が指示しなければならない歯痒さに苛立った。

 

 

「勿論これは極秘中の極秘任務であり、失敗すれば貴方の命はおろか、我々は外に感心を示すこともなくなるでしょう」

 

 

 ……できることなら自分が代わりに引き受けたい。しかしこれは上司である大天狗の、ひいては天魔様の命令でもある。打診はしてみたものの、受け入れてはもらえなかった。

 

 それもそうだろう。そもそも河童の装置が正常に稼働するかも怪しいのだ。次に、外の世界では忘れ去られた妖怪が存在できるのか。そんなリスクの塊に烏天狗を使い失うリスクを負うのは避けたいというのが上の判断であり、文を除外するのは妥当な判断と言える。

 

(ま、どうせ保身が目的でしょうがね)

 

 上の意図など透けて見える。自分の部下の失敗を被りたくないからだと容易に想像できる。

 

 そこで、何処の大天狗にも所属しない白狼天狗。その中で適任(生け贄)を選んだにすぎない。

 

 中々に酷い話だが、天狗社会では割と日常的だった。

 

 

「出発は何時でしょうか」

 

 

 せめて嫌がる素振りくらい見せてもいいんですよー

 

 

 と文は内心語りかける。

 

 今この場は上司に監視されている為、普段のような軽口は叩けない。それが"見えて"いるだろう椛も、合わせてこんな徹底した口調をしているのだ。

 

「出発は明日早朝。場所は河童の河城にとりの工房、くれぐれも内密に」

 

「承りました。犬走椛、全力で任にあたらせていただきます」

 

 

「これは私からの餞別です。受け取りなさい」

 

 それなりに長い付き合いだ、多少の情けはかけてやろう。任務が任務なだけに上司もそこまで文句は言うまい。

 

 文はそっと木箱を手渡した。

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

「まさかこんなことになるとは……」

 

 

 文も、こっそり近くで覗き見ていた大天狗も帰ったのを確認した後椛はその場で崩れ落ちた。

 

 

「なんで私なのぉ……」

 

 

 わかっている、どうせまたこの能力が原因だろう。便利だからとよく変な任務を押し付けられる。

 

 もしかしたら多少贔屓されていることに不満を持った上司の嫌がらせか。どちらにしても運がなかった。

 

 

「嫌だぁ…いきたくないぃ……」

 

 

 監視されていた手前引き受けるしか選択肢はなかったが、内心拒否したい気持ちで一杯だった。

そもそも外の世界を椛は知らない、噂に聞く程度だ。

そんなところへ単身補佐もなく行ってコネを作る?無理な話だ。

 

しかし受けてしまった以上もう後戻りは出来ない。率直に言って泣きそうだった。

 

 

「はぁ…あ、そういえば餞別って……」

 

 

 ふと思い出し先程貰った木箱を開けてみる。

 

 

 

 ……

 

 

 

 …………

 

 

 

 

 

 

 何処から入手したのか、可愛らしいひらひらした外の世界の服だった。

 

 

 

 

「文のばかぁ!」

 

 

 

 

 



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1話:勘の良い老婆

「ここが…外なのか?」

 

 

 河童の作成したワープホールなる代物。それを使って外の世界とおぼしき場所に飛ばされた椛は、森の中にいた。

 

 なんでもここが装置のある河童のラボとの特異点だとかいって、任務が終わればここに帰ってくる必要があるらしい。

 

 

「……?外に出た影響か?」

 

 

 能力の千里眼を使っても、今いる山が見える程度だ。妖力も半分以下に落ちている。これが忘れられた妖怪の力なのか。

 

 

「あの神社の者達はよくこんな世界で生きられたものだ」

 

 

 幾年か前にやってきた守谷を名乗る神社の2柱と現人神。

 

 彼女らはこの外の世界から来たという。力も大分制約を受けていただろうに。

 

 

「ふむ、荷物は無事みたいだな」

 

 

 荷物の詰まった頭陀袋を開き、転送の際に欠落がないかを確認。

 現状の持ち物は報告書用の筆記具、換金用の調度品。普段着の着替えと文から貰った絶対に着たくない服、帰還用の無線機(一回限りの通話)だった。

 

 

「とりあえず、人里へ降りてみるか」

 

 

 まずは周囲の確認だ、人の通りそうな道の目星はすでについている。問題があるとすれば……

 

 

「協力者をどうやって探そうか……」

 

 

 凄く帰りたい気分だ、天狗の外の世界進出とかもうどうでも良い気分だ。

 

 

「あ~もういや……っと、スイッチを切るにはまだ早いか」

 

 緩みそうな気を慌てて引き締める

 

 椛は自分の能力を利用して、誰もいないときになるとオフの性格が出てしまう癖がある。

 

 任務を言い渡されたあとの言動がまさにそれだ。しかし幻想郷には音や風を使ってあんな独り言を拾える妖怪が山といるのだが、そこを気にしてはストレスで体毛が抜けかねないと椛は深く考えないようにしていた。

 

 

「身体能力は……少し落ちたが気にならない程度か」

 

 

 体の調子を確認しながら、椛は山を下り始めた

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 山を下りながら約半刻。能力を使うまでもない距離に田畑が見え始めた。

 

 

「そのまま行くのは……危ないかな」

 

 

 なにせ自分は妖怪で、特徴的な耳と尻尾が出ている。

 

 妖術でなら隠せなくもないが、弱体化したこの状態では元々苦手な変装術は期待出来ない。

 発動出来たとしても、貴重な妖力を消費してしまう。

 

 

 となると、後は帽子か何かで耳を隠して、尻尾は丸めるなりしてなんとかするしかない。

 

 

 急な任務だったために耳を隠せる帽子なぞ用意してなんか……

 

 

 

 

「これ……しかないか」

 

 

 文の餞別、どこから仕入れたのかは知らないが、椛に着せたくて考えたのであろう一式の服には帽子も入っていた。

 

 洋風のデザインなので、普段着には合わない。違和感を無くすには一式を着なければならないというカラクリだ。

 

 

「もしかしなくてもこれを狙ってたんだろうなぁ……」

 

 

 

 諦めるしかないと判断し、木陰に身を潜めて見える範囲全てを確認してから着替えた。

 

 

 

 ……

 

 

 

 ………

 

 

 

 

 

「戻ったら一回ぶん殴る」

 

 

 

 鏡がなくとも能力で自分の全身を観れる椛は、自分の目に写った姿を見て一人顔を赤らめていた。

 

 

 

 

 

 行きたくない、行きたくはないが仕方ないと鞭をうち、悶えていた体を起こす。

 

 

 さっさと任務を終わらせてしまおうと、半ばやけくそに山を出て畑の畦道を歩き民家へと歩く。

 

 

 数分もしないうちに頭が冷え、辺りの景色を改めて見ると。山に囲まれた農村地帯だということがわかる。

 

 

「ここら辺はあまり幻想郷と変わらないな、ここだけかも知れないが」

 

 鉄の箱に黒い車輪を付けた物体が走っていたり、河童の自称秘密基地でみるような黒く細い線が空に張られていたりと。少々趣は違うが、概ね幻想郷のそれと大差はなかった。

 

「此方の方が作物の育ちは良いようだ。変な匂いがするのは気になるが……っと、誰かいませんかー」

 

 

 すぐ目の前まで来ていた記念すべき第一民家のドアを叩き、中の反応を窺う。

 いや、能力で人がいるのは見えているし、生活音や人の匂いもするので居るのはわかっているのだが。郷に入っては郷に従えというやつだ。

 

 

「はーい……わあべっぴんさんやねぇ、こんな綺麗な娘親戚におったっけなぁ」

 

 

 出て来たのは大分顔にシワのある老婆だった。

 ニコニコと生気を感じるその笑みに、外の世界でも老人は変わらないらしい。

 

 

「ああ、えっと、旅をしているのですが本日の宿を探しておりまして。厚かましいとは思いますが今晩泊めさせては貰えないでしょうか」

 

 

 今考えついたばかりだが、旅をしているのもあながち間違いではないし、今晩の宿がないのも事実。悪くない訪問理由だと椛は思う。

 

 

「そうかえそうかえ、その歳で旅とは肝っ玉据わってるねぇ。こんなボロ屋で良ければいくらでも泊まっていくとええ」

 

「かたじけない」

 

 

 堅苦しいなぁと言いながらおばあさんはこちらへ手招きする。

 まさかすんなり許可をもらえるとは、少し予想外だ。

 

 

「ほらほら、あがりんさい」

 

 

 言われるがままに家へと通される。

 木造の家に瓦屋根。聞かされていた外の世界の建築様式との食い違いに若干の戸惑いを覚えつつも、あてがわれた部屋に荷物を置く。

 

「あと、孫娘がきちょるけん仲良くしや」

 

「孫娘…ですか」

 

 

 つまり若者、この方の年齢を考えるなら20やそこらだろうか?

 幻想郷の若者はなにを考えているかわからない、こちらでもそうだと考えると非常に相手にしづらい。

 

「ああ、"ともえ"っちゅーねん。今買い物さ出てもらっててなぁ。もうすぐ帰ってくるでよ」

 

 

 周囲を確認してみるとこの家から60間(約109メートル)程の距離に手提げ袋をもって向かってくる女性がいた。恐らく彼女がともえという人間だろう。

 

 その人物はまっすぐこの家の玄関へとやって来て扉を開けた。

 

「おばあちゃんただいまー」

 

「おぉ、おかえりともえ。いつもありがとねぇ」

 

 ともえは少々雑に靴を脱ぎ、おばあちゃんに顔を見せようと部屋に来たところで目が合った。

 

 

「あれ、お客さん?」

 

 相手からすれば見知らぬ不審者であろう椛に対し、特に警戒心といった表情を見せないともえ。その反応を見るによくあることなのだろうか。

 

 

「あぁ、旅しとるっちゅーて宿探してたんじゃと……そういえば名前はなんといったけな」

 

「申し訳ありません、紹介が遅れました。私、犬走椛と申します。今晩はお世話になります」

 

 一礼し、感謝の意をしっかり伝える。これは人も妖怪も関係なく良い印象を相手に与える。

 

「椛ちゃんか、珍しい苗字だね。私は橘巴(たちばな ともえ)、ともえでいいよ」

 

 

 よろしくね、そう言うと巴は買ってきた荷物を持って台所へと消えていった。

 

 

 おばあさんは、それをしっかり確認した後台所に聞こえないような小さな声で。

 

 

「あんたぁ、真神(まかみ)様やろ」

 

 

 

 ……

 

 

 

 数秒の、はたまた数瞬の沈黙。

 

 

 

 

 

 

「……また、随分と懐かしい呼び名ですね。私の祖母の代ですよ、その名は」

 

 

 帽子を取り、スカートの中で丸めていた尻尾を出す。

 

 

「なぜ私が真神の一族だとわかったんですか?」

 

 

 まさか妖怪かと疑われるのではなく、祖母の名が見抜かれるとは。

 

 

「なぁに、年寄りの勘ってやつさね」

 

 まるで何処かの巫女のように勘といってのける。

 カッカッカッ……と笑う姿は悪戯に成功した子供そのままだ。

 

 

「確かに私の祖母は真神と呼ばれていました、しかし今や妖怪の身。祖母のように悪を倒したり厄除けだなんてことは期待しないでください」

 

 

 昔はその信仰から神格さえ持っていた祖母だが、幻想郷へ越してきた際に信仰は薄れ、元の人食いの印象が強まり妖怪化したと聞いている。

 

 

「いんや、ここらは昔真神様によって救われた土地さね、神様か妖怪かなんぞ関係あらへん。そんのお孫さんに今度はこっちが恩を返す番や。なにか困っとるんやろ?」

 

 

 つくづく老人の勘は恐ろしいと感じる椛。しかしこれは好都合だ、無理難題な任務にやっと希望の光が差した。

 

 

「それでは、一つ頼まれてはくれませんか」

 

「ええよ、この老体に出来ることならね」

 

 

 もちろん無理はさせない。祖母が助けた人々を無下にするほど落ちぶれたつもりはない。

 

 

 

 

「ともえさんと、友達にならせてください」

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

 

 またも沈黙。しかし、今度はおばあさんが呆ける番だ。

 

 

 

 

「カーッカッカッカ…面白い娘さね、そんなもんでよけりゃいくらでもなるとええ。私からも話は通しちゃる」

 

「感謝いたします」

 

 

 深く一礼。本当に助かった。上手くいくかはまだわからないが、これでコネを作るという任務に足掛かりが出来た。

 

 

「おばあちゃーん、お昼ご飯出来たよー」

 

「あいよー。ほら、あんたもいくべよ」

 

 

 手を引かれ、若干戸惑いつつも着いていく。

 

 

 任務へ希望が見えたからか、それともこの人の優しさに触れたからか。はたまた祖母の名残を感じたからか。

 

 

 

 椛は此方に来て初めて笑顔を浮かべた。

 

 




椛の祖母はかつて日本武尊軍を道案内したという白狼、大口真神という神様……って設定です

追記:誤字脱字報告有難うございます!


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2話:出発前夜

 

「ともえ、飯の前にはなさにゃならんことがある」

 

 椛は「そこで待っててくれ」と言われて、隣の部屋で聞き耳と千里眼を使いながら待機していた。

 

 

「なぁに?おばあちゃん」

 

 料理を運びながら返事を返す巴。

 

「もみじがなぁ、ともえと友達になりたいっちゅーてな」

 

「え?……あ、うん。むしろあんなに可愛い娘私から友達になりたいくらいだけど」

 

 なんでそれをおばあちゃんが?と続ける巴。

 

「ともえ、あんたは利発な娘や。だからちょいとばあちゃんの頼みを聞いてくれんか」

 

「おばあちゃんからの頼み事なんて珍しいね。いいよ、なに?」

 

「もみじ」

「はい」

 

 襖を開け、巴の前に姿を現す。

 

 

 もちろん耳も尻尾も隠さずにだ。

 

「この姿を見た上で、もみじと友達になっちゃくれねぇか?」

 

 

 

 

 

 硬直する巴。

 

 

 

 

 

「え……」

 

 

 

 

 当面は正体を隠したまま接することが出来るとしても、いつかは明かさねばならない時が来る。

 椛はその時に上手く伝えられるか、わからなかった。

 

 だからこそおばあさんに頼み、おばあさんもその意図を汲んでくれた。

 

 

 これで駄目なら、また別の所へ行こう。最悪コネを作るという任務は諦めよう。

 

 

 

(さあ、どうする……?)

 

 

 しばらくの間、巴は口をパクパクと動かした後。

 

 

「…か、」

 

 

 

 

「か?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「可愛い!」

 

 

 飛び付いてきた。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 暫く巴に(主に耳と尻尾を)もみくちゃにされた後、ちゃぶ台を三人で囲み、昼食をとる。

 

 献立は非常にシンプルだ。白米に野菜の炒め物と味噌汁、漬物。食生活もあまり変わらないらしい。

 

(思えば宴会以外で誰かと食事をしたことがなかったな)

 

 後の毛繕いが大変そうな現実から目を背けるため、味噌汁を啜りながら少々逃避気味に思考する。

 

 

「ねえねえもみじってさ、何処から来たの?」

 

 

 先のナデナデ(本人曰く)でご満悦な巴、そこには好奇心で一色な顔が見てとれる。

 

 

「どこから……あっちの山からですね」

 

 

 窓から見える自分が降りてきた山を指してそう答える。

 

 

「あの山?あの先なにかあったっけ?」

 

 巴は確認をするように祖母へと向き直る。

 

 

「そうさねえ…もう誰も知らん場所があるっちゅーのは、ばあちゃんのばあちゃんから聞いたなぁ」

 

 

 そこから来たんか?と今度はおばあさんがこちらを向いた。

 

「通常の手段では行けませんが、そこに幻想郷という地があります。もう此方側で知るものは限られていると思いますが」

 

 

 守谷や蝙蝠連中は外の世界から来たのだ、幻想郷の存在を知るものは少なからずいるはずなのだ。

 

「おばあちゃんのおばあちゃんって……いつの話?」

 

 どうやらこのおばあさんは人間であるにも関わらず幻想郷の存在を知る一人らしい。

 

 

「もう70年も前に聞いた話さね。ばあちゃんのばあちゃんが子供の頃、ここらは妖怪がぎょうさんおる場所やゆーてな」

 

 

 幻想郷ができる前の話だろうか?かつては妖怪が広い範囲に住んでいたと聞く。

 

 

「それがある日を境に、隣にあった里や真神様もみーんな居らんようなってしもた」

 

 

 博麗大結界が張られた時だろう。その直後に私は産まれたのだ。

 

 

「不思議なことにだんれも隣にあった里を覚えてないっちゅーから、こう考えたそうや」

 

 

 

 

「"妖怪が里を隠して自分達の楽園を作った"」

 

 

 

 

「なんどもなんどもばあちゃんから聞かされたもんさね「信じてくれなくてもいいから覚えていてくれ」って」

 

 その目はどこか遠くを見るように。

 

 

「きっと怖かったんやろねぇ、自分だけが里を覚えてるなんて」

 

「ばあちゃんのばあちゃんは真神様に仕えていた時期があるゆーてたから、加護でもあったんかねぇ?」

 

「詳しいことはわがねんねえけども、あそこを忘れられた地として伝えろって遺言された」

 

 

 

「まさかその楽園に住んどる真神様のお孫さんに会えるとは夢にも思わんかったけどなぁ」

 

 

 人生何があるかわからんもんさね。

 

 

「……そうだったんですか。もう祖母は居ませんがその言葉、伝えておきます」

 

 

「たのんだよ」

 

 

 

 まるで遺言のような……実際その意味も含めているのだろう、しっかりと地獄の閻魔にでも会ったときに伝えておこう。

 

 

 

 

 

「……ねえ、幻想郷ってどんなところ?」

 

 

 湿っぽい雰囲気を解こうとしてか、巴は続けざまに質問をする。

 

 

「自然豊かな所です。神や妖怪、人間が身近に住まう狭くとも広い世界ですね」

 

 

 土地そのものでいうのなら異界を除き私の目をもって見えない場所はなく、それゆえ狭く感じることがある。

 

 しかし人と人、人と妖怪など小さな視点で見てみると、その交流関係や生活などはとても広く思え、見ていて飽きないと断言できる。

 

 

「へぇ~、私もいってみたいなぁ~」

 

「私は歓迎しますよ……しかし、私の住む妖怪の山は排他的でもあります。人間が住むならやはり人里の方が良いかと」

 

 

 コネを作るという名目がある以上天狗に襲われる心配は少ないだろうが、ふと目を離した隙に他の妖怪に襲われてしまうというのも考えられる。

 他にも妖怪の山は強力であまり友好的ではない連中も多く、守谷の巫女のように実力がなければ自殺行為に等しい。

 

 

「人里にはどんな人達が住んでるの?」

 

「まだこちらの生活がよくわかっていないので…一概にどうとは言えません。しかし今の所ここらと大きな違いはないかと」

 

 

 田畑を耕し金銭を稼ぎ生活するという点ではほとんど同じだろう。道具等多少の違いはあるだろうが。

 

 

「しかし家屋や衣服なんかは大分違いますね。向こうは主に平屋に着物で生活をしています」

 

 

「着物かぁ、持ってないなあ…仕立てておかないと」

 

 

 どうやら来る気満々のようだが、それは少々時期尚早だ。

 

 

「まだ此方の調査が終わっていないので、行けるとしてもその任務が終わってからですよ」

 

 

 調査?と疑問符を浮かべる巴。質問は尽きなさそうだ。

 

 

「ええ、調査というのは……」

 

 

 

 

 

 案の定、巴の質問攻めは昼食の後にも続き、おばあさんが止めに入るまで行われた。

 

 

 

 

 

 

 

「ともえ、質問もええがそろそろ支度をせにゃならんやろ」

 

「あ、そうだった…ええっと荷物荷物……」

 

 

 がさがさと私物と思われる物を整理し始めた巴。

 

 

「なにかあるんですか?」

 

 

 私の問いに、巴は整理の筈が衣服を散らかしながら。

 

 

「うん、明日家に帰るんだ。春休みも終わって大学が始まるからね」

 

 

 春休み?大学?

 

 聞き慣れない単語だが、とにかくここは巴の家ではなく、明日そこへ帰る為に荷物を纏めているのだろう。

 

 

「大学っていうのはね……うーん、勉強するところなんだけど、どう説明すればいいかなぁ……」

 

 勉強する所、そのような場所は幻想郷には一つしかないが。

 

「寺子屋のようなものですか」

 

「また古い言葉だね、まあそんな感じかな」

 

 

 どうやら古い言葉らしい。巴の歳でも勉強をするとなると、此方の世界の教育はずいぶんと長いこと行われるようだ。

 

 報告書にしっかりと書き留めておこう。

 

 

「そうだ!私今一人暮らしなんだけど、もみじも来ない!?」

 

 

 雑に仕舞おうとしていた衣服を投げ飛ばし、一気に詰め寄ってくる巴。とても人間の出せる速度とは思えない速さだ。

 

 

「それは…願ったり叶ったりですが……いいんですか?」

 

 

 今後の住む宛てもないし、交友関係を深めるのであればありがたい提案だが、友人等も遊びに来るかもしれない。

 が、そんなことを気にもしていないのか考えてもいないのか、お構いなしに巴は続ける。

 

「いいのいいの!おばあちゃん一人暮らしに反対で今も時折言ってくるし。ね、いいでしょおばあちゃん」

 

「うぅむ…まあええじゃろ、もみじなら安心してともえを任せられる」

 

 やったー!と歓声を上げる巴、実に嬉しそうに跳ねている。

 本人も、身内からも許可が出ているのならば、私に断る理由などない。

 

 ここだけでなく色んな土地の調査もしなければならないという大義名分もある。ありがたくご一緒させていただこう。

 

 

「そ、それでは……犬走椛。ふつつかものですが、よろしくお願いします」

 

 

 身内以外と共に住んだことなどないので、これが正しい挨拶なのかはわからないが、誠意は伝わると思う。

 

 

「あはは、それじゃお嫁さんみたいだよもみじ……橘巴(たちばなともえ)です、よろしくお願いします」

 

 

 

 

 

 違った。

 

 

 

 が、意図は伝わったらしい。

 

 

 

 

「さーて、ちょっと早いけどお風呂入ろっか」

 

 

 いつの間に終わらせたのか、あれほど乱雑に散らばっていた荷物がリュックサックとカバンに収まっていた。

 そして手には体を洗うためと思しき布とブラシを持っている。

 

 

 

(……なにやら不穏な気配を感じる)

 

 

 椛は身の毛がよだつのを感じた。

 体感時間が遅くなり巴が口を開くのがとてもゆっくりに感じられる。

 

 

「さあ」

 

 

 

 その目はまるで獲物を捉えた捕食者のように、私の一点を見つめている。

 

 

 

 

「私に……」

 

 

 

 

 

 今すぐ逃げるべきだと獣の本能が告げる。

 

 しかし、蛇ににらまれた蛙の如く私の体は動かない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「その尻尾を洗わさせて!」

 

 

 

 ともえがおそいかかってきた!

 



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3話:都会へ

 

 

 

 

「忘れ物はねぇか?」

 

 

 朝食を済ませ、忘れ物の確認……といっても頭陀袋一つなので忘れるものもないのだが。

 

 

「大丈夫! それじゃあおばあちゃん、またね!」

「お世話になりました」

 

 

「いつでもくるとええ」

 

 

 荷物を背負い、巴の持つという車とやらへ荷を積み込む。

 

 

(良い人だったな……)

 

 

 そう思いつつ、巴に促されるまま助手席という場所へ乗り込む。

 

 

「よーしもみじ、準備はいい?」

 

 

 その手には鍵が握られていている。この車というのに必要なのだろうか。

 

 

 そう考えていると巴が鍵を丸い物体の脇へ差し込んで捻った。

 

 

 

「!?」

 

 

 

 爆音と振動、獣の妖怪である椛の耳には些か大きすぎる音と振動が突如襲い掛かった。

 

 

 

「あ、ごめん。ちゃんと説明しておけばよかったね」

 

 

 申し訳なさそうに謝る巴、椛は耳を押さえながら。

 

 

「す、少し驚いただけです……」

 

 

(今のは不意討ちだったから驚いただけで構えておけば問題ない)

 

 

 そう内心言い訳をして、動揺を紛らわすように巴が何をしているのかを聞く。

 

 

「これ? 乗り物なんだけど……まあ見た方が早いか」

 

 

 それっ、と足元の板を踏んだと思えば……なんと車が進みだした。

 

 

 これは一体なんだと内心疑問符で一杯な椛だが、深呼吸を一つついて巴に説明を求めると、どうやらこれは人や荷を手軽に運ぶための物らしい。

 

 要は人力車をカラクリで動かしているのだと、巴の補足でやっと理解した。

 

 

 なるほど、これなら人の走るそれよりも速く移動が出来るわけだ。広い外の世界らしい移動手段といえる。

 

 

「私の家はここよりずっと都会にあってね、ちょっと時間がかかるけど車酔いとか大丈夫?」

 

 

「今のところ大丈夫かと」

 

 独特の揺れに違和感を感じるものの、三半規管などの感覚器官は人より優れているためか気分を悪くするといったことはない。

 

 

「そっか、じゃあのんびり景色でも見ながらにしよう」

 

 

 速度を落とし、ゆったりとした速度になる。

 

 お言葉に甘えて椛は窓の外に視点を"飛ばした"

 

 

 

 ◇

 

 

 

「ここで少し休憩にしよっか」

 

 

 コンビニという場所へ車を停め、降りる。

 暫く座りっぱなしで固まった体をほぐすように伸びをしていると、片手を後ろに回した巴に手招きされた。

 

 後ろ手に物を持っているものは見えるが、それが何なのかわからない椛は取り敢えず招かれるまま巴のもとへ行く。

 

 

「はいこれ」

 

 

 手渡されたものは密閉された金属の筒に模様が描かれており、coffeeの文字がある。

 

 温かく、軽く振ってみた反応から中には液体が入っていると思われる。

 

 

「缶コーヒーだよ、こうやって開けるの」

 

 

 巴の手つきを真似してかんこーひーなる物を開ける。

 

 

 カキョという音をならし開いた缶は立ち込める独特の薫りを放ち椛の鼻を刺激した。

 

 こーひーというのは豆を煎った飲み物だということを知識として知ってはいるが、飲んだことはない。真っ黒なその液体に恐る恐る口をつけてみる。

 

 

「ッ! ……苦い」

 

 

 全身の毛が逆立つ程の苦味が舌を襲い、驚きのあまり危うく缶を落としかける。

 

 

「ごめん、口に合わなかった?」

 

 

 かわりにこれどうぞ。と渡されたお茶で口直しをする。

 椛はしばらくこーひーを飲むまいと軽く決意した。

 

 

「さて、じゃあ出発しようか。お昼までには着きたいしね」

 

 

 椛は未だ残る苦みで顔を歪ませながらも頷いた。

 

 

 

 

 

 

 その後も車に乗りしばらく周囲の風景を眺めていると様々な発見があった。

 

 移り変わる景色。周囲を囲んでいた山々は姿を消し、二階建ての建物や木が使われていない背の高い長方形の建物が増えてきた。

 

 緑の少ない見慣れない風景、事前に聞かされていた情報によく似ている。

 

 

 電車という車よりも多くの人や物を運べる乗り物を見たり、立ち寄った"がそりんすたんど"という場所で鼻が曲がる思いをしたりと中々に身のある時間を過ごしていると感じていた。

 

 

「さあ、見えてきたよ。あのマンションが私の家」

 

 

 太陽が頭上に登り始めた頃、ようやく巴の家らしき四角い建物が見えてきた。

 辺りには殆ど自然がなく空気も汚い、河童のラボの方がよっぽど臭いはマシといえる。

 

 

 勝手に開く透明なドアや自動で上まで送ってくれる部屋という不思議体験の後に、ようやく巴の家にたどり着いた。

 

 

「ささ、入って入って」

 

「お邪魔します」

 

 

 そう言って入ろうとした矢先、巴に道を塞がれた。

 

「違う違う、今日からここはもみじの家でもあるの。だから……ただいまだよ」

 

「そうですか……た、ただいま」

 

 

 戸惑いながらも荷物を抱えて家に入る。ただいまと言ったのは何年振りだろうか

 

 

「お帰り、荷物は……とりあえずそこら辺に置いておいて、後で部屋空けるから」

 

 

 巴の家は居間と部屋が二つあり2LDKというもので、そのうちの一部屋を貸してくれるらしい。至れり尽くせりとはこのことだろう。

 

 

「さ、お昼にしよう」

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

「もみじはいつまでこっち側にいるの?」

 

 

 移動途中にスーパーというところで購入したお弁当を食べながら、ぶっきらぼうに聞く巴。

 

 

「特に期限は設けられていませんので、キリが良いところで帰ろうかと考えています」

 

 調査といっても大分なげやりな状態なので、今帰っても問題はなさそうだが……さすがにそれは自身のプライドに反する。

 

 

「私今大学4年生でさ、就職活動も終わっちゃって今年一年暇なんだ。だからもしよければ……」

 

 

 ちょっと長くなるかもだけど……と前置きして

 

 

「就職までの一年間、私と一緒に過ごさない?」

 

 

 真剣な顔つき、どうやら冗談の類いではないらしい。

 巴は人にとって長いだろう一年という歳月を椛と共に生活したいという。

 

 

「それは嬉しいのですが……なぜそこまで?」

 

 

 ただし疑問だ。巴にとって椛は妖怪という超常的存在で、祖母から友達になってくれとしか頼まれていない。本来ならむしろ避けるべき相手ですらある。

 そこまでする義理はないはずなのに、なぜ? 

 

 

 巴はその言葉に一瞬動きを止め、暫く思考した後。

 

 

「なぜ……そうだよね、意味わかんないよね。昨日知り合ったばかりなのに部屋まで貸すなんてね」

 

 

 両者共に食事をする手は止まり、なにやら辛気くさい雰囲気へと変わる。

 

 長く感じられる沈黙の後に、消え入りそうな声色で呟き始めた。

 

 

「…………私ね、今言ったように来年から就職……社会人になるの」

 

 

 仕事に就くという事だろうか、椛は巴の言葉を聞き逃さないよう一言一句に耳を傾ける。

 

 

「その会社は良いところでね。評判も悪くないしそれなりに有名でさ、このまま行けば普通かそれより少し上の生活ができると思う」

 

 なにか不安なことでもあるのだろうか。

 

 

「けれどね、それで本当に私は幸せなのかなって考えちゃうの……就職して、結婚して、子供を育てる。それは確かに幸福なことだろうし、良いことだと思う」

 

 

 椛の聞く限りでは良い暮らしだと思う。幻想郷に置き換えてもそれは幸せと言えるだろう。

 

 

「けどさ、それで私は満足なのかなって。いつか歳を取って死ぬときに「心の底から満足できた人生だった」って言えるのかな」

 

 

 巴の顔が次第に暗いものとなる。

 

 

「漫画やアニメの世界に憧れて、自分の好きなことをして生きる登場人物達を見て、その上で皆のいう幸せを目指しても私は皆のように満足はできない」

 

 

 そう断言してしまう程に、それこそ毎日でも考えて来たのだろう。

 

 

「でも今の私にはすごい力なんて何もないし、10年も経てばこの憧憬は消えているかもしれない」

 

 

「ならいっそこのままこの気持ちを封じ込めてしまいたいって我慢してた。そうすれば私は普通に生活して、普通に幸せになれるって思ったから」

 

 

「けれど、今の私はこの思いを忘れたくなかった。もしかしたら私もそっち側に行けるんじゃないかなって微かな希望を抱いてた」

 

 

 その考えは危険だ、と椛は思った。

 

 

「だから……もみじが来たときは嬉しかったの。夢は、幻想はちゃんと存在していたんだって」

 

 

 巴が抱いているのは幻想、普通ではないことへの憧れだ。

 

 

 社会は異端を嫌う。巴の語っていることは人の輪から外れることを意味し、社会の中で生きる巴にとってそれは致命的な思想となりうる。

 

 

 巴は此方に歩みより、椛の手をとる。

 

 

「もみじ、お願い。この一年だけでいいの、そうしたら私はきっと満足できるから……だからそれまで一緒に居させて!」

 

 

 巴もわかっているのだ、それが人の世で生きるには邪魔でしかないということを。

 

 

 掴んだその手にすがるように顔を埋める巴。友人ならばそれは止めるべきなのだろう。彼女には人の社会が必要で、幻想の存在である椛と一緒に居ればその夢は一層強くなるに違いないから。

 

 

 ここで突き放し二度と会わないのが巴の為と言える。友達としての椛なら、そうすべきだろう。

 

 

 

 しかし椛は友人の前に妖怪である。妖怪とは自分の好きなように生きるのが性分であり……椛とてそれは例外ではない。

 

 

(友達と名乗るには、もう少しかかりそうです)

 

 

 

 きっと崩れているであろう下を向いたその顔は見えないことにして。

 

 

 

 

 

「……ご一緒させていただきますよ」

 

 

 

 

 

 顔を上げ椛の回答に安堵と驚きを滲ませた、呆けた知り合いの顔を見た。

 

 



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4話:人混み

 

 

 昼飯を食べ終え椛用の部屋を軽く掃除した後、日用品云々を買いに行くということで再び外へ繰り出した。

 

 

「さーてと、まず何を買いにいこっか」

 

 

 ウキウキとした感じの巴、先のやり取りでいくらか気分が上がっているのだろう。

 

「まずはこれをお金に変えたいので、質屋のような所へ行きたいのですが」

 

 換金用にと支給された皿や鋏等の調度品の入った袋を掲げる。どれもが天狗の里で作られており、丁寧な装飾が施されている。

 人里へ持っていけば一つでかなりの金銭になるものばかりで、この一年の活動資金でもあるため早いうちに換金しておきたい。

 

「なにを変えるの?」

 

 これです、と袋を広げ調度品を見せると関心の声を上げた。

 

「おお~これはこれは……」

 

 顎に手を当て、いかにもその価値がわかると言わんばかりの顔をする巴。

 

「わかるんですか?」

 

 

「いいや、全然」

 

 

 わかっていなかった。

 

 

 

 

「とにかくこれらを換金したいんでしょ? だったら骨董品店が近くにあるからそこに行こっか」

 

「わかりました」

 

 

「ではしゅぱーつ」

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 特に問題もなく換金が終わり、こちらの世界の現金を手に店を出る。

 

 

 

「これってけっこうな大事じゃない?」

 

 

 

 換金された額を見て戸惑う巴。

 天狗の品にはきちんと価値があったようで、換金という目的を立派に果たしてくれた。

 

 

「まだこちらの金銭価値がわからないのでなんとも言えませんが……良い値がついたということですか?」

 

「良い値というかサラリーマンの平均年収というか……一年過ごすだけなら大分贅沢できるよ」

 

 

 どうやら活動資金に問題は無さそうだという程度に認識する椛。

 贅沢をする趣味はないので困ることはないだろう。

 

 

「まあこれで気兼ねなく買い物ができるね。早速買い物に行こっか、ショッピングモールはすぐそこだし」

 

 巴が指差す先を見るとさほど離れていない所に多くの店と人が集まっている建物を見つけた、あれがそうなのだろう。

 

「ちゃんとお金は隠しておいてね、盗られちゃうかも知れないからさ」

 

「人間に遅れを取るつもりはありませんが……そうですね、目立つのはあまり良くありませんし」

 

 制限されたとはいえ人間よりは力も体力もある、索敵に適した椛の能力ならスリに遭うよりも露店の匂いに釣られてしまう可能性の方が高いだろう。

 

「そういえば椛ってどれくらい強いの?」

 

「また答えにくい質問ですね、今は随分と力が制限されていますから……この岩を持ち上げられる程度ですね」

 

 ぽんぽん、と骨董品店の横に看板として置かれている腰程の高さのある岩を例に挙げる。

 

「…………それ、何kgあるの?」

 

「きろ……? 重さでしたら70貫程かと」

 

 

 貫? と首をかしげる巴。ここでは尺貫法が通用しないのかと伝わらないことに困惑する椛。

 

 やがて巴が懐から取り出した四角い河童の持つケータイに似た物を弄り、少しすると納得したように声を上げた。

 

「あー、おおよそ260kg……ってえ? はぁっ!?」

 

 どうやら衝撃的だったらしく、椛と岩に視線が行き来している。

 

「私その十分の一も怪しいんだけど」

 

 人には厳しいだろう、しかしかつて妖怪の山に住んでいたという鬼はこの何倍もの岩を軽々持ち上げるというのだから自慢にもならない。

 

「むしろ私としてはいつもより力が出せなくて歯痒さを感じます」

 

 妖力を手に込めればこの倍はいけそうだが、補給の目処が立たない内は容易に使えない。

 

「それよりもしょっぴんぐもーるとやらに行きましょう、日が暮れてしまいます」

 

「そうだね、買わなきゃいけないもの沢山あるし」

 

 

 

 

 

 

 それから大した時間も掛からずに『バーゲンセール』の垂れ幕の目立つ入り口まで着いた。

 

 改めて見ると凄かった。

 

 店が道を挟むように配置されていて、少ない空間を上手く使い食事処や雑貨店が列をなしている。

 しかもそれが床を隔てて上へ3つ4つ積み重なっているのだ、外の世界の物流の良さを実感する。

 

 

「今日は人が多いね、迷子にならないよう気を付けないと」

 

「もし離れてしまったら私が迎えにいきますよ」

 

 

 このショッピングモール全体は椛の視界に入っている、迷子になる要素は微塵もないと思われた。

 

 

「頼りにしてる……よし、まずは服を見に行こう!」

 

 

 椛の背を押し、衣服を取り扱う店へと連れていく巴。

 

 ぱっと見てもわかるほどのヒラヒラした服の多さに、椛は視線をそらしたくなる気持ちをぐっと抑える。

 

 

「私に任せなさい!」

 

 

 

 巴の眼は真剣そのものだった。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 まずい……と椛が思う頃には手遅れだった。

 

 

 

(完全にはぐれてしまった……)

 

 

 巴がお御手洗いにいくから適当に見ててと言われて回っていたらこれだ。距離が離れてしまったことに気が付いた時には既に巴は椛を探してあちらこちらへと回っていってしまったようで、元いた場所を見ていても戻ってくる気配はない。

 

 完璧に迷子だった。

 

 いくつもの買い物袋を携え、人混みを掻き分けながら取り敢えず壁の方へと進んでいく。

 

 

 自慢の目で探してはいるのだがいかんせんその数が異常だ、施設全体を一人づつ探していては埒があかない。

 匂いを辿ろうにも商品やらなんやらの刺激臭が邪魔をして上手くいかず、どうしたものかと立ち止まる。

 

 

 自身の失態を恥じていると、雑音と一緒に微かな声が聞こえた。

 

 

「も……じ……」

 

 

 紛れもなく巴の声だ。聞こえた方へ視線を集中させると、いつの間に近くにきていたのか椛を探して名前を呼ぶ巴が見えた。

 

 

「みつけた……! おーい!」

 

 こちらも声を上げるとどうやら気付いたようで、こちらへ向かって進み始めた。

 

 

「ただ今よりタイムセールを始めまーす!」

 

 

 喜んだのも束の間、意味のわからぬ掛け声と共に突如現れた人の波に襲われ巴はこちらとは反対の方向へと流されていく。

 

「ちょ……ど、退いてください」

 

 こちらが向かおうにも椛を押し退けようとする人間達の力は尋常ではなく、思うように進めない。

 

 とても初老の女性とは思えぬ体当たりを繰り出し目当ての商品へと駆けて行く姿は本当に人なのかと疑うほどだ。

 

 

(ええい、うざったい!)

 

 

 邪魔な人間を全て吹き飛ばしたい衝動に駆られるも、すんでのところで湧いた理性によって止められる。

 

 

 

 右へ左へとしばらく人混みに揉まれつつ、やっとの思いで巴の元へとたどり着く。

 

 

 長いようで短い時間をかけようやく合流出来た頃には、両者共に疲労を滲ませた顔をしていた。

 

 

「ほんとうに……今日は人が多いね……」

 

「正直な所……ここまでとは思いませんでした」

 

 

 縁台に座り込み、流れ行く人々の波を眺める。

 

 今まで人の波というのを体験したことのない椛は、肉体的疲労よりも精神的疲労の方が強かった。

 

 

 相も変わらず互いに押し退けあっている群衆を見つめ、空を飛んで上を通り抜けたいなーとか考えていると巴のお腹から可愛い音が鳴る。

 

 

「……どこかでおやつにしようか」

 

「そうしましょう」

 

 

 

 

 

 荷物を持ち適当に歩いて、目に留まった店に入る。

 

 そこはどうやらぜんさいや団子を扱う店のようで、椛にとっても馴染み深い商品で溢れていた。

 店内は竹垣等で席が仕切られていたりと和を重視した内装になっている。

 

 

「いいねこの雰囲気、落ち着く」

 

「ええ、他の所は目新しさもあって見ていて飽きないのですが、やはりこの雰囲気が一番落ち着きます」

 

 

 袴をイメージした服装の店員がやってきて、お茶を置きつつ『ご注文はお決まりですか?』と聞いてくる。

 

 

「ぜんざいをお願いします」

「私四季の団子で」

 

 

 畏まりましたと下がっていく店員。その後ろ姿を眺めながら、じっくりと店内の様子を見る。

 

 客の多くが若い女性で、出された料理の写真を撮ったりお喋りしているのが見受けられる。

 聞こえてくる話ではこういう本格的なお店は珍しいんだとあり、幻想郷で営まれる生活との共通点の少なさを改めて実感する。

 

 

「やっぱり向こうに帰りたいって思ったりする?」

 

 椛が辺りを見回しているのが気になったらしい巴。

 

「いいえ、ただ幻想郷の暮らしとは随分と違うんだなと」

 

 少なくとも和装に身を包んだ人や平屋は一般的ではなく、過去のものとして扱われているようだ。

 

「そりゃそうだよ、椛の言う幻想郷の文化って100年以上前だもん、それだけ経てば人の生活は大分変わるよ」

 

 

 此方の世界は随分と技術の進み方が早いらしい。

 幻想郷では人里の繁栄を意図的に抑えている所があり、椛の記憶ではその営みに大きな変化は起きていない。

 

 妖怪による抑制がなければ人はここまで繁栄出来るのかと驚き半分、畏れ半分の面持ちでお茶を啜る。

 

 

「まあでも…………」

 

 

 続く言葉を止め『お待たせいたしました』と店員が注文の品を配膳するのを待つ。

 

 巴は自分のお団子を口にして、んん~っとその味に満足するような唸り声を上げ。

 

 

 

 

「美味しいものを食べようとする気持ちは、今も昔も変わってないんじゃないかな」

 

 

 そういってもう一つ団子を口に運ぶ。

 

 椛もぜんさいを一口食べ、その味を確かめる。

 器ごと温める気配りに、艶のある白玉と丁寧に調理された小豆の味は中々に美味と言える。

 

 

「……そうかも知れませんね」

 

 



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5話:すまほと勉強、罪と罰

 

「ともえ、それはなんですか?」

 

「んー?」

 

 

 お菓子を頬張りながら、何を訪ねられたのかを思案する巴。やがて自身の手に持つ物を指定されたことに気付く。

 

 

「これはスマホって言ってね、便利な電話……いや、電話じゃ通じないのか。えーっと……調べものをしたり他の人とお喋りしたり、写真を撮ったりとかできるよ」

 

 電話が遠くの人と会話できる物なのは一応知っている。写真も身近なものだ。

 

 

「携帯電話でしたら幻想郷にもあります。形は少し違いますが」

 

「え、携帯電話知ってるの」

 

 

 どうやら意外に思えたようだ。そもそも河童製の無線機を今まさに持ち歩いているのだが。

 

「はい、河童が外の世界から流れてきた物をよく弄ってますので。写真機もありますよ」

 

「……幻想郷って意外とハイテクだね。……あ、そういえば無線機持ってたね」

 

 

 巴の幻想郷に対する印象が少し変わった様だが、機械を弄れる種族は河童ぐらいのものだ。

 

「そうでもありませんよ、機械を持っているのは河童か天狗位のものですし」

 

 

「そうなんだ、もみじは確か白狼天狗なんだよね。カメラとか持ってたりするの?」

 

「いえ、鴉天狗の中には持つ者がいますが私を含め白狼天狗はそういったものは持ち合わせていません」

 

 

 そもそも白狼天狗はあまりそういったことに関心を寄せない。上司が(主に良かった)感想を貰うため新聞を無理矢理読ませるため、記者に関わるカメラによい感情を抱いていないのかも知れない。

 

 それと河童がしょっちゅう実験と称して爆発事件を起こすということも機械から距離を置く理由の一つだろう。

 

 

「ふーん……よし、じゃあもみじのスマホを買いにいこう!」

「え」

「理由は後、早く準備して!」

 

 さっと立ち上がる巴、食べていたお菓子の残りを口に押し込みながらあっという間に準備を整える。その行動力は一体どこから沸いてくるというのか。

 

 

「ほーら、行くよ!」

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

「これがすまほですか」

 

 

 物を一つ買うとは思えない程の時間をかけて漸く手に入れたスマホ。

 店員がなにやらよく分からないことを長々と説明していた。ぎががどうたらなんとか放題がどうとか……もちろんなにも頭に入らず全て巴に任せることになった。

 

 

「そ、もみじは身分証がないから私名義だけどね。あ、早速写真撮ってみようよ」

 

 

 これをこうして……と慣れた手つきで椛のスマホを操作していく。

 

 やがてスマホは鏡のように自分を写し始めた。

 

 

「いい? こう持ってこれを押すの」

 

 

 説明を受けながら二人寄り添い、指示された場所を押すと。カシャッという音がした。

 

 

「どれどれー……うん、よく撮れてる。妖怪は写真に映らないのかと思ったけどそんなことなかったね」

 

 

 どうやら無事に撮れたらしく、その写真を見せてもらうときちんと二人が写ってる。

 

 

「記念すべき一枚目の写真だね、待ち受けにでもする?」

 

 

 待ち受けとは? と聞く前に説明を始める巴、どうやらスマホを起動すると今撮った写真を見えるようにするらしい。手順を教えてもらいながら操作し、待ち受けの変更をした。

 

 

「このすまほというのは扱いが難しいですね」

 

 

 指を縦に横にと滑らせるこの独特な動作に苦戦する。慣れるにはしばらくかかりそうだ。

 

 

「そうだね、私も初めは大変だったよ。こうしてスラスラと出来るようになったのは割と最近。でも色々な機能があって使いこなせると便利だよ」

 

 

「精進します」

 

 

 とてもこの機能全てを一年で使いこなせるとは思えないが、基本動作くらいは出来るようにしたい。

 

 

「そうそう、連絡先交換しよう。今回買ったのはそれがメインなんだから」

 

 

 ちょっとかーして、と私のスマホと自身のスマホを操作する巴。

 

 

「春休み開けたらちょくちょく大学に行かないといけないから、その間にこれで連絡するの……こんな風にね」

 

 

 見せられた二つの画面に疑問符を浮かべていると、巴が自分のスマホを操作し『こんにちは!』の文字を組み立て横向きの三角形を押すとそれが椛のスマホにも現れた。

 

 

「こうやって、世界中の人と会話が出来るんだよ」

 

 なんとも信じがたいことだった。

 

「ともえのすまほから私のすまほに文章が……どうなっているのですか?」

 

 

 一体どんなカラクリで動いているのか。是非とも知りたいが、尋ねても詳しくは巴も知らないようだ。

 

 

 

「とりあえず今日は操作と機能の把握だね……っと、もうお昼か。何処かで食べてく?」

 

 スマホの画面には『11:56』と表記されている。どうやらこれは時刻を表しているらしく今が丁度お昼らしい。

 

(はやくこっちの時間を覚えておかないと……)

 

 こちらの世界はどうやら時間を厳密に扱うらしく、何刻等の大きな表現ではなく何分何秒などとても短い時間を基準に生活しているらしい。

 

「もみじはなにか食べたいのとかある?」

 

「はい、蕎麦が食べたいです」

 

 

 

 それはそれとして、今日は蕎麦の気分だった。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 あれから蕎麦を食べて帰宅し、巴のサポートを受けながらスマホの操作を練習していた。

 

 

「大学というのは学問を積む所だと聞きましたが、具体的にどんなことをしているのですか?」

 

 

 画面を見すぎたことで疲れた眼を解しつつ、数ある疑問の一つを投げ掛ける。

 

 

「私は哲学を専攻してるけど、歴史とか数学とかもやるよ。教材あるけど読む?」

 

 

 そういうと、巴は自室から数冊の本を持ってきた。

 試しに『数学』と書かれた本を手に取り、パラパラと捲ってみるとなにやらよく分からない記号とそれについての説明らしき理解不能な文字の羅列が所狭しと綴られている。

 

 

「な、なんですかこれ」

 

 

「すうがく、世界を数字で計算するためのもので…幻想郷だと算術って呼ぶのかな」

 

 

 算術……数字と記号が入り乱れているこの妖精が面白半分に書いた文字のようなものが……? 

 

 

「私にはまだ早いようです」

 

 本を閉じ、そっと遠くへ置く。そしてしばらく見ることはあるまいと胸に刻んだ。

 これを理解できるヒトが幻想郷にどれだけいるだろうか。

 

 次は歴史と書かれた本を手に取る。幻想郷ができる遥か前から出来た後までの外での大きな出来事が記されているようだ。

 

 これは是非とも調査報告に書き記しておきたい。

 

 

 かなりの量があるが、能力故に速読の力もある程度身に付けている。読むだけならこの一年で十分にまとめられるだろう。

 

 

「妖怪についての記述もあるのですね」

 

 

「民俗学が中心だけどね、妖怪に関する本なら……これかな、参考書じゃないけど」

 

 

 巴はまた別の本を取り出し、パラパラと中身を確認してから渡してくれた。

 

 

「これは……また分厚い本ですね」

 

 

 表紙には絵巻物に描かれるような魑魅魍魎が所狭しとならんでいる。

 

 古今東西の怪異について書かれた本のようで、中には幻想郷でも見かけない妖怪も記述されている。

 

 

「良い資料になりそうです」

 

「良かった、私の部屋にある本棚は好きに漁って良いからね」

 

「ありがとうございます」

 

 

 少しずつ読んでいこう。中身を理解出来なくても、最低限学力の水準さえ解れば良い。それでも困難を極めるだろうが……それでもやるしかない。

 

 

「もみじは幻想郷で勉強する機会ってあったの? 寺子屋はあるみたいだけど、妖怪の為の学校とかあったりするの?」

 

「ええ、私の知る限り人里の寺子屋と、私達白狼天狗を含め山の組織が運営、利用するものがあります。この資料程ではないですが算術や語学、幻術などの妖術を教えています」

 

「幻術に妖術……消えたりとか変身したりとか……はっ!? さては今のもみじの姿は幻影だったり!?」

 

 巴のテンションが明らかに可笑しくなった。

 少々息が上がり、興奮の眼差しをこちらに向けている。

 

 

「落ち着いてください、今ともえに見える姿がそのままの私です。幻術は維持するのに妖力を消費するのであまり出来ません」

 

 そもそも私は幻術があまり得意ではない。狼か、精々が天狗と縁の深い鴉に姿を変えるくらいである。

 

「そっか、安心したような……変身するもみじが見れなくて少し残念というか……」

 

「幻術は難しいですが、火を生み出すこと位なら簡単に出来ますよ。このように」

 

 人差し指を立て、その先に握りこぶし程の火球を作る。

 この程度の妖力消費なら特に問題ないだろう。

 

 

 ……と思っていたが、いざ作ってみると想像以上に妖力を持っていかれた。これは本格的に妖術全般を使わない方がいいかもしれない。

 

(もしくは補充する方法を探るか……)

 

 

「すごいすごい! ちゃんと熱気もある! カッコいいなぁ……私にも出来るかな」

 

 巴が危ない距離まで近づいてきたので、慌てて妖力の供給を止め火球を四散させる。

 

「やめておいた方がいいですよ、妖術は人が使うと魂が穢れますから」

 

「穢れ?」

 

 

「ええ、私達妖怪は穢れそのものといえますので大丈夫ですが、人が穢れを溜めてしまえばそれだけ妖怪に近くなります。ともえは綺麗な魂なのですから、無為に穢れて欲しくありません」

 

 そう伝えると、巴はしばし固まったあと。

 

「私の魂って綺麗なの?」

 

 疑問が疑問を呼んでしまったようだ。これは私の伝え方の問題だろう。

 

「はい、妖怪的に凄く綺麗に見えます」

 

「妖怪的に……えっと、それは例えるならどんな衝動になるの?」

 

 何処と無くぎこちない動作の巴。妖怪的に綺麗、という言葉になにか思うところでもあったのだろうか。

 

「そうですね……」

 

 少し思案し、妖怪として巴に抱いた感情を思い浮かべてみる。

 

 ただの人間としての巴……穢れていない魂に明るく活発な性格。

 綺麗に整えられた身だしなみ…。

 

 

 ……あえて柔らかく表現するなら、それはなんともイジメたくなるご馳走である。

 

 ふと、軽く脅かしてやろうと素直に答えてみる。

 

「足先からガブガブと行きたい感じですかね」

 

「怖!」

 

 人間とは思えぬ速度で部屋の角まで逃げ出す巴。

 その様子から結構本気で怖がっているようだ。

 

 

 …捕食されるという恐怖を巴が私に抱いたからか、少しだけ妖力が回復した気がする。

 

「冗談ですよ……半分」

 

 やりすぎたと思い訂正を入れておく。

 

 訂正仕切れていない気もするが、気にしてはいけない。

 

 

「そこは全部冗談って断言してほしかったよもみじ……」

 

 とはいいつつも元の机を挟んで正面の位置に戻ってくるので、私が本気で食べようとしている訳ではないと理解したらしい。

 わかってくれたようで何よりである。

 

 

「まあでも、どうせ食べられるならもみじがいいかな」

「なにを言ってるんですか?」

 

 どうやら巴は少し混乱しているらしい、自分から食べられたいだなんて可笑しい発想が出てくるくらいには衝撃的だったようだ。

 

 

「脅かしすぎましたね、すみません。気を付けます」

 

 今後は少し自重しよう。

 

「いいのいいの、冷静になればもみじが私を食べるなら初めて会った時にそうしてる筈だもんね」

 

 

 先程の恐怖が僅かに顔に残っているものの、巴は自分なりに感情の落とし所をみつけたようだ。

 これ以上謝罪しても受け入れてくれないだろう。

 

 

 自省の念がまだ残る私としては、なんとかお詫びになることをしたいのだが……。

 

 

 考え始める私の正面で、巴が一つ深呼吸をした。

 

「それでは」

 

 

 巴の声色が変わる。

 

 先程の恐怖や安堵とはまた違った、落ち着いていて、なおかつ気迫の篭った声。

 

 

「お返しとして、これで手を打とうじゃないか」

 

 

 何かの役者でも演じているのか。今までと違う口調で……なぜか手を開いたり閉じたりしながら。

 

「罪を犯したなら、償わなければならない。それはわかるねもみじくん」

 

 

 毛が逆立つ。これは以前にも感じた……。

 

 距離をとろうと立ち上がろうとして、足がすくんでいることに気が付く。

 

「被告、犬走椛」

 

 一歩、机を迂回するように私に近付く巴。

 大きくもない机はその一歩でも十分に距離を詰め、あともう一歩で手が届くだろう所まで来る。

 

 

 

 

「その尻尾と耳を私にモフられる刑を下す!」

 

 

 巴が動く。

 

 

 震える足をなんとか動かそうとするも、主の意思に反して体は後ろへと倒れ込むような体制になってしまう。

 

 そこへ巴の飛び込みが綺麗にハマり、そのまま二人でもつれあう形になる。

 

 

「ちょっ、ともえ……まってくだ「待ちません! さっきの本気で少し怖かったんだからね!」

 

 

 耳と尻尾、その両方を巴の両手が掌握する。

 優しくもどこかいやらしいその手つきはなんともいえぬむず痒さを誘う。

 

 

「くすぐった……ひゃん!」

 

 巴の食指により、恥ずかしい嬌声が口から漏れでた。

 

「可愛い声を出すじゃないか! ほら! これが私の妖怪退治よ!」

 

 テンションが上がりすぎてもはや別人になってしまった巴。

 

 私は悶えながらも、先程の出来事を私をモフる(?)ことで許してくれるという巴の優しさに、今は言えぬ感謝をした。

 

 



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