「あなたの事が好きです」
溺れてしまいそうな夕日を浴びながら一人の女の子がそう告げる。その女の子の髪はただでさえ黄色いというのに、夕日によってより色濃くされている。そしてそんな髪色と白い肌には似合わないピンク色に彼女の頬は染められている。
「答えを……貰ってもいいかしら?」
恥じらい、期待、それは何を孕んだ言葉なのだろう、それとも全てだろうか。
「俺は……」
光に包まれる学校の廊下、それは幻想的で、夢だと言われれば確かにと納得してしまうようなものだった。その女の子に向かい合うようにして立っている男の子は長い時間をかけ、そしてゆっくりと答えを出した……
「今のは自分でもなかなかだと思ったのだけど……」
「完璧でしたよ、本番それで行ってもいいと思います」
「私は妥協はしないわ、もう一度お願いできるかしら?」
「も、もう一度ですか……はい」
少しばかり日は落ちてしまったが問題はないだろう。このやり取りは何回目だろう、今日は3回目だが今までの分を数えると……両の指では足りないだろう。
「……それにしても白鷺さんはなんで俺と練習するんですか?」
「あら、それは前にも答えなかったかしら?」
「確かにそうですけど……いまいちピンとこなくて」
「この学校の演劇部で一番上手なのがあなただからよ」
「俺よりも部長の方が……」
「部長さんは女でしょ、それとも私に女に告白する練習をしろと言うのかしら?」
もしここであなたの事が実は好きだから、なんて言えたらどれ程楽なのだろうか、そんな考えを得意のポーカーフェイスで隠しきる。
「そうですけど……やっぱり白鷺さんの演技は心臓に悪いというか」
「どういうことかしら?」
「白鷺さんはほんとに僕の事好きみたいな演技をするじゃないですか、それは凄いなって思うし尊敬しているんですけど……」
「それならあなたの演技からも似たものを感じるわよ?」
「そ、それは……」
顔を赤くする彼を可愛いと思ってしまい思わず笑みが出てしまう。こんな彼でも演技の時になると信じられないような台詞だって言えるのだから、そういう台詞の時はどうしてもドキドキが止まらなくなってしまう。
「次はもう一つ先までやってみましょう」
「えーっとこれの次は……これ本当にやらなきゃ駄目ですか?」
「当然よ、役者魂見せてやるって最初の方は言ってたじゃない」
そうですけど、と力なく答える。この次の演技はなんだったかしら、実はあんまり覚えていない。自分の台詞とその直前の台詞だったら覚えているけど、相手の演技までは覚えていられない。
キスシーンとかはないはずだからそこまで過激なものにはならないはずだし問題はないだろう。そう思っていた、この時までは。
「……俺もお前の事が好きだ」
そこまではよかった、だが彼がそう言った瞬間彼の腕が私の顔の横を通り、世間的に言う壁ドンという姿勢になった。
正常な思考が働かない、頭が沸騰しそう、台詞だって飛んでしまった。今私はどうなっているのだろうか、顔は真っ赤かもしれない、それが彼に見られているかもしれない、そう思うとどうしようもないくらい恥ずかしく思う。
「……白鷺さん?」
「は、はいっ!?」
「……早く台詞言ってください」
「ご、ごめんなさい、飛んでしまって……」
「白鷺さんにしては珍しいですね」
彼はまだ演技モードに入ったままなのか少しも緊張した様子もなくそんなことを言ってくる、そしてその間も体勢は変わっていない。顔が近い、息がかかってしまいそうだ、顔の横の手から不思議な熱さを感じてしまう。
「あ、あの……そろそろ」
「……ご、ごめんなさい!」
そう言うと彼は顔を急に赤くする、ああずるい、このギャップは本当に。あんなにも男らしかったのに急にこんな可愛く思える、逆も当然そうでこんなにもしおらしいのにあんなに男らしくなるのはなんともくるものがある。
「ごめんなさい、俺そろそろ帰らないと……」
「……いえ、付き合わせているのは私の方なんだから謝る必要はないわよ」
そう言うと彼は頭を下げて廊下を駆ける、できればもう少しいたかった、だけどそれは彼には悪いだろう。私は素の彼と演じている彼、どちらが好きなのだろう。
「まぁ、そんなの決まってるわね……」
別に私は演じている彼は好きじゃない、だんじて腐れ縁の薫が演じたがりだからというわけではない、多分。ただの落差に驚いているだけだ、そしてその落差が普段の彼をより際立てている。私は素の彼が好きだ、好きになったのは素の彼の方なのだから。
私は芸能人、それも女優という仕事故に学校を休む、または早退するということがとてもというほどではないが多い。彼の事を知ったのは席替えでたまたま隣の席になった時だった。
「えっと……昨日休んでましたよね、ノート使いますか?」
私はそこらの人に比べてかわいらしい、美しい、馬鹿ではないからそんなことはわかっている。だからこそ男から向けられるなんとも表しがたい気持ちの悪い視線も、女からの嫉妬の目線も慣れているし気づきやすい。
だけどその時の彼は単なる親切心から……だったのだろうか、もしかしたら近づけるかもという欲望があったのかもしれないが、少なくとも私は気づかなかった。
「ありがとうございます」
だからなんだというものでただ感謝の言葉と軽い笑顔をして終わり、その時の私は彼にどのように映っていただろうか、ただ私の
多分彼の事を意識し始めたのは多分あの時、Pastel*Palettesの記念すべき初ライブが失敗して次のライブで成功するまでの間の時だろう。あの時の私は学校にいる時間が比較的に多くなった。
事務所からはパスパレとしてのメディアへの露出は制限されたし、あんなことがあってはテレビへの出演を減らされた。それ自体になんら文句があったわけでは……いや、今思えば笑い話だがあの時は相当イラついていたかしら。
そんなことがあったからクラスでは私に対しての陰口が……いや、私に聞こえるように言っていたから悪口だろうか。それは直接ではなく大きな声でもなく、本当にギリギリ聞こえるような、でも確実に届くようななんとも絶妙な大きさでその話をされていた。
そんな時彼はやめろよと大きな声で言うことはなく、私に対して大丈夫ですかと言うことも無かった。実際そんな事を言われても迷惑なだけだし、気弱そうな彼がそんな事を言うとは思えなかった。でも私は見てしまった、彼がそのグループの人達に頭を下げているところを。
「……白鷺さんへの悪口をやめてあげてください」
「何、ていうかあんた誰?」
「えーと……確かあの女の隣の」
「何それ、もしかしてアイツの事好きなの?」
珍しく教室に忘れ物をしてしまい、放課後取りに戻ろうとしたら偶然その場面を見てしまった。私には全く理解が出来なかった。なぜ彼がそんな事をするのか、なぜ私の為に頭を下げる必要があるのかが。
「……だったらなんですか?」
その言葉を聞くと同時に私は目的すら忘れ学校を後にした、何故なのか、どうしてなのか、痛いくらいに心臓が鳴って止まらない。私はその時から、彼の事を意識し始めたのは間違いないだろう。
次の日も、その次の日も、またまたその次の日も、私はわざと忘れ物をして教室に戻った。花音からは、千聖ちゃんって案外おっちょこちょいなんだね、と言われてしまった。
そして教室に行く度に謝っている彼が理解できなくて、少しだけ嬉しくて……そして自分が嫌に思えた。
「ごめんなさい、今日は練習に行きたくて……」
「全然大丈夫だよ、でも千聖ちゃんが練習に行きたいなんて珍しいね?」
「そうかしら? 私は練習はちゃんとするタイプよ」
「でも自分から行きたいって言ってきたことなかったよね? それに私とのお茶の時は特に」
「確かにそうね……ごめんなさい、この分はいつか必ず」
「だ、大丈夫だよ」
その日は花音とのお茶の予定があったのに断ってしまった、そして私はパスパレの自主練習を優先した。
この時の私には目標があった、次のライブでは完璧に、悪いところが一つたりとも見つからないくらいにしてみせると。
それは、あのグループを何も言わせなくするため、実力で黙らせるため。そして彼に謝らせるなんて事をやめさせる、その為に。思えばこの時から彼のことを好きだと思っていたのかもしれない。
「……今思えば子供らしいわね」
「あの時の千聖ちゃん凄い剣幕だったもんね」
「そうだったかしら?」
「そうです、あの時のチサトさんはブシドーって感じで」
「イ、イヴちゃん、それはちょっと違うんじゃなくて?」
「まぁあのお陰でみんな纏まった感はあるけどねー」
なんて事をパスパレのみんなと話しているとスタッフさんが入ってくる、明後日に控えた最終回の撮影の時間を教えて貰った、それを聞いたみんなは頑張ってね、とかの応援の言葉をくれた。
「次で最後……ね」
今までずっと練習に付き合ってもらった彼との関係もこれで終わり、これからはただのクラスメイトに成り下がる。
嫌だ、終わってほしくない、それなら告白すればいい、彼は多分喜んで、と困惑しながら答えるだろう、でもその勇気はない、出せやしない、それはアイドルとしての、女優としてのプライドからくる自分から行くなんて考えられないというくだらないものだろうか。
「千聖ちゃん、何か悩んでる?」
「……大丈夫よ、大したことではないわ」
「ホントに? 今の千聖ちゃんるんってしてないけど……」
「チサトさん、迷ってる時は当たって砕けろ、ですよ」
当たって砕けろ、当たりたくはないし砕けたくはない、でも何もしないなら当たった方がいい。こんなプライド、当たって砕いてしまえばいい。ああ、そう思うと気が楽になってきた。
「ありがとう、少しだけ楽になったわ」
笑ってそう言うと本当ですか!? とイヴちゃんは喜ぶ、本当にいいメンバーと私は知り合えたのだなと改めて私は思った。
迷いはない、先ほど砕けた、告白しよう。例え駄目だったとしてもそれはそれで女優として生かせるだろう、ただ出来れば女優として生かす事がありませんように、そう願った。
「あなたの事が好きです」
生憎の曇り空の中でそう告げる。もう撮影は終わって練習をする必要はない、彼には撮影は明日だと言っているから彼はいつもの練習だと思い込んでいるだろう。
「答えを……貰ってもいいかしら?」
役の台詞を使って少しでも恥ずかしいという感情を紛らわしている。ああ、でもこれじゃあ彼には伝わらないかもしれない。
「俺も……お前の事が好きだ」
壁に押し付けられる、乱暴で、それでいて優しく。本当に何度やってもこのシーンは慣れない、高鳴る胸は彼に聞こえてるかもしれない、聞こえててほしいかもしれない。
「だったら私達、両思いみたいね」
そう言うと彼は少しだけ驚いた顔を見せる。台本ではこんな台詞は無かった、緊張して、殆ど喋れずに慌てふためきながらもありがとうございますと言うシーン、なのに私がこんなにも余裕そうに、そんな台詞が出てきたのが不思議なのだろう。
「……そんな台詞ありませんよね?」
「あら、私のアドリブは気に入らなかった?」
「そうじゃないですけど……練習なんですしそういうのは最初から相手に言っておかないと」
「これは練習じゃないわよ」
そう言うと彼はえっ、と困惑しながら呟き手を退ける。遂にやってしまった、言ってしまった。こうなったらもう止まるなんてことはない、ブレーキはとっくに壊れてしまった、当たろう、だけど砕けてはしまわないように。
「本番よ、これは」
「え、でも本番は明日って……」
「それは嘘よ、撮影はもう終わってるわ」
だからこれは本当のこと、これが本番、一発勝負。
「白鷺千聖は、あなたの事が好きです」
雲が裂けて光が偶々私に当たる、眩しくもあるが暖かい。
「答えを、貰ってもいいかしら?」
静寂が私達を包み込む。痛くて刺さってしまいそうなそれは気持ちが悪くて、焦らされいるようでモヤモヤする。
「俺は……俺も、白鷺さんの事が好きです」
その言葉は何とも甘美なものだった、甘ったるくて吐き出してしまいそうなくらい。だけど一つだけ、たった一つだけ気に入らない事がある。
「呼び方が違うわよ、やり直し」
「ええ……俺結構頑張ったんですけど……」
「だったらもう一回頑張りなさい、男の子なんだから」
そう言うと彼は顔を赤く染める、なんとも可愛らしくて普段の彼、それは演技ではなく素の彼。雲がどんどん離れていき、光がより広く、大きく私達を照らし出す。
「俺も……千聖の事が好きです」
二回目のそれは先ほどのようなハキハキとしたものではない、だけどそれが彼らしくて、名前で読んでくれたことが嬉しくて、更に胸を高鳴らせる。
「こんな場所だけど……する?」
「い、いや流石に……」
「あら、私の初めてよ? それとも私の勇気も踏みにじる気?」
唇に手を当てながらそんな事を言う、少しだけ煽ってあげると彼も決心がついたのか私の方に更に近寄ってくる。
「初めてだから……優しくしてね?」
初めてのキスは甘くて、少しだけ酸っぱかった。気づけば雲は何処かに行ってしまい、光はより強く私達を照らしていた。それはまるで、私達を祝福しているみたいだった……
続かない
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特別な日
『明日って空いてますか?』
『ごめんなさい、明日はパスパレのみんなとのミーティングがあって』
『そうですか』
私と彼は付き合っている事を隠している。もし付き合っていることがバレてしまったとしたらマスコミに取り上げられるだろうし、パスパレのみんなにも迷惑がかかってしまう。
だから彼とは極力話さない、学校でもこんな風にメッセージでいちいちやり取りをしないといけなかったり、一緒出かける時は変装をしないといけないのだから不便極まりない。そういうときは普通というのが羨ましくて、妬ましく感じる、割りきったつもりでも羨ましいものは羨ましいのだ。
『でも急にどうしたの? あなたから誘うなんて』
『なんでもないですよ、気まぐれです』
私と彼が出かける時はいつも私から誘っている。それは彼が気弱な性格だからというのはあるが、やはり私の仕事と重なる可能性があるから。
彼は彼なりに忙しいと思うのだが、頑張ってスケジュールを開けてくれたりしてるのを知っている身からするととても嬉しかったりもした。
「明日って何かあったかしら」
明日は4月6日、バレンタインとかホワイトデー、ハロウィンなんかの特別な事はない、普通の日。少しだけ考えてみたがやはり思い付かない、本当に彼の単なる気紛れかもしれない。
誘いを断った小さな罪悪感が襲ってくる、明日ミーティングが早く終わったら連絡しよう。そんなことを思いながら私は明日の準備を進めた。
だんだんと気温が暖かくなってきてむしろ暑いくらいだ、ふわりと吹く風に帽子が飛んでいってしまいそう。事務所への道は相変わらず人通りが多いが、事務所の前になると途端に人が減る。何故なのだろうと考えた事はあるけど結局わからない、芸能事務所となると恐れ多かったりするのだろうか。
「失礼します」
「「「「千聖ちゃん、誕生日おめでとー!」」」」
へっ、と私らしくなく零れた声は複数のクラッカーの爆発音にかき消される。ああ、そういえば今日は私の誕生日だった、最近はいろいろと忙しくてすっかり忘れていた。
「これ、みんなからのお誕生日プレゼントです!」
麻弥ちゃんにそう言われ渡された箱を開ける、びっくりしすぎて今は何がなんだかわかっていない。
「これは……オルゴール?」
「みんなで一生懸命探したんだ!」
「音色も、とっても素敵なんですよ」
「早く聴いてみたいわ、みんなありがとうね」
嬉しい、こうやって誰かに祝ってもらったのはいつぶりだろう、テレビで祝ってもらう事はあるけど所詮は建前、心から祝ってくれたと思えるのはもしかして花音を除けば初めてかもしれない。
「えっと……これを早く片付けないとミーティングが」
「あれは嘘だよ、千聖ちゃんを驚かせようっていうのでスタッフさんにも協力してもらったんだ!」
「ねぇねぇ千聖ちゃん、この後ショッピングにでも行こうよ!」
「駄目ですよ日菜さん、流石に掃除は手伝わないと……」
「え~、めんどくさい~」
ああ、そうか、今日は私の誕生日なのか、熱が冷め冷静な思考が戻ってくる。特別な日じゃないか、何が普通の日だ、少なくとも私にとっては、もしかしなくても彼にとっても。
「ごめんなさい、実はこの後用事があって……」
「それは仕方ないですね、私残念です……」
「イヴちゃんそんな落ち込まないで……また別の日なら大丈夫だから」
「本当ですか! でもやっぱり特別な日にいれる方が嬉しいです……」
「本当にごめんなさい」
イヴちゃんの言うことはわかる、やっぱりこんな特別な日は……大切な人といたい。パスパレのみんなも大切だけど、私は彼を取りたい。私は再度謝ると、走りながら部屋を出た。
「あんなに急いでる千聖ちゃん初めて見たかも……」
「確かに、いつも余裕を持って優雅って感じだから珍しいですね」
「もしかしたら彼氏さんじゃない?」
「チサトさんって婚約相手がいたんですか!?」
「あたしは学校が違うから知らないよ、学年も一緒だし彩ちゃんそういう噂聞いたことないの?」
「え、私!? うーん、聞いたことはないかなー」
そんな会話は当然私には届かなかった。
私は事務所内を走りながら彼に電話をかける、彼が電話に出ないことには場所がわからないのだから走る必要はないのだがつい走ってしまう。
『どうかしたんですか?』
『ミーティングの方が早く終わったので、今何処にいるのか聞こうと』
息はきれぎれ、こんなの私らしくないなんてのはわかっている、事務所から出てすぐのこんなところにいるはずがないのに左右を探してしまう。そしてその動作で、そこにいるはずのない人が見つかってしまった。
「ど、どうしてここに!?」
『待ってました、じゃ駄目ですか?』
電話越しにそういう彼はゆっくりと歩いて近づいてくる。いったいいつからいたのだろう、周りには不思議と人がいない、この事務所の前だから。ああ、でもいなくてよかった、きっと今の私の顔は、物凄くだらしなくなってしまってると思うから。
「……いつからいたの?」
「まぁ寒いなんて季節も過ぎたのでそこまで辛くなかったですよ」
「そういう時はさっき来た所って言うのよ」
「即興芸は苦手なんですよ」
彼は軽く笑いながらそんな事を言う、どうしても右手にかけた紙袋が気になるがあえて言わない、多分それは私へのプレゼントだから。
「……今日は何処に行くか決めてるの?」
「千聖さんの行きたいところに行った方がいいと思って決めてないですね」
「そう……取り敢えずお茶でもしましょう」
何処に行こう、でも今日は特別だから隠れたくない、堂々としていたい、そうなると……あそこかしら。
「それじゃあ行きましょう」
私と彼は手を繋ぐ、彼は内気だから手を繋ぐまでに長い時間がかかった、それは私と長い時間いられなかったというのもあるのだろう。
だけど今では人目さえ気にしなければ彼も恥ずかしがりながらだけどやってくれる、それが彼との距離が縮まってる証明となって、どうしても嬉しい気持ちになる。暖かい太陽の光はあの時みたいに、私達を包んでいる。
「えっと……ここは」
「ここなら別に変装しなくても大丈夫だから」
「でもここ、珈琲店ですよね、千聖さんは紅茶が好きなんじゃ」
「珈琲店って名前だけど実質喫茶店みたいな所だから大丈夫よ」
『羽沢珈琲店』は私のお気に入りのお店の一つ、美味しいし、つぐみちゃんは可愛いし、イヴちゃんがここでバイトをしているから私がいることがバレたとしてもそこまで問題にもならなかったりすると思うから、まぁバレないにこしたことはないのだけど。
「いらっしゃいませー」
つぐみちゃんに案内されて席につく、彼女はなんだか驚いているが、それは私がいることに驚いているのではなく、後ろにいる彼に驚いている。
「つぐみちゃん、いつものをお願いするわ」
「わかりました、えっと……お付きの方は何にしますか?」
「何がおすすめなんですか?」
「ブレンドコーヒーがおすすめになってます!」
「じゃあそれでお願いします」
つぐみちゃんはチラチラと彼の方を見る、やはりそういうのが気になるお年頃なのだろうか、それ自体になんら不快感は覚えないけど、彼がつぐみちゃんの方を見ているのは不快だ。
「……俺何かしましたか?」
「そうね、自分で気づきなさい」
「そんなぁ……」
まぁ無意識だろうから気付かないだろうけど、ちょっとだけ顔を背けると落ち込む彼が本当に可愛らしくて仕方がなくて、もっと弄りたくなってしまう。
「そういえばその箱何が入ってるんですか?」
「オルゴールよ、パスパレのみんなに貰ったの」
「どんな音出すんですか?」
「私もまだ聴いてないの、後で一緒に聴く?」
答えが返ってくる前につぐみちゃんが注文したものを届けてくる。本当のここの珈琲はいい匂いがする、入れたて特有のものなのかわからないがほろ苦い薫りがする。
「あなたも食べる?」
「……頂きます」
色鮮やかと言うべきか、ロシアケーキというものでそんな名前のわりにはケーキじゃなくてクッキーだ、ジャムやクリーム、チョコレートが載せてあるもので、紅茶に非常に合うから重宝している。
「そういえば今日は渡したいものがあって……」
「……中を見てもいいかしら?」
どうぞ、と言われたので紙袋の中を見る、そこには大量……ではないがお菓子が入っていた。
「これって……」
「前好きだって言ってたのを思い出しまして……」
「でもこれ、高かったでしょう?」
「普段お金使わないので……」
あははと小さく笑う彼は本当にずるい、もっと、もっと好きになってしまうじゃないか。
「つぐみちゃん、オルゴールかけても大丈夫かしら?」
「今は他のお客さんもいないし大丈夫だと思いますよ」
オルゴールのネジを回すと綺麗な音色が流れてくる。今私の前には彼がいて、パスパレのみんなからもらったこんなにも綺麗な音がなっていて、美味しいお菓子や紅茶を口にして、気が抜けてしまいそうな珈琲の薫りがして、そして手には彼からの誕生日プレゼントがある。
「ねぇ」
「なんですか?」
「私、あなたの事が好きよ」
「……俺もですよ」
ああ、本当に今日は、特別な日だ。
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