るろうニート剣心~平成剣客浪漫譚~ (az)
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1話

もう何年も前に、某所のチラ裏で少しだけ後悔……じゃなくて公開していた一発ネタです。
HDDの肥やしとなっていたので、他の作品と同じく蔵出し。



 今は昔、この国には侍と呼ばれる男達がいた。

 

 腰に大小二本の刀を帯び、己の信念を懸けて日々を生き抜いた者。

 

 そんな彼らを人は侍と呼んだ。

 

 その最たる活躍が音に聞こえたのは、戦国の世から江戸太平にかけてである。

 

 江戸末期、侍にとって大事件が起こった。江戸幕府第十五代征夷大将軍徳川慶喜が、統治権返上を明治天皇に上奏したのだ。世に言う大政奉還である。

 

 大政奉還を以って、江戸の世は終焉を迎える。それと同時に、士農工商という身分制度もなくなり、侍の存在意義も消失してしまう。

 

 ──さらに時は過ぎ、年号は新たに明治へと変わった。さらにさらに大正、昭和ときて────現在は平成。侍が大手を振って歩いた時代は終わりを告げ、その存在や生き様すらも遠い過去の出来事となった時代。

 

 そう、この物語は平成の世に生きる一人の侍の物語……なのかもしれない。

 

 

 

 

 飛天御剣流という流派がある。

 

 戦国の頃より続く、一振りで数人を斬るという神速と謳われた幻の剣術の流派である。剣「道」ではなく剣「術」であり、人格形成までを旨とした前者と違って、対する後者は完全なる殺人術。特に飛天御剣流の使い手の力量は凄まじく、陸の黒船とまで例えられるほど。

 

 曰く、戦の時に飛天御剣流の剣士が味方した陣営には確実に勝利が訪れる。つまり飛天御剣流の使い手は一個人でありながら、それほどまでに強大な戦力を有したと言われていた。

 

 だが、そんな超絶的な力を誇った剣士が役に立った時代も、せいぜいが江戸末期──いわゆる幕末──まで。

 

 明治が過ぎ、大正が過ぎ、昭和が過ぎ、平成となった今の世では──。

 

「申し訳ない、大家どの。家賃はあと一週間……いや、三日。三日で! どうか三日だけ待ってはいただけないでござろうか……!」

「そうは言ってもねぇ、緋村さん。あんた前もあと三日で払うって言ったじゃないか」

「いやいや、心外な。今度こそは本当でござる。今度こそは絶対に払うので、ここはどうかご慈悲を……」

「あんた毎回そう言って、もう二ヶ月も家賃が溜まってるんだよ。こっちだってボランティアで部屋貸してるんじゃないんだからね。もう何度目だいこのやり取りは」

「もちろん承知でござる。だが、次こそは本当に払うので、重ねてお願い致す!」

「本当かねぇ……」

 

 うらぶれた安アパートの一室の前で、緋村と呼ばれた青年風の男が中年の女性と問答していた。

 

 察するに、この女性が大家であろう。

 

 腰に手を当て、呆れたように青年を見つめている大家。それとは対照的に、ひたすら低姿勢にへこへこと頭を下げている青年。力関係は明らかであった。

 

「どうか、どうか大家どの! ここは拙者を助けると思って!」

 

 頭の上で両手を合わせて、切羽詰まった声で必死に大家に懇願する青年。情けないこと、この上ない姿である。

 

 そんな彼の姿を見た大家は、諦めたように首を振ると、大きな溜め息を一つ吐いた。

 

「……分かったよ。あと三日だけだからね」

「おお! かたじけないでござる! 感謝いたす、大家どの!」

「ああ、もう! いいから頭を上げなよ、情けないね! あんたも、毎日ごろごろしてないでいい加減働きな!」

「いやぁ……」

「いやぁじゃないよ、まったく。働かないから金がないんだろうに。……とにかく、三日後には耳を揃えて溜まった家賃を払ってもらうからね!」

 

 それだけ言い残すと、大家は肩を怒らせながら去っていった。ペタペタというサンダルの足音廊下に響き、やがて音は小さくなってゆく。青年は大家の後ろ姿が視界から消えるまで見送ると、ぽつりと呟いた。

 

「働きたくないでござる。絶対に働きたくないでござる……」

 

 青年の名は緋村剣心。本来は一見するとまるで女のような短身痩躯で美形の優男なのだが、今の剣心にはその面影は残っていなかった。

 

 服装は使い込まれた上下のジャージ。靴は泥のついた安物のスニーカー。随分長い間切っていないであろう、ぼさぼさの赤毛の長髪が哀愁を誘う。

 

 よく見ると左頬に大きな十字傷があるのが分かるが、それだけがどことなく場違いな印象だ。だが、その十字傷すらうだつのあがらない風貌のせいであまり目立ってはいない。

 

 彼こそが、かつて最強と謳われた飛天御剣流の十七代目継承者、その人であった。

 

 だが剣心は、現在絶賛無職。世間では彼のような者のことをニートと呼ぶ。

 

 資本主義社会の荒波の前では伝説の剣術など何の役にも立たず、ゲームや漫画などと違って、剣術の達人が刃物を振り回して生計を立てることは不可能だ。現代まで受け継がれた飛天御剣流の技を持つ剣士は、今やただの能なし無職にしか過ぎなかった。

 

「楽して儲かる仕事はないでござろうか」

 

 世の中を舐めた台詞を吐きながら、剣心は自分の部屋の中へと戻った。六畳一間の小さな部屋である。掃除をした形跡のない部屋は、そこら中に物が散乱していた。中央には引きっ放しの布団があり、部屋の隅に設置されているPCは電源が付きっ放しだ。

 

 緋村剣心とは怠け者なのか、それとも無精者なのか。あるいは、その両方なのかもしれない。

 

「家賃、どうしたものか……」

 

 部屋の中を見回してみるが、金目の物はさっぱりない。無論、銀行に貯金などあろうはずもなく、八方塞だ。早々に金策をしなければならないのだが、その方法が思い浮かばない。

 

「これは、売るわけにはいかんでござるしなぁ」

 

 部屋の中で洗濯物とゴミの山の中に無造作に埋もれていたある物を、剣心は取り出した。中から出てきたそれは、一振りの刀であった。慣れた手つきで鞘から刀を抜くと、刀身が蛍光灯の光に反射して鈍く輝く。

 

 この刀には、通常と大きく違う部分があった。刃と峰の作りが逆になっているのだ。

 

 通称、逆刃刀という。このため普通に斬っても、いわゆる「峰打ち」の状態になるため、人を殺めることがない。

 

 剣心が飛天御剣流を継承した際に、先代の継承者でもあり師でもある比古清十郎から譲り受けた物である。どういう由来がある刀かは知らないが、師より貰った大事な一品。金に困って質に入れたと知られれば、師匠に殺されてしまうかもしれない。

 

「いや、しかし……。師匠だって、かわいい愛弟子が生活に苦しんでいるのなら許してくれるかも……。それに、そもそも銃刀法違反っぽいし。届け出も出してないからバレると逮捕されそうでござるし、厄介ごとが起こる前にこっそり売り払った方がいいような。師匠なら、師匠なら許してくれるはず……!」

 

 そんな不穏なことを考えた瞬間、剣心の頭に師匠である比古清十郎の顔が浮かんだ。剣心と同じく年齢不詳気味な、長髪の男の姿である。そんな彼は何か言いたげな顔をしたかと思うと「誰が許すか、この馬鹿弟子が。死ね」と、粗大ゴミを見つめるかのような冷たい視線のまま一言吐き捨て、頭から消えていった。

 

「死ねはひどいでござるよ、師匠……」

 

 刀を再び鞘に戻してゴミの山に放り投げると、剣心は布団の上に大の字になった。

 

「毎日寝ているだけでお金が貰える仕事があれば、拙者も楽ができるのに。ああ、世の中世知辛いでござるな」

 

 布団の上でしばらく呆けていた剣心だったが、

 

「こうやって寝ていても仕方がないでござるな」

 

 と、おもむろに立ち上がった。そのまま迷いのない足取りで向かった先は、部屋の片隅に設置されたPC。

 

「家賃の支払いまでまだ三日あるし、今日のところはネトゲでもするでござる。フフフ……待っているでござるよ、愛しの島風どの」

 

 彼の名は緋村剣心。

 

 平成の世に生きる──侍である。

 



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2話

DQの方が長期更新停止中で申し訳ないので、こちらの続きをお詫びに。


 「――ほぅ」

 

 洋服の青○で、二着で半額となる安物のスーツを着た短身痩躯の赤毛の青年が、小さくそう漏らした。ため息とも吐息ともつかぬその声を発した者の名は、緋村剣心。そう、まさしく彼こそが平成の世に生きる――――侍である。

 

 独特の圧迫感を感じる室内。頭上の窓から差し込んでくる西日を背に、剣心は目を閉じて石の如くじっと待機していた。数多くのイスが並べられた部屋の中には、人間は剣心のみしか存在しない。

 

 張り詰めたようなある種の緊張感が漂うこの部屋で、現在剣心はとある順番待ちの最中。何を隠そう、剣心は就職のために面接に来ているのだ。そして、そろそろ呼ばれるかなと思った矢先のこと。

 

「はい、次。えー、緋村剣心さんどうぞ」

「…………んー?」

「緋村さん、おられないんですか?」

「……あ、はい。すぐにそっちに行くでござる」

 

 二度名を呼ばれた剣心は、ようやく椅子から立ち上がった。パイプ製のイスがぎしりと軋みを上げるのを後ろに、大きく背を伸ばす。

 

 ちなみに返事の反応が遅れたのは、大胆にも居眠りをしかけていたからである。伝説の剣術を操る侍たる剣心にとって、一般人との面接程度で緊張感など起こりえない。ただ単に徹夜してネットゲームで遊んでしまった弊害なだけであった。この侍は、社会というものを完全に舐めきっていた。

 

「ようやく出番でござるな」

 

 そのまま待合室をだるそうな足取りで出ると、剣心は面接官の待つ部屋へと向かった。ふと下方へと注意を向けると、履き慣れていない革靴が、やけに足を圧迫してくるような気がする。緊張は皆無であったが、どことなく不安な気分になってきた剣心だった。

 

「名は緋村剣心。よろしくお願い致す」

 

 

 部屋に入って、すぐに頭を下げて挨拶だ。物事は挨拶に始まり、挨拶に終わる。挨拶はとても大事だと、知り合いの、お庭番衆を先祖に持つ忍者の頭領もそう言っていた気がする。忍者だけに。

 

 下げた頭を戻すと同時に素早く相手を観察する剣心。相手の年の頃は四十代であろうか、人の良さそうな顔が印象的な面接官の男が担当だった。

 

「はい、こちらこそよろしくお願いします。私は面接担当の来迎寺です。それでは始めましょうか」

 

 こうして挨拶もそこそこに、剣心の進退(主に家賃的な)を賭けた面接が開始となる。

 

「履歴書は拝見させてもらいましたよ、緋村さん。それでですね。その、大変失礼ですが、この前職……というか、現職もですか。『侍』というのは何かの冗談でしょうか? 職歴もずっと『侍』オンリーですし」

「いやいや、本気も本気の大本気。拙者はこれでもれっきとした侍でござるよ」

「日光の江戸村や京都の太秦で働いていたとか、そういうのじゃなくて? もしくは時代劇関係者の役者さんやスタントマンであるとか? なんかござるござる言ってますし、そういうキャラ作りなんですか?」

「失敬な。あんな紛い物とは違って、拙者は正真正銘、本物の侍でござる」

「……あぁ、はい。そうですか。分かりました。それで……その、侍という職では、具体的に何をされていたんですか?」

「えっと、その…………。流浪人を、少々……」

「はぁ、るろうに、ですか? 聞き覚えのない言葉ですが……。なんです、それは?」

「流れの浪人というか、主君を持たぬ誇り高き侍というか……大体そんな感じのニュアンスみたいな感じ? でござる」

「つまり、今までずっと……無職ですか?」

「いやいや心外な。そう、これは、あれでござる。拙者、少々長めのモラトリアム期間を過ごしているだけでござるよ」

「それを世間一般では無職と言うのでは?」

「ま、まぁ……一部ではそういう説もあるでござるな」

「……ではこの資格にある、飛天御剣流免許皆伝というのは? こちらも私には聞き覚えのないものですが、華道か茶道辺りの流派でしょうか?」

「飛天御剣流は古流剣術にござる。戦国時代に端を発し、一対多数の戦いを得意とする幻の剣術と呼ばれていて……」

「いや、別にそれはどうでもいいです」

 

 剣心が身を乗り出して解説しようとした瞬間、すかさず来迎寺が口を挟んで止めた。

 

「くッ。最後まで説明したかったんでござるが……無念」

「で、それ以外の記入がないということは、緋村さんは他には何も資格は持ってはおられないんですね?」

「いかにも、仰る通りでござる」

「車の免許くらいは?」

「もちろん所持していないでござる」

「なるほど」

 

 来迎寺は軽く頷くと、清々しい微笑みを浮かべた。

 

「緋村さん。もう帰っていいですよ」

「おろ? それは、つまり……?」

「大変申し訳ありませんが、不採用です」

「えぇ!? こ、この場で即決定でござるか!? 普通は仮に不採用でも、建前も考えて後日連絡する、そういうものではござらぬか!?」

「不採用です」

「……はい」

 

 緋村剣心、見事就職失敗。

 

 

 

 

 いつの間にか陽はすっかりと沈み、気が付けば夕暮れ。仕事帰りの人々が行き交う街の中で、剣心はぼんやりと佇んでいた。

 

「あんな会社、こっちから願い下げでござるよ。むしろ、拙者の方から断ったようなもの。拙者ほどの大器が納まるには相応しくない場所であった。それだけのこと。だから、悔しくなんてないでござる」

 

 もしかすると通うことになっていたかもしれない会社のビルを、たっぷりと遠目に五分間ほど未練がましく見つめたあと、ようやく剣心は踵を返して歩き出した。

 

「しかし侍が職として認められないとは、とんだ誤算であった。RPGゲームなら戦士よりも上級職だし、二刀流とか超強いし、確率で敵の首を刎ねて一撃でぶっ殺したりも……あ、そっちは忍者の方でござったか」

 

 愚痴をこぼしながら帰り道を行く剣心。アスファルトを踏みしめる革靴が、一歩歩くごとに無機質な音を立てる。

 

 もう何年も使っていなかったスーツ一式を引っ張り出してきて面接に望んだのに、結局無駄になってしまった。

 

「家賃の期限は明日まで。このままではアパートを追い出されてしまうでござる。これは困った。どうしたものか……」

 

 言いつつ、締めていたネクタイを緩めて外す。ついでにワイシャツのボタンも、上から二つほど外しておく。その姿はさながら、会社帰りの駄目リーマンそのものだった。

 

「職さえあれば、拙者とてすぐにでも家賃が払えたものを。口惜しいでござるな」

 

 ちなみに剣心は気付いてはいなかったが、もし就職が決まっていたとしても給料日は翌月である。どう考えても明日が期限の家賃を払うことは不可能なのだが、今となってはどうでもいい話。

 

 ただ、世の中の厳しさを改めて痛感しただけの一日だった。

 

「大家どの、本気で怒ると箒を振り乱して拙者を叩くでござるしなぁ……」

 

 一念発起して就職活動をしてみたものの結果は見事に惨敗であったし、これからのことを考えると頭が痛くなってくる。

 

「こうなれば、明日は居留守を使って大家どのをやり過ごすしか手はないか……」

 

 どこか遠くから、カラスの鳴き声が聞こえた気がした。見上げると茜色に染まった空に、鳥の影が三つ。なんだかカラスにまで馬鹿にされているような気がして、剣心の心は底無し沼にはまったようにどんどん沈んでいく。

 

「ああ、もう! 全てが嫌になったでござる! 真面目に生きるのが面倒でござる! さっさと部屋に戻って、ゲームの続きをするでござる! 今宵の拙者は侍ではなく、提督でござる! 徹夜で西方海域を攻略してやるでござるよぉおお!」

 

 半ばヤケクソ気味にそう叫ぶと、剣心はアパートの方角へ向かって走り出した。現実逃避以外の何物でもなかった。

 

 平成の侍の夜明けは、まだ遠い――。

 



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