仔熊のミーシャに愛をこめて (つきや)
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仔熊のミーシャより愛をこめて

 

 

 平和な日本でぬくぬくとオタクをしていた俺は、ある日突然、徴兵されたばかりの若造になってハガレンの世界にいた。

 

 混乱したままイシュヴァール戦役の真っ只中に放り込まれ、混乱したまま銃を取り、混乱したまま殺し殺され生き残り、相棒ができて互いの命を預けあうようになってやっとこの世界を現実のものと認識したというか生きている実感を持ったのに非現実的な錬金術が学んでもいないのに使えることに気付いたり、潜りの錬金術師として殺されそうになったり、いつのまにやら古参兵として新しい将校の面倒見たり部下がついたりして、けれど結局、血と怨嗟の渦巻く戦場で敵国の民間人もろとも皆殺しになった。

 国家錬金術師の火力は無差別で無慈悲。

 

 知ってたもちろん。

 

 部隊の連中だけでも助けられないかと頑張ったんだが、ちょっと深淵を覗こうとしたら覗き返されたというか、対価は相棒の命ってなんだそれ。

 仮初めの身体になんの価値もないから、他の大切なものを頂戴ってなんだそれふざけんな。

 なぜか一緒にいた相棒はそれを了承してしまい、だからふざけんなって言ってんだろ取るなら俺の命取れよボケ!と手を伸ばして扉を潜り、相棒ともども現実世界に生まれ変わって三度めの世界。

 

 ちなみにどうでもいいことだが、二人とも錬成陣なしで錬金術が使えるようになっていた。

 しかし、そのために銃を持つ手を空ける気にはならず、革手袋やナイフや指輪やトランプに錬成陣を刻んで使っている。

 そう。いまさら銃を手放すなんて怖くてできない。

 イシュヴァールの地獄を見た後に、普通の生活はできなかった。

 俺と相棒は崩壊前のソ連の孤児院で育ち、追い出され、軍隊に入ろうとして国家保安委員会にスカウトされた。

 

 で、やっとここがコナンの世界だと気付いた。

 

 なぜなら、俺が黒の組織のジンだったからだ。

 ちなみに相棒は相棒のまま、ウォッカになった。なんだこれ。

 とりあえず、怪盗キッドとルパン3世を探してみた。コラボはしていなかった。

 さて、スパイ天国の日本でスパイホイホイな黒の組織だが、ジンとウォッカも例に漏れず、実はソ連のKGBに所属していた。

 というか組織自体、KGBが冷戦時代に隠れ蓑として作った組織だった。

 ちなみに、敵国アメリカや属国日本のスパイどもに、組織の背後にいる国の存在はバレていない。

 他のどの国のスパイよりも、KGBのスパイが見つかり処刑されることが多いからだ。

 不要になったものを「これが最後のチャンスだ」と告げて潜入捜査をさせ、証拠なんて作り放題で追いつめて処刑するのである。

 見せしめにもいいし、ソ連との繋がりを誤魔化すのにもいい。最後の最後に役立って、死んだ奴らも本望だろうさ。

 

 この世界は平和だ。

 血と煙硝で噎せ返る世界とは遠い。

 泥も塹壕も対価を欲しがる錬成陣も遠い。

 というか、日本が平和ボケだ。

 KGB内では、生ぬるい組織の任務は休暇扱いされていたくらいだ。

 冷戦が終わってソ連が崩壊して、対外情報庁あたりに組み込まれるかと思ったが、ちょっと非公式すぎて独立したのか切り捨てられたのか。

 ボスとラムはまだ国と継がっているようだが、俺たちはただの犯罪者になった。

 そろそろ休暇は終わりにして、どこかの戦場にでも潜り込んでみようかと考えていた頃、まだまだ機能しているスパイホイホイに引っかかったFBI。

 もうすでに遠い記憶とはいえ、誰が赤い彗星の声を忘れるものか。

 

 もうしばらく日本にいることにした。

 

 



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【仔熊のミーシャに祝福を】
仔熊のミーシャに祝福を


 

 

 

 ジンはベレッタの手入れをしていた。

 

 

 ベレッタは黒の組織に入ってからの愛銃だ。

 

 その前はトカレフを使っていたが、本当は拳銃よりも小銃のほうが馴染み深い。

 

 数年前の出来事だが、できることならモシンナガンを抱えていたいと零したら、ウォッカがロシア産は身バレの危険があるからまずいでしょうと言いながらもマウザーのGew98を錬成してくれた。

 

 そしてPTSDを心配された。あながち間違っていない上にお互い様だが、抱えて眠ることはできても持ち歩くことはできないじゃないかこれ。スナイパー組のようにギターケースを背負っていたら、絶対一曲弾けと揶揄われるに決まっている。弾けるのは心に刻んだアニソンだけだが聴きたいかちくしょうめ。

 

 更に、5徹の任務明けだった時に組織の待機室のソファでついついうたた寝をしてしまい、入ってきたライの脳天に風穴を開けかけ、避けんな当たれと悪態をついたら、なんだテディベアがないと眠れないのかと揶揄された。

 

 どいつもこいつもお互い様だ。枕の下に何も置かないで眠れる奴がこの組織に居るものかと正論を吐いたつもりなのに、妙に変な顔をされた。

 

 あーこいつも昔の俺と同じ平和な日本生まれの日本育ちかと思ったら腹が立ったのでもう一発ぶっ放しておいた。

 

 その後どうにも変な癖がついたらしく、入室者がある度にヘッドショットを狙い続けていたら、ボスに銃を取り上げられた。ああ、俺のマウザー。

 

 更には、そんなに寝起きが悪いなら自分のセーフハウス以外で寝るの禁止と言い渡された。

 

 だったら、過労死寸前の任務の押し付けをやめろと言いたい。

 

 それもこれも、全部シャアのせいだ。

 

 誰か俺に銃剣ください。

 

 

 

 ベレッタの手入れが終わるのを待っていたかのようなタイミングで、ウォッカが戻ってきた。

 

「兄貴! 同志ラムがヘリの処分を褒めてやしたぜ」

 

「同志言うな」

 

 しかし、ウォッカがわざわざ「同志」をつけたのは、オスプレイの処分を押し付けられたことに対する皮肉だろう。

 

 資本主義の奴らから最新技術の塊であるオスプレイを奪ったはいいが、金食い虫で持て余したあげく、実行犯である黒の組織に丸投げされた。

 

 余談だが当時、オスプレイの墜落事故が連続して報道された。

 

 他にも同じように手を出した奴がいると思われる。ハリウッドで宣伝しまくるのはそろそろ止めたらどうか。

 

 そしてボスはその戦闘ヘリを更にジンに丸投げした。

 

 ちょっと待てと言いたい。

 

 組織の隠し倉庫では、スパイたちの前にぶら下げたニンジンになりかねない。

 

 個人のツテを使うにはでかすぎる。

 

 結局、錬金術でジープに変えてウォッカが乗り回していたが、戦闘ヘリ保有の事実は消えてなくならない。

 

 その内どこか通勤ラッシュ中の沿線に墜落させ、全部アメリカのせいにしてやろうと計画するくらいには邪魔だったので、今回の一連の騒動は丁度良かった。

 

 オスプレイは海に墜落。

 

 爆発炎上。

 

 証拠を残すことなく海に沈めたつもりと思わせつつ、闇に紛れた烏がアメリカ産だとバレることを期待している。

 

 黒の組織が戦闘ヘリをアメリカから買っていたとなっても大問題だし、アメリカから奪われたものだと判明してもそれはそれで大問題だ。

 

 どちらにしろ、そのヘリが平和に休日を楽しんでいた民間人に向けて、牙を剥いたことには変わりない。どうせ揉み消されるだろうが、ザマアミロだ。

 

 これで組織の壊滅にまで行ってくれたら万々歳だったんだが。

 

 実は、スパイのリストなんてどうでもよかったのだ。公安なんぞに頼らなくとも、対外情報庁が作ったリストのほうが優秀だ。

 

 しかし、母国はヘリ同様、組織のことも持て余し始めている。今回の騒動でせめてもう少し組織に食い込んでくるものと予想していたのだが、そう上手くはいかなかった。あんなに派手なことをしたのに。大丈夫か日本警察。後、FBI。

 

 

 

「それと、次の任務です」

 

 ウォッカが真面目くさった顔で言う。

 

 俺はベレッタを懐にしまい、代わりに煙草に火をつける。

 

 ふうと紫煙を吐き出すのを待ち、ウォッカは言を続けた。

 

「今回は前回のお遊びと違い、マジもんですぜ。ソ連崩壊当時の上層部が外国と裏取引していた証拠及び隠し口座の明細が発見されたと。これが世に出りゃ、祖国はもう一度崩壊するだろうと」

 

「どこだ」

 

「現在お台場で開催されている『ロシアの女帝エカチェリーナ2世の遺産展』の展示品、幻の黄金の死の王冠にマイクロチップが仕込まれていやす」

 

「なんだってそんなとこに」

 

「元同志のいたずららしいです」

 

 ウォッカは呆れたように、ひょいと肩をすくめた。

 

「KGBが解体された時に、もみ消せない汚れ仕事の罪をいくつか擦り付けられて切り捨てられた恨みで情報を持ち出して逃走していたらしいです。兄貴、俺たちも何か派手なことをしてから退場しないと恥ずかしいですぜ」

 

「この間の観覧車より派手なことってなんだ」

 

「後、怪盗キッドの予告状が届いたので、コソ泥に盗まれるよりも早くマイクロチップを奪還するようにと」

 

 

「それを先に言え」

 

 

 

 

 

 



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 お台場で開催中の『ロシアの女帝エカチェリーナ2世の遺産展』には、絢爛豪華なドレスや装飾品、絵画、銅像、その他もろもろがずらりと並ぶ。

 メインの展示品である黄金の死の王冠は、戴冠式の王冠と対で作られた。

 戴冠式の王冠に輝く赤のスピネルと同じカットを施された、青のスピネル『女神ヘルの涙』が冷たい輝きを放つ。

 このビッグジュエルは冥界の女王の名を冠するだけあり、宝石が持ち主を認めれば死者を復活させることができるという。

 もっとも、今までに認められた持ち主はおらず皆死んだという呪われた宝石だ。

 王冠について調べるついでにスピネルについても調べてみたら、コバルトスピネルの中には稀に、青から赤へと色を変えるものがあるらしい。

 これだけ条件が揃っていて、冷たい石の奥深くにパンドラの神秘が眠っていると考えないほうがおかしい。

 月下の奇術師と呼ばれる怪盗が、このビッグジュエルを無視できるはずもないのだ。

 

 

 

 というわけで、女帝の王冠を無事に盗み出し夜空に舞い上がった怪盗キッドを撃ち落としてみた。

 逃走経路途中のビルの上で、黒い雲に覆われてどんよりとした夜空に映える白を、パシュンと。

 グライダーに開いた穴は風に更に引き裂かれ、バタバタと激しい音を立てて傷が広がっていく。

 

 さあ、落ちてこい。

 

 にいと口端を持ち上げて、しかしすぐに苦く歪める。自分の前に落下してくるよう計算して撃ったのに、白い鳥は風圧の中無理矢理体勢を捻りグライダーを切り離し、隣のビルへと落ちる。

「ちっ」

 仕込んであった安全装置だろう白い風船のようなものが膨らみ、キッドを受け止めて弾けた。

 更に屋上の床を転がって墜落の衝撃を軽減した怪盗は、銃を警戒したのか片手片足を床につけた低い姿勢のまま、シルクハット越しにこちらを睨みつけてきた。白いマントが風に翻り闇の深さを彩る。無駄にカッコイイな、おい。

 このまま煙幕のひとつでも投げられたら終わりだ。隣のビルの内に入り込み変装して、逃げていくだろう。

 ベルモットの変装なら寝起きのいたずら以外はだいたい見破れるが、あれは気配に馴染みがあるからこそできるんだ。

「ウォッカ」

「へいっ!」

 パンと両腕で円を描いたウォッカが転落防止用の柵を掴むと、小さな青白いイナズマを纏った梯子が伸びて、ビルとビルの間に通り道が作られる。

 立ち上がろうとしている怪盗キッドが余計な行動をしないように銃口でけん制しつつ、俺は梯子を渡った。

 怪盗の目が、狙撃された時よりも真ん丸に見開かれている。

 ポーカーフェイスはどうした。

「よう、こそ泥。王冠をこっちに寄越しな」

 後ろから続いたウォッカが、逃走経路を塞ぐために屋上の非常口側に回り込む。

 ついでに後ろ手で、鉄製のドアを溶接した。チリチリと青白い錬成反応が、怪盗の顔に影を作る。

 グライダーは落ちた。狙う銃口はふたつ。不可解な現象は未知数。

 怪盗の頭脳は今、目まぐるしい早さで状況打破を計算しているのだろう。

 そういう時だからこそ、余裕の笑みを浮かべて。

「女神との逢瀬を邪魔するとは、無粋ですね」

 舞台の中央に居たがるマジシャンは主導権を取り戻すために、ゆったりと言葉を紡ぐ。

 白い手袋に包まれた指の間から放たれようとしたトランプを、俺はすかさず撃ち抜いた。

 トランプはビルの柵を越えて落下していき、途中、目映い閃光を発する。

 真っ白に染まった視界の中、黒い影が長々と伸びて揺れてかききえて、誰も動かない。

 遠くから、パトカーのサイレンが聞こえ始める。

「今回だけは許してやる。だが、次は脳天ぶち抜くぜ?」

 まあ、それが分かっているから動かなかったんだろうが。

「お前が追っている間抜けヤロウどもと俺を一緒にするな」

「しませんよ」

 キッドがアメリカンチックに肩を竦めてみせた。

 あ、ちょっとイラッときた。

 引き金を絞る指に力がこもる。

「大人しく王冠を渡しな」

 別口なのは理解しましたが、とキッドはモノクル越しに眼を細めた。

「……貴殿方も『永遠』をお望みですか」

 仲間たちの血を吸って血を吸って、赤黒く蠢く錬成陣が脳裏によみがえる。

 記憶に囚われる前に、ウォッカが吠えた。

「ふざけた寝言抜かしてんじゃねえよっ」

 ウォッカがお怒りだ。

「神の領域に手を出したがるバカ者共は大っ嫌いだ」

 おっと、俺も本音が殺気と一緒に。

 場数はそれなりにこなしただろうに、たかだか2人分の殺気が重かったらしい。

「おお、怖い」

 おどけてホールドアップした怪盗の、しかし表情は強張っていた。

「ポーカーフェイスはどうした。ここは不敵に笑うところだ、二代目。修行が足りねえぞ」

 自分の気持ちを切り替えるためにも軽口を叩いてみたら、怪盗キッドは、いや、黒羽怪斗が素の表情できょとんと目を瞬いた。

「なんだ、ガキかよ」

 それを見たウォッカのテンションも落ち着いたみたいだから結果オーライだ。

「何を、知っているんです」

 怪盗紳士の仮面を被り直そうとして失敗して、鋭い声で詰問してくる。

 クックックッとノドの奥で笑って、俺は答えない。

「いいか、聞け。不老不死なんていらねえ。どうしてもほしけりゃ賢者の石を自分で作る」

「何を言って」

「不老不死にもパンドラにも用はねえが、その冥界の女神様にゃあ、ちょいと用があるって言ってんだよ。とっとと渡しやがれ」

「メリットもないのに、私がそれを聞き入れると?」

 お、キッドに戻った。

「ふん、メリットか。とりあえず、お前さんの盗んだ王冠は俺たちの用が済んだら返却しておいてやろう。後は、殺されないだけ得したと思っておけ。この世の中に等価交換なんて洒落たものは存在しない。欲をかきすぎるととロクなことにならないぜ?」

 お誂え向きに雲の切れ間から、月が顔を出す。

「ああ、折角だ。パンドラのお嬢ちゃんが石の中で泣いていないかくらいは確認させてやるよ」

 

 

 

 

「兄貴、ご機嫌ですね。あんなこそ泥相手に」

「だってウォッカ、キッドだぞ怪盗キッド」

 ここで浮かれなくていつ浮かれんだ。

「二代目だかなんだか知りやせんが、ありゃ中坊くらいですかい?」

 ただのガキんちょだと言われて、ジンはぶすくれる。

「バッカウォッカ日本人はガキに見えるもんなんだよ、高校生だ」

「やっぱりガキじゃないですか。なのに錬金術まで使って」

 使ったのはお前だウォッカ。使わせたのは俺だけど。

「なんだよ。お前だってアームストロング少佐が前線来た時にははっちゃけて、俺の命令も聞かずに敵陣突っ込んでいったくせに」

「なっ!少佐とあのもやしっ子を一緒にしねえでくだせえ」

「お前らがご機嫌に敵兵皆殺しにするから、あのお優しい少佐どのは戦場が怖くなって逃げちまったんだよ」

 せめて少年兵は生かしとけばよかったんだよ。涙流して同情した振りでもして、そうしたらお前も一緒に中央本部に戻れたかもしれないのに。

「兄貴、それやったの俺らが弾切れした後に突っ込んできた兄貴ですぜ」

「そうだったか?」

「懐かしいっすね。兄貴、肉弾戦がしたいです」

「俺は銃撃戦がしてェ」

 こう、一方的に拳銃突きつけるんじゃなくてな?

 今なら、たとえアメリカ産のM16でも我慢できる気がする。

 

 

 

 



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『真の女帝の頭上にあってこそ真の王冠は美しく輝く』

 

 回収したマイクロチップはウォッカがラムに届け、その間に俺はホテルに戻り私服に着替えて、深夜を越えても盛り上がっているキッドファンに紛れ、ビールの缶をあちこちから渡され、ああこいつらひでえ酔っぱらいと呆れながら一緒に現場検証中の警察にヤジを飛ばしマスコミのカメラは避けつつ、会場の入り口に立つ女帝の銅像に王冠をこっそりと乗せ、騒ぎが起きる前にフェードアウトした。

 気障な怪盗紳士の真似をして、カードを添えるのは忘れない。

 ホテルにはウォッカも戻ってきており、貰ったビールを飲みながらテレビを見ていたらやっと『盗まれた王冠戻る!』と速報が入る。遅い。

 明日から早速、展示を再開していくとのこと。既にショーケースに納まった王冠の映像付きだ。こっちは早いな。話題になっている今の内に客を呼びたいのだろうが、警察で指紋の採取や真偽の確認はいいのか。

 

 翌朝、ウォッカに相変わらず寝起きが悪いっすねと呆れられながらポルシェに乗り込む。

 助手席だ。

 寝起きの2時間はハンドルを握らないことにしているし、誰も握らせようとはしない。

「海見て行こうぜ」

「こんなところの海、汚ねえんじゃないですか」

 そう言いながらも、ウォッカは海沿いの道へとハンドルを切る。

 うーん、空が薄曇りなのもあいまって、日本画が墨一色なのがよく分かる海だった。

 防波堤からクラゲを見下ろしていたら、スマホが着信を知らせる。

 ラムだった。

「なんだ」

 寄り道なんかしていませんよという声で電話に出る。

 波の音は聞こえているだろうが、ラムからのお叱りはなく用件に入った。

 回収したマイクロチップが、不完全だったらしい。暗号化して二つに分けてあるという。残りの回収を命じられた。

 情報は全て破棄しなければならない、と。

 後ひとつではなく全て。本人の記憶も情報媒体のひとつってことだな。

「分かった」

 通話を切ろうとして、名前を呼ばれた。

『ジン』

 ラムの声が……。

『貴方がもし捕えられそして殺されても、当局は一切関知しないのでそのつもりで』

 ……何かふざけている。

『死してシカバネ拾うものなし死してシカバネ拾うものなし。ジン、健闘を祈る』

 混じってる混じってる。

 スパイ大作戦と時代劇の……何だ?

『なお、このメッセージは自動的に消滅する』

 元ネタを考えていたら、チッチッとスマホが音を立てて秒を刻み始めた。

 慌てて海に向かってぶん投げる。

 

 ボンッッ!

 

 着水するかしないかのところで、爆発した。水柱が立つ。

 殺す気か!

「あ、兄貴。大丈夫ですか!」

 通話が終わるのを車に凭れて待っていたウォッカが、泡を食って走り寄ってきた。

「大丈夫なものかよ。お前のスマホも今すぐチェックしろ」

 いつ仕掛けたんだ。

 違和感がなかったってことは最初からか。

 仕事用の携帯端末はこまめに処分する。とはいっても使い捨てのPHSやガラケーより、スマホのほうが使う期間は長い。

 このスマホはひとつ前の仕事から使っているものだ。

 その間ずっと爆弾を身につけていたって、どういう肝試しだよいったい。最近ドンパチしていなくてよかった。

 ウォッカのスマホにも仕掛けがあって、戦慄する。

 頭が痛いってもんじゃない。

 いざという時に裏切り者を始末するためというならともかく、あんな悪ふざけをするためって。

 今度絶対仕返ししてやる。

 先程の爆発で上がった派手な水煙に野次馬が寄ってくる気配がしたので、とりあえず場所を移動する。

「兄貴、どうしやすか」

「展示会場に戻る」

 元同志はマイクロチップを仕込んだ王冠から離れるつもりはなかったようでロシア側の学芸員として今回の企画に参加、日本へも同行してきている。

「同志アナグマは自家用のヨットで乗り付けたって話ですぜ。逃亡の可能性は?」

「いや、会場だ。そいつはまだ“怪盗キッドが”王冠を盗み出し、そして返却したことしか知らないんだ。必ず自分の目でマイクロチップを確認しようとする」

 そして、やっと手遅れであることに気付くのだ。念のためウォッカのスマホを借り、アジトへ連絡。ヨットを押さえるように指示する。

 詳しい説明はしないがとりあえず「俺の獲物だ。逃がすんじゃねえぞ」と恫喝しておいた。

 

 

 

 

 

 コナンがエカチェリーナ2世展の幻の死の王冠を見ることができたのは、怪盗キッドが華々しく盗み出し返却したその後だ。キッドキラーと呼ばれても、小学生の身で夜のマジックショーに紛れ込むのは難しい。

 園子はひとりでお台場に繰り出したらしく、朝っぱらからテンション高く蘭のところに突撃してきた。

「サッカーに勝った時みたいに大騒ぎよ。楽しかったわー」

「もう。女の子がそんな遅くに危ないじゃない」

 蘭のお説教もどこ吹く風。

「ねーねー。キッド様の王冠を見に行きましょうよ」

「キッドのもんじゃねーだろ王冠」

 呆れて呟くコナンの目線の先はテレビの画面。

 

 朝のトップニュースとして、ライトに照らされた眩い王冠と、早朝にも関わらずずらりと並んだ行列が写っていた。

 

 

 

 

 



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 鈴木園子がコネを使ったので、コナンたちは遺産展の行列を横目に通り過ぎ、スタッフ用の入り口から場内に入ることができた。そのコネを予告状が届いた時に使ってほしかったと思ったコナンがそう言えば、最近のショーは外野で騒ぐほうが楽しいからお子様を連れていくのはムリねと園子に鼻で笑われた。腹が立つ。

「このパスでどこにでも入ることができるんだよ」

 スタッフパスを首にかけてくれながら、係員が「展示品を見終わって、まだ時間があったらバックヤードツアーをしてあげるね」と言う。

 それは嬉しいけれど、どこにでも入ることができるパスをこんなにも簡単に、自分で言うのもなんだが分別のつかない小学生にまでひょいひょいと渡して大丈夫なんだろうか。コナンはネックストラップの長さを自分で調整しながら、そんなセキュリティだから盗難事件が起きるんじゃねえかと息を吐く。

 目的の王冠がある展示室はとても混雑していて、立ち止まらないでください立ち止まらないでくださいと誘導されるまま、人垣の隙間から王冠がライトにきらめいている姿をちらりと見ることができただけだった。

 次へと移動する通路に大きなパネルがあって、怪盗キッドのカードを拡大したもののようだったので、やはり多くの人が立ち止まっているところをコナンは必死で背伸びをして、やっと見ることができたパネルに首を捻る。

『真の女帝の頭上にあってこそ真の王冠は美しく輝く』

 何かが違う。

 これは本当に怪盗キッドのメッセージカードなんだろうか。

 予告の暗号文ではないから、コナンの見慣れたカードと違うように感じるだけなのか。

 無理に引き延ばしてパネルにしてあるからなのか。

「ねえ、蘭姉ちゃん」

 蘭、そして園子はコナン同様にキッドのカードの現物を目にしたことがある。

 意見を聞いてみようと振り向いたら、2人はいなかった。

「え?」

 慌てて見回すと、蘭たちはすでに次の展示室に移っていた。

 人混みをかき分け追いかけようとしたコナンだが、前にいた女性が持つハンドバッグの固い角が眼鏡の端を掠めていったので、驚いて止まってしまった。そのせいで次は、後ろから来た男性に蹴られそうになる。

 元々、コナンの身長で混雑の中は辛い。視界が乱立する足ばかりで埋め尽くされるのは、案外怖い。更に今は周りの人間が展示品の高さに視線を置いている分、下方向の安全確認が疎かになりがちだからなお怖い。

 通路という悪地も重なってみるみる増えていく人の流れに押されて、端へ端へと避難することとなった。

 通路と展示室の境目には宮殿を模したのだろう白塗の柱が設えてあるため、吹きだまりのような空間ができていた。その隙間に落ち着いたコナンは、やっとほっと息を吐く。

 改めて視線を巡らせて探してみると、それほど離れていない場所に蘭たちがいた。声も届くほどの距離に、再度安堵する。

「見て、蘭。この刺繍、全部金ですって!」

「これ全部縫うのにどのくらい掛かるのかしら」

 彼女たちは女帝のドレスに釘付けになっていた。みっしりと縫い込まれた宝石や金糸銀糸の刺繍を見ながら、きゃーきゃー騒いでなかなか動こうとしない。コナンにしてみれば、あんなにずしりと重いドレスを着たら、歩くこともできないのではという感想しか浮かばないのだが。

 今改めてこの人の流れを掻き分けて近づくよりも、この避難場所で二人が動き出すのを待っていようとコナンは柱に凭れた。

「あの王冠を調べさせてくれと言っているんだ」

 ざわりざわりとした喧騒を聞くでもなく聞いていたら、男性の怒鳴り声がコナンの耳に飛び込んできた。

 声の出所を探してみると、柱の反対側にあった『スタッフオンリー』のプレートのドアが僅かに開いていて、そこから漏れ聞こえているようだ。

 コナンはドアの隙間に寄って、スタッフルームを覗き込んだ。

「一度は盗まれたんだぞ! レプリカにすり替えられてしまった可能性だってある」

 声を荒げているのはスーツに腕章をつけた白人男性。ロシア側のスタッフなのだろう。

「キッドがそんなことするわけがないじゃないですか」

 対しているのは同じジャケットを着た日本人スタッフ数名。

「なぜ、貴方がたも警察もあんな犯罪者を信用するんだ!」

 その意見はごもっともだが、しかしそれよりもコナンは彼の口調が気になった。

 なぜそんなにも必死に王冠の検査を迫るのか。

 まるで、王冠が偽物だと断定しているような?

 あの男は……レプリカであることを知っていて、確認させようとしている?

「やあ、迷子かい」

 ひょいとコナンはいきなり持ち上げられた。

「昴さん」

 沖矢昴だった。

 どうやって潜り込んだのか、彼の胸にもコナンと同じスタッフパスが揺れている。そんなセキュリティだから以下略。

「昴さんはどうしてここに?」

「ここ数日お台場で黒づくめの男の目撃情報が続いたんです」

 キッドの予告日の前日と当日、それから今朝も波止場で騒動があったらしい。

「キッドを狙っている奴らじゃないの?」

「いや、違う。ジンだ」

 赤井の顔で笑って断言した。

「じゃあ、ここには手掛かりを探しに?」

 コナンが次の質問をした時にはもう沖矢昴の気配に戻っていた。

 口元には柔らかな笑みが浮かぶ。

「ええ、そうです。彼らがお台場にいる理由が何か。まずはそこを調べようと思いまして」

 そして目をつけたのがこの遺産展であり、あのロシア人スタッフであった。

「色々調べましたが、彼だけは過去がないんです」

 沖矢いわく、ある日突然、絵画の密売容疑で逮捕されたのだという。ロシアの財産を外国に持ち出したという国家反逆罪に問われ、しかしそれ以前の経歴は消ゴムで消されて分からない。

 そんな犯罪歴しかないような不振な人物なのにロシア側の責任者としてなんの問題もなく来日している。

 あの男の人、とコナンは先ほど聞いた会話を沖矢に伝えた。

 まるでキッドに罪を擦り付けることが目的みたいだった。

「まさかとは思うけど、既にフェイクと入れ換えておいてキッドに盗ませたとか」

「予告自体が嘘だった可能性もありますよ」

 それを知るためにも彼に話を聞いてみようと思いますがコナン君も一緒にどうですかと誘われて、コナンが断るはずもない。

「あーいたいた。らーんー。コナン君いたよー」

「よかったコナン君。こんなところにいたのね」

 園子と、その後から蘭がコナンの元に小走りで近づいてきた。

「蘭さん園子さん。こんにちは」

 にこりと目を細めて沖矢が二人に挨拶をする。

「昴さんも来ていたんですね」

「僕は大学の恩師に頼まれて通訳の手伝いです」

 するすると嘘を並び立てている沖矢をじと目で見上げたコナンは、会話の区切りを待たずに口を挟む。

「蘭姉ちゃん。ボク、人混みで疲れちゃった。沖矢さんと先に帰るね」

「え、じゃあ一緒に……」

「大丈夫ですよ。この先にある黄金の馬車は必見です。ぜひ見ていってください」

 蘭たちと別れたコナンが、沖矢とスタッフルームを覗いたが既に人影はなかった。

 子どものふり全開で聞き込んでロシア人の後を追い、会場の裏口で血痕を見つけた。

 更に血の跡を辿って、見つけたのは三人の人影。

 容赦なく撃ち抜かれた肩を押さえるロシア人とその額に銃口を押しつけるジンだった。

 

 



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 バンッ!

 

 

 嫌な予感が背骨を走り、一歩引いた目の前をサッカーボールが通り過ぎ、壁にめり込んだ。

「チッ」

 舌打ちが零れる。

 もう一度言おう。

 サッカーボールが跳ね返りもせず、壁にめり込んだ。

 頭がザクロのように弾けるところだったんじゃないかこれ。それでいいのか少年マンガ主人公。

 

 

 

 さて、同志アナグマは怪盗キッドの予告状を受け取った時、どんな気分だったのか。

 王冠にマイクロチップが残っていたことから推測するに、回収しようと四苦八苦して、しかし警察が盗賊紳士の変装術を警戒し、王冠に触れるどころか近づくことも許されなかったに違いない。

 盗まれた後も気が気ではなかっただろうが、戻ってきたからといってマイクロチップを確認するまでは安心できない。

 しかしそれも難しかっただろうと、俺は紫煙を燻らせながら会場の裏口を見遣る。

 昨日の夜というか今日の未明、王冠が戻ってすぐにマイクロチップを確認することができていれば、とうに海外へ脱出して、俺が朝っぱらからラムのふざけた指令を聞くこともなかったはずだ。

 ニュースで見た時には王冠はもう御大層なケースに収まっていたのだから、大方、警察やマスコミの目があって調べることができなかったのだろう。

 だから今、ああやってこそこそと会場の裏口からアナグマが這い出す羽目になっているのだ。

 しかし、こうして裏口で待ち構えている俺に言える台詞じゃないんだが、どうして後ろ暗い連中は人目につかない裏通りをお約束であるかのように利用しようとするのだろうか。今回のように雑多に人が溢れている時は正面から堂々と出て人混みに紛れたほうが安全だろう。

「よう、同志。同志アナグマ」

 闇の中からぬるりと背後を取って、声を掛ける。自然と嘲笑に口端が歪んだ。

「ひっ」

 ちょっと待て。

 俺たちの姿を認めたアナグマが、悲鳴上げて逃げ出した。

 お茶目なイタズラをしかけて祖国を揺るがしたわりには雑魚くせえなおい。面白くもない。

 イラっときたので、ベレッタを取り出して引き金を絞る。

 ガンと肩を一発撃ち抜いただけで、足が止まって蹲ったが、そこでやっと反撃する気になったのか懐に右手が伸びた。その腕をガツリと踏みつける。

「人の顔見て逃げ出すなんてひでえな」

「兄貴の笑顔は怖ェんでさ」

「うるせえウォッカ黙れ」

 俺はアナグマのこめかみに銃口を押し付けた。

「さあて、俺の用事は言わなくても分かっているよな?残りのデータはどこだ」

 踏みしめる足に力を入れる。

 ぐっと呻きながらもアナグマの視線が踏みつけられた手首へと一瞬流れ、すぐに逸れる。

 ふーん。

 捻り上げるようにして腕を引っ張り上げ、スーツの袖を乱暴に捲る。

 まずは腕時計を外して、調べろとウォッカに放る。

 腕に何かを埋め込んだような不自然な傷や、人工皮膚を貼り付けたような変色はない。

 スーツ、切り裂くか。

「兄貴、ありやした」

 ウォッカが手早く解体した腕時計から、マイクロチップが発見された。

「このデータの確認が終わるまでは付き合ってもらうぞ。立つんだ」

 改めて銃口をアナグマの額に突きつける。

 今度のデータは3分の1だったなんてオチがつき、また回収に走らされたら堪ったもんじゃない。

「データは渡したんだ。見逃してくれ」

「無理だね」

「君たちも! 君たちも切り捨てられたと聞いている。違うのか」

 俺の目を見上げる同志の目には諦観が滲んでいた。

 お互いに分かっている事実がどうしようもなく横たわる。

 データを見、暗号を作り、二つに分けた。その目と脳に刻み込まれたものを消すには仕方がないことと諦めるしかない。

 だがまあしかし、今はその時じゃない。

 とりあえず反対の肩も撃ち抜いておくかと引き金を絞ろうとし、嫌な予感がしたので後ろに一歩引いたらサッカーボールが壁にめり込んだ。

 

 ――バンッ!

 

 もう一度言おう。

 サッカーボールが壁にめり込んだ。ボールのくせに跳ね返りもせず、壁を削ってめり込んでいるんだぞ。

 頭に当たっていたらザクロのように弾けたんじゃないかこれ。それでいいのか少年マンガ主人公。

 銃口をアナグマの額に固定したまま目線だけを流せば、想像通りの小さな影。

 それからもう一人。

 ボールを追うように飛び出してきたのは沖矢昴。それにすかさず応じたのはウォッカ。いかん、嬉々として拳を振り上げている。

 しかしFBI、小学生に先手を取られて二番手に甘んじるって大丈夫かおい。

 追撃で鉛玉が飛んでくるとばかり思ったのに、拳で立ち向かってくるっていうのもどうなんだ。

 変装して全くの別人のふりをしてみたところで、ズボンの裾やシャツの袖口などにデリンジャーとかスリーブガンのひとつやふたつ……いや三つくらいは潜めてねえと安心できないだろう普通。

 なにせ、小学校1年生のガキすら物影で麻酔銃の照準合わせて虎視眈々と隙を窺っているようなご時世なんだから。

「た、助けてくれ」

 乱入者の登場によって外れた銃口にこれ幸いと、アナグマが逃げ出した。

 無関係の人間を巻き込んだほうが無茶はしないと思ったのか、探偵の潜む場所を目指している。

「チッ」

 遠退こうとするスーツ姿の後頭部に向かって発砲した。

 どさり、と。

 倒れ込んだのは、探偵のすぐそば。

 容赦なく響いた銃声に場が怯む。

「ウォッカ。撤収だ」

「へい」

 ウォッカが赤井の蹴りを大きく弾き飛ばした。

 虫の息でダイイングメッセージを残されても面倒くさいから、牽制を兼ねて更に三発倒れ伏した身体に銃弾を撃ち込んでから踵を返す。

 曲がり角で追跡の気配に向かって残りの弾を撃ち尽くし、弾倉を交換した。

 

 データがすべて揃っていることを確認する前にアナグマを処分するハメになったのは痛かったが、仕方がない。

 人の闇の裏の裏まで見たがる子どもに生き証人として確保されて、全部暴かれるよりはマシだろう。

 

 

 

 



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「船の中身を今すぐ全て運び出せ」

 同志アナグマのヨットを押さえていた連中に、助手席のウォッカがスマホで指示を出している。ああ、悲しく散った俺のスマホよカムバック。

 小さい探偵がこっそり後をつけてきていないことを確認しつつ、俺は愛車をヨットが停泊している桟橋へと向けた。

 

 ウォッカの回収指示を聞きながら思案を巡らせる。

 まさか少年漫画的ご都合主義で、マイケル・ロングのごとく頭蓋骨の上に鉄板が入っていたとかそんな理由をこじつけられて、実はアナグマが助かっていたなんてオチはないだろう。……ないよな?

 探偵たちは、ロシアの文芸員がどんな理由で黒の組織の死神に狙われたのだと推理するだろうか。

 アナグマは王冠に予告状が届いた時から――もしくは王冠にマイクロチップを仕込んだ時から色々と不振な行動をしていたはずだ。

 だからといって、あれは怪盗キッドの共犯者だと推測するには物足りない男だった。

 ウォッカなんぞは俺が怪盗紳士に夢見すぎていると文句を言うが、ライバルを必要とする探偵だって不殺の魔術師に理想を追い求めて現実を見ていないから大丈夫。絶対に俺と同じ結論に達する。

 なんにしろここはひとつ、怪盗キッドの予告状を目眩ましにした犯罪をでっち上げる必要がある。

 探偵どもに突き回されると、思いもかけないところから旧KGBと黒の組織が結び付いてしまうおそれがあるから用心に越したことはない。

 ……普通なら気付かないような、例えば他の展示会スタッフとボロが出かねない会話をしていなければいいが。

 スパイの自負というかどうしようもない習性で、痕跡は全部処分しているはず。

 今向かっているヨットにも何か身バレするものを置いているとは思えないが、死を覚悟していたならわざと残しているという可能性が無きにしもあらず。

 可能性の話をどこまでもしていくのならば、アナグマの恨みが深くて例えば自分が死んだらマスコミにデータ配信が行われるようになっているとか、そんな小細工の可能性も考えられるわけだが、そこまでくるともう俺の仕事の範囲を越えている。ラムがデータを押さえるなりボスが圧力かけるなりなんなりすればいいさ。

 

 港に着き、ヨットに乗り込む。

 撤収は完了していた。

 さて、探偵どもがこのヨットへと押し寄せてくるまで、後どのくらいの時間の余裕があるだろう。

 流石に死体を現場にほっぽり出してまで追ってはこないはずだ。

 しばらくは警察の事情聴取や現場検証などに時間を取られるはずだが、FBIが動くとどうなるか分からない。

 その前に偽装工作を終えなくては。

 ウォッカにはラムのところまでマイクロチップを運ばせる。

 今回はマイクロチップのデータが揃ったかの確認もその場で済ませてから戻って来いと指示する。後、ウォッカのスマホに仕掛けられていた爆弾を回収した。

「しかし兄貴、船の中に何もないってえのも余計怪しくねえですか」

 すっからかんのヨットを見回しながら、ウォッカが言った。

「今から代わりのものを詰めておくさ」

「じゃあ、車のトランクに入っている酒とお泊まりセットを持ってきますかい?」

 ……お泊まりセット。日用品がないと怪しまれるという点でそのチョイスも間違いではないが、ウォッカのくせしてお泊まりセット。

「いや、持ってこなくていい」

 この世界の探偵って生き物は、千里眼の薬を飲んだんじゃねえかって勢いで見透かしてくるからな。タオルのメーカーひとつで、どんな真実に辿り着くか知れたものじゃない。

「中身は俺が作る」

「何を?」

「実はな、ウォッカ」

 俺はもったいぶってニヤリと笑う。

「王冠なんだが、錬金術で作ったニセモノと入れ代えてある」

「は?」

「美術の成績はいつも底辺だったのに、なんで錬成の時は寸分違わねえモノ作れるのかがずっと不思議だったんだ」

「はあ」

 話の流れが見えませんと、ウォッカが首を捻る。

「イシュヴァールで奇襲を受けた夜戦の時に慌てて小銃作ったのが俺の錬金術初体験だったわけだが」

「塹壕の壁にいきなり円を描き出したヤツっすね」

 当時を思い出して、懐かしそうにウォッカが目を細める。

 

 ああ、我らが懐かしのイシュヴァール。

 国家錬金術師には数の限りがあって、しかし戦火は無数に燻っていた。

 あの時、俺たちは錬金術師がいない隙をつかれて追い詰められていた。今思えば、敵だけでなく味方の血も必要としていた戦場だったのだから、配置の薄い場所はわざと作り出され、情報は簡単に漏洩し、応援要請は故意に遮断されたのだろう。

 傷だらけの夜、銃声は止んで苦痛の呻き声は止まない塹壕の中で、疲弊しきった体を丸めて休息を取った。

 あの塹壕は枯れた水路をダイナマイトで拡張して作った急ごしらえのものだったらしいが、後の世に残すべき遺跡が破壊され血塗られていいものではないと嘆く余裕などなく、俺たちにとってあそこは地獄の底だった。

 食い物もない水もない煙草もない。黒い泥水をコーヒーとは認めない。

 いろんなものが限界で、初めて人を殺したとか周りでばたばた人が死んでいったとか、そんなことはどうでもよくなっていた。

 壊れた銃の先でぼろぼろになっている銃剣だけが頼りで、片時も離さず抱き締めて、じめじめとした薄暗い塹壕の片隅に蹲る。

 眠ることはできなかった。

 うつらうつらしながら、敵襲に怯えていた。

 だからこそ、忍び寄る微かな物音に気が付いたのだろう。

 闇に、更に神経を尖らせる。

 ひたひたと近付く敵兵の気配は、多いと分かった。

 そして、気付いたら土壁に錬成陣をいくつも書いていた。

 とうとう気が触れたのかと傍で見ていたウォッカたちが心配したくらいに鬼気迫る表情で一心不乱に。

 塹壕の土と岩と、後は崩落を防ぐ鉄筋なども蝕んで俺の足元にぼろぼろと銃が落ちて積まれていった。

 ついでに、地下に長いトンネルも掘って敵の後ろから銃を乱射してヒャッハーした。

 

「後で我に返って、あんなバカやって銃がよく暴発しなかったなあと」

「その割には兄貴、躊躇なく撃ってやしたが」

「まあ、使い慣れたモシンナガンM1891だったからな。銃身も曲がらずに作れたんだろうと納得できなくもないんだ」

 目隠ししていても解体整備ができるくらいには、馴染みの銃だ。

「今でもイシュヴァールの頃の武器を使うことが多いのもそういう訳ですかい」

 そう。

 イシュヴァール戦役が、今の俺の根底だ。

 6年まるっとあの戦場にいたわけではない。3回分の人生のほんのわずかな時間だったが、しかし短くとも濃厚な日々は、それまでの生ぬるい人生を吹き飛ばすほど強烈だった。

 オタク魂は吹き飛ばなかったのかって?

 あれはもっと深いところに刻み込まれた根源だから仕方がない。

「そういうわけでだ。初めて見たものならどうなるか試してみたくなったんだ」

 精密な金細工が施され、ビックジュエルを始めとした無数の宝石があしらわれている王冠は仕舞ったまま、見ずに錬成してみたら、なんと驚き全く見分けのつかないものができた。せっかくだから入れ替えた。

 つまりはニセモノを返却したのに、誰も騒ぎ立てない。反応してもらえない悪戯ほど虚しいものはない。早く誰か気づけよなと思っていたが丁度いい。

「そこでだ」

 すちゃっと取り出したるは展示品の写真が載ったパンフレット。

「大量にニセモノを作ろう」

 写真は小さく印刷は荒いから、偽物らしい偽物が作れるだろう。

「兄貴、王冠作ったのが楽しかったんすね」

「おう」

 楽しいことはいいことだ。

 偽物がいい感じに物証となれば、探偵どもは贋作を扱う闇商人が黒の組織とトラブったと勘違いするだろう。

 いや、待てよ。

「今度ベルモットが怪しげなパーティーに参加するよな」

 確か、カジノとオークションで荒稼ぎだとか。

「豪華客船でクルージングってヤツですね」

 俺にネクタイ締めてエスコートしろとベルモットが言ってきたが、興味を持てずにはいはいと聞き流した。多分。

「チケットは捨てたか」

「ありますぜ」

 急に気が変わって行くって言い出したら困るから持ってきてありますと、ウォッカ。

「よし。ウォッカ、ラムのところに行ったついでに乗船名簿とオークションリストも貰ってこい」

 船のチケットと一緒にこれ見よがしに隠してしまおう。

 

 ロシアの文芸員が展示品を贋作と入れ換えて闇オークションで売ろうとしていたのに、怪盗キッドの予告状に怖気づいちまって組織に処分されましたっていうカバーストーリーで丸く収まってくれねえかな今回の騒動。

 

 



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 バックドラフトを知っているだろうか。

 あれが、多少小細工したとはいえ、仕掛けた俺もびっくりするほど劇的なタイミングで発生した。

 

 残念ながらウォッカが戻ってくるよりも早く、パトカーのサイレンが聞こえ始めた。

 美術品で遊ぶのを止め、ヨットから抜いた燃料を撒いて火を点ける。

 床を舐めるように走る炎の様子を見ながら外に出てぱんと錬成光を散らし、通気孔やドアの隙間などを塞いだ。

 けたたましいサイレンが鳴り響き、逃げろ逃げろと急かしてくる音に背中を押されながらヨットを出る。

 あんなに五月蝿く接近を主張したら逃げるに決まっているんだから、本気で捕まえたいなら静かにひたひたと包囲しろと言いたい。

 俺がヨットを出て、桟橋を見下ろせる場所に陣取った頃には、パトカーによる包囲が終了していた。

 パトカーから下りてきたのは警察官の他には、一般人のフリをしたFBIと小学生のフリをした名探偵。

 ちなみに俺はすぐそばにある倉庫の屋上で堂々と立っている。ちょっと周りを見回すだけで発見されそうなわけだが、これは見つかっても構わないと思っての位置取りだ。

 というかぜひ見つかって、まだまだ組織が関与してくるぞと匂わすような犯罪臭を持たせたい。

 これは安全であると確信しているからこそできることだ。なにせ赤井は銃を持っていなかったし、日本の警察はそう易々と発砲しないから、見つかってからでもすぐ逃げられる。

 ただ、戻ってきたウォッカがドジかましてあそこに突っ込んでいかないかが心配だ。

 ヨットの中にまだ俺がいると判断しやしたと嘯いて、嬉々と飛び込んで暴れそうだから困る。

 なにせ以前にも、ドジ踏んだふりしておふざけ入るのは俺の影響だと言い訳されたことがあるからな。その方が面白くなるってんなら仕方がない。

 さっきの展示場裏での赤井とのバトルの決着をつけたいだろうから、マジでやりかねねえ。マイクロチップの解析にまだ時間が掛かることを期待しよう。

 

 制服姿の警察官たちがヨットに乗り込んでいくのを見守る。

 流石に一番手を一般人に任せることはないらしい。

 数人が左右に別れてぐるりと外周を確認しにいった。

 残りは外からヨットの中の様子を伺っている。物影に美術品らしきものが置いてあるのが見てとれたことだろう。

 警察官の一人がドアを開けようとノブを回した時。――流石、主人公。ドアの下から這い出す煙に気づいた。

 小さい身体で体当たりをかまして間一髪、ドアが開いた瞬間噴き出す炎から、警察官を救い出す。

 絵になるなあ。

 紫煙を燻らせながら、笑う。

 そして念のためにと取り出していたベレッタを懐にしまう。

 タイミングよく発火しなかったら、強制的に爆発させるつもりだった。

 そのためにと、ウォッカのスマホから抜いた爆弾をヨットのエンジン部に仕掛けもした。

 焔の錬金術師のようにパチンと格好つけたいところであるが、証拠が残らないことが証拠になりかねないので、普段は錬金術をあまり使わないようにしている。多少不自然でも、発火装置の残骸や銃痕はあったほうがいいのだ。

 騒然とする現場、追加で到着する消防車のサイレン。

 その場から少し離れたところに、頬の煤を拭うちびっこ名探偵コナンと、その肩に手を置いた沖矢昴の皮をかぶった赤井秀一が立っている。ありゃあ、肩に手を置いているというよりも現場に飛び込んでいくのを押さえているのか。

 ヨットから火が出た以上、もっと仕掛けがあると警戒しているんだろう。

 実際、爆弾は仕掛けてあるが、ヨットの火災は爆弾に引火せずに終わった。

 ヨットを沈めるには中途半端な仕掛けになってしまったが、せっかく作ったニセモノがすぐさま無駄になるのも面白くなかったというか、豪奢なネックレスをかけた胸像の下に豪華客船のチケット兼ブラックな競売への招待状を挟んでおいたから、燃え残ってくれないと困るというか。

 爆弾がまるまる証拠品として残ったわけだから、そこから足がついてしまえばラムに迷惑がかかるんじゃないかとか、いい仕返しになるんじゃないかとかまでは考えていない。

 ふむ。

 しかし、野次馬も増えたっていうのに、直ぐ側の倉庫の上で真っ黒なコートを風にたなびかせながら、頑張って目立とうと努力している俺に誰も気づかないってどうなんだ。

 事件現場の周囲には注意を払えよ。周囲に不審者がいないか目撃者はいないか確認しろよ。警察にはもう少し頑張って仕事をしてほしい。

 懐のベレッタをもう一度取り出してくるりと回す。

 ちゃきりと探偵のこめかみに照準を定めてみたが、反応はない。ついとその横、赤井へと銃口を流して胡散臭い細目をしかめている眼鏡に狙いを移す。

 化けの皮一枚剥がすつもりで引き金を絞ったら流石に反応された。

 探偵を小脇に抱えて、近くのパトカーの影に飛び込む。

 突然の行動に周りが目を白黒させているのもお構いなしで、射線を警戒。伏せろと警告の声を張り上げたりもしない。無差別に撃つことはないだろうと読んでのことなら、それはイヤな信頼だ。

 

 警戒鋭い視線がふたつ、こちらに向いたことを確認して撤退した。

 

 



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 次の日の夜、俺たちは横浜の港にいた。

 

 お台場に続いて横浜でも黒づくめの不審者がいたという目撃証言を作るためだ。

 現在この港に停泊している豪華客船は、真っ当な船籍を持って真っ当なクルージングをしているふりした真っ黒な船である。

 抽選で選ばれた、特別な客しか乗せない豪華客船での優雅な船旅を装いつつ、国境が曖昧な海の上をいいことに、違法賭博や臓器売買、人身売買、ご禁制の品や盗品のオークションと、なんでもありの治外法権の箱庭。個人的な密輸や密航の手伝いもしているらしい。もちろん、法外な別料金が発生するが。

 ベルモットにエスコートしろとよく言われる船旅だが、裏社会の諸事情が持ち込まれ、刺客が潜んでいたり毒殺事件が起きたりとトラブルに巻き込まれることが多い。また、そういったトラブルが発生しない場合でも、権力の誇示や真っ黒な腹の探り合いなど作り笑いを貼りつけた面倒くさい縄張り争いが繰り広げられるので、任務以外でのベルモットの誘いは基本すっぽかしている。

 今回も、怪しさ満載な黒さを豪華な装飾で誤魔化した客船に近付くつもりはない。ベルモットに接触もしない。

 元々の目的が、偽のバックボーン作りなのだ。それがあからさますぎては、余計な疑いになりかねない。

 だからこそ今は、目当ての客船から少し離れた倉庫街をぶらついていた。

 好奇心旺盛な探偵を引き寄せてしまった今回の一件。

 俺としては、元同志アナグマが女帝エカチェリーナ2世の財宝をロシアから持ち出してニセモノにすり替え、この船のオークションで売るつもりだったということにできればいい。

 しかしこの客船、明日の夜には出港する予定である。

 ニセモノ積んだヨットが燃えたのが昨日なのに、出港は今日。

 つまりフェイクギャラリーの入れ替えが全然間に合ってないじゃねえかよ、と自分で考えたカバーストーリーに疑問を感じないでもないが、逆にキッドの予告状騒ぎが邪魔したので上手くいかなかったという証になると期待している。

 入れ替えに失敗したからこそ組織が処分を決定したのだと、そんな理由になりうるはずだ。

 第一せっかく作ったニセモノが、実は全く役立たずでしたとか寂しいだろ俺が。

 ともかく、俺たちが港を怪しげにうろついて不信感を煽りまくり、乗り込んでみればベルモットのご登場ともなれば、これで全部、黒の組織のせいだ。

「予告状に便乗したヤツが組織に無断で甘い汁を吸おうとしてミスったでもいいな。そもそも予告状も怪盗キッドもニセモノの自作自演、黒の組織もだまくらかして全部自分の懐に入れようと画策したってのもありか」

 港をうろついているだけだと暇なので、つらつらとそんな設定を語ってみたら、どうせ答えあわせの機会はないからどうでもいいじゃないですかいとウォッカから突っ込みが入った。

 今回の事件の真相はそりゃまあ確かに名探偵の推理にお任せだが、それでもスパイだとかマイクロチップだとかの情報が漏れていないか確認は取るため、後日こっそりと答えあわせのチャンスはあるんだぞ。

「兄貴とかち合ったことで全部組織のせいになる可能性が一番高そうなのはいいんですがね、それよりここで会話を聞かれて今までの苦労がパアになったらヤバいんじゃないですかい」

 バカウォッカ、それはフラグだ。

「そうだな。そこで盗み聞きしているこそ泥さんよ」

 かちゃりと音を鳴らして、銃口を向ける。

 ふわりと風が揺れた。

 今回の目撃者づくりで話を聞かれるのは、実は想定内というか物語的なご都合主義を期待したというか。

 つまりは悪役の漏らした会話が偶然主人公の耳に入り、しかし何故か又聞きだったり途切れとぎれに単語しか聞き取れなかったりして、必要な情報を得つつも、更に謎が深まっていくというのはよくある話なんだ。

 ただし、具体的に言えば警察に通報するタイプの目撃者が欲しかったんだよ俺は。

「お呼びじゃないぞ、怪盗キッド」

「これは失礼。しかし、お約束の確認に参りました」

 積み上がったコンテナの上に立っている白い烏が、シルクハットを手袋で押さえ、闇夜にばさりと白いマントを翻して一礼した。

 相変わらず無駄にカッコいいな、おい。

「王冠は返却いただけるはずでしたが」

 うむ。

 本物の代わりに返却したニセモノの王冠だが。

 俺でも本物と区別が付かなくなりそうな出来映えだったので、目印としてビッグジュエルに細工を施してあった。

 コバルトスピネルを光に透かすと芯に赤みが差すようにしてみたのだ。もちろんパンドラに踊らされている奴らへの皮肉である。

 本物を月にかざしてパンドラではないことを確認した怪盗だからこそ、あれはニセモノだと確信して、騙されたと憤っているのだろう。

 モノクルをキラリと光らせて、白い烏が是非を問い掛けてくる。

「悪党の言うこと信じてんじゃねえよ」

 俺の隣で同じく銃を構えているウォッカが、悪人の笑みで頭上の怪盗を威嚇した。ウォッカ、お前だって本物返したって信じてたじゃねえか。

 出会って数日なのに、ウォッカは随分とこの怪盗紳士への当たりを強めている。

 そんなに怪盗キッドを毛嫌いしなくてもと思うのだが、どうも俺がウォッカいわくの『似非くせえ手品師のガキ』のファンだと言って憚らないのがお気に召さないらしい。

「用が済んでからと言ったはずだ」

「……まだ時間が必要ですか?」

「まあ、そろそろお役御免ではあるな」

「では今度こそ、私がしかと返却いたしましょう」

 皮肉げに告げる怪盗に、俺はフンと鼻を鳴らし、コートに仕込んだナイフを斜め下に向かって投げた。

 カッカッカッと地面に刺さるナイフは、6本。

 柄に刻んだ錬成陣から発生した小さいイナズマがチリチリと地を舐めるようにして走り、二重の円と六芒星を描いていく。

 大きな錬成陣が形成され、そこから目映い錬成光が周囲に放たれた後、闇に溢れて消えた。

 後に残ったのは、黄金の死の王冠。

 等価交換の原則だなんだをあまり気にしないで使っている俺の“なんちゃって錬金術”だが、流石に無から有を生むことはできない。

 6本のナイフは消えていた。

 足先でひょいと蹴り上げ手に取ったそれを、キッドへと無造作に放り投げる。

「ほらよ」

 王冠を受け取ったのは無意識なのか、唖然とこちらを見下ろして声も出ない様子だ。

 ポーカーフェイスはどうしたよ。

「奇術師も魔女もパンドラもいる世界で、錬金術師くらいに何驚いてるんだ」

「……錬金術師。だから、賢者の石が作れると」

「ほしいか?パンドラを探す怪盗」

 にっと口端が勝手に獰猛な笑みを作った。

「東京を血の海にしてもいいなら、作ってやるぜ?」

 まあ、このハートフルな怪盗紳士がうんと頷くはずもないと分かっていての問いだ。

「貴方が万が一にでもその計画を……」

 きっと睨みつけて鋭く放とうとした言葉を、怪盗キッドは途中で切った。

「いえ、神の領域に手を出すのはお嫌いでしたね。王冠は確かにお預かりします」

 そう言い残して、どろんと消えた。

 

 つまりこれはあれだ。

 名前を騙られた怪盗キッドが本物の王冠を取り戻したぜ! でハッピーエンドってことだな。

 小さな探偵が豪華客船にこっそり潜り込んで、変装したキッドも紛れていたりして、カリブ海へと航海中に連続殺人が起こって最終的には客船炎上したっていうことだが知ったことじゃねえよそんなもん。

 映画館へ行け。

 

 

 

 

 

 ちなみに蛇足ではあるが、怪盗キッドに返却した死の王冠は本物じゃない。

 ニセモノだ。

 ただ、ニセモノかどうかの区別がつくような細工をしていないだけ。

 キッドの前でまるでナイフが王冠だったかのように錬成して見せたが、王冠の入れ替えを行う際に本物をナイフに変えたりなんぞしていないのだ。

 一度分解して再構築されたモノはホンモノかニセモノか。

 構成成分の過不足の話ではなく、時代の重みや想いの深さ、ついでにいうと、死の呪いというオカルティックなものなどはきっと再現できない。

 目に見えないものが消えてしまう責任を背負い込む気はねえよ、面倒くせえ。

 だから、本物の王冠は俺の愛車のトランクに転がったまま。

 今度、サンクトペテルブルグにある女帝の棺にでも放り込んでおくさ。

 

『真の女帝の頭上にあってこそ真の王冠は美しく輝く』

 

 



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【番外:白い仔熊】
君のテディベアになりたい。


 

「ジン、貴方テディベアがないと眠れないんですって?」

 

 マウザーGew98を取り上げられた次の日の朝。

 名誉毀損で訴えたら勝てるレベルの噂が出回っていた。

「これ、貴方にあげるわ」

 今日の仕事で待ち合わせをしていたベルモットがにこりと笑いながら、でかい熊のヌイグルミを押し付けてきた。

 人の後ろでウォッカが笑いをこらえるのに失敗して、げほげほ噎せている。

「可愛いでしょう」

 大切にしてね特注品なのよと言うベルモットが渡してきたテディベアは、ツキノワグマなのか黒の毛並みに白混じり。

 つぶらな瞳は碧。ただのガラス玉ではない気がする。本物の宝石か、それともカメラアイか。

 もみもみもみもみ。

「……それには発信器も盗聴器も爆弾も仕掛けてないわよ」

 ベルモットの肩がぷるぷると震えている。

 遅れて合流したキャンティは人様を指差して爆笑した。どいつもこいつも。腹いせにその日1日、仔熊のヌイグルミを抱えて過ごした。

 ポルシェの運転中は膝に乗せ、金をちょろまかしている取引相手先に潜入していたバーボンはただでさえ大きな目を更に見開き、その取引相手を脅しつける時にはなぜだかいつも以上に怯えられた。

 ダメ押しで脅しをかけるための狙撃要員であるキャンティには、笑いが止まらないせいで照準が定まらなくてもう少しで殺っちゃうところだったと文句をつけられ、そもそもの原因であるベルモットといえば、送り届けたホテルの前で「私が悪かったわ。ごめんなさい。だから明日はその子を連れてこないで」と真顔でお願いしてきた。

 

 更に次の日。仕事前のライが待ち構えていた。

「ジン。これを」

 持っていたライフルケースを押し付けてくる。

 ギターケースの形を模しているハードタイプでしっかりしたレザー。全体にぺイズリー柄があしらわれている。

「それなら四六時中抱えていられるぞ」

 じゃあなぜ、色を白にしたのか。

 渡すだけ渡して満足したらしいライは、ふっと笑うと自分の黒いライフルケースを背負って出ていった。

 ライなら中身はM16かと蓋を開けたら、入っているのはこれまた白のギターだった。

 二重底になっているわけでもないらしい。ただのギターケースかよ。

 だがしかし待てよと、仕掛けられた発信機を外しながら考える。

 ギターに錬成陣を彫りこめばいいのか、と。

 持って帰って銀で装飾することにした。白に銀なら遠目にはどんなデザインだか分からないだろう。

 これでマウザーでもモシンナガンでもなんでもオッケーだとほくほくしていたら、ウォッカがあん時の曲を弾いてくださいよと言った。

 そういや戦場で敵にバレるわと叱られながらギターを弾いたなと思い出す。懐かしいその曲は誰のために戦うのかと問う『アニソン』だ。

 もう一度言おう。アニメの主題歌だ。

 ハガレンの世界にアニメがなかったからこそ恥ずかしげもなく弾けたし熱唱できたんだ。

 こっち来てから気に入った曲はないのかと聞いたら、アイドルグループの名前が出てきて驚いたが動画サイトでチェックして弾いてみたらダメ出しされた。

「兄貴の声だと演歌っすかね」

 閣下がやった女性シンガーのカバーもいけるんじゃないですかと、ウォッカがいそいそと動画サイトを漁っている。

 お前がそんなに音楽に詳しいとは知らなかったよ。

 

 

 銃剣が手元にある安心感は格別である。

 休日にギターを持ち歩くことが増えた。職質されても何の問題もない。

 けれど、ツキノワグマテディもちゃんとベッドに鎮座している。

 貰い物に罪はないのである。

 

 

 



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白い仔熊の休日

 

 ゴールデンウィークの最終日。

 遊びに出掛けて事件に巻き込まれて解決したコナンと少年探偵団の三人、それから沖矢昴は昼ご飯を食べて帰るところだ。

 公園を横切って、駐車場に向かっている。

 ちなみに、くたくたに草臥れた阿笠博士は早く家の布団で寝たいと外食には付き合わずに帰っていった。

 灰原哀も博士と一緒に先に帰った。

 沖矢としては、事件は無事に解決したのだとしても別々に行動したくはなかったのだが、元太の腹の虫がそれを許さなかった。

 

「お、沖矢さん。あれ」

 

 不意に立ち止まったコナンはこわばった声で、沖矢を呼んだ。

 沖矢も足を止め、促された方向を見遣って思わず目を見開く。

 公園の散歩道に白いベンチがぽつぽつと設えてある。その内の一つの日だまりに、男がひとり座っていた。

「……ジン?」

 零れ落ちた声は呆れるくらい唖然としたもので、語尾にクエスチョンマークがダース単位で並んでいた。

 背もたれに両腕を乗せ、組んだ足を持てあまし気味にだらりとベンチに凭れかかって、ぷかりと煙草を吹かせている男は、黒づくめの服を着ていたらジンと断じたろうが、今は白い。

 帽子を被っていない髪はユルいみつあみに編まれ、ハイネックながらもざっくりローゲージのサマーセーターは白に近い青。元は紺だが色落ちしているダメージジーンズの腰から太ももにかけては銀糸でペイズリーの刺繍が施されている。

 薄い青のサングラスも相まって、全体的に氷の白さを連想させた。

 ベンチの隣にはギターケースが置かれていて、それは沖矢――いや、ライにとっては見覚えのある白色をしていた。

 ジーンズに合わせたかのように全体にペイズリー柄があしらわれている白いギターケースは、見覚えがあるどころか自分がジンに渡したものだ。

 すぐに捨てるだろうと思っていた。

「まさか、あれ、ジンじゃないよね?」

 そう、ジンじゃない。

 恐る恐る聞いてくるコナンに、もちろん違うだろうと即座に答えて立ち去るのが最善の一手だったと沖矢が気付いたのは、悪手が打たれた後だ。

 何が悪手だったって、立ち止まってしまった沖矢とコナンの視線を追って、少年探偵団が真っ白な男に興味を持ってしまい、止める間もなく駆け出していったのである。

「にーちゃん、白いな」

「キラキラしてキレイ」

「アルビノというものではありませんか?」

  男はわらわらと寄ってきた子供たちに、組んでいた長い足を下ろして目を向ける。

「あー?」

 なんだかとても聞いたことある不機嫌そうな声に、突きつけられる銃口を幻視する。

 走り出そうとしたコナンが固まった。

 やはりあれはジンではないのだ。

 ジーンズの後ろポケットに手をやって、出てきたのは灰皿だった。

 子どもたちが近づいてきたからと携帯灰皿に煙草を押し込むような人物だから、無敵の子どもたちは遠慮をなくして纏わりつく。

 光彦がしたり顔でアルビノの説明をして、目は赤いんでしょうと問えば、外してくれたサングラスの下は碧だ。

 日差しが眩しいのか、眉間にしわを寄せて瞬きして、すぐにサングラスをかけ直す。

「てめえら、俺がホントにアルビノだったら、失礼極まりないぞ」

 ごめんなさいと歩美が言い、光彦も気まずそう顔で謝って、元太は気にしないのか分かっていないのか、脇に置かれたギターケースを指さして「何か弾いてくれよ」と元気な声を上げる。

 は?

 何をだよと言いながら、ジンはケースから白いギターを取り出している。

 いやいや、ジンじゃない。うん、こんなの確実にジンじゃない。

「仮面ヤイバーの歌がいいです」

「知らねえ」

 知っていると言われたほうがビックリだと、コナンが声にならないツッコミを入れる。

「えー知らないんですかー」

「みんな知ってるのにー」

「だったら歌ってみろよ」

 ビックリだ。

 ジンに促されてこどもたちが歌い出すと、弦を弾く。

 曲を知らないからこそだろう。明るくて賑やかな声に釣られて実際の曲より随分とアップテンポな伴奏になった。

 子どもたちはそれが面白いらしく、ギターに合わせて跳ねるように歌って笑った。

 曲が終わって、ふーんと言いながら今度はゆったりと弾き始める。

 そして深みのある声で、歌い出した。

 同じ歌なのにバラード調で、ふわーお兄さんすごーいと言いながら、子どもたちは大人しく聞いている。

 周りの人たちが、足を止め始めた。

「一回聞いただけで歌詞を覚えたのか。凄いな」

 沖矢の感心した呟きは、既に現実逃避だ。

 その次はというと、散歩中だったじいさんのリクエストで演歌を歌い始めた。

 拳のきいた女性演歌歌手の歌だから、ジンの声で歌うと聞き応えがある。

 というか、そのちょっと古い演歌は知っていたのか。

「兄貴、なにやってんですかい」

 演歌が終わったタイミングでかかった声に、見物していた人たちが蜘蛛の子を散らしたように散った。

 歌をリクエストしたじいさんも、じゃあありがとうねと声をかけて、そそくさと立ち去る。

 怯えた歩美が、ジンの足にしがみついた。

 近付いてきた男はガタイのいい体にカーゴパンツとタンクトップ。バンダナもしてどこのランボーかといういで立ちだ。

 カーキ色のタンクトップには『筋肉至上主義』の文字が入っていた。

 これを見て逃げ出すのも分かる。

 少年探偵団も逃げてくれたら、これ幸いと立ち去れたのに。

「ウォッカ」

 隠す気がないジンが、しかし子供たちが怯えたのを咎めるように名を呼んだ。

「日差し強えんですから、炎天下にいると日射病になりやすぜ」

「お前が遅いのが悪い」

 交わされる会話に怖くないと理解した子供たちは、物おじせずそれに混じる。

「お兄さん真っ白だから、日差しに弱そうですよね」

 光彦がうんうんと同意して。

「私のおぼうし貸してあげるー」

 背伸びをした歩美が自分が被っていた麦わら帽子をジンの頭の上にのせた。

「うわあ」

 それはコナンの声か沖矢の声か。

 両方かもしれないそれは、ピンクのリボンと花飾りにどうすればいいのか分からなくてこぼれたものだ。

「ガキが。テメエの頭守っとけ」

 帽子は直ぐにジンから歩美へと戻された。

「じゃあ、兄貴はこれを被ってください」

 しかしウォッカが、取り出した麦わら帽子をぽんと頭に被せる。

今度は青いリボンだ。花飾りがないだけマシなのか。

「おいおい。今のどこから出したんだよ」

 今度のコナンのツッコミが聞こえたわけではないだろうが、探偵団の面々がぐりんとこちらを向いた。

「コナンくん。沖矢さん。お兄さんがアイスをおごってくれるそうです」

 どうしてそうなった。

 いや、会話は聞いていたから知っているけれど。

 ウォッカが脅かした詫びと帽子への礼を、元太が無理矢理ねだった感じだったけれど。

 どうしてそれを了承するのか。

 子供たちに促されて立ち上がったジンが二人に顔を向け、沖矢の目を見た。

 にやり、とチェシャ猫が笑った。

「よう、キャスバル」

「なんだ、にーちゃんたち知り合いか」

 元太がジンを振り仰いで聞いた。

「でもお兄さん、あの人の名前は沖矢さんです」

 困った顔で光彦が言う。

 人違いじゃないですかと。

「ああ、沖矢昴。だろ?」

 アメリカにこいつが留学してきた時のあだ名がキャスバルなんだともっともらしく、沖矢昴を作り上げた二人の知らない設定を、当たり前のように語られる。

 おきやすばるおきやすばると、子供たちが念仏のように唱えて、ああ、きやすばる!と納得する。

 納得するな。偽名を知られているという事実が怖い。

「……やあ。久しぶりですね」

 否定できなくなった沖矢が、しぶしぶと微笑みを浮かべて挨拶する。

 ジンの顔が無表情になった。

「お前の敬語は気色悪い」

 

 その後公園脇のコンビニでアイスを買って解散になったのでほっとしたが、これからなんだかんだとばったり出くわすようになることを沖矢もコナンも知らない。

 懐いた少年探偵団が、ジンとウォッカが黒づくめの服装でもお構いなしに突進して胃がきりきりと痛む未来を、知らない。

 

 偽名が本名だなんて面白れェと思われていることも、もちろん知らない。

 

 

 



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白い仔熊と甘いパフェ

 日本のガキはノーテンキだから嫌いじゃねえ。

 涙目で銃口を向けてくることもないし、腹に爆薬を巻いている心配をしなくてもいい。

 だからといって、探偵がリードの先を握っているようなちびっこどもに懐かれる予定はなかったんだが。

 どうしてこうなった。

 季節限定のピーチパフェを突っつきながら、心の内で嘆息する。

 ああ、名探偵の視線が痛い。

 

 その日の仕事相手は、ハッカーだった。

 とある国の軍事機密を手に入れたので高値で買ってほしいと組織に接触してきた世間知らずで、データを回収しつつ今の内に死んでおくか組織の子飼いになるかを選べと告げに来た。

 野放しにしたら厄害になる。

 だが、威嚇の弾丸が頬を掠めても後ろのPCモニタの傷を先に心配したのは面白い。オタク気質だこいつ。

 ラムに鍛えさせようそうしよう。

「ウォッカ。こいつのパソコン、全部運び出せ」

 選択肢の答えは聞かずに命じる。

「なっ!」

 ハッカーが抗議の声を上げたが、抵抗する前に銃把で殴り倒した。

「兄貴。こんなもやし気に入ったんですかい」

 トラックと人員を手配しながら、ウォッカが呆れて言った。

「気に入らないなら鍛えろ」

「へえ?いいんで?」

 ウォッカのサングラスがギラリと光った。余計なことを言っちまったかも。ハッカーとして使い物にならなくなるのは勘弁してくれよ頼むから。

 後はウォッカに任せて退散することにした。巻き込まれては堪らないからな。筋肉至上主義に改宗させられてしまう。くわばらくわばら。

 

 ビルを出て、表通りの路上パーキングに停めた愛車へと向かう。

「おにーさーん」

 キーロックを外そうとしたところで、呼ばれた。

 え、俺、おにーさん?

 自分じゃないと否定したいが、人通りの少ない昼下がりを選んでのハッカー訪問だったので、他の選択肢が周りに存在していない。

 見遣れば、少年探偵団の3匹がまろびころびつ走り寄ってくるところだった。

 ここ、米花町かよ。

「おにーさん。こんにちは」

「こんにちは」

「今日は真っ白じゃなくて、まっくろくろすけなんだな」

「日差しに弱いんですよね。大丈夫ですか?」

 仕事中だから仕方がないとは答えない。

 というか、か弱い白うさぎ扱いされてねえかこれ。まだアルビノ説が尾を引いているのか。

 ああ、タバコ吸いてえな。

 ちなみに流石にこの日差しの中、コートを着込むことはしていない。帽子はちゃんと被っている。

 黒のサマージャケットにポーラータイは銀。ワイシャツもチノパンも黒だ。

 なんでこんな怪しい風体の男に話しかけることができるのか、このちびっこどもは。

「なーなーにーちゃん。俺たち歩きまわってくたくたなんだ。なんか冷たいもん食わせてくれよ」

 そして何故、その腕を強引に引っ張ることができるのか。

「私、さっき見かけたイチゴパフェのお店がいい」

「いいですね。お兄さんも涼まないと熱中症で倒れてしまいますよ」

 とりあえずお前ら、どこかに落としてきた遠慮を拾ってこい。

 相槌ひとつ打たない強面を、入る客を選ぶタイプの可愛らしい内装の喫茶店へと引き摺りこむ。

 これって通報職質待ったなしじゃねえかと思ったのに、席に案内する店員は微笑ましそうな顔をしていた。

 あれもこれもと勝手に注文して、できてくるのを待つ間にと光彦がスマホを取り出す。

「あ、コナン君。今、白いけど黒いお兄さんと喫茶店にいるんです。ほらあの美味しそうって話していたパフェのフェアをしているところですよ。コナン君たちの分も注文してありますから休憩にしましょうよ」

 小さな名探偵の困惑顔が見える気がした。

 

 そして、誰にたかってんだよと呆れた様子で喫茶店に入ってきた名探偵のぎょっとした顔は想像以上だった。

 ここはひとつ「キャスバルはどうした」と聞くべきか、それとも「後ろに隠れているガールフレンドを紹介してくれ」と言うべきか。

 余計な一言を言いたくて、口元がむずむずする。

 ここで空気を読んだ店員が、頭数が揃ったならとできあがったパフェを大きな盆に並べて運んできた。

「うわーおいしそー」

「早く食べようぜ」

「コナン君も灰原さんも座って座って」

 指し示した位置は俺の隣だが大丈夫か。

 大丈夫じゃないらしいシェリーの混乱が手に取るように分かる。

 今すぐに逃げ出したいが、ちびっこどもを置いていく訳にもいかないと頭の中がぐるぐるしているお姫様を守る騎士殿の緊張具合も、突いたら弾けそうだ。

 とりあえず無害ですよ興味ありませんよと主張するために、目の前に置かれたパフェに手を伸ばす。

 ごろりとカットされた桃だけでなくアイスとチーズケーキまで乗り、こってりとしたソースがたっぷりと掛かっている。

 コーヒーをブラックでと追加注文した。

 元太が便乗してプリンアラモードを注文している。え、これすげえボリュームなのに、まだ食えるのかよ。

「ご、ごめんなさい。私、ちょっと体調が悪くて。先に帰るわね」

 シェリーが逃げに走った。賢明な判断だったが、そうは問屋が卸さなかった。

「哀ちゃん大丈夫?」

「顔が真っ青です。なおのこと、座って休憩しなくてはいけませんよ」

「あとでこのにーちゃんに車で送ってもらえよ」

 強引に座らされていた。

 流石に俺の真横に来たのはコナンだ。その向こうにシェリー。

 椅子に座ろうとした瞬間、コナンの肩がギクリと揺れたのは見逃さない。

 腰のホルスターに気付いたのか硝煙の残り香があったか。ま、血の臭いがしないだけマシだな。

「お兄さんはこの辺で不審な人物を見掛けませんでしたか」

 チョコレートパフェを食べながら、光彦が俺に訊いてきた。

 隣の名探偵が俺の顔をちらりと見上げたかと思うと、すぐに慌てて目をそらす。

 言いたいことは分かるけどな。今一番の不審者は俺だ。

 なのにこんなに近くにいるのでは、警察やFBIにこっそり連絡を取ることもできないから大変だ。

「実は最近、通学路に怪しい男の人が出るんです。危ないから、僕ら少年探偵団が見回りをしていたんですよ」

「おう!俺たちでとっちめてやるんだ」

 ドヤ顔の光彦の隣で、元太がスプーンを握りしめた手を振り上げた。

「危ねえんなら、ふらふら出歩いているんじゃねえよガキども」

 思わず、素でツッコミを入れた。その上なんで別行動してたんだしっかり手綱握っていろ保護者。

 

 その後、車で送ると言う俺と住処を知られたくない名探偵とで押し問答があったりもしたが、この時はまだ誰も不審者騒動のせいで殺人事件に巻き込まれるとは知るよしもなかったのであった(ミステリー感)

 



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【番外:赤い仔熊】
趣味でサバゲーやってます。


 

「ウォッカ。お前次の車どうする」

 オスプレイという名のジープを証拠隠滅のために墜落させた今、ウォッカには車がない。

 軍用ヘリは持っていても困るだけだったが、車は逆に持っていないと困るだろう。

 新しい車にカブトムシなんてどうよ。

「や、兄貴の車があれば当面は大丈夫なんじゃないですか」

 違う。

 元々はなかった車だと言われてしまえばそうなのだが、ある便利を覚えたら、ない不便には戻れないものである。

「バッカウォッカ。俺のかわいいアマガエルを砂まみれになんかできるかよ」

「そういや次のオフはサバゲーでしたね」

 

 そう。俺の趣味はサバイバルゲームである。

 

 思い起こせばもう随分と前の話になるが、組織での任務を言い渡されソ連から日本に渡って、俺たちはあっという間に退屈になった。

 なにせウォッカが「肉弾戦がしてえです兄貴」と言っても、拳と拳で語り合うような仕事はない。拳銃をちらつかせれば終わる怪しい裏取引や遠くからスナイプして終わる暗殺依頼が殆どだ。

 アングラな闘技場に乗り込んで生死不問の賭博格闘技戦にエントリーしたこともあるが、あっという間に不動のチャンピオンへと上り詰め、俺の懐は潤ったがウォッカはどいつもこいつも骨のねえ奴ばかりだと不満たらたらだった。俺もたまには銃口突きつけるだけじゃなく撃ち合いをしたいということで、次はとある戦場の外国人部隊に入り込んでみた。しかし、血湧き肉躍る命のやりとりを楽しもうとした直前、紛争に関係ない気がする大国からのミサイル発射情報が入り撤退。シッポを巻いて逃げ出したみたいで面白くなかった。戦車にも戦闘機にもロマンは溢れているけれど、目の前に居ない相手の指先ひとつでお陀仏っていうのは納得できないよなと、傭兵たちと意気投合。

 そして、気づいたらサバゲーチームを立ち上げることになっていた。

 サバゲーのマナーもルールも知ったことじゃないとまるっと無視して、しかし山あり海ありの私有地を確保してサバゲーやってますよときちんと届け出もして看板も立てたりしたから、通報されても趣味のサバゲーをやっていますで押し通し、その内それが当たり前になった。

 あくまで趣味なので、殺しはなし。実弾はあり。参加費以外の金銭のやり取りはなし。仕事の話もなし。身ばれ禁止というか、分かったとしても外には持ち出さない。他人のふりがしやすいようにあからさまなヘアカラーで赤や青に髪を染めるのが礼儀。スパイ活動中にドンパチしたとしても、潜り込んだパーティーでばったり顔を合わせたとしても、今日は髪の色が違うんですねと話しかけるのはマナー違反。だけどペナルティはなし。雑談のふりしての情報リークは割とあって、だから実はこのサバゲーでコネのひとつでも作ることができたならば、その価値は計り知れない。

 メンバーはひっそりと、しかし確実に増えた。

 ウォッカの周りに筋肉ダルマが集まると暑苦しい上に一緒に筋肉を限界まで痛め付けましょうぜと巻き込んでくるので厄介だが、たまに何も知らないビジターが紛れ込むのは面白い。以前は白い悪魔が引っ掛かった。

 そんなサバゲー団体によって開催されるサバゲー入門コースが、参加人数オーバーになるほどの人気を博している。

 懇意にしているサバゲー仲間(という名のプロ)も参加して丁寧に指導してくれるから、即戦力になると好評なのだ。

 ――あくまで、趣味のサバゲーとしての話である。

 特殊部隊の選抜試験に合格する力量を持っていても、ここのサバゲーチームとの交流戦で足手まといになった奴は実戦で直ぐに死ぬとか言われていたり、再訓練対象が放り込まれてきたりもするが、それでもサバゲーの話である。

 

 さて、ジープの話に戻る。

 ルーキーを鍛える時に、まずは基礎体力の確認だとうそぶいて砂浜を走らせている。ひーひー言っているそいつらをジープで追い立てながらマシンガンぶっぱなすのは、いいストレス解消になった。

 しかしこれを自分の愛車でやったら逆にストレスになるに決まっている。

 それ以前に、サバゲーのフィールドに俺のポルシェを持っていくのも嫌だ。

 仕事を離れて制約なしに暴れられるとどいつもこいつもヒャッハーして、流れ弾で穴があいたり流れ拳でボコボコにされたりと、惨事が待ち受けているのは目に見えている。

 俺も一緒にヒャッハーしているくせにと言われても、それはそれで別問題なのである。

「じゃあ兄貴、いっそのことサバゲー専用買いましょうや」

 結局、水陸両用のバギーを2台買った。

 

 気に入ったので仕事用にも買ってくれと、ボスにおねだりしている今日この頃である。

 



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赤い仔熊の趣味

 

 

 

「まだ、僕のことを疑っているんですか?」

 

 ジンに呼び出されたバーボンは、指定された倉庫へとためらいなく入ってきた。

 ギィと押し開けた扉から差し込む明かりを背に、中で待っているはずのジンとウォッカに対して柔らかい口調を崩さず挑発的な目をして笑う。

 

 小さな窓しかない倉庫内は闇に沈んでいた。しかし剥き出しのパイプが目立つ天井や、壁際に寄せられたコンテナがあるのは見て取れる。いかにも使われていないがらんどうの空間を、バーボンは興味深げに見渡した。

 ここは組織ではなくジンがプライベートで所有している倉庫だ。

 バーボンも今まで存在を知らなかったが、あの戦闘ヘリはここに隠されていたのだと後からの噂で聞いた。

 ちなみにプライベートな以上もちろん地下を改造したりなんだり色々秘密基地化してあるのだが、流石のバーボンにもそこまでは分からない。

 コンセプトはアローの隠れ家だと聞いたウォッカにもそれがつまりどういうものかは分からなかったが、ただ、ジンが楽しそうに秘密基地を作っているからまあいいかと放置したので、全くもってやりたい放題の末にどちらかというとアローの隠れ家というよりはダークナイトのバットケイブと化した空間が彼らの足の下に広がっているとだけは告げておこう。

 閑話休題。

「バーボン。てめえが公安の犬だろうがなんだろうが、今は関係ない」

 明かりの届かない倉庫の奥から声がした。ジンの煙草が赤く点る。

 ジンとしては何か期待されている気がしたので、もったいつけて返事をしてみただけである。

 バーボンが公安であることなど最初から知っているのだから、仕事でなければどうでもいい。

 ただ、敵対すべきアムロとシャアの両方ともが主人公側というのはどうよとは思っていたし、どちらか一方はこっちに寝返って、組織壊滅時に華々しくバトルしてくれたら楽しいんだけどなと期待していたりもするが。ああ、幕引きが楽しみだ。

「俺はシッポを出さねえネズミには興味がねえ」

 ジンの後ろに控えていたウォッカが歩み出てくる。

 帽子を落としながら、ニヤリと笑った。

「ふんっ!」

 筋肉が一気に膨張して、ワイシャツのボタンが弾け飛ぶ。

「用事があるのはウォッカ--いや、軍曹だ」

「ええー」

 バーボンの顔がすごく嫌そうに崩れた。

 

 組織に潜入する前、降谷零はサバゲーのチームに潜入したことがある。今よりずっと学生に間違えられやすかった頃だ。だから仮初のバックボーンは『夏休みを利用して以前から興味のあったサバイバルゲームを体験したくて初心者向けの入門コースを受けてみた高校生』となった。

 潜入するのは密輸拳銃の売買ルートを探っていて浮かび上がった、正体不明の団体。

 現役の民間軍事会社のコントラクターが指導してくれるとか、レンジャーの登竜門になっているとか、実弾を使っているとか、そして、その本物の銃を販売しているとか。色々な噂は出回っているのにサバゲー界の都市伝説扱いで、実態を探ろうとすればするほど輪郭が曖昧になる。

 リーダーを始めとしたメンバーについても凄腕であることは話題に上がるのに、動画どころか写真のひとつも探し出すことができない。

 

 なのに、初心者コース開催のお知らせというアドレスから簡単に参加申し込みができた。

 普通に駅前に集合して、普通に移動用のバスに乗り込む。名前も、ネットで申し込んだ時の“レイ”というコードネームしか確認されない。

 バスに乗り込んだのは18人。外国人の参加が多く、英語が飛び交う。顔見知り同士が挨拶を交わし、自分の連れを紹介している。バスが動き出すと隣の席の男が声を掛けてきた。やはりコードネームを名乗るのみだ。

 最初は英語で話しかけられたが、英語は苦手なんですよと学生振る。そんな髪の色で日本人なんだと驚かれるのはいつものことだが、このバスの中には青だ緑だオレンジだと賑やかな色彩ばかりが溢れていて、地味な色に染めたんだねと珍しい驚かれ方をされた。そういう男の髪は全く似合っていないピンク色だ。

「へえ! サバゲーやるの今日が初めてなんだ」

 レイと男は日本語に切り替えて会話を続けた。初心者が初体験で当り前だと思うのに、妙に感心される。

「でもここのチームって普通のサバゲーと違って本格的な軍の訓練っぽいのがウリだからキツいよ」

 細い身体をじろじろと見ながら忠告される。

 失礼だな。レイはむっとした表情を作る。高校生という設定だ。感情を分かりやすく表現してみせたほうが、らしい。

 しかしそう言われるのもごもっともで、確かにバスの中を見渡せば、皆、筋肉がっつりプロテインである。

 図体のデカい連中がせせこましく座席に座っている中で、レイのスレンダーな体型は目立つ。

「がんばりますよ」

 やはり分かりやすくがっくりと肩を落として、気弱そうに返事をしておいた。

 先輩風に吹かれたのか根っから口が軽いのか。“デザートイーグル”と名乗った男はバスが目的地に着くまでの間、色々な話をしてくれた。

 チームリーダーは“少尉”、サブリーダーは“軍曹”と呼ばれていることとか。

彼らが持っている私有地がいくつかあり、今回はその内のひとつで一週間キャンプをする予定だとか、海外に行って交流戦をすることもあるんだとか。

 リーダーたちが髪を赤色で染めているから他のメンバーはだいたい違う髪の色をしているが、交流戦の時は分かりやすく全員服まで真っ赤になっている。面白がって対戦相手が真っ青にしてきた時は「視界がうるさい」と少尉殿がキレただとか。

 レイの知りたいことではないものも含めて色々と教えてくれるが、彼も参加はこれが3回目で新参者扱いだから早くメンバーに認められて交流戦に出たいという。

 皆さん、自分の銃を持ってきているんですよねと水を向けてみたが、持っていなければ貸してくれるはずだからまずは色々試してみるといいよ。買いたくなったらまた相談してくれよと手応えとは言い難い反応だった。

 

 

 

 



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 海だ。

 バスは緑繁る山道を走っているとばかり思っていたら、いきなり海に出た。

「うわあ、海ですよ」

 目を輝かせて窓に貼りつかんばかりのレイの様子に、隣に座る男だけでなくいくつかの笑いが起こる。

 ごつごつした岩の目立つ砂浜でバスが停まった。

 私有地という話だったが、それにしても誰もいない。

 この季節はどこの海もレジャーを楽しむ人でごった返すものなのに、沖にヨットも見えない。サーファーの姿もない。岩場に釣り人もいなければ、浜を散歩する人だって紛れ込んでいない。

 ということは、それだけ出入りの管理をしっかりしているということか。ただ、サバイバルゲームをするためだけに。

 

 バスを降りると、ふたりの男が近付いてきた。

 髪は同じ赤色で染めているけれど、それ以外は対照的な印象を与える二人組だった。

 片方はバスにいた他のメンバー同様プロテインで、その黒のタンクトップと深緑のショートカーゴパンツ姿はとても筋肉の主張が激しい。髪は短く刈り込まれ、黒いサングラスをかけていた。こちらが“軍曹”に間違いない。

 もう一方の“少尉”はというと、まず肩にかけたマシンガンに目がいく。大きめのドラムマガジンがデフォルメされたような丸い形をしているのは、改造されたエアガンだからだろうか。

 体格は、鍛えられてはいるけれども痩躯。

 レイとしては親近感が持てる。

 髪は長いみつあみを後ろに流し、地毛が薄い色合いなのか染料の赤の発色が鮮やか。サングラスは薄いグラデーション。マルチカムブラックのコンバットシャツとパンツ。アフガンストールに編み上げブーツと、この夏の日差しには合っていない肌の露出の少なさだが、サバゲーのプレイヤーとしては隣の筋肉ダルマの方が間違っている。

 ちなみに、レイは長袖のシャツとユーズドデニムにスニーカー。いかにもお金をかけられない学生らしさと初心者らしさで、ミリタリーのブランドは避けてみた。

「よく来たてめえらさあ走れ」

 いきなりだった。

「うえーい」

 バスから降りた面々は気の抜けた返事をしながら荷物を砂浜に放り出し、走る。

 数人が少し行ったところで足踏みをして振り返った。

「少尉、挨拶くらいさせてくださいよ」

「うるせえ。飛行機で固まった体をとっととほぐせってんだ。ちんたら走るんじゃねえぞ」

「再会のハグもないんですかー」

「鉛玉でいいんならいくらでも抱きしめさせてやるぜ?」

 マシンガンが火を吹いて、最後尾の足元に銃弾が撒き散らされた。鉛ではなくBB弾のはずだ。

 砂煙が上がるのを「うわっはっは」と面白そうに笑って男たちは走り出した。

 イカれている。

「おらおら、走れ。追い付かれたらペナルティーだ」

 更にはそれを軍曹が轢く勢いで追い掛ける。

 慌てたのか何なのか、先頭が海に逃げた。

「あいつらホントにどうしようもねえ」

 唖然と見ていたレイの隣で大きなため息が吐き出された。

「で、お前は?」

 マシンガンを下ろした少尉が、レイに向き直る。

「は、はい。レイです。よろしくお願いします」

 ぶふっと。レイの挨拶を聞いて、少尉が吹き出した。

「その声……」

 くくくと笑いが止まらない様子の少尉に、レイは戸惑う。素敵な声だとほめられたことはあるけれど笑われるのは初めてだ。

「……ボウヤ。とりあえず、お前も走れ」

「止めなくていいんですか」

「あー」

 水しぶきが太陽に煌めく。

 その眩しさにサングラスの奥の目を細めた少尉と並んで、レイも海を見遣る。

 軍曹対その他でバトルが始まっていた。

 ピンク色の髪の男がひょいと投げ飛ばされている。

「情けねえぞイスラエル製」

「足場悪いんだ。下から行けタックルかけろ!」

 乱闘には混じらず、浜で指示ともヤジともつかない怒声飛ばしている男が数名。少し年かさで、ベテランの風格。

 更に少し離れて所在なさげに立っているグループがあり、こちらは若い。レイ同様入門コースに申し込んだルーキーだった。ずぶ濡れのところを見ると、投げ飛ばされた後らしい。

 まとめて走らされた。

 海で遊んでいた者たちも途中で合流したが、彼らはペナルティーだと軍曹の号令を受けて腕立て伏せを行ったり、懲りずに奇襲をかけて返り討ちにあったりと無駄に体力を消耗していた。

 

 今回の合宿に参加しているメンバーの内で、本気の初心者はエアガンしか使ったことがないとウソをついたレイだけだ。

 国によっては子供の頃から銃に触るだとか徴兵制度があるとかそういうことではなく、多分本職。

 身のこなしでも分かるが、会話に隠す気がない。

 昼にカレーを食べながらの会話がこれである。

「聞いてくれよ、軍曹。こいつこの間の突入の時人質殺しかけて、こりゃ軍曹に鍛え直してもらわなきゃダメだと連れてきたんだ」

「少尉、今度のミッション手伝いに来てくれやせんかい」

「抜け駆けは禁止です。少尉はうちが前から勧誘しているんですから。国籍も軍籍もすぐ用意しますよ」

 この面子がわざわざ日本に集まって、どうしてサバゲーなんてやっているのか。

 意味が分からない。

 

 午後からはゲームが行われた。

 しかし、レイはチームメンバーに選ばれなかった。

 足並みが違うからと、レイだけは少尉に銃のいろはを教わることになったのだ。

「建前だがな。最初の一戦はルーキーの高い鼻っ柱を叩き折るためにやるんだ」

 なのにボウヤを参加させて返り討ちにでもあったらオールドマンのプライドが、と言う少尉はレイを素人扱いどころか、どんなことも「できて当然」なものとして扱っていた。結果、何をするにしてもハードルが高いところに設定されているというか、つまりスパルタだったのでレイとしてはありがたくない。

 砂浜に刺した杭を的に射撃をする。

 カラフルなBB弾は容赦なく木の皮を砕いた。

「小銃よりハンドガンのほうが得意か」

 面白くなさそうに評した少尉だったが、にやりと笑う。

 ロクでもないことを思いついた時の顔だと、出会ったばかりのレイにも分かった。

「じゃあ、ガン=カタなんてどうよ」

 銃のいろはを教わるはずが、二挺拳銃のガンアクションに代わった。

 そこからは酷かった。

 フィールドアスレチックのコースを走りながら的を狙い、銃を持ったまま飛び跳ね、少尉に容赦なく撃ち落とされた。

 何が酷かったかというと、最後に少尉が「何か違ったな?」と首を傾げたことだ。

 サバゲーってこんな訓練をした後じゃないと参加できないくらい過酷なものなんだ。

 アザだらけになったレイの誤解を正せる者はいなかった。

 

 



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 バカンスには空腹もレーションもいらないと、少尉が一週間分の食糧をたっぷりと準備していた。

 夜はバーベキューで、ずらりと並んだ高級肉にテンションが上がらないほうがおかしい。

 初日の夜ということもあり、大騒ぎになった。

 大きなバーベキューコンロの網の上に山盛りの肉がざらざらと流し込まれ、ヘラを使ってざくざくと焼かれていく。

 まるで屋台の焼きそばのようだ。

 そんな焼き方もったいないと悲鳴をあげながら、レイは隣の網の上でエビやソーセージにアスパラ、夏の定番トウモロコシなどを焼いていた。

 自分用に確保した牛肉も丁寧に焼きながら食べていく。

 肉を取り合うなバトるな砂が入る! と、少尉が怒声を上げて軍曹らを止めに行ってしまった。

 砂ぼこりがいっそう酷くなったんだが。ああせっかくの高級肉が。

「よう! 飲んでるか?」

 デザートイーグルがビールの缶を両手に寄ってきた。手伝いにきてくれたわけではないようで、飲め飲め飲めとビールを勧めてくる。

「飲めません。高校生に勧めないでください」

「えー、ビールなんて水と変わらないじゃないか」

 だったらどうしてそんなにへべれけなのか。

 情報を得るには、と酔っ払いをあしらいながらレイは考える。

 アルコールで口と思考が緩やかになっている今が絶好のチャンスだ。

 焼き上がっている分を皿に盛ると、デザートイーグルにトングを押しつけ、レイは雑談の渦に飛び込むことにした。

 トマトにチーズに枝豆にと、焼き肉戦争に参加しないツマミでウイスキーを飲んでいるグループに混ざる。

「どうぞ」

「お、ありがとう」

「アスパラ美味い」

「固くないよな。アスパラってもっと噛み切れないもんだとばかり」

「トマトも甘くて、俺の知ってるトマトじゃねえ」

「ここでたらふく食ってさ、帰ってから自国のメシマズに絶望するんだよいつも」

「俺、自分とこの部隊に置いていかれてサバイバルをする破目になった時、冗談抜きで少尉殿が恋しくなって泣いた」

「このチーズとかもホントは後でスモークにするつもりだって言ってた。食っちまったけど。そのままで全然美味い」

「少尉は食に妥協しないっていうか、こだわり具合が『あれこの人、日本人だったっけ?』ってなる」

「あータタミカってヤツじゃね」

「そういえば、さっきから怒鳴り声が聞こえないな」

「暴れた分だけ食いっぱぐれるってやっと気づいたんだろ」

 皆の視線が周りを見回すと、確かにバトルは終わって筋肉だるまがバーベキューコンロに群がっている。

 暑苦しい。

 焼き場に残っていなくてよかったとレイは呆れた息を吐く。

「少尉は?」

「あっちで飲み比べしてるな」

 空瓶が並んでいる。

「へえ。俺も行ってこようかな」

「止めとけ。今つぶれると後が辛いぞ」

「少尉といえば、今日、ハンドガンを使うのが上手いって誉めてくれて」

 レイはとりとめのない話の流れに割り込んだ。

「少尉殿が誉めるなんて!」

「すごいなルーキー!」

「でも、不満そうでした。ハンドガンは嫌いなのかな」

 しょんぼりとしてみせたレイだが、はっはっはっと笑われる。

「少尉はどんな銃を扱っても凄いが、まあ確かに好き嫌いは多い人だな」

「ハンドガン全部を嫌っている訳じゃないけど、文句は多いな。ライフルはとりあえず好きだよな」

「ライフルが好きっていうか、あの人は銃剣好きだろ」

「けどよー。確かに弾なくなった時を考えるとな」

 そこからは愚痴大会というか、銃が使えなくて困った話になった。

 沼地で雪山で砂漠で海で、泥に雪に砂に塩に。銃をどうやって守ったか、銃が使えなくなった代わりにどう戦ったか。湿気の多い日本で何に困るかという話もあって、教本とは違うリアルな話は面白かったし勉強にもなった。

 しかし、レイとしては銃器の好き嫌いの話から購入経路へと話をもっていきたかったのだが、軌道修正を図ろうとするたびに意図しているのかと勘繰りたくなるほどするりとかわされた。

 酔い潰れた男たちがごろごろと転がる頃、火の始末をしてお開きになった。

 

 深夜、いわゆる草木も眠る丑三つ時。

 少尉による奇襲大作戦が敢行された。

 レイは奇襲組だ。

 素面なら手伝えと少尉に声をかけられた時、ビールを飲んでいなくて良かったとレイは本気で神に感謝した。

 疲れきってアルコールも入ってと熟睡していたところに襲撃を受けたルーキーたちのパニックが、見るも無残だったからだ。

 他の面々は罵声を上げながらも反撃していた。

 レイは裏手の木に登って、誰か逃げてくるのを待つ役目だったが、少尉が易々と逃がすはずもなく、ほとんど出番もないまま終わった。

 そして、朝。

 軍曹によるモーニングコール襲撃が行われた。

 罵声が再び響き渡る中、レイはクロックムッシュを作っていた。

 新米だから朝食づくりを強制されたというわけではなく、成り行きだ。

 周りがまだ寝ている中レイが起き出したところ、先に起きて朝食の準備をしている軍曹がいたのだ。しかしそれはレイにしてみたら準備と言えるものではなかった。

 牛乳とオレンジジュースとシリアルの箱がどんどんどんと置かれ、更には、パンとハムとチーズが切りもしない塊でどんどんどんと並べられる。

 レイは目を丸くしながら、火を通した温かいものが食べたいんですと朝食を作る申し出をしたのだ。

 ちなみに、少尉は起きてこなかった。

 俺が起こすぜと、奇襲リベンジを目論んだ者もいたが返り討ちにあっていた。

 この日のゲームは二日酔いと睡眠不足でグダグダなものになったが、お陰でレイもゲームに参加することができた。

 殲滅戦で、昨日教わったことを活かして木の間を飛び回る。が、途中やっぱり少尉に撃ち落とされた。

 それでも皆に、猿だニンジャだアメージングだと背中をバシバシ叩いて褒められた。そして随分と気に入られたらしい。

 ゲームの最中に、障害物のない場所での射線の逸らし方を実践で教える者がいれば、それに対抗するかのように別の者たちが、障害物が多い場所での射線の確保の仕方を実例を示して教えてくれる。

 軍曹のバトルを見学しながら、急所の狙い方、フェイントの掛け方、それをものともしない筋肉についてを熱く語られる。

 ガン=カタは現実的じゃないけれどと前置きしながらも、接近戦で銃を鈍器にした時の暴発予防についてや、逆に相手の銃を暴発させる方法などを雑談交じりに話し合う。

 少尉のせいで他のメンバーにもボウヤボウヤと呼ばれるが、この面子だと仕方がないなと諦めもつくくらい実力のある者たちばかりで、その知識と経験をレイがスポンジのように吸収するのが面白いと可愛がってくれる。

 でも、とレイはベッドに寝転がり、疲れた体を休めながら頭の片隅で考える。

 潜入捜査としては失敗だ。参加はこれきりにしたほうがいいのかもしれない。

 第一、と思いついた事実に、レイは背筋がゾッと冷えた。

 どうしてすんなり参加申し込みできたんだろうこの初心者入門コース。

 潜り込めた時点で、一般人とは思われていない可能性がある。

 逃げるべきか。

 

 ダダダダダダッ!

 

 響き渡る銃声にレイは飛び起きた。

 

 

 

 

 

 



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 夜に強い少尉と朝に強い軍曹の組み合わせは最悪だ。

 夜は寝入りっぱなを狙って何度も叩き起こされ、朝は朝で日の出を見る勢い。

 中日にはとうとう夜間戦闘やろうぜと一睡もせずゲームをするはめになった。

 眠い。疲れた。眠らせてくれ。

 新兵訓練よりひどいと文句を言いながら、ルーキーに闇夜の怖さを教え込んでいく。

 早々にリタイアして寝てしまおうとする者もいたが、そうは問屋が下ろさない。ペナルティーだと嘯いて、軍曹の耐久訓練に付き合わされる。喜んで参加しているメンバーが、筋肉は限界まで酷使しなければ強くならない。しかし、筋肉に限界はない! と力説する。疲弊した思考回路が信じそうになるから止めてほしい。

 寝不足からだんだんハイになっていくテンションで騒いで騒いで朝を迎えて限界が来て、汚れを落とす余裕もなく眠ろうとしたところで、軍曹のモーニングコール。

「寝てない! 起こしにくるな!」

 流石に皆でボイコットした。そして、泥のように眠った。

 起きたのはほぼほぼ正午と言っても差し障りのないような時間だった。少尉は暇だったからとやたら豪華なランチを作っていた。

 少尉は寝起き悪いのに、徹夜は平気なんですかと聞いた強者がいる。

 一週間くらいの徹夜なら平気だと、答えたのは軍曹だ。

「今回の休暇を取るために直前まで仕事を詰め込まれてよ。移動時間しか休めなかったが、ビルひとつぶっ飛ばしただけで済んだぜ。初日にも寝てたから、せいぜいトリガーハッピーになるくらいだろうさ」

 爆弾魔になった時ほどひどくはねえよ。

「あー、あったあった。10日働きづめだったって愚痴ってた時に、フィールドをトラップまみれにしてたな」

「仕事の時も面倒くさくなるとまとめて吹っ飛ばしたがるよな少尉殿って」

 懐かしそうに思い出話が始まったが、内容は物騒だ。

 寝不足を理由にぽんぽんと爆弾を仕掛けられては、たまったものではない。

「寝てください」

 レイはつい反射的にきつい声をあげた。

 

 食事を食べ終わり、今回の片付け当番から外れたレイは食後のコーヒーを飲みながら、最近日本国内で起きた火災事件を検索する。

 ぼや騒ぎしか出てこない。

 では海外か。

 しかしやはり特にそれらしき事件はヒットせず、テロやガス爆発といったニュースもない。

 日本に情報が届いていないだけか。

 紛争地帯などでは民間人が犠牲にでもならない限り大きく取り沙汰されることもないだろう。

 それとも揉み消しできるほどに、少尉の属している組織が大きいのか。例えば、国そのものが後ろ楯だとか。

 可能性としてはありうる。

 実際、そういう立場の者がここには何人かいるようだ。少尉もそうでないとは言い切れない。

 だからなんでそんな人たちが、わざわざ日本に集まってサバゲーで遊んでいるのか。知らない間に懐にいくつもの爆弾を仕込まれた気分になる。

 危険危険と信号が点滅している。

 それでもレイは拾える限りの情報を拾い集めようと会話には積極的に参加したし、メンバーも邪険にはしなかった。

 というか、面白おかしく聞いてはいけない情報まで話さないでほしい。

 拳銃の密売ルートがどうのこうのという以前に、今ここを包囲して全員逮捕してしまえば。そんな考えが浮かび、しかしレイはすぐにその思考を自分で否定した。

 生温いと笑いながら返り討ちにしている様子しか思い浮かばない。

 

 薄氷を踏む気分のレイを余所に、キャンプはご機嫌に日程を消化していく。

 

 軍曹が鍛練にいいぞとスコップを持ち出し、砂浜に障害物の多いフィールドを作り上げていた。

 せっかくだからと、BB弾ではなく水鉄砲を使ってゲームをした。

 ゴーストバスターズのようなタンクを背負い、バズーカサイズの水鉄砲で海水を撃ち合う。

 子供のおもちゃのような色形をしたプラスチック製の銃なのに、当たると思いの他痛い。

 海に腰まで浸かって放水してくる者もいた。しかし集中的に反撃を受けて、あっという間に海に沈められた。

 夏ということもあり海ということもあって、ビーチフラッグスをしたり、ゴムボートで八艘飛びをしたり、着衣遠泳が始まったりもした。

 

 そして、最終日。

 レイは軍曹と一騎討ちをすべく対峙していた。

 周りをぐるりとチームメイトが取り囲む。

「最後の余興だ。ギャラリーを楽しませろ。褒美をやるぜ」

 少尉がレイに向かってにやりと笑う。

 軍曹には「お前は楽しみすぎてアームストロング流まで使うなよ」と言っていた。聞いたことがない流派だが、なんの武術だろうか。

 考えごとができたのはそこまでだ。

 後はただ、軍曹の拳からひたすら逃げるばかりだった。

 捕まったら力で敵わないことは分かっているから、レイが武器にするのは身軽さとスピード。

 少尉に撃ち落とされながら身につけたガン=カタ擬きのアクロバティクな動き。

 二人の戦いを見物しながら、ギャラリーは好き勝手なことを言っている。

「ボウヤの動きはボクシングか?」

「にしては足癖が悪いからどうかな」

 レイがバク転で避けた地面に、振り抜いた軍曹の左腕が突き刺さる。土煙が激しく舞う中、レイは軍曹の頭上を越えて背後を取ると鋭い横蹴りを放ったが、軍曹は即座に向き直った。クロスした腕にがっしりとガードされる。蹴り足の勢いを利用して、レイは大きく後ろに飛び退いて追撃をかわした。

「猿だな」

「いやいや、きっとニンジャの末裔なんだ」

「じゃあ、ボクシングじゃなくてニンジュツか」

「軍曹のようなタイプに対するなら、あのスタイルは有効だろうよ」

「まあ、他のやつらは筋肉で勝ちたいだけだから、今更方向転換はしないだろうが、あのボウヤは筋肉をつけるよりその身軽さを伸ばしたほうがいいだろう」

「でも、あれだと軽すぎて全然ダメージになってないな」

 避けたはずの拳で頬が切れる。

「やっぱり俺は筋肉だな」

 

 本当に好き勝手言ってくれる。

 

 

 

 



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 試合は一応時間切れで引き分けになった。

 

 泥だらけ擦り傷だらけになったレイは帰りのバスのタイヤに凭れるようにして座り込み、肩で息をする。その前に少尉が立った。

「褒美だ」

 軍曹に首根っこを掴まれたデザートイーグルが、ぽいとレイの前に放り投げられる。

「え」

「ボウヤが探しにきたのは銃の密売ルートだろ。こいつが密売人だ」

 持って帰っていいぞと気楽に言う。

「ひでーよ少尉殿。俺をポリスに売るなんて」

「変な商売っけ出して販売ルート捩じ込もうとしたじゃねえか前回。いっぺん警察に逮捕されてこい」

「ちょっと俺の愛銃使って欲しかっただけなのに。軍曹に殺されかけて懲りましたってば」

 でもデザートイーグルは最高ですとあまり懲りていないことを言う。

 座り込んだままの男の頭を、軍曹がべしんと叩いた。

「だからって他のチームでも同じことして噂になるから、餌につられてネズミが寄ってきちまうんだ」

「オフに仕事持ち込むんじゃねえ鬱陶しい」

 少尉もピンク色の頭をげしりと蹴る。

「変なの引きこんじゃったのは悪いと思って、ちゃんと監視してたじゃないですか」

 他のメンバーはバスに荷物を積み込んでいたが、それでも話は聞いていたらしく「あれで監視かよ」と遠くからでもわざわざツッコミが入った。

 コントのようなやり取りを目の前で繰り広げられて唖然としているレイを置き去りに、ふうとため息よりも大きくタバコの煙を吐き出した少尉が言う。

「うちのチームには武器にこだわる奴しかいない。入手ルートなんて各自が持っている。偏屈なガン・スミスにつなぎをつけてもらうならともかく、ばったもんなんて誰も買わねえ。なのに噂が出たってことはどう考えてもてめえのせいだろうが。四の五の言うな」

「いやいや、ちょっと待ってくださいマジで。俺、少尉殿の商売敵になるなんて冗談じゃないって肝が冷えて、最近アジアの販路からは撤収したんですよ」

 立ち上がってデザートイーグルは少尉に食い下がる。

「なあ、ボウヤだってそんな古い情報はいらないよな」

 レイの腕を取って立ち上がらせ、巻き込んだ。

「え、いえ。頂けるならどんな情報でも構いません。アジアでなくてもいいです。他国の密輸ルートを潰せたら、その国に貸しを作れます」

 レイの言葉にガーンと衝撃を受けた顔をデザートイーグルは向ける。

「この裏切り者」

 いったい何を裏切ったというのか。

「あ? じゃあボウヤは無駄骨か?」

 少尉が言った。

「俺が引いた後の販路にちゃっかり入り込んだマフィア崩れの密輸組織が派手にやってるらしいっていうのは聞いてますけどね」

「ああ、そいつらか」声を上げたのは軍曹だ。「パチモンくせえのを手広くばら撒いてるつー奴らだよな」

 それなら待ってろと言って、バスの中に入っていった。

 その背中を見送った少尉も暫く考え込んだ後で、ああと寄せていた眉根を広げる。

「そういや、最近うるさいハエが飛び回っているから潰してこいって言われたな」

「うわやっぱり」

 撤収間に合ってよかったと、デザートイーグルは胸を撫で下ろす。

 軍曹が戻り、少尉に黒いUSBメモリを渡した。

「休暇取るってんのに仕事持ってくるんじゃねえって少尉殿が話聞かねえから、俺がデータを預かるハメになりやして」

「ふん」

 興味なさげに軍曹の揶揄を鼻で笑った少尉は、レイに向かってUSBメモリを無造作に放り投げた。

 落とさずに受け取ったレイ――降谷零の拳が震えた。

「どうして……」

 疑問が口からこぼれ落ちる。

 いつからレイの正体を知っているのか。どうやって目的まで把握したのか。なぜこのデータをくれるのか。そもそもどうしてキャンプの参加申し込みができたのか。

 色々な疑問がぐるぐると頭の中で回るが、最終的な疑問はひとつ。

「どうして、僕は生きているんですか」

 キャンプの間、ずっと思っていたこと。ゲーム中の事故に見せかけて、いつでも殺せた。いや、それどころか証拠も死体も残さずに処分できたはず。

「なんだ死にたかったのか」

 めんどくせえと雄弁に語る表情で少尉が言ったので、軍曹が戦闘態勢に入ってしまい、第二ラウンドに突入した。

 ボロボロになった帰りのバスの中、やはり隣の席に座ったデザートイーグルが、ボウヤは勘が鋭くて度胸があって、でもちゃんと臆病で、踏み込んじゃいけないラインは越えなかっただろ。だから皆ちゃんと殺さずに可愛がってくれたんだと、なんの保証にもならない慰め方をしていた。

 

 

 

 降谷零の持ち帰った情報は銃の密輸ルートから売買の相手のデータと微に入り細に入り調査されており、詳しすぎたせいで逆にその信憑性が疑われた。

 やっとの思いで強制捜査の準備が整い、密輸品の引き渡しが行われる貸倉庫を包囲。踏み込もうとしたその時、いくつもの銃声が響いた。

 激しい銃撃戦が行われている様子が伺え、捜査員の安全を考慮して突入命令が発せられることはなくその場で待機。もちろん倉庫の中から出てくる者あらば確保する予定だったが、誰も姿を現さない内に静寂が訪れた。

 倉庫の中に踏み込んでみるとひどい有り様で、密輸組織の構成員もその取引相手も生きてはいなかった。しかし死体の他にも密輸品の現物や取引帳簿などが手つかずで現場に残されており、降谷の情報の正しさは証明された。

 

 



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 黒の組織でコードネームを手に入れたばかりのバーボンはアジトの廊下を歩いていた。

 

 ベルモットから、とある幹部とは早めに顔合わせしておくようにと忠告を受けたからだ。

「顔を見せておかないと、潜入中に敵とまとめて殺されるわよ。コードネームを頂戴したばかりなのに死にたくなんてないでしょう?」

 それでも機嫌が悪いと撃たれるから気をつけてね、と言う。

 目的の幹部がいる部屋の前に立ったバーボンの耳に、ドアの向こうの話し声が届く。

「兄貴、たまには相手してくだせえよ」

「しつこい」

「ちょいと暴れたくなったりしやせんか」

「ならない」

「肉弾戦しましょうって」

「他当たれ」

「歯応えあるヤツがいないんでさあ」

「バーボンとやってろ」

「誰ですかいそれ」

 え?

 聞こえた声にびっくりして、バーボンは慌ててドアを開けた。

「よう、ボウヤ」

 ざっと顔から血の気が引いたのが自分でも分かった。

「しょ、少尉!?」

 ソファーにだらりと座って、タバコを指に挟んだままの手を上げて挨拶したのは、真っ黒なスーツ姿で銀髪の幹部。

 その横に立つ大柄な男も、黒。スーツの他にネクタイやサングラスまで黒で揃えて、髪の色も黒だ。

 赤のひとかけらも見当たらないのに、バーボンの記憶の中では強烈に赤と結び付くコンビ。

 にやりとチェシャ猫が笑った。

 

 改めての自己紹介もなしにバーボンは、ウォッカに首根っこを掴まれて地下駐車場へと連れていかれた。

 停めてある車が廃車になっても構わないし、壁は厚いコンクリだから簡単に壊れない。安心して全力でかかってこいと言われてもいったいどこに安心できる要素があるのかと文句を返すより早く、豪腕が襲ってきた。

 ぎりぎりで避けたバーボンの後ろにあったワゴン車のドアがぐしゃりと潰れる。

 必死で避ける。跳ぶ。逃げる。

 しかし何台かの車が身代わりに潰されたところでバーボンは、自分でも意外なほどあっさりとウォッカに捕まってしまった。

 フットワークが軽い重量級なんて反則だと思うけれど、それでも以前は身軽さを武器にしてもっと翻弄できていた。

 捕まってからの超接近戦もほとんど手が出なかった。あの時、ゼロ距離での戦い方を教わっていたのに。

 こんなものではなかったと歯を食いしばるバーボンに、優しい言葉を掛ける理由がウォッカにはない。

「探り屋かなにか知らねえが、随分と鈍っちまったもんだな」

 バーボンをアスファルトの床に組み伏せながら、面白くねえと口元を歪める。

「おいおい。もう少し粘らねえと、また俺にお鉢が回ってくるだろうが」

 駐車場の入り口に凭れて煙草を吸っていたジンの声も呆れている。

 彼の黒いスーツ姿を見上げて、バーボンはやっと我に返った。

 これは遊びのサバゲーではない。

 赤のフラッシュバックが強烈すぎて流されてしまったけれども、バーボンの腕を離して立ち上がった男は黒の組織の幹部『ウォッカ』だ。今、こちらに向かって歩いてくる男も『ジン』のコードネームを持つ、ボスの懐刀とまで噂されている組織の重要人物。そして彼らは『バーボン』の正体を知っている。

「僕はここで死ぬんですか」

「なんだ。相変わらずの死にたがりか」

 ジンが嫌そうに眉を潜めた。

「まあ、疑われるような真似して証拠が上がったり密告されたりボスが命令した時は、ご希望通りきっちり殺してやるけどよ」

 バーボンの前にしゃがみこんだジンは、目の前にある情けない顔に向かってぷかりとタバコの煙を吐き出し、続けた。

「どこに潜り込んでそんなに温くなっちまったのかは知らねえが、今のままじゃあ、俺たちがどうこうするより先に死ぬだろお前」

 

 

 

 安室透がセーフハウスとして契約しているアパートに帰り、パソコンを立ち上げた。

 以前のアドレスと変わらないままで、都市伝説のはずのサバゲーチームが参加者を募集している。

 それも嫌みったらしく『緊急告知! 短期集中特別強化訓練開催決定!』とうたっているのはいかがなものか。

 いっそのことコードネームを“バーボン”にして申し込もうかとも思ったが、そうしたところで結局どうせまともには呼んでもらえないだろう。“ボウヤ”と入力。

 ほんの少しだけ躊躇した後、参加申し込みボタンを押した。

 

 




++あとがきというよりも蛇足++



『ボウヤは俺たちが育てた』by赤い仔熊たち
そんなつもりはなかったのにバーボンが強化されました。ネタを温めている段階から、このまま純黒の悪夢いったらバーボンが疑われるシーンが凄い茶番になるなとは思っていたんですけれど、書き終わってみると赤い仔熊たちにボウヤがめさ鍛えられていて、観覧車上のバトルも様相が変わるっていうか、そもそもキュラソー逃亡できるのかっていうね!
ちなみにこのサバゲールート、計算高いバーボンがチームメイトであるという立場を有効活用しないわけがないはず。
雑談混じりに、誰かが「ニホンに○○っていうテロリストが来てたぜ」とか「あそこはトップより、その腹心のほうがクセモノなんだ」とか「ちょっとサイコな狙撃手を空港で見たけど、お前の国のセキュリティは相変わらずユルすぎじゃないかボウヤ!」と情報を流してくれるメリットだけじゃなくてですね。
「今日は友達連れてきました」って、スコッチをゲームに連れてきそうな気がします。
ジンはバーボンの素性を知ってる。きっとスコッチだってバレている。どうしたらいいか。
ジンが「趣味に仕事は持ち込まない」なら、スコッチを趣味の側に持ち込めばいい。敵には容赦ないジンだけど、サバゲーのチームメイトには甘いから、敵に回った時もついつい馴れ合って殺さないしとかそんな感じで。
悪びれないバーボンと、遊びに行くよと連れ出されたはずなのに赤い髪のジンの前に立たされて困惑しているスコッチ。
ウォッカはボウヤの大胆さに呆れながらも感心している。
そして肝心のジンといえば、凄いしかめっ面をして。
「コードネームはララァだ。異論は認めねえ」
参加は認めるということだ。ほっとバーボンは詰めていた息を吐くけど、なぜかスコッチ反論。
「どうして俺がヒロイン枠さ?! ヒイロとかウィングとかでいいでしょそこは」
ガンダム仲間が増えました、とかね。
スコッチが公安のスパイだとバレた後はきっと、死人になったのち、サバゲーのインストラクターをしていることでしょう。
そんなifの世界もいいけれど、デザートイーグル=スコッチ説っていうのも面白くていいんじゃないかと思ったりもしましたけどね!
黒の組織に入るために密売人になり、実に効率よく幹部のジンとウォッカに接触しているってことですよ。
そう思いながら番外編を読み直すと、バーボンの空回りぶりが可哀想になってくるかも?





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愛車のススメ

 

 

 

 サバゲー用の水陸両用バギーを買って満足してしまったジンだが、ウォッカの車はないままであることに気が付いた。

 ので、改めて車を手配しようと懇意にしているディーラーに連絡したら、ジンの愛車の影響かクラシックカー中心にどれもこれもしっかりジンのツボをついたラインナップばかりを勧められた。

 どうせなら現物が見たい。そしてもちろん試乗もしたいとディーラーの保有するコースへと足を運んだ。

 フィアット500が黄色じゃないと文句を言ったりポンティアック・トランザムに赤いライトが足りないと文句を言ったりシボレー・カマロが変形しないと文句を言ったりしながら、心ゆくまで乗り回して満足したジンがやっと、さて車を選ぶかと見回した結果、彼の目に止まったのは今までさんざん乗り倒したどの車でもなく、ピットの端に置かれた錆だらけの車だった。

 

 古き良き時代の、イギリス産のレーシングカー。

 

 あれはと聞くと、手に入れたばかりの車だとディーラーは答えた。

 まだエンジンも積んでいなくて今から修復に取り掛かるので、もちろんジンに売れる状態ではないのだが。

 先程から軽快な音楽がジンの脳裏に鳴り響きっぱなしである。

 その車の細長いシルエットにむふりとほくそえんだ男の相棒(ストッパー)は残念なことに、本日不在であった。

 

 積み込む予定のエンジンはジンの期待したエアクラフトエンジンではなかったが、車と一緒に購入。

 ジンが個人で所有している倉庫に運び込む。錬金術を使えば一瞬で使い物になるが、そうやってぱぱっと新品に仕立て直すなんて面白くもない。

 必要な部品の造形は錬成陣に頼ったが、後はツナギを油まみれにして磨き上げた。

 その間、ジンは倉庫に籠りっぱなしとなった。

 ウォッカに出来上がるまで近づくなと言いつけたのは、ジンのサプライズ精神だ。

 その様子に、また何か仕出かしているなと思わないでもないウォッカだったが、徹夜はしないでメシもちゃんと食ってくださいよと忠告するに留めた。

 その忠告が役に立ったかは別である。というかウォッカの記憶では一度も聞いてもらえたことのない忠告である。

 

「やる」

 後日、久しぶりにアジトに顔を出したジンが、ウォッカに車の鍵を渡した。

「へえ。僕も見に行っていいですか」

 現物を見るために部屋を出ようとすると、ちょうど居合わせたバーボンも興味津々で二人の後ろについてきた。組織の幹部の車種とナンバーは押さえておきたいという思惑が透けて見えても、車自慢がしたいジンとしては何の不都合もないので同行を咎めなかった。

「あれだ」

 アジトを出て、ジンの指し示した先には人だかりができていた。

「兄貴、ありゃなんですかい」

「チキ・チキ・バン・バン」

「……チキチキバンバン」

「空は飛べねえからパラゴン・パンサーと呼んでも許してやる」

 丸いヘッドライト、銀色に輝く円柱のボンネット。赤い車輪に艶やかな木造の車体をしたクラシックオープンカーが路上に止まっていた。

「え、わざわざ作ったんですかあれ」

 というか車検通ったんですかあんなのとバーボンがジンの顔を二度見する。

 ふふんとご満悦なジンには、今の状況が分かっているのだろうか。

 普段のポルシェ356Aも大概だと常々思っていたが、あれは酷い。

 犯罪組織の構成員だというならば、もっと世を忍んでほしい。

 今更かとバーボンは車に目を向けた。

 普段は人気のない通りなのに、人だまりができている。

 持ち主不在の現在、野次馬の輪は少し遠巻きで、せいぜいスマホで撮影しているくらいだが、ランドセルを背負った小学生が独特な形のクラクションに手を伸ばす寸前である。

「兄貴、あの人混み掻き分けてあの車に乗り込むんですかい」

「そんなことしたら写真に撮られまくりですよ」

「また、ラムに叱られやすぜ」

 銀髪黒コートの男が乗っていったと、動画ごとアップされるだろう。

 あれを乗り回していたらどこに行っても拡散待ったなしで、尾行しなくても居場所が分かるのは便利そうだが、ご近所付き合いと身辺調査と情報収集を兼ねて顔見知りが多いバーボンとしては巻き込まれたら堪ったものではない。

 今あそこに近付いていったら、質問攻めにあうのは怪しい風体の二人組よりずっと話しかけやすそうなバーボンになるのは火を見るより明らかだ。

「そもそも、なぜアジトのガレージに入れなかったんですか」

 呆れた目でバーボンがジンを見る。今からでも他人のふりがしたい。

「私用の車を渡すだけなのに組織のガレージは使えねえだろ」

「普段は無視している常識をこんな時ばかり中途半端に持ち出さないでください。見せびらかしたかっただけでしょう。それに今さらな公私混同よりも駐車違反のほうが問題ですよ」

「兄貴、俺は俺で前に兄貴が勧めたビートルのカブリオレを注文しちまいましたから、あの車には乗りません」

「なんでだよ」

「バーボン、これはお前にやる」

 ウォッカが車の鍵をバーボンに渡そうとした。

「あんな、いくら掛かっているか分からないのにふざけた車なんていりませんよ」

「このまま兄貴に返すと、そのまま乗り回すだろうから却下だ」

「いいじゃねえかそれで」

 目の前で押し付け合いを始められて不機嫌になったジンだが、「俺がもらった車ですから、俺がどうしようと勝手ですよね」とウォッカに押し切られた。

 

 

 

 この後、チキ・チキ・バン・バンはバーボン経由で元コードネーム持ちの公安に引き取られた。

 公安だって目立っちゃいけないだろうがとジンが文句を言わないでもなかったが、高速道路でカーチェイスしたり、観覧車を爆破するより目立つことはしないから安心してくれと返された。

 愛しき空飛ぶクラシックカーは、ツートンカラーな翼のオプションをつけた後、孤児院や老人ホームへの慰問に活躍しているという。

 

 賑やかで軽快な音楽を鳴らしながら。

 

 

 



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ー予告ー

 

 コナンたち少年探偵団は、ある日知り合った青年に誘われてサバゲーのイベントの見学に行った。

 

 そして起こる殺人事件。

 実は子供たちはアリバイ工作に利用されていたわけだが、真犯人の代わりに疑われたのは、サバゲーのアドバイザーをしているというマリモ頭の青年。

 白いシャツに色落ちしたデニムのスキニーパンツ。

 緑色の短髪にサバンナ迷彩のバンダナを巻いた顔でにっかりと笑う。

「モンゴメリー=スコットっていうんだ。スコッティって呼んでくれ」

 機関長でもいいぞと、彼のチームメイトのアメリカ人が流暢な日本語で茶々を入れる。

 気になって検索してみれば、すぐに偽名と分かった。

「どこの国の人なの?」

「はは、俺は日本人だよ。コードネームって言ってね、サバゲーに使うもう一つの名前があるんだ」

 無邪気な顔して質問しても、するりとかわされる。

 コナンには既に真犯人が分かっていたが、それにしても彼と、彼のチームメイトはわざとらしいほどに挙動が怪しすぎる。

 その後、事件自体は眠りの小五郎の登場により解決したのだが、しかし、今回の殺人事件と関係のない多くの謎が残った。

 

 疑問は疑問のままにしておけない探偵という生き物も残念なことに今はただの小学一年生で、気安く遠出はできない。

 一週間後の日曜日になって、改めてサバゲーフィールドのあるビルを再訪することができたのだが、そこで待ち構えていたのはすっからかんのフロアだけだった。

「殺人なんてあったビルはイヤだってオーナーが言ったとかなんとかで、ついでに新しいフィールド作りたいって話してたな」

 他のフロアで、スコッティと話したという男を捕まえるも、具体的なことは何一つ分からなかった。

 くすぶる疑問、東都に忍び寄る不穏な気配。

 ちらほらと、意味ありげに出没するカラフルな髪の色の不審者たちと、そして―――。

 

 連休に入り皆に遊びに出かけたレジャー施設で、見つけたマリモ頭。

 服装は黒のカーゴパンツと、ミリタリージャケットのM-65。

 ギターのケースを担いでいるようにみえるが、きっとサバゲー用のエアガンが入っているのだろう。

 一緒にいるのはサバゲーのチームメイトだろうかと、その隣を歩く人物を見て、コナンは殴られたかのような衝撃を受けた。

 やはりミリタリージャケットを着ている。N-3B。ゆったりとしたクリーム色のジャケットも、その下に穿いている薄いブルーのユーズドデニムもユニセックスで、ただでさえ童顔なのに更に年齢不詳性別不詳に装っているその男性は。

 

 ――安室さんは、敵かもしれない。

 

 

 

「今度テロリストが東都タワー占領するから、テロリストに混ざって日本の特殊部隊と実践形式でサバゲーしようぜ」

「却下です」

「だったら警察側に混ざって、テロリスト壊滅するか」

「しません」

「じゃあ、まとめてタワー爆破……」

「却下ですよ!」

 

 

 

 

 



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赤い仔熊のその後の話

 

 

「お上品だな」

「まどろっこしい」

 串に差して焼いたマシュマロを銀皿に置き、マシュマロをグラスに見立ててのウィスキーショットを楽しんでいたら、飲んべえどもにダメ出しをされた。

 ちまちまとしすぎて飲んだ気がしねえよと文句を言いながら、なぜ手を伸ばすのか。

 

 トリプルフェイスを持つと揶揄される男は、その3枚の仮面以外にも公安の仕事、もしくは組織の探り屋の仕事で使う仮の名前をいくつか持っている。

 たった一度だけの身分証明書として使い捨てのものもあるが、その内のひとつの『ボウヤ』は、とあるサバゲーチームで使っているコードネームであり、その付き合いは『バーボン』より長い。

 仮面を作った際に用意した偽名は古崎玲士。そして、コードネームを『レイ』にしたのは、まだ潜入捜査に不馴れな時分だったため、偽名で呼ばれてもきちんと反応できるように、本名に反応してしまっても誤魔化しが効くようにと考慮した結果だったのだが。しかし実際はバレていた本名もせっかく用意した偽名も呼ばれることなく、『ボウヤ』とばかり呼ばれている。チームでは古株のひとりになったいまでも。

 

 そのチームメイトとキャンプをすることになった。

 アルバイト先の喫茶店には正直に「友人とキャンプに行くので」と休みをもらう。

 組織のほうでは何を伝えたわけでもないが、某幹部の無茶ぶりに振り回されていることになっていた。

 何故か不在の彼の相棒の代わりに、キャンプの準備だ休暇前の任務の消化だのと駆けずり回っていたので、皆、同情的だった。

 しかし、巻き込まれたくはないからとこれっぽちも手伝ってはくれなかった。

 だから隈の浮かんだ目で、「自分も、これが終わったら休ませてください」とお願いした時は、もちろん快く許可が下りたのだ。

 

 宇宙船にエンタープライズ号と名付ける国の人が、初日の夜はキャンプファイヤーがいいと希望した。

「焚き火でマシュマロを焼いて、ロウ・ロウ・ロウ・ユアボートを歌えばいいんだな?」

 キャンプファイヤーをすることになったといっても、実際は幾つかの焚き火を囲んでの晩餐といったところだが、面白がってオクラホマミキサーを踊り出した馬鹿者はいた。

 各々に配られた小さなフライパンと鉄串が、調理道具であり食器だ。

 アスパラやベーコン、目玉焼きをフライパンで焼き、ソーセージやマシュマロを串で焼いていく。

 タマネギとジャガイモは、アルミホイルで包んで丸焼きに。

 大きなチーズを炙っては、削ぎ落としてそれらの食材にかけて食べた。

 せっかくの日本だと、少尉が餅と最中とミカンを焼いたりもした。

 他にも西部劇でコーヒーを直接火にかけるのに憧れていたと言い出した者もいて、炒った豆を直接煮立てていた。

 不味い不味いと文句を言いながら笑い合うのも楽しかったが、その横で「黒い泥水をコーヒーとは認めねえ」と少尉は渋い顔をしていた。

「確かにおやっさん方、あー、俺をルーキーの頃に鍛えてくれたような、いわゆる一昔前の軍人はよくそうやってぼやいていましたがね」

 そうこぼす男の顔はほろ苦い。

「しかし少尉。今時は、こんな不味いコーヒーなんてどの軍も飲んでませんよ。カフェイン剤すらヨーグルト味のタブレットです」

「レーションもみるみる美味くなって、時々あのまずさが懐かしくなったりな」

 もういっかいあれを食べたいわけじゃないけどよという声に、心当たりがあるのかいくつもの笑い声が起こった。

 そこから、今まで食べたことのある不味いもの自慢になったりもした。

 マシュマロを焼きながら、ウィスキーを飲む。

 ご希望通り、少尉が白いギターを持ち出して『ロウ・ロウ・ロウ・ユアボート』を弾き鳴らす。

 マシュマロショットは飲んべえどもには不評で、残ったウイスキーをステンレスマグになみなみと注ぎながら、酒に甘いものなんてとぶつくさ言っていたが、自分だって大雑把な酒の飲み方をするくせに、甘かろうが辛かろうが旨いものが正義という少尉の癇に障ったらしい。

 リキュールをたっぷり効かせたデザート用のお手製ゆずシャーベット(ロックアイス風)を取り上げられそうになって、簡単にくるりと手のひらを反した。

「いやあ、ボウヤは何を作らせても上手いな」

「本当に大したもんだ」

「日本人の細やかさにはシャッポを脱ぐしかないね」

「はいはい」

 

 こうやって『ボウヤ』と呼ばれている時間は、それほど嫌いではない。

 サバイバルゲームが趣味だとか好きだとか仲間だとか言うつもりはないが、ただ気が楽だ。

 一癖も二癖もあるチームメイトには、初めてサバゲーに参加した時からしごかれっぱなしなので、この人たちには敵わないという刷り込みがされているのかもしれない。

 何もかもバレていることもあって、いっそのこと、本来の姿であるはずの公安の降谷零として気を張っている時よりも、自分が誰であるかを一番気にしなくていい時間なのかもしれない。

 しかしこの『ボウヤ』の仮面も遊びや息抜きでつけているわけではなく、仕事の内だ。

 監視と情報収集。

 このサバゲーチームの一員である重要度は高い。

 というか、このチームのメンバーの危険度が高い。

 ならば、日本国内に抱え込むよりも追い出したほうが得策ではないかというとそうでもなく、下手につついて潜られて、見失った場合のほうがもっと怖いと判断。

 軍部や秘密警察、犯罪組織などで確固たる地位を持つような顔ぶれが、どうして日本でサバイバルゲームなんかして遊んでいるのかは知らない。

 しかし日本を、チームリーダーである『少尉』のホームと認識し、また、自分たちの遊び場を荒らされるのは面白くないという縄張り意識も持っているので、一応、騒動を起こさないように自重している節のある現状を維持したい。

 幸いなことに『ボウヤ』は彼らに気に入られているらしく、そのツテで公安がもうひとり、チームに入り込むことができた。日本でのフィールドや対戦相手の準備、イベントごとなどの雑用を引き受ける形で常に張りついている。

 見張りとして以外にも、このチームに潜入している意義はあり、メンバーが国際色豊なために、情報源としても美味しいのだ。

 ただ、情報をリークしてくれるのはありがたいのだが、人の反応を面白がって大きな爆弾を落としてくるのは頭が痛い。

 更には楽しそうだからと、周りの被害も考えず騒ぎを大きくしたがるのは止めてほしい。

 そのくせ面倒くさくなった途端、一気に爆破しようとするのはもっと止めてほしい。

 お陰で同期に習った技術以上に爆弾の解体が上手くなった。嬉しくない。

 

 そして、今回も爆弾は投下される。

 

 少尉の希望で食後に、ミルで挽いたコーヒーを煎れていた時のこと。

「今回のキャンプは1週間まるっと使いきってのゲームだ。テロリストが陽動で東都タワー占領する計画があるから、そいつらに混ざって日本の特殊部隊と実践形式でサバイバルと洒落こもう」

「却下です」

「なんだよ。じゃあ、まとめてタワー爆破するか?」

「どうしてすぐそうなるんですか。もちろん却下ですよ!」

「しかたねえな。最終案だ。日本警察に混ざって、テロリスト壊滅しようぜ」

「最近、現場に出してもらえないからな。久しぶりに暴れるか」

「楽しみだ」

「ぜひ参加するよ」

「しないでください。それより陽動って何ですか本命はどこなんです?」

 きっと周りを睨んだ。

 今日はキャンプの初日なのに誰も酔い潰れないから変だとは思っていたが、こんな計画を立てていたとは。

「テロの計画あるなら乗らずに潰してください」

「それはてめえらで頑張るべきことだろうが」

 お巡りさんよと揶揄される。

 確かに。しかし、そんな情報は全く網に掛かっていない。情けないと嘆くべきなのか。

「ああもう! 第一、その情報はどこから拾ってきたんですか」

「あ、俺」

 ピンクの武器商人がひらひらと手を振ってみせる。

「面白そうだったから、テロリスト側に潜り込んでみた」

「少尉のテリトリー怖いから、日本では活動しないんじゃなかったんですか」

「なに言ってんの。今回は少尉殿のテリトリーじゃないだろ。ボウヤのテリトリーだ」

 そうだろと可愛くもない仕草で首を傾げる。

「後、ついでに腕の立つ傭兵って触れ込みで推挙して、他にも数人入り込んでるから」

「ちょっと! ちょっと待ってください! ストッパーはどこですか! どうして今回に限って、軍曹が不在なんですか」

「アイツは警察側に潜り込んでる」

「はあ?!」

「筋肉で意気投合して、臨時アドバイザーとして毎日叩きのめして歯応えねえなって怒ってた」

 そいつら鍛え直すのに集中するから、こっちには顔出さねえよと、言う。

「まさかそれ、警察側は当日ぼろぼろで役に立たないっていうオチじゃないでしょうね」

「それは大丈夫だよ。筋肉派のメンバーが軍曹についていっているから」

「つまり最初から両陣営に入り込んで、引っ掻き回す気満々じゃないですか!」

「戦力のバランスが偏ると、ワンサイドゲームになっちまって面白くないだろう。ボウヤ」

 あからさまな挑発だ。

 周りもにやにやと笑っている。

「いいでしょう! 僕たちが第三勢力になって三つ巴に持ち込んでみせますよ。硬直状態になったところを一網打尽にしますから、覚悟してください」

「おー」

「まあ、頑張れ」

「カウントダウン待ったなしだからなー。急げよー」

「……たち?」

 勇ましい宣言に茶化すような歓声が上がる中、少尉だけが言葉じりに首を傾げていた。

 嫌な予感しかしない。

「スコッティなら、もうテロリスト側だぞ」

 サバゲーのイベントでアドバイザーをしていたら、何故か殺人事件に巻き込まれ、その際に怪しい動きをしているチームがあったので接触したという。

 その殺人事件を解決したのが、師、眠りの小五郎だという時点で忙しさにかまけて探偵事務所に顔を出していなかったことが悔やまれる。

「大丈夫か探り屋さんよ」

 自分だけが蚊帳の外であった事実に拳を握りこむが、それもこれもどこかの誰かさんが仕事を押し付けまくったせいで、多分きっとわざとだ。わざと、情報交換ができないように仕向けていた。そのほうが――。

「面白くなってきたな」

「面白くないですよまったく!」

 

 

 こうして、舞台の幕は上がる。

 

 

 



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【番外:その他】
クロスオーバーは二度起きる


「よし、組織潰そう」

 ボスが「京都へ行こう」のノリでそう決めたのは、我らが祖国で大きな人事異動があったからだ。

 そして、着任先の引き継ぎ日程が1週間しかないからと、ボスは全てを丸投げして帰国していった。

 

 さて、ここは少年漫画の世界だ。敵は主人公に追い詰められた後、自滅で死んだほうがいいだろう。

 ということで、いい歳をしたアルバイターと常連面でコーヒーを飲んでいる小さい探偵しかいない時をみはからい、某ポアロに突撃。大学院生の皮を被ったFBIを呼び出すのも忘れない。

 準備期間は一週間。怒濤のように巻き込んだ探偵たちが我にかえる前に終わらせることがポイントだ。

 遊び心でこつこつ作っていた、山奥の谷間の秘密基地(バビルの塔をリスペクト)に誘導し、分断されたふりして俺とウォッカは孤立。

 ボスとラム(実はスピーカーのみ設置)が「裏切りものめ」と罵る声と重なる銃声を通信機器に拾わせた後で破壊。

 追い詰められたラスボスの終焉に相応しく、秘密基地は爆破。山津波を誘発し、谷が崩れて全てが埋まった。

 上手くいった爆破オチに、鉄板てっぱんと満足。

 後始末をまるっと押し付けられた日本警察に、ご苦労様と笑いつつ国外脱出。

 新任地があるボスたちとは違って、俺とウォッカはKGBが解体された折に紐付きではなくなっている。

 

 次は謎や推理や真実の裏側などはない、シンプルな戦場でどんぱちしたいもんだなと、行く先を相談していたはずなのだが。

 

 

 

【パターンA】

 

 早速話を聞きつけた友人に、しばらく外国人部隊で遊んでいかないかと誘われたので、イギリスに向かった。

 飛行機に乗っていたはずなのだが、気付いたら小さくなって汽車のコンパートメント。同じく小さくなったウォッカと二人、向かい合って座っていた。

 自分が着ている制服を見下ろして「魔法学校かよ」と呟く。

 イギリスの孤児院にいたことや、ホグワーツ魔法魔術学校の入学案内が届いたこと、自分の杖を選んだ記憶などがきちんと植わっていて気持ち悪い。

「魔法使いですかい……」

 ウォッカもどこか呆れたように呟くが、なんちゃって錬金術師の俺たちにはあまりとやかく言えないのではないか。

「ここの校長さんが、賢者の石の共同研究者なんだがどう思うよ?」

「ガキをイケニエにするんですかい。ムナクソ悪い」

 だよな。

「俺の知っている筋書きじゃあ、学校が最終決戦地で敵味方入り乱れてのバトルだ」

「地下にデカい魔方陣があるんですね分かりやす」

 俺たちの基準では、そうなる。

 賢者の石なんてもんを、作りたがるやつも欲しがるやつもクソだ。

 

 汽車が駅に着いてぞろぞろと引率されて、額に稲妻の傷を持つ子供もいて、組分け帽子。

 座るべき椅子、頭にのせられる帽子が俺は気に食わない。

 引ったくって踏みつけた。

「はっ、ガキどもを導くべき教師が、たかだか4つの性分に決めつけた上で、その狭めえ型に無理矢理合わせて育てようなんてのは胸くそ悪りい」

 のびのび育てろよ全く。性分なんてものは環境でいくらでも変わるし、変わらなくてもそれ相応の分別を身につけていけばいい話なのだ。

 だから。

「俺は一番合ってなさそうなグリフィンドールで頼む」

 言い放って、未だ呆気にとられた顔を並べた赤い色のネクタイの上級生たちの席に向かうと、ウォッカが組分けの椅子を無視して俺の隣に座った。

「自由だなお前」

「兄貴に言われたくありやせんや」

 こうして、全てを敵に回した不思議学校生活が始まった。

 

 

 

大量殺人犯疑惑をかけられているとも知らず、ふぉっふぉっふぉっと寛容に笑って許した校長により入寮。

魔法自体は楽しいので成績優秀、戦闘能力あり。

その反骨精神が気に入った先輩がいたり、一年に一回大騒ぎする生徒よりましとこぼした教師がいたりしたとか。

【×魔法学校】

 

 

 

【パターンB】

 

 組織が崩壊して、知り合い(スティーブン)に面白い仕事でも回してもらおうと渡米したら、ニューヨークが崩壊した。

 それから幾年、異界に飛ばされたりもしたが、それなりに楽しくヘルサレムズ・ロットで暮らしている。

 

 今回の仕事相手を飛行機の前で出迎えた。

 まず歩み寄ってきたのは一番付き合いの長いスティーブンだが、先に着いた俺たちがなにか悪さをしたのではないかと眉間に深いシワを寄せている。

「疑心暗鬼が段々酷くなっているぞスティーブン」

「その理由は、自分の胸に手を当てて聞け」

 毎度の会話である。

 所属組織を裏切って潰した実績を持つ相手を信用できると思っているのかと、一番最初に再会した時に言われている。

 裏切ってねえ――とは、おおっぴらには言えないからこんな付き合いだ。

 その横で呑気に花を飛ばしていたクラウス坊や(その上、仲がいいなと目を細めていた)が、今回もよろしく頼むと握手を求めてきた。

 秘密結社ライブラのリーダークラウス(とギルベルト)が世界のスポンサーを回る際の護衛が、今回の仕事だ。

 アームストロング流のガントレットをはめたウォッカとタイマンはって押し勝てる相手に護衛がいるのかという話だが、周りに被害を出さずに一人で闘えるものでもない。

 見送りらしきメンバーもいた。

 どうしょうもないザップと小動物っぽいゴーグルの少年。後、さかな。

 少し遠巻きに、こそこそと話している。

「あの人たちは?」

「あー。流れの凄腕錬金術師?」

「凄腕!?」

「ザップさんがまさか他の人を認めるセリフを言うなんて」

「だってよう、あン人ら、旦那たちとガチでやり合えるんだぞ」

「ああ、いつも奇襲かけては秒殺されているザップさんとは月とすっぽんなんですね」

 初めましてと握手を交わしつつ、「い、異界人ですか」と聞いてくるあたり、怯えたふうでいて物怖じしない少年である。

「まさか前みたいにぱっくり割れたりしませんよね」

 割れない。というか、前ってなんだ。

「普通の人間だ」

 この世界の人間とは言いがたいとはいえ。

「クラウス坊ややスティーブンらの血闘だか血凍だかがまだ人間の枠内ってんならな」

「普通の人間の定義……」

 ついでにその眼を持つお前も既に定義の範囲外というかライブラ所属な時点で枠外じゃねえのか、とは言わないでおいた。

 

 

 

マフィアだろうが警察だろうが異界人だろうがお構いなしに雇われるけど、重複契約で裏切りとか内通はしない。

その辺は信用しているスティーブンだが、実は先週ガチバトルをしたばかりなのを分かっているのかと問いたい。

共闘時は、飛んでいる敵とか浮いているビルとかに、錬金術でバンバン足場を作っていくから便利。

ちょっと目のいい少年が錬成陣をよく見てみようとしてぶっ倒れ、気付いたら変な扉のある空間にいたとか言い出したので、体の一部を持っていかれなくてよかったなその目みたいに代替え品は貰えないぞと忠告した。

とりあえず、ウォッカがどこよりも一番ウキウキとバトルを楽しんでいると思われる。

【×ヘルサレムズ・ロット】

 

 

 

【パターンC】

 

 次の仕事を始める前に少し遊ぶかと各国を回っていたが、火に飛び込むウンカのように組織の残党やら裏取引していた国家権力などか襲いかかってきた。

 小雨降るベルリン路地裏。

 惨めったらしく這いつくばる男に銃口を向ける。その後ろには手足を撃ち抜かれて呻く、彼の仲間が数人。

「残念だったな」

 銃口を向け、死神と呼ばれた物騒な笑みを浮かべた。

「にゃー」

「俺たちの口を封じるにはてめえらじゃあ「にゃーにゃーにゃー」殺しに「にゃー」失敗す「にゃー」てめえが殺される覚悟はしてきたんだろうな」

「にゃー」

「にゃーにゃー」

「ああもう五月蝿えよ!」

 振り向いて怒鳴る。

 後ろに立つウォッカの腕の中には拾った仔猫がいた。

 元の場所に戻してこいと言うつもりは更々ないし、なんなら「猫のくせに濡れ鼠かよ」と自分の着ていたジャケットをふかふかのタオルに錬成したのは俺だ。

 しかしこれでは、シニカルに決めるべきシーンが台無しである。

「バッカウォッカ、てめえアルフォンスじゃあるまいし!」

 いっつも、捨て犬やら捨て猫やら捨てスパイやら拾ってきやがって!

 俺が後ろを振り返っている間に、男は仲間と共に逃げていった。

「誰ですそりゃあ」

 ウォッカが首を捻る。

 ああ。原作知識で俺が知っているから、ウォッカも知っていると思い込んでいたが、会ったことはないのか。そういえば。

 懐から煙草を出して、にゃーにゃーと元気に鳴く仔猫と目が合う。火をつけずに口にくわえたまま、路地裏から出るために歩き出した。

「鋼の錬金術師の弟だ」

 丁度目の前に鎧があって、コンコンと叩く。

「こういう鎧に霊魂を定着させたリビングアーマー……」

 は?鎧があって?

「……ぼく、アンデッドなんかじゃないと、たぶん。……自信はないけど……初対面の人に言われるほどじゃ」

 ぐずぐずと目の前で落ち込んでいる鎧が、ご本人様だった。

 なんでも、路地裏から猫の鳴き声が聞こえたから、様子を見ようとしていたらしい。

 そして、猫用ミルクを分けてくれるらしい。

 滞在先のホテルに行ったら、兄もいた。

「ちいせえ」

「誰がチビだ」

 いやだってお前、予想よりも小さいというか幼いというか。

 もし、今が原作前だというならば。

 

 ――つまり俺が、俺自身がアベンジャーになって、あいつらぶっ飛ばしても構わないってことだな。

 

 

 

この後、戦場で知り合っていた炎のとかその友人とか憧れの筋肉だるまとかと再会して「生きていたのか」と驚かれる。

生きていた扱いということは銃殺刑確実の脱走兵扱いということだが、その上更に、テロリスト扱いされる気満々である。

【×再びハガレン】

 

 

 

【まさかの】

 

 最後の最後で失敗して、アジトの爆破に巻き込まれた。気付いたら子供の頃に巻き戻っての孤児院だった。

 しかし今回はソ連ではなく日本で保護されていた。

 そしてその孤児院には降谷零、それも、一緒にサバゲーしてた逆行ボウヤがいた。

 救済ルート突入ですね分かりますん。

「とりあえず、一緒におまわりさん目指しましょう」

 今回は正義の味方になりましょうねと、未来のお巡りさんが凄い圧力をかけてくる。

「俺らが今更まっとうに生きられると思っているのか」

「まっとうに生きられないっていうなら、公安でいいじゃないですか」

 にっこりと笑う無邪気な幼児の、目が笑っていない。

「お前こそもう、日本に囚われなくてもいいだろう」

「……例えば、サバゲーの野外メシに、焼おにぎりと味噌汁とおしんこがなくてもいいということですね」

「むむっ」

「魂が日本人だと豪語していた人には、案外お似合いですよ。おまわりさん」

 

 

 

降谷零としては、自分と一緒に警察官を目指してしまった幼馴染みが、死んだことを誰にも知られず、本当の名前で弔ってもらうこともなく、スコッチなんて名前で屍を晒して(そして実際は違う名前で裏の世界で生きていく羽目となり)。自分さえいなければと、出会いを避けていたら、何故かジンたちが幼馴染み枠にスライドしていたり。

【×赤い仔熊】

 

 

 



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スパイたちの都市伝説

 満月だ。

 ビルの屋上は、それこそ昼間のように明るい。

 時折月にかかる雲の流れの早さは風の強さを感じさせるが、下界への影響はさほどない。

 緩やかに、ビルの屋上に立つ男の銀色の髪と黒のコートの裾を揺らす。

「酒が欲しいな」

 ジンは独りごつ。しかし、残念なことに月見酒を楽しむために訪れたのではない。

 とある特殊な方法で、呼び出しを受けたのだ。

 

『 さみしがりやのトムへ

  ジェリーが探している。

  場所は××     』

 

 タイミングとして、ジェリーが誰のことなのかは想像がつく。

 だが、相手は誰がトムなのかを知らない……。

 カツッカツッカツッ

 屋上に上がる非常階段から、控え目な足音が聞こえてきた。

 潜めようとしても怯えと焦りが押さえきれていない足音。

 それと、もうひとつ。

 その後を追うハンターの音なき足音。

 追われる獲物――スコッチが重いドアを開けて屋上に現れた。佇むジンを見て、ぎょっと身を引く。

「ジ、ジン」

 青ざめた顔は絶望が色濃い。

 地獄の淵で垂らされた細い蜘蛛の糸を手繰り寄せていたはずだったのに、今まさに目の前でそれを切断された。そんな気分だろう。

 いや、しかし。まさかと思いながらスコッチは、しかしそれでも震える声で最後の希望の可能性へと手を伸ばす。

「まさか、お前がトム……?」

 がちゃりと二度目のドアの音。

 ライ。

「スコッチ」

 追い詰めた獲物を見、そして。

「……ジン。追い込み漁をした覚えはない。手柄の横取りは感心しないな」

 苦言に滲んだ、知らなければ分からない焦り。

 知っているから分かる、助けることができると過信していたスコッチを、ぎりぎりのところで助けられなかったという焦り。

 そして、もう一人。

 足音高く、最後のハンターの登場。

「ああ」

 軽く放たれる嘆きの声。

「僕の手柄になると思っていたのに、残念です」

 焦げつくような内心を押し殺しながらもバーボンは、必死で邪魔者の排除手段を考えているに違いない。

 なんていう茶番劇を観せられているのかと、呼び出されたジンとしては呆れるしかない。

「ネズミが三匹も出てくるたァ、目障りで仕方がねえな」

 ジンがせせら笑うその意味をきちんと理解して反応したのはもちろん、呼び出した側のスコッチだ。息急ききって、叫ぶ。

「仕方がないだろ。ジェリーはトムに追いかけてほしいから、わざと鼻先でウロチョロするんだ。トムだっていつも捕まえたジェリーを殺さない。そうだろう、ジン」

「まあ、いいだろう。トムがさみしがりやならジェリーはどうしようもない甘えただ」

 これが、待ち合わせの合言葉。

「ああ、よかった! 助かった! でも、ネズミが三匹ってどういうことだ?」

「どういうことか聞きたいのはこちらですよ」

 安堵にへたりこみそうになるスコッチの腕を取って、バーボンが問い質す。

「俺も、今の符号の意味を聞きたいな」

 ライも、乗った。

「あん? 公安のエースとFBIのエースのくせに、てめえら揃って『トムとジェリー』を知らないのか」

「僕とライをひとまとめにしないでください」

 バーボンとしてはFBIがどうのということよりも、ライと一緒くたにされたことのほうが気になるらしい。一呼吸もおかずに否定された。

「……バーボン」

 スコッチが呆れて見遣る。

「俺はFBIではないのでね。トムもジェリーも聞いたことがないが、つまりは裏切り者を逃がそうとしているのか?」

「俺はてめえをFBIとも公安とも言ってねえがな」

 公安外している時点で馬脚じゃねえかとライのごまかしを、ジンが鼻で笑う。

「スコッチ。説明をしてくれますよね」

「あー、うん」

 がしがしと頭の後ろをかきながら、スコッチはジンに目を向けるが、ジンはそれを無視して懐から愛用のシガレットケースを取り出していた。

 つまり話していいということなんだろうと勝手に解釈したスコッチは諦めて白状することにした。

「俺が組織に入るって決まった時、先輩が『都市伝説並の怪しい噂だが、俺らに頼れない時はここに連絡しろ』ってこっそりアドレスを渡された」

「逃がし屋の噂は、スパイたちの中では割と幅広く知られているはずなんだが」と、最初の煙をぷかりと吐きながら、ジン。「お前ら優秀かもしれねえが、その分尖り過ぎて孤立してんじゃねえのか」

 ワンマンはよくないぜと嘲るジンに、お前が言うなと思ったのは二人か三人か。

「しかしまさか……」

 ライが前に出た。

「組織の処刑人であるジンが、組織を裏切っていたとは」

「ああ? 誰が裏切るかよ。これは、ボスもラムも知っている」

 衝撃的過ぎて、「後、ウォッカも」と付け足された言葉は誰の耳にも届かない。

「え」

「まあ、罠にかかった間抜けなジェリーには毎回説明していることだ。聞け」

 元を正せば、KGBが始めたことだった。

 金で祖国を裏切るような役立たずを組織に潜入させ、わざと情報を漏らし組織に始末させる。

 それは後腐れもなく便利でいいと、当時のソ連の上層部が便乗した。

 更にはその手があったかと、他国までもが真似するようになった。

 知ってはいけないことまで知ってしまった者を、物理的に何も喋れなくするために。

「権力者は清廉潔白ではいられない。腕の立つスパイってのは、その闇を覗きこまずにはいられない。敵だけではなく、味方の抱える深淵をも」

 それはお前らのほうがよく知っているだろう?

 ジンは、三人の優秀なスパイに告げる。

「便利だから使わざるを得ない。だが、いつ自分の悪事が暴露されるかと怯えているのは疲れちまうのさ」

 金でどうにかなるならいいが優秀な奴ほど鼻っ柱(正義感)が強いものだと、ジンはそして告げた。

「つまり、お前たちは殺されるためにここに来た」

「……証拠は?」

 握り締められた拳と絞り出された声が、ただ信じたくないのだと告げている。

「俺が今まで処分したネズミが何匹いたと思っている。今も組織に潜入している奴らを合わせれば、両の手足の指で足りねえくらいだ。そんなにもスパイが入り込んでいて、未だに逮捕されない犯罪組織ってなんだ。必要悪と嘯きながら、ていのいい処分場扱いされているとかふざけるな」

 お国のためにと自己犠牲満載の正義感振りかざして実は潰すつもりのない組織に潜入しているって知った気分はどうだ。バカバカしいと思うだろう?

 ジンが吐き捨てる。

「俺たちはバカバカしかった。どうしてわざわざ敵対組織の思惑にひょいひょいと乗らなくてはいけないのか。だからとりあえず一人二人逃がして『トムとジェリー』の噂を流した」

 これが真実だとスパイに告げる。

「それでだ。スコッチ、これからどうしたいかを選べ」

 すまし顔で古巣に戻るもよし、別人になって他の国に行くもよし、組織に残るもよし、復讐するもよし、絶望したってんなら殺してやる。

「や、死ぬ気はないけど」

「当たり前です。僕がもらっていきます」

 バーボンが口を挟む。

「スコッチはライに追い詰められて自殺。僕が現場に着いてスコッチの死亡を確認した後、ジンに報告をしたということにします。ライ、いいですね」

 有無を言わせない勢いだ。

「構わないが」ライがひらりと質問の手を上げる。「スコッチの死を偽装するなら、ジンが手を下したことにしたほうが信憑性が増すんじゃないか」

「だからですよ。スコッチをいつまでも鬼籍に入れたままにはしません。僕がそんな『トムとジェリー』だ『必要悪』だなんて世迷い言をいらないようにしてみせます」

「バーボン」

 今後死人になる予定のスコッチの心に、バーボンの勇ましい宣言がクリティカルヒットしたらしい。目を潤ませている。

 しかしジンは、この茶番劇はまだ続くのかと呆れてタバコの煙を吐き出していた。

「スコッチが公安に戻る際、裏切り者は赦さない処刑人のジンが助けたと言って誰が信じるんですか。それより実はFBIだったライが助けたと言ったほうが、よっぽど納得いくはずです」

 ライも今さらFBIではないとシラをきるつもりもないようだ。バーボンの説明に、肩をすくめるだけだった。

 バーボンはジンに目を向ける。

「ジンも、いいですね?」

「こっちの手間がはぶけるんなら構わないがな。しかしバーボン、今のお前はしゃかりきになりすぎて、あっという間に海の底に沈んでそうだぞ」

「僕がそんな下手を打つわけないじゃないですか。……それに、万が一の時にはトムが助けてくれます」

「ああ? てめえ、まさか組織に残るつもりか」

 組織に正体がバレたのだから古巣に戻るのだと、てっきりジンはそう考えていた。

「ずっと組織は、俺たちの所属を知っていながら知らないふりをしていたんだ。俺たちが残ったとしても、今までと何も変わらないだろう?」

 答えたのはライだ。つまり、彼も残ると告げている。

「ジンの言うことが本当なら、FBIでも大掃除が必要だ。しかし、一昼夜で終わるような簡単な話ではないし、我々を排除しようという動きも活発になる。新しい罠に怯えるよりは、その気のない罠(組織)の中のほうが安全だ」

「罠ごと油に沈めて殺すぞネズミども」

 ライの言葉に、ジンの背中から怒気が立ちのぼった。

「いいように利用されるのが嫌でこんな茶番劇演じてんのに、それを更に利用しようってんなら覚悟しろ。第一、手品師がわざわざネタばらしした手品をもう一度やってみせるかよ。てめえらがトムを呼んだところで来ると思うな」

 でもなんだかんだいって助けてくれそうな気がするけれど、と命拾いしたばかりのスコッチは思ったが、ジンにぎろりと睨まれた。

「スコッチの死亡報告は精密なものを上げろ、バーボン。情報端末は自殺ついでに破壊したことにしろ。正体ばれたからって仕事の手を抜くな。他の連中に疑われても面倒は見ない。ライ、日本に入り込んでいるFBIのお仲間に今回の真相をバラすなよ。それからてめえら、今までと変わらないというなら今まで通りに悪事に手を染めろ。ミスをしたら切り捨てる。いいか。どっかのネズミだろうがそうじゃなかろうが、役に立たねえなら意味がない。障害にしかならないのなら容赦はしねえ排除する。肝に命じとけ」

 こうして満月は沈む。

 

 

 ちなみにこの世界に『トムとジェリー』は存在しない。

 

 

 




++あとがきというかいいわけ++

よくあるスコッチ救済について考えてみた結果です。
いやだって特にスコッチ単品で救う理由が見つからなくて、じゃあ根本的にスパイを殺さない理由について考えてみた結果というか、このシリーズでは黒の組織はKGBが作ったけどソ連が崩壊した後祖国に持て余されて、ただの犯罪組織でいる内に早く潰れろや状態なわけですよ。だったら、スパイにはどちらかというと活躍してほしいはずだし、他国に利用されるのは勘弁なはず。
ちなみに、ボスが日本人でKGBなら戦後シベリア抑留されて『異国/の/丘』の神田さんみたいに生き残るためにスパイになる道を選んだんじゃないかなと、余計な設定を考えてみたり。


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