妖刀との出会い~三人の最悪の世代 (幸福野郎)
しおりを挟む

船長

「ここに一本の妖刀がある」

 

「この妖刀は持ち主を選ぶ」

 

「この妖刀は未来を見る」

 

「その未来で選ぶ」

 

「――持ち主に足るかどうかを」

 

 

 

 家が燃えている。・・・・・・いや、町が燃えている。町のあちこちから煙が上がり、悲鳴が聞こえた。

 レンガの家は崩れ、人の営みが破壊されていく。町に刻まれた破壊の跡は、いまだに広がり続けている。

 その町は、海賊達に蹂躙されていた。

「ギャハハハハハハハハハ!奪え!!」

「他人に構うな!誰にも構うな!」

「殺して!奪って!楽しんで!己を満たすことだけ考えろ!」

「何故なら俺達は海賊!!海賊ってそんなもんだろ!?」

 海賊達のリーダーと思われる眼帯をつけた男は、燃える街中で声高に部下達を鼓舞する。

「うわあああああああー!!」 

「キャー!!」

 泣き叫ぶ人々。昨日まで幸せだった人も、そうでなかった人も、皆平等に蹂躙される。どれだけ抵抗しても、まるで無意味だ。どれだけ罵倒しても、それが何になる。

「いやだ!!たすけて!たすけてください!」

 命乞いをしても逆効果だ。海賊達は面白がって。

 

「ああああああああ――――――――・・・・・・」

「ギャハハハハ!」

 

 正に地獄の様な光景。それを嘲笑う海賊達。

 その海賊達を率いる船長は、最近有名になってきた海賊で、利己主義の塊のような男だ。部下すらも自分の為に存在する道具としか思っていない。

「あ~あ~楽しすぎるぜ!いや本当海賊になって良かった!」

「無様!無力!無能!」

「弱い奴っていうのは何やっても滑稽だな。オイ!」

「これが良いんだよ!これが!」

 意気揚々と言葉を吐き続ける船長。弱者を踏み躙る快楽に酔い、顔は喜色に染まっている。

「だからこそ、海賊にっ!」

 彼は今までも東の海や北の海を旅して、似たような光景を見てきたが、やはり強者とは絶対であると思わずにはいられない。

 そんな船長に、海賊達のシンボルマークを左腕に刻んだ人物が近づいてきた。

「ん?何だ、お前か。どうした?」

「キャ、キャプテン大変です!か、海賊が!」

「はっ?」

 焦った様子で何かを伝えようとする男。海賊団の一員と思われるその男は、深呼吸して落ち着いてから再度話し始める。

「み、港の方から海賊船と思われる船が近づいてきてるんです!」

「・・・・・・どんな感じの海賊旗だ?」

「こ、こんな感じです」

 予め用意していた、海賊旗を模写した紙を船長に見せる船員。

(これは・・・・・・違うか。なら問題ねェな。)

 船長は数秒間紙を眺めた後、問題なしと鼻を鳴らした。

「フン!どこの海賊だか知らないが、邪魔しようってんなら仕方ねェ!アレを使うか!」

「アレって!?以前、海軍船をまるごと吹き飛ばした【悪魔の実】の能力を!?」

 悪魔の実。食すことで非現実的な力を扱えるようになる、不思議な果物。

 船長はそれによって能力を得た、能力者だった。

 その能力を使って彼は以前、海軍船ごと海軍大佐を吹き飛ばした。ある条件を満たせばそれほどの強力なカを扱える能力を、男は有していた。

「【三幹部】に、連絡しておけ。一応な」

「!?三幹部まで!?」

 驚愕する部下、それに構わず、船長は敵の排除に向かう。

 その歩き姿は、正に威風堂々。強力な威圧と、強大な威厳に満ちている。

 ――新世代の海賊が、敵を排除せんと動き出す。

 

 

「――――――さて久しぶりの本気だ」

 

 

 

 

 

「ぜっ?」

 船長の視界が傾く。上下反転する。落ちていく。頭を地面にぶつける。転がる。体と向き合う。

「アレ?オレのからだ?」

 自分の体が見えている。

 

 何故?見える?何故?見上げてる?何故?頭がない?何故?何故?何故?何故?何故?なんでだよっっっっ!?

 

 疑問が延々と脳内で浮かびながら、新たな疑問。

 

 アイツは何処だ?さっきまでオレと話をしていたアイツは何処に?

 

「――――ここだ」

 言葉と同時だった。船長の髪が鷲掴みにされ体が、いや、頭だけが持ち上げられる。

「なんっ!?」 

 彼はそこでようやく現実を認識する。自分が生首状態である現実を。なのに何故か生きている非現実を。

「なんでっ?なんでだっ!?てめェは誰だ!?」

 船長は自分をこんな状況に追い込んだであろう何者かに問いかける。

 それに対して何者かは、冷たい声色で言葉を放つ。

 

「答える義理はないな。弱い奴は死ぬのみだ。テメェもそう思うだろ?」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

船長たち

 街中で立ち尽くす海兵。

「・・・・・・くそっ!」

 町の悲惨な状況、逃げ延びた人々の恐怖の表情を見て海兵は立ち尽くす。その顔は痛ましげに歪み、ただ激しい無力感を彼は感じていた。

「海賊どもめっ」

 この大海賊時代では、こういった光景は珍しくない。だからこそ海兵になりたいと彼は思ったのだ。

「・・・・・・」

 顔をうつむかせ、数秒落ち込み、顔を上げる。

 落ち込んでる場合じゃない。そう判断したからだ。

(それにしても・・・・・・一体誰が海賊達を無力化したんだ?)

 町を蹂躙した海賊達、彼等は一人残らず無力化されていた。一人の死者もなくだ。

 町人に聞いても、逃げるのに必死で何も見ていないという。・・・・・・いや、白いクマを見たという情報があったなと、海兵は考える。

「……よしっ!頑張らないとっ」

 

 

 

「進めー!進めー!オレ達ハートの海賊団!」

「いやーそれにしてもキャプテン!今回の作戦は上手くいったな!あの船長、まともに戦ったらかなりやばかったんだろ?」

 海中を進む一隻の潜水艇、名をポーラータング号。その船内でやかましく騒ぐニ人の男、名をシャチとペンギン。二人とも、つなぎを着用していた。

「そりゃそうだ。事前に色々準備したんだからな。外部の能力者に頼んで偽装までして……成功してくれなきゃ困る」

 気怠げに答えたのは、白を基調とした毛皮の帽子を被った男。耳のピアス、両手・両腕に刻まれたタトゥー、などで妙な威圧感を与えるこの男こそが、ハートの海賊団の船長、トラファルガー・ロー。先程、海賊の船長を倒した男だ。

「まいった……」

 だが、かなり体力を消耗してるのか、項垂れている。

「元気出せキャプテン!肩たたいてやるから!」

 そんな船長を気遣ってか、彼の肩たたきをする一匹……いや一人の白クマ。名前はベポだ。身に纏う服は、オレンジ色のつなぎ。

「そうだよなー。失敗してたらなー。でも、収穫はあったし良かったじゃん!」

 シャチは潜望鏡を覗きながら、嬉しそうに言った。

「そうだぜ!そうだぜ!このエターナル・ポース!」

 シャチとペンギンが砂時計の様なものを高く掲げる。エターナル・ポースと呼ばれたそれはコンパスだ。一つの島だけを指し示すコンパス。

「それで?何の為にその島に行くんだっけ?観光?」

「あ〜美女がいれば良いよな〜」

 ニ人は完全に旅行気分だが、ローはニ人の様子に呆れ気味だ。やれやれといった感じで溜息を吐く。

「遊びじゃないんだ。悪い噂もある。気を引き締めろ」

「げっ!マジかよ!」

「なんでそんな島行くんだよ!」

 不満を漏らす船員達。ちゃんと説明しないと面倒だなとローは考え、細かく説明することにした。

「目的はニつ」

「一つ目の目的は刀の入手。かなり良い刀みたいだ。だからソレを手に入れて戦力を上げる。・・・・・・その刀の名は」

 彼は力を求めていた。

 自分に命と心をくれた恩人の想いを遂げるための力を。

 

「妖刀、鬼哭」

 

 

 

 暗闇の中、蝋燭の光を頼りに男は楽しんでいた。

 此処は彼の自室だ。部屋には彼の趣味なのだろう、大量の絵画が飾られている。それらの中に一つ、特徴的な絵画があった。

 絵画には薙刀を持って力強く立っている、白い髭を生やした男の絵が描かれていた。それだけならば特徴的ではないが、何故かその絵にはナイフが突き刺さっていた。

「・・・・・・」 

 この部屋の主は、部屋の中央にある椅子に腰かけている。その顔は邪悪に歪み、手にはナイフ。ナイフには赤い何かが付着していて、視線の先のテーブルの上には動く何か。何かはしばらく動き、やがて止まった。

 これが彼の楽しみであり、生きがい。だが――。

「物足りねェな」

 満たされてはいなかった。

 東の海、西の海、北の海、南の海。四つに分かれた世界の海、その中の西の海で生まれた彼は、子供の頃から人と違っていた。

 そうしていつの間にか、闇の世界で鉄砲玉として活躍する。

 闇の世界で組織の頭を切り取る。そうすると、彼が見たいものが見れた。自分の心が満たされるのを感じた。奪った金品など、それに比べればおまけに過ぎない。

「フー、まだ着かねェか」

 獲物を探していた。自分の欲を満たしてくれそうな獲物を。そして、つい最近見つけた。

 現在、その獲物を仕留めるためにある島に向かっている。

(なんでも大層な妖刀があるらしいが……そっちは興味ねェな)

 男はテーブルの上にナイフを置き、代わりにズボンのポケットに入れてあった葉巻を手に取り、火を点けて一服しながら、今後の方針を思案する。

 

 出来れば、頭だけを切り取りたいところだが、さて・・・・・・。

 

 

 

「おーおー、島が見えてきましたな」

 海を行く一隻の船。甲板には一際目立つ男が立っていた。

 巨漢。男を一言で表すなら、その言葉が相応しいだろう。一目見るだけで力強さを強烈に感じさせる、それほどの強靭にして巨大な肉体を男は持っていた。しかし、怪我でもしているのか、両腕には包帯が巻かれている。

 男を目立たせる要素はもう一つあった。背中に生えた白い羽だ。その羽はある島の出身者に生えているもの。

 空島。あるかどうかも不確かな幻想の島。実在を信じて探し求める者もいれば、下らないと笑う者もいる、そこが男の出身地だ。

 空島で誕生した彼は子供の頃から周りと比べて力があって、重い石でも軽々と持ち上げられた。

 

 そして現在、何故か彼は海賊として活動している。

「・・・・・・」 

 海賊になったウルージは、巨体に似合った巨大な黒い棒を携え甲板に立ち、目指す島を見据える。

「僧正!傷に悪いですよ!休んでいてください!」

 ウルージの背後から焦った感じの声がかけられる。

「駄目ですよ!勝手に抜け出して!」

 声の主は彼の仲間だ。よほど彼は慕われているのだろう、仲間は心から心配し、体を休ませようとする。

「心配は有り難いが大丈夫ですぞ。それより今は、外に出て少し心を休ませたい。・・・・・・風は追い風のようだな。良い風だ」

 頭上の風にゆられる帆をちらりと見ながら、ウルージは言う。彼の言葉を受けた仲間は、嫌な事を思い出したように顔を陰らせる。

「・・・・・・酷いもんでしたからね。まったく僧正はお人よしなんだから、わざわざトラブルに関わることないでしょうに」

 どうやらウルージは、なんらかのトラブルに巻き込まれてかなりの傷を負ったようだ。だが彼の顔に後悔の色は微塵もなく、優しい笑顔で仲間に言葉を告げる。

「ちょっとした人助けだ」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

その島

 その国は、とても豊かで治安も良い。

 この時期は武闘大会が開かれていて、国全体が普段より賑わっている。

「今回の大会もすごかった!王はやっぱり強いな。国の誇りだ」

「ああ……しかしあの妖刀、なんで使わないんだろうな」

 ニ人の男が雑談をしながら、町道を歩く。

 此処はロー達の目指す、妖刀のある島に存在する町。

「宝の眠る洞窟!怪奇現象の起きる岩石地帯!ロマンだ!」

「全部ウワサだろ?不確かな」

「それでこそロマンだ!」

 大会と同時に祭りも行われ。

 町は活気に満ち溢れ、人々は活力に満ちている。

「いらっしゃい!!美味しいお菓子、揃ってるよ!今なら大サービス!」

「エレファントホンマグロの解体ショー!!始まるよっ」

 町道に点在する屋台からは、カボチャや鳥肉など、様々な食べ物の匂いが流れていた。

「なかなか作りこまれてるな。それ」

「だろ?徹夜したんだ」

 仮装をして道を歩く人々が、ちらほらと見受けられる。

「あっち見に行こうぜ!」

 人々は祭り気分を味わいながら、道を行く。

 そこだけを切り取って見れば、とても良い町に見える。

「食べに行かないか?パン料理がうまい店があるんだ」

「あの服可愛い!」

 

「病気持ちの集落は何とかならないのかね」

「ああ、怖いよな。何とかして欲しいよ。本当」

「全部、燃やしちゃえば良いんじゃね?」

「ギャハハハ、お前ひでェな!!」

 

 

 

「いや、変わったな」

「と、申しますと?」

 広い空間。玉座の置かれた部屋で会話を交わす、部屋の中央に吊下がっている巨大なシャンデリアによって、禿げた頭を光らせる、着物を着た老人。

 老人の対面には、巨人族と呼ばれる巨大な種族、それよりもいくらか小さい大男が立っていた。大男は、鎧を全身に纏っている。

 玉座に座った老人は大男の問いに対して、面倒そうに返答する。

「だから、箱に変化があったんだ。かなり強い奴等が入りこんできた。その中に一人、とびぬけて強いのがいる。中々、厄介なことになったな兵士長」

「その割には少し楽しそうだな。王よ。……まだ、以前の侵入者をどうにかできていないんだぞ。それどころか、兵士を消されている……海軍本部にも疑いの目を向けられているそうじゃないか」

「大将、黄猿……この島に来た時は流石に驚いた。幸い、何事もなくすんだがな!」

「闇の世界にも手を回したからな。しかし、何を考えているか分からない男だった」

 少し不満そうな感じで兵士長は言う。

「大将はマズい!手に負えん!もぐもぐ・・・・・・まあ大丈夫だろう。倉庫には武器が大量にあるし、儂にはお前がいる。頼りにしてるぞもぐっ・・・・・・兵士長。・・・・・・それにしても侵入者の目的はなんだろうなもぐ?」

 王は玉座の近くに置いてある小さいテーブルから、細長いパンを手に取って食している。

「食べながら喋るのは止めておけ王よ。・・・・・・侵入者の目的か。そうだな・・・・・・」

 もぐもぐとパンを食べながら喋る王に呆れながら、兵士長は侵入者の目的について思考を巡らす。

 彼は数十秒ほど思考を巡らした。そうして口を開く。

「やはり、王が所持してる妖刀では?かなり上等な刀なのだろう?」

「フム、お前もそう思うか。儂も何となくそうじゃないかと思っていた。・・・・・・しかし、そうなると侵入者は気の毒だなもぐ。・・・・・・兵士長、なぜ儂があの刀を使わないか分かるか?」

「そういえば、いつも持ち歩いている割に使わないな。何故だ?」

「使えば殺されるからだ」

「・・・・・・なに?」

 何を言ってるのか分からないという風に首をかしげる兵士長。一瞬、冗談かと思ったが、苦々しげな声色から本気で言っているのだと判断する。

「誰に殺されるんだ?」

「無論。妖刀・鬼哭にだ。使おうとすると分かるんだ。この刀は儂を殺すと」

「・・・・・・なんでも道化師の奴が言うには、あの刀は相応しい持ち主を探しているらしくてな。なのに中々見つからないもんだから苛立っていて、八つ当たりで相応しくない奴を何人も殺してきたそうだ」

 道化師。その名前が出た途端、兵士長の顔が少し歪む。どうやら彼にとって好ましくない人物のようだ。

 王は、気にせず話を続ける。

「つまり、仮にもぐっ侵入者が儂の刀を手に入れても、使ったらぽっくり死ぬわけだ。ああ、なんと滑稽な。想像するだけで笑えてきたぞもぐ。・・・・・・フフフ、ハハハハハハハハッ!ごはっ!?ゲホッ!!ゲホッ!!みずっ!!みずっ!!しぬっ!!!」

(言わんこっちゃない・・・・・・)

 せき込む王に対して兵士長は、予め用意していたコップに入った水を差し出す。それを目にもとまらぬ速さで受け取り飲み干した王は、何事もなかった様に話を再開する。

「・・・・・・仮に、の話だがな。そんな事にはならないだろう。――兵士長、侵入者に兵を差し向けろ。まずは、お手並み拝見だ」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

酒場

「ギャハハハハ!飲め!騒げ!」

「一曲歌います!」

 

 町の酒場。酔って歌を歌いだす客、仕事仲間と酒を飲み交わす客、ひたすらに酒を飲み続ける客。色んな客でごった返し、賑やかな店内。ハートの海賊団の四人も店内の左隅にあるテーブル席で一息ついている。

「何でこの店にはパン料理しかねェんだ・・・・・・」

 船長の気分は少し落ち込んでいた。他の船員が美味しそうなパン料理を食べている中で、彼だけはドリンクで済ませる。

「あー、そういやキャプテンってパン駄目だったっけ」

「勿体無い。こんなに美味しいのに」

 そう言いながらシャチとペンギンは、対面に座るローに見せつける様に、香ばしい匂いを放つホットドッグを食す。

 ベポはその光景を気の毒に思ったのか、彼に対して自分のドリンクをそっと差し出す。

「元気出せキャプテン!おれのドリンクやるから!」

「・・・・・・ありがとよ」

 木のコップを掴むロー。

 思うところはあったが、ベポの気遣いを素直に受け取る。

「・・・・・・でも、なんでそんなにパン嫌いなんだ?」

「それそれ。前に聞いた時ははぐらかされたけど、ちゃんとした理由あるのか?」

「・・・・・・理由、か」

 理由を探ろうとするとローの脳裏に浮かぶのは奴等の影。打倒しなければならない者達。止めなければならない奴。

 今の彼では到底倒せないほどの暴力的な力を持っていた・・・・・・恩人を奪った男。

「あると言えばある」

「・・・・・・そっか。なんだか分からないが大変だなキャプテンも」

「全くだ!こんな美味い料理食えないなんてよ!」

「美味しい料理なら他にもいっぱいある!世界はこんなに広いんだ!」

 船長の緊迫した雰囲気に気づいたのか、船員たちは不自然なほどテンションを上げて場を和ませようと試みる。それがあまりに不器用だったので、ローは思わず苦笑する。

「この国って賑やかだし、料理も美味いし、サイコーじゃね?一部をのぞいて」

「それに・・・・・・第16代だったか、17だったかの王様は好かれてるみたいだしな」

「武闘大会、この後見に行こうッ!」

「遊びじゃねェぞ」

 国の雰囲気は悪くなく、ハートの一味もそれを感じていた。

 仮装している者が多いので、ベポが目立つこともない。

「一気飲み!行くぜ!」

「おう!やれ!やれ!」

「吐き出すなよ!」

 それからしばらくの間、三人の馬鹿騒ぎは続く。

 

「あー、騒いだ騒いだ。・・・・・・そうだ、キャプテンに伝えなきゃいけない事あったな」

 

「あー、奇遇だな。おれもだ。――おれ達尾行されてるぜ。キャプテン」

 突然だった。さっきまでの和やかな雰囲気が変わり、真剣なものになる。しかし、ローに動揺はない。

「ああ、気づいてた」

「えっ!?・・・・・・気づかなくて、すいません」

 気づいていた。自分達を尾行する者がいる事を。・・・・・・まだ確信には至ってないが。

 王都に入ったあたりでその気配は現れた。

「……」

 ローは思案する。

(この国は基本的に余所者は入ってこない、閉ざされた国の様だ。警戒して監視を?この島で採れる高価な鉱石や、王に関するきな臭い噂。関係ありか?)

 自分たちの存在に気付いた方法は。

「悪魔の実か、見聞色の覇気だな」

 見聞色の覇気。覇気と呼ばれる特殊な力の一種。

 その効果は、人が発する声を聞くという物。そうする事で遠く離れた人間の位置を把握することが出来る。

「覇気を使えんのか!王様!」

「キャプテンと同じだな!」

「そっちは不確かだが」

 事前に得た情報によると、この国の王は能力者らしい。更に、他人の位置を把握できる能力にはいくつか覚えがあった。

「・・・・・・どちらの可能性もあり得るか」

 それならどちらの可能性も想定して動くしかない。そう考え、思考を切り替える。

「で、どうするよキャプテン」

「ふんづかまえようぜ!」

 シャチとペンギンはそれぞれ、足元に置いてあった自分の得物が入った袋を手に取り、握りしめる。二人の戦意は満々の様だ。

 一方のローは、同じ様に足元に置いてあるそこそこの名刀をちらりと見て、何事かを数秒思案した後に口を開いた。

 

「尾行が確定次第、打ち合わせ通りやる。迅速にな」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

最悪の世代:最強

 酒場を出て左にまっすぐ行くと、夜の闇に包まれひっそりとした広場はあった。

 広場には、東西南北に出入り口が存在し、中央にある花壇には真っ白な美しい花が咲き誇っている。

「・・・・・・」

 彼はその花を見ていた。しかし、花の美しさに見惚れているわけではなかった。そもそも本当に花を見ているわけでもないかもしれない。

 どこか遠くのなにかを彼は見ているようだった。

「おいキャプテン、目的はそれじゃないだろ!」

「綺麗な花だけどな。ここに来た目的は城だ」

「・・・・・・ああ、悪い」

 ハートの海賊団は酒場を出た後、王城の位置確認の為、広場に来ていた。

 彼等は広場から、遠くにある夜の闇に浮かぶ城を視認する。

 家々の間に見える、王の居場所。その、威容。

「暗くてよく見えないが、そこそこの遠さだな」

「どうする?もっと近――!?」

 シャチの言葉が途切れる。同時に、彼等の雰囲気がぴりぴりした物に変わる。

 原因は、広場北側の出入り口を塞ぐように存在する複数の影。

「くそっ、不気味なっ」

 北側だけではなく、東西南北全ての出入り口に影は存在する。それによって彼等の退路は断たれた。

 影は全身を鎧でがっちり固め、かなりの切れ味を持っていそうな立派な剣を両手で構えながら、じりじりとロー達に近づいてくる。

「・・・・・・」

 それに対して、シャチとペンギンは槍と剣を構え、ベポは素手で戦う姿勢を見せ、ローは刀を抜き取り、それぞれ威嚇する。

「・・・・・・」

(――来る)

 襲撃者達が動き出す。

 ハートの海賊団が迎え撃つ。

 

 襲撃者の数は軽く二十を超えていた。対するロー達、ハートの海賊団はたったの四人。普通なら襲撃者達の殺気が宿った剣で蹂躙される結果になるのは誰が見ても明らかだ。

「少しおれ達を!」

「舐めすぎじゃねぇか!」

 誰が見ても異常な光景がそこにはあった。

 迫りくる多数の刃を捌き、更に反撃によって敵を吹き飛ばすハートの海賊団の船員達。それはどう見ても常人の行いではない。

「うおお!」

 吼えるベポ。その動きはとても素早く、海賊団で一番と言っていい程だ。得意の足技で敵を蹴り飛ばしていく。

 全体的な戦況で考えれば、ハートの海賊団が優勢だ。

「しっかしッ」

 迫りくる敵ではなく、吹き飛ばした敵を見てペンギンは不気味に思う。 

「中身ねェ!?こえェッ」

 鎧の攻撃によって破損した部分、そこから見える筈の中身が無かった。中はどう考えても空洞で、だとすれば鎧だけで動くという不可思議な現象が起きている事になる。

「悪魔の実、か・・・・・・いや、それよりも」

 ペンギンは戦いながら仲間の状況を確認する。視線の先には、船長のトラファルガー・ロー。彼の予想では敵達を薙ぎ払う船長の姿がある筈だった。

「ウソだろ・・・・・・キャプテンが苦戦してる!?」

 

「・・・・・・!」

 ローが相手をしてる鎧は四体。そのどれもがベポ達が相手をしてる鎧より遥かに強かった。休む間のない連続した攻撃で、ローを苦しめる。

(なんとか間合いを取らねぇとな・・・・・・)

 間合いが欲しいローは、自らの武器に意識を集中させる。

(武装、硬化)

 覇気の一種、武装色による刀の武装。彼はそのまま、武装した刀を使った渾身の一撃を目の前の鎧達に叩き込む。

 鎧達は攻撃を受け止めきれず、大きく後退する。それによって出来た時間の余裕がローの狙い。

「――ROOM」

 言葉と同時、ローと鎧達を囲むように、なかば透き通った半球体が出現する。彼はその中で、攻撃の間合いの外にいる鎧達に向けて刀を振った。

 届く筈のない斬撃、しかしその斬撃は、鎧達の胴体を容易く切断した。

(切断:アンピュテート)

 彼が持つ悪魔の実の能力。相手を殺めるカはないが、凄まじい切断力を持つ。これによって三体の鎧は切断される。

 切断された鎧達は地に落ち、動かない。

「逃したか・・・・・・!」

 ROOMから出ることによって切断から逃れた一体が、突っ込んでくる。能力が間に合わないと判断したローは、通常の斬撃で対応する。

 斬撃は敵の兜をかすめ、弾き飛ばす。

「・・・・・・!?」 

 そこにはある筈のない人間の顔が存在した。

 見覚えがある顔、ローがこの島での活動の為、事前に集めた情報の中にその顔があった。

(この国の・・・・・・王!?)

 威厳のある顔立ち、禿げた頭、間違いなくこの国の王だとローは思う。

 王は何故か親愛の情が混じった眼差しを向けている。

「いや、素晴らしい。強いな君は。・・・・・・そうでなくては!蹂躙されるだけの弱者に価値はないのだから!」

 ――一瞬だった。

 驚愕の隙を突く一撃。

 武装した拳が放たれ、ローの顎に命中した。

「がっ・・・・・・!?」

 体が吹き飛び、地面を転がる。

 彼の意識はそこで途絶えた。

 

「キャプテン!!」

 仲間達が倒れたローに駆け寄る。頼りになるキャプテンがやられたことで、ベポ達はかなり動揺していた。

「くそ!なんてこった!なんなんだあの爺は!?」

 突如現れた驚異。恐らく自分達では敵わない敵が前方から歩み寄ってくる。蹴散らした鎧達も集まってくるだろう。

 ベポ達は逃げることを考えるが、逃げられるかどうか。

「・・・・・・やるしかねぇか」

「・・・・・・そうだな」

 それでも逃げるしかない。いざとなったら自分の命を犠牲にする覚悟を決めて。

 かつてローに救われた、二人の想いは強い。

「覚悟は決まったか。では――!?」

 王の動きが止まる。彼の耳に聞こえるのは、あまりにも重々しい足音と、風切り音。

「なんだ・・・・・・?」

 王の真横、三十メートルほどの距離、そこから迫る上半身裸の巨漢。凄まじい疾走、男は巨体からは想像できない速さで王との距離を詰める。

「ふんっ!!」

 力強い筋肉が躍動する。全力全霊を込め、右腕を振り絞り、男は目の前の王に向け、走る速度そのままに拳を放つ!

「ぐゥっ!?」

 広場に響き渡る轟音。拳は王の体に直撃し、腹にめり込む。

「ぬんっ!」 

 巨漢はそこから更に力を振り絞り、王を遠くヘと殴り飛ばした。

「なんにっ!?」 

 ベポ達はその光景に驚愕するしかない。

「な、なんだアンタはっ!?」

「変態かッ!?」

 目の前にいる敵か味方かも分からない男に困惑するハートの海賊団。分かっているのは、男が強大な力を持っている事だ。

 

「詳しい話は後だ。――逃げるぞ。ついて来なされ」

 

 漢の背中が、そこにはあった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

道化師

 広場には既に鎧達の姿がなく、残されたのは老人が一人。そして、新たに男が一人。

「逃げられたか・・・・・・」

 王は神妙な顔つきで侵入者達が逃げて行った方角を睨む。しかし、頭には兵士長の拳骨による、たんこぶが出来ている。

「逃げられたかじゃない。反省しろ」

「・・・・・・少し強く殴り過ぎだろう。たんこぶ出来たぞ!」

 瘤をさすりながら不満気な王。それ以上に兵士長は不満気だ。

「頼むから勝手な行動は慎んでくれ」

 怒気と気遣いが混じった声色で王に言う。流石に申し訳なく思ったのか、王は頭を掻く。

「悪かった。なるべく気を付ける」

「なるベくか・・・・・・」

 ため息を一つ。彼はこれ以上言っても無駄と判断し、話を変える。

「・・・・・・それで、侵入者の様子は?」

「西側、森の方に逃走したな。一番強いオモチャを五体向かわせたし問題ないだろう」

「・・・・・・あの巨漢は危険じゃないか?」

 王を殴り飛ばした男。最も警戒すベきは奴だと兵士長は考える。

「あの男の武装は妙に安定していないからな・・・・・・そうでなければかなりの脅威だったが」

 言いながら殴られた腹をさする。男の拳はそれなりに効いたようだ。

「・・・・・・そうか。こちらの目立った損失は?」

「二番目に強いオモチャが三体壊された。兵士長も見ていただろう?刀を持った男の力」

「ああ、奴も危険だな。鎧達を容易く切断するとは・・・・・・」

「全くだ。恐ろしい・・・・・・ッ!」

 苦々しく言う王。だが、言葉とは裏腹に王の顔には僅かな楽しみの色が表れていた。

 

「そういう割には楽しそうですね。貴方は」 

 王達の後方から声。ニ人が聞き覚えのある声だったが、抱く感情は違った。

「・・・・・・なんの用だ」

「久しぶりだな道化師!元気してたか?」

 道化師。そう呼ばれる長身は、王達の後方、十メートル程の所に立っていた。

 印象的な赤く丸く大きな鼻、派手なメイクとごてごてした衣装のせいで男か女かも分からない彼(彼女)は、陽気に返答する。

「ゲハハハハ!!ええ!元気でしたとも!王も元気そうでなにより!兵士長!なにやら戦っていたみたいなので、興味が!」

「・・・・・・お前に教えることなど、何もない。大した戦力にはならないだろう」

 そっけなく言い放つ兵士長。それでも道化師の態度は変わらない。

「それはどうでしょう?案外、役に立つかもしれませんよ!」

 道化師は不気味に笑う。

 

「あっ、これお土産です」

「おー!うまそうな肉ッ!!気が利くな道化師!」

「ゲハハハハ!それほどでもありますよ!」

 

「それはそうと、腰が痛いからおぶってくれ兵士長」

「老人かッ!?」

「老人だよッ!!」

 結局、兵士長はおぶる羽目になった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ファーザー

 王城のある町の西に広がる広大な森。

 森には色取り取りの果実が溢れ、咲き誇る花達のおかげで景観は美しい。そんな森の一角に普段見慣れない光景が広がっていた。

 木々は倒れ、地面は抉れている。地面には鉄屑が散乱していて、その中には半壊した兜がある。

「――片付いたか」

「ええ、片付きましたファーザー!ニョロロ!」

 ファーザーと呼ばれる、黒い帽子を被った短足の男は、その光景を眺めている。

「箱の中だと、覇気が強化される場合があるというが」

 手にはガトリング銃を持ち、かなり疲れた様子だ。

「手こずったな。・・・・・・武装を使い過ぎた」

「強力な武器も大分消費した上、犠牲者もそれなりに出てしまいましたしね・・・・・・でも、森の中で奇襲作戦とか、ジェルマみたいだったレロ!」

「・・・・・・お前は本当にジェルマが好きだな、ヴィト」

「ええ!何せジェルマはおれのヒーロー!空想の存在だろうと好きなものは、好きなんだ!」

 口から飛び出た長い舌が印象的な男、ヴィトは、興奮して語る。

「ジェルマ・・・・・・空想上の悪の軍隊か。敵がこんなガラクタじゃなければ、もっと、らしいことをやれたんだが・・・・・・」

 ファーザーは足元の鉄屑を蹴飛ばしながら、不満を口にする。その声は妙に冷たさを含んでいた。

「まあ、何とか全滅させたんだし、良かったんじゃないでしょうか?」

「まだまだ兵はいるだろうし、王城の守りは堅いが……敵は、おれ達を舐めていたみたいだからな」

「?」

「もしも奇襲されても、大丈夫だと思っていたんだろうよ。ハハハ、油断結構!」

 笑う彼の笑みは、狩人のものだ。

「奴等にはおれ達の存在を把握する術があるみてェだが、おれの【中】までは把握できなかったみてェだ。・・・・・・それでも、この様だが」

 自らのボロボロの服を見て、しかめっ面になるファーザー。彼はそのまま深刻な顔つきで数秒考え込み、ある決断を下す。

 

「よし、着替えるか!」

 

 身だしなみには細かいファーザー。

 最近の侵入者、カポネの姿がそこにあった。

 

 

 

 目を開けた彼が最初に見たのは、天井で光を放つランプと、仲間達の心配そうな顔だった。

(なんだ・・・・・・?頭が冷たい)

 ローは頭に濡れたタオルが置かれた状態でベットに寝ていた。自分がべットに横になっていることを理解したローは、頭のタオルを右手でおさえながら、上半身を起こす。

「・・・・・・心配かけやがって!」

「まったくだ!」

「キャプテーン!!」

 ベポが嬉しさのあまりローに飛び付いてきた。

「ぐっ!?」

 ローは少し苦しさを感じながら、状況を把握する為、頭を働かせる。

(ここは・・・・・・) 

 寝ていたベットを含めて、四台の木で出来たベットが置かれているだけの簡素な部屋。ベットは部屋の左端に二台、右端に二台、対照的に置かれている。

(右斜め前にはドアが一つ。ドアの反対側の壁にはカーテン付きの窓が一つ。窓の下には刀と帽子が置かれている)

 何故、この場所にいるのか。 

「意識ははっきりしてるか、キャプテン?記憶は?なんでここにいるか、分かるか?」

「・・・・・・」

 言われてローは、自分の記憶を探る。

「そうか・・・・・・おれは・・・・・・」

 彼はここに至るまでの経緯を思い出す。

 鎧達との戦い、鎧の中の老人、どこかで見たような力、そして、途切れた意識。思い出すほどに、彼の表情は厳しいものに変わっていく。

「情けねェ・・・・・・おれの考えが甘かった。・・・・・・悪い」

 ベポ達に向かって頭を下げるロー。元々、陽気な声を出す人間ではないが、陰鬱な声を出す。

「キャプテン・・・・・・」

「・・・・・・」

 ベポ達は謝罪に対して、気分を落ち込ませた。

「・・・・・・まあ、おれ達が好きでキャプテンに勝手に付いていってるんだから、気にしなくていいぜ。・・・・・・それに、おれ達も情けねェ」

「まったくだ!すげェ無様な逃げっぷりだったぜ!」

「おれ達もっと強くなるから、キャプテンも一緒に強くなろう!」

 だが、落ち込んでいたのは僅か数秒、彼等は元の明るい雰囲気を取り戻す。その前向きさに、ローは少し面食らった表情になる。

「・・・・・・ああ、そうだな」

 ローが出す声はまだ暗いままだったが、少しだけ明るい色が混じっている。ベポ達はそれを感じ取ったのか、ますます明るくなり、すっかりいつもの調子に戻った。

「よーし、そうと決まれば稽古だ!稽古!」

「よし!相手になるぜ!」

「おれもやる!」

 騒がしい、いつものハートの海賊団。ローはその光景を眺めている。

(おれは、)

 ベポ達を見て、彼の頭に浮かぶのはかつての仲間達。

 

 ――――ロー!来ねェのか!?一緒に行こう!

 

(おれは仲間に恵まれた)



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

話を聞こう

「それにしても、よくお前らあの老人から逃げられたな」

 ローが疑問に思ったこと。それは、ベポ達がどうやって逃げ切ったのかということだった。

 状況が悪かったにしても、彼を一撃で倒した力。あの力はかつて見た、奴の敵に対する容赦ない暴力に匹敵するとローは考えている。ベポ達もかなりの手練れだが、それでも逃げるのは困難だろう。

「ああ、それなら、助けてくれた人がいたんだ」

「上半身裸の、羽が生えた筋肉むきむきおっさんがな!」

「・・・・・・?」

 聞き間違えたか?と思ったローはもう一度聞くことにした。

「悪ィ、もう一回言ってくれ」

「?いや、だから、上半身裸の、羽が生えた筋肉むきむきおっさんが助けてくれたんだよ」

 どうやら聞き間違えたわけではなさそうだ。少しだけ考え込むロー。

「・・・・・・冗談か?」

「いや!冗談じゃねェよ!本当だよ!」

「そうだぜ、キャプテン!・・・・・・思い返してみると、格好良かったよなー。男だったらあの力強さに憧れるよ、うん」

 どうやら冗談でもなさそうだ。普通に考え込むロー。

 体に刻まれた奇抜なタトゥーに反して、彼には割と常識人的な所があった。なので、彼の中の常識が仲間たちの言葉を受けて困惑しているのだ。

(上半身裸・・・・・・そういう趣味か?羽は・・・・・・世界には巨人、魚人、ミンク、様々な種族がいる。あと、ゾオン系の悪魔の実)

 問題はなぜ助けたかと、ロー。

 彼は自分達を助けた者の外見については一応、納得した。だが、疑問は残っている。

「ここはその男の家か?すぐに話せるか?」

「・・・・・・なんで助けたか気になってるんだろうが、ウルージさんは良い人だと思うぜ。力が欲しくて助けたのも本当みたいだが・・・・・・詳しい話をしたいって言ってたな。今ならこの、仮の家の居間にいると思うぜ」

「おれもウルージさんは良い人だと思う。もう一方は怪しいが」

ハートの海賊団の窮地を救った男、ウルージを親しげにさん付けで呼ぶ仲間に少し顔をしかめるローだったが、それ以上に気になる発言があったので流すことにした。

「もう一方ってことは、他にも助けはあったのか」

「あった。ウルージさんが助けてくれた後、町の西の森に逃げたんだけど、あの鎧達が追いかけてきてさ・・・・・・」

「ウルージさんが殿をつとめてくれたんだ!キャプテン!・・・・・・でも、やっぱり心配だったから、途中でシャチとペンギンだけ引き返して助けに行ったんだ・・・・・・」

「ある程度は持ちこたえたんだが・・・・・・とうとう限界がきてな、ここまでか・・・・・・と思ったその時、大量の銃声が鳴ったんだ。何がなんだか分からなかったが、おれ達の前に一人の男が姿を現してこう言った――」

 

「おれの名前はヴィト、以後、お見知りおきを」

 

「・・・・・・ってさ」

「・・・・・・」

 ウルージという男、ヴィトと名乗った男、恐らく自分達と同じ様に国に入って襲われた者達だろう、とローは考える。

 彼等の目的は分からないが、ロー達の力を貸してほしくて助けたのは確かなようだ。

「そのウルージっていう奴はこの家にいるんだな?」

「話を聞きに行くんだな。・・・・・・肩貨すか?」

 シャチのその言葉には意地悪と気遣いが混在していた。対してローはそっけなく答える。

「いらねェよ」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

鉛筆削り

 家の中は一本の中廊下を中心に構成されていて、居間の位置はロー達の寝室の隣、部屋を出て右に歩けばすぐの所だ。

 廊下の途中には大きな掛け時計があったが、現在は壊れて動かないらしい、とペンギンはローに説明した。

「ここか」

 居間のドアの前に立つロー。丸いドアノブを握りながら彼は、ウルージという男について考える。

 あの老人を退け、自分達を助けた男。どんな性格か、こちらに協力してくれるのか、目的は何か、何故、自分達を助けたのか。

 思索を進めながら、ドアノブを回し、ドアを開ける。

「・・・・・・」

 ドアの向こうには何の変哲もない居間が広がっていた。右側に標準的な大きさのキッチン、左側に大きなテーブルと、六つの椅子がある、普通の光景だ。

 

「おや、皆さん、お早うございます。・・・・・・ロー殿、体調はどうですかな。朝食におにぎりを握ったので、良ければどうぞ」

 エプロンを着用した大男の存在がなければ。

(この男が、ウルージ・・・・・・!)

 ウルージは片手でおにぎりが山積みにされた大皿を持ちながら、柔和な笑みをロー達に向けている。

「おはよう!ウルージさんも体は大丈夫か?」

「食うぜ!戦い続きで腹が減ってんだ!」

「アイアイ!ありがとう、ウルージさん!」

 ハートの海賊団の面々は、子供の様にはしゃぎながら食事の席に着く。その光景を微笑ましげに眺めながら、ウルージも食卓ヘと向かう。

 ローは数秒立ち止まった後、同様に食事の席へと足を進めた。

 

「いただきます!」

 余程お腹が空いてたのだろう、テーブルの上に乗せられた大皿のおにぎりにがっつくベポ達。

「こらこら、気持ちは分かるが、よく噛んで食べなされよ」

 そんな彼等を笑顔でたしなめるウルージは、がっつかずに巨大なおにぎりを手に取る。

「・・・・・・ん?どうなされたロー殿。やはり体調が優れませんかな」

「・・・・・・いや、大丈夫だ。・・・・・・あんたに助けられたみたいだな。感謝する、ありがとう」

 自分の身を案じるウルージに対してローは、感謝の気持ちをあらわす。まだ、完全に信用したわけではないが、彼が海賊団を救ったのは事実だ。

「別に、礼なんて要りませんぞ。力を貸してほしくて助けただけですからな」

「・・・・・・詳しい話を聞かせてくれるか?」

 場の雰囲気が真剣なものになる。ウルージの目的、この国の王について、ヴィトと名乗った存在、聞きたいことには困らない。ベポ達もむしゃむしゃとおにぎりを食べながら、聞き耳を立てる。

「そうですな・・・・・・。まず、何から話しましょうか」

 ウルージは目を閉じ、数秒思案する。

「では、事の始まり、私がこの島に何故来たのかから。・・・・・・とはいえ、理由なんてないのだが。ただ、私は偶然、島にたどり着いただけ」

「偶然・・・・・・?」

「そう、偶然だ。私の目的は」

 

「――鉛筆削り」

 

(気のせいだろう)

 一瞬聞こえた言葉は幻聴として流したロー。

 語るウルージの顔は珍しく悲しげで、神妙な雰囲気を纏っていた。

「・・・・・・それで、島に着いた後は?」

 理由について訝しむローではあったが、話を先に進めることにした。

「着いたあとは、あの町に行き、ロー殿達と同様に襲われました。ですが、何とか逃げることができました。・・・・・・町の外までは追ってきませんでしたからな」

「・・・・・・?」

「・・・・・・あの王はこう言っていた」

 

「この町の外までは、君達を追うことはない。・・・・・・いつでも挑んできて良いぞ、誰かと協力しても良い。もし、儂を倒すことができたら【箱】を開けよう」

「この国から出たいのなら、出ればいい」

「出れるものなら」

 

「ウルージさんにも襲ってきたのか。何がやりたいんだ、あの爺」

「本当だぜ!」

「出れるものなら、か。やはりな」

 納得がいった、という風に頷くロー。それを見たシャチは首をかしげた。

「何がやはりなんだ?キャプテン」

「・・・・・・羽屋達が、何故、襲われても島に残っているのか疑問に感じていた。それほど、この島でやりたいことがあるのか、それとも・・・・・・出たくても出られないのか」

 ローは自分が感じていた疑問を言葉にする。その言葉はウルージに答えを促すものだった。

「お察しの通り、この島から出ようと思っても出れませんでした。見えない壁に阻まれて」

「見えない壁か」

 恐らく、王の能力によるものだろう、とローは考える。これまでの情報を合わせて考えると、その可能性は高かった。

「王の能力か、厄介な。あんたがおれ達を助けたのはそれが理由か」

「そうなりますな。王の打倒・・・・・・できれば、違う方法での脱出を手伝ってもらいたい」

 そう言うウルージは真剣な眼差しでロー達を見ている。そうして少しの間、沈黙が続いたが、ペンギンとシャチによってそれは破られる。

「・・・・・・手伝おうぜ、キャプテン!」

「そうだぜ!ウルージさんが味方にいれば、心強い!」

「・・・・・・」

 ニ人はウルージに協力する気が満々のようだ。ベポは何も言わないが、ニ人の言葉にうんうん、といった感じで頷いている。

 肝心のローは、無言のまま右手に持ったおにぎりを齧り、味わいながら、ウルージの誘いに決断を下した。

「・・・・・・ぶふぉっ!!?」

「!?」

「キャプテン!?」 

 突如、吹き出すロー。ウルージとベポ達は困惑するが、ベポ達だけは何が起きたかをすぐに理解した。

「あー、もしかして・・・・・・」

「おにぎりの中身・・・・・・」

(梅干しだと・・・・・・!)

 ローが食べたおにぎりの具は梅干しだった。そう、彼は梅干しが嫌い。体が受けつけなくて、吹き出してしまうほどに。

「どうなされた、ロー殿」

 ウルージはローの身を案じ、声をかける。

「・・・・・・おれは梅干しが嫌いなんだ。体が受けつけないほどに。・・・・・・次があったら、気をつけてくれると助かる」

 苦々しく言うローの表情は、なんとも微妙なものだ。事前に確認しておけば良かったと、彼は少し後悔している

「梅干しもうまいのになー」

「これは、申し訳ない。気をつけます」

「・・・・・・話を戻すが」

 何事もなかったように気持ちを切り替えるロー。今度こそ、自分の考えを口にする。

「この島からの脱出は手伝うが、おれ達は別の目的がある。完全な手助けは期待しないでくれ」

 この島に来た目的。ウルージのような成り行きではなく、ローには明確に理由がある。なので、ただ島を脱出すれば良いという訳ではない。

 ウルージは言葉に秘められた決意を感じとり、それを了承した。

「分かりましたぞ。手伝ってくれるだけでありがたい」

 嬉しそうな笑顔を向けるウルージ。ベポ達もローの返答を聞いて、安堵の表情を見せる。

「よろしくな!ウルージさん!」

「ええ、こちらこそ」

 

「さて、他にも聞きたいことがある。ヴィトという男のこととか、この場所のこととかな」

「ああ、それならまず、この場所、町の西にある村のことについて話しますかな」

 話は変わり、ロー達の現在地、町の西に位置する村の話になる。話し始めるウルージの表情は何故か少し苦々しい。

「この村は、とても穏やかな雰囲気の村でしてな・・・・・・。ですが、ある問題を抱えていまして」

「問題?」

「ええ、その問題というのが・・・・・・ん?」

 ウルージの言葉が途切れる。途切れた原因は、家の呼び鈴が鳴ったこと。どうやら誰かが訪ねてきたようだ。少し首を傾げるウルージ。

「失礼、出てきます」

 頭を下げ、ウルージは立ち上がる。そして、ロー達が入ってきたドアの隣にある巨大なドアを開け、退室した。訪ねてきた人物の応対の為に玄関に向かったのだろう。居間から重々しい足音が遠ざかっていく。少しして、残されたロー達は雑談を始めた。

「いやー、おにぎり旨かった。ごちそうさん」

「本当だぜ!しかし、客人、誰かね?」

「キャプテン!ウルージさん、良い人そうだっただろ?」

「・・・・・・今のところはな」

 各々、纏まりのない会話を繰り広げるハートの海賊団。

「・・・・・・キャプテンがウルージさんの申し出を受けてくれて良かったよ。内心、ひやひやしてたぜ」

「あ、おれも!おれも!」

「・・・・・・あの王を退けた力は必要だからな」

 無愛想にローは言う。

「それにしてもお前ら、村の問題について何か聞かされてるんじゃないか?」

「ああ、あれは・・・・・・?」

 ペンギンの言葉が途切れる。今度の原因は呼び鈴ではなく、廊下から響く騒がしい足音。足音は居間のドアの前で止まり、ドアが開け放たれる。

「?」

 ハートの海賊団の全員がドアの方を見る。ドアの向こうから姿を現したのは、変わった風貌の少女だった。

「・・・・・・?」

 袖なしの、黒い上着を着た少女。その少女の体のいくつかの部分は変色していた。

(体の、変色)

 ローは、それを不思議そうに見ている。

 少女は息切れを起こしながらも、満面の笑顔で声を張り上げた。

 

「ようこそ!私たちの村ヘ!!」




プロローグ終了。次回更新未定。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

村の子供

「カポネという男が私に接触してきましてな。島を出るために協力しようと」

 ウルージが語るのは、まだ見ぬ侵入者。

「とりあえず了解はしたが……どうにも油断ならない男で」

 話を聞くに、ローたちを助けた者であると分かる。

「おそらく近いうちに姿を現すと思うが、ある言伝を預かっている」

 彼らと対面するのは何時になるのか。

 

「王を倒すには、おもちゃ箱を壊す必要がある」

 

 太陽が燦爛と輝く。

 降り注ぐ陽射し、草を撫でる風、川の流れる音、泳ぐ魚達、そのどれもが心地よく感じられる環境の中で、辛気臭い顔で川辺に座り込んでいる者達が三人。三人の手には、木の釣竿。

「釣れねェな」

「本当だ!」

「あきてきた!」

 ロー、ペンギンと村の少女は川辺に座り込んで釣りをしていた。他に村の少年を二人加えて。

 言葉の通り、釣れてはいないようだが。

 シャチとベポは、釣りの様子を眺めたりして自由気ままに過ごしている。

「もうよー、手掴みで獲ったほうがよくないか?ベポ、そういうの得意じゃ」

「アイアイ、やろうと思えばできるけど」

「獲れりゃ良いってもんじゃねェんだよ」

 そう言うペンギンは横目で隣に座る茶髪の少女を見る。

「うん、ありがとうね、付き合ってくれて」

 少女ははにかみながら言う。どうやらハートの海賊団は、少女に付き合って釣りをしているようだ。

「良いってことよ!おれ達の食料調達にもなるしな」

「そうだぜ!・・・・・・でも、キャプテンが付き合ってくれたのは意外だな」

「ただの気まぐれだ」

 釣竿を持つローは目を閉じ、体がぴくりとも動かない。かなり集中しているようだ。

「気まぐれかー。・・・・・・そういや、ウルージさんは」

「ウルージさんは、力仕事を手伝う予定あるって言ってたよ。残念」

 溜息を吐く少女。彼女は、ウルージの事をかなり好いているようだ。暗い表情で水面を見ている。

「力仕事かー。ウルージさんらしいなー。だが、あの人が満足に使える釣竿ってあるのか」

「それなら大丈夫!私がプレゼントしたから!」

「そうなのか。仲良いんだな」

「うん!」

 少女は誇らしげに浮かれるが、釣りに集中しなくては、とすぐに気を引き締める。その顔は真剣そのものだ。

「・・・・・・そういや、家で会った時、妙に嬉しそうだったけどなんでだ?」

 シャチはちょっとした疑問を口にした。

「なんでだろうね?んー・・・・・・」

 少女は少し顔を俯かせて、考える。

「村の問題については、聞いた?」

「・・・・・・ああ、変色する病だっけか」

「うん」

 釣竿を持つ右手を見る少女。その右手は一部分が赤く変色していた。

「私は赤だけど、人によって色は違うの。・・・・・・気味悪がる人は多い」

「・・・・・・体に害はないんだろ?うつることもないって」

「そうだね。それでも気味悪がる人はいるの。変な噂が流れてたりするし」

「・・・・・・」

 ローが持つ釣竿が、僅かにぶれた。

「だからね、きっと、嬉しかったんだ」

 少女は少しの間だけ、目を閉じた。そして、何かに感謝するような表情を見せる。

「こういう事もあるんだね・・・・・・って!?ああっ!?」

 少女から驚愕の声が上がる。目を開けた彼女が見たものは、しなる釣竿。ローが持つ釣竿だ。

「フン」

 ローは何の感慨もなさそうに釣竿を引く。そうすると、水面からそれほどは大きくない魚が姿を現し、そのままローの手中ヘと収まった。

「・・・・・・中々だな」

 魚を手にした彼の口角が少し上がる。ローは魚を数秒間ながめ、近くにある蓋付きのバケツの中に投げ入れた。少女はその動きを凝視している。

「良いなー、・・・・・・良し!私も!」

 少女の釣竿を持つ手に力が入る。

「絶対に釣る!」

「ハハハ、その調子だと釣れてないみたいだな」

「!」

 ロー達の後方から聞こえてきた明るい声。彼等は声のした方ヘと顔を向ける。向けた先には林があり、体の一部が白く変色した男が立っていた。男は細身で、やや高めの身長だ。

「お兄ちゃん!」

「よう、仲良くやってるか?」

 どうやら黒髪の男は少女の兄のようだ。人のよさそうな笑みを浮かベながら、ロー達の方ヘ歩いてくる。

「うん!ローさん達、すごい良い人だよ!」

「そうかそうか、それは良かった」

 嬉しそうに言う妹の様子を見て、これまた嬉しそうな兄。

「妹に付き合ってくれて、ありがとうございます」

 ロー達に感謝の言葉を告げる兄。

「礼なんていらねェよ!」

「そうだぜ。それよりも、そっちの用事はどうだ?」

「いや、駄目だったよ。やっぱり、夜じゃないとな」

 兄はまいったな、と頭を掻く。

「探してるのは光り輝く薬草だっけか」

「ただの噂だろ?」

「そうなんだけどね。・・・・・・ちょっと、探したい気持ちになって。マリィにこんなこと言ったら怒られそうだけど」

 よく見ると兄の衣服、茶色のズボンには、葉や土が付着している。

「怒られるよ!夢見すぎ!」

「ハハ、だよな」

 叱咤する妹と、苦笑いする兄。どことなく和やかな雰囲気がある。

「・・・・・・それで、オレはもう帰るつもりなんだが、お前はどうする?」

「私はまだ、釣りしてるよ」

 少女は川の方に向き直り、気合を入れて釣りに臨む。兄はそれを見て微笑んだ。

「そうか。・・・・・・ローさん達と仲良くな。妹をよろしく、皆さん」

「おう!任せとけ!」 

 手を振るベポ達に見送られながら、兄は元いた林の中ヘと消えていった。

「優しそうな兄貴だったな」

「うん!」

釣りは進み、子供たちの元気な声が水辺に響く。

「釣るぞー!!おれも!!」

「おれも!!ウルージさんよりでかいの釣ってやる!!」

 

 

「釣れたー!一匹だけだけどー!」

 夕日がロー達を赤く染めている。彼等は釣りを終え、子供たちと別れ、帰路についていた。先頭を歩くのは嬉しそうにはしゃぐ少女。両手にバケツと釣竿を持ち、軽やかに歩く。

「おれも釣れた―!」

「おれも!おれも!」

「おれもだ!」

 少女に合わせて、ベポ達ははしゃぐ。

「・・・・・・ガキか」

 一人、呟くロー。見慣れた光景とはいえ、少し呆れてしまうようだ。

「ローさん達、本当にありがとうね!」

 少女は振り返り、満面の笑みをロー達に向ける。

「よせやい!照れるぜ!」 

 わざとらしく、顔を両手で隠すシャチ。

「やめないよ!本当に感謝してるんだから!」

「釣りに付き合ったぐらいで大げさだなー」

「この程度のことなら、また付き合うぜ」

 わいわいと楽しそうにしながら歩くベポ達と少女。それを少し遠くから眺めるローは、いつかの記憶を探っていた。

 記憶の中には少女がいる。自分の後ろではしゃいでいる。

「・・・・・・」

 

「じゃあ、ここでお別れだね」

 少女達は二本の分かれ道で立ち止まった。ロー達と少女の進む道はここで違える。少女は名残惜しそうにロー達を見る。

「・・・・・・この村は、本当に良い村だよ。村長さんは良い人だし、綺麗な置物を売ってる店はあるし、だから、もっと楽しんでいってね」

 お願いしてるような口調で言う少女。

「おう!」

「またな!」

「楽しかったぞ!」

 ベポ、シャチ、ペンギンは、それぞれ変なポーズをとって、少女に別れを告げる。

「アハハハ!・・・・・・本当に面白いね、ベポさん達」

 少女は邪気のない笑みを見せ、ベポ達はその反応に満足そうだ。

「・・・・・・それじゃあ、さようなら」

 寂しげに言いながら、少女は分かれ道をかけていく。少しかけた所で未練があるかのように立ち止まるが、結局ふり返ることはなく、そのまま歩き去った。

 

 少女と別れ帰路を歩くロー達は、今日の出来事について話をした。

「いやー、今日は結構、色々あったな」

「キャプテンが吹き出したこととか、子供の用事に付き合ったこととかな」

 にやにやとした意地の悪い笑みで言うシャチ。

「キャプテン、優しいな!」

「ただの気まぐれだと言っただろうが」

「・・・・・・まあ、何にしても、この村には世話になってるからな」

「会った村人、気の良い奴等ばかりだしな。・・・・・・村長にも礼を言いに行かないとな!」

 どうやらベポ達は、この村にかなりの好感を持ったようだ。しかし、ローは居心地の悪い、どうにも調子が狂うと感じていた。

 この村にいると、妙に昔のことを思い出してしまう。

(・・・・・・)

 きっと、この村のせいだけではない、と彼は考える。

「あの娘が言ってた店とかさ」

「今度はウルージさんも誘って」

「アイアイ!」

雑談をしながら道を歩く、ハートの海賊団。ウルージのこと、少女のこと、薬草のこと、様々な話題が出たが、そのほとんどが楽しいものだった。

 話は弾み、やがて、彼等の拠点にたどり着いた。

「着いたー!ん?」

「家の前にウルージさんと、誰かいるな」

 そこそこの大きさの、少し古めかしい家。家の前にはウルージと、白衣を着た女性が立って話をしていた。ロー達は二人に近づいていく。

「ただいま!ウルージさん!」

「おお、お帰りなさい。魚釣りはどうでしたかな?あの子は楽しそうでしたか?」

「魚はあんまり・・・・・・だが、あの娘は楽しそうだったぜ!」

「それは良かった・・・・・・。用事があったとはいえ、悪いことをしましたな」

 埋め合わせをどうしようか、と目を閉じ考えるウルージ。

「また今度、付き合ってあげれば良いんじゃねェか?・・・・・・それよりも、その人は」

 ペンギンは白衣の女性ヘと顔を向ける。女性もロー達の方ヘと顔を向けた。

「はじめまして、この村で医者をやっているマリィといいます」

 丁寧にお辞儀をしながら自己紹介をする、オレンジ色の髪を、肩まで伸ばした女性。外見的に、これといった特徴はなし。見たところ、変色してる部分は皆無のようだ。

「はじめまして!おれは、ペンギン!」

「おれはシャチ!」

「おれはベポだ!」

「・・・・・・ローだ」

 ハートの海賊団もそれに応えて自己紹介をする。

「ええ、あなた達のことは聞いています。この村に滞在するそうですね」

 どうやら彼女はロー達の事を、ある程度知っているようだ。

「ああ、そうなりそうだな」

「・・・・・・それならば、一つ注意を。この村にいたことを他所では言わないように」

「?」

 苦々しげな口調でマリィは言う。

「・・・・・・ああ、病気の事か。他言無用っていうのは少し大げさじゃねェか。皆が皆、って訳でもないんだろ?」

「・・・・・・そうですね。ですが、一部、異常な嫌悪感を抱く者たちがいるのは事実です」

 マリィがロー達に向ける眼差しはとても真剣なものだ。赤橙色の瞳が光り、手袋を着けた彼女の両手は強く握りしめられている。その気迫におされ、ロー達は何も言えなくなる。

「とにかく、公言しないのが一番です。・・・・・・私は用事があるのでこれで失礼しますが、ウルージさん、体はお大事に」

 マリィはウルージとロー達にお辞儀をすると、小走りでロー達の脇を走り抜け、何かに急かされるように去って行った。

「いやー、マリィさん、かなりの気迫だったな。何で、あそこまで・・・・・・」

「まあ、何か事情があるんだろうが、詮索することではねェな。さっさと家に入って飯にしようぜ」

 そうですな、とウルージは頷き、家に向かって歩き出す。ふと、その後姿を見たシャチの頭に疑問が生まれる。

「ちょっと待て!ウルージさん、どうやって入るんだ!?」

 ウルージの巨体、それはどう考えても入り口を通り抜けられない大きさ。

「おーおー、問題ないですぞ。別の入り口がありますからな」

 ウルージはそう言うと、家の左側に回り込んで姿を消した。別の入り口に向かったのだろう。

「この家って、でかい奴にも配慮してるんだな」

「居間と廊下の天井、高かったしな。・・・・・・おにぎり食べてた時は床に座ってたけど」

 世界には巨人族でなくとも、巨体を持った者達が存在する。ロー達の拠点はそういった者達に配慮したものの様だ。

「おにぎりかー、夕飯は何だろうな」

「ていうか、誰が作るんだ?」

 まだ見ぬ夕飯に期待を膨らませながら、家に入っていくベポ達。ローも家に入り、ドアを閉めようとして、少し静止する。彼は、その場で外の光景を眺めた。

 夕日に照らされた村、遠くに見える山、そして、思い起こされる今日の出来事。

 明るく元気な少女と、柔らかい雰囲気の兄。

「・・・・・・」

 彼は、少しだけ笑みを零し、ドアを閉めた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

オレンジ

 オレンジ。

 その場を占める色は、それだった。

「収穫だー!!」

「ばか!まだ,早ェ!!」

 太陽の光が普段より、輝きを増している。

「へー、美味そうだな」

「おれ達にも、分けてくれるんだって?」

 そこは村のみかん畑。

 ハートの海賊団の四人は、ある事情でその場所を訪れていた。

「ちゃんと収穫を手伝ったら、です。ただではあげませんよ」

 少しきつめに言うのは、様子を見に来た、村の医者のマリィ。

「いや、食糧分けてくれるだけで嬉しいよ!」

「当然だわな!」

 一味は白シャツ姿で、手に片手鎌を持ってしゃがみこんでいた。

 四人は、みかん畑の雑草刈りの最中のようだ。

「……きちんとお願いしますね。くれぐれも、どこかのロバーツのように妙な真似をしないように」

「信用ないな!まだ、あの時のこと根に持ってるのかい!」

 四人と同じように、草刈りを行うロバーツ。汗をかきながら、せっせと草を刈っていく。

「あの時?」

「あー、昔なー」 

 

「みかん、ゲットッ!!やったぜッ!!」

「よくなーいッ!!ぶん殴るッ!!」

 

「なんて事が。ははは」

「笑い事じゃないわよ。まったく……!」

 

 ――ほら、マリィが好きなみかんだぞ!村のみんな、手伝ってくれたんだ!

 ――元気だせ!

 

 彼女が思い出したのは、昔のこと。

「私の大切な……支えなんだから」

 最後の言葉は、呟きのような小ささだった。

「悪いやつだなー。ロバーツ。海賊みてェだ」

「そりゃあ、仕方ねェな。盗みはよくない」

「アイアイ。自業自得だ」

 話を聞いたハートの面々は、ロバーツを批判する。

「……」

 彼等から少し離れたローは無言、そもそも話を聞いていないかもしれない。

 彼はただ黙々と、草刈りを行っている。

「ふぅ……」

 草を刈っていく、露出した腕には、奇抜なタトゥーがあり。

 目立つそれに、関心を示す者がいた。 

 

「……おおお!やっぱその模様、イカスべー!!」

 

「……なんだ、いきなり」

 近くで作業をする男の、突然の感嘆の声。

 ローは不満気に、男を見た。

「すまねェべ!!ローさん!!おら、そういうの初めてみるもんだから!!」

 目を輝かせながらローのタトゥーを見る、逆立った赤髪の男。

「失礼したべ!!客人に対して無礼な態度を取ってしまうとは!!この、ロメオ!!不覚だべ!!」

 彼は地面に両手を着け、頭を下げて、ローに謝罪する。

「村長さんに合わせる顔がないべー!!恩を仇で返してしまうとは……!!いつか必ず、返すと誓ったのに!!」

 非常に騒がしいこの男は、村人の一人。

 村長に多大な恩があるようで、この有様。

「いや、別に怒ってはいねェが」

「本当だべか!?それなら良いんだが……」

 ロメオは顔を上げ、安堵の表情。

 大げさなと思いながら、止めていた手を動かすロー。

「……いやーしかし、格好いい……タトゥーだべ。それに、体も随分鍛えてるみたいだし……きっと、凄い旅をしてきたんだな……ロバーツの奴も、そう言ってたし。憧れちまうべ!!」

「……そうか」 

「今度、色々と話を聞かせて欲しいべ!!」

「機会が、あったらな」

 尊敬のまなざしを向けるロメオと、気にしたそぶりもなく作業を続けるロー。

「うおお!!ラストスパートッ!!」

「美味しいみかんの、為に!!」

 少し離れた場所では、もっと騒がしい者達。

 

 村人との共同作業の時間は、喧噪と共に過ぎていった。

 それは、ある日常の一幕。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む



 ハートの海賊団が村に来てから数日ほど経った。

 その間、ロー達は様々な脱出方法を試したが、その全てが見えない壁に阻まれた。空も地中も塞がれた国、それでも彼等は試し続ける。

「いや、助かるね」

「これをあそこに運んで」

「アイアイ!」

 時には村人の手伝いをして、報酬を貰ったりした。

「キノコ狩りだ!」

「それ、毒キノコじゃね?」

 時には村の川や、近くの森などで食料を調達したりした。この国はとても食料が豊富で、ロー達はそれに助けられていた。

「この前はありがとよ!ほんのちょっとのお礼だ!」

「サンキュー!おっさん!」

 なんだかんだで村人たちとハートの海賊団の仲は良好のようだ。村人たちを助け、村人たちに助けられ、そんな感じで日々は過ぎていった。

 

「さて、まずは・・・・・・」

 

「この店か」

 ある日の朝の事、ローは古めかしい店の前に立って、それを眺めている。店の外装は、少し花が飾り付けられているだけのシンプルなものだが、どことなく独特の雰囲気を感じさせる。店の前に存在する不細工な鳥の置物もそれの一因だろう。

 少女がおすすめした事もあるこの店に、ローは村人の頼みで用事があった。

 彼が店のドアを開けると、鈴の音が店内に響く。店内は少し埃っぽく、いくつもの棚が並んでいる。棚の上には様々な置物が置いてあって、見栄えがいい。

 ローが店内を見回していると、右側の棚の影から店員らしき男が姿を現した。

「いらっしゃいませ!初めて来店したお客様ですね!おすすめの商品はジェルマをイメージして作った、ジェルマ・パイレーツ、レロ!」

 男は特徴的な外見だった。口から飛び出た長い舌、大きな両手、それらの特徴は、どこかで聞いたことがあるようなものだ。

「悪い、店を間違えた」

 その場で反転して店を出て行こうとするロー。

「お客様!冷やかしは困るレロ!」

 しかし、素早く近づいてきた店員に両肩を掴まれ、逃走は阻止される。

「・・・・・・お前は確か、ヴィトだったか?」

 ローは逃走を中断して、ヴィトに向き直る。

「・・・・・・その通り。ちゃんと知ってもらえているようで何よりだ、同志よ!」

 ローを同志と呼ぶヴィトは、店員としての態度を崩す。

「同志か、助けてくれたことには感謝するが、理由は」

「当然、力を貸してほしいからだ。この島から出たい気持ちは一緒だろう?」

 なんでもない事の様に、あっさりと言うヴィト。そこに偽りの感情は一切含まれていない。

「そちらとしても悪い話じゃない筈だ。・・・・・・連絡取ろうにも電伝虫、ここでは使えないのは困ったもんだが。何か用事があるときは、この店に訪ねてきてくれ。いつでもいる訳じゃないがな。逆にこっちが用事ある時は、あんた達の拠点を訪ねよう」

「・・・・・・分かった。早速だが、出来る限りの情報共有をしたい」

「了解!」

 

 しばらくの間、ローとヴィトは情報共有の為に話し合った。新鮮な情報もそれなりにあり、ヴィト達の情報収集能力の高さを感じ取ったロー。

「・・・・・・こんな所だな」

「そうだな、・・・・・・それじゃあ、商売に戻るか。お客様!お探しの商品はなんでレロ?可愛いのカッコいいの不気味なの、開運的なの・・・・・・色々ありますよ!」

 情報交換を済ませると、ヴィトは店員としての態度に切り替える。

「・・・・・・動物を模した物はないか?あまり大きくないやつで」

「ありますが、種類は?」

「特に指定はない」

「分かりました。では、こちらヘどうぞ!」

 言うとヴィトは、ローを店の左奥の棚ヘと誘導する。

 その棚には、犬、猫、鳥、などの多種多様な動物の置物が置かれていた。それぞれの商品には値札が貼られていて、棚の前に立つローはそこに書かれた値段も考慮しながら、買う商品を決めようとしている。

「決められませんか?ならば!おすすめはこのジェル」

「よし、これにしよう」

 ヴィトの言葉を遮るように決定の意思を示す。

「・・・・・・お買い上げありがとうございます」

 ローから紙幣を受け取りながら、ヴィトは微妙に肩を落とした。

「五千ベリー、丁度ですね。・・・・・・他にも何かお求めの商品は」

「ないな」

 そっけなく言い放ち、買った商品を背負ったリュックの中に収め、店から出て行こうと思ったその時に、店内に呼び鈴が鳴り響いた。

 誰かの来店。ローは思わず背にある店の出入り口に振り返る。振り返った先には少女と、少し白髪が混じった金髪の老人、どちらにも見覚えがあった。

「いらっしゃいませー!」

「おはようヴィトさん!・・・・・・あれ?もしかして、ローさん?」

 ローの姿を店の中に見つけた少女は、彼の元ヘと歩き寄る。

「おはよう!・・・・・・もしかして、私の言葉で気になっちゃった?」

「いや、ただの村人の頼みだ」

「そうなんだ。ローさん達、皆と仲良くやってるみたいで良かった!ウルージさんやヴィトさん達も、みんな良い人達だし・・・・・・良かったね!村長!」

 少女の言葉は、背後の老人に向けて放たれたもの。

「ああ、君達には本当に助けられている!」

 人の好さそうな笑みを浮かべながら、村長は言う。

 助けられているのはこっちだ、と口にしようとしてローは止めた。どうせ謙遜されるだけか、と判断した為だ。この前の邂逅で、それくらいは予想できる。

「よし」

 目的は果たした、やる事は多い。

「ローさん、もう行くの?」

「ああ」

 店の出入り口に向けて歩を進める。

 すれ違いざま、少女の不満そうな顔が視界に映った。やはり調子が狂うと思いながら、彼は店を後にした。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

小人

 店を出て直ぐのこと。

 村から五キロメートル程離れた場所、そこには大量の湯気。

 湯気の発生源は、木々に囲まれた天然の温泉だ。

「おや、珍しいですな」

 温泉には、湯に浸かる巨漢の男の姿。

 ウルージは心地よい温かさを感じながら、訪ね人の方ヘ顔を向ける。

「ロー殿、温泉に興味が?」 

「いや、村人の頼みでな……」

 温泉の周りの、ごつごつした岩肌の上に立つ人物はロー。

 彼は、問いかけに答えながら警戒する。

「……」

 前に立つ、もう一人の訪問者を。

 その男は、血なまぐさい雰囲気を放っていた。

(危険だ)

 ローの直感が告げている。この男は、間違いなく悪に属する人物だと。

「……それじゃあ、おれは行くぜ」

 男はそう言うと、反転し歩き出す。ローの横を通る時にちらりとローを見たが、何も言わずに通り過ぎる。男は、木々の中ヘと歩き去っていった。

「……奴が」

「ええ、協力者ですぞ。顔は怖いが、彼や仲間達はたまに村の力になってくれる。前にも言いましたかな?」

「言ったな」

 ウルージから聞いた協力者の情報について、彼は考える。

(人に親切にすれば)

 自らに利益があるからと、誰かを助けることはあるだろう。

(おれも、人のことは言えないが)

 それは、ローも例外ではない。

(……それなら)

 彼は目を瞑り、恩人の姿を思い浮かベる。

 

(あの人は、何故おれを助けてくれたんだ)

 

 

 

 朝、自室で鍛錬中のロー。

「いやー!汗かいた!」

「痛たたた・・・・・・やり過ぎたか」

「それぐらいやらないと駄目だろ!もっと強くならないと!」

 入ってきた声に集中を解く。床に座っているローが目を開くと、そこにはドアを開けて室内に入ってきた仲間達の姿。衣服はボロボロ、鍛錬の後なのだろう。

「よう!キャプテン!成果はどうだ?」

「それなりだ」

 ローは鍛錬を一旦、中断する事にした。

「そっちの方こそ、成果はどうだ?」

 鞘に刀を収めながら、ローは言う。

「かなり手応えありだな。こんなに頑張るの、いつ以来だか」

「頑張りすぎも良くないけどな!」

「本当、すごい気迫だったよ!ベポさん達!」

「ハハハ・・・・・・若いな、君達は」

「・・・・・・」

 さりげなく混ざってきた、今朝の二人。

「あ、お邪魔してます、ローさん」

「お邪魔するよ、ロー君」

 何の用だ?と、ローは思った。村長を連れて、ただ遊びに来た、という訳はないだろう。

「あっ!ローさん、その顔は、何の用だ、ただ遊びに来た訳ではないだろう・・・・・・って考えてる顔だ!」

 妙に具体的な事をいう少女。しかし、当たってはいるものだから、少しだけローは感心した。

「でも、その通りなんだよね。ただ遊びに来た訳じゃないんだ」

 突如、真剣になる少女の顔。それに影響されて、ローの気持ちも真剣なものになる。

 どんな用件だろうか、と巡る思考。色々な可能性が頭に浮かび、気を引き締めながら、少女の言葉を待つ。

「遊びに行こう!」

「・・・・・・は?」

 少女の言葉を聞いて、ローがそれを完全に認識するまで数秒かかった。そうして彼は、子供の言う事を真に受けるもんじゃない、と少し後悔した。

 

 

 

「ピクニック~、皆でピクニック~、嬉しいな~♪」

「アイアイ、おれも嬉しいぞ、アン!」

 穏やかな気候の中、森の中を歩くベポと少女、アン。その足取りはとても陽気なものだ。アンの背中には、ぱんぱんのリュックサック。

「微笑ましいな」

 呟く声は、後方を歩く二人の内の一人のもの。その二人の足取りは落ち着いている。

「・・・・・・付き合ってくれて、感謝するよロー君」

「全員じゃないがな」

「それでも嬉しいさ」

 喜色に満ちた笑顔、屈託のない善の感情をローは感じ取る。それはアンという少女と似た感情だと彼は思った。

「しかし、鍛錬か・・・・・・奴にこっぴどくやられたんだったな君は」

 奴、その響きには親愛の情が混ざっている。

「アイツの悪い趣味だ・・・・・・。何がしたいのやら。今まで何度か、奴に挑む者が村に滞在したが、その誰もが敗れて行った。話を聞いても、奴は楽しいとしか言わん」

 呆れながらも表れた情は、相手を大切に思っている事を示していた。

「それどころか、訪れた挑戦者の面倒を見るように頼むとは・・・・・・いかんな。せっかくの息抜き、深刻に考えては」

「そうだな。目的は、小人達の国だったか」

「ハハハ・・・・・・噂程度だがね。不可思議な噂がいくつかあるんだ、この国は。森の広場に、小人の国があるってね」

「らしいな」

 国に流れる不思議な噂、それが目的の一つだった。

「アンもその噂を信じてる訳じゃないんだろうが・・・・・・なるベく付き合ってあげないとな。いや、楽しんではいるがね」

「付き合いが良いな」

 言いながらローは、村長との出会いを思い出す。

 

「やあ、君がロー君か」

 出会いは偶然だった。薄汚れた服を着たその老人は、人によっては胡散臭いと思える程の明るい笑顔をローに向けた。事実、ローも胡散臭いとは思った。

「すまないね、汚いなりで」

 村長は雑用の後だった。こういった事は珍しくなく、よく彼は村人の手助けをしていた。手伝いをする彼の姿はとても楽しげで、これこそ自分にとって何よりの楽しみだ、とでもいうかの様。

「よしっ!会心の出来っ!えっ、間違い?ああっ!すまない!」

「相変わらず、抜けてるなぁ」

「これ終わったら、一緒に飲もうぜ村長」

「あっ、オレも」

 ちょっと抜けてる所もある村長の村人達との交流。

 ローは最初の認識を改めていった。

 

「ここかな」

 歩くこと、数キロメートル。ロー達はとりあえずの目的地にたどり着いた。

「ここで小人を見たって?」

 その場所は木々が存在しない、開けた所だ。周りには草原が広がっている。

「うん!わくわくするね!」

 アンが放つ言葉には、少しだけ白々しさが混ざっていた。小人自体は信じておらず、ありもしないものを皆で探すという事を楽しんでいるのだろう。

「それで、どうやって探すんだ?」

「・・・・・・うーん、とりあえず手分けして」

 アンの言葉の途中、前方の草原をかき分けて、何者かがこの場に飛び出してきた。

「なに!?」

 その者は、よろよろとした足取りで数歩歩くと、力尽きた様に前のめりに倒れた。

「小人・・・・・・さん?」

 その者は、非常に小さな体躯を持っていた。

 

「み、水を・・・・・・水をくれれす・・・・・・」

 

 

 森の中を歩く、ロー達。彼等の目的地は変わり、人数も変わった。

「いやー、助かったれす」

 新たに仲間に加わったのは、とても小さな人。小人族と呼称される存在と思われる者だった。

「困った時は、お互い様さ」

「しかし、倒れるまでの記憶がないってどういう事だ?」

「どういう事と言われても・・・・・・」

 ベポの問いに対して頭を悩ませる小人。

「国を出た事は覚えてるれす・・・・・・それ以降の記憶がないれす」

「なんか怪しいな、お前」

「怪しいってなにれす!?」

 小人は困惑するが、ローも怪しいとは思っていた。

「というか、この森自体が奇妙だよな」

 そう言うベポの前方には、虹で出来たアーチ。それを通り過ぎると、途端に消滅した。

「わっ、綺麗!」

 喜びの声を上げるアンの周りには、虹色の鱗粉を発する蝶。

「なんと色鮮やかな・・・・・・噂には聞いたことがあるが」

 素直に感嘆する村長。

「ここら辺じゃ、珍しくないれす」

「ありがとう、小人さん!」

「いや、別に・・・・・・でも、そこまで喜ばれると、素直に嬉しいれすね」

 小人はとても和やかな笑顔を形作った。

「・・・・・・小人さん、輝く薬草について、なにか知らない?」

 先程とは違って、真面目な雰囲気を発するアン。

「輝く薬草れすか?」

 歩きながら、数秒思案する小人。

「そういう物が国にあったような、なかったような」

「本当!?」

「・・・・・・助けてくれた事には感謝するけど、今は国に入れないれす。ある事情の所為で・・・・・・」

「事情?」

「そうれす。・・・・・・国の皆は今、凄いぴりぴりしてるれす」

 小人の表情に影が差す。彼は、国の事情をロー達に語り始めた。

 

「僕達、小人の国は二つあるれす」

「でも、二つの国の仲は悪くて、数十年の間、ぎすぎすしてるれす」

「その所為で、妙に警戒心が高くなってるれす」

 

「小人さん達、仲悪いの?・・・・・・なんで」

 話を聞いたアンの口から放たれた呟きは、無意識のものだ。

「同じ小人の国でも、色々な違いがあるれす。中々、上手くは噛み合わないれすよ」

「なんか嫌だな、そういうの・・・・・・。皆、仲良くの方が楽しいのに」

「そうれすね。でも、そうはならないれす」

 小人の言葉に乗る思いは、諦観。それをアンは、苦々しく思う。

「・・・・・・私が住んでる所もね、周りとぎすぎすした関係なんだ。小人さん」

「そうなんれすか?」

「そうなの。・・・・・・でも、いつか、仲良くなりたいと思ってるよ。希望を信じることが大事だって思ってる」

 だから、小人さんも――。

 しかし、言葉は続かなかった。

「・・・・・・ありがとう、そんなに真剣になってくれて」

 それでも、真髄な気持ちは届いた。

「・・・・・・いきなりは無理れすけど、少しづつでも、ちょっとだけでも、信じていきたいれす。勇者も信じるのが大切って言ってたれす!」

「勇者?」

「国に伝わる物語の、主人公れす!木の怪物を倒すんれすよ!」

 小人は、目を輝かせる。

 

「さて、と」

 しばらく歩き、ある地点でロー達は立ち止まる。

「この木の向こう側が僕達の国れす。国の周りは特殊な壁で覆われていて、部外者は基本的に入れない」

 小人は目の前の木々の中の、一本を指さす。

「皆さん、本当にありがとうれす。この御恩は忘れません。・・・・・・いつか、必ず、恩返ししたいと思います。何か御用があれば、あの、初めて会った場所で」

 お辞儀する小人。

「うん、またね、小人さん」

「風邪ひくなよ!」

「元気でな」

「はいれす!皆さんもお元気で!」

 別れの言葉を告げられた小人は、もう一度お辞儀し、木々の中ヘと去って行った。

 

「小人さんに会えたこと、みんなに言わなきゃ」

 村ヘの帰り道、アンの足取りはとても軽やかだ。

「まさか、本当にいるとは・・・・・・」

「良かったな!アン!」

「うん!」

 一行は陽気に、森を行く。

 

 ――突風が、巻き起こった。

 

 

 

「・・・・・・ん?」

 アンが目蓋を開けると、そこは変わらぬ森の中、しかし、変わったものもある。

「あれ?みんな・・・・・・」

 アンと同行していた三人の姿がない。

「私は・・・・・・確か」

 小人を見届けた後、四人で帰路についた。その途中で異変は起きた。異常な程、強力な突風が、四人を襲ったのだ。

 その後アンは体の自由が利かなくなり、だんだんと景色が遠ざかり、気づいたらこの場所にいた。

「みんな、どこ?」

 飛んで行ったか、飛ばされたか。心の中で否定するが、事実として三人はいない。

「探さないと・・・・・・!」

 動揺しながらも、アンは行動を起こそうとする。その時、声が聞こえた。

「今度こそ、小人を見つけるぞ!」

「でも、あんまり遅くなると、母ちゃんに怒られるよ」

「バカ野郎!ロマンとどっちが大事だ!」

 声の主達はアンの前に姿を現す。

「!だっ、誰だ!?」

「・・・・・・赤?」

 数人の少年達はアンに気付き、その姿を見た。体の所々が真っ赤に変色した姿を。

「この娘、なんで・・・・・・」

「おい、これ、まさか・・・・・・」

「む、村の化け物か・・・・・・?」

 動揺が少年達の間に広がる。アンはどうしていいか分からない。

「嘘だろ・・・・・・」

「あっ、あの!」

 揺れる心のままで、アンは少年達に一歩、歩み寄る。

「ち、近づくな!」

 少年達の一人が、咄嗟に足元の小石を拾い上げ、アンに向かって投げつける。

「っ!?」

 石はアンの額に命中した。

「お、おい・・・・・・血が」

「・・・・・・構うかっ!死んじまえっ!化け物!」

 再び放たれる小石。

 しかし、今度は弾かれた。弾いたのは、帽子を被った男。

「・・・・・・」

「あっ、ローさん」

「なんだっ!?」

 ローは、アンを守るように立ちはだかる。

「おーおー、何やら不穏な空気ですな」

 更にローに続いて木々の間から現れたのは、上半身裸の巨漢。

「う、」

 その男を見た少年達の目が恐怖で染まる。

「うわああああああ!!化け物だー!!」

「逃げろー!!」

 少年達は恐怖のあまり、脱兎の如く逃げ出した。

「おーおー、怖がらせてしまったか・・・・・・流石に少し傷つきますな」

 言いながら、笑みは崩さない。

「ローさん、ありがとう。ウルージさん、何でここに?」

「少々、散歩がてら修行を」

 それで上半身裸な上に、体が妙に大きくなってるのかと、アンは半ば無理矢理納得した。

「・・・・・・そうだ、ウルージさんも探すの手伝って!」

「ああ、はぐれたようですな」

「そうなの!だから早く」

「待て」

 急くアンを止める、ローの静止の言葉。そこに含まれた感情は読み取れない。

「診せてみろ。軽い処置は出来る」

 

 

 結果として、村長とベポの合流には成功した。ただし、トラブルが全くなしとは言えなかったが。

「村長を助けろー!」

「なにやってんだよ!本当にドジだな」

「待っててください!今、助けます!」

 謎の突風に飛ばされた後、村長は動揺しながらも、行動を起こした。そして、見事に崖から落っこちた。

「いや、情けない・・・・・・。ありがとうな、皆」

「水臭いぜ、村長」

「いつも助けられてるしな、お互い様だ」

 村人達の手によって、村長は無事救出される。

 ロー達の慌ただしいピクニックは、こうして幕を閉じた。

 

「・・・・・・って、ことがあったの!マリィさん!」

「そうなの。噂の薬草か・・・・・・」

 

 村の診療所。診察室でアンは、自分が体験した事を冒険譚のように、目の前でデスクに座って書類に何かを書いているマリィに聞かせた。興奮した様子のアンとは逆に、マリィは静かにそれを聞いている。

「いやー、でも、あの風にはびびったな!キャプテン!」

「そうだな。不可解な現象だった」

 アンの背後に立つ、ローとベポ。

「・・・・・・それでアン、その傷は」

「あっ、これは」

 マリィの問いに言葉が詰まり、数秒置いてアンは返答する。

「外の子供達に偶然会ってね、怖がられて石投げられちゃった」

「えっ・・・・・・」

 アンの言葉にマリィの体が硬直する。

「そんな・・・・・・そんなこと・・・・・・」

 目に見えて狼狽するマリィ。

「・・・・・・マリィさん?」

 アンはマリィを心配し、声をかける。それと同時に、マリィはアンの方に向き直り彼女を抱き寄せた。

「あっ、あの」

「辛かったでしょう・・・・・・アン」

 マリィはアンを抱きしめながら、慈しむようにそう言った。

「・・・・・・うん。確かに悲しかったけど、それだけじゃないよ」

「?」

「前より強く、仲良くなりたいって、そう思うんだ」

 言葉は、どこまでも真っ直ぐで、暖かいものだった。

「・・・・・・そう、そうよね。貴女は」

 言葉を受けたマリィの呟きは、様々な感情を含んでいた。

 

 

 

 夕日が村を照らす。診療所を出たロー達は、いつかのような帰路に着いている。

「ピクニック~、色々、あったよピクニック~♪」

「アイアイ、本当だな!」

 帰路を歩くアン達は、今日の思い出を噛みしめる。

「小人さんが本当にいたなんて!」

「虹の蝶々、綺麗だったな」

「でも、突風は怖かったね」

「そういうこともある!」

 楽しいことも、辛いことも、

「村長の家に寄らないと。大丈夫だとは思ってるけどね。村長だもん!」

「崖から落っこちて、あの元気だからな」

 大事だというように噛みしめる。

「小人さんもなんか大変みたいだし」

「小人といえば、アンの励ましは良かったと思うぞ。前向きで」

「前向き、か」

 苦笑するアン。

「・・・・・・そんなことないんだよ?本当はね、不安だった」

「不安?」

「うん。多分、ずっとね」

 自嘲するような呟き、そうして少女は自分の中のしこりを語り始めた。

「希望を信じるのが大事だって小人さんには言ったけど、あの時、あんまり自信がなかった。・・・・・・だって、悪意に触れたことがないんだもん。触れたら信じられなくなる、変わっちゃうんじゃないかって」

「・・・・・・」

 少女の語りを、ローは静かに聞き入っている。

「だけど、そうじゃなかった。この程度なら、まだ信じられる。」

 先頭を歩く彼女は、振り返りながら言う。

「絶望なんかこの世にはないんだって・・・・・・信じていれば、希望はきっと形になるって」

 少女が向ける笑顔は、太陽の様。

 

 ――――ね?ロー君、この世に絶望などないのです

 

 それがどうにも眩しく見えてしまって、ローは少しだけ目を逸らした。

「そうだな!今の関係が悪くても、きっと、いつか良くなるさ!」

 ベポは彼女を後押しした。アンに対するベポの言葉は、変に確信を含んでいる。

「ベポさん・・・・・・ありがとう!大好き!」

「おう!おれもだ!」

 二人は無邪気に笑い合いながら、帰路を行く。

 

(……)

 賑やかに道を行く二人。どちらも楽しそうに笑っている。

 とても騒がしく、落ち着きがない、少し呆れる。

 だが、何気ないあたたかさを感じられるその光景は――。

「明日はもっと楽しく!」

「アイアイ!」

 

 悪くはない、そうも思える。 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

玩具箱

 夕日は落ち、月は昇る。

 静かな森に響き渡るは、誰の歌。

「~♪」

 森に響く誰かの歌。

「旅人達は、どこヘ行く~♪」

 陽気に歌う、森の住人。

「何を求めて、どこヘ行く~♪」

 似合わない歌。

「それは誰にも分からない、分からないまま進むのさ~♪」

 彼は何を思い歌うのか。

「それでも、気を付けて旅人よ。目指す場所に立ち塞がるは」

 

「誰かが夢見たいつかの幻影」

 

 

 

「ん・・・・・・」

 マリィの意識が覚醒する。彼女はソファに仰向けで寝ていて、手には医学書。

「寝落ち・・・・・・」

 どうやら勉強中に寝てしまったらしい、と思い至って嘆息する。

「・・・・・・でも」

 このまま寝た方が良いかもしれない、と部屋の掛け時計を確認しながら彼女は思った。なんせ今日は、ある用事があるのだから。

(輝く薬草)

 あらゆる病気を治せる夢の薬草。虹色に輝くという光の薬草。

 そんな代物がこの国に存在するという噂。

 当然、彼女はそんな噂を信じてはいなかった。だが、親交の深い少女から興味深い話を聞いた。

「それで、その小人さんがね」 

 少女が言うには、ピクニックの途中で出会った小人が薬草の存在を仄めかしていたとか。その話がある青年の耳に入ったのが事の始まり。

 

「輝く薬草・・・・・・本当にあるのか!?」

 青年の名は、ロバーツ。少女の兄で、マリィとは幼馴染の関係。

「あるかどうかは分からないわよ。実際に目にしたわけでもない。まあ、小人についてはそういったものが海の向こうにいるってあの人が言っていたし……でも、どんな病気も治せる草なんて」

「何でだ?不思議な力を扱えるようになる食べ物だって、海にはあるっていうぞ。だったらそういう草とかだって」

「……それで、結局行くのか?」

 ある日、ロバーツ、マリィ、ローの三人は村の南の砂浜で話し合っていた。静かな波の音が、その場に響いている。

「行くさ‼」

「……止めましょう、ロバーツ。なんだか怖いの」

 少しだけ怯えを含んだ声で、マリィはロバーツを止めようとする。

「嫌だ。……確かに、夢のようなことだ。実際、夢でも見てたんじゃないかっていう村人もいる。でも、だからこそロマンなんだ」

 強い意志をもって言葉を口にするロバーツに、少し気圧されるマリィ。

「ロマンって……貴方はいつもそれ。似合わないわよ、ロバーツには」

「……‼それだけって訳でもない。君だって、見つかったら嬉しいはずだ。だって、君は誰より――」

 

「そうね。私たちを差別する人達に反感を持ってるわ。けど」

 

 用事とは、薬草探しに付き合う事。

 付き合う理由は、ただ、どこか危なっかしい彼が心配なだけで、薬草を信じてるわけじゃない。夢のような薬草を信じている訳じゃない、とマリィの中で繰り返される言い訳じみた言葉。

「そう、信じてない・・・・・・」

 言葉と共に、再びマリィはソファに身を沈める。

 少しでも体を休ませて、今日の用事に備えよう。そう考えて、目蓋を閉じた。

 視界は黒く染まり、意識は白く染まっていく。

 

 

 

 気持ちの良い快晴。照りつける太陽の光は、旅人達を元気づけるだろう。

「良い天気だな。これは幸先が良い!」

「そうね」

 今日は旅日和。旅人達は、夢を追い求めて広大な森を行く。

「こんな日は、美味しくパンを食えそうだ。イチゴジャム、ブルーベリー、そして特製の・・・・・・」

「本当に甘い物が好きよね。荷物増やして、大丈夫?」

「小人の為でもあるからね!・・・・・・しかし、重いのは確かだな。ローさん、後どのぐらいで着くんだ?」

 ロバーツは、先頭を歩くローに問いかける。彼の背中には、ぱんぱんに物が詰まったリュックが。

「まだ、半分も歩いてねェぞ」

 振り返らずに放った言葉に、ロバーツは若干顔をしかめる。

「そうなのか、先は長いな」

「なに?ロバーツ。もう疲れたの?だらしない」

「いや、そういうわけでは・・・・・・少し、あるかな」

 少し弱音を吐くロバーツに、マリィは呆れた。

「貴方は、本当に体力がないわね。子供の時からそう。よくロマンを求めて外出するくせに」

「ハハハ・・・・・・面目ない」

 幼馴染二人の会話、どことなく楽しそうなそれを聞きながらローは、ある事を思う。

 

(さて、どうなるか)

 今回の旅はある程度、警戒すべき事だ。

 勇気があるのは結構だが、それだけでは駄目だと。

「だいだい貴方は」

「あー、はいはい」

「何?その適当な返事は。だいたい貴方は昔から」

「それを言うなら君だって」

 いざとなればこの二人を守らなければいけなくなる。あくまで、いざとなればだが、現実は何が起きても不思議じゃない。

 たとえ逸れてもアレがあるとはいえ、用心しなくては。

 ただでさえこの国は、気になることが多い。あの病気のことや、この前の不可思議な現象の数々・・・・・・。

(そうだ)

 不思議じゃない。平穏な日常なんて簡単に壊れてしまう。ふざけるなと言いたくなるほどにあっさりと、不幸は大切な人達を奪っていく。

「聞いているの?ロバーツ」

「聞いてるってば」

 そんな事は、あの時に嫌というほど思い知った。

 

 ロー達は途中で休憩を挿みながらも、道案内の立て看板を辿って、なんとか目的地にたどり着いた。

「ここが、夢の始まり!小人は?小人はどこに?」

 きょろきょろ、と落ち着きなく辺りを見回すロバーツ。その様子を見てマリィは溜息をこぼした。

「子供かしら。まったく・・・・・・」

 その意見にはローも同意するが、仲間達のおかげで慣れてはいる。

「ローさん!小人はここで会えると!?」

「そのようなことは言ってたな」

 用がある時はこの場所で、と小人は言っていた。その為に、ローは同行したのだ。勿論、それだけではないが。

「出てきてくれ!小人さん!美味しい食べ物、持ってきたんだ!一緒に食べよう!」

 小人と会うために、色々と試し始めるロバーツ。その目は、少年のように輝いている。

「相変わらずね・・・・・・」

 マリィは幼馴染の様子を、呆れと親愛が混ざった眼差しで見る。ロバーツはマリィに見守られながら、ひたすらに趣味に没頭する。

 そうして数分の時が経った。

「?」

 その時、変化は起きた。

「歌・・・・・・?」

 ロー達の耳に入ってきたのは、陽気な歌声。

「・・・・・・どうするの?ロバーツ」

「行こう!ロマンの予感がする」

 ロバーツは歌の発生源ヘと歩き出す。それに続いて、ローとマリィも歩き出した。

 

「~♪」

 歌声に誘われるように、森を進む旅人達。

「旅人――~♪」

 歌声は徐々に鮮明になっていく。

「何を求めて――行く~♪」

 どこまでも明るい歌を頼りに、歩き続ける。

「それは誰にも分からない、分からないまま――~♪」

 そして、歌の発生源にロー達はたどり着く。

「ここは・・・・・・」

 そこには、大勢の小人がいた。小人の家と思われる建造物があった。

 ロー達が目指した小人の国、ここは正しくその場所だった。

「なんだ・・・・・・」

 しかし、ロバーツの顔に喜びはなく、ローとマリィも同様だ。 

 彼等は、目の前の光景に唖然としている。

「なんだよ、これッ!?」

 

「ボク達の国を守るんれす!!」

「侵略者を倒せー!!」

 

 ロー達の目に映るのは、大きな木の化け物が小人たちの家らしき物体を壊そうとする光景。応戦する小人達の姿は傷だらけだ。

「くそ!なんだか分からないが!」

「……」

 走り出すローとロバーツ。

 加勢する方は決まっている。

「そ、そこまでだ!変な着ぐるみを着た人!」

 小人達を庇うように進み出る二人。

 それでも木の動きは止まらない。

「ひい!?」

「おれがやる」

 突き進む木の根っこが複数伸び、鋼鉄の槍となって彼等に襲い掛かる。

「あぶないれす!そいつは伝説の怪物れすよ!?」

 

 ローは刀を抜き、襲い掛かる木の化け物に一閃。

 あっさりと化け物は切り裂かれた。

 

 彼の切断はダイヤでも切り裂く。

「さ、さすがっ」

 

 どたばたが収まり、数分後。

 ロー達は小人達に囲まれていた。

 

「国同士のけんかの原因は病気れすよ!」

「風邪はこわいれす!不治の病!こっちくるなれす!」

「……」

 ローは風邪について確かな情報を伝える。

「えー!そうなんれすか!?」

「勇者がいうことなら本当れす!」

「仲直りするれすよ!」

 

「ありがとうれす!」

「感謝れす!」

 感謝の言葉を次々に口にする小人達に、三人は戸惑った様子だ。

「て、照れるなぁ」

「私、何もしてないのに」

「おれは海賊だ」

 そんなことなど気にせずに、小人達は感謝を告げる。

「ありがとうれす!もうだめかと!!」

「希望を信じてよかったれす!」

 小人の言葉に、マリィが少し反応した。

「もうしわけないれすが、歓迎は後日に……」

「こんなことあったんだから、仕方ないだろう」

 結局、辿り着いた国で何をするでもなく、ロー達はその場を去った。

 

 太陽は沈み、森は暗闇に包まれた。月の光は、旅人達を祝福する。

「素直に喜べないよな・・・・・・コレは」

 ロバーツは左手に持った物体を眺める。物体はしおれていて、生気というものが感じられない。

 小人達に貰ったものだ。

「これが薬草の正体。夢は、夢か」

 夜の森を歩くロバーツの声には、明らかな落胆の気持ちが込められている。

「命があるだけ感謝よ」

 並んで歩くマリィは、かなり疲れた様子だ。

「・・・・・・そうだな」

 その様子を見て、ロバーツは申し訳なさそうに顔をふせる。

「流石の貴方もこりたようね」

「・・・・・・まあね。不思議なことが起こりすぎた」

 隣のマリィと、前を歩くローに謝罪するロバーツ。

「何回目かしら。私は、勝手に付いてきただから良いわ」

「・・・・・・結局、ローさんに助けられたし」

「フフ、でも小人達の笑顔は悪くなかったわ」

 マリィはきっぱりと言い放つ。

「・・・・・・?」

 妙に力が入ったその言葉に、ロバーツは不思議がる。

「・・・・・・ねえ、ロバーツ。昔から貴方は冒険が好きだったわよね」

「?、そうだけど」

「でも、貴女は私と同じ臆病な人間・・・・・・見ていた私は、そう思っていた」

 昔語りを始めるマリィ。ロバーツは、多少怪訝に思いながらも付き合う。二人の前を歩くローは、何の反応も見せず歩く。

「果敢に冒険する貴方を見て、本当に危険に出会った時に逃げる姿を想像できてしまったの」

「なんだい、そりゃ。酷いな」

 ふてくされるロバーツ。マリィはごめんなさいと謝り、かつての希望を思い浮かべながら微笑んだ。

 

「でも、想像とは違うものね」

 

 それは優しい声だった。

 ロバーツの行動。それがマリィの心になにかしらの思いを抱かせた。

 いや、マリィだけではない。

「……」

 

 玩具箱は壊れ、小人達は去る。

 また別の場所でも、戦いは起きていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

カポネ

「・・・・・・まいったぜ」

 左手に小銃を持ち、黒い帽子を被ったその男は、森の中を走っていた。男の服には、獣の爪痕のような傷が刻まれている。頭上には、異常なほど眩しく輝く太陽。

「逃げるな!逃げるな!戦えよ!!」

 喧しい声が、森に響く。

「ここは、楽しいおもちゃ箱!」

「楽しい楽しい、おもちゃ箱!」

「恐怖?歓喜?」

「抱く感情、人それぞれ!」

 更に喧しい複数の声。

 声は、男の周りの草木から聞こえてくる。

「本当に喧しいな・・・・・・!」

 忌々しげに顔を歪める男。

「戦え!!」

 男の周りの木々、その中の一本から何者かが飛び出し、男に襲いかかる。

「!!」

 上方からの襲撃を、咄嗟にかわす男。しかし、かわし切れず、服に新たな傷跡が刻まれた。

「獣が・・・・・・!」

 男は目の前に姿を現した襲撃者を睨む。

「ガハハハ!弱いな、お前は!ここは箱の中でも、生存確率が高い方なんだが!」

 襲撃者は、猫と人が混ざったような風貌だった。小柄で、まんまると太った体。黄色い体毛。長く鋭い爪がぎらりと、鋭く光る。

「そろそろ終わりにしよう!」

 獣人は近くの木に素早くのぼると、木の葉に身を隠す。

「・・・・・・」

 何度も繰り返された、木の上からの攻撃。それを彼はぎりぎりでかわし続けた。

(しかし、次の攻撃は・・・・・・)

 彼の命を、奪い取るもの。

(確実に・・・・・・)

 今までより、速く。

(終わりだ!!)

 木の葉が揺れ、獣人が襲来する。その爪が引き裂くは、男の心臓。疾風の速さで、彼との距離を詰めていく。

「――?」

 その時、獣人の頭に浮かんだ疑問。それは、男の反応。

 

 何故、銃口がこちらを捉えているのか?

 

「――終わりだ」

 邪悪な笑みと共に、男は引き金を引いた。

 撃ち出された弾丸は、胴体に命中。

「なっ!?」

 弾丸を受けた獣人の体は砕け散り、地面にばら撒かれた。

 血肉のない、体が。

「わはは!まさしく、オモチャか」

 男は、地面に転がった獣人の頭ヘと近づく。

「なん、でだ・・・・・・ぎりぎり・・・・・・だった」

「そりゃ、わざとだ」

 彼は、獣人の頭を踏み砕いた。頭は、ガラス細工のように砕け散る。

「積んできた経験が違う。テメェの動きなんて、簡単に読める」

 つまらなそうに、吐き捨てる。

「さて、これで・・・・・・!?」

 戦いが終わり、少しだけ気を緩めた、その時だった。轟音が響き、男の目の前の木々がなぎ倒される。

「見つけたぞ、侵入者よ」

 現れたのは、全身を鎧で包んだ大男。とても重そうな大剣を持っている、王に仕える兵士長。

「・・・・・・流石に疲れてんだよ、こっちは!テメェと戦う気はねェ!」

 即座に男は煙幕を張り、煙の向こうヘと銃弾を撃ち込みながら逃走する。

「!」

 銃弾は全て、鎧を貫いた。

「待て!」

 しかし、兵士長の強力な武装によって肉体を傷つけられない。正面から立ち向かい、全ての銃弾を受け止める。

 

 彼は、構わず侵入者を追いかけた。

 

「ハァ・・・・・・!逃げ切れたか・・・・・・?」

 息を乱しながら、男は大木に背を預けて座り込む。先程とは一転して、辺りは闇に包まれている。

「――ええ、逃げ切れたようです。ファーザー」

 闇から声が響く。

「そうか。一安心だぜ!能力を温存した甲斐があると良いが」

「箱に入った時はどうなるかと・・・・・・流石は、我らがファーザー!カポネ・ベッジ!」

 カポネと呼ばれた男は、闇からの声に驚きもなく対応する。

「・・・・・・この様で、流石はねェな。その言葉は敵に送ってやれ、ヴィト」

「確かに敵も大したもんレロ。流石は裏の世界の大物!隠れて王城に近づいても察知され!攻めても、攻めきれず!撤退するしか道はなし!」

「見聞色・・・・・・いや、やっぱり違ェか。戦い方を見る限り、武装色しか使えなさそうだ。となると・・・・・・」

 情報を分析しながら、カポネはズボンのポケットに手を入れた。

「仕掛けるとしたら、新しいオモチャの補充前。ギリギリまで戦力を削って・・・・・・ククク。なんにしても、――未来を掴むのはおれだ」

 ニヒルに笑い、ポケットに入っていたものを口に含む。

 

「――すっぱっっっ‼なんだこりゃ‼酸っぱっっ‼」

 

 カポネは、含んだものを盛大に吹き出した。

「それ、村で貰った梅干しじゃ」

「くそっ‼間違えたっ‼」

 悪態を吐きながら、彼はなんとか調子を戻す。

「・・・・・・とにかく、本当に厄介だ。やはり奴等の力は必要だな。王って奴は、良くも悪くも使えるものが多い。能力の制限で、軍は使えないのが救いだな」

 忌々しそうに、カポネは溜息を吐く。

「トラファルガー・ロー達のことですね。・・・・・・巨漢の方はともかく、トラファルガーはファーザーと気が合いそうで安心レロ!」

「・・・・・・どうだかな」

 カポネの否定するような言葉。それにヴィトは疑問を感じ、応えるようにカポネは言葉を続ける。

 

「あのガキとは、根っこの所で合わねェ気がする。勘だがな」

 

 

 

 

「オモチャ箱が、壊れたな。二つも」

 玉座に座った王が、つまらなそうに言った。玉座の前には、一人の来訪者。

「そうなんですか!?やりますね!また、操れるオモチャの数が減ってしまったわけだ!」

「地道に、こちらの兵力を削って行ってるな。小賢しい!」

 いつも明るい道化者は、笑いながら話を聞く。

「兵士長が向かったが、どうなったか」

「兵士長!合わないんですよね、あの方とは!」

 王の間にて、道化師は明るく愚痴をこぼす。

「だろうな。兵士長は、騒がしい人間を嫌う」

 玉座では、王が頬杖をつきながら話を聞いている。

「それは、どうかと思います!ええ!せっかくの人生、楽しく陽気に!」

 大げさな挙動で、語る道化師。とても芝居がかっていて、胡散臭い。

「なんと、嘆かわしい!みんな仲良く、とはいきませんね!王よ!」

「いかないだろうよ。それはな」

 くるくると回りながら王の間を歩き回る道化師は、ぴたりと動きを止めた。

「それは、体験からの言葉ですか?」

「・・・・・・かもな」

 王は目を伏せ、過去を想う。

「あの日のことは、今でも忘れん。・・・・・・今でも、夢に見る」

「・・・・・・」

 王の姿を、道化師は無言で見ている。

「そんなだから、貴方は」

 道化師のロからでた言葉は、陽気さが失せたものだった。

「?、なにか言ったか?」

「いえいえ!なにも!・・・・・・さて、私はそろそろ行きます!」

「・・・・・・そうか、お土産ありがとうな」

 どういたしまして、と道化師。

「お礼に・・・・・・ええっとアレだ。いかん!最近、物忘れが激しい」

「ハハハ!お礼なんて要りませんよ!」

 道化師は独特のステップを踏みながら、王の間を後にした。

 

「行ったか・・・・・・」

 道化師を見送った王は、溜息を吐いた。

「本当に、掴めんな。奴は」

 長い付き合いだが、彼は道化師の心がいまいち分からずにいた。

「体験、か」

 目を閉じ、再び過去を回想する。

 小さい自分の周りに漂う死の気配。その気配を振り切るように、彼は必死で逃げた。故郷を捨てて、逃げた。

「あの時・・・・・・」

 望んだものはなんだっただろうか。今では、酷く朧げだ。過去に戻れるのなら、ぜひとも聞いてみたいと思う。

「・・・・・・もしかしたら。儂は」

 今でも待ち望んでいるのかもしれない。子供の頃、夢見た幻影を。

「しかし、道化師の奴が動いた」

 思い浮かべるは、不気味な道化師。さっきの様子を見て、彼が動き出すことを予感している王。

 狙いは分かっている。箱に入ってきた際、自分に近しいものを感じたあの若者だと。

「壊れてしまうかもな。来る前に」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ウルージ

「やりますなッ!!フンッ!!」

「ぎはははッ!!そっちこそッ!!」

 

 大きな川を足場に、二つの巨体が殴り合っている。

 一方の男は黒衣を纏い、もう一方の男?は白い体毛を纏っていた。

「おもちゃ箱の主、このホワイト様相手に、よくやりおるッ!!」

 体毛に覆われた顔を楽しそうに歪める、全身真っ白男。

 その大きな拳が空気を抉りながら、ウルージの腹部にめり込んだ。

「ぎゃはははははっ!ホワイトさんのパンチは、キツイだろう!?」

「やっちまえー!!ホワイトさんっ!!」

 二人の周りの陸地では、ホワイトと似たような白く小さい者達が騒いでいた。

「僧正ッ!!」

「負けないでください!僧正ー!!」

 応援は敵側だけではなく、ウルージにも向けられている。

 彼らの纏う服は、ウルージと同種のもの。それもそのはず、彼らはウルージが率いる海賊団「破戒僧海賊団」の、メンバーなのだから。

「おおおおおッ!!」

「ぬおおおおおッ!!」

 加熱する、強靱な肉体同士の殴り合い。

 

 露出したウルージの上半身には、いくつもの痣があった。血の痕跡があった。

 ホワイトの体は、所々がひび割れていた。激闘の痕跡があった。

 それでも二人は、笑っていた。

 

 重ねた時間は、一秒、一分、一時間、倍の二時間。それでもギャラリーの注目は途切れる事なく、二人の熱意は衰えることない。

 ウルージとホワイト。彼らは互いに目前の敵を強敵と認め、全力で戦っていた。

 一撃入る度に、空気がはじけ、水しぶきが舞い、周囲から歓声が沸く。

「そこだーッ!!ホワイトさんッ!!」

「僧正ーッ!!」

 拳の応酬は積み重なり、やがて――。

 

「ふんッッ!!因果晒しッ!!」

「甘いわッ!!ホワイト・ショックッ!!」

 

 拳と拳がぶつかり合い、周りに轟音が響き渡った。その強烈さに、驚きの表情を浮かべるギャラリー達。

「……決着か?」

 誰かが、そう呟く。そう思わせるほどの、激しいものだった。

「どっちだ?どっちが、勝った?」

「バカか!!ホワイトさんに決まってるだろッ」

「いや、僧正だッ」

「なんだとッ!てめぇっ!!」

 喧嘩になりそうなギャラリー。

「――はッ、まいったな。こりゃあ」

 それを鎮めたのは、ホワイトの重々しい言葉だった。

 よく見ると彼の体には、突きだした腕からヒビが広がっていた。

「ぎははッ!まっ、強者が生き残り、弱者が無様に散っていく、当たり前のことなんだがァ」

 ヒビは顔まで広がり、なのにホワイトは笑って空を見る。

「……よい天気だッ。散るに相応しいッ。俺の嫌いな青空だッ!!」 

 何がそんなに嬉しいのか、誰にも分からない。

 

「存分に、強者の栄光を味わうがいいぜッ!!それでこそ、俺も嬉しいッ!!ぎははははッ!!」

 

「ホ、ホワイトさん!!」

「そんなバカなーッ!!」

 最後に腕を広げ、豪快に笑うと、強靱な肉体はバラバラに砕け散った。玩具としての、意味を表すように。

「……」

 ウルージは、川の底に沈んでいく破片をみつめていた。

 ただ静かに、数秒の間見て。やがて、言葉を発する。

 

「――南無」

 

「……倒したか」

 川の周辺に存在する木々から姿を見せたのは、刀を持ったロー。続けて、ベポ、シャチ、ペンギン。シャチの右手には、望遠鏡が握られている。

「ああ、倒しましたぞ。強敵だった」

「そうみてェだな。……助かったよ」

「なになに、役に立てたなら何よりだ」

 川から陸に上がり、笑顔でロー達に近づくウルージ。

 水で濡れた足が、点々と土を濡らしていく。

「いやー、マジで凄い戦いだったッ。手に汗にぎっちまったぜ」

「ほんと頼りになるなーッ!念の為の観察なんていらねェよ!」

 ロー達は、ウルージの戦闘を林の中から伺っていたようだ。

「念には念をだ。用心するに越したことはねェ。相手は、得体のしれないオモチャだぞ?」

「それもそうだな。ウルージさんは律儀だ!一対一の決闘とかよッ」

「いやいや、ああも正々堂々お願いされてはな……」

 ウルージは、困ったように頭を掻く。しかし、後悔はなさそうな様子だ。

「まあ、ウルージさんだしな。これがキャプテンだったら……」

 もしもローなら、あの手この手で敵を追い詰め、確実に破壊しようとするだろう。倒し難い強敵なら、なおさらそうだ。と、ペンギンは考えた。

「結果おーらいだわ。勝てたんだから、よしッ」

「そういってくれると、助かりますな」

 笑顔のウルージ、彼の元に仲間たちが集まってくる。

「僧正!お怪我はッ」

「おーおー、問題ないですぞ」

 彼を案じる、多数の船員たち。その光景は、ウルージの人柄を良く表している。

「……キャプテン、ウルージさんのおかげで」

 ギャラリーがいた地点、そこに散らばる破片に目を向け。左にいるローに、真剣な声で尋ねるペンギン。

「ああ、これで」

 ローもまた、真剣に未来を見据えながら言葉を口にした。

 

「破壊できたオモチャ箱は、8。順調に、敵の戦力を削ってる」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

休息

「客人たちを歓迎しよう!!」

 

 夜の村で響く騒がしい声は、屋外の大きな炎の周りから。

「踊れや!踊れ!」

「歌えや!歌え!」

「盛大に行くぞー!」

 老若男女問わずに、炎の周りで愉快なダンスを披露する。

「いよっし!自慢の芸を見せてやるか!」

「アイアイ!」

 客人たちもそこに混ざって、一緒に笑顔を浮かべる。

 

「……」

 少し離れた地面に座るローは、その光景を見ながら木のコップを傾けた。

 楽しい一時はあっという間に過ぎていく。

 

 

 

「この島に来てよかったよな」

 

 ある日の朝、居間で朝食を摂りながら、シャチは言った。

「なんだよ、いきなり」

 怪訝そうな顔で、ペンギンはサンドイッチを頬張る。

「いや・・・・・・村人達、みんな良い人だし」

「まあ、確かにな。あの村長の影響もあるのかね」

「アイアイ!おれも、この村好きだ!」

 ベポは、シャチの意見に全力で同意する。

「・・・・・・それを言うには、まだ早いな」

 一人だけおにぎりを食すローは、シャチの意見に否定的だ。

「かもな。でもさ、ウルージさん達にも会えたし、結果的には鍛錬のやる気も上がったし。ラッキーだったって、本当に思うよ」

「最初は、散々だったけどな。・・・・・・あの爺、次こそは!」

「次は負けないさ!あの時より、強くなった!」

 ベポの言葉通り、ハートの海賊団の面々は確実に強くなった。それは、敗北してから積み重ねてきた、厳しい鍛錬のおかげだろう。

「確かに。お前ら、頑張ってたな」

「キャプテンだって!・・・・・・まあ、キャプテンは元からか」

 シャチは、普段のローの姿を思い浮かベた。

「・・・・・・だからさ、今日はほどほどにして、ゆっくり休まないか?」

「休み?」

「そうだ。休息も大事だろ?夜な夜な抜け出して、何かやってるみたいだしさ」

 シャチの提案。それを受けてローは考える。

 休息が大事だという意見は分かる。特に最近は、疲れが溜まっていることを自覚していた。

「そうだな。・・・・・・今日は、休みを増やすか」

「決まりだな!じゃっ、飯食ったら村を冒険だ」

「冒険って、大げさだな!」

「でも、楽しそうだ!」

 ハートの海賊団の食事は、和気藹々と進んでいく。今は鳴らぬ時計の針が、時を刻みながら。

 

「良い感じだな!」

 外に出るにはうってつけの晴天の下、彼等の冒険は始まった。

「キャプテン、遅いなー」

 しかし、家の前にいるのは三人。キャプテンの姿だけがない。

「あっ、きたきた」

 家のドアが開き、ローが遅れてやってきた。いつも通り、刀が入った袋を持っている。

「遅いぞ!キャプテン!」

「悪ィな」

 ローは、仲間達の元ヘ歩いていく。

「よし、出発だ!」

 元気あふれる言葉と共に、歩き出す仲間達。それに合わせて、ローも歩き出す。

 どことなく、彼が纏う雰囲気は楽しげだ。

(肩の力を抜くか)

 

「・・・・・・?」

「おー!アンじゃねェか?あれ!」

 ベポの言葉に反応し、向き直るロー。遠くに、走る少女が見えた。背中にリュックを背負っている。

「おーい、みんなー!どこ行くのー?」

 輝くような笑顔を向けて、走ってくる。少女は間違いなくアンだった。

「おはよう!遊びにきたよ!」

「おはよう!・・・・・・おれ達これから村を冒険するんだけど、一緒に行くか?」

「冒険!?いくいく!」

 ベポの提案に、アンは目を輝かせた。

「あれ?」

 ふと、アンがローの方に顔を向ける。

「大丈夫?顔、こわいよ」

「・・・・・・大丈夫だ」

 いつも通りなローの顔。 

 

 村の一角に、広い野原がある。ほどよく草花が生えたその場所は、村の子供達の遊び場として使われることが多い。しかし今は、少女が一人だけ。

「やぁ、アン。後ろの人達は客人かい?」

 野原の中心に、青い肌を持つ巨体の男が座っている。男は、ロー達を歓迎するような笑顔を見せた。

「そうだよ!」

「やっぱりな・・・・・・。初めまして、客人達」

 挨拶は落ち着いたもの。

「ああ、初めまして。おれ達は」

 ロー達と謎の男は、自己紹介をし合った。謎の男は物腰が柔らかく、彼等はすぐに打ち解けた。

「魚人なのか。おっさんは」

「そうなんだよ。珍しいだろ?」

 少しおどけた感じに魚人は言う。

「珍しいっちゃっ、珍しいが、ウチには喋るクマがいるぜ」

「羽が生えたおっさんにも会ったしな」

「ヘぇ、ウルージ君かな?それしかないよなぁ」

 魚人は、自分に匹敵する巨体の持ち主を頭に浮かべた。そして、ベポに視線を向ける。

「君達は、仲が良いんだなぁ」

 嬉しそうに彼は言う。

「?、まあ、そうだな」

「そうかそうか、良いことだ」

 魚人はうんうんと頷きながら、穏やかに笑う。

「・・・・・・それで、君達はここにある銅像を見に来たんだったか」

「そうだぜ。どこにあるんだ?」

「すまないな。後ろだ」

 魚人が立ち上がり、横に移動した。ロー達の目の前に、古ぼけた銅像が姿を見せる。

「これが」

「うん」

 彼等は、銅像に近づいていく。

「この銅像はね――」

 

 ロー達はしばらくの間、野原での時を過ごす。

「子供の頃はあの二人を膝に乗せて、冒険譚を聞かせたもんだ。ロバーツは興味津々だったが、マリィは少し冷めてたな。グランドラインの話は不可思議すぎるし、仕方ないがなぁ」 

 アンや魚人と話をして過ごす時間は、とても穏やかなものだった。

「あの家はね、元々は私が住んでいたんだ」

「あの家が!」

「うん。今は、別の家だけど」

 過去を懐かしむように語る魚人と、興味深げに聞くベポ達。

「親友と暮らしていたんだが、亡くなってね。どうにもあの家にいると切なくて・・・・・・引っ越したんだ」

 語りに、暗さが混じった。切ない思い出を、彼は語っている。

「そうだったのか・・・・・・」

「そうだったんだよ。・・・・・・好き放題に使ってくれ。その方が、あいつも喜ぶ」

「ああ!分かったぜ!」

 力強く返答するシャチ。その力強さに、魚人は小さく微笑む。

「それは良かった。・・・・・・では、そろそろ行くかな」

 そう言って、魚人は立ち上がった。立ち上がると、その巨体が際立つ。

「中々、楽しい時間だった。また、機会があればいいね」

「だな。おっさんは、良くここにくるんだっけか」

「そうさ。思い出がある場所でね。それじゃ、さようなら」

 のそのそと歩き、ベポ達に背を向ける魚人。そのまま彼は、この場から去っていった。

 

 

「紅茶で良い?」

「なんでもいいぜ!」

 ここは、診療所の一室。魚人と別れた後に雨が降り出したので、近くにあった診療所で雨宿りすることにしたロー達は、ソファに座ってくつろいでいた。

 ソファの前のテーブルの上で、紅茶が湯気を出している。

「いつ、やむかなー」

 窓から、雨で埋め尽くされた風景を眺めるアン。部屋には、雨の音が響き渡る。

「この雨の勢いだと、しばらくはかかりそうね」

 雨の音に耳を澄ませ、マリィは言った。

「まっ、仕方ねェ。気長に待とうや」

「こんなこともあろうかと・・・・・・トランプ持ってきたんだ!やろうぜ!」

 わいわいと騒ぎはじめるシャチ達。

「いいね!やろう!」

 その輪の中に、さらりとまざっているロバーツ。彼も雨宿りのために、診療所を訪れていた。

「あっれ、トランプどこにしまったかな?」

「早くしろよー」

「何のゲームやる?」

 騒ぐ彼等。まざろうとするアン。紅茶を淹れるマリィ。紅茶を飲みながら、今朝の事について考えるロー。

「マリィさん、なんかいつもより穏やかだね」

「そう?・・・・・・貴女と、どこかの臆病者に影響されたのかしら。ちょっとだけ、信じてみようと思ったの」

 それぞれの時間は、過ぎていく。

 

「はー、負けた負けた」

 一通り遊んだ後、ペンギンは言った。外から響く雨の音は、大分おさまっている。

「いや、まいったな。ポーカーには自信があったんだが」

「キャプテンのポーカーフェイスは、異常だろ・・・・・・」

 仲間が強く誘うため、ローは一回だけゲームに参加していた。

「・・・・・・」

 そのローはゲームが終わると、また無言で紅茶を飲み始める。顔は少しだけ険しい。

「さっ、次は」

「ていうか、雨やんでねェか?」

 部屋の窓に目を向けて、シャチは言う。外を埋め尽くす雨は失せ、窓から日の光が射しこんでいる。

「マジかよ。結構、早いな」

「それじゃ、そろそろお開きかな。充分、遊んだし」

 言うと、ペンギンはソファから立ち上がった。

「・・・・・・残念だけど、確かに充分遊んだしな」

 仕方ないか、と肩を落とすロバーツ。その様子を見て、マリィは静かに微笑む。

「なにがおかしいんだ?」

「いえ、ただ随分と仲良くなったと思って」

 マリィは、帰る支度をするハートの海賊団に顔を向ける。

「・・・・・・村の外の人間と、ここまで仲良くなれるなんてね。貴方だけじゃなくて、村の皆も」

「そうだな。まあ、注意喚起する時に活躍も伝えたし・・・・・・」

 それでも、ロバーツは奇跡のようだと語った。

 

 

 いつかと同じように、日は落ちていき、赤く染まる。

「今日は楽しかったーッ!!」

 いつかと同じように、彼等は分かれ道に辿り着き、立ち止まる。

「本当だぜー!!久々の息抜き!!」

「やっぱ、人生楽しまなきゃな!!」

「アイアイ!!おれ達は海賊だっ!!」

 響く声も変わらず、楽しさしかないかのようにその場に響いていく。道の周りに寂しげに生えている木が、それに影響されてか木の葉を揺らした。

「お前ら、あんまり気を抜きすぎるなよ?」

 あまり影響されていない風のローが、四人の背後からそう言った。

「わかってるよ!!それはそれ、これはこれ」

「キャプテンの方こそ、ちゃんと息抜きできたのか?」

 振り返ったシャチとペンギンが、ローに問う。なにやら考え込んでいたキャプテンの姿を見て、心配しているのだろう。

 二人に触発されて、アン達もローに目を向けた。

「おれは……」

 ローは、今日一日の出来事を振り返る。

 朝の違和感は、置いておいて。

 

 魚人の男との出会い。

 

 診療所での雨宿り。

 

 村の教会の掃除。

 

 教会の図書室の整理。

 

 他にも色々。取るに足りないようなことだったが。

 

「――問題ねェよ。ちゃんとできた」

 そう言って、彼は少し笑みを見せた。

「……」

 その笑みを、見ていたアンは。

「そうだよね。良かった――」

 とても嬉しそうな笑みを返し、同時に持っていたリュックを地面におろした。

「ちょっと待っててね」

「?」

「えーとっ」

 アンはリュックの中を漁り、数十秒後に動きを止めた。

「あったっ!!これ!!」

 そしてリュックの中から、何かを勢いよく取りだした。中の物がそのせいで地面に落ちたが、アンは気にしない。

 取り出された物は、小さな白い袋で。

「何か入ってるな、それなんだ?」

「村長達、村のみんなからのプレゼントだよ!わたしも含めて!ひとつしかないけど、そういうものだからゴメンね」

 白い袋を両手で持ったアンは、そのままローの近くに歩み寄り。

 

「はい!!代表して、ローさんが受け取ってね!!」

 袋を行儀良く、彼に差し出した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

陽気な道化師

「ただいまー!って、誰もいねェか」

 一通り村を冒険したハートの海賊団は、拠点に帰ってきた。外は既に、闇に覆われている。

「いやー、楽しかったな!」

「ああ!」

「アイアイ!」

 玄関で、冒険の感想を言い合うベポ達。

「魚人のおっさんの家なんだよな」

「どうりでな。ウルージさんが住めるわけだ」

 会話をはずませながら、玄関の先の一本の長廊下を歩く。

「ヴィトの奴、しつこすぎるぜ!」

「ジェルマ好きすぎだろ!アイツ!」

「アイアイ。村長達のプレゼント、楽しみだな。早速、開けようぜ」

 わいわいと騒ぐ彼等は、今日という日の思い出を語り合い、居間に向かっていた。

 ただ一人をのぞいて。

「・・・・・・?どうした、キャプテン?」

「……」

 立ち止まるローの視線の先には、黒い帽子を被った男。

「よう。時間はあるか?」

 協力相手の男、カポネだ。

「ちょうど三人揃ってるようなんでな……少し話をッ!?」

「!?」

 

 その変化は突然起きた。

 出現する物体。

「なんだ?この球」

「うお!?」

 床に転がった白い球から煙が出て、ロー達を包む。

 空間は歪み、何もかもが変わっていく。

 

「こりゃあ!?」

「道化師の能力か!!」

 驚くロー達。

 変貌する建物内。

「ご名答!!ゲハ!!」

 廊下は丸く広がり、天井は二倍の高さに。

「相手をしましょう!!億を超える賞金首を何人も葬ってきた、最強の道化師が!!」

 変貌した空間の中心には、いくつもの大きな球体が積み重なっている。

 その周囲にも、様々な色を持った球体が多く転がっていて。

「上か!」

 その山の天辺に、陽気な道化師は立っていた。

「では自己紹介をッ!?」

 道化師の姿を見つけたローは、即座に走り出す。

「せっかちな!?」

 球体のいくつかが動き、ローの前に立ちふさがる。

「ちっ!」

 彼の前進は阻まれた。

 

「そしてコレ!!ゲハ!」

 

「うおおおおおお!?」

「でかい!?」

 カポネたちを襲う大きな球体。

「わあああ!!」

「うおわ!?」

 ロー以外の四人は、大きな黒い球体に追いかけられてしまう。

「うわ!?」

 さらにその球体が転がった球体を吸収し、大きさと速さを増していく。

 

「ゲハハハハ!!どこまで逃げられますかね!!」

 遠くに逃走するカポネたちから、視線をローに映す。

「くそっ!」

 ローは球体三つに苦戦している。

「ゲハ!どうやら切断する能力でも切れないようで!!」

 道化師の言葉通り、彼でもそれを破壊するのは無理な様子。

「長い期間をかけて準備した遊び場!!そんな簡単に行かないですよ!!」

 勝ちを確信した道化師。

 

「!?」

 その背後から迫る存在に気付く。

「隙だらけだぜ!!」

 カポネ一人が、球体の山を登って道化師に接近していた。

「なぜ!?なぜ!?」

 

「種明かしだ!!くらいな!!」

 言葉と共に、カポネの体から射出されたのは。

 

「うおおおお!!」

「アイアイ!!」

「もう限界だ!!」

 シャチたち三人が、大きなボールを引き連れていきなり出現した。

「わわわ!?」

 パニックになった道化師は、自分に向かってくる球を急いで消す。

「これで!」

 

「なっ!?」

 道化師の背後から接近する、ローの気配。

「しまった!!あっちが疎かに!!」

 このままでは挟み撃ちになってしまうので。

「逃走!!」

 空中にいくつものボールを出現させ、それを足場に上へ逃げる道化師。

「加えて一撃!!」

 球体の山を駆け上がっていくローに、道化師はナイフを投げつけた。

 ローは冷静に刀で弾く。

「効きませんか!?では一旦……」

 道化師は山から退避しようとして。

「ごは!?」

 その胴体に銃弾が撃ち込まれる。

 

「フン、油断したな道化野郎」

 遠く離れたカポネから放たれた銃弾が、道化師の動きを止める。

「し、しかし!まだ!!」

 

「――シャンブルズ」

 

「ななッ!?」

 道化師の上に位置しているボールが、ローに入れ替わる。

「ど、どういう!?手品!?」

「さあな」

 間髪入れず、道化師の体が真っ二つに切り裂かれた。

 

 

 

 

「……負けました」

 首だけになった道化師は、山の上でローの右手に持ち上げられている。

「大人しく吐くか?」

「わー!吐きます!吐きます!ごめんなさい!」

 刀を向けられ、慌てて情報を口にする道化師。

「あの病気は」

「ええ、作り物です。私の能力ですよ。それのついでに、周りの人々の感情もいじくっています」

 明かされた、病気の真実。

「私の能力は!人の心を惑わすものでして!げはははは!」

 ローに大した驚きはない。

「あの王が本当に何を望んでいるのか……私には、分かりません。しかし、貴方がたとの戦いを望んでいるのは確かなようだ。災難でしたね。どちらにしても、戦うはめにはなったでしょうが」

「……どういう意味だ?」

「王は、近くにこの村を襲うつもりです」

 村の襲撃を企んでいる。そんな情報を、友人と敵対する者にあっさりと話す道化師。

「私は彼の友人ですが、味方じゃない。偽りはないですよ。信じるかはご自由に」

「……」

 当然すんなり信じることはないが、それが真実ならばこの場から早く去らないといけない。

 ローの顔に焦りの感情が浮かぶ。

「……焦らなくても、もうすぐ戻れますよ」

 少し名残惜しそうな表情で、道化師は言う。

「もう会うこともないでしょう。――それじゃ!」

 

 どこまでも明るく陽気に笑い、その場は崩れた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

突入

 静寂に包まれた部屋。高窓から見える外は、黒く染まっている。

「全滅か。まいったな」

 王の間で、王が呟く。様子に、動揺は見られない。

「その様子を見ると、予定通りか。どういうつもりなんだ、一体」

 いつも通りの不機嫌な態度で、兵士長は玉座に座る王に問う。

「いやなに、挑発のようなものさ。……約束は破ってない。狙ったのは村人だ」

「……貴方は何がしたいんだ?あの村には親友もいたはずだ。何故襲う?」

 王の破天荒な行動などいくらでも見てきた兵士長ではあるが、流石に今回の行動には大きく首をかしげた。

「はて、自分でもよく分からないな。どうあれ、村の者達にはくたばってもらう。元々、そのつもりだったんだ。そういう遊びだった。・・・・・・不安か?兵士長」

 王は兵士長に問う。彼は暗に、自分を見限るなら今の内と告げている。

「――あんたがどんな人間だろうと、あの環境からオレを救ってくれたのは事実だ」

 だから最後まで付き合う。言葉は続かなかったが、届きはした。

「……そうか。悪いな兵士長」

 珍しく、言葉に真髄な気持ちが込められている事を、兵士長は感じとった。

「まあ、儂など可愛いものだ。本当の悪とはもっと恐ろしい」

 王は、かつてあった人物を思い出す。

 不敵な笑みを絶やすことない、強大な力を秘めた悪のカリスマ。支配欲の塊のような男は、自分に近いとも少しだけ思ったが。

「奴はもっと根深いか。ハハハ!」

 

「さて、次はどうしようか。動かないようなら、もう一度……うん?」

 王の顔が訝しげに変わる。

「どうした?」

「探索に出していたオモチャが戦っている。奴等、動き出したようだな」

 王は、鎧の状態をある程度把握することができる。それによって、探索の網を形成していた。そして王城を囲む網は、確実に敵の存在を感知する。

 網の正体は、索敵用のオモチャ。王城に近づく敵を察知し、鎧達に伝えるそのオモチャは、像に偽造して町に設置してある。とても頑丈で、破壊するのは困難。

「……では、色々な準備を済ませるか。王よ。奴等が、次の網にたどり着く前に」

 大きな山を越え、この王城にまでたどり着く時間は把握している。

(当然、奴等も製造される前にたどり着こうとするだろうが・・・・・・こちらには、製造時間を短縮する術がある)

 それだけの時間があれば、新しいオモチャを製造できるだろうと兵士長は考える。

「そうだな。とっておきのオモチャもあるし、お前もいる。十分だとは思うが……!?」

 

 王の目が、大きく見開かれた。それは、驚愕によるもの。

 

「今頃、驚いてやがるだろうな」

 満月に照らされた草花の上で、笑みを浮かべるカポネ。彼の周りでは激しい戦闘音が響き渡っていた。

「準備する余裕なんざ与えねェ。さっさと終わらせる」

 カポネがいる場所は王城の中庭。

 彼等は既に敵の居場所に到達していた。

 王城を囲む様に張り巡らされた、鎧達。本来ならそれでカポネ達の接近を知ることが出来るはずだった。

 しかし、それを覆す方法が存在した。

(町に隠された秘密の地下道……役に立ったか)

 山を無視して地下の道を行き、更にカポネの能力によって全員を中に収め、移動形態に変形したカポネの凄まじい速度で王城に運ぶ。

 こうして王達の想定より早く、王城にたどり着いた。

(かつての王族、国から姿を消し行方をくらました王、奴にどんな事情があったのかは知ったことじゃねェが、感謝はしよう)

 カポネの得た情報によって、状況は好転。

「――それでは、少々暴れますかな」

 中庭で轟音と共に鎧達が砕け、吹き飛ぶ。城の入り口に行かせまいと殺到する鎧達、それをウルージは、巨大な棒状の武器を振るい、一蹴する。

「ウルージさんに続け!」

「うおおおおお!」

 多数の鎧を吹き飛ばすウルージ。その光景を見て、勢いづく味方の軍勢。

「化け物が。そんなに村人が大事か」

「そうですね。・・・・・・ちゃんと村人の安全を確保するあたり、ファーザーも律儀レロ」

「・・・・・・フン」

 カポネもまた、ヴィトと共に戦いの中へと駆けていく。

 目指すは、王の首。

 

「ウルージさんは、やっぱり凄いな!」

「頼りになるぜ、本当に!」

 鎧達をなぎ払うペンギンとシャチ。発揮される技量は、以前戦った時より研ぎ澄まされている。

「おれも!」

 それはベポも同様。更に素早い動きで敵を翻弄する。

「腕を上げたな、お前ら」

 ローは襲い来る敵を軽くいなす。それは本命との戦いの為。

「……もう一度聞くけどよ、勝算はあるんだよな」

「ある」

 仲間の問いに、ローは迷いなく返答する。

「そうか。なら、任せたぜ」

 絶対の勝算などない。それは分かっているが、キャプテンのことを信じよう。

 三人の意見は固まった。

「道を切り開くぞ!」

「おうよ!」

「アイアイ!」

 王城の入口に立ちふさがる鎧の群れに、突っ込む三人。

「……」

 ローは確かな頼もしさを感じながら、王の元ヘと走り出す。

 彼の目的は、刀だけではなくなった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

戦闘開始

 この国に来てから、それなりの時が経った。

「貴様らを、先には進ません!」

 色々なことがあった。取るに足りないことも、なかなか体験できないことも。

 それによって変化したものがある。

「先に行け。こいつはおれが片付ける」

 当然、彼の心にも影響はあった。

 始まりは、老人の言葉。それは、彼の調子がおかしかった事の一因。

 彼は、あの老人と相容れないと、心のどこかで確信していたのかもしれない。

 

「このオモチャ箱の中だと、王は強い」

「当然リスクはあるが、全盛期と呼んでいい強さだ」

「せいぜい、注意するんだな」

 

 王を倒し、オモチャ箱を壊す時がきた。

 

 長廊下に足音が一つ。

 その足音は緩やかなものではなく、とても急いている。

「・・・・・・」

 急いた足音を立てているのは、ロー。彼は、赤い絨毯が敷かれた廊下を行く。

 廊下の壁に設置された蝋燭が、揺らめき輝いている。まるで、彼を歓迎するように。

「・・・・・・ここが」

 長い廊下を駆け抜け、王の間へと辿り着く。ローは、ぴかぴかに磨かれた大理石の床を踏み締めた。

「ハハハハハハハハッ!!よく来てくれたッ!!」

 ローに向けられる、拍手の音。王の声。それが、この場所がどこであるかを示している。

 煌びやかなシャンデリアに、赤や黄色などの派手な色で装飾された壁。装飾過多、この空間には、その言葉が似合うだろう。 

 部屋の両端に存在する複数の高窓から、月光が入り込み、場を照らす。

「どうかな?儂の部屋は」

 王の間の奥、玉座に座る老人から声をかけられる。老人の後ろには見覚えのある銅像。

「・・・・・・」

 ローは、警戒しながら王に近づいていく。

 王の顔はとても楽しげで、まるで子供の様。

「とてもセンスを、感じるだろうッ!・・・・・・来てくれてありがとう。手紙に書いてあったとおり、君達が負ければ村は――」

 

 ――会話など不要。ローは、一気に駆け出す。

 

「やれやれ……」

 王は玉座から立ち上がりながら、足下に置いてあった刀を手に取り、鞘から抜き取る。刀文は直刃、妖刀の気配は感じられない。

 

「――ROOM」

「――武装、硬化」

 

 烈風が渦巻く。非常に荒々しい斬撃が、場を乱す。

 

「ハハハハ!」

 敵を切り刻み、蹂躙せんと、怒濤の斬撃がローに放たれる。

「楽しいな!」

 狂喜しながら、次々に攻撃は繰り出される。気持ちの高揚に比例して磨かれる、武装と速度。その速度は、ローを明らかに上回っていた。

「調子が良いぞ!最高に!」

 敵を容赦なく切り裂く。たとえ鎧で身を固めた兵士であろうと、あっさりと切り裂くだろう。

 それが、まともな相手であるならば。

「君はどうだ!若者よ!」

 しかし、対する敵はまともではない。

 時には完全に、時にはすれすれで。王が放つ斬撃、その全てをかわしている。

(だいたい予想通り)

 迫り来る刀を回避し、受け流し、隙を探る。王の攻撃は回避が容易いものではないが、それでも彼はかわし続ける。

「やるな!そうでなくては!」

 当たらない刀を振るいながら、子供のように笑う王。

「しかし避けてばかりでは!」

 当然、勝てない。それはローも分かっている。

(切断:アンピュテートは効かない。ならば)

 ローは、王の動きを注視する。

(刀を振り上げた、大振りの体勢)

 即座に刀を振るうロー。狙いは、がら空きの胴。

「ぐっ!?」

 手応えあり。刀が直撃した王の体が、床を擦りながら後退する。

 強力な武装に阻まれ、斬撃はまともに通らない。しかし、効果がないわけではない。

「……きついな」 

 そう呟く王の顔には苦悶の色。着ている着物は一文字に切り裂かれ、露出した肌には血が浮かぶ。

「動きは儂の方が速い……。しかし、不利か」

 王は少し後退し、ローとの間合いを取る。

「……強い。強いな」

 ぶつぶつと呟く王。

「……まさか、ここまでとは」

 その様子は、対峙するローが見えていないかのよう。

「……このままでは」

 王の顔が崩れる。

「――使えるかもしれんな。とっておきを」

 言葉と共に、それは発生した。

「!?」

 王の目の前、そこに異変が生じる。

 いくつかの鉄の塊のような物体が出現し、一定範囲をぐるぐる飛び回る。

「弱者を、砕け」 

 鉄の塊は回る毎に、兜や手甲など、鎧のパーツのような形に洗練されていく。

(なんだ?これは……)

 目前の不可思議な光景を、ローは怪訝そうに見ている。これは、情報にない。

「強者の」

 鉄の塊の動きは、だんだん速くなっていく。ぐるぐるぐるぐる、速度を増して……。

「無慈悲な鉄槌……!」

 

 王の間を、凄まじい力の渦が襲う。

 

「なっ……!!」

 強い圧力を受けて、ローは後方に吹き飛ばされる。

 人間、壁、床、玉座……力の渦は、あらゆるものに影響を与えていく。床や壁には亀裂が走り、玉座は倒れて転がる。

「なん、て……!!」

 回り続ける力。

 それは徐々に、徐々に、おさまっていく。

「どうかな?」

 そうして渦が完全におさまり、王はローに向けて問いかける。問いかけの意味は、王の目の前に。

「儂の、とっておきのオモチャは?」

 真っ赤に染まった、三体の鎧がそこにあった。否、正確には血に染まった鎧達。

「……!?」

 組み立てられた玩具達。見る者に恐怖を抱かせるような、その外見。不気味極まる、その異様。

 ――鎧達は機敏な動作で、手に持つ長銃を構えた。

(!!、銃を)

 銃口の一つが、ローに向けられた。

 間断入れずに、銃弾が放たれる。

(!?)

 射出された銃弾は、一瞬で巨大化。大砲の弾のような大きさになり、標的に飛来する。

 瞬時に回避を選択、行動。避けた銃弾は後方の床に着弾し、爆発を起こす。

 爆発の規模は、大したことはない。だが、ローは嫌な気配を感じとる。

 まともに当たってはいけない、そんな気配だ。

(次――)

 避けたローに、追撃が放たれる。

 一発、二発、三発、四発、五発、六発……次々に撃ち出される銃弾、巻き起こる爆発、強者の蹂躙。

 

 ローは、死の爆煙にのまれて消えた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

くだらない

「厄介な……!」

 王の間の手前の部屋にいる人間は、二人。

 一人は黒ずくめの、人相が悪い男。もう一人は全身を鎧で包んだ、巨体の男。

 二人の男は、互いのやり方で戦いを進める。

「ちょこまかと!」

 兵士長は、怒気を込めながら剣を振るう。剣から斬撃が【飛び】、床を削りながらカポネに襲いかかる。

「!、飛ぶ斬撃かッ!」

 カポネは、斬撃を右に回避した。擦れ擦れで隣を通り抜けた斬撃により、後方の壁が抉られ、破壊される。

「回避だけは上等かっ!」  

 兵士長の怒りの原因の一つは、相対するカポネの戦い方。カポネの小賢しい戦い方が、正々堂々を良しとする兵士長は気に入らない。

「しぶとい!」

 しかし、苛立っているのはカポネも同じ。どれだけ策を弄しても、強力な武装に弾かれてしまう。

「・・・・・・やはり無茶だな!硬すぎる!」

 床に散乱する、いくつもの銃弾。その全てが武装して放った物だが、兵士長には大して効かない。

 元々、直接的な戦闘は得意じゃないカポネの表情が、だんだん険しくなっていく。

「どうした!手詰まりか!」

 兵士長は更に意志を高め、剣を振る。

「うおっ!?」 

 剣の切っ先が、カポネの服をかすめた。

「……仕方ねェ。ああ言った手前、少し格好悪いが」

 カポネの目つきが、決意を固めたものになる。それを見た兵士長は動きを止め、身構えた。

(何だ?次は、どんな手で来る?)

 カポネの次の手に、彼は思考をめぐらせる。

「……あばよ!!」

 満面の笑みと共に、カポネは煙幕を張った。

 兵士長の視界を、煙が覆う。

「貴様っ!?」

 カポネを見失なった兵士長は、以前、彼に逃げられた時のことを思い起こす。

(逃げた!?いや、しかし、だが、奴は、この、状態を)

 混乱する兵士長の思考。

 

 それに紛れるように、銃声が鳴った。

「ぬっ!?」

 兵士長は、咄嗟に銃声のした方へ向く。

 煙を貫き、襲いかかる銃弾。

 強力な武装をほどこされた銃弾は、彼の鎧を砕き、体に突き刺さる。

「……!!舐めるなっ!!」

 兵士長は渾身の武装で、銃弾に対抗する。ぶつかり合う、強力な二つの覇気。

「ぬんっ!!」

 弾かれる、鉄の塊。勝ったのは、兵士長。

「残念、だったなっ!!」

「……くそがっ!!」

 カポネの罵倒が、部屋に響き渡る。

 

 その罵倒を合図に、多数の銃撃が鎧を砕き、兵士長の背中を襲った。

 

 それは、伏兵からの奇襲。

「!?、なっ!?」

 兵士長の背中に撃ち込まれた多数の弾丸、それは致命傷を与えるには充分。

(背後から伏兵による銃撃っ!?どこに潜んでっ!?)

 撃ち込まれたのは、武装色が薄い部分。

 そう、背面こそが彼の弱点。カポネはそれを見抜いていた。

「がっ!!はっ……!!」

 彼は吐血しながら、体勢を崩す。

「まだ、だ……!!」

 しかし気力で踏みとどまり、カポネのいる方へと突進する。

 煙で視界は悪いが、このままでは何もできず倒れる。それだけは許されない。

「オレはっ!!まだっ!!あの人にっ!!」

 まともな判断力を失った状態で、なお戦い続ける兵士長。眼は血走り、口から血をまき散らす。

「う、おおおおお!!!」

 全ては、恩人のため。王に対する情がなせる行為。

 逸脱した精神を燃料に、最後の力を燃やし尽くす――。

 

「……くだらねェ」

 僅かな呟き。複雑な感情を伴いつつ、カポネは引き金を引いた。

 

 

 

「うわあああッ」

「おい!大丈夫か!?」

 

 中庭で繰り広げられるおもちゃたちとの戦いは、ロー達の劣勢で進んでいた。

「ふんばれ!!」

「おおお!!」

 ロー、カポネ、ウルージの総力に近いそれでも、あまりに王が準備した兵達の数は多く、苦戦は免れていなかった。

「ちくしょう、キャプテン!早く!」

「まずいぜ!こりゃあ!」

 

「ぎゃあっ!?」

「ベポ!?」

 ベポは芝生の上に倒れ、周囲にいる玩具たちの剣が彼に向けられる。

「今、たすけにッ」

 急いでフォローに行くシャチたち。

 

(くそッ!間に合え!!!)

 

 剣は無慈悲に、ベポに接近し――。

 

「かかれー!!」

「おおー!!」

 

「!?」

 ベポを襲う兵達を蹴散らす、小人達。

「恩人に恩を返す時れす!!」

「一斉にいくれすよー!!ファイトー!!」

 中庭の入口である門から、大量の小人達が突入してくる。

「あいつらはッ!?」

「なんにしても助かる!!」

 

「この時こそ!勇者のように戦うれす!!」

 彼等は王の能力によって生み出された玩具達。

 少年のような意気込みで、自らを生み出した存在に立ち向かう。

 

「キャプテンを信じて、もうひと踏ん張りだ!!」

「ああ!!」

「アイアイ!!」

 

 

 

 王の間。

 爆撃を受けた床には、いくつものくぼみや穴。爆煙は、まだ残っている。

「くだらないと、儂は思ったんだ」

 王は語る。眼前で膝をつくローに向かって。

「恐れた他国による、圧倒的な蹂躙。ある者は判断を間違え、ある者は情に流され、その全てが裏目に出て、くたばっていった……倒れ伏した様々な死体」

 ローの服は焼け焦げ、ぼろぼろだ。意識は曖昧で、定まっていない。そんな状態で話を聞いている。

「病気によって差別され、それでも懸命に生きようとした、本当に優しく信頼できる人々だった……それでも、くだらないと思ったんだ」

 語っているのは辛い過去、その筈なのだが。

 王は、にっこりと笑った。滑稽で仕方ないという風に。

「無様な弱者に価値などない。そう思わないか?」

 ローに放たれる、問いかけ。

 ローはその様子を見ている。

(ああ、そうか)

 そうして、あることに気付いた。それは、自分の苛立ちの原因。

(この男が、馬鹿にしているのは)

 

 それなら、返答は決まっている。

 

「――思わねェな」

 彼は、そう返答した。

「……」

 王は、わずかに失望の色をのぞかせて、

「死ねよ。役立たずの勇者」

 憎しみをこめた刃を、振り下ろした。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

一刀

「ぎゃあああああああああ!!!」

 王の間に響く絶叫。その叫びは、痛みが凝縮したようなもの。聞く者の心すら傷つける。

 だが、発しているのはローではない。

「あついッ!!熱いッ!!あついッ!!いたいッ!!なにがッ!?」

 絶叫を発しているのは王。彼は玩具の炎によって痛みにのたうち回る。ローを焼いた爆撃、それが王を襲った。何故かローではなく、玩具の銃弾を斬ってしまった。

 まるで、ローと銃弾が入れ替わったかのよう。

「消えてっ!!やつがっ!!いっ瞬でっ!!」

 乱れに乱れる思考。当然、まともな武装を保てるはずはなく――。

(――勝機)

 その隙を彼は見逃さない。

 先程いた地点より後方に少し離れた場所に、一瞬で移動したロー。彼は爆撃により抉れた床で立ち上がり、薄れゆく意識のままで王に向かって駆け出す。

 

 ――妹をよろしく、皆さん

 

(距離―速度―武器―刀を)

 疾走するローの手元に刀はない。先程の猛攻で失ってしまった。

(刀、刀を―)

 刀を求め、動く眼球。

(刀―)

 そして、

(―見つけた)

 王の後方、倒れて壊れた銅像。

 そこに隠されていた、一振りの刀。

「――タクト」

 ローの言葉と同時、刀が浮き上がり引き寄せられる。

(体が、くずれる)

 ローの体は、一歩踏み出す毎に悲鳴を上げた。激痛が体を襲い、意識を砕こうとする。

 

 ――でも、想像とは違うものね。

 

(まだだ、まだ)

 その体を突き動かすのは、強い思い。悲鳴を押し殺し、今度こそと、足を踏み出す。

 

 ――君がロー君か

 ――村長を助けろー!

 

 駆けて、駆けて、あの刀を。

 気力を振り絞って駆けるローと、飛来する刀。二つの影が重なった。

 

(これで)

 鞘から、刀が抜き取られた。

 眼前には、王の姿。

(終わりだ)

 全力の咆哮と共に、妖刀が放たれる。

 

 ――ようこそ!わたしたちの村へ!!

 

「おおおおおおおおおォォォ!!!」

 

 全ての想いを乗せた一刀が、王を両断した。

 

 

 

 戦いが終わった王の間に、訪れる静寂。

「……」

 王の体はばらばらに切り裂かれ、動けない。

「終わりか」

 王の傍には、倒れ伏したローの姿。意識は、ない。

 王とローの他に、この場にはもう一人いる。

「……酷い様ですね。王」

 道化師は、王を見下ろしている。

「自分のオモチャを利用されて負けるとは。銃弾を切断して一時無力化、そして潜ませておいた……彼の力とは、相性が悪かったですね」

「まったくだ。悔しい」

 言いながら王は、ローが握っている刀を見た。

「彼が使えたのが?」

「当然だ」

 子供のように拗ねながら、彼は過去を思い起こす。

 

【ここに一本の妖刀がある】

【この妖刀は持ち主を選ぶ】

【この妖刀は未来を見る】

【その未来で選ぶ】

【持ち主に足るかどうかを】

 

「お前は、そんなことを言っていたが……」

「この刀には、ある思いが込められているそうです」

 道化師は、刀にまつわる話を語り出した。

「その刀匠はある平穏な国で生まれ育ちました。本当に平穏で、平和な国。彼の周りには、優しさが絶えなかった。……しかし、平穏は壊れてしまった」

 語る彼の口調は、とても真面目なもの。

「滅んだ国を前に、彼はただ嘆いた。・・・・・・その嘆きが、込められているんです」

「嘆きか。・・・・・・つまり、あの刀が選ぶ未来とは」

「ええ、彼が望んだ未来」

 王は、納得がいったという風に笑う。

「儂には使えんな。それは」

「まあ、その刀は偽物なんですが」

「え?そうなの!?」

「私が能力で作ったものなんですよ。オリジナルは他にあります……そろそろ時間ですね。貴方に後はない。国を収めた箱は壊れ、なくなるでしょう。そうして人々の記憶は都合よく変わる」

 道化師は、王に告げる。彼の言う通り、王には後がない。

 死の足音が近づいている。

「――それは、お互い様だな」

 

 

 

「……」

 カポネは、王の間に続く長廊下を歩いていた。足取りは軽く、彼の心境を表している。

 兵士長の排除には【中】に潜ませていた兵力を使うほど手こずったが、その甲斐はあったとカポネは思う。

「……ククク」

 その顔は、とても歪に歪んでいる。

 服には、血痕が付着している。血は、まだ乾いていない。

「ククク……ハハハ……」

 薄気味悪い笑い声が、廊下に響く。

「最高だ」

 笑いが止まらない。喜びを止められない。

 それは、思い描く至福の未来からくる感情。これからどんなぐちゃぐちゃの光景が見れるかと思うと、嬉しくて仕方ない。

「やっぱり、止められねェな。これは」

 生まれつきの性格。変えられない悪の性。

 だから、もう一度。

「もう一度だ」

 求め続ける。

「さて……」

 次の獲物は誰にするか?

 

「ファーザー!!無事ですか!?」

「おお。最高だ!ヴィト!」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

笑みの理由

 穏やかな雰囲気に包まれて、村は変わらずそこにある。今日も、村は平和だ。

「マリィ、泣いてるのか」

 村人達の体の変色は、失せていた。

「なんで、もっと早く……‼」

 それに対して、複雑な感情を抱く者もいる。

 しかし、喜ぶ者は多かった。

「ウルージさん、これ頼むよ」

 壊されることのない平穏。

「任せなされ」

 平和な風景。

「やっぱり力持ちだな。あんたは」

 緩やかな時の流れ。

「私の取り柄だからな」

 

 今日も静かに、そんな日常が過ぎていく。

 

「穏やかなとこだな」

 子供たちの遊び場の、野原。そこに、数人の子供の姿があった。

「あの時は、ごめんな。無駄におびえて・・・・・・わるかった。石を投げたやつもさ、反省してるみたいなんだ。すぐには、なじめないけど」

その中には、村の外の子供が混じっている。

「いいよ。わざわざ、あやまりにきてくれたし。そんなことより、遊ぼうよ」

 過去の諍いを流し、子供たちは笑い合う。

「ああ!!……んん?」

「どうしたの?」

 少年の視線は、一体の銅像へ向けられている。

「かっこいいな。これ」

 古ぼけた、鳥の像。

「その銅像は……村の象徴みたいなもので」

 アンは、銅像について語り始めた。

 

「たくさんの思いをのせて飛ぶ鳥」

「私たちは、健やかに過ごしている」

「それを大切な人に伝えてくれる鳥」

 

 少し得意げに話す彼女は、不思議な感慨を抱いた。

(前にも)

 こんな感じで説明した気がする。あれはいつのことで、だれにだったか。

(……)

 おぼろげな記憶をさぐっても、なにもわからない。

 少女は、切なくなって空を見上げる。

「……あかるい」

 空には、燦爛と輝く太陽があった。

 

 

 

 空が、赤く染まり始めた。

「いよいよ、この島ともお別れか」

 ハートの海賊団は全員、海岸に停泊したポーラータング号の甲板に立っている。

 目的を終えた彼等は、島から旅立つ時を迎えようとしていた。

「しかし、武闘大会は熱かったな。刀もきっちり手に入れたしよ。もう一つの鉱石は入手できなかったが」

「まさか、妖刀が優勝賞品とはな。偽物だったけど。次はどうする?」

「まだ力が欲しい。あの男を、止めるまで」

 彼等の旅は、これからも続く。

 

「次は、どんな島かな~」

「今度こそ、美女が多い島に行こうぜ」

「それなら、この前に新聞で見たんだけどさ……」

 船内へのドアをくぐり、甲板から姿を消していく船員達。それに続いて、ローも船内へと向かう。

(夕陽か)

 船内に入り、ドアを閉めようとしたローの目に、夕陽が映る。

 

 いつだったか、こんな風に夕陽を見ていた気がする。

 

「……」

 ローは、ズボンのポケットに手を入れた。そこにある物を掴み、取り出す。

 ポケットから取り出されたのは、木彫りの鳥。

 不思議なあたたかさを感じるもの。

(悪くない)

 木彫りの鳥は少しの間だけ手中におさまり、またポケットにしまわれる。

「――」

 

 彼は少しだけ微笑みをこぼし、静かにドアを閉じた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。