恋は秘密から始まり (イチゴ侍)
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第1話 関係の始まり

 

 - 第1話 関係の始まり -

 

 担任の先生から面倒事を任された。

 俺は職員室から出て静かにため息をこぼす。

 窓ガラスから見える空には雲がまばらに浮かび、ほんのり赤く彩られていた。

 

 校内は驚くほど静まっている。数時間前までは、グラウンドに響くホイッスルの音や生徒達の喋り声が聞こえたものだ。

 もうすぐスポーツの夏がやって来るということもあり、どこの部活も気合いの入り方が違った。

 

 

「うげぇ……こんなに紙貼ってあんのかよ」

 

 職員室前の掲示板に貼られたポスターや、プリントの数々。

 そう、俺は今からこれを全て剥がさなければいけないのだ。

 

 二十回。

 これは俺が授業中に居眠りをした回数だ。居眠り常習犯の俺にはペナルティが課されるようになり、十回事にその罰が与えられる。

 今回は、六時間目の数学で見事に二十回目の居眠りを達成。これは最後の時間に数学なんて配置した先生方が悪い。それに俺以外にも寝てるやつなんて山ほどいたのに、盛大に叱られるのは俺だけ。

 

 

「くそっ、やってられるかよ」

 

 苛立ちは最高潮。その怒りの矛先は、今現在剥がされている紙達に向けられている。

 普通なら四つ角に刺された画鋲を丁寧に取ってその後に紙を取るが、画鋲は取らずそのまま横から紙を破る。

 

 どうせ捨てる紙だ。後でシュレッダーか何かでビリビリに破かれるなら、ここで俺が破こうが問題はないだろ。

 物に当たるな。とはよく言うが、今くらいは目をつぶってほしいものだ。

 

 しかし、あまりにも音を立てすぎたせいか先生が職員室から顔を出した。

 

 

「おい、遠藤(えんどう)。お前はもう少し静かに剥がせないのか?」

「さーせんっした〜」

 

 ストレス解消の邪魔をされたのが気に食わず、たっぷり皮肉を込めた謝罪をする。

 そんな俺の態度に意を唱えたそうにしているが、俺なんかに構ってる暇はないのだろう。渋々と言った様子で職員室の中に戻って行った。

 

 

「バックれないだけまだマシだと思ってほしいもんだよ」

 

 居眠りチェックは、決して俺だけが受けてるわけじゃない。他にも同じように授業中に居眠りを繰り返す輩もいるし、視野を広げれば先輩にもいたりする。

 その中には、少なからず罰を受けない者。サボる者が存在する。そいつらには後でもっとキツい罰を与えるそうだが、俺はそうなりたくないので黙って罰を受けているのだ。

 だったらまず居眠りを辞めろとつっこまれること間違いなしだな。

 

 

「これで……最後」

 

 残り一枚を乱暴に剥がし、掲示板はすっかりその元の緑色をさらけ出していた。

 先生には、終わったら戻ってよしと言われてる為、手に握られた紙たちを潰して丸める。

 

 教室のゴミ箱にでも捨てていこう。そう思い、俺は足を運んだ。

 

 

 そこで不思議なものを見た。

 

 横に連なる教室。他は教室の扉が全開に開いているのに、一クラスだけ締め切られている教室があった。

 

 

「? 誰か残ってんのかな」

 

 日が暮れるにつれて、蒸し暑さも和らぎはするが風通しを良くした方がいいはず。なのに全部締め切ってるということは、外からは見られたくないのだろうか。

 なんにせよ、教室には俺のカバンが置いたままだ。それを取らなければ帰ることが出来ないので、中にいる人には悪いけど入らせてもらおう。

 

 ほんの少しだけ隙間が開いていたが、気にせず手を伸ばし

 

 

 ────扉に手をかけた瞬間、体が動かなくなった。

 

 

 必死に押し殺す声。上気した頬。ガタッと音を立てる机。布が擦れる摩擦音。

 

 

 ────俺は見てしまった。

 

 

 締め切った教室には一陣の風すらも入る余地がない。だが、光は差し込む。夕陽の眩しさはカーテンで遮られているが、それでも全てを防げるわけもない。

 だからこそ、扉の隙間から見える光景に俺の目は釘付けだった。

 

 覗くのをやめろと自分に問いかけるが、言うことを聞かない。それはまるで、おもちゃを買ってもらえずその場で駄々をこねる子供の様。

 隙間から見える行為については、それなりに知っていた。中学生のくせにと思われるだろうが、友人の兄が持っていたいかがわしい本に載っていてそれで知っているだけだ。

 

 それにしても……空想の中だけだと思っていた事が、いざこうやって目の前で起きてると思うと、ここが現実か夢か分からなくなってしまう。

 

 それでも今の俺にとってはどうでもいい事だ。思春期真っ只中の俺にとってこれは貴重な体験に変わりない。

 もしここで見るのやめたら、次……いや、この先見ることが出来るだろうか?

 まだ見たことのないものに惹かれる。それはまさしく人間の性だ。抗う事なんてできない永遠の拘束。

 

 

「…………んっ」

「────っ!?」

 

 あ、危ない危ない。もう少しで音を出してしまうところだった。熱の篭った吐息に釣られるように、俺の肩がピクリと上下する。

 

 隙間から見える少女は、“見覚えがあった”。それもそのはず、彼女は同じクラスに属する女子であり、また学級委員長でもあるのだ。

 

 そうと分かると尚更、今目にしてる状況がさらに理解不能になってくる。

 委員長という名に恥じない頭の良さで、いつもテストでは上位。クラス内だけでなく、他クラスの生徒からも支持されてる言わば理想の優等生。

 

 そんな優等生である彼女が、それらしかぬ行為を行っている。

 

 考えれば考えるほど、真相は奥深くまで沈んでいき、その間にも教室内の彼女は快感を得るため夢中で一つの動作を繰り返す。

 

 

「…………はぁ、はぁ……」

 

 

 運動をして疲れた時に吐く息とは違い、聴いた男達を魅了する不思議なオーラを纏った吐息。

 やっと終わってくれたか……と安堵したのもつかの間、彼女は再び事を始めてしまった。

 

 誰かが来る可能性を一%でも考えていないのだろうか。いくら放課後でほとんどの生徒が帰ったからといって、誰もいないなんて保証はない。生徒じゃなくても、誰か残っていないか見回りをしに来る先生だっているのだ。

 

 もしこれを見たのが俺以外の男だったらと思うと、本人でないにしてもゾッとする。

 よくあるだろ、バラされたくなかったら〜とか言ってヤられるやつ。まぁ、この知識も友人の兄経由なんだけど。

 

 

「…………とも、き……はぁ……んっ、さ……ん」

 

 ともき……確か同じクラスにそんな名前のやつがいたような…………あぁ、俺の前の席だ。

 スポーツ万能、成績優秀、頼れる存在、そしてイケメン。非の打ち所のない男だ。同じ中学生なのにどうして差ができたというほど信じられないくらい完璧な奴で、同級生の女子がほとんどかっさらわれた。

 

 そんな男の名前を出しながら行為に耽ってる委員長。そこから導き出される答えなど、サルでも容易に出る。

 委員長は現在進行形で、恋をしてるわけだ。それもかなりの重度のな。

 

 まぁ、委員長は普通に美人寄りの可愛さだし、スタイルもいいし、これまた非の打ち所のない女性だ。

 

 ……案外お似合いかもな。

 

 

 ────そう思った瞬間にチクリとどこか痛くなった気がした。

 

 

 むしゃくしゃする。心の奥底が真っ黒く染まっていき、フツフツと何かが湧き上がってくる。

 

 

 なんで俺、イラついてんだろ。

 当たり前のことを思っただけなのになんでこんなに嫌になってんだよ。

 

 

 ……わけがわかんねぇ。

 

 

 あんなの見るんじゃなかった。聞くんじゃなかった。知らなければよかった。

 

 

 ガタッ

 

 

「────っ!? だ、だれ!」

 

 考えに集中しすぎて思わず扉にもたれかかってしまったようだ。

 その影響で音が教室内にも届き、驚いた彼女はすぐに行為をやめてくれた。

 

 もはややり過ごすなんて状況じゃなくなった……ということだけは分かる。

 俺は意を決して隙間をこじ開け、その姿を表した。

 

 

「遠藤……さん?」

「……」

 

 こういった時、一体どういう顔をしたらいいのか。これじゃまるで、息子が一人で自家発電をしてるのを目撃してしまった母親だ。

 世の母達はどう乗り越えたのだろう。検討もつかない俺はただ、苦笑を浮かべるだけだった。

 

 

「ど、どうし……て」

「その……委員長も知ってるだろうけどさっきまで先生に仕事頼まれてたんだよ」

「あ、あぁ……居眠りで」

「そうそう、それ」

 

 正直、かなり辛い。

 これが勉強してる所に鉢合わせた。という場面ならばもう少し楽なんだが、圧倒的に場数を踏んでないレベル1の勇者には、この城はデカすぎる。

 

 

「委員長は、まだ帰ってなかったんだ」

「え、えぇ。少し用事があったので……」

「そっか」

「……」

「…………」

 

 会話が終わった……。補足しておくと、俺と委員長はこれまで大した接点は全くない。それ故に話題なんて何一つないのだ。

 

 

「そこ、座っていいか……?」

「ど、どうぞ」

 

 極力委員長が使っていた机から二つ三つ離れた所に座る。委員長も火照った顔の赤らみが引いてきたのか、すました顔で椅子に腰を下ろす。

 

 思えばなぜ、このままカバンを取って帰ろうとしなかったのだろう。

 その考えが浮かぶにはほんの少し遅かったため、今、俺は完全にタイミングを逃したようだ。

 

 

「いやー、今日も暑いな!」

「……」

「もうすぐ夏だもんな。今年は猛暑が続きそうだ」

「……」

「こんな暑い日に先生の奴、掲示板のいらないプリント剥がしなんかさせやがってさー」

「……」

「う……」

 

 助けてください。

 この教室内にはいない第三者に希望の無い助けを求める。が、帰ってくるのはカーテンが揺れる音と空を飛び回るカラスの鳴き声だけ。

 いくら話しかけようとも委員長は、下を俯くばかり。今すぐにでもここから逃げ出したい思いでいっぱいだった。

 

 

「あ、あと「……あの」は、はい」

 

 委員長に話を遮られた。それは、“もう無理して話を続けなくてもいい”と言われているようだった。

 

 

「……どこから見ていましたか」

「ど、どこからとおっしゃいますと……?」

「見ていたんですよね。違ったらごめんなさい」

「え、えと……」

 

 これはどうするべきだろう。

 本当の事を言うべきなのか、はたまたさっき来たばかりだと嘘をつくべきか。

 おそらく、委員長のためを思うなら嘘をつくべきなのだろう。見られたと知ったら、きっとショックを受けるはず。

 

 

「さっき来たばかり……です」

「嘘ですね」

 

 もうバレた!!!

 しかも迷いも何も無く、堂々と私は間違っていないとでも言いたげに発言したぞ。

 これで嘘じゃない、なんて言い返せるほどの度胸は俺にはなかったし、どこか元から隠し通せないだろうと思ってた節もあった。

 

 

「ハイ、ミテマシタ」

「急に大人しくなりましたね」

 

 俺の変わりようがおかしいのか委員長はクスッと微笑み、さらに表情が柔らかくなっていた。

 

 

「それでなんですが、どこから見てましたか? 正直に答えてください」

「はい、はい。……えと、一回目の途中……くらいからです」

「そ、そんなに前から……」

「申し訳ない」

 

 ただ謝ることしかできなかった。事故とはいえ、プライバシーに関わるものを見てしまったのだから。

 

 

「いえ、私が迂闊でした。ですからあなたが謝ることはありません」

「でもその……見ちゃったし」

「い、言わないでください。恥ずかしいので……」

「悪い」

 

 話が進むたびにどんどんと罪悪感が募ってくる。というか進んでると言うより、永遠と続く一本道をただ進んでるようにしか思えないが。

 

 俺はこのまま、話が終わる。そう思っていたのだが、神様はどうやら終わらせてくれないようだ。

 

 

「もしかして、最初から見てたということは……あ、あああれも聞いたんですか!?」

 

 あれ。と聞かれてすぐに分かった。

 

 

「隠してもしょうがない……よな。うん、聞いた」

「!! あれはその……」

「好きなんだろ?」

 

 食い気味にそう答える。その時、不思議と俺の声は強ばっていた。

 

 

「え、えと…………はい」

「……そっか。いつから?」

「入学して一年の時です。偶然同じクラスになってその時も委員長を任されたのですが、初めてで仕事もままならない頃よく手助けをしてくれて……」

「ふーん」

 

 要するに委員長はあいつの優しさに惚れた……と。男が聞いてると実に面白くない話だった。

 でも、話してる時の委員長はとても可愛く、恋する乙女は無敵というのはこういうことなのかと納得してしまった。

 

 

「委員長のイメージがかなり変わったな」

「そ、そうですか……?」

「もうちょっと頑固で、恋とかそういうのにうつつを抜かさない人かと」

「それじゃまるで、私が機械みたいじゃないですか」

 

 サイボーグ委員長なんて名前が一瞬浮かんだが、口にするのはやめておこう。

 

 

「俺が見てる委員長は、いつもそんな感じだ」

「そんなふうに見えてたんですか……いつも寝てるようで、実はちゃんと人を見てるんですね」

「た、たまたまだ」

「今、私もあなたへのイメージが変わりました」

「えっ」

「いつもつまらなさそうに皆から一歩引いた場所に立ち傍観者となり、周りとの間に壁を作り孤立している寂しそうな人だった」

 

 何一つ間違ってない。当たりだ。

 

 

「でも、今日こうやって話してわかりました。あなたは傍観者なんかじゃなく、周りに気を配りよく人を見ている。優しい人なんですね」

「委員長。それは過大評価しすぎですよ」

「間違っていません。それがあなたです」

「断言されちゃったな……」

「自分で言うのもあれですが、人を見る目はそれなりにあると思いますよ。私」

 

 合ってるかはともかくとして、委員長は本当に凄い人だと思う。

 普段、クラスの中でも一際存在感を薄めていて、同じクラスの奴と話すのだって今委員長と話したのが初めてなんじゃないかってほど話さない俺。

 そんな俺とたった数十分話しただけで、ここまで言えるのだ。人を見る目はあるというのはあながち嘘じゃない。

 

 

「まぁ、友輝(ともき)を好きになってるんだからそれも嘘じゃないな」

「なっ!? か、彼の話はしないでください! それと、今日ここであった事は絶対に言いふらさないでください!!」

「そ、そんなに圧をかけなくても言わないし。それに、俺が言いふらしたところで受け流されるのが普通だろ」

「そうでしょうか……」

 

 委員長も知ってると思うが、同じ二年で俺の地位なんて圏外レベルだ。貼り紙とか使って誰が貼ったか分からないとかなら信じたり、噂になったりはするだろう。

 が、まず写真を撮っていないし証言で何かができるわけもない。

 

 それに、

 

 

 ────この人には悲しい表情はさせたくない。

 

 

 

「まぁ、今日の事を使って委員長を脅す……なんてこともできるわけだが」

「…………」

「冗談、冗談だって。そんな怖い顔するなよ」

「あなたの冗談は冗談に聞こえません」

「そりゃあ付き合いも短いしな」

「普段もそんな感じでいればいいんじゃないですか? そうすればクラスにだって……」

「溶け込める。そう言いたいのか?」

 

 それくらい俺だって分かっている。しかしもう遅い。クラスはすでにいくつかのグループに分かれ、そのどこかに一人入るだけで崩れる。

 グループというのはそういうものだ。一見、強固に見えてもどこかに必ずヒビが入ってる。

 

 

「俺はこのままでいいんだよ」

「寂しくないんですか?」

「中学の時の友人なんてそんなに長い付き合いにならないさ。高校からが本番だろ」

「そういう考え方もあるんですね」

「ああ。参考にするか?」

「しません。ただ、そんな考え方があるんだということくらいは覚えておきます。そして今決めました」

 

 すると委員長は立ち上がり、二つ挟まれた机を通り過ぎ、俺が座る椅子の前までやってきた。

 

 

「これからあなたを監視します」

 

 

 仁王立ちでそう宣言する委員長。突然の事でまるで意味が分からなかった。

 

 

「ど、どういう意味……でしょうか」

「そのままの意味です。あなたが私の秘密をバラさない保証がない以上、私自身が見張るしかないでしょう」

「は、はぁ!?」

「ということで、明日からよろしくお願い致します。遠藤友希さん」

 

 

 こうして……

 俺、遠藤友希と委員長、氷川紗夜(ひかわさよ)の奇妙な関係が始まった。



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第2話 憂鬱な朝

 

- 第2話 憂鬱な朝 -

 

 

 翌日。

 朝目覚めると、体が重かった。決して俺が太ったとか、いつの間にか鋼鉄の布団で寝てたとかではない。

 

 

「あ、やっと起きた!」

「なぁ……その起こし方やめないか? 夏海(なつみ)

 

 そう、重かった原因はこいつ。俺の妹だった。年は俺と二歳離れていて、来年は俺の中学の一年になることになってる。

 

 髪は母さんに似て茶髪で、黒髪の俺はちょっとばかり羨ましかった。髪の長さはロングが好きらしく、どうやら最近流行りの芸能人がロングだからという理由らしい。

 

 流行というのはいつの時代も強い力を持っているんだと思わされた。もし、その芸能人がショートのカツラとか付け始めたらカツラがバカ売れだな。

 

 そしてその流行の下僕である我が妹は、若干膨れてた。

 

 

「むー!」

「な、なぜに怒ってるんだ?」

「兄ちゃんのバカ、社会のゴミぃ!」

「おいまて、そんな言葉どこで覚えた」

恵子(けいこ)ちゃんが言ってたもん」

 

 恵子ちゃんとは、現在夏海がハマっているドラマの主人公の名前だ。毒舌な主人公がクズ男共をバッタバッタとなぎ倒していく物語で、その爽快感から今や大人気ドラマとなっている。

 そしてその主人公を演じているのが、夏海の憧れている芸能人なのだ。

 

 しかし、あれは子供に悪影響を及ぼしたりしないのだろうか。現に夏海が社会のゴミなんて覚えちゃってるし、そういうのが危険だからエンピツしんちゃんだって尻をあまり出せなくなったんだろ。

 

 

「えっとな、夏海よ。確かに恵子ちゃんが言ってるかもしれないがな、お友達にそういう言葉を使ったらダメだからな?」

「はーい!」

「よし、夏海はいい子だな」

 

 頭を優しく撫でると、夏海はクシャッとした笑顔を浮かべ上機嫌だ。

 

 

「えへへー! あっ、兄ちゃん! お母さんがご飯できたって〜」

「ん、わかった。今日もありがとな夏海」

「うんっ! 先に下行ってるね〜」

 

 部屋を出ていく夏海。

 結局、今日も起こし方について言うことができなかった。いつもいつもなんだかんだで話題が逸れて、言いたいことが言えない。もしかしたら夏海が計算してやっているのではないかと疑うくらいは、失敗してる。

 

 中学に入る前にはやめさせる。そう心に誓った。なぜならそろそろ俺の理性が暴発する寸前なのだ。

 夏海が小学四年生の時くらいまでは、平気だった。それが変化したのは、小五でいつもどおり夏海が起こしに来て、馬乗り状態になってる時だ。異常なほど感覚が違ったのだ。

 いつもとは違う、まるで全く知らない人にやられているかのような。そんな感覚だった。

 

 そしてその原因は、夏海の発育にあった。

 夏海の体の成長はとても早く、同じ年代の子でもまだ胸囲の発達はまだまだらしい。が、夏海はけっこう出てた。当時中一だった俺にとって、夏海のデカさは同級生の女子と同等かそれ以上。

 つまり夏海は、俗に言うロリ巨乳というやつだった。それでもアニメとかでよくいるありえないほどデカいとかいう訳じゃないが……。

 

 小六になった今でもその発育は止まらず、今じゃモデルにもなれるんじゃないかってレベルのスタイルに仕上がっていた。

 まるで俺を監視すると言った彼女を思い出すそのスタイル……。

 

 

「うぅ〜。思い出すな思い出すな……」

 

 もう少しで昨日のことを思い出すところだった。あれから家に帰った俺は、嫌という程あの光景を思い出しては悶えていた。

 

 

「……着替えるか」

 

 もう、外も中もボロボロの体。疲労が溜まりに溜まって重く、気も乗らないでいた。

 そして今日も学校が待っている。昨日まで普通だった学校への通学がこんなにも重苦しいとは……。

 

 

「憂鬱だ〜……」

 

 悲鳴にも似た俺の声はどこにも届くことなく、自室のカーペットに落下した。

 

 そして目線を下ろした先に見えるは、立派なテントを張ったものだった。

 これはあくまで自然現象だ。決して妹に馬乗りされて……が原因なんかじゃない。第一、俺はシスコンでもなければロリコンでもないんだ。

 

 普通にスタイルの良い女性が……

 

 

 ────い、言わないでください。恥ずかしいので……。

 

 

「くぅあああああっ!!! なぜ思い出す! なぜ思い出した俺ぇ!!」

 

 脳から出ていけと言わんばかりに、カーペットへ額をぶつける。

 もちろん頭突きする音は、響くわけで。

 

 

「に、兄ちゃん!? なにしてるの! おかあさーん! 兄ちゃんがおかしくなったぁー!」

 

 頼むから出ていってくれ、俺の記憶。そして夏海よ、あまり騒がないでくれ……。

 って、騒ぐきっかけになってる俺が言っても説得力なんてないか。

 

 教えてくれ、俺はあと何回あの日の出来事を思い出せばいいんだ。

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

 結局、記憶は出ていってくれることは無く滞在した。フラッシュバックとは、時に役立つが迷惑になる時もある。それを身に染みて感じた登校時、何度も何度も思い出してしまい疲労は限界を超えていた。

 

 教室に入った俺は、誰にも見向きもせず自分の席に向かい腰をおろした。

 覇気のない俺の姿を見ての感想なのか、来ていた他の奴らがコソコソと話している。中身がなんであれ、ああいうのは聞いていて気分が悪い。これも集団教育の醍醐味というか、闇というか……。

 

 

「紗夜さん、おはよう!」

「ええ、おはよう」

 

 机に突っ伏していた俺の耳に声が聞こえた。それは今一番聞きたくない声で、一番会いたくない人。

 

 

「委員長、今日も綺麗だな……」

「ああ。同級生で綺麗なんて思ったの委員長が初めてだぜ」

 

 男子共が委員長に聞こえるか聞こえないかの声で話している。

 あんなふうに軽く委員長について言えるあいつらが羨ましかった。今の俺には考えるだけでも無理だというのに、それを口にすることが出来るんだから。

 

 委員長が席に向かって歩く。

 しかし、委員長の席とは真逆の位置、昨日使われてた友輝の席がある方向に向かっていた。

 それは同時に、その後ろの席である俺の方に向かってきてると同じなのだ。そして先程まで後ろで話してた男子共は、そそくさと離れていき窓際に居座る者は俺だけとなってしまった。

 

 ここまで横目でチラリと見るだけだった俺は、意を決して顔を上げる。

 

 

 ────鋭く、そして綺麗な瞳が俺を見下ろしていた。

 

 

「……な、なんだ」

「おはようございます」

「あ、ああ……おはよう」

 

 なぜ委員長はこんな平然といられるんだ。

 それが今日、最初の委員長への疑問だった。昨日の事を引きずっているのは俺だけなのか、それとも委員長がただ抑えてるだけなのか。

 

 挨拶だけ済ますと、委員長はすぐに自分の席に戻っていく。

 

 どっちかなんて分かりっこない疑問を抱えたまま、俺と委員長の会話は終わった。

 

 

「おいおいおい〜ビックリしたぞ? お前と委員長、いつの間にそんな仲になったんだよ」

 

 委員長が席に戻ったと同時に、驚いた様子で峯岸明(みねぎしあきら)がやって来て、話しかけてきた。数少ない俺の友人である。

 

 

「別に……たまたまだろ」

「うっそつけ〜なんかなきゃあの委員長が挨拶なんてするわけないだろ」

「知らん。なんかいい事でもあったんじゃねぇの」

「なーんだそっか」

 

 こいつ……バカだ。

 中学二年生の男子の平均身長と全く同じで、髪は生まれつきの茶髪。とにかくチャラい男だが、良い奴だ。

 それでもバカなので、テストの点数はいつも低い。そして中学校ではめったにありえない補修を受けていて、補修常習犯の称号を持っている。

 

 

「ところで友希よ!」

「あー声がでかい。で、なに」

「今日の体育楽しみだな!」

「え、今日って体育あった……?」

 

 俺は急いで時間割を確認する。今日は平日最後、金曜日だ。金曜日の欄を見ると、そこにははっきりと五時間目に体育という文字が載っていた。

 

 完全にあることを忘れていて、ジャージを持ってきていない。誰かから借りる……なんて選択肢は、俺には縁のないものだ。つまり、今日は体育に参加できないことが確定した。

 

 

「友希忘れたのか……?」

「……わりぃ」

「珍しいな。居眠りはするが、忘れ物するなんて初めてじゃないか」

「居眠りは余計だ。しょうがない、休み時間に先生に言いに行くか」

 

 体育の前に必ず言いに来ること、それが体育を担当してる先生が決めたルールだ。

 以前、一度そのルールを無視して授業が始まってから忘れたことを伝えた生徒がいた。そいつは、見事に叱られそれ以来目をつけられたとか……。

 

 

「HRまでまだ時間あるし今言いに行っても間に合うんじゃないか?」

「いや、あの先生来るの遅いからまだ来てないぞ」

「それって社会人としてまずいんじゃ……」

 

 こういう所はちゃんとしてる。それがアキだ。いくらバカでもマナーとか礼儀とかはしっかりしてて、たまに教わることもある。

 

 

「大人しく休み時間までま「あー! 閃いた!」……え?」

「友希じゃあ借りる宛がない」

「そ、そうだぞ?」

「ならオレが借りに行けばいいってことじゃん」

「は?」

 

 要するに、アキがジャージを忘れたと偽り誰かからジャージを借り、それを横流しで俺に渡す。そういった作戦だった。

 しかしだ、それはあまりにも貸す奴に申し訳ない。知り合いに貸したはずが、全く接点もない者に使われてたなんて俺だったら耐えられない。

 

 “バレなきゃ犯罪じゃない”そんな言葉があるが、“自分がやられて嫌な事は他人にはしない”小さい頃に教わったであろうこっちを最優先で守るべきではなかろうか。

 

 

「提案はありがたいけど、素直に忘れたと言ってくるわ」

「律儀だな〜。ま、そういう所が面白くて親友になったし」

「え、親友……? まだ話し始めて一ヶ月も経ってないが……」

「何言ってんだよ。親友になるのに月日なんて関係ないんだよ。大事なのは気持ちだ」

「気持ち……か」

 

 暑苦しい、なんて考えは全くなかった。それどころか、とても清々しく安心している自分がいた。

 

 

「しっかし、そうなると今日のパートナーどうすっかな」

「誰か空いてないのか……?」

「うーん。ストレッチの相手なら友希になるんだろうけど、今日確かバレーのパス練習なんだよな」

 

 確かにそれは困った。

 ストレッチならば、足を抑えたり背中を押したりといった補助だけをすればいい為、見学者はその補助係に回される。それ以外にもバレーならネットの準備や得点板をやったりとあるので、さしずめ雑用だ。

 

 

「明君」

「ん? おお、どした?」

友輝(ともき)……」

 

 少し遅れて登校してきたこいつ。委員長の片想いの相手であり、イケメン野郎の大沢(おおさわ)友輝。

 整った黒髪に整った顔立ち、そして整ったスタイル。無駄な場所が無い友輝の完璧な容姿は、見る女子全てを虜にする。

 しかし、それ故に同性からは憎悪を向けられる対象だった。だが、女子に興味を持っていないアキは受け入れ、それなりに話す仲になったようだ。

 

 

「よかったら僕と組まないかな? あいにく、僕もパートナーがいなくてさ」

「おぉ! それなら大歓迎だぜ!」

「それなら良かった! それじゃ、体育の時間はよろしくね」

「任せとけ〜!」

 

 俺は、一連の流れを少し離れた位置から眺めていた。これまでは、普通に接することができた友輝とも、今じゃ相槌を打つだけで精一杯だ。

 こんな所にも昨日の影響が出るとは思わなかったな。

 

 

「おーし、お前ら席につけHR始めるぞ」

 

 先生が教室に入ってくると、立って話していた生徒達は次々と座り始める。

 

 

 今日も移り変わりの無い平凡な一日が始まった。

 

 

 

 

 

 

 



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第3話 逃げられない

 

 - 第3話 逃げられない -

 

 

 

「遠藤、昨日は助かったぞ」

「は、はぁ……」

 

 休み時間。

 二時間目終了と共に、教室を出て職員室に向かった。そこで体育教師に忘れたと伝えると、心底驚かれた。よほど忘れ物をしたのが意外だったようだ。

 そのついでに、担任から昨日の礼をされた。しかし、罰でやったというのに礼を言われる筋合いはないと思うのだが、素直に受け取ることにした。

 

 

「次も頼むぞ?」

「先生、それ「また居眠りしろよ」って言ってるようなもんですよ」

「ん? だってお前、他の奴らと違って居眠り以外はちゃんとしてるだろ」

「そりゃあ……まぁ」

「だから居眠りは許してやる」

「……あんたそれでも先生か」

 

 居眠りしてる張本人が言うのもなんだが、そこは許しちゃいけない気がする。学校は学ぶ所であって睡眠をしに来る場所じゃない。

 ……本当に俺が言える事じゃないんだけどな。

 

 

「まず、ならなんで俺に居眠りチェックなんての付けたんですか」

「お前だけ罰が無いなんて他が知ったら不公平だ〜って騒ぐだろ」

「まぁ……そうなるよな」

「ちゅうわけだ。今後も頼むぞ」

 

 半ば無理やり押し付けられた感が否めない。しかしそれもまた普段の居眠りによる罰だと思えば、それほど嫌には思わなかった。

 先生の話から察するに、俺は罰を受けてる生徒の中ではそれなりに優遇されているのだと分かった。それが分かった以上、変に突っかかるのは止めるべきだろう。

 

 今まで……と言ってもまだ二回だが俺に課せられた罰を思い出してみる。初めてやった時は、授業で使用するワークや資料集の運び。そう、居眠りチェック十回目の罰だ。

 その時は「この程度で許されるのか」と困惑し、昨日の二十回目ではただの掲示物剥がし。これまた、ただの手伝い程度の事だ。

 

 それと比べて、他の生徒はどうだろうか。俺が知る限り、校内の清掃やら反省文などなど……。

 天と地、とまでは言わないが差がありすぎる。これで異を唱えるのはお門違いだろう。

 

 

「それじゃ、俺はこれで」

「おう。授業には遅れるなよ〜?」

 

 話が終わり、職員室を出た。

 次の時間は、確か社会か……。世界史なら容易に暗記できるんだが、地理となると何故か暗記ができなくなる。そんな現象に名前を付けたいところだが、あいにくそういう発想はパッと思いつかない人間だ。

 

 ボキャブラリーが少ない、とは俺みたいな奴に使う言葉だろうな。

 その点、アキは意外と発想が豊かだったりする。バカと天才は紙一重とは言うが、もしかしたらアキが将来めちゃくちゃ凄い発明とか発見をして有名になったりするかもしれない。そう考えると、バカも一概に馬鹿にできないということだ。

 だが、本人に言えば必ず調子に乗るから口には絶対にしないがな。

 

 

「────あ、あの……好きです!」

 

 

 教室に戻るため、廊下を歩いてる時だった。それは、生徒の通りが少ない階段の踊り場から聞こえた。

 おそらく告白現場というやつだろう。中学生のうちから恋だ何だとよく張り切るものだ。

 中学から続く恋なんて二通りしかない。幼馴染か、親同士が仲良いか、それ以外はほとんど続かない。だからといって無駄な事、と切り捨てる事はしないさ。人は遅かれ早かれ恋をする。

 

 恋の仕方なんて人それぞれだ。年上とか年下だったり、もしかしたら次元が違うことだってある。画面の向こうで動くキャラクター達に恋することだってあるし、住む世界が違うアイドル達だったりもする。

 

 

 ……もっと身近な、対象にならないと思ってた同級生だったりな。

 

 

 だから俺は、恋にうつつを抜かす輩を軽蔑なんてしたりしない。なんであれ、必死に頑張ってるのだ。応援しないわけがないだろ。

 

 でも例外はある。

 

 

「────気持ちは嬉しいよ。でも、僕達はまだお互いを知らない。そんな中で告白は受け取れないよ」

 

 

 ……めちゃくちゃモテるイケメン(大沢友輝)に恋する奴らは応援できない。

 何が気に食わないか、モテるやつを妬んでる。そういうのも理由にあると思う。だが、一番気に食わないのは告白してる女だ。

 本気で告白をしてる感じがしない。どこか記念感覚で告白してるそういうイメージが脳にくっついて離れないのだ。

 

 そんなイメージが変わるかもと、俺は密かに覗く。

 

 

「そう……ですか」

「ごめんね」

「いえ。まぁ、断られるなぁ〜とは薄々思ってたし。あ、だからといって友輝君が気に病むことはないんだよ!?」

 

 あぁ……またか。

 

 

「ただ……“記念”になればいいかな〜なんて」

「……」

「一つ聞いてもいいですか?」

「ん? なに?」

「友輝君は、好きな人とかいるの……?」

 

 そう問われ、友輝は一旦考えている。なぜ考える必要があるのか、いや……ここで友輝がいると答えれば、告白は減る可能性もあれば、もしや自分かもと勘違いした女子が沸く可能性もある。

 それで迷ってるんだと、俺は思っていた。

 

 そして友輝が口を開き、こう答えた。

 

 

「うーん、今は(・・)いないかな?」

「今は……ってことは、まだ私にもチャンスがあるってことですか?」

「それはこれから君を知ってからかな。そうだ、これも何かの縁だし、僕の友達になってくれないか?」

「……はいっ!! ぜひ!」

 

 ────俺は静かにその場を去った。

 酷い茶番を見せられた気分だ。既に台本が出来上がっていて、それをただ読んだだけ……そんな感じが今の告白にはあった。

 

 そしてなにより、友輝だ。

 あの時、なぜ“今は”なんて言葉を使ったのだろう。あそこで恋愛は全く興味が無いとでも言えば、告白をする奴も消えていったはず。

 なのに余計に希望を持たせる言葉を選んだ。そんな事を言えば、さっきまで玉砕覚悟だった兵士の士気が上がる事なんて分かりきってるはずなのだ。

 

 友輝という男は底が知れない。今まで気にすることもなかったし、告白されてる所を見たところで「あぁ、またか」くらいの感想しか出なかった。

 なのに今日、同じ告白の現場を見た俺の感想は「気持ちが悪い」だった。

 

 俺はその日、大沢友輝という男の気味の悪さその一部を知ることとなった。

 

 恋と友輝。

 それを強く結びつけたのは確実にあの放課後の教室だ。

 あの記憶からは逃げられない。そう言われてるようだった。

 

 

「影響受けすぎかよ……」

 

 息を吐くように口から漏れた言葉は、授業開始一分前のチャイムによってかき消された。

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

 体育の授業が始まった。

 我が校の体育館は、それなりの広さがある。そこで男子、女子は体育館を二分割にし、同じ空間で授業を行う。

 球技などを行う際には、間に巨大なネットを挟むことでボールが遠くに行かないようにしている。

 

 

「よーし、まずは準備体操だ! 元気よく行けよー!」

 

 体育教師が声を張り上げて、某熱血の人みたいに熱くなり始めていた。

 しかし、それとは裏腹に生徒達のテンションはダダ下がり。おそらく、昼飯を食ったあとの体育だからだろう。そしてこの後六時間目に待っているのは、寝たら廊下立ち、その場で説教という俺の天敵である英語の授業だ。

 

 それら二つが合わさっているため、先生のテンションにはついていけてない。

 だが、そんな男子の中でも生き生きとする輩がいた。

 

 

「おい、女子達がストレッチ始めてるぞ……!」

「うおお……!! オアシスだ」

「これがこの時間唯一の癒しだな」

「眼福、眼福……」

 

 以上、変態数名である。

 女子と同じ空間では必ず起こることだ。特にバレーの時間になると、男子はこぞって直視する。確かに俺だって気になったりするさ、なんせ思春期男子だからな。

 しかしそこは、紳士の心を持たなければ一生を女性とは縁もゆかりも無く終えてしまいかねない。

 今のうちからの努力が実を結ぶのだが……変態男子共の頭には、女子達の事しかないらしい。

 

 

「おっし、二人組みになってストレッチ始めろー!」

 

 そして互いの足を抑え、腹筋、背筋、各自腕立て伏せを決められた回数行い始めた。

 

 もちろん、そんな様子を少し離れたところから見るだけの俺。別にやりたいとかそういうわけじゃないが、みんながやってる中で自分だけがやっていない。そんな状況は少し不思議で居心地が悪い。

 

 そんな俺は、視線を様々な場所に当てていた。そこで水色の揺れるポニーテールが目に止まる。委員長だ。

 普段おろしてる髪が運動するということもあり、ゴムで縛っている。正直、初めて見たのだがとても似合っていた。

 

 バレーボールを何度かバウンドさせ、その感触を確かめる委員長。何ともない普通の動きだというのに、委員長のスタイルも合わさって一種の芸術となっていた。そして俺はさしずめ、美術館に来た客。

 

 男子そっちのけで俺はただ、委員長を眺めていた。

 俺もあの変態男子共とたいして変わらないということだな。人のことを言えないとはこの事だ。

 

 

「先生! 俺パスなんかよりさっさと試合がしたいっす!」

「あぁん? ひよっこが生意気聞くじゃねぇか。まぁ、いいぞ」

「いいんすか!?」

「俺のスパイク二十本を全て受けきれたらな!」

「ふ、ふざけるなぁ!!」

 

 大の大人が何をしてるのだろう。しかも先生をよく見ると、めちゃくちゃ汗かいてた。

 まだ始まって十分と経ってないはずだが……流石、松岡的な修造さんだ。

 

 そして始まる大人の大人気ない本気の攻撃。男は三本、四本と上手く受けていたのだが、あえなく撃沈。

 

 

「ふっ、まだまだだな」

「……お、おい。大丈夫か!?」

「俺の腕……ちゃんと、あるか?」

「お前、腕……腕が……うわああああああ!!!」

 

 ……何やってんだあいつら。

 一瞬だが、世はまさに大海賊時代〜的なのを迎えかけたぞ。

 

 

「紗夜! ボール行ったよ!!」

「わかったわ」

「おお、さすが紗夜。運動神経いいねぇ〜!」

「い、いえ……」

 

 女子は安定してるな、どこかとは違って。フォームも綺麗だし、コンビネーションもバッチリ取れてる。そしてなにより眼福……おっと、これ以上は紳士失格に繋がるな。

 

 

「紗夜、もっかい行くよ!」

「ええ────っ!」

 

 

 ────その時、目が合った。

 

 

 そしてほんの一瞬とはいえ、ボールから目を逸らしてしまった紗夜。しかし、打ち上げられたボールはもう止まらない。

 呼びかける女子。そこで遅れて反応した委員長だが、もう既にボールは頭上すぐ近くだった。

 

 慌てて取ろうとした委員長は足を踏み間違え、後にいた女子にぶつかり倒れ込んだ。

 

 

「うっ……ご、ごめんなさい」

「ううん、平気だよ。……それより、紗夜さん……足を」

「少し捻っただけです」

「先生、紗夜さんが怪我をしました!」

「大丈夫? 氷川さん? 一応、保健室に行ってきてね。足、捻ったみたいだし」

「はい……」

 

 集まる女子達。どうやら委員長が怪我をしたみたいだな。足を抑えてる感じからして、捻ったが正しいだろう。

 一応、知り合いではあるため心配にもなる。俺が気にしていると、女子の方の体育教師が、こっちに視線を向けてきた。

 

 

「そこの男子くーん? 氷川さんが足を捻ったみたいなので、保健室まで付き添ってあげて!」

「え、俺がですか?」

「おお、遠藤。どうせやることもないし暇だろ。俺からも頼んだぞ」

「え、は……はぁ」

 

 いつの間に隣に来ていた先生に頼まれ、ほとんど強制だが仕方なく連れていくために委員長が座り込んでる所まで近づいた。

 

 

「一人で立てそうか?」

「だ、大丈夫よ。これくらい…………いたっ」

「……ったく、無茶するんじゃないよ。ほれ」

「え?」

「早く黙っておぶられなさいよ」

 

 ただ支えるだけでいいと思ったが、立てないとなるとおんぶして持っていくしかあるまい。

 

 しかし、いくら待っても躊躇っているのかどうかは知らないが、おぶられる気配がない。

 

 

「ああ、もうめんどくさいな! さっさと行くぞ」

「へっ、ちょ……ちょっと!」

「いつまでもおぶられない委員長が悪い」

 

 俺は、おぶることを諦めて委員長を抱きかかえた。それは、いわゆるお姫様抱っこというやつだ。

 実際、できるか不安だったが委員長のあまりの軽さに驚き拍子抜けレベルだった。女子というのは、みんなこんなに軽いのだろうか。

 

 

「ま、まって……は、はずかしいわ」

「自業自得。保健室までこのまま連れていくからな」

 

 委員長を抱きかかえて足を進める。背中に女子達の悲鳴みたいな声を浴び、悪いことをしている気分だった。

 

 

「これも委員長が言ってた監視の一つだったりする?」

「……そんなわけ……ないじゃない……今は話しかけないでください……」

 

 両手で顔を隠す委員長。頬がほんのり赤くなっている気がするが、気のせいだろうか。それにしても……

 

 

 ……意外と可愛い反応するんだな。

 

 

 

「…………」

 

 一人、ただ一人、遠ざかる俺の背中をじっと見つめる視線を感じたが、その視線が誰のものかなど気づくことなど俺にはできなかった。

 

 

「おーい、友輝。パス練習始めようぜ!」

「……うん、今行くよ」

 



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第4話 噂の二人

 

 - 第4話 噂の二人 -

 

 

 

 

 

「よし、これでいいぞ」

 

 保健室に着いたはいいが、保健室の先生が不在だったため勝手に物色させてもらった。

 

 

「意外と器用なのね」

「これでも色々と親に教えこまれてるからな。どうする? 体育館戻るか?」

「……あんなのを見られて戻れるわけないじゃない」

 

 ああ、と頷く俺。

 お姫様抱っこはまずかったかな。しかし、おんぶするのも結局同じ反応だったのではないかと思ってしまう。

 足を捻って立てなかったから仕方なくやった。という理由で、収まるほど女子の興奮というのは甘くない。

 

 それに、椅子に深々と座る委員長を見るに戻る気は全くないようだ。

 

 

「あなたこそ、戻らなくていいの?」

「俺はいいんだよ。戻ったところで見てるだけだし」

「そういえばジャージ忘れたのね」

「……ああ」

 

 あんたのせいだよ。なんて言えるわけもない。間接的に関わってると言えば関わっているが、それに気を取られて忘れたのは俺自身だ。

 声にできない考えが頭をよぎり過ぎた事で、思わず素っ気ない返しをしてしまった。

 

 ……ここは本当に何も無い。

 たくさんの道具が置いてあるのにそんな感想が出てきた。ここまでじっくりと保健室の中を見たのは、小学校低学年以来だろうか。外で遊んでいた時に、転んで膝を擦りむいたことがある。あの時は初めての保健室で、ワクワクや痛みでわけがわからなくなっていた気がする。

 

 それから何度もお世話になることがあって、中学に入ってからは今回が初めてだった。

 もちろん、どこに何があるかなんて分からなかった俺は、委員長から場所を教えてもらった。なぜ知っていたのかと問うと「こういう時に便利だから」らしい。それが果たして委員長だから覚えたのか、氷川紗夜という人の性格が覚えさせたのか……どちらにしても俺には、ただ助かった。という感想しか生まれないのだ。

 

 

 沈黙が続く中、先に口を開いたのは委員長だった。

 

 

「……さっきはありがとう」

 

 ボソッと呟いた。

 

 

「どうってことないよ」

「それでもありがとう」

「やけに感謝を押し付けるよな……俺が運んだのなんて偶然だよ」

 

 あの場には委員長を保健室まで連れていける人がたくさんいた。先生が俺を指名するまでに、自分が連れていこうと決めていた女子が少なからずいた。

 つまり俺が連れてきたのは偶然、たまたまなのだ。

 

 

「立てない私を連れてこれたのは、あの場ではあなただけだった。それでも偶然だって言える?」

「俺がジャージを忘れたからだろ」

「もう……素直に受け取りなさい」

「はいはい、じゃあこの話は終わりだな」

「あ、逃げたわね……」

 

 こういう時は男が先に折れておくのが一番だと親父が言っていた。我が家のしょうもない夫婦げんかがすぐ終わるのは、これがあるからなのだろうな。

 

 しかし、男には折れてはいけない時があるとも聞いた。使いどころがあるなんて、つくづく男という生き物は生きるのも難しいらしい。

 

 

「なぁ、委員長。今日の朝の事だけど、なんで挨拶なんてしたんだよ」

「なんでって……挨拶して何か悪いの?」

「……周りが不思議に思わないわけが無い」

「ただクラスメイトに挨拶をしただけじゃない」

「それじゃ、委員長が今までで一度でも俺と挨拶を交わしたか?」

「……ないわね」

 

 ハッとした顔の委員長。

 やっと気づいてくれたらしいが、まだその危険性に気づいてない様子。

 

 

「それに、今クラスで俺と委員長が付き合ってるとか噂できてるぞ」

「は、はぁ……!? ど、どうして」

 

 これも集団教育の醍醐味で、クラスに一人は必ず存在する噂好きの奴。そいつがうちのクラスにもいたらしく、噂を流したんだろう。

 最初は、不思議に思うだけだったのが、そいつが「二人は付き合ってるんじゃない?」などと付け加えたことにより、今の噂が完成したのだと予想する。

 

 

「噂の一人歩きほど怖いものはないからな」

「だからってそんなことになるなんて……」

「おそらく女子だろう。女子はこういうことになると発想がとんでもないからな」

「ごめんなさい……」

「なんで委員長が謝るんだよ」

 

 同じ女子としてなんだろうか、それともフった意味でのごめんなさいなのか。

 俯く委員長の表情は、未だ見えない。

 

 

「俺は噂は気にしないよ。人の噂も七十五日って言うだろ?」

「しかし……」

「それに俺は嬉しいよ。委員長綺麗で可愛いし、そんな子と噂になれるなんて一生に一度……だったりして」

「……どうしてあなたはそんなことを平然と言えるのよ……」

 

 額を抑え、中身は聞こえなかったがポツリと呟く委員長。果たして呆れられてしまったのだろうか。

 ほんのりと赤い頬がチラつくが、答えてはくれない。

 

 

「なんか言ったか?」

「いいえ、なんでもないわ」

「そっか」

「とにかく、噂に関しては無視の姿勢でいいのね」

「それがいいと思う。変に誤解を解こうと動けば、それが返って怪しまれる原因となるからな」

 

 俺たちが何も動かず、それらしい会話も見受けられないとなれば、あの噂は事実ではなかった。となるはずだ。

 

 しかし、それでも解決しない時もある。どこまでも発想豊かな女子が稀に潜んでいた時だ。

 あいつらは、どんなことでも脳をフル回転させて、とんでも発想を浮かばせることができる。そいつらがいたとするなら、この“無視を徹底する”も逆効果になりうるのだ。

 

 

「でも、もしこれが無理なら……」

「む、無理なら……?」

「委員長が友輝に告白する」

「なるほど…………は、はぁっ!? ど、どうしてわ、私が!!」

 

 突然ワタワタとし始めた。ここまで取り乱す委員長を見るのは二度目……かもしれない。

 

 

「だって委員長が好きな奴がはっきりすれば噂だって信用を無くすだろ?」

「だ、だからって……」

「ん? もしかしてフラれるかも……なんて思ってる?」

「と、当然じゃない」

「ありえないありえない。委員長に告られて断るやつなんてよほどの馬鹿だぞ?」

 

 男が好き〜とか、普通の人間に興味が無い〜とかじゃない限りは、委員長に告られて断る男はいないと思うんだよな。

 

 

 ────友輝はどうなんだろう。

 

 

 あいつは果たして受け取るのだろうか。それとも、またいいように操って関係を維持するのか。

 もし、委員長に対しても同じようなことをするのであるなら、俺はきっと平然を装うことなどできないかもしれない。

 

 その場を考えただけでもフツフツと何かが湧き上がる。

 それが怒りなのか、あるいは……

 

 

「もっと自分に自信もった方がいいんじゃない?」

「……そんなに簡単にいかないのよ」

 

 とても、とても重い言葉だった。同い年とは思えないような、深みのある言葉。

 女子というのは、男よりも大人になるのが早い。考え方も物への関心も何もかも女子の方が上だ。もちろん例外はあるが。

 

 

「わ、悪い。ノリ軽すぎたわ。恋って一番大事な気持ちなのに他の奴がとやかく言える資格ないもんな」

「あ……いや、私の方こそごめんなさい。勇気づけてくれたのよね」

 

 照れくさくなって、俺は頭の後ろを右手で撫でる。

 しかし……調子が出ない。普段ならもうちょっと俺がリードして話せるんだが、委員長相手だと上手くいかなくなっちまう。

 

 

「この話はもうやめだやめ。こういう話はあんまり慣れてないんだ」

「……ふふっ」

「? なんかおかしかったか?」

「いえ、ずっと頑張って話を繋げていたのだと思うとつい」

「あんまり笑うなよ……」

 

 この人には一生勝てそうで勝てないんだろうな。どんなにリードしたって最後にはひっくり返される、

 

 ……ふっ、まるでオセロだな。

 

 幼い頃に妹とやったオセロで、終盤でほぼ全部ひっくり返された時を思い出してしまった。

 あれは悪夢だったな。

 それ以来、オセロは全くやってもいないし触ってもいないが、久しぶりに触ってみようかな。

 

 

「それにしても委員長ってバレー上手いんだな」

「運動系はそれなりに基本は身についてますから。覚えたてでも少し練習すればできるようになります」

「委員長はあれだな。“天才”ってやつなのかもな」

「…………そうでしょうか」

 

 なんでも出来て、それでいて綺麗で、人なんか恨んだことないような委員長は、白黒で例えるなら“白”なんだろう。

 

 

「さて、もうすぐ授業が終わる頃でしょうから更衣室に戻りましょう」

「あ、あぁ。そうだな」

 

 

 ────白を黒く塗りつぶしたい。

 

 そう思ってしまった俺は、きっと悪だ。委員長は何色にも染まらない白でなければならない。

 

 でももし、他の誰かの色に染まるのなら……

 

 

「行かないの?」

「……ごめん」

 

 いろいろな感情が混ざったごめんは、響くこと無く空気に混ざり消えていった。

 

 馬鹿な考えはよそう。頭を振り気持ちを改め、俺は保健室を出た。

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

「友希〜帰ろうぜ!」

「……あれ、もうそんな時間?」

 

 なんと俺の記憶は、六時間目に備えて授業の用意をしたところで切れていた。これが示すのはズバリ、また眠ってしまったということだ。

 

 

「いつもより長いお休みのようだったな〜?」

「授業丸々は初めてだな」

「昨日何時に寝たんだ?」

「夜の十時には寝てた」

「それで学校でも寝れるって……ある意味すごいな」

 

 自分でも不思議に思うことはある。夜中遅くまで起きているのでは? と先生に疑われることは多々あった。そうかもしれないといつも十時就寝だったのを九時……八時と早めていったが、それでも変わることは無かった。

 

 

「なんかの呪いだったりしてな!」

「やめろって、ほんとにそうだったらどうすんだよ……」

「教会に行って呪いを解いてもらう」

「近くに教会ないのにどうしろと……「ねぇ」……ん、なんだ」

 

 悩んでいたところに後ろから声をかけられ、声の主の方を向く。するとやはりと言ってはなんだが、俺に声をかけてくる女子なんて一人しかいないわけで、案の定委員長だった。

 

 

「一緒に帰りましょ」

「…………ふぁ?」

「聞こえなかったの? 一緒に帰りましょうと言ったのよ」

「こ、これは……修羅場なのか! 友希もついに……」

 

 アキがなんか言ってるが無視だ。

 しかしこれは非常にまずい。ただでさえ体育の時のことがあるというのに、一緒に帰るなんてしたらますます噂の流れるスピードが加速するばかりだぞ。

 

 俺は委員長以外の周りに聞こえない程度の音量で問いかける。

 

 

「……なんでこのタイミングなんだよ」

「……あ、あなたがいつ私の秘密を口にしてしまうか分かったものじゃないから帰りも一緒にと……」

「……それがダメなんだよ! これじゃ、噂は真実ですよって言ってるようなものだろが」

「あ……」

 

 委員長って意外とポンコツだったりするのだろうか。

 天然……というわけではないのだが、いざとなると急にポンコツになるところとか、多分あの時のことをすっかり忘れてたんだろう。

 その証拠に委員長は、照れ始めたのだから。

 

 

「それじゃ、蚊帳の外の俺は気にせず後はお二人で……」

「逃がすか!!」

「な、なんだよ! てか服つかむな伸びちゃうだろ!」

「……(助けてください)」

 

 目で訴えかけたのだが、意図は全く分かってないようだ。

 

 

「……ほ、ほら行きますよ!」

「い、いゃ……」

 

 小さな悲鳴をあげ、アキにしがみつく俺だったが、二人から引き剥がしをされ、教室から引きずり出された。

 

 

「あの二人って……どんな関係なんだ……?」

 

 

 残されたアキの困惑した顔をうっすらと眺めながら、俺は望まぬ帰宅をするのだった。



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第5話 早起き

 

 - 第5話 早起き -

 

 

 

 

 憂鬱な朝はいつだってやってくる。

 それはいついかなる時だってそうだ。世界のどこにいても朝が来て、昼が過ぎ夜が来る。

 その流れを覆すことなどありえない。人一人の気持ちだけでそれができるなんてなおさら無理だ。

 

 だからこうして俺は布団から顔を出し、ボヤける天井を見つめていた。

 口の中が乾燥する。何か飲みに行こうと体に乗っかっている布団をどけて、ベッドから足を出す。寝起きの体にはキツかったのか、軸がしっかりとしない。頭から倒れそうになるもしっかりと踏ん張り、まっすぐと立つ。

 

 

 不安げな足取りで一階のリビングに向かった俺は、キッチンに置かれた冷蔵庫から水を取り出しコップに注ぐ。

 ふと壁に掛けられた時計が見えた。今の時刻は午前五時。そして今日は土曜日、世の学生ほとんどが休日となる。今だから当たり前のようになっている土曜の休みだが、昔は無かった辺り幸せな時代に生まれたとそう思うべきだろう。

 

 

「そっか、今日土曜か」

 

 頭の隅っこで夏海が起こしに来なかった理由を考えていたのだが、今その理由が分かった。

 基本、夏海は休日には起こしに来ない。休日の朝はのんびりとしたいという兄である俺の思考と同じなのだろう。そこはさすが兄妹と言うべきか。

 

 コップに注いだ水を一通り飲み干し、台所にコップを置いておく。

 もう一度寝ようか。このまま起きていようか。五時という微妙な時間に起きてしまった者の悩ましい選択肢と言えよう。

 

 

「……散歩でもするか」

 

 悩んだ末に出た案だった。

 そうと決まると行動は早く、リビングから自室へと足を動かしていた。

 

 日課というわけでもなければ、何か理由があるわけでもない外出だ。こんな事、小学生の頃はあまりなかった。唯一、朝早く起きて外に出たことがあるとすれば、夏休み中の朝のラジオ体操くらいかもしれない。

 

 あの当時、俺は毎日通っていた。コツコツと溜まっていくスタンプを眺めているだけでも楽しかったあの頃がすごく懐かしい。

 

 ────今年の夏休み、通ってみようかな。

 

 中学生に上がってしまった俺には、あのスタンプは貰うことができないが、あの頃の気分を味わうだけなら体操だけでいいだろう。

 

 ちびっこ達に紛れてというのも少し恥ずかしい気もするが、よく大人達や近所のおじちゃんおばちゃんが来ていたのを覚えている。そこに中学生の坊主が入るだけで、どこも不思議ではない。

 

 部屋に戻ってくると、すぐさま部屋着を脱ぎ捨てTシャツにパーカー、下は半ズボンというラフな格好に着替えた。

 

 ────あの頃もこんな感じに着替えたっけ。

 

 外の気温も暖かくなってきた今日この頃。こんな寒さ対策ゼロの格好でも大丈夫になってきた。

 もうすぐ夏がやってくる……そんな知らせにも思える気温に合わせてのコーディネートだが、ファッションにうるさい夏海に見つかったらなんて文句を言われるか分かったもんじゃない。

 

 ────見つかる前に行くか。

 

 と、財布をポケットに入れたところで、携帯を持つことを忘れていることに気づいた。

 

 あるだけで何かと便利な必需品と言っても過言ではない。今のご時世とは切っても切れない仲であるスマートフォン。中学生には早いのではないかと叔父に言われたりもしたが、両親はなんとしても持たせたかったらしい。

 テーブルに置いてある携帯を手に取り、電源を入れる。すると、一件のメールが来ていた。

 

 

「……そうだったぁ」

 

 思わず声が出てしまった。原因、それは送ってきた相手────氷川紗夜にあった。

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

 それは、昨日の帰り道のことだった。

 

 

「ったく、どーしたもんかな」

「……すいません」

 

 帰路につく俺たち。

 その足取りは重く、一歩進む事に気持ちは下へ下へと沈んでいった。おそらく委員長と俺の噂は急激に現実味を帯びさせているだろう。

 今日が平日終わりの金曜で本当に良かった。

 

 

「私が軽率でした……」

「過ぎたことはもうどうしようもないさ。それより問題は……」

「来週からどうするか、ですね」

「いまさら違うなんて言い訳は通じないしな。ここはやはり委員長が告白を……」

「できません!!」

「……委員長、意外とチキンなのね」

「ち……?」

「いや、こっちの話」

 

 委員長はイメージ通りこういった言葉には弱いのか。

 しかし、ここまで頑なに無理宣言されるとな……二人がくっついてくれるのが一番この噂を静められる方法なんだけども、この調子じゃ無理か。

 

 でも時間が経つにつれて友輝に告白しづらくなるのは委員長だってわかってるはずだ。

 うーん。俺が噂立てられてもいいってところがどうにも邪魔になる。このままでもいいやなんて口が裂けても言えないけどな。

 

 

「じゃあ、どうすんの? このまま付き合ってることにするか?」

「そ、それは……」

「……そこまで拒絶しなくても」

「いえっ! そういうわけでは……」

「いや、ごめん。今のは意地悪が過ぎたわ」

 

 少しチクリとはしたが、元はと言えば自分が言ったことだ。自業自得というものだろう。

 

 

「……もうっ、本当に心配したんですから」

 

 真剣な顔つきから、一転して拗ねてそっぽを向く委員長はとても可愛らしかった。

 

 突如吹く風に委員長の髪がなびいて、くすぐったそうにするその横顔がとても綺麗で俺の心がグッと掴まれたようだった。

 

 

「なんですか……?」

「えっ、あーいや……ちょっとボーッとしてた」

「しっかりしてください。……と言いたいところですが、私も少し疲れが溜まっていて……」

「色々あったからな」

 

 委員長が一人放課後の教室で……や保健室で二人っきりになったり……

 

 

「……変なこと思い出してませんか?」

「ソ、ソンナコトナイヨー?」

「あなたの嘘をつく時の癖が少しずつわかってきた気がします……」

「え……俺ってそんなのあったの!?」

「あの片言……素でやってたんですか!?」

 

 なぜ驚かれた?

 俺って嘘つく時に片言になってたのか……。俺の周りなんて誰も教えてくれなかったから今本当に知った。

 

 てか嘘ついたってバレたじゃん。

 

 

「あの時の放課後ことは忘れてくださいと何度も……」

「いや、つい」

「やっぱり見張っていないと危険です」

「……その見張りとやらで窮地に立っていることを再確認していただきたい」

「はい……」

 

 そこは委員長もわかってるらしい。ほんとになんで「一緒に帰ろう」なんて言っちゃうかな……この人は。

 そういう抜けてるところがまたギャップ萌だったりを生むのだろうな。現に俺がそのギャップに魅せられそうになってるとこだ。

 

 結局、俺は委員長との噂をどうしたいのか。

 委員長への恋心とかは……多分ないと思う。確かに可愛いのも認める。付き合いたいと思えるのも頷ける。でも恋心があるかと言われると……

 

 言われると……どうなんだ?

 

 生まれてこのかた、人に恋したことなんてない未経験の俺では、あるかないかだけの簡単にように見えるこの難題は解けないらしい。

 

 ────きっと時間が解いてくれる。

 

 そんな呑気で計画性が微塵もない俺にピッタリの考え方だと思う。

 

 

「では、監視の仕方を改めます」

「……と、言いますと?」

「携帯は持ってますか?」

「ああ、あるよ」

「それでは……」

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

 ……ということがあり、俺は委員長にメアドと番号を聞き出され電話帳に委員長の文字が増えたのだった。

 

 委員長が携帯を持っていたのにも驚いたが、まさかあそこで交換されるとは……。

 なんでもメールや電話があれば直接合って話さなくても話ができるから、だそうだ。もう少し早くこれを実行するべきだったとあの時は、かなり後悔した。

 

 

『初めてメールを送ります。よろしくお願い致します』

 

 俺の人生初めての女子からのメールはこれとなった。非常に堅苦しい文章で、委員長って感じのするメールだった。

 それにしても“初めてメールを送る”というのは、俺に初めてメールを送るという意味なのか? それとも人に初めてメール送るという意味で書いたのだろうか?

 こういったところで、文章の欠点がよく出る。

 

 数分ほど考え返信に困ったが、

 

 

『こちらこそ。メールを使うのは初めてだから慣れないと思うが、よろしく頼む』

 

 無難な返しをしたと思う。……だが、送ったあとに気がついた。

 俺も堅苦しい文章だったことに……。

 

 

「あぁ……やっちまったな」

 

 いや、くよくよしててもしょうがない。過ぎたことを悔やんでても時間の無駄、もっと有効に使おう。

 

 無造作にポケットへ携帯を突っ込み、次こそ部屋を出た。時刻は五時半、まだまだ一日は始まったばかりだった。

 

 

 

 

 

 

 ────────────────

 

 

 

 

 

 

 家を出てから数分した頃だろうか、近所の公園内を通って商店街のある方へと足を運んでいた。

 早朝から店を開けてるところなどあるわけもなく、案の定シャッターが閉まっている。

 

 こういった景色もあまり見ることもないだろう。そこそこ貴重だからと、足取りをゆっくりにし眺めて歩いていた。

 

 ────こんなに静かな商店街があるのか。

 

 中学に上がって、歳を重ねたことで感性が変わったのだろう。今の静寂がとても心地よく思える。

 ませている、と言われれば反論もできないけど、子供だって時には大人ぶりたくもなるんだ。俺一人しかいない今くらい許してくれるだろう。

 

 

 

「……ん? あれって……」

 

 ふと足を止める。

 銀のシャッターしか見えなかった景色に、落ち着く雰囲気を醸し出すカフェが見えた。近づき、看板を見ると『羽沢珈琲店』と書かれている。おそらくここの店名だろうか?

 

 とても目を引かれる何かがここにはあった。それも足を止めるほどの……。

 

 看板に意識が集中していると、店の扉が内側から開けられた。

 

 

「「あっ」」

 

 店の人だろうか、同い年にも見える少女が出てきて見事に鉢合わせてしまった。

 声が重なると、すぐに少女は困惑の表情を浮かべていた。

 

 

「あ、あの……」

「あぁ、えっと……その」

「何かご用ですか?」

「いや、ただ少し気になって……ここって、カフェ……ですよね?」

 

 たどたどしくそう聞く俺だが、女性慣れしてないのが丸分かりすぎる。

 

 

「はいっ、そうですよ。私の家です!」

 

 とても明るい笑顔でそう言う彼女。茶髪のショートヘアで、身長は俺よりも少し小さいくらい。

 そして、こう言ってはなんだが普通だ。いや、多分俺の基準がおかしいのだろう。なんせ周りは個性的なので溢れているから……。

 そんな普通な彼女だが、どこか一緒にいると前向きな姿勢になれるというか、元気が出ると言うべきか。

 

 普通だが不思議な人だ。

 

 

「家ってことは、家業ってこと?」

「はい、両親が経営しててその手伝いを私がしてます」

「へぇ……しかし、こんな所があったんだ……」

「初めてですか?」

「そうだね。こっちに来るのもほとんど無いから」

「あっ、そうだ! 良かったら入っていきませんか? これも何かの縁ですから!」

「え、えっ……!?」

 

 すると俺の有無関係なく、店の中へと引き入れられた。入った瞬間、珈琲の香りが嗅覚を刺激し、穏やかな空気が頬を撫でた。

 

 

「うん……いい所だな」

 

 入ってすぐ、直感的にそう思った。

 

 

「そうだ。え、えと……ではあらためて。羽沢珈琲店へようこそ! そして私は、お手伝いをしています羽沢(はざわ)つぐみといいます。よろしくお願いしますっ!」

 

 

 羽沢つぐみ。

 彼女との出会いは、早起きから始まった。



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第6話 母は強し

 

 - 第6話 母は強し -

 

 

 

 

 

「うん、美味しい」

「ありがとうございますっ!」

 

 コーヒーの味は中学生の俺には早いこともあり、ココアを頂いていた。しかし流石は珈琲店。香りから味まで市販の物とは格が違った。

 ホットを頼んだのだが、一滴体内に入るだけで骨の髄まで染み込んできて暖めてくれる。

 甘さも程よく俺好みの味だからか、俺は既にこのココアの虜になっていた。

 

 

「こんな美味しいココア初めて飲んだよ」

「そ、そうですか……?」

「今までここを知らなかったのを凄く後悔するレベルで美味しいよ。毎日通いたいくらいだ」

「本当ですか!」

 

 たまたま店の前で出会っただけで、まだ大して話してもいないが話しやすい雰囲気を彼女が作ってくれているような気がした。

 

 

「そう言えば俺、まだ自己紹介もしてなかったな……」

「私もまだ名前しか名乗ってないですね」

「それじゃ、先に俺から。……名前は遠藤友希、中学二年だ」

「二年生……先輩だったんですか!」

「ということは、羽沢さんは後輩……?」

「そうですね。一個下なので」

 

 中学一年ってことか。

 てっきり同い年か年上かと思ってたんだが、まさか俺の方が年上だったとは……。

 

 

「中学はどこ通ってるの?」

「羽丘の中等部です」

「羽丘ってあのすっごい綺麗なとこか!」

「確かに綺麗ですね。教室も設備が充実してますし」

「そうだ。教室一個ずつに冷房付いてるってあれ、本当なのか……?」

 

 アキが前に呟いていたのを覚えている。

 去年の夏頃、あまりの猛暑に全員がバテてた時に「羽丘には冷房あんのになんでここは無いんだぁ!」と嘆いていた。

 それを今思い出し、ふと気になったので聞いてみる。もしかしたらアキへの土産話になるかもしれないからな。

 

 

「確かにありますよ。でも自由に使えるわけじゃないので使い勝手がいい……とは言えないかもです」

「そっか、いや……あるのが分かっただけで収穫だったよ」

「……?」

 

 首を傾げる羽沢さんに「こっちの話」とぼやかす。そして話題を変えるため気になっていたことを口にした。

 

 

「そういえば、さっき会った時どこかに行こうとしてなかった?」

 

 確か、店から出てきた時には外出用の服装だった。今はその上にエプロンを付けているけど。

 もし大事な用事があったのだとしたら、俺は邪魔をしてしまったことになる。

 しかし、思い出したのであろう羽沢さんは、それでも焦るような素振りは何一つしていなかった。

 

 

「ああ、実は今日は早く起きちゃって……それで散歩でも行こうかな〜って」

「そ、そうだったんだ」

 

 同じ理由だったので少しドキリとした。

 

 

「普段起きる時間までの暇つぶしだったんですけど、遠藤先輩のおかげで楽しく過ごせましたっ!」

「せ、先輩……!?」

「あ、あれ……ダメでした?」

「いや、ダメってわけじゃないけど……」

 

 突然の事だったから思わず驚いてしまった。まるで、剣を抜く前に斬られたみたいな。

 それにしても……先輩か。なんていい響きなのだろう。そんな風に呼ばれる日が来るなんて夢にも思ってなかったから、むず痒い気持ちと嬉しい気持ちで頭がぐちゃぐちゃだ。

 

 

「別にそれほど年が離れてるわけじゃないし、それに先輩なんて柄でもないしさ。普通に友希でいいよ。羽沢さん」

「……」

「ん? 羽沢さんどうかした?」

「名前」

「名前?」

 

 オウム返しになった。

 名前が一体どうしたというのか。まさか名前を間違えた……? いや、確かに羽沢つぐみと名乗っていたはず。俺、ちゃんと羽沢さんって呼んだ……よね?

 

 

「私には名前で呼ばせるのに……名前で呼んでくれないんですか?」

「あ、ああ……そっか。えっと、じゃ……つぐみちゃん」

「はいっ! 友希先輩!」

 

 先輩、というのも悪くない……かもしれない。

 

 

「あら、つぐみ早いわね」

「あ、お母さん!」

 

 店の裏からやってきたのは、つぐみちゃんのお母さんらしい。お母さん……と呼ぶにはあまりにも若い。つぐみちゃんのお姉さんと言われても信じられるレベルだった。

 まさに大人版つぐみちゃんのお母さんは、俺を見るとすぐさま近づいてきた。

 

 

「あなた……」

「あ、えと……その」

「つぐみの彼氏……?」

「へっ!?」

「ちょっと、お母さん!?」

 

 な、何を言い出すんだこの人は! 初対面でいきなり彼氏と思われるなんて……いや、まぁこんな朝っぱらから娘が男を連れてきたらそりゃあ彼氏だと思われてもおかしくないか。

 

 

「俺は、遠藤友希といいます。娘さんとはついさっき店の前で初めてあったばかりで、今ココアをご馳走になっていたところです」

「友希先輩の言う通りで、べ、別に彼氏なんかじゃないよ!」

「あら、違うの? 残念」

 

 残念? この人、残念って言った!? 普通、両親って娘を簡単に嫁に出さないんじゃないのか……? よくドラマで聞くけど、あれって間違いなの?

 

 すると、つぐみちゃんのお母さんは、つぐみを連れて奥の方へ背中を向けて行ってしまった。

 

「……友希君ね。それで、つぐみは友希君をゲットするのかしら?」

「……お、お母さん!! なんですぐそっちに持っていくのさ」

「……彼優しそうじゃない? それにちょっとカッコイイし」

「……た、確かにそうかもしれないけど……!」

 

 なにやらコソコソと話しているが、俺にはあまり良く聞こえない。

 

 

「あ、あの〜?」

「はっ! そうだわ……友希君、家で朝ご飯食べていきなさい!!」

「えっ、ええー!?」

「な、何言い出すのさお母さん!?」

「せっかくだからいいじゃない〜。ねっ、友希君も急いでるわけじゃないんでしょ?」

「は、はぁ……」

「よし決定ね!」

 

 お構いなく……と言おうとしたが1歩遅く。

 すぐにつぐみちゃんのお母さんは、キッチンに立ち用意を始めていた。完全に帰るタイミングを失った俺は、どうしたらいいか分からず座りながら右往左往していた。

 

 

「これはもう食べていかなきゃいけない……よな」

「……先輩、本当にごめんなさい」

「うん、つぐみちゃんのせいじゃないから謝らなくていいよ?」

「うぅ……お母さーん!!」

 

 つぐみちゃんは、暴走するつぐみ母に届かぬ叫びを上げる。

 俺はそんな姿を見て励ましの念しか送れなかった。

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

「本当にご馳走になっちゃったな……」

 

 一頻り話し、つぐみ母の手料理をご馳走になった俺は、すっかり明るくなった外へと出ていた。

 

 

「いいんですよ。お母さんと私が勝手にしたことなんで、先輩は気にしなくていいです」

「でもな……」

「なら……その代わりと言ってはなんですが、羽沢珈琲店の常連になってくれますか? それでおあいこということで」

「それなら願ったり叶ったりだ! 毎日でも来させてもらうよ」

「えっへへ〜、約束ですっ!」

 

 そこで俺はつぐみちゃんと別れた。開店はいつも早いらしく、モーニングタイムの時間につぐみちゃんも朝食を取るとか。今回は、俺がいた事もあって一緒に取ったけど。

 つぐみちゃんの笑顔に見送られながら、俺は帰路についた。

 

 

「八時……か」

 

 少しばかりの散歩だったのにも関わらず、三時間ほどにもなっていた。おそらくもう少ししたら夏海が起きる頃かと思うが、俺がいなくなってて心配してるかな……。

 

 ────さっさと帰るか。

 

 膨れた腹を支えながら商店街を歩く。閉じていたシャッターは、バラバラと開かれていて、来た時とはまた違った光景となっていた。全体的に明るく、それでいてほんのりと活気立つ店達。

 

 空だった店に人が入るだけでこうも感じが変わるものかと感心していると、遠くで数人くらいの男の声が聞こえた。

 

 

「おい、聞いたか……?」

「なんだ?」

あの人(・・・)また女狙ってるらしいぜ」

「まぁーたやってんのか。中坊のくせに随分とイキってんな」

「面だけは一丁前にイケメンだからな。てか俺らも中坊だろって」

「ははっ、そうだった」

 

 チンピラか? こんな朝っぱらからご苦労様ですわ。

 てか、中学生って……俺と同じかよ。服装が学ランで身長も同じか、少し上くらいの二人組だ。遠目でだから正確かどうかは、わからんが。

 

 

「今度はどんな女なんだ?」

「なんでもあの人と同じクラスの学級委員長らしい」

「ほー、今までにないタイプを狙ってんだな」

「これまで遊んでそうな女とかばっかだったしな。確かに変わってる」

「委員長ってことは、ガリ勉のメガネ系女子とか?」

「それがめちゃくちゃ美形らしいぞ」

 

 なんだ……この感じ。

 なんで俺……足が震えてんだ? くそっ、止まらねぇ。

 あいつらの口から委員長って言葉が聞こえた辺りからだ。くだらない話してるなくらいの気分で聞いてたはずなのに、動機がおかしくなって落ち着こうにもそれができない。

 

 何故か嫌な予感がするのは気のせいだろうか。

 委員長なんていつも聞き慣れてて、少しドキッとする時もあるけど、今はそれと全然違う。とてつもなく格が違った。

 

 

「うっひょー!! めっちゃそそられるなぁ〜」

「あくまで今はあの人の獲物だからな?」

「へいへい。まぁ、飽きたらどうせこっちに寄越してくれんだろ?」

「どうだろうな? なんでも今回はかなり長く熟すのを待ってるらしいぞ」

「マジかよ……かなり本気じゃねぇか。それほど上玉なんかねぇ?」

 

 これが中学生の会話だろうか?

 いかにも常習犯のような口ぶり。それもかなりの数をこなしてる。俺でも話の内容は分かった。

 

 ────女で遊ぶ。

 

 ああいうのは、そう呼ぶんだろ。

 くだらない。同じ年の奴だからって誰もが普通なんて思ってた自分を殴りたい。あいつらは普通じゃない……異常だ。

 そしてちょくちょく出てくるあの人(・・・)という人物。そいつがこいつらを仕切ってるに違いない。

 

 

「ま、全てもう少しで終わるらしい」

「それまで暇だなー。と────さんの釣った女と遊ぶかな〜!」

「勝手にやってバレても知らねぇぞ……」

 

 人が多くなってきた。そのせいで一部聞き取れなかったが、あんなのとはもう金輪際関わることはないだろう。聞いたところで胸糞悪くなるだけ、聞くだけ無駄というものだ。

 

 チンピラ達の背中が見えなくなると、俺もその場を去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま〜」

「兄ちゃん今までどこ行ってたのさ!!」

 

 帰ってくるなり、玄関で俺は怒られていた。仁王立ちする夏海の横を素通りしてリビングへと向かう。

 

 

「ちょっと兄ちゃん! 聞いてるの!」

「そんなに怒んなって、ただ散歩行ってただけだから」

「三時間も散歩してる人なんてどこ探してもいないもん!」

「俺がいる」

 

 夏海よ。俺に勝つにはまだまだお前は未熟だったな。もっと経験を積んでまた俺に挑んで……

 

 

「友希、そこに座りなさい」

「はい。お母様」

 

 鬼神を背後に出現させたお母様に見つかってしまった。戦闘画面に入ったはずなのに、にげるのコマンドがない!? 存在自体を消されたって言うのか……。

 

 このボス二連戦、一戦目と二戦目で差がありすぎないだろうか。

 

 

「どこに行ってたのかしら?」

「散歩してました」

「どこまで?」

「商店街の奥の方……くらいまでですかね」

「心配させてごめんなさいは?」

「……心配させてごめんなさい」

 

 母は強し。

 その日の朝、俺はそれを充分感じたのだった。



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第7話 暗躍

 

 - 第7話 暗躍 -

 

 

 

 

「それじゃあ、母さん行ってくるよ」

 

 今日から新しい週がスタートした。

 一週間というのは早いもので、ついこの間一週間が終わったと思えばすぐに月曜がやってきた。

 

 朝はいつものように夏海に起こされやんわりと注意したが、辞める気はこれっぽっちもないらしい。ここまで来ると、辞めさせるだけ無駄なんじゃないかと思い始める始末だ。

 

 飲んできた一杯のココアの味を噛み締めながら、学校までの通学路を歩いていく。ちらほらと同じ制服の生徒達が歩いていて、皆それぞれ友達と話していたり一人ノートを片手に歩く奴など様々……。

 

 

「おーっす! 元気しとるかー?」

「おう、おはようアキ」

 

 アキとは、登校中によく会う。というより、知らないうちに会う約束をしていたのではないか、というくらいには会う確率が高い。

 会わない時は、大抵アキが寝坊した時だ。

 

 そして会った途端に、俺の顔をジロジロと見るアキ。

 

「ほっほーう……」

「な、なんだ?」

 

 何か分かったと言わんばかりに頷く。

 

 

「土日で何かいい事でもあったな?」

「なんで?」

「表情がなんかすっきりしてる」

「そ、そうか……?」

 

 今朝方に洗面所の鏡で自分の顔を見たが、仏頂面の男しか映らなかったぞ。ましてや、すっきりした爽やかな顔なんて程遠い。

 

 

「土日何してたんだ?」

「うーん、土曜は朝早くに散歩に出かけたかな」

「珍しいな」

「なんか、早く起きちまってさ。ああ、そうそう……その散歩の途中でいい店見つけたんだ」

「おっ、いいねいいね。そういうの待ってたぜ」

 

 俺は羽沢珈琲店の事、そこで知り合ったつぐみちゃんについて話した。

 

 

「……そんな店があったのか」

「アキも知らなかったとは驚いた」

「俺もあんまそっちは行かないからな。多分行ったとしても、そういう感じの店はどうも入りづらい」

「そうか? いい雰囲気の店だったけど」

「俺が入りづらいんだよ。こんな見た目してっからさ、合わないというかなんというか……」

 

 変なところを気にするんだな。

 別に店の雰囲気に合わなきゃ入っちゃ駄目なんてルールはないし、きっとあの店なら誰でも歓迎してくれると思う。

 でも、それがアキのポリシーだというなら他人の俺がとやかく言う資格はない。

 

 

「それよりもだ! 詳しく聞かせてもらおうか」

「何をだ?」

「そのお手伝いしてた子だよ! つぐみちゃんだっけ、可愛かったのか?」

 

 こいつ、明らかにさっきから聞きたそうだったもんな。

 

 

「まぁ、うん。可愛かったかな」

「かぁー、いいなーおい! 性格的にはどんな感じなんだ?」

「真面目で頑張り屋……かな」

「なるほどなるほど」

「あと、普通だ」

「なぁーるほ……はっ? 普通?」

 

 そういうリアクションになるよな。きっと俺でもそういう反応になるだろう。

 

 

「良くも悪くも普通なんだって」

「それは容姿がって意味か?」

「いや、容姿も可愛い分類に入る」

「えっ……性格が普通ってどういうこと? 確かに真面目で頑張り屋ってのはよくあるけども」

 

 うーん、と唸るアキを横目にどう説明するべきか悩む。

 

 

「変な属性が付いてないと言いますか」

「ほう」

「例えば、そのツンデレとかヤンデレとか」

「なるほど……正統派ヒロインってやつか」

「多分それ」

「……会ってみたいな」

「店は入れないんだろ?」

「いや、会うためなら入る」

 

 さっきまでの、かっこいいのか悪いのか分からないポリシーはどこに行ったのだ。

 少しでも、ちゃんとしてるんだなと思った俺の気持ちを返せ。

 

 

「そんじゃあ、今日終わったら一緒にいこーぜ!」

「一人で行ってらっしゃいな」

「えぇー!? そこは「よし行くか!」ってなるでしょうよ」

「はぁ……わかったよ。ついて行ってやるから」

「助かる……! いやー、お前がいないと話が出来なさそうで……」

「……そういうことか」

 

 つまり、一人じゃ不安だから一緒に来てくれってことだ。こういう時の勢いだけは弱いんだよな。

 まぁ、常連になるって言っちゃったし、元から行くつもりではあったからついでくらいの感覚でいいか。

 

 

「じゃ改めて、放課後一緒に行こうー!」

「……おー」

「ひっく!? テンション下がりすぎだろ! そんなに嫌か! 保護者同伴がそんなに嫌なのか!」

「誰が保護者だよ……誰が」

 

 たわいもない話で盛り上がれるのがこんなにも楽しいなんて、中学生にもなって知るのは遅いのだろうか。

 

 こんな時間がずっと続いてくれればいいのに……。

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

 ────おいまじかよ……。

 

 

 ────誰の証言だ……?

 

 

 ────どうせデマじゃないのか?

 

 

 ────でもこの写真は……。

 

 

 学校には、一つ大きな掲示板がある。それは俺が剥がしまくってた職員室の掲示板よりも一回り大きいもので、部活の紹介だったり新聞部が掲載するニュースだったりが貼られている。

 職員室が学習関係だとするなら、こっちは生徒達が自由に扱えるスペースだと言える。

 

 

「なんだなんだ? この人集りは……」

「珍しいな」

 

 そこに今日は、やけに人が集まっている。いつもなら素通りしてる奴らも妙に食いついていた。

 

 

「ちょっと気になるな」

「あ、おい!」

「少し見るだけだって!」

「……しゃーねぇな」

 

 止める間もなくアキが人の波に入ってしまったので、俺も後を追うようにあるかどうかの隙間を通って最善まで向かう。

 流石に人が多すぎるので、肩がぶつかったり足踏まれたりで嫌になってくる。

 

 

「くっそ……誰だ俺の靴一個蹴ったやつ」

「お、おい……」

「今はそれより俺の上靴をだな」

「友希……これ」

「だから! 俺のうわぐ……つ……」

 

 

 ────自分の目を疑った。

 

 

 これが夢で、まだ本当の俺は自室のベッドで寝ている。それだったらどんなに良かったことか……。

 どんなに目を瞑ろうと擦ろうとそれは変わらない現実。

 

 

 呼吸が荒くなる。周りの奴らの声が徐々に遠くなっていき、無となる。

 

 

「これ、委員長……だよな」

「…………」

「画質が荒いけど、この髪の色は校内で委員長しか……」

「…………」

 

 ……そこには俺しか知らないはずの光景が映ったプリントアウトされた写真と、「学級委員長!! 放課後の教室でwww」などとふざけたタイトルの文章が書かれた紙が数枚貼られていた。

 

 

 冷静さなんて欠片も無かった。だから……

 

 ────これを本人が見たら。

 

 なんて考えが浮かんでこなかった。

 

 

「おい! 氷川さんが来たぞ!」

 

 何もかも、あと一歩遅かったんだ。たった数秒のことを、今から俺は後悔し続けることになる。

 

 

「みなさん、どうしたんですか?」

 

 何も知らない委員長は、困惑する。

 それを見る奴らの顔が明らかに普通のそれとは違うから。

 

 女子は、複雑な表情でなんと声をかけるべきか悩み。

 男子は、明らかに下心を剥き出しの気味の悪い笑みを浮かべている。

 

 俺はただ、唇を噛む。血が滲んでこようが止まることは無い。腕も足も縛られたかのように動かないのだから。

 

 

「一体何が……」

 

 見るな。

 

 

 見ないでくれ。

 

 

 お願いだ。

 

 

 俺の体……なんで動いてくれないんだよッ!!!

 

 

 委員長が見る前に全部剥がしさえすれば……それでいいのに……。

 

 

 ────そして委員長は、見てしまった。

 

 

「な、なん…………で」

 

 目を見開き肩にかけていたスクールバッグが地面に落ちる。

 

 

「まさかあの氷川さんがなぁ……」

「可哀想に……」

「ちょっと興奮するな……」

「わかるわ。あのいつもクールな氷川さんが……」

 

 バラバラと小さく聞こえるその声に、委員長は耳を塞ぐ。目を閉じ、俯き、膝を折る。

 

 

「……いや…………い…………や……ちが、ちがっ…………」

 

 誰だ。

 

 

 誰だよ。

 

 

 こんなにしたのは誰だ。

 

 

 俺か?

 

 

 違う?

 

 

 俺は守ってた。漏らすようなことはしてない。

 

 

 なら何故、こうなった?

 

 

「……っ…………ぅっ」

 

 酸素を取り込もうとしたのか、喉が詰まりもう正常に息ができなくなり始めていた。

 乾いた呼吸が嫌に耳に残る。

 

 

「……おい、なんだよこれ!!」

 

 怒号と共に、ビリッ……ビリッと一枚、また一枚と貼られた紙が破られていく。

 

 友輝だ。

 

 

 全てを剥がし終えると友輝は、集まっている俺らを前に破り捨て、丸めた紙を掲げた。

 

 

「誰がこんなことをした!?」

 

 だが誰も名乗らない。

 

 

「君か!!」

「ち、ちげぇよ」

「なら君か!!」

「わ、私じゃないわよ!」

 

 明らかにここにいないことは、承知のはずだ。犯人がわざわざ紛れて見てるわけがない。こういう犯行をするやつは、その場を楽しむんじゃなくてそのあとを楽しむ傾向にあるはず。

 

 

「……」

「……?」

 

 友輝と一瞬目が合った。一瞬ではあるが、あいつの目はギラギラと光りまるで獲物を見つけたかのような……狩りの目だった。

 

 

「そうか……やはり君か。みんな、聞いてくれこれをやった犯人がわかった」

「……」

「なに!?」

 

 ザワザワとし始める中、友輝は口を開く。

 

 

「一度、紗夜から相談されたことがあったんだ。ある人物から脅迫されてるって」

 

 明らかに嘘だった。

 紗夜は一年の時以来ほとんど友輝と話してなんていないと言っていた。

 

 

「そして自分の思い通りにならなかったら秘密をばらす……と。そうだろ? 遠藤君」

 

 一斉に全員の目がこちらを向いた。それは軽蔑、怒り……それらを含んだ視線。

 

 

「君は最低の奴だ」

 

 丸めた紙を俺に向けて投げてきた。パラパラと足元に散らばり、俺を避けるように集まりも離れていった。

 伏せたまま動かない紗夜を抱きかかえて友輝は、その場を去った。

 

 

 ────あぁ、そうか。

 

 ────よくわかったよ。お前の魂胆が。

 

 

 

「友希……」

「ごめん。今日の約束、守れそうにないや」

 

 

 これは紗夜を(おとし)めるためじゃない。これを仕掛けてきたやつの狙いは、俺だったってことだ。

 

 

「アキ。しばらく俺と距離を置いた方がいい」

「……なんでだ」

「きっとこれから俺は、いい目では見られなくなる。そうなると俺と一緒になんていたらお前だって……」

「────かまわねぇよッ!!!」

 

 いつも温和なアキが初めて俺に対して怒りを向けた。

 

 

「お前がなんと言われようと、自分が他人からどう思われようと関係ねぇ。周りを信じるよりたった一人を信じる。それが親友ってもんだろ」

「……」

「友希が俺を親友と思ってくれる限り、俺は友希の親友であり続ける。それは決して揺るがねぇ」

 

 ただ頷くことしかできなかった。涙で濡れた顔なんて親友に見せられないのだから────。

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

「さて、これからどーすっかな」

 

 そして見事に俺たちは学校をサボってしまった。

 あのまま学校で一日を過ごすには、あまりにも気持ちが整っていなかったからだ。おそらく俺はクラスの奴らにも他クラスの奴らにも歓迎されない。きっといじめとか始まるんだろうな……。

 

 憂鬱になりながら、放課後に行こうと約束していた羽沢珈琲店に二人でおじゃましていた。

 

 

「あら、友希君じゃない! 今日も来てくれたの〜? 嬉しいわぁ〜」

「どうもです……」

「それと……あら、こっちの男の子も可愛いわね! お名前は?」

「あぁーええっと、峯岸明っす! 友希の親友です!!」

 

 親友ってところやけに強調されてたような……気のせいか?

 そしてどうやらアキを気に入ったのか、つぐみ母────めぐみさんは、アキの隣に座ってまで質問攻めにしていた。

 

 

「部活とかしてるの?」

「やってないっすね。でも運動するのは好きです!」

「なら、食欲旺盛だったりするわね。初めて来店してくれて、しかも友希君のお友達ならサービスしないわけにはいかないわねぇ♪」

「マジですか! ありがとうございます」

「いいのよ〜!」

 

 アキのやつ、もうめぐみさんについていけてるのか。やっぱコミュ力の化物は恐ろしいな。

 

 

「で、あの友輝の話は本当なのか……?」

「あいつが嘘つきそうなやつじゃないって気持ちがあるだろうけど、あれは嘘だ」

「マジかぁ……」

「紗夜が喋られないのをいい事にあることないこと話されたもんだよ」

「そんじゃ脅迫なんてしてないんだな?」

「当たり前だろ。逆に俺が脅されてるようなもんだぞ」

 

 監視するとか言われたしな。

 

 

「でも、なんで嘘なんてついたんだよ」

「あいつが全部仕組んでやがったってことだよ」

「は?」

「なんであんな写真があったかは知らないが、あの紙とあの状況を作ったのはあいつだ」

「それはお前いくらなんでも……」

「はぁーい、アキ君おまたせ〜♪」

「あ、アキ君!?」

 

 ……アキに説明するにはなかなか骨が折れそうだな。

 

 少しずつ記憶が繋がっていくのを感じながら、ココアを(すす)った。

 

 

 

 

 

 

 ────────────────

 

 

 

 

 

 

 ふぅ……まずは第一段階だ。

 

 

「紗夜……君はどれだけ耐えられるかな?」

 

 保健室のベッドで横になる彼女の髪を撫でる。サラサラと指の間を滑り落ちていき、感触が手に残る。

 

 

「なぁ……遠藤君、もっと楽しませてくれよ……? 僕のおもちゃなんだから────簡単に壊れてくれるなよ」

 

 



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第8話 強襲

 

 - 第8話 強襲 -

 

 

 

 

 そして翌日。

 重い足取りとため息を引き連れ、学校までやって来た。

 

 ここまで来るだけで相当の視線を受けた。どれも同じ中学の生徒で、先輩から後輩まで幅広く。信号を待っている間なんてコソコソと後ろで話され、もちろんそれは俺にギリギリ聞こえる程であった。

 噂で聞いた程度くらいの癖してグチグチとうるさい奴らだが、そんなのを一つ一つ相手してたらキリがない。

 

 一番心に来たのは、ちょっと前まで挨拶だけはしてくれてた女子から完全に避けられてたことかな。

 まるでゴミを見るような目ってああいうのなんだな〜なんて呑気に考えてたら今度は違う女子共から写真撮られるし、てかお前ら何学校に携帯持ってきてんだよって話なんだが……。

 

 他にもまだまだあるんだが、登校だけで濃密すぎたので思い出すだけでお腹がいっぱいになるからやめておこう。

 

 

「……ここまで来ちゃったか」

 

 目の前に立ち塞がる教室の扉。

 何もかもこの扉から始まった。いつもいつも何かが始まる時は決まってここは塞がってる。これを開けた瞬間から俺の戦いは始まるのだろうか。一体いつまで続くのか分からないゴールの見えないマラソンコース。そのスタート地点に今、俺は立っている。

 

 ガラガラ。

 

 年期の入った木製の扉を開けると、視線を一斉に浴びた。

 恐れ、嫌悪、怒り、軽蔑……俺に向けられる目には、それらしか宿っていない。

 それでも俺は前を向かなきゃいけないんだ。胸を張って堂々としていないといけないんだ、と自分に言い聞かせる。

 

 きっと一度でも下を向いたら負けを認めたことになる。それは友輝であったり、周りの視線であったり。

 だから俺は怖じ気立つことなく、自分の机へと一直線で向かう。

 

 気に食わないのならかかってこい。

 気が済むまで殴らせてやる。俺に脅しは一切効かない。なんせ俺にはもう下がないのだから。

 上に上がるしか道が残っていないのに、下に下がったらなんてこと考える必要これっぽっちもない。

 

 

 ────なんだあいつ……。

 

 ────あんなことやっておいてよく来れたな。

 

 この学校の生徒だ。来て何が悪い?

 

 

 ────紗夜ちゃんに謝りもしないとかどうかしてるわ。

 

 ────委員長が可哀想だわ。

 

 謝ってどうなる。それでお前らは満足するか? 「それで許されるとでも思ってるのかしら」とか言われるのがオチだろ。

 あと、一つアドバイスしてやる。同情ほど悪質なものはないぞ。

 

 

 椅子に腰を下ろす。これと言って特に変化はなかった。いつか見た学園ドラマでは、椅子や机を外に落とされたり机に落書きされたりといじめられている描写があったのだが、意外とないことに驚いた。

 

 

 ────おい、あんま目合わせない方がいいぞ。

 

 ────私達もあいつに秘密を握られてるかも。

 

 

 ああ、そういうことね。

 つまり俺は、いじめられている……のではなく、怖がられているっていう解釈でいいのな。噂程度で知った奴は恐れなしで近づいてちょっかいをかけてくるが、実際にあの現場を見た奴は近づくこと自体恐れている。

 

 ならば、気にする必要はないだろう。視線のせいで落ち着かないが、これも我慢するしかない。

 

 俺の席から遠く離れた所で集まってコソコソとしてる奴らを視界から外し、同じく昨日サボったアキを見やと少し離れた所で三〜四人で話し合っていた。

 

 アキには少しの間だけ距離を置いてもらっている。おそらく今の俺の行動は制限されていて、少しでも下手に動けば余計状況を悪化させてしまう。

 だから俺以外の奴に情報を集めてもらうことにした。唯一信じられる親友に。

 

 反撃に出るためには武器が必要だ。そのために俺は……

 

 

「みんな、おはよう」

「……」

 

 友輝、そして委員長が一緒に教室に入ってきた。俺はその姿を遠くから凝視する。友輝には変わった様子はなく、きっとあれがあいつの仮面なのだろう。

 だが、委員長は見るからに様子が変わっていた。目線も常に下を向いていて表情ははっきりとは見えないが、心ここに在らずといった感じだ。

 

 相変わらず女子達からの人気をかっさらい男子から睨まれている。それは俺に向けられるものとは天と地の差だ。もしかしたら地ですら俺はないかもしれないがな。

 

 

「友輝君おはよう!」

「うん、おはよう。……ほら紗夜も」

「……あ、えと……おはようございます」

 

 女子達の飛び交う声は瞬く間に消え去り、教室内は静寂に包まれる。

 

 

「紗夜がこうなってるっていうのに……」

 

 俺を見る友輝。

 それにつられて次々とクラスの連中が見てくる。

 

 

「君はそこで見てるだけか? いや、まずなんでいるんだ遠藤君」

「……っ! ……なんだ。来て悪いか?」

「来て悪いか……だって? 無神経にも程があるね」

「空気を読むのは苦手なもんでね」

 

 友輝のやつとまともに会話をするのはこれが初めてかもしれない。その初めてがこんな探り合いになるとは夢にも思ってなかったな。

 もしかしたら俺たちはそういう星の元に生まれてたのかもしれない。

 

 まぁ、今はいい。

 それよりも気になるところはそこじゃない。

 一瞬。微かに一瞬。

 

 ────委員長が目を見開くのが見えた。

 

 勘違いとかそんなんじゃない。友輝が「遠藤君」と俺を呼んだ時にピクリと頭が揺れ、表情に変化が訪れていた。

 それが怯えなのかどうかは定かではないが、可能性が見えた気がした。武器の一つが手に入るかもしれない可能性が……。

 

 

「今すぐこの場から去れ」

「おいおい、俺にサボれってそう言いたいのか」

「昨日はサボってたようだが?」

「おかげさまでな……」

 

 決して動じない。気持ちは常に俺様系主人公だ。そして……

 

 ────タイムリミットだ。

 

 

「おい、さっさと座れ。朝のHR始めるぞー」

 

 教室の扉から顔を出し、全員に声をかける先生。時刻は既にHR開始の八時半を過ぎていた。

 

 バラバラと生徒達は自分の席に座りだし、俺の前に友輝が座る。今まで違和感なんて無かったのに、今となってはここまで居心地の悪いものになるとは……。

 

 

「────」

 

 先生が話している間も、俺は委員長から目を離すことは無かった。

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

 昼休み。

 暖かで穏やかな風が吹く。絵の具で隅から隅まで塗りたくったかのような純粋な水色の空。多色が何一つないその空を見上げると、自分の心が筒抜けになっているような気分だった。

 

 風に揺られながら青空を見上げ食べる弁当がここまで美味しいとは思わなかった。

 記憶が正しければ、初めて屋上に来たかもしれない。おかげでテンションがちょい上がってたりする。

 

 ここには変な視線もないし、悪意もない。この空間だけが今、本当の平和と呼べるのではないか。

 

 授業中は至って普通だった。

 合間の休み時間も俺が動きを見せなければいつも通りの光景で、今朝のことが嘘のように思えた。

 

 しかし、昼休みともなるとその時間は長い。それに俺だって飯を食わなきゃいけないわけで、そうなると必然的に動くことになる。

 教室では居心地が悪く食べるどころではなかったので、この屋上へと逃げてきたというわけだ。

 

 

 ────遠足みたいで楽しいな。

 

 

 小学校低学年の頃は密かに楽しみにしていたものだ。まぁ、だいたい一人で食ってたんだけどさ。

 きっとあの時の楽しみっていうのは、こんないい天気の中食べることが出来るって意味で楽しみだったんだろうな。

 

 

「こーんな所でなにやってんの?」

「……アキか」

「そんな嫌な顔すんなって、ちゃんとバレずに来てやったからさ」

「そうじゃなくて、なんでここにいるって分かったんだよ」

 

 ここに来るということは誰にも言っていないはずだし、まず言うやつもいない。

 それに来る時に誰かの気配も感じなかったから、後を付けられた可能性もないはず。

 

 

「あー、なんとなくだ」

「は、はぁ?」

「ここに行けば会えそう! みたいな感じがしたんだよ」

「勘ってことか」

 

 つくづく思う。アキとはどこか不思議な縁でもあるんじゃないかと。

 

 

「朝から一人で寂しそうにしてっから来てやったんだ。感謝しておけよ〜」

「……余計なお世話だ。ありがと」

「ツンデレするならちゃんとやれってーの」

 

 俺の隣に腰を下ろし始め、鉄格子に背中を預け屈伸するアキ。手ぶらで来たということは、既に昼飯は終わらせたのか。

 

 

「お、その玉子焼き頂き〜」

「おま、やりやがったな」

「へっへへ、腹減ってたもんだからさ」

「弁当どうしたんだ?」

「忘れてきちゃったっ!」

「あっそう」

「もう少し反応が欲しかった」

 

 ん、まてよ……?

 

 

「お前、さては弁当たかりに来たな?」

「ソ、ソンナワケナイダロー」

「本当のことを言えばミートボールやるぞ」

「はい、慈悲を貰いに来ました」

 

 白状するの早すぎだし、まさかミートボールで釣れるとは思わなかったぞ。まぁ、美味しそうに食ってるからいいか。

 

 

「────いや〜マジでありがと! 午後の授業耐えられないところだったぜ……」

 

 気がついた時には遅し、俺のおかずのほとんどがこいつに食われていた。

 しかし、残ったの野菜だけなんだが……これでどうしろと。

 

 

「あっ、そうそう。情報仕入れといたぞ」

「あー、うんありがとう」

「そんな落ち込むなって、おかずの代金ってことで!」

 

 くっ……情報代をうまい具合に使いやがった。しかし背に腹はかえられぬ、ってこういう時に使うんだっけか。

 

 

「……ちょっと気をつけた方がいいぞ友希」

「どういう意味だ?」

「友輝な奴、相当やばいのとつるんでやがったわ」

 

 話によると、友輝はこの辺では有名な中学生のごろつき共とつるんでいるらしく、その場面を偶然見かけた生徒がいたらしい。

 その時は、ただ友輝が絡まれてるとしか思わなかったらしい。

 

 そしてもう一人の証言によると、女子を口説いて大人数の男の中に放り込んでいたらしい。それらを合わせるだけでも友輝がその中学生ヤンキーとつるんでいることが分かり、また指揮している可能性も出てきた。

 

 

「その中には、うちの生徒も混じってるらしいな」

「こうなってくるとあの写真の犯人の目星もついてくる」

「……信じたくはなかったが、そういうことだよな」

 

 となってくると、最終的に俺一人では確実に無理だ。数にものを言わせてボコボコにされるのが目に見えてる。

 やはり先生の協力が必要か。

 

 

「慎重に動く必要があるな……アキ、ありがと」

「いいってことよ! だがな、無茶はすんなよ?」

「わかってるって」

「紗夜ちゃん助けてハッピーエンド迎えるまでヘタレんなよ!」

 

 激励の意味を込めた掌底を思いっきりくらった。ヒリヒリとした痛みなんか気にならないほど、たくさん気合をもらった気がした。

 

 

「そんじゃ、先に教室戻ってるからな。くれぐれもサボるんじゃねぇぞ!」

「わーってるよ」

 

 まるで台風のように素早く去っていったアキ。

 広げていた弁当を片付けて、俺も教室に戻ろうと扉のドアノブに手を当てる。

 

 開いた瞬間。

 

 

「いまだ」

「……ッ!?」

「大人しくしやがれ」

「……んッ!!」

 

 ────待ち伏せか……!

 俺が出てくるのを物陰で待ってたってのか。しかもこの巨体……おそらく上級生、三年の人だろう。

 鼻と口元をハンカチで押さえつけられ、呼吸困難に(おちい)る。

 

 

 

 

 

 ────遠藤……くん?

 

 

 

 

 

 誰かの声がした気がする。

 とても優しくて、それでいて澄んだ声。

 

 

 そこで俺の意識は途絶えた。

 

 

 

 

 

 

 



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第9話 救い

 

 - 第9話 救い -

 

 

 

 

 知らない天井だった。

 シミひとつない純白のそれは、重苦しい雰囲気を感じさせず安心をくれる。

 

 微かに聞こえる揺れる木々の音。葉と葉が擦れ合い、まるでどちらが先に落ちるかを競っているかのようだ。

 

 ほんのりと臭う消毒液。ツンと鼻を刺激し普段なら嫌悪する刺激臭だが、今はどこか落ち着く。

 

 真っ白なシーツが目に入る。自分の体を覆う白をどかそうと手を出すが、誰かの気配がそれを邪魔をした。

 

 

「あっ……」

 

 白いカーテンの隙間から手を出し、中を覗いたのは──委員長だった。

 

 

「い、委員長……?」

「やっと起きたのね」

「ここは……」

「保健室よ」

 

 モヤがかかったかのようにはっきりとしない脳で、辛うじて理解出来た。つまり今俺は、保健室のベッドで横になっているそういうことか。

 

 

「なんで俺……こんな所に」

「覚えてないの? お昼休みに屋上で体調を悪くしてたのを先輩が見つけて連れてきてくれたのよ」

「お昼……屋上……先輩……」

 

 そうだ、確か教室にいるのが気まずくなって屋上に行って……アキがやって来て、もうすぐお昼終わるから教室に戻ろうと……そこで。

 

 

「あの先輩は……」

「遠藤君を保健室まで運んでくれてすぐ戻って行ったわ」

「そうか……」

「今度お礼を言っておいたほうがいいわよ」

 

 お礼なんて死んでもごめんだ。

 やっと思い出した。確かに俺は教室に戻ろうと屋上を出た。その時に物陰からあの先輩がやって来て、ハンカチかなんかで息を止められた挙句後ろから……。

 

 ……まだ少しぼんやりとしてやがる。でもほんの僅かに覚えてるのは、意識を失いかける時に委員長の姿を見たことだ。

 

 

「委員長も屋上に来てなかったか?」

「……ええ、行ったわ。そこで倒れかけてる遠藤君を見るなんて思ってなかったけど」

「どうしてあんな所に来てたんだ?」

「それは私のセリフな気がするけれど…………あなたが気になったからよ」

 

 決して顔は見せてくれない。ベッドの横に椅子を用意して、俺に背中を向けて話しているからだ。

 表情がわからない故、怒りを込めているのか心配してくれているのか、読むことができない。

 

 

「気にするのは、俺の方なんだけどな……あの後大丈夫だったか?」

「え、ええ。大沢君に保健室まで運んでもらったらしくて、お礼はもちろん言ったわ」

「お姫様抱っこで連れてかれてたもんな」

「……茶化さないで」

 

 照れ隠しのような鋭い視線をくらった。目が覚めてから初めてしっかりと委員長の目を見た気がする。

 決して光を失っていない瞳の明るさに、俺は少し安堵した。

 

 

「どうして気にかけてなんてくれたんだ。委員長だって友輝から聞いたんだろ。俺がやったんだって」

「ええ、聞いたわ」

「じゃあ、なんで──」

 

 ──近づこうとするんだ。そう口にする前に委員長が開いた。

 

 

「私はあなたから聞いてない。他人が話したことだけで判断するようなことは、私は決してしないわ」

「…………そう」

「だから聞かせて。あなたの話を」

 

 この人はどこまで優しいのか。もしかしたら自分を貶めた張本人かもしれない相手に、救いの手を差し伸べている。

 

 いや、優しいだけではなくきっと強さも持っているんだ。強さと優しさを持つ彼女だから、周りには人が集まる。

 

 俺も、その一人だったのかもしれない。

 

 

 気づけば俺は彼女に、自分はやっていないこと、そして犯人が身近な奴だとぼやかして話した。

 

 

「遠藤君が嘘をついてないことはわかったわ」

 

 そりゃ、話してる間ずっと目を見られてたからな。逸らそうとしたら疑われてたかもしれないし、だから俺もずっと委員長と目を合わせながら話した。

 

 

「なら良かった」

「でも、なら何故大沢君はあなたが犯人だって言ってるの……」

「あー」

 

 あいつが犯人だ。なんてことは委員長には話していない。これはあくまで予想だから憶測だけで決めつけることは出来ないし、それに──自分が好きな相手が犯人だと疑われているなんて知りたくないだろう。

 

 例え事実だったとしても……。

 

 

「そこは俺もわからない」

 

 委員長の様子から見て、俺に脅されているという嘘を吐いたことは言っていないようだ。

 きっと委員長から見て今のあいつは、ただ俺を犯人に仕立て上げようとしてるように見えてるのだろうか。

 

 

「ただ、その発言で今俺の立場が危ういってのは事実だ」

「……ごめんなさい」

「なんで委員長が謝るんだよ」

「あの場で私が遠藤君が犯人じゃないと言えていれば……」

 

 おそらくあいつならそれを曲げてくる。“俺に脅されているから発言せざるおえなかった”という解釈を周りにバラまいて、その勢いで委員長をその場から離れさせただろう。

 

 そうなっていたら俺の立場は、さらに酷いものへと変わっていたかもしれない。ある意味委員長には救われたと言っても過言ではない。

 

 

「その気持ちだけでいいよ」

「でも……!」

「……もういいって」

 

 頭をクシャッと撫でる。

 妹を落ち着かせる時によくやっていて、だいたいやった後には落ち着いてくれる。

 

 

「委員長が気に病むことないって、自分のことで精一杯なのに他人に……それも俺に気を使うことなんてないだろ」

「わ、私は……」

「優しすぎるんだよ委員長は」

 

 

 しかし、相手は委員長だ。知り合いとはいえ無断でやってしまった……と後悔するが、手を払われることもなく続いたので力を弱めて優しく撫でる。

 

 

「俺なんかが相手じゃ愚痴の一つもこぼせないかもしれないけどさ、泣き言の一つや二つ吐き出さないと辛いぞ?」

「……」

 

 この時、密かに心に決めていたのかもしれない。

 

 

「でも、まだ吐き出せられないなら……」

 

 秘密は時に呪いに変わる。

 あの日、彼女の秘密を知った俺には永遠に解くことのできない呪いがかかっているのだ。

 

 解けないのであれば、解かなければいい。それはきっと、諸刃の剣となり俺の足枷になることもあるが、力ともなるだろう。

 

 彼女を──委員長を救う責務が俺にはある。ならばそれを果たすために振るうべきじゃないか。

 

 

「全てが終わった時に泣き言なんか吹っ飛ばして──幸せにしてやる」

 

 堂々と胸を張ってそう言い切ると、委員長は柔らかな笑みを浮かべた。

 

 

「あなたの方が……優しすぎるじゃないですか」

「これでも勇気振り絞ったんだ」

「ふふっ……」

「なんかおかしかったかな?」

「これじゃあ、告白……みたいですね」

 

 

 ……発言を思い出してみよう。

 

 ──幸せにしてやる。

 ──勇気振り絞ったんだ。

 

 言い逃れできないような言葉のラインナップだ。

 

 

「お、男に二言はない! 嫌だと言われても撤回はしないぞ」

「そうですか?」

「信じろ……って言うにはまだ難しいだろうけどさ、きっと信じてもらえるように……いつか」

 

 途方もない約束に、内心頭を抱えながらもそう答える。

 

 そう答えるしか俺にはできなかったから……。

 

 

 

 

 

 ────────────────

 

 

 

 

 

 その日、俺は昼休みからずっと寝ていたらしく、委員長と話していた時間は放課後だったらしい。

 そんな時間まで付き合わせてしまって申し訳ないが、委員長は気にしないでくださいの一点張りだった。

 

 保健室を出て、まずは先生の所へ向かった。二時間とはいえ、保健室で休んでいたとなれば心配の一つでもさせてしまっただろう。

 

 

「おお、遠藤。もう大丈夫なのか?」

「はい。すいません心配をかけてしまいました」

「なんもお前が謝ることじゃないだろ〜? 男は意識失うくらい元気があった方がいいんだよ。気にすんな」

 

 豪快に笑い飛ばす先生に、頭も上がらない。

 

 

「……ありがとうございます」

「おう、明日は元気に来るんだぞ!」

「先生……明日は振替休日です」

「あれ? そだっけ?」

「先生が把握してないでどうするんですか……」

「はぁー!? 生徒だけずりぃぞ! 俺にも休みをくれ!!」

「職員室でよく堂々と言えますね!」

「ちっくしょー!」

 

 血涙を垂れ流す先生から思わず一歩引いてしまった。きっとこれが社会の闇で、そのほんの一部分を今俺は見せられたのだろう。

 

 用事はとっとと済ませたので、空っぽとなった教室へ戻り、荷物をまとめて学校を出た。

 

 校門をくぐり一歩外に歩き出すと、堅苦しい空気から一転して穏やかで自由な空気へと変化した。心なしか足が軽く、少しでも上げれば飛べそうなくらい地球の重量を無視している。

 

 ……スキップでもして帰りたいくらいだ。

 

 と。

 

 

「……なんだあんたら」

 

 ぞろぞろと物陰から湧き出てくる男達。どいつもこいつも面が、いかにも悪人ですよという感じだ。

 

 

「おい」

「へいっ」

 

 俺の後ろに二人周り、両手を抑えられた。おそらくついてこい……と言っているのだろう。変に抵抗はせず、されるがまま俺は連れてかれる。

 

 数はおよそ七、八人くらい。誰の顔を見ても見知らぬ奴らばかりで、これと言って因縁がありそうな奴は一人もいなかった。

 しかし、これが偶然捕まったと考えるには少々出来すぎてる。おそらく計画的ななにかだろうか、この少数の誰かが発案したは、まずないだろう。

 

 

「ここなら誰も来ねぇな。おう、もういいぞ」

 

 連れてこられた先は、人気が一切ない小さな公園だった。

 遊具は酷く錆び、花が植えられていたであろう花壇も殺風景だ。

 

 

「で、なんなんだお前ら」

「ある人に雇われてな、その人からはこう言わてる『遠藤友希ってやつを痛めつけとけ』ってな」

「随分とガキみたいな理由だ」

「軽口叩いてられんのも今のうちだぞ」

「やるってんなら上等だ」

 

 勝てるとは言ってないがな。まず、殴り合いの喧嘩なんて生まれてこの方やったことなんてない。てか、人を殴ったこともない俺がどうこの数に勝てと……。

 

 思いっきり煽ってるが、口が勝手に動くとはこういうことを言うのだろう。内心ではもうなにも喋らないでくれ……だ。

 

 人の助けを求めようが、ここは一通りがほぼない都会の街の隅っこみたいな所だ。強そうな格闘家も、喧嘩が強くて正義感も強い主人公みたいなのも来ない。

 まず、おまわりさんですら通らないだろう。

 

 

「っらぁ!!」

 

 男の一人が足を踏み出し、真正面の拳を当てに来た。

 俺は念の為にと、左腕を盾のようにして横にずれる。当たらなかったのはほぼまぐれだったが、集中していたからというのもあるだろう。

 

 

「──ッ! あっぶな……いきなり殴ってくるやつがあるかくそっ」

「あぁ? 喧嘩だぞ、殴って何がわりぃんだよ」

「根っからのヤンキーかよ……」

「ブツブツ言ってんじゃねぇよ!」

 

 次はとても短い拳の突き出しが来る。わざわざ避けるほどでもないが、本能的に後にバックステップでかわしていた。

 

 

「……てめぇ、今なんで避けた」

「あ? なんとなく……だよ」

「こいつ……俺のフェイントを読んでたってのか?」

「そっちこそボソボソと何言ってんだよ……付き合ってられるかっての」

 

「おい、いつまで遊んでんだ。俺らで片付けんぞ」

 

 あーあ、一対一ではやらせてくれないか。こりゃあもう勝ち目ゼロかな……せっかく委員長に看病してもらったのに、またベッド送りだ。

 

 結局、こいつら動かしてる奴が分からなかったな……。

 

 くそっ……チュートリアル後の初戦闘で中ボスと戦ってるようなもんだろ。無理ゲーにもほどがある。

 

 

「やっちまえー!!!」

 

 

 ここまでか……。

 

 

「──やっと見つけた、兄ちゃん!!」

 

 高らかに響く少女の声。

 ああ、毎朝のように聞く声だ。

 

 

「え、え……ええぇ……?」

 

 

 絶体絶命のヒロイン()を助けに来たのは、主人公()でした。

 

 



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第10話 仲間

 

 - 第10話 仲間 -

 

 

 

 

 

「お、お前! なんでここに……」

 

 今まさに大勢のヤンキー達に襲われる……そんな所にやってきたのは、俺の妹こと──夏海だった。

 

 情けない所を見られて恥ずかしさ半分、不安半分ってところだが……。

 

 

「なんで……って、そんなの兄ちゃんを迎えに来たんだってば!」

「は、はぁ?」

「だ、だって……帰ってきたらお母さんから兄ちゃん倒れたって聞いてそれで迎えに学校まで行ったらもう帰ってるって言うし、家に戻っても帰ってきてないし……それで!」

「あ……そっか、そりゃあすまなかった」

 

 まさか家に連絡が行ってるとは思っていなかったから、迎えなんて考えてもいなかったな。

 

 いや、それにしても今の状況はまずいだろ……。

 さっきから俺の胸ぐら掴んだまま喋らない男が非常に不気味だ。このまま殴っても反応ないんじゃないかってくらい固まってやがる。

 

 

「てか兄ちゃん何してるのさ」

「な、何してるんだろうな?」

「兄ちゃん、いじめられてる?」

「えーっと、どうだろう。見ず知らずの人達に襲われてるんだけどさ、いじめられてるって言うのかな?」

 

「バカ兄ちゃんっ!!」

 

 ふぁっ。え、いきなり怒られた何故だ……解せぬ。バカ兄ちゃんなんて言われたの初めてなんだが、しかもこんな状況でだなんて夢にも思わなかったぞ。

 

 

「なんでやり返さないのさ!」

「いや、こいつら意外とつよ──」

「男だろ! やる時はやるんだよ! クズ! ノロマ! バカ兄貴!」

「──ッ!?」

 

 こ、これは……夏海の大好きな芸能人が主演しているドラマ──Missエンジェルに出てくる主人公、恵子ちゃんのセリフだ。

 

 作中第4話でもこれは、兄への激励の言葉として使われている。ただ言いたかっただけ……と言えばそれで終わりだが、地面に擦りつけられた俺の背中を押すには十分だった。

 

 反撃に出ないでどうする! 妹の目の前では常にカッコイイ兄でいるんだろ! ならこんな七〜八人のヤンキーなんてすぐに片付けてや……。

 

 

「……か、可愛い」

 

 

 ──はっ?

 

 

「……や、やべぇ俺めっちゃタイプなんだが……」

「お、俺も……」

「あんな風にバカって言ってもらいてぇ!」

 

 

 ──これは、一体どういう状況だってばよ……。

 

 だが、一つ分かったことがある。

 

 こいつら……単純だ。

 

 

「そろそろ離してもらえるか?」

 

 すると、ヤンキー達はコソコソと何かを話し始めた。

 

 

「……な、なぁもしかしてあの可愛い子ってさ」

「いや、おそらくそうだな」

「てことはさ、ここで俺らが取る行動って……」

「あ、あの〜?」

 

 我慢ならず声をかけた。

 

 

「申し訳ありませんでした!! お兄様!!」

『申し訳ありませんでした!! お兄様!!』

 

 胸ぐらを掴んでいた男が離してくれると、残りの奴らも後退し俺の前に横に並ぶ状態になった。

 各々が頭を下げている。声を張り、町内に響き渡っているのではというほどの大声で謝ってこられたので、若干俺は引いていた。

 

 

「ええーっと、これはどういう風の吹き回しだ?」

「こんな可愛らしい妹様のお兄様だったとは知らず無礼を働いてしまったことを深くお詫び申し上げます!」

『します!!』

 

 正直気持ち悪い。

 

 

「分かったからとりあえず顔を上げろ? そのヤクザの謝り方みたいなのはほんとやめてください」

「あ、ああありがとうございます!」

『ありがとうございます!!』

 

 てかこいつら、妹様とか言ってなかっただろうか。……いや、まさかとは思うが、一応聞いてみよう。

 

 

「……なぁ、お前ら。もしかしてだが、うちの妹に惚れた……?」

「うっす! 是非ともお兄様の義弟にしてくだせい!!」

「あ、てめぇ! きたねぇぞ!」

「なに抜け駆けしてんだよ!」

「あぁ? やるかゴラァ!」

 

 見事に予感は的中してた。

 ここ最近自分の予感が当たりまくってて、占い師目指せるレベルな気がする。

 しかし、一兄貴としてはちゃんとしてる奴にしか妹は渡せないのだから諦めてもらうしか……

 

 

「わりぃがお前らに妹は渡せ──」

 

 あれ、待てよ?

 

 これってつまり、今こいつらの主導権を握ってるのは……俺?

 

 ……あんまり気が乗らないけど手段は選んでられないよね。ねっ。

 

 

「妹は渡さん!!」

「そ、そんな!」

「だがしかし、条件をクリアできるのなら考えなくもない!」

「条件とは!!」

「誠実で将来性があり、なにより……人のために命を賭けられる奴! それが条件だ!」

 

 この中にそんな奴がいるか!!

 強い意志でそう宣言する。後ろの方で夏海が何やら言っているが無視してもいいだろう。

 

 誰も手を挙げない中、たった一人動いた奴がいてすぐに怖気づいたのか手を下げてしまったが、俺はその姿を逃さなかった。

 

 そしてその一人に感化された近くのやつが手を挙げ、一人また一人と手が空に伸びる。

 

 

「そんで夏海、通報はしなくていいぞ」

「ば、バレてた?」

「突然携帯いじり始めたらそう思うに決まってるだろ」

 

 我が家の両親達はどうにも心配性なため、すぐに携帯を持たせようとする。普通なら危ないとかそういうので、高校生からとか大学入ってからとかまで買ってもらえないものだが、まぁ……要するにGPSに惹かれたのだ。

 

 ということでもちろん夏海も持っている。そして明らかに番号を入力しかけているところだった。

 

 

「こいつら多分根は良い奴だ」

「ほんとかなー、兄ちゃん襲ってたじゃん」

「実際には襲われかけてたな。でも兄ちゃんがやられるわけないだろ」

 

 嘘です。やられます。ボッコボッコです。

 

 

「さすが兄貴っす! まさか手加減してくれてたとは……」

「ま、まぁな。てか……お前どこかで見たことあるんだよな……」

「兄貴と一緒の中学っすよ! 一年でよく雑用やらされてるっす」

「あぁ! 思い出した思い出した俺と同じ居眠り常習犯の!」

「うっす!!」

 

 確か何度か雑用させられてたのを見かけたことがあった。一年に活きのいい奴が入ってきたとうちの担任が不気味な笑みを浮かべてたのを思い出した。

 

 その時は髪が黒色だったから、今の茶髪じゃ覚えがないのも当然か。

 

 

「髪を染めるのは校則で禁止になってはないが、若いうちから染めてたら将来ハゲるから気をつけろよ?」

「ああ兄貴! 心配してくれるなんて……ありがとうございます!」

 

 兄貴と呼ばれるたびに背中の辺りがムズムズとする。人生で自分が呼ばれるなんて思ってもみなかったので、少し嬉し恥ずかしい気持ちだ。

 

 

「自分、この中学一年チームのリーダーの神野武(こうのたける)っす! よろしくっす兄貴!!」

 

 騒がしい奴がこれで二人目か……。他のやつも合わせたら九人。子供ながらに考えた人生設計ではこうはならなかったぞ。

 

 もっとこう……普通の人生だ。

 

 

 

 

 

 ────────────────

 

 

 

 

 

「で、襲いかかってきた奴を仲間にした勇者であったとさ。めでたしめでたし……」

「誰が勇者だ誰が」

 

 次の日、昨日起こったことを報告するべくアキと共に羽沢珈琲店に来ていた。

 

 

「うおぉ! ここが兄貴の行きつけのお店っすか」

「そして、その時仲間にしてほしそうにこちらを見ていたモンスターが彼?」

「神野武っす!」

「おお、これまたキャラが濃いのが来たもんだ」

「お前も似たようなもんだろ……」

 

 まるでアキが二人になった気分だ。でも悪いやつじゃないし、アキが会ってみたいと言うので結果、三人での来店になった。

 

 

「お待たせしましたっ。ミルクココア三つです!」

「ありがと、つぐみちゃん」

「いえいえ。ごゆっくりしていってください先輩っ♪」

 

 一礼してまた新たに接客しにいったつぐみちゃん。

 ふと、同席してる二人を見ると妬みと尊敬の眼差しを向けられていた。解せぬ。

 

 

「くっ……友希モテるもんな……」

「兄貴さすがっす!」

「どういう反応返せばいいんだよ」

「羨ま爆発四散してどうぞ」

「最近どうも俺への対応が変わってないか?」

「慣れてきた証拠だな!」

 

 そう言えば俺もアキと軽口を叩くようになったような。慣れってのは恐ろしい。

 

 

「くぅー! 自分も兄貴とそんな仲になりたいっす!!」

「そうかそうか、その為にはまずオレと親友になることが条件だぜ! 親友!」

「うっす! 頑張ります! (あきら)さん!」

 

 えっ、今あきらかに親友って認めてたぞ。アキの中での親友のボーダーラインがどうにも理解できないでいる現状。

 

 ミルクココアで喉を潤し、

 

 

「さて、そろそろ本題に入りたいんだが……」

「ああそうだったな」

「本題ってなんすか?」

「武に一つ聞きたいことがあるんだお前らのグループを指揮してるボスの事だ」

 

 だいたいの予想はついてるが、確実な保証がないことには行動にも移せないし、どこを陣取ってアジトにしてるかも分からない。

 聞き出すなら相手側から聞くのが一番手っ取り早いだろう。

 

 

「自分らのチームを兄貴の所に向かわせたのは、ボスで間違いないっす。あの人は自分らも合わせた三つのチームを指揮してるっす」

「何もんだよ……」

「下手すれば現代のクラスカーストのてっぺんよりすごいことしてるな」

 

 一チームにどれだけの人数がいるかは定かではないが、武のチーム人数を見る限りは他も八〜十くらいと思っていいだろう。

 

 

「ボスも含めた全員が自分らと同じ中学生で、一年から三年までいるっす」

「武たちはその一番下ってことか?」

「そうっすね。一年は俺らだけっすから」

 

 つまり同学年もいるということか。同じクラスの奴がいたとしたらいつも監視されてたことになるじゃないか。

 武の例があるから無いとは言いきれないのがまた辛い。

 

 

「そいつら無償でそのボスとやらに力貸してんのか?」

「それは……」

「女、だろ?」

「は?」

「よく、知ってるっすね兄貴」

 

 やっぱあの時に聞いたヤンキー共の会話は、この界隈の話だったか。

 

 

「前に一度な……」

「どういうことだよ。女って」

「ボスが取っかえ引っ変え女と付き合っては捨てて自分らに流してるんすよ」

「ほんとに中学生かよそのボス」

「……くだらねぇ」

 

 静かにふつふつと煮えたぎる胸の内。付き合っては捨てるというまるで、女子を道具としか見てないその腐った根性に腹が立つ。

 

 

「でもほとんど遊んでるような女子ばっかなんすけどね」

「今どきの女子中学生ハンパねぇな。尻軽ばっかかよ」

「遊んでるのはどっちも一緒か」

「でも突然、女子と付き合わなくなったんすよ」

「なんでまた」

「ある女を狙ってる……って言ってたっす。それもうちの中学の女子を」

 

 

 なるほど、確信にたどり着いたよ。

 

 

「うちの中学だ? うちで可愛い子って言ったら……二年のピンク髪の子とか、黒髪で大人しそうな子とかいるけど……」

「アキって意外と知ってるんだな女子」

「まぁな。あとは……委員長だな」

「あっ! その委員長ってのよく聞いたっす!」

 

 武のその発言で、これまでの色々な事が路線のように繋がっていった。

 

 

「武、ありがとう」

「えっ? え、えと……兄貴の役にたったなら良かったっす!」

「何か分かったのか? 友希」

「ああ、とっておきの──イケメン狩りを思いついた」

 

 

 

 

 



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第11話 見えぬ光

 - 第11話 見えぬ光 -

 

 

 

 男三人組でのお茶会という名の会議から、約一週間。

 あれからこれといって頻繁に集まることもなく、アキには前に言ったとおり会う回数を減らしほとんどを携帯のメッセージでおこなっている。

 

 そして武は、あまり俺と会っていると相手側からの情報が手に入らず、疑われる可能性も出てくるので今までどおりの関係でいる。

 そう武に言った時は相当落ち込まれたが、今度夏海と話す機会やるからと伝えるとそりゃあもう喜んでいたのなんのって……。

 

 悪いやつじゃないから案外、夏海と仲良くなったりしてな。

 

 

 ともあれ、あいつが何も行動を起こさず時が流れるわけがない。

 

 あいつが動くとするなら……きっともうすぐだ。

 

 決着つけようか。

 

 

 

 

 

 ────────────────

 

 

 

 

 

「ったく、何でこんなこと……」

 

 放課後。

 今日も今日とて居心地の悪い学校に来て、居心地の悪い視線をいくつも浴びたせいか肩も異常に重い。

 そして今、俺はただでさえ一緒にいてはまずい人と先生から運び屋を頼まれていた。

 

 

「仕方ないでしょ。先生からの指名なんだから」

「絶対おかしい……」

「ぶつくさ言わないで運びましょう」

「へーい。てか、このダンボール何入ってんだろ?」

「化学の実験道具と言ってましたね」

 

 少し揺らせばガチャガチャと鳴り出すので慎重に運んでいるが、ワレモノ注意の文字が俺をさらに慎重にさせていた。

 

 

「まぁ、化学準備室に運べって言われてるからそうだろうけども……こんな重要なもの普通、生徒に運ばせるかね?」

「遠藤君だけじゃ不安だから私がいるんです」

「……クラスのヤツらに反対されてただろ」

「聞いてたんですか……」

 

 帰りのHRが終了したその後、掃除中に委員長が先生から頼まれて何故か俺も指名された。

 もちろんその場には俺と委員長以外にも女子が数人掃除していて、そこで例の件で委員長が危ないと思っての行動か、何人かが俺の代わりに自分がやると名乗り出したが、男の力が欲しいと先生が言ったことによりその話は終わった。

 

 そりゃあもう女子達からの威圧の目は怖かった。先日の不良達に絡まれた時よりも怖かったさ。

 

 

「ま、もう慣れてきたからいいんだけどさ」

「……私の気持ちは無視ですか?」

「委員長は気にしなくていいの。別に俺がどう思われようといつものように委員長やってればいいんだから」

「私はそう割り切れるほど器用じゃないです……」

「知ってる」

 

 クラスをまとめるなんて大義をやれるわりには、自分のことになると不器用。それが委員長であり、人を惹きつける力を持ってるが故にみんなからの支持も厚い。

 

 俺が他の女子から敵意を向けられるのも納得だ。もし俺が女子達の立場で委員長が危ないヤツと二人にされるってなったら殴りかかってるだろうから。

 

 

「……私がもっと強ければいいのに」

「ん? どした」

 

 俯き立ち止まった委員長に近寄ってみる。

 何か呟いていたようだが、俺の耳には届かなかった。

 

 

「なんでもありません。先を急ぎましょう」

「お、おう」

 

 女性とはなんともまぁ難しい生き物なのだろうか。男は常にストレート一直線みたいな生き方ができるが、女はストレートの他に変化球などとその場その場で使う武器を変える。

 日頃から神経を研ぎ澄ませているだろうから、疲労も男の何倍もあるのだろう。

 

 おそらく今も委員長は何かと戦っていて、俺の想像もつかないようなことで悩み苦しんでいる。

 

 

「あんま無理すんなよ」

「……?」

「いや、なんでもない……」

「変な人ね」

「? そんな風に言われたの初めてだ。言うほど変か? 俺って」

 

 そういえばよく「年相応のことしなさい」とか親に言われたっけ。本人としてはかなり普通の子どもやってるつもりなんだけどな。

 これに関しては明らかに周りの影響があると踏んでるが……。

 

「ふふっ……変ですよ」

「……どこが」

「あ、決して馬鹿にしてるわけじゃないですよ!」

 

 もしかして怒ってると思われた?

 

 

「不思議……と言った方があってるわね。同い年って感じがしないのよ」

「大人ってこと?」

「上手くは言えないけど……」

「ならいいよ。いつか言葉にできる日がきっと来るだろうからさ。今は……これを運ぶことに専念しよう」

「そうですね」

 

 焦っていたって生まれるのはどれも欠点だらけの品ばかり。手に職をつけようとする人たちに欠かせないのは、集中力とそして突拍子もない発想力だと聞いたことがある。

 

 もしかしたら委員長もどこかで職とはいかなくても、何か芸術的な物に触れるかもしれない。それは絵かもしれないし、音楽かもしれない。

 

 その時、俺はそう感じたんだ。

 

 

「しっかし、委員長も言葉に詰まることあるんだな」

「私だってありますよ。まだ“未熟”ですから」

「へー」

「……“どこ”を見て頷いてるんですか……あなたは」

 

 これは謎の力が働いたからだ! などと苦し紛れな言い訳から、まさにブラックホール! とかいうもはや理解不可能の言い訳まで思いついたが、口にしたら委員長の両手で抱えられたダンボールが降ってくる予感がしたのでここは素直に、

 

 

「ごめんなさい」

 

 決して未熟って言葉に反応して女性の胸を凝視したわけではない! いや本当に……多分……おそらく……。

 

 

「ほんとに……困った人です」

 

 委員長は呆れ笑いのような表情を浮かべていた。

 それがどういう意味を含んでいたのか、知る由もなかった。

 

 

 こんな時間がずっと続けば……そう思えるほど俺は溺れていた。この甘い沼に……

 

 

 

 

 偽りの時間に……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ、紗夜に……遠藤君じゃないか」

 

 

 友輝が来るまでは……。

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

 ──もしかして先生の手伝いかい?

 

 

 ──え、ええ。これから……

 

 

 あいつは、何故こっち()を見る。

 

 

 ──そうかそうか、僕が変わろっか?

 

 

 ──いいえ、これは私が頼まれたことだし私がやるわ。

 

 

 ──流石は委員長だね。紗夜。

 

 

 何故、ところどころでこっちを見る。こっちの態度を伺う……。

 

 少し離れたところからでも嫌というほどわかる。委員長が照れくさそうに微笑む姿が、嘲笑う表情を仮面に隠して笑顔を浮かべるあいつが。

 

 

 ──友輝君は……

 

 

 そうやって決定的な差を見せつけたいってことか?

 

 お前はこの上を目指せるのか、できるのか……って。

 

 二人が話す内容なんて俺には聞こえない。ただ、ただひっそりと身を隠す。息を殺す。──獲物を捉えた肉食獣のように。

 

 

「……それで、なんで君が紗夜と一緒にいるわけさ」

 

 なんだ、気づいてなかったのか。

 

 

「え、遠藤君はその……手伝ってくれてたのよ」

「そうなんだ。あれだけのことを紗夜にしておいて……おめおめと」

「誤解よ! あれは遠藤君がやったんじゃないわ」

「紗夜は黙ってて」

 

 委員長との討論の末に、近づいてくる友輝。方や害虫駆除。方や狩猟。虫けらくらいにしか思っていないであろう相手は、俺の前に立つ。

 

 

「すまん、急がないといけないんだ」

「おい」

「これ案外重くてさ、早いところ用事済ませちゃいたんだわ。だからさ避けてくれ」

「……ッ!」

 

 強引に襟を捕まれ引っ張られてしまった。男と顔を近づけ合う趣味は俺には無いんだがな……。

 

 

「遠藤君……」

 

「……」

 

「君、紗夜のことが好きなんだろ?」

 

「…………」

 

「さっきの雰囲気からして分かったよ。でもさ、勝ち目ないのに恋しちゃうなんて……君も可哀想だねぇ」

 

 煽りのつもりだろうか、友輝は口を閉じる気は無い。

 

 

「今に見てるんだね。君が好きになった子がめちゃくちゃにされる様を!」

 

「……っ」

 

「僕は少々変わっていてね。純愛とか好きじゃないんだ。もっとこう血肉滾るようなバッドエンドな恋が大好きなんだ」

 

 耐えろ……。

 

 

「そうだなぁ……紗夜は強い子だから、徐々に堕としていくのもたまらないねぇ。でも紗夜はもう僕にぞっこんか!」

 

「……うるせぇ」

 

「惚れて惚れて惚れさせまくって依存させるまで行かせた後に捨てるのもまた一興かぁ〜? ま、結局のところ紗夜はとことん絶望させて捨てるんだけどね!」

 

 もう喋るな……

 

 

「そうだ、その後に遠藤君にあげるよ! いいねいいね、壊れた好きな人とどこまで行くのか気になるな〜! なぁ!! 遠藤君ー!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 刹那────鈍い音が廊下に響く。

 まるで時が凍りついたような、そして小さな箱に閉じ込められたような圧迫感。

 

 俺に感じられたのはただ、留まることのない一時の怒りと人肌の感触だった。

 

 

「……っ」

「こ、こいつ……殴りやがった」

「────友輝君っ!!」

 

 殴られた勢いで腰を地面についた友輝、そこに駆け寄る委員長。俺はたった一瞬の感情だけで勝負を棒に振ったんだ。

 

 負けた。

 

 あんなくだらない挑発に……俺は乗ってしまった。こいつは腐ってる。救いようがないほどに頭がいかれてる。でも傍から見たら、俺も突然人を殴る頭のいかれた奴だ。

 だからこそ、これはあいつの策略だったんだ。

 

 

「おい! 何の音だ!」

「ご、ごめんなさい。ちょっとやんちゃしちゃっただけで……」

「そ、そうなのか……? って、おい! 頬が腫れてるじゃないか! やんちゃするのはいいが加減ってものをだな……まぁ今はいい。大沢を保健室に連れてってくれ氷川」

「は、はい……」

 

 担任が来てくれた。いや、呼んだんだ。

 廊下に響き渡るようにあいつは「殴りやがった」と叫ぶように口にしていた。それを偶然近くで聞きつけた先生が来てしまった。

 ついに俺は運にも見放されたか。

 

 

「……遠藤」

「せ、先生……」

「話は後で聞く。今はこれを運ぶぞ」

「……はい」

 

 俺、このダンボール片手で持てたんだな。

 

 

「俺が二つ持ちます」

「持てるか?」

「はい」

 

 

 

 

 

 

 ───────────────────

 

 

 

 

 

 

「順調だ……」

 

 男は不敵に笑う。殴られた頬の痛みなど苦でもない。それほどまでに次に待つ出来事が楽しみで仕方なかった。

 

 

「……友輝君?」

「ん? どうしたの」

「何か言わなかった?」

「う、ううん! 何にも言ってないよ。それよりごめんね付き合わせちゃって」

「……大丈夫よ」

 

 

 とても長く感じた。最初は単純な使い捨て女共で楽しむだけの毎日を過ごしていたのに、いつしかそれでは飽き足らず長く味わうことを思いついた。

 

 その標的にされた“二人組”には申し訳ない……とも思わないがささやかな同情はさせてもらうよ。

 

 

 遠藤友希────そして氷川紗夜。

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 翌日、いつものように学校に登校してきた俺を待っていたのは……

 

 

 

 

 

 黒板に書かれた俺への暴言。

 そして、汚された机と────バケツいっぱいの水を被り、びしょ濡れの委員長だった。



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第12話 変化の兆し

 

 - 第12話 変化の兆し -

 

 

 

 

 

「なぁ、委員長」

「気にしないでください」

 

 登校してきた途端、俺が見たのはびしょ濡れになった委員長だった。経由が何も分からない俺は、その場で棒立ちになり経由を知ってるであろう他の奴らまでも固まっていた。

 

 しかしこんなことを黙っている奴がいないことは承知のはず……と、思っていたのだがあいつ(友輝)はいなかった。昨日の出来事があって早々来る気にはならなかったか……もしくはそれ以外の何かがあるのか。

 なら俺はどうなのかと聞かれると、普通に来れる。メンタルがここ最近で鍛えられたかもしれない。

 

 結局、あの後やってきた担任によって紗夜は保健室に連れていくことになり、今日一日はジャージということになった。

 そして黒板のこと、机のことには一切触れないでくれた。俺自身それを嫌ったからであって、決して見ないふりをしたわけじゃない。

 普段は人使い荒いが、こういう時は人一倍頼りになる先生だ。

 

 そして今、俺は椅子に座り目の前のカーテンを見つめていた。その先には着替え中の紗夜がいる。やましい気持ちは微塵もない。ほんとやましい気持ちは微塵もない。

 

 

「……」

「……」

 

 俺たちの間に会話ない。さらには互いの顔が見えないというのも関係しているが、それも仕方がないことだとは重々承知だ。

 相手がアレであれ俺は紗夜が好意を持つ奴を殴った。しかも傍から見れば(・・・・・・)理由も無しにだ。

 

 そんな暴力野郎と好き好んで話をしようなどと考えるやつは、相当の馬鹿か、ずば抜けたお人好しくらいだろ。

 

 きっと──委員長はお人好しなんだ。

 

 

「……あなたが暴力を働いたことはもう知れ渡っています」

「あのやられようを見たらそうだろうと思ったよ。殴ったのが原因だろ」

「はい……。あのことはあの場にいた私たちと先生しか知らないはずです。かといって、その中で広めようとする人がいるはずもない」

 

 委員長には到底解けるはずもない謎だ。

 おそらく、広めたのは被害者である友輝自身だと俺は考えてる。俺の机の落書きは今朝作られたもので間違いないし、その前に書くとなると放課後わざわざ学校に来て書いたことになるので、それは間違いなく無い。

 

 何らかの方法で広めた……もしくは。

 

 

「委員長が来た時にはもうボロボロだったか?」

「……ええ。書き終わるところだったわ……ごめんなさい止められなくて」

 

 俺が来た時、ドアの近くに委員長の鞄が置いていた。それもただ置いたんじゃない────投げ捨ててあった。

 

 

「落書きなんてどうってことないさ。それよりも……水止めてくれてありがとう」

「……彼を殴ったことは許せなかったわ。でも、それであんなことをするのは間違ってる。き……気がついたら体が動いてたのよ」

「そっか」

 

 どこまでも優しく、お人好しで自分に厳しく生きている。誰しもが当たり前だと思い込んでる中で、“違う”と言えるその強さはみんなが持ってるわけじゃない。自身の心に正直に生きてるのが彼女なのだ、正直者が馬鹿を見る世界なんて間違ってる。

 

 この人は幸せになるべきだ。

 

 だからこそ、俺はあいつを許さない。

 

 

「委員長」

「なに」

「今日は早退するわ」

「えっ……」

「悪いけど先生に伝えといてくれ。熱と吐き気と頭痛がするとか言ってなんかいい理由付けといてくれ!」

「ちょ、ちょっと!!」

 

 俺が保健室を出ていくと、後を追うようにカーテンが開かれる音が聞こえてきた。

 

 

「あんまり暗い話は好きじゃないんだ」

 

 カーテンの向こう側にいた彼女はきっと暗い顔をしていた。そんな顔はもう見たくない。次に見る時には……

 

 

「笑顔、だな」

 

「────行くのか?」

 

 玄関で鉢合わせたのはアキだった。

 

 

「アキ……お前今日休んだんじゃ」

「やっぱ来ようと思ってさ。友希は何? これからサボりか」

「ちょっくら遊びにね」

「ほどほどにしとけよ? 俺が言えたもんじゃないけど」

 

 苦笑を向けるアキだが、本当は俺が何をしに行くのか知っている。だが、今くらいは普通の悪ガキの会話をしていたいんだ。

 

 

「なぁ、アキ」

「んあ?」

「お前は馬鹿だけど良い奴だ」

「今頃気づいたのか? 親友」

「俺は鈍感なんだよ。そんじゃ、時間も惜しいんで行くわ。じゃな、親友」

 

 あまり長居すると委員長に捕まる可能性もあった。もしアキが鉢合わせたらご愁傷様としか言えないが、時間稼ぎと囮にはなったから感謝しよう。

 

 

 

 

 

 

「……ったく、鈍感なやつが恋心に気づいてその子のために体張るなんて所まで行くわけないだろ……馬鹿野郎」

 

 

 

 

 

 

 ───────────────────

 

 

 

 

 

 

 昨日の放課後の出来事が頭を離れず、憂鬱な朝だった。それでもクラスの委員長として休むわけには行かないと自分に言い聞かせ、学校の門をくぐる。

 

 靴箱から上靴を取り出し、外靴と履き替える。その間にも何人かに挨拶された。あまり話したことのない人もいたけれどきちんと返す。ほとんどが私と同じ女子で、少しでも男子が入ってこようものなら突き飛ばす勢いだったのは驚いた。

 

 ここ最近はいつもこうだ。

 

 掲示板に貼られた一件からか、よく同情されるようになった。決して居心地の悪いものではなく裏表のない単純なそれで、心配以外の感情がないものだった。

 それが邪魔だと言うつもりは無く、気持ちはとても嬉しい。でも、そこから見えてくることもある。

 

 私は弱い。

 

 そう周りに思われてしまっている。ここでの弱いとは、力を指すわけではなくて、心の問題。

 誰かが支えてあげないと脆く崩れてしまう。そんな心の弱さを氷川紗夜という人間は持っている。だから、同じ女である自分たちが支えてあげよう。

 

 だけどそうなるのは、そもそも私があの時塞ぎ込んだのが原因。その結果……あの人も大変な目に合わせてしまった。

 

 

 ────遠藤君。

 

 彼と初めて話した時は、恥ずかしさで頭がいっぱいだった。私の不注意……というより全部私が悪いのだけど、それで彼に見られたくない姿を見られてしまい、挙句の果てには監視するなんてわけのわからないことを言って困惑させてしまった。

 でもそれがきっかけで私は彼に興味が湧いた。

 一年の時から友輝君に好意を持っていたけど、遠藤君へはそれとはまた違う感情。

 

 だからだろうか、次の日の朝に私は遠藤君に挨拶をした。彼はとても驚いていたけどちゃんと挨拶を返してくれて、もし無視されでもしたらどうしようかと悩んでいたのがおかしくなった。

 でもその後に遠藤君から指摘されて、私の行動が迂闊すぎたことを改めて気づく。彼が驚いていた意味がやっとわかった。

 

 

 彼はとても優しい。

 普段は人に無関心な顔をしてるけど、誰よりも周りを見てる。委員長の私なんか比べ物にならないほど周りのことを知っていて、例えそれが偏見からのものであってもすごいことだと思う。

 

 普通なら興味のない者なんて見向きもしないし、気にしようなんて思わないのがそうだ。

 私も彼と秘密を共有なんてする事にならなければ彼なんて見向きもしなかった。挨拶なんてしなかった。

 

 結局、委員長なんて肩書きがあっても一人ひとりをまとめる事なんてできてない。だって知ろうとしてないから。

 

 

 私が持っていないものを彼は持っていた。

 だから惹かれた。

 

 

 いつしか遠藤君との時間が心地よいと感じていくようになった。

 

 体育でケガをして保健室で話した時も、屋上で倒れたと先輩に聞き保健室で看病した時も、ずぶ濡れになって保健室で着替えた時もそうよ……。

 

 ……って、彼との接点ってほとんど保健室じゃない。

 

 でも、いつだって二人きりの空間だった。誰の横槍も入らない穏やかな空気、遠藤君とだから作れる時間。

 

 

 友輝君が好き、でも遠藤君も────この状況を『罪な女』なんてメルヘンチックに語る方もいるのだろう。

 でもきっと、私は『クズ』と呼ばれて当然だ。どちらかを選ばなきゃいけない、もしくはどちらも諦める。

 

 そんな葛藤をしている時にあんなことが起こってしまった。

 

 遠藤君が友輝君に暴力を振るった。何が起こったのか全く理解できなかった。

 本能的に動いた体が向かったのは……友輝君のもと。

 

 傍から見れば普通のこと。怪我を負った人を心配するのは普通。だけどそれだけじゃない……

 

 

 ────私は怖くなった。遠藤君が、彼の気持ちが。

 

 きっとあの時、遠藤君にやる気なんて……危害を加えるつもりなんて無かった。それは遠藤君の目から伝わったけど、だからこそ考えが読めなかった。

 

 いつもみんなから何を言われようと怒ることもせず、ただ流していた遠藤君。そんな彼の芯の強さにも惹かれていたのに、なぜあの時だけその芯が砕けたのか。

 

 だから、もしかしたら知らぬ間に拒絶の目を彼に向けていたのかもしれない。彼の真意を問うこともせず、ただその場の感情に身を任せて拒絶した。

 

 

 そして後から気づく。

 遠藤君は感情に身を任せたんじゃないかと。一時の怒り、自分じゃない誰かのために……。

 

 

 

 

 

『あいつ、友輝君に手出したってマジ?』

『マジマジ。友輝君を殴るとかあんまりだよね』

『それほんとなの?』

『昨日の夜に友輝君からメッセ来てさ、今日休むことと一緒に理由聞いたら教えてくれたのよ』

『こいつすぐそれ拡散してたんだけど見なかったの?』

 

 ああ、朝からもう話題になってる。

 私も質問攻めされるのかしらね。でも私の口から話すこともないし、どちらが悪いなんてことも言えない。

 

 そう、いつもの私でいればいい。

 いつもように何食わぬ顔で教室に入って席に座る。そして授業の準備、予習をしていればいい。

 

 

『てかさ、これいくらなんでもやりすぎじゃね?』

 

 扉を開ける手が止まる。

 

『あんな隅っこのゴミみたいなやつに手加減なんてする必要ないっての』

『それ言えてる〜。友輝君殴るとかマジ猿以下でしょ。人間様ナメるなって感じー?』

『きっと友輝君は優しいから許しちゃうかもしれないし、私たちがしっかりボコらないと。お、こいつの教科書入ってんじゃん! ねぇ、誰かのり持ってね?』

 

 あの人たちは何を言ってるの……?

 足が動かない。あの中に、教室の中に入るのがたまらなく怖い。

 

 友輝君のため? 違う……。そんなの敵討ちでも人のためでもない。ただの遠藤君への八つ当たり。いじめだ。

 

 

『……おは、よう』

『お、紗夜じゃん。はよー』

『紗夜もどう? あいつに恨みあるでしょ? あのーなんだっけ、まぁいいや』

『テキトーすぎじゃん。はい、バケツに水汲んできたよ』

『……な、何するの』

『なにって、あいつの席にぶっかけるに決まってんじゃん。しゃぁ、いっきまーす!!』

 

 こんなの絶対おかしい。おかしいおかしいおかしいおかしいおかしい。

 

 なんで私は止まってみてるの。動いてよ、動いて!!!

 

 委員長だからとか、知り合いだとかどうでもいい。今止めなきゃ私は人ですらいられない、いちゃいけないの。

 

 

 ────だから……!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『さ、さよ……あんた。な、なに……してんのよ』

 

 

 

 …………。

 

 

 

 

 私は人でいられる? あなたを好きでいていい?

 

 

 一年の時から持っていた気持ち────大沢君(・・・)への恋心なんて一時の感情に過ぎなかったんだ。

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

「遠藤君……」

 

 まるで最初から誰もいなかったかのような保健室に、私は取り残されていた。

 

 彼の言葉が耳に残る。

 覚悟を決めたかのような彼の決意が伝わった気がした。きっと今から何かとの因縁を切ろうとしてる。……なぜか、その結果が私に影響するそんな気がしてならない。

 

 

 彼の温もりが残る椅子に座り窓越しの外を眺めると、まばらに浮かぶ雲、その隙間から覗く青空。

 

 

 最後に残るのはどっちか……。

 

 

 

 

 

 

 



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第13話 元凶

 

 - 第13話 元凶 -

 

 

 

 ここは街の隅に置かれた港。既にその役目を果たし、廃墟と化した倉庫がズラリと並ぶ。朝日が登っているのにも関わらずその倉庫たちは不気味さを醸し出していた。

 

 既に錆びた扉は鈍い音を立て開かれる。

 

 中はただひたすらに暗く底が知れない。開けた扉から漏れる光でさえ、奥まで差し込むことはなく押し返されてしまう。

 

 こんな所に来るなんてごめんだった。ならばなぜ来たか、それは俺の手に握られた一枚の紙切れがそうさせた。

 

 

『町外れの港付近の倉庫に来い。そこで決着をつけよう』

 

 

 そして宛名には()()()()と達筆な字で書かれている。自分の名前を書くということは、奴も下手な芝居はする気がないらしい。

 十分に楽しんだという何とも胸糞悪いラブレター(果たし状)だろうか。

 

 

「おい。来てやったんだ、さっさと出てこい」

 

 無駄に響く倉庫だ。自分が声色に怒りが滲み出ているのが嫌という程わかる。コンクリートの壁はそれを包まず、そっくりそのまま投げ返すその冷たさに、背筋が震えた気がした。

 

 ほんの少しの合間、空白が訪れ……

 

 

「おや? 遠藤君じゃないか。こんな所にやって来てどうしたんだい?」

「そりゃあこっちのセリフだよ」

 

 丸めた紙くずを地面に叩きつける。

 

 

「こんなもんで呼び出しやがって…正面切って言いやがれよ」

「ははは、すまない。都合上、君に直接伝えられなくてね」

「都合だ?」

「まぁまぁ、でも…面白い()()は見れただろ?」

「…………」

 

 予想した通り俺への嫌がらせは、こいつが仕組んだことだったようだ。

 だが、こいつがストレートに『俺への嫌がらせをしろ』などと命令するはずもない。

 なぜなら策士だから。

 おそらくそこに繋がるように自然と誘導したんだ。『嫌がらせ』という道に進ませる、まさに線路に備わる()()()の役割を自ら担ったということだ。

 

 これによって、例え誰かが拷問にかけられようが『自分で決めてやったこと』ということになるし、ならざるを得ない。

 

 

「その様子だと、随分と堪えたんじゃない?」

「……いや」

 

()()()()()に見捨てられたんだもんな!」

 

 止まぬ高笑い。俺が何も言えないのがそんなにも面白いのか、口を閉じる気配はなくいつまでも見下すような視線を浴びせてくる。

 

 

「あの後、保健室で紗夜に手当をされながら僕が教えてやったんだよ」

 

 曰く、遠藤友希は街のヤンキーを束ね、気に食わぬ者を襲い痛めつけ二度と逆らえなくする。

 

 曰く、遠藤友希は女を侍らせ金を貢がせ、要らなくなれば捨て、しつこい女は痛めつける。

 

 曰く、遠藤友希は…………。

 

 

 ……どこまでも続く、偽りの人物像。

 そしてそれは遠藤友希()の人物像であらず、ある者の人物像を表すものである。

 

 

「それを聞いたら紗夜、なんて言ったと思う?」

 

 

 ────かわいそうな人ね。

 

 

「そうか」

「それ聞いちゃった時は笑い抑えるので必死だったよ。ぜひとも君に直接聞かせてあげたかったな」

「……想像できるよ」

「なんか反応悪いね」

「朝からブルーなんだよ。ほっとけ」

 

「──つまらない」

 

 こいつはどこまで哀れなのだろうか。

 きっと、いや決してこいつには委員長が言った言葉の意図が伝わることはないのだろう。

 

 だって()()()()()()()だから。

 

 これは予想……とかじゃなくて多分おれの希望、願望、自分の都合の良いように解釈してるだけかもしれないが……

 

 委員長はきっと知ったのだ。

 目の前にいる男がどれほど哀れで醜く、かわいそうなのかを。

 そこで委員長の中に住み着いていた大沢友輝という男の人物像は、一瞬で音を立て崩れ去ったのだろう。

 

 傍から見れば虚言、世迷言とも取れるものだが何故か確信できた。

 

 間違っていない……と。

 

 だから俺は委員長を解放する。

 この男から、何もかも────

 

 

「どこ見てんだよ……ッオラ!!」

「がっ────」

 

 くっ……後ろか? 友輝に集中しすぎた。それにこんな気を抜けない中で考えに浸るなんてもってのほかだ。

 

 後頭部に受けた打撃を俺は知っている。それはある日の昼休み、屋上から戻る時に襲ってきた三年の先輩による打撃。気を失いかけるが、すんでのところで踏ん張る。

 

 

「おい、立てよ」

 

 男の手には天井から鎖で繋がれた手錠が握られていた。それを慣れた手つきで俺の手首にはめ、逆も同じく。そして手では留まらず、両足へと続いていった。

 

 

「これからどうなるか……わかるかな?」

「集団リンチでもするってか……」

「それも面白い。でもそれで壊れるほど君はヤワじゃない。だろ?」

「へっ、どうかな」

「そうそう。遠藤君、確か僕を殴ってくれたね? あれ痛かったな〜……だからさ」

 

 刹那、丸裸の腹に友輝の膝蹴りが入る。身動きの取れない俺の体は、受け身もできずその衝撃をそのまま食らう。

 痛みに耐えきれず、嘔吐感に見舞われる。

 

 

「……へっ、あん……がい、よわい……のな」

「なんか言った……か!!」

 

 二度目の膝蹴り。

 地面に立っていればいつだって力を大量に使うのは、足だ。

 それ故に拳による攻撃よりも足での攻撃の方が力は出る。それを知っているのか、またはただの偶然か。

 

 

「俺は殴ったんだぜ……? お前は殴んないのかよ」

 

 口ではこうは言うが、正直かなりキツい。はっきり言ってそれほど強くはないのだが、当たる場所がいちいち悪すぎる。

 それでも……と必死に噛み付いていく。

 

 

「ははっ、お見通しだよ。僕を煽って冷静さを失わせようとしてるのかもしれないけど、はっきり言って愚策、無意味。その程度のやっすい煽りを受けたところで僕には微塵も効果はないよ」

「……チッ」

「残念だったね」

 

 三度目。

 もう出るものも出ないんじゃないかってくらいには吐き出した……気がする。当たりどころが悪いだけでここまで辛いとは思いもせず、もはや顔を上げることもできなくなってきた。

 

 

「もうダウンかい? 根性見せてくれよ」

「……」

「うーん、このまま意識失ってもらっちゃ困るんだよな……」

「まだ……なんかし足りない……ってか?」

「そうだな〜」

 

 わざとらしく考え始めた友輝。

 既に何をしようか決めているくせに……と心の中で愚痴をこぼし、ただ時が来るのを待った。

 

 

「よし、せっかくだ。これまでのネタばらしをすることにしよう」

「ネタばらし……だ?」

「君もそれなりに僕について知っているだろう? その中で疑問に思ったはずだ。なぜ、僕が紗夜だけじゃなく遠藤君まで狙っていたか」

 

 友輝の言う通り、俺はずっと疑問だった。これまでの友輝は、女だけを標的にして自分のモノにしては捨てていた。だが、そこで俺も狙われているのがそもそもおかしい。

 

 そして何故ここまで委員長に時間をかけているのか。ふと、いつかに聞いたヤンキー達の話を思い返す。

 

 

『あくまで今はあの人の獲物だからな?』

『へいへい。まぁ、飽きたらどうせこっちに寄越してくれんだろ?』

『どうだろうな? なんでも()()()()()()()()熟すのを待ってるらしいぞ』

 

 おそらくそれまては一日、二日でモノにしていたのだろう。だが、友輝と委員長が出会ったのは一年の初期。それから二年になるまでにかなり時間が経っている。そこの意図が俺には分からなすぎる。

 

 

「僕が紗夜をターゲットにしたのは君も知っての通り、一年の頃だ。その時はすぐにでも落としてモノにしようと考えていたよ、でも……それも飽き飽きしててね。マンネリ化って言うだろ? それだよそれ」

 

 だから委員長だけは新しい方法で落とすことにした。そして長期に渡る友輝の調理が始まり、見事に委員長は友輝に惹かれた。

 

 

「紗夜が僕に好意を持っていることはすぐに分かった。彼女、かなり隠すのが下手みたいだしわかり易かったね。でも一向に告白する気配が無かった」

 

 じれったい。

 それはそれまでの友輝には初めての感情だったようだ。氷川紗夜は自分に未知の感情を与えてくれる。そう知った友輝は趣向を変え、どう委員長を落とすかを決めた。それは……

 

 

「彼女は絶望させた末に僕のモノにする。文字通り、落とすことに決めたんだ」

「絶望だと?」

「そう、意思の強い彼女が信じていたものに裏切られやがて絶望する。従順な女っていうのはほんとめんどくさくてさ、いらないって言ってんのに喜んでくれるかと勝手にプレゼントを渡してきたり、ベタベタとくっついてきたり……非常に鬱陶しい」

 

 何様のつもりだ。まるで全ての女性は自分の手で転がされているかのような言い回し、自分に対して好意を持ってくれた人を道具としか考えていない。

 

 

「その点、紗夜は良いよ。彼女なら遠慮せず僕の境界線を土足で踏み入れることもないし、いざとなって捨ててもしつこく追ってきたりしないだろう。だからこそ、普通の彼女なんていらないんだ。壊れた彼女が欲しいんだよ」

「なに……言ってんだよ。お前」

「考えてもみなよ。紗夜は僕のことを優しい人だとでも思ってるんだろう。だが、実際の僕は女を使い捨てカイロのように使っては捨て、使っては捨てて……そんな事実を知った紗夜がどう思うか……たまらないよ!」

「だが、それで紗夜が壊れるわけがない」

「その通り!! そこで君の出番だ」

 

 狂気に染まった不気味な笑みを浮かべ、意気揚々と話す友輝はもはや狂人の一歩手前まで来ていた。

 

 

「この長い僕のシナリオに君を組み込もうとしたのは、二年に上がってあのクラスになってからだ」

「隅に隠れるかのようにする君はまさに僕の台本にはピッタリの存在だったんだよ居眠り常習犯君? だから僕は君と紗夜に接点がつくように仕向けた」

 

「……まさか」

 

「気づいたかい? そう、僕なんだよ。あの場に君が鉢合わせるよう動かしたのはさ!」

 

「でも……どうやって」

 

「本来なら、あんな場面に出くわすはずではなかった。紗夜のやつ、僕の机でいきなりし始めるもんだから驚いたよ。あ、もちろん隠し撮りで後から分かっただけだから」

 

 その一点だけは、友輝にとっての誤算だった。しかしそれ以外は予想通りに動いてしまっていたらしい。あの日の放課後、委員長が遅くまでいたのは友輝と話していたかららしく、その時に隠し撮りのカメラを設置し、しばらくした後に俺がやってくる。こうして……偽りの運命の出会いは作られた。

 

 

「まぁ、何はともあれ接点を作ってくれた所で、少しずつ君たちの仲を深めさせた」

 

 突如クラス中に広まった委員長との交際疑惑。あれも全て出どころは友輝がさりげなく呟いた所から始まっていた。

 

 そして体育で委員長を保健室に連れていった時も、男子の体育教師がすぐさま俺を指名したのは全て友輝が働いていた。だが、見学者に俺がいなければ、そこで動くことは無かったと友輝は話した。

 

 

「確か、先輩に襲われるイベントがあったよね?」

「イベント……だと?」

「あぁ、そんな怖い顔しないでよ。それを仕向けたのはもちろん僕なんだけど、あの時に紗夜を仕向けたのも僕なんだよ」

 

 思えばなぜ、委員長が看病してくれていたのか不思議だった。だが、その真相を辿れば行き着くのは結局こいつの元だ。

 そこでも友輝のさり気ない呟きだけで委員長を動かし、俺がいる屋上へ足を運ばせた。

 何があっても人を心配する委員長の気持ちを逆手に取って……

 

 

「君たちはつくづく僕の思い通りに動いてくれる。むしろ気持ちいいくらいだね」

「お前……」

「なんだよ。でもそのおかげで君はいい気分を味わえたじゃないか。君みたいな奴が一生接点なんてない紗夜みたいな女と青春を味わえたんだからさ! 感謝してほしいくらいだよ、偽りだけど」

 

 

 これまでのネタばらしはもう十分だった。

 つまり、俺が感じていた気持ちは全て……こいつに作られたものだったということだ。

 

 もう……どうでもよくなってきた。

 

 俺はどこかで自惚れてたのかもしれない。自分には特別な運命があって、こんな小説の主人公みたいな体験をしている自分ならどんなことでもやってのけると。

 でも、所詮そんな体験ができる人間というのは、誰かに作られた者が味わうものだということだ。

 

 小説の主人公には作家が。

 俺には友輝が。

 

 いいように動かされる操り人形でしかない俺は、最後には動かなくなり廃棄される。

 

 これが俺と委員長に与えられた作品での役割ということか。

 

 

「ここ最近は君たちを泳がせてあげたからね。楽しかったかい? 紗夜との偽りの青春は……って言っても今日壊れちゃったか」

 

「……まれ」

 

「紗夜も馬鹿だよね。僕という悪から救い出そうとしてくれる君を拒絶しちゃったんだからさ。ちょっと君の嘘の情報を流しただけでコロッと変わっちゃって」

 

「……だまれよ」

 

「そのおかげで僕の台本は完成したよ。自分を助けてくれようとしてた人を傷つけ拒絶し、自分を犯そうとしてる僕の側に居ようとしてしまった。それを一斉に知ってしまったらどんな顔をするのかな? かな!?」

 

「……ッ」

 

「自責の念にかられる紗夜をどう調理してやろうかな。無理やり犯して、そうだな……遠藤君の目の前っていうのもいいかもな。何度も君に謝りながら僕に犯されるんだ。うーんたまらない! 考えただけで震えてくるよなぁ!!」

 

 俺の耳には何も聞こえてこない。いや、塞ぎ込んだの間違いか。何が助けてやるだ。結局何も出来なかったじゃないか。彼女を助けたい……それも全てあいつに作られた感情。俺が委員長と過ごした日々は、彩を失い、灰色の記憶と化した。

 

 

「へへっ、もちろん俺らにもヤらせてくれるんだろうな?」

「先輩はよくやってくれたからね。もちろん加えてあげるよ」

 

 そして物陰からこぞって現れる友輝の下っ端たち。合わせて三十人弱。

 なんだ、最初から勝ち目なんて無かったじゃないか。

 

 ……このまま黙って過ごせば、知らないうちに終わってくれるだろうか。そして、次に目を開けた時いつもと変わらない普通の日常が戻ってくるんだ。

 

 そうと決まったらさっそく目を閉じ────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────────」

 

 

 目を閉じればそこにはあの人の顔。

 いつだって横から眺めるだけだった。

 

 凛とした綺麗な横顔。正面から初めて見た時、素直に綺麗だと、彼女の心の底からの笑いが見てみたいといつからかそう思うようになっていた。

 

 彼女にかかる曇りはどうすれば晴れる?

 

 彼女の太陽にどうすればなれる?

 

 簡単だろ。

 

 

「ん? あっれ〜まだ諦めてないんだ」

「……当たり前だろうが」

 

 何度倒れようと立ち上がる根性。

 

 逆境でも決して臆することなく挑む勇気。

 

 

「大好きな人が笑わないんだ……だから、その人が笑ってくれるなら……」

 

 

 ────命だって賭けてやるッ!!

 

 

「まだ抵抗するのか……だったら、おいお前ら。一番こいつを痛めつけた奴には褒美くれてやるよ」

「待ってましたァ!」

 

 湧き上がる歓声。

 ゲス共が……いいだろう。何発でも何時間でも付き合ってやる。俺は絶対にくたばらねぇぞ!

 

 

「かかってこいやァ!!」

 

 

 

 

 

 ────ガラン

 

 

 

 

 

「失礼するっす。さっきから近くをうろちょろしてた怪しい奴を捕らえてきたっす」

 

 一人の男を連れ、入ってきた男を()()()()()()()

 

 

「へへっ、わりぃ友希! 捕まっちまった」

「……アキ? お前なんでここに!」

「おや、明君じゃないか。まさか君も来てくれるなんてね」

「けっ」

「さっさと行けっす!」

 

 何故かやってきた両手を縄で縛られている様子のアキは、乱暴に背中を押され地面にうつ伏せになる。

 

 

「お手柄だったな……(たける)

 

 

 アキを捕らえたその男は、俺を兄貴と慕ってくれていた神野(こうの)(たける)だった。

 



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第14話 仲間がいるから

 

 - 第14話 仲間がいるから -

 

 

 

「くっ……」

「おいおい、遠藤君なんて顔してるんだよ。まるで()()()()()()()()()()()()()顔しちゃってさ」

 

 大沢友輝という男は、どうやっても俺より一枚うわてだったらしい。想定していなかった……わけではないが、そうであると断言したくはなかった。

 

 しかし、現実は非情だ。

 

 

「グルだった……ってことか」

「……悪いっすね。これも命令なんで」

「ははっ、いやぁーさっきの遠藤君の顔を見れただけでこの作戦は成功だよ! いつもいつも平常心な君が動揺する様が見たかったんだぁ〜」

「友輝……お前ずいぶんと友希が好きらしいな。そっち系だとは思わなかったぜ」

「明君さ、自分の状況を改めて自覚した方がいいよ? あ、ちなみに君を囲んでる先輩方はみんなサッカー部で蹴りには自信があるらしいんだ」

 

 サッカー部だという男どもはアキと徐々に距離を縮めていく。俺の位置からでは、男達の壁によって姿が見えなくなった。完全に遮断された状況だ。

 あれでもアキは、ヤワな鍛え方はしていないため大丈夫だと信じたいが……数はざっと六、七人。それも全員サッカー部となると、当たりどころによっては危ない。

 

 いくら友輝だろうと殺しはできないはずだ。あいつだって馬鹿じゃない。寸止めか、酷くて瀕死ギリギリで止めるはず。

 

 

「そうそうその顔だよ。やっと僕の思い通りになってきたね……」

「どういう意味だよ」

「君はいつだって僕の思い通りには()()になってくれなかった。そう、そこの武を差し向けた時も……そこで君は使い物にならなくなるはずだった」

 

 帰り道で襲われた時の事だろう。しかし予想外だ。俺の中であれもあいつのシナリオだと踏んでいたのだが、結果は完全に違う道にずれていた。

 

 

「……君が失敗するから────ッ!!」

 

 友輝の突くような蹴りは、武のみぞに入り地面にうずくまる。

 

 

「武! くっ……友輝」

「仕事を失敗した使えない部下に説教するのは当然だろ?」

「お前が武にやってるのは説教じゃねぇよ。ただの暴力、八つ当たりだろ」

「少し黙ってくれよ……なっ!」

 

 転がっていた鉄パイプを手に取り、横腹に一撃入れてきた。痛いなんて弱音は吐かなくとも、体がもう限界だと悲鳴あげていた。

 

 やられっぱなしは癪だ。

 手足が動かなくともと、精一杯の抵抗として友輝を睨みつける。

 

 

「おお、怖い怖い。そんな殺意のこもった目を向けないでくれよ。君を縛っておいて正解だったな。もし、縛られてなかったら激怒して突っかかって来ただろ?」

「……当たり前だろ。この()()()()()()()()()鎖を断ち切ってお前を痛めつけてぇところだ」

「ふっ、できたらな」

 

 挑発は無視しろ。やられたら倍にして返すと心に刻め。どんな逆境でも道は必ずある。

 

 ────チャンスを伺え。

 

 

「武。君に最後の機会をあげるよ。失敗を取り返すまたとないチャンス……ってやつだ」

「何を…すれば……いいんすか」

 

「彼を────刺せ」

 

「……っ!!」

「そう驚くことないよ。ああ、刺すための道具が無いからかい? それならほら」

 

 軽々とポケットから取り出したのはカッターナイフだった。それも学校の名前がシールで貼られた物で、文化祭などで貸出されたりする。

 

 投げられたナイフは軌道を描きながら、武の足元へとたどり着いた。カッターナイフと言えど、それを殺害の道具にしようとしてるせいか、恐怖を抑えきれず一歩後ずさる。

 

 

「それで遠藤君を刺すんだ。もちろん君がね。なに、一応君には彼らの中に混ざってスパイを頼んだ。そこで情でも移って裏切られたら困るからね。誠意を見せてくれ、僕への服従を誓うんだ」

「へぇ、武をスパイに……ねぇ。で? 何か成果でもあったか?」

「……君がよく知ってるだろう。まさか僕と相対するっていうのに()()()()()()()()()()()とは」

「……」

「ったく、僕も舐められたもんだよ。せっかくのスパイが台無しだ。……おい、いつまで待たせる気? 早くしてよ」

「うう……っ!」

 

 震える指先をカッターナイフへと向かわせる。何度も何度もむせかえりながらやがてナイフを手に取ると、その刃を剥き出しにした。

 

 

「わ、悪かったっすね……で、でも……あ、ああんたが悪いんすよ。騙されるんだ……から」

「俺は楽しかったぞ。騙されてるとは思わなかったけど、仲間に入れてくれと言われた時は心底嬉しかったさ」

「何を……」

「あん時の武の目がキラキラしてたから」

「…………」

「こいつは悪いやつじゃない。もう一人馬鹿正直な良い奴が増えたと思ってな。ちなみにあと一人は、そこでどうなってるか分からないアキの事だけど」

「今さら何を言っても無駄っす……」

「もちろん承知の上。だからよ────」

 

「────刃を出したからには、命賭けろよ?」

 

「……ッ!!」

 

「それは脅しの道具じゃないって言ってんだよ────なーんちゃって。言ってみたかっただけだ。さっ、殺るならやれよ」

 

 緊迫した中で漂う緊張の空気。ここからは無音の支配下。何かを発せば首元に添えられる死神の鎌。気を抜けば一瞬で空気に呑まれてしまう。

 

 一瞬たりとも目を逸らさず、ただ1点……武の目を、その震える手首を捉える。

 その刃の先が真っ直ぐ向かってくる時、それは俺の死を意味する。だが────

 

 

「殺るための勇気があるなら……な」

 

 目の前で崩れ、地に伏した武。それが示すものは生だ。生と死で揺れていた天秤は、長くも短い時の中で生に傾いた。

 

 

「何してるんだよ? 立てよ」

 

「ずびまぜん!!! 自分にはできまぜぇん!!! 俺にとって友希さんは!! 兄貴だから!! 大切な友達だから!!!」

 

「こいつ……!」

 

「おい」

 

「んだよ!」

 

「友輝……いや、お前……本当に委員長のこと、なんとも思ってないのかよ。本当に自分の欲求を満たすだけの道具としか思ってないのかよ」

 

「あぁ? 当たり前だろ。道具! 違うな……性処理とか言った方が合ってるかー?」

 

「はぁ……よくわかったよ。それが()()()()の本性ってことか。なら遠慮なく痛めつけることにするよ」

 

 

 

 

 

 ────賽は投げられた。

 さぁ、立ち上がれ。最高の仲間たち、全てを任せられたその責務は果たした。

 

 一人の女のために命を賭けてくれ!

 

 

「何言ってんだお前……おい、お前ら! さっさとこいつを────」

 

「が────っ!?」

 

 バタバタと倒れる巨体。崩れていく壁。その先に立つ男はたった一人。峯岸(みねぎし)(あきら)という男は強い。信念を貫くアキの前にあの程度の壁など一枚の紙切れ同然。

 

 

「俺の見張りは全員くたばったか……隊長殿からの合図が遅いせいで何人か意識ねぇぞ! どうしてくれんだ友希!」

「俺が知るか!? てか強すぎね? お前何者……」

「え? いや、てっきり俺の力を知ってるから任せてくれたのかと」

「なわけないだろ。囮役にと思ってた」

「そかそか……はぁ!? おま、それが親友への言葉か! 覚えとけよ……」

「あとが怖い」

 

 不気味な笑みを浮かべるアキがとてつもなく恐ろしい。どちらにせよ待っているのは死か……。

 

 

「しっかし話聞いてたけどずいぶんと救えねぇな友輝よ」

「な、な……こんな……嘘だ」

 

 場に不似合いなやり取りをする俺たちだが、その反対に友輝は大きく動揺していた。

 だが、それだけじゃ終わらない。

 

 

「────頼んだぞ! お前ら!!」

 

 伏せていた武が突如叫ぶ。

 

 

『リーダー! 待ってました!!』

 

 

 上から聞こえるその声と共に、俺の両手を吊るしていた鎖が落ちてくる。ついに自由を取り戻した両手首は、酷く痺れていた。

 

 

「自分たちが何したか分かってんのか……!!」

「お、俺たちはリーダーに従っただけですから!」

「そしてそのリーダーは、隊長……もとい兄貴に従ったっす。よし、おめぇら! 安全なうちに逃げとくっす」

「リーダー! ご武運を!」

「おうっす!」

 

 早々に退散していく武の仲間たち。この中で一番動きやすいあいつらだからこその働きだ。

 

 

「敵にバレず、味方にわかりやすく指示をするのはなかなか難しいものだな」

「指示だと? そんなのは報告には…………タケル!!!!!!!!」

「兄貴がなんの作戦もなしに敵地に踏み込むわけないっすよ。そして兄貴、素晴らしい作戦開始の合図でしたっす!」

「なかなか難しかったぜ? ()()()()?」

「……ッ!!」

 

 ただ煽られた。あいつにはそういう認識だったであろうこのワード。それを合図だと知るはずもなく、警戒されずに始めることができた。

 

 

「よし、それじゃーネタばらしの倍返しターイム!」

「よっ!」

「まず、俺がここに来る前。お前確か、俺が委員長に見捨てられて来た……とか言ってたろ? なわけねぇだろが」

「は……?」

「逆に助けてくれたよ。お前が差し向けた小賢しい悪戯からさ」

 

 委員長の身を呈した救い。あれが少なからずここに足を運ぶための力、支えとなっていた気がする。

 一人そのまま保健室に置いてきてしまったが、怒ってるだろうか。

 

 

「そしてなぜ、お前がこいつらに裏切られたか」

「決まってる……こいつらがバカで有利不利も知らない脳な────」

「お前だよ能無しイケメン野郎」

「僕のどこに不完全な部分があると!」

「脅迫、力、権力……そんなので集った仲間なんて着いてきてくれるわけないだろ。気持ちだよ気持ち」

「兄貴! 鍵ありました!」

 

 やってきたのは、最初に俺を鎖に繋げた三年の先輩だった。近くによってきた先輩は、無言のまま手首についた手錠の鍵を開けてくれた。

 

 

「ありがとう」

「いや、どうってことない。それよりすまんかったな後頭部」

「ああ、もうちょい手加減できないもんかねぇ?」

「それで意識失ってたなら俺は裏切ってたぜ?」

「うっわ、えげつないねー先輩」

 

 後頭部への打撃から鎖付けから話への参加まで全て、先輩による演技だった。この部分の演技について、俺は一言も話していない。つまり、友輝の作戦で動いていたわけだ。

 これが原因で、演技だなんて夢にも思わなかったのだろう。

 

「あんた……何してんだ!」

「俺はもうお前の側にはつかない」

「なんだと!」

 

 この局面で次々と兵士を失っていく。それはこいつにとって最高に屈辱的かつ痛手だろう。

 

 

「なんでだ……どうしてどいつもこいつも……!」

「簡単だよ。どちらにつくのが利口か判断しただけだからな」

「どういう……」

「ここには今、先生が駆けつけている」

「……っ!」

 

 共犯者となって先生に突き出されたくなければ協力しろ。それが先輩に俺が出した提案だ。もちろんそれをすぐに受けられるほど信頼がある訳でもないし、確実性もない。

 

 ならどうやったかと?

 拳で語り合ったさ。古来より長く続く、単純明快な決着のつけ方。

 

 

「今朝、お前が俺にちょっかいをかけなかったら先生も確信に至らなかっただろうさ。そしてここにも来なかった」

 

「……俺が手助けしたとでも!? ……けるな……ざけるな……僕が! お前みたいなやつに! 負けるわけがないんだァ!!!」

 

 激怒する友輝は、武が捨てていたカッターナイフを拾いその刃先を俺に向けて一直線で突き進んできた。

 

 



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第15話 痛みの先に

 

 - 第15話 痛みの先に -

 

 

 

 

 私は見た。いつも見ていたものが崩れさり、新たな道ができるのを。

 

 私は聞いた。いつも聞いていたものが偽りだと知り、真に聞くべき理を知るのを。

 

 最初は見たくもない聞きたくもないことが目の前に突きつけられて嫌になった。

 

 でも、それでも目を逸らしてはいけない。そう訴えかけているような背中を見た。

 

 どんなに折られても曲げることなく、ただがむしゃらに伸ばし続けるその背中は、ここに来る前に一度見たもので今の私には眩しくて羨ましい。

 

 

 

 

 

 ────────────────────────────

 

 

 

 

 

 私は保健室で彼と別れたあと、教室へ戻ると衝撃を受けた。あれだけ汚されていた遠藤君の机が元通りどころか、元より綺麗になって置かれていた。

 教室と廊下の境目で止まっていると先生に声をかけられた。ちょうどHRが終わったところだったらしい。

 

 

「おう、遅かったな氷川」

「遅れてすみません。ところでその……あれは」

「ん? あぁ、新品に取り替えてやったよ。元のはどこにあるか……なんて聞くなよ?」

 

 そこは職権乱用だかなんだかで無理を通したらしい。もちろん汚れた机を掃除するのは、やった本人達への罰にする模様。

 

 

「本当はな、遠藤には見て見ぬふりでもしてくれと言われててな」

「なんでそんな」

「俺もなんでだって聞いたら「教師ってそういうものなんでしょ?」って当たり前だろみたいな顔で言われちまったよ」

「そういうものってそんな言い草……」

「いや、そう言われて当然だよ。氷川は教師のお世話になることなんてほとんどないだろうから分からないだろうけどさ、教師はどこまでも面倒事に首を突っ込みたくないんだよ」

 

 知らなかった。教師とは生徒一人ひとりに心身になってくれる人。学校とはいじめを決して許さない場所。それが当たり前だと思っていたけれど、私は知らなすぎたのだろう。

 

 

「あくまで世間体ってのを気にする。ようするに自分のことしか考えてないんだ。氷川はよく覚えとけ」

 

「先生は勉学については助けてくれる。社会に出ても大丈夫なように基礎を教えてくれる。でもな────正しい大人としての生き方は教えてくれないんだ」

 

 ────先生はどうなのか。

 そう聞くには、私はまだ知らないことが多すぎる。話をする先生はどこか遠くを眺めているようだった。それでいて、何かを懐かしんでいる気もした。

 

 

「氷川もいつか分かる時が来る。『何か』に憧れるとその『何か』のいい所しか見えなくなるもんなんだ。そして自分がその『何か』になった時にようやく見えてくるものがある」

「悪い所……ですか」

「そう。だから色んな視点から見るんだ。『何か』になったあとでも遅くない。なぜならそこから自分がどう動くか次第で悪い部分も良い部分に変わるからな!」

 

 それはまるで今の先生を言っているような気がした。きっと先生も先生に憧れてなった。でもそこからは自分が想像していた、憧れていたものとはかけ離れた姿だった。

 憧れはあくまできっかけに過ぎない。憧れになって終わりじゃなくて、なってから自分がどう考えて動くか。それを知っているから先生は今、正しい大人の、先生の生き方を示した。

 

 でも、それは大人の世界に出た時にしたくてもできない場面があるのだろう。全部が全部、自分で考えて動けるわけじゃない。

 

 そして先生は「自分はガキのまんまだったみたいだ」と言った。

 

「……あいつと関わりすぎたからかな」

「……?」

「こっちの話だ。ところで遠藤はどうした?」

「あっ! それが……」

 

 私は、あの時に頼まれた通りに早退したことを伝えた。すると、先生は何かを考え始めた。

 

 

「そうか……氷川、俺からも頼みがある」

「はい?」

「あいつらを止めて欲しい」

「……?」

 

 わけがわからない。てっきり遠藤君を連れ戻してほしいと頼まれるのだと思い込んでいた。

 あいつら、とは誰々を指しているのか。一体、先生は私に何を止めろというのか。

 

 

「多分、あいつらを止められるのは氷川しかいないだろう。……って、すまん長話が過ぎた! 俺はすぐに授業に向かわなきゃいけないから、とにかく遠藤を頼んだ!」

「え……あの、私も……授業……って、遠藤君を?」

 

 こうして私は早退をすることになり、あいつらのうちに遠藤君が入ってることが最後に分かった私は、遠藤君を探すことにした。

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 それから学校の玄関にいた明君を見つけ、何か知っているとつけて回ると倉庫にたどり着いた。

 その前の物陰あたりで、明君と同じ学校のおそらく後輩が隠れていて後輩の男が明君をロープで縛り付けると、一直線で倉庫の入口へと向かっていった。

 

 私も耳を傾ける。

 

 

「怪しいヤツを捕らえてきたっす」

「なんだそいつ」

「多分中にいる奴の仲間っすよ」

「ああ。名前なんつったっけな……」

()()()()っすよ」

 

 遠藤君!! ってことはこの中に……?

 

 

「そうそう。ま、今ちょうど大沢さんにボコられてる最中だろうし、思い出しても無駄なだけだな」

「もう始まってるんすか?」

「おう、さっきから話し声が聞こえては殴る音が響いてるぜ」

 

 大沢……? それってまさか。それに殴る音ってことは、喧嘩なの? でもそんな殴られ殴るような喧嘩じゃないような気がするわ……。

 

 胸の奥がざわざわとし始める。

 

 

「なるほど…………よし、よくわかったっす。それじゃお勤めご苦労様っす────ねっ!!」

「ぐほっ……がっ、て、てめぇ……なに、しやがる」

 

 いてもたってもいられず立ち上がろうとした時、明君を担いでいた男が扉の前にいた男を蹴り飛ばした。

 

 

「後の仕事は俺がやるっすから黙って寝てるっすよ」

「やるな……てかこれ外せない?」

「……外したらバレるじゃないっすか」

「それもそか、ならもうちょい緩めてくれ」

「了解っす。……ここからは、敵ってことでよろしくっす」

「あいつの頼みとはいえ、嫌な役目貰っちまったな」

「これは俺にしかできないことっすから! 本望っすよ!」

 

 一体何をしようというのか全く見当もつかない中、私は好奇心で距離を縮めていく。倉庫内に二人が入っていったのを確認して、少し空いた入口から中を覗いてみることにした────。

 

 

 鎖に両手両足を縛られた遠藤君が、誰かに蹴られる姿が見えた。

 

 私はすぐにでも飛び出して、彼を助けてあげようとする────でも体が動かない。

 

 どんなに目の前でひどいことが行われようとも、私は『怖い』という感情に勝てない。だから助けになんていけない。

 

 弱い自分が嫌いだ。

 

 口ではなんとでも言える言葉の数々。その中から一体どれだけ行動で示せるだろうか。

 

 何一つない。

 

 下唇を強く噛み締める。誰でもいい。お願いだから。

 

 

 ────彼を助ける力を私にください。

 

 

『友輝……いや、お前……本当に委員長のこと、なんとも思ってないのかよ。本当に自分の欲求を満たすだけの道具としか思ってないのかよ』

 

『あぁ? 当たり前だろ。道具! 違うな……性処理とか言った方が合ってるかー?』

 

『はぁ……よくわかったよ』

 

 そこで私の初恋は終わりを告げた。

 ────ひと粒の涙も流れることなく。

 

 

 そしてわかった。

 私が助けようとしている人が、誰を助けようとしているか……

 

 

 

 

 

 ────────────────────────────

 

 

 

 

 

 もう少し恐怖に駆られるかと思った。

 どんなに貧弱でも刃物は刃物だ。切られても刺されても痛い。そんなものが目の前に迫ってきていたら、誰でも「怖い」「死にたくない」と思い始めるだろう。

 

 俺は違ったらしい。

 

 どこまでも平常心。揺らぐことなく、ただ一点。刃物の刃先だけを見つめる。正面から見ればとても狂気になんか見えない。貧弱で、細くて、長さもない。

 でもあいつからしたらそれで十分だと思い込んでいる。

 

 それが言えるのは()()()()()()()()だけだと言うのに……。

 

 

「くたばれぇ…………死ねェェエェえぁぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇエ!!」

 

 捨て身で駆け出した友輝は、友希の(ふところ)めがけてカッターナイフを突き刺す────はずだった。

 

 その軌道がたどり着く先は……

 

 

 

 

 

 

「武────ッ!!」

「ッ! ぁ……ぁぁ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 わかりやすいんだよ……お前。

 

 

 

 

 

 

「な、な……ぇ……?」

 

「あに……き……なに……して」

 

 他人のために命を賭ける様は『偽善者』と呼ばれるのだろうか。

 

 熱い。横腹が焼けるような感覚が徐々に増していく。異物が外から入ってくる感覚は、とても気持ち悪い。

 

 

 ────血が滲んできたか。

 

 

 汚れた白ワイシャツを徐々に赤が染めていく。小さな切り口でもどんなに浅い傷でも止まらず血は流れる。今すぐにでも弱音を吐いて、地面をのたうち回りたい。

 

 俺にナイフが刺さったのが予想外だったのか、ナイフにかけられた手のひらが離れた。そして入りが浅かったのか、すぐにカッターナイフを取って投げ捨てる。

 

「────!!」

 

 空を割くような叫びをあげ、逃がさまいと離れていく友輝の腕を掴む。

 

 

「な……なっ……」

 

「俺は! 委員長を! 紗夜(・・)を! 誰にも────」

 

 

 素早い動きで友輝の懐に踏み込み、体を背負い上げて掴んだ腕を思いっきり引く。

 

 

渡さねぇ────ッ!

 

 声を出す間もなく、友輝は背中を打ち付け倒れた。

 

 

「はぁ……はぁ……」

「兄貴……」

「お前、わかりやすいんだよ。カッターナイフを握った時、確実に目は俺を向いているようで向いていなかった」

 

 だけど刃先は俺を向いていた。それもそのはず。構える時は必ず真っ直ぐに持つからだ。剣道の試合の際、選手は竹刀を真っ直ぐ構える。そこから横、斜め、もしくは相手の意表をつくそのまま振り下ろす攻め。

 だけど、もし剣道を防具なしでやるとしたら……? いつもはよく見えない相手の表情、視線が丸わかりだ。

 

 いくらフェイントしようとしても素人なら目が示してしまうのだ。

 

 こいつがなんでも出来るやつだってことは周知の事実。もし、フェイントを仕掛けてくるなら()()()()()()()()()()()()()がいる。

 

 

「……はっ、ナイスだったぜ。()()

「伊達に運動神経だけは悪くないからな! ……って何言わせんだよ」

「それより兄貴! 血が……」

「あぁ、こんなもの────」

 

「────遠藤君!!」

 

 意識が朦朧としすぎてついに幻聴でも聞こえてきた。こんなところであの人の声が聞こえるなんて……。

 

 

「遠藤君ッ!」

「……い、いいん……ちょう?」

「紗夜ちゃんなんでここに!?」

「あなたを追ってきました」

「え! つまり、玄関からってことか……全く気がつかなかったぜ」

「それより、止血しないと」

 

 すると委員長は、ポケットからハンカチを取り出した。

 

 

「これで抑えてください!」

「任せろ俺が抑えとく」

 

「いや、それじゃダメだ」

 

 手錠の鍵を外してくれた先輩だった。先輩はすぐさま傍に寄ると、自身のワイシャツを包帯代わりに俺の腹にきつく巻いていく。

 

 

「俺はこれでも医者の息子だ。敷かれたレールの上を歩くのが嫌になって今はこんなんだけどよ」

「先輩……」

「お前には何かと迷惑かけちまったからな」

「……ありがとうございます」

「どうってことない。それよりも早いとこ救急車を呼んだ方がいい」

 

 そう言うと先輩は倉庫を出ていった。

 

 

「こいつら縛り上げといた方がいいな。武! ちょい手伝ってくれ」

「え……でも兄貴が」

「いいからこいっての! また暴れられたらめんどくさいんだよ」

「りょ、了解っす!」

 

 そしてアキと武もそこらで伸びているのを集めて縄で縛っていた。昔から聞く『お縄につけ』とはこのことを言うのだろうか……どことなく物理的な気もするが。

 

 

「見事に刺されちまったな……俺の中ではもっと緩く終わるはずだったんだけどな」

「…………」

「俺さ、ナイフを向けられた時に不思議と怖く感じなかったんだよ」

「…………」

「……それで思ったんだ。俺って意外と『死』に無関心なんだなって、だからこれからも抗うとかそういう事しないんだろうなっ────」

 

 ふわりと暖かで穏やかな『何か』に包まれた。その『何か』に気づくまでは一瞬だった。

 

 

「私が悲しみます!!」

 

「委員長……?」

 

 

「あなたが死んだら私が悲しみます! だから…だから生きてください……悲しませたくないと言うなら抗ってください! 私のために生きてください────ッ!!」

 

 

 胸元に顔を押し付け、溜まったものを吐き出すように話す委員長。俺はそれを唖然と聞き、その間だけは痛みも何もかも忘れていた。

 

 少しすると自分の言ったことを思い出したのか、顔を真っ赤にした委員長の顔が目の前に出てきた。

 

 

「あ、あの……今のは、そ、そうです! 友人として! 友人としてです! 決して、その……」

「分かってるよ。()()

「────ッ!?」

 

 顔の赤らみがより増していき、噴火でもするじゃないかというほどまで来ている。

 

「な、なんでいきなり名前で呼ぶんですか!!」

「委員長がやっと友達だって認めてくれたから」

「だ、だからって……」

「よろしくっ、さーよ!」

「…………はい

「紗夜は名前で呼んでくれないのかー」

「わかりましたよ! 友希くん! これでいいですか!!」

 

「……」

「……」

 

 お互いに照れる始末。

 

 

「お熱いねぇ〜」

「お似合いっすね兄貴とお嬢」

「……その呼び方はやめた方がいいぞ?」

 

 

 それから救急車が到着したのは、およそ数十分後だった。

 

 

 こうして……とても長く、とても短い戦いが終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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最終話 恋は秘密から始まり…そして

 

 - 最終話 恋は秘密から始まり…そして -

 

 

 

 

 

 二羽の小鳥が木に止まる。何を話しているのかは分からない。

 

 その木には、小さな赤い実が実るようで、もしかしたらそれをどちらが多く取れるか競うのかもしれない。

 

 いや、もしかしたら仲良く分け合おうとしているのかもしれない。

 

 はたまた、たわいのない世間話でもしているのだろうか。

 

 外の世界はとても楽しそうだ。きっと俺もこの境界線さえ無ければそちらに行けるのだろう。

 

 

 変哲もないガラス窓。柔らかくも固くもない真っ白いベッド。シミのない天井。頭の上にはごちゃごちゃと色んなボタンの数々。

 

 ────俺は入院している。

 

 

 あのあと救急車に運ばれた俺は、治療を施してもらった。命に別条はないにせよ、傷が残ってしまうのは少々嫌だった。

 しかし、応急手当のおかげで出血量も少なからず抑えられて退院もすぐにできるそうだ。

 

 そして友輝、並びに他の奴らは警察に連行された後、正式に停学、友輝は退学を突きつけられたらしい。

 

 アキに聞いた話によると、その情報は瞬く間に学校中に広まり、あれほど友輝を慕っていた女子達はコロッとした態度で友輝への愚痴をこぼしまくっていたとか。

 女ってのはどいつも怖い生き物だと揃って口にしたのはつい笑ってしまった。

 

 

 ここに入院してから一週間。もう十分に治っているとは思うが、いつまた傷が開くか分からないから安静にする必要があるため、現在も入院しているわけだ。

 

 

「おーっす! 暇そうにしてそうだから来たぞ〜」

「もう少し静かに入って来いっての。ここ病院だからな。アキ」

 

 アキはよくお見舞いに来てくれている。いや、もしかしたら毎日来ているかもしれない。

 

 

「分かってるって。ほら、今日の分のノートだ」

「あぁ、ありがとう。馬鹿でも流石にノートを写すくらいはしてるんだな」

「おう一言余計だっての! 俺だってここ最近は頑張ってるんだからな」

「やっと高校受験が視野に入ってきたか」

「もう中学二年も後半か……」

「いろいろあったな」

 

 と言ってもほとんどが一人の男に振り回された思い出ばかりだけどな。

 

 黙々とノートを写していると、足りないものがあった。

 

 

「なぁ、今日って数学なかったか?」

「あったぞー」

「ならなぜ数学のノートがないんだよ」

「えっ、ああ……」

「お前まさか……自分が数学できないからって書かなかったな?」

「ソ、ソンナコトナイヨ?」

 

 裏返る声は白状したと捉えていいだろう。

 しかし困った。これでは写せない。頼む相手を間違っただろうか……いや、まずアキ以外に頼める人がいなかったわ。

 

 

「あぁ、そう言えばそれはある人に頼んでたんだったー」

「なにニヤニヤしてんだよ。気持ち悪い」

「俺に感謝してほしいくらいだねぇ〜お前も、あっちもさ」

「誰に頼んだんだよ……まさかあの友輝LOVE集団に投げたのか────!?」

「『元』な? それ戻ってきた時に言ったらかなり怒られっから気をつけろよ」

 

 なんでも自分達にとっての黒歴史だとかなんとか。人の黒歴史ほど面白いものはない訳だが、めんどくさいことになるのは嫌なので関わらないことにしよう。

 でも一つ言いたいことは「見る目がなかったな」だ。

 

 

「んー、もうそろそろ来そうだし俺は退散するとしようかな」

「だから誰なんだよ」

「来てからのお楽しみだろ! ……もしかしたら違う意味でお楽しみかな? むっふっふ」

「動けさえすればすぐにでも殴ってやりたい……」

 

 そんな俺の気持ちは叶うことなく、アキは俺が写し終わったノートを回収して、すぐさま帰っていった。

 

 俺は心底モヤモヤしっぱなしだ。

 

 

「変なやつ来たらどうすっかな……」

 

「……誰が変なやつですか」

 

 あまりにも入院が長かったせいか、ついに幻聴が聞こえるほどになっていた。

 こんなところであの人の声が聞こえるなんて……

 

 

「紗夜……?」

「元気そうね」

「おう、もうすぐにでも退院できるんだけどな」

「ダメよ。ちゃんと治してからじゃないと委員長として許しませんから」

「厳しいっすね……」

「……あなたが心配だから言ってるんです」

 

 これを本心で言うからこの人はずるい。

 

 

「紗夜にそう言われちゃったらきちんとしなきゃな」

「私はあなたのお母さんじゃないんですから……」

「……」

「な、なんですかその目は! すぐに忘れてくださいっ!」

「どうしよっかなー?」

「友希さーん!!」

「しーっ、ここ病室」

「あっ」

 

 よく話すようになってからか、紗夜のポンコツ具合がとてつもなく増した気がする。

 ちなみにだが、紗夜が俺のことを『友希くん』と呼んだのはあの一度きりで、それからはずっと『友希さん』になった。少し残念な気もするが、他の人に対しても『さん』を付けるようになっている。

 

 

「あの、今日はこれを渡そうと」

 

 カバンから出したのは一冊のノートだった。

 

 

「峯岸さんから数学のノートを友希さんに見せてほしいと頼まれたのですが……」

「あぁ、なるほど。……アキの奴そういうことか

「どうかしましたか?」

「いや、なんでもない。ありがとう! 写させてもらっていいか?」

「もちろん」

 

 数学のノートを受け取り、写し始める。病室には復帰してから授業についていけるようにと勉強セットが揃っている。

 

 隣では紗夜が椅子に座り本を読んでいる。

 

 とても美しい。同年代の女子に言うには少し照れくさい表現だけど、彼女にピッタリの表現をこれ以外見つからないのだ。

 ただ本を読んでいるだけなのに、それだけで絵になる。

 

 

「……さん? ……友希さん?」

「へっ? な、なんだ……?」

「いえ、私の顔をじっと見ていたので何かついてるのかと……」

「すまん、見惚れてた」

「なっ────!?」

 

 するとバタンと読んでいた本を閉じ、俺からノートをかっさらうと立ち上がって病室を出ていこうとしていた。

 

 

「さ、紗夜? ど、どうしたって言うんだ」

「知りません!」

「え、えぇ……」

 

 何か怒らせることでもしただろうか……。女性というのはとことん分からない。

 

 

「とにかく、私はもう帰り……」

 

「監視。するんじゃないの?」

 

「それはもう終わったことで……」

「なら、紗夜の新しい秘密でも喋っちゃおうっかな〜」

「そ、そんな! ちゃんと周りは確認したし、友希さんで────あっ」

 

 …………ノーコメントで。

 

 

「……」

「あの」

「…………」

「聞かなかったことに……」

「………………」

「お願いします……」

「あのなー」

 

 

 

 ────言えるわけがないだろォ!

 

 

 窓ガラスから見える空には雲がまばらに浮かび、ほんのり赤く彩られていた。

 

 

 

 

 ────────────────────────────

 

 

 

 

 

 桜舞う校門の前に立ち尽くし、風を体全体で感じる。頬を撫でる春風が妙にくすぐったい。

 

 

「新学期ですね」

「もう何があっても驚かねぇぞ」

「ふふっ、そうですね」

 

 ピカピカの制服に身を包んだ新入生が横を通り過ぎる。新しい場所に心躍らせる彼を待つたくさんの思い出は、一体どんなものなのか興味が湧いてきた。

 

 

「よっ、お二人さん朝からアッツアツだねぇ〜」

「兄貴は今日も眩しいっすね!」

「兄ちゃん! あんまりそこに立ってると邪魔になるんだからね! 粗大ゴミはゴミステーションにポイだよっ」

「ああー!! 夏海ちゃんが俺の後輩になるなんて……!! なんでも聞いてくださいっす!」

 

 ったく、せっかく二人でいい感じにしてたのに急に騒がしくなっちゃっただろ。

 

 

「あっ、友希先輩! それに紗夜先輩も! お互い新学期ですねっ」

「羽沢さん、えと、あまり先輩と呼ばれるのは慣れていないので……呼び捨てで構いませんが……」

「で、では! 紗夜さん……でいいですか?」

「はい。それなら……あと、友希さんはそのだらしない顔を直してください」

 

 どこがだらしないと言うんだ! いや、まぁそのつぐみちゃんに先輩って呼ばれた時、顔がなんか変だなとか思ったけどさ。

 

 

「おい、お前ら! いつまでそこで騒ぐ気だ! 新入生が怯えて入ってこれないだろ!!」

「……それは先生の顔のせいでは」

「ほう……遠藤。お前いつからそんな口が聞けるようになったんだ?」

「困難は人を変えるっていいますし……なっ! 紗夜…………って、紗夜? 紗夜さーん?」

 

 気がついた時には、つぐみちゃんと別れてみんな校舎に入っていくところだった。

 あれ、これもしかして……

 

 

「さて、新学期になってもお前への罰は無くならないからな〜?」

「こ、今年もよろしくお願いします……えへっ」

 

 先生の剛腕を抜け出し、駆け出す。

 

 

「友希さん」

 

「ん?」

 

「私たちだけの秘密……ですからね────」

 

「お、おま────ッ!?」

 

「早く行かないと遅れますよ」

 

 

 静かに頬を撫でる。きっと今感じた柔らかい感触も、顔が熱いのも、きっと気のせい……だろう。

 

 

 fin.



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